美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

見たのに書けなかった感想:畠山記念館/香雪美術館

こちらも既に終了した分。ごく簡単に書く。

畠山記念館「涼をもとめて 畠山即翁の朝茶事」9/16まで。
昭和13年7月21日早朝に上野の不忍池の弁天堂で開催した茶席の再現だという。
実際にお茶を飲んだりおいしいものを食べたりは出来ないが、カラの器を見ることで少しは想像してみて、という話。
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狩野常信 滝 長い滝の絵。セピア色に褪色しているが、涼やかさは伝わる。

絵は他にも抱一の猫がある。正式なタイトルは「賤が家の夕顔図」屋根の上にいる猫が印象的に一枚。これは前々から好きなもの。

かっこいい色紙があるなと思ったら、三藐院近衛信尹の和歌色紙。大胆ですてき。
「世の中を何にたとへん あさぼらけ こき行く舟のあとのしら浪」
これだけでもときめくなあ♪

チラシ表の手前の釜・風炉などを見る。
釜は天命猿文筒釜 中国風の手長猿が刻まれている。
風炉には獅子か何かがついている。
こういうのを見るのがまた楽しい。
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背景の朝顔を生けた花入れも面白い。
そのアップがこれ。nec609.jpg
元は鍵と言うことで形状がとても面白い。
これだけ見てたら落雁のようだ。

チラシにも出ているが、蜻蛉蒔絵棗は実物を見ると、ガレあたりが作っていそうなムードがある。
因みに鮎の塩焼きを載せているのは、備前焼のお皿。
逸翁にしても即翁にしても、また湯木貞一さんにしても、お料理を載せて完全になる、と言うような使い方をされる。

楽しい組み合わせがあった。
絵唐津草花文鉢(強肴:トマト)、薩摩酒呑(トマト用の塩)、染付ちりれんげ。
このれんげが可愛すぎ。永楽保全の作だが遠めには蛇が鎌首もたげてるような。

他にもたくさんあるけれど、ここまで。

次は香雪美術館。「武家の装い」こちらも9/16までだった。

日本刀の凄いのと、その付随品との紹介。
きらきらというよりギラギラなのをみて、怖さも感じたなあ。
一方、その来歴を知るのも面白かった。

甲冑もある。必ずこのそろいものを見ると「たたりじゃー」といいたくなる世代・・・
佩盾というのがある。足の後ろの守り部分。これといい草摺りといい、どうしても「鯵のみりん干し」を思い出す。うむ、なんでだろうね。

刀装具もいいのが多かった。
雲形花菱文散七宝鐔 とても綺麗。きらきら。
扇面花文散七宝小柄 こちらも同じ作者または工房のもの。きらきら~~

物語や故事や芝居を思わせる二人組みのものが多く、それがしても楽しかった。
しかし人間二人より、凄いのはサル・ウサギ二匹ずつのチーム。
猿とウサギが囲碁をしている。岡目八目まで。みんな熱中している。
すごいな、これ。

こまごましたものに面白いものが多かった。美意識に乾杯したくなった。
ああ、いいものをみた。見た以上は早く書きましょう~~

簡単だがここで終わる。
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見たのに書けなかった感想:書道博物館/承天閣美術館

もう早いもので九月も終わりである。
展覧会もこの土日で終わったものも少なくない。
見たのにまだ感想を書き起こせていない展覧会もいくつかある。
今日はそれを少しばかり挙げてみたい。


中村不折コレクション江戸ワールドを見た。9/25で終了。
いろんなものを見た。
面白かったのに、書き損ねてしまい、反省。

草書詩巻 後光明天皇 躍る字。こういうのは元気を感じた。

牧童図軸 英一蝶 この絵は既に山種での「御舟」展で参考程度に書いているが、もう一度書く。
牛に乗った坊やが牛もろとも水中に入り、落とした枝を拾おうとしている。
牛は優しく坊やの行動を見守る。温かな気持ちになる絵。

大石内蔵助宛書状軸 片岡源五右衛門 元禄14年 忠臣蔵の発端の手紙。
つまり殿様が松の廊下で吉良公に切りかかり、えらいことになりましたという内容である。
多勢に白刃を奪取されということが書いてある。
うむ、大変ですがな。これが早馬で届けられたわけか。

行書千字文巻 北島雪山 唐様の書。力強くてわたし好み。

楷書廬仝詩「茶歌」軸 巻菱湖 わかりやすい!!唐様でとてもかっこいい。

行書蘭亭序巻 頼山陽 これはなかなか。さすがだ。しかも書体を少しずつ変えることで、まるで変奏曲のように見せてくれる。

羅漢図軸 雲谷等顔 おっちゃんが座す。手には細枝、前には犬獅子のようなのが伏せて、その枝先を見ている。
指示がそれで繰り出されるのか、ギャクタイかは知らない。
・・・え゛っネコ?!これ猫なのか!! そうは見えないなあ。

芭蕉翁図軸 若冲 墨の濃淡でさらりと描いている。

革ゼン図考 渓斎英泉 弘化二年 これはなんと文様図鑑なのだった。あの色っぽいというか妙な毒のまざったような女たちを描いたり、のほほんとした風景画を描く英泉が集めた、特殊な文様図鑑。つまり甲冑の胴正面の弦走、兜の耳のところの吹き返しの革に使われる文様を採集したもの。さすが元武士というべきか。
風伯文(雲海を行く)蝶唐革文、雲珠文(お稲荷さんのあれ)、鳩菱文(モリス風で、四羽の鳩がキスしあう)、獅子正面(義経が使用)、雷公文(頼朝使用)などなど。

朱買臣図軸 渡辺崋山 天保2年 薪売りに身をやつして、色々と励む人らしい。中国の古代には大体この手のエピソードが多い。それを日本人はまた好む。
今では調べないと知らないような話でも、江戸時代くらいまでは、ちょっとした人ならみんな「ああ、あれね」と知っていたのだ。

鷹図軸 中村芳中 白い鷹がモッチャリした松の木に止まっている。のんびりしているところなぞ、鷹かどうかもしれたものではない感じ。そこがいかにも芳中らしい。

雑誌などもあったが、そこで面白かったのが、不折による外国での北斎や広重らの評価の紹介。その当時の巨匠たちに浮世絵師をなぞらえている。それを不折は書いている。

ご近所の正岡子規の手紙やカルタなども展示。
子規居士尺牘 明治32年 浅井忠の送別会と、不折の画室新築祝いの会とは別々だというお知らせ。ちなみに12/25開催でも闇鍋する予定とか。
明治の書生っぽあがりはやたらめったら闇鍋をするなあw

俳句かるたが面白い。句は古人のもの。
兵法を使ふてみたき野分かな 樗良
南大門たてこまれてや鹿のこゑ 正秀
吉田屋の蚊にくはれけり伊左衛門 大江丸
正行か思ひを鷹の山別れ 史邦

こういうものを見ているのは楽しい。
書本体よりやっぱり好きなのはこっちでした。


次は承天閣美術館の「伊藤若冲の名品展」。9/29まで。
こちらもよかったのだが、何しろ出かけたのが昨日の最終日。
6/8から3か月以上開催してたのに、こんな状況である。
次回の応挙展は必ず前後期きちんと早いめに出かけよう。

若冲ばかりでなく土佐派やほかの絵も多く、工芸品もたくさん出ている。

百鳥図 辺文進 明代 真ん中に鳳凰、周囲に色んな鳥。鳳凰の描き方を見ると、若冲もここから影響を受けたように思われる。


花鳥図屏風 雲谷等作 右:柴箒を並べ立てたような垣根のうちに、小さく水仙が咲いている。松にはカモメらしき鳥もいて、サザンカも薄ピンク色に咲きこぼれている。
水辺では鷺が飛ぶ。
左:小さな桔梗が咲く。笑顔の花。カワセミの垂直に傾けた首。白菊に雀たち。左6扇め下は烏瓜らしきものが実っている。

琴棋書画図屏風 狩野派 右:1扇め 室内で書道をしていて居眠ってしまった子がいる。机に突っ伏すのが可愛い。それに気づいて笑顔を見せる子供もいる。にんまりというべきか。外では琵琶を弾く高士もいる。聴いているのは妾か妻かは知らないが若い女で、腕に抱く赤ん坊がじいさんの方へ手を伸ばす。
3扇では琴を弾く高士と煎茶の支度をしようと団扇パタパタする侍童。
4扇は釣りをする2少年。5には水汲む少年。6には囲碁の相手を待つ、羽団扇をもつ高士。
左:3扇は柳にツバメ。みんな書画にいそしむ。砧青磁に白梅を生ける少年もいた。
墨をする子も可愛い。

源氏物語図屏風 土佐派 異時同時図というものは、それでも都合で金雲や木々で情景を変移させたりもするのだが、これは違う。
右:1,2扇上で「若紫」。覗く光君と見られる幼い少女。その光君の背後には別な塀がある。その内側で蹴鞠の若い公達に、ネコともいえないのにひっぱられて現れる少女。「若菜上」が隣り合わせにある。この辺りを見ると因果応報というのを感じるなあ。
そして4扇下で「柏木」、赤ん坊の薫君を抱っこする光君。その隣ではまだまだ若くてイキイキしていた「紅葉賀」。しかし6上では小舟の二人、「浮舟」。
左:2下「胡蝶」、なかなか豪勢。雨夜のフラチな与太話の絵もある。そして6上に都に帰れた光君が住吉大社にお礼参りに来ていると、5上でその様子を見かけた明石の君が身分を恥じて船に隠れている。けっこうイケズな構図がある。

流水秋草図屏風 伊年印 宗達周辺らしい。金屏風に主に白菊が咲き乱れ、白手鞠もある。萩も咲いて、黄色・赤の菊も咲く。川の流れは激しい。

牡丹猫図/粟穂鶉図 土佐光起 薄紅に白の牡丹花、小さな蝶が寄ってくる。そしてその下には気持ちよさそうな白地にキジ柄の猫がうずくまる。このキジやんと蝶はマオとティエということで長生きの象徴。牡丹は元から吉祥文。めでたい図。
一方、粟の穂がほわほわするところに隠れる鶉もいる。この構図もよくあるが、吉祥とは関係なかったのだったか。

猿回しの図 玉舟宗バン賛・清幽斎画 猿は丸顔で、ちょっとニホンザル離れしている。一方、猿回しの親方たる爺さんは南蛮人の三角錐のような帽子をかぶっている。
そうそう、高島屋の飯田新七の喜寿のときのお祝いに多くの画家が揮毫したが、誰だったか、「高」の字マークの旗を猿に持たせた猿回しの図を描いたものもいたな。

百猿図 山本探川 これは完全に中国の丸顔の猿たち。川辺の柳や幹の太い木に大勢集まってワイワイワイワイ…ようけいすぎ。
あんまりたくさんの猿がいるのを見ると、わたしはどうしてもヘルツォーク「アギーレ/神の怒り」ラストシーンを思い出す。南米の川を渡るいかだの上でただ一人生き残るアギーレと、どこから・いつの間にか大量発生したリスざるたち。ああ、たまらない。

工芸品を見る。
鎌倉彫・青貝・堆朱などなどの香合がある。
仁清の茶入れもある。樂左入の狸も可愛い。
茶杓は山田宗徧、不昧公、遠州、織部、鎮真公らの拵えたものが出ていた。
ちょっと黒いものが多い、そして不昧公の拵えた茶杓の銘が「可中」と書いて「わくらば」と読み、意味は「たまさか・たまたま」だと知る。
こうしたことからいくらでも学ぶことはある。

さて若冲ルームへ。
鹿苑寺大書院からなんだかんだと。
芭蕉叭叭鳥図襖絵、これがたいへんよかった。大抵の絵師は昭和戦前まで叭叭鳥の不機嫌そうなのを描いているが、若冲のはなにやら希望に燃えているような目を天に向けている。
そして飛んでいても誰かとけんかもせず、羽をグシャッと飛びながら丸めていた。
えらそうで、可愛い。
しかし裏面はトリなので早々に逃げる。

肉球をなめる虎ちゃんも元気そう。いつ観てもいい絵だ。

牡丹百合図 双幅 百合の方がかなりいいな。
そうそう、十年くらい前か昼ドラで「牡丹と薔薇」とかいうのがあったな。最終回だけ浅草合羽橋で偶然見たが、「弱法師」のラストのようにも見えた。

鱏図 エイと読む。そう、魚の鱏。この展覧会を見る直前に偶然にも鏡花「山海評判記でこの字が現れて、それで覚えたばかり。
エイは尻尾を上方に長くのばして、下方でべろりと広がっている。その目つきの怖いこと。
コワモテの鱏なのだった。

茶室の夕佳亭では床にかけられた絵が面白かった。
普化振鈴図 薄墨で描かれた坊さん。隻手らしい。草履の鼻緒だけがくっきり。

建水は白阿蘭陀。面白い白さで、なんというかメレンゲを塗ったような。

他にも面白いものがいろいろあった。次は応挙展。こちらはきちんと出かける。


とりあえずここでは二つばかり感想を挙げた。

華宵キャラ図鑑 /夢二 乙女のためのデザインワーク

弥生美術館の「村上芳正」展の魅力については以前に紹介したが、併設の夢二美術館や華宵室の今期の面白さはまだ書けていなかった。展示も9/29までというこんな時期になんだが、それでもやはり書いておきたいと思う。

まず華宵室では「華宵キャラ図鑑」として、少年・少女・娘などが分かれて紹介されている。
菊咲く日 これは女学生と分類されていたが、どうも記憶にない絵である。初見のように思う。長い間ここに通っていてもまだまだ見ていないものも少なくないのである。
帯を胸高に締めた伏せ目がちの少女がいる。袴をはいているのがいかにも似合う、やや古風な女学生。
物憂さが魅力的なのである。

刀の中の父 時代ものの少年。一目見て叫びそうになった。物語の一場面を描いたものらしい。挿絵である。
とはいえ、物語全体のほうはどんなものかはわからない。
宿の一室なのか、布団に入る男性がいて、その男性が目を向ける先には、白刃を頬に押し当てる美少年がいる。
タイトルから考えると、父の敵を追うとか・行方不明の父の残した刀を抱いて父を想うとか、そんな状況なのだろうが、これがどうみても孝心などより、別なものを思わせる絵になっている。
有明行灯の明かりに浮かび上がる美少年はまだ前髪も豊かで、なにか耐えがたい苦痛と切なさとを抱えたまま白刃を抱きしめている。それをじぃっ と布団の中からみつめる男性。
この後この二人にどのような状況が訪れるのか、想像するだけでときめいて、こちらも苦しくなる。なんという艶かしい少年だろうか。色々な妄想に囚われてしまう。
また後日、ぜひとも世に出てきてほしい絵である。

「日本少年」の表紙なども出ていて、見ているだけでこちらもワクワクするのがとまらなくなる。
ああ、華宵の美少年は、なんという罪深き美しさを見せるのだろうか。
戦前の少年や少女たちはこの官能性をどのような眼で眺め、どのような想いで受け止めていたのだろう。

白鬼草紙 鬼婆が井戸脇で骨をなめている。これも初見。今回はなかなか珍しいものが出ている。

華宵の人魚絵三種が出ていた。これらはいずれも好きなものばかり。
慣れ親しんだものを見て、ようやく心も静まってきた。
最後には肉筆の仏画も出ている。煩悩即菩提心というわけか。
それにしてもこの小さな空間で、官能性豊かな作品と静かな仏画とを共に見せるとは、本当にココロニクイ。
大いにときめく企画だった。

次に夢二美術館へ。
こちらは「乙女のためのデザインワーク」である。
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白い植物のパターンものの柄の着物を着た耳隠しの娘。カーテンとソファの掛け布も一緒と言うのは、この時代によく見受けられるもの。
窓の細いグリッドですら乙女チックでいい。

よき朝 大正四年正月 大きなウサギと一緒の娘。この年は卯年に当たるか。とにかく大きなウサギだった。

小鳥を呼ぶ少女 大正15年10月 十年後の童画。こちらも以前から好きな絵で、ネッカチーフで髪を包んだ幼い少女が、野で小鳥たちを呼ぶ。大正の童画文化の良さを感じる絵。

