美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

2013年 展覧会ベスト

例年この時期に来ると苦しい。
わたしは2013年に489の展覧会を観ていた。
そこからベスト10は所詮不可能である。

とりあえず無理から集めた。苦い、つらい、くるしい。

見た日付順であげる。
まず首都圏

日本の民家1955年 二川幸夫・建築写真の原点 汐留ミュージアム
かわいい江戸絵画 府中市美術館
エドワード・スタイケン写真展 モダン・エイジの光と影1923~1937 世田谷美術館
魔性の女 挿絵展 弥生美術館
貴婦人と一角獣 国立新美術館
ファインバーグ・コレクション展 江戸の奇跡 前期 江戸東京博物館
つきしま かるかや 素朴表現の絵巻と説話画 日本民藝館
ネコライオン 東京都写真美術館
京都 洛中洛外図と障壁画 東京国立博物館
モローとルオー 汐留ミュージアム

次点がこちら。
挿絵が僕らにくれたもの 通俗文化の源流 三鷹の森ジブリ美術館
江戸の狩野派 優美への革新 出光美術館


関西

八瀬童子 天皇と里人 京都文化博物館
歌川国芳 奇想の浮世絵師による江戸案内 元町大丸
とら虎トラ 前期 西宮大谷美術館
幽霊・妖怪画大全集 大阪歴史博物館
加藤まさをの乙女デザイン  えき美術館
奈良絵本・絵巻の美 東大阪市民美術センター
カワイイ!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流 兵庫県立歴史博物館
博物館はおばけやしき 兵庫県立歴史博物館
入江泰吉の文楽/ミスターウェットイリエ 奈良市写真美術館
栖鳳の下絵 京都市美術館

次点はこちら。
「てっさい堂」貴道裕子コレクション 美しき日本の小さな心 豆皿、帯留、ポチ袋 えき美術館
国宝みうらじゅん いやげ物 ロフト
パチモン・ウォーズ 完全超悪 ギャラリー
當麻寺 奈良国立博物館
北魏 石造仏教彫刻の展開 大阪市立美術館

個人コレクションと仏教系が次点か。
おばけと挿絵が入るのがわたしです。

それと今回は中部篇
ベスト3

近江巡礼 祈りの至宝 静岡市立美術館
雪岱挿絵で読む「山海評判記」 泉鏡花記念館
円山応挙 愛知県美術館


全国巡回のベスト3

プーシキン美術館展
竹内栖鳳
美術と暮らしと高島屋


毎年、本当に苦しい。しかしいいものをたくさん観た一年でした。
ありがとうございます。
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アートに生きた画人たち 日本画に観る雪月花 洋画に観る人

BB美術館のコレクション展へ行った。
「アートに生きた画人たち 日本画に観る雪月花 洋画に観る人」
小さい美術館だがいつもいいものを見せてくれる。
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網谷善郎 1960年代の作品がかなりの数でていた。いずれも人間の形あるいは影を抽象的な表現で水彩または墨で描いている。

一人ばかりの絵、二人の絵、三人の絵、四人の絵へ。
たいていタイトルは「人物」とつくばかりで、特定しづらくもある。
ただ、「不詳」という作品だけは少し趣が違い、影同士が仲良く並んですわりキスしているように見えた。
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小磯良平 婦人像 小磯の1950年の特徴が出た絵。
白い緩やかな衣服を身に着けた女の背後のカーテン、女の座る椅子、台に乗せた手鏡など、どこか幾何学的な形状を見せている。
彼女は踊り子だそうだ。化粧をしているところなのか。

東郷青児 モンパルナスの女 サーモン色のネッカチーフをした女がグレーの服を着てこちらを向く。
背後に一つ建物があるが、街だという感覚はない。

中山忠彦 紅衣小憩 黒い花を紅の生地に写したドレス。袖は透けていて素敵。

藤島武二 裸婦 若い、未発達な体。もやっとした翳り。

安井曽太郎 黒き髪の女 べたっとした塗り方で、緑のシーツに黒髪の女がナマナマしくこちらを見る。

四人の洋画を見る。いずれも色彩がとても気になるものばかり。

ルノワール 薔薇をつけた少女 薔薇と少女は暖色系でまとめられているが、背後にはルノワール・ブルーが塗られている。
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ローランサン 読書 黄緑色が目に残る。黒目がちの女。フェルマータな目をしている。

シャガール 花束の前の母子 青い。青の目立つ絵。母子がほほえむ。

ピカソ スペインの若き婦人 線がすごい。グレーがいい。

前田青邨 紅白梅 優雅で軽快な梅。肺白地に白とピンクの梅花。いかにもな青邨の梅。

小倉遊亀 古つぼと花 ピンクのサザンカを生けた古九谷。赤絵の玉壷春かと思ったら大徳利。
素敵な取りあわせ。遊亀さんは和花とやきものとを描いた作品群が最高にいいと思う。
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山本丘人 水無月山水 しーん としている。

丘人 降り積もる 白い雪庭、塀の内に紅椿がぼとりと落ちている。大きすぎる花。大きな椿があたりを圧する。

丘人 月の出晩夏 満月の下に草原、白花が咲く。林道を照らす月。ザ・ブーム「からたち小道」の歌を思い出した。

奥田元宋 遠山白雪 裾野に広がる赤とオレンジの森。月が燃える森を静かに照らす。

高山辰雄 二日の月 細い月。三日月よりも二日の月を愛した画家も少なくない。森と湖の一軒家の上に月が上がる。日田の杉山での風景。

加山又造 夜桜(春宵) 巨大な桜が木に支えられている。細い下弦の月がその上にある。その豪華さを見て、三浦環か京劇の「貴妃酔酒」を思い出した。

又造さんの「雪月花」のアクアチント三部作があった。
抽象的な雪、黒い波と月、夜桜。

高山辰雄 聊斎志異 これは森敦の「私家版聊斎志異」の挿絵。後に独立して画集も出ている。

視る 五人の中国人が一斉に何かを見て立ち尽くす。
円窓 その中に一人、「黒のルドン」風な様子。もやもやする。
語らい 男女がいる。どこか遠い世界。

唐詩選も高山は絵画化している。
非常に丹念な仕事を版画で残している。
そして「心月」という書を隷書体で書いていた。

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ルノワールの彫刻「ルノワール夫人」があった。どっしりした存在感のある彫刻である。
表情に豊かなやさしさがある。ルノワールの絵画とはまた違う、特定の個人をその人の個性を出してカタチにした、そんな作品に見えた。

資料として、有島生馬が藤島武二について書いたものが出ていた。
武二が蝶々好きだったことなどについて言及している。1963年の寄稿分である。

心落ち着く作品展だった。3/9まで。

天上の舞 飛天の美

サントリー美術館の「天上の舞 飛天の美」は平等院鳳凰堂平成修理完成記念として、ここで開催されているのだった。
鳳凰堂といえば雲中供養菩薩像が思い浮かぶ。それを展示しているのかと思いながら出かけた。
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第一章 飛天の源流と伝播 インドから日本
おお、構成を知らなかったのでインドや西域、中国・朝鮮の「飛ぶ人」の姿を見ることが出来て、とても嬉しい。

舎利容器がある。見たことのあるパオ型のもので、現品は東博にあるのは知っていたが、模造品を龍谷大学が持っていたとはしらなかった。7~8世紀のクチャで作られている。
羽のある人々が描かれた容器。

龍谷大学から仏伝浮彫が来ていた。
一つはスワートの1~2世紀のもので「梵天勧請」、一はガンダーラの2~3世紀の「マーラの誘惑・降魔成道・初転法輪」。
同時期のガンダーラの「出家決意・出城」もある。
飛天が飛び交う構図。城を出るところでは馬も悲しそう。
文楽の「檀特山の別れ」の中の「悉達太子と別れたる 車匿童子の悲しみを」を思い出す。

北魏の飛天像が可愛くて、ブローチにしたくなった。篳篥か笙らしきものを吹いていた。
国芳の美人絵で蒲焼きを食べるものがあったが、それにも似ている。

鍍金の飛天像は東魏から北斉。
北斉の菩薩五樽は大理石製出足下に二頭の獅子がいるのも可愛い。

唐代の奏楽天人杏葉もとても素晴らしい。琵琶を弾く天人がきれいに作られている。
ここで知ったことだが、五弦はインド、四弦はペルシャ由来らしい。

唐代の鍍金舎利カクは舎利容器なのだが、形は遼の王女の棺に似ていた。遼は唐の文化を追随したので、わたしのこの考えはある程度正しいのかもしれない。

飛天の舞う八花鏡、月に住まうウサギを表現した鏡、飛天と十二支のいる鏡、いずれも唐文化の中で生まれた美麗な鏡。十二支動物は走り大黒を思わせるような姿を見せる。
キラキラキラキラした鏡もあり、本当に素晴らしい。

敦煌西千仏洞伝来の飛天図がある。大きな羽を持った、優しい面立ちの綺麗な飛天。雲上で赤い比礼と緑のケープをたなびかせている。

大和文華館から小さなものが来ている。
青玉帯飾十二点 中国 五代時代 大和文華館 カクカクした線描の図柄があり、わたしは「ゲド戦記」の1~3巻表紙絵を思いだした。

飛天文軒平瓦断片四点 朝鮮 統一新羅時代 大和文華館 舞う舞う、飛ぶ飛ぶ。

どちらも大和文華館で見ているが、こうした集まりの中で見ると、見ていなかった輝きに気づかされる。

紺紙金銀字仏名経一巻 朝鮮 高麗時代 大変良い文字。「不可数劫…南無降伏…自在仏」と続く辺りが特にいい字が並んでいた。

飛天図(法隆寺金堂内陣旧壁画 十四号壁、十六号壁) 模写二幅のうち近代(原品:飛鳥時代) 怖いけど綺麗な絵。敦煌様式に近い。
妙なことを言うようだが、右の飛天の足裏が山上たつひこの描く「光る風」の描写を思い出させる。左側はそんなこともないのだが。

飛天(法隆寺金堂天蓋付属) 二軀 飛鳥時代 法隆寺 目を閉じ琵琶を弾く二人。合奏。

楽天刺繡幡残欠 二裂のうち 飛鳥時代 東京藝術大学 いわゆる法隆寺裂。

照明が程よい薄暗さに統一されているのはいつものことだが、そこに巨大な影があった。
実物よりも影の形に惹かれてそこへ向かう。

薬師寺東塔水煙の模造があった。一具、昭和57年に制作されたもの。現品は天平2年〔730〕。
とても大きい。フェノロサが称えた「凍れる音楽」とは全景を言うたのか、それともこの水煙のことか、としばらく考える。
凄いものを見たように思った。昨春の花会式に参加したことを思いだす。薬師寺東塔の美しさを思いだす。
左右に三人ずつの飛天。笛を吹く者もいる。天を舞うものに前後も上下もないのかもしれない。

こちらは薬師寺のチラシ。nec760.jpg
少し前のものだが、「凍れる音楽」たる東塔(あるいは水煙)がよく見えるので、ここに挙げる。

当麻曼荼羅厨子軒先板 復元模造 北村大通 昭和36年 奈良国立博物館 先般奈良博で見た「当麻寺」展での展示品の数々が胸の内に蘇る。

第Ⅱ章 天上の光景-浄土図から荘厳具-

浄土阿弥陀経 (七寺一切経) 一巻 平安時代 京都国立博物館 これはまたきつい文字である。出ているところは「極楽は宝石の木、建物、金の地で出来ている」とかなんとか。
マルコ・ポーロ「東方見聞録」のジパングぽいな。

仏説観無量寿経一巻 平安時代 京都国立博物館 マカダ国のイダイケ夫人の願いによる。紫のグラデーションが綺麗な紙を使用している。

当麻曼荼羅 一幅 鎌倉時代 奈良国立博物館  「たのしい極楽アイランドであなたも働きませんか?託児所もあります」…そういうポスターに見えてしまった。お遊戯する幼児の絵が下方にあり、園長先生らしき阿弥陀仏が真ん中に…

紺紙金地一切経 大般若波羅蜜多経 巻第十四一巻 平安時代 中尊寺大長寿院 踊る二人がいる。これが飛天らしい。

阿弥陀如来及び両脇侍像のうち脇侍像二軀 平安時代 四天王寺 左右は揃って片足を後ろに下げて、左は手を前に出し、右は合掌。綺麗な形で躍動する。

刺繡六字名号 一幅 鎌倉~南北朝時代 宝鏡寺 人形寺のこのお寺に所蔵されているのか。見たことがあるかどうか自信がない。髪の毛を縫い込んで刺繍。蓮と迦陵頻伽が描かれている。

共命鳥 一箇 ヨートカン 5世紀頃 東京国立博物館 ぐみょうどり、と読む。ヨートカンはシルクロードのホータンあたりの遺跡。シルクロードでの仏教遺跡の出土品にはいつもゾクゾク粟立つ。顔は二つあり体は一つの鳥。地獄の裁判所で大王の持つ杖の二つの顔つきのあれに似ている。

飛天(光背残欠) 三軀 平安時代 琵琶を持つものもいる。

それにしても仏の周囲には「飛ぶもの」が多い。

金銅迦陵頻伽文華鬘 一面 平安時代 中尊寺金色院 実はトリがニガテなわたしとしては、顔がヒトで体がトリと言うものはとても怖い。

牛皮華鬘 十三面のうち二面 平安時代 奈良国立博物館 彩色もされていて綺麗。よく残っている。というより、革製品と言うのも案外珍しい気がする。

中尊寺大長寿院の水煙の構成部品がある。
露盤羽目板(迦陵頻伽文) 一面 平安時代 一番上のところにあるもの。
露盤羽目板(孔雀文)三面のうち一面 平安時代 円盤?の下にある支える台のところ。

紺紙金泥法華経(平基親願経) 一巻 治承4年(1180)平家もそろそろアウトの頃。胡蝶と二人のヒトとが描かれた見返し。

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第Ⅲ章  飛天の展開-来迎聖衆-

阿弥陀二十五菩薩来迎図 一幅 鎌倉時代 福島県立博物館 いよいよ終わりだね~

迎接曼荼羅図(正本) 一幅 平安~鎌倉時代 清凉寺 図式化して絵解きとかにも使われたり、というのはないのか。

阿弥陀二十五菩薩来迎図 一幅 鎌倉~南北朝時代  びっくりするくらい美人が多い。

山海恵菩薩像・薬上菩薩像 二軀 平安時代 右は琵琶らしきものを抱え、左はオーボエのようなものを持ち、立膝している。

そして怖いものを見た。
二十五菩薩及び飛天像一括のうち十二軀 平安時代 岩手・二十五菩薩像保存委員会
…木像、みんな残欠、肘だけ・膝だけ、そして羽だけの仏像。ボディはあっても首がないものもある。
なんだか物凄いものを見た。

階段を下りる。こちらもまた、凄い空間があった。

第四章  平等院鳳凰堂-飛天舞う極楽浄土世界―
壁面高く展示されている飛天たち。なんなんだ、すごいな。
平等院の空間再現。天喜元年(1053)のほとけたち。

阿弥陀如来坐像光背飛天十二軀のうち六軀 
雲中供養菩薩像五十二軀のうち十四軀

そして復元された仏たち。
雲中供養菩薩像(南26)彩色想定復元模刻 村上清作 彩色:荒木かおり 截金:江里佐代子 装飾金具:藤川泰三  一軀 平成13年(2001)
ああ、江里さんの仕事。

雲中供養菩薩像、個別番号は付けられていても名はついていない菩薩像。
明るく音楽に酔っている。
そして現代に作られたとはいえ、結縁させていただける像がある。
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現代のものであっても、魂がこもり、人々が念ずれば、それは仏になるのだ。

鳳凰堂扉絵九品往生図のうち 上品中生・上品下生・中品上生・下品上生 模写八幅
昭和29 〜 31年度(原品:平安時代 天喜元年 〔1053〕)奈良国立博物館(原品:平等院) やたらと落書きが多い。いつの時代のかは知らないが。

阿弥陀如来坐像台座華盤納入品 平安時代(一部、奈良時代) 平等院 内訳は以下。
瓔珞片8点、螺鈿5点、捩り玉1点、ガラス玉26点、ガラス片11点。
これがもう本当にめちゃめちゃ綺麗!!びっくりするほど綺麗。
♪ガラスはやっぱりサントリー~ なんて歌いそうになるくらいだった。

他にも再現品があり、それらはいずれも精緻を極めている。
そして復元CG画像があり、たいへんよかった。これは長く見ていたいものだった。
宇治の平等院でもこんなに近い環境でいられるかどうか。
本当に素晴らしい展示だった。
1/13まで。

西陣教会と京都府警本部など

近年は12/25のクリスマス当日より前日のイブの方が盛り上がっていたのだが、そこに23日の天皇誕生日の休暇が前日に来たので、12/23にクリスマスを「楽しむ」人が多くなっている。
いかにも日本人らしい暮らしぶりで結構だ。

