美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

静岡駅付近の近代建築

静岡に出かけた。まず草薙まで出てからバスで県立美術館へ向う。
駅から1.6kmらしいから気候のいい、機嫌のよいときなら歩くのも楽しいだろう。
バスは特別区間値で100円。
展覧会の感想は明日以降。
静岡駅前に戻ってから、まず駿府博物館に行き、楽しんでから道を変えて呉服町通りを行く。
ずっと歩くと、通りの果てに出る。
そこに静岡銀行本店がある。旧三十五銀行。素晴らしい威容。列柱ー♪
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   素敵。SH3B12140001.jpg

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やはりこうでなくてはSH3B12100001.jpg


今度は元の駿府城の堀へ向かい、県庁を眺める。
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花が飾られ「夏も近づく八十八夜トントン♪」な気分にされる。
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少しばかり帝冠様式か。SH3B12170001.jpg

そこから道路を渡り元の繁華街へ歩くとすぐに市役所。
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この塔屋がすばらしい。SH3B121800010001.jpg


玄関周りだけでも見事。
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天井の漆喰細工の美しさ。SH3B12230001.jpg

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素晴らしい装飾。


閉庁してるがギャラリーは開いてるので中へ。

ドアの装飾が素敵。
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妙に可愛いが何の文様?SH3B123300020001.jpg


床模様 SH3B12280001.jpg

天井の端々にも。SH3B12320001.jpg

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正庁
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脇階段も可愛い。SH3B12270001.jpg

綺麗なガラス。SH3B12260001.jpg


外観も工夫が多い。
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ある位置からは県庁も市役所も一緒に見えるポイントがある。
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塔屋も違う位置から見るとまた趣が異なる。
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本当に魅力的。SH3B124100020001.jpg

三件の立派な建物を楽しんでから、静岡市美術館へ行って、それから大阪へ帰った。
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旧羽室邸

先日、旧羽室邸を訪ねた。
昭和初期の北摂に生まれた和洋折衷の邸宅である。
原田城跡に隣接というより、それを含めた史跡公園の一隅に広がる、というべきか。
この辺りはわたしにとっては隣の小学校の学区で、中学の同級生たちの住まう場でもある。
今も地元にいる友人も多い。
わたしはこの辺りは小学校の頃、時に訪ねたりしたが、この界隈は瀟洒な和洋折衷の邸宅が多かった。それを見て回るのも楽しかったが、今はもう代替わりして、大方は社宅の集合住宅になっている。
実は、以前少しばかり怪談として書いたことのある、「猫屋敷」もこの近くなのだった。
無論その建物はとうになくなったが。

さてこの邸宅は元は羽室さんの持ち物だったが、今は地元の市の所有になり、文化財登録もされて、NPOのお世話で大切に守られている。
わたしの母はこちらのお子さんのどなたかと高校の同級で、昭和30年代当時から「素敵なお屋敷」として、憧れていたそうだ。
この町は少し歩いた駅前に、戦前には北大路魯山人の星岡茶寮の大阪店もあり、空襲で焼失したが、今も塀の一部が残されているようだ。
わたしも子どもの頃からこの辺りはよくうろついたが、変わりようの激しさにはため息が出るばかりだ。
古い話を知るものも本当に少なくなり、何もかも今は新しい人々の住処となって、新しい歴史を築き続けている。
そんな中に、この閑静な地にこうした邸宅が守られていることは、ただただ嬉しく誇らしい。

まだ始まらない。IMGP0376.jpg
ここを横目に見ながらまっすぐ。

玄関周り

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すぐ隣の和玄関
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洋玄関からはいる。IMGP0359.jpg

たたきのタイルは布と共に焼き付けられ、その触感を残す。
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洋間
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模型もある。IMGP0327.jpg

こういう合理的でおしゃれなところが素敵。
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こちらのお部屋もいろいろ工夫がある。
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和室へ
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茶室もちゃんと支度されている。
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竹を使った窓IMGP0341.jpg

和の楽しみもおこたりなく。
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窓の工夫が楽しい。IMGP0336.jpg

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欄間もいい。
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この廊下から庭の眺めがまたいい。
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緑の美、紅葉の美も共に楽しかったろう。
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暗室
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モダンな趣味の一室なのだ。
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今は雑然と物置にされているが、昔はハイカラだったろうことは品々からもしのばれる。
アイロン、ミシン、旅行カバンなどなど。
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上がれないが、二階も少し。
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ドアの形にしても面白い。IMGP0320.jpg

光も美しく入る。IMGP0321.jpg
これは先の和玄関の内側。

今はちょっとしたホールになっている、かつての応接間。
作り付けのソファなど。今日はパイプ椅子がたくさんあるので全体は写さなかった。
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サンルームもある。カーペットが敷かれているが。
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残っている家具IMGP0350.jpg

サンルームの床模様IMGP0352.jpg

緑の楽しみ。
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「眺めのいい部屋」IMGP0347.jpg

そういえばこんな工夫を見つけた。
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この暖炉も可愛い。IMGP0344.jpg

これらはガス灯IMGP0357.jpg IMGP0360.jpg

洋間から和室への切り替えがまた巧い。
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広がりを感じさせる。

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雨の日もこの廊下で物思いにふけるのもいいだろう。
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いい工夫。IMGP0358.jpg

外へ。
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家の外観。緑の繁茂で全体はわかりにくい。
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窓も外から見るとこんな感じ。IMGP0366.jpg

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ここからもかつてはとおれたのだろう。IMGP0364.jpg


庭の様子あれこれ。
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今となっては純粋階段WIMGP0370.jpg

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ああ、くつろげそう。
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灯篭は十二支。午のところ
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羽室邸の由来について
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本当に素敵お屋敷だった。土日開館。


久米邦武と能楽

「久米邦武と能楽」展の開催を知ったのは、日比谷図書文化館で「名取洋之助」展を見たからだった。
そこのリーフレットにこの宣伝が載っていた。
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久米美術館には数年に一度出かけるが、普段はあまり情報もないのでついついスルーしてしまう。
しかしこの企画はかなり私好みなので、早速出かけた。

「岩倉具視の能楽再興を支えた人物」という副題がある。
明治になり能狂言の諸流派がブラックアウト状態になった。そのために廃絶した流派もあるほどだ。
しかし六百年もの伝統があるものをそのまま廃れさせてはならない。
明治初期に岩倉使節団が各国でオペラやコンサートの饗応を受けた。
これが基になり、わが国でオペラに当たるものは、と「能」の保護が始まったそうだ。
そして明治13年、それまで「猿楽」と呼ばれていた能が、九条道孝の発案で「能楽」と改称された。

岩倉が「能楽」再興に邁進したときのブレーンが、使節団の随員で岩倉に近かった久米邦武だった。
久米は能の愛好者ということで、いろいろと尽力した。
彼自身にそうした基盤があったことが能狂言界に幸いした、と思う。
やはり久留米藩の上級武士の子だということが、その眼と心を養う力になったのだ。

当時、英照皇太后が能の造詣が深く、明治14年には芝公園に作られた紅葉館の能舞台に行啓されたが、それもまた皇太后の下賜金と華族や実業家らの協力で始まったものだった。
まず能舞台がなくてはどうにもならない。面と衣装と小道具も欠けてはならない。
そして、初日は皇太后の行啓があり、二日目は華族と関係者らの観賞があり、三日目からは一般公開されたそうだ。
そのときの様子を周延が得意の赤色を使って、錦絵にしている。
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展覧会ではそのあたりの資料がたくさん出ていた。
こういう企画は地味ながらとても楽しめる。
わたしはもらったリーフレットを手にしながら、喜んで眺めた。
またそのリーフレットがなかなかいいもので、これも嬉しい。

梅若実日記がある。字は読めないが、「これがそうか」という感慨がある。
苦難の中で生き抜いた能役者のナマナマしい日記なのである。
そして同時期の能狂言に携わる人々の悲しい「転身」の資料がある。
能狂言界で生きていられないために、生活するために、仕事を求めたのである。
周旋屋(不動産業者)、電気工事人、車夫、銀行員・・・芸が荒れることを、芸が廃れることを思って胸が痛くなる。
この明治維新後の危機の後に来た危機は、戦中戦後のそれだが、そのときは武智財閥の御曹司である武智鉄二と、鴻池財閥の次男・鴻池幸武らが協力して、なんとか伝統芸能を守ろうと私財をなげうっている。

特に武智鉄二は「断弦会」を主催し、多くの能狂言関係者や文楽の人々を庇護した。
戦後武智財閥が崩壊したのはそれでしょう、と盟友・八世坂東三津五郎にからかわれて、苦笑し負け惜しみを言う武智の姿がある。(武智・三津五郎共著「芸十夜」など)

能狂言は確かにアンシャンレジームの夢の欠片のようなものだったかもしれない。
しかしそれを滅ぼすことは、文化の放擲・破壊になる。 
同じことは現代の文楽にも言える。
文化を解さない権力者のためにそれを消失させては、後世までの悔いになる。
なんとしても守らねばならぬものがある。

さて展示品のうち、久米家に伝わる小鼓とその箱や扇を見る。
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箱も綺麗な秋草文様で飾られている。
久米家には仮設ながら能舞台もあり、その前に一族らが集まる写真も出ていた。
久米邦武の息子で画家の桂一郎はやはり能楽愛好者だったそうで、フランス留学中にも手元に数点能面を日本から取り寄せて置いていたという。
展覧会のリーフレットには、桂一郎の師ラファエル・コラン旧蔵の能面についてのコラムがある。
また桂一郎のお能の先生は川崎九淵だったそうだ。

雑誌「能楽」が並んでいた。表紙もなかなか凝っている。
「能楽」の「楽」の字が糸の「樂」ではなく、鼓の形をしているのが面白い。
こうした昔の雑誌の表紙絵を見るだけでも楽しめる。
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期待以上に面白い展覧会だった。7/22まで。

最後に、おまけをつけておく。

アンリ・ル・シダネル 

アンリ・ル・シダネルの展覧会を待っていた。
以前からその、静寂で、しかし穏和な世界に惹かれていたが、今回までその機会に恵まれなかった。何故かはわからない。
ル・シダネルの回顧展はこれが日本初なのだった。

メルシャン軽井沢美術館がその閉館の際に「アンリ・ル・シダネル」展を開催した。
わたしは美術館の入り口にまで来たが、時間がなく、見ることはなかった。
巡回があるからここではあきらめるしかなかった。
この記憶はたぶんずっと後にも続く。
ル・シダネル展とメルシャン軽井沢の閉館と夕暮れと。
わびしさと共に不思議な懐かしさがこれからもわたしの中で生きるのだ。

ル・シダネル展は埼玉近代美術館、えき美術館でも見る機会があったが、損保ジャパンまで待った。
この美術館は新宿の超高層ビルの上にある。
公園の中の埼玉近美でも環境はよかったが、この下界から少し離れた場でル・シダネルの世界を堪能する、その喜びを味わいたかった。
なんという贅沢な選択だろうか。

この展覧会は数カ所を巡回したが、手元にあるチラシを見ると、それぞれの個性があることに気づく。
(4カ所の副題がそれぞれ違うのが面白い)
「薔薇と光のフランス人画家アンリ・ル・シダネル 小さな幸せ」メルシャン軽井沢美術館
「薔薇と月夜を愛した画家アンリ・ル・シダネル」埼玉県立近代美術館
「薔薇と静寂な風景アンリ・ル・シダネル」えき美術館
「薔薇と光の画家アンリ・ル・シダネル フランス ジェルブロワの風」損保ジャパン

いずれにせよ「薔薇」はル・シダネルの世界から消えることはない。

最初に若い頃の肖像画が出た。
写実な絵だった。北川健次の写真を思い出す。
これは鉛筆で描かれているのだった。

2.エタプル
北フランスの漁村。

サン=ミッシェル教会 エタプルの青空の下で。
農家の庭 ミレー風な情景。
孤児たちの散策 大きい少女たちもいる。海岸の丘。わびしいような眺めだが、それでも荒涼感はない。
帰りくる羊の群 羊飼いの少女と、少年の親しい空気。

3.人物像 
主にブリュージュにいた時代に。

月明かりのなかの輪舞 象徴主義的な一枚。若い女たちの静かな輪舞。同じく若い女たちの輪舞を描いたものといえば青木繁のそれを思い出すが、あの激しさとは全く異なる。
青灰色の静かな世界は音すら存在しない。しかし厳しさのない、やさしい空間ではある。
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朝(モントルイユ=ベレー) 花嫁のヴェールをかぶった女性が両手を結んでボートに座している。対岸の木々には優しい光が射しかけている。これから幸せの旅に出るのだろうか。
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家族それぞれの肖像画がある。
妻カミーユの1904年の肖像、同じく1907年のヴェネツィアでのそれ、息子ルイ1900年の肖像、孫イヴォンヌの1930年の肖像がある。
油彩画と鉛筆画の違い、30年近い歳月の流れ、そうした差異はあってもいずれもやさしい愛情が画面に生きている。

座る女性 ミルクブラウンの女性。この色を見るといつもカリエールを想う。

4.オワーズ県の小さな町々
派手さのない、静かな佇まい。

月明かりのなかの教会(ビュイクール) 夜の静けさが好ましい・・・荘厳な神の家という趣はなく、その小さな町の人々の愛する、小さなよりどころ。

1904年に「運河(ムイ)」と題された2枚の作品が生まれている。
板絵のそれもカンヴァスに描かれたものも、どちらも共に静か。特に後者は「死都ブリュージュ」を思い起こさせる。それは灯りのせいかもしれない。
同じく「運河」であってもアミアンのそれは、ぼんやりして形をはっきりとさせない。
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夕日の当たる大聖堂(ボーヴェ) バラの家はもう薄暗い。欧州の田舎の夕暮れはきっとほかの地よりも早いのだろう、季節にかかわらず。
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5.取材旅行
旅をして光の表現を深くする。

コンコルド広場 1909年のパリ。夜、にぎやかな通りはずっと向こうに見える。そのにぎやかな中に入らず、それをにじませるように描き、遠くに眺める画家。

月明かり(ベルヌーヴァル) オスカー・ワイルド幽閉の地、だと説明があった。ああそうなのか。ワイルドはあの事件の後、とうとう表に戻ることはなかったのだ。
19世紀末の主役の一人、そして被害者の一人。

噴水(パリ) 1905年の噴水。与謝野晶子もこの噴水を描いていたように思う。噴水の水は今も変わらずあふれているのだろうか。にぎやかな時間帯なのに、どこか和やかに静か。

曇り空の夕暮れ(リジウー) モネの世界に似ている。はっきりとした夜はまだ遠く、しかし明るい昼間も既に過ぎている。色の混ざり合う空気、それが描かれている。

月明かりのテラス(ヴィユフランシュ) 青緑の、サファイアの、綺麗な画面。月明かりは決して白くはないのだ。

欄干(ヴィユフランシュ) 面白い構造。塀の上に欄干がある。

窓辺(モントルイユ=ベレー) 点描風な風景。世界の色は決して一色ではなくさまざまな色の集合体で形作られている。

サン・マルコ広場(ヴェネツィア) さすがに静かな風景を描くル・シダネルと雖もヴェネツィアの賑わいを消すことはできなかったのだ。そのことを少しばかり面白く思う。

広場(ブリュッセル) 夜の帳が降りた街。中庭を持つであろう建物が隙間なくみっしりと立ち並ぶ。
何組か歩く人がある。シルエットだけの姿。奥の光と手前の影と。
これは小林清親の絵にもある構図。
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6.ブルターニュ地方
青緑の美、サファイア、薄碧が多く使われている。

月下の川沿いの家(カンペルレ) 白い壁が浮かぶ。青灰色の夜。家の灯りは優しい金色だが、人の気配はない。

朝日の当たる道沿いの川(ブルターニュ) 細い並木が立ち並ぶ。柔らかな日がある。モネの細い並木とつながる道。
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この絵は原題を“Le Ruisseau au soleil levant,Bretagne”というのだが、別な美術館では「夕日」と紹介されていた。フランスのこの地方の日差しについてはわたしにはわからない。
朝日にも見えるし、夕日だといわれればそんな気にもなる。

月明かりの中の家々(ランデルノー) 明るく温暖な色調。水もまた柔らかい。
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7.ジェルブロワ
ここが「フランスで最も美しい村」になったのは、ル・シダネルの提案からだったそうだ。
薔薇に包まれた中世の面影を残すこの村は、ル・シダネルと村人たちの努力で活きたのだ。
1901年に移住し、1909年には「ジェルブロワ友の会会長」になり、1913年には「薔薇の会」の会長にも選ばれたのだ。家の前に立つ写真はカラーだった。これは手彩色ではなく何かしら工夫しているのか。

雪(ジェルブロワ) 椅子がぽつんぽつんと置かれる風景。
閉じられた鎧戸(ジェルブロワ) しかし灯りがぽつりぽつりと洩れている。
階段(ジェルブロワ) 1907年。静かな階段。庭に四段ほどの。モノクロに似た静けさ。
階段(ジェルブロワ) 1902年。雪の夜に。

離れ屋(ジェルブロワ) zen530.jpg
最初にこの絵を見たのは「えき」美術館でのひろしま美術館の名品展でだったと思う。一目見て「大原美術館で見た無人のテーブルの人だ」と思った。
名を失念していた。絵葉書を買い、帰宅して大原のそれと並べてみる。随分前に買った大原の絵葉書は少しばかり色褪せていたが、やはり美しかった。
このル・シダネルの自邸の離れを描いた作品は、大きかった。
建屋の周囲に咲くピンクの花は夜目にも柔らかく、その花が薔薇だと気づいたとき、甘い香りが鼻先をかすめていったように思った。

月明かりの庭 薔薇にあふれた庭園の中心に女性の胸像のついたモニュメントが立つ。柔らかな芝生と薔薇と。アーチをくぐってここへ来る。月明かりに照らされた像は顔立ちも判然とはしないが、楽しそうに思われた。

時間の推移を感じさせる二枚の絵がある。
「教会下の家、黄昏」と同じく「月明かり」である。先の絵は1934年、後のは1933年だった。月明かりの下ではそこは緑灰色で覆われていた。

8.食卓
人のいない、食卓。椅子にはきっと誰かの体温が残ったまま・・・

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遊びに行きたい・・・

薔薇色のテーブルクロスzen529.jpg
黄色い薔薇とテーブルクロスの愛らしさに惹かれる。

夕暮れの小卓(ヌムール) この絵を大原美術館で見たのだった。'80年代半ばから後半のある日に。
そして長くこの一枚しか知らなかったのだ。
だが、それでも満足していた。ル・シダネルに関心がないからではなく、この一枚の絵で幸せだったからだ。
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室内(ジェルブロワ) 絵と見るものの距離感がない作品。花瓶の赤い花は印象的だが、そんなにも存在感が強いわけではない。つつましく静かな夕食の折に、飾られた花。
窓の向こうは青と緑の薄闇が広がっている。
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自分もこの一室へ入れそうな気がする。

