美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

和歌山県立近代美術館の常設をみる

もう12/1で展示替えだが、紹介したい。

和歌山県立近代美術館は所蔵作品の撮影が可能なのだった。
嬉しくてパチパチ撮ったので、それを挙げる。

1382153578038.jpg 中村不折 白頭翁
神話や歴史の1シーンを描くのがとても魅力的な不折。少年と少女が可愛い。

1382153591565.jpg 山下新太郎 臥婦
新太郎らしい美人がくつろぐ。

1382153657385.jpg 保田 龍門 少年
昔、初めてこの絵を見たとき、その少年の甘やかさにときめいた。

1382153704655.jpg 佐伯祐三 下落合風景
電柱がたくさん見えるが、しかしそれでもまだ緑は多いし、民家の隙間もある。

1382153891192.jpg 松本竣介 三人
そのままやんw

坊やのアップ。「フルポン」竣介の描く子は可愛い。1382153907202.jpg

1382153931593.jpg 岡鹿之助 灯台
いつもの安寧と静謐がある。

保田龍門の巨大な光明皇后もあり、武二の大王崎も出ていた。
下村観山の魔障図はオバケ屋敷を思わせてくれる。

1382154035683.jpg 梥本 一洋 岬
和歌山の岬かどうかはしらない。梥本 一洋らしい繊細な色彩がきれい。大和絵の美の伝統。

1382154074621.jpg 山口蓬春 宇津の山
珍しいような構図だから戦前か大正期の作品かも。優美な姿。

伊勢物語。1382154089402.jpg 

1382154145612.jpg ドンゲン 黒い服の婦人

1910年代のモダンな女性。素敵。1382154121809.jpg 
ロートだったかな、ここだけ好き。1382154201463.jpg

1382154259178.jpg ヴラマンク 風景
おどろおどろしい。

ここからは佐伯がいくつか並ぶ。
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1382154559795.jpg 田中恭吉 初夏
可愛らしい少年。どきどき。

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パラダイスのようだ。南国の強い陽光の下で。

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ここから先は版画家の香山小鳥作品。
今回初めて知った版画家。
「香山小鳥:ゆめの日のかげ」
     羽ばたきはしばしがほどのゆめのかげ光りて消ぬる小鳥よあはれ
                   (田中恭吉「ゆめの日のかげ」より)

1382154922174.jpg 「死の島」へ向かうようだ。

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夭折すると作品が残らなくなるが、田中や恩地らの尽力でこうしていきた。
改めて自刻自摺の良さを感じた。
いい作品が多いだけに残念。

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最後の一枚、作者とタイトルを忘れた。これは新版画風な趣がある。

千葉市美術館もそうだが、ここも版画の名品たくさん持っている。
常設を見て歩くだけでも本当に心豊かになる。
ありがとう。
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京都でみる「竹内栖鳳展」と「下絵を読み解く 竹内栖鳳の下絵と素描」

いよいよ京都での竹内栖鳳展も12/1で終焉を迎える。
東京国立近代美術館での展覧会は連日大盛況、京都も大繁盛で、まことに結構なことである。
わたしは東京は前後期みたけれど、京都は後期だけ見た。
その京都では下絵を集めた立派な企画展が開催中。どちらも大いに楽しんだが、実のところこの下絵展、これが素晴らしすぎた!!
栖鳳の下絵については随分前にここで「栖鳳・松園-本画と下絵」という企画展が94年の今頃に開催されたが、当時のわたしはジミな下絵に関心がなく、さらさらとしか見ていなかった。
あれから20年。(綾小路きみまろなら「あれから40年」と来るところ)
今のわたしは熱心に下絵を見る人になりました。

ちなみに東京展での感想はこちら。
その1
その2

主に京都展でのみ展示の作品について書きます。

やっぱりなんというても「獅子」ライオンでした。
お客さんも大方はライオンに喜んでた。
明治34年の個人蔵の、右は寝る獅子・左は起きる獅子、ボークス所蔵の肉球舐める獅子、このあたりは東京でも人気だったはず。
前期には藤田から獅子が来てたようで、あれまた大人気。
後期には大阪歴博の、にゃうん~な獅子と走る獅子が人気。

獅子だけじゃなく、ゾウ・サル・ウサギ・クマがまた、皆さんの可愛いもの好きな心を刺激していた。
わたしはやっぱり雀大喜びの「喜雀図」が大好きかな。
「山海評判記」のオシラ様飛びをする雀とかもいて、楽しい。

和暖 三の丸尚蔵館 仲良しな鹿たち。…というか、右の鹿たちはコレ三角関係かな。
鹿ップルにちょっと流し目を送る雌鹿。揺れるまなざし。
左はわるそぉな奴ら。これがほんとのロクでなし。

班猫 おおお~これは山種美術館のお猫さん。実は91年夏にここで「山種美術館展」があったときに、この白キジの大猫さんはみんなの大人気者でした。今回もそう。22年後の今もエエ猫ですわ~~~
思えばわたしが山種でこのお猫さんに会うたのは93年秋の特別展「栖鳳と松園の周辺」展だったと思う。

鯖 前田育徳会所蔵 1925年の青くてビカッッと光るサバ。籠と桶からあふれるサバ群。青々ピカピカした、本当においしそうなサバ。わたしはサバが大好きなのでよくわかるが、これは新しいエエさばです。ああ、おいしそう!

下絵で「アレ夕立に」のが色々出ていたが、濡れ縁または奥庭に茣蓙か蓆ひいた(敷いた)上で舞妓さんが舞う姿があった。写生はそうした場で行われたようだ。
着物も帯も牡丹柄で、色々な手を見せて舞う舞妓の姿がいい。

風薫双塔寺 ツインタワーの下の民家。民国時代の青い服の人々。和やか。

ヨーロッパからの絵葉書は東京都はまた違うような気もする。サンタンジェロは見ているが、娘とリンゴは知らない。アールヌーボーな白雪姫風。

晩年になりました。
東京でもおいしそうやなと見ていたカツオの絵とタイの絵が、京都では並んでますがな♪
松魚 1937年 きりっとした尻尾のカツオ!大1匹に中2匹!
Vs
海幸 1942年 桜色の大タイ1匹に中1匹!
あぁ、おいしそう~~~

若い頃は獅子を描き晩年はトラを描く。
動物園に弟子たちを引き連れてしばしば写生会をしただけに、トラが檻におる写真もあれば、鹿の写真、鷺の色んなポーズ8枚続きなどなど。


いい心持で続いてお隣の下絵展へ行く。
こちらは半券表示で割引をしてくれる。
京都市美術館開館80周年記念展「下絵を読み解く 竹内栖鳳の下絵と素描」
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下絵を見ていると、栖鳳が円山派の総帥・応挙の道と同じような道をたどっていたのを感じる。
写生の大切さを知る栖鳳と応挙。
弟子のたくさんいた二人。没後も決して忘れられることなく愛され続ける絵師。生きている間に栄誉も受ける。
うむ、ますます似ているような気がする。

大変大きな下絵がある。竹林。リアルサイズなのだなあ。そこにスズメたち。
前にアトリエにいったとき広さを感じたが(東山艸堂)、栖鳳は寝かせて描いたのだろうか。
アトリエの高さはそんなになかったように思う。

本画のためのエスキース。それだけではないのが写生。栖鳳は粉本主義ではないのでたくさんたくさん写生した。
またこの時代の京都画壇の人々は実に大量の写生をし、それを自身の筋肉や細胞質にした。
コレハアレカ、という発見の楽しみがある。

中には先の特別展には出なかった作品の下絵と本画もあり、見比べるのがまた楽しい。
大津絵風の仏画が可愛いし、ウィットも感じられる。

家鴨の集団、グワグワしてる。
箱のわんこはもうそろそろ外へ出たがる年頃。
そしてやっぱり魚菜が本当においしそう。

野菜や魚のおいしそうなのはやはり栖鳳が料理屋さんの息子だからかと思う。

さるが桃を持っていて独り占めしている。そばにいるお仲間に「やらへんぞ!」と歯をむき出している。
こういうのは戯画に近くもみえる。

花嫁 後ろ姿を描く。本画はあるのかどうか。黒に帯だけは華やか。

鹿のスケッチもリアル。間近でよく見ている。それも飛びかかってきそうな勢い。

下絵でもタイやカツオは本当においしそう。わくわくするねえ。

スケッチはいくらでも出てくる。
ウオゼが皿にいっぱいの状況もあるし、野菜もおいしそう。

「組み合わせの妙」というタイトルで集められた下絵、スケッチがなかなか楽しい。

金色界 大津絵風の仏画。上に仏様、下に三カ所の近江八景。堅田の浮御堂、三井寺の晩鐘、石山の塔に月。
下絵と本画が並ぶのもいい。

イタチと稗、納豆とネズミ、犬にネギ、こういう取り合わせが面白い。
それで思い出した。
戸板康二「ぜいたく列伝」の光村利藻の話に栖鳳が出てくる。光村原色版の創立者である。
彼は栖鳳のパトロンの一人で、栖鳳が「たこを描きたい」と言うと、浜辺に無数のタコをばら撒いて、写生してくださいと勧めるようなヒトだった。
昔のことだから明石のタコだろうが、それをまた「タコの頭にモグサして熱がる図とかどうですか」などと言うたそうだから、これはさすがに栖鳳も困ったそうだ。
しかしそうなると「組み合わせの妙」は妙味ではなく「妙な・変な・ケッタイな」の「妙」かもしれない、とついつい思ってしまう。
展示にはないが、「テンがかぼちゃ畑を走る」図を栖鳳が描いたのは光村の別荘でのことなので、やっぱり栖鳳の組み合わせのセンスと言うのはちょっとシュールなところがある。
「アイロン台の上で云々」のレベルかもしれない・・・

わらと子犬、朝顔と子犬、犬にネギ。
可愛いわんころたち。暖かい視線の中で。
寝るわんこも描かれている。
ふくらすずめもいるいる。

栖鳳は潮来の良さを川合玉堂から教わったそうだ。
潮来という地はどこにあるのかも知らないが、二人の日本画家をこんなにも引きつけるよい場所だったことは確かなのだろう。
栖鳳は蘇州での感銘を潮来で再現している。


「下絵とスケッチ」は今度は栖鳳以外の画家たちのそれを集めて見せてくれた。
ここでは京都市美術館が所蔵する本画もともに展示され、その軌跡が確認できる。

幸野楳嶺の「蓮池図」は東本願寺の太子堂や御影堂のためのもので、これは設計図としてみるべきだと思う。たいへんしっかりした図である。

富田渓仙 伝書鳩 本画は右手に伝書鳩の鳩小屋があり、左手は飛び立つ鳩たちをフレスコ画風に描いている。1934年。それが下絵を見てびっくりした。
下絵は鳩小屋と言うより鳩のマンション、クックルー・ハウス!そこの住民(鳩)が顔を出したりおしゃべりしたり、という様相に見える。
すごく面白い。こういうのがもしそのまま本画になってたら、非常に不思議だったろうな。
わたしは下絵のほうがはるかに好み。

菊池契月 交歓 戦場の隙間で再会し、旧交を温めあう若い男二人。手伝い坊やが可愛い。
下絵の段階でほぼ本画と同じ。淡彩も施され、完成品に近い。

榊原紫峰 奈良の鹿 久しぶりに実物を見る。こんなにも大きい絵だったか。このヒトの回顧展も奈良そごうで90年代初頭に見て以来、開催されてないなー。
下絵はあまり本画とかわらない。木の毛羽立ち、鹿のリアルさ、そんなものが下絵から見える。

貴重すぎる下絵が一つ。村上華岳「聖者の死」。なにしろ本画が焼失している。
涅槃に入るお釈迦様の光が丸く拡散されてドーム状になっている。
眠たそうな丸顔のお釈迦様。周囲の嘆く人々もみんな丸顔。大正7年。そう、大正時代は丸顔がモテた時代なのだ。六代目菊五郎の女形がウケたのも、芸の巧さだけでなく、丸顔だということもあったろう。
ところで嘆く人々の顔、何人か「カワウソさん」してる・・・

野長瀬晩花 海近き町の舞妓 本画は背景が青で二人の田舎くさい舞妓の着物もやぼったいカラフルなものだが、下絵はもっと泥臭いものだった。みかんを剥く左の子とじっと静かな右の子。少しずつ画家の望む絵が出来上がってゆく軌跡が見えた。

中村大三郎 女人像 本画は薄紫の上品な着物を着ているが、下絵は選の入った着物。
本画にはしばしば深い親しみを感じるのだが、下絵を初めて見た今、本画の上品さはどこから来たのだろうと考えている。
ナマナマシサに満ちた下絵。

林司馬 舞妓 現物をみてやっぱりと納得。本画もあっさり、下絵もあっさり。いかにも司馬。

色々と知ることもあり、興味深い展示だった。
どちらも12/1まで。

輝ける金工 東アジアの金属工芸/絨毯の糸

白鶴美術館の秋季展に行った。
思ったとおり綺麗な秋の装いを見せていた。
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毎年この時期は「東灘アートマンス」が開催されているが、わたしは今回参加せず、後からこうして来ている。

白鶴美術館も随分長く通っているが、昔は解説も専門的過ぎてそっけないものだったが、今はすっかり変わって、饒舌なくらいになっている。
解説文を読みながら見て歩く楽しみ、それが今の白鶴にはある。
尤も、昔は写真撮影OKだったのが今は禁止だから、その点だけがぼんやり寂しい。

さて今回は東アジアの金属工芸を本館で、新館では絨毯の糸と言うタイトルで企画展が開催されている。
唐時代の金属工芸の素晴らしさは、世界に冠たる大唐帝国の製品だけに非の打ち所がない。
そしてその精密な表現を、現在日本の比類なき技術力で肉眼ではっきりわかるくらいに拡大再現されてもいる。
現物が素晴らしいからこそ、現在の技術力でアップになっても耐えられるのだ。
わたしはわくわくしながら金属工芸を見て歩いた。

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来歴についてだけでもたくさん物語があるだろう過去の文物。
想像するだけでも楽しい。

まずはわたしの大好きな饕餮くん。
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今回は目のアップのみ。一緒にいる犠首くんは今日はここには出てこない。

鏡の表面に張り付くサンゲイさん。nec706-4.jpg
表情が面白すぎる♪

法隆寺から流出したけれど、ここを終の棲家になさってね。
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唐時代の8枚花びらの器。すごい繊細。
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真上から見たものも↑にある。

こちらも唐時代で、盃に刻まれてる狩猟文。矢がプスッと刺さってて可哀想。
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こちらは六朝時代の鏡に浮き彫りにされた西王母。ほっぺた豊かな方。桃は見当たらないなあ。
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これらはみんなそんなに実物も大きくはないの。
饕餮君だけちょっと大きいくらいで、あとは本当は単眼鏡で見なわからんくらいの濃やかな細かさなのだよ。
しかしチラシの画像が鮮明なのでこんなになったのさ。
ついでにいうと解説もこのレベルの画像だったから本当に役立った。

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あと日本の勾玉を「兵庫鎖」とかいうものでつけた、きれいなネックレスがあった。
兵庫鎖の作り方も載ってて、わたしじゃ無理だが、作れるヒトは作れるなと言う感じ。
これはホンマに欲しいわ。

朝鮮の王家と倭の五王の話もある。
倭の人質だった美海公を逃がすために倭にくる堤上。
彼は首尾よく公を逃がしたけれど自身は処刑される。
公はその功に報いるために、彼の遺児を正室に迎える。

いつのどの王のときかはわからない伝説。
しかしそんな伝承すらロマンティック。

さてこちらは別館というか新館の絨毯展示室。
なにやら講演会してたようで、その後に行きました。

前々からよく見かけていた物語の1シーンを綴った絨毯があった。
今回初めてそのシーンの物語を知る。
上段は王宮内、下段は王様一行が羊飼いと会う所。
つまり王様は羊飼いに聞いた話を宮廷で話すというシーン。
その羊飼いの足元にはめえめえ羊たちが何種かおる。王様は鷹狩の最中。
話によると、牧羊犬に裏切られて(!)羊を失ったとか。
王様はそれを教訓に皆になんだかんだと話すのだけど、王様の玉座は六角?かなんかで直座り。椅子ではない。
そして話を聞く人々の左端に柱に吊るされた男が。そう、吊るされている。罪人か何か知らないが、罰せられてる最中。
改めて気づくことばかり。

イスラームの宇宙観を記したような、花鳥図をモチーフにした絨毯がいくつもある。
わたしは幾何学文様よりその方が好きだな。

ところでやっぱり何回も見ていると多少は脳も記憶するとみえて、これはコーカサス・これはトルコ・これはペルシャ…とちょっと区別がつくようになっていた。
きっちりその違いを説明できるほどには精通していないが、こうして目が開かれるのは、ええことです。

楽しく見て回り、これで秋季展も終わり。BZ0IWsbCQAAOEUE.jpg

次は来年3/1から。

茶人・村山香雪

香雪美術館の40周年記念展を4期すべて見た。
朝日新聞社の創立者・村山龍平のコレクションである。
明治の大邸宅に隣接して美術館が開かれている。
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今期は茶人・村山香雪ということで茶道具を中心とした展示である。
わたしはお茶を習うことには非常に消極的だが、茶道具を眺めるのは大変好きで、あちこち見せてもらいに歩く。
今回もいそいそ出かけた。
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和様の書たる平安時代の歌人らの色紙などがあるが、このあたりはニコニコしながら見て通るだけ。
村山は薮内流の茶人なので、薮内剣仲の「寂寥」二字を持っていた。
寂々たるものが字のカスレから漂う。
桃山時代の書。

次に幕末の薮内竹猗(ちくい)の絵があった。
千本松図 風炉先屏風 わぁーっと千本松が空に伸びている。延々と松林。薄い空色と薄い墨と薄い緑だけなのに、風が通っているのを感じた。
気持ちのいい図。この人は和宮の指南役だったそう。

安南の染付を見る。チョロギに似た形だというので「丁呂木」花入れと言われるもの。ベトナムで16~17世紀頃に生まれた。なるほどそんな形。

仁清の鴨香炉がある。小さい小さいものではなく中クラスのサイズ。呉須と鉄釉で出来た地味な色合いだが目のぱっちりした可愛い鴨。
今回、展覧会皆勤賞にいただいた賞品は、この鴨を刺繍したハンカチだった。
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明の青磁香合がある。袋ネズミというそうだが「袋のネズミ」ではなく、「袋の上にネズミ」である。ところがこれは実は明では「ザクロにリス」として作られたのだった。
それが日本に入ってくると、大黒さんの袋に大黒さんの家来のネズミと言う見立てになり、「袋にネズミ」へと変身したのだった。
尤もわたしにはネズミにもリスにも見えず「…トカゲやな」と一人合点していたイキモノなのでした。

祥瑞の蜜柑香合、呉須の周茂叔香合、交趾のザクロ香合などがある。
中でもザクロ香合は二種あり、色違いで天馬と宿星が浮き彫りされている。摘みは七曜星。それをザクロに見立てたと言うが、ちょっとこれはやり過ぎの感がある。

志野 松籬絵水指 …景色をその銘にしたというのはよくわかるが、このどこが松籬なのかが「わたしには」わからない。水中の片輪車の上に鷺が立つ、そんな景色に見えるのだった。
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本阿弥空中 手造 手付水指 忘れてた、お孫さん。ぐわーっっとした作りでざっくりした水指。うーん、わたしはね、こぉいうのがニガテなの。でも手造りは偽装ではないらしい。

萬暦赤絵 枡水指 菱形でガワ四面に龍が。とてもファンキーな顔をしている。

原羊遊斎 不昧公好み 大菊高蒔絵棗 これは黒地に高蒔絵で盛り上がる金菊が貼りついている棗。不昧公が30個作らせたうちの一つ。

茶杓を見る。
わたしは茶杓が大好きなので嬉しい。
薮内竹心 銘「熊坂」 大ぶりなところに、大薙刀を持つ熊坂を思ったらしい。

村田珠光 銘「茶瓢」 煤竹を使ったものだが、後の形が定まった時代のものではない茶杓なので、他のものとは形などが全く違う。茶色いバターナイフのような形状。面白かった。

茶碗いろいろ。
長次郎の黒樂がある。うむ、堅そう。
明の雲堂手茶碗、人形手茶碗、李朝の雲鶴筒茶碗、黒織部に赤織部。
伊羅保もある。

志野茶碗 銘「朝日影」 なんでも朝日新聞と同じような形の太陽があるそうだが、やっぱりわたしにはどこがどうやら…口べり近くに魚の形が見える。しかもよく見ると足つきの魚。まるで直立魚人のような。
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井戸茶碗 名物手茶碗 燕庵井戸 カイラギが可愛い。挽家が大ぶりで丼風。黒い丼。それがライトを受けてキララ。

今回は明治の茶人たちの交流などを垣間見る展示にもなっており、村山の交友関係もうかがえて興味深かった。
11/27まで前期、11/28~12/23まで後期。
色紙類の入れ替えがある。

松本かつぢ/小林かいち

弥生美術館の今期の展覧会は、松本かつぢ、小林かいちをメインにしたものだった。
夢二美術館の方でかいち展を開催しているので、どちらの規模も小さくはない。
三階はいつもの通り高畠華宵。

今期で会員期限が切れるので更新。来年もよろしく。
いつまでも弥生美術館の会員として東京に遊びに行けますように。

さて松本かつぢ。
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「少女の友」「女学生の友」といった戦前の雑誌で大活躍し「くるくるクルミちゃん」というマンガも連載して、戦後は童画や赤ちゃんグッズのコンビ社の製品などで、長く長く愛された。
ご本人の写真などもあるけれど、丁度今現在ビッグコミックオリジナルで連載中の村上もとか「フイチン再見」に出てくるその姿が、なんだかイメージに一番近い気がする。
江戸っ子弁でダンディで子供好きで世話焼きで、しかし仕事に厳しく、弟子である上田としこ(「フイチン再見」主人公)を厳しく育て上げつつ、励ましの心を温かく向ける、そんな「いい男」なのである。

以前に弥生美術館でかつぢの展覧会があった。
2006年春季である。そのときのささやかな感想はこちら
図録も手元にある。
あの当時は河出書房が出していた。

それから6月には姫路の兵庫県立歴史博物館で「かわいい!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流」展が開催され、わたしは二日に亙って感想を書いた。
1はこちら
2はこちら

