美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

五月で終わったのに書けなかった展覧会

五月も終わりである。
今月で終わった展覧会のうち、書こう書こうと思いながら書き損ねた展覧会の感想をまとめたいと思う。
なお6/1までの展覧会はあえてパスすることにした。

☆京都ゆかりの美術家たち 後期展 高島屋史料館
前期は書けたが後期は書けるほどに見れなかったという事情がある。とはいえ
後期になって出てきた作品でいくつか印象に残るものについては書いておきたい。

上村淳之 湖の四季「晨」 シギである。淳之さんの特に愛するシギが三羽いる。白い空間にシギ。シギを手なづけた淳之さんのエピソードを想いながらシギを見る。

富田渓仙 風神雷神 渓仙版風神雷神。史料館の所蔵品展の時にも全国を巡回し、人気者になった二人組。風神は割とシンプルだが雷神は可愛い鈴をたくさん身に着け、トラのパンツをはいているのが目立つ。

岸竹堂 龍 金黒の画面はみづらい。その上空部分に龍が潜んでいた。この金黒空間は龍の吐き出した<気>というものであったかもしれない。なにしろ龍が殆ど見えないくらいなのだった。

榊原紫峰 追憶 林の橋をゆく大原女たち。墨絵でしっとりと描かれている。木の枝がまるで電線のようにも見えた。

大八木春暁 奠都一千年記念祭賑之図 これは明治26年の作品である。
京都人にとって平安時代・桓武天皇以来の帝のお引越しである。
「遷都」とは決して言わず「奠都」と言う。
その奠都一千年、794年からなので本当は千百年か、にぎやかに踊りまくる人々を描く。
まるで天保年間の京で流行した「蝶々おどり」のようにコスプレありのなんだかんだの人々。これは第四回国内勧業博覧会の地鎮祭と疎水開通記念もかねての楽しいイベントだったのだ。
鷺、カラス、トンボ、魚類のかぶりもの、鯛車、おくんちのような、高砂のコスプレ、トラ、花、それからどう見ても新撰組のコスプレ。
最初期のファンの人々がここにいたのだろうか。
それからタコの被り物、これなどは四天王寺の「タコメガネ」と同じような恰好である。
竜宮の人々、大きな傘をさす人、サルカニ合戦のコスプレ、忠臣蔵でおしまい。
現実はどんなものだったのだろう。
なお20年前1994年は平安奠都1200年で、京都市内のあちこちでめでたいイベントが行われていた。

☆近鉄電車百年のあゆみ 天理参考館
これも面白い展覧会で無理を押して遠方まで出かけた甲斐のある内容だった。
私鉄王国関西の中でも特に近鉄電車は距離が長い。
それは買収などで線が増えたからだった。
大阪電気鉄道、参宮急行電鉄、河南鉄道、関西急行電鉄、大阪鉄道、信貴山鉄道、生駒鋼索鉄道、信貴生駒鉄道、南和電気鉄道、天理軽便鉄道、初瀬鉄道、長谷鉄道、吉野鉄道、奈良電気鉄道、伊賀軌道、伊勢電気鉄道、三重軌道、四日市鉄道、北勢鉄道、養老鉄道、志摩電気鉄道…
なんだかすごいな。

行楽地も少なくない。菖蒲池遊園、お伊勢さん、吉野の花見、他にもあちこち。
資料の中には疎開のための乗車券まである。
切符もいろいろ作られ、天理教のお祭りのための団体券も各種。

現在も独自の「まわりゃんせ」などのクーポンもある。
わたしは阪急からしか動けないから「スルッと関西」の企画券「奈良&斑鳩チケット」をよく利用している。これなどはわりと使いごたえがある。

京阪のほかにもビスタカーがあったことも初めて知った。
現在は特急「しまかぜ」が人気だという。
たまには違う電車に乗って出かけようかという気持ちにさせてくれた。

どちらも5/27までで終了。
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ヴォーリズの神戸女学院

重文になったことをお祝いしたい。
以下は15年前の写真である。
変わっているところもあるし、当時工事中だったところもある。
下手なのは仕方ないということで。

場所の説明はなし。
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大丸心斎橋もこの神戸女学院のように重文となり、大事に後世まで伝えられてほしい。

「宝塚歌劇100年」の道を行く

今年は宝塚歌劇が百年という節目の年を迎えている。
既に全国レベルでそのお祝いの気持ちを込めた展覧会が開催されていて、大がかりなところでは松坂屋美術館から始まった「宝塚歌劇100年展」がある。
これはオフィシャルな展覧会ということで、7月に博多阪急、8月から9月末まで兵庫県立美術館、12月には東京国際フォーラムで開催が決まっている。
また日比谷図書文化館は東京宝塚劇場の資料を集めた「日比谷に咲いたタカラヅカの華」展を6/22まで開催している。

本拠地の宝塚歌劇でも色々な催しがあるが、資料展示の拠点の「池田文庫」「逸翁美術館」「小林一三記念館(雅俗山荘)」の3館が合同の展覧会を開いている。
わたしはディープなファンではないが、やっぱり「宝塚沿線」住人として子供の頃から親しんだだけに、何やら嬉しくてならない。明るい心持でそちらへ向かった。

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まず池田文庫へ向かった。ここは上方浮世絵の一大コレクションもあり、「西の池田文庫、東の松竹図書館」と謳われる、演劇関連資料の蔵書を持つ。
今回は宝塚歌劇の華であるレビューの父と言える、白井鐵造の「花詩集」を取り上げていた。
当初「花詩集」でなく「花刺繍」という案もあったそうだが、「花詩集」となった。それが功を奏したか、現代もこのレビューは形を変え、花の種類を増やしながらも愛され続けている。

前述の日比谷図書文化館の展覧会は東京宝塚劇場開場80周年を祝ってのものだが、そのこけら落としこそ「花詩集」だったのだ。
そしてこの「花詩集」は京都や名古屋の劇場でもこけら落としの演目に選ばれるようになったのだ。
その白井の「花詩集」のための資料などを見た。

昔の写真からあふれるものは喜びと気品と楽しさだった。
ここにある「花詩集」の以前の「モン・パリ」「パリゼット」などの写真を見ると、それが伝わってくる。
本当に夢の世界だった。覚めてみる夢、それこそが宝塚歌劇の本質なのではないか。

1932年のレビュー「ブーケ・ダムール」の1シーン写真を見る。
「海の妖女」と題されたその情景。黒き女王を頂点に、浜辺で美しい足を延ばす海の女たち。誰を海に引きずり込むかは知らぬが、その美しさにときめくだけだった。

大道具帳がいい。わたしはもともと歌舞伎でも歌劇でも新派でも新劇でもバレエでも、大道具帳を見るのが本当に大好きだ。つい先日、「道頓堀の芝居小屋」展でも魅力的な大道具帳をみて、それだけでもわくわくしていた。
ここにあるのはどこかの僧院の長い回廊の場。ゴシックな教会らしい構造が見えている。
建築とインテリアという観点から見てしまうのかもしれないが、とても楽しい。
豪華客船のカラースキーム(船に関する専門用語で、客船の室内装飾画を示す)と同じ魅力を感じる。

1933年8月からいよいよ「花詩集」が始まった。その時の写真がいくつか出ている。
「月組」の葦原邦子、小夜福子といった初期の美しい人々の姿がある。
翌月には「花組」公演で天津乙女の姿も見える。神代錦もまた。
そして10月には「星組」公演には春日野八千代、園井恵子が。
様々な「花」にちなんだ物語がレビューの中で次々と繰り広げられるのだ。

さまざまな「花」にまつわる物語といえば、1915年頃から始まる吉屋信子の「花物語」を思い起こすが、誰しも少女の心に咲く「花」を想う気持ちは強く、様々な形で世に受け入れられたようにも想う。

時を経て、ヨーロッパだけが舞台ではなくなり日本が舞台の「花詩集」も生まれる。
牡丹獅子、梅の五郎といった歌舞伎とも縁のあるものが現れる。カソリックの僧院も日本の古寺に変わる。
日本の僧侶の姿をした生徒さんの写真を見たとき、わたしは歌舞伎の創作舞踊劇「韃靼」を宝塚で見てみたい、と強く思った。
あの荘厳華麗な世界を宝塚のレビューでみる…思うだけで心に黄金の雨が降る。

「花詩集」は愛され続け、2014年3月には「TAKARAZUKA花詩集100!!」が宝塚劇場で上演され、今月は東京宝塚劇場で開催されていた。
その新しいカラフルなポスターを見ながら、この先100年200年先も宝塚歌劇が華やかで健全であり続けることを、心の底から願った。

次に隣接の逸翁美術館に向かった。
こちらでは「美のカリスマ 歴代タカラジェンヌのアトリエ」として、絵画に「腕に覚えアリ」の方々の作品が並んでいた。
いずれも優美な作品が多く、索漠としたものは何一つない。
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手すさび、といったものではなく、丁寧に真摯に向き合って製作されたものばかりだった。
和の美の春日野八千代のあじさい、憂愁の美を秘めた轟悠の横顔にモンサンミシェルの宵。とても素敵なチラシ。

春日野八千代 日本画がたいへん良いように思った。書と洋画もある。
中でも「あじさい」は青と白と翡翠のような鳥がいる光景がたいへん綺麗だった。
「芙蓉」もいい。薄い緑を背景に白花が咲く。
やさしい色調の優雅な絵。
「いわし」はメザシを描いていて、どことなく俳画的な面白味があった。
和歌や俳句そして漢詩まで書かれる方だけに、どこかとぼけたような味わいも感じられる。
「花想」だけは様相が違った。絵の具にミルクを混ぜてかかれたものだったのだ。
それが経年により変色してしまった。とはいえ幻想的な美麗さは変わることはなかった。

花園ゆかり こちらは着物作家として活躍されているそうで、「ムーンベアー」の可愛らしいものがある。着物では黒地テディベア―が遊び心と可愛らしさとが同居していてとてもよかった。伝統的な西陣織の人々からは非難を受けたそうだが、これみよがしではなくチョコチョコとくまちゃんがいるのはとても愛らしい。
わたしは着物を着ない人だが、こうしたセンスも好きだ。

稔幸 リアルに見ていた方なので、少々驚いた。
ご自身と縁の深い「Andre」「Oscar」の美麗な横顔もある。原作の池田理代子の豪華さとはまた違う、しっとりした美麗さにときめく。
一方、歯医者さんと組んで小さい子どもさんむけに一種の啓蒙絵本を作られていた。
「おくちあーん」などである。可愛かった。
そして絵葉書より少々大きなサイズの画面に、ロングで可愛い動物たちの情景を描いている。「行進」はわんことひよこ、「異邦人」はロングでペンギンたちとわんこ。
ほっとする可愛さがいい。

甲にしき 墨絵の「すみれ」がある。ずっと「歌劇」で墨絵作品を連載されていたそうだ。

冨士野高嶺 ずばり「小林一三翁」。戯画風で面白い。間近でご存じだったからこその絵。
エッセーが多かった方だそうで、そちらの表紙絵は松本かつぢ風で可愛い。

涼紫央 同期の方々などのお名前をまるで「花文字」のように可愛くあしらえている。
こうした才能があるのはいいなあ。

星風エレナ 宝塚の夢の世界が絵になった、いう風情がある。ステンドグラスで見てもいいと思う。絵をアニメーションらしてもいいと思う。

真白ふあり 丸まっちぃキャラを描いていて楽しい。可愛いなあ。

轟悠 本格的に洋画を学ばれてたのだなあ。モンサンミシェルと富士山とをこよなく愛しておられるようで、モチーフにそれらが多い。
とてもカッコイイ作品が多い。
わたしがいちばん気に入ったのは「永久に(Gargouille)」だった。
これはノートルダム寺院のガーゴイルのうち、ドラゴンのようなものを描いた作品。素敵。

どちらも6/8まで。

そして小林一三記念館は「宝塚歌劇100周年記念 小林一三のタカラヅカ ――大正時代ショービジネスの夢」展が開催されている。
(こちらは10/5までの長期展示である)
わたしは数多の実業家のうち、最も好きなのはこの逸翁小林一三である。
自分の住まう地域と縁の深い人であり、いわゆる「阪急文化圏」を拵えた方やと思うだけでも好意が倍増する。
ショービズとして絶対に成功する、と力を入れた宝塚歌劇。
実際素晴らしい実績を上げ、深く愛されている。
ニガテな人も無論少なくはないが、熱愛する人も多い。
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ここではショービズとしての側面を捉えての展示で、一つ一つ夢をかなえて行った様子が見て取れて、有意義な展示だと思った。
既存の演劇形態から遠ざかって、新しいものを作ろうとしたその気概たるや、さすが小林一三、とますますヒイキ度が強まる。

宝塚のかつての写真を見る。パラダイスか。ああ、わたしがユートピアでなく、極楽でもなく、天国でもなく、パラダイスを愛するのは宝塚で見たパラダイスから来ているのかもしれない。
今はなき宝塚ファミリーランド。
失われて長いが、今もすぐに心に蘇る。現地を歩いても在りし日の賑やかな声が聞こえる。
涙がにじんでくる。

失われたものの大きさに胸がふさがる。つらいのでもう帰る。

最後はせつなさに胸を噛まれた。

山本有三作品の挿絵と、東近美で見た雑誌表紙絵

過日、三鷹の山本有三記念館で彼の作品につけられた挿絵を見た。
建物も無論魅力的だが、挿絵の魅力もまた深い。
喜んで見に行った。

なお、どの小説に誰が絵を担当したかはここでは措く。
写メなのであまりいい具合に撮れなかった反省もある。
しかしわたしには楽しかった。

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こちらは近藤浩一路の牛。KIMG0469.jpg

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本の装幀。
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ここからは東近美でみたもの。
劉生は油彩よりこうした作品が好き。




吉田初三郎のかな。


ビックリしたのは「少女倶楽部」があったこと。弥生か野間にしかないような錯覚があった。


婦人むけ








ポスター


何ヵ月も前のだが、こうして集めてみると、あのときの「いいものを見たなあ」というキモチが蘇ってくる。
楽しかった。

武家の都 鎌倉の仏像 迫真とエキゾチシズム

奈良国立博物館に鎌倉の仏像さんたちがお出まし中である。
奈良と鎌倉の共通は「大仏さま」だが、さすがにあの巨躯にお出まし願うたり、お出かけあそばしてもらうのは気が引ける。
しかし人間サイズくらいの神仏像なら、「たまには遠足気分で」とか「衆生済度のため」とかなんだかんだ申し上げて、お出まし願えるわけです。
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チラシは初江王坐像と艶めかしい水月観音菩薩遊戯坐像。
「迫真とエキゾチシズム」という展覧会副題が大納得の様相ですね。

さて、鎌倉国宝館に鎮座まします薬師如来さんとその眷属の皆さんがお出迎えです。

薬師如来及び両脇侍像 3軀 :中尊:平安時代(12世紀)、両脇侍:江戸時代(17~18世紀) 鎌倉国宝館
正直、記憶がなかったのだが、国宝館にいてはるなら見てるはずやなと思いつつ失礼したが、写真資料を見て納得。スンマヘン、十二神将に守られている方々でしたな。
国宝館より照明が明るいからとかそんな言い訳は出来ひんなあ。

十二神将立像 12軀 :8軀:鎌倉時代(13世紀)4軀:江戸時代(17世紀) 鎌倉国宝館
いつも配置正しく並んではる十二神将が横並びなのは新鮮な感じ。
1/1フィギュア風な面白味がある。

こちらは十二神将のお犬さまの伐折羅大将。イメージ (20)
12人の中でもとりわけ人気のある方ですね。

国宝館での配置正しい場で見たときはそんなこと考えもしなかったのだが、今はそんな風に見ている。きっと鎌倉で再会すればまた有難味が湧いてくる。
それぞれの個性を楽しませていただいた。
…そういえば奈良博の常設の十二神将はみんな一列並びでしたな。
それにしても「戌神」だと尊い感じがするのに「犬神」だとオドロオドロになるなあ。

毘沙門天立像 1軀 鎌倉時代 清雲寺 兜が開く。口元剥落、それがまるでアイスクリーム食べて汚したみたいな風で、ちょっとばかり可愛い。

薬師如来坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 寿福寺 金の下の赤が出ている。この坐像と明治初に鶴岡八幡宮からお寺へ写されたそうな。

文殊菩薩立像 1軀 鎌倉時代(12~13世紀) 阿弥陀寺 綺麗。腰の布も上は緑で裾は赤。善財童子も…?

初江王坐像 1軀 鎌倉時代 建長3年(1251)円応寺 チラシを見て分かる通りグッと力の入る、いい姿。目ヂカラは半端ではない。基本怒った顔なのでいよいよ力強い。

俱生神坐像 2軀 鎌倉時代(13世紀) 円応寺 二人とも阿吽はいいけど、にゃはーフェース&ぬふふェースですな。コワかわな二人組。巻物開いてヒトサマの過去の善行・悪行をチェック!

鬼卒立像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 円応寺 こいつがまた可愛くてね。よく働きそうな手足をしている。しかし肩幅が広すぎでその割に胸が細い。

檀拏幢 1基 南北朝時代(14世紀)円応寺 アノ、顔が二つのあれです…女と憤怒と。

阿弥陀如来及び両脇侍像 3軀 鎌倉時代(13世紀) 光触寺 「頬焼け阿弥陀さん」という伝承があるそうな。法難の多い鎌倉時代。

鶴岡八幡宮から行道面が来ているが、このあたりはパス。

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阿弥陀如来及び両脇侍像 3軀 鎌倉時代(13世紀) 常楽寺 木製で、すっすっとした顔。

千手観音菩薩坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀)建長寺 ああ、なんかすごいな。てんこもり。

観音菩薩坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 浄光明寺 首かしげてのポーズ。髷は高い。高過ぎる。ううむ、何か別なものに見えて仕方ない…

阿弥陀如来立像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 浄妙寺 わたしは本当に仏像に詳しくないので知らないのだが、「善派」とやらの仏師たちの仕事らしい。

釈迦如来坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 極楽寺 珍しい手付きやなと思ったら「転法輪印」らしい。

伽藍神像 5軀 鎌倉時代(13世紀) 建長寺 道教の神様。目を見開いている。

文殊菩薩坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀)常楽寺 波の上にいるという設定だそうで、そんな台の上に立つ。カラフルな光背。ふっくらした良さ。

地蔵菩薩坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 浄智寺 不思議な魅力のあるお顔。これをエキゾチックというのかもしれない。

地蔵菩薩坐像 1軀 鎌倉時代(13~14世紀) 伝宗庵
地蔵菩薩立像 1軀 鎌倉時代(13世紀) 浄光明寺
帽子のような髪のようなものが乗る。
そういえば怪獣博士・大伴昌司がプロデュースした少年マガジンの巻頭グラフでの、南村喬之の怖い絵が思い出される。
「日本の秘境」シリーズ「死霊と語る夜」で小さな地蔵堂の中いっぱいに集まった人形や千羽鶴や目の絵馬、そして大きなお地蔵様。そのお地蔵様のアタマにはこれまた巨大な陸軍帽がかぶせられていたなあ。

不動明王立像 1軀 室町時代(16世紀)神武寺 山岳信仰のお寺だとか。珍しくまっすぐな目のお不動さん。

水月観音菩薩遊戯坐像 1軀 鎌倉時代(13世紀)東慶寺 くだけた感じでゆったり座る。遊戯坐とはそういうこと。宋・元文化の影響とか。それで鎌倉にしかおられぬとか。
いい雰囲気の艶めかしさもある。綺麗で艶っぽくて、という辺りがとても魅力的。
駆け込み寺の仏様か。

韋駄天立像 1軀 鎌倉時代(14世紀) 浄智寺 ちょっと小柄だがテキパキしていそうな感じ。さすがに韋駄天さんだけに精悍さもある。なんだか今にも走り出しそう。

達磨大師坐像 1軀 南北朝時代(14世紀) 寿福寺 現存最古の達磨大師坐像だそうだ。南北朝。達磨信仰は大体いつから日本に入ったのだろう。そしてなんで高崎がだるまさんの産地になり、加古里子(かこさとし)は「だるまちゃんとてんぐちゃん」を書いたのだろう。

白衣観音像 1幅 中国・南宋(13世紀) 建長寺 こちらも艶めかしい立膝ポーズでたいへんくつろいではる。右下には善財童子が手を合わせている。
それにしても薄い胸に薄絹をまとう観音さんのなんという艶めかしさよ。

五百羅漢図 6幅 中国・元(14世紀) 円覚寺 4幅 から2幅ずつ 糸巻き少年が可愛い。オッチャンらはちょっとスル―してしまった。

被帽地蔵像 1幅 朝鮮半島・高麗(14世紀) 円覚寺 朝鮮らしいピンク色。肌がピンクに塗られているのも他ではあまり見ない。狛犬がやせている。よくないですな。

南北朝の坐像色々。
宝冠釈迦如来坐像 1軀 南北朝時代(14世紀) 建長寺 
地蔵菩薩坐像 1軀 南北朝時代 永徳4年(1384)来迎寺
釈迦如来坐像 1軀 南北朝時代 康安2年(1362) 東京 光厳寺
不動明王坐像 1軀 南北朝時代 観応2年(1351) 長安寺
唯一東京からの仏さまも。

実在人物の坐像はちょっとパス。

阿弥陀如来及び両脇侍像龕 1基 平安時代(11世紀)英勝寺  なんとこれは一枚板。ミニ三尊。台には獅子もいる。すごく濃やかな仕事。

弁才天坐像 1軀 鎌倉時代 文永3年(1266) 鶴岡八幡宮 国宝館のヒロインの一人。折々にお召し替えもされる。琵琶はお持ちやないが、指先は演奏の形。
着物の色が違う画像が二つあるのでご紹介。
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天神坐像 1軀 鎌倉時代 弘長元年(1261) 荏柄天神社 これはまた厳しいお顔。

十二神将立像 12軀 11軀:鎌倉時代(13世紀) 1軀:江戸時代(17~18世紀) 奈良国立博物館 こちらはなじみの方々、30cmフィギュア風。顔だちも色々違う。
やっぱり個性があるのはいいねえ。

阿閦如来坐像 1軀 鎌倉時代 元亨2年(1322) 覚園寺 アシュク如来。覚えましたよ、この字は別なところで~~

薬師如来坐像 1軀 鎌倉時代 永仁4年(1296) 九品寺  にこにこ。石造の薬師如来。とても優しそう。にこにこ。
やっぱりね、薬師如来さんはやまいを癒すお力をお持ちでしょう、だからこうしてニコニコされてると「ああ、きっとよくなるに違いない」というキモチが湧いてくるよ。そしてそういう感覚はとても大事やと思うね。
純真な信仰心というものが静かに湧いてくるのはこうした仏さまの前に立つときかなあ。
(これはもう鑑賞する、ということではなく拝観する、ということになる)

最後に懸仏が六面登場。微妙に全部違う構成になっている。
十一面観音菩薩懸仏 6面 長谷寺
①鎌倉時代 嘉暦元年(1326年)
②鎌倉時代 元徳3年(1331年)
③鎌倉時代(14世紀)
④鎌倉時代 元徳2年(1330年)
⑤鎌倉時代(14世紀)
⑥室町時代(14~15世紀)
獅子がいたり、瓶が置かれていたり、縁に仏具が刻まれていたり、波間に立っていたり龍もいたり、と色々見どころが違います。

来月辺りまた鎌倉に向かうから、こちらにおいでのどなたかにお会いすることもあるやろうと思う。
鑑賞する前に、お礼の気持ちをもって、対したいと思っておるのでした。
6/1まで奈良に皆さんおいでです。

「山の神仏 吉野・熊野・高野」後期をみる

「山の神仏 吉野・熊野・高野」後期に出かけた。
前記と大きく入れ替わったのは曼荼羅などの絵図関係。
少しばかりだがその感想を挙げる。
なお前期の感想はこちら。
長くなったので2つに分けている。
吉野・大峰篇
熊野・高野篇

☆吉野・大峯

前期で見た大峯八大童子立像は後期にも出ていて、やっぱり可愛いと思う。
今回は大阪市美所蔵の「役行者・八大童子」が出ていた。
八大童子は赤・白・黒緑に分かれていて、彼らとさして年齢差のなさげな前鬼・後鬼はさらに色濃く、共に口を開けているのが面白い。

吉野曼陀羅図の展示換えを楽しんだ。
金峯山寺 黒く剥落しているのでちょっとわからない。
如意輪寺 カラー蔵王。上に八大童子の姿。右には役行者らもいて、桜の木々と社が目立つ。
三室戸寺 室町時代の作。
竹林院 綺麗だが生気のない絵。

八大童子の次は弁天ボーイズの登場である。

天川弁財天曼陀羅図 能満院 これはすごい。弁財天が女神やなく、三蛇頭六手という異形の姿で表現されている。
それは宇賀神と混合しているからだと解説にあるが、すごい姿にはびっくりした。
そしてそこに16少年。それぞれが、ウサギと遊んだり・牛に乗り・馬に乗り・鹿に乗り・狐に乗り・孔雀に乗り・蛇に乗り・・・可愛らしい少年たちが描かれている。

千手観音像 金峯山寺 結跏趺坐をする。剥落は激しい。


☆熊野三山

こちらは熊野曼陀羅の展示換えがいろいろ。
神仏が並列する位置にある図、円座に位置する図、壇上の神仏の下に砂利がひかれそこに最澄のような僧侶がいる図・・・中には万華鏡のようなものもあり、雛壇の人数が変わっていたりもある。様々な様式の図柄が各地に伝わっているのだ。

諸尊集会図 東博 上空に出現する5仏プラスほかの神仏。わいわいと活気がある。

熊野権現影向図 神奈川・正念寺 ドロドロ~と鳴りものが聞こえてきそうな出現!!白波から湧いて出た仰ぐ人々。

那智参詣曼陀羅図も展示換えのものがある。
熊野速玉大社、補陀洛山寺は通期。新しく出たのは和歌山・正覚寺の図。
三枚を見比べるといろいろ違いを見つけることになり、楽しい。
いずれもセキュリティに獅子と狛犬、ヤタガラスがいるのは変わりなく、那智滝には修行者がセイタカ・コンガラ童子二人に支えられ、補陀洛渡海船があるのも等しい。

熊野速玉大社 青岸渡寺の扁額には「日本第一」とだけ。船の帆には「南無阿弥陀仏」。猿引きはいない。

補陀洛山寺 「日本第一」。帆から文字は消えている。ここではニホンザルをつれている。

正覚寺 17世紀。カラフルである。那智滝には赤白くっきりの二少年。船の帆には「観音」とのみ。補陀落渡海船は観音の統治する南方浄土へ向かうのだ。
扁額には「那智山」のみ。竜に乗り通行の人に挨拶する子供もいる。お弁当を食べる人もいた。これは初めて見た。
紅梅が咲いている。びっくりしたのは猿引き。どう見てもマントヒヒにしか見えない猿をつれていた。

対になる熊野観心十界図は正覚寺のものしかなく、比較はできない。


☆高野山

弘法大師・丹生高野両明神像 宝寿院 ああっ女神様! 法輪ヘア!!

