美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る 2

続き。

3.山水くらべ
同時代であっても風土の違いは大きい。それが絵に影響を与えることを、改めて知る。

<京>
芦雪 遠見富士図 白い富士山が左奥に描かれているが、実はそれよりも手前の斜めに生える松の方が絵の中心になっている。
斜めの松は芦雪の好みなのか、頴川でも一枚よいのがある。画面構成そのものが好きな絵。

円山応挙 湖山烟霞図 明和丁寅の作。屏風から掛け軸へ表装を変えたそうで、とても大きい。中国の山水。高士が身を乗り出して水面を眺めている。
松や岩や漣の描写が細かい。

応挙 鵜飼図 一人舟で働く鵜飼いと鵜たち。「うかひ舟」と和歌が書かれている。

<大坂>
福原五岳 山水図 雨が降るのか、傘をさす人が小舟を降りて、坂を上ってお寺へ向っている。細い塔が建っている。道の熊笹も湿気を含んでいる。肺に湿気が入ってきそうな天候だが、なにかしら気持ち良さそうにも思えた。
五岳は近年に大阪歴史博物館の常設展示の企画コーナーで紹介されたのを見ている。

蔀関月 雪中訪戴図 雪の描写が非常にいい。これは塗らずに残した白なのだった。
とても面白い描写だった。松の枝に乗る雪がまたとてもいい。

林上ャ苑 春景山水図 山を描くのに点描を使う。それがとてもいい。柳を過ぎたところで高士たちが歩く姿が見える。柵の中には鹿もいる。中国絵画への愛が生きる絵。

林上ャ苑 王義之・山水図 左右の山水は点描。中の王義之は裾近くに数珠飾りの十字架のようなものを下げている。侍童はガチョウらしき鳥を抱っこしている。二人の衣装の水色が眼に新しい。

岡田玉山 阿房宮図 ああ、なるほどパラダイス。こんな巨大な・・・三ヶ月間炎上し続けた、というのも納得する。ところどころの赤い塗り橋などがまたキュッとしてていい。

墨江武禅 月下山水図 凍り付いているような風景。気配がない風景。
これを見ていると釈迢空の詩を思い出す。狂った老人の幻想を描く連作詩を。
氷の表面に判が押されたような絵。
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<江戸>
司馬江漢 相州江ノ島稚児ケ淵図 右に岩や道を、左に海と富士山を配している。
名所なので遊山の人もいる。茶をその場で喫する人もいる。
沖の暗いのに白帆が見える、は「かっぽれ」だが、今は昼らしい。のんびりした海。小さく烏帽子岩もあった。

長谷川雪堤 如意亭図 柳川藩の上屋敷にあった庭園を描いている。想像図ではなく写生。
大名庭園と言うものと無縁できた。昨秋初めて六義園でそれを知った。
なるほどこの庭園は江戸の上屋敷の大名庭園だと思った。木々の配置や灯篭、石の雰囲気が納得させてくれる。たいへん興味深く眺めた。

谷文晁 清渓訪友図 それは下界のことなのだが、ずっと上に聳える山が問題だった。どう見てもクグロフに見える。緑色だから、抹茶味のクグロフ。間違いない。

4.和みと笑い
三都の笑いの違いについて前書きがあった。
わたしは、この時代の京の笑いについてはわからないが、現代京都の笑いと言うものは感じ取ることが出来るように思う。また違う面白味がある、としか言いようがない。
京阪神、狭い地域なのにこれほど差異のある土地柄と言うのは他にはないのではないか。
京都は今でも色々笑えることが多いが、神戸の笑いと言うものはわたしには一向にわからないままだ。今の大阪にしてもどこまでが地の質から来るものか、それともY興行の作られたシステムから来るものなのか、新しい人や他の地の人には、区別できないだろう。
また江戸の笑いは浮世絵で堪能しているが、それ以外の江戸の笑とはどんなものなのかが、やはりわからないままでいる。
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<京>
芦雪 なめくじ なめくじのぬめる道は一筆書きである。なめくじといえば江戸の落語では「なめくじ長屋」があり、宮沢賢治の童話には「蜘蛛となめくぢと狸」がある。
芦雪は何故なめくじを描いたのだろう・・・

与謝蕪村 火桶図 蕪村独特の書体が可愛い賛がある。百物語をする人々の様子を描いている、というようなことが書かれているが、オバケでぇへんなとか言うてる人々をニンマリ笑う火桶がいる図なのだった。可愛いし面白い。
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応挙 時雨狗子図 可愛い可愛い応挙のわんこ。いつ見てもどれを見ても可愛くて撫でてやりたくて仕方なくなる。

<大坂>
佐藤魚大 閻魔図 怪人というた方がええのではないか。こんなのに裁かれたないなぁ、という罪人も出てくるに違いない。
とにかく仕事しすぎて過労がピーク超えてユンケル飲みすぎてテンションだだ上がりのところへ、もぉやめちゃいました・・・を超えると、こぉいう顔になるのかもしれない。
楳図かずおの初期のマンガに出てくる不気味な怪人にとても似ている。
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松本奉時 蝦蟇図 この絵師はカエルオヤジで、延々とカエル絵を描きグッズをコレクションしていたそうな。これも大阪歴博でチラッと出たかもしれない。
どーんと蝦蟇がいる、それだけでなんとなくおかしい。
白い腹が大きいので、ここに絵でも描きたくなる・・・人もいたかもしれない。

耳鳥斎 地獄図巻 やったーー!耳鳥斎の地獄絵がキターーー!数年前に伊丹市立美術館で展覧会を見て夢中になった絵師。図録が売り切れてしまい、泣いたなぁ。
つい近年では関大博物館でもチラッと出たが、とにかく可愛い鬼たちによるトンデモ地獄図がすごい。拷問されてるヒトたちは苦しむどころかミョーに楽しそうなのだった。
耳鳥斎の残した言葉が確か「世界ハコレ一大戯場ナリ」だったか。
ああ、耳鳥斎の展覧会をこの府中か板橋かでやってくれないだろうか・・・!!
わたしは他にも彼の地獄図を見ているが、中にはどう見てもあぶな絵もどきなのもあるようで、そちらは内緒なのだった。

芳中 人物花鳥図巻 これでもかっのたらしこみ。白い子犬が可愛い・・・・・
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<江戸>
英一蝶 投扇図 ああ、一蝶がいた。鳥居でそんな投扇してどうするんだ~人々の顔つきが楽しい。

岳亭春信 虎図 ・・・・・今もしこんなのがいたら・・・いや、当時の人々もこのトラには困らされたと思う。絵師がまじめであるだけ、笑えるトラ。

歌川国芳の戯画が出てきた。たいへん嬉しい。近年ここで行われた国芳「奇と笑いの」展覧会は本当に楽しかった。
ここでは金魚尽くし、道外化粧のたわむれなどが出ていた。
感想は一つ「楽しい~~面白い~~可愛い~~」
これに尽きる。

5.三都の特産
大阪人というよりもっとはっきりと、贅六たるイヤシのわたしは、このタイトルを見て「江戸は寿司にうなぎか、京都は鱧に八橋か、大坂はやっぱりバッテラにテッチリかなぁ」と真剣に思ったのだった。

<京の奇抜>
狩野山雪 寒山拾得図 こわい・・・

芦雪 竜虎図 可愛い~竜の放つ閃光の中にトラ、という構図らしいがよくわからない。なんとなく明治の洋画のスサノオを描いたところへ突然キャンバスを破って現れる犬の顔の絵を思い出す。

伊藤若冲 猿図 賢そうなツラツキのエテが耳を閉ざしている。

他にも昭和初期に展示されて以来の絵や、珍しいところで宮崎友禅斎の絵などもあったが、奇抜といえば奇抜なのだが、わたしがスレッスラシなのかそうそう奇抜にも思えなかった。

<大坂の文人画>
木村蒹葭堂 蘭石小禽図 ひょっこり顔を出した小鳥が可愛い。
知の巨人・蒹葭堂は絵よりも他の仕事で多く業績を残しているが、こうしてこんなに可愛い絵も描くのだった。

岡田米山人 界住吉図 よくわからない図。鬼が春駒らしきおもちゃを持ち、「ころころ」と書かれた袋を持って、しょんぼり立っている図。
まさか「月刊コロコロ」でもないし・・・と思っていたら解説にいろいろあり、納得できるような出来ないような。謎の絵なのだった。

芳中 雀図 延々と賛が書かれていて、空中のその文字を雀が見上げる構図となっている。

大坂では確かに文人画が流行していた。かつての大坂には文化が活きていたのだ。
一体いつから大阪に文化が失われたのだろう。昭和初期までは確かにあったのに。
そして今また大阪は文化の危機を自覚しないといけないのだった。

<江戸の洋風画>
亜欧堂田善の銅版画が目を惹いた。
わたしは特に「駿河台から水道橋の眺望」が気に入った。
針描きだからこその繊細さと面白味がよかった。

展示はここまでだか、相変わらず府中はやってくれて、クイズラリーやスタンプなど楽しい企画も怠りないのだった。
次の後期もとても楽しみである。

最後に常設展の小特集の感想を挙げる。
宋紫山 虎図 メッチャ可愛い!!
司馬江漢 犬にも木蓮図 洋犬と紫の花の取り合わせがおしゃれだった。 
江漢 猫と蝶図  斑三毛のにゃんこが可愛くて可愛くて。アゲハを見返るポーズがいい。
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三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る 1

「春のまつり」と言えば、ストラヴィンスキー「春の祭典」、山崎パンやPascoの「春のパンまつり」、そして府中市美術館「春の江戸絵画まつり」が思い出される。
その府中市美術館「春の江戸絵画まつり」をいつも大いに楽しませてもらっている。
今年は「三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る」展。
何かと忙しない近頃だが、ここで浮世の春を楽しもう。
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2期に分かれての展示は3/17に始まり、4/15までを前期・4/17から5/6を後期とする。
二日目に出かけたが、これは早く来ていてよかった、と思う展示だった。
なにしろ面白い。
面白すぎる、と言ってもいい。
「春のまつり」とはいえ、この企画の面白さは尋常ではない。
「京、大坂をみて江戸を知る」とは言うものの、京と大坂の絵の面白さがフツーではないので、江戸がとてもおとなしく見える。

江戸時代の絵画はこの二十年の間にその面白味が多くの人々に認識されるようになり、ことに18世紀の京の絵師たちの百花繚乱ぶりには、見た人皆がファンになるくらいだった。
その京と江戸の陰に隠れるというより、殆ど打ち棄てられていた大坂の絵画の諧謔味が少しずつ世に知られるようになり、こうして遠い府中で展示されるのは、感慨深いものがある。
これまでは大坂の絵師の仕事を見ようと思えば、本拠の大阪ではなく隣接する西宮や芦屋で見なくてはならなかったのだ。(頴川美術館、芦屋市美術博物館など)
その意味で今回の府中市美術館の企画は、大阪の片隅に住まう一ファンとして、まことにありがたくもあった。

展示は5項目に分かれている。比較展示である。その方法はいいと思う。
そうすることでワクワク感が生まれ、眼もまた広がってゆく。
それぞれの展示を、時間をかけて楽しんだが、膨大なので少しずつピックアップしていきたい。

1.三都に旅する
このタイトルを見てJRのCMを思い出した。谷村新司の歌声が蘇る。
♪昨日今日明日~というあれ。チンペイちゃん(かつて関西では彼はそう呼ばれていた)の歌う三都は京阪神なのだが、ここでは無論京・大坂・江戸である。
(後に図録を読むと、冒頭にこのCMのことが書かれていた。やはり現代の共通認識なのだった)

<京>
比喜田宇隆 四条河原夕涼図 賑わっている。描かれた人々に個性はないが、その楽しげな様子は遠目にもよくわかる。
床というより床机または露台のようなものを川に出して客を寄せる茶店もあれば、開け広げた店の中から客を呼ぶ女もいる。ちょっと酔っ払って客にも誰ながら歩く芸者もいれば、笛を吹きつつ流す按摩もいる。
南座らしき芝居小屋が夕闇に隠れながらも見えている。現代の場所と比較すると、「ああ、あの店はあれか」と知るものはまた楽しめる。二階を持つ店にはすだれが掛かっている。
今でもしばしば見かける様子である。そこでは三味線を弾く手も見えるから、もうダレゾはあがっているのだろう。
しゃがんでなにやら楽しげに語らうカップルもいた。
それを思うと、現在の鴨川の河川敷の等間隔に座すカップルたちの先祖のようなものか。

比喜田宇隆 やすらい祭・牛祭図巻 こちらは先のと違い、ロングではなく近くからの様子を眺める。赤い装束の人々が鉦や太鼓を打ち鳴らしながら練り歩くのは「やすらい祭」である。花の咲く頃だったか「やすらえ、花よ」と言うて厄神を払う祭だったように思う。
装束だけでなく緋のシャグマもつけて歩き、先頭には花傘を持つ人もいる。
一方の「牛祭」は太秦・広隆寺のお祭で、お面をつけて近辺を練り歩く。他の絵師の手によるものも見たし、実際に使われる「マダラ神」の面なども京都文化博物館で見ているが、これも奇祭としか言いようがない。
わたしはどちらも現物を見ていないので、ちょっと来年あたり見に行きたいと思っている。

山口正鄰 岩倉・松ヶ崎村祭礼図 洛北の祭と言うものはまたわたしは無縁で、絵を見て感心するばかりだった。岩倉は7/14、15の灯篭祭で、松ヶ崎は題目祭ということだ。
絵はなかなか近代的で、それが却ってイミフなものにする。
松ヶ崎は五山の送り火(大文字焼)のとき「妙法」の文字を山に浮かび上がらせるから、妙法と題目との関連があるのはわかる。きっとあの界隈は法華宗の住人が多かったに違いない。しかしこの居並ぶ女たちのポーズはなんなんだろう?手つき・腰つきだけを見れば早乙女にも見える。
岩倉のそれは女の人がそれぞれ頭上に式台のようなものを載せている。その上には拵え物がある。向って左から、唐獅子と牡丹(石橋)、大ハマグリと城の幻(蜃気楼)、紅葉とヤカンなどである。男たちが音曲を担当している。

京都は365日いずれの日もどこかで祭が行われているのだ。

<大坂>
丹羽桃渓・玉東・関玉 住吉汐干狩図 三人の絵師の合作。母と娘にオジサン。左手奥に住吉さんの高灯篭が見える。昔はこのあたりで潮干狩りも出来たらしい。先般東博で見たボストン美術館所蔵の名所図会にもそんな絵があった。
母と娘は彩色がやや重いが派手な柄の着物を着て楽しそうに笑い、後ろのおじさんは指をカニに挟まれて笑っている。
全般に和やかで楽しそうな雰囲気の絵。
昔はここから徒歩か駕篭というところだが、今なら路面電車の阪堺電気軌道で帰宅してほしい。

合作 浪華勝概帖 幕末に近い頃の大坂の名所図会。1ページ物に仕立て上げられていて、楽しく眺めることが出来そう。絵師により雰囲気も違うが、総じていい絵である。
桜ノ宮の桜、町内で盆踊り、堂島の米市場の賑わい、秋の難波橋(この頃はまだ今のようにライオン像はない)、天神祭(えべっさんの人形まである)、松ヶ鼻、大坂一低い「天保山」。今なら海遊館とツタンカーメン展で賑わっているだろう。

中村芳中 盆踊り 琳派というより蕪村や呉春のような俳画味のある楽しい図。町人たちの楽しさが表情や身振り手振りからにじんでくる。
ああ、わたしはドンドンパンパンくらいしか踊れないなあ。

<江戸>
歌川豊広 両国夕涼ノ図 若い女(長い袂が風に泳ぐ)、やや年上の女(黒の絽が涼しそう)、荷物を背負い傘を持つ小僧の三人が、川端を歩く図。
娘の帯は宝尽くし柄。対岸には店屋も多く見える。判の位置が夕日のように見えるのも面白い。

鳥文斎栄之 品川・佃島風景図 たいへん静か。ずぅっと遠くの眺め。

2.花鳥くらべ
これは前期だけの展示。たいへん見ごたえがあった。
後期は人物画くらべに変わる。そちらも楽しみ。

<京>
俵屋宗達 春日野図 薄墨でくつろぐ牡鹿を描く。頭が大きく口元の細い鹿。藤らしき植物が見える。ちゃんとツノが生えているが、まだまだ少年ぽい鹿。耳が可愛い。

土佐光起 秋草雉子図 雉のカップルが秋草の中をデート中。楽しそうに語らっている。
さすがに大和絵らしい上品さがある。

尾形光琳 桔梗・水仙図団扇 金地にそれぞれ桔梗と白い水仙が描かれている。
地の白さが残る水仙と、躍るような桔梗と。それぞれいい感じの団扇絵。

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吉村孝敬 竜虎図 敵対なんかしません~それぞれの立ち位置でポーズを決めてるだけです♪、な竜と虎。特に手前の虎の可愛らしいこと。ふと短い手足も伸びた尻尾も毛並みがよくわかる。爪もきれいに並んでいて、得意げな顔も可愛い可愛い。

長澤芦雪・呉春ほか 花鳥図 長春花に白梅、小禽たちと黄色い蝶々と水面に亀。吉祥図と見てもいいと思う。手の違う絵師たちのコラボはなかなか面白い。
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<大坂>
林閬苑の描く鶴や白孔雀は妙な質感があり、鳥が苦手のわたしは逃げ出したくなった。
中国絵画に学んだらしいが、南蘋派とはまた別系統のようだ。
孔雀には牡丹がつきものだが、ここに描かれているピンクの牡丹と青灰色がかった紫の牡丹とは、日本の絵にはないような迫力がある。それが中国絵画を勉強した成果なのだろうか。

森狙仙 猿図 出ました、猿の狙仙。これはまた可愛らしいエテさんたちで、一匹は手の甲の虫取りに熱中し、その丸い背中にもう一匹が肘をついてくつろいでいる。
仲良しさんな二匹のエテ。いかにも狙仙の描く可愛らしさが活きている。
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泉必東 菊花小禽図 紅白の菊が派手で岩上の黒いトリがまたいい味を出している。
蘋派の絵師と言うことで納得する。

上田公長の孔雀がいた。さっきも応挙の孔雀がいたが、どちらもスルーしている。
公長のベストは逸翁美術館の猫図だと思う。そちらを関東の人にも紹介したい。
しかしこの孔雀の背後の白牡丹は花びらの質感がリアル。

森徹山 寒月狸図 見上げる狸。尻尾がくるんとしている。可愛い。狸には違いないが、猫にもこんなのがいる。大概可愛らしく思う。この狸もちょっとばかり撫でてみたくなる。

<江戸>
狩野探幽 四季花鳥図 探幽が狩野派の伝統を変えた、ということを改めて考える。
確かに前代の狩野派の人々の絵とは違う。
この四季図を見ていると、非常に静かなものを感じる。わたしは夏の燕が飛び交う図が気に入った。
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宋紫石 柳汀双禽図 南蘋そのままとは違う、一種の静けさがある。キンケイとかいう鳥のオスは派手な着物をまとうが、メスは地味である。まるでアリアを歌うテノールのようなオスだが、目線はしっかりメスにむいている。メスは知らん顔なのがいい。

酒井抱一 白梅雪松小禽図 信楽か常滑か、そんな大瓶に白梅が活けられている。元気のいい生け花。こういうセンスはかっこいい。
一方では楽しそうな福良雀が仲良くおしゃべりする図。可愛くて掌にしまいたくなる。

葛飾北斎 宝珠を搗く月兎 杵の中に赤や青の宝珠がコロコロ入っていて、茶色い衣を着た兎がマジ顔でそれを搗こうとしているところ。吉祥図と言うよりちょっとホラーに見える。

ここまで見終えたとき、スライドレクチャーがあるというので、折角だからと飛んでいった。かなり面白く伺った。自分の思っていることもあながち間違いではないなと思ったり、「なるほど~いいことを聞いた!」があったりの、楽しい時間だった。

続く。

「伝道院」と伊東忠太

東京のギャラリーa4と大阪の「くらしの今昔館」とで『「伝道院」と伊東忠太 蘇った西本願寺』展が開催される。
わたしは一足先にギャラリーa4で見てきた。
愛する忠太の作品のうち、伝道院は特に特に愛しい建物なのだった。
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現在伝道院は長い長い修復が終わり、一般公開されていた。
「ご縁まちフェスタ」の中核施設として、1/16まで中で映像が流れたりしていた。
わたしが行ったときもたいへん綺麗に整備されてて、心底ほっとした。
やっぱり忠太の建物は活きていてほしい。
市田ひろみさんがナビゲーターとして、このイベントのチラシに現れている。
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今はまだ一般公開されているのかどうか、ちょっとわからない。

東京のギャラリーA4ではその修復の模様のパネル展示や、模型、映像などで伝道院の魅力を伝えようとしていた。
かなり大きなパネル展示があり、伝道院のサラセン式のドームがドーーンッと来るような迫力がある。
模型も精妙。可愛くて可愛くて撫でてやりたくなる。
忠太の拵える建物は概して「可愛い」ものが多いので(主観の相違があるかもしれないが)、わたしは喜んでチュータチュータ♪とはしゃいでしまう。

