美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

京の町家とKyoはり絵展 出井豊二はり絵ワールド

「京の町家とKyoはり絵展 出井豊二はり絵ワールド」in東大阪市民美術センター。

出井豊二・はり絵の世界-京の町家とkyoはり絵・技法-出井豊二・はり絵の世界-京の町家とkyoはり絵・技法-
(2012/09/07)
出井豊二


京都女子大学生活造形学科教授の出井さんという方が、京の町屋を貼り絵で表現されている。今も現役の町家もあるが、もう失われたものも少なくはない。
それを眺めるのが楽しかった。
実際に自分の知る建物、知らない建物、貼り絵で表現されたことで風情も変わる。
そのあたりを楽しむ。

朝日に照らされる町家もあれば、昼日中ののんびりした町家もあり、月下に佇む町家もある。しーんとした表もあれば、見るからに賑やかな玄関もある。
現役のもの今は失われたものも含めて、全ての町家が貼り絵で作られたときは本当にイキイキしていた。

貼り絵は素朴な手工芸である。しかしそこには非常に濃やかな指の動き、鋭い色彩感覚、丁寧な仕事ぶり、倦むことのない真面目さが必要とされる。
たとえばわたしのような大雑把なものでも「これは貼り絵や」というて、ザクザクに切った紙をぺたぺた貼ってみせても貼り絵になる一方、この出井さんの濃密な仕事も貼り絵なのである。わたしは単に自己満足で終わるが、出井さんの作品は見る者に「ああ、ええなあ」という感興を呼び起こす。絵でも文でもなんでもそうなのだが、やはり丁寧な仕事をされたものを見ると、嬉しくなる。

厳密には町家ではないが、三十三間堂、宇治川の花火風景などがある。
今もそれぞれ七条に行ったり、夏に宇治川へ行けば見ることの出来る風景だと思う。
しかしそれらが貼り絵で再現されると、不思議なノスタルジーを生み出す。
現実にその建物の前に立ったとする。
「ああ、これか」と思いながら作品を思うと、やはりなにか懐かしさが心ににじみ出てくる。その正体が何かは分からない。もしかするとそれは手工芸だということが生み出す感覚なのかもしれない。

失われた「樽傳」「富起屋」「檜書店」、それらは在りし日すらわたしは知らないが、玄関先を表現した作品を見ると「ああ、懐かしい」と思うのだ。

とようけ屋山本、八百三、源田紙業、町家で会社あるいは店屋と言うタイプには甲斐甲斐しささえ感じる。

亀末廣、京刃物安清、実際の看板が頭の中に浮かぶ。覚えている細部がここでも再現されているのをみつけると、それだけで嬉しくなる。

大阪からは黒壁の小西家が出ていた。ここには撮影にも行ったので表だけでなく家の内部の記憶がある。それを思いながら見ているとわくわくする。

不審庵、炭屋旅館などの常に美を意識した、張り詰めた空間を見せる玄関。
月桂冠本社の犬矢来、いくらでも見るところがある。

雨森薬房は知らなかった。青銅色の樋がいい。関西は住友のおかげで樋にも銅を使えた家が少なくないのだ。

河井寛次郎邸もある。今や記念美術館になった建物の玄関。あの繊細な格子が丁寧に作られている。行かなくては、と思いながらなかなか行っていない。

分銅屋の足袋。わたしは三条通が大好きなのでここの店先を見ると嬉しくなる。あの看板を見ながらイノダ三条店に入るのもいい。

寺田屋もある。ここで以前ご近所の料亭・魚三楼の仕出しをいただいたことがある。それも魚三楼ご亭主の楽しいお話を聞きながら。

キンシ正宗の堀野記念館もある。ここも飲みに行ったが可愛い建物だったなあ。
そこから少し歩けば京都ハリストス教会がある。
なんだかホコホコした楽しい気持ちが蘇る。

上京区に奥溪家という漢方薬の町家があるのか。茅葺ですがな。ああ、大友宗麟の子孫の人なのか。非公開。しかし町中にそんな茅葺とは…すごいなあ。
近鉄京都線某駅そばに巨大な茅葺屋根の民家がある。そこは近所の某病院の御実家だとか。
ちょっと崩れかかっているが、あれも大きかったなあ。

伏見人形の店・丹嘉がある。可愛いお人形がたくさん並ぶ。発祥の店とあるが、わたしは伏見人形と言えば大坂夏の陣の鵤幸右衛門を思い出す。この人は今でいう格闘家で古武術のファイターだった。当時すでに誰も弟子になれない極みにいる達人だったそうだ。

一つの連想が次々と違う話を思いださせてくれる。

新高瀬川に面した松本酒造という醸造所なども知らない。あったんだなあ。
そういえば京都市内では本当に佐々木蔵之介の実家の佐々木酒造しか残っていない。

雪の清水寺、鍵善、十二段屋、河道屋、わらじや、ああ嬉しい。
奈良の今西酒造もある。
そうそう、出井さんはキンシ正宗のお酒のラベルも拵えている。

無限に現れるかのような町家。しかしながら現実にはもうだいぶ失われているのだ。
西陣もかなり変わってしまった。
しかしこうして作品になることで、記憶は残る。
とてもいいことだと思う。

優しい気持ちになれる、いい展覧会だった。3/2まで。
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ラファエル前派 英国ヴィクトリア朝絵画の夢 2

昨日の続き。ラファエル前派展感想その2

4.近代生活

フォード・マドックス・ブラウン 「あなたの息子をお抱きになってくださいな」  女が子供を差し出す。女の後ろにはまるで光輪のような鏡が光り、そこに男が映っている。
これは未完の作らしい。何を意味するのか。個人的体験からのことなのか、別な意味なのか。そんなことを考えるのも面白い。

ウィリアム・ホルマン・ハント 良心の目覚め  最初に見たときタイトルも知らなかったので、恋人の膝から不意に立ち上がりかける娘を描いているのか、と思っていた。
これはそうではなくて愛人のところから立ち上がろうとする娘の絵らしい。とりあえず不義はいかんという感覚がここにあるのか。(わたしとしては賛成)
床には猫と雀が見える。メタファか。ヴィクトリア時代は女には生きづらい時代だった。

ジョン・ロッダム・スペンサー・スタンホープ 過去の追想  裏寂れた娼婦がいる。濃い紫色のガウンを着て手にはブラシ。もう、暮らしも仕事も成り立たない。彼女もかつてはクルティザンだったのかもしれないが、今はもう。
そういえばこの時代、立ちんぼさんは切り裂きジャックにコロされることがあるのだった。

ロバート・プレイスウェイト・マーティノウ 我が家で過ごす最後の日  絵を見る前に先に解説プレートを読んでしまった。曰く「能天気な夫と息子、絵画などにも売り立札が」。
それを踏まえて絵を見ると、なるほどもぉアカンな情景が描かれている。
妻と娘の嘆きも知らん顔であほな夫と息子は楽しそうな話をしている。こんなだから家がだめになるのに。祖母も泣いているが、どうにもならない。管財人もいて鍵を持ってるし、奥には家財チェックする人々もいる。本当にどうにもならない。
正直、身につまされる。もぉウチは終わってしまったことではあるが。

5.詩的な絵画

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ ダンテが見たラケルとレアの幻影  ダンテはあくまでも「見るだけの人」である。旧約聖書に現れる妹と姉。林の中でそれぞれの想いを秘めて佇む。
わたしたちもまた「見るだけの人」である。
ダンテが見たものを・ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが描いたものを・ただ見ている。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ ベアトリーチェの死の幻影を見るダンテ  死の天使がベッドの女にくちづける。二人の女は上から花飾りつきの布を掛けようと、あるいはそれを引き上げようとしていた。ここでもまたダンテは見るだけの人である。半ば地下でのこと。

教養文庫の「神曲」を高校の頃少しだけ開いて挫折して以来、まだ読んでいない。
これも西洋絵画を理解するためには必読書なのにも関わらず、わたしは本当に至らない。
美術を愛する以上は好悪を超えて「伊勢」「源氏」「旧約」「新約」そして各国の神話、「史記」「水滸伝」「神曲」このあたりは何が何でも読んでおかないといけない。

ラファエル前派を愛するには聖書の他にギリシャ神話とアーサー王伝説も必読である。
わたしがラファエル前派にのめった理由の一つに、神話の絵画化とアーサー王の絵画化があったからだ。絵に文芸性があるもの、わたしはそこにのめり込んでしまう。
その意味で、彼ら<兄弟団>はわたしの理想でもある。

エリザベス・エレノア・シダル 「サー・パトリック・スペンス」より淑女たちの哀歌  朽ちる運命の人たるスペンスとスコットランド王。海に沈むスペンス。
この物語はこちらに詳しい。
シダルもまたロマンティックな絵を描いていたのだ。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ アーサー王の墓  アーサー王の眠れる姿を象った墓のその真上で、身を乗り出す騎士と、くちづけを止める貴婦人。湖水のランスロットと王妃グィネヴィアかもしれない。
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エドワード・バーン・ジョーンズ クララ・フォン・ボルク  足下に黒猫がいる。それがとても印象的。やはり絵に猫がいると、それだけで嬉しい。

エドワード・バーン・ジョーンズ シドニア・フォン・ボルク  対の絵。この絵の方がよく見ている。柄物のドレスを着た豪奢な女。横顔を見せているが実は魔女らしい。
邪悪な笑顔だが、それこそが魅力的なのだった。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 薔薇物語  キスしている二人をみんながそっとのぞく。薔薇も見ている。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ サー・ガラハッド、サー・ボース、サー・パーシヴァルは聖杯から聖体を拝領する。しかしパーシヴァルの姉は道中でなくなった  百合の咲く中、聖杯をうける。鳩と背の高い天使たちと。
タイトル原題は"How"で始まるが、アーサー王と円卓の騎士の物語の挿し絵には必ずその言葉から始まり、絵の大事さを感じさせる。

シメオン・ソロモン ミティリニの庭園のサッフォーとエリンナ  エリンナにキスするサッフォー。しかし相手のエリンナはどこか遠くを見ている。
サッフォーの恋は成就することはない。

6.美

ジョン・エヴァレット・ミレイ 谷間の安息「疲れし者のの安らぎの場」  要するに墓穴である。尼僧がその墓穴を掘っている。座る尼僧もいるが、その二人を夕暮れが包み始めている。誰を入れるかは知らない。墓掘りといえば「ハムレット」か「桜姫東文章」。誰を埋めるにしろ本当に「安らぎの場」になるかどうかは不明。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ モンナ・ポモーナ 緑のドレスが綺麗。胸元のレースもいい。背景も緑、そして女の目も緑。とてもシック。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ ベアタ・ベアトリクス  これも好きな一枚。光るような顔がいい。絵を構成する細々した背景もいい。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 最愛の人(花嫁)  この絵を最初に見たとき「花嫁」とかそんなこと一切考えなかった。今になって「そうか、花嫁だったか」と初めて知り納得する。
黒人の少女召使いが印象的。14022601.jpg


ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ プロセルピナ  今回のチラシ。ザクロ持つ美女。ヨモツヘグイは洋の東西を問わず冥土にその身を拘束することになる。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 聖なる百合  金色の美しい絵。金の背景、金のドレス、金の百合、金色の美人。
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7.象徴主義 

三点すべてエドワード・バーン・ジョーンズ。

愛の神殿 未完の作とはいえ描き込みの多い絵。天使が全裸の男に花冠を授けようとする。女たちは彼に衣を着せかけようとする。多くの人々がいる。絵の背景がなんなのかはわからないが、音楽が聞こえてきそうな情景。

夕暮れの静けさ  赤い手すりにもたれる女。ナデシコだろうか、群生している。どこかシュール。

「愛」に導かれる巡礼  天使に手を引かれる。雀もいる。茨の道。天使の頭上にも小鳥たち。
構図を見ていると、「アーサー王」の魔法使いマーリンが女を追いかける絵を思い出す。

随分前、ラファエル前派に熱狂した当初、従姉妹がイギリスにゆくことを知り、テイトギャラリーを勧めた。
彼女からは大量の絵はがきのみやげをもらった。
今回、ここに来なかったウォーターハウスの絵もあった。
それらの現物を今ここでたくさん見ることができたのはやはり嬉しい。
この展覧会はこれまで見てきたラファエル前派展の中でも特に大きな展覧会だった。本当にいい。

昨日も少しばかり書いたが、lapisさんとは絵画の好みがたいへん近く、嬉しい交流があった。
中でも小村雪岱、ラファエル前派に関しては本当に話が合い、わたしはlapisさんのブログにあげられた作品にときめき続けた。
今、lapisさんがまだこの俗世においでならば、この時期必ずやこのラファエル前派展、三菱一号館の唯美主義、そして日本のアールヌーヴォー工芸を生み出した、出光美術館の板谷波山展をご覧になったに違いない。
それともlapisさんの自由な魂はとっくにご覧になっていて、あの静かな筆致で感想を綴られているかもしれない。
その文章は宙に書かれているので、わたしたちの目にはなかなか見えないのだけれど。

4/6まで。

ラファエル前派 英国ヴィクトリア朝絵画の夢 1

ラファエル前派に惹かれるようになったのは、やはり少女マンガが機縁となってのことだと思う。
先日三菱一号館美術館の「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900」での感想でもそのことは挙げている。

思えば80年代後半に実際のラファエル前派の作品を目にして以降、手に入る限りの本を集めてきた。
その道のりを思うと、今回森アーツセンターでこのように大がかりな「ラファエル前派展」が開催されるのは、本当に夢のようだった。
この展覧会は「テート美術館の至宝」と銘打たれているように、英国のテート美術館からの作品群で構成されている。
(実際、図録で見ていた作品や折々の貴重な展覧会で見てきた作品が多い。)
英国ヴィクトリア朝絵画の夢。
まさにその通りなのだ。
わたしは先に唯美主義に耽溺してから、こちらへ向かった。

1.歴史
ジョン・エヴァレット・ミレイ マティルダ王妃の墓暴き  ペン画による戯画風なタッチが面白い。

フォード・マドックス・ブラウン リア王とコーディリア  王の死。ボロもボロな。テントの中へ集まる人々。演奏はついてくるが、シケている。指さし手つきの杖は指南杖にもならず、王の死のみじめを感じさせるばかり。

フォード・マドックス・ブラウン 黒太子45歳の誕生日にシーン宮殿で父エドワード三世と廷臣たちに「クスタンス姫の伝説」を読んで聞かせるジェフリー・チョーサー
(エドワード三世の宮廷に参内したチョーサー)  やたらと長いタイトルだが、状況説明になっていて、納得する。話を真面目に聞く人々もいれば、他のことに興ずる人もあり、大人だけでなく子供もいたりする。犬を抱っこする少年もいた。

ウィリアム・ホルマン・ハント クローディオとイザベラ  死刑囚になった兄のために命乞いをした尼僧の妹に自分と寝ることを条件にする敵方。妹は信仰心の硬さから、兄に死んでくれと覚悟を求めに来た、その状況。
シェイクスピアの「尺には尺を」から。
いかにもシェイクスピア的な人間関係で、わたしは好まない。
兄の顔つきを見てても、うむ早く神の身元へ行け、と言いたくなるな。

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ジョン・エヴァレット・ミレイ マリアナ  こちらも前述「尺には尺を」のキャラ。フィアンセに捨てられ、しょんぼりと刺繍中。うーん、とばかりに腰を伸ばす。綺麗な絵のガラスがある。物語を別としてもこの絵は以前からとても好きだ。
ガラスの絵は受胎告知だろうか。壁は金皮唐紙風な。マリアナの群青色のドレスはベルベットのような質感を感じさせる。床に枯れ葉が落ちているのがせつない。

ジョン・エヴァレット・ミレイ オフィーリア  20年前だったが、日本に来た時見ている。色んなオフィーリアがあるが、やはりこのオフィーリアがいちばん有名だとも思う。公開当時、田渕由美子「桃子の場合」にこの絵を見に行く話がある。大混雑の中で見ているとき、隣の奥さんが「あら死んでるわ」と言うのを桃子が聞き、なんとなくうんざりする。その様子を今も忘れない。
とはいえ、わたしはこのオフィーリアに死体を感じないのだったが。
2008年、ブンカムラでミレイ展が開催された。当時の感想はこちら
あのときもチラシのメインは彼女だった。そのときのチラシを挙げる。
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ジョン・エヴァレット・ミレイ 釈放令1746年  ジャコバン派の関連の絵。政治的背景はあまり知らない。夫の釈放令を持って現れる凛々しい妻。赤ん坊を抱きながらきりっとして、腕を釣ったキルトスタイルの夫を請け出す。犬も大喜び。

ヘンリー・ウォリス シェイクスピアが生まれた部屋  がらーーん… これはしかし、今もあるのだろうか。

アーサー・ヒューズ 四月の恋  薔薇の咲く辺りに立つ娘。幸せそうな頬。ストールが素敵。

アーサー・ヒューズ 聖アグネス祭前夜  トリプティクのようになっている。なんとなく世俗的で面白い。右はカップルと犬や猫。中はベッドの女のもとへ来る吟遊詩人。左は建物の灯りを眺める男。
それぞれの事情を想うのも楽しい。
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フィリップ・ハーモジニーズ・コールデロン 破られた誓い  喪服の女が哀しく塀の内にいるが、塀の外では幸せそうな新しい恋が実っている。小さなバラの花が咲くが、彼女の慰めにもならない。

ヘンリー・ウォリス チャタートンの死  むかし、千露さん、lapisさんと好きな絵ばかりを集めたネット上のギャラリーバトンを開催したことがある。
わたしはそのとき「チ」にこの絵を挙げた。
ミレイのオフィーリアに死を感じないわたしでも、チャタートンのこの様子には明らかな死を感じた。解説ではわりと破滅的な生の果ての死を予想させたが、わたしにとってはあくまでも坂田靖子「青絹の嵐」のそれを思い出させてくれるのだった。
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ウィリアム・モリス 麗しのイズー  わたしが見た最初のモリスの仕事はこの絵で、だからわたしは彼が美人画が本分ではないことを知ったのは、ちょっと時間が経ってからだった。改めて眺めると、みかん、犬、歌う人がみえた。

ウィリアム・ホルマン・ハント シャロットの姫君  これは印刷の方なのでモノクロ。カラー版しか知らない。

アーサー・ヒューズ ロムニーを退けるオーロラ・リー(逢引き) 百合の咲く傍らに立つ男。薄い青緑色の服を着た女は本を手にして立つ。足下の草花も同じ色。

2.宗教

フォード・マックス・ブラウン よき子らの母 二組の母子がいる。手前に聖母子、奥にヨハネとエリザベツ。静かな情景。そしてこんなに幼いのにもう将来の一部が示顕している。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 画家の家のキリスト(大工の仕事場) この絵が発表当時批判されたというのは英国社会のありようが見えてくる話でもある。神の子をリアリズムを以て描いてはいかん、ということ。
「聖☆おにいさん」でイエスが履歴書に「ヨセフ建設入社、ヨセフ建設自己都合で退社」とか書いてたのがあったが、あのマンガが大英博物館で展示されてたことを思うと、本当に時代の流れというのを感じるなあ。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 両親の家のキリストの習作  羊たちがいっぱいのぞいているのが可愛い。ストレイ・シープたちに見守られている聖なる幼子なのか。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 見よ、我は主のはしためなり(受胎告知)  「えっどうして、わたしなの??
」という初々しいマリア。本当に少女という感じがある。

フォード・マドックス・ブラウン ペテロの足を洗うキリスト  ナマナマしい実感のある、足を洗う図。ユダもいる。わたしはこのシーンを見ると必ず太宰治「駆け込み訴え」を思い出す。

チャールズ・オールストン・コリンズ 修道院の思索  手に花一つ摘む尼僧。二種類の百合が咲いている。池には睡蓮。初夏のある日。どことなく伊藤潤二えがく美少女を思わせる尼僧。

ロセッティの描く聖女二人がある。「聖カタリナ」「ナザレのマリア」。洋画には「美人画」という分類はないが、ロセッティの描く女たちは悉く「美人画」の範疇に入れてよいかと思う。
聖カタリナはアイテムとして車輪を持ち、ナザレのマリアは野で働く姿を見せるが、どちらも「宗教画」<「美人画」である。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 礼拝  トリプティク型で、東方の三博士がきて、窓の外には天使もきて、屋根の隙間からもいろいろ、枠の向こうには多分馬もいて牛もいて、というにぎやかな場。

ウィリアム・ベル・スコット 大洪水の前夜  戯れ・戯け・楽しそうな王と女たち。ノアたちは箱船へ。豹ファミリーもいて、特に子供が可愛い。鶴か朱鷺かも飛ぶ。
洪水なんか来るかい、と思うてる王にすれば、この船は極東の紀伊の国の補陀落渡海船となんら変わることのないものだったかもしれない。(渡海船はもっともっと後年だが)