四社明神像 和歌山・正智院 13世紀。大きく描かれた四神。黒いのは時間のせい? みんな目が鋭い。二匹の黒犬・白犬が可愛い。手をちんまり前に出している。

狩場明神像 埼玉・法恩寺 賢そうな犬たち。

狩場明神・弘法大師像 転法輪寺 二人ばったりのところ。黒犬・白犬も元気そうで、「こんにちは!!」という声が聞こえてきそうだ。

後期も大変よかった。
やはり仏像の前では拝む人が少なくなかった。
これは関西だけの現象かもしれない。いや、北陸もそうか。
わたしも目があった神仏像には黙礼した。

6/1まで。

「日本絵画の魅惑

出光美術館の「日本絵画の魅惑」展のチラシ、これは今回の企画展そのものを語っていると思う。
昨今はコリすぎてたり、スタイリッシュすぎるようなチラシが全国を席巻しているが、このチラシは綺麗でありながらも、たいへんわかりやすい造りになっている。
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さまざまな日本絵画の断片をそこに丁寧にまとめ、「おお、この全体を見てみたい」気にさせる。
さらにチラシの下へ目を移すと、町人が二人、この情景を愉しみ、何やら語り合っているのがわかる。
彼らはわたしたち平成の観客の先達なのだ。
「見に来てね」という願いと、「どんなものがあるの」という問いかけへの答え(情報)と、「これは楽しい」というのが同居している。
いいチラシだとつくづく感心する。

第1章 絵巻–アニメ映画の源流

橘直幹申文絵巻 鎌倉時代 のんびりした情景が出ている。わんこが庭の内にいて、それをみて喜びはしゃぐ子供らと、室内でにこにこするご主人と。働く人等もみんなにこにこ。幼児もはだかんぼでお手伝い。なごやかでいいなあ。
門外でもトラブルもなくみんな楽しそうに働く。二匹のわんこが走っている。お店の人もお客はまだ来ずともせっせっと働く。
社会生活の健全な様子が見て取れる。
過去の、物語絵の中の様子でも、こうした和やかさをみるとこちらもいい気持ちになる。

長谷寺縁起絵巻 南北朝時代 奈良の牡丹で有名な長谷寺の縁起絵巻。風神雷神たちも大いに働いているように見える。赤い風袋に緑ボディの風神組に、石運びの眷属もいるが、何をしているのかよくわからない。
この続きは鎌倉の長谷寺縁起絵巻などでみている。
「金神地中乃宝石」という文字が読めた。

北野天神縁起絵巻 室町時代 昔、初めてこの場面をみたとき、なんでそんな平安時代の女の人が胸はだけて廊下をかけめぐるねん、と疑問ばかりだった。実はこれは「たたりじゃー」だったのですね。それを知ってからは「キター!!」。
表情と手足の指の動きが印象的。
室内に隠れる人々と無縁な人々と。

第2章 仏画–畏れと救いのかたち

山越阿弥陀図 詫磨栄賀 南北朝時代  黄金色に輝く三尊。アップでみているとなにやら怖い気がする。しかし地獄で見ると、ありがたくてすがりつきたくなるのかもしれない。

六道・十王図 室町時代 最近「鬼灯の冷徹」の世界にはまりこみすぎているのか、地獄関連の図絵を見るとついつい「あ、ここの就業時間は」とか「えーと、獄卒何人いるかな」とか「ここの王の補佐官てどなたやったかな」などと考えてしまい、チャウチャウと首を振ることが少なくない。
とりどりの地獄。中にはどう見てもSMにしか見えないものもあり、昔の人の内にもこれらを見て「やってみたいな」と思うようなヤカラもいたろうなあと妙なことを考えもするようになった。反省。

阿弥陀聖衆来迎図 鎌倉時代 大勢の仏の眷属がいる情景はにぎやかでいい。しかしたくさんで来るのはあの世へのお出迎えなのだからそれはそれで嬉しくないかもしれない。
…などというのは地獄行きの考えか。

当麻曼荼羅図 鎌倉時代末期~南北朝時代 極楽アイランド。これはまた色も綺麗なままの曼陀羅。修復したのかもしれないが、とても綺麗。ちびっこダンサーズもいるし、蓮も孔雀もにぎやか。
仏たちはふっくら4頭身サイズで、ベトナムの水上人形にも似ている。楽しいメロディが流れてくるのを感じる図。
実際にこれをベトナムの水上人形芝居で演じてくれたら、見に行きたいと思っている。

十王地獄図 鎌倉時代末期~南北朝時代 先年の龍谷ミュージアム「絵解きってなぁに?」展で地獄の裁判所に引き立てられる女についてくる子供、あれが実は虐待されて死んだ子供で、その訴え状を手にして歩いていることを知った。
ここにもいたいた。そういえばこうした殺された子供らはやはり石を積まねばならぬのだろうか。

第3章 室町時代水墨画–禅の精神の表現が芸術へ
昔は水墨画というものが大変ニガテで見ただけで鬱屈したが、今はその意味ではいい具合にトシをとったのか、なんとなく安寧に近いものを感じるようになった。
遠景を描いたものよりごく近景を描いたもののほうが好ましくも感じる。しかし茫洋とした遠景を見ると、自分もどこか遠くへ向かいたくなるのだった。

四季花鳥図屏風 応仁3年(1469) 能阿弥  叭叭鳥という不足を言いそうなツラツキの鳥のファンになってからは水墨画の花鳥画のよさを知るようになった。
何がきっかけになるかしれたものではない。
可愛いものも好きだが、こういうツラツキの奴らも大好き。そのきっかけになったのがこの屏風だった。
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相阿弥の山水図をみたとき、のどかな静けさを感じた。それはきっと山の形にあると思う。峻厳なものはなく、そんなに上りにくそうでもない。それが優しくよい風情をみせている。


第4章 室町時代やまと絵屏風–美麗なる屏風の世界
享楽的な性質なのか、遊楽図・行事図を見るのが大好きである。行事図とはつまり月次風俗図である。
都は12ヶ月必ず何かしら祭があり行事が起こる。

月次風俗図扇面  関西に住まう一得がここに描かれている。今も続く遊楽と行事がここにある。
遊山の楽しみがそこここに描かれている。

戯れ唄で「一月は正月で酒が飲めるぞ~」というのがあるが、12ケ月、本当に隙間なく出かけたり遊んだり参加したり色々することが多いので、月次風俗図は一部リアルさを感じもするのだった。


日月四季花鳥図屏風  思えばシュールな世界である。音もない中に鳥や植物や空気が閉じ込められている。しかも同時に日月が存在する。画面の奥には世界は失く、そこから飛び出すこともない。永遠に飛び続ける鳥、開き続ける花。
しかし西洋の「死んだ自然」ではない。西洋の静物画はドレスにはならないが、日本の四季花鳥図は着物になる。「自然」をまとうことが出来るのは日本の画だけなのだ。
この屏風の枠がまた見事なもので、螺鈿で宝尽くしが表現されている。海老と宝袋が特に丁寧に作られていた。

四季花木図屏風 右は春・左は秋という決まりがあるが、その左の秋の魅力が深い。
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紅葉した楓たち。丸々とよく肥えて、赤々と萌えている。
それらはまるで焼きたての紅葉まんじゅうのように美味しそうに見える。
そしてその楓たちは緑の丘のここかしこでかくれんぼをする。だが福々しい楓たちは隠れきれない。見え隠れする赤い楓たちの可愛らしさには採って食べたくなるような魅力が潜んでいる。中に餡やクリームやジャムなどなくとも、きっとほわほわと温かく美味しいに決まっている………
こんなに美味しそうな楓を描いた屏風は、ほかに見たことがない。

なお、この「かくれんぼする紅葉まんじゅう」たちに対抗する出光コレクションの可愛いものといえば、宇治橋柴舟図屏風の「働く柴舟たち」だと思っている。
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長らく見ていないので、また会いたい。


第5章 近世初期風俗画–日常に潜む人生の機微を描く

江戸名所図屏風  まだ東京の出光美術館に行けなかった頃、「近世風俗画」の本で初めて知って、すっかり大ファンになった。なにしろ洛中洛外図ではなく江戸だということからして目新しく、しかも描かれた人物たちがみんな睫毛が濃くて可愛い顔立ちだったので、一目で好きになった。湯女もいるし浄瑠璃もある。たいへん楽しい。
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そしてこれだけじっくり見てても見る度に新発見があり、新たに好みのキャラを見つけたりもする。
今回は右1の下の向島あたりか、木にからむ少年らが可愛い。それから観音院での稚児と僧侶。小網町の猿曳きなどなど。
前記でじっくり見た名品。また次の展覧では何を見つけ、誰に惹かれるか、今からとても楽しみ。

世界地図・万国人物図屏風  これは地図のサイドにある世界の民族衣装のカップルを見るのが面白くて、多くのお客さんもここでついついチェックせずにいられなくなるよう。
描かれているのが本当か想像かというのは措いて、やはり描かれた時代からこの屏風はこんな風に、お客さんの注目を集めたろう。

二種の「桜下弾弦図屏風」が出ているが、私は後期のこちらが好み。
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髪のほつれについて面白い一文があり、興味深く読む。
わたしはアップになるとリアルな表現になるのが当時の流行なのかと思っていた。
こういう理由というのも読み取らねばならないようで、もう脱落気味。

誰が袖図屏風 人物が不在でありながらも、美人であることを想像させる、それがこの「誰が袖屏風」の魅力の一つ。
優雅な衣裳を室内いっぱい(画面いっぱい)に広げる。
日本に着物文化があればこその遊楽。
そういえば随分前に見た、本物の小袖を貼りつけた屏風、あれはどこの所蔵だったろう。

第6章 寛文美人図と初期浮世絵–洗練されゆく人間美

桜下宴遊図  琵琶法師もいる。幔幕の中での宴。踊る遊女と若い男がいるが、この立ち姿はアルゼンチン・タンゴぽい感じがする。 ピアソラの演奏が耳に蘇ってくるようだ。

若衆図 存外背が高いな。

遊里風俗図  菱川師宣 寛文12年(1672)  ここにも三味線を弾く盲人がいる。わたしとしてはどうしても「盲目物語」の弥市を思わずにはいられない。


第7章 黄金期の浮世絵–妖艶な人間美

蚊帳美人図  宮川長春  先般、大和文華館で宮川長春の展覧会を見てから大分こちらの目も開くようになった。
この形態はそこにはなかったが、あれら一連の作の変奏曲だというのはわかった。

更衣美人図  喜多川歌麿  この暑そうに団扇を動かす美女を見ると、知る人に似ているので、いつも親しい心持ちがする。

月下歩行美人図 葛飾北斎  何をいまさらだが、だいぶ下がっている着物、白藤の柄だったのだ。五月の花の一つ。


第8章 文人画–自娯という独特の美しさ
数年前、文人画の展覧会をこちらで見た。あのときはテーマがむつかしくてわたしのアタマは理解できなかったのだが、数年たった今はこうして眺めながら、往時の「事情」などを想像しながら絵を見て、静かに楽しんでいる。

猫図 渡辺崋山  白地に黒ぶち。バッタを見据えるお猫さん。鋭い目がいい。

これらの作品は後世の「卓上芸術」の先達だと思いもする。ほのぼのと静かな楽しさがある。
目撃佳趣画冊 文政12年(1829) 田能村竹田
瀟湘八景画帖 江戸時代 池大雅
青山園荘図稿 寛政9年(1797) 谷文晁
戸山山荘図稿 寛政10年(1798) 谷文晁
(それで実は自分も描けそうなきになってみたりするのだ)

第9章 琳派–色とかたちの極致

風神雷神図屏風 酒井抱一 期間中「建仁寺」展と重なる時期があったので、2館を歩けばたくさんの風神雷神に会えたのだった。

八ツ橋図屏風 酒井抱一  ああ、ここちよい。花も葉もよいが、実は橋の杭を縛る金糸がとても好きなのだった・。・

桜・楓図屏風 鈴木其一  最高の構図。桜vs楓のようにも見えてとても面白い。

もうこのあたりの心地よさは本当にすばらしい。

第10章 狩野派と長谷川等伯–正統な美vs斬新な美

松に鴉・柳に白鷺図屏風 長谷川等伯 カラスファミリーがなかなか面白くて好きな屏風。鷺のあたりがショップでチケットフォルダとして販売されていた。

花鳥図屏風  伝 狩野松栄  雀vs鶴、という立ち位置が面白い。

四季日待図巻 英一蝶 室内で踊る人々。中にはコスプレの人もいる。一方、山伏スタイルのひとが仏壇か何かの前で読経。源氏香の文様を入れた提灯も素敵だ。

第11章 仙厓の画–未完了の表現

花見画賛  なんというてもやっぱり幔幕の外でリバースしてる人が面白い。

柳町画賛  こ、こらーっ

老人六歌仙画賛  これはポストイットも販売していた。オジイチャンたちがカワイイ。

章ごとに違う世界が広がっていて、江戸時代までの日本絵画のありようというものがわかったような気がする。
とてもいい展覧会だった。
こうした構成で楽しませてもらうのは本当に有益。
ああ、面白かった。

あのチラシの町人さんたちとぜひとも話し合ってみたい。
そんなことを思っている。
6/8まで。

二つの茶道具展 畠山記念館と湯木美術館

茶道具の名品展を二つばかり見た。
どちらも私立美術館でのいとしい展示である。
規模は決して大きくはないものの、どちらもその内容の深さは尋常ではない。

畠山記念館「茶道具の玉手箱 開館50周年記念 名品展」
湯木美術館「海を渡ってきた茶道具 名物記・茶会記に現れた唐物・南蛮・高麗」
この二つの展覧会である。
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茶道具の鑑賞というものは結局のところ、茶道具それ自体の魅力もさることながら、過去にどのような道をたどってきたか、誰がどのように愛したか、どのような場で使われたかといった、その来歴・その逸話をも含めて愛することなのではないか。鑑賞ではなく賞玩ということが本当なのではないか。
むしろそうした過去のない新しいものは、その魅力がまだ足りないということになる。
それは使う側・観る側だけでなく、茶道具そのものも修業中と言うことではないだろうか。
展覧会を見て、つくづくそう思い至った。

見た順から感想を挙げる。

畠山即翁は逸翁小林一三と同じ時代の茶人で、茶友としてたいへん仲良しだった。
二人の好みは少し違うものの、そうしたことを念頭に置いて茶道具を鑑賞すると、在りし日の茶会などがしのばれ、佳い心持になる。

わたしは展示中期に行ったので、軸物は元代の「出山釈迦図」、鎌倉時代の墨跡、そして
「清滝権現図」が出ていた。イメージ (12)

なかでも「清滝権現図」は絵葉書は手元にあるものの実物とは無縁なままで来ていたので、初めてまみえることになり、とても嬉しかった。
巨大な女神としての清滝権現が現れる。室内でのことで、その足元には小さい女がいる。
女を見おろす権現の目は優しい。
色彩もよく残り、美麗な絵である。

仁清の銹絵富士山香炉がある。富士山の形をしている。思えばこの形で煙を吐き出すというのは、「竹取物語」の終焉、帝が不二に不老不死の妙薬を捨てさせることを思い起こさせる。物語での富士は煙を吐いていたのだ…

金襴手六角瓢形花入 明代 形にゆがみのない、堂々たる六角瓢形。くびれた胴には金の花が咲いている。

割高台茶碗 朝鮮時代 この高台を裏から見ると見事な十字型になっている。なかなかこういうのも面白い。そういえば朝鮮半島におけるキリスト教の受容というものについては全く知らないので、いつか調べてみたい。

瀬戸面取茶入 銘・吸江 大型で口も大きいのでその名がついているらしい。ぼてっとした面白味がある。

内朱青海円盆 桃山時代 これは元は八幡名物。あの松花堂の愛したお道具なのか。
…こんな風にそのいにしえの夢を追うことが、茶道具を眺める楽しみなのだ。

黒樂茶碗 道入 ノンコウのこれはやや歪みを見せた形で、やはりキラキラしていた。
愛しくて頬ずりしたくなる。いや、茶碗だから指と唇とで愛すればよいのか。
ガラスの向こうの茶碗一つで、こんなにも妄想が広がる。

芦屋梅花文筒釜 室町時代 少し高めのところに梅花が散らばる。うるさくはなく、可愛さが目立つ。すっきりした筒型。

古赤絵刀馬人文鉢 明代 萬暦以前のもの。明代は文化の爛熟期であり、唐に次いで、宋と共に面白いものが多い。いずれも他民族により滅ぼされるのだが。

萬暦赤絵草花文向付 こちらはまた可愛らしい花柄である。

色絵絵替り土器皿 乾山 乾山ブランドの黒手の方。菊、山桜、芦、笹、梅。華やかでいいなあ。今も販売していれば集めたいと思う、そんな良さがある。

千家十職の塗師・中村宗哲(十世)の利休好み真塗り折敷があり、それに碗などが添えられているのがまた好ましい。
昭和になっても名人は活きていて、佳いものを拵えている。
守屋松亭の蒔絵ものがいい配置にある。
こちらの絵替り蒔絵煮物碗の絵は、中に金で片輪車、梅、木瓜などが描かれている。

青磁鎬鉢 南宋時代 これはまた色の濃淡の綺麗なこと。ここまで釉薬の濃淡の綺麗さを楽しめるのは嬉しい。

夜桜蒔絵四半硯箱 「あたら夜の月と花とをおなじくはあはれ知れらむ人に見せばや」の葦手文様入り。源信明。泰平の江戸の教養人は、平安の歌も室町の絵物語も鎌倉の仏像も、みんな斉しく味わえたのだなあ。

菊枝蒔絵手箱 鎌倉時代 ところどころに螺鈿のきらめき。柄もいい。ああ、ほしい。
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今鏡があった。わたしが見たときは「鳥羽」上皇の文字が出ていた。院政期は面白い。
いよいよ貴族の頽廃は色濃く武家の台頭も当然だと思わせてくれるし。

獅子牡丹図 岡本豊彦 コワモテだけど可愛い獅子が二匹。クンクンするのがいい。

老子出関図 伝・蘇漢臣 元代 牛に乗って西に行った老子。その白牛の目つきが面白い。老子がまた老人ではなく、アフロヘア―でしかもテンクルというスゴい髪型のおっちゃん。
とはいえ見送りにか、松下に美人が立ち、キスゲも咲いていたりする。
元のセンスは面白い。

6/15まで。


湯木美術館では後期を見ることになった。
前述したように茶道具の鑑賞の楽しみにはその「こしかた」を味わうことも含まれる。
過去を愛される美術品、というものはそうそうないのかもしれない。

砧青磁管耳花入 南宋~元 さすがに釉薬が濃い。管耳はまるでみづらのようにも見える。

唐物大海茶入 鴻池家伝来 南宋~元 これもまた口広で、そこから大海と言う。広がる造形を掌で押さえてみたくなる。海を手の中に閉じ込めたような心持がするかもしれない。

朱塗菱形盆 明~清 柔らかな菱形で花びらを寄り集めたようにも見える。枠が入っていた。朱は消えない。

禾目天目(建盞) 建窯製品の盞なのである。吉州窯のではなく。シャッシャッシャッとした禾目が綺麗に走り、高速撮影した星の動きを思わせる。

古銅桔梗口獅子耳花入(東山御物) 明代 これが非常な名品で、なるほど東山御物なのもよくわかる。来歴は主なところで以下のよう。
足利義政―武野紹鴎―利休―佐久間将監―小堀家。
思わずわたしも下手なイラストを描いてしまったくらい、魅力的な花入れだった。
芭蕉饕餮文が丸い胴周りに走る。そのすぐ上には獅子頭が二つ。口と底とは桔梗を象る。こまごまとしたところに繊細な文様が入る、たいへん優美で妖艶な花入である。
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ところでこの所有者の一人に佐久間将監の名があるが、ここでは「大徳寺塔頭・寸松庵を開いた」と肩書があるが、この名前に記憶があるのでもしやと思えば、元祖・猫侍の佐久間将監だった。
先般松濤美術館でみた「ねこ猫ネコ」展で自身の肖像画に猫とともに登場する、あの猫狂いの武家である。なにやら思わぬところでバッタリ会ったような気がして面白かった。

砂張釣舟花入 東南アジア 15~16世紀 これはまた大きな造りである。チラシではその舟にいくつも他の道具を載せている。
関係ないが、今のわたしとしては「五色の舟」を思い出しもする。

南蛮芋頭水指 森川如春庵所持 明 「萬暦己丑年 源泉寶□」とある。□には石偏に灌のツクリで構成されたカンという字がはいる。石製の器の意味らしい。
萬暦で己丑は17年(1589)に当たるはず。ただ、これが本当にその年に作られたかどうかは別問題である。

唐物肩衝茶入 銘・富士山 遠州蔵帳・雲州蔵帳書斎、即翁所持 南宋~元 来歴は冬木家―不昧公―即翁というのが主なところ。不昧公による「富士山」の箱書きもある。
銅の中ほどやや上に景色が現れ、それを富士山に見立てている。
白極緞子、藤言切・漢東織留。鎌倉漢東の仕覆。いずれもハキハキしている。
「壺中ニ有天地 山ハ改ム舊時ノ容」…素敵。

南中国から東南アジアで作られ、日本で茶道具に「なった」ものたちを見る。

南蛮砂張二重青海水指 これの曳家には江西和尚の「磑下霏霏タル雪吹キ翻カエス富士峰」の言葉がある。ガイカ ヒヒたるユキ フキヒルガエス フジノミネ。

砂張合子建水 カンボジアあたりの碗らしい。見事にクリッとした碗で、托鉢に良いだろうとか、これはおりんにもいいだろうとか、そんなことを考えた。口べりは刳られた「樋口」になっている。ヒトサマの名字ですなあ。

独楽盆 これはまた可愛い独楽で、一番外周には梅鉢文がはいり、内側には草文。
東南アジアに梅は咲くのだろうか。

南蛮かめの蓋 大小あり、焙烙に使われたそうだ。茶褐色で赤く剥げているのが全体を地図のように見せている。とても面白い。

軸物をみる。
釈迦三尊十六善神像 鎌倉時代 右下の文殊菩薩は下がり眉にやや釣り目でニッと笑っている。他は色が見えにくいが、この白い顔だけははっきりと見える。

朝鮮王朝と明~清のものを見る。
雲鶴筒茶碗 褐色である。わたしは高麗のそれは好きなのだがなあ。

御本茶碗 高台をひっくり返すと@のような渦巻き型が見える。「ねじぬき」と呼ばれる形。

呉須有馬筆香合 出雲松平家伝来 小さな薄い呉須手の四角い香合の上にぴょこんと人形がいる。立つように見えず体操座りしているように思えた。可愛い。
有馬筆は有馬温泉の土産物。
今東光「悪名」でまだ若い頃の朝吉が有馬に身を隠した後、ほとぼりを覚まして八尾に帰ってきたとき、実家で親父に「有馬筆の作り方覚えましてん」とうそをつくシーンがある。
そんなもん、誰が信じるねんと思いながら読んでいたが、有馬筆は不昧公の頃には世に知られ、大正から昭和初期の頃にはまだ命脈を保っていたが、平成の今はもう本当に廃れてしまった。

