美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

石村亭(潺湲亭)の庭園

今では石村亭と名乗る潺湲亭(せんかんてい)は、母屋、離れ、茶室などの建物も見事だが、庭園の佳さというものはまた、格別だと思う。
元はさる方の拵えた邸宅で、その後に谷崎潤一郎、そして現在の日新電機へと所有が移った。
昨日の記事に挙げたとおり、日新電機さんは谷崎の願いをそらさず、半世紀以上に亙って、ここを大切に守り続けた。
庭園と建物を別々に記事にすることはその意味では邪道なのだけれど、数量の多さを考えると、やはり二つに分けたほうがよいようである。

この空間の案内は「夢の浮橋」を読んでいただくことがいちばんなので、わたしは感想は一切書かない。
ただ、名園と名建築とを楽しむために、谷崎の書いたものから引用する。
「 」は全て谷崎の文章からの引用である。

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「私は百足よりも、池のほとりや築山のところどころに据えてある、五つ六つの石の羅漢の方が恐かった。」

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「朝鮮から運んできたらしい李朝の官人の石像が二つ相対していた。」

本当の庭園はもっと美しいのだが、わたしの手ではここまでしか写せない。
しかしながら実際にこの林泉を逍遥していただいたような心持になっていただければ、幸いである。
小雨が静かに続く、と言う絶好の条件でこの庭園を楽しませていただいた。
緑陰の美は、そのような天候こそが、最良の美をあらわにしてくれるからである。
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石村亭(潺湲亭) 谷崎潤一郎の愛した家。

谷崎潤一郎記念館で、かつて谷崎が住まうた家へ行くツアーと言う企画が立てられていた。
友人に教えられ、わたしは彼女らと共に参加した。
谷崎は東京・日本橋の生まれで、生涯に亙り何度も引越しをしている。
関東大震災を契機に関西へ移り住んでからもよく動いたが、下鴨神社のそばの家での暮らしは殊に楽しかったようである。
しかしながら京の冬の寒さに耐えかね、谷崎は暖かな熱海へ移住した。
それでもここの素晴らしさを愛した谷崎は、松子夫人のお友達の伝手をたのんで、日新電機さんにここをそのままで保ってくれるようねがって、移住していった。
日新電機さんは半世紀以上に亙って、ここを大切に保ち続けている。
今では石村亭と呼ばれるこの空間が美しいままなのは、ひとえに日新電機さんのたゆまぬ努力と熱意のおかげである。
非公開のこの邸宅に入ることがかなったのは、記念館のお力である。
日新電機さん、谷崎記念館さん、共に深い感謝を捧ぐ。

谷崎の小説「夢の浮橋」はこの空間なくして成り立たぬ作品である。
小説の随所随所に「五位庵(=潺湲亭)」の美が筆を尽くして表現されている。
ここに住まうていた乙訓糺(おとくに・ただす)青年の一人称小説と言う形を取り、五位庵の美と、継母とのインセストな関係とを綴っている。
継母は生母とよく似ており、その死後に父の後妻となったが、父は幼いわが子に生母と継母の差異を感じさせないように仕向ける。
彼自身は父と酷似しており、後に父の死の間際に、父から継母を託される。そのための結婚も用意されている。彼はそのことに背くことはなく、進んでそこへ向かう。

この関係もまたここでしか成り立たないものである。
それ以外の場と言えば本当に味気なく、そっけなく書かれている。
物語の最後に継母の唐突な死があり、彼はそのためにこの五位庵を去る。
去って彼は妻を離別し、母の面影を濃く宿す弟を里親から取り戻すと、別な地でかつての父(彼は父に酷似している)・継母(異母弟)との生活を始める。里に帰っていた乳母をも呼び戻し。彼は生涯をその楽しい暮らしに埋没させようと決意していることを書いて、筆をおく。

谷崎の母恋ものの中でも殊に美しい作品である。
そしてその美はこの石村亭(潺湲亭)なくしては、決して生まれ得なかったのである。

建物を眺める。
玄関 竹を使ったところがやはり見事。実際足裏の気持ちよさがある。

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扁額 IMGP0079.jpg

廊下も見事である。その天井と工夫のある雨戸と。
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床の間など。
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葵らしい。IMGP0092.jpg

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衣文掛け一つ見ても素敵だ・・・IMGP0084.jpg

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台所へ行く。ここでは井戸がある。
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水屋。IMGP0096.jpg

「台所太平記」を思い出す。

浴室へ。
明り取りもいい。IMGP0098.jpg

深い浴槽。関西では珍しい気がする。
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ここを出て谷崎の仕事場だった離れへ向かう。
廊下から玄関のほうへ眼を向ける。
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松竹梅のモティーフが素晴らしい。
特に可愛いのはこの梅。
ちょっばかりバケラッタ風味。IMGP0153.jpg

扁額。IMGP0144.jpg

置かれていた本など。
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洋間は応接セットがある。
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谷崎はどの椅子に座ったのだろう。IMGP0147.jpg

龍村製のと思われるテーブルクロス。獅子狩文錦♪
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網代の天井IMGP0145.jpg

火鉢いろいろIMGP0146.jpg

仕事場は和室である。そこの欄間が可愛らしい。今はもうこんな細工も少なくなった。
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和の粋。

ここをモティーフにした版画があった。IMGP0157.jpg

茶室を少しばかりのぞく。
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何を見てもどこを見てもときめきが止まらなくなる。
ここにいると小説の世界に溺れてゆく。

明日は庭園だけの写真を挙げます。

下鴨神社界隈散策ならびに「夢の浮橋」挿絵など眺むるの事

古風なタイトルだが、これ以外思いつかない。

過日、小雨の中を出町柳からとぼとぼと下鴨神社へ向かって歩いた。
対岸の家並びを見ると、バラを咲かせているのが続く。
ご近所でバラを育てているのかもしれない。
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御蔭通りの橋の袂でこんな木を見た。
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わたしは桐の花なのかと思ったが、どうかはわからない。
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下鴨茶寮を左手に歩く。
糺の森に入る。新緑の美しさは晴れた日でなくとも感じられる。
いやむしろ、こんな曇天とも小雨ともつかぬ空を背景にした方が、緑陰を楽しめる。
古い家は社家町の名残なのか。
わたしはこの辺りは不案内で、自分が北を向いて歩いているのはわかっていても、どこまで来ているのか実感がない。
同行のうち、高野に住まう人は「これはこの辺りに住まうものにて」と狂言の登場人物のように、笑う。
四条から今出川通りまでを主に徘徊するわたしは、ただ歩くばかりだった。

やがて谷崎潤一郎が住まい、小説「夢の浮橋」の舞台になった邸宅へ向かう。
その邸宅の紹介はまた別項で長く挙げたい。

この非公開の邸宅は元は「潺湲亭(せんかんてい)」と言うたが、手放すにあたり、松子夫人のお友達だったご婦人のご縁で、日新電機さんが買い取られた。
この雅で静閑な林泉の趣を失うことを谷崎は望まず、現行のままで保ってほしいと日新電機さんに願った。
日新電機さんはその願いを半世紀以上経った今日も堅く守り、現在は「石村亭」と名づけて大切に保持されておられる。
中公文庫版の「夢の浮橋」では冒頭に潺湲亭(石村亭)の優美な写真が挙げられており、一層「夢の浮橋」の世界に漂い、溺れこむ手助けをしている。

「夢の浮橋」は昭和34年に発表された小説で、挿絵は田村孝之助だった。
その四枚の原画を貼り付けた屏風がある。
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なお小説はこちらで読める。
まことに優美な小説であり、また実際の邸宅と庭園の静かな美しさと言うものが、平成の今日においても活きているのは、殆ど奇蹟的なことのように思われたが、いずれも関係各位の多大な努力と熱意の賜物だと言える。

座敷に入らせていただき、そこで「細雪」の筐があけられる。
この絵は菅楯彦のもののように思う。IMGP0065.jpg
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そして日新電機さんの方からお話を伺う。たいへん楽しいお話しぶりで、建物を拝見するだけでなく、こちらへ遊びに来たような心持になる。

前述の田村の屏風の一枚一枚を眺める。
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描かれた場所は自分の眼に映るのと同じである。
絵と文章に差異はなく、後世の「客」たるわたしも斉しく、その世界におじゃまさせてもらえる。

やがて離れである谷崎の仕事場へ移る。
そこでは複製ではあるが、谷崎の小説世界を彩った日本画家たちの優美な白描を見出すことになる。
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谷崎の「源氏物語」を描いた画家たちは、小倉遊亀、中村岳陵、堂本印象、太田聴雨ら錚々たる作家たちだった。
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またここには谷崎の出した本の初版なども展示されている。
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夢のような時間を過ごしたあと、日新電機さんのますますの繁盛をねがい、この庭園と邸宅の永遠を希って、その地を後にする。
鎖された門の向うに広がる豊かな世界、それを想いながら巷へ戻る。

糺の森をゆく。
車道へ出たとき、洋館を併設した民家を見る。
可愛らしい四角な建物と和風建築とが今も元気に活きている。
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下鴨茶寮へ入る。
わたしたちの通された部屋には、京野菜をモティーフにしたステンドグラスがあった。
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お料理の数々と、その器など。
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下鴨界隈での夢のような時間のあと、中京区へ戻る。
歯科医院だった建物が開放されてギャラリーになっていた。
可愛い魚の水道がある。IMGP0201.jpg

文化博物館で芹沢けい介を楽しんでから、イノダコーヒーでおやつをいただいて、そこでその日の旅は終わった。
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まことに幸せな時間を過ごせたことを、ただただ感謝している。

逸翁と茶会 茶会記をひもとく

逸翁美術館に行くと、丁度マグノリアホールでピアノコンサートの最中だったらしく、音が漏れ聞こえてくる。
親御さんらのわくわくした顔を横目に展示室に入る。
「逸翁と茶会 茶会記をひもとく」

第一章 茶会の始まり
逸翁は三井銀行に入行したとき、上司の高橋箒庵の下で、差し押さえた物件のチェックなどをしていたそうで、そのときに茶道具を色々と見るようになった。
そこでの修行が逸翁を生まれさせたと思うと、興味深い。

仁清の柚香合がある。ユズと言うよりみかん型の小さく可愛らしい、白磁の香合。いつ見ても愛らしい。

志賀雀絵茶碗 対馬焼の窯の一つ志賀で焼かれたもの。雀と笹がさらさらと描かれている。線の肥痩もはっきりしていて文人画のようだった。

銹絵四君子文角違鉢 乾山 内外にシックで華やかな花が描かれている。形もややいびつに曲げたところもある。乾山ブランドの良い器。

第二章 東京での茶会 先輩、高橋箒庵を招いて
前述の高橋箒庵を招いての茶会を開いた頃の茶道具が集まっている。

柳椋鳥図 呉春 縦長の紙に柳が下り、その下に一羽の椋鳥がいる。「ムクドリは大勢でやってきて騒ぐ」ということから「都会に来た田舎者」という意味を持つ。
この軸は初見。「騒ぐ」椋鳥が静かに一羽でいる、というのも面白い。

インド更紗茶具敷 これは可愛い四角なクロスで、染だけでなく刺繍も入り、チャーミングな孔雀たちが彩られている。どの孔雀も羽根を閉じている。全体には赤が目立つ敷物で、小さな造りながら、とても印象的。

秋草蒔絵手焙 欅の木でも使っているのか、そこへ秋草とウサギたちがいる。火屋も秋草で華やかな拵え。

箒庵を招いたとき、掛け物に逸翁はかつて彼から送られた手紙を使った。
中身は若き小林への親切な注意などである。我儘だと評判だがそれを実にしてはいかん、というようなことが書かれ、名古屋支店に勤務する間は仕事に励むよう締めくくられている。達筆すぎて到底読めなかったが、長い巻きである。
逸翁は若き日の上司からの親切な訓示を大切に保管し、軸装してその日に出した。
箒庵も感激したということだった。

共筒茶杓 銘・つるくび 不昧作 節のないまっすぐな茶杓で櫂も綺麗に曲がっている。
利休好みの茶杓は途中に節を入れるもので、この拵えは珍しいそうだ。
わたしは節も場所によるし、あってもなくても、好ましいものは好ましいので、この「つるくび」を可愛いと思った。

黄伊羅保茶碗 朝鮮王朝時代のもので、黄土色のやや大振りな茶碗。

仮設壁が茶室の拵えをみせている。初夏の喜びがそこにある。
その角を曲がると、次はさまざまな会の折に使われた茶道具が現れる。
第三章から第五章まではそれぞれの会ゆかりの茶道具が茶会記の挿絵のように、展示されている。
逸翁は多くの茶会に参加した。芦葉会の発足、渓苔会への出席、地元北摂での丼会などなど・・・

昭和15年、逸翁はジャワへ出かけた。蘭印特派使節の一員として出向いたのである。
その折の詠草「爪哇行」が掛けられていた。
詩の中身はまぁ時勢柄なかなか勇壮だが、どうもちょっと・・・
素人のわたしがこんなことを言うのもなんだが、逸翁は経済人として、茶人としてはたいへん尊敬できる人なのだが、本人の愛した文芸の道はどうも思ったより、よくはないように思う。若い頃の小説も作詞も・・・しかし、彼は宝塚歌劇を作った。文化人として誠に偉大だということに変わりはない。

墨蹟 一行対幅 天室宗竺・玉舟宗璠 王維の詩を二人で書いている。
行到水窮処 坐看雲起時 
力強い、良い字面をしている。

木彫小鳥網彫風炉先 明治の風炉先屏風。網目に小鳥が囚われているような拵え。右には二羽の雀、左には尾の分かれた鳥。可愛いが可哀想な感じもあるが、やはり可愛い。初見。

黒樂茶碗 左入 凝胤銘・安居院 アンゴイン=飛鳥寺。京のアグイではない。中大兄皇子と中臣鎌足が出合ったお寺、と言うところからの銘らしい。ぬめぬめと光っていた。

ここからの展示がまた嬉しい配置を見せている。
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このチラシはあるときの茶会記に使われたやきものたちを集めたものだが、それをほぼ踏襲しての配置なのである。
こういう再現を見せてもらえると、本当に嬉しくなる。
愛しくてならない。

今回の展覧会はとにかくこのチラシが可愛いと思っていたのだが、ガラスケースの中でその再現を楽しめるとは思ってもいなかった。
一つ一つを愛でつつも、全体を愉しむ。
自分もまた簡易ながら、逸翁の茶会にちょっと招んで貰ったような気がして、嬉しい。

道八の鉢や皿が並ぶ。前期は永楽保全のやきものが並んでいたらしい。前期を見に行きそこねたのだ。尤も保全のものは以前にもここで見せてもらっているから諦めもつく。
道八は乾山を慕い、その風を再現しているから、楽しい。
むろん道八オリジナル作品もいい。

讃窯紫陽花文鉢 家に似た鉢がある。というより、店屋で「道八のに似てる」と喜んで購入したのだから、当然だ。本家に再会して嬉しい。

色絵大根絵鉢 湯木美術館にも同類のきょうだいがいる。わたしなんぞはこの大根柄の鉢に何を盛ればいいのかわからない。絵柄にあわせるのもどうかと思うし、外しすぎるのもよくないし。そういう意味で、この鉢を湯木貞一さんがどう使われたのか、それを思うだけでドキドキする。むろん逸翁もこれを実際に使ったろう。逸翁はちょっとばかり皮肉なユーモアが得意だから、予想外のものをいれたかもしれない。

桐一葉平皿 全体が一枚の桐の葉になっている。少し破れも見え、そこに小さな蛾がいる。
どこかユーリ・ノルシュテインのアニメーションを見るような静けさがある。
これは銹絵の拵えで地味なのだが、出光美術館には金彩銀彩で美しく装った同じ皿があるそうだ。まだそちらは見ていないが、全く別物に見えるだろう。

粟鶉図 伝・周之冕 明代のものだが、可愛くて可愛くてならない。粟には雀たちがにぎやかに止まり、地には三羽の鶉が身を寄せている。
茶色の木片を集めて拵えたモザイク、または木目込みのようにも見える絵で、これは本当に愛らしかった。初見。

交趾法花蓮花文水指 白い花は木蓮のように見えた。蓮華というよりそちら。色も青と紫がはっきりしている。

晩年に発足した北摂丼会の会記には挿絵はなく、会員によるスナップが挟まれたり、感想文が寄せられたりしていた。戦後を感じさせる。

渡唐天神像 近衛信尹 久しぶりに見る。薄墨で天神さんを描いている。むろんその外線は文字である。そしてこの絵には三藐院自身の賛が薄墨で書かれている。力強い良い文字である。

逸翁は大正15年に香雪村山龍平の茶会に出たそうで、その折の村山の記した「老樹にも花さかせたる梅見かな」の句を手に入れるや、その表装に新聞記事に出た「梅」に関するニュースや情報類を寄せ集めたものを使った。
こういうところに逸翁の遊び心を感じる。とても楽しい。
30年後、村山邸での茶会に逸翁はそれを持参したそうだ。

黒四方矢筈爪紅盆 三砂良哉 昭和の作。黒か青漆でまとめたものの縁に紅をさすのを「爪紅=つまぐれ」と呼ぶそうな。シャープでいて艶かしい拵えだった。

青磁袋鼠香合 明代のもので本来は柘榴にリスと言う吉祥文だが、それを大黒の袋に大黒の鼠に見立てて、日本の茶人は喜んだ。
・・・尻尾は細いからリスより鼠に見えるわな。

茶室の室礼 昭和28年3月29日による。
茶室の中には19~20世紀の海外のやきものなどが集まっていた。
セーブル、ローゼンタール、ウェッジウッド、デルフトなどのほかにもロシア、イタリア、アメリカなどなど。インターナショナルな席である。
干菓子盆に使われたドイツの琥珀盆のモザイクが可愛い。

いつもながらの楽しい展覧会だった。6/10まで。

岩佐又兵衛「堀江物語絵巻」をみる

岩佐又兵衛の堀江物語絵巻を見てきた。
先月は浄瑠璃姫物語絵巻を見てその絢爛たる世界にときめいたが、今回は物語の展開や人物描写に打たれた。
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堀江物語絵巻は香雪美術館で別版を見ている。
この復讐譚を知ることが出来たのは誠にありがたいことだった。
物語そのものの面白さを大いに堪能し、わたしは長らく堀江一族の運命に囚われるようになっていた。
絵巻の楽しみはその描写と物語にある。
このMOA美術館で完全版を見られる日が来たことをただただ喜んでいる。
粗筋と場の説明と感想の入り組んだ話を始める。

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染色を楽しむ 柚木沙弥郎 /芹沢けい介

二つの優れた染色作家の展覧会を見た。
まず鎌倉から。

神奈川県立近代美術館鎌倉別館での「柚木沙弥郎展 村山亜土作『夜の絵』とともに」はすぐれた展示品の集まった展覧会だった。
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柚木沙弥郎といえばわたしなどは宮沢賢治の物語世界を染色工芸で描いた作家、と言うイメージがある。実際そうした作品ばかりしか知らなかった。
ところがここへ来て初めて柚木のほかの作品を見、今年卒寿を迎える柚木の新作を目の当たりにする機会に恵まれた。

今回の展覧会のタイトルにもなっているように、柚木には村山亜土の描いた物語「夜の絵」を、コトバから画像に置き換えた仕事がある。
それは小さな額に入れられた連作物として、壁面に設置されている。
右から左へと物語の流れを眺める。
「夜の絵」を描こうとして描けぬまま生きている画家の命が、そこに連ねられる。
雨だれが布による表現で活きる。
それだけを見ていては雨だれともなんともつかぬものが、はっきりと雨だれに見えてくる。
息苦しささえ感じる孤独な緊迫感が続く。
やがて畏怖さえ感じる終焉を迎える。そのシーンはチラシにも使われているが、その絵こそ、実際に目の当たりにすべきものなので、ここには挙げない。
見事な作品だった。

ほかに村山亜土の劇作を絵本化したものでは、朝鮮民話を再話した「キジ女房」が特によかった。
人物表現がイキイキしている。

新作の帯を見る。好みからは外れているが、これを90才がこしらえたのかと改めて驚く。
人間、一芸に邁進すれば新作は生まれ続けてくるものだと感心する。
色もデザインも明るく、楽しい柄のものが、オブジェのように垂れ下がっている。
この展示の方法もとてもよかった。
小さな空間を最大限に利用した、巧い展示の見本のようだと思う。

今後も素晴らしい新作が生まれるのを待とう。
そしてまたどこかでじっくりと眺めたい。
6/10まで。

京都では、芹沢ケイ介展が来ていた。
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これは松濤美術館の巡回展である。
松濤の特異な空間で眺めたときとは異なる感想が浮かぶ。
芹沢の作品は松濤美術館の空間を彩ったが、京都文化博物館の四角い空間での展示は、作品と対峙する、そのことに重点が置かれたような気がする。
空間が異なり、時間も過ぎたことで、新しい展覧会を見るような心持がする。