とりあえず先般訪ねた西陣教会の写真を挙げて、クリスマスをちょっとだけ祝おう。

祭壇近景IMGP2101_20131225124245165.jpg

十字架の下の台IMGP2104_201312251242508f0.jpg

色はこちらか正しいか。BbQ3IuzCIAA-O0Z.jpg


キリストの比喩たる魚IMGP2108_20131225124313b92.jpg

壁面の「受難」道行。IMGP2103.jpg

慎ましい装飾IMGP2102_2013122512424666f.jpg

台懸け。川島織物か龍村辺り。IMGP2106_20131225124309512.jpg


螺鈿の椅子IMGP2107_20131225124310b63.jpg

天井の組み。IMGP2109.jpg

階段を上がる。IMGP2111_20131225124331bdb.jpg

祭壇遠景IMGP2110.jpg

教会外観IMGP2112_201312251252523e7.jpg

シンプルで可愛い。IMGP2115_20131225125258b51.jpg

入り口あたりIMGP2113_20131225125254f0e.jpg

遠望すると十字架が。IMGP2114_201312251252562ea.jpg

屋根の紋を見よ。IMGP2116_20131225125300143.jpg


ご近所のお醤油屋さんIMGP2117_2013122512532042c.jpg

素敵だなあ。IMGP2118_2013122512532223b.jpg

京都府警へ参る。
遠望IMGP2119_20131225125324679.jpg

見上げる。BbRAQu5CUAAhgqo.jpg

入り口。IMGP2120_20131225125326af5.jpg

装飾が個性的。IMGP2122_201312251253443ac.jpg

素敵だな。IMGP2123.jpg

よく見ればアカンサスIMGP2127_20131225125936c70.jpg

装飾の美IMGP2126_201312251259348f0.jpg

細かい。IMGP2125_201312251259333aa.jpg

中には入りこんではいけないので、開いてた玄関から色ガラスを眺める。
階段のところ。IMGP2124_20131225125931382.jpg

アーチの可愛さ。BbRAY9xCEAE8Ziq.jpg


こちらは同じ敷地内の京都府庁。Ba3Lw-aCMAAMMwY.jpg

いつみてもいいなあ。BbRAo-YCIAAdd3d.jpg


回廊BbRA0brCcAEBk77.jpg

暖炉いくつか。BbRBJitCAAAxnUP.jpg

部屋により違う。BbRBkjvCEAAW75q.jpg

シックな窓 BbRCYpxCMAAF84J.jpg


鏡は外の景色を見るため。BbRBe4pCEAAO-AU.jpg

比叡山を望むBbRBEslCEAA-fgp.jpg

いいなあ。BbRC7w6CYAA6CqP.jpg

照明がいい。BbRCFhqCMAA1Y4r.jpg

広々。BbRCyEuCEAEEBse.jpg

階段室BbRClZkCcAAgYVS.jpg

中庭。BbRBvErCEAAudBp.jpg

優雅な階段 BbRDH4DCcAA8L9B.jpg


ちょっとだけど、メリークリスマス。

昭和モダン 絵画と文学 1926-1936

兵庫県立美術館の「昭和モダン 絵画と文学 1926-1936」展は考えるべきことの多い展覧会だった。

以下、非常に長く書いた。
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印象派を超えて 点描の画家たち


ある種の理性的な抑制というものが、実は苦手だ。
無論、感情的過ぎるのも、困る。
だが、情緒というものを排除した作品にはそっぽ向いてしまうことを思えば、やはりそこに何かしら感情の起伏がある作品が好きなのだと思う。

点描の作品が苦手だ。
非常に緻密な思考と理性的な抑制とで構成されているところに、わたしは入り込めないのだ。

国立新美術館の「クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を中心に 印象派を超えて点描の画家たち」展は、点描作品と抽象画を集めた展覧会だった。
副題が「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」ということで、1880年代を中心に1920年代までの作品が並ぶ。

見ながら延々とメモをつけていたが、今それを見直すと、色彩のことばかり書いていた。つまり、点描作品の色彩に惹かれて、或いはそれ以外のことに関心がわかなかったのかもしれない。

シスレー モレのポプラ並木  とても日差しを感じる。人々にも道の真ん中のぬれたようなところにも。

スーラ ポール=アン=ベッサンの日曜日  空気が停止している。風があるので国旗がたなびくが、その風も固まっている。空も海もすべてが停止中。

シニャック ダイニングルーム作品152  なんだか妙な人々が食卓についている。そばの女中にしても老人にしても年輩婦人にしても、みんな生気がなさすぎる。蝋人形のいる風景のようだ。  

エドモン・クロス サン・トロヴァーゾ橋(ヴェニス)  世界が一旦瓦解され、再構築された。その風景。

マクシミリアン・リュス 鋳鉄工場  どろどろ~ 凄い熔鉱炉。色彩のまさにるつぼ。

ドニ 病院での夕暮れの祈り  奥に灯りが。椅子に座する人々は黒影に過ぎない。何かが現れそうな予感がある。

ゴッホ レストランの内部  これはたいへんに気に入った。人はいないが、人の来る予感も気配もある。空気が粒子になって、それが描かれている。

ゴッホ 種まく人  これはやはり点描の作品でないとあかんのは、わかる。

ヤン・トーロップ オルガンの音色  教会の中でオルガンの音色が流れる。風、あるいは大気のような女が弾く。どこかに消えてゆくような。

ヨハン・トルン・プリッカー 花嫁  象徴主義の作家。装飾的すぎて、そこばかりが興味深く思う。

モンドリアン グリッドのあるコンポジション5:菱形、色彩のコンポジション  これは室内装飾にいい。抽象画は全くわからないが、インテリアに使いたくなる、そんな魅力がある。


わたしは岡鹿之助の点描には、どこかとぼけているような味わいと静謐さに好ましさを感じるが、あとはやはりニガテだった。
ここに岡の作品があればまた見方も変わったかもしれない。

23日まで。

文学と美術の出会い 平安時代から江戸時代の物語絵

わたしは描かれた物語、もしくは物語を絵で表現した作品がなによりも好きだ。
抽象表現に関心がないのはそこに物語性・文芸性がないからだといっていい。
大和文華館では「文学と美術の出会い 平安時代から江戸時代の物語絵」展が12/26まで開催されている。

子供の頃からストーリー性のある絵本や幼児向け読み物、そしてマンガが好きだった。
そうした下地があるからこそ、今も物語絵が好きで仕方ないのだと思う。

この展覧会は本当にわたしには楽しいものだった。

王朝物語

寝覚物語絵巻 平安後期の国宝である。今回は物語の展開が詳しく紹介されていた。
作者は孝標女だというが、物語は千年前に大半を失ってしまい、熟成されるのをまたずに世に残されたものがでた。
絵は四枚のこり、文章もそれに沿うている。
描かれているシーンの解説は紫色で写す。

1.姉の夫と冷泉院の二人から愛された寝覚めの上は都をでて行く。世間からは亡くなったと思われたが、実は叔母の斎院のもとで過ごしていた。そんな姿を残してきた息子「まさこ」に見られてしまう。
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屋根を省略し、室内の有様を描く「吹抜屋体」、その空間表現が生み出されたのはすごいことだと思う。
そしてその室内では顔を伏せる女がいて、これが寝覚の上。一方、桜咲く庭では子供らが三人ばかり楽しそうに遊ぶ。一人は笛を吹き、一人は後ろ姿を見せ、一人はこちらを向く。みんな尼そぎ、すなわちやや長めのおかっぱである。

2.藤花と箏の琴の音に惹かれて「まさこ」が冷泉院の女二宮を見初める。
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庭には丸い曲線を描く松の木が見える。室内には箏とその弦にかかる手の先が見える。もう一人女がいて、こちらは欄干にもたれている。そして外には烏帽子姿の若者が佇んでいた。

3.女三宮と恋仲でありながら姉の二宮にも惹かれていることが知られ、「まさこ」は冷泉院から勘当を受け、女三宮との仲も裂かれる。
「まさこ」は初夏の夜に女三宮付けの女房であった中納言の君の里を訪ね、心情を語る。

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庭には細幹に青葉。室内には数人の姿がある。

4.「まさこ」の勘当を解いてくれまいかと冷泉院に手紙を送る寝覚の上。山の座主を介してその手紙を受け取った院は、亡くなったと思っていた寝覚の上からの手紙に涙する。nec744.jpg
丸く剃りこぼった可愛い頭の二人。うつむく座主と泣く院と。小さな動きだが心情がよく伝わってくる。

今までこんなに細かい話を知らなかったので、今回知ることができて本当によかった。


源氏物語浮舟帖 鎌倉時代 白描。匂宮と一夜を過ごし雪の朝を迎える浮舟。(パネル展示)普通の恋人たちの姿がそこにある。
展示されているのはその次のシーンである。
薫君から、匂宮とのことを知ったことを示唆する手紙が届き、その文箱を前に困惑する浮舟。
わたしは近年、宇治十帖の方が好きで、浮舟の心模様を想うのがとても楽しくなっている。
絵には十分その魅力があった。nec743.jpg

伊勢物語下絵梵字経 鎌倉時代 筒井筒、水鏡、宇津山の絵が描かれている。筒井筒は特に可愛らしい。

源氏物語色紙絵 桃山~江戸前期 奈良大学博物館蔵 色彩の華やかな色紙。桐壷(元服シーン)、紅葉賀(舞う)、葵(碁盤の上で)、蛍(池に白鳥も泳ぐ)、篝火(玉鬘と添伏せする光君)、若菜下(女たちが演奏を楽しむ) 土佐派という。なるほど、そんなムードがある。
この絵も色彩豊かで、手元で賞玩したくなる。nec745.jpg

源氏物語図帖 土佐光吉 須磨、明石、澪標、蓬生、夕顔、若菜。末摘花の住まうあばら屋を訪れる源氏一行の絵がすごい。ここまで塀が壊れるか。
夕顔では、侍女に高欄で話したりいろいろ。

伊勢物語図色紙 六段 芥川 伝・宗達 この絵はとても人気があり、わたしも実物を見る前から知っていた。
以前、久保惣美術館で宗達の伊勢物語の展覧会を観たときも燦然と輝いていた。

八十段 衰えたる家 伝・宗達 藤の花をプレゼントするところ。

源氏物語図屏風 伝・又兵衛 顔が長いところが確かに。表情豊か。金型雲がたなびく。蹴鞠する連中を左手に、右手に女三宮と猫たち。この構図は逆の方のをよく観ているように思う。

伊勢物語八橋図 岡田為恭 これは表装にカキツバタをあしらい、絵では描かないところがかっこいいのだ。
モノクロだが、本画は静かな彩色。白い花びらに紫の薄い縁取り。
nec743-4.jpg八つ橋


色絵夕顔文茶碗 乾山 この茶碗は花が三つ咲いていた。
墨絵の具で地塗りし、白・緑・黄色で夕顔を描く。藍地に見える闇を背景に咲く花。

金貝蒔絵野々宮文棗 描かれた鳥居が黒いので野々宮神社だと言われているが、杉や藤が描かれているので春日大社かもしれないとある。
杉は良弁僧正、藤は当然藤原氏。

版本もある。絵入源氏物語 承応三年(1654)に出た分と、それを横型にして絵も少し短くした万治三年(1660)のが出ている。
先のオリジナルは蒔絵師の山本春正が編集したが、後のは違う。

そのほかにもかなりたくさんの源氏本、伊勢本が出ていた。西川祐信の挿し絵のもある。
江戸時代の人は皆さんかなり源氏・伊勢を読み込んでいたことがわかる。

上田秋成や賀茂真淵といった学術系の目から見た論考などもある。
八橋の形状についてそれぞれの本で自説を開陳しているが、真淵はうねるうねる、秋成は放射状、という状況を推す。
正直、どちらもヴィジュアル的に面白いが、それが昔男くんがいろいろ思いを馳せる場所だというのでは、ちょいとばかり「チャウンチャウ」という気持ちになるな。 
第一これでは京名物「八橋」乾きものの方、現状の形を変えねばならなくなるのではないか。
・・・関係ないか。

王朝はここまで。

再発見!大阪の至宝

こちらも終了した展覧会だが、やはり書いておきたい。
大阪市立美術館「再発見!大阪の至宝」展である。
副題がいい。
「コレクターたちが愛したたからもの」
そう、大阪の美術品の多くは市民からの寄贈品なのだ。
そしてそれらは死蔵されず、美術館に収められている。
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今回の展示は、大阪市立美術館、東洋陶磁美術館、大阪城天守閣、大阪歴史博物館、大阪新美術館建設準備室、大阪市立自然史博物館といった公立ミュージアム、高名な寺社、泉屋博古館、黒川古文化研究所、藤田美術館、滴翠美術館、逸翁美術館ら私立美術館から名品を選り抜き集めている。
公立ミュージアムの所蔵品の多くは特定個人からの寄贈によっていることを思うと、非常に興味深い内容なのだった。
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飛青磁花生 安宅コレクションの国宝の一つ。これは鴻池家伝来だったのだ。いつもと違い、360度観ることになった。照明がいいから全く違う顔を見せてくれる。
口縁がぬめるように見えた。指先で撫で回してみたい欲望にかられた。

豆彩瑞果文鉢 万暦。山口コレクション。見込みのザクロが可愛い。

明妃出塞図 宮素然 金時代の絵。阿部コレクション。これは王昭君の話。琵琶を抱えた王昭君が匈奴の国へと連れ去られてゆく。
哀話として知られているが、唯一陳舜臣だけが、彼女は匈奴の国で大事にされて幸せになったに違いない、と書いていた。わたしもそう思いたい。
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花卉図冊 惲寿平 清時代 阿部コレクション 先般、東博で彼の花卉図巻を観て喜んだところだが、私が最初に知ったのは実にこの絵だった。
今回のチラシは背景を黒にしてスタイリッシュだが、現物は白い背景に慎ましく描かれているものだった。
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東坡詩意図冊 石濤 清時代 語り合う二人を描く。

彩筆山水図 八大山人 てっきり鉄斎かと思った。八大山人は好きな絵師だ。なんとなく面白い。

青銅鍍金銀 仙人 後漢時代 山口コレクション 今回は超拡大されてチラシになってる。こんな顔だったのかと初めて知る。びっくりしたなあ。
数年前の「道教」展で改めてクローズアップされた像。nec737.jpg


青磁象嵌童子形寶相華唐草文水注 安宅コレクション 高麗青磁象嵌の優品。わたしはこれを「ジャックと豆の木」と呼んでいる。

だいたい東洋陶磁の安宅コレクションも李コレクションも非常に、いやむしろ「異常に」というべきか、レベルが高い。審美眼の鋭さに圧倒される。無論それを見出した眼の素晴らしさを我々は追従すべきなのだが、この高みにまでは到底たどりつけまいという感覚もある。
だがそれでもわたしたちは、彼ら先人の目に適い、さらに見られ続けることで自身の美を進化させ続けた、その美の対象を見つめ続けるべきなのだ。
見出された美を損なわないためにも。

見慣れたやきものもこうした場で、違う照明の下で、異なる方向から眺めると、思いがけない発見があるものだ。
わたしは小さな秘密の喜びを抱えてやきものの場から去った。

北魏から唐代の石造仏を見る。
この企画展の前に開催された展覧会で見た仏像のお出ましである。
石造菩薩交脚像龕 山口コレクション 北魏。裏に「生命の木」をはさみ、二人の菩薩が佇む、魅力的な図像が刻まれていた。

龍門石窟からの将来品も色々あり、以前と違う目で眺める。
昔はただただ怖かっただけなのに。

手鑑 銘 筆林 田万コレクション  大聖武、光明皇后、後白河そして後朱雀くらいまでか。

伏見常盤絵巻 室町時代 田万コレクション  奈良絵本風な。清水寺から梅見そして雪中で行き暮れる母子の姿。

二十四孝図 狩野派 桃山~江戸 前田コレクション 爺さんのチャイルドプレイ、なんて言うてはいかん、痛々しい図にはじまり、釜掘りに姑に授乳させる嫁の絵など。

柳橋水車図 長谷川宗也 桃山~江戸 前田コレクション  満月が上る。思えば「柳橋水車図」のパターンは無人でしか存在しないように思う。

富士御神火黒黄羅紗陣羽織 秀吉所用  わたしはあんまり陣羽織に関心がないのだが、同行の洛外住まいの友人はこれが見たかったとノタマウので、しみじみ眺めた。
小柄な秀吉はどう着こなしたのだろう。

明王贈豊太閤册封文 萬暦23年(1595)  四文字ずつ大きく立派に書かれている。

難波の宮の瓦やシビもある。発掘した山根徳太郎さんの資料など。
大阪歴博は難波の宮のほんネキ(つい近く)にあるのです。
いや、もしかするとその一隅かもしれんな。

小西家伝来光琳資料も出ていた。武藤金太郎寄贈とあるが、武藤山治の子息。
松鶴図屏風画稿 どう見ても書割で、これはこれで面白い。
光琳の図案集を見るのはとても楽しい。
90年代に尼崎で琳派展を見たときに、光輪の図案の大特集があって、あれは非常に勉強になったなあ。

江戸中期から幕末の大坂画壇と文化人・木村蒹葭堂界隈の展示もある。
もっとこのあたりをクローズアップして盛り上げていってほしいところだが。
岡田米山人・半江父子、蔀関月らの山水図風なのがある。

松鸚哥図 西山芳園  インコのみ南蘋風に描いているのが面白い。ミスマッチのマッチ。

蟹子復讐之図 上田公長  戯画風にも見えるが至ってマジメな絵。栗と蟹となんとハサミまで参加していた。臼も無論いる。要するに栗と臼は必ず出ているが第三の参加者は地方により、語り手により、変容するわけだ。

蒹葭堂が旧蔵していた博物学関係の資料として、標本が出ていた。
その箱が(小川)破笠細工のしゃれたもので、これはわたしも欲しくて仕方ない作りだった。七段ボックスで、貝を貼り付けて可愛い。

田原コレクションの鍋島焼をみる。
数年前に寄贈された素晴らしい一大コレクションの一部。
もともと大阪市立美術館には鍋島のええコレクションがあったが、あれはこの前哨戦だったのか?寄贈前の寄託?どちらにしろいいものを見せてもらった。

大阪はせともの市が夏の風物詩として定着していたからか、たいへん磁器に対して愛着が深い人が多い。やきもの展はいつも真剣なまなざしで作品と対峙する人が多い。

浮世絵も少しばかり。
国芳 日本駄右衛門猫之古事 大きな化け猫と手下の豆絞りで踊るちび猫二匹。可愛いなあ。「獨道中」「岡崎」と同じ場。

上方浮世絵もある。
よし国 中村歌右衛門の加藤正清 三世歌右衛門。目がかっこいい。
他に浪花百景などもある。

カザールコレクションの根付や印籠などもある。
白蔵主、粟に鶉、虎、猿などなど。
故事人物蒔絵行厨には二十四孝、ゾウ、魚、セイレーンもどきなどが見える。

山本發次郎コレクションも凄い。今回は洋画ではなく高僧たちの書画。
白隠、慈雲、仙厓などなど。

それから仏像。田万コレクションの彫像、前田コレクションの紙本など。
滋賀や熊野からも色々出ている。

まったく、大阪には本当に何でもあるな!
凄いとしか言いようがない。

荼吉尼天曼荼羅、役行者八大童子、孔雀王呪経、字面だけ追ってみてもわくわくする。
二月堂焼経、薬師寺経、北斗曼荼羅…

優婆塞戒経説話図 釜茹でのその釜から子供らが乗る蓮が咲きだし、その釜が割れて獄卒の鬼もびっくり。鬼のリアクションがいい。

私立美術館からも出てくる。
饕餮文のついたものは泉屋、隋の青磁盤は黒川、袴腰香炉は藤田、保全の染付鉢は滴翠。
なじみのものもこうして外で見ると、やっぱり素敵だ。

逸翁からは蕪村の絵がきていた。
又平画賛 機嫌よく千鳥足の又平。これで忘れられないことがある。以前に柿衛文庫でも別ヴァージョンのを見たが、どちらもが「うちの又平の方が可愛いでしょ♪」と言うたことだ。いいなあ~ヒイキ心。

