美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

井上洋介図鑑展-漫画、タブロー、絵本- その2

続き。
ようやく井上洋介の絵本である。

わたしは井上洋介のナンセンス絵本がとても好きで、大人になってから色々と手に入れた。
先般姫路文学館で見た「くまのこウーフ」の原画もある。
神沢利子の童話に沿う、いやそれ以上に深く本質そのものに「なった」ウーフの姿がそこにある。
くまの子ウーフ (くまの子ウーフの童話集)くまの子ウーフ (くまの子ウーフの童話集)
(2001/09)
神沢 利子




わたしは井上洋介オリジナルのナンセンス絵本がとても好きだ。
最初に見た絵本は1975年発行の「ビックリ絵本」だった。これは2008年に再刊されているが、見開き2ページが一つ抜けている。
ビックリえほんビックリえほん
(2008/01/01)
井上 洋介


その絵本は妹が幼稚園から毎月貰う絵本の一冊だったが、ナンセンスという概念を初めて知ったのはここからではなかったか、と今にして思いもする。
わたしは妹より3歳上で、わたしがもらった絵本シリーズは物語性の高いものばかりで、それが今も絵画に文芸性を求めるわたしの嗜好の下地になっている。
しかし妹の貰っていた本はほかに福田繁の不思議な絵本、太田大八の言葉のない絵だけの絵本「かさ」などで、妹とわたしのセンスの違いは案外こんなところから生まれているような気がしないでもない。

井上洋介の絵本デビューは1960年の「おだんごぱん」である。
同時代のエログロさをここでは選ばず、素朴な中世欧州の版画を思わせる作風で物語を展開させる。農民版画のような太い線が不条理ではあるが楽しい世界を構成し、今見ていてもなんとなく面白い。

私見だが、子供が面白いと感じるものの一つに、他愛ない言葉遊びのウェイトが、かなり大きく占めるように思えてならない。
わたしには9歳の甥と4歳の従姉妹の子ども二人(共に男児)がいて、しばしば相手をするが、彼らが喜ぶのは決まって、ナンセンスで不条理で筋が通らなくてもわかりやすい言葉遊びなのだった。
彼ら自身のレトリックもたいへん面白いが、これが年が長けるにつれその面白味が消えてゆくのを惜しくも感じる。
井上のナンセンスさをいちばん喜ぶのはその意味では幼児と、そして少年時代をすっとばして、大人ではないだろうか。
論理的なことを言う・好む人間にはナンセンスな面白味は味わえまい。

1976年の絵本「ちょうつがいのえほん」の原画を見る。
ちょうつがいのえほんちょうつがいのえほん
(2008/07)
井上 洋介


何でもかんでも蝶番がついている。角を曲がる犬のやたらと長い胴にも蝶番があるからスイッと曲がれたり、仲良しカップルの椅子にも蝶番がついている。仲良しの時は椅子はハート形になり、喧嘩中の時は蝶番が折れてハートも半分になり、カップルも背中合わせになる。
これはいい椅子ではないか。

他に原画で出ているのは「ぐるぐるえほん」
ぐるぐるえほんぐるぐるえほん
(2008/10)
井上 洋介

目が@@になるだけでなく、雲も@@、地面も@@、パンも@@、海も@@…

それから「アナボコえほん
アナボコえほんアナボコえほん
(2008/12)
井上 洋介

」なんにでもアナボコがあいてるのでみんな落ちる落ちる…消えちゃった。
これは小松左京のホラー小説「穴」をカラッと明るくしたものかもしれない。
小松の「穴」には無限の観念と恐怖とがあったが、井上洋介はその恐怖を笑に変換している。

90年の「まがればまがりみち」
まがればまがりみち (こどものとも傑作集)まがればまがりみち (こどものとも傑作集)
(1999/09/30)
井上 洋介


は「子供の友」の一冊で出ていたのを図書館で読み、福音館から出版されたときに購入した。今見てもめちゃくちゃ面白い。

真ん丸い顔のキャラ達、むくむく肥えた女の子、わんこ、にゃんこ、毛虫も蛇もみんな妙に丸い。3頭身くらいのキャラ達はタブローのニクニクしい女たちと同じ肉付きではあるが、みんなどことなくニクめない。

電車をモチーフにした「ゴトンゴトン絵巻」がまた面白い。これはページの切れ目がない絵巻形式で、最初のページから最後のページまでずっと続く。そして裏面にもまたゴトンゴトンゴトンゴトン…ミニサイズの楽しい絵本だった。

絵も面白いし文がまた面白いのは「ヘンなえほん」だった。
・犬に吠えられ、犬に吠え返す人。「なんかヘンだ」
・わさびと醤油を支度して釣りをする人。「なんかヘンだ」
こうしたネタが延々と続く。面白い、とても。

95年の「しわしわしわ…」、2001年の「たわし」、2009年の「ぼく」。
みんなとても笑える。心地よいナンセンスさに読者も浮かれてしまう。

「あじのひらき」
あじのひらき (福音館の幼児絵本シリーズ)あじのひらき (福音館の幼児絵本シリーズ)
(2006/06/15)
井上 洋介

に至っては主人公があじのひらきなのである。

ぎゅうぎゅうどうぶうえん (とぴか)ぎゅうぎゅうどうぶうえん (とぴか)
(2010/09/15)
井上洋介


これや「いもしょって」なんてもぉ完全に意味不明で面白くて仕方ない。
近年になってもこんなにナンセンスな世界が描けるとは、どんな脳の構造なのだろう。
素晴らしい井上洋介の脳髄!

賞をもらった本もある。
ぼうし (こどもプレス)ぼうし (こどもプレス)
(2011/08/01)
井上 洋介


この「ぼうし」は、わに屋さんに行ってわにのぼうしを買い、おまけに「わにばさみ」をもらう。
ゴリラ屋さんに行ってごりらのぼうしを買い、おまけに…というパターンが延々と続く。
とらやさん、サイ屋さん、かぶとむし屋さん…揚句が「おじいさん屋」さんでおじいさんの帽子を買うておまけに白髯をもらっている。
よくわからないが「ダミー」もあり、その展示もあった。
子どもは繰り返す言葉遊びを特に喜ぶものだ。
わたしも甥っ子たちと遊ぶとき、大体でたらめな話を拵え、延々とパターンを繰り返す。

「馬の草子」が面白かった。
ある橋がかかる川があり、その橋を渡る人は中世の頃からずーっと誰もが皆<馬になる>のだ。橋を渡り終えると元に戻る。橋を行く間は馬になる。
ヒトだけではなく犬も通れば馬になる。変わらないのは馬くらい。
そしてラストがすごい。
「そうしていまでもずうっとここにあります。」
馬と橋とが描かれたずっと向こうに町があり、車が走っている。
…びっくりしたわ。
これが2012年の絵本作品。

2013年には「たぬきのせんべいさん」が刊行されている。

今度は商業イラストや舞台ポスターの展示がある。


寺山修司の「天井桟敷」の仕事がある。思えば彼らと同世代の人なのだ。
「怪談 青ひげ」ポスターなどが出ていた。やっぱりどこか気持ちが悪い。
しかし「時代」の空気が濃密に漂っているのは確かだ。
こうなると、その気持ち悪さは井上の個性をこえて、時代の産物かとも思ってしまう。
それとも井上たちの感じていた気持ち悪さが時代を染め上げていたのか。

水墨画に井上がハマッていた頃の仕事に、龍生華道会のための花の絵がある。
八重桜らしい。墨の痩肥になんとも不思議な艶めかしさがある。
植物であっても妙な官能性がある。

「ユリイカ」「奇想天外」「話の特集」といった本の表紙絵が並ぶ。エログロ味がやや濃い。
そして1970年頃からの「母の友」誌の表紙絵。ここにはまたあのむちむちに肥えた女がいる。ただしそれは幼女の姿をしているのだが。
井上はただの可愛い子供の絵なぞ絶対に描かない。ただしそこには冒頭で挙げたように悪意も邪気もからかいの念もない。
ただ不気味に肥え太った女がいる図なのである。
本は月刊誌なので月次行事が加わる。井上洋介はシーズン物+むちむちに肥え太った幼女を配する。そこには時に巨大な蝦蟇もいれば、無表情の猫もいる。なぞのおじさんの影も伸びている。決して安易な調和なぞは望むべくもない。

その仕事にこそ自分の文筆が合う、と馬場あき子が思ったのかどうかは知らないが、「発心往生論」の原画がある。
これも非常に気持ちが悪い。口を開けた女が延々と涎を垂らしている。
延々涎。延々にサンズイをつけると涎。うう気持ち悪い。
グロテスクで怖いが、そもそも馬場の作品そのものがわたしは怖い。
くさりとける、ただれる、おぼれる、まざりあう。
ああ、怖い。
女が体液の全てを出し続けている。そんな絵を描けるのは井上洋介だけなのだ。
そして馬場あき子の文章もまた、体液を吐きだし・流し・垂らし続けている。
きっぱりした文体であろうがなかろうが。

ふと、今は亡き松田修は井上洋介の仕事をどう見ていたのか知りたいと思った。
日本の異端者を執念深く愛し続けた松田修の目には、井上洋介の絵は地獄絵または當麻曼荼羅くらいにみえていたのではなかろうか。
彼の著作集に井上洋介の名前があるかどうかを知りたいと思った。

最後に挿絵のことについて書きたい。
ここに出ているのは「絵本水滸伝」の淡彩作品である。
わたしは大学の頃に水滸伝に熱中したが、最初に読んだのは井上洋介の挿絵の入った水滸伝である。
村上知行訳の72回本だった。梁山泊の好漢たちが胸に希望と大志を抱いて星を見上げるところで終わる話の方。みんないい表情で天を見ている。
その挿絵全体がまたよかった。
つまり水滸伝と言うのはグロテスクなシーンが少なくない。
人肉饅頭などよくあるパターンで、これはもう井上の絵で見てみると「なるほど蒸し上がるとこんな感じなのか」と妙な納得がゆき、その怪しい酒舗に入りたくなる。
後に駒田信二の120回本(平凡社の三巻本)を購入した時の嬉しさは格別だったが、ここに井上の挿絵があればと痛切に思ったものだ。
そしてどの本だったか、それとも井上の絵本水滸伝そのものか、最後の戦いで「花和尚魯知深」が円寂するときの絵が井上のものだった。
はっ と胸を衝かれる絵だった。暴れん坊の魯知深がいつの間にか思慮の深い和尚となり、偈をもらったあと、ハタと納得得心し、笑って自ら円寂する。
あのシーンは何度読んでも感動で胸がいっぱいになり、涙がにじむ。
そしてそのときわたしの脳裏には間違いなく井上洋介の絵がある。
井上洋介本人も水滸伝には深い思い入れがあるようで、多くの絵を描いている。それだけでなく「絵本水滸伝」を自ら刊行してくれるよう角川に持ち込んだそうだ。

展示の最後に美術館に隣接する図書館から井上関連の本が出ていた。
わたしは上野瞭と井上の組んだ「ちょんまげ手まり歌」を手に取る。
非常に懐かしく、そして怖い物語である。
もう随分前に読んでいた。
上野瞭は85年にNHK人形劇「ひげよ、さらば」で知り、そこから読み始めた作家だが、非常に冷厳な物語が多い。
「ひげよ、さらば」もそうだがこの「ちょんまげ」も非常に怖い話である。
その怖い話をさらに不気味に怖いものにしているのが井上の絵なのである。
微笑む人々の顔の裏に恐ろしい悪計がある。それがにじんでいるのが怖い。
それにしても「児童文学者」の範疇にあるとみなされる上野瞭、今江祥智、灰谷健次郎らの作品には、どうしてあんなにも深い絶望感と冷酷な状況とシニカルな笑いがあるのだろう。
しかしそれだけでない、生きるうえでの強さを持てというメッセージも確かに感じるのだが。

これからも井上にはいい仕事をしてほしいと願っている。
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井上洋介図鑑展-漫画、タブロー、絵本- その1

刈谷市美術館で井上洋介の展覧会が開かれている。
趣旨についてはサイトによると「漫画家、画家、そして絵本作家として活躍する井上洋介(1931~)。初期から現在までの代表的な絵本原画や絵画作品、漫画掲載誌などにより、独特なエログロ・ナンセンスの世界を展開してきた井上の、多岐におよぶ創作活動を紹介します。」とある。
展覧会のタイトルは「井上洋介図鑑展-漫画、タブロー、絵本-」。
わたしはそのうちの「絵本」に大いに惹かれている。

井上洋介の最新作を銀座のギャラリーで見ている。
眼と女らしき肉とを描いた、緑に灰色の混ざる、グロテスクなタブローだった。
80歳を超えて尚こんなにもエログロの世界をドロドロと描いていられるのは、やはり凄まじきものだと思った。

井上の描く女はどれもこれもむちむちに肥え太り、ぱんぱんになった肉を皮に包んでいたり衣服で隠そうとしたりするが、衣服からも皮からもはみ出す勢いがある。
少しばかり痩せていても、肉の下の骨から飛び出してきそうな肉の存在を感じる。
とはいえ、それは蔑視からではないのだ。
同じように肉付きの良い女を描いても、ジョージ秋山の女への視線は非常に冷厳であり、それは池波正太郎の描く鬼平こと長谷川平蔵の視線にも通じるところがある。
しかし井上洋介が描く肥え太った女たちはワイセツな様相を見せていても作者から憎まれても軽蔑されてもおらず、ただただ重い存在感を見せつけている。
(前述のジョージ秋山も池波正太郎も本質的なところでは、実は女と言うものが嫌いなのではないかとしばしば感じることがある)

井上の描く人物は基本的に女も男も子供も老人も、そして性別のわからない何かもみんな、悉く肉付きがいい。ただ単にニクニクしているのではなく、触ると弾力性のある肉がそこに詰まりきっていて、刃物で刺せば血よりも脂がより多くあふれ出てきそうな感触がある。
怖いことだ、とても。

若い頃からの井上の絵をこの展覧会で見続けていると、自分の考えが間違いではなく、たぶん本当のことなのだとひしひしと感じたりもする。
気持ち悪さと共に、妙ななじみ具合を感じるのは、わたしが男ではなく、ニクニクしい女だからかもしれない。

エログロを描くと言っても、実際ネトネトしたものを見せていても、こちらをそそるようなことはない。それがいいことなのかどうなのかは判別が出来ない。
井上のむちむちした女の肉がそこに開かれていてもどうこうしたいと感じるのだろうか。
そのあたりのことはわたしには全く分からない。

随分若い頃の作品を見ると、色彩感覚が非常にこわい。
敢えて本人が選んだ配色なのか(選ばずにおれずに選んだ色なのか)、それとも無意識のうちに選んだ色なのか、単にそれしかなかったのか、どうなのか。
わたしは逃げ出したくなった。
空襲を受けてぼろぼろになった遺体の塊、そんなものを目の当たりにした気がする。

1950~60年頃と言えば井上は30になるかならずの青年時代である。
その時代の求めるものがなんだったのかを考える。
希望を持つ一方で、激しい鬱屈を抱え込んだ時代。
「きもちわるい」としか言いようがない。
この辺りの作品群は、間近で眺めるのも遠くから見つめるのも、等しく気持ち悪さを感じる。
汚穢という言葉を思い出しながら見ていた。
「穢い絵」といえば土田麦僊が甲斐庄楠音の絵について放った言葉である。
それについて久世光彦が非常に興味深い文章を遺している。
死姦者の目というようなことである。田舎者で、ある意味健全な麦僊がそのことを鋭く看破して、楠音を排除したのではないかといった文だった。
なるほどとも思う。井上洋介のエログロの道筋にはそうした意味での先達者として、甲斐庄楠音が佇んでいるのかもしれない。

1961年の「巨人の死」は一種の涅槃図の構図を採っているが、井上は当時まだ「仏涅槃図」を知らなかったという。彼はその絵を「浅沼稲次郎事件の頃」に描いたという。
今も日比谷公会堂には浅沼が山口少年に刺殺される姿のレリーフがある。
その事件が井上のアタマにあったのか。
なおこの巨人の死体の周囲には、現代のマンガ家・漫☆画太郎えがくグロテスクなキャラを思わせる群衆がいる。
・・・そうか、漫☆画太郎のグロテスクさも井上洋介という先達の道に通じているのか。

グロテスクなタブローの中で、絵本作品にも通じるナンセンスさがところどころ出てくるようになると、わたしもなんとか目を開いて絵を見ることが出来るようになる。
それまでは半眼で見ていた。フィルターを掛けないと、まともに向き合うことが出来なかったのだ。

井上洋介のマンガはいかにも60年代から70年代初頭のセンスがある。
正直わたしとしてはいちばん苦手な時代である。
この時代のファッションも思想も何もかも流行もの全体が本気でニガテである。
だからか、この時代のマンガを見ていても全く楽しめない。
とはいえ、佐々木マキの作品にも通じる不条理さに+して、だれも太刀打ちできないナンセンスさがあふれかえっている。そのあたりはやはり面白い。

1964年のマンガ作品では既にそのナンセンスさが全開していた。
凄いな、としか言いようがない。
そして「話の特集」などでの口絵や挿絵がまた物凄い。
「林檎地獄」はSMとして見るべきだし、「芋虫」はただただ怖い。
1984年の「画册百態草子」に描かれたお団子顔の連結した人々、これには見覚えがあった。
諸星大二郎のホラーギャグ「栞と紙魚子」シリーズに現れる、7人で並んで一つの帽子をかぶる兄弟、あれだ。
そうか、諸星もまたこの同じ道に少しばかり顔を出していたのか。
こちらはナンセンスと言う方面で。

長くなりすぎるので続きは別。

東京で見た木島櫻谷展

既に京都の本館で見た木島櫻谷展だが、東京でしか見れない作品もあるし、京都で展示かえで見れなかった分もあるしで、喜んで六本木一丁目に見に出かけた。
以下、簡単に感想をかく。

和楽 明治42年 農家の庭先。右端にはキジネコ、左でみんなわいわい。犬もいる。和やかなムード。

行路難 大正11年 社会的リアリズムを目指したか、右には風に揺れる柳、左にはしおれたコスモスと夜逃げらしき一家と。生きてゆくのが難しい時代になりつつあった人々。

雪中梅花 大正七年 とても綺麗。これはしっとりとおちつく。

震威八荒図 大正五年 鷲ががおーっと吼える。時代かな。

秋草図 やさしくていい。

本当にほっとする。この展覧会をきっかけに皆さんが櫻谷をどんどん応援するようになれば、と願っている。
2/16まで。

大阪市立美術館「吉祥の意匠」など

大阪市立美術館の新春展示を見に行った。

吉祥の意匠
カザールコレクション、田万コレクション、田原コレクションなどの名品が集まる。

1.吉祥の花果
北宋~金~南宋~元~明~清、そして鎌倉時代と江戸時代の工芸品がある。

黄釉暗花牡丹文碗 景徳鎮窯 清代 嘉慶銘 とても綺麗。見込みにも外側にも。やや暗い中で静かに光るようだ。

犀角蟹文蓮葉形杯 清代 茶黒くなった犀角に蟹と蓮が。まるでほぼ同時代のガレを思わせるような作風。

青白磁刻花蓮唐草文梅瓶 南宋時代 おはり青白磁の釉薬溜りの綺麗さと言うのは普通ではないと思う。見るだけで動悸がする。

翡翠釉白地黒花蓮唐草文梅瓶 磁州窯 明代 青黒い。翡翠釉といえど、これは青昏い。

青花花替え唐草文鉢 景徳鎮窯 明代 宣徳銘 これは面白いことに見込みに枇杷が沈んでいる。こういうものはあまり見ないので楽しい。

豆彩瑞花文鉢 景徳鎮窯 明代 萬暦銘 外には桃、内にはザクロ。どちらも中華世界における吉祥果。豆彩だけに線の細い綺麗な図柄。

銅獅子文牡丹蝶鳥文鏡 鎌倉時代 この獅子はフレンドリーと言うか、なじみやすい可愛い奴で、肉球をぺろぺろしている。愛い奴よの~~

牡丹蒔絵硯箱 江戸時代 中は蘭…というか、蕙の方。室町あたりの水墨画でよく描かれた細いあれ。

2.龍と鳳凰
どちらも皇帝と縁の深い生命体。

唐代の鏡や簪の細かい造り。字面を見るだけで手が込んでいるのがわかる。
青銅狻猊双鸞唐草文八稜鏡、銀鍍金透彫鴛鴦宝相華文簪。
ああ、手書きすると腱鞘炎になるような文字の並び。とても綺麗。
盛唐の歓びを感じる。

清代の龍文袍がモデルなしで展示。かっこいい。袖口の刺繍に青い夜梅。
もう一つにはそれはなかった。

幕末から明治にかけて作られた登竜門蒔絵文箱あるいは硯箱がある。
いずれもたいへん立派。国の政治体制が変わるときにこうした立派な技能を持つ人がいるのも、思えば感慨深い。なにしろ新時代になった最初は必ず否定されてしまうから。

螺鈿雲龍文盆 琉球 ピカーーーーッ!!綺麗すぎるくらい綺麗。見ているこちらの目までキラキラキラキラ…

3.松竹梅と蓬莱
タイトルをみて日本酒とぶたまんを思い出すのはイヤシの証拠である。←わたしか!

