美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン

大阪くらしの今昔館で佐野宏明氏のレトロモダンなコレクション展を見た。
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大好きな世界だが、出遅れて、もう8/31までの会期末にきている。

*外国商館ラベル 
これはもうわりと「東洋」「日本」を意識した意匠だらけで、大きな鯉の滝登り、浄瑠璃姫の気を引こうと笛を吹く義経、ぐわんっとした鯱、立雛、向かい鶴、弁天さん、鍾馗、達磨、翁面、旭日にエビ、布袋さん、弁慶の勧進帳、蓬莱山、長寿楽、獅子と麒麟などなど。
明治やないと却って選ばれなかったような図柄ばかり。

*明治のおしろい 
白さを見せるために鉛が入っていた頃のものか。
国周の五郎蔵の絵もあるパッケージ。浮世絵風なのが多い。
しかし大正からは体に毒な鉛が取り除かれて、健全なおしろいが生まれて来る。
「西のクラブ、東のレート」と謳われた二社のおしろいがある。
クラブ化粧品は今も文化資料室で素敵な商業デザインを見せてくれている。
春の展覧会の模様はこちら

おや、「IDEAL」というのはもしかして「ナンデアル、アイデアル」ですか…?
化粧水。
クラブ化粧品だけのコーナーがあるが、特にお得意様だけに頒布された化粧品棚も出ている。これは保存もいいなあ。
レートクレームは久世光彦と向田邦子の話の中で知った。
わたしはやはり西の人間だからレートクレームは知らないのよ。
ここはクリームではなくクレーム。原節子のポスターを見たことがある。
綺麗な箱があった。そしてびっくりは「ジュニア レートクレーム」のパッケージが中原淳一だったこと。
展覧会で大抵彼の仕事を見たように思っていたが、化粧品の意匠は知らなかった。

*化粧せっけん
野村石鹸のポスターは「太子秘伝」として古代美人が袈裟をまとい、手に香炉の杓を持っているが、そこから現れた煙の中に、斑鳩の塔が現れる。。。
大丸お化粧せっけん。箱には心斎橋の名建築が。…残して活用し続けてほしいよう。

*歯磨き
ライオン、仁丹、クラブ。ここらはよく見知っているが、凄く笑ったものがある。現代のザクトライオンのご先祖ですかな、その名もずばり「煙草のみの歯磨き『スモカ』!!!」甲冑の顎覆いを付けた顔が笑っていて、白い歯並びがのぞく絵のポスター。

練歯磨きは案外遅くて、やはり先行しては丸い筒に入ったものが人気だった。

*薬など
浅田飴の金看板、「ドクトリ丸」の看板などがある。後者は性病関連の薬。
華宵登場以前の「中将湯」もある。そしてこれらはいずれも「秘伝」を謳うていたが、その表現は禁止され「官許」を前面に出すようになったとか。
頓服、樋屋奇應丸、命の母、宇津救命丸、藤澤樟脳…
マルセイバターサンドかと思ったら、マルセイオブラート。
ややこしい名前が多いね。

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引き札の宣伝がまた愉快。目薬も多い。「風が吹いたら桶屋が儲かる」である。
浅田飴は「先代萩」のまま炊きの場を描いた袋。

容器も集まるとそれだけで近代化遺産。
染付、セルロイド、紙…

口中香錠カオールにはプチ容器入れがついていたが、それがまた可愛い。
鳩、がま口などなど。
一方仁丹のそれは瓢型などや□に台形などを。

はっっっとなったものが月経帯。こんなの初めて目の当たりにした。
随分前に桑田佳祐がナプキンのコマーシャルをするという、世間を転換させることがあったが、この大正時代も隠すのではなく、逆に可愛らしい容器にして英語名を付けることで<啓蒙>しようとしている。
フレンズ、エンゼル、ビクトリヤ、ほまれ、ミサオ…「バンド」はすべてサクマドロップ風な容器に入っている。

*マッチ箱のデザイン。燐票とも呼ばれ、現代もわざわざ新作を拵えるプロジェクトもあった。
参考までにどのようなものがと言うと・・・
これはたばこと塩の博物館の所蔵品。IMGP1941.jpg
ここにあるのと同じものも少なくない。
ゾウにトラに猿に猫に犬に唐子に鹿に…大正からはニッパー君も仲間入り。

*企業ポスター
多木肥料 チラシは明治のもの。ここは加古川に本社があり、今も「あかがね御殿がある。

酸曹肥料 美人と踊りの絵が多い。どういうイメージなんだ。

*缶詰
びっくりした!!チラシにある通り、松茸の缶詰なんてあるんやな~匂いも一緒かしら。
他に、タケノコ、シメジ、ブリ、マグロ、カツオ、クジラ、鯛、アワビ・・・
凄いなあ。飛躍的に技術が向上した時代なのだ。

*絵はがき
どこのかわからないし、単に絵が可愛いから採用したとしか思えないものも多い。
階段でおもらしした坊や、その後ろからのぼりかけてた子どらはツルッと滑り落ちる。

*お菓子など
森永ビスケット、アサヒビール、カブトビール、ピスコ、蚊取り線香などなど。
高島屋レコードはミッキーとミニーの絵だった。著作権のおおらかな時代ですな。

ああ、楽しいものを見た。
図録も出ている。
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はにわ大集合

天理参考館でハニワ展が、と聞いてもそんなにそそられなかった。
なにしろ天理には元から見事なハニワのコレクションがあるのです、何を今更,,,と、わたしがタカをくくったのもそんなにムリもないと思う。
ところが!
ところがところが!
2日ほど前、何の気なしにさる方のツイッター見て仰天!
大正時代のハニワがあるのです!
そんなん初耳。

たまたま土曜に奈良に行くから、ムリから天理を予定に押し込んだわ。
この日は多忙なので時間は貴重、タクシーで参考館に向かう。

乗った甲斐がありましたがな~!
見たことないハニワがいっぱい来てたがな!


翳。サシバと読む。うちわの一種。


靫。カッコいいな。


馬具の筈だが、岡本太郎ぽい。
太陽の塔、かな。

畦地梅太郎かと思うたわ。

山男ならぬ土男♪

さてお目当てはこちら。

明治天皇の武人ハニワ。

彫刻家の吉田白嶺の制作。
いっぱい作って特に良いのを埋めたが、こうして百年この世にいるハニワも。

左右それぞれ違う鎧兜、凝ってます。

後ろ姿もいい。

本当にこれを見に来て良かった。

他にも凄いのがあったけど、何故か撮影失敗した、これはカメラがいやがったのかな?

ああ、楽しかった。

泥象 鈴木治の世界

東京ステーションギャラリーで「泥象 鈴木治の世界」を見た。
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チラシのこの焼き締めだけでは、わたしのような磁器好き・前衛がニガテのものはそそられないのだが、チケットのこの青磁がたいへんよかった。
可愛い青い花。イメージ (10)

鈴木治はこのように二つの傾向を示す作品を生み出していた。

鈴木治は「走泥社」の中心人物だった。すでにその盟友・八木一夫の回顧展は京都国立近代美術館で何年か前に開催されている。

申し訳ないがやきものがあまりに前衛すぎると、わたしには「なんのために」という疑問ばかりがわきだして、作品を前にしても一向に楽しめなくなる。
何かしら小さな手助けがないと苦しいのだが、今回はあの青磁に惹かれて出向いた。

鈴木治の父上は永楽善五郎の工房で轆轤職人を務めていたという。
千家十職の一、永楽家の仕事に携わっていた男の息子が、戦後に前衛陶芸に邁進する。
その当時、決意も清々しく厳しく、そして清新な心持であったろうと思う。 
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20代半ばころの作品はまだ試行錯誤の時代で、いろいろ試している。
対なのか、1958年の黒釉花瓶・白釉花瓶の二つは黒いゾウさんとその友達のように見える。(チラシ左上)
ぱお~と鳴き声が聞こえるような花瓶である。

1960年代に入ると、表面に数字乃至仮名などを延々と、まるで耳なし芳一が和尚さんに全身に経文を書き込まれたかのように、作品表面に印字する作品を作り出した。
わたしはそれを見て、ある種の強迫観念を感じた。

60年代も半ばを過ぎたころから、カタチが動物をモチーフにしたものが生まれてくる。焼き締めでごくシンプルに馬などが作られる。
71年の「馬」などは一見椅子にも見えるが、「そうか、馬なのか」と納得した途端、確かに馬に見え始める。(チラシ中左)
そうなると、<形象を抽象化する>、というより<極度に純化する>とこうなるのだ、ということがありありと見え始めてくる。

こちらの眼と意識がそのようにリセットされると、あとはもう鈴木治の世界がたいへん身近なものに変わってくる。

可愛いものがある。
節分ノ客 台形に上部に尖りがある。ああ、鬼かと納得する。
豆をお供えしよう。

そして青磁が現れる。釉溜りがまた綺麗な色を見せる。
青白磁に近いほどの綺麗な水色である。

花の文様、雪の結晶の文様、雲のカタチ…
綺麗なものが綺麗な色で表現される。

皿 九十九羽の鳥 ああ、綺麗な形。

寿盃 これは小さいものからだんだんと大きいものが現れる盃で、めでたいのはめでたいのだが、わたしはついつい馬場のぼる「11ぴきのねことあほうどり」を思い出して笑ってしまった。
あほうどりを食べてやるつもりで誘われて家に来た猫たちの前に小さいあほうどりが現れ、それが少しずつ大きいものが続き…ついに11羽目のあほうどりは家を破壊しながら登場するのである。
あれを思い出して、わたしは明るく笑ってしまったのだった。

香盒 十二支 これは青磁で作られたもので、形をシンプルに造ったものだが、それだけに可愛らしい動物ものになった。
ストラップにほしいくらいだ。

珍しく瑠璃釉を使った「瑠璃鳥」もある。表面の滑らかさに惹かれる。

1980年の「鳥」は東京国立近代美術館に所蔵されているものだが、一目見て電磁波がそこから出てきそうだと思った。
そう、鳥と言うものは極度に純化したフォルムにするとこうなるのだ。
「V」の字でも鳥だといえば鳥になる。

わたしが特に気に入ったのは先の十二支のほか、焼き締めだが「掌上泥象」シリーズである。
「百種」と「三十八景」があり、前者は動物や空也などなんでもあり、後者は雲や太陽などを顕した。
そしてその大きいものがあり、製作年が先行することから、まず大きいものを作ってからそれらを小さいバージョンで作ったことを知る。

中に「太陽の道」という半円に切られたものが丸い顔を見せているものがある。
確かに太陽の道ではあるが、わたしは諸星大二郎「海竜祭の夜」の<安徳様>
を思い出して、ちょっと恐怖に駆られた。

1990年代に入ると、ますます小物が生まれ、それらは焼き締め・青磁どちらであっても魅力的だと思った。

酒碗(スワン)などもいい。しゃれている。
酒盃雀の子は5色で可愛い。
小盒の愛しさに夢中になった。

ああ、とてもいいものを見た、と見終えたわたしは思った。
新しい気持ちになっている。
これからは鈴木治のファンになったのだ。
いい気持。
8/31まで。

秘蔵の名品 アートコレクション展「日本の美を極める」

夏のお楽しみ「秘蔵の名品アートコレクション」展が今年もホテルオークラで開催されている。
今年は「日本の美を極める ―近代絵画が彩る四季・花鳥・風情―」ということで、応挙から中島千波まで200年の幅を持たせた展覧会なのである。
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わくわくしながらいつものアスコットホールへ向かう。
先に図録を購入する。代金はチャリティとして何らかの形に活きる。
とてもいいことだ。

今回は広島県のウッドワン美術館、海の見える杜美術館、ひろしま美術館をはじめ、吉野石膏コレクション、培広庵コレクションなどから名品が集まっている。
都内からも大倉集古館、泉屋分館、松岡美術館、府中市美術館の名品が届き、「秘蔵」と銘打たれてはいても、親しみを持つ作品も少なからず並んでいた。

参考までに自分がこれまで見てきた各コレクションの展覧会などをあげる。
ウッドワン美術館展

培広庵コレクション展

海の見える杜美術館


ほかにも多数あるが、これは大阪に住んでいるおかげかと思う。
西日本在住の一得。

さて、表面は静かに・心は躍ったまま鑑賞してゆこう。

「日本の美を極める」というだけに展覧会の構造も四季折々と花鳥風月という柱があり、美の空間を逍遥するように設えられている。
移ろいゆくものを愛でる心、それが日本人にはある。
その心に沿うような展示の並びだったが、哀しいことにわたしはその細かな内訳を覚えていない。
そこで図録の巻末リストをたよりに感想を挙げてゆきたい。
少しばかり覚えていたものから始める。

大観「四季の雨」と「山四種」が上下に並ぶ。
30年近い歳月の隔たりがあるが、大観の中に活きる自然への敬愛が、どの画からも健やかに発せられている。
山の<気>、林の緑、川の流れ、それらが心地いい。

青邨 みやまの四季 高島屋史料館  梅の木は何本もあるのだが、一つの大きな木にも見える。青邨様式の梅。
その中に様々な小禽たちが集うている。
青邨の梅はどのような時も小禽や小動物を拒絶せず、梅だけでなくほかの木花も一緒になって、その豊かさを守る。
多くの「青邨の梅」の中でも特に好きな一枚。
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高橋由一 墨水桜花輝耀の景 府中市美  常設展でお目にかかることの多い桜。今回の展示の数少ない洋画の一枚。手前の桜の枝と奥の川面と。思えば構図だけ考えれば浮世絵と同じなのだ。「江戸百」あたりがその先祖かもしれない。

浅井忠 早春  裾をからげたその姿。確かに早春という感じがある。冬には見ない姿なのだ。

大観 早春 徳川ミュージアム  黒い鶯が水を見る。シックな色調。
前々から感じていることだが、大観はこうした小品にこそ名品が多いように思われる。

大観 夜桜 大倉集古館  ある意味、この作品こそが実は「秘蔵の名品」ではなかろうか。
たいへん大事にされ、年に一度表に出るか出ないか。
数年前、大倉集古館に行った際、普段美術館に行くことのなさそうな母子が受付に何かを訴えているのをみた。
聞いてみるとどこか遠方から「夜桜」を見に来たらしい。
頃は確か秋だった。受付が説明しても母子は聴かない。
色々と物想うことの多い情景をみた、と思っている。
やはりこの作品こそが「秘蔵の名品」だと言うべきかもしれない。

栖鳳 河畔群鷺 ひろしま美術館  これは以前栖鳳記念館に収納されていた作品のように思う。金地に鷺たちがそれぞれの立ち位置を決めてその場にいる。
三羽の鷺からは会話が聞こえてきそうである。
どうぶつを描くことが好きだった栖鳳だけに、とてもイキイキしている。

応挙 狗子図 松岡美術館  可愛いなあ。応挙のわんこ。三匹いてブチの誘いで白わんこが一緒に駆け出す。残された白わんこはそれを見送る。ちょっとさびしそう。

対ものといえど、ニガテなものから目を逸らしているので、ここに記すタイトルが多少変わっているかもしれない。

応挙 猫 徳川ミュージアム  水戸にあるのか。三幅対の右。白地に黒の、いかにも何かしでかしそうなにゃんこが身を低めつつ頭をもたげている。何を狙うているのか。
ワルくて可愛い猫。
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栖鳳 秋深・敗荷白鷺 海の見える杜美  右幅には烏、左幅には顔をうずめる白鷺。季節の移り変わりを静かに感じさせてくれる。
安芸の宮島の向かいの山の中腹にあるこの美術館には、多くの栖鳳の名品が集まっている。

岡田三郎助 舞妓 北野美  白塗りに朱唇という昔ながらの化粧の舞妓の顔がクローズアップされている。可愛い。

春挙 富士二題 滋賀近美  山を描くのが大好きな春挙。秋の富士の裾野の民家がいい。犬もいて、人々の和やかな暮らしぶりが見える。

玉堂 風景 泉屋  最晩年の佳品。山の中の草の上をポクポク馬と人とが行く。馬も人も気持ちよく働き、気持ちよく休むのだ。

松園 紅葉可里  松園さんも多くの行楽の模様を描いた人だった。江戸時代中期より少し先の時代の特徴ある髪型をした太夫らしき女とかむろとがいる。
優美さはやはり、上方の先人に劣ることはない。

桂月 南天 明治座  全面を覆うように南天の赤い実と葉とが広がる。
左端に白い山茶花がある。椿かもしれない。
緑が伝う岩も静かにそこにある。
91年に明治座の所蔵名品展が開催されたが、それ以来の再会だった。
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小坡 宴の暇 培広庵  コの字なりの建物のこちらで、ほっと一息をつく。
対(向こう)の障子には笑いさざめく宴会の影。一息ついた芸者は再びそちらへ戻るのだが、今はちょっと一人でいたい。

清方 二人づれ ウッドワン美  なまめかしい二人の女づれ。大正5~7年ころの清方えがく二人連れの女のなまめかしさは、比べるもののない魅力に満ちている。しかもそれでいて、ある抑制が効いている。

恒富 願いの糸 培広庵  恒富はこの画題の絵を他にも描いているが、いかにももっちゃりした女の横顔がいい。確かに上方にしかいないような女。
なんともいえないナマナマしさがあり、それがたまらなくいい。

同じ題材を描いても、深水はさすがにお江戸の人らしく、どこかすらっとしている。
深水 銀河祭り 東京芸大  終戦後の一枚。題材は古いが、もう新しい時代へ深水は向かい始めているのを感じる。

大智勝観 梅雨明け 大倉集古館  これもめったに出てこない。雨後の竹の子、林の中の湿った土の匂いがしてきそうだ。肺にまで水は入るだろう。
この画家の絵は韓国国立博物館に秘蔵されていたものを見たのが最初で、あのときの鮮烈な衝撃は、今も消えていない。

関雪 春昼 古川美  白い洋猫が岩の上にいる。そばの白い花は蘭ならぬ蕙か。いかにも関雪らしい、賢そうな顔つきの猫。

青邨 鵜飼  薄い色彩で出動する鵜舟と鵜匠と鵜たちを描く。初見。思えば青邨は岐阜の人だった。ぼうっと薄い絵の中で進む一行。
わたしは今回、この絵がいちばん気に入った。

竹喬 宮島  茫漠とした波、波、波。その奥に小さくななめ向きに見える鳥居が立つ。海上からの眺め。汽船で向かう宮島。

輝方・蕉園の二人の絵もある。どちらも培広庵コレクションで、嬉しい再会である。いつかこの二人の回顧展が見たいが、なかなか叶わない。

成園 化粧 培広庵  この絵も本当に好きで、ここで会えたのも嬉しい。彼女の魅力は多くの人の心をとらえたようで、大阪の一部でだけしか知られていない(かもしれない)彼女の魅力が全国に広がればいい、と思っている。
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遊亀 紅梅古九谷  なんというても遊亀さんの絵でよいのは、古いやきものと花とを添えたものだと思う。角皿に高士図の入るものと紅梅と。なんといい取り合わせか。すばらしい。

椿貞雄 泰山木 丸紅  いつかの丸紅コレクション展で見て以来の再会。ちょっと不安定な立ち位置だが、泰山木の白い花びらがいい。油彩の、ずん と来るような白さがいい。

酒井三良 豊穣 大倉集古館  秋の取入れの喜びを描く。この絵は随分前の大倉の展覧会のチラシ表に出たことがある。それまでは大倉集古館は地味で消極的な美術館だったが、その時の展覧会から今日のような明るく闊達な美術館に変身した。本当に、観客としてあの変わり具合にはびっくりしたのだった。

小早川清 宵 島根県立石見美  もしかするとこの絵も元は雅叙園コレクションの一つだったのではなかろうか。どうもその時分に見た気がする…

華楊 幻化 損保ジャパン  きつねが二匹飛んでいる。不思議に静かな中で。
この絵も大好きなものだが、損保の外でしか見たことがない。最初は92年の京都で三世代の師弟の展覧会で。

松篁 春鳩 吉野石膏  紅梅と羽先が黒い白鳩。松篁さんらしい取り合わせ。

明治 舞妓 ウッドワン  青色系のステンドグラスのような一枚。この絵も好きな一枚。明治の線の太さは力強さではなく、美を閉じ込めるためのもの。

菊池隆志 初夏遊園 島根県立石見美  着物に耳隠しの婦人が枇杷の木の下で洋犬と遊ぶ。着物もレトロモダンで素敵。

辰雄 朝の光の中に BBプラザ美  ご近所さんの所蔵品を見るのは嬉しい。
グレーの髪の娘の横顔。やや大きな手。いい色のワンピース。
しっとりと静かな喜びがある。

又造 猫 吉野石膏  本当に又造さんの猫はいつも可愛くてちょっと残酷で魅力的だと思う。自分の眼と同じ色の青い蝶々を抑える猫の爪。モルフォ蝶かもしれないのに。猫はそんなことお構いなし。
蝶の青さが猫の目を青くしたのかもしれない。
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中島千波 坪井の枝垂桜 おぶせミュージアム  小さな桜花の集合体。
ああ、この絵を見て、北斎を見て、栗のお菓子を買いに小布施へ行きたくなる。


ことしもたいへん快く楽しめた。
秘蔵の名品 アートコレクション展「日本の美を極める」
その余韻にいつまでも浸っていたい…

清方の挿絵が出来上がるまで

清方記念美術館の夏休み企画「清方の挿絵が出来上がるまで」を見たが、こちらも8/26までだった。
しかし初見作品がいくつもあり、知るものも好きなものばかりなので、感想を挙げぬままではいられない。
何よりもまず、わたしが覚えておきたいので書く。
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物語性の強い作品が多い清方。
わたしなどはそこから清方への偏愛が始まっている。

野崎村 下絵 1914 本画も好きだが、下絵もこうして眺めると、あの線はこうか、ここはこの色を選んだのか、いいなあ、などといった感興が湧いてくる。

清子四歳像 1912 どこか洋画風な塗り方をしているようにも思えた。
長女清子ちゃん数え四歳の姿。パラソルを差し、赤と白のナナメ縞の着物を着たおかっぱさん。黙ってにっこり笑う幼女。足よりも草履の方がずっと大きい。

夏の柳井戸(柳乃井戸) 1929 井戸を見ると「朝顔に釣瓶とられて」もしくは「いちま~い、にま~い」、それから清方の仲良しさん・鏡花「山海評判記」の井戸のぞきのシーンを思い出す。あちらは雪岱の名品だった。
とはいえやっぱり怪談を想うのがわたしですか、横溝正史の作品も思いだしていた。

カルメン 1919 浅草オペラで見たのか帝劇で見たのかは知らない。
「こしかたの記」にも特に記載はなかった小品。
オレンジ色の上着を着て薄緑のスカートをはくカルメン。黒扇を持つのはスペイン女のたしなみ。雑に座るカルメンの足には編み上げサンダル。

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明治末から大正初期の文藝倶楽部のための口絵などを見る。
中でも1907年の「鸚鵡」が下絵―校合摺り―差上げ―木版口絵になるまでの工程が展示されていて面白い。
湯治場 1915 石版口絵 シマの浴衣でくつろぐ美人。
蚊遣りの烟 1916 オフセット印刷 煙たそうな美人。

文藝倶楽部も様々な技法を使わせていたのだ。

夕立雲 1922 淡い緑の海と空。浜辺で働く女もいる。人物本位ではなく、人物は点景。清方もある時期こうした傾向の作品をよく描いたそうだ。

あじさい あっさり一輪。みずから「あじさいの舎」と言うくらい、清方は紫陽花が好きで、時季に来ればこの美術館も紫陽花いっぱいになっている。

鏡花「神鑿(しんさく)」 1907 口絵の校合摺り―差上げ―木版口絵がある。

口絵などはやはり木版か石版で仕上げられるものが多かったようだ。

菊池幽芳「花売り娘」 木版口絵 1906 金髪娘が板に花を置いて売り歩く。指先には薔薇がつままれ、百年以前の物語の味わいが感じられる。
読みづらいが、物語はタイトルにリンク付してます。

眞山青果「空虚」 石版口絵 1910 鏡の前で髪を直す女。べったり座り、ちり紙がそばにある。
そういえば眞山青果は戯曲はいくつか読んだが、小説は未読なままだ。

日本画家として一流の人になっても清方は口絵や、時には少女雑誌のための作品も丁寧に拵えている。

盆提灯 オフセット 1916 横縞の浴衣の女のうっとりした風情がいい。

戀の湊 オフセット 1916 夕方の湊、波模様は着物にも。どこか気だるいような魅力がある。戀やつれ、というべきか。

博文館、春陽堂といった出版社が隆盛だった時代の作品たち。

ここで壁一面にかかるある下絵を見てぎょっとした。
サイズは76.5x131.5という横長ものである。
「日高川 道成寺」の下絵である。 1906年。この頃は文芸性の高い絵を多く描いていた。
清姫が日高川を泳ぐ。顔を上げて平泳ぎのように泳ぐ。細面の顔は能面を基にしたような貌をしていて、円い眉の下の本当の眉は顰められている。
唇は開き、かすかに歯がのぞくようだ。病的な怖さが感じられる。そして意外なことにこの女は福耳なのである。幸せを呼ぶはずの福耳がついた女。
着物のまま泳ぐ女の指先は確かに人の形をしている。しかし手首から先は波に洗われたためか、それとも…。そして胴から足はもう人の形をしていない。蛇体になっている。着物の柄などではなく、女の身体は半ば以上異形のものになっている。
「着物を着た蛇女」になりつつある、福耳の女。

本絵があるとは知らないが、あるとすれば静かな狂気と恐怖に満ち満ちた恐ろしい絵だろう、と思う。

2017.8.29 清方美術館のツイートでこの絵が出ている。
こちら

鏡花「風流線」 前篇の口絵と袋装丁と表紙、続編の袋装丁などがある。
「続風流線」は清方の挿絵界の盟友・鰭崎英朋の名作がある。清方は前篇の名シーンを絵にしている。無頼の工夫たちがお龍を頭としたテロリスト集団「風流組」を結成するシーンである。お龍の背後に彼女が見つけ出した元の恋人・岡村が立ち、彼女と対峙するのは岡村と風貌のそっくりな工夫・捨吉である。

