美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

芝川照吉コレクション 青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター

本日で終了してしまったが、京都国立近代美術館の「芝川照吉コレクション」展はたいへん魅力的な展覧会だった。
副題の「青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」という言葉が示すように、この人がいなければ後世に残らなかったという芸術家は少なくない。
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7年ほど前に松濤美術館で「幻想の芝川コレクション」展というタイトルで今回とほぼ同じ内容の展覧会があった。
それから大阪市立美術館でも企画展があった。こちらは宣伝もしないので開催されたことを知らぬ人の方が多いのではないか。
今回、京近美に多くの作品が入ったということなので、とてもめでたい。
もともと芝川家は大阪の実業家なので関西でこうした状況になったのは、本当にうれしい。
出品リストは近美所蔵品とよその所蔵品とで構成されている。ちょっとみづらいが仕方ない。
そのあたりのことはスルーして、好きなものについて少しばかり。

この展覧会はむろん学芸員さんらの努力が実った結果ではあるが、まず芝川照吉の目というものに感嘆せずにいられない。このコレクターの目がなければ何も始まらなかったのだ。
そのことを思いつつ、展示品をみた。

劉生、椿貞雄らの芝川の肖像。左の頬のあたりを中心にほくろが点在していた芝川の顔。
「優しい小父さん」と洋画家たちから慕われ信頼された人の顔である。

これは芝川の人形。こんな物まであるのが楽しい。
石井鶴三の工作。nec440-3.jpg
鶴三の兄・柏亭がそもそも芝川照吉と最初につきあいを持った画家だった。
鶴三の絵は尾崎士郎「人生劇場」の挿絵などが特にいいが、こんなかくし芸まで持っていたとは知らなかった。
中川一政の随筆の中で、鶴三の人柄のいいところ・のーてんきなところを評して「鶴三は長生きするだろう」と書いている。

青木繁の絵が集まる。
光明皇后 これは現在石橋美術館にある。青木を実際に知る石橋正二郎の優れた目が生んだ美術館である。
人々の顔は判然としない。皇后らしき女人、女官、侍童、僧侶らの立つ間に孔雀がいる。孔雀は既に推古天皇の頃に朝貢をうけて、日本に来ている。
豊麗な天平時代にそぐう、美麗な鳥である。
ただ、この絵はその孔雀もまた判然としないまま筆を措かれているのだった。
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盆踊り 青黒いパステルで顔の見えない三人の女が踊る姿を描く。ちりちりと光が所々に見えている。

岸田劉生の青空が広がっている。
道路と土手と塀、道と電信柱、代々木付近、早春(角筈上水の土手)・・・
どの絵にも青空がある。赤い土がある。

劉生の洋画では静物画に途轍もなくいい色が顕れる。
静物(土瓶とシュスの布とリンゴ五個) このシュスの青色の素晴らしさは、忘れ難い。
布の質感が指先に蘇るようだった。

石井柏亭 りんご 軸装されていた。まだ白みの見えるもの・赤いものがまざりあうリンゴたち。
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この絵を見て、信州上田の柏亭の美術館に行きそびれたことを思い出した。
というよりも、信州そのものを思い出したのだった。
かれは芝川照吉とは画家とコレクターという以上の深いつきあいがあった。

木村荘八はつい先日東京ステーションギャラリーだ大きな回顧展があり、現在に蘇ったが、彼はとにかく友人の多い人で、しかもジツのある画家であり、筆まめだったそうだ。
その荘八が描いたのが巣鴨に作られた芝川照吉邸新築記念の駅からの案内図。
絵巻仕立てでまるで曼荼羅のようでもある。nec442.jpg
川を渡り、橋を越え、巣鴨座のシネマ、その向かいの陰気な廃兵院、市内電車、とげ抜き地蔵、やがて立派な芝川邸。そのリアルタイムの時代に生きる人にはわかるような案内絵巻だろう。面白かった。

長谷川昇 少年 とても美少年nec443.jpg
これはドキドキする。長谷川昇は春先に国立劇場の展示室で歌舞伎や文楽人形を描いた洋画の展覧会があった。
あれは非常にいい展覧会で、こんなものがあったかと見た観客はみんな喜んでいた。
あれらは後年の作らしいが、この「少年」がその昔に描かれていたことを思うと、長谷川のほかの絵もじっくり見てみたいと思う。

芝川照吉は工芸作家をまた大事にした。
彼の家の一室が再現されていたが、本当に細かい人形などがたくさんあった。
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浅井忠は洋画ではアカデミックな絵が多いが、日本画にはユーモアが漂い、図案にはアールデコ風味と戯言が活きていた。
浅井忠の原画による大津絵菓子皿などはとても面白い。
奴に黒大黒と福禄寿の裸参り、ハンサムな鷹匠、雷神が雲の下へ釣りをするなどなど。
洒脱で明るい絵柄である。

藤井達吉の作品が現れた。
わたしは松濤で見るまで藤井達吉を知らなかった。
見ていっぺんに夢中になった。
そして2008年の碧南市藤井達吉現代美術館オープン初日に出かけ、多くの作品を見、ますます好きになったのだった。
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藤井のさまざまな作品が並ぶ。圧巻と言う言葉が浮かぶ。
何と素晴らしいのだろうか。
工芸家としての藤井達吉はオールマイティで、本当にどんな素材でもいい作品に仕立て上げる。
もともと愛知のひとだから七宝も巧く、螺鈿の使い方も見事だった。
清楚な山野草をモティーフにした作品も多く、手が込んでいるのにその煩雑さを感じさせない作風だった。

着物で草花文のものがあったが、それは有線七宝の技法を思わせるような造りだった。
本当に見事だ。

ロウケツ染めの壁掛けは海草文とあるが、どこかバーナード・リーチの「生命の木」を思わせるようだった。

白梅図の文箱は一見したところ光琳風だが、藤井達吉はさらにそこに手作り感を前面に出す工夫をする。

蜻蛉と鬼百合の乱箱は大胆でかっこいい。こういう乱暴な使い方をする螺鈿なども面白い。
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他の螺鈿もこんな風になる。nec444-1.jpg


屏風も欲しくなるものばかりだった。

富本憲吉のやきものも多い。呉須手の花瓶がいくつも。
珍しいのは、「いっちん葉模様小皿」など<いっちん>の技法を取り入れたこと。法花。とても手のかかる仕事である。

他にも河合卯之助の普段使いに良さそうなやきものが並ぶ。
カタバミ文様の入る小皿や、うすい彫りで花を表現した鉢などがとても魅力的だった。

面白いのは香取秀眞の鋳造した文鎮。ミイラだった。
これはかなり面白かった。

他にもよいものをたくさん見て、とても嬉しかった。
芝川照吉コレクションがこうして京近美に仲間入りして、本当によかったと思う。
いい展覧会だった。
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作家がみつめた動物たち

こちらも同じく今日で終わった企画展である。
京都中央信金所蔵の日本画から「作家がみつめた動物たち」展の感想を少しばかり。

中信美術館はとてもいい企画を見せてくれる、可愛らしい美術館だ。
しかも無料である。こんないい美術館なのに、企画展のことを知るのは多くの場合、市営バスの中でだったりする。
急遽出かけた展覧会だった。
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山口華楊 双雀 かわいいなあ。やっぱり動物画家として名を馳せただけに観察眼も一流だが、それ以上に愛情が深い。だから見るものもその可愛さにキュンとくる。がんばれ雀!と応援もしたくなるのだった。

上村松篁 撫子 ピンクの花に、ピンクの小禽。嘴も可愛いし目元もいい。何の鳥か判らなかったが、紅鶸らしい。ああ、そうか・・・!嘴は案外強いということを思い出す。

華楊 仔馬 かわいい。素描に淡彩をつけた、という風情がある。目がつぶらで、まだ何も考えていないようなところがいい。

井上覚造 猫 ヨーロッパの田舎の村で、石で舗装した道の上に置かれた椅子で、背後の人の営みにも無関心に、キジネコが首を傾けてこちらを見ている。

佐藤昌美 ほたる野 シャムネコがくつろいでいるが、その辺りには蛍が舞い舞い続けていた。シャムネコは動きもせずじっとみつめている。

入江酉一郎 初春 これは「鼠の嫁入り」である。手足の長いねずみたちが駕籠を担いで嫁入り道中をする。幻想的な情景だった。

南の国 水牛と坊やがいる。ヤシの木がある。坊やはベトナムの人がかぶるような三角錐のつばの広い帽子をかぶっていた。牛は動いてくれない。東南アジアでの「十牛図」か。

河地道貫 赤い椅子に 白猫が乗って毛づくろいしようと足を上げているところ。画家はこんなポーズを絵にしてしまうのだ。

船水徳雄 虎之仔 ブルーの眼をした耳の大きな虎の子。可愛くてかみたくなる。

茶室での展示もあった。
中野嘉之 赤炎鹿 一曲屏風に鹿が寝そべる。赤い炎の中で。
こういうところに茶室があるというのも面白い設えだと思った。

華楊 水仙 並んで咲いた水仙と、鷽(ウソ)らしき小鳥と。

金島桂華 鶴 青空を背景に海辺らしき茶色い丘に鶴が四羽。どうみてもバカンスに来ています。

濱田観 柿と雀 柿の実一つ。雀は小さいが、なんだか青雲の志を持つように見える。

加倉井和夫 囀 いかにも加倉井。マーガレットと黄色いカナリアと。

上村淳之 汀 ああ、これもいかにも淳之さん。シギが一羽立ち尽くしている。

松篁 鷽(ウソ) 連翹の上に止まる頬の紅色な小禽。

福田平八郎 鷽 これもウソで、随分揃っているのだった。扇面に飛ぶ。

最後の展示室へ行くと、そこはワンダーランド。

小山茂 お金持ち 凄いタイトルだが、描かれているのはコガネムシ。つまりあの童謡です。♪コガネムシは金持ちだ 金蔵建てた蔵建てた 子供に飴玉買ってやる
絵自体は日本のファーブルと謳われた熊田千嘉慕や薮内正幸のようなリアルな昆虫図だった。

小山茂 脱皮 蛹から揚羽へ。リアルな脱皮シーンだった。

小野踏青 かに まさにカニ。それも松葉ガニ。非常においしそう。そばにはサザエが添えられている。ああ、日本のカニの8割は大阪人が食べているのだ・・・!!

山口吉旺 桃太郎 背中越しに柴犬がいる。ちょっとジイさんな柴犬。桃太郎は手に金色の黍団子を握っていた。

山口吉旺 河童 小舟に寝そべり、どこかブルーな河童。釣りをしているらしい。このシーンを見て、わたしは川島雄三監督の「青べか物語」の1シーンを思い出した。

川端龍子 龍 黄緑の立派な龍。かっこいいぞ。

松村公嗣 殿 トノサマカエルということで「殿」なのだろうが、展覧会はここで終わりなので「殿 シンガリ」とも読める。可愛くて大きなカエルだった。


次回の展示は早い目にでかけたいものだ。

住友グループ秘蔵名画展「花」

京都鹿ケ谷の泉屋博古館へ行った。バスを降りてしばらくすると白川の流れが見える。
綺麗な紫陽花が夾竹桃の傍らで咲いていた。

住友グループ秘蔵名画展「花」を見る。
既に六本木の分館で開催されたものが本館への凱旋である。
45点の花の絵のうち近代日本画は10点で残り34点は近代日本洋画そして一点のみアンリ・ファンタン・ラトゥールの「ばら」がある。

展示室には何の装飾もない。ただ壁面のガラスケースと中央の位置にいくつか単品のガラスケースがあるばかりのシンプルさである。
その縦長の一室に、ガラス越しとはいえ、花園が広がっていた。

チラシは岡鹿之助「捧げもの」である。
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彼の愛するパンジーを中心にオオキのような葉や青いチラチラした花が盤に生けられていて、さらにクレムリン宮殿を思わせるような可愛いねじりの塔が見える。
これは燭台であり、その燭台の盤にパンジーが生けられていることを知る。
花々はいずれもこちらを見ている。
この絵・この花・この情景を見るわたし、またはあなたをみつめている。
花と燭台の背景には薄い青・薄い黄緑・薄いグレーの粒子が集まり、風景を作っている。
それは海の向こうの島影、蜃気楼による聖ソフィア寺院、行過ぎる雲の影、そんなものに見える。
本当のところ、これが何かはわからない。ただ、愛らしい花を生かすためには、やはりこの背景が必要なのだと思うばかりだった。

ラトゥールの「ばら」と白滝幾之助の「芍薬」が隣同士で並んでいた。
薔薇は小さい花瓶に生けられて、その花の重さによって瓶を隠していた。
芍薬は茎も長く首を伸ばし、花の頭を大きく持ち上げていた。
その花を支える花瓶は青白磁だった。静かに豊かな瓶だった。
風情の似た二枚の絵を見た。

和田英作 菊 口幅の広がった筒状の花瓶に菊が思い切り生けられていた。
あるだけの花投げ入れよ棺の中
棺ではなく花瓶だったが、菊はその息苦しさに耐え切れなくなったか、一斉に首を伸ばして花を外へ投げ出していた。まるで懸崖菊のようである。そしてこの菊は何と言う種類なのか、オレンジ色をしていた。クリサンテームという方が似合うような花だった。

黒田清輝の「芙蓉」は円形の枠に収まりきれず、ピンクの花を開いていた。
そして「野菊」は自宅の庭の一隅に咲く姿を写生したものだというのに、その枠の外を想像させなかった。面白い対比を見たと思う。

南薫造 もくげ つまり「むくげ」。中国の故事を描いたと思われる屏風の前の小箪笥に染付の瓶が置かれ、そこに満開の白い花があふれんばかりに生けられている。
花瓶の周囲には香合と桃が見える。絵は高士が傘を差しながら橋を渡る情景。訪友図のような雰囲気がある。
染付は呉須手か。nec439-3.jpg


梅原龍三郎 薔薇図 梅原は薔薇を多く描いた。薔薇と裸婦と北京と桜島・霧島などなど。
いずれも豊かでにぎやかなものばかり。
1942年に描かれた「薔薇」は印象的な一枚だった。
萬歴赤絵らしい瓶に生けられた薔薇である。そして不意に彩色をやめたような白地が背景にある。その色の対比がとても鮮烈だった。

唐三壷、唐三彩壷とそれぞれ題された絵がある。どちらも花の代わりに果実をやきものの側に配している。緑の唐三壷には赤いメキシカン・マンゴーのような果実を、筆先で三色を
ばらばらと載せていったような壷にはリンゴらしきものを配していた。

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安井曽太郎 桃 白の花形皿に桃が枝葉ごとのせられている。水蜜桃だろうか。よく光る机の上に置かれている。手を伸ばしたくなるような情景である。
静物とはいえ、そんな情感がわきだす絵。

鍋井克之 「静物」はパイナップル、タマネギ、ブドウ、それらが重い色で描かれている。
しかし「花と果物」はにぎやかな配色だった。緑の濃淡のチェック柄テーブルクロスの上に、パイナップル、レモン、形のひしゃげたイチゴ、パパイヤらしき南洋系のフルーツが半身にされて中身をさらしている。とてもナマナマしくおいしそうな果肉だった。

中川一政の薔薇はいずれもマヨルカ窯のやきものに生けられている。
薔薇は破格の面白さ。

須田国太郎の重厚さは花にも現れる。花たちは自身の重みに耐えかねているかのようだ。
ケシにしろ白いマーガレットにしろとても重い。

小磯良平 牡丹 全く珍しいものを見たように思う。小磯の牡丹は一枚一枚の花びらの区別がなくベタリと咲いている。深紅色の牡丹はやや薄い葉の中に座を占めし、平面的な広がりを見せていた。

鈴木信太郎 静物 いつも楽しい鈴木らしい絵。孔雀羽根の扇子がひろがり、その前には南蛮人の肖像。燭台と皿には青リンゴがたむろしている。置かれているのではない。リンゴたちが屯している、としか言いようがない情景なのだ。

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児島善三郎 海芋と君子蘭 ようするにカラーとヤブランです。とても可愛い。わたしはカラーが好きなので、児島の明るく豪胆な手によって楽しく描かれたカラーを見て、とても嬉しい。

児島の花は独特の方程式がある。ハキハキした輪郭線とその中に納められた濃い色の花びらと。背景の濃い山吹色もとても魅力的。

ここからは日本画である。
前田青邨 梅 ああ、花瓶に生けられていても青邨の梅は青邨らしい様式を見せている。
独特の枝の曲がりがいい。まるで踊っている腕のような枝たち。それらは鉄絵魚文壷に生けられている。
紅白の梅は可憐でしかも元気そうなのである。nec439.jpg


川端龍子 桃 変なバランスの巨大な瓶に桃の実と枝つきのが放り込まれている。
こんなバランスの悪いものは珍しいと思う。

安田靫彦 欝金香 いかにも靫彦らしいちゅーりっぷが3本。赤・ピンク・黄色。お庭に植えたチューリップを楽しく眺めながら描いたのだろうか。

速水御舟 茄子 綺麗な紫色。まだこの頃は元気だったらしいから、この絵を見てもなにかしら息苦しいものはない。

杉山寧 松 もあ~~と松が横に広がる。まつぼっくりも落ちる前。シュールな様子である。どこか曖昧なところが面白い。

山口蓬春 緑芝 そこに可愛らしい鳥が2羽いる。いかにも蓬春らしい手。

岸田劉生 冬瓜之図 横倒しになつてゐる。・・・ほんとにそう。横倒しになつてゐる。

いいものを見せてもらい気持ちよかった。この花のあとはいつもの可愛い中国青銅器コーナーへ向かい、特に好きなものばかりを眺めてから出た。
7/15まで。

「松下幸之助と伝統工芸」の中期

「松下幸之助と伝統工芸」の中期に行った。
前期もよかったが、中期もいい。ということは後期もいいに違いない。
機嫌よく見て回る。
中期だけの展示品を中心にして、感想を挙げたい。

茶杓「祥風」裏千家14代無限斎宗室 1945~1954年の間の製作。戦後すぐの時代にこうした茶杓が拵えられているのか。
櫂先は白く、中ほどは飴色。指の腹に沿うような茶杓。

裏千家15代鵬雲斎宗室好み竹蓋置一双(夏) 13代黒田宗玄 焼印が腹に入る。蓋の表の節穴がなんと★型!これは楽しい。あの素敵な先代宗室さんの好みと言うのは、形だろうか★型の節穴だろうか。そんなことを思うのも楽しい。

ところで今回新しくチラシが出ていて、それはこの萬暦赤絵なのだった。
初公開。可愛い龍がいる。nec437.jpg


千鳥蒔絵平棗 松田権六 1980年頃 わぁ綺麗!蓋表にまるで宇宙塵のような千鳥が飛んでいる。1980年か。ほんの30年前ではないか。近年まで生きた名人の作を観れる歓び。

藍地透文羅裂地 北村武資 1992年 凄いすっきりしている。20年前か。かっこいい。

江戸小紋着尺 宝亀 小宮康孝 英語でいえばこれはパープルではなくバイオレットになるのか。とても綺麗な紫。江戸紫と京紫の間くらいの色に見える。

長板中形着尺 紗綾型地蝶と梅 清水幸太郎 1980年頃 可愛い梅。何梅と言うのだったか。

紬織着物 橋懸 志村ふくみ 紬か。かすりのような縞のような。前期の湖北残雪(紺)も複雑な良さがあったが、これもいい。

松皮取りに七宝黒留袖 中村勝馬 1980年頃 裾に柄がある。シック。

双美縮緬地友禅雉子文訪問着 羽田登喜男 1961年 金沢友禅と京友禅の良いところを抽出したような。シダと四羽の雉と。シックでいて可愛い。

縮緬地友禅着物 梅文様 森口華弘  1961年 肩と裾に梅。かっこいい。

友禅着物 流砂文 森口邦彦 1984年 物凄くモダン。ざらつく感触が凄い。

彫漆竜胆文香合 音丸耕堂 1980年頃 竜胆文だけでなくほかの花も可愛い。綺麗なレリーフ。賞玩したい。本当に可愛がりたい。

玳瑁螺鈿華盤 北村昭斎 2005年 ごく近年のもの。実に綺麗。蓮の花型。ときめく。

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双蛸図漆貴重品筥 番浦省吾 1956年 こ、これは面白すぎるっ!わははははは。

方円籠花入 四世早川尚古斎 1970年 魚籠風。

大月(うふつき) 秋山信子 1978年 琉球婦人か。綺麗な人形。櫛巻きにして微笑む。八重山の婦人をモティーフにしたそう。

寂 平田郷陽 1973年 浄瓶を持つ婦人。花鈿をする。天平の婦人かもしくは唐代の婦人か。ふくよかで優しい。しかしそれでも「寂」のタイトルを持つ。

通期の中でもやはり綺麗だと思うものを挙げる。
柳水文朧銀扁壺 鹿島一谷 1979年 やはり綺麗。朧銀(ろうぎん)という技法の美麗さを味わう。

藍青瓷鉢 清水卯一 1978年頃 やはり素晴らしい。青い薔薇、もしくは青い宇宙。

色鍋島緑地草花文花瓶 13代今泉今右衛門 1978年頃 チューリップ文様が可愛い。

後期もとても楽しみです。

上海と横浜 波濤をこえて

横浜開港資料館で「上海と横浜 波濤をこえて」展を見た。
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むかし、そう丁度「魔都」と呼ばれていたころの上海に、多くの日本人が船出した。
わたしもその時代の上海に対して多大な憧憬がある。
だから10年ほど前に実際に上海に行った時のあの落胆は、非常に大きかった。
人は自分の見たいものしか見ない。
その言葉をあの時本当に強くかみしめた。

わたしが憧れた上海とは1920年代から日本の敗戦直前までの都市である。
この展覧会はそれより少し前からの時代のものから展示されている。
いわゆる“老上海”の世界がそこにある。

<プロローグ>
1919年の日本郵船路線図を見る。「東洋の魅力、日本と中国」というほどの意味の英語の説明がある。
1919年と言えばパリでの講和会議があった。その頃すでに上海は国際的な大都市である。

老上海の風景写真がある。
バンド、豫園の1927年での現況写真。
バンドは2013年現在も大まかなところは変わらない。要するにこの美麗な都市美に惹かれる人は昔も今も少なくないのだ。
豫園。素晴らしく魅力的ではないか。
わたしが上海市内の書店で購入した「消逝的老上海」と言う写真集でも、豫園はとても魅力的に写されていた。
実際、2000年代の上海に幻滅したわたしは豫園に行き、そこで初めて大いに歓んだのだ。

なにしろわたしにとって1920年代の上海と言えば、レスリー・チャン主演の映画「上海グランド」、生島治郎「黄土の奔流」「夢なきものの掟」なのである。
それも全ては森川久美「蘇州夜曲」「南京路に花吹雪」から始まったのだが。

<二つの開港都市の誕生>
アヘン戦争についてのロンドンの新聞記事がある。1842年11月12日号。今考えても列強の、いや西洋文明の酷さに悲憤慷慨する。
高杉晋作は1862年に上海に行き、当時の状況をつぶさに観察し、書簡に残している。
彼はアヘン戦争後の上海を見たことで、日本がこうなってはならないと強く決意したという。
しかしこの上海が開港されたことで、あの美麗なバンドが形成されたのは確かなのだった。

横浜が開港したのはそんな悲惨な状況からではなかったのが救いだが、しかしながら国内では内戦が始まるのだ。

浮世絵師・五雲亭貞秀の横浜絵がある。フェリーチェ・ベアトの横浜風景写真がある。
誰の撮影かはわからないが、1876年の上海のある商家の夫人の写真がある。
若くて可愛らしい夫人であるが、足は間違いなく纏足だと思われる。またテーブル上に長煙管があるのは、アヘン吸引用か。アヘンは悪いものではあるが、富豪から庶民にまで行きわたっていたそうだ。
そしてアヘン取引船の写真もあった。

生島治郎「夢なきものの掟」は1927年から1928年の上海を舞台にした小説だが、そこでは日本の特務機関がアヘン生成と売買とを担おうとするという背景がある。主人公は青幇と特務機関の間に入り込み、両方から利ザヤを稼ぎ、それを自分の相棒で抗日運動に取り組む男と、その仲間に流す。

巨大な利益があるアヘン。時代と切り離せない物質。

またもう少し後年の和風文様のチャイナドレスも展示されていた。
そういえば昔は服は拵える物だった。
映画「上海グランド」で売国奴の怖い女が素敵なチャイナドレスを着ていて、その手がかりを探そうと、主人公は服屋を訪ねるのだった。

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<つながる航路>
日本郵船の1909~1910年カレンダーがある。これは日本郵船博物館で見たかもしれない。
わたしは日本郵船が華やかなりし時代を偏愛している。
上海航路案内がある。1924年。関東大震災の翌年のもの。
生島治郎「黄土の奔流」ではその大地震を上海でも感じるシーンがある。
関係ないが、わたしの祖母は淀川で遊んでいるとき地震に遭い、川のところで子供みんなしりもちをついたそうだ。

<東へ、東へ 欧米人の極東進出>
アーネスト・サトウの肖像と日記、オルコットの著書などなど。
生麦事件の絵もある。
異文化の衝突は避けがたいものだ。

<横浜から上海へ 日本人商人たちの活躍>
岸田吟香の記念館なんてあるのだな。岸田劉生の父で商売人。自家製の目薬の看板等々。
名前は「精奇水」。上海にもそれを扱うドラッグストア「薬善堂」オープン。その広告を小林清親が描いている。
しかし1920年の大恐慌の余波がくる…

上海に支店を開いた日本企業の色々な写真がある。こういうのがまた興味深い。
茂木商会、安部洋行などなど。
そういえば知人の父上は横浜正金銀行(本店がここからほど近い神奈川歴史博物館になったのだ)に勤務され、上海や香港の支店にいたという話だった。1930年代のこと。知人は戦後生まれの末っ子で、百歳のお母様から今もその頃の話を聞いて、それをわたしにも教えてくれるのだった。

<上海から横浜へ 中国人技術者たちの活躍>
中国人のテーラーや洋裁店の写真がある。そうそう、中国人のテーラーは確かに多かった。
大昔のアメコミにもそんなのを見ている。
裁ちばさみ、炭コテ、角尺などなど。
トムサン商会の服や写真がある。みんな異国に来て頑張って暮らしたのだ。
それからピアノ製作。周ピアノ、その弟子筋の李ピアノ。
今も大事に保存していた人がある。
そしてその一家の肖像写真。

