美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

国立科学博物館でみたもの。

昨日は常設の地球館や特別展「ヒカリ」展などを楽しんだので、撮ったのをまとめました。
 
江戸の人々。小柄。

わたしなんぞはびっくりされるやろなあ。

美味しそうなのが並ぶ。



鉱石などの標本







孔雀石とか綺麗だったし、何よりこの整列がいい。

骨の群れ。
カツオ節ではない。






巨大のやらカラフルのやら。
松ぼっくり。




ヒカリ展


モルフォ蝶やアゲハ。






光るカイコ。その繭。




加工品。




照射する光により色が変わる。




楽しいところです。
また行こう。
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国立科学博物館に行く。

実は90年くらいから出かけてるのに、いっぺんも真面目に建物を見ていなかった。
カメラ持って撮影に行くつもりがタイミングわるく、その機会がないまま来た。
歌の文句やないが、「いつかなんて決して来ない」。やれるときにやらなあかんのです。
スマホで撮ったのを挙げていきます。

中に入ってから撮りだしたので、順不同。どこがどこかわからないままで参ります~

いきなり剥製タワー

展示室の入口に阿吽

天井を見上げる

ドームの美。

灯りの誘惑。

外は雨。

骨が並ぶ。

綺麗な壁。

そこからの眺め。

階段に向かう。

ああ、素晴らしい曲線。

綺麗な段。タイルの美。

そこから見上げる。

鳳凰のステグラ

ドームのステグラ

綺麗。



ドームを堪能する。


階段の装飾。










































レトロなガラスケースと歪みガラスと。




中庭から。






素晴らしい建物です。
ありがとう。

加地邸の一般公開

遠藤新の仕事を見る。

葉山の加地邸が公開されたので見に行った。
内部は撮影禁止。だから外だけを挙げる。
全体の構造はいかにもいかにも。
細部が遠藤とその師匠のライトの趣向・志向に固まっていた。
大谷石の使い方を始め部屋割り等々。

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石の組み方一つにも嗜好が現れる。

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こういう配置がかっこいい。

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窓枠は傷んでいるが、それを改修するとまだまだ暮らしていける。

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この日は庭園でお茶もあった。リュウゼツランがあるのも建物とマッチしている。

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これだけ見てたら旧山邑邸と区別がつかないくらい。

大谷石はわたしの家の塀にも使われてるけど、好きな人は多い。日本の大谷からしか出ない石。

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組み方を見るとインカぽいな。

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玄関から見上げる。かっこいい家です。

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入り口からの眺め。

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素敵な邸宅だった。

今回の公開に尽力された井上祐一先生から様々なお話を伺う。
ホールを見おろす位置に二つの部屋がある。どちらも窓はなく、ホールを舞台とすれば桟敷席のような位置にある部屋だが、そこは何のための部屋かというと、玄関の上部に当たる方は、グランドピアノを置いて、演奏し、下のホールの人々を楽しませるためのピット的な役割を担っていたそうだ。
これは教えてもらわなければわからなかった話。グランドピアノを置くだけの小間…。
向かいの部屋はそうではないが、そちらは後方に客室が並ぶので、一種の寄合空間だったのかもしれない。

家具なども残り、遠藤の設計だというのがよくわかる。
現在は残っていないが、画家の亀高文子の展覧会を見たときに彼女の住んだ邸宅写真を見た。(亀高五一邸)。あれはライトの弟子・南 信の設計なのだが、南は遠藤と一緒に事務所を開いていた。師匠も弟子もやはりよく似ている。
こちらのサイトにその写真などがある。井上さんの丁寧な解説と写真。

カーテンや絨毯などについても色々と質問させてもらい、大変有意義な時間を過ごせた。
とても有難い。

一般公開されることで命脈を保つ建物もある。
なんとかこの加地邸も長く生き延びてほしいと思っている。
公開は残り二日。11/29と11/30.

存星 漆芸の彩り

五島美術館で「存星」の展覧会があると言うのでいそいそと出かけた。

存星はこれまで京博などで見ていた。
今の平成知新館になる前の、あの薄暗い空間である。

存星は堆朱、堆黒、鎌倉彫のお仲間だという認識がある。
茶人が好んだというのも知っていた。
しかし、今回五島美術館に集められた存星の群れを見て、自分が「見て知っていた」ものはごくごく一部にすぎないと知った。
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見に行ったとき、根津・三井・五島の三館連携のチケット集めが丁度終わった。
「ぜひお好きな美術館でおつかいください」と言われ、喜んだ。
そのとき三井で「東山御物の美」を見た後だったか、アタマが中国美術で占められたままだった。
その流れで存星を見た。

第一部 存星をかたる
室町はうるさい。
厳密なことを厳密に言う。江戸になるとゆるくなる。その意味で江戸に親しみがある。
「塗り重ねた色漆を彫り込んだ際に現れる色漆層の断面がそれに見えて、更に魚々子を蒔くようにしたのを<存星>という」らしい。
前々から「色のついた・彫り込んだ・漆芸品」という程度の認識で存星をみていた。

君台観左右帳記 東京国立博物館  見たばかりだなと親近感がわく。自分のノートでもないのに、「そうそう、これこれ」とひとりごちる。達者な先人の教えを書いた数百年前の虎の巻、そういうのは好きなのだ。

名物記三冊物 東京・国立国会図書館  挿絵入り。奈良の松屋という豪商が所蔵していたそうな。後で調べたら元和年間の大茶人で、ああ、と色々頷く。

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第二部 彩りを彫る漆のわざ
「存星」とは何かということを考え、調査した成果としての展示なのだが、わたしのような観客はそこの苦労を見ずに、喜ばしいところを暴食するばかり。

狩猟図彫彩漆長盆 徳川美術館   横長の盆の上に中国の狩猟風景。左から来て回ってまた左へ向かう一行。
挿絵画家・原田維夫の絵の世界に似ている。
 
網目地日出文香合 出光美術館  円内に絵柄が入るのだが、本当にシブい。うむ。

網目地菊鳥文香合  これは中世の存星らしい。鳥が下りてきて菊に向かう。
この香合には仕覆がついていて、赤い更紗だというのも似合っていた。

網目地茄子文香合  へこませての造形も面白い。

網目地梅鳥文香合  多色の彫漆ではなく単色に彩色した。後塗の梅がいい。

網目地水仙文香合  花は赤く葉は緑。それにしても色合いは子供には向かないものばかり。楽しめる年ごろでよかった。

柚香合 永青文庫  その容器の方も螺鈿で綺麗。

蒲公英蜻蛉文彫彩漆香合 九州国立博物館  タンポポにキスするトンボ。いいなあ。

花文彫彩漆香合 孤篷庵  不昧の箱書きがあるそうな。可愛がったのだろうな。椿に梅に薔薇に菊に牡丹に全てが紅。

牡丹唐草文犀皮筆筒 九州国立博物館  「犀皮」とは表層が黒塗りのものを言うらしい。

牡丹唐草文堆黒盆  なんという繊細さ!驚くほど繊細かつ濃やかな…

孔雀牡丹唐草文堆黒方盆  飛ぶ二羽の孔雀。その羽の中に花。

松皮文彫彩漆盆  この文様は何か見たことが…あ、キース・ヘリングだ。

楼閣人物図彫彩漆香炉台 徳川美術館  雲に乗る仙人、舟に乗る人など、どこか妖しい。

楼閣人物図彫彩漆食籠 林原美術館  小さい鯉が気を吐く。何の説話だろう。

玉取獅子文彫彩漆軸盆  根津美術館  横長の盆で二頭の獅子がいるが、相当深く彫り込んでいる…

第三部 絵をうめる、耀きを描く
改めて見渡すと、「存星」を名乗るもの・名付けられたものは一つもない。

魚々子地百子図填漆箪笥  みんな頭を剃りこぼられた唐子たちで、楽しく遊ぶ様子が描かれている。ところが怖いことに全員、誰も彼も目鼻がついてない。ううむ、なんだろう。
ついていそうなのがあるが、それは剥落しているようで、不気味さというかシュールな趣がある。

魚々子地菊文填漆香合  鴻池家伝来。けっこう厚いもの。

草花文沈金香合  真っ黒。縁に牡丹が咲き乱れる。

楼閣人物図填漆箪笥 山形・蟹仙洞  これが凄い。
「凄い」という文字が本当に合う。
本当に物凄い細かい彫の施された箪笥で、それが開けてあるので二度びっくり。
驚くほど手が込んでいる。
悪夢を見そうな、めくるめく感覚。中から何かが出てくる?
何か妖しいような物語がありそう。
箪笥の抽斗で小人たちが耕作する「三娘子」の話を思い出す。
「地獄極楽」のからくりのようにも見える。
凄いものを見たなあ、わたし。
蟹仙洞という所を知らないので調べたら立派な和風建築の邸宅を美術館にしたところで、サイトを見たら「漆塗りの表面に線刻された模様に様々な色漆を埋め込んで仕上げる技法は、この作品で頂点に達したようだ」と書いてある。
納得。

龍文填漆 形盆 東京国立博物館  バットマンの頭部のようなのが。金ヘンに廷の字が出ないな。その字の意味するものの形なのだった。

双龍文填漆軸盆  銀泥で白く光る竜の角や波頭。こういうのもあるわけです。というか、わたしが見てたのはこういう感じの存星だったな。

霊獣動物文填漆小盆 東京国立博物館  上に龍、下に麒麟、ほかに獏もいる。地模様には卍卍卍… イメージ的に「存星」はこれだわな。卍卍卍…

第四部 玉楮象谷と再生する存星
讃岐の職人たまかじ・ぞうこく。職人の名前がわかる作品が並ぶ。

花鳥図衝立 徳川ミュージアム  赤っぽいインコが二羽いる。背中向けあい。妙にコワカワいい。それと石榴。餌ですかね。

存清網代杯 玉楮象谷作 高松市美術館  堆朱が得意だったのかな。そんな感じがする。

存清花鳥図長盆 藤川黒斎作  象谷の弟。蒟醤と存清を得意としたそう。
星ではなく清という文字を使う。その方が和風ぽいか。

存清花果文重箱 藤川蘭斎作 高松市美術館  こちらは甥になる。明るい作品。少しずつ近代性を帯びてくると作品も明るくなる。

存星工程見本 東京藝術大学  竹網を編むところから始まる。麻布をはり、塗に塗に塗に……そして研いで研いで研いで……

松本達弥という人の作品もあった。現代のヒト。すごく綺麗だった。
彫漆緑花文箱  黒地に耀く白緑、緑黒…50回もの塗り重ねと彫。ああ、綺麗だったなあ。

最後にこんな明るい作品が現れるなんて思わなかった。
気持ちも明るくなった。

他に少しやきものを見た。
志野茶碗 銘 梅が香  不昧公による命銘。薄い梅色。
志野茶碗 銘 ときわ  大ぶりなお茶碗。
乾山色絵菊文向付 10菊の集まったもの。よく見ているようでもこの菊が10本ものとは気づかなかった。

ああ、いいものを見た。12/7まで。

IMARI 伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器 /北大路魯山人

サントリー美術館で見たものが東洋陶磁美術館に来た。
もっと早く行けばよいのに際にいき、特にどうのこうの書けないまま終わりそうなので、せめてチラシだけでも、と思った。

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真ん中のは明らかに欧州に輸出されたもの。春信の清水から傘で飛ぶ女とよく似ている。
頂点に立つ美人はどこか遠くを見上げている。壺の裏にも同じように傘を持って舞う女がいる。色もいい。

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上の中と左。トラがにゃはーって感じで可愛すぎる。虎ちゃんの下では男女がお出かけ。これは右の胴の絵柄なんだが、続いていると、虎ちゃんが噛みに行きそうである。

虎ちゃんの絵は可愛いが、上のつまみと言うか止まる鷹が結構精悍なのである。
もしかすると虎鷹図なのかもしれない。
関係ないが今年の日本シリーズはタイガースvsホークスだった。虎と鷹。

右側のは遊楽気分がにじんでいる。なおそこに描かれる民家、出光美術館所蔵の九谷焼の民家を描いたものとよく似ている。

中段左、遊女たちのいる建物。客はまだ来ない。縁飾りも優雅な皿。
右は縁の柵の向こうのこぼれる花々がいい。中の三つの瓶はドヤ顔の水戸黄門と助さん角さんぽいな。

下段も遊楽気分が横溢したもの。着物の柄もなかなか細かい。

イメージ (17)
上段の左右、特に右は綺麗で赤とオレンジの色の対比がいい。
中の遊女とカムロたちが優雅。

中段、左はつまみはウサギだが、中の絵は鷹が雉を捕まえたところ。うーむ、喰われるな。

下段は高蒔絵。唐獅子の迫力満点である。


イメージ (18)
ああ、東洋陶磁でよく見かける美麗な・・・

最後まで楽しませてもらった。
この展覧会は台北の故宮に行くそうな、
11/30まで。

サントリーのチラシはこちら。
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こちらは北大路魯山人。イメージ (25)
世田谷美術館で見た塩田コレクション。

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こちらも色々と良いものが集まっていた。
わたしは特に椿文茶碗がよかった。何度も見ているが、やはり魯山人はいい。

今津の六角堂

西宮市今津の日本最古の洋風建築の小学校の一部というか、全体を見に行った。
擬洋風ならそれこそ松本の開智学校などがあるが、これは純然たる洋風と言うことで、まぁ日本最古の仲間ですかね。
今は場所の位置関係などで全体写真は無理。
とりあえず許可を得て中に入ったので、その写真を少々。

もう正面は無理でここからがまだわかりやすい。IMGP3418.jpg

外枠もこじゃれている。IMGP3419.jpg

何しろ玄関もシンプル。IMGP3420.jpg

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秋ですなあ。

綺麗な玄関。IMGP3423.jpg

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中は資料館になっている。
もしやこれはIMGP3424.jpg大和だ。

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おまけも付録も可愛い時代。

階段にもこんな飾り。IMGP3428.jpg

階段の優美さがいい。
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イタミ下張ならぬ下見板張りIMGP3430.jpg

またね~~~IMGP3433.jpg

こちらはお向かいの建物。IMGP3416.jpg
大関かな。

それから少し歩いた先の白鹿の記念館。

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なかなか綺麗だった。中には入れない。
それから蔵も。IMGP3436.jpg

