美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

光琳を慕う芳中

もう千葉でも京都でも終わってしまったが、巡回するので、どこかでまだまだ元気な「光琳を慕う芳中」展の感想を軽く挙げる。
イメージ (10)共通のチラシ

まずタイトルがいい。
「光琳を慕う芳中」。
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光琳を慕うのは芳中だけでなく酒井抱一もいるが、芳中展をするにあたり、このタイトルはインパクトはあるし大体の雰囲気も掴めるしで、とてもいいと思う。
先人を慕う、というのをタイトルにつけてもOKなのはあとは「乾山を慕う道八」くらいかもしれない。

しかし慕うというても完全な後追い・追随者でもチェイサーでもなく、芳中は芳中で自在な絵を描く。
自己の個性によって描いた絵は慕っている光琳の絵とは違う世界のものだった。
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花の絵を見る。菊はやや楕円を帯びた○もので、まんなかに・がついている。そのシンプルさは確かに光琳が作り出したものだろうが、芳中が描くと○はいよいよ可愛さを増してゆく。

写生をする、ということはなさそうである。どの絵を見ても現実にはありえない形のものばかりである。しかしそれがまた面白い。
様式美というものは何も「綺麗」である必要はなく「可愛い」ものであってもよいのである。
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それにしてもタラシコミが途轍もなく多い。
琳派=タラシコミ、という意識があるのか多用しすぎである。
枝も葉っぱも何もかもがタラシコミ。

扇面図も扇面の枠外に飛び出すことはないにしてもいっぱいに広がっている。
天衣無縫な、というホホエマシサがある。

高砂の翁・媼のくつろいでお酒、というえは耳鳥斎を思わせてくれた。
あれほどのいぢわるさ・シニカルさはないにしても、平穏で終わりそうにない雰囲気がある。爺さんが「婆さんやもう一杯」と言えば「もうそんなに飲んだら卒中ですよ」と返しそうな雰囲気もある。

黒木売図 どうやら大原女を描いているらしいが、梯子を頭に載せてる絵もあり、びっくり。
別な絵では福々しい大原女を描いている。

六歌仙図 歌詠みが六人集まっているというより、「さて今後どうしよう」と困ってる人々が集まっているように見える。もっというなら、何らかの詐欺の被害者のような雰囲気。

月に萩鹿図 口開けてる鹿が妙にぽかんとした顔を見せていて面白い。萩に吠える。月にはボヤく。そんな感じの鹿。

波千鳥図 扇面や軸など色々あるがいずれもバッと広がった姿はむしろエイのよう。エイが集団で飛んでいる。可愛いなあ。

亀図 岩に乗るのに下からもう一匹がくる。同行のhiko-taさんは「獅子の子落とし」を想われたようだが、わたしは「てぇへんだってぇへんだっ親分!」とやってくる子分と親分に見えた。しかも親分は「銭形平次」の万七親分ね。遠藤太津朗さんのお役。


ところで慕われている光琳の絵も当然展示されている。
虎図 竹林の中でむっとした顔でガマンしてそこにいるような虎。

三十六歌仙絵 小大君像 髪の流れが自在な感じに描かれているのが面白い。

小西家資料も色々ある。下絵などが特にいい。正直なところこれらが一番面白くある。
つまりこうした下絵から、その発想の豊かさが伝わってくるから。

芳中だけでなくリアリスティックな絵も巧い他の画家たちも可愛い絵が多かった。
よくもこれだけあつめたものだと感心する。

渡辺始興 竹林七賢図 俗世から離れた七人というより、世から棄てられた七人に見えてしまうなあ。そういえばなぜ「七人」なのだろう。「七人みさき」「ワイルド7」…
同時代より少し前の西鶴「好色一代男」のラスト、女護が島へ船出するのは当初は八人で実行するのは七人だった。限りなく「補陀落渡海」に近いような船出。
蒹葭堂とその周辺の人々の作品もある。
こうしたものを見ていると当時の大坂の文化度の高さが目に染みる。
昭和戦前までの大阪は文化度が高かったのに。
だからか、大阪生まれで「知の巨人」たる人はみんな戦前生まれで、後に大阪の地を去っている。残っていたのは司馬サンだけだ。

松本奉時 蝦蟇図 この人は大阪歴博にも蝦蟇の絵の特集展示が組まれるほどたくさんの蝦蟇を描いている。ここにいる蝦蟇も目が大きくて可愛い。

渕上旭江 寒山拾得 寒山拾得が静かに座ってる絵もいい。拾得は掌ぱっと開いてはーはーしてる。静かな二人。
思いがけぬ姿を見てしまったような気がする。

最後には版本が出ていた。
光琳画譜 これこそが「光琳を慕う芳中」の最たるものである。なにも光琳の絵を集めたわけではなく、自分が描いた「ぽいの」をあつめたものではないか。
わんこがたまらなく愛らしい。イメージ (15)-1

いいものを見たが、もっと早くに行かなくてはいけない、と反省。
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社寺の風景 宮曼荼羅から祭礼図へ

大和文華館の「社寺の風景 宮曼荼羅から祭礼図へ」展はたいへん見ごたえのある展覧会だった。
前期に行き損ねたのが痛いが、後期だけでも深い満足感が押し寄せてくる。
既に今日で終わってしまったが、そのままにはできない。
見たものたちへの感謝をこめて感想を挙げたい。
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特別ゲストとして、以下の作品が並ぶ。
春日宮曼荼羅 石山寺
生駒宮曼荼羅 奈良博
石清水八幡宮遷座縁起絵 徳川美術館
山崎架橋図 和泉市久保惣美術館
温泉寺縁起絵 京博
熱田社産経曼荼羅図 徳川美術館
祇園祭礼図屏風 大阪歴博
祇園観桜図屏風 名古屋市博物館

いずれも素晴らしい作品である。特に好ましいものについて書いてゆく。
なお作品名のあとに所蔵先、そして時代を書くが、所蔵先がないのはこの大和文華館蔵のものたち。

☆宮曼荼羅の風景
春日宮曼荼羅 石山寺 鎌倉 真っ白な宮である。ところどころに小さく鹿が描かれている。石山寺になぜこの絵が伝わるのだろうと思いながら眺めた。

春日宮曼荼羅 室町 たくさんの仏たちがぼあーっと浮かんでいる。
ただそこにいるだけではなく、会議をしているようにも思われる。
垂迹説による図。

笠置曼荼羅図 鎌倉 昨年末にも見たが、この絵を見るたびに久しぶりに笠置へ行こうかなという気持ちになる。

日吉曼荼羅 鎌倉 仏たちの坐すお社一つ一つがぼあっと静かに明るい灯りを見せている。ル・シダネルの描く町の眺めのようだった。
静かに優しい。イメージ (8)

石清水八幡宮遷座縁起絵 徳川美術館 鎌倉 細かく見ていると働く牛たちが可愛くてならなくなる。

山崎架橋図 和泉市久保惣美術館 これは宝積寺の縁起譚でもある。白い橋。絵の中には石清水もある。
現在も大山崎と八幡とは交通の便が大変悪い。枚方の人はバスで高槻経由でこちらに来るか、淀の競馬場のバスかしかなさそうだ。

☆参詣曼荼羅の風景
温泉寺縁起絵 京博 室町 「絵解きってなぁに」展にも出ていた。下から上へと物語が行く。行基菩薩と薬師如来との対話。試される行基。人のために働く行基菩薩の前に出現する薬師如来。
有馬に温泉寺を拵え、そこに女体権現を鎮座するものの、邪魔しにくる侍たち、女体権現は彼らを一気に追い返す。
上段は閻魔大王との対談のようすが描かれている。

熱田社参詣曼荼羅 徳川美術館 室町 門前のにぎわいがいい。ちょっと大きめの白犬もくつろいでいる。桜も咲いてにぎやか。また行きたくなってきた。

☆祭礼図の風景
竹生島祭礼図 江戸前期 これも人気の作品。千鳥たちも飛んでいる。
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祇園祭礼図屏風 大阪歴博 江戸前期 本家で見た記憶がない。右には湯屋があり湯女も働く。人間はあっさりだが山鉾は丁寧に描く。ケンカする人々や逃げる人、行列を楽しみに眺める人がいる。後の祭りも描かれる。

祇園観桜図屏風 名古屋市博物館 江戸前期 すごい桜。清水満開。音羽の滝には女たちがいて、頭に桶を載せて滝の水をうける。

☆物語に描かれた風景
ここに出たものはすべておなじみの作品たち。
遊行上人、善財童子、絵因果経、法然絵伝、源氏絵、伊勢絵、曽我物語、道成寺縁起、長谷寺縁起。
善財童子は52番目の弥勒菩薩にお会いする。「温顔星月輝」の文字がある。
絵因果経は鎌倉のもので「アララ」と「カラン」に会いに行こうとするところ。
山中を担がれてゆく幼い少年(後の法然)、川を歩く清姫が一休みし、ようやく男を見つけた途端、火を吐くところ。柳の前で踊念仏する遊行上人たち。
長谷寺だけは見知らぬ場が出ていた。
持仏堂の邪鬼の退屈そうな顔、川から小さな舎利塔を拾う男、顔面いっぱいの門は何を意味するのか。

☆名所の風景
南蘋派風なのや洋風な風景画がいろいろ。富岳図、七里ガ浜図、江の島図、駿河湾、富士山に神奈川風景といった関東ばかり。
谷文晁の神奈川図は広重の五十三次の神奈川と似ている。

版本での名所絵もたくさんある。
都名所図会、大和名所図会、摂津名所図会、尾張名所図会などなど。
確かに見知ったところなどが出てくると嬉しいし楽しい。

南都八景図帖 吉田玄陳と狩野栄信のがある。南円堂の藤、佐保川の桜が共に出ていた。
風情がある奈良の一景二景。

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そして今回初見の凄いものを見た。京奈名所図扇面冊子。江戸後期。
60枚のうち36枚が出ていた。そのことについて一言ずつ。なおわからない地名は・・・で表記する。江戸後期の可愛らしい、丁寧な絵である。

・金閣 金角表記。なんと建物一階でくつろぐ人や回廊をゆく人が!!!
・千本 釈迦堂ですな。塔がある。傘を開いて芸を見せる人あり。焼き餅屋も。
・…  行列の人の中に舎熊の連中がいる。奥では宴に興じる人々もいる野。
・仁和寺 長い石がある。
・廣澤池 前で緋毛氈、白毛氈しいてくつろぐ人々。満月に雁が行く。
・うつ政 太秦。赤い格子越しに弥勒を拝むらしき人々。
・…  門、本殿、小舟も見える。
・野々宮 二つの矢代に向かいゆく人々。パフォーマンスの人あり。
・…  山の中、橋を渡る。愛宕か?
・東寺 にぎわう門前。
・…  門前で馬も行く。
・き舟 貴船。社殿は山の中。
・鞍馬 高野山のような塔が見えた。桜の時期。
・高尾 紅葉が綺麗。崖上から眺める人々。柴を振り分けて持つ人もいる。
・…  山中、池で禊するひともいる。
・三井寺 門前と社中と。
・…  山中の社。駕籠で向かう人もいる。
・…  柳が並ぶ。小さい鳥居がいくつか見えた。
・石山 石は苔むす緑色。本殿と。
・竹生島 と思う。石で囲まれた小島に社殿。
・…  白八重と読めたが。舟でも馬でも社殿へ。
・箱崎八幡 塀の立派なこと。実に立派な塀。
・…  左に鳥居、大社殿
・宇治 川には舟、宇治橋には大勢の人が行き交う。家の中では茶の湯。
・奈良大仏 まだ大仏殿がなくて大仏がどーんっっと見える。
・春日大社 鹿がいっぱいいてあちこち走っている。灯篭も多い。
・三輪 右から鳥居が。杉が並ぶ。奥に社殿。
・龍田 秋らしい。牛が来る。民家が並ぶ。
・…  奥に塔。桜と白の社殿
・住吉 右手前に舟。太鼓橋と桜。
・西宮 民家の前をゆく人々。旅人が多い。
・寿の浦 須磨の浦か。海に鳥居。岩山は緑。
・吉野 真っ白の桜が咲いている。
・切土の文殊 たくさん生える松並木。船で渡りくる人々。千本松と社。
・塩釜明神 舟でくる人々。松と杉。民家もチラチラ。
・… 帆船がくる。石の上のお社。松島のような眺めにも見える。

野々宮を示した棗もあり、あちこち出かけたくなった。
面白すぎるいい展覧会だった。

通崎好み。

東大阪市民美術センターで木琴演奏とレトロな着物コレクションで著名な通崎睦美の展覧会が開催されている。
カメラok なのでパチパチ撮ったのを挙げる。

パッと明るくなるね。
一面着物。いいね!
挨拶されるような。

ロシアアバンギャルド風。

ペンギン柄。1912年か。
白瀬中尉の南極探検。ペンギン初登場。あの映像は前に東博で見たわ。

オサレな場。
銘仙なんでもありやな。

京都にあった河井書店の書店票。
個人の蔵書票は知ってるが店のは初見。

タイルもある。こちらはマヨルカやオランダのや色々。

藤森温泉(現・カフェ更紗)のタイルを思い出す。
こちらはジャポニスムなタイル。


ボタンと指輪ケース


絵画もたくさん。
遙邨の廃船

平八郎の


林武の裸婦。

栖鳳の栗。

須田剋太の賀状

箱根山

仏像


そして通崎姉妹の幼かった頃、新聞社主催の有名画家に肖像画を描いてもらう正月のチャリティーイベントに毎年通いつめた記録がこちら。
ざ・剋太。

長年描いてきたから須田剋太も姉妹の成長ぶりを喜んだろう。優しい言葉をかけているそうだ。

一方こちらは小磯良平による絵。

どちらも様式は違うがモデルの特徴をよく捉えている。

通崎によれば、剋太は同世代の小磯と比較して、自分やゴッホらはチャイルド型、小磯や松園はアダルト型やと言うていたらしい。
前者は本能的、後者は理性的なのはわかる。
通崎はどちらのファンも互いに相容れないという意味のことを書いていたが、わたしは小磯も剋太も大好きだ。
ほぼ同時に知ったからかもしれんが、それはそれ、これはこれで愛している。
尤もわたしは美術館で絵をみるだけのファンだから、どちらも愛せるのかもしれない。

半襟。刺繍が綺麗。

お稲荷さんの着物があり、左右に伏見稲荷などの絵がある。
梶喜一
狐の行列、見送るのもまた狐。
こちらは栖鳳の稲荷山。
雪に埋もれる朱塗りの鳥居。

世界の木琴。

国芳の芝居絵。
天竺徳兵衛が盲目の木琴弾きに変装。

新歌舞伎「荒川の佐吉」でも幼い盲目の子が木琴を懸命に稽古する姿があったなあ。

こちらは戦前から世界的に有名な木琴奏者の平岡養一。素晴らしい才能の人だったのはしばしば聞いている。久世光彦の「マイ ラストソング」にも平岡の「ハイネケンのセレナーデ」についての話がある。


展示室の間に試聴コーナーがあり、わたしは平岡の「山手の和尚さん」「蘇州夜曲」などを聴いていいココロモチになった。

やはりこうしたコレクションを見ないと距離はなかなか縮まらない。
今回は行って良かった。

今の展示と次の展示。

次も楽しみ。

徒然草 美術で楽しむ古典文学 /徒然草と兼好法師

サントリー美術館で「徒然草 美術で楽しむ古典文学」、金沢文庫で「徒然草と兼好法師」とを見た。金沢文庫は6/22までで、サントリーは7/21まで。
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いちおう「国文学」の徒の一人だったのだが、どうもあんまり「徒然草」とは縁なく生きてきた。話のいくつかは知ってはいるが、そうそう詳しいこともない。
それどころが作者はわたしの中では「吉田兼好」だったのに、時間の流れとともに研究が進み、今では「吉田」さんではないらしい。
まぁそのあたりは措いといてもいいのだが、ちょっとばかり踏まえておかないといけないようだ。

世に「源氏絵」「伊勢絵」「徒然絵」「あま絵」とあるように、元ネタを絵にしたものが独立した一分野になって人気を博すことはままある。
源氏絵は源氏物語、伊勢絵は伊勢物語、徒然絵は徒然草、あま絵はあまちゃん。
みんな元の話が好きだからこそ作られた絵なのである。
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徒然草は兼好法師と呼ばれるちょっと正体の謎なおじさんが自分の思ったこと・見たことなどを綴ったもので、「あやしうこそものぐるほしけれ」と序文を締めている。
わたしのコトバで書いてみると、
「毎日ヒマなんでなんやかんや思ったこととか妄想したこと書いてみてるわけやけど、こういうのしてたらあれよ、ちょっとあほちゃうかいう気がするな」
クダけすぎたかもしれないが、比較的訳しやすい文章なので、古語辞書なと手元に置いて自分で訳しなから読んだら面白いように思う。
そして訳してみて思ったことは、あくまでも兼好法師自身は読み手というものを意識しているな、ということ。
尤も現在に残る古典の随筆は読み手を意識したものばかりと言っていいのか。

そういえば日本の日記体の小説で「人に読まれるのが目的ではない」形をとっているのは谷崎の「瘋癲老人日記」だけかもしれない。督助老人は誰にも読まれたくない日記を延々と書き綴っているのだ。

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さて金沢文庫では兼好法師がどういった人なのかといった点に主眼点を置いている。
金沢貞顕の家来だった可能性もあり、この称名寺金沢文庫には「卜部兼好」の名が見える書状がいくつも伝わっているそうで、その意味ではここで開催する内容が歴史的な面に力を入れている、というのも頷ける。
尤も歴史に稗史も加えたものが多い人なので、その資料も多く出ていた。
そしてなんで「吉田」かといえば、卜部氏吉田流の系図に「有名人、入れてまえ!」的捏造がまかり通っていたから、という話。
ほほう知りませなんだわー。←ほんまに国文学してましてんで、わたし…

怪鳥退治とか悲恋とかいろんな彩(迷彩?)が入った兼好法師伝。
なかなかこういうのは人気がある証拠なわけです。
江戸時代はまたそういうのが好まれたりもしたので、本文に絵入りの本を筆頭に、真面目な注釈本、そしてスピンオフ作品も流布して人気だったようです。
中でも烏丸本(烏丸光廣・写本)が一番人気で、これを手本にして多くの本が作られたとか。

奈良絵本の断簡が色々並ぶが、袖珍本もあった。139段の定家の白梅の話で、可愛い絵が描かれた小さい本。これは居初つな女の拵えた本。近年は居初つな作だとわかる奈良絵本がたくさん出てきて嬉しい。豪華な袖珍本。欲しいね。
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さて「徒然草」もたくさんの段があるが特に人気のあるものが絵になる。これは伊勢絵も源氏絵も同じ。
伊勢絵だと筒井筒、河内越、芥川、ちょっと挙げただけでも名シーンがパッパッパッと浮かぶが、それはつまり昔から多くの絵師により描かれてきたものたちが意識に残っているから。
この徒然絵も似たシーンの絵が多い。

11段:ええ家にミカンがたわわなのを厳重囲いするのを見てげんなり。
13段:「見ぬ世の友」=古人にこそキモチわかってもらえるよね、ええのをみて感動するキモチ、わかってもらえるね。
45段:良覚法師は腹悪き人…おたくの榎いいねと言われて切り倒し、切株ねと言われて引っこ抜き、その跡地に水がたまって堀池と呼ばれるようになったけど、感じ悪い人。
52段:仁和寺の坊さん、ようやく石清水八幡宮へ行ったが肝心の所へ行かず、末社の豪壮なのだけを見て帰ったのを聴いて、「ああ、ちょっとのことでも案内人て必要やなあ」と思う話。
53段:仁和寺の坊さんが宴席で鼎かぶってとんだ鉄仮面になり、命の危険があるのでムリから抜いて、耳や鼻を失くして寝込む話。
54段:仁和寺の坊さんが稚児を弄ぼうと双ヶ岡に誘うが、埋めてた宝物の弁当箱を人に盗られてしくじる。策に溺れちゃいけませんという話。
89段:猫又がいると評判の地を歩いた坊さん、いきなり何かにとびかかられて猫又だ!と川に落ちたが、御主人に喜んで飛びついた愛犬だった。
109段:木登り名人が木を登る人に注意を呼びかけるタイミングの絶妙さについて。

