美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

十月の統括と記録

今月の統括をしたい。

今月もやっぱり隙間なく出かけているが、松江に行き損ねたのが非常に痛かった。
出雲阿国の展覧会、チケットあるのに行き損ねたのは、今月つまり十月が世間は神無月でも雲州は神在月だということ・60年に一度の遷宮の年だということを、完っっ全にスル―していたのが原因だった。
痛い、こんな痛いことはない。
「鷹の爪団」の島根県自虐カレンダーだって、十月は「人口5000人、神様800万人」とか書いてるじゃないか。(人口はもっと多いか)
ああ、「十月はたそがれの国」(byレイ・ブラッドベリ)。
行った人らの話を聞くとザンキに耐えない。
関係ないが、北海道では唐揚げを「ザンギ」というそうで、沖縄のドーナツは「サーター・アンダギー」だ。

ほんまに反省している。
どこがや、とはツッコまないでいただきたい。
展覧会も以下のように出かけている。

20131005 杉本美術館所蔵『新・平家物語』挿絵展 青梅市美術館
20131005 ムットーニワールド からくりシアターⅢ 八王子夢美術館
20131005 ピッティ宮近代美術館コレクション トスカーナと近代絵画 もうひとつのルネサンス 損保ジャパン
20131005 ルオー 千葉市美術館
20131006 ネコライオン 東京都写真美術館
20131006 センガイと一休 出光美術館
20131006 四季礼讃 水のながれ 野間記念館
20131006 竹内栖鳳展 近代日本画の巨人 東京国立近代美術館
20131006 加山又造と近代絵画の巨匠たち セキ美術館所蔵名品展 ニューオータニ美術館
20131006 モローとルオー 汐留ミュージアム
20131006 藤城清治 光と影の動物園 教文館
20131006 京都 洛中洛外図と障壁画 東京国立博物館
20131010 無鄰庵 建築探訪
20131012 ヴィクトリア時代の室内装飾 女性たちのユートピア lixilギャラリー
20131012 ポスターグラフィックス クラブコスメ
20131012 高島屋のポスター 高島屋史料館
20131013 仏教美術の輝き 香雪美術館
20131019 石垣栄太郎 和歌山県立近代美術館
20131019 2013秋のコレクション /香山小鳥 ゆきの日のかげ 和歌山県立近代美術館
20131019 黄河と泰山 和歌山県立博物館
20131019 橋本間雪 兵庫県美術館
20131019 秋のコレクション 小磯・金山 兵庫県美術館
20131026 中国古陶磁清玩 白檮廬コレクション 東洋陶磁美術館
20131026 花外楼 老舗料亭の一品 大商大商業史博物館
20131026 宮川長春 大和文華館
20131026 正倉院展#65 奈良国立博物館
20131026 ならの仏像 奈良国立博物館

感想挙げ損ねているのがいくつかある。それどころか九月の信州ツアーも書けてない。
書けてない原因は写真がSDカードに入らなくてPCに載らないので鬱屈し、いやになったのだ。他にも丹波篠山ツアーや無鄰菴の見学も挙げてない。こちらはカメラなのだが。
展覧会ではなんというても、信州の田中本家の婚礼衣装の話と、千葉のルオーに汐留のモローにルオー。香雪美術館の仏教絵画も、青梅で見た杉本健吉の「新平家物語」の挿絵も、みんなツイッターでばかり書いて、本当の感想を挙げてへんがな~~~!!
こうして反省材料は無限に出てくる。

とりあえず会期は終わってしまったが、簡単な感想を少し挙げる。
杉本の「新平家」は書くことが多くなりすぎるので、別に岡本太郎の挿絵ともども一本にする予定。

香雪美術館で「仏教美術の輝き」展を見た。既に終了。
一階は仏像オンパレード。二階は絵巻や仏画など。

久しぶりに「稚児の草子」を見た。稚児が病死して、数か月後に棺を開くと実は観世音菩薩の化身が法師を憐れんで、稚児としてこの世に出て来たことがわかる話。観音は僧に死ぬ日を予告し、その時に迎えに行くことを約する。
始まりの野原で笛を吹く稚児の絵は以前に見ている。
今回わたしが見たのは、病死する稚児から後の話。ふっくらゆたかな頬の稚児が臥せっていて、僧が泣いている。尊き観世音菩薩の姿。その光。
細部がなかなか濃やかな絵。
吉祥天女も観世音菩薩も、ひたすらなものへは肉の愛を与える。

病草子 このシリーズは笑えるものがけっこう多いが、ここにあるのは病人の枕元に集結する小さい僧たち。「病起らむ時は、ただ四五寸ばかりある法師の、紙衣(紙でできた着物)着たる、数多(あまた)連立ちて、枕にありと見えけり」
これは別なところの解説では熱からくる幻覚かとあるが、一種の神経症にも思われる。
実はわたしの同僚が、耳元で小さい人々がいっぱい集まってて、夜になったら騒いで困る、と真顔で言うてきたので、非常に怖い日々を過ごしている。

高島屋のポスター、兵庫県美・和歌山近美の常設。
それらはまた別項で挙げる。
ほんと、一言二言だけでしたな。

今回は11/1~11/4が都内にいるので、予定というものがあげられない。
うむ、中途半端なわたし。

というわけで10月の統括終わり。
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宮川長春展 前期

宮川長春の特別展が大和文華館で開催されている。
どうも日本初の本格的な回顧展らしい。
会期は一か月ほどだが、前後期と分かれている。
宮川長春は初期のころは菱川師宣派のような絵を描き、やがてスタイルを決めた。
一貫して肉筆浮世絵のみで作品を生み出し続け、弟子も肉筆の達者がいる。

元禄後期から宝永そして享保までの30余年の間の作品が集められている。
所蔵先も様々で、それだけでも華々しいくらいだ。
美人風俗図だけに一命をささげた長春の一代記を読むように、その残した絵を見る。


最初に「蚊帳美人図」を見る。三点並ぶ絵。個人・個人・太田記念のもの。
構図はほぼ同一。蚊帳から寝そべったまま半身乗り出し、頬杖をついて物思いに耽る美人。
着物や布団や小物の柄がそれぞれ違うくらいが大きな差異で、あとはちょっとばかり表情が違うくらい。
にんまり ・ふ~ッ… ・うむ。
こんな感じに違う。nec659-2.jpg


同じ構図の絵が大変多く、マイナーチェンジしたものが並ぶ。髪型が違うものや手の位置が違うものといったのはわりとはっきりしているが、「着せ替え」したようなものも多い。
年代により差異もあるが、段々とイライラしてきた。
メモを取っていたがそれに何の意味があるのか、と思いだすともぉ駄目である。
メモには着物の柄の違いや髪型のことも書いているが、ここで個別に挙げてゆく気にはならない。
それにしてもきっとこれなどは本当にごく一部だと思う。
生涯に描いた立ち美人の数だけ、衣裳や髪型や装身具が微妙に違うに違いない。
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ファッションショーだと思うべきかもしれなかった。
そこに気付いた途端、飽き始めていたのが打って変わって、楽しくなってきた。
尤もわたしは着せ替え人形を想っているのだが。

タボをぐるっと巻き上げた髪型もあり、こういうのは今でもあるなあと思ったり。
豊かな頬に薄い微笑。

若衆図 梶文をつけているが、名前の知れない人。なかなか魅力的。

雪の中を道中する太夫図などでは現実にはありえない構図を採ることで、面白さを優先したりするもする。

万歳と才蔵も見立てで描いている。
春信なども描いている。みんな見立てが大好きなのだ。

歳旦の遊女と禿図 これは2008年に初めて世に出たそうだ。松飾を見る二人。松師の仕事は正月に集中する。
薩摩島津家の殿が、帖佐島津家の家老へ拝領つかわしめたものらしい。
長春の絵はそうした贈り物にも使われるような存在だったのだ。

柳下腰掛美人図 これこそが長春の専売特許。立ち美人図だと懐月堂一派もよく描くので、どれだろうと後世のものは色々思い浮かべるが、柳の下の床几でくつろぐお姉さんの肉筆画、というと「ああ長春か」となる。
実際色んなところが所蔵している。

梅の下にいるのは羅浮仙をイメージしたものだとも言われるが、江戸時代の教養の高さには、常々感心するばかりだ。

遊女聞香図 東博と熊本のが来ていた。どちらも以前から見ている。いい感じ。
実のところいちばん女の肉体を感じさせるのは、この構図だと思う。

見立て図がまた色々で出て来た。
与一、小倉山、許由巣父、東下り、江口などなど。

形見の駒 これは虎御前と化粧坂の少将の二人が恋人の残した馬を曳く図。五郎十郎どちらの愛馬かはしらない。
この二人は曽我兄弟それぞれの愛人だが、虎御前はどうやら実在らしい。彼女は兄の方の十郎の恋人で「吾妻鏡」にも名が出ている。

柳下流水図 川に流れる「嘘」と「信」(まこと)の文字を拾う人々。

風俗図巻 nec659-1.jpg
のんべんだらりと楽しそう。

江戸風俗図巻 歌舞伎図は色子と男とがいちゃいちゃ。隅田川の舟ではノビをする男がぶさかわ。女もいるし女形もいる。花火ばちばち。

風俗図巻 山伏風な風貌の小人がいる。左端ではカップルいちゃいちゃ。

ほかの屏風などもおもしろい。
こういう人もいる。nec659.jpg

物語図屏風 詞書なしなので展開もよくわからない。泣いたり川で溺れたりの女たち。

後期はもう始まっていて、11/17まで。

白檮廬(はくとうろ)コレクション-中国古陶磁清玩

日頃「常設」として見ている作品も、ある一定の法則のもとで並べ替えがあったり、ある企画のもとに集められたりすると、途端に違う顔を見せることが少なくない。
その顔の変容が見たくていそいそと出かけるのだ。

東洋陶磁美術館は安宅コレクション・李コレクションなどの偉大な個人コレクターの審美眼で集められた作品で、成り立っている。
それらがここに収められた理由は様々だが、前者は住友グループのご厚意、後者は李さんの多大なご厚意によるものだ。
そして今回は白檮廬コレクションの中国陶磁器を存分に楽しませてもらう機会に恵まれた。
この白檮廬コレクションは奈良のコレクターからの寄贈品。
大阪の美術館は天王寺の美術館もそうだが、<市民からの贈り物>で成り立っている、と言っても過言ではない。
文化破壊者たる為政者が思いつきで不要な嘴を突っ込んで火傷を負うのは、当然のことなのだ。

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さて、前回から少し間をおいて来館すると、多少中の配置が変わっていた。
これについては実際に来館されて確認なさることをお勧めする。
まずは鼻煙壺を見る。
不透明のガラスの美を尊んだ感性は陶磁器にも反映する。

次に安宅コレクションへ向かう。
丁度ボランティアによる解説の最中。
そもそも人の話を聞くのがニガテなので申し訳ないがパスする。

わたしがこの世で一番好きな高麗青磁の名品の陶板が出ていた。柳のもとで楽しく遊ぶ水鳥たちである。
鶴でも鷺でもどちらでもいい。どちらかといえば鷺の方がいい。
顧歩・唳天・啄苔・疎翎・舞風・警露という6つの動きを見せているという
わたしはこの陶板がこれまで生き延びてきた軌跡を・奇跡を想う。
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やきものは技法についてはきちんとヒトサマの話も聞き、質疑応答もさせてもらいたいが、鑑賞するのが目的の時は、誰の声も聞きたくないのだ。
絵を見るときはしばしば妄想に駆られるが、高麗青磁と対峙するときばかりは、その対象のことしか考えない。
これが粉青沙器だとまた妄想に駆られ、色々と邪念にまみれもする。

なお安宅コレクションについては、以前に「安宅コレクション展」の感想を置いている。

今回の初見は羅漢の首二つ。高麗青磁でともに12世紀だったか。表情も別々でどこか民画風な面白味がある。これ、首が妙に断ち切れているから、もとは胴もあったかもしれない。

黒高麗の梅瓶を見る。昔は関心がなかったが、近年この黒高麗の美に惹かれるようになった。肩の辺りに雲鶴文。こちらへ飛んでくるような。シックでいい感じ。
シックと言うものに惹かれる年頃になってきたのか、わたしも。

それにしても同時代でありながらも、全く違う感性が活き、そしてそれが後世に共に生き延びているのは素晴らしい。

折枝文の瓶がある。こちらは蒲の穂綿が垂れ下がったようなもので、いくつもだらりだらり。まぁ絵としてはあんまり好みではないのだが、器の表面に描かれていると、「ええなあ」と思う所が不思議。

蝶牡丹文の浄瓶があるが、蝶と言うよりトンボに見える。トンボの目玉が丸くて可愛いが、あの長い線は蝶の舌かもしれない。

時代は下り、鉄砂龍文壺のファンキーな龍を見る。むろん龍と言う存在が東アジア世界においてどのような価値を持つかは、今さら言うを待たない。
西洋のドラゴンとは違うのだ。
まつ毛があり、大きな丸い目を見開いて、可愛い牙を見せている龍。龍の手の肉球は見えなかった。

15~16世紀の粉青をみる。
鉄絵水禽文がある。ワイルドな鳥が花を踏みしだくような絵柄。二羽の鳥が瓶の胴回りにいる。

19世紀前半の白磁ではないものを見る。
瑠璃地花唐草瓶 これ、両耳がカエルづらした目の大きな動物だなと思ったら、張り出した体の下の瓶本体になにやら伸びるものが。尻尾ぽい。ということは…リス?リスなのか。
なんだかイメージが違いましたな~~


さていよいよ白檮廬コレクション。
新石器時代から清朝までのやきものが集まっている。
その新石器時代の壷、形はともかく絵柄と色がアールデコ風なかっこよさがある。モダンな文様に見えた。

緑釉壷の一つが、余りに長く地中に埋もれていたために釉薬の化学変化が起こって、銀色に輝いている。
本当の銀は黒くなるのに、緑が銀になる。
これはとても面白い現象だと思う。特に素人のわたしには神秘的な装いの変化に思える。

北宋 耀州青磁刻花蓮弁文碗 折り重なる菱形の花。花弁の美。オリーブグリーンの碗。

金代の澱青釉盤 薄青に貫入の綺麗な盤。

中国はガラスも不透明なものを愛する。玉への偏愛がそうした意識を生み出したのか。
「失透性の明るさ」と解説にある。それを生み出すのは、青磁釉に珪酸と燐とを混ぜたもの。

唐の三彩印花花文枕 これは小さい枕で腕用の枕らしい。以前にもほかで見ているから、ポピュラーなものだったのだろう。可愛い花柄が真ん中にある。大安寺からもたくさん出土している。

菊花文の可愛い絵柄もある。金から元くらいのもの。
大振りな花。けっこう大胆。

金から元の黒釉刻花にいいものが多い。いずれも花柄が可愛い。サイズもちょうどいい。

禾目天目 キラキラきらきら流星群。見込みに向かって降り注ぐ。

雍正帝の頃に生まれた茶碗が二つ。
黄色と天青色のコンビ。とてもさわやかな色合いで、今風。
粉彩の可愛さは今の日本の洋皿に近いと思う。

最後に急須がきた。ほんと、この急須の可愛さは出光で教わって以来、ずっと心に生きている。
ああ、可愛いなあ。


李コレクションへ向かう。
今回は12世紀の青磁陰刻蓮弁がとても気に入った。
見込みの蓮がドイツの画家の絵のように見えた。


いい気持ちで見て回ったらもうお昼になっていた。
あっという間にこんな時間。
いいものを見ると時間のたつのが早い。

11/4まで。



今年の正倉院展

奈良の秋といえば、なんというても正倉院展。今年は65回目ということです。
わたしが最初に行ったのは大学の時。学生チケットは昭和の終わりで700円。今は平成も四半世紀で、学生料金はやっぱり変わらず700円。貨幣価値が多少変わっても同じお値段。
なんとなく面白い。

前日の荒天のせいで、関東からの大型ツアーが中止になったりしたそうで、わたしが夕方に出かけた時点では行列待ちは5分程度でしたな。
毎年だいたい初日・二日目に出かけることにしてるので、「ああ、長いなあ」と思ったのが、ちょっとばかりラッキーな状況になったのですよ。
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サイトの出陳リストを見ると、会場で戴いたリストと違い、前回出陳年が書かれてた。
これは嬉しい。そういうのを見ると「ああ、見たんだなあ」とか「おお、これは初見」などと感慨が一層深くなる。だから今年はそれに準じての紹介とします。

名称・よみがな・初出陳または前回出陳年、その順で。

平螺鈿背円鏡 附 題箋 へいらでんはいのえんきょう 附 だいせん 2003年
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これこそわたしが最初に見た宝物。しつこく眺めて、欲しさのあまりに貼りついていた。
むろん個人の手に入るものではないから、そのときショップでこの文様を写した大判ハンカチを購入。今も壁に掛けてある。本当に今もどきどきする。1986年のトキメキは今も活きている。
雀らしき小鳥たちが花びらの上に四羽並ぶ。nec654-2.jpg
唐代の歓び。千二百年後にはモリス商会も鳥と花の楽しい世界を生み出す。

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雀たち。nec736-1.jpg

平螺鈿背円鏡 附 緋絁帯 へいらでんはいのえんきょう 附 ひのあしぎぬのおび  1999年
こちらもまた花の宝石。
実はこの宝物は1230年に盗難に遭い、何枚かが砕けてしまったのだ。
そして明治になり1896年にこのように修復。今ならその技術は、北村昭斎さんくらいしか持たないかもしれない。
その破片も展示されている。
平螺鈿背円鏡残欠 へいらでんはいのえんきょうざんけつ。初めて世に出た。
そして鏡の箱もある。
漆皮箱 しっぴばこ 1999年 大事に守られてきたのだ。
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鳥毛帖成文書屛風 とりげじょうせいぶんしょのびょうぶ 第1扇=1979年 第4扇=1977年(ともに1990年・東博)
鳥毛文字の屛風。字は隷書体に近いのかな。可愛いふくよかさがある。褪色しているが緑と朱との二色。「種好田良易以・・・」「父母不愛不孝之子・・・」

鹿草木夾纈屛風 しかくさききょうけちのびょうぶ 1998年
これは板締め染めのものを屛風仕立てにしたもので、木を挟んで鹿が向き合う図。鹿の子もよく出ている。
何でも同じ染物は17あるそうだ。かなり断片になっているものも一緒に並べている。
そちらは1950年以来の展示だとか。襤褸に近くなっているが、貴重な宝物。
そしてその屏風を収納する袋もある。かなり大きい。
揩布屛風袋 すりぬののびょうぶぶくろ 1974年

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菴室草木鶴夾纈屛風 あんしつくさきつるきょうけちのびょうぶ 1956年
夾纈染とは板締め染めということらしい。色んな染の技法がある。上部に庵室があり、そこに二人の人物が見え、真ん中に草木。しかし鶴はわからなかった。
その袋もまたある。
揩布屛風袋 すりぬののびょうぶぶくろ1956年
同年の展示。半世紀以上前に出たのか。

檜和琴 附 玳瑁絵 ひのきのわごん 附 たいまいえ 1997年
「やまとごと」と中国の琴とは異なる。この少し前の時代、大伴旅人は当時の左大臣・藤原房前に見事な和琴を贈ったそうだ。
本体のサイドに8枚ずつの玳瑁(実は牛の角らしい)の絵のプレートを貼っている。
その絵は1.5x10cm大で、それぞれ花・鳥・虫などが描かれている。鹿・兎・山の絵もあった。実際に貼られたままのものはさすがに裸眼では見えない。細い墨絵である。
琴の両端にも玳瑁絵があり、そちらは左右ともに花の絵。琴本体には綺麗な螺鈿が鏤められている。

なにやら音階の歪みを伴うドレミが聴こえる。宝物の尺八と横笛とを実際に演奏した(のか?)音を流しているのだが、元来が西洋音階とと異なるので、妙な具合になっている。
それならいっそ当時唐で流行した音曲の譜面で活きてるものをアレンジしたのを流した方がよかったのではないか。
尺八は1998年、横笛は1999年以来。
なお、その奏者の衣裳もあった。
笛吹袍 ふえふきのほう 2002年

当然ながら音楽に伴ってそれを背景に踊るためのものも展示されている。
伎楽面 酔胡従 ぎがくめん すいこじゅう 1958年(1959年・東博)
伎楽面 治道 ぎがくめん ちどう 1960年
伎楽面 太孤父 ぎがくめん たいこふ 初出陳
わぁ、なんだか凄い。先般龍谷ミュージアムでお練りの展覧会で巨大被り物系仮面を色々見て、ヒーーッとなったことを思い出したわい。

娯楽も一つ。
投壺 とうこ そして 投壺矢 とうこのや ともに2002年
これは何かと言うと、投げ矢の壺とその矢が8本。
形だけ見れば壺は南宋あたりの出土品にも見える。室内娯楽。
輪投げ、投扇興のお仲間と言うてええのかな。


漆金薄絵盤 附 蓮弁 うるしきんぱくえのばん 附 れんべん(香印坐)
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これを見るのに行列の人々。わたしは並ぶのだめ人なので二重目で見る。
かなり細かい。飛天がにこにこする絵があり、それが特にお気に入り。

黒漆塗香印押型盤 くろうるしぬりこういんのおしがたばん(香印の押型)
黒漆塗平盆 くろうるしぬりひらぼん(香印の受け皿) いずれも1990年
これは押し型をみただけではよくわからなかった。倶利文の変形のようにも見えてなかなか可愛いのだが、どう使うのかと思ったら、パネル展示があった。
日本香堂の協力を得て、使用法の再現が説明されている。
まずお香の灰をその倶利の鋳鉄の押し型盤のところに敷き詰める。
次にそれを綺麗に均してからひっくり返す。
台の上に倶利文様の凸が浮き上がる。そこへ火をつける。
なるほど~~~

白石火舎 はくせきのかしゃ 1997年
大理石の香炉でライオン5頭が「必死のぱっち」で香炉を持ち上げている。
可愛いし勇ましい。縁を大きい四角な歯で噛みながら、太い前足でググーッと持ち上げ、後ろ足で懸命に爪先立ち。働くライオンさんたち。
みんな2.5頭身くらい。nec655.jpg

密陀絵盆 みつだえのぼん 1996年
これは油絵を施した盆で、ほかでも時折見かける。絵はしかしもうわからない。だが、裏側の黒地に大まかな花の絵が描かれているのはよく見える。

漆彩絵花形皿 附 旧脚 うるしさいえのはながたざら 附 きゅうきゃく 1999年
複合型・花形の脚付き皿で、真ん中に四弁の花、それにくっついて四辺に花皿。それぞれになんらかの供え物が載せれる。

ふと壁面を見ると実物大のクジラのひげの写真があった。
そう、クジラは余すところなく使える存在なのだ。
鯨鬚金銀絵如意 げいしゅきんぎんえのにょい
黒柿蘇芳染金銀絵如意箱 くろがきすおうぞめきんぎんえのにょいばこ 2002年
二つ揃って11年ぶりのお出まし。霊芝雲の絵が描かれていた如意。
箱は花柄で☆型の鋲が打ってある。

蘇芳地金銀絵箱 すおうじきんぎんえのはこ 1999年
蓋には猛禽と虫と花。本体サイドにはインコらしき鳥たち。可愛らしい。
嘴と羽の感じが違うから勝手に猛禽とインコに分けたが、本当は知らない。
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彩絵長花形几 附 白綾几褥 さいえのちょうはながたき 附 しろあやのきじょく2001年
本体はモコモコした花形で縁に花柄がついているところなぞは、バイアステープを巻いて回ったかのよう。脚も吉祥な花柄文つき。

夾纈羅几褥 きょうけちらのきじょく 2002年
花に囲まれて座す鹿の文様がある。平和な世界を感じさせる。唐をこえて天竺をこえてイスラーム文化すら感じる雰囲気。

ミニチュアを二つばかりみる。中国の明器とはまた違うと思うが。

金銀絵小合子 きんぎんえのしょうごうす 
紫檀銀絵小墨斗 附 旧糸車 したんぎんえのしょうぼくと 附 きゅういとぐるま
先のはふたもので形は仏具の百万塔陀羅尼でも入ってそうなもの。ともに2000年。

