美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

11月の書き残しの記

とにかく11月は忙しかった。
毎日毎日本当に忙しかった。
あまりに忙しすぎて休むことすらせずに出歩いて、知らん間に黄疸が出てたりジンマシンに噛まれたり、耳鳴りはしたり顔は土気色になったり、寝てても声が聞こえたり目覚める一時間も前から意識がハッキリしてたり、自家中毒を起こしたり、怒鳴り続けて疲れたり、という11月だった。
25日にやっと家でぐったり・・・のはずが、気づけば片付けに掃除にと忙しく立ち働いた。
で、結局この30日間は180時間しか寝ていなかった。
は・は・は・は・はーーー(楳図かずおのキャラ的な笑い声。こわい・・・)

次の12月も怖いがな・・・

さて出歩くのはいつものことだけど、今月は展覧会だけでなく遊山まで加わるから、本当に大変だった。
なにしろ今月は紅葉狩りという行事まであるのだ。
そういうのを記事にしなくなって長いけど、まぁたまにはということで。

ところで見た展覧会で一つ感想を書き損ねたのがある。
「空想動物の世界け展。池袋の古代オリエント博物館。
これはMIHOさんの巡回。かなり面白かった。それもギリシャ・ローマよりオリエント、そして中国がいい。
メソポタミアのそれもいい。ギルガメッシュ関連など。
こういう展覧会こそワクワク度が高くなる。
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饕餮くんの仲間の犠首ちゃんが特に可愛い。

平等院へ行った。
山口画伯の襖絵を見るのが主たる目的だけど、久しぶりの平等院だった。
その庭園の紅葉模様。SH3B15610001.jpg

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色はまだ完全ではない様子というか、春の方がここはいいみたい。
鳳翔館の横の紅葉。SH3B15580001.jpg

足元に鏤められる紅葉。SH3B15570001.jpg

画伯の細密すぎる絵を見つつ、自分だけのお気に入りをそっと決めたり。
ナマ画伯は写真よりずっと美男な方で、しなやかだった。素敵。

その養林庵の建具もよかった。
こちらは外廊下の。SH3B15560001.jpg


鳳翔館では日想観の扉絵の再現図を見たり天人たちをみたり。
実際この平等院へは高校のとき以来だった。懐かしくて泣けてくる。

名古屋の古川美術館では高北幸矢という人の木彫の椿を使ったインスタレーションを見る。
素晴らしい為三郎記念館の庭園や建物の中に繰り広げられる椿の饗宴。
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静岡へ行く前に見かけた看板には、御舟の白いネコ。
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奈良へも行った。むろん正倉院展。行くのにレトロなバスに乗れた。
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バスの中にはシカのキャラ。SH3B151900010001.jpg


こちらは石山寺の石の集まり。SH3B15620001.jpg

石の洞窟を潜ったり。SH3B15630001.jpg

三井寺も大変よかった。非公開の建物に入ったり。

滋賀の紅葉はきれいわ。SH3B15740001.jpg

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最後にかに。
毎年ママの誕生日プレゼントはカニです。
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まぁとりあえずこんな調子でした。
来月はいよいよ師走、がんばろう。
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伊藤小坡の世界

名古屋の古川美術館へ「伊藤小坡の世界」展を見に行った。
小坡は上村松園と同世代の京都画壇の女流画家だが、彼女は伊勢の猿田彦神社の宮司の娘として生まれ、京に上り画業を達成した。
古川美術館は中部地方有数の近代日本画コレクションを主軸とする美術館である。
そこでこうした美人画を見るのは楽しい。
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小坡は歴史画の谷口香嶠に弟子入り後、伊藤鷺城と結婚し、日常生活の中の女性の美を追求した。大正六年には皇后陛下の前で揮毫もし、そのときの記念写真を前によそで見た。
やがて昭和3年には竹内栖鳳門下になり、その後も長く活躍した。

☆歴史・古典へのまなざし
最初の師匠が歴史画の人と言うことから古典に材をとるようになった。

納涼図 明治後期~大正初期 小舟に遊ぶ唐美人。小さい花々が咲く。

秋好中宮図 手に紅葉一つ持つ。女郎花、菊、桔梗といった秋草が彼女の周囲に咲く。
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草紙洗小町 この小町はなかなかアクティブで、耳盥に草紙を突っ込んでジャブジャブ洗っている。潔白の証明のためというより、怒っているのを感じる。手の荒さに気持ちが表れている。

五節舞 頭に紅梅をかざし舞う少女。優美な様子。絵の上部には色紙がついている。
これは京指物資料館の所蔵。こういうところもあるのかと知る。

春野辺図 昭和30年に伊勢の小学校の子どもらのために制作。平安朝の子どもらが、菜の花を摘む図。少年も少女も愛らしい。ぼうぼう眉も床しく、足元のスミレも可愛い。
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☆等身大のまなざし
小坡は主婦と画家とを両立させた。ただし年によっては出せない時期もあったが、大方はがんばっていた。旦那の鷺城が彼女の画業の手伝いをした、というのもいい話だ。

はじらい 大きな画面に、茶の稽古中の娘さんとご年配の婦人とがいる。娘さんは身を曲げながら、にしゃあと笑っている。照れ笑い。頬が染まっている。含羞。着物は源氏香文様。隣の老女は親切に娘さんにさぁさぁと勧めてくれている。
何事もそうだが、やはりこうした席には親切な老婦人の存在は欠かせない。とてもリアルな実感がある。

制作の前(下絵) 顔もやや古い。櫛笄を写したもの・蝶を写したものなど手帖を眺め、構図を練る図。

つづきもの(下絵) 本画もいいが下絵を見ると色々気づくことも多い。カレンダーの違いなどなど。

洗濯の女 大正半ば過ぎの、いかにもな顔立ち。ちぐさ柄の着物の女が素足で立つ。それだけでも清々しい美しさがある。
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☆小坡 家庭へのまなざし
ここにあるのは全て個人蔵で、おそらくは小坡の子孫の方がお持ちのものだろうと思われる。袱紗(小坡は帛紗と表記した)、鏡カバー、扇子に色紙。ひして節句ごとの健やかな絵など。

春日逍遥之図 被衣(かつぎ)美人が傘を持つ侍女と共に春日野を逍遥(お散歩)する。松も青々と茂り、めでたい景色。娘さんへ。

万歳楽 鳥兜のきりっとした男性の舞手。赤い袖が綺麗。上に色紙を散らす。お孫さんへ。

端午之節句図 こいのぼりの下、春駒のおもちゃに跨り兜をかぶる男児。その手には菖蒲。

義家武装之図 胴丸に不動図。リアル。これは旦那の鷺城が描いたのか。鷺城は京の歴史文化保存会会長だった。吉川観方の勉強会にもこの夫婦は参加していたそうだ。

扇子には五節舞の少女たち、鏡カバーには御所人形が亀を抱っこのめでたい図。
色紙にはその白肉さんたちが鯛車を曳いたり、洋ナシ、熟れたバナナ、うちわ持つ娘、室町風俗の夫人の横顔なとなどが描かれている。
袱紗には高砂、松竹梅などの吉祥図。

☆小坡周辺
師匠の作品(前期)、彼女の図案(後期)など。
ふたたび「京指物資料館」所蔵品が出ている。
平安堂伯図案集「柘榴」「撫子」、家具の図案などなど。

鷺城ともども手がけた「歴史写真」表紙絵もある。
紅葉の賀、白馬節会、小野篁、都の花、曲水宴、太田道灌、楠公などなど。
「年輪」「平安」といった雑誌の挿絵などもある。後者は京都府警の刊行雑誌。
うちわ美人、花の下、武士たちなどなど。
「義手重盛を趁う(お・う)」といった難しいものもある。

☆小坡芸術の華 美人画
栖鳳門下となり、松園さんと同門になったことで小坡も描く方向が変わったそうだ。
同時代の批評家の一文を読むと、男向けの美人を描いてはいないというような意味のことが書かれていた。
別にそれでいいと思う。彼らだけが愉しむわけではないのだ。
むしろそうした官能性を排除したことで、健全な描き手として長く活躍できたのだろう。
可愛らしく清い美人画をみる。

花吹雪 明治後期。リアルな時代感覚がある。海老茶袴の女学生が花吹雪に着物を抑える。髪には桜が飾られている。明治の女学生。

夏之朝 「朝顔につるべ取られて」図。確かに色っぽさのない美人。にんまり笑うのがいい。
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涼み舟 柳の下で紗か絽かを着たぽっちゃりした女がいる。

ふたつのひな祭り図がある。構図も似ている。違うのは衣裳の色など。青と赤。
見比べるのも面白い。昭和のは寝殿造りのハウスつき。いずれも楽しそう。
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美人図 つぼおり装束の美人。市女笠を手に持ち微笑む。被衣美人。

虫売り これは人気のある絵でしばしば見かける。虫売りの女とお客たち。夏のささやかな喜び。

松の内 砧青磁のような色地に海松貝の柄の入った着物。羽子板を持つ娘の簪も可愛い。

浴後美人 簾に風鈴。手ぬぐい美人。ほっとする時間。

紅葉狩 鼈甲の櫛を差す。享保の頃か、カモメヅトという髪型。

春寒 こたつによる女。膝掛けをしながら謡本を見る。
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舞妓 ふっくらした可愛い舞妓。赤地に紅白梅の柄。

元禄頃美人教示之図 右隻に元禄花魁美人。丸に雪月花、春秋などの文字が入った着物を着ている。足付きの文箪笥にもたれながら、手には源氏物語を持ち、左隻のかむろを見ている。
左隻のかむろと白オウムはねえさんをみている。
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山内一豊の妻 大正末の「キング」誌の口絵になった一枚。今から思えばこの話も・・・

昭和六年に十二ヶ月色紙をこしらえているが、これは野間記念館で見たかもしれない。この連作は講談社の社内報の表紙絵でもあった。

いいものをいろいろ見てから、今度は為三郎記念館で「高北幸矢インスタレーション 落花の夢」をみた。
雨が激しい日に行ったので庭園散策はできなかったが、見事な和風建築と、そこに繰り広げられた木彫の椿の群に魅せられた。
またいつか見たいと思う。

さすがに古川美術館はいいものを見せてくれる。
12/16まで。

ストラスブール美術館展

静岡市立美術館へ「ストラスブール美術館展」を見に行った。
横須賀美術館の巡回で、関西にくるかどうかは知らない。
うまいこと静岡県美の見たい展覧会と期間が重なったのもあって、出かけた。

モダンアートへの招待、という副題がついている。
静岡市美はおしゃれな美術館なので、そういうのもいいなと思いながら会場に入る。

1.象徴派
ロセッティ 解放の剣にキスをするジャンヌ・ダルク zen911.jpg
絵だけを先にチラシなどで見ていて、てっきり男性だと思っていた。のどの形や顔の輪郭など。
しかし間近で見ると確かに女性的な美しさも見出せる。とはいえ、性別を越えた凛々しい美しさと中世の装飾の美がそこにある。
ロセッティはやはり魅力的な絵を描く。

ゴーギャン ドラクロワのエスキースのある静物 それは楽園追放のイブ。
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瓶やりんごなどがみえる。二層的な面白味を感じる。

カリエール ガヴリエル・セアイユと娘の肖像 父親の膝にもたれる幼い娘。おしゃまな娘。けぶるような画面、フィルターがかかっているような。しかしもどかしさはなく、遠い日の追憶のような。

カリエール アンリ・ロシャフォール リトグラフ。黒い中に靄のように浮かび上がる白い顔。いつも思うことだが、カリエールの絵には寒い日に飲む暖かなミルクのようなものを感じる。ぬくもりはすぐに薄れ、寒さは続くのだが、暖かな記憶は残る。

エミール・オルリック フェルディナント・ホードラー 髭のオジサンを斜め後から捉える。オルリックの木版は日本を舞台にしたものなら見ているが、こうしたものは初めて。

ドニ 室内の光 カラフルな室内。家族のいる景色。妻や娘ら。明るく入り込む光。りんごがあり、またマーガレットを持つ娘もいる。背後の壁にかかる絵には、シマシャツの子どもと洋ナシとトカゲらしきもの。
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ドニ 海辺の母子像 こちらも室内から。背後に海が広がり、ヨットが見える。母が赤ん坊にキス。茶色と草色だけで構成されている。
ドニはカラフルな作品が多いが、色数が少なくともどこか暖色系の豊かさを感じる。
カリエールもドニも家族の肖像を多く描いたが、好対照な世界。

エルノスト・ランカー 母親の死 青ざめた身体がそこにある。薔薇が置かれていてもそれは死者への悼みのためのもの。その女に寄り添って寝そべる子ども。彼女の枕元には黒い翼を持つ甲冑をつけた騎士と、くすんだ緋色のマントをつけた骸骨が立つ。
足下には自ら茨の冠をつけようとする男児がいて、その背後には薄い布を身体に巻きつけただけの少年が蝶を追っている。
この百年前の絵からは何を読み取ればよいのだろう。答えは見つからないままだ。

2印象派からフォービズムへ
シスレー 家のある風景 のんびり和やかな風景。野に立つ母子らしき影。平穏な時間。

ルノワール ピン留めの帽子 リトグラフ。この作品は随分人気があるようで、ほかの所蔵品でもよく見かける。モノクロ版画でも優しい色彩を感じるような、二人の女子のいる風景。

ルノワール 母子像 百年前の母子像。リトグラフだが、初見。そしてこの母子は丸木俊の母子のような趣がある。丸木俊にルノワールを感じたことはないのだが。

ロタール・フォン・ゼーバッハ ウジェニー・ランドルトの肖像 小さな少女が階段に腰掛けてこちらを見る。グレーのワンピースという、ちょっと大人っぽい姿で。
地元アルザスの画家。カールスルーエで学び、ストラスブールに住まい、名声を得て、やがてアルザスがフランスに返還されると申請して、フランス人になった。

アンリ・マルタン 古い家並み 明るいオレンジ色が目を惹く。好天の日。点描で構成された世界。

マルタン 雪化粧のパリ 雪景色は白だけでは表現されない。薄紫が広がることで、白い屋根が見えてくる。
テンポのいい作品。zen912.jpg


ジャック・エミール・ブランシュ ランヴェイユ夫人の肖像 肖像画作成で著名な画家で、プルーストの肖像も描いているそうだ。 この婦人はパリで日本美術を扱っていた。手に持つ扇子もそれ風。どことなくマネを思い出した。

シニャック アンティーブ、夕暮れ チラシに選ばれたもの。船、山、海。人々もいる。チラチラしない点描。
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ロートレック マルセル・ランデール嬢の胸像 いつもの横顔がある。ストラスブール美術館も「これを持っているぞ」というところなのか。

ボナール テーブルの上の果物鉢 りんごらしきもの・ブドウ、バナナぽいものがあるが・・・ちょっとわかりにくい。
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ヴラマンク 都市の風景 ドラマチックな風景。白くて汚れていて、という壁が見える。
どうしてもヴラマンクを見ると、佐伯を思い出し、ひどいな~と思うのだった。
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3.キュビズムとエコール・ド・パリ
ボーシャン 風景の中のカップル 1927年。洞窟がある。そこに女と道化師風な男とがいる。わかるようでわからない。

レジェ アコーディオンを弾く子どもと家族 シルクスクリーン。赤の背景に二人の女が立つ。そして父か母かもわからぬ腹の上で子どもがバイオリンを弾く。わからない・・・

ピカソ 編み物をする女とそれを見る人 1970年。元気なピカソ。グレー地にピンクの肌。これもわかるようでわからない。

要するにわたしはキュビズムがあんまりわからないのだ。

ローランサン マリー・ドルモアの肖像 このモデルは作家や建築家らの愛人だったそうだ。誰の、ということは説明になかった。紺色の服を着た女のバストアップ。柔らかな顔立ち。
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ローランサン ブーブー、帽子の若い女性 黒目がくっきりしている。唇もぼってり厚い。
時折ローランサンの描く女の中に、岸田今日子を思わせる姿があるが。これはまさにそれ。
妙な魅力があるのも共通している。

4.両大戦間期の写実主義
解説があった。写実主義はもともとドイツにその傾向がある、と。
アルザス=ロレーヌ地方は普仏戦争の関係でドイツ領になりフランスに戻りという歴史がある。その影響なのか。

ヴァロットン 水辺で眠る裸婦 洲で眠る裸婦。ずっと向こうではボートを漕ぐ男たちがいる。植物は鎌首をもたげている。ここに性的なメタファを見ないといけないらしい。
ヴァロットンのフルカラーの絵など、今回これが初めてだった。
びっくりした。

ギュスターブ・ストスコプフ オーベルゼーバッハの衣裳を着たマルタン・ズィリオックス 1943年。確かに写実、なるほどリアル。

アンリ・ベッケ A嬢の肖像 1931年。リアルな女が振り返る。パーティに出ていたのか、白いファーに赤い薔薇が一輪、緑の手袋。金髪で断髪なのはモダン。白と黒のドレスを着て、小気味いい。・・・O嬢とは違うタイプ。

5.抽象からシュノレアリスムへ
ビカビア 女性の肖像/不思議な手 女性は官能的過ぎ、手はわけがわからない。

ヴィリー・パウマイスター 黒と青の竜 ああもぉわからない・・・

マグリット 旅の思い出 裸婦のトルソに近いものがある。そして山がある。断ち切られた何か・・・

ヴィクトール・ブラウナー 沈黙への入門 1959年。「あっ壁男!」思わず声を挙げた。
縦に線が走り、両目があり、口がある。
壁男と言うても諸星大二郎の「壁男」ではなく、富樫義博「幽遊白書」に出てくる「壁男」。異次元につながる壁男のその顔にそっくり。

6.1960年代以降、コンテンポラリー・アート
ジェラール・シュロッセール それは彼 1978年。リアルすぎる。ベッドの上にうつぶせる女。三尾公三のような。

A.R・ペンク システムビルド 1967年。記号的人間ぽい。なんとなくSMのような。

モダンアートはわたしにはやっぱりわからない。いやコンテンポラリーは、というべきか。
アタマの構造の問題なのか、正直見ていても何のことかわからないのだ。
しかしエコール・ド・パリまでは楽しかった。

12/16まで。

大エルミタージュ美術館展

国立新美術館で春から夏に、京都市美術館で秋から冬に、「大エルミタージュ美術館展」が開催されていた。
(京都市美では12/6まで)

どちらの会場でも89点が出ている。感想もそれぞれリストにメモ付けしているが、ほぼ同じことを書いているのもあれば、全く違うことを書いているのもある。
見てから時間が経っているので、また感想も変わっている。そのことも面白く思った。
好きな作品について感想をあげたい。

ティツィアーノ 祝福するキリスト 片手をあげ、片手でクリスタルガラスの地球儀を持っているが、掌が透けて見える。頬髭の濃いキリストは額の丸い静かな顔立ちのひとだった。
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ヴェロネーゼ 聖会話 聖母子と聖カタリナ、バプテストのヨハネ、ドロテアとジェロム。彼らの肌の色がきれい。イスラームの花柄を思う。

ベルナルディーノ・ルイーニ 聖カタリナ ダ・ヴィンチ風な顔立ち。きれい。うつむく三人の天使。花を飾る頭。

バルトロメオ・スケドーニ 聖家族と洗礼者ヨハネ 幼い少年の可愛らしさ。まだ赤子のイエスも賢そう。むく毛のじいさん。小さい子供らが可愛い。

スケドーニ 風景の中のクピド これも以前から好きな一枚。かわいいなあ、しみじみ眺める。
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ダニエル・ファン・ヘイル 冬景色 可愛い家がある。切り妻屋根が面白く、こうした構造の建物もいい。

ニコラス・ファン・フェーレンダール/カスパー・ヤコプ・ファン・オプスタル ヴァニタス(はかなさの寓意) 
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ちびっこ二人がシャボン玉遊び。椿属のような花を生けた花瓶。シャボン水は貝殻で作る。はかないものではあっても、花は美しく、子供らは可愛く、描かれたことで350年以上残っている。 

ブーシェ クピド(詩の寓意) あんまり目つきのよくない天使が三人。白鳩もいる。腕のぷにぷになところは可愛い。
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ユベール・ロベール 古代ローマの公衆浴場跡 先般この画家の回顧展を見たが、廃墟などが面白かったのを思い出す。ここでは犬もいるし泳ぐ人もいる。巨大テルマエ。少年が可愛い。

ジョシュア・レノルズ ウェヌスの帯を解くクピド この絵は以前にも日本にきているので、嬉しい再会になった。
巧い構図だと思う。なんとも艶めかしい。
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ルーベンス 虹のある風景 円い虹が見え、その下でくつろぐ男女がいる。牧歌的な光景とはいえ、ちょっとナマナマしくもある。

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ジョゼフ・ライト 外から見た鍛冶屋の光景 光と影の対比が魅力的。じっと眺めているとそこへ入ってゆきたくなる。

オラース・ヴェルネ 死の天使 女を連れてゆこうとする死の天使。祈る青年も眠っている。壁には聖母のイコンが掛けられている。どちらももうこの娘から遠いものになる。金髪の美しい娘はもう現世から離れてゆく。指が天を向いているが、彼女の頭頂と天との間にも光が立っている。死は恐ろしいだけでなく、優しいものかもしれない。
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ピエール・ナルシス・ゲラン モルフェウスとイリス とても白い肌。虹の女神イリスも美青年も天使も。ブルーも美しい。

ドラクロワ 馬に鞍を置くアラブ人 馬の睫がキュート。

レオン・ボナ アカバの族長たち アラビアのロレンスを思い出す。とてもかっこいい。こちらへ向かいつつある。リアルな絵。写真のようだった。

ジュール・フェーブル 洞窟のマグダラのマリア 赤毛の裸婦。顔を隠してはいるが、とても美しいような気がする。洞窟には水がにじんでいて水生花が咲いている。
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ティソ 廃墟(内なる声) がれきの中、老人等と血にまみれたようなイエスがいる。なんとなく石川淳「焼跡のイエス」を思い出した。または竹宮恵子「地球へ」の終盤を。

ジョゼフ・ベイル 少年料理人 酔っぱらった少年。ワインを飲んでいる。サル顔の少年。樽の上にはキジ柄の猫が二匹。

ラトゥール 水の妖精ナイアス こちらも赤毛の美しい女。水をかき分け進む女。
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ドンゲン リュシーとその伴侶 黒人の男と黒人風女と。なんだかとてもかっこいい。1911年のカップル。

マティス 赤い部屋 東京でも京都でも等しくチラシ表に選ばれている大作。巧い、と思う。色の配置も形も線も。
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ところでこの絵を東京の混雑の中で見にゆくと、小さな娘をつれた若い父親が「この絵を見るまで待って」と言っている。ぐずった娘への言葉。ただ次がよくない。「この絵だけ見たら後はどうでもいいから」そうなのか?!すごいな、その感覚。私には到底言えない言葉だし、考えたこともないな。この親子何のために来ているのだろう。あっこれ一枚のためか、は・は・は・・・

ほかにもセザンヌやモネのいい絵があり、革命前の帝政ロシアにいた二人の偉大なコレクターを想った。
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やはりエルミタージュ美術館展はいい。東京でも京都でも大いに楽しんだ。