このときの図録はまことに残念ながら抄録という形なので、その世界を網羅できているわけではない。惜しい。

今回はかつぢの生涯にも視点が向けられている。
立教中学の同級生に、灰田勝彦、河原崎国太郎、上原謙らがいたそうだ。
みなさん来年が生誕110年。

わたしの好きな作品がたくさん出ていた。
アンデルセン「絵のない絵本」をかつぢが描いたもの、まずこれが一番だと言っていい。
月の見た話 昭和9年の名品。イワン・ビリービンを思わせる装飾や森、そこにかつぢの健康で健全そうな少女がいる。
「流燈」するインドの美少女がとても好きだ。
このインドの行事は大観も描いているが、わたしのイメージとしてのインドへの憧れの第一に当たる。伏せ目のインド少女の慎ましい美しさ、心のありよう、それが描かれている。

真夏の夜の夢 昭和25年 戦後しばらくの混乱期にこんな愛らしい絵を描くかつぢ。どれだけの人々に夢を与えたことだろう。

戦前の物語絵を見る。名作・偉人伝の口絵である。表記が現行のものと違うのも楽しい。
マリ・アントワネット 昭和13年 4シーンある。牢獄での嘆きと断頭台への道と。

ハイヂ 昭和13年 4シーン。楽しいアルムの暮らし、花とヤギ、一室での鬱屈にはランプの煙が流れる。まるでアヘンのように。

幼き天使 昭和13年 パール・バック原作、ラインの黄金 昭和14年 シグルトやラインの女たち、ナイチンゲール 昭和14年、人魚の嘆き 昭和12年4月 人魚姫…
パンドーラの箱 昭和14年 これは幼い少女と少年が箱を間にみつめあう図で、幼さゆえのエロティシズムが漂う。
他にもまだある。
旗手 昭和14年 ドーデ原作 その力強さ、パホームの土地 昭和14年 トルストイ原作 コサック風な少女と馬車 などなど…

昭和30年のキャサリン・マンスフィールド「人形の家」もよかった。これはドールハウスの方の意味。
シリアスな「少女なれば」「運河」といった作品の良さにも惹かれる。

人物もさることながら、すごくいいと感じるのが建物。
とても可愛らしく描いていて、こういう建物が並ぶ街に行きたいと思うくらい。

かっこよさと可愛らしさが同居するのが素敵だ。
抒情画にかっこよさと明るい楽しさを持ち込んだ感じがある。

テニスコートでの少女のファッションも健全で、しかしセンスもいい。
年代を感じさせないところがある。アイビーにも見える。昭和初期の時代にあっても。

昭和10年代の便箋類は欧州を背景にしたものが多い。蔵書票も作り、多くの少女たちを喜ばせたことだと思う。

かつぢは実に多くの技法で描き分けた。
「アベ・マリア」での白百合と少女の慎ましい横顔、少女小説「月光の曲」の日本的な佇まい、すべて少しずつ違う。
江戸っ子ではあっても神戸育ちという所にセンスの良さがあるのでは、と解説にある。
戦前の神戸は確かにおしゃれだったろう。

オソレ・ミオ、ポリアナ、ケンタッキー・ホーム、牢獄の紅い花、純白の舞踏着。
当時の少女たちのときめきがつたわる。

少女小説「南十字星」のロマの少女が夜の街を走る躍動感。
「友情記念日」で2ショット写真を撮ろうとする二人の少女。

マンガがまた面白い。
「ポクちゃんとエカキのシェンシェイ」「ポクちゃんとリューチンサンの宝塚見物」
シンプルなササッとした絵で動きがいい。
他にも「ピチ子とチャー公」姉弟の話など。

ここでお弟子の上田としこさんのコメントが入る。
読んでいると、連載中の「フイチン再見」が蘇ってくる。
いいなあ。

今回「?のクローバー」の全編が展示されていた。
手塚治虫より早くの少女マンガだということである。
「なぞのクローバー」と読む。
今回の展覧会を機に本も刊行されたらしい。
そしてyoutubeでも画像が見れる。

原画はA3で12ページ。簡単なあらすじを書く。
悪い家来が王を監禁ね悪政を敷く。反対する人々は殺され、羊飼いの少女は胸を痛める。
そこへお世話になっている寺の和尚さんまでもが殺され、少女はついに覆面の義賊として立ち上がり、町のこどもたちが彼女に続き、とうとう正義が取り戻される。
…舞台はヨーロッパのはずだが「寺の和尚さん」というのが面白すぎる。絵はテンクルの老僧、つまりカトリックの修道士みたいなおじいさんなのである。
そんな恰好でありつつ「ナンマイダ」と祈る。
可愛い絵で悪逆無頼な様子を描くのも面白い。どこか杉浦茂のシュールさに似たものを感じる。そして構図が巧い。風俗は洋風で、三日月のかかるお城の絵などはすごーく素敵。
王様が引出しの中にいたというのも面白い。「フクメンさん」はパレードで顔を見せてそこで終わり。

さていよいよ「クルミちゃん」である。
実にたくさんある。うちの母なども「クルミちゃん」のファンだった。
可愛いなあ。
少女マンガの先駆としての「スタコラサッちゃん」は田川水泡だった。
わたしはこの漫画は読んだことはないが、久世光彦「謎の母」に出てくるので、名前だけは知っていた。

富田常雄、横山美智子らの少女小説の挿絵もあり、西條八十の「アリゾナの緋薔薇」もいい。

五月雨の葉陰 陽だまりの中に座る少女の周辺に白い影をつけることで、切り抜きを貼りつけたように見せる。不思議な立体感もある。

戦後10年経ってもこのような素敵な抒情画も描いていたけれど、方向転換して、童画へ向かう。

「たのしい幼稚園」の挿絵が懐かしさ漂う優しい絵。いいなあ。
これについては兵庫県立歴史博物館の展覧会の感想で詳しく書いた

コンビのベビー用品のイラストも懐かしい。ちっとも古くない。かわいいなあ。
幼児にはやっぱりスタイリッシュなものより、まず愛らしいものが必要だと思う。

ところでかつて松戸だったか、昭和ロマン館という挿絵や抒情画を見せてくれる施設があった。わたしはしばしば弥生美術館から次に向かうコースをとった。
2000年ごろの話。今はなくなったが、かつてここに松本かつぢルームがあったのだ。
本当に懐かしい。そこがなくなって作品を引き上げた。

かつぢの世界は明るい、いい心持にさせてくれる。
そのひとつ前の世代のメランコリックさが強い世界とはまた違う。
それはそれ・これはこれ、ということでわたしはどちらも好きだ。
ああ、いいものを見た。
来月末まで。


続いて小林かいち。nec702.jpg

シックな色合いの作品がある。黒と臙脂の合わせたものに親しみを感じもする。
健全で可愛らしく明るいかつぢの世界から、一転して大人のムードのかいち。

モガの佇む街角。楽しい夜でもどこかに憂愁が漂う。
連作物の不思議なアクティブさを感じる絵。
街灯の下の女の嘆き。
夜の墓地をさまよう魂。
教会、港、街路樹。どこを描いても舞台になる。

大正時代の人気者・正チャンとリスまで描く。著作権なんて無関係だった時代。
夜の街を走る二人。

京都の舞妓シリーズを見る。
風景と舞妓、素敵だなあ。こちらは余白がない。カラフル。そして団扇と帯も展示されている。
舞妓ものは色の使い方も明るい。

併設の華宵は女学生ライフ、夢二は日本画の「桃李図」やセノオ楽譜の「セレナーデ」など。

いくらでも見るべきものがある弥生美術館。来年もよろしくお願いします。


木島櫻谷

木島櫻谷という日本画家がいた。コノシマ・オウコクという。
主に京都市美術館と泉屋博古館とに作品が多くある。
作品は彼自身の旧宅である「櫻谷文庫」にも収められていて、今回はそこからも出てきている。
しかし今や知る人ぞ知る画家になっている。

若い内からいい作品を多く描いたが、だんだんと画壇から離れて、好きな暮らしをするようになり、機嫌よく名作を生み、楽しく生きていたが、61歳の時に気の毒に事故でなくなった。
今回、泉屋博古館で回顧展が開催されている。
京都の本館では大きく二期、細かく四期に分かれての展示が12/15まで続き、次に六本木でも開催されるようだ。
これを機に櫻谷の再評価がなされればと思う。
わたしは一期と二期とを見た。
感想は織り交ぜている。
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櫻谷は今尾景年の弟子としてその塾にいたが、若い内から自分の信じた道を行く人だったようで、勝手な修行を続けたらしい。しかし景年先生はそんな弟子を優しく見守り、応援したようだ。
膨大な下絵・スケッチ・写生帖の内にも弟子時代の様子を描いたものがいくつもあるが、戯画風な絵が多く、のんびりとした時代を感じさせられる。
勝手な修行をしていても、人間関係は決して悪くなかったのだ。

櫻谷は「たぬきの櫻谷」と謳われるほど動物の絵がよく、チラシにも選ばれている「寒月」などがその代表なのだ。性格は別に「タヌキ」ではないらしい。
ところでわたしはこの絵を昔から狐だと思いこんでいて、タヌキだといわれても「・・・えっ」なのだった。
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櫻谷は動物画もよいが、金地に豪奢な櫻に柳、琳派風な花菖蒲などが目に残っている。
今回、歴史画を初めて見た。
明治から昭和にかけてたゆまぬ努力を続けた人だけに、さまざまな分野の絵が描けたのだ。
さて、展示品を見る。

剣の舞 太平記の逸話を描く。明治30年代らしい絵である。赤地の錦直垂を着た護良親王が朱盃を傾けている。その前で家来が敵の素っ首を掻っ切ったものを刀に挿して、舞い回る。その家来の胴にも矢が刺さったままである。

一夜の夢 これは実は弟・桃村の構想を元に描いたもの。弟は23才で夭折してしまい、その悲傷を抱えながらの制作。賛のようにその旨が記されている。
弟は櫻谷と違い、菊池芳文の弟子だった。芳文は歴史画の大家として「前賢故実」を残している。
武田勝頼が居城に放火し、最後を迎えようとする状況、奥方は長刀を手に立ち尽くす。その周囲には嘆く侍女たち。哀しい絵だった。


浴衣 明治の女学生が白地の浴衣を着て、膝まで水に入っている。シンプルな顔立ちだが愛らしい娘で、帯はバイオレット。

野猪 賢そうな目の猪がくつろいでいる。ブヒッと萩の野に出現。萩は墨絵だが猪には淡彩が施されている。

咆哮 ガオ~~っっっ右には三頭の虎。ひだりはその血に飢えた奴らから逃れようとパニクッている鹿ファミリー。

しぐれ 鹿のファミリーが走る走る。左は鹿ップルがいる秋の図だが、右はファミリー。バンビがいるが、ちびのくせにもう角も生えている。

万壑烟霧 六曲一双の中に二つの景色が一つの山水図として描かれている。
淡彩で山・川・民家などが描かれているが、右は中山七里、左は昇仙峡をモデルにしつつ、架空の山水図を描いているそうだ。
なお「壑」はカク・タニと読みがあり、タニは谷の意味だろう。

厩 小屋のすぐ脇に白い花が咲き、馬は静かにほほえんでいる。これは昭和六年の「トレド日本美術展」出品。

昭和五年の「ローマ日本画展」のみならず、毎年諸外国で日本画の展覧会が企画されていたことを知った。

葡萄栗鼠 もう満腹したのか栗鼠が満足そうに指先の手入れをしている。アレキサンドリアかマスカットのようなブドウ。目を閉じて耳を立てるリス。
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獅子 立派。画壇のお仲間・栖鳳の獅子とは違い、リアリズムでありつつ物語性を感じさせる顔。 

孔雀 実に立派な青い孔雀。円山派の昔から孔雀は立派に描かれている。ウツギらしい白花の咲く木に登る。羽を下ろしたままでいるが威容は変わらない。
昭和四年の「パリ日本美術展」に出たそうだ。

柳櫻図 これが六本木でしばしば出るので、関東の方も桜谷を知ることになったのだ。たいへん華やかでいい絵。

燕子花図 江戸琳派を思わせるような豪華な杜若図である。金地に群青の花が咲き乱れ、長い緑の葉が鋭く生えている。この絵も「柳櫻図」同様六本木にある。 

瀑布翡翠 オレンジ色の羽を曝しながら急降下!!

雁来紅に猫 白地に黒ぶちの猫、これは家猫でよくモデルになっていたそうだ。

月下老狸 残菊と草の隙間に狸がいる。薄い三日月。なるほど「たぬきの櫻谷」。

秋野孤鹿 秋草。ふと立ち止まる鹿。どうぶつたちへの視線がやさしい。というより、同じ視点で活きている。

老杉杜鵑 月より上に杜鵑。顔を挙げてケーーーンと鳴く。暈しとかすれの夜の絵。

櫻谷は京都画壇とも距離を置くようになり、衣笠村に広大な庭とアトリエのある邸宅を造営した。
この時代の京都画壇の日本画家には普請道楽のものが多かったように思う。
櫻谷の師匠の今尾景年の三条の邸宅は今では料亭になり、少し年長の竹内栖鳳の高台寺の邸宅は今ではウェディングレストラン「東山艸堂」になっている。その様子はこちら。
その1
その2
また山元春挙の邸宅写真はこちら。
蘆花浅水荘

今回、櫻谷の邸宅が一般公開されたので、そこへ出向いて撮影もさせてもらった。
それについてはまた別項で挙げる。
こちら

懐旧 頭を抱え込みながら巻物を読む、平安時代の山田古嗣。これは歴史画でちょっと解説がいる。唐の説話集を読んでいた古嗣は、幼時に母を亡くしたことで親孝行が出来ぬ、そのことで涙していた。菊池芳文の「前賢故実」にもその絵がある。
そしてこの絵を描いたのは、父の五十回忌にと田附将軍からの依頼。

絵の中での「この人はこのポーズ」というのは近代以降、「前賢故実」が元ネタになっていると思う。

春村帰牧 南画風の農村図。黒牛がのこのこ歩く。梅も咲く。ああ、春やなあ。
櫻谷は南画風の作品も描くようになった。中央から離れると、人は文人画に帆を進めるのかもしれない。

青竹詩画賛 自作の七言絶句と共に。郊外生活を喜ぶ気持ちを歌ったもので、少しばかり陶淵明を思い起こさせる。

峡中の秋 これは昇仙峡を言う。櫻谷は家は洛外と言ってもいい衣笠に拵えたが、若い頃から一貫して出歩くことの多い、旅好きな人だったそうだ。

明治の若いものはよく旅に出た。
江戸時代はなんのかのと小うるさい関所改めもあったが、明治は旅の時代でもあった。
明治時代に若い頃を過ごしたことで、櫻谷は旅をするのを愛するようになったのではないかと思う。

望郷 蘇武である。羊を飼って過ごす蘇武が杖を持ちつつ、天に向かって片手をあげている。異郷で果てる人は多かった。特に匈奴との関係で。
老いた蘇武の足元には羊たちがやたらといる。メエメエメエメエメエメエメエ、やたらと鳴いていそうである。
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暮秋 烏が稲掛けの竿の先に止まる。秋の田舎の風景。侘しさと妙に明るいペーソスがある。

菜園に猫 まだ青いへちまが一つ成っている、その下に白のぶち猫がいるが、身のこなし・目つきといい、ヒョウのような鋭さがある。かっこいい猫。
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月下遊狸 可愛いもこもこの狸。さすが「たぬきの櫻谷」

角とぐ鹿 これは昨秋京都市美術館で見ている。大きな目の牡鹿がすりすりすりすり…
なお、この木は櫻谷の庭の木だそうである。

画三昧 本人らしきじいちゃんが、絵を描いてちょっと一息入れて、後ろにのけぞっている。ああ、しんどの図。絵を描いて、大家族に囲まれて、楽しい暮らし。それである。

櫻谷は明倫小学校の出であり、生涯それを誇りにした。
彼は後輩の子供らのために絵をプレゼントもした。
現在は京都市学校歴史博物館に収められている絵がいくつもあるが、それらは全て後輩の子供らへの愛情に基づくものである。

修身歴史画 これなどは依頼を受けると額まで自分で拵えた連作物である。
ちゃんと校章まで入れてのデザイン。陶工柿右衛門、孝女お網、布袋と子供ら、山内千代などなど。
マジメできちんとした子供らに育ってほしいという気持ちが込められている。
しかし連作は完成しなかった。
櫻谷は途中で事故死してしまうのである。

奔馬 墨絵でササッと描いている。かっこいい。疾駆する馬。これは付立で描いている。

最後に資料いろいろ。
所用印がたくさんあった。色んな種類のもの。好きだったらしい。今でいうマイ・スタンプ。
書簡 これまたたくさんある。

写生帖が膨大。大抵はどこか田舎の風景を描いたもの・どうぶつたちである。
市原の民家(平安なら鬼童丸くらいしかいない)、貴船、空也瀧の下流、明石の浜、乱れ松、網代、鞍馬への道中、鴨川上流、若狭、下呂、飛騨川上流、甲州富士、昇仙峡の天狗岩…といった各地風景。
今尾塾の同輩たちニコニコ、鞍馬写生ツアーの就寝図などは戯画に近く、直垂、狩衣といった時代考証に必要なものはリアル、馬、鴨、サル、狐、猫、ビーグル犬…
文庫にある写生帖は500冊を数えるという。

色紙もあった。
金地のものだと雀がはばたくもの、秋の里山を行く馬、サルの家族、柳下での洗濯、竹にカタツムリ、山道を行く人、桃に牛などなど。

一休み空間へ行くと、昭和五年のある日の木島櫻谷一家の映像が流れていた。
甥が撮影したらしい。デジタル処理されたか綺麗な動画である。
衣笠の邸宅には孫子だけでなく甥の孫まで共同生活していた。
女中らしき女たちも元気そうで「イヤヤ~写さんといておくれやすぅ」とばかりに笑いながら画面に手を振って走り去る。
ちびっこたちは自転車に乗って走り回ったり、じいちゃんに抱っこされたり。
池に浮かぶ小舟や温室もある。
ここに現れる愛らしい女児はお孫さんで、後のことを思って白無垢に金で紅梅の絵を描いた花嫁衣装を支度していた。
櫻谷は煙草をふかしながら笑っていて、孫たちを可愛がっていた。

かれは秋のある日、家族や弟子たちと機嫌よく松茸狩りに出かけ、その帰りに枚方辺りで事故に遭って亡くなったのだった。
享年61歳。
もっと生きていれば、もっといい絵がもっとたくさんあったと思う。

京都では12/15まで。

櫻谷文庫 旧木島櫻谷邸

鹿ケ谷の泉屋博古館から北野白梅町の櫻谷文庫へバスで向かう。
丸太町通りなら物理的な距離と時間しかかからず、渋滞にもかからなかった。
204か203か忘れたが一本で北野白梅町へ行けたのも嬉しい。
洛星中学・高校のそばにあった文庫の前を通ったのは何年前か。
そのときは非公開で深く閉ざされていた。
往時の写真はこちら2007年のひな祭りの日。

今回の特別公開では、泉屋の半券を見せれば団体割引が利くのだった。

玄関 1385183509265.jpg

まずは和館から。

床の間 1385183647819.jpg

襖も屏風も雲母きらきら。1385183671465.jpg

階段 1385183712356_201311251516306c4.jpg

お孫さんのために拵える。1385183792623.jpg

絵は全て櫻谷 1385183809767.jpg

二階のくつろぎ。1385183851647.jpg

欄間に竹。1385183892941.jpg

昔の生活用品。
ミシンなど 1385184064607.jpg

琴の絵も本人 1385184507834.jpg

おくどさん 1385184679574.jpg

食器など。1385184695974.jpg

台所をぬけて洋館へ。

質実な洋館。1385184826969.jpg

うねる階段。1385184871650.jpg

古い窓が素敵。1385184951374.jpg

絵はここにも。1385184963683.jpg

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洋館にも竹。1385185015089.jpg

襖もある。絵はワラビ柄。1385185075692.jpg

柱装飾。1385185098341.jpg

漆喰装飾も可愛い。1385185114800.jpg

庭には石の道標も。1385185254798.jpg

季節の過ぎた彼岸花?1385185278681.jpg

母屋と洋館など。1385185333820.jpg

実はこの撮った場所は隣の洛星中学・高校の畑でありコートでもある。
木島家はあの小舟の浮かんだ池を壊し、隣接する学校の生徒のために土地を使わせている。
少年たちのために温かな貸し出しである。

映像に映った庭をふらふら。
例の「角とぐ鹿」の木である。1385185389933.jpg

大きなアトリエ1385185395704.jpg

ガラスも可愛い1385185453848.jpg

映像はここにも1385185516315.jpg

こちらは近年まで使われていた様子が見える。書道教室などで。

80畳の大きな空間。1385185470908.jpg


広く長い天井 1385185526702.jpg

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明かりもよく入る空間だった。1385185639282.jpg

展覧会の期間だけの特別公開なのだろうか。
またいつかここへ来たいと思ってる。

野間記念館 「近代日本画の花鳥画」展

野間記念館の今年最後の企画展は「近代日本の花鳥画」である。
大和絵の昔から花鳥画を愛してきた日本人。文化の父兄たる中国・朝鮮からその美を愛でることを教わり、その感性を育んできた。
四季があることで関心が自然に向き、さらに近代人としての理知がそこに加わる。
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野間コレクションは最も素晴らしい時代に日本画の名品を集めたのであった。

最初に大観の小品から屏風まで三点。
大観 白鷺ノ図 大きい笹の葉の下に一羽たたずむ。

大観 夜梅 薄い闇の中で。

大観 松鶴図 毛つくろいする鶴。松ぼっくりがころころ。

青樹 十二ヶ月図 昭和三年の。金地に月次の自然が描かれている。濃い紅梅、葉の長い春蘭、白百合と黒アゲハの交流、巨峰らしき葡萄、下がる稲穂・・・
毎月の楽しみがここにある。

蓬春 四季花鳥 里桜に小鳥、柳に五位鷺、白萩に鶉、敗荷とセキレイ。昭和初期の作品には戦後の蓬春モダニズムの萌芽はまだ見られないが、その分おっとりしている。

御舟 朱華琉瑠鳥 なにかしら、まずい。一目見てそう思う。つまりこんな絵を描いていたら早死にするぞという予感を感じさせられるのだ。
墨のにじみにカラフルな配色。だがそれだけではない何かがある。

