美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

2012年度のベスト10

年末になりましたねえ。

2012年度のベスト10を挙げようと思っておりますが、わたしは例によって首都圏・関西とわけて挙げます。
それと見た日にちの早い順から。

では首都圏。
北京故宮博物院200選 東京国立博物館
三代 山田常山―人間国宝、その陶芸と心 出光美術館
都市から郊外へ 1930年代の東京 世田谷文学館
すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙 神奈川近代美術館・葉山館
浮世絵猫百景―国芳一門ネコづくし― 太田記念浮世絵美術館
越境する日本人 工芸家が夢みたアジア 1910s-1945 東京国立工芸館
バーン=ジョーンズ展― 装飾と象徴 ― 三菱一号館
奇っ怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解 弥生美術館
リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝 国立新美術館
御伽草子 この国は物語にあふれている サントリー美術館

もぉほんとう良かったなあ~~チラシもいいのが多かった。
それで次点を次に挙げるけど、「次点」というのも失礼なハナシで、わたしの苦悶のタネになりましたわ。

平家物語画帖 諸行無常のミニアチュール 根津美術館
館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技 東京都現代美術館
どうぶつ大行進~江戸時代から現代、美術のなかの動物たち~ 千葉市立美術館
生誕100年 松本竣介展 神奈川近代美術館・葉山館
中国王朝の至宝 東京国立博物館

ことしはお正月早々から本当にええものをたくさん見せてもらいましたな~

こちらは関西。2012年はどうも首都圏で見たものの数の方が多かったようです。

子規の叔父「加藤拓川」が残した絵葉書 大阪府立弥生文化博物館
古代礼讃・中世礼讃 正木美術館
橋本コレクション 中国書画  大阪市立美術館
仏教の来た道 シルクロード探検の旅 龍谷ミュージアム
宇崎スミカズと華やかな大阪出版文化 堺市立文化館
京の画塾細見  京都市美術館
絵解きってなぁに? 龍谷ミュージアム
山口晃襖絵平等院養林庵
山口華楊 京都国立近代美術館
レオ・レオニ 絵本原画 えき美術館

それからこっちは別な地域。
絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻 浄瑠璃物語 MOA美術館
絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻 堀江物語 MOA美術館

ほかに建物で一つ素晴らしいのを見たのでそれも。
谷崎潤一郎旧宅・石村亭(潺湲亭)
小説「夢の浮橋」の舞台でもある、見事な空間。ここに行けたことは本当に良かった・・・

それにしても正直、本当に苦しい、10を選ぶのは。
でもこの際だから告白しよう。
10を選ぶのは、11以下に対して申し訳ない気持ちがわくんだけど、3はそうではない。
今年は本当に凄い!と思ったものを三つあげる。

ベスト3。ただしこちらも見た日にち順。
バーン=ジョーンズ展― 装飾と象徴 ―
絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻 浄瑠璃物語 MOA美術館
絵解きってなぁに? 龍谷ミュージアム

とにかく今年は面白い年でしたわ。
そして龍谷ミュージアムの大充実振りにクラクラした。
トーハクは当然だからもぉ何も書けない。
それから出光の「急須」はわたしの意識を変えてくれる内容だった。
岩佐又兵衛も見れて本当によかった・・・

2013年もいいものにめぐり合えますように。
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ねこの像のいるビル/ある日の京都府庁

少し日を遡るが二件ばかり挙げていなかった建物の写真を。

南森町にあるフジハラビル。IMGP0902.jpg

その門番というか案内人のねこの像。IMGP0900.jpg

どこやらの国では地獄の門番はねこだというが、ここのねこはなかなかすましたお顔の門番である。
足の下にはわんこ。IMGP0905.jpg

中へ入る。こんにちは。IMGP0909.jpg

IMGP0906.jpg 素敵な装飾。

ねこは中にもいる。IMGP0907_20121228214335.jpg

でも屋根の上ではわんこやおもちゃもひなたぼっこ。
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共存共栄、仲良きことは美しき哉。

アーチ窓。IMGP0901.jpg

他の窓にはシルエット。窓からの影といえばブレーメンの音楽隊を思い出す。
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こちらは人の影でした。「音楽はいいね」という台詞が蘇る。
プレートにも。IMGP0904.jpg

最後はこんなところにもいたねこを。
・・・踏まれるで~~wwIMGP0910.jpg


☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★★★★★

次はある日の京都府庁。SH3B14990001.jpg

しばしば訪ねているが、やはりいつ見ても素敵。SH3B15010001.jpg

エレガントな階段SH3B15020001.jpg

たくさんある暖炉の一つ。SH3B15030001.jpg

大きな窓は階段にある。SH3B15060001.jpg

さすがは松室重光。

こちらは同じ敷地内にある京都府警本部。趣が違うのがこうして至近距離にあるのも素敵。
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いずれも素敵な建物ばかり。いつまでも活きていてほしいね。

坂口安吾x近藤ようこ「戦争と一人の女」を読んで

坂口安吾X近藤ようこ「戦争と一人の女」を読んだ。
戦争と一人の女戦争と一人の女
(2012/12/10)
坂口 安吾、近藤 ようこ 他


坂口安吾のこの小説は知らなかった。
思えばわたしは坂口安吾の同時代のほかの作家の本はよく読んだが、安吾はあまり読んでいなかった。
理由は特にない。読むタイミングを外した、それだけのことだ。

安吾の作品のうち「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」だけは高2の頃読んでいる。
その物語の展開に惹かれ、文章におびやかされることもなく、描かれた世界にのめりこんだ。
本来ならそこから「白痴」なり「風博士」なりに進むところだろうが、どういうわけかわたしは池波正太郎へ奔ったのだった。

近藤ようこさんのファンになって多分四半世紀が過ぎている。
ずっと読み続けていたが、あるときからご本人とおつきあいし始め、いよいよその作品世界への偏愛が深くなった。
そのうち「桜の森の満開の下」が世に出た。
安吾の文章をヴィジュアル化したといえば篠田正弘監督の映画がある。男は若山富三郎、女は岩下志麻だった。
耽美的な映像で、岩下志麻の美貌もあり魅力的な作品になっていた。
そして近藤ようこさんの作品は、元の物語から更に半歩分踏み込んだものだった。

ファンとして胸を衝かれるものがあった。
それは近藤ようこファンとしての衝撃ではなく、原作ファンとして受けた衝撃だった。
これが見たかったのだ、わたしは。
言葉にするとこれだけなのだが、見たい世界が眼前に広がったときの衝撃は大きい。
そのどよめきを心の底に沈め、新作を待った。

やがてこの「戦争と一人の女」が世に現れた。
そのとき、一通のDMが家に届いた。
南青山のビリケン商会のギャラリーで原画展をするというお話だった。
日時を調整して、わたしはそこへ出向いた。

レオ・レオニ 絵本の仕事

レオ・レオニの絵本原画を見に京都のえき美術館に出向いた。12/27までの会期。
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レオ・レオニの絵本は実は読んだことがない。
絵は他の絵本原画の展覧会などで見ているが、彼だけを見る機会がなかった。
近年は図書館とも疎遠、書店でも絵本を見る機会が少なくなり、少しばかり寂しい状況である。
「フレデリック」というねずみが主人公の物語は名前だけは知っていたが話も知らない。
わたしは猫が主人公なら読むが、ねずみが主人公のものは好きではないのだ。
ねずみで好きといえばそれこそ「トムとジェリー」のジェリーだけである。
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チラシの表紙もフレデリック。ねむたそうな目をしたねずみ。
切った紙で作られたねずみたち。
見に行けば何かが変るかもしれない。
そんな期待をもって出かけた。

最初に「フレデリック」が現れた。他のねずみが労働にいそしむのに対し、フレデリックは詩人として言葉を集める作業をする。
やがて真冬、貯蓄の食べ物を食べつくしたねずみたちに、フレデリックが話をする。
フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなしフレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし
(1969/04/01)
レオ・レオニ



原画の下に解説があるのだが、わたしは絵を眺め、そして解説を読んで、とても高揚してきた。
子どもの頃から「イソップ寓話」の「ありとキリギリス」の話が大嫌いで、いつも苛々していたのだが、この「フレデリック」でその苛々から解放されたのだった。
生きる上で芸術、文化は必要なのだ。
中島敦の「狐憑」の詩人が喰われてしまったのとは違い、ここでは仲間のねずみたちはフレデリックの話で貧しい冬を楽しんで生きる。
尤も、フレデリックからその詩才が失われれば、彼もまた一個の「狐憑」シャクのように仲間に喰われる身になるかもしれないが。

熱心に働くねずみたちとその集められた資材と。色合いがとても可愛らしい。

絵本のねずみを拵えるのには紙切れ(パーツ)がいる。
ねずみたちの身体になるものが集められていた。
中にはヒトの形になってしまったねずみのための帽子もあった。

そのヒトの形になってしまった「マックマウスさん」の原画がある。
マックマウスさんマックマウスさん
(2010/01/21)
レオ・レオニ


ある朝目覚めると自分が自分でないものに変身している。
これはザムザ氏同様驚くべき状況なのだが、マックマウスさんはやはりそれを受け入れるしかない。しかしここにはいられなくなる。
彼は自分を受け入れてくれる場所を探すためにも今の居場所を捨てる。
やがてしっぽがある、ということでねずみと認められ仲間になる。
ねずみの娘さんがいい。土や草の触感を感じる。

「マシューの夢」は芸術家になろうとするねずみの話で、レオ・レオニ本人を投影したものだと聞いた。マシューの描く絵にはあまり魅力を感じないが、こうして自己実現する話は好きだ。
マシューのゆめ―えかきになったねずみのはなしマシューのゆめ―えかきになったねずみのはなし
(1992/04/01)
レオ=レオニ



そしてわたしは「アレクサンダとぜんまいねずみ」を見た。
アレクサンダとぜんまいねずみ ビッグブックアレクサンダとぜんまいねずみ ビッグブック
(2012/11/15)
レオ レオニ


谷川俊太郎の日本語を読みながら絵を眺める。
美しい色の集合体であるトカゲと単色のねずみ。
アレクサンダとぜんまいねずみとの交友。
捨てられるぜんまいねずみの悲しみ。
アレクサンダは紫色の石を見つけた後、それでトカゲに望みを告げる。
ぜんまいねずみは機械から生身のねずみに変わり、アレクサンダと楽しく生きる。

「ぜんまいねずみ」という日本語の綴りの愛らしさ、半円形のそのボディ、そして生身のねずみアレクサンダのふくよかさ。
心に残る作品だった。この物語が小学校の教科書に入っていることを初めて知った。
もし今わたしが小学生なら、この物語を手始めにレオ・レオニの世界にのめりこんでゆくだろう。
あまりに愛らしくてせつなくて、そしてときめきがある。アレクサンダとぜんまいねずみのその後を思い、ドキドキする。
いつかわたしも自分の手元にこの本を置きたい。

一方、全てのねずみが善なるものであるということはない。
シオドアとものいうきのこシオドアとものいうきのこ
(2011/02/22)
レオ=レオニ


「シオドアとものいうきのこ」のシオドアの行動を見ていると、キプリング「王になろうとした男」を思い出した。ジョン・ヒューストンが映画化したとき、「王になろうとした男」はショーン・コネリーが演じていた。
シオドアは嘘がばれたとき跳んで逃げて、その後を知らないが、「王になろうとした男」は原住民に追い詰められた後、渓谷に落下する。
そして髑髏と王冠とだけがキプリングの手元に届くのだ。
ねずみのシオドアはみんなをだまして王になったが、「ものいうきのこ」とは結局なんだったのかわからないまま。謎は謎のままで話は終わる。

「みどりのしっぽのねずみ」 かめんにとりつかれたねずみの話という副題がある。
みどりのしっぽのねずみ―かめんにとりつかれたねずみのはなしみどりのしっぽのねずみ―かめんにとりつかれたねずみのはなし
(1979/04/01)
レオ・レオニ


怖い顔の仮面をつけたことで元の性質から離れ凶悪化するねずみたち。
仮面の本質について考えさせられる。
仮面をつけることで自己を失い暴徒化するのは、共通のことなのか。
神になる仮面、死者になる仮面、日本の能面にはそうした性質もあるが、多くの国では仮面は抑制された自我の暴走を促す手段にもなる。
ここでもねずみたちは安寧の日々を捨て、争いを始めるのだ。
今村昌平「神々の深き欲望」の終盤でその恐ろしさを目の当たりにしているが、可愛らしいねずみたちの争いも無残なものだ。
しかし賢いねずみたちは自ら仮面を捨て、元の安寧を望む。

ねずみからワニの物語へ目を向ける。
「コーネリアス
コーネリアス―たってあるいた わにの はなしコーネリアス―たってあるいた わにの はなし
(1983/04/01)
レオ=レオニ

」 
二足歩行のワニのコーネリアスはみんなとは違う。彼はなかなか身体能力が高い。しかし誰も彼に追随してくれない。それでもコーネリアスは一人で身体を動かす。
ここらまでを見ているとリヴィングストン「かもめのジョナサン」に共通する物語だと思うのだが、ラストが違う。なにげなく振り向いたコーネリアスの眼に、他のワニたちもコロンコロンとコーネリアスのようにでんぐり返りをしようと練習する姿が見えたのだ。
ワニの腕立て伏せ、ワニの逆立ち、いずれも「ムーリだームーリーだー」と歌われてたが、レオ・レオニの世界ではワニたちはコロンコロンとやりかけている。
ところで二足歩行のワニというと、雰囲気的にワイバーンというところか。

水彩画による絵本もある。そして「平行植物」という作品もあったが、こちらはニガテだった。

レオ・レオニの物語は「考える」物語だと思う。
いいことでも良くないことで考える。そして読者のわたしたちも「考える」。
可愛いだけで終わらない世界。

今回こうしてレオ・レオニの原画に触れたことで、彼の世界に踏み進むことが出来た。
2012年の最後にわたしは新しい喜びを得たのだった。

ショップでのグッズ販売には長蛇の列が出来ていた。
新年まで続きそうな長蛇の列。
いいものを見た。
次はブンカムラに巡回するそうだ。もう一度わたしも行こうか。
その前に「アレキサンダとぜんまいねずみ」の絵本を買おう。

2012年のクリスマスの夜に

今年の夜景はまた綺麗なものが多い。
大掛かりでなくても可愛いものが多いのも特徴。

リーガロイヤルホテルのテディ・ベアたち。SH3B16690001.jpg SH3B16700001.jpg

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可愛い。
ところで上のサンタさんなクマたち、実は兄弟が天王寺公園に出演中だと情報もらう。
千円のイベントに行った人からきいた。
こちらは歩きながら見たのでした。

次は先月のことだが大阪の〆のお祭「神農祭」があった。
その灯り。IMGP0917.jpg

張子の虎IMGP0920.jpg

こちらは京博のライトアップの様子
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最後はクリスマスと言うことでいただいたもの。
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ありがとうございます。

そしてわたしからのプレゼント。
1970年頃伊藤ハムの応募に当たって貰った「あしたのジョー」のハンカチ。
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探したら久しぶりに出てきて嬉しい。




エル・グレコ展

国立国際美術館で12/24まで「エル・グレコ」展が開催されていた。
次は東京都美術館に巡回する。

エル・グレコといえば大原美術館にある絵を見たのが最初だった。
そして美術館の隣にはその名を冠した喫茶店「エル・グレコ」があり、そこでアイスを食べるのも楽しみだった。

今回の展覧会には51点もの作品が世界中から集められているが、中には日本初公開もあるそうだ。
わたしはエル・グレコの忠実なファンではないので彼の作風もあまり知らない。
今回の展覧会を契機に、彼の作品をじっくり眺めようと思った。
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大阪だけでチラシが5種ある。東京は今のところ2種か。
元の絵が大迫力だからチラシにも迫力が活きている。

絵に迫力があるからか、展示する方も気合が入っていて、章ごとに壁面の色設定を変えている。白、赤、白に赤、ベージュに白、青、緑、臙脂色・・・
シックな壁面の中で大仰な絵が力強く観客を見据えている。

最初に肖像画がある。
芸術家の肖像 自身の肖像なのだろう、尖り気味の頭頂、耳、肉脂が薄れつつある顔貌、色の薄れかかった髯、そして疲れと穏やかさとを秘めた両目。
もう少しいい男に描けばいいのに、と思うのはこちらの無礼な思い。
鼻筋のリアルさがいい。

修道士オルテンシオの肖像 モノクロだけの肖像だが、ハンサムでなかなか素敵な人。彼はグレコと親しかったそうだ。チラシにもその姿を見せている。大きな本を抱え、椅子に座り、こちらを見ている。

エル・グレコはやたらと細長い顔貌の人を描くが、それについつい注目して今まで気づかなかったが、面白い手指表現をする。
婦人はそうでもないが男性は非常に変わった手である。手つきも指の動きもみんな変。
日本で言えば楳図かずおか金田伊功かというくらいの独特な個性を持った手を描く。

燃え木で蝋燭を灯す少年 フーッとするその一瞬の顔を捉える。蝋燭の炎で少年の顔下半分が白く浮かび上がる。そんなにも大きな火なのかと思いつつ、その口元のリアルさに納得させられる。
光と影を主要なテーマにはしていなかったろうが、はっきりとここには光と影がある。

白貂の毛皮をまとう婦人 美人。たいへん美人。指にはルビーの指輪。唇にはややオレンジ系のルージュ。少しばかり向って右に視線を向けているが、こちらをも充分意識している目つき。背後の闇に溶け込むことなく、彼女は永遠にそこにいる。

そして「肖像画としての聖人像」がある。
枢機卿としての聖ヒエロニムス くすんではいるが緋色の衣をまとう。枢機卿として位が高いことを示唆する。長い白髯の聖人。

ある枢機卿の肖像 青白すぎる肌。死人かと見まごうほどに。彼もまたくすんだ緋色の衣を身につけている。ちりちりとクセのある髪。何故こんなにも青ざめて生気のない顔をしているように描かれているのだろう。

福音書記者聖ヨハネ 毒杯を飲まされたということで、手には龍の飛び出る杯を持っている。青白いが、彼は死なずに生きている。ただし手つきが変なのがとても気にかかる。

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「見えるものと見えないもの」
聖母の前に現れるキリスト 別れの前の二人。言葉は交わしていないようだが、心話をしているかのように、通じ合う表情をしている。ある種の和やかさが二人の間にある。

聖アンナのいる聖家族 真ん中で幼子イエスに授乳するマリアがいて、向って左に祖母に当たる聖アンナがイエスの頭をなでている。イエスはお乳を飲むのに懸命。聖母はその子の手をそっと指で挟む。それが愛情表現なのだった。そして右側には義父がいて、幼子の足をそっと持っている。つつましい聖家族の幸せそうな光景。

聖ラウレンティスの前に現れる聖母 殉教者として焼き殺される運命の人ラウレンティス。綺麗な助祭服(ダルマチカ)を着ている。布の質感がよくわかる。手に握られるは己を焼き尽くすための道具。見上げる視線の先に聖母子がいる。

改悛するマグダラのマリア とても可愛らしい。手が鎖骨の辺りを押さえるのもいい。
日のさす方を見上げる顔はあくまでも白い。

フェリペ二世の栄光 上部に天界を左に人界をそして右に地獄を描く。地獄の口の中には大勢の罪人がいる。人界も奥になるとモブ・シーンというより、小豆粒のように描かれる。

「クレタからイタリア、そしてスペインへ」
羊飼いの礼拝 幼子の着替え中。牛が見上げる。上には天使。ドラマティックな雰囲気がある。羊は足元に倒れたまま。

キリストの埋葬 血の気もうせて白くなった肌。地には茨冠が落ちている。一人のユダヤ社会の罪人の埋葬、という形をとっているように見える。

神殿から商人を追い払うキリスト 中央のキリストのハンサムなことに惹かれ、商人たちの慌てぶりに目を向けなかった。よくよく見ればなかなか面白いドラマティックな動きを見せているのだが。そして神殿には楽園追放図がある。
その意味をどうとるか。商人たちの楽園からの追放なのか、楽園を追放されるイブのように、彼らは罪を犯した、という意味なのか。

受胎告知 1576年頃。 青衣のマリアが左にいて、真ん中には白鳩、そして右には黄色衣の天使と言う配置。
しかしながら1600年頃の同題の絵では天使とマリアの立ち位置が逆になっている。そのほうが慣れているので違和感がなくなる。

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「トレドでの宗教画:説話と祈り」
聖衣剥奪 イエスから衣服をはぐ男たち。そして十字架を拵えるものもいる。ドラマティックな構図である。

オリーブ山のキリスト いわゆるゲッセマネか。下では弟子たちはグースカ寝ているが、一人イエスだけは天使となにやら対話している。もうどうで逃げられぬ運命が近づいている、ということを受け入れつつあるのか。右の奥にはユダの知らせを受けた軍勢が。

