美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

館蔵浮世絵に見る さくら いろいろ

桜は平安時代頃から国花として愛されてきた。
詩に詠まれ絵にも描かれ物語にもなった。

江戸時代になると、歌舞伎の舞台で桜は大事な飾りとなり、時には舞台の上の人物たちの生き死にを決めるほどの力となりもした。
また吉原ではわざわざその時期だけに桜を持ってこさせて道を飾るが、桜と花魁、二つながらの<華>を競わせた。
どちらの場でも大いに客を呼び寄せる、そんな力が桜にはある。
この二大<悪所>の桜へのこだわりは、浮世絵の大事なモティーフになった。

また、江戸時代は特に植物への偏愛の濃い時代であり、飛躍的に研究が盛んになり、桜を筆頭にツツジ、椿、菊などに変種や新種が生み出された。
浮世絵に植物を描いた風景画と役者絵のコラボした作品が多いのも、当然なのだと思う。

たばこと塩の博物館で所蔵浮世絵「さくら いろいろ」展を見た。立派なリーフレットをありがたくいただいた。

江戸市中の桜の名所を見る。
上野の寛永寺、品川沖を見る御殿山、北の飛鳥山、そして墨堤、浅草寺、吉原である。
それぞれに特徴があり、そこがまた面白い。
実際、現代でも上野公園、飛鳥山、隅田川沿いといった桜の名所では、それぞれ雰囲気が違い、別なよさ・面白さがある。
(因みにわたしの東都花見どころハ隅田川沿いと某所である)

寛政二年(1790)、歌麿の挿絵入り絵本「普賢象」が刊行される。
上野山内、御殿山、酔いどれ女などがここに展示されている。
そのうちの「酔いどれ女」はチラシにもなった。楽しそう。
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上野は寛永寺の寺内と言うことから鳴り物禁止で、うるさい客は来ず、おっとりと静かな風情があったと、ものの本にも書かれている。
ここにある絵を見ても確かに静かで、どこか面白味に欠けるようなところもある。

浮世絵で面白いのはやはり、パッとしたところがあるのでないと。
というわけでこちら。
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隅田川の夜桜 芳幾 ただしこれは文久元年12月に刊行されているようで、花そのものも予想図であり、役者絵の方がメイン。この月にこの三人の顔合わせの芝居があったのかもしれないが、そこまでは私も調べるのがしんどい。
右から13世羽左衛門、三世田之助、四世芝翫である。
中の田之助は振袖だがあからさまな娘姿ではないところに、芳幾のもくろみが巧く生きているように思う。
つまりフィクションでありながらもリアルさを感じさせる造り、それがいい。

役者絵ではなく芝居絵をみる。
桜との関わりがあるものがここにもいくつか出ている。
娘道成寺 枝垂桜と鐘に白拍子花子と所化二人。
助六 こちらも花に囲まれている。
山門 石川五右衛門の「絶景かな」は京の町が桜にあふれた時期での台詞・感興である。
縦に二枚続きの絵が出ていた。
妹背山 三枚続きで川のこちらとあちらの邸宅の様子、桜と雛飾りなどがある。この芝居もやはり春先に見たいと思う芝居。

桜をモティーフにした小物など工芸品があるのもいい。
それにしても梅や菊はその本当の時期にそれらをあしらった図柄のものを用いても、さしてどうこういわれもしないのに、桜だけは本当に咲いている時期より前でないといけない、というのは、その存在への敬意からなのだろうか。
花の咲く時期に桜をあしらったものをつけてはならない、と教わったのは遠い昔のことで、その理由ももう忘れてしまった。

湖龍斎の花見の二人にひどく惹かれた。
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振袖を着てきちんとした佇まいを見せる娘だが、これは遊女らしい。
長煙管を持った若衆と二人、二階から花見をしている。
しかし互いの視線・思惑は花を通り過ぎてもいる。
二人の会話を聞いてみたいと思った。

ちょっとばかりかぜをこじらせたままなので、長々とは書けない。
いいものをみてうっとりしたことだけ伝えておいて、ここでおしまい。
展覧会は3/10まで。

ところでこちらは二階のミニ企画。
今回は「あかりいろいろ」から。nec199.jpg
国貞ゑがくところの「船宿の送り」。小またの切れ上がったようなかっこいい女中さん。
大きな提灯が足元を照らす。

それからおまけ。
元旦から建国記念日まで鎌倉国宝館で開催されていた氏家コレクション展から。
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こちらは桜ではなく梅だけど、いい絵をチラシにしたと思う。

桜はこういうのが出ていた。いずれも肉筆画。
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雪鼎「しだれ桜三美人図」と北斎「桜に鷲図」

ほかに春信(よくよく思えば「春信」とは「春のたより(=信)」とも読めるのだ)。
桜花遊君立ち姿図もある。
後の北斎と祐信のは時期が違うが。
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こちらも楽しんできたのだが、時期を逸してしまったのでチラシだけでもご案内・・・


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画の東西 近世近代絵画による美の競演・西から東から

大倉集古館「画の東西 近世近代絵画による美の競演・西から東から」展を見た。
高名な大観「夜桜」は2/19~3/3までの展示であるが、私はそれ以前の日に出かけている。

観梅図 海北友雪 17世紀。座敷から身を乗り出して庭の梅を眺める貴女。優雅な様子である。

布袋各様図巻 松花堂昭乗 17世紀。にこにこ布袋が12体。腕組みしたり、立ち上がったり、爺さんになったり、飲んだり乾杯 布袋でなくとも機嫌のよいおっちゃんの図である。

万里長城図巻 田能村直入 明治。長い。どのあたりを描いているかはわたしにはわからない。しっかりと描いている。上から見れば×型に広がる建物がある。四方に延びた先に窓がある。橋もあり、人も来る来る。
実際に直入が行ったとは聞かないので、元本か何かあったのだろう。のびやかな風景。

漁夫図 呉春 18世紀後半。ああ、いかにも呉春。右では「さーてスナドリに行こか」な漁夫たちと坊やの姿がある。坊やは魚籠を抱えている。白犬もついてきていて、これが日常の様子だとわかる。
左は漁をしているところ。船に乗らずとも漁は出来る。
日本の片隅での幸せ。nec193-1.jpg


高嶺の雲 川合玉堂 明治末。大きい。すごい雲山である。気宇壮大というのか。後の玉堂の世界とはちょっと違う。明治の書生っぽな青雲の志がここにある。

横山大観 瀟湘八景 昭和二年。nec193.jpg
展示換えもあり、私が見たときは「洞庭秋月」「ショウソウ夜雨」「烟寺晩鐘」があった。
近年、大観の水墨画の良さが身に染みてくる。にじみ・ぼかしの強弱・濃淡により、そこに醸し出される空気感がはっきりと伝わってきて、それが自分の肺にまで入ってくる。
今回もその良さを味わった。

十六羅漢図 山口雪渓 17世紀後半。獅子?竜?らしきものを手なづけたり、ネズミのようなイノシシ(カピバラではない)にまたがり渡河したり。ちょっと変なイキモノとの組み合わせがある。

この大倉集古館とも関係が深い特殊東海製紙(株)の所蔵する大津絵がある。
外法梯子剃、藤娘、猫とネズミ、青面金剛などはよく見かける図だが、「天狗と象の鼻比べ」は初見。
天狗がゾウに負けて賄賂を渡して堪忍してもらおうとする図。「コレ許せ コレまんぢう」ふふふ、可愛い。

風景人物花鳥図巻 狩野安信 17世紀。淡彩で花がきれいに描かれている。牛もいる。川遊びをする。きりっとした斑の牛。その斑が立ち上がって何か吠えそうな勢いがある。茶や黒の牛はおとなしい。白梅の咲く午後のこと。
次には桜と野馬たち。仲良しさんはいちゃつく。最後にモンキーランドが現れる。中国産の丸顔の猿が雪の中にいる。

雑画帖 英一蝶 17世紀後半。寝る三毛猫、雪の中の鷺、バラ(長春花)にメジロ、獅子舞、その四点が四角・アーチ型・ハート型・長方形の中にそれぞれ描かれている。
2/19からはまた違う絵が出ているそうだ。

乗輿舟 伊藤若冲 伏水口から淀~八幡、枚方~鳥飼そして一屋までが広げられていた。
これを見る度わたしは京阪電車に乗りたくなるのだ。
今はまた後半が出ているだろう。

寒光雪峰図 菅井梅関 文政12年。セピア色の世界。

雁図 円山応挙 18世紀後半。ふっくらした雁。飛ぶ雁は右、左は水辺で憩う雁。

松竹に鶴・柳に猿図 狩野探幽 寛文七年。にじみ・ぼかしの松に笹が可愛い。猿は丸顔の中国産。
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柳に野鳥図 狩野安信 17世紀。右隻 雪笹に鷺が身を低めて寄り添う。雀も可愛い。左隻には蓮に柳にツバメ。
・・・あれ?左右逆ではないかな。サインはどうなってたか。2/17まで。
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梅に尾長鳥・柳に黄鳥図 狩野常信 17~18世紀。 nec194-1.jpg
色の取り合わせがいい。特に白梅、黄色それぞれの良さがよく出ている。

菊 菊池契月 昭和四年。 上品で、しかもゴージャス。かなり大きな絵。花瓶も清楚にして華麗。そしてそこに正倉院の撥鏤風なものもある。
やはり契月はいい。nec194-2.jpg


最後に今の人の仕事を一つ見た。
蔓葉蒔絵大棗 田口善国 '93年。とても可愛らしい棗だった。

久しぶりに大倉集古館の良さを堪能した。
階段に住まう可愛い狛犬ちゃんたちの頭もなでて、機嫌よく帰った。


アトムが飛んだ日

石神井公園ふるさと文化館で「アトムが飛んだ日」展を見た。
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昨年からここへ来るようになったが、いい展覧会が多い割りにあんまり宣伝もしないので、どうも展覧会が知られていないように思われる。
だから、ここへ行ったほかの方々の感想が聞けなくて残念だ。
とはいえやはり石神井公園はわたしの定宿からは遠い。ミュージアムも駅から遠い。要するに池のほとりに(関係ないが水滸伝の水滸は確か池のほとりとかそんな意味だったはず)建つから延々と歩かないとたどりつけないのだ。
今回は時間を最優先して南口からバスに乗り、JAあおば前で下車して、てくてく。

バスの中で鬱屈する。よくよく思えばわたしは手塚治虫記念館のある宝塚の沿線住民ではないか。なんでわざわざこんなにも遠い地へ行くのか。
しかもわたしはアニメでは「リボンの騎士」以降のファンで、「アトム」は実は殆ど見たこともないし読んでもいないのだ。
一方「レオ」はもぉ本当に心の底から好きで、大人になってから購入した原作本などは読むたびに必ずラストで泣いてしまう。
今も黙って一人でムーン山でのレオとヒゲおやじの最後の「葛藤」を思うたび、涙が滲み出す。いい大人がなんだと言われるかもしれないが、感動は止まらない。

さてアトム。入るとすぐに旧作のアトムが天馬博士に捨てられるシーンが上映されている。「成長しない」アトムに狂気が爆発する天馬博士。
いくら「見ていない」と言うてもこのあたりはわたしだって見ているし知っている。
この悲劇はどうにも出来ないものだ。
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壁面展示を見ようと進むと、何か別なアニメーションが上映されている。
なんだろうと見に行くと、1941年の中国アニメ「鉄扇公主」だった。
解説によると、公開翌年に手塚少年が見たそうだ。

「西遊記」に出てくる鉄扇公主・羅刹女をメインにした映画。
(後に調べると、ニコ動で見ることが出来るようだ)
これが非常になめらかな曲線の動きを見せ、展開も巧い。絵は中国と言うよりアメリカ風味がちょっと濃いが、非常にいい作品である。孫悟空の体術もよく演出されていて、とても楽しい。(メインスタッフはディズニープロダクションの下で修行を積んだそうだ)
羅刹女の夫たる牛魔王が孫悟空に振り回されて、牛に姿が戻るシーンなども非常によくできている。
わたしは中国のアニメーションといえば合作物の「シュンマオ物語タオタオ」、それから「ナタちゃんの竜退治」は知っているが他は見てもいない。
だからとても新鮮だ。非常に面白い。
早い話が、この映像を見て、それだけでご機嫌になってしまった。

次に現れたのが、東映動画の名作の一つでもある1960年の「西遊記」の設定資料集やエピソードなどなど。
子どもの頃は春休み・夏休み・冬休みごとに放映されていて、それを見るのがとても楽しみだった。
今回初めて知ったが、孫悟空の恋人のリンリンは燐燐という字だったのだ。
彼女は可憐で可愛かった。10年位前川崎市民ミュージアムの東映動画展で、スタッフに入っていた手塚は本当はこの燐燐を死なせるつもりだったと知った。
しかしそれはやはり「東映動画」向きではないのでアウト。
とはいえ、今なら間違いなく彼女は殺されているだろう。

この映画では小宮山清が孫悟空の声を当てていたが、わたしは彼の仕事はこれ以外知らなかった。
ところが1982年か、「太陽の牙ダグラム」で出て来たキャラを彼が当てていたので、子どもの頃以来の「再会」になったのだ。
いや~~あのときは本当にビックリしたな。

他は虫プロ興亡記ぽい作りで、それもよかった。
とにかく虫プロのアニメーションだけに絞ったのは巧い。

立体ゾートロープがある。回したらアーラアラ、アトムが飛んだ。
そう、「アトムが飛んだ日」をこうして作ることも可能なのだった。
とても嬉しい。

小さい企画かもしれないが、充実していた。
そしてわたしはやっぱりここへ来てよかったと思った。

そういえば石神井公園は練馬区だ。
種々の理由で速攻打ち切りになったアニメ「ドン・ドラキュラ」の歌には確か
♪練馬の屋敷はビッグパラダイス~暮らしやすいさ
そんな歌詞があったように思う。
それになんと言うても天馬博士は練馬区の人だしね。
ああ、楽しかった。

美は甦る 検証・二枚の西周像 高橋由一から松本竣介まで

2/9の朝いちばんに神奈川県立近代美術館の葉山館へ行った。
逗子駅からバスで延々と向かうのが正直しんどいのだが仕方ない。
すぐに館内に入らず、庭園を巡る。椿がもう咲いていた。
なにか妙な造形作品が展示されている。今までなかったように思う、人物像が二体。
一つは館の屋上に、もう一つは海に向かって立っている。
海風に吹かれて赤錆を見せる人物像は怖い。
たしかウルトラマンでもそんなエピソードがあったような。そうそう楳図かずおにもあった。諸星大二郎にもある。
海から来るものも怖いが、海に向かって異形のものが突っ立つのはもっと怖い。

海は波も静かだが、それでもサーフィンをする姿があった。
ぐるりと回って玄関へ向かう。
入った途端、凄まじい緊迫感にギョッとした。
なんだこれは。
来てはいけないのかと思いつつロッカーに荷物を置き、殆ど相客のいない展示室に入った。
「美は甦る 検証・二枚の西周像 高橋由一から松本竣介まで」
地味だが面白そうな展覧会だと期待してやって来ている。
リストがないのでメモ書きだからタイトルもちょっと不正確かもしれない。

ワーグマン 妻カネ なかなか可愛らしい奥さんである。らしゃめんとは呼ばせないぞという感じもある。

西洋童子羽織袴図 手に菊柄の扇子を持つ白人の坊やがにこにこ。異国の風俗を着せてみて喜んでいるようだ。

五姓田芳柳 明治大帝 お若い頃のお姿。この展覧会の翌日には明治神宮宝物室で明治天皇の装束などを眺める予定なのを思う。

キヨッソーネ 大久保一通 サーベルつきの肖像画。キヨッソーネは20年ほど前に展覧会があり、行き損ねたことが今も心残りである。

・・・途端、ここでびっくりすることが!!
なんと天皇陛下・皇后陛下の行幸・行啓に遭遇したのだっっっ!
それであの受付の緊迫感が理解できた!
うわーーーっだいぶ以前に大倉集古館へ向かう道すがら、SPの先導する車の次に美智子様のお姿を拝見したけど、あれはクルマ越しだった。今回は同じ空間にいるわたし~~~!
びっくりした!ドキドキしたわ~~
し、しかもなんと秋篠宮様が姫様と共にお越しに!そして観客が少ないこともあってか、わたくしにニコニコとご挨拶を下さったのだ!それもゆく角々でバッタリがあるたび「ああ、先ほどの」と言う感じで。
嬉しかった、本当に嬉しかったです。展覧会でこうした偶然の幸せな遭遇は、国際フォーラムでのスターウォーズ展のとき、ルーカス監督とヘイデン・クリステンセンの来場以来でしたわ~~♪
ご一家は葉山でご静養の最中においでになったようです。
美術好きなご様子がとても伝わってきました。

