美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

こども展 名画にみるこどもと画家の絆

大阪市立美術館に「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」が巡回してきた。
既に東京では森美術館が開催して、人気を博していた。
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大体「こどもとどうぶつにはやられる」というのが芝居の世界の常識である。
大人がええ芝居をしててもちょっと可愛いちびっこが出て来たり、どうぶつが出てきたら舞台をさらわれるものだ。
とはいえよほど子供嫌い・動物嫌いでなければ、大抵は「イャ可愛い」でわかっていても、ついついそちらに肩入れしてしまう。

江戸時代、「七つまでは神の内」ということで夭折する子供らがいることを是認していた時代、浮世絵では子供を描いたものが大量にあった。
むろんどうぶつ絵も多い。やっぱり好きだという人が多いからそうなったのだ。
子供の浮世絵展もつい先般千葉市美術館で開催されていた。
感想はこちら

さて西洋での「こども」画である。
泰西名画からピックアップ、というのではなく、旧いところで1809年、新しいところで1986年までの近代西洋絵画の中に現れる子供らが集められていた。

日本と違い、西洋では子供にもきちんと人格が認められている。自我もはっきりとその存在を許され、子供は子供として親の付属品ではないぞと主張している。
描かれた子どもたちは、日本の子供らとは全く違う表情を見せていた。

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序章
ドニ リザール号に乗ったドミニク 1921 ドニらしい明るさに満ち満ちた絵!青空、青い海、ヨット、金髪で青い目の可愛い少年が楽しそうに立つ。膝小僧が可愛い。

ルイ=レオポルド・・ボワイー 私の小さな兵士たち 1809  油彩でセピア色で描かれているのだがリトグラフかと思った。三人のこどもたちに犬。兵隊さんのようなかっこをしている。軍国主義とかそんなのを措いて、子供というものは<かっこいい>コスプレをしたがる。父である画家は子供らのそんな様子を優しく描く。

ルイ=アントワーヌ・バリー 芸術家の娘の肖像 1830-1840  見返り娘の図。アップにした髪からも彼女がもう少女ではないことを示す。オーガンジーの付け襟が綺麗。水青灰色のドレスにもよく合う。
この娘さんは25歳で夭折したそうだ。

コロー 座るイタリアの少年 1825  コローはなかなか美人な女の人を秘かに大量に描いていたが、少年もこの子を始め可愛い子が多く、あなどれない。
足を延ばしてこちらを向く少年。グレーの上着にグレーのソックス。黒の帽子に黒のパンツ。可愛いなあ。シックな配色がいい。

デュビュッフ一族の絵を見る。代々肖像画家として名を馳せ、多くの画家を輩出した家系。それに、この企画を最初に立案されたオランジュリー美術館の館長さんはデュビュッフ一族の末裔に当たられるとか。
おおーという感じ。

19世紀中葉の肖像画家としてのデュビュッフの作品は当然ながら上流階級の子供の絵になる。
クロード=マリー・デュビュッフ この人はダヴィッドのお弟子。
ポール・デュビュッフの肖像 1848  金髪の幼子が椅子に倚る姿。ナマイキ。
ネリ―・ビュネルの肖像 1850  ヴィクトリア女王と同じ髪型に襟元。ピンクのリボンが印象的な幼女。手には秋の花。

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第一章 家族

クロード=マリー・デュビュッフ デュビュッフ一家 1820  母、妹夫妻、妻子の肖像で、その時代を感じさせるファッションをしている。
真ん中の幼児が後の画家エドゥアール。家庭教師もいる。

ギョーム・デュビュッフ ボーシャン伯爵夫人とその子供たち 1895  裕福な夫人とその子供たち。幼い息子は母によりそい、幼い娘は母の裾の前に座る。
ナマイキそうで、しかも母によく似た二人の幼い子ら。
しかしこの絵は「亡くなったわが子たちの記念に夫人が美術館に寄贈」というエピソードがあった。
早くに亡くなったのか、この幼い子供たち…

カリエール 病気の子供 1885  ドニと並んで子煩悩だったらしいカリエール。数年前の「ロダンとカリエール」展はよかったなあ。
感想はこちら
セピア色というより、ミルクブラウンの世界。低い温度の中で生きる人々。
二人の子供と、病気の子供を抱える母と犬と。

ドニ 夕方に塔の傍らで 1925  やたら子だくさんで、みんな結構好きなことをしている。一番気づきにくい手前にドニ本人。抱っこされる子もいるが、可愛いのはぺたんと座る幼子だった。

第二章 模範的な子供

ギョーム・デュビュッフの作品が数点並ぶ。
カプリ島を背景にした五人の子供たち 1890  確かにカプリ島が遠景として描かれているが、五人の子供らは首だけが大中小と5人並んでぼんやりと中空に浮かんでいるのだ。幻視したとすると怖い絵だ。

レイモン・レヴィ=ストロース 子供のクロード・レヴィ=ストロース 1912  さすがあのレヴィ=ストロースだけに小さいころから見るからに賢そう。お父さんも自慢でしたろうなあ。

アンリ・デティエンヌ 娘、あるいはS嬢の肖像 1913  赤いワンピースに黒ソックス。花を飾った帽子に三つ編み。おしゃまな12歳、くらいな感じ。 

シャルル・リュシアン・レアンドル 画家の姪マドレーヌの肖像(14か月) 1902  美赤子。 レースに包まれている。

アンリ・ルソー 人形を抱く子供 1904-1905  すごいよな、この存在感。レゴでこの子が再現されてたが、なんかもうすごい。日露戦争の頃のフランスの幼女。

ジョフロア 教室にて、子供たちの学習 1898  マジかと思うくらいみんなまじめ。つまりあんまり面白くない。

第三章 印象派

モネの長男はジャン、二男はミシェル。
チラシの子供はミシェル。上の子も下の子も奥目だな。当たり前か。
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青いセーターを着たミシェル・モネ 1883  紺色のセーターを着た細い少年。いかにもヨーロッパに生まれるような子供。ちょっと惹かれた。

ルノワールの息子たちはみんな女の子の装いをさせられている。流行。
ジャン・ルノワールの肖像 1899  これは『ルノワール+ルノワール』展でも見た。
あの展覧会はよかった。父の絵と息子の映画と。
感想は父と息子と二つ分けた。
父はこちら

息子はこちら

道化姿のクロード・ルノワール 1909  朱色の衣の少年。昔オランジュリーに行った時、この絵ハガキを喜んで買った。いいなあ、ルノワール。

ジュリー・マネの肖像あるいは猫を抱く子供 1887 イメージ (8)
ベルト・モリゾの娘のジュリー。幸せそうな顔でこちらを見ている。
もっと幸せそうなのは抱っこされてる猫。表情にすべてが現れている。
可愛いなあ。イメージ (9)
ルノワールが描くネコは幸せそうな顔のが多い。

この少女は母にも描かれ伯父にも描かれ、親の友達のオジサンにもこうして描かれて幸せそうな表情をみせているが、後に相次いで両親を亡くす。
しかしこの絵を描いたルノワール小父さんが後見人になった。

モリゾ 庭のウジェーヌ・マネとその娘 1883  夫と娘とをルノワール風に描いたいい感じの作品。幸せがこぼれている。

モリゾはルノワールのファンで、彼によって描かれたこの猫抱っこの娘をドライポイントで作成してもいる。向きは逆だからまるまるその通りに写したのか。

後にジュリーは画家になり、ルノワール風の絵で甥っ子オーギュスタンを描いてもいる。
そして大人になった彼女を描いたエルネスト・ルーアールの絵もここに出ていた。立派に一人立ちした女性の横顔が描かれていた。

第四章 ポスト印象派とナビ派

ボナール 子供と猫 1906  テーブルに向かう幼女の隣や膝にいる猫たち。この絵も大好き。愛知県美で絵ハガキを購入したがやはり嬉しかった。

ドニ 海辺の更衣室 1913  姉弟がその入り口に立つ。弟はマッシュルームにセーラー。姉は両脇にリングのようなくくり。可愛いね。

ドニ ボクシング 1918  この絵も前にドニ展で見た。可愛らしいちびっこ兄弟が林の中でポカポカ殴り合い。
感想はこちら
可愛いなあ。ほのぼのする。

ドニ トランペットを吹くアコ 1919  嬉しそうにも誇らしそうにも見える。

第五章 フォービズムとキュビズム

マティス ピエール・マティスの肖像 1909  次男。不機嫌。「呼ぶなよな、遊んでるのに」という顔つき。いいなあ。少ない線ですごくよく伝わる。

ピカソの子供の絵は長男次男くらいまではフツーに可愛いなと思うのだが、この時代のクロードとパロマの絵は本当によくわからない。
とはいえ、ささっとした線で描かれた幼児たちの特徴を捉えた絵はさすが。
しかしパロマは喜んでいたそうだが、異母兄らの愛らしい絵を見て「パパにはわたしはこう見えてたのかしら」と思わなかったろうか、とよそごとながらついつい考えてしまう。

その当時のピカソの妻で二人を生んだフランソワーズ・ジローの絵もあるが、やっぱり…1940年代の話。

第六章 20世紀のレアリスト

レンピッカ 初めて聖体拝領する娘 1929  キリスト者にとってとても大事な儀式で晴れ着を着て行う。この少女も真っ白な衣裳を付けている。

キスリング オランダ娘 1933  民族衣装の刺繍の豊かな…いいなあ。

パスキンの少女は見たくない。

アルヴェール・ブライトゥー・サラ ヨーヨーの肖像(芸術家の甥) 1927
可愛い黒髪の子供。黒の幼児服を着ている。チュニジア人か。だからこんなにはっきりした顔か。しかしこの子はアウシュヴィッツで死を迎えるのだった…

フジタ フランスの48の富 1960-1961  口をつぐむ子供たち。しかし楽しそうに48のシーンを見せる。ツール・ド・フランス、機械操作・料理…
タイルになって販売されても楽しいだろうといつも思っている。

自分の子供時代はよくなかった。
しかしこどもの絵を見るのは楽しい。
いい展覧会だった。10/13まで。
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竹中大工道具館へ行こう!

秋になると展覧会が華やかになって、とても忙しくなる。
とはいえどこにでもミュージアムがあるわけではない。
新神戸と言えば新幹線くらいしか思いつかず、少し歩いた熊内(くもち、という)町1丁目に神戸市文書館があるが、あとは静かな住宅街が広がっている。
(なお神戸市文書館の建物写真はこちら。)

その新神戸駅のすぐ近くに、これまで相楽園のそばにあった「竹中大工道具館」が移転してきて、10/4にオープンする。
元から竹中大工道具館をご存知の方は、ここが竹中工務店一つの歴史とか作ってきたものを見せる場ではないことを、よーくご存知かと思う。
そう、ここは日本唯一の「大工道具」やその技能などを見せるミュージアムなのです。
内容の詳しいことやコンセプトは公式サイトをご覧ください。
こちら

新館の紹介はこちら。pdfです。

わたしは今回、ありがたくも内覧会に参加させてもらい、もう本当に細かく詳しく拝見させてもらいましたよ。
ここはただの新築ではないわけです。
なにかといえば、現代の大工・左官など技能職の人々の叡智が終結した場・その成果を広める存在として、ここに建っておるのでした。

さりげない入り口。IMGP3033_20140929135026ef4.jpg

門。現代和風の粋。IMGP3031_20140929135023275.jpg

明るさが映える。IMGP3030_20140929135023010.jpg

以下、全ての写真は主催者の許可を得て、掲載します。

すごいと思う。
一つ一つの柱や壁や階段の工夫なんか、もう書ききれないくらいすごい。
説明聴いて、自分がじかに見て、もう本当にびっくりしたわ。
この階段をまず見てほしい。
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わかりますか、わたしが何をそんなに言うてるのか。
この階段、実は一枚板なのでした…!!
ホンマにびっくりした。

中庭の石の魅力。IMGP2941.jpg

淡路の瓦の美。IMGP2940.jpg

入り口入ってすぐには講堂もあり、明るく軽快な作りなのだが、そこではまず天井をみていただきたい。
工夫がすごい。IMGP2926.jpg
船形なだけやなく、こうした組み方って初めて見た。
照明もうまい。IMGP2935.jpg

ロッカーのキーも場所の印とかも、ちょっと可愛い。
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こちらはショップ。IMGP2931.jpg
色んなものが欲しくなる。
自分のために、誰かのために。IMGP2932.jpg

壁が聚楽というのもやっぱりすごい。空間の素晴らしさはもういくら語っても語りつくせない。
こればかりは実際に来て体験しないと本当には伝わらない。
正直、「新館はええけど、ホルモなんとかとかイヤヤな」と思ってたけど、そんなもの、どこにもない。
昔ながらの正しい新築、そんな言葉が思い浮かんだ。

ここまでは「竹中大工道具館」じたいの紹介。
ここからはそこで何を見るか・何が出来るかの案内。

なんと唐招提寺の実物大の柱の再現がある。
吹き抜け空間にどーんっっっIMGP2944.jpg
比較するとそのサイズのリアリティが伝わってきますな。

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線を引くのは昔ながらの「墨壺」。こういうのがやっばり人間の知恵の始まり、なんだと思うね。
お友達が引くのをぱちり。

大工道具の展示。IMGP2956_20140929152803824.jpg

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なんだかときめくねえ。
ところどころに棟梁たちの言葉がパネル展示されていて、「深いなあ~~」としみじみ思ったり。

これ、鉋屑。IMGP2959_20140929152804776.jpg
右と左の違いがすごい。
触ると全然違うのがわかる。
これはここでなら触れる。

同じ敷地内に昔から竹中さんがお持ちの茶室があって、それは特別な日に公開されるけど、そのスケルトン版がここにある。
大徳寺玉林院蓑庵が本歌。IMGP2973.jpg
靴を脱いで上がらせてもらったけど、素晴らしかったねえ~~

こちらは何やと思いますか。
IMGP2969.jpg IMGP2968_201409291618096bf.jpg
建具。
日本の技の凄味というものを本当に実感したわ。
ああ、どこかの銀河か万華鏡かと思った…

ワークショップもいい。
宮大工のヒトから指導を受けれるのです。
がんばるお兄さんたち。IMGP2986.jpg
その横で宮大工のオジサンが素晴らしい技を披露してくれはりました。
これ、スペシャル鉋屑。IMGP2989.jpg
木の種類にもよるけど、これなんかはもうストッキングより薄い。
クラクラしたわ。
凄い技術…

ワークショップにはたくさんの道具がある。IMGP2985.jpg

最後に特別にお茶室に入れていただき、特製の墨壺型のお菓子をよばれる。
美味しかったなあ。
先ほどのスケルトンと同じ構造の茶室。IMGP3020_20140929162854320.jpg

他にもアジア・ヨーロッパの大工仕事の紹介コーナーもあるし、見どころはまだまだ尽きない。
一度行ってそれで満足、ということはない、と思う。
「また行きたい」
そんな場所になると思う。
そして<みる>だけでなく、<する>場所でもある。
ワークショップの門戸は開いている。

実際この先いい企画展が待ってる。
Gallery A4(ギャラリーエークワッド)で開催されてた展覧会は、今後この新神戸でも開催される予定。
「日中韓 棟梁の技と心」11/1~12/28
こちらもとても楽しみ。

今の状態で完全、ということはないと思う。
お客さんが竹中大工道具館という場所で楽しみ・学び・経験することで、また新しい視点が生まれ、そこから道具館じたいの成長もあると思う。
それがまたとても楽しみになる。

10/4土曜日オープン。本当にもうすぐ。

アクセスは上記のサイトにもあるけれど、しつこくここで書いておくと、
三ノ宮からバス(頻発してる)、地下鉄でも一本。
歩きたい人は15分くらいで歩けます。坂の上へGO!!


曽我蕭白の鳥獣画の探究」

香雪美術館で「曽我蕭白の鳥獣画の探究」展後期を見た。
前期は観に行き損ねた。無念。
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わたしが蕭白で特別に見たいものといえば、継松寺の「雪山童子図」とパークコレクションの「石橋図」の二作品。
どちらも本物は一度しか見ていない。
そして実物を見る前に新聞記事やチラシで見て、なのにどちらも失うという痛恨のミスをやらかしている。
この「雪山童子図」は千葉市美術館で98年に蕭白展が開催された時のチラシのスター。
そのキャッチコピーがまたとてもよかったのに、なぜか失ってしまった。
展覧会も行き損ねた。
とはいえ、2012年には千葉市美の「蕭白ショック!」に行けたので、それはそれでよろしい。ようやく果たせた、という感じ。

「石橋図」は新聞に紹介されてて非常に惹かれたのに新聞をなくし、それもショックだったなあ。
こちらも2006年のパークコレクションで見れたからまぁよしとしても…。

しかし「石橋図」はまあ来ないのは仕方ないにしても、前期だけの展示の「雪山童子」を再び身に行き損ねたのは、よっぽど悪縁なのかもしれない。
絵だけでもあげておこう。イメージ (5)-8

さて今回の展覧会は三重県の協力が大きい。蕭白は京都に生まれたが、伊勢と播磨の方で活躍し、作品を多く残した。
京でもがんばって、安永四年の「平安人物誌」にも絵師として紹介されている。
「応挙がなんぢゃ」と言うたかどうかは知らんが、大概自意識過剰で誇大妄想的な言動が多かったのは間違いないらしいが、そんな蕭白でも絵の研鑽には熱心でとても真面目だったようだ。

曽我直庵 架鷹図 この絵を見て秘かに勉強したこともあるようで、彼の猛禽たちのいわばご先祖様たちとも言える。
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そう思えばチラシの鷹のアタマの形が似ているようにも思われる。
鷹の下にはウズラもいて、「今そこにある危機」な状況を呈していた。

鳥獣人物図押絵貼屏風 蜆子和尚、猿と蜘蛛、馬…十分変な人々が描かれている。

自在置物があった。
タカとミミズク。可愛いミミズクとかっこいい鷹。
耳が立ってるからミミズク。

笠森稲荷お仙の図  骨太な墨絵で鳥居と茶店とお仙と客たちを背後から捉える。得意とする妙な人物像でも、晩年の凍結したような風景画でもなく、思った以上に感じのいい、むしろ力強さが心地いい作品。

達磨図 一枚ものの屏風。でかっコワッという大アップの達磨。「この人に子供の頃なんてあったの?」と聞きたくなるようなツラツキの達磨。

貘図杉戸 夜中にこんなものを見たら卒倒するぜ。隷従たる貘がどうみても怪獣。体に浮かび上がる文様も解説では「イソギンチャク」とか書いてるけど、私はこれを見て水木しげる描く「座敷童」を思った。
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今ちょっと画像見たら「唐草模様」のボディだった。あんな感じよね。

鍾馗図 これは面白かった。刀抜いた鍾馗の前に岩机があり、そこへ鬼がポーズを決めるかのようにしつつ、白梅をローソク立てにしたのを差し出す図。
空には蝙蝠も飛んでいる。

蕭史吹蕭図屏風  秦の穆王の時代の人。それにしても名人の吹く蕭も当人も、近くにいる子供もみんな変。
物語の詳しいことはこちら
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狼貉図襖絵  狼の鼻先がいつ見ても面白いなあ。カタツムリに蜘蛛もいる。貉は蟹と対峙中。

松に孔雀図襖絵  墨絵の濃淡だけで表現しているが、孔雀の羽の毛の深さ、それを初めて実感した。

洋犬図  ドラえもんの鈴をつけてるが、立派にカメ。洋犬でござる。
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人物山水花鳥押絵貼屏風  寒山、拾得、それよりなにより、トラがいい。立って何かを覗くトラ。爪が大きい。眉は丸い。ファンキーでちょっと怖いトラ。

蕭白は挿絵も描いていた。
奥田龍渓「存心」こころもち  教訓とか書いた本らしい。そこにいろんなエピソードを入れてるわけだが、「のりあい舟」や開け放たれた家の中にいる人々と、庭を走る黒い影の「鉄槌論」、それや犬に追われて木をよじ登る猿の絵もある。
いずれも俳画風な面白味がある。
可愛いのは「衣貝説」。三人の子供らが川のほとりで貝を採ったりしていた。本当に蕭白とも思えぬような素朴な可愛さがあった。
こんな感じ。イメージ (6)
・・・17kbしかないのに大きめの画像になったな…

橘守國、大岡春卜らの著作も並ぶ。この二人はライバルだったそうで、彼らの著書の挿絵を蕭白が学んだかもしれないとのこと。
大舜や犬とか馬の絵があった。

なかなか面白く眺めた。
ほかに仁清や乾山の焼き物が数点。

仁清 桜文透鉢  大ぶりな薄白紅の鉢が桜型の透かしを入れている。
乾山 立葵透鉢  色の濃い鉢で花と葉の隙間に透かしが入る。
乾山 老松向付  銹絵でまったりした松を内外にたくさん。

こういう取り合わせもよかった。

10/13まで。

藤田美術館の開館60周年記念展

藤田美術館の開館60周年記念展もいよいよ本番になった。
前回のは序章、今回からは本当の展示。
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玄奘三蔵絵 第一巻  奈良博で全巻展示を見たのが夢のようやなあ。
・13歳の玄奘が真面目に賢く授業を受けているところ。
詞書を見ると武徳八年と読んだが、その年は625年、玄奘は602年生まれなので矛盾がある。わたしの読み間違えかと思うが、詳しくはわからない。
・20歳の玄奘が具足戒を受けるところ。
詞書では貞観六年とあるが、632年になり、やはりずれがある。
・ある日、須弥山へ蓮の葉を踏んで向かおうとする夢を見る。
これで玄奘の心は天竺へ絶対に行くぞと言う方向へ固まるのだ。
諸星大二郎「西遊妖猿伝」ではその須弥山の頂上で孫悟空が寝そべるシーンがあった。
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10/26までは第一巻。10/28-12/7は第三巻展示。

遠くからでもピカッ!キララ~なのはノンコウ。
黒樂茶碗 銘 千鳥 いつみてもよろしいなあ。黒樂のその腹に黄色い横長の景色が二つ。それだけでときめく。

国司茄子茶入 宋―元 わたしは茶入よりも、それを包むお仕覆にときめく方なの。元々に包まれていたお仕覆は白極緞子とかで、今は木枠に嵌められて保管されている。濃縹地に文様が入ったもの。

交趾大亀香合 明―清 これはやはりこの美術館の所蔵品の中でも、特に思い入れのあるものですわね。藤田男爵の死の床にやっと届いた大亀さん。可愛い。黄色地にカラフルな亀甲。

柴門新月図 室町 竹林の真上に月が上る。竹の音のさややと響く寓居に寄り来る人。静かな楽しみのある一夜を予想させる。
何より凄いのはこの絵の上部。本来なら空白空間だったところがどれだけの人の賛が入っていることか。これ込みで国宝なんかなあ。

柿蔕茶碗 銘 大津 大津の人が持ってたから大津という銘。わびすぎてて私なんぞは苦手だが、ただ、これを見ていると「ああ、もうすぐ柿のシーズンで、それが終われば今度はあんぽ柿が出るなあ」ということを思うのだった。

大井戸茶碗 銘 蓬莱 カイラギもはっきり。掌にはザリザリ感があるでしょうなあ。

銹絵替角皿 乾山  焼いたのは乾山・絵柄は「家兄法橋光琳」と紹介もある。
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あっさりと、寿老人、布袋、鶴、白梅などが描かれている。
兄弟コラボ。雁金BRTブランド。
兄さんは超のつく浪費家だったが、弟はそんなでもなかったのかな…

朝鮮唐津手鉢  見込みに富士山のような景色が見える。偶然でも、みんな喜ぶのだ。

黄瀬戸唐花文鉦鉢 油揚げ手という色合いで、形は銅鑼。鉦と言うじを書いててもカネやのうてドラ。花も緑もいい感じ。

仁清の香炉もあって、楽しい二階でした。

次は一階。

普賢十羅刹女像 鎌倉時代zen503.jpg
右中の巻き毛のお姉さん、眉が吊り上った美人。左の象の横にいるのは対照的に八の字眉で目もやや寄っている。
袈裟をつけた垂れ髪美人もいて、みんなで行進!!!