御舟 梅花フクイク 紅も白もよい。安堵する。

靫彦 水仙 丈の高さ!!下に小さく赤い実が。

十畝 黄昏 この絵はいつ見てもいい。好きな一枚。薄闇がしのび始め、白い月があがっている。丈高い紫苑が密生するその隙間を、白猫が耳を後ろに そぉっ と通り抜けてゆく。画家はその情景を捉えるのだ。

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青樹 四季花鳥 可愛い蛇苺に大きなタンポポ、黄色や紫の小花。柳の下に芭蕉、その葉の上にカエルが一匹。甘い黄色の銀杏と仲良しなハト。雪の散る中を飛び交う二羽。
わたしは夏の芭蕉とカエルが気に入った。
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十畝 松 大きな明るい松。松並木が長い。

十畝 四季花鳥 チラシには春と秋が掲載されている。
八重の里桜に黄色い小鳥。ナデシコ咲く岩に水の中では鮎。ススキ、キキョウ、白菊に赤い実をつける草、そこにクイナ。雪に鴛鴦。やはりいいのは春に秋だった。
故意に古い技法で描いたような風情がある。

秀畝 残月杜鵑 大きく飛ぶホトトギス。林の上を。

秀畝 五位鷺 冬の木に止まる二羽。厳しい目をしている。

平八郎 双鶴図 丸顔に丸い目の鶴さんたち。

五雲 夏木立 ミミズクが眠そうな目でこちらを見る。nec697-2.jpg


神泉 鶉図 木賊に振り向く鶉。

紫峰 猫之図 切り株に座る白キジの猫やん。けっこうよく広がる猫。

御舟 菊花 糸菊の黄色と白。そこへ赤トンボがくる。葉がへにょりとなっているリアルさ。黄菊はまるで錦糸卵か糸柚のように見えた。
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印象 清泉 ガクアジサイに赤トンボ。金のシダもある。清さと明るさがある。

荻邨 十二ヶ月図 十一月・四十雀 パウル・クレーな絵のようだった。葉の中にいる四十雀。可愛い。

ここからは野間コレクションの中枢をなす「十二ヶ月図色紙」の展示。
十畝、永田春水、竹原嘲風、森白甫、西沢笛畝、木本大果、秀畝、南風、蓬春、岳陵らの作品。
一ヶ月ごとにそれぞれが麗筆をふるう。

わたしは一枚一枚に小さい感想をつけながら見歩いたが、書くのは切りがないように思うので、あえて書かない。

十二ヶ月図はとても心地よいリズムがある。
毎月毎月変わってゆく自然。月によっては別な画家でも同じ絵を描くこともある。
それがまた面白くもある。
まったく同じ題材・同じ構図・同じ配色であっても、まったく違うからだ。

今ではこの野間以外では見ることのない画家の作品もある。
とても貴重なコレクションである。
そして年明けの企画展は「十二ヶ月図の世界」である。
この喜びをほかの多くのひとも知ってほしいと思う。

茶の湯と料理の器

湯木美術館の秋期特別展「茶の湯と料理の器」後期を見に行った。
毎回楽しく見ているが、カラの器を見ても涎が湧くのは、ここのコレクションくらいだ。
どの作品を見ても「あぁこれに吉兆湯木貞一がなにかしらご馳走を盛りつけて・・・」と妄想が湧くのだ。
実際、盛りつけ写真がパネル展示されていたりする。
それを見るとくらくらする。
するだけではなく、ガラス越しに展示される実物より、写真を延々と眺め、延々にサンズイがついて涎々になり、ふらふらになるのだった。
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黄瀬戸向付 銘 みほつくし 鴻池家伝来 銘は松永耳庵。油揚げ肌に胴紐一つ。見込みには花文・葉文、そこに緑がかかる。それを「胆礬」が現れる、というそうだ。
ついついわたしはこうした器には緑の葉ものを盛りつけたくなる。

織部花筏文向付 形がまた可愛らしい。両道に緑、中に白地に茶の二本線。そこに花筏。

高取焼掛分向付 八つ橋の半ばのような形。片身替わりで面白い景色。元和以降の製作らしい。

銹絵染付絵替筒向付 尾形深省 サインは尚古斎深省。(二条丁子屋町時代の名乗り)
乾山らしさのよく出た絵付け。光琳風といいつつも、すっかり乾山。
鶴、ワラビ、帆掛け船の群。槍梅などがそれぞれの筒碗の内外に描かれている。そして背景に太めの横線が入っていたりするので、それが趣になっている。まるで荒野にいるような。

鼠志野鷺文鉢 可愛さがあふれている。左側に鷺が立つ。

絵唐津沓形鉢 益田鈍翁所持 濃いグレー。歪みがすごい。

高取焼手鉢 白と茶色の分かれがある。ナマコ釉の窯変が3カ所ある。

利休形山折敷 三代中村宗哲 塗りがとてもきれい。

時代蒔絵大内飯・汁椀 赤に金銀のとりあわせ。

絵替金欄手向付 和田桐山 シカらしきものがいる。外は金欄手だが。内は染付。

青漆千鳥蒔絵煮物碗 リアルな千鳥の柄。それがエッシャー風に飛び続ける。
この碗に「からすみおろし焼餅入り ちしゃそう、金箔、粉山椒」が入っていた。

覚々斎好み網の絵酒次 この網パターンのが・・・なんだか意外。

朱引盃・盃台添 二代渡辺喜三郎  とても綺麗な朱だった。

青白磁刻花文鉢 北宋~元 輪花文で見込みに花。

祥瑞本捻鉢 明代 綺麗。これくらいの濃さが好きだ。

古染付山水文向付 五客の内 明代のやきもの。わたしはこの色の薄さがあまり好みでないの。祥瑞の方が好き。

ただこの向付にお造りが盛りつけられている。
タイの糸づくり、叩き薯、柚、山葵、栗イガ焼き、新銀杏、葛の葉。
これに先の乾山の筒向付にごはん。

赤地金欄手寒山拾得図向付 五客の内 広岡家伝来 1碗に3シーンが描かれている。

五彩青花龍文鉢 菱形で見込みに龍が。縁には雲文。側面には雲龍文。白・黄色・茶がメイン。

色絵三階松皿 深省 これは完全に初見だった。松形で中に松の絵を描く。緑と茶と。金彩も少しばかりあるようだが、わからない。

銹絵雪竹手鉢 仁阿弥道八 雪降りしきる景色。乾山写しではあるが、こちらの方が雪が激しいかもしれない。
オコゼの付け焼きを盛りつける吉兆。
尊敬していた不昧公は乾山の鉢に石カレイ切り焼きと水キス塩降り焼きを盛りつけた。

小林一三からの書状を軸ものにしている。朝茶に欠席のこと、ドクターストップがかかったこと、おわびに西山芳園の「くわい」絵を贈ること・・・

松永耳庵からの書状もある。こちらは乙亥年(1959)なのに丙午(1966)とサインがある。
嵐山吉兆での歓待のお礼と、小田原にオープンした耳庵記念館の件など。

さらにまたおいしそうなものを盛り付けた器があらわれた。
城端絵様絵替菜盛碗 佐野長寛 紅葉柄の碗には、鶉丸・焼餅・シメジ・わかな・金時人参・糸柚子。
展示ではそ知らぬ顔をしているが、かつてはそんなおいしそうなものを載せていたのである。

呉須染付芙蓉手大皿 明代 全体が芙蓉の花に見立てられている。水鳥たちが楽しそうにいる絵柄がいい。

まだまだいいものが多いが、ここまでにする。
何を見てもおいしそうな景色が浮かび、苦しいくらいだった。

12/15まで。

早稲田大学會津八一記念博物館で見たもの

本当は変わり目ごとに必ず出かけたいのだが、なかなかそうはいかない博物館がある。
自分の怠惰を責めるべきなのだが、どういうわけか巡りあわせがよくないらしい。
早稲田大学會津八一記念博物館である。
そして早稲田大学演劇博物館もまた。
今回は野間記念館の後に胸突坂を下り、川をこえて、早稲田へ入った。

會津八一記念博物館へ入る。
大観と観山の巨大な「明暗」を見る。実にいい作品である。
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とはいうものの、妙に重い心になるのは確かで、この絵を見ると宿業とか人間の性サガとかそんなものを思わずにはいられない。

行った日は丁度スタンプラリーをしていたのであちこちチェックして歩いた。
一階では11/16まで2つの展覧会が開催されていた。
池部政次コレクションの中国明清の書画
次に折 帖(富岡重憲コレクション展示室)
これらについて簡単に記す。

まず明清の書画。
サイトによると「池部政次氏は、清朝末期から中華民国への激動の時代に、北京の日本公使館書記官として活躍しました。その様子は清朝最後の皇帝、宣統帝溥儀の自伝『我が前半生』にも記述されています。外交官として、溥儀の側近鄭孝胥、陳宝琛、羅振玉をはじめ、当時の政治家、軍人、文人とも親交があり、それらの人々から自筆の書画を贈られるとともに、池部氏自身も書画の蒐集に努めました。
本企画展では、清朝末期から中華民国へとうつりかわる激動の時代に彼の地にて蒐集されたコレクションの精品と、蒐集者である池部政次氏の業績をご紹介します。」
その時代、中国の書画と文物の多くが日本へ来た。略奪ではなく売買と、また贈り物としてなどでも日本に入ってきた。
現在でも関西を中心に中国書画と工芸品を多く所蔵する美術館や個人コレクターが多いのは、まさに同時代に於いて京都を中心にした一種のサークルが存在したからだった。
池部氏のコレクションを見ると、氏が丁寧な人柄だったことが伝わってくる。

宣統御筆 愛新覚羅溥儀  
対聯 李鴻章
三行書 犬養毅
文章の意味はどれもよくわからないが、こうした人々の名を見る、それだけでも面白く思う。

エジプト壁画拓本 端方 民国時代に現地へ飛んで拓本したようだが、壁画そのものを見ている眼で見ると、全くの別物に見えて、非常に興味深かった。
アンコールワットの遺跡の拓本などは見慣れているので、作品そのものに綺麗とか繊細とか色々思う所があるのだが、これまで見たこのなかったものを前にすると、感心より関心が湧くばかりで、こんなふうな表現になるのかと驚いた。

雲龍図 王逸 乾隆9年(1744) 黒雲の中に湧き立つような龍。ぎろりとした目が印象的。

松林書屋図 王冶梅 清  夢想モードでの絵ではなく、現実にこうした実景があるような気がしてくる。清になると山水画もまた風景画の一つになってくる。

写真を見る。池部夫妻のものと、公的なものと。
溥儀の結婚式に集まった外国公使とその夫人ら ロングで全景を撮る。ラストエンペラーの映画を思いだす。また、李王家に嫁いだ方子さんの記念写真など。

最後に縦書きの文書を見る。
満州語文書である。これは清時代、漢民族の国を支配したのが満州族だということを強く実感させられる。
漢語と満州語との二つが公文書として必要だったのだ。


次に「折 帖」を見る。
サイトの紹介によると「折帖は、厚紙を糊で継ぎながら折本状に仕立てたものです。本展覧会では、旧富岡美術館のコレクションに含まれる折帖と呼ばれる装丁の3作品、手鑑「文彩」、手鑑「ちり蓮」、勝家伝来文書を展示します。
「文彩」は聖武天皇書と伝える紺紙銀字経から始まる手鑑、「ちり蓮」は古写経をあつめた手鑑です。勝家文書は勝海舟の建白書草稿、海舟宛の書簡のほか、江戸時代の文書なども貼りこまれています。」とのこと。

手鑑 銘 ちり蓮 奈良~室町時代  古くから伝わる手鑑は、聖武天皇の書に始まるものが多い。大文字なら大聖武、普通サイズなら中聖武、小文字なら小聖武と呼びならわされているが、どの字も唐様のしっかりした丁寧な文字の綴りで、わたしのようなものには特に見ていて嬉しいような文字ばかりである。 
無論この後には平安時代の書なども続く。やはり多くの名筆を集めたものは魅力的である。

勝家伝来書画帖 
黄石外五十一書画帖勝家伝来/石泉寛外四十八書翰張込帖 キャスティング?が凄い。
山岡鐵舟、勝海舟、大久保一翁といった実際の自分のお仲間だけでなく、伊達政宗、岡本秋暉らの書もある。
時代もその分長い。鎌倉~明治時代に至る。
貧乏御家人で親父の小吉は無筆だったが、倅は優秀だった。字もいい。
しかしわたしなんぞは「夢酔独言」のファンだから、無筆でも語りおろしの粋の良さを感じさせる小吉の方が好きで、「氷川清話」の方は打ち明け話として面白いものの、ちょっと物足りなさも感じたりもするのだった。
これは文章の話で手蹟の話ではないのだが。


二階では「延原・山内コレクションより 茶の道具と風景画」展が開催されている。
江戸後期から明治そして戦前の名品がある。

黒楽茶碗  追銘〈知足〉覚々斎宗左
黒楽茶碗  銘〈清風〉楽弘入
わたしはやっぱり口べりの薄いのが好きだな。

臺牛香合 永楽得全 なかなかいい感じの牛。牛が愛される理由を考える。

鶴香合 森川杜園 奈良の一刀彫ですな。とても愛らしい。彩色もいい。
白菊香合 森川杜園 もこもこした風情は木彫彩色ならでは。

竹の茶杓が色々。
竹茶杓  銘<雪朝> 啐啄斎宗左
竹茶杓  銘<みそさゝゐ> 了々斎宗左
好きだとしか言いようがない茶杓たち。

惺斎宗左の茶杓は三幅対のような風情がある。たぶんそうなのだろう。
竹茶杓  銘<老松> 
竹茶杓  銘<弥栄> 
竹茶杓  銘<君ヶ代> 

色絵日出鶴食籠 永楽正全 そういえば永樂家の日の出鶴の茶碗に魅了された時期があったな。色合いと構図がとても魅力的だったのだ。

青磁象嵌合子 高麗時代 やはりね、この時代の青磁象嵌がね、いちばん愛しい。
青磁角瓜形瓶 元時代 釉薬が濃いのもいい。

日本画は、展示の配置が巧いのを感じた。
菊図 仙厓義凡  ササッと描いたスピーディな菊。
菊花図 小林古径  黄色の鮮やかな菊が三本。その良さを味わう。

富岳春景図 鳥文斎栄之画/太田蜀山人賛 なんだかほのぼの。
山家春色図 寺崎広業  広業の回顧展、どこかでしてくれないかなあ。

初夏観瀑図 冨田渓仙  くねる景色にときめく。
雨中新緑山水図 塩川文麟  大阪青山短大の博物館での回顧展で見た可能性がある…

嵐山図 池田遥邨  好きな画家だけに何を見てもいいようにしか思えない。
清湖情雨図 堂本印象 旅に出ただけの価値がある。

秋色閑林図 望月玉川 玉泉ではなく玉川?こちらは知らない。
武陵桃源図 渡辺秋渓 この画家は知らない。戦中に亡くなっている。広がる空間を閉じ込めたような感覚。

松径霜葉図 木島桜谷  丁度今、京都で回顧展があり喜んでいる。静けさがいい。
秋江群鴨図 今尾景祥  景年の子孫。

奇勝秋靄図(寝覚めの床)川村曼舟 浦島伝説を思いだす。
明月懸清空図 下村観山 彼らしい風情がある。
飛雪図 稗田一穂 一度この画家の回顧展をしてほしい。

簡単に記したが、とても見ごたえのあるものばかりだった。


二階では常設展示として秋艸道人會津八一の蒐集した文物が並ぶ。
青銅器から漢代の人物俑、唐三彩、そしてアイヌの衣裳までがある。
歌人としても素晴らしい足跡を残しているので、その歌碑の写真を見るだけでも楽しい。
また今日としてもすぐれた側面があり、若い学生に向けた言葉が飾られている。
いい言葉だと思う。
かつてはこんな立派な先生と、その先生に愛される学生がいたのだ。

もっとここを盛り上げたいと思うばかりだ。
茶の道具と風景画展は12/21まで。

松篁を育んだ学び舎 画塾・青甲社

近代京都画壇での「画塾」の重要性はしばしばこのブログでの上でも語っている。
美術学校に通いながら画塾に行くのも珍しいことではなく、当然の流れの中でのことだった。
そしてそれで派閥の覇権争いが起こるわけでもなく、みんな案外うまく言ってたと言うのもすごい。
今回、松伯美術館では「画塾・青甲社。西山翠嶂と塾生たちの成長を追う。」展が開催されている。
京都画壇の大立者・竹内栖鳳の弟子の一人で、栖鳳をこよなく崇拝した翠嶂は、青甲社を主催していた。
上村松篁さんはお母さんの松園さんからのアドバイスを受けて、翠嶂の画塾に入った。
塾では絵を学ぶのは無論のこと、仲間内でお芝居までしたり、写生ツアーに出かけたり、となかなか楽しそうに過ごしたらしい。
その同門たちの絵をみる。

西山翠嶂 秣  牛の眼がぎょろっと。背負ってきた秣は青々しておいしそうで、牛ならずとも待ちかねてしまいそう。また秣は微妙に色を違えて表現しているので、いよいよそそられる。

中村大三郎 灯り  室町くらいから桃山頃までの風俗の女人が室内で半眼でうっとり。薄緑の着物は全身絞りで、髪を丸く一まとめにあげた女人によく似合う。香を聞いていてうっとりしているのだ。そばの「灯り」は柄の長い「チョウケイ」で桃山らしい文様の蒔絵で彩られている。

沢宏靱 牟始風呂 これは滋賀辺りの入浴法で、少ないお湯で蒸し風呂状態にするもの。幼いわが子とともに入浴する母。
この絵は以前からとても好きで、絵葉書も持っていたが、今回始めてこの母子が秋野不矩母子だと知り、びっくりした。静かに幸せそうな赤ちゃんと母親。
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三谷十糸子 朝 お庭に茣蓙ひいて(敷いての意の関西訛り)、赤いべべ着た女の子とうさぎちゃんらがいる風景。なんで朝なのかはよくわからないが。ちょっと寒いんかして、女の子の裸足の爪先も赤い。ウサギの目も赤い。
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堂本印象 道  この絵もまた好きな絵で、遠近法とかそんなの一切考えずに、ある種の洛中洛外図の一部拡大図みたいな気分で見ているのだった。
右端のカーブでは自転車のヒトが洋犬とともに走ってたり、客待ちの人力車夫もいれば、パラソル差した洋装一家(外人かも)も。
大正の末、電線もどんどん張られている。そしてそれらの情景を描く画家が手前の小高い丘にいるのだ。
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こうしてみてゆけば、錚々たるメンバーがいたのだなあ。
松篁さんは青春の一時期、こうした才ある仲間といい関係を築いていたのだった。
ときにはすき焼きを食べたり、素人芝居で「金色夜叉」の貫一に扮してみたりと。

松篁さんの絵を見る。
昭和初期、子供らの父としての目が具わった絵を。

冬暖 幼い姉妹が濡れ縁で遊ぶ姿を追う。可愛いなあ。戦前のある日の姿。平和でいい。

羊と遊ぶ 幼かった長女も少し大きくなって、今度は弟と一緒。弟は今の淳之さん。目元に面影がある。小さくて可愛い坊や。羊のほうがずっと大きい。
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下絵を見る。
十姉妹を描いたものがとてもいい。大量の下絵。十姉妹どころか百姉妹、千姉妹。

松篁さんの美人画の大作は万葉美人を描いたものである。
万葉の春 これも何度見てもいい。桃の咲き乱れる野で野草を摘む万葉美人たち。
「お家芸かかくし芸か」と謳われたのもよくわかる。

松篁さんらが新たな美術団体「創造美術」(後の創画会)を立ち上げたことを知ったのは毎日新聞の井上靖だった。かれはいい応援になるようなスクープ記事をあげた。
その縁もあって、後に井上靖が小説家として世に出たとき、松篁さんは「額田女王」の挿絵を担当する。
今回はいわゆるカラー原画が二枚出ていた。額田女王が垂れ込めるシーンと、有馬皇子が自死するシーンと。

ついで、松園さんの下絵を見る。
宮川長春の「風俗図巻」の模写である。水木結びの水木辰之丞の舞を楽しむ人々を描く。
そういえばこの松伯美術館と近しい大和文華館では11/17まで宮川長春展の後期を開催していたが、あいにくなことにこの絵は出ていなかったな。惜しい~~

淳之さんの絵では銀潜紙に描いたものがよかった。
水辺の四季 シギたちが可愛らしい。

12/8まで。

タカシマヤ・グラフィック・ヒストリー ポスター100年

高島屋の大がかりな展覧会が世田谷美術館、続いてなんばの高島屋本店で開催されたのは記憶に新しい。
2010年にも「高島屋百華展」として京都市美術館で開催されている。
その前年には六本木の泉屋分館でも少しばかり違いはあれど、主に近代洋画のコレクション展が開催されている。
わたしは四展とも出かけた。その時々の感想はこちら。
泉屋分館「高島屋史料館所蔵名品展」

京都市美術館「高島屋百華展」

世田谷美術館「暮らしと美術と高島屋」

なんばでの開催については世田谷で書きつくしたので、ツイッターでつぶやいただけだが。
二か月ほど前に出かけている。

高島屋は素晴らしいコレクションを明治初期から蓄え続けている。
主に日本画・染織工芸・やきもの、そして近代日本洋画もそこにある。
高島屋は呉服屋系百貨店であるから、もとより着物を拵えるのが主な仕事であったが、時代が下がるにつれ洋装化が進み、それに伴い呉服市場が縮小していったが、それでも現在に至るまで呉服への肩入れを怠ることはない。
立派である。

一方、高島屋はポスター芸術への理解が深い。
世田谷ではポスター展示の辺りで驚く声をよくよく聞いた。
前期後期ともども出かけたわたしは、観客の皆さんがその空間で喜んでおられることを、我がことのように嬉しく思った。
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今回、高島屋史料館ではいわば凱旋的な力強さで以て「タカシマヤ・グラフィック・ヒストリー ポスター100年」展を開催している。
前期後期共に楽しんだ。

現在、ポスターコレクションで著名なところといえば、関東ではアド・ミュージアム、凸版の印刷博物館、関西では京都工芸繊維大、そして高島屋史料館などである。
(20年ほど前にサントリーが一括購入したグランヴィレ・コレクションのポスターは主に外国産)