<旅行記・案内記にみる上海と横浜>
わたしの祖父は中学の修学旅行先が上海だったそうで、しかしその頃の写真は空襲で燃えてしまったようだ。
当時のものが残っていれば、そこにも上海の案内記があったかもしれない。

1867年にロンドンで刊行された本を嚆矢に、1881年、1900年、1905年と続く。
女性の旅行記が目につくのも面白い。
当時の男性は実業ばかりを気にしていて、こうしたところに目がゆかなかったのか、などと想像するのも面白い。

<描かれた上海と横浜 高橋由一>
パネル展示で「シャケ」がある。やっぱり由一はシャケの由一である。
1867年の(よくよく考えれば明治初年である)上海日誌から色々出ている。
こうして見ていると、上海が一番近い外国だったのだ。

<写された二つの都市>
古写真のオンパレードで、わたしには非常に楽しい展示だった。
1890年ごろのグランドホテル、野毛山
1880年ごろの上海の街角
1900年ごろの上海の城内
1874年元旦の横浜税関
………

<絵葉書にみる上海>
老上海の風景写真を絵葉書にしたものである。
虹口の本願寺、南京路、黄浦江公園、波止場、上海バンド…
この辺りを見ていると、村上もとか「龍 RON」を思い出す。また現在連載中の「フイチン再見」にもその時代の面影がある。
自分の頭の中に渡辺はま子の歌が流れだすのを感じる。
「夜来香」「蘇州夜曲」「何日君再来」「チャンウェイチャンウェイ」…

<絵葉書にみる横浜>
こちらは横浜都市発展記念館でもしばしば見かけるものたちか。
大桟橋、海岸通り、弁天通り、グランド・ホテル、元町、中華街。
一度だけグランドホテルの旧館に宿泊したことがある。やっぱりかっこよかった。
こうした写真を見ていると、やっぱり横浜をハイカイして、近代建築を見て歩きたくなる。
10年ほど前に昼夜併せて実に5万歩近く歩き回ったことがある。その時に撮ったフィルムはいまも活きている。

ああ、「追憶の上海」…このタイトルもまたレスリー・チャンの主演映画から。
現在の上海には関心がないが、1920年代~40年代の上海には今後もときめき続けるだろう。

7/7まで。

せいかどう動物園

夏休みに向けて、ミュージアムも楽しい企画を立てることが多い。
オバケかどうぶつ園か。そういうのが出てくると、わたしなんぞは大喜びでホクホクしながら出かける。

静嘉堂文庫も今回は「せいかどう動物園」と銘打って、所蔵品の内からどうぶつを象ったもの・描いたものなどを集めて、総合動物園の体を成している。
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こうやって眺めると、水族館も昆虫館もあるので、見て回るのも半日がかりになる。
疲れたら休憩コーナーがあるのは、上野でも王子でも天王寺でもズーラシアでも同じなのだった。

十年前、たばこと塩の博物館が「たばこと塩の動物園」として館蔵の工芸品などから動物を選り抜いたものを展示し、大いに楽しませてくれた。
あれからこうした企画が増えているように思う。
大いに楽しみましょう~~

展示室の入り口すぐに前田青邨の獅子。
金銀の奴ら。ガオーーッとフンッッッの阿吽な二頭。太い足がかわいい。まだお子ちゃまなくせに勢いだけはある獅子たち。ナマイキ~~ww


さて園内マップです。
nec432.jpg左右ちょっと切れるので二段に分かれますが。

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まず鳥。
わたしのニガテなトコヨノナガナキトリはパスして、鶉に鵞鳥に鴨に雁を見る。
鶉は備前焼の香炉で見返る姿が可愛い。
銀の鵞鳥もやはり香炉だが、これは清朝に生まれたもの。
鴨はその千年前の唐代の三彩で、毛づくろい中。背中の穴が妖気の…いえ、容器の所以。
雁は二種ある。
備前焼の香炉はカリガネ(お茶ではない)で、毛並みがリアルに描かれ、サガツラガンの方は三彩で唐代の生まれ。こちらも千年の違いがあるけど、先輩後輩共に可愛い、

鴛鴦と言えばやっぱり京都のそれがベストでしょう。ここにいるのも当然京焼。出演してないが、大和文華館の鴛鴦は野々村仁清ので、あちらは郵政省で昔働いていたのだった。

ハト派タカ派という言葉がある。政治の話だけど。
鳥の世界に派閥があるのかどうかは知らんけど、ここにいる鳩と鷹はどちらも同時代の備前焼で、妙に似ている。もしかして同じ親(職人)から生まれた別卵生の兄弟?
枯れ木に泊まる鳩と岩に泊まる鷹と。

親(作家、職人、工房)のはっきりした鳥たち。
鷺がいる。コサギらしい。出ました仁清。首を長く伸ばして天を見るコサギ。可愛いね。
真孔雀は名古屋の安藤七宝店で生まれた奴。一対の瓶で、黄釉地に綺麗な羽を広げている。

千鳥は日本人が非常に好きな小禽で、連続して飛ぶところに日本人の習性を見出しているのかと思ったりする。
釜山焼の御本筒茶碗には千鳥が群なして飛んでいる。これは日本からの受注品。
平戸焼の千鳥文の染付の手付花入はちょっとコウモリぽいけれど。

明から飛来したのが鳳凰。濃い色の青花に住まう。鳥の王様か。そういえば「荘子」だったか巨大な鳥の鵬の話がある。この魚版が鯤(コン)。

フクロウは人気者で、福郎や不苦労に通じるから特に日本では愛されている。
フクロウ型のやきものは現在も人気。ここにいるのは耳の立ったミミズク。
中でもこれはコノハズクというやつで、尾戸焼とかいうやきもの。灰釉木菟香炉。
これがもう可愛くて可愛くて。狸面したミミズクがほんに可愛い。
木菟はミミズクという意味らしく、木の上のウサギ…という所だろう。
だから昔の作家の三上於菟吉は名前にミミズクが入っているのだった。
いや、菟はやっぱりウサギか。若いツバメだった彼はミミズクとウサギ、どっちがいいかしら。

明治生まれのエラそうなクマタカ像もある。フンッエヘンッという感じ。
明治初にはこういうのが流行ったのだ。
欧州では昔の強国は獅子を自分らのアイコンにしたが、新興国はワシをアイコンにした。
日本の場合、将軍家の御鷹狩ということもあり、鷹をかっこよく作るのはお手のものだったろう。

動物園で鳥と言えばバードドームにつながれるが、ここではこうしてガラスケースで飼われている。

最近の動物園はもともとの住環境に近い状況での飼育と言うものが流行っている。
高村光太郎が「ぼろぼろな駝鳥」という詩を書いているが、今はもう少しましになっている。とはいえ、まだまだどうぶつの鬱屈する環境は完全によくはなっていないが。
そうしたことから考えると、この「せいかどう動物園」はいい環境なのだった。

唐代に生まれた動物オンパレード。
馬が二頭いる。三彩馬は本当にかっこいい。大体唐代のどうぶつやきものはみんなとてもかっこいいし、青銅や金銀交じりの金物に彫刻された動植物に鳥類がこれまた素敵なのだった。
思えば唐よりはるか昔の前漢の武帝なんかも、国外のいい馬を手に入れようと大変だったのだ。
8世紀あたりの唐は確かに世界の中心だった。
世界中の色んなものがここへ集まり続けた。

普通に立つ馬もかっこいいが、わざわざ前足を噛む姿を捉えられた馬もいる。左の前足を噛む。別に身喰らい馬ではなく、かゆいから噛んでるだけらしい。

馬の前にはラクダもいる。ちょっと上を向いて昂然と立つ。
そして馬にもラクダにも飼育員がいて、彼らもガラスケースの向こうでポーズをとっている。なかなか働き者だと静嘉堂でもお墨付き。

避邪たる幻獣が二頭立つ。鬼ヘンに其の字で<魌>頭というのが一対で、右の奴は小島よしおに似ていた。

三彩獅子がいる。仲良し二匹だが、なんと彼らは別々な時期にここへ来たそうな。時期が外れてても一緒がいいねということで来たのか、それとも本当は全く別なもの同士だったかは不明。
可愛いしぐさで、ファンも多い。カユイカユイと噛む奴とカユイカユイと掻く奴と。
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三彩は明るくていいなあ~

虎は金代の磁州窯の枕。立派な尻尾の虎でおおっと言う感じ。
この枕だとどんな夢を見るのやら。

中国で虎は人喰いの怖いモノで、トラに喰われた人は倀鬼(にんべんに長の字でチョウ。それにオニでチョウキ)になり、トラの使役者になる。トラが人を喰いたいときにそのお手伝いをするそうだ。

さて今度は唐獅子オンパレード。
平戸焼の染付は「んがっっ!」、明清の青銅は玉取しつつ「ガオーーッ」、備前焼でも先ほどの鳩に鷹同様「青備前」とやらの獅子はじゃれあい、噛みつき合って楽しそう。

日本のゾウはいなかった。
明の古銅ゾウ香炉はちょっとアタマ小さすぎる。
乾隆帝の粉彩の瓶にいるゾウは実は瓶の耳で、本体には楽しそうな鵲と梅花の図がある。ゾウはその楽しそうな情景に関与していない。

ニホンジカは一頭のみ。旧幕から明治の野村正直という人の手による銅色絵香炉とか。
くつろぐ鹿。鹿をモティーフにした工芸品と言えば奈良の一刀彫を思い出すが、ここにはない。

可愛い狸もいる。このあたりは檻の中に入ってふれあいOKのどうぶつたちだが、やっぱりガラスケースの向こう。
讃岐の銹釉の置物の狸は、弘法大師空海に化けようとしているところ。なんでも四国は空海のおひざ元でその空海のお墨付きにより、狐はだめだが狸は住めるらしい。
そういうわけでか、阿波の狸合戦という伝説もある。
金長狸の話。きぬた姫の悲恋。映画にも芝居にもなって大人気だった。
こういうマタタビものの話、わたしも大好き。

もう一匹の狸は美濃焼の黄瀬戸香炉で、どうやら自分で香炉に化けようとしたそうな。
まぁこの手の変化(ヘンゲですよ)は群馬の館林の茂林寺の文福茶釜がスターですか。
とはいえ、茂林寺だけでなく別な寺にも茶釜に化けた狸の話があり、そちらは「分福」と福を分けるの狸なのでした。

ネコ、ネコの登場です。しかし猫だけで大きな展覧会が開けるのですぜ。
なのに静嘉堂さんには二匹の猫しかいないのか。
そういえばここからそう遠くない上野毛の五島美術館には昔々、のた~~と寝ていた猫がいた。新装オープン後その猫を見ていないので、もしかすると命が尽きたのかもしれない。
・・・・・・・
備前焼の香炉は俵の上で目を光らす猫で、これは働き者。茶色い猫で目がきりっ!
平戸焼の白磁の猫は気持ちよさそうに寝てる白さん。
ああ、8月の東京都写真美術館の岩合光昭さんの「ネコライオン」展がとても楽しみだ。

イヌ あれ、こいつ見たことがある…染付狗子香炉。二匹わんこ。可愛すぎる。もしかして、ほかの兄弟は東博にいるのでは?
こいつね。130324_1139~020001
イヌの兄弟で巡り合いと言えば「エニシの深い八犬士」。
仁義礼智忠信孝悌の八つの珠。「我こそは玉梓が怨霊~」にもめげません。
ああ、人形劇「新八犬伝」が見たい…!!!


猿はいずれも日本産。でも中国のエテもまざっている。
京焼の猿はニホンザル、平戸焼のは中国猿で、それぞれしぐさが面白い。
猿猴月獲。実際には不可能なことにえんえんと(猿猿と?)がんばるエテ。
サルカニ合戦を描いた印籠もある。螺鈿蒔絵に珊瑚象嵌という代物。すごいな。
ただしこれは三猿で手をつなぎ合っている。
猿に絵馬蒔絵の印籠もある。これはあれか、意馬心猿というやつですかね。
猿と蛇の組み合わせは鵺みたい。

豚もいる。これは明器で後漢のもの。死後も豚肉を食べようということ。
やっぱり今戸焼の豚の蚊取り線香置物がないのは淋しい~~っ

ロバは朝鮮の金銅製。高士が乗る像。ロバは働き者。
牛もいるが、これも平戸焼の染付で十牛図のかな。
キリンは麒麟です。ジラフのキリンはないわねえ。

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昆虫館へ。関東の施設は知らんが、関西だと箕面・池田・橿原に大きな昆虫館があり、蝶々が放たれていて、とても楽しい。

目貫、小柄の類に昆虫生息中。チョウ、トンボ、スズムシ、セミ、バッタ、クモ。ハチ、ムカデなどなど。
カマキリやチョウは香合になったり盆の絵柄になったり、蝉は蝉で値付けに採用されたり。
びっくりしたのは兜です。甲冑の兜ね。あれにどーんとトンボがついていた。
理由と言うか由来と言うか、色々あるんだろうけど、知りたくないなあ。


次は水族館。海遊館もリニューアルしてから行ってないな。行かなくては。
そういえばカエルとヒキガエルとは区別されているな。
日本でカエルの図柄といえば柳にカエルで「みなよろし」かな。小野道風先生も蛙飛びで発奮。ちょっとちがう。
平戸焼のカエルは二匹ががんばって上ってる。
清朝のヒキガエルの文鎮。月に上った女はヒキガエルになったという中国の説話がある。

清朝では蟹も文房具によく登場。これはワタリガニかな。そういえば美味で有名な上海が二はワタリガニの一種だった。藻屑かに?ちょっと忘れたが。
わたしは日本の松葉ガニがいちばん好きだ。食べるのでは。

景徳鎮窯の青花海老文貝形皿。これは手長海老なのだがもしや現在出光美術館の「古染付と祥瑞」に出ている皿の仲間ではないかな。どうもそんな気がする。

朝鮮の魚介類を見る。
螺鈿藻魚文盆は魚と亀の池。すごく綺麗。なんとこれお裁縫道具入れらしい。
粉青象嵌魚文瓶は三島ではあるが妙に凄い。波に魚跳ねてますがな。
亀の池で思い出した。
四天王寺の亀の池、あれも見応えがある。

芝山細工のような魚尽くし蒔絵螺鈿印籠がある。アマダイにフグに…おいしそうなんて言うと叱られそう。

貝もある。法螺貝は仁清の香炉、栄螺は大西浄玄の蓋置。
釜師の大西浄玄の栄螺か。

水辺の生き物ということで、龍も登場。西洋ではドラゴンで悪者だが、東洋就中極東周辺ではまことに瑞獣。皇帝の印。龍の掌の肉球を気づかせてくれたのは、白鶴美術館だった。
「龍の肉球、獅子の睫毛」。面白すぎる。


さてさてミニチュアのどうぶつたちを集めた場へ向かう。
香合ばかり20種ほどのどうぶつたちがいて、それぞれとても可愛い!
三彩鳥型笛は雀。すごく可愛い。
明の青磁鶴香合もあれば、有田焼の雉香合もある。
永樂保全の雁香合なんてちょっと笑かしてくれるし、丹波焼のミミズクも可愛い。
揃えたのか、明の漳州窯出身の交趾香合が3つばかり。
狸、水牛、鹿。面白い取り合わせ。

樂惺入の干支香合が集まっていた!
これは樂美術館でも見ているが、本当に可愛くて可愛くて大好きなシリーズ。
わんこはブチ、イノシシはブヒッ、ネズミはシーン、牛はぐーぐー、トラはムンッ!、ウサギは可愛い~~というシリーズ。いや、ほんまによろしいなあ。
蛇もいてます。あら、アルビノだと分類されてるよ。宝珠の上にノタクルから宝珠香合の名前がついておる。

文房具がまたすごーーーい!!刀装具もすごすぎーーーっ
いやまた凄いラインナップで、こっちの目がくらんだわ。@@ですね。
これまでいなかったどうぶつを挙げると、リスの水滴、シャチの鈕印は朝鮮生まれで、鯉の鈕印は清朝。鷺と鴉のセットもいて、この辺りからお江戸でござる。
ホトトギスまでいますがな。目貫になってここにいる。


かなり疲れてきたところで江戸時代の印籠と根付特集。
鵲七夕星蒔絵印籠にはわんこに太鼓の根付。
ホオジロと桜の蒔絵には蜃気楼つまりハマグリの大きなやつ。
リスにブドウはよくあるが、芝山細工で予譲報仇(馬がいる)にゾウの取り合わせは珍しい。
笑ったのが、蒙古襲来蒔絵印籠に蛸壺の根付。海に沈んだ蒙古の敵兵は蛸壺につかまったのか。
鴉天狗もまさかのもしかで動物園入り。狼に野晒のセットはなんだか荒涼殺伐だな。
河童がいてこれで終わり。

最後にこれは記念スタンプ。nec434.jpg

いやーーええ展覧会、いえ、動物園でした♪
7/15までの期間限定の動物園なのでお早めに。

さよなら村内美術館のコレクションたち

八王子の村内美術館が模様替えしてしまう。
これまで30年ばかりバルビソン派から印象派、エコール・ド・パリ、そして現代フランス絵画までを展示していたのだが、とうとうこの6/25をもって、その展示が終わり、違う展示に変わってしまうという。
作品は散逸してしまうのか。
とても心配なところだが、そうはならないらしい。
とはいえクールベのさる作品はフランス政府からの懇望により、既にここを去っている。

わたしは村内美術館の存在は知っていたが、八王子からさらにバスに乗らねばならないと聞いて、これまで後回しにしてきた。しかし今回は何が何でもゆかねばならない。
時間をはかって、送迎バスに乗りこませてもらい、トンネルを二つ越えた。左入トンネル、ひよどり山トンネルである。やがてバスは巨大な敷地内に入っていった。
立派な家具屋さんである。
バスがぐるりと回るとき、美術館の外観が見えたが、入館はそちらからではなく、家具屋さんの中に入って二階へ向かうことになるのだった。

羊のぬいぐるみが大量にあり、クイズもあちこちにある。
楽しそうな雰囲気なのに、それももう変わってしまうのだ。残念。

まずバルビゾン派の絵画をみる。
ドービニー、テオドール・ルソーらのまったりのんびりした絵がある。
空気のよいところへ来た心持ちになる。

ナルシス・ド・ラ・ペーニャの絵が現れた。
わたしはこの画家が描く女たちがとても好きなのだが、いつも堪能するほどにはみていない。だが、ここでは少なくない数があるようだった。

マルグリット(ひな菊占い) 愛らしい娘が一足前に出しながら佇み、花びら占いをする。
来る・来ない、または好き・嫌い、そんな占いだろうか。
愛らしいばら色の頬、微笑む唇。この娘は花占いをすること自体を楽しんでいるようだった。この立ち姿には花の女神フローラのイメージがある、と解説にある。わたしも頷いてそうなのか、と思った。白いドレスの下の、赤に金糸刺繍が大きく入った衣服がまた魅力的だった。そして青のかぶりものと青い靴とにもやはり手の込んだ刺繍が入っている。
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秋 大きな絵である。葡萄を手にしたこの女こそが『秋』そのものなのである。秋の擬人化。岩に寄りかかる彼女のそばに秋の果実が集まっている。
白くゆったりした衣、腰巻の青は雲の隙間にのぞく空の色よりも濃い。
理知的な顔をした秋の女。

キューピッドとヴィーナス 先の『秋』と同じ青の衣を腿から下にかけているヴィーナス。
理想的な愛らしい身体をさらしている。彼女の周囲にあふれる薔薇たち、そのうちの一種と同じ色の乳首。宙に浮くキューピッドが何か囁くのに両手の掌をパァにしてあげながら聞く。親密な母子。とはいうもののキューピッドは子と言うより忠実な従者に近い。
ところどころの彩色のとても綺麗な絵。

ディアナと従者たち 白い胸を晒しながら森を進む狩の女神。四人の女従者たちはいずれも衣装で膚を覆っている。矢を持つディアナに付き従うキューピッド。その矢は狩の矢であり、キューピッドの恋の矢ではない。犬を御す女もいる。
ディアナの身体は先のヴィーナスと違い狩で鍛えられている。ヴィーナスは愛で鍛えられている。だから身体のつくりも違うのかもしれない。

狩の後のディアナ 今度は三人の従者が心配そうに女主人を覗き込む。薄紅色の腰巻を支えるように寄り添うキューピッド。その幼い身体を抱き寄せながら歩くディアナ。
犬の足元には獲物が積まれる。そして狩の後の快い疲労と興奮が、彼女の胸を少しばかり染めている。
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ロマンティックな美人たちをこうして眺めた後、もう一枚美麗なものがあった。
楕円形に描かれた「花」である。
森の中の花束。薔薇とマーガレットと。とても綺麗だった。

これだけ多くのド・ラ・ペーニャの絵をいちどきに見ることができるとは…!
そしてそれをこれまで知らなかった、と言うことに痛烈な念が湧く。
ああ、遠いとか面倒だとか思ってはいけないのだ、わたしは。
たとえ大阪からであろうとも。

入り口に羊ぬいぐるみがあふれていた理由の一端が知れる。
シャルル・エミール・ジャック 羊 …もろに羊まみれの世界。羊はキリスト教の大切などうぶつだが、それにしてももこもこもこもこもこ…
ただ、ここで解説文に思いがけないことが書いていた。
羊農家が減少しているということだった。農家もバカンスに出かけるから、と言うことで。
いきものは難しい。

トロワイヤンの羊もいた。150年くらい前までは本当にメェメェメェメェだったのだ。

ジュル・デュプレ 嵐(秋の夕暮) この暗い空がとても魅力的だった。

いよいよミレー登場。
日本でこれだけのミレーを観ようとすれば、ここか山梨県立美術館くらいか。
中央線おそるべし…!
一つ一つの感想が挙げられない。
ミレーの世界に埋没する。

鏡の前のアントワネット・エベール この絵は昔からのチラシにもよく出ているし、このファイルにも。
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可愛いよね、小さい女の子らしいしぐさ。
鏡を見てにっこり。憧れも楽しみもここに詰まっている。

肖像画家だった頃の作品をいくつか見る。まじめな絵。必要以上によくは描かない。
個性を押し出すこともしない。
それはそれでちょっと淋しい気持ちがわく。

わたしは時々自分の肖像画を腕達者な画家に描いてもらうなら誰かなと考えることがある。
小磯良平ならとても上品に描いてくれそうだとか、岡田三郎助や藤島武二なら可愛くしてくれそうだとか、ウォーターハウスなら悲劇的な美貌に描いてくれそうだとか、どう考えても萬鉄五郎も安井曾太郎も謹んでお断りしたいとか…
(近代日本画が好きな割に肖像画なら洋画だと考えている)

クールベを見る。丁度10年前に大阪でクールベ展が開催されたとき、心に残ったものの多くが、この村内コレクションの作品だった。
恋人たち、シヨン城、ボート遊び…
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このボート遊びをする娘さんは実に楽しそうなのだが、地元でも有名な活発な女性だったらしい。まだまだうるさかったろう時代によくぞがんばりました、と思う。

シヨン城はバイロンの詩「シヨンの囚人」などでも有名だが、この城の歴史を思うと、クールベ、ドラクロワ、ターナーらが描きたくなる気持ちもわかる気がする。たしかアンデルセン「氷姫」のラストもシヨン城が舞台だったように思う。主人公たちは湖水で転覆する直前に城を眺めていたはず。ちょっとはっきりしないので再読する。

クールベの名品もここにこんなにあったのに…
しかしこうして終わる直前にでも見ることがかなってよかった。
そう思うしかない。


コローを見る。
以前に同じ八王子にある東京富士美術館の名品展を大丸心斎橋で見た。
そのときコローの描く少年たちにときめき、さらに人物画に風景画以上の良さを感じた。
そして近年になって、西洋美術館、神戸市立博物館などでコローの展覧会を見たが、そのときにかなりの数の「美人画」を見て、大満足だった。
コローはその当時批判を受けたそうで、「美人画」は死後も隠されていたそうだが、とても魅力的なのだった。

少年と山羊 山羊を可愛がる少年。優しい気持ちになる。
そういえばこれは羊ではなく山羊なのだった。山羊のぬいぐるみはなかったな。

夜明け 森の中、三人の女。少し肌が見える。

再びド・ラ・ペーニャがある。嬉しい。
水浴する女 背中がいい。

モンティセリの厚塗りな絵は実は苦手なのだった。ぼろぼろ崩れそうでこわい。
日本では朝井閑右衛門がモノスゴイ厚塗りで、わたしがルオーのキリストが苦手なのも厚塗りだからだった。
王の帰還 これはこれでかっこいいのだが。どうもこのタイトルのものに甘くなる傾向がある、わたし。

花の祭り ギリシャ・ローマ風な情景。水道橋の下で女たちが。イメージが違い、面白い。

このあたりから美人が現れ始める。

ウィリアム・ブグローの美人がいた。
この人の絵を知ったのは内幸町時代の松岡美術館からだった。それ以来とても好きになった。
今回この美人は一筆箋の表紙となって、わたしの手元に来てくれた。

ジャン・フランソワ・ラファエリ 髪を垂らす女(慟哭) 耽美的な作風だと思った。赤毛に緑布。魅力的だった。

ジャン・ジャック・エネル 赤いショール 女の横顔がかっこいい。

エネル 横たわる裸婦 女の裸体から光が放たれているようだった。艶やかな身体。誘惑される。
その白い身体は実は周囲の闇に溶けこんでゆくようだった。
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歩を進めてゆくと、ボナールの裸婦が現れた。
イスに足をかける裸婦。体を拭く様子。暖色でまとめられている。

ブーダン、ピサロ、ヴラマンク、マルケ、ユトリロ。
時代がどんどん近づいてくる。

ルノワール 若いギタリスト スペインなスタイル。フラメンコギターなのか。ふっくらしたギタリストが可愛い。
立ち姿がいい。nec424-2.jpg


ラ・トゥール テーブルの上のバラ これは数年前のホテルオークラでのアートコレクションのチケットに使われていたと思う。芍薬もバラも区別が付かないが、とても豊饒な絵だった。

ラ・トゥール ヴィーナスと従者たち 裸婦まみれ。キューピッドは宙に浮く。にぎやかな一行。

マネ スペインの舞踏家 オレ!!な二人。かっこいいな。

ルノワール ジャンとガブリエル ほのぼのした家庭の様子がこんなところにも見て取れる。

ローランサンの女が二枚ばかりある。
リンゴを持つ女、子犬を抱いた若い女。
ローランサンのグレーの魅力を味わう。
若い頃より老境にさしかかってからの方が、いよいよ世界が深まって行くのを感じる。
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バスキンの少女、キスリングの裸婦のキキ、いずれも肉の実感がある。