華厳五十五所絵 平安 一番最初と一番最後が出ていた。
文殊菩薩のお話を他のちびっ子たちと共に聞く、赤衣の善財坊や。
空には天人もちょっと飛んでいるらしき跡が残る。
そして最後には弥勒菩薩のもとへ行くと、びっくりするような長い階段があって、そこへ登れと言われて(異時同時図)楼前で拝む。
仏の世界の広大無辺さを見る善財童子。
旅は成就した。普賢菩薩にそう伝えられて物語も終わる。

深窓秘抄 巻頭 平安 紙に青紫の繊維も漉いて、雲が浮かぶような景色を見せる。「大飛雲」という。
夕日の、残照に照らされた雲のようにも見える。

油滴小天目茶碗 ミニ天目の可愛らしさにどきっとした。銀きららに見える。天目台は螺鈿。可愛いなあ。

両部大経感得図 藤原宗弘 右の善無畏は雪山の塔をながめている。鵜が木にとまり、川に泳ぐ。左の龍猛は塔の中に挨拶しても入れてもらえず。中には番人ぎっしり。塔の右下にはハイジで言う『大角の旦那』がおり、左上には二頭の唐獅子が仲良くしている。
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金銅造弥勒菩薩交脚坐像 北魏 一本足の怪鳥の上に座っているが、後付らしい。北魏な顔の弥勒さん。怪鳥ロックという雰囲気か。

紫式部日記 5シーンが出ていた。
9/15 親王誕生の祝宴で引き出物を肩に担いで帰る公卿たち。
9/16-1 道長の子らや女房達が大騒ぎしながら庭の池に舟を浮かべて遊ぶ。
9/16-2 門前には天皇仕えの女房達の牛車と牛たち。舟遊びをあわててやめる人々。
9/17 紫式部による中宮彰子のお見舞い。中宮や乳母たちへの贈り物の包みがたくさんある。
日時不明 一条帝の行幸時に遊んでもらう用の竜頭鷁首のチェックをする道長。

仏功徳蒔絵経箱  箱の内外の絵がそれぞれ法華経の物語を記しているらしい。
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たいへん綺麗な箱。内箱のサイドの狼らしきものたちが可愛い。四匹の狼と人とがいるところへ花を持った仏がこんにちはというのもいい。狼かわいすぎる。
あんまり可愛いのでついついメモってみた。イメージ
大体こんな感じ。

菊花天目茶碗 室町 天目台も菊花。秋らしくていい。
隣接する藤田邸公園には毎秋、菊花展が開催されている。懸崖作りや丸もの、花火ものいろいろな菊が飾られているので、その時期になればこちらの見学もお勧めしたい。

最後は世界に三つだけ活きる曜変天目茶碗の一。いつ見ても煌びやかで綺麗。
実はこの日、わたしはこの色合いにあわせた服を着てきたのだった。
個人的に「お揃い」とおこがましくも喜んでおったのでした。

12/7まで。巻物は展示替えがあります。

遊行寺とおぐり

遊行寺に初めて出かけた。
もう随分前からいつか行かなくてはと思いつつ、今日まで延びに延びた。
なにしろお正月の恒例行事「箱根駅伝」で遊行寺の坂を走るランナーがいかに苦しいかを、実況は熱く語るのだ。
わたしは中学の時から坂とずーーーッと縁があり、今も毎日しんどい坂を上り下りしているので、これ以上もう…というキモチがある。
(だから野間記念館に行くときはびーぐるバスを利用。来るまでに10分以上かかるときは涙を飲んで坂を上る)
(もう一つ言うと、弥生美術館へ行くのも出来る限り東大前から向かう。暗闇坂を登りたくない)
しかし今回は覚悟を決めて、すぐれた先達ともども遊行寺の坂に挑んだ。

遊行寺といえば小栗判官の物語が思い浮かぶ。
そしてその小栗判官を、説経節を原典として描いたのが近藤ようこさん「説経 小栗判官」である。
名著である。
しかし現在は出版元がなく、しかし名作であるため図書館などで読めるようだ。
後世に残すべき名著である。復刊をただただ望む。
その小栗判官を描いた近藤ようこさんと共に遊行寺へ出かけた。

遊行寺の佇まいなどに関しては先般挙げたハイカイ録に詳しい。
今回は宝物館で見た「遊行寺とおぐり」展の感想である。
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遊行寺に伝わる小栗判官の物語と説経節の小栗の物語とは大きな違いがある。
説経節では小栗は京の烏丸二条の大納言家の跡取りだが、小栗満重の話となると足利家とのトラブルが発端となる。
寺では後者の物語を伝えている。
これら種々の比較は福田晃「中世語り物文芸―その系譜と展開」(三弥井書店刊)で大きく取り上げられてもいる。

肉体を持って「おぐり」の物語を描いたのは先代市川猿之助が最も多いのではなかろうか。
かれは1983年の「當世流小栗判官」をはじめ、説経節に準拠した梅原猛の「オグリ」を演じている。
横浜ボートシアター、宝塚歌劇での小栗判官の物語もまた心に残るものだろう。

物語の前半部分に差異はあれ、要するに小栗判官と10人の家来は横山大膳により毒殺され、上野原に捨てられなければならない。それから照手は姫または遊女であってもどのみち罪を問われ、殺されかけねばならない。
そこから先はどの物語でもほぼ同じである。

共通するのは以下の話である。
小栗は横山家にて毒殺される。主原因は小栗が勝手に照手姫と密通したことである。
小栗と10人の家来たちは上野原に埋葬される。家来たちは火葬、小栗は土葬である。
小栗は閻魔大王に訴えてくれた家来たちのおかげでこの世に蘇生する。
しかし餓鬼阿弥の姿で口を利くことはおろか歩行もままならない。
本復するには熊野の湯の峯温泉につかるしかない。
そこで餓鬼阿弥の旅が始まるのだ。

一方何とか生き延びた照手姫は親切な老人に養われるが、その邪な老妻により虐待され、人買いの手に委ねられる。
売られ売られて美濃青墓のよろづ屋に落ち着き、そこで常陸小萩と呼ばれて下働きをする。
三年後、餓鬼阿弥の乗る土車がよろづ屋の前に止まり、照手姫がそれを夫と知らずに、許しをもらって供養のために数日間の旅に出る。

照手姫は旅を三日間続け、別れがたい思いに涙しつつ、餓鬼阿弥を置いてよろづ屋へ戻る。
その後の餓鬼阿弥は人々の情けにすがってどうにか熊野の湯の峯につき、やがて本復し、元の小栗判官に戻る。
小栗は都に上り所領も戻してもらい、照手姫のいる青墓へ向かう。
再会した二人は夫婦となり幸せに暮らす。
そして小栗は83歳の長寿を保ち、祀られる。

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展示されている作品は浮世絵が多く、人喰い馬・鬼鹿毛を乗りこなす小栗、松燻しされる照手姫、病み呆けた小栗を載せた土車を引く照手姫の絵が多い。

鬼鹿毛を乗りこなす小栗はカッコいい。これは明治になってからも松本楓湖が碁盤乗りの図を描いている。
スーパー歌舞伎「オグリ」でも、ここの鬼鹿毛を演じた二人の役者はえらかった。
前半の最大の見せ場でもある。

そして松燻しされる照手姫は幕末頃の絵が多く、嗜虐と被虐の嗜好をくすぐり、悦ばせる構図となっていた。
三世田之助を思わせる容姿で描かれた照手姫の絵も少なくない。
嗜虐の美、それ味わわせてくれる。

無惨美というものがそこにある。
日本人が実は好んでならないものだとわたしは思っている。
恥と非道の記憶。
懺悔しても罪は消えない。

か弱い女が男の乗る土車を引く、というのはこの他にも「箱根霊験躄仇討」の初花と勝五郎がいる。
タイトルにいざりというのが入り、今では差別用語となるので演じられなくなったが、随分人気のあった芝居である。
絵も多い。

展示の中で国芳のは小栗というより箱根の話に見える。
照手姫の前で立ち上がり、箱車を頭上高く持ち上げる姿なのである。背後にある瀧はどの瀧なのか。那智ではなく箱根の瀧ではなかろうか。
もしかすると転用したのかもしれない。

国芳は武者絵の中で「小栗小次郎助重」を馬術の達人として描く。助重は満重の子である。
前述の国芳の復活する小栗は小次郎助重であり、横山に毒殺されるが、二人は離ればなれにもならず旅を続けたようである。
これは「小栗判官一代記」がベースとなっているためらしい。

珍しいのは小栗の家来・十勇士を描いた連作。さすがは国芳である。
上方浮世絵も小栗を描くが、ここでは一点のみ出ていた。

木版の一代略記もある。
これは以前に金沢文庫でみている。
小栗主従が上野原で捨てられている陰惨な風景がある。
その陰惨さにこそ実は深く魅了されるのだが。
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読み物では「小栗実記」がわりに読みやすかった。仮名交じりだからだと思う。
湯の峰のあたりのことが書かれていた。

#3豊国の五十三次絵はその宿場を背景に、その地と関わりのある人物を前面に描いている。
広重や英泉は風景画を描くが、国貞は人物画がメインなのである。師匠の名を継いでもそれは変わらない。師匠の初代もそうで、ライバルの一人・北斎のような多彩さはないが、徹底して役者を描き、人物画を通した。

ここでは藤沢に小栗を、平塚に「小栗外伝」に現れる萬長の娘おこまを描く。
このおこまは「當世流」で重要な役目を担い、その世界では小栗の足腰が立たなくなるのは、小栗にひたすらな慕情を寄せたおこまの祟りという設定である。

外伝のおこまの祟りにより小栗が足萎えになり、照手姫が車を引くことになるのだが、この系統では照手姫も無意識ではなく意識を持って、夫の小栗の車を引くのだった。

それで思い出した。
石森章太郎「変身忍者嵐」原作の中で、小栗と照手の話がある。原本を描いたのではなく、主人公嵐の敵キャラの過去という設定である。
小栗は嵐にその話をするのだが、そこでは病み呆けた自分を車で引いた照手が、一旦仮死した小栗を本当に死んだと思いこみ、埋葬し、その前で自害したというのである。
墓から這いでた小栗の絶望を石森は描く。

また、人形劇「新八犬伝」にも小栗と照手は登場し、犬阪毛野とともに旅をする。
思えば「小栗満重・助重」は八犬伝のその二世代前の話なのである。
毛野の盟友・犬塚信乃の父は結城合戦に参戦し、足を悪くしたのだが、小栗親子はその結城合戦の前の戦の人なのである。
なんとなく面白い。

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ほかに寺の宝なども展示されていて、一遍上人の絵やコロタイプの模本だが、一代記もあり、「熊野成道図」もあった。
そして歴代遊行上人像や、古刹たるこの寺を描いた絵などなど。

とても充実した展示だった。たいへん面白く眺めた。
自分のような小栗判官の話が好きなものには楽しくてならなかった。
また、近藤ようこさんの熊野探訪の話が興味深く、これは「熊野」だからこその面白味を含んだ話だと思った。
ほかの地域ではなかなかその味わいは生まれないのではないか。

10/6まで。 

楽しむ 味わう 近代日本画の抒情 ウッドワン美術館所蔵品を中心に

松伯美術館にウッドワン美術館コレクションが来ている。向こうには代わりに松園さんの「花がたみ」などが出かけている。いいことだ、とても。
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しばしば関西には広島のウッドワン美術館の近代日本画コレクションが来るので、おなじみの作品も少なくない。
そうなると旧知の知人に会う気になって、しみじみと嬉しくなる。  
このブログ上で以前に挙げた感想はこちら
わんこ、美少女、梅の精、美少年などを共有している。
   
近代日本画はやはり自分の中では、なくてはならぬものなので、見知った絵であっても喜んで出かける。
今回もそうして遠路はるばると奈良の松伯美術館に来たのだった。

大観 月 M42  中国のどこかの橋の上から人々が月を仰ぎ見る。山にかかる月。ロバも一休み、団扇を持つ人々もいて、季節がまだ暑さを持つことを知る。
宋か明の時代か。そんな時代のある夜の橋。

羅浮仙 T8  大きな白梅の下で。髪には綺麗な金の飾り。白衣に近い着物の襟は黒で繻子だろうか、そこに白鳳の刺繍がある。手にも白梅。ゆったり微笑む。

清方 春に遊ぶ T7  蕩けそうな美少女。前回の大丸のときもそうだが、今回もこの少女と羅浮仙とが二枚看板の主演女優だった。

玉堂 深秋 S8  三人で林の中で暖をとる。トント。柴はよく燃えるだろう。

靫彦 森蘭丸 S44  可愛いねえ。前回は少年の美に夢中になったが、今回は背景をよくよく眺めた。
床の間には古代の青銅器に倣った花入れがある。ちゃんと饕餮のような顔が見えるのはご愛嬌か。そこには靫彦の好きな紅梅が活けられている。
また砧青磁の香炉も飾られている。
なお蘭丸は裃も薄い砧青磁の色に揃えていて、唇はそれより濃い色をみせていた。
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関雪 片岡山のほとりで M44 右手には聖徳太子一行。左手には達磨大師の化身たる人。なにも考えずにみても左の人はインド人。

土牛 仔犬 赤目の茶犬。可愛いのは見た目だけではなく、じっとみつめる。うちにいる猫のクマングに似ている。

平八郎 竹 S30  金の竹の中に一本だけまだらの伸び盛りの竹。まだ竹に成りきらない竹。

竹喬 夕空 S28  丸い柿の実が沈み行く夕日を受けて薄黒い影で描かれる。星もうっすら一つ。まだ空には薄い赤みと薄い青が残っているが。
ああ、秋やなあ。

希望 月光  きれいな色。このチラシは青灰色だが、本当の色は緑がかっている。川か池で馬を洗う人。馬の姿もほっそりしている。近い風景ではあっても夢の中の光景のように遠く、そして美しい。

ここまではウッドワン所蔵品。

契月の歴史上の人物画が出ていた。
「楠公」と「幼菅公」。どちらも立派な風采。

神泉 寒空  随分若い頃の作品だと思う。後の神泉スタイル確立以前。ヒヨドリらしき鳥がいて、とても寒そう。それを和紙のにじみをも計算に入れての表現。

春草 仏御前 M39  松園さんは春草をとても高く評価していたそうで、彼女の旧蔵品の中に春草の絵もあったとか。
この「仏御前」は以前にも展示されていたが、人の世の無常を強く悟った若き仏御前がススキの生える道をとぼとぼと行く図。行く先は祇王・祇女のもと・・・

仙女(霊昭女) M43  笊や籐で編んだ台所グッズを売り歩く。植物の飾りが髪に映える。

松園さんの下絵をいくつか見る。
砧もあった。風情がある。

美人納涼 S7  長春風な様相。女が柳の下でくつろいで、たばこを吸うたりくつろいだり。
ちょっとばかり崩れた魅力がいい。

松篁さんの絵の中でもかなり好きな「鴛鴦」が出ていた。たくさん鴛鴦がいて水を滑る中、マガモも素知らぬ顔で仲間入りしている絵。なんとなく面白いのだ。

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ゆったりした心持で楽しめて、本当に良かった。9/28まで。

細見美術館の「デミタス コスモス」/泉屋博古館の「茶の湯釜の美」…

いくつか工芸関連のいいものを見たので挙げたい。

細見美術館の「デミタス コスモス ―宝石のきらめき★カップ&ソーサー―」展は素敵な展覧会だった。
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内容がいいのは当然のことながら、その集められた「動機」がまずいい。
鈴木夫妻というコレクターが結婚当初から毎月1点ずつ買い集めたというコレクションなのだ。
夫妻は昭和40年に結婚されたそうで、共通の趣味はない。しかしコーヒーを飲むのがお互いに好きだということで、それならコーヒーを入れるデミタスカップを集めようということになったようだ。
それも必ず一緒に見て、話しあい、合意のもとで、無理をせず、購入という条件を付けて。
これは素晴らしいことだと思う。
夫と妻との対等な共同作業ではないか。
こんないい話、めったに聞かない。
互いが互いを思うあまりに自己の不利益を生み出してプレゼントを贈りあう「賢者の贈り物」もいい話だが、そこには愚かさがある。愛しい愚かさだが、やはり無駄を感じる。
その点、この夫妻の在り方は理想的だった。

10年余で大指輪コレクションを築いて妻への愛情を語る橋本コレクションも悪くはないが、わたしはこの鈴木夫妻や、佐賀県立九州陶磁文化館の中核をなす柴田夫妻コレクションにこそ、「うらやましさ」と「憧れ」を感じる。

その鈴木夫妻コレクションを堪能した。
集められたデミタスカップは夫妻の審美眼に適うものでなくてはならず、さらに7cm以下であること、必ずカップ&ソーサーのセットでなくてはならないこと、という制約がある。
その制約と前述の条件とをクリヤーしたのがこの一大コレクション、夫妻の精華なのだ。
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闇雲に可愛いもの・いいものばかりを集めたわけではないことも知る。
コンセプトを決めて揃えたものもあるようで、そこに夫妻の『年月』を感じる。
いいなあ、素晴らしい。

わたしが特に好ましく思ったのは、実用には向いていないが、網目状の不思議な構造を持つカップだった。これは製作者も他の者にはその作り方を伝えなかったために、今日まで誰も再現できないらしい。
笊のカップのような存在で、しかしデミタスカップとしては成立しているのだ。
すごい構造だと思った。

18世紀から20世紀初頭のマイセン、セーヴル、ロイヤルウースター、ミントン、KPMベルリン…欧州の名だたる名窯から生まれた可愛らしいカップ。
花柄・美人の顔のついたもの・色のきれいなもの・表現の良いもの…
小さいからこそ美と愛嬌が凝縮されているのかもしれない。

いい心持で見て歩いた展覧会だった。
9/28まで。

次は泉屋博古館の「茶の湯釜の美」展について。
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釜と言えば三条釜座の大西清右衛門美術館がまず第一に思い浮かぶが、それはわたしが関西人だからで、九州の芦屋釜の存在の大きさを忘れることは出来ない。
住友春翠さんは素晴らしい文化人であり、この人が住友家に迎えられてから住友家の文化的貢献度が一気に上昇したと思う。
春翠さんがいた頃に集められた釜がかなりたくさん出ていた。それから賛助として「芦屋釜の里」ミュージアムからも出てきている。

茶の湯の釜は専用は南北朝室町の頃からだが、釜そのものはもっと昔からあったそうだ。
それはそうだ。ご飯を炊くのもお釜である。
そういえば茶の湯も何も知らなかった頃、釜と言えば「文福茶釜」だった。
あれは茶釜と最初から名乗っている。
京都で茶の湯が完成を極めた頃、遠方の芦屋釜、天明釜から地元の京都の釜に人気がスライドしていったのは仕方ないことだが、しかしそれでも今日に至るまで「芦屋釜」「天明釜」の美をたたえる声は消えない。

近年、大西清右衛門美術館に行くようになった頃から、段々と釜の美というものがわかりかけてきたように思う。完全な形のままの美を愛でるのではなく、使うことで生じたヒビや朽ちてゆく様子にさえも美を感じる。
いや、むしろ「やつれの美」にこそ釜の美はあるのではないかと思うことがある。
釜は鉄である。鋳鉄製品が壊れてゆくのは本当はむさくるしいものだが、釜の場合、そこに不可思議な美が生じる。
以前、朽ちた釜ばかりを集めた展示があり、わたしはそれを見て「九相詩図」を想った。
侘びの美ではなく、多分もっと頽廃的な悦びを見出したのだと思う。

今は尾垂れが可愛くてならないが、今回は自分好みのものはなく、鎹で継がれたものが一つ見受けられただけだった。

海老鐶付網千鳥地紋釜 大西浄清  チラシの釜。全体に網がかかり綺麗。こういうのがやはり江戸時代の美意識なのだとも思う。エビの髭が長い。
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又玄斎好老松唐犬釜 大西浄玄  文福茶釜はタヌキだが、別にこの釜が唐犬(洋犬ですね)というわけではない。鐶付の姿が犬の耳に似てるからそう言われたそうで、元々の始まりは宗旦の好みから。又玄斎は8代目。
ピロンとした耳。これはドーベルマンとかあんな感じか。
よく洋犬の耳と言えば、垂れ耳というかべろんとした耳というか、そういうのも多いが、やっぱりわたしは日本の天然記念物の犬たちの△△の耳がいい。シェパードも△△耳。

千本松地紋富士釜 大西浄雪  形は富士山で模様に千本松。模様と造形で富士山と松原とを表現。かっこいいなあ。

裏甲釜 西村道也  わたしはついつい違う使い方も出来るな、と考えてしまった。なんとなく楽しい。

ところでわたしはあんまり霰手が好きではない。
手間のかかる作業で技術的にも凄いと思うが、好みではないのだ。

大正12年という比較的新しい釜とその下絵や画帖などがでていた。
これは春翠さんの別業が有馬にもあり、その景観の良さを愛でてこしらえさせたもの。
有馬六景釜 大西浄長  岩場や紅葉などもいい。夏の涼やかさ、春の桜の喜び、冬の豊かな白。
絵は望月玉泉の息子・玉渓、その息子玉成の仕事。

釜以外に少しばかりほかのものもある。
古銅象耳花入 銘 キネナリ あれ、ここのだったかな・・・
追記:後で調べたら、ここのだった。観るのは4年ぶり。
その時の感想はこちら
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小井戸茶碗 銘 六地蔵 目跡が六あるからかな。

東方朔釜 大西浄長 大正13年 原画は春翠さん。中国美術の造詣の深い人。さらりとした線がいい。

ここではつい大西家の釜ばかり挙げてしまったが、やはり自分が好きなのは大西家歴代の人々の釜なのだと思い知らされた。

大西家以外の家の釜も並び、その由緒も知る。
最後には芦屋釜の里から復元品、鋳型、釜の断面と内面などがきていた。
とても面白く思った。

浜松図真形釜 銘 末の松山 八木孝弘 復元品。しかし真新しさを感じない、良い古びがついているように見えた。

10/19まで。その後は六本木に巡回。

最後に少しばかり金沢文庫「仏教美術逍遙」展の感想。
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阿弥陀三尊立像(善光寺式) 銅造 鎌倉時代  左右の菩薩が胸の前で手を合わせている。そのスタイルをいうみたい。

十一面観音菩薩立像 木造 鎌倉時代  冠の顔たちの中にお釈迦様もいる。そこだけで11の顔。メインの顔もあわせると12。青銅のような顔。木造なのに。

天王立像 木造 平安時代 元は堺の西福寺旧蔵。腹ベルトにマグマ大使のゴアそっくりなのがついている。

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絵を見る。
仏涅槃図 南北朝ー室町  斑猫らしきもの、カニ、耳の長いミミズクも参加。

騎獅文殊菩薩像 鎌倉時代  きりっとしたかっこいい文殊。五髷というが、そこまで数え切れなかった。

大黒天像 南北朝時代  黒大黒。赤ベロ、走る。袋の中にはダキニ天と15童子。

最後に木造の幡頭をみる。猛禽の頭部つき。つまりモーキンズ・ヘッド。二口のアウンの猛禽。
モウしわけない、このギャグが言いたかったのかもしれない。

9/28まで。
なお、金沢文庫からレプリカだが独鈷が盗まれたそうで、お気の毒なので、早く見つかればいいと思う。

村岡花子と「赤毛のアン」の世界展

弥生美術館では「村岡花子と『赤毛のアン』の世界」展が開催されている。
開館10時に合わせて出かけたらもう大繁盛。びっくりした。
よくよく考えればTVドラマになってるから、そりゃ普通来ない人でも来るもんです。
わいわい騒がしい中をそれでも機嫌よく見て回った。
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先般大丸で見た展覧会と共通する展示も多い。
そのときの感想はこちら

わたしはドラマも見ていないので話には乗れない。
というか、チラチラはいる情報で却って村岡花子への距離が広がった気がしている。
これまでは村岡花子をなんとなく尊敬していたのだが、ちょっとばかり距離を置きたい気分になってしまったのは確かだった。
補足すると、これはやはり見ていないが、情報の入るドラマが嫌やということもあると思う。

敬虔なクリスチャンの花子は日本キリスト教系婦人矯風会が発行する雑誌にもいろいろ書いていたようだ。
その雑誌(1932年「婦人新報」)を見るとライオン歯磨きの宣伝ページもあった。彼女はほかに「少女画報」でも活躍していたようだ。川端龍子の少女の表紙絵がある。

「アン」以外の翻訳作品があった。
「そばかすの少年」「リンバロストの乙女」どちらもジーン・ポーター。
姉妹品でもある作品。わたしは「そばかすの少年」は竹宮惠子のマンガで読んでいる。

築地にあった日本キリスト教興文協会の昔の写真がある。いい建物。
それから銀座の教文館の昔の建物。どらちもとても素敵。
ここから「小光子」という雑誌が出ていた。
「小公子」ではなく光の子。
現在は藤城清治氏の影絵展が開催中。

次に「腹心の友」たる柳原白蓮の紹介があった。
柳原白蓮の本の多くを装幀したのは夢二だった。
「幻の華」「踏絵」「指蔓外道」などがある。
大丸で見た「指蔓外道」に再会。この絵はベックリン「メデュウサ」から想を得たらしい。なおタイトルや雰囲気から邪宗門関連かと思ったが、そうではなく言葉自体はアングリマーラのことを指しているらしいから、仏教系。
白蓮にはほかに「仏教童話全集」もある。
彼女が宮崎龍介と共に暮らしている頃の写真もある。
そして息子が戦死し、その後の社会活動の写真も。

昭和31年には中国から招待されて出かけている。
これは当時戸板康二らと一緒だったのだろうか。
戸板の随筆の中で中国へ招待されて出かけた話があり、その時レッドパージから逃げて中国へ渡った中村翫右衛門と再会するくだりがある。
この時の一行なのかどうか。
周恩来らと一緒に撮影もしているが、たいへん綺麗な老女になっていた。
想いきり若い頃と、こうして老女になってからの白蓮の美貌と言うものは、非常に素晴らしいように思った。