交趾黄鴨香合 丸々して可愛い。両羽だけ茶褐色。あとは黄色。

南京赤絵四方鶴丸文茶器 鶴に雲の意匠。南鐐の火屋がついているが、こちらは9世中川浄益の作。
明治の頃、誰かが拵えさせたのだろう。そのことを想うの楽しい。

祥瑞蜜柑水指 縁が面白い。ヘンなリスが四匹ばかり蔓の中にいる。ネコにもネズミにも見えるリス。

6/29まで。

こうして二つの美術館で茶道具の楽しさを満喫した。
またどこかで数奇者のお道具を拝見したいと思っている。

再現!道頓堀の芝居小屋 道頓堀開削399年

明日まで開催中の大阪くらしの今昔館「再現!道頓堀の芝居小屋 道頓堀開削399年」展に行った。
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ここの企画展は小さいながらもいつもハズレなしというスグレモノだが、どうも宣伝が足りないような気がする。大阪市だからかもしれないが。
こんなおそおそに行かずとももっと前から知ってたら、という恨みもある。
いい展覧会だけに惜しい。

かつて道頓堀には五座があり、「芝居といえば道頓堀」といった趣があったが、いろいろな歴史の中でなくなったり復活したりした。
その界隈のにぎわいを味わうのが今回の展覧会の目的なのだった。

入るとまずは明治の道頓堀のにぎわう様子を描いた浮世絵の拡大パネルがお出迎えである。
人力車がたくさんある。大大阪になる以前の道頓堀のにぎわい。
そして室内に浪花座のハリボテが建てられていた。テントで覆われた空間にはモニターがあり、展示資料の数々が映し出されていた。
それを見ていると昔の無声映画を見ているような気になってきた。

その空間にはほかに浪花座の模型があった。精密な構成である。
棟梁の中村儀右衛門の残した設計資料を基に作られた模型だった。
外観は洋館風だが中は桟敷席もある普通の小屋(劇場)である。

ガラスケースと壁面展示を見る。
洋画家志願の山田伸吉による舞台装置の下絵などが並ぶ。
歌舞伎では「忠臣蔵」「鈴ヶ森」「四千両」「暫」「車引」など。
新劇の舞台装置も多く、タイトルはわからぬままだが、タツノオトシゴとかたつむりとパールとで出来た宮殿や、かつての日本人が想像で描いた南蛮図めいたもの、インドネシアの切り絵をうまく取り入れたもの、ジェットコースターの湾曲の中に三尊像、などなど。

山田は東京で絵の勉強がしたかったそうだがそうもゆかず、引き留め工作を受けて、大金を手に入れてたそうだ。
その山田は松竹座の「松竹座ニュース」の毎回の表紙絵を担当していた。
表紙絵はアールデコ、アールヌーヴォー、構成主義、ビアズレー「サロメ」の埋葬などを転用したものなどさまざまあった。
わたしは中でも絶望的な顔をした壁の左右にあるアーチ型の出入り口の絵が気になった。
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関西と縁の深い劇作家・北条秀司、研究家の三田純市らの本の装丁もしていたようだ。

かつての上演ビラなどもある。番付も素敵だ。イメージ (6)-2

明治の「赤色」を多用したものもある。演目を見ると「小栗」など珍しいものがみえた。
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ほかにも関西と縁の深い絵師の絵も見えて興味深い。
ちなみにこのビラの周囲をよくよくみるとわんころが8匹いる。
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8匹の犬とはすなわち八犬伝である。
可愛い。イメージ (7) - コピー

明治45年の芝居番付には「平家蟹」の演目名も見えた。岡本綺堂の芝居だと思う。一度だけ今の福助の官女で見ている。

上方浮世絵も何点か出ていた。今ちょうど大阪歴博でも上方浮世絵展が開催中なのでいよいよ楽しい。
よし国、芦ゆきらの芝居絵が並ぶ。
菅楯彦の作品の複製もある。さすが。

そしてチラシに出ている「助六」と「紙治」の肉筆画も出ていた。
どちらも魅力的な様子である。イメージ (8)

芝居小屋の設計図や当時のにぎわう写真資料なども多く、とても見ごたえがあった。こうした展覧会はとても貴重だと思う。
関西大学の協力の下で開催されたというが、今後もこうした展覧会を希望する。

ペルシャのきらめき

八王子夢美術館で「ペルシャのきらめき」展を見た。
あの小さな空間が古代ペルシャの空気を漂わせていた。
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ペルシャと言えば猫、絨毯、ケテルビー「ペルシャの市場にて」、それから司馬遼太郎のデビュー作「ペルシャの幻術師」。
挙げたものすべてに深いときめきがある。
そのときめきが煌めきになって、辺り一面に散らばる。

ペルセポリス。
平山郁夫の「ペルセポリス炎上」を思い出す。
それに呼応したか、平山のペルセポリス全景スケッチ図が現れた。

ペルセポリス神殿のレリーフの拓影がいくつも並んでいた。
ライオンの行進を描いたものがかっこいい。オスとメスのライオン。
上下に日本の古代寺院の軒丸瓦に使われたと同じ形の花文が続く。
この花文の出所が遠くペルシャから来たものだということが、この一つでも想像できる。

他に刀のレリーフ、ひげの二人の横顔、女の横顔等々。
だが何より目立つのは、前述の軒丸瓦を思い起こさせる
軒丸瓦に刻まれる花文様は九曜星にも似ているが、中心の円形は変わらぬものの、花弁はティアドロップの形をしている。それがこのペルセポリスのレリーフだと花弁は12弁だった。24個の花のついたレリーフもある。

ほかに婦人の横顔を刻んだものもある。これは平山郁夫の水彩画のモデルにもなっていた。
ペルシャとアットリア、ヒッタイトは確か別物のはずだが、なんとなく似た造形のようにも思えた。
それはたぶん「王家の紋章」を思い出しているからかもしれない。

金貨がある。必ず時々の為政者の横顔が刻まれる。金貨と銀貨があるがダレイコス、シグロスといったアケメネス朝のコインのほかに、ペルシャのコインを鋳つぶしてリサイクルしてできたのがアレクサンドロス大王銀貨だった。
元のが出来が良いので、征服者の横顔に作り替えられたのが恨めしい。

そういえばアレクサンダー大王をコミック化したのは安彦良和、赤石路代の二人だけかもしれない。

ガラス碗の素晴らしいのが集まっている。
正倉院に伝来する白瑠璃の兄弟たちである。

一番古いのは前3世紀にイタリア・カノッサ古墳から出土したらしき、やや黄緑がかった碗。きらきらしていた。

突起物のついたガラス碗はパルティア朝のもので1~3世紀。わたしはその突起を見て、明治初期に学術調査のためにただ一度だけ仁徳天皇陵に入り、石棺を写したという絵図を思い出していた。

ササン朝ペルシャの円形切子装飾碗、これらが正倉院の宝物たる白瑠璃碗の兄弟。正倉院のそれとは違い土中に長くあったがために化学変化を起こし、銀化した外面、金きらきらな内面に見えるようになっていた。
もう一個はカットが多いもので、こちらもだいぶ様相が変わっている。

浮き出し円形切子碗というものがあるが、これが今も伝世したのは「海の正倉院」たる沖ノ島の宗像神社だという。
ああ、宗像神社といえば先年みた「大神社展」が忘れられない。
また安彦良和「神武」にも現れる。

二重円圏文碗 これはペルシャの後のイランと、なぜか京都の上賀茂神社に伝わるそうな。

ほかにパルティア朝の水瓶がいくつもあり、それらがいずれも、とてもきれいだった。

貴金属容器も面白い。リュトンや舟形杯や鳥や馬の形をつけたものなど。ヘラクレス立像もある。
中でも銀製フィアラ杯にはロータス文様が刻まれ、綺麗だった。

銀製ギリシャ風碗はちょっとばかり薄暗い欲望に満ちた感じがする。
少年と男たちと。ギリシャ風な愛情を刻んだのかもしれない。
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ラスター彩のやきものは中世のセルジューク朝のものばかりだった。
日本でも再現がなされたやきもの。シンプルな絵柄がいい。
アラベスク文などをみるとパラダイスの語源がペルシャ語の「閉じられた庭」だったということを思いだすし、宇宙を閉じ込めた、ということを想いもする。
人物像もやさしい。

9世紀から10世紀にかけて三彩が同時多発的な発生をみた、そうだ。
日本でいえば奈良時代、中国は唐、ペルシャではアッバース朝。
日本のは唐に影響を受けてのものだと思うが、ペルシャと唐での発生は実は影響し合わなかったらしい。
そのあたりのことを詳しく知りたいと思う。とても興味深い。

ここで唐時代の藍三彩象を見る。ゾウさん、可愛い。
そして三彩壺。親しい気がするやきものたち。
三彩枕もある。これは寝るためのではなく写経用で、可愛らしい花柄のものが多い。日本では奈良の大安寺からたくさん出土している。

セルジューク朝のミナイ手というものがある。ミナイ手とはエナメルのことらしい。人物像や聖なる樹、馬などの文様がある。
ピカリと光る。
他にも17世紀の白磁藍彩皿がある。

ここで日本でラスター彩を復元させた加藤卓男の作品が現れた。
加藤の作品は高島屋か大丸かで見たのが最初だが、初見の衝撃はなかなか大きかった。
ここにある三点はいずれもとても綺麗だった。
ラスター彩花鳥文輪花皿、三彩鳥文八方盤、青釉銀華方壺。

装飾品も展示されていた。
手の込んだものたちばかりで、凝視しているとガラスが曇るくらいだった。
わたしの前に見ていた人もそのようで、みんなやはり凝視せずにいられないのだった。
金製のものが多い。黄金の価値は古代から活きている。
腕輪、耳飾り、首飾りなどなど。

ガラス玉の首飾りは配色が不透明だということもあってかポップすぎる。
ちょっと笑えるくらい明るい。
ほかに印章がありその展開図面を見ると、獅子と牛とがいた。どちらも手彫り。

古代から中世までの時代に生きた名品に出会え、とてもよかった。
5/25まで。

出光美術館で見たやきもの

出光美術館は展覧会において、柱となる展示が絵画とすれば、そのブレイクタイムまたは名わき役というポジションにやきものをおくことが多いと思う。
むろんやきものが展示の柱となることも少なくはなく、先般の板谷波山展では当然ながら波山のやきものが展示室全体をうめ、場内を潤わしていた。
やきもの専門の美術館といえば大阪では東洋陶磁美術館、都内では戸栗美術館が著名だが、出光コレクションのやきもののレベルの高さは日本有数のものだ。

今回の展覧会は「日本絵画の魅惑」で前後期に分かれて鎌倉時代から江戸時代までの様々な作品を見せてくれるものだが、そこここに、いい配置にやきものが展示され、観客の目と心を楽しませてくれる。

ちょっとした切り替えというものはとても大事だ。
絵画と工芸とをこうして共に愉しませてくれる美術館は実は多くはない。
大きなミュージアムの場合、きちんと領分を割り切り、これはここ、それはここというように分割され、専門化されている。
それはそれでいい。そうする意義というものも確かにあるからだ。
しかし絵画と工芸が共存することで生み出される「和み」の価値というものはそこにはない。
出光美術館がいい空間であり続けるのは、その「和み」が生き続けているからだと思う。

今回展示されているやきものたちを見てゆこう。
色絵立姿美人像 柿右衛門様式の美人立像。優美な打掛をまとい、ふくよかな微笑みを浮かべる。白磁の膚に柔らかくきらめく黒髪や豊かな文様の衣裳。
少しばかり歌舞伎役者の愛之助丈に似ている。
多くの美人像が作られたのは釉薬の艶めかしさと基礎の土の美しさとが合致することを知っていたからだろう。いつもそう思う。

色絵柴束花散文皿 古伊万里 これはまたとても可愛い絵柄である。束ねられた柴がぴょんぴょんと点在する。何と可愛いことか。 お箸でつまみたくなる。

色絵山水文猪口 十客 古伊万里  ミルクピッチャーサイズの可愛さ。小さくとも文様はきっちり。ドールハウスに使えそうな感じ。可愛いなあ。

色絵七福神図酒器 古伊万里 これは七福神が飛び出す絵本的状況になっている。吉祥文様で福々しい。海外向けだと思う。

色絵呉須赤絵写花鳥文台鉢 奥田穎川 明るい感じでいいなあ。穎川のやきものは明るくて好きだ。先般、建仁寺展でかねてから執心していた十二支皿の画像が手に入って喜んでいたが、これも愛らしい。

色絵桜花文鶴首徳利 一対 古清水 いかにも古清水な感じがよろしい。

色絵菊花文六角鉢 古清水 豊かな表現。七宝繋に雷文も入り、華やか。

古九谷のいいのも色々。なじみ深いものもあり、そして古九谷の本当の魅力というものを考える。

色絵阿蘭陀写花卉文角皿 五客 尾形乾山 釉薬を塗り重ねたのか、藍が濃く集まっている。そのくせはみ出さない。青の花。

絵唐津葦文大皿 シックな色合い。こういうのの良さが少しずつ分かってきた気がする。
黄瀬戸茶碗 銘 春霞 美濃窯 ああ、ええ色ですなあ。

志野橋文茶碗 美濃窯 これをみると三井の卯花墻を思い出す。きっと従姉妹くらいの近さだろうとかなんとか。

上野三彩茶碗 ウエノでもコウズケでもなくアガノ。九州のアガノ焼。螺鈿を鏤めたようにみえる、綺麗な表面。

絵画の感想より一足先にちょっとだけ挙げてみた。6/8まで。

魅惑のニッポン木版画 大正から現代へ / 川上澄生展

さて続いては大正から現代へ向かう木版画の感想について。

第二章 大正から昭和 木版画の復活
自刻自摺の作品が多く集まっていた。

石井柏亭 木場 セピア色というのがかっこいい。それだけでノスタルジーを感じる。

戸張孤雁 玉乗り これもしばしば世に出る名作で1910年代の代表作の一かと思う。
最初に見たのは愛知県美術館での回顧展だったが、今もずっと目に残っている。

織田一磨 裸女5姿より前姿、後姿 どちらもさらっと体の線を描く。一方で布の精密さにも感心する。

恩地孝四郎 ダイビング これはまた大胆な構図。すごくモダン。スク水の女の人のダイビング。その下に広がる空には雲。日焼けした肌と日焼けしたような空。

長谷川潔 踊り「仮面」1914年新年号表紙 黒人ぽいような人間のモダンダンス。

長谷川の表紙絵のうち「水甕」のものが特にいい。分割が巧く、そしてその分割されたものと融合したものとが同居したりもする。

長谷川潔 風(イェーツの詩に寄す) これは京都国立近代美術館で最初に見た長谷川作品だった。長谷川潔再発見は京近美から始まると言うが、後年のマニエール・ノワールという技法を確立する前の木版画作品に魅力を感じた。
わたしは何も知らずにこの絵葉書を買い、特に気に入ったファイルの中に閉じている。

長谷川潔 ギメ美術館での杵屋佐吉演奏会プログラム 1926年に開催されたコンサートか。既に精密な世界が広がっている。大正末年にパリで杵屋の三味線が披露されたのか。
佐吉はポール・クローデルの詩に曲をつけてもいるというから、大変先取の気風を持った作曲家・演奏家だったのだ。
ラヴェルとも交流していたというから、最先端のパリの音楽を聴くことも出来たのだ。
長谷川は既にパリ在住だった。かれもまたパリで長唄三味線を聴いていたのか。

永瀬義郎 サロメ「仮面」挿絵 肉付きの良いサロメである。彼女はヨカナンの首を自分の胸に押し当てている。自分を拒否した男を生首にして、その死んだ唇に自分の胸を押し当てている。

川西英 温室 温室がある。モノクロだが光の差し込みがよくわかる。
色がとてもきれいで魅力的。

川上澄生の作品が出てきた。
ここで既に終了したが吉祥寺で見た川上展についても少しばかり書き加えたい。
「愉しきノスタルジア」と題され、鹿沼市立川上澄生美術館からの巡回だった。
カピタン、南蛮料理、聖母子など南蛮文化の象徴ともいえるものを描いたものが集められているが、いずれもあこがれがみちていて、ふんわり暖かい。
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南蛮ぶり 黄色い画面にベッドがあって、そこにキセルでたばこを吸う男と女がいる。川上の快心の一作らしい。

マドンナとジュグラー これは聖母の前でジャグリングをして見せるひとのすがた。

もう一本の柱が明治なる時代そのものである。
文明開化を川上は描く。

ランプへの愛着がはなはだしい。それだけを描く作品が多々ある。
確かに明治になって庶民の生活にランプが取り入れられたことで、大いに時代が変わった。
清方は「こしかたの記」で文を綴り、「朝夕安居」でランプのホヤを磨くおかみさんを描いた。
一ノ関圭の幻の作品集は「ランプの下で」だったか。

明治になってから庶民の手元に入るものばかりが集められている。
とても微笑ましい。

牛肉店 まるで御殿のようだ。これはいろは牛鍋店だろうか。木村荘八の父の。
などと想像するのも楽しい。

百貨店の内部 あこがれるなあ。人があふれ、シャンデリアがきらめく。
とてもすてきだ。イメージ (2)

横浜海岸の図 これは1923年の8月に作られたもので、初代のグランドホテルが描かれている。翌9月1日関東大震災によりグランドホテルは倒壊。
赤くて素敵なホテルは今の白いホテルに変わったのだ。
そういう意味ではこの一枚は時代風俗を知る貴重なものとなっている。

ほかにオリジナル千代紙、こけしなどを残している。
吉祥寺での展覧会は5/11までだった。

さて再び横浜美術館。

日本に来た外国人たちによる作品が並ぶ。
非常に懐かしい。それらは初めて横浜美術館を知ったころに手に入れたチラシなどで見たひとびとだからだ。

ヘレン・ハイド 亀戸天神の太鼓橋 わいわいにぎやか。小さい女の子がいい。
彼女は母子図なども大変よく、優しい絵をいくつか前にも見ている。

バーサ・ラム 雪の玉 北欧の絵本を思い出させる画風でとても優しい。子供らが楽しそうに遊ぶ。「蘭夢」とサインを入れるほどの人。

エミール・オルリック 版画に携わる人々を描いた三部作が出ている。
日本の摺り師、日本の絵師、日本の彫師。
そういえばオルリックには日本の手品師という作品もあった。
彼にとって日本の職業人には不思議な人が多かったのだろうか。

ポール・ジャクレー この人ほど日本を、アジアを愛した版画家は他にはいないのではないか。かれは「若礼」と名乗り、戦時中は軽井沢に引っこみ、日本を出ようとはしなかった。日本人の友人知人もかれをかばい、戦中戦後の困難な時期も彼の作品の頒布会などを開いてよく助けたそうだ。

チャモロの女 赤バージョンと青バージョンがある。どちらもきれいな彩色。

オロール島の少年、東カロリン諸島 これは二人の少年が寄り添って座り、こちらを振り向いている図で、どちらも黄金色の目をしている。
少年へ向かう愛情がひしひしと感じられる。

さて自刻自摺ではなく江戸時代のように専門の職人らに彫ってもらい、摺ってもらうのを選んだ絵師たちの作品をみる。
非常に繊細な表現が可能になった、美麗な作品ばかりである。

吉田博 タージマハルの朝霧、夜 連作のうちから二枚が出ている。
配色を変えただけで時間が変わり雰囲気がすっかり違って見えて、とても面白い。吉田はそうした作品が多い。
かれは漱石の「三四郎」にも少しばかり現れる画家で、洋画もいいのがあるが、やっぱり版画が素晴らしい。

橋口五葉 化粧の女、浴後の女、髪梳る女 三点の人気作が出ていた。
五葉は、版画はよく・洋画もよく・商業イラストもよく・挿絵・口絵・装幀もよく、といった才人だったが惜しくも若死にしている。

深水の美人画版画、石川寅治の裸婦連作、山村耕花の風俗画。
そのあたりの名品も並んでいて、見ていて楽しいばかりだった。

夢二は千代紙や絵封筒が選ばれていた。
このあたりのセンスの良さは今も輝いている。
夢二、谷崎らを主人公にした、上村一夫「菊坂ホテル」の作中でも、芥川が夢二のイラストセンスを誉め、谷崎も美人画はどうでもその意見には賛成だというようなやりとりがあったりする。

弥生美術館併設の夢二美術館でなじみの千代紙たちがたくさん出ていて、それだけでも嬉しい。


第三章 1950年代以降 国際的な舞台へ
第四章 現代 新たな木版画の表現へ

清宮彬、畦地梅太郎、斉藤清らの作品がある。このあたりはみていても楽しいのだが、どうも正直面白いものが少なくなる。
棟方志功の特殊さも好きだが、今回は一点のみ。

現代の人では吉田千鶴子がいい。吉田博の一族の人。
「谷間の蝶」などは素晴らしい。これは以前に三鷹で見て大好きになった作品。

柄澤齊の肖像画シリーズも少し出ていた。
この人も今後の追い続けたい作家。

5/25まで。総花的な展示だったが、とても楽しめる。

魅惑のニッポン木版画―明治まで / 広重ブルー

首都圏で木版画の良い展覧会を三つばかり見た。
横浜美術館「魅惑のニッポン木版画」
武蔵野吉祥寺美術館「川上澄生」
浮世絵太田記念美術館「広重ブルー」

いずれもどこかで絡み合う展覧会なので、まとめたいと思う。
まず「魅惑のニッポン木版画」
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第一章 幕末・明治 生活を彩る木版画

三世豊国 生月鯨太エ衛門 当18歳 七尺五寸!!巨大な人なので相撲取りになったが、その手形もあり、びっくりしたわい。

三世豊国 石井常右衛門 石井下部藤助 けいせゐ高尾 本当は四枚セットだったのではないかな。上右に高尾、下に石井常右衛門とその家来の藤助とが並ぶ。黒米の外に二人の男。芝居の1シーン。

三世豊国 御意に叶ひ大入を 鳥尽 都鳥 猿島惣太 粋な彫り物を入れた惣太がにっと笑う。向こう鉢巻きで櫓をこぐ姿。都鳥が飛んだり泳いだりの背景。彼の彫り物はどうやら「桜姫」らしい。「桜姫」の「世界」にはこうした面白いキャラが多い。

国芳 ほふづきづくし 夕立 戯画もここまでくると立派としか言いようがない。
赤酸漿・青酸漿がまざって急な夕立に右往左往の姿。江戸庶民の様子を酸漿に託す。

国芳 ほふづきづくし かん信 韓信の股くぐりの故事を酸漿で描く。もう笑うしかない。

歌川貞秀 富士山真景全図 二人の変な爺さんが山中にいるが、これは仙人なのかね。
妙な世界になっている。

貞秀 富士山体内巡之図 これまた変な世界が広がる。いや、狭い場所だから広がる破片か。苦しそう~せまそう~這う人多し。大日如来や阿弥陀の洞窟があったり、鍾乳洞のお乳としか思えんものから水を飲んだりとか色々。山の地下には入りたくないなあ。

国周 かべのむたかきいろいろ 先人国芳に倣い、国周も役者絵を「壁の無駄描き」する。左端は菊五郎か?田之助が女児雷也、ほかにも鬼神のお松、蝙蝠安などに扮した役者もいる。そして自身も鯔背な姿で描きこむ。

国周の役者絵はほかにも彦山権現のおその(彦三郎)、地震加藤(権之助)などが出ていた。
彦山は今もたまに出る。

芳年 鬼若丸、藤原保昌らの人気作品の他に風俗三十二相から4点と、月百姿からも色々。
芳年もこの20年の間に本当によく見るようになった。とても嬉しい。

三世広重 東京諸官省名所集 明治10年頃の省庁あちこち。レンガの紙幣局、和風の陸軍省、租税局というのもあったらしい。

清親 大橋雨中図、両国花火図といった人気作のほかに「今戸夏月」というのがあり、これは初見。粋筋の女が三味線を置いてすっきりした顔でこちらを見ている。万年青があるのもいかにも明治。今戸といえば石川淳「至福千年」の「今戸の一字庵冬峨」を思い出す。

安治も京橋勧業場、銀座商店夜景などが出ていた。
定番作品の展示でもやはりそこにあるのが嬉しい。

鈴木華邨 「桐一葉」口絵 狂乱前か淀殿が立つところを描いている。
「切らん切らんと狂乱の態」ね。このパロディが齋藤緑雨「鶏卵鶏卵は卵のことなり」だったかな。
華邨の絵はほかに「照葉狂言」を見ている。

文藝倶楽部のための口絵が何点か並ぶ。
武内桂舟、清方、尾形月耕などの活躍した雑誌。

千代紙もたくさんあった。中には暁斎がデザインしたものもあるが大抵は作者不詳である。
しかしいずれも魅力的な意匠で、色・柄ともに新時代「明治」を感じさせる。
菊花、紅葉に桜、小菊、南天、楓、麻の葉、霞に桜と紅葉、千鳥柄など…

おもちゃ絵も出ていた。実際にこれらの復刻版が欲しくなるものばかりである。
国芳 新版 宿下り楽双六 大奥や大大名にお仕えする女たちのお宿下がりは莫大な金がかかる。朋輩たちへの土産物、自身の芝居見物、料亭巡りなどで百両単位でカネが動いたりするそうだ。ここでも人形芝居、花見、おごり、遠足、深川に出かけたり、なんだかんだ。

