美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

錦絵に描かれた『歴史』

大阪城天守閣はあまり宣伝をしないが、時折非常に魅力的な企画展を開催する。
もっと告知してくれたら企画展を楽しみに出かけるお客さんも増えるだろうと思うのだが、しかし一般の観光客で充分だと思っているのか、それとも常にお客であふれてるところへ、またまた人が来てはミシミシ・・・と怖いことになるのを警戒しているのかは知らないが、いい企画に気づかないことも多い。
今回は「ミュージアムウィークス大阪2012」のパンフの、この紹介記事を見て「必ず行かなくては」と思って出かけたのだった。
zen791.jpg
(左から「佐倉宗吾の妻」国貞「源頼光と土蜘蛛」国芳「スサノオノミコト」芳年)

「錦絵に描かれた『歴史』」展。
幕末から明治に生まれた歴史・稗史・伝説のキャラたちを採り上げた浮世絵を集めた展示である。

zen798.jpg

この顔ばかりの画像は前述のミュージアムウィークスの、ここでの「私のお気に入り」を選ぶ参考資料である。
スサノオノミコト、ヤマトタケル、武内宿禰に始まり、蘇我入鹿、大伴黒主、菅原道真、平将門、頼光と金太郎、源義家、平清盛、源義経、源頼朝、平知盛・・・
上古から鎌倉時代の人々を描いた浮世絵が30点ばかり。
zen797.jpg

次には鎌倉中期から南北朝そして秀吉、真田幸村、天竺徳兵衛、忠臣蔵、大塩平八郎、徳川慶喜、西南の役まで40点ほどがある。
zen799.jpg

zen800.jpg

無論旧幕時代は織豊時代から江戸時代の歴史をまともに描くことも演ずることも許されなかったので、鎌倉時代や南北朝の類似事件に事寄せて描いていたが、明治になってからはハッキリと描くようになった。実録ものの流行である。
明治の「大蘇」芳年による「大日本名将鑑」明治11年刊行の作品が多く出ているが、そのシリーズにはその当時の時代の好みが繁栄していた。
たとえば、新田義貞や楠正成は褒められるが、足利尊氏は悪人として描かれている。
大塔宮を暗殺したことなどを論われていたりする。
そういうのを読んでゆくのも面白い。

しかし「浮世絵」はやはり旧幕時代の方が面白い。
芳艶の描いた、金太郎と碓井との格闘の様子も面白く描かれている。周囲には紫陽花が咲き誇るのもいい。

「白縫譚」の大友若菜姫が蜘蛛の妖術を身につけて、不敵に笑いながら佇む姿なども、幕末ゆえの退廃的な魅力に満ち満ちている。

上方の長谷川貞信らの浮世絵もあった。佐藤忠信の一枚絵は、三世中村歌右衛門を描いたものらしい。

国安の義経と皆鶴姫の絵もいい。六韜三略巻を姫から貰うシーンが描かれている。
既に御曹司の姿をしているが、やっぱりわたしなどは「やーれ鬼三太、われとなれとはかく身をやつし・・・」の前段階が思い出され、わくわくする。

義経といえば、明治になってから大ブレイクした周延の「義経八艘飛び」の絵があった。
兜を取った能登守教経の目前で飛んで逃げる義経である。
かなりかっこいい構図だった。

他にも後鳥羽院の見た妖怪の夢や、謡曲「鉢の木」の時頼と佐野常世の別れ(二枚絵)など、これまで見ていない作品も多く出ていて、かなり楽しめた。

幕末から明治の浮世絵は通俗的過ぎるかもしれないが、だからこそ面白い。
わたしなどはこうした物語性の濃い絵の方がずっと楽しい。

これからもいい企画をどんどん立てていって、それを出来れば宣伝してくれれば・・・
そんな願いを抱きながら、大阪城天守閣を出て行った。
スポンサーサイト

京の画塾細見

京都市美術館のコレクション展「京の画塾細見」前期を見てきた。
曰く「家塾や私塾として近代の京都美術界を支えた画塾は,京都の日本画の一つの特色である。竹内栖鳳の「竹杖会」,山元春挙の「早苗会」,西村五雲の「晨鳥社」,西山翆嶂の「青甲社」そして堂本印象の「東丘社」や菊池契月塾・中村大三郎画塾などの多くの画塾が京都の美術や産業を支えていた。こうした戦前までの画塾の歴史を回顧する」とのことである。
zen792.jpg

会場に入ったら丁度三時半で、今からギャラリートークですということなので参加した。
最初に近代京都画壇の画塾の系譜を見る。とてもよく出来ているが、トークを聴くのに重点を置いていたので、メモれず。また今度ということに。
まことに残念なことにリストがないので手書きしないといけないが、今回はとにかく色々準備不足もあり、またトークが面白すぎたということもあって、あいまいな記憶でしか前期の感想が書けそうにない。
いつもエー加減だからまぁエエか。←コラ。

今回、ギャラリートークを担当された学芸員の尾崎さんによる講演プログラムがチラシにあるが、その14回に亙り開催される講座のタイトルを見るだけでもそそられる。
今こうしてお話を伺ってワクワクしているのだから、講座に行くとさぞや京都画壇ツウになれるだろうと思いつつ、チラシを見るばかりである。

展示は塾の血脈に沿った展示である。
しかし惜しいことにリストがないのと、わたしは「聞く」ことに力を入れると、ただでさえ混沌たるアタマがいよいよ整理をつけてくれなくなるので、思い出せる範囲で作品名とその感想を挙げてゆく。
師弟の血脈は、知っている・または思い出した分だけ書いてゆく。

基本的に京都の場合、画塾と画学校との関係が、関西弁でいうところの「いけいけ」になっていたことが大きな特徴である。
塾でそれなりにヨシヨシな状況になると、ちょっと学校に行こかになり、学校でもその塾の先生が指導教官でもあり、そこでそれなりにヨシヨシになると、また一旦学校を出て塾に戻って・・・・・・・東京では確かに考えられない関係なのである。

幕末から明治初期の絵を見る。

岸連山 群雀図 これは以前から好きな作品である。雀まみれの木がある。すずめすずなり。さてそれが雪竹のことなので、竹もしなるしなる。雪は白々と周囲を覆う。
その白い雪の隙間隙間に雀らがおるのだが、まるで生姜砂糖をまぶしたように見える。
それで妙においしそうに見えてしまうのだから、この雪は罪深い。
連山は岸派の人。動物絵が巧い筋だが、大坂の岸派と京都の岸派とは多少方向性が違うらしい。

岸竹堂 竹村群烏図 やはり烏は夕方の図が多い。20年ほど前、この竹堂~西村五雲~山口華楊の「動物を描く画家の系譜」展が、京都文化博物館で開催されている。

原在泉 新羅三郎 この画題が当時、非常に好まれていたことがよくわかる。 

望月玉泉 宇治川真景図 玉泉の絵は本願寺の襖絵などに残っているが、美術館で見ようと思ってもなかなか見れないのではないか。その意味でも貴重な展示だが、この宇治川はちょっと波が荒いようである。

今尾景年 躍鯉図 非常に元気な鯉が跳ねている。跳ねた先の中空にはハチだかアブだかがいて、びっくりしている。
京都逓信病院の近くに残る景年の邸宅が料理屋さんになっているので、以前出かけたことがあるが、普請道楽な日本画家が多いのも京都の特徴かもしれない。

幸野楳嶺 帝釈試三獣図 丁度この日の朝に母が可哀想なウサギの話をするので、「ジャータカのあれだな」と気づいた。手塚治虫「ブッダ」の冒頭と終焉に登場する、ウサギが自身の身を犠牲にする説話である。数時間後、偶然にこの絵を見ることになるとは。
爺さんに化けた帝釈天のそばにきょとんとしたウサギ、頭上の木には白猿、水辺をうかがう白狐が描かれている。明治18年。晩年の弟子には松園さんもいた。

明治から大正の絵を見る。

山元春挙 山上楽園 春挙は大きな風景を描くことが多い。高島屋の仕事で描いたロッキー山脈なども「雪月花」の一枚だというから、凄い。
以前、春挙の邸宅にお邪魔した際、図録を見せてもらったが、絵の雄大さに打たれた。
目にしたものを小さく描くことをしない、その精神性がいい。
これは登山に凝っていた春挙らしい、南アルプスの情景。わたしは「ハイジ」のアルムを思い出している。

三宅鳳白 花旦 春挙の弟子であり、後には親族となった。人物画の美しさ・艶かしさはむしろ今の時代にこそ大いに推したい。京劇の「花旦」を描く。美貌だけでない妖艶さにときめく。銀の花びらが舞い散るような中に立つ花旦。
鳳白は和菓子の「虎屋」のご主人と星回りが同じと言うことで「八白会」を結成していた。
名前は違うかもしれないが、星回りが八白なのは覚えている。

竹内栖鳳 絵になる最初 この絵は来月末には東京の山種美術館に展示される。
zen796.jpg

今回のギャラリートークで教えられたが、モデルの背後の障子紙は雲母で煌いている。
何度も観ていたはずなのに雲母とは知らなかった。
やはりこうして話を聞くと、新しい知識が増すものだ。
ところでこのモデルの着物は栖鳳考案のもので、当時、高島屋が「栖鳳絣」として売り出すと、大変な流行を見たという。

高島屋と関西の日本画家・洋画家の関係の深さについては、しばしばこのブログでも書いているが、京都では画家の描く着物が栖鳳絣のように商品化される、ということが多い。
というより、画家たちは呉服の高島屋や千總のために意匠を熱心に拵えているのだった。
そうしたところにも人間関係を大事にする関西の気質がうかがえる。

竹内栖鳳 雨 明治44年(1911)。「これはどこでしょう」とトークのときに言われてハタと困った。
わたしはてっきり架空の場所あるいは中国の寒村かと思っていたのだ。
しかしここは実際の地だという。それもなんと、堀川の一部だという。びっくりした。
明治末の堀川通りに、こんな侘しさがあろうとは。
あそこは烏丸とならんで京都の大動脈ではないか。ああ、本当にビックリした。
zen794.jpg

木島桜谷 角とぐ鹿 若い鹿が自身の角を幹に擦り付けて研いでいる。鹿の無心な表情がいい。泉屋博古館には桜谷の金屏風の作品が何点もある。いずれも派手な美しさがある。
しかしこの絵はいかにも練れていないようなところがあって、そこがまた面白くもある。
桜谷の「木島文庫」は北野白梅町と等持院の間くらいにあるが、ここは公開されることはないのだろうか。

川村曼舟 霧氷 真っ白な雪の中、ぽつんと生き物がいる。それをロングで捉えている。
zen793.jpg

都路華香 東莱里の朝/萬年台の夕 近年、華香の回顧展が近代美術館で開催されたが、それまでは海外の里帰り展くらいか、この二幅しか見ることがなかった。
朝鮮の田舎の朴訥さがいい。朝の絵の墨のにじみに惹かれるが。夕の草原に立つ牛のぼーっとした顔もいい。 

林文塘 烏丸夜景 明治43年の四条烏丸の三井銀行の偉容を描く。絵としてどうのというより、近代建築に興味がある身としては、これは貴重な資料でもある。
この画家は知らない。

上村松園 待月 後姿の美人。バックシャンとは昔の人はうまいことを言った。
zen795.jpg

トークではまたまた面白い話を聞かせてもらった。
タイトルを見せずに子どもらに「このひとは何をしているところ?」と訊ねると、色んな答えが出たそうな。そう言われれば「待月」と言われるからそうなのかと思うが、何も見ずに絵だけで考えると、「・・・誰か・何かを見ている?」とわたしなどはこたえるだろう。
そしてその「何か」とはオバケかもしれない、と。夏やしねえ。

上村松園 人生の花 「リアルな肖像ではない」ということで、しかし好まれたので松園さんは多く同工異曲を生んだ。わたしも二種以上見ているように思う。
紋付と簪を替えてあるらしい。またいつか京都市美所蔵の二枚が並べば、比較してみたいと思っている。

昭和に入ってからの絵を見る。

菊池契月 散策 この「少女」の人気は高い。少女とはいえ、息子の嫁つまり人妻なので「少女」ではなく「若い女」なのだが、しかしあくまでも「少女」としてしか描かれていない。当時流行の着物を着て、機嫌よくお散歩する。犬も洋犬である。
契月は彼女を実の娘のように大事にしたそうだ。他にも彼女をモデルにした作品があるが、いずれも可愛らしい。

秋野不矩 紅裳 近美の回顧展でも初期のこの絵がチケットに選ばれたりしている。
わたしは不矩は晩年のインド風景がたらなく好きだが、戦前の頃の女たちには、ある種の親しみを感じる。彼女はやはり「創造美術」(後に創画会)に参加して、画風をカラッッと変えたことで、素晴らしい画家になったと思う。

中村大三郎 ピアノ 久しぶりに見た。この絵には嬉しい思い出がわたしにはある。
新聞に掲載されたとき、友人がこれを切り取り「あなた好みでしょう」とくれたのである。
わたしはそのときまでこの絵を知らなかった。非常に懐かしい記憶だが、今でもそれは活きていて、この絵を見るたびにあのときの嬉しさが蘇るのだった。
緋色の美しい大振袖を着た令嬢がピアノを弾く図。

勝田哲 朝 戦前のモガのある朝。ベッドに寝転びながらレコォドを聞く。テーブルかけのレェス、カァテン、チェアーのクッション・・・いずれもとてもモダンである。

三谷十糸子 女 こちらは「朝」の一年前、昭和7年に描かれたが、和装の女が髪を結うている図。洋装の女と和装の女が共に存在する時代。さすがに着物はその当時流行のもの。

広田多津 母子 乳幼児をだっこする母。昭和20年にこの絵が描かれたことを思う。

最後にチラシの彼女は何を射ようとしているのか。
その答えを観客たちに求めていた。
ちょっとした企画だが、それがまた楽しい。

展示替えした頃にまた行くつもり。

白磁を飾る青 朝鮮時代の青花

東洋陶磁美術館の「白磁を飾る青 朝鮮時代の青花」は魅力的な展覧会だった。
zen788.jpg

現在東京の出光美術館で開催中の「東洋の白いやきもの」展を見た後でこの展覧会を見ると、一層楽しさが深まり、心地よさが広がるのを感じる。
私自身の嗜好で言えば―本来は濃い染付が好きなのだが―、「朝鮮の白磁を飾る青」に限っては、その静けささえ感じる薄さに好意を懐いてしまう。
チラシは猫ならぬトラである。
シマシマではないので猫だと思っていたら、トラだった。
zen789.jpg

この壷を見ると、背後に山と月があり、トラが長い胴を伸ばしているのがわかる。
裏には眠るトラとカササギがいるらしい。よくは見えない。
zen791-2.jpg

さて展示室には、朝鮮時代に描かれた華麗な彩色の絵画のコピーが、いい配置に掛けられている。
大倉集古館所蔵の「群禽図」の賑わいの前には、松鳥文、梅竹文壷が置かれている。
二次元と三次元の競演を楽しめるように作られているのだ。

朝鮮時代は儒教精神が厳しく、質実さを強く求め、文様にも華美なものを排した。
つつましく愛らしい秋草を赦し、その文様で白磁を彩ることは止めなかった。
zen787.jpg

四つの窓面にそれぞれの草花を配置した面取壷があった。
とても愛らしい。これは浅川巧の旧蔵品として名高い名品。
描かれるべき秋草とは以下の通り。
仙人草(クレマチス)、嫁菜(アスタ)、撫子(石竹)、蘭。


ほかにも草花文水滴が目を引く。
また、こんな動物のついたのもある。なんだかほのぼの~
zen791-3.jpg


黒地に花や虫を描いたパネルの展示があった。
16世紀の女流画家・申師任堂(しんさい・むだん)の「草蟲画帖」から二点を選んでいる。
野菊にカタツムリにトンボ、酸漿にイナゴにトンボ、アブにシジミチョウ。
たいへん魅力的な作品である。いつかしみじみ実物を眺めたい、と思わせる。
実際に当時の人々は彼女の画風を愛したそうだ。

青花梅竹文壷に双雁図。見ているだけでも心持が明るくなる。
蝶と海棠の文様の皿もいい。青花の蝶の美しさは心に残る。

少し面白い表情のものを見る。
十長生文様のやきもので、まんなかの鹿がニヤッとしているのがいい。
魚文鉢に至っては、そこにいる魚たちの表情ときたら・・・!
zen791-1.jpg
触れれば噛まれそうである。

やきものではなく、漆芸品のよいものが一つ出ていた。
葡萄にリス文様の螺鈿函である。18~19世紀。三匹のリスが思い思いに遊んでいるのがなんともいえず可愛らしい。一匹は葡萄の粒をまるで足芸の球ころがしのように遊び、一匹はそれをころころと押してゆく。またもう一匹はそんな様子を眺めている。
可愛くて仕方ない。zen788-1.jpg