琳派芸術Ⅱ

出光美術館「琳派芸術Ⅱ」に溺れた。
昨年の中途になった展覧会のリベンジなどではなく、一個の独立した新企画展として眺めたのだが、その美貌に溺れきってしまった。

京の美意識を身につけたものたちから生まれた琳派への、憧憬。
それを百年後に、江戸住まいの大名の子息で文芸・遊芸の達人たる酒井抱一が懐いたことで、江戸において輝ける世界が啓いたのだ。
琳派の中枢人物たる尾形光琳は元禄のヒトであった。
元禄繚乱の只中にあり、贅沢の限りを尽くし、極限の美を世に示した。
それは金色の美であった。
桃山時代に次いで絢爛な時代の空気を形にする光琳。

元禄と化政期の美意識は異なる形をみせている。
粋と粋と。
同じ漢字ではあるが、前者は上方の「スイ」、後者は江戸の「イキ」である。
そして抱一が現れる前に世に江戸琳派の片鱗を見せたのが俵屋宗理だった。
彼の仕事をもここでみることがかない、とても嬉しい。

はじめに、抱一らによる屏風を見る。その本歌は宗達ら先人の屏風。
風神雷神図屏風 むしろ後世の抱一の二人組の方がいい感じに見えてくる。ちょっとばかり親しみやすさの増した風の神様と雷の神様。zen910-1.jpg


秋草図屏風が並ぶ。風の只中にいて、秋草が揺れるのを見るような心持がある。
武蔵野のさらに東の国の人の絵。
琳派の時代の草原などは知らない。想像する。その頃でも街中にはもうないだろうと思う。
京・大坂で秋草をほしいままに眺めようと思えば、淀川の土手くらいしか思いつかない。それもかなり人気のない地で。
あんまり遠くへ行けば寂しくなる。だからきっとそれくらいの地がベストだ。
だが、それが箱根の関を越えると、富士を背景にした武蔵野図の進化系のような秋草になる。銀色の風に揺れながら、赤や青や黄色い穂先や葉を見せる秋草たち。

小さな階段を下りる。出光美術館の中でも特に素敵な空間。階段を下りずとも見えるが、階段を下りてその空間に佇めば、自分と描かれた世界との距離感が変る。
八つ橋図屏風。自分はきっと橋の手前にいる。一歩踏み出せば花菖蒲を愛でるためにしゃがんだり、指先を水につけてみもするだろう。
抱一の描いた八つ橋はきちんと杭と杭とを縛っている。ただしそれは力を感じさせない括り方なので、人の体重に耐えれるかどうかはわからない。
だから少し離れたところから橋と花とを眺める。可愛らしい花々。

紅白梅図屏風 銀地に美しい枝ぶり。白く円やかな梅。清艶な梅の香りが銀屏から漂う。
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秋となった今、たしかに時期が違うてはいる。しかし紅葉の美が実は退嬰に向かう美だということを思えば、今このときに、暖かな春の日を招く紅白梅の絵を見ることで、迫り来る冬の寒さに耐えることが出来るような気がする。

抱一の作品の中でも、何と言うても好きなのは「十二ヶ月花鳥図」。
多くの美術館や個人があの連作を手元に置きたがるのもよくわかる。
たぶん当時も酒井宗雅候(兄上)は江戸城内で「貴殿の弟御の絵を所望」と、地方大名や官僚らに言われて、家老を通じて弟に伝言していたはずだ。
そしてきっと日記に書いていたろう。ただ、その該当部分だけ消えたに違いない。
兄上は早世したが、こちらもなかなかの風流人で、茶の湯にも自分の好みを反映させて、それをこまごまと日記に書いていた。

十二ヶ月花鳥図貼付屏風 特に好きなのは十月の柿の実にメジロたちが身を寄せ合う図。
丸く赤い柿の実と少しばかりふくらんだメジロたち。可愛くて可愛くてどうにもならない。
愛玩したい。小禽の愛しさがあふれた一枚、それだけでも溺れてゆく・・・

十二ヶ月の前半ではアジサイを描いた月も素晴らしかった。まるで螺鈿のような煌めきがある。トンボもやや大きいのがいい。

「江戸時代」に集約している、と思った。特化した美意識。鎖国して国粋文化の芯に届いた時代、そこにゐる抱一。


今、柿がおいしい。だからというのではないが、柿を描いた絵にどうしても引き寄せられる。扇面に描かれた柿がある。俵屋宗理の柿が。
この柿はきっとあんぽ柿にして食べると甘みが増すに違いない。
葉の形もいいが、甘さはまだこのままでは増してくれまい。
柿、柿、柿。特に昔は秋のスィーツの代表だったろう。
この色遣いをみているだけで、柿の味が想像できるのだった。

中村芳中は「光琳画譜」を世に送った。
ここには扇面貼付屏風がある。ぽあんとした良さがある。

花の美しさを存分に味わう。
四季折々の植物の美しさを描く琳派。
植物の美を愛でるだけでなく、その存在への愛情を込めた絵。
同時代の西洋絵画にはこの美意識は存在しなかった。

雪中竹梅小禽図 其一 雪を重く乗せた竹が不意に雪を落とす。
どこにいたのか雀が二羽飛び出す。
左には雪にまみれた紅梅にとまる一羽の雀。隣の雀たちを見ているのか。頬の円い点が可愛い。

暁桜・夜桜図 其一 ネガとポジのようだ。描いた位置関係もそう。まるで見えない鏡に映るような。
薄い月の光で花の形が見える夜桜。光を受けるが故に影として浮かび上がる花。

歌麿の絵本「詞の花」に「芳き遊び人」抱一の宴席図が描かれていた。まだ若旦那の頃。花の夜の楽しさ。
参考として出たその風景からは、情趣あふれるものが見受けられた。

桜・楓図屏風 其一 右下に広がる桜と左上に広がる青楓。青楓の枝先が伸びているのが、踊りを誘う手のようだ。桜も幹を見せず、盛りの花ばかりを見せて、その誘いを受けるのが見える。

絵ばかりを楽しんだわけではない。
乾山のよいものが多く出ていた。絵替角皿の可愛らしさがいい。
白椿、撫子、百合、菊、山吹、竹、桔梗、水仙などなど。大和の花たち。
日により使いたいものを替えて。

古清水の色絵菊花文六角鉢は二種の青に彩られていた。
藍色と青竹色と。
この色あわせがとても魅力的なのだ。

道八の色絵桜楓文鉢は本当に可愛くて、ほしいといつも思う。

今回はこの美しい世界に溺れるばかりで、なにも考えられなくなっていた。
もう一度訪ねる予定だが、ただただ美しい世界に漂い、いよいよ深く溺れてゆくだけかもしれない。
しかし水面に顔を戻さずともいい、とも思う。この世界から離れたくはない・・・

絵解きってなぁに?

昨日で終了してしまったが、龍谷大ミュージアムの「絵解きってなぁに?」展は非常に魅力的な展覧会だった。
龍大ミュージアムは開館してまだ日も浅いというのに、前回の「仏教の来た道」今回の「絵解きってなぁに?」と二つ続けて凄いのを送り出してくれて、わたしなぞはドキドキしすぎて苦しいくらいだった。
このときめきが自分の心臓を貫くだけでなく、多くのヒトにも伝わればいいと思うのだが、展覧会そのものは冒頭にあげたように、既に終了している。
あの素晴らしい空間はもう再現されることはないのだった。
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クリックするとかなり大きく出ます

実際の絵解きに使われた掛け軸のほかに、信仰の対象としての仏像や中山寺の閻魔堂内部の再現、そして絵解きの実演や講演会もあり、非常に充実していた。
また絵解きの実演を見られない人々のために、15分程度に要約したVTRを数本用意して、それを映像コーナーで上映していたのもいい。
そしてこの企画のために生まれたキャラ「比丘尼ちゃん」とその弟子の「こびくにちゃん」、またこびくにちゃんのアタマに乗っかるちび鬼「こおにくん」の三人組が可愛くていい。
この三人組が折々に解説も手がけてくれる。
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なにしろ数が多いので、前後期に分かれて展示替えをした。
わたしは11/3と11/23と出かけたが、どちらもたいへん面白かった。

序章 “絵解きする人々”
まず絵解きする人々が描かれた作品が現れる。

源氏物語絵 東屋1 田中親美模写  徳川美術館の国宝を名手・田中親美が模写したもの。
源氏物語に現れる人々が既に物語絵を愉しんでいる。

三十二番職人歌合 室町時代  サントリー美所蔵。職業として当時は絵解きも説経語りも成立していたのだ。
遊行上人縁起、善恵上人絵といったところにも絵伝などをみる様子が見える。


遊芸人図(右隻) 猿回しから始まる屏風。犬が追うてくるのを追い払う。万歳と才蔵もいるし、獅子舞、大黒舞もいる。そしてこの女三人組がいわゆる熊野比丘尼。幼い少女だけ剃髪し、あとの二人は豊かな髪を肩にふっさり。かなり色っぽい。
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この屏風は東京の大場代官屋敷保存会に所蔵されているそうで、その資料を調べると非常に立派なところだった。いつ公開されるのかは知らないが、いつか行きたいとも思う。

江戸時代の大坂市街図、嵯峨霊佛開帳志などにも熊野比丘尼の姿がある。

ところでわたしが最初に熊野比丘尼を知ったのは高校の頃に読んだ資料からだが、そのヴィジュアルはマンガで読んで初めて知った。
まず杉浦日向子「百日紅」で後の渓斎英泉がついつい熊野比丘尼を買ったエピソード、そして近藤ようこ「安寿と厨子王」の安寿が化けた熊野比丘尼、さらに近年になり、池上遼一版「修羅雪姫」の熊野比丘尼。こちらは明治の世に、売春組織の御殿を立てるために観心図を得ようと暗躍する話。

なお今回、その近藤ようこさんと前期展をご一緒させていただいた。
色々お話を伺い、初めて知ることも多く、とても有意義な時間を過ごさせてもらえた。
おくればせながら、ありがとうございます。

第一章 お釈迦様の“絵解き”
仏伝のレリーフや八相図、涅槃図などが出ている。

ガンダーラから出土した石のレリーフが2点ある。「誕生」と「出城」である。
摩耶夫人と侍女たちの驚く様子、そして門から城を出るシッダルタと馬を真正面から捉える構図。どちらも摩滅しつつ美しい形を残している。

絵因果経 巻第四下 奈良時代のもの。オレンジ色の袈裟が目に残る。弟子になるヒトとの関わり、文には舎利弗と目犍連の名がある。

仏伝図では白象たちが働くのが見えた。ゾウさんは働き者である。聖なる動物の中でも。
涅槃図のうち崇福寺の室町時代のものは右下に虎猫がいた。
東龍寺の南北朝・明徳二年(1392)は仏伝八相図で、真ん中に涅槃図があり周囲にその生涯の事蹟を描く。涅槃図にはこちらも猫がいる。真ん中にいるのが珍しい。

第二章 お経の“絵解き”
法華経、華厳経などから。
どちらもとても物語性の高いお経である。
善財童子の旅、文殊菩薩の指南などなど。

源義経公東下り絵 中尊寺に伝わる室町時代のもの。弁慶は色黒の丸顔の大男に描かれ、義経は小さく色白。偽山伏であることがバレては困る一行。勧進帳の世界。
そして弁慶は厨子から両界曼荼羅を取り出している。解説によると、山伏は両界曼荼羅を常時所持していたらしい。
その両界曼荼羅もある。三井寺のもの。

第三章 「あの世」の“絵解き”
當麻曼荼羅、迎接曼荼羅、二河白道図などがあるが、いずれも高名な寺院や美術館所蔵のものが多い。そういえば来年には「當麻寺」展がある。とても楽しみ。

當麻曼荼羅 鎌倉時代 ジャータカなのか、踊る裸族の姿もある。
當麻曼荼羅 南北朝 金色も残っているが、やや見づらいところもある。

當麻曼荼羅は極楽アイランドのガイドマップだとつくづく思う。
藤原南家郎女が幻視したのは山越え阿弥陀図だったが、中将姫は極楽アイランドを見ている。どちらにしろ尊い喜びを生きながらに視ているのだ。

當麻曼陀羅の巨大な版木があった。2M四方のもので、この隣にそれで摺った曼陀羅も展示されている。かなり繊細な作りで、よく出来ていると思った。
元禄年間のもので、たいへんきれい。

迎接曼陀羅 きれいに色も残っている。金と青と緑と少しの朱と。

地獄極楽図 黒谷さん所蔵の屏風。彼岸と此岸と。そろそろあの世にいこうという人の頭上に丸い赤いものが浮かんでいる。
それは風船のようにふわふわと浮かび、何かを追うている。閻魔王の前でも亡者の真上にふわふわ。
炎に巻かれた地獄では鬼たちが大忙し。その様子を対岸の仏たちがぼーっと見ている。

二河白道図 薬師寺のものは南北朝、香雪美術館は鎌倉のもの。
薬師寺のほうが極楽が大きい。
三尊の鎮座する台座も大きく、仏もその地も金色に輝く。
香雪はむしろ地獄が大きい。極楽は遠く、寝殿づくりの建物が見えもする。
正直なところ地獄極楽を見ると必ず思い出すことがある。
泉鏡花「海神別荘」のラストシーンで、公子が美女に語る台詞「男のいる天国に女はいない、女のいる天国に男はいない」・・・さて。

六道絵 拷問を受ける亡者たちの中には、どう見てもマゾヒスティックな喜びにうち震えているようにしか見えないものもいた。無惨な様相でありながら妙に惹かれる。

絵を見てから振り向くと、いきなり閻魔王や奪衣婆、極卒らがいた。ご丁寧に炎メラメラまで再現されている。
中山寺の閻魔堂の彫像を持ってきたそうだ。中山寺は妊婦を守るので有名なお寺。梅もきれいで三十三カ所の一つでもある。
こういう展示があるのもいい。
そういえば数年前の大阪市立美術館「道教の神々」展でも彫像をうまく配置していて、とても面白かった。

第四章 ありがたい方々の“絵解き”
行基菩薩、弘法大師、聖徳太子、法然上人、親鸞聖人らの一代記などが集まっている。

行基菩薩行状絵伝 鎌倉時代 家原寺所蔵とあるが、その家原寺こそ行基菩薩の実家の後身なのだ。
絵伝は下から上へ向かって物語が進むが、三幅目の最上部にし東大寺が描かれている。
行基菩薩は全国を歩きに歩いて、今も善なる伝説が残る。

それにしても比丘尼ちゃん・こびくにちゃんらが適宜に現れて、可愛く解説しているのがいい。

弘法大師絵伝 鎌倉時代 丁度展示期間を等しくして、東寺の宝物館で「弘法大師行状絵巻」が展示されていた。こちらは絵伝なので、縦型。

石山寺の弘法大師絵伝もある。石山寺は縁起絵巻のいいものもあるが、ほかにもこうした絵伝があったのか。
江戸時代のもので、平明なわかりやすい絵である。
絵の真ん中に四天王寺の西門で日想観をこらす大師がいた。
「蒼海雲ニ連ナリ赤日波ニ映シテ迷悟一如・・・」詞書一つにもときめく。

法然上人行状絵図 巻第四十八 知恩院所蔵の国宝。これは近年に全巻一挙公開を見せてもらった。いいものを見たと思ったが、こうして再会すると、あのときの嬉しい気持ちが蘇る。

結局のところ、物語絵というものはそうした力をもっているのかもしれない。
絵をまた見たい・その物語を味わいたい、という欲望。

一光三尊仏絵伝 文化10年(1813)ころの作で、さすがに絵の色も線も崩れはしない。
信貴山や善光寺などもある。物語を追いながら絵を見るのが楽しい。

聖徳太子絵伝 数年前、かなりの数の絵伝を見た。あれ以来か。三点ばかり見たが、いずれも平安朝の風俗。

二歳の像と16歳の孝養像があった。二歳像は可愛い坊主頭である。
すると、比丘尼ちゃんの独り言があった。
「キリッとして・・・うちのこびくにとは大違いなのじゃ」
こびくにちゃんはこびくにちゃんで、「うちの師匠も見習ってほしい」とかどこかでつぶやいていたし。
・・・いいなあ~こういう師匠と弟子ww

ところでここは龍谷大だから浄土真宗になるのか、わたしは別な宗派の人なので知らなかったが、堅田の源兵衛の殉教という話がある。蓮如に関わる物語だということで、その説明がたいへんよかった。
台詞を現代語に替えているのだが、絵解きされている気分になった。
可哀想な物語だが、門の外に佇むわたしにはちょっと理解しにくいのだ。
だから絵解きされると、否応なく心に落ちてゆくだろう。

滋賀の興教寺に伝わる肉付の面があった。
小さい頃から愛読する「おばけを探検する」に紹介されていた伝承。宗教の宣伝とかそういうのは措いといて、話として面白い。

シアターで熊野観心十界曼陀羅の絵解きを上演ということで、観賞する。
すると形は比丘尼ちゃんとこびくにちゃんなのだが、どう見てもオッチャンとおねえさんのコンビの比丘尼ちゃん・こびくにちゃんが絵解きをするではないか。
なかなか面白かった。
また、お坊さんによる十王図の絵解きもあった。
この2本が繰り返し上映されていたが、我が愛する忠太の伝道院では、実際の絵解きが行われた日もあるのだった。

わたしが本当に絵解きを見たのは、もう20年も前に善光寺そばの刈萱道心ゆかりのお寺でのこと。わかりきっている話なのに、住職の奥さんの絵解きが余りに巧く、聞いていてわたしは涙が止められなくなった。
そしてその数年後にも絵解きを見に行ったが、相客が臨月の女の人とそのお母さんで、こんな様子の人があんな悲しい物語を見聞きしてええのか、と他人事ながら心配した。

第五章 寺と神社の“絵解き”
善光寺、長谷寺、清水、道成寺などなど。

温泉寺縁起絵 室町時代 有馬温泉の縁起絵らしいが、地獄めぐりの体裁をとっている。
上がりはあれか、極楽温泉なのか。
かなり痛んでいるので、実際に使われていたようだ。

長谷寺縁起 奈良の長谷寺所蔵 室町時代 これも近年展覧会で見ている。
鎌倉の長谷寺でも模本を見たような気がする。
神仏自ら働くのが面白かった。風神雷神を始めとしてよく働いている。

清水寺参詣曼荼羅 月初まで東京のサントリー美術館で御伽草子が展示されていたが、そこにも清水参詣曼荼羅があり、平安から室町頃の清水の重要性と言うものが伝わってきた。この参詣曼荼羅も多くの人々が描かれ、ところどころにフシギが隠されてもいる。

道成寺縁起 これも何度か見ているが、非常に興味深い。清姫が炎を吐きながら安珍を追うところはチケットにも選ばれている。安珍は鐘の中から黒焦げの骸骨で現れる・・・
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江戸時代の「鐘巻由来図」は最初から絵解き用に拵えられたものらしく、絵もやや作りすぎの感があるが、これはこれで面白い。あざといくらいの造りだが、面白さは強い。

時光寺本尊縁起絵 阿弥陀さんバラバラ事件。海から続々と引き上げられる阿弥陀像の体のあちこち。手首だけが見当たらなかったとか。
これを見ていて思い出すのはギリシャの映画「ユリシーズの瞳」か。テオ・アンゲロプロス監督はよく古代ギリシャの神像が海から引き上げられるシーンを唐突に挿入していた。

第六章 旅する“絵解き”
色んな寺社の参詣曼荼羅図がたくさん出ていた。
それを見ていると、遊山のガイドブックのそれと変わりはないことに気づかされる。
道理でいつ見ても楽しい心持になるのだった。

八坂塔法観寺参詣曼荼羅図 真ん中に塔が立ち、周囲に建仁寺や鳥部野の風葬地帯(白い墓が立っていた)、清水、八坂神社などが描かれている。五条橋、四条橋もある。
1人だけ巨大な僧侶がいるなと思ったら、浄蔵だった。みんなが彼を拝んでいた。
その法力で傾いた塔をまっすぐにしたらしい・・・

成相寺、義峰寺、長命寺・・・いずれも見れば見るほど面白い。
長命寺参詣曼荼羅は白洲正子の展覧会でも見ているが、素朴な面白味がある。

熊野那智参詣曼荼羅図 ああ、海岸には補陀落渡海の船がある。松田修の本で、この渡海行を知り、非常に怖がったわたしだが、それは強烈な魅力を放っていて、わたしを引き寄せてしまう。いつもいつもゾワゾワしながら那智熊野参詣図を見ている。
当然ながら烏や滝には不動明王の従者コンガラ・セイタカ童子が行者を佐ける姿もある。
見れば見るほど深く惹きつけられる・・・

熊野観心十界曼荼羅 クリックしてください。かなり大きく出ます。
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実物を最初に見たのはこれとは別の六道珍皇寺所蔵分。今回も出ている。
画像の曼荼羅が映像の絵解きにも出ていたのか。チラシにも選ばれている。
上部には「老いの坂」があり、その下には地獄模様。女である、と言うだけで何故こんな苦しみを受けねばならないのか。
そういえば少し前の「鬼灯の冷徹」で女人救済の話がちらっと出ていたのを思い出す。

立山曼荼羅 白い雷鳥が飛んでいる。立山らしさを実感する。山には雪も残る。
鬼たちに苦しめられる人々。松がやたらと多い。

慶應二年の立山曼荼羅は色が鮮やか過ぎて、今出来のようにも見えた。なんだかポップな感じもある。

飯縄権現像 飯綱権現かと思うのだが。「縄」なのか。狐に似た野干に乗り、飛来する権現。下方には天狗たちがいる。桃山時代。
大和和紀「イシュタルの娘」には飯綱権現が登場していたが、あれも舞台は安土桃山から江戸初期なのだった。

ほかに熊野比丘尼のしてはいけないことなどを書いた書状などがある。
まだちびっこの比丘尼ちゃん・こびくにちゃんたちには無縁な、ちょっとオトナな戒めである。

終章 今を生きる“絵解き”
能面がいくつも出ていた。いずれも彦根城博物館から。
また国芳「京鹿子娘道成寺」もある。
最後にこうしたところを出すのもいい。

たいへん面白い展覧会だった。またいつか比丘尼ちゃん・こびくにちゃん・こおにくんたちの旅が終わり、「絵解きってなぁに?2」が開催される日を待っている。

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11/25で終了した展覧会

11/25である。
今日までと言う展覧会をいくつも見ていたのに、ツイッターで感想は呟いていても、ブログで詳述していない。ほぼ自己満足のための感想文ブログだが、それだけに書こうとしていて書いていないのは、何よりも自分への裏切りではないか。
最早手遅れではあるが、書きたかった感想を少しずつだが、ここに挙げる。

☆江戸のデザインの巧・妙 (伊勢半 紅ミュージアム)
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せまい空間だが、「江戸デザインの巧妙」さが満ち満ちていた。
出島経由やまた抜け荷等から多少の海外デザインは入ってきているが、基本的に江戸時代は独自文化の発展をみた時代である。
平安時代と並ぶ長期の鎖国が国粋デザインを生み出したのだった。
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浮世絵の面白さ・千社札の粋(イキ)、着物の型紙・小間物の意匠の粋(スイ)、どれもこれも改めて指摘され、示されてみると、目を瞠るばかりだった。
判じ物・見立てといった遊びも江戸時代に大いに流行し、それをデザイン化した商品も少なくはない。
展示されているのはいずれもそうした江戸の面白さを露にした品々ばかりで、見ていて飽きない。
纏にしても暖簾にしてもこの意匠をどのように生み出したか・編み出したか感心するばかりだった。
元禄の頃の光琳、下って山東京伝・京山、化政期以降の国芳ら、その時代に衝撃を与える意匠を拵えた特定個人だけでなく、名の伝わらぬ職人の名人芸、その時代に生きる人々の美意識が極度に洗練された結果、世に湧き出でたとしか思えない意匠の数々・・・
並べられた展示品を見ては、江戸の昔の凄さを思い知る。
面白いデザインブックがあった。天使の図像学とでもいうべき本。うむ、江戸時代の切支丹アカン時代にこういうのも出版されてたのか。
色々と面白いものを見せてもらって、機嫌よくサラバした。