肉筆画 春 「め」そして「め」を鏡写しに書いた字とを共に絵馬に書いたものが吊るされている境内。
眼病みの神様への絵馬である。その前に日傘らしきものを畳んで持つ娘が佇む。銘仙風な着物を着ている。
誰かと待ち合わせているのかもしれない。

千疋屋フルーツの刊行する本「果実」表紙絵を昭和4~5年の間、担当していたようだ。
夢二の装丁する本や表紙を担当する雑誌は少なくない。
いずれもとてもセンスがいい。

「港や」で出していた可愛らしい小間物もある。わたしなどは夢二美人より、童画の少年少女やこうしたデザインのほうが好きなものが多い。

わたしの最愛の「パラダイス双六」も出ていた。しばらくの間、じぃっ と見つめる。
これをジオラマ化してくれる人はいないだろうか。本当はわたしはここに住みたいのだった。

毎回いいものをたくさん見せてくれる弥生美術館。
いつまでもここの会員として、素晴らしい喜びを味わい続けたいと思っている。

ちょっといやな話である。
ずっと心の中に収めていたが、やっぱり表に出さないと、いつまでもリフレインし続けては、わたしをいじめる・苦しめる・痛めつける状況なので、書くことにする。

Drinking Glass 酒器のある情景

サントリー美術館のガラス展示はやっぱりすごく魅力的だと思う。
赤坂時代には「用の美」ということでどこかつつましく蒐集し、展示していたけれど、ミッドタウンに移ってからは、それこそ百花繚乱的な華麗さが横溢するようになったと思う。
今回は「Drinking Glass 酒器のある情景」というコンセプトでの展示だった。
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都内の古美術を主にした美術館が所蔵品を柱に企画展を立てるとき、いかに楽しく眺めさせるか、それがとても大変な仕事になると思う。
このサントリーだけでなく出光、根津、畠山もその問題を抱えているが、みんな本当に工夫して、いいものをより楽しく見せるために苦心している。
わたしなんぞはその上澄みの楽しい部分だけをおいしく吸わせてもらっているばかり。
それで「ああ楽しい、いいものを見た、うう嬉しい、ええ幸せ、おお喜ぶぜ」なんてことしか書かないし、書けない。

それにしても今回のコンセプト、「酒器のある情景」というのは酒造・酒販会社たるサントリーには本当にぴったりではないか。
飲む人ではないので企業に飲んで恩返しも倍返しもできないが、それでもファンであることに違いはない。
Lixilギャラリーのおかげで楽しませてもらっているので、水回りはTOTOではなくlixilにしたり、ヒトサマに勧めたり、という程度のことをサントリーにもしてあげたいができにくいので、ただただ展覧会を楽しませてもらう。
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Ⅰ 捧ぐ
ここでは古代オリエント世界で愛されたガラス酒器が現れる。
MIHOさん、岡山市立オリエント美術館、などからも登場している。

コアガラス脚付杯 エジプト前14世紀 MIHO MUSEUM
コアガラスと言うのは技法の名前とか。不透明なガラス。そう、この時代はまだまだ不透明。ガラスを透明にさせたいという悲願達成はまだ先のこと。
そういえば、わざと不透明ガラスを選択したのは中国だった。
それは玉のイメージからくる意識。

獅子頭形杯 アケメネス朝ペルシャ 前5-4世紀 MIHO MUSEUM
先のガラスから千年後には、緑色に光るガラスが生まれている。獅子の鼻筋が逞しい。

モザイクガラス杯 東地中海沿岸地域 前1世紀-後1世紀 サントリー美術館(菊地コレクション)
ガラスはいまだ透明さを獲得できないが、可愛らしさはある。

動物形リュトン 東地中海沿岸地域 1-2世紀 古代オリエント博物館
ああ、透き通るね、半ば。

レヴァント、ササン朝ペルシャといった弓張月を思わせる沿岸で生まれたカットガラスという技法。たいへんな高等技術なのだった。
杯や碗にきらめきが宿る。
これらは亀甲型でもある。そして伝・安閑天皇陵から出土したものもこの形のものだった。
しかしこのきらめきは儚い。殆どがすぐに酸化したり銀化したり、色の変化が生じる。
千年以上綺麗なままなのは、正倉院に収められているカットガラスだけだった。

二重浮出し円文碗 ササン朝ペルシャ 4-6世紀 MIHO MUSEUM
◎◎◎…うわぁ。明治初期にたった一度だけ発掘調査された仁徳天皇陵の石棺の装飾、その模型品と図画。あれを思い出した。


Ⅱ 語らう
前章に続き古代オリエント社会から。

浅鉢 東地中海沿岸地域あるいはイタリア 前1世紀-後1世紀 MIHO MUSEUM
青色ガラス。鋳造系統風。回転研磨により作られたとか。技術は進化し続ける。

脚付杯 西アジア 前4世紀 MIHO MUSEUM
大きくて緑色。これはカクテルを飲む用のものらしい。カクテルとは混ぜる=クラテルから。ほんと、混ぜれそう。

尖底碗 東地中海沿岸地域 前3世紀-後1世紀 サントリー美術館(辻清明コレクション)
琥珀色のグラス。飲み干すまで置けない形に作られている。▽型。これは可形というそうな。ベキ・ベク形。


Ⅲ 誓う
はい、千年後の中世に来ました。この先はオリエント、あるいは地中海世界から離れてゆく。

ダイヤモンドポイント彫り蓋付ゴブレット ヴェネチアあるいはカタルーニャ 16世紀後半 サントリー美術館
ふたにまっすぐなつまみあり。

聖餐杯 ヴェネチア 17世紀初頭 サントリー美術館
こちらはふたなし。失われたのか。キリスト教社会のグラス。

天使文ゴブレット ディヴィッド・ウォルフ、ネーデルラント 1760―80年 サントリー美術館
作家名もわかる。作家として一本立ちしていたのかどうかはともかく。綺麗な刻み。

ジャコバイト文ゴブレット イギリス 18世紀 髙畑美術工芸館
ジャコバン派の人々、つまりイギリス名誉革命で、フランスに亡命した王様を慕う人々、彼らの誓いのしるしが刻まれたグラス。

フリーメイソン文ゴブレット イギリス 1868年 髙畑美術工芸館
本当にもう怪しいw。結社への忠誠を現すグラス。
中学から高校の頃に読んでいた「ALLAN」という雑誌でフリーメイソンについて学んだけど、やっぱり今もわからないのだった。


Ⅳ 促す
キリスト教圏の力の拡充を感じる。

ドラゴンステム・ゴブレット ヴェネチアあるいはリエージュ 17世紀 サントリー美術館
オークルと青色と。薄い。ステムは首の下の部分。そこにドラゴンが鎮座する。

ドラゴンステム・ゴブレット ヴェネチアあるいはヴェネチア様式 17世紀
東洋では龍は皇帝のしるし、瑞獣だがキリスト教では悪の化身であり、力の強さを示すものでもある。

神聖ローマ帝国選帝侯文フンペン ドイツ 1606年 石川県立美術館
神聖ローマ帝国双頭鷲文フンペン ボヘミア1677年 髙畑美術工芸館
この時代だというのを強く実感する。ボヘミア地方はこの時代ドイツの一部として併合されていた。そして「連邦」の首長は神聖ローマ帝国に認められた選帝侯。
プロイスラー「クラバート」の世界。
カラーの絵が刻まれている。ビールを回し飲みするためのもの。

びっくりしたのが次のものたち。
ビーズ花文デカンタ ボヘミア 1830-40年
ビーズ花文ビーカー ボヘミア 1830-40年 髙畑美術工芸館
ビーズ風景文ビーカー ボヘミア 1820-50年 サントリー美術館
な、なんとビーズに覆われている・・・!!!物凄い技術。ボヘミアは後にチェコにもなるから、現代のチェコガラスの技術力の高さはこの時代から既に生きていることを知る。

狩猟文リキュールグラスセット スペイン 19世紀 石川県立美術館
エナメルで狩猟文が。なかなか綺麗。セットというのもいい。16世紀の、七つの洋を手に入れてた大帝国の残照は、こうしたところに活きている。

何かしら謎の音楽が流れていた。
ふと見ると、一隅に小さな酒席のセッティングがされている。そこからの音楽。
こうしたところに「サントリー」という会社のセンスの良さを感じる。

階段を下りると、そこでは現代作家の作品が集まっていた。
由良 園 という作家の2012年の春草または秋草と生物とをモティーフにした作品が。たいへんよかった。金色の細密描写。すごい。
秋草・庭 カメ、秋草・庭 カラス、春草・庭 ウサギ、春草・庭 トカゲ、春草・庭 ツバメ、春草・庭 カブ・ネズミ、秋草・庭 カラス などなど。

そして中野幹子の2013年の連作「むさしの」「かまくら」が小さくて愛らしい。20点もの作品すべてを賞玩したいと思った。

小川郁子の2013年の「切子 酒器 一式」は色がとても濃くて綺麗だった。

松島 巌という作家はわざと古様に拵えていた。星座、マーブルなど色々・・・
たいへん数が多い。
虹彩陽刻レース錐盤、箔挿み陽刻リブ碗、花蝶文モザイク器、虹彩水玉文錐盤・・・


Ⅴ 祝い、集い、もてなし、愉しむ
「酒は飲むべし」という詩と、「葡萄の美酒、夜光の盃」という古詩とを思い出す。

レーマー杯という白ワイン専用の杯を見る。
花文字入りレーマー杯 ドイツ 17世紀 サントリー美術館
レーマー杯 ドイツ 1679年 髙畑美術工芸館
レーマー杯 ドイツあるいはネーデルラント 18世紀後半 髙畑美術工芸館
レーマー杯 ドイツあるいはネーデルラント 18世紀後半 髙畑美術工芸館
わたしも白ワインなら、少しは飲む。

鹿形パズルゴブレット ドイツ17世紀末―18世紀 サントリー美術館
とても遊び心に富んだゴブレット。いたずら好きな人がこれをお客に出してニヤニヤする姿が目に浮かぶ。

バッカス文蓋付ゴブレット フリードリヒ・ヴィンター、シレジア1712年頃 サントリー美術館
バッカス(酒神)を子供の姿に託しての、よっぱらいご一同様。おっさんな子供ら。
どう見ても可愛くない。

藍色ちろり 日本 18世紀 サントリー美術館
藍色縁杯 日本 18世紀後半―19世紀前半 サントリー美術館
前々から好きなもの二つ。取り合わせの妙。いいなあ。日本の喜び。

梅文杯 日本 18世紀後半―19世紀前半 サントリー美術館
これはまた綺麗な!下に梅柄が映る。

水色徳利 日本 18世紀後半―19世紀前半 瓶泥舎びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館
淡い水色。まるで夜の底の跡地のようだ。

彩絵盃6種 日本 19世紀 瓶泥舎びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館
盛り上がる彩色を愛でた。コイ、エビ、カイ、ウメ、カニ、オカメ文様。

金赤リキュールグラスセット バカラ社、フランス 20世紀初頭
あーっ豪華!!本当に豪華。バカラ社といえば、名古屋の古川美術館の別館・為三郎記念館でお茶を頼むと、バカラのグラスで来ることがあるのだった。

黒幾何学文リキュールグラスセット オーストリア 1920年頃 石川県立美術館
セゼッシオン。いかにも。かっこいい。

かっこいい展覧会だった。
細かいことを言うと、照明のよさをも感じさせる展覧会だった。
肉眼で見えにくい、グラスに刻まれた文様やグラス表面に残る水泡を味わわせるための、効果的な照明が演出されていた。
こういうのがやっぱりサントリーの文化度の高さなのだった。
11/10まで。

国宝「卯花墻」と桃山の名陶 志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部 

三井記念美術館で二か月に亙って、「国宝「卯花墻」と桃山の名陶 志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部」展が開催されている。
今は丁度前期なので、それについての感想を挙げたいと思う。

卯花墻はここ一番の三井のお茶碗のお宝で、王様格。
絵画では応挙の雪松図か。
これまでにもしばしばこの室町の三井本館で見せてもらっているが、わたしが最初に見たのはまだ中野区の「三井文庫」時代のことで、1999年秋に「桃山の茶陶」展でのことだった。ある意味、同窓会のような気持ちでこれら桃山の名陶たちに会いに行った。

展示室1
志野橋の絵茶碗  可愛いね。わたしが軽く書いたメモにはマッシュルームのような形でこの茶碗が表されているが、手の中で可愛がりたくなるようなところがある。

黄瀬戸立鼓花入  鼓を立てたような形。こうなると分銅にも似ている。

鼠志野草文香炉  赤茶けた地に草文が白抜きで活きる。鮮烈な白!「鬼板を掻きだして」という技法による文様なのだが、本当に胸が はっ となる白さだった。

織部筋兜香合  形が可愛い。兜と言うか一種の引籠りな風情にも見える。内へ内へ固める守り。

織部耳付茶器  これはまた胴回りを取り巻く文様がまるで蛇紋のような。ウロコではなく一つ一つが印花文なのだが、それがまた神秘的な蛇の文様にみえるのだった。
たぶん、わたしは谷川健一の著作に現れる、南洋の蛇のことを思っていたのだ。

織部扇面形向付  上からは扇面型だが、胴回りには釉溜りができている。こういうタイプのを「総織部」というらしい。原三溪が茶碗に使ったそうだ。

瀬戸黒茶碗 銘 冬の夜  筒状の瀬戸黒は珍しいとか。ちょっと石をくりぬいたようで面白い。

志野茶碗 銘 通天  もちろん東福寺の通天橋。赤みの差したのを紅葉見物で高名な通天橋に例えたわけだが、ここにはその橋は、ない。

志野茶碗 銘 広沢 湯木美術館  見たことがあると思えば、ご近所さんのもの。それだけで地元っ子ヒイキしちゃうなあ。赤星家―益田鈍翁―湯木美術館

織部梅文茶碗  梅文と縦線横線が縦横無尽な感じのが表裏に入っていた。

織部小筒茶碗 銘 佐保山  黒っぽい。首あたりに山谷が入って、その下に♪の下部分ばかり集まったのが並ぶ。

展示室2は国宝とかメインのところで、ここには当然ながら王様が鎮座まします。
志野茶碗 銘 卯花墻  みんなの人気者。

如庵写しの茶室には、小大丸伝来品がある。
志野茶碗 銘 羽衣  どこがどう「羽衣」なのかがわからない…

展示室4は全て志野茶碗。
説明文を読むと、「美濃から鬼板なる鉄顔料が取れた」「轆轤と型とを併用」とある。
勝手に納得しながら眺める。

志野橋の絵茶碗 銘 橋姫 東京国立博物館  ああ、再会しましたな。橋がなかなか長い。宇治の橋姫。もともとは「金輪」の女の逃げた後身だったかな。

志野橋の絵茶碗  こちらの橋は短い。それで思い出した。飛騨高山に「味噌買い橋」という小さな橋があり、それにまつわる伝説がある。私の大好きな話。

鼠志野筍文茶  うーん??

鼠志野檜垣文茶碗 銘 さざ浪  三島風。つまりちょっとニガテ。

志野刷毛目茶碗 銘 老の友  胴にキュウリ風なのが。よくわからない。

志野檜垣文茶碗 銘 雪の朝  檜垣文だからちょっと縦横無尽なジャリジャリしたのが。しかしこれでどう「雪の朝」なのかがわからない。

志野水指  矢筈口というスタイルの蓋周辺。ああ、これがあれかという納得。胴はシュールな文様が。

志野茄子香合 湯木美術館  ヘタつき。色は違うけれど。

形の可愛いものいくつか。
志野宝珠香合、志野蜜柑香合、志野耳付香合。最後のはどう見てもシイタケな蓋つき!

鼠志野鶺鴒文鉢 東京国立博物館  白い岩に止まるセキレイ。けっこう大きい。このセキレイには記憶がある。トーハクで見て、撮影したと思う。好きですよ。

志野草文向付  白いオールドローズ風な文様。

鼠志野草文向付  総じて黒に近い。

鼠志野草文筒向付  5つあり、それぞれ微妙に発色が異なる。グレー系とブラウン系と。

鼠志野飛鳥文向付  灰青色の綺麗な発色を見せる。縁に柳?見込みに7羽の千鳥か。
 
志野垣ニ唐草文向付  白地に、垣で繁茂する唐草。

志野撫子文向付  グレーや赤が強く発色している。サル?え?