松喰鶴文銅鏡 平安時代 花喰いから松喰いになった鶴。唐様から和様に変じたのが、こうしたところにも見受けられる。

鍋島焼の初期・盛期・後期の皿が出ていた。やはり一番好きな磁器は鍋島焼だと痛感。
青磁染付色絵という手の込んだものもある。盛期には凄まじいような技能が作品に顕れる。

木画箏 江戸時代初期から中期 綺麗なお琴である。鼈甲も使われていた。

蓬莱蒔絵料紙箱 亀三種に鶴一家。めでたい図柄。

4.宝尽くし・福の神・お正月
江戸から明治の福福しいもの。

七福神蒔絵卓 これは珍しいことに弁天さんが鹿に乗ったりしている。

蒔絵宝船形香合 明治になっても七福神人気は高い。真正面向きの船。

蜘蛛の巣に馬蒔絵伽羅箱 江戸時代の意匠だが、どうもタイムマシンに乗って過去や未来へGOGOGO!な絵に見える。
nec774.jpg

正月玩具蒔絵提重 これはまた細かい文様。手が込んでいる。

蒔絵筝形硯箱 鶯のいる初音柄。

これらとはまた別だが、これを見た日には他に和泉市久保惣記念美術館でも動物柄や吉祥ものを見ていた。
中でも唐代の鏡が大変よかったのを覚えている。
椿の森に蝶々の群れと雀の群れがあふれている図柄の鏡。見るからに幸せな気持ちになる意匠。こういうのもやはり「吉祥」文様だと思う。

次に「何故これがここに?!」なエジプト・コプト織のコレクションを見る。
昭和半ばに一括購入したそうだが、まさかこんなにたくさんのものをここで観るとは思いもしなかった。それからエジプトだけでなく東方世界からの遺宝をいくつか。

コプト織水辺文 小鳥もいて楽しそうな柄。
エトルリアの紀元前6世紀の赤色陶器 動物闘争文がくっきりと残る。
テラコッタの頭部 紀元前2~3世紀 ピゴリーニ博物館からもらったもの。

そして大阪市美の誇る仏像コレクションから。
「とおくてちかい 仏教美術」・・・うまいタイトルだ。
白鳳から平安、鎌倉、室町までの像や仏具と、平安、鎌倉、室町、南北朝、安土桃山までの仏画と高麗時代の仏画などがある。

それぞれいろんなお寺からの寄託品なので寺の名前が書かれている。そうなるとそのお寺にもお参りしたくなる。
不思議な楽しみが湧いてくるのを感じた。

銀製鍍金光背 鎌倉時代 四天王寺 これは変わったもので、15個の円形の中に仏の姿を写しているのだが、どこかイコンのような趣があった。エナメル製なのかと思われる雰囲気もある。うそのように細かい意匠でかっこいい。

春日社寺曼荼羅図 南北朝時代 薬師寺 上空に五つの円形が並ぶのは若宮か。

兜率天曼荼羅図 鎌倉時代 大阪・延命寺 緑色と白色だけで構成されている。鮮烈なイメージがある。

阿弥陀浄土図 鎌倉時代 大阪・実相寺 おや、これはまた珍しいことに當麻曼荼羅によく似ている。

中山寺参詣曼荼羅図 安土桃山時代 中山寺 ううむううむ、これはかなり遠い。
わたしは小学校二年のとき、遠足で中山寺の奥の院に行かされ、それがあまりに遠くて、いまだにトラウマになっている。

融通念仏縁起 室町時代 大念仏寺 さすが融通念仏宗の総本山。剃髪したり色々の図。

そしてなぜかここに平等院のあの雲中飛行の菩薩の一人のような飛天がある。
ついこないだサントリーで観たから間違いなさそうである。

焼失する前の法隆寺金堂壁画のコロタイプ印刷した阿弥陀浄土図があった。
思えば正倉院宝物より、敦煌莫高窟より時代が旧いのだ・・・

面白く眺めたが、これはやっぱり時間がもっといるな。
なんにせよいい展覧会だった。2/11まで。

以下、蛇足。

もう本当にここはお宝たんまりなのに、大昔から我がとこの宣伝するのが下手なのか、ツツマシイのか知らんけど、「えええーーーっこんなエエモンあるんやったら言うてぇな」なことが多い。
なにしろお宝の大半は市民からの寄贈品である。大大阪の時代、裕福で教養の高かった人々が「大阪の皆さんのために」とようさん寄贈しはって、それで出来上がったコレクションなのである。
そういう歴史も知らん、文化破壊者の何者かが政権を握ったことで、かなり危機が訪れている。
もっとネットを利用して宣伝するとか色々した方がいいよ、マジで。
お客さんを呼びこまないと、国民の宝であろうと壊そうとするヤカラが上にいる、という現実を打破できない。
わたしは微力も微力だけど、あくまでも大阪の文化を応援し、守り、発展させることをしたいと思っている。
そうして折りも折り、大阪の博物館関係を一本化とかなんか言うてるけど、それもよくよく考えれば暗い未来の暗示みたいなもんだしね。本当になんとかうまいこといくことをただただ願うてます。

徳川美術館「新年を祝う」本編

昨日の続き。ようやく本編にたどり着きました。

新年を祝う

華洛四季遊戯図巻 応挙・高橋宗尚詞書 わいわい忙しい。店の軒先にシダの大きいのをつったり、子供らは雪を集めて
いたり。そのそばのわんこが可愛い。懸想文売りもいる。節季候もいる。畳をバシバシする人々もいれば、松を設置するのに忙しい人もいる。年末から年始に向けてのある日。


大名家の正月行事

千代田之御表 楊洲周延 明治30年<1897>  シリーズもの。明治も30年過ぎるとこんな絵が出る。旧幕時代だとよくて手鎖、所払い。
正月元日諸侯登城御玄関前之図 大名も列をなして登城。官吏たちも大変。
御流れ 今も哀しい世代のサラリーマンたちが「お流れ頂戴」するが、その源流がここ。正月に登城してカワラケ(土器の酒杯)でお酒を一口飲ませてもらい、綿入れの小袖をもらって帰る。そのわいわいがやがやの様子を大仰に描く。
御謡初 武家の式楽は能楽で、観世太夫の舞を見た後、我先にと裃の肩衣を舞台に向けて投げつける。それを集めてどうするかと言うと、太夫たちは後日その大名家を訪ねてはご褒美を戴くというシステム。
たいへんやなあ。


姫君たちのお正月

千代田之大奥 楊洲周延 明治27-29年<1894-96> こちらの方が早くに世に出たか。
凄い造りの凝った漆塗りの桶にシダを敷き詰める。ピンクの打掛は舎密局とかお雇い外国人とかのことを背景に考えたら大納得。
こちらもやはりカワラケの酒杯。カルタで遊んだりしてなかなか優美。


他色々をみる。

腰替梅花文肩衣 エッシャー風な梅の変化を見せる肩衣。色も濃紺から薄い色へと変化。グラデーションと形の変容。

年初の書状も色々。成瀬隼人正あてのものなど見ると嬉しくなる。←津本陽「柳生兵庫助」ファンの身としては。

さて江戸から明治へ移りましたが、さすがに尾張家です。崩れはしません。
祝儀袋各種、 封筒各種 収集は明治-大正で、真光院良子(尾張家18代義礼継室)さん。
これが本当に可愛らしいぽち袋ばかりで、やっぱりこの時代の「かわいい」は今に通じることを実感。

正月と言えば昔はカルタでしたな。
語牌牒 天保8年<1837> 論語・孟子・大学・中庸からチョイスしたエエ言葉をカルタにしたもの。
武器かるた さすがに武門の家だけにね。
大名かるたに新古今かるたに伊勢物語カルタもあった。

双六も色々。

おさな遊び正月双六 広重 これは可愛い。
新板子供出世すご六 貞秀 遊べるわな。
新板春手始将棋双六 貞房 こういうのもあるのか。顔が将棋駒の人々の活躍。
本朝百勇伝英雄隻六 国芳 義家、為朝、清盛、将門、教盛、曽我五郎、義経、弁慶、頼政、謙信、信玄、楠公、渡辺綱、知盛、時政などなど…いかにも国芳らしくていい。
幕府出世双六 字ばかりのコマでやるので、大人向けかもしれん。内容が内容だけにねw

後は郷土玩具など。

羽子板、まゆだま、だるま、大黒、恵比寿、招き猫といった縁起物。
今年は午年だからと馬も揃えてある。
馬図 伝・雪舟 静かな絵。
古染付馬ノ絵火入、目貫などなど。
住吉左神馬、一宮御幣馬、天満宮神馬…春駒もあった。

たのしい展示を見て、気持ちも明るく徳川美術館を出た。
また次の機会までサラバ。

徳川美術館「新年を祝う」

徳川美術館へ行った。
ここは見るものが多くて、しかも展示室ごとに展示替えも細かにされるので、通いつめない限りは全容を把握する、などはムリもムリ。
尤も人気のあるお品お道具はしばしば現れるので、まぁそのあたりだけは(勝手ながら)なじみの気持ちで対している。

企画展もさることながら、そういうわけで歩く順に気に入ったものを書いてゆこう。

1.武家のシンボル
武具とか武家らしいものが並ぶ。

重籐弓 徳川宗睦(尾張家9代)所用 シゲドウの弓。かっこいい。わたしは武具はよく知らんのだが、「重藤の弓」といえば平家物語にも説経節の小栗判官にも現れる。
むろん尾張徳川家のお殿様の所用品だから素晴らしいものなのは当然である。
そして九代目さん頃だと完全に天下泰平なので(実際に享保から寛政年間の生涯)、実践に使うものではない。螺鈿が煌びやかに全体を覆い、見るからに美術品的な姿を見せていた。
なおこのお殿様は中興の名君と評判が高い。

厩図屏風 六曲一双の内 江戸時代 この厩図には世話をするオジサンたちも描き込まれている。馬たちもそれぞれ個性的。そしてこのうちの一頭の牝馬が信長の愛馬だったとか。
絵で見る限りはわたしにはどれがどれかわからないが、真ん中の小奇麗な馬がそうかもしれない。鬣を綺麗に小さくまとめられているからだが。

2.大名の数寄
茶の湯である。猿面茶室と言う立派な茶室が再現されている。

布袋図 徳川光友(尾張家2代)筆 三幅対の内 ほぼ正面向きの布袋さんの前には袋なのか腹なのか区別がつかない巨大なふくらみがある。
わたしは津本陽「柳生兵庫助」のリアルタイムからの愛読者で、兵庫助の息子で後の連也斎が光友公の剣のお相手に上がるあたりのことを、すぐに思い浮かべてしまう。
それでか、なんとなく親しい気持ちが湧いてくる。

青磁中蕪形花生 南宋 砧青磁。しかしながらとても透明度が高い、綺麗な色を見せている。口べりの薄さにときめく。

草花文紅安南茶碗 ベトナム16-17世紀 これは白磁に可愛い花柄がぽんぽんっと入っていて、見込みに「寿」の字だが、とても愛らしい。賞玩したい一つ。

赤楽筒茶碗 樂道入 岡谷家寄贈 わりと普通に筒型で、釉薬もピカピカしてはいない。しかしそれでも口べりは薄く、飲みやすそう。それにしても胴のザリザリ具合はどうしたことか。なぜ釉薬をもっと…と思っていたら、千宗旦の依頼品だったから。
宗旦はノンコウの仕事よりも、長次郎の作風だけを愛していた。

呉須赤絵扇形香合 千宗旦所用 明 半開きの扇形で、とても可愛い。絵柄も花にトンボが寄ってくるというもの。

唐子文金襴手仙盞瓶 明 二人の唐子が見えた。下にズボンだけはいて、頭に蝶々のような髷をつけて、喜んでガッツポーズしている。面白い絵柄。

3.大名の室礼
書院飾り。再現された広間の様子。

寿老人・鶴図 伝秋月等観 三幅対 室町 左右に鶴たち。真ん中の寿老人の前には牛のような鹿がいる。
二か月後の展示替えでは探幽の福禄寿に猫と鹿の図が出るらしい、

4.武家の式楽
もちろん能である。たいへん立派な能舞台が設置されている。実際に演能があるのかどうかは知らないが。

能面 小面 伝・元利寿満 江戸 ひたすら美しい。

白地亀甲に雪輪・蒲公英文縫箔 江戸 可愛い小さく八つ橋もある。タンポポの愛らしさが全開。こうしたところにも美意識が行き渡っている。

染分梅尽文素袍 江戸 色んな梅の意匠があり、中には光琳梅もある。途中で色もかわり、どこかエッシャーを思わせてくれる、小粋な素袍。

まな板附鯛・鯉(狂言曲「宗八」用)  江戸 これは作り物、舞台の小道具で赤の大きなタイと紺黒の魚と。元僧侶と元料理人の二人が主人に仕え、苦手な仕事を命じられたのをそれぞれ得意な方へ入れ替えて…そしてやっぱり主人と対決になるのだった。
可愛い小物である。

5.大名の雅び
奥道具、大名夫人・子供らのための様々なものが出ていた。

小朝拝・朔旦冬至図屏風 板谷慶舟 六曲一双 江戸 時季に合う屏風。朝臣たちは室内で並んで座すが、その前には白ごはんと箸だけが置かれている。
堅苦しさこそが儀礼の本質なのだと思う。

初音蒔絵硯箱 寛永16年<1639>霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用 例の国宝である。
巨大な鶯が座敷のとこにいた。探すとこんなところにいたのかという思いと共に、「鶯にしては巨大やな」と思いもした。途轍もなく丁寧な作りの「初音」シリーズ。
後に企画室でも初音蒔絵机が出ているのだが、あちらはもう殆ど鷲か鷹くらいのサイズの鶯だった。

横笛(龍笛)と高麗笛とが出ていた。後の方が細く穴数も違う。音色は知らない。

篳篥譜 応永9年<1402> 素人だからか、もう本当に難しい譜面にしか見えない。万歳楽、越天楽、千秋楽、とある。タイトルだけは知っているが普段聴かないので区別はつかない。
しかし千秋楽というのは芝居や相撲の終いの日だという感じがあるので、もともとは雅楽から来ていたそうだ。千秋万歳。ああ、そうか、寿ぐ言葉なのだ。

信西古楽図(模本) 宝暦7年<1757>  白秒で雅楽の様々な踊りの様子が描かれている。ちょっと面白すぎる顔の蘭陵王(羅陵王)がいて、これでは敵も味方も和やかな気持ちになるぞとか、そんなことを思ったり。

舞楽図巻 二巻の内 江戸 こちらは豪奢な彩色が施されている。綺麗な納曾利二人、羅陵王一人、北庭楽六人…

松橘蒔絵鏡台 聖聡院従姫(尾張家9代宗睦嫡子治行正室)所用 これが凄い造りだった。松に鶴亀の意匠なのだが、多重多層に彫り込まれた円台で、どこから見ても何かしら物語が活きていそうな表情が出ていた。こんな段のある彫り物がそれでいて小さいのだから、技能の高さをつくづく思い知らされる。ちびの鶴が隠れているのもいい。

ここで蓬左文庫へ入る。

旅をつづる
1.旅と詩歌
万葉集、伊勢物語、土佐日記といった読み物が出ている。そう、みんな旅と深いかかわりがある。
古代から中世の旅は気ままなものではない。

富士図 春・夏 伝・相阿弥 白と黒の富士山図。なにやら素敵だ。対比の美。

後拾遺和歌集 能因法師の一首が紹介されている。「白河ゆかずの一首」。当時大評判をとったそうだ。行かなくてもここまで歌えるのか、ということ。

西行物語絵巻 安永年間の模本 小倉山に大井川、奈良の鹿に富士山、武蔵野、巨大な秋草の庵…日本人の魂の根源には自然とのかかわりがあり、漂泊流浪の歌人への想いがある。
そういえば安永年間と言えば「赤福」が創業された時代だったな。
赤福もまた、かつては伊勢方面に出ないと食べられないものだった。

奥の細道図巻 与謝蕪村 須賀川や佐藤兄弟の妻たちの辺りが出ている。これはあれかな、何本も出ているのか、よく見かけるな。逸翁美術館にも同じところが所蔵されているはず。

東行話説 土御門泰邦 幕末に近い頃の個人の旅日記だが、なかなか面白そう。戯曲も漢詩も交じって、食べたものもあってちょっとしたグルメリポートにもなっているそう。
読んでみたいね。

2.大名、旅をつづる
参勤交代と東海道の旅

夏の日国に帰の記 徳川斉荘(尾張家12代) 天保14年<1843> この殿様はなかなか筆まめだったようで素直な気持ちでこまめに書いている。

東海道名所風景 文久三年 国貞ほか わたしが見たときは以下の絵師たちの絵がでていた。
広重 赤坂 遊女二人が座敷から表をゆく大名行列を見る。
芳虎 藤川 延々と行列。延々と土下座。
芳虎 宮 鳥居を行く行列。一旦ここで休憩。
芳艶 熱田一宮 延々と行く行列。
国麿 桑名 蜃気楼を見る行列一行。ただし本当に見れたかどうかはわからない。桑名は蛤の産地なので、蛤が気を吐いて浮かび上がるという蜃気楼を描いたのかもしれない。

地方巡検の旅

前述のお殿様の日誌。   
お国入り後も犬山に行ったり鵜飼いを見たりしたことを書いている。「知多の枝折り」「知多御道記」「岐阜の道しるべ」などと題したノートも残している。

御在所絵日記 弘化三年 これは誰が描いたのかは知らないが、戯画風な面白い絵で、とても楽しそう。宿で遊んだり舟に乗ってなんだかんだ。
幕末になるとこういう面白いノートがでてくるものだ。

名所図会の世界

都名所図会を中心に大和名所図会、紀伊国名所図会、木曽名所図会、伊勢参宮名所図会などなど。 
明治22年の遷宮の様子、26年の参宮鉄道駅舎などもあった。

奈良の絵では茶店で客の投げる鹿せんべをキャッチしてはむはむする鹿や、子供をなぶる鹿たち。お客もにこにこ。

摺物では慈悲心鳥、沙羅の白花などが綺麗に摺られていた。

企画室へ向かう。

Kawaii日本美術 若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで

日本人は「かわいい」ものが好きだ。
可愛い・かわいい・カワイイ・kawaii・・・
一口に「かわいい」と言うてもこんなにも種類があるし、「カワイイ」に入る範疇は途轍もなく広い。
山種美術館「Kawaii日本美術」展は副題が「若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで」というだけあって、思いがけないカワイイものを見ることができたり、知らなかった可愛いものを見いだせたりという、いい展覧会なのだ。

日本発の「かわいい」は今では世界中に広がる言葉・概念となり、「Kawaii」として知られている。
ありとあらゆる可愛いものをここで見てみよう。

1.描かれた子ども 人物の中のKawaii

伝・芦雪 唐子遊び図 子供らがより集まって琴棋書画を楽しむわけだが、さすが伝・芦雪というだけにまじめに賢い子供より、いたずらをする子供の方がずっと可愛い。
大体そういう子供の方が面白いですがな。

是真 金太郎図 対で山姥の方は後期。ここでは金ちゃんがうつむいて遊ぶ顔が可愛い。アリが柿をうんせうんせと運ぶのをじぃっと見ている。
是真は皮肉屋さんだというが、子供を描く目は優しい。