わたしは「風流線」に本当に熱狂していた。今も好きな長編作品である。
このシーンの流れにある名シーンが、岩波書店版の本では欠落している。
わたしはそれが惜しくて、明治文学全集だったか、当時の発表のものを出している分も手に入れた。


再び「文藝倶楽部」の口絵から。 
下絵―校合摺り―差上げ―木版口絵になるまでの工程が展示。

あさ露 1903 バイオリンの女。
よき事きく 1905 着物の柄に琴柱と菊の柄。そのそばに立つ女。
白鳥 1906 ドレスの貴婦人が薔薇を池に散らす。
小春 1911 いかにも元禄な風情。

途中で清方の試行錯誤や取捨選択のあり方が見えて面白い。

都鳥 1912 二人の女が隅田川を眺める。目の先には煙が立ち上る。今戸のやきものの煙らしい。ゆりかもめは泳いでいたろうか。

いで湯の夕べ 1912 コウモリ柄の浴衣を着る女の横顔。物想う顔。

1914年の「清方美人画譜」シリーズものがある。
木版刷りと原色版と。
幕間 鏡でお化粧チェック。
五月雨 花売りの車がゆく。
午後の海 縦縞の女。
春雨の寮 傘をさす少女。
白壁 後ろ向きのお嬢さん。髪にはおリボン。
初雪 そぉっと外を見る。

今回もいいものを見た。次は30日から卓上芸術の作品。
なお8/31は清方のお誕生日にあたる。その日はちょっとしたプレゼントが先着30名まで用意されているそうだ。

江戸妖怪大図鑑 幽霊篇

浮世絵太田記念美術館の三か月連続「江戸妖怪大図鑑」二か月目は「幽霊」特集。
あいにく8/26までなんだけど、楽しく拝見したので、その感想を幽霊に合わせてねちねちと書いていきます。
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江戸の三大幽霊と言えば、これはもう誰が何と言おうと「お岩さん」「お菊さん」「累(かさね)」の三人ですな。
わたしはそのことを小2の時北川幸比古「おばけを探検する」で教わりましたわ。
それで実際に自分が江戸文学や芝居や浮世絵にはまっていくにつれて、北川オジサン(とおっしゃってたなあ)の仰せのとおり、ほんまに「お岩さん」「お菊さん」「累」の三人がやっぱり三大幽霊だと思い知ったなあ。

お芝居でもやっぱり「四谷怪談」は今時のお子さんでもご存知ですわな。
今夏だと、海老蔵が「喰女」という映画をプロデュースしたけど、あれとてもお岩さんのお話が背景にあるわけです。
もうお岩さんに至っては、説明不要ですな。
お岩さんの芝居をするときには必ず田宮神社にお参りに行かないとあかんとか色々。

「皿屋敷」はこれは有名なところで2種あり、姫路の「播州皿屋敷」と江戸の「番町皿屋敷」がある。他の地域でも皿屋敷の話が伝わるところもあり、責め殺す男は色々名前も変わるけど、殺される女は必ず「お菊さん」と決まっている。
割れるお皿も様々で、高麗青磁、伊万里などなど。
累は基本的に場所がはっきりしている羽生村ね。そして祐天寺の由来になった祐天上人との絡みがある。

男の幽霊だとやっぱり第一は佐倉宗五郎。なにしろ祟りは堀田家だけの問題ではなくなったくらいやし。当時の江戸幕府にも密接にかかわる話になった。
京成佐倉の先だったかな、神社があるのはこの人の魂鎮めのためですな。

それから小幡小平次。これは色んな芝居に取り上げられてるが、女房の名前は時々変わるけど、パターンは一つ。女房とその情夫に殺される男。その亡霊ね。
怪談映画の巨匠・中川信夫の最後の傑作「怪異譚 生きてゐる小平次」などは、わたしに言わせれば日本映画のベスト5に入るよ。

それから江戸になってから浮世絵や芝居で取り上げられたけど、もっと前々から怨霊として恐れられてたのが壇ノ浦で滅んだ平家の一門、崇徳院、そして菅公。
このあたりをヴィジュアル化したのが国芳らでした。

江戸というのはその意味ではオバケ天国ですなあ。
大好きです。
というわけで前置きが長くなったけど、ここらを押さえておかないと話にならんので挙げました。
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北斎の「百物語」五枚が畳敷きのところにずらりと勢揃い。
わたしはこのうちの三枚が大好き。
提灯お岩、皿屋敷のお菊、蚊帳からのぞく小平次。
笑般若やももんじいはそんなにハマレないけど、この三つは他の浮世絵展でも出てたら大喜びするね。

先の二つはアイデアがいい。小平次は静かな恐怖が深い。
そしてこの先達がいたからこそ、国芳が活躍できたのかも、とチラリと思ったり。

芝居絵が中心なので、役者の累代も長くなると書きにくいので#4(=四代目)などのように省略する。役者名もフルネームではなく下の名前のみ記す)数字は制作年。実際の上演月とリンクしていることも少なくないので、これはなかなか大切。

まずは「累」から。
累の話を知らない人は調べて、と言いたいが最近は松浦だるまのコミックが出てくるので、ややこしいから「累が淵」でどうぞ。
(松浦マンガの「累」もすごく面白い。ついでに言うと、圓朝の「真景累が淵」は圓朝オリジナルで、ここに出てくる浮世絵とは無縁。明治5年に成立している。
なお「真景累が淵」をモチーフにしたのは97年頃の「変體累ヶ淵ネイキッド」米餅 昭彦x杉元 伶一。こちらも怖かったなあ。)

春好 #4幸四郎の羽生村与右衛門と#4半四郎の女房累 1778.7  下膨れのかさね。これはおたふくというよりやはり怖い顔という設定なのか。累殺しのアイテムは鎌なので、与右衛門は鎌を逆手に累の髪をひっつかんで押さえている。明確な殺意がある。

幽霊になるための条件の一つに、無念の死というものがあることを、ここらあたりから知る。

豊国 #5幸四郎の与右衛門と#5半四郎の女房累 1808.3  一つ時代が下がりました。
鼻高幸四郎は実悪の巧い役者だと言うが、それが「目千両」と謳われた半四郎と累ものをする。二人は大南北にとってなくてはならない役者たち。半四郎は目元を青くして、苦しさを表現している。

南北の芝居はやっぱり最高だとつくづく思うのが、こうした芝居絵を見たとき。
生世話物(きぜわもの)のナマナマしさがたまらなくいい。

豊国 #7団十郎の祐念上人、米三郎の娘おさく、#1松緑のかさねぼうこん お化けとスプラッターの大南北とのコラボ。鹿ケ谷カボチャにそっくりな形のおばけがいっぱい。妙に可愛い。

国芳 #3菊五郎のかさねぼうこん 1833.9  ぼーーっと立つのが怖い…

国芳 木曾街道69次の内 鵜沼 与右エ門 女房かさね これは勘違い殺人の顛末を描いている。
かさねはもう完全に青い顔。ぬーーっと現れる。


次は「お岩さん」。
戸板返しの絵がやはり多い。仕掛け絵にもなるし、楽しい。それから蛇山庵室。

国芳 #4小団次のおいわぼうこん 「夢の場」なので若くて美人なお岩さん。しかしその影は…

国芳 木曾街道69次のうち追分 お岩 宅悦
毒が体に回り怖いたち姿のお岩さん。「髪梳き」の場。髪が抜ける抜ける…
しかもそこへお歯黒なんてするから、怖いのなんの。そんな恐怖の権化のようなお岩さんの立ち姿。宅悦もひっくり返る。
追分を「おいわ、け」と言葉遊び。

国貞 #8仁左衛門の伊右衛門 #5坂彦のお岩の亡霊 1861.7 提灯抜けして現れるお岩さん。来ましたねえ。

国貞 #3関三の直助権兵衛 #8仁左衛門の伊右衛門 #5坂彦のお岩の亡霊 #5坂彦の与茂七 1861.7 戸板返しの場。ぞわぞわするねえ~ もうすぐ「だんまり」ですね。
そして辺りに散乱・乱立する卒塔婆には「大当たり」「大入叶」「大でき」「上々」などの芝居が大当たりすることを祈願する文字がいっぱい。
絵と芝居のタイアップがちらりとのぞく。

明治になってもやはりお岩さんの人気は高い。

周延 #3我童の伊右衛門 #5菊五郎のお岩の霊 1884.10 蛇山庵室。平家蟹を思わせるような唐茄子。もやもやと怖い。

国周 #3九蔵の直助権兵衛 #5菊五郎のお岩の亡霊/小仏小平 #3我童の伊右衛門 #5菊五郎の与茂七 1884.10 戸板返しの場。夜の柳の揺れに不安が。戸板に張り付けられた小平の恨みの指が既に蛇に変わる。

仕掛けものも色々あり、戸板返しのお岩さんと小平が同じ役者なのは早変わりのため。絵では紙を動かすと早変わり。
イメージ (27)


お菊さん登場。

国周 #13羽左衛門のお菊亡魂 #4小団次の鉄山 1863.7 ぐっと何かをかみしめる鉄山。すべての原因はこの男にあるのだが、反省なんかしません。

国周 歌舞伎座中満久 皿屋敷化粧姿鏡 1892.10 縦3にしたのが巧い工夫。インパクトがある。
イメージ (25)

明治以降は新歌舞伎として綺堂の皿屋敷が現れ、亡霊は出ずに、男女の心の綾をとらえた作品になっちまうのだった。
だからこうして純然たるお菊さんの幽霊をみれて嬉しい。


小平次と佐倉宗吾

国貞 #1しうかの女房お塚 #4坂彦の左九郎 #3奥山の現西坊 #2璃かんの小平次の亡霊 1853.7 染付の鉢などが倒れる。陰火も燃える燃える。

国芳 #4小団次の当吾亡霊 1851.8 これはもう有名な絵ですぐにこの絵が思い浮かぶね。実際のところ、堀田侯はほんまにヤラレてたのでしょうなあ。

国芳 同上に腰元たちや屏風がオバケのバージョン。このあたりに国芳の面白さがある。
更にまた別なのは同じような場面で、背景の武蔵野屏風がこれまた怖い。
コウモリどくろ団扇もある。
そして化け物腰元たちの前で蛇に巻き付かれる堀田という絵もある。

同年同月の芝居を基にした絵は国貞も描いていて、そちらもど迫力がある。タタリじゃーーーっな絵。

国芳 木曾街道69次のうち 細久手 堀越大領 1852.7 細い手が伸びてきて、ドクロやオバケの影が~


祟徳院から源平
なにが怖いというても、やっぱり祟徳院の墓所のある辺りとかその伝承とか、明治になって明治天皇が初めて行ったのが、祟徳院の御霊を京都へ返すという詔を出したとか、そんな話です…

国芳 百人一首のうち 祟徳院 青い顔で立ち尽くす。こわいなあ。井浦新さんの演技を思い出すと、そちらも凄かったなあ。

北為 福原殿舎怪異の図 清盛の前に出現する庭のドクロ集合体。ほかの家来たちもいる。

芳年 平清盛炎焼病の図 1883.8 閻魔王の前でのたうつ清盛。明治の芳年の線の特徴が恐怖を盛り上げる。

国芳 大物浦 平家一門の怨霊が出現して義経一行の船出を邪魔する。絵も動のものと静のものとが出ていた。

浮世絵ではないが、日本画の青邨もこのテーマが好きだったようで、数点の名品がある。
貞秀、芳虎、芳員たちも大物浦を描いている。それぞれ工夫を凝らしたオバケの絵。 

芳年 月百姿 大物海上月 弁慶 1886.1 祈祷する弁慶の横顔。ここには亡霊は描かれていないが、これらの話を踏まえなくてはならない。


その他の幽霊たち

芳年 和漢百物語 清姫 これは「幽霊」ではなくむしろもうオバケの部類だな。この絵はたいへん怖い。腰を折りつつ目をきっと見据えた清姫はヒトの形を残しているが、もうヒトではなくなりつつあるのだ。

芳年 和漢百物語 卜部季武 ウブメと会うシーン。剛勇の人・卜部の勝ちなのだが、こんなのに遭うのはいややなあ。

国芳 東海道53対 日坂 小夜の中山夜泣き石の由来。殺された妻がそこに現れ、夫にせつせつと訴えかけるのだが、怖すぎる風貌である。

芳幾 吉田の花子 1864.7 さらわれた息子梅若丸を捜し求めて、はるばる東国へきた花子の前に現れる亡霊。
切ない話です。

芳年は実際に幽霊を見た人で、それがためにか多くの絵を残している。
「オバケは陽気に、幽霊は陰気に」というのは役者の言葉だが、師匠の国芳は幽霊よりオバケをたくさん描いて明るい絵も多かったが、芳年は陰気な幽霊を実に多く描いた。
源氏物語の夕顔のしょんぼりした姿、破戒坊主の清玄、牡丹灯籠の二人などなど。

芳幾 百物語 魂魄 これはもう純然たる幽霊。それこそ全生庵にあってもおかしくない絵。顔が長く髪がほつけて、歯茎と歯が大きい、寂しい顔の。

#3国輝 本所七不思議のうち 置いてけ堀 でたーイメージ (27)-9

ほかに「片葉の芦」「送撃拆」が出ている。
丁度最新号の漫画ゴラク「ハルの肴」で「片葉の芦」の話が出ていた。

清親 清親放痴 東京谷中天王地 1881.4 裸で人前に出るなとお触れが出たので、骸骨の巡査が骸骨の腰巻一つの女に「オイコラ」という所。ネコもホネですなあ。

芳艶 どうけじごくごくらくのず  講談や芝居で人気のヒーローたちが閻魔王たちを倒してゆく。無名の人々もたとえばチカラワザをしたり色々。

国芳 曲独楽 竹沢藤次 1844  82701.jpg
浅草奥山の見世物興行関連の絵は、何を見てもどれを見ても面白い。

広重 東海道53対 二川 やじさんきたさんがお宿の中庭に干したある蝶柄の浴衣をオバケだと思ってキャッッッな絵。
同じ構図は国貞も描いている。「枯れ尾花」と同じですわな。

死に絵がある。当時人気絶頂の中、自害した#8團十郎の死に絵。賽の河原で児雷也が尺八振り上げて鬼を打つ。対岸で子供らが石を投げて応援する。

ああ、本当に面白く眺めた。
次は9月から「妖術使い」これまたとても楽しみです。

ワンダフルワールド / 宇宙x芸術

東京都現代美術館で二つの展覧会が開催中。
特に「ワンダフルワールド」は幼い子供らを本当の対象にしているので、親子連れの多いこと。
そんな中にたった一人で子供もいない、ややこしいわたしが潜入した。
撮影可能だけど、子供のためというのが大義なので、純粋に作品を愉しみたいわたしとしては、そぉっと動くことになりました。
キモチだけは子供ということで。

ああ、青空が綺麗やなあ。

りんごやーりんごー

壁に何か舞い散るものがある。
そして椿と何かの花が。

あでやかな果実

青柿の美。

朝顔が咲いた。

光と影に夢中になりました。クワクボリョウタさんのハローワールド。
光源は速度によって風景を変化させる。
籠もビルになる。

うさぎみたい。
ほかに鉛筆の林も続く。笊のドームもトンネルもあった。
いつまでもこの変化する世界を楽しみたい。

「宇宙x芸術」では撮影は紫舟さんのこの作品のみ可能。
変化する「生」は自然の美をまとう。
 

家でプラネタリウムを楽しめるメガスター製作者の大平貴之さんの世界に入る。
敷物の敷かれたルームで寝転んだり座ったり、みんな思い思いのスタイルでくつろぐ。
星の流れが自分の上にある。
キモチよさと、そしてなにかしら淋しさも感じる。

日本にこの人が生まれて本当に良かったと思う。
人類は自分だけのプラネタリウムを手に入れることが出来るようになったのだから。

他にも宇宙を背景にした日清カップヌードルのCMシリーズ「FREEDOM」映像やパネルがある。
大友さんの映像でしたな。思えば「気分はもう戦争」「童夢」から30年以上が経ち、「幻魔大戦」も今年で30年を超え、「AKIRA」も随分前になる。しかし全く古びていない。

宇宙と言えば松本零士を忘れてはいけない。
わたしが最初に見た「宇宙」のヴィジュアルは「スタートレック」ならぬ「宇宙大作戦」と松本零士の作品からだった。
「火星ホテル」という作品がある。オールカラーなのだな。デジタルでなくアナログだけど、やはり宇宙だ。

宇宙は誰もが行ける場所とは決して言えないが、憧れの場ではある。
ドキドキしながら宇宙を見る。

点滅する宮島作品には常に偏頭痛と心臓の異変が起こるので、見ない。
思えばこうした体調変化が起こるほど、わたしは宮島作品と「近い」関係にあるのかもしれない。
だからこそ遠く離れていたい。

青い点滅をみせる作品があった。これは諸星大二郎の「良い穴・悪い穴」を思わせた。
やはり気持ちのいいものではない。

不思議なときめきを感じながら楽しんだ。
現代アートもこうした体験型なら、わたしも好きになれそうだった。

宇宙博2014 に行きました

幕張メッセまで「宇宙博2014」見に行きました。

撮影可能やということなので、喜んでツイッターで実況したよ。
さて何を見たかというと、下手な写真で悪いけど、挙げてまいります。

ストーブやないよ。エンジンよ。

次は迫力のエンジン。1408756539323.jpg
オレンジ金色が綺麗わ~~
大迫力で見たい人はクリックしてね♪

ジャイロ。常に同じ方向を見る。1408756582957.jpg
孔子の時代にも「指南車」というのがあり、人形が常に北を指していた。
理論的にはガンドウなんかと同じ構造なのかな。

月面走行車1408756836234.jpg
究極のアウトドアやな、この車。

アポロ 月着陸船。1408756895887.jpg
せまい、たいへんせまい。

ああ、このテントがなあ。
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アポロの後の計画に使われた様々なものたち。
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ジェミニ計画だったかな。

アトランティス号に乗ろう。
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中はこんな。1408757713142.jpg

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壁面と天井面。

わが国の愛すべき「はやぶさ」くん。1408758339465.jpg
イトカワの紹介もあったわ。

日本の宇宙開発の歴史など。1408758465176.jpg

リサイクルの宇宙用品。1408758776260.jpg
「コブラ」になんかそんなのがあったな。

わが国の「きぼう」側面。1408759200396.jpg

遠望。1408759383224.jpg

…どう見てもアンパンマンな「きぼう」。しかもドヤ顔のアンパンマン。
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オレンジスーツ。アストロノーツの証かな。1408760567480.jpg
「宇宙兄弟」でもおなじみの形。

8Kカメラの映像も見たしね。
ああ、面白かった。幕張まで行った甲斐があったわ。
9/23まで。

8月の東京ハイカイ録 1

今月は珍しく水曜の夜から都内入り。
でも送迎車ですぐにホテルに入ったので、この日は別にハイカイなし。

さて木曜日となりました。
朝からまず鎌倉に向かう。
早い時間についたから人通りも少ない。
小町通りのあの懐かしい古書店は先月末で閉店。淋しいなあ。

例によって感想はいつもの通り全て後日詳しく挙げます。

まずは清方記念美術館。
挿絵関連の展示。初見が二つ。「四歳の清子」ちゃんの可愛い姿。
下絵の「日高川」これが凄まじい。
清姫が川を平泳ぎで渡ろうとする。挙げた顔は円い眉の下の本当の眉を寄せている。唇は苦しげに開く。
それだけではなく、泳ぐ手はまだ人の形を留めているが、手首から先はもう…
そして下半身は蛇体なのだった。
本画も見ていないが、凄まじいものだろう。

つぎに鶴岡八幡宮に拝みに出かけ、国宝館へ。
奈良に出張されてた神仏の皆々様にご挨拶。

源平池の蓮が綺麗。カメラ撮れないことに気付く。
段葛をゆく。
日陰の下を歩き、切れたところで若宮大路のauショップに入り、セッティング。

ところでやはりわたしの中では「鎌倉=立原正秋の街」なのだよな。どんなに好きでも澁澤、大仏、里見、清方の街ではなく、立原正秋の街なのだ。
尤も西岸良平「鎌倉ものがたり」はその次くらいの位置にあります。

東京方面前方車両は空いてるので助かる。横浜にゆく。
昼をポルタで食べるが、本当は崎陽軒に行きたかったが行列なので、さぬきうどんを食べる。うどんは好きだが、讃岐のうどんは堅いので本当は苦手。でも出汁のこととか思うと、さぬきうどんが関東に広がってくれてよかった。

そごうで三度目の「ヱヴァ」展。松屋銀座で始まったときはまだ出ていない資料もあったそうだが、梅田阪急からは今の形になったとか。
三つのデパート展を見たが、始まりの松屋はお客さん喜ばせようと特設パネルたてて、キャラと2ショット出来るのをセッティングしてた。これは松屋オリジナルなのか、他では見ていない。
阪急では資料が増加したのもさることながら、会場へ入るまでの盛り上げが巧かった。広場で巨大スクリーンで映像流して宣伝したり、等身大フィギュア置いて撮影許可したり、ショップへの誘導、タイアップ商品への誘導がめちゃくちゃ巧かった。
そごうはさすがミュージアム機能が優れていて、場内での映像の見せ方がいい。
電柱・電線ラブ者にはゾクゾクする連続原画もあり、わたしのような物語より映像そのものにときめく者にとっては、本当に背筋寒くなる内容でしたな。

町田へ。
暑い暑い中、何で町田へ行くかと言えば、文学館に先月お化粧ポーチを忘れてきたから。
すみません、ありがとうございます。
もう一度「1ねん1くみ」原画展示などをみて、機嫌よく去る。やっぱりくろさわくんもくどうくんもしらかわ先生もマリアちゃんもみずのさんも、みんな大好き。

八王子へ出ました。
夢美術館で「馬場のぼると11ぴきのねこの世界」展をみる。これは昨夏、うらわ美術館で見たものの巡回なんだが、たとえば漫画や書籍で発表されたものだと展示シーンが違う。実際、「うさぎ汁」の話の前半はうらわで見たが、後半を知らなかったので、今回八王子で一挙に全編みれたのは、たいへん嬉しい。
つまり巡回とは言え、全く違う感興をもたらしてくれたのさ。
ありがとう、八王子夢美術館。
改めて思うことは、やはり馬場さんは大人向けと幼児向けやなと。
少年少女たちにはやはりこのノホホンとしたユーモアとペーソスはどうかなあと思うのだ。そしてその中途半端な時代を知る前の世代と、もうある程度、夢も希望もないけどそれなりに生きてるよ世代には、この馬場さんの作品の持つ味わいというのが、非常に沁みる。

こせきこうじという漫画家がいて、わたしは中学の時、この人のデビュー作を見ているが、イライラしっぱなしだった。ところがこちらが大人になり、ある程度くたびれてきた頃、この人がかつて少年だった主人公を就活に失敗ばかりする青年として描いたのを読んで、一気に好きになった。
こせきこうじにも馬場さんとは違う種類だが、ユーモアとペーソスがある。
少年誌で読んだときには愚図でダメダメに思えた主人公が、青年誌に出てきたとき、心の底から面白く思えた。
しかし、こせきこうじは別に作風など変えてもいない。
馬場さんもそうだ。全く変わっていないのだ。
つまり、読み手の問題だということに、そのとき初めて気づいた。

どうもユーモアとペーソスというものは、あまり血気盛んな頃にはイラつくものになるのかもしれない。
(わたしの場合は、だが)


吉祥寺へ向かう。
こちらも京都のえき美術館でみた「加藤まさを」展の巡回だが、これもまた他の今日みた展覧会同様、全く先のとは別な味わいのある展覧会になっていた。
ここではむしろ京都に出た童女のおとぎ話系の絵は少なく、叙情画の方が多かった。さらに同時代の他の作家の作品も多い。再会したいものには会えなかったが、初見のものや思いがけないものに出会えて、これはこれでたいへんよかった。
しかしすごいのは、この展覧会がここでは100円だということ。ああ、吉祥寺、すばらしい。

併設の浜口陽三室、食物をめぐる展示だった。浜口はヤマサの御曹司で「稲むらの火」の浜口の子孫だが、その人となりは知らない。作品しか知るものはないのだ。
今回、かれが「グルメではなくグルマン(=健啖家)」と名乗っていたことを初めて知った。
それでなのか、あんなにもサクランボ、レモン、魚、スイカがたくさん描かれているのは。
食べ物にも一家言ある人だが、決しておごらず、食べ物の絵ではなく素材の絵を作る。いいなあ、その態度。すばらしい。

次に萩原英雄室に入ると、イソップの数々のシーンが単色を背景にして描かれていた。萩原はギリシャ神話でもそうだが、物語性のある作品の方が魅力的だと思う。
この系譜には山本容子がいる。
物語性のある作品の方がむしろオシャレに見えるの不思議だ。抽象的な作品は過ぎ去った時代を感じさせるのに、物語には時間がない。


加藤まさをの簡易なリーフレットはえき美術館でも購入しているが、展覧会直後に国書刊行会から立派な画集が出たので、たいへん困っていた。しかし一年後の今、とんだやけぼっくいに火がついて(いいのか、この使い方w)、買うことに決めた。
幸いというか、図書カードがある。
わたしは軽く野菜ピザとかムール貝とか冷たいスープなぞいただいてから、新宿へ向かった。紀ノ国屋に在庫があることをネットでチェックしたのだ。