キスリング ブイヤベース これもアートコレクションでみた。そうか、村内のだったのか。
色彩がすごい。魚介類のニオイがむんむんくるようだった。
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そしてごく近年の作品が現れる。
ブラジリエ 川面に映る馬 1989年。これはなかなかよかった。

他にもビュッフェの作品がある。びっくりした。こんなにも長い範囲のコレクションがあったなんて。

最後に図録をみていると、店員さんが強く勧めてくれて購入したら、こんなにも「おまけ」をつけてくれた!!!
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本当にありがとうございます。

無念な事情もおありでしょうが、お仕事のほう、これからもがんばってください。
本当にありがとうございました。

古染付と祥瑞

子供の頃からやきものに対して愛着があった。
わたしの場合、それは染付と決まっていた。家や祖母の手元に残るものが染付がメインで、鍋島、伊万里、有田の色絵や金襴手などもよく目にしていて、要するに磁器が一番いいと思うように育てられた気がする。
中学くらいから高麗青磁を偏愛するようになった経緯は省く。
大きくなるにつれほかのものにも目が向いてゆくのも当然だったが、その基礎にはやはり染付への愛情があり、そこから色々なものが堆積していったのを感じる。
出光美術館の「古染付と祥瑞」はその意味では、わたしにとって親しい気持ちを起こさせる展覧会なのだった。
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むかしむかしの大阪には7月の22日から24日の三日間「せともの市」が坐摩神社(ざま神社と通称するが本来はイカスリと読む)、一名陶器神社で行われていた。
十年ほど前に全く無念なことに古い歴史も遮断されてしまったが、そこで売られていたものは有田のものばかりだった。
どういう経緯で佐賀のやきものが売られるようになったかは知らないが、磁器ばかりが出ていて、母について歩きながら、わたしはそこで染付を見ていった。
家にあるものも見るものも磁器。綺麗なものは青。
使う、ということを考えてもやはりこのあたりを手に入れたいと思うのだった。

今回の展覧会では茶人の愛した古染付と祥瑞の佳いものばかりがでている。
わたしは色の薄い古染付よりも祥瑞の方が好ましいが、しかし古染付の良さと言うものを見過ごすことは出来ない。
展示品はいずれも明末で景徳鎮窯から生まれている。
そして副題がいい。
「日本人の愛した<青>の茶陶」
確かにその通りだと思う。

古染付は以下のように分かれて並べられている。
水指と花生、手付鉢・水注、皿と鉢、徳利・碗、香合・香炉・硯屏、天啓赤絵
祥瑞は茶碗、水指、香合・香炉、皿・鉢・碗・徳利、瑠璃祥瑞、色絵祥瑞。
そして石洞美術館から特別に古染付の楽しいものばかりが来ている。
ほかには見事な屏風絵が6点ばかり花を添えている。
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一つ一つをじっくり眺めたが、感想は大まかなものになると思う。
青いやきものに囲まれた空間に佇み、ふらふらと逍遥する。
その心地よさを伝えたいのだ。

山水文は古染付の方がいいように思う。
これはあくまでもわたし個人の感想なので、反論は聞けない。
中国の水墨画が室町の頃に来た。
禅僧のもとから世に広まり、日本人による水墨画が生まれる。
主に描かれたのは山水画だった。
今、ここにある古染付の山水図を見ていると、日本人が何をどのように好んだか、そのことが有体に伝わってくるようだ。
むろんそれは中国にも伝わる。
相手が何を好むか、施主が好きなものを拵えるのが最もよい。
景徳鎮窯で日本への製品が作られる様が想像させられる。

商品でありなおかつ茶道具でもある芸術品。用の美を極めたものたち。
伝世の大変さは素人のわたしにもわかる。
人の命よりも大事にされて五百年を生きてきたのだ。

古染付詩文手付鉢にはロバに乗ってゆく人が描かれている。
馬であれロバであれ、どこかへ行く人には詩歌が似合う。
これを手に入れた日本人は誰を何を思うか。
馬ならば「少年行」、牛なら老子または十牛図、ロバは蘇東坡か。
わたしは時代も何も関係なしに伊東忠太を思い出している。
忠太はロバに乗ってユーラシアを三年間旅をした。
そのことを。

古染付花籠文鉢 色が濃い目に出ている。モモ?ザクロ?牡丹?それらに菊。別に何の花でもわたしは構わないが、吉祥花であることに違いはなく、めでたい絵柄である。

古染付周茂叔愛蓮図 シュールな光景である。蓮を愛する周茂叔が釣り糸を垂れている。世界はそこで尽きる。いつまでも釣りは続き、蓮は咲き続ける。

梅に鶯は愛されるセット物で、古染付と瑠璃釉白抜の皿にそれが描かれていた。
左から飛んでくる鶯、落ちてゆく鶯。いずれも梅は白梅らしい。
どちらも欲しくなる皿。

古染付山水獣文皿 麒麟は中国では瑞獣だが、古代日本ではシシ神として恐れられていたという説もある。ここにいるのは麒麟のような外見をもつ、どこかファンキーな顔立ちの獣で、ゆるキャラとして可愛がられるようなイキモノだった。

古染付人物文皿 五客分あるが、この動きが面白い。並べるといよいよ楽しい。
1.水上の木切れの上に立つ 2.亀の上でハッ! 3.刀を投げてみる? 4.流木でヨッ! 5.静かにたたずむ…
こういうのを見ていると遊び心が横溢しているのを感じる。

古染付唐子文皿 前を行くものが大きな蕗の葉っぱを傘にして歩き、それを後ろのものが指さす。蕗の葉っぱの陰にいる人はコロボックルと相場が決まっているが、ここでは唐子たちの楽しそうな様子として描かれている。とても可愛い。

古染付月下城郭文皿 塀が延びたり大きくなったり小さくなったりして、変化している。
月光の加減でそう見えるのかもしれない。釉薬の収縮と無縁ならば、城郭ではなく化物屋敷文皿である。

古染付傘文碗 開いてたり閉じてたりと傘がいくつもある。シュールな図。もう二百年後の日本の着物の絵柄にもなりそうな。尤もここに人物がいれば、傘貼り浪人文碗である。

古染付手付香合 銘「隅田川」 柳下に囲碁の人。これは愛されて、安政二年の形物香合番付にも名を挙げている。なお大関は交趾大亀香合。たぶん藤田美術館のあれ。

古染付向獅子香炉 目が何かを訴えかけてくるかのよう。哀しいような目をしている。
いとしさが募る。

古染付人物文硯屏 表には月下読書図。裏はこのポーズからして、多分魁星ではないだろうか。走りだしそうな足つきである。

石洞美術館の古染付の特集がある。
これはいきものを象ったものばかりで、非常に楽しい。
展示にも「古染付の遊び心」とある。
筍型(見込みに竹と蝶)、貝(アワビか。中にシャコ?)、ナス型(瓜かピーマンが中に)。
さらに魚、トリ、ウサギ、ヤギ、馬と続く。
このうちウサギが白目が大きすぎるのに黒目が粒状で、とても怖い。
見返るヤギは妙に色っぽく、馬もヘン。
そして琵琶型も妙に緩い。
半開扇形と全開扇形があるが、どちらも山水文で、半開のを全開にすると風景が壊れるのだった。

祥瑞を愛でる。
色を見るだけでもいい。
出光美術館の説明によると
「古染付に比べると明らかに青花は色が冴え、鮮やかで緻密な仕上がりです。一部の作品にある銘文で祥瑞の名のおこりとなった「五良大甫(ごろうたいほ)呉祥瑞造(ごしょんずいぞう)」は、「呉」家の五男の家の長男である「祥瑞」が造ったことを示しており、官窯銘に代えて自らの名を記す陶工の自負が現れていると言えるでしょう。」
とのこと。

古染付が<間>を多く取り侘びを強く感じさせるのと違い、こちらは白地を隠すように青を埋め込んでゆく。とても賑やかでいい。

祥瑞蜜柑水指 好きなもの。手元に置きたいのはこんな水指。

祥瑞禽獣文水指 吉祥獣の鹿がたくさんいる。鳥も飛ぶ。本当にめでたい。ほかにも色々どうぶつがいるだろうが、そこまでは見えない。

祥瑞獅子形香合 2頭の獅子が絡み合う。可愛いなあ。噛んだろか。撫でたくなる。

祥瑞捻文輪花鉢 これはもう本当に親しい感じがする。家にあるのは日本製のものだが、これらを模しているのは明らかで、それだけに本歌を見ると嬉しくなる。
何を入れるのが一番映えるかとか、どれがおいしいかとかそんなレベルにまで親しさがあふれてゆく。

祥瑞兎文輪花皿 三枚ありいずれも23cm前後のサイズ。ウサギたちの目つきがそれぞれ違う。
半眼・三白眼・二重瞼。ひょっと首を伸ばすウサギ。可愛いが、ちょっと凶悪なところもあり、面白い。
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それで思い出した。ベアトリス・ポター「ピーター・ラビット」は画力が高く自然風景とマッチしているのでついつい騙されるが、あれはなかなか怖い短編が多いのである。
日本語訳「わるい こわい うさぎ」などがその典型である。
このウサギたちもその仲間の可能性がある…

祥瑞鳥獣文皿 右に鹿がおり、左に鳴く鳥がいる。好ましい図柄。

瑠璃祥瑞花鳥文三足盤 鳥は鴉に見えた。不吉な不穏な目つきのカラスたち。他に話し合う鳥もいるのだが、それも不安な談合に見える。

色絵山水文皿 色がとてもきれい。春草が可愛い。日の出だろうか。とてもいい。

色絵花卉文六角鉢 これはまた華やかで綺麗。ちょっとうるさい感じもあるが。

色絵梅花文皿 下半分に梅・上半分をチェック柄にしてそこへ花々。ほしい皿。

屏風をみる。
壁面展示ではあるが、それぞれいい配置にあると思った。

四季花鳥図屏風 伝・雪舟 これは以前から好きな屏風で、蓮と牡丹の薄紅色が深く印象に残る。牡丹に始まり、鴛鴦もいる。蓮に鷺も飛ぶ。ああ、静かな一場。

景物図屏風 狩野内膳 金雲の隙間に木々がのぞく。趣がある。季節はわたしにはわからない。

麦・芥子図屏風 狩野重信 金地に麦穂が延々と続く、雲雀が飛び出し鶉が潜むような麦畑。すくすくすく。
そして紅白の芥子が咲く。ピンクの芥子もある。左右どちらもいい。

盆栽図屏風 初見。びっくりした。シュールな屏風。右にも左にも盆栽が整列して続いている。色んな盆栽がある。木花だけでなく入れ物そのものもそれぞれ違う。樽もあれば青磁もあり、一つとして同じものはない。なんだか凄い情景である。

藤棚図屏風 長谷川派 金地に藤が開く。剥落したところが白くなって白藤にも見える。そしてその剥落があるからこそ色をはっきりと感じる。好きな屏風。

扇面貼交屏風 さまざまな絵柄がある。水飲み虎、二十四孝の赤ん坊のまねをする爺さん、ニャーッと吠える虎、玄宗と楊貴妃…

いいこころもちで眺めて歩き、楽しい気分でお茶を飲む。
やきものを見ていると、本当に心和むのだった。

6/30まで。

「北斎と暁斎」後期をみる

浮世絵太田記念美術館の「北斎と暁斎」後期に行ってきた。
前期の感想はこちら
なにしろ「描けぬものなど何もない」二人だから、前期は観客が負けてしまうほどだった。
どれだけ描いてるのか見当もつかない二人なのである。

肉筆画を見る。
北斎 見立て三番叟 三美人がそれぞれ、鈴を持ち・持つ扇に「翁」の一字・そして冠を、というスタイルである。

北斎 羅漢図 碗から気が立ち上るのを描いているが、どうも胡散臭い。

暁斎 達磨耳かきの図 美人のお姉さんにしてもらう。垂髪の女はなかなか色っぽい。

暁斎 鍾馗と五月幟 鬼を捕まえる姿。

普通の「ヒト」から離れた存在を集めているのも面白い。

さて見てゆこう。
北斎 唐土名所之絵 地名つき山の絵。百年後に生きた吉田初三郎の鳥瞰図を髣髴とさせる。温泉まで北斎は見つけている。

暁斎 暁斎画譜 鬼か金剛力士かわからない奴が鼻の穴をふさぎながらオモロイ顔をしている。これはしばしば見かけるが、ほんとにもぉ何をしてるんだかww

暁斎 暁斎楽画 地獄太夫がいこつの遊戯ヲ夢ニみる図 着物の裾に閻魔大王。髑髏たちの遊びはなかなか楽しそう。バラバラになったり三味線弾いたり。

北斎漫画をみる。
十編 お座敷遊びなのか、畳で義経の八艘飛びをする。さらに二人組の組体操で「夢の浮橋」。実際にそんなことをしたのかどうかは知らないが、北斎なら人体の不思議な動きを信じさせてくれる。

十二編 天狗な人々がいる。女天狗も障子に文字を書く。障子に文字と言えば「恋しくば」だが、ここでは違う文字である。

十四編 凶悪な狆がいる。まるで獅子のようである。

二編 どう見ても怪獣なワニざめ。これはあれか「弓張月」のか?

六で馬、十四でアザラシ、十一で獅子の噛みあい、八で群盲ゾウを撫でる…

三にはおばけ・幻獣などの類。河童君もここにいた。
十には役小角に前鬼後鬼。また目連尊者の冥途行などもある。
素麺を取り合う滑稽な姿もある。

富嶽百景 三編 西戸の穴から光がさして、逆さ富士が障子に映る旅館。

うまいだけにちょっと手の入れようもない。

暁斎漫画をみる。
骸骨とカエルが好きなだけにそんな絵が多い。
骸骨ダンスに曲芸等々。
骸骨が花火を見る絵もある。こちらは半紙に墨絵。蓮の盆に水を入れて楽しそう。
花を生ける骸骨もいた。

文明開化の世になったので大黒さんも手下のネズミたちに英語の授業をする。 
これをみて思ったが、暁斎がもし昭和に生きてゐたら、オンリーさんになるネズミの絵とか描いてた可能性があるな…

水滸伝もある。花和尚魯知深が仁王像を持ち上げる姿。ただし白描のみ。
巧い線。

狸の戯れ どふけ獅子舞、どふけ餅つき …いや、どう見てもそれ、餅やないから。

カエルの忠臣蔵もある。国芳「蝦蟇手本ひょうきん蔵」とはまた違う楽しさがある。

名所絵をみる。
北斎の諸国名橋奇覧と暁斎の東海道名所の絵などなど。
暁斎の秋葉山図は天狗の宴会シーン。秋葉山と言えば火祭りで有名。

暁斎もうまいのだが、彼の絵にはそれこそチャチャ入れが可能な感じがする。
(尤も三井で開催した能狂言絵にはそんなことはないのだが)

北斎 釈迦御一代記図会 巻5 丁度ダイバダッタが地獄へ落ちてゆくシーン。この構図はうまい。北斎がこんな構図を発表したから、後進も大胆な構図を採ることができたのかもしれない。

旧幕から明治に生きた利点が暁斎にはある。
電柱に上る鬼、芸を見せる鍾馗などなど。その一方で同年明治14年には青坊主、ろくろ首、わらい般若、濡れ女などのオバケも描いている。
江戸の人々が愛したおばけたち。

明治七年には地獄の開化も描いている。鬼たちの角きり、散切りカットなどなど。
車夫や散髪屋になって働く鬼たちもいる。
時代の大きな転換期を生きた暁斎ならではの面白さがある。
北斎がこの同時代に生きていれば、また違った世界が開けたろう。

先般、三井で暁斎の能狂言絵を見たからもうどうということもないが、暁斎の壬生狂言絵があった。「桶とりの図」が描かれている。やはり巧い。

北斎の挿絵と言えばやはり馬琴「椿説弓張月」がいい。八町礫の紀平次が海に投げ出されたか、船を追って泳ぐ。気づいた船からは助けの紐が投げられる。
主人の為朝は強弓の人だが、紀平次はある程度何でもこなせる人である。

手前で船の転覆がある。みんなぶくぶく。ずーっと向こうに弓を放ったらしい人影がある。こういう構図が本当に北斎はいい。

国芳が三枚続きで描いた「讃岐院、眷属をして為朝を救う」そのシーンも挿絵として北斎は描いている。為朝の一子・舜天丸を抱いてワニざめに乗るのだ。

そしてなによりすごいのが、物語の悪玉・蒙雲が封じられた石をズバーンッと割り砕いて地上に出現するシーン。近辺の人々はみんなチュドーンッと放射線状に飛ばされている。

可愛い絵がある。
文化13年の三体画譜。馬・サル・ウサギ・犬のそれぞれの様子を描いたもの。
その中のわんこがもぉ可愛くて可愛くてどうにもならない。
応挙のわんこもねたむくらいの可愛さである。「狗ころ」とある。コロの字は到底出そうにない字。

暁斎の「西洋道中膝栗毛」を見る。エジプト、アラブまで伸している。ラクダにも乗ったらしい。とんだグランド・ツアーではないか。
またロンドンにもこの二人は出かけていて、噴水にびっくりしておる。

暁斎の優れたパロディ精神が現れた作品もある。
福沢諭吉の「窮理図解」を、河童にキュウリをあげる図にしている。
仮名垣魯文と組んでこういう本を多く出しているのだ。
いやそれだけでなくマジメに「西洋料理通」というのも出している。

絵は無限にある。
北斎も暁斎も本当に凄い。わたしはめまいがしてきた。本当に参りました。
6/26まで。

東西春淡々

正木美術館の「東西春淡々」に行った。
これも前期・後期と分かれての展示で、前期はGWに行き後期は今日、つまり閉幕前日にでかけたのだった。これも前期だけでも早く書けば良かったのに(以下略)。
というわけで取り混ぜて書く。

三十六歌仙絵断簡がある。
斎宮女御、凡河内躬恒、僧正遍昭。
それぞれ別な絵師の手によるもの。
珍しいことに斎宮女御が立ち姿を見せている。後ろ姿で顔を隠している。
いつも几帳の陰で寝そべる(?)姿ばかりなので、新鮮である。
躬恒は土佐光長の絵。かなり面白い表情をしている。複雑な表情。うつむくその顔で恋の歌を詠むらしい。

治承三十六歌仙絵断簡はこれまで正木本一つだけだと思われていたというのが、今回個人蔵のものが出てきたそうだ。カタカナで和歌を書き付けているので「カタカナ歌仙」と言われている。
仲綱 これが正木本。それまで唯一の存在だと思われていたもの。花二首、落花二首、恋歌一首。
季経 新出のもの。落ち葉の歌がある。
どちらも白描で大胆な筆致で描かれている。

扇面春山草花図 乾山 ワラビ、タンポポ、スミレ、ツクシ。これらがたらしこみで描かれている。可愛らしい。そして遠山には桜が、手前には朱色のツツジも咲いている。
少しばかり絵が多すぎるが、春の喜びが詰まっている。

扇面草花図 中村芳中 桜草が描かれていて、とても愛らしい。

寒山拾得図 赤脚子・了庵桂悟賛 これは可愛らしい二人で、楽しそうに笑っている。

墨梅図 物外・原冲他七僧賛 梅の良さを七人の僧が褒め倒している。原冲に至っては「梅は美人だ!!」発言があるくらい。

山荘図 原冲他八僧賛 絵師はだれとは書かれていなかった。唐の王維の別荘輞川荘に似たとものだと褒めているのだが、八人も賛を書き込むからうるさいうるさい。

春日鹿曼荼羅図 室町時代 山の上に小さく金色の月、中央に巨大な金の月。そして四対一の仏が中空にうかび、鹿島から来た鹿がある。鹿のカノコもまた金色である。

海棠図 山本梅逸 さすが梅逸だけに可愛くて可愛くて。ピンク色がしみじみいい。そしてそこにシジミ蝶が来る。天保七年の作。

漁楽図 富岡鉄斎 海で働くおっちゃんらが楽しそうな夜宴を開く様子。形は変わっても、まだ日本のどこかに活きているような絵。

梨に白鶺鴒図 興悦 室町時代 輪郭線のハキハキした絵で、葉と花がよくわかる。そこへ一羽の白鶺鴒が飛んでくるのだ。この絵はまるで自然の一部分をトリミングしたかのようだった。

柳燕図 善忠 室町時代 二羽の燕のうるさいことうるさいこと。ひじょうにやかましそうだった。

瀑布図 古市金峨 どーーーんっっと瀧である。右手に岩と小さく咲く緑がある。
涼しい、まことに涼しい一枚。

一休宗純と森女図 これは何度か見ているが、見る度に森女に惹かれ新しい発見をする。森女は赤い着物に白いものをかつぐ。眼は閉ざされているが可愛らしい。
通期で出ているが、前に立つとどうしても小さく息を止めて見入るのだった。

草虫図 雪洞 瓜の上に立つ蟷螂。賀茂茄子がコロンと二つ転がっている。薄墨で描かれていて、茄子がとてもおいしそうだった。

扇面薔薇図 梅逸 これはシンプルに一輪の薔薇が描かれていて、とてもキュート。

芙蓉小鳥図 円山応挙 墨絵で描かれた勢いのある絵。白い花がバッと咲き、その側の細枝に雀らしき小鳥がいる。力強さと即興性を感じた。

三体白氏詩巻 小野道風 字がどうのより内容が面白い。
「かたつむりの家より広い家」とかなんとか。書体を変えていくつもの詩。

後嵯峨院本白氏詩巻 藤原行成 ハネの強い字。「美人温於玉」か。白楽天の「酒飲みの自己賛歌」とでもいうべきか。「人生一百歳通計三万日」うむ、その通り。

仏三尊像がいくつか出ていた。北周、随、北魏。先の二つは黄華石。少し飴色にもみえる。
北魏の砂岩のは上に飛天、下に香を焚く供養者と言うレリーフがある。

誕生釈迦仏 三体が並ぶのだが、いずれも両手の位置が揃わず、妙に楽しい。まるで宇宙人同士の手旗信号の確認作業のようである。いずれも同時代の新羅、飛鳥のものたち。

半跏思惟像 チラシになった像。nec418.jpg
気のせいか、前期と後期とでは観客に見える位置が異なっているようだ。丹後の国分寺の薬師の胎内仏。元は金だったらしい。今は青銅。そしてこの像を見た高村光雲は昭和八年に「古色蒼然、まれの珍像なり」と書いている。
横顔もいいが斜めからの顔立ちがまた素晴らしい。

珠神王像 北魏 中国のコン県の寺院から流出した十神王の一つ。風・竜・川・樹・獅・鳥・象・火・珠・山。道教の神様か。

菩薩立像 高句麗 小さく可愛らしい。愛でたくなる。

櫻蒔絵平棗 綺麗。梨子地に花が散る。茶碗型の棗と言う感じ。

白地鉄絵蝶文鉢 磁州 北宋~金 二度目の再会。黒い蝶が横並びに飛び続ける。とても可愛らしい。こういうものが欲しい。

柄香炉 きれい。火屋と言うか蓋の透かしがまた綺麗。鎮子としての獅子は後ろ向き。

春日盆 20年に一度新規に拵え、古いのは配ったらしい。大中小とあったそうだが、この30cm大の朱盆は小サイズだという。
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黒地朱松竹鶴瓶子 これはよく出る瓶子で、絵柄を見ていると小出楢重の日本画の松竹梅に鶴亀の屏風を髣髴とさせてくれるのだった。

扇面流蒔絵手箱 室町時代 外には扇面図と竹に雀図、蓋内側には八つ橋に佇む昔男の姿、そして抽斗には無数の千鳥柄。とてもかわいい。
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後期の最後には竹図屏風がでていた。金地に細竹が無限に続く屏風。風の音がするような。
そしてその前には須田悦弘の菫、雑草、そして友田多恵子の紙製の石が置かれていた。

「東西春淡々」 漢詩から採られたタイトルにふさわしい、いい展覧会だった。

江戸時代 かながわの旅 道中記の世界

神奈川歴史博物館で「江戸時代 かながわの旅 道中記の世界」の前後期をともども楽しんできた。
楽しんだのならはやく書けばいいものを、なぜかやることが遅い。反省。
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入り口入ってすぐの空間はいつもなにかしら面白い展示空間になっているが、今回は大山寺の不動明王と二童子の複製の像を中心に、神奈川各地の名所旧跡の1コマがモザイク状に壁面を彩る。こういうものが楽しさを招く。

春先に貨幣博物館で「おかね道中記」奈良時代から江戸時代までの旅費にかかわる展覧会を見、(感想はこちら
次に静嘉堂で「旅の文学 紀行文にみる旅のさまざま」を見て、江戸の旅人を想った。
(感想はこちら


もともと小さい頃から一九の「膝栗毛」(福田清人の抄訳)を愛読し、広重の五十三次を眺めて育ったので、江戸時代の旅に深い興味と親しみがある。
(西洋のものに囲まれていれば、グランド・ツアーや「即興詩人」「遍歴時代」などに走っていたはずだったか。わるいのは父だと母は言う)
そういえば広沢虎造の「清水の次郎長」で有名なのが「旅ゆけば~駿河の国に茶の香り 名代なるかな 東海道」というところだった。
(全然関係ないが、わたしはついつい「保下田の久六ぁ悪ぃ奴ダッ」とよく言ってしまう)
気分は江戸時代の町人で、さてさておでかけです。
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東海道分間絵図というものがある。元禄三年のは師宣の絵である。ものすごく長い。
元禄と言えば15年に赤穂浪士の討ち入りがあるが、そもそも松の廊下事件が起こった時、早馬で東海道をダダダダッと走って行ったのだから、とっくの昔に東海道は整備されていて、双六で言えば「上がり」の京の三条大橋どころか、播磨の赤穂まで道は出来ていたのだ。やっぱりこれは大名行列のおかげだろうか。

道と言うものは人が用事があって通るために出来てるのだから、何もないように見えてもタクラマカン砂漠にも道はあるし、山中でも修験道の道はある。
ローマの道は侵略の度に立派な舗装が広がっていったのだし、やはり道なき道をゆくのはごく少数の人だけなのだった。