小さい企画展だが、とてもよいものが集められていて嬉しかった。

その後は常設を楽しく眺める。
今回は青磁鉄砂象嵌、いわゆる黒高麗に目が向いた。
もしかすると静かな白磁の青花を堪能した反動なのかもしれないが、これはこれで楽しい。
肩の張るたくましい瓶に、白泥を埋め込んで生まれた、可憐な花が咲いている。

17世紀の鉄砂のトラ文の壷が二つ並ぶ。いつもよく見るのは牙を剥いて、しかし愛嬌あるまつげヒラヒラおめめパッチリのトラさんだが、これは実は鹿を追うているのだった。
もう一つのトラ文はどうやら同じ工房から生まれたもので、サギと瑞雲つき。

色んなやきものを見て歩いて、いつも楽しい東洋陶磁美術館から去った。
この企画展は10/4まで。

俳画の美 蕪村と月渓

柿衛文庫が創設者・岡田柿衛(かきもり)の没後30年を記念した展覧会「俳画の美 蕪村と月渓」展を開いている。
この十年の間に、主に逸翁美術館で蕪村や月渓(呉春)の作品に触れ、その良さが年降るごとにシミジミとわかるようになってきたので、喜んで出かけた。
zen786.jpg

「俳画の美」を近代において見出したのがこの柿衛だということだが、この人は長きに渡って逸翁美術館の館長を勤めていたそうで、そうしたことからわたしも知らず知らず教化され、こうして蕪村や呉春の魅力に溺れるようになったのだろう。
実際2008年に、逸翁美術館の「雅俗山荘」時代最後の展覧会は「蕪村と呉春」で、そのときわたしは、前後期にわたって感想を挙げている。
こちらは前期。
後期はこちら
最初に蕪村の俳画から。

闇夜漁舟図 この絵に関する感想は、以前「雅俗山荘」時代の逸翁美術館でも書いている。
働く父と子。そこから少し離れた小さな家から大きな灯りが。母親が二人の帰りを待ってご飯をこしらえているのだ。幸せな情景。

狩場床自画賛 鷹狩りの人が使うドーナツ型のイスが草中にぽんっと捨てられている。
「翦鷹も 拳に戻れ 狩場床」ソレダカと読むそうな。狩の際、鳥(獲物)を見失ってあらぬ方へそれた鷹のことを言うらしい。

「学問は」自画賛 気持ちよさげ~に居眠りしてますなw

太祇馬提灯自画賛 傘がお猪口になってる、たいへんな風雨。必死で進む二人。困った情景だが、妙に楽しそうにも見える。そこが俳画の味わいか。

若竹自画賛 「若竹や 橋本の遊女 ありやなしや」 昔は八幡の橋本の遊女は有名だった。戯れ歌もあるくらいだ。しかしこの歌の意味はわたしにはわからない。安永中期の作。

澱河歌自画賛 扇面 こちらも「若竹や」が書かれている。ただし他にも句がある。
小舟に一人乗る。「澱河」は淀川。この表記は初めて見た。

雨中船頭図 蓑笠の船頭がいる。静かな味わいがいい。

徒然草・宇治拾遺物語図屏風 まず右には芥川の「鼻」の元ネタになった禅智内供の絵がある。
丁度「第一飯を食う時にも独りでは食えない。独りで食えば、鼻の先が鋺(かなまり)の中の飯へとどいてしまう。そこで内供は弟子の一人を膳の向うへ坐らせて、飯を食う間中、広さ一寸長さ二尺ばかりの板で、鼻を持上げていて貰う事にした。しかしこうして飯を食うと云う事は、持上げている弟子にとっても、持上げられている内供にとっても、決して容易な事ではない。」のシーン。
うむ、忘れていたが思い出すと面白い。他にこぶとり爺さんと三人の鬼たち。鬼もまるまる鬼スタイルの者ばかりではなく、官吏のようなのもいた。
徒然草は西大寺の静然上人の話
思えばどちらもこっけいな話だが、それが俳画になるとまた楽しい。
それから扇面の自画賛にもやはり静然上人の絵がある。

天狗自画賛 堂々たる大天狗。鞍馬居住の僧正房。
「せみ啼くや 僧正房の ゆあみ時」zen785-2.jpg

そういえば天狗で湯浴みといえば「是害坊」の話を思い出す。

盆踊り自画賛扇面 三人の男女が楽しそうに踊っている。東北の風習「錦木」についての句もある。錦木は男女の求婚の風習の一つ。
「錦木の 門をめぐりて おどりかな」

「もみぢ見や」句自画賛扇面 唐傘を閉じて高尾のもみじを楽しむ。
「もみぢ見や 用意かしこき 傘二本」
句の意味を知るといよいよ楽しい。

ここからしばらく逸翁の所蔵品が続く。
「雪月花」句自画賛 牛若丸図 逸翁美でも好きな一枚。
「雪月花 ついに三世の ちぎりかな」zen785.jpg

夫婦は二世、主従は三世のちぎり。牛若と弁慶のいた時代は「しゅウじゅう」と発音した。
いつから「しゅじゅう」になったのかは知らないが、これも面白い話だ。

「又平に」句自画賛 赤の頭巾かぶって千鳥足の浮世又平。
他の美術館でも同じようなのがあるが、それぞれの美術館は「うちの又平の方が可愛いでしょ♪」と楽しいジマンをしている。

展示替えでこの日は見れなかったのだが、「海の見える杜美術館」所蔵の「ぢいもばばも」は可愛い絵なのだ。猫としゃもじの絵。見たかったなあ。惜しいことをした。

その「海の見える杜美術館」所蔵のほうの「奥の細道」絵巻が出ていた。
冒頭シーンである。「月日は百代の過客にして行き交う・・・」から曾良と共に旅立つところ。

「有明の」付合自画賛 角屋保存会所蔵。「梨打ち烏帽子」とやらをかぶる人が体傾けて、今にも動き出しそうな気配を見せる。

角力自画賛 チカラギッシュな絵。行司も気合みなぎる。五人の句がある。
角力は相撲のこと。江戸時代にはこの文字表記のものが色々ある。
「双蝶々」の「角力場」などなど。

「けさ見れば」句自画賛 「けさ見れば 煙ののこる やけのかな」ううむ。

皃見せ自画賛 顔見世のこと。衾かぶって肘立ててぼーっとする。先斗町に泊まって顔見世に行く支度をしているのだが、まだのたのたしている。芝居の始まりを告げる太鼓も鳴っているのに。

紫陽花にホトトギス自画賛 下に紫陽花の花、上に鋭く跳ぶホトトギス。この空間の配置がいい。
zen785-1.jpg

「岩くらの 狂女恋せよ ほととぎす」
岩倉は、松園さんの「花筐」の照日の前を描くために通った精神病院のある地。
岩倉・大雲寺の不動堂は狂人たちの治療場として当時から有名だったそうだ。
安永2年(1773)4/4に描かれた。

蕪村の娘に出戻りがいて、蕪村亡き後その娘の再婚資金を稼ごうと奮闘する弟子たちがこしらえた作品を「嫁入り手」という。
そのうちの「桐火桶」陶淵明図は逸翁で見たもので、真正面の顔図。この鼻の様子を見ると、私はいつも「天牌」の入星という男を思い出すのだった。
「遊女図」は月渓の絵。袂で口元を隠しながら笑う女。
呉春の描く遊女は珍しいように思う。

安永三年春興帖 月渓の句がある。
「筧から 流れ出たる つばきかな」
この挿絵には、瓶割りの絵がある。司馬温公の説話のように子供が瓶の割れたところから流れ出す。しかしここには日本の鎧兜をつけた人物が日の丸の扇子を広げて「あっぱれ」な絵があった。

次には月渓(呉春)。

百老図 山中に集う老人たちの図。楢山節考ではない。と思う。うむ。

網引き自画賛 働く人々がいる。
zen784.jpg

「いわし引く 網をはじめて 敏馬かな」
敏馬はミヌメと読む。そんな海岸があるらしい。
私は知らない。

蕪村が弟子の月渓をほめている手紙があった。
紹介文のその中に月渓の長所や得意技を挙げているのだが、横笛が上手だとも書いてある。
そうかそうか。

天明六年の月渓の句集もある。天明年間は京の人々にとってどんな意味を持つのだろう、と時々考える。

句会なのか「一菜会」という会があり、その会合の食事内容が書かれている。
汁:結び湯葉、大根。茶碗蒸し。酒肴:松茸、鱧、しじみ、蒲鉾、コウタケ、焼き栗、厚焼き、梅巻き、シメジ卵とじ。吸い物:コチ、シメジ。浸しもの:湯葉、サゴシ。そば。
なかなかおいしそうである。

暁台賛「壁破れて」 侘びしい門前が描かれている。
几董賛「去来屋敷図」こちらは薄い朱壁の。
どちらもとても侘びしい門前である。

遊子行 箕面ツアーした話もある。吟行本。神無月に出かけたことを記している。
もうこの頃月渓は池田に来て「呉春」になっていたのか。
池田と箕面はそんなに遠い地ではない。
今の人でも歩く人は歩くだろう。わたしは電車で移動したいけど。

急須に燭台図 煎茶が流行っていたことを裏付ける。
「ほととぎす いかに若衆の 声変わり」
これが芭蕉なら妖しいムードが漂うところだが、この時代ではそうはならない。

几董の賛とのコラボが続く。
五月雨図、梶の葉図、冬籠もり図、などがある。

「煮びやしや」画賛 
「煮びやしや つもりの外の 客二人」
予想外のお客のために「煮びやし」をこしらえて運ぶ爺さんの絵がある。

山伏画賛 後ろ向きの山伏が描かれている。

幻住庵記画賛、烏帽子屋図賛、茄子画賛などは逸翁所蔵。
牛若丸図賛 後ろ向きの天狗と少年牛若丸。
こちらも逸翁所蔵だが、あまり見覚えがない。

逸翁の所蔵品がたくさん集まっているのも柿衛が逸翁美術館館長だからだということを改めて感じる。

徒然草画賛 琵琶法師の図。
内裏鹿図賛 向こう向きのバンビ。これは大原御幸の前段階の話をもとにしている。

三十六歌仙偃息図巻 試し描きらしい。リアルさもある。けっこう細かい図。のぞきめがねを持つ女もいる。
別にまじめに座しているわけでもなく。

十二ヶ月風物句巻 これは前述の「蕪村と呉春」展でも見たがとても可愛くて楽しい絵巻
「初午や 竹の伏見は 二日月」
「石山や くれぬ先から 秋の月」
ウサギの杵つきもあり、楽しい月渓の絵だった。

本当に蕪村と月渓の良さがわかる年頃になってよかったと思っている。 

辻村寿三郎 平家物語縁起

昨年・今年と目黒雅叙園で同題の寿三郎師の展覧会を見たが、今回は京都高島屋にて観賞。
構成は当然ながら少しばかり違う。
zen779.jpg

この熱病の清盛の姿がメインなのは同じ。

人物たちについては前述の記事に書いたからもう書かない。
今回は純粋に人形を楽しむ。

栄華も悲劇も全てはこの一天四海の王から始まる。
zen780.jpg



祇園女御 二態
zen781.jpg

どちらも若く美しい祇園女御。
寿三郎師は祇園女御の後身を、江口の遊女たちのもとにいる女衒に設定する。
そこへ若き清盛と西行が来る・・・
女衒・祇園女御の落剥した姿には凄惨さがある。侘しさよりも深い何かが。

冒頭の清盛は「あっち死に」最中の姿。
こちらは少年清盛と青年清盛。
zen780-1.jpg zen782.jpg

まだ入道になる前の、高みを目指す青年の顔。
眉の濃さを見ると、映画「新平家物語」の青年清盛を演じた市川雷蔵を思い出す。


二人の后。
zen780-2.jpg zen783.jpg

待賢門院と美福門院。
美しい女の争いを寿三郎師は人形を座させて描く。


「平家物語」の母子たち。

幸せだった頃の母子。zen782-1.jpg

「なみのそこにもみやこのさぶらふぞ」zen780-4.jpg

こんな母子もいた。
zen780-3.jpg



そして全てが果てた後に、寿三郎師の神仏が現れる。
可愛らしさの濃い馬頭観音。zen780-5.jpg


雅叙園の百段階段の美しい借景はここにはないが、しかし人形たちを純粋に眺める力は、この場のほうが強いかもしれない。
「平家物語縁起」の本は巻の弐までしか出ていないが、参が出る日は果たしてあるのだろうか・・・

最後に新作の人形が朝鮮王朝の装いをしているのに驚いた。
「朱蒙」というドラマから師が生み出した人形なのだった。
寿三郎師の新しい地平がこうして見えてきたようにも思う。

展覧会は10/1まで。

やまと絵の意匠

頴川美術館の「やまと絵の意匠」展に行った。
このチラシ一枚に深く魅了されたといっていい。
zen778.jpg

小さい美術館だから出品数も少ないが、しかしいつも見事な作品を並べている。
今回は所蔵品だけでなく、京博の小袖や帯なども借りてきて、より一層華やかな設えを見せている。

最初に京博の誇る「濃茶麻地菊棕櫚文様帷子」がある。
zen773.jpg

これは'98年の大阪市美「和の意匠」展にも出て、多くの人々を魅了している。
今もそのときのチケットを惚れ惚れと眺めている。
また京博の年間スケジュール表にも同種のものが出ていて、つくづくこの着物の魅力の深さに感じ入っている。
わたしが寛文小袖を偏愛するようになったのは、この着物を見てからだった。

次にその寛文時代に描かれた「寛文美人図」が現れた。
これは頴川美術館ほまれの美人の一人で、いつ見ても美しい。
美人が一人、優雅な微笑を浮かべながら花籠を手にする図。
花の辺りに多少の落剥が見受けられるが、それは瑕ではなく、却って花を美しく見せる工夫にすら見えてくる。
これまでにも多くの寛文美人を見てきているが、この美人は殊に美しい一人である。

寛文美人の右隣には新しい一領の着物がある。
「白縮緬地賀茂競馬文様小袖」である。新しいのも道理で、'08年にこの近くの関西学院が復元した着物だった。
肩口に赤の大き目の菱が続き、中以降に巨大な楓が繁茂し、その下で馬を走らせる公達の姿がみえる。
かなりの美しさである。よくこうして再現したと感心する。

このケースから離れ、次にやきものを見る。
「色絵松竹梅文盃・盃台」がある。三種の盃にはシンプルにそれぞれ松・竹・梅が描かれているが、盃台にもそれに呼応するように三本の足にそれぞれ松竹梅が描かれている。
透かした形もシンプルでいい。帯山与兵衛の作。

明治の京焼には熱狂するものはないが、しかしいいものも少なくはない。
こちらの「色絵鯉に波文鞠盒鉢」の鯉は確かに明治の鯉だとわかる。
粟田焼の岩倉山里清の作。

奥へ向かう。
光悦と宗達の「藤下絵色紙」がある。藤の花房は銀で描かれているので黒く酸化している。
しかしそれは最初から宗達と光悦が企みでもある。
心のみ 空に成りつつ ほととぎす ひとだのめなる ねこそなかるれ
文字との藤の見事な融和がそこにある。

小野通女の短冊がある。「き」と「て」の字がよく目立つ。
きかてたた ねなましものを 郭公 なかなかなりや 夜半の一聲
「郭公」はこの場合ホトトギスのことかと思う。「ねなまし」の意味がわからない。

歴史画が一幅。田能村直入「足柄山吹笙図」。新羅三郎が笙の師匠の息子・豊原豊秋に伝授する図。多くの絵師の愛する画題。新羅三郎の赤、豊秋の緑の衣の対比。

袱紗がある。「紅繻子地老松童子文様掛袱紗」。大きな松の下で三人の子どもが笈籠を背負い、松ぼっくりを拾ったりして楽しそうな様子の刺繍がある。
袱紗はめでたいときに使うもの。福福しい三人の子どもらが幸せを招ぶのだ。

京博から帯二筋。
「萌葱縮緬地水辺に草花碇文様掛下帯」水葵、芦、碇などが一緒に水の流れにある。
zen777.jpg
思えばシュールな情景である。やまと絵の意匠は決まりごとが厳しいわりに、どこか静謐なシュールさに満ち満ちている。

もう一つは薄青い「浅葱繻子地藤立桶に燕雁文様掛下帯」。燕と雁がイキイキと元気そうに互い違いに乱舞している。織りによる形だとわかっていても、そのパターンが楽しい。

英一蝶の「大原女図」がある。今まで気づかなかったが、これは母娘かもしれない。
若くて小柄な女は赤い手ぬぐいを頭に掛け、さぁ今から柴を頭に乗せようかという姿に対し、それを見守る大きめの女は白手ぬぐいを掛けた上にもう芝を乗せている。
「連獅子」でもそうだが若い方が紅という決まりごとがある。

