美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

素敵な収蔵品展 滋賀県立近代美術館/神奈川県立近代美術館

大きい企画ではないが、小さくともよい内容の企画展をみたので、それをまとめたい。

滋賀県立近代美術館「ひらけ!!ふしぎのたからばこ」より。
夏休み子ども美術館、ということで行ったその時まさに、子どもであふれていた。
それで子どもさんのお邪魔をしてはならんと現代美術のほうへ行かなかったら、山口晃の「厩図」もコーネルの「月の虹」というボックスも見そこねてしまった。残念。

三橋節子 近江昔話 雷獣 三橋節子は子どもの頃に「湖の伝説」を読んで以来、わたしの心の底でずっと一つの位置を占めている作家。
どんなに好きな作家でも、良いもの・そうでないものなどがあるのは当然ながら、三橋節子といわさきちひろは、その作品全てを受け入れてしまう。
不思議なことに、小説を書く同性に対しては厳しい眼を向けてしまうが、絵を描く同性には非常に深い尊敬やシンパシーを感じることが多い。特に自分が子どもの頃に見た女性画家の作品は、好悪を超えて、ある種のイコンのように自分の心の中に高く活きている。
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節子さんは子どもさんにこの昔話を語ったのだろう、と思いながら画面を眺める。
ふっくらしたほっぺたの子ども、翔る不思議な獣、近江の草・・・
自分もまたその場にいて、この子どもらのすることを間近に見ているような気がするのだ。

山元春挙 しぐれ来る瀞峡 大きな掛け軸。そこに大自然がある。春挙はロッキー山脈ですら掛け軸のうちに収める。小さくまとめるのではなく、大自然の一部を切り取ってそこに姿をみせ、見るものをもっと大きな地点へつれてゆくのだ。
この瀞峡もそう。奥にも手前にももっと深く水はあり、豊かな深みがあり、風が吹き渡ってゆく。そしてしぐれに遭いつつも、その気持ちよさを堪能するのだ・・・

紀楳亭 高士羅浮仙 最初にこの絵だけを見たとき、「古い絵を巧くはめ込んだポップ系な感じの・・・」と思ったら、なんのことはない江戸時代の紀楳亭の作品ではないか。
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ちょっと虚を突かれた感じがする。背景の黒も宇宙空間の黒のように見える。
面白かった。杉浦茂の不条理ギャグマンガでは背景に突然宇宙や西部が出てくるが、あれと同じような精神風土を思う。

吉田善彦 桜 この人の桜はいつももあもあと優しく、しかし捉えどころのない姿を見せている。どこまでが桜の花なのか、どこからが空気なのかもわからない。

岸竹堂 月下遊鹿図 三匹の鹿がいる。シカップル+友人なのか、シェアリングなのか。
・・・わたしはツガイという字は使わず、すぐカップルと書くので、鹿のカップルだからシカップルというのだが、やっぱり三頭の鹿の関係性はわからない。

小倉遊亀のコーナーへ。
谷崎の「少将滋幹の母」挿絵をみる。遊亀の人物画はタブローより挿絵のほうが好ましい。
平安風な描線で描かれた美しい黒髪のひと、そして墨の濃淡と線の肥痩のリズム。
数枚の作品を眺めながら、谷崎の豊かな世界には、多くの優れた画家の挿絵が活きていることを、改めて実感する。

花屑 何のことかと思いつつ絵を見ると、可愛らしい花が投げ入れられている。
さりげなく和やかな風情があるのだが、解説によると、どうも生けるのに向かなかった花のことを「花屑」と言うらしい。そうか、余り花かと思いつつ、それはそれで可愛らしい。
そしてそれを遊亀さんは綺麗な器に生け、花を活かし、絵にするのだ。

清水卯一のやきものがいくつかある。今回は田舎饅頭のような肌のものはなく、さらさらとした肌のものばかりがあった。暑い時期にはさらさらしたやきものがよろしい・・・

9/2まで。


次に鎌倉の神奈川県立近代美術館別館での収蔵品展の感想。

洋画家の朝井閑右衛門といえば、そのマチエールが一目見れば忘れられない様相を見せている。変な喩えだが、シリアルのクリスピーの細かいのが寄り集まったような、それがいちばんしっくりくる。

その閑右衛門の三部作があった。鶴岡八幡宮を描いている。
しかもただの風景画ではなく、上空に神様が現れている。人と神様が一緒にいる空間。
1977年のある日に生まれた作品。
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祭Ⅰ お狐 手前の赤い鳥居の左右の白い影がお狐さんなのだっ!
祭Ⅱ 巫女さん 白い道は砂利。そこを歩く巫女さんたち。その上空には・・・
祭Ⅲ 鶴ヶ岡 ここではⅡに続いてとうとう義経や不動明王に天女まで現れ、絶頂に達している。祝祭空間の頂点はここに極まった。
 
なんだか異様な喜びが湧き出してきた。自分もこの空間に入り込んでしまったのかもしれない。祭りだ祭りだ・・・わくわくしてきた。
絵がどーのとかいう必要はなく、このわくわく感を言葉にしよう。
絹谷幸二は絵の中に歓喜とワイワイガヤガヤといった騒ぎ声を封じ込める作家だが、閑右衛門はその先達として、このジャカジャカしたマチエールの中に、音声と歓喜とを封じ込めたのかもしれない。

今回はフジタの「キキ・ド・モンパルナス」を収蔵したということで、チラシにも大きくキキの身体が横たわっている。
このグラン・ブランと謳われた乳白色の肌を拵えるのに、天花粉を用いていたとは、フジタは凄い・・・!
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珍しいものを見た。伊東深水の歴史画である。尤も「静御前」だから美人画と言うつもりで描いているのかもしれない。しかしこの鎌倉に収蔵されているということを考えると・・・
描かれた動機は別にどうでもいいか。楽しく絵を見る。それだけでいいのだ。
鶴岡八幡宮で静御前が白拍子姿で扇を持つ姿を見ていると、「賤や賤、賤のおだ巻き・・・」という歌声が聞こえてくる。

絵を見て、名前を見るまで完全に忘れきっていた。今も名前は思い出したが、何の作家だったかはわからないままなのだが・・・
砂澤ビッキの裸婦のラフスケッチがよかった。

松篁さんの美人画があった。
花野 天平美人が二人たたずむ。リンドウを手にする人と、今一人は白リンドウを取ろうとしている。
周りにはキキョウ、白萩が咲いている。
松篁さんの美人は優しい自然の中にいても調和を乱すことなく、そこになじんでいる。

ここにも遊亀の絵がある。金地に白牡丹が美しい。
そういえば鶴岡八幡宮では蓮は見るが、牡丹園には入ったことがなかった。
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アルビン・ブルノフスキという銅板画家は知らなかった。
'35'~97の人生。既に新作は望めない。幻想的な作風で、とてもかっこよかった。
特に'77~'92年の作品がよかった。

こちらは9/9重陽まで。
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頼朝と重源 東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆

奈良国立博物館の「頼朝と重源 東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆」展は、奈良の大仏と言うものがいかに古代から中世の人々の心の支えになっていたかを、改めて知る展覧会だった。
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平重衡が治承4年(1180)に南都焼き討ちし、東大寺・興福寺が大災害を蒙った後、重源が勧請してまわった、というのは数年前の「重源」展で学んだことだが、今回はそれを支えた後白河法皇と、法王亡き後の「大檀越」頼朝らの関連資料が多く出ていた。

第一章 大仏再興 仏法・王法の再生
同時代の資料の写しや読み物のその表現が又凄まじい。
首は落ち、体は焼け溶け、それらが大山になっている、とか・・・
710年の大仏開眼の栄光を知るものはいないにしても、それでも500年近く日本仏教の拠り所だったものが鉄溶岩崩れみたいになったのは、本当に衝撃だったろう。

日本語の形容はこうしたときに非常な力を発揮する、と思う。
字面を追うだけで、大仏の崩れた様子がありありと浮かんでくる。

東大寺大仏縁起のそのシーンを見る。室町時代の絵巻で、可愛らしい絵である。
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しかし炎上して僧や稚児らが逃げ惑うのは無残極まりない。炎上、焼亡。
このあたりの行動こそが清盛の業となり、「心もことばも及ばれね」と表現され、やがて前の世にもなく後の世にも聞かぬ死を迎えることになるのだ。
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慌てる人々

室町字代の大仏螺髪が展示されていた。一粒でこんなにも大きいのかと驚く。
盆庭の蓬莱山のようではないか。
こんなものがどろどろに溶けて落下したら・・・ああ、怖い。

西行物語絵巻がある。山野を歩く西行がいる。出家と遁世の違いを考える。
近世近代になると、出家はあっても遁世はない。なぜ中世の人は遁世をしたのだろうか。


第二章 大勧進重源
重源の坐像だけでなく、彼が使った脇息や杖もあった。
長生きをして、懸命に働いた上人である。

久しぶりに善導大師像を見た。昨秋東博でみたもの
可愛い萌えなお坊さん。美坊主、美貌ズ。
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文覚上人像もあるが、こちらはやっぱり何かしでかしそうなアクティブな感じがある。
ほかには菩薩面がずらずらあり、さすがにそれはニガテ・・・

しかしそれにしてもあの(!)後白河法皇まで大仏再興に懸命だったというのは、なにやら不思議な感じがある。


第三章 大仏殿再建 大檀越・源頼朝の登場
神護寺にある頼朝の似せ絵を久しぶりに見る。これを最初にナマでみたのは昭和60年頃の、昭和天皇在位60年記念展でだった。学生料金で京博に入り、この絵が予想よりずっと大きいことに驚いた。

二月堂の過去帖がある。丁度重源の手前に「青衣の女人」がいるが、重源は「南無阿弥陀仏」と尊号で記されている。

やや小さめの四天王立像がある。邪鬼の上でポーズをキメる四天王もかっこいいが、踏み拉かれる邪鬼たちの可愛さがいい。表情豊かで楽しい。
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東大寺縁起には金の鳥もいた。
ほかに伎楽面がいろいろ。


第四章 栄西そして行勇へ 大勧進の継承
栄西はエイサイではなくヨウサイ表記だった。呉音か漢音か忘れたな。
栄西禅師は重源から後を受け継ぎ、こちらも懸命に東大寺再建に走り回ったそうだ。
ここでは喫茶を齎した人としての面は殆ど出ていない。

鉄槌があった。そう大きくはない。何にどう使ったのかはわからない。

第五章 頼朝の信仰世界 鎌倉三大寺社の創建と二所詣
鎌倉に寺社が多い理由をここで知ったように思う。

帝釈天像 フルカラードレス。非常に綺麗に彩色が残っているが、これは修復したものなのか。鎌倉時代。あまりに綺麗なので何度もぐるぐると見歩いた。811年前の像。

鶴岡八幡宮の扁額がある。今のものではなく旧いもの。寛永六年。既に「八幡」の「八」の字が鳩で表現されている。

文殊菩薩立像 五髻(ごけい)の髪型だが、二つばかり捥げて、三つのお団子になっている。可愛い髪型。


第六章 八幡神への崇敬
源氏が八幡神を信仰するのは当たり前だと思っているので、今となっては逆に「何故八幡神が氏神なのか」という思いも湧いてくる。

八幡廻御影 一番手前の右の神だけが少年である。みづらに結うている美少年。

籬菊螺鈿蒔絵硯箱 これは鶴岡八幡宮の境内にある「鎌倉国宝館」でしばしば見かける名品。きらきらしていてとても綺麗。
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他にも綺麗な拵えの太刀や舞楽面がたくさんあった。
源氏の八幡神への崇敬の念は伝わってくる。

色々と見るべきものの多い内容だった。9/17まで。

なお、続いて常設の名品展でひっくり返った。
地獄絵特集である。これはまた非常に面白い作品が集められていた。
冷泉為恭の模写した餓鬼草紙もある。
地獄草紙も六道絵もあるが、どうもなにやらその責め苦が、ある種の嗜好のヒトを歓ばせるものにしか見えなかったりで、不埒な考えばかりがわいてくる。

矢田地蔵縁起がある。ホネがパラパラ~っとあちこちに散乱している。しかし怖いという感じはない。
北野天神縁起(津田天満宮所蔵)は丁度僧の地獄廻りガイド付きツアーのシーンが出ていた。
十王図では虎がいたり、「地蔵十王図」では閻魔のときと違って、随分色白な美貌のヒトだったりで、見ていて楽しい。
他に考古学では埴輪のわんこが可愛い。

「頼朝と重源」だけでない面白さが詰め込まれていて、さすが奈良博だと感心しながら帰った。

小林一三の愛した近代日本画

逸翁美術館「小林一三の愛した近代日本画」

逸翁は明治時代に実業家として立って以来、昭和半ばに没するまで、実業と茶道と文化事業に熱心に取り組み続けた。

第一章 鼎会 一三が後援した三人の画家
鈴木華邨、寺崎広業、川合玉堂の三人である。
鈴木華邨は鏡花の小説の挿し絵などで見たのが最初で、本絵を見たのはかつての雅俗山荘時代の逸翁美術館でだった。

華邨 瀑布群猿図 8匹ほどの猿が滝の間そばにいて、マイナスイオンを浴びている。中には花を取ろうとでもするのか、猿梯子してもらっていたり。明治23年の作。

月杜鵑之図 大きな羽は丁度下へ向いている。次に上がればまた力強く羽ばたくのだ。
明治35年五月に逸翁が購入したと記録がある。

菜花狗児図 わんこが可愛い絵。蝶々も飛ぶ。これも逸翁が画会で購入。明治39年。
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寺崎広業の絵といえば今では東博の秋の少女図ばかりが見やすいが、ほかは信州湯田中温泉よろづ屋の桃山風呂の扁額の文字が浮かぶ。
その広業と華邨の合作がある。

月下兎図 華邨が白と薄茶の兎を描き、広業が秋草を描く。温厚な空気の漂う優しい図。明治39年。

広業 秋景山水図 一本杉のある家。こちらも穏和な景色。これを逸翁は三越で購入している。

最後に玉堂である。先の二人と違い玉堂は今日までもよく知られた画家である。ここにあるのは共に明治時代の作品。逸翁は明治の頃は玉堂の庇護社の一人でもあったのだ。

玉堂 夏景山水図 沢をゆく人。釣りをする人が歩く。生涯にわたって玉堂のテーマの一つであるものがここにある。

春景富士図 山梨から見た富士。山が富士の肩あたりにあり、まるで富士が扇で顔を隠すように見える。

印画譜帖 鼎会メンバーで船遊びをしたときの三人の画家の寄せ書き。鼎の煙で船に藤娘に、というようなさらさらと描かれたもの。

第二章 一三と交流のあった画家たち
明治から昭和戦前くらいの絵が集まっている。

久保田米僊 梅鶯図 白梅にこちらを向いて止まる鶯。この絵は徳富蘇峰からもらったそうだ。

鏑木清方 八幡鐘図 明治34年、当時の烏合会で「東京15区」というお題でそれぞれが描いた内の一枚。清方の当時の「注文帖の抜き書き」に逸翁が購入した旨が書かれている、とその随筆「続こしかたの記」にある。
深川芸者を呼びにゆく仲居を描いたもので、清方はこのテーマを愛して、何点も描いている。
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富岡永洗 六歌仙図 ゆったりした美人の小町と顔を上げる業平とが特にいい。

永洗は明治の風俗を巧く描いている。彼の絵も今はなかなか見ることが出来ない。
彼から逸翁にあてた手紙も展示されている。
この絵と同年の明治36年の十月に出されたもので、彼の師匠小林永濯の碑の建立のために絵を購入してほしいという内容。

須磨対水 月下興聖寺図 宇治川から名刹を見る。薄墨に水色の穏やかな図。

嵐山秋景図 手前から奥に向けて色が薄れてゆく。そのグラデーションがいい。松と紅葉がいい。大正8年。

対水は大正年間を池田で暮らした。池田は呉春以来文人墨客が住まいして楽しい交流を続けていた。この対水はグルメとしても有名で、あの「吉兆」の名付け親でもある。

縣治朗 海上日出図 これは掛け軸もまた作品の背景として生きる作品だと思った。
描表装ではないのだが。黄色い空、薄青の海、ピンクの表装。和菓子の断面図のような美しさがあった。
この画家は全く知らない。

川端龍子 山寺晩鐘図 淡彩で描かれた中国のお寺。その屋根には魔よけの小さい獅子がつらつら並んでいる。その姿はシルエットで表現されている。塀には十字架方の連続透かし文様が入る。蘇州あたりで眺めた明代の邸宅を思い出す。
龍子にしては小さい作品で、どこかおとなしいが、こういうのもとてもいい。

下村観山 雨後風景図 薄い灰色の中に虹がぼんやり浮かぶ。下方に中国の町が広がる。
北京なのかどうかはわからない。屋根の勾配の緩やかな曲線が面白い。

庭山耕園 宝塚箕面図 昭和初期らしき宝塚と箕面。どちらも古くから知られてはいるが、開かれたのは、小林一三が箕面有馬電気鉄道を通し、宝塚温泉の余興に少女歌劇を拵えてから。
どうやら甲山らしき山を背景にして、宝塚の桜が咲く一幅と、紅葉に彩られた滝と。

庭山も戦前の大阪ではよく知られた人で、少し探せば作品も出てくるが、なにしろ中央に出ることをしなかったので、今では埋もれてしまっているのが無念である。

菅楯彦 宝塚真景図扇子 昭和13年の宝塚蓬莱橋と山と林と温泉と。逸翁は15年に購入。
こういうのを見ると、20年前ののどかな宝塚を思い出す。
そして時代から言うと、手塚治虫「アドルフに告ぐ」冒頭の芸妓殺人事件の頃かと。

樫野南陽 雪中雪柳図扇子 左に柳、右に小さく鳥がとぶ。

大廣寺参道 池田の綾羽のお寺。ざっくり描いている。

この樫野南陽は知らない画家だが、逸翁は彼を後援していたようで、南陽後援会「南一会」を開いている。そこには楠正治というヒトも連名している。
彼から逸翁への手紙にはカマキリのイラストと「サントリー角瓶ありがとう」の礼がある。

最後に橋本雅邦「瀟湘八景図」が壁一面に広がっている。絵巻ではなく、一枚ずつの連作。
一枚一枚見て歩く楽しさも細かに書けるが、それよりも少し離れた地に立って全体を見渡すと、茫漠としたものを感じる。
明治36年、20世紀になったばかりの頃に、こうした作品が生まれていたのは、やはり素晴らしいと思う。
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この展覧会は8/12まで。

大英博物館 古代エジプト展

森アーツセンターで「大英博物館 古代エジプト展」を見た。
なんでも世界最長の『死者の書』が来ている、と言うのでドキドキしながら見に行った。

どうも森アーツセンターへ行くと、展覧会を眺めるというよりイベントを楽しむ、というココロモチになるのだが、今回もその意味では大いに楽しませてもらった。

『死者の書』ときくと今のわたしは折口信夫の小説やそれを基にした映画を思うが、少なくとも高校生の頃まではエジプトの『死者の書』しか思い出さなかった。
その内容やシステムを深く知ることもないのに、字面だけで非常に深くときめきつづけていたのだ。

今回もその頃のココロモチが蘇ってくる。
ミイラもミニチュアの明器も大好きだが、それをさらっと見ておいて・・・とはいえ、やっぱりカノポス容器の模型が眼を惹いた。
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とても可愛い。変な喩えだが、キャラクター水筒にも使えそうな感じがする。

さてそれで37mもある世界最長の『死者の書』を早く見たい~~と足早にそこへ向かった。
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以前にチベットの『死者の書』は見ているが、自分にとっては本家本元のを見ていないのだ。否が応にも期待が高まる。

本物を見る前に、親切にもレクチャーコーナーがあった。つまり百以上の場面があるし、字も読めまいだろうから、先にここで予習させてくれるのだ。親切なことである。
喜んで一枚一枚丁寧に読み始めて・・・読み進めて・・・読み終えて・・・   ・・・
あれ?と思った。
なにかわたしの思っていたものとは違うような気がする。

すごくナマナマしいのだ。言うてみれば死者の冒険譚のような内容だった。
48もの問答があり、さらに15ばかりの山だか丘だかを超えたり、ワニを撃退したりと、どう読んでもヒーローものではないか。
・・・勝手な妄想が破れたとき、本当にガッカリしてしまった。

しかし、それでもその死者の願いの強さと言うものはよくよく伝わってくる。
こんな大試練を経ないといい目に遭えぬのだ。

わたしはシーンごとに切れているような形の『死者の書』を見て回った。
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ガッカリしていても仕方ないので、アヌビスが何回出たかとか、背中合わせのライオンは何度とか、そんなことをチェックしながら見て歩いた。
そしてそれはそれで楽しいのだった。
なにしろ気づけばわたしはいちいち「#6・・・昨日と明日」「#12・・・眼だけの三角円筒出現」「#30・・・巨大なハヤブサ頭の船登場(数えると4あり)」などとメモを取っていたのだった。

見るうちに、好きな絵が出ているのに気づいた。
動物の風刺パピルスである。
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このライオンとガゼルのチェスはたしかオリエント美術館で見た記憶がある。
というより、資料で見たので切り抜いてもいる。
全長はこちら。面白そう。
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細かく見るのも楽しい。何の行進をしているのやら。
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あとはこれまで見てきたエジプトの死者たちの遺物の類品をみていった。
何千年も昔のものを現代の最先端の場で見る、そのこと自体を面白く思いつつ。

エジプトの古代文物がお好きな方は楽しめる展覧会だと思う。
9/17まで。

マウリッツハイス美術館展

マウリッツハイス美術館展に行った。
すごい大混雑だと聞いていたから気合を入れて出かけた。
なるほど確かにすごい人出である。
ただしそれはフェルメールの「真珠の首飾りの少女」を間近で見たい人の行列。
ほかはそんなに苦しくはない。しかし大繁盛はしている。

東京都美術館が新装開店して最初にこの状況というのは、めでたい。
どんなによい企画を立ててもお客さんが来てくれなければ、本当に困るのだ。
文化受難の時代を実感する。

さて通路を通り会場へ入ると、以前と大きく違っていることに気づいた。
どこか明るいのだ。照明の問題なのかもしれないが、いいキモチで見て回る。
ただ、わたしは17世紀のオランダ絵画が多少ニガテなので、いつも以上にわけのわからない感想を書いてゆくような気がする・・・

第一章 美術館の歴史

アントーン・フランソワ・ヘイリヘルス マウリッツハイスの「レンブラントの間」 
今回の展覧会で一番新しい作品。1884年。解剖している図が見えた。その図の本物は随分前に天王寺の美術館で見ている。
二重構造の絵にはそんな楽しみがある。

第二章 風景画

ライスダールの絵が三枚あるわと喜んでたら、サロモンとヤーコプと二人いたのか、と初めて知る。ライスダール=白雲ということで覚えた画家だが、どちらの絵にも白雲があるので、今後はきちんと分けて覚えなければならない。
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ヤーコプ・ファン・ライスダール 漂白場のあるハールレムの風景 布晒し。思えばこの作業の手法は万国共通かもしれない。やはり白雲あり。

ヤン・ポト イタリア風の風景 夕暮れなのか、帰る人々がみえる。山は人の行く道でもある。

第三章 歴史画(物語画)

ヤン・ブリューゲル(父)とヘンドリック・ファン・バーレン 四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪 
天使やフルーツてんこ盛りの可愛い花輪。白兎もいる。珍しい。白兎が実は日本固有の種でアルビノだとはついこないだまで知らなかった。それ以来泰西名画のウサギは茶色いのが「多いなあ」から「普通」と思うようになったのだが。

