美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

四月の東京ハイカイ録 4

さて最終日。少しばかりゆっくり目にホテルを出る。荷物はまた夕方に取りに行きます。
今日はメトロ一日券を購入して、そればかりで動こう。
展覧会の感想はまた後日。

まず昭和館へ。
なにしろ昭和の日やから。
常設が無料だとかで久しぶりにそちらに行く。やっぱり戦争はあかんよ、平和が大事よ。9条はなんとしても保持しないといかん。
昭和に育った人間として、切実にリアルに聞かされた話が目前に形を取って展開する。

企画室で本来の目的の中原淳一展を見る。先般三越で見たのより、ある意味心に残る内容だった。
軍部の圧力に勝てないことをハッキリと記したお知らせ文、それに対する読者の少女たちの言い分、決してこういう文書が表だって世に出るとは思ってなかった。
(帰宅後、母に言うと「ある程度までははっきり書いてもよかった。線引きがあった」とのことだった。)
中原淳一は入隊して数ヶ月を過ごすが、ご飯作りに後片付けに掃除洗濯と忙しく、仲間内と愚痴を言い合い…そんな自分を「女中兵」と呼んだ。
こういうところに中原淳一の心の強さがあるのかもしれない。

江戸川橋に着くと、びーぐるバスが来たとこなので喜んで乗る。あの坂を上るのは時間と体力によくない。
(結局地下鉄以外はこれに払っただけ)
野間記念館では所蔵の歴史画を集めた展示。こういうのがもう本当に大好き。
長々と眺めたなあ。
既に見ているものも多いけれど初見もあり、野間コレクションの深さにつくづく感心する。

有楽町に着きまして、地上に上がると出光美術館ですがな。
駅はやはりこの有楽町線が一番近いのかな。

源氏絵と伊勢絵と。日本人が本当に大好きな画題ですなー。
わたしが源氏絵を真面目に見たのはその昔、大阪に出光美術館があって、そこでの展覧会から。言うたらわたしの源氏絵めぐりの師匠は出光美術館。
ちなみに洋画の修行先はブリヂストンと西洋美術館と大原美術館。近代日本画は山種と今はなき目黒雅叙園美術館。

日比谷から三越前へ。三井記念。河鍋暁斎の能狂言画。
正直なところ、暁斎にこうした作品群があるのを知らなかったので、もうけものな感じ。
能狂言の舞台の様子を描いた絵と言えば、東博にある江戸時代のそれを思い出す。
また近代では洋画家・須田国太郎の勢いある筆致の「能狂言スケッチ」が殊に素晴らしい。
重厚な洋画に比べ、須田のスケッチは軽妙ささえ感じられるほどで、能狂言への愛情が見る者にも深く伝わってくる。
やはりこの能狂言を絵画化するにはまず描く者がそれを好きでないと、というのを感じる。
暁斎は大蔵流を学び、晩年にいたるまで大変熱心だったそうだ。
完成作もいいが、下絵に非常な勢いがある。特に狐が群を抜いていい。狐だけ集めた展示が見たくなるくらいだった。

三越前から水天宮へ。ロイヤルパークホテルのほうの出口から地上へ上がり、ミュゼ浜口へ。
実に久しぶり。何年振りかわからない。展示はいいのだが、あの空間がなんとなく居たたまれないので行かないのだ。
今回は浜口だけでなく、大正新版画の作品群を見る。深水、巴水、紫浪などなど。
初見のものもいくつかあり、特に紫浪の昭和の末の作品は若い頃のとまるで違うので面白かった。
浜口の晩年のレモンを描いた作品がとてもいい。

ホテルに戻って荷物を取って、また水天宮へ。そして大手町から東京へ。
東京ステーションギャラリー。
昔のイメージがあるからかなり迷った。
なんとか入って木村荘八展。挿絵は前々から見ているからいいのは知っているが、却って洋画を見ていない。
劉生の影響下にある頃から春陽会に入った当時の作品にいいのが多いと思った。
私は日本画には線の美を求めるが、日本洋画には塗り重ねた濃いものに惹かれるので、楽しく眺めた。

それにしても構造がわかりにくい佇まいである。ドアの開閉も迷った。そうなると監視員がたよりで、色々と説明をきいた。
アタマが痛くなる構造だと思うのは、わたしだけか。

新幹線に乗り込んで品川に来たとき、ちょっとしたトラブルがあった。品川から乗り込んできた荷沢山な青年がわたしに「そこは僕の席です」と言うのだ。
こういうことは少なくないのでチケットを見せあうと、彼はこの次の6分後の乗客である。それを説明すると「でも東京じゃないですか」というので、「品川は東京から6分乃至7分後の到着だから、あなた間違えて早く乗ったのよ」と言うと真っ青になった。その後デッキで売り子さんにも同じ説明を受けたようで、次の新横浜で下車した。
かれは品川から乗ったのにそこを「東京駅」だと思い込んでいるのだ。
まだこの青年は早や乗りだからよいが、以前、乗り遅れの青年にも遭ったことがある。
検札後なのでわたしは落ち着いて対応したが、岐阜から乗り継いだという青年は「僕の席だからどいて」と言う。チケットを見ると、一本前のだったからそれを指摘すると、途端にうろたえて「どうしたらいいんでしょう」ときた。知らんがな無礼者めが。と言いたいところだが、物事を考えられないようだったので指示すると、飛んで出て行った。
思い込みが外れると次の手が打てなくなる若い男が多いように思う。しっかりせんかい。

帰りのタクシーも道を一本間違えて走るので、そこでも指示をしたが、プロまでこうとはいったいどうなっているのか。
結局そういうことで疲れてしまい、ネットにつながることなく早めに寝た。
最後の最後で、あやうくハイカイが徘徊になりそうなツアーだったなあ。
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四月の東京ハイカイ録 3

ハイカイ三日目。
今朝は初日同様きっちり時間通りに動かないととんでもないことが起こるという一日。
こういう日は電車のホームに立つのが怖い。
展覧会の個々の感想は後日。

世田谷美術館へ。美術と暮らしと高島屋。前期が結構長くて後期を見るのは六月になるな。
わたしは大阪人だから高島屋史料館にも馴染みが深いし、前に高島屋の所蔵品を集めた展覧会も見てるから高をくくってきたわけですが、たいへんよかった。
これはもう前述したとおり後期がまたとても楽しみ。
高島屋万歳。そうだ、いっそのことここの美術館のヒトビトも高島屋の店員教育を受けたらよいのではないか。ディズニーランドも社員教育の講演会してるというし。

バスを待つ間にお庭でお弁当をいただく。BGMはハワイアン。なんかおじさんが延々と弾いていたのだ。わたしはおこわが好きなのでおこわのおにぎりです。
関係ないが、杉浦茂のマンガの中に「おこわ食いたし」と貼紙があるのを思い出した。

公園内の石楠花。大好きな花のひとつ。130428_1000~010001


バスで静嘉堂文庫へ向かう。その名の停留所で下車して静嘉堂文庫へ向かおうと考えている、そこのアナタ!(綾小路きみまろセンセ風に)それはマチガイ、遠回りになる。だから世田谷美術館からの日曜だけのバスに乗るなら、ひとつ手前の「やのはし」で降りるほうが賢い。

静嘉堂文庫では旅に関する本が集まっていた。さすが「文庫」だけある。
わたしとしては浅井了意のガイドブックもの、間宮林蔵隠密日記ならぬ海外渡航紀行文、漂流記が非常に興味深かった。
光太夫の漂流はみなもと太郎、吉村昭の本で熱心に読んだけど、井上靖「おろしゃ国酔夢譚」はわたしのイメージじゃないの。

機嫌よく見終えてバスに乗って今度は玉川高島屋SCへ。
ここでスタンプラリー二つ目。高島屋史料館の展示品をこのアレーナで見る。
こういう機会がないと東京のヒトは高島屋の所蔵品を見る機会がないことに気づく。
そうか、それはそれは。

渋谷に出た。予定より早いので、先にたばこと塩の博物館に行く。
文芸作品の中でたばこのある風景を版画にしたもの。98年に見て以来の展覧会。
あのときは深澤幸雄の版画にときめいたもので、それからファンになったのだった。前回以来の金子國義、有元利夫、風間完、小松崎邦雄らの作品を堪能する。
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2階では歴代団十郎絵。やっぱり八世がきれい。息子の自害の後、ぼんやり息子を思う父の姿を描いたものが、どの死に絵よりもせつない…

東京山手教会の地下にある公園通りクラシックスでのKOHAKUによる「歌われる詩たち--すべての子どもと大人の夢のために」を 見に・聴きにいった。
詩人・声楽家・ピアニストの三人のユニットのコンサート。立ち見も出ていた。
詩の朗読と詠唱が新しく作られた楽曲に載る。
ステージの背景には美しい大理石の彫像がスクリーンに映し出され、そこに言葉が浮かぶ。
スクリーンの言葉は語られる・歌われるまでは動かないが、やがて消える。
朗読される言葉は時折浮遊する。言葉そのものが泳ぐ。
時折何かの幻影が浮かんでくる。それが形になる前に消えてゆくのを感じる。
しかしある楽曲を聴いているとき、詠唱が言葉ではなくある種の叫びに近くなり、曲想が人の心に不安を掻き立てる作りであることからか、クリンガーの連作版画「手袋」の映像が頭の中に浮かんできた。
それが離れないまま詠唱は終焉を迎えた。
「手袋」の幻影もそこで消える。

新作の詩の朗読を聴きながらわたしの手は暗闇の中でメモをとる。耳で聴くだけでなく、わたしの指もここに参加したいのだった。

外に出ると渋谷の雑踏である。自分がどんな顔をしているかはわからない。
詩の朗読とピアノ演奏と詠唱を聴いたことで、なにかしらリラックスしているような気もする。
次のコンサートは夏だそうだ。

国立新美術館へ向かう。昨日は回避したが、今の気持ちで向かうのはふさわしい気がした。
「貴婦人と一角獣」。
これはもう完全に「鑑賞」した。何も考えず、ただただ楽しむ。楽しい。ウサギの数を数えたり、狐の表情を追ったり、獅子と一角獣の阿吽をチェックしたり、花の区別をしてみたり。
そして自分がずっと持っていた絵葉書がこの一連のタピスリーの一部をトリミングしたものだとやっと知った。
日本・東洋のものは自分でなんとか探すが、西洋のものは出会えるまで待つことにしている。
だからここで出会えたのは本当にうれしい。
ああ、いいものを見た。

そこからてくてくと森ビルに向かった。「ジラフ」パフォーマンス中。えーと…赤いキリンが揺れている。
わたしはどうも大道芸を含むパフォーマンスというものがニガテ。面白そうだけどね。
そこを離れてアーツのほうへ向かったら、人人人!!!前売り券買うために並ぶ人だけでも雲霞の如く候の態。ヒーーーッ!展望が今日は無料だからという話。ヒーーーッ!チケ持ってても40分待ち。
やめて帰ることにする。
ミュシャよ、堺のミュシャ館で会おう。

さて負けっぱなしはよくない。大混雑・大群衆に弾かれていては、今後が心配なりよ。
わたしは群集の中の孤独が好きなので、ファミレスに入った。
某サ△ゼリア。パンツェッタの載ったピザを頼んだので、ヒトサマに「ジローラモ噛んだったー」とメールすると、意味わからんと返信が来るので「ジローラモの名前はパンツェッタ・ジローラモです」と説明する。
ちょっと反省。
その下のフロアにある成城石井で外国のチョコを買う。スイス製の「ジークフリート線」によく似たあれです。「エロイカより愛をこめて」でジェイムズ君らが言うてたあれ。
普段チョコは食べないが、妙に気合が入ってたか、ガジガジ噛んだ。
それからタピオカ入りココナツ飲料のんで終わり。

あとは延々とネットしたりなんだかんだで三日目終わり。

四月の東京ハイカイ録 2

ハイカイ二日目。この日も展覧会の感想は後日に。

まず東博へ出かけた。
大神社展。これがまた凄い大規模でかなりの見ごたえ。しかし南洋の神様はパネル展示一枚てよろしいのか。
二部の仏像を見るあたりでめめさんに遭遇。久しぶり。しばらく話し合う。
常設を見るあたりで別れた。

祇園井特の幽霊画がある。美人との対幅。こういうのも面白い。
怖いですがな…130427_1204~010001

時期柄「金太郎」絵も多い。気に入った金太郎いくつか。
子供のやることが可愛い。130427_1203~020001

楽しそうな顔。130427_1203~010001

機嫌よく芸大美術館へ。
FENDIの衣装をいろいろな形で展示している。映像にしたり実物を筒内に並べたり。
少し前のオペラシティの「新井淳一の布 伝統と創生」展ほどの感動はなかった。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-2773.html
ただしほしいコートがひとつだけあった。あとはどうも実感がないので。

芸大の春の常設展ではいくつかいいものを見た。
南薫造「すまり星」つまりスバル=プレアデス星団。藍色の夜空に群青色の木、その隣に小さくきらめくプレアデス星団。距離があるから小さいのだが、木のための指輪のようで愛らしい。

絵因果経も初めて見るシーンが出ていた。
僧らしき人の魂がヒューッとなってる。こういう発見も嬉しい。

他によかったのは木版画の東京名所図。こういうものを見るとそれだけで楽しい。

上野桜木町から言問通りに出て歩く。根津駅近くのお昼ご飯屋さんでランチ。これなら次もここでいこうと思ったり。

つつじがところどころで可愛く咲いているが、根津神社ではつつじ祭りの最中。
随分前に行ったことがあるが、白蛇が不意に横切ってびっくりしたことを覚えている。
蛇もいきなりこんなに人があふれて驚いてたのかもしれない。

さて弥生美術館。「魔性の女」展。
これについての概要なんてかけない。本番の感想文で延々と書く予定。
とにかくこの十年くらいの間の弥生の企画展ではピカイチだと思う。
わたしが飛行機乗り損ねた「美少年」展以来のスグレモノです。

あんまりコーフンし過ぎて時間もかかりすぎてて、野間は後日に回す。
かというて六本木へ「貴婦人と一角獣」の気分にもならない。
やっぱり予定を元に戻してニューオータニへGO!

ああ、丹下健三の建物はほぼ壊滅で、あの洋館がよく見える状況に。
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というわけでニューオータニ美術館へ来たが、これがまたすごい私好みの世界。
美人画のプライベート・コレクションなのだが、かつての雅叙園コレクション、培広庵コレクション、そして福富コレクションなどと同様の傾向が見える。
ただしこちらのほうがもっと偏向している。
たまらなくいい。本もいい。わたしは後期しか見れなかったから、秋に川越市美術館へ巡回するときに再度見に行くのもいいと思った。本は買わねばならない。こういうのは手に入れておかないといけない。

通俗文化という人は言えばいい。やっぱりこうした作品にこそときめきがある。

赤坂見附から京橋へ。
ブリヂストンでは「日本人が描く巴里」を見る。石橋美術館から出て来てるものもあり、ちょっと目新しい。フジタの「カルポーの公園」はまるで厚手の白磁に呉須で絵を描いたような。
岡鹿之助の変な絵もいい。それに対して父親の岡鬼太郎に手紙出してるのも興味深い。
ヤギの絵の辻永の風景画も気になる。

出た途端、メトロバスが来たので新日本橋まで乗せてもらう。そこから神田まで歩き、両国へ。
「八重の桜」展。ドラマは見ていない。興味がないのではなく逆にその時代に関心が高すぎてつらいから見ないのだ。入れ込みすぎて、またフツフツと腹立ちが湧いてくるし、激怒も沸き立ってくる。
薩長への憤りである。それが現実にも影響する。現代の大阪では地の大阪人はもうすっかり少数派になり、あとは九州から来て大阪人になった人が大半を占めている。
ステレオタイプで語られる大阪のおばちゃんなんて、ほぼそちらである。
二重の憤りが沸き立ってくるので、なるべく近年は関わらないようにしているのだ。
そしてやっぱり展示物を見て胸を衝かれ、涙が滲み出してくる。
会津を訪ねたときのことを思い出し、見た資料・聞いていた資料などを見ると、それだけでまたフツフツと・・・
ああ、早乙女貢「会津士魂」を久しぶりに読み通したい。

後半は同志社だから京都である。奠都。そう、テントなのである。遷都ではない。
また色々考えるのでやめる。しかし凋落した京都に明るい未来を呼び込もうとした先人は偉い。
幕末から明治中葉はあまりに入れ込みすぎる時代なので、ドラマなどを見ると心身によくないので見ないのだった。展示のラストに秩父宮勢津子妃殿下の結婚祝いに八重らが集まり集合写真を撮っているのが出た。
少しばかり救われた気がする。

福島の友人にはこの話はしていないが、現在の福島の苦しみを思うとやはり五輪招致なんて無理だと思う。
するなら東京でなく福島で開催できるようにすべきなのだ。そのための作業をすべきだ。

また腹が立ってくるのでやめる。めまいまでしてきた。
こうして二日目が終わる。

四月の東京ハイカイ録 1

四月の東京ハイカイ録です~

今月はというか最近、朝のラッシュタイムに人のお邪魔するのがいやで、夜から東京入りすることにしている。そうすると宿代は一泊余分になるけど、気持ちがあせらなくて済むし、朝からよく動けるのでこれで行こうと思っている。

だから今回も木曜の夜から東京に入ったわけで、定宿の送迎バスに乗って気楽にすごしたのだ。
とはいえバス乗り場が日本橋口のバスロータリーに移動してたので、ちょっとあせったりもした。

さて初日。
いきなり電車が混んでますがな。事故の影響。でも途中で座れた。
京王八王子へ向かっている。
途中でご年配夫婦が来られたので席を譲ると、非常に喜ばれ、最敬礼されてしまった。
正直な話、そこまで感謝されることではないよ。
東京は席を替わるということがないのだなと痛感する。

展覧課の感想はまた詳しくは後日につらつら綴るけど、とりあえず大まかなところを。

八王子夢美術館で堀井英男の版画と水彩を見る。
抽象表現は意味がわからないのだが、そこに詩歌が寄り添うと、途端に意識の視界が広がるから不思議だ。
小説に抽象絵画の挿絵が入ると、画家の自己満足のようにしか感じられないのだが、詩と抽象絵画・版画が寄り添うと、互いの価値が更に上昇するのを感じる。
堀井は高見順らの詩集に印象的な作品を残している。

府中へ。もう道路工事も終わり、舗装された道は何事もなかったかのような、以前からこんなですという風に人を歩かせる。
藤棚へ。130426_1127~020001

ここの藤は色の濃淡が綺麗だった。
藤色は一色ではないのだ。130426_1127~010001


府中市美術館「かわいい江戸絵画」後期へ。前期にも来てるので、後期は半額。
とにかくかわいい。可愛すぎて困る。ニマニマしながら会場を歩く人も多い。やっぱり日本人は「かわいいもの」好きだから、ついつい喜んで口元目元がゆるむのだ。
春の江戸絵画祭り、本当に毎年いいものを見せてくれる。

桐の木もある。紫の花が咲いているがちょっと遠すぎたか。130426_1140~010001


武蔵小金井へ出る。
バスに乗りながら叔母の家のほうを見る。むかしはこのあたりバスがなかったように思う。あっても乗らなかったのかどうか定かではない。昭和50年代の話。叔母は今一人暮らしなので会いに行ってやりたいとも思うのだが、私に時間がない。遊ぶのに忙しいのが第一の理由だが、今度はぜひ叔母を連れてたてもの園にでも行きたいが、叔母がそれを好むかどうかすら不明なので、二の足を踏んだままだ。

三鷹へ。風が強い。天気予報では突然の雷雨が・雹がとあるが、とりあえず強風。
実は今回、ジブリ美術館へ行ったのだ。世紀末芸術の挿絵を見るために。
近年のジブリに対して反発しているわたしだが、それとこれは別でやっぱり行くと楽しかった。
なにしろ建物空間がまず魅力的なのだ。
そこに大いに惹かれる。
塔がある、それだけで素敵。130426_1400~030001

自然の中に。130426_1403~010001

全てのガラスがひずみを見せたり文様を見せたり。ステンドグラスもジブリのキャラたち。
お手洗いなどの水周り機器はレトロなフランス製だったり。

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外観だけ撮影可能だが、この内部空間には本当にときめく。

挿絵はパネル展だが、予想以上の満足感があった。
これについても詳しく書きたい。

映画は見なかった。絵本があるのでそれだけを開いてパララララと動かした。
ちょっと面白い。
いいところなので、あと係員のレベルがディズニーランド並みに上がれば、なおすばらしい。

にせの入り口受付のトトロ。130426_1400~020001

出てから振り仰ぐと…130426_1528~02


山本有三邸を横目に見つつ駅前の美術館へ。
畠中光享さんのコレクションであるインド細密画と染織品とを見る。
以前から一部は京都で見ているが、こうして一堂に会すると本当に見事で、どきどきする。
額装にインドの染織を使うあたりもセンスがいい。
喜んで眺めた。
わたしはやっぱり物語性・叙情性の高い絵画が好きだ。