十字架のキリスト 磔刑されている。夜。足元には以前の罪人の骨が落ちている。カルヴァリオ=骨山での処刑。

キリストの復活 ハンサムなイエス。綺麗な裸体。びっくりしてひっくり返る兵たち。赤衣は受難の象徴だとある。

エル・グレコはやはりスペインで活躍してよかった、とこのコーナーの作品群を見ながら強く思った。

「近代芸術家エル・グレコの祭壇画:画家、建築家として」
サン・ニコラス教区聖堂の三幅対の絵を見る。
巡礼者としての聖ヤコブ なかなかハンサムに描かれている。
洗礼者ヨハネ 子羊がうずくまる。この子羊はイエスの象徴だという。毛皮を着たヨハネ。
聖フランチェスコ 横向きの聖人。

聖マルティヌスと乞食 金子國義の青年二人のように見えてならない。騎乗の人と裸の青年と。背後のドラマティックな空、人影のような雲、端正な馬。そして二人の青年のまなざし。どきりとする絵。

カリタード施療院の三枚もある。
受胎告知 ユリがきれい。丸い絵。
聖母戴冠 天使であふれる。楕円。
キリスト降誕 生まれた子を見守る優しい聖母。ロバの優しい目もある。円い絵。

聖母のエリザベツ訪問 従姉妹エリザベツもそのとき後の聖ヨハネを身ごもっている。
二人の美人は共に青衣をまとっている。やさしいまなざしを向け合う二人。

最後にあの巨大な絵が展示されていた。
3Mを越す大作である。
無原罪のお宿り その大迫力に圧倒された。展示の配置もよかった。
どこにあるのかと思いながら壁面を二つばかり曲がるとこの空間に出て、ハッと胸を衝かれる仕組みになっていた。

こうして眺めてみると、ドラマティックな画面構成、細長い顔、くねる姿態、そして不思議な手首と手と指とがとても印象に残った。
空前のエル・グレコ体験だった。
東京での展覧会も大阪同様素晴らしいものになるだろうと思う。

馬込時代の川瀬巴水

馬込時代の川瀬巴水の作品を集めた企画展が西馬込の大田区郷土博物館で開催されている。前月までここで大森の麦藁細工展をしていたので見たかったが行けず、今回初めてここへきた。
来たというてもまっすぐは行けない。例によって道に迷った。地図も持ちサイトにある道案内もコピーしたのにそれでも道に迷う。
わかりにくいのは確かだが、それでもここまで迷うか。
我ながら感心するばかりだ。
機嫌悪くなりつつたどりつくと、内容が優れているのだから、どこにも文句は持っていけなくなる。自分の脳の反省をしよう。

巴水の版画を最初に見たのは、たぶん江戸博のショップだったと思う。つまりそのころは大量に置かれていた絵はがき、それからではないか。そして93年の東京の近代風景を版画に起こした企画展で大いにファンになったと思う。

巴水のブルーは主に夜景に使われる。
この青の美しさはほかの誰にもない美しさで、巴水ブルーと呼ばれる。
ジョットのブルー、フェルメールのブルー、海老原のブルー、そして巴水のブルー。
いずれも独自の青が活きている。
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馬込文士村と昔呼ばれただけに、大田区のこの界隈には多くの文士や画家が住まった。
巴水はなかなか素敵な家を建てたらしいが、それが経済に苦境をもたらしたそうで、いろいろ大変だったようだ。
しかしそれでね巴水はこの馬込時代が一番よかったようで、言葉や文に残している。
その馬込時代の版画作品を今回ここに集めている。
巴水の代表作の一つ「馬込の月」もこの時代に生まれたようで、なるほど実感も伴っていたのかと知る。
そしてその作品も巴水ブルーに満ちている。

これまで巴水展をいくつか見てきたが、今回の展覧会で知ったこともいくつかある。
巴水の作品を出していたのは渡邊庄三郎の店だけでなく、同業者からも多く出している。専属契約をしていなかったこともあり、それで損益や不義理を生むこともなかったようなので、あちこちと仕事をしたらしい。
そういうことも知り、面白く思った。

展示作品は大方が1930年代のもので、40年代のものは少なく、それ以前のものも出てはいない。名作の多い時代である。今日のわたしたちがイメージする巴水の作品が生まれていた時代。
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三宝寺池(石神井) 今回初めてこの作に実感を感じた。
以前から見てはいた作品だが、どこにあるかもしらず、関心もわかない地だったのだが、今年になって二度ばかり出かけたことで、自分の中の地図が完成し、ここがどこかよくわかったのだ。
わたしはいつも早朝にここへ向かうのだが、今度は是非この作のような青い夜の時間帯に出向いてみたい。

試し摺りとして「二重橋の朝」が四点ある。最初のはお堀のところにコウモリが一羽飛ぶ。以後の摺りにはいないので版木からも追われたか。
「清洲橋」もまた戦前・戦後・朱色と摺りを変えたのを並べる。朱色のそれは明るいものではなく、夕暮れもしくは朝ぼらけの中、ゆっくりと消えて行く・・・そんなせつなさを含んだ絵になっていた。

鎌倉大仏 黒陰大仏。金属の重みを感じる。色により随分雰囲気も変わる。

先に巴水ブルーについて書いたが、巴水の青は夜景である。そして巴水の白は雪なのである。
日枝神社、不忍池、芝公園・・・雪は吹きつのり、夜はいよいよ深くなる。

「子供十二題」という連作を構想したが、結局二点しか出来なかった、という珍しい作品も出ていた。初見。高城純子という女児を巴水は可愛がり、その子を頻繁にスケッチしていたらしい。
てまり、お人形とそれぞれ題された版画は、女児の愛らしさを引き立てるように多彩色で、目のぱっちりした断髪女児がすました顔でこちらを見ている。

井之頭の春の夜 井の頭公園の池を描いている。池に白い桜が映る。夜桜。音のない静謐な世界。白い木花はまるでガラスのようだった。白桜のその影の清冽な美しさに胸を衝かれた。

巴水は旅に出る人だった。「大正の広重」といわれはしたが本人は広重を見ぬようにしてきたそうだ。
「見れば毒だ」と言う言葉に巴水の自己の芸術への真摯な取り組みを感じる。
そういえば「昭和の春信」と謳われたものの小村雪岱も春信を特に意識したことはなかったらしい。

日光、房総などの風景が巴水の手により、身近な風景になる。

前述のように巴水は渡邊庄三郎だけでなく他に多くの版元と仕事をした。同じ場所を題材にした作品を仕上げ、それぞれを違う版元に渡す。微妙な方角の違い、視点の変化などで、同一の場所であっても、同じ作品を出すと言うことはしなかった。ただし後世のわたしたちにはそれらは姉妹作として愛されるのだが。

浦安之残雪、雪の夜(浦安)がそうした作品の一つ。
どちらもしっとりした風情が、情緒がある。

霧之朝(四谷見附) ずっと向こうに棒杭ならぬ電信柱らしき影が見える。浮世絵師の先人達がその風景を描いて百年後、巴水は昭和のその地を描く。

関口之雪 これは雪がしんしんと降り積もり、間もなくどさりと落ちて行くのを思わせる情景だった。
関口のどのあたりか、階段が見える。階段を上れば椿山荘へ、永青文庫へ向かう。複雑な構造を見せる木造の階段。とてもいい。雪の重みがこちらにも伝わる。

夜之池畔(不忍池) 向こう岸のネオンが見えている。ネオンには絵師の遊び心が秘められている。こういうところがまた楽しい。

わたしは子供の頃から青い夜景がたまらなく好きだった。「まんが日本昔ばなし」でも特に青い夜が現れると喜んだ。サンリオの人形アニメーション「くるみ割り人形」でもそうだ。青で表現される夜にときめき続けている。
毎年のボローニャ絵本原画展でもそんな絵を見つけだそうとしているのだから、これはもう永遠に変わらない嗜好だと思う。
だがわたしはもう青い夜を探し歩くことはしない。
巴水の青い夜を知ってからは、遠くまで行かなくてすむようになったから。
わたしは自分の手元にある巴水の青い夜を楽しんでいる。

しかし夜景だけでなく巴水の昼もまた魅力的なのだった。

亀戸の藤 藤が画面上部一帯を覆う。薄紫の藤のカーテンの下に太鼓橋がある。そこに女児が一人たたずんで、橋に手をかけている。顔は遠くて見えないが、池に映る藤を見ているのか、それとも亀や鯉を見ているのだろうか。
のどかな春の昼のことだった。

亀戸と言えばゴッホにも模写をさせた広重の「名所百景」があるが、あれは梅だった。
藤は他に吉田博にいいのがある。こちらも太鼓橋と藤とを描いているが、そちらの太鼓橋は人であふれていた。
こちらは女児一人と、それから今しも上りかけている母子とだけ。
優しい風景になごむ。

修善寺の雨 板囲いをしたのは小さな露天風呂か。女の髪が見える。雨の日にもその湯へ入りに来たらしい。
「温かき湯の沸くところ温かき人の情けが」と芝居のせりふもあるが、昔から人気の高い温泉なのだなあ。

清水寺 夜の舞台から洛中を眺める男がいる。作者本人もたまには風景の中の人になる。

上州法師温泉 古い古い木造温泉でのんびり湯に浸かる男が一人。こんな風情ある景色をみれば、それだけで旅に出たくなる。旅心をくすぐる名作である。

大変珍しいものが出ていた。
芝居を描いたものが二点ある。
「かさね」の木下川の場と「ひらかな盛衰記」の先陣問答の段である。
先のが昭和九年十月、次がその翌月。歌舞伎座で見たものを描いたらしい。
この時代から言うと、「かさね」のこの二人は与右衛門を天下の美男・十五世市村羽左衛門、かさねを六世梅幸が演じていたのではないか。どうもそんな気がする。
「色彩間苅豆」いろもようちょっとかりまめ。
なんとも艶なるタイトルで、いかにも大南北らしいあくどく面白い芝居なのだった。

同時代かと思うが、文士劇の写真が出ていた。
清方周辺の人々がしたらしいのが二枚ある。
巴水はなかなか芝居っ気たっぷりに演じている。
金持ちの武士同士の抜き合いの止め女になったり、ポーシャかカチューシャでも出てきそうな「赤毛もの」も演じたり。
昭和半ば過ぎくらいまでは文士劇も楽しかったものだ。
わたしは昭和五十年頃のをTV放映で見ている。

巴水にもスランプがあったらしく、どうもうまくゆかない時期に、同門の山川秀峰に誘われて朝鮮旅行に出かけている。
それが大変よかったようで、気分もすっきり作品もしっかりという状況へ向いた。

水原華虹門 月下、華虹門の前の河原で女が二人洗濯をする。歌でも歌いながらしているような情趣あふれる風景。

扶余落花巌 見事な巌壁の下にジャンクが行く。これは構図だけを言えば吉田博のそれに近い。
やはりジャンクといえば吉田の名作が思い浮かぶ。

慶州臨海亭 眺めのよいところに建つ建物。そこにうずくまり昼寝でもする人が見える。それをロングで捉える。
印象深い一枚。

巴水は両班の老人を制作しているが、それはお世話になった人へのお礼に自費でこしらえたもので、市販はされなかったようだ。今回それも出ている。
巴水にしては珍しい人物肖像。

人気作「日本橋」も出ていた。これは「近代版画で見る東京」のチケットにもなった一枚。 

しかし風景の良さは群を抜いているのに、静物画はよくない。「ダリヤ」「ぶどうとりんご」も色がよくない。指定を間違えたのかとすら思うほどだ。

両国一平荘 両国、飯田橋などにあった料亭の外観を描く。不夜城のような有様を見せる素晴らしい建物。大料亭。これは是非とも在りし日の写真や資料などを見てみたいと思った。

前橋 敷島河原 あああ、なんとリアルな。石ころごーろごろの河原。12年ほど前この河原を夜に自転車で走りに走ったときの記憶が蘇ってきた。参ったなあ・・・

岩手懸鉛温泉 湯治場の昼。子供と親。手ぬぐいのかかる窓枠。のんびりした時間。しかしわたしはこれを見てこの地をモデルにした「銀心中」を思い出していた。

最後に制作過程を見せる展示があった。下絵から色が置かれて行くもの。完成までの手順と工夫。

無料でこんないいものを見せてもらい、本当にありがたい。明日まで。
なお三階の馬込文士村の人々の資料も、近代日本文学に関心がある人にはぜひにと勧めたい。

桃山、江戸前期の美術 都市文化の華やぎ

大和文華館「桃山、江戸前期の美術」を楽しんできた。
「都市文化の華やぎ」と副題のある通り、都の楽しみを味わった。

大方はこちらの所蔵品だが、今回伝・宗達の伊勢物語図色紙が8点も集められていた。
ここのはチラシにも出ている六段「芥川」で、他は個人蔵のもの。
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数年前久保惣美術館でこの連作を大量に見ているが、そのときに見たものも出ていて、予想していなかっただけに嬉しさが増した。

五十八段・長岡の里 久しぶりにやってきた男を揶揄する女たち。
物語の中では公家の女たちだが、ここでは農婦として描かれている。三人はいずれも元気良さげ。太い腕がいい。
昔男くんは逃げるようにそのあばら屋に入り込む。
女にマメで有名な彼も身は一つなのでこういうことになるのだ。なかなか笑える。
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五十二段・飾粽 座敷で男は右をみつめ、庭に雉を持った男は左を向く。雉の色合いが可愛らしい。空間の広がりが感じられるのは、二人の視線が全く別方向を向いているからか。

八十段・衰えたる家 そこに座して、訪ねてきた人に藤の花をあげる。藤は色が薄くてよく見えなかった。

二段・西ノ京 牛車と白服の男たち。白服たちは「白庁」というそうだが、どうもこれだけ大量にいると、わたしはパタリロのタマネギ部隊、ワシズの部下たち(彼らは「黒服」なのだが)などを思い起こすのだった。

三段・ひじき藻 それを届ける。庭先と座敷の一部だけ見えるがとても立派な家。
女主人は奥座敷にいる。庭にはツツジらしき花も咲く。

七十三段・月のうちの桂 ご主人も従者も童子も秋の野をゆく。女郎花、桔梗らしき愛らしい秋草がみえる。
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九十八段・梅のつくり枝 九月のある日、昔男のもとへ季節外れの梅の作り枝と雉とを持ち込む男がいた。梅も雉も小さく可愛らしい。
関係ないが、時季外れ=季ちがいの梅といえば横溝正史「獄門島」の「鶯の身を逆さまに初音かな」を思い出す。

阿国歌舞伎草紙 これも好きなものの一つで、数ある阿国歌舞伎の絵のうちでも徳川美術館所蔵分ともども、ベストの位置にある。
以前からたびたびここでも取り上げているので多くは書かないが、こうした好きな作品に出会えるところが所蔵品の企画展示のよいところだ。コレクションの厚みがそれを可能にしてくれる。

竹生島祭礼図 絵はがきはかなり早い時期に手に入れているが、案外と実物を見ていない一品。
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今回まじまじと眺めていろんなことを教わった。
船を多く出しての祭礼である。琵琶湖をゆく小舟にはそれぞれ飾りものがあり、乗るのも男だけでなく女も多い。
先頭をゆく船には、金ハネ鳥の飾りものがたてられ、次船には長刀がある。そして最後の船には造花の蓮がつけられていて、乗り手はそれを散華する。
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解説によると島の白い社殿は慶長八年(1603)に再建されたもの(現行のまま)らしいので、これはそれ以後の絵ということになる。

風俗図扇面貼交屏風 岩佐派の二曲一隻屏風で五面が貼られている。
右1 布袋のような旦那にまといつく女たち。野宴の最中か。後ろから抱きつく女もいれば朱塗りの酒杯を捧げる女もいる。また立って木にこよりらしきものを結びつける女もいる。
右2 荷駄馬一行
右3 三味線をもつ子、かぶきものらしき若い男たち、一人は虚無僧のような深編笠をかぶる。ファッション。
左1 刈り取った柴を担う男、手には鎌がある。馬も犬もそれを負う。犬はこちら目線。なかなかはっきりした顔つきの犬である。
左2 巨大なひょうたんナマズ。若者二人が笑いながら挑む。
遊楽と勤労と禅と。

狩野派の扇面二枚。
人物図扇面 唐の風俗で女官らが多いところから、花合戦図。
花キ図扇面 桜、柳、蒲公英。桜は大きく花が描かれ、柳は青々、少し盛り上がった土の上には蒲公英が開く。

耕作図屏風 伝・宗達 三人の早乙女。男達も田植えに熱心。牛と鋤き。
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牛は斑牛でベロを出している。
宗達の牛は黒が多いが、こやつは斑。zen971-4.jpg
なぜかベトナムの水上人形劇を思い出した。そんな明るいリズムがあるからか。

僧形歌仙図 宗達 ほとんど白描に近い線描にほんのりと頬・唇に朱を差す。可愛らしいお坊さん。

源氏物語図屏風 伝・岩佐又兵衛 右上から左上にかけて、若紫・蓬生・澪標、右下から左下へは、明石・絵合わせ・若菜上。
若紫ではねそべる婦人がなかなか大きい。籠は笊に見える。蓬生は廊下がまさに「蓬生」えてる状況。澪標は住吉神社の太鼓橋前。明石の丸い月、絵合わせの細々と立ち働く少年たちの可愛らしさ、若菜上のあばれ猫は欄干の上にいるし。絢爛なのは間違いないが、細部にちょっとした面白味がある。

伊勢物語図屏風・布引図 秋のある日、布引にゆく一行。その様子をわりとおおきく描く。

扇面貼交手筥 光琳 これも好きなものの一つ。
貴人たちの遠足、梅、李白と住吉明神の舟での対話。
こうして思えば、中国の詩聖とはいえ人間・李白。その詩才に対抗するのに、漁夫に変身したとは言え和歌の神様たる住吉明神を対抗馬として出すしかなかったのだろうか。

武蔵野・隅田川図乱箱 乾山 外箱にススキの武蔵野風景、見込みに猫手のような波と金の千鳥。
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可愛い。どちらも物語として京にいる時分から親しんだろうが、実際に晩年の乾山が江戸に下向したことを思うと、またヒトシオ。

四季花鳥図押絵貼屏風 渡辺始興 十二ヶ月屏風。墨絵に淡彩。抱一のような華やぎはないが、イキイキしている。四月 垂直落下する時鳥。五月 泳ぐ亀たち。六月 白芙蓉と白蝶。九月 白花びらに蘂の赤い花の下で向かい合うバッタ。boy meets girlのバッタ。

謡本や消息をみる。
観世流謡本藍染川 観世黒雪奥書 慶長11年 宗達・光悦コンビのものではない美本。金銀泥で美麗な装飾画が。
萌黄地に紫陽花が描かれ蘂は金。とても優美。

稲富流鉄砲伝書 慶長17年 これもまた優美な装飾がなされている。草花、大屋根、波の下絵。
 
光悦の書状をみる。注文主とのやりとり、宗達と話し合いの結果を告げたりなど。リアルな内容。
ほかに千少庵(利休次男・宗旦父)、古田織部らの消息もある。織部は宗達の茶会へ行こうと誘っている。
一条兼トオという到底読めない、字も変換できない名前の公家(後陽成天皇9宮)が、後水尾天皇へ「池坊専好(当時大人気だった)の立花会をするのでいかがですか」と誘う消息もあり、当時の文化人らの交友が伝わってくる。彼は金森宗和を近衛信尋ともども迎え入れた人だとある。
小堀遠州は鳥を預かったらしく、それについて小さいクジャクがどうのと書いていた。案外派手好みらしい。

やきものをみる。
小さい可愛いものが並ぶ。
志野の小鉢、香合、織部の皿など。
灰色ピンクの梅文様の皿もいい。斑唐津もある。形が又可愛らしい。
古九谷様式の徳利は桜が赤く描かれ、細い首にはアクセサリーのように瓔珞が掛けられている。
色絵牡丹文細口瓶は色の濃い、しかし形は扁平な瓶で、初めて見たと思う。
輸出用のポットもあり、有田伊万里のかつての栄光を思う。
仁清のおしどり香合、乾山の夕顔文茶碗、竜田川文向付など定番の人気者たちもでていた。
乾山はやはりいい。
銹絵染付笹文向付などは内外に笹がササッと描かれているだけだが、それがまたひどくいいのだった。

桃山時代の蒔絵などがでていたが、わたしはどうも洋櫃も高台寺蒔絵も苦手で、残念ながらそのあたりはスルーした。どうもうるさすぎるような感じがして、避けるのだが、そのくせ芝山細工などは大好きなのだから、これはもうただただ趣味の問題ということか。

ところが江戸時代に入ってしばらくすると、非常に好きなものが現れる。
沃懸地青貝蒔絵群鹿文笛筒 伝・光悦 これなどは飽きもせず好んで好んで、楽しんでいる。
鹿は全部で23匹いるのだが、それぞれが好きなポーズを取っていて、寝ころぶ奴もいる。そんなことをチェックするのも面白い。