ルーベンス 聖母被昇天(下絵) 「フランダースの犬」のネロが見たのはこの絵の完成品。高いお金をとって見学させていたのだったか。わたしはアニメのネロのイメージがあまりに強すぎて。ウィーダの原作をまともに読んでいない。
だから解説で、「ネロが母の面影を聖母に重ねた」とあるのを知って、びっくりした。
つまりアニメではネロは「画家」としての魂からこの名画に焦がれていた、と演出されていたし、それを見たことで魂の満足が生じ、やさしい死に顔を見せた・・・わけだが、この聖母に母の面影を見たということになると、前提であったはずのネロが絵描きになりたい、ということも弱い理由になってくるように思った。
どちらがいいのかは、今のわたしには言えない。
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レンブラント スザンナ カメラ目線のスザンナ。スリッパだけは履いている。つまり「見る」われわれは彼女の裸身を盗み見るデバ亀の長老たちと同じだということになる。

図像学を学んでいないので、わからないのが以下の二点。
レンブラント シメオンの賛歌 水色のマリア
アーレント・デ・ヘルデル シメオンの賛歌 爺さんがイエスを抱っこする。

フェルメール ディアナとニンフたち 肌の色がとてもきれいなのだが、この絵はさほど注目されていないのか、絵の前に人があふれることはなかった。
黄色い衣装を身につけた二人の女とほかの女たち。そして白に茶斑の犬。思えばこうした構図は青木繁なら「天平時代」になったり「享楽」になったりするのかもしれない。
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第四章 肖像画と「トローニー」

フェルメール 真珠の首飾りの少女 これを間近で見たい人の列が大きかった。わたしは少し離れて彼女を見た。間近で見る愉悦を手放すのは惜しいが、遠くから彼女を見つめる楽しみは残されている。ナゾの表情。
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彼女は以前大阪に来たとき「青いターバンの少女」と呼ばれていて、街に貼られたポスターを見て、「岸田今日子のポスター」と言うたひともいた。
天王寺公園の一角には彼女の来日記念に「フェルメールの小道」が整備されている。
眼の大きさも魅力的だが、その下唇にいちばん惹きつけられる。

フランス・ハルス 笑う少年 可愛い。無邪気に笑う少年。むき出しの歯が明るい。
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レンブラント 笑う男 ごきげんさん。

第五章 静物画

ヤン・ブリューゲル(父)万暦染付の花瓶に生けた花 この染付花瓶の美しさに惹かれた。
青さの美しさ。チューリップ、バラなどが生けられているが、とても似合う。
今回、いちばん惹かれたのはこの絵。
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フルーツが気にかかる絵が三点。
アブラハム・ファン・ベイエレン 豪華な食卓 桃がとにかくおいしそうである。
ヴィレム・ヘーダ ワイングラスと懐中時計のある静物 レモン、乾きすぎ。
アドリアン・コールテ 5つのアンズのある静物 杏か李かは知らないがおいしそう。

カレル・ファブリティウス ごしきひわ 可愛い小鳥。リアルな画法。

第六章 風俗画

ヤン・ステーン 恋わずらい 助演賞はわんこにあげたい。女を見上げるまじめな顔。

ヤン・ステーン 牡蠣を食べる娘 エロティックな意味合いを含むそうだが、そんなことより、実際に牡蠣が食べたくなってくる。牡蠣を食べるのは欧州では英国だけかと思っていた。

ピーテル・デ・ホーホ デルフトの中庭 パイプを吸う男と、ビールを飲み干す女と。行儀がよくないのだが、絵から処世訓をたれられたり何かの暗喩を考えるより、キモチよさそうという感想が最初に湧いてくる。

ヤン・ステーン 親に倣って子も歌う 猥雑な感じがいい。
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もう少しまともなことが書けたらよかったのだが、好き勝手なことを書くばかりになった。
なおこの展覧会は絵画作品を楽しむのが本来の目的ではあるが、グッズに非常に力が入っているので、こればかりはやはり現場で見て・選んで・買ってほしい。

9/17まで。
9/29~1/6は神戸市立博物館

契丹 草原の王朝 美しき三人のプリンセス

「契丹 草原の王朝 美しき三人のプリンセス」展をとうとう見た。
静岡、九州、大阪を経て東京藝大美術館に来たのを二日目に見に行ったのだ。
天王寺まで見に行く時間がなく、じっと待った甲斐がある、いい展覧会だった。
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(静岡のチラシ)

契丹は遼になり、やがて金に滅ぼされた王朝だが、唐文化を継承したということで、非常に華やかな装飾が好まれて、それが今回の展示にも多く出ている。

会場入口で「契丹」の独特な文字の紹介があった。
大字と小字とがあり、それぞれ違う。手書きしてみたが、「文字」としてはここに挙げることは無理そう。
しかし文字を生み出すほどの文化と教養がある、というのはまことにすばらしい。
それだけでもときめきがつのる。
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第一章 馬上の芸術
モンゴルは馬で駆け抜けなければならない・・・

男女の侍者像がある。対なのかそうでないのかはわからない。10世紀後半のもの。石に彩色の跡が残っている。朱色。男はテンクルな髪型。髠髪(こんはつ)と言うそう。馬上の人になりやすい服装をしている。耳にはイヤリング。

その奥に草原の王朝が広がっている。

馬具がとても多い。それもきらびやかな装飾を施された馬具ばかりである。
鞍、頭絡、胸帯、鐙、障泥、轡に手綱などがある。
これらは全て1018年のものだとわかっている。
つまり実用のものではなく、墓所の副葬品なのである。
陳国公主が18歳で亡くなったときの副葬品として、その墓所に納められたのが、今目の前にあるこの馬具たちなのだった。

同時代の隣国・宋から「天下第一」と謳われただけに、馬は家畜以上の存在だったろう。
どれを見ても見事な装飾がなされている。
白玉のついたもの、鳳凰図のあるもの、104頭もの白玉のトラをつけたものなどなど。

そして陳国公主の埋葬の様子を写したパネルを見る。
このプリンセスは、後年亡くなった夫と共に合葬されていた。
金製の仮面をつけ、銀糸葬衣に包まれた上に衣装と様々な装飾品とをつけている。
湿地帯に必須の長靴にも鳳凰文が刺繍され、鳳凰文と透かし彫りの美麗な金冠をかぶり、契丹で愛されている琥珀をあちこちに身につけている。手には琥珀握もあったそうだ。
地より出でたる琥珀を、この草原の民は深く愛したのだ。

琥珀の首飾りには大きな琥珀と共に小粒の700個もの真珠がついている。光らないけれど、美しい装飾品である。

豪奢な埋葬だった。
千年前に亡くなった公主は国力が豊かだった時代の人だからか、実に美しい装飾の中に埋もれていた。
娘を・妻を悼んで、これほどまでに豪奢な葬送を営み、悲しみを埋める。
千年後の今の世に、それがあらわになったのだ。
ただただ「キレイキレイ」ではいけない。厳粛な思いも心の底に持つべきなのだ。

夫の遺体に添えられた狩猟用具も展示されていた。鷹を止めるための用具や弓袋など。
瑪瑙の儀仗もある。当時は「骨朶=こつだ」と言うたそうだ。

龍文化粧箱がまた立派だった。裏から打ち出した龍。銀に鍍金。

かつて契丹では旧法により、樹上葬を営んでいたそうだが、その折に遺体を網に入れて、樹上に上げていた。その名残が銀糸で編まれた葬衣なのだそうだ。
しかし契丹では唐風を用いることによって、葬儀の方法が大きく変化した。
衝撃的な転換だと思う。
解説プレートには文化の転換の大きさについて書かれていたが、実感として頷ける事柄だった。
学生の頃、吉野を郷里とする知人のおじさんが大阪で亡くなられ、火葬になったとき、吉野のおばあさんが衝撃のあまり寝込んだと聞いた。
知人が言うのには吉野は土葬で、家は神道だが大阪で諸事情により寺で葬式をしたため、勝手も違い、長く誰も葬儀をしていなかったこともあり、言われるがままでの火葬だった。
たとえ息子が大阪に移住していても、土葬以外考えていなかったおばあさんには、異常な衝撃だったろうと思う。
文化の転換とは、こうした衝撃を齎すものなのだ。

そして今ここに陳国公主の彩色木棺がある。別に一室をあてられての展示である。
千里のみんぱくにある、南洋の若者小屋や幌馬車を思わせる造りだった。
あちこちに獅子の飾りや花の文様がある。風鐸もたくさんついている。
風鐸はなんのためにつけられているのだろう。動くと鳴る風鐸を。
家型木棺。しかし魂は「黒山」なる霊峰へ向ってゆくのだった。

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第二章 大唐の遺風
唐滅亡後に成立した国家ではあるが、それ故に自らを「唐風文化の後継者」と看做し、そうした自負を持っていたらしい。
ここでは第二の「プリンセス」の遺物などがある。

木製枕には金箔が残っていた。10世紀前半のもの。これを見て思い出したのが平泉の藤原氏のミイラの枕である。枕は頭の形に中央が沈んでいた。千年の重みがそこにあった。
この枕もまた死者の遺体を先年以上乗せていたのだ。

インドを発祥地とする霊獣(魚)マカラをモティーフにした文様の耳飾や盤がある。
また黒水晶や瑪瑙を使った首飾りもある。
誰のための副葬品なのかは、今のところ明確にはわからないらしいが、しかし身分の高い貴女だということは確かなのだった。

縦長の指輪、見事な装飾を施した化粧箱などなど、唐風の装飾で彩られた遺物がある。
どれを見ても何を見ても非常に精妙で高価なものだとわかる。

花文盒は金銀平脱螺鈿の技法で作られているが、これは正倉院でみかけるものと同じ造りのもの。ところで今回初めて知ったが、この技法は贅沢だということで、あの唐でさえも何度も禁令を出したそうだ。文化を断絶させてはならぬと思うが、何度も禁令を出させるほどに人気が高く、そして贅沢な拵えのものだということは、よくわかった。

他にも見るだけでため息の出るようなものばかりが並んでいた。

第三章 草原都市
やきものやガラス瓶などの日常に使うものと儀礼的なものの形をみると、契丹が草原の民の国家だということがよくわかる。

10世紀半ばの耶律羽之という皇族の墓所から出土した器が並んでいた。
前章の唐風な文物も大方は彼の副葬品である。
ここでは器。形が皮袋を模したものがあるのが、とても「草原的」で興味深い。

1018年の公主や、この942年の耶律氏より後世のものらしきガラスが非常に美麗だった。
水注。銀化して緑が表面に顕れキラキラしている。非常に綺麗な景色だった。

またここにも公主のための副葬品があるが、少女への副葬品と言うこともあってか、非常に可愛らしいものが多い。ミニチュアサイズの水晶杯があるが、これは水晶をくりぬいて作られたものらしい。凄い手間と技術である。

絵があった。板絵。主人のためにティータイムの支度をする男女の図や、奏楽図などである。使用人たちはいずれもニコニコと働いていた。死後でも主人を楽しませるために。

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第四章 蒼天の仏国土
仏教徒である。形は違っていても、斉しく仏教徒である。

草原に巨大な白塔が立っていた。慶州白塔というらしい。レリーフが見事だった。
まるでレースを飾り付けたかに見える美しさだった。
それがぽつんと、不意に草原の只中に立っている。

涅槃像、舎利塔、十方仏塔などがある。綺麗な仏の絵で飾られたりもする。
迦陵頻伽や天人を彫った石もある。袱紗や錦も凝ったものでとても綺麗。

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菩薩の頭部などもあるがいずれも柔和な微笑をたたえた美人ばかりである。
これらは塔に打ち付けられていたものを降ろした遺物。

最後に板絵門神像があった。表が神で裏が鬼。
なんとなくユーモラスなところが可愛い鬼たちがいい。

アジアに深い関心を寄せるヒトにはとても興味深い展覧会だと思う。
9/17まで。


追記:大阪のチラシは実は三種あり、つなぎ合わせるとまた別な構図が見えて来るそうだが、私はこれしか手に入れられなかった。
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ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年

「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」を西洋美術館で見た。
都美で「マウリッツハイス美術館展」を見た後で。

上野にこれだけ世界の名画が集まっている、という事実は大きい。
都美にはフェルメールの「真珠の耳飾の少女」つまり以前大阪では「青いターバンの少女」と呼ばれたあの娘がいるが、こちらには真珠のネックレスをつけてウットリする娘が来ている。

とにかくキリスト教関連の彫刻が多い。
キリスト教の図像学は少しばかり学んだが、知らないことのほうが多いので、解説が詳しいのに助かる。
絵画/彫刻と素描に分かれ、時代区分がされている。
作品数が多いので、特に惹かれたものばかり感想をあげてゆく。
まず絵画/彫刻から。

1.15世紀:宗教と日常生活
聖母子像がいくつもある。さまざまな表現で作られた聖母子がいる。
15世紀から特定の聖母子ではなく、普遍的な母子へと転回した、というようなことが解説にある。あまり考えていなかったが、確かにそれはすごいことなのだ。
神から人への転換期がここから始まりだすのだ。

ベルナルディーノ・ピントゥリッキオ 聖母子と聖ヒエロニムス もうこの幼子イエスは字が書けるらしい。
さらに聖ヒエロニムスも赤い衣の枢機卿として母子の前にいる。
荒野にいたときとは大違いの赤衣である。
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右はミケランジェロの聖母子。

コネリアーノと工房 聖ルチア、マグダラのマリア、アレクサンドリアの聖カタリナ 光を意味する(はずの)ルチアは手にランプを持ち、真ん中に立つ。左には油壺を持つマリア、右に割れた車輪を持つカタリナ。それぞれのアイテムと一緒。
ただ、マグダラのマリアが300デナリの油を持ってきたのかどうかは知らない。あれは丸太の妹の(この変換では「じゃりン子チエ」の友人・平山ヒラメちゃんになる)マリアが油を持ってきたような。
だがわたしは本当に図像学に疎いのでそうなのか~で終わり。

彫刻が実に多くの材を選んでいたのも面白い。
菩提樹、樫、胡桃、大理石、アラバスター、ブロンズ、石灰岩などがあった。
材を選ぶのは彫刻家の手によるものなのか、宗教的見地からなのか。
そのあたりのことも専門家の方なら詳しいだろうが、わたしは何も知らない。

ブリュッセルの彫刻家による15世紀半ばの「聖母の結婚」はくるみ材で、14歳の少女とどう見ても老人の結婚。色々と考えてしまう。ここには書かないが。

アゴスティーノ・ディ・ドゥッチョ 荒野の聖ヒエロニムス 大理石。獅子がかっこいい。そして傍らの強そうな爺さんこそが聖ヒエロニムス。こんな強そうなのは初めて見た。

ドメニコ・ロッセッニ トビアスと大天使 石灰岩。風化しなかったのは国土のおかげですか。2少年が行く、という風情がある。とても可愛い。わんこもついてくる。手には魚。
アイテムは勢ぞろいだが、お兄さんとボクというより「ボクとキミ」な雰囲気がいい。
わんこは少年の旅の道連れでなくてはいけない。

ルーカ・デッラ・ロッピア 聖母子 こちらはテラコッタ。
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ティルマン・リーメンシュナイダー 竜を退治する馬上の聖ゲオルギウス かっこいい。

ティルマン・リーメンシュナイダーと工房 奏楽天使 菩提樹材。♪わわわわ~と合奏もありそう。
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ライン川流域の工房 最後の晩餐 アラバスター。割と細かい造りで、見続けると新発見がありそうな。


2.15~16世紀:魅惑の肖像画 
わたしでさえ知る有名人も二人ほどいる。

アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房 コジモ・デ・メディチの肖像 大理石の横顔。
メディチ家の支配を確定した。絵は見ていたが彫刻は初めて。年数を見ると、彼の死の年に製作されている。追悼の意味の製作なのか、それとも生前のものなのかは知らない。

ルーカス・クラーナハ(父)の工房 マルティン・ルターの肖像 以前のクラナッハ表記が好きだったことを思いつつ、ルターとクラーナハ父とは仲良しさんだったそうだ。
わたしがそれを知ったのは青池保子「エロイカより愛をこめて」に載っていて、それから自分でも調べたから。そういう意味で、ルターの肖像画を見るとなんとなく嬉しい。
骨格のはっきりした顔だと思う。顔の大きさで画面がいっぱいになっていた。

梨材の彫刻もあり、それにも感心した。

3.16世紀:マニエリスムの身体
これはかなりわたし好みの章だった。

ルーカス・クラーナハ(父)ルクレティア 未成熟な身体のエロティシズム。そんなものが漆黒の中にある。
丸顔がこちらを見ている。足先から見上げると、面白い効果を感じる。

アポロの彫刻が2体ばかりある。
細マッチョのものとそうではないものと。美しい身体造形を眺めるのは愉しい。

パドヴァの彫刻家による「ヘラクレスとアンタイオス」が実に好ましかった。ためつすがめつしつつ、妄想が湧き立ち、煮え立ってくる・・・16世紀半ばの作品にはギリシャ的な愛が活きていた。

ヤコポ・サンソヴィーノに帰属 ラオコーンとその息子たち ヘビ~~~。いまやどうしても「ラオコーンといえば、シャンプーハットでアタマ洗う人」というイメージがある。
ヤマザキマリ「テルマエ・ロマエ」の影響は深刻だ・・・

バルテルミ・プリウールの作品かと思われるものとそうであるものとが3体ある。
いずれも非常に興味深いポーズをとっている。
あられもないポーズをとる女性たちに、逆立ちする美青年・・・楽しくてならない。

フランチェスコ・ファネッリ 幼いヘラクレスとヘビ スーパーベイビーである。まことに強そう。

レオンハルト・ケルン ガイア、もしくは人喰いの擬人像 ・・・足喰ってます。日本の彩色木彫の大家・平櫛田中の作に人物を飲み込むのがあるが、あれはむしろ「喰われるもヨシ」と思ったりするが、こちらは「おつかれさまです」と言いたくなる。

4.17世紀:絵画の黄金時代
やはりこの章がいちばん混雑していた。

ベラスケス 3人の音楽家 ベタッとした塗り方。少年も含まれている。スペインも暑いのだろうに、と絵を見ながら考える。

ルーベンス 難破する聖パウロのいる風景 上の方に虹も出ているらしいが、あまりに暗い。助かるものも助かれないような風景。

ロイスダール 滝 無論白雲はある。それがなくては寂しい。

フェルメール 真珠の首飾りの少女 zen605-1.jpg
わたしはこの少女のほうが実は青いターバンの「真珠の耳飾の少女」より、「共感しやすい」ことから、好意を抱いている。
虚栄心だろうと何だろうと、この表情はとてもわかりやすく、かつ共有しあえるものがある。
ウットリする眼、口、指。深いときめきが少女にある。
豪奢な毛皮と可愛い黄色い服。欧州での黄色の意味するものはわかっているが、それでもこの黄色は可愛らしく、わたしも好きな色だ。リボンもとても可愛い。
いい気持ちでじっと眺めた。

レンブラント ミネルヴァ 美術館前で彼女を使ったポスターを見た。赤衣を身にまとい、座してこちらを見る。薄い金髪の女神。

イグナーツ・エルハーフェンのツゲ材による「いのしし狩り」と「鹿狩り」とが楽しい。
これは壁に貼り付けたくなる。

5.18世紀:啓蒙の近代へ

セバスティアーノ・リッチ バテシバ 絵の中の黒人少女に惹かれる。

ジャン・アントワーヌ・ウードン 大理石でこしらえた「死んだ鳥のいる静物」「えびと魚のいる静物」はどちらもやはり欧州でないと生まれ得ない作品だと改めて思った。
日本のみならず東洋ではこうした作品はないのではないか。
自然との対立、自然との融和、といった比較論を思い出す。実感のある話。

マテウス・ドンナー ウェヌスとアドニス ちびクピドのふて寝が可愛い。

素描
6.魅惑のイタリア・ルネサンス素描
いいものが色々出ている。

ボッティチェリ ダンテ「神曲」「煉獄篇」挿絵素描より
「愛の原理を説くウェルギリウス(第17歌)」
「地上の楽園、ダンテの罪の告白、ヴェールを脱ぐベアトリーチェ(第31歌)」
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どちらもとても繊細で描きこみも多く、見ていて愉しい。ボッティチェリはタブローよりこちらの素描のほうがわたしは好み。
「神曲」は通読するのに挫折したが、こんな挿絵が大量に入っているのなら、もう一度チャレンジしようかと思ったりする。

ジョバンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ ゴリアテの首を持つダヴィデ 少年の美しさを感じる。ときめく。

ルーカ・シニョレッリ 人物を背負うふたりの裸体像 青年の美を感じる。
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ジュリオ・ロマーノ キリストの復活 みんな飛んで逃げる。面白い。

フェデリコ・バロッチ 「キリストの割礼」のための祈る天使と手の習作 天使と手の美しさ。

ラファエッロ・サンティ 幼児キリストと洗礼者聖ヨハネ ちびっ子二人が可愛い。
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特に右のヨハネは美童。ときめくなあ~

北イタリアの画家 塔と騎手のいる風景 青写真のようで面白かった。建築図面の関西予想図のようで。小さく跳ねているのが馬。たくさんいる。ここは馬場かもしれない。
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ほかに猫、いや豹らしきもののいるタピストリーがあった。
「学べるヨーロッパ美術」ということで、わたしもちょっとばかり謎が解けたりした。

9/17まで。

吉川霊華展

吉川霊華展が開催されてとても嬉しい。
これまでははるか昔の練馬区美術館「金鈴社の五人」展で見てからは、野間記念館などでしか見ることはなかったからである。
東近美も「吉川霊華を知っていますか」と問いかける案内文を書いている。
近代日本画がとても好きなひと以外、確かに知られていない画家かもしれない。
しかしこうして国立近代美術館が回顧展をしてくれて、ファンとして本当に嬉しい。

霊華は大正初期に金鈴社を結成した。そのあたりのことは鏑木清方「続こしかたの記」に詳しい。
わたしは子供の頃から清方が好きで、その関係から絵より先に霊華の名を知っていた。
金鈴社のほかの三人のうち、松岡映丘は近年の回顧展で高く再評価されたが、彼は播州の人なので関西にいるわたしは作品をわりと多く見てきた。
また彼の作品も野間に多くある。
平福百穂はだいぶ前に奈良そごうで回顧展を見ているが、残る結城素明だけはまだ何も特集が組まれていないので、これを機に再び取り上げられればと思う。
なお金鈴社の名は霊華が命名した。それからしても彼の嗜好が読み取れる。

霊華の絵は大きく三種の傾向があると思う。
一は抑えた色調での彩色、一は金と薄墨と白、一は紺地金泥である。
それぞれの個性の違いが非常に大きいので、今回はそのことも明記したい。
(彩色、金・墨・白、紺地金泥などと記す)
以下、簡素に記してゆく。

会場に入るとすぐに巨大な龍の図があった。
京都・方廣寺の天井画ということだった。眼の厳しい龍である。
この絵の下でパンッと手を叩けばビィィンと音が響いてきそうな気合がある。

第一章 模索の時代
楊柳観音像 彩色 足爪が長い。小さな瑞雲の渦が丁寧に描かれている。
文昌帝君 彩色 北斗星のそばの正座を神格化したというか、中国での学問の神様の1人。ロバに乗っている。
美人弾琴 彩色 中国の美人。薄い朱色の衣を着ている。琴はまだ弾く前で、袋のまま膝にある。
逍遥 金・墨・白 背を向けた、物思いにふける天平のひと。
稚児文殊 彩色 みずらに結うた稚児が青獅子に騎乗する。朱衣は明治末の流行りか。この下図には背景に仏の線描もみえた。なおこの絵は最初に出た「龍」と同時期に描かれゃはり所蔵先を同じにする。わたしは'92年の「日本美術院百年史刊行記念 日本画近代化の旗手たち」展で見たのが最初だった。
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天平美人 彩色 胸をそらすひと。
昭君適胡 墨・白 樹下に泣く女人。馬上である。琵琶を持つ侍女。胡人と共に。
太平楽之図 彩色 ご大礼のときの記念絵葉書である。フルカラーで華やか。

作品を大きく表に出すこともせず、知る人ぞ知る画家であった時代だが、それでもこうしてよい作品がある。

第二章 金鈴社の時代
先日から手元にある清方の「続こしかたの記」を再読して、霊華の作品が会の何回目に出たものかを調べていた。
また、その折の清方の回想をも併せてここに引用したいと思う。
「 」内は清方の『続こしかたの記』からの引用である。
金鈴社の会期や場所なども書く。