さてさて、なんと幸いは続いて道も間違えずに紀ノ国屋にたどり着いたが、そこからがあかん。本がない~ない~ない~
探しまくると、時間がくる~閉店やがな~
挿絵・叙情関係の本が多いなあ、と喜んでる間やおまへん。ついに店員さん呼ぶ。
レジで待ってると本がキターーー!!!
ついでに「昭和ちびっこ怪奇画報」という新刊を購入。普段なら精査するわたしも、たまにこんなことをする。

初日はここまで。


二日目の金曜日。
この日はメトロ一日券を使い倒す。
しかしいきなりのトラブルがあり、ちょっと予定変更して、表参道の根津美術館へ行った。
「涼風献上」。暑い最中にすゞやかな展覧会。
芦雪の「赤壁図」屏風の良さにときめいた。音楽的なリズムがあり、たいへん気持ちよくなる作品。
それからわたしの大好きな信タダさんの手紙。「こひ四位」が延々と続く。笑えるなあ。でも秀吉との確執を考えると笑えないかも。


浮世絵太田記念美術館へ。三ヶ月連続のお化け・幽霊・妖術使いの幽霊画。
歌舞伎や講談で有名な幽霊たちがどどーんっと登場。
北斎の百物語に始まり、累、お岩さん、お菊の三大幽霊に小幡小平次、佐倉の宗五郎、清玄などなど。
たいへん楽しかったでござる。


さて六本木一丁目につきました。
まず泉屋分館で板谷波山。先般出光美術館で素晴らしい企画を見た今、明るい気持ちで眺め歩く。色々知ることもあり、楽しい。つまりリアルタイムの波山の評価。それですわ。金銭に置き換えての価値の高さ。
決してそれは悪いことではない。


続いてホテルオークラ。20回目となる秘蔵のアートコレクション。
思えば第一回目からほぼ全回見学に出ているのだなあ。
今回は「日本の美を極める」ということでウッドワン美術館、古川美術館、山形の天童市美術館に寄託の吉野石膏コレクション、培広庵コレクションなどを集めたものがメイン。楽しくてならない。
好きなものばかり集まっているので気持ちいいことこの上ない。
中でも初見の青邨「鵜飼」が素晴らしい。
大倉集古館の秘蔵の一品「夜桜」も出ている。
投票もしたが、今回はなかなか難しいことが書いてある。
「秘蔵の一品は」と。・・・う~む、ある意味「夜桜」がそれかもね。なんせ個人コレクションと培広庵コレクションはともかく、ほかのはそれぞれの土地で一般公開されてるものだから、「秘蔵」とはいえない。東京に来ないだけで「秘蔵」とは言いにくいね。

神谷町から日比谷へ。
出光美術館でいつもお世話になっているオクスタ製文さんとお会いして、沖ノ島の神宝をみる。
これは大神社展で現れたもののさらなる拡大版という感じで、見に来られてるお客さんも歴史クラスタなご年輩の方が多かった。
わたしは「沖ノ島」とか「宗像大社」を知ったのはそもそも88年から刊行されだした安彦良和「ナムジ」からだったな。だからどうしてもあの作品のイメージが強くて、一つ一つを眺めながらもタギリたちの姿が浮かぶ。そしてワクワクするわけです。

出てからお茶してオクスタさんをわたしのヨタ話でケムに巻く。オクスタさんは終始ニコニコされてわたしのあほらしい話を聞いてくれはるのでした。
まじめな話をしようかとか一応美術ブロガーらしいことを言おうかと思ったのもつかの間、例によってえー加減なことばかり。すんません、わたしのことは捨て置いてください。

東京でお別れして、わたくしは上野に出たアルよ。
あれだ、指輪。
最近は「指輪」ときくとアタマの中で「ロード・オブ・ザ・リング」=「指輪物語」が浮かぶんだけど、ここには冥王サウロンの拵えた呪いの指輪はないけれど、凄まじい数の指輪があって、本当に目から☆☆☆☆☆。
橋本コレクション。そしてこの指輪の一つ一つには物語や過去があるけれど、それにもまして元の持ち主の橋本さんと亡くなられた奥様との愛情物語が深く胸に沁みる。
ただただ感嘆するばかりでした。

8月の東京ハイカイ録 2

幕張メッセの「宇宙博2014」に行きました。
宇宙は広いが日本も広い。幕張メッセがあんなに遠いなんて知りませなんだよ。
京葉線で行ったけど、途中までギュウ詰め。しかし途中の某駅でどどどっと下車。
皆さん、ネズミの国に行くんだね。

とはいえ幕張の大きく作られた建物や空間にびっくり。コレハコレハ…
ちょいと驚いたな~

さてわたくしは9時半開場の宇宙博に入るために割と早く出て来たけど、大行列でしたなー。結局入れたのは9:37か。あとも続々。
ここは撮影OKなのが嬉しくてツイッターで実況したついでに、ブログもリアルタイムに拵えたのだけど、代替機のスマホがおかしくなって、記事が一本消滅するという哀しい事態が発生。とはいえ、写真はファイルに残っているのでまた後日使えるなと一安心。
やはり自分のスマホが一番です。

2時間もおったぜ。我が国の「きぼう」の外面が某アンパンマンそっくりで、しかもドヤ顔だということも発見。
楽しい時間でした。


一日一麺ということで、麦まるとかいう店に入る。さぬきうどんの普及で関西人もなんとかまだ首都圏で生き延びられそう。

駅まで戻りバスに乗る。予想していた通りバスは頻発。調べもせずに乗る。
幕張本郷へ。京成線とJRが隣接ホームなのか。
神戸の三宮みたい。

お次は佐倉。佐倉の歴民まで雨。こういう状況になると必ず二つの言葉がアタマをぐーるぐる。
「どうして僕はこんなところに」ブルース・チャトウィン
「何故わたしは世田谷の」西脇順三郎
・・・・・・・いや、ええねんけどね。

ようやくミンミンゼミに導かれて歴民に入る。歴博というのと歴民というのと時々まざるな、わたし。
吹田の万博のは「みんぱく」。これは昔から変わらず。

企画も色々あるけど、今日の目的は「いざなぎ流」が第一。それから改装なったのをみること、かな。
第4展示室特集展示「中国・四国地方の荒神信仰-いざなぎ流・比婆荒神神楽-」
これですわ。
あと「弥生って何」だったかな、弥生人か縄文人かというやつ。
そういえばネアンデルタール人とクロマニヨン人の出会いを描いた「大地の子エイラ」というシリーズがありましたな。
わたしはそれらより、実はもっと近代の北京原人の頭蓋骨が行方不明になるミステリーの方に関心があるのよ…

「いざなぎ流」を知ったのは85年頃かな、谷川健一「魔の系譜」で読んだのだ。その後はINAXギャラリーで見た。今も妙にドキドキするよ…
しかし何よりそれ以上に大ショックだったのは、「アエノコト」の田中家、琉球の白い顔の神と泥の顔の神、山寺の山上他界などの展示がなくなっていたこと、ほかにもえべっさんと酉の市の比較もないし、法善寺横丁もなくなっていた…!
「宇宙博」記事は消えるわ好きな展示が消えるわで、呆然。

JR佐倉へ行くバスに乗る。佐倉市美術館を通る。ここは蜃気楼のようなところだといつも思う。なぜなら駅から坂の上を見たらすぐにあるのに、たどりつけない。いや、いつかはつくけど、非常に遠い。見えてたはずが消えたりするし…
謎の佐倉市美術館。

JR佐倉から千葉へ。千葉は相変わらず大工事中。いつまで続くねんと思てたら、前を行くご年配の二人組の奥さん「もぉサッ永遠に終わんないッと思うのよッわたしはサッ」「だよねぇ、あたしらが若い頃からやってるよねぇ」「そんな大昔からはやってないよぉ」
…笑い出しそうになったよ。

PALCOバス様に乗せていただき、そこから千葉市美へ。まだ早い時間なので明るいのが助かるなあ。

千葉市美で子供の浮世絵(公文の所蔵品)と所蔵の「スモール・ワールド」展を見る。
公文の子ども浮世絵は以前にも京都で観たりしているから、そんなに驚きもないけど、何がびっくりて、やっぱり千葉市美の所蔵品の深さ広大さですがな。
まさかのもしかでヘレン・ハイドから清原啓子まで並ぶか~~!!
いやー、すごいわ。
もちろんお子様浮世絵は楽しかったよ。チラシもええし、見せ方もいい。やっぱり千葉市美は全国の公立美術館の中でもトップクラスのレベルやと思う。

さすがにこの日は疲れて、ブンカムラへはたどり着けず、浜町公園の盆踊りにもいかず、ぐったりお休み…


さて最終日。
東京駅まで一旦出てから自分のミスに気付く。しかしもう引き返す気がない。
まだ9時になったばかりなので、そのまま三の丸尚蔵館へ。
木瓜の実がたくさんなっていたわ。

古美術の模写・模本制作で著名な田中親美の父で、新興大和絵の冷泉為恭の弟子たる田中有美が描いた二つの絵巻「岩倉具視一代記」「三条実美一代記」を見る。
見返しなどの装飾を見ると、この父にしてこの子ありを実感するね。
三条家は御所の隣の梨木神社の祭神が実美だということもあり、20巻以上の一代記の見返しが梨の花から梨の実、そして落ちるまでを描いておるそうな。
遊び心というべきか真面目な気持ちからというのか。

それにしても面白いのは岩倉具視の隠れっぷり。洛北花園村の農家に隠れるところ、赤坂喰違で刺客から逃れて草陰に隠れる顔…笑えるなあ。
いや~~真面目さが案外なによりも諧謔的だということもあるわな。

機嫌よく三菱一号館に。「冷たい炎の画家」と評されたヴァロットン。
この人を知ったのはブリヂストン美術館でのモノクロ版画からだが、ユーモアが明るさやペーソスを伴うものではなく、悲痛な何かを潜めているようで、時折ぎょっとする。
油彩に至っては、息苦しさに負けた。
これは感想を書けるかどうか…。

最近どうも本当に西洋絵画について何らかの感想を書けなくなってきている。
基礎知識が足りないというのもあるわな。
そしてそれ以上に関心が薄れてきているのがいちばんか………

そこから東京駅へ戻り、KITTEに初めて入る。
ああ、なんだか明るい気持ちになる空間やなあ。
澳門のセナド広場にある中央郵便局を思い出したわ!
地下のイートインみると、神楽坂のブタマン屋さんが店舗出してた。
ほかにも平宗があるので、簡単にランチをいただく。あんかけ焼きそばが大好きなの。惜しいのは酢がないことくらいかな。
お友達のゑび新聞社さんがえびせんべいを購入してたので、わたしも買いたかったが、今回はパス。

次は東京STギャラリー。鈴木治の「泥象」。
正直どうかなあと思っていたのは、かれが八木一夫らと同じグループの人だからで、具象とか難しい思想のやきものがニガテなので「うーむ」とうなっていたけれど、行くとこれがたいへんよかった。
極度に形象を単純化すると、こうなるのだ、といったものを見た気がする。
さらに青磁釉薬をたっぷりかけたやきものは色がよく、晩年の小ものなど、可愛くて賞玩したいものばかり。掌で撫でまわしたくなるね。
(ということをツイートしたら、音楽家の「鈴木治行」さんが「なぜか赤面」とおっしゃるので、鈴木治行てこね計画を立てようかと目論見中)

いい気持ちでショップで絵葉書を買うと、オマケまで下さるやないの。ありがとう。
にこにこしながらバス停にゆくと、丁度東20が来た。おおー。これに乗って東京都現代美術館へGOGO!ですがな。

コレド日本橋の前のバス停とか停まるんやな、とか確認しつつ久しぶりに門前仲町。
そして現美。ええですなあ、このバス。

なんか乳幼児とその親が大量発生している現美。
「ワンダフル・ワールド」展が幼児向けのものらしいので、みなさん押し寄せていたのだ。
幼児でもないし子供もいないけど、参加。
撮影可能。
これがまたええのが多いね。しかし撮影したものを使えるかどうか悩んでしまうので、ツイッターにも挙げていない。
とはいえ、ブログに挙げてる人が多いので、やっぱりシロートのわたしが個人的な記録でつけてる感想だからええかな、と思う。後日また軽くね。


さて次は「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」展。
こちらは昨日の「宇宙博」と「宇宙兄弟」にも共有する面がある一方で、全く無関係なところもあり、なかなか面白く眺めた。
特に家でプラネタリウムを楽しめることを世界に提供した大平貴之さんのスーパープラネタリウム「MEGASTAR」や、クワクボリョウタさんの「ハローワールド」、紫舟さんの作品が非常に良かった。

こうした美麗なもの、楽しいものならば、わたしのようなものでも「現代アート」に多少の接近が出来るような気がする。

そうそう、サイトにこういう一文があった。
<古来「宇」は上下前後左右を「宙」は過去現在未来を示すといわれ>
これを読んで思い出すのが「キャプテン・フューチャー」の主題歌。
♪どっちを向いても宇宙 どっちを向いても未来 どこまで行っても宇宙 どこまで行っても未来 ♪
なるほどなあ。

ここでタイムアップ。一旦ホテルに戻り荷造りし直して、今回は送りにかけた。
というのはいつもは新大阪からタクシーだけど、今日は地元の祭りに参加するつもりなので、電車で帰る方が都合がいいのだ。

新幹線でGO!
……京都まで来たらえらいこと雨やん。
雨め~~梅田も雨やん。雨め~~ 地元も雨やん。雨め~~
というわけでお祭りがアウトやがな。
明日もあるとはいえ。地蔵盆もアウトやがな。雨め~~

最後は雨の中を新聞を傘にして帰りました。
8月の東京ハイカイもここまで。

世田谷文学館「人生の岐路に立つあなたへ」展

世田谷文学館では「日本SF SFの国」展が盛況だが、常設でもなかなか興味深い企画展が開催されている。
「人生の岐路に立つあなたへ」
…いつを人生の岐路と見做すかは個人の違いがあるだろうが。

最初に「はい・いいえ」で道を選択してゆくチャート図があり、タイプが決められる。
わたしは大抵二種それぞれに言い分があるので、別な答えでも動いてゆくが、まぁ最終的には同じタイプへ落ち着いている。今回もそうだった。

さてそのタイプ別にと出ているのは以下の5種である。
「仕事」「結婚」「趣味」「住まい」「リスク」。
どういうチャートで何の?と思われた方はご自分で見に行ってきなはれ。

<仕事>

正岡子規から佐藤紅緑あて書簡 M31.4.8付  まだ24の若き紅緑は子規に俳句を習うていたのだ。子規もまだ30代に入ったばかりだが、もうこの数年後にはいなくなる。
その子規の「ほととぎす」「獺祭書屋俳話」などがある。

芥川龍之介 斎藤茂吉宛書簡 T8.11.9付とS2.3.28付。大正の頃はまだしも昭和になるともう…
そういえば上村一夫「菊坂ホテル」に、夢二、谷崎らホテルの住人と仲間内の菊池、芥川、茂吉が近くの土手で秋の宴会をする話がある。
そこで彼岸花に囲まれた中で自殺した少女を茂吉が発見するが、みんな口々に勝手な感想を言う。それがいかにも各人の性格を顕しているかのようで、たいへん面白い。
(結局そのやかましさ・勝手な言い草に腹を立てた少女が跳ね起きるのだが)

この場合の「仕事」とは一体何を差していたのだろう。
紅緑が感動して男子一生の仕事に文筆業を選む、というのと、文士としての芥川を見るべきか、歌人であり精神科医であり、病院経営者たる茂吉を遠見するのか。
こういうのも興味深い。

<結婚>

宇野千代の書籍が並ぶ。
30年前の大ベストセラー「生きて行く私」もある。
わたしはこのエッセーを読んで宇野千代のファンになった。
正直なところ、文学者・宇野千代にはあまり関心がないのだが、人生の先達としての宇野千代には晩年までリスペクトの念を送っていた。
98年に新宿三越で彼女の回顧展が開催されたとき、会場はもう本当に同性だけだった。
そしてみんな熱心に「天国の宇野千代さんへ」手紙を書き綴った。わたしも書いた。
男は宇野千代に関心を向けないが、女は死んでからも彼女にある種の親しみを覚えたり、リスペクトしたりするのだ。
そのことがわかった展覧会だった。
今もここに出ている書籍を見ては「ああ、なつかしい」という気持ちが湧く。

宇野千代は何度も結婚し、何人とも恋愛関係に陥ったが、同性の友人にも親切で優しく、明るくおちゃめな方だった。それは残された書簡(というよりお手紙というのがいい)からもとてもはっきりと伝わる。
宇野千代は晩年になっても女たちの人気者だったのだ。
楽しいことを追求し、おいしいものを喜び、美容に気を遣い。
今でも宇野千代の人気は消えない。

佐藤愛子の書籍が現れた。
佐藤愛子の展覧会はここでは2001年の春に開催されている。お孫さんとのコスプレシリーズの年賀はがきなどが出ていて、楽しそうな様子にほっとしたものだ。
2001年のベストセラー「血脈」がある。
凄まじい自伝大河小説である。
父親の佐藤紅緑のことから兄サトウハチローのことから、女優への道を閉ざされた母親の話から、自身の結婚の失敗の話も加わってたか、とにかく恐るべき佐藤一族の、その血脈についての巨大な小説である。

わたしが佐藤愛子を知ったのは73年秋から翌年春まで連続ドラマとして放映された「愛子」からだった。小学校に入学したばかりなのにこの「愛子」は小説家・佐藤愛子のことだと覚え、愛子の最初の旦那は精神に異常をきたしたと知り、先夫との娘との和やかだからこその対話に、子供ながら苦しさを感じた。
せつなかった。

この二人の作家が「結婚」に選ばれているところに色々物思うことがある。

<趣味>
ここでは漱石、石川達三、萩原葉子の三人が選ばれている。
漱石は漢詩の書、石川は絵を描いたようでスケッチブック、萩原は手芸のコラージュ作品など。近年、萩原葉子展がここで開催され、フラメンコやコラージュ作品に勤しむ彼女の「趣味」に触れ、好感を持った。
作家の「意外な趣味」を特集した展覧会があっても楽しいと思う。

随分大昔の美術・文芸雑誌で当時流行の画家や作家や工芸家、それから役者たちの趣味を紹介する特集号があった。
松伯美術館で見たのだが、けっこう皆さん意外な趣味をお持ちで面白く思った。
昭和初期でそれだから、やはり昔からこうしたものは人気が高いのではなかろうか。


<住まい>

「世田谷」関連ということを忘れてはいけない。
柳田國男、野上弥生子、志賀直哉、寺山修司、竹久夢二らがピックアップされていた。

成城学園の柳田國男の邸宅については仲良しの泉鏡花の「山海評判記」に描かれている。
それや加藤守雄「わが師 折口信夫」にも訪問した時のことが描かれている。
が、それは柳田個人の邸宅の話で、ここでは柳田の並べられた著作から、日本人はどういったところで住んでいたのか、ということを考える。

日本人はどのような思想の下で住まいを営んだのか。いや、何を考え何を求めて暮らしたのか。
「山の人生」「先祖の話」「婚姻の話」
こうした作品を読むと見えてくるものがあるのかもしれない。

一方、本当に可愛い野上弥生子の邸宅模型。いつも何気なく見ているものも、こうしたコンセプトの中で眺めると違う感慨が生まれる。

志賀直哉「居心地よい家」の原稿。思えば志賀はいい和洋折衷の邸宅に住んでいた。
今では奈良の高畑町の家が一般公開されているが、あの家も大変「居心地のよい家」なのだった。
数年前に訪問した時の記事はこちら

晩年の住まいも大変良かったそうで、そのあたりは阿川弘之も池部良もいい描写をしている。

そして夢二の「少年山荘」の模型も。…なんとなくせつない。たぶん、榛名山のあとの富士見療養所での夢二の最期の情景写真がアタマに浮かぶからだろう。


<リスク>

安吾と山田風太郎、という取り合わせが既にスゴイw
堕落論、戦中派不戦日記といったモノスゴイ本があるものなあ。
もう今は亡くなった大日本帝国というものがあったからこその著作なのかもしれない。
殿山泰司のエッセーを久しぶりに読むかな。


最後に石塚公彦の「SETAGAYA作家のいる風景」写真がある。
リアルな造形で「再現された」、作家のいる風景。想像なのか現実なのかはどうでもいい。
リアルなフィギュアがその場所に立ち、イカニモな顔をしていれば、観客は期待に応えてくれてありがとう、と思うものだ。

駒沢給水所と乱歩 ああ、わたしもここに行きたい。何かの事件に巻き込まれるかもしれないけれど。

荷風は豪徳寺の招き猫を眺め、寺山はボクシングジムに姿をみせ、中井英夫もそっと影を顕す。
ときめきの文学者たちの姿。

いい気持ちで見終えたが、特に自分が人生の岐路に立っているとは何も実感しないままだった。
いや、認識していないだけなのかもしれないが。

10/5まで。

うるしの近代 京都、「工芸」前夜から その2

続きになる。やはり長い。
まずチラシを再掲。折々の参考に。
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さて雪佳の工芸品を眺める。
雪佳・案 神坂祐吉・作 斎宮蒔絵硯箱 S9  兄弟合作である。御簾の外を眺める斎宮という構図。いつも寝そべるか後ろ向けの斎宮が珍しく行動している。

雪佳・案 祐吉・作 源氏夕替え蒔絵棚 T6  大きな花ではなく夕顔を小さな花で青貝で表現する。とても優美。

雪佳・案 祐吉・作 鳳凰飛雲蒔絵平文庫 螺鈿、蒔絵、だけでなく鉛も使用。横長の文庫の蓋に長いしっぽを伸ばす鳳凰。尻尾はむしろ孔雀のようだった。

雪佳・案 祐吉・作 波に松喰鶴蒔絵卓  黒漆の美を堪能。松喰鶴が飛ぶ。

雪佳・案 木村秀雄、河村蜻山・作 桐残月硯箱 M43  満月から欠けたがいまだふくよかな月。その中に小さなミミズクの水滴と筆が収まる。

雪佳 草花漆面桶 S初期 朱色がかった黒というか、そこにあっさりと花。優しい。

雪佳 さつき盆菓子器 S7 盆に三本足がつき、下にも盆がある。高倉式にも見える。

雪佳 人物祭礼之圖飾箱 T-S これはしばしば表に出る名品。今日は獅子舞の部分が見えた。

蔦の葉図蒔絵硯箱 T10 大きい葉っぱ!

