美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

博物館は おばけやしき

子供の頃からオバケ屋敷が大好きだ。
遊園地に設置されているオバケ人形の活躍するオバケ屋敷に始まり、東映の俳優さんらの出演と深作欣治監督演出のオバケ屋敷も楽しくて、本当に好きで仕方ない。
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兵庫県立歴史博物館の特別展「博物館は おばけやしき」は本当に楽しかった。
浮世絵や大和絵の幽霊・妖怪画を出すだけでなく、現役で最後のオバケ人形師の中田市男さんの人形が出演していたのだ。
こんな魅力的な展覧会、めったにないですがな。

入り口からして凝っている。
このあたりは撮影OKならみんなますます喜ぶのに惜しいことをするよ。
お城の入り口を拵えていて、向かって右には白い狐の尻尾をいっぱい見せたバケモノ、これは姫路城の本当の城主と言われる「長壁姫(刑部)」とその眷属たちで、左には井戸から飛び出すお菊さんがいる。
お菊さんの周辺には染付のお皿と蝶々が華やかに舞う。
どちらも姫路のお祭り・三ツ山大祭の今年の拵えもので、長壁姫と眷属は地元の大学生たちが、お菊さんは地元の高校生が作ったそうだ。
かなりよく出来ている。

それでお菊さんに蝶々キラキラというのは何も意味なしのことではなく、姫路つまり播州が舞台の「播州皿屋敷」には殺されたお菊さんがお菊虫に化身したという伝承がある。
そのお菊虫の成虫がジャコウアゲハだということで、蝶々キラキラなのである。
バックに花を背負う少女マンガのキャラ、周囲に蝶々をまといつかせるオバケのお菊さん。

ちなみに長壁姫の物語は旧くは宮本武蔵の肝試し、近代では泉鏡花「天守物語」としてよく知られている。
わたしなんぞも子供の頃から姫路城の天守には刑部姫とその眷属がいて、城主よりも偉いという話を聞いていた。
尤もその姫路城主は酒井抱一ファミリーではなく、それ以前の話だが。

江戸時代、既にオバケ屋敷は興行として成り立ち、人気があった。
いつごろからそれが人気になったのかは知らないが、見世物を喜ぶ人々の絵は近世風俗画の初期の作品に顕れているので、同時期のことかと思う。
橋爪紳也さんの「化物屋敷」にそれが詳しい。
20年ほど前に出た中公新書で、当時ワクワクしながら読んだ本である。

さてオバケ屋敷は絵にもなっていて、有名どころでは「林家正蔵」などがあり、そちらは三井・横須賀そして巡回の「幽霊・妖怪画大全集」でも見られる。
この兵庫歴博の凄いところは、その資料ではなく、江戸時代に開催された実際のオバケ屋敷の様子を描いた本や、オバケ屋敷のやり方のノウハウ本を展示しているところだった。

胴試真絵 これが江戸時代のオバケ屋敷を描いた本の一部。うーむ、なかなか怖いですがな。なにしろ出てくる奴が凝ってる凝ってる。

化物草子、土蜘蛛草子、怪談絵巻、稲生物怪録など、あるあるあるある。
土蜘蛛草子はトーハクでも見たが、これは天保8年の写本で国際日本文化センター蔵。
やたらと顔の巨大なタラチネなのが座敷に坐っている。
戦前の日本まではこんなヒトも多かったから、一概にバケモノとも言い難いのだが。

それで思い出した。乱歩「孤島の鬼」の副主人公でゲイの美青年・諸戸道雄は養母に挑まれて、それがトラウマとなりゲイになったのだが、「オバケのように大きな顔が」とその養母の様子を主人公に語っている。今の人より昔の人の方が顔が大きかったのは事実だが、それでなおこのセリフだから、推して知るべしな巨顔なのである。

稲生平太郎のひと夏のバケモノ対峙(退治ではなく対峙である)の記録を描いた「稲生物怪録」は当時から有名で、今も毎日新聞の今月の童話「平気の平太郎」になり、また諸星大二郎「紙魚子と栞」のシリーズにも出てくる。水木しげるももちろん描いている。
とはいうものの、どうも平太郎は何を見ても動じない肝の太い人と言うより、どこかズレてる人に見えて仕方ないのだった。しかもある意味すごく面倒くさがりのような。

ここでは色んなバケモノが登場するが、指先がさらに枝分かれしている枝毛ならぬ枝指はキモチわるかったな~

稲垣足穂はこの平太郎のひと月に亙るバケモノとの遭遇・対峙は、愛のイニシエーションだと書いていたと思う。最後の最後にとうとう化物たちの頭領・山本五郎左衛門から勇気を称えられ、木槌を与えられる。
その木槌で何がどうということもないのだが。

姫路と言えばお菊さんの話が本場だが、これが江戸だと「番町皿屋敷」になり、皿も高麗青磁だというのを読んだが、出典を忘れた。
一方、宝暦4年刊行の「西播怪談実記」では信楽焼の皿だとある。
信楽焼で皿というのはちょっとどうだろうか。
浮世絵などでは染付のお皿が描かれている。
どちらにしろ昔の身分制度による悲劇がある。

お菊さんはお岩さんと並ぶ日本の二大幽霊で、だからこそ吉川観方も二枚絵を描いている。そちらは「幽霊妖怪画大全集」に展示されている。
お岩さんはお江戸の人だが、各地に皿屋敷伝承があることも、民俗学的な見方で見ればとても面白い。

さてそのお菊さんが出演する読み物も錦絵も少なくはない。
落語にも出るし、明治の新歌舞伎にもなった。
ここでは芳虎の仕掛け絵本もある。

扶桑皇統記図会がある。これはデジタルライブラリーで見ることができる
オバケ話があるようだ。

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さて、いよいよオバケを作るコーナーに来た。
オバケを作るとは何か。オバケ屋敷のノウハウ本や仕掛けものなどがたんと並んでいた。

「即席手妻種」「放下筌」「天狗通」といった本があり、いずれも平瀬輔世の著作。
中でも「即席…」には巨大な三つ目の黒ん坊(!)がぬーっと出ていて、それが妙に可愛い。これでターバン巻いたら「お呼びですか、ご主人様~」とか言いそうだし、または
♪メタルーインドーカレー♪とか歌いそうである。

写し絵のフロと種板がある。これは嬉しい。三井にも出ていたが、本当に楽しい。
今は上方落語にこの演芸が伝わっている。
ここにあるのは簡単なバケモノ変化のもの。物語性のあるものはない。
国立演芸場の資料室には「こはた小平次」の種板があり、わたしは'93年頃にそれを延々と写生したことがある。
そんな頃から今とあんまり変わらない暮らしぶりだったのだ。

蔀関月の「伊勢参宮名所図会」がある。挿絵が丁度妖怪を的にした吹き矢の図。
こういうのも面白い。お伊勢さんで妖怪吹き矢。
膝栗毛でも水口の辺りでそんな挿絵があるから、やっぱり今の三重から滋賀にかけては、妖怪吹き矢が人気だったのかもしれない。

見世物ではほかに独楽の竹沢藤次の絵が出ていた。当時の人気ぶりがしのばれる。

明治36年(1903)に歌川国政が児雷也をモティーフにした4枚続きの組み上げ絵(立版古)を出した。蝦蟇たちが可愛い。特にちびの蝦蟇たちの可愛さは撫でてやりたくなるほど。

次は化物細工と生人形。
随分以前のINAXギャラリー「上方下りの細工見世物」では錦絵だけでなく現物もあった。
百五十年以前の人々が楽しんだのを実感する。
その時に松本喜三郎や安本亀八の生人形を知り、その艶めかしさにときめき、後年わざわざ熊本まで展覧会を見に行ったのだった。

人魚のミイラがある。キメラ的な工芸。残念。これはやっぱり和歌山産。これではないが、高野山の麓の学文路のお寺にやっぱり人魚のミイラがある。
それは2001年頃に大丸での「大妖怪」展で見た。

幕末、江戸に人気の化物細工の上手な人形師・泉目吉という人がいた。
芳艶がその拵えものを錦絵にしている。
こういうのを見ると、やっぱりいつの時代もホラー系の人形を拵えるのが好きな作家がいるものだと感心する。
オバケなんて大っ嫌いと言う人もいる一方で、わくわくする人もいるのだから、やっぱりこういう作家は必要だ。
現代でも一人でオバケ屋敷のコンセプトから演出までやり遂げる人がいて、かなりの人気者だ。彼のオバケ屋敷に行きたいと思っているが、なかなか行けない。いつかぜひとも。

流行人形双六を見る。生人形で拵えたシーンが色々あるようだが、それを絵双六にしたもの。武松の虎退治、近江のお兼、張順の水門破りなどなど水滸伝や当時喧伝されていた稗史の勇者たちが描かれている。こういうのを見るのは本当に楽しい。

おお、生人形の現物がある。松本喜三郎の池坊。明治4年の作。ちゃんと手は花を触る。
楽しいなあ。また生人形の展覧会や細工見世物の展覧会が見たい。


最後のお化け人形師・中田市男さんの特集があった。
中田さんについては、2006年に「オバケ屋敷などなど」でも少しばかり挙げさせてもらった。
その記事はこちら

中田さんの人形はいかにも「オバケ~」という実感がある。わたしは人形そのものが好きなので嬉しいが、やっぱり怖いなあ。
浴衣が可愛いのっぺらぼう、男顔の鬼母、一つ目小僧に三つ目入道、大入道、烏天狗などなど。

蚊帳の中にいる骨女はこちら向けの左顔はきりりとした顔だが、右は骨が露わ。雰囲気的に「豊志賀師匠」ぽい。
そしてその手が持つ団扇には吉川観方のお岩さんの絵が描かれている。
また、蚊帳の上をそぉっと見上げると・・・ギョッ!!大きい足がドーーーンッッと出ていた。
オバケの上に更に別なオバケがおったのでした。

今回、新作を拵えたそうだ。こちら。nec586-1.jpg
やっぱり女のオバケはちょっとキリリとしていないとね。

中田さんの人形で怖いエピソードが紹介されていた。
北海道の興行主が中田さんにお岩さんの制作を依頼した。
機嫌よく素敵に怖いお岩さんを拵えて送ると、程なく依頼主から「あの人形はおかしい」と、理由を決して告げることなく送り返されてきたそうだ。
中田さんはとうとうお人形を川に流してしまったそうだ。
人形に魂が入り込んでしまって、何かがあったのかもしれない。
それからか、それ以前からか、中田さんは決して人形を完璧には作らないそうだ。

中田さんの人形は昭和の真ん中から終わりくらいまでとても需要があったのだが、近年は残念ながら出演が激減。
わたしはやっぱりこういう和風の人形が展開するお化け屋敷が大好きなので、また復活していただきたいと切に願っている。
そして中田さんの技能を受け継ぐ若い人も育ってほしいと思っている。

img991.jpg 昔見つけた新聞記事から。


ピカッと光るものがあった。
明治13年(1880)刊行の「御伽秘事枕」は西洋風味のオバケの仕掛けなどを記していた。タイトルだけ見れば春本かと思うがさにあらず、オバケです。
そしてここでちょっとした仕掛けが設置されていて、楽しめるようにもなっていた。

思えばわたしは「幽霊・妖怪画大全集」からこっち、三井の「大妖怪」、横須賀の「日本の幽霊を追え」とオバケ系展覧会を追っかけ続けたが、この兵庫歴博は「博物館は おはげやしき」と名乗りを上げるだけに、所々に観客参加の仕掛けがあった。
どこの展覧会も楽しかったが、体験型があるのはここだけだったか。

オバケ屋敷の現在、ということで宝塚ファミリーランドの水木しげるのオバケ屋敷の資料が出ていた。
わたしもよく行ったなあ。
とにかくわたしにとって宝塚ファミリーランドは心の底から楽しめる遊園地だったのだ。
このことについてはしばしばこのブログ上で語っているのでここでは書かないが、常にあの遊園地のことを思うと涙が出てくる。
そしてそこで楽しんだ鬼太郎のオバケ屋敷の楽しさ・怖さを思い出すのだった。


江戸時代の絵巻物や版本が出ている。鳥山石燕らの本なので、このあたりはもぉすっかりおなじみ。
「兵六物語残巻」にはミミズクのバケモノが描かれていたが、確かに江戸時代はどうしてかミミズクもバケモノ仲間として描かれることが多い。
なんでだろう。

酒呑童子関連の資料もある。右隻しか出ていない屏風もある。だから鬼の首が飛ぶシーンはなし。

桃太郎の鬼退治も思えばひどい。侵略者ですよ、桃さん。
だからか(?)戦中には「桃太郎 海の神兵」という見事なアニメーション作品もある。

淡路の人形カシラもたくさん出ていた。
淡路の人形は文楽のカシラより大きい。その分パッと見に迫力がある。
赤鬼、青鬼、黒鬼、赤鬼ガブ、天狗などなど。お岩さんまである。文楽でもお岩さんあるかなあ?
そんなことを考えるのも楽しい。
やはり顔の後ろに顔があるオバケの人形が出ていた。
わたしはこれを見ると必ず山田風太郎の小説を思い出すのだった。

錦絵もある。
芳年の「美勇水滸伝 天狗小僧霧太郎」がとてもハンサム。
北斎の百物語も少しばかり。
金毛九尾の狐の絵もある。
国芳 三国妖狐図会 玄翁  ドクロいっぱいある中に美女と対峙する玄翁。この玉藻の前が那須で殺生石になるのだが、玄翁はそれを砕く力を持つ。

それから北斎漫画のオバケ関連ページが開かれている。
累の怨霊と祐天上人の絵など。
そういえば昔わたしは祐天寺へ行ってその説話や資料などがあれば見たいと思ったのだが、いまだに祐天寺にすら出向いていない。

面白いのは寛政七年(1795)刊行「桃食三人子宝噺」。大人になった桃太郎と金太郎が仲良くくつろいでいる。

ほかにも山東京伝の黄表紙には「ももんじい」やカナで顔を作る、つまり「ハマムラ」の大先輩たる「ヘマムシ」などが出ていた。
それから「小夜の中山夜泣き石」などなど。


おもちゃも多い。
幕末から明治にかけてのおばけのおもちゃ絵など。
タイトルがまたすごい。
「新板お子様方に出きるかわりゑ」芳藤のおもちゃ絵。
オバケの種板もあるが、大うつし絵の皿屋敷は怖い。

明治になって駄菓子屋で売られもする、オバケのおもちゃ。
日光写真、うつし絵、オバケ花火、妖怪メンコ、夜光オバケ、そして平成の世にも「ようかいけむり」というおもちゃがあった。
やっぱりみんな、オバケ大好きなんですよ~

壁面に切り絵で作られたオバケたちが並ぶ。
実にうまい。
立体的な造形。バウハウスの教育のようだ。かっこいい。
昔からのものもあろうが、オリジナルもあろう。
とても器用で感心するばかりのハサミの動き。
いや~すばらしい。

それから郷土玩具のおばけたちが集められていた。
真っ黒な顔に体の神戸人形がいっぱいある。
さすが「兵庫県立歴史博物館」である。
神戸人形は大阪北摂のわたしには珍しいものだった。
西瓜喰い、木魚叩きと手妻、ろくろ首、鬼の船遊び、オバケ井戸、月見の宴会・・・

東北のオバケたちも負けてはいない。
ザシキワラシに河童、ベロ長。
館林の文福茶釜、大台が原の一本タタラ、蒜山のスイトン(なつかしい!!)、鳥取の張り子のオバケたち、土佐のシバテン、長崎のベロだしの凧(ベロだしは世界的に「魔除け」の意味を持つ)、奄美のケンムン・・・
そして「妖怪版 ご当地キティ」!!!
三つ目にろくろ首にちょうちんに天狗に・・・キティ万歳!!!

鬼太郎のソフビ、プラモ、そして昭和60年代の「霊幻道士」、キョンシーのゲームなどもある。

あーーー、本当にすごい。
めちゃくちゃ楽しい「博物館はおばけやしき」だった。
大雨が予測されているが、9/1までなので行ける方はぜひとも!!! 本当に面白かった。
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2013年 ホテルオークラ「アートコレクション」展

夏恒例のホテルオークラ「アートコレクション」を今年も楽しんできた。
フランス絵画をメインにした展示である。
チャリティと言うことなので、わたしは小さなリーフレットを購入した。
極端な話、わたしのようなものはこういう方法以外、何をどうすれば自分のおカネがひとのためになるのかわからないので、チャリティに参加できてよかったとも思う。
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吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)と松岡美術館所蔵品が目を惹く。
初見よりもなじみの作品が多いのが、今回の特徴かもしれない。

日本人は近代フランス絵画がとても好きな民族だと思う。
それは主に印象派以降エコール・ド・パリまでか。
以後はフランス帰りの日本人洋画家が人気者になった。

展覧会は年々歳々繁盛し、お客さんも多かった。皆さん喜んで眺め歩いている。
わたしなども楽しく見て回った。

第一章 19世紀のパリの画家たち 自然と都会の饗宴

ジュール・シェレ 「ロータスの花」フォリー・ベルジェール座  水仙に見えるが蓮の花らしい。東洋の花をタイトルにしたレビュー、そのポスター。

シェレのポスターはロートレック以前のパリの花形だった。ロートレックの次に来たのがミュシャ。
ミュシャもロートレックも日本では常に愛され続けているが、シェレは知らない人も多い。
'90年代初頭に大丸で展覧会があり、それで知ったのも懐かしい。このポスターは京都工芸繊維大学の資料館のもの。そこへ行くとでかでかと展示されている。

モネ スミレの花束を持つカミーユ・モネ  この絵はアートコレクションに以前にも出ていたと思う。
緑色の室内で、同じ柄の布を使ったようなカーテンとイスがあり、そこにいるカミーユ。濃紺のドレスに髪には赤い花飾り、手にはスミレの小さな花束。その薬指には青い指輪。
カミーユはこちらをみている。やや首を傾げてまっすぐに見る。画家をこえ、絵を見るものたちの心に届くようなまなざしで。

ルドン 青い花瓶のキンセンカ  ぽつんと黄色と白の花。この絵を見ていると思い出す言葉がある。
キンセンカは手でちぎると苦いような匂いを放つんだよ
その言葉が胸の中を行き過ぎる。

ルノワール 泉  背中を見せる裸婦。肉付きのよろしすぎるところはあるが、豊饒だという感じがある。

ロートレック 金色の怪人面装飾のある桟敷席  オペラグラスの女。装飾の怪人面が助演男優賞のようだ。


第二章 フランス郊外へ 
1 郊外の森と庭へのプロムナード 光と影を描いた画家たち

モネの睡蓮が二枚来ていた。
個人のものと大山崎山荘のものと。前者は水面に顔を見せる薄紅色の睡蓮と可愛い丸い葉っぱと。近くで見たような構図。
後者は先のものより十年後の作。ロングで捉えられた池の表面には、薄紅、白、そして黄色の睡蓮が満開。
朝の早い時間でないとこうは見えない。水面に薄紫の光が広がる。ある時間帯までは確かに存在したろう光景がそこにある。

ル・シダネル 森の小憩、ジェルブロワ  森の中で楽しいピクニック。木漏れ日が差し込むとは言うものの明るくはない。そこに白い敷布をしいて、ワインやフルーツやパンを広げている。籠からはみ出る布。コップも染付の皿もカラだが、今から何かが載るのかもしれない。
木にはサーモンピンクに見えるリボンのついた麦わら帽子。どんな若い女がこの帽子をここに掛けたのだろう。
そんなことを考える楽しみがある。nec584.jpg


ヴラマンク 雪の村  ヴラマンクの描く雪は必ず汚れている。「雪は汚れていた」このことを必ず深く考える。

里見勝蔵 フランス風景  不穏な空気がある。建物が三つばかりある。まだヴラマンクの影響下にある時代だからか、なにやら怪奇な光景にみえる。

岡鹿之助 雪の観測所  静謐な世界。エメラルドグリーンの空が美しい。岡の絵はいつも胸がすくような感じがある。

2 ヴァカンス 南仏の陽光と日本への帰国

ルノワール カーニュ農園  木に囲まれた農園をロングで捉える。もあもあしたのはカーニュの温かな温気を描いたのかもしれない。

前田寛治 海  短い晩年の一枚。激しい。クールベの描く波を想起させる。前田寛治のこんな力強く激しい絵は初めて見た。タイの大使館にあるのか。これこそ秘蔵のアートコレクションだな。


第三章 パリ ユトリロと佐伯
1 モンマルトルの丘のユトリロ セーヌ川右岸の街並みに見る視線

雪の絵が二枚ある。それからムーラン・ド・ラ・ギャレットや鐘楼、通り…
セーヌ右岸ということなので、わたしはそこを歩く人の気持ちになって、左目だけで見て歩いた。

2 モンパルナス界隈の佐伯祐三 セーヌ川左岸の街並みに見る視線

洗濯屋の壁が面白い。1階はエメラルドグリーンで塗られ、2階は汚れたまま。
実景はどうなのかは知らない。
田辺市立美術館からもリュクサンブール公園などが来ていた。
わたしはこれらを、右目を中心に見て歩いた。


第四章 描かれ、構図となったパリとセーヌ川 パリに憧れた日本人画家たちとともに

マルケの絵が三枚もある。それだけでもとても嬉しい。
パリ、ルーブル河岸 街路樹の緑が気持ちいい。濃淡によりその存在感が大きくなっている。道はクリーム色、その上を行きすぎる人々。 静かなルーブル河岸。
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ポン・ヌフ 霧の朝  死の年の1枚。柳だけが揺れている。こんな日に出歩くのも面白いかもしれない。

マルケの良さをもっと知りたい、味わいたい。
どこかで回顧展を企画してほしいと思う。

矢崎千代二 ノートルダム クレーン車が働く夕暮れ。

斎藤豊作 残れる光  林道の中、光と影が共にある。筆を面にしてベタッベタッと塗る。

霜鳥之彦 巴里郊外シャルトルの村  シスターが二人静かに歩む。星野画廊所蔵品。東京では確かに星野画廊の企画展なども見られず、所蔵品も見ることは出来ない。
こうした機会はとても貴重だ。
そして既にほぼ忘れられている明治初期の京都の洋画家(油絵師)たちの活躍を東京でも知ってほしい。