江戸長崎道中絵図を見る。長崎の出島へ蘭学を学びに行く人もいれば、卓袱料理を食べるぞと出かけた人もいる。だから「江戸の仇を長崎で」なんて言葉も生まれる。
江戸から長崎への道もちゃんとできている。
いやいやそれどころではない。
思えば、平安の昔に菅公が京の都から太宰府へ左遷されたとき、陸路と海路とを使ったとはいえ、そこにもちゃんとルートがあるわけだ。
もっと前だって…長い話になるので終わり。

浅井了意の「東海道名所記」がある。例の楽阿弥とそのツアーの話。やはり岩瀬文庫からの借り出し。

西鶴の「一目玉鉾」は北海道から対馬まで。
うーん、そうなるとやっぱり伊能忠敬は偉大だ。四千万歩の男。
井上ひさしの小説によると、間宮林蔵は隠密だとかなんとか。
隠密だといよいよ道にも詳しかろう。

貝原益軒らの「吾嬬路記」は上下で京→江戸、江戸→京の道のりを書いたガイドブックで、とてもわかりやすい。
実用書と言うものはわかりやすくないといけない。

大日本道中行程細見記大全 寛政六年に初版後、天保八年版もある。これは絵入mapで、わたしの住まう地の古名や小大名の名がある。
そう、わたしは大阪は大阪でも豊島郡の人だから、麻田藩という小大名がいた地にいる。
麻田甲斐守、一万石。江戸より135里。

カラフルな道中細見記が多い。旅心をくすぐられるなあ。
旅のノウハウを書いた指南書もある。

おいしそうなものがある。
奈良茶飯と川崎は鶴見名物米饅頭と旅籠の食事の再現。
黒豆・小豆・栗入りの茶飯、シジミの赤だし、奈良漬。
アジの塩焼き、味噌汁、煮物(シイタケ・人参・焼きトウフ・小芋)。
惹かれるなあ。nec417-1.jpg


幕末の浮世絵師の五十三次など風景画が並ぶ。広重だけでなく暁斎、芳幾の名所図もある。
さすがに広重は笑う絵も多い。

神奈川各地の浮世絵。藤沢の遊行寺がある。いつか行こう行こうと思いながらまだ未踏。
ええのかそれで、遊行七恵さん。
社寺境内図をみると、小栗堂がある。そこへ行きたいんだよな。
わたしは小栗判官の説話が大好きなの。

それで思い出した。小栗もまた餓鬼阿弥として上野ケ原から熊野の湯の峯温泉へ向かうのだが、その道もまた「小栗街道」と呼ばれているのだった。
スーパー歌舞伎「オグリ」初演の際、その街道を行き交う人々の表現が素晴らしかったことを今も忘れない。
おお、これは室町時代の旅なので江戸にもどろう。

次の宿場が大磯なのでまたまた江戸より昔だが、5/18の雨は「虎が雨」と呼ばれ、江戸時代の人々は曽我兄弟の兄十郎の愛人・虎御前の涙雨だと言った。
他にも鴫立沢もあり、広重はどちらも絵にしている。
ここでまた脱線するが、幕末から明治の大名優・九代目團十郎は大磯に別荘を持ち、自分に預けられた盟友・五世菊五郎の子供で後の六代目菊五郎とその弟の坂東彦三郎とを引き連れて、夏になると一等列車で大磯へ向かったそうだ。
そして九代目さんの楽しみは、車内でハムサンドを食べることだったという。
こんな話、大好き。

大山道中のコーナーが興味深い。
わたしは近年になるまで「おおやま」と知らず「だいせん」と思っていた。
つまり私が言うのは伯耆大山(ほうき・だいせん)、山陰の霊山で、志賀直哉「暗夜行路」ラストシーンに現れるあの伯耆大山かと思っていたのだ。
だから子供の頃、お江戸の人が「大山詣で」をするというのを読んでは、「…出女入り鉄砲とか言うてたわりに、電車も新幹線もないのに、よく江戸から鳥取まで行くなあ」と思っていたのだった。
何を読んでいたかと言うと、石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」。リアルタイムにビッグコミックで読んでいて、後に単行本を購入したが、この話は吉原の始末屋稼業の主人公を通して、江戸の人々の哀歓や行事などを描いていた。
わたしが今も時代小説や時代ドラマが好きなのは、やっぱり子供の頃からの積み重ねかと思う。

話を戻して大山詣で。オオヤマだと知ったのは、友人が相模原に引っ越し、それで初めて大山詣でと言うことを知ったのだ。'90年代初頭のこと。
その大山阿夫利神社奉納木太刀。巨大やなあ。
虎ノ門の近くの愛宕神社はたしか巨大なしゃもじみたいなのを持って参拝に行ってたようだが、こちらは木刀。理由は知らない。

「ざんげざんげ」でました。これが大山神社の。前述の「さんだらぼっち」でも大山詣での時に庶民は滝に打たれながら「ざんげざんげ…」と罪を告白していた。
そういえば「お富さん」の玄冶店の場でも出だしは「ざんげざんげ」だったはずだ。
今思い出したが、中川信夫監督「生きてゐる小平次」で太九郎・おちか・小平次の三人が行った旅行先はこの大山だったような気がする。違ったかもしれないが、確認できない。

富士講と大山講の連中が品川の木戸で鉢合わせの絵もあったが(ここにはない)、やはり江戸の庶民は信仰と遊山とをまぜこぜにして楽しんでいたのだ。

江の島が出た。
弁天小僧、そして清玄と白菊丸の因果譚を思い出す。稚児が淵ね。弁天小僧は手癖が悪くて島を追われ鳥~~
ここへも行こう行こうでまだ行ってない。

鎌倉である。神奈川県というか国だったか、とうとう鎌倉を世界文化遺産に、というのをあきらめたようだが、鎌倉の本当の価値はやはり日本に詳しい人にしかわからないと思う。
世界文化遺産にならずとも、鎌倉の価値が下がることはないのだ。

長谷の大仏の絵が出た。ううむ、わたしは行かないよ。
広重の金沢八景も前後期に分かれて出ていたが、いずれもいい。
そうそう、わたしは関西人だから、金沢文庫の地名をきいたとき、やっぱり加賀の金沢しか思い出せなかった。
だから鏑木清方が金沢文庫に別荘を持ったというのを読んだとき、「たしか清方は電車に乗れなくて、それで昭和5年に関西に来た時もハイヤー乗継だったはずなのに、よくも金沢(加賀)に行けたなあ、やっぱり金沢やからかなあ」と妙な感心をしたのだった。
そう思う根拠は、清方の仲良し・泉鏡花が金沢の人だったからだが。
神奈川県の金沢文庫なんて地名を知らなかった頃の話。今はしばしば称名寺の金沢文庫のミュージアムに行くわたし。…時代は変わってゆく♪

坂東三十三か所というのも今回初めて知った。
西国三十三か所はよく知っているが、そうか、坂東だって仏教好きだものな。(安易な理解)
それも元禄年間にちゃんとガイドブックがある。
「坂東三十三か所独案内」か。こんな時代からおひとり様ツアーのガイドブックがあるのだ。

万延元年に三世豊国と二世広重とで「観音霊験記 坂東巡礼案内」シリーズを100番まで刊行している。
坂東、秩父、そして西国のそのシリーズものは体裁も同じで、ご詠歌と情報と絵で構成されている。
神奈川も奥が深いなあ。

こういうわけで楽しく「江戸時代 かながわの旅 道中記の世界」を堪能したのだった。
6/23まで。

マルコ・ポーロが見たユーラシア-『東方見聞録』の世界-

さっきは「江戸時代 かながわの旅 道中記の世界」を堪能したが、こちらは中世ユーラシアを行く旅の話。
横浜ユーラシア文化館「マルコ・ポーロが見たユーラシア-『東方見聞録』の世界-」展。
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サイトによると「マルコ・ポーロ『東方見聞録』に焦点をあてた展覧会。『東方見聞録』の記述から見えてくるユーラシアの13~14世紀は、モンゴル帝国のもとで人やモノの移動がグローバルに行われた時代でした。本展覧会では時代的背景、宗教、文化交流などを考古・美術・文献など東西の様々な資料でご紹介します。」ということでした。

マルコ・ポーロと言えばわたしが子供の頃に出崎統&杉野昭夫コンビのアニメ作品がありました。残念ながら本編は見れなかったけれど、色々資料を見たので映像はアタマにあります。
それと後年になり神坂智子のマルコ・ポーロ「カラモランの大空」を読んだので、マルコ・ポーロのイメージはこの二者に尽きるのでした。
あとは魚戸おさむ「イリヤッド」が「東方見聞録」への憧れを掻き立ててくれたなあ。
要するに、わたしのマルコ・ポーロ、「東方見聞録」はマンガとアニメで構成されているのだった。
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第一章 マルコ・ポーロとは?     
マルコの家系図と人となり、そしてその当時のイタリア諸国の関係などがわかりやすく展示されていた。
マルコ・ポーロは1270年に17歳で郷里のヴェネツィアを父と叔父らと共に旅立ち、25年に亙ってユーラシアを巡った。イラン、中央アジア、そして元朝の皇帝フビライ・ハーンに仕え、信頼され、重用された。
彼は日本には来なかったが、聞いた話として黄金の国ジパングについて語っている。

マルコは帰国した途端ヴェネツィアとフィレンツェの争いに巻き込まれて投獄され、そこで自分の見聞きしたことをルスティケロに語り、彼はそれを訛りのきつい古フランス語で記した。なぜヴェネツィア人とピサ人が母語でない言語で書いたのか。
そんなことにも興味がわく。
原本は失われているが、古い時代の手写本がいくつもの言語版で残されている。

第二章 マルコ・ポーロの見たユーラシア世界     
商人のマルコは若くとも頭もしっかりしており、旅慣れた叔父や父らの示唆もあり、旅の最中に多くの事象を見聞きし、考えたろう。
ここではマルコの通った国々の遺物が展示されている。
ラスター彩のタイルがある。INAXの所蔵するタイル。絵柄は中国の影響を受けたか、鳳凰文。
それらがどのように貼り巡らされたか再現もされている。
中華世界のやきものに青色が誕生したのは、イスラーム世界から齎されたから。
だから「回青」とその釉薬は呼ばれていた。
回教徒の青で「回青」。
東西の文化の流れと言うものは決して一方通行ではない。

マルコ・ポーロが帰還して後に生まれたやきものが展示されていた。
出光美術館蔵の青花騎馬人物文壺。絵柄は匈奴に嫁する王昭君の哀しい姿。
この青こそが「回青」。nec416-1.jpg


異民族との婚姻と言う話ではマルコ・ポーロはコカチン姫の嫁入りに同行している。
フビライ・ハーンは娘をペルシャに嫁させるにあたり、信頼するマルコ・ポーロをつけ、さらに彼に親書を運ぶ大役を申し付けた。
ところでお気の毒なことに、コカチン姫はやっと二年半もかけてたどりついたのに、結婚相手は既に亡くなっていた・・・というのを確か聞いた気がするが、それを今調べることはしない。
宿題にしておいて、興味が復活した頃に改めて向き直ろう。

そういえば元朝皇帝はハーン(大ハン)を名乗り、ほかはハンと名乗る連合国家のシステムを取っていた。
こういうところを考えるとやはりモンゴルだと思いもする。

蒙古文字がある。これはパスパ文字というもので、作られた言葉。
思えばユーラシアでは特定の個人により作られた文字というものが流通しやすい下地があるのではなかろうか。
ハングルも西夏文字も作られたのだ。
そんなことを考えるのも楽しい。

ジャムチという駅伝制度があったそうだ。そういうシステムが生きたのはいい。
次の駅に着いたときにはパイザと呼ばれるタブレットを見せて通行許可を得るのだ。
パイザは牌子らしい。虎頭牌という(なぜか説明によると獅子頭牌)。

モンゴルのことをもう少し。
1342年 ベネディクト12世より元朝の順帝トゴン・テムルに馬が贈られた。
それで文臣の欧陽玄がそのことを詩に詠んだ。「天馬頌」「天馬賦」がそれである。
(ローマでなく)フランク(フランス)から馬をもらった喜びを書いている。
このタイトルを見てわたしは勝手に石川淳の小説「天馬賦」を思い出した。

蒙古襲来のショックは鎌倉幕府だけではない、というのも初めて知った。
イランなどイスラム文化圏もモンゴルショックを受けたのだ。
ただし政権は奪われはしても、ゆっくりとイスラム化していったのだが。
モンゴルの強さはいったいどこから来たのだろう。
バグダッド陥落ということを考えても、本当に強いのだ。
草原を走る民族がどうして・・・?
いろいろな疑問がわいてきて、またそれが面白くてならない。

青釉色絵金彩双鳥文皿 この画像より実物は遙かに綺麗だった。
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ところで大和文華館所蔵のマニ教絵画「六道図」が出ていた。
これは以前に大和文華館で<発見>された絵なのだった。
マニ教の仏画だと認識されたのは近年のことだ。
それがこの場にあることに、妙にドキドキした。
なんだろうと思ったら、マルコ・ポーロが出会ったナゾの宗教がマニ教だったそうだ。
このチラシでは西方渡来の宗教とある。マニが創始した教えで、元朝では「明教」と呼ばれ、やはりキリスト教に近いと見なされていたらしい。
同時代、景教(キリスト教)もその地に伝わっている。

第三章 マルコ・ポーロと黄金の国ジパング 
ジパングの話はやっぱりヨタとしか思えないので、マルコ・ポーロが誰から聞いたかにもよるが、白髪三千丈のクチではないかと思った。

蒙古襲来絵詞のパネル展示もあり、さらに蒙古の武器たる「てつはう」の現物まであった。
長らく海底にあったために貝殻がついてたりするが。
平戸あたりの出土、いやサルベージで出たから出海というのか??

第四章 世界に広がるマルコ・ポーロ
マルコ・ポーロの語り下ろし「東方見聞録」がコロンブスらに愛読されたのも、印刷技術が発明されたからだとある。そして初期の印刷本をインキュナブラというそうで、こんなこともわたしは知らなかったので、とても興味深い。

それにしてもやっぱりああいうそそる表現なんかがあると、旅に出る人が出るのだなあ。

見所の多い展覧会だった。改めてマルコ・ポーロと「東方見聞録」に惹かれる。
そしてわたしは魚戸おさむ「イリヤッド」を再読したいと思っている。
6/30まで。




 

暮らしと美術と髙島屋

世田谷美術館で「暮らしと美術と髙島屋」展が開かれている。
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大阪には高島屋史料館と言う素晴らしいミュージアムがあり、そちらは常に無料ということで、建物は素晴らしいし所蔵品は見事だし、ということで毎回ありがたく楽しませてもらっている。

東京で高島屋史料館の名品を展示するのは、近年では2009年10月に六本木の泉屋分館で「高島屋史料館の名品」展が開催されている。
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そのときの感想はこちら

また京都では2010年10月に京都市美術館の「高島屋百華展」がある。
その時の感想はこちら
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今回は砧公園の世田谷美術館と言うことで、のんびりでかけた。
前期・後期ともども眺めたが、のんびりしすぎてまた会期末に感想を挙げようとしているのだが。

最初に高島屋の建物模型が現れ、さらに昔の映像が流れる。
それだけでも楽しくなる。本来百貨店とは楽しいところなのだ。
そのことを改めて感じる。
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世田谷美術館の最初のホールにはいつもいいものが集められているが、今回もそうだった。
まず洋画が集まっていた。
このあたりは大方見慣れたものだが、それは大阪人の一得と言うもので、初見の方は多いと思う。
わたしはいいココロモチで絵を眺めて歩き、好きな絵には長く立ち止まる。

小出楢重の「六月の郊外風景」は最初に見たのがホテルオークラの夏のアートコレクションの第一回目か二回目のときだった。
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あの衝撃の大きさはこのブログ上で何度も書いているからもう書かないが、今もやはり変わることなく、この絵に対すると、言葉もなくただただ見入るばかりになる。
見入るのは魅入られたからだが、何故こんなにもこの絵に惹かれるのか、わからない。
最初に見たとき、小出がこの絵を描いて半年後に亡くなったことなども知らなかったし、小出の作品に今のように夢中になることもなかった時代にいたのだ。
自分の生涯の中で、出会ったことで行く道が変わる絵、そんな一枚なのだ。

上部には鍋井克之の熊野詣の長い絵(緞帳)がパネル展示されていた。
ケースにはパンフレット様の全景がある。
この絵は昔の国鉄天王寺駅に飾られていたそうで、今では某証券会社とこの史料館とが分割で所蔵しているそうだ。
鍋井さんなどは小出と僚友で、生粋の大阪人らしい面白味とペーソスのあるいい絵や随筆を残しているが、近年は顧みられなくなっているのが本当に無念である。
2010年には高島屋史料館でそうした画家たちの作品を集めた展覧会があった。
「大阪で活躍した画家たち 再考 大阪画壇」
そこにこの長大な絵巻が出ていた。そのときの感想はこちら

洋画では初見もいくつかあった。
東郷青児の裸婦などがそう。靴下・靴のみの裸婦が白い帽子を持って立つ姿。白い体が白すぎて現実感がないので、ナマナマしさはなく、きれいだと感じる。

棟方志功 弘前参禅寺 力強い油彩画で寺の門前が描かれている。

須田国太郎 孔雀 手前にグレーの孔雀と奥に顔の赤い雉とが並んで歩く。国太郎の描くどうぶつたちは、けっこう面白い行動をとってたりする。

岡田三郎助 支那絹の前 この絵もこれまでは史料館の外に出ることのない絵だったが、サントリー美術館の展覧会で外に出てからは、世間に愛される人気作になった。
モデルは奥さんの八千代である。

田村孝之助 白い馬 輪郭線の強い、動きをそこに封じ込めた絵。孝之助の回顧展を六甲アイランドまで見に行かなかったことを、今も反省している。
孝之助は挿絵もいいので、どちらも集めた展覧会を開催してほしい。

他に川口軌外や岡本太郎のシュールな作品が壁にかかっていた。
実際は前期後期それぞれ名品が多く出ているのだが、わりと見慣れた絵が多いので、却って感想をあげにくい。だから大変有名な絵と、わたしの初見とをチョイスして挙げている。

通路の始めに着物が展示されている。
前期では着尺「アカンサス」文様があり、かっこいい。

高島屋がこれまで獲得してきた万国博覧会での賞状などが展示されている。
こういうのを見ると、歩んできた道のりと言うものがなんとなくわかる気もする。
企業としての高島屋の堅実な歩みに、ついつい頷く。
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日本画を見る。
川崎小虎 麦と野鼠 可愛らしすぎる一枚。小虎はとにかく愛らしい絵が多い。そろそろ小虎の大規模な回顧展が開催されてもいいと思う。

今尾景年 鷹獲鴛鴦図 これにはギョッとした。鷹が鴛鴦の雄をその鋭い爪で鷲掴み!
鷹の鷲掴みで鴛鴦はもうタマを取られる状況である。絶望的なシーン。
…エライモンみてもたなぁという感じである。

上田萬秋 孔雀 墨絵の孔雀で、この絵を見るのも久しぶり。

小杉放菴 蟹 可愛いなあ。撫でたくなる。撫でるとその小さなはさみでチョキンとされそうだが。

小杉放菴 寒山拾得 これは子供版の寒山拾得で、とても可愛らしい。放菴は孫たちを可愛がり、その様子を自分の絵に反映させていたひとだが、この寒山拾得もきっと、ある日の孫たちの様子を見て思いついたものだろう。

前田青邨 みやまの四季 青邨様式の梅に小鳥たちが集う、楽しく明るい絵。見る度に新しい発見があり、見飽きない。

島成園 お客様 この絵はあまり出ない絵で、わたしはこれで三度目。昔の上方の風情がしのばれる。
小さい姉妹が愛らしい。zen520.jpg

勝田哲 縁のつな これは初見。勝田の絵もここにあるのか、という感じ。芸妓が舞う姿を描く。小指と小指を絡める。音曲が聞こえてくるかのようなムードがある。

中村貞以 白と赤の朝 これは朝顔の花の色をさしている。貞以は90年代初頭に奈良そごうで回顧展があったが、それ以後はなかなか見る機会がない。
こうしたときに世に知られ、多くの人々から「見たい画家」だとリクエストされればいいが。

志功 観自在大菩薩ノ尊像 近年わたしは志功の大和絵に惹かれるようになっていて、晩年のものなら板画より絵の方を取る。これもとてもいい絵だった。ふっくらと優しく明るい色調がいい。

高島屋の飯田新七の還暦・喜寿祝いの画帖がある。
これは完全に初見であった。

竹内栖鳳 桃梨 こういう絵を見る度、栖鳳が料亭の息子で、子供の頃からよい野菜・果物・魚を目の当たりにし、楽しく写生していたのだと感じるのだ。
桃は固そうだが梨はおいしそう。

菊池契月 仙桃仙女 緋色の衣にヒレをまとう女が青鉢に青桃を載せたものを持っている。
どうもおいしくなさそうな桃が続く。

小林古径 桔梗 白桔梗というのは珍しい。可憐である。

ほかにも多くの画家による優しい小品が続いた。

工芸品を見る。
河井寛次郎と高島屋の専務だった川勝との深い信頼関係から生まれた作品群がある。それは現在京都国立近代美術館に寄贈されているが、こうした人と人との関係を大事にする姿勢があるからこその作品なのだと思い知る。

作品だけでなく河井の言葉もあり、その心持ちを想像していい気持ちになる。

わたしが展覧会を見て歩くようになったのは、大丸と高島屋のおかげなのだった。
百貨店の中で開催されるさまざまな展覧会。
それを見るうちに目が養われ、心が開かれていったのだ。それは大丸とそしてこの高島屋での企画展がすばらしかったからだ。
百貨店での展覧会がなければ、わたしは今日年間400以上もの企画展を見て歩くことなど決してなかったろう。

高島屋の歴代企画展の資料などがある。
民藝との深い関係を示す資料は大正年間のもので、もう90年以上前からになる。

戦後には「シャルロット・ペリアン、ル・コルビュジエ、レジエ三人展」、スタイケンのプロデュースした「ザ・ファミリー・オブ・マン写真展」の世界巡回、そして大阪から生まれた「具体展」といった展覧会も開催している。

「東山魁夷唐招堤寺全障壁画展」のパネル展示もある。これは昭和57年で、このとき大ニュースになったことを覚えている。

そして平成になり、わたしが本格的に展覧会に出歩くようになったとき、京都店で開催された「生誕125年 京都画壇の巨匠 竹内栖鳳展」の紹介もあった。
これは四条河原町の角いっぱいに見えた記憶がある。
そのとき「アレ夕立に」と「絵になる最初」そして本願寺のための天女エスキースなどをみたのが印象に残り、てっきり栖鳳が美人画も多いのかと勘違いする要因になったのだった。

そしてこの世田谷ではその「アレ夕立に」の絵の前に、高島屋のローズちゃん人形に「アレ夕立に」と同じ着物を着せ、ポーズを取らせていた。ふふふ、可愛いものです。

20世紀初頭から前半の高島屋各店の風景写真がある。烏丸、心斎橋、南伝馬町、長堀、東京の京橋、そして現在の大阪本店たる南海店など。
都市風俗写真としても、近代建築写真としても楽しめる。
わたしはこうした古写真を見るのがとても好きなので嬉しい。

ほかにも同時代のライバル百貨店の建物写真が出ている。
博品館、白木屋、三越、丸善、いとう呉服店(松坂屋)、松屋、大阪の三越、伊東屋文具店、服部時計店、鹿児島の山形屋などなど・・・
とても楽しく眺めた。こんな写真を見たくてあちこちうろうろすることもある。

伊勢丹だと店内絵はがき集もあったし、大丸心斎橋の完成したばかりの写真もあった。全く嬉しい限りである。
昭和十年発行の「大阪名所絵はがき」もいい。大丸、そごう、高島屋、阪急、松坂屋、三越の外観である。
このうち外観を完全に保っているのは大丸と、多少手が加わっているが高島屋だけで、村野藤吾のそごうは取り壊され、三越も失われ、松坂屋も消えてしまった。阪急も大改装され昭和の面影はない。

高島屋は緞帳の<調製>もする。実際の製作は川島織物などであるが、施主と製作メーカーとの間を取り持つ仕事をするのだ。
最古は大阪帝国座「天の岩戸」明治42年、それから南座、大阪歌舞伎座、東京の歌舞伎座、日比谷公会堂、日生劇場、京都産業会館、国立劇場、大阪フェスティバルホール、そして先般新装なった歌舞伎座まで。
原画の画家も山口蓬春、奥村土牛、横山操、杉山寧、松尾敏男ら錚々たるメンバーである。

劇場の緞帳だけでなく皇室関連の仕事も当然する。「皇室アルバム」は伊達ではないのだ。

また戦前の豪華客船の内装にも関わっていた。
日本郵船のあの魅力的な客船たちである。
あらびあ丸サロン・喫煙室、浅間丸一等ラウンジ・特別室、竜田丸食堂・客室、ぶらじる丸子供室・喫煙室、あるぜんちな丸・・・
みんなみんな戦争に徴収され撃沈されてしまったのだ。
わたしは横浜の日本郵船歴史博物館に行く都度、これら戦前の豪華客船の生涯の紹介を見ては胸が熱くなり、涙がにじんでくるのだ。
その愛しい哀しい客船たちの姿をここで見るとは・・・
せつなさがこみあげてきた。


少し歩く。
そちらでは大正以降の告知ポスターが壁一面に展示されていた。
開店告知や展覧会、博覧会、商品販売などなど。
昭和二年の大阪店での日光東照宮博覧会はスゴい人気だったという。
別な展覧会でも見たり聞いたりしたが、とにかくスゴかったようだ。
このあたりのポスターはいろいろ見知っているものが多く、かつて見たときの記憶などが蘇るばかりだった。

高島屋は文化事業に熱心で、百華新聞というものも刊行していた。これが連載小説もあり、宣伝だけでない、いいペーパーだった。
小酒井不木「眠り薬」なども続けて読みたい。清方の長唄古曲によせる美人画20点の新作なども紹介されている。
また講談社の野間清治が剣道好きで、母方の祖父が会津松平家の分家・保科家の剣術師範だったとある。
毎号読むとさぞ楽しかったろう。

高島屋は戦後すぐに出版もしている。
「労働組合の話」、「やさしい育児問答」などは時代を感じさせる。そして富田常雄、芹澤光治良、阿部知二、林房雄、宮本百合子、藤澤恒夫も徳永直らの著書を刊行している。尾崎士郎の「人生劇場」も「風雲篇」「夢現篇」「愛欲篇」が出ている。