さて再び花子。
「少女の友」の編集長・内山基との対談もあったそうだ。
少女小説の必要性については頷くが、彼女の友情論はちょっと傲慢だと思った。
「ひまわり」でも花子は活躍していた。
花子は石井桃子とも仲が良く、信頼関係にあった。
そこで二人はそれぞれ自宅を図書館=家庭文庫として開室している。

やがて大正9年には一時絶縁関係の白蓮とも友情が復活しているが、これはもう花子が悪いとしかわたしには思えない。
花子もそのあたりのことを文章にしているが、人のことを言うのなら自分はどうなのか、それほどに正しいのか、と言いたくなる行動が少なくない。
そのあたりが非常にニガテで、とうとうわたしは花子とは距離を置きたいと考えだすようになった。

その時代、夢二人気は高まり、便箋や絵封筒などでも夢二作品はたくさん作られたようで、白蓮たちの絵封筒はいつも花束のように見えた。

文芸関係の婦人ばかりが集まった会も発足した。
中里恒子、林芙美子、石井桃子、円地文子、宇野千代、吉屋信子らとの集合写真もある。
わたしは彼女たちがなんとなく好きだ。

いよいよ「赤毛のアン」である。
三笠書房から刊行されたシリーズ物はすべて大人っぽいアンの姿だった。「第三集」などは特におとなっぽく、美人である。
わたしは講談社版の「アン」を読んでいた。
ポプラ社の表紙はSFやファンタジーで名高い武部本一郎によるもの。

「アン」は作中に出てくる食べ物や手芸品の人気が高く、現代でも再現の技法を記した本などがよく出ている。
丸く編んだ敷物というものの実物も今回初めて見た。
古布を三つ編みしてぐるりと綴じる。手間のかかる手仕事だった。

いいセリフがある。
マリラ「女の子はその必要が起ころうと起こるまいと一人立ちできるようにしておいた方がいいとあたしは思うんだよ」
原文は知らないが、とてもいい言葉だと思った。

花子の訳したほかの本をみる。
「丘の上のジェーン」の新潮文庫は村上芳正の装幀だった。
「エミリー」シリーズも!なんだかとても嬉しい。

「アン」を描いたイラストや現地の写真なども飾られていた。
やはり「アン」は永遠の小説だと思った。


次に高畠華宵記念室。
「帽子コレクション」として華宵の描く少女たちが帽子をかぶる絵を集めていた。いずれも1920年代のモダンな少女たちの姿である。
わたしは1920年代のファッションが一番好きなので嬉しくてたまらない。
春の帽子の一つ「かほるそよ風」のスタイルはドット柄ワンピースにツバ広の帽子で「カルメン故郷に帰る」の高峰秀子のようだった。
夏の水着の帽子もいい。秋、冬のココア色、茶系統の帽子も素敵。
とろける目をした彼女たちはなんと帽子が似合うことか。

他にもパラソルの少女たちや、帽子をかぶる少年像もいくつか。
こうしたアプローチもいいものだと思う。

そして夢二美術館。イメージ (23)

今回は「美人画家・夢二」と言うことだった。
明治から戦前の美人写真も出ていて興味深く眺めた。

大正10年の「三都美人比べ」がいい。
東京・大阪・京都の美人芸妓の写真を集めていた。
しゃっきりした美人は東京、もっちゃりしたわけのわからん魅力があるのは大阪、京都のはまた不思議なよさがあった。

それから当時の世に名高い美人の写真があった。
九条武子、柳原白蓮、林きむ子(舞踏家)、江木欣々、松旭斎天勝。
みんなそれぞれとても綺麗だった。

夢二は案外派手なものが嫌いなようで、お召し物より銘仙の可愛いものを愛したそうだ。それも銘仙が洋風になったり、華美なキラキラは許せなかったそうだ。

グラビア絵を見る。
「セレナーデ」が出ていた。特に配色の好きな作品の一つである。ギターを弾く女。夜景の色がいい。
今回の特集で知ったことだが、夢二は「泣く女」の絵が多い。
色んなシーンで女たちは泣いていた。
そこにせつなさが活きる。

「情話」本も多い。
雑誌表紙も今回は「大大阪」と八十主催の「蝋人形」が出ていた。
後者は大人っぽい魅力のある雑誌だった。

セノオ楽譜を見る。
「君よ知るや南の国 ミニョンの歌」これはトマの方の曲。
「我を偲び給へ」…ストーリーはまぁ、ねえ…

最後に一つ笑ったものがある。
明治40年「太陽」がかかわったもの。
コマ絵である。
「男の見たる女」…顔、手先、足先。
「女の見たる女」…着物、髪飾り…
笑ったなあ。

9/28まで。

大阪で開催中の岩合光昭さんの「ねこ」「いぬ・ぱんだ」

うめだ阪急で「ねこ」、大丸心斎橋南館で「いぬ・ぱんだ」の写真展が開催されている。
岩合さんの捉えたねこ、いぬ、ぱんだはみんないいカオをしている。

まずうめだ阪急に行ったが、モノスゴイ大群衆だった。
みんながみんなツリ目で△△の耳の奴らを見て、タレ目になり、にへら~~と笑っておる。
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こちらは正月に明石で開催された「ねこ」イメージ (18)

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いや、もぉほんまにたまらんわ…
悪魔のような奴らに魅入られてる人間のなんと多いことか。
猫の下僕、猫のおさんどん、猫の毛づくろい・ノミ取り専業者に成り果ててしもてるがな。

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たまに知らん顔してやれと思っても、こうしてズンズン来られると…
ああ、たやすく陥落するね。

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もうほんまにどれくらい猫に泣かされてきたか。
しかしこの姿を見ると何も言えなくなる。
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こちらは「ねこ歩き」チラシ。出演者はカブってますなw
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もうやっぱり猫の魅力の前には無力です・・・
どこの地でも猫が人と共に幸せで生きられますように…

梅田阪急では9/23まで。


次は大丸心斎橋南館
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わんことパンダ。うわーですなw
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日本の基本の犬というのかな、柴犬、秋田犬、甲斐犬、四国犬、北海道犬らの特集があった。
みんな凛々しいわ。

パンダは上野、和歌山、中国のセンターから。

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たまらんなあ、こっちも。
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ところどころに犬と猫のなかよしさんがいて、それを見るだけでも嬉しい。
パンダもどんどん繁殖してほしいなあ。

こちらは10/6まで。

ああ、岩合さんにやられたなあw

京都国立近代美術館の秋の常設展

ホイッスラー展を見た後、常設も機嫌よく見歩いたが、こちらはジャポニスムの画家ホイッスラーに合わせての展示も企画されていた。
『日本近代洋画と浮世絵-鏡としてのジャポニスム』
参考資料と共に並べると、なにやら楽しい雰囲気があった。
画像はすべてクリックすると拡大化します。

橋の絵を集めている。
津田青楓「暮れゆく橋」1411292272169.jpg
なんとなく切なくていい。

三井文二  京都疏水ダム1411292252555.jpg
奥にある煉瓦の建物が憧れだった。

林の中を逍遥する。
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加藤源之助と長谷川良雄の描いた風景。

こちらは浅井忠。意匠としての林。グレー風景 陶器図案だった。
明るい林。1411292207794.jpg
浅井忠は洋画よりもデザイン、日本画などの方が好きだ。

浅井による挿絵。1411292192576.jpg
髪だけはアールヌーヴォー。

梳る女はほかにも。1411292176793.jpg
写真は野島康三、絵は澤部清五郎。

ここからは「秋の日本画」
珍しい徳岡神泉の「筒井筒」1411292160727.jpg
描いたんやねえ、かつては。

牧進 爽秋蝶舞 左右ともに涼やかでどこか艶めかしい。
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下村良之介の金の月と銀の月。
月明を翔く(亜)1411292098591.jpg
月明を翔く(孚)1411292116987.jpg
なにかしらはっ となった。

富本憲吉の滞欧時代のスケッチなど。
さすがに「模様から模様を作らず」の人だけに研鑽のあとが見事。
小鳥が可愛い。マンホール、ではないよね。1411292084258.jpg

むしろ唐の文様にも似ている。1411292070015.jpg

有意義な渡欧。1411292055142.jpg

きつねのかみそり1411292037572.jpg
植物には「きつねの△△」というような俗称のものが少なくない。
「きつねのだんぶくろ」は澁澤龍彦の回想録だったな。

川上澄生 時計店の図 1411292019360.jpg
細かいところも面白い。

バーナード・リーチ 1411292005711.jpg
ガレナ釉雲鳥文蓋壺 可愛い表情を見せている。

最後は富本憲吉によるデザイン。
柳屋書店包装紙1411291988037.jpg
平野町にこんなお店があったのだね。今も残っていれば、としみじみ思った。

ほのぼのした気持ちがわいてきた。

江戸妖怪大図鑑 妖術使い篇

浮世絵太田記念美術館の3ヶ月連続企画展もいよいよこの「妖術使い」をもって終了。
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第一期の妖怪は元ネタを知らずとも楽しめるが、二期の幽霊、三期の妖術師は元ネタを踏まえて眺めると、ますます面白くなる。
こんな時に自分が芝居好き、江戸文学好きで良かったと痛感しますわw

幽霊の時もそうだったが、この妖術師もキャラ別に作品が挙げられているから、比較も出来て本当に楽しい。

出演は滝夜叉、大友若菜姫、児雷也、天竺徳兵衛と他の皆さん。
幕末に大人気の彼らがクローズアップされているから、絵師もやっぱり幕末の皆さん。
正直、一番好きな分野ですわ。

実際自分の浮世絵愛好の道は永谷園のオマケの広重の五十三次に始まり、芝居絵、武者絵、と来たので、歌川がメインなんですわな。
というわけで、大いに楽しみました。

先般から歌舞伎役者の名称を略称で記すことにしているが、今回もそれに続く。
例:三代目尾上菊五郎 = #3菊五郎 こんな書き方です。
絵師もいちいち三代目豊国(国貞)とは書かず、リストに沿って国貞は国貞の儘にする。


・天竺徳兵衛は実在の船乗り(江戸初期に天竺へ行った)だが、芝居では幕府転覆を狙う大崩しの役柄。

春朗時代の北斎 仲蔵の徳兵衛実ハそうふくわん 口に巻物くわえている。足下には大きな蛙が顔を上げている。

国貞 #7団十郎の天竺徳兵衛 こちらも一世代前の北斎と同様のポーズだが、天徳の手足が蛙そのものになっている。大蝦蟇の術者だが、本人も蝦蟇になりそう。

国貞 #2多見蔵の天徳・#3栄三郎の仲秋奥方 バックに巨大な白蝦蟇。奥方は懐剣を逆手に持つがなにやらにやりと笑っている。二人の間の編み籠から多くの蛇が立ち上がって上下姿の天徳に向かっている。
多見蔵はほかの絵と同様下ぶくれ。

全然関係ないが、この多見蔵には跡継ぎがいたが途中でおかしいことになってしまったそうで、その倅は「寺子屋」の松王の工夫を訊かれてなかなかよいことを言った後に、「ここでひもを引っ張れば松王の髪が馬のようにあがり、お客は大喜びだ」・・・

多くの天徳をみる。
現代では先代猿之助が「天竺徳兵衛韓噺」を上演していた。やはり大蝦蟇を使う技を見せた。
どちらにしろ蝦蟇の親分のような様子で天徳がいたのだ。

世界が「綯い交ぜ」になると、徳兵衛の蝦蟇もネズミに変じることもある。
国芳の芝居絵の天徳は背景にネズミの大群が押し寄せている。

ほかにも武者絵の中での天徳が、アタマをかく蝦蟇仙人の傍らで蛙たちの相撲を見ている絵などもある。
このあたりの構図はいかにも国芳らしく面白い。

明治になっても天徳の芝居は生きたようで、明治16年に国周と国梅のコラボの#5菊五郎の天徳は背景に洋画風の蝦蟇がどーーーんっっっ


・滝夜叉
平将門の遺児である滝夜叉姫とその弟・太郎良門が妖術を身につけて、世界を壊そうとする。
今でも「忍夜恋曲者」の題で滝夜叉の芝居がしばしば演じられている。

太郎は蝦蟇仙人(上記の天徳のとはまた違う)から術を習う。

国芳 蝦蟇仙人 アタマにも蝦蟇を乗せ、周囲も蝦蟇蝦蟇・蛙蛙している。特に大きな蝦蟇を肘掛けにしてもたれているが、その大蝦蟇がなんとも愛くるしい。
大きな丸い目でじっとしているのもいい。

国芳 三枚続きで、大蝦蟇岩の洞窟で蝦蟇仙人が気を吐くと白い虹になり、その上を化身の女が歩く姿を描いている。太郎はそれをみて術を感得したのか。

芳艶 太郎と滝夜叉を諫める善知安方と錦木 安方と錦木夫婦は姉弟の野望を止めようとして殺されるが、死後も化身して二人を諫める。胡蝶のような夫婦。(本来は鳥なのだろうが蝶のようにみえる)
能「善知鳥」は死後も安らげず鳥になる男を描いているが、ここでも彼は安穏とした死をむさぼることはない。

国貞 奇術競 滝夜叉姫 アタマにたぶん五徳を乗せてそこに三本の蝋燭に火を灯し、口には細松明に火をつけたものをくわえ(無言の術)、首から鏡を下げ、右手に刀、左手に鐘を持って野に浮かぶが、それはススキの野に打ち捨てられたドクロから流れた気の中の姿だった。
滝夜叉の着物には文字がいくつも書かれている。「言」「魔」「行」「無」。かっこいい。

滝夜叉といえばやはり国芳の「相馬の古内裏」の巨大骸骨が思い浮かぶが、ここには大宅太郎光国がいる。
光国は滝夜叉一派の野望を砕くために彼らの懐に飛び込む。

彼は剛勇のひとで、幻術のこうもりの大群、骨たちの戦をみても驚きもしない。
コウモリは芳幾、蝶は芳年が絵にしている。

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明治になっても周延が彼らを描いている。
古御所でコウモリや敵と戦う光国を見て、その剛勇さを買った滝夜叉という構図。滝夜叉は大胆に笑っている。槍持ちの侍女は不安そう。背後に大蝦蟇の姿もある。

明治26年には小国政という絵師による光国の絵もある。
古御所に立つ光国の前に姿を現す大蝦蟇をはじめとする化け物たち。
おばけへの迫害も消えた時代なのだろう。

蛙たちの相撲の絵もある。
国芳 姉弟と家来たちの前でノシノシした蛙たちがムンムンと相撲を取っていた。笑いながら見ている滝夜叉は珍しく髪を軽く結んでいる。彼女はどの絵を見ても洗い髪のまま(要するに今のふつうのロングヘア)なのだが。 

・児雷也
こちらも蝦蟇を使い魔にしている。敵は大蛇丸、味方であり、女房になりたがる綱手は蛞蝓を使い魔にして、三すくみの状態。
大抵この児雷也は男前が演ずるので、国芳の武者絵は別として、大抵は#8団十郎で描かれている。

杉浦茂「少年児雷也」では師匠の蝦蟇仙人が大蛇丸の師匠の悪計にやられて死ぬのだが、ヤニに汚れた内臓を川でジャブジャブ洗うシーンがすごかった。
洗ったモツをそぉっと盗まれて「おれたちゃ禿鷹♪」と歌う禿鷹たちに喰われてしまうのだった。

国貞 #8団十郎の児雷也・#5海老蔵の仙素道人・#3粂三郎の越路  美人の越路にそそられて声をかけても無視するので狭い家の中で刀を抜いて、女を脅すと、女は素知らぬ顔で読書を続けたまま銃で男を狙う。
実はこの越路は仙素道人の変身姿。…よかったね、口説けなくて。
その仙素道人は男女の真ん中で印を結んでいる。

国貞にはほかにこの師弟と#3粂三郎の怪力お綱(綱手)が夜の山中で一堂に会するシーンを描いている。お綱は「燕子」の文字が縫い取られたカキツバタ文様の着物を着ている。凝っていて、文字は鹿の子にしている。児雷也は男前だし、髑髏をかむカエルは可愛いし、面白い図。

滝夜叉のいいのは国芳だが、児雷也のいいのは国貞の方だと思う。
国貞はほかにも一枚絵で「奇術競」シリーズに綱手、大蛇丸を描いているが、いずれもかっこいい。


大友若菜姫
「白縫譚」のヒロインである。大友宗麟の遺児と言う設定で、こちらは蜘蛛の術を身に着けている。様々な怪奇な展開が続くようで、学生の頃から読みたいと思いつつ、なかなか読めないまま来てしまった。

国貞 この絵がわたしにとって最初に見た「しらぬひ譚」なのだった。
梅田のかっぱ横丁の古書店で絵ハガキを購入したのが二十歳になる前。
当時は国芳より国貞が好きだったのだ。
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国芳も白縫譚を描いているが、芝居絵ではやはり国貞には及ばない。
大蜘蛛が妙に可愛かったりするあたりにその本来の魅力がにじみ出ているのだ。

若菜姫は男装して「白縫大尽」と名乗り吉原まで遊びに行く。
一方、敵方の鳥山秋作は女装するのだが、男装の女の方が女装の男より態度が大きい。
トランスジェンダーとかそんなことを言い出すとややこしいので書かないが、面白くもある。
国貞の二人は秋作はもう男であることを隠していない。
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芳幾の二人は秋作が凛としつつも可愛くて、白縫大尽としてはちょっと苛めてやりたくもなる。
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幕末の読み物はこのように倒錯した性を楽しませてくれる。
わたしはこのあたりだけでも耽読したいと思っているのだ。

・鬼童丸、袴垂保輔
どちらも平安の人で、さらにいうと頼光一派とからみがある。
袴垂の話は小学校の教科書で読んだ。
鬼童丸は市原野のあたりで牛の皮をかぶって頼光らを待ち伏せと言う、常軌を逸した行動に出ている。

国芳 鬼童丸 やはり芝居絵ではなく武者絵がいい国芳。真正面顔の鬼童丸は不動のような火炎を背負いながら大蛇の上に座るが、その大蛇のアタマには倶利伽羅剣ならぬ蛇からみの剣を刺している。物の怪たちが騒ぐ中へ松葉を咥えて印を結んだ姿で降りてくる。

松葉で無言の行を行い、というのは「維摩の行」だったかな。八犬伝の犬村角太郎がそれをしていた。

芳年では袴垂と鬼童丸が術比べもする。この絵は何度も見ているが、ここにラインナップされているのが嬉しい。
巨大な雀風な鳥たちがいい。

二人の術比べは芳艶も描いているが、どちらにしろ鬼童丸は異形で袴垂はなかなか派手な装束である。

大蛇にもたれ術をかける袴垂の絵もある。
芳艶。大蛇はツキノワグマを脅かす。頼光と四天王が刀を抜いている。
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狂気のような鬼童丸の襲撃を描いたのは芳年だが、これは安政年間の作。
明治になってから描いていれば、却ってもっと怖いかもしれない…


他にも様々な妖術使いの絵がある。
中でも国貞の「奇術競 尼妙椿」はいいが、ここに出ていないので妙椿を描いたいいのがある。
ナマナマしいエロティシズムと妖気が漂う妙椿。

国貞の「奇術競」シリーズでも凄いのは「椿説弓張月」の悪者・蒙雲国師だろう。
この絵を最初に見たのは今はなきアサヒグラフだったが、これはその切り抜き。
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他にも金毛九尾のキツネなどもあり、見事なラインナップでとても楽しかった。

なお
江戸妖怪大図鑑 化け物篇 感想はこちら
江戸妖怪大図鑑 幽霊篇 感想はこちら

愉しい三か月をありがとう、太田記念美術館。

生誕120年記念 デザイナー芹沢銈介の世界

芹沢銈介の世界展が高島屋で始まっている。
わたしが見たのは日本橋の高島屋で9/23まで。
その後全国の高島屋で巡回が始まるのだろう。
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民藝関連の展覧会はまず高島屋で行われる。
それは民藝同人がいた時代から変わらない。
高島屋が彼らの発表の場であった証拠だとも言える。

今回は主に4館からの協力で成り立っている。
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館、静岡市立芹沢銈介美術館、日本民藝館、柏市。
中二つは納得だが、東北福祉大や柏市の所蔵品の豊かさには驚いた。

今年は芹沢の生誕120年の年になるそうだ。
芹沢は長生きで90年近くを生きた。
途中からは人間国宝として生涯にわたり、その「仕事」を全うした。

展覧会は二部構成である。
1.デザイナー芹沢銈介 多彩な造形表現
2.芹沢銈介の目 収集した世界各国の美術・工芸品
いずれも芹沢銈介の美意識のありようがこちらにひしひしと伝わってくる作品ばかりだった。

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芹沢と言えば型染め絵というのがまず第一に浮かぶ。
彼は戦前に沖縄で紅型の美に出会い、たいへん感銘を受け、そこから独自の世界を歩きだした。
紅型の美に感銘を受けたのはこの芹沢と版画家の前田藤四郎有名だが、二人ともにそこに留まらず、新たな地平を切り開いた。

芹沢の仕事は工芸のくくりに入る。生活と密着した仕事でもある。
彼の拵えたものは普通の人が手にとれるような作品だと言っていい。
カレンダー、暖簾、着物などなど。

特にカレンダーは敗戦翌年の1946年から生まれて、長く作られたようだ。
彼は判じ物・または朝鮮の飾り字のように装飾し、楽しい「文字・数字」を表現した。
これは作風は違うが現代では安野光雅がその道の達者として、楽しい作品を作っている。
人はやはり何かしら可愛い・面白いものが好きだというのが多いらしい。

晴雨二曲屏風 赤・オレンジで「晴れ」を表現し、花菖蒲を描く。「雨」はブルー系で芭蕉を描く。雰囲気の良い屏風である。

軒行灯がとてもいい。9つあり、それぞれ柳・松・雁・鳩の絵、「杉」「吉」「梅」の字に唐草などが表現されている。静岡の所蔵。
これは本当にわたしも欲しい。とてもいい感じ。
ちょっとしたウィットが生きていて素敵。

着物をいくつも見る。
タイ泳ぐ文着物 これは京都近美でも見たように思うが、この着物を見たバルテュスが勧めたか・進めたかで、芹沢のパリでの展示が開催されたそうだ。
デザイン性の高さは洋の東西を問わなかったようで、パリでも人気だったとか。

貝文着物 これは夏の終わりに良さそう。海岸での楽しい記憶が色あせつつある中で着る、というのも、どことなくいい。感傷的であり、しかもさらりと秋を待つ気分で。
なにしろ配色は白地に秋色なのだ。
貝は全て外線がなく色もベタなので、スタンプをぺたぺた押したようで、なかなか楽しい。

布文着物 身頃にも四つずつで袖には一つ。エッシャー風な面白味がある。

芹沢の型染めのための型紙も展示されていた。これ自体が既に芸術だということを、先年の三菱または京近美で教わっているわたしたちは、あやまたずこの型紙をも堪能する。

芹沢のアトリエのあった津村を舞台にした染物もある。
津村小庵文 その型紙もいい。のんびり芹沢銈介。

芹沢コレクションを見る。

以前に静岡のコレクション展のチラシを見たときに載っていたものがいくつかある。

誰が袖屏風 様々な文様の着物がかかっている。どちらかといえば洗練されていない絵で、土臭い感じもする。田舎の物持ちが都風にしてみた、というかんじもある。

華角函、螺鈿大箱 このあたりは朝鮮からの将来品だろう。技術的に素敵な作り。
朝鮮の美術を日本人に教えてくれたのは民藝の人々だったことを改めて想う。

いいものをたくさん見て、映像も見て、ご機嫌になった。
ありがとう、高島屋。

世界のビーズ

既に終了したが、文化学園服飾博物館の「世界のビーズ」展を見た。
行くか行くまいか悩んだが、無理を押してよかった。
素晴らしい内容だったのだ。
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ツイッターでは「指輪展よりよかった」という声が多かったし、迷っているときに限ってたくさんの情報が望んでもいないのに目の前にやってくるから、これはやはり展覧会がわたしに「来い~来い~」と言うていたとしか思えない。
実際、行かなかったらこれらを見れなかったので、大仰なことを言うと人生の損失になっていたな。
知らないままならそれはそれでよかったかもしれないが、見たことでまた目も心も気持ちよくなった。本当にありがたい。

ビーズというと、どうしてもわたしなぞは子供の頃に遊んだビーズや、洋服や小物などにチカチカついているのしか思い浮かばないが、世界各地では貝殻も金物も「ビーズ」の範疇に入るようだった。
民俗学の世界の話がここで開いていたのだ。

展示は二部構成で、一は主にアジア・アフリカでの<象徴>としての存在を見せるビーズ、一は中世から近代の西洋でのファッションの材料としてのビーズを見ることになった。

薄暗い二階の展示室へ入ると、白いボードに今回の展示品の採集地域などが示されていた。
アジア全域、アラブ世界、アフリカ、そして東欧のルーマニアなども仲間入りしている。
ただのファッションではなく、権威を象徴するためのビーズがこれら地域では活きていたのだ。

まず見たのは古代日本の勾玉だった。
勾玉もビーズと言われれば確かにそうかもしれないと思った。思わされた、というべきか。
いくつも見て回るうちに全く違和感を感じなくなっていくのだ。

果て途なく遠い文化。
そのように思っていたアフリカやアラブの文化もビーズというつながりから考えれば、意外なくらい近くなる。
その地でのビーズの使い方がすごい。

象徴的な意味合いを持ったビーズ装飾。
その使い方。
古代の海から採られた小さな巻き貝も数を集めればビーズになる。

真珠、宝貝、珊瑚、鱗、竹、数珠玉、果実の種、翡翠、瑪瑙・・・

清朝の宝冠を見る。鳳冠。青い色の表面を様々な<ビーズ>が強く覆ってゆく。
真珠もガラスもここでは同価値をもつ。

台湾、フィリピン、タイ、ビルマ、インドネシア、ベトナム。
国境を越えるようにして、ビーズの使用が増大する。

紀元前2世紀にインドで管引きの技法が確立したことで、ビーズづくりが多様化したのは確かだったろうと思われる。

ビーズの政治的象徴性が高まっていったのはいつの時代からだろう。
たぶん調べがついた時よりまだもっと昔なのだと思う。

トルコ、アフガン、カザフスタン、ウズベキスタン、サウジアラビア、シリア・・・

モスリムは青色を好むそうで、そのためにビーズも青くなる。

アフリカのニジェールのウォダーベ族の男性の写真があった。彼は顔を赤く塗っている。高い鼻で、アフリカ人と言うより違う国の人にも見える。どこか北方民族を思わせもする風貌だった。
彼は全身にビーズを巻き付かせていた。
とても綺麗だった。

ビーズの材料にボーキサイトも加わっていた。
ビーズとは一体どこまでを言うのかと考える。

ナイジェリアのヨルバ族の王冠がある。
一見したところ青と白のしましま地に小鳥たちがたくさん止まるコーンのようだった。
これが実は王冠で、小鳥は女性の象徴であり、その小鳥が全体にたくさん止まっているところに意味がある。
ビーズ職人一族による特別な制作。
小鳥はサギらしい。そして実は精霊だともいう。

ビーズに魔除けの意味を見いだす民族も多いことを知る。

一階では近代西洋でのビーズ使いを見る。

19世紀にガラスビーズが量産され、ファッションに華やかさを演出するための手段の一つとなる。

ビーズバックがずらりと並ぶ。
ゴブラン織りの地に玉連なりするビーズ。
地自体がビーズであるもの。
様々なビーズバック。
これらを見ているとわたしが小さいときに持っていた透明ビーズのバックを思い出す。今も手元にあるが、もう使うことはないビーズバック。懐かしい。

ビーズはドレスやケープにも使われる。

1910年代後半のコートがあった。とてもすてき。オリエンタルな構図の大胆な植物柄をビーズで表現する。黒いベルベットの上を彩る花々。ほしいなあ!