しかし本当に修復期間は長かった・・・・・
わたしが最初に伝道院に入ったのは'98年3/11だったから、もう14年前になる。
まだ「浄土真宗教学研究所」の看板が掛けられていた。
'02年4/10ではドームなどはクリスト夫妻状態(要は梱包状態)。
あのドームも周囲の愛らしい怪獣たちもみんな十年ばかりここから消えていたのだ。
昨秋の伝道院訪問についての記事はこちら
昔の写真と共に並べている。
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忠太の伝道院の愛らしさについてはこれまでしばしばここに書いてるので、一旦措いて、次は築地の本願寺へ行く。伝道院の展示の奥に築地本願寺♪

本願寺の細部の装飾が延々画面に流れている。
非常に嬉しい。
まだ20歳の頃から忠太にのめり始めたのだが、そのきっかけはこの築地本願寺だった。
蜷川幸雄が演出したその当時の「オイディプス」はこの本願寺を借景にしていた。
芝居よりもその背後の本願寺の建物に驚き、わたしは実物を見たくて仕方なくなった。
だがまだ学生だったので、おいそれと築地へ行くわけには行かなかった。
やがて社会人になり、初めて単独で東京へ行った日、わたしは一番に築地の本願寺へ向かった。
異常なときめきが湧き立ち、わたしは長い時間をかけて眺めたが、中へ入る勇気がなかった。
基本的に関西の寺社ならともかく、関東の宗教施設に入り込む根性は、今もない。
一体何をしているのだろう。

その後何度か訪ねたが、行く度に必ず法事が行われていたので、中へは入らなかった。
やがて十年前の正月、わたしの愛する歌舞伎役者・澤村宗十郎が亡くなり、彼の葬儀が本願寺で営まれたのだが、その前日から都内にいたのに、その当日も銀座にいたのに、ついに見送ることが出来なかった。
それがいまだに忸怩たる思いをわたしに抱かせている。
罪を犯してしまったような感覚があるのだ。
そのためにわたしは今も築地の本願寺へは入れないでいる。

この先も中へ入ることは出来ないかもしれない。
そんな気持ちがあるので、こうして映像や写真集を見ることには熱が入る。

忠太には本人の言うところの「ばけもの趣味」がある。
それが伝道院のぐるりを囲む霊獣になったり、大倉集古館の階段手すりを守る、頭の丸い獅子たちになったりする。
それについても多少の展示があり、嬉しい。
以前ワタリウムではその辺りを大々的に展示していたことを思い出す。
あれも楽しい展覧会だった。

ところで忠太には二人の大いなる同志がいた。
築地本願寺の施工を依頼した大谷光瑞と大倉喜八郎である。
大アジア思想を共有することで、忠太の仕事はいよいよ巨大化したと思う。
ここにもパネル展示されている「祇園閣」は大倉の依頼によるものだし、失われてしまったが、六甲の「二楽荘」は光瑞の別荘だった。
(尤も二楽荘は忠太が実際に設計したのではなく、相談役として関わったと言う説がある)

祇園閣は以前に見学したが、これは長~~い鉾が頭頂に立ち、その上に大倉喜八郎の雅号「鶴彦」に因んだ鶴が羽ばたいている。
(以下はわたしの撮った昔の写真ばかりである)

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その内部の天井にはアジア的な姿を見せる十二支がめぐらされ、照明すらも怪獣が明球を抱え込むと言う面白さを見せている。
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内部には敦煌寞高窟の壁画を模写したものが後年になって他者の手で加えられているが、それがちっともおかしくないのだ。後世のファンから忠太への捧げものに見える。
zen328.jpg 妙な十二支の動物たち。
狛犬。zen327.jpg
・・・やっぱり「伊東忠太 動物園」なのだった。


二楽荘については芦屋市立美術博物館が二度に亙って素晴らしい展覧会を開催しており、大いに楽しませてもらった。
(図録は現在販売を終えているが、ライブラリーに保存されており、一読の価値がある)
当時販売されていた絵葉書も見たが、本当にある種の粋を極めていた。

忠太の三年に亙る大ツアーの地図も展示されていた。
わかってはいたが、こうして地図に示されると、忠太の気宇壮大さがよく伝わってくる。

展示は他に東京都慰霊堂、兼松講堂、可睡斎護国塔などの写真がパネル展示されていた。

かつて輝いていた阪急梅田のモザイクをここに挙げる。
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A4では4/26まで。平日のみ。
その後は大阪に6月に来る。

横浜にチンチン電車が走った時代 まちの主役!路面電車

日本大通り駅の真上にある「横浜都市発展記念室」は9周年を迎えたそうだ。
時折出かけては楽しい展覧会を眺めている。
基本的に「都市発展」に興味が向かうので、好みの展示以外でものこのこ訪ねては「なるほど~~」ということも多い。
そういうファンの人も多いとみえて、企画が続くのだ。
いいことです。

さて今回は路面電車の展覧会。
日本全国から撤退していったとはいえ、今も阪堺電気軌道、京福電鉄(嵐電)、江ノ電、宮島電鉄、世田谷線、都電荒川線は元気に走り、他にも函館・岡山・高知・豊橋、熊本、長崎などで市民の足として路面電車は走り続けている。
富山に至ってはヨーロッパの主流になったLRTを導入し、大いに市民に役立っている。
わたしはその路面電車が大好きで、時には理由をつけて乗りに行く。
復活すればいいのに、と思う町も多い。

横浜にもかつて路面電車が走っていたそうで、その頃の風景写真や路線図、また走っていた現場に関するものたちが展示されていた。
見に行くと、リアルタイムにハマの市電を愛していた人々が大勢いた。
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古写真はここの自慢のコレクションからいくらでも出てくる。チラシ表には四枚の写真が使われている。
上右から昭和四年の本町通り、上中は昭和45年の県庁、上左は明治末~大正の馬車道交差点、下は昭和29年の桜木町駅前。
それぞれの時代図から、ノスタルジーだけでない匂いが立ちこめてくる。人々と路面電車との深い共存関係が。

最初の名前は「横浜電気鉄道」だったそうだ。浜も電も鉄も旧字だった時代。それを経て「横浜市電」になる。
市電は本当によかったらしい。
何も横浜のそれだけでなく、使ってた人々の誰もが同じように言う。
うちの親は大阪の市電を愛用していたので、わたしが本町の信濃橋にゆくと言えば「市電があったら楽やのに」と今も言う。農人橋でも高麗橋でも同じ。
地下鉄やバスの発達があっても、やはり市電の良さを想っている。
わたしも街が見える電車が好きだ。なるほどここを通ればさぞ楽しかろうと思う町並みが、まだ各地に生きている。
「こち亀」では両津巡査が「勘吉少年」だった時代を時折描くが、そこでも市電は愛されていた。実用性と愛着。すばらしい存在。

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昔の写真がそこかしこにある。
他に昭和35年の路線図などを見る。
銀座・立田野のあんみつや小倉アイスの宣伝付きmap。
楽しそうでいいなぁ。
路線を追うとけっこう今の私鉄や地下鉄ともマッチするのを知ったり、ここは今ならバスがあるはず、と思ったりして、かなり面白い。
路線図を見るのは本当に楽しい。
停車場のプレートや方向板もあり、戦前のものは書体も可愛いし、書き方も右から左なのがいい。

一方「楽しい楽しい」だけではないのが「電車」である。関東大震災、空襲などの災害からの復興についても資料が出ていて、それを見ると胸が痛む。

地下鉄の広がりについても当然資料がある。
わたしが一番よく使うのはみなとみらい線で、ブルーラインはほぼ乗らない。
実は伊勢佐木長者町にも入ったことがない。
子供の頃からずっと好きなドラマ「俺たちの勲章」のOPには横浜の街が映る。
長く憧れているのに、何故か行く場所は限られている。
今度はぜひその界隈から野毛山の動物園へも歩いてみたい。

記念乗車券、パンフレットの展示も興味深く眺めるうちに、各地の路面電車の写真などが出てきた。こういうのを見るのも楽しい。
わたしは日本では後は高地と富山の路面電車を乗っていないので、今度はそちらへも行きたいと思う。

本当に楽しい展覧会だった。4/1まで。

ボストン美術館 日本美術の至宝 第二会場篇

さて第二会場へ入った。

第6章 アメリカ人を魅了した日本のわざ-刀剣と染織
いかにもアメリカ人が喜びそうな感じがした。いいねぇ、そういうキモチ。

短刀 銘・来国俊 鎌倉時代 この刀は池波正太郎の描く剣士が差料にしていた。刀を見ると自分の好きな剣豪が思い浮かんできて楽しい。

備前長船などはビゲローはじめアメリカ人コレクターはドキドキしながら柄を握ったかもしれない。
どこから流出したかはしらないが、それこそ「オオ、ハラキリ、オオ、サムライソード」くらいはつぶやいた可能性もある。

小袖 白綸子地松葉梅唐草竹輪模様 江戸時代 なかなか可愛い小袖。竹を輪にして花を囲む。よく出来た柄。
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能装束も優美なものがたくさん出ていて本当に目が躍る。大事に保存されていて嬉しい。

唐織 紅地流水芦菊槌車模様 江戸時代 改めて染色技術の豊かさを感じる名品。
唐織 胴箔地蝶撫子模様 明治時代 蝶自体は雅楽の「胡蝶」のよう。
長絹 紫地扇藤流水模様 明治時代 特にこれは藤柄が綺麗なもの。なんの演目の時に用いたのだろう。

第4章 華ひらく近世絵画
慣れ親しんだ絵師たちの登場。

韃靼人朝貢図屏風 伝・狩野永徳筆 安土桃山  永徳だと伝わる作。納得する。大柄な絵。永徳の絵威徳という感じ。人物の顔もはっきりしている。
船の飾りも綺麗。トールペインティングのような。

龍虎図屏風 長谷川等伯 慶長11年(1606) 出光に住むデヘヘの虎ちゃんの兄弟らしい。無精髭を生やした、大柄な弟という雰囲気の虎。首をひねってるのがまた可愛い。よく見れば鎌髭を生やしているようにも見える。
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一方カメラから目線を外しているが、十分カメラを意識している大きな竜も忘れてはならない。
主演男優賞はあいつにやるが、おれの重厚な演技がないとオスカーとも無縁なんだぜ、とでも言いたげな顔つき。
右はフェノロサ、左はビゲローのコレクションだが、こうして並んでヨカッタヨカッタ。
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牧牛・野馬図屏風 長谷川左近 江戸時代 絵師は等伯の息子の一人とか。ついつい日経の連載小説を思い出す。
少年はくつろいでいる。十牛図の趣はなく、現にこの牛はカメラ目線でこちら向き。牧歌的な風景。
一方馬の方もまた和やかムードである。サラブレッドとは無縁な、よく肥えた馬たち。寝てる馬もいるが、こんなポーズなのか・・・

東坡・潘ラン図屏風 雲谷等顔 安土桃山~江戸時代  ロバをひっぱってゆく。京都の他では見ない絵師の絵をアメリカの里帰り展で見る。

鷙鳥図屏風 曽我二直庵 江戸時代 ぎろっ!・・・こわっ。

十雪図屏風 狩野山雪 江戸時代 どこもかしこも雪まみれ。雪下ろしする人々がいる。子供らもいる。いろんな人の様子が描かれている。ブリューゲルを少しばかり思った。
しかしこちらはあくまでも静かである。

四季花鳥図屏風 狩野永納 江戸時代 ツツジとタンポポが特にいい。スミレも可愛い。
よく見れば蔦も赤くなっている。春秋の赤の違いは大きい。カワセミもいた。

王昭君図 土佐光起 江戸時代 馬上で琵琶を演奏。馬の鬣がやや変な感じがする。こんなシマシマはありえるのか。せつない物語の女性。

仙境・蕭史・弄玉図 狩野養信 江戸時代 仙人カップルの楽しそうな様子。左右から二人が真ん中の幅である仙境へ向かうという構図。そちらも役人の仕事などがあるようで、下界と変わらなさそう。

水禽・竹雀図 宗達派 江戸時代 雀たちがとにかく可愛い。わたしも思わず下手な絵を描いてしまった。一本の細い竹に三羽の福良雀がとまる。枝のシナりがいい。

芥子図屏風 宗達派 江戸時代 金地に白と赤の入り乱れて咲く芥子。余白が大きいのがいい。左の隻の芥子はやや大きめ。咲き乱れるのでなく独立してポーズを取るようにも見える。白い芥子のスーパーモデル。

松島図屏風 尾形光琳 江戸時代  これは20年ほど前に日本に来たときに見た。当時はこの良さが本当にわからなかった。いや今もわからない。光琳ファンだと自称しているが、どうもこの良さがよくわからないままである。
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鸚鵡図 伊藤若冲 江戸時代 随分前にこの絵を見たとき「あのトリオヤジも常世の長鳴き鳥以外の鳥を(それもオウムを)描くのか」と思ったのだった。背景の地の色が透けて見えるような白いオウム。どことなく様式的なよさがある。

十六羅漢図 四幅 伊藤若冲 江戸時代 四人ほどいる。みんな変。特に枇杷の下で膝を抱えているオヤジなどは何を考えているのか、全く読みとれない。

西欧王侯図押絵貼屏風 安土桃山~江戸時代 サントリーや神戸市博物館で見かける西欧王侯の姿。二隻目の槍を持つ人物の膝頭のリアルさが面白い。

邸内遊楽図屏風  江戸時代 楽しい。それにしても大きな家。見応えがある。各人の衣装がまた丁寧に描き分けられている。どこを見ても本当に楽しそう。こうした歌舞音曲に溺れてぶらぶら楽しむ情景は、何度見ても飽きない。

第5章 奇才 曽我蕭白
さて最後に蕭白の間とでも言うべき場へ向う。

フェノロサ・ウェルドコレクションから。
楼閣山水図屏風 垂直の崖の下に田んぼが見える。働く人や牛が見える。労働は尊い。ところどころの建物に人の姿が見える。話し声は全く聞こえず、音声は遮断されているが、それは背景の白色に吸い込まれているのかもしれない。

朝比奈首曳図屏風 いゃ、やめようよ、もぉ・・・と言いたくなる二人。鬼の顔つきを見て似てはいないのだが「狂女図」をふと思い出した。

風仙図屏風 強風注意報発令中。コケてる人々のツラツキが楽しい。背後の木々の動きが凄い。墨の濃淡がとても効果的。

商山四皓図屏風 線の肥痩が面白いし、こちら向きの人物の顔がまた・・・いいのかそれで?面白く眺めた。

ビゲローコレクションから。
ホウ居士・霊昭女図屏風(見立久米仙人)宝暦9年(1759) 父と娘らしいのだが「見立て久米の仙人ではなぁ。困ったおじいさん。しかし娘のふくらはぎは確かに綺麗。
家財道具を見ていると、タチの悪い古道具屋に掴まされたものばかりかも、と思ったり。

雲龍図 宝暦13年(1763) 胴が欠落しているらしい。なるほど竜頭蛇尾ならぬ竜頭魚尾。
ある意味「水を呼ぶ応竜」にも見えぬこともないか。
これを見ているときに、すぐそばで辻先生がお連れの方と修復について話されてて、ドキドキしながらそっっと拝聴したのだが、ドキドキしすぎて内容を忘れてしまった。
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鷹図は二枚あり、どちらも力強い。特に墨絵のほうが勢いがいい。

虎渓三笑図屏風 どう見てもジェンカ・ダンスをする三人組。楽しそう。この題材を蕭白は好んだらしく、他にもいくつか見ているが、ここの三人組もとても可愛い。
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山水図屏風 楕円と筒型で出来たような人の姿が遠くに見える。幽山深谷。建物はものさしで書いたような、そのくせ指が震えているような・・・

酔李白図屏風 酔っ払いのおっちゃんの介抱は大変である。人々の顔つきがとても面白かった。

以上、相変わらずふざけたような感想ばかりだが、本当に面白かった。
この展覧会は長期戦なので再訪するつもりだし、来春には大阪にも来るから、そのときはまた天王寺まで行く予定。
ありがとう、東博。

ボストン美術館 日本美術の至宝 第一会場篇

近年の東博の特別展は本当に凄い。
多くの方々の労苦の上に成り立つ展覧会だということは弁えていても、行ってみるとただただ「おおお」と感嘆の声を挙げるばかりになる。
本当に凄い。
年初の「北京故宮博物院」でも賛辞を捧げたが、今回の「ボストン美術館展」もまた素晴らしい展覧会だと思う。
この企画がどのように成り立ったかなどは、一観客のわたしなぞには到底わからぬままだが、ありがたいことだと思っている。
いま展示を楽しませてもらいながら、深い深い満足感に包まれている。
この喜びは斉しく分かち合いたいものだと思う。
だからわたしは今回も、その楽しかった記憶を書いてゆくつもりだ。

プロローグ コレクションのはじまり

ビゲローの肖像 伝・小林永濯 ビゲローの三度笠に道中合羽の旅人(タビニン)姿は写真で見たが、これは永濯の妙にリアルな絵。このビゲローさんが日本ヲタだったおかげで色んな作品が集まり、残ったことを思えばムゲには出来ない。ナムナム。

岡倉覚三像 平櫛田中 1963年に作られた天心の像。フェノロサに協力した岡倉天心がいたからこそ・・・。ところで以前名古屋ボストン美術館で天心の写真を見たが、今のジュリーによく似ていた。この像にも少しそんな雰囲気がある。

次の二人はフェノロサたちのおかげで世に出たのかもしれない。
江流百里図 狩野芳崖 1885年。うねりがいい。
騎龍弁天 橋本雅邦 翌1886年、鮮やかなカラーの弁天さんは綺麗だった。春向けの絵か。

第1章 仏のかたち 神のすがた
一言ずつ感想を。
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法華堂根本曼荼羅図 奈良時代 色も良く残っていると思う。
如意輪観音菩薩像 平安時代 綺麗な面立ちの仏様。美人。
馬頭観音菩薩像 平安時代 こわそー。アフロヘア大爆発。しかし赤が良く残る。
普賢延命菩薩像 平安時代 仏様を乗せてる白象たちはちょっと怖いが。・・・白象の目ヘンすぎww。
一字金輪像 鎌倉時代 色白美人。四方の花瓶が可愛い。
毘沙門天像 平安~鎌倉時代 これは名古屋で見たと。兜がとてもかっこいい。
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大威徳明王像 鎌倉時代 牛が自分の鼻のアタマをなめてるのが楽しい。炎は朱色。髑髏はアクセサリー(すごく今風かも)
弥勒如来二侍者像 鎌倉時代 新羅明神の不機嫌さがたまりません♪
弥勒菩薩三尊像 鎌倉時代 キリッとした三尊。皆さん凛々しい美人。
四天王像 重命 建長5年(1253)頃 四体それぞれ個性が違うのが面白い。
・多聞天 右足の陰に赤い邪鬼がいて弓を番えているのが、妙に可愛い。
・広目天 邪鬼を踏みしだく。
・増長天 剥落が激しいのが惜しい。
・持国天 ギラギラ目ばかりがよく見えているのもコワい。
十一面観音菩薩来迎図 鎌倉時代 仏様一体でピカーと光が周囲に放射されている。
吉祥天曼荼羅図 鎌倉時代 柔和な吉祥天の頭上にはフクロウのような飾り物と演奏天人。
熊野曼荼羅図 鎌倉時代 正直言うと、エライ仏さんたちより下の連中が楽しそう。ラジオ体操でもしてるような。
春日宮曼荼羅図 南北朝時代 どうも鹿が見当たらない。
地獄草子断簡 平安時代 鬼の手料理。お鍋で煮物。具材はニンゲン。色んな地獄草紙を見たが、これは妙に楽しい。耳長斎の地獄はここと直結しているのかもしれない・・・
菩薩立像 平安時代 プロポーションは綺麗なのだが、妙に押しが強い。
弥勒菩薩立像 快慶 鎌倉時代・文治5年(1189) 肉付きが立派。
僧形八幡神坐像 康俊 鎌倉時代・嘉暦3年(1328)  両目がなかなかきつい。シシャモが二匹逆八の字に並んでいるような眼。
地蔵菩薩坐像 円慶 鎌倉時代・元亨2年(1322)  正直、手を合わせたくなった。美の対象ではなく信仰の対象として、このお地蔵さんに対したい。そんな円満な優しさを感じる。
造ったのは人の手だが、それを超えてこのお地蔵さんは子どもや困っている人々を助けてくれそうに見えた。

第2章 海を渡った二大絵巻
長々と展示されているのがとても嬉しい。
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吉備大臣入唐絵巻 第一巻~第四巻 平安時代
吉備さんは色白、鬼になった(魂魄だけの存在=鬼=キ)赤っ面の仲麻呂と相棒になっての大活躍。
(歌舞伎では赤っ面はカタキ役)
非常に面白かった。
外来のものが土着のものから次々と難題を吹っかけられても、隠れた味方によって全てクリアーする、というのは定番だが、それにしても描写が豊かで面白い。
物語の展開が夢枕獏的に進む。
高床式の建物に閉じ込められても、鬼の仲麻呂くんは自在に出入りできるので、カンニングもバッチリ!根性がついたか、とうとう吉備さんも自身の手を汚す。碁石飲み込み事件。
絵巻ではばっちいのは描かなかったか、褪色したかはわからない・・・
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平治物語絵巻 三条殿夜討巻 一巻 鎌倉時代 後白河法皇拉致事件。炎上する様子がいい。武者たちのリアルなタッチがナマナマしい。
断簡は見ているが、この長さで見ることはなかったので、本当にドキドキする。
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第3章 静寂と輝き―中世水墨画と初期狩野派
見歩いていて楽しさをじわじわと感じた。