1917年第二回・11/11~11/17三越。
牧羊 黄初平の絵。青年が背中を向けて佇む。周囲に羊。
わたしは仙人のうち、少年は菊慈童、青年は黄初平が好きだ。いい感じ。

歌聖 木の下の人麻呂。 
愛染明王 薄赤い。壷のような上に乗っているように見える。

「吉川君の『歌聖』に寄せて、春山武松氏はこういっている。
『真似のできない気品のよさがある。人麿の像から樹木のあたりを見てゐると、なんとなく天平頃の気分が浮かんでくる。云々』・・・」


住吉明神 彩色 これは会とは別な製作らしい。清方の記録にはない。座す明神。

1918年第三回・5/1~5/5浜町・日本橋倶楽部
藐姑射之処子 たいへん物静かに美しい天女が林を歩く。淡彩で仕上げられることで、いよいよ格調高く思われる。
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「吉川君は作品について左記のように云っている。『はじめには東洋古伝説五点を出すつもりだった。ここに描いたのは、荘子の内篇にある「藐姑射の山に神人あり」という文に拠り、花野に立つ女神に、雲と山とを配した。上部に描いた山などは六朝の遺物をも参酌して、それらは出来る限り上代の趣を伝えた。』

何仙姑 彩色 林の中のベンチで休憩する。面白い髪形をしている。

1920年第五回・6/5~6/15
香具耶姫昇天 竹取物語 彩色 天人たちが中国風の装いで、かぐや姫ばかりが十二単と言うのも昔から定められた形のようだが、それがまた異界のヒトビトだと言うことを強く思わせる。
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「吉川君の『赫耶姫』は前回目録にも出たのであったが間に合わず、今回に持ち越されたが、月宮殿から姫を迎えの天人たちが、白雲に駕して降りてくる。下界はるかに待つ姫を小さく描いて、天使を大きく画いてある。群青色の空には望の月かがやく。そぞろに二十五菩薩来迎の図を偲ばしめるが、重心はむしろ天使と雲の動きにあった。君の作中でも珍しく極彩色で構図も複雑である。」

こちらは会とは別な製作か。
聖徳太子 紺地金泥 ややおじさまな聖徳太子である。
清徳聖物語絵巻 毘沙門天と善財童子とがいる。あばら屋な庵の前で。なかなか面白い絵巻なので、全てを見てみたいと思った。
樹下巫女画 非常に薄い。線ばかりは生きている。清方風な美人。
役小角 モノクロと言うてもいいような。孔雀明王がくる。小角が立つ。

無動寺縁起 下図 下絵でもかなりドラマティックな作品だとわかる。これについては清方の非常に詳しい一文がある。

「私の遺憾に堪えないのは『無動寺縁起』について詳述し得ないことである。比叡山無動寺の開祖相応上人が、不動明王に祈願して、染殿の后の狂疾を癒す故事を『元享釈書』と『宇治拾遺物語」の記録に拠って画いたというが、竪幅の密画で、不動明王の尊像と、狂乱の后と、祈願する上人とを三段に画いた力作で『美術画報』の内藤堯宝氏の批評に「荘重謹厳、極めて綿密にかかれたもので、特に染殿の后を写すに於いて用意周到丹誠を尽くしてゐる」と絶賛しているのに、私の印象に残らないはずはない。この作者の例として機に後るること珍しくない。いかなる事情あってか、親しく接する暇を失ったのではあるまいか。更に惜しまれるのは、震災にこれは焼失したとのことである。」

第三章 円熟の時代
1923~1929年の作品が集められている。

1.中国の詩と説話
太上老君 彩色 山中に牛と共にいる。
南極寿星 紺地金泥 チラシの裏に大きな画像がある。格調高い作品。
一行書 猛虎一声  なにやらかっこいい。霊華は書も巧みなのだった。

三人の美人がいる。
浣紗渓 金・墨・白 西施が洗い物をする図。ここで彼女は「傾国」としてスカウトされるのだった。
公孫大嬢金・墨・白 剣舞美人。かっこいい。
執扇幽思 金・墨・白 中国美人が岩によりながら物思いにふける。
いずれも線の複雑精妙さと彩色のシンプルさが、とても効果的。

太宛善馬 非常に線の綺麗な作品。構図もどうでもいいと思うくらい、線が綺麗である。

離騒 当時から名作だと世評も高く、清方もこの絵が今の世に残ることを喜んでいる。
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線描の美しさにはため息が出る。
特にこの美女の面立ち、そして左の馬の精悍さ。
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古画に学んで、更にそれを突き抜けていった、そんな風に思う。
古雅玲瓏という言葉を思い出した。

繍孔雀 屏風の孔雀の目を射抜く唐の高祖李淵。対する美女も気合がみなぎっていていい。
彼女はそれが縁で后になるのだった。
羅浮僊女 金・墨・白 埼玉県立近代美術館で見たとき、嬉しかった。 はがきを買ったがあまりに薄くてどうしても画面に出ない。むかしこのブログで「梅美人」特集を組んだときも、とうとう諦めたのだった。
麻姑仙 孫の手の語源となった美人。松の前にいる。きりっとしている。
漢詩 北村昭斎氏が所蔵する、と言うことを知りなんとなく納得した。やはり美しい手蹟である。

山水 金・墨・白 線描の美しさを堪能する。色彩よりも線の美しさに深く惹かれる。本来、日本画とはそうしたものではなかったか、と思った。
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2. 和歌と古典物語
羽衣翻飜 下図  天女たち。
羽衣翻飜 彩色 亭に一人座す。この静けさを保ち続けたくなる。
伊勢ものがたり ゆくみづに ふっくら下膨れの平安美女が可愛い。
桔梗 仮名が入り、とても雅な風情がある。
鷺 俯く鷺。
万葉哥意 海辺に佇む天平の女。

少しばかり七夕を。
梶の葉 白い葉っぱ一枚のみ。能因法師の歌が書かれる。
かぢのは 七夕和哥 緑と墨。山上憶良の歌がある。どちらもとても楽しい。
七夕之図 乞巧奠の設えがある。
乞巧奠 その前に座す女。

無名の琵琶 枕の草子 男の弾く琵琶が聞こえるような。 
黒髪 十二単の女の黒髪。
かざしのはな(挿頭花) 藤と男と。藤原氏の系統とみていいのか。
宇都之山邊 伊勢ものがたり 仮名文字の美を堪能する。
伊勢物語 つつゐづつ やや大きい少年少女。丸きりの子どもではない。その解釈がまたいい。
水鏡 伊勢ものがたりのうち 水を張った耳盥をみつめる女。綺麗である。
子の日図 父が子を抱き、母が摘む。これは静嘉堂文庫のものだというが、まだ向こうでは見ていない。

清香妙音 金・墨・白 なんとも美しい絵である。 梅下で琵琶を抱く美女がいる。馥郁たる美を感じる。
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3.仏と祈り
阿摩提観世音菩薩 獅子に騎乗し竪琴を弾く女人観世音。
納蘇利 観自在菩薩 羅陵王  彩色 色の対比が見事。
白衣大士 菩薩のことだとある。なくなる年の作品か。

ほかに大量のスケッチと模写がある。なにもかも見事。清澄にして正調。
スケッチ帳だけで数十冊ある。
「近代に生まれた線の探求者」というタイトルを東近美が冠したのも当然だと感じるのは、むしろこのスケッチと模写類があるからだと思った。

霊華の生涯についても清方は書いている。そのうちに
「冷泉為恭を慕い隔世の弟子と見られるのは、昔抱一の光琳に於けるが如くであった。(中略)明治44年に京都方広寺の天井に『龍』を描き、(中略)大正六年金鈴社に宝相獅子」を出すまで、世人の多くはこの人あるを知らなかった。君は古典を専門にしながら、新しい文化にも常に関心深く、外出の時にも折々何か変わった新刊を携えていた。・・・」

ここにも大量の模写がある。
為恭画譜、甲冑着用図、春日験記ことばがき、年中行事絵巻、彦火火出見尊草紙などなど。
書も巧い人で、行書千字文まである。

霊華の死はローマの日本美術展覧会の開催が決定し、その会合を開いている間のことだったそうだ。
清方はやはり文中に霊華を深く悼んでいる。
霊華は「いま中宮寺の菩薩の掌に乗った」という言葉を残してこの世を去っている。

本当にこの展覧会が開かれてよかった。
そしてわたしも見ることができて、本当に嬉しかった。
簡単なことしか書いていないが、心に深く残る展覧会だった。7/29まで。

浮世絵猫百景 国芳一門ネコづくし 後期

太田記念美術館で「浮世絵猫百景 国芳一門ネコづくし」の後期展をみた。とても楽しい展覧会だった。
前期の感想はこちら
後期もやっぱり大繁盛で、その日は土足で上がれと指示が出ていた。
よく考えれば猫も土足で好き勝手に表も外も歩き回るしなあ。
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畳の上を歩くとキモチいい。ネコはフローリングも好きだが畳も好きだ。
そんなことを思いながら大きな床の間でネコの軸をみる。
歩くと絵より先に解説が見えた。「猫娘」とある。
頭の中にゲゲゲの鬼太郎の人気者の顔が思い浮かぶ。
明治後期の猫娘は頭に手ぬぐいをかぶっていた。

他の肉筆画を見ると、猫を抱っこしてるお姐さんがいた。
この気持ちはよくわかる。猫を抱っこして高い高いもしてみたくなる。
江戸の人も平成のわたしも変わりがない。
歌川貞秀 猫を抱き上げる美人 猫にリボンついて可愛い。

猫の当て字を見ていると、白人の奥さんが英語でメモを取っていた。
「かつを」「たこ」を懸命に表現しようとしている。
単に字面の問題だけでなく、江戸の人々が「かつを」をいかに愛していたかを説明したかったが、わたしの語彙にはその範囲は外れている。
しかしアメリカ人ではヘミングウェイやル・グィンはともかく、どれほど猫が愛されているか知らない。知人の話では黒猫を嫌がる人々が多いのは確かなのだが。

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それにしいも第二章の「猫の一日 遊んで眠ってしかられて」は本当にリアルなタイトルだと思う。わくわくする。よーくわかる。
やっぱり猫はいたずらしてなんぼ、という気持ちがある。悪いことをする猫をしかりたい。
ねこもわざとしかられることをやる。
そしてそんな猫を溺愛するのだ。

磯田湖龍斎 猫に金魚 これなどもホント「わるものねこ」。ほかにもいる。
北尾重政 美人戯猫 暴れん坊の猫。太夫も猫に振り回され。

一方甘やかされている猫はリボンつき。ついていても噛むときは噛む。
国芳 山海愛度図会ヲヲいたい この猫も前々からわるくて可愛い猫で好きな奴。
猫は確かに抱き上げていると、こうやって噛む。でもひどい噛み方はしない。だからこの美人も「ヲヲいたい」が、「もぉカワイイ~」でもあるのだ。
猫がかむのをやめたら、今度はこの美人さんが猫をカイグリカイグリして、挙句はギューッとして、また噛まれたり噛んだり・・・

だから芳年の「風俗三十二相 うるささう」もとてもリアル。こっちは猫にスリスリする娘さん。猫はちょっと迷惑そうなのだが、しかし猫もそうそう噛むに噛めない。困ったお嬢さんに猫も黙ってされるまま。

国貞 当世俳優贔屓競(三世市川門之助) 猫を抱っこしている。それだけでポイント上がるなあ~と思う人もいたかもしれない。

国芳 妙でんす十六利勘 降那損者 フルナの尊者の見立てなのか、猫を懐へ入れる。
フルナは弁の立つ人だったっけ、忘れてしまった。

国芳 絵兄弟やさすかた 鵺退治 この絵を初めて見たのは近年の国芳展で。可愛くてリアルでどうしようもないほど、いい。
お魚くわえたわるい猫をしかる娘さん。ペチペチ叩いても聞くわけないのは、この猫の目つきでしれる。ウニャッとしていて、なんてわるくて可愛いのだろう。
心置きなくしかれる。

広重の江戸百の「浅草田甫酉の町詣で」の白ネコはしっぽが短いのがいかにも江戸風でかわいい。
神坂智子の短編に、江戸表から国元へ移った武家の妻女が地元のネコのしっぽの長いのをいやがる、というのがあった。
また、浅草田圃といえば明治の役者・沢村源之助を思いだす。彼は「田圃の太夫」と呼ばれた名優だった。
このネコも耳を立てながら外を見るともなしに見ているらしい。

国貞 美人合 春曙 美人さんが廊下でネコの手を取って歩かせている。
これを見ていると、友人のネコを思い出す。友人はネコに六甲おろしをマスターさせていた・・・

小林清親 カンバスに猫 面白い構図。これは西洋の童画ぽくもある。やっぱり猫は何をするかわからないところがいい。

猫のオバケ 
前期も楽しかったが、後期も楽しい。
猫が出てくる怪奇話といえば鍋島の化け猫騒動、猫岳の猫が大量に猫の出てくる話で、いずれも九州。小説では朔太郎「猫町」が最高にいい。

国芳の「岡崎」のネコたちは前期にその可愛い姿を見せていたが、後期も「日本駄右エ門猫之古事」の化け猫たちが機嫌よく出ていた。
前述の猫は向こう鉢巻とほっかむり、こちらは夜鷹かぶりである。手下の猫たちもちゃんと尾が裂けている。
そういえば国芳の「猫飼好」の岡崎は「尾が裂け」だった。ピッタリ。

国貞 五十三次のうち岡部丸子の間宇都谷猫石 秋草生い茂る夜の庭に猫型の石が。いや、石の猫がいる、というべきか。こういうのも面白い。

国芳の弟子・芳員の「怪談妖物双六」がまた面白かった。
上がりが古御所の妖猫なので、逃げ場がないのが楽しい。

猫は千両役者

舞台のあちこちに猫がいるのも楽しいが、やっぱり猫顔役者のパロディものが面白い。

国芳 流行猫の戯 梅かげ枝無間の真似 梅が枝の「無間の鐘」のパロディが楽しい。手水に見立てたタコに手を起き柄杓を手にする梅が枝。そこへカネの代わりにアジの開きがパラパラと降ってくるのだ。
落語にもこのパロディはあるが、猫でやるとやっぱり面白い。

ほかにも「おしゅん伝兵衛」もある。この詞書がまた楽しい。このカップルは屋根の上でデートしていたが、もう会えないのだという。

こういうのを見ていると、芝居が見たくなってくる。(ただしヒトの演ずるのが)

猫の仕事・猫の遊び
どれをみてもなにを見ても働いてるようには見えないネコたち。
ヒトがワイワイしている中に身をおいて居眠りをする、そんな様子が見て取れる。
尤も「鼠避けの猫」は確かに実感がある。
わたしは本当に鼠と言うものを見たことが殆どないのだ。猫のおかげだと思う。

猫の事件簿
仁木悦子の小説のようだww

国芳 見立挑灯蔵・三段目 提灯の中に三段目の高家への賄賂とその目録図が描かれ、メインのほうは立派な魚介類と文と猫とが。猫が高師直という見立てらしい。

釈迦御寝はん 周囲に明治時代の男女が集い、声を挙げて泣いている。いろんな職業のヒトがいるようで、様々な思惑もありそう。その間に猫もいて、これは泣いているのだが赤いベロを出しているようにも見える。なんなんでしょう。
ところで涅槃図には猫はあんまり描かれないので、わたしは涅槃図を見るたびに猫がいないか探すのを楽しみにしている。

猫のまち
前期も楽しかったが、後期も大いに楽しむ。
明治になって赤絵の具が入ってきたから、いよいよ画面がにぎやかになっている。

芳藤 新版猫の戯画 猫が地獄の役人で、罪科ある鼠を処罰する図。赤がとても効いている。賽の河原にはお地蔵さんの替りに大黒様。獄卒の猫たちはみんなコワモテ。

国利 新ぱんねこ尽 ピンクの楓と白地に斑の猫たち。眠る猫が可愛い。大猫が小猫をぐいっと抑えていたり、お櫃のご飯を食べようとする猫がいたり。
千年二先年くらいでは猫の生活もあんまり変わらないらしい。

猫の温泉(銭湯)図も色々ある。
これは明治初期の東京の銭湯の様子をみる資料にもなる。
ところで別役実と佐野洋子で組んだ「ねこのおんせん」というブラックユーモアの効いた絵本がある。佐野洋子といえば「100万回生きたねこ」がすぐに挙げられるが、彼女の描くほかの猫もまたかなり凄まじい。

大新板猫のいしょうづけ これはいわゆる着せ替え人形で、オス猫の着替えには巡査らしきのもある。非常に面白そう。

ああ、今回も本当に楽しかった。図録も手に入れられて嬉しい。
また、ありがたくもポスターもわたしの手元に来た。
何から何まで嬉しい尽くしの「浮世絵猫百景」だった。7/26まで

清方のまなざし 夏の美人

鎌倉はいつ行っても観光客が多いが夏は特に凄いように思う。
しかしそれでも少し道を入ればたちまち閑静な住宅街になるのだから、これはこれで凄い。
むかし立原正秋の小説を読むと、雪ノ下の住宅街の閑静なことについて詳しく書かれていて、中学生だったわたしは立原の文だけで雪ノ下を想像していた。

地名と言うものはなかなか面白いもので、他郷のものにとってはそれが何の意味を示すのか全くわからないことがある。
たとえばわたしは子どもの頃「四条河原町」と聞いてもどこに河原があるのかわからなかった。実際にその地に立っていても、どう河原なのかがわからなかった、というべきか。
また「池之端」もそうだ。不忍池の左側(!)の地名だとわかるまでに、かなりの時間がかかった。不忍池の端にある、という意味での名称を、固有名詞ではなく普通名詞で捉えていたのだった。
この「雪ノ下」も謂れを知らなかったので、「鎌倉は温いと聞いていたが、何故雪ノ下なんだろう、ヤトというのは雪の洞のことなのか」と真剣に悩んでいた。
今はさすがにそんなことはないが、実際その地に立たないと納得しないことが多かった。

さてその雪ノ下に鏑木清方の美術館がある。
何度も出かけているが、いつも小町通の大混雑にもまれてへとへとになる。
ところがそこの角を曲がって少し歩いただけで、かつて立原が描いたような閑静な住宅地になる。
今回も閑静な佇まいの中、先ほどまでの炎熱と大混雑とを忘れて、機嫌よく作品を眺めた。

「清方のまなざし 夏の美人」とタイトルがついている。
清方はその随筆の中で「夏の女は美しくない」と書いていた。
しかし現実の女は見苦しく暑苦しいだろうが、四季美人悉く描く清方にとっては、現実のそれと違い、悩ましくも美しい、あるいは清楚な美しさを夏の女の上にもひらいてゆく。

大正年間の妖艶な美女は多くは雑誌の口絵のためのものだった。
わたしなどは最初に見たのが「刺青の女」「妖魚」「ためさるる日」などの凄艶さの満ち満ちた美女ばかりだったので、今でも清方の描く妖艶な女たちに深く深く惹かれる。
「蚊遣の烟」「盆提灯」「恋の湊」などは皆大正五年の雑誌口絵。
浴衣美人の気だるさがたまらなく魅力的である。
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「はれゆく村雨」の下絵があった。橋を行く、傘をさした女たち。突然の強い雨に彼女らはあわてている。顔は見えぬが、風情だけでもその美しさを感じさせる。
蓮が咲き乱れている。

清方は大正のころ、金沢文庫に別業をいとなみ「遊心庵」と名づけて長く楽しんだ。
そこでの楽しい思い出はしばしば絵にも文にも描かれている。
ここにも幼い娘たちの楽しそうな様子が、さらさらと淡彩で描かれている。
水色の合羽を着た長女清子、紫合羽の次女泰子、そして二人の友達梅子はピンクの合羽を着て、お父さんになにやら話しかけている。
洞窟で雨宿りする図もある。父と幼い姉妹。またあるときはカニつりを楽しむ子どもたち。

「夏の思い出」は絵巻のような長さを持っている。
カフェで冷たいものを飲む女学生、湯上り美人の前の風鈴と簾、タチアオイの前に佇む金髪婦人、へチマ棚の奥、諸肌脱ぎでランプを灯し新聞を読む女、庭でくつろぎ花を見る・・・
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昭和に入って卓上芸術をいよいよ楽しむ頃になると、かつての妖艶さは影を潜めたが、その分涼しさを感じさせる女たちが多く描かれるようになった。
また清方は若年の頃は浴衣図案の仕事もしており、その図案集を出せなかったことを悔いる気持ちを「続こしかたの記」にも書いている。
図案家・清方を踏まえながら「夏の女」を見るのも楽しい。
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「手賀沼」というのは昭和七年の作だが、珍しく男も描かれている。蓮池をボートで行く。シャツ姿の男が櫂を持ち、ワンピースの女が白い花をそっと取る・・・
やはり夏はいい。

紫陽花は夏の始まりを告げる花だが、ひまわりは炎熱を、朝顔・昼顔・夕顔はどちらかというと涼やかなものを感じさせ、蓮はまた格別な佳さを持っている。
清方は紫陽花舎(あじさゐのや)とも号し、深くその花を愛した。また背景に百合を多く描いてもいる。
清方の描く花はいずれも情緒があり、明治の懐かしい匂いがする。
そして「夏の女は美しくない」といいながら、清方の描く「夏」は誰の「夏」よりも、いちばん印象的でもある。それはやはり清方が夏生まれだからこそかとも思うのだ。

「清流」の清らかな美しさも暑さを感じさせないものだった。
蛍が舞う中、そっと清流の岩を踏む女人。蛇籠も水にある。背景の一見南画風な味わいも深い。ああ、いいものを見た。
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8/26まで。

日本の美・発見Ⅶ 祭 遊楽・祭礼・名所

夏祭は都会の祭りだという。秋祭は農村がその実りを喜び、神に礼を述べ、次の豊穣を祈願するためのもの。
大阪に住まうわたしは夏祭といえば六月末の愛染祭に始まり、七月の京都の祇園祭、そして大阪の天神祭、八月には地元の天神祭とけっこう忙しい。
尤も愛染祭は「大阪の夏祭の始まり」だという意味合いが、私にはある。
実際に楽しむのは祇園祭と天神祭、これだけ。

日本三大祭と呼ばれるのは五月の神田祭、七月の祇園祭と天神祭だというが、いずれも御霊信仰が根にある。
祇園祭は「神事是ナクトモ山鉾渡ラセタク候」と町衆のための祭になったが、疫病払いの思いは活きている。

出光美術館の「日本の美・発見Ⅶ 祭」展では近世風俗画に見る「遊楽・祭礼・名所」の名品を集めている。
7/22までの展覧会に出遅れて、こんな会期末に感想を挙げようとしている。申し訳ない。
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展覧会に行った日は祇園祭の宵山の日で、山鉾を立て始めた日に京都にいたものの、きちんと祇園祭を楽しむことなく東都へ下向し、ジクジたる思いがあった。
いつ以来の「欠席」かわからないが、その鬱屈を抱えたまま都内をハイカイしていたが、ここへ来てその鬱屈がパッッと消えた。

出光美術館が祭の夜になっていた。

展示が素晴らしいのは当然ながら、またその設えが見事なのだ。
こんなわくわくする空間で、祇園祭や遊女歌舞伎図を見て回れるとは、嬉しくて仕方ない。
出遅れたとは言え、祇園祭に行き損ねた憾みもなにもかもサッッと消えてしまった。

第一章 <祭>の前夜 神々が舞い降りる名所
最初に名所図が現れる。

月次風俗図扇面 室町時代。四面あるうち一番気にいったのは、男児が楊弓で遊び、女児がままごとを楽しむ、ある邸内の絵。庭には菊も咲いて家人らも和やかに見守っている。
茶坊主が茶を運ぶのも描かれていて、面白い。
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阿国歌舞伎図屏風が二点ある。桃山のものと寛永年間のものと。
桃山のほうには桜が満開で、椿のような花も見える。寛永のは花より松が目立つ。
「都の春の花盛り花盛り」ということを思えば、桃山の方がやはり阿国の時代を描いた実感があるような。しかし寛永の阿国は刀を担ぎ、ポーズはこちらの方が「出雲阿国」のパブリック・イメージに近いような。
そんなことを思いながら眺めるのも楽しい。