1920年代のイブニングドレスも素敵だった。
ビーズの使われるシーンも本当におしゃれ。
このころにはニカワ(スパングル)が使われている。

キラキラするアンサンブル、アールデコの美。
やはりこの時代のファッションは最高。

1930年代のアフタヌーンもいいが、やはりわたしは1920年代がいい。

当時の最新モードを見た後、ルーマニアの民族衣装をみた。ビーズに覆われていた。
ファッション性重視のビーズではなく、魔除けのためのものだった。
不意にここだけアジア・アフリカ的な象徴性が生きているように感じた。

イギリス、フランス、ノルウェー、ポーランド、バジコルトスタン共和国。
それぞれの地でビーズが光る。

越路吹雪着用のドレスがあった。
イブニング。大胆で優雅なドレス。
それからイブ・サンローランがデザインした黒の光り物は少しずつスパングルの向きを変えているので、一見したところわからないが、動き出すと光を放つようにデザインされていた。

素晴らしく見応えのある展覧会だった。
最終日にだが、見にゆけてよかった。
ああ、いいものをみた・・・・・・・・

講談社の絵本 原画展

野間記念館の「講談社の絵本」展に行った。
22作品の原画とそれを担当した画家たちの他の作品などが並んでいる。
そもそも「講談社の絵本」というものは戦前の子供たちにとってはその存在自体が宝物に等しかったのだ。
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今、その多くが復刻されている。素晴らしいことだ。
わたしは講談社は子供のころから好きだったが、この野間記念館開館以来、いよいよ好きになっている。その好意の中にはこの講談社の絵本復刻のこともむろん含まれている。

笠松紫浪 一寸法師 一枚 千鳥が飛ぶ夜。お椀の舟は葦の根本で停泊し、一寸法師はすやすやと心地よく眠る。
笠松は清方の弟子で版画をよくしたが、こうした美麗な絵で絵本を描いていた。

井川洗厓 猿蟹合戦 一枚 敵討ちの相談場面。奥の間では蟹の親が寝込んでいる。こちらの座敷では蟹、栗、蜂、臼らが談合中。それぞれの着物がそれぞれの属性を示している。

齋藤五百枝 桃太郎 20枚 凛々しい桃太郎。ここではおばあさんが盥に桃を載せて家へ帰るシーンもある。セリフなしの原画をじーっと見ていると、どこかシュールな感じがある。鬼たちも早々に降参し、手を振って見送る。 
五百枝は「あゝ玉杯に花受けて」の挿絵などでも有名。凛々しさは常のもの。

米内穂豊 金太郎 20枚 字も稽古する金ちゃんを心配する鹿。クマ、シカ、サル、ウサギが金太郎の仲間。みんなで大きなお餅を食べた。

鰭崎英朋 花咲爺 1枚 穴を掘ったらあ~ら不思議!! その様子を隣の爺さんにみられてしまうところ。

いずれもよいシーンを選んでいる。

鴨下晁湖 舌切り雀 12枚 婆さんがはさみを持って敵の舌を切ったシーン、かっこいい立ち姿である。
爺さんは森へ入るとたちまち異界へ。
鴨下は「眠狂四郎」の挿絵で高名。随分前に回顧展が弥生美術館で開催。

石井滴水 文福茶釜 8枚 くず屋さんに助けられたからと釜に変身する狸。
オッチャンの素直に楽しむ顔つきがいいな。そしてその狸の興行で大儲け。
狸に礼を言うて終わりなんだが、狸は像にもなっている。
舞台の「文福さん江」の引幕がいい。

小山栄達 加藤清正 6枚 珍しいことに「地震加藤」の絵も入っている。
戦前はこの芝居もよくかかったそうだが、近年は皆無。地震はいやじゃわいな。

他にも実にたくさんある。一つ一つをじっくり眺めた。
「鉢かつぎ姫」「ネズミの嫁入り」「曽我兄弟」「一休さん」「宮本武蔵」「四十七士」「孝女白菊」「日本よい国建国神話」「八幡太郎義家」「安寿と厨子王」「童謡画集」「孫悟空」。
いずれも本当にきれいでしかも楽しい。
「孫悟空」はお釈迦様に捕まるまで。なかなか楽しそうな様子だった。
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童謡画集は「あの町この町」「くつがなる」「七つの子」などなど。

色紙も出ていた。尾竹国観のはなかなか粋な情景のものが多かった。
蛍狩りの姉妹、オカメひょっとこの刺青を入れた爺さんの納涼、七五三などなど。

須藤重 月姫 この絵は弥生美術館で見たが、ここにもあったのか。
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日本画の良いのもいくつもあった。歴史画が多い。
尾竹国観 寒山拾得 静かな二人。黙って笑っている。

山川永雅 紅葉狩  鬼女は見えぬが、刀を抜こうとする。風のみが後に残る。

山川永雅 敦盛之図  戦の前夜の宴席、笛を吹く敦盛、笙を吹くものもいる。源氏方にもこの笛の音は聞こえていたそうだ。

いいココロモチで眺めて回った。

10/26まで。

東映アニメーションギャラリーへ行く

大泉学園に東映アニメーションギャラリーがあるのを、閉館のニュースで初めて知った。
建物を建て直すための閉館で、数年後にはまたグレードアップして開館するらしい。
石神井公園までは行ったがその先を知らんのもあり、イソイソと出掛けた。
しかしYahoo!地図はわかりにくく、ムダに遠回りし、もったいないことをした。

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入口で入館証を受け取り、中へ。
東映アニメーションの長い歴史が分かりやすく展示されていた。
「白蛇伝」「安寿と厨子王」「西遊記」「わんぱく王子の大蛇退治」「わんわん忠臣蔵」「シンドバッドの冒険」「どうぶつ宝島」などの初期名作群から「ゲゲゲの鬼太郎」「銀河鉄道999」「惑星ロボ ダンガードA」それから「聖闘士星矢」「北斗の拳」やがて「プリキュア」「ワンピース」に至るまでの人気作品の資料などが集まっていた。

企画展コーナーでは「さよなら大泉スタジオ その誕生と成り立ち」として往事の風景などの写真資料が展示されている。
わたしはこれをみてコージィ城倉「チェイサー」を思い出した。

前述の昭和30年代の長編カラー作品のガラ・シーンや予告編が流れている。
わたしは「白蛇伝」が非常に好きなので嬉しい。

受付のご年輩の方は案内人も兼ねておられて、わたしが「白蛇伝」のファンだというと、このコーナーで放映されることを教えてくれはったのでした。
「白蛇伝」については数年前にかなり詳しく感想をあげているので、こちらへどうぞ

日本神話を描いた「わんぱく王子の大蛇退治」も懐かしい。スサノオである。彼の乗る馬が埴輪だというのもいい。可愛らしい。


手塚治虫が参加した「西遊記」もいいシーンが流れていた。牢に入れられた孫悟空に会いに恋人のリンリンが猛吹雪の中を必死で歩くシーンである。牢内の孫悟空は「来るな!」と叫ぶが声は届かず、リンリンは必死で歩こうとする。

ふと思い出したのが、手塚が最初このリンリンを死なせる予定だったという話である。
(無論それは反対され、現行のようにリンリンは生き延び、孫悟空の帰りを待つのだ)
いかにも手塚の考えそうな話だと思っていたが、今回この吹雪の中を必死で向かうリンリンを見ていると、こんな疑いが浮かんできた。
「いったい、手塚はリンリンをいつ・どの状況で殺すつもりだったのか」
もしかするとこの吹雪のシーンでリンリンは殺される予定だったのではないか。
そして雪に埋もれるリンリンに血を吐く叫びの孫悟空・・・というのがヴィジュアル的に魅力的だが、もしかしてその死骸は孫悟空の目の前で、しかも手の届かない目の前で、ずーーーっと捨て置かれたままなのではあるまいか。牢の中から恋人の死骸がどんどん傷んでゆくのを目の当たりにさせられる孫悟空。
・・・地獄のようだな。


どうぶつ宝島。 ♪ゆくぞゆくぞマイミア号~

OPEDを色々みる。モノクロ時代の「ゲゲゲの鬼太郎」。わたしはさすがにこのモノクロのは見ていない。
熊倉一雄のあの声が懐かしい。

昔の方の「サイボーグ009」もある。
これはこれで名曲だと思う。

パネルを見る。
大好きな「花のピュンピュン丸」も「キャプテンフューチャー」も東映だったのか。今回初めて知った。

「聖闘士星矢」のポスターもあるが、最新版の映画ポスターはCGなのか、みんながガクトみたいになっていた。
アリエスのムウさまがメガネ青年になっているのにもびっくりだが、ミロもカミュもわからない。ちょっとびっくり。
わたしは「冥王篇」にはときめいたな♪

資料を見る。
「夢見童子」がある。蕗谷虹児の作品で、これは前に蕗谷展で見ている。
「ホルスの冒険」を見ると、わたしは和田慎二を思い出して胸に来る。

東映動画、いま思っても独自の滑らかな動きがあったなあ。
このことについては前述「チェイサー」にも書かれている。つまり手塚の「アトム」よりも東映動画の方がよく動いているのだ。
独自の動きといえばタツノコアニメも独自の動きを見せていた。あとはもう金田伊功の独特な動き。
忘れることができない動きだった。

びっくりしたのは「リングにかけろ」がアニメ化されていたこと。「えっマジですか」と言いそうになった。
わたしは中学三年間をほぼすべて「リンかけ」に捧げていたのだ。今も「リンかけ」への愛情は深い。

先ほどのおじさんと色々お話する。
ツイッターで仲良くしてもらっている脚本家の金春智子さんの話が出たり、いい作品が多かったとかどうのこうの。

場内には「ワンピース」のぬいぐるみ、「プリキュア」の記念撮影コーナー、聖闘士のフィギュアなどなど。
そして巨大なダンガードAのロボット。ううむ、大きいなあ。
そういえば「ダンガードA」のOPみるとパパと僕の関係性を歌っているのだが、73年当時の企画書を徳間書店刊行の資料でみると父権回復とかなんとかあったが、あの当時で既にもうおとっつぁんの権威は地に落ちてたのだなあ。

長居してしまった。
もう23までだが、本当に楽しかった。
また再開すればぜひ来ようと思う。

永青文庫・三井記念美術館で「能」の美を楽しむ

永青文庫と三井記念美術館とで、能楽の美を堪能した。
永青文庫「能を読む―細川家が一族で楽しんだある日の能」
三井記念美術館「能面と能装束 みる・しる・くらべる」
大名家の能と近年寄贈された金剛宗家伝来の能面などを楽しく眺め、どちらも長居した。

まずは永青文庫から。
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花伝書抜書 細川忠興筆 細川幸隆奥書 慶長4年(1599)奥書  世阿弥の「風姿花伝」は現在に至るまで読み継がれ、その精神を尊ばれている著書。
お能に愛着のある大名家ではこのように写本を拵えることもあったろう。

関係ないが山崎正和「世阿弥」では晩年の世阿弥がこの著書を拵える動機が物凄い。
「躓きの書」として何百年も伝わるだろう、という呪詛がそこにあった。


演目ごとに分かれての展示。

・敦盛 
謡本 細川忠興筆 桃山~江戸時代  例の信長がよく舞ったのは敦盛は敦盛でも「幸若舞」の方で謡の文句も違うのではないかなあ。字面が違うからそう思うけど、詳しい勉強をしてないので知りませんわ。

十六 出目満永作 江戸時代(17世紀) 敦盛のための面。朱唇の、その口元の美に惹かれる。とても綺麗。
思い出したことがある。横溝正史「蔵の中」は彼の作中随一の耽美小説だが、主人公が最後に、ある春の昼下がりに蔵の中で自害する。
そのとき「敦盛さまのように綺麗にお化粧をして」と発見したばあやが語る。
敦盛はいつの時代も美少年の手本なのだ。

長絹 萌黄地花籠垣秋草文様 江戸時代  優美な装束。

・松風村雨
小面 児玉満昌「天下一/近江」焼印  チラシよりもずっと色白で、唇はややぼってりして、それが大きめに開いている。もっちゃりと、ぼえぇとした可愛らしさがある。
もっとはっきり言うと、知性は欠けているが、色っぽくて可愛いのである。

小面 児玉満昌「天下一/近江」焼印  もう一面あり、こちらはまた表情が違う。
明るく溌剌としている。
どちらが松風でどちらが村雨かは知らない。
そしてどちらも少し離れた地から眺めると、違う表情を見せてくる。

・杜若
深井 中年女の顔。口の開き方がリアルである。確かにこんな表情を見かける。

装束なども様々ある。
腰帯 藤紫地鉄仙唐草文様 江戸時代  これは綺麗。大胆な花の大きさがいい。

能絵合かるた 明治時代  楽しそう。四枚一組ずつ。鶴亀が可愛い。

芥川龍之介が大正六年に観た能について書いている。その様子を描いたものがある。
彼はポール・クローデルらと並んで金春会の「隅田川」を見ていたらしい。
そのエッセーは青空文庫で読める。
こちら。

曲見 児玉満昌「天下一/近江」焼印  何か心に思うことがあり、それで空虚になったかのように見える。

イメージ (35)

ほかに夏季コレクションを少々楽しんだ。

犬追物図屏風 まぁ正直いやなゲームをしてるよな。外では三味線弾いたりふざけあったり、猿回しもいる、という賑やかな状況。蹴合せの少女ら二人もいるし、覗く人もいる。
左は秋で踊る人々が見える。犬はやっぱり気の毒。酷いなあ。

葡萄棚図屏風 金地に灰紫の葡萄。よく生っていておいしそう。

うなぎ 森一鳳 にょろ~~鰭が可愛い。

婦人像 野口弥太郎 フォービズムの影響を受けた大胆な色調の婦人像。いいねえ。

永青はこれまで。

次は三井。
丁度3年前に橋岡コレクションが入った時以来の再会が多い。
その時の感想はこちら。


薄闇の中に浮かび上がる面、面、面。
ガラスケースの中で展示されている面たちが存在感をもって迫ってくるようである。

翁(白色尉) 伝日光 室町時代
三番叟(黒色尉) 伝日光 江戸時代
父尉 室町時代
「三番叟」は本当にいまだに理解が出来ない。
この笑顔がなにやら恐ろしくもある。
三面のうち一番古い室町時代の「父尉」は目がつり上がっている。古様だという。
笑ってはいない顔。

舞尉 伝三光坊 室町時代  ヒトに近いからか、表情に険しさ・物思いの深さが現れている。

阿古父尉 近江満昌 江戸時代  瘤状に盛り上がる頬などを差した名称らしい。

癋見悪尉 洞白満喬 江戸時代  このベシミさん、とても立派なツラツキである。ぐっと巨眼で口をつぐむ。言いたいことも飲み込む強さ。コワモテだが決して嫌な顔ではない。

中将(鼻まがり) 伝福来 室町時代  横顔からでは案外曲がっているようにも見えない。
「中将」だから美男という役どころ。鉄漿が綺麗。

景清 出目満照 桃山時代  額に四本も血管が浮き出ている。無念な顔である。

小面(花の小面) 伝龍右衛門 室町時代 三年前にも見ているが、そのときは偶然同時期に京都で「雪」の方も見ていた。
今回、どういうわけか若手タレントの剛力彩芽に似ていると思った。
どうしてそんなことを思ったのかはわからないが、位置を変えて眺めてもそう見えた。

不動 室町〜江戸時代  ♪♪♪な前髪である。

黒髭  伝赤鶴 室町時代  顎を出した顔で、これは「竜神」などのときの面だという。

獅子口 伝赤鶴 桃山〜江戸時代  力強い。とても力強い。

展示室 2は三井記念美術館でも特別な一室。
そこに孫次郎がいた。イメージ (33)

孫次郎(オモカゲ) 伝孫次郎 室町時代  たいへん美しいと思った。やや細い目は想いをこちらへ伝えようとする。開いた唇からは言葉が出来るようだった。
「あなた  」そんな声が聞こえてきそうだ。

展示室 3 茶室の中にただ一つ「鵺」がある。ノンコウの鵺。今度新しく重文指定されたそうだ。ノンコウが好きなわたしは嬉しい。

能装束をみる。
蜀江錦翁狩衣 江戸〜明治時代  緑色系の万華鏡が連続しているかのような文様。不思議な綺麗さに打たれた。

白繻子地鱗模様摺箔 明治時代  金と白。白は生姜砂糖を掛けたような滑らかさがあった。

黒繻子地油煙形縫箔 明治時代  油煙形は六片の花のような形を指すそうだ。この形をそのように呼ぶのか、とそちらに感心する。

紅地毘沙門亀甲鳳凰丸獅子模様厚板 明治時代  6頭の獅子が吠える吠える。ピンク、灰青、サーモン、黄色、金色、白。縫い取られている獅子たち。

吉祥文様として蝶々の柄も多い。
紅白萌黄段亀甲石畳雲板蝶火焔雲笹模様厚板唐織 明治時代
紅地網目蝶罌粟模様厚板唐織 明治時代
飛ぶ蝶、止まる蝶いろいろ。

刺繍七賢人模様厚板唐織 明治時代  裾みてびっくり。大トラがいる!(酒飲みの七賢人の変化やなく、本当に虎)あ、よく見たら鹿も象もネズミもいた。

能面の比較という展示もあり、面白く思った。
興味のない人はよく「能面なんかみんな同じ」と言うが、こうして比べると全然違うことに気付かされる。それでまだ「みんな同じ」と言うなら、その方がどうかしているかもしれない。

翁(白色尉) 伝春日 室町〜桃山時代
三番叟(黒色尉) 伝春日 室町時代  やっぱりどちらがどっちかがよくわからんのよ。

大飛出 伝赤鶴 室町時代
小飛出 伝赤鶴 江戸時代 こっちはややおとなしそう。

大癋見 伝赤鶴 江戸時代  天狗に使う。
小癋見 伝赤鶴 江戸時代  鬼神に使う。ちょっと賢そうに見える。

喝食 伝夜叉 室町時代
大喝食 伝春若 室町時代
前髪の銀杏型のそれで大小を決めているとか。どちらも可愛らしい少年。

中将 金剛頼勝 江戸時代  憂いがち。
平太 伝夜叉 室町時代  見るからに元気者。

般若  伝龍右衛門 桃山時代  まだヒト。
蛇 室町時代  もうヒトではなくなった…

三人の女というより、三つの世代。
小面 江戸時代  よく見ればあの書き眉が太く丸く大きい。
孫次郎 伝金剛頼勝 江戸時代  眉が少し薄くなる。
増女 伝増阿弥 室町〜江戸時代  小さくなる。
曲見  伝龍右衛門 室町時代  そして憂いがちになる。

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お能はここまで。次からは戦前の歌舞伎。パネル展示と歌舞伎衣装と。
三越伊勢丹所蔵 歌舞伎衣裳 「名優たちの名舞台」
三越では貸衣装もしていたそうだ。

「名優たちの名舞台」写真パネル展示
ブロマイドで見たものもけっこうある。わたしは戦前の名優たちのファンなのだ。
これも「見ぬ世の友」ということかもしれない。

・上州土産百両首 S8.9 #6菊五郎・#1吉右衛門  二人並んで何かを見上げる。
・熊谷陣屋 S15.2 #1吉右衛門  ブロマイドでおなじみ。
・六段目 S7.5 #6菊五郎  勘平が財布をそっと確認するところ。
・勧進帳 #7幸四郎 「またかの関」と言われても立派な姿にほれぼれ。
・関扉 S12.5 #7幸四郎・#6菊五郎  大鉞を振り上げたところ。
・戻橋 #6梅幸 小百合として柳の下に佇み、右指を柳の葉に絡める。
・庵室 T8.6 #5歌右衛門 完全に初見。玉手御前。袖を引きちぎった後の姿だが、かぶらず。#5歌右衛門の玉手御前は本当に知らなかった。こうして見る限り、#6歌右衛門の玉手はやはり父の演出を踏襲していたのだ。
・暫 #9團十郎 銅像にもなったあの写真。
・楼門五三桐 #5歌右衛門 これも初見。「絶景かな絶景かな」。これは#2延若のが絶品だと聞いていたし、歌舞伎座にも鍋井克之の名画がある。
思えば#5歌右衛門は鉛毒のために手足が不自由だったから、こうした座ったままの演技は多かった。貫録が凄い。

ああ、いいものを見た。川尻清潭の編集した「名優芸談」などが思い浮かぶ。
池田文庫、早稲田演劇博物館などで見た昔の名優の写真、またじっくりと眺めたい。

その彼らの使用した衣装が並ぶ。
三越伊勢丹所蔵 歌舞伎衣裳

唐花唐草石畳文様直垂 九代目市川團十郎 明治時代 大森彦七
雪持竹南天雀文様打掛 五代目中村歌右衛門 昭和時代  政岡着用。吹雪に雀がいい。
藤流水蒲公英文様打掛 五代目中村歌右衛門 昭和時代  「鏡山」の尾上。黒地に裾が蒲公英。 
雲龍波濤文様褞袍 五代目中村歌右衛門 昭和時代  「楼門」の五右衛門。立派。
蝶花車文様打掛 六代目尾上梅幸 昭和時代  「重の井子わかれ」。黒地でこちらも綺麗。
庵木瓜文様羽織・着付 七代目松本幸四郎 昭和時代  金と銀とで作られた、屋根の下に木瓜。
雲龍宝尽文様唐人服 七代目松本幸四郎 昭和時代  「毛剃」九右衛門の装束。
龍丸格子文様羽織・着付 七代目松本幸四郎 昭和時代  意休。派手でいい。袖も含め後だけで14龍。
雪持松蔦文様羽織・着付 六代目尾上菊五郎 昭和時代  「寺子屋」の松王丸。雪に耐える松。
枝垂桜文様振袖 六代目尾上菊五郎 昭和時代  「道成寺」引き抜きのための仕掛けが施されている。
藤花文様着付 六代目尾上菊五郎 昭和時代  「藤娘」紅と萌黄の片身替り。
正月飾文様打掛 六代目尾上菊五郎 昭和時代  揚巻。正月の吉祥ものを装束にしている。
三葉葵紋付羽織・着付 初代中村吉右衛門 昭和時代  「清正誠忠録」いい色。縹色より濃い色。好み。

いい気持で見て回った。
永青は9/28まで。
三井は9/21まで。

9月の東京ハイカイ録 2

三連休の最後は弥生美術館、浮世絵太田美術館、三井記念美術館の三館を回りましたわ。
この日は敬老の日なので晩御飯をママと一緒にしようと約束したので早く帰らないとあかんのですよ。