枇杷に栗鼠図 伝・楊月 室町時代 枇杷がおいしそう。リスも大喜びに見える。手つきが面白い。勢いつけて枇杷にジャンプ!
室町の水墨画は近年になってから、その面白味が少しずつわかってきたように思う。とはいえ山水図を見て平安な心持ちになることはないのだが。

山水図 祥啓 室町時代 平安な心持ちにはならないが、この山水を見ることで視野が広がる思いがするのは確か。
岩上の松が風にそよぐ様を思い、崖の半ばに見える建物に居住するときの心根を想う。
白い水面には波も立たない。遙かな山並みは雲霞にけぶる。窓の外にこんな風景が広がることを想う。・・・やはりわたしは騒々しい街中に出てゆこうと思った。
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瀟湘八景図屏風 伝・蔵三 室町時代 コンパクトにまとまった名勝。しかしどれがどうなのか確認できなかった。

布袋図 横川景三賛 室町時代・文明11年(1479)  室町時代の笑いというものを考える。先般出光美術館で高等な笑いについての考察の機会が与えられた。
そのときの作品は全て江戸時代のものだったが、室町時代の絵画における笑いとは、こうした布袋図に託されているのかもしれない、と思った。
あほな子とへんなおっちゃん。どう見てもそうとしか思えないが、これを収集したフェノロサは何を感じたのだろう。

白衣観音図 狩野元信 室町時代 優雅にそこにいるオジサマな観音。口元には薄い微笑が浮かぶ。所々に使われたブルーが綺麗。

宗祗像 伝・狩野元信 室町時代 連歌師の宗祗の肖像。変わったかぶりものが目立つ。室町の連歌の催しや状況は知らないが、外観もなにやら凝らすことが肝要だったのか。
馬もポーズを決めている。

金山寺図扇面 伝・狩野元信 景徐周麟賛 室町時代 金山寺味噌ではない。扇面に派手な佇まいの寺が描かれている。山あり緑ありの立派な堂宇。このお寺は修行寺だったか。確か面白い伝説を聞いた気がする。
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韃靼人狩猟図 伝・狩野元信筆 室町時代 ダッタン人の狩猟図は他にも見ているが、室町時代にはもう彼らが狩猟の達者であることが伝わっている証拠になる。司馬サンの最後の小説「韃靼疾風録」でもその様子が草原の風と共に伝わるように描かれているが、元信の絵にもその匂いがある。

松に麝香猫図屏風 伝・狩野雅楽助 室町時代 猫の親子。子猫は白猫。余裕のある親猫は遊ぶ子猫を見守る。以前から好きな絵。よくよく見れば片足をあげているのがいかにも猫らしい。小鳥も水遊びするのどかさ。猫の指先のもこもこ感が可愛い。
ちび猫がタンポポ越しにじぃっと見つめながら耳を後ろに下げているのがいい。こやつはしっぽだけ黒い。親猫は横目で小鳥たちを見ている。小鳥、危機一髪!
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松に鴛鴦図屏風 伝・狩野雅楽助 室町時代  鴛鴦だけでなく鴨もいれば雀もいる。タンポポが咲く春のある日。

京名所図等扇面(石清水八幡宮・清水寺・住吉神社・天橋立・宇治橋) 五面(十面のうち) 狩野松栄 安土桃山 天橋立と住吉ではそれぞれ潮干狩をする人々がいる。宇治では餅つきをして、石清水・清水では眺めを楽しむ。

ここで第一会場を出る。

ユベール・ロベール 時間の庭 /  ピラネージ「牢獄」

西洋美術館で「ユベール・ロベール 時間の庭」展を見た。
優美なタイトルである。
時間の庭。武満徹の随筆に「時の園丁」というものがあった。連載当時その「時の園丁」たる武満の言葉に溺れ続けていた。
このタイトルには心誘われる何かがある。
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18世紀のフランスの画家だということも「廃墟の画家」として名高いことも、今回初めて知った。
生きた時代はちょうどフランス革命の最中である。
国王の庭園デザイナーとして多くの庭園を拵えた、と聞いて記憶の片隅にこの名を探す。
みつかりそうでみつからないもどかしさすらも、何か愉しい。
ロベールの作庭は、その当時の庭園に古代風建築物や彫刻、そして人工の滝、洞窟を配したものがメインだったようで、ロココ時代の美の基準の一つになったろうと思われる。
今回の展示は世界有数のロベール・コレクションを蔵するヴァランス美術館のサンギーヌ(赤チョーク)素描と油彩画などを中心にしたものだという。
無論借りてきたものばかりでなく、この西洋美術館の同時代の画家たちの作品も展覧会に花を添えている。

1.イタリアと画家たち
当時イタリアへのグラン・ツールが流行していた。
名家の子息たちが長い留学を含むイタリア滞在をすることで、教養を身につけていたのである。
彼も自分の父が仕える侯爵家の若様の随行として、11年をローマで過ごした。

クロード・ロランのエッチングが6枚とサルヴァトール・ローザの作品があった。
その同時代のほかの画家の作品も共に眺めることで、時代の雰囲気が伝わってくる。
その時代の技法で描かれた空想的な風景画は、後世のわたしたちにある種の錯覚を起こさせる。
あり得ない風景を実写に基づくものだと思ってしまうのだ。
そういうことを踏まえて眺めると、後のロベールの作庭法がリアルに腑に落ちてくる。

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夥しいカプリッチョは全て綺麗な絵だった。
しかしロベールに関して言えば、彩色した完成品よりも、サンギーヌの素描の方が魅力が深い。
色を塗りこめることで時がとまったような感覚がある。
しかしサンギーヌにはいきいきした時間がある。
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2.古代ローマと教皇たちのローマ
カンピドリーオ広場やサン・ピエトロ大聖堂で描いたという絵もどこか不思議な風景だった。
自分が実際に見た風景と違うのは当然にしても、なまじ「似ている」だけに、奇妙な違和感が生まれ、それが面白い。
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カピトリーノ美術館の古代遺物、ファラオ、ギリシャ風キス、アテナ、ヘルメス像・・・・・
眺めることが楽しい。

3.モティーフを求めて
フラゴナールの絵があった。和やかな官能性を感じる。
そしてここでは庭園の美を多く見た。
そのサンギーヌで描かれた庭園や像を見ていると、安彦良和さんの絵を思い出す。
安彦さんの確かなデッサンの力と絵の魅力がそこにあふれているようだった。

ファルネーゼ宮の螺旋階段を描いた空間が非常に良かった。

4.フランスの情景
フランス帰国。貴族社会での活躍。ジョフラン夫人、ラ・ロシュフーコー公爵といった人物との関係が作品から伺えるが、それらを見るだけで歴史を想う。
革命前の貴族社会の優雅な日々。
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見て歩くと多少の退屈がある。その退屈さこそが貴族社会の本質かもしれない、と思いながら。

5.奇想の風景
「廃墟のロベール」の本領発揮。崩れかけた建物のある空間に、元気の良い庶民がいる。
洗濯をしたり釣りをしたりいろいろと動く。
彼らと建物との間に違和感はなく、絵は破綻しない。

スフィンクス橋の眺め そこにも洗濯場があり鍋で煮炊きをしたり。

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これはロシアのパーヴェル一世と愛人のフォードヴナがパリでこの絵の本作を買ったそうだ。こちらは1782年の習作らしい。
本作はエルミタージュにあるのだろうか、それとも失われてしまったのだろうか。
女帝エカテリーナは芸術に愛情を注ぐ君主だった。フランスの思想家ルソーとも交友がある「啓蒙君主」だったが、フランス革命は最後まで認めなかった。
同時代とそれ以前の作品を集めたが、そうしたところにも彼女の思想がのぞくような気がする。

6.庭園からアルカディアへ
イギリス式庭園という新しいムーブメントが来た。
しかし庭園作家としてのロベールはそこでも才能を発揮する。
人から批判を受けても、その作品が完成すると、誰もが納得したそうだ。
人工庭園の秩序、ということを考える。
この言葉は磯田光一の著書のタイトルだが、人工庭園への愛着を展示作品の端々に感じることから、改めてその言葉をかみしめている。

ロベールは「国王の庭園デザイナー」という称号を得たが、革命の余波で投獄されてしまう。
尤も獄中ではお皿に絵付けしてそれを販売して糊口をしのいでいたそうだから、これこそ「芸は身を助く」なのだった。二枚ばかり展示されているのを見て、ため息をついた。

最後に「ヴェルサイユのアポロンの水浴の木立」を見る。
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人工の洞窟(グロッタ)の中に配されたギリシャ神話の神々像、まるで舞台芸術のように見える。
現実にそれを拵え、さらにそれを絵画化する。
2Dも3Dも本人の手によって生まれたのだ。

二百年以上前の「時間の庭」を大いに楽しませてもらった。


地下で「時間の庭」を見た後、地上階へあがり、以前からの愛すべきイコンやルネサンス以前の作品を眺めて歩くうちに、新収蔵の絵画に気づいた。
ヴィンツェンツォ・カテーナ「聖母子と幼い洗礼者聖ヨハネ」である。
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16世紀前半のヴェネツィア派だと説明があり、年末くらいから出ているらしい。
緋色のカーテン、聖母の青い衣、斜め一直線の聖母・イエス・ヨハネの顔の位置関係、背後のどこかシュールにも見える広場のある空間などが、心に残った。
かつてはこうした古画に関心が向かなかったが、近年はその古雅さに目を惹かれるようになった。

リュートの音色を心に流しながら更に歩く。明るい心持である。
だが、それはすぐに消える。
角を曲がると、暗い空間が見える。
版画室である。
そこでピラネージの「牢獄」が第一版・第二版ともども静かに展示されていた。
明るい気持ちを棄てて、牢獄の奥へと向うことにした。
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銅版画家ピラネージは「建築家ピラネージ」とサインしたらしいが、その建造物は専ら紙上で生まれ続けていた。
概して第一版より第二版の「牢獄」の方が酷く心に爪を立ててくる。
巨大な牢獄の内部は、いつかどこかで見ているようにも思う。
それはピラネージのこの作品を母にした、遠い子孫の絵だと思う。
インダストリアの地下、ゴッサム・シティ、メトロポリスの地下、「さまよえる人々」のロッテルダムの矯正院、ブレード・ランナーの都市、細見美術館のパティオ・・・
この小暗い空間でわたしは「牢獄」と対峙しながら、さまざまな空間を思い起こしている。

基本はローマ建築だということだが、そこにゴシックの要素も加わり、更に巨大な車輪や大仰な鉄鎖、牢獄空間そのものを支える柱、アーチ橋、無限に続く階段などが見える。
拷問具や苦しむ人間を見るよりも、この空間そのものにわたしは反応する。
大量の湿気と蒸気に苦しむような感覚がある。
絵にはそうしたものは描かれていないが、わたしはそこに肺をわるくさせる空気を感じる。
背筋がざわめいてくる。囚われたくはないのに、そこへ入り込んでみたいと思う。
そしてそこで自由を求めて、脱獄の夢を見るのだ。

ロマン主義の作家たちはこの連作の銅版画を見て大いに刺激されたというが、どんな物語がそこから生まれたのかは知らない。
ただ、わたしはこの牢獄を見て西洋と東洋の埋めることの出来ない差異というものを考えた。

一点一点丁寧に眺めながら、深い興奮を隠すことが出来なくなっていた。
解説を読むのが不意にわずらわしくなる。自分の妄想を第一にしたい。
わたしはここに書けない妄想に耽りながら、時間をかけて「牢獄」を歩き続けた。

とうとうわたしが「牢獄」を放逐される時間が来てしまった。
ピラネージの連作が終わったのである。
釈放される喜びよりも、この小暗い空間の在る「牢獄」に囚われていたい欲望が強かったが、わたしは光のある道へ出て行った。

ユベール・ロベール「時間の庭」もピラネージ「牢獄」もどちらも5/20まで。

青梅信金コレクション展

青梅信用金庫コレクション展を青梅市美術館まで見に行った。
関西の片隅に住まうわたくしが青梅の場所を知らぬのも無理はないと思っていただきたい。
路線図で探して「ああここか」と思ったものの、実感などない。
八王子までは入ったがその先を知らないわたしは、朝から随分遠いところへ来たなと思うばかりだった。
やがてうとうとし始め、殆ど寝入ったところで青梅についた。

駅から住宅街を抜けて坂の下に美術館があった。
そこへ入る。いい建物だと思った。
展示室は四つあり二つがその青梅信金コレクション展に当てられていた。
40点あまりの近代日本画が飾られている。
最初に川合玉堂の作品が多く並んでいた。近くの御獄にも玉堂美術館があり、やはり青梅といえば川合玉堂、というイメージが強い。
田植えに勤しむ人々の様子を遠景にした「五月晴れ」、梅の咲く山家を描いた「河畔梅家」、柿の実の赤い、小春日和の昼、母子が庭先で草鞋作りに精出す「小春」、芦刈の人々の「新月銀波図」など、農村や漁業に励むかつての日本人の姿を優しく描いた作品を見た。
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わたしが好ましく思ったのは松に止まり毛繕いする八哥鳥を描いた作品だった。
墨の濃淡で羽毛の質感がよく出ている。

目を転じると緑の広がる竹内栖鳳「水郷」、雲霞広がる横山大観「杜鵑」があった。
どちらもそれぞれの作風がよく出た温厚な作品。

小林古径の「水仙」を見て、わたしは「たけくらべ」を想った。あの小説のラストシーンには水仙の造花が現れる。少女と少年の心の花・水仙。
ここに描かれた水仙こそ美登里の胸に抱かれた水仙のように思われた。
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川端龍子といえば会場芸術を標榜した作家だけに、大作を思いがちだが、ここにある「菊三茎」はそんなに大きなものではない。
しかしこの絵を見た途端、激しく胸を衝かれた。
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赤い菊が三本ある。真ん中はもう明日には散るであろう満開の菊、向かって右は開きかかっているのか散りかかっているのかわからない花のそよぎを見せ、左の花はまだ堅く蕾でいるのだ。
それぞれの花は風に身を躍らせている。緑の葉は表と裏の質感もあからさまに、柔らかさよりむしろ掌や指先に苛立つものを感じさせる。
この赤い菊は薄く血を吸うているように見えた。
非常に魅力的な花だった。

前田青邨の二枚の花の絵はどちらも背景に、抑制された金とも赤さを見せる銀ともつかぬ色を持っていた。
「山茶花」は赤いものが二つ、白にピンクの裾を持つものが多数咲いている。
「梅」は青邨の「梅様式」を外すことなく、くねる枝振りを見せながら、可愛く白梅をそこかしこに咲きちりばめている。
奥にはふくよかな月が出ている。

モダニスト山口蓬春の「瓶花」は回青に包まれた瓶に活けられた散り椿が描かれている。瓶の絵柄も綺麗だが、そこにある椿の美しさには、深いときめきがある。

山本丘人、東山魁夷、奥田元宋らの遠景を描いた風景画を楽しんだ後、伊東深水の「ささやき」を眺めると、不意に現実に引き戻されるような感覚がある。
しかしそれはわるい気持ちではなかった。

花の絵ではほかに佐藤太清の「椿」がよかった。白地に被せる紅が強く、椿の葉の重みが心地いい。
そして濱田台児の「桔梗」は紫の花も良いが、それをいける八角白磁瓶がまたいい。逆立ちするような虎の絵が可愛らしい。
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福王寺法林「木蓮」は外が濃く中が白い木花を描いている。この花が本当に咲き出せば春も本番になる。

大山忠作の鯉、松尾敏雄の牡丹、加山又造の琳派な鶴、いずれも作家の得意とするテーマの作品が並ぶ。
見て回るだけで和んでくる。好悪とは無縁な感情が湧いてくる。いいものはいい、ということばかりが思い浮かぶのだ。

平山郁夫の「鴨」に少し違和感があった。平山の絵とは思えなかった。どちらかといえば須田国太郎の絵に近い。
そうしたちょっとした違和感も面白い。

機嫌良く見て回ってから、小島善太郎記念室に入ると、さっきまでの近代日本画とは違う不思議な味わいがあった。
小島は晩年はこの青梅で後進の指導に励んだが、それ以前は独立美術協会に属していた。
その時代の小島の絵には激しい力がみなぎっていた。
わたしは独立美術が好きなので、嬉しくて仕方ない。
林武、児島善三郎ら同志の作家の名品を思い出しながら眺めると、いよいよその時代の感覚がこちらの胸に押し寄せてくる。
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上は1917年の「梅木」下は1972年の「春の喜び」。
どちらも小島の歩んだ時間を感じさせるいい作品。
「梅木」には若い小島のみなぎる力強さが活きており、「春の喜び」はいい具合に力の抜けた、どこかシュールな面白味が生きている。

晩年の1984年「花」はいよいよシュールに深みが加わる。
紫の花瓶に赤いスパティフィラムを始めとした明るい花々が活けられており、その背景は青と黄色で二分割されていた。
どこかこの世の花ではない花に見えた。
フォーヴにシュールな味わい。それが小島の作品の面白味のような気がした。

いいものをたくさん見せてもらい嬉しかったが、時間が詰まっているので青梅を堪能はしなかった。今度は武蔵小金井のオバをつれて青梅で一日遊びたい、と思っている。

生誕百年 藤牧義夫展 モダン都市の光と影

明日までの会期だが、神奈川県立近代美術館鎌倉の「生誕百年 藤牧義夫展」はたいへん良かった。
モダン都市の光と影、という副題の示すとおり藤牧は昭和初期のモダン都市を非常に個性的に表現した。
随分前の千葉市美術館での「日本の版画」シリーズや江戸東京博物館での都市版画展で見知ってはいたが、今回のように大きな規模で見るのは初めてだった。
また藤牧の生涯を知ったのもこの展覧会のおかげだった。
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藤牧義夫は館林に生まれた。両親の晩年の子で、十代半ばにはもう才能が開花していた。
父と死に別れたときには追悼の私家本を拵えている。
そしてデザインブックの模写なども共に並べられているが、どちらも非常に達者な手を見せていた。
スケッチブックも巧すぎる絵が多く残されていた。
凄い才能である。

二十歳の頃に拵えた羽子板があった。モガが描かれている。かっこいい。
時代の先端を走り始めている青年の絵。

丁度藤牧が東京に出てきた頃、新版画や創作版画運動が盛んで、藤牧の作品も雑誌やチラシを飾るようになった。
単色摺りの木版画も面白いが、どちらかといえば手彩色のそれが私は好ましく思った。

やや太い線で刻み込まれたモダン都市。
1933年の街の姿。

一方、館林の「城沼」を刻んだ作品もある。
「城沼の冬」は水面のグラデーションが魅力的だった。
その色違い版もいい。
「雪の城沼」も玉虫色の水面が綺麗。

「鐵」と題された作品は隅田川にかかる橋をモティーフにしている。これを昔わたしは最初に見たのだった。
かっこいい作品だと思った。
かっこいいのは鐵の橋だけではない。
「給油所サービスステーション」もとてもかっこいい。

1934年になった。
チラシの「つき」が生まれている。手彩色。月にも見えるが大きなきつい瞳にも見える。
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水彩画がある。
魚の図は非常に巧い。これは日にちのわかる作品。
同年の七月には料治朝鳴あての暑中見舞いも描いている。
ギザギザの雷鳴がいい。
「実る梅」には紀元2594年とあるのが微笑ましい。

南画風な水彩画があった。
「面白き植物もあるかな サボテン」サボテンの鉢は染付だった。

藤牧は当時大人気のエノケンが好きだったのか、エノケンの絵が二種ある。チラシと版画と。

突然それまでとイメージの違う作品が現れた。
「白描絵巻」である。
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繊細なスケッチである。延々と隅田川のほとりを描いている。1934年の風景。
眺めるのがとても楽しい。
自分の知る建物や道が残っているのをみつけると、それだけでも嬉しくなる。
時間をかけて眺めたが、やはりわたしはこうした作品が好きだ。

昭和初期、日蓮宗の大小の宗派が多く活動していた。
一種の熱狂があったといっていい。
宮沢賢治も遺言に法華経の写しを拵えてほしいと残したが、藤牧も国柱会に所属していたらしい。
藤牧の作品にそれが影響しているかどうかはわたしにはわからない。

多くの資料や作品を見て楽しく歩いたが、1935年を境にプツリと展示が切れた。
藤牧義夫は1935年24歳で突然失踪したのだった。

理由は展覧会場のどこにもなかった。
なぜ失踪したのかはわからない。
そして2012年の今、生誕百年を経て藤牧義夫の回顧展が鎌倉で開かれているのだ。
遅ればせながらその展覧会を見ることができて、本当に良かった。