たまにはこんな散策もいい。

国宝 鳥獣戯画と高山寺

記録的な大ヒットとなった京博「鳥獣戯画と高山寺」の前期・後期に行った。
展覧会は11/24に終了したが、本当にこの待ち時間の長さにはまいった…
前期は閉館間際、後期は開館直後に行ったが、やっぱり長かったね。
とはいえ表示されてる時間よりかなり早かったのは大ラッキーでした。

しかし前期はとりあえず鳥獣戯画を観ようとがんばったので、ほかのが見れなくて残念。
今回はじっくり見て回ったので、その感想をまとめる。
イメージ (5)

ところで例によって個人的な話をすると、鳥獣戯画が伝わった栂ノ尾・高山寺を最初に知ったのは「♪京都~栂ノ尾 高山寺~♪」という歌からですな、わたしの場合。
デューク・エイセスの人らが「懐かしの昭和歌謡」などで綺麗に合唱してたのを聞いて覚えるわけです。
あれは一番が「京都 大原 三千院」で二番がこの「栂ノ尾 高山寺」なのですが、実はあんまり続きを知らず、いや、正直なところ、出だしがサビのここしか知らんという体たらく。
ちょっと調べたら歌詞があった。
三番は大覚寺か。恋に破れた女が一人、それぞれの場所でええべべ着て散策しているわけです。全部洛外なので、戻ったら(どこへや?)また都会に埋もれて働けばいいさ。

それで「鳥獣戯画」自体は小1のこくご教科書に掲載されてて、授業では「自分の考えた言葉をつけてみましょう」というタイプだな。
わたしはウサギが猿の背中流してるところに台詞つけたけど、先生に当ててもらえず悔しい思いをしたもんです。←いまだに忘れていない。

高名な「甲の巻」以外は殆どの人は絵巻の構成も知らないのではないかな。
実はわたし、今回ほんまに知らないんですよ、甲乙丙丁の丙も丁も。
だから今回見るのが本気で楽しみだったのでした。
(2007年にサントリー美術館で展覧会があったそうなが、記憶がないので行ってないみたい)
散逸した断簡部分などはちょこちょこ見たり、たまにどこぞで「をを」と見たりしたけどね。
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Ⅰ高山寺の開創―華厳興隆の道場

「日出先照高山之寺」額一面 建永元年 丙寅11/8。神額というのかな、立派な縦書きの表札(!)がある。左右に昇り竜降り竜がついている。雄渾な字だと思ったら、書いたのはサインの通り「別当民部卿 藤原長房」だけど、元字は後鳥羽天皇。納得。

明恵上人像(樹上坐禅像)十三世紀前期 
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この画像、実は2011年の世田谷美術館「白洲正子 神と佛、自然への祈り」展の前期のから。その時の感想はこちら
今思い出したけど、見てる最中に震度3の地震があって、展示品が揺れてたな…

明恵上人書状  これはごく親しい手紙で、叔父さんに宛てていて、「お茶の実、まだ熟してないから出来てる分だけ送りますね」という内容。
高山寺の明恵さんには例の栄西禅師から「お茶プリーズ」と茶の種が贈られておるのです。
栂ノ尾茶というて人気らしい。

その種を入れてあったのがこちら。
柿蔕茶入 南宋時代の同時代のもの、リアルな感じがするね。直接宋の国のが来た、みたいな。

次の領域地図はたいへん価値のあるものということだが、こういうのを見ると八瀬と高野、八瀬と比叡山の領域きっちり分けた地図を思い出す。
どちらもご近所の高尾・神護寺の所蔵。寛喜二年 (1230)時点の領域地図。
神護寺絵図 /高山寺絵図 神護寺と高山寺の境界がくっきり・きっちり分かれている。そういう風に明示されているのがいい。寺の配置もわかりやすい。
高山寺の方が松山に囲まれている。神護寺はまた別な木の山。 

学問印信・課業印信掛板 明恵筆 二枚 建仁元年  板にぽつぽつと穴が開いている。ここにまち針ではないが、出席の棒をさすのだ。これは今でも使われているシステム。文楽劇場もそうだったような。

蘇婆石・鷹島石 附宝珠形合子箱二合、蒔絵箱一合二個  湯浅でひろた石。宝珠形の箱もいい。明恵上人はここが北インドへ続くという気持ちで拾ったらしい。
そういうのをきくと、「やしの実」の歌が思い浮かぶ。あれは知多半島だったか、そこへたどり着く南洋の植物。

仏眼仏母像 一幅 鎌倉時代  この絵の前で悩める若き明恵上人は耳を切り落としたそうな。あやうく無耳法師になるところでしたな。
母と見立てた像。その絵への深い執着と愛情。

夢記 明恵筆 一冊 承久二年  明恵が夢に見た仏を描いた、仏画のページがでている。さらさらとなかなか。

菩薩像(伝弥勒菩薩像)一幅 鎌倉時代  雲に乗る。その仏の指に幡が引っかかっている。「引路菩薩」と呼ばれる、冥途へ引導する仏。
そういう仏がいてはるのですねえ。

阿字螺鈿蒔絵月輪形厨子(鏡弥勒像)一基 貞応三年 楕円の鏡とその半月形の扉、そこに描かれた明王たち。月形には降三世明王、二等辺三角形には不動が。その裏には螺鈿で△○□と梵字。

文殊菩薩像 一幅 鎌倉時代  耳を切った後に明恵の前に出現したという。緑の毛の獅子。文殊は手に剣を持つ。
幻覚とは言い切れない。こんなことを行う一途な僧の前にはやっぱり本当に仏が現れたに違いない。

達磨宗六祖師像 一幅 鎌倉時代 いつものように頭巾してました。

白光神立像 一躯 鎌倉時代 「天竺雪山」ヒマラヤと読む。そこの神様の像。だから雲母で白く塗られキラキラしている。

華厳宗祖師絵伝 元暁絵巻 何者かに大事な書を盗まれてあたふた。
国王の姫君の病気平癒のためにこしらえた書が効を奏する。
元暁の顔、嶺岸信明「天牌」のキャラ・井河拓真によく似ている。

華厳宗祖師絵伝 義湘絵巻 こちらは何度も出ているので親しみがある。
義湘を愛し、彼との婚姻を望んだが果たせぬことを知り、来世に望みをかけた善妙女。新羅の義湘が帰国するのを見送る唐の善妙女。彼女は愛する男の乗る船が嵐で転覆しそうになるのを知るや、海に飛び込み竜になり、その船を背中に乗せて嵐を泳ぎきる。
男を追って蛇になる女もいれば、男を守るために竜になる女もいる。

善妙神立像 一躯 鎌倉時代  唐美人スタイルの像。綺麗な像。明恵が大事にしたのもわかる。その心根を彼は愛したのだ。

宋版のお経などがあり、やはり書体がいい。
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構成としてはこの後の中央室で「鳥獣戯画」があるのだが、そちらも堪能できてよかった。
改めて甲の巻なぞじっくり見たら笑えるところが多い。
相撲取るうさぎとカエルでも、カエルに耳噛まれてるし、ウサギw
烏帽子かぶる猫も長いしっぽもって歩くのが可愛い。
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乙の巻はどうぶつ図鑑で、虎の家族とか山羊の群とかゾウさんとか色々楽しかった。
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人物戯画は小人の道化とか、首っ引きとか、賭事でスッテンテンとか色々。
別な巻のエグイ面付きのカエルとか、こちらはやはりあんまり面白くはなかったな。
賭事の絵は、京都文化博物館がかつて展示していた映像資料「都市の光と影」にも使われていたなあ。

来年には別なバージョンの鳥獣戯画展が東博で開催されるし、それを楽しみにしよう。

さて断簡があるくらいだから散逸して失われてしまったものもある。
それを少しでもみれるのが、探幽縮図なのだった。

鳥獣人物戯画模本探幽縮図のうち一巻 ウサギと猿の囲碁。
…あれ?この構図はほかでも見てるぞ。そうだ、香雪美術館で見た目抜きだ。
全く同じ作りのだから、これをモデルに作ったのかもしれない。

将軍塚絵巻 一巻 鎌倉時代  素朴な墨絵で詞書なし。大きな武人像を拵えて埋めましょうというところ。

神鹿 一対 鎌倉時代  可愛いなあ。賢そうな鹿ップル。

獅子・狛犬 三対 鎌倉時代  みんな個性的。

馬 一躯 鎌倉時代  たいへん静かそうな像。

子犬 一躯 鎌倉時代sun359-1.jpg
これも白洲の展覧会でみて、絵ハガキ購入。
可愛くて可愛くてならない。

ああ、がんばって観に行ってよかった。来年の東博も行くぞ~~

奇想天外!浮世絵師 国芳の世界

11/24までだったが、京都駅の美術館「えき」で国芳展が開催されていた。
近所の「鳥獣戯画」展がメガヒットしてるので話題にならなかったのか、この展覧会について語ってる人をネット上で見ていない。
チラシを見ては「ああ、またか」と思った人も多かったのかもしれない。
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まぁわたしも「宣伝は殆どないし、話題も聞かないし、大抵のは観てるからもぉええけど、でもやはりファンだからやっぱり見ておくか」程度で出かけたのでした。

ところが!と~こ~ろ~が~!!!
やっぱり国芳、さすがの国芳、侮れない…!!!
なんとなんと、凄いラインナップで、初見がバンバン出てるわ・このシリーズからこんなけ出るか・えっっこれあり? の行列で、なめてかかったのがみごとにカウンター喰ろて、きゃんきゃんですがな。
まぁ、こういうサプライズがあるからこそ、展覧会に行かないとあかんわけですね。
ほんまに初心に帰って反省しよう。
イメージ

最初は武者絵から。
通俗水滸伝豪傑百八人之一個  このシリーズから国芳の快進撃が始まったのだよな。
文政10-12年までのから前後期合わせて8点と嘉永初期に出たのが2点。
あだ名なしで名前だけ挙げてゆく。
・史進と陳達(前期のみ)・魯知深・李逵・武松・張順・穆春と節永・阮小吾・呉用。
画像は以前に国芳えがく『梁山泊の好漢たち』で挙げているので、ご参考に。
こちら

嘉永年間のは20年後の作なので絵もちょっと変わり、構図も違う。晩年のものだが迫力がずしり。
この辺りは初見、
鬼瞼児杜興 牡丹の下で太湖石に手を掛けたところ。スゴいハレ瞼の一重の怖い目のヒト。このあだ名も納得。この人は刺青なし。

舩火児張横 弟の張順ほどではないがこの人も水練の達者で、その人が水から上がってきたところを描く。水も滴るいい男、とはまさにこれ。下着の水絞る手。ぎゅーっ。男前だなあ。

びっくりしたのが12枚連作の梁山泊の好漢たちを描いたもの。
天罡星三十六星地殺星七十二星の集合図。これはさすが「猫飼好五十三匹」の国芳だけある。そうそうかっこいい描き方ではなく、まぁ一枚ものに比べるとやや小さい表現だが、108人を全部描き分けるわけだからなあ。
わりと関係の深い人たちを集めて描いている。
阮小吾は足指に糸をひっかけて、それをぐーっと口で引く。ピンと張った糸。
阮小二は網をつかみ、阮小七は魚の籠を手にする。
張横は布を咥えて刀を見つめ、張順は見るからにいい男。
九紋龍史進が立つ傍らで花和尚魯知深はあぐらをかく。
元は居酒屋を経営していた夫婦たちが集まっている。顧大嫂と孫二娘が向かい合い、それぞれの亭主は黙って座る。
樊瑞はモンキー顔、孔亮はアホ面。
盧俊儀は悠揚に座り、傍らで浪子燕青の牡丹柄の刺青が光る。彼の髪にも牡丹の花が挿される。綺羅を飾るは主人の意向か。
童猛は体操座り、蔡慶は兎柄の膝当てが可愛く、武松は眼光鋭く座る。
首領たる宋江の左右には椅子に座る呉用と林冲。手前には李逵が黒虎のように座る。

うーむ、堪能した。この梁山泊の好漢たちの姿を見ただけでもここに来た甲斐があるというものよな。

しかも本朝水滸伝も何点か出ている。
犬江親兵衛  松のそばで、髪を解いて紗綾の着物に例の数珠をかけた伏姫に抱っこされている赤ん坊の姿。伏姫ゆかりの八犬士のいわば末弟たる親兵衛。
まだまだ赤ん坊とはいえ、将来が楽しみなのでした。

天眼礒兵衛 夜叉嵐  相撲取りの色黒な夜叉嵐を組み伏せた礒兵衛。白肉には桜に駒の刺青。後れ毛やまつ毛が綺麗な男。

尾形周馬寛行  この名にピンときたらあなたも児雷也ファン。大砲で大蛟をズドン!とやろうとするところ。

江戸時代の一番人気は実は牛若丸・御曹司・義経でした。
遮那王の頃の鞍馬山での天狗たちとの剣術修行、彼らが後見となって、弁慶と対決する橋の上、イキイキと描かれていた。
鞍馬山ではのちの家来の鬼三太も見守る。
五条橋では8人もの天狗が弁慶を翻弄。義経は足袋をはいた足をみせる。

頼光絵もある。大江山帰陣の図  凱旋するところ。ここではびっくりするような巨大な鬼首が仰向けにくくられて運ばれていた。家来の鬼たちの首は一籠に数個入り。うおーっという感じ。これも初見。

燿武八景 須磨寺晩鐘  義経と弁慶が並んで須磨寺の満開の桜を眺める図。
「朝櫻楼」と名乗るほどだから桜の絵もおさおさ怠りなく、工夫のこもった表現である。
配色も綺麗。薄紅・萌黄・朱・縹。花弁がはらはらと散る。
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巻狩り図もある。二枚あり、天保年間のものだが、どちらも巨大イノシシがブヒーーッと走りこんでくるところ。

武将の肖像画いくつか。
武田勝頼  美少年すぎて、なるほどあのおやじの倅には見えん、武田家もこれでは滅ぶ、という感じがあった。

真田昌幸 六文銭柄の羽織がいい。若々しい。武田も真田も背後にシルエットで戦闘シーンが描かれている。

真田与一と俣野五郎の闘うシーンがあったが、解説に「ねぶた祭り」の山車のようだとあり、なるほどその通りだと思った。
そういう力強さと派手さが同居している。


妖怪退治・怨霊・幽霊の絵も集まっている。
こちらは夏に三か月続いて開催の太田記念美術館や大阪歴博などで開催された絵がわりに出ていた。有名なものも多い。
土蜘蛛、金毛九尾のキツネ退治、鵺退治などなど。
初見を挙げてゆく。