これはミニチュアではないが、小さな刀子。
斑犀把金銀鞘刀子 はんさいのつかきんぎんのさやのとうす 1999年
斑犀把紅牙撥鏤鞘刀子 はんさいのつかこうげばちるのさやのとうす1994年
それぞれ繊細な作り。茜色に染まった把が印象的。
こちらは色が違う。
白牙把水角鞘小三合刀子 はくげのつかすいかくのさやのしょうさんごうとうす
その模造品もある。三本組のもの。

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宮中では既に色々な行事を執り行っていた。
卯日の儀式用のものがいくつか。
三十足几 さんじゅっそくき 1997年
これはテーブルで高さで言うと演壇用に見える。そして天板を支える足が30本の細い角材の集合体。なんだかすごくかっこいい。欲しくなる構造。

黄地花文臈纈羅 きじかもんろうけちのら 初出陳
これは机にかける敷物。その残片は1997年以来の出陳。本体は出なかったのに。

椿杖 つばきのつえ 1997年
儀式用の杖が二つ。木の枝を細く長く。椿が奈良時代に愛されていたことを想う。


ここからは文書がメイン。
播磨国郡稲帳、備中国大税負死亡人帳、周防国正税帳、近江国志何郡古市郷計帳手実 1995年などなど。字は案外アバウトに書かれている。

鍵などがある。みんな初出陳。
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正倉院古鑰 しょうそういんのこやく 正倉院正倉の錠と鍵。これは江戸時代のもので海老錠と言われるもの。
鑰匙 やくし また別な鍵。

古櫃 こき 宝物の収納容器。脚なしでしょえるような形。封印なのか紙に「辰中 天保改」とある。
古櫃 こき こちらは1995年。紙には「明治五年改」。☆鋲つき。
慶長櫃 けいちょうき 初出陳 これは中に徳川家康が作らせた由が書かれている。ラベルは明治25年に調査したというような意味のもの。

布の残欠などを見る。
緑地唐草襷花文錦 みどりじからくさたすきかもんのにしき 初出陳
緑地霰花文錦 みどりじあられかもんにしき 1999年
樹下鳳凰双羊文白綾 じゅかほうおうそうようもんしろあや 1999年
花喰鳥刺繡裂残片 はなくいどりのししゅうぎれざんぺん 1999年
それぞれ凝っている。最後のものは鳳凰らしい。

聖語蔵からはお経。和様の書以前の唐様の書で端正に書かれている。みんな初出陳。
大乗阿毘達磨雑集論 巻第十四 だいじょうあびだつまぞうしゅうろん
冒頭に阿毘達磨とある。ビの字は正確には田ヘンにツクリが比で書かれた字。

毘邪娑問経 巻上 びやしゃもんきょう 光明皇后御願経
いわゆる五月一日経の一つ。いい文字の列び。目についた一文を抜き出してみる。
「此身爛到地獄門猶更…」

摩訶僧祇律 巻第一 まかそうぎりつ 今更一部一切経の一つ。

本当に毎年目が開かれる思いのする、ありがたい展示なのだった。
最後に今年のスタンプをご紹介する。BXfd8t5CMAAKY3b.jpg


また来年も来よう。

花外楼 老舗料亭の一品

大阪商業大学の商業史博物館へ初めて入った。
河内小阪にある。初めて下車したが、ここはハウス食品の本社がある駅。そこを通り過ぎて大学。てっきり近大だと思いこんでいたが、大商大らしい。
行った日は学園祭の最中で、にぎやかだった。
登録有形文化財の博物館へはいる。

「花外楼 老舗料亭の一品」展の前期をみた。
花外楼は明治八年の「大阪会議」の舞台となり、それまで屋号は「加賀伊」だったのを木戸により「花外楼」と命名された。書の得意な伊藤からは「花魁」というユニークな当て字の書ももらっている。
北浜で現在も盛業しているが、七年ほど前に一日限りの所蔵品展を開催したことがあり、わたしはそれに参加して、感銘を受けた。
今回は、大学博物館の一隅で30点ばかりの展示がある。
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花外楼は歴代の女将さんが大阪画壇の絵を買い集め、その活動を支えた。大阪画壇は東京や京都に押されて今は知る人も少なくなったし、なにより文化財放棄活動にイソシムようなヤカラが首長になったので、本当に悲しいくらい展覧会がない。

だからこそこの企画は貴重で、しかも無料での公開という嬉しさである。
以前芦屋市立美術博物館におられた明尾さんがこちらに来られて、いい企画を立てられるようになったのか。
そういえば見学した日はクラブコスメチックス文化資料室の室長・福田さんの講演会もあるようで、それも明尾さんの企画なのかもしれない。
なんにせよ、わたしは今回初めて大商大に入った。
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五姓田芳柳 花外楼初代伊助夫妻図 洋風の絵で明治初期の夫妻の姿を映す。二人とも黒っぽい着物で、間近く座す。頭領たる夫妻が力を合わせ、働く人々も心を一つにしたからこその隆盛。

深田直城 魚貝図 実にたくさんの種類の魚族がおる。
タイ、フグ、カツオ、エビにイカ、イセエビ、オコゼ、サンマ、ワタリガニなどなど。
(こういうのを本当に調理したなら食品偽装にはならない)
昭和七年の作。先般みたお魚版画の麦風と同時代の絵なのだ。

久保田桃水 秋原飛雁図 ススキ野の上を飛ぶギース。

上島鳳山 春雨図 鳳山の絵などはもう泉屋分館くらいでしか見れない。馬の後ろ姿、蓑と笠を身につけた女がしゃがんでいる。わらじを直しているのだ。

武部白鳳 三舟蛤網闘魚図 舟に何本も杭のようなものが立てられている。こういうのを見ると、諏訪湖でみたものを思い出したり、むかしの「日曜洋画劇場」か「金曜」か「水曜」のオープニング映像を思い出す。
夜、働く舟人たち。

武部白鳳 真鯛図 うまいトリミング。鯛の頭と腹とだけ。

菅楯彦 澱江納涼 これは淀川での納涼シーンを描いているらしい。向こうに橋があり、たくさんの小舟がでている。手前の小舟にはすいかを売りに来た舟が近寄る。
薄闇の中、すいかの頭のあたり、川を削いだ跡がある。黒いすいか。すいかの実は赤い。小さく切った三角のすいかがおいしそう。

菅楯彦 団炉談古 この絵には記憶がある。正月らしい赤い太陽、梅が延びる先。家の中で礼装した人々。隣室では少年が彼らのために世話を焼く。
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庭山耕園 牽牛花(朝顔) 三つ咲いている青い花。この人の絵も見たのは池田市歴史民俗資料館くらいか。

中川和堂 天神祭舟渡御図 炎上する篝火。笹を立てているが火は飛ぶ。天神祭らしい梅紋の入った提灯。

井上馨の賛の入った六歌仙もある。小町は横顔しかわからない。
こういうのは本当に楽しい。

11/2まで前期。11/4から11/30までが後期。

過去の図録が展示ケースにあったのでみせていただく。
もう20年前の本などもあり、ここが昔から機能していたことを初めて知る。
もったいない。わたしは北摂の住人で河内アンではないからしらなんだが、こんないい活動していたのだ。
もっと宣伝したらよいのに。

なお、常設がこれまた非常にいい。江戸時代の町の話とか組織のありようとか身分制度の隙間とか。
詳しくはかけないが、たいへん興味深い展示だった。

おみやげと鉄道

旧新橋停車場の鉄道歴史展示室はいつも無料で、楽しい企画展がどんどん出てくるので、嬉しいやら申し訳ないやら、という気持ちがある。
今回は「おみやげと鉄道」という企画展である。
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こういうの大好き。
大阪の交通科学博物館でも時々こんな企画展が立っていて、そのたびに出かけていた。
もうこの博物館もなくなるので(京都の梅小路の新しい博物館に吸収合併されるのだ)、ここでこうして無料で楽しませてもらえるのは本当に嬉しい。

リーフレットを見ると、昭和初期くらいの可愛らしい双六の絵が出ていて、その下には栗ようかんの箱を担ぐおじさんと犬の洒脱な絵がある。
(最初はてっきり「都こんぶ」中野すこんぶ、かと思った)

なんでも諸外国では日本のような旅先でのおみやげ文化が発達していないそうだ。
「名物にうまいものなし」という言葉もあるくらい、日本全国津々浦々どこでもかしこでも、その地のお菓子を売ったりグッズを売ったり。
昭和の匂いのするみやげ品については、みうらじゅん「イヤゲ物」展で横隔膜が痙攣するほど笑わせてもらったが、思えばそういうものを喜んで買う文化が確実に、日本人にはあるのだ。

鉄道は♪汽笛一声新橋を~の歌通り、明治に新橋ー横浜間が開通して以来、全国に鉄道網が張り巡らされていった。
そして徒歩や馬でなく人々は鉄道に乗り、遠距離の旅に出る。同じ日本とはいえ地方地方に違う味・名物物・伝説があり、それを形にしたものを珍しくも思い、記念にと買ってゆく。

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先代萩の政岡がお菓子の載った高坏を手に立つ姿。「腹は減ってもひもじうない」の子役の声が聞こえるようだ。そんな絵の描かれたチラシ。芝居では悪者からお菓子をもらい、それを若君のために毒見するように母から諭されているわが子が死ぬ、という痛々しい未来がある。だから実はこの絵のお菓子は毒なのだった。
まぁそれを言っては、お菓子屋さんに気の毒か。せっかく「カステーラ」「雀もなか」などを販売しているのに。

そうそう思い出した。伊予松山を舞台にした「坊ちゃん」ではラスト「おれたちはこの不浄の地を離れた。」とクソミソなのに、その地では「坊ちゃん饅頭」「坊ちゃんせんべい」「坊ちゃん団子」が売られている。

こういうことを言い出すと、いくらでも横道にそれるが、もう一つ。
武田泰淳「富士」には誇大妄想というかなんというか、自分を宮様だと思い込む美青年「一條」がいる。戦時下の富士山麓の精神病院を舞台にした小説の中で、一條が宮様となれば、この地で「一條饅頭」「一條最中」「一條下駄」が販売されるだろう、と語り手に泰淳は言わせている。

わたしはこういうのが大好きなのだった。

閑話休題。
さて鉄道網はどんどん広がってゆき、それに伴い、イベントも開かれるようになった。
それらのポスターがある。
カッスラーのようなかっこよさはないが、どこかほのぼのする絵柄などで鉄道を描く。

絵葉書類もある。わたしは古写真が大好きなので色々見てきたが、名所・名物などの絵葉書は喜ばれたと見えて、大変たくさん刊行され、流通した。今も古書店などでよく見かけるし、比較的安価なものも多い。
ここでも列車に乗る楽しい姿や、行く先々の名所・風物のシーンがある。

赤福のポスターがある。♪伊勢の名物 赤福餅はええじゃないか この歌が耳に残り舌に乗るのは間違いなく昭和の子供。
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駅弁の売り子の絵が描かれたチラシもある。
おすし・弁当・お菓子な口上、とある。楽しい。
そういえば昔は歌舞伎でも大相撲でも「かべす」というものがとても愛された。
それは何かと言うと菓子・弁当・寿司の頭文字をとっての言葉。
弁当と寿司とは別物として支度されているのが面白い。

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名産品といえば、山形の佐藤錦かどうかは知らぬが、さくらんぼの絵葉書もある。
昭和初期の和やかなムードがある。

戦争に突入すれば何にも楽しみはなくなるので、やっぱりこの時代以前の資料が素晴らしい。
徒歩で移動していた時代から日本人は旅の楽しさ・旅の注意書きなどを本にもしたり、それを描いた名所絵を愛してきた。
改めて「旅の楽しさ」を再確認できる、いい企画展だと思う。11/24まで。

ミケランジェロ展 天才の軌跡

西洋美術館の「ミケランジェロ展 天才の軌跡」を見た。
システィーナ礼拝堂500年祭記念だと銘打ってある。

2000年のミレニアム行事の終わった直後にイタリアに行った。
システィーナ礼拝堂に入った時、その巨大な存在感に圧倒され、草食・農耕民族の日本人にはこんな体力などない!と強く思った。
後年、大塚国際美術館に行き、実物大の複製陶板を見たが、やっぱり凄いと思った。

さて、実物は持ってこれないが、そのための習作、エスキースなどはアジアの片隅にも持ってこれる。楽しみに見に行った。

第1章 伝説と真実 ミケランジェロとカーサ・ブオナローティ
ここではミケランジェロの残したメモや手紙などがある。

改めてよくよく考えると、ミケランジェロは長命だった。
15世紀後半から16世紀に活躍した中世イタリアの有名人と言えば、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、芸術家ではないがマキャベッリ、チェーザレ・ボルジアの五人がすぐに思い浮かぶが、その中でもミケランジェロは随分長命のクチである。
彼は男色家なので子を持たなかったが、甥を可愛がった。甥はレオナルドという。(この時代の流行りの名前なのか?)
甥への手紙が何通もある。年月日の特定できる手紙。

ミケランジェロはこの時代のイタリア人とも思えぬほど慎ましい日常生活を送っていたようだ。美食もせず、装いもしない。
メニューを見ると、この時代によく名前を見かける食材が記されている。
ウイキョウのスープ、ニシン、ワインにパン。
いい匂いのするウイキョウはこの時代、よくスープになったのだろうか。

カーサ・ブオナローティはミケランジェロが10年ほど住み、その後に甥一家が譲られて、19世紀くらいまで一族所有の邸宅だったのを、フィレンツェ市に寄贈し、美術館となったそうだ。
19世紀の誰かがその邸宅の外観を描いているが、それが出ていた。華美さの見当たらない建物である。

ミケランジェロのスケッチが出てきた。
本画もいいが、彼のスケッチやデッサンの魅力は時に本画よりはるかに魅力的なものが少なくない。

レダの頭部習作 ギリシャ神話の美女を描くにあたり、モデルに男性を使うミケランジェロ。

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雑誌のタイトルは忘れたが、某業界の月刊誌表紙がずっとミケランジェロのスケッチやデッサンなどを使っている。
会社でそれらを見て大変綺麗だと感銘を受け、勝手に切り取って後で問題になったことがある。しかしそんな印刷物にすらときめくのだから、いかにミケランジェロのスケッチの魅力が大きく(あるいは罪深く)あるかを感じてほしい。


第2章 ミケランジェロとシスティーナ礼拝堂
冒頭で述べたように、日本人にはこのエネルギーはないと思う。
細かいものを濃やかに拵える技術や愛情はあっても。
キリスト教と仏教の違いだけでない、民族性の違いを強く実感する。

1508~11534年に至るまでのシスティーナ礼拝堂のための習作が並ぶ。
アダムの横顔の確かな美しさ、神とのつながり、緊迫感ある構図。
男性裸体の筋肉のありよう、その強さ。
ルネサンスの本質は実はそこにあるのではないかとすら思う。

ミケランジェロの原画を基にした版画作品も多く作られている。
彫刻家としても超一流のミケランジェロは、その三次元的視線を二次元作品の上にも投影させる。
フィレンツェでみたダヴィデの像の美しさ。欧州でしか生まれえない容貌。
それを思い出しながら数々の習作を見る。

やがてシスティーナ礼拝堂の最後の審判の複製が現れる。
壮麗な眺めだった。たとえ複製であろうとも。


第3章 建築家ミケランジェロ
昔も今も施主と建築家との間には事態逼迫の手紙が活きる。
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装飾の入った綺麗な柱やこれは床面図か、華麗な計画案が次々と現れる。
このようなものを見ると、中世と現代との深い断絶を感じる。
ミケランジェロの設計図、またシスティーナ礼拝堂の資料を見ると、「シンプル・イズ・ベスト」という概念が貧乏くさいものにしか思えなくなる。


第4章 ミケランジェロと人体
絵を見る楽しさはこの章がいちばんいいかもしれない。

階段の聖母 若い頃のミケランジェロの彫像。15歳でこんなのを拵えるのだから後生畏るべし、だったろう。
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そしてそれからほぼ半世紀後の作品。
クレオパトラ 素描の美しさにときめく。これは彼と<親しい>青年貴族のために描いたもの。複雑な結髪。とても綺麗な顔だった。

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キリストの磔刑 最晩年の彫像。腕は見当たらない。筋肉はシンプルなつけかたをされているが、磔刑像だから当たり前なのかもしれない。

ここでも4K映像が流れていたのだが、どういうわけか記憶にない。

久しぶりに愛するフィレンツェに行きたいと思った。
わたしはイタリアではいちばんフィレンツェが素敵だと思っている。

11/17まで。

クラブコスメチックスの「ポスターグラフィックス」 

クラブコスメチックス文化資料室の秋季展示を見た。
たまたま相客のいない時間帯だったので、室長さんを独占して、楽しくガイドを受けてしまうという贅沢を味わった。

今回の展示はポスターである。その昔の中山太陽堂の頃からこの企業は宣伝に力を入れてきた。西の太陽堂・東の資生堂と謳われ、今も昔の資料を大事にしている。
どちらの所蔵品も見てきたが、本当に素晴らしい。
それら資料(財産)は、公的なミュージアムで企画展が成り立つほどのレベルなのだから、まだ見ぬ人も想像をたくましくしていただきたい。決して内容は期待を裏切らぬものなのだ。

さて今回のポスター展は、「顔」だと聞いた。
顔のアップのポスターが壁面に並んでいる。みんなとても綺麗な、日本画を基にした美人たちである。
絵にもむろん時代の流行があり、特に化粧品会社なのだから、他社ポスターよりもずっと流行に敏感である。
年代ごとの展示を見て回った。

最初に北野恒富の美人が現れた。nec645.jpg
背景は桜が満遍なく描かれ、そこに片身変わりの着物を着た美しい女がいる。
恒富のポスター美人はクラブコスメチックスだけでなく、後述の高島屋でもキラキラ輝いている。
クラブ歯磨きのポスター。ただし彼女は歯を見せるようなことはしない。


1910年代のポスターのうち、布製のものがある。
クラブ美身クリーム、クラブ美髪用ポマード。双美人が微笑む。

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1920年代のポスターをみる。
カテイ石鹸のル・ブランの絵を二次使用したものがある。
百年近い昔は厳しいことを言う人もいなかったので、ご愛敬。

きれいな絵を見て回る。
クラブ美身クリームのポスター。
耳隠しの美人たち。顔を大きくはっきり描いたポスターがこうして並ぶと、壮観。

美人画が好きなので、一番楽しいのはこの時代。

やがて1930年代には女優たちを起用したポスターが出てくる。
右は入江たか子、左は高杉早苗。
すぐわかったのは入江たか子。後年の化け猫女優の頃は知らないが、若い頃の(戦前の)映画の資料や映像を見ているので、わかった。
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左の高杉はどうも自信がなかったので尋ねたら、高杉早苗だと言うことで納得した。
三世猿之助の母、今の猿之助の祖母にあたるひとで、この人も戦前の美人女優。戦後に映画界に復帰した。

美人女優が微笑みながらクリームを持っている。
それを見て買う気になったお客も多かろう。

その化粧品の容器が展示されている。
戦前のデザインはとてもおしゃれで、集められているクリームや化粧水の容器を見ていると、戦前の大大阪の繁栄を彷彿とさせる。

戦後になり会社の名前も変わったり、出すクリームもモデルチェンジしたりと、興味深い変遷が見えた。
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左は1958年のポスター、右は去年のもの。「ならこすめ」は和風な感じがいい。
左はなんとなくドキッとする。

いい気持ちで見て回れた。
10/31まで。

クラブコスメチックスは阿波座にある。
そこから千日前線に乗って日本橋へ出る。高島屋史料館へ行った。
こちらも今回はポスターの展覧会。高島屋のイベントのポスターが並ぶ。

1929年の「赤穂義士 忠臣蔵大展覧会」、「日光東照宮」などなど。ほかにも「台湾」展がある。先の二つはともかく、あとの台湾は今の物産展などではなく、南進記念と銘打たれている。
歌舞伎のコスプレと言うようなのもある。それは北野恒富の原画によるもの。

高島屋史料館のポスター展は前後期あり、詳しくはまた後日書きたい。
いかにも楽しいポスター展二つ。いいものを見ていい気持ち。 
電車も一本で回れるので、気楽に回れる。


フィレンツェ・ピッティ宮近代美術館コレクション「トスカーナと近代絵画」

イタリアが芸術の都だったのは、せいぜい古代ローマとルネサンスの頃と20世紀初頭の未来派の時代かとばかり思っていた。
日本が開国し欧州に留学に出るうちイタリアへ行くのは先人の後を慕ってのことかと思い込んでいたのである。
実際、パリ留学でなくイタリアへでた藤島武二らの作品はアカデミックで正統派の美しさに満ちたものが多かった。
印象派の影響を受けないことを選択した画家もいたろうと思ったのである。
スペイン留学を選んだ須田国太郎などはそのクチだと今も思う。

が、このわたしの認識はとんでもない間違いだった。
イタリアもまた未来派以前に近代への進化を求める動きがあったのだった。

損保ジャパン美術館で、フィレンツェ・ピッティ宮近代美術館コレクション「トスカーナと近代絵画」展を見て、自分の不明を恥じ、そして新しいことを知った喜びに満たされている。
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1章 トスカーナのロマン主義絵画にみる歴史と同時代性
19世紀初頭から半ばまでの絵画が集まっていた。

ヴィンチェンツォ・カムッチーニに帰属 ルイージ・カラファ・ディ・ノハ准尉の肖像 
ナポリ王フェルディナンド2世に仕えた軍人。好色そうないい男である。

ガエターノ・サバテッリ チマブーエとジョット 伝説の1シーンを描いている。羊飼いの少年ジョットが真剣に絵を描くのを、馬に凭れて眺める先生。少年はそれも知らずチョークで熱心に描く。チマブーエは白のマントを身に着けている。少年は瓢水を持っている。
西村書店のジョットの伝記絵本はこれを基にしたのかもしれない。

エンリコ・ポッラストリーニ ピーア・デ・トロメイの墓に来たネッロ セスティーニの小説のラストシーンを描いているそうだ。墓穴に横たわり、足元を既に埋められている女。それに驚愕し、彼女に抱きつこう・墓穴へ飛び込もうとする男、その男を止める人々。
劇的な情景が迫力ある筆致で描かれている。すぐそばの小さい十字架にはアザミと昼顔が巻き付いている。

アンドレア・ピエトーニ 煉獄におけるダンテとベアトリーチェの出会い ベアトリーチェは椅子に座り、彼女の頭上を天使たちが楽しそうに回る。虹の光背を持つベアトリーチェ。薔薇が足元にある。いつもの赤ずきんのダンテと人々。すぐ傍らにはグリフォン風な動物や、象徴動物である獅子と鷲がいる。音楽が聞こえてきそうな情景。

ジャン=バティスト・フォルトゥネ・ド・フルニエ サン・ドナート・イン・ポルヴェローザにあるデミトフ家の別荘(ヴィラ)のサロン ロシアの大富豪の別荘。イタリアに別荘を持つのは憧れだったのだ。ロシアと違い温かな南の国。ドイツでもそれは変わらない。
「君よ知るや南の国」は実感がこもった歌なのだ。ミニョンの歌。
さてここに描かれているのは、ヴィラ内の様子。ドームにまで絵が飾られている。ナポレオンの姪との姻戚関係もある大富豪のサロン。
面白いものを見つけた。
ドームに飾られた絵のうち、ちび天使らが岩を下へ落とすのだが、そこには眠る女がいる。慌てる大きな天使たち。どんなテーマと言うか、なにが元ネタなのか。笑えるなあ。

アントニオ・ファンタネージ サンタ・トリニタ橋付近のアルノ川 夕暮れ。ゴンドラが浮かぶ。シルエットで表現される。夕暮れと言うより黄昏かもしれない。
ファンネージはお雇い外国人として来日し、五姓田義松や浅井忠、山本芳翠、イコン画家の山下りんらを指導後、帰国した。