季節はずれるが、中村竹洞の「立雛図」も飾られていた。藤柄の着物。
そしてフジはフジでも富士山を描いたものが光琳「業平東下り図」である。
従者がけっこう多い。この一行が富士山を見返る図。

最後に大きな屏風が二種。
まず光琳「群鶴図屏風」。この画像は右1扇の部分。
zen771.jpg
川は@@な渦を見せている。銀地に礬水で描いた波文。
MOA美術館の紅白梅図屏風などでもおなじみの波文である。
2扇めから真鶴たちが登場する。いずれも騒がしい。白に羽黒の鶴たち。右は紺と白の花菖蒲、左は同色の取り合わせだが、竜胆のような花が見える。
この鶴たちの立ち位置や佇まいは、ショーの出の前のモデルたちのようにも見える。
中には水中に足を浸す鶴もいる。
その華麗さは「琳派」の血脈の一人・加山又造さんの作風にも通じる。
非常にモダンな屏風だった。

最後に土佐光起「春秋花鳥図屏風」がある。
柳、桜、躑躅(または石楠花か)が咲く春。笹も青々と生え、柳の枝先を掠めてツバメが飛び交う。明るく軽やかな春。
左の秋は楓と野菊が濃く開き、ミヤマホオジロがその隙間を縫うように飛ぶ。
奥には熊笹もある。
チラシ下部は左2~4の上半分。
艶やかで華麗な春秋を楽しんだ。

10/7まで。

江里佐代子の截金

香雪美術館では先年なくなった江里佐代子の截金展を開催している。
截金(きりかね)は仏教美術になくてはならぬ技法ではあるが、それを今に伝える人は少ない。
江里佐代子は夫の仏師・康慧の仏像を、その自分が習得した截金でもって荘厳する。
そして仏像だけでなく、木製の愛らしい香合や飾り物を、截金で装飾するようになった。

zen774.jpg
この手毬形の愛らしい香合は、一つを見るだけでもその繊細艶麗な技術に驚かされるが、こうして数多く並ぶのを見ると、夢の中にいるような心持になる。

金箔・銀箔・プラチナ箔を糸よりも細く、髪の細さのように切り、それを貼りあわせて文様を拵える。截金の技能を深く修得した江里佐代子の展開する作品世界は、伝統と共に新しさがあった。
夫の彫った仏像を妻が荘厳する。
たとえば毘沙門天像を眺めると、鎧などに截金がみえる。それが光の当たり具合で煌き方が変化するのだ。
ためいきが出る。
zen775.jpg

他方、その技能を存分に生かした上で、新しい技術をそそいで拵えた作品もある。
截金透塗というのがそれである。白檀塗りから想を得たそうだが、本当に透き通るように美しい。

以前に泉屋博古館分館や中信美術館で彼女の展覧会を見たが、そのときにも感嘆した作品が多く出ていた。わたしは手毬形のも好きだが、糸巻きをモティーフにした香合も可愛くて、とても惹かれる。
zen776.jpg

一位(櫟)やヒノキ、そして神代杉などを原材にして綺羅な装飾をまといつかせる・・・
つくづく彼女の早世が惜しまれる。
京都迎賓館の欄間などの試作や可愛らしいオブジェもある。
いつ見ても本当に素晴らしい。

オリジナル作品を次々に拵えるだけでなく、彼女は大発見もしている。
大英博物館にあるアレクサンダー大王ゆかりのガラス碗が、実は截金細工を施されたものだと発見し、截金史の歴史を塗り替えたのだった。
これはその再現もの。非常に美麗。
zen772.jpg

しかし一個人・江里佐代子はなくなったが、彼女の仕事や想いが後進たちに受け継がれているのは、とても素晴らしいことだと思う。
この技法を失うようなことはあってはならない。
一ファンとして、こうして展覧会を楽しみながら、そんなことを思っている。
11/4まで。

松花堂の茶の湯 八幡の茶室に遊ぶ

八幡市には三つの名所がある。
岩清水八幡宮、木津の流れ橋、それから松花堂昭乗ゆかりの松花堂美術館である。
ほかにもあるのだろうが、北摂のわたしにはこれら3ヵ所しか思い浮かばない。
八幡市に詳しい人があれば、いつか色々と教わりたいと思っている。

さてその八幡市立松花堂美術館は広大な庭園を持っている。
というより、まず庭園が造られ、そこに松花堂昭乗の茶室や草庵を再現した。
そして十年前にこの美術館がオープンしたのだった。
また、ここには料亭「吉兆」がある。
昭乗が好んだ四つ切れ箱を元に、昭和初期に不世出の日本料理の名人・湯木貞一氏が「松花堂弁当」を考案した故事は広く世に知られている。
湯木貞一氏がこの類品を手に入れ、それで「!」となり、おいしく綺麗なお料理を見事に設えてから数十年、もうすっかり「松花堂弁当」は普遍化した。
zen768-1.jpg

今回「松花堂の茶の湯 八幡の茶室に遊ぶ」展を見て、昭乗の美意識の高さと湯木貞一氏のセンスの良さと努力に、改めて感銘を受けた。

zen769.jpg
zen770.jpg

このチラシは三種類の作品を見事にコラボさせている。
展示の最初に「都林泉名勝図会」の松花堂の茶室を描いたものが出てくるが、チラシ中央の絵がそれに当たる。
にじり口から僧形の昭乗がにこにこしながらお客を迎える図である。
このちいさな建物の上には飛ぶ雁が二羽、そして枠の外には見返り鹿がいる。
雁と鹿は長山孔寅の絵巻から出演。
そして鹿の視界をさえぎるような楓は、土佐光武の月次絵からのもの。
素敵なチラシだと思う。

zen768.jpg

昭乗の住んだ泉坊の書院の襖絵がある。伝・狩野山雪による「雪景山水図」である。
襖四面に静かな雪山と水面が描かれている。
小さな四阿があり、それが意外とモダンでもある。そして右端には岸に座して小舟を眺めるヒトの姿が描きこまれている。
心の平安を保たせるような情景である。

ガラスケースの中に「茶室おこし絵図」がある。紙による模型、一種の立版古にも見えるが、要は設計図から襖や壁を立たせて立体化したものである。
非常に面白く眺めた。こういう工作が好きなので、自分も拵えたくなる。
これを再現したのは福井工大の伝統木造建築研究室の皆さんによる。

ところで先の林泉図の茶室の扁額もそうだが、昭乗は「寛永の三筆」の一人だから、当然ながら扁額も多く残している。
それらはだいぶ剥落してはいるが、形はまだよくわかる。
展示室の外壁の廊下に写真パネルの展示がある。
八幡様は宇佐八幡から勧請したものだが、当然八幡様所縁の「鳩」が絡む文字がそこに書かれる。鎌倉の鶴岡八幡宮の扁額も無論鳩がいる。
鳩文字とでも言うのだろうか。

昭乗の絵の複製品もある。「樫叭叭鳥図」が可愛い。書のほうはちょっとわからないのでなんとも言えない。

ところで先の鹿や雁ではあるが、他にこんな可愛い「竹に四十雀」もいる。
zen740.jpg
それは長山孔寅の「松花堂画寄合賛絵巻写」からのもの。
わたしが見たのは「鹿・朝顔・雁」だった。
これは元は長い絵巻で、平瀬露香が所蔵していたのが分割されたものである。
佐竹本三十六歌仙だけでなく、ここにも流転の運命を辿る名品があるのだった。
鹿の賛は木下長嘯子、朝顔の賛は沢庵、雁の賛は小堀遠州である。
メモったので書いておこう。
雁 われのみの うきと思へば雲井にも 雁啼きわたる秋の夕暮れ
朝顔 つぼみには あすの籬の色みせて けふさえあるを花の蕣
萩に鹿 おのづから 涙もいろに鹿ぞなく 小萩が原のつゆにさぬれて

元の絵巻には他に烏丸光廣、近衛信尋らの賛があり、林道春の「鳩」や、賛のない「竹に四十雀」は見ることは出来なかった。

昭乗ゆかりの泉坊、瀧本坊跡地から出土したやきものの欠片も多く出ていた。伊万里染付、京焼、古九谷などが目立つ。
他に明の古染付鷹図皿があり、こちらか完全。呉須と濃染で、鷹・松・花木・水鳥・飛鳥などが円内いっぱいいっぱいに描かれていて、ちょっとシュールな面白味を見せていた。

こういう展示も楽しかったが、四十雀に会えなかったことだけは残念。
10/14まで。

源氏物語 遊興の世界 前期

逸翁美術館の秋季展「源氏物語 遊興の世界」前期を見てきた。
源氏物語は平安貴族の優雅な遊びを今に伝えてもいる。
いわゆる源氏絵からそれを読み取る。
zen766.jpg

平安時代の遊興といえば双六、琴や琵琶の演奏、香道、蹴鞠くらいしか思いつかないが、改めて「源氏物語の遊興」ということを考えると、何が出てくるかとても楽しみである。

狩野探幽 源氏物語図屏風 シンプルで可愛い。探幽の代表作の一つとある。三の丸尚蔵館所蔵の名品。いろんなシーンがあるがそれぞれいい雰囲気である。
・ハイハイする明石の姫君。ちびでも可愛い。
・女三ノ宮の足下に猫二匹。茶猫と斑猫と。
・夕霧家、にぎやかすぎ~
このように一つずつ見ても楽しい。

狩野養信 源氏物語図屏風 石山寺所蔵。右では「紅葉賀」の踊る二人、左は「少女」の愛らしい五人の少女たちが目を引く。惟光の娘につきそう少女を選抜するためのイベント。見るからに愛らしい。

この二つには蹴鞠、舞楽などが描かれている。
どちらも江戸時代の作品。

桃山時代の作者不詳の源氏物語図屏風には、空蝉の囲碁を打つシーンがある。そうか、忘れていた。
この屏風には桐壷帝のそばに、まだ少年の光君がいる図がある。髪はみずらに結うた美少年。

土佐光吉 源氏物語手鑑 久保惣美術館蔵。金ぴかの美しい手鑑。桃山時代。どのような人がこの手鑑を賞玩したのだろう。 
「蛍」では競射がある。「若菜上」では蹴鞠。

伝・土佐光元 源氏物語図画帖 「梅が枝」では香を楽しむシーンがある。二人の男が香を当てようとしているのか。出光美術館蔵。

住吉如慶 源氏物語手鑑 土佐の後に住吉がくる。サントリー美術館蔵。
・御法 蘭陵王の舞楽を見る紫の上。夕日に桜の中に陵王の舞。豪奢な侘びしさとでもいうものを感じる。
・幻 手あぶりに文をくべる女と、わき見する男と。何かが終わってしまったことを予感する・・・

源氏物語画帖 桃山時代。「総角」をみた。舟遊びをする。その舟の屋根には紅葉が敷き詰められている。
船遊び一つにしてもなにかしら優美な設えがなされている。

源氏八景絵巻 これは初めて知った。物語から八景を選んだもので、ここでは雪だるま作りの絵などがある。
なかなか興味深い。

西川祐信 源氏物語図 若菜上 肉筆浮世絵。猫は斑のみ。柔らかな線がいい。

白描源氏物語絵巻 宇治十帖 ここも「総角」が出ていた。宇治川での船遊び。

板谷慶舟 紅葉賀乙女図 私がみたのは「紅葉賀」のみ。今月中のみ展示。冷泉家時雨文庫蔵。

狩野探信 源氏物語 花宴図 朧月夜の後ろ姿が素敵。

大澤本源氏物語を初めて見た。
写本という性質上、異本が生まれるのは必然なのだが、これはまた優雅な作りである。
題箋はわたしの好きな信タダ、挿絵は狩野山楽。元の本は鎌倉から室町まで。

冷泉為恭 源氏物語図 これは物語に沿ったものではなく、イメージで描いたような作品だということだった。
そういうのも楽しい。復古大和絵ということを思いながら眺める。

絵だけでなく工芸品も並んでいる。
貝合わせがかなり綺麗だった。金色の蹴鞠もあり、平安貴族の優雅な遊興を少しばかりは感じられた。


10/21まで前期、10/23から12/2まで後期。
今度はどんな「遊興」のシーンを見せてくれるのだろう。
とても楽しみ・・・

隣接の池田文庫では宝塚歌劇による源氏物語の写真パネルや資料の展示がある。
近年のタカラヅカ源氏は田辺聖子源氏か大和和紀源氏かだが、昔は舟橋源氏や北条源氏もよく演じられたらしい。
今回はそのいにしえのパネルなどを見ることができてとても嬉しかった。
zen765.jpg
zen767.jpg

先般なくなられた春日野八千代さんの光君の美貌に改めて感銘を受ける。
チラシ上右はその春日野光君と八千草薫さんの紫の上。愛らしくてドキドキする。

時代時代により嗜好も少しずつ変わり、そのたびに新しい源氏物語が歌劇になり、観客を楽しませる。
展示された資料を丁寧に見て歩くと、いろんなことがわかってくるのが面白い。

昭和27年の白井鐵造演出の舞台は日本画家・まつ本一洋が美術監修に当たっている。
(まつ本のマツはうかんむりに公の下に木の字)
このときには「夕顔」の場を幻想的な拵えにしたようで、巨大な白い夕顔の花が背景にいくつも見えた。非常に美麗な背景だと思った。

ほかに歌舞伎での源氏物語の歴史もここでわかる。
大正時代には天下の美男・十五世市村羽左衛門の光君、六条御息所を五世歌右衛門または六世梅幸が演じたりしたようだ。また葵上を七世宗十郎というのも豪華な配役である。

夢のように美しい舞台写真を眺め、残された映像を見ているうちに時間が過ぎて行く。
ああ、いいものを見せてもらった。
こちらは12/2まで通し。

コドモノホン おとぎの世界を描いた大人たち

池田市歴史民俗資料館に行った。
とにかくここは遠い。
駅からも遠いし、逸翁美術館からも遠い。
バスもあるらしいが乗らないので知らない。またバス停からも遠い。
なにしろ標識が出てるところから坂を上らねばならぬので、いよいよ遠い。
隣には図書館。駐車場もあるから車の人だけはラク。
坂の上の図書館といえばこの界隈では他に吹田市の中央図書館がそう。あそこの坂がまたしんどい坂で、自転車のギアを一番軽いのにしてても途中で「あああああ」となるのでした。
さてその遠い資料館なのだが、これがまたにくいことに良い企画展示が多い。
木谷千種と大阪の女流画家たち、上田耕冲父子、呉春とその時代、須磨対水ら画家の企画だけでなく、今や明治村にある芝居小屋・呉服座の資料を集めたり、とそそるそそる・・・
今回は明治から戦中までの子どもの本の展示。

明治24年の巌谷小波『こがね丸』が近代日本児童文学の嚆矢と言うが、版を重ねたそれぞれの表紙絵は見ていても、実際に読んだことはなかった。
zen762-1.jpg

この展示を機に読もうと青空文庫を開いたのが実はこの記事を挙げている今日の昼のことで、文語体で漢字のルビに面白い読みを振ってたりで、興味深く読んだ。
わたしは文語文を読むのは苦にならない方なので、ふむふむと読み進めたが、物語を読むとどうしても頭の中に絵が浮かぶ。つまりそんなスピード感のある展開なのだ。
それが面白いことに、既に見てきた「着物を着た狗たち」の姿ではなく、なぜかと言うか、当然ながらと言うべきか、高橋よしひろ「銀牙」に描かれるわんこたちに変換されてしまう。
文語体で堅苦しいのに、あの「銀牙」のかっこいいわんこたちに見えてくるということは、やっぱり当時の子どもらのようにワクワクしたということか。

物語そのものは昔懐かしい東映動画の名作「わんわん忠臣蔵」を思わせた。
つまり「わんわん忠臣蔵」は「こがね丸」と「忠臣蔵」とを親にしていたことを、今回初めて知ったのだった。
ツッコミどころ満載とはいえ、『こがね丸』は明治の子どもたちを大いに喜ばせたろう。
(主人公こがね丸とその僚友・鷲郎の友情の熱さにときめくのは、フジョシの証・・・)

話を元に戻して、今回の展示は「コドモノホンの黄金時代」と言われた大正期のものより、明治中ごろの巌谷小波関連の作品に惹かれた。

「日本お伽噺」表紙・挿絵・口絵には、明治時代に活躍した日本画家たちが麗筆を振るっている。
鈴木華邨、尾形月耕、水野年方らの絵が見えた。
流麗な絵ではあるが、やはりいかにも明治な風情である。