国政 俳優出世 富士登山寿語六 浅草公園六区 人造木製富士山遊覧場之図 遠目から見ればまるでデコレーションケーキのような登山図である。登山口には田之助がいて、頂上寸前で福助が團十郎と菊五郎によってひっぱりあげられようとしている。(これは彼が若いということを言うのか、それとも既に鉛毒がキていることをさすのかはわからない)
頂上にはほかに芝翫、左団次もいる。
石神井公園ふるさと歴史館で同時代の双六に、西洋の舶来品が山を上ろうとし、日本古来の品々が下山しつつあるのをみたが、それを思い出した。

オバケカルタ 昨夏、大阪歴博や横浜そごうで開催された「幽霊・妖怪画大全集」展で今出来だがオバケカルタを手に入れた。あれは本当に嬉しかった。
この幕末から明治初期のオバケカルタもとても愛らしい。本所竪川の一つ目小僧、柳の下のウブメ、猫又、安積沼の小平次、提灯小僧などなど。可愛いなあ。
復刻して販売すればいいのに。

遊び札(貝合わせ) 芝居や講談のカップルを合わせるもの。お妻八郎兵衛、お国元三、お染久松、他にもいろいろ。

まだあるまだある。(「天下茶屋聚の元右衛門の台詞」
国安 立川焉馬述 京江戸大坂当年噺 月次の色々な楽しみや行事など。
三月は新町の天神、七月は大文字、十月大坂亀の井戸などなど。

芳艶 大道具引抜早替怪談てしな 一流 花川文寿斎(辻ビラ) この辻ビラというのは一流の浮世絵師も多く出かけていて、浅草奥山、両国の見世物興行などの宣伝を描いたものだが、どれもこれも魅力的で非常にそそられる。
明治後期の「引き札」の前身でもあるが、こちらの方が面白いものが多いように思う。
さてこの辻ビラは怪談尽くしでしかもそれを手品で見せるという代物らしい。
石子を抱くお岩、天徳の蝦蟇、外連味たっぷりである。しかも卒塔婆には「大入」「大当」の文字が入るのもいい。
わたしは本気でこういう辻ビラというものが好きでならない。

この後は「引き札」や色んな「型紙」、袋、熨斗紙などの木版ものが並ぶ。いずれもしゃれている。足袋型なんかは今のインソールと同じ形だし、お菓子袋に描かれた金太郎と山の動物たちとの交流もいい。
スポンサーつき辻ビラもある。金紅丹のそれは大和名所図会でもあり、吉野、妹背山、飛鳥、安倍の文殊、長谷寺、三輪、南都、法隆寺が描かれていた。


ここで太田美術館「広重ブルー」の感想を挿入する。
わたしは後期展に出かけた。
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肉筆画は5点あった。
京嵐山渡月橋、海晏寺観楓、信州更科田毎の月、月夜観桜美人図、桜花美人図である。
先の3点は風景画で後の2点は美人画である。
まだ「広重ブルー」はここでは満喫できない。

そもそも広重ブルーとは何か。
幕末になり洋もののベロ藍(ベルリンブルー、プルシャンブルー)が入ってきて、飛躍的に「青」が美しくなり、保ちもよくなったのである。
広重ブルーは輸入の青で成り立っている。

名所図を見る。
東都名所の連作も2種あるようで文政年間の日本橋と天保年間のがある。
高輪、芝浦、洲崎、佃島それぞれの地でみる美しいものを描く。
高輪の名月は「二十三夜待ち」で高名だし、佃島の海辺朧月もいい。
洲崎は雪の日。綺麗な青が活きることで、海も空も川も道も夜も朝も、みんな違う表現ができるようになった。

諸国を描いた連作もいい。
六十余州名所図会シリーズなどである。この時代に「六十余州」といえば黙阿弥の芝居の弁天小僧で首領の日本駄右衛門が名乗りを上げるときに使うのを思い出す。
「六十余州に隠れのねえ賊徒の張本・日本駄右衛門!」これですな。
描かれていたのは鳴門の渦、壱岐、養老の滝、更科田毎の月など。
阿武門観音堂 これがいちばん好ましかった。

名所江戸百もたくさん出ている。
「広重ブルー」という視点で眺めると、ブルーの占める役割・力というものに改めて打たれる。
絵の中に描かれるやきものも染付のいい色が表現できるようになったし、夜の深みもブルーで描かれる。
江戸時代に入ってから、染付のブルーには唐渡のコバルトが使われ、鮮やかなものから薄いものまで作られるようになった。
浮世絵のブルーはオランダ経由のプルシャンブルー。
広重にしては珍しい物語に関連する絵もある。
天神記 賀のいわひ 団扇絵で、千代(松ぼっくり)、春(梅)の着物で薬草摘み。

ベロ藍の入り初めの頃の作品も並んでいた。
また逆に輸入以前作品も。
ほかの絵師たちの青の美を堪能する。

北斎 富嶽三十六景 礫川雪の旦 雪と濃い青の美にときめく。

国芳 東都名所 大森 ノリ掻きだし中の女二人。小舟に乗って働く。青が明るい。

貞秀 長崎丸山之図 ランタンにビーズがつく。綺麗なランタン。藍のみごとさ。

天保年間は「青の時代」というてもいいのかもしれないと思う。

国貞 江戸名所百人美女 江戸はし 濃い藍色の着物の女。帯をギュッとね!

二世広重 東都名所 上野清水堂満花 清水堂以外全て青。桜もよく咲いている。

青の美にときめいたなあ。

どちらも5/25まで。

描かれたチャイナドレス─藤島武二から梅原龍三郎まで

「夕日と拳銃」をフィルムセンターで見た後、ブリヂストン美術館へ向かった。
「描かれたチャイナドレス 藤島武二から梅原龍三郎まで」展を見るのである。
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1915年(大正四年)の武二「匂い」から1942年の梅原「玉鈴と三鈴」までが並ぶ。
先にあの映画を見たことでいよいよ気持ちが高まっている。

この時代は日本が中国文化にのめり込んでいた時代でもある。先年、関西で多くの美術館が参加したリレー式展覧会「中国書画展」が開催されたが、たくさんの文物は同時代に将来したものだった。
中国を行き来する人々の中には画家も多く、彼らはそこでチャイナドレスの美に魅せられたのだろう。

武二 匂い これは東近美で会う度に黙って眺める一枚である。
ピンク色のチャイナ服の女が鼻煙壷の匂いを楽しんでいる。陶酔は深いものではないだろう。そこに匂いを漂わせ、まといつかせながら、彼女は物思いに耽っている。ピンクの服、ピンクの壷、ピンクのテーブルクロス、ピンクの花、ピンクの頬、ピンクの爪、ピンクの唇。
そしてブルーの花瓶、ブルーとピンクの混ざり合う背景。
それらを引き締めるのは女の深い黒髪。

武二 唐様三部作 どうやら壁画の下絵らしい。武二はヨウを持っていたそうで、これはそれをモデルに描いたものだろう。唐美人たちの優雅な一場。

武二 東洋振り これは2002年のブリヂストンでの武二展で見たのが最初かと思う。わたしはそれまでは武二の美人画はイタリア美人が最上のものだったのだが、この一連のチャイナドレスの美人たちから考えを変えた。
右向きの横顔は華やかである。青地に花柄のチャイナドレスに、青の七宝焼の髪飾り。首には珊瑚、手には団扇。背景の臙脂色もいい。
肌色の濃さも格別で、日本洋画の美人画とはこの肌色が魅力的か否かで決まるものだとわたしは思っている。

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女の横顔 今回のチラシの美人である。モデルは夢二、晴雨のモデルをも勤めた「お葉さん」こと佐々木カ子ヨである。優美な横顔は武二の要求に十分応えるものだった。
背景の荒い山の図はルネサンスの肖像画を再現したがったことからの取り組みである。
イヤリング、髪飾りなども綺麗で、一層その横顔の美しさを際だたせる。
この絵は長らく世に出なかったが、今は再び日本にある。

わたしはこの絵の変奏ともいえる「芳恵」にもひどく惹かれている。

武二 鉸剪眉 人形を写したものだという。確かに表情に生気がないし、台湾でみた人形にも似ているなと思ったはずだ。こちらは人形モデルバージョンだが、人間バージョンの絵もあり、そちらもいい。
この絵は神戸の小磯記念館での展覧会でみている。

武二 台湾の女 青いバンダナがとても印象的。これも12年前の回顧展でみた。真正面向きではっきりした顔の女。

小林萬吾 銀屏の前 青いチャイナドレスの上下を着ていすに寄りかかる。わたしはこの女の顔に親しみがある。わたしの友人にそっくりなのだ。それだけでも嬉しい。

児島虎次郎 西湖の画 とても華やかな情景。綺麗に飾られた船で遊ぶ人々。胡弓を演奏する男、歌う女、奥ではまた楽しそうな語らいがある。華やかな遊びの場。

虎次郎 花卓の少女 大きな目の少女がテーブルに倚っている。瞼の半ばまで前髪が伸びている。ややハレ瞼でよく見かけるような顔立ち。青紫のチャイナ服を着てこちらをじっと見ている。花瓶には薔薇、そして奥には牡丹。「牡丹と薔薇」という数年前のドラマを思い出した。

正宗得三郎のチャイナドレスは他の作家時違う特性を持っていた。
彼はフランスで購入した布地で、日本で奥さんが拵えたチャイナドレスを描いている。
奥さんは昔の人だから洋裁和裁も出来る。旦那がチャイナ服の美人画を描きたいと言うので、はりきって型紙も何もないのに自分のオリジナルで拵えたそうだ。
とても偉い。
1925年の2作「赤い支那服」「支那服」はいずれも奥さんのオリジナルハンドメイド・チャイナドレス。しかもモデルも着用者も奥さん。
いい話だなあ。

それで思い出したが、岡田三郎助は同時代の中国の刀子コレクターとして名高かった。
かれは日本の小袖コレクターでもあり、美人の誉れ高い八千代夫人が豪奢な着物をまとったところをよく絵にしていた。
刀子コレクションについてはこちら

また西洋の近代ドレスを愛したのは中山忠彦で、彼もつい数年前まで美人の奥さんにドレスを着せて描いていた。
今は別な女に着せている。

正宗 中国服を着た女 後期に出てくる安井の「金蓉」と同じ小田切峰子を描いている。
彼女は「聖☆おにいさん」に出てくるぬいぐるみのカンダタによく似た、ただしこちらは黒色のぬいぐるみを持っている。
ところでこちらは以前「永青文庫の所蔵品から『近代洋画、セザンヌから梅原・安井まで』」展で見たのが最初だった。
その時の感想はこちら

藤田嗣治 力士と病児 パリから出て行った後の作品は妙なカラフルさに満ちている。
見世物の力士の大きな姿と若い母親と。

小出楢重 周秋蘭立像 パリには行ったが上海にも北京にも行ってない小出が、やたらめったらチャイナドレスに憧れたそうで、これは友人等の尽力により描けるようになったもの。モノスゴイ配色なのはいつものことか。

清水登之 松江の茶館 松江というても不昧公の松江ではなく、上海の松江。さらっとした群像がいる風景。いかにも清水らしい構成力。
お茶を楽しみながら外の景色を眺める。

梅原龍三郎 姑娘とチューリップ これも武二「匂い」と共に東近美の名品の一つなのだが、今回ほどまじまじと凝視したことはなかった。
油彩と岩彩とを併用するのはいつからかのスタイルだが、この姑娘には非常に特徴的に、それらが使用されていた。
ソファでくつろぐ姑娘には青がとても効果的に使われている。
白目部分、髪のところどころ。そうすることで彼女の個性が際立ってくる。

梅原 玉鈴と三鈴 お気に入りの姉妹を描く。しかし何故か洋画における死人カラーの緑色を姉妹の顎などに使う。ふたりのはっきりした眼がこちらを見つめる。

岸田劉生 照子像 妹照子を水彩画で描く。チャイナドレスが似合う照子。かなりの美人である。照子像といえば油彩のチャイナ服の方を見知っているが、この水彩も悪くない。
ちょっとばかり目がイッてるが、美人でチャイナドレスがよく似合う。

久米民十郎 支那の踊り これも正宗版「金蓉」同様永青文庫で見たのが最初。
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2009年の春の話。異様な手付き、のけぞるポーズ。
1920年の支那のリアルな時代の絵なのだが、本当の中国ではなく、どこか遠い世界での情景にも見える。
少しばかり未来派風にも見える。本当の未来派ではなく、その当時の日本人が懐いていた未来派のイメージとしてのもの。

朝井閑右衛門 蘇州風景 黄色い空に蓮池。びっくりするくらい薄塗り。朝井の仕事と思えないくらいの薄さ。そして浮世絵的遠近法の使用。細い木のバランスの危うい美。

三岸好太郎 支那の少女 なにやら目がイッてるようだ。阿片中毒のような感じ。

絵の他に本物のチャイナドレスも展示されていた。
1910年代から1930年代の6着。いずれも綺麗だが、時代が下がるにつれてモダンになり、かっこいい。

1910年代の黒の長袖のドレスは葡萄、唐美人、花などを刺繍している。これは満州族の伝統旗袍ではないかと思う。とても優美。


長背心というドレスもあり、これはノースリーブのワンピース、藍色の花柄が大きく、どこか同時代のモリス商会の壁紙を思わせる。

龍の刺繍の入った蟒袍もある。清朝の貴人の着るような感じ。

ほかに赤地に花柄・長袖のもの、ノースリーブで今日のわれわれのイメージするチャイナドレスそのものの形をしたものなどさまざま。

1930年代のラメ入りの大きな花柄ドレスなどは今日の西陣の帯に似ている。
かっこいい。

やはり1910、1920、1930年代で全くセンスが違う。モダンなものに惹かれる。
細くないと着れない綺麗なドレス。

映画「上海グランド」を思い出した。
あの映画の中で抗日の同志たちを拷問して殺すサディスティックな女がいるが、彼女のチャイナドレスはとても素敵で、それが主人公の目に残り、彼女の行方を知るために仕立て屋を尋ねるくだりがある。
チャイナドレスは仕立て屋さんで作らせるのだ。

それから戦後の日本映画黄金期の一本「憲兵」で岸恵子が何着ものチャイナドレスを着替えてみせたり、その後に作られたハリウッドの名作「慕情」でもジェニファー・ジョーンズがチャイナドレスの美女を演じていた。

チャイナドレスの魅力は深く、それをまとう女へのときめきも深いのだろう。
7/21まで。


なお、こちらは横浜のユーラシア文化館での展覧会。
「福を呼ぶ中国版画の世界―富貴・長寿への日中夢くらべ―」
ここではモダンなチャイナドレスの美女ではなく、民間の絵師が描いた柔らかな丸顔の旗袍姿の美人画が集まっている。
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奥様と侍女。どちらも足元は隠されているが、間違いなく纏足されているだろう。
蝶やコウモリと言った吉祥文様が縫い取られた旗袍を着た二人。

唐子絵もあり、こちらも可愛い服を着せられている。あらゆるところに吉祥を福を願う中国人。面白く思った。

関羽が神様なのは知っていたが、他の武将も神様になっていた。
唐初の尉遲敬德も神格化され、災いを除き福をもたらす護符として版画が作られていた。
彩色はさまざまである。版木も一つのものではないようだが、パターンは決まっているのでそうそう違いはなさそうだった。
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ほかには西遊記の版画もあり、キッチュな彩色も楽しい。
こちらは6/29まで。

映画「夕日と拳銃」をみる

子供の頃、横山光輝「狼の星座」で馬族を知り、伊達順之助を知った。
よく読めばそこに「夕日と拳銃のモデル」とあるのがわかるが、まだ幼かったわたしはそこまで覚えられなかった。

檀一雄の「夕日と拳銃」を読んだのは82年頃かと思う。
わたしは「LaLa 」で森川久美「南京路に花吹雪」に出逢い、1920~1940年代の上海にのめりこんだのだ。
そしてそこからあの懐かしい「狼の星座」を思い出し、さらに生島治郎「夢なきものの掟」を知り、次いで「夕日と拳銃」を手に入れたのだった。
この三つの作品は今も手元にある。

当時のわたしは檀一雄は「火宅の人」「リツ子」ものの人だと思っていたが、「夕日と拳銃」を知ってからは読める限りの本を手に入れていった。
「燃える砂」「長恨歌」「青春放浪」などの大陸ものがやはり好きで仕方ない。
近年になり「ペンギン記」をやっと読むことが出来た。
これは立原あゆみの作中にも引用されていて、いよいよ檀一雄の「カッコよさ」にシビレることになった。

その「夕日と拳銃」。
11年前にフィルムセンターが日本映画界の物故者追悼上映会で「夕日と拳銃」を上映することを知り、わたしは万難を排して出かけた。
檀一雄のファンだというだけでなく、主演の東千代之助にその数年前からときめきがあり、どうしても見たかったのだ。
東千代之助になぜ急に熱中したのかも自分ではわからない。
だいたいわたしは時代の流行とは離れたところに生きているので、いきなり何がどうなるのかわからないのだ。
その日は昼間に東千代之助の出演した「笛吹童子」全作をみて、夜から「夕日と拳銃」を見たのだった。

今回は3時からの上映である。126分の作品は「日本篇」「大陸篇」と分かれた構成である。インターミッションなしの作品で、弛みもなく、ドキドキしながら見た。

映画は東映のイーストマン東映カラーで、今日のカラー作品とは全く違う色彩感覚で構築されている。
なおスタッフ・キャスティングについてはこちらに詳しい。

日本篇、大正六年から物語は始まる。
華族会館で今しも華燭の典が執り行われている。
そこへ突然放浪の旅に出ていた新婦の弟が乗り込んでくる。
彼はまだ二十歳の伊達麟之助である。
彼は満州を流浪していたところ当局に捕まり、「伊達家の御曹司」ということで<穏便に>強制送還されたのだ。
自邸に戻ると植木職人の松源と娘のお千代から姉の結婚を聴き、満州浪人の姿のまま、騎馬で出向いたのである。
いきなりの登場で「放蕩息子の帰還」とはいかず、祖父母から叱咤される。
だが両家と縁の深い、今回も仲人をする山岡厳山とその娘・綾子からは温かく迎えられる。
美しい綾子は三歳下の麟之助を「坊や」と呼び、豪胆な厳山は笑い飛ばすが、丸く収まるはずもない。

伊達家の両親は既にないらしいことが次のシーンでわかる。
醍醐家との式が台無しになったと嘆く姉、体面重視の祖父母が、麟之助の養育係である鹿児島男児の逸見を呼びつけて叱り続けている。
祖父母は加藤嘉と村瀬幸子である。祖父は激昂しているが、祖母はひんやりと憤っている。
ここの老夫婦は圧倒的に妻の方が厳しいようである。
家風に合わない嫁を実家に追い返したが、さすがに幼児が憐れまれると夫が麟之助を母のもとに遣ったのがそもそもの間違いだと今さらながらに妻は言うのである。
細かいことに気を遣わぬ田舎者への怒りが今またフツフツと沸き立ったか、とうとう逸見も出入り禁止と相成る。

加藤嘉はエキセントリックな老人役が巧いと思う。「神々の深い欲望」でも妾がその兄と秘かに会うたことに嫉妬して折檻するところや、晩年のTVドラマ「家政婦は見た」でもそうだった。万葉学者で認知症の老人役で出て、なにやらとんでもないことをやらかしたり。

華族の邸宅の素晴らしさにも感心する。セットではなくロケもあるようで、今はもう失われた近代建築の名品が作中にしばしば現れるのが、見ていてもせつなく、また興味深い。

逸見は山岡家に挨拶に向かうが、麟之助の満州の雄大さを聴くにつれ自分もまたかの地へ向かうことを思う。
麟之助のそんなところを面白がる厳山。演ずる小澤栄(まだこの時は栄太郎ではなかった)がカカカカカカと笑う。
わたしはこの人の華族の役と言えば「悪魔が来たりて笛を吹く」の玉蟲男爵を思い出すのだが、あのときもこんな風に笑っていた。

一方、綾子はヨーロッパ帰りの才女で、満州にはあまり関心はない。
麟之助に「おば様」「坊や」と呼び合うことを禁じあい、「おあねさん」「麟之助」と呼び合うことを決める。
彼女は新婚旅行に出た先のポーランドでベージュ色のルバシカを夫のために買うが、パリで離婚していた。一度も袖を通されなかったルバシカを麟之助に着せ掛ける。
麟之助はルバシカよりむしろパリで綾子が購入した拳銃に関心がゆく。
彼は満州放浪の時に既に拳銃の魅力に憑りつかれていたのだ。
伊達家の庭で松源父娘の前で腕前を示した時には、銃口の煙をフィーと口笛のように吹くことをして見せてもいる。

綾子にねだられ、隅田川に遊びに行く二人。
麟之助は激情に駆られ、綾子に「結婚してください」と強く言い募る。
が、事態は急変する。
隅田川へは綾子の弟で麟之助の学習院時代の友人・慎太郎らのボート部の様子を見に行ったのだが、その慎太郎らが地回りに絡まれて逃げ出すのに遭遇する。
麟之助は慎太郎ら坊ちゃん連中を逃がす。

この色白のおとなしそうな青年を演じているのが、実は高倉健(新人)なのだった。
健さんも新人の頃は色白のお坊ちゃま君を演じていたのだ。
話は飛ぶが、高倉健は檀一雄の大ファンで、嵐山光三郎「口笛の歌が聴こえる」によると、平凡社の「太陽」誌上で対談が組まれようとして、健さんは大乗り気だったが、檀に逃げられてしまう。
後年、健さんは檀の娘・ふみと対談する中、延々と檀一雄への憧れを口にしていたという。
檀ふみのエッセイの中でその模様が明るく描かれている。
健さんは檀ふみをもてなそうと、一時間になんと6杯も自慢のコーヒーをたてたそうだ。
檀ふみもその好意に応えようとがんばって6杯飲んだそうだ。
わたしなら、二杯目に行く前にもう目が回っている。

さて地回りの日傘の団蔵ともめるうち、麟之助は団蔵を拳銃で撃つ。極めて冷静な目をして、何の昂揚もないまま彼はヒトを射殺する。
団蔵は花沢徳衛である。若い頃から晩年まで一貫して下町の兄哥、親父を演じてきている。
わたしなんぞは今でも東京の下町をふらふら歩くとき、「こういうところに花沢徳衛とかおりそうやなあ」と思うのである。

射殺した罪から逃れる気のない麟之助は警察に行く前にライスカレーを食べたいと綾子にねだる。二人はどこかのホテルのレストランに入り、カレーを食べる。さすがに綾子は食欲がないが、麟之助はお代わりを注文する。
なお、ある時代までは「カレーライス」ではなく「ライスカレー」が主流だったことを、この場面から思いだした。
麟之助は悠々とライスカレーを食うが、彼はもう死刑をも覚悟していた。さらに殺した相手に遺族がいればその者に殺されるがいいとも言う。
結婚どころの話ではなくなる。それが却って綾子の執着を生むが、麟之助は警察への電話を頼む。

結局地回り団蔵の殺され損になる。
少々自暴自棄になっていた麟之助は差し入れのルバシカを着ることも拒んでいたが、逸見の諭しを聞き入れ、防寒具としてルバシカを着る。
釈放されたその日、山岡家ではパーティの準備がなされている。
父の厳山は綾子に麟之助を連れて、やかましい国外を出て、外国で結婚しろと笑って勧める。綾子もその気になり、弟も喜んでいるが、肝心の主役が来ない。
結局パーティはお流れになり、逸見と綾子だけが麟之助を待ち続ける。

その頃の麟之助は殺した団蔵の家に行き、妹のおこうに自分を殺してくれと迫るが、そうはいかず、結局おこうの誘惑に負ける。

翌朝おこうはニコニコしているが、麟之助は後悔とどうしていいかわからない状況でぐすぐすしている。そこへ逸見を伴った綾子が現れる。
おこうは知らないと押し切るが、その手にあるルバシカを見てすべてを悟る綾子。

彼女はショックと腹立ちから麟之助の満州行きの見送りに出ず、ピアノを弾き続ける。
事情を知らない慎太郎は姉の気まぐれに呆れながら横浜港へ向かう。
帰宅した慎太郎は門前でうろつくおこうに「何の用?」と訊くが彼女と麟之助の関係に気付くことはないままである。
そしておこうは麟之助の満州行きを知りこちらも頭に血が上る。

伊達麟之助、女難の人だというところで「日本篇」は終わる。

大陸篇。張作霖と戦う馬賊の一群の中に麟之助がいる。
騎乗での射撃の腕も高い。
横山「狼の星座」によると馬賊の射撃法は独特の様式があるそうだが、ここではそうは描かない。
しかし麟之助の弾丸は張の頭をかすめ、張は撤退する。

政治的状況の推移は画面での説明による。
大陸浪人から馬賊になった麟之助の姿があるのもその説明による。
彼は義侠心から弱い立場の側に立ち、戦い続ける。
盟友の遺児チチクを逸見に預け、また遠い大地を駈け巡る。
やっと会いに来た綾子とも新しい関係を築くが、彼は女の元にとどまることはできない。
綾子手製の黒いルバシカを大事にする麟之助。