最後に辻が花がでた。裂である。
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剥落か退色したのかとチラシからは顔の見えない獅子だが、目の当たりにするとその獅子の顔や文様が細い細い金糸で刺繍されていることに気づく。そうか、そういうことか。
また隣には蜻蛉が縫いとられている。
元はどんな文様だったかわからないが、これらの裂をみていると、それだけでも想像が広がってゆく。

24日まで。続いて年明けからは江戸後期の名品展が始まる。

宮永愛子 なかそら

ナフタリンと言う素材に対して、偏愛がある。
あの匂いがたまらなく好きなのだ。
衣類の虫防止のためにナフタリンを使う。
子供の頃からあのナフタリンの匂いに溺れていたわたしは、時折ナフタリンを齧りたくなることもあった。
同じことは樟脳にも言えた。
五月になると楠がたまらなくいい匂いを漂わせる。
わたしは楠に寄り添っておもいきりその匂いを吸うのだ。

ナフタリンは崩れやすい。そして時間の経過と共に失われる。
消失するのは当然のことらしいが、それがまだ納得ゆかない。
納得ゆかないが、失われるのは確かなのだ。
それを止める術も持たず、ただその匂いに溺れ続けているばかりだった。

宮永愛子と言うアーチストは今回の展覧会まで本当に知らなかった。
わたしは現代アートに疎いので、本当に知らないのだ。
彼女はわたしの愛するナフタリンを素材として使うということを知った。
国立国際美術館へ行ったのは「エル・グレコ」展のためだが、彼女の作品を見たいと思ったことも確かだった。

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細長いガラスケースの中に様々な品物がある。
日常品をナフタリンがその形のまま再現している。
照明とナフタリンの性質とがこの世界をモノクロにする。
わたしは白い品々を丹念に見て回るのをやめた。
一つ一つで見てしまうと、なにかしら妙な白々しさを感じてしまうからだ。

わたしは歩きながらナフタリンで再現された日常の品々を眺める。
このガラスが少しばかり開いて、あの匂いを感じさせてくれればと思いながら。
やがてわたしの足は止まる。
ぬいぐるみの死骸がそこにある。

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ナフタリンにより再現されたぬいぐるみではなく、それは死骸に見えた。
ナフタリンで出来た死骸。きらきらしている。そしてそれはいずれ消えてしまう死骸なのだ。わたしはそれを写す。カメラは本体の影を捉えるだけのものかもしれないが、それでも写す。そうすれば、このぬいぐるみは(ナフタリンが溶けてしまっても)もう少し生き永らえるような気がした。

わたしは再び歩く。しかし今度は速度を変えて歩く。
この長いガラスケースの中にあるものたちはまだ崩れてはいない。
いつまで保つのだろう、と思いながらも一方で「いつまでもこのままでいても」いいような気持ちがわいてくる。

角を曲がる。新しい室内へはいる。
そこには柱が何本も立つ。無秩序な並び方をしている。
柱の形をしつつ、それは建物を支える柱ではなく、純粋に柱として、そこにただあるだけのように見えた。
そしてその柱には蝶がいた。

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蝶はナフタリンで出来ていた。
ここで初めてナフタリンが崩れてゆく様相を見せていた。
意図的にかそうでないのかはわからない。
翅のもげた蝶の個体もある。一方で美しい形を残したままの蝶もいる。
わたしは蝶を綺麗だと感じつつ、崩れた翅を可哀想だとも思う。
壊れゆく美。
それがここにあるのを感じる。

わたしは自分の眼をナフタリンで再現してほしいと思った。
眼だけでなく自分の首から上を。
しかしそれが壊れ、失われてゆくのを見る勇気はわたしにはないだろう。
人にもそれを見られたくはない。
わたしは何も言葉にせず、見たものについて書くこともしないほうがいいかもしれない。
だがこうして書いている。この言葉もいずれはナフタリンのように消えてゆくように思うからか。

またいつかどこかで彼女の作品に会いたい。

美術にぶるっ 第一部「MOMATコレクションスペシャル」

東京国立近代美術館の「美術にぶるっ」展の第二部の感想は既に挙げている。
感想と言うより、それを見ることで自分の心の底に隠していたもの・忘れていたもの・思い出したくないもの・考えたくないものが外へあふれ出し、我ながら収拾のつかない事態になったことを、あからさまに書いたのだった。
普段なるべくいいことを書きたいと心がけている身としては、ああいう心の負の部分をナマナマしく書いたことを反省しないといけない。

今回は第一部「MOMATコレクションスペシャル」の感想を挙げる。
全館あげてのコレクション展示ということだが、'90年代初頭は夏になると「恒例の」と冠をつけて全館展示をしていた。
あの頃は今のように企画展にお客さんがわんさわんさということもなかったのだろうか。
わたしは中の人の苦労も知らず、そんなことを思いもする。
非常に多くの作品が出ている中から特に自分にとって色々と思うところのある作品についてあげたい。

村上華岳 日高河清姫図  多くの近代日本画家が清姫を描いている。それ以前の世では絵巻に清姫がいる。清姫が自分の身体を変化させる様を絵巻の作者たちはここぞと力を込めて描きこむ。しかし近代の画家はそうはしない。小林古径も変身した後の清姫は描くが、その最中の彼女は描かない。
華岳の清姫は眼を閉ざす。眼を閉ざしながらさまようように走る。
眼を閉ざしながら焦ってさまよう女は、「生写朝顔話」の朝顔しかいない。同じく眼を閉ざしていても袖萩は人を求めてさまようことはない。
清姫が眼を閉ざすという発想はどこから生まれたのだろう。
眼を閉ざしていても清姫は道を間違えない。さまようと書きはしたが、華岳の清姫はそのように見えるだけで、実際には恐ろしいほどまっすぐに安珍の跡を追うているのだ。
華岳が永遠の聖なる存在としての「裸婦図」を描くまでの時代、このような女人らが彼の筆先から生まれていたのだ。
華岳はウサギや猫の耳の薄い部位を触って、女の肉体のある感触と似ている、ということをつぶやいていた。その指先の官能性が清姫を描いたのだ。
そのことと、後の仏画との時間の流れとを想う。


横山大観 生々流転  この絵が初めて世に出たのは大正12年9月1日のことだった。
鏑木清方「続こしかたの記」にそのときのことが書かれている。
清方は弟子たちを連れて本郷の家から上野に出て、「生々流転」と名づけられたこの絵巻に深い感銘を受けたことを綴っている。
しかしその直後に関東大震災が発生するのだ。彼らは命からがら逃げ出した。
わたしはこのエピソードを知って以来、この絵巻の前に立つと、あの大地震にも、そしてあの大空襲にも、よく生き残ったものだと思う一方で、この絵だからこそ、そうした生命力があるのかもしれない、と思いもするのだった。
他にもまだエピソードはある。
戦前の暗い世相の中で、俳優としてはまだどうなるともわからなかった若き殿山泰司が、やはりこの「生々流転」を一人黙って眺めていたという。
そのことを盟友・新藤兼人は彼の伝記「三文役者の死」に描いている。
この二つのエピソードがいよいよ「生々流転」という作品を永遠の存在にしたように思われ、わたしは暗い目でこの長大な絵巻を見おろしていた。


関根正二 三星  実はわたしは関根正二のこの絵を見たとき、三人を少年として見ていたのだった。
そして「三星」というのはオリオンの三ツ星のことではなく、「東方の三博士」の比喩かと思っていた。
何故そんな風に思ったのか。
わたしはこの絵を見る数年前にオトフリート・プロイスラー「クラバート」という小説にのめりこんでいた。
ボヘミアの少年クラバートは孤児になった後、似た境遇の少年ふたりと共に「東方の三博士」に扮して村々を物乞いして歩いていた。その後クラバートは一人それから抜け出して運命に導かれるまま、水車小屋に勤めることになる・・・
キリスト教圏の外に生きるものにとって、東方の三博士の存在は神秘的な魅力に満ちている。
わたしはこの三人を「東方の三博士」に見立てられた人々かと思ったのだった。

関根の絵を最初に見たのは大原美術館の「信仰の悲しみ」だった。
当時二十歳にもならなかったわたしは関根の使う色彩の重さに耐えきれず、その絵柄にも愛情を抱けなかった。だがこの絵を見たとき、世界が一変した。
三人の並び、三人の視線の先、三人の肉感的な口元。
絵の前で私は三人のその存在感に胸を圧された。
今、わたしは画家・関根の作品を深く愛する人になった。
「美術にぶるっ」ときたのは確かだった。
今もこの絵を前にして私は彼らをオリオン座の三ツ星の擬人化として眺め、また三つ星そのものに準えたその感性を思い、またわたしだけの「東方の三博士」としてみつめている。


三岸好太郎 雲の上を飛ぶ蝶  子供の頃、学校の宿題で絵を描くことになり、わたしは水色を背景に、蝶か手鞠がたくさん浮かんでいる構図を思いついた。
その頃既に蝶が好きだったのだが、わたしの手では追いつかず、結局手伝ってくれたオジによる意見で手鞠になった。大小さまざまな手鞠が浮かぶ、というシュールな構図を何故思いついたか、今も当時もわからない。
絵は実際にはオジとその妻による合作で提出された。
それから十年たち、わたしは就職し、社内旅行で札幌に行った。フリータイムのときに美術館に行ったが、そこでわたしは三岸の晩年の作品群に出会い、声を上げそうになった。
わたしが描きたかったものがそこにあった。
たくさんの蝶が浮かぶ空間。
ああ、これだ・・・
わたしの描けなかった世界がここにある。
わたしの想っていた光景がここにある。
わたし自身が描けずとも、探せば自分の欲しかった・欲しがった世界は手に入るのだ。

わたしは三岸好太郎の短い晩年に生まれたシュールな作品群に深く心を奪われた。
蝶、貝殻、波、裸婦。
のんびり貝と題された絵を見ると「春の海ひねもすのたりのたりかな」という句が思い浮かぶ。静かな波の打ち寄せる音も聞こえる。
そして空に浮かぶ(飛ぶ、というのではないと思う)蝶たちの静謐な羽ばたきにそっと耳を傾ける。

三岸好太郎は海を渡る蝶の習性を学者に聞き、それでインスピレーションを受けたという。
わたしが最初に知った「海を渡る蝶」はなんだったか。
「ジャングル大帝」のオープニングか、安西冬衛の詩「韃靼海峡」か、それとも谷村新司の歌からか。
谷村は歌う。「海を渡る白い蝶が波に溶け込む」と。
三岸の蝶たちはさまざまな色に彩られている。

わたしは三岸好太郎の短い晩年の最後にたどり着いた(通過するはずだったのかもしれないが)この連作にうちふるえ続けている。


須田国太郎 歩む鷲  関西に住んでいると、「京都洋画壇の三巨頭」の絵を無意識のうちに多く見ることになる。
最初に「いい」と思ったのは梅原龍三郎で、これは彼の師匠ルノワールが好きだということとも関係がある。
次に安井曾太郎の良さを知ったのは、ブリヂストン所蔵の黒を背景にしたバラの絵を見たときからだった。
そこから徐々に安井の良さを知っていった(学習していった)のだ。その意味ではブリヂストン美術館なくしては安井の素晴らしさは永遠に私にはわからないままだったろう。
さて最後の一人・須田である。
正直なところ須田の重厚すぎる洋画の本当の面白さを知ったのは、つい近年のことだった。
このブログの最初の頃に挙げた須田の回顧展、それで思い知ったと言うべきか。
そこへ行こうという気になったのは、京都国立近代美術館所蔵の「鵜」を見てからだった。
京都の高島屋で三人の回顧展を見て、そこで初めて「鵜」に惹かれ、須田に目が開き、やがて彼の能狂言スケッチで一気に沸騰した。
伊丹市立美術館で見たスケッチ展の記憶は決して忘れない。今も時折そのスケッチの画像を見てはわくわくしている。洋画とは全く違う技術に溺れ、楽しくてならない。
そのスケッチ群像は大阪大学のデジタルアーカイブスで公開されているので、いつでも楽しめる。

実のところ「ぶるっ」とキタのは「鵜」なのである。
しかし「鵜」に「ぶるっ」とキタからこそ回顧展に出かけ、そしてここにある「歩む鷲」を見たのだ。
「歩む鷲」はその絵の前に立ったとき、不思議な強靱さに圧された。鷲が歩むというその行為そのものにも意表を突かれ、身を低めて眼光鋭くこちらへ向かう鷲に言葉をなくした。
ちょうど私はその頃、福本伸行「天」を読んでいて、一人の天才の死を目の当たりにしているところだった。
後に「闇に降り立った天才」として「アカギ」というタイトルの下で今も物語の続く、そのアカギの死の際に周囲が、飛べなくなって歩く鷲と死のうとする天才アカギとを比べるのだ。
飛べなくなり歩くしかなくなった鷲に生きる価値はない、というテーゼを提示された直後に、この絵を見たのだ。
この鷲が何故歩くのかはわからない。
木陰の下、鷲が歩くのはほんの数歩かもしれない。餌となるべき生物にそっと近寄るための歩みかもしれない。または翼を休めるための歩みかもしれない。
しかし紛れもなくこの鷲は生きていて、そして弱りも見せず歩んでいる。眼光鋭いまま。
わたしの意識に永遠に生きる「歩む鷲」の姿は謎を秘めたままだが、力強さは消えないだろう。


他にも多くの絵を見た。
しかしこれ以上は書かないでおこう。
ここになくとも「ぶるっ」ときた作品は多いのだ。
そしてそれは圧倒的に私の場合、日本画に多い。

全館を逍遙しつつ追憶にふけり、純粋に楽しんで、表に出た。
入れ替わった作品を見るために再訪する予定もある。
その頃にはまた別な作品に「ぶるっ」ときたり、きたことを思い出すかもしれない。
「美術にぶるっ!」展は1/14まで。

リサとガスパールのクリスマス・ショーウィンドー

新装あいなった阪急うめだのショーウィンドーにリサとガスパールが帰ってきたので写真を撮った。
多くの人々が楽しむショーウィンドー。
おじゃましないためにちょっとむりしたので構図はあまりよくないが、わたしも楽しかった。

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もうすぐクリスマス。いい気持ちで迎えたいです。


楊洲周延「東錦昼夜競」歴史・伝説・妖怪譚 その二

昨日に続く「東錦昼夜競」。今から太田記念美術館の二階へ向かうわけです。
そしてここから「月百姿」も出現。

更級姫 上は山中鹿之助が夜、海岸に立つ。下は女が逆恨みの男たちを投げ飛ばす姿。
更科姫の子が「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」の鹿之助らしい。
山中鹿之助は小学生の頃に本で読んで、とてもファンになった。今も好きだ。
わたしは「更科姫」と聞くとどうしても「紅葉狩」を思い出すのだが、全く別人だという話。

真田信幸室おすみの方 上は敵を探そうとするのか葦原の場。下は小松姫が夫の不在の間に陣を守り、敵方の舅らを追い返す図。
小学生の頃に「真田十勇士」にハマリきっていたので、真田一族の伝説は色々読んだ。この逸話もかっこいいと思う。わたしは幸村ファンだが、それでもいい話だと思うのだ。

八幡太郎義家 上は勿来の関での歌、下は賊が八幡太郎の声を聞いて飛んで逃げるシーン。
今では八幡太郎も安倍貞任も忘れられつつある・・・

伏見地震 上は子どもの頃のちゃんばら戦争ごっこに明け暮れる虎之助。下は伏見の大地震で、蟄居中の加藤清正が一番に飛んできて、北の政所らに拝謁しているシーン。
これは「地震加藤」という通称で明治から戦前まではよく芝居になっていた。
清正の誠忠に衝かれる政所や、そぉっとのぞく秀吉の姿。

佐藤忠信 上は吉野の塔を前にしての忠信、下は「碁盤忠信」。元カノに密告され売られようとする。

真田九度隠家 上は銃を構えたところ、下は妻と会わず息子のみ妻と会わせる。
九度山で真田紐拵えて、それを全国販売展開してあちこちの情報を得ていたそうだ。
なんとなく絵自体は山科閑居にも似ている。

大塔宮 上は戦陣での宴。生首ころころ。下は土牢に幽閉された護良親王が足利の暗殺者に対し、巻物を投げつけて応戦するシーン。侍女らもあわてる。
大塔宮はわたしが大学で習った頃は「モリナガ親王」だったがいつの間にか「モリヨシ親王」になっていた。クラナッハがクラーナハになったのやウォレン・ビーティがウォレン・ベイティになったのと同じくらい、わたしには認められない呼び名である。

浅茅ヶ原 上は小さな仏を祀る人々。村の守りの仏様。 下は一つ家の鬼婆のシルエットが見える・・・そしてその前に観音の化身した稚児とこの家の娘と。
「一つ家」伝承は各地にあるが、江戸のそれは鬼婆と娘との同居が前提。

在原業平 上は東下り、下は高子と一緒に隠れる。つまり上=昼=結果、下=夜=原因。

素戔嗚尊 上は迫り来る大蛇。下は箸の流れる様から出会った娘とその両親を前に、親切な素戔嗚尊。姉のところで暴れんぼう将軍してたとは到底思えぬ親切&優しい男。

武内宿祢 上は釣りをする神功皇后、下は夜宴にも出ず、表を警戒する武内宿禰。
少し昔の端午の節句には、この神功皇后と竹内宿禰と赤ん坊とのセット人形があった。
昔の人形の展覧会を見て覚えたこと。なおこの宿禰は300余歳の長命を保ち、沓を残して姿を消した、と書紀にある。

菅原道真卿 上は天に祈祷する菅公。下は太宰府に流されて以降のある日。田舎の子どもらに手習いを。これぞ「菅原伝授手習」・・・ちがうか。

ここから芳年の月百姿が現れ、比較展示が数点続く。

室の津遊女 上は悪源太が亡霊として暴れる。雷になり仇の難波太郎を害す。下は舟に乗ってきた室津の遊女たち。彼女らの歌の巧さに褒美が。
室津は昔から栄えてきたところで、遊女も質が高いと評判があった。
文芸の場となることも多く、谷崎の未完成の小説「乱菊」、秋元松代の戯曲「元禄港歌」が室津を舞台にしている。

月百姿 いつくしまの月 室遊女 緑色の大傘をぱっと開くことで、絵に新鮮さがある。こういう構図を採るのはやはり芳年の巧さか。

足柄山金時 上はオバケ退治。一つ目小僧が掴まれているが、可愛い。蜘蛛の影がネバ~~と。下は柿もたわわの秋のある日、足柄山で楽しく過ごす金太郎とサルたち。

月百姿 金時山の月 サルとウサギの相撲を見守る金太郎。ふっくら愛らしい真っ赤っ赤。

伊賀の局 とにかく大力で大胆な女人と言うことで、上は逃亡の際に松を引き抜いて敵をぶちのめすシーン、下は例の天狗になった亡霊の話を聞いてやるところ。

月百姿 吉野夜半月伊賀局 これを見て伊賀の局の話を知ったのだった。昔の絵はいろんな物語を教えてくれたものだ。紅葉の頃、こちらに背を向け、バタ臭い顔の天狗と対峙する伊賀の局。

牛若丸 どうやら家来になる伊勢三郎との出会いを描いているらしい。実際のところ、東くだりどころか陸奥への旅ではわからないことだらけなので、話はいくらでも生まれる。

月百姿 五條橋の月 ピンクの薄衣の美しさ、宙に舞うショット、優美でかっこいい。静止した動画のような面白さがある。

比較はここまで。
この後はしばらく月百姿が続く。
こちらも挙げてゆこうかと思ったが、今回はやめておく。
またいつか「月百姿」が全点展示のときに書いてみたいと思う。
やはり明治の浮世絵だと思う。江戸の頃との感性の違いについても興味深く思っている。

和泉式部 上は彼女と恋人。下は北野でホトトギスの歌を詠むところ。黄実がなる木。そばにいるのは娘の小式部ということだが、この親子の姿をみると秋元松代「かさぶた式部考」を思う。戯曲の中でこの母子の話を絵解きするシーンがあるからだが。

秀忠公 上は地引網図。下はマジメな秀忠公に女を近づけさせようとして失敗する図。お花と言う女がお菓子を持っていったが、公はお菓子だけもらって女を返した。
マジメと言うのもあるかもしれないが、なにしろこの人は正妻に凄まじく拉がれていたという話もある。なかなかオトコマエな様子。

伊達御殿 原田甲斐と伊達安芸とのもみ合い。下は政岡と幼君。伊達騒動は実録も面白いが、原田甲斐の立場をよくしたのは、山本周五郎「樅の木は残った」だった。
この本が出るまで何百年も原田甲斐は悪人のままだった。

松島の局 朝比奈の門破り、朝比奈をとどめよう、朝比奈キターッという感じで松島の局自体はちょっと飛んでしまった。

吉田御殿 俗謡もある「吉田御殿」の図だが、実は絵として見るのはこれが初めてだった。
千姫は若者をひっぱりこんで寵愛したが、彼は別な女と通じてしまい、それがばれて二人は手討ちにされる。