展示室5
こちらは黄瀬戸がメイン。わりと使い勝手を考えたくなる。

黄瀬戸胴紐茶碗  紐でくびれを付けたような。綺麗な線の流れがある。
そしてその胴紐の上に溺れるような花々がある。
今回見た中で、一番艶めかしかった。nec605-2.jpg


黄瀬戸菊文香合  これは名古屋の森川如春庵旧蔵のものとか。

黄瀬戸根太香合  コマ型。ネダなのかネブトなのか?nec605-3.jpg

 
黄瀬戸桜花文銅鑼鉢  縁なしで、見込みに大きく花を刻む。何重もの手が込んだもの。

黄瀬戸菊摘蓋物  大きな菊蓋の内側にも色々と花が。内側にも花。シチュー向けの蓋物。こういうのを使うのも楽しい。

瀬戸黒茶碗 銘 小原女  高台からひっくり返してみると、焦げたカラメルが流れているように見える。
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利休瀬戸茶碗 銘 萬歳  鈍翁追銘。うーん?

展示室6
ここには参考展示として、美濃古窯出土陶片がある。
鷺の絵の入ったものや、亀ぼい形の水注もあった。

展示室7
すべて織部。nec605.jpg


織部沓茶碗  可愛い。胴に丸目玉のようなのがついている。

織部串団子文茶碗  おおお、-○○○―だわ!!うらは/とあるだけ。やりましたな~

織部にも実に色んな文様があるものだと改めて知った。
ちょっと意外なくらいたくさんある。
波車文、松竹梅文、松林文、幾何学文、松唐草文、亀甲文、菊文、梅文、竹鳥文、砂金袋、筋文…

織部はじき香合 銘 袖露  鴻池家旧蔵。はじきは蓋にとってつきのこと、とか。
オハジキでもハジキ(チャカ)でもないよ。

織部梟香合  可愛いが、おなか周りはたぬきさん♪

形もまた色々ある。
宝珠、獅子、舟形、扇面などなど。

いいものをいっぱい見た。
後期もとても楽しみ。

10/20まで前期で、10/22~11/24まで後期。

歌川広重「月に雁」花鳥風月の美

浮世絵太田記念美術館の9月の企画は、いかにも秋らしいものだった。
歌川広重「月に雁」花鳥風月の美
こういうタイトルからしても風情を感じるではないか。
広重の風景画をメインにした展示。

わたしなんぞは、小さい頃とにかく浮世絵と言えば広重しか知らなかった。
お茶漬けの永谷園の浮世絵カードというだけでなく、父が東海道五十三次の大ファンで、画集を持っていて、それをよく見ていたのだ。
とはいえ今回それは少ししかなく、シリーズものでいえば「東都名所」「江戸百」「木曾海道」からいくつか出ている。
あとは単品ものか。

肉筆画は京都の風景を描いたものがいくつか。
高雄の時雨、洛中の雪、嵐山の夜桜。秋冬春と京の美麗さを描く。尤も嵐山は桜より松が多く描かれている。
そして大堰川と隅田川の比較。こうして眺めると、本当に東西の違いがある。
最後に群馬県(というと味気ない)上野の中の嶽の霧晴れ、妙義山の雨、榛名山の雪。
いずれも風景を遠目から見た絵。

月に雁 構図もうまい。どこか雁の様子が水仙の花にも見える。秋の渡り鳥たる雁。
最初に見たのは’90年開催の花博に協賛しての「花鳥の美」だったかもしれない。
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東都名所 高輪之明月 高輪では二十六夜待ちという行事が行われていたそうだ。秋の夜長、風流人たちは歌仙を巻いたこともあったろう。
平岩弓枝「御宿かわせみ」にもこの行事をモティーフにしたものがある。

月に兎 団扇絵。とはいえ、どうカットするのかわからない。白抜きのウサギが二羽いる。

月に時鳥 杜鵑一声というやつですか。

可愛らしいもの少し。
撫子に蝶、柿に目白。
メジロなんて撫でてやりたくなる。面白いことに目の周りは白くない。綺麗な石持色。
撫子に蝶は着物の柄にほしいくらいだ。ただし京友禅ではなく大正ロマンな着物の絵柄。

東都名所 佃島海辺朧月 叙情的。家の屋根屋根、船、そしてわたり行く鳥たち。

東都名所 佃島初郭公 三日月の前を横切るホトトギス。広重は可愛い鳥も巧いが、鋭い鳥もかっこいい。

風流新形 東都名所 すだの渡し 手前にユリカモメ(都鳥)二羽いる。帆船が素敵。夕暮れというのも乙なもの。

二階へ上がる。

江戸百 よし原日本堤 1.5kmもあるのか!にぎやかな様子をロングで捉える。

東都名所 新吉原衣紋阪秋月 男たちはこの後、宴会する。

東都名所 道灌山虫聞之図 日本人は繊細な遊び方を知っていたのだ。

江戸百 真間の紅葉手古那の杜継ぎはし これを見て、市川市に行きたいと思うようになったのは、やっぱこうした絵の中に。。。

東都名所 海案寺紅葉ノ図 品川の名所。幕末になるとここも舞台となって、さぞやいろんなものを見たでしょうなあ。

溪斎英泉 江戸八景 愛宕山の秋の月 店が小さく並ぶ。

二代歌川豊国 名勝八景 玉川秋月 投網をぱぁっとしたところ。女たちは餅つきをする。

広重に戻る。
富士三十六景 下総小金原 馬の産地として名高いところらしい。赤いツツジが咲いている。柄の端っこを噛む馬もいる。

月弐拾八景之内 弓張月 柱の下から見上げても月は月。ああ、馬琴「椿説弓張月」を思い出す。

信州更科田毎の月 三枚続き。蔦紅葉。みんなで見物する様子。当時から名高い景色。

京都名所之内 通天橋の紅葉 橋には老僧一人。川のこちらで宴会中。この絵は老僧らしきひとが描かれているが、そこがまた奥床しい。
一方、津雲むつみ「花衣夢衣」の番外編で、捨てた恋が再燃する話があり、それがこの通天橋をモティーフにした日本画からの誘いだった。橋に佇む人に誘われて、女はとうとう一歩踏み出してゆく。

木曾海道六拾九次之内 宮ノ越 背景はすべてシルエットで、色はパステル調。妙な浮遊感がある。

木曾海道六拾九次之内 望月 こちらはリアリズムで、しっかり描きこんでいる。

木曾海道六拾九次之内 洗馬 柴舟をこぐ人、いかだ流しのひとがいる夜。

またしても可愛らしいもの三枚。
雪中蘆に鴨、雪中椿に雀、雪中小松に雉 特にスズメが楽しそう。二羽いて、遊んでいる。そして椿も雪も「木版画」だということを強く実感させる。

二代歌川広重 隅田川八景 橋場暮雪 凄く細かい描写。

木曾海道六拾九次之内 大井 馬に乗る人も徒歩の人もみんな俯く。夜の雪。しんとした世界。

葛飾北斎 諸国名橋奇覧 かうつけ佐野ふなはしの古づ 雪中、とめた舟の橋を行く人々。
この絵を最初に見たのは大丸でだったか、大阪市立美術館でだったか、オジサンがつれの女の人に説明していたのを覚えている。

広重 椿に小禽、白梅に寿帯鳥 再び可愛いものたち。白梅は白緑色で表現されている。

英泉 江戸八景 上野の晩鐘 寛永寺の鐘と言うことですな。ロングで寺の横からを。

五十三次 鞠子 とろろ汁。白梅咲く茶店。これを見ると、昭和五年のローマ日本画展に行く人々を誘うためにと、車で東海道を往来した鏑木清方のエピソードを思い出す。

紫陽花に川蝉 まっしぐらへと落下する。怖い顔のかわせみ。

江戸百 王子不動之瀧 ここの瀧もご神体ということで、〆縄が張られている。

五十三次 池鯉鮒首夏馬市 毎年4/25~5/5開催されていたそうな。

ここから下絵・画稿。
隅田川雪の朝 下絵。ああ、かっこいいな。

琉球人来貢図巻 これは広重十歳の作ということになる。それでいろんな説がある。
「中山王府」という幟旗。文化三年徳太郎十歳サイン入り。うますぎる。

洲崎初日の出 画稿 お高祖頭巾の女二人。

漢土廿四孝 右上に象と一緒の大舜。象が可愛い。楊秀のトラの後姿がどう見ても張子の虎。

渡し船 ホトトギスが飛んで行くのを見上げる人々。山伏、スズメ取り、坊さん・・・

鉄砲図燈籠略図 これは絵はがき大の横ノートで、月次ものを延々と描き続けている。
助六の後姿、壬生狂言「桶取」の舞台、愛宕山の巨大しゃもじの祭り(正月三日、毘沙門天の使いとして)、三島の祭りなどなど。
五冊もあるそうな。とても面白い。

江戸名所写生帖および江戸近郊写生帖 目黒の寺の物凄い石段とか、由比ガ浜などなど。

下絵の面白さに惹かれた。9/26まで。

速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち

秋になると毎年山種美術館は速水御舟、もしくは院展とかかわりのある企画展が立つことが多いように思う。
今年は「速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち―」ということで、再興院展100年と言う節目もあり、いいものをいろいろ見せてもらった。
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まず横山大観が現れる。
燕山の巻 1910年 ああ、中国。この時代、中国へのあこがれが多くの日本人の胸に去来した。
遠くもないので出かけると、素晴らしい景色がある。
大観などもこの地へきて、新たな絵画の地平を見出したのだ。
描かれている様子を見ると、田能村直田の万里の長城絵を思い出しもする。
しかしこれは写生に基づき、そこからさらに自身の美意識で描き出された「燕山」風景なのだった。

喜撰山 1919年 大正半ばのぽよよんとした空気がある。わたしは昔、最初にこの絵を見たとき「まんが日本むかしばなし あの世界だ」と思ったものだった。
描かれているのは松か杉の山林。ところがわたしには、秋の山にも見える。
ちょっとばかり人の姿も鳥や獣の姿もちらほら見えるようで、なごやかな空間。とても和む。
実際にこのような情景を見たことがある。わたしが見たのは衣笠山だったが、本当に和やかに鮮やかだった。

木兎 1926年 ミミズクである。耳が立つからフクロウの仲間でも特に「ミミズク」と分類される。
耳があって木の上にいるから木の兎でミミズク。可愛いなあ。
そうそう、山種動物園ではウサギにネコに犬にミミズク、と可愛いのが色々いてるが、いちど「ミミズク・フクロウ」だけの出演もいいかもしれない。

叭呵鳥 1927年 叭叭鳥とも書かれる黒い鳥で、実物は知らないが描かれた奴らは大抵このように目つきが悪く、そこがカワイイのだった。
横向きの姿。いいねえ。nec603.jpg
八大山人の描く叭叭鳥は丸い眼玉を剥いていたが、こやつはムッとしている。
金目のこの鳥はほんと、そこが可愛い。イチジクの青い実がいいし、葉っぱもエメラルド色。
・・・イチジクの葉っぱじゃないような気がしきた。

菱田春草 雨後 1907年 もあ~とした空気感が画面に再現されている。湿度の高い空間。
飛ぶ鳥たち。山影がみえる。
先生の岡倉天心から空気を描けと言われたのが朦朧派の始まり。
今思えばターナーぽいかもしれない。

春草 月下牧童 1910年 十牛図のような。ススキの野を行く。満月。はっきりした牛。一方、ぼうっとしたような少年の頬。手には小さな枝がある。
十牛図でいえば何シーンめかに当たるところだが、この絵を見ていると、また異なる物語を思う。
英一蝶の絵にこの前段階のようなものがある。丁度この展覧会を見たときに、書道博物館で見たもの。
牛は優しい目をして坊やを背に乗せ川に入る。
坊やは小さな柳の鞭で落としたものを取ろうとする。静かな池の風景。
そしてこの絵は、その後の情景を描いているように見えるのだ。
水から上がり、体を乾かしながら秋の野を行く。
牛も坊やを乗せて風邪を引かせぬ程度の早さで進む。
リンリンコロコロと秋の虫たちの声を聴きながら、坊やと牛が進む。
そんな小さい話を勝手に想うのだった。

下村観山 不動明王 1904年頃 黒い肌の精悍な男が雲の上に立つ。牙は上下に向いている。筋肉の強さを感じた。
観山の絵は、ほかのものでもそうだが、大観、春草、武山の最初期の仲間内で唯一、男性の筋肉造形の確かさ・リアルさを感じさせる。こうした筋肉だけでなく、細ければ細いなりの肉体のありようというものを。


次からは、御舟と再興院展の精鋭たち。
ここでは御舟と小茂田青樹の対比を面白く眺めた。
同世代で、しかも共に夭折者。
ただ、わたしは時折御舟の絵を見ていて「ああ、こういうのを描くから早く死ぬのだ」と思うことがあるのだが、青樹の絵にはそうした確信めいたものは感じない。

青樹 青竹 1928年 トンボがブランと下がるように掴まっている。気象の状況を考える。風のない日、蒸し暑い日、時間が止まったような昼下がりを。
ある意味、この絵には死を感じさせるものがある。nec604.jpg
わたしの勝手な思い込みかもしれないが。
そして今、絵葉書をこうして眺めると、死の影は、なかった。

御舟 紅梅・白梅 1929年 二日月の下で。好きな対もので、梅の時期になると手元の絵はがきフォルダ「梅の巻」を開いて眺めもする。

青樹 春庭 1918年 だいぶ前にこの絵はがきを購入したとき、とても若い感覚を感じた。というより、新しいセンスをというべきか。今、絵の前にいて、やはり新しさを感じている。

青樹 梅鳩 1925年 これは徽宗皇帝の絵を模写したものらしい。大正年間、日本画・洋画家ともども、徽宗の絵を写すことが流行ったようだ。
劉生の猫などもそう。
鳩の胸の色がたいへん綺麗なグラデーションを見せている。
フォーサイス「ジャッカルの日」でジャッカルがおめかしをするときに着たスーツが「鳩色」だったことを思う。こんな色合いと言うことか。
ジンネマンの映画の中では、ジャッカルは鳩色のスーツは着ていないはずだ。

御舟 山科柿 1917年 柿がいっぱい成っていて、それがコロコロコロコロ落ちている。
目の前にある風景を描いたというより、誰かの心象風景を描いたような感じがする。

御舟 灰燼 1923年 関東大震災の後の風景。蔵が少しばかり残っている。黄土色の煉瓦も崩れる。レンガ、ガレキ、キの電柱。みんなダメダメ。帝都灰燼ニ帰スノ景。

御舟 百舌鳥巣 1925年 これは最初に見たとき、タイトルを見ずに見たから「雀の子にしては随分と目の鋭い…」と思ったものだった。雀ではなく百舌鳥でした。
二羽いるので勝手に名前を付けた。モズベエとモズキチ。可愛いお子様。
想像は勝手に膨らむ。百舌鳥きょうだいの友達は雀で、そちらはチュン左衛門と雀右衛門。
なんだか楽しい。

御舟 昆虫二題 葉陰魔手・粧蛾舞戯 1926年 不滅の傑作「炎舞」の翌年の作。これがその前年ならば「ああ、プロトタイプなのか」と納得も行くのだが。

御舟 天仙果 1926年 イチジクである。八つ手の葉っぱのようなのがつくから間違いない。蝉の抜け殻がついている。夏のある日。イチジクとセミの抜け殻と。

御舟 牡丹(写生画巻) 1926年 色っぽい。ピンクに白線の入る牡丹。金を使うていないのに、光っている。

御舟 翠苔緑芝 1928年 今回のチラシには黒猫ちゃんのいた右が出ている。
枇杷の実と咲き誇るサツキとが一緒にある風景。時期的にはこの二つが一緒に現れることはないように思うがどうだろう、ある種の四季花図みたいなもんか。
黒猫の鼻筋を、わたしは長いこと、ニヤッと笑う口元かと思っていた。
今間近で見ても、ついついニヤッな黒猫と思ってしまう。
一方左には寛ぐうさぎたち。アジサイうさぎ。