年代順にあげてゆく。
1898 帆掛け船広告 形が帆掛け船で帆に高島屋の文字宣伝。梅田や桂川の岸に設置。今でもそうだが、桂川流域の平野は広告が多い。727に映画村のカチン太くん…

1906 「ア・ラ・モード」の文字入りポスター。この年は明治39年。パリではアールヌーヴォーが活きていた。

1908 横浜での開店の告知。京都発祥だといういうのを示しつつ、英文で綴る。

いよいよ店内イベントの告知としてのポスターが現れる。

1919 「矢の根」五郎。描くは北野恒富。心斎橋での開催で、「俳優好み衣装陳列会」。歌舞伎役者の衣裳。はヒットして年中行事になったそうだ。
写真には芝居小屋の風情を見せるように、高島屋の「高」(本当は二本梯子の高)の字のついた芝居櫓が設置。

1923 関東大震災後のポスター。「帝都復興の第一線に立ちて デパートの奉仕」とある。南伝馬町の店舗はアウト。しかしその斜め前のビルが無事だったので仮店舗を開く。
流言飛語に惑わされぬようにと「お互い新聞を読みませう」と啓蒙の告知。背景に当時刊行されていた新聞の一面をたくさん出す。
萬朝報、都新聞、大阪毎日、大朝、国民、讀賣、夕刊…

1925 無線電話展。大正末期のレトロな文字と絵がたまらなく魅力的。ここに描かれているのはハウス型ラジオにも見えるし、芦屋の仏教会館にも見える。

1927 日光博覧会。これが空前のヒットイベントだったという。20万人以上が来場したとか。陽明門の模型などが展示されたそうだが、ポスターも陽明門を描いている。
当時存在した大阪・長堀店での開催。

1929 忠臣蔵展。この頃はやはり映画ではなく歌舞伎の方の忠臣蔵。ポスターには火事装束の大石内蔵助の立ち姿。

1929 「手の表情美展」の告知。我こそは「手美人」の女性を募集中。ポスターにはマネキンの手が何本も肘上を下に立たせてあり、手首には様々な装飾品が。マニキュア、指輪、腕輪…とても煌びやか。
わたしはこの様子を見ると、コクトーが監督した「美女と野獣」の野獣の城での照明を思い出す。あれほど綺麗な手の並びはほかでは見ていない。
ちなみにこの手のコンクールは写真を送付するもので、審査員は岡田三郎助、鏑木清方といった洋画日本画の美人画の大家と、藤間勘十郎など。かなり本気度が高いのか冗談と見てもいいのか…今の日本橋高島屋。

1929 クリヤランスセール。日本最古の(クリアランスセール)である。ゑびす講大安売り、せいもん払い(誓文払い)。誓文払いは関西の風習だったか、これを関東でも開催して、高島屋の年末の名物になる。

1931 太閤さん。千成瓢箪ですね。日本人が愛する歴史上の人物の、その当時のベスト3に入るひとだと思う。今も人気だしな。

1931 創業百年大売出。夜九時まで。これが実に巨大なポスターで、当時開店していた全店舗の写真を入れている。
烏丸、日本橋(現在のもの。登録有形文化財)、京橋(ゴシック)、長堀(ネオゴシック)、南海(現在の難波本店)。
他に10銭ストアを展開していて(今の百均のようなショップ)、その写真は縦並び。
巣鴨、牛込、日暮里、亀戸、大井、四谷、上野、浅草、渋谷。
これらは戦中まで存続したが、現在へは続かなかった。

1936 夏冬の着物の手入れについてのポスター。「高島屋悉皆部をご利用!!」着物の手入れを悉皆部が引き受けていたのだ。悉皆屋は今でも時折見かけるが、これは大阪と京都だけの呼び名らしい。他地域はどない呼ぶのか。

1936 観光博覧会。これは今に至るイベントかも。ポスターはカッサンドル風。日本列島へ向けて飛び込んでくるような諸国の旗。米英仏にナチスの旗。

1938 銃後産業奨励 佐渡と越後の観光物産展 南海店(今の難波本店)だんだんリアル戦前になってきている。

1939 テレビジョン完成発表会 日本橋店 「送像と受像の実演公開!!」 なんだか凄いな。東芝とのコラボ展。

電車の中吊広告。本を開いたような形。戦前のもので、年代不明。「東京マンガ会 漫画展」とあった。
そういえば1985年頃か、なんばの高島屋で「キャプテン翼」のアニメセル原画展が開催されていた。懐かしい…

1952 日本橋店の増築案内。モダンである。

1966 ローズちゃんがいっぱいいた。この時代くらいから段々と現在と直結しつつある。

1988 大変かっこいい。バブルのかっこよい時代を思い出す。

2009 ローズちゃんのアンニュイな顔。

奥では当時の人気の画家たちのポスター原画がポスターと共に展示されていた。
恒富、三郎助らの美人画や、薔薇のマークをデザインした高岡徳太郎の御所人形、神坂雪佳の十二単美人などである。
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実はわたしの叔母はかつてOSKに在団していたが、後に高島屋の専属モデルになり、1960年代半ばまでなんば店のポスターによく出ていた。叔母は結婚を機にモデル業を引退し、東京で専業主婦になってしまった。
昔まだ祖母が生きていた頃の家には叔母のポスターがあったが、末弟の叔父が家を相続してからはどうしたものやら。
もしまだ高島屋史料館に叔母のポスターが残っているなら、ぜひとも見てみたいものである。

縁起もの 版画と絵画で楽しむ吉祥図像展

町田国際版画美術館へのルートにはいつも泣かされているが、先般エエ道を教わり、これは助かるぜと思ったのは前回の話だった。
今回「縁起もの」展に出かけるので「あのルートでラクラク♪」と思ったのが、どこをどう読み間違えたか、森の中へ入り込むという失態をやらかしてしまった。
これでは「縁起物」どころかその前哨戦でコケてますがな。
吉祥というものは七転び八起きやないんですよ。
森の中、誰もいない。抜け出すルートにも悩む。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」を思い出しつつ一人彷徨するが、まぁなんとか遭難もせんと美術館につきました。ああしんど。


縁起ものというのは殊の外、東アジア人は好きだと思う。
近世のインド人も好きか。いや全世界好きは好きなんだろうけど、特別大好きでそれを絵画化したり三次元化したりするのは、やっぱり多神教の国々の人やないとあかんわな。
一神教ではなかなかそういうことはしないようにも思う。
そのあたり色々考えたいけど、また今度。

さて町田の版画美術館ではおみくじを最初に引かせる。
これは東京のシンボルキャラになるのか、ユリカモメのついたもので、開くとわたしは「小吉」で、おススメの絵が示されていた。
こういうのいいよな。美術館と何かのコラボ。
まぁしかし何を以て吉祥とするかは、実のところ自分の心に聞くしかないかも。
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というわけで、好きなものだけ書きます。
章としては以下の通りだが、ランダムに。
1. 吉祥図像の王道
2. 繁栄と福徳を祈る 
3. 長寿を祈る

長沢芦雪 松竹梅図 千葉市美術館  幹に少しタラシコミが見える。松竹梅と言うのも描く人によってめでたさもまちまちになる。

中村芳中 『光琳画譜』 梅図  富士山と松に高砂図も。翁媼も正月気分でお酒飲んでご機嫌、富士山ものんびりゆるキャラ風、松に至ってはヤンヤ・ヤンヤ♪な動きを見せているようだ。

国井応文 百鳥図 三井記念美術館  めちゃくちゃ横長の画面に雀を始め実にたくさんの鳥たち。カワセミが飛んでゆくのを先頭に、みんなどこへ行くのか。鳥の楽園がその先にあるのか。

等舟 箱と本  ドームの蓋に鳳凰。ちょっとこれだけではわからないかな。

けん玉と盃  赤いけん玉に青の盃。そこに龍文入り。関係ないが、どうも世間では久しぶりにけん玉がブームになっておるそうだ。

池大雅 四睡図  可愛いのう♪ちび二人とジイさんと大猫の如き虎と。この絵は大抵が可愛い。

森狙仙 猪図屏風 株式会社千總  これは地元でしばしば見かけるので親しい感じ。まつ毛の長い猪が金砂子チカチカする中で憩う。萩も咲いている。ジビエとか牡丹鍋とか考えてはいけない。

歌川広重 冨士三十六景 東都目黒夕日か岡  ☆☆のような形の楓たち。秋やなあ。肝心の富士をきちんと見ていないことに改めて気づく。

王概(編) 『芥子園画伝』(河南版) 梔子図  元々この版本は素敵なのが多いが、これはまた魅力的。白と緑の合うこと。とても綺麗。

円山応挙 松に猿図  松に上り、猿の奴、なぜかガッツしている。

遠坂文雍 葡萄ニ栗鼠図 板橋区立美術館  立派な尻尾やな~~リスでございます。

窪俊満 十三匹の鼠  10匹しかわからなかった。白鼠は摺り白。ネズミの家族の絵本を思い出す。

黒田稲皐 鯉図屏風 東京藝術大学  元気な鯉たち。鯉まみれ。ちょっと変わった描き方だと思う。何派かもよくわからない。これが今回わたしに示された絵なのでした。

鯛糸依摺物 椿の小箱と熨斗、誰袖  縮緬細工。ふっくら椿は手仕事の力。

勝間龍水(画) 『海の幸』 河豚図  でかっ!こんなフグやとナンボになるかしら、とついつい大阪人は河豚を見たら値段を考えるわ。

鶴沢探鯨 布袋に唐子図 東京都江戸東京博物館  子供らが可愛い~~スタンプにもなっていた。

松平定信 花鳥図 東京都江戸東京博物館  南蘋派風な絵。丁度ブームの時代でしたからねえ。

二代黒川亀玉 花下猫児図 東京藝術大学  ゾロ柄の猫が可愛い。こんな猫大好き。

勝川春扇 紅牡丹に白蝶 神奈川県立歴史博物館  綺麗。とても綺麗。

猫も蝶も中国の吉祥画に定番のアイテム。そのどちらも大好きですよ。

伊藤若冲 万歳図  墨絵で。万歳と才蔵もいつまで現役だったのだろう。昭和後半、小沢昭一が二人の後をついて回り、自分も装束を着て、その芸を見ていたら、訪ねた家の娘さんにご祝儀を渡され「早くTVに復帰してくださいね」と言われたそうだ。

与謝蕪村 尉姥図  高砂なんだが、語らずに共に遥拝する二人として描かれている。

楫取魚彦 酒泉猩々図 静岡県立美術館  酒の滝。岐阜の養老の滝ですか?七人の猩々が楽しそうに遊んでいる。どこの滝だか泉だかは知らないが、楽しそう。

夫婦和合吉兆神像  これがねえ、二人ともカトリックの僧みたいなテンクルでして。どっちが亭主でどっちが女房かわからない。というか、同性にも見えるよ。

菊川英山 金太郎の豆蒔き  可愛い。鬼たちはみんな小鬼で、法被着ている。仲良しな風景に見える。

中村芳中 老松立鶴図  にこにこする鶴。珍しい。笑う鶴です。

窪俊満 鶴と亀  こっちの鶴は可愛いし、高麗青磁の象嵌された鶴にも見える。

この辺りでおしまい。福寿をこちらもいただいて、機嫌よく今度は道も間違えずに帰りました。11/24まで。


追記:常設では「棟方志功と西洋民衆版画」点が開かれている。こちらは無料。
よく知られている「釈迦十大弟子」も来ているが、こちらはほかでも見ているからいい。
初めて見たものについて書く。

山懐頌という歌集があるようで、小林正一という人の歌を納めているようだが、そこから二つ作品が出ていた。
「心眼の柵」と「胸肩妖顔の柵」である。
後者は小林のこんな歌が作中に刻まれている。
「志功描く女の顔はいとあやし 遊女ともみゆ 菩薩ともみゆ」
そこに一人とも二人とも思える女の顔が刻まれている。
棟方らしい女の顔のアップではあるが、どちらもどこか謎を秘めている。

マンハッタンに行ったときの感想を込めた作品がある。
「眞奈波門多牟仁奈羅部女者達々図」
 マンハッタンにならぶニョシャたちたちノず
1964年の頃、「女者達々」を連作ではないが作っていたところ、勅使河原蒼風が「ニョシャタチタチなんて軽さじゃない、ニョモノたちたちだ!!」と看破したそうだが、わたしもそれを知ってからは、確かに「ニョモノタチタチ」と呼ぶようになっている。
ここにいるのは1964年の三美人。すぅっとしている。


次からは15世紀からの西洋版画。

イソップ「寓話集」ストラスブール:ハインリヒ・クノープロホツァー 1481年頃  大きい馬らしきものが小屋の奴らに会いに来る図。イソップのどんな話を示しているのかはわからない。

ヨハンネス・デ・カプア「人間生活の手引き」ストラスブール:ヨハン・プリュース 1489年頃  ライオングワーッッ 獅子王と猿や羊達が集まる。なにかしら比喩と揶揄なんだろうけど、絵は面白いがこういうのは苦手なのだ。

「ケルン年代記」 ヨハン・ケールホフ(子) 1499年8月23日  手彩色の木版画。いかにもその時代の絵柄。馬に乗る王などが。

十字架のキリストと聖ヨハネと聖母と受難具 1815~23年 なに?受難具?梯子にヤットコに釘に槍・・・はい?トランプ、なぜに???

七つの悲しみの聖母 1772~1828年  胸に七本の剣がささる聖母。悲しみは胸を切り裂く。

十字架の道行き 1824年  これなあ、ゴルゴダ双六とかできそう。民衆版画と言うのはやっぱり面白いな。

ロシア皇帝ニコライ一世 1829~30年  騎馬姿。タロットカードのようにも見える。

人生の階段 ああ、これはあれだ、熊野比丘尼が絵解きする十界図の西洋版だ。ああそうか、世界は人生に関しては共通の認識を抱いているのだ!
なんだか凄いことを知ったような気がする。

こちらは12/23まで。

「井戸茶碗」 ト 「志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部」後期ヲ楽シム

三井記念美術館で「志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部」展が開かれ、根津美術館では「井戸茶碗」が集められている。
どちらも桃山時代から江戸時代に偏愛されたうつわ。
この二つの美術館と五島美術館の「光悦 桃山の古典」の三つの展覧会を回り、半券を出せば、嬉しいプレゼントがあるそうな。
わたしは二つのやきもの展を見たが、五島へはまだ出向いていない。
来月早々に行く。

三井の展示は前後期に分かれている。
前期展示の感想はこちら

根津は多少の期間限定はあるが、出品はほぼ一定している。
先にその「井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ」展の感想を挙げる。
特に心に残った井戸茶碗についての、偏愛の言葉を。
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ここにあるものは全て16世紀の朝鮮王朝で生まれたものばかりである。
日本で生産されたものはない。

大井戸茶碗 銘 喜左衛門/本多 大徳寺孤篷庵蔵  枇杷色肌に細い魚型の景色が見える。歪みが強い。高台の梅花皮(カイラギ)が凄い。
不昧公の「雲州蔵帳」には大名物と記されていて、当時から大事にされてきた。
後に夫人の手で大徳寺に寄贈という来歴を持つ。

この天下の国宝の大きめの井戸茶碗・喜左衛門は昭和の映画界の大巨匠・溝口健二をも魅了した。
「西鶴一代女」を製作中、プロデューサーの児井英生との雑談の中で「喜左衛門」の話が出たとき、児井の伝手でなら喜左衛門と間近で接することが出来ると知った溝口は、どうしても引かない。
この監督に手を焼いていた児井は、しかし旧友の伝手をたよりに、とうとう大徳寺へ向かう。庵の外には警備が数人。仰々しさに固くなる溝口。
やがて立会いの僧侶の許しを得て、溝口はこの喜左衛門を手にする。
「感無量です」
溝口はそう言って何とも言えない良い笑顔を見せたそうだ。
このことは児井プロデューサーの自伝「伝・日本映画の黄金期」の溝口の章に詳しい。

大井戸茶碗 銘 本願寺  高台にカイラギが現れていない。今は個人蔵だが、銘の由来などを想うのも楽しい。

大井戸茶碗 銘 古織割高台 根津美術館蔵  枇杷色の、と解説にあるがわたしにはむしろ玉子色の肌に見える。 

大井戸茶碗 銘 巌 京都・大光明寺蔵  すごい継ぎ。その景色を巌に見立てたのもわかるが、わたしはついつい「フランケン」と呼んでしまう。

大井戸茶碗 銘 玉水 京都・大光明寺蔵  内側に大きな線が入っているように見えたが、自信はない。

大井戸茶碗 銘 蓬萊山  色が濃い。形全体をそう見立てているのか。

大井戸茶碗 銘 宗及 根津美術館蔵  可愛いようなチッチッチッとしたものが多い。

大井戸茶碗 銘 福嶋 東京・前田育徳会蔵  見込みに二つばかり目跡がある。

大井戸茶碗 銘 佐野 東京国立博物館蔵  口べり近くに雀の柄のようなものが見える。
可愛い。こういうのにそっと歯を立ててみたい。

大井戸茶碗 金地院 静嘉堂文庫美術館蔵  枇杷色。崇伝ゆかりなのか?

大井戸茶碗 銘 上林 三井記念美術館蔵  白色。

大井戸茶碗 銘 さかい 根津美術館蔵  高台に釉だまりが。それが綺麗。小さく綺麗な塊がある。

ふらふらと書かれた解説をたよりに見ていたが、いきなり年配のおじいさんに尋ねられたので、わかりもしないのにカイラギについてグダグダ講義し、「あれ見やはってください、下の台のとこ、チリチリチリッとなってるのがカイラギ言いますねんけど、これあれですわ、出てませんやろ、そやから珍シ思いまして」…
近辺の人数人、「あぁそぉか」という顔をしていたが、ホンマかどーか知りませんでぇ~~

大井戸茶碗 銘 対馬 湯木美術館蔵  枇杷色。これは湯木さんで時々見かける。

大井戸茶碗 銘 美濃 五島美術館蔵  目跡三つ可愛い。

大井戸茶碗 銘 雨雲 北村美術館蔵  開いていない形。ちょっと天目茶碗を思い出したりする。また高台が高い。珍しいような。

大井戸茶碗 銘 毛利 出光美術館蔵  実はこの「毛利」が一番最初に顕れたのだ。
枇杷色でカイラギもチチチッと出ている。

大井戸は実際のところ自分の掌にとっては重たそうだし、ザリザリしているのでニガテ。
鑑賞するばかりでいいよ。とはいえ、わたしは侘びた美と言うものをまだまだ理解していない。

小井戸茶碗 銘 六地蔵 泉屋博古館分館蔵  目跡6つで六地蔵というのはいいねえ。
笠地蔵も六地蔵、宇治の地名も六地蔵、何故「六」なのか。そんなことを思いつつ眺める。

そのもの自体を鑑賞しつつ、そこから向こうに見えるものをみつめ、妄想に耽る。

青井戸茶碗 銘 藤屋  茶溜というのか見込というのか、そこに釉溜。これが青く光り、たいへん綺麗。どきどきする。
指先で撫でてみたくなるのはこうした青さか。

青井戸茶碗 銘 慈照寺 京都・慈照寺蔵  びっくりするくらいの、モノスゴイ継ぎ。あみだくじのような。ああ、凄いな、何があったのだろう。

たくさん並んでいて、みなさんがそれぞれ自分の好きな井戸茶碗を見出していたようだ。
わたしはちょっとばかり距離を置きつつ、いろんなことを思いながら去って行った。

二階に上がり饕餮くんたちに会う。いつみても可愛いなあ。大好き。
上向きに顔を見せる犠首がまた可愛い。心の中で話しかけながらいい気持ちで見て回る。

色んな青銅鏡もあるがこれはやっぱり唐代のがベストか。

最後に茶の湯の部屋へ向かう。入った途端、わたしを招ぶものがあった。
伝とはつくが、ノンコウの赤樂「冬野」。
他の何ものよりも強く呼んでくれた。
小ぶりで可愛い茶碗。

瀬戸黒茶碗 銘 玉むし  ああ、なるほど、チカチカしているのを感じる。

三日月型手鉢 備前  5つ牡丹餅がある。そして「品」の字を思わせるものも。

いいものをありがとうございました。12/15まで。


次に三井記念美術館の後期展示について。
前期でときめいた黄瀬戸の胴紐茶碗は通期展示なので、また再会できて嬉しい。今回もやはり一際綺麗だった。
あとは通期のものは措く。

織部はじき香合 銘 さげ髪  持ち手のついているところがその名を決めているそうな。銘はその形が若衆の下げ髪風だというところから。
桃山時代の下げ髪の若衆を想う。森蘭丸、不破万作、そうした少年たちを。

志野垣根唐草文茶碗 銘 野辺の垣  一見源氏香のようにも見える、いや、もっと言うと何重か重なって見えるが、ハードル越えのように見えて仕方ない。

志野重餅香合  イや、ホンマにおいしそう。これはいつもおいしそうに見えて仕方ない。とはいえ重ね餅やなく、わたしにはホタテの貝柱を焼いたものに思えるのだが。

鼠志野竹文向付  竹、か。むしろ椰子の木に見えます。

鼠志野葦文向付  本当に丸い。足が三つつく。

志野葦文輪花向付  縁に葡萄?