一方逸見は満州まで麟之助を追ってきて、今や雇われ女将として立ち働くおこうと再会し、チチクを養女として同棲する。
逸見は逸見で「王道楽土」建設を本気で夢見ているのだ。

王道楽土という言葉を当時どれほどの日本人が信じていたのだろうか。
そのことを考える。
わたしが最初に「王道楽土」「満州」という単語を知ったのは、TVドラマ「赤い運命」からだったと思う。
満蒙開拓団に参加し、命辛々日本に逃げ帰ったことを恨み続ける男(三國連太郎)の台詞からだったはずだ。
後年、安彦良和「虹色のトロッキー」が建国大学を描いたことで「王道楽土」を信じた側とそうでない側との温度差を見せてもらったように思う。
結果として、この世に「王道楽土」などは存在しないことは歴史が示してしまった。

馬賊としても高名になった麟之助だが、今度は綾子への愛を隠せなくなる。
綾子が奉天に来たことを知り会いに行こうとするが、馬賊の九蓮山に止められ、ここへ連れてきてあげると言われる。
その言葉を信じ、綾子が来るのを待つことになる麟之助。

九蓮山を演じる南原伸二(後に南原宏治)の独特の魅力にときめく。
わたしは前々から南原の特異な風貌と声にシビレているので、わくわくした。
その彼があの九蓮山なのである。
原作を読めば読むほど九蓮山のねじれ・よじれた愛情にときめく。
九蓮山の妹アロンにそのことを言わせている。
「兄さんは好きになった人を敵視して倒そうと熱中する。でも倒した後に激しく落ち込む」
傾いた愛情にゾクゾクする。
その九蓮山を南原が演じるのだ。
ときめきの度合いが高まるのも当然ではないか。

気の毒な兄妹は麟之助に深い恋情を抱くが、どちらも彼の心を捉えることはできない。
アロンは当初小汚いかっこで現れたが、麟之助に愛されたくて綺麗にやつしてその前にでる。
しかし麟之助はアロンの気持ちを読みとることはない。

やがてもつれた愛情は頂点に達する。
麟之助は彼らを置いてとうとう綾子に会いに出ようとする。そのとき綾子からの手紙を忘れた麟之助は取りに戻るが、小屋は炎上している。それでもなお火の中に飛び込もうとする麟之助に向けて、アロンの嫉妬の拳銃が火を噴く。

女難の相はとうとう暴力まで伴うようになったのだ。
結局それで綾子とも再会することになるのだが、彼はいよいよ旅立たずにいられなくなる。

一方「桃源郷」としての王道楽土を経営する逸見の家庭ではおこうがみごもり、逸見を有頂天にさせる。チチクも今や可愛らしい少女に育っている。
しかし麟之助の噂を聞いて、おこうは今更の手遅れ感を抱くのも事実だった。

満州から離れてヨーロッパに行きましょうと誘う綾子を振りきり、麟之助はさらに抜き差しならぬ状況に踏み込んで行く。

馬賊の王とその妻子が関東軍により処刑される。
王を演じるのは千田是也だった。
東映の映画にも出ていたのか。
そしてその件で関東軍ともめた麟之助は山東省へトバされることになる。
さらに桃源郷が襲撃され、チチクを守るためにおこうは敵前で自殺し、逸見の王道楽土は崩壊する。
だが、逸見の活動はスパイによって金日成にも伝わっており、けがをした逸見を助けてくれる。そして好意を持って対される。
ところで軍の司令部はどうも山下啓次郎の設計した刑務所の門前によく似ているように思う。

昭和九年。
生き残った人々の暮らす村では今しも宴会中であり、チチクが歌を歌っている。大喝采の後に「馬賊の唄」の合唱がある。
松源の娘お千代も満州にやってきていた。彼女は麟之助の身の回りの世話をしたい、おそばにいたいと切望するが、それは決して叶えられない。
逸見からもお千代と婚姻することを勧められたがきっぱりと断る麟之助。

ふとお千代は子供の頃によくしたことをしようと麟之助に言う。
まだ少年だった麟之助の拳銃の稽古に、頭上にリンゴを置いて狙わせるあの行為である。
ただしあの頃は言えば「エア」銃撃だったが、今回は本当の銃撃をしろとお千代は言う。
度胸を決めてお千代のリンゴを狙う麟之助。
見事にリンゴに命中する。
お千代はこれで心の痛手を振り切れたのだろうか。

そこへ真打ち登場である。
綾子が弟らと共に現れた。山東省へ行くのを止めさせるためにである。
しかし聞くはずもない。
どうにもならないので結局は途中まで見送ることになる。
その見送りに金日成ら朝鮮独立に燃える一団も立ち並ぶ。
そのことを告げにきたのは今や金日成の手元で戦うアロンだった。

綾子と並んで馬を進める麟之助。彼は時間を尋ねる。
綾子は言う。「あなたが時間を聞くといつもお別れね」
道は続くが、もう共に進むことはないのである。

映画はここで終わる。
原作では麟之助の死、綾子の再婚、生き延びた九蓮山の麟之助への追慕の台詞、逸見が今も大地と共存し続けていることの報告、そこまでが描かれる。

大正六年から昭和九年までの麟之助の生涯に絞ったのはよかったと思う。彼の死を見たくはないからだ。
東千代之助の端麗な美貌は時代劇の方が映えるが、この「現代劇」も本当によかった。
わたしは二度もこの映画を見ることができて嬉しかった。

深い感銘を胸に刻みながらフィルムセンターを出た。
11年前、ここで見た後聞こえてきたおじいさんの会話が耳に蘇る。
「前に見たときより面白かったなあ」
わたしも言おう。
「前に見たときよりずっとずっと面白かったなあ」

この後いつか見ることがあればまたここへ見に行きたいと思っている。

クールな男とおしゃれな女

山種美術館「クールな男とおしゃれな女」初日に参りました。
わたしは美人画が好きなのでいそいそと出かけたわけだけど、期待にたがわぬ佳さがございましたな~
カッコよかった。
一言でいえばこれが全て。
どうカッコよかったかを、カッコ悪くならない程度の長広舌(!)で記したい。
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第一章 クールな男
なじみの男たちもこうした視線でみつめると、垢抜けたクールな男に見えてくる。

まず古代から南北朝までの中世のクールな男たちを見る。
雅邦 日本武尊像 ああ、おっちゃん。でも装束はかっこいい。勾玉が20個もついたネックレスをしている。

霊華 春光 狩衣姿の三人。中世のおしゃれ。

古径 蛍 伊勢物語から。女の気を引こうと蛍を放つ男がいて、その女車の横に立つ狩衣姿の男の目のヤラシイことw「まめな男」の代表格の昔男くんはこんなのばっかりですな。

霊華 菅公之図 束帯姿。柔らかな感触を感じる。半跏像。

契月 紀貫之 これはほんと、素敵。グレーに黒の文様入り薄地の。かっこいい。

契月 八幡太郎 義家の姿。色白で墨の線だけで表現された優美な姿。白描のような鳥と瑞雲、袴には波模様。

青邨 三浦大介 この時代の人にしては驚くほど長命だったという老人。ずしんとくる。鎧の美についての青邨の言葉がある。

靫彦 平泉の義経 実父以上に「父」たる存在の泰衡と共に若い義経。靫彦の「文化相」への理解についての言葉がいい。

猪飼嘯谷 楠公義戦之図 崖に向けてサッと動く楠公。動きがカッコいい。これは挿絵の魅力、それに近いものがある。口絵的な良さ。
何もタブローばかりが一流ではない。口絵挿絵のクールさは直接的なだけに忘れがたいものだ。

冷泉為恭 武者図 左幅は松下での待機、右幅は座しての待機。いずれも昔の日本人らしい四頭身だが、甲冑姿の彼らはカッコいい。

武家の鎧の美と平安貴族の狩衣の美とを作者による文章つきで楽しんだ。

次は近世である。
靫彦 出陣の舞 今回の観客の出迎えはこの信長公だった。
展示室に入ると真っ先に現れ、幸若舞「敦盛」を舞っている。
着ているものも凝った文様で、染め分けがされた千鳥が素敵だ。

青邨 異装行列の信長 舅の斎藤道三に会いに行くときの演出。周りの少年たちのぼってりと眠たそうな顔に比べ、信長一人がシャッキリしている。

やっぱり信長というのはすごく自己演出がうまいな。少年時代の「大うつけ」も当人の意志が反映されてのことだろうし。そうなるとやはりクールだ。
見栄えのよくない秀吉は信長のクールさを一番のものと見た。意識の根底に生きるものは晩年まで消えない。

靫彦 豊太閤 太閤殿下になった秀吉の肖像。元ネタは逸翁美術館にある狩野派のそれだと思うが、ここには日の本随一の権力者たる男がいる。

守屋多々志 初陣 これは平安末期以降か。丸顔少年のデビュー。隣には兄らしき人。

多々志 慶長施設支倉常長 ローマの町並みを回廊から眺める常長。その横顔。回廊の廊下は白と黒の市松模様で列柱が静かに立つ。常長の傍らにはポインターらしき白黒斑の犬。
そして鋭角的な曲がり方を見せる廊下の先の黒タイルには黒の小型犬がいる。
白と黒のスタイリッシュな様式。四海の外に広がるローマの景色は黄土色の屋根の波。
そして左奥から灰色の衣を着た教会関係者が現れる。
常長自身は白地に青の丸文様の連続パターンの小袖を着ている。丸と四角との差異も面白い。

写楽の役者絵が出ていた。役者本意ではない絵。
豊国の役者絵の方が客の好みを反映した造りになっている。
二枚目の場合はやっぱり豊国の方がいい。

最後に1987年の現代日本画が現れる。
濱田台児 段上の河北先生 これは茅場町の山種美術館の8階の階段に佇む、河北先生の肖像である。ピンクがかった素敵な色合いのスーツを着こなした、しゃっきりした素敵な先生の姿。背後には大観の「流燈」が飾られている。
はっ となるカッコいいお姿だった。
そして模写として「流燈」も魅力的だった。

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第二章 おしゃれな女
桃山から現代へのおしゃれな女たちが現れた。

曠平 曲水の宴 女たちの曲水の宴である。白目は白く金泥は使われない。右1の幼女は蝶を追う。盃を手元に引き寄せる女もいる。優美な様子が描かれている。
桃山時代の装束をまとった美しい女たち。

映月 ねねと茶々 奥の高台院が地味な装いでいるのに対し、茶々は華やかな衣裳をまとい、手に八重桜の枝を持っている。

小早川清 美人詠歌図 髪を一束ねにし、紙で一部を包む。しっとりした若い婦人が室内でくつろぐ。
大正の粋筋の美人からモガまでの近代風俗美人を主に見ているが、こうした古い時代の美人もいいなあ。

深水 吉野太夫 その時代の先端を行っていたトップの太夫の、ある一景を捉えたショット、そんな風にも見える。常におしゃれでいなくてはならない存在。着物のセンスも取り沙汰される。かなりカッコいい。

浮世絵からは春信、歌麿の美人が出ていた。江戸も一括りには出来ない。

清方 伽羅 源氏香の意匠の枕から頭を挙げてまだぼんやりした眼でいる美人。小さな花が着物や帯に点在する。花菖蒲、朝顔など。
清方美人は大胆な柄の着物の人は少ない。これはやはりお江戸の下町育ちの美意識が反映しているように思う。

松園 春のよそをひ 薄い櫛笄簪。鼈甲ではないようだがこの薄さはすごい。

松園 春風 蝶々を見る娘。決して派手な装いはせずとも華やかさがある。

松園 杜鵑を聴く これは最晩年の一枚。あら、という感じ。わたしは杜鵑の声など聴いたこともないが、五月になるとこの鋭い声が街なかでも聴けたのだろう。

深水 紅葉美人 銘仙風な着物を着ている。灰色がかった紅色地に柏文様。籐椅子に座る美人。大正の明るい美人。

「雪中美人」はいつもの傘を開く美人、「春」もまた囁きあう美人。深水は同じ構図を採ることで様々な色彩・飾りなどを加えたり変更したりして楽しむ。
モデルは変わらないが衣裳・装飾が変わることで新しい美が生まれる。
こういう状況が究極のおしゃれだとも思う。

広業 花見「文藝倶楽部」口絵 黒地に大胆な花柄の揃いの着物を着る二人の女。舞の揃いの衣裳にも見える。いい感じ。

清方 小杉天外「魔風恋風」のヒロイン口絵 これは清方記念美術館にもあるが、このスタイルが一世風靡したとか。人気の絵。

舞妓や芸妓をみる。
土牛 舞妓 どうも前々からこの舞妓を見ると中村七之助丈によく似ているなと思う。特に目元がそう。うなじがいい。

遊亀 舞う(舞妓)(芸者) どちらも愛想がありつつもキリリとしている。
今回初めてその舞妓ちゃんと芸妓さんのモデルさんのお写真を見た。二人ともにこにこと愛想のいい元気そうな様子だった。

秀峰 芸者の図 こちらは東京の芸者。シックな色の着物。緑の地に小紋。綺麗なのは奥さんを念頭に置いているからか。

橋本明治 前はそうも思わなかったのだが、近年この「月庭」「舞」は現代の照明で照らし出された芸者たちのように思えてならない。ブルー系の素敵な衣装なのだが、かっこいい。
いいなあ。

三輪良平 舞妓 丸顔で目鼻のはっきりした可愛い舞妓。着物の裾には鹿の子。
こういう舞妓を見ていると、丸顔好きな男が多かったのを感じたりもする。

和田英作 黄衣の少女 昭和初期の黄色いワンピースをきた日焼けした少女。黙ってどこかを見つめているが、日焼けした肌がいとしい。

林武 少女 いや、そんな若くないし。これまた激しく日焼けしている。先のと同時代だが、モダンさが画面全体にあふれる。赤に白と青灰色の入ったワンピース。かっこいい。

深水 婦人像 白地に赤い水玉の大胆なスーツを着た美人。この人は女優・木暮実千代。女優引退後は社会活動にも熱心だったとか。日本映画の黄金期に耀いていた女優。


第三章 よそおう男女

池田輝方 夕立 突然の夕立で雨宿りする人々の様子。みんな若い男女。幕末のある日。
わたしは輝方の娘の顔が好きなのでじっと見ていると、輝方を知らない若いカップルが絵を見て、「可愛い」と言うた。同意しつつ、そろそろどこかで輝方と蕉園の回顧展があればなあと思った。
左端の若い娘と丁稚のような少年を見ると、いつも「お染久松」を思い出すのだった。


「よそおう男女」ということでちょっと違う展覧会のことを挙げるが、横浜のシルク博物館には上古から明治時代までの服飾の変遷を生き人形のようなマネキンで展示していた。
それぞれの時代の流行を身にまとったマネキンたちも素敵だった。
人形たちは少しずつ顔も違うので、そのことも楽しい。

カッコいい男女をたくさん見て目の保養になった。
いいなあ。
7/13まで。一部展示替えもある。

鎌倉 鏑木清方の終の棲家

鏑木清方の人気は今も高い。
鎌倉の記念美術館では特別展が開催され、所蔵品だけでなくゲストとして東京富士美術館から名品が来ていた。
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「鎌倉 鏑木清方の終の棲家」
清方が鎌倉に住まいを移したのは終戦直後の昭和21年だった。そして29年には今この美術館のある地に移り、以後亡くなるまで住んだ。
今回の展覧会は鎌倉時代に描かれた作品が集められている。

美人四季の連作がいい。東京富士美術館の所蔵品である。
昭和25年の作品。
春 新春の粧 薄紫の着物の娘が藤娘の羽子板を抱えている。背後には白梅。髪飾りにはテッセンのような形のものをつけている。
夏 山百合 夏旅の山駕篭に乗る女がふと見上げた先に大きな山百合。たばこを吸おうかという手を止めて、じっと見ている。
秋 芳宜の細道 萩のトンネルを楽しむ女。紫のパラソルの房が指にかかり、指輪のようにも見える。
冬 灯火の読書 綺麗なランプに更紗のクロスがかけられたテーブル。傍らには大きな火鉢。白い腕がのびる。

台所にあるものをスケッチしたらしき作品もある。
カレイ、アジの開き、牡丹など。
いずれも優しい筆致。

昭和44年「今様絵詞」として出品された作品群の下絵がでていた。
「高野聖」「庄屋やしき」「主なき大広間」 これらは物語からのものかと思う。
「高野聖」は女と向かい合う僧のいる場。清方はこれまで何点も「高野聖」を描いているが晩年に至ってもこうして魅力的な絵を描く。
「主なき大広間」は掛け軸が荒れている。このあたりは「雨月物語」の「蛇性の淫」を思い出す。
ほかに「月の江戸川」「美人」「下町に灯のともる頃」「大橋際のむき身屋」などがある。首に布を巻きながら貝のむき身を作る女。清方が実際に見た風景なのだろう。

三菱銀行 昭和31年 立派な建物を背景に母と子がほほえむ。明治の風景。

小栗風葉「麗子夫人」のための口絵「春の人」がある。
明治の頃は口絵の仕事が多く、その人気が高すぎて神経が弱ったのだが、しかしやっつけ仕事ではなくいい作品が多い。

対幅がある。
竜宮の乙姫、三保の天人 どちらも東京富士美術蔵。
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これらは大正九年だから本郷龍岡町時代か。
ふっくらした二人の美人。海底の美女と天界の美女と。

朗羅 こちらも戦前で東京富士美術館蔵 裕福そうな女とローラーカナリア。絨毯、スリッパ、鳥かご、なにもかもがモダンな生活ぶりを思わせる。

いいものを見た。5/21まで。

5月、2度目の東京ハイカイ録

5月2度目の東京ハイカイ。
展覧会の細かい感想は後日。

朝から三ノ輪の樋口一葉記念館に行った。下谷竜泉寺町に一家がいたことの縁で半世紀ほど前に建てられたのが、近年新築された。
今回は「樋口一葉と硯友社」という企画展なので喜んで向かった。

明治の女の生きづらさ、生活苦、封建的な無教養無学を美徳とでも考える母親による学問の道の閉鎖、それによる進学の断念、何もかもたまらなくなった。
そんな母親を養わなければならないのは業腹やないのか、と思いつつ見て回るが、息苦しさにやられた。

硯友社の作家たちとの作品比較はたいへん興味深かった。そして「にごりえ」は現代に直結すると思った。
カルメンもお力も皆可哀想に。
そう言えば「この子」は一葉の口語体小説だった。
いつかこれは読もう。

わたしは同時代に活躍した作家では泉鏡花を偏愛しているから、そちらの紹介も目当てだったが、つらい展示だった。
貧乏と無理解は罪だ。
一葉、及びその作品をコミック化したのはいくつもよんだが、やはり痛々しかった。

わたしは逃げた。

西洋美術館でカロの細密すぎる銅版画をみる。
わたしは裸眼で案外細かいところも見るが、皆さんは拡大鏡や単眼鏡で凝視。
拡大化する細部は悪夢のようではないか。

差別の意図はなくとも(そういうことをわざわざ挙げること自体が実は差別的なのだ)、ゴッボたちやコジキたちを描いた作品は見るのが苦しかった。

なぜわたしは自分が苦しくなるものばかり見るのだろうか、いや、見なくてはならぬのだろうか。

次に平野啓一郎がキュレーターとして選んだ作品を見る。題して「非日常からの呼び声」。
これは我々いわゆる美術ブロガーのしていることの拡大版だとみなすべきかと思う。そうでなければ、彼の作品選択の意図やそれぞれの作品に寄せられた文章、感情、思想は嫌なものになる。これらからある種の傲慢さを感じとる読み手はいるものだ。

欝屈した気分を晴らすのは気合いの入った食事だ。
わたしは初めて農水省の食堂・咲くらに行き、イワシ鯨のステーキと竜田揚げをいただいた。おいしかった。日本人として鯨文化を守りたい、その気持ちからの予定だったが、思想も主義も無関係に、美味しいものは美味しいのだ。
これが一番大事だ。

わたしは意気揚々と出光美術館に向かった。

日本絵画の魅惑、その後期を見る。
たいへん良いがそのためにか、なかなか感想が書けなくて困っている。
帰宅したら書こう。

出光美術館でわたしはぐったりさせてもらいました。
ありがとう♪

フィルムセンターに行く。
「夕日と拳銃」を11年ぶりに見たが、やはりよかった。あのとき見えていなかったものが見えたり、思わなかったことを思ったり。感銘を書きたかったが、キーボードがないため、スマホに打ち付けるが、完全には伝えきれない。わたしはキーボードでしか本当には感想を書ききれないのだ。

あふれる歓喜は誰にも伝えきれない。深い孤独がある。黙ったまま余韻を噛み締めるが、苦しい。

近くのブリヂストン美術館で「チャイナドレス」展を見る。何があろうとこの順で見たかった。この日のこの流れが大切なのだ。
そしてわたしは「観賞する」。いつ以来か、「貴婦人」のタピストリー以来か。観察ではなく観賞するのは。
孤独な歓喜はいよよ深まるが、それは苦痛に等しい。
わたしは飯田橋に感情を捨てにいった。

2日目。
昨日は朝からマジメ過ぎた。トウカイ(スマホにはあの単語がない!)して生きる者がそんなマジメなことを書いてなんとする。
アホですな、わし。

鎌倉に行く。ほんまは金沢文庫「徒然草」に行くつもりやったが、来月の方がいいので延期。なんしかサントリー美術館「徒然草」と合わせたら相乗効果あるでしょう。

9時前に鎌倉につくとさすがに小町通もガラガラ。わたしのアタマの中の鎌倉はやはり立原正秋ですな。

清方記念館に。今回は特別展で東京富士美術館の所蔵が来ていて、知らない作品も多々。対の乙姫・三保の天女は完全に初見。
海底と天界の女人。
新刊がある。鏡花の挿絵を集めた七巻が完売したのを機に拵えたそうな。欲しいが、知らなかったために仕度が出来てない。本は重いのだ。次回あることを期待しよう。

ハマに戻り、まずは日本大通りに。ユーラシア記念館で中国版画。めでたさもほどほど、というのは日本人だけやね。
過剰な福求めはしかしホホエマシイ率直さを見せる。
キッチュな面白味はやはり好悪が分かれるが、わたしは楽しかった。

シルク博物館に初めて来たが、上古から明治までの服飾の変遷を生人形のようなマネキンらが見せてくれるのがいい。特に鎌倉時代の武家童男旅装と壺装束の婦人が、なにやら厨子王と母、または石童丸と千里御前とに見えて仕方ない。
そして上古のみづら男子がやたら美青年なのもいい。
わたしとしては勝手にヤマトタケルやと呼んでます。
他には幕末の養蚕関連浮世絵もたくさんあった。

外ではトライアスロンしてる。二階から応援。誰が勝とうと応援。みんなガンバれ。

馬車道では神奈川歴博前でかちんうどん。揚げ餅にはこの出汁もいいが、大阪人にはやたら醤油な汁なので、テーブル備え付け蕎麦湯で割る。前回も同じことしたな。

「繭と鋼」。昨日は農水省でうごめくカイコを見たばかり。カイコに邂逅。
さて個人コレクションの横浜古写真などの展示。好きな人には垂涎もの。ただわたしは明治初期より大正の写真が好きだから、多少冷静に見ているね。
常設にも関連の作品がある。真葛焼のお猫様の花瓶も見てご機嫌。

ハマ美で木版画を見た。2度目。う~ん、やはり幕末から戦前の作品やな。
現代のを見て前半のいい心持ちがそがれる。

そごうの「機関車トーマス」原画展、これが予想外に良かった!いやいや、それはわたしがトーマスの世界と無縁だったからやな。
苦味もあり、面白かった。働きたい機関車とのらくらな機関車などなど、面白かったなあ。
イギリスらしいウィットもあり、同じく労働者であるわたしはトーマスたちにシンパシー覚えたよ。

恵比寿まで一本。本日初日の山種美術館「クールな男とおしゃれな女」楽しみました♪馴染みの絵もこういうコンセプトで並ぶと、随分違った魅力が発揮されて、ホント、カッコいい♪

5時から隣の六本木に出て21- 21でおコメの展覧会に参加。ここは見る<体感する・体験する、なところ。
わたしのおみくじが面白すぎ。全体運「もはや神」てなんやのん。
笑うぞ~
コメ粒にも字を書いた。「遊行」。ははは。

最後に新宿の紀伊国屋書店に行くのに道を間違え、大彷徨。大咆哮やないよ。
方向音痴というよりアタマが地図と情報を整理しきれず、体力があることが状況を悪化させたのだ。
諦めた途端に道が開くのもいつものパターン。

しかし新宿の人口密度は普通やないな。
なのにわたしが最初に見かけた子を帰りしなにまた見た。別な場所でやけど。
びっくりしたわ。

紀伊国屋書店の地下でカレー丼とうどんを食べて元気になり、ホールで角川書店の表紙絵をみる。
横溝正史のチラシを見てたら関係者の人が「さっきまで来られてたんだよ」とのこと。そうか、惜しいな。
わたしは特に「病院坂の首縊りの家」の絵が好き。