御舟 暗香 1933年 闇の中に匂う梅。闇(墨)の上に花を描くような風情。
こういう絵を見ると、否応なく「…御舟、こんな絵を描いて大丈夫か」とその早すぎる死を懸念してしまうのだ。
ところでわたしが暗香という言葉を知ったのは高3だった。「鬼平犯科帳」を読み始め、その1巻に「暗剣白梅香」という短編があり、そこからだった。
梅の香りは薄闇の中から始まるのだ。

御舟 牡丹花(墨牡丹) 1934年 葉の黒が魅力的。ただし、いよいよ心配が強くなる。

御舟 桔梗 1934年 こちらも墨で黒く描かれる。

御舟 盆栽梅(未完) 1935年 白梅の盆栽に2羽の鶯がいるが、どちらもにっ と笑っている。そのようにしか見えない。そしてこの未完成の絵には、死の影は感じられないのだった。

昭和後半の院展の大家たちの絵を見る。
安田靭彦 平泉の義経 1965年 この絵を見るといつも同じことを思う。父義朝を知らぬ義経にとって、義父の藤原長成卿ではなく、平泉の秀衡公こそが「父」であったということを。

前田青邨 大物浦 1968年 義経も平泉にいるころは寛げたろうが、都に出てからは知力体力気力を振り絞って戦い続け、その揚句に不要なもの・敵にされて、逃亡せざるを得なくなった。 
今の尼崎市大物から九州へ船出しようとしたところ、平家の怨霊のせいでか大嵐に遭い、どうにもならなくなる。その情景。
青邨は平家の怨霊を描く。そのいずれもが異様に魅力的なのだった。

小倉遊亀 舞う(舞妓)1971年、舞う(芸者)1972年 この二枚は対として見られるが、少しの時間差がある。
小倉遊亀さんの作品は切り花と花生けなどが好きだが、こうして舞う姿を見るのは、とても気持ちいい。枠の中にあってなお、天衣無縫という風情がある。

違う作家同士の絵を組み合わせる妙味を味わった。
別人同士なのに、何かしら通じ合うようなものがある。
まるで同じ空間にいて、会話しながら(あるいは会話もせずに)和やかに時を過ごしているかのようだ。

奥村土牛 姪 1980年 髪を直す若い娘さん。
小倉遊亀 涼 1973年 先斗町の大市の女将さん。傍らに呉須赤絵に河原撫子。

祖母と孫娘のような二人。とてもいい。これは山種美術館の眼力のなせる業。観客であるわたしたちは、この取り合わせを楽しもう。


最後の一室へ。ここには「山種美術館と院展の画家たち」として、深いかかわりのある作家の作品があつめられていた。

暗い空間に浮かび上がるのは、当然ながら御舟「炎舞」である。
わたしはただただ陶然とこの絵を見ている。

靭彦が能書だということは、土門拳「古寺巡礼」の題字を書く人に選ばれたことからもわかる。そして看板の文字もやはりそうした能書家あるいはアクの強い手蹟でないと、気合が入らない。
「山種美術館」の看板文字のための書がある。優しくも凛とした書である。
過去に生まれ、現在も活き、未来にも伝わる書である。

靭彦 双舞 1966年 初唐風なやや細身の俑が2体舞う姿を捉える。よく舞う2体。群舞の一部かも知れないが、この二人はこれだけで完成している。

吉田善彦 五月の沼辺 1976年 白い蝶が2羽とぶ。まだ雲の残る薄緑の山。下には林が広がる。湖面の上を飛ぶ2羽。ひらひらひらひら。

平山郁夫 阿育王石柱 1976年 乾燥した空気のなか、晴天。アショカ王の仏道への帰依。
どきどきするような何かの予感。

いい心持で院展の世界を楽しませてもらった。10/14まで。

大野麥風展

東京ステーションギャラリーで「大野麥風」展を見た。
この人は魚の版画で有名なのだが、これまで二度も見る機会を逸していた。
まず姫路市美術館での展覧会に行きそびれた。チラシをみて「行きたい」と思いながらも「姫路は遠いしなあ」であきらめたので、完全に自分の心の弱さの責任。
次もどこかで展示があったそうだが、知った時には終わっていた。
この5年ばかりの間にそんなことがあったわけだ。

今回、東京ステーションギャラリーと言う好立地での展示なので、姫路の仇を江戸で取る、な気分で8月9月と二度出かけた。出かけてそれで、こんな展覧会終焉に来て、まだ感想を書き上げられないでいる。
全く嘆かわしい。とりあえず簡単な感想を挙げたい。

展示室にはいるとすぐに、魚類絵の大先輩の人々の絵が現れた。
江戸時代の博物学としての魚類絵である。
サイトによると「麥風に先がけて、江戸時代に本草学を学び、博物学的視点で描かれた栗本丹洲や高木春山の魚類作品」ということだ。
これがまたコワい。
いや、もともと博物学的な絵がニガテなので、わたしが勝手にヒーッになってるだけなのだが。
少し先のドーム下には現代の魚類画を描いた人の特集があった。
杉浦千里というひとで、ケント紙にアクリルで描いている。1997年の作品と言うからわりに近年だが、お気の毒に若くして亡くなっている。
そんな作家がこうした場で紹介されるのもよいことだと思う。

さて麥風とはどんな人かと言うと、これもサイトによると「長原孝太郎の指導を受け、洋画を学びました。1909年の第3回文部省美術展覧会で画壇に登場してからは、白馬会・太平洋画会・光風会などにも出品したものの、やがて、洋画から日本画に転向し、1919年の第1回帝国美術院展覧会では、日本画で入選しています。」ということらしい。
師匠の長原孝太郎といえば、裸体男性が大きな袋から風を出している姿が思い浮かぶ。風神と言うところですかね。

麥風の若い頃の作品はその時代性をよく感じさせてくれたが、やはり本領発揮は1937年刊行の『大日本魚類画集』の仕事ですな。
「1937年に西宮書院から出版された代表作 『大日本魚類画集』で、原画を担当し、当代一流の文化人の協力を得て、「原色木版二百度手摺り」といわれる色鮮やかな木版画集を生み出しました。会員制度で頒布されたこの500部限定の木版画集は、1944年まで各回12点、6期に分けて断続的に刊行され、麥風は水族館では飽き足らず、和歌浦沖で潜水艇に乗り、魚の生態を観察し、細部にまでこだわった作品を作り上げました。本展は、『大日本魚類画集』全72点やその原画、摺り見本などの関連資料を初めて東京で公開するもので、麥風の卓越した魚類木版画作品をご紹介いたします。」とあるように、谷崎潤一郎もイッチョカミして、この本が出たようだ。
そしてこれが、非常に面白いのだった。

一口に魚類画集と言うても、先行の博物誌的な絵ではなく、そこはやはり良き時代の日本画を学んだ人だけに、全体に抒情がある。
この抒情と言うものが実は日本画とその方面の版画では大切で、江戸時代の浮世絵にも見られる心地よさ、それが活きているわけです。
しかも当時は摺り職人にも名人がいた。それだけでも素晴らしい。
話は飛ぶが、どうもその時代の日本の版画では、自刻自摺の作品には抒情性が足りない、というか、やっぱりそれは洋画からの道ではないか、と思うことがしばしばある。
大正新版画の系統には抒情性があるのは、浮世絵の子孫だからではないかと思っている。

麥風の原画、摺見本、完成品と見てゆくコーナーがある。
麥風がたとえば魚の腹やウロコに銀を載せたとする。すると摺師はきちんとその意図を汲んで、銀を載せるが、その載せ方が結局原画とは違い、摺り上がりの効果を計算してのものだから、いよいよいい感じに見える。
作者の意図も大事だが、こうした共同作業には他者の勁い目が必要なので、非常にいい具合になるのだった。

作品には全点ではないが、真横に『大日本魚類画集』から選り抜いた文章がついている。
それを読むのがまたとても楽しい。
わたしなどのように釣りに関心がなく、知識も足りない者にもわかりやすい、諧謔交じりの一文が多い。
そして関西で活躍する筆者によるものがメインだから、読んでてなるほどと思ったり、初耳なのも多かったりする一方で、やっぱり「あーおいしそう!!」と思わせると力がとても強いのだった。
 
「鯛を海の女王と言うならば、鮎は川の女王と言うべきだ。」
などといった一文に「ソヤソヤ」と同意し、カワハギやオコゼの面白い外観とその味の良さについても「ソヤソヤ」とうなずくのだ。
全く以て面白い。

フグにしてもプーッとふくれたものではなく、ポヨンとしたのが泳いでいるのは、海中で敵にも遭わず、釣り針にも遭わず、機嫌よく泳いでいるところだとシロート目にもわかる。
「こいつ、いっちょ太政か、ずぼら屋あたりでうまいことさばいたのを食べてみぃたいわ」
などと欲望も募る。
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蛸やイカにしてもその想いは変わらない。
特に蛸は明石のタコという名代があるくらいだから、関西人にとっては特にたまらない。
モーリシャスやマダガスカルのタコが来るのはずーっと後世の話なのである。

文の書き手も様々で、釣り人の心持で書く人もあれば、比較論的な見地で書く人もあり、また大阪弁で言う「イヤシ」の気持ちが全面横溢する書き手もいる。
わたしなんぞも「イヤシ」のクチだから、「ヤー、これは食べたいな」と文を読み、絵をじっくり眺めてはヨダレをたらしそうになる。

関東の人のマグロ愛、関西人の鯛ラブと比較できると思う。
そして釣り人からすれば、マグロは遠洋漁業・タイは「これはあれや、自分で釣れるデ」という期待を抱かせる魚ではないか。
麥風の鯛は桜鯛らしく、綺麗な色で堂々と泳いでおる。
淡路や明石でおいしい鯛を食べた時のことを思い出す。
だからきっと、絵描きも摺師もわくわくしながら作品を拵え、文の書き手も舌なめずりしていたに違いない。

東京生まれであっても、大大阪時代の関西でおいしいものをそれこそ「鱈腹」食べてたら、内臓が関西人化するのは当然だ。
その大先達というか代表格が谷崎潤一郎で、この食道楽の・食い意地の張った・すっかり関西人の「イヤシ」が身についた文豪も、喜んでころこんで絵を見ながら「今夜はこの魚を」と色々楽しい妄想にふけっていたろう。
純然たる江戸っ子だった谷崎も「魚はタイ!!」と言い切るほどの変わり具合なのだ。

そう言えば谷崎の晩年の小説「瘋癲老人日記」冒頭で、銀座の浜作で一家が食事をするシーンがある。
爺さんはアユの塩焼きを食べた後、「まだもう少し食ってもいいな」と舌なめずりする。
そこへ彼のアコガレというか偏愛の対象たる息子の嫁の颯子が、わざと汚く食い散らかしたハモの梅肉添えを爺さんに勧める。
ハモの梅肉といい、鮎の塩焼きの蓼酢といい、これらは関西のおいしいものだ。
わたしもどちらも大好き。

そうそう、フグと言えば里見弴にフグに当たって死ぬ役者の話がある。
元のタイトルは『実川延童の死』で、後に『河豚』と改題されたものだが、名を見て分かる通り、実川だから上方役者である。
実際にフグに当たって亡くなった役者と言えば、八世三津五郎がいる。
彼は本当に食道楽で、色々あって上方に移住したのだが、それが非常に心身に合うたようで、東京へ帰れる状況になっても上方への愛が深まり、南座・中座で芝居があるときは喜んでおいしいものを食べていた。
そしてとうとう河豚で身を誤ったのだ。
あれは幼心に衝撃だった。本当に河豚で死ぬのだと、思い知らされた。
店も気の毒につぶれてしまった。
やっぱり河豚の毒は怖い。

エイの絵がある。腹からみたエイほど可愛いものはない。むにっ とした顔が可愛くて可愛くて仕方ない。
実際は凶暴なのだが、こんな可愛いのを水族館で見ていると、時間が経つばかりになる。
さすが麥風はそのあたりの心理をよく心得ていて、可愛いところとコワモテなところとを同時に一枚の画面の中に描きこむ。

ヒラメとカレイもきちんと描き分けられる。
文も面白い。わたしはカレイはやっぱり唐揚げが好きだが、ヒラメはお造りで食べるのがいい。
文には面白いことが書かれている。
冬枯れ=冬鰈 と言ったようなことである。そう、確かに天然ものの鰈は冬には食べないなあ。

トビウオの元気な絵もある。ピョンピョン飛んでいる。波も渦を巻く。なかなか威勢の良い絵。
このトビウオはだまし絵のエッシャーもいいのを残している。
ピョンピョンビュンビュン!ohno003.jpg


サヨリの絵もいい。サヨリは色々思うところがある。それについては書かない。

メバルもおいしそう。こんな海底にいるのに、一目見て「おいしそう」と思ってしまう。
5匹いるうち一匹はこちら目線。
メバル、炊いたのを食べたいな。

麥風は水族館にも通ったそうだが、もし今生きてたらその鑑賞状況の進化に驚いたことだろう。
水のトンネルや筒状の水槽等々。
わたしが子供の頃は須磨の水族館(後に水族園となる)、宝塚ファミリーランドの一部などで魚を見ていたが、近年は海遊館がある。
海遊館だとイワシやタカ足ガニを見ると、ついつい「…おいしそうやな~~」と思ってしまう。
これは何もわたし一人の感想ではなく、多くの人がそう思っているのだ。

ここにあるイワシの絵にもヨダレがわく。
ギンギンぎらぎらなイワシ。
サバも同じくギラギラ。ああ、おいしそう。
グジもあったように思うが、後期では見つけられないから、入れ替わったか。
ああ、ギンダラの西京焼きとか食べたいなあ。

ハマチの青くぶりんとした腹の輝きとふくらみにもときめくが、近年はハマチそのものを食べなくなった。ブ
リの方が好きになったなあ。
ブリの養殖=ブリを囲う=無聊をかこつ
いや、こんな流れはないし。

とても面白い展示だった。
ちょっと惜しいと思うのは、現代のイラストレーター・さかなクンのギョギョッな魚類画も仲間入りしてほしいところだったか。
面白かった。
9/23まで。

村上芳正展

村上芳正の名を聞いてもピンとこない人は多いと思う。
しかし絵を一目見れば「あぁ…!」となる人は少なくないと思う。
それは人によっては、原田康子「挽歌」であったり、連城三紀彦「戻り川心中」であったり、また渡辺淳一の初期の頃の装幀や吉行淳之介「暗室」でもあるだろう。


戻り川心中 (講談社文庫)戻り川心中 (講談社文庫)
(1983/05)
連城 三紀彦



絵を見ればわかる人。
現代を生きる挿絵画家には少なからず、そうした傾向がある。
明治半ばから戦後しばらくの頃までは挿絵画家への大きなときめきがあったが、時代が下がるにつれて、その愛情は薄れてゆく。
哀しいことである。

だが、その人の生涯の仕事において、決して決して忘れられない衝撃を、見る者に齎す仕事を残す人も確実にいる。
村上芳正の生涯畢生の傑作は「家畜人ヤプー」であることに、間違いはない。


弥生美術館が村上芳正の仕事を集めた展覧会を開催している。
チラシはこのように華やいだものである。
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遠目からでもわかる個性がある。
幻想と官能性の深く絡み合う世界。
美しい女性の冷たい笑顔と、苦悩する・あるいはある種の苦痛に蝕まれる男性と。

九月の東京ハイカイ録 2

昨日は雨や雨やと言われてたが、実際には降らず濡れずで、あちこち出向けた。

宿から東京駅まで送迎バスがあるのでそれに乗り、次にメトロリンクバスに乗り換えて、三井記念美術館に入った。
感想は何だかんだとまた後日書くが、良いものはやはり時効もなく、嗜好もなく、思考さえもなく、ただただ良いのだ。