加藤久仁生 静かに温かい、ひとかけらの物語

加藤久仁生をわたしは知らなかった。
「つみきのいえ」と言われてもそれが2009年のオスカーを取ったアニメーション作品だとは、思わなかった。
水彩画風の温和な絵は確かに綺麗ではあるが、わたしをそそらなかったのだ。
しかし出かけてみると、結局長々とその世界に埋没してしまった。
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八王子夢美術館で開催されている加藤久仁生展は、たいへん静謐な空間の中にあった。
耳を通り、心に残る音楽が流れているのを感じる。
その音楽が映像のためのものだと知る。
「或る旅人の日記」のための音楽である。
この作品は様々な制約の下で製作され、今会場に流れるものは全体を2分ほどにまとめた作品だった。
物語の前提をわたしは知らず、その流れもわからない。
解説を読む。旅人トートフ・ロドルが架空の国トルタリアを旅し、そこで様々な事象を見、人に出会い、また旅を続ける・・・
幻想的な物語はわたしに諸星大二郎の描く、架空の星を旅し続ける名のわからない旅人の物語を思い起こさせた。
また麦焼酎「二階堂」のノスタルジックで美麗な映像作品も脳裏に蘇ってくる。
旅人とはなんと魅力的な存在なのだろうか。

この物語は連作だと知ったのは、少し時間が経ってからだった。
2分ほどにまとめられた映像は物語としての形を見せてはくれない。
近藤研二の音楽にはせつないような響きがある。ノスタルジイーと幻想と。
アコーディオンのような音色が優しい。
映像の背景が綺麗だと感じる。この背景だけをみていると、ボローニャの絵本市に現れそうだと思う。イタリアの優雅な絵本の世界、それに通じるものがある。

絵コンテがあった。今では珍しく手書きである。
制約があるからこその高品質、ということを感じる。
解説を読む。
「世界観を表現する重要なポイントとして加藤は全ての背景画を手描きする」。
そうか、あの背景画を綺麗だと感じたのは、そうした加藤の意識が伝わっていたからか。

背景画だけを展示するコーナーを見る。台形や二辺の長さが不均等な額縁の木枠には、麦穂が小さく刻まれているようだった。
ふと気づけば釣りをするおじいさんのフィギュアがちょこんと額の上に置かれていた。

「つみきのいえ」の上映が続いていた。
過去はセピア色で表現されるが、そこには温かな空気が満ちていた。若い夫婦で作る家。煉瓦を一つずつ積み重ねて建てられるつみきのいえ。
今、その家は水底に沈む。
アクアラングをつけたおじいさんが底へ底へと向かう。そこで過去の追想にふける。

綺麗な映像が続く。
台詞はないが登場人物の表情やちょっとしたため息に彼らの心情が表される。
町は全て水没し、水面に出る建物に人々が慎ましく暮らしている。ぽつんぽつんとのぞく家。
静かというより波音とカモメの鳴き声以外なんの音もない。会話のない世界。おじいさんのため息ばかりがもれる。誰とも会話もしないのか無言のままの生活。一人きりの明け暮れ。
ある朝、今住まう室内にも水が来ていた。
もうここにも住めない。おじいさんは再び屋上に「つみきのいえ」をこしらえてゆく。
物売りが小舟にいろんなものを持ってくる。販売の声もない。小舟は小さな水面の家の隙間を巡るように往く。全ては水の上で。
雨の日もおじいさんは煉瓦を積む。
そして水没した部屋から必要な家具を取り出してゆく。
生きている限り、ここで生活してゆくしかなく、そして生きている限りは、暮らせるようにする。
新しい部屋にかつての家族写真を真っ先に飾る。家族の肖像は決して捨てられない。

おじいさんは自らも小舟で部屋へ入るが、ふとしたミスで大事なパイプを水中に落としてしまう。
物売りの持ってきた新しいパイプのどれもが気に入らない。ふと見ると潜水服があった。
水中へ、過去へ、おじいさんは深く潜ってゆく。
パイプを見つけた後、一つずつ古い家へ向かう。
沖積される記憶。堆積する過去。
おじいさんの追想も新しい順から古い順へとゆく。
寝たきりになったおばあさんの介護。その前は娘夫婦とともに記念撮影した記憶があり、さらにその前には町がまだにぎやかで、娘も幼かった時代がある。
赤ん坊を中心にした幸せだった昔。
とうとう最下層に来る。水底。町の残骸ばかりが見える。
森があった頃、大きな木の周りを走る少年と少女、彼らがやがて青年と娘になり、そして夫婦になった。木には鳩もいた。飛んでゆく鳩、今は水面の上を飛ぶカモメしか見えないが。
楽しかった時代、ワインで乾杯していたことを思い出す。水底にグラスは残っていた。
一人で二人の乾杯をするおじいさん。笑っていた時代を思う。そして今は一人のまま。

見事な映像詩だった。ノスタルジーに胸を噛まれる。
そしてこの作品は絵本にも仕立てられていた。
絵本は映像よりも使われた色彩が多かった。
物語も少し違う。映像の中の物語の、そのいくつか下の層にいた頃の時代を描いていたのかもしれない。
まだ町は機能していた時代。
絵はがきサイズの原画と少し大きな原画と。
水彩の優しさが活きる絵。
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加藤は現在「MOE」で「あとがき」と題された連載を続けている。ノスタルジーと幻想とがその世界を構築する。
「湯どうふ」の話がせつなかった。
その物語とは違うが、ふと「湯とうふや 命の果ての 薄明かり」この句が胸によみがえった。
どこかしら悲惨なものも「物語」として通り過ぎてゆく。

アニメーションによる詩だと思った。
見る側は無口になってしまう世界。
饒舌ではいられない。
そしてそのことにわたしは微かな苛立ちを感じもする。
和やかな空気に包まれているが、その小さな世界から逃げ出したくなりもする。
逃げ出せない世界にいる「つみきのいえ」のおじいさんを思うからだろうか。

わたしはこの世界に埋没はできない。してはいけないし、もしここに居続ければ、いつか取り返しのつかない状況へ入り込みそうだった。
わたしと加藤久仁生の住む世界は異なる。
そのことを認識しつつ、遠くから加藤の世界を眺める。
小さな喜びと苛立ちが同時に生まれ、その棘に刺されながら、わたしは少しばかり目を伏せてその場を去っていった。

浮世絵 国芳から芳年へ

町田市立国際版画美術館の「国芳から芳年へ」を駆け足で見た。
この師弟はどちらも非常に魅力的な作品を多く生み出している。 
以前から太田記念でも、do!familyでも「国芳とその一門」展や「国芳と芳年」展などが開かれているが、いずれも面白い内容だった。
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まず国芳「唐土二十四孝」がある。
これは題材は中国の二十四孝を選んでいるが、画風は西洋画風で面白い陰影がついていたり、子どもの描写がエンゼル風だったりで、妙な違和感のある面白い作品に仕上がっている。
大舜 働く坊やのお手伝いをするゾウさんたち。その象の眉宇の表現がキモいような面白さがある。坊やも無論そう。
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黄香 ええオトナがなに子どもを酷使してんねん、というのは現代日本の片隅に住むわたしの感想だが、これは親孝行の図なのだ。まるっきりエンゼルな坊やが可愛い。

国芳・広重・国貞の三人による「小倉擬百人一首」も出ていた。
つまりこれは見立てもので、タイトルはそれで、描くものはそれから連想される、江戸のリアルタイムの人々に通じやすい絵をあてているのだ。
このあたりは現代人にはなかなか通じにくいので、丁寧な解説がついているのがいい。
見ながら「なんでやねん」とツッコめるようにならねば、本当には楽しめないので、日々「なんでやねん」と思いながら、ちょっとは勉強する。そうすればいよいよ浮世絵も歌舞伎も楽しくなるのだが、そこまではなかなか手が回らないだろう・・・・・
「陽成院」で鬼若丸と鯉、というのは知らないとわからない置き換えだが、国芳は鬼若丸と鯉の図を多く描いていることを思うと、ちょっとほほえましくもなる。
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国芳にはとにかく弟子が大勢いた。
弟子たちも師匠同様に物語絵や武者絵ゃおばけ絵に戯画におもちゃ絵もたくさん描いた。
芳幾「今様擬源氏」がいい。源氏物語の置き換えは国貞の絵で有名な種彦の「田舎源氏」があるが、こちらはフツーに源氏物語の置き換え物。
「夕霧」で梅若丸の幻影を見る母花子、というのはちょっと苦しいところだが、「浮舟」に清正毒酒というのは納得が行く。

幕末のというより「瓦解前の」芳年の仕事を見る。
坂彦の春永・訥升の蘭丸・我童の光秀。文久二年の役者絵だが、この頃はまだ師匠の真似から出ていない。

「和漢百物語」シリーズが出ていた。嬉しい。
「田原藤太秀郷」ムカデの化身が平べったい顔で凄むのが面白い。
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「清姫」これは大丸で初めて見た「芳年」展のときチラシにもなっていて、印象が深い。

「美勇水滸伝」があった。久しぶりに見る。
「白縫」これにはハマッていた。馬琴「椿説弓張月」の白縫姫のサディズムが心地よいほどだった。やはり浮世絵や歌舞伎には、どこか被虐の美が活きていないといけない。
嫣然と笑いながら敵をいたぶる姫の美貌が、すがすがしいほどだった。

「魁題百撰相」も多く出ていた。
戦うシーンが多い、または勇猛な者を描いたシリーズで、妖艶さはうすい。
田中官八、鈴木孫市、土屋惣蔵らを描いたものはやはり明治初年の意識が描かせたものだという感じがある。
森蘭丸では血染めの蘭丸を描いているが、その血がなんとなくぬれているように見えるのが凄い。実はここには出ていないが、前述のdo!familyで見た絵には、血の部分だけ本当に乾いていないような絵を見ている。
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さて芳年は江戸から明治に変わりスピード時代についてゆけないこともあり、神経を病んで幽霊を昼間に見るようになってしまった。
復帰して「大蘇」芳年と名乗るようになってからの作品が始まった。

「新柳二十四時」新橋芸者の一日を描いたものということで、わたしは初見。
「午後八時」では畳の目を読む芸者が描かれている。これは確かに昔の芸者の風俗。
来る・来ない・来る・来ないを畳の目で読んでゆくのだった。

「義経記五条橋」これは美少年・遮那王を堪能する図。弁慶との立ち位置がまたいい。まつげの長さ・鼻の高さにときめく絵。

「大日本名将鑑」もあった。
扇で夕日を返す清盛、ひきこもりの天照呼び出し騒動などなど。

戯画と「風俗三十二相」もある。「・・・たい」シリーズの女たち。このシリーズは千葉市美術館で一挙に見たが楽しかった。

さて最後の大作が出てくる。
「新形三十六怪撰」と「月百姿」である。
ここでも清姫が出ている。なんとも凄艶な清姫である。これを見るたび何故か「昭和元禄」の時代の絵を思いもする。
わたしは天狗と相対する「伊賀局」が好きだ。「夕顔」のぼんやりした寂しそうな横顔もいい。「自休」も出ていた。珍しい。「孫悟空」もあるが、これは花札に加えたくなるような構図なのだった。
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駆け足で見たので感想もぞんざいになったが、楽しい展覧会だった。
駅からたどり着くのに苦労はするが、見る価値のある内容である。4/1まで。

都の遊び・王朝の美 美を愛でる、京を知る

もう終了したが、横浜そごうで細見美術館の「都の遊び・王朝の美 美を愛でる、京を知る」展を楽しんだ。
細見美術館へはしばしば出向いているが、よそで見る楽しみというものも捨てがたい。
出開帳するということは、普段出ない名品も現れると言うことだ。
機嫌よくそれら名品を眺めた、その遅ればせながらの感想である。
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・王朝の雅 和歌と物語
洛中も描かれた「洛外図屏風」がある。知恩院から大仏殿、三十三間堂、鴨川で洗濯する女たち、店へ誘う女たち、清水詣で、祇園参りの人々。芝居小屋が大きく描かれている。能舞台で「葵上」を演じているらしい。観客は皆なかなか凝った身なりをしている。

時代不同歌合絵巻断簡 赤染衛門vs殷富門院。白描で描かれた豊かな二人。鎌倉時代にはこうした作品が多く描かれた。

江戸時代の工芸品。
小倉山蒔絵硯箱 巨大植物とコワモテの鹿。
武蔵野蒔絵煙草盆 元は香箪笥だったのを作り替えたらしい。表に満月、裏には三日月が描かれている。
能装束 吉野竜田文様唐織 桜花と渦巻き流れの文様。
蝶文様蒔絵鼓胴 面白い顔だが蝶はこんな顔をしているのかもしれない。
梅に御所車蒔絵硯箱 中の水滴が鳥兜なのがいい。梨地。

明治の工芸品。
春秋蒔絵文台 屋敷の庭の景色。桜と小松と川と。魚子柄がきれい。
初音蒔絵箪笥 小箪笥。無人の絵柄。かなり凝っている。

撫子図屏風 枕屏風よりは大きいがそう大物ではない。唐撫子が二段に分かれて描かれている。上の空間には和歌が書かれている。

歌仙絵が三枚ある。
岩佐又兵衛は源順を、宗達は藤原仲文を、小野お通は歌は女性の大弐三位だが絵は男性を描く。

光悦と宗達のコラボ作品も並ぶ。軸や扇面など。
其一門下の野崎真一による伊勢物語・定家詠・月次花鳥図がある。東下り富士、武蔵野、河内越え、布引、一月柳に鶯、六月常夏(撫子)に鵜、八月萩に初雁、十二月早梅に水鳥。

ほかには源氏絵が四枚。葵(碁盤の上で幼女の髪そぎ)、須磨(鞘橋のようなところから庭をみる)、篝火(室内の男女と外で火を焚く男)、野分(強風で大変!な女たち)。

冷泉為恭 小督局月下弾琴図 秋の風情がいい。
鈴木守一 清少納言 香炉峰雪図 顔を見せないのがミソ。やや色が濃い。

狭衣物語絵巻断簡 1.狭衣君が童子に藤の枝を折らせるところ。庭には鴛鴦や鴨がいる。童子のオレンジ色の衣が可愛い。
2.源氏君が物思いに耽りながら庭をみる。水鳥たちと金色の紫陽花。  

・都の四季 遊びと飾り
遊楽図扇面 嵐山に遊び、庭で矢を放ったり、赤い花の下で琵琶を弾いたり、室内で碁を打ったり、回り廊下でいちゃついたり。楽しそうな風情が描かれている。

四条河原図巻 やや上品な出来。アシカの見世物、猿曳きの少年はなかなか美少年、遊女歌舞伎では「松風村雨」を演じている。

四条のいさみ図巻 三月は枡のような舞台での鬼・閻魔・人の芝居を楽しむ人々が描かれる。これは念仏狂言かと思う。四月は潅仏会らしく盥に赤ん坊の釈迦が天上天下のポーズを取るフィギュアが置かれ、人々はそれを取り巻く。八月は外で宴会。煮炊きの鍋もちゃんと用意されている。
毎月何かしら楽しみがある図巻。

東山四条河原遊楽図屏風 やや小さめの屏風で、大仏殿と音羽の滝の人々の描写がある。
大仏殿の小窓からは大仏の腹が見える。清水の舞台へ上る人もいるがもどういうわけか皆男ばかり。祇園の花見も男だけで楽しんでいる。餅売り女の餅がおいしそう。社殿に額づく人々、阿国歌舞伎、相撲などなど、愉しみは尽きない町。

北野社頭図屏風 白木の建物が目立つ。剥落と言うよりなにか別な意図のものか。蹴鞠する若衆たちもいる。

一言ずつの感想。
賀茂社競馬図屏風 人の多さに!!となる。馬も相当入れ込んでいる。
源氏物語図屏風「総角」岩佐又兵衛 室内の女たちと、船遊びする男たちと。
祇園祭礼図屏風 構図が面白い。斜め上からの鳥瞰図のよう。これは面白く眺めた。

工芸品にもよいものが多い。
遊楽図高坏には舞う女たちが綺麗に描かれている。こういう工芸品は楽しい。
提重の可愛らしいもの、バラの重箱や徳利も見てて楽しい。
伊達家伝来の八角水指は七宝焼でイスラーム風な柄にブルーが綺麗。さすが「伊達」。
舟形釣花入もブルーの目立つ七宝。小堀遠州伝来品。
手付菓子盆もブルーで、はめ込みパズルのようなモザイクで構成されている。

蝶々踊図屏風 小沢華獄 これは最初にみたとき幕末のええぢゃないかのバージョンかと思ったほどだった。赤い布をかけた者、蝶々結びの者、大根コスプレ、蛙コスプレ、犬コスプレ・・・ええぢゃないかではないが、こういう扮装をみると、京の町衆が何かに抑圧されて、それを爆発させるのが祭りなのだと勝手に感じたりするのだった。
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細見は江戸琳派コレクションでも有名だが、抱一の立雛図、其一の蓬莱図などが来ているのも嬉しい。
面白いのは山本光一の五月の節句図。ツバメが籠へ向かったり、金太郎が熊に乗ったり・・・

伊勢物語のカルタもきれいだった。

・京の絵師 若冲から雪佳まで
松村景文 月下草虫図 静か。おみなえしが揺れている。
山口素絢 楚蓮香図 体をややくねらせた美女。
原在中 恵比寿図 岩に座す恵比寿。タイを抱えている。吉祥図。
前川文嶺 寿老図 自分の背より高いところに生える霊芝を採ろうと必死。
若冲 伏見人形図 可愛い布袋さんとぼうやの人形と。
若冲 万歳図 丁度「てんてんてん」な様子。
中村芳中 初夏山水図 なんだかやたらと明るい山の夏。

神坂雪佳だけで10点以上あった。
蓬莱山、唐美人、舞楽などのほかに色紙貼り付け屏風がいい。こちらは時々見かけるが、改めて眺めると、いよいよその良さにときめく。
白梅と山家、嵯峨釈迦堂の狂言「百萬」、八橋と民家、鵜飼、虫かごと侍童・・・

色々とよいものを見たが、私以上に関東の方は喜んでおられたことだろう。
次は5/26~7/16まで「琳派・若冲と雅の世界」が開催される。

静嘉堂文庫「サムライたちの美学」 感想補正版

先日軽く挙げた静嘉堂文庫「サムライたちの美学」の感想文の補正版。

静嘉堂文庫で「サムライたちの美学」を見た。
新刀と刀装具にみる粋の心、という副題がある。
チラシは原羊遊斎の「雪華蒔絵印籠」と山浦清麿刀など。
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平安時代から鎌倉あたりの刀はよく博物館で眺めるが、新刀ばかりの展示というのは案外見ない。
江戸時代も太平の世が続くと、刀そのものの存在価値に色々と異議を持つ向きも現れたり、形骸化することもあったりしたが、やはり「刀は武士の魂」というタテマエは生きていた。
化政期の末から天保年間あたりだと暮らし向きのよくない御家人なぞは質屋に刀を預け、竹光を差して歩き、鍔元にだけ本物の剃刀なぞをそっとしのばせて光を見せるという、殆ど「キセル状態」の者もいた。

幕末に異例の出世を遂げ、明治になっても色々と動いた勝海舟の父親・小吉なぞは剣の腕前はそれこそ当代随一だったようだが、生涯無役の貧乏御家人で、町人とも深く交わり、自身も世話役さんの紹介で刀剣ブローカーとして食っていた。
小吉の「夢酔独言」にそんなことがあからさまに書いてある。
剣では食えない武家社会、それが太平の世なのだ。

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南北朝の刀が一振り。長船兼光。これは二尺六寸四分というから80cmの長さを持つ。
刀拵えは明治のものなので、代々伝えられた名刀を、廃刀令以後にも大事にしてきた心根が偲ばれる。

見てゆくと、山城国、摂津国の住人(!)の刀が多い。
桃山時代から江戸初期のものだと埋忠のそれがよく並ぶ。
刀に不動明王図を刻んだものもある。

ほかに堀川国広刀には龍が刻まれている。
播磨守輝広短刀は「星」の字と||の護摩箸が刻んでいる。
初代肥前国忠吉刀には倶利伽羅龍がいる。この刀拵は印伝塗り。

藤原正弘、和泉守国貞、河内守国助、このあたりの刀を見ると池波正太郎の描く人々が思い浮かぶ。

虎徹があった。近藤勇の愛刀も虎徹だった。
時代小説・歴史小説が好きな者は、キャラの使っていたと同じ刀を見ると嬉しさが湧きだしてくる。

薩摩の藤原朝臣正清が享保11年に拵えた刀もかなり長かった。関係ないが梅原猛の戯曲「オグリ」の主人公小栗判官は本名が藤原正清だった。

水心子正秀の文化五年の脇差があった。正秀は復古刀(古刀うつし)の名人だったそうで、その孫婿の水心子秀世は正秀の晩年には代わりに多くの刀を打ったそうだ。
刀剣ブローカーの勝小吉は水心子秀世とも交流があったようで、下母沢寛「父子鷹」では麟太郎を噛んだ犬の逸話などに秀世が現れる。
また石川淳「天門」でも水心子秀世の短刀が主人公の心に常に生きていた。