3.風景

ウィリアム・ホルマン・ハント 幽霊屋敷  水が流れている。奥に屋敷が見える。林もある。近・中・遠景が一つの場に収まり、不気味な効果を上げている。

トマス・セドン 謀略の丘から望むエルサレムとヨシャファトの谷  山羊か羊かがいっぱいいる。ふつうに風景として見るべきなのか、物語を思うべきなのか。

ジョン・ブレット ローゼンラウイ氷河  油彩ではあるが、この氷河の冷たさはウィリアム・ブレイクの霊の世界のようにも見える。

ウィリアム・ダイス ペグウェル・ベイ、ケント州 1858年10月5日の思い出  ドナーティ彗星が来たらしい。上空になにやらそのような気配。下では人々が。

長くなりすぎるので一旦ここで終わる。

大浮世絵展 展示替えを見て

江戸博の「大浮世絵展」の大幅な展示替え以降のを見たので、その感想を少々。
最初に見た分はこちら。
その1
その2
今回も楽しく見て回ろう。

1章 浮世絵前夜

花持ち美人図 寛文美人が綺麗な立姿を見せながら櫻枝を持つ。打掛も綺麗で、これは芝居の「花軍」ではないかという説もあるそうな。
玄宗皇帝も若い頃は打倒則天武后で戦い抜き、輝かしい栄光の人だったが、晩年は平和になったばかりについつい…

脇息による美人図 寛文美人が頬と口元を着物にうずめる。西行と遊女(どの、どこの、だろう)歌詠み合いを見立てたものかもとか。

ちょっとしたポーズをとっているだけに後世のわれわれは見てしまうが、江戸の教養を持つ人には「ああ、これはあれか」とピンと来るだろう。

扇舞図 長い髪を垂らし、頭頂は布で包む。金の大きな扇に、今は酸化して黒になった銀の着物を着る。豪奢ないでたち。

立美人図 寛文美人。褄を持ち赤い打掛をまとう。中には紅葉柄のもの。表具も素敵。

2章 浮世絵のあけぼの

菱川師宣 見返り美人図 おお、久しぶりに見た。この切手は現物は見たことがないな。

師宣 よしはらの躰 揚屋の座敷 宴会の最中。三味線を弾く男もいる。隣室には大きな衾もある。

師宣 恋のみなかみ ページ替えがあり、湯島の天神、吉原などが出ていた。そういえば湯島の辺りには岡場所があったのだっけ。

鳥居清信 蚊帳の内外 情人と仲良くした後。女は蚊帳の外でたばこを吸う。男は蚊帳の内で寝そべる。肩が見える。
「間夫がいなくば闇の中」という遊女たちは、たまさかにこうしないと生きてられないだろう。

二代鳥居清倍 瀬川菊次郎の白木屋おくま 今も人気の芝居。これは手彩色で黄八丈は黄八丈らしい。マリをついたりするあたりはほんの小娘。

奥村政信 十月のてい 男女のコスプレ。見立てもの。遊女が大黒で客が恵比寿。三味線を竿に。くくり枕を米俵に見立てる。

奥村政信 武者絵尽 ページ替えで、巴御前が敵の首をねじ取るところが出ていた。ちょっと雪岱の女に似ていた。

奥村政信 文使い図 根下がり兵庫の遊女と禿二人。面白いのは三人の着物の柄。染付・色絵皿をデザインしたもの。こういうのもあったのだなあ。

奥村利信 高砂図 手彩色かと思ったら「漆絵」とある。ほんまかいな。

奥村利信 二代目市川團十郎と嵐和歌野 碁盤を倒して脇息にする男と。色っぽいムードがよく出ている。

石川豊信 佐野川市松と中村粂太郎の髪すき あ、結髪特有のゲーハが見える。貝殻柄vs水車柄の二人。

3章 錦絵の誕生

鈴木春信 坐敷八景 琴路落雁 筝曲集を読む女。梅色着物に白抜き梅。かっこいい。対する女の黒が利く。

春信 風流五色墨 長水 もめあうカップル。女の帯は空押し。外の手水に水たくたく。

一筆斎文調 市川弁蔵の大和田要之助 幔幕の内、火焔太鼓の前で雅楽の鳥兜を持ち上げる。何の芝居か知らんが、ちょっと調べると和田義盛とか畠山重忠とか出てくるから、鎌倉時代初期が舞台のキャラだな。

勝川春章 五代目市川團十郎の滝口競と中村仲蔵の清盛 二人そろって赤っ面。滝口入道か。北面の武士。

勝川春章 中村仲蔵の衛士の鶴平と四代目岩井半四郎の池田の宿の朝顔 紅葉下でくつろぐ男女。座る男に立つ女。盃を男に差出しにっこり笑う。

勝川春章 花下の遊女 垂髪美人。禿は綺麗に結い上げている。

勝川春章 谷風梶之助と宮城野錦之助 まわしに「谷風」どーんっとした文字。波に千鳥か。浮世絵は力士の図も多かった。

磯田湖龍斎 亀戸の藤 縦長。藤に少年少女、そして幼児。池には鯉も。こういうのを見ると五月に亀戸に出かけたくなる。

歌川豊春 江戸名所新吉原之図 浮絵。わいわいざわざわ。二軒ばかり。大門もある。上総屋の駕籠がある。たしか吉原に来れる指定の駕籠屋は二軒だけのはず。
どことどこかは忘れた。

北尾重政 屏風前の二美人 帯を直す女に話しかける女。その目つきのリアルさ。
「ね」みたいな感じ。

北尾政演 吉原傾城新美人合自筆鏡 ページ替え。花魁道中。二匹の犬がわんわん。

4章 浮世絵の黄金期 

鳥居清長 当世遊里美人合 辰巳艶 両国本所回向院下の岡場所の美人。ここでは「ねこ」と呼んだそうだ。芸者とおかあさんと仲居とがいる。本物の猫は膝で寝ている。
辰巳芸者は粋で鯔背で蓮葉でかっこいいと聴いたが、ここの説明では岡場所になっている。
ちょっとそのあたりのことがわたしにはわからない。

鳥居清長 三代目市川八百蔵の真田与一・三枡徳次郎の烏帽子折烏丸お京・二代目中村助五郎の俣野五郎妹誰が袖 これはバックに富本の浄瑠璃語りがいて、前に三人。誰が袖の打掛がいい。何やら絵コンテ風。

喜多川歌麿 百千鳥狂歌合 ページ替え。フクロウが横向きで描かれているのが可愛い。ヒヨドリみたいなのもいる。

歌麿 四季遊花之色香 ああ、えろいな。若衆の羽織に透かす女の顔。歌麿のカプは何気ないことをしているときが一番色っぽい。

歌麿 ぼっぺんを吹く娘 これは東博所蔵のだが、発色が綺麗で、ガラスの緑が素敵。

歌麿 当時全盛美人揃 若松屋内若鶴 筆を咥える女。「さーて書くかな」な感じ。
初版はこのように足を曲げたのが見えるが再版後は隠されたそうな。

歌麿 入浴図 これはMOAにある肉筆図で、風呂桶に入ろうかとする美人を背後から描いている。なんだか凄いような構図だと思っていたが、やはり凄い感じがある。

鳥文斎栄之 青楼美人六歌仙 静玉屋志津加 両膝を立ててべったり座る。寛ぐ女。着物も緩い。

鳥橋斎栄里 郭中美人競 越前屋唐土 凄い名前だな。モロコシと来ましたか。また大変美人で、うりざね顔に笑う目。上品でいい。目の配置がとてもいい。

歌川豊国 三代目沢村宗十郎の薩摩源五郎 これはよく見る絵ではあったが、死に絵とは知らなかった。そうなのか。ほっかむりする絵ね。

菊川英山 青楼五節句遊 松葉屋内 粧ひ 華妻 左の女の豊かに結い上げた髪。右の座る女は流し髪で笹紅を刷く。

溪斎英泉 浮世風俗美女競 一泓秋水浸芙蓉 筆を持って寝そべるのが首を上げた。そばには「仙女香」も落ちている。英泉はこの化粧品とタイアップした絵が色々。

英泉 北国八景之内 うらたんぼ暮雪 玉屋内白玉 藍摺絵。ああ、首の捻り方。すごいえろさがあるな。田圃は浅草の奥か。

英泉 木曽路駅 野尻 伊名川橋遠景 この橋は面白い。形がよじれたような。

北斎は富嶽三十六景が少しばかり。
しかし今回は何と言うてもやっぱり本の挿絵がベスト。
前回もよかったが、ページ替えもどきどきのが出ている。
近世怪談 霜夜星 雪中、桶で女を打ちつける男。そばには琴が。立つ女は刀を持つ。三人の関係性がわからないが、読みたくなるゾクゾクなのがあるから、やっぱり挿絵の力は凄い。
挿絵の本懐とは、見たものに「本文を読みたい」気持ちにさせることなのだ。
次のページもいい。
見開きで、右に大顔オバケ、口元は血まみれ。あわてて逃げ出す人々。
ううう~~読みたいし、他の絵も見たい~~~

広重は五十三次が色々。やはり「蒲原 夜の雪」は絶品。

江戸百からは亀戸の天神。橋の下が青塗版という珍品。この塗はミスらしいが面白い。

珍しいものが出ていた。
近江八景之内 唐崎夜雨 普通に流通するのは黒い森なのだが、個人蔵ので薄青いのが出ていた。これは試し刷りらしい。すごいな、初めて見た。二枚並ぶのでよくわかる。
(既に展示終わり)

広重 江の島図 肉筆。まだ水が満々なので歩くのはちょっと。
数十年後の「真景図」の趣がある。

国芳 通俗水滸伝豪傑百八人の内 花和尚魯知深 これは発色たいへんよろしい。力余ってるなあ~~♪

国芳 日本駄右衛門猫之古事 大猫にちびの手下猫二匹が踊る図。「がんばってます」の別バージョン。可愛いなあ。しっぽが二つ三つ分かれてようとも可愛がりたい。

国芳 東都名所 するがだひ 見慣れた絵だが、これは発色がいい。四色の虹がいい。向こうから傘を回しつつ少年も来る。
この虹から来るかのように見えた。

国芳 猫の当て字 かつを これもいいなあ。がぶっとかつおを噛む。このシリーズは楽しい。

春曙斎北頂 二代目中村歌七の池添孫八・三代目小川吉太郎の渡辺しずま・三代目中村歌右衛門の唐木又右衛門 三代目歌右衛門がキリッッとしててかっこいい。

三代目中村歌右衛門は池田文庫の所蔵品で見て以来、好きになった役者。ずっと追いかけている。
最後の「兼ネル役者」。

長谷川貞信 二代目中山南枝のみゆき・実川延三郎の宮城阿曽次郎 このみゆきは笹紅を塗っていた。しかし思えば「朝顔日記」もイライラするスレチガイ・勘違い話で、わたしは見る度イライラするが、それでも見ずにはいられないのだった。

二代目長谷川貞信道頓堀角劇場繁栄之図 明治17年3月17日披露式。和洋折衷の劇場。

寿好堂よし国 嶋原桔梗屋おだ巻太夫 これは京都の合羽摺り。花魁道中四人の姿。

6章 新たなるステージへ

落合芳幾 東京日々新聞第一号 ロゴを二人の天使が持つのだが、ゴシップ誌なので扇情的な話も多く、天使たちはけっこう鬱屈した顔を見せる。
破戒僧が真面目な女を殺そうとする図。天使たちも気の毒そうな表情を見せる。

月岡芳年 月百姿 姥捨て、武蔵野に狐 この二枚を見た。

井上安治 新吉原夜桜景 光線絵。店の明かりがみえる。提灯も並び、道は暗くとも町は明るい。

小林清親 高貴徳川継絡之写像 徳川15人の将軍たち。ブロマイド風。5代目は少年風に、6代目は「御浜御殿」、7代目は夭折したのでか母と一緒、8代目は鷹狩、最後の15代目は洋装で、テーブルにバラが飾られている。

河鍋暁斎 元禄日本錦 わ 堀部安兵衛 なかなかかっこええ武者絵。

楊州周延 千代田の大奥 火事の稽古をしている。黒い着物に長刀姿の勇ましい婦人たち。馬上豊かなひともいるかと思えば、シルエットでばたばたする人影を描く。

豊原国周 開化三十六会席 深川 平清 蛍がいっぱいいる。二人の芸者が建物の内外でその様子を見ている。

豊原国周 見立昼夜二十四時之うち 午後一時 枇杷を生けた花瓶 鏡に映る顔、バッチワークのテーブルクロス。
明治だなあ。

川瀬巴水 芝増上寺 色の対比がすばらしい。

わたしは巴水の作品をこの江戸博で知った。
今度はその巴水の展覧会について書かなくてはならない。

いいものを見た。満足してでた。
確かに「大浮世絵」展だと改めて思う。
3/2まで。

樂歴代 干支・動物たちの新春

樂美術館で動物を可愛く象った造形のやきものを集めた展示を見た。
やっぱり昔から日本人は「可愛い・カワイイ・kawaii」ものが好きな人が多い。
わたしも大好き。

今回の企画では樂歴代の名工たちが拵えた動物たちを、世代を超えて可愛く・楽しく組み合わせたものを見せてもらった。

まずは茶碗から始まる。
わたしのいちばん好きなノンコウ、三世道入の黒樂茶碗「撫牛」がある。
黒くてピカピカキラキラしているが、それを天神さんの牛に見立ててナデナデとはエエ名前。こういうセンスが好きだ。
いや、実際ノンコウのお茶碗は自分の手でナデナデしてみたい。

八世得入 黒樂亀の絵茶碗「万代の友」 亀は万年だから仲良しさんのこの二匹の亀は万年万代仲良くするのだ。とはいえ、仲が悪くなれば万代どころの騒ぎではないか。

十世旦入 赤樂茶碗「象太郎」写し 表千家六世覚々斎手造りの「象太郎」の写し。覚々斎はベトナムから来た象を見たそうな。これがまた筒型で手捻りらしい拵えで、いかにも象ぽく横にシワシワ。面白い。

11世慶入 赤樂茶碗 赤と言うよりほとんど肌色もしくは卵色の発色で、狩野永岳の絵付けで、真正面向きの鷺がいる。全体の作りも石を削ったかに見えて、そこがまた興味深い。


さて二階中二階へ上がろう。
こちらでどうぶつたちが待っている。

11世慶入 赤樂タイ食籠 妙にリアルな大鯛が尻尾をピンッと跳ねている。そうか、赤樂というのは鯛を拵えるのにピッタリなのだ!そのことに初めて気が付いた。
さうかさうか。これは食べ物を入れる器なのだが、本当に面白い。タイの中に何を入れるのだろう。

12世弘入 鶴食籠 これは蹲りの鶴が首を見返る形。楽しいなあ。中には銘菓「鶴の子」がいいと思う。

12世弘入 鶴菱大皿 緑と白で構成されている。上下に緑に塗られた鶴が羽を広げているのだが、その隙間の白が鮮やかで、わたしは「…イカを拵えたのか?」と思ってしまった。
それで「鶴はどこにおんねん?」と思ったのだからホンマにあほな子です。

14世覚入 鶴食籠 これは首をすくめてのうずくまり。福良雀みたいになっている。

その「福良雀」の最たるものがあった。
13世惺入 雀向付 もぉ殆ど「河豚」に近い膨らみ方。超ふっくら雀。凄いなあ~~この福良雀のところにはやっぱり雀寿司かのう…
関係ないがわたしはどう読んだのか「雀向付」を「雀仇討」と空目してしまい、「この膨らみ方はあれか、敵に応酬するために威嚇のために膨らんでおるのか」と思ったのでした。

ノンコウ 虎蓋香炉 菱形で蓋に変な虎がいる。ノンコウのどうぶつはみんなちょっと変。

ここからは取り合わせの妙。企画した学芸員さんたちのセンスがとても好ましい。

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・釣り狐
六世左入 白蔵主(赤樂)/十世旦入 三つ鳥居(赤樂)
三つ鳥居は上から見るとAのような形。

・かちかち山
九世了入 目をふさぐ狸/12世弘入 蹲るウサギ(赤樂)
惨事を見たくない狸とメラメラな赤ウサギか。

・安珍清姫
十世旦入 蛇/14世妻妙和 道成寺羽子板
白でカメラ目線の奴と、枝垂れ桜に鐘の絵の羽子板。

・サルカニ合戦
12世弘入 椅子にちょこんと座る猿/十世旦入 蟹置物(赤樂)
この猿はおとなしそうで、到底そんな悪事もいたずらもしなさそう。しかし赤いカニは実は猿より大きくて、じわじわ寄ってきていて、たいへん怖そうである。

・うさぎとかめ
ノンコウ ウサギ/八世得入 亀香合
ノンコウのウサギ、やっぱり面白い顔。亀はカラフル。

・干支
十世旦入 虎/七世長入 赤猪/十世旦入 白犬
みんなそれぞれ個性があり可愛い。猪はぶうぶう寝ている。虎はブサカワな顔を挙げている。

たのしい企画展だった。3/2まで。

「櫛・簪とおしゃれ」「新春を寿ぐ 酒の器。福をよぶ茶道具」

今日は京都を機嫌よく歩いた。
細見美術館ー承天閣美術館ー茶道資料館ー樂美術館ー大西清右衛門美術館ー千總と回った。
「櫛・簪とおしゃれ」ー「応挙展後期」ー「新春を寿ぐ 酒の器」ー「樂歴代 干支・動物たちの新春」ー「新春の寿ぎ 福をよぶ茶道具」ー「岸竹堂と今尾景年」。

新春を寿ぐ工芸品を集めた展覧会を二つ同日に見たのは、案外なことに初めてだった。
その二つと、明日で終わる細見の「櫛・簪」展、それから「どうぶつ」の感想を挙げる。

細見美術館「櫛・簪とおしゃれ 澤乃井櫛かんざし美術館所蔵」展は最終日前日のにぎわいに満ち満ちていた。
清酒会社・澤乃井のコレクションは青梅にあり、なかなか見に行けないから、とても嬉しい。

展覧会の構成は、澤乃井の櫛・笄・簪、ポーラ文化研究所の幕末浮世絵、細見の肉筆画と工芸品とで成り立っている。

・在銘の美 匠たちの手法と意匠
名工たちの手による櫛が集まっていた。

鷺蒔絵櫛 光琳 金地に銀で鷺を誂えたのか、しかし黒くなって烏になっている。
サギだとは言わないでおこうw

抱一の絵で羊遊斎の拵えた櫛もある。
藪柑子蒔絵櫛 センスがいいなあ。
羊遊斎の櫛はほかにもたくさんある。
萩蒔絵櫛、ススキ蝶蒔絵木地櫛、雨中鷺蒔絵櫛、柳燕蒔絵櫛などなど。
中でも雨中鷺などは抱一好みだと思う。
組んでよく仕事をしたから、意匠のセンスがそこに出ているのかもしれない。
時雨松漁夫蒔絵櫛 これは巧い構図で、水中に傘がたくさんあるのがいい。細かいのによく配置されている。

木賊兎蒔絵鼈甲櫛 文龍斎 兎たちが可愛い。こういうのもほしいな。兎や猫の文様は昔も今も人気。

芝山細工もある。桜狩嵌装象牙櫛 螺鈿の桜が綺麗。公家の背中がいい。
わたしは芝山細工がとても好きなのだ。

・こだわりの型と材質 より美しく、華やかに
象牙、鼈甲、ガラスなどなど。

柿嵌装螺鈿象牙櫛 柿がプクッとふくらむ。秋日の櫛。

赤く染めた象牙に雪輪や花籠の文様が載るものが少なくない。可愛いが、これは何歳くらいの人にいいのか。

麻の葉を透かしたのがすごく丁寧な仕事だった。
鼈甲で拵えると、背景にオドロオドロな情景が出たりする。

嵯峨本蒔絵擬甲櫛 古今集、伊勢物語の本を散らしていて、それがとても素敵。

菊蒔絵螺鈿団扇形鼈甲櫛 これはまた面白かった。形がいい。団扇を半分にしたもの。

ガラス絵のもある。珍しい。ガラス絵は失敗するとどうにもならないから貴重なのだ。

乾隆ガラスの青いのもある。和製ギヤマンの櫛笄簪のセットもある。
どんなときに・どんなひとが使ったのか。興味深い。

歩くと揺れるびらびら簪などは今も使えそうだ。わたしは後ろにまとめ髪して、そこに挿してみたい。

・季節を彩る装身具 美と技と女ごころ
形も角いもの・丸いもの。半円の伸びたもの・弓形のものいろいろあるが、文様も四季折々だったりする。

カルタ、立雛、梅に鴬、菜の花と蝶、柳に燕、夕顔、秋草、月に雁・・・
季節ごとに変えれる人もいるが、母からもらったものをずっと大事に使い、それをまた娘なり妹なりに贈るひともあったろう。

・美しき文様 憧れとトレンド

宝船、宝尽くし、業平もの、狐の嫁入りもある。
住吉蒔絵櫛 これは社と鳥居だけが描かれているが、肝心の太鼓橋はない。櫛の形そのものが太鼓橋を示しているのかもしれない。

京洛名所蒔絵櫛 左から御所・大文字・金閣寺と描かれている。位置的にはちょっとどうなのか。

広重、北斎、長崎出島、南蛮人、隠れキリシタンの隠しクルスや日本地図もある。
センスがいいのかよくないのか、もぉわからない。
作り手と買い手の乖離というものはなかったろうか。