再びメトロリンクバスに乗り、高島屋へ。土門拳の子供らを写した作品を見る。昭和真ん中までの子供らや。
土門はコワモテだが、たいへん子供好きなオジサンで、暖かい視線で子供らをみつめる。しかし子供らを取り巻く環境は劣悪で、土門はそれへの憤りを隠さない。色々と考えさせられる内容だった。

東西線へ。
竹橋に上がったら、晴れてる!うわ~ 焦げるがな!
竹内栖鳳展。今までにない規模やな、大回顧展。
下絵がいいなと思ったり。関西人の一得で栖鳳の絵は常に見てる気がするが、やっぱりよろしいなあ。
これは、先般撮影した、栖鳳の自宅をリノベしたレストランと共に記事を挙げたい。

常設はもっと日本画見せてくれ~(T_T)
土牛と青邨の上等な猫、観山の稚児文殊を乗せる青獅子家族のなごやかさが目をひいた。 

そこから明治神宮。太田の廣重コレクションを色々みる。これまた見に来ないとわからん佳さがあったなあ。とても良かった。
 
さーて、ここで帰れば良かったかもしれないが、わたしは台風一過を待つことにして、東京に留まった。

今日のはなし。
参ったなあ。朝6時前からメールで起こされたよ。テレビ観たら大惨事。
ちょっと慌て左京区の友人にメールしたら、家を死守するとかいうやん、ヲイヲイ、大丈夫かいな。
しかし渡月橋がえらいことに。
7時になってから母にメールしたら、まあ北摂は大丈夫やとか。しかし大阪市は大和川氾濫とか言うてるし。
ほんまにこういうの、経験したことない豪雨やなあ。

新幹線は始発からあかんが、夕方にはどうにかなるさと予測した。
しかし八王子と横浜は諦めた。

宿にギリギリまでいてから、バスで東京へ。荷物をロッカーに放り込んで、丸の内の丸善にゆく。

鏡花の山海評判記を買う。
これなら長時間耐えれるわ。
そのまま申し訳ないが色々読ませていただく。
実録四谷怪談、石川淳傳説、御宿かわせみの好きなエピソード、うさこちゃんときゃらめる、鏡花らの怪談話、日本建築集中講座、里見とんの随筆に、荊棘の冠、、、、

途中ランチはさみ、また読んでたわたし。ごめんなさい、丸善。
四時には完全に乾いてたし、皆さんがたから新幹線の情報がきたし、本当に助かりましたわ。

やがて新幹線が13分遅れでホームに。
しかし走り出すや、のぞみがこだまに。
まあ、仕方ないよ。
結局名古屋で90分遅れ。ははは、凄いな。
間もなく新大阪駅。一安心や。疲れましたわ。

すごいハイカイに、いや、引きこもりになった話でした。

九月の東京ハイカイ録 1

今月の東京ハイカイは昨日の夜からの三泊四日なんだが、16日の台風予報がイタイ。
これがほんまに台風直撃なら、もぉわたしは予定を変えて早く帰るべきでしょうなあ。
やばすぎるぜ。
さて、それはともかくとして、今日一日の話を書こう。個々の展覧会感想はまた後日ということで。

昨日は新幹線内でいろいろ苦しい思いをしたのだが、スマホのおかげで、皆さんとお話もでき、なんとかしのげた。
わたしは乗り換えなしで長時間同じ乗り物に乗っていると激しく鬱屈するので、まずいのだ。飛行機は近年ますますニガテになり、新幹線もこんな調子じゃ、次は在来線乗り継ぎかバスか、はたまた徒歩かチャリか駕籠でしか行けなくなるな。
なんとかしなくてはならない。

今日は夏返りしてやがるので(まぁコワイ物言い)、暑い。ほんまに暑いですがな。
それでも仕方ない、歩く。鶯谷に出る。朝一番に根岸の書道博物館へ。

こないだみつかったという中村不折のお蔵が移築されてたが、なんと大谷石で出来てるやん。大谷石の産地では大谷石の塊をくりぬいたのを自宅にしてはる人がいるとかだが、フツーは住宅の塀が多いよね。ちょっとびっくりした。

中では中村芳中のまったりした白鷹図や、若冲の芭蕉翁図、書では忠臣蔵の松の廊下事件を大石内蔵助に伝える片岡源右衛門の手紙などなど、興味深いものが出ていた。
特に子規のカルタは面白い。

寛永寺の陸橋へ。そこから言問通りを延々と歩く。20分ほどで根津をこえ、弥生美術館へ。
途中見かけた猫の彫刻。IMGP1987.jpg


:Bakeryのつもりなんだろうが、どうみても「Bakeru」化けるパン屋さん。
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弥生美術館では村上芳正展に大いに驚く。
というのは、わたしがついついジャケ買いならぬジャケ借りした本の装丁や挿絵の人だからだ。幻想的な作風で、深い官能性がある。
ここにあるのは戦後文学最大の奇書と謳われた「家畜人ヤプー」全挿絵と装丁。
それから三島の「豊饒の海」、原田康子「挽歌」、河野多恵子、立原正秋、吉行淳之介、瀬戸内寂聴、澁澤龍彦らの著書。
わたしがびっくりしたのは加堂秀三「花づくし」「青銅物語」などの装丁。これは中3から高1の春休みに移動図書館へ初めて入ったときに見つけた本だったからだ。
同じ日に中井英夫も借りていて、そこから今に至るまで中井に溺れ続けているのだが、加堂秀三も長く好きだった。彼は最後は自死してしまったのだが。
それから赤江瀑。わたしが持っている角川文庫はもうすべて辻村ジュサブロー(当時)の装丁だが、そう、たしかに記憶がある。
好きなものばかり。
そして最後に皆川博子「瀧夜叉」。これは92年に金比羅歌舞伎の帰りに飛行機の中で読んだサンデー毎日連載作品で「あれ、この絵の人」と!!ときた、あの作家だったのだ。
ああ、ときめく。
展覧会の会期が終わった後になるかもしれないが、詳しくそのあたりのことは書きたい。

ほかに華宵記念室ではどう見ても色子買いの男にしか見えない絵があり、それにもときめいたなあ。「日本少年」掲載の「刀の中の父」とかいう少年小説の挿絵なのだが、壮年の男が布団に入っている前で、美少年が悩ましげに刀に頬ずりしている。その様子を布団から男が眺める、というワクワクするような絵。いや~ええなあ♪

夢二美術館で初見の肉筆ものがあった。「春」というタイトルで、「め」の字を書いた絵馬の前で銘仙らしきものを着た少女がにこにこする絵。
それからわたしの偏愛する「パラダイスすごろく」。これを見ていて、自分のもつ小さいおもちゃやフィギュアでジオラマ化に出来ないかと思う。

再び根津へ。ここから東京へ行くのには新御茶ノ水乗換えがよかったのに、大手町乗換えをして手間取る。
東京ステーションギャラリー。「大野麦風」展再訪。
博物学ではなく、楽しい版画になっているのがいい。遊び心も加わらないと楽しめない。叙情性と文芸性がそこにないと、さびしい。
だからこの展覧会はとても楽しい。

新橋で乗り換えて高輪台の畠山記念館へ。
ここも毎回いいものを見せてくれる。
16日までだから到底間に合わないが、また細かい感想をあげたい。

ツクツクホーシやほかの虫の声がとてもたくさん。
隣の怪しい建物も目隠しに木々を植えてるのでいよいよ緑が増している。
いつまでもこのままでいてほしいところ。

さてわたしは右へ戻らず左へ進む。関東病院が見える。今度ここのタニタ食堂へ行こう。
五反田へ。あっという間についたよ。

恵比寿で降りて、山種へとことこ。
速水御舟。彼だけでなく院展の人々。初見の絵がいくばくかあり、絵葉書にもなっていた。
青樹の絵も並べたりで、比較させるのがうまい。

今回は、御舟の「百舌巣」が可愛くてね。前々から好きな絵だが、あの二羽に名前をつけよう。
モズベエにモズキチだな。友達にスズメのチュン左衛門と雀右衛門兄弟がいる。

機嫌よく見終えて、六本木へ。まずサントリーのガラスをみる。
非常に細かいし、またこんなころから人類は、と感心するばかり。
ササン朝ペルシャやローマ帝国の古代から和ガラス、そして現代のガラス工芸に至るまでの涼やかな世界が広がっていた。

21-21へ向かう。桜の夜景。秋もまたきれい。
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21-21の展覧会はよくわからなかった。ごめんなさい~~
疲れて帰る。台風よそれろ、と祈りながら。

女性たちの物語 松園のモデルとなった才女たち

松伯美術館の特別展は「女性たちの物語 松園のモデルとなった才女たち」。

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最近、松伯美術館は所蔵する松園さん、松篁さん、淳之さんの下絵や草稿といった「お宝」を多く出してくれるようになった。
下絵も草稿もスケッチも縮図も、そりゃ華やかではない。
二十代の頃のわたしはうんざりしながらそれらを通り過ぎていたが、それも後悔はしない。
そんな若い頃からこうしたものが好きだといわれると、逆に「今はもっと華やかなものを、本画を見なさい」と言ってしまうに違いない。
どんどんどんどん綺麗なものを見て、完成されたものを見て、それで目を鍛え、心を遊ばせるのだ。
やがてある一定量まで来たら、そのとき初めて、本画のためのエスキースを見る。
そこからたどりつくものを見据え、また、追いかけるのだ。

いま、自分でもちょっと転換期に来ているなと思う。
子供の頃は怖がり、二十代三十代の頃はそっぽ向いていた水墨画に惹かれるようにもなり、仏画にもときめくようになっている。そして下絵・草稿・スケッチ・縮図を面白がる。
こんなパラダイムシフト、本人ですら想像もしなかった。
とはいうものの、これまで愛してきた世界を手放すこともないので、やっぱり近代日本画、就中、近代美人画への執着は深いのだが。

さて、松伯美術館で見たものについて、ちょっとばかり書く。

「花がたみ」が今回のチラシである。nec597.jpg

高校の頃、この絵を画集で見たわたしは強い衝撃を受けた。
この世の外の歓びに満ちた女を目の当たりにしたからだった。
あまりに綺麗なのでどきどきしたが、親からは「よく見なさい、目元口元、みんな狂ったひとの表情やないの」と言われて、たしなめられた。
そう、確かに狂っていた。
実際には佯狂なのだが、描かれた照日の前は紛うことなく狂っている。
それは松園さんが、実際に岩倉の精神病院へ行って、入院患者の婦人たちをスケッチした成果なのだった。
だが、狂ってようと死んでようと、自分が綺麗だと思ったら、綺麗なのだ。
狂ってるから汚い、ということはないのだ。
あの当時から今に至るまで一貫してそう思っている。

描かれた照日の前は継体天皇の寵愛を受けた婦人だから、本当はこのような王朝時代の装いではなく、大和朝廷時代の装束とすべきところをあえてこの装束とした。
そのあたりの考えについて、松園さんが何かを語っているかと思ったが、「青眉抄」にも記述はないようだった。

この絵について面白いことが解説プレートに描かれていた。
師匠の竹内栖鳳が松園さんに「美しい線の中に異様な線を加えてはどうか」と助言したそうである。
結果、この手の表現が生まれている。nec597-1.jpg

花がたみのための草稿やスケッチを見る。
祇園の芸妓さんの動きなどを画帳にとどめている。やや面長のきれいな人である。
輪郭や動きなどから得るところがあったろう。
一方、岩倉での成果も見える。

遊女亀遊の下絵を見る。この本画については大きな話がある。展覧会で評判が高かったこの絵を、松園さんを妬んだ不届きものが、絵の顔を鉛筆で汚した。
主催者は松園さんに直すよう要請したが、松園さんは頑として拒み、絵はその傷を汚れを負わされたまま、展示され続けた。
こうしたところに松園さんの厳しい態度が見える。
そして絵は可哀想だが、やはりこうした毅然とした態度は立派だと思うのである。

下絵では意を決した亀遊が自害しようとするところが描かれている。「強く生きねば」ということを思っての作画らしいが、この絵では「強く死なねば」という意志が伝わってくる。

「あるあめりかに袖はぬらさじ」という辞世の句を残したとされる亀遊。その裏表を描いたのが有吉佐和子の同名戯曲。

下絵の大物が続く。
税所敦子孝養図 たぶん1905年制作か。松篁さんの通う初音小学校から、偉人さんの絵の制作依頼を受けたそうで、その本画の下絵。
このひとは早くに夫を亡くすと、京都から夫の郷里の薩摩へ下向し、姑の世話を懸命にしたとか。しかも近所でも評判のキツイ婆さんだというのを優しく仕えたそうで、絵でも何かを読む婆さんの背を撫でてる姿が描かれている。
やがて皇居に入り、歌の先生として今度は皇后にお仕えした。
よくわからないというか、理解しにくい人の話なのでなんとも書けないが、下絵には妙な迫力があった。

人生の花、草紙洗小町、砧、夕暮、晴日といった人気のある本画の下絵もあり、いずれも本画とはまた違う迫力や面白味、迷いが見えて、とても興味深い。

焔の下絵も大きい。これは初めて感じたことだが、女の胴がうねるように見えて、白蛇が立つように見えた。

本画は松園さんの情熱が解脱しきった後の清冽な世界であり、草稿や下絵、スケッチには深いナマナマしさが生きているのをヒシヒシと感じる。

本画は花がたみ、楊貴妃、唐美人といった定番に、名都美術館から「紅葉可里図」、京都学校歴史博物館から「静御前」などが来ている。

紅葉可里は「娘深雪」の同工異曲のような風情がある。
ふっくら頬の深雪が幕から顔を出す。

静御前は屏風の三扇目で、ほかの作家たちの絵と並ぶ。
ウサギと亀、竹に雀、菅公、山水図、など。
静御前は白拍子の姿で端座している。背景には何もない。
京にいた時分ではなく、鎌倉の鶴岡八幡宮での出の直前だと思われる。
非常に静かな、しかし強いものが心の底に漂う。

暮秋 狂女が笹を持ってふらふらと歩む姿を描く。やや腰折れのような体つき。
これは能の「百万」。我が子を捜し求める狂女の姿を描く。
「班女」はわが子の死と直面するが、「百万」は生ける我が子との再会がある。
中世において、笹を持つ女というのは狂女またはそれを装う女である。
笹じたいに聖性あるいは神性が具わるのは、恵比寿を祭る「えべっさん」祭りでもわかる。しかし一方でこうした狂女にも笹は手放せぬアイテムになる。

背景に特に何も描かないことで、侘びしさが際だってくる。わたしは松園さんのこうした作品が実はとても好きなのだ。


松篁さんの展示のうち、鴛鴦が出ていたのも楽しい。そう、この絵には鴛鴦だけでなく、雁も混ざってるのでした。

葛 銀潜紙に描かれている。晩年の松篁さんは金潜紙や銀潜紙を好み、そこにさらさらと可愛い小品を描いた。
元気だった頃の大作もいいが、晩年のこうした作品には、心の遊びが見いだせて、とても快い。

そして淳之さんのシギ。わたしは淳之さんの描くシギが一番可愛いと思っている。

下絵、スケッチ、草稿のよいものをこんなにも見せてもらえ、とても嬉しかった。
10/14まで。

大和文華館 水墨画名品展

大和文華館「水墨画名品展」を見た。
今回は特別展と言うことで、館蔵品の他に九州国立博物館から名品が出張してきている。
ありがとう。nec595.jpg


さて、例によって好き勝手な感想を挙げてゆこう。
(本当にこのブログほど学術やそれに宣伝から遠く離れたものはないですなあ)
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雪中帰牧図(右幅) 李迪 南宋時代   「十牛図」の帰牛に当たるらしい。牧童が寒いのかして体を小さくしながら、キジだかなんだかを牛の鼻上に吊りあげるようにしながらのこのこのこのこ…丁度今、木を超えたところ。家までまだちょっとある。
牛はもう帰る気満々で足の上げ方も軽やか。ちょっとばかり顔も上げている。
関係ないが、牛はうつむくと走り出す性質があるので、こうして上向きの方がキモチが鎮まるらしい。