青いテーブル(ジェルブロワ) 背後の白い建物には可愛らしくバラが植えられている。
明るい昼間の1シーンのような。zen528-3.jpg


9.ヴェルサイユ
ヴェルサイユのばら、はここにもあった。

先般西洋美術館で見たロベールの愛したヴェルサイユの庭。そこかしこに見受けられる彫刻。150年後にル・シダネルはそれを優しい筆致で描き、80数年後の今、わたしたちはその喜びを味わう。

ランビネ美術館(ヴェルサイユ) 暖色系のやさしい絵は最晩年のもの。
和やかな気持ちになる、優しい絵。
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薔薇の花に覆われた家(ヴェルサイユ) 自分が実際に行くよりも、この絵の方が多分、本当に見たい風景のような気がする。
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月夜(ヴェルサイユ) 噴水の上に、ずっと上に、雲の切れ間に光る円い月。
月夜を執拗に描いた高島野十郎にも似た絵がある。
しかしル・シダネルの月夜には決して狂気も不吉さもない。
静かな温和な夜、それを照らす月。
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閉じられた鎧戸(ヴェルサイユ) 最後に現れたこの絵を見たとき、昨秋のメルシャン軽井沢美術館の様子を思い出した。もうこの展覧会で終わってしまう美術館。
閉ざされた建物が帰り際のわたしの眼に映った。
そしてその日わたしは同じ軽井沢のタリアセンにも出向いたが、夕暮れが深まっていたその時間、建物を見に行ったわたしを待つ妹と小さな甥っ子が、池の向こうにいるのが見えた。侘しさと懐かしさが不意に胸を噛んだ。
・・・・・そのときの心持が、この絵を見たときに、蘇ってきた。
7/1まで。

大和文華館の名品展

大和文華館の名品展の後期に出かけた。
前期も後期も本当に選りすぐった名品が集まり、とても楽しかった。
これまで見てきたものが配置もよく並んでいるので、ただただ楽しく眺める。
「観賞の楽しみ」というものを改めて実感する。
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「惜しい」のは自分の特に好きなものが出ていない、それだけ。
これはあくまでも嗜好の問題だから、とやかくいうことではない。惜しいと思っただけ。
しかしその楽しさが半減することはないので、やっぱり良い展覧会だった。
この名品展も今日で終わったのだが、ちょっとだけ記事を挙げることにする。
それでこれまでの画像を出してゆきたいと思っている。

一字蓮台法華経 市女笠の女もいた。「後期」とあるがこれは以前の展示のときの画像。
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寝覚物語 わたしが見たのは姫君がひじを突いて物思いにふけるところ。
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伊勢物語下絵梵字経 「筒井筒」などが白描で描かれていた。

柿本宮曼荼羅図 緑が濃い。歌塚もある。

日吉曼荼羅図 社殿のマーチのような・・・

平治物語絵巻断簡 これも以前から好きなもの。渋谷金王丸が振り向く。

小大君像 佐竹本の姫君。

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遊行上人縁起絵断簡 柳の前で踊る一団。例の絵巻とは別系統

山水図 伝・周文 左には舟をこぐ人もいる。

呂洞賓 雪村周継 吠えるおじさんとカメラ目線の龍がいい。
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花鳥図屏風 雪村周継 鳥の位置がいい。
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叭叭鳥 伝・狩野源七郎 談合する叭叭鳥たち。なんとなく聞いてみたい。

婦人像 桃山美人。着物は辻が花。目の吊った静かな婦人。
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婦女遊楽図屏風(松浦屏風) これを最初に見たときはやっぱり嬉しかった。今は色々とアラも見えたりしてきたが、それでも好きなのに変わりはない。
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阿国歌舞伎草紙 色んな阿国歌舞伎草紙を見たが、色合いの鮮やかさはこれが一番いいように思う。
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詞書の写しを書く。( )はわたしの書き込み。
「いかに阿国に申候 これハはやふるくさきうたにて候ほどに、めずらしき歌舞伎をちと見申そう 今のほとハ上るり(浄瑠璃)ときと言ふうたをうたひ申候さらば、うたひてきかせ申さんと、つつみの拍子打ち揃へてうし(調子)をこそうかかひ(伺い)けれ
わかこひは月にむら雲 花に風とよ
ほそみちのこまかけて思ふそくるしき
山をこえさとをへだてて人をも身を
もしのはれ申さん なかなかに
こうた(小唄)は夜なかのくちすさみとよ 
あかつきかたに思ひこがれてふく尺八は
君にいつもそふてう別れてのちハ
又あふしきとよ春さめのうちしをれてたるを見るにつけても
此春はかりにとよの・・・」

伊勢物語図式紙 宗達 芥川。やはり綺麗。きれいであること以上のものはない。

扇面貼交手筥 どこの面を見ても本当にいい。可愛い。
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金地山水図屏風 渡辺始興 金地に墨痕淋漓。こういうのもいい。

親鸞聖人剃髪図 田能村竹田 縦長の画面には里山が描かれている。少年が剃髪出家をするためにここへきたのだ。のどかな春を惜しむヒトビト。

梅華満開夜図 富岡鉄斎 祖父と孫のように見える二人が、梅の里で佇む。高士と侍童かもしれないが、この和やかな雰囲気は本当に優しい。

埴輪鷹狩男子像 可愛い~あの目が可愛い。鷹もいい。

臥牛飾陶硯 海のところにくつろぐ牛。飾り物だから摺れなくてもいい。

織部沢瀉文硯 色よりも装飾に惹かれる。
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色絵鴛鴦香合 仁清 かわいいよね~これはほんとに。

色絵夕顔文茶碗 乾山 配色の大胆さ、意匠のかっこよさ!ほしいわ~
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銅板地螺鈿花鳥文説相箱 小鳥が可愛い。これは文鳥なのかな。丸々してて可愛い。

沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒 光悦 何度見てもきらきら。鹿たちが可愛い。モダンな形をしている。
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鉄製蜻蛉文真形釜 経歴も由緒あって面白いけれど、とにかくこのトンボたちがドラゴンフライなのを実感する。


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中国・朝鮮・ベトナムなどの名品を見る。

秋塘図 伝・趙令穣 遠くのカラスたちがいい。物寂しげで心静かな佇まいが。
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雪中帰牧図 李迪 前回この模写をみて、初めて構図の具代的なところをつかんだ。今回はそれを思い出しながらながめる。静けさだけでないものを感じる。やはり古びがつくのとそうでないのとでは、違うのだ。

猫一家をみる。
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犬一家は前にとった写真から。
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・・・自己満足でも楽しい。

竹燕図 馬遠 燕も飛ぶものと語らうものとわかれるが、どちらも黒い頭が丸くてかわいい。

蝉形の細工物も好き。

黒漆輪花本 これは同型のものが韓国の北村美術館と言うところにあるらしい。

三彩立女 福徳円満な唐美人。
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白磁褐釉彩蓮池水禽文水注 蓮が可愛い。縁取りの中の世界。

白地黒花鯰文枕 二匹の鯰がコンニチハ~~

青磁合子 高麗時代の美品。非常に美麗な色合い。蓋はないのだが、それでも欠けることはない。

螺鈿葡萄文衣装箱 たいへん好きな長い箱。蝶々とハチがいるのもいい。朝鮮の螺鈿の美に溺れる・・・

今回はとにかく楽しむばかりで、目新しい感想は何もないけれど、やはり大和文華館の底力と言うものを感じさせられた。本当に素晴らしい。

継ぎは朝鮮美術の展覧会だが、そちらにはなんと東洋陶磁美術館の所蔵する高麗青磁の名品たる陶板が出てくるのだ。あれほど好きな高麗青磁の名品は他にない・・・
そちらも楽しみにしている。


屏風絵 大画面と立体感の魅力 

高島屋史料館で「屏風絵 大画面と立体感の魅力」展が前後期に分かれて開催されている。
前期・後期ともども素敵な作品が多く出ていたので、併せて感想を挙げたい。
なお作者名の分かるものと不明のものがある。
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高島屋はご存知のように呉服屋さんから出発した百貨店である。
皇室とのかかわりも深く、今も皇室アルバムなどの番組のスポンサーである。
そして高島屋当主はかつて代々「飯田新七」を名乗り、上方の日本画家を支援し続けた。
だから高島屋史料館の所蔵品を見ると、驚くほど多岐にわたって名品があるのだった。
今回はその中でも特に屏風に絞っての展示である。

最初に奥村土牛原画だという歌舞伎座の緞帳下絵がある。
白木蓮を描いたもので、この実物にはちょっと記憶がないが、いい絵である。

☆日本画
・吉田善彦 櫻 薄墨の枝に薄色の櫻。やさしい雰囲気がある。
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・山元春挙 富嶽の図 雄大。どーんっと富士がそこにある。伏見の飯田家・呉竹庵で使用されていたそうだ。
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・岸竹堂 龍 どこにいるのかが見えない・・・それはそれでいいのかもしれない。

・富田渓仙 風神雷神 琳派の風神雷神とは趣の違う、しかし可愛らしい二人組である。こういう風神雷神の二人組は空から落ちても地上で機嫌よく前棒・後棒を担いで働きそうである。

・松村景文 鹿 二曲一双 座して寝る牡鹿と立ってどこかを見る牝鹿と。若い鹿っプル。

・松村景文 鹿 四曲一双 襖を仕立て替えした屏風。
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・島成園 お客様 夏祭りの頃の大阪の商家。小さい姉妹が来る。妹は稚児輪を結うている。姉妹はそれぞれ綺麗な着物を着て、ちんまり座っている。胸元には共に筥せこがある。なつかしい大阪の風俗である。昭和4年。お菓子もきちんと出されたお客様。
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・川端龍子 潮騒 かもめもいる。どーんっと雄大。龍子の絵はいつもその場を飲み込む。

・西村五雲 崖にトラ ガオーッと力強い。

・上田萬秋 孔雀 墨絵。堂々とした孔雀。広がる羽。ショーの主役、という風格がある。

☆美術染織品
・雪の金閣寺 刺繍ではなく染織だとわかっているが、それにしても手の込んだ綺麗な風景画である。大きな図で、外人から見ればいよいよ荘厳に見えるだろう。
明治24年、例の大津事件で明治天皇がニコライ皇太子にお見舞いの品を贈った。
高島屋はそれを請け負ったのだった。
・ 芥子に蝶 綺麗。白とピンクの芥子の花に蝶々がひらひら。やさしい。
・ 小溝一夫 蝋纈染屏風 菊などの連続パターンを段々にしている。
・ 野口真造 田の四季 ちょんまげの人々が楽しげに働く農村風景。猿回しも来た。いねこぎもする。可愛い村人たち。
・ 金地草花文 白牡丹、赤い花、花菖蒲、アオイ、水仙、朝顔、などなど入り混じる。

☆下絵
・都路華香 水辺雨鷺 たくさんの鷺が待機中。雨で羽がぬれるのがいや、というわけでもなさそうだが。14羽いた。飛んでゆくのは3羽。芦辺の鳥たち。
・ 波に獅子 にゃーっギャオーッ・・・な獅子たち。
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・ 薔薇図 カクカクした薔薇たち。ピンクと黄色の花。♪薔薇のマークの高島屋
・ 罌栗図 近代日本画というより大和絵風な趣がある。線の微妙な揺らぎがある。いや、もっと言うと白土三平の描くようなコクリコ。赤白の花。
・ 神坂雪佳 光琳風草花 下絵だが、アジサイなどはいかにも雪佳らしい色が出ている。キキョウにタチアオイ、という花の集いは確かに琳派。ユリも可愛い。
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・ 四季草花図 牡丹と叭叭鳥、白鷺に木賊と花、紅葉と鹿、南天にキンケイと水仙。こういう取り合わせは楽しい。そして面白いことに、これは春夏秋冬が対になっていて、叭叭鳥vs白鷺、白鹿は隣の赤い南天を見る、という構図でもある。
・ 長閑麦畑 麦にタンポポ、菜の花、その穂の上でヒバリが驚いたように飛び上がる。可愛い。こういう風景は確かに昔あったろう。
・ 井口華秋 藪中南天に鵯 南天の赤だけが鮮やか。シルエットの笹もある。ヒヨドリは竹林の中。スミレも少し咲いていた。

☆雛形屏風
・川岸の桜・春景色 可愛らしさが先にたつ。絵がどうのよりも、それがまず最初。
・ 池に鯉・池・鯉 ヴァージョンがあるのが面白い。可愛い絵。ハスの咲く池。
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・ 尾長鳥(孔雀)・花車 尾長鳥(孔雀)とあるが、実のところ「白鳳凰」にしか見えん。白い朴が咲く。また花車の豪華さがいい。狩野派のような絢爛さ。木蓮、椿、ひまわり、朝顔、墨牡丹などなど・・・
・ 百合(3点) 山百合と白百合、姫ゆりの群れに黒百合ひとつ、あふれるユリ群・・・鉄砲ゆりに黒百合も3本咲く。可愛くて仕方ない。ぴっぴっと咲くのが愛しい。
・ 富士遠方・山水 春から冬へ。塩谷文鱗風な絵。

こういう展示を無料で開催してくれる高島屋史料館には、ただただ感謝の念が湧くばかり。
ほんと、いいものをいっぱい見た・・・

茶碗と名碗をみる 湯木美術館/樂美術館

6/24までの茶碗の名品展を二つ見る。
大阪の湯木と京都の樂と。

湯木美術館の「名物記に載せられた茶碗と名碗たち ―高麗・樂・国焼を中心に―」2期展に出かけた。1期にはうっかりと行き損ねてしまった。
今年湯木美術館は開館25周年ということで、所蔵の名品を惜しみなく展覧してくれる。
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松平不昧の『雲州蔵帳』、鴻池家の『茶器名物図彙』、高橋箒庵の『大正名器鑑』、そこに現れる茶碗たち。
実際そこに出ている名品が湯木コレクションの中枢をなしているのだが、今回は特に茶碗を厳選して展示している。
ケースごとに短く感想を書いてゆこう。

1.
禾目天目 綺麗。長時間に亙り星の動きを撮影するとこんな風になる、と思う。
高麗青磁雲鶴文筒茶碗 象嵌の雲鶴がいい。色の濃い青磁。

2.
瀬戸唐津茶碗 銘・郭公 「雲州蔵帳」所載 目跡4つ。三日月形の釉切れがある、と説明されているが、紡ぎに見える。
色絵武蔵野文茶碗 仁清 さわさわさわさわとススキが生え、それに白釉薬掛け流し。まるで上品な甘いせんべいのようだ。

3.
黒樂平茶碗 道入 その平たい見込みに面白い継ぎが走っている。地図の「桑畑」の印のような。そして金色の星々がきらめく。平茶碗はノンコウから始まったのだ。

4.
井戸脇茶碗 銘・長崎 「大正名器鑑」所載 長崎とは医師の姓。茶溜りのところに水色タイルのような釉の集まりがある。
御所丸茶碗 銘・由貴 白に白刷毛の白々しい茶碗。銘は耳庵による。

5.
御本茶碗 銘・ねじぬき 高台が高い。高台の内側から腰に掛けての渦巻きを「ねじぬき」と見立てた。力強いねじ抜き。妙に可愛い。
絵御本雲鶴文筒茶碗 呉須でサッと描かれた雲鶴文。「ああ呉須やな」と思って解説を読むとやはり呉須だった。こういうところから目を養い、ものを覚え、楽しませてもらうのだ。

6.
赤樂茶碗 銘・三井寺 道入 熟柿のような色合い。わたしは熟柿は食べたくないが、関西の古いご婦人方は熟柿が好きだというのをよくよく実感する。
それどころか熟柿好きか否かをちょっとした判断基準にしてみたり・・・
これはさすがに熟柿に似てるだけあって、光らない。
黒樂茶碗 一入 馬盥型。キラッと光る。
黒樂平茶碗 宗入 もっちゃりしている。「初代に返れ」のひとだからか。
赤樂茶碗 槌の絵入り 左入 「茶器名物図彙」所載 これも200碗の一つ。

7.
色絵扇流文茶碗 仁清 「大正名器鑑」所載 これは永樂保全、道八、眞葛長造らも写しを拵えていて、とても人気が高い。その本歌。この茶碗は以前この湯木美術館のチケットの絵に使われていた。
銹絵山水文茶碗 乾山 深省サインかどうかは忘れた。「天賦山林楽晩年」と書かれている。
こういうココロモチには到底なれそうにないが、見るぶんには最近は好ましい。
雲堂手写茶碗 永樂保全 前から好きなもの。絵よりも色がいい。
安南写蜻蛉手茶碗 永樂保全 トンボがぼやっと。こういうのを絞り手として珍重したらしい。わたしはやきものは濃いダミなのが好きで、どうも呉須もこの絞り手も古染付もニガテなのだった。
仁清写茶筅売文茶碗 眞葛長造 「香山」印のついたもの。晩年の作らしい。茶筅売り。売茶翁ではなくにか。

8.
宋赤絵馬上杯形茶碗 連続文様が可愛い。金~元代だというのも納得。
井戸平茶碗 目跡4つに指跡2つ。小皿風で可愛い。

9.
銚子 古清水花文 これは以前からとても好きな銚子で、隙間なく華やかなもの。

小さい美術館だが、湯木はいつ来ても満足する。
3期は6/27~7/31。


樂美術館に行く。秘蔵品、初公開品といわれる名碗が出ているというのでテクテクと。

長次郎 黒樂 銘・勾当 渋い黒樂。どちらかというとニガテ。星の入ったような樂が好きなので、この渋さがよくわからないのだ。

わたしは樂十五代のうちでは三代目の道入、通称ノンコウがとにかく好きで仕方ないので、ノンコウのきらめく黒樂にときめいてしまう。

だから今回も目を転じる度にノンコウのこしらえたものを「見てしまう」のだった。
この幸せ感はこたえられない。

そのノンコウの作品を見る。
筆洗形黒樂 四隅が三角耳にとがっているように見えて可愛い。猫形ではなくバットマン形。きらきらしてきれい。

次にほかの代の作品を見る。

六代目 左入 赤樂 銘・カイカウ 開口という茶碗。外側の胴回りに指押しでへこんだ部位がある。そこがいい景色になっている。
これは左入200のうちの一つ。

七代目 長入 黒樂 どっしりキラキラ。

十代目 旦入 一入 朱釉黒樂 150回忌に拵えられたもの。不思議な色合いでムラムラな茶碗。ちょっとグロな風に見える。

二階へあがる。ここの美術館は面白い構造をしている。気分の切り替えがある。
また今回も引きつけられたものはノンコウの作品だった。

ノンコウ 葵御紋茶入 平べったく蓋が大きい。一見したところ干し柿のように見え、妙においしそうだった。干し柿を上から圧したような。

ほかの可愛いものを見てゆこう。
慶入 青磁蓋四方香合 上から見ると四角をずれ重ねて置いて、それをポイントにしているのが可愛い。色もきれいな薄青。

旦入 虎香合 小さい虎が蓋にいる。黄色と黒のシマシマがちゃんとある。とても可愛い。

一入と宗入の獅子香炉が対として展示されている。
赤の一入、宗入の黒。可愛い獅子二匹。四つ足を踏ん張ってガオ~ッッ うまいこと対にしたものだ。

最後に今回初公開の秘蔵品を見る。
長次郎 黒樂 銘・万代屋黒 利休の女婿に伝わったそうだ。重い、とても重く感じる。

ノンコウ 黒樂 銘・唐衣 胴に黄ハゲ釉が二つばかりふっくら斜めに走っている。 
可愛くて可愛くて仕方ない。
じっくりと目で撫で回して溺愛した。

一入 赤樂 銘・むかしばなし 小大丸伝来の一品。筒形で大きい。

楽しく眺めた。やっぱりノンコウが一番好きだが、歴代の名品はその存在感が大きい。
6/24まで。

浮世絵師 渓斎英泉

千葉市美術館「浮世絵師 渓斎英泉」の前期に行った。
英泉はほかの浮世絵師に比べて、わたしは知るのが遅かった。
杉浦日向子「百日紅」に出てくる池田善次郎、石川淳「至福千年」の台詞「英泉ゑがくなんざ子供に毒だぜ」、それでわたしも「英泉という絵師がいたのか」と知ったのだ。
作品はよくよく考えれば、風景画を見ていたが、はっきりと認識していなかった。
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英泉の本領は美人画にある、という。
ところが「英泉ゑがくなんざ子供に毒だぜ」の言葉のせいでか、英泉の美人画を本当に見るまでにちょっと時間がかかった。
彼の美人画を見るようになった頃、皆川博子「みだら英泉」が上梓された。
いいタイミングだった。
皆川に導かれるようにして、その「みだら」な英泉の女たちを見てゆくことになったのだ。