本屋をハイカイし、この日は24000余歩を歩いた。

三日目。
半日を武蔵小金井の江戸東京たてもの園にて過ごす。
その中身はツイッターでかなりしつこく中継したが、後日また改めて、以前の写真も含めて記事にします。

ああ、いい3日間でした。

スミス記念館

彦根に和風な教会がある。
スミス記念館。
ちょっとお出かけしたのでご紹介。

玄関の様子IMGP2541_20140514001613eb2.jpg
これからしても和風ですなあ。

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外観は完全にお寺の御堂ぽい。

横から見るとIMGP2536_2014051400154207d.jpg
花頭窓というてもよいでしょうなあ。

もう少し近づく。IMGP2537_201405140015435df.jpg

細かい彫刻がみえる。IMGP2538_201405140015455e8.jpg

お堂の中の格天井IMGP2533.jpg

しかし和風ばかりではありませんよ。ドアの取っ手IMGP2534.jpg

欄間彫刻などはモチーフがやはりキリスト教。拵えたのは日本の大工さんだが。
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葡萄と王冠かな。IMGP2525_20140514001427f04.jpg

クルスもある。IMGP2526_2014051400143132b.jpg

天使様 中世ドイツの彫刻にも見えるIMGP2532_20140514001458ba3.jpg

椅子の彫刻IMGP2522.jpg

ちょっと転法輪に見えなくもないが。
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やはりキリスト教なのです。IMGP2530_20140514001455881.jpg

何かの足が見えるし。IMGP2528_20140514001431b68.jpg

しかし勾欄もある。IMGP2524_20140514001425844.jpg

こちらは聖書台。IMGP2531_2014051400145742b.jpg

キリストの血の象徴IMGP2515.jpg

釘隠しは新しいものだけど十字架モチーフ。IMGP2516_20140514001337387.jpg

扉には和風な味わい。IMGP2518.jpg

松竹梅IMGP2520.jpg

上部の十字架に葡萄。IMGP2519_20140514001358234.jpg

内から見た花頭窓IMGP2517.jpg

いい具合の和洋折衷なんだろうなあ。

小さくても和風でも教会。IMGP2521.jpg

山本有三記念館

今日は記念館特集。
これは1月に行った際に撮影したものだが、挙げる機会がなかった。

三鷹にある洋館。
























館の中。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見て回るだけでも楽しかった。
また行きたいと思う。

龍子記念館

久しぶりに連休に訪ねた時に撮影した写真を挙げる。
タイトルは「記念館」だが、実際には彼のアトリエの撮影です。

アプローチ。庭石は龍子らしく「龍の鱗」をモチーフにしたとか。


玄関 

中からはこう。

網代。

大きく見てみる。

細かな装飾と大胆な構成。
龍子の画風は建物にも活きる。



室内の様子


畳に新緑。


あら、変わった配置。しかしこれもまた龍子独自の考えからの構成。


こちらは仏間。ご家族を亡くされたことから龍子は立派な仏像を求めはったそうな。


現在は東博に寄託されているとか。


天井は一枚板。凄いね。


こちらはアトリエ。
龍子のアトリエの大きさは、朝倉文夫のアトリエに比肩するのではないかな。あちらは縦も高いが、こちらは横が凄い。
なにしろ超大作の大家かということは、普通のサイズではあかんのです。

はきだし窓から。

どこを見ても大。






こういう外観が好きだ。


最後に爆弾散華の池。


龍子がここに居を構えた当時は、この界隈には四軒しか建物がなく、しかも郊外だから土地も広くとれた。
それで(というだけやなかろうが)終戦二日前に爆撃されたみたいです。
池は爆弾の穴が湧き水を湛えたので、ヤケクソか酔狂か洒落か、そんな名を与えられたようです。

展覧会共々大いに楽しませていただきました。

夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ

兵庫県立美術館「夢みるフランス絵画」展に行く。
どなたかのコレクションで「印象派からエコール・ド・パリへ」という副題がついている。
行く前に@aya34さんのブログ「雑雑日記(a)」で情報をいただき、「ルノワールの『タンホイザー』のコレクターのか…!!」と期待してでかけたわけです。
@aya34さんの感想はこちら
ありがとうございますw

『タンホイザー』は2010年の「ルノワール 伝統と革新」に展示されていたが、それ以前にわたしはホテルオークラ夏の恒例アートコレクションでも見ている。
「ルノワール 伝統と革新」の感想はこちら

アートコレクション2007年の感想はこちら

今回初めて絵葉書が出たので、入手できて嬉しい。
わたしは絵葉書コレクターなのですよ。
さて細かく見てゆこう。

第一章 印象派とその周辺の画家たち

セザンヌ イル=ド=フランスの風景 緑が濃いが徐々に後の分割された情景が露わになってきている。

セザンヌ 大きな松と赤い大地 これは日本の松とはまた違う感じ。
セザンヌ《大きな松と赤い大地(ベルヴュ)》

レスピーギの「ローマの松」はアッピア街道にある松だったと思うが、あれもまぁ和風な松とは違うものなあ。
枝の張り方が違うね、この松。というかちょっと枯れてないか。
そして遠くに家が見えるのだが、家の窓の配置がうさこ(ミッフィー)してますな。
こういう小さい発見が楽しい。
イメージ (3)

シスレー サン=マメスの船着き場 実はこの絵が最初に出て来たのですよ、展示では。
土手の湾曲がいい。船は左にまるでアーチが並ぶようにそこに連なる。湾曲の奥に木々や町が見える。

モネ ヴェトゥイユの柳 これまた日本の柳とは違い、枝垂れではない。柳ではなく楊かもしれない。そういえばヨーロッパ中世の楽曲に「ウィラウィラ」というのがあり、リュート演奏するのだが、これは「柳、柳」という意味。

モネ エトルタ、夕日のアヴァル断崖 人気スポットだが、こうして見てみると悪魔が水飲みしてるような姿に見えるな。
妙にペプシのコマーシャルでの「桃太郎」の世界観に近いような気もする。
モネ《エトルタ、夕日のアヴェル断崖》

モネ レ・ムレット(小さな積藁) 小さい藁を集めた△ものがぞろぞろ。それがみんな←向きに立つ。まるで積藁一族が夕日を一斉に拝んでいるようにも見えるし、昔の映画の「未知との遭遇」の1シーンのようにも見えた。

モネ 睡蓮のある池 緑に黄色にドドメ色が混ざる。花も少しは咲いているが、藻が繁殖しすぎたのかもしれない。この絵は分割されたそうで、その右側部分。
モネ《睡蓮のある池》

ルノワール タンホイザー 第一幕と第三幕 タンホイザー、美神に溺れておるのう。
ヴィーナスもニンマリしつつ男を破滅に向かわせている。そのパール色の肌で。
こうなると美神というより女妖、女怪のクチですなあ。
イメージ (5)

ルノワール 宝石をつけたガブリエル むっちりガブリエルが宝石を身に着けている。
瑞々しさに満ちた肉。脂がはじけそうな若さ。そこに緑玉の四重ネックレス。
ガブリエルは鏡を見ながら髪に薔薇もあててみたり。
若い女のナルシシズムも写し取られているが、決してそれはいじわるなものではなく、温かな目で捉えられている。
だから見る側もいい感じに眺める。イメージ (6)

ルノワール アンリ・ベルンシュタインの肖像 これは劇作家の男性。唇は甘い。素敵な手をしている。わたしは男性の白い手にときめくので、アンリさんにどきっ。
ベルンシュタインは琥珀の意味だったと思う。

ルノワール ド・ガレア夫人の肖像 長椅子でくつろぐ上流階級の婦人。背景には孔雀らしき鳥が散歩する野を描いた大きな絵が飾られているようだ。
夫人は青パール色のドレスを着て、髪にも首にも指にも宝石装飾をつけ、ゆったりとこちらを眺める。大きく開いた襟ぐりからは豊かな肩がみえる。
とてもゴージャス。イメージ (4)

ルノワール 花を摘む裸婦 ふっくらした美人。顔に何やらなじみがある。本宮ひろ志の作中美人に似ている。立ちながらばらか何かの木花を摘む。

ルノワール アネモネ 赤と白とを瓶に活けている。可愛い花。

ボナール トランプ占いをする女 黒服に黒いヴェールの帽子を冠る女が、頬杖をついてこちらを見る。観客はこの女とトランプ占いをした対象になる。
1905年、パリのどこかでこんなこともあったろう。

マルケ ナポリ湾 いかにもマルケ色の風景。クリームの解けたソーダ色の海と、同じ色に包まれたヴェスビオ火山。灰のせいでこうなったのか、それとも違うのかはわからない。
手前には木の色を示す船が並ぶ。
マルケの展覧会も見たいなあ。


第二章 革新的で伝統的な画家たち

ルオーから始まる。農婦、ピエロといった疲れた人々が描かれている。
しかし二枚の「少年」像が目を惹いた。

ニコデモ パリサイ人ではあるがイエスの遺体引き取りを願い出て、葬列に参加する。
「災いなるかな、学者たるパリサイ人よ」だったかな。
少年の面影が濃く、ややうつむいた顔は面長。

ピエロ そのニコデモの隣にある絵。こちらも面長でニコデモによく似た顔。彼はニゴモをみつめている。
こんな絵の並べ方にはときめきがあるなあ♪

ルオー 装飾的な花 これはタイトル通りだし、それもさすが元はステンドグラス職人だという感じがある。正直なところこうした作品は絵よりも工芸品で手元に置きたい。

ルオー 聖書風景・夕 緑と黄色が混ざり合う風景色。実際に聖書にこんな風景があるのかどうかは知らないし、またいつものルオーによるイメージとしての風景なのかもしれない。
ただ、わたしはこの絵を見て石川淳の戦後すぐの小説「焼跡のイエス」を思い出した。

ヴラマンクの1910~1950年代の作品が並ぶ。かなり多い。彼は佐伯を罵ってガーガー吠えまくったが、作品の変遷を見ていると、本当はあれは自分への叫び・喝入れだったのではないか、と最近思うようになった。そうでなく単に怒鳴ったのなら難儀なオヤジにすぎないし、佐伯もそこまで気にやまなくても、と同情する。
佐伯の死に方を思うとやっぱりヴラマンクがなんとなく憎いのだが、ヴラマンクはヴラマンクでヒトのマネから始まって、なんとか独創的なものを、と足掻いてたんだから、もう仕方ないなと。ただ、そんなに他者を罵れるのか、あんたが、とやっぱり思うけどね。

ヴラマンク 橋のある風景 放物線状の遠近法とでもいうのか、湾曲して奥の存在を感じさせる。ただ、書割風にも見える。描かれているのはこの地でのノートルダム寺院。

ヴラマンク ルイ・フィリップ様式の花瓶 黒褐色地に白い、装飾的な陶器が浮かび上がる。何かの実を思わせるような形。

ヴラマンク 雪の道 雪は汚れていた。出ました、という感じ。どんよりな空。

ヴラマンク 風景 無人でどんより。ウックツするぜ。

デュフィ エッフェル塔 これまた何でもアリなタワー。やや中心から左寄りに立つエッフェル塔。その周囲にパリの建物、パリの事象。まるで3D鳥瞰図のよう。そして裾に明るい花々。
こういう構図を見ると絹谷幸二の作品を想う。彼もこの道を歩いているのかもしれない。

デュフィ ニースのホテルの室内 赤色が目につく室内。カーテンと絨毯と家具が赤いので赤い絵に見えるが、開いた窓の向こうに広がる青い海。その青の濃さも尋常ではない。
シャンデリヤとベージュの天井。皮張りの椅子。この辺りが違う色で、いいシメになっている。
イメージ (4)-1

ドラン 花瓶の花 黒地に様々な色の花が。ある種の抑制から解き放たれているようにも見える。

ドラン 森の妖精 これはファンタジックな絵というより、バレエの舞台を描いたような絵に見えた。緑が濃く、そこに裸婦たちが忙しく働き、全体に動きがある。
本当に舞台のようだ。

第三章 エコール・ド・パリの画家たち

ユトリロ パリのサン=セヴラン教会 白。かっきりした建物。五階建てのビル。白塗りに赤がカッキリしている。

ユトリロ モンマルトルのコルト通り 白が汚れていた。土がついている感じ。絵の汚れではなく、白壁が汚れたのを描いている感じ。

ユトリロ モン・スニ通り ずーっっと向こうに海が見える。現実にそうなのだろうか。

ユトリロ レストラン『プレ・カトラン』 なかなかおしゃれなレストラン。アーチ窓もたくさん並び、シャレ―風なところもあって、けっこう大きい棟。
松本の鯛萬に似ている。あちらはアルザス風の建物だが。
でもこれは今のブーローニュのあのお店とは別に思うのだが、どうなのだろう。

ユトリロはふっくらスカートの婦人たちを絵の中に入れるが、彼はその婦人たちが大嫌いだったというのがなんだかすごいな。
何点かそんな作品もあった。

ローランサンも数点並ぶ。
先日三鷹市芸術センターで「ローランサン 女の一生」展を見たが、あちらは蓼科のローランサン美術館からの貸し出しだった。
そちらの感想もまだ挙げていないので、別項にしたい。
またシャガールも目黒区美術館で「シャガールの版画」展を見てまだ何も書けていないので、こちらも別項にする。

モディリアーニ 小さなルイーズ 鳥居派の人体構成を思い出した。あの逆だったかな。
ルイーズの小さいのは顔で、腕はとても大きい。それは肉体労働者であることを示す描き方だと言うが、彼女は全体として8の形に似てもいる。
小さな目は夢みるように開き、唇も軽く開く。

モディリアーニ 薔薇を付けた若い婦人 どこか悲しそうに見えて、しかし微笑みは浮かべている。複雑な笑顔。泣きそうにも見えるが、彼女はそのまま永遠にこの表情を変えまい。
モディリアーニ《バラをつけた若い婦人》

藤田嗣治 マドレーヌと猫のいる風景 中南米に入ってからの絵らしいので色彩がついている。ネコが藤田とマドレーヌの間に、ぬんっっとばかりに顔を出す。いいねえ、猫。

藤田嗣治 北那覇 藤田は沖縄ラブだったそうで、1938年にこの絵を描いたときも喜んでいたろう。憧れの地。確かにとても温度の感じる絵。 
あれは別の地域なのだがTHE BOOM「島唄」のPVを思い出した。

藤田嗣治 人魚 いゃ、まぁ、なんというか、人魚ですわな。ちょっと蓮っ葉な感じがする人魚で、やたら顔が長く、チャコールグレーというのがまた。人魚は決して少女ばかりではないのですよ。鯰が飛び交うのがこれまた。膝下からのお魚。カレイにオコゼもいた。

藤田嗣治 少女 イメージ的にもう「娘」という感じ。美人で、「北斗の拳」のユリアを思い出した。55年頃の藤田嗣治の美人はコミックで見てみたいと思うことが多い。
布をかぶっているのはキリスト教の何かの儀式か。胸が映っているよ。

キスリング 花 青い瓶にチリリリリ、キュキュキュキュな花が活けられている。

キスリング 花 出ましたミモザ。それとチューリップがどーんと存在感を見せる。

キスリング 若い女性 黒髪の美人だが、服の配色がおかしい。これはキスリングの趣味なのか彼女の趣味なのか、当時の流行なのか。
ピンクのブラウスに緑のスカートである。これはどうだろう。ぼってりした唇に細い眉は艶めかしい。1939年、パリでも上海でもこんな顔の女はいたろう。
イメージ (7)

キスリング 裸婦 金髪に青い目に赤い唇。この肌の色はわたしの好きな焼き菓子「博多通りもん」に似ている。いわゆるミルク饅頭なのだが、あの甘やかで美味な味わいが蘇る。
舐めてみたくなる肌の色。

キスリング 百合 匂いが大変強そうである。カサブランカを想う。(映画ではなく百合の品種)
キスリング《百合》

キスリング 魚のある風景 これまた「出た―」または「キターッ!」。なんでか知らんがキスリングはやたらと魚がグニョグニョ集まった、めにょ~~~とした絵をかくな。
おどろな風景で、おいしそうではないのだよ。しかし面白いけどね。

キスリング サン=トロペ港 平面的。手前に木々。中に建物。奥に川。ずっと奥に山。
こういう近景・中景・遠景のはずなのに、分割もないし、なにやらたいへん平面的に見えるのも興味深い。

長々と書いてしまったが、たいへんいい展覧会だった。
後にブンカムラに巡回するそうだ。

マリー・ローランサン展 / シャガール展

都内で「マリー・ローランサン 女の一生」展と「シャガール 版画の奇跡 無限大の色彩」展とを見た。
そして兵庫県立美術館での「夢見るフランス絵画」展にもローランサンとシャガールの良いのが出ていた。
合わせて感想を挙げたいと思う。

ローランサン展は三鷹美術センターで6/22間で開催中。
蓼科の「マリー・ローランサン美術館」からの貸し出しがメインの企画展である。
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改めて知ったことだが、マリー・ローランサンとユトリロとは同じ年に同じパリの空の下で、同じように私生児として生まれた。
三鷹では既にユトリロ展を開催しており、今回はその意味での姉妹展だといっていい。

わたしは知らなかったのだが、パリでのローランサンは半ば以上忘れられた画家だったそうで、つい先般回顧展が開かれたそうだ。
日本では特別高い人気を誇る画家だが、本国ではそのような状況だったのか。
これはアメリカにおける18世紀の京都画壇人気と、逆輸入的にその価値を知った本国日本との関係に似ている。
遠い異国の地でこそ人気が続く。面白い現象である。
そして今では日本では18世紀の絵画の人気がたいへん高まった。これと同じようにフランスでもローランサン人気が復活してほしいところである。

展覧会は「女の一生」というタイトルだけに編年期のように作品が配置されている。
そういえば「女の一生」のタイトルはモーパッサン、遠藤周作の小説、森本薫の戯曲を思い出させる。いずれも前時代的な悲惨さを内含した作品ではある。
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1.最初期 1902-1906

青色の女性の横顔が描かれた大皿 これは画家になりたいと願うマリーが「許された」製作の一つ。
染付風な作品。良家の子女のたしなみとしての陶器皿の絵付け。

自画像 21歳の顔。チラシ右上の顔である。不機嫌なのではなく、このころから目が悪かったのではないかと思われる。

イビス鳥とサロメ その翌年の作品だが、既に「ローランサン」の様式が現れている。
このサロメだが、どうもヒートテックに足首までのレギンスを着たように見える。何故だろう。

2.アポリネールとの出会い 1907-1913

果物かご キュビズムの先例を受けたような作品。皿とフルーツと。

狩をするディアナ アポリネールに贈る。水色地に茶褐色の馬に座る裸婦。緑と茶褐色の犬が二匹。
装飾的な面白味がある。
アポリネールは彼女と別れた後もこの絵を長く大事にしていたそうだ。

パッシーの橋 不思議な橋で、その手前には半分裸婦と大猫?犬ザル?など不思議な動物たちがいて、熱国風な情景。

イフィジェニーあるいは三人の踊り子 この名前はフランス読みだが、ギリシャ読みだとエフゲニア。トロイア戦争の船出の時に父により犠牲にされた少女。
黒目がちの少女の顔。

青と黒の帽子をかぶった少女 まだ試行錯誤中とはいえ、やはり「ローランサン」している。30歳の作。

3.フォン・ヴェッチェン男爵との結婚 1914-1920

白い羽根飾りの黒帽子をかぶった乙女 グレーを濃淡で使う。薄い色のピンクと水色もともに。スカートに花を集めた乙女。

アドルフ・フォン・ハッツフェルト「夏」の為の作品が二作ある。犬と女と。

肘掛け椅子に座る若い女 ピンクのワンピースと青白ストールの取り合わせ。ローランサン・カラー。

ギターを持つ女道化師 アルルカン。その女の白い指。

4.成熟~晩年 1921-1956

ターバンをかぶった女 配色が本当にローランサンしている。ピンク、グレー、少し青、白い女。

ジョルジュ・ベナールの肖像 憂鬱そうな面をしているが立派な紳士である。白い顔とグレーが目立つ。彼は破産したがこれだけは晩年まで手放さなかったそうだ。

幕の陰の二人の女 グレーの幕の陰で寝そべる二人の女。出待ちなのか千鳥なのかはわからない。

マンテラをかぶった少女 エッチングに着色したもの。スペインの女のかぶりものでベールが綺麗。

コンサート リトグラフ。三人の女と白羊とリスとが和やかな。

1930年にはジャック・ド・ラクルテルの「予感」のためのリトグラフが五点ばかり作られている。
中でも「アンヌとペンギンたち」の、眉を寄せ伏し目がちで唇をやや悲しく結んだ女の顔が印象に残る。

二人の女友達 親和的なムードがある。フランスの<伝統>的な関係なのかもしれないが。

二人の女流マンガ家の作品を思わせる女の顔がある。
眠そうな女 坂田靖子的な顔の女。坂田靖子はヴィクトリア朝を背景にした作品が多いのだが。

右向きの女の顔 こちらは陸奥A子か。

冠を頭に乗せた乙女の顔 こちらは本宮ひろ志か。ちょっとおでこ。

首飾りの女 パールをあちらこちらに飾る。首だけでなく髪にも。そして綺麗な山吹色のストール。
わたしは山吹色が本当に好きで、それだけでも嬉しい。

三人の乙女 こちらも山吹色が効果的に使われている。髪の毛の表現に。似たような顔とはいえ三人それぞれ個性が違う。魅力的な三人。
イメージ (10)

パリの庭園 水瓶装飾のあるところで四人の女がくつろぐ。

黒犬の戴冠式あるいはルイ14世の愛妾たち きつい顔の女、岸田今日子を思わせる顔、ぼーっとした女の三人と犬とがいる。

女の顔 左半分に陰りがみえる。

カトリーヌ・ジッド 作家ジッドの婚外子として生まれ、正妻が亡くなるまで日陰にいた娘。
同じ立場の先輩たるマリーは彼女にシンパシーを抱き、つきあいがあったそうだ。
シックな緑の服と白い顔。

二人の若い女ともだち 色調が優しい。奥の娘は伏し目がち、手前はこちらを向く。

音楽 仏像のように肩半分だけ布で覆い、パールをつけた女。背後にギターがある。綺麗な口紅を塗った女。

若い女 顔もはっきりとしている。どこか憂いがある。
灰白かかった緑色が優しい。イメージ (11)


子供のシェヘラザード これは八木コレクション。長い尾下げの少女がピンクのバラを持つ。
これはバレエのシェヘラザードを踊る女の子なのかもしれない。

次は兵庫県美でみたローランサン作品。こちらは6/1まで。

花を持つ乙女 白に緑リボンの帽子。ピンクの服、唇、花。

公園の中の婦人たち どうもコスプレ風。本来の意味でのコスチュームプレイ。犬もいる。

お城の情景 ロマンチック。ボート遊び、乗馬。女たちの幸せそうな微笑。

花と乙女たち 右の女はかなり綺麗。左の女はどこか遠くにいる。

ローランサンの優美でどこか憂いの漂う世界を堪能した。

追記:2015年の展覧会チラシを追加する。
イメージ (20)

イメージ (21)

イメージ (22)

イメージ (23)


シャガールの展覧会は目黒区美術館で6/8まで開催中。
ここでは版画作品を見た。イメージ (12)

同時期に愛知県美術館で大規模な展覧会が開催されている。とにかくシャガールは作品が多いので、いつでもどこかでなにかしら見ることができる。
イメージ (13)

サーカス 38点 神奈川近美所蔵 タイトルはないので状況もよくわからないのだが、シャガールはサーカスにノアの方船を見ていたそうだ。
壁面高くまで複数の作品が並べられていたりしてその界隈をぐるぐる歩けば、自分のサーカスを見ている気になる。
怪獣までサーカスに出現している。
夜になって馬たちがごはんを食べているところ、美人の女は青い夜の背景に笑う。

ダフニスとクロエ 42点 神奈川近美所蔵 以前に高知の美術館の所蔵品を見ているが、色が大変きれい。
牧歌的な、というのは二人が酪農しているから。
物語は結構起伏に富んでいるが、クロエは前半で身の危険があり、ダフニスは後半に人妻や男色家に誘惑される。
絵からは物語は案外わからない。
挿絵でも物語絵でもない感じだが、一枚一枚がとても綺麗なのは確か。

死せる魂 96点 町田市国立版画美 ゴーゴリの小説はやらしい、ケッタイな奴らばかりが出てくるが、それが色彩なしの版画でやると、いよいよもって怪作という趣がある。

シャガールによるこの連作はルオー「ユビュ親父」と並ぶ怪作の双璧だと思う。
どちらも綺麗であることを排除した作品。

兵庫県美ではサーカスを描いたものと花束を描いたものなどがでている。
巨大すぎる花束には「おお」となる。人より大きいものなあ。

ローランサンとシャガールの展覧会の感想。
リアリズムから遠く離れた、それぞれの「夢」に閉じこもった世界を堪能した。

ねこ・猫・ネコ

渋谷区立松濤美術館の「ねこ・猫・ネコ」展に行った。
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ヒドイわ~~こういう企画展やられたら、絶対に行くしかないがな。
そこでイソイソでかけて、ツリ目で△△の耳つけた、ひげや尻尾のある奴らの絵や彫刻をヨダレ垂らさんばかりに眺めて、こっちはええ加減タレ目になってしまうのだから、もぉ本当にワルイわ。