最後に明治末の帝室技芸員の月山貞一の刀が出ていた。
廃刀令以後の刀。しかしこれは芸術品としての刀になったのだろう。そう思うと何か哀しい。

刀装具を見る。
後藤家代々の宗家の仕事を見る。
倶利伽羅図、十二支図、稲穂図、宇治川先陣図、屋島合戦図など。小さくても繊細な仕事。
刀ツバも手の込んだものが多い。それぞれの職人技が光っている。
小柄や印籠やツバなどは後藤家の作品が多かったが、埋忠のものもいくつかあった。
埋忠(ウメタダ)は「忠義を埋める」とも読めるから「梅忠」にせよと施主の板倉所司代に言われた。
その名で拵えたツバがある。
「梅忠」・・・梅川忠兵衛しか思い出せないが。
他にもブドウなしのブドウにリス、飛瀑猛虎、植物柄などなど・・・
カザール・コレクションや芦屋の俵美術館のコレクションを思いながら見て回る。

その中でも文字透かし文鍔が非常に面白い。
小野篁歌字尽から採ったもの。「慕募暮蟇墓幕」。
蹲に「吾只足知」があるが、ニュアンスは違っても日本語の面白さを楽しめる。

羊遊齋の雪華蒔絵印籠はキラキラキラキラしていた。
雪の結晶をモティーフにしただけに、煌くと眩しい。
「雪花」ではなく「雪華」。その言葉にわたしは赤江瀑「雪華葬い刺し」を想う。
雪の膚に刺青を施すあの物語を。

蒙古襲来蒔絵印籠は幕末のものだが、この絵を見て山口晃画伯を思い出した。
人人人が勢いを見せる構図。

また四条河原遊楽屏風の左隻を見た。
川魚を掬う人々、ヤマアラシの見世物、風流踊りの小屋などなど。
ヤマアラシの表情が存外はっきりしているのに気づいた。
檻の中にいて何かフーッと怒っているらしいが、杖の先の肉は食い散らかしている。
小屋の入り口に掲げられたヤマアラシの絵看板はリアルで、お客はそれを見て中に入ってゆく。
風流踊りの花笠が綺麗。
向こうでは佐渡島座の歌舞伎興行の最中。「うきよ▲▲大かぶき」とある。
太夫二人が三味線をジャカジャカ弾いている。
その外ではワケありいちゃいちゃカップルが行く。
さらには南蛮装束の芸人による犬芸の小屋、大女の見世物などなど。
駕籠かきもまた洒落ている。
装束の柄もされざれ凝っている。タコ柄、花柄。

興味深い展示だった。3/25まで。

今月のハイカイ最終日

ついにハイカイ最終日を迎えました。五日間も東にいたわけです。

とりあえず見たものを一つ。
上野に行き科学博物館のインカ帝国展を見る。
展覧会というよりイベントなのでワイワイガヤガヤと賑やかで、ブルゾンにスタッフと書いた人々も声を張り上げている。
ごく気軽に見て回り、はーとかほほーとか感心したりしなかったりしながら歩く。

私はインカ帝国と言えば高階良子の作品を必ず想う。
幻のビルカバンバ、インカまぼろし帝国。あのシリーズを読んだ私の友人は実際にペルーに行き、大いに感動していた。
私はと言えば、やっぱり行きたいが、なかなか難しいなと思っていたところに、ヘルツォーク監督のアギーレ 神の怒りを見て、それでいよいよ憧れは募りつつも現実には無理だと悟ったのだった。
あの映画の冒頭に、マチュピチュを延々と登り続ける一団がロングで捉らえているのを思い出してほしい。あれは演技ではなく映画のスタッフたちが実際に機材をヒィヒィ言いながら運ぶ姿だったのだ。
映画監督は自分の作品のためなら神にも背き鬼にもなると言うが、どう考えてもめちゃくちゃ。
観光客とは違うだろうがしかし印象は強い。

さてインカ帝国の繁栄期には強者たるインカ側が属国の文化をも棄てさせるほどだったようで、ミイラの展示にそれが現れている。
埋葬様式の変化は文化だけでなく宗教観すら変容させるものだ。
インカ様式のミイラはいずれも足を屈折させ両手で顔を覆わせている。
歯並びが残るのが見えた。
インカ人は虫歯がかなり多かったらしい。
そんなことがコラムにある。

書き文字を持たないインカ人だが紐で数を示すキープ文字を使用し、独自の計算で高度な建築を生み出したのだった。

飛脚システムも確立していて、一日280KMを駅伝するので、首都クスコからマチュピチュまで親戚な魚を届けることが出来たそうだ。

しかしスペイン人が侵略してきたことで全ては終わる。
皇帝アタワルパは身代金に自分の背丈の黄金を積んだが卑怯なスペイン軍と教会の派遣者により刑死に。
そのイメージ画がパネル展示されていた。実際には絞首刑だが絵は斬首。
インカの後裔たちは斬られた首が再び生える日を待っているのだ。
このあたりの資料を見ると山本鈴美香の七つの黄金郷が蘇る。あの作品は新教と旧教との戦いを背景にした面白過ぎるものだが未完のまま長い時間が過ぎている。

やがてトパックアマルー、コンドルカンキの登場がきた。
この辺りが前述の高階作品に描かれている。
コンドルカンキの肖像がある。絵と銅像と。とても意思の強い男性的な風貌の人がそこにあるが、彼はまたもやスペインにより無惨極まる死を遂げている。
今では彼はペルーの紙幣になっていた。
一方生き延びさせられた王族らはかつての装束に身を包んだ肖像画を残しているが、それとてもどこまでが彼らの意志だったことか。

最後にコンドルの目でマチュピチュを見ようと3Dシアターがあった。
語りは玉木宏。
ハチドリの羽ばたきがスゴイ。眼鏡を外すと二重に見えるが、奥行きを表現するにはやはりこれが最適なのか。
目をちょっと工夫すれば眼鏡なしで3D可能だがやめよう。

巧みなカメラワークで上る上る、非常にいい気持ちになる、面白かった。
しかし眼鏡を外すとヨタヨタしたので今後は見る前に悩もう。

常設で貝や蝶やクジラの骨を見てから隣の西洋美術館に行く。そちらはまた後日。
江戸博のタワーも後日。

新幹線が遅れて帰宅も遅れたけれど、まあまあなんとか。

楽しい五日間でしたなあ。

四日目のハイカイ

さて四日目の東京滞在。ハイカイどころか漂流かもしれない。
ほんでわたしは朝一番に日比谷に出て、タニタ食堂で整理券をもらったのでした。

今日はメトロ一日券を酷使する。
東陽町のギャラリーa4で伊東忠太を眺める。実にイイ。忠太はわたしの偏愛する建築家。
詳しくは別記事に挙げるけれど、本当に忠太はいい。
伝道院の模型と大きな写真と、築地本願寺の細部写真のスライドショー、忠太の描いたお化けたち。

さてタニタへ向かう。整理券配布終了してても並ぶヒトが多いのも事実。
わたしは11:30の部で10分ほど待ってから中へ。混んでるけどゆとりを持って座れるように配慮されてる。
日替わりにした。
ナスとオクラの肉みそ炒め(たまねぎとたけのこも含む)、とろろ芋の味噌汁、トマト・ブロッコリ・カリフラワー・ササミのサラダ、みかん。これで800円。
野菜は大切りで固ゆでしてるから噛み応えがあり咀嚼に時間がかかるのもいい。
おいしかった。薄味大好きなので丁度いい。

竹橋へ出る。
工芸館で北村武資の織物を見る。薄物(羅)が特にいい。
10枚ばかりを隙間なく並べている空間は壮観だった。
風を感じた。

近美でジャクソン・ポロック展を見る。
白地の連作物があった。黒でうねうねしている。
それらを見ていると、「血を吐く仏画」のようだと思った。そんな感じがした。

常設では川端龍子「金閣炎上」が映画のようでドキッッとした。非常に良かった。
また洋画では、松涛の「渋谷ユートピア」で初めて知った辻永「赤い椿と仔山羊」がとにかくよかった。手前の赤い椿と奥のピンクの椿が地を埋めて、そこにピンクに染まったような仔山羊たち四匹が群れている。可愛い構図だった。

原弘の東近美ポスターなどを見る。このヒトは東方社の一人だったのか・・・

月曜でもこうしていい展覧会をみれるのが嬉しい。
時間が来たので東博へ行く。
ボストン美術館展の内覧会。
非常によかった!これも長々と書く予定。
一休みしてプチケーキとクッキーを紅茶やオレンジジュースとともに楽しんでから、再訪!
中で辻先生を見かけてそばによると、修理の話をされてたので耳を澄ます。

一旦ホテルに戻り、重い本を置いて身軽になってから高島屋へ出向く。法隆寺展。これも予想よりかなり面白い。

次にサントリー美術館へ。大阪の東洋陶磁美術館の名品をこちらへ・・・
驚いた、同じ絵でもこんなに表情か変わるのか・・・
展示(演出)の方法に乾杯。

機嫌よく帰ってからずーっとこうして外で遊んでいるのでした。

ハイカイ三日目

今日はこの世に出たばかりのJR「休日お出かけパス」2600円でその管内を動こうと決めた。どこで挫折するかを予測するのはやめて、「やるぞ」で動こう。

朝、青梅特快に乗り損ねたのが痛いけど、乗り継いで九時半より早くに青梅についた。
駅ではバカボンのパパが逆立ちして出迎えてくれた。
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やたらレトロな映画ポスターの看板というか壁画がある。
そう、青梅は昭和の町を標榜しておるのです。
時間があれば町の全貌を見て回ったり、足を伸ばして御岳にも行きたいけど、今日はあきまへん。今度は武蔵小金井の叔母を誘って一日遊ぼう。温泉にも行きたいし。

あっわたしの好きなメーカーさんのトートバッグが随分安い!帰りに寄ろう。
(猫の写真が延々とプリントされてるトート。猫まみれなわたくし)
青梅市立美術館で青梅信金の所蔵する日本画を見る。
詳細はまた後日に挙げるけれど、たいへんよかった。
小島善太郎の常設もありそちらも大いに楽しんだが、さすが独立美術!と思うものが多かったが、一方でフォーブでシュールというものもあった。
絵葉書もいいものが安価でたくさんあったのでホクホクしながら買って帰る。

新しい猫柄トートバッグに荷物を入れ替えて、次は八王子。ちょっと乗り間違えそうになったりで、親切な人の助言に従って、拝島ではなく立川で乗り換え。
立川の駅ナカでぼっかけ焼きそばのオムそばを食べる。あっさりしてた。
濃すぎるのは困るのでいい。
立川といえばイエスとブッダの二人が松田荘に住んでいる…雑誌の再開ももうすぐ♪

八王子夢美術館で加藤久仁生「つみきの家」の人の作品を初めて見た。予想していなかった良さがある。非常に静謐な世界。音楽も映像も綺麗。ノスタルジーと幻想と。
しかしその静けさはわたしのような騒がしいものには居心地のよくない場所でもある。
難しいものだ。

京王八王子で府中往復する。行きは東府中、帰りは府中で京王八王子。
府中市美術館「三都画家くらべ」を大いに楽しむ。これは恒例の府中市美「春の江戸絵画まつり」。毎年毎年ヤラレちまうよなー。く~~~~!面白すぎる!
後期も見るけど図録がまた売り切れたらアカンので荷物になるが買いに行くと、本がまだ出てないので予約。今なら送料無料でということです。うれしいわ。
木版画の常設も楽しい。とにかくこれも感想書くのに時間がかなりかかると思う。

美術館から府中駅まで本当は徒歩なら20分かかるらしいが、時間がないので爆走ならぬ爆歩する。13.5分で府中駅についた。我ながらエライと思うぜ。
さらに京王八王子16:22についてからこちらは走って16:29の快速磯子行きの横浜線に乗れたのだ。口の中に血の味が少ししたな。

町田についてからはまたまたえらい目に遭うことになった。
町案内のガイド小屋に行ったら話がちぐはぐで振り切るのに手間取った。
ああいう手合いが一番困る。
公園を抜けたがどうも地元不案内で本当に難儀する。
展覧会は見たいけど、これであと二年は町田と無縁でいたいと思うんだよな。

閉館間際に駆け込む。
・・・・・国芳の作品は二十四孝、芳年は月百や32相など。知ってるけどなかなか見ない作品が多くてそれなりに楽しめた。

あとはまた人っ子一人いない公園のぬかるみを歩いて元の道へ上がる。
とにかく町田では何かしらトラブルがあるので、苦手な場所になっている。

横浜へ。もう閉幕間際の細見美術館展に。
細見コレクションは言えば地元だからよく見てるはずなのに、それでも見たりていなかったことを知る。う~ん、細見コレクションは深いなぁ。
非常に満足してから地下へ出ると色々と30%OFFやんか。
お鮨を少しばかり買って再びJRに乗る。

今日のお出かけパスはまぁまぁよく酷使したかな。
アンケートが着いてるので記入してから駅員に渡すと(それも指示のうち)じーっと読みよるのはやめてほしいな。もぉそれではアンケート出さない人が増えるぜ。

あとはホテルでこうして遊んでおるのでした。

二日目のハイカイ録

今日は随分な大雨で、逗子についたら人とクルマの少なさに驚いた。
いつもなら大渋滞なのにスイスイとバスが走るし、車内でも座ってられるし。
やっぱり大雨は人の出足を止めるものです。

今日は予定が大幅に変わり、三つばかりを見るにとどまった。
雨の影響もさることながら、とにかく始めの二つの展覧会に大変惹きこまれ、それで時間が不足した、ということもある。
神奈川県立近代美術館葉山で「すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙」展を見た。
これは葉山で3/25まで開催した後、京都にも巡回する。
この感想はかなり長くなるのでまた後日に詳述するが、たいへん面白く、また有意義な展覧会だと思った。リストがないのが残念だが、それ以外は全ていい。
今度書ける日が楽しみだ。

さて葉山館でシーフードカレーを食べてから再び逗子駅へ戻り、今度は鎌倉館へ向かった。
鶴岡八幡宮への道も雨で何がなんだかわからなくなっているが、それでも歩くしかない。
こちらは24才で失踪した創作版画家・藤牧義夫展。
これがまたかなりよかった。
自分がいかに木版画が好きかと言うことの再認識をする。
この感想についてもまた後日ぐだぐだと書いてみたい。

朝も早よから行動してたのに、横浜に着いたときにはもう三時半を超えていた。
これでは三つのうち一つしか見れない。仕方ないか。
今日は自分ひとりではなくゑび新聞さんと一緒のツアーなので、わがままは自粛しているのだ。(なんて立派なんでしょう7eさん、とは誰も言うてくれないので自分で言うとく)

日本大通の駅上にある横浜都市発展記念館に入る。
「まちの主役!路面電車」か。
実際わたしも路面電車などの小さい電車が大好きで、各地に残るそれを訪ねるのがとても楽しい。
昭和40年代までに横浜から路面電車が消えたということで、それ以前の資料などが集められていた。
この展覧会もとても楽しかった。
こちらは画像がないとちょっと面白味が半減するので、ここでは詳しくは書かない。

それにしても雨には本当に負けた。
関内駅前でお茶をしながらゑびさんとぐったりくつろいで、それで二日目はおしまい。
今日くらいは早く寝たいと思っている・・・・・

畠山即翁の茶会、サムライたちの美学、古筆手鑑 三つの展覧会

今日から首都圏に潜伏します。
とりあえず今日は三つの美術館を回りました。
畠山記念館~静嘉堂記念美術館~出光美術館。
いずれも3/18、3/25までの展示。終盤を迎えただけにいずこも繁盛している。
外で拵える感想なので、画像が出ない。後日根性があれば追加します。

☆畠山記念館「畠山即翁の茶会」
茶会というタイトルにふさわしく、実際に即翁が愛玩した茶道具や茶会で飾られた品々が並んでいる。

堺色紙 伝・藤原公任 菊と小鳥が飛ぶ下絵。
春くれは やとにまつさく むめの花 君がちとせの かさしとそなる 
わかりやすくていい歌だけに、気持ちがいい。これは無論平安時代の歌なのだが、この歌の情景を思うとき、わたしは上村松篁「万葉の春」を想うのだ。
梅が「花の兄」になったのは平安以降。「花」は桜になった。
やどにまず咲く梅の花。可愛いなぁ。
かざし・・・昔の人は風流なことをしたものだ。

春景山水図 伝・岳翁蔵丘 横川景三賛 意外と大きな屋敷が山中にある。そこで主人の待つ姿が見える。門には少年が佇む。そしてその屋敷へ向かう高士と少年。
その情景を賛に書く。遠目だが少年たちがなかなか可愛い。

赤樂茶碗 銘・雪峯 今日偶然にも富士山を真横から見た。真横というのは語弊があるか、とにかく真っ白な雪の峯を見たのだ。その記憶があるからか、この光悦の赤樂を見たとき、なにかリアルな実感があった。「雪峯」と名づけた気持ちがストレートに響いたような気がするのだ。

古瀬戸肩衝茶入 銘・畠山 これは偶然「畠山」なのだが、当然即翁は喜んで手に入れたのだった。
四枚の仕覆がいい。紺地鳳凰唐草文金襴、畠山裂、徹翁金襴、畠山輪違金襴。いずれも可愛い。畠山裂は鴛鴦をモティーフにしているのだろうか。

古銅象耳花入 明代 雲州蔵帳にある一品。不昧公の手による「象」文字が可愛い。細い首の上に象がついている。小さい象さんでどちらもアジア象。

青磁桃香合 銘・三千歳 明代 漢の武帝の逸話から。挽家はティアドロップ型。鉄刀木と黒地に小さ字がある。

住吉蒔絵平棗 19世紀の作風だけに精妙さはかなりのもの。松はやや鬱蒼とするくらい。太鼓橋は松に埋もれかけている。

象牙茶杓 珠徳 ウコン色。なるほど確かに歯です。

芦屋梅花文筒釜 室町時代 寸胴のあちこちに梅花が可愛く刻まれている。耳は唐獅子。ちゃんとグリグリな巻き毛つき。どちらも阿吽とも言えず歯噛みしているらしい。

渡辺喜三郎の塗り物と黄瀬戸の向付をセットしたものがあり、写真が添えられていた。
このほかにも別な写真もあるのであわせて。
黄瀬戸には鯛昆布〆・岩茸・わさび・甘酢。懐石碗には若菜(わかめらしい)、水からしとごはん。
呉須赤絵金花鳥鉢 大原家旧蔵品。マナガツオの西京焼きが載せられている写真・・・・・
音羽裂蒔絵大提重 山本春正 内側には秋草図。強肴として、黄色い慈姑、緑と茶色をあしらった松葉かまぼこ、紅白のえび。めでたくておいしそう・・・!