湯木美術館から組み合わせものが来ていた。素敵な合わせ方をしている。これは吉兆翁のセンスか、三井からの指定なのか。どちらにしてもとても素敵。
寄向付。志野飛鳥文向付、織部花筏文向付、黄瀬戸鉢、そしてノンコウの青樂割山椒向付。可愛いなあ。

黄瀬戸六角猪口  これまた小さくて可愛らしい。

織部百合文沓茶碗  前期と表記があるが見た記憶がない。今回の後期に出ているのも延長なのか。

織部菖蒲格子文茶碗 銘 柾垣  マサカキ。面白い構造の垣根。

織部竹鳥文水注 急須型で大きめ。竹と鳥が静かに向かい合う。そんな絵柄を持つ水注。

織部はじき香合  このはじきはなかなか大きい。

織部梟香合  後期展示のものは通期のそれよりやや大きめ。並んで展示されているのは可愛い。

織部菊文手鉢  見込みに豊かに菊の花。

織部切落向付  横から見ると鍋の断面図。見込みには可愛い花柄と五目並べのようなもの。

織部梅文硯  これは大和文華館にもあるのと同工異曲か。

織部飛鳥文向付 ピンクベージュ。うねる絵はウナギにしか見えない。

今回も好きなものを好きなように見ることができ、楽しかった。

11/24まで。

「澁澤敬三 屋根裏の博物館」+「みんぱく」

昨日は久しぶりに万博公園へ行った。
リアルタイムでツイッター中継をやったが、画像が見えない状況の人もあるようなので、まとめてみました。

太陽の塔の裏の顔たるジローを見る。BZP_2ObCMAA2bs6.jpg

表のタローに比べ、裏のジローはジミか思うてが、十分ハデやん。妙な動きを見せてるし。

民博の秋。BZQA0j9CEAABlqZ.jpg


特別展「渋沢敬三記念事業 屋根裏部屋の博物館 Attic Museum」を見に行ったのだが、11/16・11/17が「関西文化の日」ということで、無料になったのだ。
嬉しいことです。
10年ほど前に信州の上林温泉の豪雪の館で「澁澤敬三 屋根裏部屋の博物館 
Attic Museum」を見た。あの時とほぼ同じ内容。
この人は澁澤栄一の家系の人。澁澤龍彦の家の方が澁澤一族の本家らしい。

民俗学者になりたかったのに、家の後を継ぐしかなくなった。やがては総理大臣になってしまった。しかし情熱は止まず、こうして本業の傍らで採集を続けたそうである。
一部を除き撮影可能。

屋根裏の博物館。
だるまの集まり。BZQHpoTCMAEcmH3.jpg


絵馬。男前な奴。BZQHvqcCUAEKLs9.jpg


絵馬。色々BZQH2inCYAEjwM-.jpg


オシラ様。「山海評判記」の活発なオシラ様を思い出す。BZQITI9CIAIBvyW.jpg


猫の絵馬BZQIVH-CUAAZ5iY.jpg


藁で編んだ手袋やブーツBZQJx4pCcAAQOM2.jpg


ああ面白かった。
民族学博物館では一部除き撮影可能やが、巡回先の埼玉ではどうなるか。アチックミューゼアム展。

続いて世界の旅に出る。
思えば中学の時の遠足が初めての民博入館でした♪オセアニア(ポリネシア)展示が当時熱狂してた諸星大二郎「マッドメン」の世界を彷彿させ、それでいよいよ好きになったのでした。

まず中庭を見る。「未来への遺産」がそこにある。黒川記章の傑作だと思う、この空間。
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後年INAX ギャラリーでの「水辺の土木」展にときめいたのは、この情景の力かな。
どの方向から見てもドキドキする。BZQNSs5CQAAJOWk.jpg


やっぱり民博はこれだ!オセアニアの船。
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ツイッターで送信し始めたとき、@zaikabouさんから熱烈な同意が来て、嬉しかったなあ。
確かにこの空間には一日いられるよね。

ニューギニアの仮面たち。ここ以外では、天理参考館と御影の小原豊雲記念館でしか見てない。
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サモアの石蒸し料理。ブタと魚と根菜。模型でも美味しそう♪
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あぁ、オセアニアだけでも一日いてしまいそう。涙を飲んで先へ行くぞ。


アステカの石像模型BZQScQDCAAMfiTN.jpg

マヌエル・ヒメネスの木彫りたち。
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彼の後に続く作家たちのどうぶつ木彫り
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ルーマニアの巡礼土産。素敵だけど、ついつい吸血鬼グッズないかなと探すわたし。
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アフリカの床屋の看板BZQUrPoCUAAFg05.jpg
「東京」って言われても困るな、という声に対し「顔だけ、<平たい顔族>に差し替えたらOK」と答えるワタシwww

ダカールの染め布。ゾウさん柄。可愛い! BZQVDX9CcAI6pA8.jpg


あっ!音楽のコーナーにりんけんバンドの映像と父上の照屋林助さんの写真が!
横山ホットブラザースまで!お~ま~え~は~あ~ほ~か~( ノД`)…もうお二人しかおらん。
ほかにも「憂歌団」の木村さんのギターもあった。
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南アジアコーナーやたら温度高いな。わざと?BZQX0eHCUAA87eH.jpg
ボリウッド映画でした。

インドの山車。凄い装飾。BZQYFMSCIAAZakI.jpg

神話のレリーフ BZQYZL7CUAAwF5P.jpg

インドの神々BZQYoDBCYAAK1XZ.jpg


ブータンまできました。最初にわたしがブータンと言う国を意識したのは「祝福王」からだった。
立体曼荼羅BZQZEcWCAAAskzR.jpg

ネパールの仏教。造型美の凄まじさ。BZQZpP6CYAAR-eP.jpg

ヒンドゥー世界に溺れてゆく。BZQaMk_CUAAM2-d.jpg

インドの埴輪でしょうか?BZQamQPCUAA45tw.jpg

バリ島です。
善と悪との戦いに決して終わりはない。どちらかの勝利で終わるわけでもない。
どちらも大切だから、というその思想に衝撃を受けた。
バロンとランダ。BZQbDTYCcAA6ifp.jpg
高階良子の作品から知った世界。

インドネシアの影絵。BZQbWy7CIAAIzB-.jpg
動画なので動きがある。昔は単に置いてるだけだったなあ。

ベトナムの水上人形芝居。
妖精たちやきつねたち。可愛くて嬉しい。
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ハノイで見たときの楽しさが蘇る。


東アジアはほとんど閉鎖中。
朝鮮の木彫の雁。BZQq-JkCQAA1F-O.jpg

日本へ。
陶器人形BZQqwXmCAAAr4Qh.jpg
牛若丸と弁慶。大阪ではなく出雲の。
つくりもの人形がたくさんあるのは嬉しい。

この実盛人形、前からずっと「新八犬伝」の信乃に似てると思うてる。
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映像つき長浜の曳山。子供歌舞伎。BZQewdDCAAAuD4_.jpg


キノコ類・山草などの乾燥ものBZQjkBzCcAAuMhr.jpg
どうすんねん?

楽しく見て回ったが、それでも時間が足りない。

最後に太陽の塔の目からビームBZQj5C4CAAAvbV5.jpg

おかげでこの写真はご好評をいただいた。
ありがとうございました。

上海博物館 中国絵画の至宝

東京国立博物館はやはり贅沢なことをする、とつくづく思う。
平成館では「京都」展を開催し、展覧会の新たな地平を切り開くものを行っているにもかかわらず、東洋館では特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」を素知らぬ顔の平常価格で開催している。
こんな贅沢な企画を立てられるのはやっぱりトーハクだからか。
本当にいい心持で見て歩いた。
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近年、関西の様々なミュージアムでは明治から昭和初期にかけて関西に集まった中国書画展を、各ミュージアムがリレー形式で展覧していった。
感想はこちらにいくつか。

中国近代絵画と日本

関西中国書画コレクション展 ・泉屋博古館・大阪市立美術館・黒川古文化研究所

全部を見て回ることは出来なかったが、開催の大方を見て回れて、中国の書画の展開を教えてもらった。中国書画への愛情が湧いてきたところへ今また、この企画展。
本当にすばらしい。
あいにく前期は見ることが出来なかったので図録で楽しむばかりだが、後期を見ているので、その感想を少しばかり挙げたいと思う。
一級文物も実に多い。政治的な日中関係のことを思うと暗い気持ちになるが、こうした文化的な交流はまことに素晴らしいと思う。
そしてこうした作品を見ると、つくづく中国は日本の文化の父、朝鮮は兄だと思うのだった。

第1章 五代・北宋―中国山水画の完成―

幽谷図軸 北宋時代  岩山の松林だけはもあもあと元気そうだが、あとは山も岩も しぃん としている。岩の形のうち、真ん中のザギザギしたあたりは人の横顔にも似ている。

渓山図巻 1巻 南宋時代 右すぐの高い岩、人面岩に見えるのだが。いや人面というより妖怪の横顔ぽい。ベロ出してるようにも見えた。

第2章 南宋―詩情と雅致―

人物故事図巻 1巻 南宋時代  徽宗と言えばわたしは「水滸伝」に現れる姿を思う。
妓女の李師師と仲良くし、政治を高毬らに好き勝手にされても関与せず、ただただ芸術と女との関わりで終わった人だというイメージがある。
ただ芸術家としての徽宗は素晴らしく、またそのパトロンとしても立派だというのも確かなのである。
その徽宗は金の国に皇后ともども拉致され軟禁生活の果てに死去した。宋への帰還が叶ったのはその死後だった。

右側の朱服の人々と緑服の人々は宋の役人たち。
左は徽宗らの棺を運んできた金の役人たち。
棺を見て思い出したのが遼の展覧会でみた公主の棺。
遼にしても金にしても北方の異民族。棺の形に共通するものを感じたが、なにかしらそうしたところがあるのか。
金の使者にヒョウ柄のマフラーをした者がいた。
牛も可愛い目をしている。

西湖図巻 1巻 南宋時代  この絵を1757年に見た乾隆帝が実景とのそっくりさにびっくりした、というのを書きおいている。
ひさご型の中之島と左端の塔は今に変わらぬらしい。

虞美人図頁 1枚 南宋時代  非常に強い赤色。そして薄紫と白と。虞美人草は項羽の恋人の虞美人の自刃した血が地に降り注ぎ、そこから生まれたといわれる花。ココリコ。花びらのリアルなドレープ。少しばかりグロテスクささえ感じる。


第3章 元―文人画の精華―

九歌図巻 張渥 1巻 元時代  呉叡、至正6 年(1346)9月  白描で「楚辞」の「九歌」に現れた神々が描かれている。自由な感性さえ感じる絵。
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雲中君の背後には鬼が、湘君は美人で侍女つき、湘夫人は二人美人、東君は剣を抜いて雲の上に立つが、○型の流星が横をすり抜けてゆく、國觴は柏の大木に包まれそうである。
いちばん可愛いのは山鬼。豹に座り、柏のケープを裸の肩に掛けている。右手には草を握り、左手では霊芝を摘む。そして松の隙間から海へ目を向けている。
可愛い。少年のような体つきがいい。1384656907528.jpg


秋舸清嘯図軸 盛懋 1幅 元時代  小舟に乗って後ろに手を突き、のんびりくつろぐおっちゃん。櫓を漕ぐ小僧ものんびり。蒲鉾型の囲いの中には月琴か胡弓らしきものが見える。
ただの暇人ではないのだった。

瀟湘八景図巻 張遠 1巻 元時代  山水は厳しさを感じさせるが、描かれた人々は三等身で表現され、和やかモード。ほのぼのと風景の中にとけ込んでいる。
最後の雪景色の人々、広重や北斎の描く名所図のような情緒があった。
わたしはやっぱり人のいる風景が好きだ。
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第4章 明―浙派と呉派―

琴高乗鯉図軸 李在 1幅 明時代  鯉の起こす風に吹かれる人々、波も跳ねる。動きのある絵。
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黄鶴楼図軸 安正文 1幅 明時代  思えば「黄鶴楼」といえば李白の「黄鶴楼ニテ孟浩然ノ広陵ニ之クヲ送ル」を第一に思い出す。
李白のいた頃既にこの楼閣は高名だったのだ。わたしは現代の写真は見ていたが、絵で見るのは初めて。
外観をロングでとらえて描いている。屋根の作りが素敵。こんな勾配の屋根はかっこいい。現代の建物とはちょっと違う構造になっている。
大人気の酒舗。大繁盛。ふと右手上空を見ると、鶴が飛び去るところ。それに気づく人もいれば、いない人もいる。

剣閣図軸 仇英 1幅 明時代  3M近い長さの絵。山中の細い道を行く人々。この狭路は成都への道か。ひどい桟道ですな。これを見て二つの道を思い出した。「アギーレ神の怒り」の冒頭のマチュピチュの道、「薮原検校」冒頭の地獄道を行く座頭たち。
仇英は官女たちの絵が好きだが、こんな絵を見るのも興味深い。
白が非常に印象的。衣服の白さ。はっ となる。

花卉図冊(12開) 陳淳 1帖 明時代  12の花のうち、サザンカがいい感じに見える。百合と木蓮もいいか。水仙だけ違う趣がある。輪郭線はやや太い。


第5章 明末清初―正統と異端―

山陰道上図巻 呉彬 1巻 明時代・万暦36年(1608)  淡彩。その薄さはいいんだが、妙な山、妙な風景。奇想というのかな、乾隆帝もびっくりの絵。とはいえ乾隆帝の父上も大概けったいなコスプレ肖像を描かせてたがなあ。へんな空気が漂ってますなあ。
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伏生授経図軸 崔子忠 1幅 明時代  焚書坑儒から逃れた人が90歳の高齢になり、ようやく自由になり、隠し持っていた書を訪ねてきた人に写させる。美人か美少年かわからぬ人がそばに侍る。
手前の岩、クマガイモリカズな岩だった。

花鳥図冊(10開) 朱耷 1帖 清時代・康煕44年(1705)  八大山人の花鳥図。彼の作品といえば泉屋博古館所蔵の「安眠帖」を思い出す。
ふっくら小鳥が可愛い。椿もふんわり。

細雨虬松図軸 石濤 1幅 清時代・康煕26年(1687)  一目見て、目がバッ と開いたわ!! さすが石濤。白さの目立つ画面。薄い色彩がいい。 

花卉図冊(8開) 惲寿平 1帖 清時代・康煕24年(1685)  大阪市立美術館の至宝の一つに惲寿平の花の絵(花卉図冊)があるので、親しい気持ちが湧く。
そして丁度今現在開催中の「再発見!大阪の至宝」展にも出ているので、東西で彼の花の絵を楽しむことが出来るのだ。

やはり東洋絵画の花鳥画というものはいい。
リアルな花の描写であっても、西洋のボタニカルアートと違い、情緒がある。
結局そこなのだ。
西洋の静物画との大きな違いは。
ここにある秋海棠、朝顔、牡丹、菊、白桃などなどすべてがやさしく柔らかい。

ああ、素晴らしいものを見た。11/24まで。

狩野派と橋本雅邦 そして、近代日本画へ

埼玉県立歴史と民俗の博物館で「狩野派と橋本雅邦 そして、近代日本画へ」展を見た。
最後の狩野派たる橋本雅邦は明治の没落を味わった絵師であり、また明治の「日本画」の始まりを担った画家でもある。
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狩野派は徳川三百余年の間、父祖の業を忘れずに粉本から学び、古法を尊び、新しいものから少し距離を置いて、熱心に描き続けた。
ところがご維新で幕府転覆、和を嫌う嫌うで廃仏毀釈に大和絵の排除ということで、ばったり仕事がなくなった。

川越藩士の息子として生まれ、狩野派の技法を叩きこまれていた橋本雅邦もどうしていいかわからなくなったに違いない。
困った。
困窮が待っている。いや、待ってるどころか困窮にハマッている。
同じ狩野派の絵師たちは絵を描く家業を捨てて、違う職業に就く者も現れていた。
たいへん難儀な話である。

しかし、捨てる神あれば拾う神もある。
この場合は軍だった。
日本海軍が狩野派の絵師たちに海図製作などの仕事を与え、その腕を振るわせた。
たいへん良いことである。
後世のわたしたちはその指図をした人に対しても感謝しなくてはならない。
柳楢悦という人が海図製作責任者で、強くそのことを推進したそうだ。
名前から見てもわかる通り、柳は「民藝」運動の柳宗悦の父である。
柳家は楢悦、宗悦、宗理と三代に亙っていい仕事を世に残した家系なのだと知る。

さて前置きが長くなったが、それらの状況を踏まえたうえで、展示された作品を見て回る。
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狩野惟信 四睡図  ちびっこ寒山拾得が顔をうずめて眠っている。虎もぐーぐー。和尚も深く眠る。いい画題をいい感じで描いている。可愛さが胸に来る。

狩野栄信 百猿図  丸顔の中国猿である。こいつらが無限に画面にいる。藤蔓のように連なっていたり、松柏に笹に顔を見せたり巻きついたり。鳥を取ろうとする奴もいた。

狩野栄信 花鳥図  チラシの絵。中国風な花鳥図ではあるが、もう長いこと日本の風土になじみ、すっかり日本オリジナルの花鳥画になった絵。

狩野栄信 唐獅子図  滝を見上げている。太線でどーんっ。ブサカワでいいなあ。
こういうのは撫でてやりたくなる。

記録魔兄弟の仕事を見る。
狩野養信と朝岡興禎である。兄の公用日記、弟の古画備考、共にモノスゴイ記録である。

養信の古典修業の仕事もある。遊行上人縁起絵第一巻の模本、平治物語絵巻(信西巻)の模本がある。とてもよく出来ている。全巻観たくなるくらいに。
 
幕末の絵師・養信の仕事は結構多い。
天保年間に行われた、江戸城本丸など障壁画の下絵などがここにある。
西の丸休息の間(関東の地図)、本丸大広間小下絵…このあたりは実は設計図でもあった。
絵そのものの下絵も悪くないが、建物のパースも取られ、そこにこのように絵を入れます、といった設計図は非常に興味深い。
言うてみたらモノクロスキームのようで、とても見応えがある。
彩色されたらカラースキーム。

狩野雅信 楼閣遊覧山水図  右は春で犬と白梅、中は蓮池と女たちのいる楼閣、ビュッフェにはスイカもある。合奏もして楽しそう。左は松に川。

橋本雅邦 春秋鶴汀  左右共にエレガントにたたずむ。
以下は全て雅邦作品。

橋本雅邦 花鳥図  絢爛。牡丹、芙蓉、薔薇、花菖蒲、そこへ雀、クイナ。左には酔芙蓉や菊。パッ とした明るさがいい。

明治になり、困窮の状況が見えてくる。資料から見る狩野派の零落。

やがて冒頭に挙げたように海軍の仕事が出てくる。
航海教授書、大日本海岸実測図、これらの挿絵を担当する雅邦。
海図は大切なので、丁寧に描いたのを強く感じる。

油彩画も始める雅邦。こういうのは進歩と言うのではなく気の毒。
明治10年代になり、ようやく世間も落ち着いて、西洋ブームも一段落、和への回帰が多少は成される。

豫譲  中国に伝わる士の話。彼は旧主の仇を討つためにいろいろ画策し潜伏するがその念願を果たせず、ついに仇の衣服を刺し貫くことでしか、思いを遂げられず、その後に自刃する。絵は衣服を刺すところ。

中国の故事成語や高名な人の説話を絵にしたものがいくつかある。これらは水彩画。
張良図、維摩居士など。

深山猛虎図  ガオ~~ウォ~~肉付きのよい二頭の虎。雅邦の虎はこの泉屋博古館分館、静嘉堂文庫などで今日までもウォーウォーと吠えている。

三井寺  謡曲から。わが子をさらわれた女の旅路。ようよう三井寺でわが子に再会出来そうな場面、女の鼻緒は切れている。
この絵を見ると木島櫻谷の堀川夜討の静御前を必ずおもい出すのだ。
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松に月  大きい。幹にかかる月。雲母と金泥。月が照らす情景。放射線状の光。現実にはありえない情景らしいが、絵だからこその良さがある。

雪中金閣寺図  胡粉と墨とで深々と降り続く雪を表現している。

月下群雁図  薄く列がゆく。池に静かに映る。

神功渡海図  神功皇后のお供をする武内宿祢を描く。明治の征韓論の背景などは措くとしても、この明治末はとにかく神功皇后の三韓征伐をテーマにした絵画や人形(五月人形の定番だった)がやたらとよく作られた。
俗謡の「男なら」などでも一番は高杉晋作の「三千世界の烏を殺し ぬしと朝寝がしてみたい」で、二番は「神功皇后さんの雄々しい姿が鑑じゃないかいな」とある。
お札にもなっているしね。
絵では武内宿祢は海の水を自由に操ることが出来る満珠・干珠を手にしている。

双龍図屏風  やたら大きい。金地である。国粋主義の台頭も見え始めた時代の作。

松下郭子儀梅竹鶴図  めでた尽くしの絵。澁澤史料館所蔵。澁澤榮一のために描いたものか。

江楼圍棋  もともとは大磯の某氏の邸宅の襖絵だったのが大評判になり、新規に作成したもの。引手は香取秀眞による。

雅邦の晩年は東京美術学校の先生として出仕し、横山大観らを指導もした。
若い頃の人生のけつまずきも乗り越え、今に至るまで「ああ、あの絵の人」とすぐ思いだせる作品も残している。
良かったと思う、本当に。

11/24まで。

大和八木と畝傍高校 2

小会議室へ入れていただいた。

素敵な照明。IMGP2057_201311150006167ff.jpg

漆喰飾りIMGP2058_20131115000618b7b.jpg

窓は障子風のアレンジか。IMGP2059_20131115000620a8a.jpg

暖炉がいい。IMGP2060_2013111500062242b.jpg

階段の魅力を集める。
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壁面装飾IMGP2063.jpg

窓の並び IMGP2065_20131115000701d9e.jpg

廊下の奥IMGP2064.jpg

教室の入り口 IMGP2071_201311150011391d1.jpg

二階のベランダへ。
見上げる。IMGP2067_20131115001141440.jpg

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耳成山IMGP2069_20131115001144d4c.jpg

大和三山の美貌をはっきりと眺める。

香具山IMGP2073_20131115001203b9d.jpg

南館と香具山IMGP2074_20131115001208c6a.jpg

真昼の月を見る。IMGP2076_20131115001200d77.jpg

学校の校章は橿原に降り立った神武天皇を先導した金色の鳶を意匠化している。
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昔で言う金鵄勲章。IMGP2086.jpg

綺麗なものは綺麗。IMGP2087.jpg


帝冠様式の屋根なので、鬼瓦も。IMGP2075_20131115001210ff3.jpg

塔の水煙IMGP2072_20131115002018c33.jpg

いい雰囲気がある。IMGP2077_201311150020212b6.jpg

和風の小屋は現在史料館といいつつ、けっこういろんな道具が納まっていた。
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綺麗な小屋組みである。IMGP2080_2013111500201739a.jpg

玄関装飾 中からIMGP2061_20131115000614dda.jpg

外からIMGP2081_20131115002046ae5.jpg

素敵な意匠。IMGP2085.jpg

車寄せの天井IMGP2082_20131115002048bd5.jpg

玄関の照明IMGP2083_20131115002049ef0.jpg

点灯して下さった。IMGP2088_20131115002804ba9.jpg

綺麗な玄関IMGP2089_20131115002806b79.jpg

本当に素敵。IMGP2084_20131115002051b55.jpg

全体を。IMGP2090_20131115002759fba.jpg

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秋の美二つ。IMGP2092_20131115002825886.jpg