1.初期の美人画とその周辺
最初の師匠は菊川英山だが、その影響下にあるから長身美人がたくさん出ていた。
英山は気の毒に全盛期が短かったが、その美人画をみると、むしろ昭和後期の少女マンガのような美人が多いように思った。

英泉の子供絵がある。「子宝五節句」として端午の節句を描いている。子供らがとても可愛い。

文政年間の絵がなかなか面白い。
両国夕涼の図 紅が目立つ。
隠呼 インコ。赤い。これも紅が強い。

横笛吹く若衆 牛若丸の見立てか、色子かは不明。フフフ。美少年を見るのは楽しい。

倣玄宗吹笛の図 玄宗と楊貴妃がいちゃつく姿。牡丹をバックにしているのは少女マンガのようで楽しい。

倣返魂香の図 いろっぽい二人。

肉筆画もあった。
大原女 桜咲いている下で。この頃は実際に見たとは思えないから、円山派の絵などで勉強したのかもしれない。

役者絵と武者絵がある。しかしそれよりもやっぱり、あぶな絵に魅力がある。
仲良しさんなふたりの最初の図を見るだけで、観客を引き込む力がある。
これについては前述の石川淳が丸谷才一に言った言葉を、丸谷が記している。
要約すると、誰のよりも英泉の春画は見るものを欲情させる、それが目的で描かれていると言うようなことだった。
20年ほど前に読んで、それ以来見る日を期待しているが、清く正しく美しく(はぁ?)生きているせいでか、いまだにまともに見る機会がない。
(なくてもいいのだが)

舟中の男女 こういう距離感がたまらなくいい。雪見舟の風情もいい。
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他にも鏡台前の男女、炬燵の男女、鏡の中の男女、とヴァリエーションは変わっても親密度は変わらない絵が並んでいる。

納涼の男女 これは礫川美術館で絵葉書を手に入れた。
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2.英泉美人の流行
この頃から短躯に、笹紅の下唇からのぞく前歯、手の甲・足の甲もふっくらした、ねとねとするような妖艶で、生臭いほどの女が現れる。

秋葉常夜灯 コウモリ飛び交う時間帯。三人の女がいる。足元のわんこが可愛い。

ここからは連作ものがずらりと並ぶ。
「青楼七軒人」は廓の花魁たちベスト7。それぞれの個性が出ているのが興味深い。
むろん実際のところはわからないのだが、絵で見る限りはみんな違う女たちである。
後れ毛の多い女、唇を前歯でキュッと噛む女、長襦袢の襞裾がいやらしいのもいれば、今からランチにでも行きそうなのもいる。

後に英泉は女郎屋の親父になったが、観察眼は鋭かったろう。
わたしは子どもの頃ビッグコミックで連載していた石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」が大変好きで、少し大人になってから本を揃えて、今も再々読んでいる。
あれは吉原の始末屋の話だった。あの作品が私の遊女観の基本を成している。

このコーナーの女たちを見て回っていると、それこそ「吉原細見」の図像版をみて、冷やかして歩く遊冶郎になったようなココロモチがする。

そしてここの終わりに参考図として、国芳の「日本奇人伝」があった。
国貞・国芳・英泉三人の姿が描かれている。ハゲの国貞、飲む英泉、猫といる国芳。

3.風景画の時代へ
大量に作品がある。
このうち「木曾街道」をどうも無意識のうちに見ていたらしい。
わたしは子どもの頃から家にある広重の「五十三次」を見ているが、そこから興味が湧いて、昔の風景を描いた画集を図書館で見ていた。それがどうもこれらしい。
認識もせず、ただただ見ていただけだが、楽しかったように思う。

江戸名所尽、東都名所のシリーズの中では特に静かな風景のものがよかった。
浅草寺の雪、不忍池のまだ咲かない蓮など。
簡素な線描で描くからこそ、生まれる叙情性。

東都両国橋夕涼図 すごい大混雑の中だが、ちょっと目を凝らせばイケメンが色々いる。

江戸八景も面白い。あちこち見て回ると、たばこと塩の博物館で見たものがちょいちょい出てくるのもいい。

雪中山水図 これは浮世絵の範疇かにはずれて、水墨画の山水画のような風情がある。
面白味にはかけるが、静かな心持になる絵。

4.江戸名所・名物と美人
宣伝画の側面もある。
名所にひっかけて美人の色んな様子を描いている。
また神社仏閣を描いたものを見ていると、自分の定宿近くのもあり、なんとなく嬉しい。

高名な料亭と美人画のシリーズもたくさん出ていた。
こういうのを見ていると、自分の好きな時代小説や芝居の世界がまざまざと蘇ってくる。
それだけで楽しくてならなくなる。

5.肉筆美人画
見立女三の宮図 ねこ~~!
四季美人図・秋 わんこ~~!

他にもあるのだが、どうも猫やわんこばかりに目が行った。

6.摺物の世界
これらは施主がいるから自在な絵ではないのだが、それはそれで面白い。
「多歌羅婦祢 弾初」弁天さん(音曲の神様)と一緒。
「向島名物桜餅と今戸人形」竹皮包みの桜餅。
「名物裂帖と福寿草」富田裂などが描かれている。

7.契情道中双六(ロクは女扁に録のツクリ)
これは描いてもらうことが花魁たちのステータスになったそうだ。
だから何人か他の絵師でも見ている花魁たちがいる。当人か二代目かは知らないが。
五十三次にしているのが面白い。

8.藍摺りの世界
染付を愛するのと同じ心持で眺めた。
ただ、特定の作品がどうのというのが出てこない。
色の綺麗さを楽しんだのだ。

9.活躍の広がり
色々な作品がある。

忠臣蔵を描いている。これらも見ているが、やはりいいものはいい。
絵師それぞれの腕の見せ所だと思う、この忠臣蔵だけは。
五段目の定九郎がひどくかっこいい。

おもちゃ絵もある。こういうのを見ると楽しい。

10.版本

瀬川如皐(2代)と組んだ「鼎臣禄」の挿絵がかっこいい。
洗い髪の女がなにやらかっこよくて、太郎坊を獄中より奪う図がまたドキドキする。
こういうのをじっくりと活字体の本で楽しみたい。
馬琴の八犬伝もある。柳川重信の後をついで描いたのか。

こうして眺めると、幕末の人気絵師だということがよくわかる。
おおざっぱな感想だが、楽しかったキモチだけは伝えたいと思う。
7/8まで。

浮世絵猫百景 前期

浮世絵ではとにかく猫が大活躍する。
犬はフツーに犬だが、浮世絵の猫は時にはヒトの代わりにいろんなことをして見せたり、猫らしい姿を見せつつも、主役であるはずのヒトより目立ったり、というおいしい役どころを担ったりする。
江戸時代の人々がどこまで猫好きなのか推して知るべし、というのが浮世絵の猫絵なのだった。

猫の浮世絵を最初に見たのは、やっぱり国芳の「猫飼好五十三疋」あたりかと思う。
そして大仏次郎記念館で彼が集めた猫の戯画を見たときも楽しかった。
近年には「にゃんとも猫だらけ」として平木浮世絵財団所蔵の猫絵を集めた展覧会を見て、大いに喜んだ。
そして今回は太田記念美術館で「浮世絵猫百景 国芳一門ネコづくし」展が二ヶ月にわたって開催されている。
今日はその前期分の感想をちょっとばかり書く。

国芳はヒトも知る猫好きで、一時弟子だった暁斎の描いた国芳画塾の図でも、国芳は懐に猫を入れて絵を描いていた。その弟子たちも師匠の衣鉢を継いで、明治の世になっても「新版 猫の学校」「新版 猫の温泉」などを描いていた。
明治になって猫の絵は減ってしまった。
浮世絵が減ったことも原因だが、やっぱり絵の猫たちは江戸時代の方が暮らしやすいらしい。

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今回のチラシはとにかく面白い。
実は三種類くらいあるらしいが、残念ながら私はこの一枚しか手に入れられなかった。

第一景 猫百変化

肉筆画の猫たちを畳の上で眺めると、その場にその猫がいて足元で転げているような気がする。猫はやはりいとしい。

床に下りて、まず国芳の「猫の当字」を見る。
大体このシリーズはどの字を見ても「国芳うまいな~」&「猫、かわいいな~」の感想で終わってしまう。
猫たちは器械体操にいそしむかのように体をくねらせて猫文字を作る。案外まじめにやっているのが伝わってくる。
そしてちゃんと「かつを」なら鰹が、「たこ」なら蛸が、「うなぎ」なら鰻が猫たちの間に登場する。
今回は「かつを」と「たこ」を見る。
外人のお客さんが懸命にメモを取っていた。

弟子の中でおもちゃ絵と新聞絵に特化したのが芳藤だが、その芳藤の「小猫をあつめ大猫とする」があった。楽しいし面白い。この機知がまたいい。
師匠の国芳は「人集まって人となる」シリーズを持っているが、あれより猫のほうがいい。

国芳の戯画をみる。
「流行猫じゃらし」類品がないそうで、これはお座敷遊び図。客・芸者・幇間の三者の表情やしぐさが楽しい。
「流行猫の曲鞠」は近年の展覧会でニャビゲーターとして出没していた。国芳は浅草奥山の細工見世物のビラや曲芸のビラを多くこしらえているが、本当にこれも楽しい。
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また役者絵を禁じられたので、それを猫や魚に仮託して描く、ということをも国芳はやってのけている。
「猫の百面相」などはその意味で二重に面白い。後世の我々でもそうだから、リアルタイムの人々はいよいよ嬉しがったろう。

「双蝶々曲輪日記 角力場」の団扇絵もある。
顔は役者の似顔なのだが、背景の四股名が笑いそうになる。
首ノ玉鈴音、猫ノ尻才槌、三毛渕咽鳴・・・あのなあww

国芳もやう正札附現金男・野晒悟助 この絵は一見普通の侠客のかっこいい絵に見えるのだが、着物の柄がどくろになってる猫たち、なのが愉快。
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芳年の師匠の肖像画もいい。「ヒラ」と呼ばれたヒラべったい?顔の師匠と猫の2ショット。
やさしい表情をしている。

弟子たちも大勢いて、彼らも職場に猫が多くいたものだから、猫嫌いではいられなかったろう。
そういえば、取引先のさる職場では本当に猫が飼われている。そこの所長が猫がいなくては生きてゆけないヒトなので、事務所にちゃんと猫の席が支度されている。
随分前にミスで叱られる電話をしてる最中に、何故か猫の話が出た途端、所長さんは猫好きな私がお気に入りになったのだった・・・

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第二景 猫の一日 遊んで眠って叱られて
たしかに。
猫というのはそうでなくてはいかん。うちの猫「北摂タビノスケ」もそうだ。

春信、湖龍斎ら先達の猫が登場。
このあたりの猫は中国絵画の猫のポーズに典拠を求めたのかも、と思うようなのもいる。
いや、全世界共通で猫は可愛いからな~埃及の聖なる猫も可愛い。
空摺りで猫の毛を表現するのもいい感じ。

子猫をだっこする美人、裾で猫が戯れるのを眺める美人などなど。
猫の体温までこちらに届きそう。
国芳「山海愛度図会」、芳年「風俗三十二相」などにも猫と美人の2ショット図がある。
見ているうちに、キモチはその描かれた美人たちと同化してくる。
みんなとろけそうな目で猫を見ている。
尤も、わるい猫には美人も叱りつける。それがまた楽しい。

小林清親 猫と提灯 これも最初に見たときから好きな絵。この手の柄はカツギというのだったか、背中はキジで、いかにも利かん気な猫で、見るからに可愛い。
「こら、提灯破いたらアカンでしょ!」と叱り付けても、やっぱりビリビリ・・・
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一番近代の猫もいた。
高橋弘明の「猫」昭和6年。リアルな表情。すっとぼけた顔がいい。

第三景 猫のおばけ
正直なところ、子供の頃から化け猫話が大好きである。だから「化け猫映画を見てから猫が怖くなった」というキモチがわからない。入江たかこが化け猫女優として活躍してた昔、わたしもそれを見ていたらよけい猫が愛しくてならなくなった可能性がある。

国芳 五十三次岡崎の場 この大化け猫の目が怖い。
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チラシは背景を黒にしたからよけい凄みが出た。この大物もいいのだが、とりあえず豆絞りをホッカムリにしたり向こう鉢巻にしてる猫がすばらしくいい。
近年の府中市美術館の国芳展ではこの鉢巻猫が「猫もがんばってます」として現れて、そのけなげな可愛さにアタマをどつかれてしまった。
相棒のホッカムリ猫はukiyoeTOKYOでプリント化されてクッションになり、それが欲しくて欲しくてならなかった。
共によく働く可愛い化け猫。IMGP0309-1.jpg IMGP0308.jpg


国貞のばけねこも可愛い。これは鍋島の化け猫騒動の芝居絵らしい。小さい頃、鍋島の化け猫の話を聞いて、「なんと主人思いのケナゲな猫たち」と涙ぐんだものだった。
がんばれ化け猫!

周延も鍋島の化け猫を描いている。人口に膾炙した化け猫たち。

第四景 猫は千両役者
舞台のあちこちに出没したり、自ら演じたり。

国貞の「金瓶梅」を日本に置き換えた芝居絵が面白い。安政六年(1859)の暮れにはこんな芝居もかかってたのか。作者が誰かは調べたらわかることだが、とりあえず楽しい。

国芳「流行猫の戯れ」が色々。これは絵も面白いが、ちゃんとクドキも元の芝居に沿っているから、芝居好きにはたまらなく面白いパロディになっている。

だが、今では上演されない芝居もあるので、これを楽しむのは解説の手助けがなくてはならない。

第五景 猫の仕事・猫の遊び
実際のところ、猫の仕事とはなんぞや。虫や鼠から何かを守る、それか。うむ、それくらいしか思いつかない。猫の手も借りたい、とは言うもののあの可愛い肉球を見てると「・・・なんにも働かなくていいのだ。もっとわるいことをせよ」とついつい思ってしまう。

芳年「猫鼠合戦」などは海外にもわかりやすい題材だと思う。トムとジェリーは永遠のアイドルだ。

国芳の他の弟子たちも、時代が変わってもやっぱり猫を描いている。
それらを見て回って楽しいなと思っていたところへ、猫をかたどった人形やおもちゃが出てきた。
主に土人形などである。
以前に横浜の大仏次郎記念館でも見かけたような猫の郷土玩具が色々。

花巻人形、伏見人形、大阪練り物など色々。
みんなとても愛らしい。
ナゾな猫のゲーム盤もあった。
ここにはないが、住吉大社の「初辰さん」の猫もいればいいなあ。あとは豪徳寺の招き猫も。

第六景 猫の事件簿
物語の現場に猫がいた! ということ。

二代目歌麿「見立女三の宮」をはじめ、国芳・国貞らの見立て源氏絵はほかでも色々見ているが、たしかに源氏物語では猫がかなり重要な役割を果たす。
浮世絵になると、その見立ても以後の悲劇の発端ではなく、可愛いポーズになるばかりだが。

ああ、それにしてもこういうのを見ていると、図録を早く買わねばと反省する。
後期を見るまでは、と思っていたのだがこれでは後期展が始まってすぐに図録もなくなりそうである。
以前に見た「にゃんとも猫だらけ」のコンパクトな本で満足してたが、やっぱり欲しい。

第七景 猫のまち
萩原朔太郎「猫町」とはまた違う猫のまち。
明治になって絵のタイトルに「新版」または「新はん」とつくようになる。

猫の擬人化は楽しい。
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ねこの温泉(銭湯)は猫のかわいさを楽しむだけでなく、明治初期の風俗をも併せて楽しめる。
当時の人々もこの大判錦絵を大いに楽しんだろう。

温泉だけでなく嫁入り、ままごと、軽業、花見、学校などなど。
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わたしも楽しくてわくわくする。
やっぱり浮世絵は楽しいものがいい。

第八景 猫の絵本
絵本というても可愛らしいものではなく、春本や読み物系の本。

国芳はわ印では「程好」の名乗りを挙げているが、その時もなぜか猫がいる。
カップルが仲良くする中でも猫がいたりする。
そういうのをデジタルでもいいからじっくり眺めたいものだ。

仮名垣魯文と芳虎が組んだ読み本も面白そうな挿し絵に物語だった。

長谷川小信の「猫そうし」もある。
ちりめん本まであった。この実物を見るのは、今はなき児童図書館以来。明治の半ばに外人向けに作られた「日本昔話絵本」。
「しっぺい太郎」が出ていた。霊犬が悪猿を倒す物語。猫はどこ?と思えば、絵の奥にいたみたい。

色々楽しいものを見た。
前期は26日までで、後期は30日から7/26まで。
たくさん入れ替わるから、後期も楽しみ。

静嘉堂文庫 至高の中国絵画コレクション

静嘉堂文庫は今年節目の年で「受け継がれる東洋の至宝」として企画が立てられている。
今は「東洋絵画の精華」の後期「至高の中国絵画コレクション」が出ている。6/24まで。
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近年は水墨画を始めとした中国絵画に強く惹かれるようになってきた。
これは昨年から今年初めの関西でリレー形式で行われた「関西 中国書画コレクション展」で大いに目を開かれたおかげだった。
それ以前からだんだんと啓蒙されてきて(古い言葉だが、本当にそういうのがふさわしい)、そこへあの大々的なリレー展が来た。
今では中国絵画を楽しむことができるようになり、面白い日々が続いている。