レコードまであるのにはびっくりした。
大正から昭和初期は童謡の時代であったが、それにあわせてか「ウサギのダンス」に「汽車ポッポ」。
また「アラビアの唄」のジャズ版もある。
凄い時代たのだなあ。

楽しいグッズもある。
デパート双六がいい。こういうのは大昔の社寺境内図以来、どういうわけか人の心を掴んで離さない。
そして高松宮さまから下賜されたマッチ箱のラベルなど。
昔のマッチ箱のパッケージデザインが魅力的なのはつとに知られているが、リアルタイムにその面白さを堪能されていた宮様が楽しそうに集め、張り付けておられたのを想像すると、温かい気持ちになる。

最後は着物のオンパレード。上品会に始まり百選会などで発表されたものたちで、千總、千切屋、川島に龍村の作品が集まっていた。染めも織りも縫いもいずれもたいへん丁寧な仕事である。面白いのは時代が遡るほどにデザインが革新的だったりすること。
わたしは寛文小袖に憧れているが、ここにあるうちのいくつかに袖を通したいとも思った。

見応えのある配置で、とても楽しめる展覧会だった。
なお、すでに終了したが、二子玉川の高島屋SCでも史料館所蔵の日本画と工芸品などが展示されていた。
史料館入り口すぐに鎮座まします平櫛田中の大黒様がきていたが、玉虫の厨子の模造品はなかった。
富岡鐵斎の扇子絵、これは多様な面白さがある。斑ネコ、五条橋の弁慶、盆踊り、日露交戦図などなど。

飯田家の別邸・呉竹庵の杉戸もある。竹に月の図は栖鳳。大観の竹の絵もある。前々から思っていたが、やっぱり大観は竹や松を描くのがうまい。

晩年の大観が大阪本店にきて「美術立国」を説いたのは昭和24年だったとか。

大団扇原画もある。西村英雄「かわます」の黄土色の目つきの悪い魚の絵が面白い。

能装束もたくさん来ていた。毛利家伝来の紅白段霞撫子蝶唐織りが特にいい。綺麗な刺繍。
他にもふくら雀の扇面などついた縫箔もあり、華やかだった。

やはり高島屋は凄い。これからもよろしくお願いします。

「魔性の女」挿絵展 1

弥生美術館の「魔性の女」展の毒に溺れて、とうとうこんな会期末まで何も書けずに来てしまった。
長い間この弥生美術館の会員でいるが、時折こうした異様に魅力的な企画展にあたる。
毒に爛れ、それと知りながら溺れ行く。
中毒することが快楽となり、底なし沼に沈んでゆくことを感じながらも、助かる気にもならない。
それがこうした企画展の魅力の本質だと思っている。
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今回の企画展の中心に橘小夢の存在がある。
丁度20年前の'93年の今のこの時期に、この弥生美術館で小夢の回顧展があった。
そのときに小夢を初めて深く知った。
その当時わたしは幕末から明治初にいた三世澤村田之助に熱狂しており、数は少ないながらもある限りの資料や小説を読みふけっていた。
それは'90年6月に澤村藤十郎丈主演の「女形の歯」三世田之助の物語を見たのが契機だった気がする。
それ以前から三世田之助のことは知っていたが、読むべき本が少なかった。
杉本苑子「女形の歯」、舟橋聖一「田之助紅」は図書館で読めたが、まだ皆川博子「花闇」も南條範夫「三世澤村田之助 小よし聞書き」も世に出ていなかった。

小夢も田之助を偏愛していたようで、田之助を描いている。そしてその絵を皆川は自著の表紙絵にも使っていた。
小夢という名は「さゆめ」と読むのだが、描く絵はいずれも絢爛な悪夢のようなものだった。彼の描いたもので、心静まるものは一つも知らない。
丁度この「魔性の女」展が開幕した同時期に、ニューオータニ美術館で個人コレクションの美人画を堪能したが、それとても玄人の女が家の中で一休みする図とは言いながらも、どこか艶めかしさに不穏なものがある。

蝶々夫人を描いていても、哀しさ・可愛らしさよりも、彼女の先に待つもの、すなわち自死を感じさせられる。
モノクロの絵もアールヌーヴォーの持つ不可思議な闇の魅力を見せている。
彼の絵を集めてみると、どんなに彩色豊かなものであっても「闇の饗宴」という言葉を連想してしまうのだった。

「水魔」に久しぶりに会う。この絵は女が水中で河童のような水魔にまといつかれたもので、不気味なものを漂わせている。これは20年前の解説を思い出すと、ドイツの心理学の本に例として挙げられたりもしたそうだ。
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「玉藻の前」その正体は金毛九尾の狐である。天竺の華陽夫人、殷の妲己として猛威を振るった狐が日の本へ下り、玉藻の前として、鳥羽上皇をたぶらかし、日本国を破滅に追いやろうとする。
今回のポスターとしてこの絵が選ばれていた。美しい玉藻の前のその影は狐である。
美福門院得子をモデルにしたという話がある。

去年の大河ドラマ「平清盛」前半部で描かれたように、王朝を揺るがしていたのは確かに白河法皇、鳥羽上皇らの複雑怪奇な人間模様だった。
九尾の狐が日本で滅びるのも、こうしたところから物語作者が思いついたことかもしれない。

モノクロの「玉藻の前」は玉藻の前が几帳の前に佇む図だった。

小夢は物語性の濃い絵を多く描いた。
「焔車」も前回以来の再会だが、今回初めてここに黒い鵜がいることを知った。
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女の素足が車の外に出ているのが何やら凄まじい。

意外と可愛らしいものがある。「佐賀の怪猫」である。二点の内一は婆さんと猫の影、一は大猫婆と二またに分かれた尻尾の猫たちの群舞。こいつらが狸面で可愛い。
ほかに可愛いものはない。

「静御前」のこの絵は初見。後ろに狐がいるから「吉野山」で、静御前がのけぞっているのは多分「さぁてぇはそなたはぁキィツネじゃなぁぁぁっ」のシーン。

「唐人お吉」のモノクロ挿絵8ページ分が出ている。「時の敗者」という副題もついて、生前の太地喜和子のお吉が絶品だったのを思い出す。小夢の描く女は細い女ばかりだから、喜和子のような肉のほてりを感じさせるわけではないのだが。

「鷺娘」は昭和10年のもの。わたしが以前に見たものとは違う絵。白鷺が飛んでゆく。
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傘をさす鷺娘だが、透けているのでヒトではないことに気付かされる。
柳の下でうつむく女の姿の良さが目に残る。
帯も傘までもが紗のように見える。

カラー作品とモノクロ作品とが交互に現れる。

「刺青」谷崎潤一郎の同題の作から。巨大な女郎蜘蛛の刺青。上には蜘蛛の巣。行燈にサインがある。この「刺青」は淫靡で艶めかしい。
カラー作品だが、モノクロでもよいと思う。

「八百屋お七」モノクロでお七が炎上する。白い炎にまかれる。点描とうねる白い火の粉と。ここでは吉三郎ではなく庄之助の名で物語が進む。吉三郎の名は西鶴の「五人女」かららしい。
西條八十の詩を思い出す。
八百屋お七が恋をした、で始まる一連の詩を。

小夢の人となりは知らないが、旧幕時代の物語を多く描くところに、彼の嗜好または志向が読み取れるようにも思う。
わたしもこうした世界が好きでならない。

「雪姫」も芝居の世界の女である。雪舟の孫と言う設定で絵心があり、縛られていても足の指先でネズミを描いて、縄を食い破ってもらう。桜花舞い散るその中で、木に縛られる女の図と言うものは艶めかしい。薄紅の着物に吹輪は青白に黄花。

「墨染桜」歌舞伎舞踊「関の戸」の。半ば消えそうな小町桜の精。傾城姿が色っぽい。

「お夏清十郎」船の二人。静かな波。暗い夜、泣く人もあり、一本松。

「松風村雨」浜の二人。白い夜。一本松。立ち・座る姉妹。千鳥が飛ぶ。所詮は身分違い。

「切られ与三郎」とタイトルはついているが、この絵の詩がどうも。小舟のカップルなのだが、「小舟作りてお夏を乗せて、花の清十郎に櫓を押さしょ」

いずれも大正15年7月に雑誌発表されたもの。

道成寺がある。「安珍清姫」のタイトルがつく。鐘の内にも焔と蛇女が入り込み、安珍を巻き締める。苦しい顔を見せているが救いはどこにもない。蛇女は恍惚としている。若い男の体に巻きつき厳しく締め付ける蛇女の絶頂。男の苦痛はそれ自体が蛇女の歓びとなる。
男は自由にならぬ身を手で覆おうとするが、それすら艶めかしい。数珠を手頸に巻いているが、仏も神も彼を守らない。蛇女の熱い舌はどこを這い回るだろう。
花びらだけが激しく散り散り舞う舞う。

この月の豊饒さはどうしたことだろうか。
他にも「梅若塚」という一枚がある。狂女と化した班女の前が月下に笹を持ち歩く。
小舟が隅田川に浮かぶ。柳がある。手を伸ばそうとする女。
わが子を求めて狂い歩く女。母性からの狂気ではあるが、ここにもどこか魔性が潜んでいる。

カラーの「袈裟御前」がある。もうのっぴきならぬ状況の中にあるらしく、最後の化粧をする。耳盥を前にして梳る。その背後には仏の影が浮かぶ。灯明が揺らぎ花びらが散る。

昭和16年の「袈裟御前」はこの後の物語を描いている。既に袈裟御前を斬り殺してしまい、出家して文覚となった男が、女身仏にとりすがる。香が焚かれる空間。吉祥天女の逸話を思い起こさせる。仏門に入り激しい修行を積んでも袈裟御前への愛着は決して昇華できない。

矢田挿雲の「江戸から東京へ」が出てきた。この挿絵を小夢が担当していたのだ。
展覧会を見に行く以前に手に入れた挿絵画集の中にも、この時の挿絵が出ていた。
その意味では小夢を見た最初はここだったか。
8巻「巡り合い」が出ている。その口絵。何の話かがちょっとわからないが、舞台立ては鶴谷南北を思わせる。
わたしのメモには「その足で隠坊堀へ引き返して、治太夫の死骸を引き取って砂村の善行寺へ葬った。次が忠臣蔵の舞台の話」とある。
以下、「江戸から東京へ」あちこち。

「本妙寺の振袖火事」こちらはお小姓吉三郎である。それに取りすがるお七。陰火が燃えている。昭和3年。「本郷区」の表記が見える。

「本所区 怪談小幡小平次」芦の生える池、舟に乗るおちか、太九郎、ぼーっと立つ小平次。文章を読むと「団十郎の前に現れた小平次の霊。消えると古猫の死骸が。陰火が燃えるのは幽霊の証拠。しかしそれに一喝する団十郎。昭和4年。

こうしたさまざまな逸話を詰め込んだ読み物だったのだ。

「地獄太夫」がある。ただしこれは一休禅師の方の話ではなく、明治初期の根津の大松葉楼の幻太夫の話。地獄太夫の好んだような打掛を着て立っている。足元には髑髏。朱色の焔が渦巻く。

下絵が出ていた。
「水妖」サンゴ礁の中、うねる髪の人魚に巻きつくヒトデ、ウミヘビなどなど。
しかし不思議と苦しみのない顔を見せている。

モノクロの「刈萱道心」が二種ある。わたしが以前に見たものと初見のものと。
大正12年 こちらを見ている。双六をする二人の妻妾、その本心の恐ろしさ。
大正7年 うねる髪が蛇となり、闘い合う。

小夢の後の作品に、昭和30年代の彩色された屏風絵がある。
「夢枕」とタイトルがある。花柄に「夕」「鳥」「花」文字のある絞りの入った打掛を着た女が源氏物語の「幻」を手から落としながら、香箪笥に持たれている。

小夢の夥しい悪夢めいた絵はここで終わる。
次は「ファム・ファタールと魔性の女」の紹介がある。
長くなるので、1はここまで。

「魔性の女」挿絵展 2

1の続き。
ファム・ファタールと「水の女」

実在の松井須磨子の写真がある。彼女は男の死を追いかけて自滅の道を選んだ。
しかしファム・ファタールに<男を破滅させる女>という定義があることを思えば、確かに彼女はここにいるべき女だった。

松井須磨子と言えば、カチューシャが一番有名だが、彼女のサロメも評判が高かった。
ただ同時代人の発言によると、須磨子以上のサロメは松旭斎天勝だという話だった。
大正時代にファム・ファタールへの熱愛が高まったのは、この二人の力かも知れない。

お七、清姫、と先に出た女たちの他に現れたのは、「金色夜叉」お宮だった。
清方の描いた「お宮の死」はうつぶせの死骸だが、これはミレイの「オフィーリア」の関連を言われることが少なくない。
明治35年のお宮の死はうつ伏せ、同45年は仰向けになり岩の上で死んでいる。
こちらは彩色豊かな挿絵だった。

堀口大学の詩「砂の枕」の挿絵は長谷川潔で、ローマのモザイク風なものだった。
見るべきものはいくらでもある。

水の女。
ラファエル前派華やかなりしころ「水の女」がもてはやされていた。
華宵「睡蓮」の埃及女と、ジョン・ポインター「嵐の精たち」が並ぶ。後者はむろん本画ではないが、ここで見られたのは嬉しい。この絵も'90年頃に見て以来だったか。

初めて知った画家がいる。矢部連兆。染色家らしい。矢部李という筆名を用いてアールヌーヴォー調の極めて艶めかしい絵を描いている。自作の「香炎華」にその挿絵がある。
ポーの小説に挿絵を描いたハリー・クラークの画風を思い出す。

華宵「人魚」とウォーターハウス「人魚」。後者の本物は丁度近所で開催中の「漱石の美術世界」展に来ている。

鏡花の世界が現れる。
「高野聖」赤い百合が咲き、女にまといつく馬の絵。
川端龍子も描いていた。にじみを多用し、幻想味を出している。昭和22年の「苦楽」誌上での仕事。
ここでも小夢やむろん清方のそれもある。

鏡花作品の口絵が集められていた。
鈴木華邨「照葉狂言」これは池田文庫で20年ほど前に見て以来。なつかしい。
華邨はほかにも「錦帯記」もある。女の後ろにぼんやりとお化けたち。
清方「式部小路」、「田毎かがみ」の口絵「ささ蟹」もある。
梶田半古「湯島詣」は箪笥に凭れる女と赤ん坊人形。
嬉しかったのは「風流線」いろいろ出ていること。
袋、汐汲み女の図。そして「続風流線」もある。三人の女。お龍さんと捨吉の対峙、また河童の多見次の図などなど。
荘八の「滝の白糸」もある。

鏡花の弟・斜汀の本もあった。
「深川染」英朋が前編を清方が後編を描く。この二人は共作することが多く、先の「風流線」でも前編を清方、後編を英朋、「生さぬ仲」では合作もしている。

再び鏡花。
「神鑿」「紅梅集」「辰巳巷談」いくらでも顕れる。
また昭和25年のカストリ雑誌「りべらる」では岩田専太郎による口絵の「湯島の白梅」がある。お蔦と主税のいる図である。

鏡花の女性で「魔性の女」にあたるものは「高野聖」の女くらいかもしれない。
魔の領域にあっても決して「魔性」を持つとは限らない女が多く描かれている。

谷崎潤一郎の「魔性の女」の登場である。
女性崇拝、と紹介されることが多いが、よくよく読み込めば決してそうではないことを知る。
根に恐ろしいところがあっても、それを埋もれさせていたのに、男の願望に沿うためにそれを表面に浮かび上がらせる女、そんな女が多いように思う。
初期の「刺青」の娘、中期の「痴人の愛」ナオミ、晩年の「鍵」の妻、「瘋癲老人日記」の颯子などなど。

その「痴人の愛」は田中良の挿し絵があった。
「散りゆく花」のリリアン・ギッシュのような肖像がある。西洋人スタイルのナオミである。
マント姿のナオミがいる。下は裸である。かっこいい。

前述の「りべらる」誌でも「痴人の愛」の口絵がある。やはり専太郎で、ナオミが男を馬にして室内を巡るあのシーン。ほかに山名文夫のプラトン社版もある。

水島爾保布と言えば「人魚の嘆き」「魔術師」のモノクロのすばらしい世界を思い出す。
ほかにカラーの「痴語」「鸚鵡石」があるが、それよりモノクロの方が魅力的。

河野通勢の「ふらんすお政」がいた。そしてここで、彼の挿し絵が現れる。
「項羽と劉邦」である。これは本当に魅力的で、いつ見ても飽きない。版画風に見えるように毛筆で描くということをしたのだった。西洋の妖しげな版画風なのが面白い。
わたしは通勢はタブローよりも挿し絵の方を高く高く評価している。

名越國三郎という画家は初めて知った。丁度百年ほど前にいた画家。
「水辺の女」。ロシアバレエを思わせもする。
天平美人を描いた「逝く春」もいい。
だが、タイトルを失念したが、しゃがみつつ花を摘む女の絵は私も挿絵本で見知っていた。そうだったのか。
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ほかにも艶めかしい、深い魅力のある絵を描く画家が多かった。時代の関係からかアールヌーヴォー調の絵も多い。
官能的な作風を持つものが多く、興味深く眺めた。

英朋の挿絵をみる。三上於菟吉「淀君」、栗島狭衣「三代目高尾」などいずれも艶めかしい。
演藝画報の仕事で五世歌右衛門を描いたものもある。

二階へ上がると、小夢の「高野聖」の絵が2M大の布に転写されて掛けられていた。
蛙が妙に可愛い。

雪岱「お傳地獄」の挿絵が延々と並んでいた。初見も少なくない。今回の解説で初めてそのシーンの意味を悟ったものもある。
お傳が菰包みにされ、二人の男に運ばれてゆくシーン。わたしはてっきり捕まった後の状況かと思っていたのだが、そうではなく罪を犯す前の、借金による本人質入れシーンだったのだ。

夜の川に女の太股だけが一本出ているシーン、あれは異常に衝撃的な絵だが、これは下絵が出ていて、それにも衝撃を受けた。
女の裸体がそのまま水中に沈んでいるのだった。
この腿の主はお傳と喧嘩した相手の女。

男装して逃げるお傳、蚊帳の外で一夜をあかすお傳、殺人の後のナマナマしさも雪岱の手になると、異様な凄艶さを見せる。


森下雨村「青斑猫」は専太郎の絵。複雑怪奇な筋立てで、ちょっと把握しにくい人間関係がある。
しかし絵はさすが専太郎だけにモダンでかっこいい。しかもエロティシズムも活きている。
人間相関図を自分で書いたが、ちょっとわかりにくい。
「青斑猫」たるマリコという女は確かに魔性の女だった。

専太郎の描く女は様々なタイプを見せるが、「魔性の女」もかなり多い。
そしてそれだけでなく嗜虐的な女も描いている。

講談などで名高い「浅尾の蛇責め」がある。絵はただしそこまでエログロではない。文章の方がいやらしい。この場合、あまりに文に近づけると、見てはいられなくなるかもしれない。

乱歩「黒蜥蜴」の挿絵があの健全な林唯一だと知って、ちょっと意外だと思った。
もしかすると三島による戯曲化されたときのイメージが強すぎてそう思うのだろうか。
いや、やはりこの作品は専太郎の方がいいように思った。

ほかにも石原豪人の絵も出ていた。

横溝正史「鬼火」挿絵は竹中英太郎で、これが私にとって最初の弥生美術館の展覧会だった。1989年の秋の話である。
非常に厭な話で再読する気があまり起こらない。とはいえこの中編を含んだ本は手元にあり、ほかの作品はとても好きなのだが。
ここに現れる女が悪い女で、なるほどこの女は「魔性の女」であることに間違いない。

英太郎はほかにも「陰獣」があるが、この話も好きではない。英太郎の挿絵で好きなのは「孤島の鬼」に尽きる。
あの一篇だけで英太郎の挿絵の魅力に取り込まれてしまう。

「虞美人草」の挿絵もあった。
藤尾は確かに「魔性の女」ではある。彼女の自滅は、残された人々の心に安寧をもたらすことは決してない。
昭和三年に「Frau」誌に描いている。

蕗谷虹児も妙な挿絵がある。とはいえやはり「令女界」がいい。

華宵のファム・ファタールの特集を見る。
彼にインスピレーションを与えた異国の女たちの資料がある。いずれもダンサーである。
セタ・バラの「サロメ」を大正十年に浅草電気館で見ている。カルメンにサロメに。
そしてロシアのアンナ・パブロワは帝劇でか。原せいこのスネークダンス、ローレライ、そしてロシア・バレエ、西印度ダンス、京劇の楊貴妃・・・
大正時代の楽しみすべてを味わっているかのようだった。

伊藤彦造は昭和20年代のきりりとした女たちの絵が出ていた。「砂絵呪縛」がある。

山六郎の絵があった。彼はクラブコスメティックスに勤務していた。この少し前にそのクラフコスメティックスの方と山六郎の話をしたところだった。
「九条武子」の挿絵がある。九条武子さんはある時期、日本第一の美人と謳われていて、彼女を描いた画家も少なくはない。

ようやくここで「魔性の女」を見終えた。
三階の華宵コーナーでは八百屋お七が出ていた。
そして幕末、雨の中で敵から身を隠す二人の少年の図もある。大好きな絵。
この日初めて見た<美少年>二人だった。

夢二美術館では「令女界」「婦人グラフ」があった。
思えば夢二に「魔性の女」はいたろうか。お葉はそれとは違うと思う。

深く酔いしれてしまい、その歓びを露わに出来ぬまま、こんなに日を経てしまった。
「魔性の女」展は今月末まで。

ファインバーグ・コレクション展 前期

江戸博でファインバーグ・コレクション展の前期を見た。
前期ギリギリを見たから、そのことを少しばかり。
なお明日から後期展。わたしは後期もギリギリにしか行けそうにない。

追記:2014.10.18 島根県立博物館のチラシを使用する。
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近年はアメリカのコレクターさんたちの温かなご好意・ご厚意で日本に里帰り展が多く開かれている。まことに嬉しいことだ。
ファインバーグ・コレクションは20年ほど前のアサヒグラフ誌上で少しばかり紹介されたのを見た記憶がある。そのことを想いながら、会場へ入る。
前期で見た好きなものについて書く。

入っていきなり現れたのがこの虎。
俵屋宗達 虎図 nec403.jpg
なにこの可愛さ!死にそうになった。大きな肉球をぺろぺろ。しかも八重歯が出てるーーーーっ!色んな虎を見てきたが、可愛さの中では上位ベスト10入り確実!ドキドキした。ファインバーグご夫婦もきっとこの虎ちゃんを可愛がっているに違いない。
あまりに可愛すぎるからか、この絵は前後期通じてご登場。

尾形光琳 白菊・雪蘆図団扇 侘びた金泥。枯れた良さがある。雪がショウガ糖のような甘さがある。柔らかな雪。

深江蘆舟 秋草に瓜図 上部は薄オレンジの凌霄花が咲く。下に墨絵風のスイカのような真桑瓜。中には菊と赤い花。真桑瓜は今では殆どの人が食べなくなったが、大正頃までは夏の涼やかなフルーツだったのだ。

俵屋宗理 楓図屛風 中くらいの大きさで、赤い紅葉がくっきりした線で描かれている。病葉もくっきり。中には緑の葉もある。二色の楓。木は線を見せない。その対比がいい。

酒井抱一 宇津の細道図屛風 たらしこみの効果的な絵。歌を詠む男。

酒井抱一 十二ヶ月花鳥図 綺麗な並べ方をしている。一月から楽しく眺めた。
これは後期も出るので、そのときに詳しく書こう。

鈴木其一 群鶴図屛風 モダン!そしてこれも後期にも楽しめる。

池田孤邨 雷神・暴れ馬図 右に雷神、左に雷神を見たのか暴れる馬と、それを抑えようとする子供。雷神のくわっっとした様子がいい。

鈴木其一 山並図小襖 桐の引手がついている。緑の山、紺の山。いいなあ。

神坂雪佳 三保松原図小襖 こちらの引手は和菓子のように可愛い。金でぼ~となっている。松原の上の部分だけ、と言うのがおしゃれ。

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池大雅 唐人合奏図 解説によると指頭画らしい。
縦長の絵で、上から香を持つ男・鉦持つ女・三味線弾く女・琴弾く男・篳篥の男・琵琶を抱える男・笙を吹く男・笛吹き男。なんとなく楽しいのは、本格的に描いたものではないからかもしれない。

池大雅 雪竹図 力強くしなる竹!雪持ち竹の周囲は青白く、低い温度を感じさせる。

池大雅 孟嘉落帽・東坡戴笠図屛風 左の故事はわりと好きだ。その飛んだ帽子を追う子供が可愛い。右はべろーんとした表情が面白く、チラシにもなって人目を引く。
これも通期。

池大雅 半圃清風図団扇 墨の濃淡で遠近を表現している。片ぼかしという技法だとあるが、描かれた笹はとてもさわやかに見えた。

池玉瀾 風竹図扇面 これは風にそよぐ竹を素直に描いているように思った。通期にその風を届ける。

野呂介石 那智三瀑図 最奥、やや近づき・手前と三本の滝がある。緑織りなす中、ご神体の滝が。

紀梅亭 蘭亭曲水図 細密!!水より林の描写が濃厚。殆どジャングルである。南洋のような風景。笹がまた大変繁茂しているが、熱を帯びているかに見える。
すごい、とてもすごい。少し赤色もあるが、目立たない。絵師のサインがいい。湖南七十二翁。琵琶湖の南の人でした。

与謝蕪村 寒林山水図屛風 珍しいことに金地に描いている。水墨という実感がある。歩く歩く歩く・・・

与謝蕪村 竹斎訪隠図屛風 竹の繁茂した中をその家へ向かう。おっとりした気持ちがわく。

与謝蕪村 高士渡橋図 山である。遠くにも見えるが、まず自分のいる道も山の中である。とぼとぼと行く人への賛が書かれている。
こういうのを見ると、がんばろうという気持ちにもなる。

横井金谷 琵琶湖真景図屛風 山がある。小さい家もある。比叡か比良か。伊吹山は少し離れている。三上山かもしれない。真景とはリアルな風景というほどの意味だが、琵琶湖の実景を思うと、やっぱりどこだろうと気になる。帆舟がいくつも見える。のどかな琵琶湖の風景。これも七十二のときの絵らしい。
金谷は近年、大津歴博で展覧会があり、そのとき初めて目が向くようになったのだった。
 
浦上玉堂 千山萬翠図 八角形の枠内に描かれた墨絵。茫洋とした山。もしかしてここ、あの千山無量観のあるところか?道教の聖地の?