小島善太郎 静物(秋) ざくろ、りんご、人形、そして左端に黒猫がいた!途端に生き生きしてきた。

荻須高徳 パリ風景  ぼろビル。たぶん今も使われているような気がする。


第五章 エコール・ド・パリと1920-30年代にパリで活躍した画家たち 麗しき人物

ドンゲン 天使の反逆  おおーっキター!という感じ。内幸町時代の薄暗い松岡美術館の展示室の中で、こちらを挑発するように見ていたパリの女。途轍もなくかっこいい。
わたしはこの絵を見てからドンゲンが大好きになったのだ。

キスリング 水玉の服の少女  黒地に大きめの白の水玉と小さい赤の水玉が浮遊する。
裾をカールした髪、やや丸顔の無表情な少女。肌の滑らかな白さがとても魅力的だった。

田中保 裸婦  これもまた強烈にその時代性を感じさせる。田中保の裸婦たちはその時代でしか輝かない。

藤田嗣治 パリ風景  戦後のフジタの絵は口をつぐむ女や子供が描かれている。不必要なほどに口をつぐむ。この母子は街なかで眠っている。ベンチには飯盒炊飯のようなものもある。反対側の道路にはカトリックの小学生たちの群らしきものが歩く。
貧しい母子たちは誰に頼ることもなく、その日暮らしを続けている。

毎年いいものを見せてくれている。今年もありがとうございました。9/1まで。

野中ユリ 美しい本とともに

神奈川県立近代美術館の鎌倉別館で野中ユリの展覧会が開かれている。
野中ユリと言えばまず思い浮かぶのが、澁澤龍彦の本の装幀。それから種村季弘、武田百合子。
古写真と宇宙や花の絵や写真との組み合わせ、それが幾種もの組み合わせを採って、視界いっぱいにあふれだす。
いずれもきらきらした鉱石そのもののような存在だった。
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むろんそうしたコラージュだけでなく、銅版画、リトグラフ、シルクスクリーンといった技法も彼女は採る。
そして今回の展示で初めて知ったのが「デカルコマニー」という方法だった。
というより、その技法がそんな名を持つことを、今回初めて教わった、と言うべきかもしれない。

「紙と紙などの間に絵具を挟み込み、その上から圧力をかけることで、絵具は押しつぶされて広がり、作者の意図しない偶発的な形態を得ることができる技法」だという説明を読んだ。シュルレアリストたちの好んだ、偶発的な美が得られる技法。
わたしはそれを読み、ロールシャッハテストを思い出した。
花にも見え、あるいは肉体の一部にも見える様相を呈したものたち。

しかし野中ユリの作品は偶発的な美から生まれた産物、といった趣は薄く、むしろ作者の意図した方向に生成された美、作者の意思に誘発されて生じた美、だと思う。
野中ユリが美の設計図を拵えて、それらを誕生させたかどうかは知らない。

最初にデカルコマニーの作品が並んでいた。
彼女の作品タイトルは全て詩的な美しさに満ちている。
すべてのシュルレアリズムの作品は、詩と共にあるように思われる。
詩があるからこそ、そこに作品が成り立つ。

黒のデカルコマニー、薄青のデカルコマニー、青と黄のデカルコマニー、作品タイトルからデカルコマニーが外れて、青い花のシリーズといったものもある。
またはデカルコマニー(黒)、といったように背後に色の名を付けたものも現れる。
いずれも非常に端麗な作品である。


銅版画をみる。
1959年の個展で世に顕れた美。
二十歳そこそこの頃に作られた作品群は、既に不思議なきらめきをみせていた。
ひとつひとつの作品に対し、細部について或いは全体について語るのは避けたい。
こんな若い頃から既に彼女は作家・野中ユリであり、全ての作品はこの時代の作品を母胎として放射線状に延び続け、絡みあい続け、見事なアラベスクをみせている。
そんな一部を切り取って、わたしのようなものが何を言葉に置き換えることができるというのか。


コラージュ作品をみる。
1966年刊行の澁澤龍彦「狂王」の挿画がある。
自分の生まれた頃、こんな作品が世界にあったのだ。
赤ん坊として生きていたことを、ふと、にくみたくなる。
わたしはその世界の外側にいたのだ。

妖精たちの森 記憶があるのはこのあたりからかもしれない。
図書館でみかけた可能性が高い。
1980年頃、わたしは図書館で本の宇宙に漂っていた。


ランボオの古めかしい肖像写真に、あるいは幼い二人の男の子(マルセル・プルーセルとその弟)の写真に、さまざまな背景がつながれる。
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ランボオは若いうちに詩作をやめて商人になり、その足跡を沙漠の向こうに消した。
熱砂の向こうなのか、暗黒の岩の中なのかもわからない。
だからこそか、ランボウの背景には、沈みゆく大伽藍、オリオンの大星雲、ブッダガヤーの塔、タージ・マハール、そして錬金術のエレメントのある情景が選ばれている。
続けて眺めると、背景のコスプレのようで、少し微笑んでしまう。


ジョバンニとカンパネルラのシリーズがある。
銀河鉄道に乗り込み、宇宙を行く二人の少年の旅の話。
窓の外に見える銀河、乗り降りする人々とのささやかな会話。
やがて目覚めればそこは地上。そして一人取り残される少年。

野中ユリはそこに宮沢賢治とその妹トシの姿を見出す。
物語を完全な形で再現した画ではなく、野中ユリの見た風景を画にしているが、閉じられた世界の美しさを、ふつふつと感じさせられた。

静かな空間の中で、本とそして作品とが展示されている。
決して野中ユリの創造した世界の住人になることは出来ないが、その世界を宇宙を、外側からなら眺められる。
その喜びを深く味わう。

図録はもう早くに売り切れていた。
ここへ来た人なら誰もが欲しくなる、宇宙の欠片が詰まっている本。
無念だが、「自分の手の届かないところに行ってしまった」……そのこと自体が野中ユリがわれわれに提示した世界の本質のようにも思われた。

9/1まで。

浮遊するデザイン 倉俣史朗とともに

埼玉近代美術館「浮遊するデザイン 倉俣史朗とともに」を見た。
わたしは工業デザイナー倉俣史朗の名を知らなかったのだが、チラシを見て「ああ、この人か」と納得し、機嫌よく出て行った。
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チラシやチケット半券になったのは通称「オバQ」という照明器具。
現物を目の当たりにしたとき、「なるほど~~」と納得した。
これでもっちりしたQ太郎の足が出てたらますます完璧だが、そこまでしないところにデザインの妙味がある。

倉俣の拵える家具を見る。
引き出しの家具などはとてもわたし好みだが、一方で機能性に遊び心が加わると、途端に現実に使いにくいものになる
素敵なショールーム、生活空間にゆとりがある人、そんなところにこそこれらのくねる家具は合うのだが、わたしのような置き場所に困り・整理整頓に苦しむ者には、全く不適切な家具になるのだった。

若い頃の倉俣が影響を受けたと思しき工業デザインが展示される。
柳宗理のレコードプレーヤー 1952年製。黒のかっこいい本体である。
これ、見たことがある。

丹頂型公衆電話ボックス 1954年製。ボックスの上部に丹頂鶴を思わせる赤が使われていて、ボディは白。なつかしい。

倉俣はミラノのドムス誌を愛読していた。後に彼自身もそこに掲載される人になる。
かっこよすぎて、わたしはちょっとニガテ。

倉俣が本格的にデザイナーとして活動するのは1960年代後半からだったか。
透明アクリル製の洋服ダンス、光の椅子、光のテーブル。
丸見えの洋服ダンスは究極のブラシバシー空間に収めるなら個人の家にも置けるが、人の来る家にはいやだな。
光の椅子は面白くてもどう役に立つのかわからない。
しかし光のテーブルは、色々と役に立つ気がする。そこで設計もできそうだし、本も読めそうだし絵も描けそう。
それに夜にぶつからなくていいかもしれない。(椅子もか)
お年寄りにいいような気がする。

どうもわたしはついつい機能的なことばかり考えてしまう。

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パネル展示が始まる。主に’60年代の商業空間の写真である。
松屋銀座、静岡のショップやレストランなどなど。
静岡のトンボ屋と言う婦人服店では、天井壁画が宇野亜喜良で、倉俣が全体のデザインをしている。
同じくスナック田園は山崎英介のイラスト。
どちらも現存していないだろうが、当時はモダンだったろう。

銀座の宝くじコーナーは横尾忠則とのコラボだった。
一目でわかる作家たちとの仕事が続く。

新宿のクラブ・カッサドールは高松次郎の「影」を見事に使ったデザインだった。
こりを皮切りに高松とのコラボ作品が続く。
人影だけでなく、照明器具そのものの影。それを壁面に描くことで、現実の影と描かれた影とが対峙し、やがて融和する。
もし今も、福岡の都ホテルにそのバー・ビストロが活きていたら、と思う。


倉俣は商業空間を実験場として、様々な試みをしてみせた。
既に40年ほど前であっても、それでも刺激的なのは、これらの仕事が完全なるオリジナルだからだと思う。
そうしたところを学びながら、デザインとは何かということを考える。

その中でもブティック空間の創造は非常に面白かった。
ISSEY MIYAKEの数多くのショップ、それらを倉俣が手掛けることで、三宅自身の創作意欲にも大きななみが押し寄せる。

ウェーブをドレープという形で表現した三着の服。
途轍もなくかっこよかった。わたしは縦にドレープのある服を着てみたいと思った。


あっと思ったのが西武つかしんの仕事。
つかしんは今は形態が変わったが、そう、確かに1985年、西武が進出してきて作った商業地だった。
ここで見たピエール・クロソフスキー展は今も胸底に煌めき続けている。
だが、関西では西武のスタイルそのものが受け入れにくく、やがて失われてしまうことになるのだが。

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倉俣の仕事は非日常空間の存在へと移行する。
面白くはあっても、現実離れしたオブジェになる。

ミス・ブランチ アクリル空間の中にバラを封じ込めて、椅子に造形した何か。
これは大阪にもある。

面白い洗面台もあるが、使用するかどうかは別問題となる。
謎の椅子も多い。

現存しないバー・オブローモフ、資料を見る限りとてもとてもかっこいい。
それが今もあれば倉俣史朗デザインの集大成として、各地からの巡礼者があったかもしれない。

倉俣のもとから一本立ちしたデザイナーたちの仕事も並んでいた。
特に興味を引かれたのは、韓亜由美のデザインしたトンネルだった。
山形の鶴岡を走るトンネル内部のデザインである。
決して走行者を飽きさせない様にと工夫されたデザイン。
わたしは自分が運転しないし、長時間乗車もあまりしないから何も考えもしなかったが、なるほど確かにこの仕事は大切なものだと思った。
ストレスフリーという観点から作られたデザイン。

倉俣のイメージスケッチもいくつか出ているが、いずれもシュールで現実感が薄いところが面白い。空想の建造物を描き続ける野又穣もびっくりするような世界である。

最後に倉俣デザインの二人用ベッドが現れた。
いわゆるダブルベッドではない。並列就寝のためのベッドではなく、直列就寝用の細長いベッドである。そしてそれを囲い込むように湾曲した背骨の連続体のような照明スタンドが延々と並んでいた。
なんとなくだが、このベッドにはルパン三世くらい細身の男性が似合うと思った。

倉俣が現在もいたら、どんな作品を生み出し、空間を拵えていたろう。
そんな希望や期待が今更のように湧いてくる。
9/1まで。

たばこと塩の博物館「妖怪画」と「近世風俗画」

たばこと塩の博物館の浮世絵ミニコーナー
オバケ関連の絵が集まっていた。

玉藻の前の話
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正体が陰陽師安倍泰成に見定められるIMGP1951.jpg

燦然たる玉藻の前IMGP1952.jpg

IMGP1953.jpg退治せんとする三浦介


ばけもの屋敷。土蜘蛛、大入道、化け女たちが現れる。
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白縫譚・大友若菜姫IMGP1955.jpg

姫は蜘蛛の妖術を身に着けた。IMGP1956.jpg

何故か雪中の四谷怪談。
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綱手は剛力の人IMGP1958.jpg

やっぱり幕末の浮世絵は面白い。
こんなのもある。

ミミズク 奥村利信IMGP1917.jpg

版本の獅子舞の寛ぎIMGP1930.jpg

オバケ登場の挿絵。IMGP1936.jpg

続いて近世風俗画。主に遊楽図。
屏風を見る。
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肉筆美人画もよかった。IMGP1928.jpg

遊楽図屏風IMGP1937.jpg

楽しそうな人々IMGP1938.jpg

むかしむかし、浮世絵の一大コレクションがある、と知って出かけたのが昨日のよう。
'90年代初頭、浮世絵はここか有楽町のリッカー美術館か、今もある太田記念美術館かくらいしか見れなかった気がする。
本当にありがたかった。
そして近世風俗画の優品もここでたくさん見た。
嬉しかったなあ。

継続して墨田でも見せてもらいたい。

さよなら 渋谷の「たばこと塩の博物館」

渋谷で35年間活動していた「たばこと塩の博物館」が今月限りで渋谷を去り、墨田区へ移転と言うお話です。
今以上によい空間を拵えて、というのは嬉しいし期待もできますが、やっぱり渋谷からサヨナラは淋しいね。
わたしにとって、渋谷へ行く理由の大半はこの「たばこと塩の博物館」だったから、今後はぐっと減る予感がする。

写真撮影OKということなので、感謝の念を込めて、ありがたく撮らせていただきました。
入り口IMGP1913.jpg

見上げるIMGP1912.jpg

装飾が素敵。IMGP1914.jpg

4階企画室へ。
これまでのポスター集合。IMGP1915.jpg

なつかしい。IMGP1916.jpg
左端の「大見世物」も10年前か。この企画展はよかったよ。


演劇誌もある。IMGP1918_20130826123544904.jpg

喫煙具いろいろ
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江戸文化やなあ。IMGP1920.jpg

こんなとこにもうさぎさんIMGP1921.jpg

ジオラマに看板などIMGP1922.jpg

色んな煙管IMGP1923.jpg

煙草入れIMGP1932.jpg

小箪笥IMGP1933.jpg

煙草のカードや絵葉書など。縮尺が違うから大きく見えるかもしない。
レトロモダン IMGP1929.jpg

可愛い。IMGP1939.jpg

これはマッチ箱の意匠IMGP1941.jpg

明治美人さんのカードたちIMGP1942.jpg

みんなよく集めたのです。IMGP1943.jpg

昔の写真。モダンで素敵。IMGP1931.jpg

ミニチュアと言えば、小林礫斎。
こんなのを写真でとっても本当の良さは伝わらないのが無念。
IMGP1934.jpg IMGP1935.jpg

さて、3階へ。こちらは塩です。専売公社の名残は塩です。
塩で出来た船IMGP1944.jpg

世界の塩IMGP1945.jpg
地域により、塩の結晶の形が違う、ということをここで初めて教わったもんです。

赤穂の塩田か。IMGP1947.jpg
淀川長治さんが忠臣蔵ついて面白いことを書いてました。
「生粋の慶応ボーイでトシ取った今もシマシマネクタイするような吉良の嫌味なジジイには、赤穂の塩なり大ぶりの栗なりプレゼントしておけば、あんなことにもならなかったのに、真面目一方の田舎大名はもう」
というようなこと。

2階を見下ろす。明治の煙草の宣伝戦争。IMGP1946.jpg

江戸の煙草屋店頭IMGP1948.jpg

歌舞伎では喫煙と言えば「助六」。
「煙管の雨が降るようだ」というモテモテ助六。11世團十郎ら名優の在りし日の舞台。
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浮世絵コーナーはまた別項にします。

明治の煙草工場IMGP1959.jpg

おまけの双六IMGP1960.jpg

明治~大正~昭和へ
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喫煙天国の頃のポスターIMGP1963.jpg
「今日も元気だ タバコがうまい」なんて標語、うちの母はまだ使うてるわ。
そういう喫煙者がおるからこそ、たばこと塩の博物館は成り立つのです。

昭和の煙草屋店頭IMGP1964.jpg
昔は「煙草屋の娘」が人気者だった。

中2階 世界の資料がたっぷり。
世界の喫煙具IMGP1965.jpg

鼻煙壺IMGP1966_201308261541122bb.jpg
東洋陶磁美術館と、このたばこと塩の博物館かが二大コレクターというべきかな。

綺麗な煙草ケースIMGP1967.jpg

地球儀。タバコは全世界に広がっている。IMGP1968_20130826154115843.jpg

写真をいっぱい挙げさせてもらった。ありがとう、たばこと塩の博物館。
次は蛇足。

清方が過ごした明治の風情

鏑木清方記念美術館の所蔵品展「清方が過ごした明治の風情」展を見た。
今日までの展示。

明治初めの東京下町生まれで、生涯通じて「明治の東京」を愛し続けた清方。
随筆にも「明治の東京」という本があるくらい、そこにこだわった。

明治の清方の仕事は挿絵が主に目立つ。
清方の画業の始まりは文芸性の濃いもので、本画の大家となってからも画面に叙情と共にそれが匂い立った。
わたしなどは清方のそうしたところにこそ、憧れと親しみと愛情がわきたつ。

孤児院 明治35年(1902) 上流階級の令嬢が貧しい孤児院を訪問し、慈善を行う。青緑の袴の裾には横流れの水仙が染められている。こうした柄などがやはり明治らしさを感じさせる。秋のある日、貧しくいじけた孤児等に菓子を与える。
わたしはあんまりこうした絵が好きではないが、風俗画として眺めれば、色々と気づくことも多い。

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金色夜叉の絵看板 明治38年(1905) 明治の頃はベストセラーが速攻で舞台化される時代だった。江戸の初代団十郎の時代から絵看板は強力な宣伝力になった。これは本郷座の看板だったか。
明治最大のベストセラーはこの「金色夜叉」と「不如帰」だった。清方は後々までも「金色夜叉」の挿絵や口絵を描いている。「不如帰」は彼の絵では見たことがないが。
貫一にすがって泣くお宮。背後に海が広がることから、これは♪熱海の海岸散歩する貫一お宮の二人連れ~ということか。

この時代の清方の仕事でいちばん好きなのは鏡花「風流線」の挿絵だが、他にも実に多くの挿絵を手がけ続けた。
清方は人気がありすぎて働きすぎて、とうとう神経衰弱になり、「速い乗り物」たる電車に乗れなくなってしまった。昭和20年まで電車に乗れなくなったというのだから、悲惨な話ではある。

さてその頃の清方の挿絵・口絵をみて行こう。
作家名と作品名をあげてゆく。

江見水蔭 二人女王 右上のコマ絵には市松柄の着物の女が鏡の前で髪を持ち上げているところ。全体は、夜にどこかの草原の中をサーフボード(!)か琴らしきものを布包みしたのを背中にくくりつけた、洗い髪の女が杖を突いて歩くところ。
こうした絵を見ると「どんな物語だろう」とドキドキする。

江見水蔭 花 絣の女が草鞋に脚絆姿で、ツタを頼りに崖を降りながら花を得ようとしているらしい。
これは鏡花「黒百合」を思い出させる。尤も「黒百合」は梶田半古あたりが描いていて、清方の「黒百合」はない。彼の絵でも見てみたかった。

江見水蔭 霧姫 洋装の女が立つ。「霧姫」とこの洋装の女とどうつながるのか、そこにもときめきがある。

ほかにも江見とのコンビでは「大幻灯」「海水浴」などがある。

山田美妙 女装の探偵 明治35年(1902) 川に沈み行く日をみつめる青年。朝鮮風の服を着て、手には△の笠を持つ。
山田美妙といえば今ではもう殆ど知られていないが、昔は幸田露伴などと並び称される明治の文豪だった。
彼の息子さんに関する怪談を、鏡花研究家の村松定孝「わたしはゆうれいを見た」で読んでいる。

小栗風葉 白浪女 これは二枚あり、かっこいい。白浪といえば盗賊のこと。幕末の黙阿弥の芝居は「白浪もの」が多かった。この女もその末裔だろう。
1 岩に寄りかかりまどろむ、洗い髪の女のところへ忍び寄る小汚いおやじ。
2 洗い髪の女が片手にガンドウを持ち、左手は刀の柄に手をかけている。
全編を読み、全ての挿絵を読みたいと思った。

口絵いくつか。

ゆふ暮 犬の散歩をする女の向こうに洋風の船が見える。明治40年(1907) 清方が生まれ育ったのは京橋木挽町で、少し歩けば外人居留地の築地明石町がある。
後年の名作「築地明石町」はそんなに若くはないが綺麗な婦人が軽く見返るような立ち姿を描いているが、その背後にはうっすらと外国船が描かれている。
若き日のこの口絵も同じ素材を描いている。nec575.jpg


星多き夜 明治45年(1912) お寺の釣り燈篭のようなものをつけたベランダで、籐椅子に座り、くつろぎながら読み物をする女。星は確かに多いが、ライトもついてるが、やっぱりそんなところでものを読むのはよくない。
薄緑の線入りの着物が清々しい。nec574-1.jpg


玉づさ 窓辺で手紙を読む女。窓の外から朝顔がのぞき、「なに読んでるの?」と話しかけるよう。レースのカーテンに籐のスツール。明治の新しいスタイルが描かれている。

清方の随筆「築地川」の挿絵原画を見る。昭和37年(1962)

東京でいう組立絵(立版古)を二つみる場。歌舞伎の舞台をジオラマ仕立てにしたもの。「毛剃」の月夜のシーン、後は「逆艪」か。

カワウソが△笠をかぶり、艪を漕ぐ船頭姿。明治の東京にはまだまだこんな化けカワウソもいたろう。

子供の頃の清方、本名・健一くんが濡れ縁に座り、機嫌よく足を投げ出している姿。おとなしそうな男の子。可愛い。

明治の東京を回顧する清方。
そのリアルタイムの明治の東京風景を描いた絵もある。

新大橋之景 明治43年(1910) 遠くに櫓も見える。小舟で働く人。もう一枚は橋の上下を行き交う姿。
美人画家として名を馳せたが、清方は風景画にもたいへん愛着があった。そちらの絵を描くときには「象外」という筆名も持っているが、やはり鏑木清方の美人画と卓上芸術を見ていたい。
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最後にさらさらと描いた美人画。
柳の下に涼む娘 昭和30年(1955) 昭和の真ん中、戦後十年目に描かれたもの。当時既にこんな風情を持つ娘はもういなかったろうが、清方は鎌倉雪ノ下に住まいつつ、明治の東京を懐かしんで描いたのだろう。
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和やかな気持ちで眺めて回れる展覧会だった。