久しぶりに吉祥寺へ出た。
佐々木マキ見本帖をみる。
「やっぱりおおかみ」の絵本を持っているが、その原画が出ていた。ほかにも絵本の代表作と、村上春樹の作品の装丁など。あとは京都在住なので、その界隈の面白い写真が並ぶ。トマソンの部類。こういうものが私も大好きなので楽しい。杉浦茂を思わせるオバケもあり、ぶた・うさぎ・ぞうが可愛い。
後期にも来たい。

有名な店のメンチカツを買うのに並ぶ。二階から店主らしき人がその行列を見下ろしている。10分ほどで買うたが、熱々なのはいいとして、中が赤いままなのは困る。余熱で中まで浸透させるのか。
紙にはそう書いてあるが、10分後もまだ赤いままやん。
後でレンジでチンするしかないか。

中野で東西線に乗り換えて近美へ。ベーコン展。
こちらも抽象も抽象なのだが、朝1に抽象版画を見たためか、すんなり見ている。
わけがわからないというほどではないのは、人間が描かれているからか。
しかしそこに描かれている人が何なのかとかどうなのかということはわからないまま。
とはいえそこにあるのは紛れもなくヒトであり、ベーコンと関係のある人間なのである。
事前に何のレクチャーも受けずに来た割には息苦しくもなかったが、それでも途中で飽きたのは、やっぱりわたしが絵画に物語性・叙情性を求めるからだった。
しかし土方巽の映像が見れたのは望外の喜びで、これは延々と眺めた。
立つことの出来ない足、開かれ、折り曲げるようになっても立たない。
静かで美しい音楽が流れる中、床に這いずる身体。
布と何かを接着した身体はぼろぼろのようにしつらえられている。
醜さと共に異様なせつなさを伴う美しさがある。
映像で見ることが出来てよかった。
リアルタイムに実演を見ていれば、こんなに冷静ではいられない。

常設で、「見るものが多すぎて何を見ればいいのか、というリクエストに応えて」的なことが書かれてて、それでこの展示方法です、とあるのにはちょっとわたしとしては疑問というか・・・正直「なんでやねん」ですな。観客ももっと自己のレベルを上げるべきというか、ここで勉強するというか、勉強はつめこみだ!というか、まぁ色々モヤモヤが湧くわい。
菊池芳文の吉野山の桜を描いた大きな絵がたいへんよかった。花びらを描くときにところどころ胡粉を盛り上げているので、それが花びらをリアルに見せている。
花がこぼれる、という雰囲気。いいものをみた。

まぁさすがに疲れたので初日はここまで。

CLUB 110 セレクション「パッケージデザイン」展

春秋に開催されるクラブコスメチックス文化資料室の企画展が、今季は土曜も開室という嬉しい状況になった。
喜んで出かけると、CLUB 110 セレクション「パッケージデザイン」展ということで、110周年にあわせて110点の展示という趣向だった。
うまいタイミングに来たものだから、独占しつつ、お話もたくさん伺い、非常に充実した時間を過ごせた。
ありがとうございます。
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さて110年前というと1903年・明治36年ですな。
ああ明治36年…この年、泉鏡花の長編「風流線」が世に出たので、私には忘れられない年。
一方、日露戦争前夜ということでもある。うう、「坂の上の雲」だ…
そんな頃に中山太陽堂が創業されたのだった。

1903年のヨーロッパのアートの潮流はまだ世紀末芸術の流れの中で、フランスではアールヌーヴォーが活きていた。
それらが日本に入るには、当然ながらタイムラグが生じる。
その結果、日本人がアールヌーヴォーを採り入れ、そこから作品を生み出していく時期に、次の流行のアールデコと混ざり合うようなこともあったろう。
ここにあるクラブ化粧品の商品パッケージを見ていると、そのことを感じる。
シャープなデコに可愛いアールヌーヴォーが混ざり合う。こうしたところにこそ、日本の折衷文化のよさがある。

クラブ化粧品のデザインの流れについてはこちらを。
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面白いのはクラブ化粧品のイコンたる「双美人」が勢ぞろいしているコーナー。右向き・左向き、顔だちも違ってたり、石版画風なものや日本画風なもの、違いが際立っている。
一つだけで見ていたらその違いに気付けないけれど、こうして集合していると、自分の好みの双美人も出てくる。
面白い。それにしても少女版まであったとは。少女は大きなおリボンを頭に結んでいる。
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紙箱の展開がある。なにやら日本列島の本体に似ている。その日本列島に似た躯体にクラブ化粧品の文字と可愛らしいイラストが入る。
華やかな日本列島。

化粧品一式を綺麗にセッティングできる棚が2種ばかり出ていた。これは以前、芦屋市立美術博物館にも出ていた製品で、その時からわたしも憧れている。
可愛くて欲しくなる。こんな可愛らしい棚に、綺麗なデザインの化粧品やその箱が置かれていたら、それだけでわくわくする。
本来の使用目的から離れるかもしれないが、アクセサリーや自分の好きな何かをそうっと置きたくなる。
こうした棚は朝鮮の薬箪笥や、螺鈿の鳥籠や、蒔絵の提重などと同じく、とても愛しい。

現代に近づくほどパッケージデザインが面白くなくなってくる。その分シャープになる。やはり戦前までのデザインがいい。

小さい企画展だからこそ、その空間そのものを賞玩したくなる雰囲気がある。
いつもいつも本当に楽しい企画をありがとう。

5/31まで。

宝塚ホテル

宝塚ホテルに久しぶりに出かけた。
まずティータイムを楽しむ。
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わたしはモンブラン、友人はイチゴショート。
そしてアップルパイは半分こ。IMGP1309_20130422153733.jpg

ピアケラーでくつろぐ。その室内。
素敵なシャンデリアIMGP1316.jpg

少し目を下げる。IMGP1315.jpg

窓も見えてきた。IMGP1314.jpg

アールデコ風味の窓IMGP1313.jpg

柱の装飾もいい。
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ドアそばのガラス。きれい。
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こんな窓がほしい気もする。IMGP1322.jpg

形の珍しさがいい。IMGP1320.jpg

優雅なティータイムでした。IMGP1321.jpg

廊下に出る。そこの照明もいい。IMGP1323.jpg

陰翳礼讃IMGP1328.jpg

廊下から見たガラスIMGP1324.jpg

飾られた絵もいい。IMGP1325.jpg

歩こう。IMGP1326.jpg

宝塚ホテルの模型。IMGP1327.jpg

うっとりする。IMGP1329.jpg

椅子も素敵。IMGP1330.jpg

さすがは宝塚歌劇の観劇のお客さんが多いだけにロマンティック。

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階段もいい。IMGP1333_20130422155356.jpg

歌劇のキャラ気分で眺めよう。IMGP1334_20130422155429.jpg

窓から見た中庭。IMGP1335.jpg

雨に濡れた瓦もロマンティック。IMGP1336.jpg

壁のタイルもレトロ。IMGP1337.jpg

その壁にはかつての日の宝塚ホテルの写真など。
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近年の舞台写真も。IMGP1342.jpg

回廊をゆく。IMGP1341.jpg

小磯良平の緞帳下絵を飾る壁面。
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小磯は新阪急ホテルにも巨大な壁面装飾作品がある。
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やはり優美なところが宝塚にふさわしい。IMGP1345.jpg

再び中庭。IMGP1346.jpg

階段装飾IMGP1347.jpg IMGP1350.jpg


お菓子で作られた阪急電車がある。
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窓もこんなに細かく作られている。IMGP1349.jpg

外へ。IMGP1355.jpg

可愛らしいところがやはりヅカにはふさわしい。
♪スミレの花咲くころ~
この歌に合わせてスミレの装飾。IMGP1352.jpg

先ほどの窓も。IMGP1351.jpg

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またこんどね。IMGP1354.jpg

ちなみに宝塚ホテルのケーキは阪急沿線の主な駅ナカ・ 外にショップがあります。
そして宝塚ホテルのショップには日常品の販売もある。それも味気ないものでなく、バラ柄などの優美なものばかり集められていて、惹かれます。

阪神間から神戸・姫路までのミュージアムのレストラン・カフェ情報

凡例:館内にカフェ・レストランあり=○ なし=x 無料空間にカフェ・レストランあり=◎ ぜひとも一度ご賞味を=☆

尼信世界の貯金箱  x
西宮市大谷記念美術館  x つい先日閉店…
頴川美術館  x
白鶴美術館  x
香雪美術館  x 茶席の支度あり。
世良美術館  x
伊丹市立美術館/柿衞文庫  xただしこの界隈は「みやのまえ文化の郷」というゾーンになっていて、その意味では隣接する白雪酒造の「長寿蔵」レストランも含まれるかもしれない。
宝塚市立手塚治虫記念館 休憩コーナーのような感じ。
大阪青山歴史文学博物館  x 
芦屋市立美術博物館  ◎敷地内に可愛いカフェあり。
白鹿記念酒造博物館(酒ミュージアム) ◎酒蔵のほうにレストラン・カフェ。
小磯良平記念美術館 ○ 
兵庫県立美術館 ◎
横尾忠則現代美術館 ◎
神戸市文学館  x
神戸市立博物館 ○
明石市立文化博物館  ◎
姫路市立美術館  ○
姫路市立文学館  x
兵庫県立歴史博物館  ○
日本玩具博物館  x
絵葉書資料館  x
兵庫陶芸美術館 ○ 

☆ 商業施設の中にあるミュージアム
神戸ゆかりの美術館
神戸ファッション美術館 
BBプラザ美術館

阪神間と姫路界隈までしか挙げてませんが、それ以外の地域はまたどなたかにお願いします。
なお基本として、兵庫県下のミュージアムに入っているカフェ、レストランはみんなレベルが高いです。

幽霊・妖怪画大全集の「妖怪画」

幽霊・妖怪画大全集の「妖怪画」の感想を書く。
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さてここからが妖怪。
百鬼夜行絵巻、付喪神図などの可愛い妖怪が数を恃んで出てくる出てくる。
実際のところこういう連中を見るのが楽しくてならない。いいものがたくさん集まっていて、まさにオバケ日和!

神農諸病退治図 芳虎がこの絵を描いたのは世情騒がしくなる寸前の弘化四年から嘉永五年あたりらしい。
神農は薬の神様、というのはこのブログ上でたびたび書いておるところですが、ここでも神農さんが指揮して薬軍団と諸病とを戦わせている。
「本町  園」とか「ウルユス」の旗印が見える。「ウルユス」は大阪くらしの今昔館の常設展示の町屋にも展示がある。
なんだかとても親しみがわく。

佐脇嵩之 百怪図巻 妖怪図鑑。水木しげる先生の先達のような。ここにある「やまびこ」はどことなく犬ぽくもみえる。
18世紀半ばまではやっぱりお化けも真剣に描かれる。

幕末から明治初期の「怪奇談絵詞」はやっぱりなんだかんだ言うても文明開化の余波というか開国の余波が来ている。
カラスと犬が合体したカラス犬なんてのは赤塚不二夫の「ウナギ犬」の先輩筋だろうが、「オロシャ人魂」はやっぱり時代を感じさせる。
きっとゴローニンはご浪人、サスケハナは佐助花という感覚。

さて鬼が出てきましたか。
大津絵の鬼は可愛いし、そのキャプションもなかなかいいことを。鬼の念仏。
ここでは案外芳年の絵が多い。
鬼と言えばやっぱり大江山の鬼ですな。
それと渡辺綱と茨木童子の話。今も「戻橋」として歌舞伎の演目にある。

綱が物忌みをして立て籠もる家のうちへとぼとぼと老婆が訪れ戸を叩く。
問答の末、綱は情に負けて乳母だか叔母だかを家のうちに入れてしまう。
老婆はこの厳重さに驚き訝しみ尋ねる。
綱はとうとう封印していた鬼の腕を見せる。
のぞきこむ老婆の目玉が飛び出しそうである。

鬼が腕を取り戻して正体を見せるシーンより、この老婆が箱の中を覗き込むシーンが一番怖い。
昭和前半に中村芝鶴という役者がその絵を描いていて、妙なナマナマしさがある。

この当時までは六世梅幸が「戻橋」の茨木の役者として名高かった。
梅幸の「梅の下風」だけでなく、聞き語りの本にも色々なエピソードが載っている。
梅幸はあるとき、さる人の屋敷へ招かれたがそこでは茨木の趣向を望まれていることを察知し、その通り動き、ついに箱の中を覗き込むと、そこにはやっぱり巨大な腕がある。
何とか持ち上げて「腕を取り戻したぞ」と叫び、そのまま帰宅しようとすると、その場にいた数奇者たちはあわてて止めに入った。
実はこの鬼の腕に見立てられたものは、さる寺社の門を守る金剛力士像のものをそぉっと借りてきてのことだったのだ。
梅幸はこのことで一同から感嘆され、その後この全員から深く支援を受けたそうだ。


天狗も前後期で四点ばかり出るようだけど、天狗を妖怪の仲間に完全に入れるのもちょっとあれかなと思いつつ。
そういえば天狗といえば稗史では、魔界に落ちた崇徳院の家来の天狗たちは、為朝主従を救い、鞍馬山の天狗は遮那王牛若丸に武術を教え、政権をとった源頼朝は後白河法皇を「日本一の大天狗」と罵り、酔っ払った北条高時は天狗らと舞い舞いして滅亡へと向かう、そして伊賀局に諭される天狗・・・といった逸話がある。
能では「花月」などなど誘拐者としての天狗の姿がある。
ここでもそんな天狗たちの姿がある。
展示にはないけれど、八百万の神様のうちでも、太郎坊権現は天狗の面をかぶって花のかんばせを隠すという話もあった。
親しみやすい天狗はかこさとし「だるまちゃんとてんぐちゃん」そして大仏次郎「鞍馬天狗」か。←ちょっとチガウ。

しかしなんというても実は人間というものがいちばん怖いのでした。
国芳 摂州大物浦平家の怨霊顕るる図 追っ手をかけられた義経一行が九州へ逃れようと今の阪神尼崎の大物浦から船出したものの、海で死んだ平家の怨霊たちに邪魔されて、とうとう北へ向かって逃げる羽目になった。
この大物浦の絵は国芳がいくつも描いているし、近代では前田青邨の名画がある。
妖怪画として見るならば国芳の絵はまさにそうなのだが、「怖さ」と言う点では、実は青邨のそれの方がわたしは怖い・・・・・・

さて明治になり西洋文化が入り込んだおかげで、オバケも幽霊も日本から居場所がなくなりそうになりました。お釈迦様ご一行まで一時「廃仏毀釈」の憂き目に遭うてんから、そらオバケらも肩身がせまくなりますわな。
とはいえ吸血鬼や狼男やゾンビが横行するわけでもなく、やっぱり日本には日本らしいオバケ、幽霊がなんとか生き延びるのだが。(幽霊は元から死んでるからあれですが)

東京日日新聞などの怪談というか怪異譚の読み物が出てくる。
芳幾や芳年らが描いたそれ。尤もこの手の三面記事は、オバケよりも生きてるヒトの方がずーっとずーっとエグかったり、酷かったりするので、新聞読んだオバケらもうなるばかりでしたろうな。

物凄い顔の西郷隆盛の絵がある。芳年。西南戦争の翌年に出た絵で、冥界から西郷さんが奉書を出すというものだが、その真正面顔の怖いこと・・・びっくりする。
「番長」とキャプションついてるのに笑ってしまうけれど。

芳年はほかに「和漢百物語」が出ていた。
「清姫」はよく見る絵だが、こういう展覧会で見ると、清玄と並ぶ日本を代表するストーカーであり、怖い存在だと知る。

役者絵が禁制だった時期に描かれた「当ル奉納願お賀久面」、国芳の巧妙さにうなる。
規制があるからよけい燃えるわけですなあ。
この絵を最初に見たのは原宿のdo!family美術館でだったな・・・

応挙の孫の応震の妖怪図がすごい。どうすごいかと言うと、あばら家らしきところで、琵琶法師みたいなかっこした妖怪がぐったり疲れてへたり込んでいる姿を描いているのだ。
やさぐれ寸前。いやいや、もうそれも通り過ぎてるか。なんかこういうお疲れなオバケは初めて見る。というか、ほかにそんなのがいるのか??
彼は「妖怪カルタ」の「ん」を担う妖怪でもある。「真っ白に燃え尽きたぜ・・・」ではないが。

さてさて可愛らしいのが「妖怪動物園」。
日本画でも工芸品でも「動物園」と題されたものは集客率がいいね。
わたしなんぞもいそいそと出かけるよ。

歌舞伎で名高い岡崎の化け猫を描いたものがある。ネコが寄り集まって巨大ネコになる芳藤の絵もいいが、こちらの国貞ゑがく巨大化け猫もいい。
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これは国芳にもいい絵があって、大ネコの子分の普通サイズの化け猫たちが豆絞りで踊る姿の可愛いのがある。ここには出ていないが、数年前の府中市美術館の国芳展では「ネコもがんばってます」とパネルになってたあやつ。いいな~~~

明治になってからは、周延の佐賀の化け猫絵もある。これは昭和の半ばまでよく映画にもなった鍋島の化け猫騒動。わたしは「おばけを探検する」で読んで以来、この話が好きだ。
そりゃ化け猫で鍋島家に仇なすけれど、一方の龍造寺家には報恩のネコさんですがな。
子供の頃からずっとそう思っている。

ネズミは頼豪阿闍梨の縁があるので、それが出ている。国貞。
そういえば日本の怪談でネズミといえば、やっぱりこちらよりもお岩さんでしょうね。
子年のお岩さんは死後にタタリ為すとき、ネズミを操っていたよ。

狐は白蔵主に葛の葉に忠信ですか。前の二者はここにも展示がある。
狐と言うより何か別な生命体のようなのが、金毛九尾の狐。国久の狐退治の絵があった。
天竺~殷~本朝とこの狐は国を滅ぼすために渡り歩いていたなあ。
キャプションでは「ナルト」の説明があったけれど、わたしは「うしおととら」や、わたなべまさこ「白狐あやかしの伝説」を想うのです。

蝦蟇が出てきた。児雷也に天竺徳兵衛が蝦蟇使いだが、国芳の「蝦蟇手本ひゃうきんぐら」を見るとやっぱり笑ってしまうなあ。

化け物退治の実録ものまである。福岡の宗像郡での話。
たぶんタヌキなんだろうと思いつつ。
そういえば、退治ではないけれど、日本の妖怪の大群といえば、「稲生物怪録」が出ていないのが残念だったな・・・

ああ、本当に面白い。もう一回り二周りしたいけど、大繁盛中なのであきらめて、後期を待つことにした。

ところでここでは「YKI48」妖怪48の選挙があり、人気投票してました。
わたしはちょっとへんな蛙に一票。
この投票所の灯りがちょうちんと言うのがまたムードを盛り上げてくれるぜ。
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最後に大阪会場だけの特典があった。
大阪は大坂の時代からずっとオバケや幽霊の絵巻や資料があるので、それが出ていた。
若冲のどくろ、耳鳥齋の地獄もの、そしてカッパの絵など。
また大蛇の骨まである。頭蓋骨ですとさ。
そしてびっくりしたのは、年一回しか公開しない大念仏寺の幽霊画が何枚か来ていたこと。
これは本当にすごい特典だった。
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後期もすごく楽しみにしておるのでした。

幽霊・妖怪画大全集 (幽霊画まで)

大阪歴史博物館の「幽霊・妖怪画大全集」初日にでかけました。
普段あんまり初日に出かけることはしないけど、この展覧会は早く見たくて気がせいて、うずうずしてたので初日。
もしかしたらうずうず小僧が憑いてたのかもしれない。←そんなオバケ知らんがな。

展覧会見る前に珍しくサイトをチェックしたけれど、それがまためちゃくちゃ面白いサイトで、特設サイトでこんなに面白いのは初めて見た。
ぜひそちらも「要チェックや!」←なつかしの「スラムダンク」の彦一の口癖。
こちらからどうぞ。

六階の特別展示室へついたらヒトダマならぬヒトのコダマでわいわいしてる。
大繁盛、大人気。
入り口には暖簾。後で気づいたけど、全ての章ごとに暖簾の絵柄が違っている。
幽霊コーナーは幽霊、妖怪コーナーは妖怪、芝居系はそれ。
きちんとオバケなり幽霊なりがご挨拶申し上げるわけです。
ところで、それぞれの展示作品に学芸員さんらのつけたキャプションが最高なのだよ。
これを読むだけでもかなりこの展覧会が楽しくなってしまうのだ。
こういうのはハジケた板橋区立美術館の専売かと思ってたから、もうホント、面白くて仕方ない。
今から展覧会に行かれる方は、絵を見てゾワゾワしつつキャプション読んでニヤニヤしていただきたい。