祥瑞扇面文蓋向 明代 これは実によかった。外側に扇面が逆さ立ちしていて、蓋には丸文で色んな柄があるのだが、蓋に封じられた内側をのぞけば、そこは梅林なのだ。よくみれば松に竹もあるから松竹梅の林なのだが、どこか「秘密の花園」めいた林だと思った。
蓋に隠された林。その喜びを味わう。

利休好舟形銚子 鉄で舟が拵えられているが、そこにはちゃんと波文様が入っている。
蓋の取っ手はちゃんと碇。波柄の鉄の赤錆がまたなんともいい。波の動きから思えば、かなり高速船らしい。

千歳蒔絵硯箱 葦手。よく考えてある日本の風流な遊び。
紀貫之の和歌からのもの。

その貫之の切もあった。
黒髪の 色ふりかふる 白雪の まちつるともは うとくそありける
貫之が元よりある歌の返し
としことに しらかのかすを ますかがみ みつつぞ ゆきのともはしりける
・・・・・・・いややのぉ。

金地白梅図屏風 狩野常信 川はねずみ色に黒い線の川。おとなしい白梅が咲いている。足元にはスミレらしき草もあるが、まだ他の花はない。

可愛い目鼻の次郎衛門雛もあった。三月のお約束。

こういったところで楽しく見て終わる。3/18まで。


☆静嘉堂記念美術館「サムライたちの美学 新刀と刀装具にみる粋の心」
南北朝から明治43年の新刀と、ツバや小柄や印籠などなど。

河原遊楽図屏風の右隻が出ていた。
川魚を掬う人々、ヤマアラシの見世物、風流踊りの小屋などなど。
ヤマアラシの表情が存外はっきりしているのに気づいた。
檻の中にいて何かフーッと怒っているらしいが、杖の先の肉は食い散らかしている。
小屋の入り口に掲げられたヤマアラシの絵看板はリアルで、お客はそれを見て中に入ってゆく。風流踊りの花笠が綺麗。向こうでは佐渡島座の歌舞伎興行の最中。「うきよ▲▲大かぶき」とある。太夫二人が三味線をジャカジャカ弾いている。
その外ではワケありいちゃいちゃカップルが行く。
さらには犬芸の小屋、大女の見世物などなど。
駕籠かきは店の違いを見せるため、装束の柄もされざれ凝っている。タコ柄はしかし凝りすぎですな。

埋忠宗義脇差 鍔元に不動が刻まれている。
堀川国広刀 切っ先に竜。
播磨守輝広短刀 「星」の字と||の護摩箸の文様。
初代肥前国忠吉刀 倶利伽羅龍が刻まれている。印伝塗りの拵えも共に展示されていた。
水心子正秀脇差 復古刀を拵える名人だった。文化年間のそれも力強い。

小柄や印籠やツバなどは後藤家の作品が多かったが、埋忠のものもいくつかあった。
埋忠は「忠義を埋める」とも読めるから「梅忠」にせよとあるとき施主の板倉所司代に言われたそうな。
梅忠ね・・・梅川忠兵衛しか思い出さないぞ~~っちなみに読み方は「ウメタダ」なのだった。

ブドウにリス、飛瀑猛虎、植物柄などなど・・・カザール・コレクションを思いながら見て回る。楽しい。
中でも文字透かし文鍔が非常に面白かった。小野篁歌字尽から取ったもの。「慕募暮蟇墓幕」ふふふふふ。
蹲で「吾只足知」はあるけど、これはまた・・・ww

羊遊齋の雪華蒔絵印籠も華やかだった。きらきらしている。根付けもまた。

蒙古襲来蒔絵印籠は幕末のものだが、この絵を見て山口晃画伯を思い出した。そんな感じの絵柄だと思ってほしい。

庭園の白梅・薄紅梅が非常に綺麗で、とてもいい感じだった。
こちらは3/25まで。


☆出光美術館「古筆・手鑑」
国宝「見努世友」と「藻塩草」が共に展示されるのは、まさに「見ぬ世の友」の集いである。

今回の展覧会はまじまじと凝視しないと本当には楽しめない、ということで混み時間も長かったそうだが。夕方に出かけた功徳でわたしは比較的気軽に楽しめた。

田中親美の模写による作品もあるが、これも80年を経た今となっては、十分古筆として愛されるべきものだと思う。
それにしても実に膨大な数の色紙・切れがある。
時代も天平から平安・鎌倉・南北朝までのわが国の古筆・手鑑を集めている。
多岐にわたるその様子は、雅な菓子のようにも思える。
手蹟アソート。
「見努世友」と「藻塩草」の編集をした鑑定団の人々の作業風景を想像するのも楽しい。

王朝継紙というものを知ったのは、大庭みな子の著作からだった。
手遊びにそのやり方を覚え、その本を拵えた大庭。
書もさることながら、書かれた紙を眺めるのがまたとても楽しい。

わたしは天平時代の書体に好きなものがあるので、聖武天皇の賢愚経があるのも嬉しかった。また、そばには光明皇后のきりっとした書もある。

後鳥羽上皇の力強い文字もあれば、文覚上人の激しい手もある。
伏見天皇などは京都でよく見かけているが、こうした和歌ではなくご宸翰ばかりだった。
それもどうも荼毘紙に書かれたようなものを見ているような・・・・・

出た、定家。わたしは学生時分この人が書写した「更級日記」の翻刻を読み解かねばならない羽目になり、えらい目に遭うたのだ。
それでどうも好きではない文字になったのだ。
とはいえ、肥痩のはっきりしたところなどは蕪村のそれを思い出しもする。
蕪村はいい字を書くなぁと思っているのだが・・・・・・・

ところで今回どう見ても「関西人」としか読めない文字を見つけた。
なんとなくそれがまた嬉しいのだった。

いかに自分が詩歌の素養がないか、ということに気づいて苦笑する。愕然となるのは最早おこがましい。素養がないのは当然なのだ。なんにも勉強もしていないし努力もしていないのだから。・・・とはいえ、今から詩歌を学ぶのはちょっと無理すぎる。
だから、今回の図録は非常に助かる。
無教養な私でも「なるほど」と思えるつくりなのだ。
これらを読み解き。さらに文字を読める訓練をすれば、数年後にはここにある文字の大半を楽しむことが可能になるのだ。
なんとなくそのことを期待しつつ、図録を読み進めることにする。

こちらの展覧会も3/25まで。

いいものを見ただけでなく、簡易だが感想も書けて、本当に嬉しい。

宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心

大丸が四条烏丸に出店して今年で百年だという。
その記念として「宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心」展が19日まで開かれている。
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チラシは東逸子さんの「銀河鉄道の夜」。東さんの幻想的で美麗な作風は、この物語にとてもふさわしい。

今回の展覧会は大丸の記念というだけではなく、東北人たる宮沢賢治の、その「雨ニモ負ケズ」の詩を心の糧にして復興をめざそうという気持ちもあるらしい。
実際会場には義援金の箱も設置されていた。

最初に「雨ニモマケズ」の手帳の現物と高村光太郎の手蹟による詩碑の原書が展示されていた。

よく知られているようにこの詩は、賢治の没後に高村光太郎や賢治の弟らが集まったときに、偶然賢治のそのトランクから出てきた手帳に書かれていたのを発見されたのだった。
賢治の詩編のうち最もよく人口にカイシャしているのがこの詩ではなかろうか。全編を知らずとも冒頭の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」と最後の「サウイフ者ニ私ハナリタイ」これらを知らぬ人はまずいないだろう。

棟方志功の'36年の版画があった。青森の志功と岩手の賢治と。賢治の没後三年後の作品だということを想う。

賢治の描いた絵が何点か出ている。
「日輪と山」や電信柱などなど。
ここには出ていないが賢治の描いた猫の絵も好きだ。
「ケミカルガーデン」というタイトルもすてきだった。

ここからは賢治作品を絵画化した絵本原画が現れる。
作品ごとに見て行く。
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「注文の多い料理店」 スズキコージ、飯野和好、高野玲子。スズキコージはスクラッチボードで描き、飯野は水彩画で描く。
実は私は大学の頃宮沢賢治の研究者の先生にも教わっていて、この「注文の多い料理店」での「風」による世界の変化というのを考えたりしていた。

「どんぐりと山猫」 高野玲子、畑中純、田島征三、司修、李禹煥。
昔は「まんだら屋の良太」などのコミックを描いていた畑中純も、今では木版画で絵本制作に専念しているのか。
田島の迫力あるどんぐりたちもよかった。

「セロ弾きのゴーシュ」 名倉靖博、茂田井武。 茂田井の「ゴーシュ」は折りあるごとに見ているが、本当に飽きない。茂田井自身もこのゴーシュへの愛着が深かった。
今ふと思ったが、'80年代初頭に才田俊次が作画監督をしたアニメーションは、茂田井作品に構図が似ているような。
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「よだかの星」 工藤甲人、黒井健、伊勢英子、ささめやゆき。 先般亡くなった日本画家・工藤甲人の「ヨダカ」。私が最初にみた工藤作品はこの原画だった。もう随分前の話だが。
ヨダカがついに宇宙で小さな星になるラストの絵は実に感動的だった。
工藤の作風は幻想的なものだが、それを思うとやはりこの画家が「よだかの星」を描いたのは、とてもよいことだと思った。生まれた作品は何十年たった今でも「よだかの星」のようにきらめいている。
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「オツベルと象」 スズキコージ、荒井良二、武井武雄。
スズキコージの白象たちの襲撃はかなりかっこいい。これは見ていてこっちまでドキドキしてくる。
武井は象よりオツベルがいい。それぞれの違いを楽しめるのは、こんな展示ならではか。

「雪わたり」 堀内誠一。 可愛い。堀内は多彩な作風を見せた、本当に多才な人だったが、彼の仕事では絵本が一番好きだ。

「風の又三郎」 伊藤英子、田原田鶴子、畑中純、吉田佳弘。 畑中の又三郎は端正な少年だった。どの画家もマントを着た又三郎を描いている。ただし吉田佳弘はタイポグラフィーで「どうどどどどーどっどっ」・・・・・ここでは表現できない。

「おきなぐさ」 いわさきちひろ ちひろの墨絵。「黄色のトマト」もちひろの墨絵だった。ちひろの墨絵について、以前面白い展覧会を見た。筆でなく割り箸を削って拵えた筆で描いた墨絵を見ている。

「ひかりの素足」 赤羽末吉、太田大八。 共に「和の美」を描くことに長けた画家。この物語は近年になって読んだが、それだけに印象が深い。二人の幼い兄弟が雪で遭難し、気づけば鬼たちにせかされながら苦しく歩いている。そこへひかりの素足をもつひとが現れ、これからも弟をかばった気持ちを忘れるなと言う。
やがて目覚めた兄は生き返るが、弟はもう冷たくなっていた・・・
赤羽の鬼は「大工と鬼六」などでもなじみの鬼、大八は白い雪のなかで目覚めるシーンが胸に残る。

ほかに驚いたものがいくつかある。
先ほどの「どんぐりと山猫」では李禹煥にびっくりしたが、李はほかに「蛙のゴム靴」も描いていた。
そして中西夏之が「土神と狐」を、高松次郎が「鹿踊りの始まり」「水仙月の四日」を'80年代半ばに描いているのには、本当にびっくりした。
ただしこの三人は抽象画で表現しているので、なにが言いたいのか・どれがどうなのか、全く私には伝わらないのだが。

それにしても本当に賢治作品は多くの人によって絵本化されている。
ここにあげた以外にも多くの作品が出ているし、ここにない絵本も多く知っている。
「カイロ団長」などだとわたしは村上勉のそれが大好きだがここにはないし、片山健の「狼森と笊森と盗森」もないのは惜しい。
一方「ひのきとひなげし」のえぐい話を描いた画家は全く知らない人だったりする。

「春と修羅」「永訣の朝」の賢治の原本があった。
それらを見ているといつも胸がいっぱいになってくる。

冒頭にあげた東さんのほかに司修の「銀河鉄道の夜」もある。さすがに司修らしい、やはり美麗な絵だった。
しかし今回、司修の作品では「雁の童子」の装飾美と、昨年制作された「グスコーブドリの伝記」の小さな連作タブローが非常に魅力的だった。
シュールな美しさが活きている。

それにしても本当に宮沢賢治の作品は深い魅力に満ち満ちている。
そしてその詩文を、思想を絵画化した絵本は、いずれもが心に残るものばかりなのだ。
これまでにも何度か賢治作品を絵画化した展覧会に出向いているが、いつも本当にいいものを見た、と思っている。
この展覧会は3/19まで。

シャガール 愛をめぐる追想

シャガールの人気はいつまでも衰えない。
よく知られた作品だけでなく、今になってからどんどん未公開作品が出てくる。
なにしろ多作だったので遺族や財団の人々の真贋チェックもたいへんだろう。
公式な全作品把握ということも出来ないままらしい。

ジュネーヴのコレクターの所蔵品39点と岐阜県美術館所蔵の連作版画「サーカス」38点とで構成された展覧会「シャガール 愛をめぐる追想」を難波の高島屋で見た。
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この展覧会は「シャガール10のナゾ」を打ち出して、パネル解説にも力を入れていた。
たとえば「なぜシャガールの描く人々やどうぶつは宙に浮かぶのか」というナゾの答えとして、「イディッシュ語の慣用語で、(嬉しくて)(驚いて)『空を飛ぶ』『浮いた』という言い回しがあるから」という意味のことが書かれていた。
そうなのか、とシロートのわたしは納得したり感心したりする。
シュールな風景なのではなく、イディッシュ語という背景があるからこその構図なのか、と。

イディッシュ語といえばアイザック・シンガーの「イェントル」を思い出す。
映画ではバーブラ・ストライザンドが主演した。
それから映画「耳に残るは君の歌声」。こちらはイディッシュ語を奪われた少女の遍歴の物語だった。

その言語の持つ含み・広がりは他言語を母語にする者にはなかなかわからない。
ましてやそれが絵画化されているのでは、到底読み取れない。

最初期の作品が一点出ていた。他は皆おおかたシャガールがその様式を完成させた以降の作品である。
なおこれらは日本未公開作品だという。
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婚約者たち 大きな花束を背景にした恋人たちがいる。
この絵のおかげで後にシャガールはフランスからアメリカへ亡命できたのだった。
カーネギー財団から三等賞を貰ったことで。

ソファの恋人たち '48~'49 仲良くしている恋人たち。女の胸に手を伸ばす男。
いちゃつく様子がほほえましい。線太な人物と背景との差異がいい。

テルトル広場 '53 真っ赤な夜。黄色い月。青い裸婦。寺院と逆になった木。こんなところに立ったことはないが、楽しそうな夜だと思った。

窓辺の大きな裸婦 '54 墨絵。室内にいるネックレスだけの女。男の横顔が優しい。

窓辺の母と子 '65 現代の風景。しかしこの母と子は聖母子らしい。時代を超えて活きる聖母子というあり方。
外には三日月、壁にはオレンジ色の牛。

泉のリベカ(レベッカ) '56 青い夜。白い月。ヤギたちニコニコ。赤い女(レベッカ)。水瓶を持つ。

エルサレムのダビデ王 ’72 群集の真ん中にひときわ高い台に立つダビデ王。赤いコートに白いマフのついた装束、白いかぶりものをした王が竪琴を持っている。
竪琴はダビデ王の必須アイテムだが、これは王と言うより町の祭りの一番の楽士に見える。
シャガールは他にも多くのダヴィデ王を描いているが、この王はそんな雰囲気がある。

ロバの横顔の中のカップル ’80 晩年のシャガールは何分割かにした構図を好んだそうだが、左上の黄色・右上のオレンジ・下の黄緑の鮮やかさにときめいた。
チラシの印刷ではそれぞれの色が濃いが、実物はそんなに濃くもない。黄色い月が特にいい。どういうわけかほのぼのといい。

赤と黄色の背景の人たち ’82 木がある。バイオリン弾きがいる。見上げるトリと優しく見下ろすロバと。オジサンと母子と。関係性はよくわからないが、どこか温かい。

この連作版画「サーカス」はヴォラールの依頼を受けて製作したそうだが、完成はヴォラールの死後の1967年だった。
今回の展示は岐阜県美術館の所蔵品だが、国内では他に三重県立美術館なども所蔵している。

「サーカス」の中では特に二人の美人に惹かれた。
緑の馬の上の女曲馬師 金髪で赤いレオタードを着ている。
扇を持つ女曲芸師 青い光を浴びる女。彼女にささげられる花束もある。
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ロシアから欧州の人々のサーカスへの愛着というものを、私は本当には理解できていない。
だから画家の描くサーカスへの想いの深さは、わからないままである。
ただただ、その世界を美しく愛しく思うばかりだった。

この展覧会は京都、横浜、東京日本橋の高島屋を巡回するのだった。

生誕90周年記念 山下清展

山下清の人気の高さは何やらコワイくらいだった。
心斎橋の元のそごうが今では大丸心斎橋店・北館になり、そこの14階のイベントホールへ上がった途端、溢れかえる人波にびっくりした。
生きてた頃から人気の山下清だが、死後もずーっと人気者なのだ。
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彼の作品は貼り絵がメインで、他にマジックインクで描いたもの、そして陶芸の絵付けしたものが出ている。
それだけでなく、山下清本人の言葉がそこかしこにつけられていた。
絵の解説でもあり、画家の心模様の吐露でもあり、面白く読んだ。
文脈は正直わかりにくいところもあるけれど、美への見識の高さはさすがに芸術家だと思う。いい言葉をいくつかみつけたので、それをメモりもした。
展示のあちこちに、山下清の写真があった。
放浪を終えプロの画家として旅に出ているときの姿である。
どれを見てもあんまり楽しそうな顔は見受けられないが、不機嫌ではないらしい。

展示は時代順に並べられていた。


学園時代の作品は当初は昆虫ばかりだった。
解説には、学園で苛められて疎外された清は物言わぬ昆虫にばかり眼を向けていた、というようなことが書かれていた。
実際その心の動きは他でも聞いたことがある。昆虫好きというのは実は孤独から来たと。
疎外感を抱えたことで昆虫を描くといえば、手塚治虫と松本零士がその代表かもしれない。
そんなことを思いながら清の昆虫を見る。

しかしやがて劇的な変化が発生する。
清の作品に人間が(他者が)現れる。人間関係が少しずつ構築され始めた、ということだった。清がどのような人間関係を築き始めていたかは知らない。
伝記でも読めばある程度わかるかもしれないが、随分前にノーベル書房あたりの本を開いたくらいで、よくわかっていない。

絵は楽しそうな雰囲気をたたえていた。貼り絵はいよいよ精緻になっている。

清が19歳で学園を飛び出したのは、放浪癖もさることながら徴兵が怖かったと言うのが最大の理由らしい。
(結局21歳になってスルーできたと思って帰郷したら、母親に捕まり徴兵検査に連れてゆかれ、不合格になっている)
同世代の俳優・三國連太郎もまた徴兵検査から逃れて日本全土を流浪した挙句、帰郷した際にやはり母親により、徴兵検査を受けさせられ、海を渡ることになった。
その世代の人々の重い運命を思う。

清の放浪中の日記を、近年の展覧会で見ている。北野田文化館での展覧会では、その辺りを詳しく展示していたのだ。
るんぺん、と清は表記する。どのようにルンペン暮らしを成功させるかを清は書く。
その頃の清の着ていた浴衣や荷物なども展示されている。
映画やTVで見る、シャツに半ズボン姿と言うのはドラマのイメージでしかないのだ。
実際の清の放浪姿はどことなく、映画「竹山ひとり旅」での林隆三と殿山泰司を思い出させた。

アメリカの「ライフ」誌が発端となって朝日新聞もイッチョカミして、ついに清の旅は終わりを告げる。
その後は「画家」としての生涯を送り始めるのだった。

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初公開のソニコンロケットは同名のおもちゃを描いたものだった。
そのメーカーが喜んでいる写真とコメントが残っていた。
実物の展示もある。いかにも昭和の真ん中のおもちゃで、可愛らしい。
清はそのソニコンロケットが飛ぶ姿を作品にする。

マジックインクの作品は技法的に、画家たちからは好まれないらしい。
理由は納得できるが、それを逆に得意にした清の作品はどうなのかというと、これが非常によいものに見える。
変なたとえかもしれないが、マジックインクの作品は自刻自摺の創作版画に似ている。
新版画と創作版画の違いを思えば、わたしの思う「違い」がわかってもらえるかもしれない。
清のマジックインク作品は、貼り絵とはまた違う強さがある。

「日本のゴッホ」とも呼ばれた清だが、彼自身はゴッホの絵にインスパイアされたわけではないらしい。
この「ぼけ」の花を見ると、ゴッホのアーモンドの花を思うが、あれとはまた違う方向で、この作品が生まれたそうだ。
多くの作品のうちでもこの「ぼけ」は特に綺麗だと思う。
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非常に興味深い清の言葉があった。
富士山を描いたときの言葉である。
「欲張っていつまでも見ていると、美しく見えなくなってしまう。何でも欲張って見ていると、美しく見えなくなることがよくわかる」
なるほどなぁ、と深い実感が胸に湧いた。
これに似た言葉を以前に立原あゆみの作品でも見ている。
「美しいものをみつめすぎると麻痺してしまう。だから時折眼を閉じる。そして不意に目を開ける」
いつまでもみつめ続けていたいけれど、自制することが、より対象物を愛させる力になるのかもしれない。
わたしはそんなことを考えていた。

清の「花火」はチラシにも選ばれているが、たいへん人気のある作品である。
わたしはこの作品を遠目で見たとき、夜空に広がる花火の美に打たれたが、近寄って眺めて少しばかり「なぁんだ」と思った。
だが、今回少し離れて眺めると、やはり非常に美しいと思えた。
そうか、と納得した。花火は間近で見るよりは少し離れて見た方が綺麗だった。
そんな初歩的なことをわたしは忘れていた。
思い出せて本当によかった。

随分多くの作品が出ていたが、本当にあふれかえる人々の波の中で、どれだけ真面目に見たかはわからない。しかしこうして印象に残った作品も少なくないことを考えると、わたしはわたしなりに山下清の作品を楽しんでいたのだった。
展覧会は3/20まで。

千家名物とその周辺 利休・少庵・宗旦の茶道具

湯木美術館で今日まで開催していた「千家名物とその周辺 利休・少庵・宗旦の茶道具」を見てきた。
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自分は茶道も習わぬのに、どういうわけか茶道具を見たり、茶の湯の逸話を聞いたり、茶会記を読んだりするのが、好きである。
道に踏み込まぬ理由は色々あるが、それはここでは措いて、いつものように好きなものを好きなように眺めたいと思う。

交趾台牛香合 坂本周斎・伊皿子(京都六角)三井家伝来 明代の交趾香合。これは藤田美術館に蔵される大亀香合に次ぐ名品として、古くから愛されていたもの。
形もよいし黄色い牛の盛り上がりもいい。

古銅ソロリ花入 利休・宗旦・仙叟所持 こちらも明のもの。ただし百年ばかり旧い。
細い細い長い頸に胴も小さい。名のソロリについては諸説があり、解説を読むのも楽しい。
わたしはソロリといえばすぐに曽呂利新右衛門を思い出す。小学校のときからなんとなく馴染み深い人の名である。
この花入れには大山蓮華という花が一輪生けられている写真がパネル展示されていた。
大きな緑の葉と白い花が清楚でよく似合っていた。

赤樂茶碗 銘「再来」長次郎 宗旦所持 貫入というよりヒビの大きいのが入っていた。
黒樂茶碗 銘「しば栗」常慶 底が重たそうな茶碗である。掌にずしりと来るような。
赤樂茶碗 銘「是色」道入 小大丸大和屋白井家伝来 ノンコウらしい薄さがいい。外側に灰青や薄緑の窯変が出ている。小大丸の所蔵だったのか・・・現在の店先を想う。

緑釉三つ葉向付 道入 坂本周斎・雁半中村家・湯浅家伝来 雁半は西陣の織物商、湯浅家は京都の機械工具商。これは割れ山椒の形をしていて、本当にパカッと三つ葉に分かれている。
吉兆翁はこの器にお造りをあわせたようで、その写真パネルがある。
見るだにヨダレが湧いてくるようだった。