岩崎コレクションのラインナップを見ていると、関西で見知った画家たちの作品が多くあり、初見の作品であってもなにやら慕わしい、懐かしい心持になる。
こうしてまた新しい喜びを知り、それが深まってゆくのを楽しいと思う。
幸せの種は尽きないものだ。

南宋から元・明・清へと時代が下がってゆく。その流れを見るのもいい。

「再現性で自然を表す」と解説がある。リアルな描き方という意味だろうかともう一度絵を見る。

風雨山水図 伝・馬遠 切り立った崖、枝のしなる松、細い小舟、岩の重み。
山水図 伝・夏珪 汀の草の表現。
楼閣山水図 孫君沢 先の松に似たその木の下での、しっかりした建物での対話。

室町時代の水墨画が、これらの絵から受けた影響の大きさについて、改めて実感する。
先般、泉州の正木美術館で見た「古代礼賛中世憧礼賛」での室町水墨画は、たしかにこの世界を先祖にした、と感じるからだ。
南宋という時代は、絵画とやきものとを日本に運び、その美意識を高める役目を担ったのだった。

羅漢などを見る。
羅漢図 牧谿 すごいツリ目である。寝ているようだが、眼を開くと案外普通の眼になるかもしれない。 
寒山図 虎厳浄伏題 筆もって笑っている。相棒はいない。案外こざっぱりしたナリである。
羅漢図冊 雪庵 何番目の尊者が知らぬが、にんまりしていたり、じーっと黙るものがいた。
十王図・2使者図(第一秦広王) 孔雀の羽根を冠につけた女二人は補佐官か。
最近は「鬼灯の冷徹」にハマッているせいか、十王図を見ても「お疲れ様です~」な心持になるのだった。

元の絵画を見る。

文殊・普賢菩薩像 伝・張思恭 文殊の青獅子は獅子飼いに向って「ニャーッ」、普賢の白ゾウはゾウ使いにニコニコ。両菩薩はおじさんの態を成しているが、普賢は手に蓮の花を持ち、文殊はなにやら細い棒を持つ。左右対称の構図に近いのは、真ん中に本来は釈迦如来図があったから。その頃は東福寺で三幅対だったのだ。
元代の絵だけに、装束も華やかな「異国風」に見える。
獅子飼いもゾウ使いも共に色黒なのは「崑崙奴」を思わせる。

四傑四景図「妻不下機」 謝時臣 明・嘉靖30年(1551) 旦那が帰ってきても「おかえり」と迎えることなく、懸命に機を織って働く図・・・。タイトルも「妻ハ機(はた)カラ下リズ」とあり、なにやらワケありな様子を描いたもの、らしいのだが、わたしの眼にはどうも「遅くなって帰ってきた旦那に腹を立ててる奥さん図」にしか見えない。現にこのタイトルも「妻不機嫌」と打ち込んでから「嫌」を抜かし「下」を入れたのだ。
絵もションボリしてる夫に知らん振り奥さんの図で、旦那を無言で励ますというよりも無言で苛む奥さんにしか見えない。また旦那の荷物もまだ外だし。
この故事を知らないからそう考えるのだが、案外本当のところも・・・

追記:ツイッターで教わったが、「妻不機嫌図」で正しかったみたい。つまり遊説して帰ってきても家族皆さん知らん振りだったとか。それで奮起してがんばったとか云々。
でも言わせてもらえば、このヒトは奮起が成功したけど、夢見すぎて家族にメーワクかけるオヤジって大昔から今に至るまで後を絶たないねえ・・・


月梅図 劉世儒 若冲もこうした絵も手本にしていたかもしれない。
枝ぶりや月の位置がいい。

荷花図 陸治 蓮と奇岩の図。白蓮とほんのりピンクの蓮と。葉の裏向き加減がいい。

秋景山水図 李士達 万暦46年(1618) リーフレットの表紙を飾る。あずまやで楽しそうに語らう二人。霧が出ていて、ちょっとひんやりしていそうである。話に夢中で帰る時間も忘れている。そんな雰囲気がある。

秋景山水図 藍瑛 崇禎11年(1638) 貫名海屋の跋文と谷文晁の模写とがあった。似せてはいるが、やはりそれぞれ別な絵と言う感じがある。
正直なところ、原本をみたとき「・・・雰囲気的に親しいような」と思った。つまりこの絵は喩え初見であっても、その世界に馴染みがある、ということだ。それは江戸中期の文人画家たちの作品に多く触れることで、自分の身の内にもそのエッセンスが染み透ってきた、ということかもしれない。
かつての日本人の嗜好の流れが見えてくる気がした。

牡丹図巻 李日華 墨の濃淡と滲み・暈しで牡丹を美麗に描いている。没骨で花を描き、葉だけを線描する。描き分けが巧い。

老子過関図 陳賢 この絵が明末から清初に描かれたということと、老子が牛に乗ってサラバということとを思い合わせると、感慨深く感じる。
キョトンとした牛の目は可愛らしく、背に乗せた丸顔の爺さんを落とす気配もない。
背景の林の描写は幹が点描に近く、妙な空気が漂っていて、もうここは祖国ではない、そんな雰囲気がある。

そして清朝になる。

花鳥図 謝時中 清・康熙13年(1674) 人面岩と水仙。

沈南蘋 老圃秋容図 清・雍正9年(1731) なんだかんだと朝顔などの花が咲く岩と木の下で、白地に斑の猫が蝶々を狙っている図。蝶も猫も吉祥なのだが、そんなめでたい図というより、いたずら猫の爛々とした目や、うずうずしたところがいい。
大人しい猫より、何かしでかしそうな猫が大好きだ。

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山水図 江大来 清・嘉慶14年(1809) 山水図と言うてもぽつんと一軒屋や大邸宅ではなく、どうも家々が増えだしている。別荘地として売り出したところ、なかなかよく売れてきた、そんな地に見える。どこの会社が請け負ったのかは知らないが、基本的に同じような造りの家が多いので、分譲の値段の差異は場所や向きだろうか。
・・・・・「芸術」からとても遠いことを考えていた。

百花図巻 余崧 清・乾隆60年(1795) 
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この華やかな図巻は展示室の看板下に展示されていた。前期で言えば平治物語の信西の巻が開かれていたあの場所である。
万両、紅椿、白梅に始まり、群雀、朴、牡丹、朝顔、菊に松まで91種が描かれている。
彩色鮮やかで形もよく、豆彩を思わせる繊細精妙さがある。
いっそ帯に欲しい、と思う。

いいものをたくさん見て、機嫌よく次の秋季展を待つ。
この猫のようなココロモチで。zen510-2.jpg

木村荘八の挿絵 /  うるわしの女性たち

うらわ美術館で野口久光のポスターを見た後、別室で木村荘八の挿絵展を見た。
わたしは挿絵が大好きなので、こちらも楽しく眺めた。

荘八といえばやっぱり「濹東綺譚」「花の生涯」なんだが、それらがともに出ていたのは嬉しい。

邦枝完二「媚薬」 本の装丁は中尾進で、三味線に撥なのでてっきり時代物かと思いきや、昭和27年のリアルタイムな風俗小説だった。水色を使っていることで、効果がやわらかくなる。

同年には舟橋聖一の「花の生涯」がある。これは第一回目の大河ドラマだったそうだが、生まれていないので資料しか知らない。見たヒトに聞くとたいへんよかったそうな。
連載終了後に、「花の生涯 画譜」も出ているくらいだから、大変な人気があったのだろう。
1シーン出ていて、そこには村山たか女がクモの糸の中心に落ちている図だった。
なかなか象徴的なシーンである。

挿絵原画はほかにも、井伊直弼・長野主膳・村山たか女の三角関係、桜田門外の変、主膳の死などが出ていた。
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「濹東綺譚」の新聞連載切り抜きもある。75年前の仕事。こういうファンの愛情があるから、挿絵は命をつなぐのだ。

昭和8年に出た大仏次郎「霧笛」が戦後すぐの苦楽社から再刊されたときの装丁と絵もあった。
「霧笛」はハードボイルドなのだが、わたしは大仏次郎の作中ではニガテな方。
しかし挿絵を見る分にはやはりかっこいいと思う。

戦前・戦中にほかの画家らと共に出した「挿絵の描き方」や「近代挿絵考」などの著作も出ていた。

また講談社の「キング」昭和6年の付録「明治大正昭和絵巻」も展示されていた。
これは講談社の野間記念館でもしばしば見ているが、三代の時代相がよく描けていて、とても面白い。
荘八や小村雪岱らをはじめとした挿絵の大家の熱のこもった名品。

こうした作品を見たいわたしには、とても有意義な企画展だった。6/24まで。


次に中京区の中信美術館での「うるわしの女性展」のことなど少し書く。
こちらも毎回楽しい企画展を開催し、しかも常に無料というありがたい美術館なのだ。
いつもいつも本当にありがとうございます。

伊藤清永 裸婦 いかにも伊藤らしいふくよかで明るい裸婦が、さまざまな光の鏤められた中にいる。肉付きのよさと光はルノワールのそれにも似ているが、肌の質感は伊藤独特の味わいがある。

堂本印象 少女の顔 きりっとした表情がいい。戦後にしかいない顔立ちの女。印象の描く女は日本映画黄金期に活躍した女優のようだ。
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舞妓ばかりで一室を占める展示室があった。
広田多津、梶原緋佐子、鬼頭鍋三郎。
描かれた舞妓たちはそれぞれの画家の個性に基づいて生まれているが、その並び方でまた面白い効果が現れていた。
多津と緋佐子とを交互にし、〆に黒地に裾松文様の舞う鍋三郎の舞妓を置くことで、描かれた舞妓たちの心持やら話し声やらが聞こえてくるようだった。
緋佐子の賢そうな舞妓、多津のちょっとばかりおてんばそうな舞妓、みんなイキイキしている。
妍を競うというが、単品で見るのもいいが、こうして舞妓ばかりを集めてみると、それはそれでまた楽しい展示になっている。

北沢映月 みやこわすれ しぐさや表情を見ているとルネサンスの画家による美人画のようにも思える。愛らしさが全面にあふれていて、賞玩したくなる。
舞妓の愛らしさとは天使のそれだというヒトもある。この絵を見ていると、それも納得する。
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猪田七郎 傘と太夫 真っ暗な背景に浮かび上がるようにあおりの構図で太夫がいる。
傘を差す男衆の姿は見えない。この絵はイノダコーヒー初代社長の絵だそうだ。

石踊紘一 赤い衣 更紗の上に赤を着た若い女が寝そべっている。おかっぱの女。

柴田米三 みのり 豊穣な果実を担ぐ娘、彼女もまた実りの時を迎えている。屈託のない表情がいい。
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中山忠彦 少女 やはりクラシックなドレスを身にまとっているらしい、そんな少女の横顔。ティア・ドロップスの形のイヤリングが目立つ。

林武 花帽子の少女 黄色と赤の強靭さ・エネルギッシュさが押し寄せてくる。太線で体の枠を定められた女、肌の激しい黄色、うねるような盛りの絵の具はそのまま肉になる。
とてもかっこいい。
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宮本三郎 裸婦 寝そべりつつ物思いに耽っている。

ドレスデンのやきものがある。黒髪の美女図の皿。情熱的な美貌、黒髪に花を差している。南洋風な良さがある。

アントル・デ・サルトウ 裸婦 いつの時代の絵かはわからないような、ちょっとアカデミックな裸婦。
しかしこぎれいに描かれているのではなく、腿の奥のきしみまでが見えるような。

寺松国太郎 白布の上 黄色い肌の美しさ、確かさがいい。人形を可愛がる女。クッションの刺繍もいい。肉付きのよい日本の女。

ほかにも多くのうるわしの人々があり、眺めて回るうちにこちらの気合も満ち満ちてきた。
7/8まで。

報道写真とデザインの父 名取洋之助 日本工房と名取学校

日比谷図書館で名取洋之助の展覧会を見た。
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名取洋之助を知ったのは、森田信吾の「栄光なき天才たち」からだった。
見に行く前に再読して、彼の生涯のアウトラインをちょっとばかり予習しておく。
彼が主催した日本工房の仕事はこれまでにもほかの展覧会で色々見てきた。
そこから飛び出して世界的写真家になったのは土門拳だった。
ほかにも亀倉雄策がいる。
みんな名取の強烈な個性に腹を立てたりしつつ、その才をその翼を伸ばして、世界へ羽ばたいていった。

最初に名取の告別式の後の追悼の音声を聞きに行った。
木村伊兵衛もいれば岡本太郎も故人の思い出を語っている。
藤本四八の話が興味深かった。
それを聞いていると、こちらも追悼式に参加している気になってきた。

名取の写真を見る。彼の撮ったアメリカの風景が面白い。
日本人の見たアメリカの風景ではなく、(日本人ではないのだが)やっぱり違う国のヒトの見た光景、それが形になっている気がする。

1936年のベルリンオリンピックを取材したものがある。
決して芸術写真ではなく、やはりここにあるのは報道写真、またはスポーツ・ジャーナリズムの写真なのだった。
「決勝のトラックへ向かう大江季雄と西田修平」地下通路を行く二人。とてもかっこよかった。

このオリンピックはレニ・リーフェンシュタール「民族の祭典」の映像を思い出す。そして我が日本では「前畑がんばれ!」である。
その前畑秀子が金メダルをとった瞬間の写真もあった。

ベルリンオリンピックといえば、手塚治虫の晩年の大作「アドルフに告ぐ」があることも忘れない。
物語の狂言回しとなる、新聞記者峠草平がここに派遣されていて、そこから彼は事件に巻き込まれるのだ。
峠は新聞記者である。そのことを思いながら名取の「報道写真」を見るのも面白かった。

名取の恋人メッキーのポートレートが何枚かある。
「ライカとメッキーが名取を男にした」という言葉もある。名取のデビュー作品はメッキーの撮ってきた「宝探し」だった。
その複製写真を見てからメッキーを見ると、いよいよかっこよく思えた。

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日本工房の仕事を見る。土門拳の撮ったものをみる。
「日本の手工芸品展カタログ」である。人形作りなどの行程を執拗に捉えている。犬張り子が可愛い。
これらを見ていると土門の「文楽」写真集が思い起こされる。

ほかの写真はある個人(政治家)の日常を捉えたもので、これはまた面白かった。
土門の肖像写真を撮るときのエピソードなとを踏まえて眺めると、やはり面白く思う。

藤本四八の写真もある。
この展覧会の数日後に世田谷で藤本の仏像写真を見ている。モノクロームの面白い構図がなかなかよかった。

「名取学校」で鍛えぬかれた人々の仕事をみてゆく。どれも皆とても興味深い。
そして「日本工房」の人々の名を見ているとドキドキしてくる。山名文夫に河野鷹思、熊田千佳慕もいる。
「報道写真とデザインの父」と名取がさされるのも深く納得する。
見所はほかにもたくさんある。自分が面白いと思うものを見てゆくのもいいと思う。
6/26まで。

野口久光 シネマ・グラフィックス 黄金期のヨーロッパ映画ポスター

二年ほど前にニューオータニ美術館で「生誕100年グラフィックデザイナー野口久光の世界」展を見た。
そのときの感想はこちら
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今回は「野口久光 シネマ・グラフィックス 黄金期のヨーロッパ映画ポスター」展である。同じ内容ではなかった。
二年半前の展覧会でも随分ときめいたが、今回はまた規模が大きくなっているので、以前よりずっと楽しめた。
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古い欧州大陸の映画は元から好むところである。
野口久光のポスターも資料として度々目にしてきた。
ここにある映画ポスターだけでも150枚ある。同じ映画のものもあるが、それにしても凄い点数である。
ポスターはいずれも叙情性に満ちている。一目見ただけでその映画へのうずくような執着が湧き出してくる。

感想は変わらない。増すばかりで、減ることはない。
いいものは何十年経とうが変わらずいい。
新たに眼にしたものはそこに加わるばかりである。
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今回の展覧会ではポスターや本の装丁のほかに、野口がポスターを描いた映画を数分ずつまとめた総集編と、予告編の上映があった。場内2ケ所で映像が流れている。
また、今回はポスターに描かれた作品の概要も書かれているので、話を知らない人にもよく伝わっているようだった。

30分ばかりの総集編は、東宝東和30周年記念に編集されたものだった。
まずはドイツのウファ映画から始まっている。
・ジークフリート 森の中、怪龍との戦い、白馬から降りるジークフリート。凄い筋肉。
・アスファルト ナチの男を踊り子の女が引き止めたり・・・
・月世界の女 空を飛んでいったSFもの。無声映画。
ここからはトーキーが集まる。
・ハンガリア夜曲 にこにこカップル
・嘆きの天使 ディートリッヒの歌声のシーン。校長ニヤニヤしている。
・制服の処女 少女を諭すシーン ああ世界中「エス」の時代だったのね・・・
・未完成交響曲 丁度映画のメインテーマを歌うシーン。高校のときにTVで見た。
・別れの曲 ショパンとリストが背中合わせでピアノを弾いている。
・乙女の湖 いちゃつく二人。女の太ももが立派だった。
・会議は踊る これもあの名曲を歌うシーン。軽快でいい。
・民族の祭典 レニ。今見ても映像は素晴らしい。聖火をつなぐ。
フランス映画へ。
・巴里祭 みんな踊っている。
・にんじん 孤独な少年のもとへ迎えに来る幼女。
・ミモザ館 なつかしい!大学のときに三越で見た。
・白き処女地 ギャバンがかっこいいー!
・我等の仲間 構図が面白い。本当に映画的な構図。殺人シーン。
・最後の戦闘機 アナベラがきれい。
・女だけの都 ルイ・ジューヴェが変なオヤジ~!
・シュヴァリエの流行児 ミュージカル仕立て。
・どん底 寄り集まるシーン。
・望郷 ううう(涙)ギャビーッッッ

映像を見てから再びポスターを見て回ると、もぉ胸がかきむしられるような。ノスタルジイと愛情があふれてきて苦しくなる。
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それにしても今回の展示解説はなかなかよい。
とはいえ一つどう考えても違うのがある。「野ばら」。これは概要のまとめ方がよくないのかもしれない。

最後に予告編を見ると「埋もれた青春」をしていた。冤罪で青年の時間が奪われて・・・
丁度日本でも考えさせられる事件の再審問題があったところ。
深く考えさせられる映画は、たしかにかつてあったのだ。
ポスターを見て、また色々と赤く考えさせられる。

写真ポスターより、野口久光の主観が強く活きる絵ポスターのほうが、より一層映画を名作にしている、と改めて思った。
6/24まで。大雨の中、出かけた甲斐が本当にあった・・・

追記:2015年「シネマブックの秘かな愉しみ」展チラシよりモーションピクチャーライブラリー1945-1949
野口の表紙イラスト。
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藤田傳三郎の軌跡