こちらはチラシ。nec303.jpg
国芳の「相馬の古内裏」の大ガイコツ。
最初に見たときから「どう見ても笑うてる」と思ってたが、世間もそう思う人が多くて嬉しい。

そしてこのチラシはなかなか凝っていて、髑髏をめくると・・・
(中身なしでホネばかりだけど、めくれるのだよ)
こんなの。nec304.jpg

いや~~犬神から土蜘蛛からぬっぺらぼうから・・・まぁオールスターキャストですな。
このチラシ見るだけでも期待度ハンパないです。
チラシコレクターのわたしとしては、綴じるのにちょっと今からアタマ痛いですがな。

まずはガイコツから。
名古屋の応挙展にも出た、波の上で座禅するガイコツ図がお出迎え。
今回はそこに、弟子の原在中が模写と言うか同時期に描いた同じ構図で、背景なしのガイコツも並ぶ。
無常観より「ああ、今スカルって流行ってたな~」というのを思い出させてくれた。

次に芦雪の「九相図」がきた。対幅で、唐美人が死に、野に捨てられ、爛れ、食われ、やがて塔が建てられるまで。
唐美人のそれを見るとわたしなんぞは夢野久作「ドグラマグラ」を思い出すね。
こちらは掛け軸だけど、あの小説では巻物で、それが先年以上にわたってタタリをなすのだった。

髑髏といえば忘れてはならぬのが、清盛を脅かそうと出現した髑髏たち。
雪景色に見せかけて、実は髑髏の塊。
広重のが出ているが、この題材は浮世絵師には好まれたか(ファンの求めもあるし)、他の絵師らも描いている。

さて、いよいよタイトルロールの一つ「幽霊」といきましょう。
日本画の世界では、応挙が足ナシ幽霊を描くまでは、上半身を描かずとも足だけ描いた挿絵などもあった。
それが応挙このかたみんな足すぼみ。これが日本画の幽霊のスタンス。
(足なし幽霊にスタンス=立場もないか)
応挙による一大変革。
その応挙が何で足なし美人の幽霊を描いたか、という逸話を子供の頃に「えとき 怖い話」で読んで以来、かなり長い間わたしにとって応挙=恐怖の巨匠だったな~
話というのはこう。
あるとき応挙はさる旅館でそこの娘が病に伏しているのを知り、偶然見かけて胸を衝かれる。その娘をモデルに美人な画を描いたが、娘は死ぬ。
リアリズムの大家・応挙ゆえに見たことのないものは描けない。(だからトラは猫ポーズだったりする)
それがこういう手法を思いつかせたらしい。

応挙先生の幽霊はさすがにとても美人。生きてる女を描いたものより一層綺麗にも見える。優麗というべきか。配色は無論薄暗い。
また表装は薄つまり枯れ尾花を描いていて、その中に佇む(浮かぶ)幽霊という全体構図。…幽霊で浮かばれてたら往生して現世から消えてますか。

美人幽霊勢揃いというわけにはいきません。なよなよと死んでふらふらと出てくるのは大して怖くもないが(いや、怖いけど)、見るからに恨みを飲んで祟ってやる的な顔つきのがまた、多いのですね。
歯並びなんぞも乱杭歯になったり。生前きちんと歯磨き(楊楊枝のがある)してても、こんな風になってまうようです。

応挙先生で怖い顔の幽霊も並んでいる。尤も先の美人もこちらの怖いのも、真筆か弟子の手かわからないのですが。
同時代の円山派が描いたのは確からしい。

無念なり~というツラツキの幽霊も少なくはないけど、下のキャプション読むと、途端に明るい気持ちになり、「うんうん、わかるけど早く成仏しようね」と言いそうになる。
それにしても江戸文化はやっぱり幽霊・妖怪が大好きだとつくづく思うわ。
「百物語」も江戸時代には欠かせないし、読み本も芝居も落語も怪談がたんとある。絵もこうして本当にたくさんある。
面白くて仕方がない。
キャプションでも美人さんは「ホントは怖い?」で、見るからに怖そうな幽霊は「ホントに怖い」てにをは一つで随分変わります。

珍しく細身美人の幽霊を出してきたのが祇園井特。井特といえばふっくらというか、ぼってりしてたり寸詰まりだったりな生者を描くのが、亡者になるとえらくスッキリしている。

他にも谷文晁の幽霊もあるけど、こっちは青白くニヒルに笑っているような。ちょっと「カムイ」に出そうな変な男みたい。つまり着物の柄に「不死身不死身」と書いてあるのを着るようなタイプ。

芳幾の窓から覗く幽霊が怖い。こういうのがけっこうトラウマになりますわ。
可哀想になる小林永濯の「お菊」とは大違い。

発想に!!となったのが、小林清親「四季幽霊図」。「四季」です、「死期」やないです。
春夏秋冬の幽霊。いや~この発想はなかったなー。面白いわ。
いずれもなかなか美人の幽霊ばかり。

締めくくりは今回の「幽霊・妖怪画大全集」の元々のコレクター・吉川観方が昭和23年に描いた「朝露・夕霧」という二大亡霊の化粧図。
お岩さんとお菊さん。巧いタイトルだし、そこに込められた想いを慮ると、それはそれで涙が滲みそうになる。
イメージ (78)

歌舞伎の幽霊画は当然ながら浮世絵。幕末から明治半ばまでの、色彩の濃い・構図の面白い・表現の激しい世界。大好き。
北斎の「百物語」のスターお岩提灯を引用した絵がやっぱり面白い。
「四谷怪談」はもう本当に見所満載で、大好き。
戸板返しもある、仏壇に引き込むのも後から小さく出てくる。
ああ、全編面白くて仕方ない。

国芳の作品が多い中、国貞も色々ある。
元祖ストーカーと呼ばれた清玄や、累に小幡小平次などなど。
白縫譚の絵も出ていて、わたしとしてはそれが見れただけでも嬉しかった。

国芳の木曾街道ものはけっこうバケモノ絵なのに残念ながら全部を見る機会がなかった。
今回も「細久手」一枚を見るばかり。
これはまたシャレが利いていて、白―い長い手が伸びてるのが巧い。

国周の明治20年の「因幡小僧」の大蛇に飲み込まれて命からがら逃げ出したものの、毒かタタリか相好の変わった才次郎の絵がある。しかし役者にハメてるから、決して醜くは描かない。むしろかなりオトコマエ。

その五年後の「牡丹灯篭」の絵がある。三遊亭円朝が喋った噺で、応挙この方なくなっていた幽霊の足が復活。「カランコロン」という下駄の音はゲゲゲの鬼太郎だけではないのだ。

ちょっと長くなり過ぎそうなので、ここまでで一旦終わり。つづきはまた後。

なにわユーモア画譜

昨日は大阪市営地下鉄の土日エコ切符600円を使って縦横に動いた。
湯木美術館、INAXギャラリー、クラブコスメ文化資料室、大阪歴博、大阪くらしの今昔館、造幣局桜の通り抜け、といいコースだと思う。出発終着共に梅田だから7回乗り降りしたことになるから、ものすごーく効率がいい。
さて、今日はくらしの今昔館の「なにわユーモア画譜」について。

この展覧会は知らなかった。しかし最初に行った湯木美術館でチラシをもらって早速予定に組み入れた。
こういうことがあるからチラシやポスターは大事なのだと思う。
なんにせよ機嫌良く初日に出かけた。

「なにわユーモア画譜」展は「関西大学所蔵大坂画壇コレクションを中心に」と副題があるとおり、関大の持つ近世・近代大坂画壇の絵画の内からちょっとオモロイものと美人画とを集めている。
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展示室に入る前に「稲荷狐図」があった。森二鳳。
鳥居の向こうに倉があり、奥には母屋がある。母屋の座敷の雪見窓からこちらを見る男女がいる。彼らが見るものは何かと言えば、鳥居の手前に山積みされた何かの財宝を倉に運び続ける狐たちの姿なのだった。
狐たちは二人の神官の指揮の下、揃いの赤法被を着て懸命に働き続けている。お稲荷さんの加護による仕事をしている。
めでたいだけでなく、楽しい絵。
入ってすぐに江阿弥の「蘭亭曲水宴図」を描いた襖四枚が現れた。丁度真ん中くらいか。この襖も本当はもっと長く続いていたろう。

美人画がある。
月岡雪僊 江口之君 象が鼻を真上に高く上げているが、その背に座る江口之君は象の鼻にひもをつけている。
美人はフルカラー、象は墨絵。江口之君の着物は藤の打掛など。

その次にはお多福が寄り集まった「百福図」林文波 これは与謝蕪村を本歌にした図で、近くにいた小学生が「ちゃんと百人おった」と言うてたので、やはり百人いたのだろう。いろんなことをするお多福たち。女が集まればなにをするか、案外今と変わらないのかもしれない。

耳鳥斎の絵がいくつもでていた。
今日ちょうどこの前にみた大阪歴博「幽霊・妖怪画大全集」にも耳鳥斎の「地獄」が出ていた。
それとは別バージョンの地獄絵巻が出ていた。どちらも伊丹市立美術館で以前に見ていると思う。
タイトルは「別世界巻」。
「なんとかの地獄」と名付けられていろんなシーンが続く。要するにファンキーな鬼たちが人間をいろいろやらかすのだが、それがまた人間たちがミョーに嬉しそうというか楽しそうなのである。みんなニコニコ。
キセルにされてたり線香にされて燃やされたり、飴にされたり生け花にされてる姿などはなかなかシュールだった。
「歌舞伎役者の地獄」だと大根炊きされたり「人形遣いの地獄」では鬼によって人形そのものにされたり・・・面白い。
これで思い出したが「アカギ」のワシズさまが現在臨死体験中で、鬼の世界で大暴れしているが、そこにいる亡者たちは「焼サンド要員」「おつまみ要員」などだった。
この耳長斎の人間らとさして変わらない存在。

十二ヶ月図 正月は鬼の年始参り、二月はお稲荷さんの狐拳、三月はお雛様のデート、十月は紅葉狩の達磨、十一月は神農がぜんざいを振る舞われている。(この月の22、23日は神農祭りで、古くから現在まで大阪の道修町で毎年盛んに行われている)

チラシ左上の「地デジカ」そっくりの鹿も耳鳥斎の作品で、赤いコウモリ、霊芝などの吉祥文様と共に描かれている。

石臼侍 由縁斎貞柳 チラシ右下の顔が石臼の奴さん。そして賛には我慢がどうのとある。

赤鬼・青鬼図 森一鳳 「藻狩舟」で人気の一鳳(もぉかるいっぽう、というシャレ)。 これは対幅で、右が赤、左が青なのだが、めちゃくちゃかっこいい。男臭いかっこいい鬼たち。赤は正面向きでムンッとしている。青は横向きで手にした金棒がまるでエレキギター、パッと見にはロックスターにしか見えない。うむ、めちゃくちゃカッコエエ♪♪

児童玩具図 忍頂寺静村 チラシの大半はこの絵。スキャンされたハサミなどは「ハサミマン」と名付けられたりしている。そのハサミマンの隣は栗坊主。ちょっと皮肉な目つきをしている。鯛車のお鯛さんなんかは、真っ赤で目が大きくて口が大きくて、それだけで可愛い。
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曝書図 菅楯彦 本の虫干し中なのだが、自分の頭にも本をかぶせて働くおじさんは画家本人か。そして本のほかにも鎧甲がある。助演男優賞のような甲冑姿。
これは随分前の大丸心斎橋での関大所蔵展で見ている。

楯彦とほかの画家とのコラボ作品「きつねのよめいり」絵巻も出ていた。黒々とした稲荷山の夜、嫁入り行列はシルエットに近く、提灯の宝珠文様だけ朱。最後に秋の野。

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名所図もいろいろ出ていた。
浪速名所帖 生田南水 天神さんの牛像、新清水寺。
大阪風景画帖 久保田桃水 天神橋と城、蛸の松、松が鼻、安治川、大川に架かる虹、桜宮、釣鐘屋敷。
大阪名家肉筆画帖 森一鳳ほか 松が鼻、新清水料亭浮瀬、長柄の桜、御堂の雪、四ツ橋の雨、住吉の正月、南御堂の穴門・・・

美人画が並ぶ。
岡田東虎 姉妹の像 籠いっぱいの菊に水をやる妹とそれを眺める姉と。

野口小蘋 美人図 中華風机には墨絵の花、手前二人芸妓は華やか。

岡本大更 紙治 これは二世鴈次郎で、初代の「ほっかむりの中に日本一の顔」の息子だが、たいへん美青年に描かれている。わたしは二世鴈次郎といえば映画の方が頭に浮かぶ。若い頃、こんなにも綺麗だったとは。(「雁の寺」「炎上」「浮草物語」など出演)
表装は床本をモティーフにしている。 

北野恒富 春の夜 この美人画は前述の大丸での展覧会でも評判になったもので、さすが大正期の恒富らしい艶かしい女。赤と白とピンクの美。この絵の先行作品「花」は弥生美術館にあるようだが、長くそこの会員たるわたしでも、まだ弥生では見てはいない。東京ステーションギャラリーで見ただけ。
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月岡雪斎 王朝人物図 小松引き、曲水宴といった雅な行事のほかに端午の節句の薬玉、卯の花のにおう垣根に杜鵑はやもき鳴きて・・・歌詞の通りの情景、ミニ水車で遊ぼうとする・・・など平安貴族の楽しそうな様子を描く。

動物画も少し。
森狙仙 猿之図 露草とエテコ。

鎌田厳松 三疋之子犬図 芦雪風な可愛くてちょっとファンキーなわんこたち。茶白二匹と白と。可愛いものは逸見ても可愛い。

蔀関月 士農工商図 三幅に大原女、稲刈り、船造りの人々が描かれているが、二本差しはちょっと見当たらなかった。

松川半山 百老婆図 絵巻。先のお多福100は縦、こちらは横。琴弾くのを聴いたり、昔風の双六をしたり、坊さんの話を聞いたり、百万遍の数珠繰りをしたり、発句をしたり、団扇を持って孫と遊んだり、お針仕事をしたり、洗濯・臼引きをしたり、茶をたてたり。
なんだかんだと忙しいらしい。

中井藍江 槙檜群鹿図 金地に墨でよく肥え太ったシカたちが槙や檜の林の間をうろうろ。

吉村周圭 花鳥図屏風 金地に白梅が咲き、鴛鴦のオスは枝に立ち、メスは水面に俯く。中空に華やかな色彩の鸚鵡が飛ぶ。緑の丘が右手に開くが、配色にちょっと違和感がある。

最後に今回の展示から可愛いもの「NYG48」選挙と言うことでなにか面白い・可愛いものを選ばねばならない。ベタな名称ではある。hでなくyを使う辺りもベタなのだが、それにすんなりのって、わたしはあの可愛いわんこにした。
そして番外で美人コンテストもあり、そちらは恒富の美人を推した。
5/13まで前期ということで少しばかり展示替えもあり、最終日は5/26。

茶の湯の漆器 利休と不昧のデザイン 1

湯木美術館の春季展は2期に分けて「茶の湯の漆器 利休と不昧のデザイン」展。
とりあえず1期に出かけた。

ガラスケースの中に茶の湯の漆器類が納まっているわけだが、それを見る寸前に、壁面にかけられた写真パネルを見ることになる。
展示品のうちからいくつかの漆器が選ばれて、そこにたいへんおいしそうなお料理が載せられている写真である。
湯木美術館は稀代の料理人・湯木貞一さんのコレクションで成り立つのだから、このお写真は即ち湯木さん、もしくはその衣鉢を継ぐ料理人の手による、見事な「作品」の様子を写しているのだ。
ああ、こんなものを最初に見ては、ヨダレが湧くばかりではないか。
後で詳しくそのメニューを書き出す。

まず可愛らしい棗を見た。
杜若蒔絵小棗 梨子地が鏤められていて、八つ橋と杜若が配置よろしく展開する。
住吉蒔絵平棗 山本春正作。金銀蒔絵、截金、梨子地と色んな技法で飾られており、そこに住吉の鳥居と太鼓橋と松林がある。松は金と酸化した銀とで表現されている。
ほかにも可愛らしいお仕覆なども展示されていた。
掌のうちで撫で回したくなる可愛らしさがある。

次は香合。
亀甲蒔絵錫縁香合 毛利家伝来 金地に沃掛地、その上に二重亀甲文を置く。鎌倉時代のこうしたものは特に貴重らしい。
片輪車蒔絵香合 出雲松平家伝来 水面に顔を出す車輪がキラキラしている。水の反射ではなく、螺鈿が載せられているから。
松蒔絵丸香合 室町時代の、元は化粧セットの一つを転用したらしい。薫物だったようだ。
松の塊を意匠化して散らしている。
青貝心経香合 不昧好みの黒塗一文字丸型香合。蓋に青貝の角囲いで「心経曰無眼耳鼻舌身意」とある。シブくてそのくせ華やか。

吉野の寿司桶がある。吉野で寿司桶というたら芝居の「いがみの権太」ですがなww
つるべ寿司、一度食べたいと思ってたけど、廃業されたんでしたかな。真ん中に朱漆を縫った竹を何本も巻きつけてた。

茶箱が二つ。
猿鶴蒔絵茶箱 鴻池家・松浦家伝来 由緒正しすぎる茶箱だが、元は室町時代の化粧箱。その中に前述の松蒔絵丸香合も入ってたそうだ。
ここには松に登った猿たちの姿があり、それを無視したり、あるいはからかったりする鶴がいる。こういう絵柄はあまり見ないのでとても楽しい。
黒柿萩蒔絵茶箱 つややか。柿木の特性をよく生かしている。萩の葉に露という趣向なのだが、露は螺鈿ではなく銀鋲。かっこいい。

16~17世紀の東南アジアから輸入したものが並ぶ。
独楽柄が多い。
香合、煙草入れ、棗、盆・・・みんな◎こんな感じ。
二重丸三重丸四重丸とあって、中には綺麗な装飾が入ってたり。

一番奥のガラスケースが凝ってた。
壁面には「浪華名所図屏風」の複製パネルが上から吊られ、畳地にそれぞれ3拠点に分けて、色々な漆器を非常にバランスよく配置していた。
こういうのがセンスと言うか腕の見せ所と言うか。
非常にカッコイイ。
ここで前述の写真パネルのヨダレもののお料理に使われた品々が展示されている。

「利休形山折敷」には、たぶん乾山の「割れ山椒型鉢」に秋サバ・莫大・新芽・山葵の酢の物、ほかにごはんと、八丁味噌に焼き茄子の上に解き辛子。
見てるだけでヨダレがわく~~~

また「源氏絵蒔絵広蓋」は八寸皿として使われているようで、柚子をくりぬいた中に筋子を詰めて、鮑を隣に、車えび、そして鯛ときゅうり、京ニンジン、長芋を朧巻にして切ったもの、また貝殻に見立てた、シイタケ・かまぼこ・イカ・卵黄・松の実・金箔の練り物がある。

どちらも非常においしそうでございますがな~~~
入室直前にあんな写真を見たから、展示品にはそんなもの載せられてなくても、見てるだけでわくわくしてくる・・・

朱系統のものをみる。
抱一の下絵による酒盃があった。朱に墨絵で「ふ」の字つくし。福禄寿、舟、ふぐ、文箱、筆、富士、笛の七つ。サイン入り。
イタヤガイを模したお菓子盆もかわいい。

いつも茶会の再現をされているケースの中では珍しく将棋の対局の設えがされていた。
盤が13代飛来一閑、駒は樂惺入。こういうのも楽しい。

最後には鳥籠を模した香箪笥があった。格子の枠下に赤と白と金で出来た鼻が鏤められていた。こうした工芸品を楽しむことが出来たのは、やはり明治初期までのような気がする。

1期は4/29まで。

頴川美術館「美と歩む」/白鶴美術館「華麗なる四季花鳥図屏風」ほか

先日に続き、いくつかの展覧会の感想をまとめた。

頴川美術館「美と歩む 季節の彩り」
コレクションのうち近世から近代日本画、近現代の茶陶を中心に展示している。
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山王霊験記 これも好きな絵巻だが、見るたび新しい発見がある。山王の使者がハチだというのに「おおっ」である。サルはまた別か。ハチがやってきて何事かを伝えようとする。これがホントの「虫の知らせ」。巫女の託宣や富士の見える砂浜で塩焼きする光景などが見える。