2章 新たなる絵画 マッキアイオーリ
カフェ・ミケランジェロに集う若きアーティストたち。
「マッキアイオーリ」とは斑点の意味らしい。
実は2010年に東京都庭園美術館で彼らの作品を集めた企画展を見ている。
「イタリアの印象派 マッキアイオーリ~光を描いた近代画家たち」
感想はこちら

イタリアの光を感じ、そのことを書いている。
個々の作品についてはほぼ書いていない。

ラファエッロ・セルネージ 女性の肖像 またしっかりしすぎるくらいしっかりした、意思的な女性の顔。まぁどちらかと言えば怖い。

ジョヴァンニ・ファットーリ 従姉妹アルジアの肖像 実は本画とチラシ(a4)が同じサイズくらい。小さいながらも個性のはっきりと刻まれた画面。
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ジュゼッペ・アッバーティ カスティリオンチェッロの眺め 強烈な陽光降り注ぐ地。これでもし情緒が欠けていたら、アメリカの砂ばっかりあるようなところを描いた絵のようにも見える。この地はみんな出かけたところらしい。

ジュゼッペ・デ・ニッティス オファント川岸で 牛牛牛…牛牛牛…牛牛牛…牛牛牛…

テレマコ・シニョリーニ フィレンツェの旧市街の通り 縦の絵。にぎやかでいい。
ああ、わたしが行ったのは2000年だった。2001年の映画「ハンニバル」のフィレンツェも素敵だった。また行きたいのはこのフィレンツェ。
この画家はモンマルトルにも行き、その様子を描いたものがある。ここにあるのを見たが、だれ一人いない風景になっていた。
わたしが行ったモンマルトルも誰もいなかった。

ジョヴァンニ・ボルディーニ ジュリア・テカペスティーニの肖像 黒の女。髪もドレスもみんな黒。薄いショールも。たぶん下着も黒。

クリスティアーノ・バンティ 夕焼け ああ、抒情的な風景。黄金の夕日の中に佇む三人。
イギリスのラファエロ前派風なロマンティシズムがある。
コロー風だと解説にあるが、わたしはそれ以上に物語風なときめきを感じた。

フランチェスコ・ジョーリ ディエーゴ・マルテッリの肖像 このマッキアオーリ一派の大パトロン。みんなを別荘に招いて楽しませたりした人。

ジョヴァンニ・ファットーリの絵が並ぶ。ヴィスコンティの映画「夏の嵐」を思い出す。
そして同じく「山猫」を。
つまりイタリア独立運動という社会的な背景を思い出すのだ。

ファットーリはガリヴァルディなどが活躍した同時代人。この時代のイタリアの社会的情勢に詳しくはないが、映画を見て、そこから読んだ資料などで学んだ。
偵察騎兵隊、止まれ、村の道…
陽光の強さにさらされた土地と、千年の時を超えて立ち続ける建造物と、二千年前からの道と。


ここでフランスの印象派とイタリアの近代美術との差異とが表になっていた。
正直な話、そこに一番驚いた。
この比較表で目が見開いた感じがする。

フランス印象派は、光学理論に基づく作品。浮世絵の影響、不安定な構図。
イタリアのマッキアイオーリは、15世紀ルネサンス研究。幾何学的、安定した構図。

むろんそこに思想が加わる。書いてあることを全部は写さぬが、衝撃的な発見だった。
そうだったのか。
それはやはりイタリア独立戦争が長く続く背景があったからだろうか。
とてもドキドキした。

3章 トスカーナにおける19世紀と20世紀絵画の様相
ここの絵は1章のそれとも似ている。

ミケーレ・ゴルディジャーニ 自画像 ボロッとしている。しかしこの画家はヴィットリオ・エマヌエーレ二世の画家だった。

ヴィート・ダンコーナ ジョアッキーノ・ロッシーニの肖像  どうも近年は「ッ」なし表記の名前になったらしい。 そう、音楽室に飾られてる肖像画の人ですがな。
わたしもついつい「セビリアの理髪師」とか「ウィリアム・テル」の序曲とか♪フンフンフンと鼻歌で歌ってしまう。
そう、19世紀末の肖像画の割には1920年代のモダンガールみたいな髪型をしているおじさんである。

アントニオ・チゼーリ キリストの埋葬 みんなでイエスの死体を運んでいる。聖母は上空を見上げ、ほかの三人の女はうつむいて泣いている。男たちも沈痛な表情である。

ドメニコ・モレッリ 聖アントニウスの誘惑 女の顔、女の体、倒れている女。聖人は懸命に無視しようとしている。色黒おじさんで、天を見上げて座すばかり。

プリニオ・ノメッリーニ アトリエ内のモデル 半裸の男を背後から描く。

オスカル・ギーリア 貝殻のある静物 シュールでどこか官能的。しかしよくわからない。

ジョヴァンニ・コステッティ物思いに耽る女性 1921年と言う制作年でか、モダンガールなマリアといった趣が強い。とても惹かれた。薄青の服。指輪。とてもかっこいい。

ヴィットーリオ・マッテオ・コルコス フランカ・ヴィヴィアーニ・デッラ・ロッビアの肖像 国王の血筋を引くモデルの美貌を、古代風+近代風によりお交ぜて描く。たいへん綺麗で、唇は色っぽい。イギリスのレイトンの描く女にも似ている。1923年か。

エリザヴェート・シャプラン ロベールとおもちゃの兵隊 坊やがこっち向き。なんとなく幸せな感じ。

ガリレオ・キーニ 船渠(ヴィアレッジョ) 船のドック。修理場。
リアルな感じがある。


4章 20世紀の画家たち イタリア絵画の立役者たちとその傾向
1916~1966の半世紀。

マリオ・カヴァリエーリ 客間 マティス風と言うよりヴュイヤール風な趣がある。
とても素敵な室内。親和性が高い。

ジョルジョ・デ・キリコ 南イタリアの歌 顔のない○○の二人が寄り添う。ギターで楽しく南イタリアの歌。多分ほんとは何らかの寓意が含まれているのだろう。

アルベルト・サヴィニオ オルフェウスとエウリュディケ 1951年当時の現代風俗の夫婦が並んで座る。向かって右にいる妻を見ない夫。セーターを着た二人。妻は夫を強く見つめる。これは1951年と言うこともあり、フランスのコクトーの映画「オルフェ」を描いたものかもしれない。映画の中で、夫への強い執着を持つ妻は、自分から心が離れた夫にわざと自分を見させようと画策した。描かれた妻の目つきはそれを思わせる。
もしくは「妻を見てはならない」夫ということを「妻を見る気にならない」夫に置き換えての絵か。それならアントニオーニ風か、もしくはイタリア伝統の艶笑か。
色々想うのも楽しい。

ミーノ・マッカーリ 女性像 顔色塗りすぎ。ポップな感じもある。いや、ドイツ表現主義風なところも。

カルロ・カッラ ニシンとアンチョビ ガラスの色が綺麗。純粋に色が綺麗な絵。

マリオ・シローニ 真昼 実はアダムとイブの二人がいる、という話らしい。蛇もない地で。楽園追放以後とも以前ともわからない。

1930年代には「パリのイタリア人」と呼ばれる画家たちがいたのだ。

マッシモ・カンピーニ 大階段 エトルリア風の女たち。不思議な雰囲気。
シュールなのか。

イタリアでの芸術活動は社会情勢とは決して無縁ではなかった。
階級間の断絶も厳しい。
ムッソリーニは直接には芸術にかかわらなかったが、芸術家たちの思想性に感銘を受けたらしい。
後に政権を取った時もムッソリーニは文化を応援した。前衛もOK。そのあたりがナチスとは違った。
前衛芸術を退廃芸術として焚書したのとは違う。しかし郡部は依然として保守的ではあったそうだ。
芸術と社会についても、今回の展覧会は色々なことを考えさせてくれた。
11/10まで。

橋本関雪 剛腕画人登場

こちらも終了した展覧会。
兵庫県立美術館「橋本関雪 剛腕画人登場」
銀閣寺道の白沙村荘に記念館があるから、わざわざという気持ちがあったのだが、やっぱり行っておいてよかった。たとえ終了前日であっても。
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関雪は神戸生まれの儒学の家の人で、師匠の栖鳳と袂を分かちながらも、大成した。
賢そうな動物たちと、物語性豊かな絵が多く、たいへん好きなものが多い。

第1章 誕生から文展入選まで

静御前 堀川夜討から材を得ている。急襲してきた土佐坊昌俊に対抗するため、静御前が義経に鎧を渡そうと走る姿。義経の鎧の胴には三頭の青獅子。この画題は人気があり、橋本雅邦も描いている。

恩賜の御衣図 菅原道真の流謫での1シーン。菅公はかつて帝から下賜された衣を戴いて涙している。
解説によると、この時代の関雪は播磨放浪期で、楽しまぬ日々を過ごしていたらしい。不遇さに共感したのだろう。

画題不詳 こちらも播磨遍歴の最中の作品。大達磨を江戸風俗の女たちがひっぱる、という戯画風な絵。

達磨大師像 ぎょろりとした大きな目玉のオヤジ。ちょっとばっちそう。

放牛図絵馬 力強い。これは播磨の曽根天満宮の所蔵。

十二幅対 わたしが見たのは7から12。ちなみに1~6のタイトルも挙げる。基本的に中国を舞台にした1シーンとして描かれている。
1. 桃林晩帰 2. 灯下鳴機 3. 田家暮雪 4. 柳堤春霞 5. 江上遇雨 6. 松林翠嵐 

7. 藤陰読書 
8. 繊手摘桑 やさしい手の婦が佇む
9. 清暑試茶 剪髪のチャイナ服の若い娘が庭に敷物を敷いて寝転がってる。
10. 柳陰老漁
11. 霜林樵父
12. 榴下公子 曲がる幹に体をもたせ掛け、頬杖して夢見る公子。明代風。

涼蔭

群仙図襖絵 アクの強い仙人たちがわいわいと楽しそう。蝦蟇も大きい。

第 2章 文展での活躍

失意 楽人らしく月琴を傍らに置く男と、ベッドにする男との対話。宋代から明代くらいの風俗。

琵琶行 この絵は上京区の美術館案内ガイドにもく出るもので、歌のタイトルでもある。中身もそれに沿う。
容色の衰えはいかんともしがたいが、彼女自身のこしかた、また身の処し方はこの場合、どうしようもなかったと思う。後悔しても始まらない。しかしそれでは物語にならないか。

片岡山のほとり 「ウッドワン美術館展」大丸神戸2011.1で見た。感想はこちら
左手の林の中にインド風な飢人がへたりこんでいる。右に聖徳太子一行。馬は白馬。太子に傘をさしかけるみずらの少年がいるが、可愛らしい花形の飾りを髪につけている。
 
南国  「姫路美術館の日本画」2006.6で新収蔵として紹介された。
感想はこちら
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威勢が良くていい絵。小さい黒いものは燕が飛んでいる姿。ウミツバメ。可愛い。右手の奥の船には猫も。

猟 今回のチラシのメインだが、基本的に猟はいやなので出さない。

煉丹 ぶきみな弟子と師匠が嬉しそうに煉丹作りに勤しむ。この様子を見ると、諸星大二郎の怖い短編を髣髴とさせる。道士というのはけっこう気持ち悪いものが多い。

寒山拾得図 賢そうな二人が林の中、静かに佇む。それぞれ離れて立ち、互いを見るともなしに見る。
容貌はヘンだが、奇矯さは見いだせない。

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これを最初に見たのは白沙村荘で壁にあったチラシ。所蔵先の川村が回顧展をしたのだ。
今も手元にあるが、当時はディズニー「ムーラン」もないし、静かな美しい娘の男装姿にときめいたものだった。

郭巨図 二十四孝の釜を掘り出すひと。三幅対。左に妻子、中に木と根元に釜、右に郭巨。キリスト教の絵のようにも見える。堂本印象的なタッチ。

林和靖 鶴好き林さん。

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西宮大谷でしばしば出るが、大きくていい絵。鹿の懐き方も可愛いし、小鳥もいい。キノコもはえて、秋の林のよさがある。ふっくら丸顔の優しい風情がある。

長恨歌 「京都と近代日本画」展2007.11 京都市美術館
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感想はこちら
「線を探して」京都市美術館2006.6初見。
感想はこちら
ちょっと大きいが、実物は薄い薄い白描なので、これを採用。

後醍醐帝(草稿)この絵巻がたいへん躍動感があって、よかった。わたしは物語性の濃い・文芸性の強い絵が好きなので、わくわくした。完成品は見ていないが、本当に素敵だ。

凍雲危棧図 浦上玉堂へのオマージュ。

諸葛孔明 三顧の礼。右手に孔明の寛ぐ草庵。雪が吹き荒れる状況が広がり、左手に赤・青・黄色の三人組が見える。そう劉備ですね。さすがに耳が大きい。

漁樵問答図 静かでいい世界。右に止まる舟の囲いの中少年が眠る。

仙娃図 黄色い衣服の婦がこれまた大きな兎耳のような髪型をしている。わりと好きな絵だが、やはり髪型が目立つ。

拾牛図 けっこうアクティプな牛~~~

邯鄲炊夢図 大きな屏風に眠る姿、家の中などが描かれる。邯鄲の夢は描かれず、現実の姿だけがそこにある。

羅浮僊図 しかし梅はなく、彼女は松の幹に身をもたせ掛けている。

楊妃酔酒 これはもしかすると、梅蘭芳が来日したときの感銘を絵にしたものかも。清方にもある、梅原にもある。そうだと思う。

摘瓜図 リアルな中国婦人を描きたいという気持ちで描いたそうな。丸顔の婦人が瓜を手にする。足元には福々しくワルそうな大猫がいて、彼女を見上げている。
この猫をみていると「金瓶梅」の雪獅子という猫を思い出す。ただしそれはわたなべまさこの絵の話。

武陵桃源図 角を曲がった途端、この大きな作品が!ぱぁぁぁっと気持ちが豊かになった。自分もここへたどり着いたような心もち。ああ、桃の香りがするようだ。

海鶴蟠桃図 まさにタイトル通り。モモはおいしそうな実をたわわに実らせ、花も咲く。花喰い鶴。
 
第4章 動物画の世界
誰よりも関雪の動物たちは賢そうである。ただしその分、可愛げは足りない。

意馬心猿 この絵を見知る直前に平凡社刊の水滸伝120回本(駒田信二訳)を読んで、「意馬心猿」の単語を知った。それで見たから、ははははは、という感じがある。
しかしその言葉が落ち着いた後、今こうして絵を見ると、馬も猿もやはり賢そうに見える。

一路功名図 鷺です。吉祥画。鷺が野心的な顔をしている。

玄猿 腕の長い猿でやはり賢そう。


唐犬図 これは大阪市立美術館の方のボルゾイとグレイハウンド。足立美術館の犬ではない。

霜猿 この絵の制作過程を映像に残していたので、興味深く見る。

第5章 戦争そして晩年
吉川英治と共に朝日新聞の嘱託として南方方面へ飛んでいる。

防空壕 東近美にあるが、実物は今回初めて見た。エネルギッシュなジャワ婦人の赤い唇、むっちりした身体。そして珍しく柄物の服、いいなあ。バティックて好き。

香妃戎装 この絵は院展90年記念展のとき、大丸で見た。チラシにもなっている。
香妃の話は神坂智子のシルクロード・シリーズで読んだ。その後に見ている。彼女は乾隆帝の要求に応じず、自分の信念を貫いた。いいなあ。
香妃戎装(下絵)もわるくない。

防空壕(下絵) 京都市美術館にある。最初に見たとき、とてもショックをうけた。いい絵だった。
本画とはまた違う魅力がある。

見たその日、図録完売だと聞いた。残念。
ところが翌日、図録が出現したそうな。
惜しいな、こういうこともあるか。

行ってよかった展覧会だった。

追記:2016.05.20
こんなチラシを見つけたのであげておく。
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黄河と泰山 中華文明の源と世界遺産

和歌山県立博物館「黄河と泰山 中華文明の源と世界遺産」展はたいへん面白い内容だった。
10/20本日までなのがとても惜しいが、わたしが見たのは昨日だった。もっと早く気づくべき展覧会だった。
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一級文物(中国における「国宝」)もいくつも来ていて、まことにありがたい。
そして後から気づいたことだが、中に一つ、2005年の「中国国宝展 新石器時代から北宋時代まで」国立国際美術館に出た菩薩の片割れが登場していた。まず間違いないと思う。
今回は右部分、前回は左部分の菩薩。釈迦如来像の背景の菩薩やと思うがご本尊は欠損。
しかしアルカイックスマイルといい、周囲の装飾といい、絶対そうだ。
右部分の菩薩の頭上には天人たちが奏楽にいそしんでいる。
因みにこちらはその左部分。右の今回のは惜しいことに画像を持たない。
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さて、先走ったがシンプルに並ぶ展示品を見て歩き、その私的感想をなんやかんやと書いてゆこう。もう期間も過ぎたので、いつも以上に好きなことを書く。
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獣面像 土製 新石器時代・後李文化 章丘西河遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
なんだか鼻筋が蛇柄のような。額から鼻にかけて「・・・・・・」と入ってる。

豚形像 土製 新石器時代・後李文化 章丘小荆山遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
こっちは背中に「・・・・・・」と入る。ウリ坊ぽい感じもある。豚も猪も変わらないというのがたしかこちらの事情だったな。おいしく食べていたのだろう。

磨盤、磨棒 石製 新石器時代・後李文化 章丘西河遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
これは穀物を磨る道具。いうたら板と麺棒。こういう器具はディズニーの「白雪姫」で見たのが初めてだったが、よく似ている。

灰陶豆、灰陶刻文尊 土製 新石器時代・大汶口文化 泰安大汶口遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
いずれも同じ時代のもの。よく残っていたなあ。山東省はこうした古いものが活きていてくれたのだ。

玉首飾 玉 新石器時代・大汶口文化 鄒県野店遺跡出土 山東博物館蔵
薄緑のものが6つ。玉への偏愛はこんな時代から。

牙雕筒 骨製 新石器時代・大汶口文化 鄒県野店遺跡出土 山東博物館蔵
元はトルコ石の嵌め込みがあったらしい。不透明な玉や石への偏愛。

黒陶甗 土製 新石器時代・龍山文化 臨淄桐林遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
チラシにあるが、これは蒸し器らしい。下を温めて上に置いた食べ物が出来上がる。

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玉刀 玉 新石器時代・龍山文化 日照両城鎮遺跡出土 山東博物館蔵
でかっっ!むろん実用ではなく儀礼・儀式用。

鼎 青銅 商時代 済南大辛庄遺跡出土 山東大学博物館蔵
饕餮くんがちらっと見える。埋もれが多い。

盉 青銅 商時代 済南大辛庄遺跡出土 山東大学博物館蔵
さらに時代が前かも知れないらしい。殷(商)の前は夏。夏の滅亡は褒似と幽王だったか。

玉人 玉 新石器時代・石家河文化 済南大辛庄遺跡出土 山東大学博物館蔵
横姿、どう見ても山羊人間。片手を突き上げている。(ポーズ的には「わが生涯に一点の悔いなし!」ではなく「米よこせ!」である)

次に殷周伝説の立役者・太公望(斉公)の実在が証明された高青陳庄遺跡からの出土品。
簋 青銅 西周時代 高青陳庄遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
盤 青銅 西周時代 高青陳庄遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
玉鳳 玉 西周時代 高青陳庄遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
この遺跡から「斉公」の銘を刻んだものが出ている。

盂 青銅 西周時代 曲阜孔林林前村遺跡出土 山東博物館蔵
魯の司徒の役を負うていた季氏が働いていたことの証明とか。
孔子の家の前の遺跡だったか。
わたしなんぞはすぐに「孔子暗黒伝」を思い出す。どきどき。

鳥飾支架 青銅 春秋時代 長清仙人台墓地出土 山東大学博物館蔵
これは上部と中部に鳥の飾りが二つある、ひっかけもの。そんなに大きくない。何をひっかけていたのだろう。バナナ吊りくらいの大きさに見える。造形的に可愛いが。

升(陶量) 土製 戦国時代 前斉魯大学明義士採集 山東博物館蔵
これは20リットル入るらしい。古代の度量衡は国によって異なっていたのでややこしい。

兵器をいろいろ見る。いずれも青銅で、山東博物館蔵
なにに分類できるかわからぬものもある。
戈  周時代 胶東文管会収集
矛  春秋戦国時代 山東省博物館文物組収集
刀子  春秋戦国時代 斉魯大学収集
剣  春秋時代 五蓮遅家庄出土 ウッチ、か。
鏃  戦国時代 滕州柴胡店区前井亭村出土 くっきりした鏃。

斉刀幣がある。こちらもむろん青銅。
春秋戦国時代のものばかり10点。刀の形のおカネ。
いつくらいまで流通していたのか聞いたけど、忘れたなあ。

編鐘(8点)青銅 戦国時代 章丘女郎山墓地出土 山東省文物考古研究所蔵
あああ、なんだか古代の高士なり役人なりがポンカラキンコンカン、と打ち叩く姿が浮かんできた。風にそよぐ袖ということは、外での演奏なのか。ときめく。
音楽も正しく演奏することで、世界の秩序回復をもたらす力を持つ。
音色自体は泉屋博古館の本館で録音されたものを聴いている。

孔子像軸 紙本着色 明時代 曲阜孔廟旧蔵 山東博物館蔵
おおっフルカラー。役人姿の孔丘。前歯がけっこう大きい。上に「元氣萃聚」から始まる一文がある。萃も聚も集まる、の意味。元気が集まるという意味なのか、元の氣が集まる、という意味なのか。

骰子 青銅 秦漢時代 濰県陳介祺出土 山東博物館蔵
18球面体。始皇帝は無辜の罪人を拵えるような厳罰化した法治国家を作り上げたが、一方で沛県に住まう劉希なんて任侠の徒(というよりやくざだな)なんぞもいたわけで、取り締まりは厳しいがそれでも抜け道があった。
またそれ以前から闘犬・闘鶏も盛んで、サイコロ賭博も人気だったのだ。だからこうして現物が残る。
後に皇帝になった季(劉邦)は晩年になってから、サイコロ賭博を楽しんだ昔を思い起こすことがあったろうか…。

升(陶量) 土製 秦時代 鄒城市紀王城出土 山東博物館蔵
これは1000ml入る。度量衡はすっきり統一した方がいい。

香炉 青銅 漢時代 伝世品 山東博物館蔵
よく守られてきたなあ。最初からずっと大事にされ続けてきたらしい。
可愛らしい鳳とも孔雀ともつかぬ華やかな鳥が摘みについている。

「済南都尉」印 青銅 漢時代 済南植物園出土 山東博物館蔵
なんとなくロマンティック。植物園から出土という所が。

青銅鏡を色々みる。前漢から後漢まででいずれも滕州豊山墓地出土品。
日君忠連弧文銘帯鏡  前漢時代 
四乳禽獣文鏡  前漢時代 
四乳四虺文鏡  前漢時代 
蟠螭文鏡  前漢時代 
四乳八鳥文鏡  前漢時代 
五乳五鳥文鏡  後漢時代
八鳥簡化博局文鏡  後漢時代
鳥文鏡  後漢時代
王氏四神博局文鏡  後漢時代
特に可愛かったのは五羽の小鳥がくるくる舞う鏡。ハイジの可愛がったピッチに似てる。

次に明器をみる。いずれも漢代のもの。仏像が現れるまでは全て、死者への鎮魂のものが並ぶ。

楼閣 土製・彩色 臨淄乙烯廠墓地出土 山東省文物考古研究所蔵
尊 施釉陶器 長清前夏墓地出土 山東省文物考古研究所蔵
博山炉 施釉陶器 長清前夏墓地出土 山東省文物考古研究所蔵
神仙思想は絶えることがない。