二位の内侍 日野資俊との恋を描いている。

周防内侍 丑の刻に、母のために参詣する周防内侍の前に、老尼が現れる。

三荘太夫 上は折檻死のシルエット、下は別れの場。姉の安寿の犠牲あればこそ、厨子王は活きることが出来たのだ。すらりとした安寿の美しさ。

勾当の内侍 義貞最期/彼が見初めた勾当の内侍。こうして眺めると太平記からの絵が多い。尤も太平記に仮託して「世界」をそこに定めて、という芝居が多かったことも影響している。明治の世になっても、幕末から活躍していた絵師たちのアタマから、それは消えない。

仁徳天皇 上は江戸風俗、下は平安風俗。仁徳天皇もこの仁政は立派だが、女関係がわるすぎる・・・・・

藤原朝臣成通 蹴鞠の天才。蹴鞠一筋。それで蹴鞠の神様(三匹のサルのお使い)が現れる。蹴鞠ばっかりして拝まずすみませんと謝ると、夢の中で神様が現れこれからもがんばれと励まされる。今昔物語にあったと思うが、この話を昔知ったとき、なんとなくほのぼのした気持ちになったものだった。

大久保彦左ヱ門 とにかくキライ。盥に乗って登城するのはまぁ勝手だが、それにしたかてこんなジィさんイヤ。ちょっと狂ってる。近所にいなくて良かった。

仲光の一子幸寿丸身代り ダメダメな主君の子・美丈丸が暴れる図と、その身代わりに首を討たれる健気な幸寿丸。あほらしい話だが、ついつい泣かされてしまうのだった。

吉備大臣 上は仲麻呂のさびしく月を見る姿、下は吉備さんの刺繍見学。これは大臣としての視察であり、後にこの技術を日本に伝える。働き者の大臣なのであった。
ところで本朝に刺繍がどのように伝えられたかは措くとして、中国の刺繍の技術の高さについて面白いと思ったのは、夢野久作「ドグラマグラ」のエピソード。吉備大臣の伝説がこんなところにも出ているのだ。

最後に目次が現れるが、地球儀をモチーフにしていた。明治だなあ。
本当に面白かった。
わたしはこの連作を知らなかったので、この企画展はとても有意義だった。
絵に物語性があるものが好きなので、その点だけでも嬉しい。
今後もこうしたあまり世に出ていないような作品を集めた企画展をしてほしい・・・
12/20まで。

楊洲周延「東錦昼夜競」 歴史・伝説・妖怪譚 その一

太田記念美術館で楊洲周延「東錦昼夜競」と月岡芳年「月百姿」とが出ている。
メインは周延の「昼夜競」で50点出ている。協賛のように「月百姿」30点があり、そのうち四点が「昼夜競」と同じ題材で、並べて展示されている。

肉筆画では普段見ない絵師の掛け軸が出ていた。
・柳文朝 富士見西行図 足を組んで座しながら富士を見るオジさん。
・鳥山石燕 布袋と唐子図 右上に向かい指差す布袋。その先には雁行。
・宮川一笑 見立菊慈童図 美人が岩に座し、手に赤菊を持つ。足下には菊水。
・磯田湖龍斎 石山寺図 月を見上げる紫式部。秋の美しい夜。
・梅堂小国政 地獄太夫図 打掛の柄は閻魔大王など。彼女の髷は暁斎の絵と同じく大きく頂点に結い上げて、脇に垂らしたりというもの。

さていよいよ「東錦昼夜競」。歴史・伝説・妖怪譚と副題がつくように、歴史から・稗史から採った人物たちのエピソードが描かれている。
明治19年(1886)の連作もの。
なお、一枚一枚の物語については、とらさんがとてもいい記事を挙げられているので、そちらをぜひともご覧ください。
その1
その2 
その3 
「月百姿」についても、とらさんの詳細な記事と画像があります。
とらさんはわたしたちの善き先達であり、優れた論考をわかりやすい文章で届けてくださるのでした。

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玉藻前 チラシ。上に小さいコマ絵で那須野における金毛九尾の狐退治が描かれている。背景からゆくとそちらは夜。下は鳥羽院の女御・玉藻前の正体が暴露されるシーン。多分昼。透過光が放射線状にパーッと伸びるのがかっこいい。髪はもう整えられていず、敵役・悪婆(美人ではあるが悪逆無頼なことをする女。深情けなのも多い)の髪形になっている。
向こうで御幣を振るのは陰陽師安倍泰親。

このように上下で昼と夜とを分けて関連エピソードを描き、タイトル横に物語の大筋を綴るのだった。

楠正行 大楠公を父に持つ正行は「小楠公」と呼ばれ、少年の頃から折々に勇敢で心優しい逸話を残している。上は自決前に鏃を持つ。下は少年時代の狸の化けた大入道退治の場。
江戸時代から戦前までは太平記も愛され、講釈師も読み本も多く、人々はそこに現れる多くの人々にまつわるエピソードを熟知していたのだ。

佐賀の怪猫 上は鳥居の上に黒猫が円くなっているのを見上げる侍一行。下は愛妾お秀の方と宿直の侍。彼は膝に小柄を刺して眠気を覚まし、お秀の方の正体を見届けんとする。
鍋島家に仇を為そうと旧主・龍造寺家の愛猫タマが化身したお秀の方とその眷属たちが織り成す「佐賀の鍋島化け猫騒動」は昭和の真ん中までしばしば映画や芝居にもなった。
わたしは子どもの頃から愛読する「おばけを探検する」でこの話を知り、猫であるタマの忠義に感動したのだった。(単に私が猫好きということもあるが)
だから今でも鍋島家の名を見ると、どんな場合でも必ず化け猫騒動を思うのだった。
歴史上は鍋島家のお家騒動と旧主の関係からのハナシなのだろうが、これぞ「稗史」「伝説」の一篇なのだった。

小刑部姫 上は巌流島で飛び上がる武蔵とそれを迎え撃とうとする佐々木小次郎。下は刑部姫(おさかべ・ひめ)と対面する宮本武蔵。
姫路城の天守閣は太守であっても決して登ってはならぬとされていた。というのはそこは本当の城主・刑部姫とその一統が住まうからだという伝承がある。
その刑部姫に面会に行った剛の者として武蔵の伝説もあるが、城の小姓が登る話もある。
泉鏡花はそこから材を得て戯曲「天守物語」を描いた。刑部姫と対面するのは森田図書。
「ここは生あるものの来るところではありませぬ」
この台詞を子供の頃に知って以来、いつもいつもゾクゾクし続けている。

大江山四天王 上は鬼退治で刃を振るう一団。下は酒天童子の館にたどり着く前に、攫われた姫君らと山中で出会うシーン。姫君らは洗濯中。袴の赤と紅葉の赤の美しさ。

満仲龍女夢 上は川西の多田神社に自らの等身大フィギュア(と書くと身も蓋もない)を納める満仲。下はタイトルどおりで、龍女から泰司に来ないでと請われる。屏風は波の上の図。

源頼光 上は夜、鬼童丸が殺した牛の皮をかぶって頼光一行を待ち伏せる図。昔の盗賊は変なのが多かったのか。下は天女より授与される矢。これは鵺退治の矢である。

蟹満寺 上はカエルを飲み込もうとする蛇に父親がうちの娘をやるというシーン。下は当然ながらやってきた蛇の化身の男と、身を保護し給えと祈る娘と、いつかの恩返しにと大量に押し寄せるカニたち。実際に「蟹満寺」は今もその物語を尊いものとして伝えている。
因みにお寺の扁額は金ぴかに墨痕淋漓。そしてどこかカニ風なところがある。
ところでカニは前に娘から恩を受けたので大量発生してがんばったのだが、カエルは何もしていないな。今回初めてそのことに気づいた。

平知盛の霊 上は忠度が桜下で辞世の歌を詠む。下は大物浦の海底で平家蟹を引き連れて知盛の霊が立つ図。貴人を見てしまう恐怖。 

渡辺綱 上は戦い、下は美女(鬼の変装)と出会うシーン。

坂ノ上田村麻呂 上は矢を放つところ。下は鈴鹿御前(後に彼と結婚)の加勢を願う田村麻呂。秋のある日。鈴鹿御前の立ち姿の美しさがいい。

鵜葺草葺不合尊 上はワニザメに乗り、釣り針持って地上へ帰るところ。下は白龍と媼と。水色にピンクの取り合わせが明治の浮世絵というのを実感させる。
ところでタイトルは本当は違う字なのだが、変な変換になると思うので、こちらの字を使う。

小野小町 上は卒塔婆小町。月にかかる雁行を眺める。下は雨乞い小町。七小町の二つ。

祇王祇女 上は仏御前が酌をする、下は追われる姉妹二人。出てゆく前に歌を認める。

白菊姫 上は恋人上杉是貞と再会する姫(めでたい)、下は継母により簀巻きにされて水中に捨てられるが、口に銜えた観音菩薩像の功徳にや命助かる白菊姫。蓮池でのこと。

千寿の前 上は那須与一が「さぁ」と今から射ようとするシーン。
(追記:とらさんの解説によると、旗印が違うので与一ではなく平氏方の武将の見回りではということで、そちらを採りたいと思う)
下は南都炎上の責任を取らされるため護送中の重衡を慰めんと、呼び寄せられた千寿の前の舞。

大磯虎 上は戦う曾我兄弟。下は富士山が遠く見える街道で、泣き崩れる虎御前と、市女笠を持ち上げて遠くを見る化粧坂の少将。残された女二人の道行きである。
「虎が雨」の諺を思い出すが、リアルな泣き崩れ方として描かれていて、せつない。

地獄太夫 上は妓楼で活きた魚を口から吐き出す一休。別に見世物芸を稽古しているわけではなく(人間ポンプではない)、行基菩薩同様のことをしてみせているのだ。下は花魁とかむろ。地獄太夫の美貌。

岡崎水練 上はお愛の方が怪力を見せて襲ってきた男を寝間で取り拉ぐ姿。下は水練中に男を水に叩き込むシーン。ピンクの腰巻が艶かしい。

明智光秀 上は満座の中で蘭丸に鉄扇で額を打たれる。下は本能寺の場。長刀を持って闘う侍女お能の方の奮戦。(美濃の濃姫とは別人)

長くなりすぎるので一旦ここでおわり。続きは後日。

関西数奇者の茶道具 明治・大正・昭和のビジネスリーダーたちの茶会 後期

9/11に「関西数奇者の茶道具 明治・大正・昭和のビジネスリーダーたちの茶会」前期の感想を挙げたが、今日はその後期の感想。尤も展示は12/16に終了。
ここももう開館25周年になるそうだ。
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黒樂茶碗「曙」一入 馬越恭平所蔵。赤黒い茶碗で、重みを感じる。父道入の軽快華麗な趣から離れて、初代へ向かった・・・それが伝わってくる。
そしてこの銘にも納得がゆく。暗い空から少しずつ明かりがのぞき始めたその時間帯・・・

茶杓「宗仙ノおもかけ」片桐石州 益田英作所蔵。益田孝の弟で、実業界から古美術販売へ転職してしまったそうだ。鈍翁もこの弟の眼を信頼していたとか。
茶杓自体は白身かかったもので、個性は薄い。しかしこの銘は貴重な銘だと思う。

古銅ソロリ花入 利休・宗旦・仙ソウ・松永耳庵 いい来歴の花入。古銅とは錫と銅の合金だという。
「ソロリ」はこの鶴首のようにほっそりしている姿を「徐=そろり」としていることから、という説明がある。
「曾呂利」「汰り」とも書くそうだが、わたしなどは「曾呂利」といえば「新左衛門」とくる。(新左衛門といえば「牡丹灯籠」もいる)
茶道具はそんな連想をさせてくれ、楽しむ余地を与えてくれる。

色絵柳橋図水指 仁清 久原房之助 チラシの水指。彩りもいかにも仁清。久原は藤田伝三郎の甥で日立の創設者の一人。義兄は鮎川義介。

猿鶴蒔絵茶箱 鴻池善右衛門幸方、松浦卓 猿がどこにいるかをじっと目を凝らすと、いたいた。松の上にいた。
鶴はよく見るが、猿は初めて。
鴻池幸方は大礼服をつけた写真を大阪歴博で見ているが、ここでもその写真が出ていた。
わたしはこの人の弟・幸武(文楽など古典芸能に対する慧眼の士)のことを武智鉄二らの本から知り、密かに憧れているのだった。

染付雲堂手銅紐水指 明代のもので意外と大きい。大きいので絵もはっきり見える。雲と堂の配置がいい。梅原龍三郎の絵を思った。

色絵丸文茶器 仁清 いかにも仁清の絵柄で構成された可愛い茶器。カタバミの丸文の連続。地には沙綾。

井戸脇茶碗「長崎」 平瀬露香 見込みに水色の釉薬溜まりがあり、綺麗。露香の執着した茶碗で、それをみた高橋箒庵は「大正名器鑑」に「小服井戸茶碗としては世に比類なき者なるべし」と記載するほどだったそうだ。
この「大正名器鑑」もまた読める(見る)機会があれば、読めればと願っている。

釘彫伊羅保茶碗「秋の山」益田鈍翁追銘「老松」 寺田甚吉 口縁のギサギザぎざぎざは大概すごい。切りそう。
景色はたしかに紅葉する山のように見え、一方中は泥緑色なのだった。
面白い逸話が紹介されていた。
昭和15年、寺田の芦屋の別荘の茶会でこの茶碗が使用されたのだが、そのとき湯木貞一が板前に出ていて、水屋で茶碗を賞賛した。それを聞いた寺田が「あげるから持って帰れ」と湯木に言ったのだが湯木はその日は持ち帰らず、戦後ついに自力で手に入れたそうだ。
寺田はユニチカ創業者の一人で、南海電鉄の重役にもなった。

掛け軸をみる。
消息「白餅の文」利休から籔内紹智へ。餅を50個貰った礼状で親しみのある手紙。

消息「銭たらずの文」不昧から なんでも人に勧められていい茶碗があるが700両かかる、自分の自由にできる金は今年はもうあと350両しかない、あきらめる・・・という内容。リアルな心持ちと状況とを書いた内容。

どちらも何度か見ているが、その伝世の来歴を思うのも楽しい。

可愛いものが並ぶ。
銹絵雪竹向付 乾山 大きさといい、その雪の降り方といい、笹の太さといい、何もかもいい。
白黒灰の三色でこんなに可愛らしいのは他にない。
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オランダ花文盃 可愛らしいだけでなく面白味がある。見込みに←マークが入っている。う~む?

唐物七宝三人形蓋置 ロボットのような三人組だが、なぜかというとお団子にした髪型(唐子髷)や腕がパキパキしているからだった。こういうのも面白い。

茶道具はそれ自体の魅力と、これまでの「こしかた」と、二つの喜びがあるのだった。
わたしは茶の湯を楽しむことはないのだが、茶道具を見ることで何となく心が落ち着くのを感じる。
次回は「千家のわび茶」展。

天橋立のかさぼう。

社内旅行で間人(たいざ)までカニ食べに行ったが、その前に天橋立の笠松公園へ。

ケーブルカー大好き。SH3B16540001.jpg

わたしはとにかく路面電車とケーブルカーが大好きなのでわくわくしたなあ。
ホームの様子。SH3B16550001.jpg

中を覗き込む。SH3B16570001.jpg

線路の様子。SH3B16600001.jpg


ああ、山の上から降りてくる~~SH3B16560001.jpg


雪が残っているが、道は何にもなし。SH3B16580001.jpg

ケーブルカー。かっこいいし可愛い。DSCN8739.jpg

上ってゆく~~SH3B16610001.jpg

笠松公園のホームが見えてきた。SH3B16620001.jpg

私は今回先頭座席におっちんしましたわ。
楽しい。座席の様子。SH3B16590001.jpg

おお、天橋立が見えますな。SH3B16630001.jpg

それでお宿に入り、カニ。SH3B16650001.jpg

散々食べた。やっぱりかにはおいしい。
わたしはナマもいいが、軽くシャプシャブしてから食べるほうが好き。
そうするとカニの甘みが増すからねえ。

最後のカニ雑炊だけど、同じグループになったある課長がコマメさんで、カニのグローブ部分を熱心にほじくりほじくりし、それを「うちのグループの雑炊なべに入れて」と。
米よりカニが多い雑炊。SH3B16660001.jpg

最後の最後までおいしうございました。

ところでタイトルにある「かさぼう」とは笠松公園のキャラで、石像があったんで記念撮影したのでした。
人気者過ぎて、一人で立つかさぼうの写真はナシ・・・・・

国宝 飛青磁花生と国宝 油滴天目茶碗 伝世の名品

大阪市立東洋陶磁美術館も今年で開館30周年になるそうだ。
安宅産業の崩壊により安宅コレクションが散逸する危機があったが、中之島に文化的土壌を生み出し、培った住友グループが陶磁器の一括購入を行い、さらにそれを寄贈してくれたことで、この美術館が生まれた。
いま、その開館30周年記念展として「国宝 飛青磁花生と国宝 油滴天目茶碗 伝世の名品」が12/25まで開かれている。
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チラシには右手に飛青磁左手に油滴天目が列び、その背後に油滴が浮かんでいる。
こうして眺めると、膚の表面を滑る脂のようにも見える。
この脂がないと、照りはなくなる。艶麗であるには、やはり脂は必要なのだった。

この列びはチラシだけのものかと思っていたら、実際の展示もこのとおりだった。
それぞれの美を共に楽しめる空間がそこにあった。

飛青磁を見ていつも思うのは「茶色い雲または小さな複葉機が青空に複数浮かんでいる」というものだった。
のんびりしていて可愛い。もしかすると作り手は霊芝や蝶をイメージしたのかもしれないが、わたしはそんな風に思っている。鴻池家伝来。

存分に眺めてから左へ移動すると、そこに油滴天目茶碗のための天目台が数種置かれていた。それぞれ個性の異なる可愛らしい台である。
説明によると、これらの台は当初から添えられていたものではなく、茶碗と同世代の南宋時代に生まれたものではあるが、別々なルートなり時期なりに日本へ渡ってきて、数奇者の手によってあわせられたそうだ。
あわせる・・・合わせる・併せる・遇わせる・・・
どの文字がいちばんこれらに「添う」だろうか。
そんなことを考えるのも楽しい。

油滴天目茶碗の挽家と仕覆が出ていた。白地宝尽二重蔓小牡丹文金襴と萌黄雲文金襴。
挽家は大きな独楽のように見える。
そして写真パネルでその収納状況が展示されていた。素晴らしく気を遣い心を込めた様子に見えた。
添え状もある。「秀次所持聚楽道具之内西本願寺ニ有之而其後六角ノ三井江参居リ候を同所より譲り請るもの也」とある。
初めて知ることも多く、とても有意義な展示である。
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青磁鳳凰耳花生 南宋に生まれたこの形の花生では「萬声」「千声」が特に高名だが、これもまた名品の一つである。今回初めてそのための仕覆が出ていた。
縦長の包みは芝山緞子。萌黄地に金のもの。

色々見て行くと、若狭酒井家所蔵から安宅というものが多い。売り立ての頃の話を(どのように手に入れたかを)もっと知りたいような気もする。

それにしても読めるものなら「君台観左右帳記」を読まなくては、と言う気にさせられる。
自分のいい加減な眼のほかにも、優れた先達の力添えが必要なのだ。

「唐物」を楽しんでから、常設へ向う。
鼻煙壷、韓国陶磁、中国陶磁、李コレクションと進むうちにまた別の企画を見た。
渡辺夫妻コレクションの展示があった。
唐三彩などが不意に現れ、ちょっとドキッとする。
このように今も寄贈が継続され、それが展示されてゆくのは、とてもすばらしいことだ。

最後に今日の逸品を一つ。
青磁象嵌童子石榴文水注 高麗時代・12世紀半ばの名品。
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「ジャックと豆の木」のような絵柄。これは逆象嵌と言う手法で作られている。
他にも黒高麗の梅瓶、白磁の玉壷春などなど、いくらでも良いものが現れるのだった。
12/25まで。

カトリック伏見教会

伏見の藤森(ふじのもり)にある聖母女学院に隣接する「カトリック伏見教会」へ行った。
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昭和26年に建てられた「小さき花の聖テレジア」に捧げられた聖堂などがある。

造りは一見したところスパニッシュ。
堂内。
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祭壇周囲。IMGP0929_20121215115445.jpg

半円アーチの色ガラス窓も綺麗。IMGP0930.jpg

光が差し込むと・・・IMGP0933.jpg

聖テレジア像と、日本26聖人殉教のうち「橋本一家」の像のステンドグラスもある。
むろんキリストのゴルゴタへの道のりも。

クリスマスが近いのでこんなジオラマもある。
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幼子イエスのかわりに綺麗な赤。
また、ここには聖テレジア涅槃像とでもいうべきものもある。
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こまごました装飾はないが、たとえば天井をささえる木材に素敵な造りが見える。
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薔薇窓ではないが、これはむしろ和風な風情の円窓。
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南袖廊玄関が可愛い。IMGP0939_20121215120737.jpg