光悦の和漢朗詠集がある。
老眼易迷 残雨裏 春情雖▲ 夕陽前
みわたせば 柳桜をこきまぜて 都そ春の錦なりけり
綺麗な文字である。

光琳の業平東下り図もある。雄大な富士を眺める一行。
群鶴図は真鶴とカキツバタの共演。流水は銀に明礬水でぐりぐり。桔梗らしき花と蕗のようなものも見える。

サツキ、ユキノシタ、カワラナデシコ、ノイバラなどがさくところへ鴨が悠々と泳ぐ。
こんな世界がいちばん和やかだ。

応挙 四季花鳥図 天明年間の作。花菖蒲、白鷺という定番に、羊歯や翡翠も、というスターぞろいである。サツキ、ユキノシタ、ノイバラ、対岸にはカワラナデシコなどなど。

松村景文 嵐山花満開図 ロングで捉えている。そして桜よりも松が目立つ。華やかさは薄いが、ほのぼのとした風情がある。 

森狙仙 雨中桜五匹猿図 切手にもなったエテキング5。(アイドルグループか戦隊もののやうだ)このエテどもの足裏が妙に可愛い。

森徹山 雪中松鴛鴦図 松枝がのびる。雪を載せているが重みもない。その下には思わせぶりな鴛鴦がいる。どこか褪色したようにも見える配色なのが眼に残る。

ここから近代にかわる。
竹内栖鳳 新涼図 すうーっと蜻蛉が一匹飛ぶ。その下方には流水が見える。静かな流れ。
思えば蜻蛉は水に縁のある虫なのだ。

栖鳳 瀑布図 薄緑の滝水、黒い岩、しぶきの白。それだけで構成されているが、とても心地よい。

速水御舟 小春日図 朝顔とひまわりの真下で毛づくろいをするネコ。白地にキジのネコ。そのキジ柄尻尾の先がクリッと曲がっているところなど、とても可愛い。

小林古径 梅に鶯図 薄紅の梅が咲いている。ウグイスは地に降り立ち、花を見上げていた。小さく可愛らしいウグイス。

魯山人や河井の昭和のやきものだけでなく、近年の作家たちのやきものが出ていた。
加守田章二 色絵茶碗 銀地に青竹の外側。薄い色の下に濃い色。中は水色の軽やかさ。

藤平伸 辰砂茶碗 中はバラ色。きれい。

鈴木蔵 志野梅の絵茶碗 白モコモコと焼しめと。面白い。
鈴木蔵 鼠志野茶碗 少しグレー交じり。

ほかにも樂吉左衛門、金重有邦らの近年の作があった。この頴川でそんな新しいものを見たのは本当に初めてだった。
小さい美術館だがとても楽しめる。
5/6まで。


白鶴美術館の春季展「豊麗なる四季花鳥図屏風~日本の書画・工芸と中国の陶磁・金工~」展に出かけた。
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サイトを見るとかなり興味深いことが書かれているので、ぜひご一読をすすめたい。
巻頭文の最後に「さあ、今春は室町~江戸時代の花鳥画や中国・宋~明時代の花や鳥をモチーフとした陶磁器などを心ゆくまでご堪能下さい。」とあるが、まさしくその通り大いに堪能させてもらった。

阪急御影から延々と、住宅街とは言いながら山を登るような心持で歩き続けて、やっとたどり着いた美術館は城郭のような様相を見せている。
入り口すぐに「天地無窮」と隷書の見事な碑があり、自然と空を見上げるようになる。
プチ「気宇壮大」なココロモチで中へ入り、自然光と自然風を採り入れた展示室を逍遥するのだ。
まず一階へ。

ガラスケースの中には唐代から明代までのやきものがある。
白掻落花文水注 北宋 可愛いポット。胴に綺麗な花の絵が刻まれている。

黒釉牡丹文百合口瓶 元代 「牡丹と薔薇」だとTVドラマだがこちらは「牡丹と百合」。とはいえ、牡丹の絵がある胴に、口元が百合のように五方角に開いている瓶。青海波が可愛い。

青磁劃花の可愛いものが二つ。蓮華文瓶と牡丹文鉢。明代はこれだから好きだ。

染付動物花鳥文六角口壺 明代 猿と蜂の巣が描かれている。どちらも吉祥文様。「虻蜂取らず」ではない。中国語でのめでたい語。

南宋時代の可愛らしい玳玻天目茶碗も4つほど。一つに集まるのを見るとそれだけで愛しい。

床の間というか大きなガラスケースに5点の鳥の絵が並ぶ。
鳥はニガテなのでチラチラなのだが、それでも自分が見て好みのものもある。
(わたしが見たのは4/10までの分で、今は掛け替えられている)
狩野典信 鳳凰図 白が多くて綺麗な絵。
山口素絢 松鷹図 なんだか可愛い鷹。素絢は和美人の名手だが、猛禽まで妙に可愛らしいではないか。

ところで白鶴美術館ほまれの四季花鳥図屏風(狩野元信)だが、これが現在展示中。わたしが行った日は玄関入ってすぐの室内で複製が展示されていた。
洋室にこうした屏風という取り合わせも綺麗で、明治初頭の日本好きな外国人の住まいのようだった。

二階では青銅器や唐代の鏡が出ている。
螺鈿鴛鴦宝相華文八花鏡 唐代らしい華やかさのある文様。花喰鳥のモティーフ。綺麗。

螺鈿花鳥文六花鏡 小さい鏡でとても愛らしい。ふっくらした小鳥がいい。

日本の古筆手鑑、賢愚経などを見る。「地獄暗闇」という文字が見えた。西条八十の詩「トミノの地獄」を思い出す。「地獄暗闇花も無き・・・」

飛鳥から奈良の裂帖もある。夾纈、纐纈、臈纈といった上代三纈が貼られていた。

漆皮輪花盆 真っ赤なプロミネンスのように見える。いっぱいあれば壮観だろう。

源氏物語画帖 「北山」のシーンが描かれている。瘧を祈祷で治そうというあれ。

絵は源琦の「桜遊鯉図」があり、二匹の鯉が水面に顔を出すところなのだが、構図が面白い。それで簡単にメモに落書きしたが、わたしだと半漁人ラーゴンになっていた・・・

絵やお経などを展示変えして6/9まで。暑い日にはこの別天地で涼みながら下界を眺めるのも楽しい。


そういえば書き損ねたが、松岡美術館の「花鳥 しあわせの予感」も好きなものの多い展覧会だった。
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チラシの下の「木蓮」は奥村土牛。上には堀文子の「牡丹」。どちらもとても綺麗で、春が来たことを実感させてくれる絵だった。
やきものも、法花あり青磁象嵌あり安南ありで、しかも和やかな花鳥風月を描いているのだから、とても優しい心持になる。
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こちらのネコの絵はリアルで、丁度可愛がっていた猫に死なれた直後だけに、見るのがとてもつらかった・・・いい猫たちだけに。
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この展覧会は終了済み。

狩野山楽・山雪

狩野山楽・山雪の大規模な展覧会に行った。
こちらは京に残った狩野派である。
濃い。とても濃い。
江戸へ出てさしもの絢爛豪華だった父祖の技を捨て、あっさり淡白になっていった江戸狩野派に比べ、こちらは見捨てられた仇花の狂い咲きのように、絢爛である。
濃厚な空間に閉じ込められた情念、そんなものが会場のあちこちに漂っている。
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第1章 京狩野の祖、山楽
1 永徳を受け継ぐ

大覚寺といえば時代劇の背景に借り出される名刹である。その襖絵がある。
松鷹図襖 13面のうち6面 桃山時代 豪壮ではあるが、息苦しさはない。鷹の子供らが可愛いからか。白いちび鷹たち。可愛いなあ。

紅梅図襖 こちらは綺麗な紅梅。力強さだけでない、ちょっと女子向けな襖絵ではある。山吹も咲いている。

妙心寺からは屏風が来ている。
龍虎図屏風 龍の胴体、蛇腹です。しかもパイナップルにも似ている。輪切りにしたらとか妙な妄想が湧く。
一方、トラはヒイキしてしまうからか、可愛い。

文王呂尚・商山四皓図屏風 太公望が釣りしてる。爪が長い爺さん。左に四人。どちらも一つの時代が終わるときの登場人物。いや、商山四皓は「登場する」のではなく、表舞台から退場した四人、という話。
呂尚は待ち望まれて世に出た人だが、本人も雌伏期間が長すぎてすっかりこんな爪長爺さんに。

2 山楽の創意

帝鑑図押絵貼屏風 右は賢い皇帝、左は暗愚の皇帝の行いを描く。当然ながら面白いのは左だが、徹底した描き方はされていないので、ちょっと不満もあるが、まだ桃山時代だということを考えると、こんなところかもしれない。酒池肉林もあるがタイトルはちょっと違う。銅柱を渡らせるのもある。ウソの烽火もある。みんな十八史略や史記にあるような話か。

聖徳太子絵伝 16面のうち2面 四天王寺 元和9年(1623)というはっきりした年。山楽は豊臣家の残党狩りから逃れて命永らえたのだった。そしてこの絵伝について、土居次義氏の戦時中の調査ノートがあった。どのような時代であれど、こうして学究の徒は熱心な研究を続けるのだった。

3 時代のなかで
山楽とほかの人と。いろいろある。

狩野山楽像 木村香雪(原図は狩野山雪) あごの広い意志的な顔で、能面でいえばベシミのような面つきにも見える。尤もこれくらいでないとこんな難儀な時代を生き抜けなかったろう。

車争図屏風 4曲1隻 慶長9年(1604) 大がかりな様子を鳥瞰している。ロングで捉えつつ、細かいところもよく見える。解説プレートに家康がいるとあるので探すと、いたいた。緑の着物のおじさんである。それにしてもこの場面をこんなに大がかりに描いているのはあまり見ない。私はてっきり小競り合いかと思っていたくらいだ。なるほどこれなら恨み・恨まれるのも仕方ないかもしれない。

東福寺法堂天井画雲龍図縮図 狩野永祥(原図は狩野山楽・原図は天正18年(1590)頃 ) ムフフな顔つきの龍が円内に納まっていて、日本風・東洋風というより、無国籍なエンブレムに見える。近代英国風の渋いバーに飾りたくなるようなかっこよさがある。

親鸞像 狩野山楽/宣如賛 元和10年(1624)常徳寺 近年になり親鸞の展覧会でその肖像画をよく見るようになったが、この親鸞はその誰の絵にも似ていない。眉もほかの絵に比べて濃くもないし。あっさりしたところが却って不思議でもある。

竹虎図絵馬 慶長9年(1604)法界寺  やはりトラは可愛い。竹に身を寄せているのは背中がかゆいからかもしれない。

繋馬図絵馬 慶長19年(1614)妙法院   おお、かっこいい。こんなのを見るとこちらの鼻息も荒くなる。馬の鬣はすべて少しずつ綺麗に括られている。チェスの駒、あんな形。いいねえ~勢いがある。

第2章 山楽から山雪へ
豊臣家の恩顧を受けていた山楽だけに残党狩りの悲運に遭うが、九条家のおかげで助かり、やがて娘婿・山雪の登場となる。

狩猟図(旧・正伝院襖絵) 狩野山楽筆 4幅のうち2幅 元和4年(1618)頃   韃靼人らしい装いの人々の狩猟シーン。後期は別な室で展示するそうだ。この時代で韃靼というと司馬遼太郎「韃靼風雲録」を思い出す。

京都の天球院の襖絵が来ていた。寛永8年(1631)の仕事。
梅花遊禽図襖 狩野山雪/山楽 4面  杉もあれば椿も咲いて、楽しそうな情景。ツタは褪色しているようにもわざと白くしたようにも見える。左端には囲碁をする高士らもいて、そばには居眠りする侍童もいる。穏やかな時代に生まれた絵。もう豪華絢爛ということは出来なくなった…

朝顔図襖 狩野山雪/山楽 4面  朝顔繚乱。ああ、本当に綺麗。江戸琳派の朝顔の先祖のようにも思える。白と青の朝顔が満開。絡み具合もいい。夏の襖。もしある年、庭に全く朝顔が咲かずとも、この襖絵で朝顔を眺めていると、今年の朝顔も綺麗やなと錯覚してしまうかもしれない。
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第3章 山雪の造形実験Ⅰ─花鳥と走獣

四季花鳥図屏風   スミレにサザンカらしき花もある。セキレイもいる。ふと見上げれば燕も飛んでいる。心のなごむ情景。

枯木ニ鳩図襖 大通寺  鳩がふっくらしていて可愛い。

竹虎図杉戸絵  神応寺   寝る親とら、遊ぶ子ら。いいなあ~こういうのが一番好き。 この遊ぶ子らはヒョウ柄の雌のほうが強く、トラの雄に乗りかかっている。寝る親は柄から言えばママ虎ではなくパパ虎かと思うのだが、左の戸には大人のヒョウ柄とトラ柄のカップルがいる。解説ではそのあたりを疑念に思っておられるようだが、イクメンのパパ虎かもしれない。(いやいや、ないない)

雪中白鷺図   よくある図なのだが、思いだすと可愛いイメージが湧いてくる。

松梟竹鶏図 狩野山雪筆 根津美術館   このフクロウはイチゴ型だとあるが、うまい表現。ほんと可愛い。こやつは根津にいるそうだが、わたしは前に画集でしか見ていなかった。そのとき、頭巾かぶってるようだと思ったが、イチゴとはいいね。
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猿猴図 東京国立博物館  主に室町時代に生息していた丸顔の中国猿~~~可愛いですなあ。「サルの狙仙」のリアルなニホンザルより、シロートはこの丸顔の中華サルなら描けると思う。うむ。
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出山釈迦・龍虎  歩くお釈迦様の左右に龍とトラ。見ようによっては前門の虎・後門の狼ならぬ龍?トラは可愛い。

龍虎図 佐賀県立博物館  情けないツラツキの龍と「うるせーなー」な水飲み虎。

第4章 山雪、海外からの里帰り作品と関連作
中央室へ行く。ここはいつも面白いものが集まっているので楽しみにしている。

旧・天祥院客殿襖絵の裏表が久しぶりに再会したそうだ。正保3年(1646)の作品。
老梅図襖 メトロポリタン美術館
群仙図襖 ミネアポリス美術館
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ピンクや白の綺麗な梅に面白いような枝と。その裏面に怪異な群仙図をというのは多いパターンなのか。蝦蟇仙人が白い蝦蟇と遊ぶのがいい。蝦蟇はなかなか可愛い。鉄拐は孫悟空のようなサークレットを額につけている。
なかなか同時に見ることは出来ないのでここで見れて良かった。
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蝦蟇・鉄拐図 泉涌寺   ここには前述の二人と蝦蟇とが出演している。やっぱり蝦蟇と楽しそうな様子。
蝦蟇・鉄拐図 佐賀県立博物館  しかしこちらでは何やら蝦蟇が怒っている。仙人のやりかたに反発しているのかもしれない。無口な蝦蟇は怒りの表情を見せる。

平湖秋月・断橋残雪図屏風 バーンスタイン・コレクション  水面がぼーっと霞んでいる。茫洋たる湖。橋はちゃんとアーチ形を見せている。

明皇貴妃図屏風 京都国立博物館  椿が綺麗。官女たちはあまり個性はないが、それぞれみんな役割を果たしているような感じがある。

長恨歌図巻 チェスター・ビーティー・ライブラリィ   これを見た記憶があるので考えたら、だいぶ前に神戸市立博物館で展覧会があり、その図録で見ていた。
浴を賜うとか馬嵬とか比翼連理とか「長恨歌」の言葉が思い浮かぶ。絵は忠実にそれを再現する。綺麗だった、とても。
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第5章 山雪の造形実験Ⅱ─山水・名所・人物
静かな絵が多かった。

雪中騎驢図 千葉市美術館  ロングでもロバの耳は長い。働くロバ。静かな表現を見るうち、自分も雪の中に埋もれてゆきそうな気になってきた。

どこかシュールな人物画をみる。
馬師皇図   馬専門の名医。
天神飛梅図  何もない白い空間にいきなりにょきっと梅が浮かぶのもねえ。
唐人物図座屏 建仁寺   太公望と寿老人がそれぞれ描かれているが、なかなか大きな絵だった。待ちすぎて爪長老人になった呂尚。

ふと見上げると、天井付近に龍が浮かんでいた。泉涌寺の天井画の雲龍を映していたのだった
その龍の下をくぐる。

富士三保松原図屏風   左に富士、右手に松原が続く…こういう風景を見ていると東海道を歩きたくなるのだ。

須磨明石・住吉社頭図屏風 彦根城博物館   ロングで捉えた須磨明石。苫屋がみえる。舟もある。潮騒も聞こえるだろう。住吉前には松林。いつまでこんな多くの松があったろう。昭和半ば近くまでは確かにこんなにあったようにも聞く。

武家相撲絵巻 相撲博物館  河津三郎と俣野五郎との相撲。最初は大柄な俣野が優位だが、ついに河津掛けが炸裂!! コーフンする観客たち。表情の細かいところがいい。
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第6章 山雪と儒教・仏教
どうもこの辺りあまりしっかり見なかった。関心が湧かなかったからかもしれない。

第7章 山雪の造形実験Ⅲ─飾りと人の営み

瀟湘八景図押絵貼屏風  東京国立博物館  あっさりした風景。そういえば江戸時代中期になると近江八景などの二次創作はよく出てくるが、本歌はこの時代までか。

花卉流水図屏風 東京国立博物館  これがとても可愛らしい屏風なのだった。6cmX6cm大の金地に描かれた花々。それがびっしり貼られている。欲しくなるのはこんな屏風。
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四季耕作図屏風 東京藝術大学大学美術館   不思議な牛がいる。ロバのような耳長牛。よく働く。ほかにも父牛?とかいろいろ。アジアの農耕に必要な牛は、家族の一員でもある。

第8章 極みの山雪ワールド
最後の最後だけに、濃い世界が怒涛のように展開していた。

楼閣山水図屏風   これは先ほどの牛や花の屏風のお仲間だけに、展示もそちら。

龍虎図屏風   元はこれはどこに飾られていたのだろう。そんなことを思いながらトラを見る。

寒山拾得図 真正極楽寺 これは比較的よく見る。お寺で見たのでなく展覧会で見ている。魁偉な二人。

蘭亭曲水図屏風 随心院  つい先般、東博で王羲之展を見たから親しい気持ちがある。鵞鳥もいますか。
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子供ら大働き。ちゃんとハスの葉の上に盃を置いて忙し忙し。可愛いなあ。とうとう終わり付近に来たら盃を回収するが、そのうちの何人かの子供らも秘かにお酒グビグビ飲んだり。楽しいなあ。蘇鉄もいい感じの配置。

雪汀水禽図屏風  これがとにかくシュールな景色で、凄いものを見たように思う。
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千鳥がまたほんとうに…異界としか言いようがない。これは非常に不思議な面白さがある。配色として金に白と黒にほかの色も使われているのだが、なにかがおかしいような。
最後の最後にこんなのが来ては幻惑されてしまう。
うーむ。うなるばかり。

長々と書いたが、やっぱり最後のこれにヤラレたように思う。
後期は4/23からなので、また出かける予定。

朝鮮のやきものと木工芸、永青文庫の香道具、観世宗家展

小さい企画展をいくつか楽しんだので、そのことを書きたい。

高麗美術館「朝鮮のやきものと木工芸 日本の民芸とのかかわり」
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ここはいつ行ってもいいものが置いてあるので嬉しい。
朝鮮の箪笥は本当に魅力的で、見る度ごとに欲しくなる。
大体まず蝶番がいい。文字通り蝶の形の金具などがあり、蝶好きなわたしはそれを見るだけでうずうずしてくる。

チラシ右上の箪笥は「華角」という工芸品に彩られている。水牛の角を薄く薄く加工し、描き、彩色したものを「華角」という。
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ここのチケットの半券にもその「華角」の一部をトリミングしたものが使われている。
可愛い箱には可愛い虎やんとゾウさんがいる。ほかにも羊などもいる。なかなか見飽きない。

そしてこんな大がかりな家具でなくても物差しなどにも「華角」は施されている。
技法は違うが、正倉院御物の小さな飾り入り碁石などを見ていると、西アジアの美意識というものを改めて尊く思う。

チラシの下に可愛い丸テーブルがある。足先を見て「猫足テーブル」と思ったら、「狗足盤」とある。
・・・工芸の世界では猫も狗も狐も変わらないのかも知れない。関係ないが、歌舞伎では猫の手つき・狐の手つきと微妙に形は違うのだった。

副題に「日本の民芸との関わり」とあるだけに浅川兄弟、柳宗悦、河井寛次郎らゆかりの資料や言葉がある。
「民芸」は一点もので見るより、集めてみるといよいよ魅力が深くなるという特性がある。
その意味では今回の展示は浅川兄弟や柳らが見いだした「朝鮮の美」を集めた民芸の空間だとも言える。