雪佳・案 祐吉・作 柿図螺鈿蒔絵文庫 T-S 螺鈿と鉛と。丸々した柿と鉛の葉と。
関係ないが、最近は柿農家も高齢化で、柿の実よりも葉を採る仕事を主にする人が増えたらしい。柿の葉寿司のための葉で、一枚五円で店は仕入れているとか。

雪佳・案 木村・作 住之江蒔絵色紙箱 松林と小さな鷺が二羽佇む。太鼓橋はない。

祐吉 月之意蒔絵硯箱 チラシ5.  大胆なセンスの良さ。琳派の系譜にあることを感じる。
箱の内には柴を担いだ杣人。

古人の作をみる。

角倉素庵・筆 宗達・下絵 隆達節小歌蒔絵断簡(雪佳旧蔵品) 金銀泥の軸物。 元ネタを知らぬので調べると、堺のヒト隆達がこさえた歌に節がついたもので流行したようですね。桃山から江戸初頭くらいか。
ということは二人ともリアルタイムにその歌を知っていたわけだ。
藤と柳の下絵に力強く歌が載る。

光悦 摺下絵和歌巻 金泥が濃度により色を変える。大きな蝶が二羽ずつ寄り添って飛ぶ。芒の上をゆく蝶。ああ、なんという綺麗な巻物…

光琳 光琳百図 文政9年 冊子 ウサギ、サギ、ウメのデザイン。かっこいい。

先日にこうした素晴らしい達者がいたからこそ、後世のものも先人に負けまい、先人に恥かしくないものを作ろう、と頑張り続けてきたのだ。

浅井忠・案 杉林・作 朝顔蒔絵手箱 M42  チラシ14.  螺鈿の朝顔の、目が覚めるような綺麗さ!葉は鉛で作られて、青貝の煌びやかさがいよいよ生きる。素晴らしい。

杉林 つた文手箱 M30-40 朱漆地に金の大きな蔦の葉。色合わせが華やか。

迎田の図案がいくつかあるが、いずれねV&A所蔵。東下りに柴舟。いいなあ。かつての英国人の美を見る目にも感銘を受ける。

雪佳 光悦村図 S初期  秋のある日の鷹が峰・光悦村。みんないそいそと働く。庭には松と楓。奥座敷では光悦が家業の刀鑑定のちょっとした息抜きでもしているらしい。
工芸家の人々はこうした<村>での共同生活に良い夢を見ることが多いように思う。
そしてT4には鉄斎の賛つきで光悦の肖像画も描いている。


第三章 漆と暮らす
美術工芸品として「見られる」ものと「使われる」ものと。
ここでは後者が主目的のものをみる。

迎田秋悦という人は本当に知らなかったが、素晴らしい「工芸家」だとつくづく思った。
展示されている品々の大半が、意識と目の高い美術館ばかりで、個人蔵の作品がまたいいものばかり。
本当にこうした作品群を目の当たりに出来たことにはただただ感謝するばかり。

迎田の作品を見て回る。
秋草蒔絵硯箱 しっとりしている。
秋草蒔絵文台 泉屋分館 もとは連作か。
杉藤蒔絵重硯箱 T9 藤が螺鈿で表現される。
平野の松歌蒔絵料紙文庫 T10 広島県美 「や千代」が葦手で表現。
御所車蒔絵引戸 なんだかもう凄い。
稲穂蒔絵六角香合 S3 京近美 ほのぼの。
鹿秋草蒔絵硯箱 根津美 見返り鹿。チラシ8.
鉄線蒔絵箱 いい大きさ。ちょっと細めのはがき大。菊の御紋が入る。

V&Aには図案がたくさんある。
鉄線蒔絵莨箱図案(パッ と開いた鉄線)、草花図、椿に梅、白鷺蒔絵硯箱図案、寒梅蒔絵巻莨箱図案、流水に水仙、紅葉狩(牛と牛飼い童など)、
どれもこれもしっとりした和の風情が生き続けている。

冊子も出している。
「秋悦図案集」 数種のデザインが描かれていて、主に花や草があった。

和の美は自然がなければ成立しない分野でもある。

江馬長閑 名取川蒔絵軸盆 M末~S 波の上を飛ぶ千鳥たち。家にあるといい感じのお盆。

江馬 須磨明石蒔絵小硯函  満月、波千鳥、舟…侘しさよりも自然の佳さを感じる。

美濃屋製(江馬)海山の意蒔絵文台硯箱  シダが木になったようなものが林となって…

戸嶌 松楓蒔絵文台硯箱 T9  山科鳥類研究所の所蔵品で学習院大史料館に保管されているとか。いつかそこで見ることが出来るだろうか。

戸嶌 唐山水蒔絵文台硯箱 T2 しーん とした静けさの中に、遠い山や水面や建物がある。唐の山水か。モノスゴイような静寂さがある。梨地のせいだろうか。本当に静かだ。

個人製作だけでなく、会社の製品としての漆芸品が現れる。

三上揚光堂は富田幸七、雪佳らの作品を出している。
作者名は伝わらないが、会社名だけの製品もある。
春秋蒔絵三足盆、住之江蒔絵硯箱などなど。

象彦もある。象彦は近年、この近くの自社ビルに美術館を開設し、折々に良いものを見せてくれるようになった。
また象彦の製品は三井家に多く納められている関係で、三井記念美術館からの作品もいくつか出ていた。
なお、今回初めて知ったが、このお店の主人は代々「西村彦兵衛」を名乗るが、六代目彦兵衛は「象翁」と名乗ったようだ。八代目は「象彦」。
ヒトサマの号ながら、なんだか可愛い。
やっぱり猫とゾウとフクロウはそれだけで愛しさが募る。

象翁 大堰川三船御遊蒔絵料紙硯箱、柳橋蒔絵冠卓 
象彦 羽衣蒔絵硯箱、初音蒔絵硯箱、月宮殿蒔絵水晶台、武蔵野蒔絵重硯箱…
螺鈿を大胆に使うのではなく、ちらほらと使うことで、より効果的に見せるものが多かった。

象彦からは作家の競合による連作物も出している。
四季蒔絵香合 T-S初期 6点もの。球状の香合で、それぞれ季節を抽象的に表現し、魅力的に見せている。

美濃屋製(迎田) 松柏蒔絵料紙硯箱 大胆で派手な構図。柏を鉛と螺鈿で表現。かっこいい。

美濃屋の椀物がずらーーーーーっと並ぶ光景がある。京博が一括で管理しているのか「漆器老舗美濃屋保存資料」と銘打たれているが、とにかく壮観な眺めである。
煮物椀、吸物椀、銘々盆、丸型干菓子盆、小丸型干菓子器、六角形小菓子器…
ああ、目が眩むようだ。

他の美濃屋製のも同じく京博の「漆器老舗美濃屋保存資料」として出ている。

美濃屋製(山本利兵衛) 四段組重  四種の違う文様入りのお重がとてもいい。繊細で。

美濃屋製(青野伊助) 熨斗竹(強肴用) M初期  焼き物にしか見えなかった。

美濃屋製(三木表悦・迎田嘉亭) 香炉盆 M後期~ 琉球漆器のような感覚がある。

「迎田秋悦・嘉亭京蒔絵文様集」という本が1980年に淡交社から刊行されていたようだった。吉田光邦の編によるもの。「星の宗教」の吉田らしい…


千家十職の中村宗哲が現れる。
8代宗哲 幕末から明治初期に活躍した。この人の作品がまた凄かったのだ。

夜の梅懐石家具 膳と飯器があるが、真っ黒に光るばかりで何も見えない。しかし何もないはずもなく、なんと視点を変えると黒い中に梅が浮かび上がってくるのだった。

これはわたしがみつけたのではなく、単眼鏡を持つオジサンとお兄さんとが教えてくれた。
いつも裸眼のままのわたしではみつけられなかったので「もぉええわ」と行きかけた途端、「こっちこっち」と招く。戻ったら「ここからなら見えるから」と言われて視点を変えると、アーラ不思議、闇の中に梅の木が浮かび上がりました~~
ありがとうございます。
こうして教わるのは本当に助かる。

それにしても「夜の梅」といえば羊羹の種類だな。いつも引用するのは、どおくまんのマンガだが、真っ黒に塗った漆の中にうっすら浮かび上がる梅とは、さすが宗哲だと改めて感銘を受けた。

9代目、10代目は惺斎好み、玄々斎好みのものをいくつも拵えている。

同じく千家十職の飛来一閑の歴代作品が並ぶ。
12代 菊蟹香合 M前期 可愛い。…これは前にも見たな。茶道資料館かみんぱくかで。

13代 雪花盆 M後期 雪の結晶をさまざまに意匠化したもの。モダンな感じもする。

13代 丸煙草盆 元伯好み M後期 却ってこの時代にはレトロモダンなのかもしれない。

再び美濃屋の製品がさまざま現れる。
調べたところ、美濃屋は、安永元年に創業し、昭和20年に廃業したそうな。
安永年間といえば「伊勢の名物赤福餅」と同じ頃か。
赤福餅を美濃屋の菓子器に載せて、美味しくいただくところを想像する。

なおその詳細については京博に専用サイトがあるのでご参考までに。
こちら
ちょっとルビが多すぎて読みにくいけれど。


第四章 京都の「工芸」
ようやく最後の章に来たが、おしくも時間が足りなくなっていた。
どう考えても3時間は必要。甘いことをしてはここまでたどり着けなくなる。

雪佳の還暦祝いのちゃんちゃんこがある。白に赤の造りで、絹物。

迎田 撫子蒟醤香合 T-S初期  長谷川潔のマニエール・ノワール作品を思い出した。
なんとなく同時代か。

美濃屋製(迎田) 臼型香合 T4  うさぎさんと。

再び12ケ月香合 球状のそれらは愛しく、賞玩したくなる。
その当時一流の人々による12個の愛らしい香合。
「神鳴」は雷神さん、「茄子」はヘタつき。こうしたところが可愛い。

美濃屋製(魚野自醒) 巻煙草箱 茄子にキリギリス。楽しいね。こういうのを見ると昔の印籠などを想う。

美濃屋製(二代 稲井玉甫) 丸形香合  獅子の真正面顔。ニャーーーッッ!!

湯浅華暁 小庭雨後之図硯箱 T-S初期  水滴がかたつむり。硯周りには竹を使用。なんだか気持ちいい。

三木玉真 粟之蒔絵広蓋 S6 粟があふれている。その上を雀がおなかを見せながら飛んでゆく。面白い構図。いいなあ。

迎田 宝相華唐草文文庫 T-S初期 朱地に鉛の文様。李朝の工芸品を思い出した。

祐吉 月象之図硯付手箱 T15 大きな木の前で杵つくウサギ。これは物語の1シーン。

二代鈴木表朔 溜塗輪花形菓子鉢 S初期 チラシ7。 臙脂色の妙に官能的な作品。現代の工芸につらなる道の始まり。

画帖のような屏風のようなものがある。
「精妙」「清華」と名付けられたそれは八人ずつの画家・工芸家たちによる、それぞれの技量の限りを尽くした作品群だった。
波山の桃、秀真の獅子、雪佳の上代婦人、津田信夫の満月、迎田の紅梅、二代目香山のウサギ、五代目六兵衛の田家などなど。迎田の金地の猫もかっこいい。
得意分野で表現する作家たち。

京都市の銅駝美術工芸高校の前身で活躍した工芸家の作品が現れる。どちらもそこの所蔵品。

三木清 エジプト文様手箱 S11 三木の作品も好きなのだが、なかなか見る機会がない。文様が楽しい。
きつねがハープを弾く、ウサギが笛を吹く、舟もたくさん。和やかないいムードの絵。

森富義典 葡萄と栗鼠蒔絵盛器 S9 昔からの吉祥文が大胆にリメイクされたような構図。

このように学校教育の中から現れる作品もでてくる時代になったのだ。

堂本漆軒 烏瓜花器 S10 筒型に四面の長い画面がある。それぞれトンボというかヤンマ四匹が飛び交うものが二面、烏瓜が二面の構造。

井上(徳力)彦之助 双曲線的なるラヂオセット S9 日本のアールデコの工芸品を代表する一つ。チラシ18.

番浦省吾 大刀豆之図硯筥 S初期 ペーズリー風なナタ豆たくさん。いいなあ。

近年になるほど貼り付けものが増えたように思う。
時代の流行なのかもしれないが。

長々と書き綴ったが、本当にそれでも足りない。
やっぱりモノスゴイと言うしかない展覧会だった。

わたしのなかで、漆芸品の展覧会の中で、今後のすべての指標になる展覧会だったと思う。

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8/24まで。
 

うるしの近代 京都、「工芸」前夜から その1

うるしの近代 京都、「工芸」前夜から

京都国立近代美術館のこの企画展は、なんというか、「凄い」と言う言葉がまだ足りない感じがする。
「物凄い」というのでもまだ足りない。
英語で最上を示す形容がBestだったはずだが、だがそれを使うたとしても軽すぎる。
ちょっと思いつかない。
昨日見たものたちがまだ脳裏どころか、目の前でちらちらする。残像が離れない。

チラシは横長の二枚分をつないだもの。だから見る画面は4ページ分ある。横で見ることが本当だが、これがブログの比率にあわせると小さくなるので、方向をタテにする。
そうでないともったいない。

順番ずつ4ページ並べる。最後に19点の作品の作者名や所蔵先名を記した画像を入れる。
今回、サイトに作品リストがなかったので何故だろうと思っていたが、紙ベースのリストを見て、何となく勝手に納得した。
(だが、紙ベースが可能ならサイトにあげることも本当は可能なのだ)
しかしわたしもそれらをここにいちいち再現できないので、簡易な表記をする。
(明治=M、大正=T、昭和=S)などである。
折々に参考にしていただきたい。
とにかく長くなります。
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第一章 近代という大波
幕末から明治に生まれた漆芸をみる。

東京奠都ということで京都が廃れかけたのは間違いないが、伝統を遵守しつつ進取の気風に富んだ京都人は、市電や水道や琵琶湖疎水や番組小学校などの設置にいそしみ、起死回生を果たした。
海外の博覧会にも京都の伝統的な陶磁器や漆芸品を送り出し、明治28年には第四回内国勧業博覧会が開催され、今日の「日本に京都があってよかった」な状況に回復した。

最初に現れたのは江戸時代に作られた三つの漆芸品だが、いずれも数奇な運命をたどった作品である。
色紙団扇散蒔絵料紙硯箱
唐草蒔絵置物台
若松萩蒔絵書棚
これらはアメリカの博覧会へ出品するために船出したが、沈没し、奇跡的に傷一つなく救われた作品である。

文様も雅で、団扇は江戸の形と違い、ハート型あるいは橘型に似たもの。その形は置物台にもとられていて、可愛い団扇型の表面に丁寧な文様が施されていた。

柴田真哉 釣灯籠図蒔絵額 M10 #1内国博出品  お江戸の是真の筋らしい構図が面白い。横長のやや大きめの物で左端に南部鉄のような灯籠、中に金に光る春日大社の灯籠のような鳥かごがあり、扉が開いて小鳥が出てきて、虫を食べている。右上には四角い鳥かごがあり、そこからも鳥が出て、なにやら自在な感じのある構図である。
三種の釣灯籠が面白く、実はみんな鳥たちの家かもしれない。大胆な構図が楽しい。

川之辺一朝 棕櫚に芭蕉図蒔絵聯 M14 #2内国博  右の棕櫚には蝉がとまり、左の芭蕉の根本にはバラが咲く。黒光りしているようにも見えた。近代的な構図だとも思う。トリミングの構図。

日本蒔絵合資会社 芙蓉薔薇鶉蒔絵額 M26 シカゴ博  上に薔薇、中に芙蓉、下に鶉の縦並びの構図で、それ自体には面白味はないものの、くっきりした線が巧み。

当時の漆芸品を撮影したものや本の図像もあり、それらを見るのも面白い。
銀鉛の写真の不思議な静けさが魅力的でもあり、写し取られた作品の美にもときめくからだろう。
セピア色の記録は東博に収められている。

布引滝蒔絵ラデン硯箱 E-M 桜の花びらが水に落ちて流れる。それが螺鈿で表現されている。葦手で「布」の字が見える。
これはカザールコレクションだから大阪市美にあるのだが、これまでこの美に気づけなかった。
迂闊だというだけではない。やはりこうした場に現れたことで、隠れていた美貌が露わになったと言うべきなのだ。
この作品は昭和初期の「日本漆工会会報」にも紹介されている。当時、カザール氏の手元にあり、国内になかったのかもしれない。

同じく布引滝をモチーフにした小川松民の硯箱もあるが、こちらは箱の中に小鳥と花などがある。

二枚の横長の絵がある。インテリア図である。
並ぶことで比較もできる。どちらも東京芸大所蔵。

関保之助 藤原式室内装飾 M26 絵のない二重格天井、御簾、簾の入る障子、貴人絵もあり、琵琶と琴も置かれている。欄間は細い細い竹が連なっている。

島田佳  徳川式室内装飾 M27 格天井に葵と藤の天井絵、欄間は鶴の彫刻。襖絵も鶴。軸は寿老人と左右に鹿。

全く異なる構造の室内。わたしは室内装飾図を見るのが好きなのでとても楽しい。客船のカラースキームも大好き。

岸光景 正倉院文様図巻  宝相華などが描かれている。色の薄さは退色なのか忠実からくるものなのか。

白山松哉 蒔絵八角菓子器 M44 上蓋に八角星の白い貝が填められピカピカ。七段の菓子器でそれぞれ縁の文様が違う。

地図もたくさん出ていた。

石田治兵衛 禁内裏図 文化14 御所とその周辺の公家の家が延々と描かれていて、現在も続く冷泉家をはじめ、「ここは昔はこうだったか」というのがよくわかった。
先に見ていたご夫婦が詳しく、話し合いながら確認しているのを聞いていると、ちょっとしたギャラリートークにもなり、なかなか。

京都大火之図 元治元年 まぁ時代が時代ですからなあ。しかし普通に家々が並ぶMAPで、別にどこが焼けたというのも描かれていない。

第二回京都博覧会場図 M5  色付きで洋風の門や噴水などが描かれている。

京都賑見立 M6  相撲番付の体裁で、京都にあるお店や名物や名所の案内が書かれている。こういうのは楽しいから昔から好き。
禽獣会場、大博覧会の文字。都通小町紅などなど。

ほかにもいろいろあるが、やはりこれらは社寺境内図や曼陀羅図にも通じる面白味がある。


木村表斎 鶯宿梅蒔絵吸物椀  チラシ1である。蕾の梅といくつか開く様式的な梅の間を飛び交うウグイスたち。
とぼけたような可愛さがある。

富田幸七 雪月花蒔絵冠卓 両サイドに(橘型の)団扇型の透かしがあり、そこに群雲がたなびくような拵えがある。
手が込んでいていい。

こうした手の込んだ仕事を見ていると、シンプル・イズ・ベストの概念は職人芸をころすものかもしれない、と思うのだった。

富田幸七 水貝蒔絵内朱七寸重箱 五段に五種の貝殻がきらびやかに散りばめられている。チラシ9。

浮世絵が一枚。
#4内国京都府勧業博覧会図 M28 絵師はちょっとわからない。博覧会オープニングに参加する貴紳たち。万国の旗がたなびく下ににこやかに並ぶ。

西沢玉舟 菊花尽し蒔絵香箱 M-S 中には向かい蝶。小皿は紅葉柄という凝ったもの。

蝶形蒔絵小箱 M-S 胡蝶形の可愛らしい小箱で、真ん中に銀閣寺の絵柄が入る。V&A所蔵。

京都・駒井製 鉄地金象嵌小箪笥 M-S 可愛い箪笥。観音開きの扉を開くと左右内側にそれぞれ金閣寺と銀閣寺とが描かれていた。ちゃんと引き出しもついている。
わたしはこんな小箪笥が本当に好きだ。思文閣で見た芝山細工の小箪笥が欲しいなと今も思っているほど。V&A。

冊子がいろいろ並ぶ。

山本覚馬 外国人のための京都・京都近郊名所案内 M6  さすがに英語で書いてある。これは一種のパンフ。分かりやすくていいと思う。

これを筆頭に京都のガイドブックがたくさん刊行されたようで内容もそれぞれ工夫が凝らされていた。
手に取りやすいサイズの物も多く、名所案内なども
知恩院、八坂神社、女紅場、歌舞練場と近くのスポットを紹介している。
京都らしい技術を持つ店の案内もある。
菓子商・亀屋陸通 本願寺ご供物 こうした案内と宣伝の冊子があった。


第二章 漆を学ぶ
図案家として名を成した人々の作品が現れる。

美濃屋製(山本利兵衛) 蒔絵手板 E-T 菊のご紋もありますな。

塗標本 一片が3x4cm大で一枚につき28点のカード式塗り標本。それがどうやら8プレートある。様々な色調があり、金の色違いばかり集めたものもある。楽しい。
今の工芸家の人々もこうした見本表を持っているだろうが、こちらの古いものの方がどこか優雅に思える。

京都の美術工芸学校の学生たちの様子を捉えた写真がいくつかある。イーゼルに掛けたり、机といすが並ぶ中で写生に勤しんだり、熱心な様子が見て取れる。
職人の仕事が工芸家の仕事に転換されてゆく時代にさしかかっていた。

沢田誠一郎 蒔絵図案 M33  数点の図案があるが、梨地は霧のようで、絵とは言え螺鈿部分は煌めいて、白青の美を楽しめる。

佐藤庫次郎 藤原式及鎌倉式隅棚図案 T4 いよいよ大正時代の作品が出てきた。
藤原式の三角の棚は団扇形の透かしが入り、右近の橘がデザインされている。
鎌倉式は対称に2こずつ透かしを入れて蝶々などをデザイン。
どちらもいいものです。

いよいよ神坂雪佳の登場。
雪佳の図案をいくつもみる。

蒔絵飾り棚略図及び手箱並びに道具巻物軸盆図 T11  全面的に扇面図を採用。全面扇面。

御冠棚並びに御文台御硯筥図 T2 藤、松、鳥の意匠。

御座所地袋小襖縁裂案 麒麟、蝶、花などが優美に描かれている。

蝶千種 M37 いい画帖。以前にも見たが本当に様々な意匠の蝶が飛び交う画帖。ここでは色とりどりとのやや丸めの蝶が乱舞していた。

染織図案 海路 M35 モダンな波から琳派風な波まで。

ちく佐 M32~33  広重風な図柄もある。何でもあり。

百々世草 M42~43  花や羊歯で飾られた御所車。芸艸堂のおかげで百年後の今、雪佳の意匠を楽しめる。

ほかに谷口香嶠編の「光琳画譜」「工芸図鑑」があり、アールヌーヴォー風なものなども見た。

多くの人が新しい時代にふさわしい意匠を考えようとし、一方で温故知新を実践していたのだ。

浅井忠の図案を三次元化したのが主に杉林古香。
その現物がある。絵から始まる硯。

塩屋之図 M30~40 浅井忠の絵は山家の前にススキ原、その前に大きめの樋が何脚か続く。群雲もある。
杉林はそれを元にした「置目」を描く。こちらには左に鶴が二羽飛ぶ。
そして塩屋蒔絵硯筥。鶴はなくなり浅井忠の原画に近く、ススキを蒔絵で表現し、樋は螺鈿。
見るからに浅井らしいのどかさがある。

浅井忠は本職の洋画より、工芸品の意匠やユーモアあふれる日本画の方が魅力的だと思う。そして「洋画教育の先生」としての浅井忠もまた素晴らしい。

浅井忠・案 杉林・作 蒔絵用箋箱 静々 M40 これはまたいい意匠である。三日月に照らされるミミズク。ミミズクは陶器で盛り上げられ、月と木は螺鈿。
わたしはこんな図柄が本当に好きなので嬉しくてならない。

浅井忠・案 杉林・作 蒔絵タバコ入 M30~40 これまたいかにも浅井らしいユーモアあふれるもの。掃除箒を持ってニコニコする男の周囲を、ゴミか葉っぱかがキラキラキラキラしながら渦を巻く。キラキラはむろん螺鈿。

浅井・案 杉林・作 漫画蒔絵菓子皿 M42 5客分それぞれ絵が違う。洒脱で滑稽。
・こたつに座る猫とじいさん・上下姿の男の豆まきの背後に立つ鬼・パラソルの女学生・働く植木職人・立ち話の坊さん二人。

杉林 波に鶴文汁碗 M30年代 パキパキ記号化した鶴が飛ぶ。モダン。
杉林の作品は佐倉市立美術館の所蔵品が多い。
佐倉市立美術館は明治から戦前のいい工芸品をたくさん所蔵している。
今度佐倉で回顧展があれば是非見に行きたい。

浅井・案 迎田秋悦・作 七福神蒔絵菓子器 M42  短い円筒で蓋には陰陽。金地に七福神色々スタイル。機嫌よく歩く毘沙門天、竜に乗る弁財天。これもまた明るい。

鹿子木孟郎・案 迎田・作 仔犬蒔絵硯箱 M40年代  白に茶の斑わんこ。可愛いね。鹿子木は洋画家で20年前にこの近美で回顧展を見たが、こうした図案の仕事もしていたとは知らなかった。浅井忠との関わりからだろうか。

浅井忠 万歳 M37  万歳と才蔵とが機嫌のいい顔を見せて言祝中。浅井忠の洋画には謹厳さを感じるが、日本画にはこうした楽しいものが多い。

図案や冊子類を見る。

杉林 にほひ M36 冊子 唐辛子いっぱい。電線に止まる燕? そんな構図。

津田青楓・西川一草亭・杉林 古美術図譜 M37 画帖 アールヌーヴォー風な曲線で描かれた、屋根・水面・草・細い並木。並木はむしろゼセッションか。

五代清水六兵衛 游陶園圖按集 M36~T 画帖 この図案そのものは雪佳による。六歌仙一つ一つが伏見人形風に描かれた湯呑の図案があった。

迎田 巻莨入図案(ほととぎすの意) M30-40 小さな桟橋に止まる小舟に丸提灯の畳んだものが二個三個。杜鵑の声も聞こえぬ午後でした。

ほかに迎田の図案で山家が3つ並ぶもの、雪佳の蝶々などがある。
いずれも常にこうした案なら即出てくるようで、「見本」風でもある。

京都図案会 京都図案 M40-T 冊子 山家に白梅、椿に柳。これらも江戸の頃からの定番図案。

戸嶌光孚 「漆器界」第一号 M42 冊子 空間を変えて、山家と砧打つ女とを描く。2コマ分にもなる。

雪佳 家具図案集 冊子 梅の木の意匠が出ていた。
これを見て思いだすことがある。
78年の作品だから年月だけは随分昔だが、作品そのものに古びのない、山岸凉子「ドリーム」という名品がある。
自邸に広大なブドウ園を持ち自家製ワインを醸造するほどの大旧家の女主人の優雅さと、それを支える完全なる自己愛と他人無視との様子を描いている。
それは母の再婚で姻戚となった女子高生の目から見た物語として展開する。
その明治の大邸宅はその時代らしく洋館と和館とが隣接しているが、洋館のインテリアは全て江戸から明治大正頃までの日本の指物などで統一されている。
子どもだったわたしは、その生活様式の美に非常に感銘を受けた。
西洋の美こそが至高だと思わされていた1970年代後半の小学生に、東洋趣味・和の美というものの素晴らしさを教えてくれたのは、実はこの「ドリーム」だったのだ。
そして何故雪佳の家具図案でそれを想うかと言えば、その邸宅にある小さな家具に梅の意匠のものがあり、優美な洋館の中に違和感なく落ち着いていたからなのだった。

山岸凉子の画力の高さが、東洋趣味・和の美への目を開いてくれたことを、常にわたしは感謝している。

佐藤邦雄の世界 ぼくの動物美術館

作者のお名前は知らなくても、絵を見れば必ず「あーっあの!!!」となる方々がこの世には割と多い。
知ってる人はむろんご存じ。知らない人は絵だけはよく知っている、そんな感じかなぁ。
大阪を拠点とするイラストレーター佐藤邦雄さんのどうぶつたちを中心にした作品展を東花園へ見に行った。
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展示室入り口には佐藤邦雄のどうぶつたちのぬいぐるみやオブジェがいて、歓迎してくれる。
いよいよ中に入れば、ふくよかに表情豊かなどうぶつたちの様々な「暮らしぶり」が広がっていた。

ほぼ、どうぶつたちの擬人化がメインである。
それがちっともわざとらしくない。
個々の種による毛並みの違い、目鼻や口の違い、手足の違い、きちんと描き分けられている。
それでいてどこかヒトクサイ面白味がある。こうしたところが佐藤邦雄の個性で、愛すべきユーモアの発露にこちらもニヤリとなる。

イラストレーターとして佐藤邦雄は長く仕事をしてきた。今、ここに展示されている作品を見歩くと、ああこれこれ!と思わず声の出るものが少なくない。
ヤングジャンプの創刊号から数年間の表紙絵、大阪の消防局のポスター、天王寺動物園のカレンダーなどなど,,,
佐藤邦雄の親しみやすいどうぶつたちの姿がそこにある。
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悲しむ顔はあっても、必ずそれを癒す手があり、次の状況が来る。
基本、お気楽でご機嫌さんだが、背景にはちょっとさみしいことだってあるだろう。
それでもこうして明るく笑っている。
そういうのがいちばんいい。