「いろはにほへと」と文字を形象化する作品が特に多い芹沢だが、松濤で感じたような奔放さはここにはない。
「いろは」文字にはそれぞれ関連するものが文字のそばにまといつく。
「け」にはケラが、「す」には雀が描かれるという風に。
雀が文字のそばを離れて空へ舞い舞いするような幻想はここでは生まれず、「ああ可愛い雀がいる」という風に終わる。
しかしその一方で、型染め絵の色の冴えと、藍染めの明るさ・深さを比較する楽しみがここにはある。

芹沢の紅型への愛情を目の当たりにする。沖縄の連作は随分以前から見ているが、こうして眺めると、描かれた人々が動き出すような気がして、この作品の素晴らしさが改めて感じられる。
淡々と眺めることでまた違った喜びを見出せた。そのことも嬉しい。
個々にどれがいい・これが好きだということではなく、全体として楽しむ。
松濤と京都と二つの展覧会を楽しめたことを素直に喜んでいる。

杉本健吉が編集した、手控え帖を見る。
芹沢のスケッチや下絵の面白さを楽しむ。完成品よりこちらの方が面白い、と思うものがいくつもある。
かつてわたしはスケッチもデッサンも下絵も見るのは非常に好まなかったのだが、今では却ってそれらを楽しみにするようになった。
自分が未熟な頃は完成品だけを尊び、ある程度の年齢を超えたことで、今度は作家の未完成なもの・思い惑うものを喜ぶ風にもなってきた。
それはやがて完成することを知っているからこその、楽しみなのだが。

ガラス絵がある。金髪の裸婦がなかなか可愛い。こういうものを見つけると嬉しくなる。
手遊びの喜び、それを見出して楽しむ。
いい心持で眺めて回った。 6/3まで。

工芸の粋を楽しむ ・中村順平建築芸術の探求・KATAGAMI STYLE再び

二つの展覧会の感想を挙げる。

中村順平の特集展示が5/27まで大阪歴史博物館で開催されている。
以前の展示の感想はこちら
あれから5年も経っていたか。

そのときに見たもの・今回改めて眺めたものなど、五年も経つと新たな気持ちと懐かしいキモチが入り混じり、楽しい心持で展示を見て回った。
中村順平はフランスのエコール・デ・ボザールに学び、優等な成績で卒業した。
彼は「建築は芸術である」という信念を基に、弟子たちにも優美な建築画を製作させた。
今回はその弟子たちの作品を見る機会に恵まれた。
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設計図面を見るのも面白いが、綺麗な彩色を施された建築画を見るのは、都市風景画を見るときと同じ心持がする。
主観を排し、客観性に基づいたデッサンに肉付けをする。正確に描かれてはいるが優美さが漂うその特性に、うっとりする。

新築すると言うことは、施主に夢を見せることである。
その夢の背骨が設計図であり、肉は実際の施工、そして装束は建築画である。
わたしはそんな風に思っている。

格子窓がある。
建築家の力量は階段や窓の拵えでわかる、と言う。
素人のわたしにはそれが本当かどうかはともかく、判断材料になるのは確かだ。
実際、見事な建物はみな階段と窓がすぐれている。
渡辺節の名作「綿業会館」などを見ると、この説も必ず首肯できるだろう。
ここの階段のうねりは村野藤吾の個性が出ている。村野が渡辺の下でよい修行をして、やがて世界的な建築家になるというのが納得できるツクリである。

中村の格子窓にも無論その趣がある。
図を見るだけでも楽しい。
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今こうして図を見るだけでも楽しい、と感じさせてくれる仕事をする人はどれだけいるだろうか。
そんなことを思っても仕方ないのだが、脳裏にそのことを置いたまま、小さな展示を興味深く眺めた。

前回同様、古写真の類もたくさん出ていた。こういうものを見る楽しみもある企画展。
5/27まで。


KATAGAMI STYLE展は日本の型紙と、各国の世紀末芸術また新興芸術運動の関係性について、深く楽しめる展覧会だった。
二度ばかり三菱一号館で見て、感想は変わらず、二度目に見たときはより深くそのことを思った。
当初、先に挙げた感想が中途半端に終わった気がしていたので新たに書き起こそうかと思っていたのだが、同じことしか思っていないのでやめる。
楽しく眺めた、そのことだけもう少し書きたい。
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以前「美の壷」で日本の型紙の美について教わり、展覧会で実物を見て感嘆したが、実際のところわたしは型紙の内でも「江戸小紋」がニガテだった。
江戸のイキさがわからない。シックさがわたしには届かないのだ。
わたしは友禅を着たい・寛文小袖が欲しい、というような性質なので、江戸小紋を地味だと思っていたのだ。
母親がまた江戸小紋のシブさを喜ぶので、いよいよニガテになった、ということもある。
ところがその江戸生まれの型紙の柄が、着物ではなく手ぬぐいになったり、ちょっとした小物に変わるとたちまち「可愛い~」と思ってしまうのも確かなのだ。
これはどういうことだ。
わたしの嗜好が変わったのか、それともそれをも許容するほどに成長したのか。
さまざまなことを思いながら型紙を見て回る。

型紙には柿渋が使われている。大阪の十三に「しぶ柿」の店がある。同じ仕事をしているのだろう。わたしのお習字の先生が生前、しばしばそちらへ用足しに出かけていた。
和の仕事は柿渋を必要とするものがあるのだ。

銀杏橘、鳥繋ぎ、零れ松葉。菱に四花、紗綾、宝尽、格子に唐草、鳥に霰、蔦、鉄線に菊唐草、束熨斗、雁金、竹に虎・・・・・・・・・
無限に続く型紙の図柄。

和の最たるもの、と看做していたものが海を渡ると、その土地土地の美意識と見事なつながりを見せ始める。
これは面白い化学反応だと思う。
ジャポニスムの許容というだけでなく、新しい美を知ったことでそれを元にして、西洋の人々が素晴らしい変奏曲を奏で始める。
アーツ&クラフツ、アールヌーヴォー、ユーゲントシュティール・・・
そして日本でも、江戸時代の美意識と一旦断絶したあと、平成の今になって再びそれと心がつながりだす。

装飾の美しさを堪能する。
アーツ&クラフツの家具にもそれは広がっている。
マッキントッシュの仕事がそこにある。ウォルター・クレインのデザインした壁紙がある。
どちらも改めて「KATAGAMI」を元にしたヴァリエーションだと思いながら対すると、全く違った魅力があふれ出してくる。

アールヌーヴォーの装飾品の魅惑、ミュシャの美人たち、ドニの幸せな絵。ジャポニスムだと単に思っていた基礎の構成に何があるかを知る。
型紙はここにも活きているのだ。

ドイツの質実剛健さ、技能の確かさは、確かに日本の職人芸を自らのうちに取り込みやすいだろう。
テキスタイルの面白さをここで楽しみ、そしてフォーゲラーの版画が展示されているのを喜ぶ。
随分前にフォーゲラーの展覧会を見たが、彼の作品が時代を超えることがなかったのを、当然のようにも、また少しの悲哀をも含めて感じたことを思い出す。

換骨奪胎、知の粋を知る。
異文化の許容とその発展とはそういうことなのだ、とわたしは理解する。
温故知新もその脈の中に生きる。

ウィーン工房の作業を想う。
リバティ商会の仕事を楽しむ。
工芸品の展覧会には、こちらの妄想が許されるスキマがある。
使うことを前提にして作品の前に立てば、喜びはいよよ増し続ける。

簡単な感想だが、思い出すだけでも楽しい展覧会だった。5/27まで。

五月中に行きたかった展覧会の巻

今日はいつもと趣を変えて、「五月中に行きたかった展覧会」のチラシを集めてみた。
まだ日にちを残すものもあるし、既に終わってしまったものもあるが、どっちにしろムリムリで、残念ながらな状況になったので、せめて画像だけでも・・・と未練たらたらな内容である。

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白鹿記念酒造博物館「笹部さくらコレクション」~5/28。
毎年毎年行きたいのにどういうわけか行きそびれる記念館。どうもこの場所に縁がない。
「櫻男」と自称された笹部新太郎のコレクション。
チラシも桜色に桜が集められていて、とても綺麗。


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パラミタミュージアム「光記念館 大観と日本画の味わい」~5/30
以前オジがこの辺りに赴任していた頃は出かけたが、そうでない今は行くのに根性がない。
光記念館は遠すぎるので、ここで見るのがベターなのだが、どうもむりそう・・・
誰ケ袖屏風
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宗達工房の四季草花図屏風
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これらはぜひいつか目の当たりにしたいと思う。


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大宮盆栽美術館「ウキヨエ盆栽園」~5/15
チラシを手に入れたのが既に東京ハイカイを終えてサテ帰ろうな時間だったからなぁ。
かなり楽しそうな企画だったのに。
チラシの裏面もいい感じ。zen466.jpg


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法政大学市ヶ谷キャンパス「能・狂言を描く」~5/24
能狂言を描いた絵は本当に好きだが、いかんせんタイミングが合わなかった。残念。
色も綺麗。いつかきっと。


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和泉市久保惣記念美術館「久保惣コレクション 東洋美術の名品」~5/27
ここのコレクションが素晴らしいことは知っている。二度ばかり訪ねたが本当によかった。
しかし北摂から和泉中央さらにバスというのは遠くてつらい。勿体無い話だ、すみません。


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姫路市立美術館「麗しき女性の美」~5/27
もお電車が遠いとか、バスに乗るのがいややとか言うてたらあかん。
・・・でも姫路はやっぱりすごーーく遠いの。
東京に行くほうが近いというのは変な話だけど、本当に姫路と滋賀と泉州はわたしにはすごーく遠いの・・・
すみません~~私が好む世界でありながら・・・


いけない、記事を挙げてから気づいた。
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國學院大學資料館「物語絵巻の世界」~5/20
残念だったが、これは図録をいただいたのだ。本当に嬉しい、ありがたいことでした。
今度松花堂に奈良絵本の展覧会を見てくるから、そのときにこちらの感想もあわせてあげる予定。
・・・最後に少しだけ希望が湧いてきたな~~


懺悔は無限にある。しかしざんげの値打ちもない。←北原ミレイか~~~っ

とりあえず行ける所にはなるべく出かけます・・・

解脱上人 貞慶 鎌倉仏教の本流

奈良博「解脱上人 貞慶 鎌倉仏教の本流」を見た。
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わたしはあんまり鎌倉仏教に関心を持たずこれまで過ごしてきたのだが、(家の法事でてんてこ舞いしてきたので、わざわざまた、と思っていたのだ)近年になって、信仰とは別な地点・異なる視線で仏教美術を眺める、というある種贅沢な状況に入ることになった。
それに近年大掛かりな仏教美術展が増えたこともあり、それらを見て回って、ただいま修行中なのである。

無知であると言うことは恥ではあるが、これから学ぶことが出来るという点ではいいことかもしれない。
この「解脱上人 貞慶」も初めて知ったので、これから先はこの展覧会を背骨に、色々と学んでゆけるように思う。
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貞慶は信西の孫に当たる人で、興福寺~笠置寺~海住山寺へと移り、たいへん尊崇されていたそうだ。法相宗の人。
そして「解脱上人」という号は後鳥羽院から賜ったそうだ。
同時代の僧侶と言えば法然、東大寺の重源、高山寺の明恵、少し遅れて親鸞、日蓮、あたりが思い浮かぶが、どういう関係性があったかも知らないので、今回の展示で色々と知ることが出来た。

まずご本人の坐像が鎮座ましましている。
下がり眉に口をすぼめた顔で、この像だけでなく絵姿でも同様なので、きっとリアルにそんな顔に違いない。

法相宗の系図がある。ここの始まりは釈迦如来からだということはさすがに知っている。
ちゃんと「貞慶」の名が記されていて、親切に印もついている。

袈裟がある。法相宗において袈裟とは非常に重要な意味合いを持つ。
衣鉢を継ぐ、と言う言葉もここから来ている。
横溝正史「獄門島」のラスト近くで、真犯人の一人・島のお上人が弟子に後を継がせる場があった。そこで法相宗の色んなことがなんだかんだと書いてあり、それが妙に印象に残っているのだった。

玉葉があり、そこにも貞慶のことについて書かれている。
興福寺でたいへんな働きを見せた貞慶は人々の引き止めも振り切って、笠置寺に入る。
この時代の一級資料「玉葉」にそのことが書かれている。

ここで巨大パネル展示があり、現在の笠置寺の風景写真が出ていた。
なつかしい。
わたしは小学校の林間学校から大体十年おきに笠置に遊んでいるのだ。近年はまだ行ってないが、久しぶりに行きたくなってきた。
・・・つまりわたしにとって笠置とは、ハイキングと避暑地であり、南朝の舞台という地なのだった。

興福寺曼荼羅 上部に安置される仏たちが描かれ、下部には塔が建てられている。

出家はそれでも世に棲まうが、遁世は世を棄てる。
中世の人々は何故そんなにも「棄てて」生きたのだろう。

菩提心を起こして笠置に隠遁する貞慶。それを止めようとする人々の熱意が当時の資料に残されている。彼はエリート僧として興福寺にそのままいる道を選ばず、笠置に出た。
笠置でもよく働いたというが、その原動力は一体なんだったのだろう。
そのあたりのことを知る術がない。

笠置縁起、諸山縁起などの古文書がある。絵巻ではない。
文章だけの笠置寺縁起に平安末期の天皇の名前が書かれている。
高倉帝、後白河法皇の臨幸、安徳帝は寿永元年に行幸されているようで、その侍従に貞慶の名がある。28才だと書いている。

笠置の磨崖佛はすっかり摩滅している。わたしが最初に見たときも輪郭線のみだった。
南朝の話を聞いて後醍醐天皇の行在所にも行ったりしたが、その笠置寺の話は覚えていない。十年前に行ったときもやっぱり摩滅していた。当たり前の話だが。

今回はじめて知ったのは、大野寺の磨崖佛が笠置のそれを忠実に再現したものだと言うことだった。そしてそれは後醍醐天皇臨席の行事だったのだ。
大野寺のを見てみたいとこないだから思っていたが、それを聞いていよいよ執意は深くなってきた。

弥勒信仰についても詳しいことはよく知らないが、しかし弥勒世とは末法を越えて一度廃された後に来る時代だと思えば、現世に執心を持つことは許されないのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えながら眺めて歩く。

弥勒菩薩図案集が出ていた。
見開きページの右側が坐す弥勒、左が立姿だったか。どちらもどこか他で見た記憶がある。
あるはずで、坐す弥勒はこのすぐ後に本絵が現れ、左の立姿は「笠置曼荼羅」(大和文華館)と同じ姿なのだった。(笠置曼荼羅は期限公開で、既に終了)

宝山寺の弥勒菩薩像が現れた。先の図案とよく似ている。朱唇と朱の衣を腰に。
天蓋は剥落が激しいが、その剥落でさえも美の対象になる。

色のことで知ったのは、南都は赤と緑の配色が特色だということだった。
クリスマスカラーだと言うてはいけない。
わたしは宝山寺(生駒の聖天さん)には獅子吼閣見学のために訪れていたが、肝心の神仏詣ではしていなかった。
生駒のケーブルも可愛いし、今度はここにも純粋に遊びに行こう。

護法善神像(持国天・増長天・常啼・法涌) 板絵。剥落も少ない。色の濃さがしっかりしている。鎖された内側の絵だからか。

輪宝羯磨蒔絵舎利厨子 貞慶から明恵へ伝わったもの。大変綺麗な厨子だった。
方形厨子・円筒形厨子。四天王と僧形の者と○△□の石塔も描かれている。

ところで貞慶は「鎌倉仏教の本流」ということで専修念仏の法然を批判している。
思想の違いに和解はない。
溝の深さは資料などからもうかがえる。
その一方で東大寺の重源とは親密だったようだ。
貞慶が特に振興を深くしたのは弥勒菩薩だった。そのあたりの資料を見るのも興味深い。
春日信仰も深い。観音信仰も深い。広く信仰する、というあたりにも惹かれる。

欣求霊山講式 ここでいう霊山とは天竺の霊鷲山のことで、それは日本では笠置だと主張していた。笠置がそんなにも高い地とは思いもしなかった。

法華経曼荼羅 砂浜の上に仏たちがわらわらと集まり、それぞれの立ち位置に分かれている図。水の流れがくれば一つになるのだろうか。

春日権現験記絵 笠置に春日明神を勧請しようとする。鎮守のための勧請。荒菰に春日明神が乗り移られる。お運びする。そして春日明神のお使いの巨大な鹿が二頭現れる。
妙にときめく。

伝香寺のお地蔵さんが来ていた。衣装を後でお着せする。可愛らしい。素朴な信仰心というものを感じる。 

文殊菩薩立像 五髻文殊と呼ばれる。髪型に特色がある。5つの髷がついている。案外可愛い。少年風に見える。首と胴との比較がちょっとヘンなので、作り直しなのだろうか。

海住山寺に伝わるものを見る。
海住山寺縁起 緑色の太陽からの光線、という図は初めて見た。
海住山寺修正神名帳 多くの明神の名が書き連ねられている。初めて見る名もある。
五重塔初層内陣扉絵 剥落もあるが、しっかりと顔立ちが描かれている。特に東面・南面にイケメンがいる。チラシに出ているのは西面。
四天王立像 緑や赤の顔。はっきりと色が残っているのもいい。
蓮華化生図 可愛い童子が合掌する図。可愛い二の腕が目に残る。

こうして眺めて歩くと、奈良の古寺を訪ねてみたくなった。
それになにより、久しぶりに笠置に行きたい。山に登り、笠置の案内猫・かさやんにも会いたいし、笠置館にも久しぶりに出向きたい。
・・・・・鎌倉仏教の本流を学ぶはずが、行きたくなるお寺の案内を受けたような気がする。

展覧会は5/27まで。その後は金沢文庫へ巡回。
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奈良国立博物館「珠玉の仏教美術」5/15~6/17

奈良国立博物館の名品展「珠玉の仏教美術」5/15~6/17の展示品が、たいへん面白かった。
特別展「解脱上人 貞慶」の流れで見た企画展なのだが、これはこれだけでも自立する、いい内容だった。
さすがに奈良国立博物館の所蔵品は素晴らしい、と改めて感心した。
絵画を中心に感想を挙げる。
なお、所蔵先もまた記す。

聖徳太子絵伝 橘寺 室町時代の作。やや人物や事象はわかりにくいが、それでも太子の葬送、磯城の陵に白い鳥がとまる様子、そして後年の上宮一族が塔に追い込まれて散華する場ははっきりとわかる。死を中心にしたシーンだけはっきりと見えてしまう理由はわからないが、それらを見ているとドビュッシーの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が頭の中に流れてゆくのを感じていた。
音楽は太子の葬送から始まり、最後の音は一族散華の場にくる。恣意的な選曲かもしれないが、それが脳裏に流れてきたのは確かだった。そしてその選曲は決して間違いではない。

聖徳太子絵伝 奈良博 三幅。ただしこちらは太子の死まで。剥落が激しい。 

矢田地蔵縁起 金剛山寺 地獄の炎が激しい。その中を地蔵がゆく。いや、そうではなく地蔵が出現して、その地獄に苦しむ罪人たちを一時的にでも癒す。
白い地蔵の顔が優しい。

矢田地蔵縁起 奈良博 室町時代。六道での救済。奈良絵本風な絵だった。
わたしはお地蔵さんとお稲荷さんとえべっさんは信じている・・・

聖武天皇鏡御影 東大寺 室町時代。やさしそうなお顔。

東大寺大仏縁起・上巻 東大寺 きれいな絵巻だった。行基菩薩がいる。

執金剛神絵巻 東大寺 良弁僧正の話が描かれていた。
上・金色の鷲にさらわれる赤子。鷲は思慮深い目をし、鋭い爪ながらも優しく赤子を掴んでいる。田畑を走り、その鷲と赤子を追う人々の悲嘆。
中・法華堂において。
下・執金剛神のもとどりがほどけて蜂に化し、平将門を刺しにゆく。
なかなか面白そうな展開だった。

菅公像 長谷寺 室内で端座する。立派な様子。

長谷寺縁起 長谷寺 菅公の夢に蔵王権現が現れる。ゆっくりと目を覚ます菅公。
その間の話が面白い。
上・橋上の蔵王たちの行進。赤・青・緑の顔。若い蔵王はニコニコしている。目覚めた菅公は縁起文を奏上する。紅梅が咲いている。
中・地蔵ら神仏による仏像制作。地蔵まで腕が増加している。よく働く神仏。
下・童子の案内で行基が巡礼する。

日張山縁起 青蓮寺 1681年の作。この山は中将姫が捨てられた山らしい。中将姫の伝承では継子虐めがある。尼僧姿の姫が人々と蓮糸で曼陀羅を織る様子。そして祈る姿がある。

薬師寺縁起 薬師寺 享保五年。絵が可愛い。ほのぼの系。4シーンが見える。
1・仏像作りにいそしむ人々。働くおじさんたちが可愛い。仏像は青銅色で足場の中にいる。
2・百済から大船がくる。乗り組む人はみんなツバ広の帽子をかぶっている。薬師寺の仏像のためにプレゼントを持ってきてくれたのだ。
3・万燈会もあり、楽しそうなムード。
4・にぎわうお寺。花会式。綺麗な造花が並んでいる。今なら吉岡幸雄さんの拵えた花々が飾られている。四月の喜びが蘇る。