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金属供出の跡か。IMGP2095_20131115002822605.jpg

なんという植物なのかは知らないが。IMGP2093_2013111500282733f.jpg

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本当に素晴らしい学校でした。ありがとう、畝傍高校。

大和八木と畝傍高校をみる 1

日本の旧い町並みを堪能する機会があった。
丹波篠山と大和八木である。
どちらも関西だが、丹波篠山は兵庫県、大和八木は奈良県、どちらも距離の離れた地域にある。
文化的にもシンプルに同じ「関西」とは一くくりには出来ない。
それぞれの文化の違いは顕著なのだが、北摂の宝塚文化圏に住まうわたしには、やはり細かいところはわかりかねる。
ただ、とてもいいところだというのは歩いていて深く感じる。
以前に出向いた夕陽丘高校でもそうだが、今回の畝傍高校の生徒の皆さんもたいへん感じがよく、礼儀正しい。外来者であるわたしたち一行に対して、はにかんだような笑顔を見せながら丁寧に挨拶してくれる。
やはり伝統ある学校の生徒さんと言うのはいいものだとつくづく感じた。


伝統的な町並みは今も現役。IMGP2037_201311142349088aa.jpg

お倉が立派。IMGP2038_201311142349099d3.jpg

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八木札の辻交流館。元は旅籠であった。
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二階の欄間が素晴らしい。
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伊勢街道でもあったので、欄間のデザインはそうしたところから。

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建具の美。IMGP2043_2013111423494689c.jpg

二階から中庭を。IMGP2044_20131114234948d5a.jpg

町並みの良さをつくづく味わう。
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素敵な格子。IMGP2053_201311142356358a2.jpg

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素晴らしい屋根瓦の装飾をみる。
透かしが綺麗。IMGP2097_20131115003342a84.jpg

菊など。IMGP2098_20131115003344d37.jpg

えべっさんらしい。IMGP2099_20131115003346027.jpg

そういえばオオナムチの息子が金鵄勲章のヒトとえべっさんだったというのがあったな・・・


さて畝傍高校へついた。
門の様子。IMGP2056_201311142356311a9.jpg

2へ続く。

丹波篠山 妻入屋根の商家群

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少し前に久しぶりに丹波篠山に行った。まぁここはやっぱり冬に行くところだわな。
冬なら猪鍋もあるしさ、人出も多いよ。

平日の町並みをぶらぶら歩く。

可愛い装飾IMGP1985.jpg

マンホールIMGP1982_20130915004309350.jpg

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え、エッシャー? IMGP1976.jpg

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他にもまだまだあるけれど、行った日が暑すぎてダウン。
冬になり、牡丹鍋食べに行くころ、また町並み散策します。

横山大観展 良き師、良き友  その1

横浜美術館の「横山大観展、良き師、良き友」展の後期に行った。
前期に行き損ねたのは惜しいが、その分後期を存分に楽しんだ。
展覧会のタイトル、わたしは勝手に「大観&hisフレンズ」とか呼んでいる。
五浦逼塞時代から復活時代の盟友たる菱田春草、木村武山、下村観山の三人は仲間外れになっているが、次回のハマ美の展覧会が観山展なので、もしかするとそっちで「観山&hisフレンズ」として出演するかもしれない、と妄想している。
当たるかどうかは知らない。
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観山の展覧会は90年代初頭に三越で見て以来だが、大観はなんだかんだと毎年見ない年はない。特別展でなくとも日本画を集めた企画展や常設展には大観がある。
多作だということもあるし、ある時期から「日本一の画家」という見なされ方をするようになり、多くが喜んで手に入れようとした。

90年の大観の生涯を伝記的ではなくサラリと描いて見せたのは、戸板康二だった。
彼の晩年の佳品「ぜいたく列伝」冒頭は大観の話だった。
明治元年生まれの、生涯「明治の書生っぽさ」をなくすことなく、絵と大酒で生きた大観を、現代の人はちょっと嫌う傾向もある。
確かに大仰な作品が目につくが、それが大観のすべてではない。
わたしなどは大観の小品に好きなものがかなり多い。
むしろ富士山を描いたものにはほぼ関心がわかない。しかしその当時、「日本人なら富士山に桜」でなければならぬ時代だったのだ。
大観には「明治の書生」のキモチが生涯その性根にあった。
思想も何もなく、その純粋な気持ちで乞われるまま富士山を描き、本人もそれが正しい道だと信じて<日本精神の象徴としての>富士山を描いたのだ。

今回の展覧会は当時もてはやされたそのあたりを措いて、大観の繊細な面を前面に繰り出し、機嫌よく仲間とつきあっていた様子を見せようとしてくれている。
そのようにわたしは理解している。

第一章 良き師との出会い:大観と天心
1-1 天心との出会い

横山大観 《仏頭写生》 東京藝術大学  こわいよう。巧いからこそ、こわい。

横山大観 《絵師草紙》(模写) 東京大学 大学院総合文化研究科  人々のリアルな表情が巧い。やはり古典を学ぶことは大切だとつくづく思う。

横山大観 《井筒》 広島県立美術館  可愛らしい二人の幼い子供。とてもカラフルな絵で和やかな心持ちになる。

村童観猿翁が前期に出ていた。これはわりとよく見るのでまぁいいか。

1-2 日本美術の理想に向けて

横山大観 《阿やめ(水鏡)》 横山大観記念館  89年に初めて池之端の記念館に行ったとき、この絵はがきを購入したように思う。
巨大なアヤメの花は現実にはあり得ないけれど、とてもこの絵は優しい風情があって好きだ。婦人の慎ましいながらもうっとりする表情が可愛い。
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横山大観 《月下牧童》 滋賀県立近代美術館  三人の子供ら。ロングでとらえる。のんびり楽しそう。

横山大観 《迷児》  この絵も昔記念館で絵はがき購入。現物を見るのは国立新美術館以来で、サイズがこんなに大きかったかと驚く。
東洋の三聖人+キリストもまざって、みんなで子供を取り囲む。
思想入り交じってなにを信ずるべきか戸惑う当時の日本をさりげなく指しているそうだ。
まぁ確かにこのメンバーはそんな人々か。nec682.jpg


横山大観 《観音図》 播磨屋本店  岩上美人。片方の胸がこぼれる。この絵は92年の「横山大観とその同士」展で見たのが最初だと思う。
横に広い顔。明治末からしばらくそんな顔が描かれている。

横山大観 《雪後》 富山県水墨美術館  ぼあ~ なんとなく ほっとする。

横山大観 《杜鵑》  遠目にはヘリコプターのようにも見える。

横山大観 《草廬三顧図》 横浜美術館  二階建ての家。二階にいる孔明。ロバなウマに乗る三人組。どことなく「大どろぼう ホッツェンプロッツ」な雰囲気がある。

横山大観 《水國之夜》 茨城県近代美術館  この絵は前々から好き。蘇州の楽しい夜。阿片を吸う人もいる。妓楼もにぎわっている。シルエットで描かれた人々。
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野間記念館にある山村耕花の蘇州の夜を描いた絵もいい。
渡辺はま子の歌う「夜来香」「支那の夜」、絵を見ているとそんな歌が浮かんでくる。

横山大観 《観音》 東京国立近代美術館  緑のインド菩提樹が綺麗。砂金袋のような形の花生に白蓮。綺麗な観音。「樹下美人」と同工異曲か。

横山大観 《虎渓三笑》 播磨屋本店  これはいわゆる「三匹のおっさん」by有川浩 というやつですなwww

前期に出ていて見損ねたが、まぁ記憶の画像を引っ張り出そう、というのが以下の作品。
横山大観 《屈原》 嚴島神社
横山大観 《黄昏―夏日四題の内》 敦井美術館
20年前に難波の高島屋で正月に名品展があったのを覚えている。

実は先の「阿やめ」や前期展示の「流燈」、それにもう一つの「流燈」や多くの「観音」などの美麗な婦人たちを見ていると、大観の美人画は柔らかで、ふくよかな優しさに満ちていて、とても魅力的だと思うのだ。
共に第一回目の文化勲章をうけた竹内栖鳳もそうだが、意外と美人画がいいことを忘れられない。もっと見たいと思うばかりだ。
本人の望むところは別としても。

第二章 良き友─紫紅、未醒、芋銭、溪仙:大正期のさらなる挑戦

2-1水墨と色彩

横山大観 《春曙・秋雨》 秋田県立近代美術館  春の朦朧としたところ、曙らしさがいい。

横山大観 《秋色》  今回のチラシ。鹿ップル。五年前の国立新美術館でもこの絵が愛された。槇に蔦と実り。カラフルで秋の喜びがあふれている。
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洛中洛外雨十題はこれまでばらばらに見ているが、今回は前後期で6点も出ている。
わたしが見たのは以下の3点。

《洛中洛外雨十題 三条大橋雨》 株式会社 常陽銀行  おお、今も残る火の見櫓。この時代から今も変わらずこの火の見櫓はある。

《洛中洛外雨十題 宇治川雷雨》 株式会社 常陽銀行  
《洛中洛外雨十題 八幡緑雨》 滋賀県立近代美術館   まあこの絵が一番わたしには近いものかもしれない。滋賀でたまに見るばかりでなく、絵はがきもある。

横山大観 《霊峰不二》 横浜美術館  後年の仰々しいのと違い、どことなくポケッと現れた富士山。タイトルは霊峰とあるが、どこかとぼけたような味わいは、「ただの富士山」というのがふさわしい。

横山大観 《夜》 横山大観記念館  三日月。竹藪にミミズク。どうぶつ好きの大観の家にいた奴か。

横山大観・小杉未醒(放菴)《黄初平・趙丙》  おっちゃん二人。どうもわたしは黄初平と言えば若いままというイメージがあるのだが、ここにいるのはおっちゃん二人である。

横山大観・下村観山・今村紫紅・小杉未醒(放菴)合作 東京国立博物館
《東海道五十三次絵巻》(第五巻、第七巻)  大正四年のツアー。「当時珍しいマント」と説明があるが、これはトンビ(インバネス)で、大正四年頃にはもうかなり普及していたのだが。のんびりといい旅。
このメンバーを見ていると、文学者たちが旅にでた「五足の草鞋」だったか、あれを思い出す。もしくは明治末のまだまだ若き志賀直哉・里見弴・木下利玄の気ままな旅を。
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今村紫紅 《海の幸山の幸》 石橋財団石橋美術館  右に豊玉姫と侍女がいる。姫は釣り竿を手にしている。魚籠のような壷を持つ侍女。髪に花などを差している。左にいるのは山幸彦。朴の木の下で弓矢をつがえようとしている。

今村紫紅 《熱国之巻 朝之巻 夕之巻》 東京国立博物館  開き換えで、夕方のオレンジ色の景色が出た。しばしばトーハクで見ているが、やはりこの場で見るとまた違った趣がある。
にぎやかな様子で、人々だけでなく山羊もいる。井戸の周りもいい。

今村紫紅 《湯の宿》 横浜美術館  ♪ババンババンバンバン…

小杉未醒(放菴) 《北馬南船帖》 横山大観記念館  各地を取材したもの。タイトルがうまい。プレゼントのために描いたそうな。瀞峡が好きだ。

冨田溪仙 《かひこの森》 福岡県立美術館  蚕養神社。カラスが多い。鬱蒼とした森。秋のある日。

冨田溪仙 《祇園夜桜》 横山大観記念館  この絵は大観が自腹を切って購入したもの。そして長く飾っていたそうだ。
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長くなりすぎるので一旦ここまで。
大勢のお客さんがいて大混雑していたが、関東の方は京都の渓仙の絵などを見る機会が少ないので、この機会に堪能されれば、と思う。

横山大観展 良き師、良き友  その2

大観が好きな人々の作品が多く集まっている。
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2-2 構図の革新とデフォルメ

三幅対のように並べられたもの。
横山大観 《松並木》 霊友会妙一記念館
今村紫紅 《潮見坂》 横浜美術館
小杉未醒(放菴) 《飲馬》 小杉放菴記念日光美術館 この絵だけ東洋風な洋画。
日本ののんびり風景とでもいうか…松並木には人の気持ちを和やかにさせるものがあるなあ。

横山大観 《浪》 足立美術館 月下に波波波~~~~~縦に~~~が続く。

横山大観 《作右衛門の家》 山種美術館  かつての日本の御百姓さんのありふれた名前・作右衛門。そのひとの働く様子・住まい。まんが日本昔話の世界。

横山大観 《帰去来》 パラミタ ミュージアム  陶淵明の姿。既に舟に乗る。拙ヲ守ッテ田園ニ帰ル…

横山大観 《喜撰山》  山は青々しているのだが。この絵を見るとわたしは必ず秋の衣笠山あたりを思うのだ。それもわら天神あたりの交差点からきぬがけの道を歩き始めようとするときの。方角も違うのに、イメージがそうして固定されている。
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小杉未醒(放菴) 《列仙屛風》 小杉放菴記念日光美術館  羊も石も黄初平も可愛い。そうそう、こんな黄初平くんが好き。
それから家の中で薬作る兎をのぞき見する、というのも面白い。ウサギだけに杵つきは上手。八つ手の木がいい。
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小杉未醒(放菴) 《柳下美人図》 宮城県美術館  ロングで捉える。中国の美人。

小川芋銭 《水魅戯》 茨城県近代美術館  おどろおどろ。おばけいっぱい。ウナギもその仲間。楽しそうなおばけたち。

冨田溪仙 《沈竈・容膝》 福岡県立美術館  先の言葉は水攻めの意味だとか。洪水が来て、狭いところに…しかしなんだかのんびり。

冨田溪仙 《宇治川之巻(伏見)》 京都市美術館  こういうのを見るとああ昔はこうだったのかと思ったりするのだ。

冨田溪仙 《愛宕暮雪・浜町夕照(《嵯峨八景》 京都国立近代美術館  筏で行く。白い愛宕山。「月参り」の山。けっこう大きい屏風。

2-3 主題の新たな探究

横山大観 《瀟湘八景》 東京国立博物館 これは好きな作品で、よく働く人たちがロングで捉えられている。

それにしても大観はどこまで溪仙ファンなのだ!!!

横山大観 《観音春冬図》 永青文庫  細面に二重瞼。どこか市川笑也を思わせる風貌。

今村紫紅 《水汲む女・牛飼う男》 平塚市美術館  石段にとても惹かれる。以前に平塚で見たと思う。インドが舞台の静かな絵。温度は感じない。

小川芋銭 《肉案》 茨城県近代美術館  両腕を挙げて立つ。のびのび元気なイメージ。公案がどーのと言われても知らんが、妙に元気になる。大万歳にしか見えない。
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冨田溪仙 《若菜摘》 京都国立近代美術館  この絵は初見。京都の近美にあるとは初めて知った。知らなかった、何故今まで見れなかったのだろう。無念ささえ感じる。。
大正初期らしい絵である。たいへんロマンティックというか、文芸性の高い絵。
若菜は陸の若菜ではなく、海のワカメを摘む作業。船を出しているのは唐初のような様子をした姫と侍女たち。
桃花飾りの髪は天平の、というより唐初の形に似ている。


第三章 円熟期に至る

横山大観 《生々流転》(習作) 横山大観記念館  習作を見ていて、野間記念館でみた模本を思い出した。やっぱり違うものだが、それでも何か心に残るものがあった。

横山大観 《夜桜》 大倉集古館  大倉でも滅多に出ない「夜桜」。改めて眺めると、いろんなことに気づき、面白い。
しかしこの絵を見ると必ず思い出すことがある。
大倉で何の展覧会か忘れたが、見終えて帰ろうとしたところへ、美術館とは普段無縁そうな母娘があわてて飛び込んできた。そしてこの絵を見に来たというのだが元より展示していない。母娘はなかなか引き下がらない。その後わたしは出ていったから続きは知らないが。

小川芋銭 《荒園清秋》 東京国立近代美術館  墨絵に近い。不思議な公園。行きたくなってきた。

小川芋銭 《積雨収》 公益財団法人 平木浮世絵財団  人々がぽえ~としている。芋銭にはどこか人々もこの世の外にいる風にみえる。

冨田溪仙 《孔雀》 横山大観記念館  大観、この絵を手に入れてずっと手元に置いていたそうだ。20年くらい前のある展覧会の図録解説に、誰かの昔話として「大観の家にはいつ行っても渓仙の絵が掛かっていた」と記されていた。

本当に、どこまで渓仙ファンなんや、大観♪
ほほえましい気持ちで眺めている。

今回の展覧会は大観の作品以上に、大観の仲良しさん・大観の好きな画家の作品が集められているのを面白く思った。
また岡倉天心からの書簡もあり、大観への期待の高さなどがよくわかる。
そしてやっぱり大観が渓仙、小杉放菴、芋銭らが大好きなのを感じる。

11/24まで。

泉鏡花生誕140年記念 清方が描いた鏡花の世界/ものがたりの水脈

生誕140年記念ということで、泉鏡花に関係の深い企画展が各地で開催されている。
金沢の鏡花記念館では養女の名月さんの所蔵していた遺品展、鎌倉の清方記念美術館では「清方が描いた鏡花の世界」展、横浜の神奈川近代文学館では「泉鏡花展 ものがたりの水脈」など。
いずれも半券を提示すれば割引サービスがあるというが、さすがに金沢は遠くていけなかった。
チラシはこちら。
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一番上にタバコ好きの鏡花が愛用したキセルと、その吸い口のホコリ封じの和紙キャップ(鏡花夫人お手製)の写真。
隣には自然主義の台頭で雌伏を余儀なくされた後の復活に際し、鏡花の本音が炸裂した一文を書いた短冊。
「ロダンやトルストイのお世話にならないことを(以下略)」
原稿の現物、師匠・尾崎紅葉からの手紙、小村雪岱の「日本橋」装丁原画、最後の「露草や あかのまんまも 懐かしき」を思わせる色紙、金沢の地図、そして鏡花の向かい干支のウサギの置物。

これらを見るだけでも鏡花の生涯がうっすらと浮かんでくる。

一方、こちらは清方記念美術館のチラシ。
大正九年の「妖魚」である。
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世間的には「築地明石町」が最大の傑作のように言われているが、大正九年頃の妖艶な作品群をどうして忘れられようか。
発表当時ベックリンの影響を受けたと言われたが、本人は「続こしかたの記」で、当時はまだベックリンの人魚の絵を知らなかったと言っている。
該当する絵をわたしも見たが、言うたらなんだが、ちっとも似ていない。これはやっぱり清方オリジナルであり、また清方にその絵を生み出させた原動力は、鏡花の幻想世界に耽溺していたからだ、と思われるのだ。
とはいえ鏡花に人魚の話があるわけでもないのだが。

遊女 これは完全に鏡花の小説から材を得て描いたもので、わたしはこの絵を見てからは小説の女のイメージが固まるようになった。
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卓上芸術を標榜していた清方は手元で楽しめるものを好んで制作した。
古典で言えば「朝顔日記」や「お夏清十郎」、樋口一葉の諸作もある。そして鏡花の「註文帳」。
引き出しにしまわれた形の展示で、一段一段開いて眺めるという、楽しみをも味わった。
何度も見ているがやはり素晴らしい。
鏡花の幻想怪異な世界を表現しきっている。

鏡花の小説の口絵も何点も並んでいる。
「瓔珞品」「恋女房」などなど。
戦後には「苦楽」誌上で絵物語として数々の作品も再現している。

展示は他に「本朝二十四孝」の三幅対がある。
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清方は赤姫の八重垣姫より、腰元で大人の女たる濡衣に惹かれていたそうだ。
その気持ちもなんとなくわかる気がする。清方の世代だと六世梅幸が得意としていたろう。それを見ていよいよ好きになったに違いない。

秋の風情を描いた作品もあった。
滝野川観楓 昭和五年現在のリアルな紅葉狩りの風景。母子が緋毛氈でくつろいでいる。幼い娘は古風な稚児輪を結び、二人のパラソルがそっと置かれている。お菓子もおいしそう。
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最後に「小説家と挿絵画家」の下絵があった。本画も見知っているが、下絵は初見。
nec667-1.jpg清方の気持ちが伝わってくる。

鏡花風に言えば「楽しい、嬉しい、懐かしい」世界に引き込まれて、ただただ幸せだった。12/4まで。


次に神奈川近代文学館での鏡花展。
20年ほど前に鏡花の展覧会があり、その時も喜んで出かけた。
あのときのチケットや図録表紙には岡田三郎助「草迷宮」の絵が使われていた。

今回の展覧会は鏡花の生涯を追うという形。
小さい頃の鏡花の暮らしぶり、母や父、祖母との温かな家族関係。
9歳で母に死に別れたことが、生涯を貫く棒になったことなどが展示から伝わる。
近所の英語の先生や親戚のお姉さんたち、年上の優しい(あるいはキリッとした)女性への憧憬。
それらが作品へと昇華していった道筋。

鏡花は東京彷徨の末にようやく当初の望み通り尾崎紅葉の門下に入るが、色々あり絶望する。一旦帰郷した鏡花への紅葉の手紙がいい。
「汝の脳は金剛石」 凄いな、ダイヤモンドですがな。
そういえば紅葉の代表作「金色夜叉」で、宮さんに別れを告げる貫一のセリフが「ダイヤモンドに目がくらんだか!」でしたかね。

紅葉は胃がんで若死にする。その葬式の時のしょんぼり写真がある。同門で同郷の徳田秋声と一緒にいるが、この後で仲たがいをするのだ。
展示にはないが書いておくと、あるとき徳田秋声が師匠の死を貶める言い方をしたのを、そばで聞いていた鏡花がモノも言わずに終声にとびかかり、ポカポカポカッと秋声をぶちのめす。秋声は「ひどい」と泣き出したそうな。
それからは完全に仲たがい。
何十年後かに鏡花を囲む「九九九会」に呼んでもらえて、やっと仲たがいも終わるかと思いきや、鏡花はわざと酔ったふりして秋声の相手をしなかったというから、やっぱり生涯許さなかったのだろう。

とはいえ鏡花も神棚のように紅葉を祀り、毎朝香を焚いたり水を替えたり拝んだりしてはいるものの、女と別れろと叱られたりしたことを忘れず、それを自作に取り込んでいるのだから、シンプルな心根の人とは言い難い。