「松山鏡」「桜井驛」などは知る人も少なくなってきているだろう。
zen763.jpg
「世界お伽噺」のこの「法螺くらべ」は何が原話かわたしにもわからない。
他にも「高千穂」(天孫降臨の話か)、「草薙」(ヤマトタケルの話)、「源三位」(鵺退治)など明治の子どもなら誰もが知る物語があった。
表紙絵の中には明治40年代らしくアールヌーヴォー風なのもある。

「世界お伽噺」になると、今度は洋画家の登場もある。
「三つの難題」は中村不折である。きっと他にもあるだろう。
しかしここにあるのはやはり日本画家の仕事が多い。
国籍不明な鏑木清方「うぐいす王子」はなかなか素敵な雰囲気がある。
明治の清方の絵はやや目が小さいのだが、これもそう。
しかしその一方で、昭和半ば谷崎潤一郎の回顧的な作品につけたものと似ている。
明治を回顧してのことだからかもしれない。

梶田半古「ものぐさ太郎」、小林清親「一寸法師」、水野年方「花さか爺さん」、川端玉章「鼠の嫁入り」などなど・・・
明治の児童読み物の雰囲気がよく伝わってくる。
zen762.jpg


大正になると「コドモノトモ」などが現れるので、その辺りはもう常々書き続けているが、非常に魅力的である。
ここでは武井武雄「コドモノクニ」創刊号の表紙コピーがあり、ほかにも色んな童画が出ていた。
zen764.jpg

岡本帰一「虫のお支度」は秋の虫の演奏会のために幼女たちがそれぞれお手伝いする情景。
zen761.jpg
見ようによっては、ヘンリー・ダーガーの暗い世界を思い出させてくれる。

竹久夢二「乳母車」のやさしい世界もいい。
zen761-1.jpg

昭和に入ると、洋画家の田村孝之助の絵本も出てくる。こちらはリアリズム系の作品。
そして昭和17年には安泰の「かちかち山」があった。
これにはちょっとびっくりしたのだった。

小さい企画展だが、昔の「コドモノホン」が好きなヒトには勧めたいと思う。
10/7まで。

紅型 琉球王朝のいろとかたち 前期

大阪市立美術館へ「紅型」展を見に行った。
サントリー美術館でも見たのだが、あちらは6期わけの最終週だったので、通期以外の着物とは初対面である。
大阪市美では3期にわけて展示するということで、サントリーのリストと比較する。
大阪・名古屋だけで展示される作品も少なくはないが、他はすべて同じ番号になっていた。

zen758.jpg

階上に第一会場があるのだが、そこへゆくまでに黄色い絨毯ならぬ布が敷かれている。
その階段の途中右手を見れば、特設パネルに紅型衣裳の文様が映し出されていた。
とても綺麗である。
黄布に導かれて廊下を進むと、琉球テイストな大道具が設置されている。
「めんそーれ」な心持でのお出迎え。
うやうやしく中に入れば、かつての琉球国王尚家に伝わる紅型衣裳が現れる。
いずれも国宝の素晴らしい名品。

黄色地鳳凰蝙蝠宝尽くし青海立波模様衣裳(裏)赤平絹地
中国文化の影響下と共に琉球独自の文化の融合、とでも言える衣裳。絹。
zen760.jpg

次には苧麻(チョマ)で出来た衣裳が現れた。
白地流水に菖蒲蝶燕模様衣裳 
ここに映る蝶やツバメがさきほどの映像のものだと知る。
zen760-1.jpg

花色地青海波に貝藻流水模様衣裳(裏)桔梗色紗綾形に桜楓檜扇団扇模様
ピンクが可愛い。そこに貝など。そして裏と言うのは襟にもなるように出来ている。
zen757-2.jpg

後で教わることだが、桔梗色はやや年配婦人向けの色で、また裏地にも素敵なつくりのものはリバにもなるそうだ。

琉球王国崩壊後に全国に散逸した数々の衣装を見る。

黄色地波頭に桜沢瀉牡丹桔梗流水模様衣装 
これがまた色の濃いもので、なるほど亜熱帯ではなまじな色では褪色してしまうのを実感する。一方絵柄に季節の綿密な区分がないことにも気づかされる。
これは琉球の気候が影響しているからだということを知る。

黄色地松皮菱繋ぎに檜扇菊椿模様胴衣 黄色と言う高貴な色ではあるが木綿製。上着である。ここでも菊と椿が同居する。

型紙がたくさんある。奉書紙で作られたもの。可愛い文様がたくさんある。
先だって三菱と京近美で「KATAGAMI」展を見たが、ここにある型紙とはまた趣が違い、そこに美意識の差異を感じる。しかしどちらも優美であることは確かなのだ。

白地花籠牡丹燕模様衣装とその型紙
これこそ前述の「KATAGAMI」展に出ていてもフシギのない模様。
モリス好みとでも言うような模様なのである。とても楽しい。

赤子から幼児用の着物に魔よけのお守り(主に背中)はつきものである。
それは琉球も大和も斉しい。こちらでは「マブヤーウー」と呼ばれ、子どもの年の数だけの糸がつけられている。マブヤーは魂(マブイ)のことだろうか。
そんな衣装が展示されている。

白地牡丹模様衣裳 これは緋牡丹と紫蕾とが可愛らしく描かれている。
型紙も艶やかで、その後の色置きも魅力的。

花色地霞に梅流水燕模様衣裳 ピンクの着物。下方に四色の色違いの燕が飛ぶ。
とても可愛らしい。

小紋のような文様、連続したパターンの構成を見せるものもある。 
それもまた愛らしい。

ところでブルー系が少ないと思っていたら、一室に素敵なコーナーがあった。
配置が本堂風で、それぞれ仏像の立ち位置のような場に青い衣裳が飾られている。
みごとなディスプレイである。

藍地蝶小花模様衣裳 小さい蝶々がヒラヒラしている。木綿製で芹沢ケイスケのコレクションの一枚。

藍地青海波に桜楓模様衣裳 これは和服仕立てらしい。柄を見て瑛Qぽいような気もした。
zen757-3.jpg

紺青地松皮菱に菊水茄子模様スディナ スリット入りの衣裳で八重山地方の晴れ着らしい。
本島と八重山地方との違いを感じる。
「琉球」と一口に言うても島々により文化も言葉も少しずつ異なることは当然なのだ。
千里の民族学博物館では日本各地の方言により「桃太郎」冒頭部分を語らせたものを聞くコーナーがある。沖縄県一つにしても二つか三つばかり方言が分かれていたはずだ。
文化の違いを尊く思う。

染分地遠山に松竹梅模様衣裳 型紙の文様が背中に来るとこうなるのか。非常にユカイな背中。どーーーんっと気合が入る。
zen757.jpg

松坂屋のコレクションも近年になり世に出るようになって嬉しい。
呉服屋さんのコレクションは見せてもらえるだけで色んな勉強になる。

黄色地雲珠繋ぎに梅桃牡丹模様衣裳 これがまたおいしそうな桃実である。思えばヤマトでは桃の文様は花が多いようだが、中国文化の影響を受けた琉球では桃の実が多い。
西王母の桃を思わせる吉祥文様。

白地霞枝垂桜燕鳥に菊扇色紙短冊模様衣裳 苧麻である。涼しそうで、しかも文様が愛らしいので、わたしも欲しくなる。
zen757-1.jpg

白地稲妻に流水桜楓鳥模様衣裳 これはエッシャーもびっくりな雰囲気があるが、面白い模様である。稲妻模様をガンジ形というらしいが、子供用のものということである。
かなり目を引く衣裳。

色々見てきたが、白地のもの、花色地のものが可愛らしくて、わたしも着てみたいと思った。尤もあんまり可愛いものは昔から似合わないので、衣裳の方が断ってくるかもしれないが(笑)。

また大物がきた。
水色地菱草花に熨斗模様衣裳(裏)水色地梅楓尽くし模様
zen759.jpg
アップで見るとこんな感じ。そして型紙と。
技術のよさを感じる。

最後に参考出品されている工芸品について。

朱漆花鳥密陀絵沈金六角食籠 小ぶりで愛らしい。朱漆が綺麗で、古風な美しさがある。
こういうものを手元に一つ置いてみるのもいいかもしれない。

白密陀楼閣人物重箱 こちらはまた面白いようなスレスレのような剥落気味な色を見せている。大阪市美の所蔵品らしいが初見。

黒漆双龍螺鈿盆 ギラーーーーッと光っている。巨大な大盆で、そこかしこに太い胴のエビが見える。・・・えびではなく龍だった。中国への献上品らしい。
凄い大きさと、凄いギラーーーッぶりに驚いた。

前期を見終えたが、中期・後期もまたとても楽しみになっている。
9/23まで前期、9/25~10/8が中期、10/10~10/21の後期で大阪は終わり。

鉄斎の粉本 花鳥禽獣を写す

阪急宝塚線の終点一つ手前に「清荒神」駅がある。
竈の神様である荒神様を祭る神社であり寺である。
正式名は「清荒神清澄寺」。
月末26、27が毎月のお祭りで、参道がヒトでヒトでいっぱいになる。
多くの店も出ていて、わたしなどは子どもの頃、祖母に連れられて出かけるのが楽しみで仕方なかった。
近年はちょっとばかり寺社への遊山はしなくなっており、長らく無沙汰ではあるが、今日は思い切って出かけた。

祭ではない日に行くと、人出も少なく、店も閉まっていて侘しかった。
しかし今日のわたしの目的は神社の奥にある鉄斎美術館に行くことなので、忖度していられない。
延々と山の頂上へ向って歩き、ついたらついたで、あちこちの神様にお参りをする。
あっという間に白いお金が箱の中へ入ってゆく。
やがて鉄斎美術館へ入る。

実はこの美術館に来るのは本当に初めてである。
あるのは知っていたが、なんとなく鉄斎に対しある種の憤りを懐いているので、なかなか出向く気にならなかった。
要は「花鳥画などは女子どもの見るものだ」というようなコトバがあり、それではその「女子ども」の類に入るわたしがわざわざ彼のファンにならずともよかろうという思いがある。
近年はその鉄斎の作品にも、見てて楽しい花鳥画があることを知り、全く忌避すると言うことはしなくなった。
今回は特に「鉄斎の粉本 花鳥禽獣を写す」としてこのような可愛らしいチラシがあるので、とうとうここまで出向いてしまったのだった。
zen755.jpg

特定の師を持たず、画家として大成しながらも儒者であることを全面に押し出す、そういうところが昔は本当にハナについたが、鉄斎が自分の後援者にあてて、他人への雑言を書き連ねた手紙を読んだことで、却って鉄斎に対しナマアタタカな気持ちを持つようになった。

写真パネルがあった。
大正六年11月の皇后御前揮毫の記念写真である。京都市公会堂で当時の人気画家たちと共に写っている。
伊藤小坡、都路華香、上村松園、山元春挙、鉄斎、菊池芳文、竹内栖鳳、今尾景年である。
一番年長が鉄斎で、松園さんもまだ若い。
古い写真だがそれぞれの面持ちがはっきり写っているのも興味深かった。

さて鉄斎の粉本(模写絵)を見る。
もらったリーフレットを見ると、例のコトバがある。
「花鳥画は婦女子にみせるもの」
解説にはこうある。「これが単なる花鳥画をさしていることは言うまでもない」
よくわからへんがな、わたくしには。
単なる花鳥画とそうでない花鳥画の差異など実は微々たるものかもしれないし、それを気づけるものだけが絵を見る許しを持つのか。
自分の描く作品は「単なる花鳥画ではない」と自負するのか。
まだまだ鉄斎に対してはモヤモヤするものがあるが、それでも見ることにする。

鉄斎の粉本は必ずしも完璧な模写ではなく、そこに自身の創意工夫が入り込んでいる。
たとえば沈南蘋の濃い絵画を写しても、決してありのままの再現ではなく、構図だけは借りた鉄斎ヴァージョンになっている。
若冲の絵を写しても墨の肥痩を変えていたりする。
狩野派の人々のような完璧な写しをすることが目的ではないからだ。

戯画巻 近衛家煕 鳥獣コスプレである。
zen754-2.jpg
猫の笛吹きに、鼠や花瓶の楽人もいて、ササラ、鞨鼓、鼓などで楽しそうな様子。
これはまだ模写という感じがある。鉄斎版になればもっとベタになるかも、と思う。

狗子図 伝・徽宗 徽宗のわんこもにゃんこも人気があるが、この茶色いわんこは後ろ向きに座り、こちらをちらりと見ている、とても愛らしい図。本圀寺に伝わっていたそうだ。
徽宗の本絵と色んな画家による模写とをまとめて見てみたいものだ。

狗子図 可愛い~~~目がとても可愛い~~応挙と言うより芦雪ぽいわんこ~~
zen755-1.jpg

黄粱一炊図 渡辺崋山 邯鄲の枕の故事を描いている。輪郭線の肥痩が増せばまた味わいが変わりそうである。

玉面狸図 山本渓山 キョトンとしたタヌキ。写しだろうがなんだろうが、可愛いものは可愛い。

zen754-1.jpg zen752.jpg

タヌキ図 応挙 こちらのタヌキはまたリアルなタヌキで、亀岡辺りに生息してそうなタイプ。明治26年、58才の鉄斎の模写。死ぬまで修行、という言葉を思い出す。

トラ図 これはたぶん応挙のを模写したと思うが、顔を別もの二つ描いているのも興味深い。つまり鉄斎は丸まま写しと別版とを同時に描いているのだ。

叭叭鳥 沈南蘋 これは数羽いる叭叭鳥たちがじゃれあったりケンカしたりの図なのだが、構図を変えているだけでなく、墨絵だけで描くことで、雰囲気を大いに変えている。
zen755-2.jpg
あのねばっこさがなくなり、和に取り込まれた、そんな風情がある。

狐図 だれのを写したかは知らないが、スケッチとして眺めるのもいいかもしれない。
zen753.jpg

朱鍾馗図 唐獅子の太い足が可愛い。なんだかユーモラスである。
zen754.jpg

若冲の糸瓜群虫図、鷺図などもあるが、それらは原画から離れて自在な作品に変わっている。そこに伸びやかな感覚がある。

勾白字詩七言絶句 字を白抜きしてそれを絵文字にするものを言うそうだが、この作品を見たとき、劉生を思い出した。
もじもじくんではないが、人文字・花文字。可愛い。
zen750.jpg zen751.jpg

zen750-1.jpg zen751-1.jpg


最後に鉄斎自身の巻物が出てきた。72才のもの。三匹のカニ、座るタヌキ、蝶々、猫が蝶々を噛むなどなど。スケッチブックである。

わたしが婦女子だから楽しめたのかもしれないが、いい絵を多く見たようにも思う。
他のお客さんもみんな婦女子だったなあ。
余計なことながら、解説もあんまりそういうのをはっきり書かないほうがいいのでは、と思った。

たっぷり見たい屏風絵 大阪市立美術館

大阪市立美術館へ「紅型」展を見に行ったのだが、先に特集展示の感想を挙げる。
「たっぷり見たい屏風絵」展である。
20点ばかりが四室に展示されている。
この特集展示だけでもかなり見ごたえがあった。

・ 雅―俗
競馬図屏風 六曲一双 日本の絵は基本的に、右から左へ見るように作られているが、実際この屏風は右がスタートで左がゴールと言う形をとっている。
騎手も観客も緋色の衣のものと薄緑の衣のものとが目立つ。色が本来もっと濃いものだったのかそうでないのかは措くとしても、色の対比ははっきりわかる。観客は公卿がメインで、白塗りのような顔をあちこちに並べている。どうもふやけたツラツキが多い。
馬はやや短躯で眼が大きいものが多く、見るからに馬力のありそうな感じがする。
六組がレースに励む。そして左端には上畳があり、帝も観覧していることが想像できるのだった。

舞楽図屏風 狩野永納 六曲一双 これは前回ここの常設展示で見ているので、親しい気持ちがわく。阿摩や納曾利、胡蝶に鳥兜に、蘭陵王などなどがいる。
右にも左にも隙間なく踊り手が詰め込まれ、それぞれの舞楽に励んでいる。
色は鮮やかで、屏風から飛び出してきそうな元気さがある。
zen749.jpg

源氏物語図屏風 六曲一隻 桐壺帝とその左手に桐壺更衣、さらに下って赤子の光君を抱く女房などが座敷にいる。なんとなく和やかなムードがある。庭には紅白梅が咲く。
狩野派の周辺の絵らしいが、やや褪色があり、壮麗さはない。

日吉山王祭礼図屏風 六曲一双 右1に宿屋らしきところから出る琵琶袋を背たろうた男(盲人風ではない)に、斑犬がなにやら吠えかけ、男が振り向いている。
みんな船の神輿へ向いだす。
左はもう水上で、わんさと漕ぎ出した船が威勢よく神事を盛り上げている。
左端には本物の猿を乗せた船が出ている。幔幕には猿の絵もあり、これがメインの船だとわかる。本物の猿たちは天井に乗っている。猿というより「申」というべきか。