書では、特に面白かったのが「悉曇蔵」。梵字の字母が書き連ねられている。インドの音声に関する学問らしい。よくわからないのだが、なんだかかっこいい。
ほかにアジャセ王経(五月一日経)、仏母孔雀明王経(中尊寺経)、空海の書もあった。

工芸品など
埴輪犬 可愛い。zen458.jpg
画像では左向きだが、わたしは右向きから見た方が可愛いと思った。なかなか足の長い大型犬だった。

青磁牡丹唐草文深鉢 正暦寺 南宋~元。蓋が非常に綺麗だった。エナメル化した蓋。これが全てを覆っていたらどんなに・・・

牛皮華鬘(知号) 東寺伝来品。色もよく残っていて、二人の天人が可愛い。ふっくらした面に楽しい笑顔。

刺繍種子阿弥陀三尊像 綺麗な刺繍だった。中将姫信仰から刺繍による尊像制作がブームになったのかもしれない、と同時代の他作品の解説にあったが、なるほどと納得もゆく。それに刺繍という手仕事は難しいが楽しくもある。その行為を続けることに喜びがある。
捧げられたのは信仰心と歓喜の念だったろう。

非常に見応えのある展示だった。
次の6/19~7/16の展示もよさそうである。そちらも見にゆこうかと考えている。

金沢八景いま昔

「金沢文庫」という名称を知ったのは、鏑木清方の随筆からだった。
彼の別荘が金沢文庫にあり、夏の金沢文庫暮らしの楽しさをその文から味わった。
読んだ当時、まだ学生のわたしは金沢文庫が神奈川県とは知らず、石川県の金沢かと思い込んでいた。
ただ、清方は乗り物恐怖症なのにどうやって石川県くんだりまで出かけたのだろう、とずっと思っていた。
同じようなカンチガイは他にもある。

小学生の頃、石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」をリアルタイムに読んでいたが、そこで「大山詣で」が描かれていた。
大山がオオヤマとは知らず、わたしは伯耆大山(ホウキ・ダイセン)だとばかり思い込んでいて、江戸の人はよく歩くと言うが新幹線もなしによく鳥取まで(以下略)。

お江戸の人の大山がこれまたやっぱり神奈川県にあることを知ったのは、金沢文庫より更に遅く、東京ハイカイするようになってからだった。
友人が伊勢原に住まうようになり、訪ねたときに初めて「オオヤマ」を知ったのだ。
なにしろ伯耆大山は志賀直哉「暗夜行路」のラストシーンの場であり、大阪北摂の小学生の林間学校の人気スポットでもあり、そちらはよく知っていたが、オオヤマは関東の人気スポットなので、無縁なのは仕方ないと言うことにしてほしい。
おまけに「さんだらぼっち」の中で「大山土産」としてキャラ蕗を炊いたものが出てくるので、いよいよこれは伯耆大山だと思い込んだのも当然だった。

さて話を戻し、元の金沢文庫。
鎌倉時代の歴史をきちんと学んでいれば「ああ」と来たろうが、なんとなく平家滅亡のウラミがまだ続いていたわたしは、軽くスルーしてしまったのだった。

その地の今昔の姿を追った展覧会が、当の金沢文庫で開催されている。
「特別展 金澤八景いま昔 -初公開 楠山永雄コレクション- 
金沢八景に関する資料の収集家として有名な楠山永雄氏のコレクションを一挙に公開する初めての展覧会。千点を超える楠山コレクションの中から、金沢八景を題材とした刷り物、浮世絵、古写真、絵葉書、パンフレットなどを展示します。]
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またこういうものが本当に好きで仕方ないので、急遽予定を変更して金沢文庫へ出向いた。

吉田初三郎の鳥瞰図などもあり、それがまた面白い。
さすがは吉田で、遠く日本ラインなども描きこまれている。
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金沢八景の細かい名称も知らないので、今回ここで知ることが出来、嬉しい。
本家の中国と、近江八景しか知らないのだ。
旅行パンフ、ガイドなどの類も楽しくて好きだ。また昔のそれは今のと違う魅力がある。
今は全国津々浦々(この言葉も古い)、居ながらにしてどこでも見ることが出来るが、往時は隣のクニのこともわからないほうが多かったのだ。
だから昔の日活映画のドル箱「ギターを持った渡り鳥」シリーズはロケ地を変えて続けていったのだ。
作品に、全国のちょっとした風俗や踊りを取り入れ、他国の面白さをもアピールし、映画をより面白く拵えたのだった。
そのあたりのことは映画プロデューサー児井英生の自伝に詳しい。

広重や北斎の風景画がある。
いずれも刷物。なるほど金沢八景である。
しかしここに出ていた北斎の刷物がひとつ非常に興味深いツクリを見せていた。
牛島憲之のシュールな風景画に似ているように思う。
北斎の風景でこんな形容のものは見たことがない。
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浮世絵などだと画家の個性を除いても、リアリティをどこかしら感じもするのに、この絵ばかりは現実を離れ、時代を飛び越え、温度を失っている。
妙に心に残る絵。

わたしが惹かれたのは小栗判官と照手姫の物語を描いた浮世絵とビラなど。
こちらの小栗の話は説経節のそれとは違い、地に伝承されている小栗満重の子・助重の話。
(梅原毅の戯曲、近藤ようこのコミックは説経節をベースにしたもの)
ここにある絵は「小栗実記」に典拠している。
物語の概要はこちらのサイトが面白く読める。
絵の構成も非常に面白く、1シーン1シーンの連続性にもときめいて、これを見れただけでも良かったとおもった。
相模の国の横山とは知っていたが、この展覧会に出てくるとは予想していなかったのだ。
芳幾の浮世絵。
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ビラは右から左へ見る構成で、丁寧に一こま一こま描かれている。なんと言うても面白いのは上野が原に捨てられている小栗と十勇士たち。蘇生した小栗を見出す遊行寺の上人がいい。秋の野っ原に打ち捨てられている状況を見るだけでもゾワゾワした。
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他に国周の一枚絵で照手姫の松燻しの場などもある。
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清方の金沢文庫の別業(別荘)で描かれた軸も出ていた。

手彩色の古写真がまた面白い。金沢八景だけでなく江ノ島・鎌倉も仲間に入る。
先にここで展覧会のあった鎌倉の古地図も同じものが出ていた。
やっぱりコレクターはいいものをきちんと集めている。

大正時代に復刻された広重の金沢八勝図のうち、「内川暮雪」が特によかった。
雪の夜の静けさが伝わってくる。

それにしても昭和初期からの短い時間の中に生まれた行楽案内パンフの出来のよさは、本当に見事だ。
ずっと持っていた気持ちもよくわかるし、それを後世の人が集めたのもよくわかる。
このレトロ感が今になると却って愛らしくて仕方ない。

コレクター楠山さんは丁寧に集められたのだと知る。
楽しい展覧会だった。

金沢文庫から新逗子に出た。新逗子からJR逗子まではそんなに遠くない。歩くのが楽しかった。金沢八景を歩いて尋ねるのはムリでも、こうしてその地を踏みしめることで、実感がわく。
こういう展覧会を見た後に、実地を歩くのは、本当に楽しいのだった。6/3まで。

「石元泰博 桂離宮 1953、1954」を視る

神奈川県立近代美術館の鎌倉館に出かけた。
石元泰博が1953、1954年に撮った桂離宮の写真を見に行ったのだ。
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桂離宮は許可なくしては足を踏み入れることはならない。わたしは一度だけ見に行った。
係の方のご案内を受けて、2001年の暮れに見学させてもらったのだ。
「ここがタウトが絶賛した桂離宮か」「月を楽しむための離宮か」という思いがわき、楽しく眺めた。

「タウトは装飾華美をきらったのでこの桂離宮を愛したのだ」という認識が、わたしにはある。
そして写真家・石元もニューバウハウス出身だと言うことを思うと、やはり桂離宮はモダニズムのアイドルなのだという意識が強くなる。
正直なところ、タウトも石元もその理念には感嘆するが、わたしは非装飾性の建造物を楽しめない性質なのだ。
だから実際に自分で桂離宮に行ったとき、小さな装飾を見出しては、<秘密の喜び>に近いものを感じていた。

石元の美意識と対峙する。
写真展を見る、と言うことは写真家の美意識と向き合うことだと思っている。
その意識の方向性がどちら向きなのかは措くにしても、カメラマンの眼を通した風景・事象を捉えたものを提示する以上、見る側も自分の記憶と認識とを呼び戻してそれに対してしまう。そのときに自分の記憶のそれよりも写真の方が美しく思えたなら、それはカメラマンの眼と美意識にこちらが負けた、ということになる。
「負けた」と書いたが、そこに生まれる敗北感には苦さよりむしろ甘さが強く活きているのは確かだ。
わたしは写真展に行く都度、そうした意識で作品に対することにしている。

結論を言うと、石元泰博の桂離宮は、わたしには息苦しいものだった。
まったく隙間がない。
それは石元の美意識が見る者の意思を拒絶した、と言うほうが近いようにも思われる。
妄想の余地がない。
石元の捉えた桂離宮はモダニズムの、無駄な空間を許さぬような強さ、それが行き渡っている。
それを石元の桂離宮に感じる。
そしてモノクロの画像からは理路整然としたものが届く。
しかしそれ自体は拒絶されている、といった感じはしない。
なにかしら迫ってくるものがある。温度は高くはないのだが。
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先にわたしは「手を入れる隙間がない」と書いたが、実際この「石元の桂離宮」には雑草が生えることも許されはしない。また全く音のない世界だとも思う。
きちんと計画的に植えられた植物も、春になればざわめくことがある。青々と生えるときには土を破る音がする。
しかし、この写真の中ではそれは決して許されることではない。沈黙。それがすべてをしめる。

どの時期を撮ったものなのかがわからない写真がある。
しかしどの写真も冬のように見える。
モノクロだからというわけではなく、意識がそちらに向いているような気がする。
冬を「生物的な死の時期」と看做すならば。

モダニズムには叙情性はない。この作品群もどこかしらルポルタージュ的な面白味がある。

楽器の間の写真を見る。
松葉型の引き手は可愛らしかったが、「可愛い」という言葉ほどこの空間から遠いものはない。
ここでは松韻を聴いていたのだろうか。
しかしそのようなことを考える隙間すら、許されはしないのだが。

わたしは引き手が好きだ。
桂離宮にはほかにも魅力的な引き手があったはずだと思い出す。
月形のそれが現れた。ここは月を楽しむ離宮だったと改めて思いだす。
しかし月を楽しもうにも、宴は禁止されているような気もする。

笑意軒の櫂型引き手があった。左右対称な配置は当然なのだが、ゆるいおかしさがある。
とはいえそれで気が緩む・和むということはない。
この茶室は「笑意」という名を与えられている。
しかしここでの「笑い」はあくまでも観念的な「笑い」にすぎない。
そのことを改めて思い知らされる。
いや、そもそも「笑」とは何か。その本質とは一体何なのか。
この建物もまた、大正の末から作られた深川の「二笑亭」の「笑」と同じ岸に立つのか・・・
考え始めると終わりが見えなくなってくる・・・

わたしとしては珍しいほど思索にふけりながら歩く展覧会となった。
6/10まで。

野遊の茶

河原町今出川のバス停から少し歩くと、出町ふたばの大行列があり、逆方向へ向かって曲がったりすると、不意に閑静な環境に身を置くことになる。
同志社の女子寮があるが、そこも静かである。
そしてその隣に北村美術館がある。

階段を上がり、室内へ入ると、中庭にある「四君子苑」が見えるが、ブルーシートがかぶさっている。尋ねると、春季公開後の今、改修工事に入っているそうだ。
こうした保全がなされるから、建物は無事に生きて行くことになる。

今期は「野遊の茶」である。併設として「魯山人の美」もある。
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<寄付待合> 
抱一 葵祭競馬図 丁度この時期にふさわしい絵。「祭見や桟敷をおもひかけあふい」そういえば抱一は葵祭を見たことがあるのだろうか。
あれは公家のお祭だということを、近年になって京都文化博物館の展覧会で教わった。

雪佳 版画帖 「百世草」からいくつか。白鷺と蛇籠など。いつ見ても愛らしくほのぼのする。

(敷物)チベット産絞毛氈 これはヤクの毛なのだろうか。そんなことを思うのも楽しい。

<薄茶席>
宗達下絵光悦書断簡庸軒箱 綺麗な拵え。武智鉄二と八世三津五郎の対談でこの「宗達下絵&光悦書」はブランド物の商品だということを読んでから、ちょっとばかり有り難味が薄れているのだが、やっぱり綺麗なものは綺麗でいい。
ありがたく思うのではなく「綺麗~」でそれでおわりでもいいのだ。

(花入)唐物色絵四神籠 白虎が正面に向いていた。妙に可愛い。わたしが虎党だからいうのではないが。

大名物・古雲鶴疋田筒 大文字屋宗観所持 チラシに映る茶碗。その逸話がいい。
永禄13年の信長による名物狩りの際に、疋田家は古今を通じて茶入の第一と言われた大名物「初花肩衝」を差し出して、これを隠しぬいたそうな。
この逸話を知ってから眺めると、また趣が深くなる。
高麗の青磁象嵌の美に絡め取られた人々を想う。

<野点席>
遊楽舞踊図 チラシ。たいへん楽しそうに舞い舞いする人々。踊る楽しみを持つ人々が多かった時代。そう大きくはない屏風だが、ヒトビトの様子がはっきり描かれている。
左隻には明から渡って来た風俗を取り入れた中華風な縁台もある。
こういうものを見るのが本当に楽しいし、これを野点に使うと言うのも素敵なセンスだ。
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内鍍金時代大薬罐 無適斎箱書 野外だからか、焜炉ではなく木をぶっちがえにして囲炉裏風に吊るして火を当てていた・・・という設定がされている。ヤカンの口に金がチラチラ見える。

(建水)浄益・南繚唐草文 綺麗だった。煌く銀。そこにうっすらと唐草。
ほしくなる一品。

茶籠のセットもあった。一つ一つ楽しめるのがいい。茶籠は自分の嗜好が出せるものだと思う。しかも野点だから、ちょっと気軽にとか思いがけない合わせ方、というのもアリなところがいい。

<魯山人の美>
九谷写あやめ文平向付 綺麗で可愛い。わたしはやっぱり綺麗なものが好きだ。

唐津割山椒向付 この形のものを見ると、載せるお料理を想い、それだけでいいやきものに見えてくる。小さくイクラが載っていたり、ワラビがそっと姿を見せたり。
色んな妄想があふれて嬉しくなる。


茶道具を見ていると、様々な楽しい妄想が湧き出してくるので、そのこと自体がとても楽しい。
6/10まで。次は秋の開館。そのころには四君子苑にも一度歩を進めたい。

中山太陽堂の大正時代

毎年春秋に大阪阿波座のクラブコスメチックスの文化資料室で、素敵な展覧会が開かれている。
今春は「中山太陽堂の大正時代」として、その頃の商品や資料が展示されている。
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サイトを見る。
第8回企画展のテーマは「中山太陽堂の大正時代」。
大正100年にちなみ、大正モダニズムの世界を化粧品・文具・雑誌などでご紹介します。
主な展示史料:大正期の中山太陽堂製品・プラトン文具(インキ・万年筆、シャープペンシル等)・雑誌(プラトン社発行「女性」「苦楽」等)

今回もまた大いに興味を惹かれた。
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中国大陸に日本が進出していた時代である。
中国でも中山太陽堂の化粧品を広めようと、宣伝活動がされた。
そのポスターが二枚ある。
アーモンド形の目をした、チャイナ服の似合う姑娘が微笑む図柄。
これらを見ていると、2004年の「チャイナ・ドリーム展」を思い出す。

中山太陽堂から出た出版社プラトン社の仕事は「苦楽」「女性」「演劇・映画」誌などである。
関東大震災で関西に逃げてきた現役バリバリの文士たちがこぞってプラトン社で仕事を残している。
里見弴「四葉のクローバー」の装丁は山名文夫だった。この本は大正12年の年末に出ている。「多情仏心」の少し前の本で、東京ではまだ出版事情が悪かった頃。
優美な装丁である。

雑誌「女性」誌は主に山名文夫・山 六郎の二人が表紙を担当したが、これらはフランスのファッション誌からの転用(あるいは引用)だった。大正~戦前はそうしたことがまだ許されていたので、誰も何も言わない。
夢二の「婦人グラフ」表紙絵もそうだったが、こちらもそう。
文化的成熟度の低かった当時の婦人たちにこうした刺激を与える役目を担っていた、そう考えれると一概にこの問題をわるいことだとは、言えない状況にあったのだ。
表紙を見ていくと、岡田三郎助の絵もあり、それはオリジナル作品だったろう。
着物に毛皮の婦人を描いている。

山名と山の二人はプラトン社が解散したあと、山名は資生堂で大活躍し、山は「婦人公論」表紙や編集で名を挙げた。
プラトン社が存続していれば、二人の仕事はまた違った形になっていたろう。
二人は共著「女性のカット」を昭和三年に刊行している。

その場に閲覧用の「女性」が一冊あった。宇野浩二の小説が載っている。読んでみる・・・
どうしようもない男とどうにもならない女の話だった。
他にルポで、中央公会堂を寄贈して完成直前に自殺した「今太閤」岩井栄之助の遺族を訪ねるものがあった。
端々に見受けられるカットはいいのだが、読むものにイライラしたのは、時代の違いのせいか、わたしがそういう話がニガテだからなのか、自分でもわからない。

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壁面には都新聞などに連載されていた「いそっぷクラブ」が拡大再現されていた。
寓話に教訓と宣伝を織り交ぜたもので、なかなか面白いコントもある。
わたしが気に入ったのは黒猫の話。
自分の黒さがいやな黒猫はせめて斑か三毛になりたいと思い、お嬢さんの化粧台に乗り、クラブ化粧品をじーっと見る。
お嬢さんは黒猫がせめてお化粧をして白く見せたいと思う心を察知する。
ケナゲな黒猫にお嬢さんはその黒さの美をほめ、心根をいつくしむ。
個人的なことを言えば、わたしは白猫より黒猫の方が好ましい。気が合うのも黒猫の方が多い・・・・・。

プラトン社の文具を見る。シャーペンもある。早川電気(シャープ)が出してから何年後のことだったろう。万年筆もある。
これらは全く知らなかった。

知らなかった、と書いたがこの後この感想を書くに当たって調べたところ、わたしは十年前にこの「プラトン文具」を見ていた。
芦屋市立美術博物館「モダニズムを生きる女性」展で見ていた。反省。

毎回楽しい展示を企画してくれて、本当に嬉しい。
今期も興味深く見て回った。5/31まで平日のみ。
次の秋の企画はなんだろう、と今からとても楽しみである。

辻村寿三郎 平家物語縁起

目黒雅叙園は築造当時「昭和の竜宮城」と謳われたそうだ。
施主の細川力蔵氏は美人画を愛し、多くの日本画家の作品を雅叙園に設置した。
その辺りのことは鏑木清方「続こしかたの記」などにも記述がある。
月日は流れ、雅叙園美術館もなくなり、当の建物も「百段階段」を残すのみになった。
本館の装飾やお手洗い、エレベーターなどにもまだその名残が生きるが、当時の美貌はやはり「百段階段」だけが本当に残している。

その百段階段も長い間非公開の時期があったようだが、美術館が閉館してから「百段階段公開とお食事会」や、その百段階段で假屋崎省吾の花の展示、辻村寿三郎の人形の展示などが行われるようになった。
また百段階段は現在撮影禁止だが、かつては可能だった。その時代に撮ったものをいつか挙げたいと思うものの、今回はナシ。
ああいう建物は好む人とそうでない人との温度差は高い。

わたしは百段階段も好きだし、寿三郎師はジュサブロー時代から偏愛の人なので、毎回欠かさず行くことにしている。
先月に続き、今月もまた「平家物語縁起」である。
前年に見たものの続編であり完結篇。
トキメキを押さえきれずに出向いた。
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背景は百段階段それぞれの麗しい室内である。音楽の選択もいい。
今回のテーマは「平家滅亡」である。
部屋部屋にはそれに沿うた作品が設えられている。
ただしその「平家物語」はすべて辻村寿三郎師の世界観によって構築された物語である。


悪左府たる頼長は撲殺され、その生首を晒されている。矢が刺さったままの生首は酷く腫れ上がり、生前の端正な面立ちはうかがうべくもない。
ここでは多少の時間は超越され、保元の乱、平治の乱の敗死者たちの生首がただただ無慚に飾られている。


