美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

エミール・クラウス ベルギーの印象派展

7月末日、見たのに書けなかった展覧会。
こちらは東京ステーションギャラリー。
エミール・クラウス ベルギーの印象派展 東京ステーションギャラリー 7/15まで。
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姫路市美術館と共通チラシ。発色は東京より姫路のほうが鮮やか。


先に姫路で開催されたのでチラシだけは持っているが、姫路が遠くて出かけられなかったのだった。
それで東京駅で見たわけだが、なるほど皆さんの評判が高かったのもうなずける。
色が明るい。原色ではなく、考え抜かれた配色が明るさを生む。
いずれもそうした光を取り込んだ作品が並んでいた。

第一章 エミール・クラウスのルミニスム
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仕事を終えて 1889年 なにかしら敬虔なものを感じる。夕陽が当たるファーマー一家。

魚捕り 1893年 映画の1シーンのようだ。戦前から1950年代のフランス映画のようだった。

立葵 1895年 生命力に満ち満ちた花。この花は琳派の絵師に愛されたが、あまり洋画では見なかった。夏の強さを内にため込んだようなきらめきがある。

レイエ川の水飲み場 1897年 牛、緑の映る水面。日差しを感じる。姫路市美術館蔵。

陽光荘(ヴィラ・ゾンヌスヘン)の紫陽花 1898年 薄紫とピンクの塊。優しい色合い。

レイエ川を渡る雄牛 1899年 モウモウカウカウしている。上のチラシで納得のはず。

月昇る 1912年 枯れた水面にも浮かぶ月。空の月、水の月。木蔭にはアヒルらしき姿もある。

テムズ河に輝く朝日 1918年 一見してマルケ風だと思った。船と馬車とが行き交う。グレーの世界。

第二章 ベルギーの印象派:新印象派とルミニスム
「光」を捉えようとがんばる人々の作品が並ぶ。

テオ・ヴァン・レイセルベルヘ 昼寝をするモデル 1920年 胸が露わになっている。画家の筆の動きがよくわかるような。これは北野美術館所蔵と言うことで、わたしは20年くらい前に北野で見た気がする。

ジョルジュ・バイセ ゲント、ヴォンデルヘムの聖カトリーナ教会 1901年 残照に照らされる教会。雪道は汚れている。 汚れた雪を見るとなにかしら物語を思う。

ギュスタヴ・ド・スメット 果樹園の羊 1910年 日本の辻永を思い出した。あちらは山羊だが。緑の中の羊たち。

レオン・ド・スメット シント=マルテンス=ラーテム付近の風景 1905年 光化学スモッグが出ているのか。

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第三章 フランスの印象派:ベルギーの印象派の起源
言えば本家の仕事。

ピサロ 林檎の木 1896年 母子のいる情景。柔らかな光の中で。

モネ クルーズ川の岩場 1889年 クールベの川や森を思い出した。フランスの地質も面白い。

モネ 霧の中の太陽(ウォータールー橋) 1904年 薄紫とサーモンピンクの風景。波に揺らめいて映る陽光。

シニャック レサンドリ、橋 1886年 眼鏡橋が三つ。面白い土木建築である。

シニャック サン=トロペ、グリモーの古城 1899年 廃墟。しかし色は可愛い。暗さはない。

イポリート・プティジャン 髪をすく裸婦 1903年 これも点描で裸婦の肌の上を滑る光を表現しようとする。

アンリ・エドモン・クロス 雲 1904年 モザイクで出来たような入道雲。村らしきところに雷注意報。

アンリ・マルタン 画家の家の庭 1902年 植木があって可愛らしい。ほのぼのした家。

アンリ・ル・シダネル 黄昏の古路 1929年 バラの這い伝う家。トンネル、石畳、ほのかな灯り。
シダネルの和やかな情景。人の不在を感じさせない暖かさ。眺めるうちに知らぬ間に口元に微笑みが浮かんでくる。

第四章 ベルギーの印象派 日本での受容
フランスの印象派ではなくベルギーのそれ。
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児島虎次郎 緑陰 1909年 ああ、こういうのがいい。木漏れ日が心地いい。建物の段々になるところにいる幼女。優しい気持ちになる絵。

児島虎次郎 和服を着たベルギーの少女 1911年 随分昔、まだ学生の頃に初めて大原美術館へ行ったときに見た一枚。わたしの西洋画鑑賞修行はこの大原とブリヂストン、そしてデパートでの展覧会だった。
少女は描かれていることを・見られていることを十分に意識した目をしている。
きちんと和服を着こなして可愛らしい。

児島虎次郎 婦人 美人。座ってカーテンを縫っている。

児島虎次郎 春の光 1916年 山羊がいる。スモモか桜かわからないが春らしい木の花が咲き満ちている。空気も甘みを含むよう。

児島虎次郎 ブリュージュ船宿 1920年 色遣いが濃い。あずまやで編み物をする女。死都ブリュージュとはまた趣を異にする。

太田喜二郎 ストックホルム 1909年 スウェーデンの首都だとわかっているのに、何故かフィンランドを思い出した。寒い国の寒い街。

太田喜二郎 乳屋の娘 1911年 京都国立近代美術館の常設の壁にかかるのをしばしば見ているが、それだけに親しい気持ちがある。
東京には出ないが京都市美術館蔵「緑陰」も親しい絵で、これはやはり関東の人にも見てほしかった。

太田喜二郎 バルコンの女 1911~1912年 もたれて川を見る女。

太田喜二郎 麦秋 1914年 働く日本の農婦。
この絵以外はすべて京都に所蔵されている。太田喜二郎は今はもう殆ど知られていないようにも思うが、京都ではまだこうして温かな絵を見ることが出来る。

姫路、東京では展示が終わったが、今は石川県立美術館で8/25まで開催中。そして9/14~10/20まで碧南市藤井達吉現代美術館へ巡回する。
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エンバ中国近代美術館 館蔵名品展 前期

今日は7/31ということで、「今月見に行ったが終了して、出遅れて感想を挙げられなかった」展覧会の感想を簡単にまとめたいと思う。
まだ継続中の展覧会はノロノロしたわたしでもなんとか書き上げることが出来そうなので、ここの仲間にはしない。

芦屋の奥池にあるエンバ中国近代美術館へ初めて出かけた。
阪神間にあるとはいえ、芦屋、西宮の山の上は行くのに非常に気合いと時間とお金がいる。六甲おろしが吹きすさぶ中へ向かって行くわけである。

苦楽園の頂にある黒川古文化研究所へはつい最近になって土日に送迎バスが出るようになったから、以前ほどには苦しまずにすむようになったが、このエンバはまだまだ遠い場所だった。

芦屋在住の友人の旦那さんがわたしたちを送ってくださったが、まさか奥池に行くのに400円もの通行料がいるとは思いもしなかった。申し訳ない。
そしてエンバは阪急バス奥池停留所の前にあったのだ。
しかし奥さんも旦那さんも、こんな機会がない限りなかなかここへは来れないから、と笑っておられる。
すみません、甘えさせていただきます。

ちなみに奥池の住人は定期を持っているそうで、芦有道路をそのままスイスイである。
ロユウ道路とは字のごとく芦屋と有馬をつなぐ道路である。有馬は車で飛ばせば小一時間かかるかかからないかの距離で、阪神間と北摂からは遠い地ではない。
実は戦後すぐの頃、うちの親戚に嫁入りしてきたひとは、有馬から駕籠で芦屋を降りて、大阪市内のその家へ花嫁道中をしたのだった。

さてそのエンバはすてきな建物と可愛らしい庭とで構成されていた。庭のあちこちにどうぶつや人間をモティーフにした小さい彫像が配置されている。
内部の装飾やシャンデリアもとてもきれいである。

わたしたちが行った時、学芸員さんがついてくれて丁寧な説明をしてくださった。
一番古いものは前漢の明器たる塔だった。そして清朝のやきものや工芸品。
あとはほぼすべて近代の作品である。
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やきものは絵柄も丁寧だが、豆彩の後裔のような趣がある。
とはいえこのやきものにおいてもにじみ・ぼかしを多用した作家もいる。

こうした作品をみていると、文化においてはやはり国境・民族・思想を乗り越えて暖かなつながりを持つべきだと思う。
作品には何の罪もない。罪は人の心にある。しかし作品を拵えるのもまた人なのである。
そんなことを延々と考えながら見て回る。

チラシの柘榴図瓶はスズメが生き生きと可愛らしく描かれている。
柘榴の実は酸っぱいが、雀たちは嬉々としてその実の回りを飛び交う。
・・・スズメは確か毛沢東の頃に駆逐されたというのを聴いた気がするが・・・
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釉薬というよりエナメルと書くほうが合うのをいくつも見る。
途轍もなく丁寧な仕事をしている。

刺繍で拵えた花鳥画を見る。これは前後もきちんと刺繍されたもので、物凄い技法である。
わたしの祖母は昭和初期に女学校で刺繍絵を習い、なかなか綺麗な絵を額に入れて飾っていた。あれを小さいうちから見ているからか、刺繍絵を見ると嬉しい気持ちになる。
そしてその技法の凄まじさと言うことについては、夢野久作「ドグラマグラ」に詳しく書かれている。

お話しながら見て歩いたので、話の内容は頭に残っているが、惜しいことに作品をまじまじと眺めてどうのこうのと書くことがちょっとできなくなってしまった。
これはわたしがわるいので、せっかく来たのに作品に申し訳ないことをした。
わたしは耳に自信がないので、話す間はそれにかかりきりになるのだ。
そういうこともあって、講演会にも行かない。

次にいつ行けるかわからないが、来れたこと自体で満足してしまった。
やさしく迎えてくださった美術館の皆さん、ありがとうございました。

猫に魅せられた文豪  猫と谷崎と二人のおんな

谷崎潤一郎記念館が何の企画展をしていたのか知らないまま、入った。
芦屋市立美術博物館は駅から離れているので、気合を入れないとなかなか行けないので、同じ場所にある谷崎記念館へも行きにくいのだ。
今回はお友達のご好意で車でそこへ向かい、美術博物館で小学館の学習雑誌を見てから、こちらへ来た。

「猫に魅せられた文豪」とある。
副題がまたすごい。
「猫と谷崎と二人のおんな」である。
この副題は谷崎の「猫と庄造と二人のおんな」のパロディだが、谷崎がこの庄造も退くような猫好きとは知らなかった。
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谷崎の小説を読んでいると、なんとなく猫好きな匂いはしていた。
犬を描いたシーンを読んでも、犬への愛情は薄い書きぶりだし、どうも次から次へと女を渡り歩く様子を見ていてもそんな気がした。

写真は愛猫「タイ」ちゃんといる幸せそうな谷崎である。
まだ五十くらいだから、そんなに気難しい顔もしていないが、それでも笑顔を見せるのを惜しむような男である。
そんな人が猫を抱っこして優しい顔つきでいるのを写されている。
尤もこの写真はスナップ写真でもある。気負いのないところを写されている。

谷崎は必ず雌猫しか愛さなかったそうで、シャムネコやペルシャ猫が大好きだったそうだ。
シャムネコといえば日本画家の加山又造さんが愛し、多く描いている。彼から姉弟のシャムネコをもらったのは秋野不矩で、彼女も猫を可愛がった。
猫種を問わず愛し、可愛がったのは大仏次郎だが、彼の場合は記念館が既に猫の館の様相を呈している。童話「スイッチョ猫」も残している。
谷崎は前述の「庄造」である。

谷崎は女のシュミも少しずつ変わっていったようで、その変遷を眺めるのも面白いことだが、その中で女優の春川ますみを贔屓にしていたのは、彼女がふっくらボディだからだとばかり思っていた。ところが本当は彼女の顔が猫を思わせるからだという。
女優でも猫顔の人は少なくない。
今なら菅野美穂がそれだと思う。十年以前うちにいたロシアンブルーの猫が彼女にそっくりだったこともあり、我が家は菅野美穂がなんとなく好きだったりもする。

さて谷崎はペルシャ猫を飼って「ペル」ちゃんとつけていたそうだ。
黒猫なら黒ちゃん、白猫なら白ちゃん、トラ猫ならトラちゃん、というのと同じである。
気取った名前をつけるより、わかりやすい名前のほうが合理的で親しみがわく。
関西人は猫や犬の名前をそのような意識でつけることが多い。
谷崎も関西になじみすぎて、そうしたところがあったのかもしれない。
ペルシャだからペルちゃん、アメリカンショートヘアーならアメちゃん、ロシアンブルーはアオちゃんになるだろう。

そのペルちゃんがいた時代は松子夫人と丁美子先妻との間をうろうろしていた頃らしく、それであの小説が生まれたようだった。
その意味では関西に来てからの谷崎は、新たに想像し創造するのではなく、私小説に近いようなところで小説を書いていたのかもしれない。
関西を離れてからの晩年の大作「瘋癲老人日記」などはどこまでが創作でどこまでが本人投影なのか、本当にわからない。

そしてここで、ペルちゃんの剥製が展示されていた。
びっくりした。
猫の剥製なんて本当にこの世にあるとは思いもしなかった。
猫のミイラならエジプトにごろごろあるようだが、この日の本で、しかも昭和に入ってから猫の剥製なんて、はるき悦巳「じゃりン子チエ」に現れるお好み焼き屋・百合根光三以外、誰も作らないと思っていた。

ペルちゃんは本当にシャムかどうかは別として、柄は茶色や灰色や黒の入り混じったもので、我が家なら「マダラだからマダリン」と名づけそうな毛色の猫だった。
なかなか大きくなっていて、足を曲げてうずくまる姿にされている。
谷崎は完成後も目が同のと文句を言うては作り直させていたそうだ。

「じゃりン子チエ」のお好み焼き屋のおっちゃんは、自分によく似た愛猫アントニオの死を悲しむあまりに剥製を作り、月命日にでたらめなお経を3時間も上げるほどだが、谷崎もこんな剥製をこしらえるくらいだから相当なものだ。

価値観が違うからどうのこうの言えないが、やっぱり土に返してあげるのがよいようにも思う。
わたしの手元で生き死にした猫たちはみんな残らず庭の深くに納まっている。
愛していても死なれたら、やっぱり埋めるしか考えられない。焼くのはいやなので埋める。
在りし日の姿を思い出してしばしば泣きたくなる。
だがそれでも剥製にしたいとは思わない。

このペルちゃんの剥製があまりに衝撃的だったので、どういう経緯でいつ拵えたのか、それが半世紀後の今ではどこの所蔵なのかもわからないままになった。
この展覧会は9/8までなので、どなたか行かれる方があれば、ぜひチェックして、それを教えてくださるとありがたい。

学習雑誌にみるこどもの歴史 90年間のタイムカプセル

芦屋市立美術博物館の「学習雑誌にみるこどもの歴史 90年間のタイムカプセル」展はなかなか面白い企画展だった。
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小学館の「小学一年生」~「小学六年生」誌を読んだことがない子供と言うのは、けっこう少ないと思う。
わたしもよく買ってもらっていた。
とはいえ小3の夏休みに叔父が誤って小5をくれて、そこに掲載されていた古賀新一のホラーマンガにドキドキしてから、3年も4年もぶっとばして5年生を読んでいた。
とんだ飛び級である。
続いて小4で6年生を読み、本当に小5になったときには小学館の学習雑誌とおさらばしてしまった。
わたしはその頃から自分の好きなマンガ雑誌を買うようになっていたのだ。
それは「なかよし」でも「りぼん」でもなく、新興雑誌「花とゆめ」だった。
以後、三原順「はみだしっ子」が終焉を迎えるまで買い続けた。

さて、懐かしの小学館の学習雑誌である。
大正11年(1922)から発行されて、本当に90年、人間で言えば卒寿の雑誌である。
近年わたしは戦前の講談社つまり大日本雄弁会講談社の雑誌や、プラトン社の「苦楽」などばかりに親しんでいたので、展示室に入って小学館の雑誌ばかりがあるのにびっくりした。
よくよく考えたら「学習雑誌にみるこどもの歴史」なのだから、講談社は戦前の栄光はともかく、戦後の我が国第一のこどもむけ学習雑誌は「小学一年生」ではないか。
(残念ながら「こどもの科学」ではないが、これも凄い雑誌だ)
子供時代から遠く隔たったことを、こんなところで知るわけである。
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第一章 戦前のこどもたち
大正11年から昭和12年までの様々な「小学」シリーズが展示されている。
当初は「小學△年生」であり、大正末期から昭和15年までは「セウガク△年生」であった。

こどもの本は1920年代が黄金時代だと言われる。
子供向けの童画・童話・童謡に新風が吹き、素晴らしい作家たちが次々に名作を世に送った。講談社では「少年倶楽部」「少女倶楽部」、他社もまた「譚海」、「少女の友」など後世に残る素晴らしい雑誌を送り続けた。
その時代に「小學」を出したのである。

表紙も男児・女児の凛々しく可愛らしい絵が描かれているが、惜しいことに資料がない。
つまりこの絵を描いたのは誰かわからないのである。
見た目では該当する作家を少しばかり予測できるが、正しいかどうか。
それに表紙だけの展示で中身がよくわからない。
最初のものは見出しもあまりこっていないのでいよいよわからない。

雑誌に付録はつきものである。
主にペーパークラフトのものが多い。あとは双六など。
双六は美術館のホールいっぱいに広がっていて、体験できるようになっていた。

組立航空母艦加賀、エンパイアステートビルなどがある。
「少年倶楽部」でも軍艦三笠やエンパイアステートビルやお城などのペーパークラフトがあるが、小学生向けの雑誌にもこんな手の込んだものをつけていたのか。

第二章 戦時中の子供
いよいよ少国民の時代である。

昭和15年まではそれでもまだ表紙に素直な明るさがあった。
「セウガク」各紙もニコニコ表紙である。
日支事変からこっち段々と酷い時代になってくる。
紀元2600年である。
そしてその翌年、昭和16年には「コクミン一年生」などとタイトルが変わった。
コクミンとカナで書けば、京阪神ではドラッグストア・コクミンである。
むろんそんな明るく楽しいものではなく、国民学校のことである。
うちの親なんかはまだ国民学校に入学していなかったが、それでも嫌なものを見ていたようである。

スピンオフ誌なのか増刊なのか「良い子の友」「少國民の友」なども展示されていて、航空服のお兄さんと子供らの3ショットが表紙になっている。
ああ、もうこうなるとだめだ。
少国民という言葉を見るだけでうんざりするな。小市民は蚊に刺された後を爪でXつける、ならともかく。

それでも太平洋戦争に入る前まではマンガもあった。
郷土玩具、羽子板などもある。
そして地元・精道小学校の大きな校章などがある。

第三章 戦後のこどもたち
民主主義の教育が始まったのはいいが、この時点で学校教育と言うものを信じられなくなった人もいるのだ。

本格的な新しい学制が敷かれて機能し始めると、雑誌も新字の「小学△年生」になった。
昭和45年くらいまでの雑誌が出ているが、わたしはこの時代はまだ知らない。
付録もなかなかこってきた。
東京タワーのペーハークラフトがある。先端が少し曲がっているのを見て、ついつい二年前の現実の東京タワーを思い出した。

万博のジオラマはやはり時代を感じさせる。全く記憶がないのでわたしはあの熱気を知らないままだ。
アポロロケット、太陽の塔、月世界…
ドールハウスのペーパークラフトはわたしにも親しいものだった。
段々時代が近づいてきた。
怪獣貯金箱、走るロボコンといった辺りは記憶がある。

別冊のマンガもついている。
ウメ星デンカ、いなかっぺ大将、このあたり、そんなに昔からあったのか。

第四章 現代のこどもたち
昭和の終わりまで。
わたしも昭和の子供だった。

なつかしいものがいろいろ出てくる。
表紙も少しずつ変わってゆく。
付録がなつかしい。
王選手のホームランゲーム、ピンクレディ・オンステージ、スーパーカー、ウルトラマンA、ドラえもん…