秋塘図 伝趙令穣 北宋時代  菱田春草の「晩秋図」と並べることで、春草がこの絵に影響を受けたというのがわかる。
薄明るさの残る空、点のようなカラスたちが舞う森の空。
秋のわびしさは、元の絵よりも春草の絵の方が深く伝わってくる。

山水図 程△ 順治14年(1657) この絵が作られた経緯や年がわかるのは賛から。コレクターの人の家で酔っぱらって機嫌よく描いたとか。
,,, ,,, ,,, な木々の表現。園田湖城旧蔵作品。

山水図 方士庶 雍正6年(1728) 前に見た記憶がない。違うページなら記憶があるかもしれないが。淡く幻想的な絵。二枚見える。
1は高い山の上、そこは平地になっていて、多くの人がいる。そこへ至るには螺旋状の山道を行くしかない。
1は木のある川辺の情景。小さな亭がある。
二枚共にシュールな絵。ちょっと不思議な面白さがある。

墨菜図 栖巌鳳臣賛 清朝 ハクサイだっ!!うーん、ハクサイ。故宮の玉で作られたハクサイ思い出した。

葡萄図 李継祜 朝鮮中期 朝鮮らしい葡萄。ここに収蔵されているラデンの箱を思い出す。
この絵には宗達の「桜図」が並んでいて、枝ぶりのよさが葡萄のそれを思い出させるようになっている。

十五鬼神図巻 鎌倉時代 嬰児・幼児を害する15の鬼神にとりつかれた嬰児らの様子を描く。丸々した赤子ら。中には優しそうな女に抱かれる子もいる。いろいろな動きや表情を見せる、赤子オンパレード。

羅漢図 眉間寺旧蔵 鎌倉後期 三幅のうち、一枚がたいへんよかった。大巻き貝の上に立つ、きれいな僧形の羅漢。見返り姿。どや顔なのも面白い。

白衣観音図 鏡堂覚円賛 九博蔵 鎌倉後期 右下に竜王キターーーッ この観音は白衣観音の定型とは異なる様相で、冠もかむる。古様ということか。

白衣観音図 愚渓右慧 南北朝後期 こちらは既に定型化した白衣観音図。楊柳観音でもある姿。

竹雀図 可翁 南北朝 墨の濃淡が距離感や風の動きを表現する。岩の上の一羽の雀がそんな動きを見上げている。
とても可愛い。1378900429511.jpg


周茂叔愛蓮図 狩野正信 九博蔵 室町 周茂叔が池に出る。花が見えぬくらい葉がいっぱい。静かな世界。
蓮池に小舟を出して蓮を観賞する、その時どうしてか音が聞こえなくなる。櫂の音も水音も消え、風に揺らぐ蓮の花の音も消える。
この絵にはその静けさが描かれている。

叭叭鳥図 伝・狩野源七郎 江戸初期 三羽の鳥たち。言い合いする二羽とそれを じぃっ と見る一羽。なにか叭叭鳥の人間関係が面白い。

大和文華館の人気者・呂洞賓が出たーー。
実は彼よりその足下の竜がいいんだけどね。

鱈図 応挙 こっちもでたーーーっ!ナマナマしい力強さがあることから、席画会で描いたものかもしれない。

殿様蛙行列図屏風 渡辺南岳 わりと大きな絵で、だから蛙たちもみんな大きい。
わたしはこの絵を見るといつも宮沢賢治「カイロ団長」を思い出すのだった。

まだまだ残暑の残る日々。
そんなときにこの水墨画はすゞやかで気持ちのよい展覧会だった。10/6まで。

入江泰吉の文楽 / ミスターウェットイリエ

入江泰吉記念奈良市写真美術館へ二つの企画展を見に行った。
一は「ミスターウェットイリエ」。
一は「入江泰吉の文楽」。
わたしは「入江泰吉の文楽」写真を目当てに出かけた。
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破石町(ワリイシ町)のバス停から住宅街の道を歩く。
道幅は広いから切迫感はなく、遠くに若草山も見えるので、気分はいい。しかも所々に「廃都」の風情がある。
築地塀、スクラッチタイルを使った塀、煉瓦塀・・・
しかも大きなクロアゲハまで現れたから、いよいよ気持ちは日常から離脱する。
歩きすぎて新薬師寺を越えた。このまままっすぐ歩けば白毫寺にたどりついてしまう。
鏡神社の裏手へ曲がり、白い美術館へ入った。

先に文楽写真の展示がある。
入江先生は昭和14年から大阪の鰻谷で写真店を開業し、近所の四ツ橋の文楽座へ通っては、当時の名人たちのいた舞台を余すところなく映し出した。
当時は人形遣いに名人吉田文五郎・吉田栄三を筆頭に、二代目桐竹紋十郎らがいて、太夫も豊竹古靫太夫時代の後の山城少掾がいた時代。
いわゆる文楽の黄金期である。

このあたりの名人のことなどは、愛読する八世三津五郎と武智鉄二の対談集「芸十夜」などから学んだが、熱心に読みふけったからか、見てもいないのに、実際の舞台を見知っているような錯覚がある。
だから入江先生の撮られた作品のうち、文五郎らがいる風景を見ると、「イゃ、懐かしワ」と勝手なノスタルジーに溺れるのだった。

文楽の写真については現代はともかく、戦前のことでいうならやはりこの入江先生と、それから土門拳がすぐに思い浮かぶ。
ただし土門拳は文楽写真も一つの分野・一つの興味の対象でしかなかったが、入江先生は空襲がなかったなら、奈良に帰ることなく(従って「ミスターウェットイリエ」になることなく、奈良の天然の美を世に知らしめることなく)、そのまま文楽写真の第一人者として、長生きしたに違いない。

昭和20年の大阪大空襲で入江家も被災するが、奥さんが持ち出せたのが「文楽写真」のフィルムだった。
それがために昔の名人の舞台の片鱗が、今の世にも伝わったのである。
非常に貴重な写真である。
1980年代の大判全集の刊行の際に、第六巻としてその文楽写真が世に出ているが、あいにくわたしはその本を見ていない。

さて、展示室へ入る。
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いきなり現れたのが、四谷怪談のお岩さんのお顔である。それも<弩アップ>。
怖かった。
本当に怖い。こういうお顔はモノクロのほうが圧倒的に怖い。
ああ、死後に日本最大級の怨霊になるのも、現世で祟りを顕わすのも当然だと納得させられる怖さがあった。

戦前のモノクロ写真は黒と白の色の諧調を操作し、時にはセピアにもし、ハレーションをわざと起こさせもする。
どこまでが意図的なものなのかは知らないが、ここにあるのは確かに「入江泰吉の文楽」写真であった。

「娘」と題された写真がある。開いた床本の上に娘のカシラが ぽんっ と置かれている。
字はあいにく読めるほどの距離ではないので、なんの芝居かはわからない。
娘も頬に文字を当てながら、黙って目を見開いている。

首部屋にて  セピアに近い色調で統一されている。さまざまな表情の人形のカシラがある。人形のカシラというより生首のようにも見える。そんなナマナマしさがある。しかしある種の抑制がかかってもいる。だが、人形たちは表情を顔に貼り付かせたまま、虚空を見つめている。

ツメ  ぼぉ とした顔つきの首が四つ。他に足が何本か。そんなものが座布団の上にある。
「ツメ」人形というのは道化た顔の人形のことなのだろうか。
わたしはまだそこまで用語に詳しくはない。

床山部屋にて  見上げると無数の人形たちがこちらを見下ろしている。息の詰まるような空間。そこに座して、人形の髪を結いつける。・・・思えば怖い仕事だ。

二つの向かい合った壁面に、人形たちのカシラのアップ写真ばかりが並べられている。
大勢の人の肖像画のように。
そしてその集まり自体はアソートでもある。おいしくあじわう。

化け、八汐の横顔、ドモ又、景清の横顔がある。
景清は盲目でありながらもこちらを横目で見ているような顔つきである。
両面(化け物)の女、累の怖い顔、木の葉天狗の横顔、その大きな鼻。
セピア色のお岩、顔を上げた累、亀笹のいやな顔つき。
「梨割」の道化た半分割れた顔、余裕ある笑いを浮かべる般若。

人形たちの顔のあっぷには、深い表情がある。
何か言いたいことを内に秘めたままの口元・目元。

阿古屋の大きな目、静御前の意志的な口元、お染の傾げた首、力強い弁慶。

次からは少しロングの写真が出てきた。
主に舞台写真である。

絵本太閤記 尼崎の段(太十) 松の幹に手を当てる武智の全身像。物語が動き出す前の静寂。

鷺娘を使う二代目桐竹紋十郎。柳の下で傘を差して歩いてきた娘の姿。

川連法眼館での静御前(二代目紋十郎)、本型の手鏡を開いて髪の乱れを整えている。
また、後ろを振り返る静もいる。

俊寛が木の杖に取りすがりながら姿を現す。黒衣の栄三がいる。背後には波の幕。

四ツ橋文楽座の時代。豊竹古靫太夫と鶴沢清六がいる。

太十 舞台を横から撮る。光秀は吉田文五郎。

妹背山 お三輪と文五郎nec591.jpg


新口村 梅川を文五郎、忠兵衛を桐竹亀松。並ぶ二人と、忠兵衛に取りすがる梅川の後ろ姿という二枚の写真。

古靫太夫と清六 紋は帆舟。この二人を見ると、どうしてもその後の決別を思う。そして三津五郎と武智の対談を思い出す。彼らは口を揃えて、清六の決断を失敗だと談じていた。有吉佐和子「一の糸」では清六が可哀想に思われるが、やはり芸道に生きるものは目標を見誤るとアカンのだなあ。

一力茶屋 お軽が踏み出す。お大尽は何を見てはんねやろ、と。その姿を下からとらえる。
続き、口元を懐紙で押さえるお軽。紋十郎のお軽。

伊勢音頭 古市・油屋の段  貢が刀を下げて現れるのを横からとらえる。貢は文五郎。殺気がにじんでいる。

戻り橋 @@@な雲の上に鬼女が立ち上がる。紋十郎の鬼女。ぐっ と力が入る。

楠昔噺 徳太郎住家の段 宇都宮公綱が外から室内の楠政成を槍で突く。それを押さえる楠公。
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妹背山 山の段 雛鳥が柱にまきつく。もう終わりなのだ。きりっとした娘。紋十郎。

道行初音旅 機嫌のよい静御前(文五郎)とうつむき加減の源九郎狐(栄三)。
旅立ちの始まりと、二人の顔のアップと。

酒屋 お園が筒状の行灯にもたれて、じぃっ と何か思う。きれいな顔。それを見おろすように文五郎がいる。
お園の哀しみを黙って見守るように。
おこがましいことを書くが、この写真のお園の顔に、わたしは自分を、何かの折りの自分の顔を見たように思う。

太十 蓑はつけたままだが笠を取った武智光秀。ばーんっ と登場。

寺子屋 松王丸と栄三。栄三の顔がハレーションを起こしたかのようだ。ああ、苦悩する松王丸に若さを感じた。

冥途の飛脚 淡路町の段 栄三の忠兵衛。橋の前に佇む忠兵衛、羽織が落ちそう。魂抜けてうかうかとぼとぼ。

壷坂霊験記 山の段 沢市が手を合わせている。今から飛び降りようというところ。栄三の沢市。この決死のダイビングが観音菩薩の慈悲心を呼び起こし、沢市の両目は開くのだが、ここまでは絶望に支配されている。

長町裏の段 栄三の団七が、井戸に足をかけている。今から水を浴びて返り血を洗うところか。刀はまだ下げている。ああ、長くざんばらになった髪が刺青の肌を覆おうとする。

吉田屋 セピア色の写真。栄三の夕霧の後ろ姿。豪華な打ち掛け。

酒屋 お園が手紙を読む。文五郎もまた。

沢市内の段 お里が着物を縫うている。とても優しそう。
人形にも表情がある。このお里を遣う文五郎や栄三らが人形に命を吹き込むのだ。

弁慶と栄三 nec591-1.jpg


床に設置されてるガラスケースの中には「作品用密着プリント ベタ焼き」というミニ写真が用紙一枚につき30点ずつ6枚あった。そこには入江先生の文字でトリミングや色の指定などが書き込まれている。
作品チョイスのための選別表だった。すごいなあ。
畳に倒れる人形、泣いているようにも見えた。
どれもいい写真に見えるのだが、それでも入江先生のチョイスされたものが大写しになっているのをみると、やはり先生の目の鋭さというものを感じずにはいられない。

「最良の選択をするためには、数え切れぬほどの犠牲を払うしかないのだ。」
わたしはこれらの資料から、そのことを強く思い知らされた。

最後に一枚。nec594.jpg
梅川と忠兵衛。逃れの旅路の二人。もう先はない二人を白い闇が包む。

9/29まで。

大倉コレクションの精華2 近代日本画名品選

毎夏の楽しみ・ホテルオークラの「アートコレクション」展を見た後、大倉集古館へ入る。
今期は「近代日本画名品選」として大倉コレクションの中から選ばれた日本画が現れていた。
また、サイトには本当にありがたいことにエクセル形式でのリストが展開されている。
機嫌よく見て歩いた。
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今回は昭和5年のローマ展に出品された作品が多くをしめ、その関連の写真や資料なども展示されていた。
先にローマ展とは無縁なものから。

月下鳴機 松尾晃華(1893-1983)大正15(1926)年  もぁ~とした空気の中、機織りの女が一人いる。月下に布といえば多くは砧打ちを思うが、機織りも月下で行ってもいいかもしれない。見えているかどうかはわからないが。

山の湯 児玉素光(1890-1966)大正15(1926)年  緑がふぁーっと全体に広がる。空気も気持ちいい。長い回廊が続く、屋根があるので濡れないが、山の湿気は袂にも裾にもくるだろう。湯気が上がる。ああ、気持ちよさそう。

万里長城図巻 田能村直入(1814-1907) 明治時代  二年ぶりくらいか。巻頭には鉄斎のカクカクした文字が連なる。日本が中国に進出した時代、万里の長城は先人らの書画で見たものではなく、現実に見ることがかなう存在になった。
とはいえ直入が直接見たということではないが。墨絵で描かれた建物の力強さ。長大な回廊と壁面と。すばらしい。

恵比寿の切貼と鶴彦翁狂歌 北沢楽天(1876-1955)大倉喜八郎(1837-1928)  大正15(1926)年  さすが漫画家・楽天は大倉喜八郎そっくりのえべっさんを描く。鶴彦は喜八郎の名で、出身地の新発田藩は狂歌が盛んな土地柄。喜八郎の読んだ狂歌が添えられる。
玉たすき掛けて働く恵比寿との 赤めの外に幸も釣り針

鶴乃とも 大倉喜八郎刊 大正5(1916)年  功成り名遂げ大富豪となったあとは、文化教養を身につけねばならない。喜八郎は70歳から独学で光悦風な書を学び取り、とうとう喜寿の時には各界人の書を臨書したとか。七揃えで、徳川慶喜、井上馨、山形有朋、そして三井、岩崎、安田ら財閥当主、益田孝(鈍翁)、幸田露伴、孫文…かれらの書を臨書してそれを「鶴の友」にした、自分プレゼント。とてもいいことだ。

次からはローマ展に出品されたものなど関連作品。


乾漆飾壺 赤塚自得(1871-1936)昭和5(1930)年  芋頭のような形にも見えるが、首のところのシンプルな装飾がいい。

不動尊 下村観山(1873-1930)大正14(1925)年  紺地に金線の不動と二人の侍童。コンガラもセイタカもロン毛で、なにやら思案中。セイタカがなかなか可愛い。

秋山懸瀑 川合玉堂(1873-1957)昭和4(1929)年  いかにも玉堂の世界なんだが、それにしてはちょっと古い雰囲気もある。これはわざとなのだろうか。

晩秋 荒木十畝(1872-1944)昭和4(1929)年  薄い松、蔦紅葉、下にも桔梗。鶉たちがいる。十畝の静かな秋の野。彼の作品も今では野間記念館くらいでしか見れないが、こうしていいのを見れて嬉しい。

夜桜 横山大観(1868-1958)昭和4(1929)年  ローマで大人気だったそうな。左の月がきらめく。思えばこの絵は特別大事にされて、なかなか表に出ない時期もあった。
あるとき、わたしがほかの企画展を見に来た時、普段美術館には来ないような親子さんが受付で、「夜桜が見たくて来たのに!」と大いに嘆いてたなあ。出る時期がどうのと受付が説明してたけど、通るかどうか。ちょっとアララな情景を思い出す。

洞窟の頼朝 前田青邨(1885-1977) 昭和4(1929)年  今や重文の名作。頼朝一行の息をのむ緊迫感を上品に描く。改めて絵の前に立つと、その大きさにこちらもドキドキする。つまり自分もまたこの洞窟にいる気分になったり、逆に捕り手の心持になったり。
それにしても頼朝以下、みんな口が大きいな。おや、数珠持ってる!!