「婦系図」には酒井先生として紅葉をモデルにした人が現れる。自身をモデルにした早瀬主税が湯島の境内で恋人のお蔦と別れ話をする辺りが大人気で、新派悲劇の筆頭人気シーンになり、わざわざ作者本人が独立した脚本書くくらいでしたな。
歌も♪湯島来るたび思い出す お蔦主税の心意気~ とあるくらいだ。
わたしだってついつい湯島の天神さんの白梅を見ると、「別れるの切れるのって、そんなことは芸者の時に言うものよ」とついつい台詞を口にしてしまう。

さて先走った。鏡花は当初は観念小説(というものの正体も実はあんまりわたしなどにはわからない)を書いていた。
「夜行巡査」「夜半鐘声録」などなど。
しかしやがて鏡花は最も好むところの幻想的な世界をこの世に現出させ始めた。
「黒百合」「春昼」「風流線」「化鳥」「照葉狂言」「高野聖」・・・
わたしなぞはこの明治30年代の鏡花の幻想小説がとても好きで仕方ない。

ところがそのうち自然主義がはびこって、鏡花の特異性が疎まれた。
鬱屈しつつも、鏡花は自己を曲げることなどはしない。
やがて風潮も過ぎて、また鏡花は好きなものを書きだす。

一方、花柳小説で鏡花はよく売れてきた。
前述の「婦系図」はその系譜とはすこしずれるが「日本橋」というもう一本、今も新派によくかかる名作が世に出た。
結局「婦系図」「日本橋」が大ヒットしすぎたので、鏡花没後長らく「鏡花と言えば花柳界を舞台にした作品」という固定したイメージが世に定着した。
他にも「義血侠血」を舞台化した「滝の白糸」などがある。
「売色鴨南蛮」は「折鶴おせん」として映画化されたが、いずれもいわゆる「新派悲劇」の範疇に入る。
また芸道小説「歌行燈」も映画になってヒットしたので、いよいよ幻想小説の大家と言うことが忘れられた。

昭和50年代になって「夜叉が池」「草迷宮」「高野聖」「陽炎座」などが映画化され、鏡花の幻想小説が改めて注目された。
(昭和30~40年代でも三島由紀夫や澁澤龍彦といった慧眼の士からはその幻想性を注目されてはいたが)
とはいえ、これらの映画は悉くヒットしなかった。作品自体は非常によかっただけにまことに無念だが、一般受けしなかった。
監督がまた凄い。
篠田正浩、寺山修司、武智鐵二、鈴木清順である。
しかし、その「犠牲」があればこそ、却って数十年ぶりに熱烈な鏡花宗の門徒が新たに生まれたのである。
辻村ジュサブロー(現・寿三郎)師の人形芝居(「風流蝶花形」「化鳥」など)、坂東玉三郎の「天守物語」上演、少女マンガ家たちによるカヴァー作品の発表などなど…
これらが鏡花宗の人々を導いた。

実際のところ、今ではむしろ幻想小説の大家と言うイメージの方が強く、若い世代などでは「婦系図」「日本橋」などは読まないだろうと思う。

展示を見てゆくと、金沢の鏡花記念館から持ってきたのか、「春昼」「春昼後刻」のジオラマがあった。
思えばこれもタイトルは優しくとも不吉な物語なのである。

「草迷宮」のコーナーがあった。魔界へ入り込む少年、手鞠歌、なぞの年上の美女。
この三大アイテムが揃った作品である。

鏡花の作品には不吉な(そして懐かしい)手鞠歌や童謡がよく現れる。
手鞠歌を探す「草迷宮」を筆頭に、「長太居るか」の呪歌が流れる「山海評判記」、「縷紅新草」「天守物語」の冒頭にも歌がある。

鏡花の作品には美麗な装幀・口絵が多い。
清方の口絵、雪岱の装幀そして鏡花の文章という美しいコラボレートは有終の美を飾った。
また橋口五葉の装幀も忘れられない。
口絵では清方の好敵手でもあった鰭崎英朋の「風流線」が素晴らしい。
梶田半古、鈴木華邨の懐かしい絵もある。


展示のうち、遺愛品が現れた。ウサギコレクションである。とても大きな兎の置物もある。
びっくりした。わたしは猫グッズとちょきんぎょグッズで統一するが、鏡花は向い干支の関係で兎である。鏡花はこだわりの強い人なので、こうしたところにちょっとした面白味がある。

展覧会には出ていないが、関東大震災のときの状況を書いた「露宿」という作品がある。
番町住まいの鏡花のもとへ見舞いを言いがてら、それぞれ落ち延びてゆく知人たちの様子を描いた話である。
浅草育ちの久保田万太郎は親父伝来の「久保勘」の字入り法被を着て、奥さんは赤ん坊を十字に背中に括り付けて避難場所へ走り、続いて斜め前の豪邸が実家の里見弴は、行き合った見知らぬ美人の手を引いて、その実家へ逃げ込んでゆく。
その対比を面白がる鏡花。
そして悠々とパラソルをさして現れる岡田八千代。
彼女は夫の三郎助が「冷蔵庫に紅茶があるだろう、なんてのんきなことを言いながら絵を描いている」と呆れたように告げながら、泰然と去ってゆく。
鏡花にはこうしたユーモアがある。

最後に現代の美人画家たる金子國義の描いた鏡花作品のイメージ絵がある。
今回の神奈文のチラシでもある。
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ハリのある、いい女である。鏡花の描く苦界の女、それが目の前に現れたように思えた。
11/24まで。

円山応挙展

承天閣美術館の円山応挙展の前期を見に行った。
萬野コレクションだった名品がメインである。

牡丹孔雀図 なつかしい。御堂筋に萬野美術館があったころ、この孔雀は王様として辺りを睥睨していた。今もその様子は変わらない。羽を開くことなくとも、この孔雀は王なのだった。

遊君図 座して簪を触る。白い着物に派手な帯、優美な女。祇園なのか島原なのか、わたしにはわからないが多分、島原のひと。

雪中山水図屏風 これはバランスの怖い絵で、絵が悪いのではなく、絵がうますぎて、描かれた景色のバランスの悪さにハラハラさせられる、という情景。つまり岩と岩とをつなぐ細すぎる橋、そこをゆく人を描いているのだ。しかも底に近いところの建物から、そんな橋を見上げる人までいる。なかなか怖い構図。

白象唐子図屏風 芦雪 弟子の芦雪の絵がある。
この絵はMIHOにも出ていたが、とてもいい絵。大きな象さんは子供らのされるままに優しく見守る。堀内誠一の「ゾウのぐるんぱ」かこのゾウかというくらい、子供らに優しい。
右には30人の子供、左には川遊びする10人の子供らと3匹のわんこ。
楽しくていい感じ。幸せ。

狗子朝顔雀図 芦雪 対幅だが、もう一つはパス。こちらは朝顔を前にしたわんころたちと、朝顔のツル巻きの棒の上に止まる雀と。みんなやっぱり可愛い。

獅子図屏風 芦雪 唐獅子が二頭。サササッと描いている。勢いある絵。エネルギッシュ。
元は円満院のものだったらしい。

再び応挙。
三井南家に伝わる資料などが出ている。

堀川夜景図 窓や提灯や空のあちこちに穴を開けて薄紙を貼って、裏から光を当てたら、ピカーッといい感じの楽しい夜の賑わいになる工夫がされている。

山水図帖 富士山を描く。
大体こうしたものが残されているのも応挙先生の実力が素晴らしかったから。

大瀑布図 ああ、この絵は昔「萬野美術」として篠山紀信が萬野山荘の庭園において撮影したものだった。それがあまりに素晴らしくて、今も心に残っている。せつない。

今回の展示では本当のメインは七難七福図である。
円満院の祐常上人は憂えていて、人の世の本当の苦しみを地獄絵といった観念的なものでなく、現実の苦しさで表現しようとしていた。
しかし絵が描けない上人は腹案を練り続け、いつか自分の考えを完璧な形にしてくれる絵師が現れるのを待ち続けていた。そこへとうとう応挙が現れたのである。
応挙は藤原姓をこのとき使うている。36歳で三年がかりでこの三巻を完成させた。
わたしはこれまで萬野時代の頃にばらばらと見ていたが、全巻見るのは今回が初めて。
ちょっとばかり細かいことを書く。
なお、上人は先の事情を巻の巻頭に記しているのみならず、自身で指図書をも書いている。
応挙はマンガで言えば作画担当、上人は原作者という立場である。
人災の絵など、上人はなかなかうまいと思った。

まず福寿巻がある。こちらはのんびりした人々の様子が明るく描かれている。
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公武どちらもにこにこのんびり。楽しいお花見などをしている。
絵は萬野時代にわたしが購入した絵葉書。
貴人の還暦祝い。イセエビは本物で偽装されたものではない。
大僧正も楽しそう。庭には鶴もいる。舟遊びする子供らには魚たちが寄ってくる。
厨房は忙しくて大変。イセエビ、タイ、アワビ、マツタケ、鳥もある。みんなもう働く働く。米もどんどん来る来る。まずはめでたい図。

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いよいよ人災である。
冒頭はこの絵。民家に強盗の一段が押し込む。身包み剥がすだけでなく、犯したり殺したり。あんな木に髪をくくりつけられては困る。松に吊られたり色々。
子供は小脇に抱えられていて、これは人買いにでも売られるか、殺されるかか。

続きもひどい。二人がかりで弄んだり、また少年も裸に剥いて塀に縛っている。こちらにも手をかけたのかもしれない。
さらに「もっと金を出せ」とばかりに子供を井戸へ落とすぞと脅迫している。
切り殺されたものは臓物をばら撒いている。

旅先でも強盗被害に遭う。裸にされて泣く女。崖のところで今から身包み剥がされる女たちもいる。木に縛り付けられる夫婦もいる。子供の着物も剥ぎ取られ、若い女は攫われてゆく。

心中 相対死に。男が刀で女を刺し自らも貫く。血の海の中で事切れている二人。検視のためにか女の着物をはぐ役人。しかし検視官は傷ましそうな目で二人を見ている。
心中は日本特有の行為。

水責め 拷問である。柱に縛りつけ、口に猿轡を掛けさせつつも、どんどん水を注ぎ続ける。これをやられるともう終わりである。柄杓の水は延々と注がれる。

切腹 視に装束の男の周囲の結界には「修行門」の張り紙がある。真っ青になった武士。

一家心中 何があったのか。松にぶら下がる女。首を刺して事切れる老女。経帷子には地の手形。母子も死んでいる。前髪立ちの少年が泣きながら小さい弟を今から切ろうとしている。弟は何もわからぬながらも「南無阿弥陀仏」と手を合わせる。

火責め 放火犯の処刑である。江戸時代は必ず放火犯は死刑、それも無惨な殺し方をすることに決まっていた。杭に首輪をつけられ、周囲に柴が山に詰まれて放火され、そこで悶え死んでゆくのだ。罪深さは消えない。

獄門刑 さらし首。斬ったところ、斬るところ。

磔刑 脇腹を槍で刺すのだが、やっぱりイヤなので顔を背けつつ。キの字型の十字架に貼り付けられている罪人。

のこぎり引き 中世からこれは必ず竹の鋸引きと決まっているが、やる方もイヤなので俯く。処刑されるものの表情がすさまじい。

牛裂きの刑 極悪人専用の処刑。牛に四肢をつながれ、その牛の尻には松明。火をつけられて牛は熱くて走り出す。ぶち切れる四肢と内臓、骨まであらわになっている。
眼をひん剥いて死んでゆく。凄まじい処刑。

ああ、凄いな。

天災の巻。
この絵は応挙の摸本から持ってきた。
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地震 みんなあわてる。ひっくり返る。藪の中へ逃げ込む人々もいる。わんころもにゃんこもひっくり返る。
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大雨 蛇も流される。いっぱいいる。びっくりした。人も無論・・・・・・

火事 凄い業火。地獄草紙や北野天神絵巻同様の業火である。

他にも台風、船の難破、落雷などが続く。

大鷲に子供をさらわれる農家もある。家の中には大津絵の藤娘の絵もあり、和やかそうな家庭だったのに。

狼に送られてヒーッとなる旅人。前にいる狼は人の腕を咥えている。

山道からは巨大なウワバミが出現する。逃げまどう人々。

本当に凄まじい災難の絵だった。

人物正写惣本 これは二つの巻物をあわせて一つに見るもので、二八(16)の前髪立ちの少年の後姿の裸体を描いている。少年の見返りの首。朱唇に指を添えるところに官能性が漂う。綺麗な背中からおしりである。
なにか一文が書いているがところどころ読めない文字があるのでここに記載できない。

とても見ごたえがあった。後期もとても楽しみ。前期は12/15まで。

北原照久コレクション / 新耽奇会―奇想天外コレクション

石神井公園ふるさと文化館で北原照久コレクションを見た。
ご存じのとおり、レトロなトーイや看板などの蒐集で世界的に高名なコレクションである。
また、早稲田大学演劇博物館で『新耽奇会―奇想天外コレクション』展が開催されている。
どちらも非常に興味深い、面白い内容だった。

だいたいわたしはこうした「面白い」蒐集品に惹かれる性質で、朝も早よから遠い石神井公園までいそいそ出かけた。
行ってみると、やっぱり期待を裏切られることなく楽しい内容だった。

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戦前のこどものための楽しい雑誌付録が集まっている。
「少年倶楽部」「少女倶楽部」の付録などは野間記念館か弥生美術館の企画でしか、今は見ることが出来ない。どちらもペーパークラフトで、これが大変精巧なのである。
軍艦三笠やエンパイヤステートビル。この二つは野間で見ているが、さすが北原コレクション、ちゃんと持っていた。
ほかにも風光明媚な地を走る特急列車のペーパージオラマがあり、それがまた面白い。
ちゃんとトンネルから出て来た列車がカーブを見せている。背景もきちんと彩色されて、戦前の和やかな風景が広がっていた。
こういうのを見ると♪今は山中 今は浜~と歌いたくなるのだ。

小学館の「小学▽年生」の付録もある。同時に見るのは今回が初めてかもしれない。
いいもんです。

戦争の足音が近づき物資が段々となくなりつつあった頃でも、子供らのためにペーパークラフトの付録がついた。
和洋折衷のおうちである。玄関と応接は洋間、居間は和室。きちんと山折り谷折りして嵌め込んで、完成したおうちには遠近法も活きた。
ああ、ほしいなあ。しみじみ思う。

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グリコのおまけもある。
そもそもわたしが展覧会に喜んで出かけるようになったのは、90年代初頭のINAXギャラリーでの「グリコのおまけ」展辺りからかもしれない。
INAXの次には芦屋市美術博物館でも同じような展覧会があり、そちらへも喜んで見に行った。
こう考えると、珍奇・軽妙・楽しいものが好きなのは、もう随分昔からということになる。

グリコのおまけは大阪の宮本順三さんのミュージアムに大量にあるのだが、そちらに行かずこんな遠いところで見ている。

昭和40年~50年代の子供なので、グリコのおまけの黄金時代を知っている。
懐かしいものと、知らぬものとが集まっていて、とても楽しい。

富山の薬のパッケージもある。わははははは。いやもぉほんと、面白い。
こういうのがあるからコレクターは楽しいのだろう。

リカちゃん人形のハウスもある。
わたしはおもちゃに関してはたいへん幸せな子供で、欲しいものは買ってもらえた。
だからここにあるハウスもリカママのオリエさんのブティックも持っている。
ただしこんな完全な形では保存できていないが。
ああ、リカちゃんのボーイフレンドでいちばんハンサムなマサトくんがいた。
このマサトくんは髪も植えられていて、とてもハンサムなのだ。
今も家で眠っている。こうして眺めていると、再び会いたくなってきた。
閉めたままにしていてごめんなさい。

こんなとき、小さい女の子が手元にいればなあと思う。

ノベルティの大群があった。
チラシにあるナショナル坊や、製薬会社のサトちゃん(ゾウ)、銀行のキャラも多い。フジ丸、ハットリくん、などなど。

その前の世代のセルロイドのおもちゃも可愛い。今の日本でセルロイドを使うものといえば、唯一ピンポン球がある。

昭和30年代のおもちゃや広告ポスターを見ていると、まつざきあけみ「ぼくらは青年探偵団」を必ず思い出す。
団塊の世代のまつざきは、足立区の下町育ちで貧しかった子供時代への反動で、華麗な西洋・豪奢な中国を舞台にした美麗な絵を描いていたが、反動の反動で、あるとき昭和30年代を舞台にしたマンガを描き始め、そこにその時代の流行もの・事象をぶち込んだ。
知る人ぞ知るマイナー雑誌での連載だが、大受けした。
わたしが古いもの好きな一因に、この作品が関係しているのでは、と時々思うことがある。

てくてく出かけていい気持ちになり、明るく帰った。
11/17まで。


次に早稲田大学演劇博物館の「新耽奇会展 奇想天外コレクション」を見た。
昭和初期に好古家らが集まり、自分の持つ妙なお宝を見せ合う会だったそうだ。
会ではその記録もきちんと残している。
チラシはその関連。nec665.jpg

ちゃんと和綴じ製本されている。
よくもこんな、と思う品々がある。笑ったりびっくりしたり。

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チラシにある平賀源内の火浣布、これは石綿入りなので、今ならまずい、まずすぎる。
この存在を知ったのは、実は水木しげる「東西奇ッ怪紳士録」からだった。

烏帽子などは一期に出たので見てはいないが、鉱物・貝類標本、糸操り人形、宝塚歌劇のオスカルの衣装、瓦版「人魚図」はこの目で見た。

曲亭馬琴使用陶枕 長谷川如是閑寄贈 饗庭篁村旧蔵 スゴい来歴。茶色い枕だった。
関係ないがわたしは染付の陶枕を持っている。だからこそ言うが、ひんやりするのは最初だけで後は熱がこもりやすい。

加州金沢猫寺招福 腹掛けに丸に金の字いり。この猫は豪徳寺の猫とはまた違い、猫の埋葬と法名を与えたりで有名になったそうな。それでこの招き猫は大正十年に畜霊供養の大法要で頒布されたもの。
うむ、すばらしい。

坪内逍遥からの出品もある。
カワセミ剥製標本、霊芝、水滸伝などである。
水滸伝は何となくわかるが、カワセミの標本や霊芝なんてどこから・・・

河竹繁俊も蘇民将来や黙阿弥の「火の用心」札を出している。

意味が分からないのが安田善次郎の出品。
安田財閥の当主がなんで瓦版の人魚図出すねんw
この絵はわりとよく見かけるもの。
西洋の人魚とはひと味違うのさ。

六代目菊五郎の出品は芝居関係の物がある。
道成寺での小物や大判小判の模造、このあたりは納得。
しかしわからないのが、明治天皇御大葬の松明。
こういう物はどこで手に入れたのだろう。行列したとは思えないし。

五世中村歌右衛門は男の子の人形を出していた。市之助といい、玉菊遺愛の人形。それの着替えもあり。
これはなんとなく縁を感じるが、しかし五世は上臈ばかり演ずる役者なので、違和感もある。

ダーク式糸操り人形は骸骨にもなる。これもよくわからないが、もっとわけのわからない、怖いものがあった。
お岩さんの人形、それも2M大くらいのもので、ねずみ色の衣装に怖いお顔の人形。
ヒーーーッ
講談の一竜斎貞山からの出品。
解説を読んで、それぞれに納得。

他にもサモワールやパネルなどがある。
そして一路真輝の着用していた「ベルばら」のオスカル様の衣装。なぜ早稲田にあるのだろう。
宝塚と縁深い池田文庫ならまだしも。

いろんな謎を齎してくれ、それがまた楽しい企画展だった。11/30まで。

岡本太郎の描いた挿絵「花妖」

怪獣を思わせる造形作品と、色彩の氾濫した油彩画。
わたしにとって岡本太郎の作品世界と言えばそのイメージがある。

今回、表参道の岡本太郎記念館で、彼が敗戦後に携わった仕事を見に出かけた。
坂口安吾の小説「花妖」の挿絵を描いたそうである。
小説は終焉を見ず、中断したまま既に70年近くを経ている。
作者も画家もとおに目をつぶり、続きはついに誰にもわからないままとなっている。
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太郎の挿絵は抽象的なものではなく、人物をはっきりと描き、その心模様を示す。
ところどころに太郎らしい構図があるが、物語に沿ったいい挿絵だと思う。
岡本太郎という作家が望んだ仕事ではないかもしれないが、わたしは今回の仕事を見て、初めて太郎に対して深い親しみを感じた。
それはわたしが絵と言うものに「物語性」「文芸性」を求めているからだが、太郎の油彩画には見られない具体的なところが、たいへん気に入った。

記念館はなんとありがたいことに、撮影を許可している。
嬉しくて嬉しくて、ぱちぱち撮りたおした。

なおこの「花妖」はわたしは未読である。概要を読んだ限りでは鬱陶しい物語ではある。

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新聞の切り抜きもある。少しばかり読む。
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二人の肖像写真は林忠彦か。

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狭い人間関係の中での、嫌なつながりが延々とつづられている。

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女の表情がいい。1383546377778.jpg


挿絵の仕事はここまでで、他を少し。
油彩画。太郎のパブリック・イメージか。
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二階の窓から庭を見下ろす。芭蕉が大きく伸び、その狭間に太郎の造形作品が屹立する。
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古代中国の編鐘を思わせる鐘もあり、突いているひとがいた。いい音色である。
打つ場所により、音色が変化する。

木陰には可愛い奴もいる。1383546680172.jpg
以前から可愛くて好きな奴。

最後に太郎のアトリエ1383546498708.jpg

予想外に居心地のいい空間だった。
繁茂する植物の隙間に見え隠れする造形作品、というのがまたとてもいい。
カフェもとても繁盛していた。

根津の帰りに向かったのだが、いつかここでゆっくりくつろぎたいと思う。
ありがとう、タロー。

古径と土牛展 (ブロガー内覧会に参加して)

山種美術館での「古径と土牛」展ブロガー内覧会に出かけた。
いつもいつもお世話様です。

最初に主催者でもあるTakさんのトークがあり、参加者をくつろがせてくれる。
やがて山崎館長にバトンタッチされ、古径と土牛の絵画の技法の違いなどについて詳しい解説がある。