サイドストーリーたる文覚上人発心譚もそこにある。いまだ北面の武士であった頃の渡辺盛遠が同僚・渡辺渡の妻である袈裟御前に横恋慕し、彼女の母を脅迫して面会を無理強いし、ついには彼女を離したくないと言い出す。袈裟御前は夫殺しを示唆し、濡れ髪の者の首を討つよう言うて一旦去る。
盛遠は首尾よう首を落すが、それこそは袈裟御前の首だった。
渡と盛遠が仲良く語らう場と、袈裟の首を持ったまま茫然と立ち尽くす盛遠の姿。
人形の縮緬の頬には涙がたまっている。
罪深い男はそれを契機に荒行に励み、どういう意図でか、源氏を後押しするようになるのだ。

その過激なアジデーター文覚上人に「父上の髑髏ですぞ」と、誰のとも知れぬ髑髏を渡されて座り込む若き頼朝の姿がある。
途方にくれたような顔はまだ幼い。


讃岐院とも称されてしまう崇徳上皇の、生きながら魔界の者に化した姿がある。
爪は長く眼は血走り、顔色は更に悪い。
御霊信仰の中でも特に深い怨恨、執意に蝕まれた崇徳院の体は大きくねじれてそこに立ち尽くす。

血で書いた経文はそれ自体が呪詛の証拠と忌まれ、破られて讃岐に送り返されてくる。
上皇の怨念は頂点に達する。帝王になるべく生まれながら、その御位を奪われ、誇りを傷つけられた院の執意は讃岐の海よりも深い。


ついに清盛公も最期の時を迎える。病鉢巻を巻いた入道姿からはまだ壮者を凌ぐ気合が見えるが、最早命運は尽きている。
館の外にまでその熱の高さが伝わって行く・・・
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これら「平家物語縁起」は写真集となって二巻まで出ているが、いまだ完結篇は出ていない。寿三郎師はなお構想を練って製作中と言う。
本が出ることを待ちわびる日がまた廻ってこようとは、思いもしなかった・・・


他に「阿蘭陀異聞」の美しい女たちがいる。
わたしは中でもモルガンお雪の顔立ちが好きで、久しぶりに間近に眺めて嬉しくなる。


またいちばん階上には新八犬伝の人形たちがいる。
玉梓が怨霊は、天井近くにいる。さもしい浪人網干左母二郎は爪楊枝を咥えていた。
そして八犬士たちは歳月を経たためか、衣裳や髪に少しばかりの褪色がみられるが、それはそのまま彼らの生きた時間の証だと思うと、何もかもが愛しくなる。
現八の頬の牡丹の痣も少し色が薄くなっている。
毛野と旦開野が同時に同じ場にいる。毛野よりも、彼が女装したときの旦開野の方が、やや眼がきついことを知る。
残念なことに、信乃の人形だけが新しい。以前の彼のまなじりの上がった、気の短い顔立ちが好きだったが、この新しい信乃はおとなしい顔立ちをしている。
理由は知りたくない。少しの淋しさを胸に隠して、それでも八犬士として、愛する。


この展覧会は5/19まで。

王朝文化の華 陽明文庫名宝展

「王朝文化の華 陽明文庫名宝展」に行った。
土曜の夕方に向かったが、その日は5万人目の観客があったそうで、人気上々なのはけっこうなことだった。
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陽明文庫は近衞家に代々伝わるお宝を収める文庫の名である。
絶対に見せない、と言うようなイケズはせず、これまでも色んな規模で公開を続けてこられた。ただし本家本元での公開はあるのかないのかは知らない。他ミュージアムでの貸し出しをされているのだ。
だからわたしもこれまでに数度「王朝文化の華 陽明文庫名宝展」を見ているわけである。
それらがいつ・どこでかと言うと、近く本朝をたずぬるに、
1996年茶道資料館「陽明文庫の雛人形」、2003年名都美術館「近衞家 陽明文庫名宝」、2008年東博「宮廷のみやび 近衞家1000年の名宝」、2011年京都文化博物館「近衞家 陽明文庫の名宝」・・・・・・・
といったところか。
しかし今回の展覧会はさらに大規模で、古代からつい近代までを展覧できるシステムを採っている。
全く嬉しいことだ。
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全八章から成る展覧会だが、さすがに古文書の展示が多く、貴族生活の記録として、当時の一級資料という側面もある。
書に関して言えば、寛永の三筆の一人と謳われた三藐院近衞信尹(さんみゃくいん・このえのぶただ)の書をたくさん見ることが出来たのは、彼のファンであるわたしには嬉しくてたまらないことだった。
ほかにも藤原佐理の手が四面、予楽院近衞家煕(よらくいん・このえいえひろ)の資料が多々あり、うっとりしながら見て回った。
ただ、名筆ではなく古文書という意味では国宝の御堂関白記が大量に展示されており、それがいちばんメインだった。

なお、四年前の東博での展示と重複するものが多いが、八章での抱一の屏風以外は、他ではわたしは見ていない。

ところでこの近衞家は藤原四兄弟の次男・房前の「北家」の家系で、途中に住まいの名称から近衞家と九条家に分かれた。
第一章では遠祖の展示から始まっている。

第一章 近衞家の系譜Ⅰ 藤原北家から近衞家へ
春日鹿曼荼羅図 陽明文庫のアイドル登場。神鹿であるが、カノコの可愛い、眼のクリクリした愛らしい鹿である。鞍もしっかりしたツクリで、その愛らしさにときめく。
スリスリしてくれそうな可愛らしさがあった。角はあってもバンビな可愛さ♪にキュン。

藤原鎌足像 室町時代。鎌足の下に僧形の定慧、衣冠束帯の不比等が並ぶ。
背景には松と藤の絵。
奈良博で2005年に鎌足ゆかりの談山神社展(厳島神社国宝展と共に開催)の際にもこの形式の画像を何点か見ている。

願経をみる。
仏説阿難四事経(藤原夫人願経)天平12年(740) 房前の娘。「天龍鬼神帝王人民」という一文が見える。ただしここの「鬼」はツノなしの鬼。

不空羂索神呪心経(藤原高子願経)元慶五年(881) 最後のサインは高子の直筆。赤字で「セシムル」などと小さく書き加えているのが妙に可愛い。
東博では「衆人愛敬」という文字が目に飛び込んできたが、ここは「セシムル」。

紺紙金字法華経巻第八残巻(藤原師通願経) ややぼろっとなっている。彼は道長のひ孫にあたる。その日記は「後二条殿記」で天気のことも書いている。「天晴」など。

この師通の子が忠実で、その日記が「知足院関白記」、さらにその長男が藤原忠通。
藤原忠通書状がここに展示されているが、法性寺流と言う手。それに惹かれたのが550年後の子孫・家煕。彼はこれを臨書する。
肥痩の立派な手蹟だと思った。

公家列影図 鎌倉時代に描かれたもので二列に並ぶ公家の肖像。忠通と向かい合うのが弟の悪左府頼長。五味文彦の「院政期社会の研究」ではそのデモーニッシュさにときめいたものだ・・・。彼は嗜好としてそれに及んだだけでなく、政治的な視点からも及んだのだ。
この図は京博のもので、出て来る度にいつも同じ感慨を持つのだが、今年は更に大河ドラマで山本耕史が演じているので、いよいよときめきが深まる・・・←フジョシの証明。
上の右から五人目・近衞基実がかなりの美形に見える。

承久の乱の頃、近衞家実が「摂政辞表」の文書を出している。こういうのも面白い。
その日記は「猪隈関白記」。

深心院関白記  基平のもの。文永二年(1265)のが残っている。なかなかわたしの好みの手蹟だと思った。ハネ方といい・・・


第二章 陽明文庫の至宝Ⅰ 国宝「御堂関白記」
たくさん見せてもらった。字を読むのは私ではムリなので、字面を眼で追うばかりだが、それにしてもたくさん書く人だ。
大量の日記と言えばアデル・ユゴーを思い出す。トリュフォーの映画「アデルの恋の物語」のヒロイン・アデルは延々と日記を書き続けていた。
日記も人に読まれることを前提にしたものとそうでないものとがある。
谷崎「鍵」の夫婦それぞれの日記は相手に盗み読みさせるためのものであり、「瘋癲老人日記」は自分のためだけの日記である。
そんなことを思いながら日記を追う。
立場が違うと、書く内容も変わる、ということを踏まえながら。

金峯山ツアーのこと、娘の立后のこと、その中宮彰子の出産のことなどが書かれているところは現代語訳つき。

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金銅藤原道長経筒寛弘四年(1007) 金峯神社に埋められていた経筒。これは三度目である。2007年の今時分にここの「藤原道長 金峯山埋経一千年記念」展で見たのが最初で、その後にも別な展覧会でも見ている。タイムカプセルは生き続ける。


第三章 宮廷貴族の生活Ⅰ 記録を残す
これもまた多くの日記が出ていた。
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車図 摂関家所有の車の設計図。檳榔庇車、雨眉車、と説明があるがここらを知らないのでまた調べよう。それにしても綺麗な車の設計図である。豊かな内装。


第四章 宮廷貴族の生活2 和漢の素養
遊仙窟 唐代伝奇小説。これはわたしも読みたい。学生の頃から唐代伝奇はけっこう読んできたが、こちらは知ってるような知らないような。
主人公が神仙窟で崔十娘と五嫂と艶事にふける・・・その辺りと思しき一文を記す。
「帯緩口上脣裂胸間・・・」

白氏文集、歌合、源氏物語、古今集などなど知られたものがある。
千年後の今も愛されている読み物があるのことが嬉しい。

五弦琴譜 夜半楽、天長久などの曲目がある。楽譜なのだが、和の楽譜なのでわたしにはさっぱりわからない。九九九九九、四四四・・・という感じ。

類聚歌合 多くの歌人の和歌が並ぶ。題に合わせた様々な詩。郭公や恋などなど。
字もやや細目。平安の優美さを思う。
前回見たときとは違う巻が出ているので、新しいものに接したような気持ちがする。


第五章 陽明文庫の至宝2 国宝「大手鑑」「倭漢抄」「御堂関白記」「熊野懐紙」
タイトル通りの作品が並んでいる。

倭漢抄 紙の継ぎもきれい。王昭君、妓女、遊女と続いている。このあたりの並びの事情を知りたい。

大手鑑 若松の絵を表紙にしている。聖徳太子から始まる。光明皇后、中将姫と続き、慈覚、良弁、典薬頭忍海原連魚養、貫之、道風、佐理、行成・・・
豪華な並びである。中将姫までラインナップされているのにはびっくりした。
そういえば物語では写経に賢明な姫の様子が描かれている。
こちらも前回に少しばかり見たが、東博では上帖が出ており、今回は前後期で上下が出ている。

二月三月に出光美術館で「古筆手鑑」展があり、そのときに「見努世友」「藻塩草」などを始めとした古人の手蹟を楽しむ機会に恵まれた。
あの展覧会で教わったことがここで活きてくる。
わたしのようにボーッと見ていてもそれなのだから、熱心に書を愛する人にはどんなにか嬉しいことだろう。

第六章 宮廷貴族の生活Ⅲ 貴紳の交流
当然ながら日記だけでなく貴族たちはお手紙も色々書いている。
「消息」・・・消息不明と言う言葉はなかなか奥が深いのかもしれない。

慈円消息、明恵消息などを見る。
明恵の夢記もある。薄墨で延々と書いている。

冷泉為相消息 万里小路宣房勘返 「勘返」とは元の文章に添削したのをそのまま返します、という解釈でいいのか。
なかなかここらは面白い。メールやコメントで引用するときのそれに似ているような。
行間に自分の意見を書いたり。

後小松天皇宸翰消息 ああ一休さんの父上、と思ったらやっぱりそばで見ていた人がツレに「一休さんのお父さんや」と説明していた。
なるほど、みんなやっぱりその認識。

詠糸桜和歌巻 孝明天皇宸翰 安政二年(1855)の孝明天皇のお手紙。うねうねな文字だが、それがちょっとご機嫌さんな風がある。

あとは太刀がいくつも並ぶ。

第七章 近衞家の系譜Ⅱ 近世の隆盛
ここで近衞信尹を堪能する。
堂々とした力強さがいい。その一方で人麻呂絵の洒脱さも楽しい。
今ちょうど大和和紀が小野お通を描いていて、そこで近衞信尹もいい描かれ方をしているので、ファンとして嬉しい。

和漢色紙帖 いい字、本当にいいなぁ。綺麗。3~4行。金銀泥地に力強い字。

和歌六義屏風 大きな文字で、屏風の大きさを更に立派に見せる。金銀泥と空と。桃山時代の美。

詠草 慶長十九年(1614)没年の作。この表装がまた非常に好ましい。大きな蝶々は能装束の縫い取りのように見える。
実際そうなのだろう。そしてこれは家凞好みという感じがする。
ご先祖の仕事を子孫が飾ったのかも。

その近衞家凞の仕事も出てきた。
派手だと言うてはいかん。これが「雅」というものなのだ。
書よりも絵の方に好きなものがある。
東博では家凞にかなり重点を置いていた。おかげで今回いよいよ楽しめるようになっている。

嬰児図(唐子図)享保六年(1721) 可愛い。五人ほどの唐子らが仲良くくっついてるのがいい。芦雪ほどの面白味はないが、この唐子らの楽しそうな様子もいい。籠に茶色いウサギがいるのも可愛い。
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萩に月図 薄いピンクが綺麗。

花木真写 三巻のうち(秋) 江戸のボタニカルアート。芙蓉、千重ノ芙蓉、萩、水引草・・・
いい、何度見てもいい。zen441.jpg


宇治拾遺物語絵巻 狩野尚信と狩野安信の絵のものを見た。
安倍氏が胡人(アイヌ人)を見て驚く場と、他に観音利生譚。
こういうのを「卓上芸術」というのだ。

賀茂祭絵巻 フルカラーの綺麗な絵巻。今日はその祭の日だが、生憎雨天で明日に延期になった。

茶杓箪笥 近衞家凞遺愛品として大事にされてきたが、本当に素敵だった。
幽斎、利休、紹鴎、光甫、宗和、織部、有楽斎ら錚々たる茶人の名が現れる。他に福島正則の拵えた茶杓もあった。全部で31本か。「仁義礼智」というのがまたいい。
茶杓が好きなので、見ているだけで楽しい。
それを集めた予楽院の心持を想像するだけでも面白い。

近衞家凞遺愛品は他にもある。
茶道具だけでなく、裂がある。茶道具のや表具のや。これらは以前にも見たが、「優美」であり「雅」である。
日本のもの、明のもの、遠くイランのものまである。
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家凞公は抜荷でこうしたものを手に入れ、堂々と自分のお道具類の掛け物に仕立て上げたのだ。
ここに先ほど見た信尹の書の表具に使われていた蝶々の布がある。
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蝶々が好きなわたしには楽しくて仕方ない。
イランのものはグラジオラス柄だとある。

工芸品の美々しいものを見る。
青磁鳳凰耳花生 銘千声 さすがに綺麗。この対が久保惣美術館の「万声」。

菊唐草蒔絵香箪笥 紙包みがたくさん詰められているが、見ていて本当に楽しい。こんな小さい箪笥が好きでたまらない。

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さて素晴らしき陽明文庫のお宝のうち、わたしが殊に好きで仕方ないものが現れる。
御所人形を始めとしたお人形たちである。
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もうこれが愛しくて愛しくてならない。
裏千家の茶道資料館で雛人形を始めとした御所人形たちを見たときの嬉しさが蘇る。
再会の喜びが満ち満ちてくる。
どう見ても「かめはめ波」でも繰り出しそうな手つきの白肉さんもいる。賢そうな男児もいる。
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もぉドキドキする。
芥子粒くらいの大きさのお道具、なんという愛らしさだろう。
本当に愛しくてならない。万歳や三番叟もあるし、見立て大名行列もいる。わんこも可愛い。
プクプクした可愛らしい坊やたちにくらくらする。
ああ、わたしは御所人形が大好きなのだ。zen442-1.jpg

銀細工の雛道具も見事な出来で、本当に江戸時代の職人の技能の高さにふるえる・・・

名古屋の名都美術館でもかつてこうした展覧会があったが、やっぱりどこへ行っても御所人形と小さなお道具とは愛されている。


第八章 陽明文庫の至宝Ⅲ 近世・近代の絵画
この楽しい展覧会もいよいよ最後のコーナーになった。

四季花鳥図屏風 酒井抱一 文化十三年(1816)
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最初にこの屏風を見たとき、その右隻の白鷺飛行に非常にときめいた。
金地にアジサイ、タチアオイ、ナデシコ、ボタン、紺と白のカキツバタ、コウボネ、タンポポ、スミレ、ツクシ、それらの配置もよく、そこへ白鷺が飛んでくる。
本当にいい。抱一の絵の中でも特に好き。
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この左隻の秋はキジとシギがいる。秋草と白梅に水仙が慎ましく咲いている。
殆ど正面向きのキジという構図も面白い。飛行する鷺といいこっち向きのキジといい、ぱっと目がそちらへよく。
そして小さく現れるシギや雀らがいい助演をしている。
何遍みても本当にいい屏風。

以下は明治から昭和の日本画が並ぶ。
これらは初見。たいへんいい心持で眺めた。

秋郊帰牧図 橋本雅邦 二匹の牛を連れ帰るところ。後ろの茶色い牛も可愛い。なにかモーッとしている。

鷹図 下村観山 口を開けた鷹の横顔。蔦は薄く赤い。優しい色合いがいい。ぼーっとしているように見えた鷹だが、実はずーっと向こうに逃げる鳥のシルエットがあり、鷹がそれを見ていることを知る。

竹林 横山大観 墨の濃淡が竹の間を通る風まで表現している。戦前の一時期に生まれた絵。

野径図 森田恒友 じいさんと二人の子供らがロングで捉えられている。昔の道が伸び、心持ちも穏やかになる。

菜介 竹内栖鳳 カブラとハマグリ。栖鳳はしばしばこうした「おいしそう」な野菜や魚介類の絵を描く。こうしたところを見ると彼が料亭の息子さんだったことを思う。

菊図 菊池契月 竹籠に白菊、蒲、赤い菊が。全体に薄い色というのがいかにも契月らしい。

秋深し 橋本関雪 野で鞍をつけた馬がのどかに草を食んでいる。関雪の馬の絵は色々見ているが、この馬は中でものんびり系に見える。

春衣 上村松園 若い女が帯を合わせているところ。薄紫の帯がなんとも上品でいい。随分細身で長身の女。優雅で楽しいひと時。これは戦時中に描かれている。
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崑崙山図 富田渓仙 一見鉄斎かと思った。色が特に。題材も鉄斎好み。

寒山拾得 堂本印象 可愛い二人組が寝てる図。大抵は奇怪な二人組だが、たまにはこうして愛らしい姿も見せる。小杉放菴、中村岳陵、横山大観らの描く寒山拾得もそう。子どもが機嫌よく寄り添って居眠るようで、愛らしい。
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佳人聞香 関雪 素肌に単衣の女が香を焚き染めている。しもぶくれの頬が優しい。

錦秋 山口蓬春 緑、黄色、朱、楓が色づきを見せている。小さな鳥がそこにいる。
背景は何もない。その空間がまた絶妙。

鉢かづき草紙 岳陵の絵に尾上紫舟の書による白描絵巻。うっすらと唇に紅が差されているが、後はずっとモノクロの美に満ちている。
笛を吹く貴公子を見る鉢かづき。襖を隔てた隣室で眠る二人。
鉢が外れお宝が現れる。・・・
利生譚ではあるが、亡母の愛が姫に幸せと真実の愛を齎す物語。
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本当に楽しく見て回った。やはり陽明文庫は素晴らしい。日本の美に改めて向き合えた喜びに感謝する。
5/27まで。

追記:九博で開催されたときの資料など追加。
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旧国立移民収容所(現・海外移住と文化の交流センター)

むかし、多くの日本人が移民としてブラジルへ渡った。
アメリカやカナダにも渡っているが、とにかくブラジルへの渡航は非常に多かった。
だが自分勝手にさっさと海を渡ると言うことは、当時は出来なかった。
健康、言語、文化、様々な障害がある。
それをとりあえずクリアしてからでないと、ブラジルへ送り出すわけにはいかない。
そこで神戸三宮の山本通りに国立移民収容所が開設された。
随分昔の話である。
このあたりの歴史はまた私が書くよりも、もっと詳しい方の話を聞くなり本を読むなりするほうがいい。
第一回目の芥川賞を取った石川達三『蒼氓』などをわたしは勧めたい。

さてその移民センターの建物が、現在も生きている。
今は移民したヒトビトの資料などを集めた資料館の機能を持ち、また会合などにも使えるホールなどがある。
設計したのは置塩章だった。
今回、その建物を見に出かけた。

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建物外観

玄関
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玄関装飾。
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天文館などにもよく見受けられる三本モヒカンなオブジェ。地球のアタマ?