遊女歌舞伎図を描いたものも楽しく眺めた。
自分も客席にいて楽しく眺めている気がする。

現存最古の祇園祭礼図屏風もある。母衣武者行列の中に縦渦巻きを冠したものがいて「はぁ?」と思う。色んなパフォーマーがいるなあ、と街を歩くわたしは口を開けて見ているかもしれない。

柿右衛門の色絵狛犬が二匹いた。対ではない。どちらも阿形。派手で首に可愛い鈴をつけている。向って右側の狛犬の目玉は煌くようで、それも可愛い。
水玉柄の狛犬さんたちである。

能面がガラスケースの中で浮かぶように展示されているのもいい。
「萬媚」と向き合って、わたしもニッと笑ってみた。
モナリザやフェルメールの謎の微笑も美しいが、わたしは能面を始めとする東洋の微笑に、より深く惹かれる。

第二章 <祭>が都市をつくる 京都VS江戸
第二室へ入ろうとしたとき、そこが一室よりずっと照明が暗いことに気づいた。
その明度の重さが、作品保存のためではなく提灯の灯りを際立たせるためのものだと気づいたとき、その空間が一挙に祭の夜の場になった。

祇園祭の提灯が提げられている。柱にも祇園祭の絵が拡大化されて巻きつけられている。
静かな空間にガラス越しとはいえ、祇園祭が展開している。
コンコンチキチンコンチキチン・・・
祇園囃子がアタマの中に流れ出す。一定温度を保たれた心地よい空調の部屋が、祇園祭の熱気を再現している。
嬉しくて仕方ない。
祇園祭は常に巡行を見ず、宵山以前の屏風祭の夜にふらふら歩くのを楽しみにしているわたしの前に、今年は見に行き損ねた情景が広がっている。
四百年前の景色であろうとも、いやそれだからこその、町衆のナマナマシイ実感が描きこまれた屏風が、一点二点とある。
元和年間、元禄年間だからもう新都が出来てしまった後の時代に描かれた屏風だが、それでも都の面白さが描かれている。

ここにある洛中洛外図屏風の中でわたし好みの情景をみつける。
鴨川で遊ぶ男たちのうち、カップルらしきものがいる。ふふふ、とても楽しい。

よい作品を見るのも嬉しい。しかしその作品を更にそれにふさわしい空間設えで見せてもらうと、深い記憶になる。心はこの楽しさを忘れない。

右手手前の京から左手奥へ回ると、そこは江戸になっていた。
三社祭である。
勇壮な空気が漂っている。裏手の雅さとはまったく違う空気がある。
なんと面白いことだろうか。

ああ、江戸名所図屏風が出ている。久しぶり、嬉しい。2003年にこの屏風を特集した展覧会があった。このときのチラシも可愛かった。寛永期のもので、人物がみんなとても愛らしく描かれている。ヒゲヅラでも可愛いキャラがいたり、湯女も可愛い娘を揃えていた。
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もう一つ寛文~元禄の江戸名所図屏風は色も鮮やかで、これは修復したものなのだろうか。

心地よい空間には古いやきものがまたよき似合う。
古清水の御座船香炉があったり、夏らしい瓜文大皿や紫陽花柄もある。
夏の喜びを実感する。

第三章 <祭>の名残 遊楽の庭園
祝祭空間が<祭>から遊郭へ移って行くのを感じる・・・

邸内遊楽図屏風 三味線を担いだ婆さんや州浜を乗せた爺さんがみえる。
庭で群舞するヒトビトのために尺八を吹く女もいる。
随分大きな遊郭で、池に舟まで浮かべている。建物は大きな花頭窓まであるが、その木の目もリアルでも建物を見るのも興味深い。

菱川派の絵も出てきた。師宣ゆり師平の描く人々の方がやや綺麗な顔立ちをしている。
元禄らしい、美少年好みのヒトビトもいる。楽しくて仕方ない。

別な邸内遊楽図では橋が掛かり、くつろぐ若衆だけでなく犬を散歩させる女もいて、面白い。その先には尺八を吹く連中もいる。女遊びだけでない楽しみがある情景。

職人尽図巻がある。岩佐又兵衛のだとあるが、あごの長いものはいず、耳や頬の膨らんだ布袋や黒大黒(あたりまえか)、あごの替りにアタマの長い寿老人(前からだ)もいて、魚ロメならぬギョロ目のタイを抱えた恵比寿もいる。彼らが職人なのかどうかは知らない。

第四章 遊楽prison 閉ざされた遊び
パラダイスの語源がペルシャ語の「閉ざされた庭園」だということを、ふと思った。
その中にいる人はある意味prisonなのかもしれない。

非常に珍しい作品をいくつも見た。

浄瑠璃芝居看板絵屏風 伝・菱川師宣 色鮮やかなコマ割り絵の中でヒトビトがそれぞれ蠢いている。風呂場か何かで斬り合いになったのか、裸で逃げる人もいれば、首を落とされたり肩を切り落とされたりしたのもいる。
また戦場絵もあり、そこではメザシのように生首を連ねたものを担ぐものもいる。
師宣と鳥居派初代の確執を描いた「修羅の絵師」という小説を思い出す。
小説では、鳥居派が菱川派を凌いで、江戸の芝居小屋の絵看板を一手に握る、その様子を描いていた。

中村座歌舞伎図屏風 「不破」や「名護屋」の名が見える。それだけで嬉しくなる。
絵看板は鳥居派のそれのようで、唐子人形を持つ傀儡師の人形と美しい女形の人形が並ぶのも華やかでいい。飾られた花は菊。小屋の前を行く群集のうち、2面めの下中央にいる二人の女が特に綺麗だが、濃い緑の着物の女は後世の小村雪岱の描く女に似ている。

歌舞伎図屏風 舞台の表と楽屋が描かれている。面白いのはむろん楽屋。みんなそれぞれ忙しい。男衆に世話をされているものやダメ出しをされているのもいたり、音合わせの者たちもいる。

中村座歌舞伎芝居図屏風 奥村政信 こちらは随分おとなしいが、その時代の芝居見物の様子が知れるような、いい雰囲気の作品。

他にも華やかな蒔絵の提重や蒔絵螺鈿手箱、櫛・笄・簪などなど、見ていて心楽しいものが揃えられていた。

上野窯の色絵徳利は初見。刻んだようなおもてを見せている。こういうものは初めて見た。
あとは碁石の美しいのがあり、そちらにも随分ときめいた。特に白石の美しさには深く惹かれた。

この楽しい展覧会も明日まで。思い出してもイイ気持ちになる展覧会だった。

物語にみる源平合戦

國學院大學伝統文化リサーチセンター資料館へ行った。
オープンキャンパスの日なので休日でも開いていて助かる。
「物語にみる源平合戦」
奈良絵本などから見る源平合戦図である。
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平時物語絵巻 常盤巻 江戸初期ごろ。出ている図は常盤御前が清盛の前に出て、子らの命乞いをするシーン。十二単の背に広がる豊かな黒髪が美しい。
乙若、今若のふたりの年の違いを髪型で示している。牛若はまだ赤ん坊。
向かい合う白い狩衣の男が清盛。
この前段の雪山の中を彷徨する常盤母子の哀れな姿は、奈良絵本によく描かれていた。
出頭してくる図はあまり見ていない。

平家物語 奈良絵本 寛文・延宝期 弘前藩・津軽家所蔵品。弘前藩は家老の用人・楠美家が平曲を伝えて以来、藩を挙げてその伝承に取り組んだと解説にある。
これは非常に興味深いことだと思った。弘前藩は平曲を愛したが、流浪する九郎判官の足跡は持たない。東北では戦前まで、義経一行の1人・常陸坊海尊が主を見捨てて命を永らえた果て、その行いを恥じて「恥と非道の記憶」を町々村々の人々に語って聞かせ歩いた、という伝承がある。
八百年にわたって生きる海尊伝承の残る地(広範囲なのだが)に、平曲を愛する藩があった・・・そのことにわたしはときめいている。
ここでは小督、敦盛、与一、厳島、俊寛と有王の物語があった。

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左は与一ほまれの図で右は木曾殿最期なのだが、射手は色違いでほぼ同じ形。顔立ちもよく似てるから、同一作者または同一工房の仕事なのがよくわかる。

木曾物語絵巻 寛文~元禄か。 義仲一代記という体裁を持つらしい。この絵は倶梨伽羅峠の火牛の計の図。あわてふためく兵たち。物語として面白いので、講談師などもよくこの倶梨伽羅峠の火牛の計の件はよく語られたようだ。
また、下巻には木曾殿が討ち死にした後(粟津で)、乳母子・今井四郎兼平が太刀を咥えて自害する場が描かれている。のどを貫く刃がくっきり。

堀川夜討絵巻 夜襲にも備えよろしく、静御前までも鉢巻して薙刀を振るって戦う。
右から左へ展開するのは当然の決まりごとながら、スピーディな楽しさがある。
土佐坊昌俊らはアウト。
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平家物語 元和九年版 五百年ほどが経ったその当時、平家物語はこうした版本によって広く流布していた。
「祇園精舎の鐘の音」に始まる冒頭のこの名文に、平家の興隆・栄華・没落、その全てがこめられている。
わたしも子供の頃から「平家物語」を愛してきた。無論この冒頭を暗誦出来ていたが、今はところどころやや危ない。
こちらのサイトにその冒頭がある
大学の頃に覚一本、延慶本、安居院の唱導、平曲センターなどなど、を学んでいたのも面白かった。今でも古典では「古事記」と「平家物語」と「説経節」がたまらなく好きである。学術的なことはあの当時も今もサッパリだが、物語として本当に面白い。

江戸時代の版本が多く展示されているが、申し合わせたのか全て倶梨伽羅峠の場ばかりである。それで思い出したが、「新八犬伝」の中で「火牛の計」ならぬ「火猪の計」で敵を払うシーンがあった。そこから元ネタは平家物語の倶梨伽羅峠の話だと教わるわけである。
子供のアタマにそうした言葉は刻まれて、少し大きくなってからは本物に触れようとする。
いま、これら版本を見ながら自分の子供時代の文芸の豊かさを思う。

落人伝説についても四国にその伝承が特に多いが、わたしの近くの能勢にもそれはある。
能勢には安徳天皇隠棲伝承があるというが、語り手はいない。
ところで北摂にはほかにも時代は下がるが、隠れキリシタンもいたようで、十字架の柄が入った瓦などがみつかってもいる。
そしてここに「安徳天皇御行方記 天保13年写本」がある。
文化14年に能勢の農家の屋根裏から出てきた本。発見当時、松平定信、馬琴、塙保己一、伴信友らが読んだそうだ。

平曲の本も色々ある。譜本。「平家正節」へいけ・まぶし。これら読み物も特に愛好されたらしい。展示されているのは腰越状の件。

職人歌合せもある。琵琶法師と瞽女が見開きにいる。瞽女歌は近年になり吉祥寺で展覧会のときに、初めて実物の声を録音したものを聞いた。
それまでは芝居の中で太地喜和子、藤間紫ら名女優たちが一心に語るのを聴いただけだった。
ところで昭和初期あたり何故だか琵琶がブームになったそうだが、近年そのあたりのことを書いた本も出ているようだ。
うちの母に聞くと、近所の古い歴史を持つT神社の境内に、琵琶法師が住んでいたそうだ。

吾妻鏡、玉葉、山槐記の写本なども展示されている。
梁塵秘抄に徒然草、十訓抄もある。十訓抄には清盛の心遣いの巧さが記されている。
「福魚大相国禅門」というような文字が見えた。

戀塚物語屏風がある。文覚上人の譚である。絵は稚拙な雰囲気もあるが可愛らしい。
尼と姫、男女、室内の女、二人の女と男、男と嘆く女たち、尼たち、出家する男。
こうした絵から文覚上人の横恋慕とその悲劇の顛末を見出すのだ。

平家公達草紙絵巻 これは解説によると原本は冷泉為恭の手によるものらしい。明治の模写が出ている。白描の美しい絵巻で、重衡が内親王や女房たちに別れを告げるシーンが展示されている。唇に朱が落とされていて、なまめかしい。

7/21まで。

常設展示を見る。
今回、吉田神道の特集があった。
吉田神社は知人も氏子で、色々行事の大変さや楽しさを聞いている。
ここでは吉田神道についてわかりやすく解説してくれているので、興味深く眺めた。
実感のある事象であっても、正確な知識を得られると、いよいよ理解が深まってゆく。

会式に供えられる造花が並んでいた。特に誰の手によるものかは書かれてないが、吉岡幸雄さんの仕事ではないかと思う。可愛らしい花々で、見ているだけで嬉しくなる。
ミニチュアを楽しむ気持ちでもある。

ほかにも見所が多いので、楽しい。
絵葉書などなどいろんなお土産ももらい、喜んで國學院を去った。

生誕百年 松本竣介

神奈川県立近代美術館・葉山館まで松本竣介の展覧会を見に行った。
松本が夭折したのは36歳で、本人にとっても突然の死だったらしい。
少年の頃、唐突に聴力を失い、そして終焉も結核が原因とはいえ突然世を去ってしまう。
老年期を迎えることなく、新たな画境を知ることもなくに。
しかしながら、残された絵はすべてキラキラ輝いてみえる。
人物画も都市風景も何もかも。

わたしは松本竣介の風貌を知る前に彼の人物画を知った。
「立てる人」である。
教科書で見たのかチラシで見たのかはもう思い出せない。
ただそのとき、青年(少年がようやくその殻を脱いだような)の美しさを感じた。
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真正面ではなく、斜めを向いた青年の風貌は優しいが、決して甘いものではなかった。
なによりその立ち姿に彼の意思が現れている。
わたしはその絵を最初に見たとき、てっきり学生服姿だと思い、いよいよときめいたのだが、数年後本当の絵の前に立って、自分の勘違いを知った。
青年はなにやら変わった服装をしていたのだった。
しかしそれでがっくりすることはなく、相変わらず松本竣介に対して、勝手な恋心を募らせていた。

葉山館は行くのにとても疲れる。ほかの人は知らないが、わたしはそこへたどり着くまでの過程がニガテなのだ。
しかしそれでも葉山へ行った。巡回があることは知っていたが、しかし彼の回顧展は葉山で見たいように思った。

ほぼ時系列に沿った展示である。かれの長くはない生涯を二つに分けて、それぞれの区分が立てられている。

初期の風景画には盛岡の町が描かれていた。松本はその町で聴力を失い、絵と出会い、やがて東京へ向かった。

18歳の彼が描いた「少女」はりんごのような頬をした愛らしい少女だった。
地域性のものなのか、時代性のものなのか、羞じらいからなのかわからない、りんごの頬。

・都会 黒い線
このくくりの中にはルオー風な絵がいくつも見受けられた。

建物 ‘35年。存在感がある建物。外国の町にあるかのような。それは現実の風景として外国風に見えるものなのか、それともそこに佇むことになった松本の眼がそう捉えたものなのかはわからない。絵は存在感のある建物を描いているが、決してリアルな風景ではないから。

いくつかの婦人像をみる。
母と子 赤ちゃんとその母。とても美人の若い女。藍色で彩られた美母とその子。
少女 青い少女。明るい華やかな青ではなく、沈んだ青で。
婦人像 都会の美人。眼は藍色で塗りつぶしている。ルオーのような線。
いずれもとてもモダンな女たち。そして誰も個人の特質を持たない。

少年像 ‘36年。とても可愛い。モダンでシャープな、そしてやさしく。
この少年の眼を見ると、左右の焦点があっていないのだが、それすらも美しさの一因に見える。ふとルノワールの「少年と猫」を思い出す。少年の美しさを堪能する。

・郊外 蒼い面
こちらのコーナーに入りかけたとき、その一隅が真っ青に見えた。
空の青でも海の青でもない、都会の青。
一瞬の深いときめきがある。

郊外 ‘38年。海の底のよう。木はワカメにみえる。

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青の風景 抽象的な画面に何かが描かれているが、それが何なのかはわからない。
盛岡風景 シャガールを思い出した。

・街と人 モンタージュ
‘36~'41年の都会。

街 人も飲み込まれてゆく。街そのものが広がり行く過程の中で。
立ち話 錆びた赤色で包まれた世界。
黒い花 二枚の絵があり共に同じタイトル。それぞれの違いは赤に咲くか青に咲くかということか。造形感覚もすてきだった。

街にて 白い女のモダンさ。着物の女もいるがみなとても可愛い。
そしてこの絵を見ていて同時代の挿絵画家・竹中英太郎のモダンなセンスを思い出した。
細い輪郭がそのシャープさを支える。

おもちゃ箱のような街だと思った。
青年の見た・描いた街はおもちゃ箱のようだった。
現実感はなく、しかし理想郷などではない、生活・活動・遊戯のある街。
その中に青年は立ち場所を見出し、街とそこを行過ぎる人々を描く。

構図ばかりを集めたコーナーがある。
クレーにも似た世界。
どんな意図があるのかはわたしにはわからない。

1940年から1948年を松本竣介の「後期」として捉えた展示が始まる。

・自画像
顔(自画像) '40年12月。自画像 '41年10月。板に油彩で描かれた少年。
二枚ともとても可愛い。
友人たちから「フルポン(=フルーツポンチ)」とあだ名された、と解説にある。
可愛い少年だと思っていたのはわたしばかりではなく、むしろ当時身近に接していた人々はより確かにそう思っていたのだ。

ただしこの可愛いフルポンさんは自分の変な表情をも「自画像」に残している。
しかしやはり30になる前の自画像はとても美少年で、配色は川口軌外のそれを思わせるが、見ていて嬉しくなる絵なのだった。

・画家の像
「自画像」とは区分されている。リストの字の連なりを見るだけではわからない違いがある。このことばかりは実際に展覧会に行かねばわからない。

画家の像 '41年8月。かっこいい、と思った。立ち尽くす青年。その背後には座る女と子供がいる。背景には街がある。都市に生きる。

松本竣介と奥さんの歩く写真が出ていた。とてもシックな奥さん。彼女は出版社に勤務し、竣介はその間幼いわが子の世話をみた。イクメン。イケメンでイクメン。なんて素敵な旦那さんだろう。しかもとても家族に優しく、友人関係も暖かい。才能もある。本当に惹かれるひと。

そして「立てる像」がある。30歳の画家の像。やはりとてもいい。布の質感を感じる。
新しさを感じる作風。過去を持たない絵。とても素晴らしい。

五人 ファミリーを描いたものなのか、子供や妻や少女たちがいる。戦時中の製作とは思えないほどの和やかさがある。その雰囲気もまた重い時代から遠く離れている。

「立てる像」の下絵を見ながら、やはりときめく。
青年の風貌に惹かれつつ、そのまなざしの向かう先を想う。

・女性像
皆とてもきれい。
特定の女性を描いたらしき作品がある。
しかし彼女らに個性はない。

A夫人、K夫人と名付けられた作品を見ても、それぞれ美人だと思いつつも、際だった違いと言うものはあまり見分けられない。
やはり彼女らは松本竣介の「個性」に引きずられて描かれる。

松本はさまざまな女性を描くが、皆やはり松本の描く顔立ちになる。そしてそれは松本本人にも似ているのかも知れない。

・顔習作
ここでは羅漢などもあり、イメージが違うのを面白く思った。

・少年像
幼い子供がメインである。

「りんご」と題された油彩画と鉛筆画とがある。前者は板に後者はハトロン紙に描かれる。
丸顔に丸いリンゴ。愛らしい男児。
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「コップを持つこども」はすべて鉛筆で描かれている。
いずれも愛らしい男児。
これは松本の幼い息子を描いたものなのだろうか。
イクメンの彼は息子の書いた絵を全て保存していた。
やさしい人なのだ。

・童画
息子の描いた絵を基にして、プロの画家たる松本竣介が新たに描き起こしている。

象、牛、電気機関車、汽車、せみ・・・
「人」と名付けられた絵は大将を描いたものらしい。
やはり巧いと思う。

風景に移る。

・市街風景
もうあの青はないのだろうか。
そんなことを思いながら市街風景の中に入る。

丸の内風景 暗い色調である。しかし決して重くはない。丸いドーム屋根が見えるのは、今復元中の東京駅。

大崎陸橋 大崎もかつてはこんな風景だったのか。開戦前の街にあった陸橋。こうして眺めたら版画にしたいような気持ちになる。

・建物

横浜風景 青い風景。青に囲まれた工場島。別な国の横浜、そんなイメージがわく。

駅 シュールなたたずまいを見せる。小杉小二郎のメトロを描いたものもこのようにシュールである。
そしてどちらもとても静かなのだった。

市内風景 どこかの工場の角を画の真ん中に置く。不思議な立体感が生まれる。林忠彦の晩年の風景写真にもこんな構図があった。この構図は魚眼レンズのそれを思う。

・街路

並木道 青いシュールな風景
議事堂のある風景 '42年1月。リアカーを引く人がいる
議事堂のある風景 '41年12月。こちらは鉛筆。下絵のようでもあるがそうでないようにも思える。朝ぼらけの中。
霞ヶ関風景 ジャパンタイムスの印刷所がある。建物も変だが、偏愛を感じる。

・運河
解説に面白いことが書いてあった。
「東京は運河の街だった」・・・そうなのか。
しかし言われてみれば村山知義の関係したグラフ誌にも東京の運河があった。
創作版画家らの作品にも。

・鉄橋付近
先の「運河」こちらの「鉄橋」も共に画家の偏愛する対象だった。

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これらを眺めていると、画家の興味の向かう先が見えてくるようで楽しい。
そして一つ一つのドローイングがやがて完成品へ向かってゆくのを感じる。

次の「工場」もまた。こうして見ていると、松本竣介の工場萌え~がよくわかる。
わたしは松本の風貌に惹かれつつ、もっと本質的に好きなものは何だろうと考えてみた。
彼の愛した都市の建物・運河・鉄橋・工場、そんなもの全てがわたしも好きだということに思い当たった。
村より町、町より街、都会でないと関心がわかない。
松本竣介はわたしの好きなものを描く画家なのだった。

はっきりと対象を絞った風景がある。
「Y市の橋」と「ニコライ堂」である。
月見橋という横浜の橋を何枚も描いている。
鉄萌えクン本領発揮という感じがある。
そしてその絵の中に帽子をかぶった人物がいる。
かれは松本ではないだろうが、松本に何かを託された人物かも知れない。

ニコライ堂の絵はいろんな角度から描かれていた。今はない小聖堂も描かれている。
わたしはニコライ堂をこの人の絵から知ったように思う。
そして東京に出るようになって、本物を見たとき「ああ、松本竣介のニコライ堂だ」と実感したのだった。
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赤暗いニコライ堂の絵がある。この赤さには何か見覚えがある。ロシア料理のボルシチの赤、つまり赤大根の赤なのだった。
ロシア正教の教会にロシア料理を思い起こしたのは偶然だろうか。

・焼け跡
敗戦後の風景。
よく聞く台詞がある。敗戦後の空は真っ青だということを。久世光彦もそのことを書いていたし、敗戦後の明るい流行歌もそれを歌っていた。

焼跡風景 '46年。それでも空は青かった。そのことを絵に見る。

「展開期」として最後の三年間の作品が出てきた。

キュビズムに影響を受けた人物像には関心が向かなかった。むしろこのあたりでは資料を読むのが面白かった。
一人の画家の心象風景が見えてきて面白い。

建物 背面を塗りつぶすようにした上から線描で教会の窓や装飾を描く。平面的だが、探せばもっと広い空間があるかもしれない。いい線描だからこそ、この「建物」は活きている。
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彫刻と女 部屋の中央にあるように思った。大きな絵のように思った。しかし実際には1Mほどの作品などなのだった。
女が彫刻の頭部をみつめている。この構図を見てわたしはサロメのようだと思った。
女のまなざしが深い。一心に彫刻をみつめる。
ほかは何も存在しない心。