☆ザ・大阪ベストアート (大阪市立近代美(仮))
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とうとうこの大阪市立近代美術館(仮)心斎橋展示室も終わりを告げてしまうのだった。
四月末から七月末まで府&市モダンアート・コレクションベスト100点の投票をしてて、そこから選ばれた作品が集められていた。
わたしはどうもマイナー好みらしく、投票したものは展示されていない。
見て歩きながら、この企画展が11/25で終了すると同時に、「このコレクションは封印されてしまうのだ」と思うと、胸がふさいできた。
いい物を並べていても、首長の気随に振り回されて、こんな羽目になる。行政とは一体なんなのだ、文化とは何なのだ。
腹が立つのは無限にあるからもう書かないが。
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倉俣史郎という作家のデザインしたアクリルに薔薇を封じた椅子が眼に入った。
これは初見。こういうものもあったのか。現代アートでも実用性があるものなら、わたしのような門外女でもわかるような気がしてくる。可愛いと思った。
福田平八郎「漣」は外へ出ると、非常に人気の高くなる作品で、先般の山種での回顧展でも大評判だった。
森村保昌の「ゴッホになった私」をみていると、ご年配の奥さんが「このヒトいつも化粧して変装しはる人でしょう」というので、「女優さんになっても綺麗ですね」と答えると、「芸人さんもたいへんですなあ」と頷いていた。
そうだ、やっぱり森村さんはアート芸人さんだという見方もされているのだ、と改めて認識する。

来年の大阪の至宝カレンダーもここのコレクションからチョイスされているが、一体未来はあるのかどうか。たいへん不安なまま、展示室は閉ざされてしまった。


☆魅惑の日本の客船ポスター (横浜みなと博物館)
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日本の客船は明治の昔から宣伝合戦で大変だったそうだ。なんにせよ自由貿易と資本主義が導入されると、とんでもない方向へ力が向くものだ。
三菱の客船と三井のそれの戦いを描いた、本宮ひろ志「猛き黄金の国 岩崎弥太郎」もメチャクチャだったなと思い出す。
それはそれとして、ポスターによる宣伝合戦は、ポスター芸術の質を向上させたと思う。
ここにあるものの大半は既にあちこちで見ているものばかりだから驚いたりはしないが、それでもこんなに多くのものが一堂に会しているのを見ると、ワクワクと嬉しくなる。
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美人画ポスターもいいし、船そのものを描いたポスターもかっこよかった。
とはいえ、客船が戦時中辿らされた運命を思うと、その前半性の華やかさと比べて胸が痛くなる・・・
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戦前の客船華やかなりし頃に、ポスターに描かれた船に乗って、どこかへ行きたい・・・


☆絵解きってなぁに? (龍大ミュージアム)
これはあまりに面白すぎて前後期ともども楽しみすぎて、それで却って書けなくなったのだった。
展覧会のナビゲーターは「比丘尼ちゃんとその弟子のこびくにちゃん」。可愛い。
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このまま旅もせず、この龍大ミュージアムに留まればいいのに。
やっぱりここで軽くまとめるのはむりなので、別な一本に仕立てる。

それにしても良いものを見すぎて、却って書けなくなるとは因果なことだ・・・
なんとか明日のために書けるようになりたい。

石山寺縁起絵巻の全貌

滋賀県立近代美術館が石山寺縁起絵巻の全巻を公開しているので、電車とバスを乗り継いで出かけた。
全七巻が開かれていた。
少しずつ時代が違うのに気づく。
三巻までは絵は鎌倉時代の1324年頃、詞は南北朝。四巻は絵も詞も室町時代の1497年。五巻は絵は室町初期まで、詞は南北朝。六七は絵は文化二年1805年に谷文晁、詞は明暦元年1655に飛鳥井雅章。
そしてそれは石山寺と松平定信の話し合いによる制作らしい。
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まず最初に、聖武天皇勅願・良弁僧正創建というこの石山寺の歴史を描いている。
・・・東大寺より古いらしい。
聖武天皇が大仏造営には黄金不足だと困り、良弁僧正に金発見を祈るよう命ずる。
良弁僧正の祈祷の甲斐あり陸奥から金塊発見。
この地で寺を拵えるにあたり、良弁僧正は比良明神と折衝する。
水際外交・・・なにしろ水際で談合中。明神の手元にある青磁の壷がいい。
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本尊が離れぬためこの石の上に建てられる石山寺だが、その造営に働く人々がいずれもイキイキしている。蚊まで草刈をし、のこぎりで木を切る。運搬もいそいそ。
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延暦年間、童子らを集めての舞楽が催される。虎柄のベストをつけるものも、その周囲にいる。
宇多天皇が行幸するのを大伴黒主が出迎える。色白な老人である。
小町に難癖をつけたヒトとは思えない。
秋のことで、紅葉が美しい。菊などもよく咲いている。鶴のような鵜もいる。

この寺の重要な人物である淳祐上人の霊験譚もある。
子供の頃「醜陋で愚鈍で」とえらい書かれようである。それが石山寺に参詣して祈願したところ、顔立ちも端正に、そしてなにより賢くなったとか。
「岳湛が美を継ぎ」と詞書にある。
(数時間後に石山寺境内を散策中、不意にそのエピソードを思い出し、「不細工でバカだったのがいきなりそんなオトコマエになってカシコなるなんてホンマかいな」と友人と話しているその背後に、淳祐上人の碑があって、大変焦った。すみませんでした~~~)

参籠する人々、そのおつきたちは外でふざけたりくつろいだり。
長刀をグングングングン回すのもいる。ペン回しする奴は昔からいたというわけだ。
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願い人は大真面目だが、それ以外のものは退屈しのぎに何をしているかしれたものではない。
一方、石山寺に参籠中のその願い人たちには霊夢がある。
老僧から水を膝にかけられたり、口に葉っぱを押し込まれたり、という普通なら怒るだろうというような行為を、人々は吉兆だと看做す。

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町では米を運搬する様子があるが、ザラザラとつまみ食いをする奴もいれば、ふざけてけんかするのもいる。
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商家では飼い猫が顔を見せている。
首輪にひも付きのキジネコ。zen902.jpg

隣家は赤ん坊が裸でハイハイしている。
ネコは江戸時代初期までこういう飼われ方をしていたらしい。

霊験譚は続く。
道綱母、孝標女といった日記文学の担い手たちが参籠しては、石山寺の霊験譚の人にもなる。すがりつけば、必ず石山寺の観世音菩薩は応えてくれる、というエピソードが延々と続く。
紫式部も無論その1人。zen905.jpg


石山寺の霊験あらたかな池、龍穴の前の石に座して、歴海上人が孔雀経を読誦すると、池の中から次々と名を呼ばれたらしき龍の眷属たちが現れる。
そしていずれも真摯なまなざしで上人を取り囲む。
白龍、赤龍、緑龍、蛇冠のもの、龍冠のもの、緑色の鰐男、べろーとしたものなとなどが、マジメに聞き惚れる。
そして聞き終えると、上人をおんぶして山へお送りする。
上人の座した石は今もある、と縁起の詞は締めくくる。
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群衆の中には美少年の牛飼いたちもいて、見つけるのも楽しい。
また立派な貴族と少年とが眼を見交わしあい、少年が頬を赤らめているのは、フジョシ的には楽しい。

道長の姉一行が参籠に来る。豪華な一行である。お湯屋に宿泊する。唐崎の遊女たちがお供したというので、後に遊女たちは衣装をもらえたそうだが、そこまでは絵にはない。

働く牛たち馬たちはなかなか可愛いのがいる。大きな背中に可愛い柄が入っていて、それが時にはくつろいでいるのもご愛嬌。

石山寺は実際に紅葉の名所でもあるので、絵巻のあちこちに秋の景色が描かれている。
黄色赤の楓が綺麗。

石山寺炎上。慌ててこけてるものもいるが、妙に嬉しそうな顔つきでいる。
しかし寺宝を守ろうと仏像や巻物を抱えて走る人々もいる。
そして自ら避難して光を放ち続ける観音像がある。
椿に梅や藤も咲く季節。屋根には白梅の花びらが散る。
大きく炎上する屋根とこちらの無事な屋根の白い小さな花びらとの対比。

国能の妻が参籠し、観世音から金色の宝珠を授かる絵はこれまでにも見てきたが、今回話の流れがやっとつかめた。宝珠を持ち帰る一行。春の山には鹿もいる。
レンコンを持つ人、魚を持つ人らと行き交い、屋敷では大ごちそうが作られる。
台所にはワタリガニの固まりもある。そして牛と馬を飼い、馬のためにはサルも飼われていて、子どもらがサルと遊ぼうとする。立身出世も全て石山寺のおかげ。

後世の模写が多いのは、この話。瀬田で大切な院宣を落とした男が石山寺に参詣し祈ると、宇治橋で見つかるとご託宣が。そこで宇治橋へ行くと、大きな魚の腹から院宣が現れ、安堵するという話。
何枚も模写が出ているが、少しずつ異なるのは絵師の個性か。
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六巻では谷文晁が新規作成していて、戦争シーンを描いている。かなり激しく炎上もし、人もザクザク殺されている。一方で紅葉はきれい。
また、金色の鬼となり死後もお寺を守ろうとする僧の話や、石山寺と縁の深い九条家の邸宅の様子なども描かれ、その襖絵がまたとても綺麗なのだった。
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貧しい娘が身売りをして舟で人買いと共に渡りかけると大嵐になり、娘は石山寺の霊験あらたかにも白馬に救われ、人買いは沈む。岸辺で人々にその話をする娘。やがて母の元へ帰ることが出来た。しかし人買いは損害ではある。
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最後の最後に、欠けてた巻は新たに谷文晁に描かせたと松平定信の詞書がある。
サインは次の通り。「幕府臣白河城主越中守源定信識」

模写も色々あってみて行くのも面白かった。今村紫虹の白描のもある。
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寺宝では他に襷掛銅鐸などが出ていた。

これを見てからその本家本元の石山寺へ向った。
そこでは主に「源氏絵」が展示されていた。土佐光起の作品と、住吉派のものなど。
屏風仕立てや色紙帖など。
中で面白かったのは、土佐派のものか、川の流れの上に巻物や鞠のような形を置き、その中に源氏絵を描いたもの。こういう趣向も楽しい。

滋賀近美は11/25まで、石山寺は11/30まで。

宸翰 天皇の書

京博で「宸翰 天皇の書」を見た。
今日は新嘗祭の日だからぴったりかもしれない。
とかそんなことも考えず、勤労感謝の日で金曜だから夜間開館ということで出向いた。

高松宮家伝来の、空海の書などのある大手鑑を見た。
個人的嗜好だからわたしの言うことはまともに聞かないでほしいのだが、空海の書より、一緒に綴じられている聖武天皇の書の方がわたしは好ましい。

その聖武天皇の御宸翰をみる。白い紙に細い細い文字で非常に丁寧に、決して順列を乱すこともなく、気随も許さず、緊張感の強い書だった。これは正倉院のもので、今だからこその展示。
それにしても何と言う繊細な、そして緊密な文字列か。

また「勅書」で「勅」文字だけを大きく一つ書いたものもある。
そこには大臣橘諸兄、藤原豊成、大僧都行信の連名サインがある。

一文字だけの天皇の御宸翰は少なくない。
聖武天皇の娘・孝謙天皇は「宜」の一字だけを書いている。

凄いのがある。
嵯峨天皇は能筆家だが、それをまるまる写せる能筆家がいるわけである。
近衛家煕である。それも文字の輪郭線を写す「双鉤本」をこしらえ、さらにそれに塗り絵ならぬ塗り字した「填墨本」まであるのだが、どちらもピターーッと嵯峨天皇の書にあうのだった。上から紙を置いて写したのでもないのに。
能書家はほんと、どこまでも凄いのだった。

後鳥羽天皇が両手に朱墨をつけて捺印した御宸翰がある。四天王寺宝物館でも見ているが、こちらは両手ピターーッで掌の文様までくっきり。
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後鳥羽天皇は大変な力持ちで、盗賊追捕に自ら出馬して、舟の櫂をまるで払子みたいに打ち振って、陣頭指揮を取り、それを見た盗賊が出頭してきたという逸話がある。
そんな両手なのだ。しかもこの天皇は承久の乱で気の毒に隠岐へ流され、「われこそは新島守よ」と歌う剛毅な方なのだ。
掌を見るだけでも色々と物思う。そしてこの御宸翰は絶筆だという。この13日後に亡くなられるのだそうだ。

歴代天皇の御宸翰を『見る』のが非常に面白くなってきた。
つまり個人としての書の良さといったものを楽しむだけでなく、背後の歴史的状況を思うと、いよいよ面白くなってくるのだった。

花園天皇の日記がある。ご自分が読んだ書物のタイトルを書かれている。
中には史記や淮南子もあれば、論語もある。ツノのない鬼谷子といったものまである。
ツンドク本は許さじ、という感じ。

後醍醐天皇の御宸翰は鳳に乗る仙人の図を下絵にしたものに書かれていた。さらに梵字までが書写されている。
力強くていい文字だが、この天皇も闘われた方だった。
剛毅な方には剛毅な文字ということなのか。

観心寺縁起がある。後小松天皇がお寺の所有財産などの目録を書かれている。
物語とか創建ものではなく、リアルな文書。後小松天皇は確か一休禅師の父上でしたか。

融通念仏縁起の詞書は後花園天皇で、非常に力強い。
桑実寺縁起は後奈良天皇で優美。
違いを知る。

その後奈良天皇の般若心経があるが、災害を防げなかったことを悲しみ悔やみ、これ少しでも役に立てば、というココロモチを書かれている。
「民の父母」という自称があるが、つまりそうした責任感を持たれていたのだ。
こうしたところにも発見がある。
そしてその数年後には金剛般若経を書写されている。とてもわかりやすい書体である。
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後陽成天皇の消息がかなり面白い。太閤が朝鮮出兵するのを止めるものと、それに近衛信尹を連れて行かないで留めて、というものとがある。
信尹と太閤との確執を思いながらこの消息を読むと非常に興味深く思われる。
また、書面により書体も変わるのが著しく、その点だけでもたいへん面白い。

こちらは縦書きで「龍虎」「梅竹」。後陽成天皇は魅力的な文字を書かれていたのだ。
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それにしてもこの時代は三藐院近衛信尹、小野のお通など綺羅星の如き能筆家が存在していたのが、本当に凄い。

御宸翰の貼り混ぜまである。276枚の色紙で構成されていて、厚みが14㎝ほど。す・ご・い・ぞ~~

中御門天皇宸翰諡号勅書というものがあるが、あまりに物凄い表装で、そちらに眼を奪われた。字自体はなかなか大文字で立派なのだが、とにかく凄い表装で。
一方、桃園天皇のそれはとても16才の少年が書いたものには思えない立派さがある。

後桜町天皇が和歌を書写されたのがある。詠題は上冷泉為村。
その上のお題の文字を見ていると、蕪村を思い出すような肥痩ぶりだと思った。
時代も同じような時代であるし、流行かもしれない。
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孝明天皇の消息が非常に魅力的だった。
内容がとてもいい。近衛忠煕に糸桜はいつ満開になるのかと問い合わせたりしている。
その消息では「糸桜 開花」と略字が使われていた。開も略字である。ここには出てくれない文字。一方、見学後は「絲櫻」と正式文字になっている。
高坏にお菓子煮物をいっぱいに、と先日の絲桜鑑賞会のときの礼を述べている消息もとてもいい。楽しかったことがヒシヒシと伝わってくる。

大正天皇の一行書、昭和天皇の「無相」号で展覧会が締めくくられている。
かなり面白い展覧会だった。11/25まで。

描かれた 故事・説話の世界

頴川美術館の秋季展に出かけた。
18点の絵画と3点のやきもので構成されている。
「描かれた 故事・説話の世界」
そのタイトルで鎌倉から明治までの作品が集っていた。

光忍上人絵伝断簡  鎌倉時代 役行者が岸和田に神於寺(コウノジ)を開くために、地の神様に挨拶に出向いている。いつの時代も建物を拵えたり引っ越したりするときは、ご近所づきあいを大切にしないといけない。
地の神様は「地主明神」と説明にある。どのような交渉があったのかは、絵の中央の二人を見る限りではわからない。なにしろ穏やかな雰囲気にも見えるから。
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左には役行者の従者である前鬼・後鬼がいる。不動明王のセイタカ・コンガラみたいな二人組で、色白の方が可愛い。そしてそのすぐ下で異時同時に色白さんが手の上にフクロウらしきものを乗せているのがまた面白い。
もっと綺麗に見えたらいいが、剥落がやや強いのが惜しい。
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寒山図 可翁 南北朝 一人だけの図だが、右向きなので、左幅なのかもしれない。
右手の人差し指を天に向けて立ち尽くしている。靴の下にはなにやら牙のようなものもついている。

鍾馗抜鬼眼睛図 祥啓 室町時代 いやにイキイキしている。一見したところ鍾馗が鬼とワルツかソシアルダンスでも踊っているように見える。
ところがよく見れば、鍾馗は鬼の顎を片手で掴みつつ、もう片方の指で鬼の眼を抉り出そうとしているのだった。鬼は軍扇を腰に挟んでいるが、その引けた腰などが却ってステップを踏んでいるようにも見える。妙に明るく見える一枚。

布袋・獅子・猫図 狩野探幽 1665年製作だとある。真ん中の布袋はさして気にならないが、まず右の獅子が可愛い。青獅子で、白牡丹を前額にかざし、カメラ目線で逆立ちしている。
左の猫は白地に斑の奴で、緋牡丹のそばで耳を両方とも水平に伸ばしながら寝ている。寝ながら会話を聞くような耳である。麝香猫だというが、もっと俗っぽい面白味がある。

豊干図 長谷川等雪 大きな虎が香箱を作ったその上に、豊干が座している。虎は蹲りつつも目を開けていて、タイヤのようなその胴が可愛い。

松竹梅図 池大雅 左の竹は弾琴図であり、中の松は室内で書を見るものをのぞくように広がり、右の梅は宴会の最中で、小僧が料理の味見をしたり。
松竹梅プラスアルファの和気藹々な図である。

秋山樵父図 呉春 鹿が少し小高くなった丘で啼いている。その声を耳にしつつ、杣道を行く二人。うまい構図だと思った。深くなった秋をひしひしと感じる。

南北極星愛鹿図 森寛斎 山中で、寿老人(南極星)と玄天上帝(北極星)の出会い。お出迎えに来たらしい。白鹿たちがその間に大量発生している。懐きやすいらしく、老人たちにそれぞれスリスリしている。鹿たちの可愛さがこちらにも伝わってくる。
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隻履達磨図 岸竹堂 片足クツのみ持って佇む色黒達磨。眼も大変鋭い。

他に道八のやきものが二つ。道八だろうと思いながら近づくとアタリ。嬉しい。

大掛かりな企画展ではないが、こうした楽しみをしみじみ味わわせてくれる、いい美術館なのだった。

巨匠たちの英国水彩画

巨匠たちの英国水彩画展に行った。ブンカムラでの開催。
英国水彩画といえば'90年代半ばから後半の頃に、大丸や今はなき奈良そごう美術館などでもよく開催された。
英国での水彩画の評価は、他の国にくらべ、たいへん高い。
この国でも無論油絵をよくするが、水彩画も決してそれに劣るものではない、という意識がある。
水彩画にも様々な技法があり、作品によっては水彩画の良さをより多く感じさせるものもある。
なおこの展示品は全て、マンチェスター大学ウィットワース美術館の所蔵品である。

第一章 ピクチャレスクな英国
18世紀後半から19世紀初頭の英国各地の風景を写したもので占められている。

トマス・ローランドソン ティンターン修道院、モンマスシャー、ウェールズ
修道院は廃墟に近い。モコモコに緑が茂り、趣きある風景。当時既に観光名所として人気があったそうだ。

ポール・サンドビー 南西の方角から望むコンウェイ城
馬に乗りボコボコ進む。牛や羊のいるのどかな地。手前の暗さは雲影か。
重い暗さはない。

ターナー ソールズベリー大聖堂の参事会堂、ハンプシャー
中に若い人たちがいる。午後の光が入っている。建物の綺麗な装飾がいい。空間の適度な広がり。

トマス・ガーティン タターシャル城から、リンカンシャー 一戸建てのようなお城。
トマス・ガーティン ウェア川からダラム大聖堂と橋を望む 先のシンプルなのと大違いな建造物である。作りに作った建物。どれだけ大増築なのか。ナゾの建物である。形は違うがウィンチェスター銃の邸宅を想う。橋がまた立派な。

トマス・ジョーンズ ワイ川、モンマスシャー 真景図とでも言うのか。保津川に似ている。

ジョゼフ・ファリントン カンバーランド州カーライルの景観、イーデン川越しに望む
実に橋多し。それがまた可愛い形ばかり。連続めがね橋というか連続アーチがいい。絵にそそられ、実景を見たくなる。

第二章 イタリアへのグランド・ツアー
ナポレオン戦争までブームが続いていたそうだ。
石の森章太郎がなんの雑誌でか、グランド・ツアーを描いた作品を連載していた。それを読みながら、昔の貴族の子弟の「修学旅行」か、と思ったのだった。

リチャード・ウィルソン ミネルヴァ・メディカ神殿、ローマ 
ここはグランド・ツアーの名所だそうだが、ドーム風なのがいい。むろん廃墟なのだが、見上げるとさぞ気持ちいいことだろう。

フランシス・タウン ナポリ湾  左手奥にベスピオ火山が火を噴いている。町はパースが取れている。シャープな山の稜線もいい。

第三章 旅行:グランド・ツアーを越えて、そして東方へ
19世紀の、西欧での東方世界への憧れ。オリエントへのときめきが絵画になり、実際の旅にもなる。

ジョン・ラスキン ストラスブール大聖堂の塔 前述した奈良そごうで見た英国水彩画はこのジョン・ラスキンだったが、あのときイギリス人はよく旅をする、と思ったものだった。
ストラスブールは普仏戦争でいろいろあった地。
そういえば静岡市立美術館でストラスブール美術館展を見たので、近々その感想文もあげたい。

ジョン・フレデリック・ルイス 闘牛開催日のグラナダ近郊 
いかにもスペインの町と人々と。いい女が多いなあ。犬も三匹ばかり。人々の高揚間が伝わってくる。

ウィリアム・ホルマン・ハント 岩のドーム、エルサレム、ラマダンの期間 
数年をおいて二度にわたって制作されたらしい。月光が差している。うっとりするような時間。女が一人いる。素敵な情景。

レジナルド・バラット 日没時のスフィンクス、エジプト
1902年。もうスフィンクスの鼻はない。英国軍はバカなことをした。斜めにスフィンクス本体が伸び、ピラミッドは少し背後にある。

ウィリアム・アレグザンダー 斜堤に接岸しようとする艀船、寧波、中国
なぜか日の丸。英国人は閘門を用いる運河航行法を見慣れているので、珍しく思うそうだ。
とはいえ、わたしはそのどちらも見慣れていないのでなにもわからない。

第四章 ターナー
20点ばかり並ぶ。どれもこれもがやはり「ターナー」なのだった。個別に楽しみつつも、全体にくるみ込まれている感じがする。ティボリ、ローザンヌ、ローレライ、デヴォン州・・・

シヨン城とレマン湖、ヴィルヌーヴから望む 
1836年のレマン湖。シヨンの囚人はその頃もう人々に膾炙していたか。
漱石はターナーの美に打たれたが、今もしここにいれば、彼はどんな感想を抱いたことだろうか。

第五章 幻想
次の第六章 ラファエル前派 もそうだが、このあたりがやはり一番の見所だった、わたしにとっては。

ウィリアム・ブレイク 「ヨーロッパ」図版1、口絵 日の老いたる者 ブレイクオリジナルの神話をモティーフにしている。

ブレイク 陰鬱なモロク ミルトンの頌詩「キリスト降誕の朝に」 嘆きのダンスの神々。
邪悪なる神モロク。

ブレイク 平和の夜 ミルトンの頌詩「キリスト降誕の朝に」 天上には二頭立てを引く女神がいるが、馬たちは休み中。

ブレイクは絵より先に「病める薔薇」の詩人として中学の頃に「認識」した。
絵はそれより前に小学生の頃、「うしろの百太郎」の背景に使われているのを見てはいたが、その図版がブレイクだとは知らなかった。
というよりもブレイクがどういう傾向の作家なのかを知らないままだった。
高校になり、水木しげる「悪魔くん」を入手したところ、そこにも「うしろの百太郎」と同じ背景があるのに気づき、そこでようやくウィリアム・ブレイクを「認識」したのだ。
オカルティシズムと深い関係性を持つことを悟り、やがて「幻想物語の文法」などでブレイク、スェーデンボルグ、出口王仁三郎についての論考を読んで、それまでの疑問が氷解したのだった。

ハインリヒ・フュースリ 夢の中でポンペイウスの前に姿を現すユリア
カエサルの娘ユリアが現れる、悪夢。女のローマ鼻に感心する。凄い。ユリアは人妻でありながら乱行の限りを尽くしたということを、読んだことがある。

フュースリは西洋美術館に一枚だけあるのだが、随分昔に「夢魔」が一時話題になったことがある。そのときに「日曜美術館」で、和装の山岸凉子氏が「夢魔」への偏愛について語っていたのを今も忘れはしない。

エドワード・バード 幽霊 隙間から骸骨が「こんばんは」と現れる図。ヒーーーッ!