他にもたくさんのシーンがあるが、特に多く見られたのがこれらのシーン。

サントリーではまず兼好法師の肖像画が出てくるのだが、松花堂、海北友雪、乾山、それぞれがまた個性的なのを描いていて、乾山に至っては銹絵ふうな面白味がある一方、ひとりぼっちになった寒山みたいな風情がある。

それでどうしてか兼好とは実際には無関係そうな作品も色々。
法然上人絵伝37巻 法然の最期を描いている。僧たちの見守りの中、御来迎もある。
…ふと思ったのだが、法然ほどの「上人」だからこそ御来迎もあるし見えたりもするわけでしょう、他の僧たちにも見えたというのは彼らも一挙に予約済み、ということですかね。
ところでここで解説が入って、「兼好は来世でなく現世大好き」だということが読み取れた。
まぁあれ読んでたら、信仰心はそう深くもない人だなと感じるし、「現世でどう生きる」を書いてるなあと思いますわな。
「現世をどう生きる」ではなく「現世でどう生きる」とは意味が違うなあ。実感。

太平記絵巻 伝・友雪 師直が寝込んでいる。ラブレター出したけどうまくゆかなかった顛末の辺り。文字を少しばかりよむと、師直の寝込むのは「違例」とある。古語だなあ。
琵琶法師・覚一がそばに侍る。(琵琶法師で覚一といえば平家物語の覚一本を思い出す)
実はそのラブレターの代筆者が「歌人で遁世者の兼好」なるものらしい。
百合の咲く時期の話。

徒然草は様々な写本として後世に伝わったが、「嵯峨本」の美麗さが素晴らしい。
雲母摺で角度によってキラキラ…

遠州・光悦・松花堂・信尹の書き継ぎ合作の徒然草があるが、わたしが見たときには書体からしてたぶん小堀遠州のだったと思う。
理由:遠州直筆の箱書きの文字とよく似ているから。
四人とも好き。特に三藐院大好き。

さてその徒然草を更に読みやすいものにして絵も入れたり工夫したのが後に出ている。
こういうのは現代でもよくあるもので、簡素にまとめて絵物語にしたりマンガにしたりという風な展開を見せていた。

研究書もとても多い。解釈する学者も少なくない。近世で既にその体系が出来ているようで、それが今日にもつながるのだった。

奈良絵本、住吉如慶、土佐光起、狩野派らの手による図画もあり、前出の名シーンが繰り広げられている。こういうのを見るのが楽しくて、貴顕は立派な絵師に発注し、江戸時代になると庶民は読みやすい版本を手にしたのだ。
英一蝶も鼎が抜けない話を描いている。

それにしても仁和寺の近くの人だからか、けっこう仁和寺の坊さんたちをツメタく見ておるな。わたしが学校で習ったのは52段。あれがかなり心に残り、「遊びに行くときにはきっちり調べて行かないとアカンな」と強く思うようになった。
個人的な話だがうちの父は遊びに行くのも思いつきで無計画で、本当に困らされた。
わたしが人生設計においてはエー加減でも、小さいツアーや遊びに行くときの綿密な計画立てとその実行は、父が反面教師になったことと、この兼好の「教え」からだった。

そういえば「徒然草」の時代は美少年への愛が深い時代でもあって、54段なぞはそれが根底にあるから起こった話なのだった。

奈良絵本の貼り交ぜ屏風、金雲つきの屏風などなど見るべきものがある。
そして海北友雪の20巻ものの絵巻。これらはやっぱり楽しかった。

友雪の他の絵もたくさん出ていた。
総持寺縁起絵巻 亀の恩返しの話。茨木が舞台なのだが、解説で穂積を豊中市と規定していたが、むしろ茨木市内の穂積ではないか、と思うのだ。淀川には面していないが、茨木の穂積には安威川が近くにある。
実際のところはわからないが。

一の谷合戦図屏風 大きな扇面図の中に右に熊谷、左に敦盛。一枚ものという形。埼玉歴史民俗資料館の案内状の表紙になったのをよく覚えている。

日枝山王祭礼図屏風 猿も船に待機。表情がいい。

けっこう見るもの楽しく面白い展覧会だった。
金沢文庫は終了したが、サントリーはちょこちょこ展示替えがあって7/21まで。

観る・読む・描く 鏑木清方と文学 硯友社を中心に

鎌倉の清方記念美術館に行った。いつも朝に行くのだが今回は夕方に出向いた。
「観る・読む・描く 鏑木清方と文学 硯友社を中心に」
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五月には樋口一葉記念館に行って硯友社とのかかわりを巡る展覧会を見たところなので、タイミング的にも丁度良かった。
清方は硯友社の親分の尾崎紅葉からも可愛がられて、画室に掲げる扁額も書いてもらっている。
そして何よりも清方は硯友社育ちの泉鏡花とは生涯にわたって深い付き合いがあり、彼の死後には遺族代表として、生涯ただ一度の洋風の礼装で宮城に参内している。

まずはじめに鏡花との長きにわたる交友の最初の場を描いた「小説家と挿絵画家」の下絵が出ている。昭和27年のものだから鏡花の没後10年、自身の死の20年前の作品である。
そして終戦後すぐの文芸雑誌として世に愛された「苦楽」誌で人気を博した「名作絵物語」シリーズの挿絵原画も色々と出ている。
明治に出た人気作も、さすがに大正昭和と経るにつれて忘れられたり、実際に読んだことのない人も少なからずいたところへ、抄録と美麗な挿絵による再現があったのだ。
たいへんな人気になったのもわかる。
清方はここで「金色夜叉」と「日本橋」「高野聖」などを描いている。
(他の画家では木村荘八「霧笛」、岩田専太郎「痴人の愛」、中川一政「坊ちゃん」などがある)
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「金色夜叉」の挿絵はたいへん瑞々しいもので、清方が若い頃に感じたものが数十年後に形になった、そんな風情がある。尤も清方はこの作品を何度か絵画化してはいる。

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・炬燵に入るお宮に紅白の飴入り袋を渡す貫一。背後には可愛い人形が飾られている。
・金貸し・満枝の婀娜な夜会巻の姿。着物姿で指輪に腕輪。鳥屋にて。
・人妻となったお宮が御呼ばれした先で庭を双眼鏡でみる。その先には貫一が。
・荒尾が髯面を風に晒し、酔いに任せて放吟中。
・貫一の見る夢の中でのお宮の水死。
・お宮からの手紙を読んでふさぐ貫一に、リンゴを剥いたりビールを勧めるお静。周り廊下で涼しい風が入る午後。
・やつれたお宮が手紙を書いている。
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やはりお宮の水死(貫一の夢あるいは願望)が一番きれいで幻想的。清方はミレイらのオフィーリアを知らなかったそうだが、しかし綺麗な女の水死の様子はやはりオフィーリアを思い出さずにいられないのだった。

42年前の明治38年の芝居「金色夜叉」の絵看板もある。
清方はほかに鏡花の「深沙大王」の絵看板もあり、どちらも展示されている。

同時代の絵としては「一葉女史の墓」も展示されている。清方は一葉ファンで、会う機会を失ったのを惜しがっていた。墓に凭れて物思いに沈む少女は「たけくらべ」の美登里。
先般の一葉記念館での展覧会でも、硯友社は一葉を高く評価していた。一葉はほかに森鴎外にも評価されていて、文芸評論の仲間に誘われていたが、あの夭折である。無念の人だとしばしば思う。

真嵜(崎)祠前写景 この辺りは隅田川の眺めを見たり川そのものを愉しむために整備されていたようで、絵の中でも小舟が止まり、女がしゃがんでいる。
わたしにとって「真崎稲荷」=「剣客商売」の秋山大治郎の住まうところ、なのだった。

ここからは鏡花の作品を描いたものが並ぶ。
晩涼 鏡花「きぬぎぬ川」「女仙前記」の巳代の姿を描いている。
「緑の襠、紅の襦袢」を身に着けて籠の鳥として暮らす巳代が山荘から彼方を見ている。鷺がふわーっと飛ぶ。
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日本橋「苦楽」の絵物語の絵である。
・お孝が職質を受ける葛木をかばう。
・お千世の長襦袢が清葉のそれと同じだというお孝。
・まな板に載せられた京人形。
・錯乱し、すっかりぐったりしたお孝。
・見舞いの道、悪童らに取り囲まれて困らされるお千世。
・狂ったお孝を見舞う清葉。
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現代では幻想小説の大家として愛される鏡花だが、昭和後半まではむしろ新派悲劇の「日本橋」「湯島の白梅」「滝の白糸」「歌行燈」などの芸者もの、芸道ものなどがよく知られていた。今は逆転している。

苦楽での「高野聖」絵とその20年後の昭和44年の「高野聖」とが並ぶ。さすがに清方も90近い頃の絵はちょっと線と色とが合致しないが、雰囲気はいい。

さて次からは硯友社の同人たちの作品の挿絵・口絵である。
柳川春葉 女一代 ソファにふんぞり返る女。セレブ様である。にんまり。

江見水蔭の作品のための絵が並ぶ。 
・大幻燈 着物の上から腿を縛り腕もきゅーっと縛る女。多分自分で刺青をする気だろう。
・誰が罪 腰巻一つの刺青女が水に入り、岩陰で溺れる男を抱え上げる。
・美人船 ドレスの女がカリブ系黒人に襲われているのをゴリラが眺めている。
・霧姫 小橋に佇むピクニックの男女
・大暗礁 雁灯もつ女が庭をそっと照らす。大きめのコマ絵に男の後ろ姿がある。

二人静 これは大正時代の何かの口絵だと思う。婦人雑誌のような雰囲気がある。
大正半ばの清方の絵は艶めかしいものが多く、とても好みに合う。
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清方の仲良しはほかに山岸荷葉がいる。
彼は清方の仲人にもなった。
その山岸の「紺暖簾」の校合摺があるが、ピタッと分割し、その間にアジサイが描かれたものだった。

再び鏡花の作品を描いたものがある。
「起誓文」「胡蝶の曲」「瓔珞品」「恋女房」「註文帖」「田毎かがみ」「婦系図」などなど。
このあたりは見知っているものが多い。
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雑誌の展示もあった。
びっくりしたのは「金色夜叉の歌」…例の「熱海の海岸散歩する貫一お宮の二人連れ」やんなあ。
絵は背もたれに深く埋まる主婦姿のお宮。
「続編金色夜叉」の口絵は水死するお宮の図。

今回一番古い作品は明治30年の「夢裏の雛妓」。「新著月刊掲載分で、写真撮影は小川一眞、あの仏像写真のひと。
ほっそりした少女の立ち姿。どこか紙人形にも似ていた。

やはり清方の世界の根幹にある文芸性、そこにいちばん惹かれる。
6/29まで。

6月の東京ハイカイ録

六月は梅雨の時期でやっぱりジトジトだが、それでも色々と楽しいことが多い。
アジサイは花盛りだし、いい展覧会もたくさんある。
雨も降りようによっては楽しくもある。

とかなんとか言いながら六月のハイカイをするわけだが、今月は家族の体調がよくなかったり、それに伴いわたしの神経がおかしくなったりで、色々と大変だった。
基本的に展覧会にゆくのは、わたしの場合、完全に享楽なのである。
いい芸術を見て自己を高めようとか、そうした啓蒙心もない。
(とはいえ例えばいわさきちひろ作品などを見ると、心を清くしていたいと思ったりするが、それは持続性がない考えなのだった)
中学生の頃から続く強迫観念、ある種の恐怖症、それらから逃れるには、芸術作品を見て心をなんとか宥めたりするのが一番よかった。
享楽こそが、恐怖の本体から目を逸らす格好の手段、あるいは対象なのだった。
だからこそわかりやすい美術品、慣れ親しんだ文芸と密接な関わりを持つ古典もの、それらを見るのが好きなのだ。

まあややこしいことは措いておいて、(ふったのは自分なのに!!)今月のハイカイの顛末を挙げたい。

母の具合もまぁなんとかなって、ちびねこたちの世話も振り捨てて、金曜の夜から新幹線に乗った。
どうもわたしの一本後の便に在華坊さんがいらしたようで、小田原通過なう!新横浜だん!とかやってると、月猫さんに「大阪方面からICBMが2発飛んでくる」と揶揄られたりもした(笑)。

土曜は朝から入間市に出た。
そもそも入間市というのがどこにあるのか知らんので、それをつぶやくと近藤ようこさんが手をさしのべてくださり、二人で入間市に向かった。
幸いに車内でバッタリ会えて、とことこと入間市の文化財たる「旧石川組」洋館と旧黒須銀行とを見学できた。
沢山写真を撮ったので、それらはまた後日にこの場で挙げることにする。

草深い地で、楕円形の石を集めた石垣もあったり、なかなか見ないものもあった。
わたしは植物には詳しくないが、めざとい近藤さんは「葛がある」とおっしゃる。
「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。この山道を往きし人あり」
釈迢空の短歌を引いていると、「えろいですよね」とのお言葉。
わたしもそのことを思っていたので同意したが、これが本当の「以心伝心不義密通」かもしれない。

ところで入間市と言えば航空自衛隊があった。そして駅の隣には稲荷山公園で、埼玉の縄文文化についても色々とお話ができ、よかった。わたしといえば入間の悪五郎とかそんなことしか思いつかない。
しかし古い古墳や何か出土するところに稲荷山という名は案外多いな。

お昼になり駅に戻るが、さぁ何もない。結局駅ビルのパスタ屋に入り、わたしはナスのパスタを頼んだが、辛かったな。
そこから池袋経由で千駄木へ向かう。
わたしはマシンガン・トークと揶揄られるくらいなので、延々と喋り続けたが、近藤さんがウケて笑ってくれてよかった。
やっぱりヒトサマを笑わせてなんぼですな。

森鴎外記念館で森鴎外の演劇の展覧会を見る。けっこうコメディも拵えてるがな。なかなか。
例によって展覧会の感想は後日えんえんと書き倒します。

さて駅近くでお茶しまして、わたくしは自分の口数の多さについて色々と説明をしたりなんだかんだ。
そして中目黒へ参りました。

郷さくら美術館にたどり着くのに一苦労して、ようやっと中に入り、現代日本画を堪能。
なかなか難しい問題と共に、日本画の未来に続く道も見えたりと、けっこう有意義な展示でしたな。

そこから渋谷へは東急になり、レストラン街でわたしの要望でうどん屋「四国」に。
わたくしはそこで「焼きナス」いりのうどんを食べましたが、さて皆さん、わたしの昼はなんでしたか。ナスのパスタでしたがな!どんなけうどんとナスが好きやねん、こいつ。

東急でお別れした後、まだ19時だったのでわたしはブンカムラへ向かった。土曜だから21時まで開館。東横店とブンカムラとのシャトルバス立ち往生してるのを横目に歩く。
しかし東横店の案内人たちは誰一人として「シャトルバスがございます」とは言わないな。
道が混んでるからどうせわたしの方が早く着くけど、それはそれで嫌な感じもある。

デュフィ展。近年は三鷹、大丸心斎橋でいい展覧会を見ている。
リストの先がガラスケースに触れると、それだけで監視員が飛んでくる。
すごいな、このリストもガラスも。ガラスは紙程度で割れるらしく、紙だと思ってたリストは実は超合金なのかもしれないな。

満足してから帰るが、絵葉書もいきなりこんな値段になると買う気も起こらない。

二日目。
日曜日の話。雨がパラパラ。6/22は展覧会最終日というのが多い。
上野のバルテュス展に向かう。よく混んでいる。わたしは内覧会とこの最終日と二回見たのか。
やっぱり前期感想にも書いたけど、初期のより節子夫人の登場からの世界がいい。
眉を顰め無口な顔でいる節子夫人の和の官能性。足に比べて手が短いとか、そんなことはごく些末なことで、鏡に這い寄る節子夫人の和風なえろさにはときめくばかりだった。

雨で坂道を滑ったら怖いので、JRに乗り神田から三井記念美術館へ。
清水三年坂美術館のモノスゴイのを再見しにきたが、ものすごい人ごみに負けた。
本家の清水三年坂もここまでお客着たことあるかなあ。
わたしは七宝が好きなので、名古屋の安藤、両NAMIKAWAの西の並河、東の涛川、共に愉しめて嬉しい。有線七宝・無線七宝という技法の違いなどを見ていると、勝手に並河をガレ、涛川をドームと比してしまう。

地下のフードテリアで讃岐うどんを食べる。カボスの酸味が爽やかで気持ちいい。
こんな気持ちよさが好きなのだよ。
ごはんもまぁまぁよくて次もいいかも。ただ、もう少しテーブルとか清潔さを保全しよう。

そこからサントリー。徒然草。そうとうたくさんの資料を見る。
絵になるシーンは大体一緒。「伊勢物語」「源氏物語」それぞれ「伊勢絵」「源氏絵」というがこの「徒然草」「徒然絵」という独立した世界があるそうな。現代も「あま絵」とかあったんだから、日本人にはこうした特性が最初から具わっているとしか思えんな。
吉田兼好自体は実は謎の人で、ということだが、わたしは実は「徒然草」はあんまり読んでないので「ああさよか」と聴くばかり。
逸話紹介は面白いけど、教訓はニガテなの。

六本木から大門経由で金沢文庫は案外早かった。
金沢文庫でも「徒然草」関連展覧会。ギャラリートークは15時からというので余裕で上がったら、なんと始まってるやないかい。
…これはどこかのカルチャーセンターの講義だったみたい。ダダ聴きしてもたがな。

新逗子から鎌倉へ。小町通りの殺人的な混みようがおぞましい。
わたしはようやく清方記念館の曲り道まで来たが、そこの古書店の閉店セールが哀しかった。帰りに行こうと思いつつ、間違えて行けなくなったので、よけい哀しい。
清方は紫陽花舎(あじさいのや)と名乗るくらいの紫陽花好きなんで、玄関から本館までのアプローチにたくさんの紫陽花が咲いていた。

さてそこからは地元の生活路を通って、結局西口へ出た。
電車も後方は激混みだが前方はゆとりで、わたしは楽に座れた。あれ後ろのままにいたら乗り損ねたかも。

そごうでは四谷シモンの人形に魅せられる。やはり素晴らしい。
澁澤龍彦の死の前とその後で大きく人形が変わったのを感じる。
わたしはシモンドールは近年のものの方が好きだ。

崎陽軒で八宝菜を中華丼にしてシウマイ、春巻ともどもおいしくいただく。
ほんまはサンマーメンを食べるつもりだったのにこちらに変心。おいしいわ。
わたしは八宝菜はどうしても中華丼にせずにはいられないの。

毎日毎日遅い時間にサッカーを見て、早い時間にサッカーを見て、ふらふらになってます。

三日目、昨日の月曜日。
この日は実はたいへん苦しい一日でした。
朝1から国立新美術館へ行き、「バレエ・リュス」のコスチュームを堪能する。
この展覧会はもう本当に背筋に震えが走るような良さがあり、衣裳を見ながらそのバレエを想い、ニジンスキーを想い、様々な妄想や追想に絡み取られて、身動きが出来なくなった。2時間いてもまだ足りない。