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一年を一枚で過ごすカレンダーだが、ずーっと絵が連続していた。
最新の四年分は海関連だが、まだ絵ハガキにはなっていない。
わたしは3期目のライオンからトラまでのを購入。

佐藤邦雄グッズはとてもたくさんあった。多岐にわたってのグッズ。いいねえ。
わたしもちょっとゲット。嬉しいわ。

佐藤邦雄さんのどうぶつたちは異種間でのコロシアイなどはなく、わりと平和に暮らしている。
きれいごとかもしれないけれど、猫と鼠が仲良くしてたり、ゴリラときつねが一緒にいても不思議でない、まろやかな優しさがある。これはやっぱり佐藤邦雄さんの「願い」なのだろうな。

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佐藤邦雄さんはデビュー45年らしいが、わりと早いうちから画風が確定していた。純粋に画力が高いなと思った。
いまもそれは変わらず、手抜きもなく、やっぱりリアルな毛並みのどうぶつたちをユニークに、そしてユーモアたっぷりに描いている。
擬人化されているとはいえ、元の人間の行為をも優しく見守っている、そんな雰囲気がある。
シニカルなものはない。

今年のカレンダー。
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ほのぼのとハッピーな気分になれる絵。こうした存在がないと、やっぱり世の中は殺伐とする。
たとえ今が不安で不穏な時代であろうとも、この世に暮らす以上、ほっと一息つけるものがなくてはね。

8/31まで。

デュフィ展をみる

デュフィ展がブンカムラで開催された後、あべのハルカスに来ている。その後は愛知県美に巡回するらしい。
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同じ絵を使っていてもチラシの雰囲気は違いますなw

デュフィの大きな展覧会はわたしの場合、大丸で見て以来かと思う。
あのとき「さすがデパート展覧会だけに華やかで、テキスタイルの良さが際立つ」と思ったものだった。
その時の感想はこちら

今回もブンカムラ、ハルカス、とデパート内でのミュージアムで開催というのは、デュフィの持つ明るさがより展開されていくと思う。
尤も、どちらも売り場から隔絶されているので、デュフィ展を見た後すぐさま何か買い物をしよう!とそそられても、ショップに行くのに手間取ることが予想される。
ちょっと惜しい気がする。

先にブンカムラで見たので前後期通した感想を挙げることにする。
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第1章 1900-1910年代 造形的革新のただなかで
のちの「デュフィ」のパブリックイメージはまだここには現れてはいなかった。

解説プレートを読むと、こんな意味のことが書いてあった。
「20世紀初頭の若き画家たちは、点(シニャック)か平面(ゴーギャン)塗かで悩んでいた」
そうか、塗り方一つにも新しい時代が来ていたのか。
その時代のデュフィの葛藤。

夕暮れ時のル・アーヴルの港  1900年 カルヴェ美術館、アヴィニョン   この色調の重たさは魅力的だと思う。ル・シダネル風な雰囲気のある構図。水面に揺らぐ建物。薄暗いというより、まだ空に明みの残る時間帯で、現に空はまた薄青い。ほぼ夕日は見えない。しかしもう灯りはともり始めている。
人々は描かれずとも、人々のいることを予想させる優しさのある絵。

サン=ジェルヴェ教会  1904年 カルヴェ美術館、アヴィニョン  白い塊、な教会。虹が出ているようだ。白の上に白を重ねたような。

サン=タドレスの桟橋  1902年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター
(ランス美術館寄託)  白砂、白テント?木橋を渡り水面ギリギリまで歩こう。青い海、日陰のある午後。ああ、気持ちよさそう。

マルセイユの埠頭  1903年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター  グラファイト鉛筆、クリーム色の紙にさらさらと素描。空、山、港町、汚れたボート、手前の赤土。生きた港なのだと感じる。

マルティーグの港  1903年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(カンティーニ美術館、マルセイユ 寄託)  地中海の明るい陽光を知るデュフィ。だからこその作品。

マルティーグ  1903年 ズィエム美術館、マルティーグ   斜めにザリザリザリと塗られた空は青緑。船や建物が水面にも浮かぶ。

教会の広場(ジョンキエール、マルティーグ) 1903年 ズィエム美術館、マルティーグ   日差しが、光が、白い。建物の影の中にいる人々は動かない。装飾ゆたかな建物の前で。

1905年、デュフィはマティスの「豪奢、静寂、逸楽」を見てから、「目に見えるものへの再現」をやめてしまった。
そう、目に見えたものを再現することだけが大切ではないのだ。
その絵はここには紹介されていないが、絵自体はデュフィが気持ちを転回させたのはなんとなくわかる。

サン=タドレスの浜辺  1906年 愛知県美術館  遠くの山はカラフルなモザイクで表現されている。浜も大きくカラフル。手前に草原と人。明るいなあ。

トゥルーヴィルのポスター 1906年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター  明るい色遣い。くっきり。どんどん「デュフィ」になってゆく。

海辺のテラス 1907年 パリ市立近代美術館  点+平塗。カラフル。椅子がいい。

レスタックの木々  1908年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(カンティーニ美術館、マルセイユ 寄託)  セザンヌの影響下で制作。遠近感がちょっと変。緑とオークル。表現主義の映画の書割みたいな感じもある。

レスタックのアーケード  1908年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(カンティーニ美術館、マルセイユ 寄託)  こちらもセザンヌの影響下にある。緑とオークルのみで表現。半アーチのアーケード。緑に侵されている…

ヴァンスの風景  1908年 パリ市立近代美術館   筆を倒して塗ったのか、/// ///な筆致。

かごのある静物 1913年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター (ブザンソン美術考古学博物館寄託)  サラッと墨。手前に編み籠。なんだろう…

網を持つ漁夫 1914年頃 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター  すごい縦。白シャツと青ズボン。網目くっきり。
これは木版の「漁猟」( 1910年 フランス国立図書館 版画・写真部門)の油絵版。

浴女  1914年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター  木炭の裸婦。キュビズムの裸婦。

第2章 木版画とテキスタイル・デザイン
ポワレのドレス展示があり、とても綺麗。写真も優美なものばかり。デュフィのデザインセンスにときめく。

デュフィの木版画を大いに楽しむ。
・ダンス  1910年頃 島根県立石見美術館  熱国の地でモノクロのヤシの林と向こうに大きな帆船が。これはテキスタイルにもなっている。(トゥールノンの綿布にプリント 1914年 島根県立石見美術館)
・愛  1910年 フランス国立図書館 版画・写真部門   既に寝転んでいる女のスカートから腿が見える。
・三頭の馬 1910年 フランス国立図書館 版画・写真部門  肉の締まり方は太々している。鳥も飛んでゆく。

ギヨーム・アポリネール『動物詩集あるいはオルフェウスとそのお供たち』1911年刊
(補遺1931年) 群馬県立館林美術館  
原作を読んでないので物語の展開はわからないけれど、この連作物はとてもよかった。
モノクロ版画でかっこいい。言えば日本人の好む「可愛らしさ」はないけれど、そこがまた楽しくもある。さまざまな動物たちの一枚絵が続く。
精悍なもの、ムクムクしたもの、凶悪なもの、様々な様子。
オルフェウスは4点ある。
亀 、馬 、チベットの山羊 、蛇 、猫、ライオ、野ウサギ、ラクダ、ハツカネズミ 、象、
毛虫…イルカ、蛸、クラゲ、鯉、人魚も白鳩、孔雀、コンドル等々…

ここからテキスタイル関連。
・収穫 トゥールノンの綿布にプリント 1912年 島根県立石見美術館  6色ある。カッコイイ。脱穀機に乗ってるのかな。
・狩り トゥールノンの綿布にプリント 1912年(1950年代のリプリント) 島根県立石見美術館  赤い熱林に犬を連れて入る猟人。遠くに煙のような、またはワラビのようなものが見える。おや、建物も。
・ペリカン 綿布にプリント 1912-1913年 島根県立石見美術館   黒と緑の目、白もくっきり。そして色ずれがまた面白い。可愛い。
・たちあおい シルクにプリント 1918年 島根県立石見美術館   こういうパターンは楽しい。
・おうむ クレープにプリント 1918年 島根県立石見美術館   煉瓦地に鳥籠。なんでもかっこよくみえる。
・ぶらんこ 綿にプリント 1919年頃(1950年代のリプリント) 島根県立石見美術館   白地に色々描かれているるブランコそのものが妙にメカっぽいのもいい。
・海馬・鯨・貝殻 サテン・クレープ・織り 1924年 島根県立石見美術館  この海馬最高!埴輪のふっくら馬みたいで可愛い。ふくよかな海馬さん。
・アルファベットと花 1922年 シルクにプリント 島根県立石見美術館  藍と青とで構成。花文字。ほしい。でも…成型された服はイマイチだったな。
・ドーヴィルまたはレガッタ シルクにプリント 1925年頃 島根県立石見美術館   海と波と魚の水しぶきと、人々。
・貝殻 シルクにプリント 1926年頃 島根県立石見美術館  ピンクの貝の連続文様。

軽やかさがやはり魅力ですなw 1920~1924年よりそれ以後がいい。

再び紙へ。グアッシュ・レリーフプリントで。
・チューリップ 1914年 島根県立石見美術館  パンジー風で黒。シブい。
・スケートをする人々(1954年のリプリント用) 島根県立石見美術館   都市の人々と木々と。
・アイリス 未詳 島根県立石見美術館   ビロビロしすぎで紫も綺麗ではない。
・チャーリー・チャップリン 1920年頃 島根県立石見美術館   面白いパターン。喜劇王は既にこの時代も人気者だった。
・菊 未詳 島根県立石見美術館  グロいくらい暗い丸い菊。
・ばら 未詳 島根県立石見美術館  クッション用なのか。2種のばら。
・園芸 1923年頃 島根県立石見美術館   小さな゛゛゛地に赤白青の花々。

多色の雪片 グアッシュ、紙 未詳 島根県立石見美術館   これは昔懐かしのインベーダーゲームにしか見えないな。

ポワレとの仕事を見る。1911-1928年の間の共同作業。
服飾デザイン。ストーンとロングな形がその時代を示していてかっこいい。膨らみすぎたスカートもあるけれど。
No.6の冬コートが素敵。これは欲しい。
いずれもポショワール版画、紙 1920年 島根県立石見美術館。

夏のドレス1920 ポショワール版画、紙 1920年 島根県立石見美術館   ややもっちゃりしたご婦人たち。

ポール・ポワレ〈イヴニング・ケープ〉 オレンジのラメ・ジャカードにプリント 1925年 公財京都服飾文化研究財団  オバサマが着物をドレスにしたのを着てるのによく似ている。なんとなく緞子風なのはジャカード織のせいかな。

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第3章 1920-1930年代 ─ 様式の確立から装飾壁画の制作へ
いよいよ「デュフィ」らしさ爆発の時代になりました。

ヴァンスの眺め 1923年 島根県立美術館  かっこいい。

ヴァンスの城壁の眺め 水彩・鉛筆、紙 1919年 ストラスブール近現代美術館  囲いと山と木々と。

ヴァンス グラファイト鉛筆、紙 1919-1920年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(ブザンソン美術考古学博物館寄託)  鉛筆の筆致がいい。そういうのにも惹かれる。

ヴァンスの田園 鉛筆、紙 1919-1920年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター
(ブザンソン美術考古学博物館寄託) こちらもいいスケッチ。

デュフィのヴァンスを描いたものは何もかもが素敵だ。
他にもマルセイユのスケッチがいい。簡素だがしゃれている。

カルタジローネ 1922-1923年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(ゼルヴォ美術館、ロマン・ロランの家、ヴェズレー 寄託)  キャラメル色の町にグレーと白の塗り塗りの窓と。

ル・アーヴルの水上の祭り1925年 パリ市立近代美術館   機嫌よく描いているのを感じる。雲はモコモコ。
技法がどうとかそんなのはどうでもよく、見る側としてはその絵がよいかどうかだけ。

突堤―ニースの散歩道  1926年頃 パリ市立近代美術館   色も分割。ズレもヘンな色合いもOK!

イエールの広場 1927年 ニコル、パトリック・パポ コレクション   大きな絵。鳩に蝶に建物。四阿もあり、ヤシが。人はいない。…いいなあ。

ニースの窓辺  1928年 島根県立美術館  青がくっきり。明るい。棚中心に外へ目が向く。賑やかなニース。

クロード・ロランに捧ぐ 1929年頃 個人蔵  17世紀の画家。黒黒と噴水。深いね。ロランの絵を思い出しつつ眺める。

ポール・ヴィヤール博士の家族  1927-1933年頃 群馬県立近代美術館   夫・妻・娘。右の少女、なかなか綺麗。

裸婦の絵が数点。
裸婦立像 1928年 個人蔵  ロセッティさん。ふっくら。
黄色い背景の裸婦 1930年 ヤマザキマザック美術館  
シーツの上の裸婦 1930年 パリ市立近代美術館
横たわる裸婦 インク、紙 1929年頃 アンドレ・マルロー近代美術館、ル・アーヴル

レセプション 水彩、紙 1931-1935年 パリ市立近代美術館  パーティって楽しいなあ。

競馬関連。
エプソム、ダービーの行進 1930年 ひろしま美術館  薄めの色で満員御礼。大テントもある。いろいろと楽しい。すごい観客。「スターウォーズ エピソード1 ファンタム・メナス」のアナキンの出たレースを思い出すわ。

ドーヴィルの風景 水彩、紙 1930年 パリ市立近代美術館   パドックかな、わいわい。

ドーヴィルの競馬場 1931年 大原美術館 緑の大木に高い建物。わいわいパドック。

馬に乗ったケスラー一家  1932年 テート  これは大きな絵で、印象的な人々がいる。
左下の可愛い坊やがいい。きりっとしている。上流階級の人々。蝶々も飛んでいた。
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「ラングルの風景」3点見た。ハルカスに来ないのもある。
平田牧場所蔵品は、牧場にニンフに汽車と自転車。
アンドレ・マルロー近代美術館のはポプラをさらっと墨で描く。
個人の油彩は牧場です。

麦畑 万年筆・インク、紙 1932-1933年 パリ市立近代美術館  ムクムク肥えた馬や牛。

ピエール・ガイスマール氏の肖像 1932年 宇都宮美術館  コレクター。絵の中にデュフィの絵がある。

ノジャン 墨、紙 1935年頃 アンドレ・マルロー近代美術館、ル・アーヴル  ペン画で楽しそうな人々を描く。ボートを漕ぐ。

パリ 1937年 ポーラ美術館  4分割構成されたパリ。朝から夜へ。かっこいいなあ。こういうのを見るとパリに行きたくなるのだよな、久しぶりに。
パリもね、いろんな人のがあるけれど、デュフィのパリ、「地下鉄のザジ」のパリは間違いなく出かけたくなる場所ですな。

電気の精 リトグラフ・グアッシュ、紙(10点組) 1952-1953年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター  これは本当に素晴らしい。前に伊丹市立美術館でこの小さい版を見たように思うが、本当にいい。本物は壁画。
そして描かれた科学者一人一人については、とらさんが丁寧な紹介をしてくださっている。
こちらへどうぞ。
なんだか晴々したココロモチになる。
そしてこの絵は東洋絵画での生生流転や水の一生を描いたものに近いような気もした。

やきものに絵付けしたもの、椅子などなど。いずれも明るい色調でいいね。

浴女、騎手、馬が装飾された庭 陶土、化粧掛け、錫を含む釉薬、掻き落とし、筆による施釉 1927年 ラロック=グラノフ・コレクション、パリ   これは面白かった。明器ぼいような感じもある。ギリシャ風な青年が素敵。

小さな青い庭 陶土、化粧掛け、錫を含む釉薬、掻き落とし、筆による施釉 1927年頃 ラロック=グラノフ・コレクション、パリ  ミニチュアの可愛いお庭。2階建て。1階には噴水というのかな、水飲み場のようなのもある。2階には緑の千切り。どこから見ても可愛いし、楽しい。こういうのが欲しいわ。

パリのパノラマ ラッカー塗装の木材、ボーヴェのタピスリー(ウールと絹) 1924-1933年 モビリエ・ナショナル、パリ  ほのぼの明るい絵柄。手前には薔薇。屏風で建物はギチギチに描かれているが、それでも気持ちいい。雲は暗くても、それでもいいね。

椅子の背もたれや座席にパリの名所が表現されたものがある。
いずれもブナにラッカー塗装、ボーヴェのタピスリー(ウールと絹) 1924-1933年 モビリエ・ナショナル、パリというものたち。
シャン=ゼリゼ、チュイルリー公園、オペラ座、 ムーラン・ルージュ
4か所ともに懐かしい…


第4章 1940-1950年代 ─ 評価の確立と画業の集大成
この時代の作品こそが現在に至るまでデュフィの大人気を支えているように思う。

シャンデリアのあるアトリエ 1942年 大分県立芸術会館   色をさーっと塗った上に緑でサササッと。こういうタイプが今見てもかっこいい。

いよいよ音楽が現れる。
・モーツァルト 1941年頃 大分県立芸術会館  ピンクのモーツァルト♪ クラリネットです。
・コンサート 1948年 鎌倉大谷記念美術館  赤――――ッの中に人人人。  
・交響楽団 墨、紙 1936年 個人蔵(ルイ・カレ・ギャラリー協力)チェロかっこいいな。
・国立音楽院のコンサート 鉛筆、紙 1950年 個人蔵(ルイ・カレ・ギャラリー協力) 演奏側からの視点というのがいい。

デュフィにとって音楽と美術とは分かちがたい存在だった。
2つの芸術を身の内に収めていたデュフィ。素晴らしい…

花の水彩画が並ぶ。いずれもパリ市立近代美術館蔵。
理屈も何もなく、楽しく眺めると、いよいよ気持ちが明るくなった。
・アネモネとチューリップ 水彩、紙 1942年
・バラの花瓶 グアッシュ・水彩、紙 1942年頃
・マーガレット 水彩、紙 1943年
・果物鉢 水彩、紙 1948年頃
・アイリスとひなげしの花束 水彩、紙
・田舎風花束 水彩、紙 1953年
・野花 水彩、紙 1950年頃
どれもが欲しくなる愛らしさ。スカーフかトートバッグにほしい。

マキシム 水彩・グアッシュ、紙 1950年 個人蔵(ルイ・カレ・ギャラリー協力)  そういえばわたしが子供の頃、パリのマキシムといえば一つのイコンだったな。フランス料理が手の届かなかった時代の話。
だからマンガにも上流階級を表現するのに「パリのマキシムで」云々という台詞が多かった。現在は支店が銀座にもある。
楽しそうな女たちがいて、ごちそうがあって、レトロな…いい時代でしたのねえ。

花束 フレスコ 1951年 宇都宮美術館  蕗の葉?白チューリップ?緑と白の魅力的な関係が描かれていた。

クロード・ドビュッシーへのオマージュ 1952年 アンドレ・マルロー近代美術館、ル・アーヴル   ピアノとドビュッシーの名前だけある譜面と。

麦打ち 1953年 パリ国立近代美術館、ポンピドゥー・センター(サン=テティエンヌ近代美術館寄託)  神話に現れる女たちと資本主義とを描く。このえは亡くなった日にイーゼルに懸けられていたそうだ。

ああ、本当にデュフィを堪能した。
キモチが明るくなる。あべのハルカスでは9/28まで。

近藤ようこさんの「異神変奏 時をめぐる旅」をよむ

近藤ようこさんの新刊「異神変奏 時をめぐる旅」の感想を書きたいと思う。
お盆の中日にこの感想を挙げることは、わたしなりに意味を持つことだった。
というより、お盆を待って、感想を挙げたいと思っていたのだ。

異神変奏 時をめぐる旅 (幽COMICS)異神変奏 時をめぐる旅 (幽COMICS)
(2014/06/23)
近藤 ようこ


一話完結の連作短編という形式がとられている。

この物語は死者が生者を支配する物語である。
二人の男女がいて、悪縁という言葉だけでは括れないものの、何度も生まれ変わり死に変わりしては、周囲を不幸にしてゆく。
それはこの二人の悪縁が原因なのではなく、二人の関係を悪縁に仕立ててしまった要因があるからだった。

何度も生き変わり死に変わりして巡り合う男女は、何者かの意思のもとで結ばれては、周囲を不幸にしてゆく。
二人の恋は他者を不幸にし、二人を引き裂こうとするものは思いがけない死を遂げる。

物語は「現在」から始まり、過去へと遡る。
夫を事故でなくした灯子が故郷の村へ戻る。そこで平田という青年と思いがけなく関係を持つことになった。
何かがおかしいと感じつつも、青年と以前に会った気もする。
そうこうするうち、奈良時代の神像が人々の前に現れる。もう殆ど崩れていて、男神なのが女神なのかすらわからない。

ある夜、ついに像の本身が現れた。
天平時代の姫のような様相で出現し、灯子と平田に呪言を吐きかける。
黒女と真足。クロメとマタリ。
それが二人の原初の名前なのである。ふたりは過去世において繰り返された輪廻のありさまを目の当たりにしなくてはならない。


少し前の時代、昭和13年にその時代の黒女たる美枝子がいる。淋しい令嬢は日ごと夜ごとを遊び暮らすしかない。
優しい小間使いの少女、いいなづけの軍人、彼らとの関係が令嬢の心を和らげる。
戦場へ向かういいなづけを待つことに決めたというのに、どうしたわけか、書生と関係を持ってしまう。
それはこの時代における真足だったのだ。
二人が関係を持つことで周囲は悉く不幸に襲われる。
出現した姫により、母も死ぬ。小間使いの命は守られたが、その条件は二人がこのまま少しでも長く生きて苦しむ、というものだった。

令嬢から指輪などの貴金属をそっと贈られた小間使いの少女のもとへ、満州から便りが届く。二人はどこにも安住の地を持たず、旅から旅へ移るしかない。
互いを憎むようなことはないようだが、しかし彼らの愛はそれ以外の他者をどうしても破滅させずにはいられないままである。
それは異国の空にあっても変わることがない。
二人がどのような死を迎えたかは想像の先にあるが、けっして優しい死ではなかったろう。


次は三百年をさかのぼり、バタヴィヤに物語は移る。
現地で果樹園を営む元は日本人の未亡人と、金貸しの男の甥で、日本にいられなくなった青年とが今生での黒女と真足である。
神像となったヒメは海を越えてやってくる。そして異国であっても祟りを成す。
二人の恋は成就できない。
男は叔父を殺してまで恋を全うさせようとするが、女はその立場から逃れられず、生涯を離れて生きるしかなくなる。
しかし女は違う生・違う時・違う世では男とまた会えるかもしれぬことを想う。
南蛮は彼らのアジールにはなりえなかったのだ。

ここでわたしは以前の近藤ようこ作品を想う。
南蛮人の血を引くものたちが追放された土地で、本当に好きだった男と共に暮らす遊女の物語を。彼女は南蛮渡りの魔法を使うと噂されていたが、その葛篭の中には人形のように小さくされた男が収められているのを、かむろの少女が見てしまう。
この物語はやさしい夢物語のようで、現実にはありえない恋の成就を見たことが、読者としてとても幸せな心持になれる一篇だった。
タイトルは「君よ知るや南の国」だったか。佳い短編である。

南蛮には行かなかったが、逸脱することで恋が成就する、というのはほぼ同時代を描いた作品にいくつか散見できる。
たとえば「雨は降るとも」で武家の娘が猿廻しの少年と共に逃げ出す。彼らの将来を想像することはやめ、その瞬間の幸せを深く読者として味わった。

しかしこの連作では恋の成就が即ち幸せにつながるわけではない。
次の物語はさらに時代を遡り、平安時代へ舞台を移す。

この時代の黒女は代々続く巫女の家の娘である。
ヒメの像を尊く敬い奉り、予言をすることで生計を立てている。
いまは祖母・母・娘の三人の女が家にいる。
代々の女たちは夫を持たず、国司を迎えて子をなすのだが、娘には慕う相手がいる。
祖母よりは母親の方が柔軟で、それだけにある種の諦念と醒めた意識を持つ。
娘と少年は橋を渡って逃げようとするが、当然ながら失敗する。
後記にも作者による「橋」の話があるが、近藤作品で橋が出てくると、要注意だと思わなければならない。
当然ながら二人は失敗し、娘だけが家に帰され、国司による暴力が降りかかるが、娘の予言は国司にとって呪詛となり、家は火にかけられる。

火から娘を救うのは真足だったが、その肩にまとわりつくのは活きた「三方の姫」である。
その様子に胸を衝かれる娘の前に、少年が現れる。
そしてここで初めてこの時代の黒女と真足の恋は邪魔を受けることがなくなる。
母が娘に逃げることを勧め、ヒメの像を自分たちが死ぬまでお祀りすることを言う。
ヒメの像は涙を流す。敬い奉るこの二人が生きてある限りは、今生の黒女と真足とを追えぬのだ。

都で二人はその日暮らしの芸人となりつつも、楽しく暮らす。今では「黒女と真足」と名乗り道々を行く。落ちぶれ果てた国司と再会しても双方共にわからない。
二人は周囲を苦しめることもなく、自分らも生活の苦しみはあっても、気楽に生涯を過ごすだろうことが予想される。

ヒメの像を誰かが真摯に敬い奉れば、祟りは起こせないのではないかということを、考える。それは一種の封印となり、ヒメは二人の生を追えず、その場にとどまるしかなくなる。ヒメの孤独のありようについて、ここで初めて考える状況になった。

話はそれるが、国司から暴行をうける娘の姿をみて、この構図は「花散る里」にもあったことを思いだした。この構図・ポーズがキマリ!なのだろう、と想像する。
こうした発見をするのがファンの小さな楽しみなのである。