神我志姫  山中にいる、眉なしの若い女が蜘蛛を倒すところ。
非常に冷静な顔つきの女だった。

楠多門丸正行 竹童丸  小楠公の少年時代、まだ振袖の七歳の春、おつきの竹童丸の掲げる手灯りで見た、大狸の変化ものを倒す。

大物浦、要は海底の住人になった知盛の家来たち御一行図がいくつもある。
亡霊一行とは無縁にスイスイ泳ぐのもおり、面白い。

悪源太の絵も数点。いずれも雷鳴や炎がド迫力でシビれる。
またこの怨霊の悪源太が男前なのが多い。

他に佐倉宗吾絵もある。例の女中たちがみんな化け物なのが好きだ。

オバケ絵と街道シリーズの木曾街道からは「鵜沼」と「細久手」が出ていた。
前者は与衛門の累殺し、後者は細―いてがにゅぅぅと伸びてくるあれ。
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真ん中の白い影が妙に可愛いオバケちゃん。

ダンディ・役者と伊達男
いい男が集まっている。

江戸名所見立十二か月の内6月 山王御祭礼  
見立てもの。団七九郎兵衛。本来は「夏祭浪花鑑」だけど、ここでは江戸のお祭り。遠くをゆく山車には浄妙山の人形が見える。ほかに猩々の姿も。

団七はほかにも「正札附現金男」シリーズのも出ていた。こちらは井戸水かぶるところの顔のアップ。
粋で鯔背な団七。「浪花鑑」の無頼漢の無職ものではありません。

しらぬひ譚の三枚続きもある。これはかっこいいい。
悪少年春之助をしうか、まじめな冬次郎を竹三郎らが演じているのを描く。
ああ、いつか「白縫譚」を読んだり舞台で見たりしてみたい…

空中の籠中で戦うのもある。 
平井保昌。
籠に乗って空中で戦う相手は鬼ならぬ人の身の袴垂。芝居は何でも拵えるからなあ。

忠臣蔵パロディのちょうちん蔵も一枚あった。
空摺で提灯の折のとこを表現などと芸が細かい。

それからこちら。名前は違うけど伊右衛門。
お岩さんの亡魂が提灯に現れて、身をそらすところ。原画では左側にその絵があるけどここではなんもなしにしておこう。
蛇山庵室の場ですわな。夏だからへちまだかかぼちゃだかが生ってるけど、それがまた…

楽しい戯画もたくさん出ていたがこれらはもう有名どころが集まっているので、軽く楽しんだ。

鉄火肌の女たちを集めたものもいい。
描いた蝶の絵を猫がキャッチするのを楽しく眺める「大納言行成女」や、祇園のお梶を描いたものもある。
初見。お梶があるとは思いもしなかった。
団扇絵で枝豆を食べる女もいた。兄弟子の国貞も団扇絵で枝豆を食べる女を描いていた。
幕末、舟に乗って風に吹かれて枝豆を食べる女、というのが流行だったのかもしれない。

洋風画もある。
それで出てくるのは二十四孝図。大舜のゾウさんなんかがそう。
韓信の股くぐりにも陰翳がある。

三国妖狐図会のシリーズが三点でていた。これは嬉しい。
インドの華陽夫人なのだが、「万国絵」のえげれす婦人のようなドレス姿ではある。

竜宮珠取り、忠臣蔵などの有名なのもある。
日招きの清盛図は一枚もので、これは初見。傲慢からではなく、一日でも長く時間を、という思いがにじむ清盛。

そして再び須磨寺の桜。
今度は平家の薩摩守忠度が歌を詠むところ。
髪がふわりと長く肩にかかる。
桜は爛漫。散りゆく平家の運命を想う。
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最後に国芳自身の現れる絵が集まっていた。本人の顔は見せない趣向のもの。
それから肉筆いくつか。
助六の出端、傘をすぼめるところ、舌切り雀のオバケの葛篭、にんまり大黒、ホトトギスを見る遊女などなど。

最初から最後まで隙間なく面白く興味深い、いい作品が集まる展覧会だった。
これだからやっぱり展覧会へは出かけてなくてはならないのだった。

没後50年 野長瀬挽花

和歌山県立近代美術館はたいへんよいところで、これまで見た展覧会は一度たりともハズレなし。
これは凄いことではないか。
わたしの知る限りそうそうハズレなしのところはない。
所蔵品はないが独自の企画でハズレのないのが東大阪市民美術センターだが、ここはその所蔵品で魅せるところ。
千葉市美術館と並んでのモノスゴイところだと思う。

野長瀬挽花の特集を見る。
撮影可能なので、チラシになくて、自分好みの作品は撮影し、それを挙げる。
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若い頃からの模写がいい。
モモンガかムササビかヤマネかはわたしにはわからない。
おなか丸見えだぞ。
タイトルは「ムササビ」。ひっくり返ってたら飛べませんよ~~

元ネタはわからないが、何かの洋画かと。何故こんなナリかも不明。

学習として模写に励んだようで、菊池容斎、上田公長、応挙らの絵を模写したものも色々。
この写生練習帳からの1ショット。

後ろ姿が夢二風なのは付き合いがあるからだけやなく、時代かな。
もっちゃりしたのも魅力。

挽花は秦テルヲとも仲良しだった。
しかし作品には彼の持つある種のグロテスクさは出ず、むしろ可愛らしさが表に出ている。
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1920年代は童画の時代だった。
ハイカラなちびさんたち。

国画創作協会も創設された。1918年の話。
集合写真があった。しかしそこに甲斐庄楠音はいない。

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三味線を弾く女 絵の横の「生まるるも 育ちも 知らぬ人の子を いとほしむ 何の因果ぞ」は夢二の文字。
元は「隆達節」。安土桃山頃の小唄。
こうした俗謡は意外に長い命脈を保つ。
今はもう廃れてはいるが。

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ついに渡欧してパリ、スペイン、イギリスを堪能する。
ちょっとばかりダルビッシュに面差しの似た少年の全裸像がいい。

戦後も疎開先の場で描くようになり、中央とは違った道を歩んだ。

場内をふらふら逍遥して集めたもの。
感想にはなっていないけれど紹介になって、多くのお客さん行けたらなあと願っている。

清方描く 季節の情趣 大佛次郎とのかかわり

清方記念館では「清方描く 季節の情趣 大佛次郎とのかかわり」展として、戦後大佛が出した雑誌「苦楽」の表紙絵を中心にした特別展が開催されている。
この企画は横浜の大佛次郎記念館と連携したもので、来春まで続く。(清方記念館は12/4まで)
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戦前の大大阪の時代、中山太陽堂のプラトン社から刊行されていたオシャレな雑誌「苦楽」の名とロゴを譲り受けて、大佛次郎が上質な文芸誌を出すと決意した。
そこには絶対条件として、清方の絵が必要だった。
「清方と十五世羽左衛門だけで行くのだ」というほどの気概があったという。
既に天下の美男・羽左衛門は疎開先の湯田中温泉よろづやで永眠し、神奈川の山奥に疎開した清方は病中だったが、それでもその想いは止まらなかった。

清方も大佛の情熱に応えようとしてついに承諾したが、創刊号と次号はやはり体調が許さず、やむなく既製品を表紙絵に出した。
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清方は随筆も達者だから多くを書き残しているが、この辺りの事情は今回初めて知った。
「続々こしかたの記」でもあれば、なくなる寸前までの記録や記憶が残されたろう。
中公文庫本「続こしかたの記」の付属日記は娘婿が戦地から帰って来たのを出迎えるところで終わっている。
この辺りの清方の心持ちを彼の文章で知りたかった。
あるのかもしれないが、読んだことがない。
敗戦後のもののない時代によくこんな綺麗な雑誌を作ったものだ、と感慨深く思う。
以前から折々に見てはいたが、こうした事情を知るといよいよ好きになる。

今回初めて知ったことは他にもある。
表紙絵だけでなく、清方は「苦楽」タイトルの横に月ごとに変わる紋様を提供していた。
それは例えば源氏香の紅葉賀、オモダカ、桜などなど優美な絵柄だった。
清方の考案した紋がつく美本。素晴らしい。

絵を見る。
砧 秋、トントンと打つは武家の妻女。黙って静かに打つ。

ここからが原画、下絵、実際の表紙絵。
二年しか出せなかったのは佳すぎる美本だったからだから、ここにあるのも皆、素晴らしい本ばかり。

王子詣 初午か、狐人形を持っている。
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紅梅屋敷 鏡花の「註文帖」のヒロインお若を描く。お納戸色の羽織を噛む場面。
画帖を拵えるほど愛した物語を再び絵にする清方。
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春雨 物憂く三味線弾くならため息まで聞こえそう。
窓の外には山吹が咲いている。
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菖蒲湯 すっきり美人が暖簾を分けて現れる。菖蒲柄の浴衣の細面の美人。
下絵の唇の艶かしさにドキッ。
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宇治の蛍 これは「朝顔日記」の娘深雪。朝顔の扇を手にした息女。
これも清方は画帖に仕立てている。好きなものはいくらでも描いてしまうのだ。
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湯の宿 タバコがそばにある。トランプ占いする女。
ゲームはしない、トランプでは。
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ふた昔 追憶にふけるか。
里見 弴「大道無門が傍らにある。
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鏡花の縁から仲良くなったが、そう深くはつきあわなかったそうだ。とはいえ会ではよく会っていたようだが。
晩年、妻を亡くした清方は通夜に誰にも会わずにいたが、唯一人里見 弴にだけは面会し、その哀しみを語ったそうだ。
里見 弴は既に伴侶を亡くしており、その哀しみを共感出来たのだ。

舞妓 笹紅をつけた下唇。かなり長い顔の舞妓。
思えば清方は京都には昭和五年に行ったが、祇園の春を彩る都をどりを1週間前に控えたところで東京に帰り、後々まで妻のお照さんから恨まれたそうだ。
どうも舞妓というより新橋辺りの妓のように見える。

雪 弟子の深水は雪の日の傘と和風美人の取り合わせを無限に描いたが、清方はあまり描かなかったようだ。雨傘は少くないが。
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堀川波の鼓  松の木にかけて洗い張り。貞淑で美人と評判の女が・・・
近松らしい感情の動きを捉えた名作。清方はそれをごく上品に描く。
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たけくらべの美登里 リアルタイムのころから描いていたことを想う。
本当に好きだったのだ。
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牡丹 うっとり眺める女の横顔と、その花とを、こちらもうっとり眺める。
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箱庭 楽しく拵えた小さな世界。
玉堂の絵を形にしたかのようだ。
朝顔柄の着物がいい。
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芙蓉 手入れする美人。前髪を二つ分けし、先をアップに持ち上げる。
東近美にある新海竹太郎の「ゆあみ」像を思い出す。

神田祭 手古舞の粋な姿。颯爽として素敵。
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菊 顔を上げた少女を描くが、どうも寄り目すぎるな。

松の内 稚児輪髷の少女の清楚さがいい。
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チラシと絵はがきを集めたら、けっこう「苦楽」シリーズになったな。
買い集めていて良かった。

「苦楽」は他にも引き出しの中に集められ、楽しく眺めた。
金色夜叉、葛の葉、道成寺、日本橋、お七、田舎源氏といった物語のヒロインを描いたものや、季節、節句を描いたものなど色々。
中には雪岱美人を彷彿とさせる絵もある。
草枕、高尾ざんげ、吉野山。
いかに文芸への愛が深いかを思い知らされる。
これらがあの時代になあ。

一方、明治の挿絵口絵もいくつもあり、清方がどれだけ文芸的な作家かを改めて確かめる。新旧の出合いから知る喜び。
中でも好きなものがいくつか出ていたのが嬉しい。

小栗風葉 白浪女 洗い髪の女のかっこよさ。ただ者ではない。

小杉天外 魔風恋風 出ました、明治の女学生!

挿絵から本文を読もうと言う気になるわけさ。

いいものを見た。次は横浜の大佛次郎記念館に行こう。

東アジアの華 陶磁名品展

東博の平成館が「日本国宝」展でにぎわっている一方、本館では静かに陶磁器の名品が特別展示され、人々を喜ばせている。
「東アジアの華 陶磁名品展」
日本 ─名品でたどる日本陶磁の歴史─
中国 ─唐時代の出土品、唐三彩を中心に─
韓国 ─充実の高麗青磁コレクション─

3カ国の名品がそれぞれの国立博物館から、満を持して登場している。
配置は中国・韓国・日本の順で、その意味では東アジアの歴史をも見つめるスタイルになっている。
なお、国立博物館以外の所蔵先のみ記す。日本のやきものはほぼ重文なので省略。
中国と韓国とはシステムが違うことから指定品は明記する。

火焰型土器 伝新潟県長岡市馬高出土 縄文時代(中期)・前3000~前2000   なじみの土器もここにあると、その存在感の大きさに胸を衝かれる。かっこいいよ。

朱彩壺 愛知県名古屋市熱田区高蔵町出土 弥生時代(後期)・1~3世紀   熱田から出土ということの意味をよくよく考えたい。

三彩有蓋壺 大阪府茨木市安威出土 奈良時代・8世紀   これは知らなんだ、安威から出土していたとは。茨木も大阪の中でも古い土地だし、隣接の高槻には埴輪ロードもあるしね。

秋草文壺 渥美 神奈川県川崎市幸区南加瀬出土 平安時代・12世紀 慶應義塾(東京国立博物館寄託)   釘掻きで柳を表現しているよう。秋草だから柳じゃないか。芒なのかな。

黄釉牡丹唐草文広口壺 瀬戸 鎌倉時代・14世紀   特別どうこう思ったこともないがやはりしみじみといい。

黒楽茶碗 銘ムキ栗 長次郎 安土桃山時代・16世紀 文化庁  升型で褐色というかココア色。それを剥き栗と表現するのも素敵。妙においしそう。

鼠志野草花図鉢 美濃 安土桃山-江戸時代・16~17世紀 文化庁    色と言い絵柄と言い、中世から近世の良さをしみじみ感じる。

銹絵芦図大皿 唐津 江戸時代・17世紀 文化庁    これもまた和の美を体現したやきものだわな。

織部扇形蓋物 美濃 江戸時代・17世紀   正直なところ織部に惹かれる心は薄いけれど、やはりこの場には必ず織部はなくてはならぬと思うね。

色絵月梅図茶壺 仁清 江戸時代・17世紀   丁度今、出光美術館で「仁清と乾山」展が開催されていて、都内では二人の名品が見れるわけですが、こうしてここでも日本代表として胸を張っているわけです。