出演は猫に限る、という条件のもとで日本画・日本洋画・彫刻・印刷物・版画などで構成されているが、またまた壁やあちこちに猫の写真がべたべた貼られてて、そっちをチェックするのも忙しいし、ほんまにかなわんわーーー

都美の「バルテュス」展を少女という存在だけで見るなら別だが、「猫」というキーワードで眺めると、あちらはバルテュス版「猫ねこネコ」展でもある。
都内で同時期に猫の展覧会を見れるわけですね。
嬉しいような苦しいような。前期も後期もひっくるめてのダダ漏れな感想です。

展示室は回遊式というか、もぉ好きに見たらヨロシイな配置なのであちこちフラフラしながら猫巡り。

そういえば昔、世界中の猫の物語を集めたアンソロジーのタイトルが「ネコ・猫・ねこ―世界中のネコの昔ばなし」で、編集したのは光吉夏弥だった。

ネコ・猫・ねこ―世界中のネコの昔ばなしネコ・猫・ねこ―世界中のネコの昔ばなし
(1989/05)
光吉 夏弥

 小沢良吉のねこたち。

あれは今もわたしの手元ににゃんとある。

序章 猫の誕生
まずは世界最古のお猫様にお会いする。
埃及聖猫様。えぢぷとでは猫は神様なのですよ。これは松岡美術館の所蔵分で、今の白金台の明るい佇まいの中で見たらなんともないが、昔の御成門にあった頃に初めて見たときは、やっぱりその神秘性にどきっっっ としたな。

頭部だけのブロンズのお猫様はミイラ。御遺体にかぶせてたのがこれ。ネコマスク。

第一章 孤高の猫
珍しく琉球からの猫がいる。

神猫図 山口宗季 1725年 この絵師は昨日感想を挙げたばかりの大和文華館の「花鳥図」作者で、中国文化を受けているからか猫もどこかエキゾチック。
眼の辺りが印象深い。

月下神猫図 仲宗根真補 1899年 これはやはり琉球の猫だが、先の神猫を元にしたようにも思われる。
毛色は違うがポーズと目つきがよく似ている。

猫図 月セン 振り向く猫が怖い目をしている。ちょっとどきっとする。

あかざと黒猫 漱石 1914年 漱石の黒猫。文も絵も黒猫。関係ないが姫路の猫カフェは黒猫カフェだそうだ。
黒猫の魅力いうのは捨てがたい。

タイトルはもうどうせ「猫」や猫の族名や猫のいる状況のものばかりなのでどうこう書いても仕方ない気がする。

黒田清輝の猫は茶系の、我が家だと間違いなく「茶ぶたん」と名付けられる猫で、それがつつましくツツジのそばにおる。

青邨は白い洋猫を、土牛はグレーのシルバータビーを描く。今回はないが、加山又造、秋野不矩の描く猫はシャム猫だった。

わたしは日本猫が好きなのだが、洋猫もいいものです。

第二章 猫のいる情景 

春日権現記絵、職人尽絵といったものにも猫が姿を見せる。しかもそばで何が起ころうと我関せずで、寝てたり遊んでいたり。
そうやな、猫はそういうところあるね。

彫刻がまたたまりませんがな~
橋本平八のキッと振り向く猫、朝倉文夫の子猫達、道八の黒楽銀手あぶり。
特にたまらなく愛しいのが道八の猫。 
丸々よく肥えた猫が幸せそうな顔でおっちんしている。
それが背中の蓋から炭を入れると、耳から煙を出すやてか。
くーーーったまらん可愛さ!熱くなるかもしれんが、撫でまわしたいね。

ネコは涼しいところ・気持ちいいところをよく知っている。
なんしか人間の知らない名所を猫は知っている。
炭谷義雄の白に黒の猫は椿の下で居眠り、千種掃雲のこれまた白地に黒の猫は「木蔭」の杵の横でいい気持に眠る。

「ほっといてくれ」プラス「かまってよ」なのも猫の性格。
結城素明の白地に薄茶の猫はおばあさんが「無花果」の下で働くところへやってきた。これはまだ子猫だからちょっとさみしいのかもしれない。
子どもらがシャボン玉をするそばで眠るのは白地にキジの猫で、矢澤弦月は猫より大きいシャボン玉を描き、壁にはマティスぼい絵を飾っている。

堂本印象が昭和初期に描いた童女たちの野遊びでは白い子猫が小さい女の子の膝で眠り、大正九年の酒井三良の「雪に埋もれつつ正月はゆく」では、囲炉裏を中心にした居間で、カツギの猫が長男の隣にちんまりおさまっている。
ネコも大事な家族なのだ。この家ではお父さんや老人が見えないから、もしかするとこの思慮深そうな猫は、自分がここの家を守らないと、と思っているのかもしれない。

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第三章 眠る猫
「寝子」ネコである。

蕪村も眠る猫を描いていたが、こいつは全体が黒で顔と手が白い奴。
家でなら「タビちゃん」と呼ばれるタイプ。珍しいことに尻尾が白い。尤もそれは絵の演出上の配色かもしれないな。

可愛いのが原在正の寝る猫。蓮華のそばで寝る猫は白地に黒斑の乗っかったやつで、幸せそうに眠る。

河鍋父娘がお手本にとこしらえ戯画絵巻に出てくる猫は三角おにぎりのような体躯で丸々している。
思えば暁斎は子供の頃の思い出として、国芳の塾にいたころの情景を描いているが、猫好きな国芳が懐に白ネコを入れてるのを描いていたなあ。

朝倉文雄の猫彫刻はもう本当にリアルで、しかも愛らしくて、猫の肉球までブロンズでこしらえてるのはこの人くらいではないか。
今ちょうど家にちび猫がいるので、すごいリアルな親近感がわくわ。

藤田嗣治の猫もいい感じに寝ている。これはパリの猫かもしれないが、親しみを感じるキジさん。

人間の子供が寝る横でくつろぐ白地にキジの猫。肉球はいずれもピンク。リアルな猫やなあ。
ついでに私見だが、肉球が白またはピンクの猫はわりとおとなしいのが多いな。やっぱり肉球が黒い猫はゴンタクレが多いわ。

合田佐和子の猫はアメショーで「イワン」というらしいが、これはゲジ柄ともいえるな…

第四章 猫と蝶
吉祥画としての猫と蝶。

司馬江漢の猫は白地にキジとトラが飛んだ柄で、青みの濃いクロアゲハを見上げている。これは蝶が危険やわ。隙を見つけたらジャンプするかもしれない。

椿椿山の猫は凶悪な顔をしている。こいつはバッタを見ているのだが、上ではアゲハが知らん顔。

第五章 猫と鼠
そりゃわたしなぞは「猫と鼠」と聞いただけで「♪猫と鼠がケンカした、あべこべだ ねこだまし ネズミだって生き物さ、猫だって生き物さ」と「トムとジェリー」の歌を歌ってしまうよ。

是真の白地に頭だけ黒が乗っかるねこさん、ザクロをかむネズミを見張中。
この絵は是真展をした三井でも承天閣でも大人気だった。

清親の猫は提灯をぼろぼろにするし、鉄斎の黒猫はよだれ垂らしてるようにしか見えない。

栖鳳に至っては大津絵の戯画調で猫と鼠の宴会してますがな。

第六章 猫と美人
女三ノ宮関連が多いね。

江戸時代初頭に佐久間将監というまぁ立派な侍がいて、隠居した後に肖像画などを描かせている。
狩野派の縮図にもなってるけど、これがすごい。
猫を抱っこしたり猫に乗られたりする画面なのだが、ねこ、めちゃくちゃおおいやん。しかもとろけるような目つき。幸せそうやなあ、ほんまに。

女三ノ宮とその見立て絵がやたらと多い。
美人画なんだけど、やっぱり裾あたりにまといつく子猫に目が行くね、可愛くて仕方ない。
また美人たちも猫を優しく見守っている。
川端玉章の「女三ノ宮」なんかは特に猫が大きいので心配もひとしおではなさそう。

洋画でも猫に美人の取り合わせは人気のようで、裸婦の横で丸く寝ていたりする。少年が
猫と一緒にいる絵も一枚あった。

中村貞以の「猫」はまだ子猫の黒猫なんだが、白いレースの綺麗なスカートの娘さんの膝でくつろぎきっている。手に手を置いてね。可愛いなあ。

第七章 中国・朝鮮の猫
徽宗の猫がいろいろいいのが多いという話で、写しもいろいろ見たが、やっぱり吉祥画の一員だけに、猫はたくさん描かれている。
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毛益の猫ファミリーは大和文華館のお猫様で、これも大好き。
沈南蘋の猫は今にも何かやらかしそう。

近代の画家たちの猫もたくさんあるのには喜んだ。
斉白石の猫は頭巾かぶったような黒頭で、ぐーぐー寝てて、クロアゲハに「君、怠けもんやね」と笑われている。

30年ほど前の民画の猫は却ってレトロ調で面白い。

そして李朝後期の猫たち。みんなどうしてかカツギの猫が多くで、目を大きく見開いていて、手のあたりがぷにぷにしていて本当にかわいい。

最後に現代の画家の特別展示。
畠中さんの猫の目つきの鋭いのが特によかったなあ。

ああ、本当に幸せ…
自分が猫のトリコやということをよくよく思い知らされた人々も多かったろう。
5/18まで。

彦根博物館 春の名品

三つのミュージアムでほぼ同時代をメインにした名品を見た。
先に頴川と大和を挙げたので、こちらは彦根博物館。

彦根博物館前庭ではひこにゃんの可愛さに溺れたが、館内には「彦根屏風」の遊楽気分にも溺れた。
そのことについて軽く挙げてみたい。
なおありがたいことに博物館内はフラッシュはだめだが撮影可能である。
ありがとうございます、彦根博物館。

彦根屏風。
男女入り乱れての楽しそうな情景を描いた遊楽図では、これと徳川美術館の「本多平八郎姿絵屏風」が特に有名。
この絵の構図を念頭に置いて、松園さんも楽しそうな室内図を若い頃に描いている。
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少年の面。IMGP2500.jpg

装束もみごと。IMGP2501.jpg


井伊家の赤。意匠。
そういえば住友電工のイゲタロンは住友家の井桁から取った製品名だった。

甲冑も赤。目立つからかっこ悪いことは出来ん。

月次替りの棗
ちょっと文様がわかりにくかった。

交趾香合。綺麗な発色。いいなあ。

三人の輪舞が可愛い。IMGP2502_2014051223440094a.jpg

七宝の鉢。IMGP2503_201405122344037ca.jpg

再現された室内。違い棚がすてき。
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和の美やなあ。IMGP2505_20140512234513813.jpg

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釘隠しも可愛いなあ。IMGP2508.jpg

花鳥図屏風。けっこう鷲かタカが怖い。
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だって。IMGP2511.jpg
狙われてるなあ。

やばいぞ。IMGP2512.jpg

これもまた…IMGP2513.jpg

彦根城のお堀。水面きらきら。IMGP2483_201405122356414d8.jpg

次からは可愛いおまけ画像です。

頴川美術館・大和文華館 桃山から江戸の美

彦根博物館、頴川美術館、大和文華館の三つのミュージアムで、主に桃山から江戸初期の名品を楽しんだ。
まず頴川と大和の感想を挙げたい。

大和文華館では「桃山・江戸の絵画名品展」。春の恒例ですな。
何度でも同じものを見るし、何度でも同じく楽しむ。
古美術の良さというのはそこだと思う。
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婦人図 眉を落とした切れ長の目の婦人。衣装も桃山らしいもの。
こうしたところから学ぶのだ。img911-1.jpg


阿国歌舞伎草紙 春になればこの「舞台」が見れるのが嬉しい。絵の観客ではなく舞台の観客になった心持ちで、年に一度乃至二度ばかりやってくる阿国一座を見るのだ。
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婦女遊楽図屏風(松浦屏風) 彦根屏風と並ぶ国宝・松浦屏風。どちらも好きだが、松浦屏風は女ばかりということで、わたしにはより親しみがある。女の数が多い分、この着物がいいなとかこういう取り合わせも好きだとか色々思うのだ。
絵がうまいかそうでないのかは別にして。
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踊る人等を描いたのを見るのは好きなんだが、実際に自分が踊らなくてはならないなら、イヤヤナア、とかなんとか思いながら見ている。

人物図扇面 玄宗皇帝の「花合戦」の故事を描く。侍女たちのめかした様子がいい。

維摩居士像 狩野山雪 立像図は珍しいそうだが、確かに私も座ってたりするのしか知らない。
目つきのわるいじいさん。

古画縮図(人物) 探幽 子とろ遊びをする子供らが可愛い。初めて見たな。籠を持つ霊昭女図もある。

草花図屏風 伊年印 トウモロコシ、八頭イモの葉などは墨で描かれている。赤い草もある。

伊勢物語「芥川」 宗達 この絵もまた大和文華館ほまれの一枚。しっとりしていていい。

今回はほかに「衰えたる家」図も出ていた。

僧形歌仙図 宗達 可愛らしい若いお坊さんが一人で、頬にうっすら朱がのる。

扇面貼交手筥 光琳 これも好きだなあ。ピクニック気分になるのだよ。

鶴図 光琳 振り向いた鶴。何を見たのだろうか。
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花鳥図 山口宗季 1715年 琉球の絵師の絵。文鳥や太湖石がいい。

伝東山天皇像 新収品。繧繝縁に座す天皇の周囲に蝶々が飛び交う。上には雲もわく。

三十六歌仙色紙貼屏風 新収品。市松模様に桐の葉がのる。その上に歌仙たち、その上に彼らの和歌という構成。
紀友則 指組んで体操座り。源信明は居眠り。壬生忠ミはえべっさんのようだった。

七老戯楽図 池大雅 老人7楽隊。鼓や太鼓などで機嫌よく。

ああ、楽しいな。5/18まで。 

次は頴川美術館。

本法寺と妙蓮寺の名宝

京都の非公開寺院の特別公開を二つばかり見た。
石清水八幡宮の件は既に挙げたが、妙蓮寺のほうはまだだ。
その妙蓮寺で見たものについてと、堀川通りを挟んだご近所の本法寺の名宝についての感想を挙げたい。

妙蓮寺はその名の通り日蓮宗の古刹で長谷川等伯とその一派の作品がたくさん残っていた。
お寺はたいへん良い感じだった。
適度にフレンドリーなお寺で、街の中にある利点も生かしている。
やっぱりそれくらいの俗気がないと入りにくい。

お庭は羅漢の庭といい、白砂と岩が配置もよく、目に楽しい。
宝物殿と本殿とで襖絵などを公開していた。

襖絵は長谷川派と現代の幸野豊一(幸野楳嶺の孫)の仕事だった。
長谷川宗卓の吉野桜図も桜がいい感じ。

松桜図はガラスケースに入っているのだが、その下に応挙「七難七福図」の模写下絵(山本久河)がズラーーーッと開き、ついついそちらに目が行ってしまった。
奥書院にも松桜図。

まぁ人間というものはヒサンな絵というものを黙ってジィーーッと見てしまうものです。
先般相国寺の承天閣美術館で本物を見たところなので、またジィーーーッと見てしまった。

全編を模写したわけではないようでところどころ絵巻から省かれたものもあれば、原本よりはっきり描いているものもある。井戸周りで惨殺された妊婦の腹からにこにこした胎児の姿とかね。色指定のメモもある。

メインはやはりこの鉾杉図の襖絵。
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金地に描かれてはいるが、華麗さよりも静けさを感じさせる。そこが狩野派との違いなのかもしれない。
派手な色調の作品であっても、どこかに静かな…侘び寂びに近いものを感じることが多い。

新しい襖絵は銀地に八つ橋や水仙などの絵で、現代味と伝統美の同居した、いい感じの絵。
幸野楳嶺の血筋は活きていたのだなあ。

他に牧谿の「寒山図」がある。横向いて髪をくくった少年姿。
知らない画家だが林良の「花鳥図」鷺に翡翠がいる、それもいい。
そして大山忠作の一年一作の連作もの。
これはどうやら亡くなるまで続いていたようだ。

いいものをたくさん見て、いいところに来て、楽しかった。
また今度公開のときにも来たいし、誉の御会式桜も眺めたい。


道を挟んだご近所の裏千家茶道資料館では「本法寺の名宝展」。こちらは「光悦・等伯ゆかりの寺」とある。
そこへ行く前にちょっと水火天満宮の方へ出てから下がると、立派なお寺がおいでおいでする。
ちょっとだけ中に入ると、これは茶道資料館に隣接するお寺ではないか。
立派な本堂に立派な杉が林立。
そして向こうに「等伯涅槃図」の案内がある。
……こここそが「本法寺」そのものだったのですよ~~~
もう今年で20年も茶道資料館に来てたのに、今の今まで知らなんだ!!!
等伯の涅槃図言うたらめちゃめちゃ長いやつですがな!
見ましたよ、東京でも京都でも!ヒーーーッ
(その時の感想はこちら

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ここのお寺は例の「鍋カブリの日親上人」のお寺ですがな。
暴虐な、としかいいようのない足利義教将軍による法難ね。
光悦の父も将軍に投獄されて、獄中で上人と仲良くなったわけです。
だからここのお寺には光悦の拵えたお庭があるそうです。
あー、ほんまにごめんなさい。知りませんでした。しかもこの日は忙しくてちょっとそちらには行けません。またの機会にお参りします。

というわけで、茶道資料館。
このお寺はあの将軍に焼かれたりなんだかんだとあったのだが、まぁ上が変わると安定もして、したが今度は聚楽第建築のあおりを食って、ここに移る。
千少庵もほぼ同時にここへ。それから400年のお隣さんのお付き合いやそうです。
一旦天明の大火でどちらも焼け落ちてしまったそうだけど、それでも復活して、やっぱりずっとお隣さん。

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酒呑童子絵巻 三巻 わたしが見たのは、もう頼光一派が偽山伏として酒呑童子に謁見しているところ。鬼たちはみんなのんびり。童子は髪型は童子型とはいえテンクルである。
伴天連ぽいような髪形。

開山日親上人徳行図 片山尚景 1704年 にぎわう境内。シンプルな線でほんわかムード。

紫紙金字法華経幷開結 伝・小野道風 色合いが綺麗。

花唐草文螺鈿経箱 光悦 「法華経」という文字が表にある。李朝螺鈿に倣う名品。たいへん綺麗。そしてその寄進状も共に展示。

撫肩釜 銘・月之釜 光悦秘蔵の釜。「月夜に釜ぬき」…ではないよねえw

青花芙蓉手蜥蜴文大皿 明~清時代 縁には桃・巻物・蓮の吉祥もの。見込みに牡丹と蜥蜴。…色んなの見てきたが、トカゲやヤモリ、イモリを文様にしたのを見るのは初めて。

青樂のいいものをいくつか見る。香炉、花瓶、燭台など。いずれも綺麗な金色で文様が入る。長入の作らしい。

赤樂茶碗 了入 二口。一つはノンコウの「鵺」を思わせるものだった。

消息 等伯宛て(龍之図消息) 日通 1599年 天明の大火でその絵は焼失したが、日通上人さんが絶賛する内容だったので、後世に残ってたらなあ。

等伯画説 日通 1592年 研究の第一級資料品。あいにくわたしは読めない。

十六羅漢 狩野元信 1551年 四幅の内二幅 滝の前にいたり色々。

蓮華図 二幅 伝・銭舜挙 元時代 薄紅色がとても綺麗。蓮と同色の水辺の花は形は河骨のようだった。

唐獅子図 狩野山楽 桃山時代 これは前に見たが、去年の山楽・山雪展には出ていない。
どこで見たかなあ。
親獅子の右下に塗りつぶされた仔獅子がいる。見えているよ。

葡萄図 愚庵 室町時代 墨の濃淡で葡萄をおいしそうに描く。外線で葡萄の丸々した様子が見て取れる。

牡丹図 河村若芝 1697年 いかにも長崎の絵。白と赤(紅ではなく赤)の牡丹がくっきり。

瀬戸茶入 これは釉垂れがヒトの顔みたいに見える。

伊賀茶入 白い。伊賀とは思えぬくらい白い。

樹下螺鈿四方盆 明時代 20x20くらいのサイズで縁に木花、中に草が描かれている。素敵な細工だった。

鬼瓦 鬼面の代わりに桐が。

都名所図会 おお、この本法寺、さっき行った妙蓮寺、去年行った報恩寺、それから大応寺に千宗佐宅。リアルですなあ。

5/18まで。

梅の美術/松の美術

毎日比較的長文の感想を書いているので、次々と迫りくる展覧会の感想が手に負えず、新しいのが書けないで困っている。
そこでいくつかの展覧会の感想をまとめることにする。
もちろん古美術関係。

「松竹梅の美術」三館合同というか協同の展覧会があった。
スタンプラリーもしていて、今日完遂したのでご褒美ももらった。
松は黒川古文化研究所、竹は大和文華館、梅は泉屋博古館。
竹は既に感想を挙げているが、梅は5/6に松は今日行ったばかり。
そのあたりを少しばかり。

梅の美術から。
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雪中遊兎図 沈銓 これは特に好きな絵。うさぎたちの関係性が妙に好き。毛並みもリアルで彼らの目つきも面白い。

花卉図 張莘 惲寿平様式の絵。右には蠟梅、椿、槇、左には藤と百合など。
椿は生和菓子のピンクのそれとそっくり。

墨梅図 祥啓 近年になり白鶴美術館の山中さんが、龍の肉球を発見したが、これはまさに龍の肉球型の梅だった。龍の手印のような梅たち。

梅図屏風 彭城百川 金屏風に太々と幹がうねる。

梅に叭叭鳥図 菅井梅関 二羽の叭叭鳥が上下に分かれて阿吽。口開けてるほうは梅を食うぞーーっ、もう一羽はおいおい、な表情。
これを見るとリグ・ヴェーダの「連れ立つ友なる二羽のワシ」のことを思う。

梅実図屏風 山口素絢 葉は付け立で描き、ふっくら梅の実は娘のような。

梅樹蝙蝠文墨床 清朝 可愛い赤地に黄色の刻描。

銅銀象嵌柳水禽文浄瓶 高麗 細い線描で描かれたのはオシドリかもしれない。

羅浮仙図 森寛斎 にっこりほほ笑みながら梅を見る。金鳳の釵子をつけた女。

色絵梅文大壺 おお、大和文華館ほまれの梅の壺。やっぱりどこで見ようといいなあ。

清水裂 これまた大好きな。吉祥文様をてんこ盛りにした青い布。

七宝梅鶯文花瓶 並河靖之 黒地に豪奢な絵柄。闇の質感が伝わる。

青貝梅型銘々盆 わぁ!!可愛い。下弦の月に梅の木。ああ、ほしいなあ。
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こちらは5/6までだった。

次は黒川の松。
松は決して派手ではないが堅実でがっしりと着実で、和の世界では木の王様のような風情がある。
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論語があった。
魯の哀公が宰我に地元の神様を斎奉るには何の木が良いかを尋ねる。
「夏后氏は松を以てし、殷人は柏を、周人は栗の木をそれにした」。

張路 望気図 気が渦巻いている。それを眺める貴人と芭蕉を持つおつきの少女たち。

伝・張月壺 白衣観音図 足を水に浸す。顎を手で支える。上には枩。ああ、素敵。

松に鶴というのは松林だけではなく、松喰い鶴、というたいへん日本的な文様をうみ出した。

中国の花喰い鳥が日本では松喰い鶴になり、鏡などでその様子が刻まれる。
チラシの松喰い鶴が可愛い。

湯貽汾 坐石聴松図 このおっちゃんのそばで茶を沸かす坊やと子供の鶴が可愛い。そっちにばかり目が行く。
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芳中の高砂図もある。のんびりしている。賛が面白い。
観世金春保生(宝生か)金剛亦習祝其晴住江尉与高砂姥相生松颯々聲 

黒漆青貝象嵌花鳥長方盆 モザイクな鳥たちが細枝にとまる。綺麗な細工物。
清朝の工芸。

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黒川は5/18まで。

いろいろ見るべきものが多く、楽しい企画展だった。
近年になり関西では「中国の書画」展などを各美術館がリレー形式で開催し、成功を収めたが、今後もこうした催しがあればと思う。

恋する美人画

京都市美術館の「恋する美人画」展はたいへん興味深い展覧会だった。
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親しい作品と初めて見る作品とがいい割合で並び、画家による「美人」の違い、また章ごとに割り振られて、そこにいることになった美人の「意義」などを思ったりした。
なお日本画と油彩とが入り交じる展示である。
そしてわたしが「初めて見た絵」には☆をつける。