中林竹洞 四季花鳥図 春から秋へブルーカラー。緑の石、なでしこ、ピンクの花が目に残る。夏は柳の下に鷺、水の花。秋は奇岩にピンクの花と鴛鴦。そして冬は叭叭鳥と雪。
この四季図を見て行くと、色彩の少ない冬が一番世界が広がっているのを感じた。枠の外にも冬は続く。

岡田米山人 蘭亭曲水図 鉛筆で描いているような画風で、そこに淡彩。へんな岩に柳で、ちょっとナゾなテーマパークのようにも見える。
忘れがたいような絵。

山本梅逸 畳泉密竹図 墨絵。滝が折り重なる。竹林がある。梅逸のカラーはよく見かけるが、墨絵はあまりみなかったので嬉しい。

渡辺玄対 武陵桃源図 青山が光るよう。下方に白の桃村。白鳥を囲い込んでいる。ふと「桃源郷」に幻滅する諸星大二郎の作品を思い出した。

谷文晁 富士真景図 墨絵の富士に白雲、松原。もうすぐサントリーでも展覧会があるが、いい前哨戦になった。

谷文晁 秋夜名月図 文化14年(1817) この絵は広重の「高名会亭尽 山谷八百善」にカメオ出演しているそうだ。気づかなかった。今度みる機会があれば探してみよう。

岡本秋暉 蓮鷺図 凶悪な鷺たち。七羽が下に立ち、上にも一羽がカワセミとともにいる。ピンクの蓮が雰囲気を和らげようとしているが、あまりに鷺たちが凶悪そうで。波がうねるのもいよいよ場の凶悪さを強めるような。

福田古道人 桃渓山水図 知らない画家だった。こんな時代にいた画家なのに。山、白い花の木。どこへたどりつくのか。

円山応挙 孔雀牡丹図 明和5年(1768)どうも苦手。うまいからこそ苦手。

円山応挙 美人図 安永元年(1772)帯は上方らしい太めのものを締めている。髪型は数十年前の安達瞳子さんのよう。萌葱地の着物で、帯は笹唐草。薄い鼈甲の櫛を差している。確かにこちらは美人だった。

円山応挙 滝山水図屛風 安永元年(1772)松。渡る風。静かでそのくせ騒がしいかもしれない音。壬辰初夏とある。その年の夏はどんな夏だったろう。

円山応挙 鯉亀図風炉先屛風 この絵は日曜美術館で井浦新さんが「おお、おお」と声を上げていたもの。応挙は絵の裏にもう一枚絹をいれ、光を当てれば水紋が浮かび上がるようなからくりを仕組んでいた。
コイたちは濃密な空間の中に浮かんでいる。小さい鮎も亀もいる。気持ちいい。

呉春 雪月花図 左は月に白梅、右は雪に梅。桜でなく梅だというのもいい。

森狙仙 滝に松樹遊猿図 右に滝。左にモンキーズ。松に乗る猿たち。五匹の猿がそれぞれの表情を見せている。ちび猿はこちらをみてベロを出している。上る猿は笑っていた。

森狙仙 親子鹿図扇子 可愛いーーっ父鹿とバンビ。寝そべる子に父がクンクン。

森徹山 春鶴秋鹿図屛風(もと襖) 白波が打ち寄せ、返って行く。小松がある。春鶴図をみた。五羽の鶴とちび鶴のいる風景。

岸駒 滝に鷲図 なんとこの絵は16枚も紙をつなげてのもので、大下絵にしてはほぼ完全な絵なのだった。フルカラー。ギロッとした鷲と、そこから逃げ得た小鳥と。

柴田是真 二節句図 明治22年(1889)右は端午の節句。貴族の邸宅での様子。左はなんと重陽に行なうひな祭り。こちらは庶民の家。古式に則ったらしいが、やはりひな祭りは春がいい。

鈴木松年 月に雲図 ぼあ~と青い光。掛け軸の上下の一文字が山吹で埋められていることから、太田道灌の物語との関連付けもなされているらしいが、わたしはこれはモリス商会の仕事のようにも見えるくらいだった。
鈴木松年・百年はほぼ忘れられた絵師だが、数年前に神戸市須磨区の板宿で展覧会が開催されたことがある。

狩野山雪 訪戴安道・題李欵幽居図屛風 つい先般、京博で大掛かりな山雪展があったが、本当にあれは堪能した。この絵は王義氏に会いに行こうとして直前で帰る男の逸話を描いていた。雪山、杉、舟でわざわざ来たのに。家には舟入りもある。入屋。釣りも出来る支度がされていた。

伊藤若冲 菊図 国内の所蔵家のご好意もあって、ついに三幅対揃った菊の図だが、どうも菊の茎といい花の形といい、ニガテである。ああそうか、ドリに似ているのだ。
納得した。

この辺りにある若冲・蕭白らは通期で出るのでまた次回。あくまでも前期のみのを優先。

曾我蕭白 山水図 奇怪な山水である。上空にたなびく霞がへん。おどろおどろしている。林和靖らしき人物もいるようだが、やっぱりへん。建物は矩形。

長沢蘆雪 梅・薔薇に群鳥図 
白梅とピンクの薔薇とになんと34羽の小鳥たち。赤いインコにウグイス、叭叭鳥、ホオジロ、メジロ、雀、黄色い鳥・・・中には異種同士で仲良く喋るのもいる。かわいい、とてもかわいい。メジロの可愛らしさにくらくらした。

長沢蘆雪 藤に群雀図 nec404.jpg
叫びそうになる群雀図!可愛らしすぎるがな!特にこの三羽!VVVと降りてくる!なんだかエイゼンシュテインの映像のようだ!そして左のカメラ目線の雀!あーーー可愛らし過ぎ!!
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長沢蘆雪 西王母図 美人である。やや釣り目でふんわりした髪がいい。若く感じる。

南蛮屛風 寺の門前には家が立ち並び、中に銀杏髪を額に見せる二重瞼の子もいる。一行には犬もついてゆく。左は船上。船内では食事も取れる。チリレンゲあり。子どももいた。
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英一蝶 若衆と遊女図 
黒の紋付を着流しにした男と楽しく、さしつさされつな女。表具もいい。素敵。

鳥文斎栄之 遊女と蛍図 立兵庫の女のはだけた胸。舞うて光跡を見せる蛍。今の時期にふさわしい一枚。

歌川広重 隅田河畔春遊図 三囲の土手まで来ていて、櫻餅屋もちらっと見えるような。わたしも時々そこへ行きます。

蹄斎北馬 田植え美人図 美人な人たちの農作業。一人はヤカンを持ってあぜ道を行く。早乙女の説話をチラッと思い出す。

祇園井特 化粧美人図 どアップ。こちらが鏡になったようなココロモチである。三面の手鏡を持って笹紅を塗る女を眺めた。

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本当に遅すぎる感想だが、それでも楽しかった気持ちを再現したかったのでいいことにする。
あすからは後期。通期のものの大部分はまた次回へ。
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河鍋暁斎の能狂言絵 

「河鍋暁斎の能狂言絵」という企画展が三井記念美術館で開催されているが、正直なところ、暁斎が能狂言絵を描いているとは知らなかった。
彼のオバケの絵とかカエル合戦図とかちょっとグロい死体に色っぽいお姉さんなどなどはすぐに浮かぶけれど、能狂言絵は本当に想像もしなかった。
暁斎だから能狂言の有名な場面のパロディでも描いているのかと思ったほどだ。
しかしわたしのアサハカな期待は蹴散らされ、そこにあるのは幕末から明治にかけての能狂言の舞台絵だったのだ。

東博に収蔵されている月岡耕漁「能楽百番」や文化ライブラリーで見られる森巳之助の能狂言絵などが、わたしのアタマに浮かぶ「能狂言絵」である。
どちらもたいへん落ち着いた絵で、あまり絵師の個性を際立たせず、その演目を真摯に写し取ろうとしたように見える。
そして今回出ている暁斎の「能狂言絵」もそれらに劣ることのない、真っ当な舞台絵だった。

ある種の外連を期待するわたしなどでは、多少とも退屈なところがあるのは否めない。
この際、暁斎だと考えずに能狂言絵を見るべきだと思い直した。
暁斎は大蔵流を学んだそうだが、それについても色々エピソードがあるようで、興味深い。

なお前後期を観ているのに、こんな展覧会が終了した今になって感想を挙げるのは、わたしの怠慢に他ならない。
そして感想は前後期こきまぜてのもの。

「とう尽くし画帳」は「とう」のつく演目などを集めたもので、多少は強引なものもある。
翁が手筥を前に座す。…これはあれだろうか「とうとうたらりとうたらり」からか。
わたしはこの絵を見て、昭和初期の日本映画のサイレンと作品「狂つた一頁」終焉近くの、夜の精神病院の患者たちの饗宴を思い出す。能面をつけることで人格を失い、あるいは破棄し、その特性に応じた振る舞いをする。
そこへ入り込むための面つけ。
どこか似ている。

同じく「とう尽くし」で名刀の「とう」で「小鍛冶」のお稲荷さま。

『猿楽図式』 フルカラーのパフォーマンス・ノート、と言うては叱られるか。
これを見ていると昔の一世風靡セピアを思い出す。あれに似ている。
今ならEXILEかもしれない。

『暁斎画談』外編 「貞光院墓前に三番叟を舞ふ図」梅亭金鵞編  暁斎からの聞き語りでその逸話を知る記者と、その場を描く暁斎。狩野洞白のご母堂か祖母殿が暁斎のために能のお月謝を肩代わりしてあげた、そのことを恩に思い、追善供養に暁斎本人が舞うたわけです。いちばんの恩返しになる話。

そして本当の免状などがある。

下絵帳が見事だった。
ふくろう(みみずくかもしれない)が頭巾かぶるもの、番匠、二人大名などなど。
下絵にこそ、絵師の力量がはっきり出てくるように思う。

さまざまなタイトルの画帖があり、そこに能狂言図がある。
わたしは「小鍛冶」が好きなので、ついついそればかり目につく。他にも「道成寺」もわかりやすいので目立つ。
能面ばかり集めた画帖もあった。
こういうのを見ると、暁斎の最初期の師匠でもある国芳の、歌舞伎役者の顔を嵌め込んだ御神楽面奉納図を思い出す。

紋画帖 桃山時代の裂もある。縫箔など。装束の裂を集めた画帖は宝物のようだ。

猩々蒔絵煙管筒 横顔が綺麗な猩々がいる。暁斎の下絵で作られたもの。

ここからは狂言の1シーンを描いたものが並ぶ。
福の神、蟹山伏、瓜盗人など枚挙にいとまがないくらい。
そして所蔵家の名前がいい。
福富太郎コレクション資料室、笹乃雪、榮太樓總本鋪などなど。
色々と面白いのだが、暁斎のいつもの奇想は抑えられ、狂言本体の面白みだけが浮かび上がるように描かれている。
画力が圧倒的に高いからこそ出来ることだが、それでもついつい暁斎の面白みを求めてしまう…

十二ヶ月年中行事図 6月が花を持って御所に行く行事を描いたものだった。

娘や弟子が描いた絵も並ぶ。みんな好きだったのだなあ。
わたしは見るのは歌舞伎ばかりで絵も歌舞伎の絵が好きだが、こうして狂言絵を見ていると、朗らかな心持になってくるのを感じる。

能・狂言面之地取画巻 これが壮観だった。画力の高さを本当に感じる。

道成寺図(鐘の中) これが面白かった。下絵というかリアルな線描作品。鐘の中で手鏡見ながら鬼面を直したり色々する。わかってはいても、こういうところを描いているのを見ると、楽しくなる。

鬼女図 薄く描かれた背後の狐絵とかぶるのが面白い。

実際のところ、暁斎の描く狐は非常に魅力的だった。狂言には「猿に始まり狐で終わる」という言葉もあるが、その狐たるや「白蔵主」「小鍛冶」といった代表をはじめ、なかなか人気である。
動きも軽やかで、確かに芸道のあるレベルまで達さないと演じられない、と言うのも理解できる。
だから描かれた狐はいずれも見事なのだろう。

狐図(《能・狂言画聚》下絵)、鍵をくわえる白狐図(《能・狂言画聚》下絵) この辺りを見ていると、嬉しくなるくらいだ。

『能画図式』乾/坤冊 これがまた面白かった。ガイドブック的な感じで楽しめる。
武悪、伯母が酒、花子、梟山伏、棒しばり、鬼の継子…
見に行きたくなってきた。

暁斎の能狂言画はわたしには意外なものだったが、本当にこの展覧会を見ることができてよかった。
「描けぬものは何もない」として「北斎vs暁斎」の展覧会が太田記念美術館で開催されているが、確かに暁斎は「描けぬものは何もない」絵師だと思った。

次の三井はおばけ。こちらもすごく楽しみである。

五島美術館「近代の日本画」

五島美術館で所蔵する「近代の日本画」を見た。
これまで別な場所でぱらぱらと見たことはあっても、まとめて見るというのは2006年6月以来か。その時も今回同様「宇野雪村コレクション・中国の硯と墨・水滴」などが出ていた。
その時の感想はこちら

狩野芳崖、橋本雅邦、川端玉章といった明治初期の日本画家の山水図に始まり、戦後の作品までが集まっている。戦後と言っても日本画の伝統を正しく継いだ作品までである。
たいへん興味深かったのに、出遅れて最終日に行った。
反省すべきことである。

とりあえず特に気に入ったものばかりを書いてゆこう。
なお、七年前の自分の感想を今の今読み返すと、あまり意見が変わっていないのを面白く思った。

村居 栖鳳 柿が二つコロンとあり、そのそばに藁苞がある。中身は知らないがパッと見たところ納豆を連想させる。平和な村の平和な人々のところから届いたようなもの。
栖鳳は料亭の息子だけに、食べ物になるものをよく観察し、写生していたそうだ。だからか描くのが巧い、技巧以上に目が巧い。
だから栖鳳が色紙や画布にちょっとした野菜や果物、魚類などをこんな風に置くだけでも、絵になる。

夕風 芋銭 ああ、久しぶり。この絵は1993年6月に(またしても6月である)、愛知県美術館の「小川芋銭」展で見て以来だった。
トウモロコシ畑がある。トウモロコシだけでなく芋の葉も見えるし、ほかの植物も生育している。白馬を引く村人たち。ピンク色の雲が艶やかである。しかし総じて田舎の土臭い朗らかさとどこか侘しいような風とがある。

達磨 大観 横顔である。面壁九年の横顔。頭頂は既に覆うものが失われて大きな額が露わになっているが、眉も髯も濃く、肩を超える髪も多い。目は爛々と輝いているが、いまだ悟りきれない様子である。

東海の浜 大観 白砂青松という言葉がぴったりの図である。静かな潮音も聞こえてくるようである。松は古人の絵に学んだというが、それがまた大観の絵になっている。そして人の営みを遠くで眺める自然だとも思えた。

浦澳 山海二十題の内 大観 20連作中唯一の墨絵らしい。大仰な絵よりもこうした淡々とした絵にいいものがある。

霊峰四題の内 四季それぞれの富士山があるが、いいのは夏だった。青々とした富士に雲も青白く、色合いが可愛い。

水温む 大観 墨絵で松林と水面とが描かれているが、小舟のような魚が腹を見せて跳ねているのがポイントになっている。

臨済 観山 いかにも下村観山!といった絵である。

舟子 これはびっくりした。右手に白髯の僧侶が立ち、左手にまだ壮年の僧侶が水中に立っている。なんと彼、沈みつつあるのだ。自分の智識などを右手の人に伝えて満足したからか、こうして死に行こうとする。百円禿が頭脇に見えるが、いいのか、そんな自殺は。
絵を見ながら禅とはわけがわからないものだと思った。

焚火 玉堂 これはよく外での展覧会にも出てくる。明治の玉堂らしい絵。森の中で焚火をする若い農婦が煙から顔をそむける図。なんとなく可愛く見える。

春峡 玉堂 先の絵から半世紀ほどが過ぎた後のもので、ここへ到達したというのを感じる。桜の頃、筏師らが川を下る。和やかなよい情景だった。

蓬莱の図 春草 伸び上がった山がいくつか見えるその下で、二人の仙人がいる。春草はこうした構図が少なくない。

月下佳人 松園 王朝美人。優しい目とふくよかな頬。

梅に小鳥 百穂 かすれたような線で小鳥が描かれ、白梅が優しく香る。可愛い。

雪 清方 雪のために傘を差す女。弟子の深水に多い構図だが、清方はバストアップではなく全身像にする。すっきりした清方にふさわしい構図。

光明皇后御影 契月 白い画面に線の目立つ絵。髪を蝶々のように結び、それを頭頂に置く。ふっくら豊かな頬。手に長い柄の香炉をもつ。

祭の使 松岡映丘 白馬に乗り奈良朝の装束をつけた貴人。冠には藤の飾りがある。これはおん祭の神使いではないかと思う。

柳桜 古径 桜はかやぶき屋根の集落の中に咲いている。
その道の間にわんこがいる。斑のわんこ。そして家には暖簾が掛けられていたり、開けられた家からは障子も見えるのだった。
柳の方はその下にサギがいる図。

月 古径 竹林のその突き抜けた先の空に月がある。月の光は下の道にも開かれている。

藤に馬 関雪 この屏風は七年前に見たときも印象深かった。右では牝馬らしい白馬が白黒のオヤジな馬に甘えてもたれている。白黒馬は口元といい鬣といい、ちょっとむさ苦しい。そしてその二頭の前に白い子馬がいる。苦々しい顔でその父母を見ている。ふふふ、今回も面白かった。

菊慈童 靫彦 この菊慈童は幼童として表現されている。菊の花も少年より背が高い。手には菊の葉が摘まれている。おとなしそうな子供で、菊を見る目は静か。

紅葉 青邨 金色の黄葉の木。青邨の梅と同じ様式のうねる幹。二羽の鳥もいる。可愛い。前回に見たときもいい絵だと思ったものだった。

富貴盤 龍子 大きな盤に牡丹が大きく横たわる。花びらの色の艶めかしさ。

武将拝朝図 龍子 ハッと胸を衝かれるような絵。構図というかこの位置がいい。武将は静かに合掌していた。馬が静かに寄り添う。男前の武将だが、それよりなにより、やはり位置がいい。どきっとした。

牡丹図 華岳 薄赤がにじむ。血のような赤。

梅さける村 青樹 京の白川あたりを描いたという。紅白の梅。蔵が見える。大きな雀もいる。百年前のながめ。

緑雨 青樹 一面緑の清々しい緑。森の中。大きな芭蕉の葉がある。くるくると筒状に巻いた葉の上に青カエルがいた。地には斑のあるカエルがいる。ああ、この時期に合う緑の雨。少しばかりの赤い花が一層緑を濃く見せた。

晨光 桂華 雪持ち椿の色の対比が鮮烈。しかし強さはない。おとなしい鶴の存在がそれを和らげているから。

リンドウ 神泉 くっきりと青い花がある。茫洋としたものではない。

宇野雪村コレクションについても少々。
明・清時代の文具を集めている。
わたしはちょっとばかり苦手な材もあるので、あまりこのあたりはじっくり見てられないものもあった。

端渓緑石蘭亭硯 鵞鳥が可愛い。

白寿山 呉昌碩刻 印材 あの呉が刻んでいる。

明治から戦前までの日本、主に京都では中国の書画や文房具などへの愛着が深かった。宇野がどういうルートでこれらを手に入れたかは知らないが、やはり同時代のことだと思う。
先年、関西で中国の書画コレクションを持つミュージアムがリレー形式で展覧会を開いた。そこで見たものと似たものを見つけると、やはりうれしい。

また見せてもらいたいものだ。

麗しの漆 蒔絵と螺鈿

既に昨日で終了したが、大いに楽しませてもらった展覧会のことをいくつか挙げたい。

畠山記念館「麗しの漆 蒔絵と螺鈿」
先般、徳川美術館で「漆の美」を愉しんだが、あれは本当に大規模で、ついには何を見ているのかわからなくなるほどだった。
しかしこちらは小さい規模で、ガラス越しとはいえ間近な距離だから、手に取らずとも賞玩できるような味わいがある。

朝鮮の酢漿草散文茶碗などは可愛くて、本当に手元にほしくなった。
そもそもカタバミが好きなので、こんな文様が鏤められている茶碗、揃えてみたくなる。
ふっくらした良さがあった。

黒樂茶碗 銘「深みどり」樂一入 朱みの差した可愛い茶碗。丁度ここへ来る直前に松下幸之助の愛した一入の茶碗を見たところなので、いよいよ親しい気持ちがわく。
そういえば畠山ではこれまで道入ノンコウの茶碗は見たことがない…

そしてここから可愛い漆芸品をみる。
蓬莱山蒔絵沈箱 鎌倉時代 これは和製の蓬莱山の様子である。
遠くから仰ぎ見る蓬莱山と言うのでなく、既に上陸しての蓬莱山。鶴が舞い飛び、和やかな時間がある。
不昧公伝来。面白く思われたろう。

菊蒔絵手箱 室町時代 線描くっきりした菊。蓋中央にこれは汚れだろうか。滲んでいる。

観音蒔絵硯箱 銘「玉河」 室町時代 連続して千鳥が飛ぶ文様。

次は江戸時代 
住吉蒔絵平棗 住吉文様とは住吉大社の太鼓橋と松林を描いたものだが、これはまた印象的な文様になっている。
「勧進帳」の詞章に倣えば『ハシの他には松ばかり』ということになる。
本当に橋が松に埋もれそうになっていた。

千歳蒔絵硯箱 葦手文様が入り、それで千歳だと知る。梅に鶯が飛んでくる。

紅葵花蒔絵硯箱 尾形光琳 立葵と八重葎と。蕾を螺鈿で表現。錫で立葵を作る。八重葎は金で彩られている。
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印籠 いくつかあるうちから。
羊遊斎 少し若い高砂のカップル、蝙蝠。光悦 樵。小谷素仙 ヒョウタン、わんこ。
昔の人はいいものを作り、いいものを身に着けていたのだ…

昔の名人の技は一旦明治維新で失われたが、それでも命脈をつなぎ、昭和初期にはまた名工も現れる。

観世春秋蒔絵吸物椀 五段に分かれて波文様があり、その上に花が。

洗朱轆轤目煮物碗 金の椿が10個も!可愛い、とても可愛い椀物。

はつり掻合せ煮物碗 花の文様が可愛い。澤瀉、菖蒲、松など。いいなあ。

金彩松喰鶴引盃 八田円斎 一つ一つに一羽ずつの鶴。
これに合わせて、
金千羽鶴文銚子 こちらは連続して飛ぶ鶴たち。凄い。

明月型懐石皆具 渡辺喜三郎 この形は織田有楽斎が明月院に寄進した懐石道具から来たもの。朱塗りに螺鈿で花散らし。とても愛らしい。

姫松茶箱 高砂神社の松古材から作られたもの。本物の高砂の松である。

最後に書画を見る。
琴高仙人図 雪村周継 鯉とも鯰ともしれぬ魚に乗る仙人である。横顔を見せているが、この絵の雰囲気は大和文華館の同じく雪村「呂洞賓図」にも似ている。
群仙図と言うか「仙人列伝」といった連作だったのかもしれない、という楽しい想像もわいてくる。

立葵図 尾形乾山 79歳の時の作。白と赤の花が元気よく咲いている。
この季節にふさわしい図。nec402-1.jpg


茶道具に漆芸に書画。古美術専門の美術館ならではの親愛感に満ちたいい展覧会だった。

六月の東京ハイカイ録 3

最終日です。
隙間なく遊び、我ながらよくやったと感心するばかりなり。

用賀に行く。バスは行ったとこやから歩く。
世田谷美術館「美術と高島屋」の後期を見るのだよ。
感想はまた後日詳しく書くが、やっぱり面白かったわ。非常によろしい。

常設は染色家の柚木沙弥郎の作品が並んでいて楽しかった。
去年鎌倉で見たものもあるし、他で見たのもある。
もう一つは土方久功、日本のゴーギャンと呼ばれた作家。近年には彼と中島敦の展覧会がこの世田谷美術館でも開かれてたな。もっとこの辺りの作家を特集してほしいね。
「パラオ−ふたつの人生 鬼才・中島敦と日本のゴーギャン・土方久功」
感想はこちら


バスで静嘉堂に向かう。今日は<やのはし>で下車して、少し歩くだけ。
せいかどう動物園でした~すごい楽しいわ。
やはりこんな企画は人気高いかして、わんさと繁盛してましたな。
キャプションが楽しいのもいいね。

バスと電車乗り継いで五島美術館へ。所蔵の近代日本画展。最終日ということもあってお客さんてんこ盛り。ああ、ここの所蔵か、というような絵も何点かあるし、逆に全くの初見も多い。
非常にいい絵も多いので、展覧会が終わった後だが、また感想を挙げる。

雨上がりの緑に誘われ、庭園へ。クチナシがよく咲いている。いろいろ道に踏み迷う。
ちょっとふらふらしすぎた。

時間配分がよくない。JTは来月に回すしかない。
そのまま明治神宮へ向かう。こちらも砂利と言い並木と言い、さわやか。
宝物室で源氏物語にみる装束を見る。色々と平安風俗について教えてくれるので助かる。
名前を知らないものも多いので、こういう機会がありがたい。

次に太田記念美術館。北斎vs暁斎の後期。前期は暁斎の勝ちだと思ったが、今回はさていかに?
感想はまた後日www

というところで6月の東京ハイカイは終了。宿に戻り、荷物取ってそのまま東京駅へ。
今月も隙間なく遊んだなあ。
次回は7月の三連休プラス1います。

東京ハイカイ録 2

さて東京ハイカイ二日目。
毎日暑いね。それでも大阪よりはマシ。
昨日は大阪も雨降ったようでよかった。
ということで、個々の感想は後日。

横浜へ向かいました。よく寝てたな、わたし。
みなとみらい線の一日乗車券購入。
とりあえず日本大通へ出たがちょっとトラブル発生。
いい駅員さんとそうでないのとの落差が激しいのを目の当たりにする。
サービス業である以上は、一定レベルになってほしい。

ナゾの蝶を見る130615_1222~010001

駅上の横浜年発展記念館というか横浜ユーラシア文化館というか、そこでマルコ・ポーロの展覧会を見る。これがかなり面白かった。もう閉幕間近で書くタイミングもずれるだろうが、それでも色々と書きたい。