・・・まぁそういうわけで、ドキドキが大きすぎて、この辺りの展示がどんなだったか記憶が飛んでるのだった。

ところでこの展覧会の狙いはサイトによると、
この展覧会は、日本洋画の父、高橋由一によるものと考えられる《西周(にしあまね)肖像画》が島根県津和野町にある太皷谷稲成(たいこだにいなり)神社から発見され、すでに知られている津和野町立津和野郷土館所蔵の高橋由一作《西周像》と比較検討するため、当館学芸スタッフが中心となって修復調査研究チームが組まれたことから生まれた企画です。
 今回、二点の西周像が約二年におよぶ修復調査を経て、見事に新しい生命が与えられたことを記念し、発表の場として展覧会を開催することにいたしました。
 本展は、津和野出身である明治の思想家・西周を描いた二点の肖像画に関する研究成果を核としながら、これら二点を高橋由一に描かせた、美学美術史、写真術に精通した旧津和野藩当主・亀井これあきにも注目して、二点が制作された謎に迫るとともに、近年当館で修復された岸田劉生、藤田嗣治、松本竣介などを中心に、明治期から昭和前期までの約60 名の画家による油彩画、水彩画約170 点を紹介します。保存・修復という作品の知られざる部分に光をあてることによって、近代日本美術の問題点をさぐり、新たなる発見を浮かび上がらせようとする展覧会です。
 なお、同時に2011年3月11日に起きた東日本大震災で被災した石巻文化センター所蔵の美術作品のうち13点の被害状況とその後の修復作業によって甦った姿を展示し、報告いたします。 」
とのことらしい。

その西周の肖像画を見たが、チラシと違い本物は、昔の500円札の岩倉具視に似ているように思った。←昭和の子どもやな~~

洋画の技法で明治の日本を描いたものも多い。つまり描く技術は日本のままで、道具だけ油絵ということ。

安藤仙太郎 日本の寺の内部 これは以前から好きな絵で、浅草寺がモデルかと思うが、にぎやかで、線香の煙まで感じられるような様子がいい。

五姓田義松 クリュニー美術館にて 茶色く描かれた親子がいたり、写生したりと言う情景を描いている。ここの一族は油彩画を描く、と言うことを職種にした最初の人々でもある。

不忍池 夕暮れの中、池で何かをする人々が描かれているが、それが何かはわからない。

中村不折 根岸御行松付近夜景 ぼんやりとランプの灯りが。明治の象徴の一つ・ラムプの灯り。

浅井忠による「新小説」の表紙絵がいい。「桜狩」桜吹雪の中に佇む女芸人。
川村清雄は芸妓、たけのこと水仙。

川村では他に戯画風な「三河武士騎馬突撃の図」があった。尤もこれはドーミエなどの仲間に近く、疾駆する馬の絵などはかっこいい。

松岡壽 工部大学校風景 ロングで捉える。手前に松ではないが何かの木がある。
松岡といえば中之島の中央公会堂の天井画「天地開闢」を思い出す。

久米民十郎 裸婦 堂々たるイタリアの裸婦。近年になり永青文庫からこの画家の艶かしい絵が出てきたときは、ちょっとしたショックだった。

久米では他にもエジプト風の「ラクダと従者/王妃たち」や不思議な「off ENGLAND」などがある。
ここにはこうして久米の作品が所蔵されていたのだ。

青木繁 真善美 好きな作品。それぞれの構図がいい。鉛筆画による。肩にいる孔雀、男女の間にある球体、球を回す男と嘆く女などなど。

山下新太郎 百合子像 美人の奥さんを描いた作品もいいが、可愛い子どもを描いたものもいい。机に向かう少女白地の浴衣を着ている。

南薫造 バーン・ジョーンズの模写がある。「ブルターニュのドリゲン」よく描けてる。

藤島武二 T氏肖像 1909ROMAとサインがある。横顔のT氏。髭を少し蓄えている。

このほかにも有島生馬、萬鉄五郎、中村彝、佐伯祐三らの作品が集っていた。
小出楢重、前田寛治もある。昨年ここで見た松本の絵もある。

珍しいのが高橋由一の息子・源吉の1894年の「東京市」のあちこちの様子を描いた草稿。
こういうのを見るのも面白い。絵として楽しむのではなく、記録として面白いのだ。

岸田劉生 寒山拾得 向かい合って座り込む二人。巻物は持たず筆で以って宙に素描を描く。金屏風に二人いる。とても可愛い。
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伊東深水と関根正二の絵が並ぶのもいい。仲良しさんの二人。


梅原龍三郎の二枚の絵が並ぶ。
「山荘夏日」と「熱海野島別荘」。IMGP2537.jpg

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どちらも1936年に熱海の野島康三の山荘を描いたもので、わたしはどちらも非常に好きだ。
以前に世田谷美術館で福原信三と彼に関わった芸術家の展覧会があったとき、この絵が出ていて、とても嬉しかったことを思い出す。

人がいるか・いないか、それだけの違いなのだが、在・不在はそんなに重く考えなくてもよさそうで、色彩の明るさ・構図のよさ・夏日の空気感が素晴らしい。
やはりこの絵は梅原以外には描けないし、また梅原だからこその豊かさがある。
梅原の作品でも特に好きな作品である。


最後に古賀春江「サーカスの景」があった。
彼の絶筆である。とても好きな作品。

そして東北の震災で傷ついた作品が修復されていて、それらも出ていた。
やはり人の力による仕事が一番大事なのだった。

歌舞伎 江戸の芝居小屋

サントリー美術館は祝祭空間の様相を呈していた。
四月の歌舞伎座開場を前にしてのめでたい展覧会である。
展示は風俗屏風に始まり浮世絵、そして歌舞伎の資料もろもろ。
タイトルがまた素晴らしい。
「歌舞伎 江戸の芝居小屋」
当然なタイトルにしても、本当に素敵。
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「歌舞伎」の濫觴たる出雲阿国の舞台の様を描いた「阿国歌舞伎」絵は国内に何種もあるが、今回もあちこちから集まり、それぞれ期間限定で展示されている。
大和文華館所蔵のそれは場面換えもしての通期展示。これは色も鮮やかで、しかも描かれた人々がそれぞれ可愛らしいのがいい。
詞書の写しを書く。( )はわたしの書き込み。
「いかに阿国に申候 これハはやふるくさきうたにて候ほどに、めずらしき歌舞伎をちと見申そう 今のほとハ上るり(浄瑠璃)ときと言ふうたをうたひ申候さらば、うたひてきかせ申さんと、つつみの拍子打ち揃へてうし(調子)をこそうかかひ(伺い)けれ
わかこひは月にむら雲 花に風とよ
ほそみちのこまかけて思ふそくるしき
山をこえさとをへだてて人をも身を
もしのはれ申さん なかなかに
こうた(小唄)は夜なかのくちすさみとよ 
あかつきかたに思ひこがれてふく尺八は
君にいつもそふてう別れてのちハ
又あふしきとよ春さめのうちしをれてたるを見るにつけても
此春はかりにとよの・・・」
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さてさてわたしは2/18までの1期に出かけたので、このときしか展示されない作品についても書こう。
日吉山王祇園祭礼図屏風 室町~桃山 山王祭だけに船がわんさと出ている。石垣も見える。田では早乙女がいる。そして祭りを描いた左6には虎の皮をはりつけたヤマもあった。どちらの祭りも人出が多い。

本もある。
松竹大谷図書館の「かふきのさうし」。三世梅玉旧蔵。鳥居があり築地塀が続く。人々が寄り集まる図。
三世梅玉はむろん写真でしか知らないが、彼の演じた「庵室」の玉手御前は、まるで水の底にいるかのような風情があった。

長い長い絵巻がある。チラシにもなる徳川美術館蔵の「歌舞伎図巻」である。
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まず喧嘩から始まる。踊りもあり、南蛮服を着たものもいる。次におとなしい小屋の前に上等な駕籠が二丁とまる。簾つきの駕籠。ああ、にぎわいがいい。楽しい。小屋ではごく初期の歌舞伎が演じられている。描写がとても細かい。着物の柄も観客の顔も。
あきない楽しさがある。

洛中洛外図屏風 初見。森熊美術館所蔵とあるが、こちらも初めて聞く名前。世間はまだまだ広い。
金型雲の時代。左は三十三間堂、豊国神社、大きな大仏殿、八坂神社、黒谷、知恩院、南禅寺、左隻では歌舞伎。右隻には影向松、金閣寺、天竜寺、七本松、阿国歌舞伎の北野天満宮。愛宕に天狗の岳。
びっくりするくらい細密なところがある。

文化庁の歌舞伎遊楽図屏風を見る。なかなか大きめの人物。髪を後ろにひとまとめにした女たちが目立つ。顔もそれぞれ違う。着物も細密。・・・右6にいる女に見覚えがある。なんとなく私に似ているような気がする・・・

都万太夫座図屏風 早大の演劇博物館から。この一座は人気の一座だということは以前から聞いていた。
津本陽「柳生兵庫助」にも出ていて、そこの楽屋に加藤清正が隠れて兵庫助と面会する、という話があった。
実際ここに描かれている町の様子はにぎやかで、笹屋の餅屋の前には白い犬がいて、それが印象深い。

応挙の眼鏡絵もある。四条橋を描いているが、やや寂れている。

このあたりまでが江戸時代初期の状況。
それにしても実に多くの美術館・博物館・図書館から名品が出てきている。
こうした企画にはやはり多くの協力があればあるほど、見る側は嬉しく思う。中の人たちは大変だろうが。

やがて江戸中期へ。
芝居小屋の情景やその周辺が展示されている。
江戸の古地図を見るのも好きだが、それを思い起こしながらそれぞれのコヤの図を見ると、とても興味深い。

面白いのは本や資料が多いこと。
幕末から明治の転換期、そして戦後のGHQ検閲台本まで出ている。マッカーサーの手紙もある。
こんなのを見ると「歌舞伎の恩人」バワーズさんを思い出すが、どういうわけかこの展覧会ではバワーズさんの資料が一つもないらしい。
それは片手落ちというかひどいミスだとも思う。

昔の歌舞伎座の写真もあり、古写真としても興味深い。
また模型もあり、とても楽しい。
そういえば大阪の松竹座がオープンしたときに展覧会があったが、松竹座の設計に仁左衛門丈が関わったということを思い出した。

浮世絵が出てきた。見知ったものも多く、再会した心持ちで見て回った。
これはもう本当に「芝居を見に来た」感覚に近い。

三世豊国の嘉永四年(1851)の四世尾上梅幸のお岩が非常によかった。国立劇場蔵だから、いつか国立で四谷怪談が出れば見れるかもしれない。
ここでは珍しいことに提灯抜けした後のお岩さんが描かれているのだ。こういうのを見ただけでもここへ来た甲斐がある。

ほかにも多くの見所があり、6期にわたる展示換えでまたまた新しい喜びにも出会えるだろう。
わたしは次には5期目にゆく予定だが、今からとても楽しみだ。

歌舞伎座の開場でまた新しい喜びが生まれるだろうが、こけら落としの舞台に成田屋と中村屋がいないことが悲しい。彼らを忘れたくないためにも、この展覧会を楽しみ、そして歌舞伎座にもまた通いたいと思っている。

「筆あとの魅力 点・線・面」で見たものいくつかについて

今日は先に「白隠 禅画にこめたメッセージ」展の感想を挙げたのだが、わたしにはどうも禅の心というものがよくわからない。
もう一つわからないといえば抽象概念もよくわからない。
わからないから面白くない、ということもある。
抽象絵画を見ても楽しめないのはそれが理由である。
だが、無視して通り過ぎるわけにはいかないので、わたしはわたしなりに向かい合おうと思う。
そうすると、意味はわからないながらも「これ好きあれ好き」が出てくるものだ。
というわけで、この記事は「わたしにはわからないもの」の特集と言うことで進む。

ブリヂストン美術館の「筆あとの魅力 点・線・面」でみたものいくつか。
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クレー 島 点描ではなく転々転々と点々が続く。それが実は海のキラメキらしく見えてくるから、タイトルと言うのは大事だ。その規則的な点々の上に不規則な線が走っている。
線は折れ曲がり、時にはゆるい曲線を見せ、延びた先で違う線と交差する。
一歩離れた地からみの点々と線を見れば、不思議なことに面が見えてくる。
ああ、海上の島々かと思い至る。
そしてその点々が実はきちんと色分けされていることにも気づくと、海面に差す光のありようも見え、海の深度も感じられるのだった。

クレー ホフマン風物語の情景 オッフェンバックのオペラは「ホフマン物語」。E・A・ホフマンの物語をモティーフにした芝居。こちらは「ホフマン風・物語」らしい。
ドイツ・ロマン派のホフマンの幻想小説はわたしもとても好きだが、この絵はあのオペラとはまた別なアプローチでホフマンの物語を描いている。
どちらもある意味「二次創作」。
この絵のうちからホフマンの描いた物語らしきもの・人物たちが現れるのを見ようと絵の全体と細部とを眺める。
薄オレンジに近い色と黄色との大きな格子柄に近い背景に釘描きのような線が走る。
砂男もコッペリアもナサニエルもどこかに潜んでいるかもしれない。

ザオ・ウーキー 2004年にこのブリヂストンで回顧展があったのだが、わたしは出かけなかった。
これまで展示されていてもスルーしてしまうくらいのニガテさがあった。
ところが今回は自分でも何があったかよくわからないが、この絵にひどく惹かれた。
21.Sep.50 nec187.jpg
1950年のその特定の日をタイトルにした作品。
何が描いてあるのかいまだによくわからないのだが、わたしには海を行く船に見えた。それも二隻ばかり。
そしてナゾの太陽に照らされてもいるのだが、妙な霧も出ているように見えた。
船は凪の状態にあるから動かない。動かないのは船だけでなく太陽も動かない。
太陽も動かないから時間も動かない。
止まった時間の中でヴァイオリンの音色が流れている。少しばかり古い曲想。
少しだけフランス語の台詞が入っていてもいい。
茫漠とした海の中で。

本当のところ作者が何を意図して描いたのかはわたしにはさっぱりわからないのだが、この日のわたしはこの絵をそう解釈して眺めていた。
そう思うことが妙に自分の心にそぐうのを感じていた、と言うべきか。

近年、三菱一号館で「青騎士」時代のカンディンスキーの展覧会を見て、非常に深い感銘を受けた。それまでわたしはカンディンスキーの抽象表現の作品しか知らなかったので、名前を見ただけでサヨナラだったのだ。
ところがあの「青騎士」時代の作品を見て、帝政ロシアの名残がそこに息づくのを感じて以来、カンディンスキーのほかの作品に対してもある種の愛情が育ち始めていた。
ここにある「二本の線」もそれまでならスルーしてたのだが、足を止めるどころか、わざわざ自分から歩み寄って眺めていた。
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無論わたしにはカンディンスキーの意図するところは掴めない。例によって自分で勝手な解釈をし、妄想の翼を広げるだけだ。
この二本の線が何を意味するかも知らないが、緯度と経度を示すものや国境線であっても別にかまわないのである。
選の入った赤球は太陽かもしれないし、にょろにょろ伸びたものは楽園のりんご売りのヘビかもしれない。判じものにも見えるし、意味のないものかもしれない。
だがわたしは勝手にこれもまた海上と船の絵だと決めて眺めている。

こんな迷惑な観客はあまりいないかもしれない。
みんなわかろうと努力しているのに、「わからんものはわからん」でスルーするならまだしも、自分勝手なナゾな解釈をして、一人で喜んでいるのだ。
しかし「正しい」理解と「合理的な」納得とを自分に課すのをやめると、案外気楽に絵と対せるものだと知った。
今更説明を聞いてもそうなのかと思いもしまい。

ブリヂストンに行った日のわたしは自分勝手な解釈で、普段見ないようにしていた作品を楽しんだのだった。


白隠 禅画にこめたメッセージ

白隠展に行ったが、物凄い人出で、殆ど何を見たかそのときわからなかった。
自分のハイカイ録にもツイッターにもそのように書いたが、リストへのメモ書きを観ると、案外あーだこーだ書いてるので、これはやっぱり感想を挙げてもいいかと思ったので、挙げることにした。
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「禅画にこめたメッセージ」と副題にあるが、それを読み解くにはわたしのアタマは違う方向を向きすぎている。首がねじれるほどに曲げてみてもなかなか読み取れぬものだ。
またそんな様子を宙から見て、白隠は笑っているかもしれない。

蓮池観音 解説に「オバさんぽい」と言う表現があったが、確かにその通りで、この様子を見るとどうも遣り手婆のようにも見える。
いっそ長火鉢にもたれてくれたら、と思いもする。
とはいえ白隠がたとえば女将さんなどを描いたとしたら、帰ってそこに仏性が顕れもするだろう。

観音 これが本当に机に向かった姿で描かれている。「閻魔のように机上に向かう」というのにも納得で笑ってしまうが、観音も働く以上は机に向かうこともあるだろう。
ちょっと随筆でも書きそうな様子である。

地獄極楽変相図 にぎやかで、とても忙しそう。真ん中には閻魔大王。上には釈迦に普賢に文殊のトリオがいるが、ほかにも老いの坂らしきものも見える。
テーマパークとしての地獄極楽。この世の行いがあの世で反動化するのだ。
これを見ていると大坂の絵師・耳鳥斎の地獄図に共通する眼を感じる。『世界ハ是レ一つノ大戯場』という彼の言葉を思い出す。
ある種の地獄図を見ると、あの世(極楽)よりもずっとにぎやかで楽しそうにも思えるのだった。
そういえば一行書があった。
「南無地獄大菩薩」・・・やたら大きな字で白隠は書く。

達磨図を見る。
半身達磨 萬壽寺蔵でチラシの達磨。大きな眼はまるで宝珠のようである。
眼一つ達磨 片目ではなく真ん中に一つドーンと。オバケの親玉たる達磨である。

大燈国師 これが非常に怖い。なんでもこの高僧は印可後20年も五条橋の下で乞食をしていたそうである。西洋で言えばアッシジの聖フランチェスコのような状況だったのか。
いやそうではなく、自身の修行のためにそういう状況に身を置いていたようである。
この鋭いまなざしにはなまなかな仁慈の心は映らない。
修行とは何か、仏法とは何か、仏道とは何か・・・
大愚大衆とはまた距離を置いての自己研鑽の日々なのか、衆生の中にあってこその日々なのか。
禅は全くわからない・・・
それにしても今はともかく、五条の橋は、下では乞食が溜まり、上では弁慶と牛若丸の出会いがあるという、有名スポットなのだった。