宿から弥生に行くのいつも苦労してたけど、今回新たなルートを開発。宿は東京まで送迎してくれるので、そのバスで東京へ出たら、丸ノ内線に乗り、後楽園で東大前へ。
これが一番楽だしお金も使わないのでした。
知らんかったな~~アタマがわるいぜ、7eさん。
展覧会の感想はまたそれぞれ別に。

さて今期は村岡花子の特集で、TVドラマのファンと思しき集団がどわーーーっ
えーと…まぁけっこうですわな。
こないだ大丸心斎橋で「モンゴメリーと赤毛のアン」展を見た。
その時の感想はこちら

えー正直な話、今回のドラマ化のせいで、却ってわたしは村岡花子という人から遠のいてしまった。
それは仕方ないことやな。
柳原白蓮の綺麗さにも改めて感心する。
それも若い頃と、晩年の老婦人になってからの綺麗さが飛びぬけていて、非常に感銘を受けた。

夢二美術館では連携して、同時代の美人たちの紹介などもある。
笑えたというか納得したというか、美人芸妓の三都比べがあり、東京はみんなシャッキリしていて、大阪はモッチャリしている。京都はまた別。
わたしは顔は誰とも似ていないけれど、この大阪の芸妓たちのモッチャリした感覚、自分にも出てるなあとしみじみ実感した。

華宵コーナーは帽子の特集がメイン。センスのいい人だけに描かれた少女たちはみんな素敵なモダンさをみせていた。1920年代の美少女達。


下るのは別にいいので根津駅へ。
次は明治神宮の浮世絵太田。

妖怪・幽霊・妖術師のいよいよ掉尾を飾る妖術師たち!!
瀧夜叉姫、天竺徳兵衛、児雷也、大友若菜姫…
みんな大好き。カエルが使い魔というのが多くて、今回はカエルだけでどれくらい出演していたことか。
「白縫譚」は昔から憧れてるが、なかなか読めないまま来ていて、資料も案外見ていない。
国貞の傑作。「白縫大尽」こと男装の大友若菜姫と敵方で女装する鳥山秋作との対峙がいい。
こういう倒錯美が何よりも好きだ。
それから「八犬伝」の尼・妙椿。いいねえ~~
ドキドキしながら見て回り、やっぱり本を買ってしまった。

最後は三井記念。
能面が薄闇の中で浮かんでいるように見える配置に息をのむ。
綺麗であり、怖い。

今回は戦前に活躍した歌舞伎の名優たちの舞台のパネル展示やその衣裳が展示されていた。
こちらにかなり入れ込んでしまった。
わたしは見てもいない昔の歌舞伎役者たちのファンなのだよ。

ああ、いい気持ちでメトロリンクバスにのり、高島屋の前から東京駅へ。
お母様にごま半月とエンガワの押し寿司などなどお土産にして帰阪する。
九月の東京ハイカイはここまで。

9月の東京ハイカイ録 その1

9月の東京ハイカイ録その1でございます。
展覧会の個々の感想はまた別にするとして、二日ばかり何をしていたかの概要。

近年は夜から新幹線で東京入りというパターンが多くなった。
一泊余分かもしれないが、朝のラッシュ時に普段乗らない上に巨大な荷物を抱えたわたしが入ることで、温和な阪急宝塚線の乗客も突発性の殺意を持ちかねんし、ついたら昼前では、やっぱり時間がもったいない。何かを使わなければ現代人はもううまくはやれない仕組みになっている。

さて朝から出かけましたが、「涼しい、てか、寒いーっ」ていう言葉はどこに?
大阪と同じくらい暑いやないかーーーーーっっっっ
かなんなー。汗だくになったよ。(一本ぬいたら汁だく、か)
ほんでも仕方ない、予定より10分出遅れで大泉学園へ向かう。
なんでも東映アニメーションギャラリーがビルの立替で閉鎖になるそうだから、これはもったいないとやってきたのだが、ヤフー先生の地図がまぁわけわからん。
ビルの名前を列挙するのはいいけどさ、そこに何があるか書いてくれ。せめてコンビニくらい出せよな。
ついたら9:59.。30分も彷徨して咆哮しそうになったわい。

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受付さんからカード首からかけるように指示されて、仲間内みたいな顔でギャラリーへ入る。
ちょっとご年配の親切そうなオジサンが話しかけてくださり、案内をしてくれはる。
ツイッターで仲良くしてくださる脚本家の金春さんのお仕事をみつけたりしてると、オジサンが喜んでいろいろと昔のアニメの話をしてくれはり、かなり面白い時間をすごす。
なんしかわたしは大昔の「白蛇伝」「わんわん忠臣蔵」「どうぶつ宝島」「西遊記」などの長編映画が大好きだからなあ。
それらの予告編や「鬼太郎」「999」のOPEDなども流れ続けていた。
ダンガードAの実物大模型、プリキュアのフィギュア、ワンピースのぬいぐるみ、現在の星矢のポスター(CGなのかな、青銅も誰が誰か特定できないし、黄金もムウ様がメガネ青年になり、カミュもミロもわからない)、聖衣フィギュアなどが所狭しと飾られていた。
ポスターもすごいが、「リンかけ」がアニメ化されてたとは知らなんだ。
何を今更かもしれんが「ピュンピュン丸」「キャプテン・フューチャー」が東映作品だということも今回初めて知りました。

鬼太郎のメモなどをもらい、喜んでいるうちに時間が来てさらば。
またこれらの作品群と再会できる日を待ってます。

江戸川橋。先にランチへ。ぐるなびでみつけたフクラ食堂へ行くといいタイミングだったようで、いろいろとラッキー。
ラッキーはまだ続き、びーぐるバスにもまさかのもしかで乗れた。
近いところだが、あの坂を上るのは時間と体力の無駄になる。

永青文庫で細川家の能面や装束などを見る。「小面」の面白さを堪能した。
展覧会で見る分には能狂言は楽しいのだがなあ。
最終日は三井でも能関連の展覧会を見る。

野間記念館で「講談社の絵本」展をみる。
すばらしい。
やっぱりね、こういう世界が一番すきなの。
もう本当にときめいたわ。

そこから新宿へ。文化服装学園の博物館めざして歩くが、これがまた「なんでやねん」状況で、二度目の咆哮ならぬ彷徨。方向音痴なものを惑わさんといてほしいのう。
それでも地上へあがるとすぐにわかる。新宿は地上のほうがまだわかるなあ。
梅田は地下に自信あるで~~~

「世界のビーズ」展、この日が最終日だが、やはり行ってよかった。
たいへん面白かった。
ビーズというても貝殻や玉、さまざまなものがビーズになる。
守護のためのもの魔よけのもの象徴性のあるもの、それらは主にアジア全域とアフリカ、そして飛んでルーマニア、ブルガリアなどで顕著。
近代になりフランスを中心にファッションの装飾性のためにビーズが使われだす。
そのときの1920年代のコートやドレスが展示されているが、本当に素敵だった。
やはりわたしはこの時代のファッションが最高だな。

機嫌よく外へ出たら左手に損保ジャパン日本興亜東郷青児記念美術館(ほんまに長いな~~)のビルが夕日に燦然と輝いておったな。そうか、ここか、と納得。

ここから駒込へ。東洋文庫に行く。チケットには20時まで開館とあるが、19時になっていた。
理由は知らないが、受付もそれには沈黙しておる。
じっくりみるのはやめて目的の浮世絵をじっくり。

春画が一緒に並んでいるが面白かった。春章のは立命館文化リサーチセンターで見たのと同じシリーズ。北斎は臨場感があり台詞がすごい。春画が一緒に並んでいるが面白かった。春章のは立命館文化リサーチセンターで見たのと同じシリーズ。北斎は臨場感があり台詞がすごい。
しかしわたしは春信と国貞がよかったな。

わたくしはさらにここから渋谷へ出た。
19時までの東洋文庫のあとは21時までの文化村ですがな。
「だまし絵」にだまくらされに出かけたが、だまされはしないが、面白く思った。
いいねえ。楽しかった。
ただ、芸術なのか、という感覚はある。
しかし芸術もそもそも人に見せるのが目的という時点で、なんら見世物と変わりはないし、その意味ではこれもやはり同じか。ただそこに娯楽性が入り込むというだけ。

初日はここまで。

続いて二日目。
この日は近藤ようこさんと遊行寺へ参ります。

ご存知のとおりマンガ家近藤ようこさんには遊行寺と縁ある小栗判官の物語を描いた「説経 小栗判官」という名著があります。
無念にも現在は絶版だが、内容がすばらしいので図書館などでよめるようです。

わたくしは遊行七恵と名乗っておるけれど、その「遊行」はやっぱり「遊行する」からいただいたのでした。
しかし藤沢の遊行寺に来たことはない。あきませんな。反省。
小栗判官照手姫の物語はもっと前から知っていたのに、なぜか出かけられず。
大学でも主に研究していたのはこれなのに、と今更ながらに反省。
まぁそこへ凄い先達にお供仕りましてやね、出かけたわけです。

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明るいお寺。どなたもいてはらへん。
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われわれだけで本堂独占。(ええ木彫がたんまり)
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宝物館も独占。(小栗ものと一遍上人らの事跡や藤沢の歴史資料など)
しかし小栗の墓所のある長正殿では法事中。そぉっと向かいます。
馬の鬼鹿毛の供養もされている。

猫や犬の供養塔もあり。1410709510205.jpg 1410709524504.jpg

藤沢から横浜へ戻り、金沢文庫へ。
時宗の次は真言律宗。
鎌倉仏教逍遥ですな。

夏のぶり返しの強烈な日差しに焼かれながら仏道を遊行した二人。
最後は馬車道の神奈川歴博へ。あいにくパンチの守は不在でしたか。
「東京オリンピック」の資料いろいろみる。
日本国民の昂揚と興奮がよくわかるぜ。

常設では金太郎の浮世絵。こらこら遊び仲間の熊を谷底へ放り投げるな!山姥ママの腰に座るな!金太郎を小声で叱りつけながら見て回る。

最後は近くのサモワールという紅茶のお店で熱々のスコーンいただいておしゃべり。
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さらばでござる。
横浜でそれぞれ違う電車に乗ってゆく。

わたくしはやね、京急の快特で日本橋の高島屋へ。
芹沢ケイ介の染色の仕事を堪能する。
民藝のリアルタイム時代から後押ししていた高島屋での開催がベストですわな。
とてもよかった。作品+配置などなど。

二日目はここまで。

いくつかの細かい感想 ・萩原英雄・浜口陽三・鈴木信太郎・伊藤若冲

一本立ちの感想文にするにはちょっと気合いがタリないので、まとめものにする。
終わったものもあるし、まだまだ続くものもある。

吉祥寺美術館の「萩原英雄記念室」「浜口陽三記念室」、八王子市夢美術館常設室の第二期「鈴木信太郎」、承天閣美術館「伊藤若冲の名宝」などについて少しばかり書く。

・萩原英雄「戯れる線の創出」
抽象表現の木版画というものは意味の分からないものが多いが、そこにある種の物語性が入り込むと、たちまちにして魅力的なものになると感じる。

1966年から1967年にかけてつくられた「お伽の国」シリーズは木版に見えぬもので、何を意図して制作したのかは、わからないままだった。
ミミズクのいる絵が可愛いが、それとても結局何をしているかはよくわからない。

連作「イソップ絵噺」1976年 木版
これはたいへん好ましかった。
繊細な線描の上に大胆に色を浴びせる。色はそれぞれ絵により異なる。それぞれ印象深かった。
狐と木苺 逆トンボリする狐。
葦とカンラン 黄緑を葦とオリーブの上に。
ゼウスとアポロン 猟をしているのか?
孔雀と小鳥 赤いカラスに黒緑。
獅子と蛙 優しい目の獅子がいい。
狐と樵夫 黄土色がいい。
カナリアと蝙蝠 かごの中の鳥と外の蝙蝠と。オレンジ色がかぶさる。
鷲と烏と羊飼い 水灰色。きれいな色やな。
眠っている犬と狼 屋根の上にいる犬。
ランプ これはピンク。

萩原英雄はほかにギリシャ神話シリーズが好きだ。


・浜口陽三 「グルメの食卓」
ヤマサ醤油の御曹司たる浜口だが、本人は一度も自分を「グルメ」だとは言わず、「グルマン」=健啖家だと称したそうだ。しかし食に対して一家言のある人でなかなかいいことを言ってるそうなので、いつかその文を読んでみたいと思う。

浜口作品は実際フルーツや野菜を題材にしたものが多い。
それまでは画題として好きなのかと思う程度だったが、そうではなく、描くのもいいが、食べるのも大好きなものたち、を描いていたのだった。

スイカ、魚、舌平目、ブドウ、レモン、くるみ、とうもろこし、チェリー、そしてサクランボ。

素材を描くのが好きなのだ。
そしてこのことを知ってから作品を眺めると、これまでにない親しみを感じるようになった。

今までスルーしてきたものも、こうしたちょっとしたきっかけで意識が変わり、わたしはこれからは浜口陽三の作品を深く味わっていけるな、と感じている。

どちらも11/3まで。

・鈴木信太郎
鈴木の回顧展は数年前にここでみた。そして図録を横浜そごうで購入した。経緯は忘れた。
鈴木は八王子の裕福な家の息子だったので、八王子には鈴木作品がたくさんある。

以前の展覧会のときには、鈴木のデザインしたパッケージを使った長崎銘菓「クルス」が販売されていて、私は喜んで購入した。
もともと「クルス」は好きなのだが、なかなか手に入らないから嬉しかったのもあるが、あのパッケージが鈴木信太郎のものだとはそのときまで知らなかった。
鈴木はほかに源氏ケイ太の小説の装丁などもしている。
快活な人で、体は不自由だったというが、全国を旅し、会合でも世話役をしたという。

今回の展示は主に旅した先の風景画である。
それから静物画。

奈良の小径 1936 二月堂へ向かう土壁の崩れたあたり。とても情緒を感じる場である。
奈良の良さは「廃都」であることだと思う。実感がある。
それがこうしたところに現れる。


静物 1925 椿の入った椿の瓶。ブドウもある。静かにきれいな構図。

越後の海 1937 海は緑色で表現されている。

花と果実 1930 日本画。南画というべきか。劉生風な味わいがあるのは、時代性か。

9/7で終了。
以前の感想はこちら
もう7年も前だった。

・伊藤若冲の名宝
承天閣美術館で彼と同時代の絵師たちの作品を見た。

流水秋草図屏風 伊年印 白菊まみれ。ほぼそれ。ところどころに赤い菊もある。

竜虎図 長谷川宗也 右の虎がやっぱり長谷川派らしい可愛さで、左の竜のドヤ顔もいい。

観音図 高麗時代の仏画。珊瑚が生えているのが面白い。右下には坊や。観音様のビーズ装飾が凄い。高麗では実際のところガラス玉・ビーズなどの装飾はどんな感じだったのか。

猿の絵を四点ばかり。
猿蜂図 狩野山楽 リアルなニホンザル。ちょっと物思い風。

四季耕作図屏風 狩野栄常 中国風な人々の農作業。そこへ猿回しも来る。ちょっと面白い。

百猿図 山本探川 中国の丸顔の猿たち。平和だなあ。

百猿図 森狙仙 ボスは蜂の巣をもってる。和猿わいわい。

猿回しの図 玉舟宗璠 日本の芸なのでした。
…モンキーアイランドでしたな。

清朝の翡翠細工花をみる。綺麗な玉の工芸品。こうした作品がたくさんあるのがすごい。

若冲の金閣の大書院の障壁画もある。
いつもの葡萄小禽図や月夜芭蕉図だけではない。

芭蕉叭叭鳥図襖絵 目つきの悪い叭叭鳥が可愛いよね。

竹虎図 若冲 手をベロの虎。いつみても可愛い。

鱏図 若冲 エイと読むのですてさ。あのエイですわ。わたし、エイは大好き。べろーんと伸びた身体とエイの鋭い目と。
エイて錦市場にうられてたのかな。

布袋渡河図 若冲 後ろ向きで荷を担いで尻まくりして、しかもバランスを崩している。面白い。

伏見人形遊女と布袋図 若冲 賛 宮小路貞直  この賛が面白かった。
「昔わたしがいはけなかりしとき、稲荷詣での徒とし人々の  恵し伏水人形云々」
この辺りは読めた。
「いはけなかりし」し「いとけない」の類語。

あとは織部がいくつもあった。
中でも船形の向付がまるでグラタン皿に見えて、これなら今でも使えるなと思った。

9/23まで。

三田市旧九鬼家住宅資料館

三田市の旧九鬼家は明治初期に建てられた和洋折衷住宅で、三田藩の家老の家筋。
この家の設計は当主の九鬼隆範。かれは鉄道設計者としてさまざまな開発に貢献した人だという。

スタンプイメージ (32)

立派な鬼瓦。 IMGP2899_20140911235234c96.jpg

入口。引き戸ではなく上げる。IMGP2900.jpg

住んでらしたその頃の再現。
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へっついさん。IMGP2902_2014091123523802f.jpg

その煙突の先。IMGP2903_20140911235240ba7.jpg

欄間IMGP2904_20140911235311e65.jpg

釘隠しIMGP2905_201409112353121fb.jpg

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九鬼家は九鬼水軍として文禄の役にも出て行った。その模型。
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九鬼さんの設計図やコンパスなど。
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レトロな照明。
その1 IMGP2908.jpg

その2 IMGP2909.jpg

中庭IMGP2912.jpg

二階への階段IMGP2914.jpg

本日お休み IMGP2915.jpg

外観
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いいところです。
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加藤まさをの乙女デザイン in 吉祥寺

昨年、京都の「えき」美術館で加藤まさをの乙女デザイン展を見た。
その時の感想はこちら
14か月ほど経ってから吉祥寺に巡回してきた。
とても嬉しい。

イメージ (26)

プロローグ まさを薔薇
加藤まさをには「遠い薔薇」という小説もあり、抒情画でも少女の銘仙の羽織にバラ柄を選ぶなど、薔薇への愛情がそこここににじむ。

「乙女デザイン展」では少女よりもむしろ幼女の絵が多く、ここでも幼女の姿がある。
シリーズものも多い。上方屋平和堂絵はがきシリーズでは「花の心」「花の精」などがある。

花の心 「白さうび」 さうび、は薔薇。中に幼女がいる。
すみれ咲く丘 少女の手提げに薔薇の文様。パラソル少女の可愛らしさ。
何もかもが薔薇につつまれた世界。


1章 萌え

上方屋平和堂の絵葉書シリーズがある。
「浦島太郎」に「かちかち山」。おとぎから題材は得てもそのままは描かずも幼女の学芸会のように様相を変える。
たとえ泥船であっても形はゴンドラなのだ。それが大正イマジュリィというものです。

イメージ (31)

上方屋平和堂の絵はがきシリーズ 花の精
さくらさうの精、菫花のおすまし、深窓のすずらん、散りゆく櫻花、水仙、びなんかずら、うまごやしの幸、冷たい花、風蘭、スゥイートピー、勿忘草、ばら。
「櫻花」以外はみんな幼女だった。

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大正にはモダンバレエ、モダンダンスも入ってくるが、その中にはコスチュームはロマンティックなエトランゼ風なものもある。
同時代の華宵もそうしたものが多い。
まさをもまたマタ・ハリ風なダンスを見せる少女を描いている。

2章 異国情緒
上方屋平和堂の絵葉書シリーズから。

ギリシャ、ヴェネツィア、ベツレヘム…
熱国・ゴンドラ・夜のとばり…そうしたものが抒情的に描かれている。
せつない晩鐘、白い椿、悲しい涙壺…
少女の胸に残るものたち。

今とは違い海外渡航は難しかった時代、海外への憧れはこうした絵でいよいよ高まったことだろう。
現実の風景より、抒情画の風景にこそ、あこがれ、ため息をつき、幸せをも感じたのは間違いない。


今とは違い海外渡航は難しかった時代、海外への憧れはこうした絵でいよいよ高まったことだろう。
現実の風景より、抒情画の風景にこそ、あこがれ、ため息をつき、幸せをも感じたのは間違いない。

3章 抒情
「少女画報」「少女の友」「少年倶楽部」などの雑誌の仕事が並ぶ。
わたしの知る加藤まさをの絵はこうしたハイティーンの少女たちを描いたものが多かった。
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睡蓮が咲く池に小さなボートを浮かべ、また黒猫を抱いて悩みを打ち明けたり、思いのたけを文字にしたり…
うっとりするような作品が集まっていた。


5章 眠り・夢の中で
ここでは小林かいちの作品がいくつか集められていた。
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6章 楽譜の世界
大正から昭和初期は日本語のオペラの詩と歌謡曲と新民謡とジャズと童謡の時代だった。
中山晋平、佐々木すぐるといった作曲家の新曲にまさをが絵を付けていた。
「母さんお肩をたたきましょう」
「タラッタラッタラッタ ウサギのダンス」
などの童謡のための絵がある。

燕の船長さんの乗る葉っぱのお舟、梅と鶯などなど。

自分の知る歌を思い出しながら見るのも楽しい。
随分たくさんの楽譜があり、観る喜びが満ち溢れてきた。

7章 同時代の作家
夢二登場。
セノオ楽譜がいくつも並んでいた。
このシリーズは本当にどれを見ても素敵。

かいちの絵封筒、高橋春佳のはがき、華宵の便箋。。。
1920年代のモダンさが胸にしみる。
最後は中原淳一の作品だった。

9/15まで。

夢のような時間をありがとう。

華角と木工 牛の角に秘められた多彩な世界

高麗美術館のほまれの名品の一つに「華角」という工芸品がある。
朝鮮時代に生まれ、20世紀初頭に廃れ、今再び伝統の技能が復活している、非常に繊細な工芸である。
今回はその「華角」と木工製品とを堪能した。
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牛の角を薄く薄く削り、そこに絵を描き、薄いシールのようにして家具や函に貼り付ける。
今ではもうこの技術はごく一部の職人にしか伝わらないそうだ。
近代化の波が押し寄せて、セルロイドやなんだかんだに取って代わられて、全く廃れたそうだ。しかしそのセルロイドなども今や見つけるのが難しくなり、高精度のプリンターでなんにでも転写できる時代に、手工芸の極みのような仕事をする。
凄くかっこいいと思う。

螺鈿、蒔絵などの手仕事は東アジアに広まっているが、華角だけは完全に朝鮮オリジナルで、他の民族のもとではこの工芸は生まれなかった。
チラシ左上に赤地に虎、象が描かれたカードのようなものがあるが、あれがその華角なのだった。これらは高麗美術館のチケットに登場しているので、なじみの気分がある。

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今回こんな小さな櫛を見た。櫛の目も非常に細かいが、芯の部分の華角がまた素晴らしい
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実物はこの画像よりもう1回り小さい。そこにこんな手の込んだことをするのだから、本当に驚異だ。

いつものように虎のような阿吽の狛犬像を眺めてから展示室に入る。
木工の鴨か雁がある。いい置物。なんとなくトボケた顔がいい。
それを載せる小さいキャビネットもいい。

文房図屏風が壁面展示されている。5扇めに、麒麟とも鹿とも見える聖獣の置物の絵があり、キョトンとしていて可愛い。ちょっとばかりサッカーの長友選手にも似ていて、ますます好感度が高まる。緑のボディに黒のドット。鹿の子というべきか?勝手にガメッツと名付けておく。
(わが家では長友選手のことをガメッツと呼んでゐるのだ)

碁盤がある。これは4年前にも見たもので、とても素敵。
盤上のあちこち交差するところに花形の螺鈿がある。長生殿の図柄なのだが、サイドに鷺と梅などもある。
碁石を入れる抽斗もあるのが合理的。
これは以前にも知ったことだが、中が空洞で銅線を貼っていて、音響が非常にいいらしい。
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華角の糸巻きがいくつかあるが、それぞれ可愛らしく作られている。
そしてそれより手のかかるのが「粧刀入れ」という携帯用で小さくて細い、筒状の鞘のようなもの。
技法も様々で、七宝、鼈甲、華角、さまざまな技巧を凝らしたものが並ぶ。
中には小刀や銀のお箸を収納。小刀は主に自害用、銀の箸は毒かどうかを調べる用。

箪笥は木へんに蔵の字で「チャン」とよみ、素晴らしい装飾が施されている。
装飾のないものは元の木目がこれまた綺麗で、いい感じ。
また、長持ち型でなく函形のボックスも好まれていたようで、こちらもいくつも並んでいた。

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華角三層チャン(木へんに蔵)、解説によると華角115枚で装飾しているそうだが、わたしが数えたみたところ、159枚になる。サイドは52枚ずつの104枚、正面は55枚になるが、もしや所々違うものを貼っているのか??
仮に正面の大きなものを4枚構成ではなく1枚で数えたとしてもやはり少し合わない。うーむ、なぞだ。わからない。
これは数の問題ではなく、実は「華角は本当は何枚使われていて、違うものは何枚なのか」という問題になっているのだ、わたしのなかでは。