是真 菅公七童詠歌図 七歳で赤い着物着て賢そうなのだが、やっぱりあんまり小さいうちから賢すぎる子いうのは可愛くないな。

芋銭 農村春の行事図 大正期の農村なのかそれ以前なのかわからないが、トントしている図。トントは場所によりトンドとも言うしこれは左義長にもなるのかな。

松園 折鶴 エエ氏の家の姉妹が機嫌よく折鶴拵える図。折鶴と言えば鏡花原作でミゾケンの監督した「折鶴お千」という映画がある。わたしは実はいまだに折鶴が出来ない。
母も出来ないし、母の弟たる叔父もそれから東京の叔母も出来ない。
彼らの母たる祖母はわたしに奴さん・だまし船はよく教えてくれたが、折鶴は作ってくれたことがなかった…できない継承ですかな。
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小坡 虫売り この絵は清方の物売り図とも共通する、明治の優しい風俗を感じさせるもの。虫売りなんてのは東アジアでしかありえないわけです。いい音色にうっとりする、その心根こそが「可愛い」のだ。

古径 童女 無邪気におジャミで遊ぶ、オカッパ頭の少女。しかしね、わたしにはどうしてもこの子は妖艶さをちらりと感じさせるように思えて仕方ない。地味な拵えではあるけれど、長じて後にはさぞや…。
大正末期の作品。ふと「蓮池」を思い出した。古径もこの時代にはどこかゾクッ…とさせてくれる。

龍子 百子図 これは以前から好きな絵。ゾウさんが戦後に来てくれて大喜びする子供らの図。子供らと一緒にゾウさんも躍るような足取り。
龍子は若い頃童画も熱心に描いていたので、子供とゾウさんの幸せそうな絵には偽物ではない喜びと温かなまなざしが活きている。
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小虎 ふるさとの夢 越後獅子の坊やが野に伏せて、ふるさとの折々の行事を夢に見る。
出稼ぎに出て明日をも知れぬ旅先で見る夢は、あくまでも優しい。
小虎も可愛い絵が多い。そろそろどこかで大がかりな回顧展をしてほしい。

楢重 子供立像 洋画の子どもの登場。小出の長男やっちゃんの立ち姿。小出はなかなか子煩悩なひとで、フランスからの手紙などでも、やっちゃんの様子を尋ねる文章が少なくない。坊やは手にひも付きのてんまりを持ち、コールテンを着ている。
自ら「骨人」と称し、もこもこしたかっこうをする冬が嫌いな小出だが、子供のぬくぬくした様子は温かく描いている。

土牛 枇杷と少女 昭和5年のおかっぱ少女。左端に直立する。まるで昔のスナップ写真のような趣がある。緊張しているのか、表情が硬い。

青樹 愛児坐像 初めて父になり、幼い女児の姿を写す。籠には昔ながらの日本の郷土玩具とテディベアと。昭和初期の髪型がいい。赤い可愛いべべを着せて、縹色の毛氈に座らせる。
父になった幸せがそこにある。

忠夫 伊勢物語のうち筒井筒 秋の日の約束。子供らのふくよかな頬。いとしい。

森村宜永 夕顔 昭和後半のあるとき描かれたようだ。白扇に花を載せて現れる少女。古典の美が満ちている。

関山御鳥 琉球子女図 四扇に五人の琉球美人。紅型の着物をまとう。それぞれ色も柄も違うのを着こなし、可愛らしい。
なお、この画家の御遺族を山種美術館は探しているそうなので、もしご存知の方は山種美術館にご連絡願います。

小山硬 天草(納戸) 昭和48年。幼女合掌図。隠れキリシタンの幼い娘が一心にマリア様を拝む。切り絵のような絵。輪郭線が太い。黒地に十字のみ金色。
この時代にこの絵が描かれたのは社会的に閉塞感があったからだろうか、と後世のわたしなどは考える。


2.生きもの大集合 動物の中のKawaii

野崎真一 四季草花鳥獣図 幕末から明治の絵。虫とウサギが同居する図。
思いだした。明治5年頃か日本ではウサギが大ブームになったのだった。あと万年青もキタな。そのあたりを大仏次郎が小説に書いている。
野崎は文政四年(1821)~明治32年(1899)の人だから、兎ブームを目の当たりにしている。
もしかするとこの絵もそういう感覚があるのかも?

省亭 葡萄 籠から現れたネズミ。うーん、尻尾が膨らんでると「葡萄にリス」なんだけど、「葡萄にネズミ」はアカンのとちゃいますか。

関雪 霜の朝 白リスがいる。関雪のどうぶつは本当に賢そうに見える。

狩野永良 親子犬図
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可愛い~わんこファミリー。なで回したくなるなあ。
日本の18世紀のわんこ絵は流派問わず可愛いで統一されておる。

五雲 犬 朝顔の前でカイカイカイ・・・するわんこ。これはアシカとかああいうのに似てるな。そうそう、あの海獣たちは犬に似てるのがいる。

翠嶂 狗子 二匹のわんこが寝てる。奥のは熟睡、手前のはちょっと目を開けてこっち見たり。わかるわかる~わんこもにゃんこもこういうところある。

小虎 仔犬 もう本当に小虎は可愛いものが多すぎ。二匹のわんこがじゃれあう。あんまり可愛すぎて噛んだろか!!と思うくらいだ。眉麿の二匹、可愛いなあ~

辨自 薫風 こちらも二匹のわんこがいて、目を細めてじーっとする。風の匂いを感じ、それを味わっているのかもしれない。

わんこの次はうさぎ。

靫彦 うさぎ リンドウと一緒。白くて上品そうなうさぎ。ごく近年になって知ったのだが、日本の白兎はアルビノらしい。しかし日本のウサギの大半はこういうのだからアルビノといわれてもなあ。
なにしろオオクニヌシの昔から「ここに因幡の白兎 皮を剥かれて赤ハダカ」なのだし。

土牛 うさぎ アンゴラでほわほわな毛長の三羽。
ほかにパンダウサギの絵も出ている。

多々志 波乗り兎 タイトルだけならサーファーかと思うところだが、これはあれです、謡曲「竹生島」の月海上に、の波乗りうさぎ。ちょっと短いめの手足が可愛い。

玉堂 猫 ねーーーーこーーー!!あまりに可愛くてきゃーっである。これはカワイケの猫さん。川合玉堂のすべての絵の中でも特別大好きな絵。可愛くて可愛くてならない。
ちゃぶたん。なんて名前なのだろう。可愛いなあ。

土牛 寅 お年賀シリーズの寅。なんだか折り紙でこしらえたくなる。

藤袋草子絵巻 室町時代 サントリーから出張。小さい猿たちがなかなか可愛い。尤も話そのものはあんまり可愛くないのだが。
これを見ていると、近藤ようこ「雨が降るとも」に挿入されている「猿婿」の絵を思い出す。近藤さんは可愛い絵の方だが、このときの猿は「藤袋」の猿たちに似ている。
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小虎 仔鹿 淡彩で描かれたバンビがお花に首を傾げている。仕草が本当に可愛い。

栖鳳 みみづく 耳が立つからみみづく。烏瓜も一つふくらむ。なんとなくだが、このみみづくは若い奴に見える。

華楊 木精 ケヤキの木の根に止まり振り向くみみづく。
わたしはてっきり青蓮院かと思っていたが、北野天満宮だった。

雀の小藤太絵巻 室町時代 こちらもサントリー美術館から。赤坂見附時代にこの絵巻を見て、絵はがきを購入している。
今回は子を食べた蛇に向かい抗議する雀夫婦の姿に始まり、出家得度、雀百まで踊り念仏が出ていた。
可哀想な物語なのだが、やっぱり可愛い・・・

平八郎 桐双雀 福良雀というのか、木目込み人形または切り絵細工のような可愛らしさにドキドキ。

牧進 明かり障子 自宅の障子を開けたところへペットの雀のピー太が。絵では群雀だが、本当はピー太一羽の動きなのだった。水仙の可愛らしさ、雀の可愛らしさ、幸せな絵。

是真 墨林筆哥 漆絵。琵琶を弾いて歌う大カエルの周囲に小さいカエルたちが集まり、聞きほれる。歌う方も聴く方も気持ちよさそう。
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3.小さい・ほのぼの・ユーモラス Kawaiiってなに?

工芸品の小さくて初い奴らを堪能する。
お化粧道具のさまざま。こういう小さくて可愛い工芸品はしみじみと賞玩したい。

栖鳳 干し柿 だいたい栖鳳の描く食べ物はなんでもおいしそうで、なおかつ可愛い。この干し柿なんかも噛むと甘みがじわ~っときそう。さすが料理屋の息子やなあ。

麦僊 筍・慈姑・海老 こんな甘エビなんか皮をもいでみゃっみゃっと食べたいもんやわ。

小虎 伝説中将姫 井戸の周囲に。蓮が優しく大きく咲いている。ふっくら豊かな頬の姫とおつきのものたち。
とても可愛らしい。

若冲 托鉢図 墨絵でずらずら並ぶ僧たちを描く。これはあれよ、釘の並びみたいですな。

広重の五十三次から旅人留女、棒鼻の図がでていた。滑稽さが可愛いね。

素明 パリ風俗 二枚あるがどちらも洒脱な面白味があり、こういう風俗画は楽しい。

熊谷の絵も出張してきている。
とのさまカエル、セミ、蛍袋、うさぎなどなど。
熊谷の洋画は遠くから見ても近くから見ても可愛いから好きだな。やっぱりこういうのを見るとほのぼのした気持ちになる。

谷内六郎 にっぽんのわらべうた 1970年の作品。四点ある。
特に「うさぎうさぎ」が可愛い。月下、女の子らがのぞくのにも知らん顔で、輪になって懸命にはね続けるうさぎたち。見ているだけでうずうずっとくる。可愛いなあ~

今回、本当に「可愛いKawaii」ものばかり。見ていてにこにこするばかりだった。

図録がまた可愛い。
絵の紹介ページにクローズアップされた可愛いものたちがいて、楽しい台詞が入っていたりツッコミがあったり。
こういう図録は「本」として楽しく可愛い。

ああ、いいものを見た。2/2まで前期。2/4から後期展示。

七福神 幸福・富貴・長寿を願って

初めて熱田神宮へ出かけた。
ヤマトタケルの草薙剣はここにあったのだったかとか、あつた蓬莱軒はここのそばだったなとか、そんなことを考えながら、主神がどなたかも弁えずに出かけ、ちょっとお参りもしてから、宝物館へ向かった。
新春特別展「七福神 幸福・富貴・長寿を願って」
これを見に来たのだ。1390661561695.jpg


初めて来たから勝手も分からなかったが、展示品は毎月入れ替えとか。今回も東博、久保惣、敦賀市博、長浜城歴博、早稲田大学図書館などの遠方から借りている作品がたんとある。近いところで西尾市岩瀬文庫、こちらの熱田神宮所蔵品はむろん出ているが、意外なくらい豊かなラインナップで、これは小規模ながら、中部地方の隠れた立派なミュージアムなのだと知った。

1.幸福への憧憬
まずは本が出ている。

版本の古事記や日本書紀がある。日本の最初期の様子を描いた書物から、日本人の幸福感のかたちを提示する。
海の向こうから寄り来る幸せ。

大日本国開闢由来記 神代から鎌倉時代までの故事来歴を記した本で、国芳の挿絵がある。
海の向こうから少名彦命が波の上に立ってやってくるのを、大国主命らがお迎えする。常世から来られ、やがて常世へ去る少名彦命。描かれた少名彦命はごく小さく、これを見てわたしは、鏡花「山海評判記」の挿絵に現れたオシラ様を思い出した。
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少名彦神像 織田杏斎 明治の絵。そこには「酒造大祖」とも書かれている。三輪神社や松尾大社といった神社の酒に関する話を思い出す。昼は人が作り、夜は神が造る酒。

少名彦は薬の神様でもあり、大阪の道修町で祀られている。
安彦良和「ナムジ」では小柄で足萎えではあるが深い知恵者の老人として描かれ、ナムジ(後のオオナムジ=大国主)の事業を手助けする。
また佐藤さとるのコロボックル・シリーズでは、コロボックルたちの守り神は「スクナヒコ」さまだとある。

常世からの幸福について思いを馳せる日本人。
日本書紀のタジマモリの記述が紹介されている。
トキジクノカグノコノミを探して、ようよう戻ったら天皇は隠れておられた。
トキジクノカグノコノミは橘だという。飛鳥に五月一日に行ったとき、タジマモリの日だとして夏みかんをもらった。なるほど、これもまた橘の実であろう。

万葉集も出ている。水の江の浦嶋子(浦島太郎の原型)の伝承に対して詠まれた和歌が紹介されている。

諸星大二郎「海神記」は海人族と隼人らとの争闘と、常世への旅立ちを描いた作品で、常世へ行くことの激しい希求が示されていた。

昭和のいつに描かれたか知らないが、神武天皇の肖像画が額縁に納められたのが展示されていた。ちょっと変な感じがする。
明治神宮の歴代天皇の肖像画を思い出した。

播磨国風土記と古事記のうちから数字の「七」の不思議さについての記述を示す。
七の神秘性については日本だけではない。
そのあたりのことは水木しげる「悪魔くん」で深く記述されている。

風土記の紹介されたエピソードも面白い。父のわからぬ子を産んだ姫。その赤子が大勢の中から我が父を見いだして酒を注ぐことで、父は子を認知せざるを得なくなる。

2.七福神の成立 室町時代から江戸時代の初期にかけて
ここでも版本が多い。
木造狂言面も大黒と恵比寿があった。

七難之図 源琦 これは師匠の応挙の七難七福図の模写である。昨秋わたしは原本をみているが、さすがに源琦だけに巧い。地震でふるえる人々を描いたシーンだった。

注連飾りの蘇民将来子孫家などと書かれた木札もある。

面白い絵が出ていた。
こちらはチケットのめでたい絵である。
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梅津長者物語。七福神がどこかの座敷で合奏し、踊り、というめでたい図。布袋なんか殆どシンセサイザーのように琴を弾く。大黒は黒大黒である。
さて、わたしが見たのは別なシーン。
梅津に住まう夫婦が七福神の加護を受けて貧乏神から解放され、裕福になる。ところがそれを狙って盗賊が押し寄せてくる。家に出入りしている七福神は盗賊を撃滅する。
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恵比寿は釣り糸で盗賊を絞め殺し、大黒に至っては、めでたい打出の小槌で盗賊の頭を粉砕、一撃必殺血しぶき全開という状況である。
また、弁天さんは稲荷の本地という設定で、狐と童子たちがよく働いていた。
これを見ただけでもここへ来た甲斐があったような気がする。

3.七福神のプロフィール
七人それぞれの紹介を版本や木造の像や絵などで送る。

・大黒 
熱田神宮古絵図 境内図である。室町のものだが色もきれいに残り、残欠とはいえ大きい。中に恵比寿大黒を祀る祠も描かれていた。

・恵比寿
ヒルコからめでたい神への変遷。名古屋でもえべっさんをするのを初めて知った。こちらは正月五日の話。
関西では九日十日十一日の三日間である。

・毘沙門天
暁斎のかっこいい図が出ていた。
平安時代の木像もある。
わたしは信貴山の毘沙門天さんに申し子して生まれてきたので、信仰しなくてはならない。

・弁財天(弁才天)
室町時代の絵が出ている。15童子と一緒。15少年漂流記というのがあったな。
絵には黒い顔の大黒さんもいる。

熱田神宮所蔵の弁天さんと童子たちの像が箱に収められたものがある。ちょっとしたフィギュアのようで面白い。
諸星大二郎「栞と紙魚子」シリーズの弁天さんをどうしても思い出して、申し訳ないがウケてしまう。

・布袋
もしかすると一番人気があるのは・・・

・寿老人
雪舟の絵が出ていた。梅くぐり寿老人。目の鋭い老人である。
応挙も描いている。こちらは西王母と一緒。

・福禄寿
杖をついた福禄寿と亀のみつめあい。ほんわかナゴヤかムードである。原在中の絵。

怖いのは若宮八幡社所蔵のからくり人形。やたら大きくて妙に怖い。

4.描かれた福の神 七福神信仰の諸相
浮世絵から明治大正のビラまでいろいろ。

福禄寿の毛ぞりもある。これは鏝絵でも人気の図像。
商店のビラでは、オープンカーにのる恵比寿大黒の絵があり、笑ってしまった。

5.熱田神宮の初えびす
やはり所変われば品変わるで、ここの熊手も蓑も大阪や西宮とは違った。

6.七福神に加えられたメンバー

田中訥言 七福神図 くつろぐ七福神。鹿も白狐もいる。野宴の最中。弁天さんに稲荷の本地というのでかと思ったが、そうではなく単独で稲荷神が入り、それで狐をつれてきていたのだった。福禄寿と寿老人は同一視。

アメノウズメも仲間入り、吉祥天女もそう。
そうそう、仙台では「仙台四郎」も仲間入りだったはず。
そして諸星大二郎によると、「六福神」は凶悪だった設定。

7.幸せを招く宝物
熱田神宮のお宝が出ている。

蒔絵、鏡、香炉、刀などである。
中に御所人形の「高砂」もあり、可愛らしい。

見るところの多い展覧会だった。
1/28まで。

物黒無 モノクローム

正木美術館は北摂住まいのわたしにとって遠い地にある。
駅からも離れているし、その駅に行くのもも遠い。
それでも行きたくなる魅力がある。
「物黒無」
ああ、モノクロームの当て字かとすぐにわかったが、しかし何をどのように展示しているかは、字面だけではわからない。
わたしは何も考えることなく出かけた。行けば分かるだろうと思いつつ。

駅からの長い道を歩きながら考えた。
写真家の杉本博司とのコラボレーションだということはわかったが、何をどうしたのだろう。杉本が正木コレクションを撮影したのだろうか。
随分以前、まだ大阪に萬野美術館があった頃、その萬野の山荘で篠山紀信が「萬野美術」として、山荘の人工的な自然の中でコレクションを撮影した。
あれは衝撃的な<事件>だったが、杉本もその道を往くのだろうか。

入ってすぐにリストをもらい、一覧をみる。
夢記断簡、大燈国師墨蹟、カリフォルニア・コンドル、大燈国師墨蹟…
夢記は明恵上人、墨蹟はタイトル通り、そしてカナ文字は「杉本博司作」とある。
始めの四点だけで既に鎌倉と現代とが混ざり合っている。
タイトルは「物黒無」である。モノクロを連想させ、なおかつ何かしら「無」をも想起させる中身なのだろうか。
リストをもらってからガラス越しに展示品を見るまでの短い間に、色々なことを考える。

無と言えば、とわたしはまだ考える。
石川淳「至福千年」には「む」という字が何度か不思議な顕れ方をした。隠れキリシタン2派の暗躍の最中にまず「夢」としての「む」、次いで霧が立ち込めて「霧」としての「む」、そして最後に聖セバスチャンの殉教のように矢で射ぬかれて死ぬ虚無僧に顕れる「無」としての「む」。
妄想はいくらでも湧き出してくる。

夢記断簡をみる。
「ある少女が成親から行儀を習う」という内容である。その(藤原)成親は後白河院と男色関係にあった。この時代のそうした関係はごく普通だったという意味のことを、杉本は書く。
わたしはそれを読んで五味文彦「院政期社会の研究」を思い起こす。成親は悪左府・藤原頼長とも関係があった。いちばん始めの展示からこんな風にわたしを喜ばせてくれる。

杉本の撮ったカリフォルニア・コンドルがあった。
左右に大燈国師墨蹟がある。つまり三幅対という形である。
そして解説によると、このカリフォルニア・コンドルは活きているものの写真ではなく、剥製になってからのもので、展示物を撮影したそうだ。
ジオラマ・シリーズの一。これはコンドル三尊と言うらしい。
「どんな虚像でも一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」
杉本の言葉である。
それはわたしも深く共感する。ジオラマは確かに撮影すると実景化する。特撮映像を思えばたやすく理解できる。だからこそミ逆に、ニチュアやドールハウスの写真集にはなにかしら小さな落胆があるのだ。