サミュエル・パーマー カリュプソの島、オデュッセウスの船出  さらば、と立ち去るオデュッセウス。取り残されるカリュプソ。オデュッセウスは常に<別れ>と生きている。

ジョン・マーティン マンフレッドとアルプスの魔女  虹の下の魔女がマンフレッドの望みを聞く代わりに、彼の魂を望む。マンフレッドの隣に寄り添う薄い影、それこそが彼の魂なのだが。

ここまでは全て幻想+怪奇だった。

シメオン・ソロモン 律法の巻物を運ぶ 美青年が巻物を運ぶことにもこの画家は何らかの暗喩を。
画家の好む美青年はこちらの心をそそるものでもある。官能的な美しい青年にときめく。

第六章 ラファエル前派の画家とラファエル前派

ソロモン 画家の愉楽 黒猫を抱っこする美人をモデルにする画家。美人の足元には犬もいる。画家の背後には幼女がワインを持って控えている。
美青年にときめく画家が、この状況にも満足していたのか。

ジョン・エヴァレット・ミレー ブラックブランズウィッカー ナポレオン戦争への義勇兵募集に使われたそうだ。

ロセッティ 窓辺の淑女 ベアトリーチェの死で打ちのめされたダンテが、彼女の死の直後に見初めた女。美人は美人かもしれない。

バーン・ジョーンズ 不和のヴィーナス  裸婦たちと殺しあう男たち。
バーン・ジョーンズ 和合のヴィーナス  林の中の裸婦たち。中には愛し合うのもいる。

第七章 ヴィクトリア時代の水彩画
こちらも第五章、第六章ともどもときめくコーナーだった。

クラークソン・スタンフィールド 帆柱を切り離す マリアットの小説「海賊」の挿絵
マリアットといえば「ハルツ山の人狼」のマリアットだと思う。彼は優れた海洋小説の作者と言うことを聞いている。しかしながら「ハルツ山」以外はなかなか詠むチャンスがない。この挿絵を見ていると、ますます読みたくなってきた。

ウォルター・クレイン イタリアの邸宅  リアルな描写。白い建物。ベラコロ風。
静かで風通しの良さそうな家だった。

ライオネル・パーシー・スマイス 春季  桃色の頬の娘が春の雑木林を歩く。

サミュエル・シェリー ハムレットと墓堀人夫 髑髏を手に持つ。これが父王の髑髏か。
この挿絵で全編を見てみたい・・・

第八章 自然 
のびやかな英国。

ハント 栗の芽 柔らかそう。

ラスキン 月桂樹の枝の習作 青の中に青、という美しい色彩。

ターナー ぬれた浜辺に沈む夕日 ぼわーとなった中に人々がいる・・・
もうこちら側へ帰ってこないような。

水彩画を堪能し、いいキモチでブンカムラを出た。
確かに「巨匠たちの英国水彩画」という作品ぞろいだった。

はじまりは国芳 江戸スピリットのゆくえ 前期

横浜美術館「はじまりは国芳 江戸スピリットのゆくえ」の前期に出かけた。
太田浮世絵の「芳年」、鎌倉の清方記念館、それからこのハマ美が、今回に限り三館連携の相互割引をしている。
「はじまりは国芳」と言うタイトルがその状況を示している、と言える。
「国芳」の弟子の「芳年」、その芳年の孫弟子の「清方」、三人の企画展がほぼ同期間に開催されているのはとても有意義だと思う。

国芳の作品からはじまる。
まずは彼が世に出たきっかけの連作・通俗水滸伝豪傑百八人がある。そしてそこから派生した本朝水滸伝豪傑・剛勇八百人が続く。
前期には九紋龍史進が陳達を拉ぐ場、宮本無三四(武蔵)の山鮫退治などがある。いずれもチカラギッシュないい絵。

人気のある、源頼光公館に土蜘蛛妖怪が現れる図、巨大骸骨のいる相馬の古内裏、讃岐院の命を受けた天狗たちが大鮫共々為朝らを助ける図があった。
ここらはやはりなくてはならない三枚続。

弟子たちの絵が現れた。

芳艶 文治三年奥州高館合戦 自衣川白龍昇天 衣川の戦い 
丸顔の弁慶の背後に白龍が飛ぶ。いよいよ最期の時を迎えようとする義経主従。
しかし衣川直前に主人を見捨て逃げた常陸坊海尊の姿も描き込まれている。
どんな意図があったのかを知りたい。

芳鶴 和田合戦の図 出撃しようとする三浦大介だが、その息子が、父の老齢を心配して止めようとところ、頑固爺が激怒して息子をムチうつシーン。
この芳鶴は博打好きで33歳で死んでいる。

芳綱 源平一の谷大合戦図 赤の多い絵。薩摩守忠度が戦うところなぞ初めて見た。

芳盛 人皇七十五代祟徳院の帝保元平治の合戦に諸侯揮集し御味方仕参着の図 
門前に精鋭たちが集結している。
為朝がいる。その家来の八丁礫の喜平次も控えている。気合みなぎる面々。

芳員 川中島勘助血戦の図 上杉謙信により策が見破られ、討ち死にする山本勘助。片目は空目として表現されている。入道姿での討ち死に。

これら弟子たちの作品の所蔵は静岡県立中央図書館だった。かなり面白いし、初見のものばかりで見応えがあった。今度ここの所蔵品展でも見てみたいものだ。

国芳の芝居絵があった。ただし見立てだから本当にこの配役で芝居があったのかどうかはわからない。
見立 二代目関三十郎の野ざらし語助・五代目瀬川菊之丞のけいせい地獄太夫・二代目中村芝翫の一休太郎
野ざらし悟助は一休禅師の弟子という設定で、骸骨柄の着物を着るのが決まりだから、ここでは葉っぱが集まったドクロ柄を着ている。
地獄太夫は法子を持つ。打掛には亡者が三味線を弾き、鬼たちが踊り、さらには牛頭馬頭の獄卒が地獄の釜を足芸で回したりで、それを仏たちが喜んで見物する図柄。
一休太郎と来るから老師ではなく、金袈裟をつけてはいるが百日鬘の若い男。
さすがに国芳だけに全体もよく、細部も楽しい。

芳虎 呉服屋清七 五代目菊五郎 俳名 梅幸 チラシに選ばれている。これは旧小島烏水コレクション。
彼のコレクションがここに入り、こうして楽しませてもらえるのは嬉しい。

ここでも英名二十八衆句が出ていた。
芳幾 春藤治郎左衛門 地蔵の上に血塗れの体が。文を読むと「蒲鉾小屋に夢結ぶ間も・・・身は足萎えの」とある。「天下茶屋聚」の伊織も蒲鉾小屋で動かない足で過ごしていたが、敵に返り討ちに遭っていた。この春藤もそうなのか。わたしはこの芝居は知らないのだ。しかしそそられる絵と文であるのは間違いない。

上方浮世絵らしきものもある。
中井芳瀧 忠臣蔵三の切 早野勘平 嵐璃寛 腰元お軽 市川右団次 璃寛の特徴がよく出ていた。上方の役者の絵をここで見るとは思わなかったので、興味深く思えた。

芳瀧 敵討優曇華亀山の赤堀水右衛門役の三代目嵐吉三郎 明治八年の作なのだが、どう見ても妙な石版画のような。変わった肉筆。グレーと黒が渋い。この芝居は近年見ている。

国芳と浅草奥山の細工見世物の関係は深い。
まず浅草寺に奉納された「一ツ家」の大絵馬があった。
強欲婆さんと優しい娘と稚児に化身した仏と。
これを見た生人形師の松本喜三郎がそれをネタにした生人形をこしらえると、今度は国芳がそのビラをこしらえる、といったような相互補完とでもいうような関係を持った。
いつか、喜三郎の生人形と、国芳のそれに触発された浮世絵とのコラボ展が見たいと常々思っている・・・

芳年 桃太郎豆まき図 シルエットの鬼たちも逃げている。それをまた恵比寿大黒が酒飲みながら楽しく見ている。

芳年 山姥 怪童丸 実にカラフル。聖母子風な絵で、これは今、太田にも出ている。
こちらは小島コレクション。

周延 雪月花 常州築波雪 瀧夜叉姫 雪中、口に松明をくわえた瀧夜叉姫がいる。胸には鏡が掛けられ、手には抜き身を下げている。 たいへんかっこいい。

国芳 金竜山おくやまの景 茶店に八世団十郎が休んでいると、女たちどころかハトまで見惚れる。ハトが妙に可愛いのと、団十郎の浴衣は濃い色で素敵。向こうには「柳川の紙蝶」の看板がある。
実際に団十郎はいずとも、こういうのをファンは望み、それを絵師は絵画化するのだった。

ところで神奈川歴博の常設にも丁度今、芳年の作品がたくさん出ていて、この「はじまりは国芳」、太田の「芳年」にも展示されているものがいくつもあった。

芳年 全盛四季冬 根津花やしき 大松楼 三枚続の左の女がたまらなくいい女で、手に持つヤカンもいい。
これはヨソでも同時に展示中。

国芳・芳年の美人画連作がそれぞれ出ているのもいい。
「山海愛度図会」「風俗三十二相」などなど。

国芳の戯画も出てきた。
猫の当て字「ふぐ」、金魚尽くし「いかだのり」、「ほふづき尽くし 夕立」「かん信」といった動植物戯画。
「夕立」はチケットに使われている。「かん信」は「韓信の股くぐり」を酸漿で描く。

弟子たちの戯画もある。
芳盛 昔ばなし舌きり雀 なんと化け物入り葛籠を爺さんが開けているではないか、婆さんを脅かすためにか。
婆さんは腰を抜かしている。

芳藤 しん板大長屋猫のぬけうら 長屋の様子がリアル。相合い傘に書かれているのは「おみけ」と「ぶち」。イイネー。

幕末の「粋狂連」の読み物などが出ていた。
仮名垣魯文、山々亭有人(=條野採菊、鏑木清方の父)などがそのメンバー。
浮かれた面白さは明治になっても生きていた。

暁斎 吉原遊宴図 明治の吉原の様子。にぎやかながらも、しっとりといい感じ。
いろんな流派を吸収して大成した暁斎だが、国芳門下の頃の工房の様子を描いた絵を見ると、騒々しい中にも楽しそうなムードがあり、暁斎の国芳らへの愛情が感じられる。

五姓田家の人々の絵も並ぶ。
義松 細川護成像 護立の父君か。明治20年。いかにも大名華族らしい鷹揚でおっとりした雰囲気がある肖像画

渡辺幽香 幼児図 赤ん坊に重石をつけているが、この六代目に良く似た赤ん坊は物ともせずに蜻蛉と遊んでいる。前にも見た一枚だが、なんとなく面白い。

明治の大蘇芳年の作品が並ぶ。
保昌と袴垂、ひとつ家、田舎源氏、八百屋お七、袴垂と鬼童丸の術比べ、月百姿、雪月花などなどの名作がずらずらあり、やはり芳年は国芳の弟子の中でも特別凄いなと思い知る。

芳年の弟子で清方の師匠の水野年方の絵が出てくるが、歴史画が多かった。
かれはここにも一枚だけ出ているが、「三十六佳撰」の歴史風俗美人画がいちばんいいのだ。
高山彦九郎、佐藤忠信などなどがある。

清方 寺子屋画帖 これは清方記念館にも時折出るのだが、明治32年だから九代目あたりが演じたのか、ちょっと役者が誰なのかは、私でははっきりとは見当がつきにくい。
それにしても泣ける。
松王丸の女房・千代が倒れながら源蔵にお身代わりの成果を尋ねるシーンまでで巻かれているが、物語の流れを追うには充分である。
名作を若き名手が描くと、やはりいいものに仕上がるのだった。

清方 註文帖 これは泉鏡花の小説を絵にしたもので、どの場を見てもゾクゾクする。
物語を知らないと楽しめないという人もあろうが、絵を見るだけでも、そこから立ち上る不吉な予感に、微かな怯えを覚えるだろう。

清方 遊女 たまらなく妖艶な女。身体の不自然なまでのくねり。大正時代の清方の描く女は異様に妖艶なものが多い。大正デカダンスがやはりここにも波及しているのを感じる。

清方 春の七草 こちらも本当にいい。先の「遊女」同様大正七年の作。何と言う豊饒の年であることか・・・!

後期には「刺青の女」「妖魚」も出るというから、今からゾクゾクしている。

年方門で突出しているのはやはり清方だが、同門にも凄い絵師は少なくない。
鰭崎英朋、池田輝方あたりは現在でも時折いい作品が展示されることがある。
特に鰭崎は弥生美術館にかなりの数が納められているので、多少安心しているが、輝方もその妻・蕉園ともども再評価されて然るべきだと思う。
ここでもほんの少しだが、展示されているが、やや寂しい。

そして清方もまた弟子の多い人だった。
中でも伊東深水、山川秀峰、寺嶋紫明の三人の画業は素晴らしい。

昭和の半ば頃の深水の人気の高さは、現在六十代後半から八十代以上の方の記憶に今も留まり続けている。
展覧会はおろか美術に関心のない人でも、深水は知られていたし、その絵が記憶の中にあるという人も多い。
20年前にまたよく回顧展があったが、少し間を空けてこの近年また展覧会が開催され、新たなファンが生まれてきているのは、本当に嬉しい。

深水 美人図屏風 炬燵・鏡の前 あっさりした美人画である。まだ後の「深水美人」の力強さはない。しかしここにも既に深水らしさが出ていて、華やかな装いが目を惹く。

紫明 美人図 すっきりした美人。バストアップくらいの美人画がやはりいい。背景などなくとも、紫明の美人たちはそれだけで活きている。

柿内青葉 月見草咲く庭 庭に出した籐椅子に座る若い女。黄色い月見草に囲まれてうっとりしている。青葉は百歳まで生きたそうだが、優しい絵を見ることが多い。

大正新版画の名品が続々と現れた。
深水 対鏡 この色合いもいい。
「現代美人集」なども出ている。いずれも妖艶さにあふれている。清楚にしていても、どこか艶かしい。

秀峰 婦女四題 わたしは特に「秋」が好きだ。秀峰だけの回顧展が見たい・・・

小早川清 近代時世粧ノ内 「ほろ酔い」のモガ、ちょっと物憂い「瞳」が好ましい。

川瀬巴水 「東京十二題」から駒形河岸、深川上の橋、春の愛宕山などが出ていた。
20年前に巴水の都市風景版画の絵葉書を手に入れてから、新版画に大きくのめったのを思い出す。

笠松紫浪 綾瀬川を舞台にした働く人々の風景版画があった。これらは千葉市美でも見ている。彼は版画と講談社の絵本の原画で名品が多い。

ポール・ジャクレー だいぶ前にこのハマ美でジャクレー回顧展があり、喜んで出かけた。
それ以来の再会になる作品が出ている。
彼の描くミクロネシアや中国の人々の魅力は深い。不思議な感性を目の当たりにした気がする。

最後に横浜を舞台にした版画がいくつかあり、懐かしい心持になった。
前期は12/5まで、後期は12/7~1/14。
存分に楽しめる展覧会だった。

清方描く 江戸の残り香

昨日は太田記念浮世絵美術館で「芳年」展の感想を挙げたが、今日は鎌倉の清方記念館の特別展の感想を挙げる。(すると明日はハマ美の「はじまりは国芳」になるかな・・・)
秋季特別展「清方描く 江戸の残り香」

所蔵品だけでなく埼玉近美、秋田近美などからの借り出しもある。
初めに随分古い絵が(しかも歴史画が)出てきた。
小楠公 弁の内侍を救う  明治半ばの作品で、まだ16歳。それでもここまで描くのだから画力の高さは普通ではない。
高師直から逃げ出した弁の内侍を救う少年・楠木正行。倒される悪者たち。そっとのぞく着物の裾。そこに女人がいることがわかる。りりしい小楠公にときめいているに違いない。
後に彼女を下賜されることになったが、小楠公はそれを固辞するそうだ。

この絵から60年後の1954年、数えで喜寿の清方は文化勲章を授与される。
橘の中央に三つ巴のような勾玉が集っている。受賞証というのも初めて見た。
鏑木健一(本名)、臨時国務大臣緒方竹虎とある。

寒月 盲目の三味線引きの母親の手を引く幼い娘。子どもは橋の袂でふと月を見上げる。
わびしい情景である。二十歳になるやならずの清方が実見した情景だろうか。

慶長風俗 大正末の作品。清方の魅力が発揮されるのはやはり大正半ばから昭和半ばかと思う。
これは二曲一双に二人の女の様子を描いたもの。
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右に立つ女の着物は短冊で、眼はフェルマータのように下の線がない。
左の少女も優美。慶長年間は大きな戦争が二つもあったが、一方で華麗な文化が続いた時代でもある。

松と梅 こちらも二人の女。対と言うのは比較もされるのだが、どちらの魅力も深い。
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季節を美人と共にあらわした絵がいくつか続く。
秋の夜 チラシ。大正時代らしいなまめかしさがある。しっとりした美しさにうっとりする。
葡萄 その幹もいい。女の素足の爪先の美しさ。
紅萩 紅葉流るる文様、こんな着物の似合う女の静けさ。
梅月相思 帯は葡萄柄、裾には松ぼっくり。可愛い。
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ためさるる日(右幅) 大正七年前後のこの豊饒さ・・・!妖艶な遊女たち。踏み絵の日。笹紅を下唇に塗り、どこか投げやりで。こんなまなざし、たまらない。

先代萩 芝居のスケッチ。清方だけでなく洋画家の金山平三も牛島憲之も芝居スケッチに非常に良いものが残っている。仁木が実にかっこいい。立派な顔。
五世菊五郎はわが子の六代目が生まれたとき、「仁木が出来るツラか!?」と訊いたというが、いまだかつて仁木弾正を演じる役者で立派な顔でないのはいない。

伽羅(下絵) 赤鉛筆らしきもので修正が施されている。清方がいかに線描にこだわったかの証左である。'96年、当時の目黒雅叙園美術館で「線の芸 鏑木清方」という企画展があった。清方は彩色の取り合わせもいいが、やはり線描の美しさ画家だと思う。それを思い出す。

線と色とどちらに主眼点を置くかで作品のありようは随分変る。
わたしは色の美しさにも惹かれるが、線の美はやはり捨て難く、どちらを選ぶかといわれれば、線の美しさを知る画家に強く惹かれるだろう。
日本画の命はやはり線である。
いま、この「伽羅」下絵を見ていてつくづく清方の線の美しさを感じた。

明治39年に清方は歌麿や春章の模写をしている。歌麿は「当世踊子揃」から材を選び、春章は「婦女風俗十二ヶ月」から。
清方は歌川玄冶店系だが、それとは別に歌麿や春章の画も独習していたらしい。
そして清方美人に比べればやや肉付きもいいが、春章美人の肢体はなるほど清方の画業の参考になるものだとシロートながら思えた。

文化勲章をもらったのは数え七十七の喜寿の年だからか、その年に清方は「喜の字」の略字の七を三つの字を書き、そこに橘の実を置いた軸を拵えている。
また風呂敷もあり、そこにも橘の実。これは文化の日の仕事。
橘は「非時香木実=ときじくのかぐのこのみ」である。

雨華庵風流 抱一上人を描いている。体操座りする抱一。その前には三味線一丁。抱一は河東節の名手だったそうだ。姫路の若様は遊芸ならなんでも出来るひとなのでした。

引き出しには下絵やスケッチが色々収められている。
浮世絵美人独習の成果が表れたスケッチがあり、形は確かに浮世絵だが、すっかり清方らしくなっていた。
別荘での生活を綴った「金沢絵日記」もあれば、「築地明石町」の下絵もある。
完成品を思いつつその下絵を見ると、軌跡や心の移り変わりが伺えて面白い。

明治から大正初めに出た清方の絵葉書が展示されていた。
こういうのは資料としても非常に楽しい。
女歌舞伎、朝顔と駅路の女、芝居のお七、春の夜のうらみ、伽羅、鰯などなど。
中でも梅蘭芳を描いた「天女の舞 悼花の歌」と少女に髪を梳かせる女を描いた「朱華芬芳」はとても欲しかった。

大正期の雑誌口絵・表紙絵も三点。
千代田の大奥「講談世界」は桜の幹を挟んでお女中と身分ある武士とがいる図。
対牛楼の旦開野「演芸画報」は烏帽子姿のアサケノ(実は犬阪毛野)が飛ぶように舞う姿。
濡衣もあった。横顔で手に数珠を持ち、やや俯き加減の美しい横顔を見せている。