黒樂茶碗 銘「春朝」長次郎 どうもわたしは長次郎の樂茶碗のよさがわからない。重い。

茶杓 銘「笘」細川三斎 鴻池家伝来 センと銘を持つ茶杓。やや色黒。
茶杓 銘「虹」金森宗和 飴色の全体のうち少しばかり色の薄い部分を「虹」と見立てる。

真塗手桶 関宗長 千家・六閑斎・坂本周斎伝来 秋草がさらさらと表にそよぐ。

利休瀬戸茶入 銘「有明」 お仕覆の人形文金モールが可愛い。一昔前のゲームのような。

禾目天目(建盞) 青の綺麗なシャープな禾目。高速撮影の星の動きのようだった。

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消息や絵を見る。
消息 本阿弥光悦 茶会案内状である。彼は宗旦と仲良しだったそうだが、これは別人への手紙らしい。わたしでは全文は読めない。

浮御堂画賛 千宗旦 さらさらっと描かれた浮御堂。渺茫とした趣がある。解説に「堅田には居初家もあるので行ったかも知れない」とある。堅田の居初家にはわたしも浮御堂の帰りに寄ったが、すばらしいお家だった。なにより舟座敷がいい。琵琶湖の水を引き入れた、あのお座敷の良さ、中庭の素晴らしさは、行ってそこでくつろがないと、伝わらないだろう。いつまでもここにいたい、と思わせる心地よさがある。
その居初家には「つな」女という絵師が江戸時代初期に出た。奈良絵本の作者の一人として、今も作品が残っている。

四方釜 与次郎 利休所持・山中道億伝来 四角い釜の胴に真鍮などの金物の鎹が三つ打たれていて、それがアクセントになっている。
写真では、それが本当に釜の火に掛けられているので、ああ使われていたのだと想った。

道安形桑柄灰匙 松平不昧所持・関戸家伝来 ・・・・・叱られるかもしれないが、ケーキサーバーにも似ているし、何よりもビビンパのスプーンに使えそうだと思った。

終幕間際なので存外人も多く、ちょっとばかり見づらかったが、楽しいのは変わらない。
3/17からは25周年記念の特別展が三期ばかり続く。
名物記に載せられた茶碗と名碗たち 高麗・樂・国焼を中心に
3/17~4/30、5/3~6/24、6/27~7/31
今からとても楽しみにしている。

お水取り

夜からはお水取りのお松明を見るが、それまでに奈良博でお水取りの資料や遺宝を見なくては♪ ・・・と夕方から奈良に入り、その通り動いた。
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毎年この時期はお水取りの展覧会をする奈良博だが、わたしもやっぱり毎年眺めては楽しく時間を過ごすことになる。
実際に使用された杓や鉢や法螺貝もあるし、二月堂本尊の光背の拓本やカケラなども、毎年の出物だが、そのたび眺めては新しい気持ちになる。

東大寺縁起、二月堂曼陀羅は五種が出ていたが、どれも見ごたえがある。
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チラシは室町時代の東大寺曼陀羅。左上が二月堂。このずっと下に大仏殿や燈籠が描かれている。
一方鎌倉時代の東大寺縁起には、色んなシーンが描かれている。
悠々と鷲が飛んでたり(赤ちゃんは見えないものの)、実忠と十一面観音が立ち話しているようだし、聖武天皇が受戒したり、光明皇后が立ち働くお風呂場があったり。

こちらの二月堂縁起にはちゃんと黒白の鵜がいるが、白いのは鷺の親戚に見える。
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室町時代の東大寺縁起で大仏開眼の様子を描いたものもあった。

絵はそんなところで、古文書で面白かったのが室町~桃山時代の練行衆日記。
7では義満が香水を3杯飲んだとか、法螺貝の音色が母子の戯れる音色に聞こえて感動してたとかそんなことが書かれ、16では松永久秀に大仏殿を焼き討ちされたけど、治承の焼失でもがんばったんだから、今回もお互い励ましあおう、というようなことが書かれていた。
けっこうリアルな気持ちが書いてあるらしい。

過去帳もいつ見てもなにやらどきどきする。
後白河上皇、源頼朝らのビッグネームにときめくのではなく、やっぱり「青衣の女人」ですね。
今回初めて気づいたけれど、重源の近くに青衣の女人の名前が上がっていたのだなぁ。

文化12年(1815)の二月堂修中献立控がたいへん興味深かった。
3/4と11のメニュー・・・おひたし(干し大根・よめな)、一の汁(里芋・チシャ)、煮物(むきクルミ・丸揚げトウフ)、二の汁(スマシ仕立て:クワイ・土佐麩・漬マツタケ)。
3/5と12のメニュー・・・さしみ(紅葉麩・独活・岩タケ)、一の汁(白トウフ・干しカブラ)、煮物(揚げさがら麩・大牛蒡・シイタケ・梅干・三つ葉)、二の汁(味噌仕立て:ニンジン・山の芋)。
なんだかおいしそうに思えて仕方ない・・・
因みに、一日一食なのは変わらず、今は一汁二菜で残り物は鳥獣に。これもお布施ですね。

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礼堂の再現があり、以前使われていた五体板や戸帳も設えられていた。
椿の造花もある。吉岡幸雄さんが染めたものだと思う。
練行衆が着た紙衣や、達陀帽や装束は以前にも見ているが、ポックリは初めて見た気がする。差懸サシカケと言うポックリ。爪先は厚紙で覆われている。

杉本健吉の1957年の「修二会画帖」にも再会。
特に青衣の女人の登場がひどくいい。
私は彼の洋画より挿絵やこうした卓上芸術のほうが好き。
こういうのを見ていると、歌舞伎舞踊劇「達陀」が見たくて仕方なくなってくる・・・!
他に練行衆のお仕事を追った写真パネルの展示がとてもよかった。

ここで機嫌よく知識を積んでから、久しぶりに二月堂へ向う。
今回は東大寺ミュージアムの前を経由して、あがった。

まだ明るい時間帯の二月堂。SH3B10020001.jpg
わたしの立ち位置はこれで大体想像がつくでしょう。
去年は良弁杉の根元に立ち、今年は石段にいる。
もうさすがに堂下に行く根性はなくなっている。

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今年も感動した。
そして自分の罪過を払うてもらった気になった。
さらに震災の苦しみを負う方々の幸いを祈願した。
福島の友人にもその気持ちが届けばいい、と思った。

帰りに杉の焼け残りをもらい、二月堂へ上がった。
可愛い灯り。SH3B10130001.jpg

町の明かりが綺麗だが、わたしのケータイではムリ。
今年もおかげでありがたい心持にしてもらい、東大寺を去った。
まだ寒いけれど、お水取りが終わると春が近づいてくるから、今はそれを待っている。

近世絵画にみる 中国文化への憧憬


頴川美術館の「近世絵画に見る 中国文化への憧憬」前期展へ行った。

頴川美術館は小さい美術館で数も多くはない展示だが、見に行くと必ず「いいものを見たなあ」という気持ちになる。
解説も丁寧なので、こちらの勉強にもなる。

高士観画図 伝・馬遠 元代の一幅。枯れ木のように見える木の下で二人、童の持ち上げる絵を見ている。
少年のまっすぐな目がいい。
そしてこの絵を見ていると、二人の高士が見ている画はどんなものだろうと思う。もしかするとそこにもまた「絵を見る人の絵」があり、その絵の中でもまた・・・・・

山水図 山田道安 筒井順慶の一族の一人。松永久秀による大仏焼き討ちの修造に努めたそうだ。
墨の濃淡で遠近がわかる。この絵には三江紹益の賛があるが、絵師の死後に生まれた人の手で賛が入れられるのは、その絵が百年後も活きていたことを想像させてくれる。

洞庭秋月図 海北友松 桃山時代の絢爛さは意識に残るが、同時代の水墨画は心に残る。
しぃんとした空間だと思った。騒がしさのない夜。

蘭亭曲水図 狩野山楽 石川丈山・賛 山楽は豊家の恩顧を受けていたので、松花堂昭乗に匿ってもらい、その引きで徳川の世にも活躍するようになった。
石川丈山は詩仙堂を拵えた人。
横長の空間に山と川と人々を詰め込んでいる。右手の山と41人の客(参加者)がワイワイしてるところへ左上のモノスゴい文字並び。なにやら不穏な空気さえ醸し出されそうな。墨絵でこんなに濃い空気なのだから色などつけたらどうなるか。モノイウ絵どころの騒ぎではなくなるだろう。

鴨図 俵屋宗達 玄澄・賛 宗達は鴨や牛の絵が妙に好きなのだが、この鴨もいい。顔黒で腹白。賛がまたいい。(文字は全て解説にあるとおり写した)
通夜衣寒客雁聲 渓林葉落已秋声
欲飛勢有凌霽気 募恨丹青不繪聲

芦葉達磨図 宮本二天 宮本武蔵が晩年になり細川家の庇護の下で暮らしている間に、減筆体で禅画のようなものを描くようになった。「それからの武蔵」は画人だったのだ。

諸葛孔明図 狩野美信 何本もの指を折り曲げたような冠に赤柄の白羽扇という、いかにも孔明なスタイルの立ち姿。細い帯はたらし込みのような。温容な顔立ちに知性がある。

果物籠図 柳沢淇園 濃厚な色彩。長崎派の影響を受けたとある。納得。籠にはザクロなどが盛られているが、赤がエグみを見せている。

考槃嘯林図 池大雅 緑の山~木々! を望む高士。茶タイム。ちゃんと持ち運びコンロとやかんあり。のんびり。
この絵のための表具には青地にタンポポと桜をモティーフにしたものが使われている。

蜀山行旅図 池大雅 遠目で見たときは緑の豊かな絵だと思うだけだったが、間近で見て、随分大きな絵だと思った。ところが半歩下がれば驚くような大きさではないことに気づく。
では何故この絵を見てそんなに「大きな絵」だと思ったのか。
構図が見事なのである。
間近にその絵のツクリを見ることで、この絵がとても巨大な絵だと錯覚してしまうのだ。
木々の緑は濃く、その葉は巨きい。反して葉の下の人々の姿は小さい。
蜀の山道は険しいが、この絵ではところどころに休憩所があって、そこでくつろぐ人が多いものだから、遊山の旅のようにも見える。妙に楽しいムードがある。

郭子儀図 呉春・柴田義菫 皆川淇園・賛 唐の勲臣の一人で子沢山で長寿の郭子儀の絵は吉祥画として好まれた。この絵も賛によると、ダレゾの古希祝のために注文されたものらしい。
子儀を呉春が、その傍らの子と孫とを弟子の義菫が描く。いかにも呉春らしい風貌の人物。どことなく村夫子風なのんびりさ、ジンチュウの長さ。ジンチュウ(鼻の下の線)をこんなに長く描くのは、この呉春か、卆寿を迎えたばかりの水木しげるだけしかいない・・・

山水自賛図 頼山陽 1830年。大徳寺454世・月海禅師のために描いたもの。縦長の画面にやや薄墨で細めのモコモコした峰が連なるのを遠景にした山水図。
分明昨夜梦青山 幾朶峰容簇髻鬟
晨起呼童急磨墨 写来半堕渺茫間
(髷を幾重にも束ねたように峰が続く青山の夢を見た。起きて急いで童子に墨を磨らせ描こうとしたが、ありありと見えていた形が絵にすると、ぼーっとしてしまった)
髷をいくつも束ねた、という文字面だけでわたしはちょっとホラーなことを考えてしまった。夢に見た風景を絵にするのはなかなか難しいものだろう。
上海にある某ホテルは、施主が自分の幼い娘が見た夢を聞き取って設計させたものらしい。
そうなると、却って小さい子供のほうが夢の記憶を保持しやすいのかもしれない。

桃源舟行図 浦上春琴 漁師が今しも桃源郷へ舟を入り込んだところ。シーーンとしている。緊迫感はない。うっすらと桃の花が朱い。この静けさを破りたくはない。それが結局は「桃源郷」というものかもしれない。

商山四皓・蓮に白鷺・岩上の鵜 中林竹洞 1848年。始皇帝の圧制から逃れた四人の君子(東園公・夏黄公・角里先生・綺里季)が商山で過ごす姿。ここでは囲碁を楽しんでいる。
右幅は目つきの鋭い白鷺二羽がまるで四人を監視するようにそちらを見ている。
左幅の鵜は人に雇われてる鵜ではなく、フリーランスな鵜らしい。三羽いて中の一羽はおいしそうに小魚を食べていた。

山水人物図 月遷 右幅は崖に梅が咲くのを、川に浮かぶ小舟から見上げる人を描き、左幅では岩上で茶タイムを楽しむ高士が描かれている。

やきものもいくつか出ている。
前期だけの出品は、長次郎の赤樂「無一物」である。聚楽土(赤土)で焼成されているが、釉薬はないようにも見えるくらいだった。実際のところは知らない。

胭脂紅龍文瓶 清 雍正年間に生まれたらしい。綺麗な臙脂色の龍だった。

呉須手龍文瓶 明 大きな貫入に大雑把な龍がどーんっと描かれている。呉須手はあまり好きではないが、たまにはこうしたザッパな感じもいいと思った。
なかなか面白い説明がついている。
「呉須手は明代後期に福建・広東で焼成された粗放な青花に対する日本の呼称」
なんとなく楽しい。

青華人物龍文盂 清 外側に変な馬か角のない麒麟のようなものが走り、見込みにハクション大魔王のような口をした龍がいた。

黄南京龍文盂 清 黄土色に近い黄色。龍の爪は四本だった。

後期では、これら四つのやきもの以外は全て入れ替わる。後期のほうがやや色数が多い絵が出てきそうである。
前期は3/31まで。後期は4/8~5/20。

相楽園

神戸の相楽園に行った。
今は神戸市の庭園として、人々に親しまれている。
元は小寺氏が明治半ばから大正初期にかけて造営した私邸の、その庭園だった。
昭和16年に神戸市の所蔵になり、後に空襲を受け、造営当初から残るものといえば正門と長い塀と厩舎と蘇鉄と池泉回遊式庭園だけだという話だった。
神戸市の管轄に置かれてから、ハンセルの設計した旧ハッサム邸が厩舎の隣に移築され、また17世紀末から18世紀初に姫路・酒井家の藩主の遊覧用に作られた川御座船の屋形部分が、池のほとりに設置された。
秋などは市民の拵えた菊花の展示会も催され、四季折々楽しい時間を過ごせる庭園として、多くの人々に愛されてきた。

外からの正門。IMGP9859.jpg

塀の瓦にはカタバミ紋か。IMGP9860.jpg

まず旧小寺家の厩舎。こちらは河合浩蔵の設計。
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中に入ると高い天井のトラスが。IMGP9866.jpg

二階は厩務員の住まいでもあったそうだ。
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塔は内部に螺旋階段を蔵している。
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可愛らしい窓のつくり。IMGP9882.jpg

こちらの窓は饕餮にも見えるし、「変身忍者嵐」にも見えてしまう・・・
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塔の頂点には。IMGP9875.jpg
殆ど鉄兜に似ている。IMGP9907.jpg


次にハッサム邸の側面と正面など。
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カナリアヤシと邸宅IMGP9865.jpg

ちょっとしたところにもこんな意匠がある。IMGP9862.jpg

応接室を外から。IMGP9886.jpg

天井の漆喰装飾と照明の数々。
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暖炉も装飾が見事。IMGP9890.jpg IMGP9891.jpg
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階段の装飾の華麗さは仰天する。しかし実際に仰天すると間違いなくアタマを打つ低さではある。
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親柱の装飾を見ていると、プリンが食べたくなる・・・IMGP9899.jpg
ううむ、さすが神戸。モロゾフか。


部屋もそれぞれ可愛らしい。
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家具の装飾にはアールヌーヴォー風なのも色々。
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漆喰装飾もその時代ごとに復元している。
遠くで見るとこう見えてIMGP9911.jpg
間近で見るとこうなる。IMGP9910.jpg

かつて神戸にあった建物や周辺の写真などもあった。
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昭和九年生まれでこの近くの小学校に通ってらした方から説明を聞く。
(ボランティアガイドではなく、私と同じくこの見学会のメンバーの方)
歴史の証人。

細部にまで色々綺麗なものを見ると本当に嬉しくなる。
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庭園に出た。
その中でも酒井家のお船を特に見る。
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二階建てで金具には華麗な装いが施され、春慶塗りで設えられている。
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これに乗って抱一さんも楽しんだのかも?
 


ああ、楽しかった。
最後にこちらは神戸市の木・クスノキと灯篭
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・・・しまった、蘇鉄を撮るのを忘れていた。
また今度来た時に撮ろう。

小寺家正門の内側IMGP9935.jpg

六千坪の庭園よ、また今度。


追記:旧ハッサム邸と旧小寺家厩舎は公開されてるときとそうでないときがあるはずですが、公式サイトなどに出ていると思います。

安野光雅が描く洛中洛外

京都の高島屋で「安野光雅が描く洛中洛外」展を見た。
副題なのか、安野さんの言葉がそこに書かれてもいる。
「京都をたずね、文化の姿をうつしたい」
やさしい言葉が心を誘う。
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最初に安野さんの描く洛中洛外が現れた。
屏風のような連続性のあるものではなく、丁寧な写生に基づいた一枚ずつの水彩画である。
一枚に一ヶ所を描く風景画であり、お祭りや人の姿を描く風俗画でもある。
心象風景を描いたものもあった。
現在の風景ではなく、過去のそれを思わせるものもある。
この連作は現在も産経新聞で連載中らしい。
殆どの絵には安野さん自身の言葉が添えられてもいる。

嵯峨野 茫漠とした風景だと思った。
嵯峨のはあまりに騒がしくなったため、長く足を向けていない。だからわたしは嵯峨野の実景は知らないも同然だが、ここに描かれている嵯峨野は全く見たことのない地だった。
数百年昔の嵯峨野はこんな風景だったのではないだろうか。
安野さんは写生をする人だが、実景のその奥を視ていたのではないだろうか・・・・・
そんなことを思いながら見た。
安野さんの言葉を読む。どうやら祇王のことを念頭においていたらしい。
仏も昔は凡夫なり 我らもいずれは仏なり いずれも仏性具せる身を 隔つることのみ悲しけり
「平家物語」巻の一か二あたりの「祇王・祇女、仏御前」の哀れ深い物語を安野さんは想っていたのだった。

鞍馬 遠目からでもタッチが違うのがわかる。鉄斎のようだと思ったら、やはり鉄斎に倣った絵で、安野さんの技巧とユーモアに、絵の前でにやりとなった。
絵には弁慶までいるが、鞍馬と弁慶は無縁である。
「鉄斎のにせもの」と安野さんは書かれている。ふふふ、巧い表現を使う。
安野さんはここで明治の画家ふたりの擁護をする。
鉄斎も洋画家で書家の不折もなんでもかんでも以来があれば書いたが、その時代は画家一本で食えることはなかった。だからなんでも書いたのだ、と。
・・・・・・・わたしは不折の「新宿中村屋」「神州一味噌」のロゴも、京都の街中によく見かける鉄斎の手による商家の扁額・看板文字も、楽しく眺めている。
ますますファンになった気がする。

終い弘法 喧騒が描かれている。安野さんは自ら「喧騒好きだ」と述べる。
その気持ちはよくわかる。安野さんの群集図が楽しいのは、ご本人がそれを好きだからこその力なのだ。
安野さんの思い出話がいい。
司馬遼太郎は京都で人と待ち合わせるとき、東寺の御影堂前が習いだった。彼の著作「空海の風景」からの暗示ではないか、というのが安野さんの推理。
わたしはそこで待ち合わせたことはないし、考えてもいなかった。
今度してみようか。
安野さんの推理、司馬さんの様子を思うだけで楽しい。

二年坂 喧騒好きな安野さんならではの、活気ある風景。たまにこの界隈を行くと、実際「あるある、見る見る」と思う風景。観光地と言うことを清水界隈は実感させてくれる。

清水 舞台と桜がなければ、清水ではない。言い切ったが、あながち間違えてもいない。
少なくとも安野さんもそれを強く思われているだろう。
白い桜が綺麗だった。

八坂の塔 スナックや土産物屋などがある。電柱はケーブルが地下埋設化されたので見当たらない。この眺めは安野さんもお好きなのか、他に本の装丁でも見ている。
これとは無関係な話だが、わたしは電柱が好きなのと、保安のことを考えてしまうので、見栄え重視のためとはいえ、あんまり地下埋設するのはよくないと思う。

祇園祭 にぎやかで楽しい。わたしは宵々山あたりが好きなので、本番の日は行ったことがない。安野さんの絵は一人一人を丁寧に描き分けている。そうか、と思った。

比叡山根本中堂 荘厳。「神輿振り」について安野さんが楽しそうに書いている。
安野さんは「繪本 平家物語」を上梓している人である。「平家物語」を愛していなくてはあのすぐれた作品は世に出なかったろう。
その安野さんが大映映画「新平家物語」の「神輿振り」の逸話と市川雷蔵演ずる若き平清盛の清々しい力強さ、かっこよさについてときめくような文章を起こしていた。
わたしもその文を読んで、雷蔵の清盛の堂々たる立ち姿を瞼に思い浮かべている。