「谷文晁」展 後期

サントリー美術館の「谷文晁」展の後期も今日までだった。前期の感想はこちら。
簡単な感想を書く。
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駱駝図 文政八年(1825) この年に来日したそうで、それを見たのか、わりとリアルな絵である。二頭の駱駝は荷物を持たず、なんとなくおしゃべりしているように見える。

勿来関図 松平定信賛 連銭葦毛の馬に乗る。山桜の下、ポーズが極まる。

谷文晁夫妻影像 天保五年(1834) 対。シルエットの横顔。
ピロリロリーン、わたしは画家です、こちらはその妻です。さて誰でしょう、当ててください。・・・とでもいいそうな絵。
しかし、何でシルエットにするかなあ。

谷文晁自像自賛図 オバケが嫌いらしい。わたしとは合わない人だなあw

妙々奇談 周滑平著 谷文晁らのことを書いた本で、場面変わって、今回は「谷文晁が変な中国風の絵ばっかり描くのを、宋紫石がやめるよう諭す」そんな夢を見る挿絵が出ていた。

蘇東坡・風竹雨竹図 文化元年(1804) 右幅の雨竹の竹が非常に巧かった。

文晁画談 文化八年(1811) 肖像画を描くのに、決して似せすぎてはいけない、とある。
似せた絵を描くのが巧い画家の言葉である。興味深い。

西遊画紀行帖 前に見たときは箕面の滝だったが、今回は場面変わって10/18朝、ヒウチ岳に虹がかかる絵。

水墨山水図屏風 文化九年(1812) なんだかいいなあ。墨の濃淡で山水の持つ空気感が風情が描かれている。

熊野舟行図巻 文化元年(1804) 新宮までのラストシーンが出ている。関係ないが、わたしはこれを見て説経節「小栗判官」で小栗が熊野の湯の峯温泉で復活を遂げた後、熊野権現の親切を受けて、川下りするシーンを思った。

さて石山寺縁起絵巻まできた。
今回は巻の四の20、石山寺炎上と仏が自身で逃げる図などが出ていた。巻の六の26、戦闘シーンなどもある。
六、七と新作をこしらえただけでなく、さらにその六、七も含めての模写まで拵えているのだからすごい。

交友の広い人だから、そうしたコラボ作品やみんなで拵えたアンソロジーもあれば、追悼集もある。
同時代に綺羅星がいっぱいいたのも本当によいことだ。
そのうちのいくつかを挙げる。

棲鸞園画帖 文政13年(1830) 谷文晁が山水図、原在中が岩上の鷹などを描いている。

老梅図 谷文晁・抱一画、亀田鵬斎賛 この三人は下谷に住まい、人呼んで「下谷の三幅対」。いい交友だ。抱一の梅に谷文晁が描き加えるという本当のコラボ作品。

弁財天図 緑色の背景に琵琶を弾く弁財天。抱一の弁財天図とそっくり。これはやはり交友からの作品のようだ。
八百善伝来品。みんな八百善でおいしいものを食べて飲んで語らって、楽しい時間を過ごしたのだろうなあ。

そしてここで広重えがく浮世絵が現れる。
江戸高名会亭尽 山谷 八百善 フキダシとピカッは無論今足したものだが、そう、リアルな感じ。掛けられた絵は谷文晁。わかる人にはわかるという。
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風竹図屏風 文化十年(1813) 濃淡が巧い。

武蔵野水月図 秋草が描かれている。笑う桔梗が愛しい。

八大竜王図 文化四年(1807) 滝にコロコロ出現する八人の竜王。どうも八人がそれぞれ水芸をしているように見える。面白い。この下絵も出ていた。

出口手前に縮画帖があった。
先ほどの弁財天もあるが、それよりなにより可愛い絵があった。
道士風の少年が座っているが、その膝にはさらに可愛らしい芥子坊主の弟らしき幼児が抱っこされている。
兄の目は切れ長、弟の目は大きな菱形で、揃って美形。
元の絵は子昂という人の絵らしいが、そちらは知らない。

最後の最後にメチャクチャ好みのものが出てきてとても嬉しい。
尤も惜しいことにこの兄弟は図録に出ていないのだが。

谷文晁が文化文政の面白い時代を生きていたのを実感する。
絵だけでなく、そこから見える交友や時代感覚。
いい展覧会だった。

11ぴきのねこと馬場のぼるの世界

馬場のぼると言えばすぐに思い浮かぶのが、笑う猫の顔・驚いたカエルの顔・ほっとしたブタの顔、それからご本人をモデルにしたほかのマンガ家たちの絵。
猫の代表は「11ぴきのねこ」、カエルはもう数えきれないが、ここはひとつ「いまはむかしさかえるかえるのものがたり」に出てもらうことにしよう。
いまはむかし さかえるかえるのものがたりいまはむかし さかえるかえるのものがたり
(1987/01)
松岡 享子


ご本人の顔と言えばやっぱり親友・手塚治虫の「W3」の柔道の達人・馬場先生、それから「まんが道」などでちょこっと顔を見せ「オホ…」と笑う馬場のぼる。

本は絵本を中心にたくさんあって、決して消えない。
亡くなったなんて嘘みたいな人気ぶり。
今も新作を描いてるような気がする。

うらわ美術館で「11ぴきのねこと馬場のぼるの世界」展が開かれている。
馬場のぼるの展覧会は手塚治虫記念館で見て以来。
2003年の正月「馬場のぼるの世界 手塚治虫の大親友」これが楽しい展覧会だった。
あれからもう10年か。
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馬場のぼるの子供時代の絵を見る。
小学校の低学年で既に相当うまい。しかも後の馬場作品の芽がそこここにある。
金魚、桃太郎、動物の行軍、お月見などなど。
動物たちの顔つきがもう完全に「馬場のぼる」。
小5のお習字もうまい。そして写生した絵もリアリズムで巧い。
やはりこうした人は子供の頃からごく巧いらしい。

中学生の時のノートがまた面白い。きちんとまとめられているのだが、そこここに馬場キャラがいて、何かしら話しかけている。
宿題なのか趣味なのか「十二支合わせ」カードもかるた風に拵えていて、これがまた本当に巧い。
うまいうまい、と書いても「上手」という意味ではない。
もう本当にどこからどう見ても馬場のぼるの世界がきちんと成り立っていて、その法則が活きている、ということである。

昭和30年、「少年倶楽部」に馬場のぼるは「ぼくの生い立ち」というマンガを描いている。
これがやはりユーモアあふれるもので、ラストにはふっと笑ってしまう。
そして昭和49年5月号の「別冊少年ジャンプ」には「ウサギ汁大作戦」というスト―リーマンガが掲載されていて、展示は前半部分だけだったが、いかにも馬場のぼるの世界なのである。
のほほんとした馬場のぼる少年、その友人、先輩。ウサギ汁大作戦が成功したかどうかはわからないが、戦後の物のない時代の田舎の話で、そこに住むのほほんとした中学生のいかにもありえそうな話なのだ。
この時代の少年ジャンプは読んでいたが、別冊の方は読んでいない。まだ「硬派銀次郎」も「けっこう仮面」もなかったころだと思う。何が連載していたのだろう。
同年の九月号から「月刊少年ジャンプ」に変わったそうだが、ちょっと調べたら同時代には、ちばあきお「キャプテン」が連載されていた。
ああ、そうか、そういう頃か。馬場マンガが少年誌に掲載されていた理由も納得できる。

馬場のぼるは当初漫画家として出てきたようで、その時代のものはわたしは殆ど知らない。
うちの親は大人向けの雑誌でのほほんとした漫画を描いていたと言う。
ユーモアとペーソスはむしろ大人に好まれるのを感じる。
とはいえ、それはわたしが現代の少年マンガを思うからかもしれない。

昭和28年の「おもしろブック」掲載の「ポストくん」、翌年の「冒険漫画文庫」の「山から来た河童」、32年の「婦人生活」の「のらねこノンちゃん」「ブウタン」などなどの原画と掲載誌がある。
この時代の馬場のぼるのマンガはけっこう背景に描きこみの線が多い。
雑誌の片方のページに中村錦之介の義経の写真があり「ぼくらの錦ちゃん」とあるのが、いかにもその当時の時代感覚をあらわしている。
お子様時代劇のスーパースターだった中村錦之介(後の萬屋錦之介)なのである。

馬場のぼるは世代が世代だけに戦争を嫌がっていた。
「のらねこノンちゃん」にその気持ちがあふれている。
ところでマンガを見たり小説を読んだり戯曲を読んだりしていると、作者の嗜好がチラチラ見えてくることがある。
特に食べ物のシーンにそれが出てくることが多い。
杉浦茂、水木しげるなどはその傾向が特に顕著だが、岡本綺堂もウナギ好きなのが「半七捕物帳」でバレバレにばれている。

馬場のぼるは見たところ、どう考えてもジャガイモやコロッケが好きらしい。
「ノンちゃん」でもジャガイモがおいしそうに出てくるが、昭和37年の「ころっけらいおん」などはタイトルからしてコロッケである。
物のない時代に芋ばかり食べて芋嫌いになった人の話もよく聞くが、一方で好きになった人だっているだろう。
どうも馬場のぼるも杉浦茂もそのクチらしい。

ここには出ていないが、「がんばれ おおかみ」というおおかみ兄弟の奮闘する絵本があり、それはほかの動物たちと仲良く共生するために、肉食をやめてコロッケを主食にする狼の話なのである。
わたしは佐々木マキ「やっぱり おおかみ」のように、自分は自分、所詮妥協はできない、孤独でいることの自覚を持て、という意識が強いので、馬場のぼる作品のうちで正直なところ、唯一イヤな感じを持っていた。
しかし今回の展覧会でまた違う意識をもつようになった。
戦争を経験した作家だからこその、「がんばれ おおかみ」のコロッケなのだと思った。
本来は肉食であっても、平和な時代の中にあり、隣人らと仲良くするにはある種の我慢・辛抱も必要なのだ。隣人らと仲良くしようとする意識、それが馬場のぼるの持つ<平和>というものなのだと思う。
あくまでもわたしの勝手な解釈かも知れないが、どうもそう思えてならない。

「週刊漫画TIMES」昭和31年には「ろくさん天国」という4コマ漫画を連載している。
けっこう笑える。社会風刺などではなく日常ののほほんとしたマンガ。こういうのも好きだ。
また、女流文学者として名高い円地文子の文で「ルミ子の青空」という作品も出ている。
昭和30年代は当時流行作家だった人々も児童文学で活躍もしたのだ。

さて手塚治虫との交遊についてパネル展示がある。
「W3」「白いパイロット」「フィルムは生きている」などに馬場のぼるは出演している。
手塚マンガはスターシステムを採っているので、「馬場のぼる」というキャラもすっかり二次元の人として、そのアクターズの中にいるのだった。
そう言えば「W3」は主人公の少年の名をこれまた仲良しのSF作家・星新一から取っている。手塚のこうしたお遊びはとても好ましい。
手塚マンガにはほかにも水木しげるキャラが一瞬出たり、ロックが逃げるときオバQになってたりしたのを見ている。

馬場のぼるが絵本の世界へ位置を変えたのは大正解だったと思う。
主に「こぐま社」の仕事が多いと思うが、本当にどれを見ても古さがないのだ。
新しすぎることもない。常に今、という感じがある。

「きつね森の山男」 
きつね森の山男きつね森の山男
(1974/01)
馬場 のぼる


これがまた妙に笑える面白い、しかし一方でひそかに残酷なところのある作品なのだった。
殿様が大軍を出してキツネ狩りをし、狐の毛皮まみれになろうとする。異常に寒がりの殿様は狐の毛皮に過剰な期待を寄せているのだ。
狐たちも毛皮を取られては困るので(すなわち狐たちの虐殺である)、軍を作って対抗しようとし、そこに山男が巻き込まれるのだ。
山男は王様にあったかい食べ物(ふろふき大根)を勧め、それで殿様も狐の毛皮を不要とし、狐たちも平和に暮らせるようになる。
山男のぼーっとした風貌がいい。狐たちも切迫しているのだが、それでもどことなくトボケた顔で、なによりもまず虐殺命令実行者たる殿様がいちばんボーッとした顔なのである。
馬場のぼるのコワイところはこんなところかもしれない。

「五助じいさんのきつね」は現代を舞台にしたもので、一緒に暮らすちびの狐がだんだん人間の暮らしに近づくのを危惧した爺さんの計らいで、山里の狐の群れに渡される。
可愛い可愛いだけではやってゆけない、ということを教えてくれる話である。

「くまのまあすけ」はポプラ社刊。ここにも大根が出る。ああ、おいしそう~~
ちょっと間、荷車に乗せた大根を見ていてと頼まれたのに、その大根が池に落ちたので、まあすけが懸命に大根を洗う。頼んだ人は大根を洗ってくれたと解釈して、喜んでお礼をする。こういう話もいい。なにより大根がおいしそうである。

「アリババと40人の盗賊」 
アリババと40人の盗賊 (馬場のぼるの絵本)アリババと40人の盗賊 (馬場のぼるの絵本)
(1988/07)
馬場 のぼる


これは昭和末頃に刊行された絵本で、出てすぐにわたしも読んでいる。アラビアの町中の様子、アリババの家の雰囲気、何もかもイスラーム風でありながら、やっぱり馬場のぼるの絵なのである。
壺一つにしても馬場のぼる。とても楽しい。そして出てくるお姉さんのいろっぽさ。そのお姉さんが盗賊のひそむ壺に熱した油をそそいでいって煮殺す、といのもサラッと描いている。


「アラジンと魔法のランプ」もよかった。これはアラジンのお母さんが面白い。
いい絵本である。
アラジンと魔法のランプアラジンと魔法のランプ
(1994/07)
馬場 のぼる



いよいよ「11ぴきのねこ」の登場である。
超ロングセラーの連作もの。
ここで作者としての馬場のぼるのコメントがある。
このシリーズはいずれもラストに大きなオチがついているのだが、そこに馬場のぼるのユーモアと悲哀感と、そして冷徹な視線が活きているのを感じる。
ねこたちはいずれも明るく、そして小ずるい。しかし憎めない。
悲惨な状況に入り込むのも、自業自得なのだが、それでも読者は「あーっ11ぴきのねこがーーーっ」となる。
絵の可愛さに比べて存外に無残な話であることも少なくはない。
そうしたブラックユーモアを井上ひさしは劇作家としての視線で好み、作品を舞台化している。
馬場のぼるにしろ井上ひさしにしろ、とぼけたユーモアと共に胸を衝かれる無残さがチラチラしていることに改めて気づかされる。
それはまた手塚治虫にしても同様なのだった。

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「11ぴきのねこ」を始まりとして、「11ぴきのねことあほうどり」「11ぴきのねことぶた」「11ぴきのねこふくろのなか」「11ぴきのねこマラソン」「11ぴきのねことへんなねこ」。
わたしがリアルタイムに読んだのは「マラソン」だった。これは物語性はなく、絵巻物風に展開する、大モブシーンで構成された作品。
同時期かと思うが「ウォーリーをさがせ」が出ていたので、こうした試みも可能だったのではないか。
ラストはゴールして喜ぶねこたちの姿。
このラストは連作唯一の安穏な、そして嬉しいラストシーンなのだった。
いや、最初の「11ぴきのねこ」のラストもまぁ幸いか。
あのラストはヘミングウェイ「老人と海」を上回るスケールだった。

11ぴきのねこはとらねこ大将を頂点に、見分けのつかない10ぴきのねこが後をついて機嫌よく生きる設定なのだが、だいたいが悪計をねる。案外悪辣なこともしでかす。
ひどいときはもう目を覆わんばかり。
「あほうどり」との関わりも、コロッケ屋を開いたねこたちが、お客のあほうどりを食ってやろうとたくらみ、その住まいに飛んで行くのだが、そうそううまくゆくはずもない。
一匹に付き一羽ずつ食えると目算を立てるねこたち。
その期待するねこたちの前に次々と11羽いるあほうどりが出てくるシーンの面白さには、爆笑してしまう。
1羽ずつだんだん巨大化してゆき、とうとうラストの鳥に至っては、建物を壊して中に現れるのだ。
それは絵だけでなく文字も少しずつ巨大化して行くのだから、見てるだけで横隔膜が痛くなる。
ああ、おかしい。

「ぶた」とのかかわりもそう。悪いのはやっぱりねこたち。ぶたは最初から最後までただ善意のひととして描かれ、ねこたちがまるで天罰を受けるように大風に飛ばされるのにも、呆然と立ち尽くすばかりなのだ。

そしてそのねこたちの行動や考えについて、馬場のぼるの想いが書かれたものが展示されていた。
非常に冷徹な目があることに気づく。
ユーモアとペーソスと、そして冷徹な目。
その感性の鋭さを丸まっちい絵がくるんでゆく。

今回この展覧会で馬場のぼるの深さについて初めて知ったように思う。

そしてスケッチが展示されているのを見ると、やっぱりこちらも馬場のぼるの絵なのだ。
風景も対象物もみんな馬場のぼる絵。
リアルなねこスケッチもあるが、それでも馬場のぼるらしさが生きる。

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「11ぴきのねこどろんこ」がそこで現れた。
これが最後のシリーズなのだろうか。
まだまだ新作が続くような気がしてくる。

最後に遺作「ぶどう畑のアオさん」がある。
セルフカバーの作品である。
水彩画の絵は、たいへんきれいな色をみせていた。
青紫のぶどうをはじめ、いずれも繊細な色彩だった。

そしてここで知ったことだが、こぐま社はリトグラフで色彩を設計するので、原画の色はほんの少しの人しか知らないということだった。

いい展覧会をみせてもらい、とても幸せだった。
9/1まで。

神沢利子の世界展  / 谷内六郎の見立ての世界

姫路文学館に「神沢利子の世界展」を見に行った。
副題は「ウーフとぴかぴかのあしたへ」である。
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神沢利子は今年89歳の現役童話作家である。
お写真を見てもとても上品で凛とした婦人である。
彼女は「くまのこウーフ」という傑作連作の作者として世に知られているが、それだけでなく、多くの作品を書き続けている。

神沢利子は幼少期をサハリンで過ごし、そこで北方少数民族の暮らしをもみた。
内地に戻り文化学院で学んでいるとき、佐藤春夫にほめられている。
サハリンの生活が彼女の心に深い何かを生じさせ、彼女はそれを平明な文章にして生み出し、文章にぴたりと寄り添う絵本画家との共同作品として世に送り続けている。

わたしが最初に読んだのは「ちびっこカムの冒険」だったと思う。
「くまのこウーフ」の作者だと知って読んだのだが、その頃はもっと刺激の強いものが欲しかった時代なので、ちょっとばかり距離を置いた。
強すぎる刺激を好んだ時代も過ぎ、今度は安寧なものがほしくなった。
安寧とは退屈で平穏ということではなく、ある種の秩序が保たれつつも、そこに小さな嬉しいワクワクしたものが封じ込められている状態だと、わたしは解釈している。
神沢利子の作品はその<安寧>をわたしに与えてくれた。

代表作「くまのこウーフ」の原文がある。文章の平明さを立証するかのような、丁寧で優しい、読みやすい文字が連なっている。
そして井上洋介の描く、毒素のないくまのこがいる。
青いつりズボンをはいた、くまのこウーフの「探求の日々」を描いた作品がそこにある。
ウーフはいつもこの世界を構成するものを不思議に思い、自身を不思議に思い、懸命に考え、行動する。哲学的な命題ではなく、わかりやすいものであることが、とても深く心に響く。
小さい子供はこの絵本を読み、自分もウーフのように何かを不思議がり、考え、そしてひっくり返って、けれど答えを見出せないまま、それでも新しい<ふしぎ>を次々と見出してゆくのだろうか。
今、大人になったわたしは改めて、ウーフの持った疑問について考える。
大人になってしまうと、どうしてもいろんな理屈で解決しようとする。
それはそれで正しいかもしれないが、本当に全部がそうなのかどうかは、実はわからないのだ。なぞはやっぱり活きたままある。その解けないなぞを抱えたまま生きるほうが、人生を面白く生きていられることを、大人になったわたしは知る。
わたしはそんなことをウーフの様子から教わるのだ。

堀内誠一の絵による「ふらいぱんじいさん」がある。堀内の数ある仕事のうち、わたしは絵本製作が一番好きだ。カラフルで明解な絵の「ふらいぱんじいさん」。なんと1969年の制作ではないか。
神沢利子の文も堀内誠一の絵も全く古くなく、しかし新しくもなく、まっとうな、堂々とした日本語と、明るくてわかりやすい絵とで構成されている。

片山健と組んだ「いいことってどんなこと」という絵本もとてもいい。
この女の子はいかにも片山健らしい顔つきの女の子で、わたしの好きな子だ。
風や木やリスに話しかけても答えを教えてもらえず、<わたし>は自分で雪の中を捜し歩く。ようやくみつけたのは雪の下に咲く黄色い花だった。
春はもう、そんなに遠くないことを知る、雪国での話。

創作絵本だけでなく、自身のこしかたをモデルに書かれた作品もある。
佐野洋子の絵がついている。
それだけでどきっとする。
89歳か。改めて凄い歳月だと思う。あと11年で一世紀。
「まさかおばあさんになるなんて」・・・本当だ、わたしはまだ想像できないが、妙な納得がくる。

「鹿よ おれの兄弟」は子供向けというより、大人こそが読むべき作品に思われた。
北方少数民族の猟師の男が、鹿を狩ることで命をつなぎ続ける。鹿への愛情、そして尊崇の念があるからこそ、彼は血の一滴までも大事にする。そしてそれは連綿と続く。
祖父から父へ、父から息子へ、息子から孫へ。
猟師は自分の与えられた世界の中で生き続ける。

神沢利子自身による絵のついたエッセイもある。
絵は少し前のイギリスの絵のような趣がある。
丁寧な自然環境を愛した神沢利子らしい、文章が続く。
わたしにはこんな生活は出来ないが、読んでいて楽しい。
少しだけまねをして、久しぶりにカミツレのお茶を飲もうと思ったりする。