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漢代の頃、既に生きた殉死者ではなく、ヒトガタや馬の形のものを埋める。
武人俑 土製・彩色 長清前夏墓地出土 山東省文物考古研究所蔵
凄い大きな目っっ!口開けてるが、びっくりするなあ。

人物俑(3点)土製・彩色 青州香山漢墓出土 青州市博物館蔵
これはまた三種みんな顔が違う。朱がよく残り、はっきりしている。

馬俑(2点)土製・彩色 青州香山漢墓出土 青州市博物館蔵
どちらも足がない。最初見たとき、てっきり座る馬なのかと思ったほど。
赤と白。汗血馬とアラブ馬風。

耳杯(3点)土製・彩色 青州香山漢墓出土 青州市博物館蔵
これがまた今の耳付きシリコンスチーマーの蓋なしにしか見えない!グラタン皿というよりシリコンスチーマー。シンプルさがまるで北欧風。

いよいよ仏教伝来後である。
仏坐像 銅造鍍金 北朝時代 省文管会収集 山東博物館蔵
仏坐像 銅造鍍金 北斉時代・武平5年(574) 前省立図書館収集 山東博物館蔵
関係ないが、この時代に蘭陵王(羅陵王)がいたのだなあ。

仏三尊像 石灰石 東魏時代・武定2年(544) 伝世品 山東博物館蔵
先般、大阪市立美術館で北魏の白い仏像を堪能したことを思い出す。

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牛車 土製・彩色 北朝時代 済南八里窪北朝墓出土 山東省文物考古研究所蔵
牛の目にアクセントがある。大きな牛。
こうして見てみると、海洋堂のフィギュアのようにも見える。
大英博物館の海洋堂製品を想う。

風帽俑 土製・彩色 北朝時代 済南八里窪北朝墓出土 山東省文物考古研究所蔵
ああ、Aみたいな形の帽子ね。

胡人俑 土製・彩色 元時代 済南祝甸遺跡出土 山東省文物考古研究所蔵
動きだしそうな形。鼻も高い。

1996年に発掘され世に出た仏たちを観る。
仏立像 石灰石・彩色 北朝時代 青州龍興寺址出土 青州市博物館蔵
白鳳仏の原型のように思われる。6世紀後半の寸胴な仏像。

菩薩立像 石灰石・彩色 北朝時代 青州龍興寺址出土 青州市博物館蔵
これが冒頭に挙げた菩薩像の向かって右の菩薩かと思う。
画像がないのが残念だが、とても綺麗なのだった。
アルカイックスマイルをたたえ、綺麗で、マリア観音のような風情もある。頭上の天人たちの奏楽もたいへん楽しそうだし、浮彫もきれい。
どきどきした。

白磁刻花魚文碗 白磁 北宋時代 省文物店購入 山東博物館蔵
英語だとボウルか。そのボウルの底にうっすらとお魚。いいなあ。

青花杯 白磁 元時代 益都県糧庫工地元代墓出土 青州市博物館蔵
これは日本の茶人だと何か別なものに転用しそう。可愛い。そんなに濃い色でもない。

青玉佩飾 玉 明時代・洪武元年〜22年(1368〜89) 鄒城魯荒王墓出土 山東博物館蔵
全長60cmで工夫の凝らされたつなぎ方。水色の綺麗な玉が大小のパーツもいい配置に。

藍綢蟒袍 錦・金襴・繻子 清時代 山東軍区移管 山東博物館蔵
うむ、高級な袍。

ここからは泰山。
泰山と言えばこのセリフ。
「泰山は崩れんか、梁柱は折れんか、哲人は死なんか」
ときめくなあ。
始皇帝が封禅しているが、それ以前からの山岳信仰と言うものがあったようだ。
中国の山岳信仰と言うものはどのような形なのか。
知りたいと思う。

再び旧時代のものを見る。
玉璋 玉 新石器時代・龍山文化 沂南羅圈峪祭祀坑出土 沂南県博物館蔵
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玉璋 三点 玉 新石器時代・龍山文化 沂南羅圈峪祭祀坑出土 沂南県博物館蔵
太古の時代の神々への供物は生命であり、そして祈願するものは玉を身に着ける…

玉斧 玉 新石器時代・龍山文化 沂南羅圈峪祭祀坑出土 沂南県博物館蔵
大変緑色が濃い。

罍 三点 青銅 戦国時代 泰安城南霊応宮南半里許窯業工地出土 山東博物館蔵
神への供物を煮て食べる…

玉音仙范 紙本墨書 清時代 岱廟旧蔵 泰安市博物館蔵
時代の飛び方がすごいな。

法輪 銀製鍍金 清時代 岱廟旧蔵 泰安市博物館蔵
真ん中に三つ巴の意匠があり、トルコ石と貴石が嵌め込まれている。あとは欠損。勿体ない。綺麗な透かしづくり。

清乾隆五岳銅方炉 青銅 清時代 済南金属回収管理局採集 山東博物館蔵
どこがみつけたかをよくよく見て、ひっくり返りそうになった。

清刊『泰山志』(12冊) 紙本墨刷 清時代・光緒24年(1898) 省文管会旧蔵 山東博物館蔵
この近代でも泰山はまだ尊い山なのだな。

泰山娘娘 紙本色刷 民国時代 採集 山東博物館蔵
北京辺りにもよく残る民画の版画。真正面の泰山娘娘の神様。赤色が強い。にこやか。

鸚鵡の置物(民国店坊商招-鸚鵡家) 木製彩色 民国時代 泰山管理処寄贈 山東博物館蔵
これはまた可愛い。赤い門の内に緑の鸚鵡が二羽止まるという形。何の店屋か知らんけど、民国時代の工芸看板は楽しいものが多い。天理の博物館がたくさん蒐集している。

特別出品がいくつか。
漢画像石・河伯遠出 紙本墨拓 原品は後漢時代 滕州漢画像石館蔵
河の神様がお出かけなのか。中国の拓本技術について、谷崎潤一郎は「瘋癲老人日記」でたいへんほめそやしていた。

漢画像石・孔子見老子 紙本墨拓 原品は後漢時代 滕州漢画像石館蔵
いるいる、二人が遭う所。何段かに分かれているが、間に人面の獣が見える。これはあれか、開明獣か。だとするとますます「孔子暗黒伝」~~~♪

泰山石刻 紙本墨拓 原品は秦時代 泰安市博物館蔵
この書は李斯のものらしい。

経石峪金剛経石刻(4幅) 紙本墨拓 原品は北斉時代 泰安市博物館蔵
書いてある順から書く。隷書と楷書の間くらいの書体だった。
一文字目は字が出てこない。残りは、謂 如 善。

第一山 紙本墨拓 原品は北宋時代 泰安市博物館蔵
縦書き。草書体。これは扁額。

泰山神啓蹕回鑾図(2巻) (複製) 原品は北宋時代泰安市博物館蔵
象に乗る姿も見える。なんだかうらやましいぞ!

出る文字はみんな出してるが、これらはwindows7での打ち込みなので、macやケータイ・スマホでは文字化けしている可能性がある…

実にいい展覧会だった。

石垣栄太郎展

和歌山県立近代美術館の石垣栄太郎展の感想。
申し訳ないことに今日で終わり。私が見たのは昨日。
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生誕120年記念ということで、あちこちから集まった作品や資料。熱心な仕事ぶりを感じさせる企画展だった。
作品の多くはここの所蔵と太地町の石垣記念館と個人蔵から。

明治の和歌山の人はアメリカへ多く出稼ぎに行き、そこでがんばった人が多い。現に三尾村というところは通称あめりか村(大阪のアメ村とは違うよ)とも呼ばれていたし、寄付金もドル払いだったそうだ。

さて石垣は新宮育ちで学校の先輩に佐藤春夫がいた。
春夫も小説や詩だけでなく、学生時代は絵も描いた。二人はいつもコンクールで首位を争っていたそうだ。
この時代の新宮には大逆事件の大石誠之助(彼をモデルに辻原登は「許されざる者」を書いている)、沖野岩三郎、そして西村伊作がいた。文化的にもレベルが高い雰囲気がある。

石垣は父の誘いで16歳で渡米した。懸命に働いたそうだ。
元々メソジスト教会に出入りして英語も学んでいたようで、カリフォルニアでも教会に通っていたが、2年後に天長節の日に仏教会がご真影礼拝させたのを指弾したことで、メソジスト教会が不敬糾弾運動に晒される。口は災いの元で、石垣はシスコへ一人旅立つ。

やがてシスコで管野衣川という詩人と知り合い、数年後には彼の妻で15歳上のガートルド・ボイルという彫刻家と共にNYへ駆け落ち。時に21歳。

ガートルドの拵えた石垣像はたいへんハンサム。
本人の若き自画像も彫像に劣らぬハンサム。

ガートルドは抱き合う男女が解け合うような像を作っている。

石垣の仕事を見る。若い頃から一貫して分厚い絵である。
彼は片山潜と交流を深める。
絵は社会への告発とある種のシニカルさが生きている。

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チラシの「街」は本来はもう右半分にも続きがあるのだが引き裂かれ、二枚の絵としてここにある。
1920年代ファッションに身を包んだ若い女たちと、苦々しくそれを見るシスターたち、街にたたずむ様々な人々。
いずれも重い色彩、そして重い空気。

石垣は十年目にガートルドと別れるが、ほかにも女出入りがあったようで、絵の引き裂かれ事件はその余波らしい。

コミカルさよりむしろアイロニーに満ちた風俗画が続く。拳闘、二階付きバス、失業音楽隊。
失業音楽隊は1928年作。これは前年にトーキーが始まり、それで弁士も音楽隊もみんなクビ。そのあたりを描いたのがミュージカル「雨に唄えば」、また横溝正史「悪魔の手鞠唄」もトーキーで弁士が失業したことから話が始まるのだ。
絵は楽団がフェリーで音楽をかきならすシーン。右端に立つ赤い服の女は後の伴侶となる綾子。

石垣はモダンガールに対してある種の苦みを感じていたのか、決していいようには描かない。
都市生活を享楽する女が嫌いだったのか。とはいえ彼のラブ・アフェアはいずれも都会的なものなのだが。

ところで彼と別れたガートルドは精神障害を起こしてしまう。それを知った石垣と綾子は自分たちの住まいに彼女を引き取り、三人で暮らす。
翌年、ガートルドの先夫の菅野が彼女を引き取り、今度は正式な結婚をする。
菅野は偉いと思った。

石垣はその頃、日本の独立美術協会に参加し、海の向こうから作品を送る。言われてみればその作品は確かに独美にぴったりな力強さがある。

1929年秋、左翼雑誌「ニューマッセズ」に「腕」を表紙絵として出す。この絵は翌年オランダで開催された「今日の社会主義芸術国際展」にも出る。かっこいい。

ニューマッセズと聞いて思い出すのが「世界を揺るがした十日間」のジョン・リード。
その通り、石垣は1930年に「ジョン・リード・クラブ」の創立者の一人となる。
わたしは1981年の映画「REDS」を忘れない。
あの映画の冒頭に、当時本当にジョン・リードと関わりを持った人々(老人たち)が証言者として様々な話をする。
今から思えばそのメンバーの中には、石垣栄太郎を知る人もいたに違いない。

1930年代の作品を見る。

ボーナス・マーチ ワシントンでのデモ。倒れる白人をかき抱く黒人男性。一瞬フジョシ向けかと勘違いするが、むろん違うイデオロギーの発露。

キューバ島の反乱 これなどはほかの展覧会でもよく見かける。キューバ革命。ゲバラとかカストロとかはもう少し後年か。

群像 全裸の人々が戦車に押しつぶされつつ、抵抗する。昔の若い女の体の妙な官能性に惹かれた。
どうも思想より違うものを見てしまう。

K.K.K. 不穏な存在が不穏な行動に出る姿を描く。1920年代が一番彼らが横行した時代らしい。黒人を殺そうとするのを止める人ともみ合うシーン。

人民戦線の人々 団結のイデオロギーがちょっと強すぎる。もうロルカは殺された頃か。

抵抗 バスクの逞しい女たちが次々と敵を海へ放り込む。意外とカラフル。エネルギッシュ。

さてかっこいい1920~1930年代ではあるが、同時に大不況の時代でもある。
米国の雇用促進局(WPA)からの依頼で、ハーレム裁判所の壁画制作を請け負うが、向こうの勝手な都合に振り回され、描いている最中に途中で担当を外され、出来上がりを見てみたら、色々と文句を言われてしまうことになった。
今で言うたら「炎上」状態に。
結果、気の毒に壁画は撤去。

草稿などを見ると、非常に力強い仕事をしているが、それだけに気の毒。

素描一つにしても随分たくさんある。
すべて重いものがテーマである。
K.K.K.のリンチ、中国における毒ガスと戦争など。
人体もよく描けている。マッセズ(大衆)であり、マッチョ(筋肉)である人々。

ところで石垣は社会主義を信じきっていたが、スターリンの大粛清で社会主義にがっかりした。それで絵も描けなくなった。描く理由が消失したのだ。

とはいえ、それでも「画家」として描くべきことはある。
少年と牛 日本少年が「近江のお兼」ぽいことを牛にしている。

プレッツェル売り 栃木県立美術館蔵。この美術館は渡米画家の作品をよく集めている。一度行きたいと思う。
プレッツェルはドーナツみたいに見える。カラフルな女たちが喜んで買うのだが、売り子の黒い男はぼんやりしている。

女の肖像 同じジョン・リード・クラブの一員で仲良しのグロッパー夫人。ショートカットでキリリとしている。

アーチスト・コロニーの「ヤド」と言うところはみんなのたまり場だったようで、楽しそうなダンスの絵を描いている。
また、近くにあった黒人酒場もいいムードで描く。
社会主義の風は薄れ、人間そのものを描こうとしているように見えた。

日中戦争をも描く。社会主義者としての目ではなく、人権を守りたい者の目で描く。
そして若い頃に好きだったウィリアム・ブレイクを思わせる「恐怖」「強風」という作品がある。
風は魔の風である。人々はその風にさらわれ、動きを止める。

第二次大戦後、風俗画を描く。
バーゲンセール(禁男の間) これは笑えた。個室の試着室はなくみんな一斉に試着する、それをプールの監視員のような高いイスから女がみている。

女の勝利 あのバスクの女たちにも負けぬ強さで、男たちの首根っこをひっつかまえてノシノシ歩く女たち。

一方で失意を描いた絵もある。
レジスタンス、カタストロフ、地獄へ・・・

そして1951年赤狩り。マッカーシー旋風。レッドパージを受けて、石垣は妻綾子と共に国外追放。
実に42年ぶりに日本の土を踏み、母と再会する。

三鷹に住まうが作品は米国から持ち帰ったものを発表するにとどまったらしい。
石垣は戦争中、欧州から逃げてきた日本人画家たちを国吉康雄らと共に出迎え、色々世話を焼いたそうだ。
若いうちから一貫して主義を持ち、交際も広い人だったから、世話上手でもあったのだろうか。

やがて1955年死去し、遺作展が開かれるが、詩人で作家の高見順も一文を寄せていた。
野口弥太郎は石垣を完全にアメリカナイズドされた人だと書いている。

展覧会ではほかに彼と米国で親交のあったヘンリー・杉本、野田英夫、国吉等の作品が少しばかりある。
絵よりも彼自身の生涯にわたしは惹かれている。

今更だが、面白い展覧会だった。

和歌山→神戸ツアー

和歌山へ行くことにしたのは、どう考えても松江に行けそうにないからだった。
がっくりしたせいでか、昨日は出光美術館の感想をあげた前後の記憶がないし、風呂で溺れそうになったりした。
いかん、これはいかん。
というわけで何の気なしに和歌山のサイトを見れば、10/20までのいい展覧会があるし、一方神戸岩屋の兵庫県立美術館が夜間開館するというので、和歌山から神戸というツアーを思いついた。
これが来週なら「スルット関西3days」チケットを使うところだが、今は何もない。難波からの往復券という企画チケットなら和歌山バスも使えるのでラッキーである。
しかも近鉄難波から阪神なんば線に乗ると岩屋へも近い。
というわけで、和歌山へGO!!

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先に近代美術館へ入る。
この日はレストランが貸しきりで、おわびのコーヒー券を出していた。その気持ちが嬉しいが、コーヒーの苦手なわたしは胃痛で苦しむことになった。本当にバカな私。

さてわたしは企画展の「石垣栄太郎」、常設展の「コレクション展2013秋」、「香山小鳥 ゆめの日のかげ」を見てたいへん感銘を受けて、次にお隣の和歌山県立博物館での「黄河と泰山 中華文明の源と世界遺産」を見て、これまた非常に好ましいものを見たと大喜びした。
とはいえ常設展は別として企画展と特別展はどちらも10/20明日までではないか。
とりあえずツイッターでうだうだ書いておこう。
ついでに言うと、和歌山近美の常設はカメラ可能である。

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あまりに耽溺しすぎてえらく時間がかかった。
お昼を食べることもできていない。
駅に戻っても何もないが難波まで1時間かかるのでどうにかしないといけない。
忙しいのである。それで某ハンバーガーショップに入ったがこれが失敗。何のためにものを食べているのかよくわからない。レジも回っていない。いや、都会並のサービスを求めるわたしが悪いのだ。

行きはやたら時間がかかると思ってイライラしたが、帰りはまだ早く感じたが、物理的な時間は変わらない。結局四時半に難波に着いた。そこから近鉄に向かい、尼崎経由で岩屋に行くのだが、阪神は特急と普通を乗り継ぐのに忙しい。あっと言う間に五時半で、もう真っ暗な岩屋にでた。

兵庫県立美術館へ向かって歩くと、またまた変なものが建物の上にある。前は蛙のオブジェだったな。
今は・・・あっやっぱり蛙か。1382194425672.jpg
しかしライトアップされているのを見ると、どう見ても怪獣にしか思えない。

ここも明日までの「橋本関雪」展が開催されている。
正直なところ、学生の頃から「白沙村莊」に行ってるから今更と思ったのだが、やっぱり関雪はスゴかった。
うーむうーむとうなるばかりになった。
図録も完売している。
まぁそりゃそうでしょうね。うむうむ。

常設も見に行ったが、ここにも関雪の屏風がでていて、そのスケールに「ををっ」。
小磯・金山の常設も楽しみ、新しい寄託品など見てから館をでる。
わたしはここから王子公園駅まで歩くのだよ。

駅に着いた途端、ホームに電車。喜んで乗って西宮で乗り継いで、十三で乗り換え。
ほぼ12時間のツアー終了。
有意義な一日になったなあ。

明日からはこのあたりのちょっと手遅れ感の漂う感想を挙げて行きます。

仙厓と禅の世界/特集展示:一休ゆかりの床菜菴コレクション

出光美術館で「日本の美・発見Ⅷ  仙厓と禅の世界/特集展示:一休ゆかりの床菜菴コレクション」を楽しんだ。
仙厓さんは出光美術館のそもそもの始まりの重要な存在。
その仙厓さんが先人として敬ったのが一休さんである。

禅の道は厳しい。
道の中にいる者にも、道の外に佇むものにも厳しい。
師から弟子へ教えを伝える。衣鉢を継ぐ、というのは実感のある言葉なのだ。
臨済宗の高僧で、博多に住まい、近辺の人気者だった仙厓和尚。
禅の厳しさをわかりやすく可愛らしい絵にして世に送った。

2010年「生誕260年 仙厓 ―禅とユーモア―」
(感想はこちら
2011年「大雅・蕪村・玉堂・仙厓 「笑」のこころ」
(感想はこちら
それ以来の仙厓の展覧会なので、お客さんもわいわいと湧き出ている。

昔はこうした禅画や俳画といったヘタウマというか「きれいでない絵」は好きではなかったのだが、だんだんと感化され、しみじみと味わえるようになっている。

東輝庵画賛 若い頃の厳しい修行の日々を思い出し、その庵を描く。田舎の風景の中。

馬祖・臨済画賛 吠えてはる~。いや、ほんとに吠えてはるわけです。禅は吠える人が多いなあ。それだけ弟子との人間関係が密接だとも言える。
しかし怖いよ、「一喝三日」vs「打拳爺」ですがな。手をグーでどつく。

千光祖師(栄西)画賛 来年は東博でこの人の展覧会がある。この絵も出るのかな。

自画像画賛 後ろ向きの姿。形が福岡銘菓の「ひよこ饅頭」ぽい。さすが「博多の仙厓さん」。達磨風なイメージで「そちら向いてなにしやる」とあるけど、ひよこ饅頭。可愛くておいしそうですなあw今なら「博多通りもん」のお菓子になるかな。

虚白院独居画賛 博多の日本最古の禅寺・聖福寺の123世住職を務めた後、隠居してこの可愛い庵に住まう。博多っ子(ときたら長谷川法世「博多っ子純情」)のたまり場になったそうな。それも人徳やなあ。
わび住まい。木に囲まれた建物。落ち着く佇まい。

雪中虚白院画賛 絵としてとてもいいと思う。深い情趣がある。雪は全ての音を深く飲み込む。心の静けさがここにある。二階建てで障子が大きい。デッサンは狂っているが、それがまたいい。この二枚の虚白院の絵はとても心に残る。

随問略記帳(『碧巌録』講義) これを見てから偶然にも四天王寺さんで『碧巌録』の解説だったか、平凡社の東洋文庫の本、それを見かけた。ただ、こちらにそれを読み解く力がない。

舟子徳誠画賛 弟子になるべき人材を探し求めていた舟子。ようやくみつけたのはいいが、なんとそれを舟から蹴落とす荒行。そして弟子としてすべてを託せると見極めついた後は、自身が舟からドボン。…禅の道は険しい。
絵は舟から蹴落としたところなので、わたしのような慌て者は「あっ!事件の現場!!」と思ってしまうのだった。

香厳撃竹画賛 悟りを開く契機が、竹にあたる音か何かで「!!」というのも、人間の心の不思議さ。津本陽の剣豪小説「柳生兵庫助」で面白いシーンがあった。
甥や息子ほどの天与の才を持たぬ柳生但馬守だが、若い頃に些細なことで、「西江水」の理を会得する。それもまた人の心の不思議さを思わせた。

2. 仙厓版「禅機図・祖師図・仏画」集成-仙厓と禅の世界
世間に流布しているものを和尚の解釈で絵にして賛も付ける!
(もしかすると、ある意味われわれブロガーの先達かもしれない…)

臨済栽松画賛 次世代のために松を植えた師の黄檗は、やがて来る隆盛を確信する、という話。ここではスコップもって立つ姿。エコロジー。松だからスギ花粉症にもならないし。

南泉斬猫画賛 これは今回のチラシ・チケット・図録を飾る絵なんですよ。
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わたしもこの話は知っている。ネコの可愛さ。うう、それだけに無惨。
この猫は可哀想なの。それでか、以前に永青文庫の「小さいもの 骨董入門」ではナビゲーターとして頭の上に光のわっかを載せて、働いていた。
その感想はこちら
ブサカワなにゃんこ。尤も仙厓は斬った南泉にも・斬らせる状況に陥れた連中にも、容赦はない。
首座も老師もみんな斬られてまえ、ということ。
そういうのを読むと、やっぱりまだほっとする。 

狗子仏性画賛 にゃんこコロシする奴らでも、このわんこ二匹には「わー可愛い~~」という状況になる。
なにかあるのか、禅僧たち。みんな犬派なのか。
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狗子画賛 この絵は最初に見たとき何も考えんと「わー可愛い~~」とどこぞの禅僧のような状況になって、絵葉書喜んで購入したのだった。
ところが一見可愛い絵でもよくよく読み解けば、深い心が潜んでいもする。
わたしなんぞはそんなところまで読めないし、読まない。

阿弥陀如来図(宗像大社阿弥陀経石拓本) 立派な拓本の隙間に和尚の絵が入る。
阿弥陀の弥は正字の「彌」で中のxxあるいはメメから妙な連想が湧いて、「ねじ式」の「メメクラゲ」を思い出している。