やがて全ての始まりが起こる時代へと来た。
奈良時代のさる豪族の家で予言を行うヒメがいて、代わってその言葉を伝える黒女という娘がいる。そしてヒメの像を拵えるべき仏師・真足が現れる。
ここで初めてヒメの姿が露わになる。
あの平安時代に現れた神像と同じく、三面の顔を持つ姫である。
わたしは阿修羅像ではなく、三面大黒天を思い出した。
(しかし後記を読むと、天河弁財天についての記述があるので、後から「ヒメ、ごめんなさい」になる)

「夜長姫と耳男」での仏師とヒメとの関係性を思い起こす。夜長姫の心情は世の人誰もが理解できぬが、このヒメの心持は伝わってくる。
それはヒメの正面顔だけでなく、側面ふたつの表情からもわかる。

側面の表情。髪の中から現れる白い顔。
近藤ようこ作品での黒い背景に現れる白い顔の魅力について、少しばかり語りたい。

「蝉丸」の終盤、前世では姉弟であったかもしれぬという認識を持たされた少年と女とがいる情景。
このときの背景の黒は闇の黒ではなく、見ぬ世の先の色だった気がする。
黒い髪が辺り一面に広がり、背景と同化する。
「戦争と一人の女」 ビリケンギャラリーでの原画展のとき、いただいたDMには黒い背景に女の白い顔と少しの朱色が描かれていた。
わたしはその様子をこう記した
「背後に広がる闇は女の髪と同化し、女は闇を自分のものにしていた。」

代表的なところでこの2つを挙げたが、いずれも異様に美しい情景だと思う。

やがて悲劇は起こる。
殺されたヒメの最後の言葉はこうだった。
「おまえたち…  許さない…逃がさない  離さない…」
ヒメの執着が露わになり、想いがこの言葉の流れに、ある。

ヒメの死に顔を見たとき、わたしはバルテュスが描いた「日本の少女」を思った。
節子夫人二十歳の肖像である。憂い顔の少女の顔だけを描いたもの。
わたしはバルテュスの描く西洋の幼い少女たちよりも、二十歳を超えたばかりの節子夫人をモデルにした作品の方に強くそそられている。
その節子夫人を描いた顔と、ヒメの最期の顔、どちらも深く心に刻まれる。

全てを知った現代の女・灯子は、輪廻の禍を断ち切ろうと決意する。
彼女は元の黒女となり、ヒメをかばい真足に刺される。
ヒメは自分の過ちをみとめ、黒女は蘇り、ヒメは闇の底へ沈んでゆく。
そのとき、黒女は真足にも言って、二人でヒメの袖を取る。
ヒメの孤独はそれにより癒され、像は風化する。

いつも思うことだが、近藤ようこ世界においては、孤独を抱え込む女は決して男によって癒されることはない。
むしろ女は同じ女によりその痛みを軽減されるように思う。
だが、いずれにしろ孤独を抱え込んだ女たちは、決して孤独を捨てることは出来ないのだ。

現世に戻り、夫を失わずに済んだ灯子は長い夢から醒めたように、元の場所に佇む。
もうヒメの呪いは解け、彼女もまた黒女ではなくなっている。
そして夫と共に歩く。幸せをかみしめながら。

近藤ようこ作品の中で、物語のラストを「その場から去る」シーンで描いたものは少なくない。
新しい道へ走り出したのは「蝉丸」海へ入ったのは「天王寺、参る」、夜道を歩きだしたのは「逆髪」。
いずれも意味は少しずつ違う。
だが、この作品のラストは幸せに歩き出している。
キモチが明るくなるラストである。
現代ものの長編ではラストが明るいものが多く、それも心地いい。
現代ものとむかしの時代を舞台にしたものと2系統の作品があるが、これはタイトル通り「時をめぐる旅」として時代がいくつも描かれていた。
どの時代の物語も豊かなもので、痛みやせつなさと共に、作品を読めたことへの喜びを感じる。

あらためて、いい「本」だと思う。

河井寛次郎邸 その1

民藝と深いかかわりのある陶芸家・河井寛次郎の記念館が五条からちょっと行ったところ、バスで言うなら馬町で降りてすぐのところにある。
ええ感じのおうちで、河井寛次郎が実際に使うていた登り窯もまだ残されている。
つまり後から彼を顕彰するために拵えた建物ではなく、実際に河井寛次郎が自分で喜んで暮らしていた建物を、記念館にしているのだ。
100枚近く写真を撮ったので、前後編に分かれて記事を挙げる。

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住宅街にあるだけにオモテもええ感じです。

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京都らしい風情が活きてますな。

IMGP2809.jpgお隣、土も見えてしもてるが、よろしいです。

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記念館には色々とモニュメントもありますが、この2階から下へ見おろす位置にある薬研のような、自在のような、これも河井寛次郎記念館の主役の一つやないかな。
玄関入って来館者の靴置き場がみえますな。

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こっちは吊ったある縄、実用やったようで、それを見上げたところ。

中に入りますと壁面がすでに家具の一種になってます。IMGP2896_20140813124539eee.jpg

ちょっと2階へ上がる。
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河井寛次郎の人生訓というのか、そうした文章も飾られている。
そこに隣接する机。
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椅子も机もみんな手作り。

2階の窓から中庭見たり奥見たり。
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注連縄はったあるのが登り窯。むろん今はもうお休みしてはります。

彫刻家でもある陶芸家は木ィでも土でも自在にしやはります。
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なかなか座り心地ヨロシイ。

照明もええのが多い。民芸調の民家言うのは居心地の良いのが多い。
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2階のあちこちから1階を見おろせる、言うのもなかなかよいものです。

お部屋あれこれ。
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例のあれ。IMGP2818.jpg
その下には…
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見どころ色々
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灯りもちょっとずつ形が違うが、統一性はある。
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棚。丈夫そう。
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階段まわり。
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飾られてるうさぎさんの絵。IMGP2831.jpg
謡曲「竹生島」かな。民画というやつかな。
しかし月やのうて旭にもみえますな。

オブジェいろいろ。
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まねきねこさんはお外にもいてはりました。

姉妹かもしれん。木と土との。
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その1はここまで。
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河井寛次郎邸 その2

2階からの眺めももうよろしいな。
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ほな、階段下りて1階へ行きましょか。
カメラのフラッシュなしとあり。
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降りた先にはなた豆ギセルの看板。IMGP2847_201408131352279e6.jpg

梁も立派。IMGP2844_201408131352083bc.jpg

使い込んだ家具やお道具の佳さばかりが目に残るなあ。
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囲炉裏IMGP2851.jpg

そこには河井寛次郎が愛した餅花も年中無休で吊られている。
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何もない空間より、何かある空間の方がずっと居心地がいい。

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犬張子が可愛い。IMGP2856.jpg

守りの鬼面IMGP2857.jpg

居心地の良さを感じるなあ。
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さて、ちょっと河井寛次郎の作品を見に行きましょうか。

作品や工具や愛用品などなど。
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お庭もまた作品です。ええお庭ですわ。
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中庭より2階を見上げる。
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まねきねこ。IMGP2870.jpg

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ええとこあちこち。
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茶室というても堅苦しくはなく。
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日本のエエ窓IMGP2873.jpg

展示室、展示壁、展示廊下。
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お庭に並ぶ。IMGP2875.jpg

注連縄の登り窯。IMGP2876.jpg

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緑の濃い庭。
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存分に楽しませていただきました。
いつ来てもええところです、河井寛次郎邸、河井寛次郎記念館。

不思議な動き キネティック・アート展

損保ジャパン美術館で楽しい展覧会を見た。
「不思議な動き キネティック・アート展~動く・光る・目の錯覚~」
1930年代生まれのイタリアのアーチストたちが拵えた、「動くアート」。
イメージ (7)

わたしのように現代アートがニガテなものも楽しめた。
というより、多分わたしはこの展示を楽しい体験型イベントだとみていたのかもしれない。

サイトによる紹介
「20世紀のヨーロッパに誕生したキネティック・アート(動く芸術)は、作品そのものに「動き」を取り入れているのが特徴です。機械じかけで動いたり発光する作品のほか、実際には動かなくても、目の錯覚を利用したり、見る人の視点の移動に応じて動いて見える作品も含みます。
「動く芸術」という考え方は、20世紀初頭に機械文明を礼賛し「スピードの美」を唱えた未来派などにさかのぼることができます。動く作品としては、1930年代から作られた風力で動く彫刻「モビール」がよく知られています。しかし、キネティック・アートが本格的に盛んになるのは、1950年代後半から60年代にかけてのことです。大戦後、発達する科学技術を芸術に取り込む気運の高まりの中で、キネティック・アートは20世紀の新しい美術分野として定着します。
本展覧会は、1960年代にイタリアを中心に展開したキネティック・アートを日本で初めて総合的に紹介する試みです。先駆的なブルーノ・ムナーリをはじめとするイタリアの作家たちのほか、フランスやドイツで活動した作家たちをあわせた30余名による平面・立体作品約90点を展示します。いずれもイタリア国内のコレクションからの出品で日本初公開です。」


イタリアの未来派からつながる動きなのだね。
自分の目で見て楽しいかどうかを優先してしまうので、このムーヴメントの歴史的意義とか存在についてとか、思想とかはよくわからない。
いくつも好きなものがあったのは嬉しい。

youtubeにも挙げられているのはいいね。


ヴィクトル・ヴァザルリ 多色3ケルビン タイトルの「ケルビン」は温度とかの単位とか測定値の関連らしいが、わたしは知らない。
それどころかわたしは聖書に出てくる「ケルビム」のことかと勘違いしたくらいだった。
つまり生命の木を守る存在ね。それを抽象表現しているのかと思ったら、全然ちゃいました。反省。
グリッドの連続があり、そのコマの中に○、△、□などが入っている。中にはダイエーのマークみたいなのもある。可愛いなあ。

フランコ・グリニャーニ 波の接合33  こういうのがホンマにわからんのだけど、見てたら目がぐるぐる@@@@@@…波というのはコワイもんです。

ジュリオ・ル・パルク 赤い横縞柄の曲技的な形 電気モーターでウィ~ンと動くのだが蛇行しているのでこちらもウィ~ンと目が回る。

イメージ (8)

ル・パルク 観客の移動による仮想の形態 ああ、こういうの面白いから好きだな。
あんまり理屈を言いたくないくらいな感覚。

ダダマイーノ ダイナミックな視覚のオブジェ ぐりぐり。東アジアでの倶利文とそう遠くないような感覚がある。

トーニ・コスタ 交錯 なにか上下している・・・人が歩くとウニウニ動く。こういうのも面白い。

ダヴィッド・ボリアーニ 磁力の表面 機械がちゃんと動いているのだが、しかしそれ以上に砂鉄(鉄の削りかす、というのが正しい)がわーっと動くのが面白くて仕方ない。
監視員さんがしばしば表面をなだらかにする。面白すぎて何度も・・・

ジャンニ・コロンボ O-122ボルト 灯りが大きくなった!!

特に面白かったのはグラツィア・ヴァリスコやグルッポMIDの作品たち。
すごいたのしい、とそのとき思った。

グラツィア・ヴァリスコ 可変的な発光の図面 ロトヴォド+Q44 前面・後面の動きが違うから二つのチカチカ発光が楽しめる。

あと作家の名前と作品名とを忘れたが、磨りガラスの錯覚で右から左へ・左から右へ見たときビヨヨヨヨヨとなるのがあって、これは好きだった。
前にここで小杉小二郎展があったとき、小杉がこしらえた三次元作品がやはりこれと同じようにビヨヨヨヨヨと見えるもので、原理は同じだと思う。
こういうのはなんていう構造物なのだろう。
欲しい。

ブルーノ・ムナーリの映像作品があるようだが、ちょっとクラクラしていたので、見なかった。惜しいことをした。
いま、「ブルーノ・ムナーリ アートのなかの遊び」展が清須市はるひ美術館で開催中。

アートとしての意義とか位置とか思想などは本当に知らないしわからないままだが、純粋にとても楽しかった。

8/24まで。

生誕120年 武井武雄の世界

高島屋を中心に、全国で「武井武雄展」が開催されている。
わたしは京都となんばで見て、どちらも大いに楽しんだ。
図録もよかった。グッズは岡谷のイルフ童画館で以前にかなり入手したので、今回は横目でチラチラみるだけ。
なにしろ武井武雄の世界は無限に広がるからなあ。
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展覧会のタイトルは「生誕120年 武井武雄の世界」展。
副題には「大正・昭和のこどもたちは、このファンタジーで育ちました。」
チラシの下方にはラムラム王からのメッセージがある。
「ヘイセイ ノ ミナサンモ ミニキテ クダサイ」
武井武雄はつくづく不滅だと思う。

武井武雄は1894年6月25日に諏訪湖のほとりの岡谷市で誕生した。
そのずーーーーっと前のある年のその日にはどこかでラムラム王が生誕している。
武井武雄はラムラム王の生まれ変わりとして「日本の山の中の湖のほとり」で生まれたのだった。

そのラムラム王。
ラムラム王ラムラム王
(1997/12)
武井 武雄


わたしが持ってるのはこの普及版。

ラムラム王は、東京から9万マイル、ロンドンから9万マイルのエッペ国という国の貧乏な珊瑚削りの仕事場で生まれたけれど、たいそう立派な名前をつけらけた。
フンヌエスト・ガーマネスト・エコエコ・ズンダラー・ラムラム王。
王というのも名前の一部。
今なら安藤美姫さんがお仲間かな。

生まれたときにカードが降ってくるような奇瑞もあって、その生涯は冒険者たらんことも義務付けられている。
なにしろ「ラムラム王」ですから、「どこへいってもタダ」の旅を続けられる。
原画を追いながら、改めてラムラム王のキュートな魅力にときめく。

ラムラム王は名前の長さで他の王様に勝ったり、変身の術で海底に行ったり、生まれて来た甲斐がわかるという黒曜石の釣り針を探す旅に出る。
そのために折角仲良くなったギネビア姫との暮らしも捨ててしまう。
とはいえその黒曜石のありかは…
最後は元の通りに仲良くギネビア姫(こちらは本物のお姫様)と暮らし、ついに姿を隠すときに「1894年6月25日に日本の山の中の湖のほとりに」生まれ変わると遺書を残す。

だから、武井武雄はラムラム王の生まれ変わりであり、正当な後継者としてラムラム王(RRR)のサインを使うことが可能になる。
尤もこのサインも昭和13年以降は停止してしまうのだが。

展覧会では最初から「武井武雄」の作品が出ていた。
修業時代のものはなく、完全な「武井武雄」であり「RRR」の作品が並ぶ。
焼失したのか、それともやはり武井武雄だからか、ずっとレベルが高いまま作品が生み出され続けている。
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日本の「童画」の始祖。ナンセンスな面白さを見せてくれた作家。
前々から思っていたが、1887~1899の間に生まれた文学関係者には、モノスゴイとしか言いようのない面白味があると思う。
この武井武雄を筆頭に、宮沢賢治、石川淳、里見弴、とちょっと数えただけでこんなにセンスのいい人たちがいる。
いい時代に生まれたと言っていい。

さてその武井武雄のナンセンスさは画面からもあふれ出ている。
クレパスで背景を拵え、水彩で中心を描くことが多いようだが、オバケでも動物でも植物でも、何でもちょっとずつ面白い。
ウケ狙いでもないのに、滲む面白味に見る方はにやにや。

へんなオバケたちが居並ぶ壁面はまるでオバケコンクールのよう。
オバケに対する深い愛情は、水木しげる、伊東忠太と並ぶ。
わたしは勝手にこの三人をオバケ愛の三大家と見做している。

武井武雄は「コドモノクニ」で大活躍した。
そのあたりのことはこれまでにもブログ上で何度も紹介している。
展覧会があるたびにいそいそと出かけてしまうのも、やっぱり童画の魅力に囚われているからだ。

イソップ物語、おやゆび姫といった誰もが知る物語も、武井が描くと全く新しい物語に見えてくる。
誰にも似ていないその作品世界。
近年、美本造りで高名なドイツのタッシェン社ではアンデルセンの物語を紹介する本を刊行したが、おやゆび姫の挿絵は武井武雄の絵を選んでいる。東洋人で唯一のことらしい。
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おやゆび姫の遍歴。最初の流転は誘拐からだったが、自らも脱出を試みる。
蝶々では姫は救われず、蝶々もまた悲しい終わりを遂げる。
ねずみの養母のもとで暮らす日々。モグラ紳士との結婚話。
ついに燕の助けを借りて、自分と同じ小さな人たちの国へ入り、幸せになる。
おやゆび姫の半生が伝わる絵だった。

こうした他者による物語もいいが、やはり武井武雄の魅力はオリジナルにある。
「赤のっぽ青のっぽ」 鬼たちが友達の「今野桃太郎」の誘いで小学校に入学する。
そこで起こる大騒動の数々。楽しくていいねえ。

わたしは「あるき太郎」がけっこう好きだ。

あるき太郎―武井武雄画噺〈1〉 (武井武雄画噺 (1))あるき太郎―武井武雄画噺〈1〉 (武井武雄画噺 (1))
(1998/06)
武井 武雄


これはまた文体が面白い。

ああ、本当にどれを見ても楽しい。

版画作品を見る。
木版画もいいが、銅版画の「地上の祭り」がやはり素晴らしい。
これはつい最近感想を挙げた「関野準一郎」が実際に摺ったもの。
やはり素晴らしい作品だとつくづく思い知らされる。

途中、撮影コーナーもある。

楽しいキャラたちがいる。

武井武雄は郷土玩具のコレクター、研究家でもあり、昔ながらのそれらを集めた蛍の塔をうちたてたが、戦災により焼失してしまった。
だが、記憶は活きている。
武井武雄は郷土玩具をモチーフにした作品を拵えた。

どんなものでも全てが武井武雄の作品だった。
ドキドキしながら眺め、自分が武井武雄の世界の片隅に活きていることを感じた。
本当に素晴らしい。

最後に武井武雄が地元小学校に、小学生たちに贈った作品の拓本があった。がんばって生きようと思う言葉だった。

素晴らしい展覧会。
やはり武井武雄はいつの時代でも魅力がある。
ワクワクした気持ちが長く持続したまま、今、日を過ごしている。
ありがとう、武井武雄。

8/ 18まで。
次は石川県の3ヶ所に巡回。


モンゴメリと花子の 赤毛のアン カナダと日本をつないだ運命の一冊

今年はTVドラマの影響もあってか、「赤毛のアン」とその翻訳者・村岡花子の展覧会が弥生美術館と、大丸心斎橋で開催されている。
それぞれ別な企画なのだが、やはりタイミングがよいだけに見応えのある資料が集まっている。
弥生美術館は九月末まで、大丸の展覧会は8/18までで、その後の巡回は知らない。

大丸でみたものの感想をあげる。
「モンゴメリと花子の 赤毛のアン カナダと日本をつないだ運命の一冊」
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チラシはイメージとしての、アンがグリーン・ゲイブルスに向かうところ。
初めてこの家にきた姿ではなく、もうここで暮らしていて帰宅する姿、という雰囲気がある。

以前に何かで読んだ話だが、世界中で翻訳された「赤毛のアン」だが、特に日本での人気が高く、憧れが募ってプリンスエドワード島に来る日本人女子の大半は、アンと同じような姿でやってくる、とか。
コスプレというべきかどうかはおいても、その心情はよくわかる。

展示はアンの話とモンゴメリの生涯とが融合するように並び、最後に村岡花子の話にうつる。
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アンの連作の中から手芸やお菓子づくりなどをピックアップした本も出ているくらいだから、実際にモンゴメリには手芸や料理などに深い造詣があるようだった。

その照査になる展示品がいくつもある。
ハンドメイドのレース、ちょっとした手芸品などがある。イメージ (6)-8
百年以前のカナダの田舎で暮らしたひとにとっては、手芸も料理もなにもかも自分でしなくてはならぬことだった。
しかしそれは義務だけでなく、喜びでもあったようだ。

展示品を見ているとそのことがよくわかる。

貴重な直筆原稿が展示されていた。
「男の子はどこ?!」「返すか残すか」といったマリラとマシューの葛藤のシーンらしい。今では見慣れなくなった筆記体の原稿。

この名作も当初は全く出版の目処が立たなかったというから、世間は面白い。
ようやくボストンの出版社から刊行された途端、大変な売れ行きを示したという。
そしてそのことでのモンゴメリの興奮と喜びが伝わる資料もある。

ここでは各国・各時代の「赤毛のアン」の本が並んでいる。なかなか大人びた娘としてのアンの絵が多い。
中には金髪に近い赤毛のアンの憂いに満ちた姿もある。
ラファエル前派風な絵もあれば(ファム・ファタール的なアン!!)、ビリービン風な様式の装丁の本もある。
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これは後のモンゴメリの別なシリーズ「エミリー」でも同じ。

モンゴメリのスクラップブックがあり、さらにその複製が展示されていた。
なんでも19世紀後半から欧米の女性の間で日記をつけることとスクラップブックの制作がブームになったそうだ。

それで一つ納得がいった。
彼女よりやや年長のアデル・ユゴーの日記である。
アデル・ユゴーはトリュフォー監督の映画「アデルの恋の物語」の主人公で(イザベル・アジャーニ主演)、フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの娘である。
彼女は好きになった男の後を延々と追い続け、延々と日記をしたため続ける。
その執拗さは無惨なほどだった。

日本では平安時代に貴族の女性の間で日記を記すことがブームになったが、欧米ではこの時代にそれが来たのだった。

さて、モンゴメリのスクラップはとてもセンスが良く、綺麗な構成だった。なかなかこうはいかない。コラージュの才能があるようにも思う。

実際にモンゴメリはとてもおしゃれだったそうで、子供の頃から綺麗な服やおしゃれに心ときめかしていたとか。
だからだろうか、アンが膨らんだ袖のドレスをマシューにプレゼントされたときの歓喜、あの深い喜びには実感があった。

モンゴメリの花嫁衣装の靴なども展示されていた21cmの足。小さく可愛い足。びっくりした。

もう一つのびっくりはモンゴメリ本人の猫好きなこと。
マリラの様子を見ていると到底猫も犬もだめでしょうと思っていたのだが、ご本人は猫好きだったのである。
なんだか嬉しい話だと思う。

そしてモンゴメリの実生活にも大きな変化があり、家庭の主婦となってからはアンの生活もある種のナマナマしさが活きるようになっていった。

1942年、最後の「アンの想い出の日々」の原稿がある。
もうこちらはタイピングされたもので、ところどころに修正が入っていた。
晩年のアンは決して楽しいばかりの暮らしを送るわけではないのである。

モンゴメリも夫婦二人きりになるとトロントに移住したが、アン同様深い鬱屈があったようだ。

それにしても感じたことは、モンゴメリの「書くこと」への執念だった。
「書くこと、これ業なり」という言葉をモンゴメリにも強く感じた。


次に村岡花子だが、やはりドラマの力は強いようで(わたしはドラマをみていない)、それに呼応させたところもある。
晩年というか、一流の翻訳家になってからの花子の話はこれまでにも読んできたので親しみがあるが、ドラマで人気の若い頃の花子の話は、だからわたしは知らないことばかりだった。
たとえば、白蓮と仲良しだからこその絶交だが、そんなもん、彼女の意志の外の政略結婚なのだから、「許さない」とか文句を言うなよ、と思った。
そしてあえて言ってしまうと、やっぱり華族や富裕層とは違うからこその意見だとも思うのだった。

なんとなくそのあたりから花子本人の結婚の話までがちょっとばかり居心地がよくなかった。

彼女が東洋英和女子に通っていた頃の照明灯とクリスタルガラスのドアノブが展示されていた。
先のはゴシック風でかっこいい。

ほかに彼女とつきあいのあった女性たちの紹介があり、大同生命を作った広岡浅子の資料もあった。
彼女の展覧会が現在、肥後橋の大同生命本社ビルの、ヴォーリズの名残が残る空間で開催されている。

最後には再びアンの世界に戻る。
物語や人物たちの紹介があり、改めてアンの世界の豊かさに心躍った。

8/18まで。
弥生美術館ではどのような展示が待っているだろうか。
そのことにもドキドキしている。

高野山1200年至宝

阪神百貨店で「高野山1200年至宝」展をみた。
チラシは空海像のアップ。イメージ

正式には「弘法大師像(萬日大師像)」室町時代の作で金剛峯寺所蔵。
「ふれる空海」というコピーに不審なものを感じたとしても、それは最後に氷解する。

それにしてもこのチラシはヘルツォークの「キンスキー、わが最愛の敵」を思い出させてくれる。ロゴの書体と配色が、ですが。

高野山の金剛峯寺から仏像が下山してきてはります。
古文書は複製のものがメイン。
そして高野山の風景写真と空海の言葉の現代語訳とを壁面展示することで、観客に空海への親しみ・慕わしさとを感じさせる。

わたしは真言宗の人ではないから空海の生涯についてもあまり詳しくは知らない。
今回の展示はそうした知らなかったことなどを知ることになった。
偉大な宗教家の生涯を追うことができた、といっていい。

壁面には「高野大師行状図」江戸時代 名シーンがピックアップされていた。
やはり狩場明神との出会いシーンがいい。

イメージ (2)