ときめきながら眺め、やがてわたしはそれが彼の絶筆だと知る。
しかし力の衰えもない、いい絵だった。


最後に彼の関わった仕事などをみる。
難波田龍起、麻生三郎、妻子への書簡、読んでいた本、表紙絵を担当したらしき雑誌、そして「雑記帳」という一年ばかり続いた雑誌の仕事が面白かった。
中条百合子の文や長谷川利行の表紙原画などなど。

写真をいくつも見る。
集合写真がある。一人だけ少女がいると思ったら、彼だった。彼の描いた少年少女と同じ顔をしている。
二十代の青年がこんなにも美しく甘い顔をしている。

少し疲れた写真もあった。
敗戦の翌年の秋、舟越保武・麻生三郎との三人展のときのものである。すでに結核に蝕まれつつあったのかもしれない。

そして出口近くのその一室には、叔母を描いた作品が展示されていた。とても繊細な美人だった。

7/22まで。

川合玉堂と東京の画家たち

既に終了しているが、記憶に残る展覧会だったことを形にしたい。
野間記念館「川合玉堂と東京の画家たち」の感想である。
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ここはいつもいつも所蔵品からピックアップするので、「またか」「あきた」などとのたまう向きもあるかもしれない。
しかし、野間コレクションはこの美術館が開館されるまで、わずかに数度しかデパートなどで展示されるばかりで、「まぼろしの野間コレクション」と称される存在だったのだ。
こうして美術館としてオープンしてからも未だに世に出されない作品があるのだ。
しかも莫大な描きおろし色紙コレクションがある。伊達や酔狂で拵えたものではなく、真摯な製作態度で臨んだ作品であることは、その色紙の前に立てばわかる。
現在、近代日本画を柱にした美術館といえば、(作家名を冠した美術館は別として)山種美術館と、この野間記念館ばかりではないか。
安価な入館料、落ち着いた環境、楽しい展示。
野間には永遠に美術館として存続して欲しい、と真剣に願っている。

さて前置きが長いのには理由がある。今回の展示、「またか」の川合玉堂と東京の画家たちの作品が集まっているのだが、その出品された作品の展示の配置、選び方などなど、非常によかったのだ。
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玉堂 鵜飼 働く鵜と鵜匠と。松明の火の下で忠実な鵜たちが自分らの親方の手元に帰り、獲物をみせる。昔からどうも鵜が可哀想でイヤだと思っていた鵜飼だが、あるとき一人の鵜匠が「鵜は鵜匠の弟だ」と言うた、というのを聞いてからそうそうイヤではなくなった。
首を絞める行為は残虐だが、ちゃんと程を知っている。鵜もタイミングを知っている。
玉堂の「鵜飼」にはそんな鵜と鵜匠の関係が温かく描かれている。

玉堂 寒庭鳴禽 枇杷に止まるヒヨドリ。構図もいかにも日本画的なのだが、この絵はその和紙に魅力があった。少し毛羽立っていて、それがヒヨドリの羽毛と枇杷の葉のざわざわ感とをとても深く表現している。
この和紙は小杉放菴の愛した和紙のような趣を感じた。

木村武山 十二ヶ月色紙のうち六月・とくさに鷲 これはもう一目見て「親分!」と呼びかけたくなる絵だった。

大観 波に千鳥 なんだか随分目つきの悪い千鳥である。

龍子 早春雉子 絵の上部は装飾的なのだが、下部に蹲るようなキジがいて、それが非常にねっとりしている。使われている赤色がまた滲みのせいでか、血を薄めたのが広がったように見えた。

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池上秀畝 残月杜鵑 夜に空を翔る杜鵑を描いた絵は、どれを見てもある種の緊迫感を感じる。何かしら覚悟を求められているような。

荒木十畝 黄昏 紫苑の下に白猫がひっそりと現れる。この絵は当時たいへんな好評で、彼を無鑑査から外した不明を恥じて、時の院長の森鴎外が謝った、という逸話がある。
そんな逸話を知らずとも、この絵の良さはわかる。色の美しさ・構図の面白さ、全体と細部それぞれの楽しみがある。

映丘 池田の宿 この絵も上述の「黄昏」も何度もここでも紹介してきたが、やはりいいものはいい。この絵を見ながら自然と「落花ノ雪ニ踏み迷フ 交野ノ春ノ桜狩 紅葉ノ錦着テ帰ル 嵐ノ山ノ秋ノ暮レ・・・池田ノ宿ニ着キ給フ」という一文が浮かぶ。

ところで前々から思っているのだが、野間記念館には四季を代表する大作屏風があるが、そのうち春は麦僊「春」、夏は秀峰「蛍」、秋は大観「千与四郎」がすぐに思い浮かぶのだが、冬はどの屏風があるだろう・・・
ちょっと今咄嗟に思い浮かんでこない。
その夏の代表「蛍」・・・いつ見ても綺麗な情景。
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玉堂 十二ヶ月色紙 日本の自然の風景の中に人々がいる。それは変わることのない決まりごととして、玉堂の世界は成り立っている。
六月・登山 山で暮らす人々と白百合
七月・七夕 田舎のモコモコわらぶき山家。小橋に佇む母子
八月・月見 川に小舟を浮かべておっちゃんらがにこにこと月を見上げる
十二月・雪 猟師が一人、雪山の中にいる。ブリューゲルの雪山は裏の山にあるだろう

一室に金鈴社の人々の作品が集められていた。

平福百穂 駿馬 赤衣の爺さんが柳の下で白馬と共に立つ。

結城素明 伊勢物語 芥川の図。下部に女を負う男の姿があり、上部に二人を追う群れがある。素明にしてはあっさりとした塗りで、さらさらしたススキや水滴が美しい。
負われた女の十二単の質感がある。

清方 夏の旅 この絵を見てると本当にいい心持になる。丁度今鎌倉の清方記念館でも清方の「夏の女」展が開催されているが、すっきりしていた。
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清方の随筆の中に「夏の女は美しくない」というのがあるが、だからこそ清方はいよいよ理想を求めて夏の女の美しさを描いたのだと思う。

映丘 雨 十二単の美人が御簾を上げて外をみる。空き草が咲いている。雨は殆ど見えない。見えないが降り続いているのは感じる。そんな空気がある。

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いつ見ても好きな一枚。霊華は今、東近美で回顧展が開催されているが、こうした抑えたカラフルな作風のものと、金・白・薄墨の三色、紺地金泥のものと大別できる。これはフルカラー。

霊華 孔雀秋草 これは金の孔雀に白地に藍色で花を描いたもので、唐代の工芸品を平面化したものにも見える。古式ゆかしい美しい屏風。

霊華 浄名居士 彼の仏画というて差し支えない。維摩居士を描いたもの。紺地金泥。
自賛もよい字で、こうして霊華の3つの方向を楽しめたのは嬉しい。


3室へ。
長野草風 宋壷白菊 その宋の壷にへんな人物画が黄色で描かれている。赤い壷に黄色。

蓬春 四季花鳥 山椿にむくむくした鳥、柳にとまるキリッとした五位鷺、白萩に鶉カップル、敗荷にセキレイ。今回、蓬春記念館に行けなかったが、ここで彼の絵を見れて楽しかった。

十畝 急湍橿鳥 きゅう・たん・かけす、と読むべきか。この鳥はカケスらしい。滝を見上げるカケス。白藤と岩躑躅が咲いている。湍はハヤセとも読む。なるほど滝を急湍と表現するのか。90年前の日本人の漢語の感覚はみずみずしい。

玉堂 富士百趣 これは昭和3年七月のなんばの高島屋での「霊峰富士大百覧会」に出たもの。当時高島屋では展覧会やこうしたイベントを企画しては大当たりを取っていた。
主催は大日本雄弁会講談社。
このイベントではなんとミニ富士を拵えて見学者を上らせたりもしたそうな。

十二ヶ月色紙を色々と眺める。
山田敬中という画家は覚えがない。それだけに興味深く眺める。 
五月・田家月 金の月に杜鵑とぶ
七月・七夕 田家に老夫婦が向かい合うのをロングで捉える
十月・紅葉 筏下りをするヒトあり

鞆音の十二ヶ月は古風な月次もので、描かれた人々はみなとてもニコニコ。全てニコニコ。
描かれている月次風俗を見ると、さすが歴史画の大家だと思う。
六月・夕顔棚 これは久隅守景のあのファミリー図を基にしたものだと思う。ここの家族もニコニコしている。
九月・菊乃着錦 鳥飼?いや老齢のために鳩首杖を持つのか。おじいさんが袱紗の上に菊形のお菓子?を置く。この風習がわからないのが残念・・・
十月・豕子餅 イノコモチとは懐かしい。貴人が杵でこねてるところ
一月に千秋万歳を十二月に節季候を選ぶところもさすが、という感じだった。

ほかにも丘人、映丘、蓬春、清方、希望の十二ヶ月があり、それぞれ異なる趣を大いに楽しむ。
また今回は深水の十二ヶ月によいものを多く見た。昭和4年の十二ヶ月色紙。
'10年の10月に見たのは昭和3年の十二ヶ月色紙。
六月・花菖蒲 手ぬぐいで頬をぬぐう女。ツバメが飛ぶ。なやましいムードがいい。
十月・コスモス テニスラケットを抱いたおさげの少女が丈高いコスモス野にいる。見上げる眼の先をゆく赤とんぼたち。可愛らしい少女・・・

最後に草風の十二ヶ月色紙を見る。山家から桃山美人、ランタナまで。
四月・げんげの田 すごいピンク色。ツバメが飛ぶ。可愛い。
十月・秋野の花 ランタナらしき花の塊。珍しいものをみた。

今回は2009年の「帝展期の東京画壇」にも似たラインナップだが、とても楽しかった。
見知った絵には「こんにちは」と挨拶し、めったに出ない絵には「久しぶり」と声をかけ、知らない絵には目を瞠る。
こんな楽しみを捨てられるはずがない。
夏休みの後、次の展覧会は「講談社の絵本」原画展。楽しみで仕方ない。

7/16までに終わった展覧会の感想

7/16までに終わった展覧会についてそれぞれ小さい感想を挙げたいと思う。
・ 野間記念館「川合玉堂と東京の画家たち」
・ 八王子夢美術館「たむらしげるの世界2 空想旅行」
・ 同上「収蔵品 佐田勝」
・ 横浜都市発展記念館「横浜の海 七面相 大正・昭和編」
・ 横浜開港資料館「横浜の海 七面相 幕末・明治編」
・ 東京国立近代美術館工芸館「越境する日本人 工芸家が夢みたアジア」
ただし、国立新美術館「エルミタージュ美術館展 世紀の顔 西欧絵画の400年」は後日関西にも巡回するので、ここでは挙げない。
また野間は別記事として挙げている。

「横浜 海の七面相」は二つの館で時代を分けあう合同展示で、これもとても面白かった。
先に都市発展に行った。つまり大正・昭和。
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非常に面白い時代だと思っているので、展示を見るのも楽しい。
またこういう企画は地元の人々が喜んで見に来て、自分の思い出話をその場でしゃべりだすので、それもヨソモノまた後世の者たるわたしには面白い資料となる。
ふむふむと聴いていた。

吉田初三郎の鳥瞰図がある。それを見ただけでも来た甲斐がある。その一方、いよいよ大日本帝国がだめだめになる時代の案内図が出てきた。
昭和15年の東京湾汽船の航路案内図である。
左端は表紙で、紺地に赤い火山、白銀の碇、黄色の細い文字というモダンな作りだが、肝心の地図にこわいことが書かれている。「守れ要塞 防げよスパイ」・・・ううむ。
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昔は横浜も海水浴ができたり、千葉の富津と定期航路もあったそうだが、埋め立てでなくなってしまった。誠に残念な話だが、それも時の流れというものか。

山下公園で昭和10年に復興記念横浜大博覧会が行われ、そのときの場内案内図をみた。
これがとても面白い。
いろんなパビリオンがあって、それがとても楽しそうなのだ。またあちこちに憲兵の詰め所などがあるのも時代の姿を示している。

戦後、ベトナム戦争の頃、九条を守り、米軍の運送を止めたという話があった。飛鳥田市長と言われてもわからなかったが、後の社会党の飛鳥田委員長だと聞いて納得した。
結局は通られてしまうが、それでもこの決断は尊い。

さまざまな資料を見てから、次に開港資料館の幕末・明治編へ向かう。
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ところが申し訳ないことに、ここへ行くまでの間に神奈川県庁の一般公開に参加し、資料館に来たら来たで先に「アンナ・パブロワ」の写真資料を夢中で見ていたものだから、幕末・明治の印象そして記憶が薄いのだ。

古写真と絵はがきがよかったことは確かだが、具体的な記憶がないのだった。
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ほかにちりめん本があったくらいしか思い出せない。
全く申し訳ない状況になっている。


次は八王子のたむらしげるの原画展。zen582.jpg

長らくJALの機内誌で連載していたシリーズで初めて知った作家なのだが、シンプルな線と明るい色彩が印象的な作風だと思った。
今回原画展を見て、その色彩が単純な作りのものではなく、非常に複雑な制作過程を経て誕生していることを初めて知った。
その時代時代の最先端の技術を駆使して色彩設計をし、構成する。線字体はアナログだから、色彩のその技術力の高さをあまり感じなかったのだが、それだけに本当に驚いた。
しかも作者のコメントを読んでゆくと、きっちり計算し尽くしての作成だと知って、テクノロジーは人間の手によって進化したのだ、ということを改めて思い知らされた。
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むろん作者の予想を超える事態というのもたまに起こる。
それがまた美しい偶然となり、奇跡の作品が生まれる。
しかしその作品は自分の誕生にそんな壮大なドラマがあることなどに知らん顔で、いつもの「たむらしげる作品」ですよ~とファンの前に現れるのだ。
ただただ感心するばかりだった。
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これからもどんどん新時代のテクノロジーを駆使して、しかしこの暖かくもおっとっとっな世界を構築し続けていってほしい。
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美術館の奥の一室では収蔵品展示があるが、今回は佐田勝という作家の作品が集められていた。この作家はガラス絵も得意とした人だということで、なるほどと思った。
色彩感覚は今でいうと、わたせせいぞうのそれに近い。

水芭蕉の群生図がある。広いキャンバスに白い花が可愛く群生している。
油彩画ではあるが平板な塗りもとてもよく、尾瀬かどこか湿地帯にいて、その情景を楽しんでいるような気持ちになる。

野の花を描いたものもよかった。そして「花々」と題された絵はヘンリー・ダーガーの描く花にも似ているようにも思った。

最後にガラス絵の「月見草と月」を見た。
黒く塗られたガラスは面白い効果を見せていた。闇は漆黒ではなく、半月も煌々と空を照らさない。しかしその下の黄色い月見草は可愛く揺れていて、魅力的な作品だった。

シンプルさが魅力的な作風だった。


最後に工芸館。zen586.jpg

このチラシに強く惹かれたのだが、展覧会の存在を知ったのが随分遅かった。それでこんな終わった後に感想を書くしか出来なくなったのは、痛恨の極みという感じがする。
今年はどうも年初から素敵な展覧会、魅力的なチラシをたくさん見てきたが、このチラシも本当にすばらしい。

わたしが好きなものばかりが集められている。
この展覧会は個々の作品の良さを云々するよりも、その展示の配置にこそ強い魅力があったことを言いたい。
この建物の中で展開される「越境する日本人」工芸家たちの作品を見て歩く、それだけでも非常に大きな喜びがあった。
大アジア主義を標榜した時代と言うこともあるが、そのアジアの片隅で生まれた人々が、作品の新たな可能性を求め、あるいは円熟を願い、海を渡った。
脱亜の時代から理想郷としてのアジアへの回帰は、素晴らしい作品を生みだしていったのだ。

むろんそうした時代の中でいいことばかりがあったわけではない。政治的には日本は自ら「アジアの盟主」たらんとして他国への侵略を繰り返した。
そのことは決して忘れてはならない。
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最初に、北京を愛した梅原龍三郎の「北京秋天」と藤島武二「アルチショ」が並んで展示されている。
北京の前には明代の赤絵や五彩の可愛いやきものが置かれ、アザミを描いた武二の前には朝鮮の青花鉄彩牡丹文壷がある。
それぞれの個性の違いが際だっていて、それをみるだけでも楽しい。
武二は当初はイタリアの美しい女や風景を描いてもいたが、年経るほどにアジアの美に惹かれたか、アジアの深い美しさをたたえる絵を描くようになった。
その絵の前に朝鮮時代の静かに美しい絵柄の壷をおく。
なんというしつらえの見事さだろうか。
本当に嬉しい取り合わせとなっている。

高句麗時代の丸瓦や条塼がある。
そして龍村平蔵の織物がある。zen579-1.jpg
漢羅「楽浪」と名付けられた織物。
数十年前の作品と1500年前の作品とが同じ空間に息づく。

チラシの山鹿清華の織物は「熱河壁掛」という。熱河省の承徳ラマ廟を背景に駱駝の親子がいる図。
残念ながらこれは展示換えで現実には見れなかった。
しかし同じ作者の「手織錦壁掛清晏ボウ図」がそこにある。
こちらも熱河省の承徳ラマ廟が描かれている。石で出来た船が置かれ、その影が写る。
水色の目立つ壁掛けで、一枚だけで見るよりは、この空間で眺めることで、いよいよ深い喜びが増すのを感じる。

そして津田信夫の鋳造された駱駝がいる。
塞外漫歩というタイトルから、この駱駝はどこかに主人を持つものだとわかる。
津田はいつもタイトルを古風な漢語で決めている。
こちらもとても素敵だ。

駱駝はほかにもいる。
沼田一雅の木彫の駱駝はその場で憩うている。
「胡砂の旅」というタイトルはこの駱駝がタクラマカン砂漠をゆくものだと知れる。
隊商の駱駝なのだろうが、もしかすると大谷探検隊で働いた駱駝かも知れない・・・

夢はこうしてどんどん広がってゆく。

海野清の双鳥文箱は何製なのかがわからなかった。
この文様も何を典拠にしているのかもわからない。
しかし欧州の美とは異なる美が活きるのは感じる。

綺麗な青のアラバスターのようにも見える花瓶がある。
板谷波山の霙青磁牡丹彫文花瓶である。
チラシの下部にある。この美しさを永遠に閉じこめた、その板谷の力業を思う。

香取秀真の瑞鳥文食籠もみみづく香炉もみな古代中国にその範を求めている。
みみづくは殷のそれ同様とても可愛い。

柳宗悦をはじめとした、朝鮮文化に惹かれたヒトビトの仕事を見る。
淺川兄弟の遺した仕事の大事さは近年になり広く世に知られるようになった。それを思いながら彼の拵えたやきものを見ると、アジアは一つなのかもしれない、と思いもする。
そして吉田初三郎の朝鮮大図会をたどり、やがて満州へと向う。

川島織物の満州国宮殿正殿のための仕事を見る。
素晴らしい作品である。国家として成立するためには、これほどの美麗さが必要なのだ。
壁二面に美麗な世界が広がる。
ただただときめくばかりだった。

偽国家だとしても、しかしこの時代その国はあったのだ、としか言いようがない。
その満州の野を行くのはアジア号だったか。表記は漢字なのか仮名なのか忘れた。
そして南満州鉄道のポスターが並ぶ。非常に神秘的な美しさと、アールデコ風味の乗ったいい感じのポスターである。
これらは伊藤順三の作品で、近くに杉浦非水のそれもあり、また京城三越のポスターもあった。形は日本橋本館のそれと同じである。
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最後に和田三造の「興亜曼荼羅」にアッとなった。インドである。象も参加する祭を画家は描いている。
これはちょっと考えていなかった。そう、インドは南アジアなのだった。

出来得ることならば、この空間そのものを再現してほしい、と希っている。

神奈川県庁

偶然ながら神奈川県庁の一般公開日に当たった。
写メだが、色々パチパチしたので、それを挙げる。

こちらです。SH3B13150001.jpg

ゴシックと帝冠様式とアールデコとが調和してる感じ。
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階段や天井などの装飾のよさには本当にときめく。
さすがキングの塔だけある。

玄関の床 SH3B13130001.jpg

階段横の照明 SH3B13120001.jpg

透かし彫りの美々しさにときめく。

階段のすばらしさ SH3B12750001.jpg


ドアの上の装飾 SH3B13110001.jpg

SH3B13090001.jpg 手を抜かない。

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こういうのを見ると実力というものを感じる。

副知事室のドア SH3B13050001.jpg

知事室の中。
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いい絵がかかっていた。

可愛い。 SH3B13080001.jpg

屋上へあがる。
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も、もしやこれはあの「キングの塔」さまでは・・・
近寄ってみる。SH3B13030001.jpg

おおお~すばらしい!塔は遠くから見ても近くから見上げてもときめくなあ。

開港資料館も見える。SH3B13010001.jpg

クイーンの塔かな。SH3B12970001.jpg

ギザギザ SH3B13000001.jpg

四階の壁面装飾 SH3B12930001.jpg

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階段のこの曲線がたまらなく魅力的。SH3B12910001.jpg


階段の手すりの装飾は宝相華。
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いにしえの写真SH3B12940001.jpg

廊下の奥を眺めるのも素敵。
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ホールは折上げ格天井。格の高いホール。
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SH3B12870001.jpg SH3B12880001.jpg

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ああ、本当に素敵。
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シャンデリアへの憧れはこういうものを見ていたからか、と思う。
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暖炉に実力がみえる。SH3B12800001.jpg

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会議は踊る・・・踊っては困る。
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天井も優美 SH3B12770001.jpg

ドア~ SH3B12760001.jpg

ああ、本当にすばらしかった。また来たいと思う。

七月の東京ハイカイ録その4

七月の東京ハイカイも今日で終わり。東京駅でロッカーに荷物放り込んでから渋谷へ。
ハチ公バスに乗って國學院を目指したのさ~
青学の辺りの大行列をみて「ああ、オープンキャンパスか」と納得する。
國學院もそうだった。

とりあえず詳しい感想はまた後日に挙げるけれど、今日もまた充実した一日でしたわ。
國學院の文化リサーチセンターで平家物語の資料を見る。
奈良絵本だけでなく読み物系なども。懐かしくて泣ける。
プレゼントもたくさんあり、本当に國學院はいいところだと感謝する。
常設では吉田神道と吉岡幸雄さんの拵えた供花饌などを楽しく眺めた。

ハチ公バスに乗る。暑いから歩いたりするとやばそう。
恵比寿経由で原宿へ。
太田で猫百景の後期を見る。またまたいいんだよな~好きな猫も色々いる。
嬉しい気持ちでサラバ。

竹橋に来ました。
今日までの「越境する日本人」を見に工芸館へ。
これは図録もよさそうなんだけど、実はそれ以上に展示の配置がめちゃくちゃいい。
空間そのものがとてもよかったのだ。
本ではそのよさは味わえない。やっぱり展覧会の展示の配置と言うものはつくづく大事。

気合が入ってきて、ダッダッダッと近美へ。
吉川霊華展。彼については「続こしかたの記」を引用しながら感想を挙げたいと思っている。

さてわたくしはもう一つ今度はまたエエ設えを味わうことになる。
出光美術館の「祭」。これがまた嬉しい照明・設えなどなどで、祇園祭に行き損ねてジクジたるわたしを盛り上げてくれるくれる。
やっぱりねー展示はいい作品を集めるだけでなく、その見せ方の演出も大きいと思うね。
その意味ではこれと工芸館のは本当に心に残るいい展示だった。

最後は三井記念館。あいうえお順に三井の所蔵する展示品を並べる、と言う面白い企画だった。「予算の都合で図録も作れませんが」とあったが、まあまあよろしいやおまへんか。
送り手の気持ちが伝わってくるようないい展覧会だった。来月の展示変え(多少)も行こう~~

にんべんのかつおぶし。その店の前でメトロリンクを待つ。バスに乗って20分ほどかけて東京駅へ。いいねえ、こういうルートも。
そして新幹線でくつろいで帰る。本当に今月はこれでおいまい。
後は地元京阪神その他でのんびり遊びます。