すたすた坊主 早大の會津八一記念館から来た。これは以前に記念館でも見ているが、妙に可愛い。手桶もって注連縄を下帯にして、というスタイルである。
坊さんと言うても色々あるもので、これは願人坊主の一種。かっぽれも住吉の願人坊主が始めたという。
ちょっと様子は違うのだが、歌舞伎舞踊「浮かれ坊主」を思い出した。
また、リー&ジュディ・ダークス・コレクションの「すたすた坊主」は顔の両側に下がりもののつくかぶりものをしていた。そして赤褌。

鍾馗鬼味噌 鬼の入ったすり鉢を鍾馗がゴーリゴーリとやっている。具になる鬼たちが可哀想ではある。なにしろ一つ間違えたらどっちも擂られそうなツラツキである。
よこにいる禿頭は鍾馗の子どもらしい。なんとなくにくたらしい。

鼠大黒 こぎれいなネズミたちの様子。

関羽 かっこいい立ち姿。美髯公と謳われたのもよくわかる。

白澤 わー四足姿の怖いような・・・近年は「鬼灯の冷徹」の白澤が意識に活きているから、こういうのを見ると、どうしても同時にあのキャラが浮かんでくるのだった。

越後三尺坊 室町の人で不動の生まれ変わりといわれる。足下には白狐。(野干かもしれない)いろんなエピソードのある人をも描く。

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書が一ヶ所に集められていた。大きい字なのはいいが、バランスの狂ったものもある。
調子出しすぎて最後に困るパターンである。
白隠は「金比羅山大権現」と「秋葉山大権現」を対にして書いていたそうで、ここにあるのはその秋葉山のある静岡の法林寺所蔵品。
わたしは秋葉山と聞くと二代目虎造の声が蘇る。
「秋葉山の火祭りにぃっ」という台詞。

後は掌を描いたものがよかった。
しかしメモはここで終わっている。記憶もここまでしか戻らない。

白隠の「禅の心」はまだまだわたしには遠いものだが、それでも入り口に顔を出したような気はした。
2/24まで。

曜変・油滴天目 茶道具名品展

静嘉堂文庫の記念展PART3「曜変・油滴天目 茶道具名品展」に出かけた。
二子玉川からのバスがもう満員御礼で、ついた後も随分な人だかりだった。
わたしは10時半に入ったのだが、その時点でもうお客さんであふれていた。
目的は皆さん、国宝の世界で三つ限りの「曜変天目茶碗」ですわね。
ここと大阪の藤田美術館と京都の大徳寺真珠庵とだけが所蔵する、美の極限のような茶碗。
何回見ても本当にキラキラピカピカ、宇宙を取り込んだような様子。
素晴らしい。

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わたしはこうした窯変の美麗なお茶碗は、油滴天目茶碗を最初に見たので、そちらの美貌が心に刷り込まれている。(安宅コレクションのあれ。東洋陶磁美術館の宝の一つ)
だからと言うわけでもないのだけれど、多くの人が曜変に押し寄せると、わたしはついついこちらの油滴天目茶碗を応援したくなるのだった。
形はあまり好みではないのだけれど。
とはいえやっぱり美麗なものは美麗であることに変りはない。

それにしてもこの二つの美貌を同時に眺めるのは、三年ぶりではないかな。
「静嘉堂文庫の中国陶磁」展で観て以来。
そのときの感想はこちら

この二つが今回のスターなのだが、他にもよくぞ出てくれたという美品が集っている。

茶碗ではほかにもいいものがある。
井戸茶碗 金地院 見込みの釉薬たまりが綺麗。青白く光っている。

ノンコウもある。赤樂茶碗「ソノハラ」。ふふふ。お菓子の「柿の種」を思わせる色合いがいい。

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香合をいくつも見る。
いずれも小さくて可愛らしい。

黒地紅葉蒔絵香包形香合 妙なたとえだが、ティッシュ入れにほしいと思った。

古染付荘子香合 縁の虫食いがチリリリとしている。比較的小さい蝶が蓋につく。

交趾金花鳥香合、志野車軸はじき香合、織部六角蓮実香合、呉州赤絵小丸香合・・・
様々な技法で作られた可愛らしい香合たち。
こうしたものが集まっていると、それだけで愛しさが増す。


茶入では大名物の付藻茄子、紹鴎茄子などの有名どころのほか、野々村仁清の数茶入18口揃が出ていて、それが非常に愛らしかった。

先の香合でもそうだが、さまざまな形態の茶入が一つ所に集まっているのを見ると、全体としての可愛らしさにきゅんっ となる。


棗も集まっている。
原羊遊斎の八重菊蒔絵大棗、片輪車螺鈿蒔絵大棗といった明るい派手目なもの、中村宗哲のシックな棗などなど。

茶杓も名のある人々により削られたものが多いが、中には羊遊斎の桐蒔絵もある。
それはそれでいいのだが、やはりわたしは茶杓も耳掻きも竹製が好ましい。

近年、ここはなかなか立派なリーフレットを出してくださるので、とてもありがたく思っている。
本物がいいのは当然なのだが、よい写真を見るのも楽しい。いい技術が集められた仕事をも見せてもらい、とても満足している。

3/24まで。

吉祥のかたち

こちらも既に終了したが、やはり良かったと思ったことを書きたい。
六本木一丁目の泉屋分館での「吉祥のかたち」である。
丁度一ヶ月間の開催だった。
わたしは最終日の2/11に出かけた。

最近は京都の本館から中国青銅器がお出まししていて、その可愛い姿を見せている。
関東では常時青銅器を見れる場所といえば、東博、根津、それからここくらいか。
関西よりは見る機会が少ないのがお気の毒ではある。

さて今回は犠首を中心に見て回った。
いつもいつも饕餮くんばかり可愛がっているわたしだが、ついこないだ可愛い犠首をみてクラクラしたばかりなので、こういうことを思いついたのだった。
「吉祥の形」展の中のプチイベントである。
名づけて「犠首坊やを探せ!」ツアー開催~なんてねw

・・・というわけで三つばかり可愛い犠首坊やをみつけた。みんな耳に特徴があり、とても可愛い。いずれも殷の子ではなく西周生まれ。饕餮くんの弟分のような立場である。
いちいち特徴を小さく落書きした。人にはお見せできないが、我ながらよく特徴を捉えているので、そのメモを見ればこのときここにいた犠首坊やのことを、後々になっても思い出せるだろう。

紀元後になってからは鏡が楽しいが、やっぱりこれは唐のものがいちばん優れている。
技巧的に、という意味でだが。
絵柄では月ウサギの杵ツキが可愛い。

絵も吉祥のモティーフが多い。
寿老人、富士山、鶴亀などなど。
そして上島鳳山の「十二ヶ月美人」が三人も出ていたのは、非常に嬉しい。
丁度先に挙げた鏡の文様に絡んでか、「八月 姮娥」がまず現れた。
次には今の時期にふさわしい「二月 羅浮」の優美な姿。
そしてお正月は大和風俗で「子の日」。中国美人も大和美人もそれぞれ魅力的。

森寛斎の「羅浮仙」も優美。nec180.jpg
月下、白梅が香るのを楽しむのか、その花を眺むるのを喜ぶのか、うっとりした羅浮仙がいる図。

チラシになったのは若冲「海棠目白図」。nec179.jpg
わたしは若冲のトコヨノナガナキドリ以外のものはいいんだけどね。これも可愛い。
特にこの「目白押し」がいいw
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鉄斎の扇面図が色々出ていた。
「貽笑大方」と題された連作。竹石図、梅月双清図、鶯宿梅図、乾坤清気花図が出ている。
わたしはあまり鉄斎を好まなかったのだが、大丸か高島屋の梅をモティーフにした展覧会でこのうちの「梅月双清図」を見てから鉄斎の良さと言うものが少しばかりわかるようになってきたのだった。
その意味ではわたしにとって記念碑的な作品ではある。

村田香谷 設色四時花鳥・文房花果陳列 長い絵巻物で、カラフルな作。
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フルーツのほうには枇杷、桃、タケノコなどのほか尊型の花瓶、饕餮文の入った鉢などが描かれていた。
中国の文人の好みそうなものが配列されている。南蘋派風な感覚が生きている。
そして花鳥図では「ビックリ~!」な雀が可愛い。
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松に水仙、キノコといった取り合わせの植物の中で。

梅の時期に合わせての展示は、安田靫彦の紅白梅の絵。
薄紅梅の「淡妝」、白梅の「清香」。どちらもとても好きな作品。枠の外にも梅香が漂うようである。

最後に中国の鼻煙壷を見た。
そうか住友も当然ながらこれらをコレクションしていたか。
どうしても第一に東洋陶磁美術館の沖コレクションを思い出すが、遜色のない良いものばかりが集まっていた。

好きなものを楽しめて、とても嬉しい。

樂歴代 春節会

樂美術館の「樂歴代 春節会」は可愛らしい作品が多く出ていた。
チラシはいずれも十代旦入の作によるもので、富士山柄の黒樂茶碗、三つ向い合わせの鳥居(車折神社?)、今年の干支のミーさんの取り合わせである。
ミーさんは白釉掛けのめでたい白蛇さんで、カメラ目線なのが可愛い。
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この美術館の展示室は3室で、まず第一室に入ると、最初に当代の吉左衛門の近年の作が現れるのだが、今回はこのチラシの鳥居とミーさんだった。
そして左手のガラスケースから初代長次郎、三世ノンコウと続くのが今回に限って配置が違う。近代の人々の作が並んでいた。
それはそれでかまわない。ぱっと見たとき、ノンコウのキラキラした光がここにはなかったのはわたしにもわかる。
(ノンコウの作品がないと、やっぱりわたしは寂しい)

二階に上がり香合などの入るガラスケースを眺めると、ここにも十代旦入の作品がある。干支の動物香合である。とても可愛らしい。二つのケースにそれぞれ6体ずつあるのだが、どういうわけかわたしは終わりの戌亥から見始めていて、「あっ猪と猫やん」と素直な無音の声をあげていた。
その猪と猫の隣にはサルとトリがいるのだが、それを見てもまだ干支だと気づかず、さらに逆周りで馬と羊を見て「馬とヤギか・・・牧場みたいやな」と軽く頷いた。
そう、どう見てもヤギにしか見えない羊だったのだ。
しかしそのとき旦入がどうぶつフィギュアをこしらえるような作家ではないことに思い至り、もしやこれは干支ではないかとようやく気がついた。
あわてて手前のガラスケースをのぞくと、どうも四角い香合が見える。四角い動物なんていたかなと思いながらよくよく見ると、つまみがとぐろを巻いている。つまりヘビだったのだ。そのヘビの隣にはやっぱり龍がいた。
まずい、とてもまずい。まずいというのはわたしのアタマである。同じフロアにいて熱心に見物している外国人の二人組に、わたしが妙な勘違いをしていることを知られるわけにはいかない。なにしろ一人はきちんとした和装でつつましく見学しているのだ。
きっとお茶でも習っている元・外国人だろう。
そのひとはきっときちんと干支の動物だと最初から飲み込むだろう、わたしとちがって。
わたしが笑われるのは別にいい。いつものことよ。しかし日本人たるわたしが、この干支の動物を勘違いして眺めていることを知られてはなるまいぞ。

やっと白虎とウサギで本当に確信がいき、それからもう一度最初から見ることにした。
大きさはいずれも掌で包めそうなサイズでとても可愛い。
犬だと気づけばあれはやはりわんこに見える。
ヘビがくつろいでいると思えばあの四角いのも納得がゆく。
しかしやっぱり羊はヤギにしか見えないのだが。

目を転じると、ハマグリ形の香合が見えた。
上蓋に覆いかぶさるように白菊が装飾されている。
菊置蛤形香合と言うのだ。しかしいつ見ても、ちょっとばかり官能的だと思うのだった。

最後の一室へ上がると、目の中に星が飛び込んできた。
ノンコウだと確信して飛んでゆくと、やっぱり期待は裏切られない。
ノンコウの黒樂茶碗「早梅」だった。nec168.jpg

まるで星の欠片を刳りぬいたような茶碗だった。
ピカピカ光りキラキラ煌いている。
口縁の薄さも内側の宇宙のような景色も、何もかも皆すばらしい。

それを見ただけでもいい気分なのに、さらに嬉しいものがあった。
赤樂の可愛いお獅子がいた。
歓喜にわんわん吠えているようなお獅子である。
わっと口を大きく開けて、太い眉も丸くて大きな目もグリグリ開いて、可愛い犬歯もはっきり見える、お獅子香炉である。
やっぱりノンコウだった。

ああ、いいものをたくさん見た。3/10まで。

日本画 その妙なる世界

西宮大谷記念美術館で日本画展をみた。
毎年この時期には館蔵の日本画や日本洋画の展示がある。
静かな気持ちで訪れると、やはり静かな喜びを与えてくれる。
最終日に出かけ、穏やかな気持ちになった。

第一室に向かうと、入る前から雪笹の広がりが見える。
入り口より屏風が長いので視界いっぱいに雪にまみれた笹が見え、気持ちはそれでいよいよ静まる。

山下摩起 雪 緑ではなく枯れたような薄茶色の笹に雪が降り積もる。「敗荷図」とも共通する<枯れた>美がある。侘び寂ともまた違う、日本の美意識のあり方の一つ。

その右隣の絵が眼に入る。小さな舟がこちらに向かっている。
東洋絵画は右から左へ向かって眺めてゆくものである。しかし眼からの情報はそうとは限らない。

関雪 後赤壁図 汀を歩くような心持になる絵。近づけば舟はそんなに小さいものではなかったことに気づく。存外大きく描かれていて、遠めに見えた姿とは状況を異にする。
わたしが歩み寄ったことで舟が近づいて、大きくなったのかもしれない。
岩場を歩き、小舟を出迎えるような気持ちで絵を眺める。 

関雪 僊女 以前から好きな絵。この絵は西宮大谷のコレクションのうちでも最大作らしい。
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林の中、ふっくらした婦人が一休みして小鳥や動物と共にいる。そばの籠には霊芝などのキノコがある。手にはカーネーションのような花が抓まれ、それで相手をしてやる。
解説に「霊昭女」かもしれないが、とあるのでその故事を思い出した。
この婦人のそばには二頭の白鹿がいて、一は寄り添い様子を見上げる牡鹿。一は向こうで白藤を食む牝鹿。
ふと思い出したが、イソップ寓話の中で「恩知らずの鹿」という話があった。
猟師から自分を隠してくれた葡萄の木、その実を食む鹿の話である。当然鹿は射殺される・・・

鉄斎 山水・仙境図  金地に墨絵で大胆な風景が広がる。滝があるようにみえるが、それは山上の湖水からあふれる水の筋なのだった。それが滝になり、地上へ落ちる。
仙境の豊饒さ。巧いのかそうでないのかわからない筆致で、文字が大きく背景に躍る。
めでたい屏風。

二階へ上がる。
この西宮大谷には川合玉堂の作品が9点あるそうで、そのうちの8点が出ていた。
一つの時代のものを選択したのではなく、長い時代の間に間に生まれた作品を集めているので、玉堂の作風の流れが概観できるとも言える。
いずれも山中での暮らし、または人の眼から見た山岳風景など。

大根を腰高なまま洗うばあさんのいる図は、右は黄緑の木々が明るく、中に紅葉の赤が映え、左の川の水色という取り合わせが、のどかな様子を思わせる。
また、山中の民家では家族がそれぞれ働く。犬は無邪気に遊び、子どもらはその横で筵に晒されたものを作業する。着物干す様子も見える。
「乗鞍」と題されたものは、山の雪が胡粉も使っていないのに、煌くようだった。

玉堂の「山での暮らし」を見たつぎに、山元春挙の雄大な山岳風景図をみる。
チケットにもなった白銀に彩られた山には、その裾を走る鹿がいた。
日本のどこかの山岳風景。

黄初平 少年の姿のまま仙道修行にいそしみ、ついに石を羊に・羊を石に変える業を取得した仙人・初平くんの修行姿。なかなか可愛い少年で、わたしは以前からファンである。


富田渓仙といえばやはり水車に鷺に淀城である。
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ポスターにもなった「淀城」がある。左端に大きな水車があり、サギがわらわらとくつろぐ。
人工の建造物と自然とが融合している。

春草 秋の林で憩う鹿がいる。鹿の<鹿の子>な背中がはっきり見えるように仕組まれている。
名前に春とついていていも、春草の絵は秋に佳いものが多いと思う。
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古径 うそ かなやカナで「うそ」と書けばなんだか演歌のようだが、これは鳥の「うそ」を描いたもの。亀戸天神の鷽替え神事のあのうそ(鶯らしい)。紅梅の細枝に止まるオレンジ色の頬の鳥。