・近代の髪飾り 伝統と進化

菊慈童嵌装象牙櫛 菊花と軍扇とだけの留守文様。

菊蒔絵螺鈿櫛・笄 密集して螺鈿。きらきら。

明治から大正、昭和になり洋髪にも合う簪がでる。
アルミ製の可愛いものは今でも使えそう。素敵。
孔雀、スズランなど、当時流行のアイテムが使われたデザイン。

ほかにいろいろ。
国貞、英泉らの浮世絵をいい配置で出すので、理解も進む。
花魁たちのざくざくに挿した笄、江戸時代のいろんな風俗の女たち、漫然と絵を見るのではなく、櫛・笄・簪を中心に見ることになり、とても興味深い。

亀戸初卯祭 三世豊国 背景に亀戸天神の社が控え、その前に三人の女がそれぞれ凝った身なりでたたずむ。かっこいい。

江戸名所百人美女シリーズも出ている。
三囲は手前に吹輪の美人(つまり姫君)、背後に傘を差して背を向ける男が描かれているが、これは「清玄桜姫」伝説を見立てているかと思う。

肉筆画では、野崎真一の伊勢絵、其一の文読む遊女、抱一の松風村雨などなど。
明るい心持ちになる展覧会だった。2/23まで。

続いてこちらは茶道資料館「新春を寿ぐ 酒の器」、大西清右衛門美術館「新春の寿ぎ 福を呼ぶ茶道具」。

いろんな酒器がある。やきものだけで言っても、井戸徳利、備前徳利、絵唐津徳利、祥瑞徳利、丹波徳利、黄瀬戸盃、粉引盃、斑唐津盃・・・
塗り物は根来や絵柄の入ったものなど。

乾山の小さな盃も三つばかり並べてある。
銹絵菊文盃 ベージュ地に薄墨色の菊
色絵菊文盃 白地にカラフルな菊満開
色絵鎬文盃 黄色・緑・白の細い縦じま
遠目からでも一目でわかる乾山の愛らしき盃たち。
ほしくて仕方なかった。

九谷焼の吉田屋の珍しいのがこれまた三つばかり並ぶ。
はっ となった。千代徳田八十吉のグラデーション作品を思わせる作行きだった。幻のと言われていた吉田屋のやきものも、今となればとても斬新でかっこいい。

絵では前田青邨「梅図」がある。いつもの様式美のそれではなく、2本の枝を切りそろえたものが並ぶ図。上が白梅、下が薄紅梅。おとなしい絵だった。

なお茶道資料館の二階では「新春の茶道具」展も開かれていて、そこでは永楽即全の黄交趾の皆具がとても綺麗な山吹色を見せていた。
わたしの一番好ましい色合いのもの。ほしくなる色だった。

他に馬術の巻物も出ていた。
紀州徳川家の馬術図巻 「かたみたれ」「踊足」「そろへ足」「千鳥足」四態が描かれているがよくわからない。

もとの先はわからないが「馳術図誌」というのもあり、これは乗り方の手本。
「携杓漱馬」「脱手昴低」「鞍上凸字」「驥背凹字」「左傍偏翔」
立ったり、腹に抱きついたまま走ったり、なんかよくわからないな。

茶道資料館は3/2まで。

大西では小さくて可愛らしい猪口くらいの大きさの盃や茶碗などを畳の上にあつめて、一見無造作な風においていた。
しかしその設置・配置は見事なもので、見ていて飽きが来ないように計算されていた。
やきものだけでなく、中には鼈甲もある。面白い。

本業の釜では二世浄清のいいのが目を引いた。
浜松地富士形釜 これはベルに似ている。そして丁度これはよそでも見たばかり。
耳に海老というのもしゃれた釜がある。
凄く楽しい意匠だった。こういうセンスはめでたいから、というだけでは生まれないと思う。

いいものを見るとやっぱり機嫌がよくなるものだ。
大西清右衛門美術館も3/2まで。

モネ、風景をみる眼


国立西洋美術館×ポーラ美術館
モネ展はこの二つのコレクションで構成されている。

事前情報を入れずに展覧会に行くので、ついてから知った。
 
わたしの西洋絵画鑑賞修行の始まりは、大原美術館とこの西洋美術館とブリヂストン美術館からだった。
特にブリヂストンと西洋美術館にはお世話になった。
そこで見たものが今日の基礎になり、自分の眼になった。
つまり、石橋正二郎・松方コレクションがわたしの師匠になったのである。無論、向こうはこんな不肖の弟子など知るまいが。
そしてどちらも印象派の名品を持つ。
わたしが受けた授業の主たるものは印象派を味わうことだった。

93年か、ブリヂストン美術館で大きなモネ展を見た。図録を入れた紙袋は今も手元にある。
それが今のところ、わたしの「モネ」展ベストだと思う。

西洋美術館のコレクションと、ポーラ美術館のコレクションとがいい距離感で並ぶ。
始まりはセザンヌ、シスレー、ピサロなどの作品が、まるで友情出演のように出ているのだが、それらはこの西洋美術館の住人なので、見るわたしにとっても親しい感じがある。

1.現代風景のフレーミング

アルマン・ギヨマン ロバンソンの散歩 以前にポーラ美術館展で見た。ロバがいるからロバンソンなのか、とそのとき思ったが、今もやはりそう思っていた。

モネ 花咲く堤、アルジャントゥイユ これもポーラ美術館展で見た、好きな絵。手前に花、向こうに港と煤煙。二つの風景。

ゴッホ ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋 刺繍したような風景。明るい配色。洗濯女たちがいる。

マルケ ポルト・ヴェルサイユの雪景色 いかにもマルケ的な色彩。それがこの章の中でいちばんモダンで、素敵だった。

2.光のマティエール

ゴッホ ばら 西洋美術館の。やっぱり好きな絵。色が好き。

ボナール ミモザのある階段 明るい。色がいい具合にまざり、気持ちが明るくなる。
これは実物やないと、味わえない喜び。

ルノワール ムール貝採り ハキハキした塗りわけの頃、子供らが可愛い。

3.反映と反復

モネ グラジオラス デュエル邸の飾り扉のための作品。どちらも火襷の出る壺にいけられている。

シダネル 三本のばら 庭に置かれたテーブル、それだけで物語を感じる。詩情豊かな空間にときめく。

ルドン ヴィーナスの誕生 巻き貝から出てくる女、これは美神の生誕というより、諸星大二郎描く「うつろ舟の女」または「卵から現れる女」、そうにしか見えない!

4.空間の深みへ

睡蓮の池がようやく現れた。
絵の向こうにガレのガラスがある。
これもまた「反映と反復」だと思う。
いや、増殖かもしれない。
憩えるほどの数ではないが、睡蓮の咲く池と、その周囲に咲き乱れるようなガレの花たちに囲まれた気分を味わえた。

カリエール クレマンソー フランスの宰相。モネとは大の仲良しさん。彼は幕末日本の香合をたくさを所持していた。
以前そのコレクションを見ている。

5.石と水の幻影

モネの描いた建造物が集まる。
ルーアン大聖堂、国会議事堂、ウォータールー橋、チャリング・クロス橋、サルーテ運河。
宮沢賢治の詩った言葉を思う。「風景は涙にゆすれ」本当には違う意味だろうが、眼をしばたきながら眺めると、そんな言葉が現れる。

ホイッスラー セカンド・ベニス・セット このシリーズは初めて見た。全体を見たい。

フェリックス・ビュオ ウェストミンスター・ブリッジ 周囲にもコマ絵が色々あり、當麻曼荼羅のようだ。

展覧会のタイトルは「モネ 風景をみる眼」で、副題に「19世紀フランス風景画の革新」とある。
モネを第一におかなくてもよかったと思う。モネモネと探すより、なんとなく楽しくフランスの風景を見て歩いた気がする、これで充分だった。

3/ 9まで。


板谷波山の夢みたもの

綺麗なものを見て、なんのてらいも曲がりもなしに素直に「綺麗だ」と言えるのは幸せなことだと思う。
出光美術館の『板谷波山』展ではその幸せを味わい続けた。

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1/7から3/23までの展示期間、わたしは既に二度ばかり出かけている。
最終までにもう一度行く。展示替えは波山のドローイングくらいで、後は変わらない。
しかし二度でも本当は足りないようにも思う。
綺麗なものを見続けることが精神の高揚を招き、歓びを生み出す。
あまりに見つめ続けると、飽きるということがあるかもしれないが、見る度に新しい発見がある以上、どうやって飽きればよいのだろう。
それに、とわたしはひとりごちる。
残像が目を通して意識に刻まれるほどになれば、わたしの中には常に波山の綺麗な宇宙が活きることになる。
これは何物にも代えがたい喜びではないか。

波山は生涯にわたり、一つの道をたゆむことなく歩み続けたが、その中で表現の異なる美を生み出していた。
基礎はどちらも一つだが、装いを変えることで表情を変えた。
そのことについては、サイトから引用した文章をご紹介したい。
「彫刻の技を生かした「薄肉彫(うすにくぼり)」で文様を精緻に浮彫し、そのうえに色を与え、きらめく釉薬をかけた「彩磁(さいじ)」や、光を柔らかく包む艶消し釉をかけた「葆光彩(ほこうさい)」など、独創的な陶芸世界を切りひらいてゆきました。」
とてもわかりやすい説明を受けて、わたしは安心して作品の前に向かう。

この先はいつものように特に好きなものに目を向けて、好きなことを、好きな言葉で綴ろうと思う。
なお、2009年に泉屋分館で見たときの感想はこちら

序章 <波山>誕生 生命主義の時代と夢みる力

彩磁アマリリス文花瓶  大正時代中期  きらきらした背景にアマリリスが大きく咲いている。
アマリリスという花は百合に似ているが本当は彼岸花の仲間らしい。
波山の意匠によりアールヌーヴォー風な様相でそこにある。官能的な花である。
時代に愛された姿がここにある。

彩磁桔梗文水差 昭和28年(1953)  これは面白い構造で構成されていた。
桔梗が咲くのは蓮の花びらの開いた場なのである。実は二種の花が咲いていたのだ。夏と秋の花との同居。
蓮の白い花弁には無数の貫入が走る。まるで花の神経細胞のように。
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葆光彩磁鸚鵡唐草彫篏模様花瓶 大正3年(1914) 解説に道しるべがあった。
「津田青楓による漱石『道草』」その文様と共通の土壌がある、という。
わたしの頭の中にあの花唐草に憩う鳥の姿が浮かんできた。
『道草』は神奈川県立近代文学館で絵葉書が売られている。手に入れたとき、嬉しかったことを忘れない。
ここには大きな鸚鵡が静かに葉に止まっている。
艶消しの静かな釉薬により、鳥は強い主張をせず、黙ってそこにいる。
花も咲き乱れてはいても、口を開けたまま止まっている。
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葆光彩磁細口菊花帯模様花瓶 大正8年(1919) 細い瓶である。首と胴の下部と裾とに、青のベルトをしめている。胴には火焔が渦を巻いている。青のベルトで抑えきれなかった情炎が、出口を求めて上り始めた様子を見せる。艶消しの釉薬でその火焔の臙脂色は鎮められてはいるが、もう決して火は止められなくなっている。
誰もきづかぬうちに、きっと炎は外へもあふれ出すだろう。

葆光彩磁葡萄文香爐 大正時代後期 
彩磁葡萄文香爐 大正時代末期~昭和時代初期
文様は等しく粒の豊かな葡萄である。しかし掛けられた釉薬により、全く違う表情を見せている。
沈んだ美と飛び出そうとする美と。
抑制と解放(あるいは開放)、そんなことを思う。

第一章 波山の<眼>と<手> 陶芸を彫る、陶芸を染める

若い頃の波山作品を見る。
彩磁紅葉雀文カップ 明治時代末期 可愛いなあ。呉須手の雀が紅葉をみている。
形もよいので、使ってみたい気がする。

葆光磁梅花文瓢形花瓶 明治45年(1912) 青で表現された夜の梅。大胆な筆致で梅の幹の形の良さに惹かれる。綺麗な色。濃い青の上に白混じりの青で描く。瓢形という枠から開放して、布地に移し、それをまとってみたい。

れんげ草一輪生 明治時代末期~大正時代初期 こういうのがほしい。

蔬菜煎茶具 明治41年(1908) たいてい煎茶道具は小さくて可愛いものだが、これはまた愛らしい。お湯呑みと急須はふっくら茄子、瓜をくり貫いたものもある。小人さんのパーティに使われそうなものばかり。掌で撫で回してみたくもある。

彩磁蕪小花瓶 明治時代末期~大正時代初期 このカブラはつやつやしているが、実は葛あんをかけたものなのだ。すっかり味は染みとおっているが形は崩れず、葉もまた柔らかにおいしく出来上がっている。
波山はおいしそうなカブラを拵えたのだ。

彩磁玉葱形花瓶 明治30年代 ピンクと薄抹茶色と白と薄茶色とが奇妙に仲良く隣合いながらねじれてゆく。タマネギの繊維を色彩で構成する波山。じっ と見るうちに気がついた。この色合い・・・そう、名古屋名物「ういろう」ではないか。なんとおいしそうな配色だろう。わたしは涎が湧くのをとめられない。


第二章 波山の夢みたもの1 色彩と白、そして光

紫金磁葡萄文花瓶 大正時代末期~昭和時代初期 花瓶の形としてはとても好ましい。
褐色に輝く肌には葡萄が浮き上がり、盛り上がっている。
 
窯変磁花瓶 昭和16年(1941) 釉薬の配合のためか焼成のためか、真っ赤ではなくところどころに黄色みをみせている。これはリンゴを思わせる花瓶だった。それもワックスなど塗られていない、木の実としてのシンプルなリンゴ。

辰砂磁延壽文花瓶 昭和15年(1940) 
辰砂磁延壽文花瓶 昭和15年(1940) 
辰砂磁延壽文花瓶 昭和13年(1938)
三つの綺麗な赤い花瓶が並ぶ。形や装飾はほぼ同じものだが、色が少しずつ異なる。
一つはつやつやしたリンゴ飴の色を、
一つは今また流行りそうな口紅の色を、
一つは何かの予感をはらんだような暗赤色を、見せている。
艶やかな赤たち。

倣均磁唐華文花瓶 昭和36年(1961) こんな色合いも面白い。

昭和に入ると青磁が現れる。
鯉耳、鳳耳、蓮花口、柑子口…
青磁鎬文鳳耳花瓶 昭和38年(1963)  これは楯縞がとても綺麗。
青磁竹節花瓶 昭和時代前期  こちらは貫入が本当に綺麗。
青磁瓢花瓶 昭和33年(1958) もう、ただただ綺麗。

菊茶盌 昭和33年(1958) 縁取りが可愛い。教会のステンドグラスに夕日が差して、それが反映したような景色。

氷裂磁瑞果文花瓶 昭和時代前期 青白磁に近い色。冴え冴えとした意識を感じる。

乳白ガラスを磁器で再現すればこうなるだろう、というのが葆光白磁か。
清朝末期の鼻煙壷を想ったり。大正末から昭和初期の美品がいくつか。

葆光彩磁紅禽唐草小花瓶 大正時代前期  可愛らしいな。時代の求める文様。

第三章 波山の夢みたもの2 鉱物・天体・植物・動物

朝陽磁鶴首花瓶 昭和13年(1938) 
窯変磁花瓶 昭和時代前期 
窯変磁鶴首花瓶 昭和時代前期 
この3つの鶴首花瓶が並ぶ様を見ると、わたしは世田谷美術館所蔵の小堀四郎「無限静寂」三部作を思わずにいられない。
時間の移り変わりをあらわした三部作と違い、こちらは形が似ている・時期も似ているということで並べられている。
しかしなによりも「この並べ方こそがいちばん綺麗に見える」それがこの配置の最大の理由だということを、わたしたち観客は知るべきなのだった。
この美しさを味わってほしい、という学芸員さんの想いをわたしたちはストレートに受け止め、思うが儘にその美を深く味わおう。

曜変天目の美を波山世界でも愉しめるとは思っていなかった。
波山は完全な制御・調和・調律をこそ自身の作品に求める作家だと思っていたので、ある種の偶発性(事故性と言ってもいい)を伴う(可能性のある)曜変・窯変に取り組むとは思わなかった。
それだけにここにあるいくつかの茶盌は珍しくも、また尊くも思われた。
それぞれに銘も「天の川」「黎明」「星月夜」とつけられている。
曜変天目茶盌 銘 天の川 昭和4年(1929) 
天目茶碗 銘 黎明 昭和7年(1932)頃 
曜変天目茶盌 銘 星月夜 昭和34年(1959) 

紫金磁保布良文花瓶 大正時代末期~昭和時代初期  飴色のポプラ。黄金糖の濃い色を思い出す。そこにポプラが沈められていたのが、浮かび上がってきた。

菩提樹葉彫紋花瓶 大正時代後期 菩提樹も不思議な木である。日本人にとって菩提樹は長らく仏陀の木であったが、西洋の波が押し寄せた後、シューベルトの「菩提樹」を想う人が現れるようになった。波山には仏教的な趣はどの作品にも薄いが、彼にとっての菩提樹はどのような存在だったのだろう。
わたしは菩提樹を初めて本当に見たのは、澳門でだった。
熱国に生きる木が何故シューベルトの「冬の旅」に歌われるのだろうと思った。
(後にその木が実は熱国の菩提樹そのものではないことを知ったが、あの歌曲はやはり「菩提樹」でなくてはならない)

チューリップ文様がとても印象的だった。
一つの形に執着するのではなく、様々なチューリップを描いている。
連続するものもあれば一輪だけのものもある。
咲き誇るもの・つつましく俯くもの・楽しそうに口を開けるもの・原種に近すぎてパブリックイメージから遠のいてしまったものなどなど…
いずれも素敵な文様として器の表面を飾る。
大正時代からか、チューリップは着物や帯の文様にもなり、多くの少女から娘を喜ばせた。
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チューリップだけでなく、古くから日本に伝わる花もまた文様として刻まれる。
葆光彩磁椿模様香爐 大正時代前期 しっとりした風情がある。
彩磁紫陽花香爐 昭和30年代 あでやかな様子を見せる。
彩磁牡丹紋様香爐 大正10年(1921) ふくよかな喜びを感じる。

仲良しさんのいる風景。それをみる。
うさぎ組、とり組、さかな組…思えば花も二輪あれば仲良しさん仲間に含まれるか。
ぴかぴかきらきらよりも、しっとり艶消しの釉薬に多く守られて、仲良しさんたちの幸せは永遠に続く。
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葆光彩磁呉洲模様鉢 大正5年(1916) 
呉須絵花瓶 昭和27年(1952) 
彩磁花禽文水差 昭和33年(1958) 

随分前に戦前の「講談社の絵本」で「偉人・板谷波山」を見た。絵は確か梁川剛一あたりだったと思う。そこで波山がご老人たちのために白磁の鳩を拵えて、杖のカシラにつけて使ってください、というのを見た。
梁川の端正な人物造形で、波山はとてもハンサムでしかも立派なおじさまに描かれ、絵本原画を見ながらわたしは秘かにドキドキしていたのだった。
その現物がある。長寿と安全とを願う波山の親切な心が現れた作品だった。

観音聖像 昭和36年(1961) どことなく中国の艶めかしい観音を想った。そしてご禁教の頃のマリア観音を想った。が、この観音は決して芥川の書いた「黒衣聖母」にはならぬだろうと思っている。 

第四章 あふれる、夢の痕跡 図案と写生

器物図集 明治33年(1900)~39年(1906)
模様集 明治時代後期
泰西新古模様集 明治時代後期
花果粉本  昭和時代前期
素描 明治時代後期~昭和時代前期

工芸家の意匠ノートを見るのは楽しい。
展示換えがあるので何度でも行きたくなる。
最近は画家の下絵を見るのが本当に好きになってきて、それを目的に出かけることも増えてきた。
波山の美意識、波山のセンス、波山の関心の向き方、そしてその時代の流行までが見えてくる。
非常に興味深い器物図集だった。



終章 至福の陶芸

淡黄磁扶桑延壽文花瓶 昭和10年(1935)頃 古代からのめでたい木にめでたい花が咲いている。
(ハイビスカスなのである)
木を中に二匹の犬が向かい合う。ぴんとした耳にくるんとした尻尾の立派な犬である。
生命の木ということを考える。
そうするとこの犬は犬の形をした「ケルビム」かもしれない。
また生命の木の化身ともいえる「花咲か爺」の犬ポチとその兄弟かもしれない。
さらに面白いことに、裏面の文様は花の開き具合が違い、しかも犬たちはそっぽ向き合い、違うものをみつめている。
何を見ているのだろうか。
実際には波山の飼う道犬兄弟なのだが、そんなことを考える。

天目茶碗 銘 命乞い 昭和19年(1944) この茶碗にまつわるエピソードが興味深い。
どこがどう波山の憤りを買ったのかさっぱりわからないが、出光佐三の手に入って本当によかった。
禾目とグラデーションの美麗な茶碗。
叩き割られていれば、この美しさを味わうことはできなかったのだ。
そのことを思うと、生み出した当人にむけて恨みの心がわくだろう。

最後に二つの椿茶碗をみる。
日に煌めきつやつや輝く椿と、薄い乳白色の靄の向こうに咲く椿とである。
展示された作品を見始めた最初の時と大きく心持ちが変わって、今は艶消しされた椿の茶碗に深く心惹かれている。
輝きを抑制されたような気がしていたが、それはわたしの浅い考えにすぎない。
日本人の心の底に流れる美意識、それに沿うのがこの茶碗なのだ。 
椿文茶碗 昭和38年(1963) 1392820883275.jpg