日本画では菅楯彦、北野恒富、中村貞以、島成園らの名品がある。
いずれも親しい作品。

洋画は赤松麟作、国枝金三、佐伯祐三、鍋井克之らおなじみの画家たちの作品。
小出楢重だけないのが無念。辻愛三も出せ。

最後に昆虫標本を見た。
異様に綺麗な蝶がある。黄金蝶。綺麗なあ!
ウリッセスアゲハの青と黒の綺麗な翅もいい。
わたしは蝶が大好きなのでどきどきした。
ポール・ジャクレーのコレクションだったか。
ジャクレー版画が見たいなあ。

どきどきする時間の長い展覧会だった。
また数年後にはこうした企画を見てみたい。
ああ、本当にいいものを見た。

遣唐使は見た! 憧れの国際都市 長安


横浜ユーラシア文化館で、こんな展覧会が開催されている。
日本大通りに来るまで知らなかった。
いい内容なのに宣伝しないから、知らないままだったかもしれない。

日本各地のミュージアムから集めた優品が並び、壮観な眺めだった。
チラシの三彩俑も素敵なものばかり。
胡人、ラクダ、騎馬婦人、そして楽舞。
いずれも表情豊かで、魅力的。

楽舞は各自の楽器も演奏の様子もきちんと作り分けられていて、個性の違いを見るのも面白い。一人髪型が違うのもいたり、月琴を弾く女子の本気さがかっこよかったり、見所の多い分物。

パネル展示も有効に使われていて、章懐太子の墓所壁画の狩猟図などに、ペルシアから輸入のチータを乗せた馬の様子かあったりで、興味深く眺めた。

隋の騎馬像は剥落してるが、笛を持つ、やさしい女人のような楽人で、優美だった。

初唐はスラリ、後になるほどふくよかになるのは、楊貴妃のせい。
ファッションの変遷も面白い。

即天武后の頃は痩せていて、玄宗皇帝の頃はふくよか。
時代背景を思うのもいい。

コスモポリス・長安には世界各国の分物が集まり、遣唐使はさぞ「見聞」に励んだことだろう。

新羅、渤海との付き合い、外交は大変だ。

吉備真備の絵巻をパネル展示していたのもいい。
実物を見たことを思い出す。

花鈿の方法もパネル展示されていて、感心した。やってみたい?いや、まずコスプレからだ。

中央アジアの織物もある。孔雀連珠円文に聖樹双鹿円文裂など。ササン朝ペルシアは連珠を愛したそうだ。
他に三日月文もある。

敦煌莫高窟の壁画にある楽器を再現しているものもあり、音が聴きたいと思った。
クゴ、ゲンカン、琵琶などなど。

小さい規模だが、面白かった。
1/13まで。


おん祭と春日信仰の美術

12/17、今日は春日のおん祭だ。
今わたしは大阪にいるので見物していないが、数年前にはわたしの勤務先のグループの頂点の方が「日使」になられて威風堂々、馬上の人となっていた。
それを見学して以来、出向いていないので記憶は常にその時のことで止まっている。
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おん祭とは何か。
そのことについては奈良博のサイトにこうある。
「春日若宮おん祭は、歳末の奈良を彩る一大祭事として親しまれています。この祭は春日大社の摂社・若宮神社の祭礼で、長年本社の大祭・春日祭とは別に大和国一国を挙げて盛大に行われてきました。春日若宮おん祭は、長承四年(1135)の若宮社御遷座を承け、翌保延二年(1136)9月17日にはじまったとされています。その後、祭日は室町時代から11月27日、明治十一年(1878)からは現行の12月17日と日付が変わりましたが、その祭礼は古儀の伝統を守り、今年で878年目を迎えます。
 おん祭では、行宮に遷座された若宮神のもとに芸能者や祭礼の参加者が詣でる風流行列が有名で、平安時代以来、時々の風俗や流行を採り入れながら行われてきました。また、田楽や舞楽、猿楽など華やかな芸能が行われるのも特徴で、昭和五十四年(1979)には「春日若宮おん祭の神事芸能」として国の重要無形民俗文化財に指定されております。
 本展覧会は、このような伝統ある春日若宮おん祭を取り上げ、絵画や文献史料、芸能資料等を通じて、おん祭の歴史と祭礼の様子を展示する恒例の企画です。今回は明治時代以前のおん祭に奉仕してきた「大和士(やまとざむらい)」に焦点をあて、その伝統と厳しいしきたりを紹介して行きます。併せて春日信仰にまつわる美術工芸品も展示し、おん祭を支えた春日信仰の広がりと多様性を概観します。」
説明を読み、やっと納得する。

わたしは奈良博でおん祭の展覧会を見て、古い絵巻の中に相撲人の行列があるのを不思議に思っていたのだ。芸能と神事との関係をそこに見るべきなのだった。

以下、展覧会の感想を軽く挙げる。


1.おん祭-春日若宮神に仕え奉る-
鹿島立神影図 奈良国立博物館 南北朝時代  鹿島から奈良へ来られた鹿の絵。立派な鹿である。奈良の鹿の御先祖様になるのか。賢そう、とても。
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春日文殊曼荼羅 奈良国立博物館 鎌倉時代  童形といえどもそうは見えない。獅子が勇ましい。にゃーっっ!その前に遥拝する童子がいる。

春日若宮御祭礼絵巻 春日大社 江戸時代  随分長い長い行列で、とても盛んだったことがよくわかる。今日でもこの行列はすたれず、神事と言うものの大切さを思う。

春日祭礼之図 春日大社 江戸時代  稚拙さが可愛い。刀子のジャグリングもある。

春日若宮祭典式古図 春日大社 江戸時代  実際こうした資料がないと困ると思う。盲人も描かれている。みんながとても楽しみにしているのだ。

春日祭図 春日大社 江戸時代 矢野夜潮  蕪村風な絵。薪能も演じられたそうな。

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舞楽関係をみる。わたしは左方・右方の大切さ、唐楽・高麗楽のことについてもよくわかっていない。しかもインドシナ半島由来のものまで出てきては、本当に謎めいたものにしか思えず、無邪気に畏れ、またかっこいいと憧れるのだった。
春日大社からのもの。

舞楽面 陵王  これは舞楽の何たるかを知る前から見知っていたが、このような面をかぶらねばならぬほどの美貌の陵王とは、どのようなかんばせだったか、つくづく知りたいと、思いもする。

舞楽面 納曾利 そして納曾利装束の裲襠・袴がある。
色は左右により朱と緑とに分かれる。

舞楽面 散手 散手装束の裲襠・袴

千切台(模造)昭和2年(1927)  造花である。とても可愛らしい。てっきり吉岡幸雄さんの仕事かと思ったが、昭和初期のものである。作者は千切屋十代目、かれがこの様式を復活させたそうな。
橘・白梅・牡丹。可愛らしい、とても。


2.大和士-奉仕の伝統と格式-

この言葉も知らぬので、サイトから。
「大和士(やまとざむらい)は、おん祭で流鏑馬を奉仕してきた伝統的な集団。江戸時代には阪堂、小坂、菅田などの6つの家がこれを務めてきた。」

若宮祭宵宮詣屛風 春日大社  巨大な刀などを立てかけてある。流鏑馬する図。そこがポイント。

箸尾氏系図  これが大和士の系図である。他にも資料がたくさんあった。
大和士仲間規定書  なかなか厳しい内容である。
維新に付大和士口上覚 慶応4年(1868)  こんなのもある。

提灯箱(違鷹羽紋)慶応元年(1865)  おや、うちのと同じ紋。

新撰組山崎丞切紙  びっくり!!山崎丞の書状だ!祭りの見物に用心が赴くことを記しているらしい。ここには宛名書きのように人々の名前が書き込まれている。

森川杜園大宿所絵師願 天理大学附属天理図書館 安政4年(1857)  こんなのもある!
一刀彫の森川が島台の彩色などに従事したい旨を記す。

絵馬 元治元年(1864)  えーと、ヒヒン!やなくブヒン!な馬だった。


3.春日信仰-春日の神と仏への祈り-

五輪塔嵌装舎利厨子 不退寺 鎌倉時代  綺麗な絵が面ごとに描かれている。そして写真だが、中板には涅槃図で、猫も参加していた。

鹿座仏舎利及び外容器 春日大社 慶安5年(1652)  可愛い鹿座。シガレットケース大の容器もいい。

瑠璃燈籠 春日大社 鎌倉時代  ビーズで拵えてある。とても繊細な仕事。綺麗やなあ。

鏡をいくつか。いずれも春日大社蔵。
禽獣葡萄鏡 中国・唐時代  いかにも。葡萄がたくさん実っていて豊か。
銅鏡 5面 平安時代  30cm大。唐風、松喰鶴、文字のみなどなど。


秋草蒔絵手箱 春日大社 鎌倉~南北朝時代  優美なつくり。

春日本迹曼荼羅 寳山寺 鎌倉時代  生駒の聖天さんにあるのか。たくさんの神々。右下の顔を隠す老尼は不動尊。みづら少年もいた。

ほかにも春日曼荼羅がいろいろあり、奈良では本当に大事な祭りなのだと知る。
いい展覧会だった。1/19まで。

京都・美のタイムカプセル

終了した展覧会だが、後々のためにも感想を残しておきたいので、挙げる。
一は12/1まで京都文化博物館で開催された「京都・美のタイムカプセル」展。
もう一つは12/8まで大阪市立美術館で開催された「再発見!大阪の至宝」展。

先に見ていた京都からはじめる。
わたしが行ったとき第三期になっていた。
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・吉川観方コレクション
江戸から明治の絵。

双龍図押絵貼屏風 源キ 優しい美人画が多い絵師だが、たまにはこんな絵を見るのもいい。右は波の下、左は雲の上。

雪中猿図 伝・狙仙 ぺたんと座り込む猿が耳を触りながら片手の虫を見ている。

風雨猛虎図 徹山 爪が可愛い。モコモコで筋肉質の虎。雨をにらむ。ニャーーーッ

白絵松鶴図 伝・在中 この白絵というのはお産の時に飾るもので、雲母でキラキラ。
実はこの白絵というものは産後廃棄されるものなので、残っているのは奇跡的だそうだ。
雲母のきらきらした様子はホワイト・コーティングなのだから当然か。
この世に生まれてきた赤ん坊の白い世界を表現しているそうだ。

群魚図 楳嶺 アンコウ、オコゼ、グジ、フグ、イカ、タイ、イシダイ、エビ、カレイ、トビウオ、ハモ!!!!
いや~海の世界でしたな。

着物と繊維ものを見る。
杉山柳水文様帷子 薄い青に∞∞型に杉を植えたような。その下には流水。シュールな世界。

春草花文様掻取 焦げ茶地に刺繍で、枝垂れにアザミにたんぽぽ。可愛らしい。

袱紗も二つばかり。井出の玉川図、尉と姥図。めでたい袱紗。

人形と工芸品など。
元禄雛に有職雛。このあたりは毎年観ている。
御所人形はわんこ、おふくなど。

ガラス乾板が三枚。舞妓さんが可愛い。

蝶柄や牡丹柄の筥迫。わたしの持つ筥迫を思い出した。

櫛・笄・簪などがある。

あとはワーグマンの雑誌「ジャパン・パンチ」があって、今や神奈川県立歴史博物館の営業部長・パンチの守が、にやっと笑った顔を見せていた。

・京都府蔵池大雅美術館コレクション
ここはもう開館しないのだろうか。

池大雅 墨竹蕙石図 力強い墨絵。

池大雅 墨竹図 対幅。大きな竹。

四季花鳥図屏風 狩野派  中サイズの屏風。雪柳に椿、そして鴨池。百舌鳥にツバメもいる。白い菊、赤の菊、セキレイもいた。鴛鴦にアヒルなどなど、そして蝶も舞う。

四季花木群蟲図 今尾景年  虫たちの屏風。蝶、蛾、クワガタ、トンボ二種、バッタ、ゲンゴロウなどがいる、静かに騒がしい小さな世界。

秋野群鶉図 景年 芒の影に三羽の鶉。
江邨春色図 景年 中国風な背景で、牛が畑にいる図。
景年の絵をまとめて見るのは久しぶり。

写生帖もあり、鳩の写生でいっぱいなのにもびっくりした。しかもとても細密描写なのだ。
弟子には先般住友の泉屋博古館で回顧展が開かれた木島桜谷がいる。

豹図 大村廣陽  対幅。右の黒豹はベロをだし、腹に少し斑点が浮く。左の二頭は斑。
京都市恩賜動物園で見たものを基にしたのだろうか。


京の偉いところは、自主的に在住の画家たちに依頼して、テーマに沿った新作の製作とコレクションを企画したところだと思う。
昭和48年「京の百景」、昭和57~61年「京の四季」、平成4年「いのちの賛歌」、平成23~24年「こころの京都」と四期にわたって、京都府各地の風景画を描かせた。
また平成8年「京の絵本」を拵えている。これは絵本として販売し、今も世に出ている。
そこからセレクトされた作品が並ぶ。
これら風景画は以前からたびたび展示されているので、とても親しい気持ちがある。

「京の百景」は’90年11月にこの文博で見ている。二度目に来た時の企画展で、日本画に惹かれていたわたしの目がいよいよ開く契機となった展覧会だった。
「いのちの賛歌」は花博関連か何かだったか。
そして今年2月~3月には「こころの京都」展をやはりここで見ているが、ほかにも中信美術館などでもいくつかセレクトされたものを見ている。
ますます親しい気持ちになる。

光悦寺 金島桂華  紅葉・黄葉の楓にモミジ。そして竹垣。この絵はしばしば半券にもなる。秋の美を満喫する絵。

大原風景 小松均  おもちゃ風な構造。今まであまり好みではなかったが、楽しい。

深山の春 秋野不矩 イタチと石楠花の煌びやかな絵。とても好きだ。
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家族 入江酉一郎  モンキーファミリーが四匹並ぶ。思えばこの構図は「家族ゲーム」の食卓なのだが、あちらと違い、こちらは真っ当な家族だった。
これは中信美術館で見ている。

なお「いのちの賛歌」展は春に2本立てて感想を挙げているので、略す。
1の感想はこちら
2の感想はこちら

京の絵本の原画は晩年の松篁さんが好んで使った銀潜紙にピンクの葛の花を描いたものが出ていたが、これは表紙に使われていたはず。
京の絵本 上村松篁装画特装ケース入り京の絵本 上村松篁装画特装ケース入り
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コモライフ



そして三輪良平の「一寸法師」がお椀の舟で眠るところ。
一寸法師 (京の絵本)一寸法師 (京の絵本)
(1999/11)
斉藤 洋、梅原 猛 他



・作品選
これはどういうグループからの選択なのかよくわからない。

白壁の土蔵 堂本元次  伏見かなあ。たぶん伏見。そうか、伏見に行きたくなってきた。
久しく行ってないな。

スケッチ 西村五雲  秋茄子にキツネ三匹に。この人の絵も90年代初頭にここで「動物を描いた京の画家」として展覧会があったのを忘れない。

スケッチ 榊原紫嶺 「獅子」のスケッチ。背中が∧∧な獅子の絵。

白鷺 山口華楊  今回のチケットにもなった。このひとのどうぶつもとても愛しい。

霽 山本倉丘  右に紫陽花、左に黒と金毛の猫2匹。贅沢な空間。

戸外静物 須田国太郎  一目でわかる須田国太郎。バナナがある。窓の外の民家群は石化したように見える。スペインの風はまだ須田に残っていたらしい。

・丸紅コレクション
装束を集めていた。昔初めて見たときの衝撃は大きかった。そういえば、とうとう丸紅も船場の地を離れ、梅田に出てゆくのだった。もうこれで総合商社は船場から全滅。
四季草花文様振袖、七宝菊折文様小袖。
京都府に寄託されているので、しばしば2階の常設室での企画展に、丸紅コレクションはお目見えするのだった。

工芸品を集めた作品選もある。
やきものでは乾山、頴川、木米、道八、蓮月らの幕末までのもの、明治の与平、三世以降の六兵衛。そして近現代の彌弌、卯一、裕三。
鈴木雅也という作家は初めて知ったが、作品紹介の横に黒りぼんがついていた。
そうか、亡くなったのか。
透胎 華の函  とても綺麗な作品だった。

江里佐代子さんの作品もあれば、人形師の面屋、五世平蔵の作品もある。

平成20年の源氏物語千年紀で新たに作られた工芸品も出ていた。
中でも「六条院の春夏秋冬」木村信一の几帳などはとてもよかった。
こういう技術は後世にもなんとしても残さねばならない。

江馬務のコレクションは黒塗りの弁当箱、ぶりぶり、犬筥に著作。
佐竹コレクションは古楽器。
大阪音大やみんぱくと並ぶ、素晴らしい楽器コレクションである。

最後に朏(みかづき)コレクションが出た。
1万3千点以上の日本をはじめ世界各国の郷土玩具コレクションである。
'91年のひな祭りの日にここで見た。
あの時の衝撃は今も残っていて、久しぶりに見た玩具類は相変わらず、素晴らしく魅力的だった。
三期では主に中国、朝鮮半島、東南アジア、中南米、欧州の玩具が出ていたが、それぞれの民族性の違いと共に、驚くほどの共通点を見出して、20年後の今、新たな気持ちで玩具類と対した。
他に日本各県の郷土玩具が少しずつ出ていて、そちらにもくらくらした。
朏さんは凄い。
兵庫の香呂にある日本玩具博物館、朏コレクション、八戸ノ里の宮本順三記念館 豆玩舎ZUNZO、これらは世界に誇れる玩具コレクションだと思う。