古径 桜 これは小さな屏風で見下ろしガラスケースの中で寝かされていた。雛屏風のよう。
今の時期に見ると、いよいよ春に待ち焦がれる。

杉山寧 雉と白百合 後の壮大な寧ワールドへ至る寸前の、可愛らしい花鳥画。顔を上げたキジと白百合と。寧はこの後に静かに和む花鳥画の世界から飛び出すのだ。

寧 鴨 何もない空間に佇む鴨。抽象的な表現が始まる。新しい日本画と言うことを考えて試行錯誤の時代か。

児玉希望 泉水鳥声 鶺鴒たちが滝に飛び交う。横手に咲く山桜に飛沫が。ああ、気持ちよさそうな情景。

摩起 山茶花 白い鳥がいて、花も白いのだが、剥落したかのような白さではある。
彩色をこのようにしているわけなのだが、どこか砂糖生姜を表面に塗ったかのような趣がある。
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龍子 椿 花よりも葉っぱの青々したところに眼がゆく。小さい絵だということも珍しいような。枝分かれした椿を切ったのを描いているのだが、全体を描けばやはり龍子らしい大きな絵になるな、と勝手な想像がわく。

大観 若葉 林にリスが一匹。この絵は'90年6月の兵庫県立近代美術館(当時)の「近代日本画の秀作」展のチラシになっている。いい展覧会だったが図録がよくなかったことを覚えている。リスが可愛い。

雨の絵を三つ。
波光の水墨画がある。色彩の派手な時代が過ぎて、パステルトーンになってからは、水墨画もやわらかいものになった。雨の中、働く牛が描かれている。コロー風な味わいもある。
こうした絵を見ると、留学することで良い成果がある、というのを実感する。
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印象 山中晴乍雨 働く人の上に雨が降る。雨であっても働く人。印象らしい華やかさはないが、昔の日本の里山に住まう人のありようが見えてくるようだった。

栖鳳 江南地方の雨を描いている。雨ににじむ塔の影。墨の濃淡・ぼかしだけで江南の空気感が伝わってくる。しっとりじっとりの雨。

植物を見る。
蓬春 瓶花 黄色い石蕗を備前焼に生けている。背景は中間色で塗りつぶされている。先ほどの寧の「鴨」同様、どこか現実から離れたような空間。

平八郎 紅葉 左右に紅葉が分かれて開く。間の取り方が絶妙。この間の良さにはうなった。
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平八郎 竹 緑の竹を濃淡で表現する。竹そのものの生命力がある。決して強く主張しないが。
彼がカラリストだというのを深く感じる。

遊亀 赤絵鉢 いつからこうした構図を好むようになったか、明代のいい赤絵と花や果実を置くと言うのが多く見受けられる。わたしは遊亀さんの絵のうち、挿絵は別として、やきものと花実というのがとても好ましい。横には熟れた平種柿がある。
ジュクジュクになるまで放っておいて、それから食べるのは関西の古い女の人の習い。

濱田観 白木蓮 真っ青な空に映える白木蓮。たまらなく魅力的。
早く春になれ、と叫びたくなる。
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青邨 牡丹 下半分に墨の太い輪郭線で描かれた牡丹が咲き零れる。

青邨 ばら 青花瓶に薔薇がたくさん生けられ、その豊かな瓶の下に敷物が広がる。
牡丹も薔薇も豊饒に咲く。

恒富 舞妓 可愛い。可愛らしいとしか言いようがない。
彼は「浪花の悪魔派」と言われたが、言葉の本当のニュアンスはわからない。
同時代の女流画家・渡辺文子の美貌に焦がれた青年たちは、彼女をウィッチ(魔女)と呼んで囃し立てたそうだ。文子はそれに苛々し、おこちゃまなバカモノたちは全員ふられ、ストレートにプロポーズした与平が、彼女のハートを射止めた。
この「悪魔派」という言葉の意味をもう一度想う。
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松園と深水の美人画が並ぶ。雪の日の様子を描いたものがいい。
こうした作品を観ていると、特別どうこうということはなくとも心が和んでくる。
ざわめきは生まれないが、しかし安寧がある。

最後に眼を開かれる絵が出てきた。
寺嶋紫明「遅い朝」である。完全に初見。それもそのはずで近年の購入らしい。
紫明は'92年に大規模な回顧展が奈良そごう、この西宮大谷、明石と巡回を続けた。
それ以後もしばしば見る機会に恵まれているが、それにしてもこれは知らない。
黒髪、黒い着物に白い身を包んだ女がいる。唇の紅、つま先の薄紅。
なんとも艶かしい大人の女。そんなに若くないことが却って深い魅力を見せている。
深くときめいた。
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昨日で終了したが、いい展覧会だった。
なお、2008年2/12に「西宮大谷の近代日本画」としてほぼ同じ内容の展示を見た感想をあげている。
こちらからどうぞ。

「文人画再発見!」/「明治神宮の名宝」

既に終了した展覧会だが、そのままにしておくのは勿体無いので、やっぱり感想をあげる。
あんまり長くはならないと、思う・・・。

☆文人画再発見! 西谷コレクションを中心に 千葉市美術館
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2/11で終了したが、わたしが見たのは2/9だからもうちょっと遅すぎた。
これは「KIMONO beautiy」の併設展だが、非常に興味深い展覧会だった。
近年ようよう文人画の展覧会が方々で開催されるようになったが、本当にこれまでは少なかったように思う。わたしもその数少ない展覧会にたまたま行くことで学ばせてもらい、近年になってかなり楽しめるようになったが、それまではどうも避けていた。

随分前の「日曜美術館」で鉄斎の特集をしたときのゲストがくだらないことを言ったのが今も耳に残っていて、それからなんとなく文人画も南画も避けるようになったのだ。
女子供にはわからない境地とかなんとかそんなもの。
あの放送で、女子供にわからないものを描くな、というか見せるな、という気持ちがわいてきたのだから、罪作りなことをしたものだ。そういうこともあって、わたしはあの番組が案外ニガテだったりする。
しかし春からは井浦新さんが司会になるので、かなり期待はしているのだが。

話を戻し、「文人画 再発見!」。
そもそもこのチラシがスゴイ。昔から千葉市美のチラシのセンスは本当にカッコイイのだが、このチラシを見て「こう来たか」と妙に気合が入ってきた。

鍬形恵斎 東都繁盛図巻 210年前のお江戸の繁盛ぶりが描かれている。
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橋のこちら側では特ににぎやかな雑魚場の様子が描かれている。
実にいろんな魚がある。よくよく見れば深海魚にしか見えないのもいる。
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実際、この絵の通り多くの魚が売り買いされ、大金が飛び交ったろう。犬もいるし交渉する人もいる。
一方こちらは両国橋の花火見物。ここも実ににぎやか。
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提灯の赤い灯りの連なりがいい。

この図巻を見れただけでも楽しい。
とはいえ、この作品は西谷コレクションの中では異色らしい。
本来は池大雅、浦上玉堂、渡辺崋山らが幅を利かせているのだった。

その渡辺崋山の絵はチラシに選ばれている。
トランプの柄にもなったこのオジサンは五枚も描かれている。
本当はもっと多いのかもしれないが、とりあえずこれだけある。
同一人物なのに全然違うのが面白い。微妙な違いの角度からの顔。
リアリズム絵画とでも言うべきか。

ほかにもこのように墨絵淡彩のもの、カラフルなものなどがあり、見応えのある内容だった。
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☆明治神宮の名宝
明治神宮文化館宝物展示室 2/17まで。
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今回は聖徳記念絵画館壁画の下図が何点か来ていて、それがとてもよかった。
川崎小虎、山下新太郎、堂本印象らの作品がある。
小虎の「践祚」はみずらに結うた少年姿が凛々しく、また可愛らしい。
だいぶ前に大阪の出光美術館があった頃に聖徳記念絵画館の下図の展覧会があったが、あのときに見たかどうか。
ただ、そのときからずっと今に至るまで好きな作品が何点もある。

中でもわたしは、この木村武山の「徳川邸行幸」が一番好きだ。
これはまた別ヴァージョンの下絵があり、そちらも非常にいい。
すべての「花見」絵の中でも特に好きだ。
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身を乗り出すように見事な花を眺める明治大帝。
なにかしら胸が躍るような絵。

昭憲皇太后ゆかりの奈良絵本「栄花物語」、硯箱などは非常に繊細で綺麗だった。
やはりこうした古い美しいものを眺めるのは、とてもいい心持になる。
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どちらも明るい心持ちで楽しめた。

二月の東博でみたもの

全くありがたいことに首都圏の在住者でもない私が、こうしてほぼ毎月きちんと東博の常設を見て歩けている。
そしてこうしてへたはへたなりにパチパチと、気に入った作品を撮らせてもらっている。

素敵だなと思った作品の一部分だけをトリミングしたり。
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可愛い坊やだのう。
いい建物を見つけたり。130208_1114~010001

ちょっとほっとしたり。130208_1115~010001

丸顔のおさるさんは中国生まれだが、編み笠のひとは本朝のひと。130208_1119~010001

本がひらかれている。銀の月が酸化して黒くなったようだが、ソレがとても魅力的。
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どういうわけかわたしは「日の浦姫物語」や「選ばれたる人」を思い出している。

応挙の弟子たちのうち、唐美人がうまいのは芦雪と源キ。
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それぞれの個性の違いもあるが、どちらもとても美人。梅と桃の違いのような。

こちらにも可愛い坊やたちがいる。
林の中で遊んでいるのだろうか。
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最後に埃及のコプト織。
多少キリスト教の影響も入ってるだろうけど、わたしにはわからない。
そのあたりはまたどなたかご教示ください。

ライオンのパラパラまんがではないけど、動きがあるような連続文様。
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敷物にほしいわ。130208_1108~030001

エンジェルと鳥さん。あひるかガチョウか。
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サカナサカナサカナ~~130208_1108~010001
・・・ほんまに魚かどうかはわからないが。

こういう楽しめ方の出来る東博が大好きです♪

琳派から日本画へ 和歌のこころ・絵のこころ

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山種美術館で開催中の「琳派から日本画へ 和歌のこころ・絵のこころ」の内覧会に誘っていただく。

(写真は主催者より許可を受けております)

五時過ぎに入ると、既に多くの人々が作品を鑑賞されている。
山下先生のお姿も見えた。
わたしはドキドキする体質なので、自分から話しかけに行くことはしない。
でもそぉっとそのお話をうかがう。
お連れの方と宗達の落款のある「源氏物語図 関屋・澪標」について話されているのが聞こえる。
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落款はあるがこれは工房の作でしょう、というようなお話だった。
わたしの視線の先には牛飼いの侍童がいた。牛も可愛いが、少年たちがまず可愛いので、宗達の作でなくても、わたしには嬉しい。


先走ったが、最初に展示されているのは和歌の切である。
前後期と展示替えがあるが、石山切などがまず出迎えてくれる。
藤原定信の書は繊細で佳いものだが、さらにその表装にも惹かれた。
あまりうまく写せていないが(写メなのである)、どんな絵柄のものかだけはお伝えしたい。
ゾウさんの連続もの、ビーズ仕立ての天蓋、そんな文様の入った布を使っている。
本体の切もよいが、こうしたところにも目を奪われる。
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和漢朗詠集、連歌懐紙、和歌短冊、それぞれ名のある人の手蹟で、過ぎた時代が偲ばれる。
また、人気の宗達&光悦の「鹿下絵新古今和歌集断簡」がある。
立派な角を生やした鹿が宗達の手で可愛らしい絵柄になった、あれである。
以前にさる美術館で、この和歌集の断簡を各地から集めた展示を見ている。
集ったシカたちの楽しそうな様子がよかった。

乾山の「八つ橋図」、抱一の「月梅図」など以前から好きな作品も色々ある。
この選択がまた心に響く。

平安の雅が琳派に直接ではないにしろ、脈をつなげている。
そしてその琳派の優美は近代日本画の中にも生きている。

光悦 摺下絵古今集和歌巻 わたしが見たときはこのように光る竹があり、130208_1846~010001
そこから左へ向かうと判で押したような形の花がある。
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この可愛らしさに当時の人も今の私たちもときめくのだ。

さて前述の澪標の牛とその周辺について。
二重瞼の白牛、黒白の牛もいる。可愛い少年。
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これを見ているだけでも楽しい。


隣に酒井抱一の「秋草鶉図」がある。チラシの下半分のフィールドがそれ。ふくよかな鶉たちがいる。上は又造さんの「千羽鶴」。白い月と黒くなった銀の月と。

秋草はすくすく伸びたススキに女郎花、低いところに姿を見せる楓に露草などがある。
ススキは穂をまだふくらませてはいないが、いずれはほわほわになるだろう。
月を背景にしたススキの穂を眺める。130208_1846~020001


抱一ではほかに「月梅図」がよかった。その前にいると、何人もが同じように月を見上げてゆく。

近代日本画へ入る。

観山 老松白藤 この屏風を最初にみたのは茅場町時代のことで、大判の絵はがきを買った。
手元にあるので今も親しいが、実物を見るのは久しぶりだった。
能に造詣の深い観山の描く金地の松と藤と。最初に見たときはそんな背景も知らず、ただ木の大きさとそこに絡む藤の美しさに惹かれた。
しかし今のわたしはこの絵の前に立つと、絵の向こうから謡曲が聞こえてくるような気がするのだった。

豊かな気持ちで左隣へ移ると、大観の「竹」がある。
さやさやとこちらも爽やかな音色が聞こえてくる。
そしてさらに石井林響の「寒山」がいる。笑い声が絵の中に封じられている。

これらの<音>は幻聴ではなく、錯覚にすぎない。しかし、その<錯覚>こそが日本画の放つ魅力なのだ。

寂しい生涯を送ったと言われる西郷孤月の三幅対がある。
彼の逸話を知らずとも、どこか侘びしいような寂しいような空気がある。
彼の描いた台湾風景を見ているが、熱国も彼が描くとせつないような風景になった。

小茂田青樹 春暁 可愛い小鳥が三羽いる。可愛くて可愛くて仕方ない。
あまりに可愛くて、見知らぬ人々にも「可愛いですね」と話しかけた。
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青樹の春の絵はなぜこんなにも魅力的なのだろう。
埼玉近美の「春の夜」の白地にキジ猫といい、この小鳥たちといい。

春草 月四題 この連作が四枚とも並ぶとやはり壮観な眺めだと思う。四季のうち春秋の月が特にすばらしいが、こうして並べばどの季節にもそれぞれの良さが活きるのを感じる。
そして目を転ずればそこには御舟の「紅梅」「白梅」が並んでいた。胸を衝く美しさがそこにある。

並ぶ絵の佳さはむろんのこと、この配置の良さをぜひにも味わってほしい、と強く思った。
わたしはこうして山種美術館の展示室の中にいて、その喜びを深くかみしめている。
わたしの受けた喜びを多くの人にも知ってもらいたい。
地下のその空間で、つくづくそんな思いに駆られた。

さて再び絵を眺めよう。
古径 西行法師 鎌倉よりいただいた銀無垢の猫を子供に与え、さっさとその地を立ち去る西行ともらった子供と。
この子供の持つ銀猫の顔がまた、いかにも古径らしくていい。
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(しまった、銀の塊にしかみえない、このわたしの腕の悪さよ)

山種美術館の猫の親分は栖鳳の「班猫」だが、大関は古径の聖なる猫のようなポーズを取る猫と、土牛のもこもこ猫だと思うが、銀猫はその系譜に連なれそうである。

このあたりから再び和歌の世界へ向かいつつある。
歌人を描いたもの、伊勢物語を多くの絵師が描いた巻物などが現れる。
定められたポーズや物語につきものの構図などなど、そんなことを教えてくれるのも絵だった。

第二室では物語から抜け出した人物や風景が集まっていた。

御舟「錦木」に再会したのも嬉しいことだった。

平安時代の和歌に始まり、琳派を経て、近代日本画へ至る。
自然自然に自分の裡にその道が通じてくる。
素敵な展覧会だった。
後期にもまた出かけよう。

それからこちらは展覧会にあわせたおかし。
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ショップの新作もある。
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たのしい夕べだった。ありがとうございました。

オリエントの美術 中近東文化センター改修記念

出光美術館の「オリエントの美術」展を再度訪ねた。
始まってすぐと、つい先日と。
このコレクションは三鷹にある出光美術館の別系統のセンターから届けられたものである。
その中近東文化センターの改修工事を機に、丸の内での公開と言うことになったのだ。
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オリエント、という名称の意味について考える。
あくまでもこれは西洋からの視点での名称であるが、この文字の連なり・音感などの心地よさは、他に変えがたい魅力に満ちている。

日本において中近東から地中海地域の文物を集めた博物館といえば、この中近東文化センター、池袋の古代オリエント博物館、岡山市立オリエント美術館の3館がまず思い浮かぶ。
ほかにもそのコレクションを持つミュージアムは少なくないが、「オリエントの美術」を専門に集めたのはこの3館であり、いずれも素晴らしい作品を所蔵している。
そして単に所蔵するだけでなく、常時展示するということから、その配置にも照明にも心を配っている。
たとえば岡山のオリエント美術館の二階で一休みしていると、自分がモスリムで、どこかの庭にいるような心持になってくる。
閉ざされた庭(=パラダイス)、その一隅で小さな噴水をみつめている、あの穏やかな時の流れを想像してほしい。なんという得がたい時間だろうか。

わたしはオリエントの美術に触れるたび、あの心地よさを思い出すのだった。

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展示室へ入る。
最初にエジプト文明とメソポタミア文明の文物が現れる。
山羊の文様の入ったやきものなどがある。鹿の形の土器もある。
いずれもイランから出土したもの。
メソポタミア文明では山羊や鹿が親しいものだと知る。
ただし一つはどう見ても螺髪を碗の内側に描きこんだものだったが。