木製の雁の置物があちこちに置いている。英国家具にもこんなものがよくあわせてある。
なんのためのものかは知らないが、いずれも愛嬌のある雁だと思う。

優しい良い心持ちで見て回る。

屏風を見る。鹿や牛の下に花鳥、さらにその下に魚という取り合わせで、ちょっとばかり動きもあり、楽しい。特別うまい絵ではないところがいい。

キジ柄の猫の絵にも再会できてますます楽しい。朝鮮の民画の猫や虎はとても親しみやすい。
ほかにも蝶の絵がある。いずれにしても吉祥画。

少しばかり高麗時代の青磁象嵌もあるが、それよりも18世紀の青花草花文壷などが目立った。撫子、嫁菜などのささやかな草花が豊かな白磁の表面に咲いている。
直接愛でてみたい思いに駆られる。

文字を絵で飾った掛け物もあり、それを見ると一昔前の韓国映画「西便制 風の丘を越えて」を思い出す。いずれにせよ廃れゆく芸なのである。

ほかにも両班の髷を立たせる道具や冠帽用の函などがあり、ちょっと珍しく思った。

面白い展覧会は始まったばかり。
また4/27と5/11には高麗美術館から李朝喫茶「李青」でティータイム、そして河井寛次郎記念館というツアーも開催される。いずれも先着15名。
こういうお楽しみに参加もしてみたい。
6/2まで。


高麗美術館から9系統のバスで堀川通りを下がり、寺之内のバス停で下車してすぐの茶道資料館へ行った。
「永青文庫所蔵 香道具展」
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京都文化博物館でもしばしば永青文庫の所蔵品が展示されているので、東京の永青文庫に行かずとも、なかなか楽しめるのだった。

網代螺鈿雲龍獅子牡丹彫方盆 真ん中に網代をこしらえ、それを螺鈿で装飾する。綺麗だった。

桐九曜紋散蒔絵香道具 蛤型の香合もあり、そこには初音の絵柄がある。阿古陀型の香炉。蓋には千鳥が飛び交う。
永青文庫の細川家は九曜紋を紋所にしているので、由緒が感じられる。

十種香の箱、香箪笥、沈箱などなど。とても魅力的。
香包箱のうち一つは栄昌院手作りのもの。
香がとても大事にされ親しまれていたのがよくわかる。

小さくて愛らしいもの三つ。
紅毛獅子香炉 とはいえ緑釉の可愛い獅子つき香炉。
交趾獅子香合 可愛すぎる!大きな鼻の穴に円らな瞳に太い眉の獅子がこっち向いて踏ん張る!
孔雀染付香合 羽根を閉じた雄孔雀。開いている造形をよく見るがこういうのも面白い。

二階では茶道資料館所蔵の香道具が並んでいたが、そこに志野流の十二ヶ月花結びというものがあった。
結び紐で花が表現されているのだ。
梅、桜、藤、葵、菖蒲、蓮、朝顔、桔梗、菊、紅葉、水仙、雪持ち笹。
よく出来ている。とても愛らしい。結び紐一つにしてもこんなにも表現できるのだ。

前期は4/21まで、後期は4/27~5/26まで。


次に寺之内をずっと入って行き、烏丸まで出た。少し下がり相国寺の承天閣美術館へ。
「観阿弥生誕680年 世阿弥生誕650年記念 室町の花 観世宗家展」
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相国寺は金閣・銀閣とを管理しているようで、だからこの美術館でこうした企画展が開かれるのは至極当然なようにも思われる。
タイトルは少しばかり違うが、今年始め銀座松屋で開催された「風姿花伝 観世宗家展」の巡回展である。

松屋では舞台の様子を上映し続けていたが、こちらは「道成寺」を少しばかり流している。
ただし、百貨店では挙げなかったある解説がこちらには掲げられていた。
即ち足利義満と世阿弥との関係についてである。
義満がいかに世阿弥を寵愛したか、世阿弥がいかにそれに応えたか。
わたしは少女の頃からずっと義満と世阿弥とのその関わりに惹かれ続けている。

最初に二人のことを知ったのは木原敏江「夢幻花伝」からで、次に杉本苑子「華の碑」を読み、そして大学の頃には山崎正和の戯曲「世阿弥」を見ていた。
この掲げられた解説には多少の意地悪さがあるが、しかし世阿弥がその美貌だけでなく才能の全てをかけて能楽者として大成し、世に受け入れられようと努力し続けたことは、やはり認めるべきではないか。
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展示は装束と能面と風姿花伝などで構成されている。
特に惹かれた装束がある。
納戸地秋草露芝文様唐織 これは菊と撫子と露芝とを交互に段々続きにした文様だが、琳派の屏風のようにも見え、また花の描写にはアールヌーヴォー風な味わいもあった。

銀色に光る蜀江錦の狩衣もよかった。文様がどうかすると銀色に煌き、雪か塩の結晶のようにも見える。そしてどこかビザンチン様式にも似ている。

腰帯は三羽のアゲハチョウが縫い取られたものがよかった。欲しくなる。
雪に南天の赤い実がのぞくのも可愛らしい。

面は若女に惹かれた。わたしが見たのは河内の作った若女で、チラシに出ている。

承天閣所蔵の同時代の資料や絵画も出ていた。
沙鴎図 周文 これは帰って来ぬ稚児を待ちわびている僧の気持ちを込めたものらしい。
画布には三羽のカモメがいる。
思えば室町時代は少年愛が盛んな時代でもあった。

一休禅師の墨蹟、金春禅竹云々とあるもの、足利義政の所蔵した茶入などなどもある。
「室町の花」というにふさわしい展覧会だった。

前期は5/7まで後期は5/8~5/26。

追悼 三國連太郎

俳優の三國連太郎が亡くなった。90歳だった。
昨秋あたりから老齢のためにか老人施設に入っていたそうだが、それでも去年までは映画やコマーシャルに出ていた。
戦後の日本映画史に燦然と輝く存在、その言葉に疑いの余地はない。
名作と呼ばれる作品から、多くの人に知られることのない低予算作品にまで幅広く出た。
わたしは10歳の頃に三國さんを初めて知った。
それから今に至るまでずっと変わることなく、三國連太郎という役者を・男性を愛し続けてきた。
今から綴る一文は、自分なりの三國連太郎という役者への追悼文である。

子供の頃、山口百恵主演のドラマが好きだった。
あるとき「赤い運命」というドラマが始まったが、そこに満蒙開拓団での恨みを胸にした犯罪者という設定で三國さんが現れた。子供にとっては異常にディープな役柄を演ずる役者だった。
物語では二人の娘が入れ替わり、別な父の元で暮らすのだが、百恵さんはその三國さんの娘として過酷な環境に生きていた。そこに幼い少女たちは涙したりハラハラするのだが、その一方でわたしは清潔できれいな宇津井健より、むさ苦しく汚く、しかしたまらなく男臭い三國さんにぞわぞわしていた。
まだ十歳だったわたしにはそれが三國さんへのときめきだとは気づけず、ただ気持ち悪いけれど何か妙な魅力のある三國さんから目を離せなかったのだった。
あの頃の三國さんは50代半ばだったか。

ドラマの中で百恵さんと心が通うようになった三國さんは彼女のバイト先の喫茶店へ行き、一番高いケーキを注文しようとして、百恵さんに笑って止められる。そのときの三國さんの表情をわたしは今も忘れない。
やがてついに本当の父娘の真実が知れ、百恵さんは宇津井健のもとへ行き、三國さんは別件の裁判の冒頭で自分が殺人を犯したことを告白する。
ドラマの再放送は見ていないが、こんなシーンを覚えている。

ドラマや歌で大活躍した百恵さんは会社からご褒美に、好きな作品を選ばせてもらうことになった。
そのときまだ十代の少女だった百恵さんが松本清張「霧の旗」を自ら選んだというエピソードを知ったのは、それから数年後のことだった。
それは映画となり、見に行くことはなかったが、その当時、雑誌などで情報を仕入れていたわたしは、百恵さんが復讐のために三國さんを誘惑し、そして自殺するという筋を知り、ふっと「百恵さんは理想の<父>は宇津井健だが、本当に共演したい相手は三國さんなのだ」と思った。
やがて百恵さんは世間からの祝福を受けてお相手役だった三浦友和と結婚したが、宇津井健は仲人というより百恵さんの父として二人を祝福し、ファンはみんな心の底から喜んでいた。
ただ、あの若さで百恵さんが引退したことで、日本の芸能界は大きなものを失ってしまった。もしあのまま百恵さんがいたならば、三國さんとの新作を見ることができたろう、と当時も今も思っている。

どういうわけか古い映画を見るのが子供の頃から好きだった。近年は長時間TV前にいられなくなったが、野球のないときなどに放映される古い映画をよく見た。見てそして忘れないから、何十年後かの今も不意に思い出す。

今村昌平「復讐するは我にあり」はたまらない作品だった。殺人鬼・緒形拳の父役で三國さんは出ていた。敬虔なクリスチャンだが、その一方で息子の嫁の倍償美津子と関係を持ち、背徳的な顔を見せる。
風呂の中で倍償美津子と関係を持つシーンを見ながら、わたしはあの指が自分の皮膚の上に這えば、と一瞬思い、同時にキタナいことを思ってはいけない、と自戒した。
少女らしい潔癖さと、それを裏切らせてしまう三國さんの魅力に揺れて、とても苦しんだ。
映画のラストで、三國さんは刑死した倅の遺骨を抱いて、嫁とともにケーブルに乗って九州のどこかの山上に上る。
そしてそこから倍償美津子と共に、骨壺からその骨を取り出して山上から投げ棄て続ける。
ストップモーションを多用してイマヘイはそのシーンを撮る。
三國さんの表情が恐ろしく、わたしは自分の骨を三國さんに捨て去られているような錯覚に陥り、長くそのシーンに恐怖し続けた。

後年、阪本順治監督「顔」で三國さんの子息・佐藤浩市がそのケーブルに乗り山上に行くシーンを見るまで、わたしにとってはあのケーブルと山とは恐怖の対象のままだった。
あれがほかの役者ならこんなにも深刻な恐怖を味わうことはなかったろう、と今も思う。

「神々の深き欲望」はイマヘイの全作品の中でも大傑作だとわたしは思う。
三國さんは禁忌を犯し(妹との近親相姦)、村落共同体に不利益をもたらしたということで、鎖につながれて強制労働をする。
触れば脂のつきそうな身体、汚れきった髪と伸びに伸びた無精髭、一目見ただけで自分の皮膚の裏側がざわめき出す、そんな魅力に満ち満ちていた。
この一家の禁忌の始まりは父・嵐寛十郎の近親相姦からで、そこから生まれた息子の三國さんが父を罵るシーン、台風に身を縮こませるときの顔つき、どこを見ても異常な魅力にあふれていた。

やがて村長が死に、くびきが外れた三國さんは妹と共に外洋へ出ようとする。逃れの先はアメリカ領の某島だったが、それを許さぬ追っ手がある。追っ手には息子もいる。息子もまた白痴の妹との近親相姦を疑われ、青年の仲間に入れてもらえていない。しかしここで殺しに加われば彼も島の青年として迎え入れられる。
個別のヒトであってはならないので、全員が仮面をつける。個の区別がつかなくなる。全員が三國さんらを襲う。
三國さんは恐怖の叫びをあげながら殺されてゆく。

やがて海は元の静けさを取り戻す。
悲痛な最後はこの悲劇の後に続くのだが、三國さんの死により、「神話の時代」を生きているこの島もまた、ある種の死を迎える。

映画は三國さんの異常な迫力がなければ成り立たなかったように思う。
そしてこの映画で一年の大半をロケ地で過ごした三國さんは、久しぶりに帰宅したとき、三番目の妻から三行半を突きつけられている。
息子を連れて妻は家を出てしまったのだ。
三國さんはアパートのなにもかもを処分すると、スタッフをやとい、インドへ出向こうとする。
ベナレスで行き倒れ、やがて自分を火葬するまでを撮影してくれという話である。
このエピソードは三國さんの著書から知ったことだが、どう考えてもめちゃくちゃである。
とはいえ実行性がありそうなので、寒気がした。
しかし三國さんはここでは死ななかった。

順不同で話は続く。
「飢餓海峡」はこれまでに三度ばかり映像化されていると思う。近年のものは萩原健一が演じ、その前は山崎努、そして昭和40年か、三國さんが主演したのが名作として知られる内田吐夢監督作品だった。

戦後すぐの青函連絡船の転覆事故、函館の町の大火、そこでの強盗殺人といった事件があり、むさ苦しくうらぶれた無精髭の三國さんが現れる。
娼婦の左幸子が無邪気に三國さんに近づく。
やがて偶然に左幸子の元へ客として三國さんが現れる。
水上勉の原作では二人の情交は淡泊なものとして記されるが、映画ではかなり熱いものとして表現される。
そして三國さんはよくしてくれた娼婦に犬飼多吉と名乗り、かなりの金をあげる。
左幸子は金をくれたことだけでなく、その情交の熱さで三國さんを忘れなくなる。

十数年後、333の売春防止法で行き先をなくした左幸子はふと見た新聞記事に、かつての恩人を見いだす。敦賀から北海道へでんぷんを運ぶ仕事をする実業家の篤志的な行為を書いた記事だった。樽見京太郎と名乗ってはいるが、これはあの犬飼さんに違いないと女は直感し、訪ねる。
そこでの二人のやりとりが凄い。
最初は別人なのかとあきらめる。
目前にいるのは身なりも立派な実業家で、きれいな髭を蓄えた紳士である。
しかし指が触れ合った瞬間、女の奥底から炎が噴き上がる。犬飼さんだ犬飼さんだ犬飼さんだ 女の呼びかけには肉の接触が伴う。男はパニック状態になる。
犬飼やおまへん、と言いながら女の首を絞める。扼殺。
わたしはそのときの左幸子になりたい、と時々思う。

やがてすべての悪行が明るみになり、三國さんは敦賀から北海道への船に手錠を填められて乗船している。伴淳三郎と高倉健の刑事コンビが三國さんを追いつめたのだ。
花束を海へ投げる。そのとき三國さんもまた、監視の隙間をかいくぐり、海へ身を投げる。逃亡のためでなく自殺である。地蔵和讃が流れる。
海へ飛び込む寸前の三國さんの顔が胸に強く迫る。

この作品は前述のように三國さん、山崎努、萩原健一といった非常に個性的な役者が主演を演じてきたが、やはり三國さんに尽きる。

三國さんが主演でなくともそこにいるだけでぞわぞわする芝居をよく見るようになったのは、やはり中学の頃からだった。
「野生の証明」「セーラー服と機関銃」「絶唱」などで見た三國さんは本当にワルくて、いやなヒトで、そして素敵だった。
「セーラー服」は少し日が経ってから完全版の上映があったが、そのとき薬師丸ひろこがその完全版とは要するに三國さんに襲われるシーンがあるということを、宣伝で語っていた。
ああそうだったのか。中学生の私は納得しつつ、やはり薬師丸が羨ましくも思った。

三國さんが善人の役をすると、それだけで可哀想な何かが漂う。「蛍川」の父などがそうだった。
「破戒」でも殺されるシーンを見ると、可哀想で可哀想で仕方なかった。
やはり異常に巧いということなのか。

「明日の約束」だったか認知症の老人役もたまらなかった。鏡に向かって挨拶し、あれこの顔は自分だと認識し愕然とする表情、タイトルは忘れたが娘役の大竹しのぶに謝る老人・・・「ひかりごけ」の船長の「私は我慢しています」という表情。
見ちゃいられないほど哀れでせつないのである。
そしてそんな感情を見るものに起こさせる力をも三國さんは持っていた。

鶴橋康夫監督の単発ドラマが1984年頃か、放映された。再放送はない。そこでは浅丘ルリ子が死刑囚として現れ、刑務所内で奇妙な行動を繰り返す。彼女は同性愛の相手を殺した罪で死刑を宣告されて獄中にいるのだが、その追想の中で父の三國さんに、幼い頃に性的虐待を受け続けていたということが判明する。そのトラウマから彼女は結婚後も同性に走り、やがて相手の女を殺してしまう。
彼女はやがて処刑される。その遺骨を持った夫の津川雅彦が北海道の牧場主たる三國さんに会いにゆくと、三國さんは今度も小さい娘を膝に抱き、頬ずりしながら津川に対応する。津川はその場にはいつくばる。
三國さんの嫌らしい笑い顔、幼女への接触、見ていて声も出なくなるほど気持ち悪く、そしてたまらなく惹かれる演技だった。
今も時折、あの幼女を撫で回す三國さんの指を思い出す。
そしてあの嫌らしい微笑みを思う。

三國さんと高倉健との共演は私が知るのは3本ほどである。
「飢餓海峡」「野生の証明」「森と湖の祭り」。
最後のそれは武田泰淳の名作を内田吐夢監督が映像化したのだが、私に言わせれば、三國さんと高倉健との役を逆にすべきだったのだ。
三國さんを主役の風祭一太郎にすれば、原作からあんなにも乖離せず、面白い作品になったろうに。
しばしばわたしはそんなことを考える。

他にもまだまだ無限に言いたいこと書きたいことはある。あるがもうやめる。
三國連太郎と言う稀代の役者はもういなくなってしまったのだ。あとはもう追想ばかりである。
そしてその追想は自分が生きている限り続けられる。
三國さん、ずっとあなたを想っていられるのだ。
・・・・・・・・・・あなたをずっと。

創業120年記念 龍村平藏「時」を織る。

創業120年記念 龍村平藏「時」を織る。
高島屋での四回目の展覧会である。
過去三度のうち、近年のは’96年のもので、わたしはそのとき、中学生の頃からずっと憧れ続けていた初代龍村平藏の仕事を、見たのだった。
そのときのタイトルは「初代龍村平藏 織の世界」だった。
その展覧会では初代の成し遂げた偉業の数々と、作品の絢爛さに寄り添う苦心惨憺たる道のりとを、同時に見せてもらった。

中学の教科書に、初代龍村平藏が法隆寺に伝わる獅子狩文錦の再現に苦労しつくす物語が掲載されていた。
たいへんな苦難の道である。やがて平藏は大谷探検隊の一員だった僧侶・橘瑞超のもとを訪れ、そこから細い道を見出し、ついに見事な獅子狩文錦の再現を果たす。
この物語に感動したわたしは、いまも初代龍村平藏と大谷探検隊への憧れにときめき続けている。

高島屋は初代平藏が起業した頃から一貫して支援し続けていた。
だからこそ過去三度の展覧会も全て高島屋での開催だったのだ。
また高島屋資料館の資料などを見ていても、高島屋飯田新七という実業家が、いかに日本の職人の業と芸術とを大事にしていたかが、強く飲み込める。
今回の展覧会では初代から現在の四代平藏の仕事までを網羅し、美麗な世界を開いていた。

チラシを見る。nec277.jpg

上部には左から光悦夢蝶錦、ぎやまん錦、白象陶彩文が並ぶ。
蝶はともかく、中のぎやまんにしろ右の陶器にしろ、どう見ても織物とは思えない。
しかし確かにそれらは織られて生み出されたものなのである。
驚嘆すべき技巧というのは、こういうことを指すのだと思う。
そしてこの蝶にしても、なんと煌びやかなことか。
実物を前にして動悸が止まらない。

会場では内掛が何領も掛けられていて、「豪華絢爛」という言葉がそのまま実感として胸に押し寄せてくるのを知る。

今回は初代の苦心惨憺たる道を紹介するのではなく、その苦しい道から開いた「龍村美術」の見事な世界を案内する内容になっていた。
16~17年ぶりの展覧会は、進化したものだと言っていいと思う。
ただ、初代への熱い憧れがあるわたしには、少しばかりのズレがあるのも否めなかったが、しかし高島屋における四回目の展覧会としては、やはりこの形がふさわしいと思う。

新作と、再現とが龍村美術の主な仕事である。
錦鏤玉衣というべき装束を見るうちに自分がその時代時代に立ち会っているかのような錯覚が生まれてくる。
法隆寺、正倉院、祇園祭・・・これらに伝わる素晴らしい染織工芸の数々。
龍村美術は初代平藏以来、現在の四代目に至るまで、常に再現と新装とを手がけ続けている。

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こちらのチラシ裏面真ん中に四点の作品があるが、右から二枚目は、正倉院御物の琵琶に描かれた意匠をモティーフにしたものである。左端は能装束。
下の左はお仕覆の再現。名物裂、古代裂の再現に取り組む龍村ならではの仕事である。

祇園祭の懸装品がある。ラファエロが原画を描いたタピストリーである。それを再現している。東インド会社経由で手に入った商品なのか、伝統を守りつつ新し物好きな京の町衆が喜んで山鉾に掛けた製品。
それを再現できる技能は龍村ならではのものだった。

可愛らしい作品が並ぶ。シンプルな織りで出来た少女像などである。こうした小品もとても可愛らしい。これらは代を重ねた龍村美術が生み出したもの。
そのささやかな愛らしさがいい。