窓を開けるとこんな感じ。IMGP0052.jpg

一見学校か病院のような構造である。
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廊下の眺め。IMGP0023.jpg

内部階段の面白さに惹かれる。
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在りし日の姿を見る。IMGP0019.jpg
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ここだけでなく、神戸全体の古写真もパネル展示されている。
そういうものを見るのがとにかく好きなので嬉しい。
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移民船の模型いろいろ。
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先日日本郵船歴博で籾山模型製作所の展覧会を見に行き損ねたので、ちょっとばかり・・・

大阪商船のポスターもある。IMGP0039.jpg

ブラジルからのか、アメジスト。IMGP0027.jpg

階段は何度見ても面白い。IMGP0046.jpg IMGP0042.jpg

親柱にも可愛い装飾。IMGP0045.jpg
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玄関の床など。
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サイドからの眺めなど。
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裏に回って面白いものを発見。
非情ドア。IMGP0021.jpg

表から見た非情ドアと純粋階段。IMGP0055.jpg

元はこちら側にも建物があったが、色々あってなくなったそうだが、こうして非情ドアと純粋階段として、今もある。

鯉川筋直進。

ホノルル美術館所蔵「北斎展」前期

一年遅れのホノルル美術館所蔵の北斎展を三井記念美術館に見に行った。
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(日時以外は今のと同じ。捨て難く保管していたのだ)

既に京都文化博物館で開催され、前期後期ともに大変な繁盛だった。
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三井もなかなか混んでいる。やっぱり北斎は人気が高い。
前期は今日まで。
連作ものが多い構成で、出ていないのは後期に出る。
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富嶽三十六景を見る。
江戸日本橋 浮き絵のような遠近感のある、というより芝居の書き割りのような面白さがあって、わたしは好きだ。両岸の倉の並びがいい。

本所立川 相生町。材木をみるとやっぱりこの界隈の雰囲気がある。今はもぉそんな名残は殆どないが、時代小説ではこのあたりの描写がやっぱり北斎の絵を思い出させてくれる。

ほかに好きなのは「五百羅漢さざえ堂」の楽しそうな雰囲気、「従千住花街眺望ノ富士」「登戸浦」など。

そこを出て2室に行くと「凱風富士」がある。色もきれいだと思う。板目が富士の山を構成する土に見えるのもいい。

四室でもまだ富嶽が続く。
諸人登山 富士の岩室に人々が寄り集まっているのがちょっときもちわるいが、富士人気がしのばれる。

尾州不二見原 桶富士。構図の面白さではこれが一番かも。桶の直径が大きい。そこに小さく見える富士。
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次は諸国名橋奇覧。
八橋、くものかけはし、亀戸天神の太鼓橋、嵐山渡月橋(吐月橋)あたりが出ている。
わたしの好きな橋々。

百人一首乳母が絵解き。乳母かゑとき、宇波かゑと起、などなどの表記だが、百人一首の句にひっかけての当時のリアルタイムな風景を描く。
江戸の人々は百人一首を諳んじていなくては、この見立て絵を楽しむことが出来ないわけだ。今の人々よりよっぽど教養が深い。
参議篁でなぜ海女さんか、という謎解きもちゃんと支度されている。
それらを一つ一つ見て行くのも楽しい。

詩哥写真鏡は古人を描くものでこちらは見立て絵ではない。
白楽天(伯楽天)は光琳も描いたあの題材と同じもので、和歌の神様の住吉明神に負けるのだが、光琳はどちらもが船上での対峙だが、こちらの白楽天は既に上陸している。
題材が同じでも違う構図を採るのを見ると、それだけでも興味がそそられる。

諸国瀧廻りはかなり好きなシリーズで、見るだけでマイナスイオンがこっちに・・・来ないか。
相州大山ろうべんの瀧 大山詣での人気を知らないので、こうした絵を見るとわからないことがいくつもある。木太刀を持ち歩く理由もよくわからないので、最初はてっきり卒塔婆かと思ったくらいだ。丸顔のおじさんたちがいい感じで瀧に打たれている。
水しぶきの表現が巧みだと思う。

琉球八景を見ると、同時代の滝沢馬琴「椿説弓張月」を必ず思う。
為朝の様子は国芳の絵(讃岐院、眷属をして為朝を救う)を想うが、琉球風景を描いたものは、馬琴の戯作の雰囲気が生きているように思われる。
「中島蕉園」のそこここに広がる芭蕉の様子が特にいい。どこもかしこも芭蕉芭蕉している。(このあたりはTHE BOOM「島唄」のプロモーションフィルムにも近いが)
雪景を描く「龍洞松濤」の静けさにも惹かれる。なぜ琉球で雪景色?と思いつつも。

役者絵や花鳥画が出てきた。
短冊の「竹馬」には「隅田川諸白」の看板があるのが楽しい。
忠臣蔵八段目「花嫁」は芝居以上に実に楽しそうな風情がある。
面白いのは「千絵の海 五島鯨突」の鯨。ミョ~~に印象的な目をしている。
オバケクジラのような。・・・鯨のプルプルした部位はオバケ(オバイケ)だったか。
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北斎漫画があった。これは大阪・平野の町ぐるみ博物館に参加するある民家で、実物をめくらせてもらったことがある。
今回は映像コーナーでも北斎漫画が出ているのでそれを見るのも楽しい。

鷹を描いた団扇絵もいい。北斎の鷹は蕭白の鷹と違い、どこかに愛嬌がある。
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摺物では女淡島がいい。願人を描いたもの。
地方測量之図はこれはやっぱり「四千万歩の男」か?

最後に肉筆画がある。
竹屋の渡し雪景図 三囲神社の辺り、雪が全ての音を吸収して、シィンと静まり返っている。深い余情のある景色だった。
こうした情緒をたたえた作品がホノルルにある、ということをうらやましくも誇らしくも思う。

後期は5/13から。

大友克洋GENGA展に行く

大友克洋GENGA展は入場時間が指定されている。
ローソンチケットで日時指定を受けて、ドキドキしながらギャラリー3331へ行った。
例によって道に迷い、ヒトサマに教わりながら出向いたが、日時券を持っていてもスイスイとは行かず、並んだ。並びながら配置図を見ていると、気分は同人誌即売会の入場待ちのあれに近づいてきた。

そういえば「気分は」といえば「気分はもう戦争」、そのいくつものシーンや台詞がアタマを横切る。
わたしが最初に見た大友作品は「気分はもう戦争」だった。
中学のときか高校のはじめ頃か。
雑誌で読んでたのではなく、書評で読んで買ったのだ。
原作は矢作俊彦で作画が大友克洋だった。
それでいっぺんに夢中になり、ついでその夏に「童夢」が出たので、これも読みもしないで買った。
基本的に本は読んでからでないと買わないわたしが、なんのためらいもなく買ったのだから、やっぱりあの頃の大友克洋への熱情は異常に高かったのだろう。
それで本の帯についていた読者プレゼントに応募すると、嬉しいことにポスターが当たった。不在していたので郵便局まで走り、その行きも帰りもヒャッホーと奇声を上げながら自転車を飛ばしていた。
帰宅してポスターの封を切るとき、「どんな絵かな~~?」と喜んでいると妹が一言、
「『そーだよ、ボクだよ』のチョウさんかも」
絶句したわたしは、ポスターを開く指が震えるのをみた。
中身は、泣きながら悦ちゃんが崩壊する建物を後にするシーンだった。
よかった、チョウさんではなくて。

やがて「AKIRA」の連載が始まり、普段は読まないヤングマガジンをクラスの男子から借りた。(あんなにも長期連載になるとは本当に思いもしなかったが)
雑誌を読むのはその号だけでやめて、後はずっと単行本の初日購入を続けた。
雑誌連載を読まずに買い続けたのは「AKIRA」と宮崎駿「風の谷のナウシカ」だけだ。

そして角川映画の「幻魔大戦」のキャラ設定が大友さんになり、作画にも参加という話をきき、当時のわたしは同じ平井和正の小説なら「幻魔」より「ウルフガイ」が好きだったのだが、あわてて「幻魔大戦」を読み始めた。
平井と石森章太郎(当時)の組んだ「幻魔大戦」は既に読んでいたが、こちらはそのときが初めてだった。
そして「幻魔大戦」初日に行ったわたしは、何があったか思い出せないが、大友さんの手がけた原画セルをいただくことになった。
本当に嬉しかった。
ポスターにしろセル画にしろ、本当に幸運だった。
30年近く経つのでどちらも劣化が怖くて仕舞い込んでいる。また、保存の方法が悪いかもしれず、思っている以上に劣化しているかもしれないので、もう開くことはしない。
あとはわたし自身の記憶の中だけで生きているばかりだ。
それでいいと思っている。そして本だけは読み返している。
あの当時のナマナマしいリアルな時間は今も忘れ難い。

わたしの回想が途切れたのは、列が動き始めたからだった。
配置図は既に角が曲がっていた。にぎりしめてはいけないのに、つい力が入りすぎていた。
特殊な棚に「AKIRA」の生原稿が何段にも亙って展示されているから膝ガクガクに気をつけよう、と先達から聞いてはいたが、実際のわたしは何度もスクワットを繰り返し、その都度立ちくらみしていた。(なんという貧弱さだろう)
二月に京都文化博物館で「AKIRA」上映会を見て、その夜寝もせずに「AKIRA」を久しぶりに通読したから、原作の細部もまだ細かく覚えていた。
印刷物になった「AKIRA」と、その生原稿とを<今のわたし>は比較できるのだ。
わたしの脳も目もフル稼働で、生原稿を追い続けた。

圧倒的な構成力に今更ながらにわたしは粟立った。
何を見てもどのページを見ても、本当にゾワゾワした。なんという世界だろうか。
わたしは貧血しながらそれでも眼を見開いて原画をみつめ続けた。

カラー原稿もいいが、やっぱりモノクロの画力の高さにクラクラした。
大友さんの後の多くのマンガ家が影響を受けすぎていた頃を思い出す。
一時期、本当に色々と大友モドキを見た。そこから抜け出て、自分のオリジナルを立て直した人々の作品を見たとき、安堵したなぁ。

壁面と柱には「AKIRA」以外の作品が展示されている。
「気分はもう戦争」では第六話の原画が展示されている。乾いたエピソードだった。他の話とは違うクールさがあった。それを思いながら原画を見ていると、自分もその「砂漠の街」にいるような気がしてきた。

「関西電気保安協会」といえば、そこで働くオジさんたちを使った面白いCMがすぐに思い浮かぶが、大友さんの1コママンガ風なイラストがあるのは初めて知った。
関西のミョ~~な空気をよーく捉えている、と思った。

マンガ原稿もいいが、グラフィックとしての仕事を見ると、これがまたよかった。
とにかくよかったとしか言いようがない。ナサケナイが、言葉が出ない。

立ちくらみのせいで血が下っているのか、いいものをたくさん見すぎたせいでクラクラしているのか、判別はつかないが、その日の私は本当にフラフラになりながら歩いていた。
大友克洋の世界から離れるのがいやで、信号のたびに眼を閉じた。
脳の裏側で反芻し続け、ホテルに帰っても延々と思い出していた。
自分の脳の細胞が増えたような気がする、そんな妄想に駆られつつ。
本当に見に行けてよかった・・・

静嘉堂文庫 東洋絵画の精華 珠玉の日本絵画コレクション

静嘉堂文庫の「東洋絵画の精華」の前期「珠玉の日本絵画コレクション」に行った。
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目玉は「平治物語絵巻 信西巻」だが、なるほど展示室に入った途端に巻物が広げられていた。
わたしが見たのは「信西自害から首実検までの場面」だった。
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既に死んでいる信西を家来たちが埋めている。もう遺体は土気色である。泰西名画での遺体は緑色だが、日本の遺体は土気色になる。
埋められる信西。しかし敵は容赦なくそれを掘り返す。
この時代既に首を掻き切ることは普通に行われている。坊主頭の信西のその頭を三本の指が掴み上げながら、首を掻き切る。
そして薙刀の先に首を引っ掛けて、武者たちが歩き始める。
今丁度大河ドラマで阿部サダヲが信西を演じているが、彼もこの絵巻のような状況を見せるのか、と思いながらまた見返す。遺体からの切断なのでもう血は出ていない。
そんな細かいことをチェックしながら巻物の前から去った。
軍記物は無慚なシーンが多いが、総じて小さい絵なので、ナマナマしくはない。

継子いじめと幸福な結婚の類型に入る「住吉物語絵巻」はさすがに煌びやかな絵巻だった。十二単をまとう女たちが斉しく美しい。それを覗き見する貴人もまた。
描写が丁寧なので、見ていてもあきない。

琵琶をべんべんと掻き鳴らす弁才天絵を見た。修復後初の公開らしい。妙音弁才天という名称は伊達ではないのだ。
「聖☆おにいさん」では弁才天さんは音楽全般に燃えるお姉さんだが、確かにこの絵の弁才天さんも演奏に熱が入っている。弁財天ではなく弁才天な方。

春日本迹曼荼羅は「××神様実ハ△△佛ナリ」を絵画化したもので、本体と化身とが描かれている。こんな思想は世界でも日本にしかないのだが、そのジャパンオリジナルな分だけ画像も魅力的なのだった。それにしても一言主は炎上しているようにしか見えない。
立った一言で炎上する、と言うのはネットだけではないのだった・・・

熊野曼荼羅 多少ごちゃついているがいい仏画だと思う。

聖徳太子絵伝の1,2幅を見る。太子誕生から元服あたりの時代がメインである。わたしとしてはわかりやすい時代、つまり山岸涼子「日出処の天子」に描かれていた時代だからだ。
髪型も大方はお団子のミズラではあるが、一度だけミズラの端を垂らすものがあり、それがやはり懐かしく思われた。

普賢菩薩像 菩薩の頭上の天蓋がまた煌びやかで、乗る白象も優美に飾られている。

四季山水図屏風 伝・周文 以前はこうした室町時代の山水画がニガテだったが、数を見るうちに段々とその良さがわかるようになってきた。今もこうして絵に対峙しながら静かに眺めている。

四条河原遊楽図屏風 これはいつ見ても楽しい。近藤ようこ「雨はふるとも」に描かれる四条河原町のようだと思う気持ちが、いよいよこの眺めを親しいものにしてくれていた。
先日、津本陽「柳生兵庫助」を再読中に、主人公たちがこの屏風の通りの四条河原を楽しく遊ぶ姿が活写されているのに気づいた。
とても嬉しい発見だった。そしてわたしはこの遊楽図の内では、はりねずみの見世物の看板が妙に好きなのだった。

如意輪観音像 薄紅の蓮座の観音へ、騎竜の人が宝珠をささげる。嬉しそうな様子もなく、つまらなさそうに見下ろす観音。竜たちと観音の大きさの対比を思う。

朝噋曳馬図 英一蝶 朝日の下をゆく人と馬。その姿が水面に映っている。のんびりした雰囲気。口笛でも聞こえてきそうな。こういう絵を見ると気持ちも軽くなる。

鵜舟図 光琳 働く鵜たちがいい。「鵜は鵜匠の弟だ」という言葉を思い出す。

波図屏風 抱一 これは素晴らしい銀の波だった。
「妖怪波とどろ」とでも名付けたい波が見事なうねりを見せている。左隻の波も五本の指をすべて開いて曲げたような形を見せている。潮音というものが聴こえてきそうな図。
この絵には抱一本人もたいへんな自負心があったそうだが、サインを見てもその心持ちが伝わってくるようだ。
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抱一 絵手鑑 これは抱一の技能の高さを感じる構成になっていた。隣合う絵はすべて別な技法で描かれている。その対比を見るのも楽しい。
寿老人、朝顔、一輪の白椿、青緑山水、山雀とくるみ、白芙蓉、波、富士、朱陽朝空、筑波、白富士に金雲、蓮池に蛙、花びらとメダカ、座した唐子が花を折ろうとする、羽子板の飾り絵(シンプルな奈良絵本風の公家)、紅梅、小町 桜枝と文、月に雁・・・

雨中桜花紅楓図 其一 可愛い。柔らかな春雨と強い秋雨と。表具が更紗なのもいい。

芸妓図 渡辺崋山 軽く団扇をかむ女。可愛がっている芸妓をこうして描いている。天保九年のリアルな女。

江口君図 応挙 今回間近で見て、江口君の着物やかんざしを確かめた。花菱柄の羽織、着物の裾には萩、帯は唐草、かんざしは朝顔。賢そうな象がいい。象はまるで猫のような座り方をしている。鼻もつつましく落ち着いている。

赤壁図 谷文晁 月明星稀の図。船上で。ああ、三国志だなあ。

遊魚図 崋山 魚の世界~なにやらとても可愛い~~

明るい気持ちで絵を見て回ったところで、乾山の十二ヶ月花鳥角皿を眺める。
絵もいいが、こうしてやきものを見ると、また気分も変わって楽しさが増す。
卯の花にホトトギスの図柄が今の時期にぴったりだった。

最後に浮世絵を見る。
国貞(三世豊国)の錦絵が三点。
星の霜当世風俗・水くみ わんこがいる。桶を持つ女。
その左には蚊やき。蚊帳の中に女。助六を描いた団扇がある。紙縒に火をつける。
そして鼻高幸四郎の仁木弾正の横顔。実悪の良さがずんっとした顔だった。

面白かった。とても楽しい。今回は立派なリーフレットまで配布されているのも嬉しい。
次は中国絵画だが、そちらもとても期待している。

蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち

蕭白ショック!!とは巧いタイトルだ。
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若冲ショック、芦雪ショックでは合わないし、応挙ショックはないだろうし、あとは北斎ショックか国芳ショックくらいしか合いそうにない。
随分前の千葉市美術館でやはり蕭白展があった。
そのときのチラシはこの赤と青の鬼と童子の絵。コピーがまた面白かった。
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ところがどういうことか、物持ちのいいわたしとしたことが、そのチラシをなくしてしまったのだ。だからコピーの言葉は完全には思い出せない。無念である。
それから数年後、今度は京博で「無頼という愉悦」として蕭白展が開催された。
そのときのコピーは無論フィクションだろうが、いかにも蕭白なら言いそうな「応挙がなんぢゃい」だった。
今回の「蕭白ショック!!」はだから奇をてらったものではない。
やっぱり蕭白の展覧会は「無頼という愉悦」であり「蕭白ショック!!」でなければならない。
なお、わたしは前期の、5/4に見たものの感想をあげる。
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最初に蕭白前史として、彼が師事したと思われる絵師たちの絵があった。
副題の「曾我蕭白と京の画家たち」のまず最初の登場である。

五十嵐浚明 山水図 薄藍の水が広がっている。これをみて思い出す唐詩がある。
孤帆遠影碧空尽 唯見長江天際流
ここがどこであるかはどうでもいいことだ。ただ、この詩のような情景が広がっている。

高田敬輔 敬輔画譜 文化四年刊行。小ぎれいなショウキらしき人物が小鬼たちを追いかけている。逃げる小鬼たちがまたとても可愛らしい。眼も口も大きくてバランスがわるくて、それが可愛くてならなかった。

大西酔月 花鳥人物図押絵貼屏風 特に6扇目がいい。落ちてゆく葡萄を捕らえようと、リスが共に落ちてゆく様子が描かれている。動きのある絵。

そしていよいよ蕭白の<時代>が始まる。
まずは蕭白出現である。
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草子洗小町図屏風 几帳の蝶柄はきれいだし、枝垂れもきれいなのだが、やっぱり何か「ヘン」である。どうヘンなのかは言うに言えないヘンさである。
「大丈夫ですか」と声を掛けたくなる一方で、そぉっとその場から去りたくなる、そんなヘンさ。

鷲図屏風 鷲がサルを組み敷いていて、猿は本当に必死でそこから逃げようとしている。
生命の終わりが近づいているサルの、決死の抵抗だが、鷲は力強くそれを押さえつけている。更にもう一羽の鷲はその様子をじっと見ている。
「連れ立つ友なる二羽の鷲は」というナゾナゾが思い出されるが、この鷲の力強さと、サルの必死さに目が行く。

蹴鞠寿老図 あごを上げ頭頂部が下っているが、だまし絵のようなものだ。妙に可愛い。

唐獅子図屏風 大きな親獅子がどーんっと立って、崖下をみつめる。必死で登りつつある奴もいれば、歌舞伎の四天のように巧いトンボをきっての落ち方を見せる獅子もいる。
ところがそれは右半分の様子で、左には岩にしがみついたままの奴もいる。
面白い構図だった。
パーク・コレクションにも獅子の這い上がり図があり、わたしはそれを新聞で見て非常に惹かれたのに、その記事をなくしてしまい、ずっと後悔していた。
蕭白が好きだと思ったのは、実はその獅子図からだから、後年パーク・コレクションを見たときは本当に嬉しかった。
この獅子たちもよかった。ファイトー!いっぱーつ!な獅子たちが愛しい。

牧童群牛図屏風 これもまだおとなしい絵。左ではコッテ牛の角突き合い。右は子どもらと牛。

獅子虎図屏風 出た!「に゛ゃーーーーーっっっ」な獅子と、「・・・そないに吠えんでもエエやん・・・別にそんな・・・」な虎と。
どっちもとても好きだ。オビエ?て叫ぶ獅子と弱気そうな虎。ヘンな組み合わせ。
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次からは色の派手な作品が現れる。
蕭白高揚、なるほどカラフルなのは高揚期だからなのだ、ね。