小町通の大喧騒から離れて、静かな清方世界を深く味わった。
12/9まで。

没後120年 月岡芳年

没後120年 月岡芳年 二ヶ月にわたって楽しませてもらった。
前後期ともに出かけたので、その感想を挙げる。
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芳年は'90年代初頭にちょっとしたブームがきていた。
今思えば没後百年だったのだ。
そのころに大丸ミュージアム、DO!FAMILY美術館などで芳年の回顧展を見ている。
国芳の弟子たちの中でも特に素晴らしい作品を残しているが、旧幕時代と明治半ばとでは大きく作風を変えている、というのを今回の展覧会で改めて思い知る。

第一章 国芳一門としての若き日々
師匠の国芳が武者絵で大ブレークしたので、弟子たちもその方面の作品が多い。
源平の話、組打ちもの、西遊記もの、連作の和漢百物語と美勇水滸伝、それに稗史から材を得たものなどがある。

那智山之大滝にて荒行図 滝に打たれる文覚を真正面から捉える。滝の水しぶきがまるで洗剤の泡ブクブクになったようだ。グッッと力をため込んだ文覚の覚悟が伝わってくる一枚。

桃太郎豆まき之図 これはその前日に神奈川県立歴史博物館の展示でも見ている。かわいい金太郎の働き。

通俗西遊記 連作四点を二期に分けて展示。
孫悟空だけでなく敵の混世魔王、羅刹女、敵ではない二郎真君が九頭駙馬を射ぬく場などがある。
動きのあるこんな連作を見ていれば、全編を読み通したくなる。
文芸性のある絵には、そうした二次的なものを望みたくなる力がある。

和漢百物語は慶応元年の作だが、不穏さがにじむところが魅力的だった。
「華陽夫人」などはそのまま無惨絵でもあるし、「小野川喜三郎」は化け物絵、「下部筆助」は滝の中に女が浮かび上がっているが、これは文を読むとどうやら「箱根権現」の初花らしいから、芝居絵。
分類する必要はないのだが、そんな風に思うのも面白い。

役者絵もある。同時代の同じ浮世絵師・豊原国周は幕末から明治の役者絵で大活躍したが、それとはまた別な個性がある。田之助はさすがにいいが、しかし総じて役者絵は国周の方がいい。

美勇水滸伝は本朝の歴史・稗史からピックアップしたキャラたちを描いたシリーズ。
大蛇丸、天狗小僧霧太郎、武蔵、平良門と黒雲皇子など。
それがまた目録に序文に袋まで一緒に展示されているから、ちょっとしたカードゲームにも見える。
かっこいいキャラたち。

第二章 幕末の混迷と血みどろ絵の流行
兄弟弟子・落合芳幾と共に手がけた連作「英名二十八衆句」の芳年の担当したものがでている。
これは仮名垣魯文の文章がついている。

「妲妃のお百」ではたとえばこんな文がつく。
「玄界灘の乗り切りは年浪よる大晦。春に打ち越す宝船。利益は深き欲の海・・・」
いいなあ。お百は悪婆(あくば=悪女ではあるが、自らの信条や恋人等を守るために動く女)として名高いが、近年は彼女の芝居は先般亡くなった沢村宗十郎が自分の勉強会で上演したくらい。幕末頃は人気のある演目だった。

「団七九郎兵衛」は長町裏の殺し場。ゾクゾクする。
「福岡貢」「古手屋八郎兵衛」らもいちばんの見せ場であるコロシを見せびらかしている。文楽でも歌舞伎でも特別人気のある場面である。
ちょっと長くなるが八郎兵衛の文章を写す。
「鰻谷の心を今世に唱う。浪花にあらず江戸前の竪川、北の猫茶屋に三年馴染みし猫の妻。しばしば通う猫足に・・・・・・・」猫尽くしの文だが、ちょっと拵えすぎ。

わたしは「直助権兵衛」の顔剥ぎ絵がなかなか好きなので、今回もじっくりと見入った。
ヒトの顔の皮を剥ぎ取る姿。
無惨絵はやはりここまで来ないといけない。

「笠森お仙」は義父に殺されるお仙の無惨な逃げまどう姿を描いているが、着物だけでなく足にも義父の血塗れの手形がついている。それがいよいよ無惨さを募る。

東錦浮世稿談は慶応三年、いよいよ幕末も幕末の頃にでた連作。
ここでは「向疵与三 蝙蝠安」が特に良かった。与三郎が蝙蝠安を殺す場。蝙蝠安をバスバスに斬りつけたおし、安はもう失血多量で青くなってフラフラ。

最近は芝居でも無惨なものがなくなったが、時代が時代だけに世相もわるく、無惨なものが人に好まれたのだった。
わたしなんぞは世相関わりなく好きではあるが。
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「箱王丸 八幡七郎」箱王は後の曾我五郎時致。無邪気な稚児姿で軽く殺人。殺される方の目はモノスゴイ血走りである。

明治になった。とはいえ明治初は平安の年ではない。
「豪傑水滸伝」シリーズでは「九紋龍史進」が素晴らしい。
師匠国芳の史進も名品だが、この芳年のもそれに劣らない。
史進が刺青を入れている最中を描いている。
雪のように白い肌を青い絵が侵してゆく・・・
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わたしは学生の頃に国芳の水滸伝の好漢たちを見て、そこから水滸伝を読むようになった。
最初に読んだのは村上知行抄訳・井上洋介挿絵のもの、ついで120回本をまるごと駒田信二が翻訳した平凡社版。
岩波の吉川幸次郎の翻訳よりいい。
水滸伝に関しては偏愛が先に立ちすぎるので抑えるが、やはり彼ら好漢を見るだけでときめきが止まらなくなる。

松田修がその著作「刺青・性・死」において、自身の刺青への憧憬と偏愛について深い文章を綴っている。
その中で、刺青を入れたものと、入れぬものとの深い断絶を論じている。
松田修への酷愛は言葉にできないし、するには時間がかかりすぎるので、簡単に書くが、わたしは芳年のこの絵をみたとき、彼の言う「深い断絶」を実感し、なおかつ二つの倒錯した歓びにうちふるえてしまった。

その史進は作中にあるように「雪の膚」を持つ青年であり、その父・史太公が上手のものに依頼して、九つの龍を息子の全身に纏いつかせたのだ。
いま、その現場を目の当たりにしたのだ、わたしは。

肩口には既に青い龍が這い周り、青年の雪の膚を締め付ける。しかし未だ腹には白が活きている。だが、もうそれも間もなく失われるのだ・・・

なんという官能的な絵だろう。
師の国芳の史進は既に「全身を綺羅に飾り」ているが、弟子の芳年の史進はそれを進めている最中なのである。
もし、この場にその史進がいれば、わたしはこの指の腹で盲牌を探るように、青の部分と雪の部分とをまさぐり続けるだろう。自分の指の表面に流れる指紋を、刻まれるべき龍の鱗に見立てながら。


元に戻る。
魁題百撰相シリーズがある。
死ぬ姿を描いたものが多い。切腹して臓物を出すもの、青ざめつつ血を口元に染めるもの、一方で孫市のように絶望的な状況でものを食べる剛のものもいる。

忠臣蔵の連作もあり、男らしい風貌の堀部安兵衛がいた。
「一魁随筆」になるとそろそろ外線に漣が生まれ始める。
山姥と怪童丸だと母の山姥が小手をかざして息子を見守る、という構図をとる。

第三章 新たな活路 新聞と西南戦争
新聞はまだ写真を載せるところまではいってない時代、生き残った浮世絵師たちはこの「報道」の絵で大変な繁盛を見せた。
そしてお江戸のヒト・芳年は彰義隊への同情心と、新政府への非難の心をそっと絵に示す。
伊庭八郎の絵があった。実にカッコイイ。『剣道名誉の達人』と言う紹介文がいい。
実際物凄いオトコマエだったらしい。下母澤寛や池波正太郎の小説にもいい男で登場する。
そしてその恋人が稲本楼の小稲なのだが、あの江戸第一の美人の1人を明治の世に油絵で描くと・・・シャケ以上のとんでもないインパクトが生じ、モデルが泣くというスキャンダルに発展するのは後日の話。

明治の世は今と変わらないところも多い。
ストーカー殺人があったり、元カレのせいで自殺したり、わるいことしかしない女など、てんこ盛りニュース新聞なのだった。

西南戦争はご維新から十年後のことで、まだまだ火種はくすぶっていたのだと改めて世人に知らしめたのだ。
西郷への同情心はかなり高いようで、描かれた西郷はいずれもいい感じ。
それにしても毛深すぎる人の肖像もあったりで、妙にこっそり笑う絵も色々。

第四章 新時代の歴史画 リアリズムと国民教化
ここで歴史画の興隆がくるのはなにも浮世絵に限ったことではなく、大和絵の命脈の人々にも当然あり、「油絵師」と言われた明治初期の洋画家達も例外ではない。

金鵄をつれた神武天皇、クガタチで悪者に勝つ武内大臣、美少年牛若丸と弁慶の闘い、哀れな梅若丸などなどいくらでも絵は出てくる。
明治も10年代になると芳年の絵も相当変わり、牛若や梅若といった少年の睫毛が長くなるのが激しい。

第五章 最後の浮世絵師 江戸への回帰
明治18年ごろから20年代にかけては、相当に面白い作品が生まれている。
悪婆・鬼神のお松がおんぶしてくれたヒトを殺そうとするシーン、村井長庵の弟殺し、土蜘蛛、八百屋お七、鬼童丸の魔術などなど。

再び水滸伝も描く。
浪裡白跳張順が得意の水中へ黒旋風の李逵を引きずり込んで闘うシーンなどは、張順の左右の目の表情の違いが非常に魅力的だった。

清玄堕落の図 これは気の毒ではあるが、やっぱり気持ち悪い。ストーカーとなり、身を落とし、明日も知れぬような状況の中、恋する櫻姫への妄想に絡み取られている。
見るのがイタイような絵。

安達が原 無惨な妊婦逆さ吊りの絵で、下の婆さんの目つきが怖い。
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この絵に感銘を受けた伊藤晴雨が実際自分で実験したくなり、何番目かの奥さんが妊婦になったとき、医者立会いで、この構図を取らせ、撮影をしている。

美人画「風俗三十二相」などはしばしば千葉にも出て親しみがある。
そういえば昭和40年代に出ている浮世絵画集ではこのシリーズが選ばれていた。

芝居絵もいい。明治の役者にハメルのではなく、芳年オリジナル二人の道行き。
物語絵では、八犬伝の「芳流閣」が特にいい。これは今回のチケット。
「月百姿」もいくつか出ている。

そして新形三十六怪撰のシリーズがある。
清玄、清姫、清盛の見る髑髏の怪、牡丹灯篭・・・
明治になり、神経衰弱も一段落こえて、昔のように怖いものを描く。
どれを見てもぞわぞわと・・・いい感じ。

文覚荒行の下絵があった。そこに出てくるセイタカ・コンガラ童子たちの可愛さにドキドキした。
特に美少女として描かれている方。切れ目がちの美しい容貌で、しかも小さくふくらんだ胸もあらわなのだ。相棒と約束があるかもしれないが、そんな無防備でいては危ない・・・

最後に肉筆絵について。
本当は最初に見る絵なのである。
なんと言うても「うぶめ」がよかった。
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しかし実際に蔵の中で幽霊を見たような絵師が描いただけに、たまらない・・・

11/25まで。たいへん良い内容だった。

江戸絵画の楽園

静岡県美は江戸絵画の良い展覧会をしばしば行う。
なんで大阪のわたしが草薙まで出向かなアカンねんと思いつつも、毎回その良さにヤラれ、ああ来てよかったと思うのだ。
今回もその例にもれず予想以上にいいのがザクザクザクザク。
ザクの中でも赤ザクは特別だが(なんだ急に)、初公開の洛中洛外図屏風と、コースター大の円紙200枚強に、描かれた色んな作家による愛らしい作品群は大変見応えがあり、それらが栄誉ある赤ザクたちでしたな~
いや本当に見ても見ても終わらない。
こういうものを知らん顔して出す公立美術館はここと千葉市と板橋区しかないのではないか。
いや・・・大阪市立美術館も大概そうか。
なんにせよ参りましたわ。

さてそのほかにも無論良いのが少なからずあり、ものには順序ということで、見て回った順に小さい感想を挙げてゆこう。
なお展覧会タイトルは「江戸絵画の楽園」である。
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第一章 屏風① 風を屏ぐ調度品

森狙仙 親子猿図屏風 木の上で猿の母子が向かい合うのだが、右の母は歯を剥き出したえぐい顔で、左の子はそれからちょっと距離を取りたい雰囲気がある。
二曲一隻で、開いたときの効果を考えていると解説にあるが、なるほど確かにその通りである。
コザルのキモチになれば、わざと角度を拡げてやりたくなるし、またいぢわるくママ猿に近づけて叱られやすそうにする時もあるだろう。

海北友松 禅宗祖師・散聖図押絵貼屏風 色んな人物がそれぞれの逸話に沿って描かれている。
絵の上に名や逸話が書かれているがあまり読めない。
右6は刃物を振り上げて今しも自分の左手を切り落とすシーン。二祖当年ウ丈夫 と読める賛がある。禅宗で腕切り落とすのは達磨絡みの話があったが、彼なのか。
左4は情けないツラツキで柴を担ぐ六祖。その隣には袖にわんこ入れたのもいるし、最後のはなんかエビらしきものをつまみ挙げている。
蜆子とあるがもうハッキリした話が思い出せない。

狩野山楽 雲門体露金風図 二人の禅僧が風に揺れる木を前に何か語り合う。
この絵も今度の山楽山雪展に出るのかもしれない。

狩野重信 帝鑑図・咸陽宮図屏風 型押しの金雲。右上に始皇帝の焚書坑儒がある。次々に穴に落とされてゆく儒者たち。目の前で書を焚かれがっかりする姿もある。
いつの時代・どんな場所でも独裁者のやらかすことは同じである。
その下には尭の偉業らしきのがあるが、極楽より地獄がイキイキ描かれるのと同様、あんまり面白くはない。
左には夏の幽王かと思われる字がある。糸白糸にムだから字はまともには出まい。ただ寵愛する女の名が女偏に末に喜だから(妺喜)バッキとも読める。幽王には褒似。
この字の女がハッキリ思い出せない。
もし妲妃を言うなら殷の紂王となるか。絵は酒池肉林を描いている。
殷イコール酒池肉林のイメージもあるが、それは本当は幽王だと言う話もあり、重信がどちらを採ったかはわからない。吊られた肉はモモ肉ばかりだが、斑イヌも縛られてそこに置かれているのは、やはり喰われる予定らしい。
左隻は右より人物が大きく描かれている。走り寄る武人たち、上も下も大騒ぎである。これは始皇帝暗殺の逸話を描いた図らしいが、ややわかりにくい。
それにしても細密な絵で金もピカピカ、隣で見ていたカップルがそのことにも感心していたのが面白かった。

言い忘れていたが、今日はフリートークデーとかで喋ってもいい日らしい。

狩野氏信 源平合戦図屏風 これはわらわらと細かいのを描くのではなく大きくワンシーンを描いている。こういうのも面白い。
左は『木曾殿最期』から、巴御前が敵の首を捩切り落とすシーン。力強いのは感じるが凄惨さはない。

守住貫魚 唐子図屏風 フルカラーでちびっこらを可愛く描いている。
噛んだら中からクリームが出てきそうな可愛い子らがわんさといて、それぞれ好きなことをしている。
みんな着飾っているがよく見ればコスプレしているではないか。
蒙古帽や韃靼帽もいれば日本風味なのもいる。虫取り網で他の子を捕まえるのもいれば、足相撲するのもいる。何かを引いてるのにその上に白いわんこが乗っかったり。
左端ではガラスのつぼから鉢へ金魚を移そうとするのもいる。
本当に可愛い。そしてとても丁寧な描き方なのがいよいよいい。

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第二章 掛軸 床の間の飾り

式部輝忠 富士八景図 八幅対の富士。12ヶ月を8で割る(こともないが)。
何故か偶数奇数と2ガラスケースに分かれての展示。
色んな富士が描かれていて面白い。薄い墨絵でぼわ~と描いているのだが、それが却っていい。あるときは煙を吐き(え゛っ)、満月の時もあれば群雲に隠れるときもある。
室町時代の富士の姿。

英一蝶 屋根葺図 長~~い掛軸で屋根と地上とを表す。葺き替え中の人々がお昼ご飯のヤカンや湯飲みを、小僧が縄で下へ降ろすところ。それを受け取ろうとする子どものはしゃぎっぷりもいい。キモチはよくわかる。

長沢芦雪 月に竹図 先の画が「長~~い」のならこちらは「長―――――――――い」である。京都銀行のコマーシャルのようである。
上のほうにぼんやり月が出て、竹がその光でシルエットになったり実際の姿をみせたりしつつ、ついに下には「芦雪」サイン。ふふふ、わるいやつめ。

フェイルケ 富士山図 オランダ人の絵で実は和紙でなく洋紙で描いた富士。群雲が手指の形に見える。ヘタウマな感じもする。

柳沢淇園 梅小禽図 少しばかり南蘋派風にも見える。青い小鳥は白い羽虫を食んでいる。
梅は紅梅。これは紀州公の売り立てで世に出た絵。残念だったろう・・・

柴田是真 富士山図 今丁度根津美術館で是真展が開催中だが、これを見ても本当に面白い。もあ~と白い富士。これが実は三幅対で富士を構成している。しかも描き表装なのである。緑の地に金の海栗殼のようなものがあちこち・・・
工芸家是真の美意識が心地いい。

鈴木守一 秋草図 鶉、飛ぶ。その下に赤めの秋草が色々咲いている。薄も赤い筋を見せているし、ツタもあり萩も赤い。

葛飾北斎 天神図 今回のチラシ。真正面顔を描くのは日本人は巧くないが(同時代の西洋の画家たちは鼻の描き方の処理がいい)、技法の違いを超えて、これは日本人の描く「日本人の真正面顔」だと改めて実感する。

岩佐又兵衛 伊勢物語東下り図 これがまた勢いのある絵で、騎乗する昔男さんも従者たちも富士を見るのに焦って駆け込んできました、と言う雰囲気があるのがおかしい。

伊藤若冲 垣豆群蟲図 豆も生っている。粒のよろしい豆である。その上にバッタ、キリギリス、カマキリなどがいる。アブは宙にいて蟷螂と対峙し、蝶は白と黒とがそれぞれ舞う。生物と植物のそれぞれの命。それが青々しく生きている。

狩野重信 李白観瀑・双鷺・双鳩図 真ん中の李白は見返り李白。瀧を見終えて帰ろうというところなのか。右の鳩たちが可愛い。ついついわたしもちょいちょいとリストに描いてしまったくらいの可愛さ。鷺もそう。こうした可愛さはやはり東洋絵画の面白さなのだと思い知る。

狩野探信 牛図 15才で描いたとサインがあるが、疑問だという話。なにしろ巧すぎる。ウシでウマすぎるというのもなんだが。

池大雅 高士観瀑図 絵はまだ若い頃のもの。賛に「翆嶂懸泉」とあるのに惹かれる。
表具は千家十職の奥村家の手による。

谷文晁 連山春色図 連山といえば中国だが、むしろルネサンスの画家の描く背景のような趣がある。勉強の成果なのだろうか。

谷文晁 楼閣山水図 81年振り公開。これは徳川家達公の弟君。達孝氏が所蔵していたそうだ。かわぐちかいじ「兵馬の旗」に出てきたのはこの方だったか・・・

浦上玉堂らの寄せ書きがあった。絵と書とがいい配置で描きこまれていて面白い。
中に「一片心」の横書き(本物は無論今と表記の左右が逆である)があるが、小吉五歳とサインが入っているのに驚く。他にも「自溟七歳」もあるからなあ。
小吉といえば思い浮かぶのは勝小吉だが、彼は生涯確か文盲だった。彼の自伝は奥さんが代筆したのだ。そんなことを思い出すのも楽しい。

第三章 屏風② 風を屏ぐ調度品

雲谷等益 琴棋書画図屏風 右は春で梅が咲いている。やたらと豹や虎の毛皮が敷かれている。舟も出ていて鶴にえさをやろうとするヒトもいれば居眠りするじいさんもいる。
左は夏で蓮が咲き誇る。たくさんの蓮。ほぼ白い蓮ばかり。ロバにしか見えない馬もいる。
妙に蓮に惹かれた。もこもこさいている蓮に。

洛中洛外図屏風 東福門院入内図。だからか四条河原に歌舞伎の小屋は描かれていない。
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また珍しいものが色々描かれていた。
右は稲荷山と専入寺(泉湧寺か)に始まり、御影堂もある。大仏殿に三十三間堂はともかく、智積院まである。しかも大仏殿には南蛮人の見学もいる。夏らしく祇園祭なのだが、四条・三条を描くだけでなく寺町までが入ってる。
左は貴船に鞍馬山、金閣寺。千本閻魔堂もあり「きゃうげん堂」は描かれているが至って静か。紫野の大きな寺の様子、御室、北野天満宮。二尊院に小倉山まである。松尾に天守閣つきの二条城!?そして壬生寺では狂言の真っ最中・・・
大変丁寧な描き方で、じっくりみつめて随分時間が掛かった。本当にこれは珍しいものを見せてもらった。因みに雲は型雲。綺麗な屏風だった。

谷文晁 富士山図屏風 これは白と黒の面白さを堪能する屏風。見る方向により、ベタ塗りの黒の陰影が大きくもなり小さくもなる。かっこいい。

葛飾北斎 紅葉筏図屏風 筏師らが川を下る。紅葉は今が絶頂で、川面にも赤を多く散らす。筏の上では煮炊きもしている。散る紅葉の豊かさとヒトの営みと。大胆な構図がいい。

狩野栄信 桐松鳳凰図屏風 フルカラーで鳳凰一家を描いている。父親の鳳凰の目つき、母親の鳳凰の目つき、それぞれ違う。真ん中の子鳳凰の目とくちばしの美麗さにときめく。
息子、美少年な鳳凰。ちょっとこれは流麗過ぎる、ドキドキした。
裏は金地で墨のブドウ柄。

冷泉為恭 鷹狩・曲水宴図襖 藍色の川がうねりながら走る。鳥の形の舟に盃を載せて川に浮かべる貴族たち。優美さが隅々まで行き渡っている。

第四章 巻子と画帖 手元で楽しむ美

渡辺崋山 桃花図扇面 開いたままで収納できる箱まである。桃は開きっぱなしで二百年近くを生きている。

狩野栄信・養信 唐画流書手鑑 手本を写したもの。中でも養信の二匹の牛と帰る牧童図は牧谿風な味わいがある。

書画鑑 諸家による色んな絵の集まり。中でも白地に斑ねこが立ちながら蝶々を狙うのが面白い。これは井伊直朗の依頼で作られたもので、中には抱一の絵もあるそうだ。

狩野探幽 富嶽図巻 東海道往復の間に描いた富士山図。こういうのがまた絵師の息遣いが伝わってくる。さすがにうまいのはうまいが、それよりも興に乗る様子がいい。

岡田半江 住吉真景図 天保12年(1841) 町から始まる。粉浜の商店街・・・ではないが、とにかく町並み。そして松並木が多すぎる住吉へつきにけり、だが燈篭も太鼓橋も松に埋もれている。こんなに松が繁茂していたのか。