藤田美術館の今期展は「藤田傳三郎の軌跡」として、傳三郎の集め・愛した名品たちが列んでいる。
大正13年の傳三郎十三回忌追悼茶会に使われた品々である。
二日をかけて12席。豪勢な茶会はこの美術館のある場所、藤田邸で開催されたのだった。

今回は仏画の良さに圧倒された。
それについては後に詳しく書きたい。
先にやきものなどについて書く。

古染付雁文様詩入火入 明代の古染付らしい色の薄い絵柄。雁がいっぱいいる。どことなく動物園のような面白さがある。

金銅柄香炉 河内の観心寺から出たもの。

銅製笹蟹蓋置 利休と宗旦の書状が添えられたものだという。うまい細工もので、こういう手の込んだ金物を見るのは楽しい。

硬玉勾玉 弥生~古墳時代のもので、緑色。8個ある。大小色々。可愛い。
憧れるなあ。

ほかにも佳いものがたくさん出ているが、今回はとにかく仏画の良さについて延々と書き述べたい。

中釈迦左右文殊普賢菩薩像 伝・明兆 鎌倉時代 
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海龍王寺の印が押されているそうで、またこの絵師は東福寺の画僧らしい。
右の文殊の青獅子が可愛い。女人の仕えるものがいる。文殊も優美な女主人に見える。如意を持つ手が優しい。
左の普賢は白象に乗る、白い顔のひと。右の文殊は背景の色と同化しているが、こちらは真っ白である。
童子が捧げ持つものを静かに見下ろす。片方の手の甲にもう片方を乗せて童子を見る。左右三本ずつの牙を持つ白象も優しく童子をみつめる。

薬師三尊十二神将像 鎌倉時代 右に日光、左に月光菩薩が佇み、その背後に十二支の動物を冠に置いた十二神将が居並ぶ。必ずしも十二支順ではないらしい。ウサギの冠が可愛い。虎も可愛い。そして真ん中の薬師如来の緋衣と日光のそれの朱色が濃く残っている。
向かい合う月光は白衣だった。三尊の朱唇が艶めかしい。

虚空蔵菩薩像 鎌倉時代 周囲に松葉文様のようなものが連続している。それが何を示しているのかはわからない。
真正面向きの菩薩の円満な笑み。ふくよかな頬、はれた瞼の下の黒目。蓮を持つ指、その掌の肉厚さ。実にいい。

普賢十羅刹女像 鎌倉時代 何度も見ているがやはり素晴らしい。
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白象に座す普賢菩薩は金色に輝いている。截金細工の精妙さが光る。そして先導する二人の童子の愛らしさ、二人の天部の立派さもさることながら、周囲の十羅刹女の美貌に深く撃たれた。
向って右端の、菩薩の隣に位置する羅刹女は緩やかなカールの髪を肩に置いている。
まるで中世の天使像のような佇まいである。
その対にあたるのが、左端の袈裟衣の羅刹女。
こちらも冠なしだが、完全な垂髪の和美人である。
ガラスの正面からではわからないものがあるだろうと、端に展示されているのを幸いに、ガラスの横に回って絵を見た。和美人らがよく見える位置に立つ。
他の羅刹女らの白い頬に朱唇、半円を描く眉、直ぐなる鼻梁、衣装の繊細さとも相俟って、非常に優美なのを改めて知る。
なんとも美麗な仏画であった。

十六羅漢図 詫磨栄賀 鎌倉時代 第八羅漢図が特にいい。木魚のような顔をした羅漢がみづらの美少年が語りかけるのを、椅子から身を乗り出して聞いている。
聞いているというのは実はただのフリで、単に美少年を眺めているだけかもしれない。
その辺りがとても面白い。

聖徳太子勝鬘経講賛図 鎌倉時代 立派な風貌の聖徳太子の周囲には、蘇我馬子、小野妹子といった配下の人々と、まだ童形の山背上兄らがいる中、花びらが降って来る。丁度その花びらが床についたところの図。人々の表情がそれぞれ描き分けられている。

玄奘三蔵絵 8巻第5段 鎌倉時代 宮殿で講義をした玄奘。門前には乗り物のゾウたちの姿も見える。室内では平伏する人々の姿もある。感服する人々と静かな玄奘。

華厳五十五所絵巻残闕 鎌倉時代 これも好きなもの。善財童子の旅。今回は第一番から第四番までの善智識ツアーが出ていた。可愛い。いずれも外でのご対面である。
第四番では可愛い小鳥さんたちもきていた。

両部大経感得図・龍猛図 藤原宗弘 鎌倉時代 何年前か、この絵を最初に見たとき、寒さに負けて「中に入れてください」と頼む旅の僧を「いやなこっちゃ」と断る人々のオニの心の絵、かと思った。つまりエジプト脱出のマリアらを宿屋の主人が「お泊めすることは出来ません」とお断りしたり、旅僧実ハ空海を追い払った無慈悲な婆さんの家が、いきなり湖の真ん中の離れ小島になったり、というものかと思ったのだ。
そうではない。
これは龍猛という僧が立派なお経を得ようと塔に入らせてくださいと訪ねて来た図なのだった。そして塔の中にいるのは「いやじゃ~」な鬼の心ではなく、お経を大切に守る鬼たちなのだった。
絵だけではわからないものだなあ。

ときめきの仏画が多く出ているこの展覧会も、明日6/17まで。

春の藝大コレクション

高橋由一のシャケばかりに溺れていたわけではない。
藝大の春のコレクションをもこうして楽しませてもらった。

特に嬉しかったのは、こちらの川崎小虎の「オフィリア」が出ていたこと。
画像は私がだいぶ前に新聞で切り抜いたものなのであまり綺麗ではないが、これが芸大所蔵品だと知ったことも嬉しい。

いかにも小虎らしいファンタジックで可愛らしい絵である。たとえ悲劇であろうとも。

絵因果経がある。奈良時代の国宝。今回は剃髪するシーンと説法する場を見た。
いい手蹟にも惹かれる。

菱田春草 水鏡 これは去年春草展でじっくり見た
アジサイが特に目を惹くのは、今の時期に合うからか。

絵因果経がある。奈良時代の国宝。今回は剃髪するシーンと説法する場を見た。
いい手蹟にも惹かれる。

菱田春草 水鏡 これは去年春草展でじっくり見た。
アジサイが特に目を惹くのは、今の時期に合うからか。

和田英作 野遊び これも好きな作品。天平の少女たちが手に手に月琴などを持って野に出ている。時代があまりに隔たると、幻想的な世界を描いたように見えてくる。

青木繁 黄泉比良坂 神話への憧れが弥増したのは、やはり青木の描く世界に溺れたからかもしれない。青の美しさを堪能する。
今回、この絵の裏に描かれたツツジも出ていて、そちらも楽しく眺めた。

フジタ 猫 レオナール表記。仲良しな母子猫。可愛い。

恩地孝四郎 「美人四季」より秋と冬が出ている。どちらもつい最近、京近美でみたばかり。写真も取ったが、艶かしい。特に黒をまとう冬の女は、ボナールやドンゲンの女たちと共通する都会の香艶がある。

津田信夫 北辺夜猫子 フクロウのこと。可愛い彫刻。以前、佐倉市立美術館で津田の回顧展を見たが、そのときも可愛いなあと気に入って眺めていた。
ところでこの彫刻だが、ペリアンに言わせれば「よくない見本」らしい。
モダンムーヴメントの人にとっては、可愛らしさや情緒はダメな見本になるのを知った。

山田恒雄 襲う オブジェぽい、動きのはっきりした猫でした。どこかアメコミ的な面白さがある。

浄瑠璃寺の吉祥天厨子絵の修復などの特集展示があり、それも興味深く眺める。
やはりこうした仕事は藝大の大きな教えの一つだと思う。

他にも東京音大のために拵えたさまざまな作品が並んでいて、これらの意義についても学べたような気がする。

藝大の所蔵品の奥深さに、改めて目を瞠る展覧会だった。6/24まで。 

近代洋画の開拓者 高橋由一

「近代洋画の開拓者 高橋由一」展を東京藝大美術館で見た。
京都にも来るが、出品は会場によって違うらしい。
チラシのキャッチコピーがうまい。
とても同意する。

ところでやっぱり由一といえばシャケ。
これは現代のヒトだけでなく、由一リアルタイムの人々も同じで、由一ブランドのシャケはたくさんあるそうな。
今回、この藝大所蔵のシャケと、山形美術館、笠間日動美術館のが出ている。
わたしはほかに山岡コレクションのシャケも見ているが、いずれも新巻鮭で、顔の向きは別としても、おいしそうなのばかりだった。

だいぶ前に金比羅さんへ行ったことがある。
行ったのは金丸座の芝居を見ることが目的だった。ホテルは琴平花壇で、金刀比羅宮への石段の隣にあるので、がんばって登ってみた。そこで宝物殿に入り、サスケハナ丸の模型などを見た記憶がある。そのときに由一の桶に魚などが入っている絵を見たりしたように思う。
近年になり、やはりこの藝大美術館で金比羅さんの展覧会を見たとき、懐かしい心持がしたが、実際にどれを見たかはわからない。

由一の丁髷な自画像と、原田直次郎が描いた晩年の由一の肖像画を見る。
30年ばかりの時間の流れがあるが、様相はともかく、共にまだ19世紀の油絵だということを感じた。

油画以前、として彼の水彩画時代の作品もある。

幽冥無実之図 これは谷中の全生庵にある幽霊絵で、以前見たように思う。居眠る女の背後にぼーっと男の幽霊が佇んでいる図。たよりない幽霊である。

猫図 これが可愛い。三匹の猫がまるまって固まって寝ている。可愛くて仕方ない。
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藤田東湖、武田耕雲斎の肖像画もあり、見ているとき後ろで大学男子二人組が吉田松陰と勘違いしていたので、歴女としては黙ってられなくなって説明をしたが、考えればどうでもいいことだったに違いない。

・人物画・歴史画

花魁図 これは新吉原の稲本楼の小稲がモデルだったそうだ。本人はひどい、と泣いたそうだ。稲本楼の小稲といえば池波正太郎「幕末遊撃隊」にも出る美人花魁だった。
やっぱり本人が泣くのも無理はない。

日本武尊 ヤマトタケルの草薙の剣と火打石のエピソードを描いている。わたしなんぞはヤマトタケルにときめいてるクチだから、最初にこのぽっちゃりしたおっちゃんを見たとき、がっかりしたものだった。やっぱり今もちょっとがっかり。

明治初期の油画の歴史画はたくさんあるが、どれもみなその当時の日本人なら必ず知る「物語」ばかりだった。歴史も稗史も等しく認識されて、観客は絵を見るたびに「ああ、あれか」と思ったことだろう。

由一の残した設計図を見た。
螺旋展画閣というミュージアムで、構造的には会津のサザエ堂に似ている。どことなくバロックな感覚もあり、面白い。これを木造でこしらえていて、今も残っていたらさぞかし見ものだろう。惜しい。

・名所風景画

隅田川というのでなく墨堤、というのがまた明治の匂いがする。
その隅田川河畔の桜の様子と、雪の頃の絵が何点かあり、どちらも不思議な面白みがある。
この時代の油絵の風景は重い。

珍しいのが「月下隅田川」。これは清親の作風に一脈通じるものがある。灯りが遠くに揺らぐからかもしれない。

江ノ島図も見ていると、江戸から明治に変わったとはいえ、庶民の行楽地・遊山先であることをひしひしと感じる。そんな風景図なのだ。

長良川鵜飼 闇が濃い。闇の濃さを肌に感じる。鵜飼舟の松明の煙が白く上がる。謡曲のその音声が聞こえてくるような一場。

鵜飼図 働く鵜たちが目立つ。炎が綺麗に上がっている。こちらの綺麗さもいいが先の鵜飼の重さにこそ、魅力を感じる。

水彩画の風景いろいろ。
根津権現、住吉神社などなど。写生帳には浅間山のような山に、ナイアガラのような滝、不忍池のようなものがある。

司馬江漢 二見が浦図 泥絵風な面白さがある。密陀絵だというが、重さの面白みというものがある。風景はそこから決して動かない。

・静物画

厨房具 すりこ木、笊、片口などなど。こういうのを見ると、トウフとアゲを描いた画家だという実感がわいてくる。

鯛図 桶の中にタイ。おいしそ~~。竹内栖鳳のタイもおいしそうだが、こちらもおいしそう。

いよいよシャケのお出ましである。うまい具合に三枚を板にはっつけて展示している。
この三枚並びは磔刑図にも似ている。
一番おいしそうなのはやはり藝大のシャケである。
赤身もいいが、その下の皮のチリリリリと塩で縮んだところが実においしそうだった。
これなら普通に焼いてもいいが、粕汁にぶちこんでも非常においしいだろう。
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絵というものは一目見て、崇高さを感じたり・綺麗だと感じたり・怖いと思ったり・心が和んだりと色々あるが、食欲を刺激する絵というのもいいものだ・・・・・

・東北風景画

山形の人々を描いた肖像画群がある。明治初期から中期にかけての東北の日本人の顔と姿がそこにある。現代とは断絶した、昔の日本人の顔である。
美麗なものはないが、力強い、しっかりした顔だった。

山形市街図、宮城県庁門前図といった風景画は以前にも見ている。
技法がどうのとかそんなことよりも、明治の日本のあり方、進もうとした道がまず腑に落ちてくる。そして近代日本に関心の深いわたしは、その場に立ちつくしてみたいと思うのだった。

最後に石版画のための下絵群を見た。これが実に大量で、見て回っていると、下絵を見ているというより、道路工事・環境工事をする前の、現状を写生したものを見ている気になってきた。叙情性のないリアルな描写だからかもしれない。

6/24まで。

済美館

大阪府立清水谷高校の済美館という建物を見てきた。
今は共学高校だが、かつては女学校だったそうで、この建物は大正末に竣工したもの。
分離派らしさの活きる建物で、今日に見ても全く違和感がない。
上町台地の中にあって、戦火にも生き延びた、可愛い建物。
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階段の意匠が可愛い。
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アーチ窓(内側からの眺め)IMGP0290.jpg

かつての校章をモティーフにした装飾。IMGP0300.jpg

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暑い日なのでロングで撮るには日差しがありすぎて厳しいので、近間から。

屋上からの眺め。
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ちゃんとアーチを描いている。IMGP0293.jpg


西園寺侯の揮毫。
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ムッソリーニの直筆手紙
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在りし日の学校の写真。
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関連絵葉書IMGP0296.jpg

さすが名門高校。

他にクラブ化粧品のロゴ入り鏡があった。
「クラブ化粧」をご存知ない方のために説明すると、これは今のクラブコスメチックス。昔の中山太陽堂。
高女だった関係で来たのかなぁ。
ここにある由来は知らない。
ちなみにクラブコスメチックス文化資料室の展覧会についての記事は、こちらに書いてます。
先月みた「中山太陽堂の大正時代」。

最後に、ここへ向う道すがらで見かけたいいもの。
まず駅で。そして道で。
共にここの学生さんたちがとてもいい感じだったのだ。
詳しくは書かないが、ある一団が二つあって、どちらもとてもすがすがしかった。
仲間を大事にしよう。そういう気持ちが生きていた。

いい建物と共によい心を保ち続けてほしい、と思った。

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モダンガール万華鏡

千葉市美術館で「モダンガール万華鏡」展を見た。
こちらも新版画と日本画で構成された展覧会である。
好きな作品が多く出ていた。
 
☆明治時代のおしゃれな女子たち
明治のハイカラさんといえば、やはり束髪で海老茶袴の女学生を思い出す。

豊原国周、楊州周延ら浮世絵師の明治女子のおしゃれカタログのような作品がある。
いずれも束髪をメインにしたもの。
芳年も「風俗三十二相」の明治むすめ、細君が出ている。
わたしの曾祖母は明治生まれの人だが、さすがに話を聞く機会はなかった。
母方の祖母の母は自宅で呉服屋・油屋・質屋・カフェーまで営んでいたというから、やっぱり活発だったのは確からしい。
浮世絵師らの描く明治女子を見て、見ぬ世の曾祖母らを想おう。

山本昇雲が二点出ていた。どちらも最初に見たのはdo!family美術館だった。
'06年に昇雲の回顧展が太田記念であり、そのときに再会するまで、なかなか見ることのなかった絵師だが、こうして千葉市美にいることがわかって嬉しい。
こちらも無論束髪女子。可愛い。

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☆瞳は語る 夢二式美人
明治末から対象にかけての「美人」はとにかく目が大きくて潤んでいる、というのが第一条件だった。そして丸顔も人気があったそうだ。

夢二、藤島武二のアールヌーヴォー美人、北野恒富の大きな目の美人が居並んでいた。
これぞ現代の「目ヂカラ」美人の先達である。
ここには出ていないが、わたしは高畠華宵の美少女に憧れ、恒富美人に憧れ、そんな目つきになろうと努力したところ、「妖しい」目の少女にはならず、「怪しい」眼のナゾのヒトになってしまったのだった。

☆大正時代の妖婦たち
この時代くらいから「ファム・ファタール」の概念が広がってゆくようになったと思う。
江戸時代は「悪婆」(アクバ。決して婆さんではなく、芝居において魅力的な悪女役の総称)、明治に「毒婦」という言葉が広がり、大正で「妖婦」というのも素敵な流れだった。

横尾芳月 線香花火 床机に座す女と、べったり座って煙草盆の上で小さく線香花火を楽しむ女と。なんとも艶かしい。していることは稚気あふれる可愛さがあるのに、とても妖艶に見える。

近松門左衛門第一次ルネサンスが、大正期にあった。二次は戦後の関西歌舞伎と文楽から。
情話シリーズがよく売れた。長田幹彦、吉井勇、谷崎らがよく書いていた。
そして上方から西の画家たちが、近松の戯曲の主人公たちを描いている。
夢二「小春」「治兵衛」、恒富「梅川」、島成園「夕霧」・・・
恒富も成園もなんとも艶かしい眼をこちらに向けている。

吉川観方、三木翠山らの舞妓もそこにある。翠山の舞妓は手にしたお盆に五山の送り火(大文字焼)の字が映るのを見て、にんまり笑っている。
昔の上方の、色町の女以外ではありえない表情。

☆全部脱ぎました。
この章のタイトルにはウケた。浴女たちである。前後ということで。

五葉、深水、言人、小早川清らの見慣れた裸婦たちがいる。着物や手ぬぐいが身体のどこかに掛かっているからこそ、いよいよ艶かしい、日本の女たち。
布があるからこそ、却って魅力が増すのだった。

石川寅治「裸女十種」のうち三点が出ている。
鏡の前でポーズを取る女がいい。壁紙・カーテンの柄も、鏡台ではなくドレッサーだというのも、いかにも大正的。

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☆弾むカラダ・踊るカラダ
こちらは裸婦メインではなく、活動するカラダを集めている。

戸張孤雁「玉乗り」、広島新太郎「曲芸の女」、平川清蔵「曲馬団」、川西英「曲馬」「軽業」・・・
ハーゲンベックサーカス団が来日して以降、本格的なサーカスへの愛情が日本人にも生まれている。
ユヤユヨーン、という掛け声が掛かるのを、これらの絵の中に見出そう。