愛宕の人形硯、天神さん、カエルと道風、清水の豆人形、山崎の猪(五段目)。
伏見人形の「ちょろけん」そういえば新春に大阪城で復活するそうな。杉浦日向子「百物語」を思いだす。
三匹の犬、玉取、狐の馬引き、法華寺の守り犬、四天王寺の猫、初辰の猫(住吉)。
この辺りは本当になにやら懐かしい心持になる。

タイの張子面(こわい)、モスクワの木彫りのクマや豚が可愛い。
中国の起き上がり小法師、西遊記のかぶりもの、箱の中に舞台を拵えたジオラマ。
朝鮮は玩具類は少ないそうだが、それでも仮面関係に鬼神玩具(方相氏など)がある。
ビルマ・パガンの土人形は白に黄色に朱と緑で華やか。
象に乗ったシッダルタ、虎などもあるが、なんと土は土のままで焼いていないのだった!
達磨もあり、木彫りや張子もあるけれど。

ああ、凄いわ。また数年後にはこうしたお宝展を開催してくれるだろう。
とても楽しかった。ありがとう、京都。

小林一三と近代の茶人たち

小林一三は三井銀行に入行したとき、大阪支店長の高橋箒庵のもとにいて、薫陶を受けた。
後に茶友として終生仲良くつきあったが、その分言いたいことを言い合うていたようで、巻き紙の手紙を読むと、つい微笑んでしまう。

また、三井物産の益田鈍翁に憧れて、彼に「雅俗山荘」と書いてもらい、大事にした。それだけにあの大正八年の佐竹本の籤引きに使った竹の残りを花入にしたのも、気持ちがよくわかる。
鈍翁からは他に木菟の画賛も貰っている。

このように小林一三と彼の茶友との親密な関わりを示す資料や、その人の愛した茶道具などが展示されている。
「小林一三と近代の茶人たち」とは、そうした展覧会なのだった。
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村山香雪とのかかわりが面白い。
香雪美術館は住吉にあり、阪急神戸線の御影駅から徒歩数分に位置する。
当初の計画ではその村山龍平邸の北庭を神戸線が通るルートを設定したので、村山どころか地元の御影の人々も大反対の大激怒。
阪急がルート変更するまで、小林と村山とは険悪なムードになったそうだ。
当たり前の話である。
またあの大邸宅は広々とした庭園の中に洋館・和館があり、居ながらにして深山幽谷の趣まで感じるという具合なのだから、それはもおダメダメでしょう。
しかしルート変更で現行の付設になると、互いに歩み寄り、没後にはそのエピソードを村山の周辺などにも昔話として小林は語っている。

ここにあるのはその問題が起こる大正6年の前年に村山が詠んだ俳句短冊。句はこんな。
「老樹にも 花咲かせたる 梅見哉」
軸装してるがその天地が素晴らしい。村山龍平の創立した朝日新聞から「梅」に関する記事をピックアップしたのを貼り付けているのだ。
「梅花女学校」「岡本梅林」「梅が盛りの宝塚」、ほかにも大正らしい可愛い少女絵、河内の観心寺、芦屋の山邑本店などなど、綺麗な拵え方なので、謡本を貼りつけたようにも見えるくらいだ。


小林一三は慶応大学から三井銀行へと言うあのコースを通った人である。
三井家の当主・高保(華精)が銀行総長を務めた時代。
三井高保は経済人としても茶人としても優れた感覚を持つ人だったようで、三井記念美術館でもその一端が伺える。
ここにも和歌の色紙や短冊がある。なかなか立派な文字である。
小林が活躍した時代、一流の経済人たるもの、仕事と茶道とを両立させねばならなかったのだ。

前述の高橋箒庵は「乱菊」という気軽な自作唄本まで拵えている。
狐が水鏡を見て寺小姓に化けて佇んでいると、生臭坊主がそれに戯れかかるが、寺小姓はくるっと辰巳芸者に変身する、という他愛のないものだが。

白鶴美術館の嘉納鶴翁、根津美術館の根津青山、三溪園の原三溪、彼らの書も並ぶ。
書と言えば自ら「古経楼」と名乗った五島慶太は隷書で「愛其静」と揮毫し、それを小林はジャワ更紗で表装している。

住友春翠、野村得庵、近衛虎山(文麿)などとは戦前の交流がある。
「わかもと」創立者長尾からは薩摩焼の茶碗、近所のシオノギの塩野家からは葉っぱ型の香合をもらっている。
薬師寺管主の橋本凝胤とも親しく付き合い、そこから「薬師寺会」という茶会も発足している。

川喜田半泥子のやきものや、青邨と同門の山内神斧の洒脱な絵などもある。
そうかと思えばどこから手に入れたか、烏丸光廣の達磨画賛や道入の黒樂も展示されている。
戦後すぐには赤膚焼因果経図水指も作られたようだが、その絵柄が可愛い。
みずらの少年が松の下で緋毛氈を敷いた上でくつろいでいるところへ、三人の猫か鬼かわからない頭に小さい三角耳のついた連中が来て、なんとなく和気藹々しているのだ。
とてもいいムード。
元ネタの絵因果経のそのシーンを見ていないが、とても可愛い。

追記:その絵を描いてみた。そしてツイッターにも出しているのだが、どなたかこの絵の元ねたご存知ならぜひ教えてください。絵因果経のどこのシーンなのか。奈良のか鎌倉のか。
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芦葉会の寄せ書きに「乾山荘」とあるのは御影の旧乾邸だろう。実にたくさんの茶友がいるのだ。
とても楽しく眺めた。

来年は1/18から「花」をテーマにした展覧会が待っている。

やまとぢから

薮内佐斗司の展覧会「やまとぢから」を奈良県立美術館で見た。
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元気でいいなあ。

堺市博物館で開催してたが、そちらに行けず奈良で待ったが、奈良も12/15まで。
次は横浜そごうが1/1元旦から開催する。nec732.jpg

既に福井市美術館でも開催済み。nec734.jpg

他はどこで開催するかは知らない。

「せんとくん」で色々と話題になった木彫りの方だが、十年くらい前に初めて見たときからファンになった。
そのときは大丸で開催した展覧会だったが、翌年には年賀状をいただき、今も大事にファイリングしている。
その頃からこの元気な坊やたち「童子」が活躍していた。

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「竜宮童子」は見る角度でイキイキ具合が違って見えるのも面白い。

わんこを先頭に歩く一団の「みちのく福興し童子」は東北の大震災の後に生まれた。
復興と福おこしとをかけた、力強い祈りを持った童子たちである。

会場に入ると、日本列島があった。
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あちこちに童子やわんこやうさぎなどがいて、にぎにぎしい。

そこから次へ向かうと、平成伎楽団のコーナーで、このあたりは撮影可能なのでぱちぱち撮ってツイッターで世間に送りたおした。
平成伎楽団の映像も流れていて、なかなか面白い。
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若い頃の作品も展示されているが、既に現在の作風の萌芽が見えているのも興味深い。
そして現在の薮内は東京藝術大学の大学院で文化財保存教授として若い学生を指導している。
その成果たる修復された仏像や、震災の際に倒れた松から拵えた地蔵菩薩立像も展示されていた。

展覧会タイトルの「やまとぢから」というのも、祖先が残してくれた叡智と活力だと薮内は言う。
そしてそれは沈むエネルギーの回復を意味するものなのだと思う。
いつかこの「やまとぢから」をもって、国土と人々の「かいふく」がなされればとわたしも思った。

二つのやきもの展示  出光美術館の古陶/「現代の名碗」

ふたつのやきものの展示について少しばかり。
まず、先日の出光美術館「江戸の狩野派」展のときに出ていたやきものについて、小さい感想を挙げる。

絵唐津松竹鳥文大皿  確かに大皿で、縁に鳥たちがいる。松と竹がその下に広がり、どことなく唐津の「虹ノ松原」を思い出した。

絵御本燕文茶碗  可愛いツバメがいる。

絵唐津雁文茶碗  vvvというふうな表現の雁たち。見込みに目跡が三つ。@のような渦巻きの上に乗るから、ロールケーキからレーズンが飛び出したよう。おいしそう。

銹釉金銀藍彩白鷺文皿  赤黒い地に見える、そこに鷺がいる。

銹釉染付双鷺文皿 五客の内  茶色い中に佇む鷺たち。

色絵花蝶文花瓶  いかにもな。少しばかり金も使用されている。

色絵桐鳳凰文脚付蓋物  外国で受けそうだと思う。

桜花蒔絵徳利  繚乱!綺麗で華やか。素晴らしい。

色絵栗樹文大皿  赤で栗を表現。まだ身のはぜない栗。

色絵青海波牡丹文皿  牡丹が波の上で、浮かぶ・溺れるを繰り返す。静かでシュールな世界。

色絵葡萄文大皿  こういういかにも古久谷というのも面白い。予定調和とでもいうか。

色絵南瓜文大皿 二枚の内  大きい。リアルなかぼちゃ。葉は黄色で。いいなあ。

色絵茄子文大皿  背景下地に線と点で作られたケサラン・パサランのようなものが一面びっしり。緑のナスも負けている。

色絵山水文大皿  大きな杉と長い建物が二つ。これは以前に高島屋で見ているように思う。
古久谷カラーの鮮明な作。

沈没船から引き上げられたやきものの欠片を見る。
インドネシア、トゥバン海域でみつかった元代のやきものなど。かっこいい。

こちらも「江戸の狩野派」とともに12/15まで。

続いて、「現代の名碗」展。

菊池寛実記念智美術館のその「現代の名碗」展では、初めて見知った作家のファンになったりした。

半泥子、豊蔵、唐九郎、壽雪ら既に評価が完全に定まっている巨匠・名匠らの作品はともかく、今も現役として進化し続けている陶工らの作品に新しく触れることができ、とても有意義だった。わたしは少なくとも新しく二人の作家さんのファンになった。
好きなものだけについて書く。

川喜多半泥子 粉引茶碗 銘 雪の曙 砂糖掛けをしたようにみえて、おいしそうでならなかった。

河井寛次郎 三色碗 ああ、秋らしい色合い。

鈴木藏 志野茶碗 力強い、いつも力強いがこれはまた特に。

岡部嶺男 天青瓷茶碗 とても綺麗な蒼色。大きな貫入がみごと。
この作家は加藤唐九郎の実子だそうだ。

卯一のモコモコも健在。白餅にゴマをまぶしたような白流しの茶碗。おいしそうヤナ。

田中佐次郎 青宵茶垸  モーターレーサーだったそうだ! 釉薬のかかり方が面白い。水色の綺麗なお碗。

鯉江良二 矢作手茶盌  見込みのピンクがとても印象深い。

高垣篤 茜青瓷曙茶盌  ピンク灰というような色合いがとても綺麗。今年の出来だが、以前に見たような気がする。デジャヴュかもしれないが。

辻村史朗 井戸茶碗  本当に安心する茶碗。茶道資料館でよく実物でお茶をいただいている。
綺麗なかたちに、カイラギが少しばかり。

樂吉左衛門 焼貫黒樂茶碗 銘 一犂雨  この釉薬の色合い、実はわたしの持つ服に似ているので、とても親近感がわいているのだ。

川瀬忍 翠瓷茶碗 禾目の入った、薄青い、明るい、とても綺麗な茶碗。
凄い綺麗。ああ、目がパッチリ開くくらいの綺麗さ。

今泉今右衛門 色絵薄墨墨はじき桔梗文茶盌  可愛いなあ~

桑田卓郎 白金彩点滴茶垸  小さな異種素材を表面につけている、いわばデコ茶碗。面白い。飲みづらそうだが。

1/5まで。

どちらも好きなやきものについてただただスキスキと書いてるだけだが、いいものばかり集まっているので、ぜひとも見てほしい。ヨダレをたらすか、涙を流すかはそのときのココロモチ次第だとも思う。

少庵ゆかりの茶道具::利休/少庵/元伯/千家の時代と長谷川等伯『松林架橋図襖』

2013年は千少庵四百年忌に当たる年だそうで、今年の終わりに表千家北山会館で特別展「千家二代 少庵ゆかりの茶道具展 利休の継承とその時代」、樂美術館で「利休/少庵/元伯/千家の時代と長谷川等伯『松林架橋図襖』修復完成記念」が開催されている。
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少庵は利休の後妻の連れ子で、元伯はその子。
千家を継いだのは道安ではなく少庵。かれは利休自刃後は蒲生の庇護を受け、なんとか執成してもらって千家再興に向えたそうだ。

少庵は利休の時代に帰れというか、利休を尊敬していたので、当然ながら侘び寂びに深く入り込んでいる。

先に見たのは表千家から。心に残ったものを挙げてゆく。

茶碗 少庵所持 人形手 枇杷色というより飴色の茶碗。内側に押し型で「「「」」」というような形を連続にしている。人形つまりヒトガタは見えない。
雷紋は見えても人はなく、底のあたりに少しばかりは。

香炉 利休所持 唐銅獅子 座り込みながら上を見る獅子。指先もリアルな伏せポーズ。

茶入 ルソン 少庵直判 仕服四種 妙心寺金欄がたいへん綺麗。白金色。利休緞子も縹色で天神梅が。

香合 少庵好み 粒菊蒔絵 白粉解 三世宗哲 1cm大の菊。なかなか可愛い。

茶杓 少庵作 共筒 銘 鷺 本願寺伝来 細い、とても細い。

別室に入ると、長持ちがあった。葵紋が入った長持ちである。
紀州徳川家から拝領した品。白描で書いたような葵の紋。
参勤交代でこの長持ちに茶道具をつめて往来したらしい。

不審庵の模型のなかの展示を見る。
香合 桜蒔絵白粉解 少庵直判 小さくて可愛い桜が描かれているが、ますます薄れつつある。

茶器 少庵 溜棗 銘 榾 囲炉裏にくべるホタを指すようで、蓋の割れ具合からそんな銘がついたらしい。

茶器 少庵 桐棗 青貝入 少庵直版 ああ、小さく青貝がはめ込まれていて、とても綺麗。

茶器 少庵好 夜桜棗 三世宗哲 まったく見えない。

炉縁 少庵好 夜桜模様 黒柿木地 手前の折れるところに薄く、ひどく薄く桜が存在する。

少庵が夜桜を愛した理由を少しばかり考えつつ、その深いところに生きる美意識を思った。

エピソードを読む。
少庵の孫に当たる江岑宗左の覚え書きから。
利休とゆかりのある壷が30金でそこにある。少庵はほしいが25金しかなかった。
それでももって行くと、利休は金は受け取るが現物は渡してくれなかった。
その後、孫に当たる元伯が5金もってゆくと、利休は壷を渡してくれ、さらにその5金を元伯にくれた。
なかなかおもしろい話だと思う。
12/15まで。

次に樂美術館で見たもの。

少庵だけでなくその子の元伯宗旦は利休を理想にしたから、利休の好みを飲み込んだ初代の長次郎の樂茶碗ばかりを愛したようだ。

同時代の道入、ノンコウの新しい茶碗を愛さず、古き戒めに則った茶碗ばかりを所望した。
ノンコウへの手紙にも、長次郎風のにしてねというようなことや、歪みを入れてねといったことばかりだった。

わたしはわびさびの良さがわからないので、やっぱり派手なのや華美なのが好ましい。
今回はノンコウの茶碗などが5つもあり、本当に嬉しかった。

筆洗形黒樂 ああ、耳が立っている。まるでにゃんこ形茶碗。

ノンコウ加賀七種の一 青山 これは胴の景色がヒヨコの親が振り向くような形に見えた。

赤樂筒茶碗 山人 丈の高さが革新的だったそうだ。かっこいい。

長次郎の重厚な黒樂との対比写真があるので挙げておく。
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うむ、わたしはやはりノンコウ愛ですよ。

ノンコウ無二、という元伯の書付もあった。
とにかく長次郎風でないとだめと言う元伯より、綺麗で新しいのを、という光悦との関係のほうがノンコウには大事だったようで、やっぱり奔放な美しさがそこここに見受けられる。

いくら長次郎風のをこしらえてもやはり口べりは薄く、これは使いやすいのだ。

獅子がいくつか。
12代弘入の宗慶写しの三彩獅子は胸に丸に樂の字がついていて、首から提げたマークのようにも見える。
これは等伯の絵と同日付けの作品で、少庵の京への帰還がかなった日らしい。

二代常慶の獅子はブサカワで、貫入が模様になっていて可愛い。

そしてここで少庵好みの夜桜棗を見た。こちらは三世のを写した五世宗哲の作。
うっすらと桜が闇に沈むのが見えた。

最後に長谷川等伯の襖絵が修復完成されたというのを見る。
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雲母が綺麗な桐地に松林と小さな架橋がある図。
この松林が後の「松林図」になる、いわばプロトタイプらしい。
しかしあまりに背景との違いがあり、まったく別作品に見えるのだった。

12/23まで。

江戸の狩野派 優美への革新

出光美術館の「江戸の狩野派 優美への革新」を見て、2013年の狩野派鑑賞の仕上げが叶った、と思った。
今年はあちこちの美術館で狩野派関係の展覧会を見て、それぞれ新しい想いを持ったり、何かを見出したりしてきた。
そして今回この出光美術館の企画で、言うてみれば画竜点睛、龍が飛び立った、そんな達成感と言うか充実感がある。
(世の中には「画竜点睛を欠く」状況の方が多いにも関わらず)
いい心持で見て回った。
探幽、尚信を柱にした内容で、新しく目が開かれたような気がしている。

Ⅰ章 探幽の革新―優美・瀟洒なる絵画

伝 桃田柳栄 狩野探幽像 坊主頭で顎が張りエラの張った意志的な力強い顔である。
筆を持っているから絵師だとわかるが、そうでなければ何に見えたろう。そんな肖像である。