縁が切れてからの雑誌でも表紙や付録に見知ったものがある。
つくば博、マクロスのジオラマ、ドーム球場の野球ゲーム…

そういえばわたしが一番うれしかった付録は、着せ替えと日光写真だった。

第五章 現在のこどもたち
平成のこどもたち。
この辺りは完全に無縁で、それどころかこの頃くらいから本格的に戦前の雑誌を調べたりしていたので、講談社関係のばかり見るようになった。
手元に小さい子がいないとこうなるのも仕方ない。

表紙の変遷も凄まじい。
何の雑誌かわからない。そして編集部員との言うたらなれあいのようなものも出てきて、その意味では私が子供の頃に読んでいたものよりずっと、親しみやすくなっているのかもしれない。

スーパーマリオ、たまごっち、ポケモン、ドラえもん、ムシキング…
懐かしさと共にちょっと複雑な気持ちもわいてくる。
もう今は800円近いのか、一冊。

8/18まで。

チケットもこんな遊び心にみちている。nec512.jpg

吉兆庵湯木貞一の茶事 涼の茶道具と朝茶

夏らしい企画展があった。
吉兆庵湯木貞一の茶事 涼の茶道具と朝茶
湯木美術館で、さわやかな展覧会を見た。
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昭和30年7月28日の茶会記から再現された展示がある。
既に暑いので朝茶をしたという。丁度58年前の昨日今日のあたり。
短冊は上島鬼貫。「撫子や 河原に石の やける迄」 短冊下絵は薄の絵と下部に空色の市松模様。

松平不昧公の茶会記もある。「松溟」とある。香合は豆男。…どんなのだろう。

古染付菊花文汲出 菊があちこちに描かれている。大明成化年製とある。

一閑手付丸煙草盆 一閑 手無しの丸盆とセットで出ていた。

蒟醤莨入 赤っぽい色に黒線で色々入っている、家形の入れ物。
ところでこのキンマだが、わたしは「蒟蒻醤油」と打ってから蒻と油を消すのだった。
蒟蒻醤油…なんとなくおいしそう。

織部火入 いかにもな造形と色。やや小さい。

如心斎好筋煙管 浄益 金の吸い口と雁首。羅宇には筋が斜めに入る。

瓢香合 松平不昧歌銘「面壁の」 松枝不入 これを一目見てわたしは、みうらじゅん名付けるところの「いやげもの」の一、ひょうたん人形を思い出した。
下半分に不昧公の歌が書かれているとはいえ、リッパに「いやげもの」。
拵えた不入は不昧公に目を掛けられながらも一度も松江入りしていないので「不入」。

大鳥羽箒 朽木植昌~赤星家伝来 この羽、ツル・ワシ・タカそれかペリカンかということだった。

古染付山水図水指 明代の芋頭。景徳鎮で作られた。ふたにも笹、つまみは立体型の笹。

累座舟花入 錆びた景色がいい。ルイザはぽつぽつと舟の鋲のように続く。

黒小棗(又隠棗) 坂本周斎所持 鴻池家伝来 坂本は「千家中興名物記」を記した人。四種の仕覆がついている。金襴に間道。いずれも可愛らしい。ちょっとトラッド。

絵高麗梅鉢文茶碗 高松家・小西家伝来 高麗のではなく実は磁州窯の白地鉄絵だったという。ベージュとココア色の塗り分け。小西家はボンドではなく清酒白雪の小西家。

夏らしい涼やかなものはほかにもたくさん出ている。

時代籐組脛当手付花入 鴻池家伝来 明の手の込んだ細工もの。ここに粟花と芙蓉を入れたとある。

色絵扇流文茶碗 仁清 以前から湯木のエースの一つ。涼やか。

祥瑞沓茶碗 これはまた発色もいいし、丸文の中の細かい絵も丁寧に描かれている。
金森宗和の添え状もある。

蕣絵賛 松花堂昭乗画、遠州・宗玩・昭乗賛 アサガオをモノクロで表現する。
深いところにある、精神の豊かさを感じさせられた。

江月宗玩 墨蹟「什麼」 ジュウモと読むそうで「なんの・どんな」の意味らしい。
このモはマやバとも読むそうだが、昔懐かしアニメ「一休さん」で一休さんとサヨちゃんが「ソモサン」「セッパ」とやっていたあの「ソモサン」は「什麼生」となり、「セッパ」は「説破」。…「ソモ」と読むべきかもしれないね。
「どや、わかるか~~」くらいな感覚だろうか。

一閑くるみ足付半月折敷 11代飛来一閑 これに稀代の料理人湯木貞一さんがおいしそうな設えをした。(パネル展示)
スズキの洗いに蓼とわさびの鉢、八丁味噌に小芋の味噌汁碗、ごはん…
ああ、たいへんおいしそう。しかも朝茶の懐石なのでささっと食べやすく。

黒一文字飯碗・汁椀 2代渡辺喜三郎 湯木さんはここにも「寒晒粉で作った団子とミョウガのソギ入り納豆汁に落とし辛子」を。

乾山晩年の短冊皿がある。銹絵染付。81歳の作。絵はなく歌のみ。「鴫の羽掻」から抜粋された和歌。ここにも湯木さんはおいしそうなやきものを載せる。
ツヤエビ・きゅうり・兵庫蒲鉾の竹串。

備前写片口鉢 永樂保全 これもまた湯木さんは、かも瓜とインゲンの炊き合わせを盛るのです。やきものの景色はオレンジから白っぽく移るグラデーションがみごと。

黄瀬戸福之字鉢 鈍翁所蔵 これもチケットの半券に選ばれていた。
ここには生柴漬けをというのが、いかにもそれらしくていい。

能代春慶塗八寸盆(大小一双) 綺麗なオレンジ色になっている。やっぱり春慶塗はいい。能代春慶も飛騨の春慶塗も大好き。剥落の美をほこる根来塗より、こうした綺麗な方が好き。
湯木さんの料理もまたみごとだった。どう見てもお菓子に見える設えのされたお料理が二品載せられていた。
はじき鮒ずし、寄せ豌豆。先のは四つ端を包み持ち上げし、後者は布巾などで丸く整えたもの。どちらも繊細でとても愛らしい。

小さな盃を集める。
青磁八角盃 南宋~元 明るいオリーブグリーン。雷文崩しの連続に朝顔開きの口べり。
祥瑞丸盃 明 裸の唐子たちが踊る(「鋼の錬金術師」のホムンクルスのようだ)、鹿、鳥などが小さく描かれている。
色絵オランダ花文盃 17世紀 変わった花柄が続く。

小さいのが愛らしい盃たち。

井戸平皿 4つの目跡がある。これにはアユのウルカを。
つくづく湯木貞一と言う人のセンスの良さにシビレる。

20世紀初頭のバカラ社のダイヤカットの徳利や鉢がある。徳利は紅色と緑色の対。
これらは大阪の春海商会がバカラ社に発注したものだという。

バカラ社のガラスでお茶、といえば名古屋の古川美術館・為三郎記念館ではそれが味わえるのだった。

さて最後にその「昭和30年7月28日の朝茶」のシメが展示される。
後座・濃茶 高麗橋吉兆にて。

釜も風炉も趣がある。そして茶入れは前述の黒小棗。とてもいい気持ちで眺めた。


8/11まで。

海を越える美術 日本をとりまくアジアとヨーロッパ

大和文華館の「海を越える美術 日本をとりまくアジアとヨーロッパ」展は、不思議な味わいのある展覧会だった。
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まずこのチラシからしてどこか不穏。
右手の紅型の水色の着物と左の西洋風ライオン図。この獅子、ちょっとレトリバー風にも見えるし、何より顔つきが怖い。
この絵を見てわたしは「バスカヴィル家の犬」の伝説の魔犬を思い出したのだった。
宋紫石の描いたライオン。

西洋趣味を咀嚼もせんと取り入れると、なかなかオドロオドロしくなるようだった。

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乾隆帝のもとでその家臣たちを描いた伝・郎世寧の絵が二点ばかりある。
閻相師像は名臣の肖像。
蓮花鵞鳥図はいえば水辺の花鳥画なのだが、妙な具合である。
この画家はもともとイタリア人でこちらに仕えていたので、東洋風な優雅な花鳥画はちょっと妙な感じになるらしい。

今回はこの大和文華館だけでなく神戸市立博物館の所蔵品もいろいろ来ている。
阪神難波線が開通して神戸~奈良の往来がたやすくなったから、というわけでもなかろうが、こうして神戸の所蔵品が奈良にまで行くのはめでたい。
もともと神戸市立博物館の作品群は池長孟コレクションの寄贈品で構成されている。
池長の眼がなければ、もしかすると今日われわれは旧幕時代の西洋趣味の絵を見ることはできなかったかもしれない。

石川大浪・孟高兄弟の作品がある。どちらも画名を外国から取るくらいだから、やっぱり絵も西洋風味が利いている。
西洋婦人像、少女愛猫図。

珍しいのが蘇州版画まで展示されていること。ここで見るのは初めて。
以前、広島の海の見える杜美術館でかなりの数を見て以来。
清朝の人々の楽しみ。

南蘋の影響を受けた作品を見る。まず本家。
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沈南蘋 秋渓群馬図 林の中の馬たち。ヒンヒンと声が聞こえそう。和んでいる。

そして初公開の絵がある。
桐下遊兎図 伝・余崧 青桐の下で小ウサギたちが集まる。木の上には小鳥たちがいる。
ウサギは三羽いたが、南蘋風な絵のウサギたちはなぜかその数で描かれるのが多い気がする。
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18世紀ヨーロッパからフォンテーヌブローを舞台にした眼鏡絵が日本に入っていた。
銅版画に彩色したもの。

西洋画の遠近法を中国でも日本でも取り入れようとした作品が並ぶ。

越中真景図冊 張宏 崇禎12年(1639) これは富山の越中ではなく、中国の地方。ちょっと天橋立風。
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台湾征討図巻 乾隆帝の時代には外征することが多かったらしい。台湾の主権を奪われそうな情景。戦闘シーン。

茉莉花歌図 蘇州版画 これは恋歌を集めたもので、画面のあちこちでカップルがいちゃついている図。

東山三絶図 応挙 これはしばしば出てくる絵で好きな一枚。丙午のある日、応挙と仲良しさんたちが東山の料亭で機嫌よく遊んだのを記念してか、山と建物とを描いている。

他にも司馬江漢、亜欧堂田善、小田野直武などの絵が出ていた。

ガラス製品もいろいろある。
薩摩切子、長崎のぎやまん、清朝の不透明ガラス・・・
面白いのは東インド会社のマーク入りグラス、これは上に船の絵が刻まれていた。
やっぱり暑いときにガラスを見るのは涼しくていい。

琉球の絵に工芸品、タイの蒟醤、と見るべきものも多い。
ちょっとした旅行気分も湧いてくる。

8/18まで。

大妖怪展 鬼と妖怪とそしてゲゲゲ

三井記念美術館がやってくれました。
「大妖怪展 鬼と妖怪とそしてゲゲゲ」
まずこのチラシを見よ。←えらそぉ。
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タイトルロゴの端には般若面、その下には一反木綿に乗った鬼太郎。そして最下段には葛籠を開けようとする鬼と、その横を行き過ぎようとするおばけ。
これを開くと・・・
葛籠から飛び出すおばけたち~~~
いろんな絵師の描いたオバケたちを寄せ集めたもの。
オバケのアソートBOX。
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名前もついてるので読むと、ミコシニウダウ(見越し入道)、ロクロクヒ(ろくろ首)、ヲキク(お菊)などなど。
そのお菊さんに至っては手にスイカを持っている。
皿勘定もせんと、夏らしくスイカを持つ。いいねえ。
ほかにも笹柄の着物を着たトラ顔の奴がニンニンと印を結んでいる。

展示は前期後期と分かれていて、8/4までは前期。
さてまずは「浮世絵の妖怪」。

百物語化物屋敷の図 林家正蔵工夫の怪談 国芳  これはもう前々から大好きな一枚。林家正蔵は噺家で、怪談の上手。化け物屋敷には実にいろんな種類の化け物がいて、やってきた人を脅かす脅かす。
これを立版古にしたのがほしいな~

相馬の古内裏 国芳  出ました巨大骸骨~これも大好き。骸骨の眼の奥がフェルマータな光を見せていて、それがために笑う骸骨に見えるのだった。

百器夜行 芳年  染付急須が菊柄なのがまた可愛くてw。三味線は面白い顔。こういうのも楽しい。

昔噺舌切雀 芳盛  欲張り婆さんの葛籠から出てきた化け物たちを、爺さんが持ち込んだ葛籠から現れたスズメたちが攻撃する。婆さんの葛籠の背負い紐もいつのまにか蛇になってのたくる。面白すぎる構図。

芳年の連作がいくつか出てくる。
前期は「和漢百物語」から、河童の相撲を見る白藤源太、髪を噛む清姫、「新形三十六怪撰」から、源頼光土蜘蛛ヲ切ル図、おもゐつづら(舌切雀の婆さん)、茂林寺の文福茶釜(物思いに耽る狸の和尚さん)。

名所江戸百景 王子装束ゑの木大晦日の狐火 広重  百景のうち、怪異な様子を描いた数少ないもの。
この絵は人気が高く、時代小説の装丁に使われることもある。伏見稲荷は日本全国の狐の総本山だが、王子稲荷は関東の狐たちの総本部。

新版 化物づくし 芳員nec508.jpg
36コマ36バケモノ。剣菱まで何故か登場。どんな選考基準でこの化物づくしに選ばれたのか。顔がゾウで着物着てるのはガネーシャが日本へ帰化した姿なのか。ロックバンド「KISS」のシモンズを凌駕する化粧のやつもいる。いや、「KISS」よりむしろ今は「ゴールデンボンバー」か。・・・どうでもいいか。
芳員はおもちゃ絵の得意手。楽しいものが多い。

展示室2はいつも一点物を見せるところ。ここに展示される栄誉はどのオバケに?
化け物の夢(夢にうなされる子どもと母) 歌麿  蚊帳の中で眠る坊やがう~むう~むと苦しんでいるので、母親が蚊帳の中へ入ってきて、おやおやどうしたのとのぞくところ。実は坊やの夢の中に化け物が三匹!も入り込んでて、母親の介入で一旦退場するところ。
そしてその捨て台詞がいい。
「また晩にうなしてやらう」
「おふくろがおこさねえともつとおどしてやるのに」
「よしよし晩にはおふくろもこわいゆめをみせてやらう」
コココ、コラーーーッ!!!
なんちゅうオバケどもや!!悪すぎるがな。

これを見ていると、見知らぬ奥さんが「なんてひどいオバケなの~っっ」と言いつつ、わたしの腕をつかんで笑いまくり。
いいなあ、やっぱりオバケはみんなの人気者。
若いママと坊やをいじめる奴らだが、面白い。

びっくりしたのは妖怪フィギュアの展示。
これは「泣不動縁起」の中の阿倍晴明が五匹の妖怪を前に祈祷しているところを模型で拵えたもの。
晴明のそばにはふたりの式神が控えている。nec507-1.jpg
妙にゆるキャラぽい妖怪たち。ご飯も御幣も6ずつ。
面白いねえ。こういうのが楽しい。

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次は「鬼と妖怪」。
・鬼神(荒ぶる神の擬人化)

北野天神縁起 弘安本 甲巻  雷神がウガーッと走り出てきたので、二人の公家がびっくりしてひっくり返ってるシーン。この雷神の目つき・口の開きがサイコー!
わたし、こんなツラツキって大好きなんですよ~~

大江山絵詞 下巻 逸翁美術館  これは丁度先年みたもの。鬼たちが山伏と思い込んだ頼光ご一行様を歓待して、化け物の仮装行列&演奏などしているところ。

酒呑童子絵巻 中巻・下巻 亀岡規礼 詞なし。切断でなくなったのか?
首が跳ね上がる、他の鬼たちも斬られる、骨が見える、という状況。

史書にはっきりと鬼出現の記載があるのは平安時代のこのあたりだけ。
だからか酒呑童子の絵巻物はとても多い。

三井記念美術館誉れの所蔵品たる能面が現れる。
天神 伝・徳若  金ぴか。異形のもの。
伝・赤鶴の面が三面ある。顰、黒髭、大飛出  いずれも一目で異形のものだとわかる。

・天狗と山姥(異界の魔物)

是害房絵巻 泉屋博古館  泉屋本。丁度是害房が負けてグタグタになり、天狗たちが担架で彼を運ぶところ。天狗たちのぶつぶついうのも面白いが、なさけない天狗でした。

再び能面。
大ベシミ、牙ベシミはやはり伝・赤鶴の作。いかにもベシミーではある。
山姥 伝・福来 シィンとしている。

・怨霊と幽霊(人間の鬼神化、妖怪化)

能面の蛇、般若、痩男、と一目で怖気をふるうのが並ぶ。
思えば能と言う演劇は、生きた人間よりも死者、もののけなどのほうが圧倒的に多い。
こうした特性を持つのは世界では能だけではないだろうか。

道成寺絵巻物 西尾市岩瀬文庫  「賢学草紙」と説明があるが、あの前半と安珍清姫の後半が入り混じっている。

・動物の妖怪(動物の擬人化、妖怪化)

鬼・蛙戯画 河鍋暁斎  おとなしそうな鬼たち。中には書を書いたりお料理してたり。
蛙たちは「鳥獣戯画」のパロディ。

十二類合戦絵巻 歌会・戦闘・出家・山中の庵で腹鼓を打つ、四シーンが出ていた。
こういう話もいかにも室町に成立した雰囲気がある。出家から遁世へ。

能面では小飛出、獅子口、猩々がある。なかでも猩々は笑う美少年風で優美。
狂言面の狐は古様な趣があり、舞楽面の崑崙八仙はどこか古怪。

・器物の妖怪(器物の擬人化、妖怪化)

先ほどフィギュアになっていた晴明と妖怪たちのいる「泣不動縁起」がある。
さらに雛道具ではあるが、鼓・能管・琵琶・化粧道具・牛車などがある。
そう、これらがいずれも「へーーんしーん!!」ということなのだった。

付喪神絵詞  妙に可愛い。船岡山の後ろの長坂の奥に集まるツクモンたち。そこへ剣の護法童子が攻め込んできて、一同壊滅。中の扇子女、物憂い美人でした。

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百鬼夜行 
土佐吉光と狩野方信の二点が出ていた。
前者は真珠庵とは別系統のもの。やはりいろんなおばけを見るのは楽しい。

「近世・近代の妖怪」
江戸中期以降の状況。

・博物学的視点と娯楽的視点
ここでもやはり百鬼夜行図や、さまざまなタイプの化け物尽くしが出てくる。
鳥山石燕、暁斎、狩野養信などの絵がある。
先般大阪歴史博物館で見た「幽霊・妖怪画大全集」に出ていた「百怪図鑑」に現れる黒々とした肌で、目の飛び出したぬりぼとけなどがいる。
芳員の妖怪すごろくもある。写し絵のタネ絵でもおばけ尽くしがある。
このあたりはただただ機嫌よく見るばかり。

・妖怪実録
「稲生物怪録」がついに現れた。大阪歴博になんで出なかったか不思議だった。
ここで見ることができて、とてもうれしい。

パネル展示で平田篤胤、井上円了、柳田國男らの仕事が紹介されていた。
数年前、東洋大学の井上記念室へ彼の集めたお化け関係の絵や本を見に行ったこともある。
平田篤胤は天狗にさらわれたとか言う少年に翻弄されて気の毒だという話もある。
谷川健一「魔の系譜」にもそのあたりが取り上げられていた。