門にもクリスマスらしさが。IMGP0938_20121215120735.jpg


お隣の聖母女学院、元の旧陸軍第16師団指令本部遠景。
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あと十日ですね。メリークリスマス。

二つの川村清雄展

川村清雄の二つの展覧会を見た。
見たが感想をきちんと挙げられずここまで来ている。
江戸東京博物館、目黒区美術館と都内で回顧展が開催され、それぞれ賑わっているのはとてもいいことだ。
江戸博はもう終わったが、目黒ではまだ開催している。
幕末に生まれ海外留学し、「大日本帝国」初期の時代に洋画家として世に立った。
明治の世は気概あるものを尊ぶ。
川村は温厚なひとだったそうだが、その身には激動の時代を過ごしただけの気骨がある。

江戸博では川村のご先祖の段階からの紹介があった。
お庭番だった家系、父の仕事ぶりなど。
それは「江戸東京博物館」にふさわしい展示だった。
やがて彼の仕事があらわれ、晩年に至るまでの道が開ける。

目黒区美では加島コレクション、青きコレクションという個人コレクターの集めた作品を列べている。
一定レベル以上の作品が集った、いわば優品展という趣がある。
この二つを見たことで、川村清雄という明治初期から活躍し始めた洋画家の面影を偲ぶことが出来たのだった。

明治の洋画家(明治の頃は一部で「油絵師」という名称もあった=小出楢重による)は、いわば揺籃期の人々で後の繚乱な時代の作風とは全く違った世界を送り出していた。
日本にいかに洋画を根付かせるか。
その命題に苦難し、それぞれの方法論を見出し世に問うてきたが、和の主題を洋画に置き換えるということを選んだのは、痛ましい努力の成果だと思う。

川村清雄の作品を最初に見たのは、新聞に掲載されていた「肩身の直垂」だった。
まぎれもなく「明治の油絵」である。
新聞の解説を読むと、恩顧を受けた勝海舟への追悼の念から生まれた作品とあった。
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わたしはごく幼い頃から「勝海舟」のファンとして育てられた。
というのはうちの父が下母澤寛ファンで、家に海舟とその父小吉の生涯を綴った「おとこ鷹」「父子鷹」「勝海舟」が揃っていて、更に「日本の偉人伝・勝海舟」まで買い与えられ、読め読めと勧められ続けた。
また記憶にある一番古い大河ドラマがその「勝海舟」で、わたしが見覚えているのは梅の花が咲いた途端、それまで別な俳優(渡哲也)だったのが松方弘樹になったことだった。
そういうことから勝海舟関係と聞くと、耳がピンと立つ。

勝海舟はたいへんなオトコマエだった。
それは写真でも確認できるが、様々な資料からも納得できる。
また、その勝の肖像画を見るとやはりいい男に出来ている。
わたしが見た肖像画とはすなわち川村の作品である。
写真も肖像画も非常にいい男なので、川村清雄という画家を知る前に、なんであれ勝海舟はオトコマエだという認識が出来上がった。
それはそれとして、勝は江戸城を無血で明け渡したが、後世のわたしたちはそのことをよしと思うものの、しかしそれであっても、お江戸を薩長のヤツバラに好きにさせてしまったのは事実ではある。

川村は勝とつきあいが深かった。
川村清雄は徳川家の<無念>を想い、声高に主張することはないものの、旧主の気持ちを、幕臣の心根を作品の中に込めていた。
勝はそんな川村を手元に置いた。
勝夫妻は川村をたいへん可愛がり、「私の隠し子」という表現で愛した。
勝の縁戚に初代尼崎市長となった櫻井忠剛がいる。
息子の嫁の弟か何かだったが、櫻井も明治の油絵師の一人だった。
彼の回顧展が2005年に尼崎市民センターで開催されたとき、彼の絵の師匠が川村だと知った。まだ少年だった櫻井は若年のため家の跡目をオジに任せて、東京へ出ていった。
行く先は勝の家である。
「氷川清話」の頃かどうかは知らないが、勝の手元に来た少年はその縁故で川村清雄に師事した。

わたしは関西に住まうので、明治初頭の洋画といえば浅井忠をはじめ伊藤快彦、櫻井忠剛らを思う。高橋由一や五姓田や川村は東京府の画壇の人だという認識があるが、こうしたことから川村清雄への親しみが胸の裡に活きている。

櫻井の回顧展のときに気づいたことだが、横長の板絵が多い。
これはやはり日本家屋に飾る場合の欄間を思ってのことではないか。
実際今も手元に彼らの絵を所蔵していた家では、その通り欄間に嵌め込んでいたらしい。

絵はどこへ飾るか。
好きに描くことが第一義だとしても、職業画家として暮らす以上は、必ず収め場所を考えねばならない。明治初期の作品にはそうした苦労がある。

絵を見る。
勝海舟の葬儀での陪柩者たち 四人の直垂姿の人がいる。描いた本人もそこにいる。
勝との長き交流の最後は「別れ」である。
しかしその後に「形見の直垂」が描かれたことで、交流は永遠になった。
なくなった勝はきっとあの世でにやりと笑っていることだろう。

川村はヴェニスに留学したことを生涯忘れなかった。
徳川派遣留学生という立場で出たそうだが、お仕えした幼君・家達公との関係もとても味わい深い。
家達公から川村への手紙があった。
親密な若者同士の手紙だった。「君と僕」。明治の青年たち。
「秘密ね」と家達公は手紙の中で書く。言文一致を言う以前に既に仲のよい友人たちの間ではそれがなされていたのだ。

川村は晩年になってもヴェニスへの追想を弟子の織田一磨に語っていたという。
これらのことから、川村が過去の喜びを決して疎かにしない人だったということがわかる。

歴史を描いた作品をいろいろ見た。
海底に遺る日清勇士の髑髏 これは静岡県美で見た。日清日露と大きな戦争を経験した大日本帝国だが、戦死すれば敵味方は最早ない。悉皆仏である。川村の思いがそこに潜んでいる。
こうした作品はほかには見ていない。
黒の表現がぬめりを見せて、そんなところにも惹かれる。

目黒区美のチラシは「村上彦四郎(村上義光 錦御旗奪還図)」である。
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これは二曲一隻の屏風で、太平記から材を採っている。
落ち延びようとする主君が身分卑しいものに侮られ、大切な錦の御旗を手放す。後を追っていた村上義光が下種の手より取り返した、その場を描いている。
なかなか迫力のある絵で、これをチラシ表にしたのはかなりかっこいいと思う。

ほかに小督を描いたものもあれば、妹瀬山のお三輪狂乱の場などもある。どちらも顔ははっきり描かず、それがかえって絵に力を与えている。

本の装丁の仕事も多い。
それだけでもかなりの数である。zen961-1.jpg

わたしはタブローもいいが、こうした仕事がまたとても好きで、その「卓上芸術」を大いに楽しんだ。
雑誌では主に明治末の「新小説」の表紙絵や口絵が多い。
春陽堂と至誠堂の仕事がメインだった。
至誠堂では単行本の装丁が多く、村上波六や杉村楚人冠、森鴎外らの著作も見える。
菊池幽芳「毒草」もこの人の装丁。あの小説の挿絵は清方立ったようにも思う。とても魅力的な本。

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再び洋画へ眼を戻す。
花鳥の美しさが特に目立つ。
臙脂色の背景に黄色いバラと白オウムと。色の配置・取り合わせの妙に惹かれる。

シュールな絵があった。
石膏の幼児像なのだが、宙に浮いているその横顔、背景の何もない中に浮くようにそこにある。

裸体習作を見て久しぶりだと思った。
随分前の目黒区美での企画展に出ていた絵だった。
これが川村のものだとは気づかなかった。
あのときはただただ「素敵な身体」とときめいていたのだ。そうか、そうだったのか。

「油絵で描く和の美」は大正末期にも多い。
色紙でそれを楽しめる。
月次絵である。中でも「茄子馬と胡瓜馬」が可愛い。七月の(早い盆)絵。

川村の画業が順風だったかと言えばそうとはいい難いようで、その原因の一つにやはり川村自身の完全主義があるからでは、と思いもした。

江戸博では生涯に沿っての展示をしていたから、最後に川村の晩年の仕事がきた。
初めて知ることばかりで、黙って頷いて見るばかりになった。
いい生涯だったと思う。そして今こうしてそれを二つの展覧会で眺めることが出来、よかった。

江戸博は12/2までで終了したが、目黒区美では12/16間で開催中。

中国王朝の至宝

東博の「中国王朝の至宝」展に行った。
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政治的なことを書くのはいやだが、最近の日中関係を考えると、この展覧会も果たして開催できるのか、とひやひやしていた。
なにしろ橿原考古学研究所の特別展では急遽中国側が文物を貸し出したらへん、という状況になったのだから。
日中国交正常化40周年記念と冠が着いている。
日本を代表する博物館での展覧会ということもあり、年初の北京故宮展のこともあってか、と勝手なことを想像する。
なにしろわたしはただの観客だから、いくらでも妄想は広がる。
中側で懸命に働く人々には申し訳ないが。

平成館はいつも展示に工夫を凝らしている。
それを楽しむつもりもあって、明るく出向くと、珍しいものからお出迎えがあった。
四川省の三星堆遺跡から出土した文物である。

第一章 王朝の曙「蜀」と「夏・殷」
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1986年に四川省広漢市で三星堆遺跡と名づけられた場所から、殷代の遺物が続々と今の世に出てきた。
ところがそれらは、これまで知られていた同時代の遺物とは全く趣の異なるものばかりで、四川省(蜀)文化の特異な発達を思わせた。

展示されている文物のうち、いくつかは既に見ていた。
わたしは現代中国には関心が湧かないが、古代から近代まで、もっとはっきり言うと文革以前までの中国文化に対しては非常に強い関心と深い興味がある。
だから中国の古代の文物が日本に来ると、必ず出かけるので、いつのどの展覧会で観たものが、判然としないものがいくつかある。
この三星堆の遺物も確実に観ているが、どの展覧会だったか、きちんと資料を調べない限りはもう思い出せない。
それだけにここにあるいくつもの文物に対しては、懐かしさ・親しみを覚え、嬉しい気持ちで対していった。

その四川省広漢市三星堆遺跡の文物たち。

突目仮面 一目見れば決して忘れない特異な風貌の面である。そして大きい。
裏へ回ると、突出した円筒型の瞳が裏から伸びていることがわかる。
どうしてこんな風貌なのか。
蜀には蜀だけの創世神話があり、その神なのか。
神の風貌だとすれば、何故このような魁偉なものなのか。
いくらでも想像は膨らみ、 飽きることなく眺める。

人頭像 これも以前に見て以来のおなじみさんだが、実は最初に見た当時のわたしの会社の上司にそっくりな風貌で、それもあって忘れがたいのだった。
たいへん大振りな風貌で、なんというか悪く言えばエグ味の濃い顔である。

同じ蜀でも都のあった成都市金沙遺跡の文物を観る。
ただし時代は少しばかり下がり、殷末から西周にかけての時代のものである。
2001年に発掘されたものたち。

金製仮面 小さいが、眼力くっきりである。口元の開き方は微笑とも言えない。
金製冠帯 非常に薄い。その薄い上に柄が刻まれている。

金であることを改めて考える。金の価値は今も変らず尊い。況や古代においてや。
殷の都などでは皇帝の死後、その遺体を金縷玉衣に包んで安置した。
四川ではそうではない形態を採ったのか。
この仮面の顔立ちを見ても謎は深まるばかりである。

面白いものを見た。
人形器 首の部分が穴開いている。なんだろうか、これは。非常に面白い。首はやや垂れている。謎だ。

跪坐人物像 後ろ手に縛られてひざまづく。目の辺りに線が走るのは目隠しなのか。何のための人形か。死者のための殉死の形か悪霊封じか。ぞわぞわしてきた。

先の人物像と共に虎の像が出てきたそうだ。
十個以上の出土があったらしく、そんなのを見つけたときにはドキドキしたろう。
石像は寝ころびながらガオーーッと吠えている。口内には朱色が残っている。ウサギの血かもしれない、と妄想が広がる。

青銅の虎もあるが、こちらには渦巻き文様の柄が入っている。横顔が勇ましい。
少し大きいので、離れた地に設置されていた。

面白いうねりを見せる蛇。やはり口は朱い。

玉への偏愛をみる。
玉琮 算木四段。
梯形玉器 梯子型なのかどうかはわからないが、四角いのが寄せ集められている。

ほかにも多くの玉製品がある。
中央から離れた地の美しく、そして興味深い文物を大いに楽しませてもらった。
玉剣、玉璋、小形玉璋、玉璧・・・

次に夏・殷の文物がある。
河南省偃師市二里頭遺跡、河南省安陽市殷墟など、やはり河南省からのものが多い。

動物文飾板 これは前にも見た。夏時代の技能の高さ。細かいモザイクの美しい工芸。15x9くらいか。
誕生!中国文明
この展覧会で見たものか。

歯車形飾板、これも以前に見ている。ギザギザが可愛い。

方鼎  饕餮くん。足にも美しく不可思議な文様が入るが、それを眺めていると、刺青のようにも思え、深いときめきが生まれる。

戈、盉 、爵などがいくつもある。いくら見ても見飽きない。

卜甲 ああ、実物と向かい合う。なんという体験だろう・・・本当に使っていたのだなあ。

ところでジュニアガイドのリーフレットも面白いので紹介したい。
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わくわくするような構成である。

第二章 群雄の輝き 楚vs斉・魯
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この春秋戦国時代がまたとても魅力的で、無限にエピソードがあり、それら一つ一つが面白くて仕方ない。
この時代を舞台にした、中島敦、駒田信二、陳舜臣らの非常に魅力的な小説がある。
十八史略などでもこのあたりは異様に面白い。
映像もいい。そういえば中島敦の中国ものでこの時代を舞台にしたものといえば「豎牛」・・・このタイトルだったかどうか忘れたが、(正しくは「牛人」)まだ他にも衛のなんとか候がどーのというのも・・・(「盈虚」)

楚の国の文物をみる。この国はやや幻想味が強いようにも思う。

鎮墓獣 守ってくれそうではある。
羽人 正面より横から見たほうがわかりやすく出来ている。背の羽は何なのか。勢いのある像で、今にも飛び立ちそうである。

虎座鳳凰架鼓 よくここまで色が残っているものだ。感心する。虎たちが特にいい造形。
2400年もの長い間保てたものだと感心する。
それにしても大変大きい。

編鐘 泉屋博古館に編鐘がずらずらと並び、その音色を録音したものはいつでも聞けるようになっている。これも変ることのない音色を奏でるのだろうか。聴いてみたい・・・

浴缶、豆 2合 字面だけ見ては何がなんだかわからないが、肉を炊く鍋らしい。

少し時代が下がる。湖南省長沙市馬王堆1号漢墓から出土したものを観る。
もう時代は前漢にはいりつつある。

人物俑 きりっとした面立ちのお姉さんの像である。時代によって顔立ちの流行も変る。
ほぼ盛唐のふくよかな婦人らとは全く違う。
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参考出品として、楚のT形帛画の複製品があった。原品は前漢。
肩のところに太陽の中にいる三本足のカラスが見える。中国神話のカラス。

しかしそこに殷の頃の鉞が現れる。大きなもので、朽ちもしないのがすごい。
これでヒトの首をどんどん切り落としたのだろうか・・・

斉・魯の文物を見る。山東省曲阜市にその二つの国はあった。

犠尊 可愛い。勝手に「ギソンくん」と呼ぶ。リストの表題に姿を見せている。ゆるキャラみたい。愛い奴~~

動物をモティーフにしたものに惹かれるものが多かった。
猿形帯鉤、龍文長方形鏡、鼎付霊鳥
人物像よりこちら。テナガザルめいたサルの造形が面白い。

第三章 初めての統一王朝 秦vs漢
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秦の始皇帝を主人公にした物語は昔から随分あるが、20年位前「深く美しきアジア」「東周英雄伝」を描いた鄭問の始皇帝は美少年だった。そのヴィジュアルが今も目に残る。
また「始皇帝暗殺」はそれだけで何十本もの作品がある。

チラシ真ん中の俑が表れた。
跪射俑そしてその隣には跪俑がある。
いずれも西安市の始皇帝陵から。
うちの親はとにかくこの兵馬俑がキライで、「最初に発見した人気の毒」とよく言う。
まぁいきなりリアルな土人形が出できたら、わたしなんぞも速攻で失神または飛んで逃げた可能性が高い。
つまりそれほどにイキイキしているのだった。

龍 宮殿を飾ったか、素晴らしく大きな装飾品でもある。それがべろんとこう寝かされていると、なんとなくナマナマしい。

弩、矢箱、矢といった武器があるところが、「地下でも皇帝」というのを感じさせる。

さて始皇帝が病死した後、すったもんだがあり、やがて項羽と劉邦の戦いになる。
わたしは「三国志」も好きだが、「項羽と劉邦」の話がそれ以上に好きだ。

鼎や壷や博山炉などをみる。
男性俑と女性俑もある。前漢の美人。すっきりした、ややきつい眼の美人。

雁形灯 実はこの絵葉書を仁清の鶴香合と向かい合わせて綴じていて、サイズをすっかり忘れていたのだった。
再会して「ああ、大きいな、けっこう」と思った。
悠久の美
ここで雁灯りを見ていた。
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第四章 南北の拮抗 北朝vs南朝
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今回こうして展示を見て映像を見て、また他に資料も色々見たことでだいぶわかってきたが、どうしてもわたしは北朝と南朝と言うとアタマがごちゃごちゃになるのだ。
日本でも南北朝は面白くはあるが、あまり理解できていないのだった。

北朝 天人龍虎蓮華文柱座 北魏時代・太和8年(484) 造形的にとてもよく出来ていて天人の表情が愛らしい。むしろ今風なような可愛さがいい。

北朝 舞楽俑 北魏時代 9躯の舞楽人形。手の動きが優美。
この数百年前から奏楽の楽しみがあり、それを明器にできる技術が確立していたのだ。

北朝 蓮華形燭台 北斉時代・太寧2年(562) 同時代に蘭陵王がいたのだ。そのことを思うと、勝手な妄想が広がり始め、トキメキがとまらない。

南朝の可愛らしいアクセサリーに惹かれる。
東晋時代の蟬文冠飾、龍首形簪、竹節文簪、瓢簞形飾り、指輪、双鳳文円形垂飾、円形垂飾、円形飾り・・・・・・
中でも花形飾りは24個もあり、いずれも南京市博物館蔵。


第五章 世界帝国の出現 長安vs洛陽
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唐である。とうとう唐の出現。世界に冠たる唐。大唐。思うだけで喜びが満ち満ちてくる。
アジア全域の文化の中心地だったことに間違いはないだろう。その時代はどんなことがあっても、決して貶めることは出来ない。
その中に活きた長安と洛陽。

近年では2010年にすごい展覧会を二つ見ている。
大唐皇帝陵展 橿原考古学研究所付属博物館
大遣唐使展 奈良国立博物館
その記憶は消えることはない。

長安 拱手男女図 ゆったりした男女二人の立像。もう唐の中に活きていた人々。

長安から出土した女性俑のいくつかを見る。
唐の時代でも少しずつファッションの違いはあって、流行も嗜好も異なる。
女性の髪形もそう。楊貴妃前とその出現から大きく異なったときく。

胡服女性俑も普通の装束の女性俑も、共にとても魅力的。エレガントだったりキュートだったり。国内にある女性俑も多く見てきたが、いずれも千年以上前とは思えぬ肉感がある。

長安 花鳥文鏡 開元24年(736)日本に伝来した正倉院御物のそれとは異なりやや剥落してはいるが、拵えのよくわかる鏡。盛唐の技術が生きた優雅な文様。

「洛陽」からは仏教関係の文物が出ている。
映像でも巨大な石窟が映っていた。むかし映画「敦煌」でみた石窟寺院での仏教壁画制作シーンは本当に怖かった・・・

河南省洛陽市龍門石窟伝来、という来歴を見ただけでもドキッとする仏像もあり、他の地域から出土した蓮華文磚 、蛤形合子、双鳥文鏡、浄瓶なども一目見るだけで往時の有様が想像される。

洛陽 鴛鴦文枕 小さく可愛い枕。色味もよく出ている。

ところでありがたいことに主要都市の地図があるのでここにあげる。
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第六章 近世の胎動 遼vs宋
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今年は「契丹 草原の王朝 美しき三人のプリンセス」展で大いに遼の文物を眺めたから、まだ知識もキモチも生きている。
また宋へのトキメキも、ごく近年の関西での「中国書画展」リレー展覧会で大いに発揮されていた。

草原の民ではあるが国を打ち立てて後は「文化的に唐の後裔である」ことを任じ、それにそって民族文化の価値をあげようとした遼。
独自の嗜好も決して捨ててはいないが、それでもここにある文物には二百年以前の盛唐の匂いが活きている。

歩揺冠飾、龍唐草文冠、こうした装飾品に遠い唐への憧れを感じる。
鳳凰文鞍飾り やはり草原の民であることを実感する。
このような面白みを味わわせてくれるのが楽しい。