三聖吸酸画賛 老子が割とフツーに酢を舐めてる。釈迦は円満具足なお顔。孔子は「すっぱーっっっ」な顔。

3.仙厓禅画にあらわされた教訓 厳しくも優しい導きのかたち

指月布袋画賛 この絵を見て若き出光少年は はっ となり、それから大コレクターの道を行くようになったそうだ。仕事にも趣味にもそうして邁進して、立派な生涯を送ったわけだが、こうなると、この絵こそが出光佐三の「禅機」そのものかもしれない。
プリッとした子供と布袋さん。

坐禅蛙画賛 蝦蟇がにっこり笑って坐っている。いちいち意味を考えないといけないのだろうが、やっぱり可愛いと思う気持ちが先に立つ。
江戸時代の識字率は高いと言うが、実際のところ、みんな理解していたのだろうか。
ちなみにこの賛がすごくイケズ。「坐禅して人から仏になるならハ」蝦蟇もなるがな、ということですな。蝦蟇にも仏性具わってるかもしれんぜ~~山川草木悉皆…
いや、あれだわ、仙人の使い魔か、蝦蟇は。妖術もOKだしね、自来也(児雷也)。

一円相画賛 これをみると吉原治良とか八木一夫の作品が頭に浮かぶのだよな。
そうそう、車田正美「リングにかけろ 2」で剣道家の倅たる伊織が、いたずら好きの主人公・麟童により、家に伝わる「一円図」に落書きされて激怒するエピソードがあるけど、その父たちはむしろ、その一円図に素直に顔を描く主人公の心根を楽しむのだった。
こういうのが実はいちばん禅問答に近いのかもしれない。

切縄画賛 蛇や思うたら切れた縄だった、という情景。「夜にはすべての猫が灰色に見える」ということですか。いや違うな、蛇=やっぱり怖いものという意識での話か。

頭骨画賛 「よしあしハ目口鼻から出るものか」髑髏の穴ぼこからヨシだかアシだかが伸びている。打ち捨てられた髑髏の話には色々と興味深いエピソードがある。

夕納涼画賛 そしてそのヨシだかアシだかの生えるところで夕涼み。人間は良し悪しを選べない状況にあることも、ある。

尾上心七(新七)七変化画賛 江戸を穢土にしての口上だが、どうもあほだら経を思わせるテンポの良さがある。チャカポコチャカポコ…ぽい感じ。

二つの同じような絵がある。
鯛釣恵比須画賛 鯛がうんざりしている。
鯛釣恵比須画賛 二匹も釣らぬのが美徳、ということ。

恵比須・大黒画賛 まぁこれは大物釣った後の嬉しそうな顔を記念撮影した、ような雰囲気。
大黒さんがにこにこして可愛い。
 
さじかげん画賛 「生かそうと殺そうと」おいおい。御匙が腹黒い顔してる。

七福神画賛 手前で布袋が寝てる絵で、これは前々回の展示の時にも人気だった。
ちょっと水島新司のキャラぽい雰囲気がある。

4. 斎藤秋圃筆「涅槃図」と仙厓遺愛の品々参考出品

絶筆碑画賛 将棋の駒みたいな形の石に「絶筆」て…これ実在したのか。

老人六歌仙画賛 これは透明なポストイットがショップにあるはず~~可愛い。

百老画賛 メガネ爺さんが可愛い。大久保彦左衛門メガネ。

涅槃図 ばっちぃ賛やなー。筆の見た夢という形。煎茶道具も泣いている。

双鶴画賛 鶴は千年、亀は万年、われは天年…天然とは違う、すごい技巧な人だな~~

これまでなかった広い空間が出来ていて、そこにも展示が並んでいる。
あるのは仙厓の遺愛品。

姥ヶ餅焼茶碗 大津の名物餅?梅が枝餅の方がリアルくないですか?たまにはこういうのを食べてのんびりしたい。でもわたしはちらっと見て通り過ぎるだけ。
歯磨きとか色々考えるし。

茶杓 銘 明けぼの 櫂先が暗い。

茶杓 銘 寿 白い山のようだ。

箱崎宮鳥居形陶硯 びっくりしたなあ。モロに鳥居ですがな。大浪も来てる。わざわざ拵えたそうな。

志賀宮古材文台 志賀島の宮司からもろたそうな。ここから金印が出たんだっけ。あとそれから檀一雄が晩年住んでいたはず。

書画入煎茶碗箱 目鼻を書き加えてて可愛い。

亀石之銘巻/亀石 亀に似た石で、甲羅には子亀も乗ってるがな。
飛鳥の亀石とはまた全然違う代物です。

一休ゆかりの床菜菴コレクションと仙厓
一休さんが応仁の乱を避けて、堺手前の住吉大社近くへやってきました。
野菜畑を埋め立てた地に拵えた庵です。
今は住吉公園の裏手に石碑だけが残るそうな。

一休宗純像 本人の賛あり。髯に唇には朱。1989年秋、東博へ初めて出かけたとき、一休禅師の特集陳列があった。長渕剛そっくりだと思ったなあ。
この絵もよく似てる。

額字「床菜菴」 力強っっ!ここからは全て一休さんの書。絵は別。

羅漢図 青と白の獅子が機嫌よく噛みあう。可愛いなあ。

禅寺特有のおっしょさんの肖像画シリーズ。賛は全て一休さん。これは殆どが賛美なんだが、その調子を見ていると、司馬遼太郎「韃靼疾風録」に描かれた、草原の人々の賛美にそっくりで、笑えた。要するにヒトサマのことをエエように書くとこうなる、という見本ですかな。

臨済義玄像、虚堂智愚像、南浦紹明(大應国師)像、徹翁義亨像、言外宗忠像、華叟宗曇像、宗峰妙超(大燈国師)像。
最後の人は前に読んだ本に出ていたので、なんとなく親しみがある。

一行書「一日不作一日不食」 働かざる者食うべからず、の標語を掲げてその通り実行したそうな。

さて、出光美術館と言えばやきものを忘れてはいけない。
主役の時もあれば脇役としてピカッと光ることもある。
今回は脇役でピカッと光っていた。
(主役の時は不意打ちがないので、いきなりピカッと光ることはない)

色絵呉須赤絵写花鳥文水指 おお、奥田穎川やん。なんか嬉しい。

今回、「上野焼」というものを見た。
上野と書いて「あがの」である。コウズケでもウエノでもない。
栃木や伊賀でもない。福岡県田川だという話。
三彩、色絵、織部、黄釉、鉄釉、飴釉、緑釉など色々。
上野緑釉象香炉 これがとてもよかった。わたしはゾウさんが好きなのだよ。

ああ、やっぱりまだまだ見るべきものが多いのを実感した。
11/4まで。

加山又造と近代絵画の巨匠たち

ニューオータニ美術館に道後のセキ美術館名品の名品が来ている。
「加山又造と近代絵画の巨匠たち」
いいタイトルである。

大観 孔明 1901年 なにやらインド風に見える。この時代の大観は五浦時代か。インドへの旅はもう少し後かと思う。
羽扇をもち、髯長長身の孔明は琴を立てかけた場に佇む。・・・「わが天空の龍は淵に潜みて」を思い出したなあ。大好きな二次創作だった。

大観 初夏竹林 1903年 ああ、さわやか。すっきりする。
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松園 汐くみの図 1933年 これは以前から見知っていた。まあ松園さんはこの題材がお好きらしく、野間記念館にもある。松伯美術館にもあるかなあ。
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前田青邨 風神雷神 1949年 青邨の「旧き題材を今に描く」作品群は、いずれも元気さをまず感じる。薄い色彩だが、風神も雷神も力いっぱい元気で、戦後すぐの時代にこんなのが描かれているのが、なにより心強い。
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深水 南枝 白梅を見る、黄色い着物美人。絵の感じからゆくとやっぱり戦後か。

魁夷 静宵 1949年 尾瀬の湿地帯をもあ~~と描く。手前の緑は青銅色。奥の森は薄暗い。なにかそこへは入ってはいけないような気がした。
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高山辰雄 朧 1964年 青い靄が林や山を包む。不思議な気持ちよさがある。

今野忠一 月山 1999年 燃えるような赤い森の上に山が見える。月山の不思議さを想う。

森田曠平 龍田の乙女 稚児輪を結う少女が岸辺に立つ。龍田川には鮮烈な紅葉が。片身変わりの着物を着た少女のきりりとした風貌。
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横山操 冬富士 1969年 雪のマチエールに、ざわ・・・ざわ・・・する心。七年ほど前に東京美術倶楽部で見た操の雪の富士のジェラートアイスを思わせる富士山を思い出す。

平山郁夫 白毫寺 1969年 石段のところを描いている。ああ、行きたくなってきた。
廃都の風情がある。

ここから又造さん。
日輪 1961年 紙はもみ紙。日の揺らぎを感じる。
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1974~1980年まで「中央公論」の表紙原画を担当していたそうだ。そのときの原画展。
ここにあるのは1976年のもので、琳派風な背景のものなど色々。
八月の虫の絵をみて、澁澤龍彦「玩物草紙」の挿絵を思い出した。
同時期の仕事かもしれない。

凝 1980年 ペルシャ猫シリーズの一枚。振り向くとそこに自分の目の色と同じ青い蝶々が二匹舞う。金の爪を持つ猫は黙って じっ とその様子を凝視する。
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着物 1985年 横たわりこちらを見るともなく見る女。怖い。

双華 1996年 淡い紅牡丹。とても綺麗。

夜桜 1982年 チラシやチケットにも選ばれている。夜桜のそばの篝火は金色の炎を吹き上げている。夜桜の花はその炎に惹かれるが、幹は身を逃れさせようとする。篝火の篭の辺りに鬼の顔が見えたような気がする。
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冬山 小さい絵で、林の中にいる狐のような動物が描かれている。書割のような描写の森。狐らしき動物は小さすぎてよくわからないが、なにかの表情を浮かべているらしい。

上野のカラスシリーズ 毎年カレンダー用に描いていたそうだ。どの年のカラスも個性がある。

洋画を見る。
小絲源太郎 杏丘 こういう描線がいい。塗った跡がわかるような。黄色い土に黒い幹に枝。紅色の花。曇って暗い空。何かどきどきする。
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国吉康雄 馬を選ぶ 1937年 例によって、どこか憂いのある女が競馬をしている。熱心に新聞を見ているが、楽しいのは一時だけ。

林武 薔薇 力強い!!ファンタグレープ色の背景に色鮮やかな花々。

岡鹿之助 ラヴェル礼讃 1937年 この都市、モーリス・ラヴェルが死んだ。音楽にも造詣の深い岡鹿之助は追悼の念を示そうと、この絵を描く。「ボレロ」の譜面周辺にパンジーの花などを描き、窓の向こうに城も描く。
実はこの絵は完成品ではなく、そこにいたるまでの四枚目の三らしい。
とても素敵だった。

小磯良平 少女像 1953年 デッサン風。これで完成させた。シンプルな少女像。
腕の辺りの描写に、小磯のその時代を感じさせられる。
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他に又造さんのデザインした大倉陶園のコーヒーカップが出ていた。いずれもおしゃれ。

11/4まで。

四季礼讃 水のながれ

野間記念館で「四季礼讃 水のながれ」を見た。
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近代日本画で水の流れといえば、まず滝に川に海というところか。特に滝と川が「水のながれ」というにふさわしいし、描かれるのもその二つが多いようにも思う。
見慣れた絵も多いが、初見もあり、楽しく眺めて歩いた。

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栖鳳 古城枩翠 千代田城のお堀を藻刈舟が、という図でこの題材を栖鳳は愛し、他にも描いている。泉屋博古館の所蔵品は東京・京都を巡回する「竹内栖鳳展」にも出ている。
大正末の夏のある日の情景。

大観 飛泉 滝のうねりがかっこいい。ざーーーーっという音まで聞こえてきそう。

大観 春雨 湿気を感じさせられる。これは凄いことだ。岡倉天心先生から「お前ら湿気を描け」と言うようなことを言われて、朦朧体にゆきついたが、それがここへ結実しているのだ。一羽の鳥が飛ぶのがいいアクセントになっている。

玉堂 鵜飼 なんだかほっとするのは「やっぱりこれがないと」という気持ちがあるからか。玉堂先生の鵜飼、最高!鵜匠の人が「鵜は鵜飼の弟だ」と言われたのを読んで感銘を受けたが、玉堂の鵜飼は人と鵜とが一緒に懸命に、そして楽しく働くように見えて、そこが好きなのだ。「面白うてやがて哀しき」だけではない、生活の味わいがある。

山村耕花 江南七趣 このシリーズ全編が出ているのは大変嬉しい。
わたしは特にやや退廃的な「秦淮の夕」「留園雨後」が好き。緑色が全面に行き渡り、湿気が感じられる。1921年の江南。わたしも遊びに行きたい。そんな気持ちにさせられるのだ。

田村彩天 雨の白河 これは初見。紫と緑が鮮烈な印象を残す。大きな絵で、そこに桐の花(紫)が咲き、鎮守の森には松と、それにからむ藤(紫)がある。松の緑の鮮やかさは冬にも変わることはない。

蔦谷龍岬 春雨 これも初見。こんなのが現れるから、何度でも野間に来る価値があるのだ。銀紫の木々。繊細妖艶な三種の木。妙な色っぽさがある。鷺もいる。そして空には薄い夕月。

映丘 雨 王朝美人が一人、室内から外を眺める。萩と女郎花が咲いている。雅な午後。

清方 五月雨 いつ見てもいいなあ。どこかの庭を逍遥する美人。高下駄。ゆりも咲く。

清方 夏の旅 これも好き。駕籠から降りて一服つける婦人。江戸時代の旅。滝を見て休む。広重のような趣がある。

靫彦 春雨 「ゼンマイが」と解説にあるが、のびのびと葉を広げているのは蕨だと思う。それもいずれはシダになりつつある。妙に艶かしい。

小川千甕 雨将霽 そう、タイトルどおり、雨が今将に晴れたところ。空には虹も出た。水郷。小さな船を橋にしたところを行き来する人と馬と。

映丘 瀧 市女笠に袴姿の女がいる。足には脚絆。赤松の横で。平安の女の旅。

児玉希望 四季の風景のうち 春は精進湖・夏は華厳・秋は那智・冬は十和田。それぞれの一番きれいな時期を描いている。静けさと大きさと強さと寒さと。

小室翠雲 青緑武陵桃源図 南画な絵。やはり桃源郷を描くには南画か文人画がよいのかもしれない。

野田九浦 十二か月図 色紙シリーズで、昭和3年の東京の町あちこち名所図。野田は九甫とも称して、阪神間の名所図も描いている。異国情緒あふれる絵も多い。
昭和初期の日本の風景は非常に心惹かれるものが多い。
御堀、木下川、隅田川、御茶ノ水、ニコライ堂、千住、不忍、築地、谷中、玉川、吉原、木場。それぞれ風情あるええ絵。細かいことは全てメモに残しているが、ここには挙げない。特によかったのは「ニコライ堂」で、これは満月に照らされたシルエットで描かれている。民家の並ぶ様子や電柱の姿もいい。
大方がこんな風に静かな風情に満ちている。

竹喬 龍峡帰舟 大変細かく描きこんでいる。舟もくっきり。昭和8年だからまだ後年の竹喬の特徴(パブリックイメージ)が出ていず、細かい作画時代の絵。

荻邨 淀の水車 デターッキターーッと思わず。いいですねえ、荻邨の淀の水車はどれを見てもいい。ここにいるのはいつもの鷺だけやなく、カワウもいた。みんな仲良くね。

玉堂 芦間之舟 明治帝の御歌から。玉堂はお正月の歌会始でも召人として宮中に参じ、香淳皇后に歌の指導もされていたそうだ。

曼舟 東山緑雨 にじみ・ぼかしで雨の東山を表現する。風情あるええ絵。下方に八坂の塔。この辺りは今もいい。わたしは普段は中京区ばかり好むが、東山の良さと言うものも捨てがたい。

春挙 白樺の林 山嶽のスケールの大きさを日本画で初めて表現したのは春挙だと思う。
遠くに山脈、馬の影、手前に緑と草と。遠近感がいよいよ大きさを感じさせる。
そういえば「白樺の林」という映画があった。ダニエル・オルブリフスキー主演の1970年の映画。
関係ないが、わたしは彼の出た映画のうち「ブリキの太鼓」「愛と哀しみのボレロ」などを特に偏愛している。

遙邨 十二か月図 昭和5年 こちらも名所図。晩年にいたるまで「美の旅人」として生きた遙邨。ただこの時代はまだ洒脱なところはない。
浜名湖、甲斐猿橋、千代田城、大沼公園、塩原温泉、淡路島、北海道狩膳峠、南総海岸、大井川の富士、十和田湖畔、箱根旧道の富士、松島。
北海道の大沼公園といえば学生の頃に初めて行ったとき、近所の緑地公園にそっくりだなと妙な感心をしたものでした。とはいえ、むこうは大きな沼があり、こちらの緑地公園には小さな池が点在なのだが。
わたしの持ってる「長靴をはいた猫」絵本で、猫が兎を罠にかけるときの森の中の情景に似てる。カラバ侯爵の領地の話。

高島屋の昭和三年の大イベント「富士山」展のために描かれた絵が二点出ている。
深水 富士百趣 おお、美人画家の富士は水色だった。
寛方 富士百趣 なんだか凄い迫力がある。
こうした絵があるのも野間コレクションの面白味。

洋画を少し。
中川一政 修善寺 ロングで捉える風景。昭和四年、修善寺は既に高級な温泉地だったか。むしろまだ保養地だったか。岡本綺堂「修善寺物語」のヒットを思う。

岡田三郎助 下田港 瓦の細密描写!!なまこ壁。びっくりするくらい詳しく細かい。

川村清雄 波 うねる波!!マチエールもうねる!!!

再び日本画。
小杉放菴 川船 生活している。こんな様子も昭和の真ん中まで。宮本輝「泥の河」か、ジャン・ヴィゴ「アタラント号」を思うか。

小川芋銭 釣児童 五人の子供らが板橋で機嫌よく釣りをする。ほのぼのする。

近藤浩一路 蟹 親子の蟹かな。チョッキンチョッキンチョッキンナ♪

揃いものではなく、作家ばらばらの十二ヶ月図を見る。
中でも特によかったものをあげる。

勝田哲 十二月 人買舟 小舟に静かに座す若い江戸時代の娘。「安寿と厨子王」も人買いによる悲劇から物語が進むが、この端座する娘は自身の運命を悟っているように見える。

岩田正巳 八月 蓮舟 若衆と蓮舟。侍たちの娯楽。

狩野光雅 三月 山湖 桃太郎が来そうなところ。

関東大震災の直後に講談社は画家たちを特派員という形で、被災地の絵をルポさせた。
その表紙を大観が描いている。「大正大震災火災」である。そしてその理由として、震災に遭遇したとき展覧会初日に出した「生々流転」の作者である、というようなことが説明されていた。
当時の状況を清方が「続こしかたの記」に詳しく書いているが、本郷の清方は丘の上に避難して、集まった人々と励ましあって過ごしたそうだ。
そして下谷にいた大観は避難民を自宅に受け入れ、尻端折りでその世話をしたそうだ。
やはり自然災害は怖い。しかし大家である二人の画家がそれぞれの方法で懸命に過ごしていたことを知ると、胸が熱くなる。

さて、ここにあるのは「生々流転」の複製である。昭和46年に作られたもの。原寸大とはすごい。
筏師から小舟の三人組まで。コロタイプなのかどうかもわたしにはわからない。
だがさすが講談社だと改めて思う出来だったのは確か。

10/20まで。

竹内栖鳳旧邸 東山艸堂 その1

竹内栖鳳の画業を見て、その感想を挙げた後は、今度は高台寺のそばの邸宅をご紹介する。
栖鳳はこの時代の京の日本画家らしい普請道楽もあり、嵯峨野にええ家も作ったが、最後はこのええ家を拵えて、夏の暑い盛りにこの家で葬儀を出した。

今はこの邸宅は庭園も整備され、新たにウェディング施設も完備して、「東山艸堂」して人気スポットになっている。
すぐ裏手には八坂の塔があり、場所柄もわかりやすくてええ一方、存外静かだというのが、いかにも京都らしい。
この界隈の紹介にはまずこの方角から。IMGP1803.jpg

見上げる。そういえば中に入ることってあり?IMGP1804.jpg

案内された室内から。IMGP1805.jpg
距離感がよくわかる。
創建当時の金具もある窓でした。

テラス一部IMGP1806.jpg

いい感じ。IMGP1808.jpg

我々が通されたのは元のアトリエ。IMGP1807.jpg

IMGP1814.jpgとても素敵な室内だった。

天井の装飾。華麗であるIMGP1811.jpg

別な窓からは忠太の拵えた祇園閣。IMGP1810.jpg

栖鳳先生、「二つの塔」の間に暮らす。

楽しいお茶の時間を過ごす。IMGP1812.jpg

わたしのチョイス。IMGP1813.jpg

少しかげってきた。IMGP1815.jpg

和洋折衷の中の情緒IMGP1816.jpg

緑が濃い。IMGP1817.jpg

テラスに出てアトリエを見る。IMGP1818.jpg

部屋を出てゆく。
天井をリノベして、梁を剥きだす。かっこいいと思うのは現在の感性。
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廊下の奥IMGP1823_2013101511560554d.jpg

壁も素敵。IMGP1824_20131015115607efe.jpg

過去と現在の折衷IMGP1825_20131015123627a5b.jpg

和の風情の美。IMGP1826_20131015123632834.jpg

庭を眺める。IMGP1827_20131015123635b02.jpg

本当になごむ。IMGP1828_2013101512363717d.jpg

小さな部屋へ入る。三角の立地をうまく使う。
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バーのカウンター。和を取り込んで。IMGP1833_20131015123704f31.jpg

格子窓から緑陰。IMGP1834.jpg

何を飲もう。IMGP1831_20131015123659819.jpg

しっかりとしたつくり。IMGP1832_20131015123701156.jpg

中庭に惹かれる。IMGP1837.jpg

何が置かれているのか。IMGP1838_201310151245563ea.jpg

手水の魅力。IMGP1836_2013101512454885e.jpg

翠が誘う。IMGP1839_2013101512455816f.jpg

玄関へ。その天井。IMGP1840_20131015124600a64.jpg

外へ。IMGP1842_20131015124656ffb.jpg

振り向く目に入る玄関。IMGP1843_20131015124658ed9.jpg

続きは2で。

竹内栖鳳旧邸 東山艸堂 その2

広大な庭に出て散策する。

静かに歩く。IMGP1844_20131015125434af5.jpg

手入れが行き届く。IMGP1845_201310151254383db.jpg

庭から見上げると塔。IMGP1846_201310151254415e0.jpg

こちらは新しい造園。IMGP1847_20131015125445255.jpg

睡蓮を楽しんだ。
モネ風?IMGP1852.jpg

可愛かった。IMGP1853.jpg

新築の結婚式場へ。IMGP1849_20131015125508953.jpg

工夫を凝らす。IMGP1848.jpg

通路の花。IMGP1850_20131015125511c99.jpg

天井もレトロ。IMGP1854.jpg

いい拵えIMGP1855.jpg

華やか。IMGP1858.jpg

テーブルセッティングIMGP1859.jpg

窓の外にはやはり塔。IMGP1856.jpg

こちらからも。IMGP1860_2013101513000903e.jpg

そして文之助茶屋。IMGP1857.jpg

新しい空間もいい。IMGP1863_201310151300141c0.jpg

IMGP1864.jpg IMGP1865_20131015130018933.jpg

素敵なドアIMGP1866_20131015130527edf.jpg

窓いくつか。IMGP1868.jpg

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惹かれるのは和。IMGP1870.jpg

建物を出て前へ。IMGP1871.jpg

振り向くと。IMGP1872.jpg

緑に消える建物。IMGP1873.jpg

素晴らしい空間をありがとう。

竹内栖鳳 近代日本画の巨人 その2

栖鳳展の続き。
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高島屋で働く間、出勤簿にちゃんと名前をチェックする。律儀に働く画家たち。
事務職ではなく、意匠の仕事についていた。
それは栖鳳だけでなく、都路華香も同じで、竹内の隣の辻が即ち「都路」華香。
京都の場合、日本画の絵師たちは呉服の意匠を手がけることも大切な仕事だった。
「千聰」などでもそう。だからこそ以前に京都文化博物館で千聰のコレクション展が開かれもしたのだ。
栖鳳は高島屋専属のような形。