定家・寂蓮・西行図屏風 庵の外でわらじを直す、笠で顔を隠した西行と、それをニヤニヤしながら見る二人。どう見ても「浮かれ坊主」にしか見えない寂蓮と、目がロンパリな定家と。

群仙図屏風の前に来ると、キャプションが凄かった。
「これが蕭白ショックだ!」うむ。
「無頼と言う愉悦」のときだったか、狩野先生がこの絵について非常に面白いことを言われていて、わたしは大ウケしたが、やっぱり今この絵を見て同じように笑ってしまった。
幼児嗜好にしか見えない仙人や、薄ら気持ちわるいジャリ共、ばっちい親父よりも、それに乗る白蝦蟇の妙な伊達振り、女仙も綺麗なのかそうでないのか判別がつかないし、龍に乗る仙人は衣装が青いからと言うて、爪までブルーのフレンチネイルをせずともいいでしょう、咲き零れる赤いツタも鮮やかな分だけ不穏だし。
35歳でこれを描いたと言うのがまたなんとも。しかしやっぱり「高揚期」だからこその作品なのだと思う。他の絵師はこんなここまで描きませんわ。
奇想は活きててもグロテスクすれすれなのは蕭白だけかもしれない・・・

前述の雪山童子図が出た。ジャータカ絵なのだが、赤い腰巻童子と青鬼の、奇妙な恋物語にも見えてしまう。悲劇も感動もなく、妙に楽しそうな結末がありそうな。

旧永島家の襖絵を大量に見る。
チラシになっているのはそこから。
・・・・・ここから逃げ出したくなるの、わかるような気がする。しかし彼を待つ人も手をハーハーしてて、妙に幼女っぽい仕草がコワイ。
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松鷹図襖 隠し絵のようにして、眺めるのも楽しい。
鷲の目からウサギやサルが隠れようとしている。塗り残しが面白い。探すのも楽しいが、サルもウサギも必死なのである。

禽獣図襖 森の中の対話。目のやたら大きなフクロウ、飛び回るコウモリ、座り込んだ狸は不平たらたらの酔っ払いのようである。
こんなところに座っていると、こいつらに噛まれるかもしれない。

そしてカラフルな世界から静かな山水画へと移る、蕭白円熟の時代が来る。

虎渓三笑図 随分多くこの題材を絵にしているが、ここにあるのは表情のわからない、遠景図である。背景の山々などは中国絵画から影響を受けたようにも見えるが、湧き立つ雲はやっぱりまだ蕭白らしさがあるようにも思える。

円熟期の「基準作」と看做される山水図は、たいへん大人しくなった絵だと思う。
石橋はうろこ状だが、ゾワゾワするものがなくなっている。
なんとなくわたしは寂しくなる。侘しい、と言うほうが正しいか。

山水図押絵貼屏風 5扇目が妙に好ましい。雪山。静かな雪山。全ての音も汚れも消し去る雪山。

同時代の京の絵師たちの絵が現れる。

若冲 月夜白梅図 梅花で夜空が埋もれてしまうような。匂いもきっと濃く漂う。
金色の月の位置がとてもいい。

池大雅と奥さんの玉瀾の対の絵は、少しはなれたところから見るのがよかった。間近によって細部をじろじろ見るより、ちょっと離れて二つを同時に見ると、そこにある空気を感じ取ることが出来る。のんびりしたいい空気を。

蕭白は池大雅とはおつきあいがあったようで、なんとなくほっとする。

応挙 秋月雪峡図屏風 雪の積もる玄関を掃除する坊や。月は低い。左手に浮かぶ月に気づく少年。なんとも言えずよい風情がある。

芦雪・曾道恰 花鳥虫獣図巻 墨竹を曾道恰が描き、文鳥や雀らを芦雪が楽しげに描く。
この絵を完成させるためにどれくらいの酒量がいったのだろう。飲み倒して完成した作品だそうだ。こういう逸話がとても楽しい。

後期もよいものがたくさん出るだろうが、わたしはちょっと見に行けないので、ほかに行かれた方々の感想をとても楽しみにしている。
本当に面白く眺めた。
5/20まで。

ブリヂストン美術館開館60周年記念「あなたに見せたい絵があります。」

ブリヂストン美術館60周年記念として今「あなたに見せたい絵があります。」展が開かれている。
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素晴らしい作品だけで構成された展覧会である。
今更わたしごときがなんだかんだと書くのはおこがましい。
ブリヂストンのコレクションは素晴らしい。
それだけが真実なのだ。
だから、「作品の感想を書く」のではなく、いつも以上に作品に関する記憶について書いてゆきたいと思う。それが「あなたに見せたい絵があります。」と誘ってくれたブリヂストン美術館へのお礼になるように思う。

'89年5月5日、初めてブリヂストンに来たとき、そのコレクションの素晴らしさにどきどきした。
それ以前のわたしは大原美術館でしか西洋絵画を見ることがなかったのだ。
その大原も倉敷と遠い。距離的には東京よりはるかに近いが、わたしは東京で遊ぶことを選んだ。
そしてブリヂストン美術館はわたしの西洋絵画鑑賞修行の場になったのだった。

今回の展覧会はテーマ別に構成されていて、それぞれ誉れの絵が壁に掛けられている。
歩きながらそれぞれの作品を眺め、湧き上がる想念に揺れることを楽しむ。
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1章 自画像
セザンヌ、マネ、青木繁、中村彝・・・

ここにある自画像の内、小出楢重のそれは、わたしにとって転機になった作品だった。
子供の頃から小出の絵は見ていたが、どうにもきもちがわるかった。
しかし’96年のホテルオークラでの「アートコレクション」で「六月の郊外風景」を見て、初めて小出に強く惹かれた。
この作品は小出の死の少し前の連作の一つである。
あの暗く重たい人物画の画家が、不吉ではあるがこんなにも魅力的な絵を描くのか、と思った。
どうしても知らなければならない、と思った。
わたしは終わりから初めの方へ向かい始めていった。
やがてここでの’98年の小企画「小出楢重の肖像」で見た肖像画で、いっぺんに小出の人物画の見事さに撃たれた。
撃たれた、のである。

この全身像の小出は自負もあり、一方でトボケた風味もある。
その頃には洒脱な小出の随筆のファンになっていたわたしは、彼の洋装好きな理由を思い出して、画面の中の白い洋服の小出に笑いかけていた。
体の丈夫でない小出だが、妙に面白い男だと言うことは、その随筆や改めて向き合った人物画から伝わってくる。
このブリヂストンでの企画がなければ、ここで「帽子をかぶった自画像」を見なければ、もしかするとわたしは小出のファンにはなっていなかったかもしれない。
ありがとう、ブリヂストン。

2章 肖像画
ルノワール、関根正二、岸田劉生・・・

随分前の「芸術新潮」の特集に「好悪を超えたルノワール」という号があった。
わたしはルノワールが好きな人なので、彼を嫌う気持ちがよくわからない。
実物を見る以前からルノワールは何かとよく見ていた。それがそのままルノワールへの好意につながり、彼の作品の持つ本当の魅力と言うものまでわからなくなっていた。
無意識のうちにルノワールを愛している、というべきか。

「少女」は今回の展覧会のチケットを飾っている。水色のドレスを着た少女。薔薇色の背景に優しくなじんでいる。
むかし、お姫様だけが綺麗だと思っていた時期がある。随分小さい頃の話。物語に現れる美人は皆お姫様であり、苦境にあってもやがては王妃になるのもそこに含まれると思っていた。
しかしそうではないことを知ったのは、ルノワールの描く同性を見てからだった。
日常の暮らしを楽しむ普通の人。お姫様でなくても美しく、また美貌でなくとも優しい幸せに満ちた雰囲気がそこにある。
わたしが物語のお姫様に憧れを持たなくなったのはルノワールの絵を見ていたからだろうが、それがよいことなのかそうでないのかは、自分ではわからない。

「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」とピカソの「腕を組んですわるサルタンバンク」とは、ブリヂストンの「座る人」の双璧だと思う。
最初に訪れた日から、この二枚は優しく微笑んで壁に掛かっていた。
わたしも小さなジョルジェット嬢のように笑ってみようとする。
あまり微笑むことがうまくないわたしでは、その幸せそうな雰囲気は再現できない。
この絵の施主であるジョルジェット嬢のご両親がこの絵を喜んだことは容易に想像できる。
親として、小さいわが子のこんな姿が絵になるのは、幸福であり誇りとなる。
幸せが一つの家族のものから、多くの人々のものに広がっていったことを思う。

関根正二の「子ども」は先に挙げたルノワールの「少女」と配色が似ている。ただしこちらは背景が水色で、子どもの着物が赤いが。
関根の良さも本当にわからなかった。大原で見た「信仰の悲しみ」は前述の小出の絵同様に受け入れがたかった。
しかし関根の絵の良さもやはり突然、自分の裡に落ちてきた。
直接の原因は東近美の「三星」だったが、そこから関根の絵を懸命に見るようになった。
あるとき航空会社の宣伝雑誌に「子ども」が掲載されていた。
その頃ちょっとばかりブリヂストンから足が遠のいていた。だがその「子ども」はわたしの足をブリヂストンへ向けさせる力があった。
久しぶりに行ったブリヂストンは少しばかり内装も変わっていて、その一隅に「子ども」がいた。二十歳で世を去る関根の力を考える。優しい色合いに心がうごく。
「ブリヂストンは自分の西洋絵画の修業の地」だと思っていたが、むしろ欧州絵画でなく、日本洋画を知る場だと、そのとき知った。

3章 ヌード
西洋絵画における裸体画を、いかに近代日本が受容するのに苦労してきたか、という話はいつでも奥が深くなる。
ここにはないが、小出のヌードは日本女性の特性を描くことに尽きていた。そのあたりのことを考えると、とめどがなくなるのでやめる。

安井曽太郎の「水浴裸婦」はまだ若い頃の作品だけに、彼独自の味わいは薄く、影響を受けたのを容易に感じる。しかしそれは決してわるいものではない。
安井の裸婦は妙に物語性があり、わたしなどはその辺りが面白くて仕方ない。

ドガの執拗な「浴後」への眼差し。以前どの本か忘れたが、モデル写真と絵との比較があった。ドガは画家としての執意だけでない何かがそこに現れているように思えてならない。

4章 モデル
ここでは特に美しい婦人たちを見る。

コロー 森の中の若い女 近年にコローの婦人像を多く集めた展覧会があった。
そのときにコロー美人を堪能したが、それ以前はこの「森の中の若い女」くらいしか近くで見ることはなかった。
ほほえむ若い女。健康そうなその姿。
コローの自然を描いた風景画よりも、こうした若い女を描いた作品の方が、わたしは好ましい。
「モデル」というコンセプトで集められたこの章、この「森の中の若い女」もモデルとしてコローの前に立ったのか。そんなことを思うのも楽しかった。

藤島武二の展覧会は'92年と’02年とここで見ている。十年ごとに武二展を楽しませてもらい、本当に嬉しい。そろそろまた回顧展が見たいところだが、はたしてどうだろうか。
「黒扇」の美人はいつ見ても自分の心にストレートに来る。
この絵の前に立つとき、わたしは必ず自分もこの表情を浮かべている気になる。
勝手で傲慢な思い込みだが、そう思うことでこの「黒扇」の美女がわたしに近づいてくれる気がするからだ。
この優雅さはわたしにはないが、わたしにとっての佳い先達であるのは間違いない・・・

5章 レジャー
音楽会、サーカス、海辺の行楽・・・

ここにピカソのサルタンバンクがいた。最初に来た日からずっと好きな絵。絵葉書を買ってファイルするとき、わたしはコクトーの絵と向かい合うようにした。
絵と絵の取り合わせを決めることは、とても楽しい。
このサルタンバンクもきっとわたしの選択を喜んでくれている、と信じている。
20年以上経ったが、今もその絵葉書は色あせていない。それが証拠だと思う。

6章 物語
随分前にここで「わだつみのいろこのみや」と「天平の面影」がアーチ型の出入り口をはさんで並ぶ様子を見た。
たしか向かって右が青木、左が武二だったはずだ。
わたしにとっての古代とは、上古から天平までの時代であり、そして偏愛の時代でもある。

偏愛するようになった理由は子供の頃から古事記を読みふけっていたと言うこともあるが、やはり古事記から題材を得た「わだつみのいろこのみや」と、天平時代の女人を描いた「天平の面影」の力が私に強く語りかけているからだ。

「わだつみのいろこのみや」を知ったのは、山岸涼子の作品からだった。
彼女はタイトルを神話に採りながらも、現代の物語を描くことが多い。
「海の魚鱗宮」と題した作品のカラー表紙絵は、まさに青木のそれを基にしたものだった。
'85年に読んだ作品から、わたしは青木繁への関心が湧き出していったのだった。
そしてブリヂストンで初めてこの絵を本当に見たとき、自分もまたわだつみのいろこのみやの女官の一人のような気持ちで、山幸彦を見上げていた。

青木の「大穴牟知命」は谷川健一「魔の系譜」からだった。
一章を割いて谷川はこの絵の魅力を滔々と語っている。
死と再生。わたしは谷川の文章の力に触発され、この絵を見ようとあちこちを走った。
丁度「わだつみのいろこのみや」を知った後の頃で、まだ学生で展覧会に何の興味もなかったわたしだが、青木繁の世界に耽溺することを、ただただ願っていた。
今も、この絵の前に立つと、必ずあの頃の気持ちがよみがえってくる。
本当の絵を見るまで十年以上掛かったが、それでもこうして「あなたに見せたい絵」としてブリヂストンは用意してくれている。
そのこと自体がまたとても嬉しい。

まだ美術に関心がなかった時代、わたしは上村松園さんと鏑木清方と青木繁の絵だけで生きていける気がしていた。
今は他にも多くの好きな画家がいるが、やはりこの三人だけはわたしの中で永遠に輝き続けている。

バッカス祭にも会えたのは嬉しかった。いつでも楽しい気持ちになる。ここのゾウに踏まれても豹やトラに噛まれても、きっと痛くはないだろう、そんな気がする・・・

7章 山
ブリヂストンで「山」と言えばやはりセザンヌ「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」に尽きると思う。
最初に見たとき、やや目線より高めに設置されていた。
山はやはり高いところにあるものだ、とわたしは勝手な感心をし、その山を見上げながら「現実のサント=ヴィクトワール山に行ったとしても、こうは見えまい」と思っていた。
自分の眼を信じるか、セザンヌの眼を通過した風景が勝つか。
出来たらセザンヌのこの山のままでいるべきだ、と思ったまま時間が過ぎている。

雪舟の四季山水図が現れたのには、ちょっとばかり驚いた。
わたしは基本的に展覧会の前にそのサイトを見に行かないようにしているので、出ているとは思いもしなかった。
そこだけが空間が分断されたように感じた。

8章 川
モネ「睡蓮の池」、それだけを展示していてもいい、と思った。
モネの睡蓮のよさを延々と語るのを読んだり聴いたりしても実感がなかった。
図録を見ていてもよくわからなかったのだ。
ところがここで見た「睡蓮の池」、それがわたしのアタマを撃った。
わたしは少し後ずさって床面を見る。床に睡蓮の池の影が映る。
その影に足を伸ばす。わたしも睡蓮の池の中に入る。
眼を上げれば本体がある。
池は額縁と言う枠の中に納められているが、それは世界の一部に過ぎない。本当は自分のいるこの空間までも池なのだ、そしてわたしは一個の睡蓮に化るのだ・・・・・・・
今もこの絵の前でわたしは同じ思いにふけっている。

9章 海
どうしたわけか、あまりここの「海の絵」に惹かれない。というより、嗜好の問題なので、海に惹かれないだけかもしれない。

10章 静物
安井の「薔薇」はブリヂストンで見る前に、大丸での安井の回顧展で見ていた。
非常に魅力的だと思った。
この展覧会には母とオジ夫婦と四人で出かけたが、母とオジとはセザンヌ好きで、日本洋画では安井を非常に高く買っていた。
わたしはセザンヌも安井もこの頃はあまり関心がなかった。
しかし大丸での展覧会でこの薔薇を見、また孔雀と裸婦の絵を見て安井への意識を変えた。
今も手元に、黒地の背景に伊万里の瓶に生けられた薔薇の絵の複製がある。
そしてこの絵を見るたびに、自分の意識が変容したことを思い出すのだった。

藤田「猫のいる静物」はとにかく猫が可愛いので、嬉しくて猫に話しかけたりした。
今も辺りの人がわたしに無関心なのを幸いにして、チッチッチッと呼びかけている。
この猫はわたしより鳥に感心が行ってるので返事もしないが。

新収蔵の二点をみる。
カイユボットの「ピアノを弾く若い男」と岡鹿之助「セーヌ河畔」である。
カイユボットの親密な空間にも惹かれた。
しかし岡の「セーヌ河畔」には吸い寄せられてしまった。
点描ではないらしい。人がいるのも珍しい。まだ1927年の作だから、後年の彼の絵とは違うのもわかってはいるが、なにやらこのシュールさは愛らしくもある。
小杉小二郎のパリ、牛島憲之の街にもつながっている、そんなセーヌ河畔だった。

最後の現代美術は申し訳ないが見ていてもよくわからないのでサヨナラしてしまった。
わたしは過去にしか眼が向かないのだった・・・

いつものように獅子の女神に挨拶し、聖なる猫にも挨拶し、機嫌よく階下へ降りていった。
「あなたに見せたい絵があります。」
「わたしが見たい絵があります。」
ありがとう、ブリヂストン美術館。これからもよろしくおねがいします。
展覧会は6/24まで。

芸術家の肖像 写真で見る19世紀20世紀のフランスの芸術家たち

三鷹市民芸術センターでの「芸術家の肖像」展はこれまで個々に見たことのある芸術家たちの肖像写真を、一堂に会しての展覧なのだった。
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たいへん面白い企画だと思った。
こうした企画は案外見ていない。
作品は見ていてもご本人を知らない、というのは多い。むろんルネサンスの画家たちのリアルな顔などはわからなくても当然だ。
しかし写真技術が生まれてからの芸術家たちは、自分の姿を残すことができるのだ。
百年後の今、作品が残り本人の姿が残り、それをファンは楽しむことができる。
そしてこんな企画を楽しめる。嬉しい限りだ。

レトロなモノクロ写真はそれだけで楽しい。
ゼラチンシルバープリントの渋みがときめきを増加させる。
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アングル、コロー。カメラマンにより、別人に見える姿。
狷介そうに見えるコローがいた。だが彼は非常に人柄もよく、人に支援の手を差し伸べることをやめなかった。
何枚もの写真からはそんな篤志家としての顔は見えないが、こうしたキャプションを読むことで、コロー本人への親しみがわいてくる。

ドラクロワを撮るピエール・プッティとナダール。
エティエンヌ・カルジャというカメラマンは元がカリカチュアを得意とする画家でもあった。
それだけにカルジャの撮る芸術家はどこかコミカルに見える。

ミレーがいた。肥えたおじさんだった。デスマスク写真もある。少し肉が落ちていた。

クールベは評伝を読む限りクセのありすぎる人で、若い頃の自画像の美貌を見ると、ナルシストだと感じていた。
ここにそのクールベの肖像写真が何点かある。
気取りすぎてハナにつく。時々こんな男、いる。それがいやな感じ。ところが晩年のうまいこといかなくなった頃の写真は、あの気取りが懐かしくなるような荒れ方があった。肥えすぎた腹の肉をつまんでいる。そんなことやめよう、クールベ。若い頃の嫌らしい気取りを取り戻してくれ。・・・心の中で呼びかけてもクールベには届かない。

留守文様は日本美術の特質かと思っていたが、肖像写真にもそれは活きていた。
アトリエ、作品群、そこの主が不在であっても存在感を感じさせる写真。
芸術家がその場にいても風景の中の人物にしか見えない。
エドモン・ベナールというカメラマンはそんな手法で肖像写真を撮っていた。

ナダールは幕末の日本人を多く撮ったことでも知られているが、ご本人の奇行?も相当なものだった。
気球に乗ってご満悦な姿もあれば、人工照明でパリの地下墓場を撮影したという逸話も添えられている。

そのナダールによるボードレールの肖像写真があった。
先日わたしは「ルオー名画の謎」展の感想をあげたが、そこにもルオーによるボードレールの肖像画があった。
ルオーがその肖像画を描いたのは本人を目の当たりにしてのことなのか、それともこのナダールによる写真をモデルにしたのかは、わたしにはわからない。

額の張った、口の真一文字な、目のギラギラした人物、それがボードレールだった。

シャヴァンヌはロマンティックな絵と共に写っている。
絵の大半はヌードだった。水浴、森の中、様々な情景で。

ジャン・レオン・ジェロームはエコール・デ・ボザールの教授としてアカデミックな教育を遵守していた。だからこそ、当時のヌーヴェルバーグたる印象派を決して認めず、展覧会でも大統領に印象派の作品を見せなかった。
しかし百年後の今は、印象派の作品は世界の果てでも愛されているのに、ジェロームの作品はほんの一握りの好事家しか知らないものになっている・・・
ここにある写真はルイ・ボナールによる連作の一つ。
彫像(勇壮な裸婦と盲目の少年と)、画家、本当の裸婦と。
それらをあらゆる角度で撮っているそうだ。