ティグリスとユーフラテスの二つの河の間に生まれた文明。ティグリスが虎の意味だと知ったときから、この文明への愛情がふつふつと湧きだし続けている

そしてエジプトへと移る。
木棺がある。長々と横たわる棺は退色・落剥してはいるがカラフルである。
しかしそれをガラス越しとはいえ間近にみつめるには、わたしの根性が足りなさすぎる。
かつてあんなにもミイラが好きだったのに、近年はとても怖いのである。

死者を導くのか生者を守るのか、神々の像がある。
壁画、レリーフ、装飾品、護符。
それらを展示するのは、いつもの出光美術館のガラスケースなのに、空気が違っていた。
ここだけがまるで玄室のようだった。

シュメールの遺物を眺める。粘土版と銘文を書くための釘などもある。そして青銅製の鉢、象牙の飾り板。その時代の技術を目の当たりにする。
飾り板が刻みつけたものは翼のある獣としての王、そして闘争文、グリフォン・・・。
その横顔をながめる。nec160.jpg


時代がもう少し下がり、古代ローマ時代のガラスを見る。
レヴァンテから遠く離れたドイツのガラスまでがある。
不透明ガラスには原色の文様が入る。nec157.jpg

マーブルガラスもある。
透明なガラスを作ろうともがく古代の職人の話を思う。
その一方、透明なガラスにそれほどの愛情を見出さず、不透明ガラスを望んだ中国を思う。

シリアのガラスは美麗な青色をみせていた。nec158.jpg
元からの色なのか、長い歳月を土中で過ごしたために起きた化学変化なのかは知らない。
しかしみごとな美しさであるのは間違いない。

ドイツのガラス壷にも色の変化が見える。今、望んで作ろうにも無理な様相をみせている。
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イスラーム美術をみる。
高校の頃、片倉もとこや井筒俊彦の著作からイスラームの美術や歴史、生活などに関心が向いた。
小さい頃のアラビアン・ナイトの物語から始まり、映画「アラビアのロレンス」へと至る道。
折々にこうした本の手助けを借りて、理解しようと努力した。
・・・現実を省みる気には到底なれないが。

ラスター彩のやきものの可愛らしさ、回青の美しさ、その文様の華麗さ。
何を見ても惹かれ、つい微笑んでしまう。
そういえば「回青」という言葉を教えてくれたのは、大阪にあった出光美術館の展覧会だった。
わたしはこうして学ばせてもらってきたのだ。

タイルがある。一度だけ行った三鷹の中近東文化センターの階段のところにもあったように思う。
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わたしはこのイスラーム・タイルを見ると必ず、かつて四ツ橋にあった頃のINAXギャラリーを思い出す。正面からでなく裏口から入るほうがギャラリーに近いので、そこを通ると、壁面にイスラーム・タイルを再現したものが大量に貼られていた。
花が宇宙を埋め尽くそうとする、あの文様である。
今こうして眺めていると、不思議なくらいワクワクしてくる。

中世の細密画、金属加工品などは極度に繊細で、いくら目を凝らしても、まだまだ見たりないように思う。
特に七宝焼で造られた華麗な文様には、ただただ目を瞠るばかりだった。
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わたしが訪ねた日は寒い日で、相客も多くはなかった。
しかしその分とても熱心な観客だった。
個々の美に惹かれつつ、全体の雰囲気をも味わう。
今回の「オリエントの美術」展にはそうした楽しみがある。
そしてその場にいた人々はその喜びを得ていたのだ。

展覧会は3/24まで。
ぜひともこの雰囲気そのものを味わってほしい。

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「書聖 王 羲之」展に行って

「書聖 王 羲之」展に行った。
東博の平成館で3/3まで展示されている。
「書を芸術にした男」と副題がある。
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金曜の朝一番に入ったが、もう既に繁盛していた。客層はどちらかといえば男性が多かった。そしてご婦人はややご年配の向きが多く、いずれも静かなそぶりで熱心な目で作品を観ていた。

<観る>と書いたが、彼らの態度は鑑賞するだけではなく、自らの手でその再現をしてみようと動いていた。
手はコマメに動く。視覚からの情報を脳が整理し、それを指先に送り込む。指は真摯に動く。
わたしは王 羲之の展覧会に在って、彼の作品を見ながら同時に鑑賞者たちの様子をも見ていた。

王 羲之の真筆はこの世に存在しない。
わたしがそのことを知ったのは20年ほど前だった。
小学校の頃から中学まで通っていたお習字の先生のもとへ、今度は大人になってから遊びに行くようになり、先生の死去まで親しくおつきあいをした。
その中での雑談から知ったのだ。

王 羲之の書は全てこの世の外のものになっている。
書は二度と世に出ることはない。
「蘭亭序」などは唐時代の皇帝の陵墓に納められてしまった。
かつての大唐帝国ならば可能なことである。
その皇帝の起こしたことが却って王 羲之の恒久の聖性化につながったのは、やはり皮肉な話ではある。
一人の権力者の巨大なエゴがそのような<事実>を生んだ。
しかし王 羲之は四世紀の人で、その事象が起きたのは数百年後のことである。
その間ずっと王 羲之は「書聖」と崇められ続けていた。

崇敬の念が死後千六百年余の今も続くというのは恐ろしい話である。
彼より少し前の三国時代の皇帝たち・英雄たちの誰かを今も尊崇するものはまずいない。
商売の神様に<なった>関羽は別である。
彼は神様になったから、尊崇の対象になったのだ。
生きている間から書聖として崇められた王 羲之はやはり凄いとしか言いようがない。
洋の東西を問わず、このように技芸の極限に達したものは崇められるべきなのである。

・・・などということを思いつつ、わたしは会場を逍遥する。
順々に観て歩くには、あまりにガラスからわたしの位置は遠い。
王 羲之の書は真筆を臨書したもの・拓本などになったものなどから、その形をありさまをその心情をうかがうことが出来る。
完全な再現などはないので、あくまでも<偲ぶ>ばかりではあるが、多大な情熱がそこにはある。
作り手たちの情熱、真摯な態度は今、目の前にある諸作品からありありと感じられる。
だからこそ多くの観客の目が篤く注がれ、手指の規則的な動きが続くのだ。

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模本の美麗さ、それを味わう。
よくよく考えればそんな展覧会と言うのはまず他にないのではないか。
コピーもの・カヴァーもの、いずれも「所詮偽物」という意識があるのに、ただ一ひとつこの王 羲之の書だけは別である。
後世の人間をこれほどまでに溺れさせる力を持つ技能。
それを成したのが人の手だという事実。
怖いものだとつくづく思う。

展示品のうち、京博や書道博物館の所蔵品はこれまでに無意識のうちに見ているものがある。王 羲之だと認識せぬまま見ていたのではなく、ただ単に見ていただけなのだった。
実に役に立たない、ムダな見方をしていたものだ・・・

いくつかの反省をしつつ、改めて書を見る。
わたしは楷書が好きなので硬い感じの楷書を探す。
しかしそれは王 羲之の世界からちょっとばかり足を踏み外しているのかもしれない。

臨本と模本の違いを観る。素人目で観ても、やはり違う。この違いは面白い。全く違うものに見えてくる。

唐代には「双鉤填墨」ソウコウテンボクという技法が生まれたそうで、これは字の輪郭線を取り、その内側を塗る(細線を書き重ねる)というものだという。
様々な技術があるものだと感心しつつ、はっとなった。
・・・この技術は現在も生きている。お化粧をするのにこの技術は活きている。
眉や唇を形作るとき、この技法をわたしは使っている。


宋代には拓本の技術が最高峰に達したそうだ。
その技能は失われず、現代に至るまで活きている。
谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」の作中で、主人公の老人が中国の拓本技術の精度の高さを褒め称えていた。これは老人一人の感慨ではなく、作者谷崎自身の感慨でもあるだろう。
わたしはそこまでの知識がないので、その技能の高さを完全には理解できないままである。

知識。今ここで気づいた。わたしが王 羲之の書に耽溺できないのは、わたし自身に王 羲之の書の尊さ(それ自体だけでなく、多くの人々の喜びも含めて)に対する知識が欠如しているからかもしれない。
現にわたしは蘭亭序のことを知ったのは、この七年ほどの間なのだった。
中国を筆頭にした東洋美術を愛するというてもこのテイタラクなのである。
至らないものがこんな展覧会を見て、申し訳ないような気持ちにすらなる。

その蘭亭序である。
蘭亭図巻・万暦本という素敵な作品がある。
永楽15年(1417)、憲王が拵えた図巻である。
それは書と共に北宋時代の李公麟の描いた蘭亭図を刻したものとを合わせた図巻で、チラシにもその絵が出ている。
そしてこの巻物が展示される空間には水音がし、どこか心地よい雰囲気が醸し出されている。おそらく観るわれわれにもあの会稽での楽しい詩会を味わわせよう、という意図の下での設定なのだろう。
この会では詩歌を拵えることが出来なかったものは、罰杯をあげなくてはならなかったそうだ。
図の中には、王 羲之の息子・献之の姿もある。
彼はまだ10歳だったそうで、それが詩歌を拵えることが出来なかったというが、実際に酒をあおらされたのだろうか。
そしてこの図の中ではどう見ても10歳の少年ではなく、普通のおじさんに見えてしまうのだが。
また働く侍童たちがなかなか可愛く描けていて、よく働くのもいればちょっと盗み酒するのもいたりで、面白い。

楽しい気持ちでその図巻をながめる。
そういえばところどころに王 羲之の人となりを紹介するプレートが掲げられている。
その一つによると、彼はとてもガチョウ好きだったそうだが、ここにいる水鳥は何の鳥だろう。やっぱりガチョウなのだろうか。
彼はガチョウを飼うのも食べるのも、とても好きだったそうだ。
ガチョウといえば帝釈天の乗り物がガチョウだったことを思い出す。

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書道博物館で現在公開中の戯画。

夾雪本と通称される作品があった。歴代皇帝や王 羲之父子らの書をまとめた淳化閣帖という集帖で、虫食いがまるで舞い散る雪のように見えることからそう呼ばれているらしい。
今では王 羲之父子の部分しか残らないそうだ。
李鴻章の所蔵からやがて中村不折に移る。
なるほど「夾雪本」というだけに、非常に綺麗な様相を見せている。
わたしはこの作品にときめいた。
視覚の喜びにふるえたわたしだが、純粋にこの画面にときめいたのではなく、広重の木曾山中の雪の夜の絵を思い起こしたために、歓びが倍加したのだとも思う。

しかしこの展覧会を逍遥しながら(逍遥する、としか言いようがなかった)、わたしはしみじみと、ここへお習字の先生をお連れしたかったと思うのだ。
先生は喜んでくれるだろうに。

書聖・王 羲之の作品を楽しむよりも、その空間にいて、色々と想うことに重きを置いてしまった。
とりあえず勉強しようと思う。
東京美術の「もっと知りたい 書聖王羲之の世界」が手元にある。
もっと知りたい書聖王羲之の世界 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい書聖王羲之の世界 (アート・ビギナーズ・コレクション)
(2012/12/26)
島谷 弘幸


こちらで学べば、もう少し王 羲之の世界に近づける気がする。
3/3まで。

なお書道博物館でも同日までこちらの展覧会がある。
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追記:王羲之の模本発見ニュース 毎日新聞より。
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2月の東京ハイカイ録 3

ハイカイも3日目になると、多少疲労が蓄積してくる。夜寝るのも遅いのに起床だけ早いしね。会社行くときとは大違いの勤勉さ。参るなあ。←何にや?

昨日の今日と言うわけではないが明治神宮へ向かう。日比谷線・千代田線乗り継ぎだけど、今まで日比谷でしてたのを霞ヶ関でするほうがスムーズだったんだなあ。
例によって、それぞれの感想の詳述は別個に挙げる。

明治神宮宝物展示室で、名品展を見る。
聖徳絵画館所蔵の明治大帝の事蹟を描いた連作のうち、川崎小虎「践祚」のみづら姿の少年姿にときめく。
大観の明治神宮を描いた絵もよかった。にじみぼかしの美。

さて渋谷経由で二子玉川へ。わたしはバスはいつも高島屋前から乗るが、大満員御礼。
皆さんが静嘉堂文庫へ向かうのだな・・・さぶ~~~
下車後はあの丘をダダダダッと駆け上って美術館へ入ったが、もうこっちも大繁盛。
曜変天目もいいけど、実はここのキラキラ系では油滴天目が好きなのだ。
ラッパ型なのはちょっと好みではないんだが。
他にもノンコウや仁清の18種の茶入などがあり、楽しく眺める。
梅もよく咲いていた。ここら辺りは早咲きなのか。
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渋谷に戻り、たばこと塩の博物館へ浮世絵を見に行く。
90年代初頭、浮世絵が見たいなら太田かリッカ―しかなく、まれにたばこと塩で出るのを待つだけだった日々が、今は嘘のようだ。
メインの展示が桜関連で、ミニ展示が灯りを集めたもの。
どちらもいい作品が多く出ていた。

そのまま宇田川町を歩き、松涛へ入る。
戸栗美術館で鍋島焼の名品を見る。国内のやきものでは一番好き。
乾山、ノンコウと言った個人スターと列び、鍋島焼。
特に椿と桜は好きで仕方ないが、今回は桃の実と花のセットのリズミカルなのが楽しい。

ブンカムラへ。
白隠の絵を見に来たのだが、物凄い大繁盛で動きが取れない。
う~~~ん・・・結局何を見たのか・見なかったのかよくわからない。
オバケみたいな絵もあったし一つ目小僧な達磨もあるんだが、「鑑賞する」隙間がないもん、どうにもならんわ。

続いてサントリーにゆくが、乃木坂から歩いてミッドタウンへ向かう途中、弁当屋の屋根にこんな看板が。
「24時間はたらけますか」
・・・・・・・リゲイン飲んだら「24時間戦えますか」にも対抗できるかもしれんがね。

歌舞伎。洛中洛外図屏風から始まる。完全に初見のものもあるし、親しく眺めたものもある。楽しい。もちろん浮世絵も多いが、何よりも今回は本が多いのに感心した。
江戸庶民は浮世絵だけでなく本も読み、それで役者の状況を知ったり、筋書きを楽しんだりもしたのだ。

ちょっとハングリーになったが、ミッドタウンはどこもいっぱいだったので、あきらめて次は汐留に向かう。
・・・カレッタ汐留よね、ここ・・・。
5時少し前、どうしてこんなにも、というくらい無人。歩く人もいない。店員のほうが多いよな、絶対。あの有名店にも客がいない。
中途半端な時間だからか。しかしそれにしてもひどないか。
まるでクリ△タ長堀のようではないか。←こら。
おにぎり屋に入る。1個100円になりました、というのと勧められて(可哀想になった、と言うのも正直ある)、2個買う。なかなかおいしい。玄米に梅とシソとかなんか・・・

これでわたし個人は元気になったが、あかんがな。タウンとして機能できないのでは。
タウンダウン。←やめやめ。

汐留ミュージアムで「二川幸夫 日本の民家1955」を見る。
これが非常にいい、よすぎる。評判に違わずどころの騒ぎではない。かなりの衝撃が来た。
それでも一つだけ笑うものがあった。村の看板がいい。
「主食は現金」
・・・カネゴンの主食は確かに現金だったな。
ウルトラQが放映される以前に、こんな田舎にカネゴンがいたのだ・・・

6時になり仕方なく退館したが、まだ見ていたい気がした。
愛情が湧いたのではない。しかしこの衝撃の大きさは消えない。
また見に行きたい。

さすがに日曜で夜間開館するところがないので、おとなしく定宿へ帰る。
この日はここまで。


そして最終日、建国記念日。
なにやら皇室への愛があふれるツアーなのは、やっぱりこの日があるからかな。
実は千葉の文人画展でも絵の背景に神武天皇を見たところだしね。

さてさてわたくしは朝も早よから石神井公園へ出向いた。
実に遠い。今回はバスの時間も計ったので予定通りに石神井公園ふるさと文化館へ。
年末の檀一雄展に行き損ねたのは痛恨の極みだが、今回は「TVになったアトム」を見に来たのだ。バスに乗ってる間、「宝塚の手塚記念館は近いのでよく行くのに、なんでわざわざ石神井公園まで・・・」とかなり後悔してきたのだ。
基本的に反省はしても後悔はしないことにしてるのにそう思うくらいの、石神井公園の遠さよ。
たった数回で打ち切りになった「ドン・ドラキュラ」の唄が蘇る。
♪練馬の屋敷はビッグ・パラダイス~~暮らしやすいぜ~
・・・そう、練馬なのよね。

ところが入場してしばらくしたら、わたし「良くぞここへ来たな!」と感銘受けましたがな!
なんとなんと14歳の手塚少年が感動した中国アニメ「鉄扇公主」の映像が流れてるやないの!こんなの初めて見た、それどころか映像があるなんて知らなかった、いやいやもっと言うと、「こんなのが存在したのかーーーーーっっっ」
また非常によろしかった。
極端な話、これを見ただけでもここへ来た甲斐があったわ。

帰りはバスが出た後なので歩くことにして、15分かかるなら12分で歩くぞとダダダッと歩き、本当に12分後に駅にいた。
こういうことをするから後で疲れるのだが、気分はいい。

池袋から丸の内線に乗り換え、本郷3丁目。わたしはこの駅で道に迷うことが多くて困っている。
しかしなんとか春日通に出て、やっとこさ文京ふるさと歴史館に入る。

文京区のあちこちを写した絵葉書。昭和初期くらいまでのがいちばん面白い。
申し出れば写真撮影可能のようだが、色々考えてやめた。
いい感じのモダンな建物も多くあり、竣工記念として出た絵葉書が多い。