岡田半江 岡本梅林図巻 天保八年(1837) 今も梅の名所の岡本。小さい茶店があるらしい。梅はぽつぽつ白いのが咲いている。これは長く絵師の手元にあり、乞われて白ポツをつけて完成したそうな。

橋本青江 岡本梅林図 明治三年(1870) 半江の女弟子で、師の絵をさらに膨らませて描いている。だから白梅だけでなく紅梅も咲いている。30年経って梅も増えた・・・わけではなさそうだ。

リストにはないが、特別出品として、養信の竹雀図屏風があった。
これは右に45羽、左に46羽の雀たちが楽しそうに騒いでいる図。
ほしいような気もするが。さぞやうるさかろう・・・

最後の最後にガラスケースに面白いものが寄り集められていた。
コースター大の円形絵。実に色んな絵師が描いている。
猿の狙仙は他に朝顔を、徹山はコウモリ、南岳は鼠、応瑞は雀たち、芳中は白梅や丸い黄色の菊など、他にサインは読めないがキジに茶色の掛かった白猫が見返る可愛いものもあった。どれを見ても楽しいが、一体これは?という珍しい作品らしい。
全部で219枚だということだった。
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ああ、本当に見ごたえのあるいい展覧会だった。これはもう明日の11/18で終わりなのだ。
なかなか見に行けなかったが、本当に行けてよかった。
やはり静岡県立美術館はすごい・・・

前田青邨の京都

東博の常設で前田青邨の京都を描いた連作を見た。
とても素敵だった。
こういう時代に京都を遊ぶのも楽しいだろうと思った。
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ああ、京洛の面白さがしみじみと胸に広がる。

他によかったのはSH3B15290001.jpg

先日も紹介した馬の名医のところへ龍が来る話。
その絵。この龍はかいぐりかいぐりされてうっとりしている。

今日は会社の組合の大会で忙しいので、これで精一杯です。



描き継ぐ日本美 円山派の伝統と発展

既に終わった展覧会だが、好ましかったのでやはり感想を挙げておきたいと思う。
三の丸尚蔵館の「描き継ぐ日本美 円山派の伝統と発展」後期展へ向った。
この企画を知ったのが遅く、前期に行けなかったのが残念である。

たいへん好ましい空間だった。
応挙に始まり、山元春挙、竹内栖鳳までの血脈が集められている。

応挙 馬図 仲良しな二頭のいる図。馬の滑らかな毛並みがリアルである。

森狙仙 猿の図 例によって猿である。ここでは二点あり、モコモコした猿がくつろぐ図と、のみとりをする図が出ていた。ほんわかムードにあふれている。

京都府画学校校員画帖 これが面白かった。
森寛斎 後赤壁図 モァ~とした大気に包まれた渓谷の中で。

川端玉章 浜離宮春秋図 いつも行かないが、それだけにこうして図になったのを見ると「今度は行こうか」と言う気になってくる。
藤の橋に、鴨池。春秋の喜びを凝縮している。

玉章と村瀬玉田の画帖があり、全点を見たいと思うがそれは無理なことで、図録に図版があるのだけでも楽しくなる。

山元春挙 義士隠棲 遠目からでも「春挙だろう」と思った。
巨大な雪景の中の山。山は黙して語らず、しかし絵から読み取れる物語は無限に大きい。
ダイナミックな美しい絵だった。

前期のほうを知りたくてリーフレットを眺めると、非常にいい感じである。
これは前期もぜひとも行っておくべきだった。
惜しいことをした・・・
とりあえず、終わってしまったが、こうして軽い感想を挙げておく。

「美術にぶるっ」展・第2部「実験場1950s」/「日本の70年代」

東京国立近代美術館の「美術にぶるっ」展の第2部「実験場1950s」と、埼玉県立近代美術館の「日本の'70年代1968~1982」展を見終えて後の、ごく私的な感想または感慨を書く。

どちらかといえば鬱屈した内容である。

武家の古都・鎌倉 3館連携特別展 

三館合同企画というものは面白い。
性質の異なるミュージアム同士の連携が、他者であるわたしにも楽しくて仕方ない。
内側の忙しさと高揚感とを想像しつつ、わたしも出かけた。

まず金沢文庫へ。
「鎌倉興隆―金沢文庫とその時代」
わたしは「金沢文庫」が地名なのか固有名詞なのか子どもの頃ずっとわからなくて困っていた。
今は地名であり固有名詞であり、ということを理解しているが、随分長い間わからないままだった。
その金沢文庫が成立した頃の資料などを集めた展示らしいが、解説を読んでビックリした。
・・・案外あいまいというか、あまりはっきりしていないようだ、その成立過程とか色々。
こうして何百年も経った今だといよいよわからない。それもまた興味深く思う。

金沢文庫があるのは称名寺の境内である。
作品の大半はその称名寺から、そして鎌倉の円覚寺、佐倉の歴博などの所蔵品である。
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一遍聖絵 巻5 こぶくろ坂で一遍一行と出会う北条時宗。桜の時期。
・・・時宗の一遍と、執権の時宗。

北条氏の肖像画が続く。
中でも惹かれたのは、北条実時である。眉はやや細いがキリッとした顔立ち。
これはいいなと思っていたら、やはり世評も高く、国宝でした。

青磁花瓶がある。見るからに釉薬の濃くかかる元代のもの。
この時代の青磁の濃さは魅力的だ。
実際に使用されていた、というのもいい。死蔵するのもいいが使うこともいい。

玉簾 驚くくらい精妙なのだが、それは細いガラスの管を延々と繋ぎ合わせた簾なのだった。鉛ガラスらしい。技術の高さに感心する。

玉華鬘 こちらは棗形の数珠繋ぎ。類例は他にないそうだ。

非常に面白い日本地図を見た。
なんかもう妙にもこもこ丸い。大雑把。変な喩えだが、某国の某教会の修復?されたキリストの絵を思い出した。毛皮を着たサルと評されたあれね。

こんな地図を拵えながらも船に乗って蒙古兵と戦ったのか・・・

その蒙古襲来絵図の模本があるが、これはよく知られているそれとは異本らしい。
絵はなく文章だけになっている。

千葉の観福寺というお寺から来た懸け仏がいくつか。長らく拝まれていたのだろう。
黒光りしている。

白氏文集がある。ちょっと読めないのが残念。

たまきはる(建春門院中納言日記) 藤原定家の姉・健御前と呼ばれるヒトが建春門院に仕えていた頃の回想録。解説によると、中身は衣裳のことや行事のことがメインらしい。

法曹類林 元は信西の書いたもので、その再現品。やっぱり「平家物語」のドラマや絵巻を見ていると、ヴィジュアルが勝手に浮かんでくる・・・

春秋暦、卜筮書なども見に行った10日から出ていて、興味深く思った。
中身がもっとよくわかればいいのだが、残念。

観音・勢至菩薩立像 称名寺蔵。とても綺麗な二人。前屈みの像。足も片足ずつ踏み出している。ご本尊はもう随分前から不在。

南北朝の頃の一遍上人像がある。眉が濃く裸足と言うのが、決まりらしい。

面白く眺めて、鎌倉時代のことも少し学んだように思う。12/2まで。

鎌倉国宝館の「古都鎌倉と武家文化」を見る。
こちらでは武家の信仰とそのカタチをあらわにする。
鎌倉の寺宝を中心にした展示である。

鎌倉・常楽寺の阿弥陀如来及び両脇侍像(仁治3年=1242)の美しさに惹かれる。
こちらの観音と勢至菩薩もまた前屈気味である。鎌倉の脇侍たちはそのように見るものに踏み込んできてくれるのか。

十二神将・戌神 朝祐作 目のギョロリとした、かっこいいコワモテ像である。室町時代。

鎌倉時代は宋文化の影響も受けている。
神像を中心にしたものが並ぶ。

初江王座像 幸有作 建長3年(1251) ガラスの目玉がはめ込まれ、コワモテ度が一層上がる。
手の動きを見ると、巻物を開いていたようだが、もう既にそれは失われている。

勢至菩薩座像 手に蓮をもった菩薩がこちらをやや見下ろすように座している。たいへん優美な像。

伽藍神座像 建長寺蔵。目玉はガラス。ぐりっとした目玉。顎はすごいエラである。しかもどうやら元は植毛されていたようだ。道教を禅が取り込み、こうした像にする。

観音菩薩遊戯座像 遊戯というてもふざけてたり・躍ったりするわけではなく、くつろぐ様のことを言うそうだ。
確かにくつろいでいる。そののびやかさが優しい。

韋駄天立像 浄智寺蔵。やや小振りな像。拝む手。目は開いている。動きの感じる像。

仏画を見る。
白衣観音像 元代 美麗。くつろぎポーズ。やや下には善財童子もいる。色の残りも美しい。

東征伝絵巻 巻四 蓮行 珍しく唐招堤寺から来ていると思ったら、鑑真和上の一代記だった。諸国巡礼などの場。

浄土五祖絵伝 僧たちの中にたまに可愛い青年もいる。武家の中にもそう。そんなのを探すのが楽しい。

浄土五祖絵(善導巻) 竜虎に追われるヒトもいるが、阿弥陀からの花と光のお迎えもある。花降る中、子供らが嬉しそうに花を集める。
法然の展覧会の時にも見たもののように思う。

ところで、関東の方のさる天神社の説明に日本三大天神のとあるが、北野・太宰府はともかくとして三つ目になぜ「菅公が行ってもいない地」の天神社が選ばれるのか。勧請して大規模に祀ったからだ、というのが理由なのか。
時々こんなのを見る度に、わたしは困ってしまう。

鎌倉武士の座像をみる。いずれもエラソーな足元である。
なんだこれは。zen878.jpg
袴の形と座り方によるためのものか、びっくりするような腿から足首の楕円形のふくらみである。

幕末の源平合戦図がある。嘉永6年(1853) 一つの画面に様々なシーンを描きこんでいる。
熊谷と敦盛、与一など。異時同時図ではなく、微妙な時間のずれもあるが、むしろ同時多発図。

男衾三郎絵詞 東博から来ていた。久しぶり。
兄弟がそれぞれの妻といる図が出ていた。
今ならちりちりアフロも個性だが、大昔ではいやな目で見られたのだ。その辺りの神経がちょっとねえ・・・

面白いものをたくさん見てから次へ向かう。

今度は神奈川県立歴史博物館「再発見!鎌倉の中世」。
受付で三館すべて通ったということでクリアーファイルをもらった。ありがとうございます。
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ホールへ入ると、右手に△○□の石塔が随分たくさん集められてい、左手に瓦の拓本がずらずら並んでいた。
なかなかそそられる光景である。

源平合戦図の複製がある。原本は鎌倉時代のもの。首を切ってくる奴もいれば、一の谷を落ちてゆく馬の姿もある。
様々な情景が詰め込まれていた。

刀装具や馬具、弓具などの武器類が多いが、出土した青磁のかけらが非常に面白かった。
これら陶片を見ていると、往事の人々の様子を思わせ、とても興味深い。

人骨もあった。戦争または闘争などでの他殺による死を遂げた頭蓋骨がいくつか。材木座遺跡から出土したそうだ。
ああ、人間の生まれ方は数少ないが、死に方は無限にあるものだ、「武士の時代」の意味を深く想う。

一遍上人に由来する絵巻もある。歩いて渡る江ノ島などが描かれていた。

さいころ、将棋、双六など遊具がある一方、呪符や形代などもある。
生活にはなにが必要でなにが不要なのか、この時代の人々の残したものからはわからないものもある。

資料をたくさん見せてもらい、勉強させてもらった。
三つともそれぞれの個性を見せる、興味深い内容だった。
いずれも12/2まで。

11月の東京ハイカイ 3

三日目。最終日である。
ホテルに荷物を置いて、出かける先はあの荒野・・・ならぬ、三の丸尚蔵館。
そこで会うのさマクベスに・・・ならぬ円山派の絵画。
丸の内のドームをじーっと見上げてから延々と歩く。
今回も展覧会の感想は後日ねちねち書く。

パレスサイドホテルを目印に歩いて、やっと皇居のお庭へ。
後期しか見れなかったが、図録を見ると前期がわたし好みだったか。
とはいえ、春挙の雪山のええ絵を見れたのは嬉しい。

それでもらった地図を頼りに近美へ向かうことにした。
おまわりさんに道を示してもらい出発。
可愛いお花がいろいろ咲いている。
ニシキギは真っ赤になり、十月桜も咲き、ツワブキは黄色い。
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音楽堂や天守閣の石垣を見て、明るい気持ちになる。
この心持のよさを保持していたい。

近美の「ぶるっ」展に入るが、世評から色々考えて、先に2部から入る。
・・・・・小学校のとき、道徳の時間で習い、見聞きしたものが広がっている。
その重さに驚くことはなかったが、これはわたしが忌避し続けてきたものばかりだった。
実感としてナマナマしいものばかりである。
困った。

ほうほうの態で外に出て、今度は1部を見る。
90年代半ばくらいまで、6~8月の二ヶ月間は「恒例の全館常設展示」だったことを思い出す。それが今や特別展特別展だから、本当に時代は変り、またこうした常設尽くしも特別展になることを思えば、感慨深いものがある。
初見の長谷川利行の新規購入の絵に「ぶるっ」ときた。

このまま五島美術館へ向かうのもいいが、ちょっと具合が悪くなってきたので遠出はやめる。そのまま飯田橋へ行く。ラムラのフリースペースでくつろぐ。
わたしは飯田橋と神楽坂がとても好きだ。
ギンレイシアターのポスターを見ながらのんびりした。
もしこの界隈に住んでいれば、ギンレイシアターのメイトになるのになあ。

原宿へ行く。太田で芳年の後期を愉しむ。神奈川歴博、ハマ美で見たものも出ている。
それだけ人気の作品なのである。
下絵のコンガラ童子とセイタカ童子が可愛い。美少女~~!

明治神宮宝物館で明治天皇の巡幸の資料を色々見る。
こうした企画展はとても興味深い。大喪の礼のときの模型など・・・

表参道に出たら雨でした。
紅ミュージアムで江戸デザインを見たが、天使絵にはびっくり。そうなのか~~

そこでもう終わり。ホテルに戻り、荷物をしまって東京駅へ。
ああ疲れた・・・
こうして今回のツアーは終わる。

11月の東京ハイカイ 2

二日目。朝も早くから金沢文庫へ向かう。意識が定まらないうちにつく。ふらふらしながら駅を出て延々と歩く。
グリーンリノリウムの歩道を、おかっぱアタマにトレンチコートの影が行くわけだが、歩き始めるとダダダダッなので、影も早い。某NATO少佐みたい、と我ながら感心したが、「ばかものーっ!」と怒鳴られそうである。
例によって展覧会の感想は後日に詳しく。

金沢文庫・鎌倉国宝館・神奈川歴史博物館の3館合同展を見るために動いている。
金沢文庫では執権たちの肖像画や掛け仏がたいへんよかった。
京都とは全く感性が違うことを感じる。武家社会における仏法ということを考える。

新逗子まで出るのはやはり金沢文庫で乗換えを待つべきだったか。
金沢八景で新逗子行きを待つ。
逗子からはJRに乗るが、混んでいる。
しかし鎌倉に着くと殆どモブシーンというか大群衆である。
なんでいつもこんなにも混むのか。

清方記念館へ。ここは今、横浜美術館・太田記念浮世絵美術館と3館連携割引中。国芳の弟子が芳年、その孫弟子が清方だから。
たいへん良いものを眺める。やはり清方はいい。

小町通の大渋滞をなんとかすり抜け、鶴岡八幡宮境内へ入る。
近美へ向かう気力が萎えた。またこちらは来月にする。もったいないかもしれないが、ムリ。それで国宝館へ向かうが、七五三のお子さんまみれでたいへん。
しかし親の見栄と愛情とを感じるこういう行事は決して嫌いではない。
何もないよりはいいだろう。

国宝館で仏像を堪能する。特に観音・勢至の二人組に美麗なのをみたり、艶かしいのを見上げたり。

鎌倉の駅弁屋・大船軒の出す店で、プチ鯵丼と辛いうどんを食べる。
辛すぎるのだが妙な甘みも感じる。しんどいときにはこれでもいい。

横浜からみなとみらい線一日券購入して、とりあえずハマ美へ行くが、出口封鎖してるのか、違う出口5番から地上へ上がる。
ハマ美の「始まりは国芳」非常にいい。前期でこれだから後期も大変期待できる
そしてここにも出ているが、大正7年の清方の豊饒さ・艶麗さにはためいきしか出ない。
素晴らしい年である。

みなと博物館へ。日本郵船の客船時代のポスターを眺める。
実のところ何度も見かけた作品が多く、目新しいものは少ない。
少ないが、それが悪いわけではない。
好きな作品が多いのは嬉しいが、客船たちの運命について物思う。
目の前には日本丸があるが、今日はやめておく。

次に歴博へ向かう。もう新聞博物館は無理だということがわかっていた。
高句麗の壁画はまた来月だ。
歴博の企画展に入った途端、そのホールに△○□の石塔がずらずらずらーっと並んでいるのにギョッとなるが、ここはいつもオープニングが見事なのを実感する。
入り口でタマシイ捉まれるのは、ここと世田谷美術館などなど。
素晴らしい。

二階の常設では芳年らの浮世絵がたくさん出ていて、それがたいへんよかった。
実はこちらのほうに時間が多くかかったくらい。
英山の読書する金太郎とママ図は特にいい。

そこから山下公園に出たのだが、ここでトラブル発生。
某所で、ヒトに会いに出かけたのだが、そこへ係員に案内されつつも、待機している間にその人は帰り、話を通していたはずの係員から「早く帰ってください」と追われたのだ。
こんなひどい経験は初めてだった。
わたしはそこの見学も出来ず(以前にしてはいるが)、何のためにここに来たのかわからない羽目になった。
出口からは戻れないし、入り口はもう閉鎖している。
観客として腹も立つが、これが仕事の状況でのことなら、わたしは上司に報告し、さらにその相手の上役にも問いただすところだ。
めまいがした。無理を押して出かけてのムダである。
今後はその本体の博物館には行くが、その現場には行かないし、またいついつまでも思い出し続けるに違いない。
わたしの中で、山下公園のその現場は忌むべき場所になってしまったのだ。
こんなことなら日本丸に乗っていればよかった。

疲れてしまった。ここから八王子夢美術館へ行くつもりだったが、ムリだった。
来た電車は急行渋谷行きである。座るとそれきりになった。
気づけば、凄まじい大混雑である。
動きようがない。結局渋谷まで混んだまま。

渋谷では東急百貨店の中に出たので、係りのヒトにブンカムラへ行きたいと伝えると、バス乗り場を案内された。
向かうと、丁度バスが来ていて今から出発。嬉しい。
ブンカムラで英国の水彩画を愉しむ。
98年ごろに大丸神戸で「英国水彩画展」にときめいて以来の、大水彩画展。
わたしは田舎風景より都市風景が好きなのと、物語性のある絵のほうが好きなので、好き嫌いが分かれるが、総じてよい展覧会だった。

いいものを見て「嬉しい」「楽しい」と言うのは、実はわたしの感じる現実が痛苦に満ちていて、しかもそれに対抗できず、少しでもそこから逃げだしたいからなのだった。

ブンカムラからはまたバスに乗せてもらう。助かるなあ。しかも行きとは違うルートなので、違う風景を見れて、それも面白かった。

東横のデパ地下で丁度割引が始まっていたので、喜んでいると、店員さんがわたしの持ってたものに、更なる割引シールをくれた。
いや~~ありがとう。

二日目はこれでおわり。

11月の東京ハイカイ 1

九日十日十一日の三日間、と書くとどうしても心の中ではそれを歌に載せてしまう。
ココノカトオカジュウイチニチノミッカカン、とはうちの地元のえべっさんの歌なのだ。
福じゃ福じゃ福の神、と歌う。
それが一月の九日十日十一日の三日間なのだった。

あと二ヶ月でえべっさんがくる。
しかしまだ2012年のうちである。
焦らなくてもいいだろう。
わたしはとりあえず東京に出た。

出るのはいいが今月来月ほど忙しい日はない。
めちゃくちゃである。
それでも出かけるしかない。

第二木曜はいつも関西のいろんな建物を見学&撮影に行く。
その翌月から東京なのだが、考えを変えて、その木曜の夜から出かけることにした。
むろん新幹線。

急遽思いついたから、定宿もさすがに空いてないので、その近くの別な宿にして出発する。
場所はわかっているのでいい、部屋の構造も同じなので困らない。
この日は久しぶりにPCとも無縁でいて、睡眠導入財を飲んで、無理やりに早寝する。

さて初日。あさごはんを食べてから定宿へ向かい、荷物だけ預けてまず石神井公園へ。
スイスイ電車も動き、ついてからもなんとか公園の方へ行けて、ダダダダタッと歩く。
池の横を歩くから言うわけではないが、いけどもいけどもたどり着かない。
お年寄りたちが釣りをしたり野鳥を眺めたりしている。

石神井公園ふるさと文化館では東上線の観光地の企画展を見た。
たいへん面白い。

例によって展覧会の感想はまた後日。
石神井公園から東池袋に出ると、地下通路がサンシャインに続き、すぐにエレベーターも来たから思いがけず早くに古代オリエント美術館に着いた。
MIHOさんで開催された空想怪獣展の編集版だが、最初にメソポタミアから始まり、インドを越え中国に至る大変面白い内容だった。
可愛い怪獣ちゃん。

機嫌よく見た後に讃岐うどん食べて次にLIBRO本店まで諸星大二郎の原画を見に行った。
十点ほどの作品のうち、カラーの二枚が栞と紙魚子、カオカオ様で、ここらは印刷されたものを見知っているが、モノクロの祈祷なんぞは初めて見たが、かなり怖かった。

学習院資料館に行き明治の小学校教育を見る。
こういう企画もいいもんだわ。

池袋経由で北浦和に向かうとき電光掲示板に遅延や運休のお知らせが。
石神井公園あたりがなにやら発火騒ぎがあり電車止まったままらしい。
ヒーー!