七月の東京ハイカイ録その3

ハイカイ三日目。
予定より早く支度できましたので早めに駅に向かうと、そんなところでちょっと悩んだり。しかし結果としてJRに乗って逗子へまっすぐ行ってよかった。
車内で寝れたし、バスにも座れたし。
ものすごい大ラッシュのバスでしたわ。びっくりしたな。でもみんな途中で下車してくれたので助かった。
どうもシーズンになるとこの沿線はとんでもなく人があふれるね~
しかもけっこうみんな殺気立ってたり、柄もよくなかったり。

帰りのバス時間を見てから、神奈川近美・葉山館に入る。
松本竣介展。
詳しくはまた後日記事を挙げるけれど、やっぱり松本竣介にはいつもキュンキュンとなるが、今回はその頂上を突き抜けてしまった。
作品がいいのもあるんだけど、本人の可愛らしさにときめいたし、しかもその本人の愛らしさが作品に出てるように思った。
今度は世田谷にも巡回するそうだが、あまりに可愛くて作品もよくて、本当にドキドキしたわ。

帰りのバスはスムーズに走ったし空いてた。
ほっとしましたな。しかし次は鎌倉…これがまた凄まじい混みようで泣けてくる。

清方の美術館でようやく心静まったが、また「乱刃の巷」(古すぎて誰もわからんか)に出る。今回はいつもとコースを変えて、先に近美の別館へ向かう。
これは賢かったな、こういうルートのほうがマシ。
別館では収蔵品展してて、フジタの裸婦や深水の「静御前」が今から鶴岡八幡宮で舞いますな絵などを見た。
アルビン・ブルノフスキという銅版画家の作品も幻想的でいい。

本館では気谷誠というコレクターの集めた幕末の鯰絵とボードレール関連の作品を見る。
後者は特に枝澤斎(本当はもっと難しい字)の作品が出ていたので嬉しい。

横浜へ。いろいろ乗り換えるし足も痛いし時間もないしで、みなとみらい一日券を買う。450円なので嬉しい。
日本大通の都市発展と開港資料館が共同で開催している「海の七面相」を楽しむ。
だが、開港資料館へ入る前に神奈川県庁の一般公開を知り、それに大いに惹かれた。
こちらにかなり時間をかけた。ああ、すばらしい。写メだがいずれ記事を挙げます。

開港ではまたまた別な展示があり、それに強く惹かれる。
アンナ・パブロワの写真や資料を集めた無料展示もしていて、これにかなり時間をかけた。別室では崔承喜や石井獏の写真も出ている。
正直、この展示に惹かれすぎて、開港での「海の七面相」が上の空になってしまった。

かつての横浜のいろんな顔を見せてくれる展示だったが、こういうのは人がおしゃべりするのも気にならないな。つまり資料(=記憶、伝聞)を聞くということです。

ついで馬車道へ。
神奈川歴博「ペリーの顔・貌・カオ」チラシの出来がすごくいい。いろんな顔のペリーがまるで海の自縛霊のように浮かんでいて、しかもそれがペリーの顔のついた変な黒船が照らすという構図。こういうチラシはホント楽しい。

そこからてくてく歩いて日本郵船歴史博物館へ。
コインもらって後ほどジュースをいただくのだが、ここはいつ来ても本当にいい。
豪華客船のかつての喜びを味わい、その悲惨な終焉に胸を締め付けられるのだが。
橋口五葉や夢二の描いた客船のためのポスターやメニュー表をみる。
いずれも前から見ているが、嬉しい。
ぶらじる丸、あるへんちな丸、どれでもいい、素敵な船旅を楽しみたい。
そして出来れば1909年からパリにいて、バレエ・リュスを楽しみたい…

とりあえず五時で今日のハイカイは終わる。
帰りは京急に乗り、ぐったりと寝る。
サンマーメン食べたかったが、行きたい店までたどりつけなかった。

ホテルで早々とぐったりしてから「平清盛」見て、今こうしてうだうだ書いている。
ツアーも明日で終わり。今日はここまで。

七月の東京ハイカイ録その2

ハイカイ二日目。
朝起きたら神奈川県内がえらい雨やと言うておる。
雨はニガテじゃー!と弱気なことを思う。
ううむううむ、結局いろいろ考えて、明日に順延。ごめんよーシュンスケー!

ホテルの朝食が飛躍的に良くなってたので時間をかけて食べてしまう。
でも豆サラダはニガテなので見ただけ。

今日も展覧会をたくさん見たが、感想は詳しくは後日。
さて、まず京王多摩センターへ。多摩美大美術館へ。
ううむ、初めてここへ来たがサンリオピューロランドがあるよ~~
その手前に美術館があるのか。なんか凄いなあ。
けっこういろんな施設が巨大にある。

多摩美「コドモノクニ」めちゃくちゃよかった、よすぎた、展示もいいし図録もいい、よくないのは図録が学生2000円で一般2500円なことくらい。
かなり時間がかかった。

次に八王子へ行くのだが、橋本駅構内の日高屋で和風つけ麺食べる。これが予想を上回るおいしさで、ちょっとはまりそう。
無事八王子夢美術館へゆく。
ここではたむらしげる展を見たが、技術の進歩というか、テクノロジーというものは人間の手に因るからこそ進歩するのだ、と実感する。
併設で佐田勝という画家の作品展もしていたが、こちらがまた非常に面白かった。
ガラス絵の名手だったようだが、作品自体が色ガラスのような感じがして、それが魅力だった。

京王八王子から市ヶ谷へ向かうがついつい寝すぎてしまう。気がつけば乗り返し損ねて新宿終点。てくてくと歩くしかないやん(涙)。
江戸川橋へ。
地上へ出た途端、なななんとB~ぐるバスがここにもルートを組んでるやん!
10、30、50分にくる。文京シビックセンター~トッパン印刷博物館~江戸川橋公園~椿山荘~目白台一丁目~などへ走るのだよ~
わたし、もぉ嬉しくて嬉しくて。61のバスが来てもスルーしてわんこバスを待ったがな。
乗りました。椿山荘で降りてみたが、ホテルの玄関前なので、これはイマイチと思ったら、野間記念館のほぼ前の目白台一丁目にも停留所があるやないですか。
今度からこれを使おう!

その野間。これがもぉ深水の色紙の美女・美少女たちがよすぎて…
ほかにも金鈴社の五人の絵があり、特に吉川霊華の名品がいくつも出ていた。
つまり近美には出ないのね、これらは。

どきどきしながら坂を降り、セキグチパンでお茶タイム。レモンクリームジャムパンがおいしかった。

乃木坂へ。新美のエルミタージュ展も終幕に来た。大繁盛。
マウリッツハイス、ベルリン、と見てきたが、このエルミタージュがいちばん自分の好みに沿うなあ。楽しかった。

そこからサントリーへ。紅型を見る。サントリーは「用の美」を標榜していたから、やっぱりここで見ると展示の配置もいいし、とても興味深く眺めることもできた。
「KATAGAMI」展もここのほうがよかったろうなぁ、と今更なことを思う。

さて六本木をL字型に曲がって歩いて、森アーツ。
大英博物館のエジプト。死者の書。世界最長の37Mのを見るが、丁寧なレクチャーもあり、かなり楽しめた。動物たちのチェスは前々から好きな作品。

ここで今日はおわり。電車に乗ってサヨナラ。
駅についてから、こないだTVで見て気になっていた「てんや」で野菜天丼とうどんを食べる。ホテルについてからスイカを食べて、それでぐったりしつつ今ここにいます。
また明日。

七月の東京ハイカイ録その1

七月の首都圏潜伏&ハイカイの始まり始まり~

とにかく寝てました。新幹線に乗って京都で隣に人が来て、それから目が開いたら豊橋通過。少し時間見て外を見たら、もお浜名湖。静岡を通過した時点で助六を食べる。
わたしはおいなりさんめちゃくちゃ好きなの…
のりまきも具が少ないけれどわるくなかった。おいなりさんものりまきも、具が多ければいいというものではないわい。

東京駅からは江戸バスに乗る。これが一番ホテルに行くのに都合がいいのだ。
にゃんこが小判に「百円」と書かれたのを持つ絵のバス。
新日本橋あたりで、スカイホップバスの停留所をみる。それは何なんだろう。
ああ、定期観光バスなのか。けっこう高いね。

さてホテルで荷物置いたりいろいろしてから新宿経由で世田谷代田へ向かう。
京王線から小田急は行きにくいけど、JRと小田急はイケイケになってるんやね。
これは初めて知ったわ。

代田に来るのは久しぶり。斎田記念館へ。
南画の特集。大岡雲峰、谷文晁、岡田閑林らの絵を見る。
最初に蹄斎北馬の肉筆画と焼き物があり、上品な佳さを感じる。
雲峰の達者な筆捌きがいい。エネルギッシュな動きで雀や鯉を描いている。
一方で眠る荘子を大胆な肥痩で表現し、黒い蝶をそこに配する。
谷文晁の佐竹本三十六歌仙の模写もよかった。彩色が特にいい。そっくりではないのがまた面白くもある。
全部は出なかったが、こういうものを見ることができて、本当によかった。

新宿まで11分。そこからJR乗り換えて中央線の特快で御茶ノ水、乗り継いで上野へ。
まず藝大へ。
「契丹」ついこないだ龍谷ミュージアムで西域の仏教美術にときめいたけど、今回は内モンゴルの草原の民の遺宝と文化にときめいた。
詳しくはまた後日書くけれど、やっぱり民族の違い・文化の違いと近似というものは本当に面白い。

さて大繁盛のマウリッツハイス…都美へ参りました。
構造が変わったので自分がどこにいるのかがわからなくなった。
あの二階へあがるまでの空間はどこへ消えたのだ、目玉作品を置いていたあの場所は。
…フェルメール見たさの大行列がすごい。これはもぉ遠目からにした。
見た人々はしかしその感銘を心に残せるのだろうか。

何点か面白い作品もほかにあり、まぁ納得して会場を出た。
出て、二階のレストランでボロニア風なドリアを食べてから、西洋美術館へ向かう。
最近夜にならないと油ものが食べられない。本当はよくないんだが、朝も昼もいよいよだめになっている…
 
西洋ではベルリン。こちらにもフェルメールが来ているが、そこへたどりつくまでに彫刻群が捕まえに来る。
実にいろんな素材で彫刻があるものだと感心する。
菩提樹、胡桃、樫、大理石…

かなり疲れてきた。今回は常設はあきらめて、そのまま有楽町へ。
日比谷図書文化館へ向かう。日比谷公園は広いので遠いなあ。
先月の名取洋之助展のときにもらったチケットが当選してたらなあ、と来たのだが残念。

外へ出ると大きな声が聞こえる。
ああ、金曜日だ、官邸前のデモだ。…向かう。
これだけの大きな声を首相はなんと思うのか。無視し続けてていいのか。
いろいろと考えながら帰途に着き、近所のスーパーでスイカを買って、ホテルでかじる。

一日目終了。

仏教の来た道 シルクロード探検の旅

初めて龍谷ミュージアムへ行った。
特別展「仏教の来た道 シルクロード探検の旅」を見るために。
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下は美貌のガンダーラ佛、上は砂漠を行く大谷探検隊。
このチラシを見ただけでも行かねばならぬ気になるではないか。

子供の頃からシルクロード探検に関心があった。
それはたとえばTVドラマ「西遊記」や紀行番組「シルクロード」映画「敦煌」などに心を囚われたからだろう。
また、なによりも教科書で読んだ龍村平蔵の「獅子狩文錦」再現と大谷探検隊の物語、それに強く惹かれたことが大きい。
そして'90年代初頭に龍村平蔵展、旅順博物館展を見たことも、いよいよその思いに拍車をかけたのは確かだ。

うちは法華宗なので西本願寺とは無縁だが、それでも大谷探検隊への憧れから、なんとなく優しい気持ちを西本願寺へ向けている。
またその大谷探検隊を組織した門主・大谷光瑞の大アジア主義のその大きさにも惹かれた。思想に惹かれたのではなく、スケールの大きさに惹かれた、というのが正しいが。彼は伊東忠太のパトロンの一人になり、忠太ファンであるわたしはいよいよ憧れを抱くようになった。

これまでに芦屋市立美術博物館で大谷光瑞の住んだ六甲の「ニ楽荘」の展覧会が二度ばかり開かれた。
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わたしはどちらもたいへん楽しんだが、そのときに、ニ楽荘で大谷探検隊の将来したシルクロードの遺物をお披露目していたことを知った。
いよいよ大谷探検隊への憧れが増幅して行くのが止まらない。
また龍村美術の仕事をみる度にときめきが強くなる。
こんな状態でこの特別展へ向かった。

前置きが長くなったが、この先まともな感想は書けそうにないので、そのいいわけをしているのだと思っていただきたい。

展示は二階から始まり三階へ至る。
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1.仏教の源流
ガンダーラ佛、インド・マトゥラーの佛傳浮き彫りなどがある。

チラシに選ばれているこのガンダーラ佛は松岡美術館所蔵のもので、最初に見たのはまだ内幸町に松岡美術館がある頃だった。
今の白金台の松岡は整然とした美しさに満たされているが、内幸町時代は混沌としており、その薄暗さもまた魅力の一つだったことを忘れられない。
そこにこの美貌の佛はあったのだ。肉体の豊かさはローマの彫像の影響を受けているだろうが、それがアジアの美意識と融合して、こんなに美しい像として、今の世にも生きる。その優雅さにわたしも深く溺れる。

多くの仏像、仏伝レリーフを見ていると、可愛らしい象さんや獅子をたくさん見かけることになり、刻まれた物語よりもそちらに眼が奪われることも多い。
特に霊夢のレリーフで白い象さんが摩耶夫人のもとへ「コンバンハ~」とやってくるところなど、可愛くて可愛くて仕方ない。そばの天人たちも和やかに微笑んでいて、とても惹かれる。胸の形などを見ると、これはインドの彫刻だと感じる。

2.西域の仏教文化と多様な宗教
コータン、キジル、トルファン、そして元代の中国あたりの出土品が多い。

東博所蔵の有翼天使像壁画があった。以前から何度か見ている、ややオジサンぽい天使である。これは橘瑞超が将来したらしい。
橘瑞超は前述どおり、中学のときからの憧れの人なので、彼が齎したものだと思うだけで素敵に思ってしまう。
大谷探検隊の将来したものはこの龍大、東博、そして旅順博物館などに散逸しているが、今回の展覧会はその意味では本当に有意義だと改めて感じる。

ドイツのル・コック隊が入手した壁画断片などをみる。
仏教の宇宙観などはよくわからないのだが、これら断片を見るだけで壮大なものを感じる。
菩薩の衣文に鍵卍型があるのにもちょっとドキッとしたり。

そういえばやはり'90年代初頭にベルリンの東洋博物館だったか、そこのコレクション展を見たが、やはり西域の美しい遺宝にときめいていたことを思い出す。
ここにも眉の長い、はっきりした二重瞼の横顔があり、その美貌の男性像にもときめく。

マニ教の暦、ソグド語の経典、ウイグル文字などを見る。全く読めない。読めるはずもない。しかし文字だということだけはわかる。近年、京博でロシアの所蔵する西域の文字ばかり集めた展覧会を見たが、あれも途轍もなくドキドキするものだった。

MIHO MUSEUMのソグド人のお墓のベッド飾りも来ていた。
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これはMIHOさんに行くたびに「素敵!」と眺めていたもの。今回はレリーフの一枚一枚の説明があり、それを見ることができただけでも来た甲斐があるように思えた。
本当に細かくて、とても興味深い。風習・習慣の違い=文化ということも実感する。

マニ教のマニ降誕図を見る。マニは母の胸から生まれたそうだ。
赤ん坊が雲に乗っている。地に足をつけはしない。元代のものだが、どこかフレスコ画のようで面白い。

羅漢図が一枚だけあった。元代。異様に美貌な羅漢。口元のにやりと笑うところまでが魅力的。ひげもなく、若く美しい羅漢。彼の周囲の人々のまなざしが熱い。

3.中国への伝播
北魏や唐の仏像の美しさを多く眺める。

泉屋博古館の弥勒佛立像は鍍金されたものだが、弥勒がどう見てもニヤーと笑っている。
しかも足を開いて立っているので、妙にナマナマしい。
チラシの画像には台座はないが、この台座では色んな鳥が刻まれていて、それがまた可愛い。

名取洋之助が麦積山の仏像を撮影したものを見たことがあるが、それを思い出しながら眺め歩く。ロマネスク、という言葉を思う。狭義の意味ではなく。

壁面には大谷探検隊の写真がパネル展示されている。それらを見ていると、百年前の偉業と、それに伴う苦難が偲ばれて、胸が熱くなる。
ああ、本当にこの展覧会へ来てよかった・・・

4.西域の文字と言語
先ほど少しばかり出ていたものたちがここで特集されている。

維摩経や妙法蓮華経などがある。これらは敦煌、トルファンなどから将来されたもの。
黄色の綺麗な紙に仏陀と共に書かれたものがあり、説明によるとそれはネパールのもの。
サンスクリット語である。文字もここまで読めないと、雅な生物に見えてくる。
丁度ハイジがアルプスからフランクフルトに降りてきて、アルファベットを見てヤギの動きを思い出すのと同じに。

これはウイグル語の神呪経。赤文字は仏や菩薩を意味する単語。
どうやってこれを縦書きしたのか。想像もできない・・・
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残念ながら西夏語のお経は今回展示変えで出ていなかった。
「敦煌」で見て以来トキメキが止まらない言語。

写真があった。大谷光瑞と弟・妻・妹、彼の側近たちと共に、紋付袴姿のヘディン。
みんなで記念撮影している。
これは光瑞がヘディンを招いたときのもの。このときにローランの位置を聞き出し、速攻で現地にいる橘瑞超に電報で連絡し、瑞超はそのおかげで貴重な文書を手に入れることが出来たのだった。

楼蘭といえばミイラの出土もあったが、わたしはやっぱり'90年代初頭に見ている。
そして今思い出したが、小学生のときからの愛読書「世界のなぞ世界のふしぎ」にロプノール湖や楼蘭、ミーランの話があってドキドキしていたのだから、やはり子供の頃から中央アジアへのトキメキが培われていたように思う。
また神坂智子「シルクロード」シリーズのファンだということも、ここで書いておこう。

トカラ語で書かれた出納簿が面白かった。無論面白く思ったのは翻訳されたその内容。
エジプトのピラミッド造りの休暇願いもそうだが、何千年も前々から人間はあんまり変わっていないのだった。

5.大谷探検隊と仏教伝播の道
大谷探検隊の隊員たちのカメラや色んな資料が並ぶのを見ると、本当に万感迫るものがある。

伏義女媧図が何点かある。足だけしかないものは、歩くイカにしか見えない。
コンパス持った仲良し夫婦図である。

四神の形に残された文書の断片もある。青龍と玄武である。
東アジアだけでない四神。

トルファンから出土した俑も面白い。丁度8世紀なので、唐のそれらと同時代なのだが、素朴でしかもリアルな表情が楽しい。

ルンビニーのアショカ王の碑文の拓本も三種ある。三人が取ったもの。
これらは大谷探検隊隊員たちの遺物なのだが、説明に彼らの渾名まで書かれていて、とても嬉しくなる。イタチ、クリ、カスミといったものは可愛いし、どんな人間関係なのかも想像できそうだ。

吉川小一郎のカメラもあるが、彼は光瑞の指導を忠実に守った人で、その資料を読むのもたいへん興味深かった。
採取した植物の押し花など、学術的資料としてみるより、旅の思い出として眺めるほうが良さそうなものも多い。

ああ、いくら見ても見飽きない。最後に映像コーナーがあるが今回は諦めて、その裏にあるスポットへ入ると、なんとベゼクリク石窟の派手派手な再現が成されていた。
これはちょっとわたしはコワカッタナ~~
東洋文庫のあれもたまらなかったがww

なにはともあれ図録もよく出来ていて、本当にいい展覧会だった。7/16まで。

中国絵画と日本 静岡県立美術館収蔵品展

静岡県立美術館の収蔵品展を見た。「中国絵画と日本」と題されている。
近年中国絵画とその影響を受けた日本の絵画にひどく惹かれているので、この展示も大変興味深く眺めた。

徐霖 楼閣山水図 明代 遠くに霞む山。それは人影のようにも見える。それに対し手前のリアルな楼閣。
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丁雲鵬 観音洗象図 雲に座し青い瓶を傾けて水を与える。落ちてくる水は象を洗う。二人の下男が丁寧に象を洗う。実際の手を使わずとも、確かに観音は象を洗っているのだ。

方梅 墨梅図 清代 墨絵の美を堪能する。こうした墨梅図は戦前までの日本人の心に深く染み通ったことだろう。

童鈺 墨梅図 こちらもいい。

梁基 花鳥図 天明元年(1781) 濃淡で花の美を表現する。カワセミもいる。

馮鏡如 梅図 梅はやはりいい・・・

中村竹洞 倣董源山水図 天保五年(1834) 茫洋とした山水図。原画は知らないが、竹洞な味わいがよく出ているように思う。

岡本秋暉 群鳥図 派手っ!一本の紅梅に様々な鳥たちが止まっている。枝がしなるような。「李一和に倣う」とあるが、とても派手で面白い。

二つの蘭亭曲水図をみる。
狩野永納 フルカラーで楽しく明るい曲水図。
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にぎやかなイベント図。42人がわいわい。おじさんたちが飲んで詩をひねっている間に侍童らがてんやわんや。しかし中にはセコイ子供もいて、台所で居眠ってたり、酒を盗み飲んだり。可愛い子供もいたり面白い顔の子もいたり、と個性を分けているのもいい。左隻の最後のあたりでは蓮の葉に乗せた杯を回収するのだが、中にはそれをグイグイ飲むのもいる。コブ白鳥をだっこする子もいたりで、おじさんらよりむしろ「唐子遊びならぬ唐子はたらき図」の様相を呈している。
白い花菖蒲も咲き、和やかでいい。
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久隅守景 こちらは墨の濃淡で洒脱な味わいを出している。人数もアバウトで、おじさんも子供も同じようにダラダラワイワイしている。ブサカワなキャラたちというのも面白い。楽しそうな図。
長屋の水遊びを「蘭亭曲水図」に見立てたような雰囲気。

池大雅 西湖図 ロバに乗り丸い石橋を渡る人も遠くに見える。のほほんとした風景。

狩野尚信 西湖図屏風 うたたねの人の円窓の向こうに広がる風景=西湖、という構図。
二重構造の面白さがある。

数は少ないが楽しく眺めた。
7/22まで。 

佐伯祐三とパリ ポスターのある街角

大阪市立近代美術館(仮)で「佐伯祐三とパリ ポスターのある街角」を見た。
佐伯の展覧会をここが開くのは久しぶり。
去年出たチラシと今年のもの。
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絵は同じ「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」
タイトルのロゴと位置が違い、絵のサイズと色調が少し違うだけで、全く別物にも見える。

前回は「人形」の絵が注目を集めていた。今回も「人形」は半券になっている。
なんとも艶かしい人形である。

佐伯がまだヴラマンクにののしられる前の作品を見る。
パリ遠望 ロート風なパリがある。

ののしられて苦しみぬいて描いていた時代のパリの街角を見る。
共同便所 パリの中の一部が切り取られている。
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短い晩年の作品を見る。
郵便配達夫(半身) じっとこちらを見ている。
郵便配達夫 このモデルについて奥さんは「神様ではないか」と思うようになったと語っている。
全身の作品は見慣れているが、半身だけの作品はあまり表に出てこない。
改めてその「半身」を見ていると、不思議な感慨がわいてくる。
神様もやっぱり佐伯にいじわるしすぎた、と感じていて、このおじさんを遣わしめたのだ、と観ているこちらまでそんな気になってくるのだった。