春日まで坂を下る。
そのまま春日へ出ればいいのにB―ぐるバスに乗ろうとして、何故かラクーアまで行く。
まだ時間があるのでのんびりということになるが、わたしは乗り物内で待機というのが非常にニガテなので、待ち時間がつらかった。

出発。今回こそはと千駄木へ。
旧安田楠雄邸の近くのバス停。その向かいにはこれまた立派な近代建築の邸宅がある。
装飾が素敵だ。

森鴎外記念館。道がわからんよ~~地図を見る奥さん方に話しかけたら「この前の道を図―っとゆくの」とのことで、まっすぐ行きだしたらついてきてくれたのか、奥さん方が「そっち渡るのよーっ」・・・渡りました。ありました。ありがとう。
鴎外から子どもたち、主に杏奴さんへの手紙がたくさん出ていた。
子どもの成長に合わせてカナから仮名交じりの漢字への手紙になってゆく。
鴎外の子煩悩振りがよく見える。優しい「パッパ」からの手紙。

大観音通りを南北線の駅まで歩く。昼過ぎなのでどこかに入りたいが何もない。
困ったな。と思ったら某チェーン店がある。
しかしわたしはこの店の食品とは相性が悪く、必ず食中りする。
まぁいいか、と入ったら覿面だったのは後の話。

六本木一丁目に行く。予定よりだいぶ時間にゆとりがある。
それこそお茶をしてもいいくらい。
でも神谷町や虎ノ門ならともかく、この泉センターだっけ、住友のこの界隈に適当なお店はない。

泉屋分館に入る。今日のポイントは青銅器の「犠首」ギシュ坊やの発見!ということで、色んな犠首を見て回る。いつもは饕餮くんが一番好きなのだが、今日はギシュ坊や。
それから素敵な近代日本画を見る。上島鳳山の美人十二ヶ月から三枚も出ているのが嬉しい。安田靫彦の梅もある。

外は寒い。大倉集古館へ行く。可愛い可愛い忠太の狛犬ちゃんたちに会う。
こちらも日本画を大いに楽しむが、中でも呉春の屏風絵「漁夫図」が非常によかった。
これを見ただけでも価値がある。
詩情豊かな、といわれるのもよくわかる。ほのぼのとしたあたりがそうなのだ。

宮内庁三の丸肖蔵館、ていぱーく、野間記念館はあきらめて、柳橋のペヨトル工房のパラボリカ・ビスへ向う。
諸星大二郎トリビュート展。原画と、諸星の作品からインスピレーションを受けた作家たちによる作品展。吉田良の門下生の人形作家がけっこう多い。
三室で展示しているが、展示室の雰囲気は完全にのえるさん好み。彼女に連れて行ってもらった「マリアの心臓」を思い出す。

宿に戻り荷物の整理をして、東京駅へ。
今回もいいハイカイをした。

しかし悲しい結末があった。
帰宅すると、可愛がっていた猫のタビノスケがとうとう眼を閉じてしまっていた。
わたしのハイカイの陰ではこんなこともあるのだった・・・・・

2月の東京ハイカイ録 2

前回は思わせぶりな終わらせ方をしたけれど、それはもう当然。
わたしが葉山館にの展示室に入ってしばらくすると、なななんと、天皇・皇后両陛下と秋篠宮様と姫様がおいでになったのだっっっ!
天皇陛下も皇后陛下もとてもお優しそうで、宮様は素敵で姫様は愛らしくて…どきどきしました。
ああ、陛下、お体を大事になさってください。
全然知らなかった、本当に。
今は御用邸に滞在なさってるのね。どきどき…

行幸・行啓のおじゃまをしてはいけないので、別室へ移って鑑賞したりメモ書いてると、なななんと、秋篠宮様と目が合うて、あちらさまからご挨拶なさってくれたのだっっっ!
わたし、もう空飛んじゃいそーーーっ!
あまりにどきどきしすぎて苦しくなって一旦退去した。そして友人知人らにメールいっぱいしたわ~~ww

再び戻ったらもう静か。あれだけいたSPやおつきの人々もいない。彼らも平服で来てはるけど、まぁ一目で違いがわかりますわな。
それでなんとなく気持ちも落ち着いて再度鑑賞とメモし始めたら…なんと秋篠宮様がまたお戻りになって、また目があってにこにこと軽くご挨拶をくださったわ~~
もう~~~高揚するーーっ
結局都合三回もwああ、本当にどきどきした。

とかなんとか絵は「サーカスの景」で終わったが、この展覧会の内容の濃さは声を大にして宣伝したい。
普段は日本画の平明な表現が非常に好ましいのだが、洋画を見ているとある種の悲哀を感じるのだ。
とはいえ梅原や中川みたいに生きてるうちから大成功の大繁盛で、しかも本当にいい作品を送り続けた人もいるから、一概には言えないのだが。
また後日感想を詳しく。

逗子から鎌倉へ。大船軒の鰺の押し寿司だいすき。
でもこういうハイカイの途中ではかじれないので、駅併設の大船軒でアジのミニ丼とうどんを食べる。
妙にここのうどんのツユは甘辛いので、それはそれでおいしく感じる。
鎌倉に行くと何故か必ず食あたりするので、逗子で食べることにしている。
わたしはある土地にいくと具合が悪くなる、ということが少なくない。
地霊にきらわれてる可能性がある。

小町通を行くがこれがまた凄いヒトデで、いつものことながら参る。
清方美術館にはたどり着けず、そのまま近美別館への道を歩むが、こちらもえらいヒトデで。
ふと見たら近美本館への道が見えたのでそちらへわたる。おや工事中か。
「実験工房」展。

……困ったな。オペラシティや世田谷で、武満や瀧口の展覧会を見てはいるが、非常にわたしの中ではまとまりにくい内容。つまり一番苦手な'50~'70年代でもあるわけだし。学生の頃に読んでた本を取り出してまた勉強しなおしてから、この展覧会の感想を書くか。…どう考えてもむりそう。
無理は続く。場所がないせいでか、中庭のあの吹きっさらしの隣の、やっぱり風ビュービュー空間で、VTR視聴のセッティングがされている。これは困りました。これもまた実験なんだろうか。

色々アタマが痛くなり、やっぱり自分のわかりやすい親しみのある世界へ戻ろう。
というわけで鎌倉国宝館へ。
氏家コレクションの肉筆浮世絵と、十二神将をはじめとする神仏像。
ほっとするわ。

疲れすぎてるのか、若宮大通を歩きながらも時々道路の外へ落ちそうになる。
まずい。それでもなんとか鎌倉駅に入り、横浜へ向かう。
本当はハマ美でキャパを見ようかと思ってたのだが、来月にする。ハマではほかにも重要な企画が来月色々あるので一日ハマの日を作ろう。よかったらえびさんとご一緒したいな。
…と、本気ではあるが全く予定の立たない状況でそんなことを夢想する。

そごうへ。ブンカムラで見損ねたスイスの絵本作家クライドルフ展を見るが、やはりミュンヘンで画業を学んだというのを感じる。よかったのは彼の「白雪姫のその後」たる「ふゆのえほん」。これは面白いし絵もよかった。
福音館から刊行されている。130209_1619~010001
それにしいもバッタ好きやなあ。

地下でありあけハーバー買おうとしたら店がない。場所変えで遠いところへ移ってる。
白と黒を買うてから千葉へ向かう。
千葉まで延々と寝てしまうが、半分意識があるのでそれはそれで苦しい。

KIMONO beautiful展、非常によかった。弥生美術館から華宵やまさをらの叙情画の貸し出しもあり、とても見ごたえがある。こんなによいのならもっと早く来たかったが仕方ない。
九州へ巡回だというが、きっと向こうでも愛されるだろう。

併設の文人画もよかった。
なにしろ近年わたしもこの分野と親しむようになっているし、全くわからない、ということはなくなっている。
それに文人画を見ると、ご先祖筋にあたる中国絵画にもいよいよ関心が向かうので、これら二つを学ぶのがまた楽しくてならない。

出口へ向かうと、夜間開館で一緒になった中学生くらいの少女がわたしを待っていた。
ここへは初めて来たそうで、やっぱり道が怖いから、大人の女の人の後にと思ったそうだ。
そこでPALCOバスに乗せてもらうことを教え、一緒に駅まで行く。
まだ中学生なのに二年前から日本美術の展覧会に独りで行くようになったそうな。
えらい!
わたしが中学のときといえば、早売りジャンプを買いに駅まで飛んでいってたか、阪神が負けてたかのどっちかだっっ!←後者は関係ないと思う。

たまたま持ってたゆとりのあるチケットを何枚かあげる。
そしていつかあなたが後進にこんな親切をしてあげてねと話す。
わたしも見知らぬ奥さんがたからそんな親切を受けてきた。
なんとなく世代の順送りというのを感じる。
この少女が大きくなって、どんどんいいものを見て、豊かな内面を持つようになってほしい。

この日は朝から行幸・行啓に遭遇するという幸せに始まり、こうして後進への親切で締めくくれた。
本当にいい日だったと思う。

幸せなキモチで少女と別れて宿へ帰った。




2月の東京ハイカイ録 1

2月の東京ハイカイの始まりは、木曜の夜からだった。
金曜の朝1から遊びたかったので、木曜の夜に新大阪へ向かったのだが、予定より20分も早く出たのに、どういうわけだか殆どゆとりのない時間に新幹線ホームについた。
乗り物の中では常々、妄想と瞑想の間に揺れてるわけだが、今回は読書で間を持たそうとした。久しぶりに「ジャッカルの日」。これが一文字一文字、一文一文丁寧に読むと、途方もなく時間がかかる。わたしが東京についた時点では、ジャッカルはまだオーストリアにいる状況。
ホテルの送迎バスで待ち時間の間に運転手さんといろいろおしゃべりをして楽しかった。
しかしその分ホテルに着くのが遅れ、早寝する予定だったのが結局はいつもと同じ。

いよいよ金曜日の話。
朝からPC借りてきてセッティングしたら、早速いいお誘いが何件か。嬉しいなあ。
みなさんありがとうございます。

というわけで多少の予定変更をしつつ、今回もてくてくとお出かけ。
なおいつものように展覧会の各感想はまた後日。

まず東博へ。今月は王羲之展がメイン。とはいえ難しいなあ。こういうときいつも思い出すのはわたしのお習字の先生。いい先生だったが亡くなってしまった…
どうしても書の展覧会を見ると先生のことばかり考えるので、それもあってニガテなのだった。

常設ではエジプトのコプト織が特集されてて、こういうのが好きな私は楽しい。
そういえば浮世絵は豆まきの絵がなかったな。季節を読んだ展示が多いのに珍しいね。

そこから時間のずれた東西めぐりんバスに乗って、100円で上野~谷中~根津周遊ツアーへ出ることに。30分で懐かしい町並みを眺めるのはいいんだけど、折角オープンしたばかりの鴎外記念館くらい知ってあげようよ。千駄木で下車とあるのに、「バスは直行しますよ」といわれてついついうかうか乗り続けてたら、池之端の鴎外旅館へ。ぎゃーっ。
結局この日は千駄木はあきらめて地下鉄に乗り込み、まずブリヂストンへ向かう。

「点と線」じゃなくて「点・線・面」を見てたら、これまでまったく無関心だったザオ・ウーキーの「21.Sep.50」に惹かれた。どこか幻想的で、そこに惹かれたのかも。
猪熊弦一郎「夜の猫」もよかった。わたしはメモにその絵の略図を描いたが、なんだかひどい形だけど本質を捉えたような気がする。
クレーの「ホフマン物語の情景」もよかった。
いずれも引っかき傷のような描線で、しかしファンタジックだった。

出たら目の前にメトロリンク。喜んで三井記念館へ向かう。助かるなあ。
三井のお雛様は毎年恒例のことながら、やはり見ていてときめく。
特に私は丸平・大木平蔵の人形が好きだ。
御殿つくりは関西独特のもの。御所人形も衣装人形も雛のお道具も可愛い。
併設の酒のうつわ展ではナゾなというかシュールな雛図屏風にびっくりした。
妙な人形たちのナマナマしさ…すごいわ。

三越へ行く前に貨幣博物館へ。近くなのに風に負けてヨロヨロ。
「おかね道中記」これがまぁ実に面白かった。面白すぎて何度か声を上げて笑ってしまった。いや~~いいなぁ、昔の旅も今の旅も。

三越へ戻り、中原淳一展。昔の少女たちの観客でぎっしり。今の若いのも多いけど。
おしゃれですわ~~生活への提言がいい。私には無理だけど。
ほんの少しだけのえるさんに会う。
またいつかじっくりとね。Sachie姐さんとフジョシ三人でキワキワな話をいたしましょう。

出光の「オリエントの美術」再訪。お客さんがちょいと少ないが、来られてる方はその分熱心な方々なのだった。また来月にも行く。
配置もいい。どことなくトーンが沈んでいて、玄室にいるかのような感覚もある。
それからシリアのガラス。この技術の高さを持っていた国が今や…悲しい。

急遽のお誘いを受けて、山種美術館へ行く。「琳派から日本画へ」プレス内覧会。
ありがとうございます~~~感謝してます。どきどき…
「通切」の表具にゾウさんの柄が~。これは可愛い。小茂田青樹「春暁」は3羽の小鳥がいるが、可愛くて可愛くて仕方ない。それから古径「西行法師」の銀猫。
今回の展覧会の「可愛いベスト3」はここらです、はい。
お菓子も少しいただいて、どきどきがとまらない。
しかもここでびっくりするお話を聞く。人間の縁って不思議。世間は狭いなあ~~
いいお話だった。

金曜はここまで。

土曜です。本当はもっと早く出るつもりが色々あって30分遅れになる。
横須賀線で寝てる。逗子でバスに乗り換え神奈川近美・葉山館へ。
最初に建物周囲の遊歩道を歩くが、なんか不思議なオブジェがあり、よけて歩く。
ちょっと意味がわからない。

そして本館へ入った途端、ものすごい緊迫感が!びっくりしたで。
でもフツーの観客たるわたしはスイスイと中へ入ったのだが、しばらくしてそこへ…続く。

近江巡礼 祈りの至宝

静岡市美術館の「近江巡礼 祈りの至宝」展に出かけた。
関西人のわたしが同じ圏内の宝をわざわざ違う場所へ見に行くのだ。
その理由は何か。
展覧会タイトルにその理由の一端がある。
「滋賀県立琵琶湖文化館が守り伝える美 近江巡礼 祈りの至宝」
活動休止中の琵琶湖文化館に寄託されていた、滋賀圏内の名宝を持ってきているのだ。
地元で見ることのかなわなくなった、神仏像と絵画などの素晴らしさを世に知らしめるために。
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リストと展示の並びはだいぶ違うのだが、大きな一室を好きに歩いて眺めることが出来る、ということでもある。
まずわたしは江戸時代の絵画を見た。
なお寄託している寺社の名は記すが、文化館所蔵のものは書かない。

琵琶湖図 円山応震 全体ではなく一部をスキャンした風景。手前左手は山。右手には民家が並び、そこになにやら行列がゆく。よくよく眺めると朝鮮通信使ご一行様。文政7年の作。そして湖水は静かに波打ち、右手奥には三上山が見える。解説でわざわざ「近江富士」とあるのは富士山の本場・静岡オンリーの解説か。カラフルでいい風景画。

瀟湘八景図 狩野安信・狩野益信 聖衆来迎寺  月下、薄くにじんだ墨で木々を描く。雁行も薄墨。暮雪の安寧。細かに表現せず、筆の中ごろで描いたような、大まかな感じがいい。

蓬莱群仙図 紀楳亭 享和3年 松下に籐の長椅子を出している。卓上に紙を広げ、みんなで見入る。実に多くの仙人たち、そして侍童たち。まだ鹿の子柄の残る鹿っプルもいる。
白鹿になるのには修行が足りないらしい。
仙人たちもくつろいで、機嫌よくそれぞれ楽しんでいる。下方では岩を台に字を書くのもいる。紀楳亭は横井金谷と共に「近江の蕪村」と呼ばれた絵師である。
以前に大津歴史博物館で、その展覧会を見ている
実際彼は蕪村の弟子で、師風をよく継いでいると思う。
ここにいる仙人たちののほほんとしたところなどは、師匠や同門の呉春同様な趣がある。

十八名家図 横井金谷 18人の歴史上の人物が一堂に会している。縦長画面に収まりながら、金谷の紹介文つきで描かれていた。
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「誹謗を言うのが・・・古き云々・・・信長・・・」ときて、正装の信長。お公家さんの烏丸光廣もいて、一休も姿を見せる。松花堂もいる。実に色んな種類の人々がいて、それがいずれも洒脱というより脱力系キャラで描かれている。曾我兄弟と畠山重忠も端にいる。
文が読めたらよいのだが、少しずつしかわからない。

東王父西王母図 海北友松 浄信寺 まず右に西王母がいるが、臥竜梅の幹に座る彼女の元へしずしずと侍女がまだ青みの残る桃の入った鉢をささげ持ってくる。西王母は白い衣に肩掛けをしている。
左は青頭巾の東王父。群青色がよく残っている。杖を斜めにして立つ。