十年以前、大阪に出光美術館があった頃、波山展が開催された。わたしはそのとき、この椿文茶碗の絵はがきを購入した。
何でそうなったか忘れたが、わたしは仲良くつきあっていた昔の師匠のもとへ、そのはがきを見せに行った。
先生は「ほしい」と言うたが、わたしはあげなかった。
先生は無念そうな顔をした。
やがてそれから間をおかず、先生は急死された。
今となっては、やはりこの絵はがきをあげなくてよかったと思っている。
先生が「ほしい」と執着を見せた絵はがきを、わたしはもっている。先生の執着の一部をわたしは自分の内に取り込んでいるのだ。
先生はなくなったが、わたしという弟子が生きている限り、この記憶は消えない。
わたしはその絵はがきを自室に飾っている。
波山の生み出した美に、先生の執着、そしてわたしの偏愛と追想とを含んで、今も椿の茶碗は大きく花開いているのだった。

わたしが見て、特に心惹かれた作品についてあれこれ書いてみた。
いつものように好きなことばかり書いている。

今回、展覧会の各章ごとに学芸員で詩人の柏木さんの言葉がある。
数多の展覧会の中でも、このように非常に深い魅力のある解説文を読めることは少ない。
わたしはselfishな感想しか書けないから、このブログに柏木さんの文章を紹介することができなかった。

どうか図録を手にしていただきたい。
全編にわたって続く、柏木さんの平明で、そして優美な文章に目が開かれる。
紡ぎ出された言葉から、新たな波山の魅力が、彼の活きた時代の精神性と空気とが、まっすぐに伝わってくる。
これは詩人である柏木さんでなければ、なされぬ仕事だと思う。
綺麗な波山作品の画像と、柏木さんの文章と。
この図録には二つの魅力があふれている。
展覧会は3/23まで。



ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900

三菱一号館美術館で、英国19世紀半ばに生まれた「唯美主義」を堪能する機会に恵まれた。
国際巡回展ということで、既に本拠地たるヴィクトリア&アルバート博物館、パリのオルセー美術館などで開催されたものが新たに構築されて、日本へ来た。
このように「唯、美しく」あることを望んだ芸術作品を展示するには、やはりその「環境」は強く考慮されねばならない。
19世紀の大英帝国の栄光、その残照を見出せる空間は、日本には多くはない。
1894年、丸の内に誕生した三菱一号館。その再現が完璧に成された空間でこそ、この展覧会はふさわしい。

19世紀英国の美意識また、芸術においてのムーヴメントのありようを知ったのは、おそらく坂田靖子の作品からだったと思う。
彼女の初期の作品「青絹の嵐」は「チャタートンの死」をモティーフにした作品で、物語の中にその絵が完全に入り込んでいた。
また同時期に描かれた森川久美「青色廃園」もまた19世紀英国の芸術の方向性を示していた。
1970年代後半から1980年代初頭、日本の少女たちはこうした先達により、洗礼或いは教育を受けたのだ。

1989年6月、大丸梅田で「ヴィクトリア朝の絵画」展が開催された。
そのときに初めて本物のレイトン、ウォーターハウス、バーン・ジョーンズ、ロセッティ、ワッツ、シメオン・ソロモンらの絵を見た。
今もしばしばその図録を読みふける時間が長い。
それらの絵は同時代の、明治の日本人の心にも深い歓びを刻みつけた。
文学者では漱石を、画家では青木繁を虜囚にして、英国の絵画は奔放な美しさをみせつけた。

同時代の日本人から間を開けて、現代のわたしたちもまた、19世紀英国美術への偏愛は深い。
美への耽溺の深度は計り知れないものがある。
極東の端に住まう、同時代を生きた先達同様、わたしたちもまた、その美に深く酔いしれる。
そしていま、同時期にこの三菱一号館で「唯美主義」展を、森美術館で「ラファエル前派」展を見る機会が与えられている。
雪の降る前夜、わたしはでかけた。14021803.jpg

第一章 芸術のための芸術
・序 
まずは工芸品から。
トマス・ジュキル 柵の部品 ひまわり形でかなり大きい。 この鉄のひまわりが家の周囲に延々と並び、衛兵のように守る情景は楽しそうだと思う。

ウィリアム・ド・モーガン 大皿 孔雀が花咲く地をゆく。隙間のない絵皿。
ド・モーガンは近年に展覧会が開催され、それから見るようになった。

・「美術職人集団」
バーン=ジョーンズ ヘスペリデスの園  浅浮き彫り。地上の楽園をモティーフにする。さる邸宅の食堂の暖炉を飾るための作品。真ん中の木に絡みつく、青い生き物は何か。翼のある蛇のようにもみえる。むろんドラゴンにも。木を挟んで左右にいる女たち。一人は青い生き物に器を差しだし、一人は竪琴を弾く。

ロセッティ ボルジア家の人々 「悪徳」と「背徳」の代名詞のように長く言い伝えられてきたボルジア家。
美女のルクレツィアをはさんで左右に父の法王、兄のチェーザレが、見るからに背徳的な空気を振りまいて、その場にいる。実力者たる父や兄を虜にしていることを知り尽くし、高慢な微笑を浮かべる妹。そして彼らの前で踊る子供たち。無邪気な表情が背後の人々と対照的。不穏な状況が描かれている。

モリス 壁紙「ひなぎく」 わたしの前にいた奥さんが「これはキッチンのタイルによさそう」と言った。
わたしも同意した。150年後の極東でも実生活に向いている、モリスの仕事。

・新たな美の探究
ワッツ 孔雀の羽を手にする習作 ああ、こうした作品こそが「唯、美しい」ということなのだろう・・・
絵の前に立つと、その美しさに陶然となる。
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ロセッティ 愛の杯 西洋美術館でなじんでいる作品ではあるが、ここに並ぶのを見ると、音楽が聞こえてくる。クラブサンやリュートといった古楽器のアンサンブル。
この絵の魅力がいよいよ深まっているのを感じる。

レイトン パヴォニア 黒髪の美女が首をねじて見返る。孔雀扇に映える黒髪。異国の美女のまなざしは遠い。

この空間にはほかにも多くの美女の絵があるが、皆、ここにいることを満足しているように見えた。

ピクトリアリズム的というのではないが、絵画的な手法での肖像写真もあり、そちらも魅力的だった。

・攻撃「詩の肉体派」論争
敵の言わんとすることもわかるが、しかし魅力は否定できないだろうに。

シメオン・ソロモン 花嫁、花婿、悲しき愛 新たな関係を結ぶ男女の幸せそうな接触。男の背後に立つ羽根を持つ青年(悲しき愛)の切ない表情。不実で浮気ものな男は花嫁とくちづけしつつも、悲しき愛たる青年にも後ろ手をのばす。
三人の顔が新田たつお描く人々に似ている。

ロセッティの装丁した本が二冊あるが、ともにたいへん綺麗な造本だった。

<遠い過去、遙かなる場所>
・ジャポニスム 

エドワード・ウィリアム・ゴドウィン 生地見本帳 金糸に赤や紺糸で和風な文様が寄せられている。こうして見てみると、小さなお菓子を寄せ集めた「吹き寄せ」のようで、とも可愛い。

壷や植木鉢、ティーポットなど、現代の日本人から見れば十分に異国的なデザインの工芸品が並ぶ。不思議な面白さがある。

・古代文化という理想

アルマ=タデマとほかの作家による共同デザインの腕輪がある。金色の細く長いリングが何重にも続き、どちらの先端にも蛇がいる。これは少し後のパリでミュシャがデザインしたものを簡略化したようにも見えた。

フレデリック・サンズ メディア 毒薬を製造中のメディァ。背後には彼女がその呪わしい運命を最初に歩み始めることになったきっかけの、アルゴー船が描かれている。
鈴をいくつも繋いで綴った耳飾りは、彼女の本分が巫女だったことを思い出させる。

ムーア 黄色いマーガレット 遠目には薄黄色い画面に見えたが、近づくにつれて様々な色に気づく。黒いアゲハがいて、花柄レースには茶色いクッションがおかれて女の頭を乗せている。
ガラスの花瓶に黄色いマーガレットが生けられていることを知るのは、たぶんかなり後。

・ホイッスラーとゴドウィン
ゴドウィンの建築設計図がたくさんでていた。建物の構造がよくわかる魅力的な設計図だった。
中には立版古を思わせるものもある。

ゴドウィン 飾り戸棚(フォーシーズンズ・キャビネット) 四季を表す四人の人物の様子が描かれたパネルがはめ込まれた戸棚。この四人はどうも帝政ロシア末期の画家の絵に仲間がいるように思われる。
中央の戸棚には観音開きのドアがついているが、そこには日本の花頭窓を思わせる窓があった。

ビアズリー サロメの化粧 高校の頃、ようやくの思いでビアズリー画集を見つけだし、学校で「サロメ」と「アーサー王の死」とを複写してもらった。そのときにこの図を初めて知った。それ以前といえば例の「クライマックス」「サロメとヨカナーン」の二枚しか知らず、それもリアルタイムに読んでいた、手塚治虫「MW」で見たのが最初だった。子供の頃に受けた衝撃の大きさは今も消えない。

ホイッスラー ノクターン:黒と金 輪転花火 シュールだが、そんなラスキンが罵る理由がわからない。むしろこの絵は光線絵師・小林清親の作品に似ている。

・ホイッスラーのエッチング
働くホイッスラー。

ノクターン:バターシー地区からみたテムズ川 グレーの変容だけで構成されたような、魅力的な作品。
ロンドンの市街地は青灰色で描かれ、川もその同型色の濃淡で表現される。真ん中に浮かぶ小舟、そこに立つ人影がなにやら怪しい。

ホイッスラーの版画による都市風景が続く。どこか織田一磨の大阪風景にも似ている。

第二章 唯美主義の流行
・唯美主義とグローヴナー・ギャラリー

愛と死 巨大な白衣の人物が家に入ろうとするのを、ちびっこ少年天使が必死で抑えようとする。バラと鳩の家。
顔の見えぬ白衣の大きな人はベックリン「死の島」から来たのかもしれない。

ワッツ プシュケ ベッドの前で全裸で立つプシュケ。床、ベッド、カーテン。配色も沈んでいて、どこか悲痛なものを感じる。
このプシュケはまだアモールを知らないのかもしれない。プシュケを「見る」わたしたちの眼はアモールのそれと同じ色をしているかもしれない。

ムーア 花 20年くらい前かテート美術館展があったときに見たように思う。薄紅色の衣装と背景の小さな花が深く心に残る。綺麗だった。

レイトン 母と子(さくらんぼ) 寝そべる母に幼い娘がさくらんぼをあげる。美しい母の顔。白百合が満開を誇る。背景にある屏風は日本のものか。鶴の絵。
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装身具の実物とデザイン図がいろいろある。
紫水晶をはめ込んだ金鎖の豪華なネックレスがとても綺麗だった。

・ハウス・ビューティフル
この時代、家を可愛くするのに人々は心を砕いた。先般LIXILギャラリーで開催された「ヴィクトリア時代のインテリア」を思い出しながら見てみると、理解がいっそう進む。

ウォルター・クレイン 奥方の部屋 絵本画家として著名なクレインのインテリア系挿絵はいずれも魅力的で、ここでもとても惹かれた。タイル、やきもの、戸棚、いす、暖炉。そしてミルクを飲む猫。くつろぐ部屋なのだった。
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トマス・ジェキル ビリヤード室のデザイン これは客船インテリア図のカラー・スキームを思わせる、実にすてきなデザイン画だった。

ジョージ・エイスチン 客間の装飾デザイン 孔雀のいる装飾欄間、茶色の腰板、薄紅の壁面。とてもいい。

・「美術産業製品」唯美主義のデザイナーと営利企業
美しいものが工業製品になって、手に入れやすくなるのは嬉しい。一般化されるのが惜しい気もあるけれど。

クレイン  腰羽目用壁紙「白鳥、藺草、アイリス」 対称的な構図で構成されている。これはステンドグラスにしてもいいと思う。

ケイト・グリーナウェイ タイル「秋」 グリーナウェイの人気の高さについては、90年代の展覧会以降よく理解できた。やっぱり「可愛い」がいちばんなのである。

ジェフリー社 壁紙 葡萄畑に天使たち。これは日本に来ると金皮唐紙になると思う。エンボス加工されて作られた壁紙。

クレイン イグニス(火)が古典的な姿で描かれたタイル 炎を手にした女が宙を飛ぶ。鬼火とも陰火ともつかぬものをお供にしつつ。

トマス・ジュキル 炉棚の上の装飾 浅浮き彫りの大理石パネル二枚にそれぞれ少年の横顔が刻まれ、それが向かい合うように設置されている。真ん中には凸面鏡。周囲には染付皿。向き合う少年というモティーフを見て北川健次の作品を思った。

第三章 世紀末芸術に向かって

・オスカー・ワイルド、唯美主義運動と諷刺
戯画というか諷刺画ばかり。

・美しい書物(ブック・ビューティフル)

クレイン 幼子の花束 古い詩曲の新鮮な束 挿絵原画集 ペンと水彩で描かれた優しい絵本原画。とても丁寧。

ビアズリー イェロー・ブック 第一号表紙 本当にビアズリーは早熟すぎて、夭折したのも仕方ない、そんな気がする。

・唯美主義におけるデカダンス

ビアズリー アーサー王が吠える獣を見たこと この絵は線が多い、描き込みすぎだと前々から(つまり初めて見た高校の時から)思っていた。これは確か習作ではなかったか。

ビアズリー ヨカナーンとサロメ この二人の対立図を1975年に手塚治虫の「MW」で見たのだった。主人公・結城美知夫がサロメ、彼に翻弄される賀来巌がヨカナーンであり、結局このヨカナーン・賀来はサロメ・結城の誘惑に負けるのだった。
そのころからある種の退廃と耽美への嗜好が、わたしの中で生きている。

サロメのクライマックス、その先行的な「ヨカナーン、私はおまえの口にくちづけしたよ」の二枚も並ぶ。描き込みすぎるところから一年で変容したビアズリー。

チャールズ・リケッツ オイディプスとスフィンクス 旅人に謎かけをして、間違えれば殺してしまうスフィンクス。世紀末芸術ではスフィンクスもまた「ファム・ファタール」であった。
この絵を見ると、スフィンクスにより接触しようとするオイディプスには将来の不吉さがいまだ感じない。
スフィンクスニヨり破滅さしめられたのは、竪琴を持つ詩人、花冠に杯を持つ酒神、そして円い双丘をみせる何者ともしれぬ者。オイディプスもまたスフィンクスの愛を、歓心を買おうとするほかの若者たちと変わりはないのである。

シメオン・ソロモン 月と眠り いかにも彼らしい図。そろそろ彼の回顧展を見てみたい。

ヴィルヘルム・バロン・フォン・グローデン シチリア人の少年の頭部 この写真を撮ったグローデン男爵については、久世光彦「昭和幻灯館」で知ったと思う。昭和の末頃の話。ドイツ人の男爵は本国を離れ、異国の少年たちの姿態を当時最新のメカたるカメラで撮り倒した。
男爵の嗜好を露わにした写真集を、いつかじっくり見てみたいと長らく思っている。
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・輝かしい落日 唯美主義後期の絵画と「ニュー・スカルプチャー」

フレデリック・エヴァンス 階段の海 非常に魅力的な写真。わたしは階段への愛着が深いので、この「階段の海」に溺れたいと思った。どこに存在するのだろう、この階段は。どこに存在したのだろう、この「階段の海」は。溺れながらそんなことを考える。

ワッツ 内奥の世界の住人 羽を持つ女は物思いに耽る。手には吹かぬままのラッパがある。そこには赤い糸が何本も絡みつく。
ワッツの「希望」を思い出す。目隠しの女がもつ竪琴の糸は切れていて、しかし一本だけはなんとか残る。
ワッツにとって残された糸とはどんな意味を持つのだろう。ずっとその理由を知らないままでいる。

ムーア 真夏 今回のチラシにもなった。まさに「唯美主義」の最たるものかと思う。

唯美主義の本質は、日本の「やおい」にも通じるものなのではないかと思った。
深いときめきに溺れながら、至福感がふつふつと沸き立ってくる。
十代・二十代の頃のように、英国芸術の虜囚になるかもしれない。そんな予感がある。

もっと、溺れたい。

世紀の日本画 前期

日本美術院再興100年特別展「世紀の日本画」前期を見た。
「世紀の日本画」とは大きな名乗りを挙げたと思ったが、これは院展再興百年ということでの名乗りだった。
まだ21世紀もほんの十数年で残りの歳月をどうするのだと思ったのは、ただの勘違いだったのだ。

前期と後期と完全に入れ替えということで、まずは前期を見た。

第一章 名作で辿る日本美術院の歩み

狩野芳崖 不動明王 1887年 色がけっこうはっきりしている。土気色ボディでも力強い。完璧な逆三角形な体。足の指が長い。逆立つ髪に金の蓮の止めがつく。サークリットのようなもの。旧弊な画術から大きく踏み出したのを感じる。

橋本雅邦 白雲紅樹 1890年 上に紅葉がみえる。滝にかかる。木そのものは中国の宋あたりのような描き方に見える。少しずつ目を下げるとそこに背中合わせに座る猿が二匹いる。白と黒の猿。川には紅葉が流れている。

菱田春草 四季山水 1910年 巻物仕立て。松の山から桜の丘へ、ひばりが鳴いて、川には小舟を操る人もいる。ツバメも飛び、馬に乗る人もいる。ほくほく歩いている。のんびりした風景。淡い色が優しい。日本のどこかにあった風景。

下村観山 弱法師 1915年 先般の横浜美術館での回顧展の前期に出たので、一休み後すぐにここに来ている。
改めて彼を見ると、リリー・フランキーに似ていると思った。
巨大な夕日は既に沈みかかっている。見えぬ目で夕日を見ようとする。間もなく日は沈み、彼は梅林に一人取り残されるだろう。梅の香りは闇に強く漂い、彼の行く道を示してくれるかもしれない。
しかしふと見れば、数歩先に卒塔婆がある。そこに仏画が掛かっていた。三尊図。祈る仏がそこにあることを彼は気づいているのだろうか。

安田靫彦 飛鳥の春の額田王 1964年 滋賀近美にあるので特に親しい気がする一枚。ああ梅も咲いているか。
額田女王を描いた絵と言えば上村松篁さんの挿絵を思う。全く違う絵なのに、今ここでユキ彦の額田を見て、井上靖の小説世界が蘇る。

小林古径 楊貴妃 1951年 能のそれを描く。この絵にも親しみがある。たいへん静かな手の動きを感じる。
「動かぬ故に能と言う」という言葉を思い出す。

前田青邨 京名所八題(都八題) 1916年 リアルタイムの京のあちこち。墨絵に近い連作。雪の清水、雨の本願寺、巨大な林の中の上賀茂と青い川、祇園会の御輿が橋の上を行く・・・前期はこの四枚。近年東博で並んでいるのを見たが、百年前の風景とはいえどこか親しい感じのある風景だと感じるのは、わたしが関西人だからだろうか。

平櫛田中 鏡獅子 1940年 これは芸大所蔵分。野間、国立劇場の兄弟。平櫛は六代目菊五郎が元気なときにポーズを取ったそうだが、確かにエネルギッシュで素敵だ。よくよく見れば爪がピンク色だった。

奥村土牛 閑日 1974年 緋毛氈にペルシャ猫。こちらをじっと見る鼻の低い猫。小さな緊迫感がある。

第二章 院展再興の時代 大正期の名作

横山大観 游刃有余地 1914年 これもつい最近東博で見た。人物の顔が小杉ホウアン風なのはこの時期の特徴か。左に青服で顔の黒い丁が立ち、右幅に文恵王と侍女が立つが、こちらは黄色・薄紅のいでたち。配色もいい。
王冠は新聞紙風。どうしてもこの丁と王の二人を見ると横山光輝「戦国獅子伝」を思い出す。

観山 白狐 1914年 林の中の金柏の下にススキが伸びる。そこに狐がいる。遠い目をする狐。干からびた熊笹。狐は稲をくわえている。ただの狐ではなく、お稲荷さんのケンゾクの狐だろうか。

靫彦 二少女 1922年 あやとりをする二人。絣の子と白地に青花柄の子と。そばには宋の掻き落とし壷にスィートピーがナデシコとともにいけてある。

川端龍子 佳人好在 1925年 この絵は実に好きな絵で、京近美の所蔵品の中でも特に好きな一つ。朝の瓢亭の一室をモデルに描いている。ああ、気持ちよい空間。現実とは左右などを多少変えているが、それでいよいよ絵画として気持ちよいものになっている。すばらしい情景。
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ここで洋画と彫刻が少し並ぶ。

小杉未醒 飲馬 1914年 横長のもので朝のもやっとした中で少年と、水を飲む馬と、金色の岩とがある。
舞台の一場面のような魅力がある。

足立源一郎 チューリップ 1918/1920年 セザニズムな一枚。しおれた花がそこにある。

平櫛 酔吟行 1914年 遠目からでもこの彫像が酔っぱらいで迷惑な奴よのうな感じがしたが、李白なので文句は言えない。

橋本平八 猫 1924年 耳を張って後ろにピン!背中を掻む噛む舐める。耳の位置から鼻筋にかけて仮面ライダーに似ているように思えた。

第三章 歴史をつなぐ、信仰を尊ぶ

靫彦 卑弥呼 1968年 これも滋賀近美で親しくみている。つまりこの卑弥呼と先の額田とは滋賀近美の古代二大美女なのでした。

古径 竹取物語 1917年 全巻が出ている。もしかすると全部をみるのは1993年の文化の日以来かもしれない。
やはりたくさんのシーンをみるのは嬉しいし、新しいことに気づいたりもする。月よりの使者たちの周囲に散る花はすべてクラゲ風な花だとかそんなことだが。