一方、絵画的な作品が多いのも特徴である。どのように織られたか説明を聞いても読んでも、到底理解できない複雑で厄介な仕事から生まれた作品群。
初代の頃には下絵造りに堂本印象、菅楯彦といった一流の画家が入っていた。
前回の展覧会では、初代と菅とのぶつかりあいなども示されており、初代龍村平藏の苦難がいよいよ深く身に染みたものだった。
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現在、奈良国立博物館の地下にあるショップには、龍村美術の製品が買い求めやすい形で販売されている。
わたしはそこへ行く度に常に、初代龍村平藏の偉大さ・苦心惨憺たるとしか言いようのないその道のりとを想うのだ。そしていよいよ憧れは募る。

今回はそうした要素を抜きにして、大いに龍村美術の美麗な仕事を堪能できる仕組みになっている。
大阪なんばの高島屋本店では15日まで、京都店では17日から開催。巡回はまだ続くだろう。ぜひともじかにこの絢爛たる世界を味わってほしい。

三養荘と御殿場秩父宮記念公園

昨日の楽寿園、沼津御用邸公園に続く第二弾。
こちらは伊豆長岡温泉の三養荘と御殿場の秩父宮の別邸を公園にしたところ。

三養荘は元は三菱の岩崎家の別邸。いつも思うことだが、財閥の豪邸のうち、岩崎家のそれは住友家と並んでまことに素晴らしい作りを見せている。
このお宿は現在は西武プリンスホテル系列になっている。

広間です。IMGP1240.jpg

ここへはお昼ご飯をいただきにきた。
かなりおいしうございました。
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最後のフルーツIMGP1257.jpg

器が可愛くてときめく。
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大広間の装飾など。
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灯りも素敵。IMGP1248_20130412135232.jpg


廊下へ行こう。
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窓からみる庭の一部IMGP1261.jpg

バーへ入る。
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かっこいいなあ。自分が飲めない人なのが惜しまれる。

再び廊下へ。IMGP1265.jpg

素敵な眺め。IMGP1264.jpg

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お庭に出る。42000坪とか。
少し雨がぱらついてきた。

点在する離れ。IMGP1267.jpg

茶会にも使用。IMGP1268.jpg

散り始めてはいるが枝垂れ桜も綺麗。IMGP1269.jpg

少し高台に。IMGP1270.jpg

見て回るだけで時間が流れてゆく…
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ここに泊まりたい。IMGP1279.jpg

高台から眺める。IMGP1280.jpg

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ああ、この旅館がいつまでもこのままでいられることを願う。
こんどはぜひ温泉にもつかりたい…


少し長旅をして、御殿場へ。
秩父宮様の別邸が、市民の親しめる公園になり、勢津子妃殿下の素晴らしいガーデニングともども楽しめるようになっていた。
雨ではあるが、本当に素晴らしい庭園を逍遥した。

宮様ご夫妻のおうちは古民家だった。IMGP1285.jpg

庭園の様子。どんな種類の花もが生きているかのようだった。
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優美な桜…IMGP1286.jpg

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桜と秩父宮様像。
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ここから桜を楽しめる。IMGP1292.jpg

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民家の屋根もいいなあIMGP1296.jpg


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かわいいなあ。IMGP1294.jpg

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チューリップを楽しむ。

こちらはクリスマスローズらしい。
「クリスマスローズの咲くころ」IMGP1301.jpg
三原順の作品から名前だけ知ったが、実物を見たのは初めて。
1980年初頭の話。IMGP1305.jpg

幸せな気持ち。
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椿が可愛い。
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最後は三島から新幹線。あいにくなことにお土産物屋がなくて、沼津名産の一夜干しもない。
でもこのアジのお寿司はすごーくおいしかった。
わさびは自分ですりおろす。IMGP1308.jpg
正直こんなにわさびがおいしいとは知りませんでした。


本当にいいツアーだった。誘ってくれた友人に感謝。
そして物知りで楽しいガイドさんにも感謝。
またこんなツアーをしてみたい…

楽寿園と沼津御用邸公園

先日、友人らとともにJR主催のツアーで伊豆へ向かった。
温泉+観光が目的ではなく、建物見学が目的のツアーである。
新大阪6:08出発・名古屋でこだまに乗り換えての三島到着である。
バスツアーというのも自分には随分久しぶりのことだが、ガイドさんが超ベテランの方で、話が面白いのなんの。
よく勉強もされてるので、聞いててたいへん面白かった。
こういう歴女で勉強熱心なガイドさんに当たって、本当に良かった。
まぁこのツアーの内容からゆくと、この人選も当然なのだろうが、なかなか指名の良く入るガイドさんだということなのも納得。

最初に出向いたのは三島駅南口の近くにある「楽寿園」。
小松宮の別邸を見学するのが目的である。楽寿館と呼ばれる数寄屋建築である。
サイトを見る。
楽寿館は明治23年、小松宮彰仁親王の別邸として建てられ、館内には、帝室技芸員(現在の人間国宝にあたる)をはじめ、明治時代を代表する日本画家たちによる210面に及ぶ襖絵・杉板戸絵・天井画等が施されており、これらは、静岡県指定の文化財となっています。
時間厳守で日に数度、ガイド付き見学ツアーが行われる。
外観。IMGP1183.jpg

ガラスがいい。IMGP1182.jpg

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内部撮影は禁止なので適度なパンフレットを購入した。
庭園は富士山の湧水で満たされる設計だった池や富士山の溶岩が幅を利かせている。
しかし惜しいことに水位は年々下がり、わたしが見た時には完全に干上がっていた。
溶岩は軽石のように多孔で、見慣れていないのでそれだけでも面白い。

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本当なら池があるようだが、この日は-28cm。
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時間がないのでどうぶつランドには行けず。
お庭がなかなか素敵。私好みの椿など。
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やさしいながめ。IMGP1180.jpg

IMGP1181.jpg 好きなながめ。

灯篭もなかなかワイルドでしたな~IMGP1191.jpg


次に沼津の御用邸へ向かった。現在は公園として広大な庭園が広がる。そこに建物がある。
昭和半ばまで天皇家が使われていた御用邸である。
明治の和風建築の粋がここに集まっていた。

入り口前には蘇鉄。
明治の建物の前には蘇鉄がつきものらしい。IMGP1192.jpg
ただし民家にはあまりしないという決まりがある。
家相の問題。

蘇鉄周りの花。IMGP1193.jpg


お玄関。IMGP1194.jpg

いよいよ中へ。おはようございます。
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厨などなど。広い。
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廊下から見る。IMGP1196.jpg


展示されているのは、引手や釘隠しなどなど。
大変可愛らしい凝ったものばかり。大好き。
IMGP1199.jpg 細かい装飾がいい。

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本当にかわいい。IMGP1202.jpg

実際の様子。IMGP1207.jpgIMGP1208.jpg

建具も欄間も素敵。IMGP1206.jpg

実はこの建物、大昔のガラスのままらしい。大変見事なヒズミが見える。技術が向上しすぎた現代では、作ろうにも却って作れない歪み。それがまた魅力的でもある。
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ぐんにゃりした世界。毎日見てると乱視になるかもしれないが。
それをアップで見てみる。
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ダリの絵になるような。


洋間というより座敷に洋家具をというお部屋。
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目を変えて庭。IMGP1217.jpg

ビリヤード室。IMGP1218.jpg

伊豆のつり雛というのかな。可愛らしいしつらえがあった。
柳川でも見たけど、伊豆、柳川、千葉のどこかがこのつり雛の三大産地?らしいね。
丁寧な手には愛情がある。IMGP1219.jpg

昔の灯り。おしゃれ。IMGP1220.jpg

外観IMGP1223.jpg

一旦外へ出て、湯沸し室などを見る。そちらは外からのみ。
この建物はその隣にある。IMGP1221.jpg

裏庭には海へ向かう道もある。松籟や竹のささやきも聞こえるだろう。
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でも意外にセナド広場のような道もある。IMGP1224.jpg

延びてゆく。IMGP1225.jpg

元は厩だったところ。
素敵な小屋組。IMGP1230.jpg

大きな鳥型の凧。IMGP1229_20130412123830.jpg

壁面には昔の御用邸の写真が貼ってある。
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中にも昭和天皇のお写真や使われていた乗り物などの展示もある。
昭和天皇はこの沼津の御用邸でご幼少時代を過ごされたそうで、お好きな場所だったそうです。


ああ、広々としていていいなあ!
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こいのぼりと赤松と。IMGP1232.jpg

足元の可愛い花。IMGP1233.jpg

海が見える。沼津の海。
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泳ぎたい…IMGP1235_20130412124649.jpg

作りに作った庭園を見慣れているからか、とても新鮮な感じがした。
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なんとなく気持ちが穏やかになる。
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三島駅前の楽寿園と沼津御用邸公園でした。



京都のミュージアムのカフェ・レストランなど。

随分前に大阪府下のミュージアムに併設されているカフェやレストランの情報をこしらえたことがあり、近々京都編などを挙げるといいながら、すでに三年経った。
今日はちょっと反省しつつ、簡単にそれを挙げようと思う。

なお京都の大学ミュージアム、デパート系はむろんここには出ていない。
自分の記憶と勝手な『個人の感想』なので、色々ご意見もある方もおられるかもしれない。
それについてはなんとも申し上げにくいところだ。
しかし、有益なご教示を下さる方があれば、ぜひともお願いしたいと思っている。

雪岱挿絵で読む『山海評判記』展

泉鏡花記念館の企画展が見たくて金沢へ飛んだ。
「雪岱挿絵で読む『山海評判記』」展である。
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金沢がもっと大阪に近いとか、首都圏にあるとかいうのなら、企画展ごとに必ず訪れたい所なのだが、なかなかそうはいかない。
どうしても行きたい、という企画展でない限り本当に向かうことはしにくいのだ。
だから今回久しぶりに金沢に出向いたのも、この企画展を見るためだけなのだから、どんなにわたしが期待しているかが分かってもらえると思う。

小村雪岱の挿絵は当時の挿絵界において、極めて特異な様相を見せていると言っていい。
「昭和の春信」とも謳われたが、春信にはない妖気とでも言うべきものが漂いもする。
無論その気配を隠した作品も少なくはない。
彼の代表作の一つ「おせん」「突っかけ侍」などにはその色合いは薄い。
「突っかけ侍」に現れる怪異な犬ですら、テリアの大型犬にしか見えず、間違っても「バスカヴィル家の魔犬」にはならない。
妖艶な男装の娘が現れても、幼馴染の役者との秘められた恋に打ち込む「おせん」の行水シーンであっても、魔も妖気も漂うことはない。

しかし、もう一つの代表作たる「お傳地獄」などは、現在見ることの出来るどの絵を見ても、ざわざわぞわぞわと心が騒ぐ。
白と黒で構成された世界に出口はなく、描かれた人々はその枠の中で、血を見ぬ無残絵を自ら演じているかのように描かれる。
思えば非常に気味の悪い世界ではあるが、そこに囚われると最早二度と離れられないようになる。

鏡花の作品世界を思うとき、その単行本の美麗さを思いだすことも多い。そこに雪岱が深く関わっていることを決して忘れることはない。
紡ぎだされた文章の綾、形作られた世界の美貌と醜さ。
鏡花の作品世界の特異さは深く、読者を選ぶ偏狭さで支えられている。
作者に選ばれた、と錯覚した読者たちは自ら鏡花の信徒として生きる。
そして鏡花の世界を封じた本を求める。
そこへ雪岱は<淡白な濃密さ>とも言える装いを施してゆく。

雪岱と鏡花のつながりの深さは、鏡花を愛する人には周知のことで、今さらここで書く必要もない。
雪岱の随筆「日本橋檜物町」には雪岱から見た鏡花像や数々の逸話が綴られ、何度読み返しても飽きることもない。

鏡花も深く雪岱を信頼した。
その鏡花の文章に雪岱が挿絵をつけた。
それが『山海評判記』である。
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『山海評判記』は鏡花の長編の中でも特に不思議な作品で、幻想と現実の入れ替わりが激しい。そしてその現実部分がまた不思議な展開をみせるのだ。
いや、あくまでも現実が続き、そこに幻想が螺旋状に絡み続けている、というべきか。
正直、一読しても意味がわからなかった。それで避けてしまった。
しかしここに雪岱の挿絵があることで、物語への理解が進み、その世界への執着が生まれ始めてゆくのを感じた。

チラシをみる。
鏡花x柳田x雪岱の世にも稀なるコラボ作品 見参!
このコピーからして既に妙としか言いようのない味わいがある。
その隣には女の生首が置かれた風景画と「合歓の葉かげ(八)」の部分収録がある。
この女の生首は作り物であることが、後の台詞などでわかる。
そして猫の絵の掛け軸に床の間にはカエルの置物がある。
井戸のぞきする三人の女もいるが、よくよく見ればその風俗は三人三様である。
時計回りに、巫女・昭和四年当時の洋装のモダンガール・高島田の振袖娘という、全く接点のなさそうな三人である。

物語は和倉温泉の「鴻仙館」なる旅館に始まる。
鳥瞰図風に描かれたのは、昭和60年頃まで営業していたという和歌崎館という旅館をモデルにした「鴻仙館」。海に接しており、小舟も出ている。
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ガラスケースには昭和初期までの和歌崎館の絵葉書などもあり、絵が実景に基づくことを知る。

小説家・矢野誓は宿で按摩にかかりながらタヌキの仕返し譚「長太居るか」の話から、その歌を追想する。
宿の廊下。洗面所には盥がある。アルマイトか琺瑯かはわからない。
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矢野は廊下から聞こえる不思議な声「長太居るか」にふと答えてしまう。
女の妖しい笑い声が響く。
「七年さきの夫の仇」
魔を呼んでしまったかもしれない矢野。
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東京の芝で紙芝居をする総髪の男の後姿がある。能登出身で矢野とは旧知の安場嘉伝次による紙芝居である。
それを踊りの師匠である、美しいお李枝が見るのだが、内容は奇怪なものだった。
井戸を覗き込む三人の女の首が鳥に変じ、続いて井戸へ落ち込もうとする三羽の雀を青年が救うが、その三羽は生贄のため、それを投じた三人の女が命を落とすと警告される、そんな物語だった。
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落ちてゆく雀たち。ぼとぼとと落ちてゆく。
こちらは木の井戸である。nec274-5.jpg


雪岱は随筆の中で、昭和四年当時自分は紙芝居と言うものを知らなかったと書いている。
そこで鏡花と二人で東京の街を紙芝居屋を探し回ったらしい。

元に戻り、和倉をハドソンという車で走る矢野たちがいるが、運転手・相良は「合歓の木と白楊樹(ポプラ)との間に衣桁のようなものがあって、そこに婦の生首をみた」と言い、車を後退させる。
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しかしこれは前述の通り拵え物である。東北のオシラサマ信仰のご神体をこのようにここで奉じているらしい。
矢野は友人の民俗学者・邦村柳郷から聞いたオシラサマ信仰について自説を交えて解説する。元は能登の白山の姫神が東北へ伝播し、それがこちらへ戻って威徳を示したのではないかと。

鏡花はここで友人・柳田國男を出演させる。

生首女の横顔と水面から顔を出す魚類たち。
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ガラスケースに連載当時の時事新報が出ていた。
飛行船のツェッペリン号の飛行のニュースが掲載されていた。
雪岱のこの物語の挿絵原画は現存せず、この新聞に掲載されているものしか残っていないらしい。
記事の下にはエビスビールの広告がある。

物語のどの辺りか、三枚の続き絵がある。それらは少しずつ距離を置いて展示されていた。
いずれもオシラサマの飛行シーンである。彼方から此方へ近づくオシラサマ。
とうとう書斎の上に降り立った。

またオバケ顔のオシラサマが中空に現れるや、大勢の人がたくさんの団扇を上げて差し招く。

お李枝は仲良しの矢野のおじさん(!)を追って和倉へ行くが、その同じ車両には例の嘉伝次も秘かに乗っていた。
彼はナゾの宗教団体に属するらしく、紙芝居にあるとおり、かつて矢野が雀を助けたことを非難する手紙を矢野に送っている。

ハドソンにまたも危機が迫る。暴風雨に襲われ動けなくなる。
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そのときひとりの女が現れ、車中に乗り込むと水のトンネルからハドソンは脱出可能となる。女はさっさと去る。

矢野は旅館でお李枝に再会すると、三人の女の井戸覗き・三羽の雀を救った顛末・「長太居るか」の怪異などを話す。
そして床の間に掛かっていた黒猫の軸物の話に移る。
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この絵を描いたのはどうやら矢野の同学・姫沼綾羽らしい。彼女はその美貌と才知から「クレオパトラ」の異名を奉られていた。
その彼女の話を書き連ねる。nec275-1.jpg


さて宿をハドソンで発った矢野とお李枝だが、途中富山の工場から逃げてきたという女工を同乗させるが、峠越えの最中に23人もの馬士の襲撃を受ける。
人の姿から馬頭人身になった馬士らに追い詰められる。かなり凄まじい挿絵がそこにある。
電柱なども立つ昭和四年なのに、このような異形のものたちが溢れかえっているのだ。

ついに自害しようとする二人だが、突然先ほどの女工が巫女装束になるや、馬士と馬たちとをピシピシと打ち倒してゆく。
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危機を逃れた矢野は姫沼綾羽の身内かと問いかけると、巫女は「お師匠さんはあらためて またお目にかかります」と答える。

そして誰も居ない真夜中の鴻仙館の矢野のいた座敷では、あの「長太居るか」の歌が響く。


挿絵をたよりに、今度こそこの物語の深みに溺れこみたいと、思っている。
またハドソンの動きの描写などを見ていると、車でありながら意思を持って動いているようにも見え、その辺りは石川淳「狂風記」の『銀色のカー』に共通すると思いもする。
この物語は一度も単行本にならなかったそうだが、今だからこそ却って本に出来るようにも思う。無論そこに雪岱の挿絵をつけなければ何にもならない。

絵は前述の通り原画を失ったが、こうして「時事新報」の当時の新聞が残っていることで、なんとか雪岱の挿絵も後世に伝わった。
展示はパネルでの拡大ものだったが、充分に満足した。
本当にきてよかった。

展示はほかに「化鳥」の絵本、「春昼」のジオラマ、また「高野聖」の朗読などがある。
そして今回は特に雪岱による装丁本、橋口五葉のそれなども展示されていた。
4/14まで。ああ、「山海評判記」が単行本になれば・・・

円山応挙展

円山応挙の大きな展覧会が愛知県美術館で行われている。
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近年では大阪市立美術館で2003年の秋に大きな回顧展が開かれ、ついで奈良県立美術館で「応挙と芦雪」展が2006年の秋に開催されている。
どちらもたいへん良い展覧会で、特に前者はわたしを彼の大ファンにさせる力があった。
後者は正統派の師匠と破天荒な弟子との比較が面白く、今も印象深い展覧会だった。
愛知での大きな回顧展は前後期に分かれて開催中だが、わたしは後期にしか行けなかった。ちょっと無念だが、仕方ない。

ここでの目玉は、応挙寺とも呼ばれる大乗寺の襖絵をそのまま持ってきて、再現展示していることだ。
しかもパナソニックの協力を得て、照明にも工夫を凝らしている。
わたしは三年ほど前に大乗寺に行ってこれらを見学したが、現地では照明までは行き届かなかったので、今回とても感心した。
応挙の描いたのは唐代の、子福者・孫福者・出世・隠居という昔の中国人の理想を実践した郭子儀と孫たちの図。
そのまま持ってきているから、裏の呉春えがく「農業の間」もある。
歩く順で先に呉春を見ることになり、呉春ファンのわたしはここでも喜ぶ。
ほかに孔雀の間も再現されている。
しかしやっぱりいいのは、ちびっこたちとおじいさんのいる空間であり、呉春の働くおじさんたちの絵である。
惜しいのは二階の芦雪のサルたちがここにいないことだが、またいつか見に行くことにしよう。

ところでこの孫ちゃんたちは、随分前に東武美術館での応挙展にも出張していた。
わたしはそのチラシを今も持っている。nec272.jpg
その頃はさして応挙のファンでもなかったが、ちびっこたちがあまりに可愛くて、手元に置いていたのである。

なぜ応挙が好きではなかったかというと、子供の頃に読んだ「えとき 怖いはなし 怪奇ミステリー」という学研の子供向けの本の中で、応挙が幽霊画を描くのに、宿屋の長患いの娘さんをモデルにして評判をとったが、その娘さんはほどなく死んでしまったという話を読んだからだ。いや、実に怖かった。しかもそこに応挙の幽霊画の写真まで掲載されていて、これがまた凄い出来なのである。
お化け・幽霊の類は大好きだが、あんまりリアルなのは震えあがってしまうではないか。
だが、やがて応挙のわんこ図や鯉や孔雀を見るうちにいいなと思うようになり、弟子たちの絵を見ても好きなものが多いので、いよいよ気分が高まったところで2003年の展覧会である。
いっぺんに大好きになってしまった。
やはり展覧会というものは、決してなくなってはならぬものだと改めて思う。