銹絵観鷗図角皿  尾形光琳・深省合作 江戸時代・18世紀   可愛さとシブさがいい。雁金屋兄弟コラボ製品はブランド力高かったろうなあ。

色絵牡丹獅子文銚子 伊万里(古九谷五彩手) 江戸時代・17世紀 文化庁    実際に使われたのかどうかはわからないが、可愛い。

色絵花鳥図大深鉢 伊万里(柿右衛門様式) 江戸時代・17世紀   見るからに基本的な柿右衛門様式。こうした場で見ると華やかな良さを感じる。明るくていい。

色絵柴垣図大皿 鍋島 江戸時代・17~18世紀   色々な色の蔦があって、柏餅を中に隠しているみたいで妙に美味しそうである。

中国 ─唐時代の出土品、唐三彩を中心に─ 中国国家博物館

3級文物 灰陶鴞形瓶 河南省輝県琉璃閣出土 前漢時代・前2~前1世紀 フクロウということですな。でも耳が立つからミミズク。丸々していて可愛らしい。

3級文物 加彩方壺 湖南省長沙市伍家?出土 前漢時代・前2世紀   この時代の文物にはなんとなく優しい目を向けてしまうのは、わたしが「項羽と劉邦」のファンだからか。最初にこの手の焼き物を見たのは出光美術館でだった。あの色彩にどきりとしたのだった。

3級文物 緑釉狩猟文壺 陝西省西安市北郊郭家村出土 後漢時代・1~2世紀   土中に長く埋もれていたことで釉薬が銀化してガラス状に変化し、たいへん綺麗。のたくるような紋がはりつけられている。

3級文物 緑釉男子俑 陝西省西安市独孤思敬墓出土 唐時代・景龍3年(709)葬   アフロヘアの黒人ぽい。踊りが巧そう。

3級文物 三彩馬 陝西省西安市韓森寨出土 唐時代・8世紀   三彩というより茶褐色の馬でやや小型。牝馬ぽい感じのする体型。先行逃げ切り型…ちがう、何の話や。

2級文物 三彩馬 陝西省西安市鮮于庭誨墓出土 唐時代・開元11年(723)葬   こちらは精悍でカッコいい馬。白馬で口を開けている。今にも走り出しそう。

3級文物 黄釉胡人俑 陝西省西安市鮮于庭誨墓出土 唐時代・開元11年(723)葬   衣服が黄色。唇には朱色が。

3級文物 緑釉女子俑 陝西省西安市鮮于庭誨墓出土 唐時代・開元11年(723)葬   男装女子。しゅっとしている。

3級文物 青磁龍耳瓶 唐時代・7世紀   伝世品なのか、出土地がないな。二匹の龍が狭く細い口に顔を突っ込んで水を飲んでいる、そんな形。アンフォラとかそんなのよりそう見える。

韓国 ─充実の高麗青磁コレクション─ 韓国国立中央博物館

炉形器台 三国時代・5世紀 (国立金海博物館保管)   模様がなかなか興味深い。

緑釉骨壺 慶尚北道慶州南山出土 統一新羅時代・8世紀 (国立慶州博物館保管)   つまり水上勉の先達と言うわけか、と言うようなことを考えながら眺める。もしこのまま再度焼成すればボーンチャイナに…なりません。

青磁麒麟香炉 高麗時代・12世紀   麒麟と言うより山羊に見えて仕方ない。それは髭のせいだと思う。

宝物344号 青磁蒲柳水禽文浄瓶 黄海北道開城付近出土 高麗時代・12世紀   さすがにこの時代のものだけに綺麗…

青磁竹櫛文水注 黄海北道開城付近出土 高麗時代・12世紀   面白いな。こういうものは初めて見る。

国宝96号 青磁亀形水注 黄海北道開城付近出土 高麗時代・12世紀   玄武ぽい。釉溜りが綺麗。亀甲がいい。国の守り、か。


青磁象嵌牡丹文枕 黄海北道開城付近出土 高麗時代・13世紀 鶴か鷺かはわからないが、平安な感じがある。とても綺麗・やはり高麗青磁の象嵌の美には溺れる。

宝物1168号 青磁象嵌梅竹鶴文瓶 慶尚南道河東出土 高麗時代・12~13世紀 (国立晋州博物館保管)   全体の造形の美にまずシビレた。鶴が飛ぶ梅瓶。ああ、素晴らしい。

青磁象嵌辰砂葡萄童子文水注・承盤 黄海北道開城付近出土 高麗時代・12~13世紀   ジャックと豆の木のよう。ブドウの木をよじ登る子供。いい感じに描かれている。

白磁壺 朝鮮時代・18世紀   豊かな白。
鉄砂龍文壺 朝鮮時代・17世紀   ウロコの銅がみごと。これはもしかすると大阪・中之島の東洋陶磁美術館にある虎の絵の壺と対なのではないか。そんな似方をしている。

青花辰砂山水図有蓋壺 朝鮮時代・19世紀   和やかな世界。文人たちの好むもの。

いいものを見せてもらい、本当に心地よい。
11/24まで。

トーベ・ヤンソン ムーミンと生きる

ムーミンを知らない人はいないと思う。
原作を読んだことがなくとも、1970年代初頭のアニメのイメージを持つ年輩者も少なくない。
わたしなども子供の頃に繰り返し見たのはそのムーミンだったから、後にトーベ・ヤンソンの原作でアニメとの様々な違いを知ってびっくりしたものだった。
後に原作に沿った作品が1990年代に製作されたそうで、そちらは観ないまま来ているが、それでもムーミンファンであることに変わりはない。
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そごう美術館でトーベ・ヤンソンとムーミン展が開催されている。
これまでに二度ばかり大がかりなトーベ・ヤンソンにまつわる展覧会を見ている。
「ムーミンと北欧の絵本作家たち」「ムーミンとトーベ・ヤンソン」そして今回の「トーベ・ヤンソン ムーミンと生きる」展である。
先の二つは彼女の生存中の展覧会で、今回は生誕百年を記念したもの。
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トーベ・ヤンソンはムーミンの作者として世に名高いが、彼女の仕事の範囲を広く紹介した展覧会は今回が初めてだと思う。
前回の展覧会で彼女が新聞に風刺漫画を描いていて、サインのそばにムーミンらしきものを描いたのが始まりだと知った。
今回は彼女の私生活にも踏み込んでの展示で、油彩画やほかの絵本の仕事なども紹介されている。

こちらの画像は米子のもの。
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トーベ・ヤンソンのごく初期からの作品を見る。
はじめから物語性の高い作風である。
幼少時の作品は決してうまくはないが面白い絵が多い。
こういう絵を描く子供のアタマがいいのはわかっている。
彼女は実際多才だった。とても納得する。
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風景画がある。舞台装置のようである。これは貶しているのではない。
ドラマティックさが強いというているのである。

冬の夜の狼たち 白い人が狼たちの前に進む。何かしら光る物が地にある。遠くでは竜巻も見える。波乱が起こることを予感させられる絵。

フィンランドからブルターニュに彼女は旅行した。1938年24歳の話。
若いトーベがその地で何を見、何を想い、何を意図して絵を描いたか、本当のところはわからない。
しかしここにあるその当時の絵はいずれも色彩の濃いものたちだった。

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若いトーベは自画像をよく描いた。多くが煙草をふかしている。
わたしは全く喫煙しないので喫煙者の気持ちと言うものが一切わからない。
彼女にとってタバコとはなんだったのだろう。
当時のトーベは学生時代の師と恋愛関係にあったそうだ。
師であり恋人であり友人であった男性からの助言を受けたのか、反発したのか。
絵はあくまでもトーベ一人のものに見えた。

「ガルム」誌上で風刺画を描くトーベ。TOVEのサインのそばに小さなムーミンがいる。1944年にはもうムーミンの存在がはっきりしている。
並行して油彩も怠らない。

ゴム農園 1942年 べた塗で東南アジアのジャングルを描く。アーモンドアイの娘は少しローランサン風。

毛皮をまとった少女 1943年 少しマチスの影響もあると思う。色彩を塗り終えてから上から緑のペンが走り、世界を切り取る。

やがてムーミンが始まる。
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様々な挿絵を見てはどきどきする。
やはり「彗星」の幻想性の高い原画に惹かれる。
「ムーミンパパの思い出」ではニョロニョロたちがボートを漕いでいるのにびっくりした。
そうそう、前の展覧会で「トーベ・トリビュート」コーナーがあり、誰が描いたか忘れたが、ムーミンパパが捨て子にされて箱の中にいる絵を見た。
ムーミンパパは福祉施設「ムーミン子供の家」の出身なのだ。

夜景の絵が特に好ましい。ペン画のモノクロでも夜景の美しさは格別で、トーベも夜景が好きなのかと思ったり。

罠の網袋の中に皆いっぱいつかまっている絵が出ていた。
これは大変好きな一枚。

嵐の中をゆくムーミンの絵があまりに可愛くて、ついついメモ書き。我ながらうまく描けたので保存する。

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今回の展覧会で初めて知ったことがある。
トーベは41歳の時、生涯のパートナーとなる女性・トゥーリッキと巡り合い、彼女の性質を投影したキャラをムーミン谷に出現させた。
おしゃまさんである。
かつて放映を見ながら「不思議な人だなあ」と思ったものだった。
今、このことを踏まえて原作を読めば、あの性質を理解できるかどうか…

会場にトーベとトゥーリッキが夏の間に長年住んでいた小屋の再現と模型があった。再現はギャラリーA’が協力したそうだ。竹中工務店。
この小屋は本当に手作りのもので、女二人が20年以上の夏を過ごせたとは思えぬほど、簡素な作りだった。
しかし簡素だからこそ、二人の精神は充実していたのかもしれない。そうでなければこの無人島でそんなにも長くは暮らせない。

VTRが流れていた。元気なころのトーベたちの映像である。泳いだりしている。二人の女はとても元気でたくましく生を謳歌していた。
小屋との別れについてのトーベの独白がある。
字幕を読み、その声を聴くだけだが、何かが心に深く届く。
全編を流しはしないので、いよいよ気になる。販売もされているようだった。

最後にトーベのその他の仕事の紹介があった。
1962年にはトールキンの「ホビットの冒険」挿絵がある。これはとても魅力的だった。
特にガンダルフはわたしのイメージにぴったり。素敵。

1966年には「不思議の国のアリス」こちらもとてもいい。
ペン画によるひっかき傷のような線描で話が進んでゆく。
山本容子の先達のようだと思った。

こうして見終えた今となっては、トーベの仕事のうち、ペン画が一番いいと思う。印象に残るのもペン画だった。
本人は油彩にも執着があったようだが、やはりペン画の素晴らしさにはかなわないのではないか。

とても充実した展覧会だった。11/30まで。

ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム 

これまで多くのロシア構成主義やソヴィエト・モダニズムの展覧会を見てきた。
絵本だったり、映画ポスターだったり、タイポグラフィの展覧会だったこともある。
1917年の十月革命でソヴィエト政府が誕生し、旧い価値観を持つものを捨てて行った。
新しい国家は新しい芸術を欲し、そこからモダンな作品が誕生した。
ビリービンの美麗な絵は帝政ロシア末期のもので、ソヴィエトには存在できなかった。
一目でわかるプロパガンダ。
それがポスターだった。
ソ連は多くのポスターを生み出した。

世田谷美術館で開催されているこのポスター展は、松本瑠樹コレクションによって構成されている。1930年代までのポスター展である。
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マヤコフスキー ロスタの窓 見るからに政治的プロパガンダがあふれかえっている。
わたしはこれを見たとき、アタマの中に「International」の元気な歌声が延々と鳴り響くのを感じた。
それはウォーレン・ビーティ(当時)が製作・監督・主演した大作映画「REDS」から響く歌声でもある。

マレーヴィチ 一枚で1コマの連続マンガポスターがあった。
これは今から思うとすごい企画ではないのか。
しかも内容がかなり強烈なのである。ドイツ兵はソ連兵によりみんな喰い殺されそうだった。ソ連兵の強さというものはよく知らないが、このポスターでは無敵に見えてくる。
かなり過激な描写だが、ロシア構成主義の様式のもとで描くと、やはりポスター芸術になるのだった。それはマレーヴィチの力によるものなのか。

1901年のカンディンスキーのポスターがある。
ファーランクスに参加していた頃のポスターである。
古代ギリシャ風な趣のある作画で、彼の回顧展を先年三菱で見たときの感銘が蘇ってきた。
一はギリシャ兵たち、一は帆舟。バイキング船にも見える。
どちらも1950-60年代のソヴィエト・アニメのような流麗さ(もっと言えば帝政ロシア時代の美)を見せる作画だった。
正直なところ、カンディンスキーの若い頃の作品に感銘を受けた身としては、「青騎士」時代までの作風にときめくばかりなのだ。

芸術家集団ファーランクスは他国の同時代芸術の紹介もした。
日本の「白樺」的な役割を果たしたのか、そこまで影響力をもっていたか・いなかったかは知らない。
モネ展の紹介もある。

ヘルマン・モーザーのポスターもある。越境する芸術。そのことを思う。

コルホーズとソフホーズなど、「社会」で学んだ単語がそこここに見受けられる。
もう今は存在しない社会主義国家・共産主義国家の用語である。
かつてロシア革命にときめいていたというのがウソなくらい、わたしも何もかもを忘れ始めている。

1920年代のポスターのかっこよさは次の十年にも続く。

映画ポスターがとても魅力的である。
これは以前にフィルムセンターでかなり大量に見た。
あれは御園コレクションだったか。
このロシア・アヴァンギャルド、ソヴィエト・モダニズムの映画ポスターは日本の映画界にも大きな影響を与えた。
それだけに全くの違和感を抱いたりもしない。