最後に現代の妖怪画として、水木しげるの仕事が大々的に紹介されていた。
これはもう本当に面白い。
こうして見ていると、日本人の9割以上が「ゲゲゲの鬼太郎」を知っていることを確信する。

前期は8/4まで。
後期は8/6~9/1。

次からは大阪の天保山で開催中の「水木しげるの妖怪楽園」!
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これは前述の水木サンの妖怪画の展示と、それをフィギュア化して展示した、言うたらおばけ屋敷なのだった。
一部を除いて写真OK!!
とても楽しかった。いや~~日本に生まれてよかった!!!
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へたな写真でごめんね。
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みえないなあ。130727_1650~01

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おばけの森130727_1648~01

少し上の見えない奴の仲間130727_1649~01

こちらも9/1まで。

谷文晁 展

サントリー美術館の「谷文晁」展はとても有意義な企画だと思う。
今までこんなに大々的な谷文晁展は見たことがない。
今年は生誕250年という節目の年で、谷文晁も泉下で喜んでおることだろう。
前期、と言っていいか7/29までと7/31~8/25まででは展示作品が異なる。
わたしは始まって2週目に出かけた。
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会場に入るといきなり通期展示の「孔雀図」がお出迎えである。
一枚もののどんっとした屏風で、そこに孔雀がいる。応挙の孔雀やヨーロッパの孔雀とはまた違う、やっぱり谷文晁の孔雀だった。

たくさん展示されているうちの、ほんの少しばかりを取り上げて感想を挙げたい。

序章 様式のカオス
さまざまな画風を研究し、自らに取り込んでいった谷文晁。
同一人とは思えないような起伏に富んでいる。

連山春色図 寛政9 年(1797) 静岡県立美術館  どことなく見覚えがある。
これは静岡で見ている可能性があるが、あまり印象に残っていなかったらしい。

李白観瀑図 田原市博物館  力強いっ。ドーッッと水流が落下する、その滝の前に李白がいるらしい。滝に目がゆき、他者が見えなくなる。

ファン・ロイエン筆「花鳥図」模写 神戸市立博物館  もともとは石川大浪が模写したのをさらに谷文晁が模写したようだ。模写の模写。<南蛮紅毛>の国の絵だというのを飛び越えて、南蘋派風になっている。

仏涅槃図 享和2 年(1802)  カラフル涅槃図。川が流れている。緑の葉を持つ木花。木漏れ日の中での昼寝にも見える。とはいえ左上から摩耶夫人が嘆きながら降りてくる。

第1章 画業のはじまり

文晁が好き嫌いの句  自分が好きなものを延々と書き連ねる。わたしとは合わないけれど、こういうことは好きだ。棟方志功がやはり自分の好きなものばかり集めた作品を描いている。やりたくなるのだろうなあ。

御師匠さんの絵もある。
柳ニ翡翠図 渡辺玄対筆 板橋区立美術館  なんとなく見たような記憶があるような。

水墨山水図 安永4 年(1775) いややな、14歳でこんなのを描く谷文晁。巧すぎる。


鍾馗・山水図 文化9 年(1812)  鍾馗の様子が妙に親しい。鬼を連れてるのも言うことを聞かない子供を引っ張ってる昭和のお母さんみたいだし、上にコウモリ三羽とぶのも、「もうこんな時間やないの」という感じ。

文姫帰漢図巻 明時代 大和文華館  これは参考にされた作品と言うことか。
18場が出ていた。大和文華館でしばしばこの絵巻を見ているが、なかなか完全に見ることは出来ない。この18場は蔡家へ帰った文姫を迎える人々の様子をロングで捉えたもの。

海鶴幡桃図 山形美術館 鶴が海にジャブジャブ。赤い日に桃!めでたい。
 
画学斎図藁 文化9 年(1812) 田原市博物館  色んなスケッチがあるようだ。インド風なのや外人とボーイとか。

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第2章 松平定信と『集古十種』―― 旅と写生
お仕えしたのがこの殿様でよかったと、他人事ながら思う。
生まれた時代もよかったように思う。

青山園荘図 寛政9 年(1797) 出光美術館  今の東宮御所。4シーンある、いい風景。松と梅が特にいい。

西遊画紀行帖 板橋区立美術館  これは板橋で見た!箕面の滝がある!8/19に出かけて描いたそうな。地元の絵を見ると嬉しい。

清凉寺本尊釈迦如来像 文化7 年(1810)  うわーっリアルな絵!あの釈迦如来と二尊が怖いくらいリアル。江戸に来たのを写生した記録画というべきか。

那須眺望図 谷文晁画/松平定信・紫野独庵賛 寛政11 年(1799) 栃木県立美術館  この殿様についてあちこちツアーして絵を描いて。
ふと思ったが、水戸黄門の家来の助さん格さん、うっかり八兵衛らのうち、誰か絵心のある奴がいたらよかったかもしれない。

松島を描いたものが多い。
百年ほど前に芭蕉が「松島やああ松島や」と詠むというか呻くというか、その俳句が拡散されてから、やっぱりみんな見に行きたがるのか、それとも仕事だったのか、定信ご一行様も向かっている。
奥州白河の太守だった松平定信はたまにお国入りした時、隣県(!)にあたる松島の名勝具合などもリアルに聞いていたに違いない。
一国の太守では気軽に「来たよ~ん」と言うわけにもいかぬだろうが、天下御免の老中になったら、視察と称してそこへも行くことができるのでは、と勝手な想像をめぐらす。
尤も老中になった時期とツアーの時期が乖離してたらこんなのはただの世迷言。

隅田川両岸図 群馬県立近代美術館 戸方庵井上コレクション  富士山もついている。
むかし「川向う」にかなり憧れた。

熊野舟行図巻 文化元年(1804) 山形美術館  十津川も描かれている。…天誅組はまだ半世紀以上後か。

第3章 文晁と「石山寺縁起絵巻」
巻の6と7が昔から企画倒れのまま放置されてたそうで、石山寺のヒトが熱心に頼んだことで、とうとう谷文晁オリジナルの巻6と7が誕生した。
わたしは昨秋滋賀県立近代美術館へその石山寺縁起絵巻全巻展示を見に行った。そのときの感想はこちら
今回サントリー美術館が谷文晁の模写を入手したということだった。
それで実はわからないのが、なんで同じシーンが2点以上あるのかということ。
新規作成したオリジナルをさらに模写したのだろうか。
この辺りの事情を知りたい。

石山寺縁起絵巻 巻六・七谷文晁筆七巻のうち二巻文化2 年(1805) 石山寺
石山寺縁起絵巻谷文晁筆七巻 サントリー美術館
こういうラインナップなのである。

寺を守るために金色の鬼になる僧や、波の中を馬が現れて娘を助けたりと言う霊験シーン。
わたしが大好きなのはこちら。nec491.jpg
可愛い龍たち。

第4章 文晁をめぐるネットワーク―― 蒹葭堂・抱一・南畝・京伝
同時代人がもう面白くて仕方ない。
大坂にも来た谷文晁は知の巨人たる木村蒹葭堂とも親しくなり、生涯にわたって交友を続ける。
地元ヒイキかもしれないが、大阪は昔から知の巨人としか言いようのない人々が出ている。
有名どころではこの木村蒹葭堂、下って小松左京、司馬遼太郎、開高健、筒井康隆、手塚治虫…。
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木村蒹葭堂像 享和2 年(1802) 大阪府教育委員会  ご機嫌な顔の木村蒹葭堂。
「サザエさん」の夫マスオさんの同僚に似ているような気がする。

檜蔭鳴蝉図 逸翁美術館  まっすぐ伸びる檜に止まる蝉。花粉いっぱヒノキ!夏やなあ~~~

江戸流行料理通 栗山善四郎著/谷文晁・酒井抱一・鍬形蕙斎ほか画 西尾市岩瀬文庫
八百善の料理ガイドブック。いいね~~ヨダレがわくわ。同時代人の劇作家・鶴谷南北の「桜姫東文章」にも終盤、八百善の仕出しが出る、というので喜んで出かけるシーンがある。すごい人気だったのだ。

江戸高名会亭尽 山谷 八百善 歌川広重画 サントリー美術館 ご参考。楽しいわ。

文晁一門十哲図 谷文晁ほか 文政4 年(1821) 孔子一門のような構図で面白い。みんな自画像。遊び心ですかな~

春日権現縁起絵巻 巻ノ三 写山楼画本  ウサギが草をはむところ。可愛い。

縮画帖  びっくり!サイまでいるよ~~

最後は弟子たちの絵。

摂津・播磨・讃岐・備前風景画冊 白雲
備中・備後・安芸・伯耆風景画冊 白雲

鯉図 渡辺崋山 天保3 年(1832) 彼の師匠だったのだ…

7/31から大きく展示替え。

幸之助と伝統工芸 後期

汐留ミュージアムでの「幸之助と伝統工芸」展も後期になった。
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前期・中期と既に二期を楽しませてもらい、今度は最後の後期を堪能させて貰った。
伝統工芸と言うても何もかもが旧幕以前のものではなく、近代から幸之助の生きた現代までのリアルタイムの作品も多い。
その辺りの感性は、ほかの実業家仲間とは違う。
かれら美術や茶道具のコレクターは旧いものを尊び、偏愛する。
しかし幸之助はここにあるうち本当に旧いものは数えるほどで、あとはその当時の現代作家を支援した。
だからここにある作品の大半は、実際に幸之助に励まされ・叱咤されたこともある作家たちの手によるものなのだった。

三期通じて出たものでも特に好きなものも含めて、主に後期展示の作品について、少しばかり書く。

茶杓「千代の寿」裏千家14世無限斎宗室 戦後10年ほどの間に作られた茶杓。下削りは12世黒田正玄。千家十職のつながりというものを感じる。
共筒にある銘の「千代の寿」はうねるように書かれている。櫂先はやや太めであとはまっすぐ。恒久に平和な時代であることを願い、その思いをかみ締めるような作。
 
裏千家14世無限斎宗室好 一重切花入「末廣」 12世黒田正玄 こちらも同時代の作。竹を花入れにしたもの。景色が面白い。

裏千家15世鵬雲斎宗室好 菱篭花入 13世黒田正玄 1975~1984 一世代後の人々になる。持ち手はねじり。可愛い篭で、買い物にも使えそう。中には黒に金が鏤められた筒状の花入れがある。

萬暦赤絵枡水指 これは通期で、やはり見過ごせない。今回は龍のまつげを眺める。ペコちゃんのような目をした龍である。

同じく通期展示の、近藤悠三「梅染付壷」、清水卯一「藍青瓷鉢」はやはり素晴らしく好ましい。

亀甲花文経錦着尺 北村武資 1992年  古代の作のような趣がある。

紬織着物 七夕 志村ふくみ 1960年 すっきりした着物。女物なのか男物なのかもよくわからないのだが。
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型絵染字入四季文様屏風 芹沢ケイ介 1954年ころ パッとした青地に絵文字が並ぶ。琉球の紅型(着物)を思い起こさせるような屏風。
絵文字に使われているものも牧歌的。

刺繍訪問着 生々去来 福田喜重 1980年 花の波が打ち寄せるような構図。貝も散る。菅繍(スガヌイ)という技法。細かい技術。
この全体のうねりを見ていると、王朝継紙を思い出す。美麗な料紙のようだ。

綴帯 薫風 細見華岳 2000年 グラデーションがみごと。ああ、13年前なのか。

ほかにもモダンな着物があり、とてもかっこいい。2010年のものもある。

螺鈿中次 黒田辰秋 1960年頃 綺麗!!これは本当に綺麗で、どきどきした。
図録は箱入りという代物だが、その箱の表紙に選ばれている。
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流水文朧銀扁壷 鹿島一谷 1979年 三期通じてやはりこれが一番綺麗だと思う。
ただし惜しいことに図録になると平面の輝きしか捉えきれず、魅力が半減する。
こればかりは実際に見ないとその美に打たれない。

春日杉木画色紙箱 中川清司 1982年 ・・・マーブル文様というかたらしこみというか、木がこうなるのか。「ウルトラQ」オープニングのようだ。

童女牧神 鹿児島寿蔵 1980年 ああ、いかにも鹿児島風な可愛らしい人形。小さくてとても愛らしい。小ツノを持つところが牧神。天平風の装束の童女はホーン(大角笛)を抱える。

嘉納 堀柳女 1981年 ふっくら豊かな、しかしどこか権高な女の人形。

金彩色まり香盒 江里佐代子 2003年 本当に綺麗なだけに彼女の早すぎる死を今更ながらに惜しむ。

截金あみ文茶入 斎田梅亭 1981年 これまたすごい細かい仕事である。

日本の伝統工芸は活きている。
しかしこうした松下幸之助のような有徳人の支援者がいないと苦しいのは確かである。
この展覧会を機に、なんとか今世紀も次の世も日本の伝統工芸が活き続けてほしいと思う。
8/25まで。

なお、三期を鑑賞し、さらにクイズラリーに参加して正解を得たことから、ご褒美として今回の図録をいただいた。とてもうれしい。ありがとう、汐留ミュージアム。

雨の調べ 風の韻 日本の余情を楽しむ



松伯美術館では所蔵品の内から「雨の調べ 風の韻 日本の余情を楽しむ」として、涼しげなものから夏らしいものまで色々と取り集められていた。

はじめに松園さんの絵を見る。
「虫の音」「雨を聴く」「鼓の音」「雪」と和の心にしか響かぬ<音色>を描いた作品がある。
松園さんは「虫の音」の風情を愛したか、同じタイトル・同じ状況を描いた作品が少なくはない。
虫の声は古くから東アジアの人々に愛され、その可憐さを詩歌や絵画にも表現されている。

日本人の繊細な感性は<雨音>にも静かな喜びを見いだす。
室内にいて、耳を傾けて雨音を楽しむ。
これは仏教の「安居」に、その意識の始まりがあるようにも思える。
仏教が入ってきた頃、日本はどうにか文化というものを立て始めていた時代であり、それだからこそ新しいモードとして仏教を受け入れた。
文化がないところにはこうした繊細でまた些細な喜びは見いだせない。

雨を聴く 抹茶色の着物を着た女がくつろいでいる。背後には花頭窓があるが、ただそれだけ。
女は読書中である。一面静かに白い空間に、本を読む手を止めた女がいて、雨の音を聴いている。

鼓の音 袖の色が美しいグラデーションをみせている。
手首と掌の肉と筋とで鼓を打つ。ポンッと軽い音、ぽんっとやや重い音。
それらを楽しめるのもまた、その感性を持って生まれてこれたことに起因する。

雪 二人の女が傘をすぼめながら雪道を行く。
雪はすべての雑音を包み込む。音を包む雪という存在。
しんしんたる、という雪の形容。
松園さんの雪もすべての音を包み込む。

下絵を見る。
虹を見る 本画は見ていたが下絵は初めて。

時雨 傘を差す女。背後には萩が咲く。時雨といい萩と言い、この取り合わせはもう今では味わい難いものになっているかもしれない。

風 裾をなぶられて素足が見える。和装だからこそのときめきがある。浮世絵にも多く見られるこの主題。古風な歓び。

松篁さんをみる。
蘇汀雨情 緑苔の濃さは水分を含んでのもの。コガモたちが楽しそうに散らばる。
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現実から離れた空間のような。ここが苔寺という場であろうとも、この空間は遠い世界のもの。

青柿 青色の様々な展開。色の楽しみを味わう。

八仙花 アジサイのこと。濃い緑で描かれている。蕊がとても綺麗。

草原八月 これは本当に初見で、これまで知らなかった作品。
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大きな羊歯がモサモサする中、ひょうきんな顔つきのコジュケイがいる。
地面には白く可愛らしい梅鉢草が散らばって生える。こんな花しらない。
とても愛らしい。nec486-1.jpg
そして羊歯の群生するその中に、ぴょこんと鬼百合が顔を見せている。
とても楽しげな空間。nec486-2.jpg

松篁さんは志賀高原で夏を過ごしていたそうだ。この絵はだから志賀高原で描かれている。
現実の志賀高原よりずっと面白そうな草原の夏。

芦 静かな空間に咲く芦。コガモがゆっくりと行く。

松虫草 これは可愛い絵で、去年辺りの年間カレンダーの絵にも選ばれていたはず。
この黄色い空間にぽつんぽつんと咲く松虫草を見ていると、わたしはディズニーの絵本の「シンデレラ」が最初に拵えたドレスを思うのだ。小さいときに大好きだった絵本。大人になってを二種の版を手に入れたが、そこにもやはりあの黄色いドレスがあった。
これはわたしだけの小さな発見なのだった。

雨情 晩年になると松篁さんは銀潜紙を好んで使い、それで背景を紙自体の特性に任せて、自分の描きたい花や鳥を何の気負いもなく、多少のバランスの悪さも平気で描いた。
この作品もそうした一つで、技術云々よりなによりまず、可愛い・親しみやすい紫陽花が咲いているのが眼に入るのだ。
松篁さんが感じる<描いている楽しさ>、それを深く味わえるのがこの時代の作品だった。

笹百合 こちらも銀潜紙に可憐なササユリが描かれている。二輪さく花。

松篁さんのスケッチを見る。壮年期のスケッチのすごさに感心するばかり。
百合なら百合ばかりを画面いっぱいに延々と描いている。
孔雀も様々な角度から描かれている。見ていて辟易するくらいの数だった。

そして最後にあの「燦雨」がある。
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これは2007年の『熱帯花鳥へのあこがれ』展で存分に楽しませてもらったもの。
松篁さんが50年をかけて、あこがれた絵を自己のものとして描きぬいた名作。
火炎木、金のスコール、インド孔雀。
何もかもが華麗ですばらしい。
そこへたどりつくまでの松篁さんの長い道のり!
それが形となって、ここにある。

あふれるばかりのスケッチや草案を見る。
今回わたしが驚いたのは、「燦雨」の下絵やスケッチの膨大さではない。
なんと、全く構図の違う「燦雨」があったからだ。
草案の一つで、これは孔雀のカップルが火炎木の森の中を並んで歩く情景だった。
びっくりした。
てっきり石崎光瑤の絵を本歌取りし、更に発展させたものが松篁さんの「燦雨」だとばかり思っていたから、こんな構図の草案(色も綺麗に置かれている!)など、想像もしなかった。

しかし、この草案をみたことで、あの完成品への道のりがいよいよはっきりと腑に落ちた気がする。
孔雀たちは火炎木の林の中を歩き続け、やがて金色のスコールを受けて、枝に止まったのだ。
松篁さんは光瑤の孔雀が二羽だったのを三羽に変えたが、孔雀たちは歩くうちに仲間も増えて、そして木に止まったに違いない。
わたしは今回そうした様子を目の当たりにしたのだ。
そう思うと、とても嬉しかった。

淳之さんをみる。
あちらこちらにシギがいる。
水辺 ここにはバンがいて、飛び上がったところ。鏡花の小説を思い出す。

尾長 二羽の鳥が飛ぶのだが、後ろのほうは笑いながら飛んでいた。

山湖 ダムだろうか深い谷底の湖の上を低空飛行する鴛鴦たち。

四季花鳥図 大好きな絵。右から梅・桃・桜と始まる。松には雪も積もる。
その季節の移ろいの中を飛び交う小禽たち。
大阪新歌舞伎座の緞帳下絵。ああ、本当に素敵。

8/4まで。

川合玉堂

ここのところしばらく江戸とそれ以前の展覧会の感想ばかり続いていたが、今日は久しぶりに近・現代日本画の感想を二つばかり挙げる。

山種美術館「川合玉堂」展。nec487.jpg

思えば川合玉堂の作品の良さに気付くのはずいぶん遅かった。
わたしの日本画鑑賞修業地はこの山種美術館を筆頭に今はなき目黒雅叙園美術館、それから東近美、京都市美術館などだったので、玉堂の作品を見る機会があるのは、山種と東近美だったか。あとはデパート展。
最初の頃、玉堂描く日本の自然美と言うか風景美に、なにかしら反発めいた気持ちがあったのだが、それも近年は消えて、今は枕元のカレンダーに玉堂を選ぶこともあるほどに好きになっている。

第1章 研鑽の時代(青年期から壮年期へ)
玉堂の若い頃の絵が出ている。これがもうめちゃくちゃ巧い。
巧すぎるくらい巧い。たかが15歳でこんな写生が出来ていいのか。
二十歳前頃までの写生帖を見ると、もうこの線の採り方・取り方の巧さにびっくりする。
濃尾地震の傷跡、稚児輪髷の少女二人といった風俗ものも巧い。
また、猫の親子を描いたものが最高にいい。白地にキジ柄の母猫が黒ちびにおっぱいを飲ませている。その横では少し大きい母似の子猫が木で爪を研ぎ続けている。
可愛くて可愛くてどうにもならない。

二十代になっても写生は続ける。稽古は一生のものだ。
その頃の写生で、屋根の上にいる猫が耳を手で押さえているのがあった。
玉堂。山道や鵜飼ばかりじゃなかったのね~~~(←失礼なことを言うてる)!