羽石光志 飛鳥の太子 1971年 黒駒に乗る太子。オサダノミヤへ。薄紅灰の衣に濃いグレーの馬とがいい。
理知的な太子がかっこいい。

平山郁夫 祇園精舎 1981年 一本の木、釈迦と弟子たち。薄く刻まれたような顔立ちに個性はない。等しい顔。弟子の間に差別化をはからないようにすることで、平等性を見せているのかもしれない。

小山硬 天草(礼拝) 1971年 先般もこの人の隠れキリシタン図を見たが、それをテーマにしているのだろうか。ほかの絵は知らない。

福井爽人 古陽 1982年 飛鳥白鳳の大仏が。なにやら怖いような。

第四章 花。鳥。そして命をみつめて

大観 紅葉 1931年 これもよくよく見るが、やはりいい。足立美術館人気の一作。

小茂田青樹 虫魚画巻 1931年 カエル池がなかなか見る機会がないのでよかった。妙にぞわっとしつつ。

第五章 風景の中で

今村紫紅 熱国之巻 1914年 熱国の朝をみる。きらきら波、ゴムの木、船・・・いいなあ。描かれた百年前、原三溪から「どうもイマイチ」と言われたとはなあ。
わたしはこの絵が東博に出る度についつい撮影してしまうくらい好きだ。

速水御舟 洛北修学院村 1918年 群青中毒時代の絵だが、群青の良さもさることながら、実は緑青が魅力的なのだった。

小松均 雪の最上川 1979年 二曲二双12面に延々とその大きな情景を描いている。遠くから見る方がいい作品。

宮廻正明 天写田 1993年 バリ島の棚田の様子。畝を歩く二人はもっこを担いでいる。棚田も日本と違う、妙な魅力のある形に見えた。

第六章 幻想の世界

中村岳陵 婉膩水韻 1931年 誰もいない森の中、和装美人が長い髪を流しながら気持ちよく全裸で泳ぐ。着物やバッグはすぐそばにまとめてある。
その着物やバッグがその時代のリアルなものでなくば、羽衣天女、または水妖にも見える。ときめきの一枚。

岩橋永遠 神々とファラオ 1967年 トキ、ハヤブサ、ジャッカル、カバといったエジプトの神々とホルスが巨大な影を浮かび上がらせる。その下には砂漠の塵風に揺れながらラクダがゆく。

郷倉和子 真昼 1957年 色とりどり、たくさんの芥子が咲き乱れる。モーリス・ドニを思わせる。象徴主義的な雰囲気がある。

第七章 靫彦 風神雷神 1929年 少年の形で描かれる風神雷神。
二人はそれぞれの職能の道具を持たず、ただその神の形を示す。
阿吽をなす風神雷神。手もパーとグーである。
少年の静かな力強さにときめいた。

古径 異端(踏絵) 1914年 この絵は清方「続こしかたの記」で知り、見たいものだと思っていたところ、ようやく十年ほど前の近美での回顧展で見た。蓮のプールのそぎにいる女たち。どこか異様な魅力が強い。

御舟 京の舞妓 1920年 リアリズムも行き過ぎるとこうなる、みたいな・・・

小倉遊亀 径 1966年 夏の日のお買い物のお母さん・幼女・犬。いい感じ。トリミングされたような画面構成がおもしろい。

菊川多賀 文楽 1975年 出待ち。人形たちがやたらと大きい。阿波の人形かもしれない。一つ自分に似たような人形を見た気がする・・・

日本画はまだまだ生き続けることが可能だということを改めて知ることもできた。
来期も楽しみ。

人間国宝展 その2

昨昨日の続き。

ここからは旧い世に生まれたものはなく、完全に近現代のものばかり。

瀬戸黒金彩木の葉文茶碗 荒川豊蔵 1口 1965年 荒川豊蔵資料館  やっぱりわたしは唐九郎より豊蔵が好きだな。
黒に生きる金の木の葉。その表現は劇画調にもみえる。


梨皮紫泥茶注 山田常山(三代) 1合 1998年 東京国立博物館  遠くからでもその愛らしさに目がひかれる。可愛い可愛い急須ちゃん。
二年前の出光美術館での展覧会(感想はこちら
を思い出す。ほんの最近までご存命で、せっせと愛らしい急須ちゃんたちを拵えていたのだ。こんな急須で淹れられたお茶はさぞや美味しいことだろう。

色絵金銀彩羊歯模様八角飾筥 富本憲吉 1959年  東京国立近代美術館  文様を古きに求めず、完全オリジナルで製作し、とうとうその文様パターンが今の世のスタンダードになっている。
わたしは憲吉の仕事ではこうした飾り筥がいちばん好ましい。

草白釉釉描加彩翡翠図四角隅切筥 藤本能道 1985年 東京芸術大学大学美術館  この人の作品を最初に見たのはもしかすると菊池寛実記念智美術館だったかもしれない。
目を刺激しないキラキラが心地よい。可愛い川蝉がいい。

色絵吹重ね草花文鉢 今泉今右衛門(十三代) 1枚 1996年 東京国立博物館  綺麗、実に綺麗。古様の手で新しい世界が開いている。

濁手つつじ草花地文蓋物 酒井田柿右衛門(十四代) 1合 2005年  伝統に則りつつ新しい感性がある。立ち止まることなく進み、進みつつも過去ともつながる。

青磁豆彩花瓶「インド文」 三浦小平二 1口 1993年  東京芸術大学大学美術館 これは面白い文様だった。

染付岩文壺 近藤悠三 1口 昭和35年(1960) 東京国立近代美術館  荒々しい筆致の岩は深い青に染まる。この力強さこそが近藤の魅力だと思う。清水の記念館に行ったとき、その強靱さに感銘を受けたことを忘れない。

鉄釉あやめ文大皿 田村耕一 1枚 昭和36年(1961) 京都国立近代美術館   可愛いあやめの並び。黒地に茶褐色のあやめたち。花の影のような風情がある。

着物だけは完全に趣味がものをいうので、どんな名工のものであっても、わたしは好き・苦手がはっきりと分かれる。伝統工芸技術保持という眼で見るしかない。
いずれも当然ながら、見事な出来映えのものばかりである。


赤とんぼ蒔絵箱 松田権六 1合 昭和44年(1969) 京都国立近代美術館 途轍もなく綺麗なものを見た。遠目からでも松田権六の作品だと気づく。もふぁーっとした植物の上を煌めく翅の赤トンボが飛びゆく。まるで海を渡るトンボの群にも見える。
そしてこの箱の側面にはチリリリリ と青い宇宙塵が広がっている。トンボたちは宇宙の彼方にまで向かうようだ。
箱の中にはどんな景色が隠されているのだろう。
興味の尽きない美麗な箱。ああ、見ることが出来て幸せだ。
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群蝶木地蒔絵手箱 高野松山 1合 昭和38年(1963) 東京国立近代美術館   わたしは蝶々が大好きだ。だからこの箱を見ただけでドキドキした。したが、非常にわたしにとっては無念なことがあった。
木地蒔絵という技法である。
素材を出来る限り生かして素に文様を、というのが好みに合わないのだ。
わたしは技巧に技巧を重ねたものが好きで、自然さが消えるくらいの方が好ましい。このように下地が見えるのはニガテなのだ。
しかしこれはあくまでもわたし一人の趣味の問題・嗜好のあり方なので、作品自体は本当に立派なのである。

このブログがあくまでも「感想」にすぎないのは、こういうことを書くからなのだ。
そしてわたしは公正な目を持たない・持てない。
それはもう到底変えることは出来ないし、変えるつもりもない。


柳文銀壺 内藤四郎 1口 昭和39年(1964) 東京芸術大学大学美術館 ああ、綺麗。本当に綺麗。銀鍛造・象嵌。やはりキラキラ綺麗なものをみると嬉しくなる。
汐留で見たものを思い出す。(後述)

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布目象嵌露草文銀四分一接合水指 鹿島一谷 1口 昭和52年(1977) 東京国立近代美術館 可愛いなあ~可憐な露草たち。文様もイキイキして見える。色の変化がまた魅力的。露草たちの語らい。
 
抱擁 平田郷陽 1軀 昭和41年(1966)   これは平田の娘さんがお孫さんを生んだときのものだという。本当に見るからに幸せな様子で、しかも母親になったばかりのひとの気持ちが背筋に表れている。
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わたしは人形が好きで、多くの作家に好きな人がいる。
伝統的な雛人形、御所人形、衣裳人形、そして紙塑人形、ほかにもたくさんの技法によって生まれた人形を見るのは、とても楽しい。

截金彩色飾筥「花風有韻」 江里佐代子 1合 平成3年(1991) 文化庁   江里さんの作品がある。それだけで嬉しい。
江里さんは若くして人間国宝になられたが、まさかの客死をとげられ、もう新作を見ることはできなくなった。
伝統工芸の基礎に立ち、新しい世界を開く。
江里さんの仕事はそのことを教えてくれたのだ。nec784-3.jpg


第3章 広がる伝統の可能性

練上嘯裂茜手大壺「深山紅」 松井康成 1口 昭和56年(1981) 茨城県陶芸美術館 つるつるした練り上げの方が好きだが、ここにあるのはざらざらの練り上げ。ざらざらのはどうも・・・はっきり言うか、ある種の和菓子を思い出させて、やたらとおいしそうに見えて仕方ないのだった。

耀彩壺「恒河」 徳田八十吉(三代) 1口 平成15年(2003) 石川・小松市立博物館   東北の大震災直前に初めて見た。とても綺麗だった。なにか、新世界への扉、とでもいうものを見た気がした。今もそう思っている。
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朱漆捩紐文火鉢 黒田辰秋 1口 昭和37年(1962)頃 愛知・豊田市美術館  これまたいかにも黒田だーっという存在感のある置物。火鉢なのか。もう本当に黒田だとしか言いようがない、黒田の意匠。
ちょうど今、横浜そごうで黒田の展覧会があるから、いってみようと思っている。

志賀島幻想箕立事 鹿児島壽蔵 1躯 昭和42年(1967)  初めて見たのが97年の大丸での回顧展だったか、それからずっと好きで、手に入れられる限りの絵はがきや資料を集めている。近年も旧新橋停車場で展覧会があり、嬉しかったなあ。
どの人形も表情がとてもいい。そして体のありようがとても魅力的。ここにあるのは人魚だが、隅々に至るまで、本当に綺麗だ。紙塑ではあるが、薄い内蔵を想像させるようなところがあり、それにどきどきしている。

竹華器「怒濤」 生野祥雲齋 1口 昭和31年(1956) 東京国立近代美術館  ピカピカ光る竹、といえば「かぐや姫」のいた竹を思い出すが、これは竹を切って・割いて・曲げて・折ってこしらえたオブジェである。
なぜかピカピカ光って見えるのは照明の力だけではないと思う。
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心臓の鼓動が高まるものが多い展覧会だった。まだドキドキする。

そして特別展からほど近いところでは「人間国宝の現在」展がある。
そちらにも少しばかり。

井上萬二 青白磁彫文鉢 ああ、ため息が出るほどの清冽さ。見込みに咲き乱れる花。薄い薄い青白磁の美を愉しむ。

太田ひさし らん胎蒟醤文箱「双鳥」 可愛い青と黄色のインコが向かい合う木。周囲には花が舞う。静かな闇の森。
どこか高山辰雄の世界を思わせる静けさ。やさしい空間。
 

少し前に汐留ミュージアムで「松下幸之助と伝統工芸」展が開催され、そのとき近代以降の工芸品の良さと言うものを味わった。
今回もその時と同じ新鮮な感動を受けている。
その時の感想はこちら。
前期
中期
後期

日本の工芸はまだまだ活きている。
しかしそのことに安心していてはいけない。
伝統工芸を守る人々を守ることが文化を守ることになるのだ。
それは伝統芸能も同じである。
そしてこれは為政者のエエ加減なサジ加減でどうこうしてはならない。
わたしたちは為政者たちの暴走を止め、文化を守るために動かなくてはならないのだ。

I M A R I 伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器


今日は人間国宝展感想をスキップして、サントリー美術館の「IMARI 伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器」展の感想を軽くあげたい。

てっきり帰国ものを集めたか、サントリー所蔵品に国内のを足したか、または九州陶磁器の柴田夫妻コレクションのを持って来たかと思いきや、なんとショックなことに、8割くらいが中之島の東洋陶磁美術館の初公開品で占められていた!

わたしも大概ここにはよく通うているはずだが、本当に知らんかった。
こんなコレクションがあるなんて。
見た嬉しさよりショックな方が大きいわ。
 
東インド会社を通じて西洋に渡った磁器は多くの宮殿を飾ったが、使われ方は本国日本とは随分違い、建築装飾に使われている。
日本だと違い棚や床の間にええなというようなものは、大概単品設置だが、ヨーロッパは隙間恐怖症だがらか、凄まじく大量に設置し、埋め尽くす。
「間」というものを完全に拒絶して、四季の約束事も無視して、延々埋め尽くす。
面白い造形化がなされはしても、個々を愛でるということはしにくい。

サントリー美術館は、西洋を魅了した伊万里を個々で楽しませる。
個々を見ることで、わたしたちは「あれがいい」「これが好き」と個別の愛情を感じることが出来るようになる。

作品は年代ごとに配置され、分かりやすい説明もある。
わたしは特に気に入ったものを少しだけあげる。
ここに来れば、「あなた」も自分の好きな作品がみつかるだろう。

染付蝶文鉢 縁に花が咲き、見込みに蝶がいる。蝶は無限に咲く花を見上げる。

染付芙蓉手牡丹文大皿 花の隙間にバッタがいた。どこか中国風。

色絵花卉人物文窓抜瓶 真ん中に窪みを作り、そこに小さな人をおく。和やかな様子。

色絵龍虎文大壺 摘まみに鷲が。虎、可愛すぎる。龍より鷲に吠える。ニャーッ!

色絵美人文鉢 室内にいる、見返り美人。猫もいる。カムロも簾から顔を出し、極めて絵画的な様子。

色絵裸体人物花卉文大皿 もぉ何して んのかわかんないw

色絵傘美人文大壺 傘持って舞う女。姿の良さがいい。

色絵蟹文皿 白菜と蟹、鍋の具材やなw
蟹はがま口財布みたい。可愛いわ。

アウグスト二世の死と東インド会社の没落により、18世紀までで終わった輸出。
今こうして体系化されたものを見ることが出来、やはり良かったと思う。

東洋陶磁美術館の巡回もあるそうだ。
またじっくり見て、今度はお話も聞きたいと思う。

人間国宝展 その1

東京国立博物館の特別展「人間国宝展」を再訪した。
生み出された美、伝えゆくわざ
いい副題もついている。

工芸館で見る人間国宝の作品をもっと大がかりにして集めた展覧会なのだろうか、と漠然と思っていた。
だがその考えはすぐに撤回しなくてはならなくなった。
確かにその通りなのだが、ここで見た作品群には常とは違う興奮を見出してしまった。

第1章 古典への畏敬と挑戦
旧き世に生まれた品々に学び、そこから自身の仕事を立脚した人々の作品が集まる。
そのために旧世界で生まれたものと、人間国宝が生み出したものとが並ぶシーンもあった。

奈良三彩壺 奈良時代 九州国立博物館   
三彩花器「爽容」 加藤卓男 1996年 東京国立博物館
ラスター彩の優美な姿を再現した加藤だが、奈良時代の三彩と加藤の三彩とをこうして眺めると、彼のいた世界がいかに広いものか・いかに深いものかを思い知らされる。
1200年の歳月の隔たりは、落胆ではなく、豊かな実りを約束したのだ。

金銅唐花文鋺(興福寺鎮壇具のうち) 奈良時代 東京国立博物館  緑青を吹いているが花が刻まれた美麗なワン。(金物なので石扁でも木扁でもなく金扁のわん)指の腹でその花の咲き乱れる様子を味わいたい。

金彩銀壺「山背」 増田三男 1990年 東京国立博物館  肉付きのよい鹿たちがピョンピョンと跳ねるように野を行く景色が刻まれている。
「山背」とは山を越えてくる強風のことらしい。その風に押されるように走り抜けて行く動物たち。
わたしはついつい「やましろ」と読んでしまった。山背大兄。

唐花文夾纈羅幡残欠 1旒 奈良時代 東京国立博物館 東大寺伝来品。花文様がとても愛らしい。色も退色しつつもよく残り、「残んの香」とでもいうべきものを感じさせてくれる。

上代有文羅(蘇芳小菱羅) 喜多川平朗 1巻 1957年 東京国立博物館   この「羅」の技術を復元したことで人間国宝になられたそうだが、凄いことだと思う。失われた技術を復興させ、自ら実践する。そして古代の様相を現代に蘇らせる。とてもかっこいい。

木画紫檀双六局(正倉院宝物模造) 木内省古 1基 1932年、原品=奈良時代 東京国立博物館   わたしは象嵌がとても好きで特に正倉院宝物などに見られる象嵌にはいつもいつも深いときめきを覚える。この模造品は本当に丁寧で繊細な作りで、天平時代の本物に恥じぬ拵えだと思う。

輪花文縞黒檀印箱 秋山逸生 1合 1981年 東京国立近代美術館  意匠的にはわたしの嗜好から外れるが、とても綺麗な作り。黒檀に埋め込まれた宇宙人の目、あるいは万華鏡。

花籠(正倉院宝物模造) 1口 1875年、原品=奈良時代 東京国立博物館
六合花籃 前田竹房斎(二代) 1口 1997年 東京国立博物館
どうもこのように機能的な形のものを見ると、やはり「道具」を視る眼になり、面白がることが出来なくなる。しかしそれこそが実はこうした作品の本質を視ていることになるのかもしれない。作られたのが近年だということを考えると、新しいものなのだけれど、どうもそうは思えない。意匠がそう見せてしまうのか。
しかしながら、こうした基礎をこそきちんと出来ていないと、その後の展開・進展は望めぬものなのだ。

紅牙撥鏤尺 1枚 奈良時代 東京国立博物館  これは法隆寺のもの。正倉院のものではない。色は所々剥落しているが、それでも十分美しい。
花と鴛鴦。雄の鴛鴦には大花、雌の鴛鴦には小花のセット。可愛らしさに嬉しくなる。

紅牙撥鏤尺 吉田文之 1枚 1985年 式年遷宮記念 神宮美術館 こちらは正倉院宝物の模造品。素晴らしい技術がその手に宿っているのを感じる。
近年、この本物のを正倉院展で二度ばかり見ているが、一尺ばかりの空間によくこれだけ繊細で華麗な文様を刻み込めるものだと、改めて感心する。

銅鑼 鎌倉時代 東京国立博物館
砂張銅鑼 魚住為楽(初代)  1947年 東京国立博物館
仏具の銅鑼の大切さと言うものはなんとなくわかるが、実際に銅鑼の音と言うものを聴いたのは、寺院ではなく、たとえばオペラ「トゥーランドット」などでだったりする。
そして人間国宝の作った銅鑼、これが敗戦後すぐの1947年製作だということにびっくりした。鉄も砂鉄も錫も銅もアルミもなくて困ってる時期に、こうした立派なものを拵えているのだ。くらくらした。日本の工芸は死ななかったのだ。

由緒正しい装束を見る。
唐衣 萌黄地亀甲菊花模様二陪織物 / 表着 紅地入子菱菊花模様二陪織物 一式の内、唐衣一領・表着一領 江戸時代 霊鑑寺
黄地入子菱地臥蝶丸文様二陪織物表着 喜多川平朗 1領 1981頃  東京国立博物館
どちらも同時代のものに見えてしまった。
わたしは王朝スタイルに関心がないから、この装束の構造などはわからない。どういったときに着用するのかもわからない。
しかしこうした仕事が現代にも続いているのは素晴らしいことだということはわかる。

続いて日本刀を見る。
正直なところ、あんまり日本刀を見るのはニガテである。
というのは、名刀であればあるほど、うすら寒い恐怖を感じるからだ。
うう、怖い。またこんなところには決してナマクラは出ないが、ナマクラはナマクラで怖い。要するに刃物がニガテなのである。
現代の刀工の打った刀も古刀や江戸の新刀に及ばぬことはない。
しかし、とわたしはフラチなことを思う。
刀はやはり人間を斬るためのものなのだから、斬ることが目的でない刀と言うものは、いったいどういった心持で打たれ、鍛えられるのだろう…

志野茶碗 銘 広沢  美濃  安土桃山~江戸時代 湯木美術館
志野茶碗 荒川豊蔵 1953年  東京国立近代美術館
どちらもとても好きな志野焼。本当の好みでは志野は皿の方が好きなのだが、豊蔵の茶碗を知ってからはその良さに大いに惹かれるようになった。
やきものと言うより、なにか石を刻んだような趣もあり、そこが面白いのかもしれない。