地下でランチ。お弁当を買うてチンしたが、なかなかいい感じの野菜のあんかけでした。
それと梅蒸しパンと。うむうむ、よろしい。

乗り換え数度。上野につく。ああ、上野の森は月曜開館してるのか。キャプテン翼展か。時間があれば見たいものよ。
といいつつ、東博へ。

凄い行列。内覧会参加の人々。まず本館第5室で翠玉白菜をみる。かなりの行列で、見るまで30分かかる。ちょっと非常識な人がいたので注意したら、周囲の人々がそれに更におしかぶせて、その人はかなり押されていたなあ。しかし同情できないくらいダメな人だった。
2000年七月に台北の國立故宮博物院で見て以来の再会。
素晴らしいね。実は今日のわたしは白菜に見立てた服を着ていた。アンサンブルはピーコックカラーで下は白。つまり白菜カラー。見立て白菜女。

いよいよ開幕式。これが凄いことになっていた。
午前のプレス内覧会に出かけられた方から聞いていたことがあるが、本当にすごい。
そして「國立」の件で憤られていた台湾政府・台湾国民の皆さんに対し、東博館長さんからの正式なお詫びがあった。
そして國立故宮博物院の院長さんも謝罪を受けられた。
やはり台湾に対しては礼を尽くさねばならないと思う。
いちばん親切にしてくださる隣人なのである。

平成館ではまた素晴らしい逸品を見たなあ。
どきどき。面白いものも色々あって、これはまた後日再訪してじっくり眺めたいと思う。
中には14年前に見覚えていたものもあり、再会が嬉しかった。

ハローキティの白菜コスプレの描かれたお菓子もお土産に買うて、新幹線へ。

ほんまにぎりぎりで乗る。隣席の方がまた親切でよかった。
というわけで、今月のハイカイはおしまい。

生活空間の詩(うた)・建築家吉村順三展

吉村順三の展覧会が大阪「くらしの今昔館」に巡回してきた。
東京のギャラリー・エークワッド、京都の工芸繊維大、そしてここへ来た。
エークワッドでの開催は知らなかった。知ったのは京都展の時で、チラシに今昔館に来るとあったので、よしよし待とうと思ったのである。
イメージ (21)

行ったその日は講演会の終わった直後で、かなり混雑していた。ただ講演会の直後ということで、講師らしき人や専門家の人たちの有益な会話や説明が聴こえてきたので、これはこれで結構なことだと思った。

独りでじっくりと作品や資料を見るのもいいが、専門的な会話が流れる分にはそんなに邪魔にはならない。ただしその「説明」が加わることで、純粋に鑑賞し妄想する、という楽しみは失われてしまうが、理知的な眼で作品と対することが出来るようになる。
何かを得ると何かを失うものだ。

さて最初に吉村の生い立ちや学生吉村の道のりなどがパネルで紹介されていた。
東京の下町で商売人の子どもとして生まれ育った、というのは非常に貴重なことだと思う。
住空間を仕事の大事な柱に置いた吉村に「人間関係」という観点からの設計が出来るようになったのは、間違いなくその生活環境が下町にあったからだろう。
濃密な空間。共生することの意味。そして適度な距離感もまた必要であること。
別荘建築と常時住まう建築とはまったく別種のものだと思う。

別荘の場合、その土地のことを考えることは薄く、いかに自分の好みのものを作ろうか・設計させようか、と時折突飛なものが生まれてくる。
自治性がない建造物の集団、それが別荘地だと言ってもあながち間違いではないだろう。
中にはデベロッパーが自ら作っていった建売を販売することもあるが、しかしそうなるともう「町」になってしまう。別荘である必要性はなくなるのだ。

日常生活を営める空間(町)に住宅を拵える場合、やはりどうしても近辺との調和というものを日本人は考える。
どうしても個性的なものを作ろうとすれば、広い空間に高い塀を回して、外から見られぬようにして好きなものを作る。
それが少し昔の日本人の考えだった。
ただ、そうした「配慮」も現代は失われているが。

吉村順三はそうした時代に優れた住宅を作っている。
住宅だけでなく、人々のより集う空間も手掛け、いずれもさりげない心地よさを提供している。
(尤もわたしは吉村の拵えた空間といえば奈良国立博物館の新館しか体験していないのだが)

イメージ (21)-1

展示は吉村の卒製などもあり、これは教授会ではあんまりよく思われなかったようだが、それでもこれに魅力を感じた人もいたそうで、吉村が当時最先端の道を進むことになるのも頷けるエピソードだと思った。
吉村自身の言葉もパネル紹介されている。彼は岡田信一郎に学んだがその重厚さがどうも合わず、アントニン・レーモンドに師事して学生の身分でその事務所に出入りし、卒業後はスタッフとなる。後にアメリカに帰国したレーモンドから呼ばれて渡米し、日米関係悪化のギリギリまでかの地にいた。
そして1941年の12月8日に自分の事務所を開くのだ。
この日は日本が真珠湾攻撃した日でもある。

模型展示もある。
軽井沢の建物は高床式とでもいうか、地面から離れたところに居住空間を拵えるところに特徴があるように思えた。
自身の別荘の写真や模型を見る。可愛い人形もあるのでついつい「このおっちゃんが吉村かなw」と思いもする。
イメージ (20)

軽井沢は大変涼しい。別荘地として夏に暮らす分にはよいが、秋も深まるととても寒い。
妹が軽井沢に引っ越した。前の上田と違い、寒くて寒くてという話を聞く。
だからか、吉村の別荘には暖かな火の支度がある。
火がごちそうにもなる。かつての日本の民家では囲炉裏があったが、ここは暖炉という形になるか。

もう一つ軽井沢の別荘がある。
洋画家・脇田和の家である。この形は少しばかり変わっているが、わたしは西馬込の川端龍子記念館を思い出した。
大空間が必要な画家、その人たちにはやはりこうした長い棟が必要なのだ。
いま、この建物は脇田美術館として活きている。


個人住宅はおおむね暮らしやすそうな和洋折衷で、パネルには東山魁夷の邸宅が出ていた。
これはかなりいい。温和な邸宅で、居心地の良さを想像させる。

またピアニストのための家もあった。音響の設備についても心をくだいている。
ピアニストの家と画家の家とは自ずから異なる部分が多いが、しかしどちらも居心地の良さを第一義に置き、写真で見るだけでも憧れが募る。

場内でどこからかサティの音楽が聴こえる。
はっきりと聞こえるのではなくかすかに、途中で途切れたりしながら細々と聴こえる。
やがて曲も変わり、別な人の曲になる。
音をたどると、三里塚教会の設えのコーナーに来た。
特別に教会の椅子が届けられている。椅子などもまた吉村の意匠である。
そういえば、展示室に入るとすぐに看板があるが、そこにはいくつかの椅子が並べられていた。
形も大きさも違う椅子が並ぶのを見ると、わたしはいつも「不思議の国のアリス」の気違い帽子屋のお茶会を思い出すのだ。

三里塚教会。内部の美しさは豪奢ではないがシンプルでいい。
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教会建築には宗派により厳格なきまりがある。
わたしは何も学ばぬまま時折その空間に入り込み、しかしどこにいようと異教徒であることを思い知らされ、そこを出る。
しかしこの空間は静かな温度を保ち、異教徒でも不信心ものでも黙って受け入れてくれそうな風情があった。

風情、改めてその言葉を吉村の作品を見るうちに想う。
近代和風建築の住宅、吉村のそれには「風情」がある。
しっとりしすぎていても乾きすぎていてもよくない。
吉村の適度な室温はそのあたりが巧い。
イメージ (23)

展覧会のタイトルは「生活空間の詩(うた)・建築家吉村順三展」。
確かにそこには詩情があるように思えた。

7/6まで。

ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美術館 華麗なる貴族コレクション

「ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美術館 華麗なる貴族コレクション」展をみた。この展覧会は先にブンカムラで見、それからあべのハルカス美術館に巡回したのも見た。

ブンカムラよりハルカスのほうが「あのひと」わっしょいである。
チラシいろいろ集めてみた。
イメージ (11) イメージ (13)

イメージ (14)こちらは顔が自在に動く。

いえばこちらもあの人の影。イメージ (9)


イタリアの大貴族のコレクションというのは個々を見るのでなく、全体を見て楽しむ、その方がいい。
ブンカムラでもハルカスでもそれぞれ工夫を凝らしての展示である。

第一章 ポルディ・ペッツオーリ・コレクション
惜しいことに1943年の空襲で失われてしまった室内、そこでの展示風景を古写真でみる。
正直なところ、古写真の魅力が思いのほかに大きく、展示品には気の毒ながらあの失われた空間にこそ入り込みたい、と願ってしまった。

甲冑などやコレクターのジャン・ジャコモの肖像などがある。
いずれも金属装飾の細密さを見せてくれる。
ブンカムラでは一人だったが、ハルカスでは四人で見て、思いがけない得があった。
ご一緒したうちの一人が金属関係の工場を経営されていて、婦人ながら旋盤などでは数十年のキャリアをお持ちで、金属工芸についてたいへんお詳しく、甲冑表面に刻まれた美麗な文様について、さまざまなお話を伺うことができた。
現代の仕事ではなく数百年前の手仕事であっても、大体のところは変わらないようで、聞いていたわたしとしては色々と納得がいったり感心したりと、たいへん面白い状況になった。
イメージ (7)-2
ここにある甲冑はそもそもオリジナルではなく、ジャコモが「これはこっち、あれもこっち、それもこっち」と合わせたもので、元は別のパーツだったそうだ。
それをこのように組み合わせて一つの美麗なものにする。
それは最早武器の一つではなくなり、芸術品として再生したのである。

それにしても甲冑の表面を彩る線刻の華麗さ。スフィンクス、ハープ、ドラゴン、天使、牛?、女などなどが丁寧に刻まれて
いるが、その技能の高さに改めて感心する。

サヴォイア式兜 ああ、サヴォアか。(フランス語読みの方が耳馴れている)どう見ても「笑仮面」のようで、ある意味とても怖い。欧州屈指の名家のサヴォイア家。様々な様式美。

ジュゼッペ・ベルティーニ 1880年ごろ 凄い髯だなと感心した。なんですか、これ。
当時流行の「箒髯」とかいうらしい。茶と白の混じった二毛色。
そう言われれば同時代を写した映画「夏の嵐」はこんな髯の人いたかなと追憶の扉を開くが、ちょっと思いだせなかった。
イメージ (7)

ルイージ・ビージ ジャン・ジャコモ・ポルディ・ペッツォーリの寝室 天蓋つきベッド。見えるところに天使が三人。キリストもある。下の足には三人の邪鬼がいる。
厚いキリスト者だと思う一方、寝るときくらい神様とも悪魔とも離れていたくならないかな、とふと思ったりもする。


第二章 ロンバルディア・コレクション

アンドレア・ソラーリオ 洗礼者聖ヨハネ/アレクサンドリアの聖カタリナ
この二枚は対の作品で、ヨハネは左に聖カタリナは右手に立つ。中の人はいない。
肉付きの良いヨハネは右を指し、カタリナは左を向く美人。

ベルナルディーノ・ルイーニ カルヴァリオへの道(二連祭壇画) マリアと鞭痕の激しいキリストと執行人と。三筋の鞭痕はまるでシマ猫のようである。

15世紀のクレーマ地方の画家 バルトロメオ・ヴィメルカーティの紋章/皇帝の胸像 98点の一部だとか。ローマカットの皇帝はちょっと現代風に言うと反社会的勢力の人みたい。

ダ・ヴィンチの工房 盾を持つ戦士 全裸の戦士は盾をカバーに鍋カブリ風にしている。ブロンズ像。

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第三章 タペストリーと14、15世紀イタリア絵画コレクション
黒の間、か。黒檀と象牙で装飾されたようで、パネルを見てもたいへん綺麗。

ヴィターレ・ダ・ボローニャ 謙譲の聖母 聖母に刺繍針を渡す幼子。ママは坊やの頬をツンツン。車輪のカタリナもいる。
中世では赤布が高価だったそうだが、染料の関係なのか。それで枢機卿の衣は赤なのか。そこらあたりが不勉強なのでわからない。かれらのために敷かれた赤布。

ベルナルド・ダッディ 三連祭壇画 真ん中は聖母子。左は生誕の様子。のぞく牛馬が愛らしい。義父は頬杖。そして右は死の様子。磔刑。やたらと血が流れている。

ピエトロ・ロレンツェッティ 聖アグネスとアレクサンドリアの聖カタリナのいる聖母子 左には馬のような仔羊がいて、やたら大きな車輪を持ったカタリナがいる。これはもう自分を殺した道具というより、なにやらそれを武器に出来そうな雰囲気がある。

カルロ・クリヴェッリ キリストの血を受ける聖フランチェスコ ようやく知ってる画家が出た。出現したイエスの血を受けようとカップを差し出す聖フランチェスコ。聖杯になりますな。とはいえタイムラグありすぎる。

ラザロ・バスティアーニ 聖母子、奏楽の天使、聖三位一体 にんまり天使ーズ、イエスはふくよかさドーン。

ゲラルド・スタルニーナ 悪魔祓いをするリンカンシャーの聖ウーゴ 600年前、本気でやってたんだろうなあ。聖水で逃げ出す悪魔。ちょろいな。金ぴか空間。

工芸品をみる。
巨大タペストリー フランソワ・シュピーリング/カレル・ファン・マンデル一世 下絵 
・オリアーナを掬うアマディージ
・オリアーナに別れを告げるアマディージ
16世紀に流行った騎士道物語。王子と王女の波乱の恋の物語。ゴブラン織りで繊細な作り。森の中、最初は座る二人、別れは立って。當麻曼荼羅を思わせるコマ絵が周囲に続く。

司祭の典礼服カズラの一部分などもあった。高価なベルベットを使用。絹や金銀の糸。

グリセルダの物語の画家 アルテミジア 四世紀の女で、夫の骨を涙で飲み下したとか。
美人で長身。

ベルゴニョーネ アレクサンドリアの聖カタリナ どうどうたる姿。

イメージ (8)
左「アルテミジァ」右「聖カタリナ」

ラザロ・バスティアーニ 聖母子、奏楽の天使、聖三位一体 にんまり天使ーズ、イエスはふくよかさドーン。

ゲラルド・スタルニーナ 悪魔祓いをするリンカンシャーの聖ウーゴ 600年前、本気でやってたんだろうなあ。聖水で逃げ出す悪魔。ちょろいな。金ぴか空間。

工芸品をみる。
巨大タペストリー フランソワ・シュピーリング/カレル・ファン・マンデル一世 下絵 
・オリアーナを掬うアマディージ
・オリアーナに別れを告げるアマディージ
16世紀に流行った騎士道物語。王子と王女の波乱の恋の物語。ゴブラン織りで繊細な作り。森の中、最初は座る二人、別れは立って。當麻曼荼羅を思わせるコマ絵が周囲に続く。
司祭の典礼服カズラの一部分などもあった。高価なベルベットを使用。絹や金銀の糸。

グリセルダの物語の画家 アルテミジア 四世紀の女で、夫の骨を涙で飲み下したとか。
美人で長身。

ベルゴニョーネ アレクサンドリアの聖カタリナ どうどうたる姿。

第四章 黄金の間コレクション
ここのパネルが素晴らしかった。裸婦と蝶々とがいる画が素晴らしいが、これは焼失しなかったのだろうか。

ピエロ・デル・ポッライウォーロ 貴婦人の肖像 いわゆる「あのひと」です。
ブンカムラで見たとき、なかなかの人だかりだったが、ハルカスではここまでたどり着くとタイミングよく誰もいず、じっくり。

ザノービ・ストロッツィ 謙譲の聖母と二人の奏楽の天使 背後の星が日本の仏像などによく見られる「截金」の技術が使われているように見えた。
天上天下唯我独尊な坊やと疲れているような二人の天使。しかし綺麗ではある。

ボッティチェリ 死せるキリストへの哀悼 全体の良さもさることながら、わたしはこの足を抱く女の顔に強く惹かれた。
イメージ (9)-1

第5章 15,16世紀の美術とコレクション

ルーカス・クラナッハ(父) 洗礼者聖ヨハネ 無原罪の御宿りの聖母と幼子イエス、二人の天使 クラナッハ表記が嬉しいね。大人の皆さんにこにこ。アトリビュートばっちり。

鍵型卓上時計、地球儀型卓上時計などがあるが凄い技術が使われているなあ。よくはわからんが、とても技巧的で素晴らしい。

フランチェスコ・コロンナ 「ポリフイロの夢」 活版印刷の美本。けっこうお気楽な読み物みたい。


第6章 ヴェネツィア美術及び17世紀以降の美術コレクション

パルマ・イル・ヴェッキオ ラ・コルティジャーナ 胸をはだけた美人。この時代のコルティジャーナについて描かれた、庄司陽子「コルティジャーナ・オネスタ」はたいへん力作だった。

ガエターノ・ヴィーニャ セルペドンテ宮殿の大広間をあらわす舞台 ゾウ像があり、妙な鳥モチーフの像も列ぶ柱。ちょっと面白い。

ジュゼッペ・ガッリ・ダ・ビビエーナに帰属 彫像のある庭園 こういうのを見たいのだよな。素敵な庭園。

十字架、酒杯、いいものを色々見る。
ベネチアン・グラスイメージ (7)-1

ジュゼッペ・モルテーニ レベッカ ヒッチコックではない。「アイヴァンホー」のヒロイン。美人。

色々いいものを見たなあ。
どちらも楽しませてもらいました。ありがとう。

18世紀から近代日本画まで 岡田美術館に行く 2  

岡田美術館の見学の続き。

京画壇を見る。

呉春 群鳩図襖絵 右の下に鳩が集まる。ふくよかな鳩たち。日当たりがいいのかもしれない。餌は喰い尽くされたらしい。淡彩で優しい絵。

狙仙 猿鹿図 どこからか猿が来た。鹿ップルは知らん顔。岩陰でくつろいでいる。中国ではこの二種はそれぞれ吉祥動物なのだが、日本だと顔を合わせても知らん顔だし、特にどうのこうのということもないらしい。
左の屏風は牡鹿が萩の中で立ち尽くす図。月を眺めているらしい。

芦雪 蓬莱山 出ました、山の上の月影の松。シルエットが綺麗。得意の絵ですね。

若冲 三十六歌仙 戯画に近い、丸まっちい可愛らしい36人。けっこうのほほんとしている。何を思うてか、琵琶を体の上に<かぶる>人もいれば、ヨーヨーにしか見えないものを持つ人もいる。

蕭白 山水図 シーンとしている。しかし人家もあり、人の影も見える。特に左側には中国らしい丸い橋があり、凍れる夜だから人気がないのか、と思う程度の人間生活を感じさせられる。

蕭白 鬼退治 完全なる初見。ガクガクした線で鬼が描かれている。優しい顔立ちの若者に鬼が頭上高く持ち上げられて、今にも投げ飛ばされそう。もうすでに一人は慌てて逃げ出している。若者は案外影が薄く、鬼の方がはっきりと目立つ。まいったーな鬼。

琳派や大坂画壇や他の人々の絵を見る。
とにかく前記事の冒頭に挙げたように、満遍なく作品が集まっているのである。

雪佳 春秋草図 ワラビ、タンポポ、キキョウなどが何やら幸せそうに咲いていた。

鈴木守一 雨中鷺図 この画題は多いが、ここにいる鷺たちはむっと肥えていて、三羽寄り添っているのを見ると、どうも熱気むんむんな感じがある。

酒井鶯蒲 閻魔図 ガーーーーッッッ な閻魔様のバストアップ。ちょっと楽しい。


雪村 瀟湘八景図 決して大きくはない画面に名所が集められているがシーンとしている。
そこがやはり雪村の技なのだとも思う。

狩野秀頼 雲竜・善財図 滝から出てくる龍。善財童子は短髪少年。みずらではない。
短髪の善財少年と言えばやっぱりわたしとしては高橋睦郎「善の遍歴」を思い出さずにはいられないのだった。