狩野探幽 鸕鷀草葺不合尊降誕図  ウガヤフキアエズのミコトの降誕図である。波打ち寄せる浜辺に小さな小屋があり、平安朝の装束の男性が佇む。振り向けばそこに藁?の中に赤ん坊。その赤ん坊がウガヤフキアエズ。父はそこに佇む人で、青木繁「わだつみのいろこのみや」の青年、山幸彦(ヒコホホデミのミコト)である。
ウガヤフキアエズの名前の由来は産小屋の屋根もまだ葺きあえてませんよ、くらいのの意味から。だから絵の中でも屋根がぱらぱらなのだ。
トヨタマヒメは山幸彦に出産するところ見たらダメよと言うたのに、ついつい心配になり覗いたら、本来の姿たるワニサメに戻って苦しんでいた。
禁忌を犯したために離縁という哀しい話がある。子供を置いて姫は去るのだ。
静けさの中にドラマが潜む。
ところで関係ないが、わたしにとっての「ウガヤフキアエズ」は安彦良和「神武」のヴィジュアルのイメージがあるのだった。こちらはオジサンなウガヤフキアエズだが。

狩野益信 玉取図  色んな玉取図を見てきたが、この玉取図は掛け声さえも聞こえてきそうな緊迫感がある。緊迫感と言うか、エイッエイッエイッとかいう掛け声が聴こえるくらいの切迫した感情がこちらに届く。船にいる連中は海女の技術がないので見守るだけ。
この絵が他の玉取図と違うのは、決して高みの見物に徹しているわけではないこと。
貴人たぶん藤原不比等は身を乗り出してはいるが、彼にしても目前の海女の戦いを面白いショーだとみなしているわけではない。なんせ彼女の戦い如何により、自身の進退に大きく関わるからだ。
追手の龍も生半可な戦いをするわけもなく、この海戦は本当に手に汗握る状況なのだった。

狩野探幽 若衆観梅図  ぼーっとした若衆がいる。梅を見るというより雀を見ているらしい。楽しそうな雀達。唇に朱が差されている若衆。主がこんなだからか、従者は存外すばしこそう。

伝・狩野元信 花鳥図屏風  実際のところ、やっぱり花鳥図というのは安寧図だと思う。
平和でないとこんな絵は描けない。いや、平和を希求する時代にこそ花鳥図の名画が生まれるのか?
セキレイ、キジが現れ、次に雀の飛ぶ姿がくる。この雀らは半世紀前の東映動画の描いた雀のような動きを見せる。鷺が他の鳥の有様を見ている。
秋になると雁が来る・飛ぶ。ワイルド・ギース・ツアー。この場にいるのもほんの羽休め。
これを逆行して見て歩くと、鳥への視点が変わり、面白い。

狩野探幽 叭々鳥・小禽図屏風  墨のにじみ・ぼかしで竹や岩を表現する。左の一扇目に薄い丸が見えるが月なのか。めでたそうな鳥が飛ぶ。

狩野探幽 竹林七賢・香山九老図屏風  おじさんたちの集いに駆り出された少年二人が可愛い。竹林の上を雀が飛ぶ。ちびっこもいた。
左は馬なのかロバなのかわからないのに乗る人がいた。
和やかな雰囲気があるのはやはりこのメンバーの醸し出す空気のおかげか。

Ⅱ章 継承者たち―尚信という個性
まず尚信の絵から。

猿曳・酔舞図屏風  働くロバ達、働く人々。その一方で流浪の芸人たち。
また酔っぱらって機嫌よく舞ったり音曲を楽しむ人々。
どちらに対しても女たちの目は冷ややか。舞台は中国ではあるが、なんとなくせつない。

猛虎図  可愛い虎!!ベロを出してるそうだが、汚れにも見えるくらいの薄さ。可愛いのう。
水でも飲むつもりなのか可愛いなあ。1386771316093.jpg

小督弾琴・子猷訪戴図屏風  訪ねる、を題材にした二点。小督を探してようやく見つける仲国。こちらは琴の音をたよりに。
一方は、王子猷が戴安道に会いに行くが、途中で帰ってしまう図。
雪の積もる舟の屋根、会いに行った当人の庵の屋根に降り積む雪。ところどころに朱の色がおかれているのがいい。

叭々鳥・猿猴図屏風  猿のファミリーが可愛い。丸顔の猿たちがお月様を取ろうとする徒労。しかし愚かさよりも微笑ましさが感じられる。
叭叭鳥の方は、柳がどことなく餅花のようにも見えた。
雪の中の黒い鳥。猫柳のような柳の下で。
叭叭鳥たちはこのケンメーな猿ファミリーの様子をじっと見守っている。
怖い顔だが。1386771291158.jpg


双鷺図  輪郭線なしでふわ~と鷺。雪に隠れつつある鷺。

狩野安信 蓮に燕・枯木に翡翠図  ツバメもカワセミもどちらもちびな鳥。

狩野探幽・尚信・安信 山水花鳥人物図巻  竜虎図が出ていた。竜も虎もおとなしそう。虎はさっきの虎の親戚か。よく似ている。

Ⅲ章 やまと絵への熱意―広がる探幽の画世界

源氏物語 賢木・澪標図屏風  光君が拝みに来ている。それに気づいたのは明石の君、身分に負けて近づくことも声をかけることもできない。華やかな一行を見守る。
女と舟とは哀しい。
明石、浮舟、そして朝妻舟、「泥の川」。
一方の光君の一行には楽人までも帯同している。華やかなだけにせつない。

定家詠十二ヵ月和歌花鳥図帖  11月の浜千鳥が可愛い。書かれている文字を見ると、枇杷、木賊、千鳥などが目に入った。流麗な文字。

新三十六歌仙図帖 下帖  美人二人。いいなあ。

探幽縮図 鳥獣戯画等絵巻  これはさすがにうまい。模写にとどまらないイキイキした精神までがある。
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松園さんでもそうだが、縮図帖を見るのが楽しくてならない絵師もいて、探幽はじっくりと縮図帖を見ていたいひと。

Ⅳ章 写生画と探幽縮図―写しとる喜び、とどまらぬ興味

探幽縮図 草花生写図巻  こちらもそう。ピンクの朝顔風な花にカーネーション風な花に、ゆがくと中がホクホクしてそうなカボチャなどなど。いいなあ。

鳥写生図巻 第七巻  江戸城内に来る・いる鳥達。リアリズム。
そういえば少し前に、皇居に咲く草花を、今上陛下・皇后の発案で、安野光雅さんが描き、その展覧会があった。あいにくなことにわたしは見損ねたが、数百年の時を隔てているが、同じ場所で似たことをされているのだと思うと、とても親しみを感じる。

波濤水禽図屏風  荒い波濤の上をユリカモメが飛んできた。目のあたりが中華風な二羽。

Ⅴ章 京狩野 VS 江戸狩野―美の対比、どちらが好み?

狩野永納 遊鶴図屏風  子供の鶴が可愛い。

江戸城の設計図としての絵を見る。
狩野養信 江戸城本丸等障壁画絵様(西の丸 中奥 御座の間 下段の間)
狩野養信 江戸城本丸等障壁画絵様(本丸 表 大広間 四の間)
こういうのが本当に面白い。建物の構造を考えながら眺めると、実景が思い浮かんでくる。
建築は総合芸術だとつくづく思う。

田能村竹田 茶人三十六歌仙画帖 第二帖 狩野探幽像  のんびりな後姿。
肖像画を二枚置き、顔のアップと後姿の全体像という取り合わせ、うまいなあと思う。

ああ、面白いものを見せてもらった。

工芸品はやきものが大半を占めていて、こちらは別記事で感想を挙げたいと思う。
しかし一つだけやきものでないものがあるので、それだけはここで。

螺鈿竹雀文籠地茶箱  ふたの表と四方に小さい空間ながら、スズメ満載。そのスズメらも中にはえらそうに鷲や鷹みたいな奴もいて、可愛いの何の。見飽きない。
茶せん立てにはウサギの文様。茶杓は象牙か。こういう可愛らしくて楽しい取り合わせ、すごいな。この人のセンス、大好きです。それにしてもスズメらが本当にいい。

12/15まで。

朝鮮通信使と京都

高麗美術館で「朝鮮通信使と京都」展を見た。
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数年前に京都文化博物館で朝鮮通信使の道順・宿泊先の食事の模型などを詳しく集めた展覧会を見ているが、今回は京都と言う場所に限定しての企画で、たいへん興味深い内容だった。
室町時代から続いていた通信使が例の文禄・慶長の役で途絶えたとき、朝鮮の僧侶・松雲大師の尽力で国交回復の基礎が伏見で成り立ち、その百年ほど後には滋賀の雨森芳洲の唱えた「信」つまりヨシミが活きた、ということをこの企画で教わった。

つねづね文化において朝鮮は日本の兄である、と言う感覚がある。届けられた文化を日本は咀嚼し、それを自己のうちで発酵させ、さらに独自のものへと変容させていった。
同じ東アジア文化圏で中国・朝鮮・日本は自国文化を大事にし、なおかつ互いに相手の文化を尊重しあわなければならないのだ。
とはいえ、必ず近隣と言うものは仲良くばかりもしていられないので、そのあたりが難しくもある。だが、それでもなお、文化を重んずるべきなのだった。
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さて、日朝の交流の軌跡としての文物を見る。
たとえばそれは書画ややきものに顕著に見出せる。
御本立茶碗などがその代表であると思う。
今回ここにも鶴か鷺の可愛い文様の入った茶碗があった。
昔の茶人たちが朝鮮に「こういうのを作って」と発注したもの。可愛いなあ。

狩野山楽は今年大々的な回顧展が開催されたが、彼の絵に李文長というひとの賛がついた三幅対があった。
右から「梅鵯図」「太公望図」「枯木猿猴図」である。
雰囲気的に、釣りをするおっちゃんを見る、丸顔の猿親子と、そっぽ向くヒヨドリという構図である。なんとなくおかしみがある。

普通大概「達磨」というものは目をひん剥いている。
しかしここにある達磨は眠たそうである。
金明国の「達磨」はやたら眠たそうである。面壁九年の間、ずっと起きてた反動なのか。

金明国の「鷺図」には林羅山の賛がついている。墨の肥痩と濃淡で鷺と草とを表現している。

韓時覚の三幅対ではないのかそうなのかしれぬが、ばらばらの所蔵先のを三枚集めた軸がある。
いずれも1655年に描かれている。
右から「布袋図」閑人自息賛、「布袋」、「川蝉図」大石内蔵助賛。
真ん中の布袋はよく肥えてるが右の布袋はやせている。
川蝉は可愛い。下向きで何かを狙うている。
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咸悌健 松虎図 民画風で可愛い虎やんがガオーーーッ

英一蝶 朝鮮小童図 馬上の少年が書を書く図。少年の後姿を描くが、その長い髪は首の辺りで三つ網にして垂らしている。なかなかの美少年で、元禄時代の愉しみを思う。1711年。
この絵は人気があったのか、後の版本にも同じ構図のものが出ている。1770年の話。

二代鳥居清信 馬上才図 これは以前から見ている絵で、朝鮮通信使の曲馬図。面白い。

なぞの書が一つ。
朴徳源の「淇園」である。1748年か1764年に書かれたそうだが、1748年には朴と柳沢淇園が面会し、1764年には皆川淇園が彼と面会していて、書かれたのがどちらの淇園か不明だそうだ。こういうこともまれにはあるだろう。

二階に上がり、両班の室内インテリア再現を見ると、蝶の飾りつき燭台があり、つくづくほしいと思った。やっぱり薬箪笥や家具はほしいものが多い。

丸テーブルに螺鈿で「萬壽無疆」文の入った虎足盤があった。文字の周囲には魚の世界が広がり、ハマグリ、かに、貝、ワタリガニ、魚、えびなどが泳いでいる。
いいなあ、可愛いしとても綺麗なつくり。

最後にびっくりしたのは、1764年4月7日の通信使の都訓導・崔天宗殺人事件。
これは対馬藩の通訳にあたる鈴木伝蔵が崔を殺害したのだが、個人的怨恨ではなく、対馬藩と朝鮮との高麗人参トラブルから起こった事件らしい。
ああ、びっくりした。
芝居では「唐人殺し」と言うのがあるが、これは知らなかったなあ。

興味深い展覧会だった。12/23まで。

描かれた都 開封・杭州・京都・江戸

大倉集古館「描かれた都 開封・杭州・京都・江戸」は面白い展覧会だった。
だいたい都市風景と言うものは面白い。
近世京都を描いた洛中洛外図から江戸時代の浮世絵、大正から昭和の川瀬巴水に鳥瞰図の吉田初三郎、そして平成の山口晃まで、みんな非常に魅力的な作品を生み出している。
今回の展示では、仇英の清明上河図、洛中洛外図、江戸名所図会、そして2002年の山口画伯「東京圖」までが並ぶ。
それぞれの時代・それぞれの都市を描く代表者として彼らの作品が選ばれていることは、大倉集古館の目の高さの証明だと思う。
わたしなんぞは自然風景よりずっとこちらの方が好ましいので、たいへん楽しく眺めた。
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第一部 北宋の都、開封 水辺の都市の変容、蘇州へ
ここでは三本の「清明上河図」がある。当時より大人気の絵である。
本当の清明上河図は昨年初めの東博「北京故宮博物院200選」でじっ と見た。
その時の感想はこちらの<「清明上河図」をみる。>に詳しい。

落款は仇英だが、実際のところはさらにそれを写したらしき巻物が二つある。
明代のと清代のもの。それから同じく清代で、原本の作者・張擇端の落款のもの。
わたしが見たときには三本とも虹橋の界隈が開かれていた。

まず明代のものをじっくり見る。
人物が可愛らしい3頭身キャラなのは原本以来の伝統。カラフルで、人だけでなく馬もロバも可愛い。みんなわいわいイキイキ元気なのだが、音声は画面の内側に封じられている。
凝視すると色々興味深い様子が見えてくる。
酔っぱらいがいたり、土下座したり、土車に乗って動く人もいる。
明代の開封。元の北宋ではそれこそ西門慶も藩金蓮もいそうな街なのだが、明代のこの絵には誰がいたろう。そんなことを思うのも楽しい。

清代の仇英落款。
山羊を連れた人もいる。こちらも可愛い。色んなお店をのぞくと、占い屋さんもある。
凧揚げする子ら、鍛冶屋、ロバに赤猿もいる。そして日本風に言えば琵琶法師のような人もいた。気長に見てゆけば、ほかにも細かい発見は無限にあるだろう。

清代の張擇端の落款。
こちらも小さくて可愛い人々で表現されている。ヘンなたとえだが、ホームズの事件の一つ「踊る人形」を思いだした。ヘリングのとはまた違う感じ。

第二部 南宋の都、杭州 憧憬の西湖
やきものの盛んだった時代を思う。この時代にあの言葉が生まれたらしい。
「天に天堂、地に蘇杭あり」
天国にも杭州にも行ってないが、蘇州は確かに素晴らしかった。
その杭州をめぐる本を見る。

咸淳臨安志(宋刊)・(清刊)、西湖遊覧志(清刊)、三才図会(明刊)などなど。いずれも東大東洋文化研究所の所蔵。
最初のには土神、城隍廟なども描き込まれている。
西湖を描いたガイドブックの巻もある。

西湖を描いた絵は日本にもあり、粉本主義の狩野派の落款がついたものがある。
わが国で言えば「天橋立」「虹ノ松原」のような松の道がずぅっと長く続く。
それを見ていると、西湖と言う地がいかに「風光明媚」かがよくわかる。

探幽の縮図帖を見る。探幽は本画もええが、実は縮図帖にこそ魅力があふれかえっているのではないか、と思っている。
くつろぐ遊仙たち、遠足気分で出かけるとかなんとか。

工芸品もある。西湖をモチーフにした蒔絵の硯箱と料紙箱。大きく立派で紅梅が可憐。

ここまでは中国。二階へ上がると日本。
例によって忠太の狛犬さんたちを撫でながら向かう。

先にお江戸が来た。
第四部 江戸 新たな東都、現代へ
活気のある絵が色々。

鍬形蕙齋 東都繁盛図巻 千葉市美術館のあの活気ある絵巻。日本橋の雑魚場が開かれているのが嬉しい。絵と文とでその賑やかさを表現するが、絵を見るだけで本当に「殷賑を極める」地だというのがよくわかる。
鮫にフグにカツオに海老に…両国辺りでは花火も揚がり、犬も吠えたり人もわめいたり。
いいなあ!こういうのが本当に好きだ。見れて嬉しかった。

鶴岡蘆水 両岸一覧 カラフル。ただえとしてはうまくないが、まじめさを感じる。花火に金粉が使われている。

北斎の版本もいくつか。にぎわう絵草紙屋や、夜景の川辺など。
広重の隅田川は肉筆で、こちらは都市の繁栄を感じさせる。

宮川長亀の屏風には上野の花見と隅田川の納涼図が描かれていて、住吉丸に乗った女形や道行く若衆など、綺麗どころも忘れず描かれている。
いいですねー♪楽しいのう。

山口晃の「東京圖」は2002年で、「六本木昼図」と「広尾―六本木」がある。
江戸時代と21世紀の都市と、更に未来まであるような図。
この細密さと、真面目な冗談としか思えない感性とに圧倒されて、ただただ目で町中を這いずり回るばかりになった。
わたしもいつか、画伯ゑがく街の中に入り込みたいと思っている。

さて最後に京都がきた。

第三部 京都 花洛尽しの世界
こちらの会期の方が後だが、東博「京都」展と重なる時期もあり、どちらも楽しめたのは幸いだった。

永徳の上杉本・洛中洛外図と人物がよく似ている「洛外名所遊楽図」がある。
この屏風から上杉本の作者が永徳だと特定されたのかどうか。

金地の扇面図に「京名所図」を描いたものには狩野派の「元秀」印がある。
こうした帖を見ると楽しい。

久隅守景 賀茂競馬・宇治茶摘図 朱色の目立つ賀茂競馬。宇治茶は「つうゑん」が古くから高名。

朝鮮通信使のいる洛中洛外図もある。
そういえば、京都の高麗美術館では今丁度「朝鮮通信使と京」を開催中。
わたしは東西を行き来するので、どちらも楽しめて本当にありがたい。
そういえば芝居では「唐人殺し」というのがあるが、朝鮮通信使を殺害した武士もいた。
こちらは対馬藩の通訳で、感情のもつれからではなく、高麗人参の取引の関係からの殺人。個人の犯罪ではないらしい。
まぁこれは特殊な事例ではあるが、あとは大体が朝鮮通信使を大事にし、こころの繋がりも生まれ、いい話も残っている。