デカブリスト ウラジーミル&ゲオルギー・ステンベルク ああ、デカブリストの乱。懐かしい。ゲルツェンとオガリョフだったかな。雀が丘の誓い。

タイポクラフィとモンタージュの手法が斬新な構図を生んでいる。

生ける屍 これはフィルムセンターでみたとき、かなりの強さで胸に迫ってきた。だから今に至るまで忘れ得ない一枚になっている。

1923年のハリウッド映画「ベラ・ドンナ」のポスターがある。主演はポーラ・ネグリである。これもソ連のポスターになると趣が変わる。

戦艦ポチョムキンのポスターが三種あった。
一番有名なのは戦艦の前で水夫がちょっと独特の手つきをしているあれかと思う。
これはラヴィンスキーのデザイン。
あとのは戦艦の砲が左右に開くものがあって、それがロトチェンコのデザインらしい。
1905年の「血の日曜日」を描いた映画。虐殺される人々が倒れる、階段を降りてゆく乳母車、これらのシーンは映画史に残る名シーンだった。

ほかにも多くの映画ポスターがあり、モダンでスピーディーなかっこよさに満ちていた。
ただ、ここには叙情というものがない。
というより、叙情を捨て去ったからこその構造が生きている。

すごいコレクションだった。
11/24まで。

東欧アニメをめぐる旅 ポーランド・チェコ・クロアチア

神奈川近代美術館の葉山館で「東欧アニメをめぐる旅 ポーランド・チェコ・クロアチア」を見に行った。
 
日本のアニメのレベルの高さは快いが、東欧のそれはまた違った面白味がある。
わたしはすぐにチェコのトルンカやカレル・ゼマンの諸作品を思い出すが、かれら以外にもいい作家がいるのは当然で、そのあたりの事情も知りたくて出かけた。
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アニメーション展である以上「動画を見る」という行為が必須となる。
12カ所のモニターから映像が流れていて、随意に見ることになる。
長編はなく、いずれも短編作品ばかりである。
これは無論そうしたプログラムなので、特定の日時に長編ものの上演もあるそうだ。

始まりはクロアチアからだった。
クロアチアは大昔にはユーゴスラヴィアという国家に含まれていた。
そのことを踏まえて作品を眺める。
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非常につらかった。
作品は近年のものをのぞくと大方がユーゴ時代の製作で、非常にシニカルで実験性の高いものが多い。
こうした作品を日本製アニメーションで見ることはまずない。
それだけに心構えをしっかりしていないと、押しつぶされそうになる。

非常にこちらの神経を苛む作品が多く、怖いものばかりだった。
セリフのないドラマは総じて怖いものだ。
わたしは怪談の怖さは心地よいが、生きている人間の不条理な怖さ、戦争の脅威には弱い。
平和ボケした日本に活きていることを感謝したくなる作品ばかりだった。
耐え切れず、とうとう逃げ出してしまった。
とはいえ、見たものの感想について多少あげておく。

トン・トン 1972年 ネデリコ・ドラギッチ  音に悩まされて病んでゆく男を描いている。シンプルな描線だけにその絶望が実はかなり生々しくこちらに来る。

猫 1971年 ズラトコ・ボウレク  サイケな画風と表現がまず苦手なところへ怖い展開である。これはイタリアとの合作らしいが、息苦しくなった。
猫好きの青年に女神が猫を娘に化身させて恋人として与えるが、猫は残忍さを露わにし、青年は夜ごと日ごと殺人を繰り返すようになる。
この展開は少しばかり安吾「桜の森の満開の下」や綺堂「一本足の女」を思い起こさせた。
こんなことになろうとは女神も予想外だったか、娘を猫に戻すと青年も鎮まる。
とはいえ安寧はない。

アルバム 1983年 クレシミル・ズィモニッチ  一人の少女の妄想と言うか…戦う気持ちはいい。自分を守ろうとするキモチ。不条理さにあらがえ。
しかしやはりラストがちょっと意味不明だった。

蝶々 1988年 クレシミル・ズィモニッチ  だいぶ近年ではあるが、思えばこの時期のクロアチアの政治状況は怖いものなのだ。これは映像は流れなかったが、資料が出ていた。

1962年の「ブーメラン」は今回の展示のための調査で資料が大量に発見されたそうだ。
もう52年も前になるのか。長いガラスケース展示を延々と見てゆくと、ますます鬱屈する。
そうだ、1962年とは第二次大戦終了からわずか17年目の年なのだ。
しかもこの「ユーゴスラヴィア」ではチトー大統領がいたとはいえ、誰もがニコニコできる状況ではなかった。

言葉がわかる・わからない、そんなことよりも画面と音声から届く激しい不条理さに苦しむ。他国人であるわたしがそれなのだから、自国民に対して作家たちは自作を差し出すことで何を得、何を気づかせ、何を失ったのか。
そんなことを考えてしまうしかなかった。

わたしもあなたを愛しています 1991年 ヨシュコ・マルシッチ  1分というショートフィルムにブラックジョークが詰め込まれている。
これは英語である。しかし言葉はほぼなんの力も持ちえない。だが、言葉があるからこそ成立する作品である。
初老の夫が妻に「愛している」と言おうとするたびに、凄まじい破壊が起こる。
60秒の内55秒それが続く。やっと言ったときに、妻がごく静かに「Me too」と返すが、そこに至るまでに続いた破壊の凄まじさは到底喜劇という枠では括れない。
スラップスティックが成立するのはゆとりがあるからだと思った。
この作品もアメリカや日本で製作されると全く違った形になるが、このシャープさや不条理さは失われるだろう。

反復することへの強迫感が生まれてくる。
非常につらい状況でその場を去った。

次はポーランドである。
ポーランドもロシアの女帝エカテリーナの時代に引き裂かれて以降、今に至るまでのんびりした時代を送ったことがない国ではなかろうか。
この国にはアンジェイ・ワイダがいた。そのことを思いながら映像を見る。
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アダージョ・カンタービレ 1990年 タマラ・ソルビャン  壮麗な音楽と映像だった。
しかしストーリー展開というものはない。それを求めるべき作品でもない。
鬱屈した魂に喝が入ったような気がする。

ピーターと狼 2006 スーシー・テンプルトン  長編の一部のみの上映。これは全篇を見たいと思った。映像も音楽も演出もとても壮大である。

タンゴ 1980 スビグニェフ・リプチンスキ  実験的過ぎてわたしには理解が出来なかった。

ダニー・ボーイ 2010 マレク・スクロベッキ  近年の作である。不条理さがある一方、不思議に美しい幻想性と暴力と愛とが同居している。
首のない人々。青年だけは首がある。彼は首のない恋人と一緒に生きるためについに自らの首を斬る。血が身体から流れる。しかし死ぬことはなく、彼は首なしとなって、恋人と仲良く歩く。これが何を示唆するのか何の暗喩なのかはわたしにはわからない。
ただ、この作品にはある種の抒情性があった。
わたしはやはりそこのところに惹かれるのだった。


チェコの映像を見る。
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フィリックス・ザ・キャットの新たな冒険 1927年 カレル・ドダル  あのフェリックスである。現在は「フィリックス」表記だが、1919年誕生のアメリカの黒猫。
アニメーション先進国のチェコはこの時代に制作している。
ここでようやく緊張が緩和された。

いたずらうさぎ 1944年 ホルスト・フォン・メーレンドルフ  可愛い。絵柄も行動も。しかしこれはドイツ名の監督だからポーランドがドイツに飲み込まれていた時代のだと思うと、これはこれでまた怖いものがある。

トルンカの「手」が少しだけでて、本編は別な日に上映されていたようだ。
今はもうないのだが、かつて京都文化博物館の地下では世界中のアニメーションを観ることのできるライブラリーがあった。
わたしはそこでトルンカ「飲み過ぎた一杯」などを見ている。

ところで今回「スプリンガルト バネ男」という作品がトルンカにあるのを知ってびっくりした。
どうしてもこのタイトルだと藤田の「スプリンガルト」思い出すが、よくよく考えたら藤田作品には「からくりサーカス」だけでなく短編にもカラクリや人形が出てくるし、チェコが舞台の一つとしても描かれているしで、不思議はないか。
そうか、そうだったのかという感じ。
トルンカの作品名は「バネ男とSS」。ナチスからプラハを守る英雄としてのバネ男。
そう言えば「電脳頭脳ばあさん」もトルンカだが、チェコと人形とロボットということを考えると、ときめくなあ。

カレル・ゼマンも「ホンジークとマジェンカ」が出ていてうれしかったが、個人的には「クラバート」が見たかったな…と思ったり。
この辺りになると気持ちもだいぶ明るくなる。
参考のためにクラバート


ホンジークとマジェンカ 1980 こちらはラスト近く、龍に化けた魔王から逃げるホンジーク。魔の破滅を目の当たりにするところ。数分間だけだが、流れているだけでも嬉しい。

あとはヤン・シュヴァイクマイエルの映像などが流れていた。
とはいえ総じて考えさせられる作品が多く、単純に映像作品として楽しめるものはやはりチェコのものだけだったかもしれない。
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1/12まで。

華麗なる英国美術の殿堂 ロイヤル・アカデミー展

東京富士美術館に「ロイヤル・アカデミー」展を見に行った。
これは英国のロイヤル・アカデミーの歴史を知る上で非常に有意義な展覧会だった。
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設立したのが1768年らしい。
展示は年代順に並び、英国アカデミーがどのような作風を守り続けてきたか、何を排除してきたかがわかるようになっている。
基本的に物語絵や神話なども多く描かれている。

第一章 設立 名声への道 1768-1837

ジョシュア・レイノルズ セオリー  サマセット・ハウスの天井画。雲に座る美女が「セオリー ネイチャー」とかかれた紙を持つ。

ジョン・シングルトン・コプリ 貢の銭  これはイエスの「シーザーのものはシーザーに」の説話から。コインにシーザーの顔があるお金。イケズなパリサイ人に言うたセリフ。

ヘンリー・フューズリ 大蛇ミズガルズと闘う雷神トール ハインリヒ・フューズリのことか。解説に「エッダ」からとあるのはいいが、アイスランド・サガはもう人間の話だから神話からは離れている。
トール神が大蛇のミズガルズと闘う姿が大迫力で描かれている。
舟の舳先に立つ全裸のトール、マントは既に役に立たない。うねるような動き。兜も飛びそう。舟をこいでいたらしき老人は震えて縮こまっている。白くて綺麗な肉体が懸命に動く。かっこいい。

ゲインズバラ 泉に羊のいるロマンティックな風景  二人の羊飼い。羊たちが水を飲んでいる。犬をなでる手もある。牧歌的。

ウィリアム・ホッジズ ベナレスのガード  キャプテン・クックの旅に同行し、インドへ行ったそうだ。実際に見た風景。
ガンジス川での沐浴のために建てられた建物のその階段が見える。小舟も繋がれている。やや離れた位置からその情景を眺める。それにしてもいい建物。

ソーリ・ギルビン 雷雨の中の馬  木の下に雨宿りする四頭、まだ走り抜ける馬もいるが、その後を追うように稲光が。野馬たちの荒々しさ。イングランドの荒野だからこその強さか。

ヘンリー・レイバーン 少年と兎  白襟の開いたブラウスの初年と菜っ葉を食べる白兎。可愛いね。

ジョン・カンスタブル 水門を通る舟  随分小さな水門。描写が生々しい。光なのか、何かが地上へ差してくる。

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第二章 国家的地位の確立 1837-1867
その1837年、サマセットハウスからトラファルガー広場の東翼部にナショナルギャラリーの移転があった。

リチャード・レッドグレイブ 勘当  私生児を抱えて帰宅した娘を追い出す父と、嘆く家族。母や姉が取りすがるが、祖母や兄らはうつむくばかり。外は雪。家の床には財布と手紙が落ちている。
ヴィクトリア女王の治世下、やかましいわりに隠微な事件も多かったが、私生児を生んで苦しめられることも多々あった。国は母親もその子供たちも決して救済もせず、犯人である男を懲らしめもしない。

エドウィン・ランシア 忠実な猟犬  主人もその愛馬も共に地に倒れ、ただただ犬が遠吠えするばかり。肉球が妙に可愛い。

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アルフレッド・エルモア ヴェローナの2紳士  ヴァレンタインに言い寄られ手にキスされる娘、彼女は父のミラノ大公の様子を伺うが、寝たふりをした父は目を光らせている。
ご用心、ご用心。赤毛で色っぽい娘、ベルベットの赤も似合っている。

ウィリアム・パウエル・フリス 眠るモデル  この時代はとにかく不道徳という範疇が広すぎてやかましく、モデルになるというのもその不道徳になるので、いやがるのが多かったとか。なんとか拝み倒してアトリエに来てもらったものの、この下層階級の娘はぐっすり眠ってしまう。画家は仕方なく笑顔をキャンバスに描くが、本当の笑顔は分からない。
背後のマネキンまでぐったりしている。

ジョン・コルカット・ホーズリ 居心地の良い場所  この画家は世界最初のクリスマスカード製作者だそうだ。
自宅のダイニングでくつろぐ娘。丸顔で可愛い。マツユキソウの鉢、そして金唐革の壁。
英国らしい家の様子。

ジョン・フレドリック・ルイス カイロのカフェの入り口  カイロに十年住んだ画家。日常の目がそこにある。族長フセインがターバンを巻いてそこに立つ。はだしである。
水煙草もあり、キジ柄の猫もいる。女のいない世界。

ディヴィッド・ロバーツ バールベック大神殿入り口  レバノン。この画家は中近東を単独ツアーした初めてのヒト。立派な廃墟。これもまた見たものを描いているのだ。

フレデリック・グドール ヌビア人奴隷の唄  7本糸のハーブを弾くヌビア人。漆黒の膚。通りがかる三人の女たちがそれに聴き惚れている。遠くにモスクが見える。素焼きの壺があちこちに転がる。

オリエンタルへの憧れがあふれる作品が多く、見るのが楽しい。

第三章 名声と繁栄 1867-1895
レイトンが会長となり、素晴らしい躍進を見せた時代でもある。
ヴィクトリア朝絵画の頂点だったと思う。

チャールズ・ウェスト・コウブ 1875年度のロイヤル・アカデミー展出品審査会  大勢の人々が(実在の)、真摯に絵の品評をしているところ。

アルマ=タデマ 神殿への道  古代ギリシャにおけるディオニュソスの祭りでその巫女たちが道を元気行く闊歩する。それより一本入った建物の門の内側にいて、こちらを見つめる女。羊、ギリシャの壺、様々な小道具が古代ギリシャを感じさせる。