久隅守景 猿猴月捉図 白と黒の丸顔の猿二匹が仲良くしゃがんでいる。一は水面を一は空をさす。可愛いなあ。

宗達 明石図 横長な絵だがもしかすると切られたのかも。馬上の貴人くらいしかわからない。

霊昭女 ボストン美術館のと酷似だから、あれを模写したのかもしれない。

山雪 梅花小禽図 扇面につつましく春。

探幽 風神雷神 これがファンキーで、今に通じる面白味がある。風ブワーーーーーっ

光琳 ワラビ図団扇 ワラビにスギナなど春の草が可憐。

守一 四季花鳥図屏風 右には茎の長い白タンポポ、背の低い黄色いタンポポ、スミレ、ワラビと仲間たち。白、青、薄紅の罌粟。藤の下に牡丹満開。アザミ、紫陽花、河骨、カキツバタ。クイナもそこに隠れている。
左は女郎花に桔梗、白萩、芒に白菊、水仙、白椿。

不思議な並べ方がこの先に続く。

まつ本一洋 荒磯 鵜が一羽飛ぶ。

谷文晁 蜀桟道図 見るからに険しそうなのだが、右の山の上には人家があり、高士らしきのが一人窓枠に肘をついている。落ちますよ。左手の橋にはロバと人とがゆく。

渡邊崋山 虫魚帖 右ページに漢語で説明、左に絵というセット。ヘチマにアリにカマキリなどがいる。

浦上玉堂 山水図 中国風な筆さばきだと思えた。

蕪村 桃村結義図 三国志の桃園の誓いですね。けっこう蕪村は物語絵が多い。三人共に杯を交わし、立ちあがっている。

呉春 竹林暗居図 おっさんが一人いる。小さい家が二軒。よく見たら煎茶の用意がある。

原在明 洛北真景図巻 下鴨神社近くにあった近衛基前夫人・維君(つなぎみ、尾張徳川家9代目宗睦養女)のための「けつ襭園」を描いたもの。庭園には築山やいくつもの茶室、寝殿作りを思わせる邸宅、そして茶店まである。その茶店には文字入の暖簾が掛かる。庚申や亀など。隣には雛壇がある。
2階建ての面白い建物がある。2階は風通しがよさそうでビアガーデンを開けそう。
橋を渡る。広大な邸宅の庭には盆栽が並び、更には桔梗、女郎花、松並木もある。4色のカラフルな布をつけた床几の前には芒野。
この平屋の巨大な建物には「濯湘」の扁額。長石の手水もある。夏の庭。水満々。無人の図。

応挙 仔犬に綿 綿の白いのが咲く。ほわほわの綿を見る茶色のわんこ、丸まって寝る白わんこ。それぞれ違う技法て描かれている。

狙仙 春風猿語図 桜によじ登る五匹の猿たち。頴川美術館の所蔵の異曲か。

ウンスンカルタがあった。
75枚もある。滴翠美術館以外にこんな数を持つのは初めて見た。

朝鮮王朝時代の綺麗な玳瑁螺鈿箱がある。木に○○○と貼り付けていて優美。

白地に金の料紙箱、桃山時代の南蛮ボックスもある。

近代日本画をみる。

松園さんの三点が並ぶ。
汐汲み  お得意の構図・画題である。これはなかなか大きな絵だった。

晴日 和の日傘を閉じる女。最晩年の作だという松篁さんの箱書きがあるそうな。

夕涼 団扇を持って立つ女。ちょっとしたしぐさがいい。

青邨 真鶴の浜 合戦の一場面。兵たちが柴舟に隠れつつ船出しようとするところ。これは源平なのか太平記なのかちょっと不勉強でわからない。場所から考えると前者のような気もする。
青い波、薄茶の浜、緑の地。三色がはっきりしている。

春草 蓬莱山 指が伸びたような山々が少しずつ離れて並び、頂上に松が植わるのもある。のんびりした風景。

観山 春夕 大正14年 寺社の門のところにいる稚児。中を覗いている。屋根の鬼瓦も可愛らしい。桜は咲き、ほんわりした春の空気が漂う。ルネサンスの学びがその空間に生きている。少年の後姿を見る犬がいい。
観山には稚児と桜という取り合わせに良い絵がある。

大観 旭光 金色の波がきれい。

青邨 日の丸鶴 頭にぼっちり。

御舟 桃李交枝図 李の白花に青実をつけ始めた桃の枝が交差する。
ふとした情景でありながらも、どこか胸を衝く。

松園 上臈観書の図 提灯の明りで書を読む眉の優しい上臈。 

華岳 春叢鳴禽図 百舌鳥もしくは叭叭鳥らしきのが薄い笹の下でじっとしている。

桂月 春宵花影 先般練馬区美術館でその墨絵淡彩の美に惹かれた人が多かった桂月。この絵もその仲間で、薄い闇の中の花の影。

大観 雨後嵐峡図 ロングでとらえた雨のあとの嵐山。

古径 青麦 すーっと伸びた青麦のその足元根本に小さく蒲公英が咲いている。
小さな友達。まっすぐな麦。

立石春美 音律 芸者が厳しく三味線のチェックをする。鋭い目をしている。張りつめた空気。

森本草介 セピアの肖像 少女をセピア色で描く。1997年の少女。


あわてて5階へ行くとそこには饕餮くんがいた。ちょっと泣ける。
ごめんね、時間がないの。
次に1階へ降りると、なんと中国・朝鮮の陶磁器に埴輪たちである。
こんなもの、2時間の滞在時間でどうにもならない。
あああああああ、とわめきながら走り見る。
唐時代の歌舞音曲の俑たち、三彩馬、日ノ本の馬の埴輪…
この3人の埴輪シスターズに見送られる。
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今度は絶対に4時間くらい時間を取ってしっかり眺めたい。
またそのころには不全なショップやカフェ関係もしっかりしているだろう。
たいへんな数だった。多岐にわたるコレクションにおぼれた。
ではまた。

歌麿「深川の雪」を中心に  岡田美術館に行く 1

箱根小涌谷の岡田美術館に行った。
関西からはやはり大変遠かったが、行く価値のある美術館だった。
最初に挙げておくと、まだ開館したばかりなのでミュージアムショップはまだまだ未完成、ティータイムを楽しんだりする場もなく、なにより展示リストがないのが無念である。
大まかなものはあったが、そうではなく細かい品名の掲載されたリストが欲しかった。
しかしいずれこれらの不満の種は解消されるだろう。

わたしは友人らと富士屋ホテルの見学とランチ、それからこの岡田美術館の見学のツアーに参加した。それぞれ2時間余りの時間をもらい、たいへん楽しく過ごしたのだった。

では岡田美術館の展示品を見ての感想などを挙げてゆきたい。
1階から5階まで切れ目なく展示が続くのだが、最初に2階の歌麿「深川の雪」へ向かうように案内の方に勧められた。
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歌麿の巨大肉筆画「雪月花」の「雪」に当たる「深川の雪」については既に報道に詳しい。
66年ぶりの再発見らしい。
一体どこへ隠れていたのだろう。
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賑やかな深川の見世。忙しく立ち働く人もいる。
女中はお盆にカレイの煮つけなどを載せて歩いてくるし、奥の女中は衾を風呂敷に包んだのを担いでいる。
一方、化粧直しに余念のないもの、火鉢の前に立ちはだかるもの、無駄話に興じるもの、雪の様子を確かめるものなどなど、様々な姿を見せる。
何しろ27人もいるから皆が皆好きなことをして賑やかなことこの上ない。
左の方ではこの絵の唯一の男児が見える。芸者の裾にまといつく猫を見て「にゃーにゃー」と言いながら喜んでいる。
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雀も雪に向かって降りてゆく。
建物の構造も独特で、その先に何があるのか考えるのも楽しい。
修復されたのか、色も綺麗で見ることが出来てよかった。

そもそもこの絵が見たくて今回のツアーを組んだわけではないので(発見ニュース前に申し込んでいたのだ)、こうした出会いがあったのは本当に嬉しい。
なお、この「深川の雪」は6/30の会期末の後には海を渡り、フリーア美術館に展示される。そのかわり、門外不出の「品川の月」が来るそうだ。

そこから他の作品を見て回る。
2階では土偶があった。笑う土偶である。埴輪的なほのぼのした微笑みではなく、ちょっと邪悪さすら感じる笑いを浮かべている。そのあたりがまた面白くもある。

乾山のやきものがたくさんあった。
というより、後にわかることだが、特に偏ることなく「満遍なく」名品を集めている。

色絵替角皿(藤の下がる軒、朝顔など)、銹絵百合型向付、菊文透かし鉢(白と黄色の菊が多い)、立葵香合(外郭もそう、内部には金で草花)、卯の花・杜鵑図香合(山水の外郭)
などなど。
立葵のは初めてだが、同工異曲で椿香合が東博にもある。乾山ブランドは強い。
わたしも欲しいと思うのですよ。

京焼のよいのが集まっている。いずれも類品を見ているものが多いが、それらがこうして一堂に会するのは、やはり心地いい眺めだ。
七宝繋の透かし食籠などが特に発色もいい。

色絵唐子香炉 大籠を背負う少年が一休みするもの。割と大き目に作られている。

仁清の作品もたくさんあった。
銹絵白雁香合 キョトンとした丸い目を上げているのが可愛い。お仲間には大和文華館の鴛鴦、白鶴美術館の鶴、ほかにも小さな鷺や鶴や雁の香合がたんといる。
その中でもこの白雁のキョトンとしたユーモラスな表情は特に親しみやすい。

信楽四平壺 茶色に白釉が掛けられていて、ジンジャーシロップのように見える。
仁清も信楽風のを拵えていたのだ。

銹絵星文茶碗 これが茶色の太めの線で五線☆型を大小二つ。可愛いなあ。
江戸時代まで☆は☆ではなく○表示だった。そして明治から昭和半ばまでは陸軍の☆型が主流となり、その後に五線星型が流行った。(今日ではまた☆がメインか)
だからこれは実は昭和50年代以降の星なのだった。

鍋島、古九谷焼の名品も並ぶ。壮観な眺めである。
いずれも発色がよく、欠けることもない。
鍋島では毘沙門亀甲、草紙散らし文、南天文、花筏文、花に波濤文などの人気柄が並び、珍しい野菜文が目を惹いた。
薄紺色のナスに白ウリに青のえんどう豆である。ふくよかで愛らしい。
他に染付紫陽花文皿、罌粟文などがある。

有田では柿右衛門様式のものが少しと古九谷焼では虎文などがある。
戸栗美術館に兄弟品が色々いてそうな並びである。

薩摩切子の綺麗なガラスもあった。切子ではなく色替りの皿もあり、紫、黄色、透明、青、薄黄緑が光る。また見込みに龍が沈んでいる緑の角皿もいい。

廊下に出るとまたそこにもミニチュア展示が続く。
根来の角盆に9つの小さな古伊万里の染付皿。こんなセンスが好きだ。
芭蕉文を集めたコーナー、蛸唐草集め、などなど。

3階では金地の屏風絵が大きく展示室を占めていた。

洛中洛外図屏風がある。江戸初期らしく金形雲がふわふわ。稲荷、八幡から始まる名所。
大仏殿、白い耳塚、三十三間堂、東寺もある。
音羽の滝と清水、八坂の塔、建仁寺、八坂神社、四条の賑わい…祇園祭はなかったような。
吉田神社、銀閣、あたりまでが右。
左は北野天満宮、金閣、愛宕山、松尾あたりまでが入っている。
関東の奥さん方がえーとえーと、と悩んでらしたのでご案内。
余計なレクチャーだけど、騒ぎながら逆行されるよりいいかなあと。

競馬図がある。賀茂かと思う。わりと人物は大きめに描かれている。こちらも金型雲。
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誰が袖屏風、伊年印の住吉詣で図などなど。牛の目つきがいい。

紅白梅群禽図屏風 雀と鶯らしき小鳥らの動きが面白い。いかにも楽しそう。
絵師については知らない名が書かれているが、時代なども含めて案外スルーされている感じもある。

展示室のそこかしこに電子解説が設置されている。こうした取り組みは新しい美術館だからこその取り組みで、なかなか面白い。

合戦図もあるがこれが何の合戦を描いているのかがわからない。紋も不勉強で申し訳ないが○に三とかそんなのがあったな。首狩り民族たる日本の武士。本領発揮でどんどこ首を切り落としている。

鞍馬厳島図屏風 これはまた取り合わせの面白い屏風で、展示は向い合ってのもので、製作者の意図にそぐう配置だと思う。
鞍馬は門前の賑わいから始まる。同行の洛外女の方に「渡辺の木の芽本舗があるわ」と門前の一軒を示すと笑っていた。
どのあたりかに牛若丸が隠れてゐそうである。
一方、昔の厳島にはやたらめったら鹿がいた。実際その通りの情景で、妙にリアルである。
「鹿に餌あげたらいつまでも来るねん」「シカトせな」「仕方ないねん」「叱りつけなさい」
シカ尽くしの会話。ロクなもんではないw

吉野花見図をみる。わいわい賑やかで幔幕を張って宴会する人もいる。煮炊きもし、円舞を愉しんだり、茶店でものを買うたり。吉野川の流れを見る前髪立ちの二少年が可愛い。


さて、春画の展示室がある。
オープン以来の人気だそうだが、先日69歳のおじさんから「公然猥褻罪では」という意見が入ったそうだが、他はみんな喜んで眺めているそうだ。
わたしも機嫌よく眺めた。
北斎の肉筆画「浪千鳥」は凝ったつくりで白雲母摺。
英泉、鳥文斎栄之のもいい。英泉の春画については石川淳が高く評価していて、作中にもちらりと出ている。そこでわたしは石川淳の信徒らしく楽しく眺めた。
とはいえ、実際のところわたしの好みは彼らではなく、狩野派の絵師による絵巻の方だった。こちらは貴人と貴女と銀杏の前髪の稚児との三人で仲良しの場面で、面白く眺めた。

そういえば、以前に立命館で春画特集を見ている。あのときはmemeさんが立派な資料をくれたなあ。もう殆どファンタジーとしか言いようのない世界だから明るく眺めているのだけど、クレームをつけたオジサンはむしろナマナマしく視ていたのかもしれない。

次に四階へ向かう。
18世紀の肉筆美人画を見る。

花見・舟遊図巻 田村水鴎 わたしがみたときは花見の図だけ。色子らしきのがちらほらいる。幔幕で花見をするのは女たち。色合いも綺麗でおっとりした情景。

遊楽図巻 宮川長春 先般大和文華館で大がかりな回顧展があったが、長い絵巻ものは出なかった。賑やかな情景。傀儡に始まり、万歳や猿回しもいる。控えの猿は真っ黒で、何やら箱をあさっている。

三美人図 歌麿 立兵庫の花魁がいる。後の二人はそこまで凝った髪型ではない

大小舞図 これは17世紀のもので、美しい色子が烏帽子をかぶり花飾りをつけて舞うている。個人が喜んで秘蔵していたように思われる一枚。

蚊帳美人図 西川祐信 蚊帳から身を乗り出す女。その前で本を開くのは禿よりもう少し年上の女。衝立に羽織らしきものがかかっていて、奥に人の気配がある。
客はグウグウ寝ているが、お仕事を終えた遊女が一服吸う図。

美人に犬図 勝川春章 裾にぶち犬がまといつく。これは見立て女三ノ宮か。

傾城図 北斎 墨絵に近い淡彩。ゴンクール所蔵だったそうだ。立ち姿の美しい瓜実顔の女。

堀河夜討図 北斎 義経・静・弁慶の三人が縦に絶妙のポジションで描かれている。
静は刀を担いでポーズを決め、弁慶は珍しく狩衣らしきものを着用。


特集コーナーがあった。「燕子花」である。
燕子花・八橋図屏風 池田孤邨 金地に右に花を左に橋を描く。シンプルな美。

八橋流水蒔絵螺鈿乱箱 永田友治 水の部分にちょっと涙型に近いドットを不連続に打ち、カキツバタは花の外枠を螺鈿で表現。綺麗な作品。

夏秋草図硯箱 山本光一 濃密な構図である。ユリ、アジサイ、ナデシコ、タンポポがギチギチに押し込められている。花の上に花をかぶせる。工芸品ではあるが、ふと、本当の花の上に花を重ねているような趣を見出した。

燕子花図屏風 神坂雪佳 中くらいのサイズで、金に白水(銀なのかもしれない)、紺色の花を合わせる。花は群生していて、中には鮮やかな青色も見せている。

長くなりすぎるので一旦ここで終わり。

開館60周年特別展 序章

開館60周年特別展 序章 このタイトルで藤田美術館の名品展が始まっている。3/8から6/15までの期間なのに、近いのを幸いに 後回しにしたら痛い目にあった。
あの200円という安価な、簡易で便利な展覧会冊子が、数日前に売り切れてしまうという悲運に遭うたのだ。
ちょっと泣きたい。わたしは刊行されたごとに必ず購入していたのに。とうとう途切れてしまった。ううう。反省。
やっぱりよい展覧会は早めにまいりましょう、皆さん。
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藤田美術館はご存じのようにお蔵での展示である。
こういうのはシーンとしているところに味があるのだが、今回はやたらと人が多かった。やっぱり会期末は混むのである。
ますます反省した。

猿鹿図 与謝蕪村 左が猿で右が鹿。南蘋派の影響も多少あったようで、描きこみが濃い。柔らかな叢の上で、青い目の牡鹿が赤目の雌鹿の尾骶骨近くを舐めてやっている。その舌のナマナマしさにどきっとする。毛並みは二頭とも立派な鹿の子である。
猿のほうは、岩の上で退屈そうなのが一匹、こいつは下にいる猿の様子を眺めている。下の猿は蔦をよじ登っているところ。
狙仙や芦雪とはまた違うエテコらである。

大江山酒呑童子絵巻 菱川師宣 藤田で酒呑童子絵巻を見るとは思わなかった。しかも師宣の絵で。
私が見たのは以下のシーン。
・丁度毒酒が回ってきて機嫌よく寝所でうつぶせ寝する酒呑童子。周囲にいる姫たちは嘆いている。乙御前のような姫君が五人ばかりか。
・酒呑童子の手足に鎖をかけ、頼光一派が襲撃する。首を切り飛ばすと噴水のように血がしぶく。手足にも刃を食い込ませる者たち。
首がばっ と飛んで頼光の兜にかぶりつく。
・一方、他の鬼たちも大変である。唐竹割されるもの、背を貫き通されるもの、胴切りされるもの、川へ逃げたのを更に仕留める者もいた。
なにしろ血飛沫、血噴水。サラッと描きながらもわりにしっかり。

紫檀塗青海波文筆筒 是真 紫檀塗り、一種のダマシだが、その技能にはいつも感心する。下方にシャリシャリした波。
持ってたことを初めて知った。

大獅子図 栖鳳 近代日本最初のライオン。リアリズム+円山派の可愛さ。

馬性図巻 伝・韓幹 北宋から南宋 黒馬だが、鼻先・鬣・足先が白い。

豊干寒山拾得図 元は十六羅漢のうちから見立てたらしい。虎が可愛い。またその虎を見る目が、元祖猫侍の佐久間将監にそっくり。

幽霊・子犬・髑髏 芦雪 白蔵主、女の霊、わんこ、目の形の違いが面白い。この取り合わせにも深い意味があるようだが、それを考えずとも、この絵には魅力がある。
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おねえさんが色っぽい、わんこ、可愛い、キツネ、演技派。