杉本はこの情景を「瀟湘八景図を背景に」重ね見ているそうだ。
だから当然ながら瀟湘八景図巻が現れる。
雪村の水墨画が。

展示は更に加速する。
元代の王冕の墨梅図の前に、鎌倉時代の根来塗の黒瓶子が対で設置される。これもまた絵を本尊にしての配置なのだ。手を合わせると、梅花の花びらが舞い散るかもしれない。

そしてなぜかいきなり解体新書が現れる。初版本らしい。小田原文化財団からの借り出し。
脳髄の項と妊娠の項とが出ている。
「夫脳髄者其形梢圓而軟盈在頭蓋之内…」
他に足の解剖図があり、「進撃の巨人」を思い出した。

禅の祖師図がある。
五祖弘忍図と六祖慧能図。それぞれ鎌倉時代の絵だが、絵師の名はない。賛はそれぞれ清拙正澄と無学祖元。
個性が際立つ二人。その二人に挟まれる、というよりその二人を従えて、杉本の華厳滝図がある。
モノクロの水墨画をそのままにしたような滝は、しかし着地時点では現実風景が出てしまう。この二人を配置しての華厳の滝は、日本の風景から離れて、どこか遠い非現実の地の絵になってしまった。

舞楽図屏風下絵がある。これも小田原からの借り出し。素描と白描と。森川如春庵旧蔵品。

梵字文殊図 一目見るとも何かチリチリチリ…している。長い髪の文殊であるが、このアウトラインは全て梵字で構成されているそうだ。
可愛らしい文殊ではある。

叭叭鳥図が二枚並ぶ。どちらも室町時代。雪村のは2羽、等春のは1羽。
室町の水墨画を代表する鳥である。
そしてこの鳥は、カリフォルニア・コンドルでもある。平成の杉本の撮った彼らは、室町の叭叭鳥なのだ。

白地鉄絵蝶文鉢 磁州窯。北宋から金代 以前から好きな鉢。黒い蝶が連帯を組んで縦並びに飛び続ける。どこまでも飛ぶ。丸い胴の周囲を永遠に。

須田悦弘のスミレと雑草がある。雑草は時折ここの埴輪の花かんむりにもなる。
スミレは単品展示だが、雑草は中国の戦国時代の陶製舞人像と共にある。
鳥もいて、腕を挙げる舞人と共にいきいきしている。

須田の白椿は古信楽の蹲り花入に活けられていて、やはりこの取り合わせがいちばん綺麗だと思う。

最後に
杉本の撮った松林図をみる。対幅である。横に広がる松林。昏い松林。遠いようで近く、近いようでも決してたどりつけない距離の先にある。
不思議な時間帯に撮られた風景。どこにあるのかもわからない。
物黒無、その言葉を深く実感する風景だった。

2/2、節分の前日まで。

大浮世絵展 2

続き。
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第五章 浮世絵のさらなる展開
幕末の浮世絵師と上方の浮世絵師。やはりこの時代のが一番好きだ。

菊川英山 両国涼之図 三美人がリアルな姿態を見せる。

渓斎英泉 田川屋前の芸者 笹紅をつけた女。黄緑色の田川屋の門前にいる。

渓斎英泉 仮宅の遊女 一面藍摺り。背景も藍色。かっこいい。これは後摺り。

英泉 岐阻街道深谷之駅 簡素に描かれた人々。後ろにはシルエットで人々が表現。提灯もついている。
後摺りの方はその提灯のライトもないそうだ。

北斎 よつや十二そう 非常に広大。今の新宿御苑の一部だったか。滝まである。そういえば一度も御苑に入ったことないな、わたし。

風景画というものはすっかり景色が変わっていたとしても、見るものにそこへゆく気を起こさせるものだ。

富嶽三十六景からは凱風快晴、神奈川沖裏、甲州三島越、尾州不二見原が出ていた。
外人に圧倒的人気のある「波」は、特にフランスで愛された。ゴッホは波を爪に見立て、ドビュッシーは音楽を生み出した。
桶越しに見える富士、わたしはこれが好きだ。

北斎 紫陽花に燕 綺麗。↓方面に降下する燕。これは所蔵するベルリン国立アジア博物館の展覧会で見た気がする。もしくは「花と緑の博覧会」関係の展覧会か。

百物語も全部出ていた。これはこの一期と名古屋・山口のみ。わたしがいちばん好きなのは小はだ小平次、お岩さん。
さらやしきも好きだが、笑ひはんにゃは怖く、しうねんはイヤな感じ。

北斎 若衆図「蜀山人囲繞名蹟集」より 刀を差す美少年を横から描く。
「をみなへし なまめきたてる前よりも うしろめたしや 青きはかま腰」
ええ狂歌やな、蜀山人。ふふふ、思った通り衆道の歌と絵。いいねえ~

北斎 墨提三美人 肉筆画。籠で掬う一人、見る一人、タバコを手にする一人。
 
北斎 近世怪談 霜夜星 読み物の挿絵。北斎は挿絵が実に巧いと思う。これなども本当にいい。話は「かさね」もの。鏡に映る変な顔、かさねの亡魂も刀をかじったり。

広重 木曾海道六拾九次之内 拾九 洗馬  夜景。柳に風。葦の葉も揺れる。舟をこぐ人がいる。抒情とは風景の中に静かに人が溶け込むことをいうのかもしれない、と思うときがある。

江戸百もいくつか。
大はしあたけの夕立 ゴッホが模写したのだったっけ。雨の描写がすばらしい。日本の木版画の技術の高さはやはり凄い。

浅草田甫酉の町詣 例のにゃんこ。可愛いなあ。よくよく見ると、そばに蛸唐草の鉢があった。広重や国貞、国芳くらいから染付の鉢や皿が描かれるようになるな。

広重 近江八景之内 比良暮雪 遠景に雪。山が白くなって、川に小さな舟と人がいる。
音のない静かな世界に雪が降り積もる。

国貞 五節句之内 文月 切子灯篭の下で踊る女たち。揃いの浴衣で明るい風情。浴衣も大胆な四色大縞柄でいい感じ。

国芳 八犬伝之内芳流閣 これは名古屋市博の高木コレクション。色の出がいい。
高木コレクションは国芳の名品をたくさん持っていて、わたしも以前に大いに楽しませてもらった。

国芳 讃岐院眷属をして為朝をすくふ図 これも再来月の府中市美に出てくるが、いい絵だとつくづく思う。そうそう、以前府中市美で国芳展をしたとき、この巨大ワニザメの背中に豆絞りの猫が踊る看板を作ってたな。「猫もがんばってます」というのがよかった。
為朝、いい男に描かれている。

国芳 猫のあて字 うなぎ おいしそう~~♪ またうなぎの「ぎ」の字の「゛」がウナギのアタマの半助で出来てるのが面白いわな。ああ、ウナギ食べたくなってきた。

国芳 深見草獅子彩色 これは面白い。青の唐獅子と紅の唐獅子とをチーム分けして、顔を寄せ集めてそれぞれ青牡丹・紅牡丹を拵えてる!7:8の割合なのだが、可愛い!ブサカワやわ。獅子たちはガオ~っなのだが、それでもまとまってチーム一致協力してますがな。みんな表情もそれぞれ個性豊かで面白い。

歌川芳艶 木曾山中樋口兼光大猿退治 これは太田でも見たかな。ツタの絡まる大木と大猿の。師匠ほどの面白味には欠けるが、迫力ある絵。

葛飾応為 夜桜図 これはメナード美術館所蔵の名品の一つ。ぼんやりした暗い明るさというのが、江戸の夜には存在したのだ。短冊と女。
今年はどうやら応為(おえいさん)がブームになる一年らしい。
おえいさんを描いたマンガと言えばやっぱり杉浦日向子「百日紅」がいちばん好きだが、ほかにも上村一夫「狂人関係」、石ノ森章太郎「北斎」がある。
上村のおえいさんにはつつましさと情念とがあり、せつない。
石ノ森のおえいさんはやや典型的なキャラ造形で、そのあたりは面白くない。
江戸博の常設の江戸ゾーンに北斎とおえいさんの住まいがフィギュアとジオラマで再現されているが、そこにいるおえいさんは、「百日紅」のおえいさんよりさらに10歳ばかり上で、何を言い出すかしれたものではない顔つきである。

上方の絵も出ている。
祇園井特 太夫道中図屏風 太夫の前を行く振袖新造も可愛い。太夫は綺麗。井特にしてはひねりを加えない美人画である。

大坂では本職が浮世絵も描いたろうが、芝居好きで腕に覚えのあるものがしばしば巧い芝居や役者絵を描いている。

松好斎半兵衛 二世嵐雛助の放駒長吉・二世嵐吉三郎のぬれかみ長五郎 これは右が千葉市美、左が十母文庫所蔵品で、この機会に再会したらしい。いいことです。
久しぶりにこの芝居が観たくなった。

春好斎北洲 三世坂東三津五郎の大判事清澄・三世嵐小六の久我之助・三世中村松江の娘ひな鳥・三世中村歌右衛門の後室狭高  これは池田文庫の名品。好きな絵。妹背山の悲劇のカップルと悲しい親たち。一枚に二人ずつ父と息子、母と娘。上には今が盛りのピンクの櫻。
三世三津五郎は江戸で大人気の役者。三世歌右衛門は上方随一の役者で、番付に「カネル役者」という凄い称号で載った最後の人。
わたしは長いこと、この三世歌右衛門の錦絵の追っかけをしていた。今はある程度充実している。

歌川国員 五世坂東彦三郎の早野勘平・二世尾上菊次郎のおかる・二世中村仲助の鷺坂坂内 「道行旅路花婿」の舞台を描く。実際にこの配役で演じられたにしても、いつのことかは私は知らない。

滑稽浪花名所というシリーズものがある。
場所により絵師が異なる。
一鶯斎芳梅 桜ノ宮 杭に当たり小舟が沈む!!逆とんぼりになる女。
北粋亭芳豊 ざこば魚市 タコに捕まる人にウナギ大暴れに墨吐かれる人などなど。
市鶯斎芳梅 住吉 太鼓橋でこける人々。お嬢さんビビる。まぁ現実はここまで丸ないがなw

寿好堂よし国 西扇や雛咲太夫のえぼし着 これはまた美人。きりっとして眉の濃い美人。

木村黙老編・流光斎如圭、松好斎半兵衛ほか 芝翫帖 六歌仙の見立てか。


第六章 新たなるステージへ
明治から大正、昭和へ。

落合芳幾 東京両国川開之図 「京」の字がこの時代らしく口でなく日で書かれていた。にぎやか。菊五郎らが屋形船の屋根にいる。役者たちにハメている。イナセな風情。のりきりの菊、あら波の権などなど。

月岡芳年 報知新聞 第565号 絵が全面に出ているゴシップ記事。芳年は報知、芳幾は日日新聞で活躍した。
すごく今の時代と似ている明治初期の日常。
ストーカーになった男が離縁した元妻を殺す。すごい血しぶきなのは芳年だからというのもあるが、世間がそれを望んだというのがあるわな。

芳年 奥州安達がはらひとつ家の図 今気づいたが、逆さ吊りにした妊婦の腹を裂くために包丁研ぐのだが、タイトルは「安達が原」と妊婦の腹一つをかけたタイトルなのだな、これは。ひとつ家に遊女も寝たり萩と月
その一つ家なのだが、ここには鬼婆。外には夕顔。
この展覧会を見ているとき、欧米人の子供らが20人くらいきて、わいわい言いながら見てたのだが、この絵はさすがにみんなシーンとなってしまった。
先生が「スケアリ・・・」とつぶやいたが、確かに怖いですわな。まぁあんまり小さい子は見ん方がよろしい。

芳年 月百姿 わたしが見たときは「夕顔」と「烟中月」が出ていた。

小林清親 画布に猫 これは好きな絵。ユーモアと猫の可愛さを実感する一枚。

河鍋暁斎 元禄日本錦 け 倉橋伝助武幸 や 岡島八十右衛門常樹  力強い。赤穂義士。明治18~19年頃の作。

楊州周延 欧州管弦楽合奏之図 優美な人々。「岩間の清水」を合奏する。楽譜も見える。
周延は上流階級の人々を描いたものに名品が多い。

周延 千代田城の大奥 カルタどりをする女たち。見るからに上品。

豊原国周 見立三勇志 西南の役の三人を団菊左で描く。テーブルについているのだが、ガラスコップやゼリーまたはババロアらしきものも描かれている。

橋口五葉 化粧の女 ああ、やはり綺麗だな。渡邊木版の仕事。

伊東深水 対鏡 やっぱりこの作品は本当にいい。配色も絵柄も構図も何もかも。

山村耕花 踊り 上海ニューカルトン所見 これは千葉市美「日本の版画」シリーズのチラシにも選ばれた作品だった。1920年代のモガのかっこよさが出ている。

川瀬巴水 塩原おかね路 夕暮れ。人と馬が黙って歩く。今日もやっと終わったのだ。

巴水 日本橋(夜明け) これは江戸博所蔵の分。20年くらい前、東京を近代版画で描く展覧会があり、そのときのチケットはこの絵だった。
千葉市でも大田区でも巴水の回顧展が開催されているが、そこでもこの絵は展示されている。大切な一枚。

版画の面白さをもじっくりと楽しめる展覧会だった。
二月にも再訪するが、そちらもとても楽しみ。
「大」を冠するにふさわしい展覧会だった。

大浮世絵展 1

大浮世絵展の1期目に出かけた。
なにしろ「大」浮世絵展なので、量が凄まじく多い。東京では8期に細かく分かれている。
尤も東京でも見られないものはある。名古屋と山口だけというものも少なくはない。
たとえば「浮世絵前夜」の章では松浦屏風はは山口のみ・堀江物語絵巻(岡田本)は名古屋のみということである。
そのかわり彦根屏風は東京の1期目にしか出ないので、わたしはそれを目当てに14日の火曜の朝一番に出かけた。

第一章 浮世絵前夜
現在では近世風俗画と呼ばれるようになった屏風や立ち美人図などが集まる。

風俗図屏風(彦根屏風) やはり間近で見ると色々新たに気づくことも少なくない。
髪の裾の始末である。女児はまっすくおかっぱさんだが、女たちは案外不揃えにしている。まだ髷にする前の時代なので、垂らし髪も色々工夫が出来るのだ。
それに案外みんなくせ毛だったりする。それは松浦屏風もそうだったか。
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婦女遊楽図屏風 伝・又兵衛 顎が長いのでそうではないかと。屋敷の濡れ縁と庭で男女がいて、それぞれしたいことをしている図。楽しそう。彩色はそんなに絢爛ということもない。

微笑む美人図・若衆図 衣裳の意匠を見ると、いかにも寛文美人な二人。女は白・男は黒を地にして大胆な図柄の意匠。派手でかっこいい。ミラノ・コレクションのようなムードがある。男のやたら長い刀は実用品ではなく、完全にファッション。

第二章 浮世絵のあけぼの
師宣、鳥居派、宮川派、西川、奥村辺りまで。

師宣 北楼及び演劇図巻 寛文11年 男と色子らしきものが寄り添う姿を第一に見つける。男は前を歩行する女を見ているが、色子はそんな男を見つめる。

師宣 戯れへのいざない これは礫川所蔵分。手彩色なし。寝そべる男の足に座る女と、その腰を撫でる男と。これは12枚組のもので、わたしは4場面目までは見たが、その続きをぜひとも見てみたいものだと思っている。

杉村治兵衛 十二段 よしつねたびのなさけ 漂泊流浪の貴種はやたらと女出入りが多い。
手彩色らしい。座敷で侍女らから接待を受ける。

鳥居清信 上村吉三郎の女三の宮 柳下で斑猫と。これは元禄の芝居の中の舞踊シーンらしい。丹絵。

鳥居清倍 出陣髪すき 麻呂眉の義経の出陣に際し、静御前らしき女が髪を整えている。江戸博所蔵品だが、わたしは初見。

宮川一笑 正月風俗図 白梅の咲く日。華やかな人々がいる図。

西川祐信 衣通姫図 これは京都でしばしば見る。蜘蛛の糸の下がるのを見て歌を詠む姿。
この絵もこうしてここに出てきている。そういえば奈良県美の安度の立美人図もあった。

奥村政信 武者絵尽 わたしが見たときには「碁盤忠信」のところ。碁盤を踏みながら敵を倒す忠信。そういえばわたしはこの芝居見たことないな。

奥村政信 羽子板を持つ八百屋お七 慎ましく立ちながら心は燃えているようで、櫛にも「吉」の字が。

奥村政信 新吉原大門口中之町浮絵根元 浮絵で表現だからそれこそ浮き立つような感じがある。

西村重長 三幅対 ひよくの三曲 緑色が出ている!これはなんと白と緑だけの絵。ちょっとびっくりした。鮮烈な感じ。笛・三味線・胡弓を連奏する三組のカップル。着物もそれぞれ凝っている。右端の男は波兎柄。

石川豊信 市川海老蔵の鳴神上人と尾上菊五郎の雲の絶間姫 菊水柄の着物。頬杖する上人。下座が聴こえてきそう。

鳥居清満 枕相撲 くくり枕を使うゲーム。罰盃もあるようで、女たちがわいわい。島台も出ている。つまり絵を見る観客は、その場にいる客の視線と同じなのだった。
ところで丁度この前の鳴神上人と雲の絶間姫とのやりとりのなかで「くくり枕」が出てくる。軽く色っぽい話。

第三章 錦絵の誕生
春信登場。彼の追随者たちと北尾まで。

春信 見立為朝 強弓を弾く達人為朝の見立て。波柄屏風の前で弓を持って立つ男と遊女二人。明和二年のカレンダーでもある。それを見つけ出すのも楽しみになる絵。
男はきりっとしているが、やっぱり春信らしくなよやか。

春信 雪中相合傘 大英博物館蔵のが来ている。人気の絵。男は黒の頭巾をすっぽり、女は白をすっぽりかぶる。寒さしのぎもさることながらこのスタイルがかっこいい。
白と黒はやはりかっこいい。クールジャパンはこの時代から続いているのかもしれない。
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春信 百人一首 蝉丸 むろん見立て絵である。江戸人の教養は「これやこの」くらいササッと頭に出るのだ。茶屋女が男を引き留める。犬もいる図。

一筆斎文調 墨水八景 綾瀬の夕照 黄緑色の目立つ絵。春信風な様子。川が流れるのは綾瀬川か。望遠鏡で覗く男がいる。

一筆斎文調 三世松本幸四郎の曽我五郎 この五郎は竹と刀とを持つ。夜、今から出るのかそれともまだか。

勝川春章 仲蔵の髯の意休・松助のかんぺら門兵衛・里好の三浦屋揚巻・五世團十郎の助六・三世宗十郎の白酒売新兵衛  うまいこと5分割されている。この五世團十郎は上記の三世幸四郎。助六は今も人気の芝居。

勝川春好 三世瀬川菊之丞 大首絵。唇が開き、舌がのぞく。なかなか色っぽい。

勝川春章・北尾重政 青楼美人合姿鏡 ゆたかなムードがある。扇屋の女たちのいる一室。

磯田湖龍斎 東扇 扇屋花扇 女と禿。扇面に面白い構図で描かれている。

北尾政美 江戸両国橋夕涼之景 花火が上がる。下の茶屋には客はちらほら。

第四章 浮世絵の黄金期
清長、歌麿、写楽、豊国まで美人画オンパレード。

清長 風俗東之錦 萩の庭 武家のご婦人方のいる風景。

清長 当世遊里美人合 叉江 なかず、と読ませるらしい。川の下流西岸の埋め立て地にある遊里。遊女たち。

清長 美南見十二候 六月 品川である。舟も見える。沖の暗いのに白帆がみえる~ではないが、その品川。気持ちよさそうな妓楼のベランダ(!)。宴席にはまだ染付はない。
品川といえば「土蔵相模」が有名。

清長 大川端夕涼 いろんな女たち。両国橋もみえる。竪川の木場もある。対岸の景色。大川端といえば「御宿かわせみ」があるが、清長の時代はまだなかったか。
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清長 吾妻橋下の涼船 鰹をさばく人もいる。行き合う船たち。

清長 三世八百蔵の古手屋八郎兵衛と里好の丹波屋お妻 天明五年。二階に遊女としてのお妻がいる。庭には頬かむりの八郎兵衛が刀に手をかけて立っている。
悲劇はすぐそこに近づいている。