長谷川巴龍という絵師など知らないが、この人の描いた洛中洛外図屏風を見て仰天した。
金地に奈良絵が躍っている。
パースはむちゃくちゃ、人物はばらばら、建物は崩れかけてると言う、凄い絵である。
これに匹敵する絵はなかなかない。
なんだか凄まじいものを見たなあ。ええんかいな。

最後に若冲の乗輿舟がある。源八の渡しから終わりまでが出ている。
わたしなどはこの界隈は京都からの帰りという感覚があるので、楽しい。

12/15まで。

「華やぎの九州陶磁」/「今村紫紅」

12/8で終了した展覧会で、見たのにまだ感想を挙げていなかった分について少しずつ書く。

茶道資料館「華やぎの九州陶磁」
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵名品展である。
前期も後期も楽しく眺めた。


柴田夫妻という奇特な、そしてごく優れた審美眼の方々から、13年間に19回、10311点もの名品が寄贈され、常時千点ほどが展示されているそうだ。
国の登録有形文化財第一号として認定されたというが、当然の誉れだと思う。世界に例のないコレクションである。
今回も柴田夫妻コレクションの名品がいくつも来ている。

特に好きなものをチョイスしてここに挙げる。

絵唐津水指 元来は小壷だったのを水指にしたそうだが、とても可愛らしい形で、胴のところにx xと文様が入っている。撫でたくなるような可愛らしさである。

絵唐津草文片口 赤茶けた肌にカモメのような形で釉薬が垂れている。

ウサギ型手焙 こちらも唐津焼。背中に丸い大きな穴、耳の付け根の二つの穴、丸く大々とした枇杷色のウサギ。

染付波ウサギ雲文皿 有田。可愛いウサギで、思わずササッとわたしもスケッチしてしまった。いいなあ。可愛らしい。こういう皿がほしい。

青磁獅子香炉 有田。むふっとした獅子。口を閉めている方。しかし獅子とはいえ、実はわんこ風だったりする。

色違いの二つの菊型皿がある。菊文菊花形小鉢。紫に白、赤に緑。どちらもとても可愛い。ほしい。

色絵仔犬置物 柿右衛門様式。白地のボディに赤と青の斑が。そして赤い首輪。いいなあ。

染付牡丹蝶文蝶形小皿 有田。横向きの蝶が牡丹の蜜を吸う、それを形にしている。蝶の顔は案外ファンキーである。しかし大きな羽がとても綺麗。

染付鷺文三足大皿 鍋島。やはりいい。三羽の鷺がいる皿。

色絵椿文皿 鍋島。これはサントリーにも戸栗にも大阪市美にもあるが、こちらのも発色がいい。本当に好きな一枚。

染付銀杏文大皿 鍋島。リアルな銀杏。色の濃淡で表現。うまいものだと思う。

色絵桜鷹菊唐草文大皿 有田。これは以前に別な場でも見ている。二羽の鷲がいて、一羽は桜に止まり、もう一羽は地に降りて雉を押さえつけている。二羽ともとても凶悪な眼をしていた。
そして大皿の縁周りにはコマ絵のように花を背景にほかの鳥の絵があった。

三彩皿 長与。とても今風!!これが二百年前のものなのか。すごく今風なのがかっこいい。

八代牡丹文水指 八代。これは黒地に白土象嵌が特徴で、とてもいい感じ。

よいやきものをたくさん見ることができたので、とても楽しかった。


三溪園の今村紫紅展も貴重な展覧会だった。
実業家の原富太郎は日本画家の大パトロンだった。
夭折した紫紅をたいへん惜しんだが、生きている間も紫紅を大きく支援した。
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初期の紫紅は歴史画の松本楓湖に師事しただけに歴史画を描いている。

秋の野をゆくおとなしげな敦盛を描いた「笛」、死せる孔明生ける仲達を走らせるの「秋風五丈原」、座す伊達政宗、そして将門を描いた「平親王」。
いずれも物語性の高い絵。

醍醐の花見のワンシーンを描いた「護花鈴」は遊楽図をモチーフにしているというが、人物描写は既に紫紅オリジナルの人間になっていた。とても魅力的。

竹取翁 赤子を見つけだし、赤布でくるんだのを持ち帰る。

さる 枯れ枝に止まり、素知らぬ顔で細い枝を捕まえる。猿の顔にはある種の静けさがあり、知性が漂う。

絵もだんだんと南画風に変化してゆく。

枇杷に鶯 シンプルな色つかいの優しい絵。枇杷の黄色、葉の濃い緑、鶯の頬から喉のシャケ色。いい位置の絵。

紫紅には「熱国之巻」という傑作がある。東博所蔵の二巻。それはやはりインドツアーの成果の一つ。
ここではその下絵がでている。
わたしは「熱国」がとても好きなのだが、原はこの絵を評価していない。
面白い現象だと思う。

大観、寒山と彼の仲間の特別展があるなか、紫紅の企画展も開催されたとても有意義だと思った。

後もう一つ、大阪市立美術館の「再発見!大阪の至宝」展もあるが、これは見たばかりでまだかけない。あすまた。
ああ、いい企画だなあ。
 

 

モローとルオー

汐留ミュージアムで「モローとルオー 聖なるものの継承と変容」を二度ばかり見た。
崇高の師弟愛、とも言える関係性が展示作品からうかがえた。

モローはその作品世界において、誰に似ることなく、孤高の存在だと言えるのではないか。
しかしかれは教師としてはたいへん良き師であり、多くの画学生を導き、その個性を花開かせた。
弟子の代表であり、「聖なるものの継承」をうけたのはルオーだった。
マチスはモロー先生とは別な道を進んだ。
しかしマチスの奔放な緻密さは、モロー作品に見いだせる「未完であり完全」なものと、なにかが通じるようにも思える。

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ルオーの作品を単独で見ていると、わたしなどの目にはモローとルオーは全く別な道の人に見えるのだが、今回こうして二人の作品が並び、書簡類もあると、なるほど副題の通り「聖なるものの継承と変容」ということを感じさせられる。
単独で見たルオーの作品は、モローの作品世界からの完全なる変容であり、ルオーの世界の内で熟成された、その完成形なのだと知る。

わたしはあまりルオーを得意としない。見ていると息苦しくさえなる。
このパナソニック汐留ミュージアム、そして出光美術館が首都圏におけるルオー作品の二大コレクターだということは知っているが、ルオーばかりの中に佇むと、つらいときがある。
だからか、千葉市美術館でルオー展が開催されたとき、いつも長居する千葉市美術館から早々に撤退してしまった。
尤も「悪の華」「ユビュ親父」「ミセレーレ」などは好きなので、これはもうキリストのいる風景、もっと言えば厚塗り画面がニガテなのだとしか言いようがない。
失礼なことを言うと、焦げを思い起こさせられるのだった。

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今回の展覧会でモロー作品の多くはパリのモロー美術館から来ている。以前にあの美術館に行った時のことが思いだされる。室内で息をすればモローの絵の分子が肺に入り込むような、そんな空間だった。

モロー ユピテルとセメレ 巨大なユピテルとその雷鳴に驚くセメレ。かなり露骨なびっくり顔であり、ユピテルの象徴動物である鷲ですらもオヨヨになっている。
子細に見れば色々と面白いところも見いだせるが、大きな絵なので一目見てもハッとなる。
印象深い作品。

ルオーの修業時代の絵を見る。

ルオー ヨブ 洞窟でぐったり疲れ果てた爺さん一行。見舞いに来る人々もあるが。

ルオー ゲッセマニ 眠りこける弟子たちの中にあって、光輪をあらわにするイエス。ペテロとの対話も虚しい。まだマチエールも厚くはない。

ルオー 隠修士 預言者の老人に取りすがろうとした女、従者が引きはがそうとするのを止めると、女は深くひれ伏す。物語がある絵。

ルオー 石臼を回すサムソン 地下で敵国人のために石臼を一人で回し続けるという重労働を課せられているサムソン。監督官は容赦なく傲慢に鞭を振り上げている。周囲の見物たちも嫌な顔をしている。卑しさの表れた人々。誰彼より大きなサムソンも最早疲れ切っている。力の源の髪はまだ失われたままで、盲目のサムソンは苦役に従事させられる。
ここでのサムソンは石臼の棒を引いている。

モロー 石臼を回すサムソン(ローマ賞コンクールのための別案) 上から見る群衆。サムソンは石臼の棒を押している。

モローはルオー作品を見て、同じ構図のものをペン書きしている。
この時点で、モローがルオーを「魂の同志」と見なしていたことを示しているように思う。
モローの描く見物の中で母子がいる。母一人だけが美人。サムソンは腰布一つ。棒は後ろ手に引く。

ルオーは習作を多く残していた。
ペン画によるサムソン図は、全裸で非常にいい身体。ほれぼれする。顔は日本の靉光の顔に似ている。
鞭を振り上げる監督官も全裸で、臀部から腿にかけた筋肉の強さはたいへん見事。

足だけの習作を見るが、彫像をモデルにしただけに力強い。この絵は「ローマ賞」の課題作なので、その完成のために「ロージュ」という専用の一室で製作するのだが、そこへルオーは人体模型を持ち込んで模写していたそうだ。

わたしは旧約の中ではとにかく「サムソンとデリラ」の話が好きで好きで仕方ない。
これは大昔のセシル・B・デミル監督の映画をTVで見たときに始まる。六歳くらいに初めて見てから次に高校生で見て、それから資料をいろいろ集めたり読んだり。
サムソンがこうして敵国人に辱められ苦しめられ、ついに最後の力を振り絞り、最後の願いを神に祈った後の大混乱と大虐殺。そのカタストロフィーにも非常に惹かれている。
だから可哀そうでもやはりこの苦役に従事させられるサムソンを見ずにはいられない。

ルオー 降誕 大きな建物の内にいる母子。厩には見えない。人々がたくさんいる。白い母子。薄いランプの下で。

この時代のルオーは線描を大切にしているのがよくわかる。

ルオー ウォルスキ王トゥルスの館のコリオラヌス この話の元ネタは知らない。
調べるとこちらに詳しい。
表現が面白い。皮膚が光るような男性。暖炉に燃え盛る青い炎、その前に座すコリオラヌス。王は彼に対峙してそこに立つ。
筋肉の描き方が大変魅力的。とても素敵。

モロー マントを分け与える聖マルティヌス ルオー作品に基づいてのものか。
とにかくモロー先生はルオーが大好きだというのがよく伝わってくる。
騎馬の人を細密描写。

ルオーの男性裸体習作は非常に魅力的だった。たとえモデルがしなびていても。
写実性より主観で見ることの優越性を主張するルオー。
ああ、それはとてもこの師弟らしい。

ルオー 死せるキリストとその死を悼む聖女たち 後年のルオーとは全く別人のような筆致で、女たちの顔がどことなくダ・ヴィンチ風にも見える。
この絵をルオーでなく、イギリスのラファエル前派の誰かの絵で見てみたいと思った。
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ルオー 人物のいる風景 この汐留の所蔵品。わたしはこの絵を最初に見たとき、初めてルオーにときめいたのだった。
夜、暗い森の中の湖。巨人の影のような形の見える木々の並び。

ルオー 祈るサムエル?または放蕩息子 レンブラントの絵に類似点が見受けられる、と解説にあるがわたしにはルドンの少年に見えて仕方ない。

モロー メッサリーナ 赤というかレンガ色の背景。立ちながら片膝を折る。女は自分の身体を、欲望のありかを熟知している。白い膚、何を見るともしれぬ目。
胸の張り方の小気味よさ。

ルオー 後姿の裸婦 エネルギッシュな背中。だんだんルオーしている。お尻もはっていて、小出楢重の裸婦にも似ている。そうか、同時代の絵なのだ。


モローとルオーの往復書簡のコーナーがあった。
むろんわたしは翻訳されたものしか読めないが、深い愛情を感じる文章に、心が温かくなった。
モローはルオーに対し「わがいとし子よ」と呼びかけている。
それは初めの呼びかけや終わりの呼びかけだけでなく、文中ところどころに見受けられる。
「心からの友情と深い共感を」
46歳下の若い画学生に対する、一代の大家の言葉。
教師として以上に一個の芸術家の心からの声。
一方その文中で「もっと手紙を出して」「仕方ない人たちです」と打ち解けた小言もある。
そしてルオーからも「偉大なる父よ」と呼びかける。
ルオーは先生からの手紙を読んで、しばしば「…しまったぁ!」と思っていたかもしれない。ルオーは筆不精だったのだ。そんなことを思うのもとても楽しい。


「聖なる表現」という章の中に顕れたモローの世界は、幻想的な表現にあふれている。

モロー ピエタ 未完成の魅力。死んだ息子の首を抱く女。その息子の身体はどこか女性的な様相を呈している。黄衣の目立つひと、嘆くマグダラのマリア。

モロー ゴルゴダの丘のマグダラのマリア 「陰惨な景色」と解説にある通り、実際その残照が汚さを見せるような空、その下の無人の十字架が三本。死んだ人間の重みも消えている。マグダラのマリアは立つ気力もなくしたように、べったり座り込んでいる。十字架を見上げつつも、何も見ていないのかもしれない。
十字架の下には妙に白いたまりがある。

ルオー 洗礼者聖ヨハネの頭部 ヴェルレーヌのデスマスクをモデルにした。腫れあがる顔。横顔が銀盆の上にある。血に汚れた顔。

ルオー 三本の十字架 二枚の絵がある。一つは丘の上にただただ立つ十字架、もう一枚は十字架の前に佇む三人。

ルオー ゴルゴダの丘の聖女たち 厚いマチエール。十字架の前に三人の女がうつむく。

モロー 聖女カエキリア オルガンに向かう女。出現する亡者の如き天使。向かい合う様子はまるでゴシックロマンのようだ。
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ルオー 我らがジャンヌ 騎馬から天を仰ぐジャンヌ・ダルク。マチエールもゴワゴワしているが、色彩はまだ明るい。

モロー トミュリスとキュロスまたはトミュリス女王 キュロス大王はBC530年に遊牧民族と戦って死ぬ。敵の女王トミュリスは息子の仇キュロスの遺体から首を切り落とさせる。その情景をロングで捉えている。首のない遺体はあおむけ。氷山のような山と渓谷の中で。

モローの油彩下絵は色彩バランスを確認するための物なのだが、今それを目の当たりにすると、抽象絵画に近いように思われる。

モロー 聖セバスティアヌスと天使 つくづく綺麗だと思う。天使の羽は高く開く。セバスティアヌスの体も綺麗。

モロー ヘラクレスとレルネのヒュドラ ヒュドラは棒のように立ち、種類の違う蛇がたくさん枝分かれして、獅子かぶりのヘラクレスを恫喝する。キメラのような大蛇。その蛇柱の下には綺麗な死者たちが倒れている。死屍累累。胴のちぎれた者もいる。気持ち悪さと綺麗なものとが同居する絵。

モロー サロメのための習作 横顔のアップ。宝飾と花々。綺麗で恐ろしい表情。花を手に持つサロメ。複雑な目つきをしている。彼女の横顔のずっと向こうでヨハネ斬首が今しも実行されようとしている。
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モロー ハムレット 父の敵たる叔父に毒を飲ませようとする。足下には倒れる母など。
改めてハムレットは困った存在だと思った。

モロー 一角獣 とても好きな絵。帽子とマントを羽織っただけの裸婦が、目の青い綺麗な一角獣に寄り添って歩く。透明な官能性を感じる。

モロー セイレーンたち 三人の女が並ぶ。海は汚く暗い。人魚としてのセイレーンたち。落日の中で。

モロー オルフェウスの苦しみ ロングで捉えたその情景。もう夜。暗い中、伏せて嘆く男。しかしモローらしくその男は女のような体をしている。肌は灰色だった。

ルオー 避難する人たち(エクソドゥス) リュック背負って逃げる。希望の国のエクソドゥス、というわけでもないのだが。

最後にモロー美術館の4K映像をみる。たいへん綺麗な映像。純度の高い映像。

「京都」展の龍安寺の映像、そしてこのモロー美術館の映像。それらを同時期に見ることができたのは、やはり時代の転換期に立ち会っている、と言えるのではないだろうか。

12/10まで。

明治のこころ モースが見た庶民のくらし /宣教師ヘボン

もう一人、こちらも大コレクター。E.S.モース。
江戸博で「明治のこころ モースがみた庶民のくらし」展が開催されている。
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わたしは1990年にみんぱくでモース展をみた。
そのときのチラシのインパクトは大きかった。
大根も大きかった。1386253332733.jpg


明治になったとはいえ、庶民の暮らしは旧幕時代とさして変わらなかった。
ただ、外国製品が少しずつ庶民の暮らしの中にも入り込んでゆき、高いものでも何か一つくらいは持つヒトも増えていった。
モースはそんな時代のにこにこな日本人の暮らしの民具を集めたのだった。

どういえばいいのか。nec717.jpg

ここにあるものは実際に使われていたものばかりで、好意からモースへ贈られたものばかりらしい。旧くても大事に使われていたものも多く、モースは自分の見た「日本人」の良き心根について、惜しみない賛辞と驚きの声を挙げている。

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民具は極端なことをいえば戦前まで庶民の家で実際に用いられ続けていたようなものも多く、現在のわれわれから見れば「コレハナンダ」なものも少なくはない。
その意味では、わたしたちはむしろモースの後裔なのかもしれない。
しかしご年配の人々は実際に遣った・見ていた記憶がある。
だから彼らの話を聴くのはたいへん興味深い。
わたしはこの展覧会がわいわいとおしゃべりの声が高いのを苦にしなかった。
たいていの観客が「なつかしー」と言って、そのグッズについての記憶や経験について語っているからだった。