第一章 美人画誕生
明治の美人画を中心に

森川曾文 佳人図 ☆ 帯の結びに令嬢らしさを感じる。大きな帯を斜めにしてモッコウバラ柄の着物を着て、狆と仲良し。

芳翠 木戸松子像 ☆ これは所謂「幾松」だな。深紅色の着物で静かな目を向ける。

楳嶺 呉服漢織之図 ☆ 渡来し、機織りの技術を伝えた姉妹。優美な目をして微笑んでいる。

桜谷 和楽 先般の回顧展で初めて見た屏風。農家の表を描く。右端には猫、働き手の女たち。和やかな家族。

翠嶂 広寒宮 色彩の薄い絵で、庭園に八人の官女が楽器を演奏しながら歩く。座る者も舞う者もいる。平和な情景。

栖鳳 絵になる最初 栖鳳の絵を最初に見たのがこれと「アレ夕立に」だったから、てっきり彼を美人画の大家かと勘違いしたのだった。

松園 人生の花 二枚ならび、一は花嫁に口紅なし、一は下唇に笹紅。

松園 待月 後ろ姿美人の代表。首が綺麗。昔は「バックシャン」というた。

松園はかなりたくさん見ているし、画集も複数あるし、また、構図の似たものが多々あるので、初見かどうかわからない作品が少なくない。

松園 春光 おとなしい娘が黙って座っているところに、蝶。

松園 春日長 ☆ 左に舞う美人、右幅にはそれを眺める美人。

浅井忠 漁村の少女 ☆ おとなしそうな二人の少女。ここで大人になるのだ。

伊藤快彦 大奥女中 白地に綺麗な繍をした打ち掛けを着た、おすべらかしの美人。

快彦の二枚の少女図はいずれも同じ少女。どちらも初見。

鹿子木孟郎 新夫人 椅子に凭れる和装の女。向かいの近美の回顧展で見たのが最初だった。

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第二章 モダン美人画と生活する美人画
知る作品が多数。嬉しい再会。

伊藤小坡 夏 ネグリジェで朝ぼんやりの図。

中村大三郎 ピアノ 真っ赤な着物の令嬢が演奏。最初に見たのは新聞でだった。

菊池隆志 爽夏 ☆ 長い髪を背に流した若い女性が横を向いて、やや難しい表情で上にいる小鳥を見る。
彼女は貝殻柄の着物を着ている。これを見ていると、どうも父の契月がモデルにした「息子の嫁」と同じ人ではないかと思う。父の絵より隆志の絵の方が女はきつい目をしている。

三谷十糸子 独楽 ☆ ちりちりちりちりした編み方のセーターに細プリーツのスカートに黒いハットの娘がぺたんと座って独楽の動きを目を細めて眺めている。
そんな情景を描く。

勝田哲 朝 好きな絵。モダンライフを楽しむ女が寝そべりながらレコードを聴く。クッション、レース、カーテン。自室に好きなものを集めているのだ。戦前の優雅な都市生活者の姿がある。

菊池隆志 少憩 ☆ イスに座る女は全身をグレーでコーディネートしている。帽子も上着もロングスカートも、少しずつ色の違うグレー。たいへんシックでかっこいい。
若くないところがまた素敵だ。

丹羽阿樹子 遠矢 これは去年だったか世に出て、それですっかり京都市美術館の人気ものになった。ワンピースの若い女がどこかへ向かって弓を放つ。たんぽぽの咲いたフィールドで。

北沢映月 娘 ひな祭りの姉妹。有平糖を前にして、おめかしした様子が可愛い。

紫明 九月 泳ぎに行って日焼けが激しい二人の芸者が、熱心に白塗りしているところ。
あんまり日焼けしたら白粉ものらないのだが、ついつい焼いてしまったのだ。こういうのを見ると上村一夫「凍鶴」のエピソードを思い出す。

丹羽阿樹子 奏楽 ☆ 二人の娘がバイオリン演奏。左は群青に金の着物、帯は更紗。右は派手な柄の着物に絞りの帯。二人ともふんわりパーマをかけている。
こういう絵が世にもっともっと出てくることを待っている。

橋本明治 浄心 大仏前にたたずむ三人の女。戦前の明治の絵は後の太線とは違い、存外線が細く、優雅。

秋野不矩 紅裳 これは過去の回顧展でもチケットによく使われる。五人の女それぞれが紅色の着物を着てテーブルについている姿。

由里本景子 望遠鏡 ☆ カラフルな着物を着た三人の若い女たちが望遠鏡をのぞいたりして楽しそう。
座るイスは機能的でかっこいい。
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西綾女 襟巻きの女(自画像) ☆ 黒いショール、黒い手袋。顎をショールに埋める。美人ではないし特にいい女というわけでもないのだが、戦前のある時期にしかいない女か、もしくは戦後のパリに現れたような女。そんな風に見える。

堂本印象 婦女 戦後の模索していた時代に描かれた、かっこいい女たち。

千種掃雲 蓮池 この絵を最初にみたのはもう20年くらい前か。母子の小舟。蓮を集める。

掃雲 めざめ ☆ 四条か五条手前あたりの店の二階でムクリと起きあがる女。まだぼーっとしている。窓の外には床を出した店の並び。

栖鳳 日稼 下絵と版画が並ぶ。これは先日の近代美術館での回顧展に本絵は所在不明とか出ていたのではなかったかな。ちょっと忘れたが。ただ、わたしはここでこの下絵などを見ていたので、あの回顧展にも「おお」と思っただけだったのだが。場所はお東さん。

梶原緋佐子の大正期の作品はいずれも社会的リアリズム絵画と言うべきもので「美人画」の範疇に入れるなら、そもそも「美人画」とはなにかということを考えなくてはならなくなる。
暮れ行く停車場、古着市、女芸人。
浮かれてモダンライフなどというてはいけない気がしてつらくなる。

菊池契月 早苗 手に苗を持つ働く農婦。白さの目立つ絵。

佐藤光華 大原の人 ☆ 砧をとんとん打つ女。謡曲の手ぬぐいをかぶる。

石島良則 供饌 ☆ 「北白川」の文字を白抜きした手ぬぐいをかぶる女たち。幼女もいる。彼女らは「白川女」だろう。

丹羽阿樹子 精霊の花 ☆ 手に手に蓮を持つ女たち。彼女らは白川女のような感じがするが、ちょっとわからない。

田代正子 戦捷たより ☆ 丸い火鉢を間に二人の女がいる。綺麗な羽織を着ていた。

服部喜三 灯火管制 ミシンを踏む女学生。
わたしはこの絵と小磯良平「斉唱」とがどうしても1セットになるのだった。

第三章 少女礼賛 
ここはおおかたが初めて見るものばかりだった。

翠嶂 槿花 黄色い着物を着た、眉の濃い少女がしゃがんで花の中にいる。

まつ本武雄 少女の図 ☆ 一洋の息子かと思う。青を背に座す少女。花飾りの薬玉がある。なにかの節句なのだろうか。

十糸子 少女 ☆ 文楽の主人公のような男をモチーフにした紙人形をこしらえる。リアルな顔立ちの少女。

若松緑 少女 ☆ 面白い柄のブラウスを着たモダンな少女。

契月 少女 息子の嫁をモデルにしたもの。貝殻柄の着物を着た少女。のんびりと座る少女。

丹羽阿樹子 セーラー服の三人 ☆ チラシ表。本当にこういう絵がどんどん表に出てくるのはよいことだ。一人が持ってるセカンドポーチ、いい感じ。

十糸子 月の暈 ☆ 三人の少女がいずれも青白くて、宇宙人のようだ。笹飾りがあるので七夕らしいが、なにやらそのまま宇宙の彼方へ向かいそう。

十糸子 春来る(春想) ☆ 山吹色の着物。きれいな色。長いおさげの少女が後ろ手にスミレを持つ。抒情的。

澤部清五郎 絵をかく少女 ☆ うつむいて絵を描く少女のその襟のすごさ。なんだかすごすぎる。

松村綾子 夏庭 ☆ 左側に立つ少女より、右側でしゃがむ着物少女がかなり美人。


第四章 悪魔的肉体か菩薩的肉体か 男性作家の視座
「肉体の発見」というコーナーではすべて既出作品だった。

恒富 浴後 ぼや~とした感じがいかにも明治末の恒富の女。

楠音 青衣の女 両手を重ねてペタンと座る女。肉の充実感が伝わる。

荻邨 太夫 この時代にはこういう絵も描いていたのだ。

里見勝蔵 女 あ゛―っナマナマしい。

太夫と舞妓を描いたものが集まる。
挽花 海近き町の舞妓 青地に気の利かなそうな若い女が二人ぼうっと座っている。洗練されることのない娘たち。

一洋 餞春 ☆ やまと絵を再興させた一人である一洋らしい絵。優美。

板倉星光 春雨 どこかの料亭の中庭の池を見下ろす舞妓。枝垂桜が咲いている。池には鯉もいる。次のお客のところへ行くまでのひと時。

楠音 舞妓 小さい絵で、端正。

林司馬 舞妓 ぽーっとした舞妓が緋毛氈の床几に座る。萩の花が咲く。
私は最初にこの絵をみたとき、てっきり旧幕時代のものかと思ったのだった。

麦僊 歌妓図(未完) ☆ 線しか残っていない。妓生。

小松均 舞妓 ☆ 文楽人形を片岡球子風に描いたらこうなる、みたいな。

・歴史の中の女性像

神坂雪佳 小督 静かな、風情のあるよい絵。

木村斯光 傾く日差し ☆ 萩の咲くころ、桃山風の女たちが布を織ったりして働く様子。

一洋 鵺 これは小舟に三人の女が乗る図で、女たちそれぞれに暗喩が。
こういうものは古典的な教養が必要なので、今ではやはり難しいのかもしれない。

植中直齋 堀川夜襲 眉の濃い静御前が立ち働く様子。

・母と子
秦テルヲ 母子 仏母のようなほほえみ。
向井久万 男児生まる 出産するところ
広田多津 母子 赤ん坊のくりくりした目が可愛い。

第五章 忘れえぬ異国の人
知る絵は少なく、ほぼすべてが所見だった。

太田喜二郎 バルコンの女 ☆ 白人女のかっこよさがある。

澤部清五郎 戸の前に ☆ かっこいいなあ。これは白人かな。ちょっと虚脱したような顔つきだが、センスもいいし素敵。

黒田重太郎 渚に座せる女 胸がこぼれている女。数年前に回顧展で見て以来親しみがわいた。

霜鳥之彦 黒い帽子の女 ☆ これもかっこいい。どこかアンニュイで、物憂げな感じがいい。

川端弥之助 ウクライナの女 ☆ 民族衣装を着た女。ロシアとは違いますよな。

山田新一 読後 ☆ 白人女がにやっとしている。机による女。白い毛皮で首元を飾る。指輪。薔薇の花瓶、なんだかかっこいい。
「サハラ」の薔薇のスージーを思い出した。

麦僊 平牀(下絵) 妓生シリーズ。

森守明 搗麦 ☆ 朝鮮の女三人が懸命に働く様子。

不二木阿古 夏の日 南京路か四馬路か虹口か、大陸のどこかの都市で馬車に乗り込もうとするチャイナドレスの美人たち。

ああ、このあたりまでは非常に好きな世界だった。
申し訳ないが第六章はかけない。パス。

5/11まで。

のぞいてびっくり江戸絵画

春から初夏にかけて都内では江戸絵画の花盛りだった。
既に感想を挙げているのは以下の展覧会。
・江戸絵画の19世紀 前期後期
江戸絵画の真髄

最後にサントリー美術館の「のぞいてびっくり江戸絵画」の感想を挙げる。
前後期入り混じっての感想である。なるべく簡素に。
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第1章 〈遠近法〉との出会い
不忍池図 小田野直武  1770 秋田県立近代美術館  親しみのある絵。牡丹か芍薬が手前に描かれ、奥に弁天堂がある図。秋田蘭画の遠近法というより浮世絵の遠近法に近いのではないか。場所で言えばここは今の下町風俗史料館のほん近くになる。あら、テラコッタもあるやないですか。

鷺図 小田野直武 歸空庵コレクション  どうも秋田蘭画になると目が鋭い。というか南蘋派風もそうか。

岩に牡丹図 伝 佐竹義躬 18 世紀  お殿様。そりゃこういうお殿様がいてくれないと秋田蘭画は存在しないわね。白い牡丹が綺麗。

犬のいる風景図 司馬江漢 寛政年間 千葉市美術館  絹本に油彩。横長で犬が海を見ている図。犬の「海を見ていた午後」または「海を見ていたジョニー」。

異国風景図 司馬江漢 寛政年間  アムステルダム界隈らしい。湾というかやはり運河だよな。

南国風景図 司馬江漢 天明年間  こっちはアジア。「アジアの片隅で」描いた絵。

鵞鳥図 司馬江漢 寛政年間  紙本油彩。リアル鵞鳥。王羲之喜ぶと思う。上を見る1羽と下を見る1羽と。

室内男性図 司馬江漢 寛政年間  絹本油彩 洋間やなくて日本の室内に佇む。長押にも絵。リアルタイムの建物というより、戦前の和洋折衷のアパートに似ている。

漁夫図 司馬江漢 文化年間 千葉市美術館 絹本淡彩  魚と共に。浜辺の風景を写生風に。

縁端美人 鈴木春重(司馬江漢)明和 7 年(1770)頃 東京藝術大学  手前に春信の弟子らしい美人二人がいて、その背後に洋風画家らしいずーーーーっとした遠近感のある背景。
随分長い廊下で三十三間くらいありそうである。

皮工図 司馬江漢 銅版筆彩 天明 5 年(1785)  おや、鞣してる。この元ネタの絵を前にどこかで見ている。

江戸城辺風景図 亜欧堂田善  寛政後半~文化年間 東京藝術大学  湾曲したお堀端に並木。散歩する人々。妙な空間になっている。

ゼルマニヤ廓中之図 亜欧堂田善 銅版 文化 6 年(1809) 神戸市立博物館  ゲルマニヤですな、その広場。ヒトラーが確かゲルマニヤという名で世界の首都を構想していたが、これはある意味そのご先祖風景になるかもしれない。

大日本金龍山之図 亜欧堂田善 銅版筆彩 文化年間 歸空庵コレクション  ロングで捉える賑わい。ここはいつでもにぎわっている。昔の提灯には松下幸之助の名前はない。

シノハスノケイ(不忍の景) 亜欧堂田善 銅版筆彩 文化年間  林になってますな、そこを坊さんがゆく。寛永寺の坊さんかもしれないが、この歩く向きから思うと、もしかすると根津の遊郭に行くのかもしれない。

スサキヘンテン(洲崎弁天) 亜欧堂田善 銅版筆彩 文化年間  喧嘩する人もいる。そう言えばここらは戦前から昭和33年3月まで洲崎パラダイスがあったが、江戸時代はどうだっただろう。そのころからあるとしたら、この喧嘩は嫖客同士のそれになるか。

二州橋夏夜図 亜欧堂田善 銅版筆彩 文化年間 町田市立国際版画美術館  両国橋のこと。花火が見えます。ここはやはり花火の名所の橋ですな。

両国橋夕涼見浮絵根元 奥村政信 元文元~延享 5 年 東京藝術大学  遊郭の中で昔風の双六で遊ぶ。

浮絵海士龍宮玉取之図 西村重長 延享年間 千葉市美術館  これは板橋区美術館の展示で見たと思う。外に船がいて海女の孤独な戦いを見ているだけのあれ。

アンボイナ島奇品集成 G.E.ルンフィウス 銅版 1705 年頃 仙台市立博物館  蟹とか…なんだかんだいる。働く女と子供の情景もある。
博物学もどきなのは「どこの世界にこんな風景が」と妄想が膨らむから大好きだ。

浮絵阿蘭陀雪見之図 歌川豊春 明和後期~安永中期 平木浮世絵財団  朱色と緑色がよく使われている。どこか中国風な風情。

浮絵異国景跡和藤内三官之図 歌川豊春 明和後期~安永年間 町田市立国際版画美術館  さすがに和唐内だけに虎に乗っている。それで行列。
石川淳「おとしばなし集」の中に和唐内の話があり、戦争ばかりやりたがる男たちを見捨てて、虎と錦祥女と手下たちがさっさと出て行く話があり、虎も曲馬くらい出来ますぜとノタノタ去ってゆくのだった。

浮絵和国景跡風流和田酒盛之図 歌川豊春 明和後期~安永初期 千葉市美術館  一つの座敷のあっちこっちでワサワサ騒がしい人々。こっちで草摺引き、あっちで女に振られたり、大磯の虎と十郎がいちゃついてたり。
 
忠臣蔵十一段目夜討之浮絵 北尾政美 寛政 3 ~ 6 年  これまた下世話な様子で吉良邸はどうもパーティの後みたいな様子。腰巻一つの女や下帯が下がってるのもいて、緊張感がないない。

どうも「浮絵」というものは真面目な戯画のようなところがあるな。
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江戸近郊図 歌川広重 板橋区立美術館  描き表装で、富士と鶴が記されている。めでたい風景である。

東海道五拾三次之内 御油 旅人留女 歌川広重 天保 4 年(1833)頃 サントリー美術館  これは特に楽しい場面で、階段室のところで巨大な立版古になっていた。
もう本当にこういう江戸滑稽本系の絵は楽しい。

江戸高名会亭尽 白山傾城か窪 萬金 歌川広重 天保 6 年~ 13 年サントリー美術館  奥のカーブに広がりがある。二階の賑わいもわかる。

江戸高名会亭尽 大をんし前 駐春亭 歌川広重 天保 6 年~ 13 年サントリー美術館  大音寺。浮かれた客が芸者にふざけている。

東海道四十一 五十三次 鳴海 歌川広重 嘉永年間 サントリー美術館  これは遠近感ということを考えると、非常に面白い。

名所江戸百景 鎧の渡し小網町 歌川広重 安政 4 年  建物の並び方と視線の形とで距離感が生まれる。燕がいい感じ。

三ツの猿夜の賑ひ 歌川国芳 三枚続 嘉永年間 名古屋市博物館  三美人と犬の喧嘩。庚申待ちだったのかも。

踊形容江戸絵栄 三代歌川豊国 三枚続 安政 5 年 名古屋市博物館  芝居小屋の賑わいを描く。桟敷も平土間もわいわい。演目は「暫」。

飛鳥山花見図 蹄斎北馬   芸する男を眺めるちびっこたち。浮かれた飛鳥山。

虫合戦図 春木南溟 19 世紀  朝顔の大砲がどーんっっ蒲の穂綿が槍になる。敵方はカタツムリ砲。これは他のもみたが、甲虫王者ムシキングの御先祖。
府中市美の「江戸絵画の19世紀」前期にも違うのを見た。

のぞきからくりにもなる作品たちがある。
三十三間堂  伝 円山応挙 宝暦年間頃 町田市立国際版画美術館
賀茂競馬 伝 円山応挙 宝暦年間頃 町田市立国際版画美術館
四条河原図 円山応挙 宝暦 9 年
応挙は京都の名所をこんなふうにおもちゃ絵にもする。
承天閣美術館には光を当てて夜昼を見せる四条河原図がある。

望遠鏡やその類品がある。
そして目のトリックで楽しむ眼鏡絵もある。
尤も目を寄せて視てみれば、筒なしでも絵が楽しめるのだか。

第2章 〈鳥の眼〉を得た絵師たち
鳥瞰図といえば大正から戦前に大活躍した吉田初三郎がいるが、ここにその先達がいた。

江戸一目図 鍬形蕙斎 絹本著色 19 世紀  ああ、お江戸八百八町がコンパクトに。
日本名所之絵 鍬形蕙斎 享和年間頃  すごい構図やな。山口晃の先達という感じ。

木曽路名所一覧 葛飾北斎 文政 2 年 平木浮世絵財団  これまた細かい。琵琶湖周辺。

江戸高名会亭尽 湯嶋  歌川広重 天保 6 ~ 13 年 サントリー美術館  みんな本を開いたり書きつけたり。句会ですかね。

名所江戸百景が続く。
深川洲崎十万坪 例の鷲のぐるっとした絵。下に桶がある。
水道橋駿河台 こっちは鯉のぼりが幅を利かせる。武家社会の町に町人の鯉のぼりを前面に押し出す。
駒形堂吾嬬橋 雨に不如帰飛ぶ。

鷹狩図屏風 狩野養信 二曲一隻 19 世紀 板橋区立美術館  妙に面白い絵。ロングで捉える構図で異時同時図とも言える。カモ、シギ、ハクチョウがいる。小さいので高麗青磁象嵌の水鳥のように可愛い。

異国風景図 司馬江漢 紙本油彩 寛政 9 年  タイかカンボジアらしい。中国人がいて、わんこもいる。

長崎港図 川原慶賀 文政年間頃 千葉市美術館  湾内にオランダ船もある。長崎の夜景は非常に綺麗で、わたしはとても好きだ。

長崎蘭館饗宴図 川原慶賀 19 世紀   ご飯食べてる。みんな日本人ですが。芸者さんらしき女もいる。出島出入りOKの人々。

遠眼鏡 江の島富士 魚屋北溪 文政 4 年 千葉市美術館  胡粉で波がきらきら。

淡路島望遠図  19 世紀   明石から見た風景。藁ぶきの茶店に人々が集まる。
今なら神戸湾クルージング「コンチェルト」ですかね。

色んな望遠鏡があるなあ。感心する。一閑張りまであるがな。
あいにくよく見えないが。
そういえば海賊のお宝をみつけるポーの「黄金虫」の話では、宝の地図の暗号に「ヨキメガネニテ」という一文があったが、それは望遠鏡のことだった。

富嶽百景 三編 葛飾北斎 木版墨摺 / 一冊 天保 6 年 浦上満 氏  おや深天儀。

天球全図 司馬江漢 銅版筆彩 寛政 8 年 神戸市立博物館  すごいなあ。感心するばかり。

地球全図 司馬江漢 銅版筆彩 寛政 5 年 名古屋市美術館  地球は丸かった。

天球図 司馬江漢 銅版筆彩 寛政 8 年  薄くてカラフル。南天球。

新訂万国全図 高橋景保 作 亜欧堂田善 画 銅版筆彩 文化 7 年  これは妙に懸命に見てしまうのだった。香雪美術館にも類品があり、あれも面白い。

第3章 〈顕微鏡〉でのぞくミクロの世界

七ついろは東都富士尽 に 盗賊児雷也 大橋之不二  歌川国芳 嘉永 5 年 仙台市博物館  これは男前やし時代から言うても八世団十郎やな。虫の柄の着物いうのも面白いが、国芳オリジナルだと思う。

雪華図説 土井利位 木版墨摺 天保 3 年 古河歴史博物館
続雪華図説 土井利位 木版墨摺 天保 11 年 古河歴史博物館
中谷宇一郎の以前に、雪の結晶に情熱を傾ける人が、江戸時代にもいたわけです。
渡辺崋山の肖像画で有名な鷹見泉石が跋文を書いている。
97個の雪の結晶。

其姿紫の写絵廿四 三代歌川豊国 弘化4~嘉永 5 年 仙台市博物館  田舎源氏のどこかの場面。光氏、女、赤子。赤子にもにこにこする光氏。雪の日の座敷で。

雪華文蒔絵印籠 原羊遊斎 木製漆絵 天保3~ 11 年 古河歴史博物館  これは鷹見泉石の旧蔵品。雪の結晶がモチーフ。かれは古河藩の家老。

惺々狂斎画帖 河鍋暁斎 明治 3 年以前  でた、巨大猫!!にゃは~としたのがいきなり出現。可愛いなあ。

カンガルーまでいる。

ほかにも魚の本とかあるがみんなリアルでちょっときしょいな。

広重の浮世絵の魚づくしは妙においしそうなのだが。


第4章 〈博物学〉で観察する
とにかくいろんな動物が。

ヨンストン動物図譜 J. ヨンストン 銅版 1660 年 仙台市博物館  いろんな動物をリアルに描いているはずなのに、なんか変である。装甲犀ボーグとでも言うかな。

西洋動物図巻 18 世紀後半~ 19 世紀前半 仙台市博物館 ゾウ、ライオン、ジャコウネコ、犬、ロバ、人魚、タコ・・・
 
本草写生帖 坂本浩然  天保 4 年 西尾市岩瀬文庫  こちらはシマウマ、サイ、カニ、エビ・・・ 
獣類写生 山本溪山 紙本淡彩 19 世紀 西尾市岩瀬文庫  様子しぃのオランウータンの絵。
本草図説 高木春山 19 世紀 西尾市岩瀬文庫  

第5章 〈光〉と〈影〉を描く-影絵・鞘

夕陽人影長図 東東洋 絹本淡彩 18 世紀末~ 19 世紀前半 仙台市博物館  2M大の影が描かれている。
人の影というものは古代から非常に重要なものなのだ。
シャミッソー「影をなくした男」、岡本綺堂「影を踏まれた女」ル・グィン「影との戦い」・・・

すっぽん図 月岡雪鼎 天明元~2年(1781 ~ 82)  シルエットのみで描く。縦に5カ所もしくは5組のスッポンたち。面白い発想だなあ。

広重の戯画も楽しい。国芳ほどの強烈さはなく、庶民の滑稽さがよく出ていて楽しい。
お座敷芸のあほらしさがいい。「即興かげぼしづくし」シリーズ。
根上りのまつ 梅に鶯 サントリー美術館
塩引さけの魚 茶がま、入りふね 茶わんちゃ臺 、ふじの山 らんかんぎぼし、きりことふろう・・・

国芳の人が寄り集まって作られる顔もいくつか出ているが、やっぱりこういう発想はすごいわ。

ほかにさや絵もあり、実際に七面鏡も再現されていたりでいろいろと楽しかった。

5/11まで。
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