とはいえ長良川との縁が深い玉堂はやっぱり随分若い頃から鵜飼を描いている。
明治28年(1895)の「鵜飼」は呉春風な趣が出ていた。
21,2歳でもう後年の味わいがにじむ。

珍しい歴史人物画もある。
小松内府図 明治32年(1899) いかにも明治30年代の日本の歴史画。

焚火 明治36年(1903)五島美術館  この絵は20年くらい前の高島屋での展覧会のチラシに選ばれていて、それが最初だった。「玉堂にも若い女の絵があるのか」と驚いたのを覚えている。
山の林の中で焚火をして煙たそうな女。img952.jpg

若い頃の作品と言えば、2007年の高島屋での「川合玉堂」展で出た明治34年の旅日記絵巻「清風涼波」がとても好きだ。今回は出ていないが、あの絵巻で初めて玉堂の描く風俗画の良さを堪能したのだった。

そういえば前期には「二日月」が出ていたのだった。見損ねて惜しいことをした。
あの絵は鏑木清方「続こしかたの記」で絶賛されている。

紅白梅 金地の豪奢な絵。やっぱりとてもきれいである。
 

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悠基地方風俗・風 小下絵 昭和3年当時の風俗が描かれていた。牛に曳いてもらう車もあれば、自転車に乗る人もいる。昭和天皇の御大典にはその時代の姿がこうして選ばれている。

竹生島山 風韻縹渺、べうべうと風が吹くのを感じる。

石楠花 この絵はわたしの枕元のカレンダーの表紙だった。今も手元にある。

第2章 玉堂とめぐる日本の原風景
昭和10年以降の作品を見る。
自然の中で働く人々を描いている。
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春風春水 ワイヤーを使って川下りする。こういう情景を見ると、絵のよさ云々より、その情景そのものへの興味が湧き出してくる。

春溪遊猿 川の流れを見るかのような猿たちが岩の上にいる。水しぶきを浴びるのも気持ちよさそう。

雨後山月 墨の濃淡で表現される世界。薄青い夜だということを知る。

湖畔暮雪 とても好きな作品。広重の雪景色に通じる抒情性がある。雪の積もった家々の屋根。静かな湖面。そこへ出ようとする小舟。音のない静謐な世界。構図の美しさにも強く惹かれる。
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玉堂の雪景色は人の営みの確かさを感じさせる。
他にも同じく家々の屋根を描いた雪景色図があり、それも素晴らしい。

水声雨声 山中の人のいる場所。長い長い筧が山の奥からつながっている。
傘をさしてその脇を行く二人。

玉堂の自然への思いの深さが伝わってくる。
人間もまた自然の一部だということを改めて思い起こす。
ふと隣に立った人たちの会話が耳に入る。
年配の奥さんと、浴衣姿の白人の娘さんとの会話である。娘さんは言う。
「ビアトリクス・ポターの世界に似ている」
兎のピーター・ラビットを描いたポターは自然を守ることに熱意を注いだ人でもあった。
ナショナルトラスト運動とポターとのかかわりは深い。
そのポターの世界観と玉堂の自然への対し方は確かに通じるものがある。
白人の娘さんのその言葉で、自然への崇敬の念を持つ二人の作家が大きな影となって、ここに立ち上がるのを感じた。

第3章 玉堂のまなざし

氷上(スケート) 可愛い下膨れの娘がフィギュアスケートをする。
玉堂はフィギュアスケートを楽しんでいたようだ。

松竹梅をそれぞれが描く。
昭和9年
大観 松/玉堂 竹/栖鳳 梅
昭和30年
大観 松(白砂青松)/玉堂 竹(東風)/龍子 梅(紫昏図)*注  前期のみ
昭和32年
玉堂 松(老松)/龍子 竹(物語)/大観 梅(暗香浮動)いちばん物語性が高い。

動物を描いた絵を見る。

兎 二羽のうさぎが仲良くくっついている。どこか艶めかしいうさぎの目。

馬 慎重に下馬する。

虎 横顔がいい。

猫 トラのちびねこ!!可愛くて可愛くて仕方ない!!なんだ、この愛らしい奴は!!トラやん、寝そべりながら前の手をちょっと出して。なにを見てるねん、なにを。
ああ、もお、本当に可愛い。
このトラやんは玉堂の飼い猫ちゃんで、可愛がられていたそうだ。

若い頃の写生の家族猫、屋根上の猫、晩年の虎猫。
この三点を見ただけでも来た甲斐があったなあ。

双馬 黒馬・白馬共に走る走る。

猿 崖を降りようとするのか、蔓に伝う。

最後に書簡をみる。
娘婿への手紙。昭和五年、初孫が生まれたがその父・大倉氏は赴任中でその場にいない。
玉堂は娘婿に孫のイラストと健康そうだという手紙を送っている。
さすがに巧い。
この時代、写真は撮ることは早くなっても現像が遅かったそうで、この手段が最速だったようだ。
今の世とは違う話。
けれどおじいちゃんの嬉しい気持ちがよく伝わってきて、とてもいい。

玉堂が猫好きだということも初めて知り、わたしにとってとても有意義な内容だった。
8/4まで。

和様の書 2

東京国立博物館「和様の書」展その2。

こちらは完全に鑑賞することに徹した。
書に耽溺する人が多いのもやはりこの界隈だったかもしれない。
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第4章 高野切と古筆
平安時代の文化を考えるうえで、書と言うものの重要さは我々の予想以上の存在感を持つものではないだろうか。
とはいえそれはあくまでも貴族階級に限られており、庶民には無縁なものだったろうが。

石山切 伊勢集 伝藤原公任 徳川美術館   なによりまず見栄えのするところが好き。

和歌(詩)と書と音曲。中世の世界は洋の東西を問わず、その三つを大事にした。

古今和歌集 巻第二十(高野切) 伝紀貫之 土佐山内家宝物資料館  ああ、これが。しかしなによりもこの作品を所蔵する先を見て、そうしたところがあったのかと知る。
ほかにも「巻第一巻頭(高野切)」五島美術館、遠山記念館の作品が今回出てくる。
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雲紙本和漢朗詠集 源兼行 宮内庁三の丸尚蔵館 上巻  分かりやすい漢字の連なり、漢文。その隣にやさしい流れを見せる仮名文字。
わたしはこのひとの仮名は好ましいと思った。

倭漢抄下巻 伝藤原行成 陽明文庫 下巻上  仙家より山家のあたりが綺麗だと思う。

元暦校本万葉集 巻第一 東京国立博物館 巻第一   ああ、これは読める。読めることでどんな状況かもわかる。天智天皇、天武天皇、額田女王のいる風景。
戯れ歌なのか、兄への揶揄を含めたいやがらせなのか、本音なのか、天武天皇のあの歌が仮名で書かれている。その前には額田女王の「あかねさす」がある。
目に見えてくるような文字の流れ。

粘葉本和漢朗詠集 伝藤原行成 宮内庁三の丸尚蔵館 上  料紙がまた綺麗。亀甲柄に梅。その上に行成の雅な字が流れる。

和漢朗詠集 巻下(太田切) 伝藤原公任 静嘉堂文庫美術館   これも綺麗。「述懐」がいい。「命」「父」といったあたりもよく、言ベンとシンニョウがとてもいい。
しかし「上」の字はちょっと抑制が利きすぎていて、わたしなぞは不自由な心持ちになる。

古今和歌集 巻第十二(本阿弥切) 伝小野道風 京都国立博物館  これはその料紙の美麗さにドキトキした。紙ではなく布なのかと思う。解説を読むと「布目打ちの後、白具引きを施し、夾竹桃の型文様を雲母で摺りだし優美な舶載の唐紙を用いている」そうだ。
角度を変えると夾竹桃がきらきらと浮かび上がってくる。
あまりに綺麗なので何度も何度も往来して眺めた。
なおこの「本阿弥切」は光悦が所蔵していたことからその名が付いたそうだが、光悦もさぞや楽しくこの巻物を眺めたことだろう。

古今和歌集(修学院切) 伝藤原公任筆 9葉(一式のうち)  3葉ずつ展示。初公開。
これは可哀想に汚れがある。そういうこともあって、これまで未公開だったのだろうか。いや、そうではなく戦後すぐにアメリカへ渡り20年前に帰国したそうな。

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第5章 世尊寺流と和様の展開

本願寺本三十六人家集 貫之集上:藤原定実 西本願寺   これを見ると某和菓子屋を思い出す。その店はこの料紙をモデルにしたものを包み紙にしているのだった。


古今和歌集 序(巻子本) 藤原定実 大倉集古館   これは数年に一度、大倉集古館で展示されるので、なんとなく親しみがある。つい最近も見たように思う。料紙を次々変えてゆき、書体はそんなに変わりはしないものの、見る者に新しい心持ちをもたらす。
とても好きな巻なのだった。

唐紙和漢朗詠集切 藤原定信 京都国立博物館  表具の獅子が可愛い~。字はやや大きめに思う。間の取り方がとてもいい。

善無畏金粟王塔下感得図(両部大経感得図 のうち) 書:藤原定信 画:藤原宗弘 保延2年(1136)頃 藤田美術館  東博で見てもやはり暗い絵。藤田美術館のお蔵展示室の中で見たときもよくわからないままだった。

熊野懐紙 「深山紅葉・海辺冬月」 後鳥羽上皇 建仁元年(1201) 陽明文庫   
後鳥羽上皇はかなり好きだ。この人は剛毅なひとで体も立派で、両手の朱の手形を見たときもびっくりした。めちゃくちゃ力強いのだ。かっこいいな~
島流しされた後の和歌もいい。
さてここにある熊野懐紙は行幸したときの歌会のもので、展示されている家隆や寂蓮だけでなくほかにも残されている。
上皇は最後に藤代王子の和歌会で作ったものだと日にちも入れている。
とにかく力強い。あの手形の親指を支える肉のふくよかさを考えても、本当に強力なひとだったのがわかる。

熊野懐紙 「古渓冬朝・寒夜待春」 藤原家隆 正治2年(1200)
熊野懐紙 「古渓冬朝・寒夜待春」 寂蓮 正治2年(1200)
どちらも陽明文庫。写しではなく、それぞれが歌会に参加してこのタイトルで詠んで書いたもの。
同年の飛鳥井雅経のも出ていたが、こちらは東博所蔵。

平治物語絵詞 六波羅行幸巻 詞書:伝藤原教家 東京国立博物館  ああ、牛がいる。妙にリアルな後姿。馬も働く。この世に残る全ての平治物語絵詞を一度に見てみたい。

四季草花下絵和歌巻 本阿弥光悦  あまりに綺麗でびっくりした!!これはこの展覧会でいちばん胸を衝かれたもの。
林に始まり様々な花が現れ、ついには千鳥が飛び立ってゆき、そして林に戻り全ては終わる。音楽的な流れのある下絵だった。書はその絵を通り過ぎる影のように見えた。
これは個人所蔵なので8/4までに見ておかないと、次に見る日が来るかどうか。

和歌六義屛風 近衞信尹 陽明文庫  6曲1双いっぱいにものすごく大きな闊達な字が躍る!さすが信尹!前に見たときと同じく、胸が明るくなった。

舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦 東京国立博物館   やっぱりこういうのが出て来ると和む。

信尹は文字で人物画を描いた。
柿本人麻呂と渡唐天神像が有名。前者は8/4まで、後者はその後に出てくる。
大和和紀の作中で、小野のお通にあてた手紙に天神像を描き、秀吉の妨害に遭おうとも関白になる、という意思表示をするシーンがある。
石田三成もその彼らの意図を読み取れない、という設定だった。

龍虎二大字 後陽成天皇 東京国立博物館   力強い!字が虎や龍になり暴れだしそうだ。

三十六歌仙帖 近衞信尹 東京国立博物館  たまに常設で出たりすると喜んで見る。もし勘違いであっても、やっぱりどこかで見ている。いいなあ。大好き信尹。

色紙貼付桜山吹図屛風 書:伝本阿弥光悦、画:俵屋宗達 東京国立博物館   これもこうした場におかれると、イキイキしているように見える。

宝蓮華 近衞家凞 陽明文庫  そういえばこれを見て思ったのが、家煕の作品はこれだけだったということ。書そのものより、それを飾るほうが巧いからだろうか。

いろは屛風 貫名菘翁 安政元年(1854)  遠目に「あ、民藝の人か」と思ったら貫名菘翁だった。わかりやすい大きな字だった。

盆明けにまた見に行くが、いいものをたくさん見ることが出来てとても嬉しかった。

和様の書 1

東京国立博物館「和様の書」展に二度足を運んだ。
内覧会と三日目と。
観客はやや年齢層の高い状況だった。

既に五島、出光と見て歩いたことで気持ちもそちらに向いている。
脳もいい具合に落ち着いている。
nec482.jpg 最初のチラシ。

第1章 書の鑑賞
「和様の書」というだけに手鑑以外は全て平安時代以降のものが揃っている。

鹿下絵和歌巻断簡 書:本阿弥光悦、画:俵屋宗達  ああ、やはり綺麗。鹿ップル。
絵と書の配置が絶妙。五島美術館の鹿たち。

虎林字号 徹翁義亨 南北朝時代 東京国立博物館  おお、古い方の「乕」の字。チカラギッシュでいいなあ。 東博で見たかどうか定かではない…

源氏物語和歌色紙貼交屛風 書:近衞信尹 陽明文庫  わたしが一番好きな書家はこの三藐院信尹。素敵だ、ほんとに。前に陽明文庫の名品展でも見ている気がする。
最近は大和和紀が自作に信尹を出演させているので、とても嬉しい。
金銀泥の優美な背景。右は白菊、左は雲。

8/6~8/25には「檜原図屛風」 書:近衞信尹、画:長谷川等伯 禅林寺という代物が出てくるので、そちらを見るのがまた楽しみ。等伯も大和和紀の作品に出てきている。

リストを見ると「萩に鹿図屛風 書:伊達政宗」が会期末に出るようだ。
それをみて「伊達家は笹に雀だったな」と紋所のことを思い出した。政宗の書といえば、秀吉相手に詭弁をまくし立てたとき、自分のサインには<・>と目を開けているとかなんとか言うて、丸め込んだことがあったはず。
平和な頃には文化的なこともいたします。
見たいが見れるかどうかは不明。

初音蒔絵調度のうち 眉作箱 幸阿弥長重作 1式のうち 寛永16年(1639)   つい先般、このシリーズの他のものも見ている。なんとなく鳥籠を思う。

書状(与一郎宛) 織田信長 天正5年(1577) 永青文庫  与一郎は細川忠興のことだとか。ちょっとピリリとしている字。

吉野懐紙(豊臣秀吉和歌懐紙) 文禄3年(1594)  これは祐筆が書いたものだったか。この年、秀吉は吉野で花見をし、信尹を薩摩に流し、太閤検地を行っている。

消息(おね宛) 豊臣秀吉 文禄2年(1593)  これは以前に見ている。下手な字ではあるが親しい感じがする。おしゃべりしているのを文章にしたような。淀殿に生まれた子の名前を「おひろい」にしたい、という内容。
そういえば、おひろいの兄の棄丸のために作られた立派な船のおもちゃ、あれは現在京博で開催中の「遊び」に展示されている。

消息(ちょほ宛) 徳川家康  千姫の侍女ちょほへの手紙。孫娘をどん底に突き落とした爺さんの、いろいろ気遣いのある手紙。侍女へもこうして書いたのだなと知る。

紀貫之、小野道風、藤原行成らの色紙がある。並び方がうまい。なにか音楽的なものを感じる。寸松庵色紙「あきはきの」、 継色紙「よしのかは」、升色紙「むはたまの」 。
料紙の美麗さと文字の配置。
そういえば「むはたまの」は「ぬばたま・の」の意味だと思うが、ぬとむとは転換可能だったのか。
こういうことを考えるのも楽しい。

あ、当然だが定家がいる。むむ。苦手なのは変わらない。
ところでシロートの勝手な独り言だが、蕪村の字もどこか定家を思わせる。しかし蕪村は好きだ。
こういう感覚はもしかすると、武者小路実篤は好きだが、相田みつおはイヤやというのと同じかもしれない。

色絵定家詠十二ヶ月和歌花鳥図角皿 尾形乾山 出光美術館   これはいい見せ方をしてくれた。皿の裏に書かれた和歌もわかるようにしてくれる。可愛い千鳥の絵もある。
乾山ファンの心をくすぐる。

着物や鏡「竹双雀葦手絵鏡」などの小物もある。つまり文字が文様になった状況。
葦手もあるが、文字そのものを文様として楽しめもする。
厚板 金紅片身替文字模様 奈良・金春座伝来
小袖 白綸子地斜縞文字模様
これで思い出したが、白土三平「カムイ」に出てくる浪人剣客が「不死身不死身不死身」と書いた着物を着ていた。それから石ノ森章太郎「さんだらぼっち」の主人公とんぼもまた「とんぼ とんぼ」と書いた着物を着ていた。
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国宝として大事にされている手鑑が出ていた。
手鑑 藻塩草 1帖 奈良~室町時代 京都国立博物館
手鑑 翰墨城 1帖 奈良~室町時代 MOA美術館
それから8/13~8/25には「手鑑 見努世友」 奈良~室町時代 出光美術館 と、ほぼ同時期に「大手鑑 2帖 奈良~室町時代 陽明文庫」が出る。頁替ありなので全部を見るのは難しい。
このうち「藻塩草」と「見努世友」は去年の2月頃に出光美術館で見ている。
わたしの好きな奈良時代の書の断簡もあり、楽しい。
昔の大層熱心なコレクターのおかげで、これらが今の世にも残っている。
ありがたいことではある。

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第2章 仮名の成立と三跡
ニガテな時代の書ではあるが、先に五島・出光で見たことが、理解を進ませてくれる。理解が進めば妥協(あるいは和解)も生まれ、親愛の情も起こってきもする。

藤原良相邸跡出土墨書土器 京都市埋蔵文化財研究所  かわらけのかけらに。
なんだろう、謎やなあ。

綾地歌切 伝藤原佐理 春敬記念書道文庫  五島美術館で見たのと同じコレクションの一。すごくときめく。それにしてもこの佐理というひとは、能書である以外はどうもコマッタちゃんだったぽい逸話が色々あるのだった。

世界遺産になるからか、人だかりしていたのがこちら。
御堂関白記 寛弘元年(1004)上巻、寛弘四年(1007)下巻 藤原道長 陽明文庫  これは京都で見ているが、やっぱり改めて眺めると、千年前の大貴族の生活や心情が伝わってきて面白くもある。

道風、佐理、行成らの書を堪能する。

後嵯峨院本白氏詩巻 藤原行成 正木美術館  おお、これはこれは。つい先日正木で見たばかり。覚えてる箇所を見る。酒飲みの自己弁護のような文章。字がしっかりしてるのが、却って開き直りにしか見えなかったり(笑)。

白氏詩巻 藤原行成 寛仁2年(1018) 東京国立博物館 nec485-1.jpg
白楽天(白居易)は日本で大人気だと思う。特に平安時代。ちょっといいのがあれば白氏詩巻。時代のブームだったのか。
こちらは今回、図録表紙にも使われている。全体としても綺麗な字の並びなのだが、それよりも個々の字にときめくものが多い。
塊ごとに書体を変えているのだが、共通して「夜」「月」「行」という字がすばらしく魅力的なのだった。


第3章 信仰と書

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平家納経 法師品第十 長寛2年(1164)嚴島神社  何度見ても美麗なのは変わらず、一つの時代が終焉を迎えるときに文化の頂点が来る、と言うのを実感する。
わたしは法師品をみたが、順次展示替え。

扇面法華経冊子 巻第一、平安時代 四天王寺  この実物を初めて見たのは四天王寺の国宝館だったか。書も肥痩のあるいいもので、その下に展開するくっきりした平安時代の絵画。
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これなども仲良しな二人の図なのだが、女の様子を見ていると、とても親しい仲だと感じる。
そうそう、教科書などの画像で見ていたときはこれが扇面図だとばかり思っていて、冊子つまりほかにもページがあるのを、現物を目の当たりにして初めて知ったときは、ちょっとした感銘を受けたのだった。
絵はほかにも庶民の暮らしなどをえがいたものもある。

綺麗なお経がいくつも現れる。いずれも平安時代。
やはり末法思想の表れか、すがることで安寧を得て、それならいっそ綺麗にして盛り上がろう、ということなのか。
竹生島経 東京国立博物館  地にたんぽぽらしき花の絵がある。
浅草寺経 巻第一 浅草寺  キラキラーッッ
久能寺経 方便品第二、静岡・鉄舟寺   見返しが素晴らしい!