首飾り、垂飾、瓜形玉、腰佩などなども「契丹」展以来の近いおなじみ。
水晶への偏愛はここにも活きている。
またやきものも草原の民らしく、皮袋の形が多く、白磁もあれば三彩もある。

銀製仮面 「契丹」展のときにも金属の仮面を見たが、死者のおもてに金属の仮面をかぶらせるのは、中国大陸全域に広がる文化だったのだ。再生への願いなのかそれとも他にも。

力士托棺 棺を持ち上げる力士たち、という形。こういうのも面白い。

遼の仏教遺物をみる。
銀板経 経文の中に『六根清浄』ならぬ『六根三業』という文言がみえた。それだけでも面白く思ったりする。

容器の綺麗なものを見る。
方盤 緑色の美しいガラスでイスラーム風。
杯 これは白瑪瑙を削りだしたものでとても繊細。

宋へと移る。
近年になり、凄いものがみつかった。
阿育王塔 北宋時代・大中祥符4年(1011)zen954-3.jpg
これがチラシにも燦然と輝く「塔の中の王」たる塔なのである。
2008年に江蘇省南京市中華門外長干寺里宝塔頂長干寺地宮から出土し、南京市博物館に収められている。
全く素晴らしい工芸品である。ジャータカとシッダールタの生涯とを装飾している。トラに足をかませていたり、ゾウを放り投げていたり、説法していたりと色々あるが、いずれも精緻な造りで、非常に見ごたえがある。
ガラスケースは真ん中に置かれているので、四方はよく見える。
まったく何と言う素晴らしさか。驚くばかりだった。

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阿育王塔 顕徳2年(955) こちらでは人物が首を切られたような?そんな情景が。

地蔵菩薩本願経断簡 いい字である。「天人中利」という言葉が眼に残る。

金製龍 かっこいい!これは下記のチラシに現れる。

本当に濃い内容だった。どの時代を見ても必ず目を瞠るものがあるのが凄い。
見たことのあるもの・初めて見るもの、色々織り交ざり、とても一筋縄でゆかない内容だった。
ああ、とても面白かった・・・

尚この展覧会はトーハク終了後には2/2~4/7に神戸市立博物館へ巡回する。
そのチラシはコチラ。
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「塔の中の王」が真ん中になり、黄金仮面と金龍とを従え、並びには右に花鳥文鏡、左に金剛神坐像、そしてタイトルの真下に「栄華を極めるのは、誰だ!」と強く問いかける。
トーハクのチラシの兵馬俑さんを中心にしたものとは全く違う造りである。
いいものを見て、非常にいい気持ちになった。やはり古代から中世、近世の中国文明は偉大にして尊い。
トーハクでは12/24まで。

荒木伸吾原画展「瞳と魂」

アーツ千代田に向った。
荒木伸吾の没後一年の今、追悼の意をこめての企画展である。
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子供の頃に見ていて夢中になった作品の原画の数々があった。
わたしは長らく日本のアニメを連続して見る、ということをしていない。だからノスタルジーの念の方が強い。
しかしこうして眺めると、荒木伸吾が死のその瞬間まで現役だったことを思い知らされた。
廊下に展示された荒木の連載マンガを見ていて、つくづくそう思った。話の展開はむろんわからない。しかし原画からは確かに少年・少女の熱気があふれている。
そしてその端正な絵柄は高貴な人を描くのにも適しており、改めて「ベルばら」のオスカル様を眺めると、やはりオスカル様は荒木伸吾・姫野美智のコンビでないといけない、と強く思うのだった。

わたしが生まれた頃に本放送のあった「ジャングル大帝」の原画をみる。
これは放送作品を手塚治虫記念館で見ることができるので、今でも親しい気持ちがある。そして以前原画展も見たが、それは手塚のマンガの原画展だったので、アニメの方の原画を見るのは、おそらくこれが初めてなのだった。
誰かにあげたものなのかサインがついている。もらった方も嬉しかったろう。そうした嬉しい気持ちが40年以上もの前のプレゼントをこうして世に残し、再び世に顕す力となるのだ。

「あしたのジョー」がある。これは以前に杉野昭夫原画集で杉野の原画を見、また金山明博の原画も何かで見ていたが、荒木伸吾のそれは初めて見た。
というより、彼が虫プロ育ちだとは知らなかった。
東映動画の人だというイメージが強いのだが、しかし思えば虫プロと東映動画との関係からゆくと、それも不思議ではない。

東映動画での仕事を見る。
「キューテハニー」がある。
懐かしい。わたしはこれをリアルタイムに見ていた。土曜だった。特撮「キカイダー01」と時間が続いていて、次にドリフを見たように思う。
今でも人気のある作品だが、ソフトなHさと端正な作画とおしゃれさが本当によかった。
永井豪の原作が荒木伸吾の作風に合ったのか、魅力的なハニーや早見、そしてパンサークローのおねえさんたちにわくわくしていた。
今ここにあるハニーのいたずらっぽい笑顔を見ると、歳月など存在しないような気がする。

東映動画といえば「バビル二世」も絶対に忘れられない。
北海道編のキャラクター設計図がある。忘れていた人たちの顔がある。そしてなによりバビル二世の疾駆する姿がある。本当にかっこいい。「正義の少年バビル二世」という歌詞の通り、正義感あふれる顔立ちがある。この顔を見ていると、神谷明の熱血な声と、水木アニキの熱血な歌声が蘇るのだった。

「巨人の星」「花の子ルンルン」「グレンダイザー」がある。わたしはこのあたりは殆ど見ていない。
「巨人の星」は単にわたしが虎党でアンチ巨人なのと、「グレンダイザー」はあの兜コウジくんが脇役だというので腹を立てて見なかったのだ。
ところが今このとき、初めて「グレンダイザー」の原画を見て、胸が高ぶるのを覚えた。
何というかっこよさか。
確か主役はデュークフリードだったはず。それが彼女らしき娘と楽しそうに過ごす図なのだが、一目見ただけでときめいた。
ああ、こんなことなら見ていればよかった。
そんな後悔を起こさせるほどの力がこの原画にはある。

「ダンガードA」のカラーセル画があった。トニーハーケンがいた。本当に美形キャラだった。金髪碧眼の美しい青年。本放送は見ていないが、再放送やロマンアルバムで見てときめいたことを忘れない。
そしてこれも初めて気づいたのだが、トニーハーケンの眉の端が裂けているではないか。そうだったのか。知らなかった。
こんなことにもときめくのだ。

また敵方の二人の女子を見て、彼女たちのエピソードを思い出し、またときめく。
いずれも美麗な絵である。

「魔女っ子メグちゃん」がある。キャラクター表やいろいろ出ているのを見て、懐かしさがこみ上げてくる。
わたしはあまり魔女っ子ものは好きではないのだが、メグちゃんは面白かった。ライバルの美少女がいたからこそ、いよいよ面白かったのだ。
本当に懐かしいし、そして嬉しい再会なのだった。

わたしは「ベルばら」世代ではない。
遅れてきた世代で、リアルタイムに知ったのは宝塚歌劇、そして映画、次にやっと原作を読んで、そこでアニメを見たのだった。原作のオスカル様は多少直情径行なところがあるが、アニメのオスカル様はクールでかっこいい。そして非常に端正であった。
こうして原画を見ているとアニメのオスカル様にドキドキしていた頃の気持ちが蘇る。
決してベルばらキッズのオスカル様とアニメのオスカル様とは一緒にはならない。
どちらもとても好きだが、やはりアニメのオスカル様の端正さにドキドキするのだった。

マンガを原作にしたアニメはあまり好きではない。
それで「聖闘士星矢」が始まったとき、わずか数回で逃げてしまった。
ところが2002年か、冥王編があり、その三年後にわたしは久しぶりに原作を読んで感動してしまい、そこからアニメにも目を向けた。2005年にわたしは初めて荒木伸吾の「聖闘士」にころんだのだ。
それもわたしは黄金聖闘士の方にのめりこんで、青銅の「小僧ども」に関心がわかず、ただただあの12人とシオン、そしてカノンにときめきつづけた。
特にオープニング、そしてミロがカミュの首を絞めるシーン、シオンの「うろたえるな、小僧ども」、童虎とカノンが冥界へ向かうシーンに非常にときめいた。
何度も何度もそのシーンを再生し続け、とうとう今では手を動かさずとも、脳裏にすぐ蘇るようになった。
「うろたえるな小僧ども」以外はアニメのオリジナルである。あの映像を見なくては到底味わえなかった喜びである。

ここにある原画は主に青銅の小僧どもだが、中でもオープニングに使われている紫龍と春麗のいる図があるのが嬉しかった。昔は紫龍に関心がなかったが、再読してから彼と春麗の恋にとても気持ちのよいものを感じるようになった。だからここで原画を見て、嬉しい気持ちになった。

そして最後に荒木伸吾最後の作品をみる。
彼が亡くなる寸前まで描き続けたマンガである。
詩情と希望と元気さとがある作品だった。
ストーリー全体はよくわからないが、その熱気だけは伝わってくる。

こんないい展覧会が無料なのだった。12/10までという期間だが、本当に深いときめきがあった。
ありがとう、荒木伸吾、あなたの作品は永遠に生き続けて行く、わたしたちの心の中に。

篠山紀信 写真力

オペラシティへ篠山紀信「写真力」展を見に行く。
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第一室では鬼籍に入った人々の在りし日の姿があった。
黒枠の家族それぞれの写真を並べた美空ひばりのいる仏間、肉体改造後のミシマ、和服のバルテュス、都庁をバックに唐傘の座頭市・勝新太郎が下駄を放って占いをする、笑う大原麗子、夏目雅子、きんさん・ぎんさん・・・
どこかせつない空間は確かに死者の間に違いなかった。
次に1973年から2011年までの様々な「STAR」写真がある。
70年代の女優は皆たいへん美しく妖しい。妖艶な拵えをしての被写体になっている。
2011年のそれは高橋大輔、浅田真央、澤穂希らアスリート、そしてダライ・ラマだった。
澤さんはニカッと笑い、臍ピアスを見せて、かっこいい立ち姿だった。
また巨大な百恵ちゃんのビキニ写真が壁面いっぱいに飾られていて、ああやはり70年代は百恵ちゃんの時代だったと思い知らされた。
先般の埼玉近美の70年代展になにかしら不足を感じたのは、やはり百恵ちゃんの情報がなかったからだとふと思った。芸術だけの展覧会であったとしても、やはり山口百恵は欠かしてはならぬ素材・存在だったのだ。

次に東京ディズニーランドの写真が出てきて、それにはびっくりした。
特にミッキーとミニーの二人からキスされてるシノラマンには笑った。

歌舞伎役者たちの写真がある。自分が持っているのは玉三郎写真集だが、そこからのものではなく、つい近年のもの。やはり綺麗だった。
去年舞台でみた仁左衛門丈の立場の太平次、今年の勘九郎の土蛛、五年前の海老蔵の知盛、と見てゆくうちに、獅童は血のつながりもないのに案外延若に似ているなと思ったり。
そして中村勘三郎襲名写真が現れた。2004年のNYの橋を背景にしたもの。
その作品の隣にそっと小さい黒リボンがつけられていた。泣きたくなった。
そうだ、勘三郎は死んでしまったのだ。
その不在を改めて気づかされる。

「BODY」として様々なヌード写真が現れる。
60年代末期の女優たちの美しさにときめく。江波杏子の胸、浅丘ルリ子のやせぎすな身体、まさかのもしかの黒柳徹子の少しばかりのぞく胴など。
そして90年代の宮沢りえのふくよかな愛らしさ、高岡早紀の豊かすぎる胸、ダンサー・マラーホフの鍛え抜かれた肉体、ルグリの彫刻のそれより美しい肉体・・・
メールヌードの美貌にゾクゾクしてきた。
本木雅弘の写真もある。私は彼のこの写真集はもっている。もう21年も前か。地元で買うのをためらってわざわざ東京で買った写真集だった。

稽古の合間の貴乃花のふとした横顔にもときめく。彼はまさに求道者だった。
その横顔から厳しさと孤独を読みとる。そうか、これが「写真力」か。
わたしがわたしなりに一人で納得した瞬間、大きなものが見えた。
壁面に上下に飾られた作品である。

下は95年の大相撲の力士たちの大集合、貴乃花と曙の二横綱を中心にした一団。
そして上が凄い。
タイトルは「刺青の男たち」1986年の写真。全員が素晴らしい刺青ものだった。
頭頂に至るまで彫り染めたものもいる。国芳の張順を背負う者もいる。真ん中の男は花魁と唐子風な絵を刻んでいる。丸首シャツを着込んだように隈なく描き・刻み込んだ男より、わたしは喉仏から臍に至るラインだけは、元の白を残した方が好きだ。元の白があるからこそ、いよいよ藍は映えるものだ。そして勢いのいい下帯。これをキリリと締め込まなくてはならない。何という凄絶な美しさか。
わたしは松田修の言葉を思い出す、彼の著作を思い起こす。「日本刺青史」「刺青・性・死」を、彼の造語たる「刺青癌(タトゥー・クレイブス)」を。
そしてその刺青ものたちの真下に、決して肌を染めることを許されぬ職業を・職能を自らに課した集団がいる。
この対比の物凄さだけは会場に来ないとわからない。

このときめきが残るままふと目を移した先に、剃髪した大きな胸を露わにした女が走る姿があった。連作物らしく、少し離れた先にも一枚、庵室でその尼のような女と、天井から荒縄で縛り付けられ吊り下げられた髪の長い女とがいた。
わたしは正直なところこういうのも嫌いではないのだが、それにしても官能性の欠如が気になった。
自分の衰退かとも思い、先にあの刺青の集団にときめきすぎたための無反応かとも思ったが、そうではないらしい。
間近に寄って縛られた女の腕などを見ると、軋んでいる。
しかしどうもそれだけしか感じない。
ほかにもっとあるはずなのにと思ったが、感じるのはそれだけである。
どういうことなのか。
再びルグリやマラーホフの裸体を見る。鍛えられた肉体の美にときめく。
若い頃の江波や樋口可南子の写真には確かにときめくものがある。
しかしここにはその心のざわめきが来ない。
これもまた「写真力」かもしれない。
視る側と撮る側との激突は、多くの場合撮る側の勝利に終わるものだが、これはそうではないのだった。

最後に昨年の東北大震災の被災者の方々のポートレートがあった。
小さい子供さんからご年輩の方々まで。
重いものだった。
我々はこの人々を忘れてはならないのだ。
この展覧会の最後にこうした作品が列ぶことで、本当の意味での「写真力」を知ったようにも思う。
12/24まで。

12月の東京ハイカイ録 2

ていぱーくに「スロヴァキアの切手展」を見に行く。九時からだから忙しい一日のオープニングに丁度いい。
スロヴァキアは昔から絵本や人形制作で名高い国だが、その力が存分に発揮されたいい仕事をみせてくれた。
ドゥシャン・カーライの仕事がたくさん出ている。
そしてカーライとその同世代の作家たちの仕事がとてもたのもしい。また各地の民族衣装を着せた人形たちが集まっていたり、民族誇りの刺繍を見た。
切手一つにしても細密描写の狼や木造教会などもあり、切手芸術というものを実感する。
とても細かい仕事をし、それを世界に発信する。すばらしいことだった。

ていぱーくでみかけた松篁さんのうさぎ葉書の原画SH3B164600010001.jpg


いい気持ちでていぱーくを出て丸の内線で新宿西口へ向かう。損保ジャパン美術館へ行くのに、ここからの方がわたしはストレスフリーなのだった。
「絵画をめぐる7つの迷宮」
終わりのない探求という副題がついている。
学芸員さんの提示した「迷宮」というものの概念を思いながら絵を眺める。
所蔵作品を集めたものであっても、こうしたアプローチによって違う楽しみを授けてくれるのは、本当にいいことだと思う。
絵を眺めながらさまざまな思索に耽った。
「迷宮」ということから、わたしはそこに入り込んでみようと思い、いつものような勝手な妄想を退けた。
迷宮で妄想にふければ、間違いなく出口が見つからなくなる。絵というものの本質を、画家がなにを思って描いたかを思いながら作品を眺めて歩く。
足は独りでに進む。しかしその選ぶ道が正しいとは限らない。自分がなにを見ているのかを何度も問い直す。答えを見つけるより先に、そこに依然としてその絵はある。
メモを取っても何にもならない。迷宮の道しるべのためのメモだとしても、道筋は一つではないだろう。
わたしは「色と形の迷宮」で完全に道を失い、途方に暮れてしまった。
ようやく「描写の迷宮」で顔を上げることができたが、足は迷い続け、とうとう最後までなにもなすこともなく、ただただ歩いただけだった。
迷宮の出口に立った後も、わたしはどうにもならず、そこを去るしかなかった。
しかし不思議なことに、そんな迷宮を進んだおかげでか、そこからJR新宿まで迷うことなく進めたのだった。

原宿に出た。太田で周延と芳年をみて機嫌がよくなる。
わたしはやはりこういうわかりやすい世界がいいらしい。
また後日詳しく書く。
そして渋谷の東急地下でご飯を食べてから、まず戸栗美術館で古九谷を見た。
九谷焼の魅力は実のところ本当にはわからないのだが、それでもいいものはいいと素直に感じられる。
そして珍しいことに吉田屋の作品も出ていた。近年の研究の成果か吉田屋の仕事がこうして見られるようになったのも嬉しい。
わたしは自分の好きな文様や色を眺めてただひたすら気持ちよく、うっとりしながら戸栗を出た。

途中の公園で何故か回転焼きを食べた。なんとなく目が回っていたので小豆がいいように思ったのだ。

まっすぐ歩いてゆくと、古い民家も見えた。すばらしく紅葉した木もある。
それを見ながらたばこと塩の博物館へ向かう。

たばこと塩の博物館は平日の昼下がりとは言え随分混んでいた。
「たくみのたくらみ」というタイトルだけにたくみたちの細かい仕事が多く出ていて面白い。
青貝細工、金唐皮、更紗、いくらでも手仕事はあるもので、それらが全て精巧にできている。
こんな緻密な仕事はかえって機械では出来ぬものだということを感じる。
観客もそれを知るから、ガラス越しに熱心にみつめるのだ。

根津美術館での是真展は三井記念のそれ(承天閣に巡回)とは違い、技巧についての事細かな説明や、それを知ることで是真の凄さを思い知らされる、といった要素は排除してあったように思う。
最初から「是真と言うモノスゴイ工芸家がいた」という前提の下で作品が展示されている。
やはり三井記念での先行があったればこそと思う。
とにかく大繁盛していて、はっきりと見ることも出来なかったのが残念ではある。
わたしは漆絵が見たかったのでそれだけは何とかなったが。
そういえば新潟の敦井美術館には是真の漆絵がたくさんあるが、それは先の三井、今度の根津にも出なかった。
いつか再び敦井コレクションを眺めてみたい。


是真をみてから今度は骨董通りへ出た。
ビリケン商会さんのビリケンギャラリーで「近藤ようこ原画展」を見に行くのだよ。
ビリケン商会は以前に雑誌などでも見ていた。また友人からも聞いていた。
わたしは幼児の頃、人形劇と特撮とアメコミアニメで育ったので、このあたりのおもちゃを見るとコーフンするのだ。
神戸のモトコータウンや大阪のニッポンバシそれからまんだらけで時折、昔のソフビやフィギュアを見たりしているが、ここがとにかく老舗だと聞いているので、それだけでも楽しみにしていた。入り口からして面白い。書くと限りなくなる。
いつか友人の「わが小さき緑色の友」と共に訪ねたい。
(カエルでもなくヨーダでもなく、リアルな友人で特撮仲間のC)

奥に近藤ようこさんがおられる。それを左目の端で捉えつつ向かいのウルトラマンを見る。
かっこいいなあ。わたしが持っているソフビはもう一回り小柄なもの。
怪獣もある。可愛い。とにかく遊ぶものは昭和のものがなにより好きだ。
いい心持で眺めてからご挨拶する。
これまで三度ばかりお会いしているが、お着物姿は初めて。
さすが本も出されているだけにシックな着こなしですてき。
今回はこの日にサインをいただくために「戦争と一人の女」は買わず、こちらで購入。
サインいただきました。
むふふふふふふふふふ。
そして眺める。
新作「戦争と一人の女」の原画とタブローと。
淡い色合いと優しい線で構成されつつも、意志の強さが伝わる絵が多い。
花びらに覆われた女の身体を描いたものに特に惹かれた。透き通って活きる花。

なんだかんだとお話してから、またお会いしましょうとかなんとかでサラバ。
いや~よろしいなあ。

この後ちょっとお茶してから出光美術館へ。
琳派芸術2に再訪。「リヒテンシュタイン展」でもそうだが、再訪すると新たな喜びが見つかるのは本当に嬉しい。この日もお客さん多し。
そして展示換えになった作品などを愉しんで、今度はJRに乗る。
乗って御徒町まで来たら、地震。
どないしよかなと思ったが動かず。そして向かいの山手線が動いたので、まぁおっつけこっちも動くかと思ったら3分後に再開。
しかし後で聞けば東北でかなりの大きさとか。やっぱり地震は怖い。