チラシ左の虎や象が貼り巡らされた華角箱、これも好きなもの。
虎、象だけでなく羊、鹿なども仲間だが、みんなひょうきんな顔をしている。

朝鮮民画でも動物たちは明るい楽しい顔をしているが、このあたりとの関連があるのかもしれない。

黒柿貼二層チャン いい感じのキャビネット。木目を生かしていい感じ。何がいいというても蝶番などの金物。蝶型、魚型、花柄などなど。

黄銅装函 こちらは花形の釦つき。函はハムと言います。

テーブルもいくつか出ているが、虎足などがいい。丁寧な仕事。

刺繍もいい。枕のそれがいい。枕隅つまり両サイドですね。吉祥文様の刺繍が入っていた。
意匠もよく考えられている。

薬箪笥がある。一つの抽斗に二つの薬が入っている。
クコとサンザシ、桂枝と紅花、陳皮と半夏などなど。

丸い白磁の壷、可愛い水滴などもみて、いい気分で二階のベランダへ目を向けると、虎の置物がある。石の虎。
それから壷があった。大蛇らしきものが壷に巻き付いてこちらを威嚇するような様子である。
どこかで見たような気がした。
あっとなった。諸星大二郎が描きそうな謎の存在にそっくりなのだった。

9/28まで。
次は「あなたの選ぶ名品」展

橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代までー時を超える輝き

西洋美術館で「物凄い」ものを見た。
「橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代までー時を超える輝き」
そう、指輪。本当に物凄いコレクション。
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凄い凄いと書いても実感が湧かないかもしれないが、こればかりは現物を見ないとわからないかもしれない、とまだ目がキラキラしたまま思っている。
指輪の煌めきに強く撃たれ、こちらの眼も☆☆☆になったままなのである。

こういうものは夜に見なくては、と夜間開館の日に出向いた。
思った通り大方同性の観客で、最初はみんな欲望でギラギラしていたが、途中からあまりに凄いコレクションに、個人的欲望は却って鎮まり、指輪の威力の前に純粋に目をキラキラ・頭をクラクラさせながら見て歩いていた。

巡礼のようなものだ、とその様子を今にして思う。
指輪の美麗さ・その尊さにひれ伏しつつ、必死で指を伸ばしている。
しかし決して届かない。

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古代から現代までのあらゆる指輪が集まっている。
橋本コレクション870点の内300点がここにある。
その一つ一つに橋本氏の愛着と記憶がある。

当初は確かに他の誰かのために作られた指輪だった。
古代だと王のため・神の使徒のため・契約のためだったろうし、中世以降は装飾のためという側面が大きくなったことだろう。
婚姻・花押・信仰… 
近世ではメメント・モリの意味合いまでもつようになったものが現れる。
しかしさまざまな用途と意味とを持っていたものは、近現代では完全に装飾のための存在になった。

橋本氏は奥様との愛の日々を思い返しながら、今回の指輪の解説と紹介文とを書いておられる。
わたしは橋本氏という方がどんな方なのかは一向に知らない。
ただ橋本氏の書かれた文章から推測するばかりである。
そしてその中から知ったことと言えば、奥様の父上が満州国建国に関わった中島比多吉であること、その従兄弟に作家・中島敦がいること、ソ連の侵攻により奥様と父上とは長く拘留されたことなどである。

ここでわたしは一つの錯覚を起こした。
以下、わたしの妄想である。
「橋本氏は奥様との愛の日々の中で共に指輪を求め続けた。
最初から純然たる鑑賞用のためなのか、愛する奥様の指を彩るための求めだったのかは知らない。
しかし人間の手の指はたいてい10本で、全部の指に複数の指輪を嵌めてもタカが知れている。
毎日替え続けても870もあればもう…
と、他者であるわたしは思いもする。
こうなると、やはり途中から夫婦ともども指輪それ自体の守り人になったとしか思えない。

伝来・伝世の指輪、また発掘された指輪などさまざまな来歴を持つものたちが「縁」あって橋本夫妻の手元に来た。
指輪自体がもしかすると自分らの存在を守ってくれ、とそのように願っていたのかもしれない。
そうでなければ、何千年もの昔からの指輪がこんなにも蒐まるはずがない。」

わたしは今、ガラス越しにその輝きを見ながらそんなことを考えている。


だが、現実は違った。
なんとこれら一大コレクションは1989-2002年と言う短期間に蒐集されたコレクションだったのである。
つまり最初から指に嵌めて楽しむことは目的外だったようで、完全なる鑑賞目的だったのだ。
そしてそれを2012年にこの国立西洋美術館に寄贈したのだ。
宝飾コレクション870点を一気に。
あるところにはあるものなのだ、ともう声も出ない。


展覧会は8つのセクションに分かれている。
ところどころにこの西洋美術館と神戸ファッション美術館の所蔵する優美な絵画や優雅なドレスなどが共に展示され、花を添えている。
あまりに指輪の数が多く、また深く魅了されたため、時間配分が出来なくなり、後に行くほど早足で見てしまうという愚を犯してしまったが、実際のところ最も素晴らしいコレクションが集まっているのは、1と5だと思う。

わたしは63番までは簡単な七色鉛筆で軽くメモを取っていたが、途中から書くことをやめて、ただただ凝視し続けていた。
だから一つ一つについて橋本氏のような丁寧な言葉を添えることは出来ない。
コレクションのリストはこのpdfである。
このリストは決して失われてほしくない、と思った。
なお、リストはこのように表記されている。
1 スカラベ 中王国時代、12–13王朝、紀元前1991–1650年頃 エジプト アメシスト金
2 スカラベ 新王国時代、紀元前1539–1069年頃 エジプト ステアタイト
3 スカラベ 新王国時代、紀元前1539–1069年頃 エジプト ステアタイト
4 あぶみ形の指輪 19–26王朝、紀元前1295–525年頃 エジプト ステアタイト
5 エジプト王プサメティコスの名が刻まれた指輪 ベゼル:末期王朝時代、第26王朝期、紀元前664–525年頃、フープ:後世エジプト 金
6 ロゼット紋の指輪 紀元前6世紀 エトルリア 金
7 スフィンクス 紀元前6世紀 エトルリア 金 
8 ペガソス 紀元前5世紀 古典期ギリシャ ブロンズ
9 女神ニケ 紀元前4世紀後期 古典期ギリシャ ガラス、金
10 女神ニケ 紀元前2世紀頃 ヘレニズム文化圏 金
11 四頭立て馬車に乗るヘリオス 紀元前1世紀後期 ヘレニズム文化圏 ラピスラズリ、 金

時代性・民族性が現れているように思われる。
4000年の指輪の歴史が伝わる。
リストを見るだけでもあの煌めきが髣髴と…

目を光らせ口を開けたまま凝視し続けているうちに、少しずつわかって来ることもある。
神話やその指輪が作られた当時の政治的状況、価値観などもきちんと理解していなければ味わえないものもある。
自分の指に嵌る情景を想像しながら見るものと、純然たる鑑賞をするものとでもまた目の向き方は異なる。
しかし、見るうちに自らの欲望が<萎え>、指輪それ自体のしもべになりゆくのも確かだった。

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橋本コレクションの始まりとなった指輪を見る。
金製指輪 古代ローマのもので、ガーネットと金とが使われている。実際に嵌める悦びを味わわせてくれそうな指輪だった。

ロレンツォ・デ・メディチの指輪を模したものもある。「イル・マニーフィコ」と称された豪奢な生涯を送った人の指輪を模したのである。
それは知恵の神パラス・アテナを象ったもので、オニキスと金とが使われていた。
思ったよりもずっと静かな指輪だった。

指輪が法皇の花押となる時代である。
まだそこまで華美なものは現れなかったのか。もう百年ほど時間が必要だったのか。

山本鈴美香「七つの黄金郷」で、主人公が時の新法王から花押の指輪「黄金の聖書」を賜るエピソードがある。新教と旧教の対立の最中に、英国貴族の娘が法皇から指輪を賜る、というのはありえない設定ではあるが、だからこそ、より尊く貴重な状況となり、彼女の生命を旧教の敵から守ることを、読者として信じさせられる逸話となる。
指輪にはそんな力がある。

また近年には「ロード・オブ・ザ・リング」としてトールキンの「指輪物語」が、原作を乱すことなく完璧な映像作品として、世に出た。
一つの指輪がその世界を壊すことになる。
それを封じるために火山に指輪を捨てに行かねばならない、苦難の旅を描いた物語だった。
指輪の魔力に狂わされた人々が現れ、ついには溶岩に解ける指輪と共に身を沈める者もいた。
また、主人公の一人で、身に指輪をつけて旅をしたことで、ついに癒しようのない深手を心身に負い、この世を捨てる者もいる。
指輪の持つ魔力と魅力とを描きぬいた物語と映像だった。

わたなべまさこ「天使と挽歌」には魔女ローズバット処刑の際の血の付いた呪われた指輪が現れ、何百年もの間、指輪に魅せられた人々を破滅させていった。
華麗なわたなべまさこの描く「指輪曼荼羅」とでも言うべき物語は読んだ少女たちにある種のトラウマと強烈な憧れとを植え付けたろう。


中世になると技巧も手が込んできて、その分純然たる美貌を具えつつある。
わたしはそのような指輪に惹かれた。

六弁花のベゼルを持つ金製指輪 16世紀後期 真珠、エナメル、金 
クラスター・リング 17世紀 ルビー、エナメル、金
二つともとても華やかな指輪だった。
持っていた人がその指輪を可愛がる様子が見えてくるようだ。

星が浦 18世紀 ガラス、ダイヤモンド、真珠、金、銀  
これは大連の有名なリゾート地・星が浦をイメージしたもの。
橋本夫人も少女の頃はこの大連・星が浦で遊んだことがあるかもしれない。
村上もとか「龍 RON」では、その星が浦にあった料亭を物語の舞台の一つにもしていた。
土地の華やかなイメージがとても強い。
この指輪は形が縦長菱形で、周囲にダイヤの粒が連続し、青地の美しい色を見せていた。

八角ベゼルの指輪 18世紀後期 真珠、ガラス、ダイヤモンド、金、銀
一見しておしゃれな指輪だった。指自体が細くて長くなければ嵌めれないだろう。
小さすぎる手には似合わない。

ハーフ・フープ・リング 19世紀後期 ガーネット、ダイヤモンド、金
○○○○と○が四連。可愛いなあ。

金製指輪 19世紀中期 毛髪、オパール、アメシスト、金
こちらは青・白・赤の○続きで、チリリリリとしているところに毛髪が使われているのかなあ??

若いヴィクトリア女王の肖像 1840年頃 イギリス ミニアチュール、ダイヤモンド、金
これは以前に別なところで見ていると思ったら、配りものというか下賜の指輪だった。

フープやベゼルといった用語も今回初めて知った。指輪を構成する部位の名称。
ただし、こればわたしが無知だからということもあるかもしれない。

毛髪を秘めた指輪や骨を納めた指輪もある一方、よくあるのが指輪に毒を秘めているという話。指輪に秘めた毒を飲んで自害、というのをよく読んだ。
池田理代子「オルフェウスの窓」ではロシアの革命家がそれで自殺しようとして、先に射殺される。

もう一つ怖い話を思いだした。
水木しげるの作品でタイトルを忘れたが、指輪の精により、指輪に閉じ込められた男がいて、その男に成り代わり世に出た指輪の精と共に人生を歩む。
以前は指輪の精によってさまざまな示唆を受けていたが、今度はこちらが指輪の精となって相手に示唆を与える。彼我の逆転。
やがてようやく指輪から脱出できたが、もうその時男は老人となっていて、人生の残り時間も少なくなっていた…水木しげるの話はナマナマしく恐ろしい。


アーツ・アンド・クラフツのウェーブがきた。
それまでの宝石や金銀が至高という指輪からデザイン性の高さのために「貴石」も用いられ始めた、素敵な指輪たちの登場である。

ジョージ・ハント アメシストと二羽の鳥 1920年頃 イギリス アメシスト、ペリドット、エナメル、銀
大きくても可愛らしいカタチの指輪。むしろブローチでもいい。
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ルネ・ラリック 葉のプリカジュール 1900年頃 フランス 真珠、ダイヤモンド、エナメル、金
二枚の葉に挟まれた真珠という構造で、これもとても可愛い。

リュシアン・ガイヤール トンボのプリカジュール 1900年頃 フランス エメラルド、エナメル、金
アール・ヌーヴォーではトンボのモチーフがとても愛されていた。
思えば中国ではセミは吉祥文で装飾品のモチーフになったが、トンボはあんまり見なかったように思う。

ジョルジュ・フーケ 真珠とエナメルの花 1900年頃 フランス 真珠、ダイヤモンド、エナメル、金
チラシ右下でクローズアップされた美麗な指輪。さすがフーケのデザインである。
本当に優美。

ルネ・ラリック ガラスの指輪 1919年~ フランス ガラス、メタル、鍍金
ガラスに刻まれた美しい文様。時代が一つ進んだようにも、古代に帰ったようにも思われる構造である。

ここからは「飾らない指輪」「語る指輪」「技法と模倣」といったセクションに沿った指輪が並ぶ。
カメオや守りものが多く現れた。
神の守護を願う指輪や印章のための指輪…

死と婚礼

池田理代子「ベルサイユのばら」ではマリー・アントワネットは最後の別れにと、自分の身につけていた指輪を形見としてフェルゼンに贈っていた。
これもまた「死と婚礼」の指輪なのである。

フェデ・リング 15世紀 イギリス ブロンズ
右手と右手をつなぐ形。fede ring。婚姻のための聖なる指輪。

ギメル・フェデ・リング 16世紀後期–17世紀 ドイツ ダイヤモンド、ルビー、金
二重というより「双子」の指輪。交差する指輪。

日本でも明治以後は西洋の慣習に沿って指輪が流通し、貴婦人たちはこぞって「金剛石=ダイヤモンド」の指輪を欲しがった。
20世紀の始まり頃に爆発的人気を博した尾崎紅葉「金色夜叉」でも鴫沢宮は「ダイヤモンドに目が眩んだか!」と元の恋人・間貫一に足蹴にされている。
実際その通りで、ダイヤモンドの指輪をくれた男に宮は嫁ぐのだ。

その少し前、明治14年、幕末からの劇作家・河竹黙阿弥も自作の中で指輪を大切な小道具に使った。
「島鵆月白浪」ではパラソルを差し、かまぼこ型の指輪を嵌めた芸者お照が現れる。

婚姻の指輪を見るうちにいくつかの鬱屈が蘇ってきた。
わたしは幼稚園の頃までに母の指輪をなんと6個もなくしているのだ…
原っぱや砂場や公園のどこかで母の指輪を埋めてしまい、それっきり。
わたしはその時の反省と後悔から「生涯決して指輪を嵌めませんから母の指輪を返してください」と様々な神様にお祈りしたが、むろん指輪は返らない。
あれから幾星霜。ほんとうにわたしは指輪を嵌めない。
嵌めてくれそうな人が現れても拒み続け、とうとう指輪を嵌めないまま生き続けている。
「わたしに来る分の指輪は全部母のもとへ行くように」と常に祈り続けている。
実際、母は父が亡くなった後、いよいよ増して自分の好みの指輪を買い続けている。
たまにわたしにも勧めるが、わたしは断固として拒絶する。
この先も決して嵌めないと思う。何があっても決して決して。
それがわたしの罪と罰なのだ。



これ以上結婚指輪を見るのは厭だなと思った時、不意に現れたものがある。
髑髏の指輪 17世紀、マウントは後世 エナメル、水晶、金、銀
髑髏とメメント・モリ 18世紀 おそらくイギリス ガラス、エナメル、ブロンズ
そう、「死を想え」の髑髏の指輪。
近年は「スカル」とか言うて喜んで髑髏を身に着けるのが流行っているが、メキシコ人ならともかく、やはりどう考えても不吉でしょう。
わたしの古い価値観を笑う人は笑えばいいが、髑髏柄の服を着る子供を見る度、「メメント・モリを小さいうちから教えるのか」「七つまでは神の内か…」と暗い心持になる。
ましてや老人でたまにあの柄を身に着けたりするともう…。
そういう意味では槇村さとる「リアルクローズ」で75歳の富豪の婦人に、死と再生のシンボルとか言うてスカルのペンダントを勧めるシーンは、読んでいても非常に不快だった。

峰岸信明「天牌」に、マカオのカジノを預かる「大陸の魔獣」と呼ばれる荘 志雲という男が現れるが、彼は髑髏の指輪を嵌め、「自分を殺してくれる男に出会うためだけに、俺の生きている価値がある」と言う。
麻雀マンガのため、指がしばしばクローズアップされるが、荘の髑髏の指輪はその度に鋭く嗤っている。


絵と指輪
ここからは再び美麗な指輪が現れ、さらに優雅な絵画も花を添える。

ロセッティ「愛の杯」、ルノワール「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」やグイド・レーニ「ルクレティア」などの耽美的な絵画が現れ、優雅な心持を更に高めてくれる。
この頃には個人的欲望は薄れ、すっかり指輪そのものへのしもべになっている。

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モードと指輪
神戸ファッション美術館の素敵なオペラ・コートなどがある。
欲しいというキモチが再びふつふつと湧いてくる。
欲望はやはり生と密接な関係がある。

そして遊び心にあふれた指輪も多く現れるが、この頃にはもう時間切れになっていた。
アラジンの指輪の精の話、ウルトラマンAの北斗と南の指輪を合わせての合体など、様々なシーンを思い出す。
実物をながめながらも妄想はいよいよ拡大化する。

館内放送が流れ、退館したが、目のきらきらは当分消えそうになかった。
9/15まで。

お話し美術館 ストーリーの場面を描く

逸翁美術館の夏期展「お話し美術館 ストーリーの場面を描く」を見に行った。
チラシは蕪村の「牛若丸画賛」
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ここではごらんのようにこんな会話の主従だが、本画は「雪月花 つゐに三世の契りかな」
夫婦は二世、主従は三世のお約束。

左上の異形のものは「是害坊絵詞」の中国の天狗。
展覧会はここから始まる。

1.古典を楽しむ

奈良絵本 是害坊絵詞 曼殊院系の詞とあるが、あいにく読みとれない。
ここに挙げる絵は一巻の術比べする是害坊の姿。
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今回わたしが見たのは、日本の坊さんに敗れて大けがをし、お風呂に入れてもらうシーン。
布に乗せられて寺院の浴室に。もうどう見てもただのおっさん。花頭窓のある浴室はなかなか広く、外では天狗仲間が懸命に湯を沸かすが、生木の柴なのでなかなか火が回らない。水くみもたいへん。右手では別な天狗仲間が薬を拵えていて、薬湯を天目茶碗に入れて浴室へ向かう。
みんな結構文句を言いながらも丁寧に扱うてやる。
わりと是害坊の話は好きでこれまでにもいくつか見てきたが、この絵巻もいい。

白描源氏物語絵巻 墨絵 3つのシーンが出ていた。錯簡が多いそうだ。
図は「宿木」。全体に薄墨の微妙な濃淡が上品。雅楽の支度がされている。
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「椎本」 山寺の阿闍梨から炭や綿衣などが届く。
しっとりした作風。

加茂祭絵巻 残欠 斎宮の後に続く「命婦」の一行と、それを枠外から眺める人々。
今なら観覧席として区分けされているか。

熊野詣絵巻 残欠 山伏等が円座で待機中。お堂からそちらへ高盛りのごはんを運ぶ人々と、そのご飯を恵んでくれと施しをねだる連中と。ムシロを着た賤民。
全部を見てみたい。

西行物語絵巻 残欠 待賢門院璋子への叶わぬ恋心、その璋子から紅衣を賜るところ。御簾ごしに二人。

伝・海田妥女の絵もある。これはもう何十年後かの様子で、久しぶりに再会した娘のために牛車から御簾までの間にも屏風を立て回して気を遣うている図。

めでたい「文正草子」三種が並ぶ。
今や長者となった文正の家を訪れて楽器演奏する中将と、それを御簾越しに見ていた姉妹の姉姫との「出会い」シーン。
各自の描写の違いを楽しむ。
奈良絵本二つでは琵琶演奏の貴公子だが、墨絵では琴を弾いていた。近所の庶民も聴きに来ている模様。
この「文正草子」はめでたいお話なので、とても愛されていたようで、数多く制作されている。

大判旅人愛酒図 田中訥言 畳の上でのんべえなのが機嫌よくくつろぐ。侍女は小さく描かれている。
絵の上部には三枚の和歌色紙も。

ぬき川催馬楽画賛 呉春 機嫌のよい舎人風の男、手には銭を一くくりにしたのを持っている。

鉢かつぎ姫画賛 坪内逍遥 1925年 若君が鉢かつぎをおんぶして川を渡る図。伊勢物語の「芥川」を彷彿とさせる歌問答も二人に交わされる。若君は烏帽子などもかぶらず、髷をさらしている。描き眉がはっきりと見えるが、目鼻はわからない。

1907年、自宅劇場開きで四人の子供が余興に演じてみせたのが好評で、それから新劇への道が開いたそうだ。

白描枕草子絵巻 松岡映丘 14世紀初めの絵詞を原本にしたもの。二条帝が石清水に行幸され、帰るシーン。非常に細かい描写。
映丘はこうした旧い世の絵巻を模写することでその世界の空気を自分の中に取り込んでいた。

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2.武士が主役

奈良絵本 武家繁昌絵巻 綺麗な奈良絵本。古代からの武士の戦うシーンをチョイスした絵巻で、装束は平安時代くらいで統一。
・腕のたくさんある土蜘蛛と戦う神武とその一行。
・下照姫に夢中になり、高天原に帰らない天稚彦の様子を見に来た雉。チクられるとまずいので雉を今しも射ようとする天稚彦とそのそばに座る下照姫。

源満仲像 松村景文 静かに扇を広げて赤衣で座す姿。
顔立ちも穏やかで豊かで、とてもいい感じ。
そもそも住吉明神から「矢を射って、その落ちたところに城を建てよ」とご託宣が下る。
今の川西市多田の「九頭の竜」に矢が当たり、そこを地とする。矢を見つけた孫八郎には「三ツ矢」姓が与えられ、ここからの平野鉱泉からの炭酸水で「三ツ矢サイダー」というのが何百年後かに生まれた。

後三年合戦絵巻 模本 1760年 東博本が原本。フルカラーと白描と色指定、それから血しぶきだけ彩色されたもの・・・

呉春にも牛若丸がある。
鞍馬の大天狗が背を向けて座るところへそっと牛若丸が来る図。蕪村のそれと並んでいると、師弟の協同もののようにも思われる。

ほかに源琦の義家図、芳園の宇治川戦陣図対幅、容斎の忠度図、西鶴の鉢の木図、勿来の関などがある。

桃太郎図扇子 鳥居清忠 桃太郎のアップと、犬張り子、はじき猿、雉の郷土玩具の絵がある扇子。

露殿物語絵巻 天下の孤本。これは随分前に当時あったナビオ阪急美術館でも展示されている。
また逸翁でもかなりの部分を展示されたこともあった。
えーかげんな露殿という青年の恋愛遍歴物語。吉原の太夫あづまと仲良くしていたが、あづまが行方不明になり、それを探して江戸から京へ上る。京では天下の名妓・吉野太夫とも恋仲になり、途中また様々なもつれがある。
ようやくあづまと再会したが、吉野もいて、東西二大美女の間でとうとう遁世してしまう。
情けない。

チラシは女を捜す露殿を異時同時図で描く。
わたしが見たのは露殿があづまの部屋で同キンするところ。一つのフスマにくるまって、今から仲良くするらしい。
次は三河の八橋で故事に倣うか露殿も一休みして、大きな花菖蒲を眺めている。絵はやや雑い。


3.舞台の名場面

禁中御所舞楽絵巻 「御池庭」にかかる橋をわたる赤と緑の装束の二組の楽人たち。
舞楽自体は大きく描かれている。
太平楽、古鳥蘇、蘭陵王。
かっこいい。

能「江口」画賛 呉春 能舞台を描く。呉春らしさを隠したような能の絵。シーンとしている。

大石良雄図 源琦 師匠の応挙のそれの写しだが、こちらの方が抑制が利いている。お軽の着物には小さい小さい蝶々がたくさん飛ぶ。静かな良さがある。

歌舞伎十八番「暫」をモチーフにした絵が二つ。
豊国と南畝のはくっきりした隈取の顔を見せる「暫」。
五世団十郎の画賛はさらりと描かれているが、袖に大きく三升が描かれている。

鳥辺山図 池田輝方・蕉園 岡本綺堂の「鳥辺山心中」の対幅。
右は初々しさの引き立つお染。「清き乙女と恋をして」というのが実感としてにじむ。駕籠から出たか、立ち姿がいい。
薄桃色地にカラフルな丸い松並木の着物。ただ、赤に藍色の取り合わせのハコセコのようなのを胸元に入れているが、それはどう見てもMIKI HOUSEですな。

左は輝方。武士の半九郎はお染を水揚げしてからずっと通い詰めて、もうどうにもならなくなったところへ人殺しまでしてしまい、ついに二人で心中しようと言うところ。
芝居でもここでわたしはついつい微笑んでしまうのだが、折角拵えた二人の晴着を無駄にしたくないからと着直して、死出の旅路に出るという設定がいい。

こちらに背を向ける半九郎は黒綸子の着物、彼に向き合うお染はもうすっかり妖艶な女になって、濃紫に千鳥柄の着物。薄桃色はもう似合わなくなっている。
ここまでいい女にしたのをもう手放せないのはわかるし、女の方も嫌な客を取りたくないのもわかる。
心中ものの中でもこの作品は、まだわたしは納得できるのだった。


4.年中行事を描く

年中行事句画賛巻 呉春 一ヶ月に一句というわけではなく、いい句があれば二句三句と並ぶ。
芭蕉、其角、鬼貫らの句が選ばれて、それに沿う絵が並ぶ。
たとえば・・・
下帯一つでちょんまげもないおっさんの絵。
夏は又 冬がましじゃと 言いにけり 鬼貫
夕涼み よくぞ男に生まれけり 其角
あのドタマ 張ったったらば さぞや気持ちも 七恵
(三句めは今の今、ウチが拵えたものです)

梶の葉に文字を書きつづる女の横顔には七夕の句、のんびり家でくつろぐひともいる。

初雪や 内にいそうな人は誰 其角
・・・けっこうナマナマしくリアルなんは浪速の俳人やからか?