「ベニスの月」は高島屋史料館で仲間の「吉野の花」などと共に見ている。この絵は先日の「暮らしと美術と高島屋」にも出ていて、東京では10/8から10/14までの展示だが、その前に難波の高島屋の本店で展示されていた。
よく働く絵である。
とはいえ今回、大英博物館からこの絵を織ったものが久しぶりに帰国していた。
びっくりの出会いである。

ほかに書簡もよく出ていた。督促への返事や仕事関係のものだが、なんとなく面白くもある。

第三章 新たなる試みの時代 1909-1926
このあたりは京都で見る機会の多い絵がよく出ていた。

アレ夕立に 1909年 実はこの絵と「絵になる最初」を見たのがわたしの最初の栖鳳体験だった。20余年前の高島屋京都店での展覧会の話。
松園さんの師匠やし、こんなええ美人描いてはるし、ということでてっきり美人画の大家かと思ったら違った。
気づくのにかなり時間がかかった。
今でもついつい、この二つの美人のほかに誰ぞ描いてはらへんかな、と思うこともある。
それでもう一つショックなことがある。
これは踊りの一部を描いているのだが、わたしはてっきりこの舞妓ちゃん、腰を落としているかと思いこんでたのだが、そうではなく、立っていたことに気づいたときはびっくりしたなあ。
明治末の女の人だからそりゃ背も低いわな。自分が長身なので、まさかこんなに低いとは思わなかったのだ。

絵になる最初 1913年 モデルさんが恥ずかしがって絣の着物で自分を覆おうとする、その様子が主題の「絵になる最初」なわけだが、ここで目立つのはやはり絣の着物。
この絣の着物は栖鳳オリジナルで、実際に高島屋で販売されたとか。けっこうなことです。
モデルさんの背後にある障子の模様は胡粉で拵えられている。

散華 1910年 本願寺の天井画のためから生まれてきた絵。ウルトラマリンの背景に天女たちが飛ぶ。

素描もたくさんある。裸婦の素描は明治の女の身体。手足は伸ばされているが、ダルクローズではなく日舞の動き。
しかし結局天井画は完成できなかったのだ。

熊 1910年 ネコライオンの陰に隠れているが、このクマが実は人気ものだった。
京都市美術館でも人気のクマ。赤い葉っぱがポイント。
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船と鴎(未完) 1911年 京都市美術館の下絵展のチラシに選ばれている。ということは本展ではないのに出るわけか。

雨 1911年 これは嫌がらせを受けて、墨を塗られたそうだ。弟子の松園さんも「遊女亀遊」の顔にいたずらされたが、昔の京都にはいやなことをする輩がいたのだ。
寒村を描いたもの。

喜雀図 1912年 金屏風の六曲一双で、左はわいわい集まって歌い、右は飛び方に個性を見せている。

日稼ぎ 1917年 行方不明だったそうで初公開というような感じだが、京都市美術館の企画展で見たような気がする。下絵を見たのだろうか。お東さんの庫裏で汗を拭き拭き水を飲む娘。

遅日 1918年 二色の籠の上にとまるカラス。のんびりした風情がある。

街道午蔭 1919年 室内で昼寝する人を遠くから捉える。
この絵は前にも見ている。日本画で居眠る人を描く絵といえば、この絵と深水の居眠る美人が思い出される。

群鴉 1921年 今は個人蔵となっているが、以前は霞中庵(竹内栖鳳記念館)所蔵のものだったと思う。
金屏風に黒々と鴉。

潮沙永日 1922年 苫家と青い海。90年前はまだこんな風景があったのだ。

さて、大好きなおネコ様に会おう。東京では後期展示だった。山種美術館のベスト3に入る名品だとわたしは思っている。(炎舞、裸婦図、班猫)

班猫 1924年 このお猫さんは沼津から来たお猫さんで、白地にキジの載った、凄くかっこいい猫。この猫と栖鳳との関わりについては、山種美術館から刊行されたリーフレットに詳しい。

日本画の猫絵のうち、春草「黒き猫」とこの「班猫」は間違いなく2トップ。三匹めの猫は自分の好きな猫絵を選ぼう。

浮沈追逐巧相親 1924年 エイとイワシ。さすが料亭の息子だけに海の幸・山の幸・陸の幸、このあたりの描写は本当にうまい。おいしそうというのではないが、いい感じ。
所蔵先の海の見える杜美術館の図録で見たのが最初だったか。

林塘雪寒 1926年 池に鴨がいる。とても寒そう。

矢の根 1926年 これは随分前の大丸での展覧会のチラシに選ばれていた。栖鳳の戯画の見始めだった。歌舞伎の「矢の根」の五郎が馬と大根とで「ヤットコトッチャウントコナ」。この時代だと誰の五郎を見たのだろう。六代目も演じていたか。稚気あふれるところに五郎の良さがある。戯画も理屈に落ちないところがいい。


特集展示2 旅
まだ若い頃、師匠の幸野楳嶺とお東さんの大谷家のつながりから、北越ツアーにお供して、あちこち風景を写生している。
1889年の話。こういうのを見るのも楽しい。
そしてヨーロッパツアーという大きな転換期があった。

羅馬古城図 1901年 サンタンジェロが素敵。わたし、実はこの絵を見てから実物を見たのだった。

和蘭春光・伊太利秋色 1902年 屏風は配置の関係で左6扇から見ることになる。高校男子二人組がそのことで悩んでいたので話しかけ、いろいろ説明する。わかってもらえよかった。彼らも喜んでくれたようでよかった。
イタリーのアカンサス装飾の柱、オランダの風車、共に情緒がある。

1926年頃には中国ツアーをして、その風情に溺れる。
同時代のほかの人々もこの時代、中国の風景・文物にのめりこむことが多かった。
その時代の絵が集まる。

南支風色 町ナカの石橋を豚たちがぶうぶう言いながら走る。豚飼もいる。舟の暮らしの人もいる。のどかな光景。

南清風色 こちらは黒豚ばかりが走る。

やがて栖鳳は潮来に中国の水郷と同じ空気を見出す。

潮来風色 1931年 パステルカラーの明るさが活きる画面。

ヨーロッパからの絵はがきが集まっていた。
本人が送ったものと、買って保存してものなど。
1900年、パリはベル・エポック。


第四章 新天地をもとめて 1927-1942
晩年と呼ばれる時代、この頃にこそ自在感があり、どの絵和見ても素晴らしい。

酔興 1924年 大津絵風な。ねことねずみの楽しい宴会。
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馬に乗る狐 1924年 市女笠の狐。手には鼓がある。

おぼろ月 1928年 40年前の「枯野狐」といい対称。

禁城松翠 1928年 これは泉屋分館のもの。ちょうど今、野間記念館でも同じ題材の絵が展示されている。
皇居のお堀の藻を刈る舟。「藻を刈る」=もぉかる=儲かる。

小春 1927年 大猫親分と違い、こちらは子猫風。目つきの妖艶さが魅力的。
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すごい眼nec620-1.jpg

冬瓜 1928年 でかっっネズミが噛んでいる。

炎暑 1930年 如雨露が一つコロン・・・83年後の酷暑なんてセンセはしらんのですなあ。

このあたりの展示はどれをみても非常にいい。
一つ一つを見て歩くのもいいが、全体としても非常に素晴らしい。
ただただ鑑賞する喜びというものを味わう空間だった。

わんこの寝る表情、潮来の水郷地帯、あひるにかつお。
情趣豊かなものばかり。

虎も描いている。わたしの好きなのはやっぱり虎の肉球。

おいしそうなタイの絵もある。大小2匹のタイ。なんだか凄い。

最後に水の写生の特集がある。
若き日の保津川などは四条派の範疇から出ていないが、どんどん素晴らしいのが出てくる。

瀑布 1932年 セキレイの可愛らしさが際立つ。このころは熱海住まいしていた頃か。
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かわいいなあ。nec621-1.jpg


東京の展示は終わったが、京都は今から。
あらためてわれらが竹内栖鳳のすばらしさを味わおう。
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ヴィクトリア時代の室内装飾 女性たちのユートピア


場所が変わり、却って行きにくくなっていたliXil ギャラリー。グランフロントにあるわけです。わたしはなかなかそこに行く気が湧かなかったのです。
阪急からなら二階の通路がいいと言うのもうろうろしてから悟った。
liXilへはオフィスからのエレベーターをのりつぐ。誠に面倒な道のりを行く。
四つ橋の昔、前の本町、それと今。ずっと通っているなあ。

ヴィクトリア時代の室内装飾 女性たちのユートピア
 
インテリアの宝石箱とも案内ハガキに書かれている。
ウォルター・クレインの挿絵とヴィクトリア時代の家具やタイルの現物と実物大の再現、今も活きるヴィクトリア時代の室内装飾の写真パネルなどで展覧会は構成されている。

ハガキの愛らしい少女と丸々した猫たち。色ガラス、薔薇の生け花。見るからに幸せそう。
ここにあと本棚があれば、なおわたしは嬉しくなる。

パネルを見ると、モノスゴイ室内が。モノの氾濫、がヴィクトリア時代の室内の特徴らしい。
神戸辺りの雑貨屋みたいだった。

そのモノの氾濫の部屋はドローイングルーム(客間)であり、客は溢れかえる絵画や装飾品や壮麗な家具に埋もれるのだ。

ここにあるのは、現存するサンボーン邸のパネル。Linley Sambourne House

凄まじさを感じるほどの過剰な装飾である。
日本の「間」というものは存在せず、感性の違いを強く実感する。

なお、ここにコラムとしてヴィクトリア時代の生活を誰が支えたが、紹介されていた。
金を稼ぐ主人であるのは当然ながら、中流家庭には必ずや家事をこなす女中が必須とされた。主婦は誰も、暖炉掃除も台所の煤落としも水を汲むこともしない。全ては女中の仕事なのだ。

女中には人権などなく、まだほんの幼女から働きだす子も少なくなかったのが、この大英帝国一番の栄光時代の実情なのだ。

コマネズミのように働く少女たちはメイドとして酷使され、身分が変わることはない。
そうした裏を踏まえつつも、それでもヴィクトリア時代の栄光に憧れてしまう。

1887年製作の巨大ドールハウスがあった。マホガニーで作られた頑丈な建物で、人形つき。メイドがいたよ。
吹き抜けのガラスには色ガラスが嵌め込まれ、光の加減で中にきらめきを送る。
1/12サイズのハウスはなかなか凝った造りを見せていた。

タイルを見る。
これはINAX 所属のものか。
ミントン社の製品とモリス商会関連と。
ゴシックリバイバル、転写タイル、マジョルカタイル、ピクチャータイル、それとウィリアム・ド・モーガンのデザイン、アールヌーヴォー。
いずれも際立った華麗さを見せている。

そう言えば日本にはアールヌーヴォータイルとマジョルカタイルが一番あったように思う。
輸入はそのあたりで、あとは大阪陶業のタイルが大正以降現れる。

絵本ではウォルター・クレインの「アラジン」があった。三角の菅笠めいたものをかぶって、中国人だと説明されているが、その室内はまごうことなく、ヴィクトリア時代の室内だった。
ミスマッチも綺麗な絵でついスルーしてしまう。

11/19まで。

竹内栖鳳 近代日本画の巨人 その1

東京国立近代美術館で10/14まで開催されている「竹内栖鳳展 近代日本画の巨人」の前後期を楽しんだ。
この展覧会は次は本場の京都市美術館に巡回が続く。
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わたしは一足お先に東京で見たが、京都でもみたいと思っている。
京都市美術館では併設展として、栖鳳の下絵を特集した展示がある。
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竹内栖鳳は横山大観と並んで戦前の「近代」日本画をリードした画家である。大観は「朦朧派」と揶揄と非難を受けたが、栖鳳はヌエ派と揶揄された。ヌエとはキメラの怪獣である。様々な技法を複合・融合し取り入れた栖鳳への揶揄と非難は、旧式な世界しか知らぬ者たちの「ヘンネシ」であった。
「ヘンネシ」を標準語に直すことは難しいが、その感覚は「ヘンネシ」としか言いようがない。

さて、その「ヘンネシ」をはねのけて栖鳳は素晴らしい日本画家になり、とうとう誰も悪くは言わなくなった。
それくらいの仕事をしたのである。
今、京都の近代日本画の誰それを思うと、必ずそこに栖鳳の影響を見出す。
作品に影が残るのではなく、先生としての栖鳳その人の薫陶が見えるのである。
それは直弟子だけでなく孫弟子にまで及んでいるように思う。
一個人の画家としても偉いだけでなく、先生としての栖鳳の偉さというものは、ぬきんでている。

まず「栖鳳」以前の若き「棲鳳」時代の絵を見よう。
第一章 画家としての出発 1882-1891

芙蓉 1882年 18歳の絵とは思えぬうまさがある。

龍神渡御の図 1887年 京都の神泉苑所蔵である。結婚の年にここへ奉納したそうだ。魚族という異形のものたちが続く。蛙もまたその一行に続く。ヒト型の姫もいる。
同時代の山本芳翠「浦島図」はヒト型で水中を泳ぐ一行だったが、どこか相通じるものを感じた。

保津川 1890年 いかにも古い。明治以前の続きの絵である。幕末の四條派の絵に近い。

池塘浪静 明治20年代 やはりこの時代はまだ修行時代である。ただ、鯉の跳ね方がいい、とも思う。一匹だけ跳ねているが、あとは静かに泳ぐ。静けさを破る一匹に、何かの期待を寄せたくなる。

この時代は模写も多くしている。写生も大事だが模写も大事にした「栖鳳」らしさがある。
鳥獣人物戯画、相阿弥、芸阿弥、雪舟の絵の模写などがある。

中でも芸阿弥の「唐瓜と胡蝶図」を見ていると、栖鳳のパトロンの一人で、光村原色の創業者・光村利藻のエピソードを思い出す。
光村は栖鳳を可愛がり、たくさんの絵を注文した。
ある年、かぼちゃ畑の上をテンが走り抜けるという絵を栖鳳が描いたという話がある。
その絵のことを思うと、この「唐瓜と胡蝶図」などが後年の制作に役立ったのだろうと思ったりするのだ。

写生帖も虫類(アゲハ・バッタ・トンボ)、鳥類(丸い目の可愛いミミズク・文鳥)、縮図(渡辺崋山の今宮神事の模写、猿の大暴れ図)などバラエティに富んでいる。
中でもミミズクの真後ろからの写生がまた可愛くてならない。耳の飛び出したハンバーガーのようなのだった。

第二章 京都から世界へ 1892-1908
ヨーロッパ旅行が「棲鳳」を「栖鳳」へと変容させた。

富士川大勝 1894年 平家物語から材を得ている。みんな大慌て、鼓を持つ女などもひっくり返っている。弁当の鮭もこぼれている。描写が細かい。

百騒一睡 1895年 左のスズメどものやかましいこと!!みんなひっ捕まえて伏見に売るぞ!!(←伏見の「寝ざめ家」はスズメの焼き鳥で有名)一方右は静かにわんこが寝ている。応挙風のわんこで、こちらにいるスズメ四羽も静かである。
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わんこたち。nec628-1.jpg

平安神宮・円山公園 1897年 ロングで捉えた風景。春霞。円山公園の桜はまだ咲かず。

観花 1897年 骸骨が立ち舞いする姿。先人応挙同様、現世での華やぎのむなしさを描くのか、暁斎のしゃれっ気が主なのか。
この絵を最初に見たのは新聞でだった。たぶん90年代初頭の話。

松虎 1897年 二匹の虎がいるところ、カササギもいる。この取り合わせは朝鮮の吉祥画のようだ。

雪中噪雀図 1900年 雪の上で楽しそうな六羽の雀。それぞれの個性が違うのが楽しい。
芦雪以来の可愛くて楽しい雀たち。nec619.jpg


いよいよ獅子の登場である。
チラシは東京も京都も猫と獅子とをクローズアップしていた。
ネコライオンである。nec626.jpg

その中興の祖は岩合光昭さんである。
ネコライオン。猫は小さなライオンだ、ライオンは大きな猫だ。
この言葉が世間に浸透し、ネコライオンの元祖が竹内栖鳳だとも認識された。

20世紀に入ってからネコライオンが多く描かれた。江戸時代の唐獅子ではない、アフリカ原産のライオンである。これはひとえに熱心な写生の賜物である。
栖鳳は鼻先と鬣の立派なライオンを描いた。リアルなライオンを描いた最初の日本人である。
リアルなライオンに触発されたのはまず栖鳳だったが、続いたのは画家ではなく、六代目菊五郎だった。
六代目はハーゲンベック・サーカスのライオンの芸達者な様子を見て、勇壮な「鏡獅子」を踊れるようになったのだ。関係ないが、その菊五郎のライオンを見て、ジャン・コクトーは「美女と野獣」の野獣にライオンの風貌を与えたそうだ。

金屏風に描かれた勇壮なライオン。どれを見てもかっこいい一方で、猫の親玉だということを思わせる可愛さも確かにあった。

象図 1904年 これは金屏風に墨絵で描いたもので、少し前に堂本印象美術館の図録の表紙にもなっている。

京都市恩賜動物園への写生が始まったのもこの頃だったか。
うそを描かず、真実を通り越した地点で描く。

川ウ、ウサギ、猿、狐にタヌキ、牛・・・観察眼がリアル+親愛感あふれる形で絵になる。

雨霽 1907年 左では固まってわいわい騒ぐ川ウたちがいるが、右の一羽は飛び立っていった。その姿を見てわたしは宮沢賢治「春と修羅」の一節を思い出した。
「黒々とエーテルを吸へば」そんな鳥だった。

1.美術染色の仕事
栖鳳は高島屋に勤務していた。先般開催・巡回された「美術と暮らしの高島屋」にもあったように、わりとまじめに勤務していたそうである。1889年の出勤簿を見ると「竹内棲鳳」「辻華香」(都路華香のことか)らの出欠がとられていた。

栖鳳は高島屋とも非常に深い関係がある。着物のデザインもしている。
団扇の原案、緞帳の原案、そして万国博への出店に伴い、原画を描き、それが綴れ織になるものもあった。
「雪月花」の一として、栖鳳は「ベニスの月」を描き、それは高い技術で織られて、今では大英博物館に納められている。

長くなるので1はここまで。

京都 洛中洛外図と障壁画の美 その3 障壁画

「京都 洛中洛外図と障壁画の美」感想の最後である。
第2部 都の空間装飾─障壁画の美
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1 王権の象徴─京都御所
ご下賜された先で守られてきた絵を見る。

御所と言えば春秋の一般公開でふらふらと行くくらいしかない。
周囲の京都御苑は梅の季節・桜の季節・紅葉の季節に遊びに行く。
慕わしいような、とても遠いような存在。

賢聖障子絵 狩野孝信 慶長19年(1614) 仁和寺  中国の有史以来の賢臣・聖人の絵が並ぶ。前期後期と入れ替わるとはいえ、半分だけでも壮観である。
蕭何・張良といった前漢の功臣たち、三国志の諸葛亮もいる。唐の李勣まで描かれているということだ。
自分が読んできた「十八史略」や「史記」などに現れる人々。
とはいえ、自分のヴィジュアル・イメージとは著しく異なるので、ちょっと泣いた。
そして彼らの冠の羽部分が上向きのものと下向きのものとが交互に並ぶのを見て、ウサギと犬の耳に見えて仕方なかった。
うさぎさん・わんこ・うさぎさん・わんこ…のヒトビト。

群仙図襖 狩野永徳 天正14年(1586) 南禅寺 17面が残っている。これもご下賜されてのこの所蔵なのか。
かなり剥落が進んでいる。430年近く経っていることを思う。
2007年の京博での「狩野永徳」展では8面出ていた。

そのときも剥落しているのが気にかかり、仙人図だけに尸解仙したのかも、というタワゴトを書いている。
今回、蝦蟇仙人の膝に取りすがって甘える白蝦蟇の可愛さと、左端の仙人にすり寄る虎の可愛さにヤラレた。どちらもとても可愛い。懐いて懐いて、というのがわかる。

唐人物図屏風 狩野孝信2曲1隻 慶長18年(1613) 仁和寺 この絵を見てルーベンスの絵を思い出した。ルーベンスの家族と孔雀のいる庭園風景である。坂田靖子はその絵をモティーフにした「孔雀の庭」という名品を生み出している。
この絵はその構図を思い出させる。同時代に、東洋と西洋で孔雀のいる庭が描かれている。
不思議なときめきを感じる。
ただ、ここにいる人物たちはどう見ても「この頃どないです?」「イゃー、もぉかりませんわー」と挨拶しているようにしか、見えないのだが。


展覧会はここで、龍安寺の映像が続く。そのことについては昨夜挙げている。

2 仏法の荘厳─龍安寺
明治の最低の廃仏毀釈のため、龍安寺は襖絵を手放すしかなかった。
メトロポリタンやシアトル美術館に収蔵されたもののほか散逸してしまったが、近年になり奇特な英国紳士のおかげで、オークションに出たのを龍安寺に入れてもらえることになった。まことにありがたいことである。
ここにあるのはいずれも17世紀のもの。

群仙図襖 4面 龍安寺
列子図襖 4面 メトロポリタン美術館
琴棋書画図襖 4面 メトロポリタン美術館 (絵を見る)
琴棋書画図襖 4面 シアトル美術館 (囲碁をする)
琴棋書画図襖 2面 龍安寺 (琴を持っている)

先の4Kの巨大な映像ルームの心地よさを思いつつ、今度は「室内」へ目を向ける。
そう、再現された龍安寺の「襖のある空間」に入る。

群仙たちはみんな明るい表情で描かれていた。巨大すぎる目を持つもの、柏の葉っぱをショール或いはボレロにしたものを身に着けたもの、神農スタイルをするものなどなど。
ツタの葉っぱは輪郭線も太く強く、わざと荒々しい筆致で描かれているように見えた。
笹やツタでそんな描き方のものを見ると、力強く繁茂しているように思われる。
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絵を見る人の中では、ちょっとばかりデキのよくなさそうな坊やを叱っている風な顔つきの高士もいた。坊やはしょんぼり。
囲碁も岡目八目というのか、横から見ている人のうち、モンゴル帽のようなものをかぶる坊やが実は一番強そうにも見える。
落ち着いた楽しみにふける人々を描いた空間が、かつてはここにあったのだ。


3 公儀の威光─二条城
二の丸御殿の黒書院の再現がなされていた。
いずれも狩野尚信によって寛永3年(1626)に制作された作品が見える。
そしてここで、十五代将軍徳川慶喜が大政奉還したのだった。

この空間では作品を見るだけでなく、それよりも、かつての最後の将軍家の落日、また上様の覚悟を聞いてしまった臣下の嘆きを味わうのが、本当の「楽しみ」になると思う。

松桜柴垣禽鳥図  二の丸御殿 黒書院一の間
楼閣山水図  二の丸御殿 黒書院一の間
桜花雉子図  二の丸御殿 黒書院二の間
楼閣山水図  二の丸御殿 黒書院二の間

それぞれツツジや石楠花といった花も咲いている。キジなどもややうつむき加減で、物思いにふけるようにも思われる。

探幽の松鷹図があった。 二の丸御殿 大広間四の間に住まう鷹。
左を向く鷹の横顔がとてもかっこいい。狗鷹だと説明がある。対のクマタカは来ていない。
力強い、大きな鷹。

2004年春に「二条城障壁画の全て」展が京都市美術館で開催された。
そのときは二条のものを岡崎で見ても、という感覚があり、単なる障壁画を見る・絵を見る、といった以上の感銘を持つことはなかった。
ただ探幽の鷹がかっこいいと思ったくらいである。
しかし今、この再現された空間の中に立ち、しかもここが「京都」でなく「東京」であるということを・「京都 洛中洛外図と障壁画の美」展の中であるということを思い返しながら眺めると、深い感銘が胸の内に広がってゆく。
徳川家が興隆した時代に生まれた城、そして最後の将軍がその権力の全てを譲渡し、恭順の意を示すことを決意した城。
始めと終わり。