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佐伯の描いたパリ風景を見ながらこの室内を歩くと、自分もまたその時代のパリにいて、やっはり「どうすればよいのか」と考えてしまっているのだった。
佐伯の生涯を思うと、ただ見ているだけでは済まなくなる。
佐伯のパリ風景には、そんな呪縛力がある。

決して遊びに行きたくなる風景ではない。
佐伯も、その街中に佇みたくなるような絵は描かない。
街の中に溶け込むような絵もありえない。
佐伯のパリはあくまでも佐伯の目の外に広がる光景なのだ。

佐伯は街角の広告を自分の好みのものに置き換える。
実際にこんな広告があったのかどうかわからない。広告とは思えない広告。
しかし佐伯の描く広告は佐伯のパリから撤退しない。

ポスター芸術は佐伯がパリに入るもっと前に確立していた。
一個のポスターがその用途を超えて芸術になる。
佐伯はしかしそのポスターを再現するようなことはしない。

広告(アン・ジュノ) 薄汚れた建物の壁面に白馬に乗る男のポスターが見える。
曇天で道も良くない日、汚れた壁のポスターが見るものを招ぶ。
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この展覧会ではない別な展覧会だったか、佐伯の画面に活きる書を楽しもう、という声があった。広告の文字である。
佐伯オリジナルになった広告、そこには佐伯の書があふれている。
それを楽しめといわれて、あらためて広告の手書き文字を見てゆくことにした。
荒々しい殴り書きに思えるのだが、中にはやはり、この「書」がなくては絵のインパクトが薄くなる、と感じるものもあった。

壁 この絵にはポスターはないが、建物そのものに文字が書かれている。そしてこれはやはり「壁」だとしか言いようのない絵なのだ。
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三岸節子の「パリーの壁」もまた汚れている。しかしそこには彼女の爪あとを感じる。必死で生き抜く力を感じるのだ。
佐伯の壁は佐伯の爪跡を残したろうか、いや、そもそもその壁に佐伯は爪を立てたろうか。

今回、佐伯の風景よりも人物に目を向けた。
先の郵便配達夫に「ロシアの少女」に、人間ではないが「人形」が目に残る。
殊に「人形」は最初に見たときの衝撃が今も残っている分、時間が経った今になっても、展示されていることが嬉しいような心持になる。
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無論「人形」はわたしを知らない。自分を購入した佐伯のことも知らないかもしれない。そんな顔立ちをしている。
だからか、純粋にあえて嬉しいわという言葉は使いたくない。
ただ、その魅力に溺れるばかりなのだ。

佐伯をめぐる画家たち、というコーナーがある。
里見勝蔵と荻須高徳らである。
里見が佐伯をヴラマンクに引き合わせた。
荻須は佐伯の死後もパリにとどまり、名を挙げてからパリで死んだ。

荻須の描いた「エドガール・ギネ街」は佐伯と同じ建物を描いている。公衆便所である。
これまで荻須の絵を見ていても、佐伯ほどの魅力を感じなかったのだが、近年少しずつ荻須の面白さがわかってきたように思う。
特に去年の高島屋での回顧展で荻須をいいように思うようになった。
そんな状況で荻須の絵を見て、初めて荻須の個性というものをはっきりと感じた。
対象があんまり私好みではないのだが(笑)。

荻須 ムフタール街 佐伯のパリには行くのをためらうが、荻須のこの「ムフタール街」は出かけてみたい、と思った。
配色の明るさがそう思わせるのかもしれない。

同時代のパリの街角のポスターを見る。
佐伯も当然見ているに違いないが、しかし佐伯はポスターの再現を自身の絵には行わなかった。
ゴッホが浮世絵を自分の絵の背景に取り込んだのとは逆に、佐伯はポスターの元の個性を徹底して排除した。

ここに展示されているポスターはサントリーコレクションから。
サントリーがグランヴィレコレクションを一括購入した1990年、当時朝日新聞社の並びにあった大阪府立情報センターで一般公開があった。
あのときの楽しい心持は今も胸の底に生きている。
サントリーは住友の次の時代に、大阪の文化を支援してくれた、ありがたい企業なのだった。
21世紀の今はもうどうしようもない状況なのだろうか・・・

ロート、ローランサン、ヴァラドンらの作品がある。
「佐伯祐三とパリ」は「ローランサンとその時代」でもあるのだった。
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里見宗次 KLMオランダ航空 カッサンドルを思わせるスピード感がある。1932年の作。最初はヒトの影響を受けたものでもいいのだ、そこからどんどん自分のオリジナルを探していって、一途に続けるうちにオリジナルが生まれるだろう。

わたしがとくに気に入ったポスターは二枚ある。
ドンゲン「サロン・ドートンヌ」1929年とフジタ「サロン・デュ・フラン」1925年のそれである。どちらも南洋の女、または少年のような趣があり、魅惑に満ちている。
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ジョゼフィン・ベーカーが彼らと同時代人だということを思い出す。

シャルル・ジェスマールという名も、このタイトル「ミスタンゲット」も知らないが、絵ばかりはよく知っている。池田文庫にも所蔵されていて、わたしはこれを見るたびにパリのレビュー音楽が頭の中に流れるのを感じる。
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時代の最先端を感じさせるポスターもある。
カッピエロの「ラジオ」とブロデール「マルセーユ」。
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その頃から少し後年のフランス映画を見ている気になってくる。

佐伯の絵の中のポスターよりも、やはりオリジナルポスターの方に惹かれた。
7/16まで。

関西学院大学をたずねる

先日、友人に誘われて関学の見学とグリークラブの練習を見に出かけた。
関学は何度も見学に行っているが、それでも現役学生の案内を受けて歩くのは楽しい。
なによりも、わたしはグリークラブの歌声が聴きたかったので、それを目当てにした。

天気が不安定なので晴れ間と激しい雨が交互にきている。
池から見る。
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ヴォーリズはアメリカ経由のスパニッシュで統一している。

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図書館の綺麗なガラスSH3B125300010001.jpg

教会でグリークラブの歌声を聴く。SH3B12590001.jpg

唯一の日本風な池。
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灯篭にアジサイなど・・・SH3B125400010001.jpg


曇天で遠目だとアンコールワットに見えるのよ、わたしにはいつも・・・
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この時計台の二階にもうすぐ博物館がオープン。楽しみ。

どこをみてもいい建物が多い。SH3B12580001.jpg

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お昼は特別室で。ここにはないが、赤だしがめちゃくちゃおいしかった。
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マリー・ローランサンとその時代 巴里に魅せられた画家たち

もう今日までだったが神戸の小磯記念美術館で「マリー・ローランサンとその時代」展があった。
「巴里に魅せられた画家たち」という副題があるとおり、パリに集まった同時代の画家たちの作品も多く集まっていた。
特に心に残る作品を挙げてゆく。

最初にローランサンのキュビズムの影響を受けた肖像画が数点あった。
1908年に描かれた「ピカソ」と「アリス・ドラン(アンドレ・ドラン夫人)」などである。
どちらも横顔で、特に若いピカソの野心的な表情がよく出ていて面白い。
平面的な横顔はキュビズムの影響を受けつつ、エジプト壁画のようでもある。

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段々と「マリー・ローランサン」らしい絵が現れ始める。
それらは厳密には時代時代の違いもあるのだけれど、いずれもローランサンの夢のように優しく美しい作品なのだった。
一つ一つをこまかく書く必要性は彼女に関してはむだのように思う。
その絵の前にいて、その絵に惹かれて、その絵を楽しむ。
それだけでいいと思う。
そしてときどき、特に気に入った女に対して、そっとこちらから微笑と言う合図を送る。
それだけで絵の女と<わたし>とは心が通じるのだ・・・・・

キース・ヴァン・ドンゲンは特に好きな画家の一人なのだが、なかなか回顧展がない。
この「腰掛ける婦人」はいかにも1920~30年代の空気が出ていて、魅惑がある。
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ニューオータニ美術館、松岡美術館でドンゲンの描くモダンなパリの女たちを最初に見たとき、わたしはほんとうに憧れた。
一番好きな時代のパリの女たち。なんという魅力的な存在なのだろう。
20年ほど経った今も、ドンゲンの女たちには憧れがある。

ルオー 飾りの花 近年になってからやっとルオーの良さも多少わかるようになってきた。
あのマティエールがニガテなのだ。しかしこの花はやはりルオーらしい肌合いでなくてはいけないように思う。
花たちは一つ一つ個性は持たされず、顔を露にしない。しかしその太い輪郭線の中でそれぞれの色を強く押し出している。オレンジとブルーの花が眼を引き寄せる。
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フジタの裸婦があった。猫はいない。ちょっとさびしい。この絵の解説に面白いことが書かれていた。フジタの「グラン・ブラン」にはシッカロールが使われていた、とか。
そうか、この裸婦たちは天花粉をはたいていたのか。
そう思うとこれまでになく彼女たちに親しみが湧いてきた。

モイーズ・キスリングの回顧展も20年ほど前に三越でみた。
そのとき、女たちよりミモザの花を始めとした静物画のほうに惹かれた。
だんだんキスリングを見るようになってくると。やっぱり女たちのよさが比重を大きくしてくる。
ハンモックの婦人 これはやはりニューオータニでみたもので、そのときに買った絵葉書をここにあげておく。とてもハキハキした色彩で、心も明るくなってくる。
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ローランサンはコクトーとも一緒の仕事をしている。
バレエ・リュスの仕事である。ロシア人のディアギレフはコクトー・プーランク・ローランサンというパリ生まれのパリ育ちの三人に、パリの空気を漂わせる作品を依頼している。
ローランサンの「牝鹿」のエッチングや、その関係の資料を見ていると、それだけでトキメキが生まれる。

わたしは本当を言えばその前代のニジンスキーのいたバレエ・リュスに深い熱狂を懐いているのだが、たしかに都会の魅力をニジンスキーでは見れないだろうとも思った。
たとえテニスをモティーフにした作品が彼にあろうとも。

レオン・バクストの衣装デザイン画とニジンスキーの「シェヘラザード」の奴隷写真があった。ニジンスキーの歓喜に満ちた表情を見るだけでゾワゾワしてくる。
しかしこれはやはり1910年代のパリのものなのだとも感じるのだった・・・

日本人画家の絵が並ぶ。
先に所蔵の小磯作品を見たが、そこで未来派の影響を受けたような「夕顔」を見て惹かれた。あれは1929年の絵だった。
それから「花(アネモネ)」1932年。花瓶とテーブルの敷物との配置が絶妙な絵。
2つとも「小磯良平」の上品なイメージから少しばかり離れた配色の作品だった。

やはり「ローランサンの時代」の絵を見ることで、なにかしら脳細胞がそちらにむけて活性化しているようだ。

佐伯祐三 リュクサンブール公園 死の前年の作。並木のずっと向こうは見えない。しかし空はある。そしてヒトビトが歩いている。青空は細いVサインのようにも見える。
空のある絵、なのだ。zen563.jpg

佐伯 扉 青銅の扉。力強く重いドア。見ていると気合が入ってくる。しかしドアは永遠に閉ざされたままなのだった。

児島虎次郎の暖色系の親和力のある作品が多く来ていた。
とてもボリューミーで好きな世界。
手鏡を持つ婦人 ネックレスは翡翠だろうか、赤地に小さな柄の入ったカットそー?を着て、濃いオレンジ色のスカートをはいている。普通だったらこんな取り合わせはいやだが、虎次郎の絵になると、それがまたゆったりふくよかで魅力的に見える。
白い腕が紫色の掛け物に置かれているのもいい。重いような暑苦しいような暖色系であっても、白がそれをうまく引き締めている。
児島の作品は他にも「室内」「ランプと暖炉」などなどがあり、いずれもとてもよかった。
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荻須高徳 シャルルの肖像 葉巻を手にした、苦みばしったいい男である。フランス男はやっぱりちょっと中年にならないと魅力が浅い。彼は申し分なくいい男だった。
このシャルルはダレなのかは知らない。オギスにはフランス人の友人やパトロンが多いから、調べればわかるかもしれないが、どのシャルルであれ、この絵のシャルルはとにかくかっこいいのだった。

荻須高徳 創作家具屋 インテリアを売る割には店構えにセンスが感じられないなあ、と思いつつ・・・
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フランスにいた頃の小磯の絵がある。
ブルターニュの港町を描いたものは湾内にヨットがキラキラ浮かび、カーニュはスーティン風なグネリをみせていた。どちらも明るく、いい絵である。
しかし小磯の絵はやはり日本で熟成されたものだと思う。
日本にいて、日本で描いたからこその、上質な味わいがある。

最後に三岸節子の絵があった。1999年になくなったとはまだ思えない。
彼女の絵は女たちを励ましてくれる。どの絵にも彼女の力強い生命が活きている。
それを見ることでこちらも、がんばろう、活きてゆこう、生き抜こう、と思うのだ。

もや 変な一団がもやの下でなにやら紐らしきものを持って踊っているような・・・古代の宴なのか、カルト教団なのか。不気味である。このもやがまた重い。何かに追われているような気がしてくる。立ち向かうべきか逃げるべきか・・・

アンダーソンの壷と小鳥 白い小鳥が二羽、仲良くしている。そのそばには大きな壷。
'50年代の三岸のアトリエの風景を想う。

花・果実 これは暖色系でまとめられているが、グイグイと線が強い。はみだしはしないが、色を線で押さえ込んでいるように見えた。
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最後の最後に見に行ったのだが、いい展覧会だった。充実していた。

最後に小磯の「踊り子」zen560-2.jpg

やはりとても上品ですてき・・・

七夕の美術 日本近世・近代の美術工芸にみる

静岡市美術館の「七夕の美術 日本近世・近代の美術工芸にみる」を楽しんだ。
四期に分かれる展示換えがある中、わたしはとりあえず第一期に出かけた。

黒いカーテンに覆われた先が展示会場である。
カーテンの向こうは「星の世界」ということだろうか、と思いつつ足を踏み入れる。

1.織姫と彦星の物語

風流たなばた星合の躰 絵師のわからない浮世絵だが、楽しい。中華風な装いの牽牛と織女の対峙がある。天の川というより滝のような流れがあり、その上流に女が立ち、岩に牛と男がいる。情趣のある構図。
吉徳資料室蔵。ここの浮世絵コレクションも見てみたくなる、そんな一枚。

月岡芳年 月百姿・銀河月 シリーズのうちでもこれは確かに七夕図。ほほえむ女と、手前で黙って女を見つめる男と。男の方がせつなさを強く抱えているように見える。
女のほほえみは解けない謎のようである。

竹久夢二 七夕 すらっとした舞妓が短冊をつけようとする。帯の柄がいかにも大正のそれで、当時の嗜好が取り入れられているのがわかる。
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小村雪岱 七夕 小さな機(はた)を持ってたたずむ女。・・・・・の星が出ている。しっとり静かな夜。

雪岱の原画が表紙に使われた昭和五年の「洒落本集成 第三巻」をみる。機織りの女がさらさらと描かれている。
牛飼い男が向こうに見える。和の情緒が漂う。

橋本花乃 七夕 チラシには左隻が使われている。右ではワカメちゃんカットの昭和初期の少女たちが楽しそうに七夕飾りを拵えている。チョッキンチョッキン切ったり、墨をすったり。そして左の笹へ短冊が飾られてゆく。
かつてはこうして楽しく和の行事を遂行したのだ、みんなで。
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林司馬 七夕 いかにも司馬な二人の舞妓がいる。可愛い。おでこの丸さ、卵形の輪郭、おちょぼ口。そんな二人が笹に飾りつけているところ。
舞妓が節句の行事をする姿というのは、本当に可愛らしく見える。

2.江戸の七夕・京の七夕
しかし最初に大阪の七夕が現れる。

北野恒富 願いの糸 たらいに星を映しながら赤い糸を通す。裁縫の上達を願うての風習。
この絵を見て、わたしはその風習を初めて知った。平成の始め頃の話。
そうめんを食べる風習は活きていたが、裁縫のことは知らず、時の流れを感じた。
しかし絵ではこうしてその風習も生き続ける。
白と黒と赤が画面をきゅっきゅっとやさしく締めている。
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北野恒富 七夕 白衣の天女のような美しいひとが糸を通す。梶の葉は下に大きな形を見せている。下絵のように見えたが、恒富はこれを出品しているそうだ。
ところでこの絵は大阪市美術館蔵だが、大阪市美にはもう一枚、この時期を描いた恒富の星の絵がある。家の物干し台から柄杓星をながめる娘の絵である。
大阪は暑いから、夏の楽しみをなんなとみつけるのである。

小村雪岱 星祭り 金子國義の所蔵品だということにもときめく。こちらも盥に星を映している。白地に桔梗(☆型)とススキ(ノノで表現)柄の浴衣を着る女。星がたくさん降り続けているような柄、とても素敵だった。

鶴澤探山 五節句図 千秋万歳から始まり、とりあわせ、印地うち、蹴鞠、菊酒などが描かれている。特に侍童と共に飲む菊酒に惹かれたが、これはまだ二ヵ月後の話。

岡本常彦 五節句図(短冊) 犬張子が可愛い。蹴鞠に織姫に・・・

鳥居清長 子宝五節遊 手毬・凧揚げ・ひな祭り、金太郎・桃太郎・高砂の幟、そして七夕に菊の時期。機嫌よく遊ぶ子どもらがイキイキと描かれている。
これを見て思い出すのが、自分の小さい頃である。
お習字を習っていたが、七夕の時期だけは短冊に仮名を書き、そして笹に飾った。あとはカルピスを飲んでロールケーキを食べて家へ帰った。
ここにいる子どもらも、七夕飾りのあとにはオヤツをもらったことだろう。
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他に英泉の子どもらの四季遊び図、落合芳幾の妓楼の七夕を描いたものがあった。

柄のハッキリした帷子がある。白麻地七夕文様の帷子。すっきりしていてとてもいい。
背の高い人に似合いそうな帷子だった。
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金銀の儀礼的な蹴鞠と、その挟み板などがある。
蹴鞠の風習をここで色々と学ぶ。
蹴鞠を捧げるのだ、こうした形で。
その様子を描いたものがあった。
・柴田義菫 七夕梶鞠図 その蹴鞠を捧げる様子が描かれている。織姫と彦星への供え物。

・玉英 年中行事図扇面 「枝鞠」を捧げる・・・梶の葉と蹴鞠を結んで「枝鞠」。

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円山応震 七夕文使図 久しぶりにこの図を見て色々と思い出した。
上臈が男衆の差し掛ける傘の下で、しずしずと文をもって歩く。もう一人の男衆は「花扇」を担いで歩く。これは近衛家から宮中へ捧げられるもの。
随分前の展覧会で見て、その風習に感心したのだが、今ここで見るまで忘れていた。

住吉広定 七夕花扇使図 同上。こちらには千種有功の賛がついている。

その花扇の復元品がある。とても立派で大きく華やか。三尺三寸というサイズ。秋の七草を揃えている。

近衛家は花扇、飛鳥井家は蹴鞠。七夕の風習。

歌川広重 名所江戸百景・市中繁栄七夕祭 短冊、紙細工のスイカ、吹流しだけでなく、大福帳やひさごとっくりまでついたにぎやかな笹。ずっと向こうに富士山のシルエット。
風に吹かれる笹の様子がちょっと「武蔵野図」にも見えて面白い。
以前、ある団子屋は四季折々、広重の「江戸百」の一枚を栞にして、菓子箱にさしていた。
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二代目広重 諸国名所百景・東都青山百人町星燈篭 これも年中行事だったものらしい。棒の上のほうに色んな燈篭をつけていて、道行く人は楽しそうに眺めている。
江戸時代の人々の季節を楽しむココロモチは、本当に素晴らしい。

三代目歌川豊国の芝居絵がある。いずれも「妹背山」のお三輪が七夕で鬼灯を割り箸状のものにくくりつける図が出ていた。こういう風習もあったのか。

他にも今の題は「流星」になっている踊りの「夜這い星」の絵が出ていた。赤褌を長く伸ばした夜這い星が牽牛と織女の間でウキウキしている図である。
わたしはこの踊りは今の三津五郎の八十助時代に見ている。彼の曽祖父の七世三津五郎もたいへんよかった、と本で読んでいる。

3.儀礼としての七夕
乞巧奠祭壇 星の座が再現されていた。京都で見たときのナマナマしい感覚はここでは少し薄いが、桃やナスの供え物がとてもいい。
冷泉家の七夕の様子を以前VTRで見たが、伝統を守り抜くその心に惹かれた。
今回はその儀礼の手順を写真パネルで見せている。
琵琶も琴もある。こちらは富士浅間神社所蔵で、琵琶は徳川斉昭ゆかりのもの。
ほかにも家茂所用の中国風なギヤマン七夕飾り文具一式、家達所用のシックな文具一式もある。

住吉広定 相撲人取組図 幕末にも宮中の行事を描く絵師がいて、こうして伝統が伝えられるのは本当に良いことだ。

お相撲も七夕の行事らしい。そのあたりのことは知らないが、面白い。
水野年方の相撲節会図もある。どういう意味合いがあったのだろうか・・・

4.もう一つの七夕 天稚彦(あめわかひこ)の物語

中国伝来の「七夕」の由来は牽牛と織女の物語だが、日本独自の七夕譚がある。
御伽草子にその物語がある。ギリシャ神話のプシュケーとエロスの婚姻譚と形は同じである。
サントリー美術館「天稚彦物語絵巻」、専修大学図書館「七夕のさうし」、安城市歴史博物館「七夕之本地絵巻」の三巻がそれぞれリレー形式で展示され、物語を楽しませてくれる。
また、それぞれの巻が見えない部分はプロジェクターで、わかりやすく上映されている。
こういうシステムは初めてだった。今後もこうした形での展示が広がればいい、と思う。

・ 蛇の文使いがくる。父親は三人の娘らの誰かを蛇にやるしかなくなる。
・ 拒絶する上と中の娘、父の命に替えられぬと嘆きつつも、嫁入りを承諾する末娘。
・ 釣殿での蛇との対面。頭を切るよう促す蛇に恐る恐る刃を当てると、美青年登場。
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・ 仲良く過ごす姫と蛇ならぬ天稚彦。しかし実ハ海竜王でもある天稚彦は天へ帰ることに。
・ 留守を守る姫のもとへ姉たちが訪れ、唐櫃を開けるという禁忌を犯す。烟立ち上る。
・ 別離を知った姫はかつて言われたとおり、いぶせき家を訪ね、そこの夕顔棚から天へ。
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・ 夫と再会するも、鬼の舅に難題を吹っかけられ、夫の助けを受けつつ次々クリアーする。
・ 姫を手助けするアリたちの活躍など。牛飼いもする姫。
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・ ようやく鬼の舅にも息子の嫁と認められるが、聞き間違いから二人は年に一度の逢瀬となってしまう。

鬼の舅がコワモテながらもどこか可愛いのは三巻の共通。専大本は詞書の仮名がたいへん繊細で綺麗だった。サントリー本の絵はいちばん巧みだが、安城市の素朴さもいい。
とても楽しく眺めた。

5.エピローグ 天に向って、星に願いを
30年ほど前に作られた新しい太刀があった。七星剣である。昭和の末頃にこうして七つの星を刻んだ刀が生まれたのだった。

「羽衣」と題された絵巻がある。
天女の羽衣伝説は大まかに二種ある。羽衣を隠した男の妻になった天女が、やがて羽衣を見つけて昇天するもの。もう一つは妻とならず天の舞いを見せつつ昇天するもの。
(別系統に惨い話があるが、それは静岡のものではない)
ここでは一種の報恩譚として物語が進む。
羽衣を返したあとで、男のもとに美しい妻が来て、多くの子どもに恵まれ幸せな暮らしが続く。20年後、その幸せも終わる。妻は天女だったのだ。孔雀や龍も来て、妻は天へ帰る。
男も雲に乗る。
絵巻の展示はここまでだったが、このパターンは男のミスから天の川が生まれる、と言う由来譚に続くのかもしれない。