曜変天目茶碗、白縁油滴天目鉢、青磁三足香炉などの名品も並んでいて、じっくり凝視する人が少なくなかった。

駿牛図 断簡の一、牛飼童がいるが、なかなかきりっとした少年。牽かれる黒牛も立派な和牛。

浄土五祖絵 善導の幼年期。可愛い唐子らが楽しそうに遊ぶのを無視して、頭に赤い花冠した?善導くんが勉学中。同世代のみずらボーイズも引いてる。カシコな子はあんま可愛げないよな。
やがて若いのに剃髪。肘掛けに凭れながらゾリゾリ。
善導くんは大人になってからの画像しか知らないが、美少年だったのだなあ。大人になっても美ボーズでしたがw

玄奘三蔵絵 第五巻 sun721.jpg
これは奈良博2011年に開催された「天竺へ 三蔵法師3万キロの旅」展の時の画像。
当時の感想はこちら
祇園精舎の廃墟。秋草が生え、キツネの住まい。ドクロも転がる。池には雁や鴛鴦。青々、赤々な自然。インドには思えん。

次の場は浄飯王と摩耶夫人の宮殿跡に行く。こちらはいい建物で柳などが。

平家琵琶 銘・千寿
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名は平重衡の千手前から。撥面に山水図。銀月がある。その月で平家琵琶だということになる。

宝船置物 仁清 でかっ!鳥の船。帆には松竹梅。

花鳥海賦文辻が花染残闕 シマシマに花鳥を描く。なかなか素敵。

金銅荘唐組垂錺飾 棗型鈴。綺麗。唐織りも鮮やか。

法隆寺伝来品がいくつかあり、琵琶弾く飛天や百万塔、少年の塑像が良かった。

もう終了したが、本当に見ごたえがあった。次は早く行こう。

非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品

西洋美術館で開催中の「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」展を、わたしも見た。
見たがしかし、わたしは作品を見ることを目的としているので、ゲストキュレーターである平野氏のセレクトの意味・作品への彼の解釈については、一切感想を挙げることはしない。
それはあくまでも平野氏の感想であり、わたしの感想ではないからだ。
批判は非難に変わりやすい。だからあえて何も書かない。
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なお、美術ブログ界の長老たる「Art & Bell by Tora」のとらさんのこちらの記事をぜひとも拝読していただきたいと思う。

それではわたしのエエ加減な感想を簡単に挙げる。
例によって責任は取れない。

章ごとのタイトルに平野氏の意図が活きているのだが、わたしは敢えてそれをスルーする。
それこそ同意できるもの・何故それが、と疑問に思うものがあるので、そのあたりについて言葉はさしはさまない。
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Ⅰ.幻視: 瞬間的な非日常
マックス・クリンガー 連作〈手袋〉より: 行為  婦人の落としていった手袋を拾った時から始まる<状況>。この連作は前掲のとらさんがたいへん詳しい解説を挙げられている。手袋の<旅>。手袋は誘惑者でもあり、ファム・ファタールでもある。

クロード・ロラン 踊るサテュロスとニンフのいる風景  綺麗な女。誘惑を受けるのも楽しい。

ギュスターヴ・モロー 聖なる象(ペリ) 水辺を行く象。その足元には東洋の象徴たる蓮が咲いている。思えば神秘性を見いだされる象は常にアジアの象なのだった。

エドヴァルド・ムンク 雪の中の労働者たち  おっさんら。こう書くと身も蓋もない。

オディロン・ルドン アポロンの二輪馬車  パエトーンかもしれない、という。アポロンならば日常のルーチン、パエトーンならば非日常。

Ⅱ.妄想: 積上がっていく非日常
マルカントニオ・ライモンディ / アゴスティーノ・ヴェネツィアーノ 魔女の集会(ストレゴッツォ)  思えばオトフリート・プロイスラー「小さい魔女」、茂市久美子「七魔が山の魔女」などでも魔女の集会の大事さは繰り返されていた。そのことを思い出す。
魔女の集会、猫の集会、みんななかなか大変なのである。

アルブレヒト・デューラー メレンコリア I  天使の顔つきがメランコリアというより「おいおい、どうしよう」に見える。背後の様々なものたちのうち、数独があるのも謎だ。

フランシスコ・デ・ゴヤ 連作〈妄〉より: 飛翔法  個人的飛翔法としてはやはりこれが一番良いのかもしれないが、腕が疲れるのはどうにもならない。
むしろメーヴェ乗りになる方が合理的ではないだろうか。
幕末の鳥人・浮田幸吉を思い出す。
 
ルーカス・クラーナハ(父) 聖アントニウスの誘惑  虫類のざわざしたのがいっぱいで、いやん。しかしこれは薬物中毒者の観る幻覚とよく似てるな。

ダフィット・テニールス(子) 聖アントニウスの誘惑  廃墟でひとりぼっちだと、そりゃこんな妄想も湧くわな。きれいなお姉ちゃんが来たり、頭上を手足のある魚が戦ってたり、変な奴らが演奏したり、見知らぬ幼児に服を引っ張られたり。膝に取りすがられれば「膝小僧」でした。

ウジェーヌ・ドラクロワ ゲーテ『ファウスト』による連作より:ファウストとヴァレンティンの決闘  この連作は大変好きなのだが、物語のドキドキがあっていい。ドラクロワはほかにも「ハムレット」がいい。キャラ的にもハムレットの方が男前が多い。

Ⅲ.死: 究極の非日常
アルブレヒト・デューラー 騎士と死と悪魔  寄り添う二人は変顔コンビ。騎士というものは栄光に包まれることもあろうが、不意に命を落とす確率も高かった。

アゴスティーノ・ヴェネツィアーノ 死と名声の寓意(ロッソ・フィオレンティーノ原画)  誠に申し訳ないが、やっぱり爺さんの骨に皮がへばりついたカラダよりも、適度な筋肉のついた兄さんの身体を見たいものです。
特に腿フェチのわたしとしては、しっかりした足を見ていたい。

ステーファノ・デッラ・ベッラ 連作〈死〉より: 子どもを運ぶ死  どう見ても誘拐ですな。これを見てアンデルセンの「あるおかあさんの話」を思い出した。「魔王」に震え上がる子供ではなく、死神に連れ去られる子供、それを追いかけるお母さんの話を。

パルミジャニーノ キリスト埋葬(第 1ヴァージョン) 手の甲に血。

ウジェーヌ・ドラクロワ 墓に運ばれるキリスト  実はこの絵は最初に西洋美術館に行ったときに大変感銘を受けたのだった。わたしの絵葉書ホルダーにはこの絵とモローの「牢獄のサロメ」を向い合せに収納している。

Ⅳ.エロティシズム: 生を蘇らせる反復性の非日常
フェルナン・クノップフ 仮 面  黒のアイマスクで目だけを覆う女。完全に目隠しの方が官能的だが。

ベルナルド・カヴァッリーノ ヘラクレスとオンファレ 力自慢のマッチョで男性原理バリバリのヘラクレスが女たちの支配下において、「女の仕事」をする。それを笑う女たち。倒錯した官能性がかすかに漂う。ヘラクレスは裸体に近く、女の方が棍棒を持つのもいい。
侍女たちは単純に笑うが、女主人はむしろ冷たい眼をして微笑みを浮かべているだけ。
あの棍棒で何をどうする気だろうか。
私はこれを見て三島由紀夫「椿説弓張月」を想った。白縫が裏切り者の武藤太を静かに虐殺させるシーンを思い出したのだ。
このような眼で眺める悦びは確かに官能的だ。

ギュスターヴ・モロー 牢獄のサロメ  前述のとおり、ドラクロワと向い合せにしているが、それがたまらなく心地いい。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房 洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ  丸々とした腕の女の人。

フェリシアン・ロップス ポルノクラテスあるいは豚を連れた女  むしろこれはセクハラですよ、見させられる側は。


Ⅴ.彼方への眼差し: 超越的な非日常=信仰
グエルチーノ ゴリアテの首を持つダヴィデ  少年の若さが心地よいくらい。

オノレ・ドーミエ マグダラのマリア  すごいのけぞりのマグダラのマリア。

ディーリック・バウツ(派) 悲しみの聖母・荊冠のキリスト  常設で見るのとこうした企画で見るのとでは雰囲気も違うようにも思われる。

Ⅵ.非日常の宿り: 日常の細部の中の非日常
オーギュスト・ロダン 説教する洗礼者聖ヨハネ 肉体を構築する筋肉の積み重なり、その一片一片を眺める。この身体を眺めるうちに、ワイルドのサロメの心持ちがわかるような気がしてきた。

バルトロメオ・モンターニャ(帰属) 城の見える風景  ニスを塗ったような画面に見える。

ロドルフ・ブレダン 善きサマリア人  細密な画。密に密に密に描き込む。敵国人であろうと親切な人はいるのだよ。正直なところ、わたしは親切な人によく遭うのでこのあたりの感覚がはっきりしないのだ。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ ピアノを弾く妻イーダのいる室内  室内が主なのである。数年前のハンマースホイ展の静かに深い衝撃は今も身内に活きている。

エドヴァルド・ムンク 接 吻  裸で窓辺に立つ二人。見えますがなw

ギュスターヴ・クールベ  波  波が押し寄せてくる。最後の締めにこの絵が来た。

6/15まで。

併設のジャック・カロ展にも少しばかり。
とにかく凄まじい細密版画で裸眼で見ているわたしにはクラクラもの。
細かい感想は避けて大ざっぱにいうと…
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・宗教画を見るとその細密さに目がくらむ。
・メディチ家の版画家となった頃の作品を見ると、犬の出現率がやたらと高い。
・アウトサイダーたち、その範疇に入る人々を見るのはつらい。別に人道的などーのこーのではなく、中世欧州における彼らの存在を思うと心が苦しい、ただそれだけのことなのだが・・・・・・・
・ロレーヌの宮廷 大いなる仮装大会。コスプレショー。
本当にこんなことをしてたのか、画家の想像なのか。たぶん、やってたんだろうなあ。
・「聖母伝」の「仔を呼ぶ母獅子」、これはあれよ、吹き出しつけるなら「ごはんやでー」やな。
「食卓の聖家族」は継子の世話をする、年を取った夫という構図ですな。
「聖アントニウスの誘惑」はペデラスティーぽいものがやたら多くて、アントニウスが実はそっちなのかと思ったりいろいろ。
・「戦争」がいちばん悲惨でいちばん興味深い連作だった。
「吊るし落としの刑」はこれはもう「ベルセルク」冒頭そのものですな。こんな悲惨な目にあった村の唯一の死にぞこないが、主人公ガッツ。

いろいろ思うこともあるが、この時代の西洋版画はキリスト教とその歴史や背景をきちんと理解していないとなかなか楽しめない。
もう少し勉強しようと思う。
6/15まで。

大丸心斎橋店の外観

百貨店というものは、その建造物もまた商品である。

この言葉を教えてくださったのは大丸の方だった。
もう20年近い前の話である。

ヴォーリズの名作たる大丸心斎橋店をなんとか守りたいと思っている。
東京のホールディングスのほうでは壊したいらしい。
こんな名作が心斎橋から消えれば、それこそ心斎橋は心斎橋ではなくなる。
高層ビルばかりが価値あるものではない。
銀座は一部の再開発をしても高さ制限を守った。
そのことを大丸心斎橋を建て替えようとする方々に知ってほしい。

心斎橋筋側からのピーコックの様子。KIMG0899.jpg

孔雀の上に鳩がいる。
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ヴォーリズの動物好きなのが出ている。繊細で華やかな文様。
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左をメインに。貝殻が並ぶ。
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本来は不死鳥をイメージしてたようだが製造依頼をうけたアメリカでは意思の疎通をかいて、孔雀のタイルを拵えた。
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☆と雪の結晶をイメージしている。
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花と龍←ちょっと違う。ドラゴン。
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優美な装飾KIMG0908.jpg

堂々たる孔雀KIMG0909.jpg

こちらにもドラゴンKIMG0910.jpg

細部に花を飾る。
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別な花も。
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外観はネオゴシック風。。KIMG0912.jpg

見るべきものは少なくない。
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御堂筋側には刻まれた孔雀がいる。
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孔雀を守るのは鷲の精鋭たち。
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顔の向きが微妙に違っている。

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ドアの表示KIMG0924.jpg

内部は撮影禁止だが、20年近く前に特別に許可を得て撮影させてもらったことがある。
いつかそちらの写真も挙げたいと思っている。

上村松篁展

関西人の一得というか、本物の作品を見る前から上村家三代の人々の絵を見る機会が、わりに多かった。
意識して絵を見るようになったのは1980年代後半からだが、印刷物やTVで見ていたものの実物を見たとき、予想以上の良さに感動した。
その頃から大体印刷の技能が向上していて、現物でなく複製であっても「ええものはええ」というのが伝わってきていた。
その意味では洋画ではなく日本画の方が印刷物になっても美しさを留めているように思う。

1989年2月になんばの高島屋で初めて「上村家三代」展を見た。
今も行われている「トワイライト・サービス」で入場券が半額になり、デパートの店員さんがわたしと友人に声をかけてくれたのだった。
松園さん、松篁さん、淳之さん。
素晴らしい三世代のわざを目の当たりにした。
もう四半世紀前の話になるが、あのときの嬉しい気持ちは今も消えない。

89年と言えば松篁さんは87歳だった。まだまだお元気で新作も世に出しておられた。
その頃から「銀潜紙」を使っておられたようにも思う。

91年には松篁さんの回顧展が奈良そごう美術館で開催され、多くの名品を見た。
亡くなられる2001年までしばしば記念展や回顧展や作品展が開催され、94年には上村家三代の作品を集めた松伯美術館が開館し、今年で20年の節目を迎えている。
わたしが関西人だということもあるかもしれないが、常に上村家三代の絵は近しいもののように思う。
そして松篁さんは母上同様、決して忘れられることのない日本画家として輝いている。

京都国立近代美術館での展覧会には人気のある作品や世によく知られた作品が集まる一方で、なかなか見ることのない素描も多く出ていた。
作品の大半は松伯美術館の所蔵品で、企画展ごとにそちらへ出かけているわたしとしては、勝手ながら、晴れがましいような誇らしいような心持で絵の前に佇んだ。

花鳥画の名手というても、好きな花・得意な花は色々あるが、室町時代の水墨画、桃山時代の障壁画、狩野派に琳派の昔から現代に至るまで、松篁さんほど「桃の花」を見事に描いた画家はほかにないと思う。
桜や梅や椿に蓮や菊や牡丹を絵にするひとは多いが、桃を描く頻度、そしてその桃の美しさは、追随するものを持たないほどだ。

桃は万葉人を描いた絵の中にも大きく咲いている。
梅は円やか・桃は角ばる、その花びら。

わたしは松篁さんの描く桃花こそが、最上のものだと思う。

一枚一枚についての感想は措きたい。
それはしばしばこのブログで挙げているからということもある。
リストにメモは細かくつけている。
タイトルと絵の中身が一致しないときには「例の絵」と書いてある。たくさんある「例の絵」だが、不思議と間違っていない。「例の絵」の後に続く一口メモで「ああ、あれあれ」と頭の中に絵が浮かぶ。
それはやはり、長らく見る機会に恵まれてきたからこその徳なのではないか。
まことにありがたいことではある。
だが、めったに見ない絵もたくさんあり、初見も少なくない。それらを中心にして感想を挙げる。

水禽 1925年 白地にギギギギキと黒線が入っている、首の長い鳥たち。みんな丸い目に○・な目が可愛くファンキーな顔つきである。

母子の羊 1937 ママ羊がくつろぐそばで右手にパンダ柄と白の子羊きょうだい。白は蝶々を追いかけて遊ぶ。アザミ、キキョウ、リンドウなどが咲いている。
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この前年の「山鹿」では父子の鹿が描かれていた。あちらはバンビとそのパパの鹿の王のような風情があり、こちらは和やかさがある。
そしてこの翌年の「羊と遊ぶ」は少女になった長女と五歳の長男淳くん(淳之)が優しい筆致で描かれている。
家で飼われていた羊たち。


深い青々した緑を集めたコーナーがあった。
「青柿」「樹蔭」「八仙花」である。いずれも戦後すぐの作品で、従来の日本画から脱却しようと模索していた時期のもの。三枚もこのように深い青々した緑が並ぶと、季節の良さを感じずにはいられない。

展示はところどころこのように特集が組まれている。
熱帯の美、万葉の美、鶴の世界というように。
むろんそんな明確な区分わけはなされてはいないが、展示室を歩きながらそのように感じさせるような構成なのだった。

ところでわたしは鳥があまり得意ではない。
特にトコヨノナガナキドリは非常に苦手で必ず避けるが、そんなだから鳥も詳しくない。
息子の淳之さんが唳禽荘で何千羽もの鳥と共同生活を送ることに関しても、観念的にはときめくが、現実には恐怖を感じるくらいなのだ。
それでということもあり、鳥の種類もよく知らない。
キジかと思った鳥が「縞ハッカン」という鳥で、そやつが松篁さんの絵の中を闊歩するのを見ると、元気そうでいいなとは思うものの、実際にそばにいればこちらの方が飛んで逃げてしまいそうだ。

その「縞ハッカン」のいる絵が二枚ある。
どちらも1966年の作で黄色い実といるのは京都に、青桃といるのは芸術院に収蔵されている。
背景の色彩の美に惹かれる、いい作品である。

松篁さんの額田女王さしえ
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冒頭に松篁さんの桃の美について書いたが、特に素晴らしいのはやはり「緋桃」と「万葉の春」の桃である。
また、ここには出ていないが山種美術館所蔵の扇面図にもいいのがある。
松篁さんは何故こんなにも佳い桃を描くのか。
見るほどにその豊麗さにときめく。

熱帯を舞台にした名品も多く並ぶのが嬉しい。それらについては以前濃密な感想を書いているので、よければこちらをご参照ください。
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今回も深くときめいた。

1988年頃の松篁さんの写真がかなりの数、パネル展示されていた。たいへんお元気そうなお写真である。
何枚か見知っているものもあるが、初めて見るものもある。ご自宅のお庭の石づたいに歩かれるもの、奥さんの手を引かれている一場である。
「序の舞」のモデルを務められたあの夫人か、と思うと感慨深かった。

また素描がたいへん沢山出ている。
これらを熱心に見ていると時間がいくらでもかかる。
しかし見ずにはいられない。
たとえば「五位鷺」の素描は本画への軌跡を見るようなものだったし、「睡蓮」は強い紫色で塗られていて、とても興味深い。
ぜひとも素描を熱心にごらんになることをおすすめしたい。

展示は1999年までの作品で終わる。
銀潜紙を使われていた頃の作品も並ぶ。
あの頃の松篁さんのお仕事振りを思い出す。
片岡仁左衛門襲名披露のために描かれた扇面の絵、同じく京都の長命の井上八千代さん(先代)の談話などなど。

やはり松篁さんは素晴らしい。
改めてそのことを思う。
少しばかり展示換えもあるので、6/17以降にまた再訪しようと思う。
そして展覧会が終われば、また松伯美術館で通常展示される松篁さんの絵を見よう。

7/6まで。

ちょっとパリまで、ず~っとパリで 渡欧日本人画家たちの逸品

泉屋博古館の鹿ケ谷の本館で、近代日本洋画を堪能した。
六本木の東京分館でも軽く見歩いたが、時間の都合で楽しめず、一か月後の今、京都で楽しんでいる。
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中国の文物だけでなくこうした日本の近代洋画や日本画もたくさん所蔵する住友グループ。
文化力の高い企業である。
少なくとも大阪・中之島は住友家の支援がなくば、今日の文化的なゾーンを形成することは不可能だった。