第二室では子供らの感想文なり将来の夢なりを書いたカードが張られていた。
少しばかり拾い読みすると、神沢さんありがとう、という子供の文字が見えた。
どうやらこちらへ来られて読み聞かせをされたらしい。
展示室の一隅で上映されていたのは神沢さんの読み聞かせる情景だったが、あれはつい最近のことだったのだ。
暑い暑い関西へありがとう。
林の中のおうちへ帰られた神沢利子へ、わたしもそっとあいさつした。
9/16まで。


横須賀美術館の谷内六郎館に入った。
今回は谷内六郎の見立ての世界、というタイトルである。
「週刊新潮」の表紙絵からチョイスされた作品が並ぶ。
1957年から1981年までの作品から50点弱出ていた。
その中から特に心を打たれたものを挙げる。

布地の海 女の子がアイロンをあてている。アイロンはたちまちのうちに船になり、布地の海を航行する。

船が編むレース ロングで捉える海辺、波打ち際。その波が白レースになる。少女の幻想。

ツバメフィルハーモニーの訪日 燕たちが電線に止まる。その姿をコンサートの様子に見立てる。

空の楽譜 こちらもまた先のツバメフィルハーモニー同様、電線を見立てたもの。おじさんがケーブルを張り巡らせるところ。

ツバメが空を切る 飛び交うツバメたち。中には黒いハサミになり、青空を切り裂く。

車窓のフィルム 電車の影を見る。車窓には乗客の姿が映る。区切られた窓の中の画像。
それらは連続するフィルムに見える。

しまのスクリーン ハンドルをくるくる回すと、猫の絵になりまた車の絵になる。仕掛けもの。楽しい。

ほたる チカチカ。これは絵よりもそこに添えられた文章が面白すぎた。
絵描きとしてなんとか暮らし始めたある日、谷内に絵の依頼が電話で来る。
「農園のイナゴを描け」と言われる。いかにも牧歌的だなあ。
しかしそれは聞き間違いで、相手は「濃艶なオナゴを描け」と言ったのだった。
・・・谷内六郎の濃艶な女、見てみたいものだ・・・

髪の毛スキーヤー 散髪中の少女。ぱらぱらと黒髪が白い布地を滑り降りてゆく。その様子をスキーヤーに見立てる。

らせん階段 おかあさんがりんごの皮を途切れさせずに一本で剥き続ける。その皮は可愛く螺旋を作る。りんごのらせん階段の出来上がり。

田んぼも絣を着ている 田植えの始まりをロングで捉える。稲がかすり柄に並んでいた。

小さい展示かもしれないが、とても和やかな気持ちになれた。
10/20まで。


東京・横浜・横須賀オバケ巡り 大和絵編+現代もの

今度は浮世絵以外のものを。
むろん三井記念美術館「大妖怪展」後期
そして横浜そごう「幽霊・妖怪画大全集」後期
シメで横須賀美術館「日本の幽霊を追え!」
ここからの話。
チラシはそごうのもの nec567.jpg

三井では「妖怪フィギュア」として通期で、歴博所蔵の「外道を調伏する安倍晴明」(泣地蔵縁起)が展示されている。

それから三井の能面を見る。
通期のものの他に少しばかり入れ替えがある。
能面と言うのも、コワイ顔のものの方が却って愛嬌があるという不思議さがある。
わたしなんぞは笑っている翁や黒式尉のほうがよっぽど怖い。痩男も怖いなあ。
そんなことを思いながら三井の能面群を眺める。

そしてフィギュアの範疇に入ってもいいと思うのが、横須賀美術館の鎌田紀子の人形たち。
これがもうやっぱりバケモノ世界の住人で。
20点ばかりの人形たちのキショイこと…
ただどこかしら親しみがあるのは、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の指輪に執着し破滅したゴラムや、マンガ「ベルセルク」の覇王の卵たるベヘリット、それらと共通する風貌だからかもしれない。
中でも「ひとでなし」という作品は目鼻の離れ具合が、山口貴由えがく化け物を彷彿とさせる。


作家本人の言葉として、チラシに掲載された一文がある。そこに、東北に在住する彼女は動物の死体を恒常的に見ていたことからの発言がある。
作家個人の資質としての作風だけでない、というのかどうかは知らない。
タイトルもまた気持ちの悪いものが多い。

とはいえ、「ふすまのとって」シリーズは百以上の襖の取っ手それぞれに彼女のキャラたちがいる、という面白い構造だった。
そんな襖の取って・引手なんて触りたくないのだが。

企画展示室・常設室・図書室などにスタンプがあり、彼女の二次元キャラたちがお客を待っていた。待ち伏せと言うわけではない。
ささやかなスタンプラリーである。そしてその二次元キャラの方が、三次元のそれらよりもはるかに親しみやすいものだった。
ネコも犬もヘンなのだが、それでも可愛く思える。

付喪神 壱、弐 フジイフランソワ  わたしは前々からルイボスティーが好きで、今やっと世間がルイボスティーを好むようになったのを喜んでいるのだが、まさかあのお茶が絵の古びをつける材料になるとは思わなかった。この二枚だけでなく、すべて同じ技法で描かれている。これは若冲のと同じ構成の絵。

ここに居ぬ フジイフランソワ  芦雪のわんこを元に怪獣にしたもの。白澤にも見える。
それにしてもタイトルがうまい。


浮世絵のオバケや幽霊と言うものは怖いながらも愛嬌があるが、現代作家のそれにはあまりそうしたものは感じられない。
やはり現代のばけものは、人々の無意識下に横たわる悪夢に潜み続け、他人の夢を渡り歩き、そのうちの何人かがその影を・横顔を・厭な嘲けり笑いの顔を、気づかれぬように薄目をあけながら捉えては、世に送り出すのに違いない。

横須賀では現代作家の作品が大量にあるのだが、こちらは生理的に怖いものばかりで、わたしの嗜好に合わない。
松井冬子の怖い絵なんて、そこだけヒンヤリしてるよ。
同時代に生きてるのが怖いくらいだな。

洋画も「う゛わ゛―――っ」なのが多い。
写真もまた。
その意味では横須賀の現代アートは本当の意味で怪奇なのだった。


わたしはやっぱり過去に生きる?(過去に死んでいる!)オバケや幽霊や妖怪が好きだ。
というわけで、やっぱり大和絵や、浮世絵から想を得て描き上げた水木しげるの妖怪画がいい。
三井、横須賀でのラインナップを挙げる。

三井では25点、横須賀では12点の水木作品が出ている。
これらは鳥山石燕や国芳らの絵を元にしてそこにオリジナリティを加えたものが多い一方、水木しげるによって初めてヴィジョンを与えられた妖怪たちもいる。
先月、大阪の天保山で「水木しげるの妖怪楽園」を見たが、そこにもたくさんの妖怪たちが出ていて、とても楽しかった。
そしてこれらの絵は「ゲゲゲの女房」によれば、昭和50年代半ば雑誌の仕事がない頃に、精力的に制作していたそうだ。
展示は同一作品のものがなかったので、この2館で37点を見たことになる。

がたがた橋  百鬼夜行の最中、点描が幻想的。

朧車  最近は「鬼灯の冷徹」のキャラ茄子のお父さんとして知られている妖怪。
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飴屋の幽霊  屋根の上に座る女と裸の赤ん坊。月下、子供はおかっぱで女はどことなく現代風。

雪女 これは怖い。両手を前方に付きだし、目を見開いて立ち尽くす。ごぉぉぉぉぉ・・・
後れ毛を噛みしめつつ立つ。

妖怪の頭領という立ち位置にあるという、ぬらりひょん。この絵はどこかの店先へぶらりと入ってきた様子なのだが、とてもダンディである。裾裁きがかっこいい。

トイレの花子さん、口裂け女といった比較的新しい存在のものも水木サンは描いている。

わたしが中1の頃、全国で「口裂け女」の出現の噂がバーーーーッッと一気に広がった。
ところがわたしの地域ではかなり早いうちに手が打たれ、個人的に怯える子供はいたろうが、あれはデマだとサラッと流された。だからわたしもあのときの空気感というものを本当にはしらずにいる。
またその年の夏の終わりか、向田邦子のドラマだったか、岸恵子主演の単発ドラマがあり、その冒頭であの大美人女優の岸さんが「わたし、きれい?」と口裂け女をする夢を見る、というシーンがあった。田舎町へ若い男と行く岸さんの見た夢で、ドラマには当時流行していたゴダイゴの歌が流れていた。とてもリアルタイムなドラマを見たおかげでか、わたしはやっぱり「口裂け女」と無縁なままになった。
尤も、このドラマのドロドロ加減が強く、そちらが怖かったのを忘れられないでいる。
やっぱりおばけより生きてる人間のほうが怖いということだ。


ここで横須賀で見た日本画について書く。
岸勝 幽霊図  京都文化博物館所蔵で観方コレクションのひとつ。これは’94年に文化博物館で見たと思う。それ以来の再会。歯を見せてニヤニヤ笑う顔の大きな幽霊。
かなり怖い。

河鍋暁翠 幽霊図  暁斎の娘さんの絵。明治~大正の頃に描かれたというから、おばけ・幽霊復権の頃か。やせこけて、真正面向きの女。

嶋村成親 子抱き幽霊図 昭和  妙に笑っている幽霊。青い顔で、片方のまぶたがはれている。それだけでも怖い。

小川芋銭 雪女 雪の枝とその影で出来た何かがにんまり笑う。黒犬だけがその存在に気づき、必死で吠えている。

芋銭 畑のおばけ 南瓜、ウリ、にんじんらがおばけになっている~~
これで思い出すのが、化け猫の南瓜の話。日本のどこかで化け猫を退治した男の庭に、何もしていないのに南瓜がなる。おかしいと思い掘ってみると、そこから化け猫の頭蓋骨が出てきて、南瓜はそこから生えてきているのだった・・・
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芋銭 狐隊行  これは20年ほど前の愛知県美術館での芋銭展で初めて見たもの。なつかしい。月下でわーわーと走る狐たちの姿。狐火が揺らめいている。

芋銭は河童も大好きで、川端龍子ともども幻想的な中に詩情豊かなおばけ絵を多く描いた大家である。

明治半ば以降から大正、そして昭和初期にかけて、文学では丁度おばけ・幽霊ものの大家たる泉鏡花、岡本綺堂らが華々しく霊々しく(!)おばけや魔物や幽霊を書き倒してくれ、当時の名優たちもどんどこ舞台で幽霊ものやおばけものを上演してくれたので、この世界にも明るい灯りがともった。
(幽霊も妖怪も本当は明るい世界はアカンのだが)
明治初期の鬱屈から解き放たれて、いい絵も出てきたのだった。
(むろん「自然主義」の頃はだめだめでしたが)

大和絵から近代日本画の幽霊・妖怪画はやっぱり「幽霊・妖怪画大全集」に尽きる。
今回のチラシもやってくれました。nec569.jpg
大阪とはまた違うセンスなのも楽しい。

変わらないのはやっぱりYKI48総選挙。nec568.jpg
横浜ではどんな結果が出たのだろう。

そういえば、幽霊画を展示している壁面がそごうでは近くて、本当に間近に幽霊の絵を見たなと思う。
妖怪は可愛げがあるが、幽霊はやっぱり怖いもんです、はい。
その意味では生者なのかどうかすらわからない松井冬子の絵は怖すぎた。
生きてる人間の連続ものとしての存在だからだろうか。

直接には見てないが、こんなのもあったのか。
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おばけやしき、いいなあ~~

あの二大怨霊お岩さんとお菊さんのコンビの絵はそごうでは出口間際に展示されていた。
お二人に見送られて、そごうを出たのだった。

まとまりのない文章になってしまったが、本当に三館とも大いに楽しませてもらった。
そごうの中身については前述したとおり、大阪歴博での展覧会の巡回なので、今回はあっさりとしか書かなかったが、日にちを置いて再会すると、また新しい喜びが湧いてくるのを実感した。

やっぱり江戸時代から昭和戦前までの幽霊・妖怪・おばけは楽しい。
そして水木しげるはえらい。
わたしは三館コンプリートしたご褒美に、横須賀港の軍港めぐりクルージングを楽しむ。
これはすべておばけさんたちのおかげか。いや・・・日ごろ見守ってくださるおタヌキさんのおかげか。
展覧会はいずこも9/1まで。

東京・横浜・横須賀、おばけ巡りの巻 浮世絵編

夏はやっぱりオバケとスイカの季節。
毎日スイカを食べて、毎日なんだかんだとオバケのことを考えております。
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東京の三井記念美術館、神奈川のそごう、横須賀美術館がそろってオバケの展覧会を開催中。三つとも巡ったおかげで嬉しいことに横須賀軍港めぐりクルージングチケットをゲット。来月乗りに行く予定です♪

さて三井・そごう・横須賀の展示品は多少重なるものもあり、また三井は前期を見ているし、そごうの中身は大阪歴博の巡回なので、完全に中身を知らないのは横須賀だけとなりましたな。
三井記念美術館「大妖怪」展前期感想はこちら
大阪歴博「幽霊・妖怪画大全集」感想・前期のうち、「幽霊」はこちら
「妖怪画」はこちら。
そして展示替えした後期の感想はこちら。(映画「東海道四谷怪談」感想つき)

二日で三つ廻ったのでナマナマしく前の記憶を引きずって、今回は大きくまとめたいと思う。

まず浮世絵から始まる。やっぱり浮世絵のオバケは楽しい。
版画と言うことから、三館でそれぞれ同じ絵が出たりもする。
浮世絵のオバケについては、まず三井をメインにして書こう。

竹沢藤次 独楽の化物 国芳 弘化元年(1844)  この絵を最初に見たのは国立演芸場の資料室で。そう、幕末には浅草奥山で上方下りの細工見世物などが大ブームで、随分な賑わいを見せた。国芳は見世物関係のビラも多く作っている。
竹沢藤次は曲コマの名手で、いろんなことをしている。
絵の右半分に浮かぶ黒い巨大な顔は「累」の顔。江戸の三大怨霊の一人。陰影をつけられて、西洋画風に描かれている。画面全体の中でその違和感が活きて、怨霊らしく見えるのだった。

三井の前期が「相馬の古内裏」だったのに対して、後期は「源頼光公館土蜘作妖怪図」ね。
巧い展示替えやと思う。なお横須賀では所蔵先を変えて展示。「相馬」も同様。

和漢百物語 頓欲ノ婆々 芳年 慶応元年(1865)  これはオバケがべぇーってしてる。婆さんはびっくりして、のけぞるのけぞる。ここで婆さんがもっと大きい口でべぇーーってしたら、オバケも退散したかもしれない。貪欲なくせにびっくりしぃなや。(横須賀の前期登場)

画本西遊記 百鬼夜行ノ図 玉園  これに虎のニンニンな忍術使いや、お菊さんがスイカ食べようとしてたり。(そごうの前期登場)

和漢百物語 大宅太郎光圀 芳年 慶応元年(1865)  闇に髑髏が闘い合うのをじっとみつめる大宅太郎。(横須賀の前期登場)

和漢百物語 田原藤太秀郷 芳年 慶応元年(1865)  やっぱり背後にいる龍女が感じ悪いのでした。ムカデ退治よりこの女をどうにかした方がよくないか?

新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持ち去る図 芳年 明治22 年(1889)  (横須賀後期)
この絵を見て思いだすのが、六世梅幸の話。彼は大正のある日、さる実業家たちに夜の茶会に招かれるが、その趣向はこの「茨木」だった。
梅幸が老女茨木実ハ鬼という役回りで、茶席には巨大な木彫の腕がぽんとあったとか。
見得を切ってその重たい腕を持って、場を去ろうとしたところで亭主たちが「待ってくれ、寺嶋君(梅幸の本姓)」と慌てて呼びとめて、鬼を慰撫する慰撫する。
これは茶会にも出席していたさる寺の、大事な仁王像の腕だったとか。
みんなに大ウケして、梅幸面目大いに躍如して、この場の人々全員がこの時から彼の支援者になったとか。いい話だ。
梅幸あたりだと、きっと芳年のこの絵くらいは絶対に見ているだろう。

新形三十六怪撰 葛の葉きつね童子にわかるゝの図 芳年 明治23 年(1890)  上半身を障子に隠したが、影はもう狐。足元には安倍の童子が這い寄っている。可愛い盛りの年頃なのを置いて、千年の森へ帰らねばならぬ哀しみ。

五拾三次の内 猫の怪 歌川芳藤 弘化4 年~嘉永元年(1847 ~1848)  これは芳藤の師匠国芳の人の集まりの猫ヴァージョンで、「獨道中五十三驛」の岡崎の場をモティーフにしたものだが、横須賀美の解説を見ると、<弘化四年の市村座での「尾上梅寿一大噺」>とある。調べてみると、確かにその年に記録があるが、やはり五十三驛の派生作品だった。
正確な外題としてはやはり「五十三驛」の方が実態に沿うのではないだろうか。
今回の一大噺とは要するに一世一代というのでつけられているわけだ。

師匠の国芳にもこの岡部の場を舞台にしたバケ猫絵があり、大化け猫の手下のばけねこコンビが豆絞りでねこじゃを踊る姿など、あまりに可愛くてドキドキするくらいだ。
そちらは天保六年(1835)年の「梅初春五十三驛」。正月の芝居なのでそんな書き換えがある。そしてその絵も横須賀に出ていた。
働くばけねこたち。可愛くてならない。

新板 おばけ尽 歌川貞房 弘化3 年~嘉永元年(1846 ~1848)  義士と十二支の動物たちの戯画も入っている。ウサギがヘンな刀を差し、大きなネズミに頭を噛まれるオヤジもいる。思えば十二支の動物たちも確かにちょっとオバケに近いところを見せもする。

化け物の夢(夢にうなされる子どもと母)歌麿  これは所蔵者の違うもの。三井の第2室展示で、今回も多くの人が「わぁひどい~」と笑っていた。

次に横須賀美術館の浮世絵で、目立つものを挙げる。
タイトルは「妖怪登場 大都市・江戸に生まれた都市」

百物語化物屋敷の図 林屋正蔵工夫の怪談 国芳 天保10~12(1839~41) 前述の国芳の対になるもの。この絵は後世に模写も生まれるくらい人気。

越中立山の地獄谷に肉芝道人蛙合戦の奇をあらはし良門伊賀寿の両雄に妖術を授く 芳虎 
元治元(1864)  タイトル通りの状況・情景。肉芝道人は蝦蟇の妖術を極めたヒトで、既にヒトから蝦蟇に近くなっている。そして眼前に部下のカエルたちに相撲などを取らせ、その様子を平良門と伊賀寿とに見せて、蝦蟇の妖術を授けるのだった。
良門の姉・瀧夜叉姫も別な妖術使いから学び、相馬の古内裏で敵の大宅太郎の前に大骸骨を出現させた。
昔のヒーロー・悪漢たちはみんな、煌びやかな妖術・幻術・武術の達人なのだった。

後鳥羽法皇の夢中に現れる妖怪の図 秀斎 慶応元(1865)  ゾウ?虫、ウサギ、梟らしきものたちがどんどん出てきて、日の中にはどーんっと仏まで現れる。

百器夜行 芳年 慶応元(1865)  左端の染付の急須のバケモノが綺麗な色で。唐草文様か。そして困ったような顔の下駄らしきものもいるが、それは荒川弘の実録農業マンガ「百姓貴族」の荒川父の困ったときの顔にそっくりなのだった。
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北斎の百物語が揃って出ていた。いずれも天保2年(1831)。
お岩さん  今回のチケットに選ばれている。ちょいと間の抜けた感じがするのがいい。
小はだ小平二  これはマジで怖い。蚊帳の上から肉の剥がれた髑髏が恨めしそうに見下ろしてくるのだ。
本気で怖いのはこういう絵。
さらやしき  お菊さんの伸びた首に皿が。発想として一番面白い。
笑ひはんにや  いやな感じの絵。これはその意味では巧い。
しうねん  北斎本人の位牌と蛇と。なかなか面白い。

百人一首之内 崇徳院 国芳  ゴォーーーーッッ 御霊信仰の親玉ですから…

戯画も二つ。
金玉ちからもち なまずひゃうたん金玉 国芳 天保13(1842) ちからもちの技を見せる狸や禅語をパロる狸。


江戸名所道戯尽 三 浅草反甫の奇怪 歌川広景 安政6(1859) 三人の男が農兵になり、狸の指揮の下、懸命に行進の稽古をする。浅草田圃では昔こんな風に狐や狸に化かされて踊らされる人も少なくなかったろう。
これで思い出したが、11世片岡仁左衛門が若い頃に見たものを語った中に、狸の語りによる平家物語というのがあった。その狸は芸達者で、平曲を語るだけでなく眼前に壇ノ浦やら一の谷などの様子を開いたそうだ。聴衆はその見事なジオラマに歓声を上げて夢中になったという。そして仁左衛門も感心したらしい。

名所江戸百景 王子装束ゑの木 大晦日の狐火 広重 安政4(1857) 江戸百の中でも好きなものの一。総本山は伏見だが、中部は豊川、江戸は王子に狐が集まるという。

東海道五拾三次之内 岡崎 歌川貞秀 天保6(1835)頃  黄色い猫たちがいい。油周りで踊る踊る。
可愛いねえ~~nec562-1.jpg


五拾三次之内 岡崎の場 国芳 天保6(1835)  そう、このねこたちが愛しくてならない。
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左の猫は数年前の府中市美術館でのメインキャラとして「猫だってがんばってます」と張り切り、右の猫はukiyoe-TOKYOでの国芳展でプリントされてクッションになっていた。本当にこのコンビ、愛しくてならない。
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道外とうもろこし 石橋の所作事 国芳 天保14~弘化3(1843~46)  野菜たちの「石橋」。トウモロコシが長いヒゲをシャグマに見立ててぶん回す。芋が笛を吹き、キノコもいる。えらいもんです♪ちなみにこの踊るトウモロコシ、秋には太田記念美術館にも出演する模様。
ちょっとしたスターですなnec565.jpg

とうもろこしでは他に前期には「かさね」が出たようで、実感があり怖いぞ。

ほうづきづくし ゆうれい 国芳  酸漿もよくよく働く。4シーンがある。五条坂の弁慶と牛若、腕相撲する酸漿、夕立に逃げ込む、トウモロコシのオバケにおののいて逃げる・・・