わたしは磁器は好きだが陶器はあまり好まない。
備前焼などは大型のものならよろしいが、小さなものはニガテ。
手に持った時、手首が返ってしまうような重さを感じさせるものが、ニガテなのだ。
萩焼は小さいものでも好きだが、それでも釉薬が完全に掛かり切っていないザリザリ感があるものはニガテで、やはりあくまでも観賞用としてしか、対峙できない。
伝世品の見事なもの、人間国宝の立派な品々を前にして、不遜なことを言うている。

芦屋浜松図真形釜 芦屋 室町時代 東京国立博物館
馬ノ図真形釜 角谷一圭  1985年 文化庁
福岡の芦屋釜というのは可愛らしいものが多い。京都の大西家の釜も大好きだが、芦屋は撫でてやりたくなるような可愛らしさがある。
そういえば文福茶釜はいったいどっちの釜なのだろう。
そうそう、文福自体も「分福」の字をあてるところもあるし。
そんなことを考えるのも楽しい。

一越縮緬地鳳凰桐文振袖 田畑喜八(三代) 1領 1954年 京都国立近代美術館  遠くからでもパッと目に付く、派手で艶やかな着物。田畑喜八らしい明るい着物に気持ちよくなる。

染め物を見て行く。
自分の知らなかったことをここで学ぶ。
仙台平袴、献上博多帯、このあたりは昔から言葉は知っていてもどうしてその名なのか・どんなときに使うのか、そこらがわからなかったので、ここでこうして学べてよかった。

型紙がある。これは近年の三菱一号館での展覧会などで大量に見て、それですっかり意識が変わったものだ。とても面白い。

漆芸をみる。
彩色蒟醤御料紙硯匣 玉楮象谷 1具 嘉永7年(1854) 香川県立ミュージアム
蒟醤龍鳳凰文八角香盆 磯井如真 1枚 1955年 東京国立近代美術館
近年は蒟醤(きんま)が面白く感じられるようになり、その名品を見るのも楽しい。数年前、この東博でたくさんみてから、好きになったのだ。

やきものがたくさん並ぶ。
白釉黒流掛大鉢 濱田庄司 1口 1967年 川崎市市民ミュージアム  濱田の作品は60年+15秒で作られている。60年の精進と、そこから培った技術。それが現れるのが15秒ばかりもない流し掛け。永遠と一瞬、そのコラボレートのような作品。
見事だ。

塩釉象嵌縄文皿 島岡達三 1枚 1999年 茨城県陶芸美術館 ああ、綺麗なブルー。

白磁刻花蓮花文皿 中国・定窯 1枚 中国・北宋時代 東京国立博物館
白瓷唐草文輪花大皿 塚本快示 1枚1978年
二枚並んだ白磁皿の清楚な美しさに招き寄せられてふらふら進むと、そこに北宋の白磁と塚本の白磁とが並んでいた。どちらも薄く刻まれた花に飾られている。
わたしは快示の作品を出光美術館で知って以来、ずっとその魅力に溺れ続けている。
今こうしてこの展覧会で彼の作品に会えて、本当に嬉しい。

型染の美にも惹かれる。
縹色地松皮菱に松梅菊模様衣装 1領 琉球王国第二尚氏時代 芹沢銈介美術館
藍朧型印金芦文「瑲」紬長着 鎌倉芳太郎 1領1964年 東京国立近代美術館
人間の手工芸はいくらでも新しいものを生み出すのだ・・・

火焰型土器(新潟県十日町市笹山遺跡出土) 1口 縄文時代(中期)・前3000~前2000年 新潟・十日町市博物館 新潟県十日町出土だと読んで、これが何千年前の本当の土器だとやっと納得した。わたしは岡本太郎の作品だと思ってしまったのである。
「陶芸部門で土器型のこしらえて、それで人間国宝になったのかな」と一瞬想像したのでだ。

色絵月梅図茶壺 仁清 1口 江戸時代 東京国立博物館  ああ、いかにも。親しい人に会えた心持ちがする。

ここから後は昔の、名の伝わらぬ名匠の手により生み出された名品が並ぶ。

小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 1領 江戸時代 東京国立博物館 魅力的な寛文小袖。本当にすてき。

片輪車蒔絵螺鈿手箱 1合 平安時代 東京国立博物館  見慣れたものなのに、ここで見るととても斬新な文様に見える。

朱漆脚付鉢 1口 室町時代 東京国立博物館 遠目からでも「根来か」とわかる。

長くなりすぎるので、今日はここまで。

「くもとちゅうりっぷ」「くじら」「幽霊船」 デジタル再現されたフィルムたち

フィルムセンターで特別上映の「くもとちゅうりっぷ」「くじら」「幽霊船」をみた。
2/8午後12時の回である。上映時間は全て合わせても一時間に満たない。上映に先だって、今回のフィルムの再現についての技術的なお話があった。
というのは、この上映会は「政岡憲三・大藤信郎アニメーション作品デジタル復元版特別上映会」なのである。
いかにしてこれら60年以上前のアニメーションがデジタル復元されたか、そのワークフローを書いたものももらった。

今回のトークは大藤の「くじら」「幽霊船」についてであった。
フロー図をみて大体は把握できたが、やはりトークは重要ではある。理解が一段と進むのだが、申し訳ないがその内容を要約しきれないのでここには挙げない。

まず政岡の「くもとちゅうりっぷ」から始まる。1943年の作品である。モノクロで一部に実写を取り込んだようにも思えるが、そのあたりのことはわたしにはわからない。
音楽を先に録音後、作画をあわせるプレスコ方式を採る。
和製ミュージカルというべき作品で、音楽は弘田龍太郎。

どこかの林の中、花たちが時に風に揺れる。
テントウムシの幼女がテントウムシとお日様は仲良しといった歌を歌っている。一方、黒い顔をした蜘蛛は自分の張る網に誰かがかからないかと期待しながら歌を歌う。
帽子を気にする蜘蛛である。
テントウムシの幼女がよたよた歩くのを見かけた蜘蛛は銀色に輝くハンモックに乗らないかと誘う。
幼女はあまりにあどけなく危ない。ふっくらした頬には常にほほえみが浮かんでいる。
そんな表情をこんな男に見せてはいけない。

やがて幼女は危険に気づき、のたのたと逃げようとする。
迫り来る魔手。その様子を見ていた花が蜘蛛に体当たりして幼女を逃がす。蜘蛛は腹を立ててその花を蜘蛛の糸でぐるぐるに緊縛する。
テントウムシの幼女はあわてて逃げるが、先にいたちゅうりっぷにかくまわれる。
蜘蛛は怒ってちゅうりっぷをぐるぐるに緊縛し「もう咲けないよ」といやな言葉をささやく。

非常に危うい感覚がある。蜘蛛にもテントウムシにも。端々にひやひやするものを感じつつ見ている。

やがて予期せぬ嵐が来て、蜘蛛はとうとう滅びてしまう。
しかし、とわたしはついこんなことを思う。
蜘蛛は食虫で生きているし、人間にとっての害虫も退治してくれるのだ。

テントウムシは閉ざされた内側から出てくる。蜘蛛の糸も破られる。先に閉ざされた花も開き、ここで初めて誰かのために役立つ。
そして再びほほえんで、歌いながらあちらこちらをゆく。

蜘蛛を悪者にするのは仕方ないが、どうみてもあやうい話だった。
蜘蛛もこんな林にいなければ街のいい遊び人に数えられたかもしれないのに。
幼女への欲望のありかを見せられたような気もするが、面白い映画だった。

次は大藤の「くじら」である。
カラーセロファンを使用しての映像製作とは想像もつかなかった。
1953年のカラー作品だが元は1920年代のモノクロ作品からという。
人物たちに明確な個性は与えられず黒いシルエットだけで表現される。
音声はデジタル修正されなかったのか、その当時らしい古い発声法である。
完全に大人向けの作品だった。

江戸時代か、ある船が海を行く。遊女たちも乗せて音曲も軽やかに進むのだが沈没する。
生き残りは男三人。そして掬い上げられる女。
波の表現などが素晴らしい。これは同時代のフランスのコクトーが製作した「美女と野獣」のオープニングなどに見られる「手工芸の粋」を思わせる。
シルエットで表現される女の腿。生きていた女への欲望が激しく燃えて、男たちは互いに争いあう。その殺し合いの最中、女は「あ~~れ~~」しか言わない。
個性を持たさないことで表現される、人間の普遍的な浅ましさ。
女もどうにもならない。わたしはこの辺りを見ていて「アナタハン島」の綺譚を思い出した。まったくあれを思い出させてくれる。
それから浅ましい連中は一挙に鯨に飲まれる。鯨は「白鯨」ではないが、絶対的超越者とでもいった趣がある。
いったん飲み込まれた後、ようよう潮に吹かれて外へ出られるが、そうなるとまた浅ましいことが繰り返され、とうとう鯨も呆れ果てたか、全員が海へ投げ出される。
そして静かな海を悠々と行く鯨が描かれ、そこに唐突なナレーションが入る。
女は人魚になって鯨のひれ辺りにいるらしい。
物語の展開としてはちょっと面白みに欠けるが、映像のよさに感心した。これをデジタル処理して往時の美しさを再現させたのは素晴らしいと思った。


最後は「幽霊船」である。1956年。ここでも大藤は素晴らしいカラーセロファンの展開を見せる。人間はあくまでも黒い影―シルエットでしか表現されない。

海に浮かぶ一艘の大船。よくよくみればあちらこちらに死骸がひっかかっている。
そこから物語は始まる。
ある貴族の船が楽しそうに外洋を行く。音楽も奏でられ、お酒もおいしく、会話も楽しい旅である。そこへ突然現れる海賊船。イメージ的にはカリブのでもソマリアのでもなく、「南無八幡大菩薩」な倭寇風な海賊である。
貴族対海賊の決死の戦い。その間、背景にはセロファンによる切り絵が延々と現れては次のものに移り変わる。とても綺麗である。たいていは笑う仏像などである。
現代のゲームなどで、背景に無関係な、しかし異様に美麗な映像が挿入されては消えてゆく情景、あれによく似ている。
こんな60年以上昔から、その感性は伝えられ続けてきたとしか思えない。

やがて海賊たちの勝利が決定的なものになり、貴族の男たちは殺され、女たちは卑しい海賊たちに汚されるよりはと海に身を投げ出してゆき、立派な船もとうとう沈没する。
しかしそれからしばらくすると、今度は海賊船を襲う船がある。あの貴族たちの乗っていた船が幽霊船となり、幻惑しては仲間討ちをさせる。次々と海賊たちは互いを殺しあう。
貴族たちは生きていた頃は黒い影で表現されていたが、死後は白い影で表現される。
彼らは敵の目を晦まし、次々と復讐を果たし、やがて高笑いしながら消えてゆく。
後に残された海賊船は死体の山となり、もう誰も操縦もできず、永遠にさまよい続ける。

たいへん映像的に綺麗な作品だった。芸術的な作品は優れた感性と忍耐力を持つ職人の力と技術によって完成するのだ。
方法は異なるものの、ロシアのユーリ・ノルシュテインの作品とも共通するのはそこだと思う。
見ることができて、本当によかった。

伊藤彦造

弥生美術館での伊藤彦造の展覧会は三度目か四度目かになる。
一番最初の展覧会は行けなかった。
二度目から行くようになり、その都度その鮮烈さに打ち震えている。

凄艶な、という言葉が絵を見た瞬間に浮かぶ。
しかしそれは彦造が意図したものではないのである。
彦造は後の「魔粧仏身」「砂絵呪縛」などや戦後すぐのカストリ時代の挿絵以外では、絵に官能性をにじませはしない。
彼は意図せずして自身の描いた人間たちに、壮絶なばかりの艶やかさを与えてしまっている。
描かれた絵、そこには「確実な」あるいは「決定的な」、死の予感が満ち満ちており、誰もそこから逃れようとはしない。それが凄艶さになる。
そして、観る者は死と紙一重の官能性に、勝手に反応してしまうのだった。

2006年の伊藤彦造展についてはこちらに挙げている。

今回の展覧会ではこれまで知らなかったいくつもの事実が挙げられている。
・片目を幼い頃に失明していること
・剣戟シーンや極めポーズや対峙の構図などを弟子たちにモデルをさせたのを基にしていたこと
などなど、時に応じてそれらについても触れてゆきたい。


今回の展示は行友李風「修羅八荒」から始まる。
初めて知ったのだが、この小説は彦造から行友に書くよう強く勧めたそうだ。
大阪朝日新聞につながりのある彦造は、朝日がライバルの大阪毎日新聞に水をあけられているのは連載小説の出来の良さ・悪さにあると看破した。
実際、その時代では掲載の連載もので読者数が変わるのだ。同時代の画家・伊藤小ハの「つづきもの」は毎朝の新聞連載が気になって仕方ない女を描いている。

さて大阪朝日のエライさん方から「たのむぞ」と頼られた彦造は「上品な」大阪朝日新聞に大衆小説を入れようと思いつき、それを書けそうな作家として行友李風を選んだのだった。

ハズしたら切腹覚悟で短刀を懐に飲み込んでいた彦造だが、結果は大成功し、「修羅八荒」は映画化もされ、ヒロインを当時人気絶頂の酒井米子が演じている。
それも一度二度ではない人気ぶりである。

ペン画の挿絵を得意とする彦造は、ペンや画材でも苦労したそうで、そのことについても話を残している。
ペンによるモノクロの凄艶な作品が並ぶのをみる。

鳥目の老人・金兵衛が無明の中、陰火とも鬼火ともわからぬ炎に身を焦がされそうになりながら、やせ衰えた体を必死で立たせている。

本もでていた。箱はタイトル文字だけだが本体表紙には主人公・浅香恵之助が剣を構える絵がある。

その主人公とヒロインとを対にした便箋がある。
鳥追姿の江戸節お駒が柳の下で笑う。恵之助は美剣士だが暗い顔をしている。

便箋はほかにもある。便箋ブームがあり、そのときにたくさん描いたそうだ。

ギヤマン灯籠 胸をはだけた遊女がいる室内。窓の向こうにはフェリーの停まる港。・・・明治かと思ったら昭和初期くらいまでくるか。

叙情画便箋もある。
バラの行方 ピアノの前の少女
幼き頃 仲良しの二人幼女が楽しそうな様子。

サタイア街頭 足が汚れたチャイナ服の女と背後に立つ和服の女。日本が進出していた時代。

キャバレエ きらびやかな姿の女が笑う。額から王冠のようなサークレットをつけている。大正から昭和初期の映画やポスターなどにはこれに類似した洋装の女が現れる。
ポアレのデザインしたような膝あたりのドレスを着て。

ほかの挿絵がある。
黎明 番匠谷英一 大正四年 まだそんなに売れてもいない頃なのに既に艶めかしく厳しい。

踊る白刃 土師清二 刀のやりとり。

獣心 三上於兎吉 流し髪の遊女と向かい合う、だらけた男。いかにも於兎吉らしい色模様を感じさせる。

土橋合戦・伊藤彦之進奮戦図 大正15年 この彦之進は彦造のオジに当たる人だそうだ。馬上で戦う肉弾戦。

万花地獄 吉川英治 昭和二年 いかにも吉川らしい入り組んだ憎愛を、彦造は絵にしている。

吉川英治は彦造の絵を高く買っていた。
少年小説「天兵童子」も指名して彦造に描かせ、後の選集を出すときも彦造の仕事を願うている。

花の頃 角兵衛獅子の姉弟。もたれる壁にはいろんな落書きがある。彦造にもこんなせつないような絵があるのだ。

しかし絵の多くは戦うものなのだ。
そしてその戦う情景の何という凄まじさ、妖艶さだろうか。そこには確かに「絶対的な死の予感」が存在するのだ。

「絶対的な死の予感」とは今回の展覧会でのキーワードである。わたしは展示作品のための解説文の中にこの言葉を見て、深く胸を衝かれた。
その通り、彦造の絵には絶対的な死の予感がある。

「豹の眼」「鞍馬天狗」の「角兵衛獅子」、この二作からはその絶対的な死の予感が隠しようもなく露わになっている。どの絵からもそれは感じられる。
 
わたしは講談社少年倶楽部文庫「豹の眼」を手に入れたときの歓喜と興奮を今も手放してはいない。
今、数々の名場面を目の当たりにしては、背筋の寒気と心の火照りとに震え続けている。

実際の絵とモデルたちの写真が並んで展示されているのも面白い。
運命の剣 岩の上で空を見る男。凄すぎるかっこよさ、リアリズムと凄艶さの融合感じる。
(写真)藁束の上でポーズをとる青少年たち。

飛沫 ぐっ と息をつめてみなければならない緊張感が隅々にまで行き渡る。
(写真)みんなまじめな顔つきなのが却っておもしろい。

杜鵑一声 タブローとして素晴らしい一枚だと思う。
(写真)実際の位置よりは低い構えに見える。
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この「杜鵑一声」は昭和四年の作だが、その当時、昭和天皇の天覧の栄に浴したそうだ。

炎の柱 痺れて何も言うことは出来なくなる。ただただうなるばかり。

やがて憂国の志士としての意識が彦造の作品にも表れ始める。

昭和七年、彦造は神武天皇図を自らの血を交えて描いた。
当人曰く右手を切ると痺れて描けなくなるので、腿などをよく切ってその血を使ったそうだ。全身55カ所である。
しかしその絵は現在は失われてしまった。
もし今見ることが出来るのなら、わたしはたぶん恐怖に震え上がっていたかもしれない。

彦造は他者の絵を見なかったそうだ。
それも一つの見識だと思うが、一方で他者の絵を全く見ず、全く関わらず、全くの孤高の画家というのも、非常に怖いものだとも思った。

憂国の絵師として動くようになったあたりのことはわたしにはよくわからない。
しかしこの頃から絵が変わり始めている。
黒が減り白が増えているように思う。そして動きが描き込まれるようになったと思う。

天兵童子 天兵とその敵たる車之助が刃を交わしあう。鍔迫り合いの凄い迫力がある。どちらも美少年なだけに見るこちらも気合いが入る。
天兵が高い場所で跳ぶシーンもいい。

有田ドラッグという会社のバックアップをうけて、教育美談挿絵というものを描いているが、これがなんだか妙で、笑ってしまった。

彦造は昭和三年に二階建ての自宅を建てた。
昭和13年に小石川へ移るまではここで暮らし、弟子も取った。わたしの祖父も彦造の塾に学びに行ったそうだ。
彦造の家の場所はだいたい想像がつくが、80年近い前の場所は今とは全く違う。
後に出てくるのだが、この家にいるときに撮ったらしき写真があった。
長女の朝子さんがまだ二歳の頃で、空を見上げながら「お父ちゃん、飛行機やでー」と言うているスナップ写真。
現在は少しばかりルートも変わったが、たしかに彦造の家辺りからだと、伊丹空港がよく見える。
わたしもよく見ていた。実感がある。なんとなく嬉しい。

真ん中のガラスケースでは彦造が陸軍と深まっていた時代の絵がでていた。
ぐっ と息を詰めて見続ける。
隣のガラスケースには同時代の作家たちの絵が並んでいた。そのことを知らずに見ていたところ、不意にグニャッときた。
華宵「馬族の唄」の絵が出ていたのだ。
息を詰めて緊迫感にヒリヒリしていたところへいきなり甘美な絵が来たのだ。
華宵は好きな画家だが、並べるのはよくないと思う。
次には樺島の船の絵がある。ここでまた緊迫感が戻ってきたが、次には同じ樺島の「正チャン」が現れ、またもやグニャッとなってしまった。
正チャンは大好きなのだが、手に汗握るといった風はないので、やはりあのヒリヒリがある間はどうも見ない方がよさそうだった。
そして次には将吉郎の「神州天馬侠」が現れ、また緊迫感が戻ってきた。とはいえ、やはり彦造の緊迫感とは異種なので、ある種の和みもまた感じられる。
つくづく彦造の異端性・特異性を実感する。
彼は別に他者の絵を見ていたとしても、決して影響されることもなかったに違いない。

二階に上がる。そこでは戦後の作品などがある。
敗戦直後、米軍キャンプで日本人リーダーに選ばれた彦造はキリスト像を描いている。
ただしこれは進駐軍が持っていた絵を手本に描いたものらしい。
かれはそこでガブリエルという名でもって絵を描いていた。人気者だったらしい。

釈放後は活発に仕事をしている。
下母沢寛 弥太郎笠 ああ、かっこいい。
砂絵呪縛もあるが、これは元からの仕事ではないと思う。
丸橋忠弥召し取り図がある。これもまた往年の「鞍馬天狗」などに通じる「絶対的な死の予感」に満ち満ちていた。
他に五郎時宗などの絵もあり、最後の光芒はいよいよ白熱化していた。

しかし彦造の仕事は児童向けのものが増えてゆく。
世界名作全集などである。美女と野獣、ポンペイ最後の日、八犬伝、クォ・ヴァディスなどなど。その頃は文のほうも柴田錬三郎、壺井栄ら錚々たる作家たちが担当していた。

やがて66歳で筆をおくと、彦造は以後ほんとうに絵を描かなくなり、百歳の長寿を保って往生した。
見事な一生だったと思う。晩年になり回顧展が開催されたときも彦造はなんだかんだと思い出話をして、新しい発見への道をつけてくれたのだ。