埼玉近美の70年代の展覧会なあ。
私は正直70年代はいい記憶がないんだよな。80年代カルチャーはかなり好きだが、60~70年代はアタマが痛くなるのだ。
とは言え全面否定やないよ、こんな私も90年代初頭は唐も横尾もカッコイイなあと思いもしたのだ。
しかしあのサイケな色遣いや言葉や思想が苛立ちに変わった今や、関わりたくないくらいだな。
展示で真面目にみたのは上村一夫の原画だけかもしれない。ちょうど十年前に川崎市民ミュージアムで上村一夫の回顧展を見て以来のことか。しかし上村さんの作品なら凍鶴や修羅雪姫、晩年の菊坂ホテルが私のベストで、ここにある同棲時代の、その当時の魅力は伝わらない。
あくまでも上村一夫作品として眺めるだけなのだ。

さて上野に戻ります。トーハクでまず大出雲展に入るが、京都の規模は望めないと聞いていたから、全く別な企画だと思うと、それなりにいいものも多く見所もあちこちある。
何よりかにより中国王朝の至宝がよかったわ~また詳しく挙げるけど総花的と括れるものやない、よくぞここまで!と感銘受けましたわ~
やっぱりトーハクはよろしい。

お約束の方にもお会いし、新しいご紹介も受け、楽しいトーハクの面会の後にはまたまた大好きな出光へ。
琳派です。

これは昨年の作り直しではない、一本立ちのいい展覧会ですがな。
去年のを主軸にしつつ新しい作品も多く、その分はまた別刷りをこしらえているのだ。
こういう誠実さが好きだ!
また後日詳しくね。

さて初日はここまでにして、宿に向かう。途中稲庭うどん食べる。出汁はやはりからいがいい麺です。
続きはまたあとで。

つらつら椿 椿絵に宿る枯淡の境地

松伯美術館の特別展「つらつら椿」~椿絵に宿る枯淡の境地~を見た。
作品の多くはあいおいニッセイ同和損保所蔵。
何度か見ているが、久しぶりなのでとても嬉しい。

椿への偏愛は深い。
自分でも椿の絵を集めてここで公開したこともある。
「椿の花」’07.3.28

横山大観 雪旦 薄闇の残る中に白い椿の花が。雀が一羽とまる。綿のような花びら。雪の旦(あした=朝)。
大観のこうした小品にこそ深い味わいというものを感じる。
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川合玉堂 椿花小禽図 紅椿の咲く木に目白が二羽。木は付け立てのような。柔らかく、少しばかり華やかな図。

富田溪仙 春の花籠図 頽れるような花がそこにある。
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横に広がる姿態は掌でたやすく死んでゆくだろう。そんな風情がある。

園中春暖図 明から清にかけての頃のような雰囲気がある。下に水仙が咲き風に揺れている。白梅も美しい。

小林古径 椿 清冽な椿と、それを生ける瓶の形のすっきりと豊かな美しさ。
家に飾るならやはりこの絵がいい、と思う。zen869.jpg


安田靭彦 椿寿瓶 様式的な紅白の椿。

紅白椿 アイドル風な二つの花。寄り添って仲良さげな椿。可愛らしい。
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前田青邨 椿 小さくて愛らしい椿が二輪、やはり背の低い瓶に生けられている。
和やかな空気が画面にかもし出されている。

椿 先のとは違い、こちらはまた自己主張の激しい椿たち。こちらもとても美しい。
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村上華岳 椿花図、紅椿 どちらの椿も血のような朱を画家により選ばれている。
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華岳の大正期のナマナマしい官能性を感じる。そして「紅椿」の葉の肉厚さに墨のぬめりをも感じさせられる。

奥村土牛 紅椿 ハイライトの白が可愛く載り、とても魅力的。つややかで、愛しさが全開。
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椿花 白に赤の鏤めがひどく惹きつける。椿の魅力は深い。

福田平八郎 八重椿 可愛い。とにかく椿への偏愛が深いので、その花びらの一枚を見てもときめく。

山口蓬春 都波喜 ふくよかなタイトルにふくよかな花。

小倉遊亀 椿 師匠とはまた違う形の花だが、花への愛情が受け継がれているのを感じる。

古九谷徳利と白椿 他の花でもそうだが、遊亀さんの古いやきものと花との取り合わせは、異様に魅力的なものが多い。花を生ける瓶は少しばかりいびつな形が艶かしく、花はそこに新たに咲くようだった。
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徳岡神泉 紅椿 エメラルド色の背景に一輪の椿。画面は横長である。
そこに寝そべる花の姿態に魅せられる・・・zen874.jpg


山口華楊 寒椿 雪に目白という道具立て。椿は目白をみつめる。目白はまっすぐに飛ぶ。

上村松篁 椿 これは大正末頃の作品で、まだ後の華やかさは薄い。伏見の御香宮の横の空き地に咲いていたのを写生したそうだ。いまもこの椿があるかどうかは知らない。
宋代の絵を思う。薄い彩色は夕日の中の影のように不確かではあるが、静かな心持にさせる絵。

春園鳥語 紅白の椿が咲き乱れ、その木のあちこちに色んな鳥たちがいる。先の絵のほんの数年後なのに、既にここには松篁さんの華麗な世界が広がっている。鳥たちが松篁さんの迷いを断ち切り、花の美しさを愉しませたのか、と思った。

椿 昭和半ばの絵。いよいよ情感は豊かにふくよかに開く。黒い葉が下向きに咲く。

花椿 これは資生堂の香水のラベルのための絵で、白い空間にぽつんと椿が浮かんでいるのも、そのため。
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資生堂花椿オードパルファム その絵を使い、文字もまた松篁さんによる、美しい瓶。
資生堂は小村雪岱、山名文夫の時代から、美の本質を掴み、それを世に送り出し続けている。

水温む 黄緑の背景に小鳥が一羽、そして生きる椿と朽ちてゆく椿が描かれている。
朽ちる花にも優しい手を差し伸べる松篁さんの美意識。晩年に向かっていても、その世界は深まり続けていたのだ。
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高山辰雄 椿 二点の「椿」がある。どちらもぼんやりした空間に花の佇む絵。かつてはその世界にもどかしさを感じていたが、'93年に「聖家族」展を見て以来、意識が変容した。
青緑の靄の中に青磁の角皿があり、そこに椿がたむろする。フィルターのかかった曖昧な空間だが、今はもうもどかしさではなく、自分が高山さんの夢の中にいて、その絵を見ていることを、知っている。
そして、白椿を描いたものには赤布が広げられていた。そこにはやさしい和がある。

洋画がある。
中川一政の椿が二枚。どちらも力強い筆致で描かれている。
花はマヨルカの壷にイキイキと広がっている。

乾山の色絵椿文輪花向付 またとても好きな作品である。
可愛くて仕方ない。緑色に白椿の描かれた可愛い可愛い器。

光琳 紅椿図 団扇絵なのだが、そこからはみだす椿。椿の生命力を感じる。

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これがとても好きで、本物はむろん手に入らないが、画像が手元に来たときは嬉しかった。
わたしなどは思えば実物を手に入れても、上手に保つ法がない。
いくらほしいものがあっても、それを手に入れて愛でることは出来ても、美しく保つことはどう考えても出来ない。だからこうして出かけては、その美を楽しませてもらうのだ。それでいいのだ。

上村家三代の絵をみる。
松園さんは「娘」が出ていた。二人の娘がそれぞれ何かを見る図。これは名都美術館所蔵の「春秋」別バージョン。

松篁さんの「松虫草」「五色桃」は見慣れたものとは言え、だからこその親しみがある。

淳之さんの額装の三幅対をみた。「鳧=ケリ」「杜鵑」「鴫」。鳩のような顔の鳧ケリ(こんな字知らない)、飛ぶホトトギス、一羽佇むシギ。

二羽が言い争う「白鷹」、シギを描く「秋光」を見てすぎると、ハッと胸を衝く絵があった。
「集う」 今年の絵。鴛鴦たちが集まっている図。二羽の雄に三羽の雌。とても楽しそうな和やかな雰囲気がある。
誰と誰がカップルというのでもなく、みんなで楽しく和んでいるような。
とても心が優しくなる図だった。

「つらつら椿」という言葉は万葉集に載る「つらつら椿つら椿」から。
   巨勢山のつらつら椿つらつらに 
      見つつ偲ばな巨勢の春野を
とても優美なタイトルである。
本来の椿は春の花だが、秋の松伯美術館を彩るにふさわしい花絵だと思った。

第64回 正倉院展

今年も正倉院展へ向かった。
昼前に着いたら30分待ち。朝イチは75分待ちだったそうだ。
しかし行列していると時間の感覚がなくなるので、実際にそれが本当の時間かどうかはわからない。

今年の目玉は瑠璃杯。zen863-1.jpg
18年ぶりの出陳らしい。学生の頃から通ってるからわたしも18年ぶりに再会と言うことになるか。
綺麗な青だが、間近で見るのは大蛇列。うねりながらゆっくり進むしかない。
わたしは別にいいや、で最前列のヒトの肩越しに眺める。
こういうときばかりは背が高い徳を感じるなあ。

離れて眺めると、丸っきりの青だけでなく、その透き通り方もよくわかる。
ガラスだという実感が迫ってくる。
なんという美しさだろうか。
ときめきが背筋を走り抜けてゆく。

今回はガラスの美麗なのが多くあった。
双六の駒やさいころなどなど、天平時代の王宮での優雅な遊戯を思わせる、透き通る珠などである。
水晶(水精)、黄瑠璃、藍色瑠璃、浅緑瑠璃、緑瑠璃、琥珀などで拵えられた双六子。
展示ガラスと照明とでいよいよ煌いて見える。
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他にも瑠璃玉の原材料や四角く切った飾り物などがある。

面白いのは、サイコロを振る筒もあることで、それを見ていた学生が「清盛もしてたあれやん」と納得していたこと。
そう、それです。
なんとなくそのことが面白い。

白黒の碁石もある。石英から拵えられた白。
また、これらを楽しむ為の台たる木画紫檀双六局もあった。
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手の込んだ美しい装飾がなされていた。


遊戯だけでなく、音曲の楽しみも味わわせてくれるもの二つ。
螺鈿紫檀琵琶とその紅牙撥鏤撥。
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紫檀の表面に鏤められた螺鈿。なめらかに白く輝く。
そういえば正倉院にはいくつの楽器が収められているのだったか。

花鳥背円鏡 可愛い。銀色なのは修復のおかげなのか。ちょっと忘れてしまった。
近年唐代の可愛らしい鏡をよく見る機会に恵まれているが、その仲間のひとつがこれなのだ。
そう思うと、時間と距離とが不意に親しいものに感じられる。

銀平脱八稜形鏡箱 これも本当に親しいキモチをもてる宝物である。
なかなか人気なので現れることも多く、それが嬉しい。
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鉄製の薄板がある。打楽器。春秋戦国の時代からこうしたキーンキーンと美しい音色を響かせる打楽器が人気だったようだが、無論これはその音色を聴くことは出来ない。

密陀彩絵箱 綺麗な絵柄と塗りで千年以上前のものとは思えぬ保存のよさを感じる。やっぱり漆は強い。
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小さな刀子がいくつか。拵えの優美すぎるものを見ていると、これは後世に修復したのかと思ったり色々。
沈香の鞘、水角の鞘、紫檀螺鈿の柄に犀の鞘・・・様々な素材に沿う美しい拵え。

巨大な靴下があった。可愛い。緑と赤のシマシマが見える。舞楽のときに使われるような形をしている。
見ていると隣のカップルの彼氏が「これて絶対履きにくいで~」彼女が無視すると、いきなりわたしに「ねっ!そう思いますよね!」わたしは黙って笑いながら頷いた。

雑帯というのがある。何に使用されたか知らないが、バーバリーぽいようなチェック柄で、なかなかシックでいながら華やかである。
こういうものもいい。今でも使えるだろう。

丹とその袋があった。紙袋の外にまで色が染みている。
丹や水銀は永久に変らないものなので、もっと前の時代にもよく使われている。
その丹を大事にして、各地にそれに由来する神社などもある。

犀角杯は経年による色の変化が美しく、薄い飴色にも見えた。不透明な美がそこにある。
形を見ているとジュンサイの葉のようにも見える。

銅製の薫炉がある。吊り下げ型でこぼれない工夫のされているもの。
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これは既にこの時代には形も性能も決定されているのだ。

紫檀小架 何を架けたのかはわからないそうだが、小さい。まるでお人形のための刀架けにも見える。
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五月一日経 シメに日時があるのでこの名もついていた。
なかなか素敵な書である。

称徳天皇勅願経が力強い書体で、見ていてこちらの気合も入ってくる。
これは父母追善のために写経させたもの。

毎年のことながら古代の宝物を堪能させていただいて、本当に嬉しい。
関西に生まれてよかったとつくづく感じるのは、秋であるが、その要因のひとつにこの正倉院展があるのだった。


静雅なる仏画 白描図像が生み出す美の世界

大和文華館の秋の特別展は「静雅なる仏画 白描図像が生み出す美の世界」である。
前後期に分かれての展字数は70弱だが、非常に濃密な展示なのだった。

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平安時代の伝・宅間為遠の「金胎仏画帖」が実にたくさん出ていた。
なんでも元は95尊描かれていたが、断簡にされ、各家に所蔵されている。それらがかなりの数集められている。
わたしは仏に詳しくもないし、図像学も学んでいないので、描かれた仏のどこを見て誰であるかを知ることはほぼ無理だ。ここには仏の名称が書かれているが、それであっても知らぬ仏が多い。それだけに知る仏が現れれば嬉しくもある。

金剛波羅密、毘首羯磨、多聞天、大日如来、金剛薩埵菩薩、金剛王菩薩などなど。
いずれもフルカラーの美しい仏画である。
光背もきれいな虹色をみせ、青い髪、緑の肌が映える。
猪顔の金剛面天など面白いものもある。

興味深く眺め歩いた。
所蔵家は個人のほか、東博、東京芸大、奈良博、MIHO、この大和などなど。
いつか一堂に会する日が来るのだろうか・・・

仁王経五方諸尊図 鎌倉時代 醍醐寺 南方・北方が出ていた。
中でも北方の仏の顔の個性的な面立ちにひどく惹かれた。
不思議な美しさがある。
仏と言われれば仏なのだが、妙な艶めかしさが強い。
やや左下を向くその顔は笑みも浮かべてはいない。
山の稜線を思わせる眉の下には、ややはれた瞼が広がり、静かな色をたたえた瞳がある。
口元の官能性は隠せない。
少しばかり横に広い輪郭に、それらが収まっているのだ。
魅惑的な尊顔だった。

戒壇院厨子扉絵図像 平安時代 くっきりと白描で浮かび上がる仏たち。何の木か、その横に鞨鼓を持った飛天たちがいる。非常にしっかりした線で描かれている。

北斗曼陀羅図 久安四年(1148) 玄証本 宋代のを写したそうだ。上部に星宿が多く描かれているのが目に残る。
道教を思いつつ眺める。

この玄証の作品が多く出ている。
平安末期の仏画を描く絵師。丁度源平盛衰紀と同じ時代を生きている。
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伽耶城毘沙門天図像 毘沙門天とその眷属たちが行道する。ゾウと獅子の図像の入り込む建物が描かれ、カラス天狗との確執のような図も見える。

仏たちも様々な構図を生きる。

非常に面白い構図の絵がある。やはり玄証の絵である。
白描だが、これに色がついたらとんでもないかもしれない。
阿弥陀鉤召図 右に阿弥陀と菩薩がいて、左の僧侶の綱を引いて笑っている。僧侶はずるずる引きずられそうだが、踏みとどまろうとする。その僧侶のすぐ脇に口をへの字にした仏がいて、僧侶を押しやろうとしていた。
まるで幕末の浮世絵の戯画である。
こんなに面白い仏画は初めて見た。
文化庁所蔵というが、いったいなにを基準に・・・やはりこの面白さに惹かれたのだろうか。

石山寺の校倉聖教(とは何なのだ?) の不動像が面白い。
立ち不動のそばには二人の童子もいるが、絵によってはまるでジョジョ立ちするようなのもいた。これはしかし解説プレートによると、「良秀様」とある。今昔物語にあるよじれ不動を描く絵師・良秀のことらしい。つまり芥川の「地獄変」・・・

根津美術館から華厳五十五所絵が四点、藤田美術館からも一枚前期に出ていたそうだ。
その根津本をじっくり眺めたが、色白の善財童子よりも、ブサカワな邪鬼たちの愛らしさに大いに惹かれた。
七人のブサカワ鬼たち。わいわいがやがやにぎやかに和やかで活気もある。
堂内にいる鬼たちも可愛い。
女神らしき女より、布施を手に手に持つ鬼たちの方がずっと可愛い。彼らはなかなか働き者で散華もする。
ああ、あんまりにも可愛くて、撫でてやりたくなる。

十二因縁絵巻 こちらも根津所蔵。これは以前にも見ている。
林の中で折托王が羅刹たちを改心させるシーンが出ていた。それを温かく見守る虎や豹たち。可愛いのは羅刹に動物たち。

薬師十二神将像 桜池院 日天月天の眉の濃さが目立つ。額の張り出しも大きい。

大威徳転法輪曼陀羅 南北朝 正平十年(1355) 巌雅 大変派手な絵。花色の枠に神将、明王、童子らがいる。
髑髏の首飾りにトラやウサギに騎乗したり・・・
これは実は南朝が北朝を調伏するために使ったものらしい。

諸尊集会図 鎌倉時代 不動明王のニ童子のうち、コンガラ童子に惹かれた。その色の白さもさることながら、大変優美な顔立ちをしている。
結局大勢の仏たちがいても、ついつい自分の好みの顔を捜してしまうのだった。

涅槃図が三点。高山寺のには蟹がいた。南北朝の個人のには花を銜える孔雀がいて、また別のにはカエルがいると思ったら、猪と鹿が並んでいた。蝶はいない。猿もそっと花を抱いている。

まだまだ仏画には縁の薄いわたしだが、こうして大いに楽しませてもらい、ありがたく思う。11/11まで。

対象からの誘惑 石本正新作展

中信美術館は近年、石本正の新作展を毎年開催している。
わたしは活躍中の現代日本画の大家のうち、石本正と上村淳之のお二人の新作は、本当にいつもいつも楽しみにしている。
石本正の世界は常に進化を続けていて、それがどの方向へ向かっているかは、わからない。
興が乗ればそこに足踏みもし、不意に後ろ向きにトントンとステップするような感じもある。
見続けているものは、石本正の華麗なステップに振り回され、それを愉しむ。

長い間ふくよかな胸の女性を描いていた石本正が、近年はややスキニーな身体を描くようになった。
近年の職業モデルの体型の変化によるものなのか、画家の趣味なのかは知らない。
92になり、いよいよ豊饒でありつづける。
そしてここにあるのは全て2012年の作品なのだった。

ぼっこう アンコウが大口を開けて小さな魚を飲み込もうとする。凄い口。始まりの絵がこのアンコウというのは、面白い。石本正に飲み込まれるわたしたち、そんな意図があるのかもしれない。

富美代のれんに立つ豊千代 舞妓さんが幸福そうな微笑を浮かべながら暖簾の外に立つ。
昔の石本正の舞妓は豊かな胸をあらわにしつつ、含羞と挑発の色とを見せていた。
近年の石本正の舞妓たちは衣裳を崩すことはない。
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どういうわけか、石本正はケイトウが好きだ。
赤く燃えるようなあの花の色に惹かれるのだろうか。
わたしはトリが苦手なので、この花も好まない。
しかし石本正が楽しく描くのなら、やはりファンとして眺めなくてはならない。
とはいえ、わたしは目を半開きにして、焦点をずらしながら見るのだが。
ここにも一つ二つでない、赤い忌々しい花が咲いている。

睡蓮 水の濁りが感じられる。汚れではないが、濁り。睡蓮は澄んだ水から身を退かせるのだろうか。石本正の目と手は池の濁りをも優しく表現する。

ヒトなのかヒトでないのかわからない娘たちが現れる。

幡竜湖娘の祈り 近年この一面六臂で下半身が龍蛇の娘がよく画面に現れる。
赤い小さな金魚のような魚たちと一緒にいる、穏やかな水の世界。娘が何を祈っているのかはわからない。しかしその指の動きを追うと、娘の真摯な想いが伝わってくるようだった。
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カッチョ乙女幡竜湖に立つ こちらも同じシリーズの娘。

泥酔の幡竜湖娘 緋襦袢を乱して、娘が倒れている。豊かな胸があらわになり、脛も二の腕も投げ出されている。その胸の頂点には釦を思わせる小さな突起がある。口に含んでみたくなる、そんな魅力がある。

二人 彼氏に寄り添う若い女。かつての石本正の描いたふくよかさは失われ、細い肉体がそこにある。下着の線の痕がくっきり残る。ちいさなおしりに、長すぎる足。
青年は娘の顔をみつめているが、娘はこの青年を抱いたことに喜び、目はずっと遠くへ向けられていた。どんな状況での「二人」を描いているのか。
石本正はこの娘の視線の先にいるのかもしれない。
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黒朱鷺 ちょっと凶悪そうである。

朱鷺湖畔に遊ぶ これが朱鷺色なのかどうかは別にして。

コンドルの連作がある。
コンドル出合い 雄が大きな翼を広げて雌にアピールしている。
コンドル相愛 仲良くなったらしいが、この荒地で二羽はどう住み暮らすのだろう。
こんなにもコワモテな鳥たちだが、しかし愛情は深いのである。そのことが絵の中から伝わってくる。

鷹 仲良く見詰め合う鷹。この鷹ップルは深くみつめあい、世界の外のことに関知しない。
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鷹やコンドルといった猛禽類の愛情をこのように慈しみ深く描く。
石本正の世界はどこまでも深化し、そして広がり続けてゆくのだ。

12/16まで。無料であることのありがたさを感じる・・・

山口晃展 

京都伊勢丹の山口晃展に行った。文化の日だった。この日は山口画伯のトークショーがお昼にあり、関西だけでなく関東からも多くのファンが訪れていた。
わたしはトークショーには行かず、作品だけを見た。
正直なところ画伯の作品に触れる機会が少なかったので、その魅力の深さを知らないままなのだった。
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数年前、東博の特別展「対決」のときに画伯えがく絵師たちの肖像画を見たのが、実はわたしにとって最初の「山口晃体験」だったのだ。
その後少しずつ意識的に見るようになり、その緻密さ・美しさ、画力のあまりの高さに唖然となった。
また絵の所々に見える日本語の書体の美しさにも衝かれた。
一方で、その作品に漂う批判精神とプチギャグに撃たれ、いつしかその虚実の間に翻弄されるようになった。

チラシに選ばれた「邸内見立 洛中洛外図」も、細かく見るのが楽しくて仕方ない作品だった。
なにしろどこを見ても面白い。
よくここまで描き込めるものだとただただ口を開けて眺めるばかりだった。
この細密描写とアイデア、言葉を尽くしてもまだ足らない。

わたしの好みでいえば、「府立動物園」のところに白ゾウ・唐獅子・孔雀像が並んで置かれてるのがいい。
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小さい頃、グリコやほかのお菓子についていたおまけを集めてこしらえた自分だけの動物園を思い出す。
言葉遊びも多く、一カ所だけ見ても楽しく、全体を見ても面白く、見れば見るほどその世界に引きずり込まれてゆく。

カラフルな作品だけでなく、モノクロの作品にも感嘆する。リモコンのリアルな絵があるなと思ったらその変奏曲が隣にある。その細密描写を見ていると、不意に「男の子でないとこうは描けない」と思った。
女の子はここまで描きこまないだろう。
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それにしてもなんという画力の高さか。
この人が絵を描くことを仕事にしていて本当によかった。
もし万一この才能が世に出なかったら、と思うと怖くなった。
どの作品を見ても凄すぎる。

厩図2004を見る。
武士の乗り物たる馬がつながれているのだが、それが馬型バイクなのだった。馬イクとでもいうのだろうか、凄い画力だから一瞬本当にこんなバイクあるんだなと思ってしまう。
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ちょんまげさんの隣に今の人、未来の姿などが自然に佇むから、ますますだまされてしまう。

画伯の作品のうち、電柱を描いたものが好きだ。
電柱の頂点には擬宝珠が載せられている。
そしてその電力線の流れに優美な名前がつけられ、美しい文字の説明がある。
わたしは電柱と電力線の架空(がくう、というのだ)について、(工事方法の)勉強を多少していたので、ついつい「この工法は知らんなぁ」と真面目に考えてしまった。
そこでハッとなるのだが、なぜだまされたかといえば、やはりその緻密な描写と丁寧な文字にヤラレたとしか言いようがない。