「ちょっとパリまで、ず~っとパリで 渡欧日本人画家たちの逸品」
少し前までの洋画家はほぼ皆がパリに「行かねばならなかった」のだ。
ヨーロッパに行ったのにパリに背を向けたのは有名なところでは須田国太郎か。
同世代の梅原、安井がフランスに感化されたのとは別に須田はスペインに魅せられている。

「ちょっとパリ」の代表は小出楢重か。
彼の場合は「ちょっとパリまで」というより「パリ、ちょっとだけ」のクチ。
「ず~っとパリ」はやっぱり荻須、版画家の長谷川潔か。
フジタは途中で南米に逃げ、それからフランスに帰ったが、上の2人は「ず~っとパリ」におったのである。

1.明治洋画の牽引者たち

黒田清輝 花と婦人 構図として面白い。画面の七割を花瓶のクリサンテームが占め、左三分に女の後姿とこちらを向く顔。
実のところ当初は女二人に見えていたが、時間が経つにつれ、鏡に映る顔を見ているのかもしれない、そう思うようになった。
とはいえ、やはり女は二人いて、菊の陰に隠れて何やら鬱陶しい話をしているようだった。

三宅克己 ハムプステッドに於いて吾宿の花園 水彩画で描かれた彼の楽園の花園。
こんなにも美しいところはほかにない、と喜んで眺めた地を絵にする。これこそが画家の法悦だと思う。うらやましい。美麗なものを見て感動しても、それを言葉で表現は出来ても、絵で再現することも変容させることも出来ないのだ。

浅井忠の三枚の水彩画について。
河畔洋館 東京で見た。この縦長の線が好み。

垂水の浜 小舟が一艘止まる。丁寧な写生に基づく情景。
グレーの森 縦へ縦へ向かう線。木々の背後に白い雲。

和田英作 こだま 森の中でこだまを聴く半裸婦。わたしはいつも知る人を想う。
この絵は第5回内国勧業博覧会(大阪)に出品されたとか。
不穏さよりも不吉さよりも、なにかしら不安なものがあるが、現実の不安ではない。

海野美盛 ライオン図 ブロンズのレリーフ。日の出を大日本帝国、ライオンを大英帝国と見なしての図。

鹿子木孟郎の模写とそこから学んだものをみる。
アングル「泉」模写 ちょっと胴の辺りが寸詰まりにみえた。
ジョセフ・バイユ「厨女図」模写 水かミルクか酒かを別な容器に入れ替える女。ガラス瓶には窓の景色が反射している。
ノルマンディーの浜 実景を見ての製作。漁師一家の様子を捉える。まだ小さい子供もいる夫婦。海は凪いでいる。

藤島武二 幸ある朝 誰かからの嬉しいたよりに喜ぶ婦人。昔は手紙が来ることを喜ぶ人があふれていたのだ。

武二 黒衣の婦人 意外なことにこの婦人はあのブリヂストン美の「黒扇」の婦人だという。艶やかなあの婦人と、この静かに目を上げ沈黙する、やや地味な婦人とが同一人物だとは思わなかった。どちらも同じ一人の婦人の変容を描いたと取るべきか、画家の趣向・嗜好と見るべきか。

山下新太郎 読書の後 どこを見ているかわからない目は、いまだ本の宇宙から離れていない証拠か。背後の素朴な壺たち。それに劣らぬ白い膚の婦人。光はその背後から彼女を包む。
本を読んだ後の心地よい(あるいは悩ましい)想いにふける状況はやはり紙ベースでなければ絵にならない。そんなことを考えた。

橋本邦助 白い雲 木の影がくっきりと道に落ちる。野原の真昼。セガンティーニを少し思いだした。橋本邦助の展覧会に行き損ねたことを思い出すので、あまり彼の絵を見たくはない。

斎藤豊作 秋の色 何の木かよく知らない、しかし欧州の木なのだと思う木が林立する。たぶん杉の仲間か。それが黄色、薄紫、薄黄色に染まるのは季節のせいだけではなく、日照のせいか。
小さく雲がちぎれて浮かぶ。看護婦らしき女が川のほとりに佇んで、何かを読もうとしている。いや、祈りを挙げようとするのか。

安井曾太郎 人参ある静物 へんな邦題である。もしかすると現地語直訳で変な日本語になったのか。安井は京都育ちである。それも洛中。親の代もそう。主語とばしの会話は関西弁特有のものだと谷崎松子夫人も語っていたが、それともまた違う。なんだろう。
さて、ニンジンがある。どちらかといえば不格好なニンジンである。それらがごーろごろ。
ジャガイモもボウルもある。畑から直接出て来たような根菜だった。

梅原龍三郎 霧島 青い山で、手前は芒原。わたしは梅原の青い霧島をみるといつもこの世でないどこかだと思う。特に「霧島(栄の尾)」を最初に見たときの衝撃は大きく、今に至るまで、山岳を描いたすべての絵の王様だと思っている。
この霧島も梅原特有の爛漫な色遣いで雄々しくそこに立ち、<観る>わたしの前で煙を悠々と吐き出している。

満谷国四郎 罌粟の花畠 三面の装飾性豊かな作品。壁画として飾られる予定だったのか。
全体に黄緑がかった金色の空気が流れ、そこに薄い色の罌粟が咲き乱れている。
左には白地に茶斑の猫が眠たそうにのっそり座り、中には母子がいて、母が幼子にスミレをあげるところ、右には裸の男児二人と七面鳥がいる。
日本の絵で七面鳥を見ることはあまりないので珍しい。
ナビ派の影響を受けているというような解説を読んで、たしかにそんな空気があるのを感じた。
秋に大原美術館の有隣荘で満谷の回顧展がある。とても楽しみにしている。
わたしは満谷の黄色い膚の裸婦がとても好きなのだ。

金山平三 静物 白い鉢にミラベルの実がたくさんたくさん。外にもこぼれている。それらは決してイキイキした実ではなく、半ば朽ちかけている。ヴァニタスだという解説がある。ミラベルはロレーヌ地方のフルーツだといい、日本ではあまり出回っていないとか。
わたしも初めて見た。おいしいのだろうか。
どこかリアリズムな感じがある。
金山は兵庫県美に特集展示室があるが、わたしは金山の作品は歌舞伎の舞台を描いたものが何より素晴らしいと思っている。

有島生馬 無為庵肖像 まだ若い男性を描いている。住友春翠の長男・寛一の肖像である。
寛一は父同様芸術・文化に深い目を向けていたが、一方財閥を切り盛りする体力には恵まれず、比較的若くに没してしまう。
「無為庵」という名乗りにもどこか気の毒な気もする。
有島はこの寛一と仲良しさんだったそうだ。この時代、芸術家を守るパトロンは多くいたのだ。

有島生馬 海辺風景 手前に松並木、奥に海辺。これは高島屋史料館所蔵の有島の「橄欖畠」(オリーブ畑のこと)を髣髴とさせる。
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2.沸騰する時代のエトランジェ、パリ豚児の群れ

藤田嗣治 Y婦人の肖像  お猫様たちに囲まれたご婦人。本当の猫か屏風の猫かはともかく、見てるだけで嬉しいわ。色んな猫がいる。これは東京でしか出なかったそうだ。鹿ケ谷、無念。
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藤田 暖炉ノ前ノ婦人像 1960年、レオナルドの作品。わたしは晩年のフジタの婦人像をみると、優美な絵の少女マンガ、レディス・コミックを想うのだった。
これは賞賛である。わたしは日本のコミックを深く愛するがゆえに、レオナルドの晩年の婦人像にときめくのだ。この絵の15年後くらいに絵の達者な作家たちがぞくぞくと世に出たことを思うと、感慨深い。

中川紀元 少女 帽子をかぶった少女が花を抱えてそこに立つ。力強い筆致で少女が立つ。

前田寛治 裸婦 これはどうもよくない。肌が土気色をしている。わたしは前田寛治は大好きなのだが、このシビト色の裸婦はよくない。普段なるべく「ニガテ」なものは書かずにスルーしてきたが、敢えて書く。よくない。なんでこんな色にしたのだろう。

佐伯祐三 鯖 どう見ても焼サバである。尾頭付き焼サバ。焼き立てだったのに画家が絵にするというのですっかり冷えてしまった。これを酢飯にのせて「焼サバ寿司」にしてもいい。二匹も美味しそうである。焦げ目はついていないがギラギラはない。ああ、サバが食べたい。佐伯は大阪育ちなので「バッテラ」を食べていたはずだ。サバ・アレルギーならともかく、大阪人のソウル・フードの一つに「バッテラ」がある。きっと「蟹」同様、家族が「さぁさぁ食べよか、美味しいで」と買うてきたのを「ちょっと待ってんか、絵ぇにさせてくれ」と言うて、結局ダメにしたに違いない。
ああ佐伯、パリで死ななければよかったのに。

熊岡美彦 ミモザ うねりを感じる絵。花瓶にミモザ。躍るようだ。
熊岡の絵は高島屋史料館でしか見たことがないので、新鮮な感じがした。色は重厚だが、この絵にはある種の動きがある。

中沢弘光 常陸海岸 中沢の風景画には柔らかな光が満ちている。
ギラギラした太陽もなく、ざざ降りの雨もなく、激しく吹きすさぶ風も、何もかも多い尽くす雪もない。
それでいいと思う。激しい絵ばかりが絵ではないのだ。
明るい海浜も寂れた漁村も、中沢の静かな光に包まれて、そこにある。

児島善三郎 残雪 東京だけ。これはまたよかった。わたしは児島が大好きなので嬉しかった。なんという明るい道。色彩感覚の華やかさ、明快な線。すばらしい。

児島 風景 全体が緑色で、奥に山、中に里、手前に田。○や△や◎が力強い線で描かれ、明快な色彩が繰り広げられる。痛快な気分にさえなる。
児島、素晴らしい。

鍋井克之 箱根姥子の富士 東京のみ 今度箱根に行くので、絵としてよりも情報としてこの作品を眺めた。

坂本繁二郎 二馬壁画 東京のみ 大きな馬。これは住友家のためのものだったか。

坂本 箱 京都のみ たいへんシュールな作品。箱だけがいくつか積み重ねられている。不思議だ。

岡鹿之助 堀割 奥にお城のような建物がある。そして手前の川にボートが一つ。

荻須高徳 線路に沿った家 細長い高い家が建つ。黒と灰色と。


3.クールなパリで個性を研く 1930年代以降の留学、現代への架け橋として

小磯良平 風景 神戸の「みぬめ浜」を描く。場所は今でいうと兵庫県立美術館のあるあたりか。「敏馬」とかいて「みぬめ」と読むのは難読。今はもうこの風景はない。小舟が丘に乗り上げている。しーんとした一場。

小磯 母子像 妻と長女の図。まだ幼い長女は赤い着物に赤い靴を履いて、ちょっとよろよろと立っている。可愛い。小磯は妻と二人の娘を大事にし、多く絵にした。

木下孝則 バレリーナ ああ、こんな顔の女、今もいるいる。みんなそんな現代的な顔。50~60年前なのにとても親しい気がする顔の女たち。

木下義謙 妻籠の風景 アララギ川の岩場の様子。行きたくなってきた。

鳥海青児 ナポリの港 ぐにゃりとしたナポリ。バニラアイスが溶けたような町。

山口薫 トロス(マドリッド) 闘牛。山口は日本の生まれたての牛ばかり思い浮かぶが、スペインの力強い雄牛(トロス)にも熱狂していたとか。牛好きやねんなあ。

三岸節子 赤い花 三岸さんの力強い絵がとても好きだ。
理屈も何もなく、心が揺さぶられる。

三岸 花 こちらも力強い。白黒の壷に黄色がかった花と、背景にとけ込む赤い花とが描かれている。
背景はベンガラ色になるのか。

三岸 ニースへ行く道 黄色い建物がある。形ははっきりしないでも色の強さで存在感を確かに感じる。やっぱり三岸さんの世界は素晴らしい。力強く生きようという気持ちになるのだ。

織田広喜 パリ風景 夜景。陸橋と倉庫。船が行く。働く船。パリで暮らしている実感がそこにある。

展示室は本館の奥にある。本館から奥へ向かう手前に、北村四海の「蔭」がある。大理石のレリーフによる、女の顔。苦しいのか、穏やかなのかもわからない。
石の中から現れた顔というべきか、石に埋められた顔とみるべきか。
そんなことを思いながら向かっていった。

京都展の後期は6/17から。  

なおこちらは六本木の分館のチラシ
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午歳の春

北村美術館は河原町今出川にある。先の釈迦谷口から北1、1系統と乗り継いで向かった。
このチラシに惹かれ、急遽出向いたのである。
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チラシは漢代の塼である。チラシは四面みせているが、1と3の画像が正しい。
左から木、楼閣、すきっとした馬、指南鳥、御者と貴人の乗る馬車、これだけが遺されている。
たいへんはっきりした絵柄が残り、とても魅力的だった。

チラシには他に黒田辰秋の茶器がある。華麗な煌めきが目に残る茶器で、これもとてもよかった。黒田螺鈿の美を堪能する。

午歳にふさわしい作品を集めている。むろんそれとは無縁なものも多いが、やはり名品が揃えられている。

掛け軸に三藐院信尹の書がある。自由闊達な書で、「春日」の「春」の力強さにときめいた。
「関白信尹」とサイン入りのもの。秀吉の圧迫にくじけなかったものである。

金銀桜蒔絵太鼓胴 銀が酸化して黒くなり、漆の黒地に金と黒の桜が丸く咲いている。

根来湯桶 形は河井寛次郎の好むのに似ている。大ぶりでなかなか凝っている。

翡翠端反対鉢 二つともとてもきれいな翡翠。外より内側がきれい。

荒川豊蔵 備前山之絵飾皿 山の稜線に夕日が沈み、松が照らされる、そんな図が刻まれている。

北大路魯山人 銀彩双魚文額皿 角度によりとけこむようにも見える。

梅鶯紋慶長裂 これは可愛い。大柄な梅と小さな梅とが刺繍され、鶯が一羽梅に止まる。可愛いなあ。

唐三彩馬 白馬。たてがみだけ緑の釉薬がかけられていて、かっこいい。蹄は茶色。

ここまでが特別展示。
次からは待合(洋間)。再現されているわけではなくそこで使われた茶器などをみるのだが、想像するのも楽しい。

床 中川一政 山従人面起 緑地に緑衣の漢人と、朱衣胡人が馬に乗る様子が描かれ、そこに太い字で李白の詩が書かれている。

遼時代の壷がある。オレンジ色で下は素焼き。素敵な色の取り合わせ。

木地盆 栗だろうか。「殴り」とある。怖いね、何ですか?堅そうだった。

古染付寿の字文火入 寿司屋の湯呑みのようだと思った。

チベット製絞り毛氈 赤の毛氈で花柄。とても綺麗なので目を惹いた。花というよりなんだろう。連続文。

薄茶(広間)
掛け物 馬医草紙絵巻断簡 馬の名医と舎人愛染法師と黒馬のいる図。
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庸軒作竹一重切花入 銘・遅馬 とても力強い。

重餅釜 道仁 こういうのも楽しい。

炉縁 紅梅蒔絵 即中斎在判 可愛らしい紅梅が内外に。

風炉先 遠州好鉄刀木金砂子箔置 右の下は七宝つなぎ。左には優しい絵。

黒樂茶碗 注連縄錺図 了入 ああ、本当に注連縄。

替茶碗 神楽岡丈山 二福神図 プリントしたようなえべっさんと大黒さん。

替茶碗 奥田木白 御本立鶴形 銘・齢の友 赤膚焼。これはアブラゲ手かな、鶴がとにかくいーーーっぱいいる図。大小遠近、つるつるつるつるつる。

釣瓶鮓桶建水 銘よしの いがみの権太さんですな。小さくて飴色に輝いていた。

蓋置 徳元 銀象嵌 突羽根 羽根の一片一片に☆透かしが入るのがオシャレ。

ああ、行った甲斐がある展覧会だった。
こちらも6/15まで。

古田織部美術館へ行く

古田織部美術館に初めて出かけた。
鷹が峰の奥に出来た新しい私立美術館である。
北大路から北1系統または四条大宮から6系統のバスで釈迦谷口で下車。そこから氷室通りを延々とゆく。
上ったり下がったり、大邸宅のはざまの道を歩く。まっすぐ見る先には山しかない。
わたしは洛中は得意だが洛外、特に山の方はニガテで、まさか自分が鷹が峰を行くことになろうとは想像もしなかっただけに、例の言葉がアタマを巡り出すのを感じた。
「どうして僕はこんなところに」ブルース・チャトウィン
「何故わたしは世田谷の」西脇順三郎
この二つの言葉が回り出すと、大抵わたしはアウトである。

まあ幸いご近所の方から「あそこではないかしら」と教わった建物を目指すと案内看板がでてきてほっとした。
上がって曲がって…やっとつきました。
昭和初期の和風の邸宅に洋館も少しつく、和洋折衷とまでは言えない和の空間である。
玄関のタイルや応接の暖炉もいい。
しかしやはりここは和の美に重きを置いた邸宅だった。

さて美術館は渡り廊下の奥にある倉を転用していた。
倉を美術館にしているといえば藤田美術館がまず思い出されるが、空気や温度や湿度の管理もいいので、ここはその意味ではとても良いと思う。

開館記念「古田織部とその周辺」展。
あいにくリストがないのでわたしのええ加減なメモか起こすので、多少の間違いがあるかもしれない。
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茶杓 櫂先が黒みがかっている。元からのものなのか使いこなされてのことなのか、渋い黒さである。

織部好梅鉢香合 三世中村宗哲 乙御前(おたふく)型。凹みと膨らみがある形。黒地に朱の梅が咲く。梅鉢つなぎは庸軒好みで、そこからの流れだとか。

織部好芽張蒔絵黒大棗 チラシの左下、スパイダーマンのような棗である。光が入ったのが両目に見える。
根津美術館にきょうだいがいるそうだ。

この棗を本歌にした中棗もあり、そちらは五世宗哲。

志野織部草花文茶入 太めの首の下のふくらんだ胴に可愛く草花が描かれている。

瀬戸後窯耳付茶入 胴の長い尻膨れ型。耳は手のようにも見えて、それが「三猿」の一、「きかざる」風になっている。実際この銘は「不聞」キカズである。
この手の形では根津美術館の「不聞猿」が、また香雪美術館にもきょうだいがいる。
キカザルなだけでなく、オーマイガーッにもドヤッにも見える。

青織部梅花文耳付水指 砂金袋がぐにゃりとなったような形で、そのくびれに梅花がちりばめられている。所々に青の釉垂があり、それがきらきらしていた。

二階へ上がると鉄の大きな灯籠が立つのにびっくりした。
辻与次郎の鉄灯籠である。上に擬宝珠が乗り、その下の覆いはまるでノッポさんがかぶっている長い帽子のようだった。そして火を入れるところは網になっている。

織部盃 黄瀬戸六角盃 色は薄い。

青織部寄向付 これは五つの形がある。足は三足。重扇、八橋、誰袖…いずれも可愛いのでわたしもメモに絵を小さく描いてしまった。

秀吉所持高麗乾漆虎枕 長らく獏枕だと思われていたもの。細工がしてあって、口を開けると目が左に動き、牙がみえる。牙は本物の虎の牙。
秀吉ー方広寺ー妙法院ー呉春ー福井多九郎
呉春はこの枕で安眠が出来たそうで、そのことを書き残しているそうだ。