ブーグローもまたボザールでの教えを忠実に守っていた。
わたしは印象派も好きだが、同時代のブーグローやイギリスのラファエル前派の「正統な」ロマンティックな作品がまたとても好きだ。
彼らしい優雅な裸婦たちの絵の前に立っている。

ポスター芸術の父ジュール・シェレがなかなか洒落者なのが面白く、女優サラ・ベルナールのまじめな顔もいい。

ラトゥールはルノワールと共に落選して、マネ兄弟にモリゾを紹介し、ホイッスラーとも仲良しだったが、絵はたいへん保守的だった。わたしは彼の音楽を主題にした連作リトグラフが大好きだ。

ローランスもいた。ボザールの校長になり「最後の歴史画家」と謳われた。彼の絵は泉屋分館で見た。
かれは中村不折・鹿子木孟郎・満谷国四郎・安井曽太郎らの師でもあった。

セザンヌの性質の難しさが写真にも現れている。
ルノワールはだいぶ晩年のものらしい。

モネはご自慢のお庭と共に写るのをよく見ているが、また違うものだった。けっこうモネは写真によく残っている。
サッシャ・ギトリによるモネもあった。
これは面白く思えた。ギトリとモネの交友は知らなかった。

「ムーリス」というフォトエージェンシーがフランス内外の様々な出来事を撮ったのをネットで一般公開しているそうだ。1909年からの様相。素晴らしい。

ロダンもまたアトリエで撮影している。
彫像と2ショットなロダン。そして死者となったロダンの写真が二葉。足下から顔面へ向かう構図と真横からの姿と。どちらも彫像のような趣がある。荘厳な遺体だった。

ルソーもアトリエでの撮影で、背後に大シダと虎のいる絵がある。のんびりした顔のルソー。

彫刻家アルベール・バルトロメは墓碑彫刻の名手だったそうで、公立の墓地にも腕を振るった。二度目の妻の官能的な姿をよく残したそうだが、写っているのは難しそうな顔をしたおじいさんだった。

カリエールがいる。少女と共にいる。娘らしい。次に目を移すと、カリエールの家族写真があった。大家族写真である。さすがカリエールだと妙な納得がいった。

マネ唯一の弟子エヴァ・ゴンザレスの遺体があった。
彼女は師のマネの死の一週間後に、自身も出産により命を落としてしまったそうだ。たいへんお気の毒なことだった。
この写真が遺影になったらしい。

サージェントはアトリエで、会心作と共に写っている。「マダムX」と共に。しかしこの絵は当時は酷評され、それでサージェントは国を出たそうだ。
今見たらとてもカッコイイのだが。

シャ・ノワールで活躍したウィレットという画家の写真が現れた。
彼はボザールでカバネルに学び、後にレジオン・ド・ヌール勲章をもらっていた。

最後にロートレックとマティスがきた。
マティス、鼻毛おやぢだった。髭とまじってわかりにくいがw

面白い写真をみて、この先近代フランスの画家たちの作品を見れば、作者の顔が思い浮かぶようになるだろう。
6/24まで。

KORIN展 国宝「燕子花図屏風」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」

時季ということを考える。
四季の変化を愛でる日本人の感性について考える。
理屈はいくらでも浮かぶ。
しかし大切なのはそんなことではなく、実際に時季を愛でることこそが大事なのだと知っている。

カキツバタと花ショウブとアヤメの違いがよくわからない。英語では皆等しくアイリスと呼ばれる。しかし違いはある。わたしがそれを知らないだけだ。
カキツバタ一つにしても杜若、燕子花などと書く。
燕子花という文字を想いながらその花を見ると、その文字をこの花に当てた古人の気持ちが伝わってくるようだ。

KORIN展 国宝「燕子花図屏風」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」
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光琳の燕子花図屏風は根津美術館にある。国宝として大切に蔵われ、時期を選んで世の人の前に現れる。
いま、その燕子花図屏風と、メトロポリタン美術館の八橋図屏風とが同時に根津美術館で公開されている。
チラシには「光琳ふたつの金屏風 東京・NY 100年ぶりの再会」と紹介されている。
上が根津に咲く燕子花、下がメトロポリタンのカキツバタである。

光琳の中で十数年の歳月が過ぎて、同じテーマの絵が生まれた。熟成された感性が絵の構図を変え、いよよ美しく燕子花を咲き誇らせる。

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はじめに十二ヶ月歌意図屏風が現れる。
白梅、柳桜、松藤、早苗、竹、撫子、蔦三日月、萩薄、菊紅葉、雪山、雪に梅枝と十二ヶ月の植物が描かれる。
自然の美を愛でる感性を持つことが許された喜びを、改めて思い知る。

伊勢物語八橋図 ここでは花は薄く描かれ、橋も始まりしか見えず、絵の主役は中心に座す三人の人々である。
都を想う歌をこの場で詠み、都のある方へ目を向ける。視線の先には見えぬ都ではなく美しいカキツバタが咲き乱れているのだろうが。

燕子花図 これは大阪市立美術館の持つやや小振りなカキツバタ図である。カキツバタ園からトリミングされたような小さな横長の画面である。小さい枠に閉じこめられた花々は外へ出たがっているようにも見える。

そしてついに大きな壁面に二つの燕子花図が広がる。
ガラスケース越しとは言え間近で見ると、花びらのふくよかさにときめく。
金、藍色、葉の緑。シンプルな三色で何故これほどに絢爛豪華なのか。金色の力だけではなく、群生する花の豊かさがなによりも美麗だからなのだ。
ふくよかな美しい花。
色の取り合わせを見ていると、リアルなカキツバタのそれというだけでなく、古清水のやきものをも思い出す。
光琳の豪勢な感性に、後世のわれわれもためいきをつく。

そして隣に開くカキツバタには八橋がある。カキカキときちんとつながる板橋。杭の括りもいい。しかしこちらは橋がある分、風景画になる。人の手による橋があることで物語が生きてくる。
「燕子花」そのものを愛でようとすれば、橋のない「燕子花図屏風」の方がより力強く迫ってくる。
こうして二つながらに楽しめたからこそ、感じた思いだった。

夏草図屏風 花の行進を見た、と思った。
さっきまでの燕子花から不意に色の薄い、しかし勢いのある花の行進が来た。
芥子、タンポポ、スミレ、落剥して白く見える花たち、白牡丹、濃い紫のスミレ、ナズナ、ツクシ、立葵、ショウブ、それらが対角線状に画面を横切り、どこまでも続いてゆく。何か明るい音楽が流れているようだった。

四季草花図屏風 紅梅、タンポポ、ワラビ、ツクシ、アヤメ、シダ、朝顔。胡粉盛りでふっくらした菊、白萩、桔梗、ツワブキ、ナデシコ、ススキ、水仙。
配置のよろしい図。

こうした花々を見ていると、欧州の「死んだ自然」とは全く違う存在だと感じる。
活きている花、それが日本の・東洋の描く自然なのだった。

光琳の百年後に、抱一がその顕彰を行う。
彼は光琳ファンとして素晴らしい仕事を行った。
縮図による「光琳百図」を発行した。
ファンならばこその力作だった。
今、それを目の当たりにしながら、三百年・二百年後のわたしたちも嬉しくなっている。

白楽天図 これは歌人の戦いとでもいうか。ありえない説話だが、楽しい。
住吉明神は釣り人のような様子で小舟にたたずみ、白楽天はやや困った顔で中華風な舟に座す。これは大阪市立美術館「住吉さん」展でも別ヴァージョンの絵が出ていた。
陸や波の描写はボストン美術館の「松島図屏風」のそれとは違うものの、やはり同じ手なのを感じる。

光琳・乾山兄弟コラボのやきものを見る。
今回は数が少ないが、それでも出ているだけで嬉しい。

最後に抱一の青楓朱楓図屏風が現れた。
右隻の青楓のみずみずしい深さ、桜草?、濃い菫のキュートさ。
川は右から左へと等しく流れる。
左隻の朱楓のふくよかで美味そうな色合い。小さな竜胆がぴょんぴょんと跳ねるように咲く。菫との対比。どちらの楓にも藍色の小さなお供がついている。
そして川の果てには熊笹がある。ここで初めて輪郭のくっきりした植物が出てきた。
没骨の花々のシメに丁度よい存在になっている。

光琳を味わったあと、次の室へ移ろうとしたとき、黒の紗のようなカーテン越しに庭の一部が見えた。雨の新緑の美しさが、この紗一枚を通過することで、いよいよ深まった。
わたしはガラス越しではなく、紗の向こうの新緑の美しさにも溺れた・・・・・。

仏像や中国青銅器のいつものおなじみさんに挨拶しつつ、展示室5へ向う。
「きらめく螺鈿」という企画が立っていた。
主に元代から明代の名品と江戸から明治の日本のそれらが出ている。

楼閣人物文を意匠化した作品がやはり手が込んでいて面白かった。
小さな枠の中で人物たちのくつろぐ様子・楽しむ表情まで刻み込んでいるのがいい。
特によかったのは卓だった。
蝦蟇の吐く「気」に杵つきウサギなどがいる。鳳凰、首長獅子像、柳、そして皇帝とどうやら楊貴妃らしき二人。縁には麒麟、獅子、鹿たち霊獣が刻まれている。

ひどく可愛い小皿があった。これは清朝のもので、円い黒い皿の真ん中に、小さく色んな動物が螺鈿細工で煌いている。
正面顔の獅子、麒麟、獅子の横姿、見返り麒麟、花喰い鶴、キンケイチョウなど。可愛くて可愛くて仕方ない皿だった。

日本の螺鈿には蒔絵がつきもの、ということを改めて知る。
わたしは桃山の螺鈿より、江戸中期の螺鈿・蒔絵細工が好きだ。
明治のそれはやはりちょっと好みから外れる。
楽しく眺めて、次へ向う。

初夏の茶。茶道具の楽しみもこたえられない。
抱一の自画賛「隅田川」がいい。
茶の水に 花の影くめ わたし守り 
都鳥のいる風景。岩もザクッとしたものがある。

柴舟蒔絵香合 紫のきらめきが眼に残る。
切り竹型向付 萩焼。可愛い。撫でたくなる。

古染付手桶水指 二段絵が楽しい。上段は鶴と渦巻き文様が交互に描かれ、下段はエビ・カニ・ウオのコマ絵が連続している。楽しい造りだった。

メインの企画展だけでなく、常設でもこんなにも楽しませてもらっている。
ありがとう、根津美術館。

三つの近世風俗画展 大阪城・国文学資料館・歴博

GW期間中に近世風俗図をメインにした展覧会を三件も見た。
これは快挙かもしれない。いずれも非常によい内容だった。
そして全て5/6までなので、見に行けたことに感謝したい。

見た順に書いてゆく。

大阪城天守閣では「世情 風俗図屏風にみる」として、所蔵する近世風俗画をメインに展示していた。
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借り出してきたものもあるが、大方はここの所蔵品。見て回った人ならわかることだが、たいへんレベルが高い。
特に洛中洛外図では、旧萬野B本がここに入っていたことを知らなかったので、それがまた嬉しいが、更に驚いたことに、失われていた片方がアメリカで見出され、この大阪城で共に暮らすようになり、今回同時展示がなされていた。
すばらしいことである。

さてその萬野B本とアメリカ帰りのを眺める。
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丁寧な作風で、金型雲が町中に広がりつつ、人々の暮らしを露わにしている。
アメリカ帰りの右隻と萬野の左隻とでは屋根の色合いが違うように見えた。やや退色しているのかもしれない。
ここの大仏殿の前の耳塚は立派な石塔が建っている。そして二条城の襖絵まで見えたのは嬉しい。
人物表現はやや稚拙な感じがあるが、それがまた楽しい。
芸人たちの周りに人も集まる。大きな傘の下に立つ人は説経語りだろうか。
細かい所作を描いてるのも楽しい。

林家本の洛中洛外図屏風がある。右二隻の大仏殿の大きさが目立つ。その前の小さい緑は耳塚か。隣の三十三間堂はやや短い。
五条河原の人形浄瑠璃の小屋がある。ムシロ掛けの中で行われている。四条では同じくムシロ掛けで芝居興行。南蛮人も見えた。細かい楽しみはいくつでもある。

こうした風俗図を見ていると、他の観光客の話が聞こえてきて面白い。自分の発見した人々の話を、まるで噂話をするかのように喋るからだ。
こういうのを聴いて楽しめるのも、洛中洛外図ならではの喜びだと思う。

京洛名所図屏風を見ていると、その「功徳」に与った。
わたしは気づかなかったが、朝鮮通信使の一行が大仏殿にいるそうだ。
思わず後戻りしてドコドコと見てみると、なるほど変わった帽子をかぶった人々がいるが、それが通信使ら一行とは知らなかった。
人の話も大切なものだ。

北野天満宮のそばの松並木あたりを紅葉の枝を担いでゆく女たちがいる。これを見ていると、様々な物語や逸話が思い浮かぶ。それだけでもとても楽しい。

「戦国のゲルニカ」と称される無惨な屏風がある。
黒田長政が描かせたという大坂夏の陣図屏風である。
巻き添えの民衆の姿が無惨である。
こうして敗走する者たちも無惨だが、泳いで逃げ惑う民が悲惨極まりない。
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それでもまだ相互扶助精神が生きているので、小舟に泳ぐ人を助けあげたり、互いに手を引き合ったりする人の姿もある。
中には女をおぶって水を渡る男もいる。zen410-1.jpg

しかし野伏せりも現れ、身包みを剥いだり、後ろからバッサリもあるのでたまらない。
無惨な情景はナマナマしい。

その後の復興大坂の様子を描いた屏風もある。市街図を描いたもので、再び林家蔵のもの。
川床で遊ぶ人々の姿もあれば、袖引く女もある。やはり遊楽と経済の活気が満ちた空間がいちばん楽しい。

淀川を描いた屏風がある。若冲の乗輿舟では人のいない、静かな淀川が描かれているが、この淀川はフルカラーで元気のあるところを見せている。
橋がたくさんあるのはさすが大坂八百八橋の町ならでは。橋上で絵解きする比丘尼や橋本の遊女屋、天満橋でケンカする男と女もいる。子どもらのつかみ合いも見える。
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住吉では潮干狩りもある。

少し離れて吉野山や厳島といった名所図も出ていた。特に吉野山の花見図は稚拙ながらも人々の表情がリアルに描かれているのがいい。花見の浮かれ気分があふれる屏風。
ほかにも日吉山王、南蛮図などなどがあり、とても見所のある展示だった。

続いて国文学研究資料館の「江戸名所と風俗画」の感想。
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光悦謡本「角田川」がある。謡曲「隅田川」である。宗達とのコラボではなく、光悦の文字だけの謡本。立派な文字だと改めて思う。

洋風な絵が現れる。空中にリボンが現れそこに「IEDO」とある。江戸の風景が途端に異国に変わる。

今回随分多くの鍬形惠齋の挿絵や版を見た。
江戸名所之絵では、それを元に惠齋の孫・惠林が再現したものも並べて展示していた。
江戸名所図会は巻物の体裁をとりつつ、1シーン1ページで、王子から洲崎までを描いている。

近世職人尽絵巻が特に面白かった。まず中巻。
あるトウフ屋の店先が見える。手前でトウフと揚げを売る。奥では婆さんが揚げさんを一枚一枚丁寧に揚げている。
その隣家はかまぼこ屋である。小サメを切って練り物を拵えている。その店前にはやせた犬が寄ってきている。
更に隣はうなぎの蒲焼を売っている。うなぎの頭を落とすのも割くのも店先である。
また、鐘売りの店へ半鐘を買いに来た客もいる。小僧との会話も書かれている。
そこではどういうわけかお神輿まで拵えている。
面白い一文がある。
「鋳物師は鍛冶の妻にして金物屋の母なり。金具屋は金物屋の弟にして煙管張りの兄なりと雖も、弟の勢いには及び難し。煙管張りは枝葉江戸に蔓延りて、中にも住吉村田は世に名高き」
カナモノ系の相関図というところか。

他にも芝居小屋があり、そこの会話も楽しい。演目は「義経千本桜」で、大入大入とある。
「今はすし屋の場にて候、狐忠信までも見給へし」「四段目の出たれば今日はことさらに入りぞ多きぞ」
下巻にはまず紺屋が現れる。染めにくい素材のものに手を焼く職人もいれば、眠たそうな小僧もいる。型紙を使うて染め分ける職人もいて、さまざまに働いている。
前の道には狐のような犬たちがいたり、「名山講中」の男たちもあり、砧打つ職人もいる。
節季候のような者が大きなシダを売っていたり、羽子板売り、ソロバンはじき、餅つきで終わる。

山東京伝x北尾重政「四季交加」ではさまざまな職業の人間が描かれていた。
勧進、魚屋、犬、侍、蕗売り、乞食・・・
江戸の面白さを堪能する。

他の本でも舞楽するもの、ビードロ吹きなどが描かれている。遊楽より働く姿を活写している。

長谷川雪旦の江戸名所図会にはパレードが描かれている。
鬼首を載せた山車、大鉞など「大江山」を思わせるアイテム満載のパレードが楽しい。

東都歳時記がまた面白かった。色んな商売を活写しているのだが、和製ドールハウスというような店がまず目に付いた。ミニチュアの門や家があり、ちょっとしたジオラマになっている。そして立ち食いの天ぷら屋にそば屋、茶売りもあればきちんと構えた「利根川の鯉料理」の店もある。

広重の肉筆画があった。わたしが見たのは秋冬図。似た構図の秋の山と冬の山をサラッと描いている。摘水軒所蔵。
いい絵だった。

北斎の絵本隅田川両岸図が凄かった。絵の本である。つまりお経のような連続用紙で絵がつながり、決まったサイズに折り目のある一代絵巻、のような色の綺麗な絵本だった。
これは全部は展示していないが、写真パネルでそれを見せてくれた。
連動する都市風景画。楽しい。

下って明治の浮世絵が現れる。
国周と井上安治のコラボ。安治が背景を・国周が女を描いている。どちらの特性もがよく出ていて、素敵な三枚続きになっている。両国の花火を楽しむ女たち。

安治の絵葉書サイズの名所図、小林清親の花火を楽しむ美人、各地の名所図会など、見ていて楽しいものばかりが並んでいる。
そして昭和初期の地下鉄沿線案内まで出てきた。
こうなると嬉しくてホクホクするばかりだった。
他にも河内名所図会、大和、紀伊などがあった。

しかし最後に都市の影の部分が現れた。パネル展示だが、江戸の下層民の埋葬方法などである。金のない庶民もまた投げ込み埋葬に近かったそうである。
なんとなく知ってはいたが触れずに来たものが、ここであっさりサラケダサレタ感じがする。叢に棄てるか、投げ込むかの違い程度で、その前代の京とここで現された江戸とは、あまり差はないのだった。

最後は国立歴史民俗博物館の「洛中洛外図屏風と風俗画」である。
歴博所蔵の洛中洛外図屏風六点が全部出てきたそうである。
やっぱり面白いのは時代が旧いものの方である。
技術は向上しても、時代が下るにつれて、見ていても退屈になってくる。
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デジタル再現された屏風が正しく配置されていて、それを見るのもなかなか興趣が深いが、方向音痴のせいでか、「あれ?」と感じる配置もある。
これは今度また実際に歩いて実感を確かめたいような気がしてくる。

第三室でも「近世の風俗画」の特集陳列があり、それを先に見たのはいいことだった。
前哨戦として気分が盛り上がってくるからだ。
そちらでは幕末の「蝶々踊り図屏風」が面白かった。細見美術館などにも所蔵されているが、仮装して好き勝手に踊り狂う「蝶々踊り」を丁寧に描いている。
こういうのを見ていると、こちらも「一期は狂え ただ夢よ」の心持になってくる。

さて歴博甲本をじっくり眺める。見ながら「ああ、今年は近衛桜を見ていない」とか「黒谷さん、近美から見ても大きいよね」と言った、リアルタイムな感想までが湧いてくる。
これは関西人の一得だと思う。
現存する名所・寺社に足を運んでいる限り、数百年前の絵で見ても、妙なリアリティを感じるからだ。
わたしもこの時代の京雀なら、やっぱり風流踊りをしたかもしれないし、花見に清水まで出かけている可能性も高い。

たばこと塩の博物館からも何点か来ていた。懐かしい再会である。
月次風俗図屏風では武者人形の飾りが特に好きだ。
風俗図でも破戒坊主みたいなのが女郎屋であごひじ付きしているが、これは以前チラシにもなっていた。

東山名所図屏風 後家尼さんらが娘や孫らと清水の舞台に遊ぶ。こういう風俗はそれこそ近藤ようこ「家訓」に現れる後家さんそのものなのだった。
後家さんが家長になっていた時代。西暦の始め頃のケルトでは族長の死後は後家さんが族長になっていたことを思い出す。ローマが入り込んできたせいでその家長制度も崩壊。