勝山春潮 田圃道の遊山 奥では小さい人々がよく働く姿が見える。

歌麿 画本虫撰 下 野菜が描かれている。茗荷、南瓜、茄子、そしてカタツムリにバッタ。

歌麿 鮑取り 海で働く女と見る女と。

歌麿 北国五色墨 てつぽう 最下層の女郎を言う「てつぽう」は鉄砲、つまり「当たると死ぬ」。当たるのはxx。
胸をはだけて、口で紙をくわえている。
北国は吉原。たぶんこの女のいるところは羅生門河岸だろう。別名「鉄砲河岸」とも呼ばれたところ。

歌麿 錦織歌麿形新模様 白打掛 線なし。色で表現された着物。

歌麿 難波屋おきた これにはびっくりした。表裏一枚に難波屋おきたの全身像が描かれている。表から裏へ突き抜けてそちらには後ろ姿が描かれている。
こんな絵は初めて見た。

勝川春英 二世中村野塩の腰元お軽 変な顔つき。ハイ?なんですかこれ、なポーズ。

写楽 三世市川高麗蔵の志賀大七 これは例の鼻高幸四郎の前名時代。見慣れているはずの、髪のほつれた男の顔もこうして考えると、ほくろを探したくなる。

歌川豊国 役者舞台之姿絵 やまとや こういうのをもっと見てみたいのだが。
 
歌川豊広 豊国・豊広 両画十二侯 二月 三枚続 子供らも楽しそうにしている。

長くなるのでここまでで一旦終わる。

大倉コレクションの精華Ⅲ 工芸品物語 美と技が語るもの

大倉集古館で「大倉コレクションの精華Ⅲ 工芸品物語 美と技が語るもの」をみた。
今は前期で、来月から後期。
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工芸品は好きで、古いものから新しいものまで満遍なく見る。新しいものに古い良さがあったり、古いものにキラリと光る新しいものが見いだされもする。

鶴松文様染付花瓶 明治時代 これは開館記念という由来があるそうだ。鶴は大倉喜七郎とゆかりのある動物。鶴彦というのが喜七郎の雅名。

長生殿蒔絵手箱 鎌倉時代 梨地に扇面図という構成。めでたい絵柄でまとめた手箱。

青磁染付宝尽文大皿 鍋島焼 江戸時代 発色がきれいな大皿で、お宝もくっきりハッキリ。

時期は違うが、菊柄のものがたくさん出ていた。
菊水蒔絵硯箱 江戸時代 よく咲いている。密度が高い。  
菊水蒔絵乱箱 江戸時代 この菊水は湊川神社紋に似ている。大楠公の菊水。

菊蒔絵香合 明治時代 正方形。かっきりしている。
菊蒔絵香割道具 明治時代 繊細。偶然か、菊水は江戸、菊だけというのが明治に多い気がする。

名所を描く工芸。
田子浦蒔絵文台・硯箱 明治時代 富士山の下に広がる田、田、田。そこにいるいる、つるつる、びっくりするくらい鶴がいる。鶴たちが田でついばむ。
これはあれか、かるがも農法ならぬ鶴農法か。

吉野山蒔絵五重硯箱 繊細な作り。中に入る墨が金に藍色で桜を意匠化している。

香道具を見る。
説明を聞いても覚えられないが、優雅な道具が揃っているので、見るだけで楽しい。

花唐草文蒟醤塗菓子器 タイ・20世紀 なかなかきれいな線描で文様が入る。

自在置物 明珍家の人の手によるものなど。蝶、鯉、カニ、カマキリなと゛。見るからに可愛い。日本の技術の高さを感じるわ。

秋草蒔絵文台 富田浩七 明治時代 高台寺絵巻の写し。後の世にもこうして美は受け継がれる。

蔓葉蒔絵大棗 田口善国 1993年 とてもモダンな、と思ったらほんの20年前の作品だった。かっこいい。

本渓湖煤鐵有限公司図花瓶 1935年 これはその当時完成した工場の様子を映したもので、記念品として作られたものだそうだ。時代を感じる。

銀製宝石箱 東京地下鉄浅草新橋間開通記念 1934年 これも記念品。この日本初の地下鉄の工事には大倉組が当たったとか。

能面 小面 出目満毘 確かに若さを感じる。口角があがっているだけでも若さがある。
能面 増女 出目洞水 こちらはやはり小面より少し年が上で、厳しいところも感じる。

能装束 白地銀竪縞萩蜘蛛巣模様縫箔 江戸時代 たいへん綺麗。ハッ となるほど綺麗。

能道具 鳥兜・烏帽子・団扇 江戸から明治 けっこう大きい。実際のものもそうなのかどうか知らないが。

能装束 鼠地葦模様長絹 江戸時代 シックな色合い。

柳螺鈿手箪笥 江戸時代 これが素晴らしくセンスいい。綺麗わ、すごく。ほしいなあ。

須磨浦蒔絵書棚・冠台・手箪笥 江戸時代 片輪車が浮かぶ。舟が溺れるようにも見える。漂流する様子。

籬に葡萄図 江戸時代 金地に金雲と葡萄、緑地に緑の籬の組み合わせが上下に続く。型押し多く、金唐革紙のようにみえた。素敵。

かなり能装束がたくさん出ていた。
思えば5、6年前までは正月は能の展覧会をよく開催していたな。
工芸品の良さを堪能する展覧会だった。

樂茶碗と新春の「雪松図」

三井記念美術館・新春恒例の応挙「雪松図」登場に合わせ、今年は主に樂焼が並んだ。
京都の樂美術館や茶道資料館で親しんだ<樂焼>をこうして東京で見ると、また違った感興が呼び起される。
三井家が代々愛してきた樂焼、それを大いに楽しませてもらった。

青磁鳳凰耳花入 元時代 いかにもな色合いで、やっぱり安心するなあ。

十二支文腰霰平丸釜 大西浄林 江戸時代 どうぶつたちがくっきりしていてとても可愛い。ぐるぐる走るように見える。下にはぶつぶつ突起ベルトが回る。

可愛いのはほかにも。明代の香合二つ。
交趾金花鳥香合
祥瑞茄子香合
こういうのを賞玩したい。

展示室2は「今回のスター」登場の場。
粉引茶碗 三好粉引 朝鮮時代 あまり好みではないが、やはり伝世品の風格がある。

如庵の取り合わせもいい。
蓬萊山画賛 啐啄斎 江戸時代
瀬戸渋紙手水指 桃山時代
御所丸茶碗 朝鮮時代
黒塗大棗 紹鴎好 秀次 室町時代
竹茶杓 銘翁 松花堂昭乗 江戸時代
かっこいいなあ。静かな世界がここにある。

絵を見る。
聚楽第図屏風 桃山時代 剥落が激しい。お城が大きく描かれる。内の井戸周りにいる女たちがぱっと目に入る。5扇までしかない。6は失われたか。棕櫚のような木がある。
聚楽第というだけに色んな派手で明るく楽しいものが集められている。
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南蛮屏風 江戸時代 南蛮人を興味深く眺める人々。斑犬を抱っこする少女と、その犬を逃がしてしまう少女と。犬も珍しがってか、南蛮人を追う。艀が出ている。黒人水夫たちが船の綱をきちんと引くが、ある場所では体を逆トンボリにしている。
左は南蛮寺。金ぴか寺院。女人らもいるし、孔雀もいる。御堀にはハクチョウが泳ぐのも珍しい。

めでたい図が選ばれている。
郭子儀祝賀図 円山応挙 安永4 年(1775) さすが応挙だけに子供らが可愛い。
稲麻綿図 応挙 寛政3 年(1791) 三つとも色が薄い。

雪松図屏風、一番奥に広がる。むかしむかし中野区に三井文庫があった頃、わざわざ出かけたことも懐かしい。
今では新春のおしるしのような存在になったなあ。
あの頃のチケットから。
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狩野派が続く。
小野小町図 狩野尚信 これは美人の小町図。やっぱり正月はこちらの方がいい。
寿老人・松竹図 狩野常信 鶴亀と一緒のめでたい寿老人。
八幡太郎義家図 狩野美信 鳥がはばたくのを見て「!」となる八幡太郎の図。
七福神図 狩野養信 外で宴会。タイも皿に載せられ、唐子も鶴も浮かれてる。
四季山水図 狩野栄信 やや暑苦しい山水だった。秋に牛飼い童がいる。

さてここからは樂がメイン。
黒楽茶碗 銘俊寛 長次郎 桃山時代 やっぱりわたしには重い。他に重いものが二つばかり続いて、ちょっと苦しくなる。

ふと目を向けると、そこに燦然と輝くものが。
ノンコウ登場!
赤楽茶碗 銘再来 ああ~~いいなあ。ノンコウらしいキラキラした茶碗。
黒楽茶碗 銘雪夜 本当に好きやなあ、つくづくいい。

ふりむけばそこには単品で赤楽茶碗 銘鵺があった。
腹の黒い景色を黒雲に見立て、中に化物がいるという見立て。そういうシャレ心がとても好きだ。

黒楽茶碗 銘四ツ目 四代一入 まっ□。本当に□。きらきら肉薄。父親の作るものと似ている。一入にしては珍しい。

青楽花文平向付 五代宗入 可愛い。緑地に金の花。

六代左入が享保18 年(1733)に拵えた200ばかりの連作の内から3つがある。
黒楽茶碗 銘真紅 
黒楽茶碗 銘小鳥
赤楽檜垣の絵茶碗
……いつか全部を見てみたいものだが、全て揃うことはあるのかどうか。

展示室6でパネル展示により、紀州御庭焼と三井高祐の関わりについて説明。
いつも大切なことをここでレクチャー。

さて、最後の部屋に来ました。樂焼と紀州御庭焼とがある。
赤楽柏皿 七代長入 あ、ホンマに柏型。載せるのはやっぱり柏餅でしょうw

黒楽四方茶碗 九代了入 ぬめー と綺麗。ノンコウ風な綺麗さがある。口も薄い。

赤楽熊笹絵平向付 九代了入 赤に白泥でざっぱな感じで笹。

黒楽片身替茶碗 十一代慶入 明治4 年(1871) ピカッ vs ザラッ が隣り合わせ。面白い風情がある。

黒楽鶴絵茶碗 銘住の江 十一代慶入 明治18 年(1885) 口が薄くてこちらもノンコウ風。

どうも奇数の代の御当主はノンコウ風味なのが多いのかもしれない。
わたしとしてはすごーく好ましいが。

了々斎宗左が文化15 年(1818)に拵えた黒と赤。
黒楽茶碗 銘弁慶
赤楽茶碗 銘鬼鹿毛 
どちらも武張った名前だが、そうそうゴツゴツしているわけでもない。
特に鬼鹿毛は全体に彡彡彡彡彡と続き、馬だということを感じさせてくれる。鬣の表現。
この名前を見ると、小栗判官ゆかりの馬・鬼鹿毛を思い出す。その馬術の絶妙さ。芝居でも素晴らしい演出と演技だった。
馬にこのような名前を付けるのは即ち荒馬である証拠。

紀州御庭焼 赤楽雁絵茶碗 銘野分 三井高祐(則兵衛)文政2 年(1819)ざわざわ…

紀州御庭焼 黒楽菊彫文丸香合 文政2 年(1819) 可愛らしい。

簡単な感想になったが、なかなか楽しい展覧会なのはいつものこと。
ああ、新春のお楽しみを今年も味わえた。

下村観山展

下村観山の大きな回顧展が横浜美術館で開かれている。
彼の作品をまとめて見るのはまだ北浜に三越があった頃以来で、調べると93年の2月にそこで展覧会を見ている。
もう21年もたったのか。
前後期入れ替えがあるが、ちょっと勘違いで後期の初めに出かけた。前期を見損ねたのは惜しい。
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1.狩野派修行
横浜美術館所蔵品が多い。しかも入江宏氏の寄贈品。入江宏氏はもしや入江波光の息子さんだろうか。どうもそんな気がするが確認していない。
狩野派の修行をしただけに中国の歴史上の人物画が多い。墨絵多数。

十六羅漢図のうち、びんずる尊者かと思う絵がある。アオリのポーズで、絵を見る者に近い。
これはジョージ秋山の描く構図によく似ている。

長恨歌も描く。楽人たちが演奏するシーンが出ていた。手本があるにせよ、巧い。

他にも東方朔、許由、羅漢図がある。
そして11歳で描いたという、めちゃくちゃ巧い鍾馗図が出ていて、びっくりした。
騎虎鍾馗 虎が可愛いのはご愛嬌としても、本当にこれで11歳なのか。凄いなあ。

可愛いのもある。唐子たちを描いたもの。
三人の唐子がいる図が特にいい。真ん中の子が琴を弾くのを、左は寝そべって楽しみ、右は座って聞く図。
友達っていいなあとも感じる絵。

日本を描いたものが二つばかり。
鷹 わっ雀ゲットしてる…
鎌倉武士 前を行く武者を布で顔ふさぎ、留めようとする。これは卑怯なんじゃないの?


2.美校時代
こちらは日本の歴史画がてんこもり。

森狙仙「狼図」模写 ぐわーっとした狼。模写にも迫力がある~~

信実「三十六歌仙絵巻」 佐竹本からの。小町、斎宮女御、山部赤人、敦忠など。

観音菩薩半跏像、文殊之獅子座(模写)、日蓮上人辻説法図などがある。
能にもなった熊野(ゆや)の図など仏画と物語絵が面白い。

闍維 釈迦の火葬に際しての図。燃やす煙から華と香がたなびく。香華という言葉を想う。
嘆く人々。nec769-1.jpg

蒙古調伏曼荼羅授与之図 これは元寇史料館にあるそうで、そんな史料館があるのも初めて知った。
海から遠い国に住むとこんなもんです。
今から出陣する若侍にがんばれというつもりの曼陀羅授与。その場にいる人々の目は下の線を描かぬフェルマータ型。

元禄美人図(三味線図)(弾琴図) どちらも久しぶり。三味線図は石水博物館所蔵か。武二の観花図に共通する、不思議な存在感がある。
古写真に手彩色を施した絵のような風情が面白い。

春日野 鹿ップルのくつろぐ図。これは前回絵はがきを買った。今も手元にある。藤と杉と鹿と。
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鵜鴎図 右と左に分かれている。波しぶきが強い。みんな飛ばず、互いを牽制しあうように向き合う。
なにか今から嵐が起こりそうな。

春秋鹿図 春には三頭の鹿が藤の下にいるが、トリミングされたような構図が面白い。秋は白菊と秋草がすさまじい。何かを見据える鹿ップル。

宇治山 あばら屋がある。川を行く鹿ップル。物語を感じさせる絵。

十六羅漢 カラフルな十六羅漢。虎も小鬼もカラー。

猫牡丹 青磁の玉壷春に白い花が。その後ろにつつましく密やかに白猫。


3.ヨーロッパ留学と文展
いよいよ色彩の美があらわになる。

ヨーロッパ留学の成果としてラファエロやミレイの模写作品がある。
椅子の聖母、ナイト・エラント、巌上の鵜、まひわの聖母・・・
実際に自分が知る作品を思い起こしながら見ていると、微妙な違いがあり興味深く思う。
一方でナイト・エラントでは初めて悟るところがあった。
それは原本からは感じなかったことである。面白いことに気づかされた。

有名どころでは、この横浜美所蔵の小倉山、大原御幸がここにでていた。どちらもカラフルな作品。

応挙、暁斎、栖鳳らも描いた骸骨図もある。美人と舎利。ここでは上臈の姿と骨。

魔障 これは東博でしばしば見るが、白描に金泥の作品。
鰐の僧正が御輿に担がれてやってくる。妙に面白い化け物達。浮世絵のお化け屋敷もびっくりの絵。
本人はまじめに描いているのだろうが、妙に楽しい。

不動 これはまた素晴らしい肉体美。妙な色彩センスでポップな感じもする。若い男の立像。中空に浮かぶ。まだ本当には明王にはなりきっていない、修行中の不動、そんな感じがする。

唐茄子畑 屏風の右には飛んで行くカラス、左端には見返る黒猫。静かな風景。

弱法師 梅はシルエットで描かれる。右幅にはツヅレ姿の俊徳丸、左には夕日が沈みつつある・・・
(これは東博所蔵のものとは違う)

観山は師匠の天心を尊敬すること厚く、高士を描くときはたいてい天心に似せて描いているらしい。

月下弾琴、竹林七賢などといった作品に描かれる高士もみんな天心に似ている。

男舞 烏帽子をかぶり、さぁとばかりの女。この絵は前回絵はがきが出ていた。今も手元にあるので親しい気がする。

寒山拾得 奇矯な二人ではなく、みるからに賢人そうな二人。静かな微笑が広がる。

四眠 ふつうなら豊干、寒山拾得、虎の四睡だが、ここでは羅漢、龍、童、泰山木のヒタキも含めての四眠。みんな気持ちよさそう。

気持ちよさそうなのはその四者だけではない。
酔李白 ぐーっ・・・ああ、気持ちよさそう。

禅関係者達を描く。
達磨を描く絵には「静清」という題を与えているのも特徴か。
舟子、蜆子らのエピソードを思いながら見ると楽しい。

仙人を描いたものもある。
張果老 ヒサゴから取り出した馬ならぬロバの目がきらきらしていた。

寿老人もいるが、これはほかの絵と取り合わせて三幅対にしている。
中でも芍薬を描いたものがほわほわしてきれいだった。

美人を描くにしても上臈や観音の化身など、現実にはいない女が観山の世界には当たり前に立つ。
魚籃観音はモナリザを取り入れたもの。不思議な、ある種の気持ちわるさがある。

最後に後輩の前田青邨による、死の床につく顔があった。
下村観山居士像。般若心経もつけられている。
こんな後輩たちがいたのだ。
なお、青邨も弟子の一人・平山郁夫により、林の中で来迎を待つ図が描かれていた。
こうした心のつながりにも感銘を受ける。

資料もたくさん出ていた。
ヨーロッパからの絵はがき、滞在中に仲良くなったアーサー・モリソンからの書簡と贈られたゲインズボロの素描など。
そして大正四年、大観や小杉放菴らと五人仲良くツアーにでる写真など。

いいものをたくさんみた。
現在は大観が第一等の画家として見なされているが、観山は生存中、大観以上に重きを成す画家だったのだ。
今こそ再評価されてしかるべき画家なのだ。

2/11まで。

クリーブランド美術館展

東京国立博物館の特別展は現在「クリーブランド美術館展」と「人間国宝展」が同時に開催中。先に「クリーブランド」を見たのでその感想を挙げる。
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「名画でたどる日本の美」という副題がある。
以前に奈良国立博物館でクリーブランド美術館展が開催されたが、それ以来の再会となる作品がたくさん来ていた。
先のはインド細密画から中国、朝鮮絵画と並んでいたが、今回は「平安から明治に至る千年の美を一堂に」ということで、日本絵画が並び、さらに特別参加のような形でルソーら近代フランス絵画も少しばかり出ている。

わたしは物語性・文芸性の高い絵画・工芸品が好きなので、こうした傾向の高い作品が集まる展覧会はとても好きだ。

第一章 神・仏・人
最初に特別出品の作品がおかれ、その導入部から自然と目と足が動き出す。

釈迦如来像 元または高麗時代 14世紀 赤というか緋色がまず目に入る。布地のやや多めの緋色の衣をゆったりまとった釈迦如来。その座す蓮座は青い。そして台座にも色はよく残り、真ん中の獅子は「にゃーっ」とばかりに口を開いている。獅子の牙は鋭くもなく、四本が可愛く生えている。白い牙。
白はほかに釈迦の目にも見える。くっきりした白目が見える。そう、この釈迦如来ははっきりと目を開いて正面をみ
ている。そして釈迦の手指の爪は長く白い。
白は他にも左右に立つ仏弟子の袖口などに使われている。
色は全体に赤とその小さな白、青と緑だけだと言ってもいいのかもしれない。
赤と緑だけ見ていれば高麗の絵のようにも見えるが、専門家でない私には細かいことはわからない。
漢民族の政権下で生まれたわけではない絵。