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梅雨明け 大智勝観(1882-1958)昭和4(1929)年 みずみずしい。竹。細筍。笹。小さい白い花。ツタ。杉。
とてもフレッシュ。大智の絵を意識して最初に見たのは、韓国の国立博物館に秘蔵されていた近代日本画コレクション展だったか。そこで見た絵もとても爽やかだった。

木瓜 山口蓬春(1893-1971)昭和4(1929)年 白い水色が浮いた花。きれい。

ローマ日本美術展ポスター 横山大観(1868-1958)昭和5(1930)年 このポスターも一目で大観だとわかるもの。富士山。

ローマ展でのスナップ写真がいろいろあり、大観の真正面からのショットがあった。
壮士風な大観。随分やせている。とはいえこの人は少々の体調不良は日本酒飲んで治してしまうのだが。

ああ、ピッティ宮殿に再現される日本間。床の間に違い棚。仕事はもちろん手勢の大倉組。
揃いの半纏がかっこいい!!白抜きの花菖蒲。

さやえんどう 並木瑞穂(1903-?)大正15(1926)年 まっすぐ丈高く長く、白い花。なんとなく今風な絵。

奔潭 川合玉堂(1873-1957)昭和4(1929)年 タイトルそのままに力強い水の流れ。

春耕 筆谷等観(1875-1950)昭和4(1929)年 薄暗いなか、働く人がいる。こっちにいる牛が可愛い。
この人の絵も今は殆ど見ることは出来ない。

木菟図 小林古径(1883-1957) 昭和4(1929)年 薄紅梅に耳の立つミミズク。いいなあ。眠そうな目が可愛い。

鯉魚 速水御舟(1894-1935)昭和4(1929)年 鯉の上に白ツツジか一群。
このローマ展の後、御舟はそのまま各地を歩いていって、そのときのスケッチが山種美術館にあり、随分アメリカン・アートぽいなあと思ったものだった。
この絵にしてもそのスケッチにしても、御舟は元気そうで、絵には死の影はなかった。

淀の水車 宇田荻邨(1896-1980) 大正15(1926)年 出ました、淀に水車の取り合わせ。鷺も二羽いる。むしろこういう絵を見ないと「あれ、荻邨どうしたの」と思ったりもする。

桂川の秋 穴山勝堂(1890-1971)昭和4(1929)年 てっきり京都かと思えば山梨の山中らしい。カラフル。そう、本来の日本の秋はとてもカラフルなはず。

最後に溌剌とした立ち姿二つを見る。
放生司 佐々木尚文(1890-1970) 昭和4(1929)年 桜の下、凛々しく佇む鷹匠。

豊穣 酒井三良(1897-1969)昭和4(1929)年 懸命に働き秋にその成果を得る。

いい気持ちで近代日本画を楽しんで、階段を守る丸いアタマの唐獅子ちゃんたちを撫でて回って大倉集古館を出る。
9/29まで。
なお、多少の展示換えがあるので、今だと「夜桜」は見れないが、鏑木清方の「七夕」、伊東深水「小雨」がある。

「浮世絵 珠玉の斎藤コレクション」第三期目

三菱一号館美術館で「浮世絵 珠玉の斎藤コレクション」第三期目「うつりゆく江戸から東京 ジャーナリスティック、ノスタルジックな視線」を見てきた。
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江戸から東京へ移り変わる時期、まさにそのリアルな時代に生きて、深い喪失感とせつない懐古の念を、後々までも伝えた人々がいる。
やはりそれはお江戸住まいの人々である。
大坂はもともと武家社会ではないので、社会システムが違う。
京は天子様が出て行かれ、衰退したことの反動による近代化推進がある。
そのほかの地域はまた状況が違うが、この時代は「東京」と「横浜」と「京都」そして「北海道」がやはり興味深い。
彰義隊崩れの若者が蝦夷へ逃れ、後に子母澤寛と三岸好太郎の祖父となり、明治11年に「東京」の下町に生まれた坊やは、のちに江戸と明治の東京を愛着こめて描き続ける、美人画と随筆の大家・鏑木清方になった。
清方の著書「明治の東京」などはタイトルから既にその想いを示しているが、子母澤寛の描く江戸の人々への愛情も、江戸っ子の祖父を持ったことからの心持だったと思う。

さてその幕末から明治初頭の浮世絵が集まっているというので喜んで見に行った。
とはいうものの、北斎、歌麿、国芳、英泉、初代広重らお江戸の時代を生きた絵師たちの作品から展示は始まる。

天明や寛政頃までの江戸は幕末とは言えまいが、長命の北斎は嘉永二年まで生きた。
あともう少し目を開けていれば、黒船も見れたが惜しいことをした。
北斎なら明治の世も面白く描いたろう。

しかし国芳はやっぱり江戸の繁栄と斜陽をヒシヒシと感じる中で目を閉じてよかったと思う。弟子の芳年や芳幾らが明治に生きたのはけっこうだが、彼の体質はやっぱり江戸だと思う。東京ではないのだ。

……と、そんなことを思いながら歩く。
若い頃の北斎の両国花火図、歌麿の浮絵の増上寺、昇亭北寿の愛宕山風景には男坂・女坂どちらも描かれている。
ああ、江戸の夕映えを感じる。

そしてヴァロットンのモノクロの『入浴』が現れることで、違和感という名の引き締めが生まれる。市松模様の床がかっこいい。

広重とわたしが書くときは初代。二代目三代目は名の前に代数を書く。
東都名所シリーズがある。
日本橋雪中  夜の雪、傘をさす人々が行き交う。
吉原仲之町夜桜 角の店の上に満月が上がり、桜の影が見える。

真崎雪晴之図  稲荷のところかな、鳥居が見えるよ。私にとって真崎稲荷は「剣客商売」秋山大次郎の住まいのある場所なのでした。

時代小説に親しんでいるものにとって、浮世絵に描かれる場所は「ここは誰某の住まいの近く」「ここで誰某と何某とが決闘した」「ここで誰某が△△藩の留守居役と落ち合った」とか、そんな連想が湧き出す力を持っている。

東海道五十三次もいいが、広重の東都名所・江戸百景はまた格別だと思う。

その江戸百のうち、ゴッホも模写した「亀戸梅屋舗」が暖炉の上に飾られていた。
そしてその隣の壁にはロートレックの「ムーランルージュ」が並ぶ。
日本趣味のある外国人の居間に来たような心持ちになる。

そして別な暖炉の上にはヴィクトール・プルヴェ「阿片」がある。芥子の花の上でまどろむ女が描かれている。その上には阿片の精がいる。
19世紀末、英国では一時阿片は万能薬だと見なされていたことがあり、そこに様々な悲喜劇があったという。世界に広がっていた麻薬が見せる夢。

江戸百などを見ていると、いつまでも江戸文化が続くような錯覚がわくが、そうではない。
広重もアッと言う間に目を閉じ、二代目が出てきた。
二代目は本当に風雲急な幕末に活躍し、しかしすぐに三代目が台頭してきた。

三代目広重が活躍する頃はもう明治の東京になっている。
同時代の絵師たちの絵もいわゆる「横浜絵」が多い。

五雲亭貞秀の様々な横浜絵をみる。
万延元年の(ときたらフットボール、と続けたくなる)岩亀楼の絵がある。外国人客が多い。

横浜での交易の様子を偲ばせる絵もある。
横浜の新しい様子はこうして錦絵にもなり、またそれを外国人にも図絵として描かれもする。

開化というものは面白い。
山田風太郎、平岩弓枝らの著作にその頃の情景が活写されている。

四代目国政 東京新吉原仲之街花盛廼図 明治三年 洋風なところもある。
これを見て思い出したが、「たけくらべ」の美登里は新吉原へ行くことになるのだったか。大学の頃、既に美登里は客を取らされたのではないか、とセンセイが言うてたのを思い出す。

孟斎芳虎の明治初頭の東京各地の風景画が面白い。
馬車も人力車もある風景。
駕籠は人力車へ変わったのだ。
歌舞伎の次に新派というものが生まれ、明治のリアルタイムな時代を演じた。
そこでは駕籠ではなく人力車に乗る。
名優・喜多村緑郎は旧幕時代の芝居の後に明治の芝居にでて、ついうっかり「駕籠を」と言い、「いけね人力車(クルマ)だった」とつぶやいてしまったそうだ。

三代目広重も東都各地の風景画がよかった。
高輪海岸鉄道、招魂社、横浜郵便局、鉄道馬車。
これらは明治でないと見れないものばかり。
ところで「明治の東京」に限りない愛着を抱いていた清方は、幼児の頃、この三代目広重夫妻に可愛がられていたそうだ。
そのことについても「こしかたの記」に詳しく書いている。

そして明治の風景と言えばやはり小林清親と井上安治。
正直、三菱にこんなにも清親・安治のコレクションがあるとは思いもしなかった。
コレクター、えらいもんです。
なにしろこの二人を始め、明治の浮世絵を見たいと思えば、がすミュージアムまで出ないと無理だという感じが強い。
今回はだからとても嬉しい。

清親 明治24年1月19日 帝国議事堂炎上の図  今の炎上ではなく、本当の火事。
一目見て「うぉーっ」と言うてしまうくらい、オレンジ色の炎が吹き上がっている。えらいこっちゃがな。

清親 東京新大橋雨中図 雨の描き方が巧い。傘をさす女の後姿。足元を気にして着物を高々と端折っているので、赤い腰巻がのぞく。庶民の暮らしに明治の新しいグッズが入り込んできてはいるが、まだまだ江戸と地続きな暮らしぶりなのである。
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先の絵がジャーナリスティック、後の絵がノスタルジックな絵である。

明治初期の東京を描いた絵の中に深い情緒があるのは、人々が新しいものを受け入れ、それを自分らの中になじませたことで生まれ出たように思う。

清親 九段坂五月夜 雨、水が広がり、滲む提灯の明かり。雨は嫌だが、この絵の中に入り込んでみたい気にもなる。

清親 大川岸一之橋遠景 シルエットで描かれる人力車。月光がそんな影の形を生む。
人力車は俥とも書く。クルマと読む。明治に生まれた新しい漢字。
明治はほかにいくつもの漢字を生み出した。
鞄などがそう。とてもリアルな感触がある。

小倉柳村 湯島之景 男二人が坂の上で立つ夜。何を見るのかは知らない。何も見ず語り合うだけかもしれない。待合のある場所。昔から湯島の辺りは芝居にもなるが、明治の清方の「湯島の白梅」でいよいよ定番になった。
わたしなんぞも 湯島と聞けば思い出す~お蔦主税の心意気~ である。

安治 銀座商店夜景 酒屋さんなのか、ビール瓶と缶づめが大量に並びあげられるのが見える。アセチレンランプの灯りが外へ洩れる。昔の銀座の焦点の景色。

安治 新吉原夜桜の景 新吉原になってからも、桜の時期は婦人にも一般公開。通り抜けOK。淑女たち(!)はバッスルスタイルで跋扈する。
これで思い出すのが、上村一夫「修羅雪姫」。
明治20~30年代の東京を舞台に、怨みを背負って生きる修羅雪の半生を追う物語で、近年は池上遼一が上村の後をついで続編を描いていた。
宿敵を追う中で修羅雪は暗殺家業をこなすのだが、彼女自身もさまざまなコスプレ(!)を見せる。
修羅雪のバッスルスタイルは鹿鳴館で華やかに舞っていた。

それにしても安治は眼を閉じるのが早すぎた。
杉浦日向子「YASUJI東京」…これもいい話だった。

清親 武蔵百景之内 隅田川水神の森  窓の外には入道雲が見える。月琴を立て掛けた部屋。ゆっくりと雨。明治20年頃までが月琴人気の最盛期だった。日清戦争でぱたりと人気がなくなったのだ。

清親 武蔵百景之内 両国花火 小舟にのる女のうなじ。顔を見ずとも「いい女」なのが伝わる。

芳年 全盛四季夏 根津花やしき 大松楼 入浴中の女たち。手にはあかすりのぬか袋がある。

芳年 全盛四季冬 根津花やしき 大松楼 雪ウサギをこしらえて遊ぶ女たち。二重瞼なのは時代の流れか。

根津も江戸の昔は、谷中あたりの僧侶たちの隠れ遊びの場所だったと物の本にもある。
明治の世にもこんな立派な遊郭が残っていたのだ。

明治の東京には本当にいろんな人間がいた。
旧幕時代、歌舞伎で「悪婆」と呼ばれたアクティブな悪女たちも消え、明治の世には「毒婦」と呼ばれる存在が台頭してきた。
夜嵐お絹、花井お梅、そして高橋お傳。
旧幕時代なら彼女らも一枚絵になったろうが、明治の世では新聞に絵入記事で出て、実録ものとして舞台になるばかり。
明治の真ん中になり、日清戦争も終わり、女学生も現れる。葡萄茶袴の女学生が闊歩するのも珍しいものではなくなってくる。

楊州周延の明治美人たちを観る。
黙阿弥の芝居も女学生を描くようになったり、明治から出始めた「指輪」を小道具にするようになる。
そんな時代の美人たち。

「真美人」シリーズがいくつか出ている。
明治30年だからもう20世紀まで数年。
七 猫 にゃ~とした目の女が子猫といる図。幸せそう。
十四 女学生

ああ、明治の新時代を感じる。
思えばこの展覧会はこの三菱一号館というハコで行われて本当によかった。
むろん斎藤コレクションあっての話だが、この明治の新時代を思わせる建物での開催だからこそ、より「明治」の息吹を実感させてもらえたのだ。
ありがとう、三菱一号館。


最後に江戸へ回帰する。
これはまた展示の方法が本当にかっこよかった。
ガラスケースに展示なのは普通なのだが、三幅対ごとにガラスケースを点在させている。
しかもきちんと軸として眺めることが出来るように。
本当に三幅対かどうか知らぬものもあるが、そんなことはどうでもいい。
並べ方が素敵なのだ。それだけでもときめく。

月麿 湯上がり美人 渦巻きに千鳥柄。かっこいい。

国貞 桜下吉原仲之町賑之図 吉原の桜は一般公開されていて、このときは町方の女たちも鑑札なしで見て歩けた。人々のさまざまな表情がある。
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三幅対として並ぶものを見る。
左・中・右という順である。

梅林斎雪山 三味線を持つ芸妓 浪国  膝立ちをする。孔雀柄の着物の女。
初代豊国 花魁立ち姿図 江戸  洗い髪に簪。滝夜叉のようだ。帯は絞り。
鴨川井特 花魁立ち姿図 平安  裾に白い縫い取りのような花柄の黒い着物。かっこいい。