山村耕花「踊り 上海ニューカルトン所見」、小早川清「ダンサー」はこの千葉市美術館の企画した「日本の版画」シリーズで見たものだった。あの五度にわたる連作企画は今も忘れられない。
描かれたモガたちの自信満々な表情がいい。

☆展覧会と「美人」
屏風絵の美人たちである。

森広陵 逍遥 唐美人が林の中を逍遥している。琴は下にある。大人しい美人。

芳月 和蘭陀土産 これは昔、別な美術館の所蔵だったときに見ている。懐かしく思う。花魁の座すそばに大名時計がある。赤い絵。ここに入っていてくれて安堵した。

小早川清 赤いドレス 構図自体は同時代のほかの作家たちの作品でもよく見ているから、この構図は当時流行していたのかもしれない。そのあたりはわからないが。
これも赤の目立つ絵。毛皮が膝元にあり、女は遠くを見ている。

☆モガ街をゆく
こうした作品群を見るにつれ、自分もこの時代にいて今と変わらぬ暮らしぶりをしていれば、さぞや楽しかろうと思ったりするのだった。あくまでも夢想でしかないが。

夢二の「婦人グラフ」表紙絵が並ぶ。夢二の美人画のうちでも、このシリーズは特に好ましい。

恩地孝四郎 ヒヤシンス 近年、恩地の美人たちに眼を惹かれるようになった。彼は創作
版画のヒトだから、日本画の線上ではなく洋画のそれを走っているが、時折その作品にパリのエスプリとでもいうものを感じたりする。

小早川清「近代時世粧」シリーズが出ていた。このシリーズを見ていると必ず、甲高い声で歌う「昔懐かし銀座の柳 ジャズで踊ってリキュールで泣いて」というあれが脳裏に流れ出すのだった。

前川千帆のリノカットも出ている。花売り少女が特に可愛い。

☆モダンガールの光と影
そしていよいよ終焉がくる・・・・・

織田一磨の女給たちが三点ある。活動の、銀座の酒場の・・・少しの退廃と共に妙な元気がある。アップではなく、風景の点描の中の女たち。

恩地の「今代婦人八態」も半分出ていた。「鏡」「珈琲」「湯上り」「新聞」。モガは時代の先端を行く、ということをこの連作から感じる。

平川清蔵 悪の華 島田に結うた女が胸を出している。着物姿の現代女子には妙な迫力がある。

そして展覧会のキャプションから、モダンガールの時代の終焉を知る。
恩地 白亜(蘇州所見) 真っ白い壁。ずっと奥に佇む中国女。背中を向けて振り向くことはなかろう女。
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時代は昭和15年になっていた。もう何の楽しみもなくなる時代に来ていた。
寒々しい部屋で背中を向ける女といえばハンマースホイを思い出す。
この中国女にも深い断絶を感じる。

同時開催のメイン展「渓斎英泉」展と共に7/8まで。

日本橋 描かれたランドマークの400年

江戸博「日本橋 描かれたランドマークの400年」は浮世絵と近代版画と工芸品とで構成された、楽しい展覧会だった。
こちらにも新版画が出ているので、軽く感想を挙げる。

まず今回のロゴが大変いい。ちゃんとギボシがついている。可愛いなぁ。
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江戸時代の旅グッズが出ている。この辺りはよそでもよく見るので楽しく眺める。
北斎、広重らの作品もいい。日本橋はやっぱり絵になる場所なのだ。
北斎の「駿河町」は三井で開催中の北斎展にも出ていたので、都内で同時期に同じ絵を見たことになる。それも楽しい。

泥絵の具の日本橋がある。筆者不明だが、妙に心惹かれる作品である。
大体泥絵の具やガラス絵は価値を低く見られるが、しかし妙に魅力的なのも多い。
このあたりは小出楢重がその著書でなかなか面白いことを書いている。

広重 江戸高名会亭尽 日本橋柏木 珍しい楽器が集まっている。芸者たちがそれぞれの楽器とともにある。月琴、提琴、洋琴と名前が書かれている。提琴は胡弓に見えるが、よくわからない。洋琴も普通の和琴にみえる。月琴だけがはっきりと円い。

英泉 えびす屋店先 これもこの日の最後に再会するとはね♪あちこちえべっさんだらけのお店。

仕掛け絵巻があった。絵の中に薄い紙を切り貼りして、下からライトアップする。
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こういうことです。楽しくて仕方ない。

これは明治大正にもよく作られていて、わたしが見たのでは十二階絵葉書と、学習院所蔵の那須与一絵葉書などなど。
学習院の絵葉書展もとても楽しかったことを思い出す。
あの展覧会は大正時代がメインだったが、この「日本橋」や「モダンガール万華鏡」と通ずるところがあった。

やがて文明開化。
ガラス鉢のおしゃれさ、バッスルドレス、モダンなパラソル、ちりめん製のワンピースなどを見る。

明治末に絵葉書ブームが起こり、ここでもその頃に出た絵葉書が大量に展示されていて、とても楽しい。

やがて創作版画・新版画が現れる。
巴水「日本橋」は江戸博で'96年に開催された「近代版画に見る東京」で見たのが最初だった。あのとき手に入れたのがこの画像。
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ノエル・ヌエットの「日本橋」もある。こちらは雨の日。これはがすミュージアム辺りで見ている。

土屋伝「日本橋繁華の光景」もにぎやかな色合いが楽しい。
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芸術とか絵の価値とかそんなもの関係ナシに、楽しい絵というものがあるのを強く実感する。
この絵はその「楽しい絵」なのだった。

そして堀潔「日本橋と旧帝国製麻KK」1935年の下絵に1979年摺りが出ていた。
この画像は久保惣の所蔵品から。今、もしまだこの建物が残っていればなあと、いまさらながらに残念に思う。
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'52年のカラー写真で同じ場所を写した物があった。まだ進駐軍に接収されてる時代で、野村證券がリバービューホテルだった頃のもの。その手前に帝國製麻があったのだ。

一枚一枚をじっくり見るのも楽しいが、ふらふらしながら眺めて回って楽しめる展覧会だった。7/16まで。

美しき日本の風景

ukiyoeTOKYOで新版画による日本の風景を楽しんだ。
前月は創作版画による風景、前々月はまた・・・
とにかく今月は新版画の日本の風景。
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新版画は浮世絵の系譜に連なるので、線描の美しさ・職人の技芸を楽しめる。
創作版画も好きだが、新版画のほうがわたしは好み。
心持的には洋画と近代日本画の違いのような。
むろんどちらも木版画。
浮世絵~近代日本画+新版画、そんな系譜があるように思う。

近年はとみに川瀬巴水の人気が高いが、ここでも彼の名品がたくさん出ている。
また吉田博の魅力的な作品も多い。
時代層は微妙にずれるが、どちらも共に美しい描写を多く生み出している。

「美しき日本の風景」ということで、まず山々から。
富士山を描いたものが多い。

巴水 田子の浦の夕 富士山を背景に、松原を荷馬と共に行くヒトの姿がある。昭和15年という時代を考えると、「働くまじめな日本人」をテーマにした作品が世に求められていたのだろうか。しかしのどかな風景ということに変わりはない。

元箱根見南山荘風景 芦ノ湖の夕富士 夕日に染まる芦ノ湖。広々と美しい。アルムの山のよう。

土屋光逸 朝の富士 河口湖 水面に映る湖畔の家々。こういう情景もやはり懐かしい。

吉田博 「富士拾景」シリーズから。 
興津 紫色の富士、そして水面にも富士が浮かぶ。
山頂 劔ケ峰 富士山講の人々が休憩中の様子。
むさしの 田畑からみる富士。

日本南アルプス集 駒ケ岳山頂より 手前の石山から向こうの青山を見る。雲が広がる。
日本アルプス12題のうち
立山別山 白い霧が出ている。雪の残る山腹、そこに小屋がある。
穂高山 これは帝政ロシア末期のビリービンの世界を髣髴とさせる。湖、山、森。ロシアの魔女バーバ・ヤガーが現れそうである。


諸国名所 実際決して行くことのできない場所である。だからこそいよいよ絵の中の風景にときめくのだ。

吉田博 
杉並木 日光。縦長の画面に林立する杉。その下道をゆく荷馬。幼児もそこにいる。夕暮れの手前の時間帯。
竹林 埼玉のどこか。こちらも縦長。竹林の中、小暗い中。かぐや姫はいそうにない。
陽明門 神官が石段を降りてくる姿を捉えている。手に何かを持っているが、遠目なのでそれはケータイに見える。昭和12年。
瀬田の唐橋 松を枠にして、そこに風景がある。狭い風景。行き交う人々。
猿沢池 柳が揺れる。桜を遠くに。興福寺の塔のシルエットが見える。

次に連作もの。「櫻八題」から。いずれも桜はすべて茫洋と広がり、どのように彫ったのかと思うのも楽しい。
鐘楼 子連れの女たちがいる。桜は茫洋と咲き零れている。果てのない桜。水溜りにも桜。吉祥寺の風景。
三渓園 ロングで捉えられた花見の人々。座して宴を楽しむのではなく、歩きながら桜を愛でている。抑制の利いた花見。こちらも水に映る。
花盛 本牧のどこかで。露天なども出ている。正しい(?)花見の様子。おでんもユニオンビールもある。しかしナマナマしい人々の頭上でやはり桜は茫洋と咲き開いている。
嵐山 川辺で。小舟がたくさん出ている。実際この光景はわたしも見ているし、舟にも乗っていた。なにか懐かしい心持がある。

巴水
木曾の寝覚 真昼。日差しで岩が白く見える。お堂あたりの松が色ずれしているように見えた。これは違うところでも見たが、そのとき松にそんなのは感じなかったような気がする。
日本風景選集 長門峡かやケ淵 しぃんとした沼。秋。上は白波が揺れ、下は静かな青い水流。
阿蘇の夕(外輪) 雄大な阿蘇山で牛と行くヒトあり。なんとなく心も広がる。
大島岡田港 椿の咲く町内。あんこさんがいる。可愛い母子など。
目黒不動堂 丸髷さんがお堂の中へ入ろうとしている。木漏れ日がいい。
高野山鐘楼 雪に埋もれつつある。グレーの世界。一人行くヒトあり。この静けさを味わいたい・・・

三木翠山 初夏の保津川 この保津川下りは楽しい。屋根つきの舟らしい。男客たち。船頭も勢いがある。挿絵風な面白みがある。

笠松紫浪 信州 上林 ここの温泉には浸かっていないが遊びにはいった。
民家がある。雨の日。田圃に家や倉が映っている。雨の日でも野良で働く人々。

浅草観音堂大提灯 紫浪を知ったのはこの作品からだった。たぶん江戸博の展覧会でだと思う。真っ赤っ赤な大提灯、多くの人々がやってくる浅草。活気があっていい。
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橋口五葉 神戸の宵月 これはついこないだまで東博で出ていた。柳がいい感じになびいている。神戸のどのあたりかはわからないが、なんとなくいろっぽい。

京都三條大橋 こちらも共に出ていた。三条は本当に多くの人が歩いている。

やはりこれら名所を見ていると、郷愁に噛まれてしまう。
70年以上前の日本の風景に涙ぐみそうになる。

夜景がいくつか。
巴水 大宮見沼川 蛍がいっぱい。白で丸く表現されている。家の灯り一つがぽつんと見える。

但馬城崎 雨。宿の灯りも水に流れる。傘を差して行く客一人。風情がある。城崎に行きたくなってくる。

光逸 東京風景 上野公園 柳はもう枯れている。静かに不忍池がひろがる。

柳橋 にぎやかな夜の街。店の提灯が可愛い。芸者の姿は遠い。シルエットが動く。三味線の音色が絵の中から聞こえてくる・・・

吉田博 東京拾二題 神楽坂通り雨後の夜 これも好きな作品で、神楽坂に行くと、今もこんな風景に出会えるような、そんな期待が湧いてくるのだ。八百屋の前の道。
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紫浪 春の夜 銀座 柳がある。寿司屋台も出ている。おそば屋の看板もある。モガが行く。地下鉄のためのか、空気孔が。そして「東おどり」の宣伝がある。雰囲気が生きている。

最後に古城を見た。
吉田博 東京拾二題 旧本丸 雨の日、女が二人歩く。木々が多い。

姫路城 手前の堀の柳などが鬱蒼としている。薄紫の空を背景に白鷺城が映える。姫路城は今、大修理中。

巴水 桜田門 巴水ブルー。青い夜。水に映る美しさ。

楽しく「美しき日本の風景」を楽しませてもらった。6/24まで。

近代の京焼と京都ゆかりの絵画

泉屋分館に「近代の京焼と京都ゆかりの絵画」展を見に行く。
「受け継がれるみやこの美」という副題がいかにもいかにも。

柳橋柴舟図屏風 17世紀。なんとも素敵な、しかもシュールな。
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柳は芽を吹いている。風に揺らぐ柳。そしてモコモコな柴舟が川を行く。青緑と茶紫の柴の塊。船頭の姿はない。しかし舵はあり舟は揺らぐ。この色は京焼のそれと同じ。
左は水禽が現れる。やはりここにも柴舟は行く。詰まれたモコモコ柴たちの意思で舟が行く。どこまで行くのだろうか。蛇の目籠が水際に浮かぶ。ヒトのいない世界は静か。
秋冬の水もやさしく、柴舟は行く。

唐児遊図屏風 18世紀。可愛いのなんのって全く「食べてしまいたいほど」な唐子たち。
子どもはいないが鬼子母神になって、このちびっこたちを齧ってみたいくらいだ。
ふくよかな二頭身の唐子たちが縦横無尽に遊んでいる。
一応書画に勤しむ、というようなのもいないでもないが、やっぱりそんなカシコい子どもより、ふざけまわるほうが可愛い。
じゃれあったり、転げまわったり、蝶々を捕まえようとしたり、花車を引いたりして遊ぶ子らもあれば、それを見て喜ぶ子らもいる。
花車を引く子のうち、蒙古帽をかぶった子もいたり、なかなかファッションも凝っている。白梅紅梅も咲いていたが、そこからだんだん花ショウブの時期に来て、左隻の始まりでは鮎取りに夢中な子もいる。おしりが可愛い。水遊びも舟に乗ったりという大掛かりなものになり、岸辺にこぎつけるのも子ども。
わんこもいれば、あっかんべーなのもいる。お習字をする子もいれば、葉っぱに字を書いて穴を開けてお面にして、小さい子に「お化けだぞ~」もいる。
可愛くて可愛くてならない。永遠に時間をとめていたい、だから唐子遊図屏風。
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仁清の作品が並ぶが、面白いことにそのトイメンには、仁清写しのやきものが配置されている。こういう配列も楽しい。

白鶴香合は本歌も写しの永楽正全のも共に可愛い。ちょっとずつ白鳥の顔が違うのもいい。

他に仁清の唐物写19種茶入が出ていた。久しぶりに見る。そのうち茄子、文琳、南瓜(阿古陀)、大海が特に好ましい。
大海だけ蓋に蝶番が付いている。可愛い。一点一点で見るより、こうして形の違うたくさんの茶入が集まってるほうが、可愛くて楽しい。

木島桜谷の燕子花図屏風が最奥壁いっぱいに開いていた。
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これは非常に清冽な屏風だった。金屏に紺の花と緑の剣のような葉と。
それだけの構成だということが非常にモダン。
つい先月、根津美術館で光琳の燕子花図を見たときに感じた叙情性はここにはなく、パーッと心が明るくなるような、そんな清冽さがある。
木島桜谷はこの泉屋や京都市美術館などにいい絵があるが、これだけモダンな作品は初めて見た。
没骨というより線を存在させない空間。

近代の陶工の作品を見る。
名前の伝わる作品には、それぞれの個性がある。たとえ写しものであっても。

宮川香山の作品も少なくはない。
常々乾山写しの鉢や皿がほしいほしいと思っているが、実際に住友春翠さんも「いいなあ~」と思っていたのだろう、乾山写しの百合形向付がある。
本歌よりちょっと大きめで、おかずがけっこう入りそうである。釉薬の色別れもそれぞれ違っている。
忠実な写しではなく、雰囲気が似ている、という掴み方がいい。
そこにさらにその当時の現代性も活きていて、いい感じ。

芥子画鉢もいい。内外に白い芥子が咲いている。
可愛いのは、色絵金彩犬張子香合。小さくて可愛い犬張子。
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この宮川香山(眞葛香山)は、十年ほど前に裏千家の茶道資料館で回顧展があり、そのときに大いに感銘を受けている。

五代目清水六兵衛の作品も色々ある。湯木美術館にある仁清の写しも面白いが、草花絵替蓋物向付が特にいい。
紅椿、紅梅、白梅、木蓮、菊、山百合などが蓋と一体化して咲き誇っている。

特に独立して陳列されているのが伊東陶山。住友家との関係が深いらしい。
明治後期の作品が色々並んでいて、非常に装飾性が高い。京焼というよりそこから影響を受けた薩摩焼の絵柄のような細かさがある。

京焼も時代に即したものを取り入れてゆく。
その辺りを見ていると、先人らの努力というものをひしひしと感じる。洋皿風なものもあり、オリエンタルな絵柄もある。
イッチン描き(法花)風なのも面白い。
釉薬も綺麗に出ているが、やはりわたしは古いものは古いほうが好ましく、新しいものは新しい技法で生まれてくれば、と思いもする。

特別展示として板谷波山の葆光彩磁珍果文花瓶とその文様の展開図などが出ていた。
資料のほうは出光美術館の「大作花瓶類図集」から。葡萄、桃、枇杷などの果物が薄いヴェールの向こうに息づいている。
そんな様相を呈した花瓶。

2室へ行く。
絵を見る。
田能村直入 松閣高隠 大きな絵。お客さんが訪ねてくる。山の中にも人間関係は続く。

中村竹洞 赤壁図 これは非常に面白かった。対照の妙を味わう。
水面に浮かぶ舟や人は文人画風な筆致で描かれている。
舟や月はしっとりしているが、それに反して、幾何学的な岩や木がある。
その形は文様的な面白ささえ醸し出している。
そしてその二つの差異が意外なくらいマッチしているのだった。
木や岩も、そして舟に乗る人もまた「こちら側」にとっては共に「見るもの」である。
しかし絵の中の人物にとっては、木も岩も「見るもの」である。
だからこそ、筆致が違うのが楽しいのだった。