今回の展覧会はまず最初に少しばかり若い頃のから始まる。
前述の大乗寺の再現は真ん中以降。

第一章 「リアル」に見えることの追求
弟子たちに自分の肖像画を描かせ、一番「リアル」だった山跡鶴嶺のを子孫に伝えた。
何度も見ているが、いかにも実直そうな顔をしている。

眼鏡絵もたくさん出ていた。
三十三間堂、清水、橋立、唐橋、知恩院桜の馬場、高雄、金閣、宇治橋、吉野。
いずれも道具を使って目の錯覚を楽しむからくり絵なのだが、構図が面白い。横から見る三十三間堂ではなく、縦からみる図、清水の舞台を横から見る図、天橋立を斜めから見る図、今から宇治橋をわたる図などなど。
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大石良雄図 これは弟子の描いたものが逸翁美術館にあるので、なんとなく親しくもある。夏の暑い頃らしい装いをした三人がいる。真ん中に大石内蔵助、向かって右に女、左にはいかにも元禄らしい振り袖少年。
女が白い足をのぞかせている。暑い日のふくらはぎ。

驟雨江村図 墨のぼかし・にじみがよい。風波の強いのがわかる。伊藤博文旧蔵。もあもあしたのがよく伝わる。こういう情景を見ると、中国から伝わったモアモアした情景がすっかり日本のものになったような気がする。
よく勉強し、それを自家薬籠中にした、ということか。

鵜飼図 静かな世界がひろがっている。鵜匠一人に鵜一羽。マンツーマンで働く鳥と人。一人一舟でもある。それが手前から奥にかけて点在している。松明も白く照る。

西施浣紗図 梅らしき花の下で西施が川で洗濯をする。百年ほど前の元禄年間、芭蕉が詠んだのは「象潟や 雨に西施が ねぶの花」だった。
別に芭蕉の句を踏まえたわけでもないようである。その証拠に応挙は「仕女図」を念頭に置きつつ、日本人モデルで描いたそうだ。
彼の弟子に素絢、源琦といった美人画の名手が育ったことを思う。かれらはそれぞれ和美人・唐美人を得意としていた。

安永年間、応挙は中国画をよく学んだその成果を見せるかのように、画題にそうしたものを選んでいるらしい。
ほかにも三井記念所蔵の「郭子儀祝賀図」や「陶淵明図屏風」がある。

その陶淵明図にはカササギがいた。吉祥画にはつきものの鳥だが、陶淵明がそれを眺める、という構図はほかにはないらしい。
応挙の創意ではないか。「拙ヲ守ッテ田園ニ帰ル」陶淵明の和やかな心持を表すための。
絵にはほかに侍童、高士らが彼から少し離れた地に立つ。机にかかる布はピンクの花柄である。
陶淵明の眺める先にはカササギが多く止まっていた。

華洛四季遊戯図巻・下巻 徳川美術館蔵 冬。子供らは雪を寄せ集めてかまくらのようなものを作ろうとしている。わんこがこどもらに懐いている。
節季候もいる。頭にシダを刺している。注連縄も見える。畳を叩いたり、シダ売りもいるから、正月ではなく大晦日頃か。それとも少しずつ時間が流れていることを表現したのか。
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神農図 中国古代の薬の神様。大体は柏の葉っぱを身にまとう野人風な描かれ方をするが、ここでは白衣白髯の気高そうな老人の態を見せている。角のある貴人という趣である。大きな耳に結んだ唇。手にはやはり薬草をつまんでいる。

王羲之龍虎図 大乗寺。三幅対で左右に龍虎がいる。特に左のトラが可愛くて仕方ない。爪が楕円形の手の先にチマチマついているのがいい。ちょこんとおっちんして、お行儀のいいトラ。
「永和九年」と書き出す王羲之。

三美人図 リアルを追及すると夢も希望も無くなるというのがこちら。この百年後に日本最初の油絵師の一人・高橋由一がリアリズムに則って描いた「花魁図」では、モデルの小稲が「ひどい」と泣き出したという話がある。応挙の描いた三人は、その友人・皆川淇園とともに通った楼の女たちである。最初に見たとき、リアリズムというものはよくないものだと思ったが、いまもその意識は変わらなかった。

波上白骨坐禅図 大乗寺。この絵を最初に見たのは新聞でだった。リアルなのは骨の絵とか博物誌的な絵ならよいのだが、やっぱり人物画はどうだろう。いや、この白骨もヒトだから…というような葛藤は心に起こらず、禅の心も浮かばず、そのまま見ているばかりだった。

第二章 伝統としての写実
明和年間は過渡期だったらしい。

湖山烟霞図 水面を見るおじさんと子供らが、却って呉春の描く人物に似ている。サインは「平安 藤応挙」。ここまで来たとき、先ほど見た絵の中に「源 応挙」のサインもあったと思いだした。

蟹図屏風 没骨で描いた蕗とカニ。やや大きめの黒いカニである。茹でていないから黒くて、生きていることがわかるカニ。

伝・仇英 五仙女図 大雲院。わりと大きな人物画なのでそれにもびっくりした。わたしがこれまで見た仇英の女たちはみんな小さい図面の中に納まっていたのだ。
五人の女たちは仲良くまといつきあっていた。鹿の角だか赤枝だかを持つ仙女もいる。月下の五人。こんな親しみあう姿を見るのはとても好きだ。
大雲院は応挙の住まいの近くだという。そう、わが愛する忠太の祇園閣を持つお寺。

応挙の昆虫写生帖を見る。腕のある人のこんな写生図は本当に凄い。カブトムシにバッタにカエル、トンボ、かたつむり…蝶々ばかりを描いたノートもあるが、よくもエメラルド色がとも思った。
これは日本語では翠色なのか。翡翠色というのが近いのか。たいへん綺麗だった。

黄蜀葵鵞鳥小禽図 トロロアオイの黄色、小鳥の黄色、さわやかでもある。ナデシコも小さく咲いている。可愛らしい配色。

虎嘯生風図 字面だけ見たらなにやら重々しく悲愴感も漂うのだが、どう見ても黄色い可愛いにゃんこの親分格のトラちゃんである。
何しろ小首を傾げた可愛いポーズで、しかも赤いベロをちょっと出している。可愛いだけでなく品がある。おとなしくて行儀がいい。爪も可愛い。東博でも時に出会うが、そのたびについついパチッと撮りたくなるトラ。

陶佾 鳴虎図 報恩寺 え゛ーーーっ!この水飲み虎は報恩寺のご秘蔵のトラさんで、トラ年の正月三日と特別公開の時だけしか出ないトラ様やないかーっ
昨秋見たばかりだから間違いない。「京都非公開寺院特別公開 報恩寺・宝蔵寺・安養寺
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応挙とらのお師匠さん格ということでのご出馬ならぬご出虎。

木賊兎図 この絵は前々から好きだ。木賊の緑と白兎の毛並みとの対比もいい。木賊の細さと兎のふっくら体型も面白い。兎の並びは白・ゾロ・白。真ん中に黒ブチが入ったのが絵を引き締める。

第三章 現実空間との連続性=トリックアート
ここで大乗寺の再現空間があった。
子供らが愛らしい。ここには郭家の孫息子らだけでなく、侍童らしき少年もいた。ちびたちはそれぞれ楽しそう。芭蕉の大きな葉で遊ぶのもいい。

ここでは三分ごとに光の明度が変わる照明が採り入れられていた。じっと同じ空間を見つめ続けていると、その変移がよくわかる。

秋月雪峡図屏風 六曲をきちんと折りながら立てての展示。左の雪の中の山の形、諸星大二郎「西遊妖猿伝」の猿の魔神・無支奇の後ろ姿にそっくりだった。

第四章 技法への確信
さすがにここでは非常によい絵が揃っていた。
というより、自分の好きな絵が多く出ていた。

富士三保図屏風 シルエットのようにぼあ~とした富士山。輪郭線なくして描くことで、かえって富士の大きさが伝わる。千本松原もぼあぼあとにじむ。
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竹狗図 可愛い。もお本当に可愛い。なになに解説によると、わんこの色柄にも意味を持たせているそうな。
白=無邪気、茶白=「意志」を持つ主役。あまりに可愛いので目が眩んでいたが、そうかそんな意図も見いだせるのか。
わたしはあんまりそんなことは考えないから、わからなかった。盲愛とはこういうことをいうのかもしれない。
それにしても、わんこの手が可愛くて仕方ない。白わんこを押し倒す茶白わんこがただただ可愛い。それに尽きてしまう。

やっぱりわたしは応挙のわんこと子供らとトラが大好きで、この三つだけでもう完全に満足してしまう。

白狐図 賢そうな白狐がいる。ちょっとばかり艶っぽすぎる目つきをしている。こんな白狐が月夜に変化の業を見せるに違いない。

元は衝立の表裏だった絵が二枚。
薔薇文鳥図 ピンクの薔薇に、文鳥二羽。リアルで細密。
朝顔図 青の花がとてもたくさん咲いている。こちらにはバッタがいた。
抱一を思いだすような朝顔の表現。解説にもそんな言葉があるので、みんな共通した思いなのだった。

朝顔狗子図杉戸 ああもう本当に好き。それ以上何を言うのだ。
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波濤図屏風 金泥と金砂子と。その上品さにほうっとため息をついた。

四季草花図屏風 蒲公英、福寿草、牡丹、雪柳、鷺草・・・水仙、菊、萩、薄、女郎花。
やっぱりこういう屏風を見ると安堵する。

青楓瀑布図 サントリー美術館。そのコレクションの中でも好きなものの一つ。マイナスイオンを感じる・・・

藤狗図 なにこの可愛さ。ぷりぷりに肥えてチョロッと尻尾。噛んだろかな、こいつら。可愛すぎる・・・!!白わんこのおしりの可愛さ!!!噛み千切った藤の花といい・・・
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柳下狗子図 蓮の葉に包まれたのは大きな魚。それを銜えて持っていこうとするわんこたち。ひっぱるのは茶白二匹と、それを応援するのは黒白と白わんこの二匹。他の白は見てるだけ~黒白の小さい歯並びが可愛くてならない。噛まれてみたくなる

龍門鯉魚図 大乗寺。この絵を最初に見たのは天王寺の展覧会のとき。あの時もビックリしたが、やっぱり今見てもこの鯉は凄い・・・
大胆な縦線が鯉の生命力の強さを、滝の水の強さを同時に感じさせる。
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四季の月図 白鶴美術館。白鶴の二階奥の床の間仕立ての空間でこの四枚を見た記憶がある。四季それぞれのある日の月。
そして描き表装は孫の応立。それぞれ季節に合わせて、桜・芦葉に蛍・紅葉・寒牡丹と描き分けられている。

終章 応挙画はなぜ好かれ/嫌われたのか?
ここでは明治以降に活躍した画家の作品があった。
山元春挙、竹内栖鳳らの絵である。
この章の問いにわたしは「ルノワールと同じ理由かもしれない」と答えるような気がする。

ああ、芦雪の絵もあった。
薔薇蝶狗子図 吉祥文様でありながらも、どこか違う。一筋縄ではゆけそうにない絵。
わんこたちの目つきがまたとても面白い。

栖鳳 春暖 わんこがいる図。応挙のわんこらよりもう少しちびっこなのかもしれない。

愛知県美まで出かけた甲斐がある展覧会だった。
なお図録には佐藤晃子さんの労作が掲載されているので、ぜひご一読・再読を勧めたいです。「ああ、こういうのもあるのか」と色々と教えてもらえる内容です。
4/14まで。

奇跡のクラーク・コレクション

三菱一号館「クラーク・コレクション」展に行った。
神戸にも巡回する大きな展覧会である。
三菱のチラシはこちら。「劇場の桟敷席(音楽会にて)。nec263.jpg

神戸のチラシはこの「鳥と少女」。nec264.jpg

1880年と1882年の作。豊かな喜びを感じさせるのは同じだが、雰囲気の違い、配色の違いも大きく、全く別な世界が広がっているようだ。

「ルノワールとフランス絵画の傑作」と副題がつくように、クラーク夫妻の印象派を中心としたコレクションが71点も来てくれている。
しかも大半は日本初公開と言う。
とても楽しい気持ちで眺め歩いた。

実際のクラーク美術館には行ったこともないので雰囲気などはわからないが、三菱一号館での展示は、邸宅での展示に斉しいので、より好感度が増しもする。
純粋に絵だけを見て楽しむのではなく、その空間にあることで一層のときめきが生まれるのは、いいことだとも思う。

印象派以前、バルビゾン派の絵を見る。
コローの自然の中にいる女性像を見るのがとても好きだ。
ルイーズ・アルデュアン パラソルを手に石に座るルイーズ。麦わらにストール。グレーの服を着た彼女ははっきりと顔を見せている。和やかな顔を。

ボッロメーオ諸島の女たち 北イタリアのマッジョーレ湖を舞台に、二人の浴女がいる風景。楽しく遊んでいるらしい。雌ライオンの横顔のような岩があり、大きな木もある。空が少し高い。ロングで捉えた光景。この風景の中に入ってもいいとも思う。

ミレー 編み物の稽古 母親が娘に編み物を教えている。手を取りなかなか熱心に丁寧に教える。オレンジと朱色の間のような色のセーター。編んでいるのはブルーの何か。窓辺からの光を受けながら、和やかで楽しい母子の時間。戸棚には洗濯物がたたまれて収まっている。やさしい気持ちになるような絵。

羊飼いの少女、バルビゾンの平原 黒犬が羊たちを見張っているから安心して、少女はなにやら編み物をしている。黒人のようにも見える、浅黒い少女。夢中になり、それ以外のことを考えていない目つき。背後の林立する木々との色の対比がいい。
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印象派をみる。
モネ 海景、嵐 ベタ塗りのグレーの空。薄グレーの雲。緑の海。色の濃淡で遠近がわかる。白い波頭。ヨットも浮かんでいるが、情景は暗い。

小川のガチョウ ちょっと向こうに家らしき建物がある。オレンジ色の屋根の白壁の家。その前には親子らしき人影もある。そこからずっと手前に小川のような水溜りのような空間が広がり、六羽のガチョウがいる。波紋がゆっくりと広がっている。
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エトルタの断崖 光の移り変わりがよくわかる。午後何時頃かまではわたしにはわからない。しかし午後だとはわかる。水面は空の色を映している。少しばかり川瀬巴水の水辺風景を思い出した。
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シスレー 籠のリンゴとブドウ あふれそうになっている。リンゴはとても大きい。大きすぎるようにも見える。ニスを塗ったようにピカピカしている。ちょっと食べにくそうである。

ピサロ ポントワーズ付近のオワーズ川 手前の丘にはパンジーのような花が群生している。種を蒔いたのか意図的に植えたのかはわからない。川に映るのは煙を吐く煙突。白い雲と灰色の煙が入り混じり、煙が雲を製造しているかのようにも見える。
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ピサロ モンフーコーのピエットの家 緑の雪。立ち話する二人。町の中へ。
緑色で雪を表現する、というのがとてもいい。

ポン・ヌフから見たルーヴル 立派。船も行き来する。実際この景色を見たような記憶がある。もし見ていなくとも、この絵を通してわたしも「ポン・ヌフから」「ルーヴル」を見ている。

マネ 花瓶のモスローズ ガラス瓶にピンクの花が生けられている。花瓶と言うより化学実験のフラスコのようにも見える。そこにちょっと首の詰まったような生け方で鼻が押し込まれている。入れられなかった花が落ちているのも何か意味深にも思える。
背景の濃いグレーと地の白。音のない世界の絵。nec267-2.jpg


アンリ・ファンタン・ラトゥール 鉢と皿に生けたバラ 白、ピンク、赤、オレンジ・・・
花の好きな人でないと描けないような気がする。

ドガ 稽古場の踊り子たち バーに捉まり稽古をする踊り子もいれば、ちょっと座って足を伸ばす踊り子もいる。音の聞こえてくるような絵。そしてここで終わらず、続きがあるのを感じさせるようでもある。
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ドガ レースの前 競馬の馬たち、入れ込み中。よくないですな。五頭ばかり。気が逸る。

アカデミズムの作品を見る。
ジャン・レオン・ジェローム 奴隷市場 他の作品でもオリエンタリズムへの憧れをこの画家が持つのをしばしば感じるが、これなどもそう。
裸婦を立たせ、その歯を調べ確認する買い手たち。パティオでのこと。犬も倒れている。
物語性を感じさせられ、背景またはこの続きを知りたくなる。

水を汲むアラブの女たち オアシスでのこと。犬も水を飲む。洗濯もする。どこかくつろいでいる。立ち話も続くだろう。

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背後の青い壁には細かい綺麗な文様のタイルがある。これはトプカプ宮殿のそれを写したそうだ。しかし一方、ヘビ使いと言う職業はオスマントルコにはいないという。
そして蛇使いの芸を見る観客も色んな民族が入り混じっている。
リアルに写したものでなく、イメージで描かれている。西洋人のオリエントへの憧れとは、結局そういうものなのだ。
しかしわたしはその東方世界への憧れから生まれた作品が、とても好きなのだった。

ウィリアム・アドルフ・ブグロー 座る裸婦 この画家の作品は内幸町時代の松岡美術館で初めて知った。いっぺんに好きになり、見る機会があると喜んでみてきた。
この絵もその例に漏れず、喜んで眺めた。
体操座りする裸婦。憂鬱な目を左へ向けている。洞窟らしきところで、青い布を頭にかけたままで。

アルフレッド・ステヴァンス 公爵夫人(青いドレス) 背後の屏風はどうやら和風らしい。ジャポニズム趣味が生きる。手紙を読みつつ絵を眺める婦人。

ジェームズ・ティソ 菊 クリサンテームというより、やっぱりこれは「菊」としか言いようがない。熱心に世話をする女。ティソは’90年代に大丸で回顧展を見たが、ジャポニズムの影響を受けた画家だという印象が強い。
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ルノワールである。
今回、青い絵が多いように思った。ルノワールのイメージとして、暖色系のものと青いものとの2系統があるように思うが、クラークさんは青いルノワールがお好きなのか、そんな作品がけっこう多く出ていた。

若い娘の肖像(無邪気な少女) 可愛い。帽子に花を飾っている。唇の下に指を置く、その仕草が意図的なものでなく、無邪気で愛らしい。そしてこの絵も青が目立つ。

かぎ編みをする少女 凄い黄色い髪である。美輪明宏もびっくりの黄色さである。青白い服を着ている。肩を出して。ただ唇とイヤリングは赤い。暖炉の前で熱心な少女。眉だけは黒い。

シャトゥーの橋 空の色も空気の色もみんなルノワール。青と黄色の和やかな調和。茫洋としている。舟がゆっくりと通ってゆく。

団扇を持つ少女 背後の菊と手に持つ団扇が日本。少女は落ち着いた青い服を着ている。
団扇は浮世絵らしい。この絵は昔から好きなもので、ここで見ることができて嬉しい。
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テレーズ・ベラール 大人しく、しっかり屋さんぽい少女。青紫まじりの背景。青い大きなリボンのついたブラウス。襟の形も可愛い。13才の少女。彼女はそのブラウスを田舎くさいと思っているらしい。でも・・・とてもよく似合っていて、可愛らしい。
クラークさんはこの絵を絶賛しているそうだ。

眠る少女 青スカート、青い靴、猫はブサカワ。こちらもちょっと青い。椅子だけが赤い。

劇場の桟敷席(音楽会にて) チラシの絵。ここには青色はない。黒ドレスを着てこちらを見る女と、白ドレスを着てこちらに背を向ける女と。その二人の間には薄紅色のバラの花束がある。黒ドレスの胸にもバラが、そして白ドレスの上にも。
こちらをみつめるような黒ドレスの女のその黒目が、やや丸い鼻が、優しい口元が、いとしい。
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日没 青と朱色とが水面に映る。これをもっと濃い色で表現すると、弟子の梅原の世界になる。

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花瓶らしきものは青いし、影も薄い群青なのだが、それよりも赤と薄紅色の、乱舞するような芍薬が激しい。

ナポリの入江、夕刻 ああ、なんだかいい。ヴェスピオ火山か。前の道は人々がけっこう往来している。わたしの行った2000年にはこんな人出はなかっような気さえする。
とてもにぎやかでイキイキしているのが、ロングからでも伝わってくる。

金髪の浴女 ふっくら豊かな体はみずみずしい。青い光の入る布を腿にかけているが、その布の質感が伝わる。黄色と青の入り混じる背景は、海景だろうか。
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縫い物をするマリー・テレーズ・デュラン・リュエル 青いドレスを着た横顔を見せる少女。花の中にいる。とても綺麗。