節分図 呉春 人妻に惚れたばかりに鬼のお宝を強奪される鬼の話を描く。
右に髪を布で包んだ女、中に巨大な升に入る豆、左に飛んで逃げてゆく鬼。

端午幟図 芦雪 熊と金太郎の取り合わせを「熊金」と言うて江戸時代の人は喜んでいたらしい。
薄墨と淡彩でさらさらっと二人を描く。
無邪気な熊に肩車される真っ赤な金太郎。仲良しなのがよくわかる。可愛いなあ。


5.江戸時代の絵入り本

絵本拾遺信長記 秋里リ島/丹羽桃渓・多賀如圭  名所案内で有名なリ山の著書。叡山焼き討ち図。

絵本太閤記 武内確斎/岡田玉山  三木を兵糧責めで落城させた秀吉。城主や奥方等の様子がこわい・・・・


椿説弓張月 馬琴・北斎 大人気リーズの一つ。
山中で大蟒蛇が狙うのを知らせようと、一味に加わった狼の山雄が吠えまくり、真意を理解できない仲間に斬られても、その首は飛んで大蟒蛇に喰らいつくシーン。
大迫力。

絵本徒然草 西川祐信の絵による本 雨の日でもきちんと綺麗にする女の良さを説いているところ。
川△男爵家寄贈のはんこがある。

やっぱり文芸性のある絵を見るのはとても楽しい。
ただ、この続きを見たいという気にさせられて、しかし叶わないので、それだけはせつないか。

9/15まで。

生誕130年 竹久夢二 ベル・エポックを生きた夢二とロートレック

高島屋京都店で「生誕130年 竹久夢二 ベル・エポックを生きた夢二とロートレック」展を見た。
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岡山の夢二郷土美術館所蔵の夢二作品と国内の美術館から来た洋画で構成されている。
夢二 1884-1934、ロートレック 1864-1901
20年の年の差はあるが、当時の日本とパリの「時差」を考えると、それぞれが立場も等しく「ベル・エポック」を体現する画家だ、と言えた。

展覧会の狙いもそこにある。
「夢二の姿は、19世紀末のパリで活躍した画家ロートレックに重なります。ともに画壇に属さず、版画やポスターを独立したジャンルにまで高めた二人は、時代の先端を読みとる感性を持っていました。本展では二人に共通するロマンチシズムに着目し、対比しながら夢二の芸術と生涯をご紹介します。」
確かにどちらも商業芸術の雄であり、今も愛され続けている。展覧会が開催されれば必ず多くの観客が喜んで出かけ、楽しい気持ちで帰る。
わたしもいそいそと京都に見に行っている。

明治末から活躍し始めている夢二の雑誌口絵などから始まる。このあたりは弥生美術館でもなじみがある。
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月の出 草の中に倒れる(眠る)少女もしくは人形の図。これを最初に岡山で見たときは静かなショックがあった。
今は星の国に行ってしまったlapisさんがこの絵をとても気に入ってくださったことを忘れない。
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明治末の「みづゑ」、大下藤次郎の風景画。これもほのぼのしている。

青木繁 竪琴を弾く女 円の中に水彩で描かれた女の顔。
これも好きな絵。

夢二の油彩が続く。一枚絵の女たち。ねっとりと笑う。

芝居「春」のための絵もある。富士山と草ソテツを背景にした舞台絵。少年少女がいる。
これは別なシーンを弥生で見ている。

また、同時代の川端龍子、渡辺与平の雑誌表紙もある。
「日本少年」の表紙絵や口絵は龍子、「少女の友」は与平。どちらも可愛らしく叙情的。

岡田三郎助「日本橋高島屋」も史料館から来ていた。
この時代の文化の豊かさを感じる。

夢二の水彩の軸がある。
りんご 少女とリンゴのなる木
加茂川 後ろ姿の舞妓。
秋の憩い 銀杏舞い散る中、ベンチに座る女。手にはパラソル、傍らには信玄袋。
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あきつ トンボを示すアキツと娘
満願の日 「め」の絵馬などが飾られた境内に佇む娘。
この絵も見ている。娘が何を心願していたのかはわからない。
これが若妻なら太宰治の小説になる。

仲良しの恩地幸四郎のシュールな連作版画、野長瀬晩花とのコラボ絵巻などもある。

田中恭吉の版画もある。去勢者などと題材がキワなのはこの時代の特徴の一つか。

夢二が表紙絵を版画でこしらえた雑誌「櫻さく国」が数冊並ぶ。中に埴輪の顔のアップもあった。

童画も少なくない。
子守唄 お姉さんの歌声を聞きながら夢の世界へ入り込む坊や。南島の土人となり犬といる情景、飛ぶかもめ、千鳥たち・・・

有島生馬 白いブラウス  女の顔。肘を挙げている。
しっかりした構図。
生馬は夢二の作品を高く買っていたという。
嬉しい味方も中央画壇にはいたのだ。

夢二の屏風がある。1929年の「大徳寺」。時雨の中に座る女。
ちょうど今日12系統にのっていたので、大徳寺にもさらりとゆけたのか。

女たちの「子とろ」遊び。
大石内蔵助の遊蕩を描いた「一力」屏風も来ている。
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比較先がパリで活躍した画家たちに移る。

ヴァロットン 信頼  この木版画は大好きで以前からよく見ていた。長いすに座る、黒ドレスにレースの襟がついたのを着る女と、その膝に取りすがる男と。
そういえばこの作品は三菱一号館のヴァロットン展にはなかった気がする。

ロートレックの有名なポスターが並ぶ。
ブリアン、ロイ・フラー、メイ・ベルフォール、それからムーラン・ルージュ関連などなど。
これらはサントリーポスターコレクション。元のグランヴィレコレクション。今は大阪新美術館建設準備室に寄託中。
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スタンラン シャ・ノワール 黒猫のどや顔がいいポスター。これも大好き。

再び夢二。

青春 明治末から大正のボヘミアンな男と女給が一つのテーブルにいる図
やや怪しげな職業の女たちの待機する絵もある。

芝居「埋もれた春」の1シーンがある。蔵の前を泣きながら歩く女の図。これは弥生にも別なシーンがあるが、いつかまとめて見てみたい。

セノオ楽譜の原画と完成品がいくつか。「歌の翼」「君よ知るや南の国 ミニヨンの歌」などなど。
タイトルを見るだけでも何かしら旧い時代への愛情が湧きだしてくる。
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港屋の店先が再現されていた。
千代紙や半襟などがある。

芝居絵も並ぶ。
「お祭り佐七」「沼津の平作」「お夏狂乱」「時雨の炬燵」などなど。
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当時人気の「田圃の太夫」と呼ばれた沢村源之助を描いたものもある。
「源之助の蝮のお由」である。毒婦ものが得意の源之助の退廃的な魅力がよく捉えられていた。
網格子の着物の袖からのぞく刺青もいい。

駕籠に乗る久松のたよりない細い首、夢見がちな長いまつげ。このまま色子屋に売り飛ばしてやりたくなる。

みちゆき 夜、裾のはだけた裸足の男女がふらふらと行く。もうこの世の喜びを尽くした後なので、本当に死んでしまおうか、といった風情。

夢二の本の装丁は多く見ているが、案外口絵や挿し絵は見ていない。
入江新八「凝視」のカラー口絵とキャラ表がある。
レンブラント、ダ・ヴィンチ、モネ、ミラー、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン・・・
こんなの初めて見た。

今話題の柳原白蓮のためにも多くの仕事をしている。
彼女の戯曲「指蔓外道」のために「幻の地獄」を描いているが、これなどは完全に初見。青銅色の肌をした髪の長い男とも女とも言えないような、青い長衣を着た人物が、まるで背後の木に磔されたように立つ。その左右にしなびた婆さんと笑うおんなとがいる。
表現主義的な絵なども見ているが、このようなややグロテスクな魅力の絵は初めて見た。
全体に小アジア風な雰囲気の中で、小さく合掌する人、光る聖母なども描かれている。

話の内容を知りたいし、もっと絵があるなら見たいと思った。

夢二のおしゃれな絵も多い。
「婦人グラフ」の仕事などがそれ。
憩い<女>と<男>がいい。女はブドウ棚の下のテーブルでくつろぎ、男は土手でくつろぐ。蝶々がふわりと飛んでいる。
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夢二の新発見絵もある。
ハワイにあったもの。名作「宵待草」をモチーフにしたもの。耳隠しの女がテーブルに肘をつき、物思いに耽っている。
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いいものを見た。
9/8まで。その後の巡回もある。 

ヴァロットン 冷たい炎の画家

ヴァロットンの展覧会が世界巡回していて、日本では三菱一号館に来ている。
チラシは一見和やかで明るそうなのだが、よくよく見ればどこかおかしい。
不穏な空気もはらみつつ、<状況>がそこに活きている。
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大体、女の後姿というものは気になるものだ。
ここには幼女の後姿が見えるが、幼女だからと言って決して安穏な背を見せているわけではない。

ヴァロットンの作品はこれまでブリヂストン美術館などでモノクロ木版画を見てきたくらいだから、カラー作品は殆ど知らない。
「冷たい炎の画家」という言葉も、美術評論家クロード・ロジェ=マルクスが1955年に「フェリックス・ヴァロットン、あるいは氷の下の炎」と題したところから取ったそうだ。
それを聞いて思いだしたのが、三島由紀夫が六世中村歌右衛門を評して「氷結した火事」だったか、そんな表現をつかったこと。
歌右衛門の非常に抑制のきいた表面と、内面の尋常ではない激しさとを指した巧い言葉だと思う。

近年、西洋絵画の人々の作品について、何かしら感想を書こうとすると筆がもつれてまともなことが書けなくなってきている。(元々あまりマトモでもないが)
この感想を読まれる奇特な方は、そんな奴だわなと思いながら、緩い目で読んでいただきたいと思っている。
なお版画のみ技法を記す。

1.線の純粋さと理想主義
濃いピンクの室内に肖像画が集められている。
そこに立つと、上からの照明が意図的にか、こちらの影を一つでなく、複数に映し出してきた。

眠る画家の母、横顔 1887 ドライポイント  白の中に黒く浮かび上がる女。母という存在ではあるが、絵のモデルとして冷徹な目で見ると、何かしら不気味ささえ浮かび上がってくる。

ベレー帽をかぶる子供 1889 ドライポイント  空間処理は一色だけ。静けさがある。しかし子供らしい生命力も感じられはしない。

化粧台の前のミシア 1898  彼女は「ナビ派のミューズ」だったという。ピンク色が目に残る。
「外国人のナビ派」と呼ばれたヴァロットンも他のナビ派のように彼女を描く。

マルト・メロ 黒服の女 チューリッヒ美術館  もうすぐ来るんだったかな、展覧会。

身づくろいをする女たち 1897  配色がとてもいい。盥の中に立ち、髪を拭く女。顔は分からない。向こうには鏡を見る女。爪先を触る女。
この絵がパリのオルセーにあることに、どこか背徳的な悦びを感じる。

休息 1911  薄ピンクの膚。しかしセメントで造られたかのようにも見える。そんな女。
レンピッカの女たちにも通じるような表面。あちらは青銅色を帯びた肉色だったが。

4つのトルソ 1916  ああ、そうかと納得したのがこの絵。ツイッターでヴァロットンが尻フェチだと評判になっていたので「どこら辺がだろう」と思っていて、納得。

トルコ風呂 1907  湯の中に立って背中にタオルを斜め掛けする女、縁にも女たち。
硬い膚の記憶。アングルの同題の円い絵と、青木繁の「享楽」とを思い出す。
しかしここにいる女たちはみんなどこかよそよそしい。


2.平坦な空間表現
マン・ウォッチャーだと思う。そうでないとこうは描かないし、描けない。

洗濯女 1895  職業としての洗濯女。小走りにゆく。

プードルと婦人 1895  都会の片隅で。

ワルツ 1893  ふわ~と、まるでオバケたちのよう。手前右の女の顔はナマナマしいが。

肘掛椅子に座る裸婦 1897  黄緑の壁、赤い椅子と絨毯、肌色の裸婦。はっ となった。

公園、夕暮れ 1895  セーラー服が一般化していた時代、坊やたちが着ている。人々が点在している。

リュクサンブール公園 1895  大人気スポット。金の輪で遊ぶ坊やがこっちを向いている。キリコの金の輪で遊ぶ子供、小川未明の「金の輪」は不吉だが、この坊やには死の影は見当たらない。

健全さというものはあまり感じないが、一方で不穏さはあっても不吉さ・死の影というものは見あたらない。
決して明るくはないが、完全なる闇もないのだ。
そのあたりが画家の、市民生活を描く視線の在り方なのかもしれない。

ユングフラウ 1892 木版  夜景。和風な風情がある。スイス人の描くユングフラウ。

月光 1894  金の雲が空と水面にある。水面は河か。二つの月光が美しい。


3.抑圧と嘘
「アンティミテ」連作がとてもよかった。
モノクロ木版で繰り広げられる物語。小さな葛藤とエゴと。全体に醒めた官能性がある。
一枚一枚を1コマにして集めた「版木破棄証明のための刷り」などは大人向けの台詞なしのマンガのようだった。
いちゃつく二人、しかし楽しそうな様子でもない。都会的な男と女の醒めた表情。
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夕食、ランプの光 1899  ランプシェードがとてもいい。これは素敵。
しかしテーブルを囲む人々のこの様子。この表現。深い鬱屈を感じる。
結婚した女の連れ子二人。息子と幼い娘と。影を見せるのは自分。
他者の家庭に入り込んだヨソモノのような男。
そのことを自覚して描いたような絵。

赤い部屋、エトルタ(ヴァロットン夫人と姪のジェルメーヌ・アキオン) 1899  臙脂色に近い赤壁がひどく魅力的だった。重苦しくもあり、蠱惑的でもあり。

ヴァロットンのアトリエにいるマックス・ロドリーグ=アンリーク 1900  暖炉がいい、そこにはストーブを置いていて、実用性を感じる。絵ではなく部屋の状況がいい。

貞節なシュザンヌ 1922  帽子の女がこちらを向いて黙ってにやにやと笑っている。はげの男二人を前にして。
見るからにパリの女。旧約に現れる女ではなく、この時代のシュザンヌは欲望に満ちた目で笑う。娼婦シュザンヌ。


4.「黒い染みが生む悲痛な激しさ」
ここは全て木版画である。

アナーキスト 1892  捕まるところである。「なになに、どうしたの?!」と声が聞こえてきそう。町中での騒ぎ。この時代、アナーキストによる王室や政治家の暗殺事件が多発していた。

「息づく街パリ」の挿絵 1893~1894 ジンコグラフィ この技法は日本語で訳すと「亜鉛製版法」となるが、それがどのようなものかは、シロートのわたしにはわかりかねる。

・口絵 色んな人間が信号待ちでもしているのか横並び。中にはいかにもパリらしい<千鳥たち>もいる。
・切符売り場 群衆わらわら。
・学生たちのデモ行進 白・黒・白の棒並びが面白い。

これとは別ものらしいが、関連性を感じるような構図のものが続く。

街頭デモ 1893 木版  逃げ出す人々。左端には倒れそうな爺さんがいる。

暗殺 1893 木版  ベッドで殺人。手だけ見えるというのもなかなか臨場感がある。
暗殺される絵と言えば、革命の頃のマラーを思い出すが、これは政治的暗殺なのか個人的なものなのかはわからない。「暗殺」もさまざま。

ベルエポックの時代と謳われた一方で、暗殺やアナーキストの跋扈もあるパリ。
都市には必ず二面性がある。

「小さな浴女たち」1893 木版 エクスリブリス(蔵書票)である。
あっさりほんわかモードの可愛い絵が続く。

再び「悲痛な激しさ」を見る。

自殺 1894  橋の下に流れる水量豊かな川。そこを捜索する。引っ掛け用の棒を持って。
こういうのを見るとドレの銅版画を思い出す。1世代前のパリも栄光と悲惨がある。

夜 1895  森の中のホテル?別荘?がある。窓は微妙に歪んでいる。その妙な揺らぎがとても気になる。

警戒 1895  水遊びの場なのか、それともなんなのか、ハクチョウたちが寄ってきて、一人の女のドレス状の水着のお尻を破く。
ヴァロットンが「おしり大好き」なのがよーくわかる気がする。
水から上がった人々はそれを見ている。

ルッジェーロとアンジェリカ 1896  キタイの王妃(と説明されているが、姫とも聞いている)アンジェリカが海の生贄にされている。それを救おうとする。
この画題はアングル、ルドンも手掛けている。特にアングルのそれは有名な一枚。

怠惰 1896  ヴァロットンの作品中、いちばんよく見ているのがこれだと思う。
というか、わたしはこの作品でヴァロットンを知ったのだ。
なかなか凝った柄(市松模様やチェックや花柄も含む)の敷物の上で裸の女がうつぶせになりながら、白ネコを撫でる。
「耽美・頽廃・怠惰」に溺れていた頃、この作品に出逢い、非常に好きになった。
今でもやはりとても好きな一枚。

「楽器」1896  様々な楽器演奏者の1ショットと交響曲というまとめがある。
チェロ、フルート、ヴァイオリン、ピアノ、ギター、コルネット…
いずれもかっこいい。背景がまたおしゃれである。
白ネコがのぞくフルート、観葉植物の影と実物に侵食されるギターなどなど。


5.冷たいエロティシズム
むしろシュールな趣があるように思う。
そういえば村上もとか「龍 RON」で、溝口健二と思しき映画監督が「冷たい官能性」を女優に求めるエピソードがある。女優はその研究に苦心するわけだが、究極の官能性とはやはり冷たいものかもしれない、とその当時思ったことがある。

猫と娼婦 1897-1898  娼館の一室での情景。奥にバスタブがある。二人の裸婦が三毛猫らと遊んでいる。客の来ない時間の楽しみ。

チェッカーをする女たち 1897  これは「オセロ」かと思う。裸婦二人のオセロ。

それにしてもパリの女たちは男とも楽しみ、女とも楽しみ、ほかにもまだ楽しみを知っているように思えてならない…
ヴァロットンの絵を見ながらそんなことを想う。


6.マティエールの豊かさ

臀部の習作 1884  やっぱりフェティストやなあ。足フェチの谷崎とどっちが深いだろうか。ううーむ…

ここでは何か妙につらかった。

7.神話と戦争
ナマナマしいおっちゃんとおばちゃんとの対立・対峙。
綺麗なものはない。ペルセウスとアンドロメダならかっこいいと思ってはいけない。ヴァロットンは何を描くか知れたものではない。

竜の概念についてここでは書かないが。西洋の竜と東洋の竜とは違う。
とはいえなんぼなんでもひどいのがペルセウスと戦う竜。どう見てもワニですな。ううむ、ひどい。

憎悪 1908  男と女の。

引き裂かれるオルフェウス 1914  6人の女が石や木や自らの爪でオルフェウスを引き裂く。
解説にはこうある。
「冥界の秘密に関する秘儀を男たちにしか開示しなかったから」
うふふ。ここにいる女たちは決して「フジョシ」などではない、リア充を求める肉食女子だったのですよ。
なのにオルフェウスは妻の死後は「冥界の秘儀」として同性にしか目を向けなかったから…
イキイキしているように見えたなあ、女たち。

「これが戦争だ!」1915 木版
戯画風でありながらも悲惨極まりない情景を描き続けている。
悲惨でありながら妙に滑稽でもある。それはきっと我々が「見ているだけの側」だからそう思ってしまうのだ。
そんなことを思いつつ、眺めた。


ヴァロットンという画家が結局どういう意図で作品を生み出し続けてきたかはわからないままだった。
しかしそれでいいと思う。
わたしは終始ある種の息苦しさに悩まされながら見ていたのだ。
それがたぶん、ヴァロットンの心情だったのかもしれない。

9/23まで。

「11ぴきのねこと馬場のぼるの世界」展 in 八王子市夢美術館

八王子市夢美術館に「11ぴきのねこと馬場のぼるの世界」展が巡回していた。
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わたしは以前にうらわ美術館で見ていたが、一年後の今、八王子でみたものは別物のような感興を与えてくれた。
展示は8/31で終了したが、感想を小さくまとめたい。
なお、うらわ美術館でみたときの感想はこちら

前回の感想は今回の参考にはしなかったので、前回に書いたものと符合するものもあれば、全く違うことを書いているかもしれないが、今から挙げるものは全て「八王子市夢美術館でみた馬場のぼる展の感想」である。

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1.幼少期のスケッチ
子供の頃から抜群に絵がうまい・字のうまい子供だった。
しかもその絵の端々に後の「馬場のぼる」の個性が顔を出しているように思う。
「動物の行軍」「十二支あわせ」カードなどにほんわかしたムードがあり、ユーモアも活きている。

一方リアルな写生もあり、絵のきちんとした技術があることもわかる。

2.漫画家として出発
1952~1974年の作品が紹介されていた。
大人向けの作品・幼児向けの作品は時代を超えて<面白い>が、そのユーモアというものは70年代以降の少年たちの多くには受け入れられないのではないか、と思った。
実際、そのことを感じたようで70年代からは絵本の世界に入る。

ウサギ汁大作戦 74年5月別冊ジャンプ発表 うらわ美術館では前後期入れ替えで、前半部分だけの分しか見れなかったので、今回初めて全編を見ることが出来てよかった。

戦中の中学生の食料の話である。主人公の友達はいつも弁当に黒い何かの固まりを持ってきてるが、それを「ウサギの肝」だと称して食べていた。主人公の少年もそれをうらやましく思う。
友人はいつもエヘヘと笑うが、楽しくて笑っているわけではなさそうである。
ある日はそのウサギの肝を床に落としてしまい、拾いながらエヘヘと笑っていた。
こうしたところに馬場のぼるの意外と冷徹な目が活きている。
二人は先輩に脅されるが、それより更に上の学年の先輩山サンと仲良くなり助かる。
山サンもウサギ取りのメンバーに加わる。
友人はウサギの肝と称するものを食べているが、それが本当にそうなのかは物語が終わった後も不明なままである。
何しろ、彼は一度もウサギ狩りをしたこともなく、頭の中でだけその成功を知っているのだから。

さて友人と山サンと三人でウサギ狩りの罠を作るが、全くうまくいかない。
何度も失敗する。ウサギ汁を食べたいのは確かなのだが、それはもう殆ど無理だろうという気持ちが三人にはある。
あるが罠の様子を三人そろって見に行き、色々話し合う。
目的よりもその過程が楽しくなってもいるらしい。
食糧難で、切実な問題でもある一方、三人の仲間で同じ目的を持つ、というのが楽しくなっているのだ。

ある日、もう大方諦めきっていた三人だが、どういうわけか何かに突き動かされるようにして、山へ向かう。
三人は申し合わせたわけでもないのに、同じ時間に現れ、三人揃って山の罠を見に行くと・・・
いた、ウサギが罠にかかり、必死で土を掘り返して逃げようとしていた。
その様子はもう本当に必死なのである。
三人は呆然とその様子を、ただただ眺めている。
誰もなにもしないし、出来ない。
やがてウサギはようやく罠から逃げ出す。
はっ となった三人だが、誰も動けなかった。
山を下りながら三人は反省を口にする。
しかし本気で悔しいとはいえないのである。

物語の結末は予想できていたが、それでもやはり面白かった。これは自分が大人だから感じた面白味なのかもしれない。

ある種の諦念とペーソスと、そして寂しいようなユーモアとがある。
それをしみじみと味わえるのはやはりあんまり若いと難しいのではないだろうか。
自分の中学の時のことを思い返すと、ほのぼのしたものには背を向けて、刺激の強いものを求め続けていた。
また、今となっても中学くらいの頃はそれでいいと思っている。