金峯山埋経 藤原道長 長徳4年(998)  2007年春に「藤原道長 金峯山埋経一千年記念」展があり、そのときにお経を埋めていた経筒などを見た。
その感想はこちら


阿字義 藤田美術館  にっこりした僧形の人と公家の人が並んで座って、胸に梵字を抱っこしている。ピカーッと光っているかのよう。いい音楽がついてそうな巻物。

目無経 鎌倉時代 東京国立博物館   虫食いがある。・・・というくらいの大きさで、これがちょっと目になってる人物もいてそう…

長くなりすぎるので、第一部はここまで。

出光美術館「文字の力・書のチカラ」

出光美術館「文字の力・書のチカラ」展の副題は「書と絵画の対話」である。
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チラシは二つの作品を合わせたもの。
右の三文字は慈雲尊者の一行書。「道在近」と読む。
かすれつつも力強い書である。
慈雲尊者は大阪・中之島に碑があったが、つい先日その前を通りかかると石碑は失われ、プレートでその業績が顕彰されていた。なんとなくジクジたるものがある。

チラシ全体には光悦の古今和歌巻が広がる。
下絵はツタか。「海士乃」で始まる文字の連なり。
優美な文字。

1.書の景観・華やぐ舞台
高野切 第一種 伝・紀貫之 歌は「むめのか」で始まるもの。梅香。雲母が撒かれた紙の上に佳い配置で文字が置かれている。

継色紙 伝・小野道風 こちらも「むめのか」。梅の香りを色紙の上に再現しようとするかのよう。
なおこちらの文字は雨降りのような風情をみせている。

石山切 「伊勢集」伝・藤原公任 ああ、ここにも石山切がある。とても綺麗な継紙。
去年の展覧会にも出ていた分かと思う。

理趣経種子曼陀羅 勝覚 力強い、たいへん力強い。下絵には雲母が撒かれているのか。瓜と双鳥の連続文。こちらにズンッとくる力強さ。

天照皇太神 後陽成天皇 こちらも非常に力強い。思わずわたしもメモにその書をまねてみた。

和歌色紙 後陽成天皇 こちらはまた優美。
この天皇の生きた時代、生涯などを考えると、力強さと優美さとの同居は決して不思議ではないのだった。

色紙短冊散屏風 小野通女 可愛い花の屏風に色紙と短冊が程良く配置されている。丸い頭の花はまっすぐな茎に葉をまといつかせて立つ。
小野のお通の生涯は謎が多いが、今マンガ家の大和和紀が彼女の生涯を描いている。とても楽しみな作品。

花月帖 本阿弥光悦 春と秋があるが、圧倒的に秋がいい。金がきらきら煌めいてとても綺麗。

月に萩・蔦下絵古今集和歌巻 伝・光悦 満月と萩が綺麗。和歌は七夕・・・に始まり、ひぐらし、かりはきにけり、で展示は終わる。

とにかく光悦の巻物はどれをみても非常に綺麗。
あまりに綺麗すぎて見つめすぎるとその美に麻痺してくるような気がした。だから一旦目を閉じて、そして不意に目を開ける。そうすれば美を感じる心が続くのだった。

金壁詩書にしてもズンッと金がきたと思えば、小さく赤い花が咲く。こうしたセンスにヤラレてしまう。
 
花卉摺絵新古今集和歌巻は桃山時代のものと寛永五年のものと二つあるが、桃山時代の作品の方が心に残った。
ちりばめられた金銀が山脈のようにみえ、文字はそこを流れる川のようだった。
こうした作品を生みだした人がいたことを、深く心に留めなければならない。

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2.融美 書画一如の世界

破墨山水図 雪舟 墨のにじみがよろしい。

墨梅画賛 一休 前半は色っぽい詩。梅はやはり清楚でありつつ艶めかしい。七言絶句。

ゆふもやは 桑田笹舟 1987年 つい四半世紀前の作品である。書もよいが、月にかかる木の影がいい。
これはたいへん魅力的な作品だった。

十二ヶ月図賛 大田垣蓮月・富岡鉄斎画 慶応三年 柿二つのがいい。

一円相画賛 センガイ 出た!!センガイ和尚。「これくふて茶のめ」ははは。
ほな、この丸いのは大福かいな。

○△□ 「海賊と呼ばれた男」が少年時代に感動した作品。今から思えばシュールよの。これにときめいたことでその後の人生をすばらしいものにしたのだ。

吟月 手島右卿 1959年 ○△□をうまく取り込んで「吟月」を形作る。こうした後進が生まれたほどの○△□なのだった。

3.墨と戯れ、墨に酔う

一行書「中秋月」 悦山道宗 萬福寺の僧。一行書というものはなかなかいいものだ。やっぱりわたしは力強い字が好きなのだ。

牛祭り図 鉄斎 これはまた面白い。他の絵師による牛祭り図もいくつかみているが、やっぱりどこか面白い。

飲中八仙歌屏風 川村キ山 1951年 知章騎馬似乗船・・・のあの詩である。嬉しい。わたしは唐詩がとても好きなのだ。いいリズムの文字が躍っていた。

虫歌合巻 烏丸光広 ミミズ、スズムシ、ムカデ、シャクトリムシ、ヒグラシ、コガネムシ、ハヒ、カ・・・リズミカルに虫の名が続く。各自の歌と絵と。ハヒはハイ、つまりハエだが、関西弁ではなまってハイという。昔の言葉が今も生きているのだ。

梅・撫子・萩・雪図 尾形乾山 白が目立つ。撫子に少しばかり赤がつくくらいで、他はすべて白。花の白は白磁のような白さだった。

4.伝えるチカラ

一行書「釈迦牟尼佛」 江雪宗立 これは拝むための書だったのだろうか。

二字書「行忍」 兀庵普寧 字の意味は知らないが、リズムがいい。

日課念仏 徳川家康 慶長17年 六文字(南無阿弥陀佛)を240x6段で続けて書く。下段の230番くらいにいきなり「南無阿弥家康」などと書いておる。なんのこっちゃない、それかよ東照宮め!!文字版「ウォーリーを探せ」でしたな。

5.書の風雅

七佛通戒偈 一休 「諸悪」というのがまたいい字で。そして「衆美」という字が大正~昭和初期の映画タイトルなどによく使われた、たとえば「笑ふ墓石」などのロゴ。ああいうのにそっくりだった。

一行書「行仁者壽知足者富」 センガイ ああ、なるほどなあ、と納得が行く。

書をみて回る道すがら、ところどころに佳いやきものが配置されていた。
乾山の獅子香炉などはブサカワで手元に置きたくなる。
ほかにも乾山のよいのが出ている。
竹図角皿などは本当に力強い。

出光美術館は旧い書と現代の書とを並べ、いいリズムを生み出していた。
途中途中にやきものや絵があることで、気持ちもくつろぐ。
楽しく見て回れた。8/18まで。

五島美術館「日本の名蹟 和様の書の変遷」

五島美術館は大東急文庫を持っている。静嘉堂文庫、東洋文庫と三つの文庫ミュージアム連携もしている。
五島慶太は古文書・古筆手鑑を愛し、多くの書を集めた。
そうした性質を踏まえたうえで、この展覧会を見に行った。
今回の展覧会は、書家であり古筆研究家の飯島春敬氏の収集した「春敬記念書道文庫」から優品100点を集めての展示だった。
「和様の書の変遷」ということで奈良時代から江戸時代前期までの名蹟を集めていた。中心は平安時代の書である。
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はじめに拓本・文書・写経が現れる。
白鳳時代の銘文の拓本や奈良時代の歌碑などがある。
法隆寺金堂釈迦像光背銘 止利仏師が作ったということがわかる銘文がある。わかりやすい字である。

宇治橋断碑 こちらも白鳳時代だが、北ギ風の書体。大化の改新の翌年に書かれている。「横」という字が見えた。

正倉院文書がある。表書きは写経、裏には「象牙二枚、調布三丈「などと書かれている。紙は無駄には出来ないのだ。

藤原夫人願経 太子刷護経 天平12年。この藤原夫人とは藤原不比等の次男・房前の娘であり、父の三回忌に当たって、これを作らせたそうだ。
同年には名高い「五月一日経」も作られ、それがここにも出ている。七千巻の一の断簡。

艶めかしい経が二つある。
紫紙金字法華経 国分尼寺経 文字が煌めくのは猪の牙で磨かれたかららしい。なんとなく撫でさすりたくなる。そしてその指の腹に文字の感触を味わいたい。

二月堂焼経 紺紙銀字華厳経 こちらも猪の牙で磨かれつやつやしている。焼けた景色が美麗だから愛され続けてきた経だが、確かにこうして眺めると瓔珞文のように見えた。

奈良時代後期の写経はいずれも楷書の力強いもので、こうしたものを眺めていると、こちらの気持ちも開けてくる。明るく強い気持ちになるのだ。

称徳天皇勅願一切経(神護景雲経)華厳経 これも力強いものだが、この経は先代の淳仁天皇の供養のためのもの。
淡路の廃帝とされた先帝の慰撫のための経。

大聖武(賢愚経断簡) 聖武天皇の大きめの文字を「大聖武」という。とても好きな文字の連なり。いい字。
「長者後往而告之曰」という字が見えた。
表具はモア~としている。瓔珞文様。

中尊寺経(藤原秀衡発願一切経)大般若経 巻486 見返しがいい。山を背景に殿内で眠る人と御所車に牛飼。
紺紙金字。これは世田谷美術館で見たように思う。
つまりこの現物ではなくその兄弟の巻を。

平安時代も十、十一世紀と十二世紀と分かれて展示されている。時代の流れにより、嗜好も変わるからか。
和様の書の変遷、ということを考えるにはやはりこの平安時代が最も重要なのだった。

絹地切 小野道風 白氏文書かと思う。ちょっとわかりにくい。わたしなぞはすぐに「ああ、蛙が柳に飛びつくのを見てた人か」と思うのだが、むろん書の達人である。

伝がつくが藤原行成の書がたくさんある。
綺麗な料紙の上に字が滑らかに踊っている。
特に良かったのは「大字和漢朗詠集切」。ゆったりとしたよい文字。

伝・紀貫之の高野切を三つみる。
第一種 「やまざくら」の優しさ。
第二種 「たちばな、やまぶき」
第三種 「みをすてて・・・」
いずれも優しい文字で、手元に置きたいと思うような。

催馬楽切 伝・宗尊親王 音曲を書いたものだからかとてもリズミカル。楽しくなる。

行成の伊予切の三種とも、たいへんよかった。要するにわたしのようなシロートにも読める文字が書かれていたのだ。夏、更衣、蓮、郭公・・・仙家 壷中天、庚申・・・
ああ、こういうのは好ましい。

藍紙本万葉集切 藤原伊房 力強いっ!!

唐紙朗詠集切 伝・藤原公任 たいへん読みやすい。

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12世紀になるとやっぱり雰囲気が違うようだった。
伝・源俊頼の料紙がいずれもたいへん綺麗。そして表装もまた華麗だった。
正直なところ、このあたりになると文字はどうでもよくなり、料紙の華麗さを眺めるばかりだった。
だからその美しい継ぎ紙の上に濃く、あるいは薄く文字が流れる、その情景に惹かれた。

石山切があるのも嬉しいことだった。

御蔵切 伝・小大君 小さい字。丸くて可愛らしい。女の子らしい可愛らしさがある。

鎌倉時代以降の書をみる。
伝・西行のいくつかの切をみるが、どうもいいのかよくないのかよくわからない。
まぁ歌がすばらしいから、別に字がどうとかこうとかより・・・いや、やっぱり必要か。

あっいやな定家の歌合切がある。むむ。なんとなく腹が立ってくる。

最後に「西行物語絵巻断簡」があった。烏丸光広と宗達のコラボ。崖上の庵にいる西行が空海手植の松を見る図。
ちょうど東博で巻物がでているので、親しさがわく。

春敬コレクションの中国文具がでていた。
赤絵魁星硯屏、唐草文ラデン硯箱。
司馬温公の家訓絵の硯屏の裏がいい。ウサギ、トラ、シカ、サギなどなど。

ここでは「零本」「針切」というものを知った。
関係ないが「針切じいさんのロケンロール」という歌もあったなあ。
7/28まで。

書の展覧会を見るときのわたしのこころもちについて

都内三カ所の美術館博物館で、和様の書を集めた展覧会が開かれている。
わたしはその三カ所、五島美術館・出光美術館・東京国立博物館の順で眺め歩いた。
この順は地の利を考えてのものだったが、意図せぬまま非常に良い巡り方をしたように思う。
まだこの三カ所を見て回っていない方々にも、是非この順序で日本の書を味わうことを勧めたい。

個人的な話をここで書く。
長いのであきれるかもしれない。
わたしは小3から中3まで書道を習っていた。
楷書を書くことは子供のわたしにとってある種の愉楽が伴っていた。
しかしいつまでも楷書というわけにもいかず、行書を習うことになり、そこでわたしは挫折した。
楷書は唐からの賜りものだが、行書そして草書はやがて日本から生まれでる仮名の親でもある。
わたしは行書にも仮名にも挫折し、とうとうそこで習い止めをした。
ところが大学にはいると国文学を主にしたことで、藤原定家の書と向き合わなくてはならなくなった。
定家の書はアクが強すぎる。
古文書も読みとかなくてはならないのだが、定家の書を解読することですっかりイヤになってしまった。

やがて元の先生のもとへ出入りするようになったわたしは、習いもせず、ただ先生の日常に入り込んでいった。
先生は身体が不自由になりつつ、お一人で暮らしていたので、近所なのもあってわたしはしばしば出かけたのだ。
尤もわたしは素直に先生が心配で、などとは決して言わない。
元来が無礼者であり、さらに無頼なところをのぞかせながら先生のもとへ行く。
そうすることで先生に余計な気遣いをさせぬようにしたかった。

あるとき何の話からか、中世の書家の話になった。
先生は阿部醒石先生の門下で、色々と研究もしていた。
わたしは書を楽しむというか、書にインするのがいやだったので、ええかげんな態度である。
しかし先生はマジメに書を愛していた。
そこからわたしは定家のわるくちを言いだした。
先生は無論反論する。
丁度いいことに手元には定家の翻刻本がある。
わたしはそれを持って先生の前に置いた。

その本を先生に貸してから、後日でかけると、先生は定家の書をほめちぎる。
先生の言う理由がわたしにはわからない。
結局ここでわたしは書とは何ぞやという迷路に入り込み、それから未だに抜け出せないでいる。
先生はわたしには解けない謎をいっぱい残したままこの世を去り、それがわたしの心のひっかき傷となった。
そのために書の展示を見ると必ず先生を思いだし、ジクジたる思いに駆られるのだ。
先生はあのときあの病院に入るべきではなかったのである。
そうすればもう少しこの世を楽しむことが出来たはずなのだ。

今回、三カ所でジクジたる思いに駆られ、またそれに噛まれながらも見て回れたのは、わたしの目を通して先生が楽しんでくれたら、と思っていたからだ。

前書きが長くなったが、そうした前提があっての<鑑賞>であり、感想だということをここに挙げておく。
なお、例によってわたしの感想は自己満足の好き勝手なことで占められている。

これからもやっぱりわたしは書の展覧会へ行く都度、同じ<前提>でもって、感想を挙げて行くように思う。
まとまりのないことを書いているが、これがわたしの真情である。

・松濤コレクション・<遊び>シュルレアリスム・グルスキー・色を見る、色を楽しむ

基本的にわたしのブログは「感想文」であり、別に分析もしないし、批判精神にも欠けてるから、好き勝手なことを長々と書くばかりである。
見た展覧会の感想は何かの形で書き起こす・書き残す、それが見たものの責務だと思っている。
が、中には一本の記事にまとまらないものもある。
そんなときはツイッターを使うのだが、それでは収まらないものもある。
というわけで、いくつかの展覧会のまとめ記事を挙げる。

☆渋谷のギャラリー大和田で、松濤美術館所蔵品のうちからチョイスされたものが展示されている。
既に1期は出かけているので、今回の2期も見ておきたい。

森田曠平 遊楽図nec469-1.jpg
ああ、いかにも森田らしい絵。風流踊りのような女たちが花を持ち、音曲を奏でる。手前の少女は鞨鼓を打ちながら歩む。全員そろいの黄檗色の足袋に臙脂色の鼻緒の草履。他の女たちは足を内輪に進めるが、この少女だけは外輪。女たちの吊り上がった目の白目部分は薄い金泥が施されているのかもしれない。
全体の一部をトリミングしたような絵。しかしこれで絵は終わる。
終わるという表現は正しくない。やはり祭の熱気の一部を切り取ってここに曝け出した、そんな風情がある。だから絵の外にも遊楽は続くのだった。

村田勝四郎 ダックスフンド nec469-2.jpg
可愛いブロンズ像がこのほかにもわんわんある。ダックスだけで四匹。コリー一匹。そしてカワウとコミミズクが一羽ずつ。「わんわん大行進」に鳥の観客。

近岡善次郎 きのこのおばけ nec469.jpg
わたしはこの絵を見たとき、川上四郎の童画を思い出した。
いやむしろ黒崎義介のほうが近いか。
ファンタジックなモティーフだからだけでなく、全体に叙情性がある。そこがとても魅力的だった。この画家は知らない人だが、他の作品を見てみたいと思った。