都美へ。メトロポリタン美術館展再訪。これも2ヶ月ぶり。初日に行ったような気がする。
案外評判の高くない展覧会だけど、どうぶつコーナーとか好きだしタピストリーも色々あるしで、わたしはまぁ楽しいよ。

そこからトーハクへ。ああ北極星が見える。しかしどうしてかオリオン座は見えない。ここからじゃ見えないのかな。よく知らないのだ。

こちらも特別展の再訪なんだが感想文がいまだに挙げられないというていたらく。
気合が入りすぎて空回りしてるのだ。なさけない。
今回は映像も存分に楽しんで、いい気持ちで歩く。
なんとか書かなくては。

常設では前回と同じものを見つつ、見残していたものを見たり。

4頭立てゾウに騎乗の仏さまSH3B164700010001.jpg

ウサギSH3B164900010001.jpgウズラSH3B165000010001.jpg
 
七宝の引き手など。SH3B16510001.jpg

邸内遊楽図。SH3B16530002.jpg

よくよくみれば少年ばかりなので、ここは色子茶屋なのか。
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風俗画での街道の様子。
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そこにいる可愛い少女SH3B165200010001.jpg

こんな工芸品も欲しい。SH3B16480001.jpg

と、ここまではよかった。
後がいけない。

晩御飯でどう考えても食中毒らしい。ちょっと前から胃痛が続いていたが、急激にこんなことになるはずもない。
夜も眠れず、とうとう朝一番に帰ることにした。
ホテルの車で東京駅まで送られてから、グリーン車に。
今回はポイントを使った。これだけアウトな状況で指定車に座すと、却って周囲に迷惑である。
ゆとりのグリーン車でぐったりして、気づけばもう名古屋。
11時には医者に見てもらい、鍼パッチ治療など受けた。
西洋医学+東洋医学。

こうして今回はヒサンな旅の終わりを迎えたのだった。
無念なのは12/16までの千葉市美の須田さんの展覧会。
まったくこんなことになろうとは・・・

目下、体力の補充を図りつつ、最後の3連休に日帰りをするかどうかで悩んでいるところである。

12月の東京ハイカイ録 1

師走である。本当に師走。どうしたらいいのか。どうにもならず、遊びに行く。

現実と乖離した生活を送っている。
いや、現実とはなんなのか。
会社勤めは世を欺く仮の姿か、それともこうしてハイカイするのは厭な現実からの逃避行か。
生活感がないのも当然で、わたしは毎日出歩く日を待ちながら生きている。

新大阪で新幹線のドアが開くのを待っていると、少し前の四谷シモンみたいなのが立っている。
もしもし並べやと思ったが、なあなあで入る。それでまさかのもしかで、彼はわたしの隣に入り込む。
おいおい、わたしの予感は侮れんけどさぁ。
でもおとなしいのでいいか。ところでこの人は医療関係らしいが、最初はmacでそんなレポ作りに懸命だったが、途中で飽きたかキンドルで「あさきゆめみし」読み始めた。
そして通路挟んだ隣のサラリーマンは「テルマエ・ロマエ」の映画を見始めた。
新幹線内は電波まみれなんだのう。
わたしはひとりアナログで、本を読みながらノートにこのことを書き込んでいた。

富士山が綺麗で、見蕩れていたら、早速お隣さんはパチッと撮って「富士山なう」…ツイッターしてはりました。それから少しすると見返り富士山を見た。それもこちらのおかげです。

いつも東京駅からは江戸バスに乗る。新幹線の到着時間から考えると、今日は予定より一本後かなと思ったがうまく乗れて嬉しい…のも束の間、ギュウづめでんがな。
しかも最後尾空いてるのにサラリーマン四人組がその前に立ちふさがってて座れない。大迷惑で大混雑。
やっと座ったが次の停車場からヨロヨロな奥さん来たので席変わる。

今日はあったかかった。ダウンコートいりませんがな。
でも持ち歩く。

畠山記念館に行く。
庭園には晩秋の喜びが残っていた。SH3B16370001.jpg

リストの紙質かわり、鉛筆でも滑らなくなった。よかった。
「利休と織部」
非常に渋いものがそろっていた。
わたしはもう少し華麗な…綺麗なのがいいのだが。
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今までここから目黒方面へたどり着けたことはない。
しかし今回は何だか歩けそうな予感がある。
…歩く。途中で人に訊いたらその坂を越えろというので坂を越える。
ああ、外苑西通りへの道。プラチナ~~綺麗な銀杏並木。

松岡美術館「カラフル」展。けっこうお客さんでにぎわっている。
可愛いものを見る前にエジプト、ローマ、ギリシャ、そしてインド、ガンダーラ、クメール佛などを観る。非常に優美。
こちらもかなりよかった。
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自分好みのカラフルなやきものもある。
イスラーム世界から抜け出してきてような花と花瓶と。
こういうのが観たくてやってくるんですよ、わたしたちは。

法花。孔雀に牡丹に太湖石。首に霊芝、肩には瓔珞。
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松岡美術館への道は銀杏に彩られて黄金色に輝いていたが、目黒区美術館を出た頃には薄闇があたりを取り巻いていた。
時間の推移はこんな色にも現れる。
恵比寿駅に着いたとき、いっそのこと予定を変えようと決めた。山種は次に回し、六本木へ出た。
ミッドタウンの地下を歩く。好きなスープ屋に入り、ほうれん草とチーズのまざったスープを飲んでから、国立新美へ。

再訪したリヒテンシュタイン展はまことすばらしく、前回のような時間切れもなく、存分に楽しんだ。
やっぱりバロックの間がいい。
工芸品の美とその可愛らしさにときめいた。
今回、この幼女の肖像画の良さに改めて心が動いた。
そして彼女のだっこする人形が日本の人形ではないか、と思った。
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今度は初台にゆく。オペラシティで篠山紀信の「写真力」をみる。詳細はまた後日に。
オペラシティのクリスマスツリー。
キラキラしてとても綺麗だった。


改めて「写真力」の存在を確認してから、上の階の常設へ行く。
「やさしさの気配 寺田コレクションより」という企画展があった。
小杉小二郎の作品が割にたくさんある。嬉しい。
この静謐でシュールな世界。それが心地いい。
特にメトロを描いたものにいいものが多い。現実から遠く離れた、どこかの光景。
そして静物を描いたものであっても、その実在感のなさに胸の内で静かな漣を感じる。

彼の作品と向かい合うように河原朝生という画家の作品が並んでいた。
室内での風景がそこにあった。ただし風景は広がらず、枠の中に閉じこめられている。
そこに人物はいても、彼らに生命性はない。この静けさはなんなのか。
わたしは小杉小二郎は知っていても河原は知らなかった。
河原を知ったこと・小杉の向かいにあること、それが今回の収穫だと思った。

基本的に現代アートに関心がない。
しかし今自分がここで見ているものは紛れもなく現代アートではないか。
ということはこんなわたしでも、見るべきもの・楽しめるもの・思索に耽ることができるものがある、ということだ。
自分の理解できないものはあくまでも理解できないものとして措いていてもいいのだ。
わたしは自分の好むものだけを今後も見ていこうと思う。

地下の大戸屋で白身魚の黒酢あんかけを食べる。わたしはこういうおかずが大好きなのだ。
そこから湯島に出る。
少しばかり道を間違えながらもアーツ千代田へ行く。

荒木伸吾原画展「瞳と魂」を見る。
この企画展は没後一年の追悼による。後日詳しく書く。
荒木伸吾原画展を見て本当にときめいてから、秋葉原経由で帰った。

12月、ちいさな企画展の記憶

12月になり、いくつかの企画展を見たので、ちょっとまとめようと思う。

「現のみほとけ」と題して大阪市立美術館で仏教美術の展覧会が開催されている。
「仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁にほのかに夢に見えたまふ」(梁塵秘抄)
この今様を心に掲げ、展示が進む。

羅漢図 鎌倉時代 兵庫・太山寺 羅漢の足下で居眠る童子が可愛い。「むにゃむにゃ」と学芸員さんのツッコミも入る。仏教美術展とはいえ堅苦しくなく、明るい見方を勧められる。

如意輪観音像 鎌倉時代 京都・三室戸寺 きれい。金色の仏。

釈迦三尊十六羅漢図 南北朝 奈良・発志院 左の普賢菩薩、右の文殊菩薩ともに美麗。そして二人の仏を乗せる象、獅子も可愛い。しもべはしもべで仲良く何か語らっている模様。

文殊菩薩像 室町時代 上目遣いの獅子が、「大丈夫ですか~」と見上げるのがいい。

文殊菩薩像 鎌倉時代 京都・上品蓮台図 非常に不思議な微笑を浮かべている。こういう顔立ちは見たことがない。謎めいた優美な表情。

羅漢図 鎌倉時代 京都・大心院 お釈迦様の歯を捧げ持つ羅漢。異常に巨大な歯。
足下には白獅子が緋牡丹を一輪くわえて羅漢を見上げている。
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この巨大な歯を見て思い出すのが、市辺忍歯王子。名にもわざわざ歯という文字が使われるくらい大きな歯の持ち主だったそうで、これを物語に採り入れたのが石川淳「狂風記」。

釈迦説法図 朝鮮王朝時代(1587) 四天王寺 なかなか大きな軸もので、そこに多くの仏たちが集まっていた。
緑色が濃く残るのも朝鮮王朝らしさを感じさせる。
右下の琵琶を弾く男も緑色の顔。朝鮮との関わりを思う。

木造 普賢菩薩騎象像 室町時代 太山寺 鼻の大きな象でしっぽも太い。耳は垂れている。当たり前か。

経典や香炉などもある。図像の教本もある。
面白いのは九曜秘暦。七曜と羅睺、計都の妖星も加えての九曜。女神・男神として描かれ、梵字もつらつらと綴られている。
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不動明王四童子像 鎌倉時代 大阪・高貴寺 四人の童子がいると言うが、肉眼ではわからない。

不動明王二童子像 室町時代 太山寺 真ん中の不動より下のセイタカ・コンガラ童子が非常に魅力的。赤のセイタカ童子は眉を下げ寄せて、向こうの白いコンガラ童子を見つめる。ちょっと困った顔をしている。コンプレックスを感じているようにも見えるし、また思うことを口に出来ないでいるような。
一方の白いコンガラ童子はたいへんな美少年で、不動を見上げる横顔は心配そうな表情に見えるが、その下目に走る線はまるでエジプトのアイシャドーのようで、少しばかり開いた口元も愛らしい。
大きな輪のイヤリング、花柄の羅ものの下着。
二人の少年の肉はなかなかしっかりしている。ふくらはぎの肉の加減もいい。
赤いセイタカ童子のもどかしさがいい。
そしてその想いに気づかぬコンガラ童子がいい。

大阪市立美術館はいつもいいものを見せてくれる。
12/9まで。

京都国立近代美術館の常設展を見る。
山口華楊展と連携しての日本画が色々出ている。
写メでパチパチ撮る。
イマイチよくないかもしれないが、撮ったので挙げたい。

森寛斎 水呑之虎図 1860年。虎の親子。子虎が可愛くて可愛くて。この手の太さがたまらない。
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岸竹堂 月鴉図 1896年。枝の上に佇む鴉。月下に一羽。華楊はこの人の孫弟子にあたる。
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西村五雲 兎 1928年。華楊の師。竹堂、五雲、華楊と三世代の、動物を愛した絵師たち。五雲の兎はどの兎も柔らかい毛がふわふわしている。

西内利夫 仔馬 華楊の「仔馬」にも通じる優しさの生きる絵。子馬たちの静かな懐きあい。
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横尾忠則のポスターが並んでいた。
そちらはあまり関心がないのだが、それでも同時代を生きている限り、やはり見ているものが多い。
多いどころか、ここにあるものは大方見知っていた。
初見は74年の「安吾フェスティバル」くらいか。
この作風も本当に変わらないように思う。

洋画を見る。
藤田嗣治 タピスリーの裸婦 この絵は特に猫が可愛くて、そればかり見てしまう。裸婦の白い肌は魅力的なのだが、やっぱりキジネコがいい。

黒田重太郎 鵞鳥とレダ キュビズムな構成。ところでレダは白鳥と関係があるのではなかったか。
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須田国太郎 鵜 丁度12/1から須田展が向かいの京都市美術館で開催されている。
わたしはこの「鵜」を見て、初めて須田の魅力に気づいたのだった。そのきっかけとなった絵が須田展に出ていないのか。相変わらず私の心にバサバサと羽音を響かせる絵だが、回顧展に出ていないことが心に引っかかる・・・

フィルムセンター所蔵の日本映画のポスター展を見る。
時代によって画風も流行がある。
構成主義風のものもあれば、名のある画家の仕事もある。岩田専太郎のもの、野口久光のものなど。
こういうものを見て回るのはとても楽しい。
少し前に野口久光展を見たが、そのときの楽しい記憶が蘇ってくる。
本当をいえばこの企画に映像もプラスされればなおよかったのに。

12/24まで。

野村美術館「茶の湯の名碗展」を見た。
好ましい茶碗も多いが、それよりも掛け軸に惹かれた。

中島来章 花ナク鶯水住蛙 きれいな鶯がいる。枝垂桜の下の水面に蛙が泳ぐ様がみえる。

奥谷秋石 大瀑布 フォーーーーーール!!墨の濃淡だけで水しぶきも勢いもマイナスイオンも感じさせられる。

伊藤小坡 紅葉狩 被衣に絞りの婦人が一人、紅葉の林をゆく。おっとりふっくらした優しい風情。

森寛斎 雪中南天猫 こちらも「被衣」柄の猫。白鼻。雪に埋もれた南天から飛び立つ雀を見上げている。
この雪を見て批評家は「応挙の雪より美しい」と言ったそうだ。猫の毛並みもリアル。

茶碗では本願寺井戸茶碗がよかった。たいへん大きい。大正二年に入札で入手したそうだ。

彫三島茶碗 銘・池水 普段三島は好かぬのだが、この茶色い三島はいい。ぽっかぽかな味わいがある。

仁清 撫四方蟹の絵茶碗 四方に三匹の墨絵の蟹。小さくて可愛い。

永楽和全 仁清写兎之絵茶碗 赤兎が見返るとまた赤兎、それが見返るとまた赤兎。ぐるぐる。

道八 月の絵茶碗 黒に太めの三日月が白く浮かぶ。ところが月の絵には見えず、粟ぜんざいのように見えたのだった。

和全 珠光青磁写茶碗 きれい。きらーんとトパーズ色。

その地下では「江戸後期文人の芸術活動」展が開催されていた。
大坂を舞台にした文人画家たちの作品が集まっている。

浦上春琴・山本梅逸・小田海仙・小石元瑞賛 絹本墨画花鳥図 蘭・白梅・菊石をそれぞれこの順に描いている。四人の合作。楽しそう。
そしてこの絵師三人による合作はまだ他にもある。
天保五年の「彩色花鳥図」がそれ。梅逸の柘榴花、小田の小禽、春琴の竹石など。
わたしは梅逸の絵が好きなのだが、合作するとまた違う味わいが生まれているのを感じる。

岡田半江 無声画譜 崖を行く人がある。よく見れば弁当を担っている。林の向こうへ向かう人。

梅逸 竹石群雀図 六羽の雀たちが可愛い。

海仙 鍾馗煎茶図 読書中の鍾馗が、婆さん鬼に茶を沸かさせている図。ごっついおっちゃんな倅とちんまい婆さん、みたいな雰囲気がいい。

天保年間に田能村竹田、海仙、梅逸らが嵐山に遊び、そのときの感興を基にした画帖を拵えたものが出ていた。花見の楽しさを描いていたり、色々。
文人たちの交友関係がよくわかって楽しい。

12/9まで。

北斎 風景・美人・奇想

大阪市立美術館で「北斎 風景・美人・奇想」展が開かれている。正味40日間ほどの短期間での展示だが、連日大繁盛しているようだ。
わたしは言うほど北斎の良さがわからないので、ぐすぐずと出遅れて、やっと12/1に行った。
なるほど大繁盛で大混雑である。
あんまり見ることが出来ないまま歩く。

珍しいところで「浮絵忠臣蔵」シリーズが出ていた。これは中右コレクション。
「富嶽三十六景」がある。あちこちから集めたなあ。
そのことにも感心する。
やはり北斎を愛する人は多いのだと実感する。
「諸国瀧廻り」「諸国名橋奇覧」などおなじみの作品をちらちら見て歩く。「百人一首うばがえとき」もあった。
こういうものが出ているのも楽しい。

そういえば大昔だが、TVの「必殺シリーズ」の初期のものに「富嶽三十六景殺し旅」というのがあった。タイトルはもしかするとちょっと違うかもしれないが、要するに北斎が描く風景画には実は殺しの依頼とその相手などが描かれていて、それを仕事人たちが追いかけて実行するというものだった。
小沢榮太郎の北斎が「わしは葛飾ア北斎じゃー」と言うたのを覚えている。
わたしが最初に見た北斎の絵とは、つまりそういうところからだったのだ。

美人画の肉筆画を見る。
MOAの「二美人図」、「化粧美人図」はなかなか実物を見る機会がなかったのでうれしい。
構図がいい。美人は瓜実顔というより細長い顔に描かれている。

若衆図 ちょっと嬉しい。まぁまぁですかね。
若衆文案図 いいねえ。可愛い。

舟まんじゅう図 ちゃんと舟にいる売り物の姐さん。先には「夜鷹図」もあった。
どちらも立ち姿がわるくはない。
この頃は売春もいろんな形態があり、夜鷹、舟まんじゅう、けころなどなど・・・いや、わたしも詳しいことは知りませんがね。  

「百物語」が出ていたが、前後期入れ替えとはいえ、連作全部が出ているのは嬉しい。つまり所蔵先を変えての展示なのだった。
わたしが好きなのは「こはだ小平二」。骸骨が恨めしげに蚊帳の中をのぞく図。この絵を見てから「小幡小平次」の話に関心がわき、本を読んだり芝居を見たりするようになったのだ。絵というものの持つ力をつくづく感じる。
「さらやしき」「お岩さん」もやはりいい。面白い。
ただし「笑ひはんにゃ」は好きではない。

ところで、山田風太郎の小説に北斎・馬琴・南北の三人が関わる話がある。絵と文と芝居、それぞれの虚々実々を描いた面白い小説だったが、この三人が同時代人だと言うこと、それ自体がまるで虚構のような事実なのだった。
お岩さんの芝居を書く南北、それを描く北斎、北斎の挿絵で馬琴は長編小説「八犬伝」を書く。

わたしは絵に文芸性があるものを好むので、挿絵もとても好きだ。
以下、北斎の挿絵入り読本について。

絵本璧落穂 小枝繁
・新田義興の霊が嵐を起こし、江戸兄弟に仇をなす。
・清水参籠すると、夢枕に少年が立ち、それにより我が子を得る。
・恨みを持つ主計の霊が求女と弥生の新床へ現れる。求女が燭台を振りあげても、霊は平気で居直っている。その場にいる弥生の侍女たちも顔を伏せている。

新累解脱物語 馬琴 いわゆる累と与右衛門の悪縁譚。
・醜い女・累(かさね)がガマ模様の団扇を振りあげている。夫の与右衛門は巻物が蛇に変化するのに驚く。
・与右衛門が後妻・苧積の墓参りにゆくと、地蔵の力で地獄を見ることになる。生者は色が濃く描かれ、亡者は薄墨で描かれる。
・与右衛門に殺された田糸姫の醜い霊(薄墨)と、舟にしがみつく醜い累。(累と与右衛門とは夫婦であると同時に実は裏暗い因果の糸に絡み取られている) 

霜夜星 柳亭種彦
・花子と伊兵衛のもとへ自殺した前妻お沢が現れる。その霊を撃つ伊兵衛。
次ページに黒雲に取り巻かれた霊がいるが、そこへ弾がどーんと飛んできた。
・蛇がのみこむ。
・霜夜に女を手桶で打つ男。その横には抜き身を引っ提げて立つ女もいる。
・水車にとりすがる男、水に溺れつつ必死。しかしその男を打ち続ける男。

椿説弓張月 馬琴 近年、国立劇場で上演もされていた。(三島脚本分)
・強弓を弾こうとする野人らだが、無理。それを態度も大きく眺める為朝。
・新院(後鳥羽院)直嶋へ。千鳥飛ぶ。
・白縫主従、夜陰に敵の空を窺う。
・波打ち際にて、心願成就のため、腹切る男。
・葦の媼、自害して真鶴を励ます。首に刀を貫き通し、事切れる女を前に、泣き伏せる青年。あばら家での励まし。
・石櫃を破り蒙雲出現。透過光のようなものを四方に飛ばしながら、悪役・蒙雲出現する。その光に砕けた石と、人々跳ね飛ばされる様子が描かれる。
・浦添山で鬼蛇退治。
・牛虎(としかいいようがない魔獣)対寧王女の石像の闘い。
・井戸へつるべで降りてゆこうとする女。
・王女血戦、蒙雲のもとへ。
・天地廟にて。生首ずらずらずらーっと並べる。
・夫婦墓の由来について。
・人魚図など。