ヒリヒリする緊迫感に満たされつつ、その凄艶さに溺れきる時間だった。

2月の東京ハイカイ録 その2


二日目。やはりの大雪になる。まだ積もりきる前に出掛ける。吹雪くのは仕方ない。
東博ではエレベーター工事で本館から平成館に行けない。
先に本館から見て、人間国宝、クリーブランドを見て回る。雪の日に雪の浮世絵。ちょっとお江戸なコメントつけてツイッターに。

また細かいことは後日書くけど、工芸の素晴らしさには深い感銘を覚えたなあ。
 
ヨチヨチ歩いて上野坂下に着いたが、滑りますわ~とりあえずじゅらくの横のうどん屋に上がり、揚げ餅おろし食べてから京橋に。

吹き荒れ雪に負けそうになりながらフィルムセンターに着いた。
昔のアニメーションの上映があるのだ。
政岡憲三「くもとちゅうりっぷ」、大藤信郎「くじら」「幽霊船」を見る。
「くもとちゅうりっぷ」は2度目かな、実写とアニメーションとがミュージカル形式で織り成す物語に入り込む。
また大藤の二本は近年に再現された作品で、デジタル処理され、発表当時の豊かな彩色を取り戻した。
物語の展開は大人向け。
後に世に出る手塚治虫の作品や東映動画のそれとは全く違い、むしろ前衛的な芸術性を感じる。

雪、ますますヤバイ。
根津美術館はあきらめて、六本木駅に向かう。なんしか駅からの道が怖い。
しかし六本木駅からヒルズまでの道はいいが、そこから美術館までがとんでもない吹雪でしたがな。参ったなあ…

ラファエル前派展、好きなものが多いので喜ぶ。前日の唯美主義の展の方が知らない作品多く、その意味では興奮が足りないが、これはこれでいいのだ。
箱も三菱が有利だから、仕方ない。

一方、意外なことにウォーホル展にわたしは時間がかかった!
まさかこんなに楽しむとは思わなかった。いや~意外。

そこからまたヒルズ道を歩いて駅に戻り、一日券を持つが故にホームを歩いてミッドタウンに。

サントリー美術館の伊万里展、中之島の東洋陶磁美術館の所蔵品が大量に出ていてガーンッおいおい~!Σ( ̄□ ̄;)
本家で見せてないのを、遠い地でどや顔して見せびらかして、という感じやん。ちょっと泣ける。
2年前かな、柴田夫妻コレクションを見た時のショック、あんなのを予想してたから別なショック来たなあ。
でも!これを機に、隠匿、いや、死蔵、出し惜しみ、せんと、たんと見せびらかして下されや♪

駅まで行くと、日比谷線アウトに。振替輸送で大江戸線を乗り着いたが、わたしにはこの方が良かったので、ラッキー。

二日目終わり。


さて最後三日目の今日。
雪が怖いからとホテルの送迎なし。荷を置いて先に江戸博に。
雪かきがされて、とても歩きやすかった。ありがとうございます。

大浮世絵展。
素晴らしい!面白く眺めたわ。二時間はかかるね。

館内でうどん食べてから常設に入る。
丁度四谷怪談の時間。

さてタイムアウトになりました。
宿に戻り、道はやはりアカンなと確認してから、キャスターは送りにかけ、分けてたのを持ち帰る。

予定より実は四時間半も早くに変更した。浜松市まで来たら晴れ晴れしてたね。そして岐阜から滋賀にはまだ雪が残る。4時半には新大阪。早いから久しぶりに電車で帰ろう。

2月の東京ハイカイはこれで終わり。



2月の東京ハイカイ録 その1


2月は寒いのは当たり前だが、土曜日は大雪だと聞いて、ウックツしながら東京入り。
詳細は後日また。

朝一番に科学博物館の恐竜展に向かう。
すごいなあ~
モンゴルからの恐竜。ゴビ砂漠から現れたそうな。わたしはトリケラトプス系の奴らが好きで、今回はプロトケラトプスの立派な骨を見れて喜んだ。 
それにしたかて巨大な骨をよく飲み込んで、長いこと守ってくれたなあ、ゴビ砂漠よ。
わたしが恐竜好きなのは、今はなき宝塚ファミリーランドにあった恐竜館が原因かと思う。それから中1の時に熱中した松本零士のマンガもわたしに影響与えてるな。短編で「さらばトリケラトプス」という作品があり、かなり良かったのだ。「老人と海」やなく、「偉大なる王」に近いか。
羊歯が好きなのもここらからか。

十分楽しんで、次には都美に行った。
「世紀の日本画」前期。
再興院展の歴史やな。時折このテーマに沿った展覧会が開催されるのだが、ハズレなしな展示品にドキドキ。
さすがに知る作品がたいへん多いが、知らない作品も少なくない。それにしたかて意外なくらいここ30年の作品にもいいのが多い。
毎回院展に行ってるが、いい新作は少ないなと思うことが多いので、スルーしてた何かが、こうして光ったりするのか、または見る場所になかったのか。
後期も楽しみ。

昼をどこで?と思うのが、そこから根津までの間。ふと思い付いて芸大に行く。
わたしは学生時代ずっとお弁当だったから、学食は却ってこの近年になってからしか知らないのだよ。

弥生美術館では伊藤彦造と、すごろくを中心にした童画を堪能する。
全く味の違う展示を共に深く味わう。
彦造にヒリヒリした後、童画に癒され、自分の中にはやはりヒリヒリした刺激を求めるものと、可愛くて仕方ないものとを求める心が活きるのを思いしる。

根津から日比谷に行く。
出光美術館にて波山展再訪。
綺麗なものへの深い愛情とシンパシーとを感じる。並び替えが少しあり、形が似たものを三つずつ並べてあり、それがまたひどく綺麗だった。
ドキドキするものをありがとう。
この美はもっと世に拡がってほしい。
喜びをもっと共有したい。

三菱に唯美主義の世界に浸りに行く。
元から好きな世界を目の当たりにし、クラクラする。
主題のない絵画、しかしそうは言うものの、どの絵にも謎めいた浪漫性を見出だす。それを文芸性に結びつけてしまう。
ときめきが止まらない。

ヒリヒリ、ドキドキ、クラクラした後はモネに行こう。
大雪予報で予定変更して、その先にモネがいる。
ああ、国立西洋美術館とポーラの二つから構成されてるのか。
馴染みのある空間になっている。

常設で特集されてるムンク版画が面白い。彼が神経衰弱な頃に治療目的で拵えた「アルファとオメガ」がとんでもないw
多情というか多淫で気まぐれな女の持続しない愛情。振り回される(♂)たち。やがて大挙して押し寄せる女の産んだ獣人たちから「父さん」呼ばわりされた男は、久しぶりに帰ってきた女を撲殺するが、その死に顔は一番愛し合っていた頃と同じ表情を浮かべていた。男は獣人たちから八つ裂き。
ああ、ムンクやなあ。

この日はここまで。
宿に帰り、寝落ちし、ソチ五輪開幕式をチラチラ見た。
雪が怖い翌日が待っている。

ボストン美術館浮世絵名品展「北斎」

名古屋ボストン美術館浮世絵名品展「北斎」を見てきた。
神戸にも東京にも巡回するのだが、まぁ幸い名古屋に行けたので名古屋で一足お先に。

いい感じにまとまった内容で、時代ごとに展示してある。知る作品と知らない作品もうまい具合の混ざり方で、見飽きなかった。

1.春朗時代の小品
安永から寛政二年までの作品がある。

難波六郎常任 縦の画面に色数の少ない武者絵。平家物語のキャラの一人。岩に足をかけてポーズをキメている。雷鳴もおとなしい。数十年後の国芳になるとまるで別な世界観が開けてくる。北斎自身、まだ若かったのもあろうし、時代の流れもこんな感じまでか。

三世瀬川菊之丞の傾城あづま 障子にその名が書かれている。静かな視線で佇む。妙に艶めかしい。

四世岩井半四郎の戸無瀬 背後に文庫が置かれている。それは百人一首など。教養を感じさせる閑居。

三世瀬川菊之丞のおそめ お高祖頭巾に傘をさす姿。こちらはいかにも少女風。

二世市川門之助の茜屋半七と山下萬菊の三勝 丁度道行の最中。天明年間か。この頃京では応挙らが活躍してたんだなあ。

2.初期の浮絵群
構図的に面白いものが多い。

浮絵一の谷合戦坂落としの図 右手に陣屋と坂、左に海、陣屋の庭も広々。そこへ落ちながら急襲してくる義経たち。こんな構図は他では見たことない。

浮絵源氏十二段之図 例の浄瑠璃姫に会いに行く御曹司。笛を吹いているからそれとわかるが、長者屋敷の女たちはみんな天明年間リアルタイムの風俗。

新板浮絵樊噲鴻門之会ノ図 朱色が目立つ。「項羽と劉邦」の話の中でも特に人気のある場面の一つ。盾を持って入ってくる樊噲、庭でこけてる二人組。緊張感だけでない滑稽味がある。

新板浮絵化物屋敷百物語の図 屋根の上に白ねずみの大きいのがいる。その隣には轆轤首がいて、これはにょろりと長い首を伸ばしている。壁からも何かいるし、三つ目小僧もいる。それで踏み石もちゃんとおばけ。
下村観山「魔障」もおばけ屋敷絵として好きだけど、やっぱり面白みがあるのは浮世絵だわな。(観山は別に面白がらせるためとか怖がらせるために描いたわけやないだろうが)

新板浮絵浦島竜宮入りの図 格天井の宮殿に、頭に魚を付けた美人たちがいて、奥庭には何と鳥までいる。

新板浮絵両国橋夕涼み花火見物の図 左手に花火が上がる。手前に屋台が並ぶ。ぜんざいの店もある。夏でも食べるぜんざい。そういえば北斎は酒が飲めず、甘いものが好きだった。

新板浮絵金竜山仁王門の図 わいわいがやがや。

新板浮絵忠臣蔵 初段から十一段までがある。それぞれの名シーンを描いていて楽しい。つまり芝居の要約をここで次々見ている心持になるのだ。こういうものが手元にあると、義太夫うなりながら紙芝居にするのもええかもしれん、と思った。


3.浮絵から洋風版画へ
かなのタイトルでは書きにくい読みにくいので適度な感じを充てる。

行徳塩浜より登戸の干潟をのぞむ
羽田弁天の図
阿蘭陀画鏡江戸八景
いずれも風景画。どこか絵空事風で乾いた感じがする。


4.壮年期の多彩な作品

瀬川路之助の女房こむめ えにく重ね着である。まるで十二単くらい着ていそう。

澤村源之助の梅の由兵衛 黒に千鳥の粋な拵え、かっこいい。

東海道五十三次もある。ぽち袋サイズのカラフルなものなど。
広重ほどの滑稽味はないが、人々の旅の様子がほんわかと描かれている。

吉原遊郭の景 五枚続きの忙しい&大賑わいの図。ロングでそこを捉えているが、やたらとわいわいしている。帳場から台所から宴会準備のあわただしさが伝わってくる。

団扇絵もある。
芥川 柳が揺らぐ川を行く。
菖蒲に鯉 存在感の強い鯉。色もよく残る。nec783-1.jpg

しんはんくみあげとうろふえ 天岩戸神かぐらの図 こっちの立版古もいい。

浅草寺雷門 おや、盲人たちが大ゲンカ中。この賑わいを立版古(江戸では組み上げ絵ともいう)で。
再現されたものもあり、とても嬉しい。
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押絵雛形 柿本人麻呂と菊慈童 顔も二面作り、遠近感を生み出す工夫。今のペーパークラフトと同じ。菊も綺麗。美少年ですなあ。


5.為一時代の風景画
ここでは富嶽三十六景、諸国瀧廻り、諸国名橋奇覧、雪月花が出ていた。
色もよく出ていて、好きなものを好きなように見る楽しみがあった。
雪月花は雪の隅田・月の淀川・花の吉野。


6.華麗な花鳥画
天保年間の彩色豊かな花鳥画が集まる。
わたしなどは実物と名前が一致しないものも少なくないから、そちらでも面白く眺めた。

百合 やや薄オレンジ。
檜扇 紫の花。放射線状に細い花弁。
朝顔に蛙 ピンク、青に白混ざりの朝顔。そこに寝ている蛙。
菊に虻 ピンクの菊もある。丸いのや放射線状のや色々菊が咲く。
桔梗にトンボ 翅が白い。薄紫と白の花が揺れる。
紫陽花に燕 こちらも二色。薄青いのと白いのと。燕の丸い頭が可愛い。
牡丹に蝶 カラフル。チリリリと縮れが入る花。
芥子 風にそよぐ。アヘン~~
芙蓉に雀 可愛いなあ。黒目に頬に嘴。しかし発色はいまいち。

ここから字の難しいのが続く。というよりタイトルがなかったものか。
翡翠・鳶尾艸・瞿麥 これはカワセミ・シャガ・ナデシコね。シャガもナデシコも別な字を思うが、こういう字もいいなあ。いずれもカラフル。

鵤・白粉花 イカルにオシロイバナ。赤から青へのグラデーションの背景。顔を上げる鵤。
この字もほかに見ようとすれば、奈良ではなく兵庫の鵤町(イカルガ町)か、大阪夏の陣で散った伏見人形の創始者?鵤幸右衛門くらいしか見ない。

子規・杜鵑花 どちらも「ホトトギス」である。ただし花の方は「サツキ」と読ませている。青空・白雲の下、明るく咲いた花の上を行く時鳥(これもホトトギス。ついでに不如帰もホトトギス)

黄鳥・長春 長春は中国東北部の都市名ではなく、バラ。日本に咲いた薔薇。その赤薔薇に可愛く止まる小鳥。この取り合わせは名古屋の山本梅逸などによくあるように思う。

芍薬・カナリア 藍地に咲く花。優美な姿。

鷽・垂櫻 ウソに枝垂桜。いかにも春らしい取り合わせ。北斎なら亀戸辺りにもよく出かけたろう。

文鳥・辛夷花 ピンクからグレーの色の淡いグラデーション。白い花弁にココア色の裏が見える。

いずれも花博のときの特別展や東博などでもしばしば見ているが、こうして集められると、自分も花の中に立ち、小鳥たちと仲良くしている心持になる。


7.為一期 その他の作品

月宮殿嫦娥之遊 細工物興行のための。文政10年か。浅草奥山でそんなのがあったのかもしれない。

百橋一覧 これが面白すぎる!奇想の絵というのかな。一枚の山水画に100の橋を描きこむ。もう本当に面白い。「お江戸八百八橋」というけど、ほんまにもぉ~~楽しいわ。
こんな小さいのまで!から大橋まで色々。橋梁造りに命を懸ける~~みたいな感じw

天保5年のいい絵が何点か出ている。
牧場 牛馬、仲良し三馬、向こうもわいわい
櫻に鷹 えっへん!!
瀧に鯉 上る奴もいれば下る奴もいる。単に落ちてるだけか。黒い鯉。

信州諏訪湖水氷渡 高島城も見え、人馬も歩く。おみわたり現象は見えない。
なお、この校合摺りも出ていた。なかなかかっこいい。

百物語五点が揃って出ている。改めて眺めたとき、「小はだ小平次」って進撃の巨人の御先祖みたいなもんですなあ。
わたしはこのシリーズでは小平次とそれから提灯のお岩さんが好き。
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8.最晩年の作品
それでもまだまだ枯れることはない。

百人一首うばがえときシリーズが出ている。判じ物だと言っていい。江戸人の教養には毎回驚く。説明を受けないと「…ああ」とならない。


9.華麗なる摺物と稀覯本
却って面白いのはこの辺りか。

金沢八景 これはシュールな風景画で牛島憲之を思い出させてくれる。
2年前に金沢文庫でみた展覧会で初めて見た。
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鎌倉の里 これもシュールだなあ。銅版画風な面白味がある。

江の島遠望 波に空摺!凝っている、実に凝っている。

牡丹に蝶 こちらも空摺。白牡丹の花を表現。

七世市川團十郎の朝比奈と三世市川門之助の月小夜 凶悪顔の魚をさばく図。面白い。

花の兄 すなわち梅なのだが、この風俗はお正月。陰暦だから今とはずれがある。
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その他 肉筆画と版下絵・父娘の作品
あちこちで見受けられたのでこの章はない。

応為の三曲合奏図などがある。これは以前に見ている。
ほかに北斎漫画がある。

柳に烏 これは可愛い丸顔の烏たちが14羽いて、降りたり飛んだり。

名のわからぬ本もある。九曜星を描く。金は孔雀に乗る女、日曜は真正面向きの馬にのるとか。
なかなかかっこいい。


また巡回が長いが、面白い展覧会だったのでぜひ皆さんそれぞれの近場で見ましょう~~

煌きの美 東洋の金属工芸

大和文華館の「煌めきの美 東洋の金属工芸」展を楽しんだ。
まだ梅はほんの少しちらちら咲いているが、白梅よりロウバイの方が目立つ。
次の展覧会「竹の美」の頃が梅の盛りだろう。

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1.神仙の世界
古代中国の世界が主に楽しめた。

青銅犠牛首 殷代 こいつら好き♪饕餮くんのお友達としてしばしば顔を見せるが、可愛い。
角は大きいのにまだ子供っぽい感じがする。
私は勝手に「もーやん」と呼んでいる。

青銅匕 「匕」とはものを掬う意味。同じ字を使う匕首はそんな形ではないが。
(むろん“七”とも違う字です)ここには二匹の犬ぽいのがいる。
殷代にはナゾが多くて楽しい。

黒陶朱彩饕餮文 こちらは赤目の饕餮くん。色がよく残る。

青銅人物像 戦国時代 両手を前であわせる人物、中高の頬が印象的。こうした顔立ちが出土地の人々の特性だったのかもしれない。

青銅怪獣文鎮子 戦国時代 三匹の怪獣が絡み合うのだが、それがそのまま山になっているようだ。
このまま時間がたてば本当の山になりそうな。

青銅製金銀錯獅子形鎮子 宋代 口を開けてべったり座り込む獅子。なんとなくくつろいでいるような、疲れているような。とてもやないがガオーッはない。

細金細粒細工飾金具 中国・南北朝時代 セミ文などいろいろと9つばかり並ぶ。前から好きなものたち。ベルト飾りやバックルなど。

金製飾金具 唐代 華やかなブローチがある。やはり唐代は綺麗なものが多い。

出土刀装具 日本・古墳時代 10個ばかりある。柄頭のデザインがいい。
忍冬、鬼面、竜など。
忍冬がキリストの百合柄のようにみえる。デザインの伝播ということを考える。

古代朝鮮からは三国(古新羅)時代の柄頭、馬具の垂飾などがでていた。柄頭はだいぶ前にどこかの遺跡から発掘されたものとそっくり。藤ノ木古墳だったかな。

統一新羅時代では一つたいへん綺麗なものがでていた。
金銅飛天形飾金具 薄い薄い。細い飛天が金に光る。


2.仏の世界
仏具が特に多い。
この章ではこれまでにしばしばみているものがでているので、あまり詳しくは書かない。

高麗の楊柳観音図、紺紙金泥の華厳経、象嵌を施した柳水禽文浄瓶が特に好きだ。

夢殿に使われたと伝承のある風鐸もあり、平安時代の箱もある。
この箱は螺鈿が綺麗で、可愛い顔のインコたちがいるもの。大好き。

3.銀器の輝き 唐・宋時代
白鶴美術館、久保惣記念美術館から借り出した銀器の綺麗なものが大半を占めている。
白鶴で見慣れたものを別な場でみると新発見がいろいろある。

鍍金花鳥文銀製八曲長杯 唐代 これも改めてよくみると「千花」文様かもしれない。
普段そんなことも考えないが、新しい地で見たことで目が開かれたのかもしれない。

銀製水注 南宋 久保惣美術館蔵。 文様がない。素文という。打ったようにぼこぼこする表面。

銀製人物図五花形暖盤 久保惣美術館蔵 人が座っているところへ鳳凰が来る図が見える。
「王子喬が笙をふくと、鳳凰が聴きにくる」図ということだった。

4.身近な装飾意匠
日本からは羽黒鏡などがでている。

銅製貼銀鎏金双鳳狻猊文八稜鏡 唐代 ところどころが青貝のように光る。綺麗。

鉄製蜻蛉文真形釜 室町末期 トンボが大量に飛ぶ。立派なこしらえ。これは福岡の芦屋釜が伊勢に行ったもので、伊勢芦屋というそうだ。

放鶴亭図 蘇州版画 梅雪迎春図より 清朝 二人の子供が檻から鶴を出す。雪がそこかしこに残っている。松も白い。墨すりのためかもう一人の子供が水を掬う。
なんとなくのんびりしたほんわかムードのところがいい。

いい心持ちで見て回った。2/16まで。 

佐藤太清

近年まで長く活躍していた日本画家の佐藤太清の回顧展が板橋区美術館と京都文化博物館とで開催されている。
佐藤は伝統の花鳥画をそのまま受け継ぐのではなく、「花鳥風景画」というものを創始した、と言える画家だった。
わたしは佐藤の作品は晩年のものはいくつかリアルタイムに見てこれたが、全体を俯瞰してということはこれまでできなかった。
今回、よいものをたくさん見せてもらった。
理屈は言いたくない。綺麗なものは綺麗。可愛いものは可愛い。好きなものは好き。
これでいいのだ。
イメージ (2)