秀吉所持真珠埋め込み刺繍団扇形軍配 朝鮮王朝のを持ち帰ったらしい。黄金製で金刺繍があり、丸い石もいくつもあり、刺繍の草文にビーズで花の実を作る。
青・黒・白・朱の玉。枠飾りも立派。平瀬露香旧蔵。

秀吉寄進金銅菊桐透かし灯籠 細かい陰刻が入り、六面の鳩の絵が作られている。中でも海に泳ぐ鳩はおもしろかった。

深山幽谷の趣のある大邸宅美術館、また機会があれば行きたいと思っている。6/15まで。

棟方志功と谷崎潤一郎 鬼才と文豪の宴

芦屋市谷崎潤一郎記念館では「棟方志功と谷崎潤一郎 鬼才と文豪の宴」展が開催されている。
谷崎は挿絵を大事にした作家で、「蓼食う虫」では小出楢重の挿絵をみるうちに当初の展開を変えたり、菅楯彦の挿絵を屏風仕立てにしたものを持っていたりする。
谷崎と同世代・同時代の小説家は挿絵の力の大きさを知っていたから当然かもしれないが。
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谷崎は棟方の作品を愛して、協同作品も生んでいる。
「鍵」「瘋癲老人日記」「過酸化マンガン水の夢」といった作品の装丁や挿絵。
「歌々板画巻」は谷崎の和歌を画像にしたもの。
今も中公文庫の谷崎本には往事の挿絵が挿入されているものがあるので、「鍵」も「瘋癲老人日記」も棟方の挿絵諸共に楽しめるのだ。

展示は最初に谷崎と棟方の2ショット写真や愛用の品々の紹介から始まる。
棟方は他の写真でもいい笑顔を見せることが多いが、谷崎はあまり笑顔を見せない。だからいい笑顔のものを撮れたカメラマンはうまいと思うが、ここには二人の大笑いする楽しげな写真があった。スナップ写真である。
中央公論社でのパーティで二人は機嫌よく大笑いする。
「鍵」の頃の写真。

若い頃の棟方の写真がある。ボヘミアンを気取っていた頃のもの。丸メガネが可愛い。
確かこの頭で上京したら、柳宗悦に一喝されて坊主頭にしたのだったか。

谷崎と棟方の出会いのきっかけは祇園の十二段屋だとか。店に飾られていた棟方の作品を見た谷崎が興味をひかれたそうだ。
わたしは漬け物が苦手なので十二段屋には一度しか行ったことがないが、横浜の勝烈庵、ステーキのスエヒロにも棟方の絵が飾られている。
もしかすると、行く先々で見かける豊満な女性の板画に惹かれた谷崎は、ものを食べながら、目でその女たちをも食べていたのかもしれない。

虎の襖絵に李朝の壷、花瓶には椿。いいなあ。
たしかにこの空間には棟方の作品がよく似合うだろう。

「痴人の愛」の最初の挿絵は田中良だったのか。
1925年の話。それ以降46、53年の刊行の際には表紙も口絵も棟方。

棟方の油彩がある。
「朱甕の芍薬」が特によかった。

わたしは「鍵」も「瘋癲老人日記」もとても好きで、特に「瘋癲老人日記」はその時代の風俗・楽しみ方・ごちそうなどが興味深くて、よく再読するが、やはり棟方の挿絵があれば楽しいなと思うのだ。

そういえば愛用品の中で手鏡を模した硯箱(蓋には大きな月と草)、木のモザイクの蝶々のついた手箱、このあたりの工芸品に惹かれたな。

他に1975年のキネ旬第一位作品「彫る 棟方志功の世界」が流されている。
わたしもこの映像作品はたいへんに好きで、冒頭の雪嵐、初代高橋竹山の力強い津軽三味線、棟方自身の声による言葉「アイシテモ愛しきれない」に始まる数十分の番組に随分と溺れた。ラストの草野心平による棟方を詠った詩がまた素晴らしく、この映像作品は四十年後の今も強い輝きを放っているのを感じた。

6/29まで。

なおギャラリーでは山田章博の挿絵「バーディ」が展示されている。
わたしは彼のデビュー作「人魚物語」「みずは」などがとても好きだったが、長い間距離を置いていたので、今初めて見る人の作品のような心持ちで、彼の挿絵をみた。

京で焼かれたもの 楽焼・茶の湯の釜・京焼

むかしの都で作られた<やきもの>を何件か見て歩いた。

・樂美術館「楽定本」
・大西清右衛門美術館「千家伝来の茶の湯釜」
・滴翠美術館「京焼」
この三件の感想を挙げたい。


大西清右衛門は千家十職の釜師である。
代々に亙り見事な釜を拵えている。
この美術館は三条釜座、まさにその本拠地に15年前に開館した。
そのおかげでわたしたちは累代の仕事を見ることが出来る。
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宗旦好四方口釜 西村九兵衛 裏千家今日庵 この釜は大西家が拵えたものではないが、最初に展示されている。
織田有楽斎~狩野探幽所蔵という歴史があり、江岑が見せてくれるよう頼んで写しを拵えたとか、そんな来歴があるそうだ。
そして江岑は父の宗旦にこの釜を贈ったとか。寛文頃の作らしい。

わたしはこれまで完全な形の釜、つまり完成された当時の形を保つ釜にしか価値を見出さなかった。
しかし今になって急激に「覆垂または尾垂」に愛情が注がれ始めているのを感じる。
この四方口釜も見事に尾垂で、その形の良さに非常なときめきを感じている。

覆垂(または尾垂)とは何かというと、「底が傷んだ釜の再生」から生まれたカタチである。
底を金槌で打ち割り、破面そのままに底に一回り小さい底を付け替えることで覆いが垂れるようになった形状をいう。
棄てるのではなく再生し、別な形に変えて、なお偏愛する。
なんという気高い精神性だろう。
その麗容を惜しみ、違う付け替えをすることで新たな美を獲得させる。
ただの「モッタナイ」でも「リノベ」でもないのだ。
思えばこの発想は茶碗の継にも共通する。
割れた茶碗を金継することで再生し、さらに新たな美を見出すのだ。
工芸品に許されたメタモルフォーゼ。
わたしはそのことを<知って>、尾垂の美に打ち震えている。
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利休好 切合丸釜 唐金台子風炉 辻与次郎 表千家不審菴  辻与次郎は秀吉の御用釜師。利休好みのものは、わたしは少し圧力を感じる。

一翁宗守好 四方算木釜 辻与次郎 武者小路千家官休庵  これも愛しい尾垂。覆垂という言葉の方がわたしは好ましいが、しかしこの釜は「尾垂」の方がそぐう。

芦屋達磨釜 表千家不審菴  数珠の親玉のことを達磨というそうな。
。。。。。。でなく、○○○○○○。福岡の芦屋釜。

如心齋好 責紐釜 六代大西浄元 表千家不審菴  九代目と区別をつけるため「古浄元」というそうだ。責紐というのにドキッとしたが、意味については彦根市博物館のサイトにこうある。こちら
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有隣斎好 宝珠釜 海老鐶付 14代大西浄中 武者小路官休庵  昭和の人の作。海老が可愛く太っていて、それが耳になる。

即中斎好 好日釜 14代大西浄中 表千家不審菴  独楽がレリーフされている。昭和34年作。

釜ばかりでなく、ほかに手がけた茶道具の展示もある。
それらは当代の16代大西清右衛門が作った。
唐銅、南鐐、沈金…鐡の魅力を知り尽くした手による茶道具一式。

7階には「弄鋳軒」という茶室がある。ビルの上にある茶室と言えば、今はなき大阪の萬野美術館を思い出す。
シダやコケやツツジがいい色になり、アリが這うのが見えた。
茶室奥の間には風炉切形を描いた掛物がある。元伯宗旦の花押入り。フリーハンドの可愛い形である。
替え茶碗には仁清写しの花筏。16代永樂即全の拵えたものである。

大西清右衛門美術館のサイトの冒頭に胸を衝く言葉があった。
「朽ちゆく鐡は美を宿す」
数年前の展示で朽ちた古釜ばかり集めたものがあったが、わたしはあのチラシを今も大事に置いている。
「九相詩図」を想いながらあのチラシを眺めていた。
深い美のありように撃たれて、三条通をさらに西へ歩いて行った。

6/29まで。


芦屋市の滴翠美術館に、実に22年ぶりに出かけた。
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前回行ったのは92年の4月18日で、池田文庫で役者絵を見てから阪神間に出て、白紙化酒造記念館で「桜尽くし」展、西宮大谷記念美術館で「ロートレックとボナール」展を見て、最後に滴翠美術館で収蔵品を見ている。
そのときに「うんすんかるた」の絵葉書を購入しているが、ほかに何を見たのかはっきりと思いだせない。当時のメモ帳を開けば感想も書いているから思いだせるだろうが、まぁいいことにしよう。

滴翠美術館は阪急芦屋駅からもそんなに遠くない立地にあるが、この22年間一度も足を運ばなかった。理由は簡単で、わたしが見に行った直後くらいに改装工事か何かで長期休館し、それ以降も開館の情報がなかなか入らなかったのだ。
とはいえ地元の方を中心にした陶芸教室は盛んだったようで、この展覧会をご一緒した地元の奥さんも「教室は流行っているのよ」と言われた。
しかし美術館としてはこの20年の間、どんな企画展があったのか、わたしにはさっぱりわからない。今後は親しく訪ねたいと思う。
今回は「京焼」を中心にした展示を見た。

光悦 扇面鳥兜螺鈿蒔絵料紙箱  舞楽の鳥兜扇の上に乗るような構図。多少の古びがついているのがまた魅力的。

江月筆松花堂画 一華開五葉 横一文字の書で、「華」の文字の代わりに蓮の絵が描かれている。こうした書はおしゃれだと思う。素敵。軸の表装も華やかな鳥の刺繍。

近衛信尹 糸桜の歌 わたしの一番好きな能書。三藐院。奔放な書の流れがかっこいい。

粟田口焼香炉 色絵葛家形 丁度この前日にノンコウの葛家形の香炉を見たところなので、なにか嬉しい気持ちがある。

色絵水引花入 これは初めて見た。造形的にも意匠的にも面白い。熨斗とはまた違ううねりがある。

清閑寺焼色絵松竹梅文箙形花入 黄みがかった白地に藍と翠と金で、若松や梅などを表現。形もいい。花を挿すところは親指大の穴が横並びに開いている。

清閑寺焼色絵うんすんかるた香合 山口滴翠は本当にうんすんかるたが好きだったのだなあ。わたしが「うんすんかるた」を初めて知ったのは85年頃だったか、近藤ようこの作中で見たのが最初。次がこの滴翠美術館で見て、次いで鏑木清方の絵で見た。

永樂保全 交趾写分銅亀香合 色合いが可愛い。

仁阿弥道八 交趾写荒磯香合 ざばーんっ

やはり香合あたりが手ごろで、いちばん手元に置きやすい気がする。
可愛いなあ。前にクレマンソー・コレクションを西宮大谷で見たが、丁度ここにあるのと同時代のものばかりで、いい感じだった。

古芦屋野馬桜地文真形釜 駒が勇めば花が散る…馬がなかなかかっこいい。

野々村仁清 色絵菊水図水指 人気のヒトシナ。

御菩薩焼銹絵袋形水指 いかにも御菩薩焼な色柄。

茶入は仁清のがいくつか。やたら丈の高いのもあった。

茶杓を見ていると奥さんが笑う。この良さがわからないというので、わたしは言った。
「耳かきやと思ったら、いとしくていとしくてならないですよ」
そう、わたしは茶杓も耳かきも斉しく愛している。

木米、頴川の蓋置がある。頴川の赤絵は本当にいい。明の赤絵よりいいものがある。
それにしても木米と頴川はわりと阪神間で見るのに、大阪では殆ど見ないなあ。

乾山 銹絵雪笹文手鉢 ああ、いいなあ。この写しだったか、吉兆では強肴にこの鉢を使うのを湯木美術館でみた。

木米 青磁貼花茶注 可愛らしい急須。山田常山以来ほんとうに急須が好きになった。
木米は煎茶を愉しんだ人だけに、この急須も楽しんで作ったのかもしれない。

人形があった。
大正頃のか飾り馬。鈴などがいい。そしてびっくりしたのが「百歳雛」。「高砂」の翁と媼の雛である。わたしはこんなの初めて見た。変わり雛などというものではない。ああ驚いた。しかしめでたくもある。
「ぢいさんばあさん」の伊織とるんを思い出した。

この滴翠美術館は安井武雄の設計によるものだそうで、たいへん魅力的な空間となっている。
ところどころ中国的な意匠もあるが、それは窓飾りやちょっとしたところに見いだせる。
とても素敵な建物だと思った。

地下の茶室も欄間が素晴らしい。透かしの梅と胡粉で彩られた梅とが板を飾っていた。躙り口はなさそう。あれかな?と思ったものもあるが違うようだ。

ああ、それにしても本当に素晴らしい空間。


いつも樂美術館に行くときは賀茂川中学前か堀川寺之内あたりから簿川どおりをまっすぐ下るバスに乗り込んで堀川中立売で降りてテクテク歩くのだが、今回は四条高倉から乗っていった。真に珍しいルートを採ったのである。

昨年、「樂焼450年の歴史」をまとめた「定本 樂歴代」が刊行された。展覧会はその本に掲載された歴代の名品を紹介するものだそうだ。
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わたしは樂家三代目道入の作品が大好きで好きで、遠くからでもノンコウの作品には引き寄せられる、としばしば書いている。
口幅ったいが、やっぱりノンコウの作品はほかの歴代たちの中にあっても一人だけピカッッッと光っているのだ。

それで展示室に入った途端、やはりピカッッッと光る茶碗があり、私はそちらへ進んだ。
やっぱりノンコウで「僧正」という銘がついていた。四角い光を閉じ込めたような美しさにときめく。

長次郎の黒樂茶碗「面影」を熱心に見る人があった。
本当に一心に見ていた。あの人はたぶん他の作品には目も心も寄せないだろう。

階段を上がるとそこには小さな香合を集めた空間があるが、階段を上る目の中に一番に飛び込んできたのがやはりノンコウの作品だった。
葛屋型香合。可愛くてならない。

ノンコウはほかに黒樂平茶碗「燕児」が出ていた。
「厚くかけられた幕釉が蛇蝎釉を押し流しながら溶けて」と解説にある。
中を覗き込むと宇宙の彼方にゆく心もちがした。

いずれも魅力的。
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他によかったものを挙げる。

左入 緑釉木瓜形牡丹文皿 形が可愛いし花をところどころ良いポイントに置くのがいい。

長入 黒樂茶碗 白で可愛く竹の絵を描いている。

常入 獅子香炉 でかでかと開いた口が可愛い。目はちょっとイッチャッてる。

誰のだったか、緑釉ゾウ香合がとてもよかった。ゾウの手の表現が可愛らしいのだ。線が入り爪も生えている。それがべたんと座り込んでいる。

いいものは無限にあるものだ。
7/21まで。

円山応挙展 前期 /岸竹堂と今尾景年

香雪美術館で久しぶりに円山応挙展が開催されている。
とりあえず前期に出かけた。
前期は孔雀と鯉の出現率が高く、後期は猫と幽霊に期待。
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応挙は写生第一主義なので現物写生を大事にしたが、虎と孔雀は現物をみれなかったろうから、これはやはり先人の絵をお手本にしたろう。
(孔雀は見たかもしれないか)

はじめに 受け継がれる伝統

応挙 牡丹孔雀図 どこかの崖に立つ孔雀。状況から考えれば野良孔雀らしい。承天閣美術館に所蔵されている孔雀もそうだが、目つきは本当に鋭い。

鯉。まさかのもしかで大漁、いや大量の鯉の絵。
伝・宣徳帝 柳枝貫魚図 明~清 大きな口を開けた魚を紐でくくる。へにゃっとなった鯉のぼりのようだ。

応挙 龍門図 三幅対、左右は未だ鯉のままだが、真ん中は滝を上って龍になろうとする。
元気ものの鯉。

原在中 双鯉図 中国の吉祥画のような趣もある。

土方稲嶺 鯉魚図 ああ、鯉やなあ。

黒田稲皐 鯉魚図 いっぱい。黒い鯉でわいわいしてる。
二酸化炭素であふれそう。縦の画面に鯉が満ち満ちている。

今尾景年 遊鯉図 こちらは横画面に鯉が満タン。


壁一面、養鯉場の趣があった。

第一章 円山応挙

虎図 この虎はカメラ目線で伸びをする可愛い奴。まだ宝暦年間の若い頃。

啄木鳥図 実は木そのものに啄木鳥を彫り描いている。羽などがとてもリアル。これをインテリアにすると飾りになる。

棕櫚図 ここの応挙展には必ずでてくる。観葉植物。江戸時代の近畿にこの木があったんかどうかは知らないが、南国の方にはあったのは知ってるが。

夏景山水図 老人と子供のポルカ…ならぬ老人と子供が一休み中。
遠くには白帆が見える。「白帆が見える」はカッポレだけではないのだ。

亀図刀掛 三連の板にそれぞれ亀が描かれている。真ん中は親亀の上に子亀が乗っている。
刀掛けに亀を描く意味はよくわからない。

芙蓉小禽図 四十雀が飛んでくる。手前には止まる鳥もいる。白い花がきれい。

業平・僧正遍昭・文屋康秀 六歌仙から三人。絵の上に隙間があるのは歌を入れるためだったか。

竹菊に小禽図 墨絵に近い淡彩。二羽の小鳥と小さな菊と。

第二章 応挙の弟子 円山派

応挙・呉春 写生図巻 これはさる人が明治23年に入手し昭和13年に図巻にしたとか。
蝶、蛾、鳩などがリアルに描かれている。

芦雪 山家寒月図 薄い月に松の影。松のシルエットと現物。近所の頴川美術館に、この月と松のシルエットを描いた「月夜山水図」がある。

応瑞 観瀑図 直衣・狩衣の三人が楽しそうに滝を見ている。この後にはおでんを食べるかもしれない。

渡辺南岳 観桜美人図 お嬢さんとお供の女中が枝垂桜を眺める。ピンクの頬も初々しい二人。二重瞼に切れ長の美しい目。
斜め向きに顔を描いているが手前の半顔はいいが、奥の処理がよくない。目がはみ出る。処理の技術がなかったのか。今も素人が失敗するのと同じような感じ。

在中 吉野山図 本居宣長賛 ロングで桜をとらえている。

在中 祭図巻 何の祭かは実はわからないらしい。まぁ京都は一年中どっかでお祭りがあるからなあ。

第三章 呉春と四条派

呉春 岳陽楼図 洞庭湖に面した楼。詩にもよく歌われた。今の中国には行きたくないが、描かれた頃のここに行きたいと思うところがあちこちにある。

呉春 養老賀茂図 二つの故事を描いている。養老はいわずとしれた「養老の瀧」なのだが、絵では滝やなく川から水を掬う雰囲気。「賀茂」は賀茂別雷命の故事で、洗濯する女が矢を拾うところ。やさしい絵柄。

松村景文 箭竹図 カラフルな竹。緑のきれいさ。

景文 粉本図巻 木瓜、牡丹、藤、麦、雲雀に福寿草、シメジに楓、雀、とんぼ、宝船。

第四章 森狙仙と森派

狙仙 野猪図 ブヒッ 秋の野にくつろぐ。

寛斎 瀑布図 ザアッッと音が聞こえてきそう。

後期も楽しみにしている。6/24~7/27。  


☆☆☆☆☆

続いて千總ギャラリーで見たもの。

着物の「千總」コレクション展を見るのは、いつも楽しい。
なにしろ老舗でなおかつ進取の気風に富んでいるから、明治初期の絵画や当時人気の日本画家たちに下絵を描かせた帯やなんだかんだあって、見ていて飽きない。
今回は「岸竹堂と今尾景年 明治の千總と京都画壇」ということで二人の作品を中心に様々なものが並んでいた。
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チラシ上は景年の群仙図。下は竹堂のトラ。どちらもかつて京都文化博物館で開催された「千總コレクション展 京の優雅 小袖と屏風」に出ている。