歩いてすぐの開港資料館へ。右手の市役所か県庁か忘れたが、かっこいいよね、いつも。
ここでは「上海と横浜 波濤を越えて」を見た。中学生が多い。
上海1927。
老上海写真多数。我愛的時代。
あああ、「南京路に花吹雪」「夢なきものの掟」「上海グランド」を思い出す~~
わたしが中学いや高校か、そのころは既に1920~1940年代の上海に熱中してたな。
実際に上海に行ったのは十年前だが、あれはがっかりでしたな。
やっぱり映像や古写真そして小説とマンガで見る上海がいちばんいいかも。

馬車道の神奈川歴博に入る。江戸時代のかながわの旅の後期を見る。
前期は地図の楽しさが横溢してたが、後期は浮世絵のいいのが出ていた。
常設でも広重のいいのがたくさん出ている。ここも16日までだが、また後日色々書く。
模型だけど、宿屋のご飯みてるとよだれ湧くなあ。焼き魚たべたい。

定食屋が見当たらないので中華に入る。店の内装はむしろベトナム風。
実は杏仁トウフが一番おいしかった。メーカーものなら箱買いしたいほどの味。
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店は馬車道一番館だっけ、のそば。あの喫茶店に関しては非常に面白い記憶があるけど、ここでは割愛する。

横浜に戻り町田へ出る。予定ひとつ削除すると一時間きっちり時間が生まれた。
町田からは以前にツイッターで教わった道順をワードにコピーしたものを手にしつつ歩く。これが本当に大当たり。ありがとうございました。

リストがないので残念だが、接客の対応を(以下略)。
「空想の建築」 ちょっと予想と違う展示だが、それはそれでいい。不思議な世界に入り込んだような作品が多かった。

帰りもあの道で帰る。次来るとすればやはりこの道ですね。
それにしても暑い。

八王子まで完全に寝ていた。
北口へ出て、村内美術館のバスを待つ。うーむびっくり、ここでバス待ちでしたか。
初めて来ましたがすごい遠いな。左入トンネルはまだしも、ひよどり山トンネルが長いよ~~~全然関係ないが左入って聞くとやはり樂ですわね♪

大きな家具屋さんだな~道挟んでニ▲リがあるのがなんとも…
美術館はもう30年来の展示を終えてしまうとか。それで最初で最後の訪問になる。
バルビゾン派から印象派そしてエコール・ド・パリ、現代へ。
ナルシス・ド・ラ・ペーニャの作品が7点もあるがな!それだけでもすごい。
そしてこの図録2500円を購入したところ、130615_2038~02
ななななんと、以下のものをつけてくれました。
130615_2039~02

旧の図録、子供向け図録、ファイル3種、一筆箋4種、ドガのポスター。
びーーーっくりでしたな。しかしこれらを吐き出しということはもう完全にバルビゾンさよならということなのか…軽井沢メルシャン美術館のさよなら状況を思い出す。

武蔵小金井の叔母に会うかと思ったが、都合がよくなさそうなのでやめて、京王に乗って帰るが、京王はややこしいな。新線新宿が実はその先から大島行きになったり。
早めにホテルに戻り、近くをぶらぶら。

二日目はここまで。

六月の東京ハイカイ録 1

六月の東京ハイカイは、雨から始まった。六月だから雨は当然なのかもしれないが、実はわたくしの地元・北摂T市はその日、日本最高の暑い土地になっていたのだ。
37.9度。猫もべろ出してぐったりするくらいですから、クーラーなしで生きてるわたしなんぞもアタマがおかしくても当然かもしれない。
そんなんで東京にきたら、新横浜から雨は降ってるわ涼しいわでハラタツがなー。
でも送迎バスのとこまで行くと雨がやんでたのでほっとしましたね。

さて本格的な指導は金曜からでした。
例によって例のごとく、展覧会の細かい感想は個別に後日記します。

清杉通りの紫陽花は今年ちょっと少ない気がするが、それでも浅草橋に近づくにつれ可愛らしい姿を見せるようになった。
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白や青や紫や、そしてガクアジサイなどなど。130614_0913~010001

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江戸博の開館同時に入ったはずなのに、もぉファインバーグ・コレクション展は大繁盛。
すごいもんです。非常にいい展覧会で、これはもぉ朝イチに来てよかった。
結局2時間弱かかった。
アンケートに答えたら、絵葉書もらった。うれしい。
会場入り口すぐに待ち構えてる可愛さ無双のトラちゃんと、三羽連続降り立つスズメ群団描いた芦雪の大きい絵葉書買う。うう、たまらない。
後期も行きますよ。

三井記念美術館へ河鍋暁斎の能狂言画をみる。前期も良かったが、後期がまたいい。
前期は能画がよいが、後期は狂言画がいい。下絵も見どころ多いが、前期のほうがいい。
こういう企画展は本当に考えたこともなかった。面白かったなあ。

どうも昔から日本橋界隈で忙しい自分に合うランチの場所を見出せないので、新橋へ向かう。汐留についてから、ランチ。

汐留では松下幸之助と伝統工芸の中期。クイズがちょっとよくわからない。私の理解不足なのか、これは好きなのを選択してもいいということなのか。
こういうのがいちばん困る。

綺麗なものや面白いものを見たので機嫌よく出る。
次は畠山記念館。

電車の乗継がうまく行き助かる。畠山の道がわからない奥さんに声をかけ、ともに歩く。
この程度の親切と言うのは日常のことなのでなんとも思わないが、やっぱりこの気質は関西人特有のものなのか。

それにしてもあのあたり、知る人は知ることだろうが、例の建物がいまや完成し、その用途がナゾだったので、それに対する住民の不安の幟が立てられてたのが、今回はきれーになくなっていた。周辺住民と和解できたのだろうか…

畠山では漆芸のいいのを見る。先日徳川美術館でもいいのを見たが、ここのは本当に数もいい。重苦しさがないだけでもいい。
特によかったのは棗で、住吉もの。松が繁茂しすぎのきらいはあるが。
むかしの工芸品のいいのを見ると、気持ちが安定する。
絵は乾山のタチアオイ図が出ていた。

五反田経由で新宿のはずが、大崎にいるわたし。
…疲れてたということで、イヤイヤ、さにあらず。大崎からなら座れるから、と言うことで。

損保ジャパンでルドンを見る。好きな作品も出ていて、一安心。ただし黒のルドンはグロテスクなのが多すぎる。しかしカラー作品を見ているとあの黒の世界が懐かしくなる。
久世光彦が『怖い絵』で取り上げていた堕天使を見る。この空虚なまなざしは確かに「怖い」。
久世さんの妄想がひしひしと自分にも迫ってくる…

さて、丸の内線から乗り換えて出光へ向かうのだが、国会議事堂で乗り換えるとけっこう手間取るな。
とはいえ霞ヶ関で乗り換えるのとどちらが早いかがわからない。今度実験する。

古染付と祥瑞のすばらしいのを大いに楽しむ。わたしは<濃み>が好きだけど、かすれた薄さと言うのもいいものだなと思った。絵柄がまた面白いものが多い。これだけ集まったのは壮観。
石洞美術館からは形が面白い揃いものが来ていた。笑ってしまうくらい、明るい楽しい器。いいねえ~
また出ている屏風がどれもいいものばかり。初見の盆栽図屏風などはシュールだったなあ。
この取り合わせは巧いと思う。

ここでちょっと休憩してから、次に日本橋高島屋へ。すでに京都で見たユトリロを見る。
前回見落としていたことがあったり、日を置いて見たことで新しい感想が湧いたりで、いろいろと楽しめる。
ユトリロはやっぱりどう考えても、自由になったらなったで何にもできなくなるのではないだろうか。
強欲な女たちに支配され続けることでしか生きられない、描けない、そう思った。

浅草橋へ。パラボリカ・ビスへ三原ミツカズ「毒姫」原画展を見に行く。
ここへは以前に諸星大二郎トリビュート展を見に来てるが、やっぱり道を間違える。
ショーウィンドーのディスプレイ。130614_1915~010001
「毒姫」5巻の巨大版と、棺のめいた散華のようなカードが散りばめられている情景。
ゴスロリは正直ニガテだが、この高い画力で押してこられると、ついつい走りそうになる。
たいへん綺麗だった。無惨な物語だからこそ、こうした圧倒的な画力が必要なのだ。

ここで終わり。初日はこんな感じで歩き倒しました。

奈良絵本・絵巻の美

東大阪市民美術センターで「奈良絵本・絵巻の美」展が開催されている。
慶應義塾大学絵入り本プロジェクトの成果であり、精華である展覧会。
近年、しばしば奈良絵本の良品を眺める機会も増え、たいへん喜ばしく思っている。
そしてこの仕事に打ち込んでおられる石川透さんらのおかげで様々なことがわかってきて、ますます興味深く思う。今はただ奈良絵本の世界へ溺れ込んでゆくばかりだ。
思えば最初にこの慶應のプロジェクトの成果を展覧会で見たのは2004年の思文閣美術館でのことだった。あれからさらに研究が進んだのである。
展示品は個人所蔵のもので時代判別がつくもの100点とその他にも50点ばかり。
100本の作品については黎明期・絢爛期・生産期・最盛期・終息期・末裔期と分けられ、中には作者の判明しているものもある。

絵はないが本や絵巻の形態と内容とを簡素に記した冊子をもらった。
これは以前、八幡市松花堂美術館での展覧会の時にもらったものをさらに発展させたものだった。
つまり、八幡では50点の展示だったが、ここでは100本のほかに50点近い断簡も展示されているのだ。
東大阪市民美術センターで初めて見るものも多くあったので、たいへん貴重な機会となった。

チラシは「一寸法師」の宰相の家に来た一寸法師と「どこどこ?」と探す宰相殿。
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寛文年間の作だという。<最盛期>の作品。
人物はおおらかだが、背後の襖絵がなかなか手が込んでいる。
金地に桔梗と秋草。この絵から邸宅の建物の構造なども知れる。
ところでトリックスターたる一寸法師は履物の歯の間に隠れるという芸当をしてのけている。
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彼は自分を売り出すのに色んな手を使ったが、まずこれなどはほんの小手調べ。
なにしろお椀の舟で渡ってくるくらいだから何をするか知れたものではない。
漆塗りの綺麗な椀。そして松のある岸辺と言うことからここが住吉だと推定されたようだ。
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<黎明期>
「花鳥風月」「四十二の物あらそい」「八幡縁起絵巻」「歌物語絵巻」などがある。
まだ絵は多少稚拙なところもあるが、それぞれ物語を思い起こさせる情景を描いている。

<絢爛期>
鼠の草紙 槍持ち鼠五匹の並ぶ一枚が残されている。孫右衛門、平八などと言う個別の名も見える。物語はサントリー美術館の「鼠の草紙」と同様。
この物語は人気があったようで、丹波笹山の青山歴史村でも、また別な手による「ねずみ草紙」を見ている

堀川夜討 土佐坊昌俊(ここでは正尊)が義経を討とうと夜襲をかけるが失敗し、一旦許されて後に再び義経を攻撃してついには処刑される話。
1.土佐坊が義経を襲撃して逆に捕らえられた後のシーン。座敷には判官と女たち。回廊に坐すのは色黒坊主頭の弁慶、そして庭に円座を敷いたものに座る土佐坊。
2.白馬に乗った弁慶が盾持つ敵をバーンッと打ち倒す。
弁慶も古い絵では色黒の坊主頭と相場は決まっている。

<生産期>
物くさ太郎 色黒大男が女を抱き上げる。お付きの女たちは慌てふためく。道行く女たちも立ち止まって見上げる。
このときの太郎は小汚い大男として描かれているが、後に色白の美丈夫になり、ついにはこの女とともにお多賀の明神になるのだった。ストーカー太郎の出世譚。

玉水 姫君に恋した狐は化身して玉水と名乗る女房となり姫に仕える。
姫の部屋はなかなか凝っていて、朝顔の襖絵もかわいい。歌を作る姫と女房たち。
異類婚だけでなく女装と言う状況も加わり、なかなか興味深くはある。

浄瑠璃物語 流浪の貴公子たる義経と矢矧の長者の娘・浄瑠璃姫の恋物語。物語は岩佐又兵衛のそれと同じ。ここでは義経は武術だか忍術だか魔法だかわからぬものを会得しており、それで色々と立ち働くが、それでも悲運は払えない。
1.庭に佇む御曹司。扉を開く。室内には姫が立ち上がって後を見ている。
2.松林の中、一旦死ぬ御曹司を必死で介抱する姫とお付きの女。
倒れる男を救おうとする二人の女と言う構図は青木繁「大穴牟遅命」を髣髴とさせる。
一人の男の蘇生には二人の女の優しい手が必要なのか。

判官都話 こちらも義経の話である。鬼一法眼の兵法書「虎の巻」を得たい義経。
文楽や歌舞伎でもなじみの「鬼一法眼三略巻」と大筋の話は同じ。ただしこの御曹司は身をやつしはしない。
1.鬼一の座敷。妻と三人の娘らもいてくつろぐ鬼一。黒の総髪にヒゲの鬼一。畳の縁も綺麗に描かれている。そこへ来る御曹司。
2.夜、そっと訪れる御曹司。赤い花や青い松がかわいい。

<最盛期>
橋姫物語 これは恨みの念のこもった宇治の橋姫とは別な話である。大変巧い絵で、土佐広通の落款があるそうだ。土佐広通は後の住吉如慶。うまいはずである。
二人の女房を持つ男が龍王に囚われその婿となり、地上へ帰れなくなる。橋姫は老婆の手助けで夫を見ることが出来るがもう一人は失敗する。
この男はよっぽど艶福家なのかなんなのか。
1.老婆と旅する女(橋姫)、松の根に昼顔が咲き、一人川面をみつめる。
2.素晴らしい邸内。阿古陀型の香炉に蒔絵の文箱、池には鴛鴦。紅葉も散り、ただならぬ風情がある。

蓬莱物語 秦の始皇帝が方士・徐福に蓬莱山へ行き仙薬を得るよう申し付ける。
徐福は48対の男女の子供を連れて船出する。
1.拝命する徐福。ただし装束は和風である。
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2.大海原で二頭の竜が現れ、船上の子供らは大パニックになる。
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泣く子・慌てる子・逃げ出す子などなど描写が細かい。

熊野の本地  16枚の断簡のうち今回出ていたのは、ラストの王・女御・王子の三人が天車に乗り、天空を飛んで熊野へ降り立とうとするところ。拝殿の前の人々の様子も描かれている。
金砂子が鏤められ、たいへん綺麗。
この物語は御伽草子の中でも特に好きな一編で、伝奇性の高い面白い物語である。

百合若大臣 丁寧な絵。自分の身分を奪った裏切り者たちの前に引き出された浮浪者としての百合若大臣。人々の見守る前でかつての愛弓を引き絞り、敵を討とうとするところ。
百合若大臣の説話はユリシーズを遠祖に持つという説もあるが、この話もかつての日本人の愛したもの。わたしとしては鷹のみどり丸が可哀想で、百合若の妻の浅慮がいまだに気に入らない。

文正草子 塩作りにいそしむ情景。この文正草子はめでたいものだということで、異本がたいへん多い。わたしもいろんな文正草子を見てきたが、これもかなり綺麗だった。

天狗物語 仮の題。天狗会議のメンバー。羽団扇なのか八つ手なのかわからないものを持つ者もいた。これは「是害房」とはまた別な物語らしい。

猫の草子 慶長七年まで猫は繋がれていたらしい。解き放ちの令が出たところ、ネズミがその窮状を高僧に訴えるが、今度は猫が夢に出て結局猫の自由が確定。
綱つきのキジ猫、夢の中に出るトラ猫、なかなか個性的。
平安時代の飼い猫は女三ノ宮の猫もそうだが、たしかに綱つきだったが、自由猫も当然いたろう。わざわざ法令も出たとは。

稚児物語の「秋夜長物語」、肉付きの鬼面の「磯崎」、「御曹司島渡」などなど、この時代はいい作品が多い。


<終息期>
猿源氏草子 稚拙な絵だがその分可愛らしい。橋の上での出会いの場。
これは舞踊劇にもなり、しばしば今はなき中村勘三郎が猿源氏・坂東玉三郎が遊女蛍火になって軽やかに明るく演じていた…

梵天国 僧形の侍従の恋と冒険の物語。ラストシーンが出ている。迦陵頻伽が舞い舞う中、侍従と姫。やはり御伽草子は面白い話が多い。

瓜子姫 木に縛られている瓜子姫。あまのさぐめが化けた姫の駕籠がゆくのへ声をかけるところ。一行がそちらを見る。ドラマティックな瞬間。

竹取物語 出ていたのは幼いかぐや姫とまだ少し若い媼の温かなシーンと夫婦との別れのシーン。幼いかぐや姫にご飯を食べてさせてあげるおばさんな媼。月の迎えが来たとき泣く夫婦はだいぶ年も取っていた。

鉢かづき 可愛らしい姫。完全に顔が隠れているわけではない。この作画は居初つな女。
居初家は堅田の旧家だが、つな女はこの一族の一人ではないだろうか。
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姫の様子nec401.jpg

<末裔期>
道成寺物語 既に人の形を捨てた後の清姫が追いかけている。髪の長い龍のような様相を呈している。六十二段の階段の上では僧兵も稚児もみんな手に手に獲物を持って龍に対抗しようとしているが、龍は恐れない。
そしてついには倒れる僧の絵がある。

梅津長者物語 台所にいる。猿回しも来れば馬もいる図。めでたい物語。

百のうちこれだけを挙げておく。なお展示解説本は三弥井書店の製作によるもの。
それを思うだけでもこの冊子のありがたみが増す。

そしてここからは冊子にない展示について。リストがないのでわたしのメモばかりになるが、その中から特によかったものを挙げる。

雀の夕顔 ストーリーは不明。夕顔まみれの民家がある。なにやらみんながあわてている。
これだけ見ていたら愚か村系統の話かとも思う。雀の報恩譚だろうか。
雀を可愛がる老女、一方壺から蜂や蛇やトカゲまで出てくる…酒を集める村人たち。

七福神 外で宴会する七福神たち。

異国 鶴に導かれ子供ら7人がどこかの門前に佇む。手をつなぐ子供らだが、後には一人の子供だけが物語を行く。走る鬼たち。子供はもしかすると一寸法師サイズか、それとも。
鬼の国へ入る子供。驚く住人達。
この「異国」は2010年版の詩思文閣出版刊行の中では<最盛期>にランクインされていたが、何故か今回は外れていた。

他にも非常に多く作品があるので、ぜひともご一覧をオススメする。

かわいい!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流 第二部

いよいよ松本かつぢの登場である。
こちらは入江コレクション、かつぢ資料館、早稲田會津八一記念博物館、弥生美術館の所蔵品で構成されている。
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月の見た話 1934年『少女の友』1月号 アンデルセンのファンだというかつぢは、この作品を嬉しい気持ちで描いたろう。
絵の枠などは、イワン・ビリービンの作品集を思わせる。

インドの少女が小さな灯りを河へ流す。横山大観にもインド三美人を描く「流燈」がある。願い事をその灯りに託すのだ。
インドの美しい少女の伏せた瞼が印象的。

幸福の扉 1932年『少女の友』8月号 ステンドグラスを背景にした横顔を描く。なにかしら気高いような心の清らかさを感じさせる横顔。

赤いろうそくと人魚 『りぼん』 年代はわからないが恐らく昭和30年代か。小川未明のせつない物語を、だんだん知らない人が増えてゆく・・・
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かつぢは舶来の少女小説を抄訳した物語に絵をつけるのが得意だったそうだ。
「あしながおじさん」「エレン物語」「ケティーお嬢さん」「人形の家」「ポリアナ」などなど。
快活な少女を描くのが身上のかつぢには、こうした作品はぴったりだったろう。

とはいえせつない物語をもかつぢは描く。
「フランダースの犬」「幸福な王子」・・・

何が原作かわからないが、「聖なる山」と名付けられた物語の絵もいい。
アルプスの山、はねる少年・・・

外国に元ネタがあるのか、白黒猫がナイトになって活躍する台詞なしマンガ「セレナーデ」が可愛くて楽しい。とてもおしゃれ。

戦後の『ひまわり』誌での活躍もめざましい。
時代の要請もあったか、かつぢの明るい少女像がまぶしい。
進級お祝いセット、中学基本英単語辞典、女学生文芸百科入門などなど。こうしたグッズがいい。そしてこの好評が後のかつぢの活動を決めたように思う。

戦前の『少女画報』でもかつぢは挿し絵を描いている。
「南方十字星」ではスペインを舞台にジプシー少女を、「月光の曲」も綺麗だ。
戦後の「アリゾナの緋薔薇」はウェスタンできりっとした美少女が主人公。

シルエット作品もある。これは中原淳一もよく使う手法だった。
アラジンのランプ 1947年『ひまわり』7月号 アラジンは西欧のイメージで作られた中国人のスタイルを踏襲している。横顔はかつぢの弟子・上田としこの「フイチンさん」を思わせる。

小鳥の一日 1937年『少女の友』夏増刊号 可愛いなあ。こういうのがとてもいい。

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そしていよいよ「クルミちゃん」の登場である。
戦前戦後にわたり大活躍のクルミちゃん。可愛い。
絵はがき・便せん・カードといったグッズに四こまマンガ、ちょっとしたストーリーものもある。クリスマスツリーのペーパークラフトもある。
どれを見ても明るくて可愛い。童画風な楽しさがイキイキと活きている。

あまりのクルミちゃん人気にあやかってか、ニセモノ・パチモンも大量に出回ったようだ。
それが集められているのもおもしろい。
うちわ、双六、メモ帳、しおり、着せかえ、千代紙、ぬりえ、玩具用水だし、カルタ、メンコ・・・こういうのも楽しい。

やがてかつぢは完全に童画にシフトした。
講談社の『たのしい幼稚園』のために仕事を始めたのだ。
『たの幼』でのかつぢの活動期間は昭和30年代だった。
わたしは昭和47年には『たの幼』の熱心な読者だったのだ。だから残念なことにかつぢが活躍していた頃の『たの幼』は知らない。しかしとても懐かしい気持ちになって、『たの幼』時代の絵物語を見た。
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白雪姫、シンデレラ、おやゆびひめ、こびととくつやさん、かえるの王様。
実際に見たことなどないはずなのに、ちびのわたしが『たの幼』のページを繰って、かつぢの絵物語を見ている心持ちになった。

戦前の講談社の絵本のクォリティの高さには息を飲むばかりだが、戦後の講談社のえほんゴールデン版・クラウン版も悪くはない。
かつぢはそこでも活動している。

童話や日本昔話を絵本にしたものがとてもいい。
「ふしぎなランプ」はセル画だった。びっくりした。こういうのもかつぢの技術の高さを示す。
アリス、ちびくろサンボ、文福茶釜・・・

やがて商業誌から去ったかつぢはグッズ会社を作る。
可愛らしいキャラクターを使ったカワイイものばかり。
コンビのコップや食器などは近年まで販売されていたのではないか。

しみじみと温かい楽しい気持ちになった。
本当にいいものを見た。
そして兵庫歴博は入江コレクションをどんどん世にしらしめてほしい。

6/23まで。

かわいい!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流 第一部

今さら声を大にして言うことではないのかもしれないが、わたしは大正から戦前の抒情画がとにかく好きである。
挿絵専門の美術館・弥生美術館の会員になって20年以上経たが、今のところ全く飽きる気配もない。それどころか抒情画全盛の往時から時代が遠ざかるにつれ、いよいよ愛情は深まり続けている。

近年は抒情画への再認識も世に広がり、あちこちで素敵な企画展が立ち、わたしたち抒情画ファンを大いに喜ばせている。
さて現在関西では京都駅の美術館「えき」で「加藤まさを乙女デザイン」、姫路の兵庫県立歴史博物館で「かわいい!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流」の展覧会が開催されている。
既に「加藤まさを乙女デザイン」展の感想はこちらに挙げている
兵庫歴博の企画展は二部構成でまず「少女文化の源流」たる戦前の抒情画が集まっている。
(中原淳一作品のみ戦後すぐの作品もある)
そして第二部が松本かつぢの作品展。現在ビッグコミックオリジナル誌上で村上もとかの連載作品に松本かつぢが登場しているが、わたしの見た資料のかつぢの活きたイメージがとても丁寧に現れていて、さすが村上もとかだと嬉しくて仕方なくなっている。
なお第一部はこの兵庫歴博の入江コレクションで全て占められている。
そのこと自体にもたいへん感銘を受けた。
各地にある抒情画家の記念館、図書館そして弥生美術館、それらに引けを取らぬ素晴らしいコレクションなのである。
そのことに気付いて本当にびっくりした。
入江さんという方は膨大な資料をここに寄贈されていたのだ。
この企画展を吉祥に、今後も研究を深め、また素晴らしい企画展を開催してほしいと願う。

最初に松本かつぢの描いた森の中の家を拡大化して記念撮影できるコーナーがある。
わたしも喜んでついつい中へ。監視員さんがぱちぱち撮ってくれた。
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明治半ばから「少年」「少女」のはっきりした概念が浮かびだす。だから本のタイトルにも「少年」「少女」が使われ始める。岡本綺堂『半七捕物帳』に「少年少女の死」という一編があるが、あれは明治の世に半七老人が江戸の昔を思い出して語るという様式を採る読み物だった。だから半七は明治の世に最新の言葉を使っていたわけである。

明治40年の「少女修学旅行双六」は売出し中の鏑木清方ともう一人の画家のコラボ作品だった。『少女界』の付録である。この頃すでに少年少女は修学旅行の楽しさを知っていたようである。

『少女の友』『少女倶楽部』『少女画報』『令女界』当時の少女から若い娘たちを夢中にした雑誌が表紙絵も麗々しく並んでいた。
『友』は中原淳一、松本かつぢのメインの場所で都会少女を読者にした。
『倶楽部』は農村の少女らを取り込んだ雑誌で『少年倶楽部』という兄弟雑誌もある。
『令女界』はやや年齢層も高く、ちょっとかっこいい。蕗谷虹児のシャープな世界。
『画報』は『倶楽部』と決別した高畠華宵が働き場を移した誌。
戦後の中原淳一が主宰した『ひまわり』も並ぶ。
現在でもそうだが、講談社・小学館・集英社・白泉社などの刊行する少女雑誌は明らかに読者層が違っている。世代は等しくとも嗜好の違いは明らかなように思う。
そしてそれはこの戦前の雑誌全盛時代、既に確固たる顔を見せていた。