化け物尽くしの面白い絵がいくつか。
新板化物づくし 貞秀 弘化元~3(1844~46)  縦二枚続きというのも珍しい。そしてキャスティングも変なのが多い。雪山にいる女、変な灯籠、盆提灯、神楽、タコ入道、菰樽から剣菱が抜け出る・・・

新板化物づくし 芳幾 嘉永6(1853) 猫じゃを踊る猫、平家物語、オバケの船を売り物にしたり。

百物語戯双六 芳虎 天保14~弘化3(1843~46)  小平次、提灯お岩、かさね、菊、ろくろ首、猫マタ、うぶめ等々出演。上がりが金毛九尾の狐というのがなかなか。

幕末に生まれた読み物の中でも「白縫譚」は芝居にもなり浮世絵にもなった。
国貞えがく二枚。こちらは「幽霊・妖怪画大全集」より

大友宗麟の遺児・若菜姫が復讐のために妖術を覚え暗夜を跋扈する。
時に男装し「白縫大尽」として景気よく豪儀に吉原で遊ぶ。
一方、敵方・菊池家の家臣・鳥山秋作は女装し、白縫大尽実ハ若菜姫の野望をつぶそうと立ち働く。
その二人のいる情景。130821_2201~01

秋作の女装もなかなか。130821_2202~01

おばけではなく幻術妖術の話だが、それがまた当時の人々の嗜好にぴったり。
わたも大好き。

化政期から幕末までは怪談芝居が多い時代だったので、それはもう綺羅☆というか、妖霊星がたんまりいて、実にたくさんのオバケ絵が生まれたが、そのあたりは「幽霊・妖怪画大全集」の独壇場だった。

四谷怪談、お菊さん、かさね、小平次、佐倉宗吾…
ほかにも岩藤の亡霊や因幡小僧に牡丹燈籠などなど。
このあたりは前に詳しく書いたから軽くするが、本当に面白い。
わたしが本当に好きな浮世絵と言うのは、やっぱりこうした世界なのだった。

橋脚に縋り付く鬼と河童。nec564.jpg


髪切りの奇談 芳藤 明治元(1868) この絵がまた凄い。海坊主のようななんかわからん、ぬーっとしたものがお女中に。そこへガンドウ持って現れた侍たち。夜の闇が活きていたころはこんなこともあったろう。
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芳年の作品が続く。
やはり幕末の「和漢百物語」、明治半ばの「新形三十六怪撰」どちらも150年ほどたった今もこうして鮮やかな色彩を見せているのは、当時手に入れた人々が喜んで購入し、大事にしていたからではないか。今みてもとても面白いのだからリアルタイムに楽しめた人はなおさら・・・なお、この連作ものは三館いずれにも出ていた。

浮世絵におばけのいる風景。・・・とても楽しい。
「幽霊・妖怪画大全集」「大妖怪」「日本の幽霊を追え!」と三つの展覧会を見て回りながら強く実感する。

明治になり、オバケも幽霊も否定されたが、ちょっと潜伏していた彼らも明治の末くらいからじわじわ復活してきた。
それにやっぱり庶民はオバケが好きな人が多いのだ。
東京日日新聞や報知新聞などに芳年や芳幾らのポンチ絵が連載されるが、けっこう幽霊・オバケネタが多い。
これが実は明治初期のことだから、本格的に復帰するのも当然なのだった。

とりあえず浮世絵編、ここまで。

プーシキン美術館展 2

プーシキン美術館展は17世紀の古典主義、ロココから19世紀前半のロマン主義、自然主義、そして19世紀後半の印象派、ポスト印象派、さらに20世紀のフォーヴィズム、キュビズム、エコール・ド・パリとフランス絵画300年の世界を開いている。
名古屋・横浜と見たのでやっぱり濃やかな感想を。
前半はこちら
そしてこれは名古屋・横浜・神戸の2013年のチラシと2011年の横浜のポスターとチラシ。
本当に待たれた2年。130819_2235~01

近代絵画の登場。


モネ 陽だまりのライラック  ピンクの花がとてもきれい。木陰に二人の女が憩う。
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モネ夫人カミーユと、その子の乳母と。木花の陰にいる様子を遠くから捉える。

ルノワール セーヌの水浴(ラ・グルヌイエール)  人々がわいわい集まる。服を着て日傘を差した人たち。彼らは水浴せず、水につかる人たちを眺めたり、近くの人としゃべったり。犬も一休み。パリの夏も暑いのです。
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そして今回の展覧会のヒロイン登場である。
ルノワール ジャンヌ・サマリーの肖像nec461.jpg
これは画像では決して出てくれないが、顔のあちこちに青色がにじんでいる。全体がピンク色の絵に見えて、影として青が使われ、それでいよいよピンクが活きるのだった。
夢見るようなまなざし、甘いほほえみ。
青の使われたのがわかるのはこのポスターのみか。
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実物より絵の方がいい、という話も聞いたりする。
今回のプーシキン美術館展のヒロインは彼女である。
今度の神戸では宣伝にポストカードを配布しているが、表面にキラキラ加工がされている。
力の入った宣伝。
このジャンヌ・サマリーについての物語を池田理代子が描いている。
わたしはそれを名古屋のショップで見たが、横浜ではどこにあるのかわからなかった。
幸せそうな顔。
彼女のことに詳しくなくとも、この絵の幸せそうな雰囲気を味わうだけでいい。
描かれた女、そしてその背景。間違いなく温かな幸せが四方に放出されている。
ルノワールの優れた資質が見る者を幸せにしてくれるのだ。

ドガ バレエの稽古  並んで白いチュチュの少女たちが稽古に熱心に取り組む。
バタバタと言う足音、そして軽い吐息…様々な音がこの絵から聞こえてくる。
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ジャン=ルイ・フォラン 競馬  紳士淑女の社交場たる競馬。ワイワイ賑やか。騎手が見える。みんなカネをかけるのは誰か。

ルイジ・ロワール 夜明けのパリ  わびしい。ぼーっと灯りがともる店。もう開いている食べ物屋に集まる人々。雨はもう止んだらしい。働く人もまだ勢いがない。

ロートレック 窓辺の女  スケッチししたところへ色を置き、線を変える。女の後姿、後ろから見た横顔。魅力的な顔。

セザンヌ 水浴  出ました、水浴する人々。nec548.jpg
六人ばかりがいる。森の中、ああ、いい体だなあ。

セザンヌ パイプをくわえた男  モデルは故郷の庭師の人らしい。机による。背後の壁にはセザンヌ夫人の半分だけのぞく肖像画もある。
光の分割。キュビズムの走りと言うことを考える。
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ゴッホ 医師レーの肖像  背後の壁紙の配色がすごく印象的。人物は…哀川翔に似ている、と思う。

ゴーギャン 彼女の名はヴァイルマティといった(ヴァイルマティ・テイ・オア)  岩に敷いた敷物の上に座す女。茶色い肌。たばこを手にしている。足下には葉っぱが落ちている。サイドにフルーツの置かれたテーブルがある。近くには何かの像も建つ。くつろいでいる。五輪まゆみに似た横顔。

ゴーギャン エイアハ・オヒバ(働くなかれ)  ジャワの遺跡、ボロブドゥールの遺跡のレリーフからモティーフを得て描かれた、という左の女。たばこを持っている。右の女は青に黄色のワンピースを着ている。可愛い柄。女の足下には白ねこが丸く寝ている。
向こうには犬もいる。そしてキリストの影のようなものがある。帽子をかぶった女かもしれないが。
猫は気持ちよさそう。nec554-1.jpg

タヒチではこのけだるさを聖なるものと見なしていたそうだ。南洋にはおうおうにしてそうした感性がある。
返還前の沖縄を舞台にした映画「オキナワン・テルダイ」もそうした聖なるけだるさというものをモティーフにしていた。空気に潜む湿度の高さがそうした何かを育むのかもしれない。

ヴュイヤール 庭  筆を寝かせてモザイクのような空間が作られる。二人の女がくつろいでいすに座る。顔は見えないが和やかな雰囲気がある。

ドニ 緑の浜辺、ペロス=ギレック  日が当たっているのがよくわかる。左には小ヤギとヤギ飼がいて、少年は笛を吹いている。小ヤギたちは角のつきあいをしている。
牛もいたか。そして三人の女がいる。幼年・若年・老年をイメージされた女たち。幼年は寝そべり、若年は座り、老年は涅槃しつつある。

ケル=グザヴィエ・ルーセル ケレスの勝利(田園の祭り、夏)  百年前の絵だが、神話世界的な様相を見せている。にぎやかな色の配置、大豊作の喜び、ブドウがおいしそう。ドニの豊穣を喜ぶ絵を思い出す。

シャルル・ゲラン テラスの二人の少女  一人は白いドレスを着て座り、一人はピンクのドレスを着て立っている。花冠を作っている二人。犬もいる。優雅な時間がある。

アンリ・ルバスク 水浴のあと  一人でそっと森の中の水浴を楽しみ、白い下着をつけた女が靴を履こうとしている。明るい陽光の下。点描に近い筆の動き。光を感じるのはそのためかもしれない。

マティス 青い水差し  白布。青い水差しはジョルナイ工房の作品のような輝きを見せる。

マティス カラー、アイリス、ミモザ  計算され尽くした作品なのだろうが、そんなことも感じさせない絵。
カラーやミモザがいい。色彩の祝祭のようだ。nec547.jpg

思えば数年前の国立国際美術館などでのプーシキン美術館展ではマティスの金魚鉢の絵が目玉だった。
マティスの絵は、一目見てまず目が開かれ、見入るうちに心が開かれてゆくのだった。

ピカソ 逢い引き(抱擁)  大きなベッドのある三角部屋。恋人たちというよりも売春宿の情景。
1900年頃のピカソの絵はどうもそうした雰囲気がある。

ピカソ マジョルカ島の女nec556-1.jpg
ああ、綺麗な水色。海老原喜之助の描いた女も彼女のようなスタイルをしていた。
細い手の甲が綺麗。ポーズはどこか奈良時代の仏像のように見える。

ルソー 詩人に霊感を与えるミューズ  アポリネールとローランサンらしいけど・・・描く本人が大真面目だというのは間違いないし、尊敬の念を込めてるのも疑いはないのだけれど。う~ん・・・

ローランサン 女の顔  ルソーに「ミューズ」として描かれたと同年1909年の作。後年の「ローランサンの女」というパブリック・イメージから少し離れたキュビズム的な女の首。

キース・ヴァン・ドンゲン 黒い手袋をした婦人  白いドレスも腿のあたりまでめくれ、黒タイツが見えている。退廃的な魅力がある。阿片の夢に溺れているのか、アブサントを飲み過ぎたのか。官能的な女。

キスリング 少女の顔  おさげにおかっぱの少女の顔の半分には殴られたような痕が見える。デートDVか虐待か。

シャガール ノクターン  最愛の妻ベラを亡くした後の絵。赤い馬に花嫁が寄り添う。

レジェ 建設労働者たち カラフルな働くおじさんたち。これはレゴで再現できるように思う。二次元再現ではなく、これを元に三次元再現をするとかなり面白いと思うのだ。

名古屋ではこの展覧会のために池田理代子プロダクションが描きおろしたマンガが販売されていた。
中に、ロシア革命前夜のユスーポフ公によるラスプーチン暗殺物語があったが、今を去ること三十年前の1983年頃か、彼女の名品「オルフェウスの窓」第三部において、この逸話が描かれていた。
わたしはリアルタイムの読者として、やっぱり今回の新作は好ましくはなかった。
元のユスーポフ公の面影は今も心に生きている。
「祖国ロシアのため、皇帝陛下とロマノフ王朝のおんため、天に代わってそなたを討つ!!」
というあの言葉と刺殺の情景は決して忘れられるものではないのだ。

最後にこちらは、2011年のチラシに掲載されていた、来る予定だったゴーギャンの絵「マタモエ(死) 孔雀のいる風景」。何の絵と交代したのかは私にはわからない。
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二年待った甲斐のある展覧会だった。 
なお、三館共通で、大型絵はがきの連続するチラシ、というのか、そんなものも配布されていた。

プーシキン美術館展 1

プーシキン美術館展に行った。
名古屋~横浜~神戸と言う巡回のうち、名古屋と横浜に行った。名古屋の時点で感想を挙げ損ねたのは自分の怠惰から。
nec554.jpg横浜のチラシ

ロシアには偉大な絵画コレクターが何人かいた。
最初はエルミタージュを創設した女帝エカテリーナ。同時代のニコライ・ユスーポフ公。
それから時代が下がり、パーヴェル・トレチャコフが現れ、やがてセルゲイ・シチューキンとイワン・モロゾフという伝説的な二人のコレクターが出現する。
彼らの蒐集した作品だけで、世界の何分の一かの名品がロシアに集結していることになる。
ヨーロッパともアジアとも違う国ロシア。
文化の驚くべきその深さに、ただただ溺れゆくばかりになる。

絵にはそれぞれ誰が蒐集したものかが書かれていた。
そこからは時代性と嗜好とが読み取れる。
絵の前に立って、自分の感じたことを書く。

愛知のチラシnec553.jpg

シモン・ヴーエ 恋人たち 女が男の首周りの襟飾りをいじる。やや赤ら顔の男。

ニコラ・プッサン アモリびとを打ち破るヨシュア 描かれた物語はサイトによると、「『旧約聖書』のなかで、モーセの後継者ヨシュア(画面左下)が「約束の地」カナンを征服する場面」ということらしい。
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ヨシュアは裸で非常に逞しい。皮膚がそのまま甲冑になったような兵士もいる。
首も落ちているし、ひっくり返った人もいる。画面右には三日月、左には朝日が描かれている。夜から明け方まで戦い続ける人々。
ヨシュアの勢いの激しさを見ていると、彼の全身は全てが固くなっているようにも思えた。
こちらを向かれては困る状況かも知れない。

クロード・ドラン アポロとマルシュアスのいる風景 マルシュアスというのは木に縛り付けられて生皮を引き剥がれる罰を受けようとする男。
絵はロングからの構図で、ナマナマしさはない。
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皮を剥ぐ絵を見てときめくのは、浮世絵か大和絵だけかもしれない。無残絵の系譜が日本にある。
絵は森の中の情景を描く。話を知らなければそんな惨劇が待ち受けていることには気づかない。
周囲にいる人々も一部はその行為を見ようとしているが、遠くにいる人は日常の最中にいる。
こういう構成はやはり西洋絵画だということを強く感じさせる。

セパスティアン・ブールドン 犠牲をささげるノア  箱舟もなんとかついた。虹が出ている。長い間船に押し込められていた動物たちが降りてくる。壊血病にもならず人も出てくる。ライオンが吠えている、というよりノビをする。しかし羊は捧げものにされるらしい。他は野放しにされるようだが。

シャルル・ド・ラ・フォッス キリストと聖女たち  夜になったが少しばかり残照もある。三人の女がいる。木も静かに立つ。彼女らになにやら指さしているが、このキリスト、とてもいい体だった。足元にいる三人の女はむしろ彼の言葉よりも彼の体に関心が向くのかもしれない。

ジャン=バティスト・サンテール 蝋燭の前の少女  明治初頭の日本の油絵師たちが描いたような風情がある。手紙を見ている少女。頬がバラ色。

アレクシ・グリムー 縦笛を持つ少年  つるっとした顔の少年。サテンの襟が目立つ。ええ氏の子。
横笛の少年はマネ、縦笛は彼か。現代のリコーダーと同型。うすた京介「ピューと吹くジャガー」の先達か。

ジャン=フランソワ・ド・トロワ スザンヌと長老たち  二人の爺さんがスザンヌにすりすりとすり寄っている。スザンヌはパール色の衣と膚。小さい噴水から水が。しかしこのスザンヌはそんなに困った色を見せていない。爺さんらはただの欲ボケ。
…それにしても旧約には実に色んなセクハラ話が収まっている。

フランソワ・ルモワーヌ 素描の寓意 プットー(童子)たちで表現。六人いるがそんな真面目な顔でいられても。1727~1729年と言えばまだ応挙は生まれていないが、同じ世紀に描かれた子供らは、圧倒的に東洋の方が可愛いと思う。

カルル・ヴァン・ロー ユノ  母子のようにも見える。青灰色の地に。羽のある子ども(プットー)と孔雀がいい。

フランソワ・ブーシェ ユピテルとカリスト  一目見てお姉さまと少女と言う、いわゆるエスな関係を感じた。それもそのはずで、「女神ディアナの従者カリストを我がものにしようと、ディアナに扮して近づくユピテル。」という状況だった。(背後のワシがユピテルを暗喩する)
バラも咲いている。真上の枝にはいたずらそうなキューピッドたちがいる。狩られたウサギは死んでいる。誘惑するもの・されるものは周囲を全く見ていない。
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ロシアにおけるロココブームの仕掛け人は、女帝エカテリーナとユスーポフ公。
ロココの絵を見ていると、時にその甘ったるさに喉が詰まる。しかし描かれた絵の先には、極限の官能表現が存在するのを感じる。どの絵にもそんな匂いが漂う。


マルグリット・ジェラール 猫の勝利  白くてほわほわの猫がだっこされている。主人の足元には無念そうな犬。
ロシア人は猫好きだという。そしてロシアの犬はボルゾイが実に優雅だった。
フランスの状況は知らない。
この絵を見て思いだしたが、「じゃりン子チエ」に出てくる猫は小鉄とアントニオJrがメインだが、後に白くてほわほわのジェラールと言う猫が仲間入りする。
この猫は大変大事にされていたが、金もうけのためとはいえ、猫のブラッシングをさせられていたテツの我慢が限界を超え、ブラシでアタマをどつかれて一部が凹んだために捨てられる。
しかしその直後に、多少見栄っ張りなところのあるコケザルの母に「上等な猫」クルミちゃんとして大事に飼われるようになる。
まぁあんまり上等なほわほわ猫はわたしもニガテだ。

ルイ=レオポルド・ボワイー プレリュード  ピアノの前でキスする二人。向こうにベッドも見えている。これはキスがプレリュードと言うことなのかもしれない。

ジャン=バティスト・グルーズ 手紙を持つ少女  危ないなあ。白すぎる肌がこぼれている。指で押せば指の重みでそこがピンクに染まりそうな肌。どこを見ているかわからない目、愚かな無防備さ。ああ、こういうのを描くというのも…

ユベール・ロベール ピラミッドと神殿  出ました廃墟のロベール。壁面浮彫が綺麗。荘厳さが重くはない。ライオン像がある。口から水がこぼれるのは噴水と言うこと。向こうには生きたラクダがゆく。そして奥には三角錐の形を見せるピラミッドがそびえ、こちらの崩れた神殿と対照的にみえる。

ジャック=ルイ・ダヴィッド ヘクトルの死を嘆くアンドロマケ  トロイヤ戦争で戦死した長子ヘクトルの妻アンドロマケが大いに嘆く。「見よ!」と嘆く。幼い息子も嘆く。
ヘクトルの遺体は胸を上げて横たえられている。死後も彼の胸筋の強さを見せるためのことか。
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大黒柱ヘクトルの死は戦況を大いに変える。
ナポレオンのかっこいい肖像画をえがいた画家だが、わたしはかれの描いた瀕死の少年の絵にいつでもときめいている。

フランソワ・アンドレ・ヴァンサン 素描はさみを持つ青年  素描集のファイルを持つ、水玉柄の服を着た、将来的にはズラのお世話になりそうな青年。

ジャック=フランソワ・スウェンバック 旅回りの一座  たいへん大きな一座で、装わされた犬もいるし、サルもいる。「旅芸人の一座」とはまたイメージが違う。

ところで肖像画がいくつかあるのだが、わたしはいずれもここに感想を上げる気にならない。なんとなくいやな感じがする絵ばかりなのだ。

アングル 聖杯の前の聖母  アングル  解説によると右にアレクサンドル・ネフスキー、左にニコライが聖母と共に画面に収まるのだった。
ネフスキー大通り。聖杯にはキリストの紋章が刻まれている。

ジャン=レオン・ジェローム カンダウレス王  一見すると、ベッドにいる男のために毛皮の敷物の上で女が脱いでいるシーンなのだが、これは実は物語の一部で、wikiによると「自分の妻の美しさを他人に誇りたくてしょうがない王は、護衛の元漁師ギーゲスを妻の寝室にしのばせ、裸体を見るように強制する。それを知った妻はカンカンに怒って、ギーゲスと結託して王を殺害し、ギーゲスと妻は王に代わって国を支配する。」とのこと。
アホですな、王様。奴隷女を見せたがる男と言うのは時々いるけど、これじゃあね。
…むむ、深読みすると、もしかしてこのアホ王は護衛のキーゲスを自分の男色の相手にしていたのかも。それで可愛がる男に、自分の妻のカラダを見せびらかして…
ははは、いろいろ考えると楽しいなあ。
思い出した。
伊藤伝右衛門が柳原白蓮との婚礼の時、集まった客たちに綺麗に装わせた花嫁を、着せ替え人形のように見せびらかした。それからしても白蓮はこんな無神経な亭主を嫌い、とうとう公開離縁状を新聞に投稿して、堂々と出て行ったのだ。
そして宮崎滔天の息子と大変仲良く生涯を共にしている。

ポール・ドラロッシュ エドワード四世の息子たち  ロンドン塔に幽閉されて殺害される金髪兄弟。この主題はどの画家の絵でも悲劇的な美少年二人がおののく図として描かれている。ここではベッドにいる弟ヨーク公に話しかけるエドワード五世という情景がある。
殺される兄弟二人といえば、王女メディアの二人の子、結城合戦の安王・春王、それからこの兄弟。哀れにも美少年な二人。そばにいる犬も不安げ。

トマ・クチュール 仮面舞踏会後の夜食会 さんざっぱら遊び倒して仮面だけ外したけどぐったりする面々。白いピエロの少年だけが座っている。アルルカンは伏して寝る。このままなのか雑魚寝になるのか。この二年後に「ピエロ服の政治家」という絵もあるが、ピエロとアルルカンはこの絵の二人からの出演かも知れない。

オラース・ヴェルネ マムルーク  トルコかアラブの戦士に見える。奴隷階級出身の軍人のことらしい。個人の名ではない。細い半月刀を持っていた。
わたしはついつい「アラビアのロレンス」の戦闘シーンを思い出すよ。

ドラクロワ 難破して  バイロンの「ドン・ジュアン」後編から取材。せーの、とばかりに小舟の上で生存者二人が死体を海へ放り込む。ドラクロワの絵で死体を持ち上げると言えば、キリストの遺体を運ぶのが思い浮かぶ。
この「難破して」は舟の重みを取るためのドボンだが、これが「海神丸」だと食べる・食べないでもめて、「アーサー・ゴードン・ピム」だと食べてしまい、なおかつまだ飢えに苦しむわけです。

ウジェーヌ・フロマンタン ナイルの渡し船を待ちながら  左が岸でそこにラクダに乗る待ち人がいる。二人の従者がいる。夕陽が揺らぐ。川には渡し船が近づきつつある。

ナルシス・ド・ラ・ペーニャ クピドとプシュケ  恋人たちと言うより、母子。母の膝に立つ坊やのよう。森の中の白い膚。夕暮れの中で。

コロー 突風  ロングで一場を捉える。強い風がビュッ 

ミレー 薪を集める女たち けっこう大木というか大きな幹?枝を担ぐ女二人。働き者。

長くなりすぎるので前半はここまで。

八月の東京ハイカイ録 3

東京ハイカイ録その三と言うことで、今月の東京ハイカイも今日で終わり。

予定より一時間出遅れて、東京ついたら10時前やん。
ロッカーにキャリー放り込む。
関係ないが今一瞬わたしは映画「キャリー」を思い出したよ、あれはイジメから超能力爆発の惨劇話で、ラストも怖かったなあ。


明治神宮諦めた。また来月にでも。
渋谷についたが、意外なことに人口密度が復活してなかったな。歩きやすい!