最後に黒いカーテンに二重に覆われたコーナーがあった。
中へ入ると、星座が静かに動いていた。天体運行。ラストにこうした宇宙散歩を見せてもらえるとは思わなかった。

楽しい「七夕の美術」は8/19まで。

巨匠でたどる日本の洋画 信越放送所蔵品から

続いて、静岡駅前にある駿府博物館での日本洋画の展覧会についても感想をあげたい。
「巨匠でたどる日本の洋画」と題された展覧会。
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信越放送の所蔵品を見せてもらえる企画なのだった。
7/1までの開催で、私が知ったのは静岡にゆく直前だったから、危ないところだった。
大阪にいては間違っても信越放送の所蔵品など拝める日は来るまい。都内にも行くとは思えない。本当に嬉しいタイミング。
こちらの展示も先のと画家がかぶるので、同日にあげることにした。
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浅井忠 グレー風景  白い洗濯物が日を浴びている。和やかなある午後の様子。水彩画のあっさりさがふさわしい。
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原田直次郎 神父 横顔の威厳ある神父。「靴屋の親父」に並ぶ名品ということだが、確かにどちらにも人間の威厳が備わっている。

中村不折 裸婦坐像 後ろ向きに木椅子に座す女。尻肉が広がる様子がリアル。
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安井曾太郎 裸婦立像 随分ぱんぱんに膨れた肉を描いている。安井の目はリアリストの眼だから妙な美化はしない。しかし楽しいものではない。絵としてよいかどうかの判断以前に。そしてこの二点をチラシに並べているのがやっぱり気に入らないのだ・・・

藤島武二 大洗 ピンクの空と水色の海と。ここが海水浴場として人気になったのは、当時人気絶頂の女形役者・中村福助(後の五世中村歌右衛門)が行ったからだという伝説があるが、絵で見てもいい雰囲気の海と陸だった。

岡田三郎助 巴里公園 小さい縦長のセピア色で満たされた絵。公園内の池のほとり、ローマ風な装飾柱の立つそばに母と小さい娘がいる。そこに寄り添うように白鳥がいる。
パラソルの母も小さい娘も白鳥も静か。
その空間だけを切り取って額縁に入れたのが、この絵だと思った。

和田英作 裸婦 寝そべる裸婦を顔を見せずに頭から足元へかけて描く。やせた女。

中澤弘光 憩い ガウン姿の女がどこかを見ている。間近に顔がある。しかしこちらをにらみつつ、遠くを見ている。

熊谷守一 亀 墨絵で機嫌よくカメを描いている。どんっとカメがいる。うむ。

中村ツネ 髑髏のある静物 カシコそうな髑髏に見える。モデル慣れしているような。

赤城泰舒 少女 大柄な更紗の壁紙の前に立つ少女。白いセーラーにブルースカーフが可愛い。学校の制服ではなく、これは好きで着ているセーラーらしい。

牧野虎雄 松 この平明さ!赤松が三本並び、その奥に緑の庭が広がる。白百合が三つばかりのぞく。細かく描くのではなく、大きくわかりやすく色を置く。明るく、とても魅力的な絵。

岸田劉生 自画像 半券にも選ばれているが、わたしは劉生の自画像は好きではない。正直なところ、こういうツラツキの奴がこんな風に立っていると、それだけで腹が立つ。

長谷川利行 二人の活弁の男 眼鏡に着物の男と、七三にスーツの男と。どちらとも長谷川は飲み屋で知り合ったらしい。二人の男の性質の違いはその口元や目つきにも描き分けられている。活弁も隆盛の頃は凄かったらしいが、トーキーが来ては・・・
きちんと色塗りが終えられているのかどうか定かではない、しかしこの二人の空気を示すには、やはりこうした描き方がベストなのだと納得した。

長谷川潔 酒杯にさした草花 マニエール・ノワールで表現されている。とても静かな。

河野通勢 立てる裸婦 不可思議な微笑を口元に見せる裸婦が、川で魚を取っているらしい。網を持って立っていて、その網で魚が飛び跳ねている。ボードに描かれているからか、茶色い色彩の女は立ち位置を変えて眺めると、もう笑ってはいなかった。

裸婦 先の絵より七年後のもの。こちらの方が古典的。構図はヴィーナスのくつろぎとでもいうようなもの。体の線も顔立ちもそんな方向。綺麗だが面白味に欠ける。

鈴木信太郎が三点並ぶ。信太郎の明るさがよく出たものばかり。
諏訪湖風景 明るい諏訪湖。これを見ていると自分もまた諏訪湖へ行きたくなる。
桃 青い桃だが、もう少し待てばおいしくなりそうだと期待する。
人形 各国の人形が並ぶ。人形が別な人形を抱っこするものもある。合唱しているようにも見える。7体の人形たち。 

林武 女 パステルで描くと、林の個性もこんな風に妙に色っぽさを見せるのか。群青色と黄色の衣装に、眼を閉じたその白さ。妙にときめいた。
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村山槐多 女 彼を決して見ない女。それでも彼は執拗に描いている。

前田寛治 婦人像 知人そっくりな人がいるので、懐かしささえ感じてしまった。配色は暗めだが、とてもシックでいい。

野間仁根 薔薇 明るい薔薇。黄色に縁取られた赤い薔薇、それらを生ける瓶を見ると、金髪の少女像がある。寝そべる少女。ミルクのみ人形のように。

佐伯祐三 絵の具屋 臙脂色が魅力的。たぶん、マホガニー。
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三岸節子 メキシコの壷と花 パステルで描かれているが、花は平穏な中にあるのではない。チリチリチリと花は電波を出している。どこへそれが届くのかは知らないが。

菊池一雄 まめだるま 金色に見えるブロンズ像。少女が胡坐を組んでいる。裸婦。可愛い。

他に信越放送の広報誌「日本の屋根」表紙の原画が並んでいた。
これらは信州所縁の画家たちの手によるもので、広い信州の各地を描いたものや、風物を絵にしたものもある。
こういうのを見ていると、地元のつながりの大切さを大事にしているのを感じる。

小さい企画展だったが、とても楽しめた。

日本油彩画200年 西欧への挑戦

静岡県立美術館へ行った。
「日本油彩画200年 西欧への挑戦」という展覧会である。
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その日、わたしは新幹線内で、たまたま小出楢重の随筆「油絵新技法」を読んでいた。
小出は主に1920年代に活躍した洋画家である。
ひとり絵を描くだけでなく、信濃橋洋画研究所で多くの人々に洋画を指導していた。
彼の「油絵新技法」は洋画のテクニックについて語ったものではなく、洋画を描こうとするものたちの心構えや、描く前にどのような心の準備をすべきかを説いたものである。
文の達者な人だから、ところどころに笑ってしまう形容も多いが、しかしわたしのように「絵を描くことの全くないもの」にとっても、納得のゆく・胸を衝かれる内容なのだ。
特に多くの様々な勉強をすべきである、ということについては深く頷ける。
心の下準備と言うものは何をするにせよ、不可欠である。
小出の説く言葉を思いながら、展覧会を見た。

明治初期にチャールズ・ワーグマンが来てそこで東海道の風景を描いていたことは、非常に重要な意味合いを持つように思われる。
東海道こそが江戸時代の大動脈だからである。
浮世絵に数多く描かれたと同じ風景を油彩で描く。
技法は当然ながら全く違う。しかし描かれた対象は同じものである。
そのことが日本人の心に与えた感慨について、想像する。
「自分も油絵で描けるのではないか」
そう思ったものたちは決して少なくはないはずである。

とはいえ実際には、浅井忠、黒田清輝のフランス留学から先が、「本格的な洋画の始まり」と考えるべきなのだろう。
それ以前の油彩画はとにかく日本でも「油絵で描こう」という意識が強かったから、題材も色々と不思議なものが多い。
歴史のブームということも背景にあって、歴史画の需要も多く、「油絵師」たちは懸命に横長の画面に、油彩画で日本画の範疇にあるものを描いていったのだ。

今回の展示の多くはこの静岡県立美術館の所蔵品と、東京の府中市美術館のものが多い。
所蔵品を見せるための企画展、という側面だけでなく、この企画が成り立ったのはやはり静岡が「富士山」を拝むことのできる地である、という事情が活きているように思う。
明治初期の「洋画家たち」、もっと言えば「油絵師」たちは競って東海道を、富士を描いた。
その時代の作品を「静岡県立美術館」がせっせと収集したのは当然なことととしても、やはりえらい。
また、府中市美術館は特異なセンスを煌かせる美術館である。
特に江戸時代の絵画作品を集めた春の企画展は、毎年毎年本当に素晴らしい。
その点においては、板橋区立美術館と並んで、期待が押し戻されてしまうほど、圧倒的な内容を見せてくれる公立美術館である。
そこが力を入れて集めたコレクションがこうして出てきている以上、「日本の油彩画200年」の重みがずっしりと生きてくるのを感じている。

最初に「2.油彩画の開拓 明治期の洋画家たち」から始まる。
ワーグマン、ビゴーの富士山がある。少しばかり時代の推移を感じる。
そして面白いことに、ちゃんとこの構図から画家がどの位置から見たかを断言している。
わたしのような静岡と無縁なものには決してわからない位置関係だが、そのこともまた興味深く思える。

ワーグマンの二枚。「富士遠望図」 明治九年以降の作品。
「街道風景」土砂の煙が立ちそうだ。

最後の将軍・徳川慶喜の絵もある。かれは「幕末」の頃から写真にハマりあちこちを写していたそうだが、それで眼を養われたようだ。
ここには「風景」と題された絵があるが、これは現実の風景ではなく、理想の風景だと解説にある。どこかシュールな雰囲気のある風景。山、木々、民家、川、夕日。
牧歌的な風景ではなく、「日暮れてなお道遠し」と思いつつ、そこに立ち尽くすしかない、そんなようにも見える。

ラファエル・コランの美しい絵が現れた。
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「想い」と言う。林の中、一人の女性が木にもたれるようにしながら、何かしら物思いにふけっている。
その美しい横顔がいい。
コランから日本人が正式に洋画を学び始めたことは、やはり良かったと思う。
前述の小出の意見に従うだけでなく、最初はやはり正統的な勉強から学ばなければならない。そこから次へ向うためにも。

コランに学んだ黒田の絵が並ぶ。
黒田の裸体画を見る。白人の肢体がそこにある。
チラシ表に選ばれた「赤髪の少女」の後姿を見る。
そして肌の上に光を(きちんと)場所を割り振って描いた「昼寝」を見る。
それまでとは違う「洋画」を見たことを感じる。
やがて「大磯風景」にわびしさを、ある種の叙情性を感じ取った。
洋画にもこうした和の感情がにじむようになったのは、作者の心の流れがそれを求めたからか、とも思いつつ。

吉田博 川のある風景 彼の故郷・八女の星野川を描いたという。横長の画面に彼の故郷の空気が凝縮されている。
吉田の洋画は「精華」が最愛で、あとは風景版画にばかり関心がある。洋画で風景を描いたのを見ても。案外面白みがうすいように思った。

川村清雄の絵が数点ある。
川村は今度江戸博と目黒区美で回顧展があるからそれでまた復活するかもしれない。
彼は最後の徳川宗家を継いだ家達公についてこの静岡に来たヒトなのだった。
彼の描いた勝海舟像などは実にいい。海舟が男前なのは写真からもわかるが、絵には更にその知性や気概が出ている。回顧展が楽しみだ。

巨岩海浜図 この実景では岩ではなく崖だということだった。しかしそれを岩にした。
絵としてそれが面白い、というだけでなく、この「岩」に徳川家を仮託しているのだ。人々の集まる岩。
そのことを思いながら絵を見ると、大正期になってなお、幕臣の心持というものが判るような気もする。
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海底に遺る日清勇士の髑髏 油彩に漆を混ぜた絵。独特のぬめりが生まれる。闇が深くなる。そしてその闇の底に、白いものが形を崩れさせつつ、身を置いている。
これは日清戦争の日清どちらもの犠牲者への鎮魂を描いた絵なのだ。死んでしまえばみな斉しく仏となる。
海軍少佐本多氏の依頼を受けて描き、勝海舟に家持の古歌を書いてもらい、それを挙げている。

鹿子木孟郎もアカデミックな技法でいい絵を色々残した。リアルな肖像画と、物語性の濃いもの・幻想的なものなどを。
日本だけでなく、本家の西洋でもアカデミックな技法のヒトのほうが、幻想的な作品を多く残している。
その意味では印象派の傾向を受けたヒトの絵には幻想性は向かないのかもしれない。

日本髪の裸婦 背中を向けた女。足裏が見える。昔の日本の女の足の裏。平べったいが、よく歩いた足なのだ。

ショールをまとう女 イタリアの農婦のような女。留学していたのはいつだったか思い出せない。
鹿子木だけでなく、こうした雰囲気の女を描いた絵は多い。

五姓田義松 富士 日本平の東麓から三保の松原、駿河湾を通した構図。静岡県民でないわたしには全くわからないのだが、さすが静岡。こういう細かい説明も嬉しい。

和田英作 富士 ばら色の富士。光が綺麗。和田は美少女もいいが、その美少女を彩るのと同じ美しさがここにもある。
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日本平望嶽台 グレーの富士山。雲が湧き立つ。その下には民家もある。駿河湾もある。富士の下には人々の暮らしがある。

本多錦吉郎 景色 初冬か、葉の落ちた木々の並ぶ道を行く農婦たち。この大木はケヤキらしい。

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ここで<1.油彩画前史>として司馬江漢の絵が現れる。
駿河湾富士遠望図 遠く富士が見え、湾内を白帆がゆく。不思議な時間のなさ。沖の暗いのに白帆が見える~のは「かっぽれ」だが、白い沖に白い帆、白い富士ではなにもかもが停止している。

馬入川富士遠望図 遠近の面白さがある。手前にセキレイがとまり、奥に富士がある。大小で遠近が生まれるが、しかしこれもまた動きはない。

駿州薩陀山富士遠望図 文化四年の富士。同時代に抱一がいることを思い出す。この絵が油彩で富士を描いた最後のものらしい。
テンペラ画を思わせる不思議な静けさがある。
波はこうして寄せているのに。
わたしはこの絵を風呂屋さんで見てみたいと思う。
それも関東のペンキ絵ではなく、タイルで表現してほしいのだった。
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ほかに筆者不詳のバラが籠からあふれる絵があった。

3.油彩画の隆盛 大正から昭和へ
個人的には、この時代から昭和の半ばまでが、日本洋画の黄金期だと思っている。
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・光を求めて
太田喜二郎 帰り路(樵婦帰路) 大原女二人。光の表現が細かい。色いっぱいで点描。太田は光の中で少年たちがくつろぐ絵を見ている。ベルギーのある時期の表現を思い出す。

中澤弘光 風景(秋の湖畔) 大きな絵で、手前に木がある、中禅寺湖の様子。たいへん明るい。

児島虎次郎 酒津の庭(水蓮) 四角いプールに花が咲く。その周囲を囲むケイトウたち。ややえぐみを感じる。

・欧州に学ぶ
都鳥英喜 モンティニーの秋 教会と民家が見える、その空き地にはわんこがいる。

田中保 セーヌの宵 SH3B120600010001.jpg
青がきれいな夜だった。田中の回顧展は少し前に埼玉の方で開かれたが行けなかった。
今度是非かれの憂愁に満ちた、しかし官能的な世界を味わいたいと思っている。

清水登之 セーヌ河畔 1924年のパリ。トボケたような味わいがいい。人々はそれぞれ自分の赴く方へ。妙にのどかな雰囲気がいい。なにもドラマティックであること、緊迫感があること、それが名画の条件ではないのだ。
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原勝郎という画家は初めて知った。数点の作品があり、中でも「バガテル公園、パリ」が大変よかった。
白い道、パリジェンヌがゆく、緑がモアッと広がり、とてもおしゃれなムードが画面に漂う。
ところがほかの絵は年数がゆくにつれ、おしゃれさが消えていってしまい、最初の絵の魅力が大きいだけにややわびしくなる。

佐伯祐三 ラ・クロッシュ 考えればパリの広告文字というものにもそれぞれの個性があるはずだが、佐伯の絵では全てが佐伯の文字である。当然なことだが、佐伯の書体の面白さを知ることも、その魅力をより深く知る手がかりになるのだった。

・静物画を描く
小出楢重 静物 青白磁の器がいくつもある。その水色の光を放つ美しさを小出は捉える。器には果実や白、赤の花が載る。壁紙は赤い。りんごも洋なしもリアルな重みがある。
彼の書いた「油絵新技法」を踏まえながらその作品と対峙すると、評論にも絵にも、深い理解といっそうの親しみが湧きだしてくる・・・

岸田劉生 静物(リーチの茶碗と果物) 果物が傷んでいるのを感じるようなのはいいのか。
絵としてはそこまで描けるのがいいのかもしれないが、見る私は楽しくはない。

曽宮一念 種子静物 種子類が集まっている・・・ これを見たとき、彼の友人でもある画家・鈴木信太郎の言葉が思い出されてきた。曽宮にはややグロテスクなものを好む傾向がある、という趣旨である。
その通りだと思う。わたしも少し身を引いた。

・写実を求めて
安井曽太郎 森の中 明治末~大正始めの重さがあった。

柏木俊一 三枚の絵がある。時代が少しずつ違う絵。自画像は北方リアリズムぽい。
劉生風だった画風も変化を遂げて、「海と畑と森」は別人の趣があった。
こちらはしっかりした形と、静かな強さがあった。

曽宮一念が随分並んでいた。この人は長命だったが、絵はある時期から描けなくなったのだった。

工部大学 1911年の、赤煉瓦。いい建物。建築学部の前身。資料としても興味深い一枚。

麦秋 30年後の絵。妙なもやが出ている。不穏な空気がある。

スペインの野 1968年の絵。赤い!なんなのだろう、これは。

曽宮のわけのわからない味わいを楽しめるようになるには、まだわたしでは無理らしい・・・

三岸好太郎 海 短い人生の最後の年に描かれた黒い「海」。蝶や貝のいる明るい海ではない。

島戸繁 社頭残雪 久能山の神社。朱色が目立つ神社。巫女が去る姿。派手。面白い。
こういう構図の絵は洋画ではなく木版画で見てみたい。

・具象から抽象へ
レジェの弟子筋はやはりレジェ風な絵を描き、わからないものはわからないままで終わってしまった。
それが抽象表現なのかもしれない。

・個性の発露
萬鉄五郎 日傘の裸婦 例のがきていた。どうも萬はニガテである。

児島善三郎 箱根 明るくていい!平明で大きな筆致、善三郎らしいカラフルな芦ノ湖。かわいいホテルもある。
児島善三郎のこの分かりやすい明るさこそが、日本洋画の一方の極地のように思うのだ。

北川民次 雑草の如く3(裸婦) 若い元気そうな裸婦の下に押さえつけられた民衆の姿がある。
上と下の違いの激しさ。

小糸源太郎 春雪 雪の道。並ぶ木々にも雪。ずっと道の奥に可愛らしい駅舎がある。田園調布の駅が。
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高畠達四郎 漁師の家 倉のある家。平明な絵。しかしどこかジオラマの一部、ドールハウスのような趣がある。
こういうのも面白い。
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・絵肌(マティエール)の魅力
鳥海青児 張家口 重い。セピアとベージュの美しさ。

岡鹿之助 観測所 丘の上に可愛い観測所。切り株もあり、なごやか。
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田村一男 北越大雪 ・・・マティエールに全てがある。

西洋の技法を懸命に身につけ、咀嚼し、ついに融和する。その流れを見せてもらえた。
7/22まで。

7月の予定と前月の記録

一年の後半期の入り口と言うより、四半期の二つ目に入りました。
首都圏は月の前半分の間に出かけるので、後半開始はあまり挙げてません。

ドビュッシー 、音楽と美術 ―印象派と象徴派のあいだで ブリヂストン美術館7/14~10/14
草原の王朝 契丹 美しき3人のプリンセス 藝大美術館7/12~9/17
アール・デコ 光のエレガンス展ルネ・ラリック、ドームを中心に 汐留ミュージアム7/7~9/23
近代日本洋画の魅惑の女性像―モネ・印象派旗挙げの前後― 泉屋分館7/7~9/23
大英博物館 古代エジプト展 森アーツセンター7/7~9/17
ちひろと世界の絵本画家たち 損保ジャパン7/7~8/26
奇っ怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解 展 弥生美術館7/6~9/30
夢二の恋と関東大震災をめぐって―大正9~12年を中心に―
絵が歌いだすワンダーランド コドモノクニへようこそ 多摩美術大学美術館 ~9/30
マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝 東京都美術館~9/17
三井版 日本美術デザイン大辞展 三井記念美術館~8/26
この人、どんな字? -近代日本の文豪たち- 書道博物館~9/19
赤煉瓦建築と地域づくり展 ~11/4 
バーン=ジョーンズ展 ― 装飾と象徴 ― 三菱一号館美術館~8/19
スイスの絵本画家 クライドルフの世界 Bunkamura~7/29
日本の美・発見Ⅶ祭 MATSURI―遊楽・祭礼・名所 出光美術館~7/22
紅型 BINGATA-琉球王朝のいろとかたち- サントリー美術館~7/22
ベルリン国立美術館展 ~学べるヨーロッパ美術の400年~ 西洋美術館~9/17
吉川霊華展 東京国立近代美術館~7/29
浮世絵猫百景―国芳一門ネコづくし―後期 太田記念美術館~7/26
たむらしげるの世界展Ⅱ 空想旅行 八王子市夢美術館~7/16
川合玉堂と東京画壇の画家たち展 野間記念館~7/16
越境する日本人 工芸家が夢みたアジア 1910s-1945 東京国立近代・工芸館~7/16
雲峰・文晁・閑林 齋田家ゆかりの南画 斎田家記念館~7/25
物語にみる源平合戦- 國學院大學伝統文化リサーチセンター7/14~7/21

ストラスブール美術館展 世紀末からフランス現代美術へ 横須賀美術館7/21~9/2
ブラティスラヴァ世界絵本原画展―広がる絵本のかたち うらわ美術館7/14~9/2
ウルトラマン・アート!時代と創造-ウルトラマン&ウルトラセブン- 埼玉県立近代美術館7/7~9/2
ペリーの顔・貌・カオ―「黒船」の使者の虚像と実像 神奈川県立歴史博物館7/7~8/26
古都鎌倉と近代美術 併陳・新収蔵作品展―藤田嗣治《キキ・ド・モンパルナス》 神奈川近美鎌倉別館^9/9
コレクター気谷誠の眼 鯰絵とボードレール展 神奈川県立近代美術館 鎌倉~9/9
生誕100年 松本竣介展 神奈川県立近代美術館 葉山~7/22
横浜の海 七面相 幕末・明治編 横浜開港資料館/横浜都市発展記念館~7/16
収蔵品展Ⅰ 船旅への想い 日本郵船歴史博物館~8/5

関西。
小林一三の愛した 近代日本画 逸翁美術館7/7~8/12
日本画家上田耕冲・耕甫 池田歴史民俗史料館~7/22
朝鮮の美術 -祈りと自然- 大和文華館~8/12
上村松園 大正期の芸術 ~伝統と革新 迷える時代~ 松伯美術館~7/8
仏教の来た道 シルクロード探検の旅 龍谷ミュージアム~7/16
マリー・ローランサンとその時代 パリに魅せられた画家たち 小磯記念美術館~7/8
高麗青磁の精華 心にしみ入る「翡色」の輝き 高麗美術館~9/2
チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち 滋賀県立近代美術館~7/29
美の再発見 美術館の名品より アサヒビール大山崎山荘美術館~10/14
江戸時代のペーパークラフト-入江コレクションの組上絵- 兵庫県立歴史博物館7/21~9/23
KATAGAMI Style―世界が恋した日本のデザイン もうひとつのジャポニズム 京都国立近代美術館7/7~8/19
建築を彩るテキスタイル —川島織物の美と技— lixil 大阪~8/23

けっこう忙しいな。
今月は地元の旧い友人と会う約束が出来ているが、あとは出来る限り隠密行動をするつもり。
見かけた方は眼をソムケてください。見ない振りがベターです。

こちらは6月内にでかけた場所。



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