エドワード・ポインター 占い師  そこにいる裸婦の未来を占う。水晶に映るのはどのような姿か。大理石の空間。
オリエンタリズムの魅力にあふれている。

フレデリック・ワッツ レイトンの肖像  個人的に仲良しだったそうな。ワッツの「希望」はフルカラー版も赤の分も共にとても好き。
レイトンはアカデミーの会長らしく威儀を正し、自作の彫刻の足元と共に描かれている。

ルイーズ王女 ヴィクトリア女王  四女。才能があったようで、大理石で綺麗な彫像を拵えていた。
なお母のヴィクトリア女王の絵日記も展示されていたが、こちらもいい絵だったから、母の遺伝かも知れない。

ジョン・エヴァレット・ミレイ ベラスケスの想い出  チラシの一枚。ベラスケスの描いた愛らしい王女をカヴァーしたわけです。スペインからイングランド風に。

フランク・カダカン・クーパー 虚栄  ブドウをバックに豪奢な美人が鏡をチラ見する。
別にいいでしょう、それでも。

エドウィン・オースティン・アビー リュート弾き  赤毛美人が袖の膨らんだ赤いドレスを着て演奏。首には水晶の尖ったネックレスを垂らしている。
中世においてはリュート演奏が出来る・出来ないでモテ度が違ったそうです。

ソロモン・ジョセフ・ソロモン 聖ゲオルギウス  悪竜退治の現場。生贄の女を救出し、担ぎ上げ、龍を踏みにじる。うねるうねる。大変力強い。
彼はイングランドの守護聖人聖ジョージとして敬愛されている。とても力強い壮年男性。

ジョン・ウォーターハウス 人魚  好きな一枚。丁度今「三四郎」が再連載中なので、それに合わせての展示。三四郎と美禰子さん。

ウィリアム・クウィラー・オーチャードスン ノース・フォアランドにて  娘ヒルダが崖の上で風に吹かれて立つ姿を描く。とても気持ちよさそう。

ジョージ・ヘンリー・ボートン 追憶  海の見える位置に残る石垣。それにもたれてイギリス海峡の遠くを眺める、紫ドレスの女。サファイアの海、緑の丘。
ロマンティックな場面。

ベン・ウィリアムズ・リーダー 砂の採取場、バロウズ・クロス  近くにヒースの生えた荒野が。…「嵐が丘」のような情景だな。

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第四章 モダンの受容 黙認と妥協1895-1918
レイトンが会長だったおかげで、ロイヤル・アカデミーは存続できたのかもしれない。
会長は新派を無視するのではなく受け入れ、取り込むことで分裂を回避したのだ。

ジョージ・クラウセンの和やかな絵が並ぶ間はまだその新派登場ではなかったようだ。

ジョン・シンガー・サージェント 庭の女性たち、トッレガッリ城  素敵な対称の庭。そこに人々が少しばかり。
明るく落ち着いた庭。

ヘンリー・テューク 水浴をする人々  イタリア人のプロモデルのニコラ・ルチアーノを描く。かっこいい体。きれいで強そう。第一次大戦でなくったそうだ。いい体。


第五章 アーティスト教育
デッサンやその他の教育。

解剖図像などもあり、またヌードデッサンも多々あった。
それだけでなくオールドマスターの版画なども模写したりいろいろ。こういうのを見ていると、うまいからアカデミーに入る、というだけではなく、アカデミーは教育機関の側面も持っていることを教えてもらったように思う。
いい絵が多く、楽しく眺めた展覧会だった。

また、常設ではこの企画に合わせた展示を展開していて、そちらも併せて楽しめた。
11/24まで。

鬼才の画人 谷中安規 1930年代の夢と現実

町田市立国際版画美術館で谷中安規の回顧展が開かれている。
このくらいの規模の大きさでの回顧展を見るのは、わたしは奈良そごう以来だった。
あれは96年の7月だったが、その直前の6月に今は休止中のDO!FAMILY美術館で「谷中安規と創作版画」展を見て、それで彼の存在を知った。
名前もヤナカ・アンキではなくタニナカ・ヤスノリだと教わった。
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創作版画も棟方志功以外の作家を知るようになったのはDO!FAMILY美術館からだったから、その意味では本当にわたしの版画鑑賞の学び先だったのだ。
今でもとても感謝している。

さて「風船画伯」とも呼ばれた谷中は気の毒に、敗戦後のもののない時代に栄養失調であっさりあの世に行ってしまう。
仕事があるのを楽しみにしていたのにそれである。
気の毒である。

作品自体はグロテスクさと、ある種の哄笑に近いバカバカしさとを感じさせるところから始まり、晩年に近づくにつれ、どこか静謐で愛らしい楽しい世界が広がり始めてゆく。
これは彼の思想的な変遷ともあいまった変容だった。

わたしは晩年の佛の庭で遊ぶような作風が好きで、子供らと虎が楽しげにしている作品などに惹かれている。猛禽であるワシたちも空を飛ばず、なんとなく缶けりでもしてそうな風情をみせ、仏も偉そうなことは言わずに保母さんのようにそこにいて、子供らやどうぶつたちを見守る。

96年のそごうの図録は論文も面白いのが何本か載り、今回引っ張り出して再読すると、今回の展覧会で「初めて知ってびっくりしたこと」が既にここで解説されていた。
谷中のモダンダンスへの傾倒の話である。
深く読みこめていなかったことを今さらながらに反省する。
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こうしたところからもわかる。

今の眼で見てゆけば、なるほど谷中の若い頃の作品にはモダンダンスの影響も感じられるし納得も行く。
表現主義に影響を受けていたのは、いくつかの作品に顕著に表れている。
しかしそれはこの時代の若い芸術家に多く見受けられた。
夢二なども「カリガリ博士」に感化され、そのまま「カリガリ博士」を絵物語にしている。
溝口健二も「血と霊」で表現主義が日本でも可能だと示した。

先達の版画家・永瀬義郎に見せた作品などは本人曰く「腐ったはらわた」なのだが、昭和初期のエログロナンセンス、悪魔主義、日夏耿之介への傾倒から考えたら、これもごく普通に納得できる。マヴォへの共感、などなど。

妄想シリーズも背景を想うと、そんなに突飛なものではなくなる。
一枚だけ見て気持ち悪いとかグロだというのは当たらないのである。
この時代の作品は総じてグロ、というくらいでないといけない。

バケモノ世界へのときめきがあるのは何も谷中だけではない。
同時代の宮沢賢治も武井武雄もそれを言葉や絵にした。
ただし彼らはそこにきらきら輝くものを振りかけた。
宮沢賢治は「ペンネンネンネン・ネネム」でバケモノ世界を開き、武井は童画でバケモノの国を知らしめた。

谷中のタイトルの付け方にはある種のときめきがある。
「眩」シリーズのタイトルに現れたそれをみる。
こちらはペン画。
「失情の二方向」「見世物づくし」「人魚売店団」…
こういうタイトルにどきどきする。構図にもまた。

1930年代に入り、仏教との関わりが現れた作品も出てくる。
この時代は「サロメからロボットまで」と題されて作品が並べられているが、ロボットへの偏愛が強い時代だったそうだ。
わたしなぞは70年代以降のロボットアニメしか知らないから、この時代のその感性に興味がわく。
そしてこの頃の作品にモダンダンスの影響をも見る。

葬送行進曲 瓶詰の棺。なんだかそれだけでもどきりとする。見るこちらの妄想が広がってゆく。ある時期・ある死に方により、瓶詰にされるされないが決まるとか、そんなことを考えたり。

田中貢太郎の怪談も懐かしい。あれは世界教養文庫で読んだんだったかな。そのときの表紙は別人なので谷中のではなかったと思う。
ここらあたりはペン画の面白味がよく出ていた。
ロボットとオバケと動物とが入り混じる空間、杉浦茂の先達のようだった。
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そういえば谷中は長谷川巳之吉に紹介されて佐藤春夫らを知ったと言うが、長谷川は戸板康二「ぜいたく列伝」にも一章さかれていたな。
出版の贅沢を堪能…。

やがて「影絵芝居」が現れる。連作物。アンデルセンの話をモチーフにしているが、全くその通りではない。ラストが痛切でもある。
鬼たちを「情鬼」と呼ぶ辺りにも仏教観のあり方がみえる。

それにしてもこの時代を「同時代人」として活きていたのが武井武雄、宮沢賢治、夢野久作、杉浦茂、石川淳、だというのが何やらとても納得できる。

谷中と蝶との関係については論文も読んだが、やがて時代を経るにつれその蝶の出番が少なくなってきたと思う。
理由はわからない。
しかし1933年の「蝶を吐く人」は一目見ると忘れられない作品ではある。
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版画はモノクロに固執しなければ、色の変化で時間の推移を表せもする。
特にそこに力を入れたのが吉田博だった。
かれは版木ひとつで朝・昼・夕がた・夜を美麗に演出した。
川瀬巴水も配色の変化で季節を変えてみせた。
自刻自摺の谷中もそれをする。
「街の本」シリーズはいずれも手彩色により、時間の変化を示してみせた。
裏彩色での美しい色彩である。
渋谷、ムーランルージュ、動坂といった「場所」にはこれらの変化がとてもいい
描かれているものは、鳥の剥製店、遠景にお寺の塔などである。
東京のどこかの景色から、少しずつ道を外し始めて、異界へと至る…
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可愛い龍 1933.11 これなどは極楽アイランドの様子を描いたように見える。
仏画めいた作品は続く。
半鳥身と子供たち ああ、確かにその範疇に入るかもしれない。表現は違っても。

内田百閒の著作の表紙などを担当するようになると、そのあたりの作品は初期のようなグロテスクさをうしない、どこかしっとりした風情を見せるようにもなる。

1934年の童話「王様の背中」のための仕事を見る。
浅草風な町並みと、「猫のいる丸い街」と。後者は中世風。そして花札サイズのカットが楽しい。様々な絵柄から逆に物語を想像する楽しみがここにある。

やがて世間では本格的に戦争の時代に入り始めるが、谷中の描く世界はますますある種の平安さを見せ始めていく。
佛の世界を背景にしたユートピアである。

にこやかな童子たちが楽しげに虎や象に乗り鷲とも戯れる。みんな仲良くして、噛んだり突いたり叩いたりなどしない。
優しい色彩が天から降ってきて、彼らを染め上げる。

内田百閒「冥途」の装幀がある。怖そうな雰囲気がそこにある。虎だか豹だかの恐ろしい顔である。
しかしグロテスクさはすっかり失われている。
「狐の裁判」などもたいへん細かい作画になっていた。
尤も児童向けと大人向けと言う違いを考えてのことかもしれないが。

珍しいものがあった。
1940年の「新日本百景」に参加して「大川端」を描いている。
浜町からの眺めで、遠くに蔵前国技館も見える。
彼も他の版画家たちと同じ仕事をしていたのだ。それが何となく嬉しい。

子供たちのための作品がある。
つきあいのある大橋家の長女のために色鉛筆で楽しい動物絵を描いていた。
かれは子供好きで、子供らも彼に親しんだ。

この時代には「若き文殊と友達」という作品があり、獅子に乗る文殊と山羊に乗る子供らを描いているが、文殊を谷中だとみなすと、興味深い絵にも見える。

子供に好かれる男と、老人に好かれる女は共にリア充から遠ざかるのだ。
そんなことを考えた。

パステル画も増えている。しかしこれは版画が作れない時代になったということかもしれない。
びっくりしたことがある。
岩下俊作「富島松五郎伝」表紙。これは映画「無法松の一生」の原作なのだ。
わたしは戦前のバンツマが演じたのを見て、泣けて泣けて苦しかった。
無償の愛情を捧げた男の寡黙な、そして哀れな生涯。もう本当にせつなかった。

そうか、その原作本の表紙を担当したのか。人力車が描かれていた。

ほかにも「次郎物語」や「花のき村と盗人たち」もある。
ホフマン「クルミ割り人形」の扉絵も可愛い。
少女クララと三角帽のクルミ割りとがいる室内、そこには敵のネズミもいっぱい集まってきていて・・・
外国を舞台にしたものの絵が案外いい感じだと思った。

とても見応えのある展覧会だった。
しかし谷中の最期を思うと、やはり胸が暗くなる。
時代が悪かった、というだけではすまない最期だった。

11/24まで。

歌川国貞

浮世絵太田記念美術館で二カ月連続「歌川国貞」展が開催されている。
国貞は今でこそそんなに取り上げられなくなった絵師だが、生きている間、ずっと高い人気があり、死ぬまで沈むことなく描き続けた。
あんまり描きすぎたので、作品の質が云々と言われたり、当時の人々の嗜好に寄り添て描いた作品が多いので、現代人にはちょっと避けられているところもあるが、幕末期の第一人者であったことは間違いない。
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一世代前の北斎、同時代の広重が風景画で後世まで愛され続けたのと、近年になり爆発的に売れた国芳との陰に隠れた形になるが、国貞人気は戦前まで確たるものがあった。
鏡花の名作「国貞ゑがく」にもそのあたりの状況が垣間見えもする。
(リンク先は旧字・縦書き。岩波版か?)