付録も数あれど、戦前はゲームとしては双六が大いに愛された。
この兵庫歴博の近くの姫路文学館には一大双六コレクションがあり、20年ほど前の展覧会でたいへん感銘を受けたものだ。また江戸東京博物館でも戦前の少年少女向け双六を集めた展覧会が開催され、わたしなどは大喜びで巡り歩いた。

表情双六 岡本帰一 1924年の『少女画報』新年号付録で、これは面白いことに、少女の様々な表情を描いた双六だった。中でも「くるしみ」は意図と外れて笑える。

少女通学双六 1919年『少女世界』12月号付録。本田庄太郎、吉岡千種らの合作である。
本田は童画で一家を立て、吉岡千種は後に木谷千種となって大阪の女流画壇を大いに牽引した。

少女幸福双六 須藤重 『少女倶楽部』1930年1月号付録。

雑誌に物語あるいはマンガの小さい本の付録がつくのは今も変わらない。たとえば今だと『ボニータ』などでよく見かける。嬉しい付録である。

孝女白菊 1933年『少女倶楽部』10月号付録。西條八十と須藤重の読み物である。
可愛らしい白菊が母を救いに旅立つ物語。これは講談社の絵本にもなっている。

安寿厨子王物語 千葉省三と蕗谷虹児 こちらは1935年の『少女倶楽部』付録。

赤穂義士物語は大河内翠山。このあたりは全て、別の画家なり同じ画家なりで立派な絵本も刊行されている。むろんこれは12月号の付録である。

国境の嵐 山中峯太郎・伊藤幾久造 『少女倶楽部』1936年10月号付録。チャイナ服の勇ましい美少女が表紙絵である。山中峯太郎は『少年倶楽部』で「亜細亜の曙」「日東の剣侠児」また「敵中横断三百里」などの情報戦をモティーフにした作品を描いている。舞台はいずれも満蒙である。

マンガでは倉金良行の豆探偵もの、黒崎義介の曽呂利のとんちものなどがある。
他にも「小公子」「ああ無情」などの抄訳本もあり、詩画集も見受けられる。
「名画集」の中には満谷国四郎「かぐや姫」と西洋の鳩を集めて祈る幼い少女の絵が出ていた。
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吉田初三郎の美人画もここにある。
桜の日本歴史絵巻 1928年『少女倶楽部』4月号付録。母子で「花やしき」に向かうと、それぞれ桜にかかわる歴史的な事象の絵がある。都のこと(平家)、吉野のこと(太平記)などなど。

一つモノスゴイ付録を見た。いつのものかはわからないが『少女倶楽部』の着せ替えの紙人形2体である。服やカツラくらいならわかるが、なんとなんと表情まで着せ替えできるのである。まつ毛の辺りが二重になっているではないか。びっくりしたわ。

大正時代に童謡流行があったが、昭和初期はまた歌曲がよく流行った。
サトウハチローと堀内敬三、加藤まさをと弘田龍太郎、ほかにも北原白秋や野口雨情などなど。それらも付録となる。

音楽に関する読み物も少なくない。
ベートーヴェン物語 1936年『少女の友』12月号付録。松野一夫の可愛い絵にびっくりした。どうしてもほかの絵が思い浮かぶが、確かに松野なのだった。

『少女の友』は都会的なセンスの雑誌で、「友ちゃん」会という投稿欄のコーナーも大充実していたそうだ。
それは二月に見た「中原淳一」展で感じたことでもある。
こちらの付録も面白い。

中原淳一が少女たちのセンスを磨こうと熱を入れていただけに、服装帖やフラワーゲーム、しおり、バインダーなどなど可愛いものが多い。
絵葉書もあり、中には先般まで西洋美術館に来ていたラファエロの聖母子像もはがきの絵柄に選ばれもしていた。

立版古というのも古めかしいから、ここではペーパークラフトというのがいいか。
切って折って貼り付けてのペーパークラフト「牧場」は手紙入れだった。
壁掛け皿もある。
このあたりはわたしが小学生の時の『りぼん』『なかよし』にもありえた付録もの。

夢二の双六が何枚も並ぶ。
わが偏愛の「パラダイス双六」があるのにはびっくりした。弥生美術館以外ではほかに見たことがなかったからだ。とてもうれしい。
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他にも家族双六、少女と動物双六などなど。130608_1456~020001

会場芸術を標榜した川端龍子だが、若い頃は少年少女のためのいい絵も多く描いている。
同じく東山魁夷も本名・新吉名義でいろいろな作品を提供しているが、彼は晩年それを隠した。
わたしは魁夷も好きだが、もしかするとそれ以上に童画家・東山新吉のファンかもしれない。
同じく日本画の大家となった鏑木清方もこの龍子も隠すことがなかっただけに、魁夷に対して近年わたしはあまりいい感情を持たなくなっている。

さて龍子。彼は『少女の友』で双六などを描いている。
前述のように『少女の友』誌は都会の少女をターゲットにした雑誌で、「友ちゃん」として編集部と読者の交流も盛んな雑誌だった。
龍子はその名もずばり「友子ちゃん」というキャラを主役にした双六を作っていた。
「友子の空想旅行双六」がそれ。着物姿の友子ちゃんがあちこち飛んでゆくというのも面白い。
ゴールではおいしいごちそう島に上陸し、おやつを楽しんでいる。そしてその周囲がすごかった。
ホシイカのなる木まであったのだ!!…すごいファンタジー。
龍子はほかにも「およばれ双六」「花鳥双六」と可愛らしいのを拵えている。

蕗谷虹児のアールデコな作品が多く出てきた。
便箋、1934年のカレンダー、絵葉書などなど。
大事に置いていた少女の気持ちがよくわかる。

便箋と言えば加藤まさをのせつない目をした少女たちの便箋があった。
こちらは見慣れたものだから、なんの違和感もないが、やっぱり驚いたのは例の「乙女デザイン」である。
あれらは月の沙漠記念館や藤枝文学館にあるのだろうか。

『少女の友』の付録の絵葉書や便箋には、童画の大家・初山滋のきらきらしたもの、大人っぽい小林秀恒のものなどがある。また挿絵の大家・岩田専太郎や田中良といった大人向けの絵をメインにした作家の絵もある。
他にも驚くべきラインナップがある。
伊藤彦造、宇崎純一、深谷美保子、松野一夫、宮本三郎らである。
なにやら凄い世界である。さすがだ…

便箋だけで会社が成り立っていた世の中でもある。
どこのメーカーのかは知らないが「サザエさん」の長谷川町子の働く農村少女を描いた便箋もあった。

メンコもすごい。とはいえこれは実際に使われたものではなく、むしろカードゲームとして作られたものをそのまま置いていたようだ。
川上四郎・専太郎・良・虹児・まさを・重・林唯一の7人によるキャラクターかーどである。男・マダム・弟子・モデル・マスコットの5種をそれぞれが描くのだが、みんなだけ一人としてかぶるものはなかった。大変興味深く眺めた。本当に各人の個性・嗜好が現れていて面白いのだ。

吉屋信子「花物語」が現れた。当時の大ベストセラーである。吉屋信子は流行作家になる前は、それこそ友ちゃん通信に精出して投稿する娘さんだったのだ。
「花物語」には多くの画家が美麗な絵を提供している。

実用性の高い付録もある。
手芸の手引きなどがそれである。
そして時勢がどんどんわるくなり、とうとう皇軍万歳双六なんぞが付録についてしまうようになり、紙質は悪化し、中原淳一を筆頭に抒情画家たちは軍部により追われてしまう。
展示もこのあたりで第一部終了。

この展示品は全て兵庫歴博の入江コレクションから。改めて入江さんという方に感謝したいと思う。

室町から江戸の絵画 前期

香雪美術館が開館40周年を迎えたということで名品展を始めた。
今は丁度「室町から江戸の絵画」の前期展である。

伝・春日行秀 源氏藤浦葉行幸図 土佐派の絵師。冷泉帝が朱雀院と共に源氏の六条院に行幸する。源氏は池に鵜飼いをさせ、帝と院とを楽しませる。
紅葉が赤く燃え、小舟に乗る狩衣姿の鵜匠らを映す。働く鵜たちも可愛く、絵は少し高い位置からの構図だが、見ている帝や院そして源氏の楽しさが伝わってくる図。

伝・周文 湛碧斎図 山水画。手前に小さい建物があり、タイトルはその建物の名。実際の景色なのだった。
とはいえ背景が実在かどうかは別問題。

雪舟等楊 山水図 濃淡で距離感が出る。上の賛と詩は朝鮮の官人のもの。「青山畳々」とある。
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雪村周継 岩浪小禽図 対幅それぞれ叭叭鳥がいる。可愛い。岩の上で波を見ながら止まる。何かしら思うところがあるようにも見える。

狩野探幽 四聖人像 伏義・文王・孔子・周公。伏義は小さい角が二つあり、柏の葉っぱのマントを着用。これだけなら薬の神様の神農さんと区別がつかない。しかし伏義は書き物をしようとしている。世界最初の設計家でもあるというから、そのアイテムを持つのだった。文王も周公も温和にして立派な「天子」の風貌を見せている。孔子は茶色い衣。
周公は孔子が夢に見た古代の帝王。

円山応挙 雪松鴛鴦鴨図 静かな雪松・すやすや眠る鴛鴦・跳ねる鴨っプル。動きがあるのは左の鴨の二羽のみ。

長沢芦雪 山家寒月図 芦雪お得意の月に松のシルエットがある。そして円やかな月光は一筋の線となって山家を差すのだった。

松村景文 三社図 石清水八幡宮・伊勢神宮・春日大社の三社を象徴するアイテムを描く。
鳩と細竹。日の出と浪。松の下でくつろぐ鹿。和やかな吉祥掛け軸。

森狙仙 野猪図 野薔薇の実が赤い。よく肥え太った猪が休んでいる。
(アンケートに間違えて徹山の猪と書いてしまったよ、わたし)

鳥文斎栄之 美人夏姿図 遊女とカムロがくつろぐ座敷に蝶が舞う。寄りかかる机は朱塗り。これは「明皇蝶幸図」を踏まえての世界だという。

さてここで面白かったのは、景文の鹿・狙仙の猪・栄之の蝶で、順は違うがカブの「猪鹿蝶」が揃ったことでしたw

柳沢淇園 雪竹鵯図 竹に止まるヒヨドリが烏瓜の赤い実をついばむ姿。ちらちらと雪が散る。色の鮮やかさは南蘋派風。

歌川豊国 花魁道中図 肉筆画。二人のカムロが頭につけるのは桐をモティーフにしたものか。「月中仙子花中王、第一嫦娥第一香」の漢詩がつく。三人は薄い絽を羽織っていた。

長谷川等伯 柳橋水車図屏風 今回修復なった後の公開。
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銀月はミカンの房のよう。蛇籠も新しく、水車も橋板もまるで新築のよう。この絵を原画にして、先般新しくなったフェスティバルホールの緞帳が綴られたそうな。
柳が右と左で種類が違う。左端のだけなにやら別種。
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神先紹和 木賊図風炉先屏風 いい大きさの屏風。このサイズだからこそ、木賊はぴったり。木賊群生。金地に緑の細い木賊が群生する様はやはり気持ちいい。
薮内流の茶人らしい。

池大雅 蘭亭修禊図西園雅集図屏風 柳などの描写が点描で池大雅だなあという感じが濃い。川に流れる盃は小さく太い線でシャッシャッと描かれている。中には月琴を弾く人もいた。一方の左は大蘇鉄に太湖石、書を楽しんだり月琴を弾いたり、美人もいたり。

岩佐又兵衛 堀江物語絵巻 中巻が出ていた。岩瀬権守は太郎の仇討ちのために軍勢を集めている。カラフルな彩色は全て武者たち。立派な邸内をこまごまと描く。
下野へ帰る太郎は乳母を輿に乗せている。山中をゆくところ。こちらもこまごまと描いている。久しぶりに白鶴のそれが見たい・・・

酒井抱一 十二ヶ月図短冊帖 こちらも可愛い。さらさらと描いている。
・ 夫婦岩・三つ巴の太鼓と狐面・櫻・風に卯の花・薬玉・蛇のおもちゃ・短冊と梶の葉
・ 月に薄・白菊・紅葉・柳に鷺・雪囲いの中に水仙。

葛飾北斎 肉筆画帖 富士の扇面に福寿草、飼われた鷹が体をねじる、舌切り雀とハサミ。
なにげなく面白味がある。

工芸品もある。
尾形光琳 刈田群鶴図蒔絵硯箱 モダン。昭和の琳派の継承者・加山又造さんがデザインしたものかと思った。足元に刈田のザクザクがあり、金銀の鶴たちがいる図。

梨子地山水花鳥図蒔絵硯箱 中には水鳥が飛ぶ様子も。蓋には秋草と月。苫家に静かな波が来る。蒲公英も咲いている。こうした可愛らしい構図は飽きない。

住吉社頭図蒔絵硯箱 赤みの濃い蒔絵。太鼓橋が丸々。

尾形乾山・光琳画 枯芦小禽図皿 可愛いシギのような小鳥がちょこんといる角皿。可愛い。

これくらいの規模で絵と工芸品を見るのは、程よくていい。
後期は6/13~7/7。

アントニオ・ロペス

アントニオ・ロペス展と聞いて最初てっきり、丸谷才一の小説「裏声で歌へ君が代」「たつた一人の反乱」の表紙絵を描いた、あのポップなアントニオ・ロペスかと思った。
彼の絵なら'96年の秋に奈良そごうで展覧会を見ている。
だがそうではなく、スペインのリアリズム絵画の巨匠だという。
後に人から聞くと、「アントニオ・ロペス」という有名人は四人いるらしい。
四人のロペス。
まるで五木寛之「戒厳令の夜」の冒頭のようではないか。
「1973年、四人の老いたパブロが死んだ」
そこから始まる物語をわたしは思いだした。
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チラシを見る。少女像とマドリードの目抜き通りの風景画の二種が手元にある。
どちらもどう見ても写真である。
しかし本物そっくりに描くウルトラリアリズムの絵画とはまた少し違う様相を呈しているようにも見えた。
どう違うのかははっきりとは言えないが。

このアントニオ・ロペスは1936年にメトリョリで生まれ、ラ・マンチャで育ったそうだ。
ラ・マンチャの男。早くから天才少年として名高かったらしい。
日本での最初の紹介は1989年のつかしんでの「スペイン20世紀 ピカソ、ミロ、ダリとその時代」展でのことらしい。
'89年のつかしんと言えば、画家バルテュスの兄で神学者でありサドの研究者でもあるピエール・クロソフスキーの絵画展があった。忘れられない展覧会。
その当時のつかしんは先鋭的な場でもあったのだ。

ロペスは一つの絵を仕上げるのに歳月を用いる。
即興で描くことはなさそうである。何年にも亙ることもあれば、一度完成してからの作品に手を加え、より完全なものに仕立て直すこともままあるようだった。

<故郷>
1950年代から60年初と後に加筆されたもの

カラー作品が目につく。それも明るい取り合わせではない。
花嫁と花婿 テーブルにはスイカ、酒、そしてバイオリンがみえる。スイカはスペインでは愛されているのか、ボデゴンにもスイカを描いたものがある。乾燥していて暑くて、そんな国だからスイカが愛されているのかもしれない。

ギリシャの頭像と青いドレス 時計は7:10を差している。ふとガルシア・ロルカの詩を思い出した。

<家族>
ロペスは家族や身内への愛情に溢れた人らしい。
学校で知り合った三つ上の少女マリと仲良くなり、家族になった。
1961年の「マリとロペス」はその半世紀後に手が加えられていた。
画家としての考えより以上に、愛情のなせる業かもしれない。

マリアの肖像 この少女の肖像を見たとき「ミツバチのささやき」を想ったのだった。
長女でこのとき10才。賢そうな目をしている。
わたしは銀鉛写真かと思っていた。印象的な少女だった。
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<植物>
普段「マルメロ」という果物を忘れている。マルメロの名の意味を持つ雑誌も戦前の日本にはあったはずだ。
しかしそれでも関心が向かなかった。
遠い国の遠い果物。そんな気がしている。
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「マルメロの木」は未完の作品らしい。そしてビクトル・エリゼ監督はその絵を描くロペスの姿を追ったドキュメント作品を拵えている。「マルメロの陽光」という映画がそれである。わたしは見ていない。

ロペスはマルメロの木を描くのに、その実が熟し、やがて地に落ち、だめになるまでずっとこの木の前にいたそうだ。
この絵は未完成とはいえ、たわわに実り芳香を放つマルメロの姿をよく捉えている。

解説を読む。そこにこんな文があった。
「一定の姿を保つことのない生きた植物をキャンバスに固定させようとする試みは、最初から矛盾を孕んでいる。」「制作は失敗を運命付けられていた」

しかしそれでも、いやそれ故にこそ、画家ロペスの目は、くさりゆく果実を冷徹にみつめていたろう。そう思う。
わたしはなんとなく夢野久作「ドグラマグラ」の唐代の絵師・呉青秀が「九相図」を描こうとして苦心するエピソードを思い出していた。呉青秀は遺体の傷みを考慮できず、それ故に狂気に堕ちたが、ロペスはそうは決してならないだろう。

<マドリード>
ロペスにとってとても大事な土地。その地を描くロペス。

ルシオのテラス 友人の家を描く。28年かけて描く。持ち主が変わっても描く。何のために描くのか途中で悩むこともないのだろうか。・・・・・・ないからこそ、描けるのか。

グラン・ビア チラシになった一枚。目抜き通り。七年かけて完成。手彩色の古写真のような趣がある。ところどころに写真ではなく油彩だと示すような筆の動きを感じる。

カンポ・デル・モーロ 緑が多いが静か過ぎて廃墟のようだった。ホテルのロゴが逆映しになっている。鏡なのか反射なのか。誰もいない。

<室内>
食器棚 ぎっしり詰まっている。そしてその上に妻の上半身が亡霊のように浮かび上がっている。幻影だというが、シュールなのかホラーなのか判別できない。

アトリエの内部 死んだ室内のようだった。

新しい冷蔵庫
結構色々入っている。卵、ケチャップ、オレンジ、片手鍋、野菜、チキン・・・
でもどこか空虚ではある。
日本人で長くスペインでリアリズム絵画を制作していたグスタボ・磯江を思い出す。

<人体>
年配に達してから彫刻に取り組むのはすごいことだと思う。
ただ、ここにあるものはリアルなだけに、死体を眺めているような気になって仕方なかった。それも献体されたご遺体のように見えるのだ。
すこしばかり身を引いた。

リアリズム絵画と言うものを改めて考えさせてくれる、展覧会だった。
風景よりも人物を描いたものがよかった。
6/16まで。

旧山本邸 1

阪神大震災で阪神間の邸宅の多くが姿を変えてしまい、昭和初期の佇まいを残す建物は稀有なことになった。
夙川から山側へ少しばかり上る道沿いにある旧山本邸は、その稀有な建物として文化財登録され、今日にも生きている。

新緑のまぶしい頃に出かけたので、それを挙げてゆく。
茶室。ツツジと灯篭と。IMGP1369.jpg

近代和風建築の素敵な佇まいと近代洋風建築の華麗さが融合した、暮らしやすそうないい建物である。
そこかしこに綺麗な装飾や家具のいいのがある。

さりげなく螺鈿IMGP1365.jpg

母屋からの眺めIMGP1366.jpg

廊下の屋根IMGP1368.jpg

作り付けの。IMGP1367.jpg

半東の気分IMGP1371.jpg

廊下周りにIMGP1370.jpg

応接室IMGP1372.jpg

今ではコレクションの展示がある。
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楠公。靭彦らしい良さがある。

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カーテンIMGP1382.jpg

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あちこちに見受けられるステンドグラスも品がいい。
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階段周り
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壁面装飾IMGP1386.jpg

ああ、昼寝がしたいIMGP1389.jpg

寝室。シックで素敵。IMGP1390.jpg

小さな装飾IMGP1391.jpg

二階のあちこちをゆく。
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素敵な建具。こんなのが好きだ。IMGP1395.jpg

二階の水回りIMGP1396.jpg


在りし日の写真
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窓の外を眺める。広い敷地内に建物がのびる。
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気持ちのいい空間。IMGP1405.jpg IMGP1406.jpg


この風通しの良さ。IMGP1404.jpg

うっとりしながら前半終了。

旧山本邸 2

続き。
外観を少し。
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こんな風に見上げたとき、家人が笑っていれば素敵だ。IMGP1417.jpg

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石の川IMGP1419_20130606155747.jpg 花IMGP1421.jpg

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茶室。IMGP1429.jpg IMGP1430.jpg

細かい仕事の証です。IMGP1432.jpg


手水も素敵。IMGP1428.jpg

こういうのが好きだ。
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ほっとするね。和洋折衷は素晴らしい。IMGP1436.jpg


可愛い門。
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色んなグリッドを集める。
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模様が入り込んでいる。IMGP1411.jpg

再びステンドグラスIMGP1440.jpg

網代も仲間入りIMGP1441.jpg

もう少し室内IMGP1442.jpg

玄関周囲
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照明も可愛いIMGP1445.jpg


素晴らしい空間でした。

そしておまけ。
ご近所のさる邸宅の外壁IMGP1448.jpg

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やはり阪神間には今も見事な建物が活きている。


平山郁夫 悠久のシルクロード

龍谷ミュージアムへ「平山郁夫 悠久のシルクロード」展を見に行った。
画家としても立派だったが、もしかするとそれ以上に、文化財保護者・その提言者としての平山郁夫は偉人だったように思う。
宗教・国境をこえて旅する平山郁夫。
その彼が齎したものを見る。
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彼の作品群のうち特にシルクロード関係を描いたものの展示と、略奪・破壊から守るために保護し、将来した遺物とを展示している。
平山郁夫シルクロード美術館から来たものがメインである。

第一章 釈迦の生涯
受胎霊夢 1962年 優しい目をした白象が月の中にいる。摩耶夫人は建物の中にいて、じっとしている。眠っているというより静かに端坐し、運命を待っているかのよう。
この大下絵もあった。本画よりもっと可愛い。岩山の中の四阿。
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行七歩 天上天下唯我独尊のポーズ。丸顔の可愛い幼児。
下絵は木の下で合掌する姿。周囲には千花。全く別な絵に見える。

鹿野苑の釈迦 はっきりと釈迦の姿。大下絵では光背なしで人に近い。仏陀ではなく。

入涅槃幻想 白いハトがいっぱい飛んでゆく。周囲はぼわ~となる。入滅を悲しむ動物たちにはリスや小鳥も仲間入り。

祇園精舎の大下絵 本画は足立美術館にあり、陶板が龍谷大にあるそうな。人々の顔がはっきりしている。

第二章 シルクロードから日本へ
タリバンによる世紀の大愚挙、バーミアン大石仏の破壊に関する絵がある。
在りし日の姿。そして破壊されて収められていたその跡を描く。
宗教の違いとはいえ、無惨であり、ただただ無慙な心の現れである。

絲綢之路 パミール高原をゆく 氷河の山を見つつ旅する隊商。NHKの「シルクロード」を思い出し、あの喜多郎の名曲が胸の内に流れる。

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シルクロードをゆくキャラバン オレンジ色の昼と青い星空と。素晴らしい。
ここだけ見ていたらシルクロードなのかアラビアなのかがちょっとわからない。
タクラマカン砂漠も時にはネフド砂漠にみえ、アラビアのロレンスも現れるかもしれない。

平成の洛中洛外(右隻) 2003年、もう十年も前か。TVで描いている最中の姿を見たのはほんの少し前だったはずなのに。いま、久しぶりに絵の前に立ち、ほのぼのと懐かしさを味わう。

第三章 ガンダーラの美術と東西文化の融合
紀元前2世紀から9世紀までの千年の道のりがここにある。

ヘレニズム文化の伝播を感じさせるものや、地元で熟成された文化をみる。
仏伝浮彫が特に素晴らしい。これらは近年の東博でも見ている。
手塚治虫「ブッダ」と日本にあるブッダ関連の遺物とのコラボ展に出ていた。
四門出遊、出城、降魔成道、四天王奉納鉢、涅槃、納棺・・・
釈迦の生涯が刻まれている。
中でも「納棺」は特に佳かった。細かいところにも細工の手が入っている。

執金剛神 ヘラクレス型。獅子の皮をかぶっている。ここから八部衆の乾闥婆ケンダツバへ。
可愛い。

ここで粘土焼成した供養者像などを見た。くりくりした巻き毛が印象的な若者など。
そして美形ぞろいのガンダーラ仏の欠片などなど。

ターバン礼拝図 インドラとブラフマーの立つ間にターバンが置かれていて、それを拝む二人。裏には有翼アトラス像も。

舎利容器も可愛い。金製品なのだが、花の形の象嵌がある。
ササン朝の銀製盃は見込みに猪を線刻しているが、これはゾロアスター教の勝利神ウルスラグナの変身の一つらしい。

第四章 コインに見るシルクロードの歴史
アレクサンドロス大王の銀貨、カニシュカ一世金貨などシルクロードに関わりのある王たちの肖像を入れたコインがズラーッとある。
打刻のコインは日本の鋳造コインとは全く別物なので、たいへん面白い。

第五章 文化遺産の保護活動
流出文化財保護日本委員会というものがあり、そこが保管するものが出ていた。バーミヤンなどの紛争地からの救出品である。
そしてこれらを目の当たりにしたとき、平山郁夫という人の立派さをつくづく感じるのだった。

ゼウス神像左足断片 大理石 前3世紀のこの彫像は完全体ならば全長4Mを超える大きさらしい。わたしはこのサンダルをはいた足を見て、少しばかり恐怖を感じた。
ギリシャの映画監督で先般なくなったテオ・アンゲロプロス「ユリシーズの瞳」に確かこんなシーンがあった。海からサルベージされる古代彫像を延々とカメラが追う。ゆっくりと海中から引き上げられたのは巨大な腕だった。
あれも畏怖心を起こさせる映像だった。

バーミヤンの痛ましい文化財などを見る。
仏陀坐像壁画 顔は削られているが衣装が残り、緋衣はかなり線が濃く描かれていた。

人類の文化財を守ろうとした偉人だった、と思う。現地に飛んで絵を描き、そして文化と人類を守ろうとした。今回の展覧会はそうした平山郁夫の気持ちに触れられたいい展覧会になった。
6/30まで。
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