洛中洛外図屏風 六曲一双 三十三間堂、大仏殿はあるが、耳塚は見えない。大仏殿のすぐそばに鐘つきがある。例の「国家安泰」のあれか?
清水はちょっと見当たらない。黒犬を飼う民家がある。
五条橋のすぐ横の河原で芝居小屋がある。「和尚」らしき女が三味線を弾いている。
zen748.jpg
しかしここは四条ではないので阿国一座ではなく、別なグループらしい。お客もスタッフも少ない。筵囲みしているが、のぞくのもいる。音曲は人を誘うものだ。
橋の袂には客引きの女もいる。右は『禁中』まで。
左は上部に金閣寺が見えるところから始まる。二条城もある。描かれたキャラは全体に小さい。ずーっと行って淀が見えた。水車が回っている。

邸内遊楽図屏風 六曲一隻 「相応寺屏風」パターン。屋敷前では三味線を弾く爺さんを中心に若い者たちが輪舞している。かなりはっきりとしたキャラたち。
松が魁偉な姿で邸内外を分ける。屋敷の杉戸には雉の絵がある。その隣の障子の桟のところに座り込み、物思いにふけるような顔で杉戸の方を見る男がいる。
一階も二階も乱痴気騒ぎである。廊下では座頭をからかおうとする女たちもいる。
zen747.jpg
双六、将棋、ウンスンカルタにふける者たちもいれば、揚弓で遊ぶもの、煙草を服むものもいる。
一人綺麗な女が舞いを舞っていて、やんやと楽しむ連中もいる。
座敷には白椿の花が瓶に生けられているが、他の調度品はあまり目立たない。
左端の別棟は湯殿でサウナらしい。髪結いするものもいれば、簾の向こうで洗ってもらっているものもみえる。京洛の享楽。にぎやかなその時間・・・

・ 柔―剛
四季草花図押絵貼屏風「伊年」印 六曲一双 これは面白い配置に展示されていて、まず右だけを見るように出来ている。大振りな花の絵が褪色と剥落でちょっと見づらくなっているが、芙蓉や黄色い花がまだ見える。筆致は宗達の周辺ぽい。
そして振り向いて対面に左が置かれている。ここには白地に赤の滲みのある芥子が咲いている。牡丹もある。大胆な一枚絵たち。モデル立ちする花々。

四季草花図屏風 六曲一双 一重山吹に始まり、撫子、菫、白の目立つ岳紫陽花、薊、小ぶりな花菖蒲など春夏の花がにぎやかに咲き乱れる右。左は背の高い女郎花から萩、白桔梗、薄、様々な種類と色の菊、そして白水仙で終わる。

藤袴図屏風 「対青軒」印 六曲一双 胸のすくような美しさ。幻想的でさえある構図。
金砂子が夢のように鏤められて、藤袴が源氏水の流れのように咲き乱れている。
パーク・コレクションの麦図などでもそうだが、一種類だけの植物の群生図は何故こんなにも夢幻的なのだろう・・・
ときめきの逸品。zen749-1.jpg


扇面散図屏風 伝・俵屋宗達 六曲一双 扇面が地を覆い隠すほどに散り嵌められている。
花を描いたものや、柴を背負って帰る楽しそうな人々、武者姿(わたしは熊谷と敦盛かと思ったが「保元の乱」だと解説にある)、他に日の丸の扇子を開いて高下駄を履いたヨシ恒らしき人物が嬉しそうに走る図もある。
しかし何より一番目を引いたものが、右端にある一面。鎧兜一式が脱ぎ散らかされているのを、武装した馬が見下ろしている図。う~~~む、う~~~む、これはご主人逃げ出したのか?何かの故事があるのか?壇ノ浦で義経を挑発するために船上で甲冑を取ったのは能登守教経だが、これは違うでしょう。ナゾ。

架鷹図押絵貼屏風 田村直翁 六曲一隻(一双のうち) 強そう。飼われてる鷹。
鷹図押絵貼屏風 三谷等宿 六曲一双 こちらは色んな場面の鷹。空飛ぶのや、小鳥捕まえたのや、青イチョウの木に止まるのや、五匹の白い雛がピイピイ鳴くのなどなど。

龍虎図屏風 狩野派 六曲一双 これは大正六年の佐竹公爵の売りたて品で、田万コレクションとして現在はここに納められている。
力強い龍だが、静か。zen747-1.jpg
一方のトラは寝そべっていて、メスもシマシマで、二頭揃ってうさんくさそうに向こうをチラッと見るだけ。

牡丹唐獅子図屏風 六曲一双 これは展示の配置に文句を言いたい。次の室へ向う広い出入り口の左右のケースに収めているので、連続性がなくなっている。残念。
むしろ鷹をこちらに設置すべきだったと思う。
絵はとにかく大ぶり。でかっ!と言う感じ。牡丹も唐獅子も肉厚で、繊細さには欠けるが大ぶりさが可愛い。大きな目玉にぐるぐる尻尾。可愛い可愛いシシップルである。
白のシシと茶色いシシとが仲良しさんなのに、左では一人ぼっち君が逆立ちして、気を引こうと言うのか・寂しさを紛らわせようと言うのか、そんな様子が見える。
唐獅子たちは3頭身くらいで、それがまた可愛いのだった。

・ 和―漢
烏梟図屏風 長谷川等伯 慶長12年(1607)二曲一隻 円いあたまでボワボワしたフクロウが木に止まっているのだが、そこへ2羽のカラスがまたいらんことしぃにやって来ている図。フクロウはちょっと言いたいことも言えなさそうなタイプ。カラスがまたやかましそうで・・・なかなか面白い。

山杉図屏風 長谷川派 六曲一双 一目見て「仏の国へ行くための道のようだ」と思った。
山の杉の伸びやかな様子が鳥瞰して描かれているが、もう決して人の気配のない景色なのだと思えた。

竹垣に山吹・空木図屏風 長谷川宗也 六曲一双 地に金箔。そこへ竹垣と黄色い山吹と。とても近代的な構図で、モダン。明るい風景。遠近感とも無縁で、純粋に竹垣と植物だけの距離がある。華やかでいい。白い花の空木もいい。宗也は等伯の三男だとある。この明るさは父や兄にはないのかもしれない。

山水図屏風 狩野山楽 六曲一双 中国を舞台にした絵。少年が渡し舟を追いかけてゆく。
左では高士が友人を訪ねる。薄墨で描かれているが、どこか人くさい面白味がある。

風流陣・明皇蝶幸図屏風 狩野派 六曲一双 右は風流陣。官女たちが手に手に花を持ち花軍をしようとぞろぞろ集まる図。スズランを持つものもいる。(スズランは毒性が強い!)
玄宗皇帝軍VS楊貴妃軍それぞれ百人官女。
・・・優雅だがこんなことばかりしてるからあかんねん・・・
左は、楊貴妃が現れる以前の後宮の様子。玄宗皇帝は女たちにそれぞれ好みの花を持たせて、自分が放った蝶がどの花に止まるかを見て、それでその女をその日の相手に選んだそうだ。つまり誰でもよかったわけですね。
若い頃は英明の君主だったのだが、平和ボケしてこんなことしてるのよ。

四季花鳥図屏風 狩野派 六曲一双 見たことのある構図だと思ったら、白鶴美術館の狩野元信の写し。孔雀に白鷺に花てんこ盛りの図。
zen747-2.jpg

かなり楽しくこれら20点を眺めた。10/14まで。
「紅型」は三期に分かれての展示なので、月末以降また見に来るつもり。
面白かった。

観心寺の恩賜講堂

河内長野の観心寺は名刹として著名で、特に春の二日間だけ公開される秘佛の如意輪観音の妖艶な美貌は、一度でも見たものは永遠に心奪われるという。
この古刹は南朝ゆかりの寺院でもあり、楠木正成公の首塚もあるそうだ。
まだ暑い一日、遠く河内長野へ向かった。

タクシーの運転手さんが歴史に詳しい方で、道すがらにその界隈のお寺の話や国を越えた先が五条であることなどを教えてくれた。
とにかく延々と走った先に寺がある。バス停も離れている。
片側は完全に緑。山の中へ中へ向かっているのを感じた。

やっとついたときには、わたしは既に疲れていた。1300円なのでそうそう遠いはずも無いのだろうが、わたしには遠かったのである。まだこうしておしゃべりしつつなのでなんとも保ったが、1人でこんなにも山深い地へは到底これない。
今日はわたしが「ここの恩賜講堂みましょう」と言い出してのツアーになったのだが、こんなにも遠いとは思っていなかったので、ちょっと泣ける。
7台ほどのタクシーで集まった集団がぞろぞろと駐車場に集合。
見上げた先に楠公騎乗像がある。IMGP0489.jpg


本堂の偉容が目に広がる。
IMGP0491.jpg


小さなお堂の前には萩があふれ咲く。IMGP0492.jpg

IMGP0527.jpg

可愛らしい花である。IMGP0525.jpg

霊宝館を越えて一番奥の一般公開されていない講堂へ向かう。
IMGP0526.jpg

ここは昭和三年の昭和天皇のご大典のおりに拵えられた宴会場の部材を恩賜されて作られた講堂なのである。

軒下がまたいいリズムを見せている。
IMGP0524.jpg IMGP0494.jpg

中へ。IMGP0522.jpg

二重折上格天井
IMGP0506.jpg

IMGP0495.jpg

再現不可能な壮麗さ。IMGP0508.jpg

その不可能性こそが国の文化財となる要因なのだ。
IMGP0501.jpg IMGP0502.jpg


天井の壮麗な装飾文様。六種類ほどの文様がある。
IMGP0512.jpg IMGP0515.jpg

IMGP0516.jpg IMGP0510.jpg

IMGP0511.jpg IMGP0496.jpg


今は三点しかないが、かつては宴会場を照らし出していたであろう大シャンデリア
IMGP0517.jpg


小シャンデリアとIMGP0520.jpg 

カーテンボックスもある。IMGP0521.jpg

講堂の壁面にはほぼ全面に渡ってカーテンが掛けられている。
そのうちの一枚をめくると控え室があり、座布団などがあるのだが・・・
ここにも大楠公が~~~IMGP0503.jpg

1人でカーテン開けてここに鎮座ましましてるのを見たら、そりゃ声も無く総毛だって逃げだしますがな。
実はフルカラーの像なのだが、そんなの撮影したら・・・・・・影だけでよろしい。

それにしても見飽きない。IMGP0504.jpg

講堂内外の金具には綺麗な文様が刻まれている。
IMGP0518.jpg IMGP0519.jpg

IMGP0523.jpg


床面に光が響く。IMGP0507.jpg
ここでは以前は剣道も行われていたとか。

こうやって見ると、京都の武徳殿を思いだす。
IMGP0505.jpg
うう、「龍RON」の時代だ~~~
と言うてたら、よく考えるとあの物語の始まりは丁度同年なのだ。昭和初期からの物語。

IMGP0497.jpg
初代龍村平蔵の織物を思わせるような壮麗さだとも思う。

実際こちらの壁面は川島織物か龍村美術ではないかと思う。
IMGP0498.jpg IMGP0499.jpg

煌びやかな時代・・・
IMGP0500.jpg

振り向けば、あんな荘厳な煌きを蔵しているとは思えない佇まいが見える。
IMGP0493.jpg


ところどころのお堂はそれぞれ素敵な顔を持つ。
IMGP0528.jpg

四月の秘仏公開時には観光バスも連なるそうだが、それ以外はとても静かな名刹らしい。
帰途もタクシーをお願いするが、偶然にもわたしの乗るタクシーが先ほどと同じ運転手さんだった。
機嫌よくお話をして、河内長野駅へ帰る。

とても遠いのだが、やはり価値のある古刹なのだった。

ヴォーリズ建築の名残をもとめて

大同生命創業110周年記念特別展示として、肥後橋の大阪本社二階メモリアルホールの一般公開がなされている。
'90年にかつての名建築が失われたとき、とても寂しく思っていたのだが、こうして建て変わった建物に名残がとどめられていることを今回初めて知った。
喜んで見に出かけ、予想以上のよさを感じた。
zen745.jpg

受付で見学の申し込みを済ませた後エスカレーターで二階へ上がるが、そのとき二階までの吹き抜け空間を支える天井が見える。
これが非常に美麗な色ガラスなのだった。
そしてエスカレーターホールの周辺を囲むのも、やはりアールデコ調の文様が入るガラスなのだ。
どちらもとても魅力的である。

メモリアルホールにはヴォーリズの設計した頃の華麗な建築装飾が移築、あるいは復元されていた。
植物のレリーフのテラコッタ、それを戴く柱、天井の連続装飾などなど、見事な美しさを見せている。
また階段脇の壁面の半円の連続文も愛らしい。

天井は連続文様を見せている。漆喰の白を照らすような明るい群青色を軽快に乗せるのも楽しい。
これは神戸女学院の図書館にも似ている。あちらは色数も多いが、この軽快さは斉しい。

アンモナイトの潜む大理石の展示もあった。大きなアンモナイトと小さなアンモナイトと。
とても可愛らしい。
zen746.jpg

建物そのものだけでなく、大同生命の前身・豪商加島屋の歴史資料なども展示されている。
これが予想外に面白く興味深いものだった。
中でも丁稚たちのしつけがいい。可愛がり大事にしてやり、しかしきちんと育てようとする心が、よく伝わってくる。
そして近代の「中興の祖」とも言える広岡浅子という立派な女性の業績に、たいへん興味が惹かれた。
こうした女性がいたからこそ、立派な企業として今日に至るまで興隆し続けていることが理解できる。
あの時代に女子教育に力を注ぎ、人を育て・応援した広岡浅子は本当に偉い。
そしてその彼女に励まされて、一柳満喜子とヴォーリズが結ばれたことを知り、ますます好感度が高くなってきた。

ヴォーリズの建てた建物の名残を見るつもりだけで来たのだが、広岡浅子の「事業」を知り、他にもいい話を知って、とても値打ちのある来訪になったと思う。

内部は撮影禁止だが、外に残された建造物は可能。
夏の名残をとどめる日差しと共にここに挙げる。
IMGP0486.jpg

一般公開は9/28まで。IMGP0485.jpg

高島屋史料館所蔵 著名画家が描く扇子、大団扇の原画展

高島屋史料館で「著名画家が描く扇子、大団扇の原画展」の後期を見た。
7/2~9/25の期間で8/21までが前期だったから、そちらには夏にふさわしい作品が多く出ていた。
見損ねて残念なのが、玉堂「水車」大観「竹雨」龍子「夕立」清方「汀のあじさい」又造「花菖蒲」、平成に入ったところでは森田りえ子「夕顔」那波多目功一「朝顔」などなど。
いつでも行けると思うと見逃してしまうから、さっさと出かけなくてはならない。
zen743.jpg

後期にはバラの絵が多かった。当然だ、「バラの包みの高島屋」である。画家たちは高島屋の依頼とあれば、まずバラを描いたろう。
ところでタイトルは堂本印象の「バラとともに」以外は全てかな表記の「ばら」である。
以下、ばらまみれ。

伊藤清永の「ばら」は依頼が無くともバラ好きな画家だけに、喜んで咲いているようなバラが、大団扇画面いっぱいに広がっていた。とても豊饒。
池田遙邨の「ばら」は二種あり、扇面にそれぞれ黄バラ、赤バラが描かれている。たくさん花が咲き、まるで花束のようである。彼の花だけの絵は初めて見た。
橋本明治の「ばら」は一輪咲きのバラを堂々と描いていて、黄バラ、赤紫と二面ある。輪郭線はいつもほどではないが、くっきり。ステンドグラスにしたいバラ。
堂本印象の「バラとともに」は大団扇で、白地に薄紫の透き通るようなバラで、そこに抽象的な光が入る。たいへん綺麗なバラだった。
小倉遊亀の「ばら」は扇面に黄バラ、山口蓬春の「ばら」は黄バラとピンクの取り合わせ、他に山本蒼丘、岩橋永遠、堂本元次のバラが優しく豊かに咲いていた。

上村松篁さんがいい。扇面「竜胆」’58年、団扇「桔梗」'84年。どちらも花そのものが似ているのだが、30年近い歳月が画家をいよいよ熟成させたのを感じる。可愛い竜胆と綺麗な桔梗と。花の色もみずみずしい。

小杉放菴 蟹 扇面だが、原画は彼独自の和紙。にじみ・かすれのある紙に蟹が三匹、楽しそうに集まる。

ここまでが後期展示。
次から通期展示。

まず大団扇。
高山辰雄 涼 子連れ女性が二人と犬と少女のくつろぐ月下。いかにも高山辰雄の風景が広がる。
福王寺法林 ヒマラヤの月 雄大なヒマラヤの山頂が並ぶ。デビルマンの故郷がヒマラヤの永久氷壁の中だったことを思い出す。
牛島憲之 凪 ぽよんとした小山が二つラクダのこぶのように並ぶ。その前の海には小さく舟。牛島らしい絵だが、団扇で「凪」というのもなあ。
池田遙邨 渚 縦に二つ割りした画面。海と砂と。チラシの絵。
zen744.jpg