永楽保全の交趾写巾筒が可愛い。派手で可愛い。鳥の周囲に花があふれている。色もいい。

多くの陶工らが拵えた小さい茶碗が集まっているのを見るのも楽しい。実際に使ったのかどうかは知らないが、こういうものはやはり並べたくなる。

京の食文化と中国吉祥画題、というくくりの中に集められた絵を見る。

呉春 蔬菜図巻 呉春と言えば京の絵師、というより私のような北摂の者からすれば、池田の絵師という感覚がある。むろん京での活躍の方が多いことはわかっているが。
その呉春の蔬菜図を見るのは楽しい。
淡彩で野菜の数々を実においしそうに描いている。
呉春は関西弁で言う「イヤシ」だったようで、だからこそこんなにもおいしそうに描いたに違いない。
文字の流れは逆だが、ちょっと野菜の名前を列挙してみる。文字面から呉春の描いた蔬菜を想像してほしい。
シソ、ズイキ、タケノコ、キュウリ、ササゲ、白瓜、賀茂ナス、ナス、トウガラシ、葉生姜、エンドウ、ナタマメ、南瓜、里芋、大豆、茗荷、コウタケ、シイタケ、シメジ、ヒラタケ、大根、ユリネ、ミズナ、チョロギ、カブ、ニンジン、フキノトウ、ウド、クワイ。
ああ、ヨダレが湧いてくる・・・

浦上春琴の蔬果虫魚帖は三頁目が出ていた。仏手柑と葡萄の絵。なんだかつつましい。

椿椿山の三幅対。玉堂富貴・遊蝶・藻魚図。左右の蝶や魚もいい。鮎まみれの水中、ひらひら舞う蝶。そして真ん中は牡丹だけでなく、その花籠から藤や木蓮がこぼれている。

春花図 原在中・在明 大きい絵、華やか、冷泉為泰の賛も楽しい。これは受注制作品。まことにめでたい。

近代の京焼にみる中国古器学習
青銅器から採り入れたデザインや文様などをやきもので表現している。

葱翠磁彫刻転枝豆文花瓶 大正時代の三浦竹泉の作。葱翠色がとても綺麗。枝豆がふっくらして可愛い。

ハマ焼の本家というか元祖の宮川香山の特集がここに現れる。いずれも初代の作品。神奈川歴史博物館でみたハマ焼を思い出す。先の眞葛焼といいハマ焼といい、長く埋もれていたが、近年になり評価が高まっているのはいいことだ。

三代清風与平の特集もある。
いずれも綺麗な肌の色を見せる。青灰色のもの、練乳のような白、そしてバイキングの船に描かれるような目つきの饕餮君もいる。妙に可愛い。寝てる顔と目をむいている顔と。

最後に20世紀初頭の面白い絵が出た。
村田香友 青緑西園雅集図 中国の文人らが機嫌よく集まる図。華やかなガーデンパーティ図。この絵をして、住友家の須磨や天王寺のそのにぎわいに匹敵するものだと言うたそうだ。

かなり楽しく眺めた。やっぱりみやこの雅な楽しみはいい。6/17まで。 


唐物と室町時代の美術(畠山記念館)

畠山記念館の「唐物と室町時代の美術」展を楽しんだ。
ここもまた自分にとっては定点観測所とでもいうべき美術館で、何度でも同じ作品を楽しめる場所なのだった。
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茶道具と文房具をまず見る。

砧青磁の名品が三つばかり並ぶ。
鎬鉢、鳳凰耳花入、つば付き花入。初夏らしさを感じる、そんな砧青磁たち。

金森宗和の箱書きでは「油滴天目」とある禾目天目茶碗を見る。位では油滴の方が上だというのでそう書いているらしいが、位がどうのより持ってた本人がその器を愛していたらそれでいいではないか、と思う。しかしこれは茶道の考えではないのかもしれない。
建前は必ず必要なのだ。

堆黒天目台 元~明代の工芸は明るく可愛い。天目台の全身に花模様が刻まれている。
「全身を綺羅に飾りて」は宋代が舞台の「水滸伝」の一節で、刺青をさしているのだが、これにもそのような風情を感じる。

唐物鶴首茶入 銘・養老 その水滸伝の同時代の茶入。挽家がまた面白い。袋も鼠皮とある。鼠皮などみたこともないし本当かどうかは知らない。フェルトにしか見えない。

唐物肩衝茶入 銘・星 秀吉~清正~頼宣~綱吉そして徳川家達公という来歴を持つ茶入。
この挽家が大きい。その袋は亀甲鳳凰文唐織。目立つ柄。

この二つの茶入れは大正名器全鑑に掲載されていて、そのページが出ていた。
こういう楽しみがあるのも嬉しい。

堆朱葉入四方盆 明代の明るい可愛いデザイン。真ん中が人物文で周囲の四枚の葉にはそれぞれ花が咲いている。手が込んでいる。

堆黒倶利盆 こちらは先のより百年前のもの。グリグリ連続文が続く。四角の枠に収まっているが、無限に続いていそうでもある。

菫童子青貝香合 可愛い、実に可愛い。左手にスミレが小さく咲いていて、それを見た童子が喜んで両手を開いている構図。これが野バラだとちぎられてしまうのだが。

共筒茶杓 津田宗及作 でかっ!びっくりした。朱を差した竹。替え筒もけっこう大きいが茶杓はそんなに大きくはない。

雨漏堅手茶碗 朝鮮のものだが目跡も多いが色の斑も多く、内側をのぞくとパウル・クレーが絵付けしたのか、と思うようなつくりになっている。
抽象絵画もやきものの柄になると、わたしでも愛好するようになるかもしれない。

砂張釣花入 銘・針屋舟 かなり大きい。これは天下三舟のひとつ。松本舟(泉屋博古館)、淡路舟(野村美術館)と並ぶ舟。

龍魚硯 形は上から見れば耳つき鍋のような硯で、海のところに二匹の魚がいる。周囲に縁取りもあるがこれは海草かも。龍はよくわからない。龍と魚ではなく龍魚なのか。
たいへん磨り難そうなので、オブジェとしての硯かもしれない。

龍濤文円硯 こちらは江戸時代のもの。顔だけ波間から出す龍がいる。

ほかに文具一式がある。仁清の石菖硯屏の愛らしさ、象牙の筆の赤い蝙蝠に花の装いなどなど、楽しいものが多かった。取り合わせの妙というものを感じる。

花鳥青貝軸盆 明代のもので、構図を見ると清水裂のような感じ。下弦の三日月があり、その下の梅に二羽の鳥が止まる。洪武5年(1372)の作。可愛いものが多いのは明代。

室町時代の絵と工芸品を見る。

鎌倉彫猩々香合 これは留守文様?猩々がどこにいるのかわからない。それとも赤色なのを猩々に見立てているのか。

二月堂縁起断簡 亮順 どこかの室内で僧侶と男が喜んでいる。その前には土気色の女が衾から身を起こして笑っている。病気が治ったような感じ。そしてその建物へ近づいてくる三人がいる。案内するかのような弓持ち童子と、夫婦者らしい二人と。
するとこの絵の中ではあの僧侶の祈祷が効くとかそんなことだろうか。
物語の説明がないので残念ながらよくわからない。

山水図 伝・天章周文 山中にしては随分立派な邸宅がある。そこへ向かうのではなく、そこから帰るのか、またはたまたま通りがかっただけなのか、アーチを描く橋を渡る三人がいる。ただそれだけ。しかしそれだけ、というのがいいものだと最近は思う。

琴高仙人図 雪村周継 出ました、琴高仙人。ここの鯉はナマズ顔。仙人の足指は長い。
衣の線の肥痩が面白い効果を出している。風をはらんだのがよくわかるような。そして遠見するような手つきがいい。

畳へ向かう。
座って振り返ると、天井の金波が光に揺れている。

出山釈迦図 ふらふらっと歩いている。テンクルカットの釈迦。

林檎花図 伝・趙昌 やはり綺麗で可愛いと思う。正月に東博で故宮の名品を見たとき、「夜合花」図を見たが、あれも同じ同時代(南宋)のものだった。斉しい美しさを感じる。
今回、箱秩も出ていた。四種の更紗をつないだもの。花柄のもので可愛い。
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蓮池水禽図 宗達 薄墨でぼわっと描いている。蓮はそんなに咲いていないが奔放な感じ。
水禽は元気な口をあけている。

其角の短冊があった。
阮咸か 三味線しはし ほとときす  
躍るような文字。阮咸は竹林七賢の一人で楽器を弾いていた。
転じて弦楽器(=琴)の意にもなる。
其角はけっこうホトトギスを歌ったものが多いらしい。ちょっと調べただけでも十以上出てくる。
関係ないが「まだあるまだある」は天下茶屋の元右衛門。

楽しい心持で見て回って、新緑の庭を横目に帰る。6/17まで。

6月の東京ハイカイ録 2

三日目。
江戸博へ行くのに対岸から歩いて行った。紫陽花が綺麗。
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両国橋を渡ると赤穂義士な気分だが、あいにく逆行。

開館直後についたがもう賑わっている。日本橋を描いた浮世絵や本や新版画が集まっている。
誰のかはわからないが、仕掛けもので裏から光を当てると店屋や舟や花火がパァッと明るくなるのがあり、それが楽しい。
国貞の日本橋は真正面から捉えた構図が面白い。あとはヌエットやハスイらの日本橋そのものを描く新版画がいい。

神田に出た。三井記念美術館で北斎の後期を見る。
琉球八景がひどく良かった。ロングで捉えた想像の風景、なにかしら静かでシュールなものがある。
若冲の描く佛ランドのような奇妙さ、そんなものが。

上野駅なかで例によって季節の野菜をメインにしたカレーをいただく。
相変わらず行列の店だが10分ほどで入れた。しかしいつもながら、いくらミニとは言えジャガ芋は皮をむき芽を取るべきですな、ソラニン中毒て今はないんかな?

芸大で由一を見る。鮭が三枚並ぶ。塩乾物屋の店先なり。一番おいしそうなのは芸大の鮭やな、身の赤みや皮のチリチリ感がたまらなくおいしそうや~

芸大所蔵品を見る。
小虎のオフィリアを初めて間近に見た。新聞の切り抜きしか見てないので嬉しい。

高崎線で浦和。野口久光の映画ポスターは前に見てるが、まあ久しぶりやしと雨の浦和に来たら、これが大正解!前のより規模は大きいし配置もいいし、大きいスクリーンで予告など映像流れるし。
まことに楽しく、結局大変長居してもたのだ。

浦和から千葉へ向かうが事故でいろいろ大変。時間掛かりすぎ、葛飾は諦める。
千葉の英泉と併設のモガの企画はやはり楽しいのでこっちも長居して、今日はそれで終わりにするしかなかった。
宿でぐったりして終わる。

さて最終日。
一旦品川に入るが手間取る。駅員もさまざまやな。私鉄ではこれではあかんよ。ってJRは民営化してたな、ハッハッハッハッまあ西日本よりマシか。

久しぶりに大井町から東急乗る。懐かしい。大分前は大井町に定宿があったのだ。次に後楽園、そして今のとこも三年目か。

二子玉川のバス停に早く着く。歩く。中耕地でコンビニに入りサンドイッチとアンバタ買う。
そこから静嘉堂に。

中国絵画の面白さが最近はわかってきたなあ。
楽しく眺めてから同じ方向のバスで世田谷美術館に行く。

結構ファーマーズショップが多いね、豪農な家もあるし。
せたがや、たがやせ

伊丹に来てた福原コレクションの駒井哲郎展の後期を見る。伊丹でみそこねたのでやっと見れた。
かなり良かった。これも長く書きたい。

徒歩で駅まで戻り渋谷に。
まずたばこと塩の博物館でイラストを楽しみ、クネクネと歩いて松濤美術館の田渕俊夫を見る。
明るく笑った後に静かな絵を見るのもいい取り合わせです。

そこから目黒の久米美術館で明治初期の能楽の歴史をナマナマしく見る。
かなり興味深い。

最後は目黒区美術館でペリアンのデザインを見るが、モダンムーブメントの人は必ずその前代の装飾性豊かな作品を全否定するなあ。デザインも建築も絵も、分野を問わず。

ペリアンのシンプルなテーブルを見ると、確かにそのシンプルさの良さを実感するが、その反面シンプルだからこそその上にものを載せたい、あふれさせたいという欲望を感じる。
装飾性のあるものにはそうは思わないが。

ここで終わり品川に向かう。
新幹線で隣のお姉さんがかなりすごい化粧の人で不機嫌さんなんだが、足元にある巨大なキャリーのせいやなと、読み終えた新聞紙を足置きにあげたら、えらく恐縮し、わたしが新大阪で降りる時も随分お礼をいいやる。
新聞紙でそこまでありがたがられると、普段この人は全く誰からも小さな好意を受けてないんかなあと思ったり。ちょっと複雑。

旅は終わった。円は閉じた。

開高健の名文を〆に置いておいて、とりあえず6月の首都圏ハイカイは完了。

六月の東京ハイカイ録 その一

六月の東京ハイカイの始まり始まり~

なにしろ天候がよくわからない。
大阪は既に朝から暑いのだが、新幹線から見える景色と来たらやたらと曇天で寒そうにすら見えるやないの。
ええのか、このかっこうで。

とかなんとか言いながら東京について、バスに乗る。
最近知ったのだが、わたしの定宿は電車よりバスのほうが、より便利だったのだ。
荷物預けて出発。

展覧会の感想の詳細はまた後日に。
まず畠山記念館。

いい茶道具と室町時代の中国ラブに裏打ちされた絵画をみて、大満足する。
最近は室町時代の水墨画のよさに深く惹かれるようになった。
あと、これまではあまり好きではなかった砧青磁の瓶も、初夏らしいさわやかさを感じたり。
嗜好というものはそうやって少しずつ変化を遂げる。

歩くには不案内なので乗り継いで六本木一丁目へ。
泉屋分館で京の絵ややきものを堪能する。
とにかく屏風が良かった。良すぎるくらいよかった。
柳橋柴舟図、唐子遊図、花菖蒲図。
先の二つは江戸時代、花菖蒲は木島桜谷の作品。色あわせの清冽さに打たれた。
古い京焼と同じ色数なのに、本当にきりっとしていた。
丸々した唐子らの愛らしさにもドキドキ。
柴舟たちのけなげさにも惹かれた。
やきものは明治の陶工たちの名品がメイン。本歌もよく、後世のカヴァー作品も良い。

永田町経由で豊洲へ。UkiyoeTOKYO。「新版画の風景」を大いに楽しむ。
なんというか、浮世絵~日本画~新版画の線上と、洋画~創作版画の線上という感じか。
もっと言えば磁器と陶器の違いと似てるように思う。
見れなかった創作版画はここで映像が流れるので、それも楽しむ。

銀座一丁目からまずリクシルへ。
銀の装飾品を全アジアから集めている。
アジアの深く美しい美は銀への愛情から成り立っていたことを感じる。
しかし今では銀は鋳潰されているらしい。
わたしは金もいいが銀もとても好きだ。
東アジアから西アジアまでの広大な範囲…


一石橋経由で三越へ。ここで向田邦子と森繁久哉展を見る。
なかなか面白かったが、彼女が現役のころはそのドラマをほとんど楽しんでいない。
しかし没後、盟友・久世光彦の演出によるドラマをみるようになった。
結局私は向田邦子の「遅れてきたファン」になったのだった。
あとは森繁の舞台衣装など。わたしは佐渡島他吉がいい、と思った。

初めて日比谷図書館へ入った。
最近は図書館へ行かなくなっているので、おずおず。
昔はあんなにも大好きだったのに、近年は図書館に行く心のゆとりがなくなった。
ねてる人を見るのがいやだというのがある。
さすがにここではそんなことはない。
しかしセキュリティが意外なくらい低いのに驚いた。
というよりここは区立のだから、ということに改めて気づいた。
府立図書館や大学図書館とは違うのだ。

名取洋之助展を大いに楽しんだ後、クイズをあててレストランの割引券をいただき、それで地下レストランでハンブルクステーキ。
デミグラソースがおいしい。
ちょうど今は名取ゆかりのドイツフェア最中なので、ハンブルクステーキで、ここの自慢のソースで、と自分なりに合理的な満足を得る。
理屈が多いぜ、7eさん。

外では日枝山王神社の祭礼のにぎやかな声が続く。たいへんすごいですな。
こないだ映画で見た「Jエドガー」の評伝を読む。ははははは。
あとは6/6に亡くなったレイ・ブラッドベリ追悼コーナー?を少し眺め、悲しくなる。

そこから東銀座までぶらぶら歩く。久しぶりに東銀座を見て、いろいろと物思う。
一日目はこれでおしまい。


二日目。
朝イチから世田谷文学館へ。「史上最大の手塚治虫展」今日の一番客♪

むかし、手塚がなくなった後少しして神戸市博物館が、公立ミュージアムとしては初めて手塚の、というよりもマンガの展覧会を開催した。
あのときは原画が大変多く出ていた。図録も大判のもので解説も非常によかった。
英訳文もよかったことを覚えている。
その後、94年に宝塚に手塚記念館ができた。
ここに展示されているもののうち、記念館のものは、だからなじみのものなのだった。
面白い展覧会だった。
オブジェがたくさんあるのもいい。
それと全集にも単行本にも入っていない原画が出ているのもいい。
「リボンの騎士」少女クラブ版でフランツの叔父上シャルネ殿下が人魚に恋する悲恋譚。
手塚は色々書き換えてしまう作家だったから、これは収めなかったのだろうか…

帰宅してからまた手塚の本を色々と読みたい。わたしはどういうわけか子供のころから、手塚のマンガは青年誌・一般誌で描かれた作品のほうが好きなのだった。


新宿で地上に上がってからちょっとというかかなり苦労する。
わたしは新宿と渋谷が大変ニガテなのだよ。必ず迷う。疲れる。

損保ジャパンへ。アンリ・ル・シダネル展。
軽井沢のメルシャン美術館最後の展覧会のとき、時間がなくてその入り口前で佇んだなあ。
京都でも浦和でも見ずに新宿で待った。
待った甲斐あり、さすが損保だけにオリジナルのリーフレットやジュニアガイドを出している。
これが嬉しいのさ。


目白に行く。学習院史料館で大正時代の絵葉書を見る。
看板が掛かってるのでそちらへ向かうとご年配ご夫婦が看板とともに撮影しようとしてたので、声をかけてお二人一緒のところを写す。
おせっかいなのかもしれないが、仲良く見に来てる人々にはこうした親切も必要だと思っている。
そうすることで展覧会の思い出がよくなり、またどこかに見に行こうかとなるかもしれない。
展覧会そのものへの、ちょっとしたご恩返しのつもりでもある。

絵葉書もいいし、花電車のジオラマがまた楽しい。那須与一の扇の的を射るのも灯りがついたり。
アンケートに答えてボンボニエールの絵はがきをもらう。


原宿へ。太田記念美術館で猫の浮世絵に耽溺する。
細かいことは別記事で書くけど、とにかく可愛過ぎる…
なんだか地獄にいるようなキモチになってきたわ。

地下鉄で日比谷に出て出光美術館へ。もう中国青銅器も最後だからね。
ゾウさん、フクロウさんらに挨拶し、前期と入れ替わって出てきたハハ鳥も眺める。
楽しい展覧会でした。

その後ホテルに戻って荷物置いたりなんだかんだしてから銀座へ。
・・・ちゃんと住所見ようよ、わたし。
Q蔵さん、カシワギさんとおいしく会食。
話がまためちゃくちゃ面白い。流れとしては文化論になっていったんだけど、これがまた面白いんだよな~
わたしはこういう話をごはん食べながらしたいのだよ…