海老原喜之助 馬習作 黄土色のはっきりと目鼻のない馬。木炭でくっきり描かれている。
海老原ブルーはここにはなかった。

7/21まで。

☆国立新美術館「アンドレアス・グルスキー」展はさっぱりわからなかった。
写真である。カメラで捉えられたものを自分の眼で確認すればいいのに、目から脳へ送られた情報は処理されずに押し返されてしまった。
困った。
困った、と書けるのはこれが自分のブログだからで、ツイッターでは書けない。
誰かとグルスキーの作品について話し合うということもないので、ますますわからない。
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この写真は例のカミオカンデ内部。綺麗なものである。しかし気持ち悪くもある。

北朝鮮のマスゲームを捉えたものもある。個にして全たる群集。しかし全にして個であるところもこの写真のあちこちから読み取れる。

酪農家の牛のいるシーンが上から写されていた。しかしこの構図はタテにすると、平面的な酪農シーンが、マンションでの牛の成育に見えてしまうのだった。
妙なものをみたと思いつつ、目が離せなくなる。

群集を見ているとやっぱり気持ち悪くなってきた。9/16まで。

☆損保ジャパン美術館の夏休み企画は<遊ぶ>シュルレアリスムだった。
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申し訳ない、ちっとも遊べない。
でもコーネルの箱とコーネルのコラージュ作品は素敵だった。

どうもシュルレアリストたちは人間関係や個々人には興味があるのに、彼らのしていることに関心が湧かないし作品にも感心しないのだった。
こういう状況は日本の60年代を彩った人々に対しても言える。
わたしはやっぱり前衛とかシュールなものはどうしても理解できないらしい。
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岡上淑子という作家がほんの数年だけ活躍して、そのご郷里へ戻ったと知る。
彼女のコラージュ作品は1950年代のものだった。
なにかしら見覚えがあるというか、親しみを感じる。
ああそうか、杉浦茂のシュールさと一脈封じるところがあるからか。

他にもヴィクトル・ブローネル「誕生の球体」にも何か近しいものを感じた。
たぶん諸星大二郎を思わせるからだった。

諸星大二郎も杉浦茂もとても好きなマンガ家で、どこかシュールなところがある。
彼らの描くシュールな世界には惹かれるのに、本職のシュルレアリストたちの作品はとても理解できそうにない。

シュバイクマイエルの近年の作品を見る。小泉八雲「怪談」からの作品である。
コラージュしているのは芳年の浮世絵などだった。
彼は芳一をつれた武者の「開門!!」“KWAIMON!!”をどのように解釈したのだろう。

ダリのフランスパンは映画「ダリ天才日記」を思い出させてくれた。わたしはあの映画を3回は見ていた。

8/25まで。

☆ブリヂストン美術館「色を見る、色を楽しむ ルドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』」は勉強になる企画展だった。
絵の具の歴史などを教えてもらった。ああそうだったのか。初めて知ること・納得することばかりだった。
そういうことを踏まえて改めて絵の前に立つと、新鮮な発見もある。
その意味でとても興味深い展覧会なのだ。
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ルノワールのブルーは表立って使われることも多いが、秘かにばら色の影としても使われている。ジョルジョット・シャルパンティエ嬢もばら色ばかりの頬や手かと思えば、そっとブルーが使われている。
こういう風に気づいてゆけば、親しみ・慣れた絵もまた新しい絵になる。

小出楢重の「帽子をかぶった自画像」は、わたしが本気で小出のファンになるきっかけの絵だった。白のスーツを着る小出の立ち姿も、「色」のことを学んでから眺めると、決して白くないことに気づかされる。
殆ど薄い緑で縁取られてい、本当の白はごく少なかった。
色の配列でどのように見えるかを知る作家の仕事だった。

マティスの「ジャズ」はずらーーーっと並ぶからこそかっこいい。
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一枚物ですきなのは馬車の絵。
それにしても今回の東京ハイカイ、ここと東京ステーションギャラリーのエミール・クラウス展以外、洋画は見ていないのだった。

9/18まで。

東博と國學院大學博物館の常設展示

今月のトーハクの常設。
好きなものが次々現れるから、やっぱり毎月見ていたいもんです。

見返り牛。IMGP1598.jpg表具も牛らしく車輪文様。

ちょっとだけアップ。IMGP1599.jpg

こっちは駿馬たち。「丙午」表記もある。IMGP1600.jpg

鷺もいた。IMGP1601.jpg

鷺たちてんこもり。IMGP1603_20130718230026.jpg

今度はうさぎ。宗達だったかな。IMGP1604_20130718230059.jpg

ういやつよの。IMGP1605_20130718230100.jpg

絵巻を少しばかり。
西行絵巻。大師お手植えの松をみる。IMGP1606_20130718230102.jpg

IMGP1607_20130718230103.jpg 秋にはシカたち。

風雅を友として生きる。IMGP1608.jpg

わたしの愛する寛文小袖の登場。
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どちらから見ても素敵。IMGP1660.jpg

明治の古径はこんなのも描く。IMGP1665_20130718231509.jpg

悪童の顔とアヒルたちと。
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青邨のお獅子IMGP1668_20130718231514.jpg
これのお子さんは静嘉堂にいる。

虹が出た。IMGP1673.jpg
唯一の洋画だな。

川瀬巴水の版画がたくさんでているのが嬉しい。
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IMGP1672_20130718231541.jpg IMGP1669.jpg
わたしの大好きな、雪の寺嶋村が出ていて嬉しい。

トーハクはここまで。

国芳えがく「梁山泊の好漢たち」

今月の東博の浮世絵展示室では国芳えがく水滸伝の英雄たちの絵がドーンッと展示されていた。
寄贈の記念で展示。ありがたいことです。
サイトによると「平成24年度に江森早苗氏より寄贈を受けた水滸伝関連の浮世絵版画を紹介します。歌川国芳の出世作として知られ、幕末の水滸伝ブームを牽引した「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」シリーズから選んだ38枚と、梁山泊を俯瞰的に描いた歌川貞秀の3枚続を展示します。」とのことです。

連作物でこれだけの数を一度に見るのは初めて。
素晴らしい。
わたしは子供の頃から国芳の好漢たちにときめき続けているので、本当に嬉しい。

水滸伝に熱中したのも国芳の絵を見てからだから随分と長い。
'86年に平凡社版の駒田信二訳による120回本を読んで熱狂した時も、そこにはもともとの挿絵があったが、それを見ながらなお国芳えがく好漢たちを観ていたのだった。
今日は浮世絵太田記念美術館「江戸の美男子」展感想もあるので、丁度いいラインナップだと思う。

以下、延々と続きます。

江戸の美男子 若衆・二枚目・伊達男

太田記念美術館の今年の夏は「江戸の美男子 若衆・二枚目・伊達男」で占められている。
江戸のイケメンかぁ~~♪と喜んでコロコンで出かけたら、ホンマに綺麗な子やかっこいいお兄さんたちがいっぱいでした。
よろしいなあ。
描かれたイケメンたちも、男向けのものと女向けのものに分かれる。
若衆のしゃなりとしたのなんて男向けではあるが、わたしのようなフジョシの嗜好の対象にもなる。
また江戸の伊達男はイタリアのそれとは違い、侠客であることが第一条件。
かならず染付や赤絵の磁器を思わせる美麗な装飾を膚に刻まなくてはならない。
そんなことを思いつつ、鑑賞~~

若衆でも女と一緒のを二つ見る。
遊女寝所図 作者不詳だが菱川派風に見える。女のもとへ案内される若衆。

宮川一笑 清水堂娘飛び降りの図 春の清水、ヤッとばかりに娘が傘を差しながら「清水の舞台」を飛び下りる。大願成就なるか!?その下には背の高い若衆が白木みのるを思わせる小坊主と共にいる。
傘さしながら清水の舞台を飛び下りれば大願成就と言う言い伝えがあるようで、春信にもそんな絵がある。

男向けの若衆の絵がある。
宮川一笑 色子(大名と若衆) これはたばこと塩の博物館所蔵の一品で、2007年に見ている。「風俗画と肉筆浮世絵」展。感想はこちら
久しぶり。客の男の眉は濃く跳ね上がっている。色子は前髪を落としたのを野郎帽子または鳥居帽子とも呼ばれるもので隠す。そして客の膝に手を寄せる。
情の深い絵。

西川祐信 美人観菊図 この「美人」もむろん色若衆。座敷から庭の菊を眺める図。菊慈童をかけているかもしれないが、なにより「菊」というところにも艶めかしさがある。

梅祐軒勝信 若衆立姿図 野郎帽子なのでこれも色子の類で、白地に花柄の羽織に水木結びと言う艶やかさ。刀を持ってはいるが、これはただの小物。しかしその鐔が透かし菊で、その中心を柄が貫くのは、やはり色っぽい。

奥村政信 佐野川市松の人形遣い 市松模様の創始者たる役者。羽織は石橋柄。二匹の獅子が可愛い。襟が黄土色に白の市松模様。そして朝顔柄の着物を着ている。立ち姿の綺麗な役者。

勝川春章 桜下詠歌の図 おとなしそうな若衆が笛を吹こうとすると、幡幕越しになななんと13人もの様々な女たちが彼を熱い目で凝視しているのだった。
あんな熱い目でみつめられては、焼け焦げそうである。しかもその若衆の足下には奴がいて、主人の方をじっとこれまた熱く見上げているのだった。

大森善清 みだれ藤 に うてな 元禄16年の連作。後期には「よ 大はし」がでる。「うてな」は「台」のうてなか。春本か。ウサギ柄の着物の女が寝そべる男の上に乗る。このカタチをうてなというのかもしれない。

石川豊信 若衆三幅対 小田原提灯を持つもの、コートのような羽織を着た若衆、朝鮮通信使の帽子のミニチュアを持つもの、なかなかかっこいい。

鳥居清満 二代目坂東彦三郎の源義経 宝暦11年 キリッとかっこいい。

鈴木春信 蚊帳の内外 蚊帳の外に立つ男と、蚊帳の中から男にとりすがる女。かけられた絵は猿が月を捉えようと果たせぬもの。女の望みは叶うまい。

春信 桜 座敷の中でキスする二人。花頭窓から桜。公家スタイルの二人。

春信の男女は性差が見えないが、蚊帳の外の男にはその性別を感じた。

鈴木春重(司馬江漢) 蚊帳 男がきたが、蚊帳の内で女は蚊を焼いている。甘くない女。

磯田湖龍斎 江戸色里八景 品川の帰帆 外には品川の海。部屋の中では男と並んで立ちながら、ねずみをなでる女がいる。

鳥居清長 風俗十二通意 蚊帳 蚊帳から男を引き留める女。立て膝でのぞく足の奥。七夕の日。

喜多川歌麿 音曲恋の操 小紫権八 人形を遣う二人。懸命に操る女を見つめる男。破滅するしかない男のせつなさと女への愛着とが漂う。

国芳 大日本六十余州之内 美濃 コマ絵には熊坂長範。熊坂を倒すのは義経。その義経がにっこり笑って立つ。

井原西鶴の「好色一代男」がでていた。
世之介は女だけでなく少年とも関係を持った。その一方で、雨宿りのときに出会った男に少年時代の世之介はときめき、彼を兄貴分にしたいと願うことがある。それは世之介唯一の受動的な喜びを求めるエピソードであった。

菱川師宣 浮世続 お小姓四人がもつれあっている。若様とのねとねとしたつながり。
元禄らしい面白味が出ている。

勝川春洞 千話鏡月の村雲 糸屋妹小糸・佐七・姉おふさ 佐七女房おふさが泣いている。亭主が自分の妹と出来合ってしまったからだ。
こういうのは一番困る。人間関係を壊すようなことは。
たいしてイイ男でもないくせに生意気な。妹もよくない。

渓斎英泉 男の髪をなでつける女 ねっとりしている。女にしてもらいながら当然な顔の男のつらにくさ。

男前兄弟ふたり。
歌舞伎堂艶鏡 三代目市川八百蔵 なかなか男前。
歌川豊国 三代目沢村宗十郎の伊左衛門・三代目瀬川菊之丞の夕きり 宗十郎が八百蔵の弟。端正な兄弟。

歌川国貞 死絵 八代目市川団十郎 これは父が息子を回向する図。
さすがに八世団十郎はだれが描いても綺麗。
わたしの中では杉本苑子「傾く滝」の団十郎のイメージが強い。小説の中の団十郎は綺麗だが繊細すぎた。矯激さがあった。しかし同時代の絵師たちはそうは描かない。

田舎源氏絵もいろいろある。光氏を取り巻く女たち、通り過ぎる女たち、みんな楽しそうである。

国芳は連作が出ていた。
「国芳もやう 正札附現金男」である。前後期入れ替えがあるが、のべ10人が登場する予定。
一番知られているのは野晒悟助か。猫でできたドクロ柄の着物を着ている。
唐犬権兵衛もいる。こういう構図はやっぱり国芳。

国貞 今様押絵鏡 団七九郎兵衛 この絵は本当に大好き。悪人の舅・義平次を殺した後、井戸水をかぶるシーン。

やっぱり彫り物を負わなければ、江戸の男伊達はだめだ。
無惨美にふるえたい・・・

最後に風俗画帖。
色子のようなのがたくさんいる。美少年たちが寝そべったり、踊ったり、目隠ししたり。陰間茶屋のような雰囲気がある。女が現れるのは六枚目と七枚目のみ。
買ってみたくなるような少年たち。

いろいろと可愛いのやカッコイイのをたくさん見て楽しかったなあ。
前期は7/28まで。後期は8/1~8/25まで。

つきしま かるかや 素朴表現の絵巻と説話画

日本民藝館の「つきしま かるかや 素朴表現の絵巻と説話画」は非常に見応えのある展覧会だった。
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既に自分のハイカイ録2でアウトラインを語っているが、そこで書いたとおり、この展覧会は美術ブロガー界の長老たるとらさんの丁寧な記事が先達となり、それを心に蘇らせつつ鑑賞することで、理解が大変進むのだった。
とらさんの記事はこちら
本当にありがとうございます。

さて見せてもらった作品についていろいろと感想を挙げてゆきたい。

つきしま 月島ではなく築島である。清盛が和田岬を港化しようとした際、どうしても人柱がいるということで、老若男女関わりなく30人ばかり捕まえて、無理矢理人柱にしようとした。しかしその酷さに心痛めた少年・松王が自分一人の身と一万巻の法華経とをもって、その30人に換えてほしいと懇願する。
展示換えがあり、わたしがみたのは5、6、9図である。
乳母と姫君が山をゆく。それから唐丸籠のようなものに囚われた人々のいる風景。モッコかつぎされたのもいる。
嘆く人々。
チラシは彼らに代わり、ひとり人柱としてそこへ向かう松王や経典の乗る船。
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こちらは丹緑本の挿絵。nec467-1.jpg

素朴絵というのを確かに実感する。
画力は高くはないが、物語絵として心をそそるものがある。

浦島絵巻(甲本)(乙本) 巻き換えがある。
甲本は、貴人のような佇まいを見せる浦島が、竜宮を後にして陸へ上がる。そこで古老に会い、話に驚き、墓前へ向かう。玉手箱を開けると鶴が立ち、足下に亀が現れる。
これは煙により老人となるのではなく、鶴と化して、そこへ乙姫の化身たる亀が現れて、ツルカメの吉祥となる様子。つまり浜辺で一人老人となり呆然とするのでなく、かつての妻だった乙姫共々千年万年の命を授かる、というめでたい話になるのだった。

乙本は玉手箱を渡され舟に乗る浦島と彼と話す古老たち。
ここまでしかなかったので、最後はどうなったかわからない。

雀の発心絵巻 これはサントリー美術館で別ヴァージョンのものを見ている。そちらは「雀の小藤太絵巻」。
物語は子供を蛇に飲み込まれて悲しむ雀夫婦のもとへ、ほかの様々な鳥たちが見舞いにくるが、悲しみは決して癒えず、ついには出家して野山を巡るというもの。

「小藤太」は顔は雀で人の着物を着ているが、こちらは普通に鳥の姿である。
ツル、サギ、ウグイス、カモらとの対話が続く。
話を重ねるほどに無常観が強まる。
室町時代の物語らしい物悲しさがある。

藍染川絵巻 太宰府の神主がよそに作った子・梅千代が母につれられ父を訪ねるが、父は不在。母は宿の主人に文を託すが、本妻がその手紙を読み、宿の主人に二人を追い出させる。母は悲しみのあまり藍染川に身を投げ、それを知った神主は残された梅千代に神職を継がせる。
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子が負われる絵がある。そして宿の主人に手紙を託すシーン。色が意外なくらい明るい。

丹緑本というものが現れた。
字を見てもわかるように丹(赤)と緑の彩色が入った版本である。

文正草子、つきしま、さざれ石、おたかの本地などがある。
文正草子は奈良絵本でも多く見ているが、そのことから言っても屈指の人気物語である。
日本人好みのサクセスストーリー。
おたかの本地はものぐさ太郎。
このあたりは先般の「奈良絵本・絵巻の美」展でもおなじみの物語。
美麗なものを見ているので、こうした素朴な絵のものを見ると、違った物語を見るようで、新鮮な味わいがある。

さざれ石 「君が代」の和歌の「さざれ石」である。これはさざれ石の宮と呼ばれる姫君の物語。薬師如来自らの来迎。

大津絵もある。
長刀弁慶、相撲(この技がなんなのか忘れた)、為朝、天狗と牛若丸、達磨と遊女、頼光・・・

天狗と牛若では放下(曲芸)のような構図、鬼にかまれる頼光、にこにこする遊女と困ったような達磨と。
面白い絵ばかり。素朴美というものを実感する。

大江山図屏風 二段構成になっている。下段から→と話が始まり、上へ上り、←と続く。
まず洗濯する女と出会う一行。鬼の宮殿につき、もてなされる。鬼たちは踊ったり世話をする。中にはお肉を調理するものもいる。そして太股肉をおいしそうに食べる一行。やがて襲撃。鬼の首が飛ぶ。

曾我物語屏風 これは十郎五郎のキャラ分けがはっきりしていて、わかりやすい。
兄弟は二人とも厳しい顔つきである。異時同時図。兄弟の動きを追ってゆくと、物語が動く。とても面白い。
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そしてここに描かれる「幕紋」について、とらさんが細かい考察をされているのを、既に「ハイカイ録」でも紹介したが、もう一度。こちらです。

記録画・奥義書というものも色々出ていた。
蹴鞠作法、新当流剣術秘伝、指物揃い、寛永行幸記、御馬印などなど。
後の世のひとに見せるためのものと、見せてもいいのか?なものなどなど。

酒呑童子 これも巻き替えで、わたしが見たときは鬼のために洗濯をする女を一行が見つけるシーンだった。

丹緑本 熊野の本地 これは完全に蛍光色のような色合いで出ている。表紙などは純然たる蛍光オレンジ一色。
わたしはこの熊野の本地の譚が非常に好きで、機会がある限り必ず見て歩くようにしている。まず物語そのものが非常に面白い。
天竺・善財王の寵愛を一身に受けた五衰殿の女御は他の后たちに妬まれる。
后たちは99歳の老婆999人の頭に五徳を乗せて松明を持たせる。異形のものに化した999人が宮殿周囲を取り囲み激しく呪詛する。
やがて王の不在時、懐妊した女御は兵に連れられ、山中で首を切り落とされる。
首のない遺体にとりすがり、生まれたばかりの王子が乳を吸う。山中の動物たちは悉くが王子の成育に協力し合う。その後王子は人の手で養育され、長じて後に父王に会いに行き、そこで他の后たちの非を訴える。
王と王子が山の中へ行くと、首のない母は不思議な力で蘇生し、三人は天竺を捨てて、天空を行く車で日本へ向かい、ついに熊野の神々となる。