木造大日如来像 宝冠や胸飾りの豪華さ。顔立ち、体つき、とても綺麗だった。チラシ最下右にあるが、実物の綺麗さはあいにく届かない。

不動明王と二童子 可愛い童子たち、強面の不動さん。

愛染明王像 真っ赤になって吠えているように見えた。

絵も不動明王と二童子図がある。セイタカ・コンガラは左右に分かれているが、ここでは倶利伽羅竜がいるので右に童子二人は寄っていた。

稚児大師図 正智院 緋の衣がいい。おかっぱの真魚ちゃんが可愛い。

清盛が奉納した「血曼陀羅」の複製品が出ていた。大変大きなもので、これは凸版印刷のデジタル復元製品で色もなかなかはっきりしている。

大河ドラマ「平清盛」では弟の死を聞いた清盛が作っていたシーンがある。頭の血というのがなにやらすごい。
この実物は以前に展覧会で見ている。

真如大師像という肖像画が後世の大師図の基礎になったそうだ。弟子の真如親王が描いた絵。
ここにもそれを元にしたものがある。

真如親王は澁澤龍彦「高丘親王航海記」の高丘親王である。嵯峨天皇の皇子だった。

空海は神秘体験をしている。明星が自分の中に飛び込むのである。
古代の三人の偉大な宗教家の一人だけに、様々な神秘的な伝承がある。

その空海が所持していたという金の念珠。非常に繊細なこしらえで、とても綺麗。赤い石もともにつながれている。

江戸時代に描かれた「高野大師行状図画」の第三巻と第七巻とが出ていた。

三巻 唐の恵果和尚より密教の後継者に指名される。灌頂の儀式を受ける。それを妬んだある僧がいたが、夢に四天王からひどく殴りつけられる。

七巻 狩場明神との出会い。犬たちとの再会、丹生明神からの土地のプレゼント。高野山での寺院建設。
エヤミの人々、加持祈祷する空海。
やがて東寺も建立する。

(複製だが)入定後、さる僧が奥の院へ進むと、髪も髭も伸びっぱなしの大師を見る。
その剃髪を行う僧侶の絵などもある。

ここから大師の不滅の話が生まれるのか。
そして折口信夫は「続 死者の書」を練ったのか。

唐で最新の様々な技術を学び身につけた空海は帰国後に満濃池の治水工事を三ヶ月で完成させる。
古代において治水工事というものは非常に大事なことだった。中国でも最初の禹王は治水にかかりきりだったし、行基が生きながら「菩薩」と庶民から尊称されたのも、治水工事に熱意をかけたのが一因だった。

満濃池の治水にはアーチ式の堤防工事が使用されているとか。
古代の土木工事に興味が尽きない。

また空海により「讃岐うどんが作られた」という話もあるが、これは唐の時代に「切り麺」の技術が成立したからだそうだ。
そうなのか。麺は唐の時代からか。
それを知っただけでもやはり唐への愛が深まる。

千体弘法大師図 ずらーーーーーっとミニ絵が続く。一枚だけやや大きめで、あとはずらーーーーっと999点のミニ。手書きというのがすごい。スタンプを押したくなる。

チラシ表の像の本物がある。室町時代のもの。
これを九州国立博物館と大塚オーミ陶業の協力でそっくりの像が作られ、隣に展示されていた。
そしてその像の膝に触れてもいいというのだ。
これが「ふれる空海」なのだった。

結縁ということを思う。
平等院の像を現代に新造した像にふれて結縁させてくれたのはサントリー美術館だった。
わたしも拝み、それから膝にふれた。

最後に本当の僧侶たちによる声明を聞いた。いい声だった。
「善財 善財」または「善哉 善哉」という言葉だけがわかったが、あとはわからない。

阪神では四国八十八カ所霊場のお砂踏み体験もしている。
こちらは千円。

古代の本当に偉大な宗教家のありように少しばかり触れて、ありがたい気持ちがわいている。

8/12まで。

ボンジュール! フランスの絵本たち ―カストール文庫やババール絵本の誕生を中心に―

二つの絵本原画展をみたので、そのことを書く。

『ボンジュール! フランスの絵本たち ―カストール文庫やババール絵本の誕生を中心に―』うらわ美術館
『1ねん1くみ』シリーズ 町田市文学館
どちらもとても印象深い展覧会だった。

フランスの教育者ポール・フォシェが1931年に「カストール文庫」という絵本の出版社を拵えた。
そこでは白系ロシア人らの作家が大活躍し、今に残る絵本を生み出している。
その原画を観る。
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ナタリー・パラン わたしのねこ ロシア構成主義の影響を受けたシンプルな可愛い絵。
飼い猫との様々なふれあいを描く。わりと暴れん坊な猫で、わたしなんぞはそうした猫との暮らしの方がリアルだ。
1930年、2006年と刊行された本がそこにある。

ナタリー・パラン まほうつかい バーバ・ヤガー ロシアの伝統的な魔法使いのばあさんバーバ・ヤガーが登場する。
1932、2010年刊行されたが、1998年には福音館からも出ている。

まほうつかいバーバ・ヤガー―ロシア民話 (世界傑作絵本シリーズ―フランスの絵本)まほうつかいバーバ・ヤガー―ロシア民話 (世界傑作絵本シリーズ―フランスの絵本)
(1987/02/20)
松谷 さやか


少女たちの輪舞が描かれている。ほかにも猫の縫い物、バーバ・ヤガーと猫など興味深い絵がある。
そしてこれは「呪的逃走」をも描いていた。
日本をはじめ世界に広がる「三つのものを投げると敵から逃走できる」事象である。
ここでは食べ物が森に、タオルが川になっていた。

ナタリー・パラン こんにちは、さようなら 1934年と1998年と。60年の隔たりがあろうとも決して変わらないものがある。幼い子供たちへのあいさつ。それだ。
コラージュ作品で面白い見た目だった。

ナタリー・パランの他の作品も色々と並んでいた。
「旅のおはなし」1935年、「ペルシャ猫のお話」1940年、「アリ・ボロンのきれいなアザミ」、最後は1969年の「自由な庭」小鳥とスグリなどのベリーが描かれていた。

ナタリー・パランの友人にエレーヌ・ゲルティックという作家もいて、彼女の作品もここから刊行されていた。
ペール・カストールの農場 1937年と2002年。いかにもその時代らしさを感じさせる色調。不思議にレトロな線。ロバ、犬、ウサギたち。
懐かしさがモダンさにも見えて、とても素敵な絵本。

ルドルフ・ヤルーチェク プラハ生まれの作家。1935年の「ハチの王国」の原画が未掲載のものも含めて出ていた。レトロなグリーンが魅力的。
擬人化された蜂たちが担架で運んだり花の蜜取りをしたり、女王を檻に閉じ込めたり、殺されたり。牢の見回りもいる。なんか凄い話やな。

普遍・不変・不偏。いずれも魅力があるのを感じる。

イヴァン・ビリービン ああ、ビリービンの作品が出ていたのか。嬉しいなあ。
小さな金の魚 1933年 老人と魚の交流。木造建築の美。ビリービンが諸国で見歩いた建物が更に美麗に再現されている。林の奥にそびえる壮麗な城。老人と王と。
グァッシュで描かれた美麗な作品。

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フェードル・ステパノヴィチ・ロジャンコフスキー この作家の名は知らずとも「リスのパナシ」を知る人は多いと思う。
いしいももこの翻訳で日本でもなじみが深い。
本当の発音はどうやら「パナシェ」らしいが、「パナシ」で通る。
シートンの「リスのバナー」とはまた別なリスの物語。
リスと言えば同じフランスでジャンヌ・ロッシュ・マゾン「おそうじをおぼえたがらない リスのゲルランゲ」のゲルランゲがいる。わたしはその続編「けっこんをしたがらない」も持っているが、このゲルランゲはヤンチャでひねくれもので面白かった。
我が日本でも「正チャンの冒険」の相棒のリスは存在感の濃いやつでした。
オレンジ色のリスがなかなか賢そう。

りすのパナシりすのパナシ
(2003/04)
リダ フォシェ


ロジャンコフスキーはどうぶつをモチーフにした絵本が多いようで、ほかにも「くまのブリュー」「あざらしのスカフ」「はりねずみのキピック」「くまのミシュカ」「動物園の鳥たち」などの本がある。

ベアトリス・アッピア いかにもスイスの絵本作家らしい作風だと思う。
チラシになったのは「ひなぎくのおはなし」 1935年
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擬人化されたひなぎくさんの話。

わからないのがフランソワーズ・テメルソンの「空飛ぶブタ『絹子』」シリーズ。日本に翻訳刊行されたようでもないし原題も『絹子』の部分は「soie-Cochon」=「絹のブタ」…そのままやん。
まあ豚の絹子さんが色んな色の…ちょっと不思議。

アレクサンドラ・エクステル 川の眺め 1937年 パノラマ絵本でちょっとカッサンドラを思い出す風もある。ちょっとかっこいい。

1930年代の豊かなフランス絵本の世界を実感する。

さて、ここまでは読む・見るの絵本だが、次は実践する・手を動かす・考えるの絵本。

ナタリー・パラン 「お面を作る」このシリーズは実際に本から切り抜いて自分で工作するように出来ていた。
インディアン、エスキモー、アフリカーナ、ロシアの農婦、ノルマンディーの農婦、アラブ人…

切り絵の絵本もある。「お店屋さんをしましょう」も教育絵本の一種。
楽しく学ぼう。

エレーヌ・ゲルティックもこうした面白い見方の出来る絵本を製作。
「妖精の絵本」1933年 では、赤と青のセロファンの眼鏡でそれぞれ見てみると、同一画面で違う絵が浮かんでくる工夫が凝らされている。
これは面白い。赤に反応して消える絵・青に反応して浮かび上がる絵。一画面で全く違うものを楽しめる。

たとえばシンデレラの変身がある。赤で見れば完成した馬車とドレスアップのシンデレラ。
青で見ればかぼちゃとネズミが馬車の位置に並び、シンデレラも平服。

美女と野獣、眠り姫、長靴をはいた猫などなど、有名な物語がこうして二重の情景を見せてゆく。二重構造による異時同時図という構想が楽しい。

ハメルンの笛吹、蜂とサルタン、白雪と紅薔薇、白鳥の王子、人魚姫…
いずれも多面性を見せる存在がいる物語。

楽しかった。


次は同時代の別な出版社から刊行された絵本の紹介など。

ラドヤード・キップリング なぜなぜ物語 おお、あのキップリング。「ジャングル・ブック」の作者であり、映画「王になろうとした男」にも出てくる…。20世紀初頭の英国作家。フランスでも人気があったのだ。今日でも人気のある作家のひとり。

そしていよいよ「ぞうのババール」が登場する。
作者のジャン・ド・ブリュノフのセンスの良さがあちこちに見いだせる。
英語版には英国の親しい作家AAミルンが序文を寄せている。
くっきりした線、明快な色彩。可愛いなあ。ファッション誌「VOGUE」で働いていただけに、ババールに着せた服のセンスもいい。
ババールは全世界から愛され、98年にはなんとギニア共和国で切手にもなっている。

ババールのしんこんりょこう (評論社の児童図書館・絵本の部屋 ぞうのババール 2)ババールのしんこんりょこう (評論社の児童図書館・絵本の部屋 ぞうのババール 2)
(1974/10/20)
ジャン・ド・ブリュノフ



この可愛さ・センスの良さをみていると、坂田靖子の「エレファントマン・ライフ」は後継者だと思ってもいいのだろうか。
幸せな気持ちが湧いてくる。


現代もまたフランスの絵本は躍動している。

アンヌ・ベルティエ 「数を数えましょう」「数のかくれんぼう」2006、2008年 これらはあまりに数学的というかむしろ抽象表現と言うべきなのか?わたしには理解不能なのだが、こうした作品が絵本として活きているのもいい。

アンヌ・ベルティエがどういった人かは知らないが、「割り算」「掛け算」といった概念を絵にするのは本当にすごい。
アタマがついてゆかないが、やっぱりこういうのを小さいうちから見ていると面白く感じるのだろう、と思う。

黄金の1930年代の絵本が21世紀の今日も再刊行により、人気を得る。
アレクサンドル・ロトチェンコの「動物を作ろう」も、あのロシア構成主義の!という驚きとときめきがある。

そしてわたしの大好きな作品があった。
ジャニック・コート「びっくり」 これは2012年のBIB展で見たもの。このうらわで。
その時の感想はこちら

丁度二年前の喜び。再会できてとても嬉しい。
グレーのふっくら猫と大人の女性との楽しい暮らし。家族が増えて、そして。
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最後までいいものを見た。やはり絵本の世界は素晴らしい。

1ねん1くみ1ばんサイコー!後藤竜二×長谷川知子展

町田市文学館で「1ねん1くみ1ばんサイコー!後藤竜二×長谷川知子展」を見た。
わたしはこのシリーズは第一巻からずっと好きだった。
かなりたくさん読んだのだが、最終巻だけ読めないまま今日まで来てしまった。

サイトによる紹介
「子どもたちののびのびとした姿を描く「1ねん1くみ」シリーズは、1984年から25年にわたって刊行され、子どもたちの共感を得て長く読みつがれてきました。全25作を数えるこのシリーズは、元気でわんぱくな“くろさわくん”と、気が弱くて泣き虫の“ぼく”の友情を中心に、遊びやけんか、勉強をとおして、ぶつかり合いながら相手を理解し心を通わせていく「1ねん1くみ」の仲間たちの成長を描いています。
作者の後藤竜二さんは、ありふれた日常の中で、現実を生き抜く力を獲得しようともがく等身大の子どもを描きだし、子どもたちに勇気や希望を与えてきました。さし絵の長谷川知子さんは、躍動感あふれる筆致と生き生きとした色使いによって、子どもの目に映る世界を描きだしています。
本展では、「1ねん1くみ」の名場面の原画を展示し、物語の世界を楽しんでいただくとともに、後藤竜二さん、長谷川知子さんのこれまでの作品もあわせてご紹介します。」


くろさわくんはゴンタで、ぼくはすぐ泣いて、そのあたりがまた、いかにもよくあるあるかもしれないが、やはり面白かった。
わかってはいても、それでも読まずにいられない。
この気持ちは、泣かされても泣かされてもそれでもやっぱりくろさわくんについつい目を向けてしまうぼくのそれと同じかもしれない。
他の同級生たちもイキイキ描かれ、読みながら「わかるわかる、あるある」とうなずくことも多かった。

くろさわくんの家庭環境はかなり長く謎のままだったが、大体のところは想像がついていた。だからあるとき、くろさわくんのお父さんが出てきて納得がいったが、しかし母親と妹の存在は考えていなかった。
そしてそのことがラストへとつながるのだった。


1ねん1くみ1ばんワル (こどもおはなしランド (2))1ねん1くみ1ばんワル (こどもおはなしランド (2))
(1984/11)
後藤 竜二


予想通り、くろさわくんはけがをしますがやっぱり元気。


1ねん1くみ1ばんなかよし (こどもおはなしランド (11))1ねん1くみ1ばんなかよし (こどもおはなしランド (11))
(1986/01)
後藤 竜二


野生児くろさわくんのたくましさ。いいよなあ。
結局ぼくもくろさわくんのそこが嫌で、そしてそこが憧れの根源なのだった。


1ねん1くみ1ばんげんき (こどもおはなしランド (10))1ねん1くみ1ばんげんき (こどもおはなしランド (10))
(1985/06)
後藤 竜二


読みながらよく思ったのは、やっぱり子供に手をかけてあげたいという気持ちと、同時に、そうした女の手が与えられなかったからこそ存続する、男児に活きる「力強さ」、それへの憧れなのだった。

次は画像が小さいものしかないが、シリーズ中、いちばん「本当の小さい子供たち」に読んでもらいたい本。

1ねん1くみ1ばんゆうき (こどもおはなしランド)1ねん1くみ1ばんゆうき (こどもおはなしランド)
(1988/08)
後藤 竜二


この話は考えさせられる物語だった。わたしはもうこのトラブルの解決法を思いつけなくなっていた。
無論、作者の後藤が思いついた解決法ではあるが、その勇気、懸命さ、これはやはり1ねんせいらしい真っ直ぐさがあるからこそだと思う。
今、改めてそう思う。


タイトルはこのように法則があり、シリーズの中で色んな出会いが生まれてゆく。
先生も懸命に体当たりで子供らにぶつかってゆく。
ただ、先生よりずっと大人(・・・俗物というべきか)であるわたしは、せんせいのその情熱に、彼女自身のオーバーワークを考えて心配してしまうのだった。


そしていよいよ最終巻の原画が出てきた。
え゛っっっと思った。いきなりくろさわくんの不在である。
北海道で農業をするために急遽引っ越した!!!!!
くろさわくんの家族会議が後に届いた彼の手紙で伝えられる。
父母の和解、目的を1にして頑張ることを誓い合う家族。
そのためのくろさわくんの突然の失踪なのだった。

1ねん1くみ1ばんサイコー! (こどもおはなしランド)1ねん1くみ1ばんサイコー! (こどもおはなしランド)
(2009/10)
後藤 竜二



せんせいも急なことに自分の心を制御できない。せんせいのその様子を見ていると、わたしはやはり彼女の心をケアしたくなる。しかしそこまでのめり込んだからこそ、彼女は1ねん1くみのみんなから絶大な信頼を勝ち得ているのだ。

みんなはくろさわくんに手紙を書き送る。
みんなの気持ちが手紙の中に反映される。
だが、ぼくだけはとうとう手紙が書けなかった。

素晴らしいのはこの後だった。
ぼくは、くろさわくんとの様々な関わり合いについてを物語にする、と決意するのだ。
ぼくはのちに必ず書き尽くすだろう。
そうしてぼくは読者の代弁者でもあり、狂言回しでもあり、だれよりもくろさわくんの友達でありながら、作者たる後藤竜二&長谷川智子にもなるのだ。
いつか青年になったくろさわくんを見てみたいと思うのだが、ぼくはその頃には書けているだろうか・・・


現実の話をする。
後藤竜二はこのシリーズを完結した後、急逝した。
もう続きは望めなくなった。
尼子十勇士を描く途中の死だったそうだ。
いい作品を贈り続けてくれてありがとうと言いたい。

長谷川さんは今もお元気で町田に住まい、絵本作家として活躍している。
他の作品の原画も並び、読みたい気持ちがわいている。

いい展覧会だった。
無料である。
これまでこの作品を知らなかった人にこそ勧めたい。
きっとあなたもくろさわくんはじめ1ねん1くみのこどもたちのファンになり、自分もその中に入り込んでしまうに違いない。
わたしはそう思っている。

9/21まで。

宝山寺 獅子閣

生駒の聖天さん、宝山寺の獅子閣が今月の日曜日ごとに特別公開されるそうなので、ちょっと前のだが撮った写真を挙げる。
1999年と2003年の夏に撮ったものである。

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生駒の聖天さんであり、宝山寺でもあるところ。
近鉄奈良の生駒駅から生駒ケーブルに乗るかまたは歩くかして向かう。

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大工さんの拵えた擬洋風の「獅子閣」。

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螺旋階段とその周辺。

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わりと広い階段の板だと思う。

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色ガラスからは外景がそれぞれ違った季節に見える。

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釘隠しや建具等。このあたりはさすがに棟梁のお仕事。

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和洋折衷の面白さと模型と。

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向かいの土蔵入口の漆喰装飾と可愛いものたち。

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能狂言の絵もこのようにあります。

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周辺やケーブル乗り場。

生駒のこのあたりには昔は検番もあった。ケーブルを使わずに歩くと、それはそれで面白い発見がある。
そして99年にこの界隈で見た猫たち。
イメージ (38)
左下は獅子閣の舞台部分で寝る猫。右下は招き猫の台で寝る猫と…その下の地面で寝る黒猫。
三重三層の猫たち。

行きはケーブル、帰りは徒歩も楽しいと思う。

金沢21世紀美術館に行きました。

金沢21世紀美術館に行った。
東京からも多くの美術ブロガーさんが出かけ、より近い関西の皆さんもわいわいと出かけている。
わたしは現代アートがニガテなので敬遠してきたが、今回は二つばかり見たいものがあったので、おそるおそる出かけた。

一つ目の大きな企画展は金沢21世紀美術館の象徴たるプール、あの不思議なプールを拵えたレアンドロ・エルリッヒの企画展だった。
タイトルがまたありきたりではない。
「レアンドロ・エルリッヒ ―ありきたりの?」
ありきたりやないですわな。

この美術館は今年開館10周年を迎えるとのことで、丁度よい記念展になっている。
何も知らないままとは言うても、このプールのことは一般のニュースにも出ていたし、面白そうだと思っていたから、喜んで見に行ったのだ。

美術館は妹島和世+西沢立衛/SANAAが設計しているというので、それにも心惹かれてトコトコやってきたが、さて中に入ると自分がどこにいるかがわからない。
最初に館内mapをいただいたが、ここがどこか、自分がどこを向いているかがわからなくて困った。大抵方向音痴ではあるが、これで間違えるはずもないのになと思いつつ、クラクラした。
幸い、たくさんの監視員がいるので、いちいち尋ねながらまず常設から見て回った。
とはいえ、この建物の構造はわたしには理解しにくく、先に見えている場所へたどり着くのにも手間取るから、これもまた現代アートなのかもしれないと思いもした。

コレクション展 I  透過と反射
~9/21まで。

オラファー・エリアソン《La situazione antispettiva(反視的状況)》2003
数人ずつしか入れません、と言われたので順番を待つ。
なんだろう、この銀色の△面の集合体は。
子供の頃に見たアメリカのSFドラマの基地か何かに似ている。
いやいや反射というくらいだから、もしかすると中は鏡なのかも…
と、そんなことを思いながら中に入ると、全面的にきらきらした空間である。
ただし鏡のような映し方はしない。わたしは乱歩の「鏡地獄」を想像していたので、ちょっと安心した。
面白い空間ではあるが、むろん住空間には不向きである。
先般、埼玉近美で日本の住宅の挑発する家を見たからか、そんなことを考えている。

ヤン・フィシャル《変わりやすさ/ 2000》 2000-2001 
ヴラディミール・ズビニオヴスキー《石の精神》2001
どちらの人の作品もクリスタルガス製だと言うが、中には故宮の神品たる翠玉白菜を思わせる色を見せるものや、同じく肉の角煮を思わせる色のものもあった。
日本に昔からある「黄金糖」、それもこの仲間に入ってもわからないかもしれない。
きっと舐めたらおいしいだろう。
いや、舐める人はどこにもいない。

アニッシュ・カプーア《物体としての空間》2000
空間に浮かんでいる。ああ、なんだろう。わからないけれど綺麗だからいいか。

それで何室だか忘れたが、作品を置くために最初から壁面が斜めになった一室があり、黒い楕円が宙に浮かんでいた。日の丸が黒くなって楕円になったような印象もある。
下から見上げていると目眩がしてきた。平衡感覚が失墜したのかもしれない。

宮永愛子《waiting for awakening - chair》 2012
この人の作品は以前に国立国際美術館で見て、「非常に綺麗なものを見た」と思ったことを覚えている。その時ナフタリンで出来た蝶々がとても綺麗で、共にあの空間に閉ざされても存外心地よいかもしれない、と考えていた。
今回は椅子がある。斜め前に立つと、一脚の椅子が三脚に増殖して見えた。
増殖して見えた椅子に、もしかすると目に見えない誰かが座っていたのかもしれない。
現代アートは見るものがそんなことを妄想する余地を持っている。

照屋勇賢《告知-森:アスター・プレイス、NYC》(部分) 2011
マクドナルドの紙袋の表面を綺麗に切り裂いて、内側にそれを落とし、木を拵えていた。
ペーパークラフト的な発想から来ているのかもしれないが、たぶんそこに内在する思想は途轍もなく重いものかもしれない。
わたしはそこまで忖度しないし、出来ない。
2つばかり並ぶ作品に惹かれ、紙袋の中を長く見つめた。

ヤノベケンジ《タンキング・マシーン》1990
わたしはどうしてもこういうカタチのものをみると息苦しくなる。
中にちゃぷんちゃぷんしてるのは生理食塩水らしい。ボカリスェットの親戚。
中に入ることなどはないに違いないが、中に入らなければならぬような、妙な義務感に駆られることがある。
それがこのカタチを見ると湧いて出る考えなのだった。
潜水関連をみて最初に思い出すのは、和田慎二の作品だった。タイトルは忘れたが、要するに愛憎半ばする男女の話で、男は潜水艇の中で静かに死んでゆく。
女は男の最後の呼吸を聞き続ける。
それからフランス映画「冒険者たち」のレティシアの水葬。
他に諸星大二郎も私家版魚類図鑑の一篇にそんなのを描いていた。
だからわたしにとっては潜水関連のカタチは=水葬なのだった。

しかし何より一番衝撃だったのは、この作品を見ていたら背後にいたカップルが「これ、ジブリのだよね」と話し合ってることだった。


それからようやくレアンドロの作品を見に入ったが、この日はスマホのカメラがうまく働かず、ちょっと困ってしまった。
プールくらいしか撮れなかったのである。
プールの内側から外を見上げ、プールの外から中をのぞく。
彼我の逆転はしかし起こらない。どちらもが「見る」側に立つからだ。
不思議なプール。面白かった。

鏡による錯覚を多用した作品があった。タイトルは知らない。
シダなどをぎゅう詰めにした空間に自分が入り込む。
これは楽しい。わたしは子供のころからシダの群生する森林や熱帯林のようなところに憧れているので、そこに自分の影が入り込んだのを視れたのは嬉しかった。

階段の位置を変えたものがある。そこを歩くことで階段と人間の関係性が変わる。トリック。面白い。自分が歩くより(体験する)、他者がそこを行くのを見ることで楽しむ。

それから雲をガラスに閉じ込めたものを見た。何枚ものガラス板があり、スライスされたような雲がそこに閉じ込められていた。
こうしたものをみていると有元利夫の世界観を思い出す。


東大総合博物館から来た植物などのアルコール漬けを収めた瓶やビーカーやフラスコなどを集めた空間があった。
小暗い空間に静かな照明が当たり、不思議な雰囲気が漂っていた。
こうしたものを見るのはとてもときめく。
星が海に落ちてヒトデになったものをアルコール漬けにすると、元の星人に戻っていたり、マタタビの断面が猫の肉球に見えてきたり、といくつもの発見がある。