佐藤は不幸な生い立ちだった。 
誕生前の父の死・一歳になるやならずでの母との死別、他家に預けられだいじにしてもらったものの、小学入学前夜にそのことを知り、心に風穴が開いたような幼少期を過ごしたそうだ。佐藤は自らそのことを明らかにしている。
佐藤の生い立ちについて、佐藤の生涯を貫く棒として存在したということを初めて知ったが、あくまでもわたしたち観客は他者に過ぎないことも弁えねばならない。
作品からはそうした翳りは感じられない。
あえてそのことを作品に投影させなかったのかもしれない。

イメージ (3)

かすみ網 衝撃的な絵である。大きなサイズの縦長の空間いっぱいにかすみ網が張り巡らされ、そこにあらゆる翼あるものたちが囚われている。
もう半ば死んでいるものもいる。猛禽も小鳥も等しくこの網に囚われている。
昭和18年と言う時代の暗さが佐藤にこの絵を描かせたのか。

迎春 昭和20年 紅梅の下に幼女が赤い着物で立っている。少し緊張しているらしい。
これは佐藤の長女で三歳の節句のときのもの。もうもののない時代でこの赤い着物は妻が長襦袢を仕立て直したものらしい。手には汐汲みの羽子板。
この絵の習作も隣にあって、そちらはまた髪型が違う。そして幼女が持つ羽子板も絵柄が違っている。こちらはぬりえの「きいち」を髣髴とさせる絵柄だった。

幽韻 昭和23年 竹に絡む白い繊細な触手のような葉を伸ばす烏瓜の花。実は「♪まっかだな」なのに花は白くもまるでケサランパサランのようだった。

竹林 昭和24年 大きな絵である。深い緑の中、竹林の足元には白が緑に染まりつつあねどくだみの花が咲いている。深呼吸すると肺に湿気が入り込みそうだった。

寂 昭和34年 この絵は佐藤のみた幻想らしい。彼岸花と金羊歯の群生する中を二羽の鷺が行く。飛ぶのではなく、行く。

風騒 昭和41年 大風でワーーッとなる森。鳥たちも大いにあわてる。アンリ・ルソー風な情景。いや、諸星大二郎「私家版鳥類図鑑」の「鵬の墜落」のその情景により近いか。

洪 昭和43年 那珂川の洪水で泰山木が流されたらしい。白い花が縹色に染まって見えるのは、空と洪水の暗さのせいか。バッタや蝶たちも泰山木の花や葉や幹にしがみついている。花の水葬のようにも見える。みなで去ってゆくのだ。
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緑雨 昭和45年 石庭が緑に染まる時期。先般東博で「京都」展の中、竜安寺の石庭の四季を映した4K映像を見たことを思い出す。
実際に緑に染まることはなかったが、画家の目に映る緑は活きている。

東大寺暮雪 昭和50年 雪が降りしきる東大寺。静寂と共に何かしら心騒ぐものを覚える。

磨崖仏 弥勒 昭和51年 これはきっと大野寺のそれ。巨大な絵で、巨大な仏が描かれている。

行雲帰鳥 平成4年 六羽のカモメたちが飛んでいる。下から見上げたものではなく、遠くから描いたものでもなく、間近で、空中で描いたようなシュールさがある。
とても面白い。不思議な感覚がいい。
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パンジー 昭和52年 日本で36年ぶりに公開されたらしい。正倉院宝物の瑠璃杯に生けたパンジー。こういうセンスがかっこいい。

雪つばき 平成6年 しぼりの椿に雪が降りつむ。雀たちも寒いが元気そうである。
晩年にいたってもこのように魅力的な絵を描いていたのだ。


板橋でみそこねたのだが、京都で見れて本当によかった。
2/9まで。

メイド・イン・ジャパン 南部鉄器

メイド・イン・ジャパン 南部鉄器
こういうタイトルはシンプルだけに印象深い。
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南部鉄器と言えば欲しい気もするが、なかなか買えないような状況にある。
家にある南部鉄器と言えばわざわざ買いに行った風鈴くらいか。
台所用品にはないと思う。持っていればええのだが、案外わたしの手元にはないもんです。
「鉄はなかなか…」
そういう人にとってはこの展覧会は衝撃的だろうと思う。

日本の鉄と言えばまず思い出すのが新日鉄、神戸製鋼、といった製鉄関係で、ついで日本刀、南部鉄器、大西清右衛門の釜。
あとは「鉄は熱いうちに打て」「鉄は国家なり」そんな言葉か。

20年ほど前にその南部に行った。
宮沢賢治の記念館など廻ってからショップで南部鉄の風鈴を買ったのだ。
以前から欲しかったので喜んで買った。今も手元で重厚な音色を立てる。
「うちに囲炉裏があれば南部鉄の鍋を買うのですが」
そうショップの人に言った記憶がある。
つまりわたしにとって南部鉄器とは鉄瓶と鍋と風鈴なのだった。

南部鉄器と言うものを初めて知ったのは、実は横溝正史「病院坂の首縊りの家」からだった。
小中学生のときに横溝に熱狂していたので、あの小説や映画などから学んだことは多々ある。
この南部風鈴も「病院坂」で重要な役目を果たしている。
つい先だって再読したからますます南部鉄への憧れが高まる。
そんなときにこうした展覧会を見ることが出来、とてもよかった。

リストに最初に鉄瓶の主な部位の名称とその図が出ている。
これは勉強になる。なるほどそうなのかというのではなく「ほほー、初めて知ったわ」と言う方。
まあ正直、わかってたのはせいぜい「つまみ」「つる」「注ぎ口」に「胴」「蓋」くらいで、後のことは何も知らなかった。

展覧会の構成はいくつかに分かれている。
そのシーンごとに照明も変わり、ムードが違って、また目新しい気持ちで作品を味わうことになる。
(展覧会を見終えてから、ツイッターでこの空間構成は@srozakiさんによるものだと知り、新たな感興にふけっている)

江戸時代の南部鉄器は4家がその作り手だった。
有坂家、鈴木家、小泉家、藤田家。
現在は一子相伝と言うこともなく、個別の工芸家の手によって生み出される。

第一部 南部鉄器の歴史 伝承される美
江戸から昭和へかけて伝統の型に則った作品が集まっている。
やはりこの辺りが自分の本当の好みに近い。

ツマミがクチナシ型のもの、松ぼっくり型のものが大半を占めている。
獅子でもいいなと思いながらそのツマミを見る。
全体の形も色々で、尻張り、瓢、口元のすぼんだ姥口などなど個性が分かれる。
表面にも鬼霰(これが南部の代表)、牡丹文、葡萄にリス文、鯉に馬に月に時鳥に…
たいへん濃やかな装いを見せる。

福岡の芦屋釜、京の大西の釜なども綺麗な文様を見せている。やはり何かしら装飾がないと淋しい。

富士山型の鉄瓶もある。これは米沢の博労に好まれたそうだ。米沢の博労…明治のころだともう農耕牛ではなくミルクや肉の牛だろうか。

明治時代は旧幕時代の地続きのようでいて、大きな溝もある。
その溝を埋めようと職人たちは努力して、平地よりなお高い山を築くこともあった。
高肉彫の鉄瓶もそんな頃に作られている。眞葛焼のそれもそうだったが、内にひそめる文化が外へ盛り上がる様式に変容していくのは、明治人の精神の高揚にもつながっているのかもしれない。

蝋型形成の鉄瓶もある。一回こっきりしか使えないが、造形は自在になる。
面白い。
鋳鉄技術はやはり日本人に合うのか、素晴らしい作品が少なくない。

鉄で思い出したが、東北から鉄鉱物が出たからこそ、710年の奈良の大仏開眼に結び付いたのだった。
それから民話で一つ、これは黄金の話だが、金掘人夫が鉱山で金のウシ型金鉱を発見し、引きずり出そうとした時、中で炊飯係のウソトキが鳥たちに名を呼ばれ、慌てて鉱山を出た途端、掘り手たちは残らず落盤の餌食になり、金の牛と共に地に消えた。
このように東北には鉱物に関する伝承がいくつか見受けられる。

昭和になり、ブルーノ・タウトが絶賛した亀甲型鉄瓶が作られている。
昨日も記事を挙げたが、タウトは1934年に仙台で(南部ではないが隣ではないか)工芸の指導をしている。
他に面白いのが、編笠型鉄瓶。遊び心があふれている。
月影兵庫、編笠十兵衛がたやすく思い浮かぶ。

1970年代の図案帳もあれば2013年製のツルが色々。

ところで南部鉄器でもう一つ個人的思い出を。
ホテル・グランヴィアのランチバイキングに行った時の話。
途中で南部鉄器の鍋料理が出た。
すると奥様方が一斉に立ち上がり、「鉄よ!鉄分獲れるわ!!!」と叫びながら鍋に殺到していった。
鉄が撮れる、は電車。鉄が採れる、は鉄ひろい。鉄が盗れる、はアパッチ。鉄が獲れる、は奥様方の叫び声。
…うむ、ほんまに。


第二部 南部鉄器の模索・挑戦といま
50年前から現在までの工芸品としての南部鉄器が集まる。

とりわけ目を惹いたのが1960年代の宮昌太郎の各種オーナメント。可愛いなあ。
実はわたし、この作家さんのではないが「魔女の宅急便」の南部鉄器オーナメントを持っている。プレゼントされたもので、風鈴ではないが釣るものなので、風鈴の横に飾っている。

昔ながらの南部鉄器はここには見受けられない。しかし乖離しすぎたものでないことは確かだった。

1980年代以降の宮伸穂という作家の作品は少しばかり懐古趣味も入っていて、わたしの好みに合う。
洋鍋などは特に欲しい。工芸品と言うものはやはり「使いたい」と思わせるものでないとだめだと思う。

それにしても東北は宮という姓が土地の姓として多いのだろうか。
画家の宮芳平も東北の人だった。

2001年のキャンドル立がいい。これなどは江戸時代の燭台の「短檠(たんけい)」に似ている。面白い。

2012年の焼肌磨き仕上げ卵型鉄瓶、満月型鉄瓶などはツマミが楽しい。こけし型、☆型だったりする。楽しいね。

そしてアンシャンテ・ジャポンのカラーポットシリーズがめちゃくちゃ可愛い。
サイトにその商品があるのでついつい買いたくなる。こちら
もう、これにはびっくりした!可愛すぎるがな!

フランス風で人気なんだなあ。二年前の出光美術館「山田常山」展の急須以来の可愛さかな。欲しいわ。
生活には可愛いものがないと淋しいからね。

一方、昔ながらの鈴木家の末裔の方の仕事もここにある。
葛屋釜、富士釜、瓢箪釜、狛犬釜、竜頭舟型釜などなど。
こういうのもいいなあ。


第三部 南部鉄器のよる空間演出
ここで「空間演出」の違いを味わい、オシャレやな~と喜んだのである。
@srzakiさんのお仕事と知らず、「さすがにかっこいい~」と無邪気?無知なわたし。

・柳宗理のモダンデザインとくらしのなかの南部鉄器
カラフルなものばかりが集まっている。それがスタイリッシュな空間に展示されていて、あこがれのショールームの様相をみせている。
佐々木硝子の清酒グラスなんて、これは知らないうちに見ていたものだった。
(会社の近所にかつて佐々木硝子のショップがあり、会社はそこから大量に購入したし、わたしも個人的に喜んで購入していた)
ああ、クール・ジャパンの横顔の一つ。

・茶室 行庵(内田繁)
いい空間が再現されているなあ。取り合わせの美を感じる。
新しいもので構成された茶の湯。いいなあ。
ここでいただくお茶菓子は「萩の月」か「博多通りもん」が合うかな。

・北東北のテーブルコーディネイト(堀井和子)
素敵。わたしとしてはこの空間がいちばん好ましいかな。
先ほどの宮伸穂の洋鍋があるし、シマシマの型染めもあって、和やか。
ああ、いいキモチになりそう。

それにしてもアンシャンテ・ジャポンのカラー製品、どの段階で色付けするのだろう。
そういうことが気になるなあ♪

とりあわせのセンスの良さを感じさせてもくれる、いい展覧会だった。
3/23まで。また再訪します。

ブルーノ・タウトの工芸展 ニッポンに遺したデザイン


LIXILギャラリーで「ブルーノ・タウトの工芸展」が開催されている。
副題は「ニッポンに遺したデザイン」である。

タウトの大がかりな展覧会は京都国立近代美術館で「宇宙建築士ブルーノ・タウト」展があった。もう20年くらい前の話である。
そのあとはワタリウムで開催されたくらいか。こちらも10年くらい前のことになる。

わたしはタウトの作品はやや好みから外れるが、その思想には深い憧れがある。
ただ、装飾性の排除は言えば「可愛くない」構造物を拵えることになるので、現実にはタウト作品はニガテだと言うことだ。

タウトは日本に少しばかり立ち寄るだけのはずが、政治的状況もあり、また人間関係も生まれて、思ったより長くにこの国にいることになった。
とは言え表立った仕事は出来ない。
建築士としての仕事も熱海の旧日向邸だけだが、あれも改築とかそんな名目だったらしい。
わたしは旧日向邸に行ったが、そのとき、実験的なところは面白いが、住むのは困るなというか、実際には使えないなと感じた。
同行の20歳ばかり年上の奥様方も同意見だったから、生々しい生活者から見れば、現実的ではない空間だったと言えるかもしれない。
もっと有り体に言えば、別荘として、男性の面白がる空間かもしれないが、一方で生活感のない空間なので、人の居場所がないのだ。 

タウトは丁度80年前の今頃、仙台の工芸指導所で日本の若者たちを指導した。
タウトの思想、受けてきた教育は当時の日本青年らに素直に伝わり、彼らは欧米の模倣でない、また日本の古い伝統にしがみついたものから離れた、新しい工芸品を産み出した。

民芸を提唱した柳宗悦とも深く交流したタウトだけに、ここに展示された作品はその当時の最先端のシンプルな造形を見せている。

筒型煙草入れなどは漆塗りであるが、敢えて「優美」から無縁であろうとする。

木製の漆塗り釦はシンプルだが、やはり今では古さを感じた。

シンプル イズ ベスト
とは言うものの、あまりに装飾性の排除が過ぎると、そもそもデザインとは何かと言うことを延々と考えさせられてしまう。
民芸でもそうだが、作者の意思的なデザイン、デザインする、と言うことをやめて、ただただ素材に向いた形にすると、大量生産であっても「よきもの」になるのではないか。
そうなると普遍性が生まれ、やがてそれ自体が古典化する道を進む。

わたしはますますタウトやぺリアンや民芸の意義がわからなくなる。

展示品の中にどうぶつぬいぐるみがいくつもあった。
これらは愛らしいデザインだった。
昭和天皇の子供たちへのおもちゃだった。
そして特急ツバメ号と富士山と電線にとまるツバメたちのおもちゃのデッサンがあり、これは楽しそうだった。今の天皇陛下へのプレゼントのためのデッサンだったそうだ。

ほかに宇宙建築士としての色ガラス積木の再現品があり、これらは可愛い。
かつて京都での展覧会の際にカフェが出したゼリーを思いつつ、わたしはギャラリーを去った。

思想には惹かれるが、実際には相容れない、そのことを延々と考えながら。
18日まで。

「鳥たちの楽園」 唳禽荘から生まれた作品

松伯美術館で松篁さん・淳之さん父子の花鳥画展が開かれている。
「鳥たちの楽園」というタイトルで、平城山の「唳禽荘」から生まれた作品を集めている。

とにかく稀代の鳥好き父子である。父の手に入れた別荘に息子が鳥園を拵えあげ、既に60年ばかりそこにいる。
現在では1600羽以上の鳥がいて、孵化装置もあり、なんだかんだとあって、日本ではここにしかいない鳥類も少なくないそうな。
鳥類といえば山科鳥類研究所という専門機関もあるが、ここには生きた鳥がおるのだから、日々ものすごい研究がなされているようでもあ。

猫は好きだが、鳥は種類によっては逃げ出してしまうわたしである。
しかしそれにもかかわらず、やっぱり松篁さん・淳之さん父子の描く鳥は見ていたいと思うのだから、やっぱりこの父子の花鳥画と言うものの魅力は、非常に深いのだった。

今回気づいたことがある。
以前から思っていたのは「華麗な松篁さん」「堅実な淳之さん」という違いだが、華麗で綺麗な絵の多い松篁さんとは違い、淳之さんの絵には若い頃は一抹の寂しさがまといつき、現在は可愛いものが多い。
何故可愛く感じるのか。
そのことを今回初めて気づけた。
松篁さんの描く鳥の黒目は粒状態であるが、淳之さんの鳥は黒目がちなのである。
目の表情が豊かであるため、可愛く見えるのだった。

今回は鳥に関する父子のエピソードや言葉も紹介されていて、それが面白かった。

松篁さんから。
錦ケイ鳥 やたら派手な色合いの鳥である。わたしはこれの剥製を随分前に見たことがあるが、あまりに派手で飛びのいてしまった記憶がある。
この鳥が父子の手元に来た話が面白い。
かつて存在した「あやめ池動物園」に若き淳之さんが毎日通い詰めてこの鳥を写生していたところ、園の人からその卵をもらったそうな。そこで淳之さんは家の鳥に托卵させて孵化させたとか。するとこの鳥はどういうわけか松篁さんが庭を歩くのを見ると興奮して、挙句はささっと階段を上って松篁さんを待ち構えていたそうな。
どうやら松篁さんとけんかしたかったらしい。

熱帯花鳥 ゴクラクチョウと火炎木だか鳳凰木だかいう真っ赤な花と一緒。
この絵は十年後の「燦雨」へのステップになったのかも。

鳥 抹茶地にキジのような鳥が顔を下げて目ばかり上げている。白ハッカンとかいう鳥らしいが、シロートのわたしにはキジにしか見えない。

緋桃 これはもう本当に大好きな絵。深く濃く派手な緋色の桃とキジのカップルがいる図。
配色といい構図といい、素晴らしい。鳥がニガテなわたしだが、やっぱりこの絵は名品だと思う。

春輝 こちらも大好きな一枚。ピンクの桃に山娘とかいうカラスの親戚みたいなやつがいる図。この鳥は好奇心旺盛らしく、松篁さんが描くのを間近でじぃっと観たり色々してきたそうだ。愛想ヨシの愛嬌モンだったようだ。

燦雨 いわずと知れた大傑作。石崎光瑤の絵を本歌取りしたが、すっかり松篁さんの絵になっていて、とても見事な世界を顕現している。

鳳凰木 緑地にあの華やかな花が咲き乱れる。サンバードが飛ぶ。

春宵 紅梅に赤目のミミズクがいる。キョトンとした赤目が可愛い。

鶴の絵もあるが、その鶴の目が粒目なのを観て、ハタと気づいたわけなのでした。

淳之さんの絵。
白鷹1 キリッとしている。目も鋭いし賢そうな猛禽。雪中松にいる。
この白鷹は松篁さんがほしがったのを苦労してロシアから取り寄せた鳥らしい。
描こうとして描けぬまま松篁さんは往かれ、淳之さんは父の遺言やと思うてこの白鷹を描いているそうな。

白鷹 向き合い吠えあう二羽の白鷹。言い合いしているようなそぶりがいい。

ところで淳之さんの絵にはシギが多い。他の画家ではまずシギは見ない。
シギ立つ沢、と西行辺りが詠んでたくらい身近なのに描かれないのは、すばしこい奴でかすみ網にもかからんから、間近で見る機会が少なかったそう。
それが淳之さんはバンコクから入手して、生きた海老とか食べるシギをなんとかだまして?ドッグフードを与え、その後工夫したごはんをあげておるそうです。
だからシギの日本画は淳之さんの専売になっている。

花の水辺1、2 対になった絵。白と紫の花勝負の足元にいるシギの一家。雛もいて、優しい目のお母さんシギがいる。優しい気持ちになれる絵。

釧路湿原の春 巨大なシダ、クサソテツの間につるファミリーがいる。まだ茶色い子供の鶴が可愛い。こちらもやさしく子供らを見守る。

鶴ファミリーもシギファミリーもともに白目なしの黒目ばかりに描かれているから、可愛くてやさしい性質に見えるのだった。

梅薫る 白とピンクの梅が咲く。青バトたちがなじんでいた。

集う おしどりたちが何組か集まって楽しそうな様子の絵。近年の好きな絵の一つ。
ここで凄いことを教わった。
なんとおしどりは、産卵しなくなったメスがオスと同じ色(あの派手派手な)に変わるらしい。あの色は一族を守るための色だとか。びっくりしたわーーーっ

淳之さんの言葉によると、どうしても亡くしてしまった鳥たちがいて、
「生き残った同種の鳥たちを必死で生き永らえさせる努力をしてきた。鳥たちの自由を奪っているという罪の意識が、より快適な生活環境を工夫するエネルギー源になっている。
毎日必ず早朝に敷地内を一周し、鳥たちの様子を確かめて歩くのが習慣でもあり、一番の喜びでもあります。」
本当に凄いひとです。

映画「終身犯」でバート・ランカスターが演じた終身犯の男が獄中で雀の研究にいそしみ、ついに鳥類研究者として一流になるという話があった。
なんとなくそのことを思い出す。
あすまで。
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