前述のとおり「当時の人々の嗜好に寄り添う」国貞は、その意味では完全なる風俗絵師だった。何万枚もの役者絵。芝居絵、物語絵を描き、当時の人々を悦ばせることに腐心した。
国芳のような政権批判もせず、戯画も少なく、その意味では面白味も薄いが、「客を悦ばせる」ことに徹底した。
描きたいものを描いた・描ききった北斎、国芳との違いはそこだと思う。
そしてそのことが現代において、国貞人気を薄める理由でもあった。

近年、国貞の回顧展を開催したといえば、静嘉堂文庫と礫川浮世絵美術館の二つくらいだと思う。
静嘉堂のは行き損ねて非常に悔しい思いをしたが、図録を見ると「それでもまだまだ足りない」と思った。
今回、太田では260点ばかりを展示する。
前後期に渡る展示でのこの数だが、しかしそれでも国貞の全貌に迫ることは難しいだろう。

見終えた今としては「あれも見たかった、これも出ててほしかった」と思うものがいくつもある。
しかしそれでも満足感があるのは、やはり、これまでここまでの数を一気に見ていないからかもしれない。ばらばらで見て印象に残ったものも多いが、今回は本当に「国貞を見た」気にさせてくれた。

前後期取り混ぜての感想を挙げてゆく。
なお、役者名は三世だと#3のような略称で記す。
また、彼の絵は比較的「いつ描いたか」がはっきりしているものが多いが、芝居絵に関しては適宜その製作年などを記すこととする。

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#7団十郎の暫 1830 立派な顔である。さすがお江戸の團十郎の顔である。三升の柄も綺麗。この顔でぐっとにらまれれば、江戸の人々は大喜びなのは間違いない。

柳下美人 楊枝を加えている。ちょっと崩れてはいるが、英泉のような頽廃はない。

#7団十郎の男之助と#5幸四郎の仁木 1831 鼻高幸四郎の仁木がいいのは当然だが、木場の親方のぐっとした口元の苦み走った良さがたまらない。

思えば国貞は幕末の黄金期の役者たちを描いた人なのだ。
わたしが国貞に溺れたのもそこからだ。
少なくとも黙阿弥の芝居を愛する人は、必ず国貞の絵を見ておかないといけない。

芸妓と居眠りの仕込み 三味線弾きの女がぐっすり居眠り。それを見た二人の女が彼女に落書き。さぁて仕上げをごろうじろ。

#3菊五郎の由良之助/與茂七 1844 梅の頃、川の前で二人。水門を抑える與茂七。ほっかむりを外した大星。近くに陰火が燃えている。よくよく見れば背景には「大入叶」「俳優云々」と書かれたものがいくつもあり、これは芝居を盛り上げるためのもの。

#3坂彦の菅丞相と#2田之助の刈屋姫 1811 父娘の別れというより、未練の強い妖女が袖引きそうな風情がある。袿は赤地に藤で袈裟をつけている。口元は笹紅。
昭和半ばまでの山城少掾や最後のお役で演じた#13仁左衛門丈なら、これは嫌がるだろう。
(この時点の菅公はもう半ば神の領域に入っている、という心持がある、という解釈)
そんなことを思いながら見るのも楽しい。

#5半四郎のしづか御前 #7団十郎の源九郎狐 1811.9 目千両の半四郎の、イチジク型の目がキュート。

#7団十郎の成田山不動坐像、#5半四郎のせゐたか童子 #5幸四郎のこんがら童子 1811.9 凄いメンバー。化政期の役者たちの、素晴らしい果実の滴れを味わうかのようだ。

目千両の半四郎や鼻高幸四郎のいた時代、作者には大南北がいた。
身震いするほど面白い時代ではないか。
それをまだ若い国貞はイキイキと描いた。

吹き抜け屋台法という技法で、芝居小屋や妓楼の中のてんやわんやする群像図を描きだしもした。

中村座大入楽屋当り振舞之図 1811.11 顔見世の時期。何の芝居が当たったかは調べるのはやめたが、けっこうなことよ。大賑わいで御馳走も出ている。毛抜きなどの小道具も見える。

木ひき町森田座顔見世楽屋之図 1812.11 本当にバタバタと忙しそう。顔見世は楽しみだが内幕は忙しいわな。

青楼二階之図 五ばん続 1813 こちらは妓楼。年中無休(ということもないが)、24時間ばたばた。(だから一刻ずらしての時間システムを採用していた)ふざけたり楽しそうでもある。それにしてもこれは五枚続きなのでびっくり。
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2015.1.3追加。

岡田美術館に歌麿の幻の超大作がみつかり、6月に見に行ったが、あれも妓楼のバタバタ風景を描いた群像劇だった。
「一枚絵」もいいが、群像の面白さを堪能できるのもいい。

国貞には国芳のような明るい奇想はないが、いかに画面を面白くするか・客の喜びそうな絵ヅラにするかにたいへん力を入れていた。

長坂坡趙雲救幼主 異時同時図で三国志の人気シーンを一枚に盛り込む。
あっちで赤壁、こっちで張羽の仁王立ち、向こうで趙雲の活躍、手前で玄徳逃亡といった具合である。
豪快さはないがちょこまかと楽しい。

北国五色墨 1815 吉原の女たちのシリーズものである。
・花魁 鉄漿の後に紙を噛む。これは高級な太夫のしぐさ。
・くわえ楊枝の女 河岸見世の女。下級遊女である。一番最下層は羅生門河岸と呼ばれたところ。ここがそれかどうかは知らない。蓮葉で崩れていて、凄味がある。
・吉原芸者 こちらは芸を売る女で、禿も一緒にいた。

思えばわたしが「吉原」の遊女というものを知ったのは小学3年の時から読み始めたビッグコミックでの石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」からだった。
あれは浅草のおもちゃ屋で更に、始末屋稼業というのが面白く、石森らしい人情の機微を描いた名品だった。
それから仕込みっ子を知ったのは上村一夫「凍鶴」からで、やはりビッグコミックだった。
吉原を「なか」と呼び、また「北国」と俗称するのも「さんだらぼっち」からの教えだった。

新板錦絵当世美人合 梅幸きどり 今「梅幸」と書いたが原本は梅好と表記されていたが、これは尾上梅幸と見ていいと思う。当時は三世梅幸のいた時代か。女の一種のコスプレ。
なかなかかっこいい姿だった。

新板錦絵当世美人合 曙山きどり こちらは田之助のこと。たぶん二世あたり。台詞が入っていて読める。「私は芝居を観ますのがなによりの」そう好物なのサ。

大当狂言内 幡隨長兵衛 鼻高のぐいっとした顔つきの恐さ!かっこいい。
大当狂言内 梶原源太 #3三津五郎。いわゆる「永木の三津五郎」。大人気の役者だった。

この辺りの役者のことを思うと、それだけでわくわくする。
いよいよ芝居絵がたくさん出てくる。
国貞で一番いいのは芝居絵と物語絵だとわたしは思っている。

#7団十郎の軍助 #5幸四郎の惣太 #5半四郎の女清玄 1814.3 同工異曲の絵が何点かある。「女清玄」もので、舟で人々が行き当たる場面。
ワルモノの惣太がぐいと櫂を取る。もう出家も何もやめて髪が伸び出している、くりくり眼の可愛い半四郎の女清玄。落ちた桜姫を救おうとする軍助、別な絵には松若まで登場するから、やはりこの場面は人気なのである。
わたしも近年になり、ようやくこの芝居を観ることが出来て、とても嬉しかった。
今病気療養中の福助のを見ている。
それ以前は#6歌右衛門の女清玄の狂乱を写真や資料で見ていた。
この芝居自体はさらに鏡山まで綯交ぜにしたそうで、南北がやったと思う。
めちゃくちゃな世界観の中でも図太いドラマが生きている。

奉納手拭 天満屋お初 1816 懐手にくわえ楊枝。ふてぶてしさがいい。文化末期の女郎の面ツキのよさにシビレる。

奉納提灯 古手屋おつま 子供におしっこさせる姿。この女は文盲で、それがために心情も事情も夫に伝えられず、無惨な死を迎えるのだ。

三ヶ月お仙つぼね見世之図 局見世。下等な女郎屋の店先。小綺麗にしたのがいるやないかと思ったが、哀しいかな、若作りしたのが立っているのだった。

神無月 はつ雪のそうか 三枚続で雪の夜のそうか(惣嫁、大坂における夜鷹のこと)たちがぬくもりを求めて二八そばの屋台に集まり寄ってくる図。湯気がこちらにも届きそうである。
ところで夜鷹と惣嫁についてだが、忠臣蔵の外伝に当たる「忠臣講釈」でも「四谷怪談」でも惣嫁という言葉が出るのでちょっと考えている。
前者は上方、後者は江戸の作品なのだ。

大当狂言内 大工六三郎 これも人気の絵で、シャープな顎のラインが素敵。思えばこの芝居も一度見ただけか。

六三郎を#7団十郎が演じた芝居絵もある。殺しを止める場。#5半四郎、#5幸四郎と競演するのがおおいが、いずれもいい見せ場だろうとゾクゾクする。

初代尾上松緑死絵 怪談ものや変化ものが得意な役者らしく、涅槃図の周りには彼が演じた・あるいは彼と<共演した>狐、蝦蟇、蛇らが泣いている。

俳優日時計 それぞれの時間、俳優たちが何をしているかを描く。一種のグラビア。座って歯を磨くのが辰ノ刻、庭のアヤメを切る未ノ刻など。
なお未ノ刻のモデルは顔の怖い#5幸四郎。鼻高幸四郎と呼ばれる立派な、というより怖い顔の人だが、至って親切な優しい人だったらしい。
午ノ刻は楽屋でみんな支度中の姿。

江戸自慢シリーズもある。
・五百羅漢施餓鬼 コマ絵にサザエ堂が描かれ、サザエのような竹枠のミニ蚊帳に入る母子。
・花屋敷の七草 舟から身を乗り出して手を洗う女。ナマナマしい官能性を感じる。

舟から身を出して手を洗う姿にどきっとするのは、歌舞伎などではその様子は情事の後の決めごとだからである。

国貞は大坂にも来ている。1821年に数ヶ月間暮らした。
そこで道頓堀のにぎわいなどを活写してもいる。

木場雪 弟子たちみんな集合。一人がだっこする赤ん坊は後の#7団十郎。

国貞は紅毛油画シリーズなに「このみにまかせ くにさだえがく」と横文字を入れている。

国芳ばかりが新しいのをしているわけではないぞというような作品である。
表現にも工夫したものが次のシリーズ。

月の隠忍逢ふ夜 湯上がり、月見、行灯の三作いずれも月光の効果をうまく取り込んでいる。

東海道五十三対シリーズもある。1833 蒲原では牛に乗る美人が描かれている。風景そのものはやはり広重に負ける。
そういえば国貞の作品には叙情というものが少ない。

広重と組んだ風景画&美人画では機嫌の良い美人画をばんばん描き、やはり美人画は国貞だとうならせてくれる。

五十三次シリーズ 1850 こちらは宿場にこじつけもあるが物語の人々の絵を載せてゆく。
品川で長兵衛、川崎で権八、宮で景清、京で五右衛門などなど。
いずれも彼の好んだ役者の顔である。

日月星ノ内 月 宴会の女。周りの皿小鉢は染付で、いい感じ。手酌で飲む女もいる。

雪月花のうち 月 団扇図だが、枝豆の束をもち、おいしそうに枝豆をかんでいた。

種彦の「田舎源氏」の挿絵がまた大ヒットした。
今、東洋文庫で松平春嶽から依頼された豪勢な春画のが出ているが、確かに田舎源氏・光氏が女たちとあーんなことやこーんなことをしている図を見たい、という欲望を持たされる。
とてもきらきらしている。

国貞は五渡亭時代の絵が一番いいが、三世豊国になってからも(本人は二世を名乗ったが)、どんどんどんどん描き続けた。時代の要請もあったから、そんなにも長期にわたって描き続けることが出来たのだ。

だが、その長い作画期間を思うと、悲しいことがいくつかある。
前述したように、国貞の風景画は叙情が足りない。人物はいいが風景は平たいままだ。
だから広重と組んだシリーズはよかったが、その広重がコロリとコロリで逝ってしまった。
また、木場の親方の繁栄ぶりを描いた絵の中に、弟子に抱かれる赤ん坊がいたが、あれは長じては#8団十郎となり、大人気の役者として活躍したが、まだ三十そこそこで大坂で謎の自殺を遂げ、その死に絵を描いてもいる。

その死因については杉本苑子が「傾く滝」で絢爛な物語に仕立てあげているが、実際のところは誰にもその自殺の原因はわからないままなのだった。

風俗画も多い。

十二月の内
・文月 二十六夜待ち 夏のカニ!様々な染付の器にごちそうがあり、みんなで夜を過ごす。女同士で「あーん」としたり。
・小春 初雪 焼き芋屋さんの前で丁稚がお嬢さんの下駄の歯の雪取り。川越から来る大きな大きなお芋さんが山と積んである。

冬の宿嘉例のすす掃き 1855.11 安政の大地震の後の、役者たちみんな元気ですよ、な三枚続き絵。

役者も化政期の頃と違い、もう一世代替わり、芝居も南北から黙阿弥ものがメインとなった。

そのころの芝居絵もいい。多作すぎるという評もあるが、資料としてもこの時代の「豊国」の作品は見るべきものだし、価値が高い。

今様押絵鏡 団七九郎兵衛 水をかぶるところ。つまり長町裏で義平次殺しの後の姿。人気の一枚だったか、これまでにもよく見てきた。

豊国漫画図絵 鬼薊清吉 雁がゆくのを見上げる。刺青がきれい。

おさらば小僧伝次 雲霧五人男の一人。これはまた刺青の綺麗なこと。#13羽左衛門。

そういえば見立て絵でまだ家橘時代の#13羽左衛門(後の#5菊五郎)の弁天小僧を描いたのを見た黙阿弥が、「白浪五人男」を描いたのだったか。

御あつらへ三色弁慶 弁慶縞のこと。刺青が本当に綺麗。
これはしかし染付の美と同じかもしれない。
後輩の国芳の刺青の迫力はなく、綺麗さが先に立つ。

1859年の暮れから翌正月の二ヶ月、「三人吉三」の芝居が初演されたようで、二ヶ月連続舞台を描いている。
現行は「巴白浪」だが、元は「廓初買」だった。
ややこしい筋があるのでこうして二ヶ月で興業をぶつ。
絵は三人吉三の最後、櫓に逃げて捕り手と戦うところ。

わたしは弁天小僧より三人吉三の方が好きだな。

その弁天小僧の芝居絵もある。五人男が勢ぞろいしたところ。今でもこのシーンは華やかだから愛されて、しばしば上演されている。

豊国揮毫奇術競 このシリーズが大好きなのに惜しくも前期も後期も一枚ずつだけだった。
・須美津冠者義高 大ネズミの上に座り、印を組む。
・暁星五郎 コウモリに乗る!悪魔な顔のコウモリ。

#3田之助のおかるがあった。口元に何ともいえぬ艶がある。まだこのころは彼も丈夫だった頃か。
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最後は弟子の豊原国周による肖像画がある。
1864年、明治まであとわずかまで長く生き、長く活躍した絵師だった。