中村岳陵 爽涼 金魚が楽しそうに泳ぐ。団扇にはこういうのがまた嬉しい。
中川一政 金魚 中川の分厚い洋画の金魚。涼やかさはちょっとないが。
西山英雄 かわます 目のコワいお魚たち~~♪それが集まっている。ギリシャの壷の絵のような構図。黄色に赤ブチのマスたち。
浜田台児 翡翠 エメラルドグリーンの水がとても綺麗。日本画の美を実感する。

扇子。
松尾敏男 かわせみと撫子 こちらもエメラルドグリーンの水がとても綺麗。浜田の団扇の隣に並んでいて、どちらも壁を美しいエメラルドグリーンに染めていた。
杉山寧 鶴 白雲と群青の空の隙間を鶴が一羽飛ぶ。雄大な一こまを扇子にするセンス。
山口華楊 南海魚 珍しい熱帯魚の絵。妙に可愛い。
大山忠作 鯉 でたー!大山といえば鯉。やはりこういうのはうれしくなる。
手塚雄二 涼風 竹林に二日月の美しく繊細な夜景。金砂子が綺麗。

大阪人のわたしは団扇=よそからもらうものというイメージがあるので、高島屋がこうして毎夏得意先に見事な大団扇や扇子を贈るのが、とてもうらやましくも素敵にも思える。あいにくなことに高島屋からはもらったことも無いが、こうして原画と現物とを眺めることが出来て、楽しい。

高島屋史料館には本当に多くの美術品が息づいている。
また見たことのない作品が現れるのを待っている。

関西数奇者の茶道具 明治・大正・昭和のビジネスリーダーたちの茶会

湯木美術館の「関西数奇者の茶道具 明治・大正・昭和のビジネスリーダーたちの茶会」前期にいそいそと出かけた。
zen742.jpg

茶道具はそれ自体の美しさを鑑賞する楽しみだけでなく、その茶道具にまつわる昔話を知る楽しみもある。
だから今回の展示は作品の来歴やどういった茶会で使われたか(お披露目されたか)などを知る、いい機会にもなった。
作品名の後に続く人名は、近代の所蔵者である。
zen741.jpg


瀬戸茶入 銘「春山蛙声」 益田鈍翁 明治35年4/6夕方の、鉄斎らを客とした茶会に。
本体よりその仕覆に惹かれた。
赤地紬地金襴、梅鱗文金襴、細川金襴、細川緞子/笹蔓緞子。
ところでここでは「緞子」が「純子」表記だった。最初は間違いかなと思ったのだが、後で調べると「純子」表記もあるようだ。純は糸偏に屯だからあながち間違いでもないのだが、なんとなく純子で「ドンス」は・・・。

小堀遠州作茶杓 銘「柏樹子」 井上世外(馨)、鈍翁、乾豊彦 両サイドに黒線が走る茶杓で、見た目がやや重い。これは井上から神戸の乾へあげたものらしい。
乾豊彦は名古屋の高橋家から神戸の乾汽船の本家へ婿入り。
ちなみに「旧乾邸」は豊彦の先代が施主である。

御所丸茶碗 銘「由貴」 福山・藤井家、金沢・松岡忠良 松永耳庵追銘の茶碗。しばしば見ているが、この形の面白さがいい。

唐物古銅象耳花入 近衛文麿 明代のもので細工がこまかい。ゾウさんが可愛い。両牙で鼻を左右から挟むという、芸の細かさ。

青井戸茶碗 銘「春日野」 松岡忠良、益田鈍翁 見込みに枇杷色と青色が出ていて、可愛いつくりである。しかし「春日野」の由来がわからないので、そのあたりの説明が欲しかった。

蕎麦茶碗 銘「夏月」 平瀬露香、乾豊彦 内外に釉外れの「火間」ヒマがある。目跡もくっきり5つ。
全然関係ないが、「春日野」と「夏月」が並ぶのを見ると、赤石路代「AMAKUSA1637」の二人の少女を思い出して嬉しくなる。
それは少女たちの名前として、今も私の心に残っているのだった。

祥瑞蜜柑水指 加藤正義 珍しいことにぐるぐる回転していた。こういう回転台も持っていたのか。山水画と蔓草に○文の片身替わり。山には塔と水に小舟。○文もシンプルに無地で○文。蓋もあり、蔓科の植物が繁茂している。

高取水指 木原忠兵衛 ユニチカ二代目に就任した人。こういう機会がないと、その人が愛した茶道具など見ることもなかったかもしれない。
ぬめぬめ光る胴は少しばかりぐねりを見せている。緑釉と白とがかかっているようだが、このキラキラぬめる光に圧されて、一色に見える。

膳所耳付茶入 銘「秋風」 平瀬露香 露香は不昧公を尊敬し、その作品を多く集めるのを念願としていたそうだ。やや細長い茶入で上のほうに小さく耳がついている。可愛い。

色絵扇流文茶碗(仁清) 赤星弥之助、久原房之助 久原は藤田伝三郎の甥で日立の前身を作った人。この茶碗は湯木美術館の愛され茶碗の一つで、以前はチケットにも姿を見せていた。大正10年、仁清、乾山、木米を顕彰する東山大茶会で初めて展観したそうだ。
いかにもな柄の優美な茶碗。

古瀬戸十王口水指 近衛文麿 小堀家からもらったそうだ。閻魔大王のかぶる冠に形が似ているという見立て。なるほど寸胴だが首肩の括れが冠にも見える。
これで「大王」などと文字でもあった日には・・・

絵高麗茶碗 小西新右衛門 白泥で肌を覆う。見込みに輪状の外しを作る。白泥は少し色が混じってカフェオーレを思わせる様子を見せる。外には梅鉢文が可愛くついている。

住友吉左衛門の所蔵していた茶杓が二種ある。
仙叟作 銘「明暦々」
覚々斎作 銘「露堂々」どちらも飴色で綺麗な茶杓。ここまで飴色に光るのを見ると、元が竹だったとは思えなくなる。

宗達 野牛図 高畑誠一 黒牛が上向いてベロ出している。あたりにツワブキが咲いているなと思ったら、それはサルトリイバラという植物らしい。妙においしそうとか考えていた。黒毛和牛か・・・
高畑誠一は双日の会長。

呉春 四季雨発句図絵賛 遠藤九右衛門 呉春の文字も個性が強くて好きだが、読めるかどうかは別問題。
芭蕉の雨に関する句が八句ほど。読めたのは「さみだれを集めてはやし最上川」くらい。
大きな雨の帯が三本斜めに画面を静かに走る。

砂張釣舟花入 藤田伝三郎 しばしば見ているが、これはなかなか大きい。

志野茄子香合 三井高弘 白に斑いり。形も茄子型には見えないのだが。

交趾黄鴨香合 藤田伝三郎 全体は黄色いが羽だけが赤茶色い。鴨がうずくまる形。この羽は漆で塗られているそうだ。それを白檀塗りと言うそうだ。

交趾桜鯉香合 須磨・藤田家 須磨の藤田家別邸にあったそうだ。須磨にはかつてすばらしい邸宅が多かった。
かつて須磨離宮の近くに藤田ガーデンとして公開もされていたそうだ。
住友家も須磨には素晴らしい別邸があったが、今はない。
実際この界隈は今も素晴らしい大邸宅が残っている。
このやきものは全体が黄色、蓋が緑、鯉や桜は紫色で、これも先の白檀塗りらしい。 

藤蒔絵金輪寺 団琢磨 この人が暗殺されずにいればどうなっていたろうと思いつつ。
綺麗な作りだった。

覚々斎作茶杓 銘「十五夜」 益田克徳 大ぶりでキャメルに照る茶杓。よく使い込まれている。

懐石の再現がある。
向付 乾山 色絵菊図 形も菊だがその内に菊絵があふれるお皿。これはよく愛されている。私も好き。

宋影青刻花牡丹文 青白磁。とても綺麗だった。

風炉 唐銅四方象耳足 古浄味作 裾に瑞雲か霊芝が描かれていて、それが波の上にある。いい感じのカナモノ。

こういうものを見て、学んで、楽しめて、ありがたい展覧会だと思った。
10/14まで前期。後期は10/17から12/16まで。

山と森の精霊 高千穂・椎葉・米良の神楽

LIXILギャラリー大阪では「山と森の精霊 高千穂・椎葉・米良の神楽」展が開催されている。
宮崎県の夜神楽は高名だが、実際に見たことも無いので興味深く出かけた。
絵葉書を見るだけでも古怪な魅力を感じる。
「九州の山深い森で今に継がれる神楽の舞 神々と人との交歓の物語」とある。
鬼面をかぶり白い浄衣をまとったヒトビトと髪の降りましてくる笹とがそこにある。
zen735.jpg

九州の山脈はよく知らない。脊梁山脈といわれても日本地図の九州の茶色い盛り上がりが思い出されるばかりで、詳しいことはわからない。
壁にかかるパネル展示を見る。

最初に高千穂の神楽について。
御神屋(みこうや)と呼ばれる神座がある。天井から長方形の切り紙がたくさんつられている。切り絵になっていて「住吉大神」「梅に鶯」「月兎」「○に水の字」「○に金の字」「鼠と俵」「大蛇」「猪と松」「鳥居」などが見える。
八瀬の祭りもそうだが、神様に捧げられる紙は大抵きれいな形を見せる。
「天岩戸」の神楽でフィナーレとなる。

次に椎葉の神楽。
平家落人伝説がある。落人たちが都の舞を持ち込んできたのだ。
ここは赤と緑の御幣が吊り下げられている。
赤と緑はクリスマスぽいが、九州の人の好む色の取り合わせである。
又それとは別に長々と垂れ下がる御幣もある。
祝詞にも似た「唱教」を唱えつつ、参加する人々に斉しく猪肉を分け与える。
このあたりに狩猟民族の名残が見受けられる、と説明にある。
なるほど、深い山に住まうヒトビトは農耕ではなく狩猟に励むことが主流になるだろう。

米良の神楽を見る。
こちらには南朝の懐良親王(カネナガしんのう)の由来がある。菊池氏につれられてこの地へ入ったという。
榊がつられた神座に紙製の天蓋をつる。この天蓋は百海とも呼ばれる。紙細工は無限に形を変えてゆく。

そしてパネルから眼を離し、中央を見返ると、そこに御神屋の再現があることに気づく。
天蓋があるところを見ればこれは米良の再現を模しているに違いない。
壁面の一部に神楽の映像が流れている。
別に仕切られた一室からも神楽の声や物音がする。
九州脊梁山脈のこの3つの地域は特に山深く、古式が今も生きているという。

壁面いっぱいの仮面を見る。
古怪な仮面が非常に多い。
これらを見ると、遠くポリネシアや隣接する朝鮮半島とのつながりを強く感じる。

九州民俗仮面美術館所蔵の面のうちには能面に似たものもある。
実際三番叟も神楽の中にある。
狂言面のような飄逸な趣を見せるものもある。
一方で、九州独自のやごろどんのそれを思わせるものもある。
壁面いっぱいに様々な面が並ぶ情景は、どこか恐ろしかった。

解説によると、一万7~6千年前の仮面の出土があったそうだ。
木や貝で拵えた面である。
ヒトの仲間のうちからシャーマンが現れる。
身体はヒトであるが、心をヒトではなくカミやケモノに近づけるために、面をかぶって装う。そうすることでヒトの範疇から離れ、自在に動け、自在な言葉を操れる。

これら仮面を見て思い出すのはパプア=ニューギニアを舞台にした「オンゴロの仮面」、南島の架空の島を舞台にした「神々の深き欲望」のクライマックスシーンである。
どちらもヒトの本質を隠し、仮面の本質に支配される。
罪はヒトの身にはなく、仮面の意思の下で全てが為される・・・

明るい大阪市内中心部の企業内ギャラリーで、わたしはどこか違う地に踏み込んでいったような気がした。11/22まで。

宇崎スミカズと華やかな大阪出版文化/ミュシャ館の質問箱

堺市立文化館には与謝野晶子館とミュシャ館がある。
「大阪の夢二 宇崎スミカズと華やかな大阪出版文化」は与謝野晶子文芸館で明日まで開催している。
zen733.jpg

以前から所々で「スミカズ」の絵は見ていたが、今回これほど多くのものを見れたのは嬉しかった。
チラシには宇崎純一への批評が載っている。
「与平だけの思い切りは無い、夢二ほどの奇抜は無い、けれども真面目な中に俳味を持たせてずんずん遠慮もなしに画いた所は頗る面白い」とある。明治末の話。
夢二はむろん竹久夢二、与平は宮崎与平(渡辺文子の最初の夫で夭折した)のことで、明治末には既にこの三人は人気があったのだ。
いずれも童画だけを言えば、「愛らしい」キャラを多く描いている。
zen733-1.jpg
zen733-2.jpg

スミカズは弟の主催する千日前の波屋書房を中心に仕事をした。そこから絵はがき、絵手本などを出している。
可愛い絵がたくさんあるが、みんなどこか明るい。
zen734.jpg

「大大阪」誌の表紙も飾っている。ちょっとした風刺絵もある。
こういうものを見るのは楽しい。
zen734-1.jpg

大阪には昔、大阪だけのオリジナルな出版文化もあった。
大正になると中山太陽堂のプラトン社も生まれている。
藤沢恒夫などもそこで活躍している。
細かいことを言うより機嫌良くながめて歩くのが楽しい。
そしてこの企画展を契機に、もっとスミカズの資料が現れれば、と願っている。

次にミュシャ館の企画展を見る。
チラシでは綺麗なお姉さんが髪をうねうね広げながら青年を見下ろしている。
zen738.jpg

「あなたの知りたいことはなんですか」
そう、今回は「ミュシャってどういう人?」「どんな時代を生きていたの?」「どうやって作っていたの?」「ミュシャと関わりがあった人は?」「こんなことも知りたい」という五つの章ごとに絵と解説で答えを出す形式を採っていた。

ジュディット・ゴーティエ「白い象の伝説」の挿絵など、最初は挿絵で始まり、サラ・ベルナールと組んでの大仕事で、一躍アールヌーヴォーそのものの代名詞にすらなったミュシャ。見慣れた作品もこうした流れに沿って見て行くと、また新しい魅力を知ることになる。

油彩で初見があった。「ヤン・ネポムツキー像のある静物」カレル橋と関わりの深い聖人伝説のその像を描いている。不条理な話。だからこその「殉教」か。

紙幣の下絵や実際の紙幣がある。大変綺麗なお札である。
またヘビをモティーフにした美麗すぎる腕飾りの構造の解き明かしもあり、楽しい。

フリーメーソンとの関わりは今回初めて知った。
まだまだ知ることは多い。
zen736.jpg

知ってる絵であっても、その裏話や当時のエピソードなどを知ったり、製作秘話を聞くと、いよいよ愛情が増すのを感じる。
こちらは11/11まで。

「中世・近世の芦屋」「近代の芦屋」「古代の芦屋」

芦屋市立美術博物館で「中世・近世の芦屋」「近代の芦屋」「古代の芦屋」を楽しんだ。
とはいえ、多少のわびしさがあったことも確かなので、そのこともあげておく。
zen732.jpg

最初にホールで上映されている映像「健康地のライフスタイル」を見る。20分弱のVTRで、昭和初期の芦屋を中心とした阪神間のあちらこちらを写した映像である。

紅茶を飲んだり、和装で社交ダンスをしたり、デパートで買い物を楽しんだり。
都市生活の楽しみが延々と続く。
梅田から神戸まで25分と歌い文句のある阪急、そのビルヂング前をゆく路面電車、ランチ30銭、園田の住宅地、関学、神戸女学院、芦屋浜で遊ぶ人々、元町の買い物・・・
西宮北口、甲東園、夙川、甲陽園、岡本、苦楽園などなどの住宅地。
甲陽中学で運テイする少年、変な健康診断、相撲する子供たち、ちびっこのイス取りゲーム、元町のクリスマス商戦、ランドセルをしょって歩く子供ら・・・

狭い大阪を抜けて阪神間にモダンな和洋折衷の家を建てて暮らすのが、そのころの流行だったのだ。
関東大震災の影響で関西へ逃げてきた谷崎も、この時代のモダンな阪神間に魅せられて居を定めている。
こういう映像を見るのがとても好きなので嬉しかった。