東博本 「たこ薬師」出ました。こういうのを見ると「ああ、行かなきゃ」と思うのだ。
これは水彩の色鉛筆を使ったような色彩感覚で、妙な面白さがある。

歴博C本 雲が多く出過ぎ。光化学スモッグ警報を思い出す。違うか。
歴博乙本もやたらとクラウドCITYである。

輪舞遊楽図ではこういうシーンもそぉっと描かれている。たのしいなぁ~~♪
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歴博E本には宇治の餅つき女、八幡の桜、鳥羽の恋塚もあるのが面白い。めったに他では見ない。

職人尽絵もたくさん出ていてとても嬉しい。好きなのは機織師。
いくらでも仕事はあるものだ。

どれもとても楽しく眺めて回った。
やっぱり近世風俗画の魅力からは離れられない。
なお歴博と国文学研究資料館の展覧会は連動していた。
「都市を描く 京都と江戸」の第一部と第二部なのである。

ジョルジュ・ルオー 名画の謎

汐留ミュージアムで「ジョルジュ・ルオー 名画の謎」展をみた。
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ルオーは日本でも評判が高いが、どうもわたしはニガテで、好きなのは「ユビュ親父」とか「ミセレーレ」「サーカス」「悪の華」などの版画系。
要するにルオーの油彩画がニガテなのだった。

ザリザリ感があるものがとにかくニガテで、ルオーの敦盛、いや厚盛りなキリストのアップなどは、ついつい避けてしまう。
これは絵の問題よりも生理的なハナシになる。
わたしはやきものでもザリザリしたものがダメで、見てるだけでイガイガしてくる。
だからそのキモチがこうしたときにも顔を出すのだ。

チラシのコピーには「秘密を知れば、もっと好きになる」とある。
うん、ザリザリ感はアカンけど、期待はしています。
今回の展覧会は子供用のワークシートもあったような気がするが、わたしの手元にないので確かなことはいえない。
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まず色分けで迫ってくる。
「青」「金」「黒」の謎を追いかけて。
色んな作品でそれらを検証する。

ルオーがモローの生徒だった(それも可愛がられていた)のを実感するのが「ゲッセマニ」。
1892年の作。これを見てるとモローの世界が髣髴とされる。
その代わりルオーの個性はまだ出てこないが。

ユビュおやじが現れた。難しい顔をしながらこの作品を拵えていたと思うと、それがまた面白い。敬虔なキリスト者の画家としての顔と、こうした痛烈なシリーズの作者という顔が同居しているのが謎であり、魅力でもあるように思う。

この「版画の黒」コーナーは自分の好きなものが多くて楽しく眺めた。
黒は闇の黒ではなく半分は灰色な黒なのだった。
ボードレールの「悪の華」「回想録」を見ると、丁度見てきたばかりの「芸術家の肖像」(三鷹芸術センター)が思い出される。
ここに描かれたボードレールの肖像画は写真そっくりだった。

伝説的風景 連作もの。
まず6が出ていた。 
母子が橋の小さい階段の上にいる。夜。二人は何をしているのか何が「伝説的風景」なのかは、わたしにはわからない。なんの物語が隠されているのだろうか。
キリストが後に出てくる。キリストは常にルオーの中にいる。

カラーバリエーションを解明するために、面白い試みがされていた。
第一般から第四版までの再現品があり、自分でそのカラーフィルムを重ね合わせるのだ。
そうすると版の完成品が見える。
これもルオーの謎解きの一つになっている。

形の謎。
踊り子と白い犬 サーカスの人気の女芸人二人がいる。立つ女はやや年かさで、座る方はまだ少女のようである。座しながら白い犬の相手をしている。
どこか二人には侘しさがある。顔は見えないままだが。

サーカスに類した作品がたくさん出ていた。
「流れる星のサーカス」もある。
これらを見ていると、1930年代のサーカスのありようというものが胸に迫ってくる。

やがて紙に描いたとは思えぬ厚手の作品が現れる。
以前、団塊の世代の奥さん方とルオー展に行ったとき、そこでいかにルオーのこの「様式」が素晴らしいかを聞かされたが、わたしはザリザリ感がいややと思ったままで、やっぱり今回もダメだった。
しかしところどころに薄い部位があり、そこに現れる青の美しさには惹かれるのだが。

夜を描いた絵は好きなものが多いが、ルオーの描くキリストが夜の道を徘徊するようなものは、とにかく見ていてせつなく侘しい。
その侘しさがつらくて見ないことも確かだ。

結局「名画の謎」はわたしにはわからないままで見終えてしまったが、それはそれでいいのかもしれない。
ルオーを通して自分の中のニガテさの謎というものを見ることは出来たのだから。

展覧会は6/24まで。また行く気ではある。

五月の東京ハイカイ録 2

三日目。とにかく雨にたたられたな。予定も狂うのは仕方ない。
判断力も低下したと言うことで変なコースを取ってしまった。
合理的やないのでジクジたる思いに駆られつつも、まあ言い訳は出来そうなり。

朝も早よから佐倉に行く。川村のバスは満員、それをヨコメに歩く、歩く。
歴博に行く。ここの近道の橋を渡る時、いつも異界へ入り込む心持ちになる。
たんぽぽ満開、西洋も地のも。
綿帽子はないが、あれが満開のときいよいよこの世には思えなくなる。

近世風俗画好きな身としては洛中洛外図は見落とせない。
初日に見た国文学研究資料館の展覧会と連動したもの。
楽しく眺めた。
細かい感想はまた後日。

常設ゾーン、中世でも月次絵などあり楽しいが、近世から絵金屏風がなくなったのは淋しい。
他に大好きな4室のアエノコトや他界ゾーンが改装中、一抹の不安があるわ~

オオテマリの白い花を見てからサラバする。
民家の藤が満開、また今年も亀戸の藤をみそこねたかなあ。

さてここからが反省材料になるコース。
静嘉堂に行ったのだ。いや行くのはかめへん、まあ話は続くのです。

二子玉川からのバスがまたうまいこと来てあっさりついて、三菱の集めた日本絵画を堪能しましたわ、信西の死に首かっ斬る絵もバッチリ見ましたわ。
面白いよ、やっぱり日本の物語絵は。

機嫌よく雨の中を歩く。タクシー待ちの皆さんサラバ。バスはほぼキッチリ来た。
千葉市美術館に行くのだ、今から。

朝いちに佐倉に行ってなんで今から千葉やねん!とツッコまないでください(涙)。
シクシク、これには深ぁいわけが。
思わず「ねじ式」をしてしまったが、これが今回の合理的やないことなのでした。

今度は二子玉川から錦糸町まで出て、千葉に行きました。
PALCOのサービスに乗っけてもろて、道に迷うことなく美術館につきました。
ショウハクショックv(≧□≦)v
カナで書いた方が発音した時と同じ感覚が生まれるね♪

面白く眺めましたが、やはり京博での回顧展同様に晩年の山水画の侘しさが肌に合ってくれない。
好きなのはニ゛ャーーーッと叫ぶ獅子とか、どう見てもヘンタイなオッサンにしか見えない仙人とか、変な顔しながらマジメに岩登りする獅子とかあのタグイ。

帰りもバスに乗せてもらい、千葉からは空いた快速でゆっくり寝ながら帰る。
三日目も終わり。


さて最終日。
やっと晴れやがな。紫外線が降り注ぐがな、困りまんがな。
同宿してた大量の少女たちとその母たちがエレベーターを独占し、15分待った挙げ句コラアカンと上ることにしてようやくフロントに。
彼女らはダンス大会に参加。
まあコドモの日やからなあ。

20分遅れで金沢文庫に向かう。幸い座れたので即寝したら、いつの間にか大混雑してる。
しかも眼が覚めたら金沢文庫やがな。
日当たりの良すぎる道を歩いて文庫の楽しい展を見る。
観光ものとでも言うか、好きなんだよね、こういう企画が。
後日かなり詳しく書く予定。

新逗子から逗子に出て鎌倉に向かうが、凄まじい大混雑大群衆に参った。
なんなんや、これは!!
ああ、わたしが浅はかでした。連休中に鎌倉に来たのはわたしの判断ミスでした。
三本ある道のうち、段葛が一番マシやったわ。
とにかく大混雑。どこもかしこも。
国宝館で佛みて近美で写真見て別館で染織見て、それでもう白旗や。
まあこの鶴岡八幡宮には源氏池・平家池あるから丁度ええか。
清方へは辿りつけなかった。
ムリですわ、あの人ごみでは。
そうそう、境内の外れでリスを見た。さすが鎌倉。

湘南新宿線を待つ。先の横須賀線に比べてこちらは随分閑寂としている。車両にもよるのだろうが。
最近は電車に乗ると居眠ることにしてるので、外界の様子がわからなくなる。
そのくせ意識はハッキリしている。つまり物事を色々考えたり妄想が続くので、眠れてはいないのだ。
そんな状況で外界と隔絶してるから、いつかヤバイ人になるような気がする。


目黒雅叙園に行く。前回は満開の桜が目黒川を覆うようだったが、今は新緑。
百段階段での寿三郎平家物語第二部。
大いに楽しむ。しかし新刊が出てないのが残念。待ち望む。こんなキモチは久しぶり。
最後には新八犬伝の人形たちがいた。嬉しい。みんなそれぞれ衣装が褪色していたり、髪がややくすんでいたりするけれど、深いエニシの八犬士、再会の喜びを分かち合う。
ただ、信乃人形だけが新作なのがなんとなく寂しい。
現八と対角線上に展示なのは、芳流閣の見立て。現に芳年の絵を大きくプリントしたものを、そこにのべている。

目黒ではまだ四時過ぎだけど、今日の混み具合を考えてあと二つの予定は諦める。
そして宿に一旦戻り、荷物を取って東京駅へ向おうとした丁度そのとき、五時の鐘がなる。
いい街やなぁ。定宿よ、また来月までサラバ。

今回は張り込んで、というわけではなくEXICのポイントがたまり、おかげでグリーン車で帰阪する。
久しぶりのグリーン車はやっぱり気持ちいいなぁ。
おいしいお弁当を食べて、備え付けの雑誌を読んだりするうちに新大阪ですがな。
タクシーに乗り込むと、運転手さんが色々面白い話をするので、笑ううちに家に着いた。
今回もいいハイカイをいたしました。
また次回までさらばさらば。

五月のハイカイ録その一

とにかく雨である。GWでも雨、GWなのに雨。
それでも遊ぶぞ、わたしは~~~!
とはいえ予定が狂ったのは確か。何を優先するかでいろいろ状況は変わる。
結局雨の激しさに負けて、INAXギャラリーと三井美術館には行き損ねた。
23分遅れの大江戸バスがうまいこと来たので、それに乗ってしまったのだよ。
これでホテルへGO!

さてそれで立川へ行くと、また雨が激しいもんでモノレールを諦めてバスに乗ることに。
随分長く待ったなぁ。
それでも一番激しいときに学術プラザ前、本当にまん前に停車したので嬉しかった。
国文学研究資料館。
例によって、見たものはみな後日に詳述します。

ここの企画展は佐倉の歴博と連携してる。佐倉へは5日に行きます。
なかなか面白かった。鍬形惠斎の絵が多かったなぁ。

次にバス内放送で知った「南極・北極科学館」に行く。隣接してるとはいえ雨なので傘差して走る。

ここにはペンギンやアザラシの剥製、本物の雪上車(天井低すぎる!171のわたしは耐えられない!)、南極の氷を触るコーナーなどがあり、南極越冬隊の皆さんが捉えたオーロラの映像を流すコーナーもあった。
2003年6月27日午前10時44分~の空の様子。極夜なので朝昼関係なしに星が出てゐる。
じーっと見てたら赤いオーロラだった。
実際に自分がこういう情景を見ることは不可能なので、映像であろうと見れたのは嬉しい。

結局この二つの展示に時間を多く割いてしまったので、いろいろと諦めることになった。
今度は甥っ子を連れてこの北極・南極科学館に来たい。グッズもかわいいしね。
ただ、タロとジロとそのほかの生還できなかった犬たちの在りし日の姿を写した絵葉書はせつなすぎて苦しい…

晴れた日にはモノレールに乗りたい。

立川に戻った後、今度は八王子へ。ここも帰りのバスはどれに乗ってもいいけど、行きのバスがわからんのよな~夢美術館へ向かう。富士美術館はあきらめた。
「陶酔のモンマルトル」は去年伊丹で見たものの巡回。
あれは楽しい展覧会で、それをまた経験したくてやってきたのだが、今回もよかった。
前回の記事はこちら
あの楽しさがここでも再現されていた。

さて機嫌よく出てから次は三鷹へ。
中途半端な時間に空腹になり、ついつい手近なスープ屋に入ったのがわたしの痛恨のミス。
わたしはこのチェーン店のスープと相性が悪いのだよ。忘れてた。
品川駅やミッドタウンにあるチャウダーズは大好きなのになぁ。

三鷹では19世紀のフランスにいた芸術家たちの写真が展示されていた。これは面白い企画だと思う。雨のせいもあってか、観客はわたし一人だったから、存分に楽しんだ。

東京駅からホテル送迎バスに乗ったまではいいが、待機時間が小一時間と長すぎる。
これは使えないが、大雨なので動けない。
また明日、考えよう。


さてハイカイ二日目。
予定より一時間遅く起きる。びっくりしたわ。それで大雨なので予定をいろいろ変えた。
とりあえずメトロ一日券を購入してまず根津美術館へ。
例によって展覧会の感想は後日詳述します。

やっぱり杜若。燕子花。カキツバタ。ときめいたなぁ。
展示室のカーテン越しに庭を見ると、雨にぬれた新緑が弥増して綺麗だった。
庭園にカキツバタはあるというが、それを見ずとも「見た」心持になる。

汐留へ。軽くランチしてからルオーを見る。小学生用のシートもあるし装飾もしてあるけど、子供の手形(むろんデザインなんだが)ペタペタなのは正直きもちよくない。
ホラー映画を思い出すわい。

ルオーは苦手なんだが、画風の違うものをコレだけたくさん集めてくれると、やっぱり楽しく見て回れる。そうです、好きなシリーズもあるからね。

次はブリヂストン。「あなたに見せたい絵があります」
ありがとう、と答えるわたし~♪(花街の母か~~!!)
これも子供向けぽい文面なんだが、案外オヨヨなエピソードも書かれてたりする。

三井に来ましたぜ。北斎。京都で見んと三井で見るわたし。
北斎は肉筆と「百物語」がベストなわたし。最後の展示の肉筆の静謐さが心に残る。

隣の三越では戦隊もののイベント。入ったがあいにくなことにピンなヒーロー好きなわたしは戦隊ものは知らんのでした。しかし親子の熱気にあおられた。

ここで一旦ホテルに帰り、荷物を軽くしたりいろいろしてから再度出かける。

乗り継いで三菱一号館。前月みたKATAGAMIリターンズ。今回はまた凄い人出で靴音どころの騒ぎじゃなかったな~でも楽しく眺めた。
併設のコンドル展はやや物足りない。今度はコンドル展を大々的にしてほしいなぁ。

二重橋から湯島へ。・・・・・・・道がわかんないよ~~~3331。
人に教わりやっとたどりつく。
そう大友克洋原画展。ああ、ときめきすぎて苦しい。膝の屈伸しすぎで苦しい。絵の緻密さに息苦しい。話の構成力に・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ~~~!!
改めてその偉才に感動。

とにかくフラフラになった。しんどい。
それで結局ガッツリ系の某チェーン店へ入って焼肉と唐揚げ定食をいただくが、わたしにはからかった。それでも元気が出て、ようやくホテルへかえる。
荷物を軽くしたおかげで動きやすかったけど、圧倒されたなぁ・・・・・

五月の予定と前月の記録

もぉ既に五月の旅を始めていますが、まぁ「予定」ということで。


KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」 根津美術館~5/20
薔薇と光の画家 アンリ・ル・シダネル展 損保ジャパン~7/1
近代の京焼と京都ゆかりの絵画―受け継がれるみやこの美― 泉屋分館~6/17
芸術家の肖像―写真で見る19世紀、20世紀フランスの芸術家たち―展 三鷹市美術ギャラリー~6/24
シャルロット・ペリアンと日本 目黒区美術館~6/10
寿三郎「平家滅亡への軌跡」目黒雅叙園~5/20
東洋絵画の精華―名品でたどる美の軌跡―静嘉堂~6/24
ホノルル美術館所蔵「北斎展」 三井記念美術館~6/17
毛利家の至宝 大名文化の精粋 国宝・雪舟筆『山水長巻』サントリー美術館~5/27
KATAGAMI Style―世界が恋した日本のデザイン もうひとつのジャポニスム 三菱一号館~5/27
陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910「シャ・ノワール(黒猫)」をめぐるキャバレー文化と芸術家たち 八王子市夢美術館~5/20
あなたに見せたい絵があります。 ブリヂストン美術館~6/24
異邦人の眼差し—清朝末期の北京 ジョン・トムソンほか 東京富士美術館~6/24
地上の天宮 北京・故宮博物院展~5/8
ロバート・キャパと中国~6/24
三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る 府中市美術館~5/6
野口久光 シネマ・グラフィックス 黄金期のヨーロッパ映画ポスター展 うらわ美術館~6/24
横浜の海 七面相  横浜開港資料館・横浜都市発展記念館~7/16
鏑木清方没後40年 女性風俗と四季の風情 鏑木清方記念美術館~5/23
蕭白ショック!!曾我蕭白と京の画家たち 千葉市美術館~5/20
石元泰博写真展 桂離宮 1953,1954 神奈川県立近代美術館 鎌倉~6/10
柚木沙弥郎展 村山亜土作『夜の絵』とともに~6/10
須田国太郎展 没後50年に顧みる光と影の生命 神奈川県立近代美術館 葉山~5/27
収蔵品展Ⅰ 船旅への想い 日本郵船歴史博物館~8/5
マックス・エルンスト ―フィギア × スケープ―時代を超える像景 横浜美術館~6/24
都市を描く-京都と江戸-第Ⅰ部「洛中洛外図屏風と風俗画」国立歴史民俗博物館~5/6
都市を描く-京都と江戸-第Ⅱ部「江戸名所と風俗画」国文学研究資料館~5/6
列車模型 原コレクション 東京タワー~5/6

こちらは関西。

建築家 村野藤吾と尼崎展 尼崎市総合文化センター 5/12~6/3
佐伯祐三とパリ ポスターのある街角 大阪市立近代美術館(仮)~7/16
仏教の来た道 シルクロード探検の旅 龍谷ミュージアム~7/16
-唐代の詩と多重都市の協演-髙山辰雄・西村元三朗 BBプラザ美術館~7/7
麗しき女性の美 ―松園、青邨、契月、麦僊、不矩― 姫路市立美術館~5/27
都名所図会の世界―源氏物語と平家物語― 宇治市源氏物語ミュージアム~7/18
日本絵画 組み合わせの美 滋賀近代美術館^6/3
王朝文化の華―陽明文庫名宝展― 宮廷貴族近衞家の一千年 京都国立博物館~5/27
大和文華館名品展 -コレクションの歩み-~6/24
解脱上人貞慶 -鎌倉仏教の本流- 奈良国立博物館~5/27
宗廣コレクション 芹沢銈介展  京都文化博物館~6/3 
野遊の茶 併設:魯山人の美 北村美術館~6/10
生誕170年・没後100年『藤田傳三郎の軌跡』藤田美術館~6/17
叙情画 コヤノ美術館~? 
蘭にみた、夢~蘭花譜の誕生 大山崎山荘をつくった加賀正太郎の情熱~5/27
佐伯 祐三展 -純粋なる魂を描いた、夭折の画家- 山王美術館~7/29
平 清盛 – 院政と京の変革 - 京都市考古資料館~6/24 
オールドノリタケ 東大阪市民美術センター
仏教の来た道 龍谷ミュージアム ~7/16
名物記に載せられた茶碗と名碗たち ―高麗・樂・国焼を中心に 湯木美術館5/3~6/24

大阪歴史博物館の常設展示を見る

中村順平の建築関係の展示を見た後、他の階の展示物を眺める。

写メなのとガラスから遠いのでボケてるのがザンネンだが。
まず猿のソセンこと森狙仙の「桃と猿」
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桃とサルと言えばすぐに孫悟空の話を思い出すが、これはニホンザルが大きな桃を抱っこしてるので、むしろモモタロウの関連にも思えてくる。

こちらの鹿は森一鳳SH3B114500010001.jpg綺麗な鹿の子。

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竜虎図。虎が可愛い。

遊楽図屏風の一部にちょっとフ向けな二人もいる。SH3B114100010001.jpg

文楽人形の説明コーナーで、団七。この縞柄は団七格子。カシラはまた別場所に展示。
『宿無団七』という芝居はあるが、これでは「首無団七」なのだ。
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初代鴈治郎を描いた貼り交ぜ屏風。
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「ほっかむりのなかに日本一の顔」と謳われた名優。

最後に鴻池家から寄贈された孔雀形時計。優美で素敵。いつもついつい撮影してしまう。
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大阪歴史博物館の常設と大阪城天守閣を見学するならセット券が900円とおトクです。
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