ここにあるのは、鳥居と山が描かれた山水画、そして虎や豹たちに養育される赤子の王子の姿だった。三冊刊行されたらしい。

神功皇后記絵巻断簡 横向きの老人が弓を持つ姿がある。これはたぶん武内宿禰かと思う。
「門司」云々と文字がある。

十王図屏風 これぞ素朴美。地獄の責め苦の恐ろしさを描いているのだが、妙に可愛らしいのだった。
人を焼くのに団扇でバタバタする鬼。これなどは耳鳥斎の「地獄」シリーズにもあるが、どうみても焼き鳥屋かウナギ屋のオヤジである。

種子絵巻 飾り字のようにも見える。続くうちに、文字そのものに神が宿るのが見える。

面白いものがあった。瓦版である。
石山妖魚 勢田の唐橋でみつかったようで、首の長い、牙を持つ女の顔の魚が描かれている。この妖魚には鹿角も生えていたらしい。

調馬図 これは二枚ありどちらも個性的で面白いが、「素朴美」とはいい難い。馬たちの行動と、それに振り回される男たち。

十王図屏風 ここではネコ虎に女がかまれていた。ちょっと幸せそうにも見える。
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熊野比丘尼図 傘を差す二人の女。大きなほうが師匠で小さいほうが弟子か。
髪は綺麗に剃りこぼっている。これを見ていると、昨秋の龍谷ミュージアム「絵解きってなぁに?のキャラたち、びくにちゃんとこびくにちゃんを思い出す。
あれは本当に楽しい展覧会だった。

熊野観心十界曼荼羅 これも前述の龍谷でたくさん見た。他のところでも見ている。
なかなか色の濃い曼荼羅。

伝燈大法師位僧明 ああ、ときめくなあ。nec468-1.jpg

高野大師行状記 川を挟んで立つ相手のもつ紙に向けて筆を投げようとするところ。
古代日本仏教界の三大スーパースターの一人ですからなあ。

聖徳太子関係の絵が三点。黒駒に乗り天へ駆け上ろうとする姿、また孝養像として名高い16歳の太子がいる風景などなど。

蛭子神図 タイを釣るのもいれば調理するのもいて、なかなかにぎやか。

最後に「かるかや」を。
チラシでは道心の後をついてゆく石堂丸の姿が描かれている。
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わたしは善光寺のそばのかるかや道心父子ゆかりの寺に二度ばかり出かけている。
そこで住職の奥さんで絵解き師の方による絵解きを聞き、二度ともに涙を止めることができなかった。
今もこうしてかるかや道心の絵を見ていると、物語のところどころが蘇り、胸が痛い。
五大説経の一つ「かるかや道心」の話が、最も日本人の心の深くを刺すのではないか。
それがこうして素朴な絵で描かれている。
かつての、話を深く知っている観客もまた、この絵を見て涙を流していたように思う。

とても興味深い展覧会だった。
本は今回重さに負けて買えなかったが、いつか手に入れたいと思う。
8/18まで。

祭礼絵巻にみる 日本のこころ

國學院大學博物館で7/13~7/27まで「祭礼絵巻にみる日本のこころ」が開催中。
初日午後2時からブロガー内覧会があり、当選して出かけて行った。

もともとこの博物館は好きなところで、これまでにも心に残る展覧会をいくつも見ている。
期待しながら出かけて行った。

最初に加瀬直弥先生の展示品解説を聞かせていただく。
わたしが少し引っかかったことがあり、後にそれを尋ねると、丁寧にお答えくださる。
こうしたことをおろそかにせず、無知なわたしにもわかりやすく話してくださるのは嬉しい。

以下、全ての写真は主催者の許可を得て撮影させていただきました。


まずはじめに日本書紀が現れた。
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天石窟戸の神事について。
思えばこの天岩戸の場面は多くの絵師により絵画化されている。
富岡鉄斎、梶田半古などの絵がすぐに思い浮かぶ。

ついで葵祭。賀茂祭である。貴族のための祭りだと認識がある。
随分前に京都文化博物館でもこの祭礼を中心にした企画展があった。

応挙の弟子・西村楠亭の「葵祭図屏風」から。
人々の様子が豊かに描かれる。庶民の表情は呉春の人物に近いようにも思う。
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こちらは「賀茂祭草子」。鎌倉時代の絵をもとにして江戸時代に描かれたもの。
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足元が面白い。それにこの足ごしらえがいい。
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何なのか知らないが、ちょっと興味がわいてくる。

次が祇園祭である。丁度今日7/17は山鉾巡行の日。
IMGP1559.jpg まずい、ぶれた。巡行の勢いか?!
現在続くもの・途絶えてるものなどなど。
昔の山鉾勢揃い図なども今のと並べてみたい。

年中行事絵巻より祇園御霊会IMGP1566.jpg

楽しそうな人々の様子をチェック!
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子供らが可愛い。IMGP1568.jpg

楽しそうな人々IMGP1569.jpg
その右隣にも仲良しさんな人たち。
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稲荷神社両御霊神社私祭之図 明治10年
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へろへろした金色のものは剣鉾とか。軽く曲がっている。
何で作ったのだろう。曲がるような素材。わざと曲げてるのか風で曲がってしまったのか

IMGP1561_20130715004210.jpg 佐賀祭。佐賀は当て字でこれは嵐山の嵯峨。

綺麗なお姉さんもいる。IMGP1562.jpg

この姐さんの担ぐのは何の木?短冊ついてても笹には見えない。IMGP1565.jpg

東照宮関連のお祭りの姿。
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おっ法螺貝を吹く山伏連。IMGP1572.jpg
関係ないが、知人の山伏さんは大峰山が開くときに活躍されているそうで、今日お会いしたら、組で拵えたおそろいのTシャツを着てらした。

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宇佐御祓図 宇佐神宮は神秘的な八幡宮だった。この人々の持ち物は全て御祓いのための道具。
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とても楽しそうな人々を最後にご紹介する。和歌浦のお祭り。
浮世絵師・勝川春英の絵。みんなとてもイキイキニコニコ。
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御囃子が聞こえるようだ。IMGP1576.jpg

楽しすぎてブレたよ。IMGP1578.jpg

祭礼についての丁寧なレクチャーを受けたのだが、結局いつものように「ああ面白かった、楽しかった」になってしまった。
お祭りは神様のものから人のものになり、とうとう「いかに楽しむか」になってしまったが、この企画展ではその前段階をうかがい知ることができる。

折角立派な企画展の内覧会に参加させていただいたのに、ついつい祭りの熱気にこちらも浮かれてしまった。
ありがとうございました。もうちょっと立派なことを書けるようにしたいと思います。

ファインバーグ・コレクション展 後期

もう終了したファインバーグ・コレクション展。前期の感想はこちら
前期もラスト、後期もこんな最後の最後にしか見に行けず、終了してからしか感想を挙げられない。
まぁ自分の好きなものだけをまた好きなように書かせてもらおう。
とはいえ、これからMIHOさんへ巡回があるのでした。


入り口にはやっぱりこやつ。nec403.jpg
俵屋宗達 虎図 可愛くてならない。猫の親分のトラ、というか猫なトラ。
こういうのをみていると「ブラウンさんのねこ」を思い出す。
ブラウンさんのネコブラウンさんのネコ
(1988/08)
スラウォミール ウォルスキー


子猫や思うて飼うてたらどんどん巨大化して…という話。


とりあえず、通期のものは軽く、後期のみの展示品の感想を。
尾形乾山 百合図扇面 白百合が二つ花開く。清楚な花。互いに顔をそむけ合う。

中村芳中 六歌仙図 芳中らしいぽよんとした人々が、それぞれ色分けされて描かれる。小町は白、青や緑や薄茶色、後ろ向きに座るのは襟の形が僧正風なので遍昭か。彼だけは金と赤のツートンカラー。配色が楽しい六歌仙。

酒井抱一 柿に目白図 これも元は一二ケ月花鳥図の1で、十月の絵らしい。柿がむくむくと赤やオレンジの色を見せているところへ、仲良しさんなメジロがちょこちょこいる。
可愛いなあ。

酒井抱一 十二ヶ月花鳥図 通期展示。つくづく可愛い。本当にいい。ブランド化して商売もできるだろう、とそんなことを考えるくらい。
鶉がいい。ふっくらしてなんとなくしずか。しかしこの鶉が渡り鳥だとは知らなかったなあ。

鈴木其一 群鶴図屛風 これも通期。相変わらずモダン。モデルのような鶴たち。

鈴木守一 平経正弾琵琶図屛風 この絵には覚えがある。むかしアサヒグラフでアメリカ人の日本絵画コレクターの紹介記事があった時に、ファインバーグ夫妻と共に映っていたのだ。それをとうとうこうして目の当たりにできるとは。
平経正が琵琶を弾く。背後に白龍が現れる。
思えば平家が滅びたのは、元は武家であった平家が貴族化しすぎたのが要因ではないか。
猛々しき東夷には縁のない優美さ。平氏の子息がそうした優美な世界に上達するほど、武家社会から乖離してゆく…

其一の小襖二つ。
鈴木其一 山並図小襖 こちらは通期。
鈴木其一 松島図小襖 波の形容がグロテスクなほどだった。温和な気持ちにはならない。

神坂雪佳 四季草花図 二つに分かれて春と秋。春夏には雪佳ほまれの紫陽花を始め立葵、すみれにたんぽぽ。秋冬には菊・桔梗・水仙などなど。

池大雅 豊年多祥図 文字がむしろキタ感じがする。ほのぼのと湧き起こる吉祥と寿ぎのキモチ。瑞穂の国ということを思う。

横井金谷 蜀桟道図 蜀への道は険阻で苦しい。しかしその道を過ぎれば豊かな国土が広がる、その情景を描く。
人々が狭路を行く。馬も苦しかろう。しかしその先には大きな城門が待つ。そこへたどり着くまでもう少しの辛抱。
…ふと思ったのだが、こういう地道に我慢して我慢して努力して努力して、その先に明るい未来が待っている、という構図は、非常に日本人好みの状況なので、それでこの手の絵がよく描かれたのではないだろうか。

浦上玉堂 老樹蕭春図 この玉堂も「画狂人」と名乗りを上げてもいいほどだ。
それがどういうわけか、えらく気弱なことを書いている。
春になっても老い衰えた木(であるわし=玉堂)は楽しめない、と。
墨絵でその情景を描く。尖った雰囲気がそこにある。
ジイさんも楽しまんかいな、そう言いたくなるのだが、もしかすると玉堂独自のアイロニーかもしれず、知らん顔しておくのがよさそうだった。

中林竹洞 四季花鳥図 やっぱり前期でも思ったのだが、冬がベスト。叭叭鳥がいい。雪の中でじっとして、春を待っている。

岡田米山人 蘭亭曲水図 テーマパークの案内図のようにも見える。ジャングル内での吟行。川からワニが出てきそうである。

山本梅逸 嵐山春景・高雄秋景図屛風 どちらもよく似た風情がある。春の嵐山も秋の高雄も、まず山がありそこに色美しい木々がある。人々がそれを眺めて歩く。川は滔々と流れる…

谷文晁 秋夜名月図 月の手前の巨大な葉がいい。これを見てから谷文晁展へゆく。

奥原晴湖 月下敗荷図 力強い墨絵。清朝末期の呉昌碩の絵を思い出す。

福田古道人 寒鴉枯木図 これも作者の「おれのことならほっといて」という気持ちを絵に込めた作品らしい。

円山応挙 鯉亀図風炉先屛風 これも通期作品で、水文が見えるのが素晴らしい。いいキモチ。絵もいいがこうした面白味をプラスしてくれるのがニクいところ。

松村景文 雪中鴛鴦図 配色がいい。これはカラフルな鴛鴦を抑えた色調で描く。
紗を一枚かけたような光景。

森狙仙 親子鹿図扇子 通期。パパ鹿とバンビと。いいねえ。

森徹山 春鶴秋鹿図屛風(もと襖) 後期は秋鹿図が出ている。小鹿は右手、大人の鹿ップルは左に二組いるが、真ん中に近いところの牡鹿がちょっとどうよな行動をする。
くつろぐ雌鹿にクンクンクンクン…バンビはそれを観るし、ほかの鹿っプルも「う~ん」。教育上よくないと思いますww

岸岱 楓に鸚鵡図 真っ赤な楓と真っ白な鸚鵡と。色がパッとしている。

鈴木松年 月に雲図 通期。とてもいい。こうした絵が異国で愛されているのは嬉しい。

竹内栖鳳 死んだ鶴図 西洋画を学んだからこその図。吊る鶴。ツルツルせずがさがさごわごわした感じ。洋画の「死んだ自然」。

狩野山雪 訪戴安道・題李欵幽居図屛風 後期は「題李欵幽居図」。これは「推敲」の故事。
僧形の人が門前に佇みニコニコしている。「僧敲月下門」僧はタタく月下の門。推すとすべきか敲くとすべきかというあれ。
わたしはこの故事を描いた絵を見るのは初めて。
今東光「春泥尼抄」にもこの五文字が深い味わいを残すシーンがある。
奔放な尼僧である春泥が初恋の人と初めて一夜を共にした後、彼が勤めに出かけたのを潮に寺院へ帰るが、そのときにこの五文字を書き置いて部屋を出てゆくのだった。
部屋に帰ってきた彼はこの五文字と春泥さんの気持ちとをはかれず頭を悩ませる。

伊藤若冲 松図  ギザギザの松。なんだか気合いが入る。
 
葛蛇玉 鯉図 この鯉はMIHOさんのチラシ表を飾る。桜の花びらをも飲み込んでしまいそうな鯉。この水に潜むイキモノは骨まで食べてしまうという。不穏なことを考えながら見る。

曾我蕭白 大黒天の餅つき図 嬉しそーー!!えいやっ と杵を振り上げる大黒さんはにこにこしている。えらく無邪気な、ちょっとも変なところのない大黒さん。酒席での気軽な作品らしい。

長沢蘆雪 拾得・一笑・布袋図nec465.jpg
左の拾得も右の布袋も揃って真ん中のわんころを見ている。背景はチラシのピンク色だが、実際は白だった。
笑の字をバラして読むと、竹に犬になるというこじつけで、可愛いわんころたち。
師匠のわんころよりもいたずらそう。

菱川師平 花見遊楽・吉原風俗図屛風 花見は元禄風俗の様相を見せている。輪舞、若衆、幡幕をはる花見の席へ到着する身分ある婦人とその一行。
老女がまず迎えに出た老武士に挨拶する。このあたりの様子が優雅で享楽的な元禄らしさを醸し出す。
吉原風俗は、クルワを冷やかすヒョウ客の姿から始まる。
お茶を引いている(客に選ばれず暇な様子のこと)遊女のうち、おちゃっぴいな(この表現が一番合う)女が通りかかる盲人を格子越しにからかう。
いろんな客がいる。あんまに肩をもませるのもいれば、洋風の毛氈を敷いた上でくつろぐのもいる。
往来でも男の袖のうちに顔を隠す娘もいれば、主人待ちの奴に文を手渡すカムロもいる。
多くの人がいろんな様子をみせていた。

作者不詳 男舞 前期もみたがやはり後期も綺麗。解説によると「業平舞」を見せているところ、らしいが、それで思いついたことがある。
この女形は着物を半身変わりに着ている。白地にカラス文様を向かって左にみせ、右には全く違う亀甲文様。
これが松田修のいう「ふた業平」の姿ではないかと。
松田の「幕末のアンドロギュヌス」の論考の中に見える様々な美少年たちの状況を思うに、この絵の美少年もまたその系譜に加わる一人だというのは間違いないだろう。
そんなことを思いついて、わたしはわくわくしていた。

師弟というか工房作品がある。
どちらも着物の色彩がとても綺麗。綸子を身につける遊女の優雅さ。 
懐月堂安度 遊女と禿図
懐月堂度辰 立姿美人図

勝川春章 文を破る女図 回り廊下で人妻が表情をあまり動かさぬまま、文を食い破っている。
こういうのが一番コワい。

歌川豊国(初代) 三代目瀬川菊之丞の娘道成寺図 ナスのような顔に見えるのは惜しい。表具には藤の花の刺繍。これがとても綺麗。

鳥文斎栄之 文を読む遊女図 置きがけらしく足元も襟元もくずれている。髪だけは立派なまま。

蹄斎北馬 かるた遊び図 大夫が読み手で、彼女についている振袖新造、留袖新造、かむろらが札を捜す。
楽しげな雰囲気がある。

長々と書いたがやっぱり面白い展覧会だった。
次のMIHOさんでは入れ替えはどうなるのだろう。

ありがとうございました、ファインバーグご夫妻。
大事にして下さっていて、そしてそのコレクションをこうして見せてくれて。
とても嬉しかった。




七月の東京ハイカイ録 4

今月の東京ハイカイも今日で終わり。
わかりやすいコースです。

キャリーを運送してもらう。案外安い。しかし手持ちバッグは軽くならない。いつもいつも重いな~
だからと言うわけやないが、雀の奴らがお礼にと出してくれるツヅラ、あれやっぱり軽い小さいのにするわ。重いツヅラは肩凝りの元です。

東博に向かう道すがら親子連れがやたらと科学博物館へ向かう。ダイオウイカはやっぱり面白いもんね。まあそんなこと思いながら再び和様の書です。

常設は浮世絵が最高!国芳の好漢たちにドキドキしたわ!写真バチバチ撮りまくり、これだけでまた一本記事書けるぜ。

和様の書は静かに鑑賞する人が多かった。皆さんアタマを振りながら見てたのは字を書いてるキモチやな。

わたしはやっぱり自分の習字の先生を思い出して感傷的になる。先生を連れてきてやりたかったなあ。


上野駅の野菜レストランでカレー食べるが、どんどんどうでもいい味になってきてるなあ。わびしいわ。

ブリヂストン美術館に行く。色をコンセプトにした内容で、感心すること多い。やはり勉強することは無限にあるね。
こんなんやから退屈もしないんだ。


メトロリンクに無縁やな、駅まで歩く。しかも地上を。
なんだか「地上を旅する者」とか「熱風」とか色々思い浮かぶわけです。

シャングリラホテルに到着。28階でサチエ・あべまつ両姐と、のえるさん追善アフタヌーンティー&いよいよ親睦深める会をした。

話は多岐にわたり果てることもないなあ~眺めはいいし紅茶はおいしいし、サンドイッチ・スコーン・スイーツは可愛いし。

記念撮影したけど絶対このグループに空からのえるさんも混ざってるなと思う。
ちょっと早過ぎたなあ、のえ姐さん。
うちらジブンのこと常に思うてるよ~


お二人に送られてわたしは新幹線に乗る。
今日は新大阪やなく京都下車です。
祇園祭の宵々山やがな~
人間納豆製造のような状況に身を紛らせます~
ああ、いいツアーやな。東京ハイカイの続きにこんなオマケがあるのでした。

日本民藝館の外観

民藝関係の建物はいずこもすばらしい。
駒場東大前の日本民藝館も、その西館たる旧柳宗悦邸も、京都の河井寛次郎記念館も、大原美術館の一部も、みんな本当に素敵な空間。
居心地の良さは抜群。
古い日本の伝統建築とともに、新しい思想がはいっているからだろう。

ちょっと写したのであげてみる。

本館の玄関あたり。IMGP1536.jpg

お向かいの西館の壁面。IMGP1537_20130714215845.jpg

ちゃんと<水>の呪術あり。IMGP1540.jpg

本館の玄関脇にはこうしたものも。IMGP1538_20130714215847.jpg

目を転じ再びお向かい。IMGP1541_20130714215912.jpg

この窓の造作のええこと。IMGP1542.jpg

隣のガレージからIMGP1545_20130714215917.jpg

本館のまた鬱蒼と。IMGP1543.jpg

細工の繊細さ。IMGP1547.jpg

ここでは「つきしま かるかや 素朴美の世界」。
その「かるかや」の一部。IMGP1544.jpg

こういうものが見たくて、わざわざ暑い中を遠くからやってくるのさ。
中は撮影禁止なのでとりあえず。

東京ハイカイ録 3

ハイカイ3日目。まず江戸博へ。ファインバーク・コレクション後期を見るのだ。
前期もそうだが後期も大繁盛。入ってすぐに宗達の肉球なめるとらちゃん。
中ほどには芦雪のわんころたち。
ああ、こういう可愛いのを見ると、もうそれだけでええわ~。