三都それぞれの芸妓や花魁の違いが面白い。

蹄斎北馬の三幅対を見る。
雪下落葉美人図 雪 風が強そう。
月下落雁美人図 月 なにやらかっこいい。
桜下花魁カムロ図 花 かぶりもののカムロも、いた。

魚屋北渓 大原女 黒牛がすりよる。柴を持ち、担ぐ。

英泉 夏姿美人図 眉を落とし、櫛巻の女。甲高なのがいかにも。紗か絽を着ている。

チャールズ・ワーグマン 明治風俗往来図 明治初頭の町行く人々。笛を吹く座頭、子守女、お高祖頭巾の女、駕籠かき、馬・・・

三代目広重 江ノ島湯上がり美人図 宿の廊下から富士山と岩と浪とを見る女の後ろ姿。

ああ、明治以降は女の後ろ姿の美がクローズアップされるようになったのだ。 
そのことを改めて強く知る。

清親 盆踊り シルエットとカラーの人々とを戯画風に。

本当にいいものをたくさん見た。
幕末から明治という<時代>の大きな転換期に生まれた浮世絵たち。
なにかしら明るい心持ちになってきたのを感じる展覧会だった。

9/8まで。

「和様の書」ふたたび

東博の「和様の書」展は細かに展示期間が設定されているので、なかなか全部は見きれないが、それでも1期を見て、そしてだいぶ入れ替わった5期を見たから、かなりの満足がある。
その5期で特に感銘を受けたものを少しばかり挙げたいと思う。


芥子摺下絵和歌巻断簡 本阿弥光悦  金銀の静かに光る芥子と水仙。本当に綺麗。

檜原図屛風 書:近衞信尹、画:長谷川等伯  うっすらと林。かそけさと確かさと。そこへありありと大きな文字。やっぱり三藐院は素晴らしい。

誰袖蒔絵硯箱 室町時代  葦手が活きる。着物に香を焚き染める阿古陀の香炉。素敵。そんな絵があるのだ。

東博所蔵の名品がある。
色絵和歌十体短冊皿 尾形乾山 寛保3年(1743)  81歳の作。晩年に至っても素晴らしい。シックで魅力的。

室町時代の手鏡二つ。どちらもつまみが亀。可愛らしい拵えなのは、持ち主をしのばせる。
菊花双鶴葦手絵鏡
州浜松樹双鶴葦手絵鏡

出光美術館から期間限定で現れたのは「手鑑 見努世友」。
丁度わたしが見たときは時頼、義貞、尊氏あたりの手蹟が貼られたページが出ていた。
以前に出光での展覧会で見たときはただただ凄いもんだと感心するばかりだったが、時間を置いて多少の勉強をして、こうして眺めてみると、胸が高鳴るのを感じる。

陽明文庫からは「大手鑑」が来ていて、わたしは上巻を見た。これは本体のそれもいいのだが、実は家煕の書いた付箋そのものがまず一級の美術品なのだった。

今回、本当に目が開いたのは三跡のうち、行成の手蹟。
とても綺麗だった。字だと思うのをやめてある種の文様だと思いながら眺めてしまうのは邪道かもしれないが、綺麗な紙の上に綺麗な文様がある、そのことにふるえた。

屛風土代 小野道風 延長6年(928) 宮内庁三の丸尚蔵館  <花>の字の横に<葩>の字がある。なにか音楽的なものを感じる。やっぱりうまい。いい字だなあ。

面白かったのは、いつもゴメンナサイなわび状ばかり書いてて(残ってるのもそれがメインだとか)、コマッタちゃんの佐理が文句書いてる書状が出ていたこと。
ふふふ。こういうのは楽しい。

平家納経 安楽行品第十四  おおおおおっ 猫がいてさらに「遊行無畏」とあるやんーーーっ妙に嬉しい。
この意味自体は知らないし、本当はそこにいるのは獅子かもしれんが、楽しい。
文字は他にも二つばかりある。
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お友達からツイッターで教わったが、「遊行するに畏れ無きこと、獅子王(ししおう)(獅子の生態を「王」に擬す)の如く、知恵の光明は日の照らすが如くならん」という言葉を絵画化したものらしい。
獅子座の遊行サンとしては、今度からこの言葉を旗印にしたいもんです、はい。←それこそオソレ大祝い、いや多いわい。

東博所蔵の扇面法華経冊子が出ていた。
いちゃいちゃするカップル絵。いいねー。
わたしはこのシリーズは好きですな。前に四天王寺宝物館でみたのは庶民のイキイキした姿だったかな。
平安時代の法華経の人気ぶりはとても好き。
ちなみに言うと、我が家はフツーの法華宗。

前期同様「竹生島経」はタンポポなどが可愛く飾られている。そんな紙の上に文字がすべる。

宝篋印陀羅尼経 平安時代 大阪・金剛寺  まず薄い金色で固い文字が書かれた上に、墨でさらさらと仮名が書かれる。絵もあり、三重の景色が広がっている。

源兼行の和漢朗詠集2つ。
関戸本(文化庁)と雲紙本の宮内庁三の丸尚蔵館と。
どちらも同じところが開かれている。丞相、将軍、妓女、遊女…述懐。いい感じのリズム。

粘葉本和漢朗詠集 伝藤原行成 宮内庁三の丸尚蔵館 上もよかったが下もいい。「鶴」の字のきりっとしたところが素敵。

十巻本歌合 巻第六 伝宗尊親王 陽明文庫  これはまた可愛い仮名。全然似ていないが、作家の宇野千代がお友達に出した手紙はどれも可愛くて親しみやすいものだが、それに通じる親しい愛らしさがある。

本願寺本三十六人家集 順集:藤原定信  一文のトップとシメとだけ、濃く書いている。それにしてもキラキラ~~

後三年合戦絵巻 巻下 詞書:世尊寺行忠1巻(3巻のうち)貞和3年(1347)  やや大きい文字。金がきらきら。砂金豪族~そんなのが出る話だからか。

惜しいことに図録にも少しだけしか姿を見せてくれなかった光悦の「四季草花下絵和歌巻」に替わって、同じく光悦の「赤壁賦」が出ている。
まだあの美貌が目に残っているが、気分を変えて赤壁。
ところどころに非常に好ましい文字がある。全体でどうのと言うことが言えない。
<東方>、<逝>、こんな字が絶品。隙間の取り方がやはりいい。ややうすい字。

再び信尹♪ 三十六歌仙帖 これは5期までだったので、二回見れたわけです。イヤ~やっぱりすごーく好きです。
わたしはある程度大きな元気のある文字が好きなんですよ。大胆な書。素晴らしい!!!

田舎絵巻 烏丸光広  働く人々の姿をとらえる。四季耕作図の範疇に入るのかな。

今は最終週8期め。訪ねることの出来るひとがうらやましくなる展覧会だった。

9月の予定と前月の記録

早くも9月ですね。
まだまだ残暑な日々が続くけれど、なんとか乗り切りましょう~

9月に行きたいところです。

アンリ・ルソーから始まる素朴派とアウトサイダーズの世界  世田谷美術館9/14~11/10
伊万里染付の美―「図変り」大皿の世界― 泉屋分館9/14~12/8
ウィリアム・モリス  府中市美術館9/14~12/1
クローズアップ工芸 東京国立近代美術館工芸館9/14~12/8
ムットーニワールド からくりシアターⅢ 八王子市夢美術館9/13~11/10
Drinking Glass―酒器のある情景 サントリー美術館9/11~11/10
杉本美術館所蔵『新・平家物語』挿絵展 青梅市立美術館9/7~10/27
フィレンツェ ピッティ宮近代美術館コレクション トスカーナと近代絵画 もうひとつのルネサンス  損保ジャパン9/7~11/10
文学の彩り 山本有三作品の挿絵と装幀 三鷹市山本有三記念館9/7~2/23
モローとルオー 聖なるものの継承と変容 汐留ミュージアム9/7~12/10
ミケランジェロ展 天才の軌跡  国立西洋美術館9/6~11/17
国宝 興福寺仏頭展 東京藝術大学美術館9/3~11/24
竹内栖鳳展 近代日本画の巨人 東京国立近代美術館9/3~10/14
歌川広重「月に雁」―花鳥風月の美  浮世絵太田記念美術館~9/26
館蔵品展 狩野派SAIKO!~再興!最高!再考?狩野派再点検~ 板橋区立美術館~9/29
四季礼讃展 ~水のながれ~ 野間記念館~10/20
岩合光昭 写真展 ネコライオン 東京都写真美術館~10/20
速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち― 山種美術館~10/14
涼をもとめて 畠山即翁の朝茶事 畠山記念館~9/16
花妖~岡本太郎の挿し絵 坂口安吾の小説「花妖」の挿絵 岡本太郎記念館~11/24
サンダーバード博 ~世紀の特撮が描くボクらの未来~ 日本科学未来館~9/23
子どもたちの夢を描いたアーティスト 小松崎茂展 東京富士美術館~9/29
竹久夢二 乙女のためのデザインワーク ―大正のレトロ&かわいいを発見!―
三島由紀夫の最後の装幀画家 村上芳正展 -「家畜人ヤプー」原画を中心に…幻想耽美の世界-  弥生美術館~9/29
中村不折コレクション江戸ワールド 池大雅、良寛、小林一茶、伊藤若冲、渡辺崋山 書道博物館~9/25
カラーハンティング展 色からはじめるデザイン 21_21 DESIGN SIGHT~10/6
賢治+司修 注文の多い展覧会 神奈川近代文学館~9/29
ふみのかたち―金沢文庫コレクションⅡ― 金沢文庫~10/6
『キングの塔』誕生!奈川県庁本庁舎とかながわの近代化遺産 神奈川県立歴史博物館~9/16
関東大震災と横浜 -廃墟から復興まで-横浜都市発展記念館~10/14

こちらは関西。まだ9月は暑いから本格的なのは来月から。

極楽への誘い 練り供養をめぐる美術 龍谷ミュージアム9/7~10/20
京都・美のタイムカプセル 京都文化博物館9/12~12/1
皇室のボンボニエール ご慶事を彩る菓子器 細見美術館~10/6
岩合光昭写真展 ねこ歩き 大丸心斎橋・北館9/11~9/30
堺ゆかりの作家たち―日本画・竹工芸の粋― 堺市博物館9/10~10/20
北魏 石造仏教彫刻の展開 大阪市立美術館9/7~10/20
白檮廬コレクション-中国古陶磁清玩 東洋陶磁美術館~11/4
貴婦人と一角獣 国立国際美術館~10/20
CLUB 110 YEARSポスター グラフィックス展 クラブコスメ文化資料室9/2~10/31
美(うるわ)しき日本 藤田美術館9/14~12/8
宮廷画家ルドゥーテ 花の美学展 なんば髙島屋~9/9
暮らしと美術と髙島屋展 なんば髙島屋9/18~9/30
水墨画名品展 大和文華館~10/6
「女性たちの物語」~松園のモデルとなった才女たち~ 松伯美術館~10/14
ミスター・ウエット・イリエ 入江泰吉記念奈良市写真美術館~9/29
2013 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 西宮市大谷記念美術館~9/23
武家の装い 香雪美術館 ~9/16
橋本関雪展 豪腕画人 関雪登場 兵庫県立美術館9/14~10/20

追加:「ヴィクトリア時代の室内装飾女性たちのユートピア」LIXILギャラリー(大阪)大阪市北区大深町4-20 グランフロント大阪タワーA12階~11/19
INAXギャラリー時代から三度目の引っ越しですね。

それから9/21~9/23信州に行きます。
久しぶりに田中本家に行きたい。
豪商の花嫁 伝来の婚礼衣裳 田中本家9/1~12/2

四つの常設展示を見る。

本当は昨日の土曜が月末なので挙げてもよかったのだが、夏休み最後の休みなので、やっぱり今日にしたくなった。
首都圏でみたあちこちのミュージアムの常設展示でよかったものをピックアップします。

まずトーハクから。ただしこれは8/18までのだから、今はもう違うのになってます。

宗達 うさぎ 可愛い横顔ですな。IMGP1879.jpg

雁や牛やわんこにうさぎ。宗達のどうぶつは豊かな表現。IMGP1880.jpg


是真 雪中の鷲 コワモテ。IMGP1875.jpg

逃げた獲物は大きい。ドボーーーンッIMGP1876.jpg

佐竹本の壬生さん。IMGP1877.jpg

歌は「こいすてふ」かな、忘れた。IMGP1878.jpg


寛文小袖 もうほんと、こういうのが好き。IMGP1881_201308301648562dc.jpg

ほかにも夏らしい着物。IMGP1882.jpg

ええ建物。IMGP1883.jpg


次は埼玉近美のコレクション2。こちらは9/1まで。

斎藤豊作 フランス風景2 オレンジの家とピンクの道とが、筆痕も著しく描かれている。

シャガール 二つの花束 これは頭の上に花瓶置いてる男が手前にいる、という面白い構図のもの。絵画としても面白いが、これが映像ならと思うと、すごいカメラワークになる。

高田誠の特集があった。
奥さんと仲がよかったのを感じるエピソードや、師匠の安井曽太郎に可愛がられたこと、そしてその安井の影響下から抜け出ようと必死であがき、ついに点描の世界を見出したことなどが書かれている。
確かに若い頃の作風は師匠の作風を継いでいる。
'70年代からは牧歌的な作品が多い。

春光 ちょっとばかり書き割りみたいだが、それがおおらかな描きっぷりから来たものだというのは感じる。

現代アートの工芸をみる。
木村直道 ズイズイズッコロバシ '65~67年 金属(廃物のアッサンブラージュ) ムカデのオバケみたいで可愛い。極端なことをいえば、アートだと思うからわけがわからないのだが、ゆるキャラみたいなものだと思えば、こいつ、なかなか可愛く見えるのだった。


横浜美術館の常設をみる。
今期は様々な個人コレクションを集めている。

大仏次郎コレクションからは「ドレフュス事件」関連のものや、フランスのエスプリを感じさせる版画が出ていた。 
ポール・ルヌアール 動き、仕草、感情  ねこ、いいよなあ。
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あら、タイトル忘れたわ。IMGP1896_20130830164633980.jpg

わんこもいる。IMGP1897.jpg

靫彦 紅花・青花 IMGP1898.jpg
赤い花が染付けの鉢に生けられた情景をタイトルにすると、こうなる。


梶田半古 源氏物語屏風 挿絵などもよく描いた画家だけに、文芸性と情趣が豊か。
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こんな構図の女三宮なんてほかに知らない。これは自分から外を見たくなった少女の姿。
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フランスかイギリスのことわざを思い出す。
「好奇心は猫をも殺す」
少女の好奇心は猫に導かれ、やがて身の破滅を招ぶ。

これは誰かな。IMGP1899.jpg


北野恒富 ねっとり美人。IMGP1904.jpg
梅か桃の精かもしれないが、艶めかしい。
浪花の悪魔派か・・・IMGP1905.jpg

荒井寛方の稚児文殊IMGP1903.jpg
けっこう勇ましい。

たまには静かに竹の音色を聴こう。IMGP1906.jpg

宮川香山のやきものもいろいろ。
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うさぎが可愛い。今でも売ってそう。IMGP1911.jpg



横須賀美術館の所蔵品二期の前期も9/1まで。

萬鉄五郎 ガス灯 1913 表現主義な絵。カリガリ博士などの時代。百年前、かっこいい。

中村不折 道 1912 爺が裸でドクロ見ている。雰囲気的に耶蘇教の聖人伝説風なのだが、不折だから中国または古代日本から材を得たのかもしれない。

朝井閑右衛門 ロビーにて ぱっと見て、軽井沢の三笠ホテルのサンルームの喫茶室のようだと思った。おしゃれ。楽しげな雰囲気が、話し声が聞こえてくるようだ。
戦前のある日の午後。

中川紀元 カフェ 1920 いやな感じの悪い女がいる。

長谷川利行 女 1937 ああもう・・・白に青に。なにか胸がかきむしられるようなせつなさがある。

松本竣介 お濠端 1940 青緑がとても綺麗。厭な時代であっても、絵はこうして綺麗なのだ。

三岸節子 室内 1941 この時代までの節子の室内を描いた絵はどれも素敵で、嬉しいような雰囲気がある。その20年前のフランスの画家たちの絵のような、しゃれた感覚。

藤田修 No answer 1996 フォトエッチング+エッチング、アクアチント スパニッシュな雰囲気の空間。窓とそこから入り込む陽光。モノクロの美。ガラスが七宝つなぎ文様。日本にある建物のような風情もある。魅惑の作品。

初めて藤田修という作家を知ったが、無人の空間をレトロなムードで構成している。タイトルはすべてシンプルな英単語。惹かれるものが多い。

四つばかりの常設展を紹介した。
もういずれも展示の終わったものばかりだが。
夏の終わりに楽しませてもらった。
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