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こちらはわたしの持つ昔の図録。今回の展示品の大方もここにある。
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細かいことを書けないし、書かない。
こういう展覧会はわいわいと楽しむべきものだからだと思っている。

ああ、よかった。
感想はそれでいいのだ。

しかし一つだけギョッとしたことがある。
生人形である。わたしもとても好きなのだが、モースも好きだったようだ。
現物がここにある。とても素敵な人形である。
しかし解説の一文を読んでびっくりした。
モースは「日本人の標本」がほしかったとある。
なんだか、モースが日本人の生活に尊敬の念を払っていたことまでもうそのように感じられてしまった。
かなりがっかりしたのは確かだった。
12/8まで。

次に少しばかり横浜での「宣教師へボン」展のこと。
ヘボンさんは長いこと日本に住まいして医者として働き、またヘボン式ローマ字なども広めたりしたひとで、本国へ帰った後も日本人から慕われた。
生麦事件の被害者の手当をしたり、三世田之助の手術をしたり、と医師としてよく働いている。
田之助の手術は周延が肉筆画にしていた。かなりびっくりした。

そして一番びっくりしたのは「ヘボン」が本当は「ヘップバーン」だったことである。
オードリー・ヘップバーン、キャサリン・ヘップバーン、彼女らと同姓のヘップバーンさんだったのだ!!
展覧会で一番の収穫だったかもしれない。

横浜開港資料館で12/8まで。

幕末の北方探検家・松浦武四郎

松浦武四郎、といえば「北海道」の名付け親だということが知られている。
「蝦夷地」と呼ばれていた地が「北海道」になった頃を舞台に、手塚治虫は「シュマリ」を描いた。
蝦夷共和国の夢が破れ、「北海道」で生きた人々を描いた作品も少なくはない。
松浦武四郎は松坂の郷士の子として生まれ、幕末から明治の世を生きた。
彼は迫りくる時代の変化を感じ取り、北方へ探検に出た。
その足跡は決して小さいものではない。

今回、静嘉堂文庫美術館がこのような展覧会を開催している。
「幕末の北方探検家 松浦武四郎」
タイトルだけを見れば、彼の足跡をたどり、その旅を追体験する企画展かと思われたが、実はそうではない。
以下、サイトの紹介文。

「幕末の北方探検家」「北海道の名付け親」として有名な松浦(まつうら)武四郎(たけしろう)(1818—1888)は、伊勢国一志郡須川村(現、三重県松阪市)の郷士の家に生まれました。少年の頃から日本全国、旅をして歩きましたが、時勢の中で特に北方に強い関心を持ち、弘化2年(1845)から安政5年(1858)まで、13年間に計6回にわたり、東西・北蝦夷地(えぞち)、クナシリ、エトロフ島を探査。アイヌの人々とも深く交流し、関連する多くの著書を刊行しました。その後、開拓使判官になるも1年で辞し、以後全国遊歴と著述の日々を送りました。このような旅の巨人武四郎はまた古物に興味を持ち、考古遺物の大コレクターとしても知られています。
今回、静嘉堂が所蔵する武四郎旧蔵考古遺物コレクションの中より主要な物を選び、初公開致します。今まで全く世に知られていなかったこの幻のコレクションには、古墳時代の美しいヒスイの勾玉や大きな古鈴、また歴史時代の考古遺物など、学問上重要な資料となるものも含まれています。
本展では、それらの考古遺物を中心に、幕末・明治に生きた特異な探検家、松浦武四郎の生涯と人物像を紹介してまいります。


つまり、武四郎のコレクションを一堂に集めた企画展なのだった。

チラシの肖像写真、首から下げているのはたいへん大きな勾玉の大ネックレス。
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大首飾り。構成品は碧玉、瑪瑙、硬玉、滑石、水晶、ガラスなど。
その現物がある。

ほかにも琅玕勾玉玉類の一連がある。硬玉・蛇紋岩・ガラス・金属で作られている。
たいへん綺麗なもので、弥生時代から松浦武四郎存命のリアルタイム時に亙っての材料で構成されている。

綺麗で可愛らしいものが好きだったようで、これを筆頭に古墳時代の玉類、ガラス玉、勾玉などなどがある。
玉類も硬玉、碧玉、水晶、瑪瑙、滑石などで、それに金銅を加えてやはり一連ものに仕立てている。
勾玉も緑の蛇紋岩の大きなもので、中には子持ち勾玉もあるが、いずれもとても大きい。
そして今回、静嘉堂ではショップで小さな勾玉ペンダントを販売していて、受付の方が可愛くつけられていた。

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松浦はその他、古代の鈴も大好きらしく、青銅製の八角鈴、鬼面鈴、三鈴杏葉なども集めていた。むろん青銅鏡もある。ただしそれはメイド・イン・ジャパンではなく、古代ローマからの将来品。明治になってから手に入れたのだろうか。
和鏡は室町時代のものなど。
そして古代中国の文物もある。春秋戦国から前漢あたりの青銅器。
ハンドアックスとも呼ばれる石斧など、欧米の石器類もある。
この辺りの古代のコレクション類はまことに立派で、見ていると心躍るばかりだった。

こうしたコレクターであることから、日誌も丁寧である。
感慨を書き記す日記ではなく、行った場所で見たもの・聞いたものを書きとどめる日誌である。その記録文書には丁寧な絵も描かれている。
それらは版本として刊行され、当時「武四郎誌」としてとても人気があったそうだ。
北蝦夷余誌、久摺日誌、天塩日誌、知床日誌、納沙布日誌、東蝦夷日誌…
実物展示されているものがこれらノートに記されている。
これらを見ていると、ここが「静嘉堂文庫」だということを改めて気づかされる。

松浦武四郎は発足したばかりの明治政府に雇われたものの翌年の明治三年には、早々に辞任して「馬角斎」の名乗りを挙げてコレクター生活に入った。
そしてあの版本が「多気志楼物」として人気になったのもよくわかる。

「知床日誌」にいろんな種類のアザラシが描かれていた。
アムシベ、ホキリ、ルヲヲ、シトカラ、ヘカトロマウシと五種。色もカラフル。顔つきはりりしい。

やきものも様々な時代の、多様な用途のものが集まっている。須恵器の枕まであった。
仏教道具も怠りなく集めている。もう本当にどこまでも趣味・視野の広いコレクターである。

体系化されたコレクションではなく、興味の湧いたものを集める、そんな方向性が見えてくるようだ。とはいえ、実際には松浦武四郎の中ではきちんと分類されているに違いない。

揚句は清朝に流行した懐古趣味の青銅製の器までが出てきて、これにはもう明るい気持ち良さが湧き起こってきた。
なんだかとてもいいなあ。いいひとだなあ。


香箱 中国南部から東南アジアの産で、いつの時代のものかはわからない。紫とトルコブルーと金の色が箱を装飾する。花と犬らしきものが見える。

硯もいろいろある。
変な手形のような硯もあれば、猿面硯もある。
硯箱は蒔絵に分類されているが、芝山細工に見える。とても可愛らしい花の装飾。

現代日本語(の意味)でいうフィギュアがたくさんある。
頼朝、地蔵、如意輪観音、聖徳太子、田村将軍、猿田彦大明神、人丸、ウズメ、僧正遍照、西行・・・
素材は木、鉄、土、玄武岩などなど。

鬼面などはたいへん怖かった。木彫りで剥落も激しいので、それがいよいよ怖い。
老猿面もたいへん怖かった。

スゴいセンス。
そして、世界一小さい書斎の実物大模型がきていた。本物は国際基督教大学にあり、これは数年前のINAXギャラリーでの展示で生まれたものらしい。
実物は、出雲大社・厳島神社・嵐山の渡月橋の橋桁などの古材で構成された一坪もの。まさに「座って半畳、寝て一畳」の世界。

最後に松浦武四郎涅槃図の模本展示があった。
暁斎の描いたもの。モノスゴイ内容。1386253017865.jpg

和尚姿で例の大ネックレスをかけて横根をする武四郎。林の中の大テーブルには彼の集めたフィギュアたちが麗々しく並べられている。
嘆く人々の中には頼朝もいれば、布袋さんもいて、観音さんもいる。岩製の恵比寿大黒、張り子の虎、一刀彫りの鹿、東北の馬、中国の丸顔の猿、藤娘。石の羅漢にガマ、ドジョウにカエル、斑の猫などなど。
すべて画風を変えて暁斎は描き分けている。
これを見るだけでも楽しい。

希代のコレクター・松浦武四郎の集めたものの一端を目の当たりにすることができて、本当によかった。
12/8まで。

「図変わり」大皿の世界 伊万里染付の美

六本木の泉屋分館へ『「図変わり」大皿の世界 伊万里染付の美』展を見に行った。
これは兵庫県立陶芸美術館~横浜そごうと巡回してきた特別展。
なんと全て個人コレクションである。
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大体直径40cmくらいから60cm大のサイズ。
それだけに図柄も大胆なものが少なくない。
各展覧会のチラシを挙げる。

染付は大好きだが、こんな大きなサイズばかりを揃えたのを見るのは本当に初めて。
特定作家の仕事ではなく、職人さんたちの手仕事なのだが、ある枠からはみ出すとハジケる、という好例がいくつか見受けられたようにも思う。

大皿は宴会の時に使われた、ハレの日の器である。
だから吉祥文様が多い。
展覧会ではそれぞれの特性から分類した順に展示している。
それはたとえば変容する絵柄を集めたものだったり、手仕事の粋を見出せるもの、大皿をキャンバスに見立てたもの、これでもかと描き込む執念の技を見せるものなどなどである。
観客のわたしは順に従いつつも、けっこう好き勝手に眺めて回ったので、見た順は必ずしも分類どおりではないのだった。
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染付芭蕉文大皿 大胆な芭蕉柄。絵の置き方はどことなく九谷焼を思いだすが、線描は繊細。芭蕉ではないが、大バレンを敷いた上にお寿司などがあるのを見るとワクワクする。
あの気持ちが蘇ってくる。

染付猿亀竜宮文大皿 昔話の「亀の甲羅は何故ヒビ入り?」または「猿の生き胆」の話である。絵柄はチラシのように、竜宮の幻像を見せる亀の背に乗った猿。
元々の話は竜宮の乙姫の病本復のために猿の生き胆が必要と言うことで、亀が猿をだまして竜宮へ連れてゆこうとするが(絵はそこのところ)、そのことに気付いた猿が逆に皆をだまして、肝は陸地の木にかけてあるから取りに戻る、と言う。亀がその役目を担うが、猿にまんまと逃げられ、揚句は甲羅を傷いかせる、という話。
海を行くということで綺麗な青海波を描く。
…もし竜宮の悪だくみが成功していれば、この皿には猿の生き胆が載っていたのかもしれない。

染付相撲取組文大皿 元は三世豊国の相撲絵から。鬼面山vs不知火。右が鬼面山だが、名の割には二人とも美男力士である。周囲に舞う小判はオリジナルで浮世絵にはない。構図として面白い。つまり土俵で銭を獲れと言うこと。
この皿はちゃんこの野菜などを載せていたかも。

染付湯上り美人文大皿 菊がたくさん咲く。気持ちよさげな美人さん。濡れ縁の外と言うか廊下の外だが、思えば少し前の少女マンガではヒロインの背景などには花がパッと咲いてたりするから、その精神はこんなところから培われていたのかもしれない。

染付唐子雪遊文大皿 大きな雪丸を拵える唐子たち。楽しそうな表情。絵付けする職人も楽しかったろう。雪で寒いから手をはーはーする子もいる。11歳くらいかな。

染付白象文大皿 おお、このゾウさん爪もくっきり。ゾウさんいいねえ。

染付唐獅子牡丹文大皿 ファンキーな顔で可愛い。そう言えば牡丹と言えばしし肉の意味。
獅子肉やなく猪肉。そんなのをここに牡丹様に並べて、それをお鍋で…ああ、おいしそう。

青磁染付登竜門文大皿 薄緑の青磁に染付の青。鯉こくにしたいなんていえば、逆襲されそうである。

染付蝶牡丹文大皿 皿の絵付けで鏡獅子の連作を拵えた可能性もあるな。

職人仕事と言うのは芸術家のそれよりも端正というか、ある種の執拗な丁寧さがあるように思う。
実際に知人の職人の仕事などを見ていてもそんなことを感じる。
現代の職人でもそれなのだから、江戸時代の職人となると、もっと一心不乱の可能性がある。
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染付桐鳳凰文大皿 地は鹿の子文様のようなもので藍染の着物を見たような心持である。

染付網地秋海棠文輪花大皿 形に特徴があるのが初めて出て来た。網地がまた細かい。

染付網地双鯉文大皿 これがほんまの「お魚は網の中」。というか、網の上。

染付麻葉地朝顔文輪花大皿 朝顔はまだ咲かず。一つだけそっと咲いているが、慎ましい。

形そのものも面白い大皿も集まっていた。
丸い皿の保存も大変だと思うが、こうした変形皿の保管・保存はこれまた大変だろう。
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染付瓢箪駒文輪花大皿 瓢箪から駒、を絵柄に。
こちらは外へ出た様子だが、中にいる情景のものもある。
染付瓢箪駒大皿 瓢箪の中に三頭の馬が待機中。いつでも出てゆけそう。

染付淀川風景文大皿 淀の水車がある。富田渓仙の描くような世界。橋や船も見える。

対らしき皿もある。
染付酒壷に菊慈童文大皿 同じサイズで絵も連続性があるような。菊慈童にも猩々にも見える子が躍っている。
一は柄杓を担ぐ、一は大盃を持つ。

唐草文様をうまく取り込んだものも少なくない。
飛ぶ鳥に絡めたり、松竹梅と共に描かれたり。
中には15cm大なサイズに縮んで、手元に置きたいのがあった。
染付唐草地丸文散輪花文大皿 本当に綺麗。手に取りたい。

染付唐花飛禽文大皿 真ん中にクルス状の唐花。大きな縁周りには茨と鳥、まるでモリス商会の「いちご泥棒」のようだ。可愛らしい。

大皿には鶴柄が多い。めでたいからなあ。いろんな絵柄があった。
いちばん凄かったのは小さな丸鶴が大群で集まっている皿。これ、ここに鶴の天ぷら、唐揚げの「チューリップ」を置いたりしたら・・・なんか怖いわ~

染付蝶牡丹格子目文大皿 ああ、これはまるでドーム内で放蝶されている様子を撮影したものみたい。とても素敵。天井付近のような。
わたしは箕面や伊丹の放蝶館、ドームがとても好きなのだ。そこで蝶に止まってもらうと、とても嬉しい。
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動物柄の大皿をみる。
染付秋景鹿文輪花文大皿 雄鹿が月を見上げる。

染付群鹿文大皿 目つきの悪い鹿たち。

染付群馬文大皿 変な目つきの馬たち。どこなく蕭白または南蘋派風のよう。

染付松下波兎文大皿 二羽の兎が楽しそうに岸辺にいる。松にかかる月を見上げる。向こうには大きな波。
「月海上に」の直前なのか。

染付牛文散大皿 五頭の牛が描かれているのだが、真ん中の牛はお尻を向けている。ううむ、なんですかな。
ここにロース、バラ、ハラミ、カルビ、ハツ、ミノ、タンなどを置いてじゅうじゅうと焼きたい。

色絵水葵双兎文大皿 これは染付のはほかでも見ている。色絵は見ていない。兎の奴らは可愛い。

染付親子獅子文大皿 千尋の谷に蹴落とし、のクチか。ぎゃーっな子と、ぐっと口つぐむ親と。滝に架かる虹のようなものも見え、そこを滑る子。

和様の趣を味わう大皿を見る。
染付浄瑠璃本散文大皿 どんな本があるのかというと、梅川忠兵衛、二十四孝、十段目天川屋、俊寛などなど。

染付山姥金太郎文大皿 これも浮世絵から。ママと金太郎坊やの仲良し風景。

吉祥文をみる。
勝手に物語を見いだした大皿が二つ。
染付恵比寿大黒大橋文大皿
染付恵比寿大黒文大皿
前者は大橋の横の石の上をピョンピョン跳ねながら、嬉しそうに大鯛をカツギアゲて走りゆくえべっさん。朝日が昇っている。
後者は夜釣りする大黒さんとえべっさん。それが大きな鯛を釣ったようで、大黒さんが鯛を担ぐのだが、釣り竿をもつえべっさんは、じぃーっとそんな大黒さんを凝視する。
・・・これはあれですか、じ、実は大黒さん殺人事件でわwwwww うーむ、コワイぞ。

染付酒樽散文輪花大皿 男山、剣菱、老松、菊一・・・いろんなお酒がある。いいなあ。この大皿にはなにを載せよう。酒の肴かお造りか。

染付騎牛童子文大皿 可愛い坊やが笛を吹きながら梅の下に牛といる。

楽しい大皿見学だった。
壁面には横浜そごうでの展示の際に実際に盛りつけられた大皿とごちそうの写真がパネル展示されていた。
雀寿司のすし萬の仕事である。
押し寿司と伊勢エビなどのお造りと。
雀寿司のすし萬は大阪に本店がある。

それから、より絵柄を楽しめるようにと泉屋所蔵の絵が展示されていた。
吉村孝敬 琴高仙人図 大鯉に乗る仙人。人気の画題である。
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狩野養信 鳴鶴図 対で右は月を見上げる鶴、左は波の上を飛ぶ鶴。

中村竹洞 赤壁図 これも思えば遊山といえば遊山になるのだなあ。

12/8まで。

追加:2015.7.8 巡回先のチラシを追加。
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「京都」展後期をみる

12/1で終了した展覧会と言えば、今後決して忘れることの出来ない東博「京都」展がある。
大げさではなく、今後の日本の展覧会の転換点になる企画だったと思う。

映像を使う展覧会や常設展は少なくない。
しかし龍安寺・石庭での四季の移りかわりを、ほぼ実寸大でしかも4Kという美しい映像で見た観客は、意識の変容を余儀なくされたと思う。
わたしも今回三度目の訪問で、都合6~7回は見ているわけだが、それでも改めて映像を見るうちに、静かな波が心に打ち寄せるのを感じた。
ひたひたとその波はわたしの心に迫り来て、心の固い岩を侵食する。一度で崩れることのない固いものが、波に洗われることで少しずつ崩れ始める。
三度目の訪問の日、わたしの心の中の波打ち際はとうとう形を変えてしまった。