たばこと塩の博物館。渋谷撤退前のサヨナラ展示ですがな。カメラぱちぱーち。
後日また記事挙げます。
それにしても改めて眺めると、こんな最後に新しい発見あったりしますね~
次は墨田区で再開なのよ♪


地下鉄で乃木坂へ。陽射し暑いけど苦しむほどやない。関西はあまりに暑すぎて、他の地域に行くとカラダがラクになるのを感じたりする。
ミッドタウンでスープランチ。喉に良さげなんにしたが、なんか以前に比べワクワク感がなくなったなあ。
こうなるとお店の魅力がなくなさって、どうでもいい存在になるのだった。


サントリー美術館では谷文晁の後期を見る。
若い頃の中国絵画に学んだ作品より、やはり練れてからの筆遣いがいい。
ラストに縮図帳があり、美少年兄弟の絵がある!
嬉しいものを見たわね~


神谷町に。坂を延々と登る。あらホテルオークラの地下二階はこっちからならすぐなんや。
アートコレクション。夏の恒例行事。
マルケのいいのを見たが、結構見知った作品が多かったなあ。
図録購入。わたしも少しは何かのお役に立ったのかも?

見てる最中に強烈な眠気が!飲んだ薬が効いてきたのだ。まずい!
だからか最後はちと@@;になったわい。


大倉集古館に入る頃には眠気退散。ローマ展に出た日本画を中心に。そしてローマ展の時の様子の写真や絵葉書などなど。この時の横山大観、えらく痩せているなあ。
他に面白いのは喜八郎さんの狂歌。息子のバロンは間違ってもそっちの嗜好はないでしょうねえ。お父さんにはまだ江戸の面白みがある。


霞が関乗り換えで東京へ。最後にステーションギャラリーで大野麥風を見て終わり。
前に姫路で見損ねたのを数年後の今、やっと見た。
先人の本草学の人の絵や現在の人の絵もある。ないのはさかなクンの絵くらい、という豪勢な展示。水族館にいる気分なり。


ハイカイも終わり、帰りに肉の万世のヒレカツサンド4切れパックを買うて、新幹線へ。
半分寝るうちに大阪に着いた。新幹線のドアが開いた途端、むあ~~~と大阪の熱気と湿気!…まいったなあ。東京でたるみきってたよ、ああ、わたしのハイカイもそれで終わり。
八月の残りは地元で遊ぶのでした。

八月の東京ハイカイ録 2

東京ハイカイ2日目。
なんしか混むもん。早めに出て9時には鎌倉到着。
あの小町通が空いてるという…まぁ早朝でないと見れない光景の中を進む。
ほんで雪ノ下へつくわけだが、空いてるからこの辺りが高級住宅街だということを、初めて実感したね。
わたしにとって雪ノ下とは立原正秋の小説に現れるところなんですよ。

清方記念美術館へ。個々の展覧会の感想はまた後日あげてゆきます。

明治時代の口絵・挿絵がとてもいい。
特に今回は江見水蔭とのコンビものにいいのが多かった。
「白波女」なんてのは悪婆のクチだな。山田美妙の女装のスパイもかっこいい。
小さい美術館だけど、どきどきはいつも大きいよ。

そこから神奈川近代美の別館へ。
遠いけど空いてるので気にしてはいかん。
さすがに歩いて暑くなる。
野中ユリ展。シュールなのも抽象的なのもわからなくて忌避するけど、そこに詩が加わると、途端に作品世界は魅力的なものに変わる。
図録完売で増刷ナシなのは惜しい。

本館では松田正平展を楽しむ。黄色い犬の絵と大威徳明王が最高。
黄色い犬はプリントぬいぐるみを売り出せば、かなり人気出ると思うね。
大威徳明王は青銅色で「大魔神」の趣があった。

本館から見えるハスIMGP1885.jpg

この夏最後の白い蓮IMGP1886.jpg


空いてるから若宮大路を帰る。八幡様は遥拝するばかり。
駅中で大船軒のアジ押し寿司を買う。
西岸良平「鎌倉ものがたり」のパッケージ。限定数量。嬉しいわ。
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予定より1時間早く横須賀へ向かう。

おおーーーーっ軍艦がいっぱい。アメリカ軍のやろかな。
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わたしにとって横須賀といえば山口百恵、それから佐藤さとる「わんぱく天国」。
いいものを見たのでカメラでぱちぱち。でもこの記事にはまだ挙げられないから、また後日挿入します。
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戦争は嫌だが、外観のかっこよさには文句は付けられない。
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旧い門も残されている。IMGP1890.jpg

可愛い。IMGP1891.jpg


バスで40分くらいかな、観音崎の手前の横須賀美術館まで。
おばけなり~~~
解説文の中に引っかかるものがあった。これはたぶん書かれた方の勘違いだと思う。
もう刊行されてるので手直しできないな。
芝居の外題の話。

常設でも谷内六郎がとてもよかった。アジの押し寿司は広場でいただく。
レストランは人であふれている。

海がきれい。IMGP1892.jpg

帰りは馬堀海岸駅から京急で横浜へ。
みなとみらい線一日チケ買うてまず馬車道へ。
神奈川歴博「キングの塔」。これは今年の近代建築系の展覧会では暫定1位です、すごくよかった。

みなとみらいにつき、ダメもとで三菱技術へむかい、20分ほどで絵葉書を見て回る。
きてよかった。船内のカラースキームもある。わたしは客船がとても好きなの。

隣のハマ美へ。プーシキン美術館展。名古屋で見て横浜でも見る。
今回は何とか感想かけそう。

常設の日本画をぱちぱち。
それについてもまた後日。

ドトールで一服してからそごうへ向かう。
大阪歴博からの巡回「幽霊・妖怪画大全集」。
よかったよ~ちょっとおとなしい演出になっていたが。

そしてめでたいことに、三井・横須賀・そごう、とお化けコンプリートしたご褒美をもらいました。
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横須賀で船に乗ろう~~~


いいことばかりはありゃしない
これは今はなき忌野清志郎の歌。うう、キヨシローーーーっっっ
えーと、はっきり書くけど、デパートでありながらあの接客は何だ、と思う接客があった。
これはそごうの体質なのか。つぶれてしまった大阪でも奈良でも感じ悪い接客がいろいろあったけど、残った横浜でもかい。それとも神奈川はこんな接客をするのか?
受付案内にいうても「入れ込み店の者かと」と逃げるのがオチだろうから、もう言わないけど、そごうは接客をマクドナルドかTDLに習いに行くべきだな。
こんな店でたいせつなお金を使いたくはないね。

いやな感じを抱えたまま崎陽軒食堂へ行くと、店員のおばさんがとても親切にしてくれた。
こういうことがあるから人間はやっぱり生きてゆけるのかもしれない。

今日はここまで。

八月の東京ハイカイ録 1

八月の東京ハイカイ始めました。

最近はもう朝に大阪を出るというのをやめて、夜に新大阪を出て東京駅からホテルの送迎バスに乗ってゆくことがパターンになっている。
今回もそう。一泊余分かもしれないが、気持ちと体にゆとりが出来るので、これに限る。
定宿なのでフロントも色々とフレンドリーにしてくれるので助かる。
体調が悪かったのも遊びに行くからか治って来てるし、あとはまぁ機嫌よく動こう。
といいつつ、昨夜はやっぱり咳き込んで跳ね起きているのだが。

ホテルはお盆期間の間、随分値下げしていた。やはりこの機関は東京へ泊まりに来る人は少ないらしい。そして白人客が多かったのも、やっぱりアジアは仏教国が多いからかな、と勝手なことを考えた。

本当は八王子からハイカイする予定だったが、行った事のない遠い場所は今回の体調では不安なので来月に回し、浦和から動くことにした。
展覧会の細かい感想はまた後日に。

北浦和の埼玉県立近代美術館では「浮遊するデザイン 倉俣史朗とともに」展を見た。
名前を聞いただけではわたしなどは「?」なのだが、「アクリルにバラを閉じ込めて拵えた椅子」の作者だと知って、行く気になった。
工業デザインというものには常々関心があった。ただわたしは見るものは装飾性の強いものが好きだが、使うものは機能性第一でないと駄目なので、その落差に勝手に苦しんでいる。そのあたりの感覚に対し、倉俣作品はどのようなアプローチを見せてくれるのか・倉俣作品を見てわたしは何か変わることがあるのか、そんな期待を持って見に行った。
(さて、どうなったかは、別記事で詳しく)
いい展覧会なので、工業デザイン・インテリアに関心あるヒトは是非に、と薦めたい。

常設では生誕100年の高田誠の世界がいい。それから木村直道「ズイズイズッコロバシ」なる、どー見てもムカデな奴が可愛い。

次にうらわ美術館へ。「11ぴきのねこと馬場のぼるの世界」展。
これはもうわくわくしながら出かけた。わたしは馬場のぼるファンなのだ。
でもタイトルロールの「11ぴきのねこ」よりほかの作品に好きなものが多いのだが。
ヤーー、よかったですわ!馬場さんの原画展は手塚治虫記念館で見て以来やが、ここには馬場さんの作者としての想いや狙いも紹介されていて、それで色んなことに気づかされたなあ。それにしても9歳ですでに後の馬場さんの世界が垣間見えている。すばらしい。
まだ長ったらしく書き上げます。

浦和から神田へ。三井記念美術館でおばけの展覧会の後期を大いに楽しむ。
観客も多くて大繁盛、みんなやっぱりおばけが大好きなんだ。
前期後期それぞれいいものが出ていて楽しみが深い。

銀座に出た。全て地下だから灼熱には苦しまない。
松屋銀座で「ヱヴァンゲリオン」展。すごい大熱気でしたわ。原画がたくさん出ていて見ごたえあり。
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わたしはカヲルくんのファンだから綺麗な彼の顔やシンジ君と一緒の看板を見て喜んだ。
それにしてもアスカは一番気の毒な扱われ方してるなと改めて思った。
地下でもお菓子が売られていた。130816_1558~01


出光へ。「書のチカラ」再訪。書というもののよさが、じわじわと自分の内側に浸透してゆくのを、先月から感じている。
ここでそれをもう一度じっくり噛み締める。

外へ出たら丸の内のベンチで一休みするご年配の奥さん方を発見!一組どころやないぞ~~そのまま歩き出しても暑ないがなーーーっ!!
三菱一号館へと中庭に入りかけるとミンミンゼミが鳴いておる。そしてあの木々の植えられた空間ではみんな思い思いくつろいでるやんかーーーっ
大阪では五分立ち止まると熱中症になり、一時間も座り込んでたら最早ミイラになるぞーーー!ああ、クラクラした。なんとうらやましい。

三菱で浮世絵を見る。Ⅲ期目で風景画が江戸から明治へ移行してゆくところ。
横浜絵が多い。文明開化やな~後姿の美人にときめく。うなじ、帯の具合、背中。浮世絵美人の後姿。

めちゃくちゃ室内が冷えているので、カラダも冷え冷え。街を歩いて東京へ向かう。
モダンな建物が見えたと思ったらKITTEか。かっこいいね。
上野へ。

「和様の書」再訪。大幅に展示替えがあったので、新しい展覧会を見るキモチ。
とはいえやっぱり近衛信尹が最高!彼の字を見ると気持ちが明るくなるのだ。
そして藤原行成の書。しみじみと日本に生まれてよかったと思う。

常設では断簡についての企画展を見て、それがかなり興味深かった。
そして寛文小袖のいいのを見たり。

初日はここまで。

「遊び」 京博特別展

「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」
梁塵秘抄のこの歌は去年、よく聞いた。
大河ドラマ「平清盛」での話。

京都国立博物館「遊び」展は、人間が「遊び」というものとどう関わってきたか・どのように「遊び」を楽しんだかを示してくれる展覧会だった。
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第1章 神々から人へ
まぎれもなく、古代は「遊び」こそが神と人とをつなぐ「行為」だった。

5~6世紀の古墳時代の出土品を見る。いずれも京博所蔵。
須恵器 台付装飾壺 西宮山古墳出土  相撲する人々が粘土で拵えられてくっつけられている。 これを見て思いだすのは当然ながら、当麻蹴速vs野見宿祢の相撲。
野見宿祢が勝ち、蹴速は死ぬ。安彦良和の古代を舞台とした作品「蚤の王」はその一事を据えて、古代社会における政治・政略を描いた。
楽しく遊ぶのではなく、この時代の遊びはいまだ政治に組み込まれていたともいえる。

鈴釧 石川県和田山古墳出土   手巻きのブレスレットにしては大きいし重たすぎる。
これは単品なのか、それとも失われた埴輪のための飾り物なのか。

神人歌舞画像鏡 京都府トヅカ古墳出土  ああ、踊っている。古代における踊りと言えば、まず真っ先に、天鈿女命を思い出す。ソロの色っぽいダンスで車座の人々が大いに沸く。その楽しげな声に引きこもりの天照大神が顔を出すのだ。

近世へ飛ぶ。
釉下彩鹿島踊図皿 旭焼 ゴットフリート・ワグネル お雇い外国人で釉薬色々のあのワグネル先生の明るい鹿島踊り図。これはチラシですわ~

御所人形 三人相撲  丸々した白肉さんたちが可愛くころんころんとお相撲を取る。
いいなあ。行司もころんころんしてそう。ちゃんと土俵有り。
相撲は平安時代になると相撲人というプロが出てくるが、それで思い出す話も少なくない。
わたしが好きなのは、御伽草子か今昔か忘れたが、泥棒がある相撲人の家に入って、そこにいた相撲人の30歳前後の妹を人質にとった話。
みんなが不安な中、彼だけは涼しい顔。その頃盗人も傍らの女が暇つぶしに鉄の鏃を指先でブチブチつぶしてるのを見て、声も出ないほど驚く。
そうです、相撲人として宮廷に隠れもない名人の彼より、その妹の方が力強いのでした。

賀茂競馬文様小袖   これを見るのも久しぶり。というか、新しく平常の館が竣工すれば、この小袖も時に応じて出てくるようになるわな。
上に菱形格子。下に楓が赤々する中を駆け抜ける競馬の射手たち。

絵を見る。
奈與竹物語絵巻 江戸時代 京都 曇華院   後嵯峨天皇が蹴鞠の会の時ひとめ惚れした人妻への執着が断ち切れない話。丁度みんなわいわいと蹴鞠するシーンではあるが、どれが帝でどれがその女かわからない。ただ蹴鞠が大きく飛ぶ。
加藤道夫「なよたけ」は別な物語。

成相寺参詣曼荼羅図 室町時代 京都 成相寺  稚拙な絵だが楽しそう。松が多いのは当然だが、行きたくなってくる風情がある。寺社は行楽の地にあり、また行楽地そのものでもある。参詣曼荼羅と言うのはやっぱり旅心をそそられる。

天橋立・住吉社遊楽図屏風 17世紀  横長い構成で、天橋立の松林と住吉大社の松林とがいつしかつながっているような錯覚がある。女たちが楽しそうに歩く。
実際自分も天橋立の松並木を歩く間とても楽しかった。特に何もないのだが歩くのが楽しかった。そして住吉大社。時折阪堺電気軌道に乗ってふらふらするとき、住吉大社の良さをしみじみ感じる。

舞楽図屏風 17世紀  色んな舞楽の人々がいる図。琳派も描いている。これは時折出てくる屏風。青海波、鳥兜、いろいろある中で左端の四人組「崑崙八仙」が可愛くてならない。
どの舞楽屏風でもこの四人組がベスト。

楽器いくつか。
篳篥 木地花鳥象嵌管箱 曼殊院   緑の葉の象嵌って初めて見た。花ショウブも可愛い。
江戸時代の象嵌や螺鈿て本当に好き。

龍笛 銘朝嵐 桜蒔絵笛筒 原羊遊斎 天保9年(1838)八坂神社  さすが羊遊斎。花びら大きくややオレンジ色に近い塗りの上に咲いている。

八重桜蘇民将来蒔絵小鼓胴 八坂神社   ああ、はっきりと「蘇民将来」と書いている。

婦女遊楽図屏風 2曲1隻 17世紀  岩佐又兵衛風と言うか岩佐工房のか。
三味線担ぐ女、煙草を吸うている。犬の散歩が盛んです。

能の関連。
面も少しある。小面、邯鄲男。

唐花七宝つなぎ文様袷法被 前田家伝来品。金地に白と緑の綺麗な七宝つなぎ。さわやかな雰囲気がある。

謡本および橘紋散蒔絵箪笥  ふっくら橘が可愛らしい。

鼓胴がいくつか。
宇治橋蒔絵小鼓胴 銘 宇治橋 伝道本作  川の波の激しさ。
椿蒔絵大鼓胴 京都 神光院  金に椿が。
大亀蒔絵太鼓胴  一匹やのうて、いーーっぱいいた!ガメラランド!!

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第2章 酒宴のたのしみ

徒然草 3冊のうち 江戸時代  江戸時代の識字率の高さが、こうして版本を生み出させ、現在にまで残らせた。ここの中身は「宴会の仕切りをして、勧められるとちょっと困った顔をしつつも飲み干し、それでいて酔っぱらわない人」がベストと説いている。
なんとなく河島英五「時代おくれ」の歌詞を思い出した。
  一日二杯の酒を飲み さかなは特にこだわらず マイクが来たなら微笑んで 
十八番を一つ歌うだけ

飲中八仙図屏風 海北友松 慶長7年(1602) 酔っぱらいのジイさんらの世話をする侍童たちが可愛い。御酌はもちろん、管を巻くのを聞いてやったり。
後始末もしてやるんだから、なかなか出来ませんよ、こんなの。

飲中八仙図襖 横山華山  むしろ呉春的な人物たちがわいわいと集まっている。

定武蘭亭序(東陽本)(明拓) 王羲之 永和9年(353) 上野コレクション  出ました。
二年ほど前の中国書画コレクション展や東博の王羲之展を思い出すなあ。
月僊の絵もあった。今だとこの情景が描けるのは原田維夫だけかもしれない。

酒飯論絵巻 三時知恩寺  これは小中学生向けワークシートもある。なかなか面白い。
絵の中では寝る奴もいれば酔っぱらったり色々。犬もいた。

そしてええ感じの食器が集まっている。
綾杉地獅子牡丹葵紋蒔絵食器具 東福寺
梅竹蒔絵膳椀 京都 神光院
色絵銹絵菊栗文提子 京焼
朱漆塗亀に渦蒔絵盃 美濃屋製 昭和時代 
朱漆塗亀に流水蒔絵盃 美濃屋製 昭和時代
朱漆塗菊花紋箔絵指樽 正徳元年(1711)
蓬莱文長柄銚子 桃山時代 曼殊院
これらを巧く組み合わせて展示しているので、こちらもお客気分ですな。

双六風な拵えが楽しい。nec542.jpg


第3章 年中行事
今やほぼ廃れているものも多いが、ここではまだまだ活きている。

京洛年中行事図扇流屏風 狩野元信 室町時代 京都 光円寺  地に流れと飛び交う千鳥たちが描かれ、そこへきちんと24枚の扇面が置かれている。流れに乗るのではない様子。

左義長羽子板  ああ、時代やなあ。

大きな人形が揃う。かなり大きいです。
享保雛(大内雛) 2躯1対 
五月人形 神功皇后・武内宿禰・従者 3躯1組

七夕文様帷子  肩でさらさら、裾は萩が咲き乱れ。
さすがに展示期間が真夏なので秋冬のは出ない。出たら出たで腹が立つかもしれない、暑いのにとかなんとかかんとか。

第4章 遊山
どこなと遊びに行きまっせ。

観月図 張路 明時代 上野コレクション  小舟で楽しく観月はいいが、中では侍童一人バタバタと団扇で茶の支度に忙しない。

花下遊楽図屏風 17世紀  これは完全に初見。解説に登場人物たちの髪に注目というようなことが書かれるだけあって、ものすごいリアリズム。つまりべたーとした海苔はっつけたような髪ではなく、後れ毛、ほつれ、乱れ、あるあるこんな髪のオンパレード。
もうほんと、このリアルさ。わいわいと湧き立つような人々。衣裳だけやなく煙草入れなどの小物も面白い。どこか繁華街の写真でも見ているような気分。

蓬莱花見図蒔絵手箱  珍しいことに男ばかり。それとガメラもどき。

色絵銹絵桜楓文鉢 讃窯 仁阿弥道八  ああ、これ好きよ。楽しい気持ちになるわ。
桜が綺麗なところは秋も紅葉するから楽しいしね。春と秋、京都はどっちが観光客多いか。