時代の流れをみつめながら、絵は静かにそこにある。

最後になったが、今回は音声ガイドを借りた。ナビゲーターは洛中に今も残る佐々木酒造の息子さんである、佐々木蔵之介。そして野際陽子さん。
元はアナウンサーの野際さんによる機器の遣い方の案内などは、さすがだった。
展覧会のテーマソングと言うものもあった。「懺悔」である。
EXILEのATSUSHIと久石譲の作品。透き通るATSUSHIの声がとても綺麗だった。

何度でも見ていたい展覧会だった。後期展示もぜひ見てみたい。
素晴らしい世界。
わたしは関西へ帰り、秋が深まるのを待って、とにかく龍安寺へ行きたいと思っている。

京都 洛中洛外図と障壁画の美 その2 龍安寺の映像

本来の道筋から言うと、障壁画について書くべきだが、先に今回の目玉の一つである、4K映像について書きたい。

最初の舟木本の画像紹介にどよめいたあと、気分が高揚し、次に本物を見て、いよいよ熱が高まった。
これはやはり映像の美麗さが手伝ってくれた効果だと思う。

そしてその映像は次に更なる力を発揮した。
龍安寺の石庭の映像である。

龍安寺の石庭はわたしにとっても非常に親しい場であり、何度も訪ねて眺めては、色々物思いにふける、そんな空間なのだった。
その庭が4K映像で眼前に再現されている。測ったわけではないが、このサイズは実物大、もしくはそれに近いサイズだと思う。

映像は四台のカメラを固定して石庭の四季を捉える。
わたしはなにも知らず、何故ここで龍安寺?と思いながらも、眺める。
四季を捉えていることに気付いたのは少し経ってからだった。
わたしが見始めたとき、塀から庭に顔を出す木は枯れ木だったのだ。
その木が枝垂桜だと気付くまでに多少の時間がかかった。

ああ、そうなのか。

わたしは桜がやがて散り始め、白い石の庭に小さな花びらが舞い落ちるのをみつめていた。

ふと気づけばセミの声がする。
いつの間にか夏になっていた。
わたしがこの庭を眺め始めて半年が過ぎていたのだ。
セミの声はアブラゼミだったか。
 
木がやがて紅葉してくる。
桜の細い枝はいよいよ細く、しかしその両隣は豊かに赤、そして黄色に燃える。
石庭はなにも変わらない。

冬になった。
木に薄い雪の色が載る。
塀にも霜が降りる。石の庭はいよいよ白くなる。
音はなにも聞こえない。

やがてまたゆっくりと華やかな季節がめぐりくる。
色彩を持たない石庭だと言う人もあるが、こんなにも豊かな情景がある。

カメラは動かず、むろん石も動かない。
しかしそれでも季節はめぐる。

この静かな美しさは、肉眼を超えたカメラの力なのかもしれない。
わたしはこの映像を見て、龍安寺に行きたい、と強く思った。
そして、誰かの拵えたコピーを口にした。
「日本に京都があって良かった」

遠い東京で「京都 洛中洛外図と障壁画」を見る意義を改めて噛み締めた。
この映像は展覧会の名作の一つであることに、間違いない。

豊かな気持ちでわたしは、次の「京都」を見に向かった。
素晴らしい映像は長く心を離れないでいる。

京都 洛中洛外図と障壁画の美 その1 洛中洛外図

東京国立博物館、ここで今「京都」展が開催されている。
「京都」と言うても千年前の都の始まりから幕末の騒乱、明治の衰退と復活といった歴史をテーマにしたものではなく、「近世」をメインにしたものである。
「京都―洛中洛外図と障壁画の美」というタイトルがそのことを示している。
洛中洛外図と障壁画。
障壁画は京都御所、龍安寺、二条城を彩ったもの。
それらに狙いを絞った、素晴らしい展覧会だった。
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最初に洛中洛外図屏風・舟木本の細密映像を見るコーナーがある。
この映像を素通りすることは出来ない。
精緻な映像で、肉眼では見づらい画像を拡大化して見せるのだが、それは「ここを見てほしい!」という主催者側の強烈な思いが込められた、メッセージなのである。
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舟木本は今では「伝」ではなく、岩佐又兵衛作ということになった。
上杉本が狩野永徳作に断定されたのと同じように。
上杉本は京の町<洛中と洛外>とを描く。四季折々の風俗をその辻々角々で見せ、風景の点景として、優しい筆致で人々を描く。
一方、舟木本は京の町<洛中と洛外>に住まう人間模様をナマナマしく描く。華麗な彩色で人間の営みを捉え、町の中で名は知らぬ誰かが誰かと交渉したり一人で動くさまを見せる。
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上杉本・舟木本、どちらも素晴らしい屏風である。国宝・重文と分けられはしても、存在の貴重さに変わりはない。
風景を描く上杉本、人間模様を描く舟木本。
今回「舟木本」が映像作品に選ばれた理由は知らない。
しかし又兵衛の作品は人間を描く強い力に満ちている。エネルギッシュな群衆、一人一人に強い個性がある。

あくどいばかりにキラキラしくナマナマしい人間模様を、映像と言う手段でまずアプローチして、そこから一挙に「洛中洛外図」の世界へわたしたち観客を送り込む。
それに乗って、わたしたちは自分も「京雀」になり、桃山の末から江戸初期の京の町ナカへ入り込もう。


第1部 都の姿─黄金の洛中洛外図
いわゆる「洛中洛外図」だけで7点の屏風が展示される。
11/4までのものと11/6からのものと展示替えはあるが、現在展示されていないものはパネル展示となって、壁面を飾る。これもまた精緻な画像パネルなので、楽しい。

現在展示されている屏風はこちらである。
洛中洛外図屏風 上杉本 狩野永徳筆 6曲1双 室町時代・16世紀 米沢市上杉博物館
洛中洛外図屏風 歴博乙本 6曲1双 室町時代・16世紀 国立歴史民俗博物館
洛中洛外図屏風 舟木本 岩佐又兵衛筆 6曲1双 江戸時代・17世紀 東京国立博物館
洛中洛外図屏風 勝興寺本 6曲1双 江戸時代・17世紀 富山・勝興寺

11/6からは以下の屏風。
洛中洛外図屏風 歴博甲本 6曲1双 室町時代・16世紀国立歴史民俗博物館
洛中洛外図屏風 福岡市博本 6曲1双 江戸時代・17世紀 福岡市博物館
洛中洛外図屏風 池田本 6曲1双 江戸時代・17世紀 岡山・林原美術館

まず現れた舟木本を丹念に凝視する。
描かれた人間の脂までこちらに届きそうな絵。一扇一扇から溢れ出す人間たちの巻き起こす喧噪と、日常の動き。
四年ほど前に舟木本の凄いとしか言いようのない、高精度な再現がされたミニチュア屏風がトーハクから販売されて、わたしも喜んで購入した。
手元で賞玩してきたが、こうして本物を目の当たりにすると、またワクワク感が湧き起こってくる。

又兵衛の描く人間は美醜関わりなく、みんな生き生きしている。色事も大っぴら・悪事もやらかすし、一方で機嫌よくにこにこと静かに暮らす家族も描く。
お店は流行っているところはわいわいしているし、閑古鳥の鳴くところは退屈そうである。
とはいうものの京である。
常にどこかに人がいる。

一つ一つの屏風について細かいことを書くのは、今回はしない。
これだけの屏風が一堂に会するというのは、将に東博だからこその壮観さ。
「東京」で「京都」を見ることの<意味>と<意義>とが、この空間にいることで、強く理解また納得できる。
それぞれの個性を見せる洛中洛外図。まことに素晴らしい。
諸本を見比べて、建物のあるべき場所をチェックしたり、その表現の違いを楽しむだけでもいいのだ。
どんな楽しみ方も可能な空間、それがこの第一部なのである。

とはいえ、にわか「京雀」となった身の上、やっぱりクチバシは囀らずには、いられない。
まぁちょっとだけ、それぞれの屏風についてチチチチと書かせてもらおう。

舟木本 まぁほんとに又兵衛さんたらwと言いながら眺めたい屏風。どこを見てもどれを見ても、人間の猥雑なまでの元気さがあふれている。
坊さんにしても尼さんにしても行い澄ました顔をするばかりではない。
遊女に抱きつく男はちゃんとこの後、身銭を切って遊んだのだろうか。
お母ちゃんに甘える子供も、ケンカするおっちゃんたちも、みんなその頃のちょっとベタな京都弁で声高に物を言い合っているのだろう。
わたしなんぞもシャベリの口で騒がしいほうだから、なんぞ面白いことないかーっと言いながら町を往来しているだろう。
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市原悦子の家政婦風に「まぁ・・・!」と言うてみよう。

上杉本 近年の「狩野永徳展」での目玉作品の一つ。じっくり間近で見るのはそのとき以来。上品ないい絵。
遊ぶ子らも猿回しも、恋文を売る人も節季候もみんなそれぞれの持ち場を離れず、分をわきまえて静かに佇み、あるいは立ち歩く。
祇園祭も騒ぐことなく、しかしにぎやかに巡行が続き、御所のうちではこれも静かに舞楽が続く。
この屏風絵の中にいると、みやこの広さ・名所の多さを実感する。いくらでも行き先はあるということを知る、名所屏風絵の世界。
とはいえ、各施設(名所)をメインにするので、季節は右から左へ移行するのではなく、わりとアバウトな感じ。

歴博乙本 2007年の歴博「西のみやこ 東のみやこ」以来の再会になる。
奈良絵本の人物を思わせる表現。左には管領・細川氏の邸宅もあるし、松尾社まで描かれている。商家の暖簾の屋号や紋所を見るのも楽しい。
金雲があたりに立ち込めすぎていて(排気ガスではないよ)奥まで見通しにくいのが残念だけど、雲の隙間を縫うようにして、右から左へ走ってゆこう。

勝興寺本 これは初見。くっきりした建物造形。屋根の構造もリアル。そしてわたしたちのイメージする天守閣を持った二条城が大きく描かれている。その前を行く神輿も立派。
人物は小さいながらもイキイキしている。お鷹狩りの人もいる。今回の四つのうちで唯一ではないか?

ああ、いいココロモチで京雀になって、あちこちの<現場>を楽しませてもらった。
さーて次は京都御所。
ここでわたしは今回お借りした音声ガイドを押して、雅楽の「越天楽」を聴いた。

長くなりすぎるので、今日はここまで。

十月の東京ハイカイ録

今回の東京ハイカイは書きにくい。 
別にナゾが多いのではない。単にこないだの信州のまとめが出来ないのに、もう次書いてええんか、と葛藤してるだけの話。
信州、よすぎるお宿に泊まりましたが、写真が機器の相性の問題で、挙がらない。参った。 
ジクジたる気持ちを抱えたまま、こうして書いてゆきます。
なお、例により細かい感想はまた後日。

10/5。
いきなり青梅に行った。二度め。
「昭和の町」たることを選んだ青梅。実際そんな風情。
駅の通路に映画の絵看板。
駅前の商店街のあちこちに絵看板が上がる。
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うまいなあ。
洋画ものだけでなく邦画も多い。
今時懐かしい下駄屋さんもある。絵看板は黒沢明「姿三四郎」で、「鼻緒すげましょう」という台詞入り。笑ってしまった。
いや「昭和の町」やからそれでええのか。

青梅市美術館で杉本健吉の「新平家物語」挿絵をみる。
愛知に行かず青梅で見るのも一興なのは、原作の吉川英治が青梅に疎開してたから。
洋画家の挿絵は、却って和ものがいい。小出楢重、木村荘八、小磯良平らもそう。
いいものを見た。杉本画伯は長命で、生涯にわたり「新平家」を描き続けた。
これも詳しく書く。

立川の駅ナカのかにチャーハン専門店でお昼する。ここは初めて入った。
というか立川で乗り換えも三度目くらい。立川と言えば「聖☆おにいさん」の舞台。
なかなかおいしかったのでご機嫌。


八王子夢美術館にゆく。ムットーニです♪
うめだ阪急で見損ねて八王子で見る北摂の女。江戸の仇を長崎で。←ナンカチガウ。
新作の「ジャングルパラダイス」がすごく楽しい。1920年代のジョセフィン・ベーカーみたいなカッコよさがあった。こういうのが好きなので嬉しい。
一方、荘厳な仕掛けを見せる作品も健在。
やっぱりムットーニはいいわ♪

雨はまだまだ激しいし寒いので、三鷹の山本有三は次回に。
今日は休日パスを使うてるのでどこなと行きまっせ。(ただし雨が邪魔をする)


新宿へ。
珍しく道も間違えんと損保ジャパンへ。
損保美術館「トスカーナ」、これが予想外に佳すぎた!
印象派がフランスで生まれた同時期にイタリアでも絵画に革命が生まれていた。
かれらと同時代のイタリアの若き画家たちが新しい表現を模索して頑張っていたという事実にもかなりビックリした。
新しいイメージが生まれたよ。

そしてこの展覧会が予想以上に良くて、時間がとてもかかった。
今から見に行かれる方は余裕をもって行かないと苦しむよ。
結局5時前までいた。予想外。


そこから千葉へ向かう。東京経由で快速乗継。
千葉まで座るつもりが席を譲る。気分はいいが足は痛い。愛嬌モンの赤ちゃんが乗ってきたので相手してなんとか時間をやり過ごす。しかしヤンママさん、乳幼児にそんな長い爪で対処できるのか?


千葉市美術館で国内に鏤められたルオーの名品を見る。
非常に重くて苦しい。しかも強固なというか頑迷なくらいの信仰心で、それもちょっとサボナローナくらいな感じがしてきた。あるいは治安維持法以前のアカぽい感覚。
見ていても楽しめない。わたしには信仰心もないし、また下流にいはしても、なんとか出かける程度のささやかな幸せを持つことをも否定された気になる。
見ていてアタマが痛くなった。

更に追い打ちをかけられた気がするのはもう一つの企画展。
自身への救いのために制作された作品が延々と並ぶ。
他者をも救おうとするのが仏教だとするとキリスト教は他者を救おうという発想はないのか、と訊きたくなるような作品群。
(本来、仏教にしろキリスト教にしろ、そんなことはないのだが)
自身への救いのための作品を世に送ることで、それを見たものがどう思うかということは、作者の与り知らぬことだとでもいうのか。
全く分からない。
しかも10Mほどの楕円囲みの中にLEDライトがチカチカ点滅し続ける、宮島作品がある。
暗闇の中でのLED点滅は目にも頭にも痛い。先に言うてくれ。
早々に出た。残像でまだチカチカクラクラする。

ああ、なんだか苦しい状況のまま初日は終わる。

10/6。
今日はメトロ1日券購入。710円。最初に恵比寿へ行く。
地下鉄恵比寿ホームから写真美術館まで767歩だった。
競争するように歩く相手がいて、追いついたが抜けなかった。
わたしも大抵歩くの速いが、あの人は更に早い。これは気合が抜けない戦いだった。
ところがガーデンプレイスで道が分かれてしまい、決着がつかなくなった。
なんだか惜しい気がする。

東京都写真美術館「ネコライオン」。ネコは小さなライオンだ、ライオンは大きなネコだ。
岩合光昭さんの猫とライオンの比較写真。
これまで撮りためられた作品群の内から、猫とライオンの相似を見出され、それを対比する展示。めちゃくちゃよかった。
家にいると猫過剰、外に出ると猫不足。それが解消される一日の始まり。
それにしても仔ライオン、目の純粋さ。子猫よりもっと純真。これはあれだな、先進国の子供より発展途上国の子供の方が笑顔がいい、というのと同じ理屈だな。
しかし唐揚げみたいな仔ライオンたち、可愛い。
ネコはあまりに可愛すぎて(おかしすぎて)、見てるだけでシアワセになったわい。


続いて日比谷へ向かう。お昼にしたが、ナスの天ぷらが揚がりきれてなくて取り替えてもらう。困りますなあ。
わたしはレンコン・ナス・キノコの天ぷらをついつい無条件で愛してしまうのだが、ナマは困るわい。

出光美術館では所蔵品の仙厓の絵と、一休さん関連の絵とを展示していた。
お客さんの入りも上々。みんな熱心に絵を見て、賛を現代語訳したものを読んでいる。
時折笑ってしまうのが仙厓和尚の戒め。痛烈な皮肉をベタな言い方でくるむ。
例の禅語の「南泉斬猫」も、猫斬ったお前らみんな死んでしまえ的な一文をつけている。
この猫は永青文庫の時にも貸し出されて、展覧会のナビゲーターをつとめてたが、とても可愛い。
おおっと思ったのは、展示室が広がっていて、そこにも作品があるのだが、とても自然な感じがした。
変わったのはそれだけではない。
陶片室も随分明るくなった。いい感じである。難しくなくなったとでもいうか。
なんとなく和やかな気持ちで茶室も眺める。
やっぱり茶室に目がゆくときは和んでいるときなのだ。

ムンク室では新しい絵が展示されていたが、ちょっとばかりえっちくさい絵が出ていて面白かった。当時もそれで絵は排除されたそうだが、今から見ても別にどうのと言うことはない。昔の人の勘の良さに「をを」である。


有楽町線で江戸川橋へ。
野間記念館へ向かう。惜しいことにびーぐるバスに乗り損ねたので歩く。
だらだら坂がいややと思いつつ、やっぱりそれでも野間が好きなので歩く。
参るなあとか思いつつ歩くしかない。

野間の日本画にときめく。本画もいいが色紙の面白さが特にいいのよ。
それとびっくりしたのが大観の「生生流転」の模写ものが出ていたこと。昭和46年の製作。
コロタイプかなあ?
栖鳳の藻刈舟の絵を見て、いいものだなあと思う。


その栖鳳を見に竹橋へ。
あーやっぱりいいなあ。ここでも巨大なネコライオンに会う。それと山種のにゃんこさん。
あと白キジちゃんもいた。お、藻刈舟やん。これは泉屋の。
行き合った高校男子二人組がまじめに悩んでたので、声をかけて日本画の見方を教えて遣わす。うむうむ。将来有望なきみたち。これからも美術ファンでいてくれたまえ。


ニューオータニ美術館でセキ美術館の名品を見る。
加山又造さんのペルシャ猫がおる~~最後までちゃんと猫いてるね♪
喜んでじっくり眺めた。

赤坂見附のコージーコーナーで一休み。
素敵なガラスです。
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10/7。月曜平日です。
まだ東京にいるわたし。今日の目的は上野。
でもまず新橋へ。


汐留ミュージアムへ。
モローとルオーの師弟関係から生まれた作品を眺める。
その前に千葉で見たルオー展での苛立ちは全くなく、むしろ愛情にみたされる。
4K映像の美にも打ち震える。素晴らしい企画展。


それでここまでは良かったが、母にメールすると前日大阪は33度で、夏負けして倒れてたらしい。
しかもその直後から向こうの電池切れと言うことで連絡つかず、こちらが震えた。
まだやっぱりママへの愛情と言うのは活きてるわけで、それでお昼に何を食べたかもわからなくなる。
だがやがて電話連絡がついて安心する。
するが完全な安堵ではなく、気持ちが悪くなる。
わたしのスマホにまたこの状況の中で、誰のものかわからない電話がかかってきていた。
それが不吉な予感めいたものに思えて、ふらふらになる。

汐留から銀座まで歩くのに道を間違える。ありえない状況。
教文館で藤城清治さんの新作など見る。こちらも猫。1381192160328.jpg
ネコを見るうち少しずつ気持ちも鎮まる。
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そのまま上野の東博へ。
「京都」展の内覧会。少し出遅れて到着したが、丁度その時お茶の支度が整ったようで、サーブの人と目があい、それでお菓子をいただく。ああ、ほっとした。お菓子を食べてジュースを飲んで、心が和んだ。
お菓子の力は偉大だ。


「京都」展は素晴らしかった。ツイッターでコーフンしまくりなのを書いた。
いやもう実際そのとおりだもんな~~
また後日長々と書く予定。

東京駅へ戻る。焼きさば寿司でごはんにわさびの葉を混ぜ込んだものを買う。
こういうの好きだな。(持ち帰ってから、母と食べた)
それから前々からあこがれてた「国技館名物」やきとり。
国技館の地下工場で作られてるそうな。1381192182326.jpg
冷えたままでもおいしい。


最後の最後で気分が不安定になったが、お菓子のおかげで回復。
帰宅してそれなりに安心。
次のハイカイは来月頭です。

北魏 石造仏教彫刻の展開

本日三本めの感想文。ぶつぶつ書き綴っております。
ということで、またもや仏像の感想。いずれもフラチモノの独り言です。
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北魏 石造仏教彫刻の展開
大阪市立美術館ほまれのコレクションたる北魏石造仏をメインにした展覧会である。
以後、所蔵先を書かないのは大阪市美の山口コレクションということで。

1.北魏の仏像
北魏と言うくらいだから完全に年代は定まっている。
薄暗いあの空間に、ぼやーーーーーっ と浮かび上がる白い仏たち。

如来坐像 天安元年(466) ドレープが綺麗。石座には獅子と言うよりライオンが二頭。
壊れた光背にも仏の姿が刻まれている。

如来三尊像 延興二年(472) 大和文華館 背後に摩耶夫人がいる。珍しい感じ。

如来坐像 太和18年(494) これは牝獅子だろうか。迫力がある。

菩薩三尊像 延昌四年(515) やや小ぶりで寸足らずな。左右が真ん中を心配そうに見る。

如来三尊像 大統8年(542) ドレープが大変綺麗。フリルといってもいいと思う。下の唐獅子もモコモコ。妙にリアル。

塔台座 太平真君三年(442) 台東区書道博物館 獅子と地上を支えるギリシャ神話のアトラスに准ずる人、
何かを持って立つ人々の姿が面白い。

2.交脚像と半跏像
交脚は膝の辺りでX型、半跏は片足を挙げるあの姿。

菩薩半跏像 永青文庫 全体にやや俯きすぎな感じがあり、ちょっと不安定ではある。
そしてこの襞が凄い。裳裾のプリーツの幅の完璧なこと!この職人は後世にNATO情報部の「鉄のクラウス」が、自分のあとを継ぐような完璧さを見せることを、決して知らないだろう。

太子半跏思惟像龕 太和16年(492) 日本以外で「太子」とは悉多太子すなわち出家以前の仏陀である。日本で「太子」とは聖徳太子に集約される。
さてこの情景は文楽でいうと「檀特山の段」で語られる、「悉多太子に別れたる車匿童子の悲しみを」というあたり。愛馬カンタカもいて、太子の足をなめる。みんな悲しみに俯く。

菩薩半跏像 東魏 武定二年(544) 台東区立書道博物館 北魏ではない仏像。実際に自分の中の「菩薩半跏思惟像」のイメージにそぐう形を見せている。
即ち、頬に指を当て片足を膝上に上げているあのポーズである。
像はやや茶色い。河北は大理石なのか?下には鬣の見事な、二頭のライオンとアトラスがいる。

菩薩交脚像龕 裾に赤色が残る。色をつけていたことがわかる。周囲に仏たちもいて、獅子は両横から膝をなめてくる。

菩薩三尊像龕 神亀三年(520) 京都国立博物館 摩滅したのか破壊されたのか?龍門石窟の影響がある、と解説にある。そこにある種のロマネスクが活きるのを感じる。

3.平行多線文造像
字面を見て意味は分かるが、実際を見るまでどういうことかわからなかった。
解説にイッセー・ミヤケのプリーツ・プリーズ、それだというようなことが書いてある。
基本、裏表びっしりと線が入る。

道教三尊像 永平銘(508~512) 永青文庫 脇侍も飛天も。顔のみ大きく外へ張り出している。

道教三尊像 イセ文化基金 細い線状のドレープ。うわーっすごいわ。それにこの頭上のものは蛇なのか獅子なのか?