まずは群仙図。中国の様々な仙人たちが一堂に会しているところ。自分らのつれている動物たちも一緒だから、たいへんやかましい。
柏のケープを着た霊昭女、牛に乗るのは老子か、トリに訓戒たれる爺さんもいる。これは右の屏風だが、左では鉄拐や蝦蟇仙人もいる。金屏風に集結する仙人たち。

この屏風と対面するのが竹堂のトラたち。
一番右の奴、表情が面白い。個体により柄が違うのがよく表現されている。
左では一頭のトラがジャンプしようとするところ。

あとは小品と裂などがならぶ。
景年の花鳥画譜なども出ていて、いいものが狭い空間でイキイキしていた。
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浴衣の雛形本もある。月下にどくろと欠け碗がある風景の図のもの、雷に大津絵のメンバー、梅に狆などの絵柄。
着こなせそうにないなあ。

袱紗では三日月にフクロウと鼠と椿が描かれたりしている。

型友禅裂で景年は麗筆をふるい、薄紅地に烏鷺、鷲と几帳などを残している。
竹堂も菊、野分の様子を描いている。

小さな展示室だが、いつもありがとう。この企画展は6/10まで。

石踊達哉展

石踊達哉展に行った。この画家の絵は普段から承天閣美術館に飾ってあるが、ここで彼の近年の作品を集めた展覧会が開催されている。

円が好きな画家だ、と前からずっと思っていた。
作品の多くには円が活きている。
それは木であり、光であり、草花であり、日や波でもある。

輪廻転生 襖絵四面に円が描かれている。輪に草花が纏いつき絡み合う様子が表現されている。
草花は傷むことなく活き続け、枯れた先から新しく萌えてゆく。それこそが輪廻転生なのだった。

「春暁」は木の円、「光明此岸」は錦ケイ鳥の尾羽が円を描く。

石踊はまた南天・桔梗・女郎花などの秋草をよく描く。
春の絵にはそれらは出ないが、ふと気づけばこれら秋草が絵を彩り、あるいは絵にはびこっている。

南天月明かり 野いちごも加わる。青と白の双子の桔梗。天の川にセキレイ。優しい命というものを感じる。

杉戸絵がある。秋草を初秋・晩秋と二面描いている。わたしが見たときには桔梗とススキと女郎花があった。ほのぼのと金の日が当たる様子が描かれている。
ここにも「円」と「秋草」のモチーフがある。

伝統的な表現から離れて、現代日本画の範疇の中で表現する石踊。
しかし先人へのオマージュを感じさせるような作品がいくつかあったように思う。
画家本人はそんなことは思いもしなかったかもしれないが、無責任なわたしという観客は、そんなことを考えている。

遠山桜 これも杉戸絵である。まんが日本昔ばなし的な、牧歌的な山である。赤と金に彩られた山。手前に枝垂桜。

双樹紅白梅図 様式美というべきか。青邨が完成させた梅の様式を後世の石踊が継いだのかもしれない。

錦秋 こちらもまた円が描かれている。そしてこれは龍子の「愛執」の消えた池かもしれない。月の海。カワセミの姿がぽつんと見える。

茜梅林図屏風 真っ赤な世界。白梅と薄紅梅とが咲く梅林。わたしはこれを見て、観山の俊徳丸は本当はあの金色の残照の梅林でなく、この真っ赤な茜色の梅林にこそ、立ち尽くしたかったのではないか、と思った。
だが盲目で手引きもない俊徳丸はこの茜梅林にたどり着けず、金色の梅林に行くしかなかった。

石踊の作品は幻想的というよりSF的な様相を見せるものが少なくない。

「花清浄」「残照の雲海」「天行健」「記憶都市」「翼の塔」「流氷の記憶」「春を待つ槐」・・・
中でも最後の二つは文明の終わり、あるいは生命の終わりを予期させる荒涼さが漂い、絵から物語を想像させる力があった。
虹の羽が立つ「翼の塔」にしても人類はもう終わった後なのかもしれない。

幻影 群烏に襲われる男を描くが、この男は漂泊を重ねた行く宛のない男に見える。目は開いているが微動だにしない。手には刀があるが抜こうともしない。
激しい雪嵐の中、男はなにを見、なにを思うのか。
劇画調の作品だった。

石踊は「源氏物語」のための表紙絵などを描いている。
これは瀬戸内寂聴の「源氏」の為の仕事である。
ここには「野分」があった。秋の華やかな野の一部を切り取っている。

花喰い鳥 南天、ミモザ、小手鞠、蔓草、その絡み合う花の前に二羽のオウムがいて、一羽がそっとこちらをみつめる。

青海波松林図 画面いっぱいに松の枝が延々と延々とはびこる。まるで空を拒絶するかのように。

リュクサンブールのりんご 一本の木から無限に枝分かれして成るりんごの白い花。
宗教色の強い絵なのかもしれない。
根のあたりには絨毯風な文様が描かれている。
紺地に白い花。キリスト教の図像学にこうしたものがあるのかもしれないが、わたしにはわからない。
遠くから眺めると枝は背景にとけ込み、紺色と白の花だけが見え、まるで永遠に降り続ける雪のようにも思えた。

6/8まで。

二つの浮世絵展「秀吉 尼崎の危難」/「世界を魅了したやまとなでしこ」

昨日に引き続き、今日も浮世絵関連の感想である。
尼崎で見た「秀吉の危難」と芦屋の「やまとなでしこ」の二本立てと行きたい。

尼崎市立文化財収蔵庫、というところがあるのを初めて知った。
「秀吉 尼崎の危難」という企画展のチラシで知ったのだ。
場所はどこだろうと思ったら、去年見学に出た旧尼崎署の向かいにある、元の小学校の跡地だった。

石器時代からの遺物を展示している。
尼崎も古い土地だから、いろんなものが出てくる出てくる。
イイダコのタコツボ、武家の墓から出土した土人形たち、羽釜のご飯炊きの釜底をくりぬいて積み重ねた井戸などなど。
尼崎の大物は源義経が船出したところだし、太閤記十段目の舞台はこの尼崎。
お隣の伊丹市は有岡城があって荒木村重が黒田官兵衛を幽閉したし、幕末には勝海舟のオヤジの勝小吉が人に頼まれ、ヒマに任せて、お江戸から伊丹の百姓のところまで税金の取り立てにきている。

さて、正史か稗史か、そんなことはどうでもいい。
要するに伝説では「中国大返し」のときに尼崎で秀吉が危機一髪だったそうな。
浮世絵ではそんな情景が描かれているから、講談や絵物語になって伝わっていたろう。
江戸時代の庶民は太閤伝説が大好きだから色んな物語を作って喜んでいたのだ。
単騎先行で待ち伏せに遭い(ありえないでしょう)、寺に逃げ込んで味噌擂り坊主の仲間に交じって難を逃れたとかなんとか。
そういえば芝居の「太十」では尼崎の光秀の家にお風呂を借りてたという話だったな。
正史より稗史の方が面白いものです。

歌舞伎では「太十」しか上演がないが文楽では通し上演もあるのではないか。姫路の兵庫歴博所蔵の淡路の人形浄瑠璃の十次郎人形の美少年ぶりを思い出しながら、そんなことを考える。

さてたくさんの浮世絵が出ていて、初見も多いので大いに楽しんだ。
はっきり言うけど、わたしは風景画・花鳥風月を描いた以外の浮世絵は、芸術がどうのこうのというより、娯楽として楽しむ価値の方がはるかに高いと思っている。
芸術性の高いものだけが尊いのではなく、芝居絵の面白さは捨てがたい魅力に満ちている。
ただ現代人はその描かれた元ネタを知らんから芝居絵をどうでもいいように見るのだ。
愉しむためにはやっぱりなんやかんやと学んでないとあかんわな。

撮影は出来たけど、スマホからブログの記事として写真を挙げると、なんだかやたらに大きさがまちまちになる。
困ったものだがわたしの技術ではどうにもならない。









 「小学☆年生」の付録。







 蓮の葉がちりりりり。芳年らしさが。



 




立版古も二種出ていたが、どちらもところどころに深い魅力がある。

6/29まで。無料なのが嬉しい。


芦屋市立美術博物館では「世界を魅了したやまとなでしこ 浮世絵美人帖」展を見た。
ここはいい展覧会がある割に行きづらいところで、ついついスルーしてしまう。
リストが見づらいので番号を振ってくれた方が助かるなと思いつつ。
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片岡家という旧家が蔵していた幕末の浮世絵の数々。冊子は美術館の所蔵品と、廣瀬家の所蔵品で構成されている。

三世豊国の「江戸名所百人美女」シリーズが出ている。安政五年の連作。各名所とそれにまつわるものを描いたコマ絵と美人と。
新大橋 ベロをちらっと出しながら文を書く女。
内藤新宿 多分これはお女郎さんですな。
駒形 うなじを拭う女。

2世広重 月のゆうべ 廊下に映る枝の影。近代的な美しさを感じた。

やはり三世豊国がこの時代の美人画の第一人者だと思う。

三世豊国 にわか夕立 三枚続 急な稲光!慌てて蚊帳に逃げ込む女、雨戸をしめる女、外ではダッシュする人の姿が見える。

思えばこうした状況を描く絵は、浮世絵の他には挿絵や絵本、マンガ以外にない。
江戸時代はちょっとした、本当に小さな日常の様子を描き、見る者を楽しませてくれる、浮世絵というよいものがあったのだ。
この絵を見ていてつくづく思った。

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浅草雷神門の光景 盆栽市が開催。植木鉢はみんな染付。いいものを選んでね。

安政6年の連作がある。「源氏後集余情」。たいへん丁寧な造りで、背景には空摺りと金のチカチカがある。そこに田舎源氏・光氏がそれぞれの女たちとイチャイチャうじゃじゃけている様子が続く。
中には男装の少女もいれば、丑三つ詣りに行く支度の女もいる。
先に田舎源氏だと書いたが、副題はみんなオリジナルと同じ。

最後に国芳。
清盛と常盤御前 まだ若い清盛が別室との境に立つ。そこには常盤御前がいる。子供らを遊ばせるために玩具を運んできた侍女もいれば、体を固くしている常盤御前に話しかける侍女もいる。「こちらへ」という情景。物語絵の緊迫が活きる。とてもときめいた。

6/15まで。

上方の浮世絵 大坂・京都の粋と技

本日で終了したが、大阪歴史博物館「上方の浮世絵 大坂・京都の粋と技」展は魅力的な展覧会だった。
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大阪歴博では十年ほど前に「上方の歌舞伎」展として上方浮世絵の名品を集めた展覧会をしていた。
大阪界隈で「上方の浮世絵」を所蔵するミュージアムといえば、池田文庫・上方浮世絵美術館・大阪くらしの今昔館・尼崎文化財展示室・関西大学図書館・和泉市久保惣美術館・大阪歴博などである。

実際上記のうちからも多くが駆り出されている。
ほかには千葉市美術館、神戸市博物館、大阪城天守閣などが多い。
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参考として、歴博所蔵の「浪華曾根崎図屏風」が出ていた。船遊びの人々が描かれている。
遊楽気分が明るい屏風である。

第一章 上方浮世絵の誕生と展開

四季風俗図巻 西川祐信 室内に集まった人々が月の美しさを愛でながらの句会模様である。男も女も和やかに筆をとり、あるいは庭に出たりする。
次はキノコ狩の様子である。幔幕を張った外では松茸やらなにやらを喜んで取る人々がいる。大きなキノコを取る人もある。
そして冬の遊び。白梅が咲いていて、屋根には白に黒斑の猫があがっている。台所ではタイを調理し、コタツの支度も怠りなく、雪遊びの人々は盆に雪の富士山を拵えたりする。
たいへん楽しそうな様子ばかりでいい気持ちの図巻である。

上方を代表する西川祐信だけに優雅な作品が少なくない。
本がたくさん出ていた。
「享保ひな形」着物のデザインブック。着物の柄を描くだけでなく文字説明もある。桐、波に扇面、山に淀川、田植え柄などである。
「西川筆の海」芸者遊びなのか、影絵をする女と三味線をひく女がいて、客の男が楽しそうに影絵を見ている。
「絵本常盤草」紫式部の図、裁縫をする女などの絵。
「あやね竹」寒山拾得図など
「みだれ藤」廓の女二人、筍柄と笹柄の着物をそれぞれ着ていた。
また、西施と范蠡が二人で小舟に乗る図もあるが、これなどは敵国を滅ぼした後の二人が大役を果たしてから王の元を離れ、幸せに暮らしたという伝承を思わせる。
「よろひ桜」五条橋の戦い、島の為朝(強弓を引けない島人とにやにや笑う為朝)など。

伝・応挙の若い頃の風景画もいくつか。
三条大橋 東山三十六峰をみる。橋の袂にはたばこや。今でいうと豆屋があるあたりか。

上方は役者だからと美化などしない。リアリズム重視なので正直なところシュッとしたオトコマエもいない。
ぼってりした絵が多いが、それはそれで「ああよぉ似てる」と人気があったろう。

芝居絵も池田文庫のものは特にいいものが多い。
特に北洲のそれはどきどきするものが画面にある。
文政六年の芝居絵があるが、外題はわからないが魅力的な情景だった。夜景、ガンドウをもつもの、柳に蛇行する川、三人の暗闘(だんまり)。

柳斎重春 三代目尾上芙雀の福岡貢と初代中村友三の銅みやくの金兵衛 これは伊勢・二見が浦の場で今しも朝日が昇るところの格闘シーン。赤い朝日と青の白波。
先代仁左衛門の演じた貢の姿が思い出される。

宿無団七の芝居絵もある。太左衛門橋で女を刺そうとするシーン。ほかのに比べるとシュッとしたいい男である。
絵師の一鶯斎芳梅は江戸の国芳の弟子だがやはり上方らしさを出している。

第二章 歌舞伎華舞台
文化七年から明治四年までの60年の上方の芝居を絵にしている。

わたしは三代目中村歌右衛門のファンで、というてもむろんこの人の活動期は化政期が主だから二百年も前だが、見た芝居絵のどれもこれもが非常にいい。それですっかり好きになった。
当時上方で活躍した芦ゆき、よし国、北洲らの絵には彼の絵が多く、嬉しくてよく眺めた。
ここでもたくさん出ていた。

ああ、ええものだなあ。感心するばかりだ。

北頂 二代目芝翫の濡髪長五郎、三代目歌右衛門の山崎与五郎、初代歌六のふじ屋あづま、二代目関三十郎のはなれ駒長吉 三枚続のいい絵。背景は菜の花畑で黄色い蝶もちらちら飛ぶ。道にはタンポポ。
そして出てくる四人も蝶々と菜の花などの柄の着物を着ている。あづまなどはしゃがんでいる。「双蝶々」の外題らしくみんな蝶の柄。

六段目を描いた絵もある。それが出てきた人々それぞれのアップと全員が一同に揃っている図。こういうのが面白い。

二代目芳三郎の桜丸と顔見世三社 芦よしの絵である。
侍姿の桜丸がとても美貌。

面白いのは摺りかたである。
京で特に人気の高かった合羽摺り、それは型紙で色を付ける。また「並摺り」はありきたりだが、「上摺り」だと空摺りや金銀が使われている。

第三章 大坂・京都美人競べ

雪山 雪中美人図 肉筆。くっきりやや太めの眉にはっきりした二重瞼。江戸とはまた違う嗜好がここにみえる。
手水に氷が張っているのを柄杓で取る美人。なんとなく楽しそうな表情。

祇園井特の作品も出ていた。こちらは太眉にくっきり二重瞼に太い鼻。歌麿と同世代というのが面白い。

春貞 夏美人図 すぅっとした痩せ美人。これは松本零士のマンガに出てきそうな美人。
夏はやっぱりスッキリほっそりのほうが涼しそうだからなあ。

朝妻船図 三世長谷川貞信 これは大正8年の作で、昔ながらの風俗のままの女を描いているが、「近代美人画」の範疇にも入る。珍しいものを見た。女の静けさがいい。

浪花自慢名物尽 長谷川貞信 これは幕末の作だが、実はこのシリーズは芦屋市美の「やまとなでしこ」にも出ていた。美人と大坂名物の食べ物の紹介図である。江戸だとたとえば広重の「高名料亭」などがその仲間になる。
にんじん、玉露堂扇、駿河屋煉羊羹、大丸呉服店、それから芦屋ではこのほかに、福本すし、天満大根、小倉屋鬢付けが出ている。
大丸は心斎橋をいうが、幕末はともかく、大正のヴォーリズの名建築をなんとか後世に残してほしい、とつくづく願う。
そしてまさかのもしかの駿河屋煉羊羹、破産である。びっくりした。紀州侯御用達という栄誉がこんなことになろうとは。
なお、天満大根とは毛馬大根、福本すしは今も心斎橋で押し寿司で有名な福すしである。

連作ものがある。
祇園神輿洗ねりもの姿、大坂新町ねりもの姿  これは最初にぞろっと一同の姿を一枚に集め、それから単品で全身を描いてゆく。絵師は何人もの競作で、楽しく眺めた。
なお「ねりもの」とは「てんぷら」「さつまあげ」のことではなく、コスプレのことである。
色町の美人たちをこうした絵で見せるのは面白い。

第四章 上方名所案内

いきなりオモロイ連中がおるなと思ったら、初代広重による「浪花名所図会」シリーズだった。「滑稽」さが明るくて楽しい。

摂州大坂天満宮御祭礼図 夏の天神祭の図である。見るからに賑やかで活気があって、いい絵である。見てるだけで気合いが入ってくる。赤い願人(がんじ)たち、お迎え船には安倍保名と「釣狐」のコンカイの取り合わせというのもおかしい。つまり保名と「きつね妻」の葛の葉がいるのに、「釣狐」コンカイとセットなのが面白い。これはわざとなのか、ひっかけなのか。
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都百景もある。ファイルがあったので購入。華やかな色調がいい。とはいえこの四点では実は清水の雪景色がいちばんいいのだが。
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浪花百景 明治に入ってからのものもある。これはクリスタ長堀に陶板がある。
天王寺区の清水坂にあった増井という料亭に雪が降る景色が何ともいえずいい。
どうも町中の雪景色というものは異様に魅力的だと思う。
大正の巴水の「雪の寺島村」もすばらしいし。

松島廓 大芝居、人形芝居、繁栄図 川口の近くの松島新地での松島座の様子。この座は明治九年には道頓堀へ移転。偶然ながらこの展覧会を見た日、南港に出張していて、同僚の運転で帰る際に川口の交差点から西側に目をやると「松島新地」の看板が見えた。
飛田同様ここも現役なのだった。

第五章 浮世絵で遊ぶ
姫路の入江コレクションがきていた。

双六、人気役者のかつらあわせ、きせかえ、立版古(組立絵)などなど。忠臣蔵のは異時同時図だから、花嫁の母子の前に定九郎がいたりして笑える。
山鉾もやたらめったら粽つきなのが楽しい。

第六章 肉筆名品選
耳鳥斎の戯画の十二ヶ月をみれただけでも嬉しい。

天保踊り図もある。めちゃめちゃなコスプレをして踊るあれです。

最後に昭和15年の三代目貞信の浪花百勝が出ていた。江戸時代の風情が生きる風俗画だった。

いいものを見せてもらい嬉しい。

追記。9/9-10/13に山口で開催したチラシを挙げることにする。
思い出すよすがに丁度いい、明るいチラシたちである。
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