近江八景蒔絵行厨  これはお皿も一枚一枚違うので面白い。-今日は堅田の落雁、明日は瀬田の唐橋、明後日は三井の晩鐘…

伊勢物語絵巻 17世紀  八つ橋図。菖蒲は白や紫とりどり。

嵐峡泛舟図 張大千 中華民国17年(1928)以後  京阪神では明治から戦前にかけて中国の文人墨客との交流が盛んで、古いものから新しいものまでいろいろな芸術品が集まった。これもその一つで、賛に「和田さんと一緒」という意味のことがある。その和田さんはこの京博の副館長とか。
ただし絵は高士が小舟で、という後赤壁図のような構図。

観楓図 王冶梅 光緒7年(1881) 森岡コレクション  こちらも同じく、京阪神の文人墨客同士の交流から。

文字入楓に時雨文様帷子 これは肩口に大きな文字がいくつか縫い取られているのだが、「暑い夏にせめて涼しい秋を想おう」なニュアンスの文字が選ばれている。

一品経和歌懐紙 附 紅葉図 土佐光起  絵ばかり見てしまった。一本の紅葉の大木がくねる幹も印象的に描かれている。背景には何もなし。装飾性のなさが力強さを生む。

本当ならここらあたりが一休みだけどねw nec543.jpg



第5章 遊興─芸能と大衆─

四条河原遊楽図屏風 2曲1隻  孔雀の見世物、足で弓を弾く女、人形芝居など、どれを見て歩いても面白そうな四条河原。小銭がいくらあっても足りそうにない。

遊楽気分を盛り上げるような設えがされている。
まるで全体として留守文様のようでもある。
インドから来た「草花文様鬼更紗敷物」の上に「九曜紋蒔絵螺鈿重箱」と「鷹羽蒔絵徳利」が置かれ、そのそばには「竹に牡丹文様小袖」がある。
いいセンスだなあ。こういう設置・展示もとても楽しい。

島原遊楽図屏風 6曲1隻  釣り目の女たちが優美に笑っている。
島原はおっとりしたところだったと聞く。
話はそれるが、知人に元は造り酒屋のボンボンだった人がいるが、実家は333で滅びたそうだ。つまりそのお酒は島原へ出荷されていたのだが、昭和33年3月3日の売春防止令の実施により、廃業が相次ぎ、酒蔵もダメになったという話。

カルタ美人図 1面 17世紀  遠目にも親しいものを感じた。つまり「松浦屏風」の左端にいるカルタ遊びの美人二人とそっくりなのだった。解説によると、「松浦屏風」には類品がないので、とても貴重らしい。ここから新しい研究が出ればいいと思う。

邸内遊楽図屏風 6曲1隻  17世紀   望楼に集まる遊女たちは三味線を持っている。
池のある遊郭でかなり大々的。階下では貝合わせをして楽しむ。庭では群舞も。
これで左があれば池の向こうの別館にサウナ施設も見えるかもしれない。

貝桶・合貝 1対・300組 入江波光コレクション おお、そうなのか。貝は白い。

邸内遊楽図屏風 6曲1隻 17世紀  男と犬と下女のいる光景。

第6章 清遊─文人のたしなみ─
中国の高士を理想として。…どの層まで浸透していたのか。いつくらいまでブームだったろう。
琴棋書画図や羅漢図などなど。

羅漢図 2幅 南宋時代 1は茶の支度をするのが可愛い二人組。2は一人で立ち働く。

唐子遊図襖 円山応挙  やっぱりここにご登場を願わないとね。
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囲碁かそれとも五目並べか。nec541-1.jpg
机の下を抜けようとしてオツム打つ子もいる。

漢詩(観宇津江瀧) 貫名海屋   岐阜にある宇津江という48滝に遊んだ時のことを書いたそうな。48滝と言えば赤目しか知らないが、岐阜も清流が多いからなあ。

煎茶提藍 皆具 1式 明治時代  小さくて可愛いセット。硯や豆本もある。抹茶文化とはまた違う楽しみ。

御所解(琴棋書画)文様帷子  屏風の虎が可愛い。一休さんの説話や八犬伝の逸話を思い出す。

第7章 動物のたわむれ

楊妃撃丸図 明時代  ポロの様子。男装する侍女もいる。唐時代の女官の楽しみの一つ。

お獅子のついたのが二つ。
五彩仙人文獅子鈕香炉 南京赤絵
赤絵写獅子鈕菱香炉 三代水越与三兵衛 安政2年(1855)
後のは高島屋の飯田新七氏寄贈。なんとなくかっこいい。

リアルなのも二つ。ともにドイツ製。
銅甲虫鎮子、銅葉形皿。ちょっとニガテ。

春秋禽狗遊楽図屏風 6曲1隻  これはまた犬の散歩をする人の多い絵で、感心した。
ほかにこんなにたくさんの犬の散歩絵は見ない。

群猿・唐子図屏風 長沢芦雪 満を持して芦雪のエテ。下の岩盤の黒と赤とを混ぜた感じがすごい。
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唐子図の全景。nec546.jpg
小中学生向けワークシート。ポイントを押さえてますな~~

わんこわんこnec546-1.jpg

右の少年たち。nec546-2.jpg


第8章 室内の競技
ここも設えの巧いのがあった。

源氏物語図帖 空蝉 伝土佐光元 室町時代  まずこちらを見せておいて、次がいい。

有職雛(小直衣雛)のお内裏様とお雛様が左右に分かれて、その前には「百人一首かるた」。
ふたり楽しく遊んでいそう。
「貝桶文様小袖」もある。

おもちゃはまだまだある。
松竹梅蒔絵十種香箱 霊鑑寺  さすがはここの所蔵品。
吉野蒔絵三組盤、梨撫子蒔絵楊弓箱。
そしてそれらに合わせての絵は、「職人歌合絵断簡」鎌倉時代 ここには梓弓をベェンベェンと弾く巫女さんがいる。

ようやくここまできました。nec544.jpg

第9章 子供の遊び、雑技、曲芸
可愛らしいものが多かった。

唐美人唐子図襖 狩野孝信 桃山時代 京都 光隆寺   美人図。唐子より唐美人。

さて京博ご自慢の御所人形たちが大々的に繰り出してきた。
可愛くてならない。
わたしが御所人形大好きになったのは、ここの所蔵品を見てからだった。
色んなポーズの子がいっぱい。

春駒持ち、着衣手綱持ち、唐団扇持ち、着衣春駒持ち、狐面の後かぶり、獅子頭持ち、水引手、鶴持ち…

「かくれんぼ」も入江波光コレクション
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ワークシートの表紙もこちら。

またほかにも、鯛引き、宝車引き、笠かぶり、つくね、狗持ち、太鼓打ち、亀乗り、桃持ち…
本当に愛らしくて頬ずりしたくなる。
小さな小さな豆御所人形も21躯。

揚春余楽図 斉白石 中華民国23年(1934) 須磨コレクション  牛に後ろ向けに乗って凧揚げする子供。久しぶりに斉白石の絵を見るとのんびりした気持ちになる。

また素敵なセッティングがある。
手足の関節が自在になる三つ折人形2体がいて、その前には雛道具が並ぶ。
箪笥・長持などなど。これで遊んでいるようにしか見えない。いいなあ。

竹翁坐像 初代清水隆慶 18世紀  これは義太夫さんの彫像。いきなりここで文楽ですか。
文楽大好きだけどびっくりした。

最後にはからくり人形も並ぶ。うごかないのでよくわからないが、綱渡り、大黒春駒、住吉おどりがある。丸い傘の下での古様な踊り。

そしてちょっと怖い感じもする、動く「玩具船」。これは豊臣棄丸のため拵えられたもので、本当にゆらゆらするそうな。桃山時代 妙心寺に続いた。

最初から最後まで楽しめる展覧会だった。
こういう企画展はやっぱり面白い。
8/25まで。

「新・水滸伝」観劇

大阪の新歌舞伎座で二十一世紀歌舞伎組「新・水滸伝」を見た。
なんばの御堂筋沿いに今も建つ桃山様式の、村山藤吾の名建築が元の新歌舞伎座だった。それが近鉄上本町へ移ったのだが、こちらへ来るのは本当に初めて。
ロビーは前に比べると狭い。新歌舞伎座に所蔵されていた近代日本画はどこへ行ったのだろう。…色々思う所もあるが、ここは昔の近鉄劇場の流れのような感覚もあった。
広くはないコヤだが、その分リアルな熱気が伝わってくるだろう。

今回、前から5列目のど真ん中と言う、嬉しい席である。
ところがわたしはつい数日前からの体調不良のせいで、ときおり咳き込んでしまう。
どうにかしなくてはならないと思い、マスクやトローチや色々支度をして観劇に臨んだ。

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横内謙介の脚本・演出で、演出・美術原案が市川猿翁、演出補は主演の市川右近。
美術監修が朝倉摂、衣裳監修に毛利臣男、装置が金井勇一郎で、音楽が加藤和彦。
このメンバーを見るだけでまずある種の安心と期待が湧く。

水滸伝は長い話だし、主要人物も多い。どのような要約をするのだろうと思いながら、当日やっとチラシを得て大体の筋道を知った。
「北宋の国は乱れていた。梁山泊(りょうざんぱく)に根城を構え、悪党を束ねて暮らす好漢・晁蓋(ちょうがい=笠原章)は、役人たちの不正に憤り「こんな国はぶっ潰そう」と思い立つ。かつて兵学校の教官まで務めながら、数多くの罪で牢に繋がれた天下一の悪党・林冲(りんちゅう=市川右近)の噂を聞き、仲間に入れようと腹心の公孫勝(こうそんしょう=市川寿猿)に助け出させる。その後、林冲は梁山泊を訪ねるが、晁蓋の留守を預かる女親分・姫虎(ひめとら=市川笑三郎)や美貌の殺し屋・お夜叉(=市川春猿)たちとそりが合わず酒浸りの日々。そんな時、隣町・独龍岡の若き跡取り・祝彪(しゅくひょう)が攻撃を仕掛けてきた。晁蓋の右腕・宋江を指揮官として、山賊あがりの王英(おうえい=市川猿弥)ら梁山泊の猛者たちが闘いに繰り出してゆく。が、祝彪の背後には何と朝廷の重臣たる高俅(こうきゅう)率いる屈強の朝廷軍が控えていた……!姫虎は林冲に戦術指導を願い出るが「悪党のくせに絆だの仲間だのと白々しい」と一笑に付される。そんな林冲を、かつての教え子で今は朝廷軍の兵士となっている彭玘(ほうき=市川弘太郎)が密かに訪ね、林冲から授けられた「替天行道」の書を捧げて下山を迫るが、林冲ははこれも邪険に追い払う。一方、敵ながら男顔負けに戦う祝彪の許嫁・青華(せいか=市川笑也)に王英が一目惚れしてしまう。だが、想いを伝えようとした王英はお夜叉とともに青華に捕縛され、祝彪は好機とばかりに二人の身柄と林冲の交換を申し出る。しかし人質交換は偽りで、林冲もまた二人と共に牢に繋がれてしまうのだった。実は高俅こそが林冲に皇帝への叛逆の罪をなすりつけた張本人で、目障りな林冲を梁山泊もろとも踏みつぶそうと目論んでいたのだった……。」
メインのキャラは林冲(=市川右近)、晁蓋(=笠原章)、公孫勝(=市川寿猿)、姫虎(=市川笑三郎)、お夜叉(=市川春猿)、王英(=市川猿弥)、青華(=市川笑也)、彭玘(=市川弘太郎)か。
ほかにも黒旋風の李逵(両手に2つの斧をもつ)などがいる。みんなそれぞれ働きどころのあるお役をもらって、溌剌と動いていた。

梁山泊の女武将のうち、「母大虫 顧大嫂」を姫虎、「母夜叉 孫二娘」をお夜叉、「一丈青 扈三娘」を青華としたのはすごくいいと思う。巧い翻訳だ。

さて芝居が始まる前に、おいしいお役をいただいた市川弘太郎が皆さんにごあいさつ、とまかり出てきた。
ケータイを切るように、という注意の他に、役者が出るとき・帰るとき拍手を、などということを面白おかしく話して帰った。

幕が上がると、岩を思わせる懸け幕に「梁」の赤字がどーーーんっと浮かぶ。
星がどうのと言うのはなく、現状がいかに悪いかを話し出すところから始まる。

以下、ネタバレ必至です。
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みほとけのかたち

奈良国立博物館は片山東熊の設計したフレンチ・ルネサンス様式の本館を「なら仏像館」として、様々な仏像・神像を常設展示する。
東西の新館は特別展・企画展を開催する場である。
その新館では現在、特別展「みほとけのかたち」展が開催されている。
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近年は仏像愛に目覚め、仏像・神像に萌えた人々が多いので、本館はいつも<静かに>にぎわっている。
それが今回は新館でも仏像・仏画が集まっているのだ。
わたしが行った日、既に大勢のお客さんが来ていた。

のっけからなんだが、実は私はこれまで仏像をなるべく見ないように見ないようにしてきた。
理由はいくつもあるが、まぁ正直なことを言うと、ある種の畏怖心が恐怖にまで高まるので、その前に立つのがいたたまれなくなるのだった。
まず仏像・神像というものには信仰する・しないは別として、やはり尊崇の念を持つべきではないのか。
・・・などと堅いことを考えるので、ものすごくこのテーマの展覧会は書きにくいのだった。

チラシの右下の仏の手は東大寺の釈迦如来座像の手。この位置から見ると、「これで指先を揃えてピンと張れば」空手チョップが出来るぞ、などと考えてしまう。
そしてその手で張られるのは、わたしの顔面の可能性がある。

展覧会の目的の中にこんな一節があった。
「普通の人間とは異なる、どこか超越的なすがたをしていてます。たとえば、独特の髪型や服の形、顔や手がたくさんあるもの、そして優しいかおや厳しい顔、恐ろしい鬼のような形相の仏像もあります。」
確かにそれまで人間だったゴータマ・シッダールタが超人になった途端、髪がぐるぐるコイル状の螺髪になり、額にもぽっちりが生まれたのだ。
あんな紀元前5世紀にいきなり大イメチェンした人が現れたら、弟子だけでなく知らない人もみんな注目したろう。
しかも話す言葉は人より先に鹿が感動して聞いていたのだから、その逸話を思うだけでもなんだかスゴすぎる。

第一章 みほとけのすがた
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さてこちらは博物館からも近い元興寺の薬師如来立像。
如来なので螺髪である。
たくましい体にゆったりとドレープの多い衣装をまとって、左手には薬壷を持っている。
右手は「ちょっとちょっと」呼びかける手。
実はこちらさんの横顔は先ほどのチラシの左下。ちょっと雰囲気が違うように思う。
ところで画像にはないが、袖のはしには@@と渦巻きがあった。あれは何だろう、いったい。

誕生釈迦仏立像 奈良・悟真寺 天井天下唯我独尊ポーズなのは誕生仏だからともかく、既に釈迦になっているのは早すぎないか。

今もあるかどうか知らないが、独立行政法人化した奈良博がハジケた、と感じたのは、地下の回廊にパソコンを置いて、それで仏の諸相を見せるのに、パンチパーマ・ロン毛・お下げなどと分類したのを出したのを見たときだった。
正直な話、それまでは同じ国立博物館でも、東京・京都にはるかに遅れているなあと思っていたのだが、独立行政法人化してから一気に突っ走りだしたように思う。
ショップもよいし、そのショップのおたよりもいい。
昔はそれこそ秋の正倉院展でしか集客が見込めなかったのが、今では企画展ごとににぎわっているし、面白い展示も多い。
本当によかった。

薬師如来立像 奈良・称名寺 金沢文庫の。こちらは右肩があらわ。
賭場で「丁半!」とやる壷振り師のような感じに見えるのは、薬壷がそれっぽいからか。

観音菩薩立像 大阪・観心寺 平安時代の艶めかしい菩薩。朱唇、あごも短い。
秘仏の如意輪観音を見てみたい、とこの観音を見て初めて強く思った。

菩薩立像 奈良・金龍寺 飛鳥時代らしい造形。ただ、この顔を見てわたしは、何人か知る人に似てると思った。

愛染明王像 奈良・寶山寺 14世紀 この仏画は赤がよく残っている。台座周辺に貝殻が散らばる。久しぶりに寶山寺(生駒の聖天さん)に行きたくなってきた。

馬頭観音菩薩立像 京都・浄瑠璃寺 怒ってはる~ アタマの上のお馬さんが目立たないのは、下の四面が皆さん揃いも揃って激怒顔だから~ 正面顔の反対の顔も怖いのだ。
背後の炎がまたゴォォォォォォと渦巻くのもスゴい。
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奈良市のどこかの町が所蔵する仏像、というのも慣れたので今や何も思わぬが、初めて見た人は驚いていた。
でしょうなあ。

第二章 みほとけのしるし
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出山釈迦如来立像 南北朝時代 この奈良博所蔵なので以前にも見ているが、ホネホネにやせた姿というのはやっぱりびっくりです。苦行なんかしたかて悟られへんがな、ということを悟られたシッダールタが苦行林をでていく姿。妙に金色に輝き、ぽっちりも螺髪もあるのだが、実はまだ修行中のヒト。
これを見ていると、二人の女の人が「ダイエットしすぎで骨粗鬆症寸前やな」と話し合うのが聞こえた。
いや、ちょっとそれは。
(さっきスジャータの乳粥食べてたよ、とは言えなかった)

釈迦如来像 滋賀・西教寺 びっくりした!!凄い大きい。丈六仏とかいうらしい。これはしかし実際は8割大らしいけど、それでも巨大。いきなり鎮座ましましてるのでびっくりした。
滋賀の仏像は静岡市美術館で堪能したけど、やっぱりまだまだ驚くものが多いなあ。

注:桜井市外山(とび)区の阿弥陀如来ではないか、というご指摘を受けました。
ところが図録買ってないので確認できないわたしです。
しかし仏像に詳しい方が教えてくださったことなので、たぶんそっちが正しいかと。


涅槃像 奈良・橋本院 室町時代の寝釈迦。これは最初に見たのはもしかすると東博の「ブッダ」展でか。
日本の彫像で涅槃像は珍しいそうだ。絵は多いが確かにほかにはあまり知らない。
タイやミャンマーなどの東南アジアは多いが。

八相涅槃図 福井・剣神社 白い象が摩耶夫人の夢に現れるシーンから最後の涅槃図までが点々と描かれている。

千手観音菩薩立像 京都・妙法院 美麗な像。豊かな頬。

四天王立像 京都・海住山寺 色がとてもよく残っていた。

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五大虚空蔵曼陀羅 京都・大覚寺 これは面白かった。五人の虚空蔵がみんな一斉にポーズを取っているのだ。
色もよく残るので、ちょっとポップな感じがある。

地蔵菩薩立像 滋賀・長命寺 チラシの右上。たいへんきれいな造形。手には水晶。

弥勒菩薩立像 奈良・林小路自治会 天衣も瓔珞も宝冠もたいへん優美。手に持つ浄瓶から蓮が延びる。
その蓮はチラシにも延びている。nec536-1.jpg


十一面観音菩薩像 奈良博 この仏画は12世紀の平安時代とあるから、院政期のもの。院政期の仏画の美麗さは数年前のこの奈良博での展覧会で思い知らされて以来、とても好きになった。
頬のピンクが艶めかしい。そういえば少し前に見た東寺の十二天の仏画にも共通するものを感じたので、同じ工房で作られたのかもしれない。
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尼藍婆・毘藍婆座像 奈良・當麻寺西南院 二人組の鬼たち。なかなか働き者で、以前からちょいちょい展覧会に出てくる。わたしも好き。

兜跋毘沙門天立像 奈良博 目の尖る毘沙門天。彼を支える地天女は静か。働くニランバ・ビランバの二人が可愛い。

第三章 みほとけのからだ

伽藍神立像 奈良博 ちょっと前までは「走り大黒」と呼ばれていた。勢いがあり、元気そう。袖も風で動く。
この像は人気者で、ショップでもスタンプになって走ってます。
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大津皇子座像 奈良・薬師寺 鎌倉時代 白い顔は憂い顔。鎌倉時代になぜ彼の像が造られたのだろう。

如来座像・菩薩座像 奈良・大峯山 金90%の仏像。小さいが凄い。

第四章 みほとけのなかに

像内納入品。西大寺の大黒天、千手観音の、東大寺の釈迦の、それぞれ。そして平等院鳳凰堂の阿弥陀如来の中の模造品もある。

これで思い出すのが夢野久作「ドグラマグラ」。如月寺の弥勒菩薩像の中に、その家の者たちを不幸にする絵巻物が収められている。その絵巻物とは九相図であり、その絵を見た男は絵の続きを描かんがために、若い女を殺さずにはいられず、女もそのために不幸になる。
滅ぼすには余りに見事な絵であり、巻物の装飾もすばらしすぎて、ついに手をつかねて、五十六億七千万年後の世に顕れるというミロク菩薩像の中に納めたのだが、それが世に出てしまうのだ。
大概そういうものはそういう状況になるのだった。

第五章 みほとけの霊験

矢田地蔵縁起 奈良・金剛山寺 鎌倉時代 強盗がきたり、おんぶしたり、逃げる女もいたり。なんとなくにぎやか。

愛染明王座像 奈良博 建長八年(1256) 腕肉のむくむくしたのが真っ赤で、それが何本も伸びている。顔もまん丸で真っ赤で・・・怒ってはる~ 赤と金がよく残っている。

第六章 みほとけの住処

當麻曼陀羅 奈良博 鎌倉時代 この特別展の前は「當麻寺展」だったから、今ここにあるのを見ると、親しい気持ちになる。極楽アイランド図。

二河白道図 奈良博 道は狭い上にも狭い。

天寿国繍帳 奈良・中宮寺 飛鳥時代 実は色鮮やかな方が飛鳥時代のオリジナルで、くすんだ色の方が鎌倉時代の補綴とか。びっくりした。
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'88年に中宮寺に行ったとき、本物なのか模造品なのかが出ていたのを見たことがある。
それ以来かもしれない。懐かしい。

8/20から多少入れ替えがある。

そのまま地下通路を通って、フレンチ・ルネサンス様式の本館へ出た。
こちらではわがままに、見たいものだけを見るだけにした。

十二神将立像(辰・巳神) この未神を土門拳が素晴らしい構図で捉えている。あの写真は常に意識の片隅にある。私もその構図を思いながらつま先だって、顔をのぞいた。

五大明王が並ぶ。どう見てもフィギュア~~

菩薩半跏像 神野寺 凄い宝冠をつけている。インカ王国のような。腰のクン(スカート)のみの姿。それもまたインカやマヤ文明のような。

十二神将立像 6体 東大寺 大好きですよ~~特に午神のアタマの上にぴょこんと顔と前足を出す午が可愛い。申はおっちんし、戌は伏せてる。
12体揃いの方も大好き。

大将軍坐像、蔵王権現立像、などなど好きなものを見て回る。
古い能面も出ていたが、ちょっとべた並べはやめたほうがよくないか。
斜めまたは垂直に立てかけるべきではないか。
獅子と狛犬はもうほんと、可愛くてならないので、見飽きない。
建物の模型も好き。