楼閣山水図 曾我蕭白 近江神宮 見事に静謐な世界。月明の下、白い山が聳え立つ。
石造のアーチ橋。朱色の欄干、朱色の門柱、そして屋内の建具の朱。その朱だけが白と薄墨の世界の中での明け(あけ=朱)なのだが、いずれもつつましく、世界の調和を乱しはしない。
白梅がちらほら見える。山にも里にも白梅は咲き、甘い匂いを漂わせる。
人々はいずれも個性を持たず、風景の中の点描として描かれる。
高く伸びた山が三連並ぶ。その頂上付近にはよく見れば松が生える。
里には桃花の家もある。またある邸宅は朱色の門、塀、はしごを持つ。ここにも白梅が咲く。豊かな、そして静かな暮らしがある。
左へ行く。季節は秋である。うっすらと紅葉の季節を迎え、雁行も見える。峻厳にして内側へ巻き込まれるような形の山がある。そこには寺院と塔がある。そこへ至る道には耳の長い馬らしきものがいる。人々はそれを引いて山の頂の寺を目指すのか。
大きな滝、紅葉、白い岩。蕭白の到達した静謐な世界。

仏具をみる。いずれも園城寺の所蔵。
中でも「園城寺尺」というスケールが気になった。ものさしである。竹製で、何の用途があるのか。知りたい気がする。

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二つの透彫華鬘がある。並べての展示だか、一は平安~鎌倉のもので神照寺所蔵、一は寛元元年(1243)の銘がある長命寺のもの。先のは金銀鍍で、非常に巧い見せ方をしている。
浮かして設置し、そこへライトを当てるので影も映り、二重の美が楽しめるのだ。こうした展示がいい。

千手観音二十八部衆像 大清寺 円光の中に佛。赤がよく残る。二十八部衆もよく残る。
それぞれのキャラが立っている。そしてなにより千手観音がすごい。手にものを持ちすぎている。手ぶら・から手はナシの方向で、というミッションでも施主から出たのか。

不動明王二童子像 柏木神社 暗い。矜羯羅童子は頭頂部をテンクルにしている。明王に向けて合掌する。

六道絵がある。
聖衆来迎寺の鎌倉時代のものからみる。15幅のうち「人道生老病死四苦相図」。
白壁の邸宅では今しも新しい生命の誕生がある。座産である。こうして眺めると、生命と言うものはこの世に現れるとき、他者に苦痛を齎すものなのだ。胎内において、いつから母体と胎児とは他者となるのか。そんなことを思いながら眺める。
一方、邸宅の外では戸板に隠れる病人や、物乞いの姿がある。家のうちではいずれも白い顔の女房たちが、耳盥を前にして楽しそうに見える。
そして山へ向けて歩む葬礼の列。人界での始まりと終わりと。

次に同じく聖衆来迎寺の国宝を模写したもの。これは文政5年という比較的近代のものなので、色もはっきり線もしっかりしている。7幅が出ていた。
・ 閻魔庁 木製の首枷をつけられた罪人たち。中には虐待死した子どもが訴状を持って、その女の後につくものもある。罪は無限にあるものだ。ちなみにこの絵は「絵解きってなぁに?」展で見ている
・ 等活地獄 門の内外でも既に拷問が行われている。炎が吹き荒れている。
・ 餓鬼道 林と川がある。餓鬼たちの苦しみ。しかしお堂があり、そこで現世の人々による施餓鬼が行われていて、少しは癒されもする。
・ 修羅道 戦いは激しい。阿修羅王の家族もまた終わりなき戦闘に苦しめられている。川の波は激しく、下方の海底の阿修羅王の居城には諸天が攻め込み、その侵害に王の妻子は苦しみ嘆く。鴛鴦が象徴する夫婦愛も戦いの中でははかない。
・ 人道不慮難図 貧家の前で白犬が訪れる人に走り寄る。戦闘に巻き込まれ逃げられぬ人々。生別・死別。子の死・母の死。嘆き、その遺体に取りすがるが蘇らない。白犬が控えている。
・ 人道無常図 ヒトは仙人になっても死ぬ。(尸解仙の概念はどうなるのだ)いかに修行を積んで空中を飛べるようになっても、海に潜っても、山に隠れても死ぬときは死ぬ。そうした無常観を描いているのだが、一見したところシュールな光景である。
・ 譬喩経説話図(殺父業図) インドのアジャセ王子の説話だと思う。生首ころころルームの絵がある。なおこの図は「琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展」でも見ている。

南宋時代の六道絵は3幅あった。新知恩院蔵。苦しそうに歩く餓鬼たち、罪人たち、悲しそうなゾウや虎や馬など。畜生道のせつなさ。いずれも色もよく残っていた。

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神仏像を見る。

黒光りする大黒天像がある。南北朝。聖衆来迎寺。両足は二つの俵を踏みしめ、右手に小槌、左手に♪大きな袋を肩にかけ~といういでたちだが、非常な福耳である。びっくりするくらいだった。 

帝釈天立像 正法寺。平安時代。若々しくて小顔。少年のように見える。
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本来は無縁ではあるが、ここで顔合わせして、よいセッションを組んでいるような仏像三体がある。
鎌倉時代の荘厳寺の釈迦如来立像と、平安時代の光照寺の持国天と多聞天である。二天は優しい面立ちを見せていた。

聖観音像(寺伝山越観音像) 平安。荘厳寺。 非常に優美な仏像である。胸元までなので山越観音と言うことになったのかもしれない。印を結ぶ指の繊細なことに、ときめいた。
左手は軽く握りこんでいる。顔立ちは「アカギ」の19歳の赤木しげるにとてもよく似ている。綺麗なお顔だった。

普賢菩薩坐像 鎌倉~南北朝 志那神社 一心に祈る。綺麗で賢そう。両手を合わせる。何度もいうが、とても綺麗なお顔。性慶の作だとある。

聖観音立像 観音寺 建暦3年(1213) 冠に1佛が立つ。手はハウマッチとグーである。

誕生釈迦仏像 奈良時代 大光寺 ここで初めて銅鋳造が出た。指2本をキュッとしている。

僧形八幡神坐像 平安時代 金勝寺 袈裟もハキハキと「鎬立」った表現で、くっきりしているのがいい。

女神座像 平安 金勝寺 片膝をたてた丸顔の女神。木材の経年劣化を感じるが、顔はまだはっきりしている。

薬師如来座像 平安 大日寺 「異国風な顔立ち」と解説にもあるが、本当に不思議な顔立ちでしばらく見とれた。
幅の広い目・鼻・口。東アジアの顔ではなく東南アジアの顔。平安時代にこの顔立ちが生まれた不思議さを思う。
薬壷を持つ手、挙げた手。どちらも大変肉厚な掌である。
とてもいい掌。この掌を見ているだけで癒される気がする。「すがりたい」そう思わせてくれる仏様。

阿弥陀如来座像 平安 洞照寺 流れるような衣紋が綺麗。

人形がある。共に鎌倉時代のもので御上神社所蔵。
相撲人形。行司もいる。これは神事相撲。色が少し残る。
神馬とその口取りが添えられている。烏帽子つき。

再び仏画をみる。

日吉山王神像 鎌倉 百済寺 金に光る仏21社。林の中に人の形をした神など。

山王権現像 鎌倉~南北朝 浄厳院 獅子と狛犬の間に最澄・円仁・良源の三人がいる。上部には弁財天も童形八幡もいる。

鎮宅霊符神像 室町 園城寺 松下に髪をさばいて前髪を稚児のように銀杏形に垂らしたおじさんが座っている。
たいへんかっこいい。これは玄武(=北方)の人格化だということで、視線の先にはその玄武(蛇と亀の一体化したもの)がいる。隠遁者風とあるが、衣服は高士風のもので、官僚風から遠く離れている。侍者もいる。

如意輪観音像 鎌倉 法蔵寺 なんと艶かしい如意輪観音!こちらを見る眼の艶麗さにドキッとした。肌はやや浅黒く見えるが、それがまたいい。美人過ぎる・・・!
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仏涅槃図 南北朝 西明寺 激しく嘆く生命たち。白兎がかなり目立つ。

不動明王二童子像 鎌倉 成菩提院 セイタカもコンガラもそれぞれ可愛い。はっきりした目鼻立ちがいい。

次からは江戸時代のさまざまな絵画をあつめたもの。
洋犬図 波多野等有 この絵師は知らないが、幕末の頃なのだろうか。立派な洋犬。金地一曲。麿眉の犬。これまた立派な鎖をつけてつないでいる。大事にされているのだ。
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山法師強訴図 丁寧に描かれている。禿頭をさらすのも被り物をする僧兵もまざりあって強訴に及ぶ。平安時代ならではの状況。迎え撃つ武士たちの陣は静か。

巌上咆哮猛虎図 岸岱 黄色と黒ではなく白虎。キジ柄トラがガオーーッと吠える図。
       
寒華傲雪図 山本梅逸 元から好きな絵師だけに、こうして遭えるのは嬉しい。
雪と白梅のつぼみ、サザンカにホオジロ。木の根元には雪をかぶった水仙がある。
中国の絵画から勉強した構図かと思う。何もかもが雪にまみれている。しかし物の形はわかる。中央に咲くサザンカの赤が効く。これがあるから、間延びもしない。
      
夏山飛瀑図 中林竹洞 季節を感じる。水の涼しさとその勢いを心地よく感じる。
墨のにじみ・ぼかしがとても効果的。      

鳥禽図 伊藤若冲 松に止まる派手な錦ケイ鳥。上を見上げている。バランスがちょっと妙なのが面白い。
          
長春孔雀図 張月樵 崖の上に立つ孔雀。ピンクの薔薇が咲いている。なかなかきれい。  
    
猿猴図 森狙仙 滝の前で松にしがみつくサルとその下でのんびりする二匹。狙仙のサルを見るたびに「クワイ河マーチ」の替え歌♪サル、ゴリラ、チンパンジーを歌いたくなる。

本当にいいコレクションを琵琶湖文化館は持っている。
それを常時展示することが出来ないというのは、文化へのボートクではないか。
今こうしてあちこちへ貸し出して名品を広く公開しているが、やはり腰を落ち着けて展示してほしい。

2/11まで。またどこかでこのコレクションが見れる日を待っている。

二つの所蔵名品展 埼玉県立近代美術館と愛知県美術館

先日二つのコレクションを目の当たりにし、色々と思うことがあった。
それらのコレクションは今では個人の手を離れて公立美術館に寄贈され、多くの人々に愛されるようになっている。
常設展示のありようにより、そのミュージアムの底力をしばしば思い知らされることが多い。そこに個人コレクターのコレクションがプラスされることで、美術館の特性が決定されるようにも思う。

まず埼玉県立近代美術館の常設展示への感想から始める。
わたしの見たコレクション展3は既に1/20終了しているが、気に入ったものを少しばかり挙げる。

フジタ 横たわる裸婦と猫 女の膝裏付近にいるキジ猫が可愛い。

今村紫虹 龍虎 妙に可愛くてなでてみたい。百年前の龍と虎。

小茂田青樹 春の夜 nec145.jpg
これは最初に見たときからずっと好きな絵で、今こうして再会するのが嬉しい。ピンクの梅の濃い匂いが漂うような夜。ミミズクは大きく眼を見開き、その眼下には白地にキジの猫が土鳩か雀らしきものを咥えて歩く。
春の夜ならではの光景。猫の目も大きく開き、ミミズクに負けない。
足音も立てずに進む猫の足裏の触感まで想像できる。

伊東深水 宵 実物を見る前に新聞で見た一枚。ご婦人がうたたねをする後姿の艶かしさ。
たまらなくいい。

そして前述した個人コレクターの寄贈した作品を見る。

大熊家コレクションを見る。
以前にこのコレクションが入ったときに、やはり埼玉というところは旧家によいものが蔵されているものだと感心したのだった。
今回はそう数も多く出ていないが、いいものが出ている。

横山大観 日本心神 富士山を描いている。1944年らしい絵。もしかすると、大観が大熊家の主に依頼されたものかもしれない。

大熊家の所蔵する大観の作品のうち、この「朧夜」が非常に魅力的なのだが、今回は出ていなかった。
ちょっと残念ではある。nec142-2.jpg


川合玉堂 蓬莱暁色図 赤い日、岩山に照りはえる。松が静かに伸びる。

橋本関雪 訪隠図 随分大きな描き方で、迫ってくるような力があるが、しかし穏和な絵である。

堂本印象 鳥言長者草 清の両把頭の婦人がいる。その頭には牡丹が飾られている。白地に木花柄のチャイナドレスを着て、太湖石の置かれた場で小鳥を愛でている。ぼかし、にじみの美しさがいい。
大正ロマンというか、時代が求めたある種のなまめかしさがここにある。

鈴木金太郎コレクションは熊谷守一の作品で占められていた。
1935年から1960年までの作品が七点。

ケシ カンヴァス地に描かれているが、もう後の熊谷の世界がここに現れていた。

百日草 可愛い。色も形も可愛らしい。

夏の月 千羽鶴が浮かぶ。そしてオレンジの満月がそこにある。可愛らしい構図が好きだ。
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武田光司コレクションは駒井哲郎作品が揃っている。

束の間の幻想 駒井の作品の中でも特に好きな作品。版画は思いがけない場所での再会がかなうから、それだけでも嬉しくなる。
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星座 綺麗なカラー、吸い込まれそうである。じっと眺める喜びがある。

やはりここのコレクションはいい。今度はまたどんな名品が出るのかとても楽しみ。


次に愛知県美術館のコレクションを見た感想を挙げたい。
こちらは企画展「クリムトと黄金の騎士をめぐる物語」に関連しての選択かとも思う。

・夢と現実のはざまで 20世紀はじめのドイツ美術
20世紀初頭のドイツという国の状況が美術にも強く影響を与えているのを感じる。

近年の山村博男氏の寄贈によるケーテ・コルヴィッツの版画が並ぶ。
そのコルヴィッツ、エミール・ノルデ、キルヒナー、ペピシュタインらの作品を見ているとどうしても重い気持ちになる。申し訳ないが、逃げる。
政治からも生活でさえも、わたしは距離を置きたいのだ。

カンディンスキー クセログラフィー モノクロの版画連作。1909年、まだ帝政ロシア的な味わいのある時代。数年前、カンディンスキーと青騎士の時代という優れた展覧会を見たが、そのときにカンディンスキーのロシア的な作品を見て、非常に深い感銘を受けた。
この作品もスラブの魅力に満ちたもので、ロシアの風景、風俗がちりばめられていた。モノクロでありながら華やかな世界。とてもよかった。

バルラッハの彫刻があった。展覧会で見た時も思ったが、やはりその前に佇むと、暗い気持ちになる。
わたしはなにを求めて美術品の前に立つのか。
時々そんなことを自問する。

広い部屋を歩くうち、非常に好ましい作品が見えた。
ジョン・ポインター 世界の若かりし頃 ヴィクトリア朝時代の優美な絵。どこを見ても美麗な世界。
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プールには桜のような花びらと赤い金魚がいる。蛇型の蛇口から水が流れる。
二本の柱が立つが、その装飾は左右それぞれ異なる。日本で言えば渡辺節のデザインした旧ダイビルの柱を思わせる。
左はパイン風、右はスズラン風、葡萄や唐草の美しい装飾。こうした細部を眺めるだけでも楽しい。
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そしてその二本の柱の間にいる二人の女。豹の毛皮を敷物にして、楽しそうにゲームをする。その二人を気にせず窓際の長いすで眠る女。窓の外には広々とした山渓が見える。
ああ、本当にうっとりする。

モディリアーニ カリアティード アフリカ彫刻の影響を受けた絵。煉瓦色の肌の女は可愛く、肉感的。
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・青春のパリ 近代日本洋画が育った場所
藤田嗣治 青衣の少女 上品な少女。いい家のお嬢さんだと言うことは一目でわかる。

海老原喜之助 ゲレンデ 海老原ブルー!白とその青のシマシマがある。交互に織りなす白と青とは明るくシャープ。小さく点描のような人々がいる。胸が明るくなる。

青木繁 太田の森 この深い森が今の千駄木にあっったとは信じられない。大変に深く暗い森。そのうちの一本の木に白衣のものがもたれる。怖いような絵である。

ボナール 子供と猫 これは初めてここへきたときに絵はがきだけ手に入れていた。二匹の猫と女の子のいるいい感じの絵。やっぱり猫と一緒にいるのは幸せなのだ。

マティス 待つ 二人の女が窓の前で「待つ」。それぞれ1920年代の装いをしたシックな女たち。室内装飾は華やかで、いい対照になっている。マティスの良さをつくづく実感する。
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野口弥太郎 門 1931年。これは以前に別なところで見ている。衛兵とモダンな女とがいる図。やはり20~30年代のファッションはとても魅力的だ。

梅原龍三郎 横臥裸婦 ルノワール風なのではなく、ドンゲン風な裸婦。肌はパール色の都会風な女。この年に梅原はルノワールのもとへ「ルノワール先生を見に来た」のだった。1908年。

長谷川昇 靴下をはく女 赤い壁、黄色い服、金髪、そしてストッキングをはく様子。
すえたような官能性が少しばかりのぞく。

愛知県立美術館には木村定三コレクションと言う一大コレクションがある。
今回は選び抜かれた熊谷守一の作品が並んでいた。
単純化された、というよりむしろ純粋化された熊谷の世界。

どうみても宇宙人のような花がある。宇宙人とは無縁だが、そんなことを思う花である。
「ハルシャ菊」というタイトルどおり、それがそうだとしても、この花は本当にこんな形なのだろうか。