最後に橋本雅也の「間なるもの」を見た。
動物の骨から拵えた花々である。

牙彫という仕事が日本の伝統工芸にある。象牙細工などもその仲間。
しかしこれはそれらとは全く違う存在だと思う。
骨から生まれる花たち。初めて見た。こうしたものがあるとは。
骨で拵えた花々。骨から咲いたのではないが、その根は骨である。即ち植物ではなく動物から生まれた花。
死んだ動物の、野に晒された骨が時を経て異質な物質に変化した、としか思えない。
真白ではない柔らかな黄ばみ。それが骨である証拠でもある。
触れればたちまちのうちに風に紛れる花。
だからこそ丁寧に、気を配って、ガラスケースの中に納めていなければならぬのだった。


現代アートがニガテなわたしもかなり楽しめる美術館だった。
また金沢へ行ったときには入りたいと思う。

NIPPONパノラマ大紀行 吉田初三郎の描いた大正・昭和

旅する楽しみとは何か。
遠い地へ向かい、こことは違う何かを愉しむ。
風景やそこにあるもの、展覧会、何らかのイベント、あるいは骨休み。
目的のある旅にはそんな楽しみが多い。

旅をせずとも楽しめるものがある。
紀行文を読んだり、写真を観たり、資料を調べたり。
時にはその方に気を取られ過ぎて実際の旅がつまらなくなることもあるだろう。

吉田初三郎の鳥瞰図は、旅心をくすぐる一方で、旅に出ずとも楽しめるものがあることを教えてくれる存在だった。

イメージ (15)

サイトにはこう紹介されている。
「日本では大正から昭和にかけて、こうした鳥瞰図が鉄道旅行の広まりとともに、携帯に便利なガイドとなりました。鳥瞰図を観光案内に用いたアイデアマンは吉田初三郎(よしだ はつさぶろう:1884~1955)という京都出身の画家で、最盛期には犬山の蘇江(そこう)画室を拠点にして、全国各地の鳥瞰図を描きました。そして彼の作品に魅せられ、その収集と研究に打ち込んだ人物が愛知県出身の小川文太郎氏(おがわ ぶんたろう: 1898~1985)です。」
うずくような想いにつつかれ、名古屋市博物館へ向かった。

初三郎は鳥瞰図を単独で描くのではなく工房で製作した。無論取材もメインの絵も初三郎だが、やはり工房で製作したことは視野も広がり地図も広がり販路も広がり、という良いことが続いた。後に出て行って一家を立てる弟子もいたが、やはり日本一の鳥瞰絵師としての立場は揺るがず、まだ少年だった陛下も初三郎の鳥瞰図による携帯ガイドマップを楽しんだそうだ。

初三郎は明るく楽しい鳥瞰図で日本中を描いた。極端なデフォルメをところどころ挿入することでいよいよ楽しさは高まった。
彼は自らを「大正 広重」と称し、その抒情性も内にあることを示した。
同時代に風景版画を描き続けた川瀬巴水が「大正の広重」と呼ばれることを拒んだのとは随分違う話である。

展覧会は日本をいくつかの部位に分け、それぞれの作品と、小山氏が集めたスクラップや絵葉書や旅行かばんなども共に展示して、いよいよ楽しい心持になるよう構成されていた。

イメージ (15)-7
いくつかのダムがいずれも魅力的。


イメージ (15)-8
登山した家族が可愛く描かれている。
表紙絵などでも初三郎は楽しい絵や綺麗なお姉さんの絵を描いて、ますますお客の心を掴んでいたのだ。


イメージ (15)-9
比叡山を行く叡山電鉄。こうしたポスターを見ると出町柳まで行き、あの小さくて可愛い電車にのりたくなる。
  

イメージ (16)
ロープウェイが楽しく動く。
日本ラインが見える。
ここは犬山で、不老の滝がドーンっ。その隣には,,,
イメージ (16)-9
蘇江画室。初三郎の工房である。オチャメな初三郎。

イメージ (17)
初三郎がいる風景。

イメージ (18)
今回の作品は300点近い。
わたしは見逃しはすまいぞ、と熱心に見たので正味3時間かかった。
さすがにフラフラになった。小さな絵をよくこんなに裸眼で見たものだ。
我ながら感心する。

子供むけにこうしたラリーもある。参加できなかったがとても楽しそうだった。
今回、図録は電子版もあった。なかなかよさそうだが、本が好きなので本を買うた。

イメージ (19)
何を見てもどこを見ても楽しい。
こうした展示に理屈はいらない。
ただ楽しく見歩いて、感心したり、行ってみたいと思ったりする。
それでいいのだ。

イメージ (21)
またまたダム。ムダやないダム。
水辺の土木は魅力的な物件なのだ。

イメージ (22)
東急線。表紙絵もいい。
東急の創始者・五島慶太は阪急の小林一三の薫陶を受けたのを思い出す。

イメージ (22)-9
大名古屋駅周辺。
今回名古屋に来ているので親しみがわく。

イメージ (23)
京都の宇治を中心にした地域。

こうして考えると、社寺境内図、曼荼羅図、遊園地のマップ、それらが好きな気持ちとなんら変わりはないのだ。
わくわくする気持ち、それが立ち上ってくるのを感じる。

ほかにも昭和初期人気の高かった別府温泉、北のウォール街と呼ばれた小樽、伊香保、日光、金沢、箱根、桑名、それから大大阪。
無限に見るものがあった。

旅は時間のかかるものである。
そのことを思えばわたしの3時間ばかりの旅は小さいものかもしれない。
しかし初三郎の披いてくれた「風景」を見歩いた3時間はとても貴重な旅の時間だった。
いい旅をありがとう、吉田初三郎、そして名古屋博物館。
またいつか初三郎の鳥瞰図で旅心を味わいたいと思っている。

9/15まで。

金沢で見た「オバケ」をめぐる展覧会など…

金沢はオバケ好きな人が少なくないと思う。
金沢だけのオバケもいるし、怪談も少なくない。
作家でも泉鏡花を筆頭に、現代も坂田靖子、波津彬子といった人々がいる。
今夏、わたしは金沢に喜んで出かけたが、その理由の一つにオバケ関連の企画があったことは隠せない。

石川近代文学館では京極夏彦「妖怪えほん」の原画展が開催され、竪町ではオバケ屋敷プロデューサーによる「草迷宮」をモチーフにしたオバケ屋敷「地下室の子守歌」が開催されている。
また金沢能楽美術館では「実盛」を巡る展示があるが、そこではやはり幽霊関連の展示があった。
大阪の怪談好きな酔狂ものが、それらを見逃すはずもなかった。

まず石川近代文学館の話。
イメージ (10)

「百鬼夜行」がある。実物展示ではない。実物は大体2系統に分かれているが、大抵は真珠庵本のそれが人気である。
ここにあるのは「みんなで描く”百鬼夜行”」だった。地元のちびっこから、地元のマンガ家波津彬子、小説家京極夏彦、東雅夫らも参加して、賑やかで明るく、怪しく、どこか怖い百鬼夜行が長い絵巻になって壁面に展示されていた。

にゃーと笑う化け猫を描く波津さん、京極さんは鬼や苦しそうな女の顔を、東さんはヘタだが妙な味わいのある一反木綿を描いていた。
そして地元のちびっこらも熱心にオバケを描いている。
こちらは巧い子もそうでない子も懸命に描き、それが却ってうすら寒い怖さを見せていた。
この試みはとてもいいことだと思った。
そういえば加賀の大聖寺地区ではもう何年も前から夏の怪談会を開催しているそうで、誠にうらやましい。

本の紹介では江戸時代の平田篤胤、明治の井上円了の著作などが紹介されている。
また草双紙の怪異シーンも出ていた。
江戸時代はオバケ天国だったと言っていい。芝居も怪談物がどんどん出ていた。
文明開化の世になり一旦廃れたものの、やはり人々は怪談を望んで、圓朝の「牡丹燈籠」を聴きに行き、オバケ屋敷に入り、百物語の怪談会を開催した。
わたしなんぞもヒヤヒヤドキドキしながらその仲間入りをしたくて仕方ない。

さて今回は京極さんの「妖怪えほん」のうち「うぶめ」と「つくもがみ」の二作の原画が展示されている。
わたしは京極堂の熱心なファンではないが、いそいそと出かけたのはやはり京極作品への熱い期待があるからだった。
しかもこの「うぶめ」はわが偏愛の絵本作家・井上洋介の仕事ではないか。
ある種のグロテスクさと滑稽味とを求めて原画を観る。


うぶめ (京極夏彦の妖怪えほん)うぶめ (京極夏彦の妖怪えほん)
(2013/09/09)
京極 夏彦


昨夏刊行されている。

絵は確かにグロテスクさが横溢している。
しかし物語はせつない。
そのせつなさを知ると絵のグロテスクさはたちまちに悲しみの表情に変わる。

「ぼく」と「おとうさん」の二人が残された家庭。新しい家族が来る前に「おかあさん」は赤ちゃんともども死んでしまったのだ。
「ぼく」の耳にお母さんの泣き声がする。だが「おとうさん」はそれを鳥の鳴き声だという。「うぶめ」という鳥の鳴き声は「おかあさん」の泣き声なのだ。
「おかあさん」は「うぶめ」になってしまったのだ…。

「おかあさん」の睫毛の長さにもせつなさが宿り、「ぼく」の口のない横顔に淋しさがあふれる。
非常に低い温度の中で語られる物語。井上洋介の原画と、そのエスキースと。使われなかった絵も共に並ぶ。楽しそうな赤ん坊の絵が物語に救いを見せる。


次に「つくもがみ」城芽ハヤトがくる。

つくもがみ (京極夏彦の妖怪えほん)つくもがみ (京極夏彦の妖怪えほん)
(2013/09/09)
京極 夏彦


「うぶめ」と同時刊行である。

夕方の、まだ明るい時間なのだがうっすらと闇が忍び入る頃。
「ぼく」は「おじいちゃん」と話をする。
画面からは様々な「モノ」があふれている。
整理されていないのではなく、ただただ数が多いのを大事にしまっている、そんな情景である。
掃除をする「おじいちゃん」は物をとても大事にしている。なにしろ今手にしている箒は「おじいちゃん」のお母さんの前の時代から使われて、もう百年を超えているのだ。
人間より「モノ」の方が大事に使えば長生きする、と「おじいちゃん」は言う。「ぼく」も納得する。
だがそのとき、家にある古い「モノ」たちが勝手に動きだし、歌いだす。
大事にしてきたのになぜこんなタタリが、と怯える二人に「モノ」たちは長生きしたからこうなったよ、と陽気に語りかけてくる。
歌い踊る祖父と孫と「モノ」たち。

展示は井上の時と違い、黒い背景の中で連なっている。そして矩形展示ではなく、渦巻き展示である。
とうとう最後にたどり着いたとき、もう一つ先のオバケが出てくることを予感させられる。

二種の異なる展示方法で大いに盛り上がった。巧いと思う。
一瞬ひやりとして、展示室を出た。

出て、実はこの後ちょっとした怪異現象が起こった。
別にどうと言うこともないのかもしれないが、不思議な現象である。
熱心に展示を見たことで、オバケたちがわたしにちょっとしたプレゼントをしたのかもしれない。


少し歩いて21世紀美術館へ入ったが、それはまた後日。
ところがここから目と鼻の先の金沢能楽美術館へたどり着けない。
とうとうあきらめたとき、ツイッターから助けが飛んできて、ようやくわたしは目的地についた。

「異界と能シリーズⅠ 幽霊と能<実盛>」
これが見たくてここへ来たのだ。

斎藤別当実盛は民俗学だと『虫送り』の行事等で見受けられる。
千里のみんぱくにはなかなかハンサムな実盛人形が展示されてもいる。
能では修羅ものになるようで、なかなか恐ろしい雰囲気がある。

サイトにはこう説明がある。
「平家物語の木曽義仲との戦いで知られる齋藤別当実盛の亡霊が加賀国に現れ、それを諸国遊行の他阿弥上人が回向した応永21年(1414年)からちょうど600回忌にあたる記念すべき年。
このエピソードをいち早く取り入れドラマ化したのが能「実盛」であり、この世に想いを残して果てた武将の亡霊の無念の想いを聞いて鎮魂するという、修羅能の代表曲とされている。
「幽霊」という存在が、平安時代の「物の怪」という気配のようなものから、現在のイメージのように人の姿形を与えられた過程には、武将の亡霊を主人公にした<修羅能>が大きく関与していることは、一般にはあまり知られていない。
能「実盛」を通じて、日本人が異界の存在とどのように関わってきたか、また実盛ゆかりの多太神社や、実盛の首塚、首洗い池など地元に残る歴史的な謡跡を紹介する。」


遊行上人の祖たる一遍の画像紹介もあり、藤沢と加賀との関わりがここで示されている。
伝承の足跡を追う展示は興味深かった。
また能装束や面などもあり、加賀の人々の能楽との深いつながりを見出せる。

そしてこの先の展示が実は非常に面白かった。
ただし、何の画像もないが。

前述したように日本人はやはりどう考えても怪談好きとしか思えない。
その証明のような展示である。
明治末期に人気を博した雑誌・博文館の「文藝倶楽部」はしばしば怪談特集をしたようで、その時々の号が展示されていた。

「壇之浦」平家がにの無念そうな顔が表紙。
「蜘蛛の糸」どちらも山中古洞。

鰭崎英朋の「きぬずれ」も怖い。
この人は幽霊画をよく描いた。

「サンデー毎日」の怪談特集の表紙絵は鏑木清方の「牡丹燈籠」のお露である。
彼女はもう亡者になった後らしく、団扇を軽く口元にあてているが、その艶やかにほほ笑む唇が団扇からはっきりと透けて見えている。

清方は日本製「牡丹燈籠」の作者たる圓朝とは少年時代に深い付き合いがあり、栃木への旅に連れて行ってもらったこともある。
オバケ好きなのはその盟友鏡花に劣らぬようで(というより、オバケ好きだからこそ鏡花ファンになったのではないか)、幽霊の絵も少なくない。

そういえば子母澤寛「突っかけ侍」にも圓朝をモデルにした噺家が現れ、小坊主で後に噺家になる少年は特にこの「牡丹燈籠」が巧く、これに関しては師匠も舌を巻いたという設定があった。
なお、この小説の挿絵は小村雪岱だったことを忘れてはならない。

多くの人が「牡丹燈籠」の魅力に惹かれていたのだ。
現在でもしばしば歌舞伎座にかかりもする。

というわけでか、お露の絵はほかにもあった。
大橋月皓という絵師のお露はまだ死んでいないようにも見えたが、やはりどこかあやうい儚さがある。
これは「演芸と映画界」の口絵。
この号の表紙は鳥居言人の「山中平九郎葵の隈取」だが、なかなか怖い。


「火焔つつじ」という怪談のための挿絵は服部増吉。知らぬ人だが、描かれた女はいかにも大正時代の美人画。雨をよけようとする女。

そしていちばんたまらなかったのが、甲斐庄楠音の描いた「シャボン玉」という絵である。
これは「週刊朝日」怪談特集の表紙絵を飾っているのだが、何も幽霊やオバケを描いたわけではないのだ。
なのにどう見ても妖しく恐ろしく、寒気がする絵である。
にっこり笑っているはずなのに、生きているはずなのに。

ああ、凄い…

雑誌は全て東雅夫さんのコレクション。

最後に竪町まで歩き、ビルの地下のお化け屋敷に行った。
「草迷宮」をモチーフにした、と言うので行ったが、母子の別れと子守唄くらいが共通項なので、わざわざ「草迷宮」云々は言わない方がよくないかな。
しかしなかなかよく出来ていて、かなり面白かった。
前を行くグループが騒ぎすぎて遅いので、様子を探ろうと黒いカーテンから左手をにゅう と出すと、悲鳴が上がった。
やってまいましたかな、わたし。

楽しいオバケツアーになった。
金沢のいい思い出。
また来ようと思う。

金沢で見た「本」をめぐる展覧会 鏡花/秋聲

金沢でいくつかの「本」を巡る展覧会を見た。
泉鏡花記念館「書物の可能性を信じる よみがえる鏡花本の世界」
徳田秋聲記念館「生誕130年記念 ユメジ・ミーツ・シュウセイ」
石川近代文学館「京極夏彦 妖怪えほん原画展」
この三つの展覧会である。

鏡花記念館は橋場の手前、久保市乙剣宮の向かいにあり、秋聲記念館は浅野川を渡る梅ノ橋の先にある。
石川近代文学館は香林坊の元の四高。
半日をふらふらと遊んだ。

イメージ (6)

鏡花の本は一個の美術品である。
玲瓏たる文章を載せる紙、その紙に浮かぶ印字もまた選ばれ抜いたものでなくてはならず、更にその物語を収める「本」は外観も美麗でなくてはならない。
鏑木清方、橋口五葉、小村雪岱の三人が主に鏡花本を構築する役割を担った。
鏡花と彼らの美意識とが合致した結果、素晴らしい美本が世に送り出された。
もう、これ以上は望めぬ美本ばかりである。

五葉が惜しくも夭折したため五葉装幀の本はある時代を以て終わってしまったが、その先は雪岱が最後まで稼働し続けた。
清方は途中、あまりに挿絵画家として働きすぎたために強度の神経衰弱を患い、とうとう敗戦直後までそれは治ることがなくなってしまった。
日本画家として高名になってからも「卓上芸術」を標榜したのは、挿絵への愛着があるからこそだと言える。
雪岱という人が現れたことで清方は気持ちも明るくなったことだろう。
そして雪岱は鏡花本の装幀から始まり、邦枝完二の良き相棒となって挿絵画家として名を挙げた。
鏡花最後の単行本はこの三人の交友をカタチにしたような構造を持っていた。
清方は鏡花、雪岱の死後も30年を生き、晩年まで二人との良き思い出を懐き続けていた。

鏡花の美本についての展覧会は五年ほど前に資生堂アートギャラリーで開催されている。
その時の感想はこちら
嬉しい、懐かしい、床しい展覧会だった。
イメージ (14)

こうして彼らの拵えた美本を見ていると、不思議なほど気持ちが静かになってゆく。
綺麗なものを見て、心持も優しくなる。

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挿絵では清方とも仲の良かった英朋の「風流線」などが出ていた。
いつ観てもときめく口絵である。河童の多見次の活躍がいかにも快く、この絵一枚で物語世界へ誘われてゆく。
やはり優れた挿絵があるのとないのとでは、その作品へののめり込みようも変わってくるものだ。

常設ではやはり「春昼」のジオラマがよい。それを見ながらこちらもまた半ば甘い心持で死んでゆくような気になるのだ。
そして今回は「河伯令嬢」の紹介があった。
酷さとせつなさの同居する物語である。

この後、梅ノ木橋のたもとにある「滝の白糸」の碑と像とを見に行く。
浅野川にかかる木橋だった。上流に浅野川大橋、下流に天神橋がかかっていた。

橋を渡ると旅館のような建物があるが、これが徳田秋聲記念館だった。

鏡花好きと言うよりやっぱり昔風に言えば「鏡花宗」の信者というか宗徒であるわたしとしては、鏡花が嫌った秋聲に対してあんまりいい感じを持たないまま、ここまできた。
なにしろ自然主義の大家というのだけでもニガテで、文体はともかく、読む気が起こらないので距離を置いてきたのだ。
私小説も好きではないし、随筆もあまり読まない方だとおもう。
ただ、秋聲の小説は映画になりやすいようで、新藤兼人とその仲間がいくつか映画化して好評を博している。

秋聲は本の装幀にあまり関心がなかったようで、内容と合致していなくとも平気だったようだ。企画展のタイトルからわかるように、竹久夢二の装幀なども少なくないが、それについてどうのこうの言うたこともないようだ。
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夢二は夢二式美人画もさることながら、童画と意匠とに大きな才能があったと思う。
かれの装幀した本と言えば吉井勇や近松秋江、そして谷崎の情痴小説が思い浮かぶが、それらは弥生美術館でよく見ているが、秋聲の本は弥生では見たことがなかった。
秋聲は山田順子とのつながりで夢二と関わりがあったのだが、文壇においては大正から昭和にかけて、こうした一人の女と二人の男の三角関係が少なくなかったようである。

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夢二のデザインした本はどれもがセンス良くまとまっていた。
現代のそれとは違う方向なのでレトロな良さが目立つが。実際にはやはりとても魅力的だったろうと目の当たりにして思う。
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常設では秋聲の描いた五人の女たちの和紙人形が展示されていた。中西京子の作品である。
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女優が演ずると、どうしても生臭さの伴う存在になるが、(秋聲文学にはその方がよいのかもしれないが)、中西の端正な作品で表現されると、物語に入りやすくなるように思われる。
中西の和紙人形には顔はない。が、それゆえにこそ表情は無限にある。
人形で表現されたヒロインたちは、作者の思惑の外にまで向かうこともあるかもしれない。


武蔵が辻まで戻ってバスに乗り香林坊へ向かう。
旧制高校の北国の名門・四高がその歴史を紹介する機能と、文学館の機能を両立させている。石川近代文学館へ入る。

金沢三大文豪の紹介と近現代の石川県と関わりのある作家たちの紹介を見る。
三大文豪のうち、室生犀星については、わたしはこのブログで一度も取り上げてこなかったが、秋聲のようにニガテというのではなく、むしろ小学生の頃は意外なくらい熱心な読者だったのである。
「幼年時代」「性に目覚める頃」「杏っ子」などの作品に対しては今も深い親しみがある。
ただいつからか読まなくなってしまった。それだけのことなのだが、再び熱心な読者になるのもいいかと思っている。

あと久しぶりに島田清次郎(シマセイ)の名前を見て、ある種のせつなさが満ちてきた。
彼も貧困が背骨にあるからこそのあの人生だったと思うと、やはり気の毒ではある。

「本」をめぐる展覧会と常設について思ったことを小さくまとめた。
次は金沢でのオバケをめぐる展覧会のことなど。

デルヴォーとベルギー近代絵画

名古屋のヤマザキマザック美術館に姫路市美術館の誇るポール・デルヴォーとベルギー近代絵画コレクションが来ていた。
そこにデルヴォー財団の所蔵品が加わり、ヤマザキマザック美術館のいくつかの展示室を不思議な空間に変えていた。

このヤマザキマザック美術館は主にロゴスの優雅で優美な作品を展示する空間なのだが、そこに19世紀末からのベルギーの象徴派とシュールレアリストの作品とを並べると、不思議なことに何の違和感もなかった。無論、選ばれた作品が、ある種の優雅さを持つものと規定されていたにしろ、この空間での調和は予想していなかった。

シニカルな意識をさらけ出すロップスにしても、「古い物語」と名付けられた、夜会服をまとうきれいな女が自らの本質を示す仮面を手にした絵を選ばれていた。これは画家の目や意識を無視して、絵画として眺めると、やはり優雅だと感じられる作品なのだった。


象徴派のメルリの「イタリア・ルネサンス」は背を見せる女の隣に、小さなハンマーと絵の具板を持つ、苦悩を秘めた少年天使を描いている。

レオン・フレデリック アッシジの聖フランチェスコ 三連画になり、聖フランチェスコの動物たちとの会話を描く。右はウサギたち、左は羊たち、彼らは聖フランチェスコに慕わしい様をみせる。しかし中央の牛たちは聖フランチェスコの呼び掛けを聞かず、森の奥へ向かう。
どんな物語、どんな寓意が込められているかは知らない。

アンソールの絵もグロテスクなものではなく、そこに毒が潜められていても気づかない作品が出ていた。
カテドラル エッチングの見事な作品。よく見れば下半分は大群衆がいた。
妙に怖い。

クノップフは妹をモデルにした美人を描き、同時に死都ブリュージュを描いた。
水面に建物が写りこむ。どのようなおぞましいものも、嘆きも、歓喜も、すべて閉じ込められている絵。


デルヴィルの描く素描の女たちは誰であろうと、イギリスのラファエロ兄弟団のミューズたる女に似ている。
しかし見事な彩色を施した「レテ河の水を飲むダンテ」は世界観はラファエロ前派と通じるものがあるが、彼だけの美を示している。

スピリアールト オステンドの灯台 モノクロの浜と灯台。カッサンドラのシャープなポスターにどこか似ているが、あの絵のように未来に向かうことはない、永遠に時間の止まった絵。

ウィリアム・ドゥグーヴ・ド・ヌンク 夜の中庭あるいは陰謀 ベニスで始まるなにか。
イメージ (5)
老婆たち、と言ってもいいのなら、彼女たちはゴーゴンの三姉妹か、もしくはマクベスを惑わした三人の魔女なのかもしれない。

いくつかのマグリットの不思議な空間を描いた絵、そしてデルヴォーの裸婦たち。
その飾られた空間を逍遙する悦びは深い。

音のない世界を旅するような心持がある。

やがて今は失われたペリエ邸を飾った装飾画があつまる。
チラシの絵である。
それらを展示するために床は市松模様にされていた。
さぞシュールな空間だったろう。

デルヴォーは制約があることを逆手にとって、非常に興味深い仕事をしたようだ。
当時の写真にそれらが出ている。

一点がみのヤマザキマザックに入ってよかったと思う。

1948年、クロード・スパーク「鏡の国」のための挿絵を製作したが、小説家と画家とは仲違いし、挿絵は封印されてしまった。
物語は死んだ妻を剥製にしようとする男の話らしい。
剥製にされる、というとわたしは「銀河鉄道999」の主人公鉄郎の母、「じゃりン子チエ」の猫アントニオを思い出す。
挿絵はエッチングであり、手彩色が施されていたが、それらはデルヴォーの子孫によりなされたものだった。

名古屋で姫路のコレクションを見る。
たまにはこんな「倒錯」もいいように思う。


ヤマザキマザックではロココの絵画と同時代から後世の優美な家具、そしてガレやドーム兄弟の蠱惑的なガラス作品をも集めている。
物思うことなく、ただただそのこちらの胸を打つ美を放つものたちを、眺めて歩く。
木製家具のモザイクの美しさ、ガレのトンボと爬虫類と植物への偏愛、ドームの静かな風景・・・
楽しみはいよいよ深まった。

9/23まで。
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