ここで話は変わるが、こせきこうじという漫画家がいて、ユーモアとペーソスあふれる作品を発表し続けている。
わたしは彼の実質デビュー作の「ああ一郎」を中学の時に読んで、ずっといらいらしていた。
人気の「山下たろー」シリーズもスルーしていたが、ところがジャンプでの連載終了から長く経ったある日、青年誌コミックバンチで就活する山下たろーを見た。
それがもう本当に面白くて面白くて、すぐに単行本を買った。読んでるこちらはたろーより早くに就職していたから、彼のうまくゆかない理由もわかる。やっと就職してもたろーには誠意と熱意があっても何かが足りないのでカッコよくはいかない。
そのときに初めて気づいたことだが、ユーモアとペーソスとはある程度の大人にならないと理解できないのだ、ということだった。

それと同じように、馬場のぼるの作品の面白さを本当に理解できるのは、幼児と大人ではないか。刺激を求める人々はその範疇にはないのだ。

実際に自分が馬場のぼるのファンになったのはやはり大人になってからだった。今はもう本当に好きだが、初めて本を買ったのはやはり二十歳を超えてからだった。
「いまはむかしさかえるかえるのものがたり」である。
あの言葉遊びをダジャレ・オヤジギャグと見なすようでは、到底馬場のぼるの面白味を知ることは出来ないのではないかと思う。


3.絵本の世界へ
健全なギャグが受け入れられなくなったのを感じた馬場のぼるは活動の場を絵本の世界へ移す。
わたしなども最初から馬場のぼるを漫画家ではなく絵本作家だとずっと信じていた。
十年以前に宝塚の手塚記念館で「手塚治虫の大親友・馬場のぼるの世界展」が開催されたときに馬場のぼるのマンガを初めて知り、さらに藤子不二雄「まんが道」で一瞬登場する馬場のぼる(「オホ」と咳をしていた)を見て納得したのだった。

きつね森の山男 これも面白かった。可愛い絵だからついついうっかりスルーしてしまうが、ここに出てくる殿様は寒がりのために狐の毛皮でぬくぬくしたいという理由で狐を全滅させようとしていたのだ。
結局それを阻止したのは山男が供したふろふき大根だった。
寒がりの殿様はじめお城のみんながふろふき大根に夢中になり平和が訪れるのだが、これは「がんばれおおかみ」と同様の代替行動でもある。

「がんばれおおかみ」は肉食であることをやめて、コロッケを食べてほかの草食動物等と共存しようとする狼兄弟の話だが、読みながら「そこまでしてほかの奴らと仲良くしたいのか」と思ったことがある。
わたしは佐々木マキ「やっぱりおおかみ」のようについには孤独であることを自覚し、受け入れる狼の方が好きだ。
しかし馬場のぼるの世界では、孤独は許されない。作者本人の<気持ち>がそれを許さぬのか、物語の状況が許さぬのかは知らない。

「くまのまあすけ」でもおいしそうな大根が描かれる。これは自分の過失が善意に受け取られて得をする、災い転じて福となす、というような展開で、結果的にみんなハッピーになる。

馬場のぼるの描く食べ物は何でもおいしそうに見える。
リアルな絵ではなく、馬場テイストの料理や素材がほんわかといい感じだからだ。
これはグルメマンガとはまたひと味違う効力を持っているように思う。
たとえばほかに同じようなほんわかした絵で描かれた食べ物といえば、杉浦茂の作品がある。
とにかく杉浦茂の作品では食べ物がやたらと出てくる。
それを見てると、妙に食べたくなる。

これは私一人のことかもしれないが、グルメマンガよりも杉浦・馬場の描く食べ物の方が本当にヨダレものなのだった。

「アリババと40人の盗賊」「アラジンと魔法のランプ」の絵本原画が全編出ていた。
わたしは「アラジン」は読んでいたが、「アリババ」は今回初めてじっくり見た。物語は原本に基づいたもので、その分残酷性もあるが、馬場のぼるが描くと、その残酷性もさらりとしている。

さらりとしているが、相当なことを描いている。
大人からファンになったものは、そのあたりがやはり面白い。
そしてこの二作は色彩設計が見事だと思う。

「11ぴきのねこ」シリーズはやはり面白い。
今回はなにも考えず笑った。
そういえば大絵巻の「11ぴきのねこのマラソン」の複製拡大版が入り口から受付までの壁面に展示されていた。
とてもいいことだと思った。

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5.遺作「ぶどう畑のアオさん」
今回初めてこの絵本の物語を知った。
馬のアオさんは本当に青く、ブドウはおいしそうな山ブドウ色に染まっている。
ラストは独り占めしようとした狼が逐われるが、心の優しいアオさんは、ここに狼もきて、みんなで食べたらよいのにと思うのだ。

まさにそのアオさんの心情こそが馬場のぼるその人の心情であり信条ではなかろうか。
それぞれの立ち位置があることは承知の上で、違いを尊重しつつ、各人が横並びに仲良くする。
なにかしら知恵を絞って、誰かが我慢することなく、みんなで仲良くする。

今、改めて馬場のぼるの<面白味>とその作品世界に流れる思想とを考えている。

いい展覧会をみた。
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2016.8.11 チラシを追加。

「ミホトケをヒモトケ」 + 醍醐寺展再訪

鎌倉国宝館の夏の展示「ミホトケをヒモトケ」展は楽しかった。
今回のとは別な「ミホトケをヒモトケ」展に行き損ねたので反省していたのだが、今回は前にそそられたチラシのそれを見たりで、満足しておるのでした。
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ちょっと前に奈良博に鎌倉からわんさと神仏像が出開帳においでになり、そのときは「おいでやす」というキモチでお出迎えしたのだが、今度は自分から出向く。
もしかするとここにいてはる神仏さんらもわたしを見憶えていてくれて「おお、よく来たな」くらいの気持ちを持ってくれてはるかもしれない。
ちなみに奈良博のときのキモチはここに書いてます

…えっ5月やったっけ?
とりあえずいつものようにぐるぐる見て回ります。

木造 薬師三尊及び十二神将立像 15軀 平安~江戸時代  こないだはほんまに失礼しました。いえいえ、十二神将さんはいつもいつも好きやーーっと騒いでるので忘れることもないのですが、御本尊の三尊さまを覚えてなくて…反省してます。

木造 地蔵菩薩坐像 1軀 鎌倉時代 浄智寺  おでこに太めの十字架がついたような、でも美人さん。あれは木の都合なのか、お地蔵さんでも耶蘇なのか。

木造 観音三十三応現身立像 3/33軀 室町時代 長谷寺  あら、三体がこちらにおでまし。
ほな長谷寺の方はどうしてはるのか。あの宝物殿の中の33変化がずらーーっというのはええ眺めでした。3面の赤い人、馬を乗っけた人、女神スタイルのお三方。

木造 倶生神坐像 2軀 鎌倉時代 円応寺  「まいどー」とご挨拶したくなるね、いつも思う。

木造 初江王坐像 1軀 建長3年(1251) 円応寺  奈良博ではチラシ表でこんにちは。

木造 韋駄天立像 1軀 鎌倉時代 浄智寺  こちらも奈良に来られた。生真面目なお顔。

木造 明庵栄西坐像 1軀 鎌倉時代 寿福寺  □なオツムのおじいちゃん。こないだ東博で展覧会もありましたなあ。

木造 椿文笈 1基 室町時代 鎌倉国宝館  鎌倉彫の椿さん。いつもこのランドセルええなあとみております♪

木造 須弥壇 1基 鎌倉時代 建長寺  今回は上に鎮座まします弁天さんがおられぬ。
(と思ったら、企画展の「ミホトケをヒモトケ」に出演してはりました)

さて企画の「仏像入門 ミホトケをヒモトケ」を眺めます。
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絹本著色 苦行釈迦図 1幅 中国・明時代 鎌倉国宝館  丸くて横広がりのお顔。
絹本著色 出山釈迦図 1幅 中国・明時代 鎌倉国宝館  髯も爪も伸び放題。
どちらも大変そうなご様子。

木造 仏涅槃像 1基 江戸時代  厨子の中に寝てはる。二人だけおそばについている。そして壁画の中に嘆く人々がいる。リスがいるのは鎌倉らしさを感じるけど、まぁそれは後付の感想ですわな。

絹本著色 文殊菩薩像 1幅 鎌倉時代  眉を寄せ、きりっとしたお顔。やや下ぶくれの美男風な美女に見える。
宝塚で演じてもきっと素敵だと思う。わたしが宝塚沿線の住人だから思うのか。

絹本著色 地蔵菩薩像 1幅 鎌倉時代 鎌倉国宝館  またこちらは艶めかしい。

絹本著色 大威徳明王像 1幅 鎌倉時代 神武寺  前回のチラシの方ですがな~~
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牛に乗ってガーーーッとどこぞへか攻めてゆくご様子。かっこよかったなあ。
これを観れて、それだけでも満足。

銅造 五百羅漢像 3軀 江戸時代 建長寺  山門楼上に納められていたとか。わたしは山門といえば南禅寺しか上ったことがないな。「絶景かな、絶景かな」のあの南禅寺。
建長寺も行きたくなってきた。今度近藤さんを誘おうかしら…

絹本著色 十王図 2幅 中国・明時代 鎌倉国宝館  まずここにいる人間は基本悪人だと言うことで。いや、悪人だと本人は自覚してないかも。しかし罪人なのは確実。
罪の裁きは厳しい。女たちは木に髪をくくりつけられている。これは世界共通なのか、スイスのセガンティーニもそんな絵を描いていた。
悪い母は髪だけでなく足首も木に括り付けられて、座ることも出来ない。目の前にいる子供は虐待死されられた子で、その訴え状を閻魔さまに出す。その巻物を見せて罪状確認中。

紙本著色 頬焼阿弥陀縁起(模本) 2巻 江戸時代 光触寺  惜しくも話がよくわからない。
調べたらこういう話でした。

疑いはいかんけど、確実に疑わしい奴がのうのうとしている現実もあるよな。
と、苦界というか穢土というか娑婆に活きる身としては思うものですわ。

叱りつけられそうな感想を懐いて、鎌倉国宝館を後にしたのでありました。
9/7まで。
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それからこちらは奈良博で開催中の「醍醐寺」展の再訪の話をちょっとだけ。
前回の感想はこちら

やはりね、なんというか、たかが1カ月くらいの間隔で再訪するとね、感想てあんまり変わらないもんですね。
初手にええなと思うたものはやはりええわけです。
それが1年くらい間を置くと、また人間その間に知識が増えたり感情が変わったり色々あるから、「ああええな」になるか「うーん」になるか、わからんのでした。

如意輪観音坐像 1軀 木造 金泥塗・截金 鎌倉時代 13世紀  画像のない細身さんの方。
艶めかしく綺麗ですね。足裏ぴたりと合わせているところがまたよろしい。

弥勒菩薩坐像 快慶作 1軀 木造 金泥塗・截金 鎌倉時代 建久3年(1192) 今回もやはり写真より実物の美貌に打たれた。向かって右の頬に経年劣化の瑕が見えるけれど、それがちっとも悪くない。むしろこうした傷があって尚の美貌だと思うのですよ。

毘沙門天像 絹本著色 鎌倉時代 14世紀  わたしは所は違う信貴山だけど、そこの毘沙門天さんに一家揃って申し子しに行ったというので、毘沙門天さんを見ると、どちらさんのであれ、親しい気持ちがある。

伝釈迦曼荼羅図 絹本著色 鎌倉時代 14世紀  色はあまりきれいではないようだが、こういうものは初めて見た。伝がつくということは「もしかすると違うかも…」ということなのか。

訶梨帝母像 1幅 絹本著色 平安時代 12世紀  元・鬼子母神。立派な婦人。

崇徳天皇綸旨 1通 紙本墨書 平安時代 天承元年(1131) … ^^; … 

2度とも好きなものは変わらず、いいものを見せていただきました。
ありがとうございます。
9/15まで。

涼風献上

灼熱、という日はこの夏にはなかったが、それでもいやな暑さが身を責める夏だった。
「涼風献上」
根津美術館のこのタイトル、この企画、本当に気持ちよく感じた。
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暑いとき、たまに涼風が入ることがある。
そんなとき母は「極楽のあまり風が来た」と言う。
それは母の祖母が言うていたとかで、明治の人がごく自然に口にした言葉はおそらく、江戸時代にはもう使われていたと思われる。
その涼風は絵画ややきものでも表現される。
根津美術館に集まった「涼風」は確かに「極楽のあまり風」のような存在だと思えた。

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中世の絵はあっさりと涼やかだと思う。

拾得図 虎巌浄伏賛 1幅 紙本墨画 中国・元時代 常盤山文庫蔵  巻物を開いてニッコリ。裾が風になびいて、それだけでも気持ちよさそう。
あっさりした拾得になので、蕭白のような暑苦しさはない。

芦葉達磨図 乾峰士曇賛 1幅 紙本墨画 日本・南北朝時代 常盤山文庫蔵  うっすらした顔。衣の裾に濃いめの線が入る。それが却って涼やかさを感じさせる。

風雨山水図 伝 夏珪筆 1幅 紙本墨画 中国・南宋時代  かなり強い風雨。傘が大変。必死で行く人。気温も下がっていると思う。

柳燕図 単庵智伝筆 1幅 紙本墨画 日本・室町時代  柳一筋、踊る燕2羽。爽やかさが画面から

鍾離権図 海北友松筆 海山元珠賛 3幅の内 紙本墨画淡彩 日本・桃山時代  チラシ左の大きな笠を背に背負う爺さん。髭や衣の風になびくさまがいい。
ああ、涼しいと感じる。

藻魚図 韓旭筆 1幅 絹本著色 中国・明時代 万暦40年(1612)  エビやカニもいる。この構図、後の世の国芳の「魚の心」に似ている。

松鶴図屏風 6曲1双 紙本著色 日本・桃山時代  白牡丹に2羽の鶴。柳に雀、翡翠も待機中。左には鴨ップルもいる。スミレに白蒲公英のさく野。松と白山茶花がいい。

蓮池白鷺図 梅隠筆  1幅 紙本墨画 日本・室町時代  蓮が一つ。鷺は2羽。


カタチの面白い染付を見る。

染付雪柴垣文団扇形皿 1枚 肥前 日本・江戸時代  形は団扇でもむろん煽げません。夏に冬のモチーフの使うのは時期ズレやなく、気遣い。

染付雪柴垣文軍配形皿 1枚 肥前 日本・江戸時代  こちらは軍配型。そしてこちらの「雪柴垣」ですが、どう見ても太陽が2つあるように見える。だから雪柴垣ではなく、太陽ギラギラ・入道雲モクモクの図柄に…

染付鯉形置物 1躯 肥前 日本・江戸時代  ジャンプ!! 縦型の置物は絵柄に合わせてのことなのか。

染付白鷺文皿 1枚 肥前 日本・江戸時代  葉っぱの上でくつろぐ鷺たち。

青花蓮池水禽文水甕 嘉靖年製銘 1口 景徳鎮窯  中国・明時代 嘉靖年間  コバルトが強くて、細密描写ではなくなり、全体がある方程式を埋め込んだ様子に見てとれた。

可愛い小さな香合も大集合。
交趾大鴨香合 1合 福州窯系 中国・明~清時代    
交趾鴨香合 1合 福州窯系 中国・明~清時代
どちらも黄色と茶、それからそれぞれ違う色で鴨を形作る。

錦手水鳥香合 1合 京都 日本・江戸時代  首をぐるぅと回して毛づくろい。アタマとしっぽが金を使われている。

交趾烏帽子鳥香合 1合 福州窯系 中国・明時代  こちらもエクソシスト(!)のように首を回して…緑・茶・金の鳥。

水のない展示ではあるが、彼らは池に泳ぐように見えた。

青花蓮池水禽文大壺 1口 景徳鎮窯  中国・明時代  隙間なくびっしり。ちょっと暑いな…

観瀑図 芸阿弥筆 月翁周鏡ほか2僧賛 1幅 紙本墨画淡彩 日本・室町時代 文明12年(1480)  3,4本の小滝、それを眺める二人。マイナスイオンが心と頭をクリヤーにしてくれる。

周茂叔愛蓮図 伝 小栗宗湛筆 1幅 紙本墨画淡彩 日本・室町時代  遠景の山と手前の細松との比較がいい。

太公望図 和玉楊月筆 3幅の内 紙本墨画 日本・室町時代  居眠り。魚は来ないし、周の文王もまだ来ないし。

滝を見るのものんびりと。
観瀑図 式部輝忠筆 景筠玄洪賛 1幅 紙本墨画 日本・室町時代
観瀑図 伝 狩野正信筆 1幅 紙本淡彩 日本・室町時代

赤壁図屏風 長澤芦雪筆 6曲1双 紙本墨画淡彩 日本・江戸時代  今回の展覧会で一番気に入った屏風。素晴らしい。右上の、山の上の松が月光に照らされて影を映し出す。そのリズミカルな連続性。音楽的な美しさを感じた。
遠近は濃淡で表現され、視覚から聴覚へと心地よさが形になって伝播する。

芦雪と呉春の人物って似ているなと思いながらその行動を追う。
右では舟に乗っていた人々が、左ではついに上陸し、赤壁を眺める。
ああ、いい絵やなあ。

夏秋草図屏風 「伊年」印 6曲1双 紙本著色 日本・江戸時代  褪色しているが、それが却って涼しさにつながる。花の名前も書いてくれている。
百合、紫陽花、茎葵、薄、朝顔、萩、女郎花、鬼灯。日本の美。

芙蓉蟷螂図 伝 曾我宗丈筆 1幅 紙本著色 日本・室町時代   葉の上でポーズを決めたカマキリ。

季節の移り変わった後の絵。
粟に雀図 狩野宗秀筆 1幅 紙本著色 日本・桃山時代 常盤山文庫蔵
粟に鶉図 土佐光成筆 1幅 絹本著色 日本・江戸時代
3羽の雀とウズラとが時空を超えて会話するかのよう。

京焼のいいのを見る。

色絵武蔵野図茶碗 野々村仁清作 1口 京都 日本・江戸時代  金継ぎがススキのようにも見える。ススキは無論描かれているが。

色絵秋草文三段重箱 1合 京都 日本・江戸時代  いかにもな配色。いいねえ。

色絵紅葉文向付 乾山銘  5口 京都 日本・江戸時代  そば猪口サイズの向付。鉄釉と呉須で2種の紅葉を表現。白磁ではなく生成りの地に少しばかりの紅葉。センスがいいのをつくづく感じる。


次に「高麗・朝鮮時代の仏画」を見る。
先ほどまでの涼風はもうここには来ない。どちらかと言えば暑いような空間になっている。

14世紀の高麗仏画を見る。

阿弥陀如来像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代 大徳10年(1306)  政治的な絡みのある仏画。元の都に留め置かれている高麗の王・忠烈王らの帰還願いを込めて描かれたもの。仏に卍が描かれている。

次の2幅はまるで対のように思えた。視線の動きが面白く感じる配置である。
阿弥陀三尊像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代  右の観音菩薩のレースの派手で華やかなこと。左の勢至菩薩のも明るく華やか。花唐草。まるで花嫁のよう。
二人が阿弥陀様の下で婚姻をするかのようにも見える。

阿弥陀三尊像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代  こちらを見ている感じ。

阿弥陀如来像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代  赤地に金円の袈裟。金の日を背景にしているようにも見えた。それも日蝕を背負ったように思えた。

地蔵菩薩像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代  頭巾をかぶってはるのは、この時期の高麗様式だそうで。よだれかけはない。でも肩掛けはあった。裾の赤が綺麗。

阿弥陀八大菩薩像 1幅 絹本着色 朝鮮・高麗時代  後ろに仏の成る木があるように見える。浄土が丘でくつろぐ仏たち、のような。

妙法蓮華経 7帖 紺紙銀字 朝鮮・高麗時代 至正13年(1353) 大和文華館所蔵のそれとよく似ているが、同じ時期の・同じ工房で作られたものだろうか。
「姚泰」の文字と「三蔵」「鳩摩羅什」の名前が見えた。

大方広仏華厳経 巻第十二 1帖 褐紙金字 朝鮮・高麗時代  褐色の地に金。妙になまめかしい。

地蔵諸尊集会図 1幅 絹本着色 朝鮮・朝鮮時代  真ん中のお地蔵さんを起点に、左右に道明和尚・無毒鬼王、四天王、帝釈など。

仏像と饕餮くんたちに挨拶して、企画と茶道具を見に行く。

手紙−こころを伝える− Letters−Expressions of the Heart−
英語のタイトル、かっこいいな。

実にたくさんあるのだけど、まじで懸命に眺めたのはもともと大好きな三藐院近衛信尹のだけ。
千少庵にあてたもの。
「こひ四位ぞ こひ四位ぞ こひ四位ぞ かへすかへすも こひ四位ぞとよ
十日 」…なんかすごいな。
しかし本来なら関白になるはずの信尹が地位を秀吉にとられるという事態とか色々考えると、この文も戯れではなくなにやら意味深にも取れるな。

他に明恵上人、宗峰妙超、宗祇、光悦、遠州、林羅山、後水尾天皇、契沖、冷泉為恭、東東洋、谷文晁、中林竹洞らの手紙があった。
そして文箱が一つ。
紫陽花螺鈿文箱 1合 木胎蒔絵螺鈿 日本・江戸時代  黒花に少しの煌めき。花は小さめで、しっとりしていた。

夏の茶事 をみる。

更紗の上に、
染付水鳥文火入 漳州窯 1口 中国・明時代
籠莨入 1合 籐 中国・明~清時代
が置いてある。素敵な状況。

一葉観音図 啓釈筆 与可心交賛 1幅 紙本墨画 日本・室町時代  ぽてっと座るおばさん風な観音さん。

井戸脇茶碗 銘 夕峰 高麗茶碗 1口 朝鮮・朝鮮時代  西方浄土をさすそうだ。わたしは四天王寺の西門から難波の海へ向かう姿を思った。

螺鈿籠地香合 1合 木胎漆塗 中国・明〜清時代  とても細かい。

茶杓 共筒 銘 薄暮 藤村庸軒作 1本 竹 日本・江戸時代  黒光りする飴色の茶杓…きれい。

絵高麗白梅鉢文茶碗 1口 中国・明時代  色がとてもいい。ややうすめで浅めの茶碗。ほろほろと崩れそうな良さがある。

絵高麗梅鉢文茶碗 1口 中国・明時代  色のかすれが多いがこれもいい。

百合形向付 野々村仁清作 5口 日本・江戸時代  花弁の先にだけ薄く墨が入る。素敵な造形。 

ああ、すっかり心地よくなって根津美術館を後にした。
「涼風献上」確かに受け取りました。ありがとうございます。
9/7まで。

正チャンの冒険展をみる

梅田の阪急メンズ館、昔のナビオ阪急の5階のオープンスペースで樺島勝一の「正チャンの冒険」の展覧会が開催されている。9/23まで。
撮影可能と言うのが嬉しいね。
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原画と現行引き伸ばしたパネル展示などで構成されている。
いろんなグッズも販売されていた。
大正から昭和戦前のオシャレさを体感できるショップでしたな♪
連載当時の紹介もある。1409634485645.jpg

戦後の正チャンとリアルになったリス。
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わたしは戦前のリスのほうが好きなんだけど、樺島のペン画はリアリスティックな細密描写が肝だという人もあるだけに、まぁこれはこれでありかと。

その「船の樺島」の仕事。1409635018943.jpg
弥生美術館、野間記念館などでもおなじみの素晴らしいペン画。

「正チャンの冒険」は2003年にも大手町にあったころの「ていぱーく」で開催された。
膨大な量の原作から、いわば「よりぬき 正チャンの冒険」の本も出ている。

正チャンの冒険正チャンの冒険
(2003/11)
織田 小星、樺島 勝一 他


わたしも愛読しております^^b

4コマスタイルだけど、そこから中編に構成される。
現在のマンガのコマ割りとはちょっと違うしカナなので読みづらいが、慣れると楽しいし、そのスピード感とか面白さに夢中になる。
ところどころ撮影した分を挙げてゆきます。
なお、クリックすると拡大します。

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1409634949074.jpg これは大阪朝日新聞に誘われて大阪にくる話。
リスがいろいろやらかしてくれて、二人は途中で電車から追放され、中途な町で一泊する。
ところがその宿屋でもまたまたリスの奴が…
まぁ最後はちゃんと肥後橋の朝日新聞社に到着しましたが。

正チャンのグッズもある。
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こちらはていぱーく展のあとの記念切手。1409634838558.jpg

当時の人気ぶりは凄くて、正チャン帽もブームになり、今も活きている。
著作権がうるさくない時代、近年人気が高い「小林かいち」もクリスマスの雑踏を歩く正チャンとリスの絵を描いている。

カラー作品いくつか。
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そもそもリスとの出会いからしてファンタジックだった。
何が現れるかわかせない正チャンの世界。
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・・・ケンタウロスまで登場よ。

ここには出なかったが悪い天狗と戦う話もあった。

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掲載誌により4コマにもなった。
寝るリスが可愛い。1409634325520.jpg

バラバラだが、面白そうなのを選ってみた。
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やっぱりリスが面白いね。

現代のグッズいろいろ。
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1409634305344.jpgありがとう、正チャンとリス。

愉しいお話もうかがって、いいココロモチで「正チャンの冒険」を楽しめます。
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