さて二階の展示室へ向かう。
まず「中世・近世の芦屋」を見る。
「伊勢物語への憧憬と絢爛な文化」という副題がついている。
芦屋は今も「求塚」「鵺塚」「業平橋」などと中世の物語と深い関わりのある遺跡や地名がある。

在原業平像が二つ。一つは福田眉仙の絵、もう一つは江戸時代の人形で、顔立ちから見て大木平蔵のこしらえた作品かと思う。富士見像か。
眉仙は知らない画家だが、丁度相生で回顧展が開かれているそうで、機会があれば見てはみたい。

江戸時代の摂津名所図会などは親しいものだから楽しく眺めていたが、弘化四年の「摂津国一覧絵図」を見て、オヨヨだった。
今も残る地名だけでなく、今はなくなった地名も多く書き込まれているが、あるべきはずの地名がない。
なんでやねん。うちのご先祖は室町頃からここにいたんだぜ。・・・などとツッコミを入れながら見ていた。

伊勢物語資料がさすがにたくさん出ているが、単に並んでいるだけである。それは別にいいのだが、いっそのこと複製品をこしらえて、ガラスケースから出して、カルタならカルタで遊ばせ、絵巻なら絵巻を開いて眺めるようにして、それ自体を喧伝すればよいのに、と思った。
zen730.jpg

謡本も色々あるが、大方複製品だったか。
芦屋が舞台の「藤栄」「求塚」などもある。
「藤栄」は例によって北条時頼の旅と正義をただす話。
「求塚」はうないおとめ、ちぬおとこ、うばらおとこの物語。 
二人の男の間に揺れて苦しむうないおとめの自死。
せつない物語である。

水車の模型があった。「金兵衛車やけ車」の悲話に関わる水車の模型だという。
人の恋路をじゃました祟りはコワいよ~な話。

ほかに文箱、重箱、飯櫃、円座(わろうざ)などがあった。
枕は数年前にここで枕だけの展覧会があったことを思い出す。あの企画はとても面白かった。

面白いことは面白いのだが、並べただけ、という感じがあるのも確かで、そのあたりをもうちょっとなんとか、と思った。

次に「近代の芦屋」を見る。
「芦屋モダニズム文化」である。
zen731.jpg

まず鉄道の開通が紹介されている。
20世紀初頭のイラストレイテッドニュースがある。
世界各地のトンネルなどが紹介されていて、芦屋川のトンネルも出ていた。
阪神、阪急、国鉄の三路線が走る芦屋。
昭和四年の朝日新聞付録「兵庫県交通線路及び史跡」がなかなか面白かった。

芦屋の近代風景として、戦前の婚礼の打掛、留袖、振袖などが出ていたが、いずれも豪華なものだった。
これはさる方からの寄贈品。zen731-1.jpg

「細雪」の世界を彷彿とさせる、という言葉もあるが、わたしは祖母の古いアルバムに現れる着物などを思い出させてくれるものだと感じた。
つまりわたしの住まう北摂と、こちらがわの南摂(と言う言葉も当時はあったのだ)とはやはり似通ったところがある、ということを改めて知らされたような。

雑誌「苦楽」などプラトン社の関係品が出ている。
十年以前、ここでプラトン社の親会社たる中山太陽堂の宣伝資料などを集めた展覧会が開かれたが、そのときに出たものか。
今は中山太陽堂の後身たるクラブコスメの資料室が春秋に楽しい企画を立てて、往事の資料などを展示している。

ところで芦屋の高級住宅地も意図的に作られたものだった。そのあたりの資料も以前みているが、今回はまた別な地区の住宅経営地図が出ていた。
大正二年にはそこにラジウム温泉もあったのだ。
また六麓荘に国際ホテルというものがあり、そこの絵はがきが出ていて、興味深い。とてもモダンである。

絵はがきで面白いのがほかにもたくさんあった。
子供園遊会絵はがき、芦屋名所絵はがきなどである。
前述の眉仙の「六麓荘から虹」(町中を鳥瞰)、吉原治良の
「海岸」(シュールな風景)、あとはロックガーデン、バスに乗るワンピースの婦人など。

また現在は少しばかり移動した「仏教会館」の図面があった。甲案、乙案、決定稿。いずれも興味深い。
数年前にこの仏教会館を撮影させてもらったが、現在のものではない形のが建っていたら、と想像する。

大谷光瑞の愛した二楽荘の模型と絵はがきが出ていた。
二楽荘の資料を集めた展覧会はここで二度ばかり開催されたが、いずれも大変有意義なもので、図録も完売しているらしい。2だけはまだ少しあるようだが。
もし、現在も残っていたら、と妄想がわいて止まらなくなる。大谷光瑞へのあこがれがこうしたところで高くなる。

旧山邑邸の建築部材もあった。ここは今は一般公開しているので行きやすい。

近代の美術、として芦屋に関わる作品がいろいろある。
芦屋川を描いた絵を見て、ドキッとした。昭和63年の山崎隆夫という人の洋画である。
私も同年に叔父につれられてここで絵を描いた。
そりゃシロートですからどうにもならん絵ですが、構図が全く同じだったので、非常にシンパシーを感じた。
画家には迷惑な話かもしれないがw

吉原「芦屋川の見える静物」魚が皿に載っている。その向こうに風景。どこか魚眼レンズぽい面白さがある。

小出楢重「海辺風景」昭和五年の作にしては、随分明るい色彩である。ボートがある。当時小出はアトリエの中から外を見る暮らしをメインにしていたが、それでもこうして海辺の風景を描いていたのだ。

阪神名所図会の芦屋と香櫨園が出た。野田九甫の松並木がいい。これもじっくり手にとって見たい。
本は以前ここから出ていたが、今はどうだろうか。

最後に「古代の芦屋」を見る。
遺跡が多いので、いろんな石器や土器がでる。
石鏃が特に目を惹いた。

古代、中世、近世、近代の芦屋は確かに面白かった。
しかし現代の芦屋はどうなのか。
そしてこのミュージアムはどこへ向かおうとしているのか。
資料そのものは面白かったが、その展示方法はこれでいいのか。
所蔵品だけを展示する美術館はほかにも多いが、しかしいずれもなにかしら楽しい工夫が多い。
苦しい状況なのは知っている。それでも期待を寄せたい。
今後もなんとかがんばってほしい・・・・・

明清の美術 爛熟の中国文化

大和文華館の「明清の美術 爛熟の中国文化」を楽しんだ。

基本的に都市の華やぎが好きである。
文化も爛熟したものが好きで、中国だと唐、宋、明の文化がたまらなく魅力的だと思う。
いずれも最終的に異民族によって滅ぼされてしまうところがまた、非常に興味深くもある。
一方、歴史としてみる分にはそれぞれの始まりや高祖の話はともかく、他の時代のほうが面白い。動乱がないと時代は動かない。ただしその間、文化は滞るのだが。


1.都市の華やぎ
古代への憧れ 故事人物画、仕女風俗画

桃李園金谷園図 仇英 知恩院蔵 特別出品。チラシ表に選ばれている。206x120の大きな絵が二枚。
zen726-1.jpgzen728.jpg

桃李園は李白の故事に由来する。大宴会。ちびさんらよく働く。女人より高士や侍童の方が目に付く。
金谷園は西晋の大富豪・石崇の別業。珊瑚の飾りなども素晴らしい。まだ悲劇が訪れる前の、この世の楽園のような庭園の様子。

仕女図巻 仇英 いつ見ても楽しめる絵巻。青い奇岩(太湖石)と柳と蓮池プールと女官たち。体のほっそりした様子などはクラナッハ風。蓮採りの楽しそうな様子が好き。

明皇幸蜀図 玄宗皇帝が蜀へ逃げようとするシーン。逃亡であっても「行幸」なのか。
思えばこの皇帝の生涯も前半は煌いてかっこよく(前の皇帝と取り巻き一族の悪政を排除した英雄である)、後半は楊貴妃耽溺のあまり愚帝になり、と浮沈の多いものなのだ。

文姫帰漢図巻 一度全編をじっくり眺めてみたいと常々思っている。
今回は18場面のうち1と2が出ていた。匈奴の兵が蔡家を襲うシーン。屈強な馬たちは覆面をしている。次は誘拐された文姫が馬に乗せられて行く姿。彼女は砂塵よけのヴェールのついたかぶりものをしている。そのそばには王。砂地を走る一団。
解説によると、遼の風俗で描かれているそうだ。遼は唐を手本にし、自らこそが唐文化の後継者だと胸を張っていたことを思う。

陶淵明事蹟図巻 李宗謨 「拙ヲ守ッテ田園ニ帰ル」先生の生涯が描かれているようだが、ここでは座っている姿があるばかり。
「精衛ハ微木ヲ銜エ将ニ以ッテ滄海ヲ埋メントス」
こうした激しさと、ある種の諦念とを注ぎ込んだ詩を作る人には見えない。

明妃出塞図巻 こちらは王昭君の方。匈奴の王はラクダに乗り、王昭君はラクダの引く車に乗る。匈奴の旗印は妙に可愛いトラ。両手を挙げて立つトラ。要するに後足で立ってギャオーーッ・・・悲話なのになんだか楽しさもある。

きれいな工芸品を見る。
螺鈿唐美人文合子/灑金螺鈿官女文合子 ともに手の込んだ綺麗ないれもの。
黄地紫彩花卉人物文尊式瓶 こちらはむろん明代のものだが、こじゃれた装いをつけているのが良い。

・花鳥画のきらめき
明清の絵画も本当に近年になってから親しいものになった。

zen729.jpg
花鳥図 モノクロでリスト表紙を飾る。孔雀や小さい鳥がパタパタしている。カササギに雀。白牡丹もやさしい。

鴛鴦図 胡湄 沈銓の師匠。並んで何かをみつめるカップル。
秋渓群馬図 沈銓 子馬もいる。ある種の家族写真に似ている。
梅花牡丹小禽図 孫億 花がとても可愛い。春の美しさを感じる。
花鳥図 孫師昌 薔薇っぽい花々。とても可愛い。画面から飛び出て行きそうな。
花鳥図 山口宗季 琉球の人の画。白っぽさが目立つ。以前からどこか不思議な透明感があるようにも感じていたが、それは白描の美しさによるものだと悟った。

工芸品はいずれもきらきらしている。 
螺鈿水禽文輪花盆 チラシに選ばれた一品。手の込んだつくり。わたしは蒔絵より螺鈿のほうに目が行くので、日本のものより中国・朝鮮のそれに惹かれる。
zen727.jpg

螺鈿水禽文角盆、五彩花鳥文皿 いずれも手元に置きたくなる。

・西洋画法への興味
いずれも清代の絵が出ている。
閻相師像 伝郎世寧 北京故宮展で見るまで、これ以外の連作を見なかった。その意味でわたしにとっては、貴重な魁になる。
西洋風俗図 焦■貞 ベニスを描いているらしいが、シュールな町風景になっている。なにかエッシャーのだまし絵の町のようにも見える。
台湾征伐図巻 描かれた前年の乾隆51年にこの反乱があったそうだ。紙本銅版。西洋が東洋を描くような雰囲気がある。博物誌の挿絵のような。
美人弾琴図 蘇州版画 キッチュな彩色の版画で、それがまた庶民にウケたのか。可愛い。

zen726.jpg

2.筆墨のたのしみ 
・高士像

望気図 張路 天子が吉凶占いをする図らしい。説明を知らないとわからないままだった。
賞楓図 張風 自然を感じる。赤い花の木がみえる。ここには大きな風が吹いているだろう、きっと。
聴松図巻 王翬・楊晋合作 1700年。張学良旧蔵品。静かな林の中での。妙に面白い。

・山水画と花卉雑画
越中真景図冊 張宏 以前見たときもこの構図の面白さに惹かれた。今もそう。天橋立を少しばかり思い出す。
zen114.jpg

墨竹図 詹景鳳、墨菜図(ハクサイ) 栖巌鳳臣、墨梅図 李方■、手にとって眺めたい。
zen727-1.jpg

・「もの」への耽溺
筆を始め文具がいろいろ集まっている。これらを蒐める愉しさはよくわかる・・・
趣味は別として、なにかしら同志への暖かいまなざし、とでも言うものが湧いてくる・・・

同じものを見ていても、並べ方により違いが生まれ、それがまた楽しみになる。
わたしは満足して、大和文華館を出た。
期間中にもう一度見てもいいなと思いながら。

日本の伝統絵画 材質、形態、画題

奈良県立美術館の館蔵品展「日本の伝統絵画 材質、形態、画題」を見てきた。
丁度初日に行ったのだが、ここも所蔵品のレベルの高い美術館だと改めて思い知らされる。

タイトルに材質、形態、画題とあるのだが、展示に当たってはそのあたりもキチンと説明がなされていて、鑑賞のいい手引きになっている。

1材質・基底材 
伝・淀殿画像 絹本 いつもながらの美貌。繧繝縁の畳に座す姿。
zen721.jpg

雨乞い小町図 歌川広演 紙本 岩の重なりで競りあがった丘の上で、小町の祈祷。激しい。肉筆だからこその勢いがある。

柿本人麻呂/小野小町 狩野永納 板地 万治元年 奈良の菅原天満宮の三十六歌仙図から。挙げられていたので汚れはあるが、大変丁寧な絵。特に小町の美しさには感心する。
扇を広げあごの辺りを覆う小町。この小さな神社こそが道真公生誕の地だという伝承がある。

枝桜図角盆 岡田為恭 板地 こちらは桐の盆に白い桜が描かれている。とても綺麗。
為恭の作品はどういうわけか、奈良でよく見ている。

何に描かれるかによって工夫も変わることが面白い。
他に壁画や石にも絵は描かれることを思う。

1材質・絵具
北村季吟自画賛像 紙本墨画 犬つくば選者による自画自賛で、「名はべらべらと世に広し」というのが面白い。

子母龍図 中村竹洞 絹本墨画 天保四年 母龍にまきつく子龍が可愛い。母龍はカメラ目線。子は甘えるように見上げている。見た目は立派で怖い龍だが、甘えたさんとモデル立ちのママ。決めポーズがいい。

高士探梅図 紙本墨画淡彩 「松風日夜把芽吹」に始まる詩歌が書かれている。ちょっと姿勢の良くない高士が1人そこにいる。
zen723.jpg

蚕図 呉春 紙本墨画 葉っぱ3枚ばかりの上にお蚕さんがいる。にょろにょろ。一枚はすっかり噛まれていて、新しい桑の葉の上を這うている。没骨で葉を描きその上に葉脈を。上田秋成の歌が書き込まれているが、そこまでは読めなかった。

達磨像 魚屋北渓 紙本墨画淡彩 座した達磨が右下のサインを見ているような構図。
鼻の描き方が師匠北斎によく似ている。

須磨の浦図 呉春 紙本墨画淡彩 寂しそうな苫家が二軒ぽつんと建っている。須磨浦も長らく行かないが、往時はこんな眺めだったか。
松風村雨の話を思うより、塩焼きの翁の話を思う。
秋成の賛を写す。
「須磨の浦 波ここもとに家居して よるさえ蜑の袖はぬれけり」

幽魂の図 長澤芦雪 絹本墨画着色 かすかに唇を噛む女、面長で灰色の髪に白目を剥いて恨めしそうに佇んでいる。片袖を胸元に回していて指先は見えないが、爪が凄まじく伸びていそう。
「幽魂何処怨 停立将黄昏 試問冥途事 睚眥無片言」幻華説
睚眥はそれぞれマナジリの意。五年前「怨」ではなく「恐」だったが、どちらが正しいがちょっと今のわたしにはわからない。
zen725.jpg

五百羅漢図 菊池容斎 絹本墨画着色 わいわいワールド。竜に乗るのもいれば、水に浸かってなんかしてるのもいる。この画面のうちに本当に五百人いそうである。
こういう作品を見ると「画家ってすごいなあ」と妙に感心するのだった。

虫選図 恒枝元章 絹本着色 秋の庭に立つ貴人。手に虫かごを持ってウロウロしている。萩がきれい。
ああ、秋はいいなあという感じがする。

遊君カムロ図 川又常正 紙本着色 奥に見える緋毛氈にしろ帯にしろ、赤がとても印象に残る。くっきりした赤。
zen724.jpg

洛中洛外図帖のうち「金閣」「北野社」 紙本金地着色 さすが北野には紅梅が咲いている。
金閣は障子が開け広げられて、誰かが入ろうとしている。舟遊びも楽しそう。
zen722.jpg

洛中洛外図屏風 紙本金地着色 大仏堂、耳塚、東寺から始まる。耳塚は△○□の形で描かれている。桜の下で宴会する人々、清水寺と音羽の滝、八坂の塔。人は曖昧な描かれ方をしている。慶長までの製作らしい。

2 形態
ここでは表具の説明があった。わかっているようでも改めて説明があると、関心がわき、新しいことを知りもする。

女和歌三神像 田中訥言 中は衣通姫、左に桜柄の小町、右に紫式部。衣通姫はそのアイテムたる蜘蛛が垂れ下がるのを見ている。
きれいな瓜実顔の三人。これは「大和表具」。
zen720.jpg

山水図 池大雅 元は襖絵。ぼう~とした岩山と木と。空気がこちらにも伝わってくる。

伏見城落城・関ヶ原絵巻 鳥文斎栄之 初めて見た。栄之の肉筆画、しかもこんな画題のものなど、想像もしなかった。左側に徳川、右手に石田らの軍勢。安国寺恵瓊、宇喜多秀家らの旗や、左には井伊に池田に福島の旗がある。

竹鶴図襖 狩野岑信 これは地元・依水園の近くの吉城園のものだった。大正八年に主殿が建てられたときにこの襖絵が転用されたそうだ。丹頂鶴、真鶴のほかちび鶴もいる。

十二ヶ月花鳥図屏風 吉村孝敬 天保四年 定家の和歌は乾山だけでなく、幕末にもこうして愛されて画題になっている。
mir017.jpg
特にいいのは桜に雉で、これは五年前の「江戸時代 上方絵画の底ぢから」展の図録表紙にもなっている。
zen724-1.jpg

吉原風俗図屏風 古山師重 大門から揚屋を経過して遊女の部屋まで続く。こういう「道筋」で遊ぶのか、とちょっとした啓蒙を?