わたしはそのときのことをツイッターでこう述べている。
「石を中心に見ている内に涙が滲んできた。四季の移ろいの中、石は無言でその場を動かず、降り掛かる花びらや雨や雪を受け止め、あるいは、滑り落ちるのをただ静かに見守るのだ。」
この石と言うのは龍安寺の石庭の石である。
石の心はわからない。しかし石を見るうちにそのような想いが湧いていたのは確かだった。

後期では洛中洛外図の展示替えがあり、やや小さな屏風の福岡市博物館本、総勢3,000人以上の池田本(林原美術館蔵)に惹かれた。

福岡市博本は描かれた人々の顔だちの綺麗なことに感心する。
先ず特徴的なのは「洛中洛外図」といいつつも、洛中の(街なかの)一部をクローズアップして、そこで右へ行く人・左へ向かう人・家にいる人・店に来る人・道を進む人・道に佇む人、ありとあらゆる動きを示す人を描いていることだ。
遊楽図の描写に近い、言ってみれば人間観察図のような趣があるように思われる。
桃山時代の風俗画として眺める。街ではなく人を描く屏風。
犬の親子に水をあげようとする女、店番の女は接客をし、客は冷やかしながら街を歩く。猿曳きもいるが、あいにく猫の姿はみつけられない。

女たちの着物はいずれも手の込んだ描き方をされている。一人一人違う柄の着物を着て、顔も少しずつ違う。
丁寧な描きぶりの屏風だった。

この屏風は修復後最初に、2011年に東博で開催された新指定展「特集陳列 平成23年新指定重要文化財」で展示されたそうで、わたしはそのとき見ているはずなのだが、案外記憶に残っていない。
もったいない話だ。節穴の目にもこの絵はキラキラ輝いてみえるのに。


池田本は池田家伝来で、今は林原美術館所蔵。20年ほど前に初めて林原に行ったとき、この屏風を見ている可能性があるが、やはり価値のわかる時期にみないと、何にもならない。

さてこの屏風は元和年間の作品だというのが定説である。

珍しいことに伏見城から始まっている。今では全然無関係な伏見キャッスルランドというものが小高い丘の上に建てられている。
同じ右一扇の真ん中に牛車が見える。「たけだ」とあるから伏見竹田か。
二扇の最上段に豊国神社があるが、その本殿の屋根の作りがドイツの民家のようにもみえる。

清水と八坂の塔は三扇面。四扇目には三条大橋。東山三十六峯も描かれている。

壬生狂言、猿の着ぐるみで綱にぶら下がる役者。
これをみたとき、篠田正浩の著書を思い出した。
河原者についての強烈な評論である。
「河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶」

五を見て「えっ」と思ったものがある。
南禅寺。初めて見た、そして右は相国寺で終わり。

左では金閣寺の鳥がやたらと存在を主張する。
そして龍安寺が! しかしどういうわけか4Kで出ていた石庭はここにはない。
なんとなく無念(笑)。
初めてこの寺を洛中洛外図で見たと思う。
いや、見ていてもスルーしていたのかもしれない。

隣は「おむろ」なので仁和寺か。その下に北野天満宮。
洛中洛外図の楽しみの一つに、その場所を特定することがあると思う。
わたしなどは根からの関西人なので、心の中で様々なツッコミを入れながら見るのが楽しくてならない。

細部までとても綺麗な屏風だった。
とはいえ、人間などはとてもシンプルで、どこか奈良絵本の人々を思わせる素朴さがある。

最後にまた二条城内にいるかのような錯覚を楽しみ、このすばらしい展覧会が終わるのを惜しんだ。
もう二度とこの内容は再現されることがないのだ。
三度も味わうことができて、それでもまだ足りない気がして、自分の貪欲さを思った。

いい展覧会だった。

光悦 桃山の古典

12/1に終了したが、やはり書いておきたい展覧会の感想をあげてゆく。

五島美術館「光悦 桃山の古典」展。
古典にクラシックとルビを振っている。
人気の高い展覧会の閉幕二日前に出かけた。

開館前についたが既に行列である。主にやや年配のご婦人が多い。
今回、根津美術館「井戸茶碗」」三井美術館「志野・織部…」と、この五島の展覧会三つ廻り、半券を集めておくと次回展覧会ひとつにご招待ということである。
喜んで集めた人も多かろう。わたしもお仲間。

光悦は書家であり刀剣鑑定家であり、と色々肩書きも多いが、やはり一番いいのは宗達と組んでの仕事だと思う。
やきものもわるくはないが、こちらはやはり、互いに親交を深めた樂家の達者のそれにはかなわない。
しかし並々ならぬ美意識を持つ、目と指の肥えたひとがつくるものが悪かろうはずもなく、今回の展示でも多くの人が茶碗を、それこそ舐めるようにみつめていた。

わたしもツイッターでの忠告を受けて、真っ先に茶碗を眺めた。
展示室1では壁面に書状展示を続け、真ん中のガラスケースに茶碗の展示をおく。
最初に目に入るのは黒樂茶碗「時雨」である。
一つだけの展示で四方から眺められるように設えられている。
そこから黒樂、赤樂、飴釉、白樂。膳所光悦茶碗とつづき、最後に黒樂茶碗「雨雲」が、「時雨」と同じ形で展示されている。

五島美術館に入るまでの来歴なども少々紹介されている。
古美術の面白さはその形状や色などと言った外観の他に、歴史そのものにも魅力がある。
たとえばこの「時雨」などは名古屋の森川如春庵が若いうちに手に入れたものだとか、「雨雲」は北三井家~冬木家といった来歴を持っているとか、黒樂「七里」は益田鈍翁が賞玩していたとか、そんなことごとである。
何の予備知識もなく見るのも楽しいが、こと古美術に関してはその茶碗なり和歌の短冊なりが、どうやって何百年も生き延び愛されてきたのか、そのことを思うだけでもふるえるような喜びを覚える。

光悦は樂家二代目三代目と付き合いが深かったというから、中には三代目道入のそれを髣髴とさせるような、薄手でキラキラしたものがある。
わたしなどはその道入のやきものに溺れているので、彼の影響を受けたと思しきものを見れば、それだけで目が潤み・口元が緩む。
しかしその影響下にあったとしても、光悦は光悦いちにんであることを選む。

黒樂「七里」は鈍翁旧蔵だったそうだが、これを見たとき非常に新しいものだと思った。
というより、現在の樂家当主・十五世樂吉左衛門のやいたものにとても近しいと感じた。

光悦が拵えた当時、自らの茶碗になんと名を付けたのか(または無銘のままなのか)、そんなことは知らない。
また、後世の茶人・数奇者が追銘を与えるときのその動機、それが納得できるものとコジツケだと思うものがある。

「残雪」などはわたしのような素人目にも「なるほど、残雪やな」と思わせられる。
ただしその雪は踏み荒らされてしまった後なのだが。

飴釉樂茶碗「立峯」は照り焼きのようにみえ、たいへんおいしそうである。西京焼きというてもええのではないか。(ここでいう西京焼きはむろん魚などを白味噌・あるいは粕漬けして焼いたものである)

白樂茶碗「冠雪」は道入が釉かけしたものらしい。大振りで明るい茶碗。だからかピカピカ光って見えた、わたしには。

茶碗ではなく香合で一つ好きなものが来ていた。
赤樂兎文香合。出光美術館のウサギさん。不昧公から三溪へ、そして出光美術館へと住まいを変えたウサギ。出光の人気者。
卯年に生まれたのか、酉年の人の向かい干支のためにこしらえたか、そんなことを想うのも楽しい。

光悦といえばやはり新古今和歌集。宗達の下絵に光悦の書というベストヒットもの。
鹿下絵がたくさん出ているが、これはサントリー美術館で見て以来。
線のみの鹿を描いたMOA所蔵のものや、仲良しな鹿ップルのサンリツ所蔵など、普段見る機会の少ないものを見て嬉しい。

蓮下絵がとてもよかった。
蕾から満開、そして敗荷へと至る蓮の一生を描いたものに肥痩の見える和歌が載る。
今や残るものは数点らしいが、全点並べてみることができたら、さぞや。

花卉鳥下絵がある。初公開。金銀のシックでとても綺麗な花。

雌日芝摺下絵も懐かしさを感じさせられる。子供の頃、この草を簪にして、よく頭に挿して遊んでいた。
和やかな気持ちになり、草の穂の先に躍る文字をみつめた。

躑躅下絵千載集和歌色紙 こちらは千載集。明るい薄緑地に酸化した銀の躑躅。可愛らしい。

工芸品では大和文華館ほまれの群鹿蒔絵笛筒などが出ていた。とても綺麗な笛筒。
これはしばしば関東にも出かけるから、関東の皆さんにも馴染み深いのではないか。

いかに光悦が愛されてきたかがよく伝わる展覧会だった。

別所温泉 花屋に遊ぶ

秋のはじめの話である。

たまには温泉に、と思い、上田から引っ越す妹を誘って、別所温泉に行くことにした。お宿は花屋さん。
お友達の@sachie姐さんのご尽力で、急な申込みがかない、花屋さんの離れにわたし・妹・甥っ子の三人が宿泊。
義弟は気の毒ながら引っ越し準備のために出迎えのみ。
ところが花屋さんのご厚意で義弟もまた本当によくしてもらい、大変に恐縮&大喜びということに相成った。
なかなかわたしなどは関西住まいなので信州には行けぬが、再び花屋さんに行ける日を楽しみに励もう、とこの時点でそんな気持ちになった。

まず寛がせてもらう。1380807176455.jpg

素敵なロビー1380807177676.jpg

シャンデリア1380807178271.jpg

建物の歴史1380807178996.jpg

何もかも素敵1380807179674.jpg

看板1380807210907.jpg

庭園と渡り廊下1380807177085.jpg


わたしたちは離れのお部屋へ。
優しい和室。1380807180266.jpg

天井もいい。1380807180750.jpg

床の間1380807181417.jpg

担当のおねえさんもはきはきしていて気持ちいい。

部屋を取り巻く緑1380807182266.jpg

離れの浴室のための部屋にはレトロなガラス。
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離れの浴室1380807183938.jpg
やや熱めのお湯がコンコンと湧き出していた。

外に出る。1380807184593.jpg

この回廊を行く喜び。1380807185187.jpg

雪洞かな。1380807185731.jpg

別なお部屋のための1380807186253.jpg

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鞘橋みたい。1380807199312.jpg

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瓦に花紋。1380807204754.jpg

水車まである。1380807205275.jpg

廊下が素敵1380807205817.jpg

行き交う人々が皆さん丁寧なごあいさつを下さるので、わたしも嬉しくてごあいさつしながら歩く。
甥っ子は挨拶が大好きなので自分からも元気よく挨拶をする。
いいお宿にはいいお客さんがあつまるものです。

突き当りというか始まりというか。1380807206727.jpg

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ここでお風呂が始まるのね。
右には大理石温泉、左の通路奥には木の香りも床しい温泉と露天と。

この奥です。1380807208002.jpg

庭の素敵さ。1380807209407.jpg

二階への階段。1380807210227.jpg

こちらはダイニングへの。1380807212239.jpg

鶴マーク1380807211493.jpg

いいなあ。1380807212947.jpg

屋根の折り重なりも見事。1380807213637.jpg

うっとりする。1380807214317.jpg

色ガラス可愛いなあ1380807214873.jpg

明日の朝食が楽しみ。1380807216004.jpg

山が見えます。1380807216504.jpg

木の良さ。1380807217251.jpg

夜になったよ。1380807217863.jpg

お部屋に戻りました。1380807218497.jpg

いよいよ楽しみな夕食です。
前菜などなど。1380807219140.jpg

甥っ子はまだ小学3年か4年だけど、大人メニューにしました。
差別化したくない。

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川魚~~♪1380807220572.jpg

ふろふき。1380807221130.jpg

なんかもう幸せ。1380807221731.jpg

綺麗な器1380807222688.jpg

ごはん1380807223507.jpg

デザート1380807224120.jpg

食事中、遠くで「ぱーん…ぱーん」という音がして、妹に聞くと猟銃の音らしい。そうなんや。

さて大理石風呂。ヒトサマがいない時間に綺麗なガラスをぱちぱち。
孔雀1380807224663.jpg

花束の幸せ1380807225246.jpg

アールデコ1380807225813.jpg

素敵すぎる1380807226469.jpg

増設かな1380807227221.jpg

朝食のお部屋1380807228019.jpg
格天井が素晴らしい。

実はメニューも素敵なんだけど、ちびの甥っ子がおひつをカラにしてくれまして、ちょっと照れたよ。
よく食べてくれて嬉しいよ。

窓から見える山1380807228677.jpg

さよなら花屋さん1380807229385.jpg

また来る日まで。1380807229835.jpg

ここには書きつくせない、素晴らしい接客をうけました。
本当にありがたい。
びっくりするようなことも色々あり、本当に幸せだったなあ。
遠い大阪から行けてほんまによかったよ。

今度は友人たちを誘って訪ねたいと思う。
さちえさんともご一緒したいし。
素晴らしい宿でした。

今年最後の東京ハイカイ録

寒い大阪から脱出して東京についたが、昨日は確かにマシだった。
大混雑必至の五島美術館に向かうと、開館前に既に行列。並ぶが、振り向くとまた大行列。
僕の前に道ができる。僕の後ろに道ができる。
光太郎モードで光悦みる。
なお、例によって個々の感想は後日、しつこく書きます。

光悦の茶碗は有名どころがかなりあり、かつて見たものが少なくなかった。しかし配置が上手い。
宗達と組んだ鹿下絵、蓮下絵、雌芝下絵、これらが素晴らしい。ときめく。

それにしても大混雑。早々に脱出し、静嘉堂に向かう。
電車がなかなか来ないのはローカル駅だからだが、バスに乗れないので、二子玉川駅ナカの渋そばで人気のかき揚げを。

さて松浦武四郎。稀代のコレクションを楽しむ。勾玉がたくさんあって、欲しくなった♪暁斎の武四郎涅槃図の参考品があったが、これが凄い!さすがに暁斎!
笑ったなあ。

乗り継ぎ色々。
泉屋分館で伊万里焼の大皿を見る。いやもう、これが面白くて!
不埒なのはいつもながらやから書くけど、大黒さん殺人事件みたいなのを想像させる二枚の皿があったりで、たいへん楽しく眺めましたわい。
そごうからの巡回。

大倉集古館。開封、京都、江戸。詳しく書く時にはもう会期終了かもなあ。仇英の清明上河図2種がいい。

菊池寛実記念智美術館で現代の名工の茶碗みて、新たに好きになった作家がある。嬉しい出会いや。

さてこの界隈から去り、ニューオータニに。向かいの赤プリの残骸が痛々しい。
しかしお屋敷はよく見える。

え~と、クラシックバレエの絵や衣裳。
………わたしなぁ、古美術好きなんだが、音楽とバレエは近代から現代、それどころか未来を予感させてくれるものやないと、アカンのでした。

出光美術館。江戸の狩野派。近年狩野派の作品を見る機会が増してたから、この企画は親しみを持てるものでしたわい。
多少わかったような気がするところにこれ。つまり狩野派に愛情が湧いてるのを感じたよ。
またいっしょに並ぶ工芸品のええこと。螺鈿の雀のついた茶箱なんか、欲しくて仕方ないわ。ああ、またいつか表に出てね♪
 
最後にトーハク。「京都」後期。池田本や福岡市博本の素晴らしさ!
そして改めて4K の龍安寺映像。涙ぐんだ。石の姿に目を置いて。


2日目。
朝から大田区郷土博物館に川瀬巴水を見に行き、たいへんワクワクした。
朝から重い本を持ち歩き、千葉を諦める。てか、比較してまうからなあ。

畠山記念館。こちらは書に関するものだが、字が問題やなく、何に書かれたか、それがメイン。

この日は都営のフリーキップです。

新橋では先にランチ。しらす干し丼にサンマ。大量で苦しい!

モローとルオーの師弟愛を堪能。
まだ書けてへんなあ。アカンこのマリモ。←古いダジャレ。

江戸博に。モースのコレクション。明治の日本人は純朴やなあ。親切や。
しかしモース、日本人の標本って、そういうつもりなん?

一旦ホテルに重荷を置いて佐倉に向かう気だったが、時間不足。
浅草で引き返し、六本木に。

国立新美術館。ううむ、点描はニガテじゃ。しかしモンドリアン、あれは詩と一緒なら、好きになっているな。

サントリーに。
ミッドタウンはすっかりクリスマス♪

飛天の美を味わう。詳しく書くには時間がかなりかかりそう。

不室屋でおやつした。ひさしぶりに気楽な時間。まずないなあ、こういう時間。

時間というものは難しいなあ。
おこわとおでん食べて2日目はおわり。

3日目。つまり今日の話。
朝早くから横浜に向かう。
三渓園に行く。庭園の良さを堪能したなあ~花嫁さんも見たし、いい気持ち。

今村紫紅展を見るのが目的とはいえ、楽しかった。
しかしバス混雑には参った。
バスで知らんちびっこに親切にしたが、なかなか面白い経験だったな。

開港資料館でヘボンさんの展覧会を見て色々考える。
田之助再手術図とか。

横浜ユーラシア文化館の遣唐使は見た!は開港資料館で知った。近所やからテクテク。天理、橿原、古代オリエントなどからの名品とパネル展示、面白いのに、いつもここはつつましいからか、話題にのぼらないなあ。

神奈川県立歴史博物館でパンチの守が!
ビックリしたわ。握手したよ♪

中世の古文書はニガテ。というか、公文書も個人の書簡もルサンチマンに満ちてたりするからな。血文字なんて見たからよけい逃げ足が早まったわ。

さて、ここでタイムアップ。
新幹線に乗りにゆく。今日はEX IC でグリーンで帰る。
疲れたが楽しかった♪
今年最後の東京ハイカイは終わり。
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