猫 ねてる。三毛猫のキモチ良さそうな様子。別に「白仔猫」もある。

伸餅 戦後しばらく頃の作品。この絵のような大きな餅が果たしてあったのかどうか。 
巻頭らしく四角い餅で、それを切るための包丁が寝かされている。

たまご 盆の上にあるのだが、なにやら動き出しているような気配がある。
妙な元気さが伝わってくるのだった。

他にも彫刻でいいものをいくつも見た。
マンズーの枢機卿のこぶりなもの、「踊りのステップ」と名づけられた少女像、荻原守衛の「女の胴」に高田博厚「女のトルソ」などなど。

いいものを集める努力を惜しまぬ、二つの美術館の所蔵品展だった。

追悼・市川団十郎丈、そして改めて中村勘三郎丈・・・

市川団十郎丈がなくなった。
昨年の中村勘三郎丈の死のショックからようやく立ち直った途端に、この訃報が来た。
立春の前の夜である。
日本には古来から、節分までは旧年で、それから新年だというくくりがある。
そして団十郎丈がなくなったのは節分である。
節分の芝居といえば黙阿弥を思い出す。

「三人吉三」の三人が出会う場は大川端で、節分の夜だった。
わたしが団十郎丈で見た三人吉三では、菊五郎のお嬢吉三がいい声で「ほんに今夜は節分か」とやって、「道の用心に」と動いているところへ駕籠でお坊吉三がくる。
「姐さん、姐さん」と団十郎の声がして、それでかかわりが始まる。
もうそれも見ることが出来なくなった。

病気から回復しがんばって数年を経ていたのに、先月の南座での顔見世を途中でのいて、入院し、心配していたところへこの訃報である。
肺炎で亡くなったというのが直接の死因ではある。そこに到るまでの道のりがつらい。
勘三郎、団十郎と歌舞伎界の大看板がこんな風に亡くなってしまうとは想像もしなかった。
歌舞伎座が開場するのを待ち焦がれている間の死である。

勘三郎丈がなくなったとき、追悼文が書けなかった。
書く内容がなかったのではなく、書けないくらい打ちのめされたのだ。
今回、団十郎丈がなくなったことを知って、愕然となったが、同時に自分が見てきた舞台の団十郎丈のことを書きたいと思った。
そしてそうすることで、同時に勘三郎丈の追悼も書ける気がする。

伝記作者ではないからつらつらと彼らの経歴を書くことはしない。
あくまでも、わたしの見た彼らの芝居などについて書きたい。

最初に団十郎丈を見たのは襲名記念ドラマ「花道は炎のごとく」からだった。
それ以前の市川海老蔵時代から、彼を見ていた。

襲名と言うのはややこしい。名前が変わるからこんなロジックが生じる。
海老蔵時代、玉三郎丈を相手に「海老玉」時代があった。その後に片岡仁左衛門丈と玉三郎丈の「孝玉」時代が来たのだ。1980年代初頭の頃の話である。
わたしは舞台を実際に見に行くようになったのはその後からのことで、もう十二世を継いでからだった。それ以前はTV放送や雑誌でしか見ていなかった。
読む本読む本どれにでも海老蔵または団十郎の人柄の良さ・鷹揚とした性質などが書かれていたが、それは画面越しにもリアルに伝わってきた。
団十郎になってから見た芝居の中でも、市川宗家がしなくてもいい芝居に、存外いいものが多かった。それも人柄の良さが地としてにじむような芝居である。
今わたしは「市川宗家がしなくてもいい芝居」と書いたが、その芝居はどうでもいい芝居と言う意味ではなく、名作なのである。しかし「市川家」という荒事をする家の跡継ぎがする芝居としてはどうか、という意味である。
例を挙げる。団十郎丈の「吃又」は非常によかった。人情もあり朴訥さがにじみ、なにより誠意がある。そして自分の吃音に苦しむ人の姿を<まことに>演じていた。
だが、市川宗家が吃又がいい、というのではしゃれにならない。
とはいえ江戸時代ではなく現代の役者である以上は、たとえ市川宗家であっても、どんな役柄をも出来るようでなくてはならないのだが。

襲名の際、杉本苑子原作の「花道は炎のごとく」という初代団十郎の生涯を描いたドラマに出演した。わたしがTVや映画で彼を見たのはこのとき限りだったか。
劇中劇で十八番「不動」を演ずるシーンがある。
江戸っ子は神性を成田屋に求め、興奮し、お賽銭だかなんだかを投ずる。不動尊を演ずる団十郎にそれが当たり、彼は一瞬眼を閉じた。瞬きをしてしまったのである。
神仏も物の怪も瞬きはしない。しかしその一瞬を見てしまった。
映像と言うものは無残なものだと思った。
ドラマのラスト、初代は史実どおり下っ端の役者に刺殺される。その役者を演じたのはプロデューサーとしても名高い藤間文彦だった。彼はその少し前のATG映画「生きてゐる小平次」で小平次を演じていたが、ここでも執着する男をナマナマしく演じ、印象深い。
初代がそうした生涯を送ったことは変えられぬ事実であっても、十二代襲名と言うめでたい状況の中で、なぜその物語を選んだか。まだ二十歳にならぬわたしには理解が出来なかった。しかし力の入ったよいドラマで、今日まで再放送はないものの、決して忘れることのない作品だった。

1990年代、わたしは歌舞伎を見る楽しみに溺れていた。
特に好きな役者は現仁左衛門丈だが、役者の好き嫌いを捨て置いて、とにかくよく芝居を見た。その中でピカピカ光っていたのは、やはり勘九郎当時の後の勘三郎だった。そして当時の猿之助がいる。女形では玉三郎丈にときめいていたが、独特な味を見せる宗十郎が好きで、普段出ないような芝居を見るのも楽しかった。
「正統派」と言うべき劇界の道に立つ団十郎の場合、特に好きと言うことはなかったのだが、しかし暖かで鷹揚な人柄の出る芝居を見ると、ほっとした。
たぶん、今で言う「癒し系」キャラだと見ていたのだろう。
だから団十郎の時次郎を見ると、「早く逃げや~~」と心配したりした。

時次郎で思い出すのは、そばのすすりである。
江戸はそばを小粋にすすらねばならない。小粋に見せるために、前後の役者がずるずると食べる必要がある。それを見て観客は蕎麦屋へ飛んでゆかねばならない、という筋書きである。
まず按摩の丈賀を演じた権十郎がいて、それから岡っ引きがずるずると食べ、合間に団十郎の時次郎がスルスルッと食べる。巧いすすり方をしていた。
しかし江戸っ子どころか大阪女のわたしは、まあ言うたら合理的な考えもあって、スルスルッには惹かれず、却って周囲のずるずるハフハフにそそられてしまった。
これはやはり団十郎はじめ脇の役者たちの芸がよかったからだと思う。

ほかにいくらでも思い出すことはあるのだが、もうやめておく。
わたしより20歳以上上の世代の観客と話をすると、みな同じことを言う。
若い頃はやっぱりよくなかったが、襲名してからたいへんよくなったと。
名を受け継ぐことで自己研鑽も進み、一歩も二歩も進むことが出来るからだろう。
わたしは巧くなる寸前から見始めて、巧くなっていた時代をずっと見てきたわけだった。
それだけにまだ66歳と言う若さで団十郎が亡くなったことが寂しい。
追悼にも何もならぬが、そんなことを思っている。


ここから少し勘三郎のことを書く。
どうしても書けなかった気持ちを書きたい。

歌舞伎に最初に惹かれたのは、前述の孝玉時代と猿之助の芝居からだが、自腹を切って見に行ったのは、昭和の末頃の中座での勘九郎(当時)の芝居からだった。
杉本苑子の「女形の歯」を見た。三世田之助を描いた芝居で、勘九郎は兄役をしていた。
随分な熱演で汗を飛ばしていた。
わたしは少し身を引いて役を演ずる、という演技法を好んでいるのだが、しかしさすがに観客を引き込むのは巧いものだと感心した。
それから中座で四谷怪談がかかり、お岩さんを演じた勘九郎をみたとき、そのあまりの巧さに背中が寒くなった。
お岩さんが毒を飲まされたときの手の動きに痺れたのだ。

そうこうするうち、彼の熱演ぶりに巻き込まれて、芸風は好みではないといいつつも、すっかりファンになっていた。
やがて彼の芝居が見たい、という純然たる欲求が生まれてくるのは当然だった。
何をしていても巧いし、たくまぬ愛嬌がにじみ出る。しかしそれが全てよい方向へ向かうわけではない。
たとえば宇野信夫の芝居などでは色と欲得ずくで生きる人間を活写しなければならない。そこにはなんの愛嬌も面白みもない、嫌な人間ばかりが現れる。
特に暑さが皮膚にも神経にもじわじわ来る、嫌な季節を舞台にした芝居にそれは多い。

六代目が初演した「巷談宵宮雨」を、生臭な龍達坊主に富十郎、いつも苛々する女房を福助、哀れな姪を扇雀が演じたが、そのときの勘九郎の冷酷さ・残忍さのナマナマしさは、培われた芸の力で出たものだったが、どうしても滲み出す愛嬌を抑えようとしている、そんな風にも見えた。妾奉公に出されている姪を脅し賺しつつ、八つ口から手を差し込む。そのときばかりは身を乗り出してその芸を様子を見た。
いやらしさを前面に押し出した人物造形を、芸の力で見せたことに感心するばかりだった。

やがて勘三郎になり、芸境も心持も一段進んだようで、NYでも大人気の役者になった。
わたしはその頃からチケットが取りにくくなり、見に行かなくなってきた。
ただただ中村勘三郎はやっぱりすごい役者だと思いながら。
そう、この頃から遠くなってしまったのだった。
寂しさと共に、しかしこれからの飛躍を疑いもせず、遠くから眺めるだけでそれなりの満足を得ていたのだ。


いま、四月の歌舞伎座開場を前にして、大看板が二枚もなくなった。いったいどうなるのか。世代交代の時期が来た、と安易に言いたくはない。
花のあとの実の時代は長いはずだ。それがこんな年頃で失われてしまったのだ。
言葉にならない寂寥感と無念さがある。
一ファンとして、心の底からがっかりしている。
今はただご冥福をお祈りするばかりなのだ。
見せてもらってきた芸に対し「ありがとうございました」と言うのもつらい。
在りし日の姿を想いながら眼を閉ざす。

ご冥福をお祈りいたします。

クリムト 黄金の騎士をめぐる物語

愛知県美術館に行った。昨年末から開催中の「クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」展を見に来たのだ。
チラシは「人生は戦いなり(黄金の騎士)」をモティーフにして今回の展覧会全体のイメージを示しているように思う。
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本当の絵は右側。黒馬に乗る黄金の騎士。左端には小さく蛇の頭がのぞく。
この美術館が開館してしばらくの頃か、この絵の展示があったとき見に来ている。

ウィーン分離派の仕事が集まっていた。
近年このあたりの作品群を見る機会が増えていて、楽しい。

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クリムトの習作やスケッチ類を見る。
描かれた花は全てバラだった。
オウムの絵もある。像の頭部習作などは非常に巧かった。
グレーでまとめられた頭部がある空間は、まるで水中のようだった。

タオルミナの劇場、テスピスの一座と題された天井装飾画のエッチングが二点。どちらも非常に細密で綺麗だったが、描かれた絵そのものは好きではない。

二人の少女と西洋夾竹桃 珍しく横長の絵で、これがたいへんよかった。左端にピンクの濃い色の夾竹桃が咲き、右にたつ二人の娘が花を手で寄せて香りを楽しんでいる。
手前の長身の女は髪をまとめ、奥の女はやや背が低く、朱色の服を着ている。夾竹桃は実物に対してはあまり愛情がないのだが、絵で見る分にはたいへん好ましい。

詩人とミューズ 円形の中に描かれている。ちびたちを引き連れて裸で寝る詩人のもとを訪れるミューズ。

この二作は同時代のイギリスのラファエル前派の世界にひどく近いと思う。

1898年からのウィーン分離派展ポスターが並ぶ。好きなものが多いので楽しい。
このあたりは京都工芸繊維大学美術工芸資料館、サントリー・グランヴィレコレクションなどで見ている。
そして彼らの刊行した雑誌「ヴェル・サクルム」がかなりたくさん展示されていて、そこに掲載されている絵を眺めた。ミュシャ、クノップフといった同時代の別な国で活躍する画家たちの作品も出ていた。
この雑誌を見るだけでも、当時のウィーンの雰囲気が伝わってくる。

その中でも特に気に入ったのは、アロイス・ヘーニシュの表紙絵で、白猫・ゾロ柄猫・斑猫のいる図。可愛かった。

ヤン・トーロップの「海辺の魂」もいい。四人の女の侘びしそうな横顔が並ぶのだが、1970年代の劇画のようだ。
1902年の劇画。

ジャポニズムへの憧れは当然彼ら分離派にもある。
日本の型紙や浮世絵モティーフの作品があった。
そして1900年の日本美術展の写真があったが、美麗な仏像と、御舟の「名樹散椿」に似た構図の絵が展示されているのが見えた。

マッキントッシュの「芸術愛好者の家2」がたいへんよかった。素敵な建物の外観・パース図、それから各個室の設計図などなど。シャープで機能的で素敵。しかし子供部屋に掛ける絵がちょっと色っぽすぎないか。

ほかに愛知県美所蔵のジョルジュ・ミンヌの大理石像「聖遺物箱を担ぐ少年」、ロダンの「歩く人」などが展示されていた。前者はココシュカに影響を与えたそうで、ロダンのは胴と足だけという「歩く」ことが最大の目的な像。

ここまでが分離派結成までの時代だった。
次に「黄金の騎士をめぐる物語 ウィーン大学講堂の天井画にまつわるスキャンダルから「黄金の騎士」誕生へ」が始まる。
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クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」はベルリン分離派の雄マックス・クリンガーのベートーヴェン・シリーズへの称賛のための作品だということだが、国は違えど、こういう交流と言うのは素敵だ。
ここにあるのは実寸大のパネル。黄金の騎士がいるが、顔はグスタフ・マーラーがモデル。

そして問題の天井画の実寸大パネルが展示されていた。いずれも所蔵していたインメンドルフ城で1945年に焼失したそうだが、写真が残っていたので再現できたようだ。
この連作絵が大学側から拒絶され、当時の帝国議会でも問題になったそうだ。
大学側のキモチはわかる。哲学、医学、法学というこの3連作の方向性と大学側の望むものとが相容れないのも納得する。
しかしこれを掲げていれば、それはそれでよかったのにと思うのも事実なのだ。
結局そのトラブルがもとで、クリムトは「人生は戦いなり(黄金の騎士)」を生み出すことになる。

クリムトおよびウィーン分離派の大パトロン・ヴィドゲンシュタイン氏との付き合いから生み出された作品群が集まっている。氏の四男パウルは左手だけのピアニストだとあるが、もしかして彼のために音楽が例の「左手のための」か?

コロマン・モーザーやヨーゼフ・ホフマンらの工芸品がある。
色んなものをセットして、一つの場にして展示している。これはとてもセンスがいい。実際にそのような取り合わせで配置されていたかどうかは別として、この取り合わせはとてもかっこよかった。
ほしくなる椅子もあり、手入れは大変そうだがあれば嬉しいシャンデリアもあった。紫色に光る花瓶も魅力的だ。
そしてヴィトゲンシュタインの娘の結婚記念時計があるが、これはモーザー作で、白と黒を基調にした、螺鈿と銀とマホガニーで出来た見事なものだった。

ウィーン工房の仕事の一つにアクセサリー造りがある。
その一部が展示されていたが正方形をモティーフにしたもので、貴石と銀とをうまく使いこなしていた。こういうのはわたしも欲しい。
展示では胸部マネキンにつけているが、黒い背景のために、その前に佇むと、自然とアクセサリー類が見るものの胸に輝くように設置されているのが、嬉しい。
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ほかに日本の工芸品や其一の秋草図などが出ていた。
ここから影響を受けたといわれれば、なるほどと思う。
金地に白菊を中心にした秋草が配された絵。金箔の貼り具合により、光の屈折が異なる。底のところにクリムトが惹かれたのも納得する。

ところでクリムトは風景を描くとき、四角い枠にくりぬいた彼の言う「ファインダー」越しに風景を覗き、それで構図を決めていたそうだ。トリミングされて生まれた風景。
この「アッター湖畔」の水面の煌きを見て、福田平八郎を思い出したが、正方形というのはやはり面白くもある。
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最後にクリムトたちの次世代たちの作品も現れる。
オスカー・ココシュカ「夢見る少年たち」の連作がある。
私の好きな「少女リーと僕」も出ていた。
このあたりは前代の目立つ装飾性を排除しているが、原色を多用しているところに目が行く。

クリムトの肖像画「リア・ムンク1」は24才で自死した若い女の肖像で、花に囲まれて女が眠っている。百年前の女の死。装飾性は意図的に外されているが、顔の周りの花が美しい。

やがてクリムトの葬儀写真が出た。
1918年、クリムトは死ぬ。
その葬儀写真を見ると、モノクロなのだがひどく装飾的だと思った。
彼の絵の大半のように正方形の画像の中に、小さな塔と緑と参列者たちが多くいるのだが、その配置と取り合わせが、まるでクリムトの絵を装飾する背景のように見えたのだった。

会場出口手前にこの「ストックー・フリーズ」のパネル展示があった。ここだけ撮影可能。
こういうことをするのもいい試みだと思う。
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展覧会は2/11まで。

2月の予定と前月の記録

二月になりました。まだ実感はないけれど二月です。
あさっては節分、その次は立春。
はやいなあ。

いきたいところなどなど。
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村上豊が描く四季の子どもたち
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こちらは関西。
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