源氏物語画帖 「篝火」。こういうものを「卓上芸術」というのだと実感。手元に置きたくなる。

3 画題
様々な画題が取り上げられている。

訶梨帝母像 鎌倉時代 柘榴を手に持ち、優しく微笑む母神。かつての悪行はどこにも見当たらない。前では子どもらが楽しそうに遊んでいる。おもちゃも置かれている。

松尾芭蕉像 鳥山石燕 温厚な爺さんではなく、きりっとした中年男性として描かれている。石燕は俳句もよくしたそうで、その意味で「祖師」への尊敬の念が絵に込められているのか。旅に出るのも内からの熱情に駆られてやむにやまれず、といった風情がある。

楠正成像 狩野永納 凄い迫力がある。最初に見たのは五年前だが、今もやはり力強い。
腰に手を当てて立ち尽くす。甲冑姿の勇ましさ。七生報国か・・・

風説三顧図 呉春 家で本読む孔明くん。お外でじーっと待つ劉備と不満タラタラな関羽に張飛。呉春の描く人物はやや下膨れだと思うが、ここでも垂頬。
mir015.jpg

微妙舞踊図 源頼家の宴席で、囚われた父の無罪を訴えて踊る「微妙=みみょう」。男舞いなのか狩衣姿で描かれている。裁いた髪に大胆そうな立ち居。

猿猴図扇面 桃山時代の丸顔の猿。木に登っている。可愛い。アイアイ。

鉢かつぎ姫 勝川春章 鉢が取れて宝物が出てくる場。風俗は江戸風で、髪だけ垂髪。梅下での展開。

邸内遊楽図屏風 輪舞や、若い男同士がいちゃついてるのか悪ふざけしてるのかわからないところが面白い。全体に流れるだらけた空気がいかにも遊楽モード。

役者舞い姿図 肉筆の美男画。桜の枝を担ぎ、片手には扇子を。ひまわり柄の着物で赤布を額につけたところも艶かしいが、きりっとした美貌。ときめくなあ。

雪中役者図 峨眉 傘を差す。椿が咲いている。ぞろっとした着流しで春には早い時期の、雪の中を行く。

なかなか面白い企画だった。五年前の展示とはまた違う味わいがある。10/8まで。

東洋の白いやきもの

出光美術館のコレクションのうち、やきものの占める位置は大きく、そして深い。
完全なかたちの、美しい器を見せてくれるだけでなく、陶片をも無為にはしない。
休憩室の向こうに陶磁器の破片を集めた一室がある。
時代別・場所別に分かれたかけらが、ガラスケースだけでなく、引き出しの中にも綺麗に並べられている。
それらを見ていると、先人たちへの敬意が自然と湧いてくる。
作った人への、集めた人への、研究者への敬意が。
今回は板谷波山の陶片を見た。
それを見ていると、完全なものだけが美しいものではないことを、知る。
欠片であっても美しいものは美しいのだ。

いま「東洋の白いやきもの―純なる世界」展が開催されている。
zen719.jpg
これは副題が「やきものに親しむ9」とあるとおり、出光美術館所蔵のうちから選ばれた「やきもの」を順次見せてくれるシリーズなのだ。
わたしは夏の始まりに、朝鮮を中心とした青いやきものの優品に溺れたが、夏の半ばにはこうして白いやきものの美に浸ることになった。
どちらが優ということはなく、どちらもわたしの心の中に並び立っている。

この展覧会で、教わることも少なくなかった。
たとえば、時代が古い頃は青磁が愛されたが、それは漢民族の嗜好から来るものであり、異民族の元が王朝を立てると、白磁が第一位になったという事実。
わたしは土や釉薬や技術の問題かと思っていたのだが、民族性の違いだとは知らなかった。
ずれた喩えだが、縄文土器と弥生土器の大きな隔たりについて、民族性の違いによるものだという説明があるが、それくらいの大きな差異があることを、初めて知った。

絵画と違い、工芸品の展示を見る場合、どうしてもわたしの場合、嗜好が先にたつ。
偏愛する品々に囲まれることで気持ちがよくなる。
個別によいものを愛でるのも楽しいが、その空間に等しく立つことが、自分の歓びを増す。

ガラスケース越しとはいえ、近しいのは確かだ。
実際の触感や重み、温度、その薄さまたは厚さを感じることは出来ずとも、眺めるうちにそれらは「自分が知るもの」に変わる。
視線がやきものの肌を滑るたび、自分の掌にその感触が再現される。
過去に知るものの再現なので正確なものではない、と他者は言うだろう。
しかし視ているわたしがそうだと思えば、それは本当の感触になる。
わたしはその喜びを知っている。

序 白いやきものの出自
異国から届いたガラスの美しさに魅せられ、あの透明感を再現したいという想い。
それを視るものにも届けようとする展示。

中近東文化センター所蔵の、東地中海から引き揚げられたガラスの片把手付瓶が、参考にとケースの中に姿を見せている。
異様に綺麗なガラス。きらめきが深い。青を基調に様々な色が入り込み、キラキラしている。

藝大からの特別出品の白陶雷文壷(断片)はその文様から思い当たるように、殷代のやきものだった。
同時代の青銅器と共通する文様を持っている。
zen711.jpg
類品はフリーア美術館にあるそうで、そちらは形もハッキリしている。
しかし、断片であってもこの壷の魅力は深い。
帯の文様は饕餮文に似ているが、その下の雷文とその先の変容を見よ。
一見したところ、怪人または怪獣が腕を曲げて立ち尽くしている姿のようではないか。
ウルトラ怪獣のダダにも似ている。

第一章 白いやきものの始まり 陶器質の“白磁”
唐代の白磁はのちの世の「白磁」とは違う、という解説を読みながら、改めてその「白磁」を眺める。
白土の力が大きい「白磁」である。その工夫、その執意に感銘を受ける。
死者のための明器にもこれら「白磁」のやきものは使われたのだ。
純然たる白磁とは違うというのは、後世の我々だから言えることなのだ。
唐代初期まではこれが「白磁」だったのだ。
少しでも透明感あふれる肌へと願って作られた「白磁」なのである。
とはいえ職人たちはそれで満足していたのかそうでないのかはわからない。

白磁竜耳瓶がふたつある。どちらも唐代のもの。竜が身を伸ばして器の口の中へ。
その竜の造形がそれぞれ個性的なのも印象深い。

第二章 本格白磁の発展 磁器質の白磁
いよいよ本当の「白磁」が現れる時代になった。

まるまるとした壷を見る。蓋もついた壷。柔らかな白土の「白磁」。
撫でてやりたくなるこの腹の白さ。唐代の白磁。楊貴妃の肌もこうだったろうか。
ホワイトチョコをコーティングしたような白。

北宋の白磁をみる。
ひんやりした涼やかな肌。指の腹と爪の小さな空間だけでこの肌に触れたい。
長頸瓶のその頸にはそんな魅力がある。
zen710.jpg
この肌は何もしないままならつるつる滑るだろうが、中に水を入れると、しっとりと汗ばんで、触れる指先を潤わせる力を持っている・・・

北宋の鉢を見ると、薄く刻まれた花があった。
印花。肉眼で見えるものよりも、はっきりと見えないものの方が艶めかしくもある。
以前からやきものの肌に刻まれた花を見る度、刺青を思う。色を加えない刺青を。

第三章 白磁と青白磁 景徳鎮白磁の世界
この章の展示品がいちばん自分の好みに沿うていた。
zen714.jpg


景徳鎮の青白磁が現れた。
まず可愛らしい獅子のついた水注がある。今回の展覧会のチラシになった作品。
頭大の獅子がちょこんと座っている、それだけでも好感度が増す。
zen716.jpg
ほんの数センチの大きさなのに口の大きな獅子の丸い鼻や大きな口がしっかり拵えられている。

それと遠い兄弟らしき、もっと青みの濃い水注と承盤がある。
青白磁の美しさを味わえる造りを見せている。

青白磁でも水色の勝ったもの、薄緑のもの、白の陰に薄い青をのぞかせるものなど、さまざまな色を見せる。
どれを見てもときめく。

南宋の双魚文皿の、魚と花の柄で埋められた見込みのその美しさに自然と口元がほころぶ。
蓮を刻んだ枕の造形も楽しい。
いくら見ても見ても見飽きない。刻まれた細い筋に青白磁の釉薬が留まり、それがいよいよ魅力を増させる。
なんという美しさだろうか。

青白磁の美に初めて幻惑されたのは、出光美術館の大阪でみた塚本快示展だった。
どの作品にも目を瞠り、心を奪われた。
あれ以来青白磁に溺れている。
zen712.jpg

第四章 皇帝の白磁 白磁が御用器になった理由
この章の解説で色々と知ることがあり、たいへん興味深く作品を眺めて歩いた。
まだまだ初めて知ることも多く、この世は面白いことが多すぎる。

やはりここでも青白磁の美しいのに惹かれている。いつの代になっても青白磁の美は変わらない。

第五章 白土がけの庶民の“白磁” 磁州窯系の白釉陶器
異民族の遼のものが可愛らしかった。

白磁人魚型水注 遼の「おんなのこ」の水注である。可愛らしい。遼は「契丹」である。
つい先般「契丹」展で見た様々な文物を思う。
琥珀を愛した遼のヒトビトから見た白磁のことを想像しながら見て行く。

北宋の磁州窯で二つばかり面白いものを見た。
瓜型水注はアラバスターのような肌を持ち、瓶はクリーム色だった。
どうしてそんな色なのかは知らない。
ほかでは、梅瓶の腹に綺麗な花絵があるのもよく、盤の見込の花も艶やかだった。
zen717.jpg

白磁観音像 明末の美しい像。しかしどうしたわけか、わたしはこれを見て芥川龍之介の「黒衣聖母」を思い出していた。
こちらは優しく美しいというのに。zen710-1.jpg


第六章 朝鮮王朝の白磁
もともと「李朝白磁」の美にはなんの抵抗もない。ただただ蕩けるような目つきで見て歩くばかりだった。
zen715.jpg

徳川美術館から特別出品の白磁四方鉢を見ると、見込みに窯変が出て、トルコブルーのタイルのようなものが生まれていた。
素晴らしく美しいあざのような。

透かし彫りの唐草文筆筒があった。大好きなもの。やっぱり可愛い。

第七章 日本の白いやきもの
美濃と肥前がメインで出ている。

白天目が来ていた。徳川の。緑の釉溜りがまた酷く美麗。壊れずによく保ってくれた、と何かに対し感謝する。
zen713.jpg

少し前に日本の山田常山の急須の展覧会があった。
あれで急須愛に目覚めたが、ここにある青木木米の急須を見ると、あのときの楽しかった気持ちが蘇って来る。
可愛い急須。
蓋などの装飾が木米らしい良さに満ちている。
zen718.jpg

顔を上げて壁を見ると、センガイさんの書画があった。
これは巧い取り合わせだと思った。
紙本墨絵のセンガイの絵は、向かい合う白いやきものとぶつからず、しかしのみこまれることもなく、そこに並ぶ。
9/11からは絵ばかりは展示変えするが、そちらもやはり白いやきものと良い馴染み方をするように思えた。

いいものを見ることができて本当によかった・・・

9月の予定と前月の記録

毎年九月になると必ず歌う歌がある。
9月になったのに いいことなんかありゃしない 9月になったのに
わかるヒトにはわかる歌。清志郎はいい歌を作った・・・

まだこの時期になっても今月遠出をする気になれない。
十月アタマに四日間都内、月末にベトナムがあるからか。
とりあえず今月気にになっている展覧会などを。

ポール・デルヴォー 府中市美術館 9/12 ~11/11
オールドノリタケのなかの女性たち 八王子市夢美術館9/14 ~11/11
記憶のドラマ 依田洋一郎 三鷹市美術ギャラリー~10/21
お伽草子-この国は物語にあふれている- サントリー美術館9/19~11/4
江戸の判じ絵 再び これを判じてごろうじろ たばこと塩の博物館9/15~11/4
江戸の旅情~五街道と旅~ ていぱーく9/15~10/28
琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展 三井記念美術館9/8~11/25
シャルダン展―静寂の画家 三菱一号館美術館9/8~1/6
ジェームズ・アンソール―写実と幻想の系譜―アントワープ王立美術館所蔵 損保ジャパン9/8~11/11
平家物語画帖-諸行無常のミニアチュール- 根津美術館9/8~10/21
昭和初期 講談社の絵本原画展 野間記念館9/1~10/21
やきものに親しむⅨ 東洋の白いやきもの ―純なる世界併設:仙厓 出光美術館~10/21
宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展 世田谷文学館~9/17
「東京都美術館ものがたり」展 東京都美術館~9/30
館長 庵野秀明 特撮博物館  東京都現代美術館~10/8
コーナー展「グラフ誌にみる昭和30年代」港区立港郷土資料館~10/13
隅田川の情景 絵巻 9/15~12/2/日活向島撮影所~11/4 すみだ郷土文化資料館

百花繚乱 女性の情景-生きて行く私-横須賀美術館9/15~10/21
遠山元一と近代和風建築 日興證券創立者の邸宅とコレクション公開 遠山記念館9/1~10/14

めぐみちゃんと家族のメッセージ横田滋写真展 ナンバ高島屋~9/10
足立美術館蔵 横山大観 えき美術館~9/2
ウクライナの至宝 ―スキタイ黄金美術の煌き― 大阪歴史博物館9/15~11/25
源氏物語 -遊興の世界- 逸翁美術館9/15~12/2
ザ・大阪ベストアート展-府&市モダンアートコレクションから-大阪市立近代美術館(仮)9/15~11/25
紅型 BINGATA 琉球王朝のいろとかたち 大阪市立美術館9/11~10/21
生誕170年・没後100年『藤田傳三郎の想い』 藤田美術館9/8~12/9
関西数寄者の茶道具 ― 明治・大正・昭和 ビジネスリーダーたちの茶会 湯木美術館9/1~12/16
中国の青花―元明時代の景徳鎮磁器/白磁を飾る青―朝鮮時代の青花 大阪市立東洋陶磁美術館~10/14
著名画家が描く 扇子・大団扇(おおうちわ)の原画展 高島屋史料館~9/25
山と森の精霊 高千穂・椎葉・米良の神楽 展9/7~11/22 lixil 大阪
バーン=ジョーンズ展 英国19世紀末に咲いた華 兵庫県立美術館9/1~10/14
2012イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 西宮市大谷記念美術館~9/23
近代の芦屋―芦屋モダニズム文化―/中世・近世の芦屋―伊勢物語への憧憬と絢爛な文化― 芦屋市立美術博物館 8/4~9/23
日本の伝統絵画 奈良県立美術館9/1~10/8
明清の美術 爛熟の中国文化 大和文華館 8/18~9/30
没後70年 竹内栖鳳展 松伯美術館~9/2
つらつら椿~椿絵に宿る枯淡の境地~ 松伯美術館9/14~11/25
江戸時代のペーパークラフト-入江コレクションの組上絵-兵庫県立歴史博物館~9/23
大同生命創業110周年記念特別展示~9/28
観心寺本堂見学
辻村寿三郎 平家縁起 京都高島屋9/19~10/1
安野光雅が描く洛中洛外 ナンバ高島屋9/19~10/8
蕪村・月渓 俳画の美 柿衛文庫9/22~11/4

追加:
茶の湯名碗展 野村美術館9/8~10/21
寺島紫明の素描~画家のまなざし~明石市立文化博物館~9/30
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア