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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

法隆寺 祈りとかたち

法隆寺展。近年は奈良博で見たが、あれは金堂壁画模写と天蓋の装飾に感銘を受けた。
今、東京芸大美術館で開催されている法隆寺展は「祈りとかたち」という副題があり、飛鳥時代から昭和の作品が集められている。
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第一章 美と信仰 法隆寺の仏教美術

菩薩立像 飛鳥時代 裾がりぼん結びになっている。衣服の形を見るのは興味深い。

同じ時代の四天王が来ている。
持国天、多聞天。聖徳太子の逸話を思う。

金堂天蓋付属品としての天人と鳳凰像があるが、鳳凰は「バビル二世」の三つのしもべの怪鳥ロプロスにそっくりで、これは生身の後のメカ・ロプロスやなと感慨にふける。

承暦2年1078年の毘沙門天立像と吉祥天立像がある。
夫婦ということだが、どちらも裾に彩色や柄がよく残る。
毘沙門天の頬は丸々して、童顔。吉祥天は少しクール。
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薬師如来座像 平安時代 笑うてはるようである。病も怪我も治したるよ、という安心感がある。

鎌倉時代の太子信仰の有り様を見る。
聖徳太子立像(二歳像) 緋袴で丸坊主の凛々しい様子。
聖徳太子像(水影御影) 機嫌悪そうな眉である。自画像を写したものだという。
しかし山岸凉子「日出処の天子」を思えばこの不機嫌な眉宇も納得がゆく。

様々な金属製仏具を見る。
唐から来たもの、奈良時代に作られたものなど。奈良時代になっても太子信仰は廃れなかったのだ。
中に一つ、すごく親しみを感じるものがあった。
響銅鋺 どう見ても韓国冷麺の鉢だ。ああ、夏になれば酢をいっぱい入れて、キンキンに冷えた冷麺を食べよう!

文欟木厨子 奈良時代 木目の綺麗なケヤキで拵えた厨子。

百万塔陀羅尼や幡の残欠がたくさん出ているが、獅子狩文錦はない。しかしそれでも龍村平蔵の労苦をしのぶ。

平安時代の四天王像もある。
 

第二章 法隆寺と東京美術学校

星曼荼羅 平安時代 琵琶を弾く弁天さんもいた。
濃い色がよく残る。

不動明王二童子 鎌倉時代 火に焼け過ぎた三人。親方は青か黄色か赤かもわからないし、赤と白の二人もほんまに真っ黒。

蓮池図 鎌倉時代 はっ となるほどに近代的。元は仏壇の壁貼り付けの絵だったとか。
上部に舞う鷺、中に蓮、下部にオシドリ。
いいなあ。この配置に近代的な緊迫感がある。

阿弥陀三尊像 鎌倉~南北朝時代 金ぴか~!3人とも真っ向勝負。軸を折った跡が残念。
 
赤童子 南北朝~室町時代 おう、久しぶり。目の下に大クマがいます。頬杖をした少年。

この先は近代に飛びます。
展覧会は実はこちらから始まるのだ。

聖徳太子像が三点。いずれも摂政像。
森鳳聲 1926年 ぐっと口をつむぐ。
高村光雲 1927年 強い眉が跳ね上がる。
平櫛田中彫刻・前田青邨彩色 1961年 これは綺麗な像で、繧繝縁に座した太子は少しばかり歯をのぞかせていた。
当時の彩色の復元を試みた仕事でもあったそうだ。

いよいよ金堂壁画模写である。
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1932~1936年にかけて、鈴木空如という人が一人で模写に従事していたそうだ。 
元の絵は一つだが、描き手により表現は変わる。
数年後の名だたる日本画家の模写作品を想う。
ここにはまた1982年に行われた模写作品もある。
インド風な風貌、長い髪、静かな眼差し。
もう本物はこの世のどこにもないから、この記録こそが後の世の標になるのだ。

アザミの花が仏の指につままれている。
それを見ただけでも心が揺れる。


第三章 法隆寺と近代日本美術
正直なところ、この辺りが一番惹かれた。

金堂落慶之図 和田英作 1918 金堂壁画の前に政府の高官らが並ぶ。みづらに結った少年たちの手には散華した花弁が残る。
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太子孝養像 安田靫彦 1921 座して香水の杓を持つ。そこからは湯気も立つのだ。
端正な16歳の厩戸王子。

厩戸皇子 清水古関 1901 やはり明治らしさのある絵だが、動きがある。
まるで右幅があるような構図で、幼い少年らが慌て逃げ出している。しかしただ一人みづらの厩戸王子だけは礼を以て相手に対する。これは相手は百済の日羅かもしれない。わたしはどうもそう思えてならない。
伝承の日羅は厩戸王子を敬って人の子にあらず、と言うたそうだが、山岸凉子「日出処の天子」では、正体を見通したようにその台詞を言い、挙げ句は厩戸王子から「日羅には死んでもらいましょう」とニンマリされるのだ。
この絵を見てツイートした直後、脚本家の大野木さんから速攻で「日羅には死んでもらいましょう」とリプライをもらい、笑ってしまった。 

上宮皇子 安村行雲 1910 合掌する幼児とその母が桜の下に佇む。聖母子。

多至波奈大郎女御影 吉村忠夫 1926 橘大郎女が侍女と共に天寿国繍帳の前に立つ。毅然とした彼女の手には蓮。

山背王入滅図 生田花朝 昭和初期 自害前の山背王子。端然と座しつつ何を思うか。絵は三つに分かれている。
下段に山背王子。中段に涅槃図、上段には一族散華・昇天図。
これを見て思い出すのが長岡良子「暁の回廊」。山背王子と上宮王家の滅亡を描いた情景がある。


聖霊会行列図 文豊 1921 ロングでにぎやかな様子をとらえる。

五重塔図 吉田善彦 1942 リアルな姿だった。

版画もある。平塚運一の自刻自摺の木版画。どちらも1942年。
法隆寺夕景(法隆寺暮色) 田舎。空のグラデーションが綺麗。
斑鳩寺初秋 瓦がいい。たいへん細かい。

夢殿桜 中庭煖華 1952 枝垂桜が薄ぼんやりと咲く。春霞か春雨か。桜の向こうに夢殿が影のように建つ。

対幅としか思えない仏画がある。
荒井寛方の描いた聖観音と観世音菩薩。1943年と1944年の作。
どちらもが相手を見つめるような立ち位置にいる。
聖観音は凛々しい青年仏で二人いる。観世音菩薩は足下に甘える竜を撫でつつ聖観音をみつめる。
プラトニックラブがそこにある。

観世音菩薩 太田聴雨 1955 華岳の描く菩薩にも似ていた。

救 杉山寧 1986 救世観音を描く。久しく隠されていた仏。青い宝石がちりばめられている。寧らしい存在感がある。

わたしはこの法隆寺に関した近代絵画にひどく魅せられた。またいつか見る機会があればと思う。
いい展覧会だった。6/22まで。

幻想へのいざない

既に終了したがよい展覧会だったので感想をあげておきたい。
龍子記念館での「幻想へのいざない」である。
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会場芸術を標榜しただけに龍子の作品は巨大である。
現状の巨大絵画を思えば、龍子の打ち立てた主義が結局は今日の日本画を主導することになったわけだ。

ご来迎 1957 白馬雲がどどどっと行く。右手にプロミネンス渦巻く巨大な太陽。ギリシャ神話を思わせる迫力。

日々日蝕 1958 ビルと民家の間にアンテナがあり、日蝕が見える。同時代の堂本印象とも相通じるようなものを感じた。

伊豆の国 1941 山と海と。このあたりに惹かれたのもわかる気がした。

仏誕像 1964 大水盤に誕生仏と供花が。東大寺の誕生仏である。これは現在あべのハルカスに来ている。

龍子は1937年から1940年の間に中国に四回行った。満州国皇帝溥儀にも謁見したそうだ。
熱河省に出向き、承徳のラマ廟にも行った。このあたりは安井曽太郎も描いている。
熱河省といえば下窪を縄張りにした馬族を主人公にしたのが横山光輝「狼の星座」だった。
わたしはあの作品から馬族を知ったのだった。

大同石窟(接引洞) 1938 やや斜めから石窟の様子を描く。中にはコンニチワな仏もいる。仏マンション。

大同石窟(大露仏) 1938 仏の横顔があるのだが、あまりに大きすぎて横顔だと気づかなかった。

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花摘雲 1940 これも満州の空を見たことで生まれた作品。四人の飛天が雲となって空を行き、花を摘む。キスゲ、アヤメ、スズランなどが咲いた野。雄大さと優美さとが描かれている。

立秋 1932 庭の一隅で水を飲む飼い犬。シダや巨大な雑草の中。緑の濃い空間。

龍子は自身を「龍子」と名乗るほど龍が好きだが、それとは別に河童を愛し、河童を擬人化することで楽しい絵を多く描いた。
河童は先輩の画家・小川芋銭から受け継いだものなのだ。

河童腕白図 1955 鴨を捕まえようとジャンプ!!
考える 1957 敗荷の下で目を上下させながら考える河童。
胡瓜 1959 大好物の胡瓜をツタごと引っこ抜いて持ち帰るらしい。

龍巻 1933 縦長の空間にサメ・クラゲ・イカ・タチウオ・エイ・カワハギらがみんな巻き込まれて、落下し始めている情景。群青空間に飛ぶ魚類。

阿修羅の流れ(奥入瀬) 1964 どっどどっどっどっどどっ と音を立てて流れる奥入瀬渓流の流れ。周囲の深い草いきれをも描き込む。一羽のアゲハがゆらゆらとその流れの上を飛んでいる。

翡翠 1951 山の中の秘湯に五人の女が浸かり、くつろぐ。緑の濃い温泉。カワセミが飛ぶ。白百合も咲いてシダに山アザミにギボシもある。気持ちよさそうな空間。

茸狩図 1936 赤松の林の中で松茸を探す人々。一人だけ立ってこちらをみる女。龍子の描く女たちの中でも特に綺麗な一人だと思う。

獺祭 1949 狸和尚のようなのがいる。その前に山と積まれた魚や山ずと。白百合、なまず、コイ、フナ、エビなどなど。どこかユーモラス。

ああ、おもしろいものをみた。
道がわかりにくくて駅からも大変遠いけれど、それでもここへ来るといつもいつもいいものをみてドキドキするのだった。

また行きます、龍子記念館。

ヴォーリズの陵水会館

本日5月7日はウィリアム・メレル・ヴォーリズの命日ということなので、一つ彼の設計した建物を挙げたい。
滋賀大学の陵水会館である。
2005年の11月にフィルム撮影したものなので、ちょっと感じが違うかもしれない。

外観その1
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玄関と階段
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いかにもヴォーリズらしい温かみがある。

様々なデザイン。
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外観その2
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外観その3
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明日はこの近所のスミス記念館に行くので、もしかするとちらっとこちらに行くかもしれない。

ヴォーリズの建物はこのように滋賀県内では大事にされているが、他県ではその価値を本当には知られていないのではないかと思うことが多い。
優しく和やかな居住空間。
大丸心斎橋の件もある。
なんとか生き続けてほしいとただただねがうばかりである。

江戸絵画の真髄 / 東博の江戸絵画

東京富士美術館で見た江戸絵画のことについて少々。
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猛虎図 狩野尚信 この虎ちゃんは12月にも見たなあ♪顔つきやポーズがいい。

吉野山龍田川図屏風 狩野派 和やかな様子。人の気配はないが。

四季草花図屏風 伝・俵屋宗雪 芥子とアザミが特に目を引く。
 
一の谷合戦図屏風 土佐派 熊谷と敦盛の悲しい情景がある。

武蔵野図屏風 



豊かに広がる叢。青々している。

大織冠図屏風 山本元休 いわゆる「竜宮の珠取図」。
海女の戦う様子。

船の連中。

源氏物語も色々あり。
車争いには美少年が多い♪


松の末広絵巻 対馬宗家伝来 寛文から延宝頃。 菱川風に見える。

うそ姫の縁起(ふくろう) こうした今昔物語などから題材を得て絵本にしたものは大好き。

奈良絵本 一本菊 綺麗だな。








若冲 象図 目が可愛いゾウさん。

蕭白 南泉斬猫図 高く持ち上げたところ、いややなあ。

其一 風神雷神図襖 これも前に見たが、なかなかコワモテ。 

簡単だが、このような感じ。
楽しかった。


次にトーハクで見た今月の熊特集。
まずは博物学風な奴ら。
白クマとクロクマ。

いない いない ばあ~

熊ファミリー

浮世絵からは金太郎のともだち。

可愛いなあ♪寝てやる。

こっちも熊。

小さな特集は面白いです♪

江戸絵画の19世紀 後期

今年のGWを振り返ると、関西で仏教展示、東京で江戸絵画、と大まかだがそう言えると思う。
関西の仏教展覧会はみんな感想をきちんと挙げたが、お江戸の絵画はほぼ全滅なままである。ヒトエにわたしの怠慢としか言いようがない。
府中市美術館の恒例・春の江戸絵画祭は前期は真面目に書けたが、後期は閉幕寸前に行ったので、もう終了してしまった。
とはいえなんにも書かないではおれないので、まとめという形でここに挙げたい。

まず終了済みの府中から。
なお前期の感想はこちら


全期間展示作品は前期と違う感想を持ったもののみ挙げる。というか、書きたいものだけ書く。

守住貫魚 袋田滝図 これはいわゆる「真景図」。なかなか気合が入っている。どこにあるのかは知らないが、なにやら実際にもこんな風にゴォゴォしていそうである。
なおタイトル通りにキーを打つとこんな風に変換される。「袋叩き図」。

森狙仙 狸図 三匹いるがどいつもこいつもモコモコでまん丸の目で口がキュッと長くて、可愛くて可愛くて。みんなそれぞれ違う方向を見ているが、本当に愛くるしい。
毛並みのファサファサするのが筆でよく描けている。

椿椿山 水野忠啓 烏帽子姿でこれもリアル。この殿様は新宮の殿さま。ここの何代目家の殿さまの姫が怖い伝説を持つ人。

原在中 富士三保松原図 山はリアルだとはいえ、なにやら富士が妙な存在感を見せている。洋風というのではないのだが、妙。

岡本秋暉 花鳥図 南蘋風な絵。色が濃く、薔薇・水仙・紫陽花などが咲き乱れる中に、トンボや小鳥たちが舞う。

岸駒 白蓮翡翠図 葉の上に一羽。白い花が一つ咲く。あとは葉のみ。敗荷ばかり。

国芳 水滸伝の好漢から三人。朱武、凌震、樊瑞。前期メンバーは刺青がかっこよかったが、後期メンバーは衣裳が派手でいい。わたしはやっぱり国芳の武者絵好きだなあ。
朱武 長髪で裸足。鬼も逃げ出してた。
凌震 砲術の人で手に火縄。兜は鉄血宰相のビスマルクが被ってるのとよく似てる。
樊瑞 オバケはセピア色、こちらは派手派手。馬が竿立ちする。踏ん張る混世魔王。

狩野芳崖 月夜山水図 旧幕時代の絵。ぽつんと月。亭に人、舟も浮かぶ。しかし凍れる夜なのだ。

渡辺南岳 芸者と若衆図(芸者と箱持ち図) 黒目がちの芸者は赤地に孔雀柄の帯。どうも暑いらしく箱持ち(中は三味線である)の男は裾をまくりあげている。
芸者は踊るなり、三味線や笛を演奏するなり、話術がよいなりすれば価値も高いのだが、箱なしの不見転では…
それにしても敦賀市立博物館は江戸時代のいい絵画をたくさん持っているなあ。

小田海僊 少年行之図 「少年行」は「若者の遊びぶりを詠う」詩歌であるという解説があるが、例えば李白、王維などにそのタイトルの詩がある。
日本では南条範夫「城下の少年」が当初は「鷹と氷壁」後に「少年行」とタイトルの変遷があった。
ここにある絵は解説にあるように、若者が遊里に遊びに行く姿を描いている。
左幅では乗馬しつつ柳の下を行き、右幅では郭についたところ。二階からは妓たちがのぞいてる。
何ともいえずいい心持ちになる。やはりこれは春から初夏まででないといけない、とも。

原在中 養老滝真景図 どーーーーっっ 二色の緑が滝のそばにある。松と杉の緑の違い。81歳の在中。ああ、これも敦賀のか。

岡田米山人 蘭亭曲水図 色鉛筆の彩色を思わせる。縦の画面の中に奇岩もあり、くねる流れもあり、イキイキしている。

安田田騏 異国風景図 湾を眺める人。ゾウに乗っている。ゾウは頭を下げているのか、背後からの眺めでは耳も鼻も見えず、大きなお尻しかわからない。

国芳「山海名産尽」シリーズがある。
紀州鯨 すごい潮吹き。浜へ走る家族。この絵はサントリーにもでていた。

加賀ノ雪 なかなか怖いようなところがある。雪山の卒塔婆、庚申塚、観音堂それらが染付のように描かれている。そして手前では女の鼻緒を直す男と丁稚と犬の親子がいる。前景と後景の落差が面白い。

広重「五十三次」がある。
丸子 名物茶屋 とろろ汁ですな。「膝栗毛」の世界。この茶店は現存。昭和五年、清方もこの店でとろろ汁を食べたかったのだが、その直前に安倍川餅を食べていたので食べ損ねる、という話を「続 こしかたの記」に書いている。

小倉柳村 湯島之景 なんとこれ!!洋画風に見せかけるためにニスが塗られているーーーっ
わたしはこの絵は普通に版画で見ているが、こんなのは初めて。

山本梅逸 下記草虫図 セミ、トンボ、カブトムシ、アブ、バッタ、カマキリ、カエル。百花とともに。

木米 山水図(化け物山水) 山も岩も木もどこかオバケ風。文政12年の作。
これは青木木米のことなのかな。

岸駒・岸岱 獅子・虎図屏風 金屏風。左の虎は川渡りの親子図。これは子虎たちのうちに一匹だけ兄弟殺しの豹がいて、目を離すとほかの兄弟を殺してしまう。そこで川を渡るときのやり方は、というものを前提にした絵。
獅子は谷からジャンプする子を見守るパパ獅子図。

面白い作品が多かった。さすが府中市美術館。来年の企画も楽しみ。

 

五月の東京ハイカイ録

五月は2度ばかり都内に潜伏する。

定宿につくと、「こんな連休中もお仕事ですか~」と気の毒がられるが、スンマセン、勘違いもそのままに「いや、今週はプライベート、再来週はまた、ね。」と応えるわたし~
まあ、こんな出歩くのは珍しいのかもしれん。

初日は府中市美術館から。
江戸絵画の19世紀の後期を見る。
春の江戸絵画祭は有意義ですなあ♪
機嫌よく見て回った。
なお、例により各展覧会の感想は後日また詳しく。

さすがにチュウリップは終り。前期に来たときは桜もずれてたから、何やら惜しい府中でした。

府中駅近くのそばやで昼。実は蕎麦がニガテなのだが、まあいいやで入ったら、隣席の人々から親切を受けたものの、店員はダメダメ。次はないな。

八王子からひよどりトンネル経由で東京富士美術館に。遠いなあ…
ここのコレクションは今まで度々大丸心斎橋で見ているが、本拠地に来るのは初めて。18世紀の江戸絵画を目当てに来たが、フランス絵画コレクションに惹かれた。思えば大丸で見たのもフランス絵画でした。
撮影可能なのは嬉しい。
長らく画像が欲しかったコローの「ユディット」

奈良絵本や源平屏風の良いのを見てから、一時間に1本だけ通る八日町経由バスに乗り、今度は10分ほどで八日町4丁目につく。

八王子夢美術館。古代ペルシャの工芸の名品を堪能。
アレキサンダー大王はここの凄い技術で拵えた金属工芸を鋳潰して、自分の横顔コインに作り替えたが、それはやっぱり技術が途絶えることになり、文化も失われるから、勿体ないよな。
しかし征服者は異文化を破壊するのを目的にもしてるからなあ。

次は三鷹。ローランサンしてる。信州のローランサン美術館からの。
紹介されてるから改めて思い出すが、ローランサンとユトリロは同じ年に同じパリの片隅で私生児として生まれているのだった。
この1880年代は洋の東西、ジャンルを問わず、多数の逸材が生まれた時代なのだった。
ローランサン展、全体としていい作品が集まっていた。
優美と憂いと静かな喜びとが、そこにある。
 
最後は吉祥寺。川上澄生の版画。
南蛮と明治の憧れ。
文明開化、新文化が来た、それ自体へのときめきがある。

常設について少し。
萩原英雄のギリシャ神話関連作品が好ましい。70年万博絵も面白い。これは今なら山口晃ぽいかな。
浜口陽三はやはりサクランボ。
八王子夢美術館では清原啓子の銅版画が1枚あった。
こうした幻想性は今も魅力がある。夭折はせつない。

帰りに東京駅で会津の駅弁を買う。これは好きなの。最後の一個を買えて良かった。美味しうございました。
初日はここまで。


二日目。
都営1日500円チケットを使い倒す!
まずは西馬込。川端龍子記念館に久しぶりに行った。
アトリエも撮影させてもらいました。また後日。
幻想的な大作を集めた企画で、好きなのがいくつも出ていた。もう終了したけど、また簡易に感想を挙げる。清方の卓上芸術を愛しつつ、龍子の大作も好きだ。

前は朝風呂もしてた銭湯がなくなり、六軒ばかりの建て売りがある。
仕方ないわな。

ようやく駅につき、次は畠山記念館。
実は龍子記念館はわたしにはすごーく行きにくい場所なの。必ず道を間違えるから。そのストレスが解消しないからなかなか行けない。スマホの道案内に頼っても、ここには決してまともに辿り着かん。
帰りもそう。情けない。

ほんで畠山記念館。茶道具を大いに楽しむ。
特にコレ!はないが、安心して機嫌よく見て回れるのがいい。なんかね、ここに行くとホッとする。駅から近いし。
刺激はなくとも安寧があるのだ。それも大事。

三田経由で日比谷に。出光美術館の日本の絵画を再訪。ええものは何度見てもええのです。来週には後期を見るからその後に感想を挙げたい。←希望。

次は次はでわるいが、上野御徒町から公園に入る。あら、西郷隆盛像がここにあるのか。知らんかった。

東博前の広場はテントがたくさん。絵本販売や。
「ちびくろサンボ」売り切れか。欲しかったな。
虎バターのホットケーキもいいが、続編でのモモ肉グリルが好きなのだ。

芸大で法隆寺展。近代の作品がよかった。太子信仰、太子奉賛で描かれた絵画。こんなのが見たかった。
当然ながらわたしは「日出処の天子」を思うわけだが。
焼失前の金堂壁画模写、有名な日本画の人々のは知ってるが、単独でやった人がいたとは知らなかった!

有意義でした。仏像よりそちらに惹かれたなあ♪

さて東博。キトラの行列を横目に常設、建仁寺展と見て、閉館時間のお知らせが来た。コラアカンと帰ろとしたら、外に並ぶのが少なくて、並んでもよいと言われて、千載一遇やん。
中に入るや陶板の虎などがある。ほんまもんは10分くらいで見れた!ラッキー♪
白虎、玄武はクッキリハッキリと描かれていて、大変良かった。十二支の子、丑、はさっぱりわからん。寅は模写やが、これは可愛い。
ありがとうございました。

御徒町から六本木。サントリー美術館に。
こちらも江戸絵画。面白いのを集めてる。前期も後期も楽しかった。

たるんでるのかして、最近なかなか書けない。がんばろう。

スープのごはんしてから帰る。宿の近くのコンビニで月刊マガジン購入。どの連載作品も面白いが、大好きな「なんと孫六」がついに33年の連載終了したのが寂しい。わたしは15年くらいファンだ。
また描いてほしいなあ~


三日目。
朝から地震。震度5やてか。揺らいだがそこまであるのか。
二度寝して出遅れ。

雨の中、亀戸天神に藤を見にゆく。何年ぶりかなあ~
もう藤はほぼ終わり。
この日は1日JR 乗り降り。750円のチケットを使い倒す!

原宿に。まず明治神宮。
昭憲皇太后のドレスなどの装束や御歌、事蹟の紹介をみる。立派な方です。

浮世絵太田記念美術館で広重ブルーを堪能。
天保の初年、ベロ藍が輸入されたことで広重の風景の表現の幅が一気に広がった。素晴らしい。
全然無関係だが、「山月記」冒頭は「天保の末年、名を虎榜に連ね」という一文がある。

松濤美術館では「猫ねこネコ」後期。
もぉホンマに△△耳にツリメの奴らにヤラレたよなあ。ちくしょう。可愛くて噛みついたろか思うわ。
くらくらしたわ。

目黒区美術館でシャガールの版画を見て、それで終わり。

3日間充実しましたわ!
さて次は16日から。ああ、どこまで書けるやら。

五月のハイカイ第一部終わり。

おまけ。
休みなしに京都ツアー。
茶道資料館に向かうが、バス停の関係で近くの妙蓮寺に。これがほんまに良くて、すごく気に入った。
茶道資料館ではお隣の本法寺の宝物を見るが、お寺には行かず、鹿ヶ谷の泉屋博古館、岡崎の京都市美術館に行き、たいへんヨロシイと思う。

これにてGW ハイカイは終わり~

南山城の古寺巡礼

京都国立博物館の「南山城の古寺巡礼」展に行った。
思えばわたしなどは大阪の北摂の住民で洛中はふらふらと出かけるが、南山城はたいへんに遠い地なのだ。
仕事で京田辺、城陽、などの地名を見てもそこにどのような故事・そして古寺があるかも知らず、またどのようなルートで行けるのかも実は知らないままなのだ。

この展覧会に出ている古寺の内、笠置寺と浄瑠璃寺・岩船寺だけは行ったことがある。
特に笠置は小学校の林間学校でお世話になってから三度ばかり出向いた。
わたしにとって珍しく「好きな里山の地」なのである。

わたしのようなのはまあ省くとしても、やはり南山城に点在する古寺を個人が公共交通機関と徒歩とで巡り歩くのはかなり難儀である。
だからこそ、今回の展覧会は非常にいい。

第一章 南山城の歴史と文化
古墳時代から江戸時代までの出土品や伝世品を見る。

・椿井大塚山古墳出土品 3世紀 5点ばかり出ている。
 三角縁四神四獣鏡 緑青と朱とが出て、妙にカラフルになった青銅の鏡。綺麗。

・トヅカ古墳出土品 5世紀 二百年も経つとちょっと図柄も変わる。
 神人車馬画像鏡 馬車がくっきりと刻まれている。三頭立ての馬車である。
 
・高麗寺跡出土品 7世紀 さらに二百年後の飛鳥時代。舶来風の文様の瓦など4点。
 素弁十葉蓮華文軒丸瓦 こういう細かな装飾が綺麗。

・馬場南遺跡(神雄寺跡)出土品 8世紀 奈良時代。唐との関わりが鮮明になる。
 三彩陶器、万葉歌木簡「阿支波支乃~」、塑像片などがある。
特に塑像の欠片のうち鼻先だけのが面白い。邪鬼か狛犬のような鼻づらで、妙に可愛い。

軒丸瓦の中には唐草もまじるものもあった。 出土先も恭仁宮、山城国分寺跡など。
豊かな風土が活きていたのだ。

釈迦三尊十六羅漢像 円順 3幅 南北朝時代 建武5年(1338)海住山寺  僧の裾から少年が顔を出す。裾を持ち上げて「…  」という感じ。なかなか可愛いが、これは稚児かな。何をしているのかよくわからない。
別な少年は薬研をゴリゴリ。 

袋中上人絵詞伝 巻下2巻のうち1巻 寛延2年(1749)鶯瀧寺  寛永14年86歳でこの地を去る上人。相楽郡から綴喜郡へ。名残惜しむ人々の様子が描かれていた。


第二章 瓶原と海住山寺
解脱上人ゆかりのお寺である。
解脱上人の展覧会は奈良博で見ていて、当時鎌倉仏教に無関心だった私も「この展覧会を背骨にして今後は」という意を持っていた。
実際あの展覧会から鎌倉仏教の面白みがわかってきたように思う。
「解脱上人 貞慶 鎌倉仏教の本流」展 感想

興福寺~笠置寺~海住山寺と移った貞慶上人。そのゆかりの品々のうち肖像画などは以前に見ているのでなんとなく懐かしい。

海住山寺五重塔初層内陣扉絵(東面) 2面 建保2年(1214)頃  これは以前にも見ているがいよいよ剥落が激しい。イケメンもいたはずなのにもうわからない。

南宋時代の魅力的なやきものがいくつか。
白磁四耳壺青白磁渦文百合口瓶
青白磁如意頭文香炉
青白磁唐子蓮華唐草文百合口瓶
色も形も好ましいものばかり。なかなかモダンな線が刻まれたものもあり、素敵。

宝珠台 鎌倉時代 こちらは石清水八幡宮の男山そのものに似せて作ったとか。
この展覧会の翌日に男山に上りましたよ、わたくし。そそられたんだなあ。

仏涅槃図 鎌倉時代 常念寺 みんな割と顔を挙げている。猿は手に花を持ち痛ましい目をしている。カエルもしょぼん。

地蔵菩薩立像 鎌倉時代 法性寺 このお地蔵さんは変わった感じがする。右から見れば厳しいお顔なのだが、左から見ればそうでもない。アンバランスでもないのにそう見える。

十一面観音坐像 鎌倉時代 現光寺 剥落しているが金が綺麗。手には浄瓶。

第三章 笠置山と笠置寺
ここはもう個人的に好きなところで、また夏になると出かけたくなる。川も山もいい。
「わかさぎ温泉」というスパ施設もあり小川珈琲も入ってるけど、京都市内で飲む小川珈琲よりここの方がおいしいのは淹れ方だけでなくやはり水だな。
その山紫水明の笠置こそ、解脱上人ゆかりの寺であり、また後醍醐天皇ゆかりの地でもある。

笠置曼荼羅図 鎌倉時代 大和文華館 もう今や磨崖仏は線描の名残しか残らないが、険阻な山の中に鎮座ましましている。足元には花がいっぱいだが、今はどうだろう。
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誕生釈迦仏立像 飛鳥時代 笠置寺 顔が大きいのがこの時代の特徴ですな。

毘沙門天立像 鎌倉時代 わしゃもぉカナワンよーな顔の邪鬼が可愛い。上の毘沙門天はムンッと鼻息も荒らそう。

笠置寺縁起絵巻 3巻 室町時代 笠置寺 巻上  天智天皇から始まる縁起。素朴な奈良絵巻を思い出させる味わいの絵巻。この頃既にあの摩崖仏は摩滅し元がどの仏かわからなくなったようで、ここでは菩薩として表現される。

両界曼荼羅図  12世紀 真輪院  1幅ずつ展示されているが、改めて曼荼羅とは仏の地図なのだと知る。
 
星曼荼羅図 鎌倉時代 真輪院  円環状に魚や蠍、ツインなどがいる。しかし中国からの思想が生きるので、西洋占星術とも無関係。

第四章 浄瑠璃寺と岩船寺
アジサイの時期に行ったことがある。

普賢菩薩騎象像 平安時代岩船寺  細い造型で仏も象も細い。

四面菩薩像  南北朝時代岩船寺  うわ~!諏訪の両面宿儺の倍やがな!

鐃 1対 江戸時代  岩船寺 ニョウ。マラカスに似てます♪

四天王立像のうち 多聞天立像 平安時代 浄瑠璃寺  踏まれてるのにニコニコ、やたら色白。これは悪人風ですな。

第五章 南山城の古寺
他のお寺のゆかりの宝。

十一面観音立像 平安時代禅定寺  桜と檜で造られたとか。

文殊菩薩騎獅像 平安時代 禅定寺  獅子がファンキーで可愛い。

地蔵菩薩踏下像 平安時代禅定寺  なんかやたらアタマの上部が長いな。

眼鏡 伝月舟宗胡所用 中国・清時代または江戸時代 禅定寺  いわゆる鼻眼鏡。ああ、つるもあるよ。
ここは他にも払子や半鐘、雲版、木魚も出ていた。
勤行どないすんねん、と思ったが、まあこちらは文化財やから使わんわね。

降三世明王立像 平安時代 寿宝寺  力強く、女踏んで少年踏んで、立ってます。

聖徳子立像  鎌倉時代 寿宝寺  厳しい眼差しだが、綺麗な像。

次は蟹満寺。
ここは行きたいと思いつつ、行けそうにないお寺。
でも行きたい。
古い物語がある。
蛙を助けようとした男が蛇に娘をやると約束するが、当然受け入れられない。当夜、娘はひたすら読経している。家の外では何かざわめく音がする。
翌朝、蛇は無数の蟹に千切られていた。
蟹は以前の恩返しをしたのだ。
蟹は復讐もするし、恩返しもするのだ。
蛙だけなんにもしないな。

今回はないが、このお寺の偏額を見たが、金塗りでカッコよかった。

阿弥陀如来坐像 平安時代蟹満寺  娘はこの仏にすがったのだっけ。

釈迦十六善神像 室町時代 蟹満寺  台の中の獅子が面白い。周囲をウォッチング。左下の深沙大王の腹に浮かぶ坊や、レトロなポスターのお子さまみたいやわ。

真言八祖像のうち 空海 室町時代 蟹満寺  他で見た肖像画とよく似ているから空海の風貌はこのパターンなのだろう。

十二天屏風 6曲1双 室町時代  蟹満寺  1隻ずつ展示だが、何天かわからなくなった。版画に手彩色。

やはり一度は行きたい。

弁財天十五童子像 室町時代 神童寺  福々しい女神と色白15少年。おじいちゃんな大黒さまもいてます。

愛染明王坐像  平安時代神童寺  矢をつがえ、天に向ける!天弓愛染と言うそうな。


似たところのない二人組がいる。
日光菩薩立像  平安時代 10世紀 神童寺
月光菩薩立像  平安時代 12世紀 神童寺  
あ、やはり別個を組にしたのだった。
これで思い出すのが、山梨の古寺の日光菩薩・月光菩薩。展覧会のコピーがまたよかった。
「650年、ふたりきり」
あれ、見に行きたかったなあ。

不動明王二童子像 室町時代 観音寺  白いコンガラ童子はテンクルカット、赤いセイタカ童子は杖で顎を支え、親方は青い顔して目を上下さす。

第六章 一休禅師と酬恩庵 お寺も色々大変らしく、乗っ取られかけたりしたそうな。今の話やなく昔の話。一休さんも弟子たちになんやかんやと現実的な指示を与える。

高僧の肖像画(頂相図だっけ)に賛を入れて(チャチャ入れみたいなんを前に出光美術館で見たな)、忙しそうだ。
中には螺鈿みたいな袈裟を着たのもいたな。

一休宗純像 自賛 室町時代 酬恩庵  これが他の肖像画のベースになっているのかな。
89年、初めて東博に行ったとき、一休さんの特集陳列だった。
長渕剛に似た人だなと思ったことを忘れない。

一休宗純置文 1巻のうち1通  文明13年(1481) 酬恩庵  なかなか厳しいことを書いている。

自戒集 1冊 室町~江戸時代 酬恩庵  一休さんの好きなもの,,,酒宴、遊女、男色、田楽、尺八,,,
ああ、室町の自由人。
神童くさい子供時代より、こっちの方が好きよ。

狂雲集 1冊 室町~桃山時代 酬恩庵  ほんまに露悪なくらい赤裸々なんですな。いいね~!

後花園天皇宸翰女房奉書 1通  文安6年(1449) 酬恩庵  「一休さんの病状が心配」と言う一文がある。公家の東坊城さんに当てた手紙。
この公家さんの子孫に当たるのが久我美子さんだったかな。

直綴 伝一休宗純所用 1領 室町時代 酬恩庵  黄色い衣。本当は一休さんだと紫衣を着れるが、どうやら着なかったらしい。
さっきわたしは一休さんを「室町の自由人」と書いたが、むしろ「室町のレジスタント」にすべきでしたな。

襪 伝一休宗純所用 1足 室町時代 酬恩庵  しとうず。靴下で、くるぶしで括る。なんかカッコイイ♪

網代笠 伝一休宗純所用 1蓋  室町時代  酬恩庵  割れてる。

履 伝一休宗純所用 1足 室町時代  酬恩庵  ぼろっ

一節切 伝一休宗純所用 1管  室町時代  酬恩庵  尺八得意やとありましたな。

青磁鉢 伝後小松天皇下賜・一休宗純所持 1口 中国・明時代  酬恩庵  父親と言われる方からのプレゼント。綺麗な色をみせていた。

銅蛸足香炉 1基 桃山~江戸時代  酬恩庵  面白い構造で足のうち地につかぬものには髭じいさんの顔がついている。

林和靖・陶淵明図襖 狩野探幽筆 8面  慶安3年(1650) 酬恩庵  高士よりやっぱり少年がいい。

この酬恩庵 には原在中の絵がとてもたくさんあるそうだ。

大黒天図 原在中 文化元年(1804) 酬恩庵  ニコニコ大黒さま、可愛い。

芙蓉図 太室宗宸賛 原在中 江戸時代 酬恩庵  墨絵。風に揺らぐ「蓮」たち。芙蓉にはみえないが、芙蓉なのか?

観音図 原在中 天保3年(1832) 酬恩庵  牧谿の絵を手本に。しかしやはり在中の絵になる。

里芋・豆図 宙宝宗宇賛 原在明 江戸時代 酬恩庵  墨絵。なかなかおいしそうに見える。

酬恩庵庭園真景図巻 原在明 文化2年(1805) 酬恩庵  25歳の在中。リアルな風景。細密描写。
梅も咲いたり草も青々。石も塔もそっくりらしい。
うまい。

ああ、長々と書いたが、やはりいつか現場に行ってみようと思う。その気になるのはこの展覧会の力です。
後期から展示替えがあります。
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