古径も長命だったが、土牛は更に長命で、百歳を超えるまで生き、描くことに打ち込んだ。
わたしは古径の世界に強く惹かれるので、どうしても古径を主に見てしまう。
とはいえ、土牛の「大きさ」というものも決して見過ごせない。
今回、古径と土牛の決定的な違いというものを、ご自身も日本画の専門的な教育を受けられた山崎館長のお話から教わり、改めてこちらの目が開いたように思う。
そのことについても、この場で記してゆきたいと思う。

なおここに挙げる画像は全て、今回の内覧会の際に、主催者の許可を得て撮影させていただいたものである。


明治のころの若かった古径が描いた絵がある。
皆さんその絵を見て、多少の違和感をも感じている。
大毘古命図1383380102926.jpg
古事記に現れる謎の娘を描いた絵である。色調も薄ぼんやりとしているが、文芸性の高い作品でもある。

古径の最初の頃の師匠が歴史画で名高い梶田半古だったことを思うと、この絵があることも不思議ではない。
泉屋博古館分館に所蔵されてる半古の作品に、アメノウズメを描いたものがある。トコヨノナガナキドリと共に立ち、封じられてしまったエネルギーの復活を願って、今まさに踊らんとするアメノウズメ。
明治に生まれた歴史画は古事記などからも多く題材を得ていた。

館長さんのお話がまた興味深い。
この絵が描かれた1907年頃はラファエロ前派が日本に入ってきた時代で、直接の影響は受けずとも、意識していたかもしれない、ということ。バックのモアモアしたところは朦朧体で処理。そして、当時の古径は「線にこだわっていなかった」ということ。
後年の線へのこだわりを思うと、非常に興味深くもある。


今回のわたしの最愛の絵。白華小禽
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マグノリア、という洋風の名で呼ぶけれど、この花の白さは<和>の本質たる情緒、それをまっすぐに顕したものだと思う。
そして葉の緑。裏と表の色の違いが丁寧に描き分けられていることにもときめく。
白と緑を斜めに小さく裂く瑠璃鳥。ここにその鳥がいることで、画面に健やかな緊張感が生まれる。


りんご・もも・みかん。おいしそう♪1383383920868.jpg
染付の可愛い鉢にぎゅうっと押し込められている。


今回「清姫」全作品が出ている。ここでも貴重なお話を伺う。
この連作は「線の塊」で構成されている、ということ。
発端は白描で完成済み。最終絵の入相桜は、古径独創だということ。
古径はあまり色を拵えない人だったそうだ。原色そのままを使う。
日高川にたどりついた清姫の髪に金を使う。
(たいへん効果的だと改めて絵を見て思う)
清姫の情炎が沸点を超えた、それが金の効果ではっきりと伝わってくる。

清姫三態
寝間でかきくどく。1383383951054.jpg
花色の衣装が愛らしい。蝶が舞う内掛。

走る清姫。1383383974418.jpg
表情は静かなままである。しかし膝下まであらわにして走る、その異常さが伝わる。

川でせき止められる炎。それを表現するかのように、金の輝きが、なびく髪の狭間に置かれる。
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拒絶への憤りが金の炎になったのかもしれない。


ガクアジサイを描いたものもいい。1383384078002.jpg


霊友会の所蔵からきた屏風が出ている。
紫苑紅蜀葵
1383384183552.jpg左に赤い花。

右に青紫の花。1383384177164.jpg

「紫苑は物を忘れさせぬ花ぢゃ」1383384278112.jpg
石川淳「紫苑物語」を必ず思い起こす。

花は他にもある。
朝顔をじっくり見る。1383384790668.jpg

色もさまざま。1383384815947.jpg


猿曳 対幅。猿のエンターテイナーぶりがいい。
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弥勒1383384350845.jpg 1383384358839.jpg
大野寺の対岸にある摩崖仏。
わたしはこの絵を見て、大野寺へいつか行こうと決めたのだった。
館長さんのお話によると、古径はこの絵をこの時点でいまだ完成作と見ず、そのために落款を入れていないと言うことだった。


次は土牛の代表作の一「醍醐」 わたしの従妹はこの絵を使った切手を見て、それで醍醐の桜を見に出かけた。
従妹は絵に詳しくないひとだが、素朴な心持でこの絵の切手を見て、そんな心持になったのだ。
土牛の絵力は大きい。1383384400293.jpg

桜は実は盛り上がる花びらを持っていた。1383384391180.jpg


わたしはこの「蓮」がとても好きだ。1383384957101.jpg
明代の五彩のような鉢に咲く睡蓮。
器への愛情と共に愉しむ。


今回の展示の見所の一つに、「比較して楽しむ」ということがある。
浄土を思わせる。1383385012893.jpg
古径と土牛の蓮、古径の観音。

館長さんから彼の話を聴く。
土牛は薄く薄く色を塗り重ねる画家だったそうだ。
土牛は輪郭線に執着しない。

深い納得が行く。
そして彼の代表作の一「鳴門」を見て、改めてそのことを思い知る。

古径の余白と、土牛の余白のない画面についてのお話。
土牛は会場芸術のために余白をなくした。
古径までは卓上芸術であり、余白が生きる。

非常に胸を衝かれるお話だった。
長らく疑問だったことが氷解した。
わたしは卓上芸術が好きで、それで現代の日本画にほぼ関心がもてないのだった。


古典からの学びと言うものを古径も土牛も行なった。

古代中国の人がたからも学ぶ。1383385216642.jpg
唐初の風俗のようにも思われる。


古径の「牛」は駿牛図からの発想だという。「勇ましい牛」である。
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土牛の牛はインドの「聖なる牛」。
共に魅力的な牛たち。1383385231065.jpg

「犬」もまた、宗達の影響下に生まれているようだ。
クンクン 1383385258671.jpg

元祖・本家。1383385278178.jpg

土牛のわんこ。1383385288505.jpg


最後に素敵なお茶の時間があった。
いずれも見事な生和菓子。1383385394767.jpg
ときめきがよだれになる・・・!!

見知らぬ人々とお菓子をいただき、お話をする。とても楽しい時間だった。
また館長さんともお話をして、ますます山種美術館が好きになる。
思えば茅場町時代から山種美術館は、わたしの「日本画鑑賞修行」の場だった。
とても大事な場所なのだ。

こんな機会を設けてくださったTakさんと、山種美術館に改めて御礼を申し上げたいと思う。

生誕120年宮芳平展

生誕120年宮芳平展を見に練馬区立美術館へ行った。
全く知らない画家で、そんなに関心もわかなかったが、チラシを見て気が変わった。
ジョン・レノンのような自画像である。nec661.jpg


サイトの紹介文は以下である。
「森鴎外の短編小説「天寵」の主人公M君のモデルとなった画家・宮芳平(1893~1971)を紹介する企画展です。
宮芳平は新潟県魚沼に生まれ、理想の画家になるため東京美術学校に学びます。在学中の大正3(1914)年、第8回文展に自信作《椿》を出品するも落選、その理由を審査委員であった森鴎外に尋ねにいったことから二人の交流が始まりました。翌年の第9回文展にはアールヌーボーを取り入れた象徴派風の作品≪海のメランコリー≫が入選。この頃、キリスト教的雰囲気をもった作品≪聖夜≫なども制作。日本美術院洋画部では、デッサンコンクールで村山槐多をうならせたという伝説をもっています。
また、病床の中村彝のもとに通い絵をみてもらいながら、画家としての成功を夢見ますが、1923年に長野県諏訪高等女学校の美術教師の職を紹介してもらうと、諏訪に落ち着き、誠実に子供たちと風景を見つめ、生涯、市井の画家として絵を描き続けました。亡くなってから40年以上がたちますが、今でも教え子たちに愛され、熱心なファンを持つ知られざる画家です。
本展は生誕120年を記念し、鴎外に愛され、生涯を野の花のように素朴に生きた宮芳平の画業の全貌を紹介し、油彩画のほか、素描、銅版画、ペン画など多彩な魅力に迫ります。」

その「天寵」を読んでないし青空文庫にもないので話を知らないが、チラシのコピー「野の花のように生きた」こ
とや来歴を見ると、中央に知られずとも自分の心のままに、
良い作品を描き続けてきたことが、伝わってくる。

まず若い頃の作品が現れる。百年ほど前のころ。
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小さな赤い鉄橋  不透性の七宝釉薬で拵えたような画面に見えた。べた塗ではあるが心の透明性は感じる。

椿(旧題「愛」)  これが前述の落選品で、鴎外にじかに聞きに行った経緯などは自分を主人公にした小説に詳しく書かれている。
画面構成が見えないくらい濃厚すぎる絵だった。椿がどこにあるのかもわたしにはわからない。
愛もどこにあるのか…いや、それは目に見えなくとも本人があると言えばあるのだ。
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ガウンをまとった女  中国風な女である。昏い緑をまとう。
宮の絵は「暗い」のではなく「昏い」のである。
絵の具の塗が濃いためにそうなったのか配色のせいなのか。

濃密な空間には他者の手は差し込めない。見る者ですら拒まれる。
鴎外がどのように宮に落選の理由を語ったのか、そのことを知りたい。

落日の嘆美  宮にキリスト教への歩み寄りがある・なしを踏まえずとも、一目で宗教的な境地にある絵だということは分かる。女たちが海に沈まんとする夕日に向かって手を合わせて拝む。日想観ではなく、一日の終わりに際しての、神への感謝の気持ち。女たちの祈り。
しかし、ただ一人だけ祈ることなくこちらを見る少女がいる。顔立ちは判然としないが、表情を想像させられる。
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ふたつの「聖夜」を見る。ともに1916年の作品。
どちらの絵が紹介文にある絵なのかはわからない。

聖夜  パステルで描かれている。砂丘のようなところをマント姿のものが一人歩く。その影は長い。日は赤いが昏い空。

聖夜  油彩画。青昏い中を行く四人の女たち。とぼとぼと池の畔を歩く。そばには糸杉が並ぶ。糸杉は西洋では死者の葬列を見守り、見送る木である。
聖なる夜の敬虔な行列というより、沈黙と重い秘密を抱えたまま葬礼に向かう人々に見える。
場所自体は軽井沢のタリアセンを思い出させてくれた。
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無題  裸の男女が寄り添いながら天へと突き上がるように延びる塔を見上げている。
雷雲なのか、なにか不吉な空模様の中にいる。ふたりはアダムとイブなのかもしれない。

若きLの肖像  孔雀柄のガウンをまとっただけの若い、男性にも女性にも見える人物がいる。胸の薄さから思うと男性かもしれず、また「L」と名乗りつつも本人の肖像かもしれない。芳平は「琅」という名で自己投影させた小説を書いている。
琅はすなわちLowなのかもしれぬのだ。

ドント・オープン  小さな庭園に小さな可愛らしい家がある。ベンチで座る女は刺繍をしているらしい。リンゴの木。白椿の茂み。フォーゲラー風な雰囲気がある。
可愛らしさと共に、どこか静かな狂気すら感じてしまう。
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この絵の下にローマ字の詩が書き連ねられている。とはいえ大正頃の表記は現在と違うのか、単なる書き間違いなのか、妙な単語もあった。
ドント・オープンと言うのはあの閉じられたドアを言うのでも、閉ざされた庭園を言うのでもなく、この女(姫、と詩にはある)のことをさしているのである。
彼女を開く資格もない男、というような意味のことが書かれていた。

風景(原っぱ)  小さな建物の奥に巨大なビルディング。現代でもまだ活きているように見える風景だった。

平塚あたりを描くようになってきて、絵が変わり出す。
マチエールが分厚くなってきて、貼り絵のように見えるものもでてきた。
だが、そうなると今度は絵から信仰心が消えて行き、ある種の物語性も失われてきた。
とはいえ、風景そのものは明るい光を放っている。

素晴らしいのはペン画だった。
このペン画だけでも見ていたくなる。
宮はフォーゲラーと夢二に影響をうけたようで、1922年頃を中心に、ロマンティックなペン画をたくさん描いている。それらは当時大流行の絵葉書原画のためのものだったのかもしれない。
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接吻  二人の女がソファに並んでのこと。ロートレック的な愉しみからのことにも見える。この時代のひそやかな流行。

憔悴  座り込んだ女が一人腕組みをする。大正時代は享楽と憂愁とに満ちていたことを想わせる。

憂鬱  浜辺で寝転ぶ。憂鬱であることは昭和初期まで続く。

湖の乙女  ☆きらきら その下に佇む裸婦。花々が咲いている。モザイクで出来たような構成。

夜  バイオリンを弾く。こうしたポーズもまた大正イマジュリィ。

寂滅  おじいさん、水中へ深く歩み続ける。

木  青い夜。シビのついた屋根はお寺か。隣には塔。和の空間でありつつモダン。こちらも☆きらきらきらきら。

沈める鐘  大小七つの鐘が水中に沈む。ハウプトマンを想うより先に、わたしは「妖怪人間ベム」の1エピソードを思い出した。沈んできた鐘に封じられた魚が外へ出るまでの物語を。

落日の嘆美  前述の作品と構図は似ているが、こちらは大勢。

穏やかな南東の風よ  「ノアノア」を綴る。女の背が描かれている。南洋への憧れは何も西洋人だけのものではなかった。日本人もまた多く「南方」に憧れた。パラオに移住した人々の物語を想う。

黙示  百合の花畑。りんごと女と。意味の深いアイテム。

目覚め  母と赤子。母はベッドから赤子を見に起きる。

海の話2  四人の人魚たち。なにを話し合うのか。わたしはこれを見て、諸星大二郎の描く人魚たちの話を思い出した。

父と子の悲哀  背を向け合う父と娘。

耽溺  ソファに座る女二人。カードゲームをしている。タバコを持つ手、ワインを持つ手。

楽人と人魚  ギターを弾く楽人と、それを心地よく聴く人魚たち。じっくり聴く楽しみ。

今日よりは幸福の日ぞ  女二人の励ましあいか。

椿の傍らで 古代ローマ風な女がたたずむ。

絵の構図などを見ていると、やはり夢二の影響が強いようにも思われた。

Do not open  こちらはクレヨンで描く。花も赤椿。イスはスツール。微妙な違いがある。

ペン画の良さに本当にときめいた。すばらしい。
これだけでも欲しいと思った。


さて宮は信州に移住し、地元の教師として活躍し、多くの生徒を育てたそうだ。
そのころの作品が現れる。

八島  山と水と。昔風な青・ベージュ・ピンクの取り合わせ。なにか懐かしい。

蓮  マチエールがどこか重い。泥を塗り重ねたようなイメージがある。

街はずれ俯瞰  クレヨン画。たぶん上諏訪のような気がする。蚕棚のある倉庫が何軒か。懐かしい。

エッチングがある。
どうもあまりよくない。なにか暗い。


宮は歌人・宮柊二の叔父だった。びっくりした。
そして宮は甥の主催する短歌雑誌の表紙絵を担当する。
それらは全て1966年春の欧州から中近東巡礼ツアーで見た風景から選ばれたもの。

それらの作品はエルサレムの門をイメージした先に展示されている。

宮は25歳で受洗している。キリスト教信仰は深い。
彼は聖地巡礼をし、行く先々の風景にキリストの生涯をオーバーラップさせている。
中で最も気に入った作品は「サロメ」だった。

サロメ  赤いドレスの女。マチエールの厚さは女の顔を消す。

短歌雑誌「コスモス」表紙絵もまた面白い。
ロンドンにて  ウィリアム・ブレイクの支える人をモチーフにしている。

これら雑誌表紙絵はほぼ全て幻想的な作品。
最後になったが、展示のあちこちで宮自身の言葉がパネルで紹介されている。
彼の通信誌に掲載されたことばたち。

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晩年にいたった頃なぜあんなにも厚塗りになったのだろう。
そのことだけがなぞとして活きている。

母子  娘さんと孫と。nec660-3.jpg
聖母子としてでなくとも。

興味深い展覧会だった。




11月の東京ハイカイ録 その3

いよいよ最終日の話。
起きたら本来の出発時刻。雨で外が暗かったので、そんな時間まで寝てたわたし。
もうやっぱり予定変更するしかない。

町田に向かう。版画美術館。必ず道に苦しみます。
近道を教えてくれた人がいて、機嫌よく歩こうとしたが、いきなりコケる。
そこにたどり着けなかったのだ。
つまりあのコンビニまで行けなかった、ということ。
駅前のガイドの人にちょっと訊いたら、思ってる道以外を案内された。
どうも昔から町田の道案内の人とは意思の疎通がアカンな。
その結果、折角以前に成功したのに今回は道を間違えて、結局ブレア・ウィッチ・プロジェクトの二の舞みたいな状況になり、呪わしいような一人彷徨となった。
大体こうなると西脇順三郎の言葉とかブルース・チャトウィンの本のタイトルとか、そんなものが延々と思い浮かぶのだよな。

ようやく森を抜けて美術館に行く。吉祥画を見て、験をよくしよう。
おみくじまで引かせてくれたが、わたしは小吉だった。
こういったサービスも楽しい。
例によって詳しい感想は後日。


町田から表参道に向かう。遠いなあ、つくづく。
それでもなんとかたどりついて、根津へ向かう。
根津美術館で井戸茶碗を見る。
メモ取ってたら、ご老人から「カイラギ」について質問されたので、アタマもクチも軽い(でもオシリは重いよ)わたしはペラペラペラッと好き勝手なことをササッと答えた。
「ほら見てください、本体支える首、あれね高台(コウダイ)言いますねんけど、あの辺りにチャリチャリチャリッとあるアレのことですわ~~。それでね、この茶碗はほかのに比べたら首短いですやろ、それでチャリチャリッとしたのが出てきませんねん、それがまた珍しわけですわ~~」
もう少ししゃべったら「梅花皮」を「蕁麻疹」くらいに説明してたかもしれない。←あかんあかん。
どういうわけか、根津ではオジサン・オジイサンによく質問される。
三井ではご婦人から尋ねられる。


初めて岡本太郎記念館へ向かう。これがまた意外なくらいよかった。
そんな、予測もしてなかったのでびっくり。
しかもカメラOKですと言われて、ほくほく。
森の中に潜む奴や天に万歳するのを見たり、芭蕉の葉陰に隠れるのをみつけたり。
かなり楽しい。
もともとは坂口安吾の小説「花妖」の挿絵のために来たが、この空間にいる限りはわたしも「岡本太郎ファン」の一人になっていた。

かなりここで時間を費やし、結局六本木へも両国へも行けなくなり、まっすぐホテルへ。
荷物を取りに行き、雨に降られて、タクシーで東京へ。贅沢はいけませんなあ。
体調悪化もあり、怠惰から来るとばかりも言えないけれど。

日本橋口についたからお土産もなしで、そのまま回送で来た新幹線に乗る。
新大阪についたら、いつもと違うルートを選んだ運転手により、やっぱりちょっと高くなるがサービスがいいのでまぁヨシとして、今回のハイカイも終わる。
次はほぼ1ケ月後に予定。

11月の東京ハイカイ録 その2

2日目の話。
鎌倉から始まる。
9時くらいですと、小町通もそない混まない。ただしトラックが多い。
展覧会の詳しい感想はまた別項。

清方記念館に鏡花の世界をみる。
「妖魚」姐さんのエロチックな魅力はわたしにはないが、腕の太さや腰回りにすご~く親近感懐きました!
リアルなねっとり感がよろしい。 
口絵だけやなく、その下絵や校合刷りもあり、珍しいものを見た。
他に「築地明石町」モデルの江木ませ子さん追悼の紫陽花の絵など。

そのチケット半券が次の神奈川近代文学館の割引券になります♪

秋バラ咲く道は港の見える丘♪
神奈川近代文学館にて鏡花世界堪能。
95年の図録あるが、また別な企画やから図録購入。嬉しいわ。
いい企画すぎて二時間いた。予定変更する。

ちなみにお昼は崎陽軒のサンマーメンとチャーハン。食べ過ぎて反省する。

横浜美術館。横山大観とhis フレンズ。
正直、大観作品より彼の仲間の絵にドキドキ。なんしか普段見られない作品が大漁♪いや、大量にある。近代日本画の魅力にあらためて溺れましたなあ。
だから大観はむしろ狂言回しかな。
それにしたかて大観、どこまで渓仙、放菴ファンやねん♪

さて横浜から恵比寿に。寒いからちょっと一休みにホット炭酸ジンジャーエール飲んだ。メチャクチャわたし好み♪

山種美術館のブロガー内覧会に参加。
古径と土牛。
大変良かったし、有意義。毎回企画御苦労様です。また詳しく書くが、知らない人びととの交流も楽しく、ためになる企画だとつくづく実感する。

2日目のハイカイ終わり。


3日目の話。
つまり昨日です。
昨日は一日近代日本画の魅力に耽溺したが、今日はまたちょっと違うことをしよう。
とか言いながら大宮公園の埼玉歴史と民俗の博物館に橋本雅邦見に行く。
明治初頭の暗黒時代乗り越えた背景にも言及された内容で、静かな感銘を受けた。

池袋でランチしてから文京ふるさと歴史館。三軒の近代和風建築をメインにした企画。大変良かった。
これはここらしい内容で、やはり文京の底力を感じる。

弥生美術館。ちょうど次期の会員更新やから来期もお願いする。もう22年になるのかな、いや23年か。
松本かつぢ。楽しいよ。そして今、連載中の村上もとか「フイチン再見」でかつぢ出演ページのパネル展示もある。いよいよ面白い。

夢二美術館では2階で小林かいち、下で夢二。かいちの色彩を再現した取り合わせの服着るわたし♪

根津駅近くの甘味処で一休みする。わかっていたことだが、弥生を短時間で見終えるなんて不可能。大幅に時間を押し、修正するしかない。
その巻き返しもあり、一休み。

三井の茶碗後期。黄瀬戸と志野と織部。気に入りと初見は遠目にもピカッとわたしを招く。短時間だけど充実。

メトロリンクでブリヂストン。カイユボット展、都市風景と室内描写に惹かれたが、田園風景はむしろどうでもいい。弟の写真が大変良かった。あれはすごくいい。ただ、カネモチすぎて芸術で生きる気がないのが惜しい。

そしてこのあと、近藤ようこさんと合流して「京都」展を楽しむ。もう夜間でも大繁盛で、結構ですなあ♪

いい気持ちでホテルに帰り、楽天イーグルスの優勝を少しばかり見て、ハッと気づけば寝落ちてた。

3日目の終わり。
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