ああ、たいへんよい夜でした。
二日目はこれでおしまい。


巨大ワニと恐竜の世界

大阪大学総合学術博物館で「巨大ワニと恐竜の世界 巨大爬虫類2億3千万年の攻防」展が開かれている。
大阪初公開の標本多数登場、というアオリまである。
ノーフラッシュならこのコーナーだけは撮影可能なので、ばちばち撮ってみた。
コーフンしてたので手元も焦点も狂てるが、カンニンしてください。
なんしか当初わたしの得た情報では「マチカネワニvs恐竜」で、しかも「ワニ>恐竜」な内容だと聴いてたのよ。

阪大のある豊中市にはマチカネワニというワニが昔おったそうです。
だからマンホールもマチカネワニと市の花ばらの文様。

そのマチカネワニの説明。
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ホールにはマチカネワニのホネとマンホール。
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ロビーの恐竜IMGP0285.jpg

さて三階展示室へ。
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なんなんや?IMGP0271.jpg

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マチカネワニの親戚のインドガビアルのホネ
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マレーガビアルのホネも確かに似ているな。
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建物で発見。妙にキレイなターコイズ・ブルーIMGP0280.jpg

こちらはワニでも恐竜でもないけど、体型がちょっとばかり似ているグリフォン。
尼崎総合文化センターの奥庭に住んでます。
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近くには川もある。
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ここから這うて出てきたわけではないけど♪

けっこう楽しいワニvs恐竜 化石対決の巻でした。

倚松庵に行く

先日は京都の谷崎の旧邸を訪ねたが、今回は阪神間の谷崎の住まいを訪ねた。
今は魚崎にある「倚松庵」である。
ここでの生活は「細雪」となった。

玄関は昔ながらの日本の家。
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天井の感じがいい。IMGP0228.jpg

玄関灯など。
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台所周り
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お風呂IMGP0207.jpg

もちろん五右衛門風呂IMGP0208_20120604214726.jpg

お手洗いのドア。IMGP0209.jpg

手洗いの前の道IMGP0210.jpg



座敷の床の間は元は違う用途の場だったとか。
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今はとてもシック。IMGP0216.jpg

和室の内装
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廊下にはレトロな電話がある。
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洋室の食堂にはこの家を描いた絵が飾られていた。
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洋室のドアには小さな色ガラスが。
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細かい木の細工があちこちに見受けられる。IMGP0232.jpg


洋間でくつろぐ時間が多かった人々。
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暖炉の代わりに扇風機。IMGP0220.jpg

レコードを聴いて楽しむこともあったでしょう。IMGP0221.jpg


お庭はよく見える。
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風通しもいい。IMGP0231.jpg

二階へ。IMGP0206.jpg

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ここでも谷崎文学が展示されている。
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くつろげる。IMGP0238.jpg

遺愛の文具か。IMGP0237.jpg

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しかしこの部屋は西日が強いので執筆にはむかず、谷崎は離れを勝手に拵える。

衣文掛けの装飾まで可愛い。IMGP0239.jpg

風通しのよさは本当に良かったので残念だったろう。
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二階には和室がもう一間ある。そこに飾られている造花の百合がいい。
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箪笥なども懐かしい・・・
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外から家を眺める。
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可愛い花や木々が庭を優しく装う。
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実際のところ玄関よりこちらの門の方が魅力を感じるのだが。
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可愛い照明をみる。
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庭へ出るのも楽しかったろう。
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「倚松庵」の名にたがわぬ素敵な家だった。
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なおこちらは土曜は公開されているそうです。

古代礼讃・中世礼讃

古代礼讃・中世礼讃 
正木美術館で古代の埴輪、土器、また中世の絵画を楽しんだ。
前期に行けなかったが、後期の展示だけで大いに満足した。
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最初に縄文土器が現れる。
深鉢がある。四半世紀前のボディ・コンシャスを思い出させるスタイルの鉢がある。
しかもその胴を飾る文様はどことなくモダンな様子を見せている。

埴輪がある。
最初に巫女らしき埴輪がある。ベンガラで襷をかけたその下には櫛目のスカートらしきものが見える。
隣の男子埴輪はツバのある帽子をかぶっていて、解説によると「頭をかいている」らしい。柔和なその顔には見覚えがある。アニキ・金本知憲に似ているのだ。

そしてチラシの埴輪が現れる。
鈴付き冠に緑の葉っぱがついている。
須田悦弘の「雑草」である。とても似合っている。
古事記のヤマトタケルの歌を想う。望郷の念を歌ったその歌。
「命の全けむ人は 畳こも平群の山の 熊白梼が葉を 髻華に挿せ その子」
この埴輪に正木美術館の学芸員さんは「はにかみ王子」の名を奉っている。

他にも庇髪の巫女の前に須田のスミレの取り合わせもあった。
武人の埴輪もニつある。どちらも精悍な顔つきをしている。

土師器の瓶に見覚えがあるとも思う。ハンス・コパーの造形に似ている。

銅鐸を見る。これはまた鮮やかに綺麗な緑青に包まれている。飾り耳が三つ、お菓子のパルフェに似た形を見せ、さらに並び丘のように左右に三つずつ耳がつく。

碧玉製の飾りもの(車輪石)がある。車輪石とは腕輪のことだという。玉というより石に近い。
安閑天皇陵の陪塚から出土したものや、奈良の富雄丸山古墳からのものもある。

中世の絵画を見る。

春日鹿曼陀羅図 室町時代のものが出ていた。小さな満月が上部に描かれ、真ん中に神鹿の背に乗る鏡がある。
鏡には種字が浮かんでいる。その鏡と月下の春日山の間にほとけ達が佇む。

鎌倉時代の春日社寺曼陀羅図には春日大社と興福寺とが描かれている。

三十六歌仙絵が何点かある。
斎宮女御は立って舞う後ろ姿、中空を見る僧正遍昭に、難しい顔でうつむく凡河内躬恒もいる。
また色白く、唇に朱が差された西行もあった。

一休宗純と森女図 上に一休の肖像と、本人の森女を可愛いと思う心を記した歌が描かれ、下に瞽女然とした森女が鼓を前に座している。色の白い、朱の着物に白い打ち掛けをまとう女。目は深く閉ざされている。
そこには細い文字でやるせない歌が書かれている。

南北朝の騎獅文殊図が二点。
虎関師錬の賛が解説に写されていた。
看よ看よ 乳臭の寧馨児 豈是れ曽て七仏の師と為さんや 手を太阿に按じ用いて著さず 今に至って甘蔗蔓枝の滋 
甘蔗はサトウキビのことらしい。勇猛な獅子に座す文殊。
もう一方は五髻の稚児文殊が毛虫のような獅子の上にいるが、その獅子がいい。寝そべりながら出歯を三本ばかり見せている。ちょっと面白い顔つきである。

木筆不動明王図 木を工夫して筆にしたもので描いている。その技術は室町くらいで廃れたそうだが、いわさきちひろが割り箸の先を削って筆にしたので描いた作品を思い出した。
ここに描かれた不動とこんがら・せいたかの三人は妙にとぼけた味わいを見せている。表情がとても楽しい。
真ん中の不動は手に持つ縄をじーっと見て、向かって左のせいたかは遠見をし、右手のこんがらはそんなせいたかを見る。線の肥痩がいい。

蓮図 能阿弥 全体に薄墨で描かれているが、その中でも濃淡があり、その微妙な色の違いがたいへんよかった。
没骨法で描かれた蓮は、版画のようにもみえる。
この花の絵の前に、須田の白椿を伊賀の花入にいけたのを置いている。

十牛図 扇面に円囲みが五つずつ、そこに十牛図のシーンが描かれる。表装は鈴木其一の稲穂が乱れる図。
童子と牛がたいへん可愛い。特にニコニコする牛がいい。ひづめも可愛い。
1.「おーい、どこ~」2.「あっ」3.「いたいた」(そぉーっと後ろから近づく)4.ツノに紐をひっかけたけれど5.牛が笑いながら逃げる
ここまでが右。次からが左。
6.牛を引いて帰る。牛はニコニコ。7.ニコニコ牛は童子を背に乗せてやり、童子は機嫌よく笛を吹く。8.何故か現れる布袋さん。9.家でくつろぐ童子とニコニコ牛。10.大満月。

韋駄天図 細く縦長の画面の上部に韋駄天がいる。その下に賛が長々と続く。面白い構図。

和やかな心持になる。古代礼賛・中世礼賛、本当にその想いが伝わってくる。
面白い展覧会だった。6/10まで。

ザ・忠臣蔵 早野勘平編

池田文庫で「ザ・忠臣蔵」として忠臣蔵の浮世絵展が開かれている。

「仮名手本忠臣蔵」は「忠臣蔵」物の中でも特に人気で、実際に舞台にかけると「独参湯」(=ドクジントウ、よく当たる薬)と喩えられ、讃えられる。
この池田文庫でも「仮名手本」の浮世絵は実に800種を超えて所蔵するそうだ。
絵師の東西を問わず、そのうちからピックアップした名品が展示されている。
前後期に分かれての展示で、後期の今は早野勘平編が始まっている。
前期は寺岡平右衛門編。前期を見に行きそこねたのを反省しつつ、後期展示を大いに楽しんだ。

まず登場人物紹介として、描かれたキャラたちが現れる。
更に事件の経緯を辿らせるように、大序から十二段目へ到る道筋が示されている。
この辺りの展示は忠臣蔵が全くのフィクションではなく、大変な大事件から起こった物語だということを改めて認識させてくれると同時に、ドキュメント風なツクリが純粋に娯しい。

敵役の高師直は立派なツラツキでなくてはならない。そうでなくば憎そうにならない。
リストにあるこの顔つきも本当に憎そい。(にくそい、と言い方も古い)
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若狭之助をあおりつつ、裏で働く加古川本蔵。
そして賄賂を貰って「粋(スイ)よ、粋よ、粋さまよ~」と若狭之助に愛想する師直。
その絵がまた面白い反面、次の場の悲劇を思うと・・・

四段目の「由良之助はまだか」の絵がある。腹を召される寸前までのもの。
描かれた時代の役者はいざ知らず、近年では亡くなった七世梅幸の判官が上品で綺麗だった。絵を見ながら芝居の場面を思い出す。

さていよいよ「勘平編」のメインである。
「道行旅路花婿」の楽しい絵を見てから、五段目へ向かうと、悲劇へ急転直下する若者の姿が見えてくる。

五段目と言えばやはり定九郎だが、ここで非常に興味深い絵を見た。

その前に書くと、定九郎は元は山賊のもっさりした姿で演じていたのを、初代仲蔵がある雨の日に見かけた浪人者の姿に感応して、現在に伝わるスタイルの、黒の着流しで演じた。
人を殺して金を奪い、にんまり笑って「五十両」これだけの台詞で、挙句にダッと射殺される。それだけの出番なのだが、これがないとやっぱり「芝居を見た」気にならない。
だからどの役者もやりたがる、おいしい役である。

さてその男の色気に溢れた定九郎の姿しか見なかったのだが、ここで山賊姿のもっさりした絵も展示されていて、驚いた。
こういうのは初めて見た。

資料で、近年入れ事ナシで演じられた忠臣蔵の写真が出ており、もっさり定九郎がいたが、やっぱり「歌舞伎」では悪くていい男の定九郎が楽しい。
文楽では山賊がいい。
比較する楽しみがあった。

六段目の絵は上方と江戸の様式の演じ方の違いがあるので、またこれも別な趣がある。
納戸色のを着る・普段着でいる、それぞれの考えがあるのでその辺りの違いを見るのも面白い。
猟師として暮らす元・武士の勘平。武士の身分に戻りたいことからの悲劇。
そして全ての事情が明らかになり誤解も解けたとき、死出の旅路につく勘平は初めて武士に戻れた・・・
そういう解釈もある以上、多くの様式があっていいと思う。

勘平編なので本来ならここで終了してもいいのだが、ちゃんと七段目以降の絵も展示されている。
七段目こそが寺岡平右衛門の物語。

浮世絵で人気の構図は、真ん中に由良之助、二階に遊女お軽、床下に九太夫の三人同時に密書を見る、というもの。
息子の力弥から届いた密書を読み始める由良之助だが、今と違い昔は巻物。巻物の最後は下へ下へゆく。
床下で由良之助の動向を監視していた九太夫がメガネをかけてそれを読み出す。
一方二階でお軽はそれを恋文と勘違いして手鏡で見てしまう。
情報モレもいいところで、由良之助の管理に問題があるのだが、そこは眼をつぶり、物語は動く。

現代の役者で言えばやっぱり七段目の由良之助は吉右衛門がベストだと思う。
世を韜晦して生きる、そんな役が異常に巧い。
醒めながら酔い痴れる、その眼がたまらない。
だからわたしは吉右衛門の一條大蔵卿が好きだ。

九段目の主役は加古川本蔵だが、まず絵では少年と少女の愁嘆場がある。
絵を見て芝居に行く人もいれば、芝居を見てから絵を買う人もある。
そんなことを思いながら絵を見るのも楽しい。

現行の仮名手本忠臣蔵の舞台ではまず十段目はかからない。
わたしは写真で八世三津五郎の天川屋を見たが、実際の舞台では見ていない。
しかし講談などではとにかくこの段は人気で、「天野屋利兵衛は男でござる」という台詞は長く人口に膾炙していた。
絵では天川屋の玄関前で儀兵衛の離縁された妻が髪を切られるシーンが多い。
国芳の絵では、背景の壁に落書きがあるのが楽しい。

珍しいものを見た。
義士たち大集合図である。いちいち四十七士をきちんと描きわけている。
浮世絵や映画、TVでは討ち入りに気合が入るが、舞台ではまず出ない。
わたしもTVで忠臣蔵を見るときは、必ずこの討ち入りを楽しみにしているが、舞台では別に見たいとは思わない。
討ち入る絵も多くのものを見ているが、絵師たちの個性がそれぞれ出ていて楽しい。

多くの浮世絵コレクションを持つ美術館で、忠臣蔵ものの展示はそれだけで独立して企画される。
暮れには、ukiyoeTOKYOが忠臣蔵の戯画ばかり集めた展覧会をしていた。
赤穂の歴史資料館は毎年討ち入りの12月には必ず企画展を催す。
昔も今もこうして忠臣蔵が愛され続けているのを感じる。
とはいえ、こうした「人物紹介」から始まる展示にしないと、「全く知らない」という世代もいるのは確かだ。
伝統芸能とその娯楽、この先の流れがどうなるかはわからないのだ。
しかしながら、今こうして楽しむことが出来て、たいへん嬉しい。
展示は6/10まで。


6月の予定と前月の記録

6/7~6/10まで首都圏ハイカイ予定。
そのときに行く予定の展覧会。

唐物と室町時代の美術 畠山記念館~6/17
近代の京焼と京都ゆかりの絵画 ―受け継がれるみやこの美― 泉屋分館~6/17
川合玉堂と東京画壇の画家たち 野間記念館~7/16
美しき日本の風景 新版画之部 ukiyoeTOKYO 6/2~6/24
向田邦子と森繁久哉 三越日本橋 6/6^6/18
報道写真とデザインの父 名取洋之助 日本工房と名取学校 日比谷図書文化館~6/26
地上最大の手塚治虫展 世田谷文学館~7/1
アンリ・ル・シダネル展  損保ジャパン~7/1
大正の記憶―絵葉書の時代 学習院大学史料館~6/9
浮世絵猫百景―国芳一門ネコづくし― 太田記念美術館 6/1~7/26
シャルロット・ペリアンと日本 目黒区美術館~6/10
日本橋 ~描かれたランドマークの400年~ 江戸東京博物館~7/16
近代洋画の開拓者 高橋由一 藝大美術館~6/24
野口久光 シネマ・グラフィックス うらわ美術館~6/24
渓斎英泉展/モダンガール万華鏡―近代日本の絵画・版画から― 千葉市美術館~7/8
かつしかと平櫛田中 葛飾区郷土と天文の博物館~6/17
東洋絵画の精華 ―名品でたどる美の軌跡― 静嘉堂文庫~6/24
福原コレクション 駒井哲郎 1920-1976 世田谷美術館~7/1
わたしの句読点 たばこと塩の博物館~7/1
いのちの煌き 田渕俊夫展 松濤美術館 6/5~7/22

こちらは来月になる可能性が高い。
横浜の海 七面相 横浜開港資料館・横浜都市発展記念館~7/16
収蔵品展Ⅰ 船旅への想い 日本郵船歴史博物館~8/5
「挿絵が僕らにくれたもの」―通俗文化の源流― 三鷹の森ジブリ美術館6/2~
生誕120年 福田平八郎と日本画モダン 山種美術館~7/22
越境する日本人 工芸家が夢みたアジア 1910s-1945 工芸館~7/16

むろん東近美「吉川霊華」、サントリー「紅型」なども楽しみだが、これらはわたしの場合確実に7月にゆくので、あえて書かなかった。

関西。
谷崎の先覚 名作に見る出版戦略 谷崎記念館~6/24
谷崎の住んだ倚松庵見学
マリー・ローランサンとその時代 パリに魅せられた画家たち 小磯記念美術館~7/8
建築家 村野藤吾と尼崎展 尼崎市総合文化センター~6/3
古代礼賛 中世礼賛 正木美術館~6/10
生誕170年・没後100年『藤田傳三郎の軌跡』 藤田美術館~6/17
叙情画 コヤノ美術館
名物記に載せられた茶碗と名碗たち―高麗・樂・国焼を中心に 湯木美術館~6/24
屏風絵 後期 高島屋史料館~6/26
佐伯 祐三展 -純粋なる魂を描いた、夭折の画家- 山王美術館~7/29
佐伯祐三とパリ ポスターのある街角 大阪市立近代美術館(仮)~7/16
奈良絵本・絵巻の楽しみ -おとぎ話のはじまり- 松花堂美術館~7/1
仏教の来た道 シルクロード探検の旅 龍谷ミュージアム~7/16
樂歴代の名品を見る 樂美術館~6/24
所蔵品展 うるわしの女性たち 中信美術館 6/5~7/8
四季の画賛と待合のしつらえ 茶道資料館~6/10
名品展 -コレクションの歩み- 大和文華館~6/24
オールドノリタケ 東大阪市民美術センター~7/1

ここからが行く予定日が未定のもの。
源平合戦とその時 大阪青山歴史文学博物館 6/16~8/5
高麗青磁の精華 心にしみ入る「翡色」の輝き 高麗美術館6/9~9/2
チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち 滋賀県立近代美術館6/9~7/29
麗しき美人たち 木下美術館~6/11
都名所図会の世界―源氏物語と平家物語― 宇治市源氏物語ミュージアム~7/8
-唐代の詩と多重都市の協演-髙山辰雄・西村元三朗 BBプラザ美術館~7/7
平 清盛 – 院政と京の変革 - 京都市考古資料館~6/24 
狩野派の絵画 香雪美術館~7/16
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