銀閣遠望 この構図にはびっくりした。左手に銀閣、右手に銀沙灘と通路。それらを斜め上あたりから望む。ああ、航空写真でも見ない構図。この眺望は考えもしなかった。
何か全く別な建物を見た気がした。

哲学の道 新緑のめざましさ!こちらの眼が見開かれてゆくのを感じる。

大原 緑と薄墨との併用で、いよいよ緑が深くなる。その技法については以前TVで安野さんが説明されていた。
この辺りを安野さんは愛されたか、他にも「三千院付近」同じ題の「大原」などを描いている。いずれも緑が深い。

空也立像 どー見ても「口からメザシ」の空也像をリアルに描いている。セピア色の空也。

平等院鳳凰堂 久しぶりに行きたくなってきた。なにやらソソラレる。
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ここからは奈良の風景画が現れた。
「日本のふるさと奈良」「明日香村」「日本の原風景」などの原画である。

二上山の落陽 真っ赤な夕日。これは確かに日没の太陽、彼岸の頃の夕日。

安野さんの言葉を読む。
「二上山の落陽は二時間後には釜山の落陽になり、更には隋・唐の落陽になる。」
ふとわたしは「死者の書」の藤原南家郎女を想った。
あらとうと なもあみだほとけ
彼岸が近づくにつれ、わたしは「死者の書」の郎女を想わずにはいられなくなるのだった。

安野さんは道で偶った朝鮮人のおばあさんからこんな言葉を聞く。
一人 ダマリの道 ナガイ
二人 話しの道 ミジカイ
安野さんはこの言葉を忘れない、老婆を忘れられない、そしてその心情を想う。

阿騎野 かぎろひ。粟原。奈良坂から大仏殿。甘樫丘から飛鳥。浄瑠璃寺への道から。
この辺りの絵はどこか春めいたのんびりした心持にさせてくれる。畑や山が動かずそこにあるからか。

二月堂 薄い色の土壁がなんとも言えず魅力的。「奈良らしい趣がある」確かに確かに。
わたしも修二会のとき、この崩れかけた土壁を眺めながら登ってゆくと、どうにもならないほどのときめきに揺れている。

吉野山 花矢倉の桜 これは義経の家臣・佐藤忠信由来の地名。そのイワレは義経を守るために一人で矢を射続けたから・・・。水彩の重なりの美しさが眼に残る。

聖林寺の十一面観音立像 スッキリした立ち姿。

竹内街道 親子が歩く後姿を遠望。
安野さんはこの街道から司馬さんへの追慕を書く。
わたしも「街道をゆく」での司馬さんの、この道への愛着を記した話を想う。

岡寺から飛鳥の里 絵を見ながらさまざまな歴史の流れを想う。
そしてその岡寺にある仏像を安野さんは描く。それも本尊は大きすぎて描けないので、銅造菩薩半跏像を選ぶ。

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葛と赤とんぼ。正暦寺への道。円成寺の大日如来。

法隆寺の百済観音 胸元までを描く。スッキリした立ち姿。王后のような美しさ。

大極殿 それだけが白い空間にぽんとある。何かしら不思議な空間になっている。
屋根や柱の色鮮やかさ。何もない空間に存在感のある建物。

五条新町 木柱や木格子の町並み。なんとなく温かい。

高家(タイエ)から甘樫丘。下八釣から。飛鳥から。
自分の知る地であっても安野さんの絵になれば、それだけで詩情豊かな空間になるのを感じる。
また温厚な安野さんが廃仏毀釈について書かれているのを読んで、深く同意したりする。

万葉文化館から。御厨子観音から。膳手町から磐余池の辺り。
大和平野遠望 錆色の夕日がすごい。

大原 今は小原と書いてオオハラと読む。藤原夫人(五百重)の住まいした地

日本の原風景
各地の風景画がある。

青い根子岳は雄大だった。

佐原の水郷にレンガの建物が見える。辰野式らしきもの。この図自体は建物は寄せ集めだが、中心点の奥にあるこの建物は実在。三菱銀行佐原支店旧本館。これはぜひとも見学しなくてはいかん。登録文化財。

室津漁港 室津といえば「乱菊」に「元禄港歌」なのだが、これは現在の漁港風景で構図が面白い。左から展開する構図。これは安野さんの意図的なもの。制約が楽しい。

三島は青に胡粉きらきら、祖谷はオレンジ色の多い山々、松江の矢田の渡し、小豆島、遠野のデンデラ野、足利の旧筑波村・・・

これらを見ていると、日本の原風景とは、奥に山々があり、手前に田畑があり、中に民家がある風景をいうのだとわかる。
日本人の原風景とは多くは山里なのか。

他に風景といえば、唱歌・童謡を描いた「繪本 歌の旅」「野の花と小人」などが面白い。

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「旅の絵本Ⅶ」の原画を見る。
2009年に出た中国の風景。「清明上河図」への憧れから描かれた、安野版清明上河図である。
最初に大きな都市風景の鳥瞰図があり、次々とその1シーン1シーンの拡大図が現れる。
祭りでは大蛇と虎の可愛い作り物が出て、京劇を楽しむ人々もいる。猿回しもいる。
いちばん凄いのは、兵馬俑の発掘シーン。掘り出されたものが並ぶのも凄いが、地中から出るわ出るわ・・・こわいよ~~という感じもある。
そして看板に「清明上河図 模写」とある。
後で本を開きあとがきを読むと、2009年の安野さんはなんとか「清明上河図」が見たいと書かれている。
先般の東博の展覧会で、安野さんはご覧になられたろうか・・・・・。

初公開の「絵のある自伝」が楽しい。
少年倶楽部の人気キャラたちの模写がいい。
タンクタンクロー、のらくろ、タコの八ちゃん、象に乗る冒険ダン吉。
そういえば日経に安野さんは少年倶楽部への追慕を書かれていた。

最後に司馬さんと「街道をゆく」安野さんは、司馬さんの形見分けにと、司馬さんの靴を貰ったそうだ。その靴は安野さんの足にもぴったりフィットして、安野さんの旅のお供になっている。東大阪製の靴、と安野さんは描いている。履き心地抜群の靴。

本当にいい展覧会だった。
安野さんは病気にも勝たれたが、これからもお元気で旅を続け、絵を描き続けていってほしい、と強く想う。

展覧会は3/19まで。

中村雀右衛門追悼

先月亡くなった歌舞伎俳優・中村雀右衛門は本当に綺麗で、そして可愛らしい役者だった。
わたしが実際に舞台で見ていたのは1990~21世紀初頭までなので、晩年の姿かもしれないが、雀右衛門はいつ見ても若くて、とても綺麗なひとだった。
特に赤姫などの拵えは絶品で、大仰な理屈も持たぬ深窓の姫君という風情が活きていた。

随分前の日経「私の履歴書」に彼の連載があった。
写りはわるいが、「妲己」の写真や佐々木小次郎を演じたときの写真があって、それを喜んで切り抜いて保存した。
うちの親などは映画俳優としての大谷友右衛門は知っていても、歌舞伎役者の中村雀右衛門は見なかったので、彼が歌舞伎に復帰してからが雀右衛門だと教えると、仰天していた。
映画俳優としての彼は非常に綺麗な青年だったようで、ファンも多かったそうだ。

歌舞伎が地盤沈下していた頃は多くの役者が映画界に行き、日本映画の黄金時代を輝かせるスタァとしてさまざまな役を演じ、その後にはたくさんの作品が残った。
たとえば東映のお子様時代劇では中村錦之助、澤村精四郎、中村扇雀らが活躍し、大映の現代物には二世中村鴈次郎が名演を見せた。
雀右衛門が前名の友右衛門だった頃は美男スターとして人気を集めていた。
わたしは無論リアルタイムには知らない。
しかし調べ物をするうちに色々とそのあたりのことをまなんでゆく。
そして歌舞伎界に復帰し、雀右衛門になった彼の苦労も、芸談や昔の劇評やほかの役者の評伝などで知ってゆく。

今日の夕方、13年前の「本朝二十四孝」の「十種香」が雀右衛門追悼番組として放映された。わたしはその月の芝居を見ていた。
収録された日ではないが、確かにその月の出し物として楽しんだ記憶がある。
綺麗な雀右衛門の八重垣姫と、体調がすぐれぬのが隠し切れず、やせてしまった宗十郎の濡衣、貴公子然とした菊五郎の勝頼、厳めしい羽左衛門の謙信らの姿が懐かしい。
ここに出ていた人のうち、菊五郎と白須賀六郎の団十郎だけが健在で、後はとうとう皆「過去の名優」になってしまった。

雀右衛門は自分の息子や孫世代の相手役が多かった。
芸談で彼は自分の化粧時間の長さとその理由を述べている。
恋人同士で寄り添ったとき、相手役に年寄りだと思われたらげんなりさせる。そうさせないために熱心に顔を作る・・・
まことに良い話だと思った。
だからこそ彼はずっと、若く美しく可憐でいたのだ。

雀右衛門の芝居では赤姫が圧倒的に似合うと思うが、その赤姫も時代物でなく世話物に行くと、また妙な魅力が湧いてくる。
四世鶴屋南北の「桜姫東文章」を雀右衛門は二度ばかり演じている。
最初は昭和40年頃に八世三津五郎の権助を相手に、次に平成に入ってから今の幸四郎の権助を相手に桜姫を演じた。
無論先のはわたしは見ていない。劇評と芸談と資料などで見た限りだが、後年の幸四郎との共演はかなりよかったと思う。

前世で白菊丸と言う美少年だった桜姫が現世で零落して、小塚っ原のお女郎「風鈴お姫」になるわけだが、赤姫が似合う雀右衛門の「お姫」はどうだろうと妙に心配して出を待っていた。
お姫は枕元に前世の相手だった清玄の亡霊が出るばかりに客足が途絶え、とうとう宿元へ返されてしまうのだ。
ここではすれっからしと姫様とのちゃんぽんを見せなければならない。
雀右衛門はニンでいえばやはり赤姫なのだが、さすがに巧い芸を見せてくれた。
このときのお姫の姿は、一時期何かの宣伝に良く使われていた。
世話物でもこれはとても似合っていたと今も思う。

富十郎との舞踊劇「二人椀久」もよかった。
夢幻的なものがとても似合う美貌だとそのとき思った。
小町桜の精、鷺娘、それらも同様だった。

晩年の歌右衛門と島田正吾の共演した建礼門院の芝居では、前半の徳子を雀右衛門が演じた。剃髪して大原に庵を結んでからを歌右衛門。
まだ平氏の盛んだった時代の徳子である。現代語の脚本もいきいきとこなしていた。
門前で兄弟らと語らう立ち姿が忘れられない。

ここまで書いて、他にも多くの綺麗な姿があるのを想う。
脳裏に浮かぶ雀右衛門は本当に綺麗だった。
そしてそんな綺麗な姿を離れた素顔をTVで見たときのことを思う。
コシノジュンコは彼と仲良しで色んなエピソードを話していた。
意外なお茶目振りが楽しかった。
「ジャッキー」と呼ばれて親しまれる理由もわかった気がした。
今度3/23に追悼番組があるらしい。
今はそれを待っている。

本当に綺麗な役者だったなぁ、ジャッキー・・・
ありがとう、中村雀右衛門。

春と吉祥 17世紀から20世紀の日本、中国の絵画を中心に

昨年から今年二月にかけて関西の中国美術を所蔵するミュージアムがリレー形式で次々と佳い展覧会を開き続けていた。
東近江の観峰館所蔵の近世~近代絵画などはその企画に出なかったが、八幡市立松花堂美術館で「春と吉祥」展として、そのあたりを楽しませてもらえた。
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庭園と展覧会を楽しむこの美術館の地番は「八幡市女郎花43」である。
すぐそばの道路標示には「月夜田」と書かれている。
女郎花にしろ月夜田にしろ、どこかしら雅な味わいがある。

今年は梅が遅れているので、庭園を楽しむのはやめた。
梅を見ぬまま椿、桜の時季に入るのかもしれない。
そう思いながら展示室へ向うと、梅が一面咲き零れていた。

梅は描かれたものだった。
しかしこのように多くの梅の絵が展示された中に立つと、自分が絵ばかりでなく梅を楽しんでいるような心持にもなってくる。
展示数は多くはないが、豊かな気持ちになる展覧会だった。
観峰館の所蔵する中国絵画と、個人所蔵の日本画など。
なお、文字化けしそうな文字はカナ表記にする。

倚窓観梅図 湯録名 清・咸豊11年(1861) チラシの清朝美人図。円い窓に倚れて外の白梅を眺めている。中の机は珍しい形の古木を切ったものか。香炉と本が並ぶ。
このチラシでは美人は遊ぶ雀たちを楽しそうに見ているように見受けられるが、実はこの雀たちは別な絵から飛んできたものである。狩野安信の屏風からちょっと抜け出て、清朝美人を楽しませているのだった。

チラシのそうした恣意的な拵えが、とても魅力的だった。
今回はこのチラシに引き寄せられた、といってもいい。
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墨梅図 程遠岑 清~民国初期 ふっくらした白梅が鈴なりの様子を描いている。墨は五彩を、と言うがそれを実感する。

折梅美人図 張福康 1911年 丸いおでこの美人が月下に白梅を愛でている。枝をそっと折ろうとしているらしい。すっきりした顔立ちのこの美人はどうした状況でここにいるかはわからないが、「絵になる」美しさを持った人だった。
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梅画賛図 松花堂昭乗 綺麗な書がある。古木に咲く梅。
このはなのとき わかすさく難波えは そらにしられぬ はるやこもれる
細い梅の枝と文字とがとても合うている。

梅図 中林竹洞 文政11年(1828) ああ嬉しい、竹洞の絵がある。竹洞の絵は頴川で見るのが多く、他ではあまり見ないので、よそで会うとなんだか嬉しくなる。
濃淡で遠近を表現している。そして濃淡だけで色彩も表現される。
この梅は紅梅だと思う。濃いものではなく薄紅梅。縦に縦によく咲いている。匂いの濃い梅だと思う。

紅梅図 高野侯 1931年 真っ白な紙に朱色の梅が咲き誇る。
清旭散錦云々と賛があるが、清旭とはこの梅の色をさすのかもしれない、と思うほどに清い紅梅だった。

布袋図 土佐光孚 袋にもたれて寝てる布袋。
他にも何点か布袋図があるが、あまりわたしは好まない。

松竹梅図屏風 狩野安信 チラシの美人と共演していた雀たちは、ここから出たもの。
私が見に行ったときには左隻が出ていた。半ばにある笹の上には目白押しの雀たち。雀の押し・・・寿司。←コラ。可愛い。白椿と南天の赤が可愛い。
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老松図 呉大チョウ 岩上に松。その松陰の下に小さい休み処。松風を聴くのも楽しいだろう。

中林竹洞 松竹梅三幅対 天保九年(1838) すべて遠景である。もやもやした白梅、深遠なる松林と滝、さやさや竹・・・ここには風の音があった。

花鳥図 干非闇 1943年 赤い花はくっきり線描の内に込められて咲き、その間の青い小鳥は概線を持たない。その対比がとても面白い。
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陳摩の二枚の花の絵があった。共に1929年の作。
椿図と杏花図。どちらも豊かに咲いている。

預兆年豊図 沈心海 1921年 タイトルの意味は本当にはわからないが、字面でなんとなく納得もしている。しかしここで描かれているのは、おじいさんと二人の子どもたちと、彼らが拵えている雪だるまならぬ雪像の霊犬らしきものである。
寒さもあるが、凍えはしない絵。
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花卉図 汪承業 オレンジの濃淡が花を描き分ける。下に水仙がよく咲くのも可愛い。

群仙祝寿図 蒲華 1900年 群仙とは水仙の群生であり、転じて群なす仙人となる。
奇岩と水仙。やや荒い筆勢。

富貴図 徐 綺麗な壷に松や花が生けられ、そばの器にはご飯が大盛り。しかもそこにはドライフルーツのトッピングが。これは「はっぽう飯」というらしい。めでたい食べ物。解説にはないが、地元中学生の感想文が添えられていて、そこに「はっぽう飯」のことが書いてあった。見知らぬ中学生に教わった「はっぽう飯」である。

富貴耄耋図(ふうきボウテツ図) 銭慧安 1880年 「耄」はオイボレではなく70才の意、「耋」もトシヨリではなく80才の意。そして前者はマオと発音し、猫(マオ)。後者はティエと発音し、蝶(ティエ)。だからここには富貴の花(=牡丹)と猫に白い蝶がいる。
尤もこの茶猫はおとなしそうな奴ではなく、機会あれば・・・
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花鳥図 朱真 1889年 今回の展示の中で最も彩色の濃い派手な作品。牡丹に派手な鴨ップルがいる風景。関係ないが、わたしはシカのカップルはシカップルと書くが、鴨もカモップルになるとは思わなかった。今度から使おう。

折梅図 厚之 くつろぐ美人。その脇には大きな梅木が大壷に生けられている。美人の手には折られた梅がある。なごやかな雰囲気の中で、どことなく退嬰的な匂いも感じる。

梅画冊 トウケイ 薄い薄い薄紅梅。むしろ白梅が酒に酔うたような。

初公開の大西浄清の釜があった。松梅地紋達摩釜。つつましく梅と松が浮かび上がる。鐶は松ぼっくりの形。非常に可愛い。彼は初代浄林の弟で、大西家歴代の名人として名高い。

他に時代不詳の硯がいくつも出ていたが、いずれも手の込んだ拵えだった。
楽しく眺めて、一足早い梅見を終えた。
展覧会は明日まで。

三月の予定と前月の記録

いよいよ春三月。寒さはまだ残るけれど。

首都圏には3/16~20までいてます。
畠山即翁の茶会―光悦雪峯茶碗を中心に― 畠山記念館~3/18
サムライたちの美学 新刀と刀装具にみる粋の心 静嘉堂文庫~3/25
ヨーロッパ絵画に見る永遠の女性美 後藤美術館所蔵 ニューオータニ美術館3/17~5/27
古筆手鑑―国宝『見努世友』と『藻塩草』 出光美術館~3/25
青梅信用金庫コレクション展 青梅市立美術館 3/3~3/25
加藤久仁生展 八王子市夢美術館~3/25
三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る  府中市美術館3/17~5/6
生誕100年 ジャクソン・ポロック展 東京国立近代美術館~5/6
「織」を極める 人間国宝 北村武資 東京国立近代工芸館~4/15
大阪市立東洋陶磁美術館コレクション悠久の光彩 東洋陶磁の美 サントリー美術館~4/1
ボストン美術館 日本美術の至宝 東京国立博物館3/20~6/10
インカ帝国展 ―マチュピチュ「発見」100年  国立科学博物館3/10~6/24
ピラネージ『牢獄』展 国立西洋美術館3/6~5/20
ユベール・ロベール ―時間の庭 国立西洋美術館3/6~5/20
ザ・タワー ~都市と塔の物語~ 江戸東京博物館~5/6
幻のモダニスト 写真家堀野正雄の世界 東京都写真美術館3/6~5/6
ポール・ゲティ美術館展 フェリーチェ・ベアトの東洋 東京都写真美術館3/6~5/6
浮世絵―国芳から芳年へ 町田市立国際版画美術館3/3~4/1
竹内栖鳳と京都画壇展 野間記念館3/10~5/20
すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙 神奈川県立近代美術館 葉山~3/25
山口蓬春記念館20周年特別展Ⅲ 新日本画への道すじ  山口蓬春記念館~3/25
生誕100年 藤牧義夫展 モダン都市の光と影 神奈川県立近代美術館 鎌倉~3/25
壮大・痛快・涙あり―歴史・時代小説 鎌倉文学館~4/22
横浜にチンチン電車が走った時代~まちの主役! 路面電車 横浜都市発展記念館~4/1
籾山艦船模型製作所の世界―幻のモデルメーカーが残した商船模型―日本郵船歴史博物館~4/1
フォトスタジオの聖地・横浜 横浜開港資料館~4/15
京都 細見美術館展 PartⅠ 都の遊び・王朝の美 そごう美術館~3/20

さて地元ハイカイ。
生誕170年・没後100年『藤田傳三郎の軌跡』 藤田美術館3/10~6/17
「蘭にみた、夢~蘭花譜の誕生」展 大山崎山荘美術館3/3~5/27
神医と秋成―谷川家資料にみる 柿衞文庫3/3~3/25
お水取り 奈良国立博物館~3/18
京都市美術館コレクション展第2期 模様をめぐって 京都市美術館~3/25
平 清盛 院政と京の変革  京都市考古資料館~6/24
神戸 美しき色彩―新収蔵・突々和夫の木版画を中心に 神戸ゆかりの美術館~3/27

春と吉祥 17世紀から20世紀の日本、中国の絵画を中心に 八幡市立松花堂美術館~3/4
近世絵画に見る中国文化への憧憬・前期 頴川美術館~3/31
象彦・西村家の雛人形と雛道具 象彦漆美術館~4/3
千家名物とその周辺 湯木美術館~3/11
新春の取り合わせ 茶道資料館~3/20
京の粋 樂家初春のよそおい 樂美術館~3/4
安野光雅が描く洛中洛外展 京都高島屋 3/3~3/19
シャガール 愛を巡る追想 難波高島屋 3/8~3/20
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