薬師如来十二神将像 鎌倉時代 上部に四枚の色紙が貼られ、お経が書かれている。
薬師如来の放つ光は瑠璃光か、全方位に放射されている。
日光月光菩薩それぞれの手には丸い珠がある。
衣装も凝った十二神将。
薬師如来の手指や足の表現ははっきりしている。
足の大きさと掌の豊かさが印象的だった。

文殊菩薩及び眷属像 鎌倉時代 久しぶりに髭のある文殊菩薩を拝見。片膝を折り、片膝を下ろす。円満な眉に円満な伏し目。綺麗な白玉のついた装飾を胸につけている。獅子は目を怒らせ立派な歯並びを見せながら、あたりを威圧する。菩薩の下ろした足の親指が一つだけ跳ね上げられている。妙なリアリティを感じた。
眷属たちは老人・壮年・童子ら。童子は善財童子だろう。みな、表情に覇気がある。

地蔵菩薩像 鎌倉時代 立ち姿。優しいお顔。手に宝珠を持つ。素足はそれぞれ赤と緑の蓮の上にある。波のように湧き立つ雲。この素足をみて、宮沢賢治「光の素足」を思い出した。
獄卒らに突かれながら歩く子供らの前に現れる「その人」の光る素足。おごそかな声。そしてただ一人蘇生する少年。彼が見たのはこの素足かもしれないのだ。

仁王経曼陀羅 平安時代 白描の仏たち。中央に不動明王、四方に他の明王や天部たち。はきはきした線で描かれた仏たち。足の甲の盛り上がりを見ていると、浮世絵の人々を思い出す。甲高は日本人の特性の一つなのだった。

二河白道図 鎌倉時代 はっきりと色の残った図。ゴールの地には金色に輝く阿弥陀三尊。飛天もいる。緩く湾曲する橋でつながれた舞台と建物と。狭い道を一心に進む人もあれば、争うことに夢中な人や色々ややこしいことをする人もいて、さらに動物たちも出現する状況。ゴールは遠い。岸辺の手前に佇む仏にも為す術はない。もとから助ける気もないのか、助けようにもどうにもならぬのか。

上畳本三十六歌仙絵巻断簡 平兼盛 鎌倉時代 笏を顎に当ててなにやら物思いに耽っている。眉の太い人。畳はもう傷んでいるように見えるが、これは絵全体の経年劣化。描かれた当初は青畳だったというわけでもなさそう。

融通念仏縁起絵巻 鎌倉時代 これは長々と広げられていた。物語がよくわかる。念仏すると守られる、といういろんな例を描く。気の毒なのは全員で寄って念仏したら疫病神が喜んで、ここには来ないヨとなったのに、遠方にいて参加できなかった娘はアウトという話。
鬼たちはなかなか個性的なのが揃っていて、下帯一つなのから長い上着を着たものまで色々なスタイルだった。ファッションもそれぞれ違う。
鬼たちも世間話なぞしていそうなツラツキだった。

遊女物語絵巻断簡 室町時代 白描の人々、画面に直に書き込まれた詞書。台詞もそこにある。女たちの長い黒髪の質感が伝わってくる。

駒競行幸絵巻、福富草紙絵巻などもあり、にぎやかな状況になっている。

朝陽補綴図 南北朝時代 いつものわたしなら「目つきの悪いオッチャンがなんか縫い物してる」と書くところだが、あいにくこの絵は奈良での98年の展覧会で見ているので、上記のような台詞は出ないのだった。
禅関係の図は本当にいろんなポーズやエピソードを絵にする。

霊昭女 春屋宗園賛 室町時代 父の作った笊や漉し器を入れた籠を手に提げ、両手には銭。ガウン風な上衣の襟と袖には同じ布で作られたか、青海波に花丸。中には花唐草文様のキャミソ風なのを見せている。
キリッとした顔には知性がある。きちんと結うてはいるが、ほつれ髪が目立つ。
なにを見据えているのかはわからないが、近くのものを見る目ではない。

雷神図屏風 「伊年」印 江戸時代 色白の雷神は鼻下が長く、金色の歯並びをむき出してポーズをキメている。両手には鉄アレイのようなものを握る。本人がどう思っているかは知らないが、やはり面白い顔つきに見えるのだった。ちなみにでんでん太鼓のような太鼓には茨文様が入る。

琴棋書画図 伝岩佐又兵衛 江戸時代 屋敷の一郭でそれぞれ楽しむ男女。伝又兵衛だけに顎が長い。えぐみのない絵。一番奥の座敷では琴を立てながら演奏する女、廊下では囲碁の対局の男女。女の打掛は大柄な花の文様。
庭に立ち本を開く男も、先の碁の男も共にのんびりした顔つきのかぶき者。だ~らだ~らと生きてそう。
そしてそのお仲間がもう一人いて、こちらは庭に板か何かを敷いてそこで寝そべりながら絵を描こうとしている。
大木と地に広がる笹とが案外目に残る。

待人図 田村水鴎 江戸時代 振袖を翻した若い男がきて、濡れ縁の角に立つ女となにやら。その様子を興味津々な様子でみつめる三人の女たち。それぞれ綺麗な着物を着ている。畳も青々。御簾も大きく揺らぐのは、中の女がもっと二人を見ようとするから。
対しあう男女より、三人の女たちの方が表情が豊かなのも面白い。
庭には芙蓉と萩など。

遊宴図 宮川長春 江戸時代 太夫が来た瞬間、その場にいたみんなの空気が変わる、という図。寝そべっていた男女もはっ となって顔を上げる。三味線の手も止まる。変わらぬのはただ一人、太夫に背を向けている女だけ。気づかぬのではなく、気づいていてそれかもしれない。

群舞図 山本梅逸 江戸時代 これはもうびっくりした。あの名古屋の梅逸の風俗画である。配色もいつもと違う、というか、風俗画を梅逸を描いたことにびっくりする方が大きい。
どこかの大きな料亭か妓楼か知らぬが、閉めた障子に踊る人々の影が映る。みんななかなか派手に大きく踊っている。薄い色彩でのうまい表現。開いた障子からは室内が一部見え、波に水車文様の着物の女が踊る姿があらわになる。顔も簡素に描いているが、それがむしろごく近代な風に見えた。つまり大正頃の時代小説の挿し絵や口絵に見えるのだ。わたしの大好きな世界。
それにしても庭木や川にも普段の梅逸の跡は見えず、いまだに梅逸の作品とは思えない。
本当に珍しいものを見た。サプライズなプレゼントをもらった気がする。ああよかった。また他にこんな絵があるならぜひとも見てみたい。

大空武左衛門像 渡辺崋山 文政十年 実在の大巨人の図。七尺三寸というから220cmか!!!う~む、すごいな。
そして絵のすぐそばにこの人の手形の実物大のが貼ってあり、わたしもそれに合わせてみたが、とてもとても・・・
すごいわ。

唐美人図 窪俊満 江戸時代 芭蕉の生える庭に立つ美人。背景のセピアに対し、美人は薄い色だがカラフル。髪飾りの花簪もいい。

地獄太夫図 河鍋暁斎 明治時代 この地獄太夫は打掛にめでたい図柄のものを着ている。
布袋と唐子、大黒と唐子、それにえべっさんに毘沙門天などが見えるから、七福神勢ぞろいかもしれない。
そして真っ赤な珊瑚がほかの宝物と共に。
太夫の前の屏風にはツタと月の水墨画。
かっこいい図である。この対比がいい。nec767.jpg



第二章 花鳥風月
にこにこ明るい世界ではないのがミソ。

厩図屏風 室町時代 こんな厩はあんまり見ない。大抵は立派な馬しか描かれていないが、この厩はなかなかにぎやかで俗っぽい。
守りの猿がいるのは別に何とも思わないが、烏帽子姿の男や坊さんたちもいて、なんだかんだとゲームをしたり楽しそう。犬もいるし鷹もいる。将棋をして負けたか笑い合う連中がいて、それを馬が見ていたりする。
和気藹々な厩なのだった。

南瓜図 伝没倫紹等賛 室町時代 この絵は前回も「謎の絵」として記憶に残っている。南瓜をエイサラエイと曳くナゾの黒いアリ人間のような集団。上に立って笹を持ち音頭をとるもの、笛を吹いたり、カッコを打ったり銅鑼を叩くのも。働く黒い人たちについては「黒ノ人 鉄崑崙逢場云々」と賛にある。
やはりナゾはナゾなままだった。

薄図屏風 室町時代 へにょへにょした薄たち。間近くみつめると穂が見えた。草だけか、へにょへにょしてるのは。こういう植物の群生だけを描く屏風は好きだが、これはちょっと脱力してしまう。

龍虎図屏風 雪村周継 室町時代 えーと・・・龍が溺れているのを岸辺で虎が見ている図、かな。虎が丸顔で小さい牙を一本だけ見せているのもいい。指先も可愛いなあ。
龍、がんばれ。
そういえば雪村といえば大和文華館に呂洞賓図があるが、あれでも龍が頭上に立つオッチャンに迷惑な感じをちらっと見せていたが、そういうのがここの決まりなのかもしれない。

四季花鳥図屏風 伝狩野松栄・光信 安土桃山時代 あ~・・・鷲だか鷹だかが雉を捕まえて押さえつけている。
それを見るほかの小鳥たち。春の惨劇。春の弱肉強食。
秋には孔雀や鴨たちがいる静かな図。

松に椿・竹に朝顔図屏風 伝海北友松 江戸時代 松の陰に隠れるようでいながら顔を見せる白椿たち。
朝顔もひっそり咲き、竹もうっすら。
音のない静かな空間に生きる植物。


第三章 山水 
かつては苦手な世界だったが、今は好きになった。
とはいえわびしさの良さを知るには、ちょっとにぎやかすぎる状況の中にいる。

琴棋書画図屏風 室町時代 高士たちの集う空間。それぞれ楽しく過ごす。働く侍童たちが可愛い。

近江名所図屏風 江戸時代 どの辺りかはわからないが、にぎやかでいい。ああ、やっぱり山の中にいるよりにぎやかなところがいい。近江のここでもまださみしいわ、京、大坂、江戸へ出よう!!!
湖国だけに小舟がよく動く。

蘭亭曲水図 曽我蕭白 安永六年 不思議な松の生える岩山。滝はまっすぐ落ち続け、雲がそれを覆う。その滝の水は川になり、宴の現場へ流れる。
人々はごく小さく描かれ誰が誰かわからない。一見静かに見える風景にもにぎわいが封じられているのだった。


終章 物語世界 
今回はほぼ伊勢物語で占められている。

伊勢物語図色紙 住吉の浜 俵屋宗達 江戸時代 三人の貴人が住吉さんに来ている。千木が見える。
この絵は前回のクリーブランド美術館展の図録表紙になっている。

佐野渡図 江戸時代 金泥に墨で馬と人だけを描いているが、風の強さを感じさせる。

禊図 俵屋宗理 江戸時代 この画題は好きなのだが、いつも必ず「昔男」くんがヤンキー座りしてる、と思うのだった。侍童はその場に座り込んでいる。
こういう神頼みなことをしても、やっぱり昔男くんは恋に夢中になるのだった。それを知るから側仕えボーイはこの絵のように黙ってにやにや笑っているのかもしれない。

燕子花図屏風 渡辺始興 江戸時代 これにはびっくりした。金地に紺色(群青色)の花に緑の鋭い葉というパターンなのだが、花も葉っぱも半分までが金の水に埋もれている。ちょっとちょっと大丈夫ですか。
この辺りの展示にくると、もうこちらもだいぶ空間になじんでいるので妙にくつろいでいる。ははは、溺れる花だとかええかげんな明るい気持ちになっていて、面白がるのだった。

蔦の細道図屏風 深江蘆舟 江戸時代 赤みの濃い煉瓦色の山、深緑の葉っぱは線を持たず、赤い蔦も松も外線とは無縁。流れる川にだけ線が動く。人間と黒馬には無線と有線が併用され、この空間に違和感なく存在する。

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特別展示 近代西洋の人と自然
近代西洋画が現れて、いいおまけをもらった気がした。

虎とバッファローの戦い アンリ・ルソー 1908年 前述の蔦の細道の舞台たる宇都谷峠と妙にマッチする密林。
バナナとオレンジの果実がたわわ。緑はみずみずしく、茎の中にはものすごい水分が通ってそうな緑の群。
そこに妙にロン毛の虎が知らん顔した黒いバッファローにかみついている。牛は困りもしていないようだ。虎も単に噛んでいるだけにしか見えない。

読書 ベルト・モリゾ 1873年 緑の野に座って読書する白い服の女。和風な扇子が開いたままおかれている。金地に白牡丹のように見える。黒いパラソルは開いたままポイと。
「不思議の国のアリス」のお姉さまのようだ。

アンティーヴの庭師の家 モネ 1888年 柔らかなピンク色でまとまる家。優しい空間だった。

画家の妹ローラ ピカソ 1900年 深く重い配色で描く。この時代のピカソは妹をどうしてかこのように表現する。
ピンクのドレスに黒のストールか何かを巻き付け垂らす。黒髪には赤バラか。妙な官能性の漂う妹ローラの図。

たいへん長々と書いてしまったが、それだけ面白い展覧会だったことは確かだ。
また来月行く予定。併設の「人間国宝展」もよかったのだが、これはまた後日に。

地中に埋もれた江戸時代の道具たち

神奈川県立歴史博物館の「地中に埋もれた江戸時代の道具たち」は面白い展覧会だった。
「かながわの町と村の暮らしぶり」とあり、昔の暮らしを髣髴とさせるモノたちが集められているようだった。
神奈川の江戸時代。
横浜だと発掘品は明治のものが多かろうし、鎌倉ではやっぱり鎌倉時代のものが多かろうが、さて江戸時代になると他国もののわたしでは「???」なばかりである。
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神奈川県内での藩といえば小田原藩がすぐに思い浮かぶが、東海道があるところなのだから他にも色々あるわけで、直轄地や飛び地がけっこう多いそうな。
そうなるといよいよ発掘品は少なくはなさそうである。

何が出てくるのだろうと思いながらホールに足を運ぶと、そこにあるのは行灯、行灯、行灯である。
行灯の灯りは薄暗い。それがずらーっっとたくさん並んでいる。行灯だからやっぱりこれだけ数が集まっていても薄暗い。しかし行灯特有の温かみのある薄ぼんやりした灯りは、なにやら気分が静まるような効果を挙げている。
尤も、こんなのが一個だけでその横に髪の乱れた女が座ってたり蹲っていたら、怖くて仕方ないだろう。

中に入ると、まず食器の欠片が集まっていた。
多くは染付である。わたしの大好きな色の濃い目の染付の皿や鉢が大量に出ていた。
これらは庶民の日常遣いのものではなく、身分の高い武家や豪商や料理屋などで使われていた食器類にあたる。
実物のほかにも浮世絵が展示されていて、広重や国貞に国芳らの描いた画面の中には、ここにあるような染付けの器が幅をきかせていた。

鍋島焼で今も人気のあるポップな花火柄の皿もあるが、あいにく一部欠けていて、つながれていた。
三種類のごはんの再現があった。食膳と箱膳などである。
ここにあるのはその模型。
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差があるのは当然のことながら、全部おいしそうに見えて仕方なかったのも事実なのだった。
お皿は今のケーキ皿サイズくらいのがメイン。個人のおかずを入れるのには、そのサイズがベストのようだった。
今回初めて知ったのだが、赤絵は染付より高価だとか。え~~そうなの?

今も使われているのと同じような形のものもある。
焙烙やおろし金など、つい30年くらいまで普通に使うてた家族は多いと思う。
そういうのを観るだけでも面白い。

今ではなくなってしまったものなどもたくさんある。
それがいわゆる「江戸時代の道具たち」なのだった。
平仄、行灯皿、火打石、鉄漿壷・・・
面白くてならない。

江戸時代は「子供の時代」でもあり、多くの種類のおもちゃができた。
ままごと道具、ちゃんばら用のおもちゃの刀、羽子板、土人形などなど。
招き猫の破損したのも展示されていた。可愛いなあ~
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キセルもたくさんある。羅宇(らう、またはラオ)や吸い口などばらばら。
こんなのは今では歌舞伎の舞台でしか見ない。
そう、この展示を見ていると、歌舞伎に現れる人々の暮らしの中に入り込んでいるような気になるのだった。

発掘場所により出てくるものが少しずつ違うのも面白い。
公的機関である関所や陣屋、宿場、寺院、武家屋敷、商家、農村など色々。
やきものにしても染付ばかりではないし、陶器も少なくないし、青磁が出てくることもある。
展示にはないが、「皿屋敷」のお菊さんが割ったお皿にしても「高麗青磁」「染付」など諸説がある。こういうことを考えるのも楽しい。

この展覧会はやきもの好きなヒトにも歌舞伎や浮世絵好きな人にも、むろん江戸時代全般に興味がある人にも大いに勧めたい。
かなり立派なパンフレットもついている。
近世近代の発掘と言うものの面白さを教えてくれる展覧会だった。


さて併設展として眞葛焼の展示もある。
幕末から活躍していた京都の宮川香山が横浜に出てきて、明治三年に野毛山で窯開きして始まったのがこの「眞葛焼」なのだった。
以前からしばしばここで紹介されていたので、またあのにゃんこに会えると喜んで出かけると、いたいた、いてました。
目覚めてニャアとしたねこです。こちらは第一号で、第二号もいてまして、そちらとはちょっとばかり顔つきが違う。
どう違うかと言うと、目が違う。
第一号のニャアは目が大きい。第二号は外に出たら目が細くなる、あれで表現されているのだった。
そんなことに気づいたのも嬉しい。
ほかにもたくさん出ているが、とりあえず猫に会えた喜びでいっぱいになった。
江戸時代の道具たちは2/23まで、眞葛焼は3/2まで。

一月の東京ハイカイ録 2

三日目は普通ではない状況から始まる…
本当は上野の西洋、科博、鶯谷の書道を巡るつもりだったが、まだ間があるからよいか、来月に弥生美術館、都美と共に廻ろうと考え直して、行き損ねた八王子へ向かおうとした。

京王線と乗り入れする都営新宿線で新宿まで来たとき、準特急へ乗り継ぐつもりが、どういう手順間違いか、わたしは快速本八幡行きへ乗っていた。市ヶ谷で乗り換えるしかない。
市ヶ谷で下車して新宿へ向かおうとすると、やたら電車が来ない。
ようやく新宿についたが、どう間違えたか、今度は改札外に出てしまう。
わたしはこの手のミスはすぐにカヴァー出来るし、あるいは回避もできるのだが、なんかおかしい。
ようやく京王八王子行きの特急に乗れたが、妙な感覚が続く。晴天なのにも拘らずもどこか変な気がする。
とうとう府中で下車して新宿へ戻った。どう考えても八王子へ行くのはやめた方がいい気がしていた。
そういえば、とわたしは思いだす。
新大阪で山岸凉子の短期集中連載のホラー作品「艮」のラストには、八王子が出てきていた。とても怖い作品だった。
これは行くなと言うことかもしれないのだ。

気を取り直して六本木一丁目に出た。泉屋分館では先般鹿ケ谷の本館で見た木島櫻谷展の第一期が始まっていた。京都とは多少展示期間が違うようで(なにしろ四期もある)、見に行き損ねた作品もいくつか見ることが出来、満足。やっぱり近代日本画はええわ。
漱石が悪く言うた「寒月」などはそんな評論を知る前々から「ええな~」と思っているが、やっぱり「ええな~~」としか思わない。
極端を言えば、漱石が愛したターナーよりも、わたしは木島櫻谷の方がずっと楽しく見ていられるのだ。
ちなみに京都での櫻谷展の感想はこちら

秋には再び旧木島邸(櫻谷文庫)が一般公開されるそうだ。

大倉集古館では主に工芸品を楽しむ。能関係は備前池田家の由来品。林原美術館の親戚のようなコレクションである。

ミッドタウンでランチにしたが、酸辣湯にトマトごはんにグレープフルーツジュースのセットと言う、どこまで酸っぱいのが好きやねんというチョイスをしてしまった。
わたしは時々こういう揃いものをしてしまう。
全身オレンジ色と黄色でまとめたカッコで店屋に入り、オレンジジュースとオレンジクリームのドーナツを注文した時など、ミスドの店員に笑われてしまったくらいだ。