由利稚野居鷹 万亭叟馬 百合若大臣の話。
・最初のページに、由利稚を助けた長者が危うく矢に射抜かれそうになり、慌てる情景がある。
・最後のページに、由利稚が自慢の強弓を引き絞って矢を射るシーンがある。ページを逆行して、発端に矢が突き刺さる仕組み。
・座頭淡都(あわいち)が旅籠で、夜八とお玉の二人に殺され、大事な金を奪われる。
・その恨みを晴らそうと現れる淡都の亡霊。薄墨で大きく描かれ、二人をにらむ。

釈迦御一代記図会 山田意斎 
・ダイバダッタが釈迦の暗殺に失敗し、ぐるぐる円を描きながら水底へ落ちてゆく。それを静かに見守る釈迦とその弟子たち。

ああ、たいへん面白かった。
もし同時代に生きていたら、わたしは北斎の挿絵本は集めに集めていたように思う。
そしてそちらの大ファンになっていたろう、間違いなく。

戯画や役者絵などが続いてから、大坂での北斎の弟子たちの絵が現れた。
その大半は池田文庫などからのもので、いわゆる「上方浮世絵」である。
北斎が大坂へ来たと言う確たる証拠は残ってはいないが、弟子たちの絵の上からその痕跡が認められるそうだ。

北州 二代目嵐吉三郎の鳥居又助 これは千葉市美所蔵だが、ヒゾルフコレクションでも見ている。
上方役者絵はお江戸のそれとはまた違う魅力を放つシロモノで、わたしなどは特に芝居絵に好きなものが多い。
役者の顔や個性をかなりきわどくツッコんで描いている。

思いがけなかったのは、こうした大坂での北斎の影響力の高さ・門弟の多さなどである。
久しぶりにこうした作品も間近に見ることができて嬉しい。
わたしは北斎の読本の挿絵と、この大坂の浮世絵師たちの活躍を見ることができたので、それだけで大変嬉しくなった。

12/9まで。

山口華楊展

京都国立近代美術館で山口華楊展が開催されている。
このひとの展覧会を見るのは、'99年の大丸心斎橋での回顧展(虎、黒豹、猫を見た)、'92年京都文化博物館「動物に魅せられた京の画家」が大きな展覧会で、あとはもうちょこちょこ見続けているという状況である。
やっぱり関西住まいの一得で、物故画家とはいえ親しく眺める機会が多い画家に対しては、こちらも「やぁこんにちは」な気持ちになって、展覧会場を歩き回る。


角とぐ鹿 大正7年らしい艶かしさを感じる。この年の絵は東西共にややデカダンな方向もあったりで、蠱惑的な作品が多いように思う。
まだ華楊も若い頃で、牡鹿が角を木にこすり付けて研ぐのに、なにかしらの魅力を感じたのだろう。画像ではわからないが、シカの丸い目が剥いているのが面白い。
それにしても色彩がいい。木の葉の緑と草の緑の違い、シカの背と腹の色の違い、木の幹の上と下の違い。そんなところにも感心する。
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洋犬図 ボルゾイと思う。細くて優美な犬たちだが、狼狩り用に特化したそうだ。最初にボルゾイを知ったのは「七つの黄金郷」に出ていたからで、次に「瘋癲老人日記」でもみかけた。
どちらの作品にも「優雅な犬」として眺められていたが、わたしはいまだに実見していない。ここでもボルゾイだとわかったのは、絵で見ていたから。華楊は動物大好きだから実物も可愛がったかもしれない。

栗に栗鼠 可愛いがやはりこれも大正らしさがある。堂本印象にも同じ題材のものがあるが、どちらも絵の表面の裏側に血の染みを感じさせるようなところがある。

荷風 タイトルだけ見て永井さんかと思ってはいけない。ハスに風が吹き渡る情景。
あわてる鷺。

朝草 昭和8年 耕三寺博物館で見たことがあるように思う。働く馬の親子と田舎の人らしい婦人と。たくさんの草を担って歩く馬の優しい目。

草 こちらは牛の親子が籠からこぼれた草を食もうとする図。優しさが草の描き方に滲む。

日向 犬の家族がタイルのところにいる。昭和24年という時代を全く感じさせない、優雅であたたかな絵。
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ところで山口華楊という作家はタイトルにけっこう難しい漢字を持ってくるのが多いヒトで、それで意味がわからない人もいるのは確かだった。
'99年正月に大丸心斎橋で華楊回顧展があったとき、同行の友人が「これ何て読むん?」と訊くので、漢字ハカセを自認しているわたしは機嫌よく次々と読んではついでに解説まで加えていた。
「これは『犢』コウシ、子牛のことやね、ドナドナですな」「これは『霽』意味としては」「これは『飛火野』トビヒノ、地名からイメージが湧くんやね」などと言うてるうちに、虎の絵の前に来た。
「これはトラです」と言うた瞬間、速攻で「わかってるわい!」と返ってきた。
わはははははは。やっちまいましたww
なかなか笑える楽しい思い出があるわけです。

白い馬 魁夷の白馬とはまた違う、白い馬。和やかな顔をして草に顔を近づけている。

仔馬 仲良しさんな二頭。色数が少ないことで気持ちも落ち着く。たてがみを舐めてもらっている金茶色の仔馬は眼の周りと口元に薄い灰色が入り込み、とても可愛い。
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黒豹 これは昭和29年 のコワモテの二頭。私がこんな風にトリミングしたのではないよ、華楊先生の意図による構図。二頭の目の色が飛び切り綺麗なのだが、それにしたかてどことなく怖さが漂っている。
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黒豹 こちらは昭和35年の一頭だけの黒豹で、住まいは京都大学らしい。両手をきちんと合わせて腕を円にしているのは、なかなかお行儀よし。

可愛くて仕方ないのが以下の三点。いずれも昭和31、32年の虎ちゃんたち。
虎 オトナの虎さん。立派な毛並みの背中のたくましさ。そのくせ大きな両手をきちんと合わせているのが可愛い。
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虎児 こちらは二頭のチビ虎。もぉ本当に可愛い!
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虎児 そして大きな耳を立てて一人でポーズ取る虎ちびさん。あーーーもぉ噛み付きたい!

鵜 働く鵜たちなのか、ノラな鵜なのかは知らないが、みんな寄り集まっている。

猿 損保ジャパンでも自慢の一枚。

白鷺 これは時々京都文化博物館で見かけるので、親しい気がする。
京都画壇の画家の絵は、やはり見る機会が多い。

凝視 ライオン。この来歴は京都市立洛央小学校(元京都市立格致小学校)から京都市学校歴史博物館に管理されるようになったもので、あそこはいい日本画をよく見せてくれる。
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猛 コッテ牛の図。

飛火野 鹿の飛ぶ空間。これを見ていると、現在も活躍中のお弟子さんの一人を思い出す。

霽 雨上がり。白いのは雪?多くのカラスたちが集っているが、誰も一言も声を挙げようとしない。

獅子  寝そべる雄ライオン。こちらに鋭い視線を向けている。金茶色の獅子の力強さがいい。
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深秋 若いシカ同志の角突き合い。

青蓮院の老木  zen941.jpg
実はわたし、実際に青蓮院の木の根を見る前に、この絵を見ていた。だから遠足で青蓮院に行ったとき、「あの絵ぇの通りや」と喜んだのだった。
今では京都文化博物館の管理にあるので、しばしば見ることが出来て嬉しい。とにかくこの絵はけっこう自分の中に残っていて、人にも「青蓮院の木の根」の話をするときには、実景よりもこの絵のほうが思い浮かぶのだった。
そしてどういうわけか、そこにはミミズクがいてたりする。(それはまた別な画家の絵なのだが)

白露 この絵は今回四階に展示されていた。大きなひまわりがだらりと首をたれている。白露の時期も来たのだ。すごい観察をしている、と改めて感心する。

華楊は昭和50年代に入ってからが特に名品が多い。
晩年というにはあまりに繚乱な時期を送ったと思う。
どの作品を見ても華やかな明るさ、命のはつらつとした喜びがある。

芍薬 山種美術館蔵。綺麗。

秋晴 柿の葉の下に黒猫がにやーとしながら座している。
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黒豹ほどの精悍さ獰猛さはないが、この猫もタダモノではない。
わたしは黒猫がとても好きだが、こういうにやーとした口元の猫、特に好きだ。

行潦 新緑の頃のすがすがしさが肺に入り込んできそうだ。水溜りに写る緑も、クロアゲハも何もかもが清い。清冽な潔ささえ感じる。
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青柿 こちらも先に挙げた、にやーなネコと同じく北澤美術館に住まうが、また愛想なしな顔をしている。どうしたのだろうか。呼んで撫でてあげたい。
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ネコのアップ。zen942-1.jpg

玄花 髙島屋史料館では春くらいに出そうな絵。牡丹の大きな花びらがまるでベルベットのようでキモチよさそう。
華楊は質感に心地よさを感じさせてくれる。

幻化 90年代初頭、京都文化博物館で「動物に魅せられた京の画家」展があり、岸駒、西村五雲、華楊の三人の作品が集められていた。
その図録表紙。zen948.jpg
損保ジャパンの所蔵名品展にも出ている。「野にて狐の戯るる図」なのだが、とてもファンタスティックである。

雨歇む この絵は長谷川町子美術館の縁起絵(リーフレット)にも載っていたように思う。長谷川町子は実は大変なコレクターで、彼女の所蔵する日本画はいずれも素晴らしい名品ぞろいである。
彼女の美術館で展示されていても、その価値をきちんとわかって見に行く人が案外少ないのが、なんとなく無念である。

望郷 らくだが眼を閉じて座している・・・せつなくなる・・・

春盡  紅椿の愛らしさがいい。たくさん咲いていて、とても綺麗。
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白狐  お澄まししているようなお狐さん。熊笹の横にいる。ぼわっと白い毛がオーラの光をまとうように見える。

大下絵もスケッチもたくさん出ていたが、「黒豹」にはびっくりした。
なんというか体のパーツバーツが合わさっている、と言うのを見たように思う。
昔のCGは丁度こんな感じで構成されていってた。
興味深い。
またその下絵を集めたものを貼り交ぜた屏風がすばらしい。
いいな~いいな~

従軍スケッチ、渡欧スケッチなども華楊の技能の高さを知る、いい資料だった。
それにしてもやっぱり貼り交ぜ屏風(動物)がすばらしい・・・
最後にこんなのを挙げておこう。あ゛―たまらない!!
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12/16まで。

美の宴 東洋の古美術、印象派と古地図が織りなす珠玉の世界

和泉市久保惣記念美術館「美の宴 東洋の古美術、印象派と古地図が織りなす珠玉の世界」を楽しんだ。
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まず新館で古地図を見る。
ミラノ製の17世紀の天球儀・地球儀を見る。
天球儀は星座の図像で占められ、中世らしい美々しさに満ちていた。乙女座・獅子座が特によく見えた。

プトレマイオス、メルカトルなど名ばかり記憶に残る人々の手の入った本や地図を見る。
ルネサンス期の発明による印刷物もここにある。
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1667年の、1535年の、1597年の世界地図などなど。
世界地図の中には周囲に象や未開人の風俗などを描いたものもある。中国語に基づいた漢字の国名表記もある。
スリランカをみつけたとき、ちょっと嬉しかった。

日本図を見ると、アルファベット表記の日本地名が載っていて、それが面白い。
Sacay=堺、Tonsa=土佐、Maeco=都、Mino=美濃、Cay=甲斐などなど。
パリで出た東方見聞録もある。1671年。
1679年の「日本王国図」には漢字表記があるが、これが世界初のアルファベット&漢字併記の地図。

本朝図鑑綱目 石川流宣 貞享四年(1687) これは各地の大名の知行地を書いたもので、うちの地元のアサダ氏の名もあった。カナ表記なのが面白い。

ラペルーズ太平洋探検図 1795年パリ。彼はルイ16世の命を受けて探検し、間宮海峡まで来たのだが、浅瀬に負けてあきらめたそうだ。

地図と言えばやはり伊能忠敬。原本は焼失したが、写本は残る。それもいいものだった。
「四千万歩の男」を思い出す。

北斎の東海道名所一覧は左上に富士を置き、右下に京をつけたもの。これはこの久保惣だけでなく神戸市博物館にも所蔵されている。

安政元年の銅版微塵図はミニチュア地図で、本当に細かい。

ケンペル「日本誌」は1728年ロンドンで刊行された本だが、博物誌の趣がある。
リアルな蝉の絵が何点かあるが、鴛鴦はともかく、蟒(うわばみ)はどうよ。
リアルとウソとが同じページにあるのが面白い。

日本の書画を見る。
比較展示という方法を採っている。
佐竹本の小大君(大和文華館)、清原元輔(五島美術館)がリストにあるが、後期に行った私は小大君に会えた。
時代不同歌合絵断簡では凡河内躬恒と紫式部の図が出ていた。白描のファンキーなミツネ。

後鳥羽天皇と藤原範光の熊野懐紙もあれば、蘭渓道隆の書簡もある。執権時宗を護ろうという内容。

駒競馬行幸絵巻 秋のある日。楽しそうな様子。
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竜頭鷁首の船が右から左から来る。童子四人が懸命に漕ぎ、その中央では太鼓や篳篥を演奏する楽人がいる。
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その左奥では女を追いかけて遊ぶ公家たちがいる。転ぶ女も笑っている。

競馬絵巻(逸翁美術館) つかみ合って落馬しそうな二人。ケイバではなくクラベウマだが、これはかなり力強い。

五点の山王霊験記を集めていた。とはいえ前後期に分かれているので、同時に見ることはできない。
日枝神社、頴川美術館のは前期、後期は延暦寺、細見美術館、この久保惣。
延暦寺のが面白い。嵐の直中で船が沈みそうな状況なのだが、それに神様のお使いたる猿たちが大活躍。一は帆柱に上り、四匹は懸命に水を掻き出している。人間たちは恐れて船に取りすがるばかりなり。
二荒山の阿闍梨が閻魔庁で十禅師の使いに救われ、洞窟を越えてこの世に戻る図もある。

山崎架橋図 これは先般違うところで見そこねたので、今回見ることが出来て嬉しい。剥落は激しいが橋はよくわかる。縦の構図。

枯木鳴鵙図 宮本武蔵 鋭いモズの目。厳しい横顔を見せながら枝の上にいる。これは昨日実物を見たのだが、今日の「ダーウィンが来た!」のモズ特集でこの絵が出たので、ちょっと楽しい。

元代の絵が二枚。
仙人図(MOA美術館) 呂洞賓に巻物を授ける鍾離権。柏の葉っぱを腰蓑風につけている。

鍾馗図 腹のはだけたおっちゃんが力強く鬼を捕まえている。鬼はギャーーーッ・・・
歯並びのいいオヤジである。

浮世絵では歌麿の美人画、写楽の役者絵、北斎の富嶽三十六景、広重の五十三次、江戸百などなどがあった。

工芸品をみる。
あいにく陽明文庫の「千声」はもう帰っていたが、ここの「万声」は出ていた。近年はこのツイン花生けが仲良く一緒に並ぶ展覧会があるので嬉しい。

黄瀬戸立鼓花入が列ぶ。五島、三井記念美術館、久保惣。尤も五島のは元は利休から北三井家に伝来したもの。
比較展示はこういうときに楽しい。

室町頃の銅鏡がある。頭柄もだいぶ似ている。ツルカメの出るものでは、亀が空を飛ぶように真ん中のつまみになっていたり、松か菊かの違いだけのようなものなどなど。
白銅の蓬莱文鏡はキッチュなくらい吉祥文様てんこもりである。

洋画ではモネの睡蓮池が二枚出ていた。ブリヂストンのと久保惣のとが列ぶ。どちらも1907年。
こうして列ぶのを見ると、一日の時間の推移というものを感じる。久保惣のはオレンジが濃い。ブリヂストンは昼、久保惣は夕方なのだった。

同じ取り合わせはルノワールのカーニュ風景。
モア~と色の優しい風景。
久保惣のはルノワールの住んだ「メゾン・ド・ラ・ポスト」を背景にしたもの。郵便局つきのメゾン。
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弟子の梅原は60年の時間差を見せる絵が二枚出ていた。
1908年の「パリの雪景色」と1969年の「カンヌ夕暮れ」。
前者は青と灰色が濃く後者は赤と緑で構成されているが、総じて色の濃いもの・線の強いものである。しかし前者と違い後者のそれは雄大なものがある。天真爛漫なほどのものが。

とても面白く眺めた。遠い地へ行った甲斐のある内容だった。
12/2の今日までの開催。

12月の予定と前月の記録

さて12月、師走。
忙しいけれど、展覧会にいくのはやめられません。
行きたいところ並べました。

髙山辰雄・奥田元宋 -文展から日展へ- 山種美術館~1/27
楊洲周延「東錦昼夜競」-歴史・伝説・妖怪譚 太田記念美術館^12/20
時代の美 五島美術館・大東急記念文庫の精華 第2部 鎌倉・室町編 五島美術館~12/24
絵画をめぐる7つの迷宮 終わりのない探求 損保ジャパン~12/24
たくみのたくらみ 〜きせる・たばこ盆・たばこ入れにみる職人の手技〜 たばこと塩の博物館~1/14
スロヴァキアの切手展 絵本の国のフォークロア&クリスマス ていぱーく~12/24
ZESHIN -柴田是真の漆工・漆絵・絵画- 根津美術館~12/16
横山大観と再興院展の仲間たち 野間記念館~12/16
気ままにアートめぐり ̶ 印象派、エコール・ド・パリと20 世紀美術 ブリヂストン美術館~12/24
もうひとつの川村清雄展 加島虎吉と青木藤作-二つのコレクション 目黒区美術館~12/16
中国絵画―住友コレクションの白眉― 泉屋分館~12/16
古九谷名品展~躍動する色絵磁器~ 戸栗美術館~12/24
ジョルジュ・ルオー I ♥ CIRCUSルオーのサーカスへようこそ。汐留ミュージアム~12/16
日印国交樹立60周年 インドへの道―美術が繋いだ日本と印度― 大倉集古館~12/16
利休と織部 ―茶人たちの好みと見立て―畠山記念館~12/16
グラフィック・アートにみる夢二モダン―大正13~15年を中心に―
田村セツコ展~HAPPYをつむぐイラストレーター~ 弥生美術館~12/24
カラフル 松岡美術館~12/24
篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN 東京オペラシティ ~12/23
われら明清親衛隊 板橋区立美術館~1/6
檀一雄 石神井公園ふるさと文化館~12/24
荒木伸吾原画展 3331 ~12/9
近藤ようこ原画展 ビリケンギャラリー~12/9

こちらは再訪するもの。
琳派芸術Ⅱ
美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年
中国 王朝の至宝
メトロポリタン美術館展
リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝
 
次が関東のほかの地域。 
日本・オブジェ 1920-70年代断章 うらわ美術館~1/20
小江戸川越江戸絵画 職人尽絵と三十六歌仙額 川越市立美術館~12/16
はじまりは国芳 -江戸スピリットのゆくえ 後期 横浜美術館~1/14
須田悦弘展 千葉市美術館~12/16
華麗なるインド神話の世界-神々が結ぶインドと日本- 横浜ユーラシア文化館~1/14

高句麗壁画古墳報道写真展 日本新聞博物館(ニュースパーク)~12/16
小野元衛 1919-1947展 
シャガールとマティス、そしてテリアード 20世紀フランス版画と出版 神奈川県立近代美術館 鎌倉~12/24

そして関西。
八瀬童子-天皇と里人- 京都文化博物館12/25~1/14
おん祭と春日信仰の美術 奈良国立博物館12/8~1/20
仏教の思想と文化 インドから日本へ 龍谷ミュージアム12/8~2/27
須田国太郎展 没後50年に顧みる 京都市美術館~2/3
桃山、江戸前期の美術 -都市文化の華やぎ- 大和文華館~12/24
朝鮮の屏風―暮らしを彩る絵画演出 高麗美術館~1/27
発掘された日本列島2012 堺市博物館~12/24
日本の映画ポスター芸術 京都国立近代美術館~12/24
国宝 飛青磁花生と国宝 油滴天目茶碗‐伝世の名品- 東洋陶磁美術館~12/25
エル・グレコ展 国立国際美術館~12/24
入江泰吉の心象風景「古色大和路」展 入江泰吉記念奈良市写真美術館~12/24
アートキャンパス2012 日本美術の見方 いきもの編- 細見美術館~12/24
学校で出会う 京都の日本画 後期 京都市学校歴史博物館~1/14
茶の湯名碗展 野村美術館~12/9
生誕170年・没後100年『藤田傳三郎の想い』 藤田美術館~12/9
縄文の世界像 -八ヶ岳山麓の恵み-大阪府立弥生文化博物館~12/24
レオ・レオニ えき美術館12/6~12/27 
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