会期末が近い展覧会も、それぞれ後日に(手遅れだけど)、感想を挙げる。

新宿へ。今回珍しくストレスなしで損保ジャパンへ向かえた。珍しい。
この歩き方を会得すれば今後は恐るるに足らず!←なんじゃそれは。
シュールレアリスム…うーん。コーネルはいいんだけど、ほかはよくわからない。
楽しめないひとなんですよ、わたし。
「ダリ天才日記」を思い出すなあ。

そしてささっと銀座ライオンに入ってランチしたが、ドリンクバーだったのでアセロラドリンクをおいしく二杯も飲んだ。
トウフステーキはたいへんおいしいのだが、付け合せのミニオカズはダメでしたな。いらんくらいですわ。

太田では浮世絵のイケメンを散々ナメるように眺める。わたしは国貞の団七がベストだけど、実はときめくのは色子・陰子らの姿態なのだった。
ああ、楽しいなあ。

竹橋へ。ちょっと離れるけど、都合でこういう廻りになる。
…お客さん少ないね、さみしいわ。
プレイバック・アーティスト・トーク展。
秋岡美帆「ながれ」「よどみ」「そよぎ」。これは最初に近美に来たとき見たもの。
美術に無縁な友人が、この三部作の前でしばらく動かなかった。
だからわたしの中では、この絵は、その緑色の大きな流れの中に、佇む友人の姿が組み込まれている。

常設では清方「晩涼」がよかった。山の宿か、二階から外を眺める湯上がり美人がいて、鷺が飛び立ってゆく…ああ、気持ちよさそう。
そして恒富「戯れ」も久しぶり。濃い緑の下でカメラをさわる芸妓。彼女の着物も緑の絞り。あのはれまぶたに親しい愛情がわく。

再び戻り、まず乃木坂へ。
国立新美術館で「アンドレアス・グルスキー」を見るが、正直なところアタマが痛くなった。群集かぁ…酪農の牛の牧場が高層マンションに見えたなあ。
あとはマス・ゲームがなんかすごかったなあ…どう見ても同人誌の即売会に見えたのもあるし。

何気なく外を見ると大雨。びっくりしたな。
でもなんとかサントリーへ向かうことにすると、雨やんだ。
ちょっと疲れたので、初めて不室屋へ。加賀棒茶とおからケーキ。しっとりしていておいしい。ちょっとびっくりしたなあ。豆乳とおからにあずき。いいねえ。

谷文晁。濃かったなあ。だからか、墨絵に惹かれたわ。それと石山寺縁起。これは昨秋滋賀でみたが、サントリー所蔵になったのか。たいへんよかったなあ。
特別好きなものはないけど、総じてよかった。

さあ21-21に行こうとしたら、その橋が滝の如き豪雨で霞んでおるやないか!
20分くらい待ったけどあかん、次回へ回そう。期間は長い。

そういうわけでホテルへ戻るわけだけど、外へ出たらもうやんでた。いいねえ。
明るいうちにホテルへ帰るのは久しぶり。
フロントの子と祭りの話で盛り上がり、二人で浅草サンバに出ようかと言うたら、サンバのおねえさんは肉付きがよくてもハジケてる!感じがあるが、われわれではお肉がハミデてる!になるだろー、ということで却下。
むむ、無念。(どこがや~~)

明日はいよいよ東京サラバです。

七月の東京ハイカイ録 2

ハイカイ2日目。9時からの渋谷・ギャラリー大和田に向かう。ハチ公バスではなく歩いてゆくことにして、陸橋へ。そこからなにやら七夕飾りを置いた通路が見えて気になったが、違う道を行く。
松濤美術館のコレクションを見る。第二期目。森田曠平の「遊楽図」がやっぱりすばらしくよかった。
ほかにも犬の彫刻などなど。また後日くわしく。

渋谷駅へ戻るとき、陸橋までの近道が見えたら、さきほどの七夕飾りのところだった。
ああ、そうなんだ。直感は信じなくてはならない。
井の頭線へ向かうのに少し手間取りつつも、駒場東大前へ。
日本民藝館。早くついたのであちこち建物の外観を撮影していると、開館待ちの奥さんから撮ってあげましょうと声がかかる。ありがとう、でもそうじゃないんですよ。

「素朴美」。すばらしくよかった。これは作品に資料説明がないので、あらかじめとらさんの作られた記事を持って出かけたおかげで、いろいろと助かる。
とらさんという先達がおられて、本当によかった。
とらさんの記事はこちら
また、その中でも「曾我物語」屛風について興味深い考察をされているのがこちら

こうした記事をよむと、後進(ここは馬琴風な振り仮名でワカイモノと読んでください)たるわたくしなんぞは、己の怠惰を恥じるばかりなりです。
それでもなんとか感想はでっち上げ…こしらえる予定。
西館(旧柳宗悦邸)も見学できた。

たばこと塩の博物館へ。タバコ関連の工芸品を見る。こういう展示は気楽に楽しめるのでいい。シガレットケースの細工のすばらしさが特に好ましい。

ハチ公バスに乗り、渋滞する中を渋谷文学館へ。30分かかるのは渋滞もかなり加えられているから。
13時開館の文学館で富士講や戦前の少女雑誌の資料を見たり、また渋谷の文学者たちの資料を見たりしてから、お向かいの國學院へ。

ブロガー内覧会に参加したが、これがまたレベルの高いお話を聞かせてもらったりで、頭くらくら。わたしは講演とか講義を聴くのが下手なので、今回たいへんヤバイ。
参加した以上は記事を書かなくてはと思いつつ、またいつものように好き勝手なことしか書けそうにないのを感じる。アカデミックなお話を聞いてても…ナサケナイ。

その後は山種へ向かう。途中で塙保己一の資料館を少し外観だけ眺める。
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保己一の像も初めて間近で眺める。やさしそうなおじさんのお顔だった。
わたしは井上ひさし「薮原検校」の中の保己一のイメージが強いが、そこにこの像も加わる。

9/29のここのイベント。IMGP1594.jpg


山種では川合玉堂を見る。大変よかった。それもわたしは三種の猫の絵に非常に惹かれた。
可愛くて仕方ない。知らなかったなあ、玉堂のにゃんこたち。

ブンカムラへ。レオ・レオニ展。京都でも見ているが、こちらのほうが楽しませてくれる。
わたしは「アレクサンダーとぜんまいねずみ」が一番好きだ。
とてもよかった。

妹と道玄坂のビストロへ行く約束なのだが、いきなりキャンセルの事態に。
妹は熱中症になったそう。そこでビストロの近くにいたのでわたしがじかにキャンセルしにいき、そこから妹の宿へ向かう。
あらら、わたしの定宿と近いよ。というか、前に一度だけ泊まったところではないか。

妹は回復していたので、今度はとびこみで違うビストロへ。
なかなかおいしかったが、飲まないので申し訳ない。三人いるシェフの一人がとても世話をよく見てくれた。
残念ながらお肉だけはちょっと好みに合わなかった。
それは店のせいではなく、わたしら姉妹が大阪人、すなわち神戸ビーフを愛しているからの齟齬に過ぎない。
また行きたい。
写真

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妹を宿まで送り、引き返したが、さすがに足が痛い。くらくらする。
そういうわけでぐったりなのだが、母にメールしたら返事がないのでまたそれにも困る。
足の痛みと心配とで、寝ようという気持ちと寝れない状況が入り混じり、たいへん疲れる。
というわけで2時前の今、こんなことを書いているのだった。
ハイカイ2日目終わり。

おまけ。
草むらの中のニッパーくん。IMGP1596.jpg
水道かもしれないな。

こんな花も咲いていた。IMGP1597.jpg

七月の東京ハイカイ録 1

昨日の夜から都内潜伏中。
今回、ポイントがたまったので機嫌よくグリーン車に乗ったと思ってください。
がら透きの車中でいかにわたくしが機嫌よかったかもご想像ください。
お弁当を食べ、ベジップスもかじり、プリンアラモードまで食べて、珍しくニコニコしてるわたしがおるのを見たヒトは少ないが、パーサーのお姉さんは確実に知っていたでしょう。
新幹線、東京着。日本橋口へGO!……バスがないやんか。送迎バス、どぉしたーーーっ!
あっつい夜の道をまさかのもしかで常盤橋まで出て、そこで電話して、バスの場所が変わったことを知らされて…今から戻るのはもぉいやや、ということでまたもやふらふら歩き、気づいたら今月末閉館のていぱーく前。
地下鉄に乗るのにも乗り場が遠いのなんの。
グリーン車の威力、絶滅。
くすんくすんくすん。
ホテルのフロント、平謝り。いいよ、聞いてほしかっただけ。くすんくすんくすん。

さて今朝になりまして、まず五島美術館へ書を見に。
細かい感想はまた後日イジイジ書きますが、これがまさかこんなに面白いとは。
なんで「まさか」やねん、というツッコミに対しては「いや、ウチはあんまり書見るんニガテやねん」と答えるしかないわけですが、ほんまに面白かった。

予定時間オーバー。それでひとつ順序を変えるとこれがまた…
要するに正午ころの汐留には行ったらあかんなと思った。
いろいろと知ることも多かったけど、会社員とはいえ大阪の中の片田舎で手弁当のものにはわからない、ランチ競争があるんですねえ。
先に汐留ミュージアム。

「松下幸之助と伝統工芸」後期。これがまたいいものが多くて眼福眼福。三期通じてのクイズにも当たって、今回の図録までいただきました。ありがとう~~~

そこから旧新橋停車場の展示室へ。昭和のドールハウス。
昭和40年代の家の中なんて「いやげ物」だらけ!!
ああ面白かった。

カレッタでランチしてから三井へ。
三井のおばけに大喜び。ぜんぜん知らない奥さんがわたしの腕を捕まえて、おばけの捨て台詞が面白いと笑い転げる。ええことですわ、おばけは人を和ませる!(幽霊はあかんけどww)
後期も楽しみ。水木センセの絵もよかったなあ。

そこから歩いて東京駅へ出て、エミール・クラウスとベルギーの印象派を見る。
姫路で見損ねたもの。…うーん、結局いいなと思うものは実は日本人画家の作品だったりする。

次に出光美術館でも書をみる。これもまた面白い。
後日詳しく書くけど、見せ方がまたいいのですよ。
ここでわたしはひとつ失敗をやらかし、みなさんにご迷惑をおかけする。すみません~~

上野へ。
科学博物館でダイオウイカ。これがまた面白すぎた。カメラ持ち込むの忘れて悲しいことになったが、いいものをいっぱい見てよかった。

最後は東博。明日からの「和様の書」内覧会。
大規模なのはわかっているが、すごくよかった。
これは朝に五島、夕方に出光で名品を見たおかげで、感じられた良さ。
うーん、うなります。

今日一日で三つの書の展覧会を見た。
三書は散暑になってくれたようで、機嫌よくおわる。

旧大林組本社ビル

今日は暑いので本当にちょっとだけ。

土佐堀通りに面する旧大林組本社ビルにいき、三階の歴史資料室でいろいろと楽しませてもらった。
そして創業者大林芳三郎のヒトトナリの面白さに惹かれもした。
それらの詳しいことはとりあえず後日再訪した時にまた。

外観を少しばかり。

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土佐堀通りに面する表の顔。長らく辻調理師専門学校だった。
今は大林と関係の深いレストランが入っている。

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メダイヨンにはラテン語で1926年と記されている。完成した年。

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スクラッチタイルとアーチがいかにも大正ロマン。

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細かいところの装飾も怠りなし。

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鷲もまた大正の顔。IMGP1526.jpg

中に入るとレトロなエレベーター。ライトもシックなのでそのまま版とフラッシュ版と。
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そして素敵な階段IMGP1519.jpg

外観の中でいちばん目立つのは窓。IMGP1527.jpg

その上にはこんな装飾IMGP1528_20130712000422.jpg

やっぱり魅力的IMGP1529.jpg

今度は川に面したほうを撮りたい。IMGP1524.jpg

美の饗演

国立国際美術館の「美の饗演」を見に行った。
関西コレクションズとあるように、関西の6つの美術館から20世紀の作品を精選した展覧会である。
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20世紀の美術と言えばわたしなどは1920年代アールデコの時代を中心に、モダンなものは好きなのだが、それが先鋭すぎるともう意味が分からなくなる。
特に抽象表現はさっぱりお手上げで、それが原因で展覧会に行くのが遅れたともいえる。
まことに美術品にも所蔵先にも申し訳ないが、特に惹かれたもの以外は何も書くことができないまま、話を進める。

第一章 20世紀美術の幕開け

セザンヌ 宴の準備 神話的な風貌を持つ絵。チラシを見てから実物を見ると、嬉しい発見がある。右端のガラスはもっと青く、左のカーテンはもっとピンク。
だから実物を見ないといけない。
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ピカソ 道化役者と子供 青の時代の絵。この時代の絵に滲むせつなさは、後の作品にはもう現れない。

ピカソ ポスターのある風景 キュビズムで表現。「KUb」という字がある。これはブイヨン会社の商品名。ほかに酒や花の絵などもある。

ボッチョーニ 街路の力 いかにも未来派。紫が目立つ。人影などがある。未来派のかっこよさ。そういえば夢野久作「ドグラマグラ」にも未来派について少しばかりあった。

パスキン バラ色の下着の少女 いずれ児ポ扱いされるのではないかとちょっと心配。

マックス・エルンスト 灰色の森 グレーの夜空。描かれた森は不思議なだまし絵のように見え、隠された鳥は三羽いるが、ほかにも中国の避邪のようなものが見える。

マティス 鏡の前の青いドレス ああ、そうか。鏡に映るのは彼女のごく一部。
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モランディ 静物 なんとなく不条理なものを感じる。白地に霞がかかったような卓上の静物。

ブランクーシ 眠れるミューズ この細い楕円形の頭部を見る度、米粒を巨大化したらこうなるのでは、いやいや胚芽はどうする、といったことを考えてしまう。

フリオ・ゴンザレス 箒を持つ婦人 横から見た姿。ああしんど、というような女性。

第二章 彫刻の変貌とオブジェの誕生

ロダン オルフェウス これは兵庫県立美術館の前身・県立近代美術館の頃に初めて見たと思うが、違った場所で見ると、新しい感興が湧く。絶望感と同時に肉体の力強さと。

マイヨール コウベのディナ 婦人トルソ。マイヨールの奥さんがモデルで、なかなか豊かな肉付きがいい。これは神戸に来られたディナさんがこの像が神戸市灘区の兵庫近美に入ることから「コウベのディナ」と名付けられたそうだ。

マルセル・デュシャン兄弟の作品が色々とある。
一つ一つを見たが、興味が作品とは違う方向へ向かう。マルセル・デュシャンが1929年のフランス代表選手としてチェスの世界選手権に出たとか、そんなこと。

クルト・シュヴィッタース gc 新聞や布切れなど身の回りの品を集めて作品を構成するメルツの考案者とある。これもわかる人にはわかるのだろうが、わたしにはやっぱり意味がわからない。現代アートの前に立つと、深い疎外感ばかりが湧きだしてくる。

ブランクーシ 新生 金ぴかの楕円形に数カ所のへこみがあるもの。まったくわからないが、色は綺麗である。

アルプ 植物のトルソ ボーリングのピンの変形ものに見える。

ザッキン デメテール こちらも金ぴかである。ブロンズにメッキ。首はないがしなやかな体がある。左手で下腹を押さえ、上げた右手でリンゴを持つ。遠目にもデメテールだとわかるのは、その大胆な造形が実はギリシャ・ローマ彫刻の彼女の姿を踏襲しているからだった。

ジャコメッティ 石碑1 細いオヤジとしか・・・

コーネルの箱がいくつも出ていた。「月の表面」、「陽の出と陽の入りの時刻 昼と夜の長さを測る目盛り尺」、「シャボン玉セット(月の虹)宇宙物体」、「北ホテル」、「カシオペア#1」・・・
コーネルの箱をみつめていると、自分もその中に入り込んで、そこを起点に宇宙の彼方へ飛んでしまいたくなる。
閉塞感と共に自由な広がりを感じる不思議な世界。

第三章 ヨーロッパの戦後美術

正直なところ、ヨーロッパの戦後は映画以外、関心がない。
ルーチョ・フォンタナの赤や青に塗られたカンバスを見ても、わたしにはなんのことだかわからない。

ジャコメッティ 鼻 異様に長い鼻。禅智内供のボテボテの長い鼻ではなく、細ーーーーーーーーーい鼻。

第四章 戦後アメリカ美術の展開

ロスコの作品が四点ある。その前にきたとき、高校生らしい娘とその母親が「わからへん」と話し合っていた。
私が来たので移動したが、言ってあげたかった。
「大丈夫、わたしも全くわかりません」
ロスコファンには申し訳ないが、そんな状況である。

ほかにフランク・ステラ、ジム・ダイン、シーガル、リキテンシュタインの作品があった。

ウォーホルのグレムリンは面白かった。1986年制作というのがいよいよリアルタイム。
色を変えてグレムリンを描く。懐かしくて可愛くて楽しい。

第五章 多様化する現代美術

ジュリアン・オピーの映像はモニターの故障でみれなかった。

キーファー 星空 モノスゴイ星空の下で横たわる男。作者本人の姿らしい。

トーマス・シュトゥルート ルーヴル美術館4、パリ 1989年のある日のある情景。ジェリコー「メデュース号の筏」をみる観客たちの様子を捉えている。たぶん日本人観光客らしき人々。悲惨な情景を描いたロマン派の作品をのんびり眺める観客の姿。
こういう対比の作品はほかにもあるが、やはり面白い。

フラナガン ボウラー 出ました巨大足長ウサギ。「ボウラー」とはクリケットのピッチャーのことらしい。勢いのある巨大ブロンズ。

わからないものはわからないままに、それでも見て回ると、なんだかんだと引っかかりがある。
やっぱりがんばってこれからもこんな機会があれば出てゆこうと思う。

7/15まで。

地下二階では所蔵するピカソの版画と陶芸、新しく収蔵した作品などの展示がある。
以前にも見ているので、見たかった作品の前にゆく。
1905年のドライポイント作品「サロメ」「二人のサルタンバンク」が特によかった。
そしてピカソの自画像たるミノタウロスをいくつか・・・
きれいな刷りなので細部までよく見えた。

オノサト・トシノブのカラフルな作品にはくらくらした。
色の氾濫。ここまでくるとただただ目が回る。@@;という感じ。

藤本由紀夫のウォールに手巻きオルゴールを一面18個ずつ貼り付けたものも面白くはあるが、正直なところ何を意味するのかはさっぱりわからない。
面白がるだけでいいのかどうかもわからない。

最後に須田悦弘さんの「チューリップ」がどうしても見あたらないので、エスカレーターそばの監視員さんに訊きにゆくと、満面の笑みで、よく訊いてくれましたと喜ばれた。みんなあんまり訊かないらしい。
なかったらないでええわと思っているのか、私と違ってちゃんとみつけれてるのか、は知らない。
監視員さんのいた場所にはエスカレーターと大きな柱がある。チューリップはその柱の上に可愛く咲いていた。
エスカレーターに乗りながらその真横を行き過ぎる。
やっぱり本物のチューリップにしか見えなかった。

こちらも7/15まで。
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