三尊像 永平3年(510) 個人蔵 道教か仏教か不明。こちらがいわゆる「プリーツ・プリーズ」の最たるもの。下には歯をむき出しの獅子がいる。すごく大きな歯。

坐像龕 正木美術館 これはまた稚拙な面白味のある…

三尊像 東京国立博物館 ウールマークにしか見えない線描。

三尊像 浜松市美術館 上の飛天が初々しい。あとからどんどん浜松市美術館蔵の優品が出で来るので、ちょっとそこらにも関心がわく。

如来三尊像龕 神亀3年(520) 大原美術館 ほほー、大原にもこうした所蔵品があるのかと感心する一方で、これは民藝関係のルートかとも思う。
上にいるのは「交龍」絡み合う龍らしい。双頭の蛇は喰いあうが、龍はイチャイチャ。
煩悩はそっち任せで、下には真面目そうな仏たち。

如来三蔵像龕 浜松市美術館 最下には牛車に乗る三人が刻まれている。供養人らである。

菩薩三尊像龕 浜松市美術館 アトラスが持ち上げる地上。交脚の膝を噛む獅子たち。

5.多彩な地方性
中央から離れると発想が自在になる。現代ではありえないが、かつては地方文化と言うものは全世界共通で面白いものが多かった。

如来坐像 北魏~西魏 円空佛のような顔つき。というより、もっとマンガぽい。ベロ出してニコッ!思わずわたしも絵をかいてしまった。可愛い。

道教四面像 西魏 「甲戌」銘(554) 細い書き込みの多い像で、獅子はもう殆どグリフォン風。渦巻きがまた多い。西からの文化が入ってきてるのだろう。

如来三尊像龕 正光6年(525) 足裏が大きい!しかもこの風格。なんだか「親方!」と呼びかけたくなる。

菩薩騎象像龕 アジアゾウに天蓋つけたところへ乗る婦人。摩耶夫人かもしれないとのこと。摩耶夫人の夢に白いゾウが現れて、シッダルタが生まれる。

四面像 京都国立博物館 騎馬の人の手には月もしくは沓形のものが載せられている。意味は分からないが、中央アジア風な趣もある。

碑像 正光元年(520) 真ん中の仏には朱が残る。二人の僧の手にはそれぞれ花と香水の杓とがある。

四面像 普泰元年(531) 正面には不思議なパターンが連続する。▽○の人々と▽のない人とが交互に並ぶ。右側には魔除けの意図なのかベロを出す大顔が刻まれる。
一方で文殊vs維摩もある。カーテンの向こうで。

如来坐像龕 正光四年(523) 正木美術館 長い顔の如来。右にはゾウの上に立つ塔もある。下にはお店のような建物が二軒刻まれていて、そこで杯を持つ人々がいる。

四面像 永平三年(510) 京都国立博物館 磨滅してしまい、よく見えない。裏には人々の姿があるが、あばら骨の目立つ人や馬らしきものがある。苦行ですか?馬はカンタカ?

四面像 京都国立博物館 博山らしきものが見える。多分そう思う。左には馬や人々の姿がある。

四面像 西魏 アショカ王の事蹟。仏と、すがる子らと。ロン毛の人々もいる。涅槃図も刻まれている。けっこう盛り沢山。


5.河南北部の大型像

景明元年(500) 実に大きい。鮮卑族の人々が刻まれている。供養人として。

如来三尊像 裏の刻みがいい。日のカラス、月の蝦蟇がはっきり出ている。笑う天人たち。


6.石窟寺院
実は一番ロマンを感じるのはここにある作品の伝来経路なのだった。

如来像頭部 伝・山西省雲崗石窟将来 大阪市立美術館・小野コレクション 首だけ~
にっこりしている。山口コレクション以外のもの。

菩薩立像頭部 河南省龍門石窟賓陽中洞将来 でかっっっ!!しかも顔をはぎ取られているカナシサ。

紙本墨拓皇帝皇后礼佛図 河南省龍門石窟賓陽中洞将来 大阪市立東洋陶磁美術館
これまた巨大!本物はアメリカにあるので、拓本でよすがをしのぶ。

浮彫維摩坐像 山西省天龍山石窟第三窟将来 東魏 天蓋とカーテン。ベッドのようなところに座す維摩居士。

浮彫菩薩半跏思惟像 山西省天龍山石窟第三窟将来 東魏 大銀杏の下で半跏思惟。

浮彫供養人立像 山西省天龍山石窟第三窟将来 東魏 首から蓮が出てるーーーっ


薄闇の中の白い微笑、迫力だった。
ああ、かなりすごいものを見たように思う。10/20まで。

興福寺仏頭展

藝大美術館で興福寺仏頭展が開催されているが、この仏像は元は平安末期に山田寺から興福寺へ移送されたのち、火災に遭って消息不明となったそうだ。それが1411年の話。
時は移り1937年、まさかのもしかで再び発見されたということで、モノスゴイ破損仏でありながらも国宝に指定されている。

わたしが最初にこの存在を知ったのは小さい頃からのかかりつけ医の待合室でのことだった。先生は何を想うたか、この像のナナメ横顔のパネルを展示していたのだ。
今思えば土門拳か入江泰吉先生あたりの写真だったのかもしれないが、子供心にもインパクトは強かった。強すぎた、と言うべきかもしれない。
わたしは本当にこの像が怖かったのだ。

それが2013年に、眷属の十二神将らと共に<一緒に展示>ということになり、600年ぶりの再会となったそうだ。
それはたいへんめでたいことだ。
めでたいが、このチラシを開いたわたしは思わず飛んで逃げてしまった。


こわいですがな~~~

白鳳時代の仏像は綺麗なものが多いが、なんだかもう本当に怖い。

手前には仏の眷属、仏を守る存在としての十二神将がずらーーーっといる。
立体的な彫像と、平面に近い彫像とそれぞれ。
みんな個性豊かでかっこよかったり面白かったりで、わたしは彼らのファンだが、その元締めと言うか大親分格の仏頭がこわくて正視できない。

それでも展覧会に行ったが、やっぱり怖くてチラチラ見るだけ。
白鳳の貴公子には申し訳ないが、小さい時からのニガテ意識は到底払拭できそうにない。
とはいえ、この写真の撮り方を見ていて、わたしとしては「聖闘士星矢」を思い出すのだが。
そう、黄金聖闘士は12星座だから十二神将と同じような立ち位置にある。
そう思うとときめくなあ。
ときめくのだが、それは別な話なのでここでは関係ない。

十二神将については特に好きなのが実は鎌倉国宝館に鎮座まします十二神将。
それからやっぱり新薬師寺。奈良博にいてはるのも好き。
興福寺のこちらさんもしみじみ拝見して、よろしいなあと思った。

ところでわたしが十二神将を知ったのは小学校低学年のとき放映されていた人形劇「新八犬伝」から。
かれらは八犬士だと自ら名乗るくらいだから、犬の神様の加護を受けている。
それであるとき伐折羅大将のお堂に行き合う話があり、それで知ったのだ。
なんだか感動した。
それからファンになったのだ。

十二神将は薬師如来の眷属だというが、この白鳳の銀面の貴公子は本当はなんなのか。
あんまりそういうことを考えるのも好きではない。

板彫は平安時代中期のもので、民芸調な面白味がある。
なんとなく表面に墨を塗って拓本をとるとか版画にするとか、そんなことがしたくなる。
棟方志功の「釈尊十大弟子」を思い出すからかもしれない。
この中でいちばん面白いのは辰年の波夷羅大将。鏃もちながらすごーーーーく困った顔している。
一体どうしたんだろうと心配になるくらいw

鎌倉時代の十二神将はさすがに動きも派手でかっこいい。
彫刻はやはりあれか全方位見学がベストなのかな。
まぁ存分に楽しませてもらいましたが。

そうそう今回のご本尊、天武天皇14年(685)製作らしい。中大兄皇子が蘇我家を滅ぼしてから40年後か。
そして同時代の銅造釈迦如来倚像が深大寺から来ていた。
鋳造。シルバーに光っている。
1300年の歳月はすごい。

最後に本当に はっ となるものを見た。
今年製作された、畠中光享さんの祖師像下絵。天竺、中国、日本それそれの祖師像を描いているのだが、当然全員若くはないし、難しい顔をしているのだが、非常にときめいた。下絵では四人それぞれの姿を一枚ずつ書いていたが、彼らはやがて法の兄弟として一本の柱に巻き付き、曼陀羅の仏たちのように、定められた位置に描き込まれてゆく。
畠中さんのいつもの静謐な画風から一歩踏み出したような、そんな絵だった。

10/14まで前期・10/16から11/24まで後期。十二神将や白鳳仏は前後期通じてお出まし。

極楽へのいざない 練り供養をめぐる美術

龍谷ミュージアム「極楽へのいざない 練り供養をめぐる美術」展の前期最終日に出かけた。
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つい最近、ネットで「#坊さんあるある」というのを読んで、大ウケしていた。
こんな例がある。
・懸命に読経した後、遺族さんから「天国の親父も喜んでいます」・・・敗北感にまみれる坊さん。
せめて「極楽にいる親父」と言うてほしいわね。

そう、「極楽」という言葉が遠くなっている。
殆どの人が仏教徒の日本人だが、極楽に行くのでなく天国行きというのをつい口にする。
行く先地獄、途中に墓場、始めに焼き場ということを忘れてはいかん。地獄から極楽へ行ける人もおるのに天国と言われてはねえ。
とはいえ、「極楽湯」「極楽温泉」はいい感じの店名だが、「天国湯」とか「天国温泉」はなんとなくコワイ。
気持ちよくなって、ついそのまま・・・というのもありそうだ。
一方、実際に温泉地獄とか地獄の湯というのもあるのだが。

さて、戯れ言はここで止めて、展覧会で見たものについて書く。

「極楽へのいざない」とは、しかし巧いタイトルだ。
練り供養を採り上げた展覧会はこれ以外知らない。
二次元の仏画、三次元の仏像、仏面。
仏画が動くとアニメーションだが、仏像や仏仮面が動くと「練り供養」となる、とわたしは解釈している。
実際のところ誰も極楽往来なんてしていないのだ。
地獄ツアーしたという高僧の伝説もあるが、どちらにしろそのイメージを伝えるために絵を描き、言葉を尽くす。
ただ、それよりも極楽のイメージをもっとナマナマしく伝えることが出来るのは、演劇・演技なのだった。

序章 練り供養とは
ここでは曼陀羅や来迎図が集まっていた。

伝・智光曼陀羅 室町時代 奈良・能満院 下に広がる蓮池では赤子らが楽しそうに遊んでいる。

清海曼陀羅 江戸時代 真如苑 紺地金線の厳かなもの。

当麻曼陀羅 法眼隆尊 元応元年(1319) 兵庫・龍泉寺 金色の丸顔の仏たち。優しいお顔でとても綺麗だった。

千手観音二十八部衆 鎌倉時代 広島・浄土寺 向かって左側に、どう見ても白い女面かぶった武将風なのがいる。
誰に当たるのかはわからない。

地蔵菩薩来迎図 鎌倉時代 奈良国立博物館 綺麗、非常に綺麗なお顔。感心した。

善悪双六極楽道中図絵 黒川玉水 安政五年(1858) 龍谷大学大宮図書館 すごく面白い双六。これを拡大コピーして遊ばせてほしかったな~


第一章 のぞまれた臨終のかたち この世とあの世の造形
地獄と極楽の様相をみる。
随分前に板橋区美術館で「地獄/極楽」展というのがあり、非常に面白く眺めた。
それを思い出した。
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往生要集巻1 室町時代 丁度拷問の最中の絵。首を錐でキリリリリとされてたり、直腸に熱湯入れられたり、バーベキューにされたり。妙にときめく様子。

十界図 室町時代 當麻寺奥院 人間界の、生の営みを下部に展開し、上はその他諸々と地獄の景色。下界では花が咲いても魂抜かれようとも、楽しい日々。

九相詩絵巻 大永7年(1527) 縁のある畳の上に美人の遺体あり。次はもう膨れ上がっている。

地蔵菩薩十王図 室町時代 岡山・寶福寺 泰広王の前、獄卒は豹柄の半袖マッチョ鬼。ちょっとかっこいい着こなしである。

ここからは来迎図オンパレードである。
二十五菩薩の中には、本来の目的を忘れて踊ったり演奏したりに夢中なのや、また人間側もぜひとも「迎えに来てもらわなくては」と手の込んだ刺繍絵にして、自分の髪を仏にプレゼントしたり、となかなか面白いものをも見た。

阿弥陀三尊来迎図 室町時代 左右二尊がウェーブと言うかクセの強いロン毛を肩超えに伸ばしている。なかなか色っぽい。横顔を向けるものと斜め顔を見せるものと。

阿弥陀五尊来迎図 室町時代 上の奏楽菩薩二人、振り鼓・腰鼓でパコパコッと元気よさそう。

阿弥陀三尊来迎図 鎌倉時代 滋賀・光明寺 こちらは手前二人がたいへん綺麗で、特に民家に近づく菩薩が、往生する人(赤ちゃんに見えた)を優しく蓮台に乗せている、という珍しい構図。こういう絵は忘れがたい。
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刺繍種子阿弥陀三尊図 鎌倉時代 永観堂禅林寺 緑の地に天蓋、すべてが刺繍。細かい。
このお寺は例の紅葉で有名な永観堂。首捻じ曲げたままのご本尊がおられるところ。

阿弥陀聖衆来迎図 鎌倉時代 奈良・松尾寺 阿弥陀の真後ろに、どうも変なオジサンがいる。七人が真正面向きで、その背後の菩薩たちはそれぞれ好きな方向を向いているのが、まるでクラス写真みたい。

阿弥陀二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 滋賀・新知恩院 それぞれ踊る踊る。チラシの右側の皆さんです。阿弥陀さんの光背の真後ろに立つ琵琶弾く菩薩なんか雰囲気的にはハワイアン、琵琶も大きなウクレレに見えるくらい。すごいニコニコ。澄ましてるよりかは、そんな方が楽しくていいけどね。

二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 京都・浄福寺 対幅でそれぞれぐるっと右から左から。

二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 永観堂禅林寺 菩薩たちのみなのは剥落のためか?しかし雲の一室のように見える。蓮に乗るわけだが、それであっても、室内オーケストラぽい。

二十五菩薩来迎図扉絵 南北朝時代 永観堂禅林寺 これは截金細工が細かに残っている。すごく濃やかな仕事をした跡が見える。

展示室の真ん中に絵ではなく彫像が現れた。フィギュアである。
木造阿弥陀如来坐像および二十五菩薩像 平安後期・江戸時代 和歌山・法福寺 中央の宗主たる阿弥陀のみ黒いが、あとの菩薩たちは白肉さん。胡粉で白々して、そこへカラーがついている。ちょっとナマナマしいな。

法然上人絵伝 巻第三十七 室町時代 當麻寺奥院 キターーーッ!そう、ご臨終の法然上人に阿弥陀のライトビームが届く絵ね。久しぶりに見たなあ。京都、東京以来か。

山越阿弥陀図 室町時代 滋賀・西教寺 ・・・「誕生」にはケーキ、「臨終」にはハス。

山越阿弥陀図 室町時代 ズドーンッッッと真正面過ぎて、ウォンテッドとでも言いたくなる図。

木造山越阿弥陀像 江戸時代 奈良・新薬師寺 うわーーーっまるでドイツ辺りのキリスト教の像みたいーーーっ

いや~~なかなかここまででも相当濃い展示でしたわ~~
これが二階の状況です。
そして三階へあがると、全編「練り供養」の世界。

第二章 練り供養いまむかし 各地に伝わる練り供養
奈良の當麻寺、岡山の弘法寺、遍明院、誕生寺、大阪の四天王寺、京都大原三千院、法隆寺、加古川の浄土寺、大阪の大念仏寺・・・
みんな練り供養のあるお寺なのだよ・・・

當麻寺の練供養がやっぱり一番高名なのかな、お寺から中将姫の坐像が来ていたが、出家前のお姿と、法の弟子となってからのとがある。
どちらも白いお顔に丁寧な合掌。
他にも貞享3年製の15歳の姫の像もあり、こちらも賢そうでした。

それでとにかく、前述したお寺から行道用の仮面がザクザクザクザク並んでいて、凄い情景になっている。
「圧倒的ではないか」と思わずつぶやいてしまったなあ。←ギレンの尻尾。
そう、別にそれは「問題ない」←ゲンドウですか。
要は、<わたし>がその状況から逃れてしまいたかった、というのがある。

正直圧倒的な仏の仮面に負けてしまい、ヒーーッとなっていた。
いやもぉ本当に申し訳ないが、怖いな。
この仏のコスプレされた方々(失敬な!)に取り囲まれたら、ヤバイ。
それでそそくさと逃げるように回ってたら、2Mくらいの高さの仏像がどーんっと。

木造迎講阿弥陀如来立像 鎌倉時代 岡山・弘法寺 こちらがおらるるわけです。
台座入れて2Mくらいだが、実寸だけでも6尺くらいありそう。それでこれが実はカブリモノだというから、ノケゾリそうになった。
みぞおちあたりから外を見て歩行するらしい。
こわ~~こわすぎる。

同じく大阪の平野の融通念仏宗の元締めの大念仏寺からも同じお名前の仏像が来ていた。
こちらは江戸時代のカブリモノで、胸に卍型の隙間があり、そこから外を見て歩行するとか。

…すみません、ほんまにごめんなさい、こわいです。

まだまともにがんばって目を向けたのは絵くらいか。
阿弥陀聖衆来迎図模本 明治29年 下村観山らの模写もの。さすがにうまい。
しかし笑顔が怖かったりする、特に琵琶持つ菩薩が。

最後に見たのが地獄絵日記。
矢田地蔵毎月日記絵 室町時代 奈良国立博物館 …「鬼灯の冷徹」の先達みたいなものかもしれない。

あー、不信心・不心得者のわたしでした。
今は後期になり、また展示替えもあり、見どころは十分。
どうぞおでかけください。

十月の予定と前月の記録

早くも秋。秋は美術の本番ということで忙しいですね。
行けたらええな~の展覧会ラインナップです。

初山滋の木版画 ちひろ美術館・東京 10/30~1/31
幕末の江戸城大奥 江戸東京博物館10/29~12/8
川瀬巴水―生誕130年記念― 大田区立郷土博物館10/27~3/2
「画道精進」〜椿貞雄と実篤〜 調布市武者小路実篤記念館10/26~12/1
近代日本の花鳥画 野間記念館10/26~12/15
光悦―桃山の古典(クラシック)―  五島美術館10/26~12/1
滑稽絵 町田市立博物館10/26~11/24
古径と土牛 山種美術館10/22~12/23
光の賛歌 印象派展 パリ、セーヌ、ノルマンディの水辺をたどる旅 東京富士美術館10/23~1/5
山寺 後藤美術館コレクション展 バルビゾンへの道 ブンカムラ10/20~11/18
受け継がれた住まい 今に生きる文京の近代建築  文京ふるさと歴史館10/19~12/1
森村泰昌 レンブラントの部屋、再び 原美術館10/12~12/23
カイユボット展―都市の印象派 ブリヂストン美術館10/10~12/29
京都-洛中洛外図と障壁画の美 東京国立博物館10/8~12/1
ターナー展 東京都美術館10/8~12/18
描かれた都―開封・杭州・京都・江戸― 大倉集古館10/5~12/15
幸田 文 展 世田谷文学館10/5~12/8
古代中国の名宝-細川護立と東洋学 永青文庫10/5~12/8
生誕100年 佐藤太清展 板橋区立美術館10/5~11/10
幕末の北方探検家 松浦武四郎展 静嘉堂文庫10/5~12/8
名品選2013 -近代への眼差し 印象派と世紀末美術-三菱一号館美術館10/5~1/5
乙女デコ&京都モダンのデザイナー 小林かいち 展 -大正~昭和初期に花開いた絵葉書・絵封筒の美-
ニッポンの少女まんがの元祖だヨ!松本かつぢ展 弥生美術館10/3~12/24
上海博物館 中国絵画名品展 東京国立博物館~11/24
笑う浮世絵-戯画と国芳一門  浮世絵 太田記念美術館~11/26
縁起もの 版画と絵画で楽しむ吉祥図像展 町田市立国際版画美術館~11/24
セキ美術館名品展 加山又造と近代絵画の巨匠たち ニューオータニ美術館~11/4
日本の美・発見Ⅷ 仙厓と禅の世界 特集展示:一休ゆかりの床菜菴コレクション 出光美術館~11/4
アンリ・ルソーから始まる 素朴派とアウトサイダーズの世界  世田谷美術館~11/10
伊万里染付の美―「図変り」大皿の世界― 泉屋分館~12/8
ウィリアム・モリス 美しい暮らし―ステンドグラス・壁紙・テキスタイル 府中市美術館~12/1
宇野信哉展 よみがえる江戸の情景 武蔵野市立吉祥寺美術館~10/20
クローズアップ工芸 東京国立近代美術館工芸館~12/8
現代の名碗 川喜田半泥子、加藤唐九郎、金重泰山、三輪壽雪、岡部嶺男、鈴木蔵、樂吉左衛門から若手作家まで 菊池寛実記念 智美術館~1/5
明治のこころ モースが見た庶民のくらし 江戸東京博物館~12/8
ムットーニワールド からくりシアターⅢ 八王子市夢美術館~11/24
杉本美術館所蔵『新・平家物語』挿絵展  青梅市立美術館 ~10/27
フィレンツェ ピッティ宮近代美術館コレクション トスカーナと近代絵画 もうひとつのルネサンス 損保ジャパン~11/10
文学の彩り 山本有三作品の挿絵と装幀 三鷹市山本有三記念館~2/23
モローとルオー -聖なるものの継承と変容- 汐留ミュージアム12/10
竹内栖鳳展 近代日本画の巨人 東京国立近代美術館~10/14
四季礼讃展 ~水のながれ~ 野間記念館~10/20
岩合光昭 写真展 ネコライオン 東京都写真美術館~10/20
花妖~岡本太郎の挿し絵 ~坂口安吾の小説「花妖」の挿し絵54点を初公開~ 岡本太郎記念館~11/24
泉鏡花生誕140年記念 清方が描いた鏡花の世界 鏑木清方記念美術館10/31~12/4
生誕140年記念 泉鏡花展 -ものがたりの水脈- 神奈川近代文学館10/5~11/24
こもんじょ ざんまい ―鎌倉ゆかりの中世文書― 神奈川県立歴史博物館10/5~12/1
横山大観展 良き師、良き友 横浜美術館10/5~11/24

ここから関西。
西宮の指定・登録文化財―近代住宅― 西宮市立郷土資料館10/29~11/24
第65回 正倉院展 奈良国立博物館10/26~11/11
籔内佐斗司展 やまとぢから 奈良県立美術館10/19~12/15
宮川長春 大和文華館10/12~11/17
魅惑の清朝陶磁 京都国立博物館10/12~12/15
豪農に伝来する絵画  たつの市立龍野歴史文化資料館 10/11~12/18
物黒無 モノクローム 正木美術館~2/2
橋本関雪展 豪腕画人 関雪登場 兵庫県立美術館~10/20
京都・美のタイムカプセル 京都文化博物館~12/1
堺市所蔵美術作品展「堺ゆかりの作家たち―日本画・竹工芸の粋―」 堺市博物館~10/20
一瞬と永遠の劇場 Elliott Erwitt 展 何必館・京都現代美術館~10/27
絹糸で描いた刺繍絵画の世界 清水三年坂美術館~11/17
白檮廬コレクション-中国古陶磁清玩 大阪市立東洋陶磁美術館~11/4
利休/少庵/元伯/千家の時代と長谷川等伯「松林架橋図襖」修復完成記念 樂美術館~12/23

それからこちらは松江と出雲に行く予定で。
“天下一”のアイドルの系譜 出雲阿国展 -初期歌舞伎図から寛文美人図まで
 島根県立美術館~11/4
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