さて、サントリー美術館で「天上の舞 飛天の美」に再会。前回に詳しく感想を挙げている。
こちら。今回は結縁しない。ものすごい大行列ですな~
仏縁にすがりつつ見て回る。

やっぱりサントリーと言うのは非常にうまい。展覧会もそうだし、宣伝の技能も凄い。
改めてそんなことを思いながら仏の世界を歩いた。

六本木から汐留へ。
南部鉄にカラフルなものがあるなんと初めて知ったぜ。
パリのカフェ用の南部鉄器。ううむ、わたしはどうやろ、使うかな。

まだ明るいうちから銀座うろうろ。
まずはあおひーさん。

あおひーさん、折よく在廊。年初の御挨拶などして、作品のかかる壁面に向いた途端、そこにたくさんの色彩に満ちた、あおひーさんの作品があった。
杉並木の街道を写したものだというが、元の形はまったく想像も出来なくなっている。
ただただそこにはまばゆく丸く発光する光があるばかり。
その光こそがあおひーさんの捉えた、この世で唯一の存在だった。
あおひーさんの、長方形に切り取られた空間に閉じ込められた世界の光たち。
闇の中でその枠から少しずつはみ出して、増殖してゆきそうな予感がある。
綺麗な青はいよいよ青く、深い緑はいよいよ深く発色しながら、誰にも気づかれないうちに増殖。見た人の心の中に増殖。

他の作品も見て回る。誰にも似ていない作品は目に残るが、そうでない作品は印象が薄れてしまう。あいうえお順なのでちょっとお気の毒な作品もいくつかあった。
とはいえ、二つばかり他にも気に入った作品があったので、楽しい。
はろるどさんも来られる。わたしははろるどさんとバッタリ率が高いのだった。

次に井上洋介の個展を見に行く。絵本のためのものではない作品群。いずれも「エログロナンセンス」な作品たち。
猥雑でどこか暴力的なものを感じる。しかし夜の都会にうごめくにはこれくらいの存在感が必要なのだと納得がゆく。

京橋に近いところまで行く。
柴田悦子画廊で田代知子さんの新作を見に行く。今回は堀文子先生の教室の人々の作品展なのだった。
入ってすぐ左手に「あ、魅力的なイラストがあるな」と思ったら、田代さんのだった。
画廊の主の柴田さんとお話しするが、わたしは絵を見ることは好きでも描くことはしないということを言うと、意外だというお顔をされた。そうか、わたしは案外アーチストな顔に見えるのか。ちょっと楽しい。

現在の日本画のありようを眺める。雰囲気の似た絵が二枚あり、一つは桜を一つは梨の花を描いていたが、聞けば作者はご夫婦だとか。こうしたことも面白い。
柴田さんとは音楽の話もし、とても楽しい時間を過ごさせてもらえた。
やはり年長の賢い人のお話を伺うのは、とても刺激になる。

神楽坂に出たが紀の善がまだ18時前でもカンバンで、無念。
ちょっと本屋に寄ってから帰る。

四日目、今月の東京ハイカイはここまで。
この日は月曜祝日の翌日だから多くのミュージアムが閉館しているが、江戸博と出光美術館は開いていた。
わたしは朝の九時前から両国にいた。都合で早く来たのだ。
国技館は丁度今初場所の最中で、幟が風にそよいでいた。
綺麗な染物である。KIMG0602_2014011522392995c.jpg


20年ぶりに安田庭園へ行く。KIMG0603_20140115223932fd0.jpg

あちこちを眺める。20年前はまだそんなに今ほど忙しくもなかったが、路上観察に勤しんでいて、けっこうあちこち出かけていた。
安田庭園に行ったあの時は、蔵前の旅館に泊まり、忠太の復興の建物におびえ、回向院に行ってネズミ小僧の墓とか猫塚にお参りしたのでした。
蔵前の旅館は商人宿で、夜に隣の塀を眺めたらガラスがいっぱい植わっていた。カネモチの泥棒対策かなと思っていたが、翌朝の光の中で、そのトゲトゲは塀越しにのぞく卒塔婆の群れだったことがわかった。
榧寺。石川淳「至福千年」に出てきたので、それでわざわざその近くの宿をとったのだった。

ボケがもう咲いている。KIMG0606_20140115223927faa.jpg

池を眺めると、水仙と氷の張った水面が。KIMG0604_20140115223935c8f.jpg

赤い橋と国技館KIMG0605_2014011522393778e.jpg

ドーム本体と水に映る影と。KIMG0607_20140115224024bf5.jpg

供出したか、像のない台座がある。
獅子が周囲を囲むのが可愛い。
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ブサカワでいいねえ。KIMG0610_20140115224023988.jpg

9時半になり、江戸博へ。
大浮世絵展。これが年代順の総花的なものだが、彦根屏風から始まって川瀬巴水までという網羅振りで、まぁ本当に「大」浮世絵展だと思った。いやー凄いわ。
何しろ2時間おっても「…出口まだかな」と思うくらいのスケールだった。
あの空間が出口なし状態に思えたのだから、ほんまに凄いわ。

次に有楽町へ。
出光美術館の板谷波山展をみる。
むかしむかし大阪の出光で見て以来か。

これはもう本当に素晴らしかったなあ~
ツイッターでそのときのことをこう書いている。
「深い歓びが活きる展覧会だった。ありのままの煌めきを隠さないものと、光るものを薄い被膜で覆いながら黙って微笑むものとが並び、観客はそのどちらをも愉しむことが出来るのだ。波山がどちらの技法を愛したかは知らない。生み出されたひかるものたちは既にその父の手から離れている。」
「波山の残した顔立ちの違う双子はどちらも魅力の深い子らで、到底別々に手放すことなど出来そうにない。同じ柄をまとうこともあれば、違う柄をそれぞれが着ることもある。花やウサギや鳥がとりわけお気に入りらしい。わたしはガラス越しに見続けては心の中で話しかける。その幸せな対話をやめられない。」
「にくまれた子に「命乞い」と名付け、養子にした出光氏。目の当たりにしたその姿はすこやかに思いました。これは出光氏の丹精かと考えています。生み出す工程に心血を注ぐ波山には求道者の姿を見ます。が、当人が気に入らずとも他者により名品に育て上げられる面白さも格別かと」

図録も素晴らしく、本当に目の中に星が飛び込んできたようだった。
眺めて溺れて、歓びに蕩けて、そして足が宙につかぬようなままで駅へ向かった。
鑑賞は幸せだったが、この気持ちをカタチにするのは容易ではなさそうだった。

東博へ入る。
この日は「クリーブランド美術館展」「人間国宝展」の内覧会だった。
多くの方々にお会いし、新年のご挨拶をする。楽しい。
クリーブランド美術館展の内容は98年の時とは違うものの、日本絵画は共通する内容が多かった。98年は奈良国立博物館で開催され、わたしは今も手元に図録を持っている。
だから楽しい再会を味わったりした。

実は人間国宝展、これがすごかったのだ。
正直なところ「なんでトーハクでするのん?」と思っていたのだが、やっぱり東博だからこそ、この規模で・このレベルで・この内容の濃さで、開催できたのだと思い知らされた。
見るに当たり、わたしは強くイヤホンガイドを借りることを勧める。
本当によかった。


この展覧会で1月の東京ハイカイ終了。
わたしは新幹線で新大阪へ。駅弁の會津塗のを買うたが、これが非常においしくて、次回も買いたいと思っている。
ああ、面白かった…。


一月の東京ハイカイ録 1

2014年も元気に首都圏あちこちハイカイし始めました!
個別の感想はまた後日に延々と書くとして、今日はその五日間にわたる状況の総まとめです。
さて早速1/11からの行動です。

三鷹の山本有三記念館へ。
9時半開館に合わせての出立にミスもなく、晴天で寒気厳しけれども、まずは元気よく出かけたわけです。
ここへは企画展の挿絵と装幀を見るのと、建物を見るのとが目的で来て、バチバチ撮り倒したので、後日また挙げます。
イヤ、ホンマによかった。
心に太陽を持て!

…三鷹駅へ近づくほどに救急車の音とかなんかかんか。
ありゃ、事故ですがな。怖いことにストレッチャーまで目の当たりにした。
中央線三鷹駅での事故。八王子へ行けそうにない。
振り替え輸送の切符をもらい、調布行きのバスへ向かうと、京王線も事故でストップ。
こらあかん。東京へ帰る電車は動く。
新宿から湘南新宿線に乗り換え横浜へ向かおうとする。
今日はお出かけパスを縦横無尽に使い倒す計画なのだ。
あっという間にモノスゴイ混雑になる。これはあれか、首都圏のラッシュアワー並みかも。

必死のパッチで這い出て横浜へ向かう。みなとみらい線の一日券を購入してとりあえず馬車道へ。神奈川県立歴博。先にその裏向かいの蕎麦屋に入り、かちんうどんを食べる。餅はおいしいけど、ダシはさすがに辛くて飲めないが、蕎麦湯で薄める。
今度からこういうのもいいかもしれんな。

神奈川歴博、先月来た時はパンチの守に出会ってびっくりしたが、パンチの守がくれた名刺、あれが実は割引券になるのだった。
常設は撮影可能だけど、許可制で、更にネットなどでの公開は禁止ということ。
正直な話、現在神奈川県の文化事業の経営が成り立たないのを知る身としては、むしろ撮影会などを挙行して、一般客も掴むくらいのことをするべきじゃないの?とも思う。

菅公父子まったりの図や横浜正金銀行のかつての所在地のパネル展示などみる。
今回の企画展は江戸時代に使われた日常品の埋蔵物の発掘されたものと、明治の輸出品たる眞葛焼の展示の二本立て。

眞葛焼は先般も企画展があり、喜んで見ていたので今回も楽しく眺めた。
やっぱり一番人気は猫よ。
そして知ったのだが、この猫は二種あるけど、よくポスターなどになる人気猫の目は家中にいるときの大きな瞳で、二番人気の猫は外にいるときの細い瞳になっておるのだった。
この猫はスカジャンにもなっているのをTVで見ている。
あとのワシやワタリガニなどが高彫りされてるのも面白いが、やっぱり猫が一番いい。
それでこの技法が廃れてゆくと、だんだん眞葛焼も様相が変わり、最後は清水焼の昔に帰るくらいになった。
中で一つ花瓶があり、その白磁に綺麗な彩色の花模様、これが少しばかり板谷波山を思わせる造りになっていた。
しかしその眞葛焼も昭和20年の横浜大空襲で終わり。

埋蔵品は染付のよいのをたくさん見れてまことに嬉しい。これについても詳しくは後日に書くけど、もらった冊子の立派なのにも感心した。
やきものが好きな人はぜひともこの展覧会に来るべきですな。

横浜美術館へ。
前回は大観とhisフレンズ展だったが、今回はそのフレンドの一人・下村観山の展覧会。
観山の展覧会は20年ほど前に大阪の北浜三越で見て以来。
作品はちょこちょこ見ているが、これだけの数はやはり久しぶり。
いい内容なのだが、気の毒に盛り上がりが薄い。
ちょっと悲しいな。いい作品が多いのに。
能狂言に通じた人だからそうした面からの鑑賞もよいと思うよ。
ところで同時期に駿府博物館でも観山の展覧会があるようで、そのポスターのキャッチコピーが、「世間」の下村観山への意識を如実に示している。
「第三の男」…ウィーンの地下水路を走り回るわけではないだろうが、確かにこのコピーは当たっている気がする。
大観、春草、観山か。……武山は四番手ということになる。
そういえば春草の回顧展も近美で開催されるのだったか。

常設では清方、深水、紫明らの美人画が出ていたのと、ベアト姉弟の幕末から明治の日本風景写真などがあった。特に遣欧使節がえぢぷとで記念撮影したのが面白い。

そごうではせんと君の兄弟たちの展覧会があるが、これは奈良で見たからパスして、そのまま神田へ向かう。

三井記念美術館で正月恒例の応挙の雪松図屏風と樂焼を見る。
最初に長次郎から始まるのは当然だけど、わたしはあの重厚さにあまり関心がない。
目を右に向けた途端、ピカーッ!ノンコウ登場☆
ニンマリしつつ眺める。樂歴代の名品を見ていてもやはりノンコウの影響下にある作品にはついついニコニコ笑いかける。露骨すぎる鑑賞。
鵺も雪夜も可愛くて綺麗でちょっとブキミさも見せたりで、いくらでも見るところがある。
本当にノンコウはよろしい。
また樂美術館に行かなくては。

新日本橋から千葉へ。たまたま成田行きのだったが、乗り合わせた大荷物のお兄さんに「成田行きますよね」と訊かれたので調べたりしたが、この人「成田行きとアナウンスがあったので」と言うやないか。しかも自分はiPad持ってるやん。それを活用しろ。
しかし根が親切と言うよりおせっかいなわたしはきちんと調べて、この電車に乗っておれと言う。

千葉では川瀬巴水展後期。明日は大田区郷土博物館で巴水。今回も巴水の展覧会の感想を挙げれそうにないが、なんとかがんばろう。
ときめくなあ。とはいえ、青い夜と雪の夜が多すぎるラインナップだとも感じた。
常設の企画で渡邊版画の他の作家たちの作品も出ている。
つくづく千葉市美術館は版画コレクションの雄だと思う。素晴らしい。
やっぱり近代版画が本当に好きだ。ええものを見せてもらえて嬉しい。


二日目。
9時開館に合わせて大田区郷土博物館へ。西馬込は遠いよ。
まぁ以前みたいに凄まじい迷い方をしなくなっただけでもましか。
ここでも巴水。中期。前期に劣らぬええラインナップ。
いやもうほんと、ノスタルジー。旅に出たくもなる。既に失われた風景だと知りながらも。青色の美しさ、小さな赤の鮮やかさ。そして雪の魅力。いつまでも心に拡がる喜びがある。

嬉しい気持ちで次は五反田経由の山種美術館へ。
Kawaii~~~ッッッですよ、ほんとにこの展覧会は。
わんこにうさぎにお花たち。ええなあ~~♪
とはいえ、個人蔵の古径の童女は可愛いというより小さいのに妖艶なところがあり、そういう初見があるのも幸せ。やはりよろしいなあ。
図録はコンパクトで中身もkawaii~~っ

海鮮丼を食べてから写真美術館へ。
「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ -写真であそぶ-」
「路上から世界を変えていく 日本の新進作家vol.12」
二つの企画展を見る。
前者のうち、植田の写真はシュールさが魅力なんだろうけど、わたしはそのあたりが却って苦手で、なんというかモノクロで寺山修司の映画を見ている気分になって、身を引いてしまう。ラルティーグは場所が外国だということでそうはならないのだが。
後者のうち、もとから糸崎公朗のファンなので、彼のフォトモがたくさんあったのが嬉しい。随分前にINA X ギャラリーで展覧会と講演会見て以来ファンになったのだ。
彼の作品は写真で作る立版古というのが正しい気がするが、チマチマした細部がとても面白い♪新作も見続けたい人。
他の作家も面白い。やはり現代アートのうち、写真だけはわたしも自分から見ていきたいというアグレッシブな気持ちがある。

明治神宮へ行ったが、初詣もせず宝物展示をみるばかり。
明治天皇の皇后らのドレスや資料などを見る。特別印象的な展示はないが、明治の人の息吹を感じる。

ここから竹橋へ。
クーデルカ展。これも写真。アタマが痛くなる画像が並んでいる。決して楽しいものではない映像。ジプシーたち、自身が撮影したプラハの内戦状況、亡命者としての目で見た世界。
他者の切り取った他者の生または死に、ただただ鬱屈する。どれを見ていても救いはない。逃げ場もない。向き合うにはわたしの心は弱すぎる。遠い国の少し前の現場風景、果たしていつまで他者のままでいられるかを考えさせられる。
狭い国にいるからというだけでなく、広い世界に出たとしても人間の住まう所には必ず何かしらトラブルと摩擦とそして融和、更に諦念がある。希望よりも絶望の強い世界が広がるのを感じる。
テオ・アンゲロプロスの映画「ユリシーズの瞳」のあるシーンを思わせる作品があった。クーデルカは映画クルーに同行して、私的な「ユリシーズの瞳」を撮影していた。
映画を撮るのではなく、その中に入り込むのでもなく、自身の「漂流」し続ける意識を保ちながら。
わたしが見たその作品とは、その同年に撮った、ルーマニアのチャウシェスク像の片腕をクレーン車が持ち上げようとする情景だった。
深読みはしたくないから、ただただ見ていた。
一点だけ個人的にウケたのはやはり94年の作品で、ギリシャの神殿廃墟。
列柱の一つがバラバラになりながら横倒しになったままの情景。
わたしにはナルトまたは正月の伊達巻を輪切りにしたのを並べたように見えた。
いや、ちくわぶかもしれない。
重い気持ちをこれで少しは軽くした。

常設の方も、今また、危機的状況にあることを示唆するような作品が並んでいた。
わたしはその中身の重さ・深さを知りつつも、あえて上澄みの純粋な水だけを掬う。
少女倶楽部、三越の宣伝誌、地下鉄ポスターなどなど。
これらは山本有三の挿絵・装幀と共に一つの記事として挙げようと思う。
時代背景をあえて考慮せぬまま。

日本橋へ。丁度灯りが灯った「麒麟の翼」たち。
わたしはこれら鋳造作品の祖形を拵えた津田信夫のファンなのだが、津田作品の装飾美をモダニズム工芸作家たちは酷い言葉で拒絶したということを、絶えず忘れることなく思い起こしている。
時代時代により求めることは違うのに、あえて前時代の名品を何故わざわざ貶めようとするのか。イギリス人のその作家の意識こそ、わたしは排除したい。

そして高島屋で「星星會」の日本画を、三越で富士山を描いた作品群を見る。
星星會は高山辰雄の命名で、田渕俊夫、下田義寛、竹内浩一、牧進の四人展だが、今期を以て終了するそうだ。
これはたいへん良い内容だが、13日で日本橋高島屋は終了。後に京都文化博物館へ巡回するので、そのときに詳しく書き起こしたい。
わたしは特に牧進のファンなのだが、70代を迎えた四人の瑞々しい感性に触れ、21世紀にも日本画の伝統が続くことを心から祝った。

三越の富士山の絵や写真はなんとここだけの企画展だったようで、びっくりした。
勿体ない。せめて富士の見える静岡や山梨にも行けばいいのに。
富士のない大阪・京都でも見たいがな。
わたしは特に写真のでお気に入りを見つけた。これも13日まで。

さてわたしは浦和へ向かった。
さすが浦和レッズの国。KIMG0581_20140115223736438.jpg

うらわ美術館では「アートが絵本と出会う時」をみたが、これが見ごたえがありすぎて、クラクラした。
ロシア構成主義に始まり村山知義、柳瀬正夢、古賀春江、恩地幸四郎、そして武井武雄に岡本帰一に初山滋、具体の画家達に李禹煥、高松次郎まで。彼らの童画への真摯な取組がヒシヒシと伝わってくる。いい内容だった!
年末に兵庫県立美術館でみた1920~1945文学と絵画展ともリンクする内容で、どちらも見れたわたしはかなり幸運な気がする。
尤もプロレタリアもロシア構成主義も本当はニガテなのだが。
実際のところわたしは、ロシアの絵本は世紀末なビリービンが最高だと思っている。
会場では映画「三びきのこぐまさん」が流れていたのも嬉しい。
思えばわたしがこのこぐまさんを知ったのは90年頃の「子供の本1920年代」展からか。その時代にいよいよ耽溺してゆく契機になった展だった。
本当にいい展覧会なので、これも長い感想文になると思う。

二日目まで終了。






堺筋倶楽部 旧川崎貯蓄銀行 2

堺筋倶楽部の四階から他階へ降りる。

家具などはすべて現在のオーナーさんのご趣味。これがまたとても素敵で、思わずうっとり。
テーブルIMGP2159_20140109234959e6b.jpg
彫刻されたドアを転用か。素敵。