鳥と少女(アルジェリアの民族衣装を着けたフルーリー嬢) この絵が神戸では主役になるようだ。バラのついた黄色いターバンに青いサンダルをはいた少女。腕輪をいくつもして、隼らしき猛禽を指に止まらせている。オレンジ系のサッシュが綺麗。カーテンは黄色地にオレンジの水玉。それの掛かる壁は白に青。床はオレンジ。
こんな色の取り合わせが、たまらなく魅力的なのはルノワールだけかもしれない。
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1875年と1899年の自画像があった。
塗り方も描かれた顔立ちも全く別人の感がある。ちょっと驚くくらい違う。

ベルト・モリゾ ダリア 白い琺瑯風の花瓶にダリアを生けているが、どこか投げやり風。花も終わりつつある。散り始めている。

ロートレック 待つ 女の背がある。少し顔を背けているので本当の表情はわからない。
どこか憂鬱そうでもある。
わたしはこの絵を見て、1970年代の映画「ミスター・グッドバーを探して」を思い出した。

ボナール 犬と女 どう見ても着ぐるみの犬と女。チェック柄ドレスに水玉のスカーフの取り合わせはよくない。
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サージェント 竜涎香 白服の東方女。被衣のようにしている。少し面白い。

本画もあり、資料もあり、色々と楽しかった。すばらしいコレクションを見せてもらい、とても嬉しい。
クラーク夫妻の審美眼に感謝したい。ああ、本当にいい展覧会だった。

加古川市立図書館

過日、加古川図書館にでかけた。
色々とかわいらしい建物である。IMGP1176.jpg


算木のような門柱IMGP1165.jpg
アールデコ風ともいえる。

玄関脇。タイルがいい。IMGP1164.jpg

装飾がいい。小さくても色々ある。

見上げるとこんな感じ。IMGP1151.jpg

中から見る。IMGP1154.jpg

細かく見る。IMGP1156.jpg

階段。IMGP1155.jpg

天井の美。IMGP1163.jpg

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柱が素敵だ。IMGP1152.jpg

外観をあちこちから眺める。
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まだまだ見ていない建物の多いことを実感する。
小さくて可愛らしくて、そして今も人々に愛され続けている。
幸せな建物だと思った。

なお、ここには戦前の劇評家・三宅周太郎の著書も色々あった。
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博物館でお花見を 2013

恒例の東博「博物館でお花見を」に喜んで参加した。
出かけたのは2週間ほど前の、まさかの桜満開の時期で、本当に「博物館でお花見を」することになったのだった。
庭園も開放されていて機嫌よく桜を見て回ったのは「三月の東京ハイカイ録4」にくねくね書いている。

スタンプラリーしながら機嫌よく館内あちこちで気に入ったものをパチリパチリとカメラに収めたので、その画像を挙げる。
写メでしかも腕がよくないから、ちょっと見づらいかもしれないのはいつものことさ。

可愛いわんこ。染付。130324_1139~020001

遠目に見ると、☆が真ん中に光るような鍋島焼のお皿。130324_1139~010001


浮世絵は全部が桜関係。130324_1129~010001

裾にご注目。130324_1129~020001


国宝「花下遊楽図」のうちからみつけた人々。
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やや大きい三味線。130324_1114~010001



中沢弘光の裸婦。130324_1057~010001

輝くような身体130324_1057~020001


鏑木清方「黒髪」130324_1105~010001

周囲をいろいろ眺めると…130324_1104~010001

荘子の蝶のようにも見える。130324_1104~020001


春になると不思議な人も現れる。
速水御舟の尼僧。130324_1101~010001

どことも知れぬ方へ向かうまなざし130324_1101~020001

幻想的な木々130324_1101~030001 130324_1103~010001


伊東深水の新版画。艶めかしい。130324_1059~010001


庭園で桜を愉しみ、展示室でも「花」を愉しむ。
嬉しい一日でした。

小倉遊亀 慈愛のまなざし

香雪美術館では小倉遊亀展が開かれている。
滋賀県立近代美術館へ行くたび、遊亀さんの作品を見る機会に恵まれるが、御影の香雪美術館という近いところでまとまったものを見ると、改めて遊亀さんの画業の深さ、美への真摯な態度というものが、まっすぐに心に伝わってくる。
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遊亀さんの作品は、切花と古陶の組み合わせのものを第一だと思う。
次が挿絵で、それから人物画。
尤もこれはわたしの勝手な考えに過ぎない。

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1947年の「八重椿」、1988年の「古九谷とマンゴウ」、こうした作品などに特に遊亀さんの佳さというものを感じる。
西洋絵画ではいずれも「静物」と一くくりにされてしまうこれらの主題だが、ここにあるものは「静かなもの」ではあっても、「死んだ自然=静物」ではない。
捥がれた果実、時間の過ぎた古いやきもの、摘んできた花、古びの出た籠・・・それら一つ一つは優しくその空間にあり、存在を示しつつもでしゃばることはない。
これは日本画と言うだけでなく、東洋の絵画における特質だとも思う。
西洋絵画の静物画を見て、そこに描かれたある種の空虚さを感じる神経は、ここでは癒され、和むばかりである。

遊亀さんは前に通じた人で、結婚した相手も禅に深く佇む人だった。
しかし遊亀さんは自己の制作・画業に対しては禅の厳しさを押した人だったかもしれないが、その作品はいつでもほんのりと優しさのあるものだった。
仏は自己の修行には厳しかったが、他者へは優しい手を差し伸べた。
遊亀さんの作品にはそんなことを思わせるものがある。

薬師寺の散華の原画を描いている。
この絵は'71年の杜若である。グレー地に奥ゆかしい紫の花弁が開いている。曇天の中でも咲く花をイメージさせてくれる。
他にも遊亀さんは梅と椿を同年に描き、別な年にも山吹や撫子を描いている。
その中でも'85年の桔梗とアザミは、どちらも蕾だと言うことに惹かれた。
そして'95年の散華は「如来」「菩薩」などの文字が躍っていた。

滋賀から愛らしい幼ない姉妹の絵が二種ばかりきている。
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チラシになった「姉妹」とその下絵、随分若い頃の「童女入浴」とその下絵である。両者の間には半世紀近い時代が流れているが、断絶あるいは対立するものではない。
大正末の入浴する幼い姉妹も、'70年の夏物ワンピースを着て正座した幼い姉妹も、健やかな日常を過ごし、仲良く育っていることを感じさせる。
風俗や顔立ちは違っても、底に流れるものは変わらない。
どちらの姉妹が入浴しても折り紙をしてもかまわないのである。
二組の幼い姉妹からは共通して、見るものに優しい心持を持たせる何かがあるからだ。

不思議な作品があった。
帯である。昭和初期までに描かれたようだが、流水に躑躅文様だというが、背景が深い灰色で躑躅が白いから、法事などに使えるなと思った。どんなシーンで使うかと考えれば、どうしても法事しかむりな気がする。

雨後 こちらも昭和初期である。墨の濃淡で花のない紫陽花を描いている。この濃淡、ぼかし、にじみの美麗な作品だった。

戦後の作品には古いやきものと切花や果実の取り合わせというスタイルが定着する。
描かれた花々はどれもが優しい。
紅梅、紫陽花、椿などなど。うつわも同時に展示されている。
それらを見ると、遊亀さんが実際に自分で集めたやきものと庭の切花とをモデルに描いていたことに納得する。
古九谷だけでなく、奥田頴川、富本憲吉、今の永楽善五郎らのやきもの、ガラス瓶があることにも気づく。本当に好きなものを丁寧に集めていたことを知り、共感する。

遊亀さんの挿絵といえば谷崎の『少将滋幹の母』といった王朝ものが思い浮かぶが、'70年頃に『細雪』の挿絵を描いていたのを知る。
これは初めて見た。その当時刊行された版に新たに遊亀さんの挿絵を加えたのだろうか。
帯を締める幸子、シミをみつめる雪子、「雪」を舞う妙子、平安神宮の花見などである。
いずれも小説のそこかしこを思い出させ、物語にすんなりと入ってゆける絵である。
特に幸子の紫地の着物が綺麗で、帯の蝶柄が素敵だと思った。
ああ、河出からその年に出た本なのか。

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「ホトトギス」の表紙絵もあった。
カレイ、白椿と紅梅などの親しみやすい絵がある。
こうした小品もいい。

和やかな心持になれる展覧会だった。5/6まで。

エドワード・スタイケン写真展 モダン・エイジの光と影 1923ー1937

1920~30年代のモダンな時代が途轍もなく好きだ。
丁度自分の祖母の少女時代から大人になったあたりの時代、話を聞くだけでわくわくした。
ファッションもこの時代のものが一番いいと思っている。

世田谷美術館で「エドワード・スタイケン写真展 モダン・エイジの光と影 1923ー1937」にときめいた。
チラシは1924年の女優・グロリア・スワンソンを黒のレース越しに写したもの。
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この写真は随分以前から知っていた。
谷川渥の著作の表紙を飾っていたからだ。
ジャケ買いということはまずしないが、あの本に惹かれたのは間違いなくこの写真が原因だと思う。

私が読んだのは文庫ではなく単行本の時代だったか。
鏡と皮膚―芸術のミュトロギア (ちくま学芸文庫)鏡と皮膚―芸術のミュトロギア (ちくま学芸文庫)
(2001/04)
谷川 渥


この本のタイトルにこの作品は本当にふさわしい。

自分が好きな時代だけに、これまでに多くの資料を見てきた。
ここでもそうして見知った女優や俳優、映画監督、ダンサーらの写真が多く出ていて、たいへん嬉しい。

1.アールデコの息吹

ジャワ舞踊手に扮するダンサーのギルダ・グレイ 1923年 この時期には日本や朝鮮でもジャワの舞踊などに人気が高まっていたようである。
腿はやや太めだが、かっこいい足である。そしてその踊る手つきもかっこいい。

VOGUEの表紙を飾った写真がいくつも現れる。
なんと魅力的なのか。
シャネルのイブニングドレス、レニエフのクレープドレス、カルティエのヘッドバンド、ポワレのドレス・・・
感嘆するばかりで、言葉も出ない。

ペルシャ祭りのためにウィリアム・ウィーヴァーの衣装を着たファル・ド・サンダル夫人、プラザ・ホテルにて オリエンタリズムが流行していた時代。とてもかっこいい。彼女はニキ・ド・サンファルの母だという。破産する前の裕福だった頃の写真。

プリンセス・ユスーポフ 1924年。タイトルは「ユスポフ」だがわたしはあえて「ユスーポフ」表記にした。たいへん美人である。ロマノフ王朝が倒れたとき、皇室の一員ということで長く幽閉されたが、なんとか脱出してパリへ出て、そこで暮らした。ユスーポフ公の妻だった彼女の29歳の写真。
当時のロシアの貴族階級は多くがパリへ逃れた。ロシア貴族は宮廷ではフランス語で話していたのである。大貴族ではないものや商人たちは日本へも多く逃れた。
白系ロシア人の美貌の人は、この時代そうして流浪したのだ。
そしてわたしはどうしても池田理代子「オルフェウスの窓」第三部ロシア革命編でのユスーポフ公を思い出してときめくのだった。

俳優アドルフ・マンジュー 1925年。髭を生やしている。洋画家・小出楢重はこの俳優がとても好きだったようで、彼の随筆にもマンジューの名が出てくる。

女優ポーラ・ネグリ 高校の頃に、丁度無声映画からトーキーに移り変わった時代の映画音楽ばかりを集めたテープを拵えていた。その中にポーラ・ネグリの出た映画が何本か入っていて、偶然のことから彼女のファンになった。懐かしい気持ちがある。

シュザンヌ・タルボットの黒いチュールのヘッドドレスと、黒い狐の襟付きブロケード・コートをまとうモデル めちゃくちゃカッコイイ!そのモデルも無論いいが、そのかっこよさを切り取るスタイケンにもときめく。
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アールデコ風の大判スカーフをまとうタマリス こちらも非常にカッコイイ。絵柄は確かにアールデコ風だが、同時にこの構図は未来派風のようでもあり、モノクロ写真の魅力を堪能できる。

ボクシングヘビー級チャンピオンのジャック・デンプシー 1926年。カッコイイ。こちらはスーツをバシッとキメてるデンプシーである。彼は独特のスタイルを編み出したが、それは今日では「はじめの一歩」にも受け継がれているのだった。

マダム・アニエスによる黒いベルベットの帽子をかぶったモデルのドロシー・スマー この帽子もまたとても素敵。何層にも重なる帽子。横顔がまたとても素敵。

2.光と影の日々
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映画プロデューサーのアーヴィグ・タルバーグ 一目見て「何か変わった感じのある人だな」と思った。彼は21才で会社の重役になり、37で死ぬまでに辣腕を振るい続けたという。
スタイケンのカメラは<人の見たいもの>を巧く手元にさらけ出すような感じがある。

俳優コンラート・ファイト この人がドイツ表現主義映画の傑作「カリガリ博士」のツェザーレを演じたそうだ。わたしは「カリガリ博士」は好きなのに、あんまり俳優の名前を注意していなかった。ここではあの「眠り男」の風情などはなく、紳士として笑っている。

女優クララ・ボウ この人の名前から「ガンダム」のフラウ・ボウが生まれたのだ。
そのことを思うと、わたしの知るフラウ・ボウの面影がこの写真の上に浮かんでくる。

ピアニストのウラディミール・ホロヴィッツ 1929年。わ、若い!!!晩年に来日したときのことを覚えているが、あの老人の若い頃はこうだったのか!!!
時代の流れを想う一方で、写真というものが時代や時間を越えて、過去のある瞬間を永遠に残す力を持つ、と言うことを改めて実感する。

俳優ゲイリー・クーパー さすがにハンサムである。めちゃくちゃオトコマエである。
ドキドキした。

女優アンナ・メイ・ウォン 中国系美人である。「上海特急」でガルボと共演した女優。エキゾティックで魅力的である。

詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ 1932年。ああ、だいぶふけている。わたしはこの詩人がまだ青年だった頃の写真を見て、詩人とはこうでなくては、と想ったものだった。
しかし偉大さは写真から溢れかけている。

映画監督セシル・B・デミル この監督といえばわたしなどは1949年の「サムソンとデリラ」しか見ていない。これは私の年が1ケタだった頃、TV放映したのをみて感銘を受け、長く覚えていたのだ。この作品に再会したのは大学の時で、そのときも多少は忘れていたりはじめて気づくこともあったが、大方は最初に見た時と印象も変わらず、記憶も生きていた。
デミル監督が大監督だということは知っていたが、私が知るのはつまり死後15年くらいの頃で、見たものも晩年のものなのだ。
彼はスタイケンに撮られたこの時代が、いちばん脂がのりきっていたようだ。

スタイケンのミューズたるマリオン・モアハウスの小特集がある。
やや面長の彼女は知的な美しさに満ちていた。
どのデザイナーの拵えた衣装でも、魅力的に着こなしている。

3.永遠の瞬間

メキシコ人女優ルーペ・ヴェレス いや~~色っぽい!

俳優レスリー・ハワード 「風と共に去りぬ」のアシュレーを演じた人。気の毒に大戦中に撃墜されたそうだ。映像と写真とだけが今に残るのか・・・

リリアン・ギッシュ、メアリー・ピックフォード、チャップリン、ディートリッヒ・・・
今日に至るまでその画像が意識に残る人々。
スタイケンの撮影した写真は、自分の見てきた彼らのパブリックイメージの増幅版でもある。

映画監督エルンスト・ルビッチ かっこいい。とてもとても。

自分の好きな時代を生きた人々のポートレート。
本当に素敵だった。


こちらは現在、西洋美術館に出ていたキース・ヴァン・ドンゲンの1920年代の女性を描いた作品。
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スタイケンのカメラに収められた女性たちのうちには、ドンゲンの絵筆に描かれたひともいるかもしれない。

これは現在横浜の大仏次郎記念館で開催中の企画「洋雑誌が映すモダン都市1920’s~1930’s」のチラシ。その時代に生きたモダンボーイ大仏が集めた雑誌たち。
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やはりこの時代は今から思っても言葉にならぬほど魅力的だ。
スタイケン展は4/7まで、大仏記念館は4/14まで。

四月の予定と前月の記録

早くも四月。桜はすでに関西ではやや早や、首都圏では散り初め。
わたしはおかげでどちらも楽しめました。
さて、今月行けたらいいなの展覧会。

北斎と暁斎 -奇想の漫画 描けぬものなど、何もない 浮世絵太田記念美術館4/27~6/26
貴婦人と一角獣展  国立新美術館4/24~7/15
レオナルド・ダ・ヴィンチ展~天才の肖像 東京都美術館4/23~6/30
河鍋暁斎の能・狂言画 三井記念美術館4/21+~6/16
「もののあはれ」と日本の美  サントリー美術館4/17~6/16
華麗なるインド ─インドの細密画と染織の美─展 三鷹市美術ギャラリー4/13~6/23
幸之助と伝統工芸 伝統工芸は日本のものづくりの原点である 汐留ミュージアム4/13~8/25
旅の文学-紀行文にみる旅のさまざま  静嘉堂文庫4/13~5/12
国宝 大神社展  東京国立博物館4/9~6/2
大倉コレクションの精華Ⅰ―中世近世の絵画―  大倉集古館4/6~5/26
源氏絵と伊勢絵 ―描かれた恋物語  出光美術館4/6~5/19
佐々木マキ 見本帖  武蔵野市立吉祥寺美術館4/6~6/23
麗しの漆 -蒔絵と螺鈿  畠山記念館4/6~6/16
藤田嗣治 本のしごと 日本での装幀を中心に 日比谷図書文化館4/4~6/3
魔性の女 挿絵-大正昭和初期の文学に登場した妖艶な悪女たち- 弥生美術館4/4~6/30
生誕120年 木村荘八展  東京ステーションギャラリー~5/19
PARIS、パリ、巴里 ─ 日本人が描く 1900–1945 ブリヂストン美術館~6/9
マリオ・ジャコメッリ写真展 白、それは虚無。黒、それは傷痕。 東京都写真美術館~5/12
煙に寄せたメッセージ 版画・たばこのある風景 たばこと塩の博物館~5/12
ジャパン・ビューティー 描かれた日本美人 ニューオータニ美術館~5/26
「八重の桜」 江戸東京博物館~5/6
かわいい江戸絵画後期 府中市美術館~5/6
近代日本の歴史画 野間記念館~5/19
ベーコン  東京国立近代美術館~5/26
住友グループ秘蔵名画展~花~ 泉屋分館~5/12
日常の美~伊東深水をはじめ 新版画とともに~ ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション~5/6
「挿絵が僕らにくれたもの」展―通俗文化の源流― 三鷹の森ジブリ美術館~5/15

こちらは関西。
當麻寺 -極楽浄土へのあこがれ- 奈良国立博物館4/6~6/2
人物画名品展 - 肖像画、風俗画、美人画 -大和文華館4/5~5/12
「松園を魅了した麗しき女性美」~装いへのこだわり~松伯美術館~5/12
彫刻のまち神戸 藤本敬八郎の“雲水” と神戸ゆかりの彫刻家たち 
「風景画コレクション~水辺に憩う~」 神戸ゆかりの美術館4/6~6/9
季節の彩り 頴川美術館4/6~5/6
とら・虎・トラ ~甲子園の歴史と日本画における虎の表現~ 西宮市大谷記念美術館4/6~5/19
パリに彩られた画家たち―マリー・ローランサンとその周辺― BBプラザ美術館~5/26
超・大河原邦男展 レジェンド・オブ・メカデザイン 兵庫県立美術館~5/19
世界を魅了した「青」―浮世絵名品展 春信・歌麿の“露草青”写楽の“藍” 北斎・広重の“ベルリンブルー”展 芦屋市立美術博物館~5/6
復活!不昧公大圓祭-逸翁が愛した大名茶人・松平不昧- 逸翁美術館4/6~6/2
ボストン美術館 大阪市立美術館4/2~6/16
Blue&White 藍と白の美―そばちょこ・藍染めを中心に 大阪日本民芸館~7/21
茶道具いろは  藤田美術館~6/16
茶の湯の漆器―利休と不昧のデザイン― 湯木美術館4/2~6/9
中谷宇吉郎の森羅万象帖 展 INAXギャラリー~5/30
パッケージデザイン クラブコスメチックス文化資料室~5/31
ゴッホ展 空白のパリを追う 京都市美術館4/2~5/19
狩野山楽・山雪 京都国立博物館~5/12
「春興の茶」  北村美術館~6/9
茶人のあそび心 形物香合番付の世界 野村美術館~4/14
伏見人形  京都市考古資料館~6/30
永青文庫所蔵 香道具展 茶道資料館~5/26
樂家歴代が手本として学んだ伝来の茶碗 樂美術館~7/7
朝鮮のやきものと木工芸 -日本の「民芸」との関わり- 高麗美術館4/6~6/2

なんだかんだと忙しいな。
4/6には沼津の御用邸見学に行ったりいろいろします。

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