絵の構成にだまされるだけではなく、文字にもだまされる。
先に挙げたように画伯の日本語の書体の美しさが、その虚構を支えている。
その書体は日本語を飛び越えて、実在しない言語を創造している。
それを見ていると、西夏文字を思い出す。
また、宮崎駿「風の谷のナウシカ」の土鬼の言語、富樫義博「HUNTERxHUNTER」のキャラの1人が技を繰り出すときに現れる言語にも通じるとも思う。

わたしはなにしろ山口晃画伯の作品を見るにはあまりに初心者過ぎる。
この展覧会の副題は「~山口晃と申します 老若男女ご覧あれ~」というが、なるほど確かにわたしは思わずアタマを下げて「どうも、初心者です」と言いそうになった。

ドナルド・キーンさんの「私と20世紀のクロニクル」の挿絵、五木寛之「親鸞」の挿絵が多く出ていた。
キーンさんを描いた絵はアタマの鉢が張ったカシコそうなところがよく出ていて、幼いドナルド少年の想いまでがこちらに伝わってくるようだった。

長期連載の「親鸞」の場合だと、ところどころ技法を変えて、絵そのものを楽しませてくれる。
美少女はあくまでも可憐に美しく、まなざしは清けく、また群集は湯気が立ちそうなほどに集う。
連載が長引くにつれ、少しずつ画伯独自の諧謔が現れる。
「結婚しました」葉書にはとても笑ってしまった。確かにこの教団はそうだ。
他にもいきなり歌詞カードみたいなのもあったりで、面白くて仕方ない。

それにしてもこの圧倒的な画力の高さには絶句するばかりだ。
何を描いてもうまいから、なにを描いてもサマになる。
そうしてやはり虚実の皮膜に絡みとられるのだ。

平等院に襖絵が奉納された記念の展覧会と言うことだが、その平等院の襖絵も日を決めて公開されている。
どう工夫しても到底わたしには行けそうにない日時だが、それでも行きたいと思う。
「えき」での展覧会は12/2まで。こちらはデパート内なので、もう一度くらい行けそうな予感がある・・・・・

京都非公開寺院特別公開 報恩寺・宝蔵寺・安養寺

秋はやはり関西に楽しみが多い。
京都の非公開文化財の特別公開・特別参拝などには出来る限り足を運びたい。

昨日、まず堀川寺之内近くの報恩寺に行った。
むかしの洛中洛外図に「ほうおん寺」と表記されている古刹であるが、何故か全く関心が向かなかった。
向かなかったはずである。
普段は非公開の寺院で、寺宝の「鳴虎図」も寅年の正月三が日にしか出さないというシステムなのだから、洛外どころか摂津者の意識の外にあるのは当然なのだった。

毎年春秋のこの非公開文化財特別公開を楽しみにしているが、今回のチラシにはその鳴虎が写っている。
虎の丸い枇杷のような目、赤いベロ、シマシマの毛並み、そんなものを見過ごせるわけがなく、ベトナム帰りの疲労を残したまま、朝早くから地下鉄と徒歩で報恩寺へ入った。

なおこの日は京都市営地下鉄の一日券で動いている。

寺の号を写す。
「堯天山 佛牙院 鳴虎 報恩寺」ギョウテンザン・ブツガイン・ナキトラ・ホウオンジである。
略縁起によると、後柏原天皇御下賜の中国伝来の虎図を秀吉が気に入って、聚楽第へ持ち帰って掛けると、虎が夜通しうなり続ける。これには太閤も参り、翌日には報恩寺へ返したそうな。
堺の南宗寺のソテツも、北野天満宮の梅も、江戸の置いてけ堀も、みんななかなかやるが、この虎もさすがである。
ベロ出してお水をペロペロやるだけではないのだ。
それにしてもギョウテンとか仏の牙とか、虎にぴったりな名ではないか。

その虎さんはこちら。zen847.jpg

毛並みの良さといい、表情といい、たまらない。
しっぽのくねりもいいし、太い手が最高だ。
腹の白いのは裏彩色で。牙も爪も白さが残る。カルシウムが行き渡っていて、実に健康そうである。
拝啓には松と川の流れがあり、こういう背景は中国東北地方の、と解説にある。カササギが二羽いて、構図だけをみると朝鮮の虎のようにも思えるが、中国東北地方の虎なら、アムール虎かもしれない。
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ここにはほかに千体佛があり、それが実に細密で驚いた。1グループ七仏が延々と並び続ける。凄まじい描写である。よく彫れたものだ・・・
これは真ん中に地蔵がおられるが、その前に閻魔王と冥官らしき姿がある。

繧繝縁の畳に座す秀吉の肖像画や、筋骨隆々な仁王像もあり、庭にはびんずる尊者の祠もある。杉戸には鷹の絵。
また、この寺に滞在していた黒田長政が持病のため急死したので、ここには大きな位牌がある。その長政の辞世の歌も残る。
「このほどは浮世の旅に迷ひきて 今こそかへれ あんらくの空」


このたびは幣もとりあえず、ではないわたしのハイカイは、この日ほんとうに徘徊もいいところだった。

車内で中信美術館の宣伝を見、そのそばの府庁の公開も知ったのだが、なにかしら衝き動かされて、地下鉄を乗り継いで、裏寺町の宝蔵寺に入った。

ここは前述の「非公開文化財」とは別枠の、非公開寺院である。この寺は若冲の実家の菩提寺で、そこで彼の絵をいくつか眺めた。

受付でいただいたカード。
仁王像の阿吽が可愛い。zen849.jpg

右のアさんは「じゃりン子チエ」のテツにそっくりだったが、「アッ」とか言うてる間にパンダ柄のネズミに逃げられている。
しかし左のウンさんがしっかりそのネズミを捕まえた。
ウンさんの左手に注目してみると、ネズミがギュッとされている。
こういうカイギャクこそなくてはならないものだ。
それにしても、アさんの歯並びはいい。

モノクロのトリシリーズがある。丁度同じ日に金ぴか地にサボテンとトリの襖絵が大阪の某寺で公開されている。
わたしのご近所ではあるが、トリがニガテのわたしが見に行く日はない。

さてここのはモノクロで福々しいが、やっぱりトリはトリである。あんまりみたくはないので目を伏せるが、妙に可愛らしいのがつらい・・・

ドクロ図がある。版画である。ここには売茶翁の賛がある。
「一霊皮袋 皮袋一霊」86歳の売茶翁のサイン入り。
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ゾウさんの真正面顔もある。鼻先はくるんと巻き、目はやや寄り目。紙の枠から体がはみ出すのがいい。

エビ図 墨絵だがこれがまたおいしそうに肥えたエビで。

童子遊之図 可愛い。右はねそべる子とホウズキを口に含もうとする子。
左はやじろべえを持って「べぇ~」する子と、でんでん太鼓を放り出して欲しがると子と。
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こういう子供らの生き生きした表情がとても愛しい。

若冲に影響を与えた中国絵画として、この寺に伝わる三点がでている。

伝・呂紀 枇杷鷲猿図 目の大きな鷲が枇杷の生る木に止まる。ランランとした目はよそを見ているが、その足下の木の洞にうまいこと猿が入り込んで、カメラ目線でこちらを見ている。動くに動けない状況である。丸顔の猿ではなくニホンザルのように赤い、面長の猿である。
うむ、救われまい。

伝・呂紀 芭蕉鶴図 丹頂鶴のアタマと椿のみ紅い。霊芝が足下にムクムク生えている。
この構図は吉祥とか関係なしに描かれたような雰囲気である。

伝・牧谿 虎図 可愛い虎である。おっちんして、大きな目をむいている。丸顔の虎。爪は大きい。

いいものを色々見た。
また嬉しいことに近所の安養寺の割引券をもらったが、ここで一つ悲しいお知らせが。
いや、そうでもないか。まだ安養寺が開いていなかったので、急遽わたしは丸太町まで戻ったのだった。

中信や府庁の件はまた後日として、そこでいくつか新発見もあり、やはり文化の日はよいものだと思ってから、再び一時過ぎに新京極へ向かった。

安養寺ではキリ金のきれいな阿弥陀来迎図や遊化地蔵などの仏画に面白いものがある。
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頭陀図 ブッダを先頭にぞろぞろと坊さんたちが寺外へ向い始める。ちょっと白隠を思い出すようなツラツキである。行道という趣もある。

地蔵説法図 緑と朱の多い絵で、地蔵を中心に多くの仏たちが集う。色合いを見ると朝鮮風な味わいもある。

伝・恵心僧都 眼明尊 光背がまるで満月のようで、顔や肌色が金色と言うのが妙に惹かれる。なんの仏かはわからない。

明るい地蔵説法図がある。蓮を持ってしゃがむ観音に、手を合わせる勢至菩薩。
ほかの来迎菩薩たちは楽器演奏や踊りに余念がない。いちばん下の正面向きの顔は官能的ですらある。こんなにぎやかな説法図はしらない。もしかすると、ラッパーなのかも、と勝手なことを思う。

芦雪のわんころが可愛くて仕方ない。三匹のうち茶色のついたのは、雀を見ているのだ。
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この画像からは雀は消えているが、実物には雀がいた。撫でてやりたくなる。

森安石象という近代日本画家は初めて知った。「京のみやび(若宮愛子)」として若い女を描いている。文字入りの着物は面白いつなぎあわせをしている。旅装のようにもみえる。
この女の故事来歴を知らないのが残念。

田能村竹田 漁者 水上と言うより田植えのような風情がある人々。蓑笠をまとうている。

大友洞麟 萬歳楽・山伏・紅葉 公家たちと雅楽は普通だが、山伏はだらけており、戯画風。紅葉は舞台に居並ぶ僧や僧兵を描いている。山伏はゴハンをもらうのだが、これは何者なのだろう、態度がとても大きい。

英一蝶 やすらい祭 三人が踊り舞う。鼓を持つもの、扇を開くものなど。
ああ、一度くらい見に行きたいが。

狩野探幽 山水図 墨絵の静けさがしみてくる。
狩野山雪 蝦蟇鉄拐図 右の蝦蟇は白く、口から気を吐く。左の鉄拐は口から気を吐く。
それぞれの吐いた気は絵の枠の外で一つになるのかもしれない。
蝦蟇仙人より鉄拐仙人の方が毛深い、とつまらないことを考えている。
蝦蟇仙人はちょっと面白い口元をしていた。

この後、元・立誠小へ行くがそれもまた後日。
とりあえず非公開文化財の特別公開のうち、お寺篇はここまで。


ハノイ美術博物館

ハノイの美術博物館へ行った。殆ど相客はいない。貸切状態を楽しむ。
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ここにも石像がたくさんある。
ゾウさん大好き。IMGP0798.jpg

インド系か。IMGP0795.jpg

アジアの美を感じる。

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うい奴め。IMGP0797.jpg

古いレリーフはその民族の歴史を映す。
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これを見ると、どうしても「孔子暗黒伝」での「精霊の村」を思う。
手に持つものはなにか。

闘うゾウ。IMGP0800.jpg

拓本がたいへんたんさんあった。
つい先日、こうした石像の装飾文様は写真撮影されたものより、むしろ拓本のほうが細密に写ると言うことを聞いた。秋艸道人はそれを知っているからこそ、多くの拓本を採ったそうだ。

ここには飛天。IMGP0799.jpg

工芸品はみなとても繊細。螺鈿の美をたのしむ。
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絵はガラスが映りこみすぎていて見づらい。

'30~'40までの近代美人画はたいへんよかった。
台湾で見たものにも通じる。日本婦人を描いたものもいくつかある。

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近代日本画の技法に近い。

自然を描いた近代絵画もいい。
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ドイツロマン派風。IMGP0821.jpg


'60年代の作品に覚えのあるものがあった。
福岡アジア美術館に来た作品である。IMGP0820.jpg

こういうものに再会できるのは嬉しいが、まだ先ほどの景色が蘇るので非常に困った。


建物もすてきだが、ほかに相客は殆どいない。
プロパガンダ芸術はよくわからないのでパス。
思想が芸術と絡むと本当に面白くなくなる。
だからわたしはソ連の芸術、特にロシア構成主義が好きではなく、帝政ロシア末期のイワン・ビリービンの世界を偏愛するのだ。

建物では階段の螺旋が非常に魅力的だった。IMGP0822.jpg

装飾も美しく、それだけでも見る価値がある。
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外観も中も美しく、それがこうして有効利用されているのは本当に素晴らしい。
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タイトル表記できないことが残念だが、仕方ない。
いい美術館だった。

ハノイをハイカイ その6

やっと最終日。10/28
桃李がお休みなのでまたブラッスリーで朝食。レモネードがたいへんクセがあるがおいしい。
ものを考えながら食べるので、食べ過ぎて汗をかく。
非常に苦しくなる。まだ恐怖が残っているのでこんなことになるのだ。
(結局その苦痛は31日の午前1時過ぎまでナマナマしく続いた。なんとか治まったのは「建築のハノイ」を読んだから)

雨が降っている。
ホテルの前のサーカス場の隣にある公園へ向かう。
フランス式庭園。
統一公園という名前らしい。IMGP0870.jpg

園内の地図IMGP0865.jpg

木々と道路。少しばかりの遊具もある。IMGP0871.jpg

噴水もある。IMGP0866.jpg

なぜか線路の跡も。IMGP0867.jpg

アスレチックスを思わせるようなものもある。
雨の向こうにはメリーゴーランドも見える。
誰もいないわびしさ、どこか松尾敏男の日本画に似ている。
4000zdnという安価だが有料なのと、今日は雨だからか、喧噪から遠く離れている。

池がかすむ。IMGP0868.jpg

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大学生らしき一団がダンスの練習をする。
こういうのもいい。
わたしはダンスがとても苦手だ。
自分のできるダンスの話をしながらとぼとぼ歩く。
雨でもスモッグはひどい。

タクシーで女性博物館へ向かう。
二日ほど前に、歩いている最中に見かけたが中に入らなかったのだ。
ここは近代的な建物で、構造がなかなか面白い。
階段は吹き抜け空間に螺旋を描く。
その空間には何かのオブジェが吊り下げられていて、それがきれいだった。
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ベトナムと一言でいうても、地方により衣服や風俗は少しずつ違いを見せる。それが興味深い。
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女性ファッション、女性の歴史、今後あるべき姿・・・
色々と考えさせられる展示ではある。
ジェンダーについて、フェミニズムについて、その他のことなど。
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結婚式の華やぎだけでなく、葬儀の様子も再現展示されている。
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その葬儀の派手さも民族の違いを実感させられる。

工芸品の美。
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四階では特別展示としてシンガポールの切手博物館の作品などがあり、三年前に見たときのことを思い出させてくれた。

オペラ座へ。IMGP0884_20121102160243.jpg

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なにか中国風なというより京劇風な装束の人々のパネルをみた後、今度は西洋のオペラの宣伝もみた。
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おお、怪獣がいる。パリのと同じだ。IMGP0894.jpg

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わたしは歌舞伎と文楽は好きだが、オペラは関心がないので、見ていてもわからない。
きれいな花柄の装飾も続く。煉瓦もある。
たいへん見応えのある建物。パリの再現がここにある。

それにしても雨が降る。
アカシアらしき並木の下を通る。
アカシアの雨に打たれて・・・まだ死ねない。
とりあえず歩く、歩く、歩く。

なんでもこの雨は台風の影響らしい。
(後にこの台風でけっこうドキドキすることになる)

渡るに渡れない道路。思考が停止する。ふと手を掴まれたのに気づく。
おばあさんがお孫さんと手をつないでいるのだが、空いた手でわたしの同行の奥さんの手を掴み、奥さんがわたしの手を掴んできたのだ。
みんなでそぉーーーっと道路を渡る。
アジア人の優しさはこういうときに現れるのだ。
そういえばわたしでも危ない道路を渡るとき、小さい子供によく声かけしている。
ありがとうございました。

少し元気になるが、もうアタマが働かない。
足だけは動き続けるが、なぜ歩いているのかもわからなくなってくる。
地図を見ながら歩く奥さんの後に続くのだが、時折わたしはブルース・チャトウィンの作品のタイトルをつぶやく。
「どうして僕はこんな所に」
それから中上健次の作品タイトルもつぶやく。
「地の果て至上の時」
・・・・・

右と左を間違えながらも探していたカフェを見つけるが、予想よりよくなかったのでやめる。
ホアンキムエ湖のそばなので、結局再びリトルハノイに入る。昨日はクロックムッシュを食べたが、今日はバゲット。ベーコンとアボカド。バゲットはちと噛みにくすぎたが、ベーコン、アボカド、トマト、キュウリはおいしい。
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しかし店員によりあしらいが違いすぎて、ここは案外ダメだとも思う。色々と「それって・・・」なものを見てしまうとダメですなあ。

店で初めてほかの日本人と言葉を交わす。
とはいえわたしは日記を書き続けているので、しゃべるのは奥さん。そのひとはまだ30歳くらいでお嬢さん風だが一人旅だという。すごいな、わたしは海外一人旅なんて絶対無理。シンガポールなら何とかなりそうだとは思うが。

わたしは旅にでると極端に口をきかなくなるか、しゃべり続けるかのどちらかになる。
疲れすぎているからか、今のわたしは口を利けなくなっている。

また歩く。湖の中の亀の塔に向き合う形でリーさんの像がある。
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リーさんは千年ほど前の立派な人なのだが、こうして書いている今でさえ、結局あれが誰なのか理解していないことに気づく。

迎賓館、メトロポールホテル、国立銀行などを通り過ぎてゆく。
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元は素敵な建物だったはずの所へ向かうが、今は家電量販店になっていた。
それにしても何故なにも買うものがないのだろう。

またわたしはつぶやく。
「どうして僕はこんなところに」
しかしアタマの中にはチャトウィンのほかの作品、たとえば「パタゴニア」や「ダオメーの提督」を元にしたヘルツォークとキンスキー最後の協働映画「コブラ・ヴェルデ」が思い浮かんでいるのだが。


ようやくタクシーに乗りホテルへ帰る。
今日で最終とはいえ夕方六時までは部屋が借りられるのだ。
疲れすぎているので一旦ねてみたり、起きてサウナに行ったり。ああ、サウナはいいなあ。ここのサウナはそんなに高温ではないので、わたしにはいい。

ぐったりしてからようやく機嫌よくなって、帰り支度をしていると、奥さんがわたしを呼ぶ。
「電車よ」え、と思ったらハノイ駅を行く汽車が見えた。
ロンビエン駅で行き過ぎる汽車を見て以来か。
嬉しくなった。
わたしは列車で行く旅が好きなのだ。

部屋を出て初めてホテルロビー奥のショップへ入った。
おや、ここはまだ少しばかり商品があるのか。
わたしは初めてものを買った。
ジンジャーティー。110000zdn。残金は11000zdn。たぶん44円ほど。ははは。
今から換金なんかしたくないぜ。

晩ご飯は朝食と同じブラッスリーで。
お客さん、殆どいない。
サーモン寿司、海鮮をリクエストで焼いてもらったり、ピザなどかじる。
懐かしすぎるミリンダを飲む。今じゃ日本にはない変なオレンジジュースのミリンダよ。
しかしクワーズではなくコーラが入ってるところがまた面白い。

背中合わせの席にわたしと同年輩の女の人二人組がいて、「大変や」「かなんな~」と話している。
「どないしましてん」久しぶりにわたしは大阪弁で話しかけた。実は同行の奥さんは芦屋夫人なので、ほぼ標準語なのだ。
「イヤそれが台風で飛行機とびませんねん」
それを聞いてわたしら二人とも「え゛ーーーーっっ」叫んだね。
「マジですかーっ」「うん、わたしらJTBから連絡あって飛行機あかんから自己責任で連泊をと言われて」・・・
よくよく聞けば成田発着の便があかんらしい。
「えっそやけど、おたくら大阪弁ですやん、なんで成田なんかに」「いやそれが伊丹から成田経由にしてもて」「うわー、わたしら関空ですがな、関空はなんも聞いてませんで~」
そこで色々調べたら、成田発着便だけ台風のせいで飛んでこられなかったそうな。
関空は無事とか。びっくりしたな~
台風、そんなにひどいのか。
そういえば窓の外の植物、えらいこと風に揺れている。
うーむうーむ。

八時半すぎ、迎車がくる。
ベトナム人のガイドさんによれば成田はやはりあかんが、関空は大丈夫とか。
しかしベトナムに台風きてるので、空港まで時間かかるらしい。

ものすごいガタガタ道。高速なのにまるでオフロードみたい。参ったな~今回タクシーに乗る都度必ずきっちりシートベルトしたが、今回のワゴンでは二重にシートベルトしたいと思ったぜ。

一時間かけて空港に着いたら、今度はその大混乱に絶句。
びっくりした。
ようやく税関越えたらもう一時間以上かかってたことに気づく。
スーベニアショップは開いてるがブランド店はほぼ閉店。おいおい~
そしてショップでとりあえずお菓子でも買おうとしたらカードが使えない。
金はもうない。奥さんが私に10$渡す。帰国後に返さなくてはならない。
そこで色々お菓子を検討してたら店員がうるさいので色々これこれだとやったまではよかったが、その店員がイケズな娘で、わざと商品を落とす。ドルのつりにzdnを渡す。
今回初めて感じの悪いベトナム人と遭遇したことになる。
飛行機への不安が飛んだな。
つまりこの意地悪娘の行為に負の念が集中したのだ。
その意味ではいいことかもしれない。

残金21000zdnを持ってほかの店に行く。
栞があったので買いたいが1$でなくこれだけだと言うとokになるが、実はドルより高くついたことになる。
しかしキレーに残金がなくなったので、なんだか解放された気になり非常に清々しくなる。
どういうわけか、わたしは旅の終わりにすっからかんになるのが大好きなのだ。
ああ気持ちいい。

ベンチに座ってると隣に腰掛けてた何人かわからないような奥さんが話しかけてきた。
彼女は静岡空港から10分の人で、成田経由じゃ困るからとわざわざ仁川空港~静岡空港へ乗り継ぐというのだ。
これには仰天した。
「成田あれですて、台風で飛んでこなかったそうですよ」
「うん、仁川便も30分遅れになったんだよ。静岡とのつなぎかちょっと心配だけどさ」と明るい。
息子さんと二人でバッグパッカーとして旧市街地の安ホテルに滞在していたそうな。
こういう人と話すとほっとする。
息子さんも加わって三人で色々おしゃべり。

さてようやくフライト。
真夜中、今はもう日本時間で言えば二時。眠いはずだわ。
ふらふらうとうとで、ハッと気づけば朝食。和食にしたがまずいではないか。これはいかん。
おいしいのは「アサリのフライ、ショウガぞえ」つまりアサリの時雨煮。ほかは謎なものが多かった。

サティを聴きながらうとうとしていると、青と茜色と黒色の三層の空をみた。
夜と朝焼けとの情景。うわっと思った。非常にきれい。
そして左手には陸地と灯りが。
日本の夜明けは近い!!

着きました。日本の国土へ。
ラゲージも無事に現れ、その場で解散し、わたしはバスへ向かう。行きに買ったバスの往復券とスルット関西のカードで帰れるのだ。日本円はあるが使う気にはならない。
バスは朝のラッシュに巻き込まれているらしいが、寝てしまったわたしには何もわからない。

阪急に乗り、家へ帰る。
ああ、もうあと三年は海外へは出かけないぞ。
こうして旅は成就した。
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