見に行った翌日、豪雨でその模型や仏像の肩に雨漏りがあったそうだ。
たいへん。はやくきれいになりますように。
とはいえ、この古い建物は絶対に生かしてほしいし・・・

たくさん見て、ぎりぎりまでいた。また次も見に行こう・・・。

曾我蕭白と中近世美術の精華

奈良県立美術館も開館40周年を迎えたそうだ。
そこで夏の恒例の館蔵名品展にもよそからの応援がついて、ふるさと知事ネットワーク(奈良・三重)美術館交流ということになった。
こうした知事さんたちの働きで他府県の名品が互いに行き来しあうのは、まことにめでたい。こういうところを見習え、文化果つるを願う首長よ。

さて、この展覧会のタイトルは「曾我蕭白と中近世美術の精華」である。
奈良県美で蕭白というと「美人図」である。
古くは「狂女図」と呼ばれていた。nec528.jpg

いつから・どんな理由でタイトルが変わったかは措くとして、この美人には確かに狂気が具わる。水辺に一人、裸足のまま立ち尽くし、手紙を噛み裂いている。眼は静かなようにも見えるが、その行動と表情とが合致しないことからも、平穏さは失われているとみていい。それに足の爪が泥で汚れている。
解説に、中国風の柄の着物や帯から考察して、汨羅に沈んだ屈原の見立てではないかとある。なるほど、蕭白は中国の故事を多く絵にしている。それにその当時の世間も中国の故事や人物に明るい人が多い。
狂気じみて見えるのはいつもの蕭白らしい人物造形の故か。
・・・実際のところはまったくわからない。
20年ほど前、舞踏家の大野一雄がこの絵にインスピレーションを得て「枯れた狂気を舞う」という非常に優れた暗黒舞踏を生み出した。
その経緯は当時のNHKスペシャルで放映され、わたしも強い感銘を受けた。
そのことについては、このブログ上で何度か書いている。
何度でも同じことを書いてしまうほど、この絵の不可思議な魅力に囚われているのだった。


架鷹図屏風 曾我直庵  押絵貼り屏風で、下に鷹がつながれている図があり、上に当代の能書の賛などがある。
一目見た途端、四扇目の書は近衛信尹だと思った。大きくて迫力があり、しかし少し煙るような墨の淡さ。近寄るとそのとおり信尹だった。とても嬉しい。因みに三扇目は青蓮院の書。

関羽像 曾我蕭白  青龍刀を傍らに、グイっと力強く立つ関羽。奇矯さのない絵。

滝山水図 蕭白  解説によると、高遠・深遠・平遠の三つの視点がこの絵には同時に存在するそうだ。
随分とおとなしい絵で、晩年は無頼の絵師もこうなるのか。

竹林七賢図襖(旧永島家) 蕭白  この絵は去年の千葉市美術館の「蕭白ショック!!」展で見た。そのときの感想はこちら

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右半分。ここは家の中なので外の雪の寒さはひどくない。
「もぉ出ていくわ」の人を止める者もいない。
一方、左には「さむっさむっ」で手をハーハーするじいさんもいる。
もしこの永島家の襖がそのままの形で現存されてる時にその座敷で寝たら、絶対悪夢にうなされると思う。

蕭白と同時代の京の絵師たちの絵をいくつも見るが、いずれも一年ぶり。懐かしい。
呉春の「風雪三顧図」、芦雪「幽魂図」、素絢「妓婦図」など。
ほかにも井特のちょっとこマシな「美人図」、為恭「足柄山」…


仏画と肖像画を見る。

これらはいずれも観方コレクション。
楊柳観音像 高麗時代  大きな観音とその向かった左下の端に小さな善財童子がいる。楊柳観音が何番目の善知識なのかは知らないが、行った甲斐のある話を聞けたろう。

訶梨帝母像 鎌倉時代  去年の館蔵品展にも出ていた。抱っこする赤子の他に膝に取りすがる幼児もいる。前で遊ぶ三人もそれぞれ楽しそう。

伝・淀殿画像  一年ぶりの再会。「和様の書」を見たおかげでか、絵と共に上の賛も大事に眺めた。

水墨画を見る。

高士探梅図 室町時代  こちらも一年ぶり。こうした館蔵品展があると、一年ぶりの再会があり、それが楽しい。

秋冬山水図屏風 伝・雪舟  静かな世界。昔はこうした静かな世界が嫌だった。自分も飲み込まれてしまいそうで。今は室町時代の山水画のよさにうなるばかり。
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三聖図扇面 桃山時代  岩に座す三人は孔子・老子・仏陀。森の中でじいさんたちが鼎談中。


近世初期風俗画をみる。

洛中洛外図帖 室町時代  あちらこちらが描かれている。金ぴか―。立売、公方様(御所)、細川邸、百万遍などなど。

洛中洛外図屏風 江戸時代  山鉾巡行が近い。清水に八坂の塔、蘇鉄さくのも多い。左には金家具と二条城。

邸内遊楽図屏風 江戸時代  これは去年見た時も同じくちょっとにやにやしてしまう人たちがいる。


肉筆浮世絵をみる

見返り美人図 菱川師房  師匠譲りの美人だが、ちょっと振り向いてみただけ(の異邦人~と歌えば同世代)。

立ち美人図 懐月堂 安度  衣裳の華やかさにうっとり。ふっくらと大柄でいいなあ。

鉢かつぎ姫図 勝川春章  頭の鉢が取れて中からお宝が出てきたところ。めでたい。

遊女白玉図 菊川英山  独特の目の釣り方に色気がある。少女マンガのキャラにも使える美人画が多いといつも思う。


浮世絵版画・版本

隅田川舟遊 歌麿  とても好きな三枚続き。賑やかで楽しそうでいい。
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ここは観方コレクションと由良コレクションの名品があり、浮世絵もいいのが揃っているのだ。
写楽、北斎、広重のシリーズものも色々。

工芸品を見る。

菊水文様 小袖 絖  綺麗わ。白に青の涼やかさが素敵。

菖蒲秋草松桜文様 振袖 nec531.jpg
とてもきれい。

桜駒文様 打掛  上にツバメが飛ぶ。黒と白の競演がみごと。

他に袱紗や筥迫がある。筥迫はわたしもごく小さい頃和装するとき、必ず胸元に入れられた。

後期にはこちらの着物が出る。とても楽しみ。nec527.jpg

それから去年の展覧会「日本の伝統絵画 材質、形態、画題」の感想はこちら
重なるものいくつもあります。


安気に見て回れる展覧会。こういうのも好きだ。

天理参考館に行く 2 近代から古代へ

民族の資料を眺めると、ついつい興奮して大量に撮影してしまう。
千里の民博でもそうだが、この天理参考館でも大いに撮影させてもらった。

天理参考館に行く 1 アイヌからニューギニアの仮面まで

久しぶりに天理参考館へ行った。
丁度「子供おぢばがえり」の最中で、神殿前をはじめ親里一帯が大賑わいしていた。
みんなイキイキしているので、よいことだと思った。

十年ほど前に初めて天理にきたとき、神殿や図書館そして教祖様の親族の方の住まいなどを見学させていただいた。
あれは三月のお水取りの最中のことで、寒かったことを覚えている。

今回、埼玉県鶴ヶ島市から大きな資料を寄贈されたのを記念して、「インドネシア、パプア州先住民 神がみのかたち」という企画展が催されていた。

中学の頃に諸星大二郎「マッドメン」に熱狂し、直後に国立民族学博物館でポリネシア文化のプリミティヴな美に出会ってから、ずっと今に至るまでこの方面への愛着がある。
関西でポリネシア文化の資料を見ようと思えば、この天理参考館、前述の民博、そして御影で期間限定公開する小原豊雲記念館の資料室がある。
今回こうして天理参考館の資料がさらに充実したことを、寿ぎたいと思う。

フラッシュ禁止だが撮影可能ということで、アイヌ資料から始まる参考館の内部を撮らせていただいた。

パチモンウォーズ!!

北浜のギャラリーリンクスで8/4までの「完全超悪 パチモンウォーズ 偽物大戦」に行った。
「パチモンウォーズ」というタイトルを聞いて、!となったヒトビトは皆さんお仲間である。
そう、われらがSTAR WARSのパチモングッズを一堂に会した展覧会なのだ。

世界的パチモンコレクター木村修一さんのコレクションの一端をたのしませていただいたのだが、詳しくはこちらを。
もぉ本当に面白かった。

世界中で愛された作品は、世界中で二次製作される運命にある。
130804_1442~01

壁のは日本の駄菓子屋で売られたものか。130804_1439~01
そしてこの三色を見よ。
帝国軍、偽兵を見分けられるか?!

130804_1439~02何型ユニット?
R2にR4に…それともRワケナイという型か。

あの小沢さとる先生によるパッケージデザインのグッズもあるから、やっぱりすごいわ、この世界。

右端はドラえもんにも似ている。130804_1440~01

130804_1441~01ライトセーバー
ポーズを決めていただく。持ち手が懐中電灯で、単2でピカーッッ…やのうて、チカッと光ります。

右端のR2をみよ。130804_1446~02
ドクターペッパーがボディに!!
今や沖縄以外では販売されてないキョーフの飲み物ですがな。

130804_1445~01いいのかな、一部リアル。
それにしても木村さんのコレクター魂を高く見上げるばかりです。

をい。いいなあこのセンス。130804_1445~02

130804_1446~01可愛くてならない。
左端のトルーパーアヒル。ええですねえ。

インドのパチモンの話で盛り上がりましたが、あれを含めて色んな映像もがされてました。
本棚には永井豪「スペオペ宙学」なつかしー。小林信彦のヤクザウォーズもあったか。
来られたお客さん皆さん大いに盛り上がってたなあ。

そうそう、わたしはついつい「宇宙からのメッセージ」の歌を少しばかり歌ってしまいました。
それで写メを義弟や先輩や友人らに送ると、「宇宙からのメッセージ」に「宇宙空母ギャラクティカ」もまざってるのでは?という返信が。
うん、あると思うわ。なんせ双六にはピンクレディーらしきのもいたし。
あと先輩は「おれもこういうのやりたいな~~」と言うてたので、彼には厳かに、今のコレクションをもっと充実セヨと言うたのでした。

ほんと、楽しかったです。またいつか2!!!お願いいたします。

試みの大仏殿 喜光寺の蓮をみる

また今年もちょっと出遅れて喜光寺の蓮の満開を見そこねてしまった。
ここは行基菩薩が開山の古寺で、「試みの大仏殿」というのは、この寺の本堂をモデルに、東大寺を造営したからという伝承があるのだ。

尼ヶ辻で下車して田舎道を少し歩く。
垂仁天皇陵の上に夏の雲。IMGP1702.jpg

大きな道路の前に寺の門がある。
本堂と門2ショット。IMGP1705_201308032239419bd.jpg

さてここは鉢植え、というのか鉢栽培の蓮が見事なのだが、わたしが行ったときには9割おわっていた。
無念、自分の怠慢を責めるのみよ。
それでも残る蓮をみてゆく。種類も実に多いので、微妙な違いがある。

IMGP1706_20130803223942ed7.jpg芯が黄色みを帯びている。

紅色の濃い花IMGP1707_201308032239442e5.jpg

豊かな花びら。ふっくらとふくらんでいた。IMGP1708.jpg

IMGP1713_20130803224011a85.jpg砂糖菓子のようだ。

豊かな花弁。どこか遠い世界の花。IMGP1709.jpg

つぼみたち。葉の扇で顔を隠す。IMGP1711.jpg

IMGP1714_2013080322514639b.jpg歓喜を露わにするかのような。

まだこうして蓮を楽しめた。うれしい。

本堂は15世紀末に焼失し再建されたもの。
・・・そのときのモデルは東大寺大仏殿?IMGP1712_20130803224017acd.jpg

會津八一の歌碑IMGP1715_2013080322514806d.jpg
「南京新唱」より。

灯篭は四天王像と獅子IMGP1723.jpg

弁天堂の周囲には睡蓮IMGP1718_20130803225145b38.jpg

葉陰の紅IMGP1719.jpg

白すぎて光る。IMGP1722.jpg

愛らしい花たちIMGP1721_2013080322562313f.jpg

本堂を真正面から望む。IMGP1724_20130803225952a74.jpg

来年は六月末から七月中旬までに来よう!

河井寛次郎の陶芸  科学者の眼と詩人の心

東大阪市民美術センターで開催中の「河井寛次郎の陶芸 科学者の眼と詩人の心」展は作品がとてもみやすく配置されていた。
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展示室入口前には五条坂の河井寛次郎記念館入り口外観のパネル展示と犬矢来が設置され、いいムードを出している。
この東大阪市民美術センターはこうしたセッティングがとてもうまく、これまでの展覧会でもおりおり楽しませてもらっている。

追記:2014.10.18 瀬戸美術館のチラシを使用する。
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河井の作品は関西、特に京阪に住まうものには非常に近しいものであると思う。
むろん京都に記念館があるのが第一なのだが、それだけでなく河井と交友の深かった川勝コレクションが京都国立近代美術館に収められて、少しずつ展示品を変えながらも常に常設展示されているのが大きい。
そしてその河井と川勝の交流は高島屋と言う存在があって生まれたもので、高島屋での河井展が大きな集客を呼ぶのも、高島屋の情熱あってのことかとも思う。

さてこの展示の内、わたしがいちばん見たかったのは、二年前の高島屋での展覧会で90年ぶりに世に出た「愛染鳥子」像。
これは薄い青磁で彩られた二人の菩薩が寄り添って掌中の鳥を眺める像。
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菩薩に性別はないとは言うものの向かって右に立つ細面の菩薩(その掌に鳥がとまる)と、その肩に手を回す左側の丸顔の菩薩とは、違う性の岸にあるようにみえる。
愛染という言葉にそんなことを考えるのかもしれないが。
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鳥は二人の顔を見上げる。二人の菩薩、一羽の鳥。
三者の和やかで幸せな空気が周囲にも広まる。

椿模様花瓶 丁度百年前の、若き河井の作品。染付の白椿が定められた空間に咲き乱れている。
後年の作に比べるとこれはまだまだ未熟なのかもしれないが、瑞々しく、とても親しみのある作品。
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豆に蟲合子 豆とバッタが蓋に表現されている。薄いオリーブグリーンの釉薬が豆も虫もあをあをと自然な様子にみせる。

珍しいのは三彩の水注。水鳥の背に座る天使。水注でもいいが、同時代の近代建築のための装飾品としても使いたくなる。渡辺節の建物にきっと合うだろう。

中国陶磁の影響を受けていた時代の作品。nec526.jpg
しかしなんとなく河井の匂いがする。

昭和に入り、河井の作品世界が変容する。
昭和4~5年頃の作品はいずれも釉薬と焼成が美麗な発色を見せる。
紫紅大壷、海鼠釉片口、このあたりのやきものがとても魅力的だった。

民藝との関わりがはっきりと見える作品もある。
そしてわたしたちの抱く河井寛次郎のパブリックイメージに沿う作品があふれだす。

笹文、草花文、菖蒲文などなど。
また造形の面白いものも現れる。

正直なところ、わたしなどは「これどないすんの」と思うようなものも少なくない。
つまりその存在感が大きすぎて、花を生けたりテーブルに置いたりは出来そうにないと思うのだった。
うちの母などは「形が面白い」と言うのだが、わたしはアタマが固いのでどうも困るのだ。
とはいえ、わたしが河井の作品を手元に置けるはずもないので、困るも何もないのだが。

イメージ (59)

幾何学的なデザインの壷や土瓶はとてもシャープでモダンで、こういうのは今の若い人も欲しがると思う。

娘さんと猫とをデザインした作品がある。
父親の優しい眼差しがいい。抱っこされている猫が可愛い。三角の耳に丸い目。なでたくなる。そして可愛い猫を抱っこする少女の幸せそうな顔がいい。

その一方で、岡本太郎の先駆のような個性的すぎる顔が現れる。
木彫でも昭和33年からの数年に多くのものを拵えている。
ほっぺたのふっくらした顔は、武井武雄の童画の人物とも共通する愛らしさがある。
そう思うと、岡本太郎、河井寛次郎、武井武雄の三人は面白い顔を拵える作家だと言える。

展示ではほかに書や木工芸もある。
面白いのは真鍮キセル。こういうのも楽しい。小さなハコも可愛い。
そして書も「高」の字がすばらしくいい。

最後に付録として河井の生涯を判りやすく描いたマンガがある。
ともかさんのイラスト。可愛くていい。
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9/1まで。

8月の予定と前月の記録

8月です。
8月はわたしの誕生月です。
8/7。
特に何もないけど、なんかしたい気もする。

芝居を久しぶりに見に行きます。
「新・水滸伝」大阪新歌舞伎座8/11夜の部。たのしみ。

あとはこんな感じです。
大野麥風展「大日本魚類画集」と博物画にみる魚たち 東京ステーションギャラリー~9/23
鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い19世紀から20世紀初頭のファッション・プレート  練馬区立美術館~9/8
没後80年 宮沢賢治・詩と絵の宇宙―雨ニモマケズの心 世田谷文学館~9/16
和様の書  東京国立博物館~9/8
チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち 八王子市夢美術館~9/1
子どもたちの夢を描いたアーティスト小松崎茂 東京富士美術館~9/29
サンダーバード博 世紀の特撮が描くボクらの未来 日本科学未来館~9/23
大妖怪展 鬼と妖怪そしてゲゲゲ 三井記念美術館~9/1
竹久夢二 乙女のためのデザインワーク 大正のレトロ&かわいいを発見!
三島由紀夫の最後の装幀画家 村上芳正展「家畜人ヤプー」原画を中心に 幻想耽美の世界 弥生美術館~9/29
生誕250周年 谷文晁 サントリー美術館~8/25
中村不折コレクション 江戸ワールド 池大雅、良寛、小林一茶、伊藤若冲、渡辺崋山 etc
 台東区立書道博物館~9/25
浮世絵 Floating World珠玉の斎藤コレクション 三菱一号館美術館~9/8
テーマにみる近代日本画 その豊かな世界 泉屋分館~8/18
#19秘蔵の名品アートコレクション展 モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち フランスの美しき街と村のなかで ホテルオークラ8/7~9/1
大倉コレクションの精華 近代日本画名作選 大倉集古館8/3~9/29
岩合光昭写真展ねこ 渋谷ヒカリエ~8/25
ネコライオン 東京都写真美術館8/10~10/20

賢治+司修 注文の多い展覧会 神奈川近代文学館8/10~9/29
ふみのかたち―金沢文庫コレクションⅡ― 立金沢文庫8/8~10/6
幽霊・妖怪画大全集 横浜そごう美術館~9/1
『キングの塔』誕生!神奈川県庁本庁舎とかながわの近代化遺産 神奈川県立歴史博物館~9/16
日本の「妖怪」を追え! 北斎、国芳、芋銭、水木しげるから現代アートまで 横須賀美術館~9/1
11ぴきのねこと馬場のぼるの世界展いろんなのがいて、だから面白い うらわ美術館~9/1
「フランダースの犬」と世界名作劇場 展 放送ライブラリー~9/8
浮遊するデザイン -倉俣史朗とともに 埼玉県立近代美術館~9/1
プーシキン美術館展 フランス絵画300年 横浜美術館~9/16
清方が過ごした 明治の風情 鏑木清方記念美術館~8/25
野中ユリ展 美しい本とともに 神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
絵葉書展 三菱みなとみらい技術館~9/8

関西。
白檮廬コレクション中国古陶磁清玩 大阪市立東洋陶磁美術館8/10~11/4
水墨画名品展 大和文華館8/23~10/6
2013 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 西宮市大谷記念美術館8/17~9/23
朝鮮文化と京都-高麗美術館コレクションに見る「韓流」の歴史-8/17~10/14 
「女性たちの物語」~松園のモデルとなった才女たち~ 松伯美術館8/13~10/14
開館40周年記念 館蔵名品展 曾我蕭白と中近世美術の精華 奈良県立美術館8/3~9/22
開館20周年記念特別展「お化け屋敷の科学 3Dのひみつ」 姫路科学館~9/8
みほとけのかたち -仏像に会う- 奈良国立博物館~9/16
精霊との出会い インドネシア、パプア州先住民 神がみのかたち 天理参考館~9/1
遊び  京都国立博物館~8/25
安野光雅展 -あんのさんのしごと- 佐川美術館~9/1
博物館はおばけやしき―Haunted Museum― 兵庫県立歴史博物館~9/8
虫と魚の美術館 日本人が見つめた小さな命 逸翁美術館~9/8
NHK大河ドラマ特別展「八重の桜」 京都文化博物館~9/1
ミスター・ウエット・イリエ 入江泰吉記念奈良市写真美術館~9/29
コレクション名品展Ⅱ 朝鮮の絵画と仏教美術 高麗美術館~8/11
バーナード・リーチのうつわに跳ねる動物たち 大山崎山荘美術館~9/1
欧米が愛した輸出蒔絵の華 ― 芝山と杣田 清水三年坂美術館~8/18
挿絵と表紙絵からみる教科書の世界 京都市学校歴史博物館~8/18
珠玉の大津絵  町田市博 × 大津歴博コレクション 大津市歴史博物館~9/1
旧居留地0番地 人形の館(おばけ屋敷)8/14~8/28
「アルプスの少女ハイジとスイス展 なんば高島屋8/7~8/19
ムットーニ ミュージアム in HANKYU  阪急うめだ8/7~8/19
おださくが歩いた大阪 京阪なにわ橋地下コンコース8/6~8/11
挿絵と表紙絵から見る教科書の世界 京都市学校歴史博物館~8/18
完全超悪 パチモンウォーズ 偽物大戦 ギャラリーリンクス~8/4
ギャンブルの歴史 大商大アミューズメント産業研究所~8/10
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