階段手前のシャンデリアIMGP2160.jpg

この線にはどきどきする。IMGP2161_20140109235002dc1.jpg

迷宮へのいざない・・・IMGP2162_201401092350036b8.jpg
階段フェチのわたしとしてはベスト10にあげたい。

窓も落ち着いている。IMGP2164_20140109234958a92.jpg

たぶんバティックの型をテーブルに。IMGP2165_20140109235019a93.jpg


扉は昔のままIMGP2169_20140109235017fe5.jpg
ガラスもレトロ。

新しく開けた丸窓から下をみる。IMGP2166.jpg

間近な天井装飾IMGP2167_20140109235022b28.jpg

再び階段へIMGP2168_20140109235023540.jpg

飾り棚がまた素晴らしい。IMGP2176_20140110010921e5b.jpg

七宝もつく。IMGP2171_2014011001091751c.jpg

象嵌。IMGP2177_201401100109159a1.jpg

中にはゾウさんが色々飾られていた。
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ほしくなる。可愛いゾウさん。IMGP2178.jpg

金庫ドア。IMGP2180_20140110010946e40.jpg IMGP2181.jpg


かっこいい鏡。IMGP2179_20140110010945ab5.jpg

古写真。昔のこの辺りか。IMGP2182_20140110010949ef5.jpg

模型のようだIMGP2183_20140110012154744.jpg

階段の影が壁に映える。IMGP2184_201401100121550d7.jpg

1階から見上げる。IMGP2187_20140110012152db5.jpg

何もかもがいいセンス。IMGP2185.jpg

今ではワインセラーIMGP2186_2014011001215876f.jpg

金庫の扉内側がかっこいい。IMGP2199_20140110013528d6b.jpg

見上げる。IMGP2187_20140110012152db5.jpg

こまやかな装飾。IMGP2188.jpg

いまやアイドル?IMGP2189_201401100123200f0.jpg

時計は正しくない。IMGP2190_20140110012322aeb.jpg

お店内部。IMGP2191_2014011001232493f.jpg
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窓から堺筋IMGP2197_201401100135026bd.jpg

床タイルIMGP2193.jpg

優しい図柄IMGP2194_20140110013505566.jpg

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見上げるとこんな感じなのだが、うまく表示されるかな。

雷文が続く。IMGP2202.jpg

カーテンボックスIMGP2198.jpg

玄関を内側からIMGP2200.jpg

いい雰囲気。IMGP2201_20140110013531674.jpg

最後に窓の装飾。IMGP2203_20140110013741028.jpg

ときめきの時間をありがとう。

堺筋倶楽部 旧川崎貯蓄銀行 1

堺筋にあるレストラン。オープンして今年で13年。IMGP2128_20140109231457ed7.jpg

オープンしたとき、友人の誕生祝をしたが、わたしは店の場所を間違えて申し訳ないことになった。
それを契機としてわたしはケータイを持つようになったのだった。

横から。IMGP2131_20140109231501910.jpg

昭和六年に川崎貯蓄銀行として、矢部又吉の設計で建てられた。
正面。IMGP2129_20140109231458b63.jpg

玄関のアーチIMGP2130_201401092315002b2.jpg

正面窓。ドイツ風。IMGP2133_2014010923152757d.jpg

窓飾り。IMGP2137_20140109231526a07.jpg

堅固で、しかし可愛さもある。IMGP2134.jpg

並ぶピンのような。IMGP2132.jpg

銀行の構造がよく出ている。IMGP2135_201401092315309d8.jpg 

窓はフロアごとに異なる。IMGP2136_20140109231532bc2.jpg

玄関ドアのレトロさIMGP2138_20140109232233698.jpg

中に入るとブロックで作られた模型が。IMGP2139.jpg

階段脇の装飾はすずらん?IMGP2140_201401092322364e7.jpg

ムードのある空間なので、ノーフラッシュでたくさんとった。
折れ方の素敵な階段IMGP2141_20140109232238d8e.jpg

シックな親柱IMGP2142.jpg

上がる。IMGP2143.jpg

金庫扉を転用IMGP2144.jpg

小さい可愛らしさIMGP2145.jpg

照明の影もまたネックレスのよう。IMGP2146.jpg

四階のバンケットルームで集合。
ノーフラッシュ分をまず集める。
天井1 IMGP2147.jpg

照明1 貝殻IMGP2149_20140109233010b48.jpg

照明2 シャンデリアIMGP2150_20140109233012a2a.jpg

少し遠くからIMGP2151_20140109233013235.jpg

影と光の織り成すかたち。IMGP2154_20140109233054cb8.jpg

本当に魅力的。IMGP2155_20140109233056d66.jpg

柱と天井のコラボIMGP2148_20140109233008170.jpg

フラッシュ写真
柱装飾IMGP2157_20140109233051c06.jpg

こんなにもフラッシュが入る・入らないで変わるのも面白い。
コップの影も綺麗なのだが、フラッシュとノーフラッシュで見比べよう。
IMGP2152_20140109233007ff4.jpgIMGP2153_20140109233053a38.jpg
メタリックなシャープさと物語を感じさせるものと。

フラッシュで撮った天井など。
この部屋に限っては自分の目で見たものはこちらに近かった。

天井2KIMG0455.jpg

光と影の美KIMG0461.jpg

輝く天井KIMG0456.jpg

最後にこの部屋全体を。IMGP2158_20140109234531fac.jpg


長くなるので1はここまで。

少し前にみた無鄰庵

今夜も「少し前に見た」ということで京の町から。

無鄰庵である。鄰の字は隣の扁と旁を逆にしたもの。
山県有朋の別邸で植治、小川治兵衛が作庭した空間である。

京都市営地下鉄の蹴上駅からの徒歩が思いのほか近い。
岡崎からも徒歩圏内だがこの日は蹴上から向かった。
近代建築をちらちら見ながら歩く。IMGP1990.jpg

窓から動物園観覧車IMGP1993_20140105224939f8e.jpg

二階から中庭IMGP1991_2014010522494190a.jpg

いらかの波ですなIMGP1994_201401052249390dc.jpg

瓦には桜の文IMGP1992_20140105224940919.jpg

廊下の天井IMGP1995_201401052249374bf.jpg

気持ちよく緑。IMGP1996_20140105225040119.jpg

洋館を見下ろすIMGP1997_20140105225039d77.jpg

窓からも緑の風景IMGP1999_20140105225037c05.jpg

風景いくつか。
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ああ、植治。IMGP1998_20140105225038b3a.jpg

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なんかもうシアワセ♪IMGP2005.jpg

日本家屋はいい。IMGP2002_2014010722090876f.jpg

扁額。IMGP2004.jpg

昔の資料IMGP2003.jpg

洋館へ。
階段IMGP2006.jpg

親柱がまたよろしい。IMGP2009_20140107220947fb8.jpg

シンプルでも華やか。IMGP2007_20140107221000be1.jpg

土蔵造りIMGP2008.jpg

たいへん暗いので色々ここで細工しましたが、なかなかむつかしい。
床模様IMGP2014_2014010722203374d.jpg

天井IMGP2010.jpg

折上格天井。竹遣いIMGP2017_20140107222111e31.jpg

照明IMGP2011_20140107222037675.jpg

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本当によく見えない。
壁画いろいろ
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家具もレトロIMGP2022_20140107222700fdc.jpg

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明るいところへ。
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アーチがいとしい。IMGP2029.jpg

瓦屋根と緑の喜び。IMGP2028.jpg

和の美IMGP2030_20140107222724598.jpg

ここにも装飾IMGP2031_201401072232581a3.jpg

見えないところもIMGP2032_20140107223259f46.jpg

窓に映る木。素敵。IMGP2033.jpg

お倉IMGP2034_20140107223303101.jpg

長~~いおつきあい!は「京都銀行」のキャッチコピーだけど・・・
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蹴上には他にこんなものも。IMGP2036.jpg

これまた少し前だけど、いい気持ちであげました。

少し前に見た田中本家 1

秋に見た風景をここに挙げそこねていたので、時間遅れだが挙げることにする。

信州中野の田中本家に行った。
長い白壁1380807120699.jpg

萩が咲き乱れていた。1380807121167.jpg

特別公開の「清琴亭」にあがる。
二階から。1380807122387.jpg

雨戸の細工1380807122895.jpg

中庭をみる1380807123444.jpg

いいなあ。1380807123948.jpg

廊下の階段1380807124483.jpg

四季の庭を見渡せるそうな。
なんの季節だったか。1380807125158.jpg

明るい影1380807125851.jpg

角が素敵1380807126755.jpg

いいお庭1380807127482.jpg

もこもこ緑1380807128232.jpg

お座敷の襖絵も当時名高かった日本画家たちによる。
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掛け軸も。1380807132495.jpg

小屏風1380807133147.jpg

灯りも古めかしく素敵。1380807133877.jpg

工芸の美。1380807134482.jpg

いくつものお座敷をゆく。
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誰を描いたか。1380807140362.jpg

ここからの眺め1380807140973.jpg

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蒔絵の美1380807144992.jpg

まだ朝顔の時期だった。1380807145698.jpg

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杉も立派。1380807146977.jpg


たいがい多いがまだ続くので、次に。

少し前に見た田中本家 2+ 善光寺界隈

以下、わたしの目が見たものを追う。
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朝顔。
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庭をゆく。
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長い塀の影。
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ここまで田中本家。1380807165327.jpg


なおミュージアムでは田中本家の所蔵する婚礼衣装などをたくさん見た。
旧家で持ちこたえられたところはやはり素晴らしいものを所蔵しているのだった。


こちらは善光寺と追分など。

善光寺門前の野菜料理バイキングのお店でランチしたが、本当にここが好きで。
おいしかったわ。また行きたい。1380807165925.jpg

善光寺界隈には近代建築が多い。1380807166623.jpg

近代和風の美は屋根だな。1380807167392.jpg

藤屋旅館。1380807168354.jpg

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善光寺。1380807169564.jpg

石灯篭の台座に「小諸」の地名。1380807170405.jpg

カフェでクリームソーダ1380807171122.jpg

この日は本当にたくさんのカフェに入り、そういうことをしない身としては新鮮な感じもした。

レトロな用品。1380807171707.jpg


追分にある元は油屋旅館だった建物。1380807173615.jpg

今は古書や色々販売。1380807172941.jpg

佇まいの立派さ1380807175037.jpg

小さな蔵も。1380807174404.jpg

やっぱり信州はいいなあと思うものばかり見て歩いたツアーでしたな。
スキーもスノボもしないから冬は無縁だけど、また出かけたいと思っている。

皇室の名宝

京都国立近代美術館に宮内庁三の丸尚蔵館から「皇室の名宝」が届き、その名を冠した展覧会が開かれている。
前期後期と分かれての展示で、のべ180点の作品が紹介される。
(わたしが見たのは後期展示)
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わたしはどういうわけか長く三の丸尚蔵館にたどりつけなかなかったが、近年からはしばしば訪ねるようになった。
そこでは無料で皇室のお宝を見せていただける。
シンプルな建物の中で絵画や工芸のキラキラしたものー明治から主に戦前のーを見ては、「ああ、ええものを見せてもらえたなあ」と喜んで帰る。
今回は京都で見れるというから、どんな設えをしているのだろうと期待しながら出かけた。

びっくりした。
三階の会場に着いた途端、そこが明治の宮殿に「なっていた」のだ。
凄い、再現された空間。
千種の間という空間が再現され、そこにガラスケースが置かれ、宮殿の中で名品を眺めるという構造になっていた。
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長押(なげし)には蝶と花鳥(鳩やツバメら)の装飾が、折上格天井にはそれぞれ花が描かれている。
壁掛けには横長の木彫り彩色作品がある。芭蕉の大きな緑と白い花と。
牡丹唐草文の壁紙、腰羽目には果実の刺繍が並ぶ。カブラ、タケノコ、松茸、スイカ、桃、柑橘類などなど。
協力に川島セルコンの名があるが、もしかするとこの再現の協力かもしれない、と思った。

素晴らしい空間だった。
しかしこの千種の間は昭和20年の五月の空襲で焼失しているそうだ。
古写真からこの空間を再現したそうだ。

山元春挙の三幅対「晴天鶴」がある。めでたい図。
絵画はここに掛けられていたのか。

三代目川島甚兵衛 綴錦「春郊鷹狩・秋庭観楓図」壁掛 凄いものを見た。一大ペーシェント。竜の鴃首の船を漕ぐ稚児たちに、鳥兜をかぶる舞楽の人たち。とても繊細で濃やかな構成。きらびやか。

七宝焼も西の並河靖之、東の濤川惣助、名古屋の七宝会社の名品が並ぶ。
それぞれ技法が違うが、いずれも美麗な作品ばかり。
黒を背景にした四季花鳥図花瓶の並河、鸚鵡の花喰鳥文様の花盛り器の濤川、これらはどちらも平成を祝っての「皇室の名宝」展で見たものか。

加納夏雄の刻む百鶴、金沢銅器の異様なほど細やかな象嵌花盛り、薩摩焼の華やぎ、香川勝廣の高く盛り上がる高彫り花盛り、藤壷の張り付いたような十二代沈寿官の菊貼付香炉などなど。

工芸の美を堪能した。



第二章 明治期の美術工芸と博覧会
先の第一章としての「宮殿装飾」にもこれらの作品があり、密接な関わりは続く。

森寛斎 古柏猴鹿之図 森の中、鹿の背に乗る猿。猿はその鹿の背の毛づくろいをしてやる。仲良しさん。バンビと小猿が足下にいたり。
鹿も猿も中国での吉祥どうぶつ。

京都府画学校校員画帖 鈴木百年の釣り人、楳嶺の釣り玉などが見える。

富岡鉄斎 和気清麿朝臣図巻 カラフル絵巻。一代記としての絵巻らしく、嵐に遭う人々などが描かれている。「大隈をさすらひ人となつて」と文にある。ラストでは宴会もしていた。道鏡を排除した後の様子か。

川端玉章 群猿之図 サルサルしている。木の引っ張りあいとか賑やかな猿たち。

瀧和亭 花鳥図 タイトルは「花鳥」とあるが、鳥は鷲か鷹で、隠れる猿をじろじろ探す図。猿は怯えて隠れている。なにしろみつかればアウト。優雅さとはちょっと違う図。

下村観山 光明皇后 →向きに祈る姿を捉える。野間やほかにもある絵と構図が似ている。
ナデシコなどの野花が咲き、控える侍女が金色で宝石つきのカップ型器から真珠のような粒を出す。

橋本雅邦 竜虎図 おとなしい竜は影も薄いかして、ガオーーッの竜に苦笑い。竜は金色に光るような。

工芸品をみる。

柴田是真 温室盆栽蒔絵額 写真乾板風なものに見えた。
絵柄は簾をあげる貴女だから「香炉峰の雪」、箒や鳥の止まる木などの絵がリアリスティックに描かれている。

蒔絵も漆画も自在に描く是真。
漆画帖ではカラス、アヤメ、ナス、牛小屋などが描かれている。
先年、三井記念美術館で見たものともまた違うような。
新潟の敦井美術館にも漆画帖はある。

池田泰真 山路菊蒔絵文台・料紙箱・硯箱 もこもこ菊があふれている。こういう作りが明治20年代後半の流行かもしれない。

花瓶のよいものがある。
初代宮川香山 青華氷梅文花瓶 
鹿島一布 布目象嵌花鳥文八角壷
どちらもその時代の工芸技術の高さを示している。

海野勝珉の舞楽をモティーフにした置物が来ている。
太平楽と蘭陵王と。
どちらも三の丸尚蔵館で見ているが、ここで見るとまた趣が違う。特に蘭陵王はあの恐ろしげな面を外し、端正な顔を見せていた。
英語ではどちらもフィギュアと称されるのだろうが、本当にかっこいいフィギュアだった。

九代目伊藤平左衛門 桑木地飾棚 これは単体もいいが、そこにある写真パネルを見ると、多くの工芸品がこの棚に飾られていて、それがとても素敵だった。

11点ばかりの可愛らしい工芸品の内訳がここに並ぶ。
二代目川島甚兵衛・荒木寛畝らによる古今集歌絵画帖、高村光雲らの鶴亀置物は少年像で、濤川の双蝶香合も可愛くて綺麗。
三代目清風与平の桜花白磁香炉、初代香山の龍青華肉池、香川勝廣の蛇籠千鳥水滴など。
海野の牡丹折枝印箪笥鏡板もたいへん丁寧な作りだった。
ボックスの腹に鏡板が張られ、そこに牡丹が浮いている。そして石川光明の鹿鎮子は霊芝を噛む鹿がくつろぐ置物。

これらが飾り棚に置かれていたのだ。
本当に素敵。

ほかにもたくさん小さな置物があった。
牙彫りのフィギュアが特にいい。手遊売はラッパ吹く人、羽箒に子犬、そんなものが作られている。
イタチも可愛くリアルに作られ、餅を売る「お供え売り」もある。
安藤緑山の椿置物は白椿でよく出来ている。とても欲しい。

初代諏訪蘇山の青磁鳳雲文浮彫花瓶に香炉。
二代目の文乃友・・・青磁象嵌硯、色絵筆置き、文鎮、ミニ屏風などなど。

昭和に入ってもよいものはよい。
沼田一雅 陶彫唐獅子 阿吽の門番。
五代目清水六兵衛 御所人形画花瓶 可愛いなあ。

この章の絵は四階に展示されている。
いずれも明治の油絵。
床次正精 噴火山之光景 妙にベタに描かれた風景。明治初頭の油絵。白帆の浮かぶ海。

松岡寿 ベルサリエーレの歩哨 特有の帽子をかぶる。ベルサリエーレについてすぐに思い浮かぶのは、「ヨルムンガンド」のアール。彼は元はベルサリエリ情報担当少尉だった。

山本芳翠の九州・沖縄連作画、百武兼行のバーナード城、二世五姓田芳柳の菅公梅を詠ずる、浅井忠の絵もある。

日本の風土で油絵をいかに根付かせるか苦難していた時代。その頃の洋画を皇室は収集していたのだ。


第三章 皇室と官展
好きな作品がかなり集まっていた。

小室翠雲 春庭・秋圃 色がやや濃すぎる。朝顔、トンボ、白キジ、白モクレン、牡丹などが南蘋風に描かれている。

川合玉堂 雨後 虹が出てる。のんびりする。 

川上曼舟 阿里山の五月 台湾の阿里山。緑濃い林が続く。

上村松園 雪月花 チラシにも選ばれている。優雅な三幅対。

工芸品もいい。
中川哲哉 乾漆盆 ああ、綺麗な塗り。春慶塗りのように綺麗。

加藤土師萌 葱文大皿 白い頭の葱坊主。やはりええお皿。

楠部彌弌 青華甜瓜文菱口花瓶 可愛いわ。盛りがいい。白と青。雷文刻みもある。

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第四章 慶祝の美
めでたいものが集まる。

京都市画帖 大正四年の日本画家の仕事。華岳の牛、小村大雲のうさぎ、観山の福禄寿、契月もある。

瑞彩 大正13年の作。麦僊の大原女、大三郎の少女、耕花のオウム、春挙の薔薇、映丘に吉村忠夫もある。

現代風俗絵巻 昭和三年 紡績工場に捕鯨、法隆寺見物のモガたち、路可のコンサート、雪岱の道成寺の花子などなど。

清方の屏風もいい。これは清方展でも見た。お堀端の緑地でくつろぐ女学生たちと、船に暮らす家族の絵。

力強い青邨の獅子たち。皇居にふさわしい風格のある唐獅子たち。左右それぞれに見ごたえのある獅子がいてあたりを払う力に満ちている。

初代龍村平蔵の錦綾帖、木の象嵌で拵えられた裁縫箱、和の花で飾られたガラス花瓶・・・
象彦の蒔絵、御木本のパール、河合のやきものなどなど。

ああ、皇室がいかに愛されていたかがよくわかる。

第五章 皇室と日本美術院
逆境にあった美術院の作品がこちらに多く収蔵されていた。

ほかの画家たちの画帖は言うに及ばず、大観の名作もいろいろ。
本当に素晴らしい。

第六章 御肖像と大礼
大正と昭和の悠基主基屏風それぞれを前期後期に出し、歴代の銀のボンボニエールが無限なほどに集められている。

キヨッソーネの明治天皇をはじめ、その時代時代の画家による天皇・皇后の肖像画。
明治「大帝」の時代。

京都でこれら皇室の名宝を見ることができて本当によかった。
1/13まで。

2014年 よろしくお願いします

昨年はまことにお世話になりました。
今年もどうかよろしくお願いします。

なんとか今年も東奔西走できますように・・・

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皆さんともども走りましょう!


                   遊行七恵
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