展覧会は11/24まで。

なお、赤穂市立歴史博物館、12月恒例の忠臣蔵関連展示、今年は「没後150年として国貞の忠臣蔵浮世絵の特集をする。
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白鹿記念酒造博物館「秋の章」/黒川古文化研究所「円山応挙の門人たち」

これまで交通の便で行きにくかった美術館二つの感想を挙げる。

白鹿記念酒造博物館に久しぶりに行った。
なにしろいつ以来なのかがわからないが、三回目なのは確か。
いいコレクションがたんまりあるのはわかっているが、なかなか足が向かないのは阪神沿線だからかもしれない。
今回、今津から歩いた。帰りはそこから夙川まで歩いた。歩けん距離ではないことがわかったのでちょっとばかり次から行きやすくなるかもしれない。

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「秋の章」という。ここは春は笹部さんの集めた桜一色になる。
笹部さんはあの「櫻守」「櫻男」である。
今は秋なので笹部さんのコレクションは一旦待機。

いかにも灘五郷の酒造家が集めたらしい、おおらかでしかも優美な作品が多かった。

十二か月色紙 上田耕甫ほか そのうちの秋らしい一枚が出ている。赤とオレンジの色めも鮮やかな楓に小禽と、秋の野を飛ぶ黄蝶と。
大坂の絵師らしい良さがいい。

京都勝景図 渡辺祥益 1886 小出楢重は島之内の薬屋の子で、朝な夕なに掛け軸の絵を見ていた。家にかかる祥益の滝の絵がええと気に入り、親に連れられ会いに行ったそうな。
堅苦しさを感じる風景図ではある。北野天満宮、平野神社、四条の夕涼み、長刀鉾、広沢池、御室の山門、栂ノ尾、嵐山、東福寺の通天橋、竜安寺の池…

現時五十四情 国周 源氏五十四帖のパロディタイトルで、中身は「田舎源氏」。光氏と女たちのいる図。紅葉賀などを選んでいる。ほかに鈴虫、宿り木(キノコ狩でそれを示唆)、師宣の三世高尾の絵が掛けられた室内、という設えもいい。

月百姿 芳年 夕顔、大物、稲葉山の三枚が出ていた。
しかしそんなに秋の風情とはいえない。

絵替花蒔絵菓子椀 この菓子椀というのはお菓子を入れる椀やのうて、魚・蒲鉾・椎茸の具入りお汁を入れるお椀のこと。今ではなかなか通じにくい。

雁蒔絵煮物椀 黄土色の綺麗な塗りで、銀の鳥。

隠元豆蒔絵菓子椀 こちらも綺麗な塗り。外はエンジ色にインゲンがグラデーションの美を見せながら描かれる。
内は黒に楓。

三都名所雪月花之図 望月玉渓 1918 雪は嵐峡に筏、月は住吉の灯籠、桜は三囲。 

蝋色月に木賊蒔絵三足菓子盆 底に丸い月が描かれているが、その周囲の縁が月の暈にも見える。

松茸や里芋の大きなのを描いた絵もある。鳳山と楳嶺。どちらも食材の絵がうまい。

鹿紅葉蒔絵手焙り 胴回りに鹿の姿。杉材に描かれている。そして上のホヤ(火屋)に紅葉文様の透かし。
かわいいなあ。

秋草蒔絵二段飾棚 螺鈿と梨地のきらめく棚。朝顔の青の綺麗さにときめいた。

月次図 武部白鳳 武部本一郎の父。月とバッタ、風情があるなあ。

浪華十二ヶ月図 菅楯彦 八月 十五夜見物 物干し台からの見学。ああそういえば恒富の絵にもそんなのがある。そうそう、「雪之丞変化」にも。

十二ヶ月図 庭山耕園 九月 菊売り 十月 松茸狩 どちらも昔の大阪らしさのある絵。楽しそうである。

仲国訪小督図 猪飼嘯谷 左右それぞれに二人。なかなか色遣いも明るい。

白鹿之図 森寛斎 襖絵四枚に偉そうな白鹿、雌、カノコも立派に出ているが、貫録足りない若い鹿がいる。あんな寿老人のお供するような白鹿にはなかなか勝てませんわな。

雲錦透鉢 琴浦桐山 ああ、これはまた色の濃い。乾山らとは傾向が違う。

雲錦吸物碗 高橋道八 こちらは可愛い。ふわふわな感じがする。

四季争妍図 渡辺省亭 1902 藤に牡丹、地には蕨にスミレ蔦に白小菊などなど。綺麗な花々が妍を競う。

南極老人・海辺春景・苫屋秋景 土佐光起 白鹿がすりすり。苫屋の上には名月。春の海、ひねもす のたりのたり。

ああ、よいものをたくさん見せてもらった。
また今度からは通いたいものだ。11/17の月曜まで!


黒川古文化研究所も以前は本当に行きにくいところだった。
ところがありがたいことに土日だけだが30分に一本の送迎車が出て、本当に通えるようになった。真に助かります。
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円山応挙の門人たち。
特別高名なのは芦雪、四条派の呉春、それから素絢に源琦が浮かぶが、あとはなかなか世に出ない。作品や知識などはむしろアメリカのコレクターの方がよく持っているのではないか。

応挙 芭蕉童子図屏風 一曲 芭蕉と童子の取り合わせはフルカラーのものがあるが、こちらは淡彩で、あっさり可愛く描いている。目隠しする子に葉影から顔を出す子など。優しいキモチになる。
 
応挙 雨中山水図屏風 一曲 どちらも元は円満院のもの。こちらももあぁとしたところを描いている。

嶋田元直 関羽図 きちんと座った関羽。傍らには大青竜刀。関係ないがついこないだ、わたしが鼻風邪を治すのに飲んでいた薬は小青竜湯だった。

山本守礼 美人機織図 円窓の外には柳、中には唐美人の機織り姿。雲鬢花顔。傍らには小さい瓶にサンゴ、煎茶とおやつ。

源琦 鶴図 首の辺りは付け立。毛並みがリアル。

芦雪 美人図 和風美人。指先を袖内に隠す。しっとり美人。
芦雪の死は諸説あるがここでは大坂で自死の縊死をしたとされている。

芦雪 松に双鶴図扇面 松がいかにもの松。

中村則苗 虎図 これが可愛い。丸顔で耳が▲で目が大きくとがっているが、どうしてもにゃあとしている。

白井直賢 立美人図 緑地の着物の裾がグラデーションで白くなり、そこに大量のナデシコと小さな蝶が飛び交う。ああ、綺麗なあ。

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素絢 靭猿 狂言を友禅に描く。黒地に無邪気な猿回しの猿と大名と猿回しと。
これも無残な話なのだが丸く収まってよかった。

素絢 美人図 竹の柵をつけた窓から外を見る女。白い蝶が舞う。
この絵は随分前に大阪市立美術館でここのコレクション展が開催された時に知った絵。

素絢 唐美人図 赤い欄干に寄りながらカーテンを開ける女。前髪には大きな鳳の髪留めが挿されている。

恩田石峰 西王母図 これはまた綺麗な。こちらの西王母も素絢の唐美人と同じ形の鳳型髪留めを挿している。もしかすると手本が同じなのかもしれない。

渡辺南岳 美人図 和美人が炬燵に寄りかかり、ちょっと困っている様子。
花魁かもしれない。イメージ (26)


渡辺南岳 鯉図屏風 ああ、大きな鯉。どーんんー…どーん…と泳いでいる。

森徹山 国道真景図 随分長い巻物で、田に川に民家が街道沿いに広がる様子が延々と…

吉村孝敬 唐美人図 朱き机に倚る。立てた鏡を見つめる。女の時間。

橘公順 鍾馗図 チラシのおじさんは鍾馗でした。全身像。シンプルに立つ姿。

亀岡規礼 麻花図 ああ、大麻みたい…

三谷五雲 松に猿図 ぼえーとした猿が松に座る図。なんだろう、ぼえー。

土岐済美 唐美人図 襟が詰まる衣裳を着ている。琵琶を持つ少女と共に。

源章 西王母図 石に豹皮の毛皮を敷いて座る。靴には赤い蝶々がついている。
桃を持った侍女も西王母も共にその足元をじーっと見つめている。

植松応礼 藍采和図 八仙の一人。いつも破れた藍色の衣に片方とか靴を履いていないとか。
ここには若くて可愛い藍采和くんがいるばかり。

呉春 雪松図屏風 小さい屏風だが、そこに雪に埋もれた松が静かに描かれている。それがかっこいい。

恩田石峰 西王母図 伏せ目がちの二重瞼にアップした髪。少しばかり剛力彩愛に似ている。

大原重成 雪中常盤図 胸をはだけすぎている。寒そうな子供ら。まだまだ苦難は続く。

国井応陽 虎図 こちらもまた可愛い虎ちゃん。しっぽが前にくるりと巻いているのが可愛くてならない。

こちらもいい展覧会だった。11/16まで。見れて本当に良かった。 

酒井抱一 江戸情緒の精華

大和文華館で明日まで酒井抱一の展覧会が開催されている。
つい先般にも千葉でみたばかりと思っていたら、2011年だったので、月日の早さに驚くばかりだった。
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前期後期と展示替えがあり、合わせた感想を簡素に描く。
なお前回の千葉での感想はこちら
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夢・蝶図 抱一&宗雅 弟の絵に兄の書。酒井さんは一家そろって芸術一家だったので、弟の絵に兄さんが書屋さんを添えることも少なくなかった。
なお千葉や細見ではご両親のコラボ作品も展示されていた。
この夢の字が斜めになって寝ているのが楽しい。そこへ蝶々がいるわけだから、ある意味「荘子」ぽい感じもしないでもない。

瓜ばった図 抱一&宗雅 こちらも兄弟の作品。二つの瓜の上にバッタがいて、兄さんがなかなか下世話な狂歌を寄せている。
弟から聞いたのか、自身もお出かけしての見聞からか、なかなか。

若い頃の美人画は概ねが浮世絵で、交友関係も見えてきて楽しい。
風流公子の最たる人。
人麻呂図や西行図もわるくはないが、やはり抱一は花鳥風月を描いた作品の方がずっといい。

燕子花図屏風 出光所蔵でしばしばお目にかかるが、これは時計逆回りを半円した形に花が咲いている。シンプルに描くことですっきりした良さが目立つ。
紺色の花の中に白花も混じり、そこに黒ヤンマがいることもいいアクセントになる。

水葵にトンボ図 こちらも薄墨のいい作品でさっきのヤンマとは逆向き。

大名の弟は書もうまいが、これは千字文の延長ではなく、自分で楽しんで学んだ様子がある。

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瓶花図 いかにも琳派のひとらしく、先達を見習って立葵にアジサイの取り合わせがいい。

観世音図 白衣観音さんの傍らの瓶花も先のそれとほぼ同じもの。

吉原月次風俗画 6月富士詣り 蛇のおもちゃ。これは「半七捕物帳」にも書かれているが、決まりもので、この時期のその土産と言う限定品。可愛いおもちゃ。ひょうきんな顔が書かれている。

11月酉の市 こちらは熊手に絡むように3つの八つ頭(芋)が描かれているが、いずれも心配顔を見せているのが面白い。
ここにも粋 スイな句が書かれている。

雪月花扇面画賛文台 懇意にしている妓楼・大文字楼主人で狂歌師の加保茶元成のために拵えた。二枚の扇をシンブルに描いている。

住吉太鼓橋夜景図 薄墨で月下の太鼓橋を描く。本当に行ったのかどうかは知らんが、いい感じ。

三夕図 和歌を認めた短冊をうまい配置に置いたもの。

橋場渡図 住まいもここらにいた頃のか。静かな町だったとか。

隅田川雪月花図 いいのは中の水面に映る月と都鳥、雪の待乳山聖天の図か。

紅白梅図屏風  右の白梅は枝もくねるくねる。白に緑のしべ。左の薄紅梅は蕾の方が色濃い。
官能を内に秘めているのは幼い方なのだ。
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鳥獣戯画や雪舟の金山寺の写しもある。やはり巧い。若い頃からの鍛練と好きさが技能を上げている。

紫式部石山寺観月図 こういうのはそれこそ頼まれて描いた分かもしれない。

倶利伽羅龍剣二童子図 不動の代わりに倶利伽羅龍がゴーーーっ二人の少年がそばで見物。仏画もこうして眺めると、色々と面白い。

鬼図 てっきりポーズを見せているかと思いきや、そうではなく、ひぇーと逃げてるところを斜め後ろから描いたようだ。顔が怖いのでよくわからんが、どうやら鍾馗に襲われて飛んで逃げたところのよう。

鶴懸松図 八百善の別業に将軍家がおなりで、鶴を懸けたとかなんとか。栄誉だというので、お仲間で絵の達人の抱一さんに描いてもらおうということになったそうな。鶴狩りは庶民は許されなかったこと。

さて陽明文庫のお宝の一つが出てきた。
四季花鳥図屏風 あの鷺が飛んでくるあれ。人気の屏風。
わたし、今回春の野を描いた右を見て、土筆やスミレやスギナやなんだかんだ生えてきてるのを、悉く掘り返したくて仕方なくなった。
なんでかなあ。いきなりにゅっと出ているのがよくないのかもしれない。
全部根こそぎ抜きたくて仕方なかった。
隣の秋のキジやんのいる方はそんな気にならなかったのだが。
これはきっとあれか、いきなり出てきているからかもしれない。

絵巻を二本見る。
四季花鳥図巻 蔦の色の変化が洋風だな。グラデーションと言うより陰影。

四季草花金銀泥下絵和歌巻 銀が参加して灰黒になる、その効果をうまく利用している。宗達よりやはり百数十年後の新しいセンスが光る。

全期間通じてこの東博ほまれの屏風・夏秋草図屏風が出ているのは嬉しいね。
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前期ではお隣に出光の草稿のが並び、その意識の変遷が読み取れて大変良かった。これはいい眺めだとたいへん感銘を受けたのだった。

兎に秋草図襖 びょーんっっっ兎らしく跳ねていた。顔つきはあんまり可愛くはない。

糸桜図 たいへん綺麗だった。繊細優美な桜。こういうのを見ると、御所の近衛桜を見に行きたくなる。ううむ、綺麗。

十二か月花鳥図屏風 これは香雪所蔵分の、11月が可愛らしいミミズクの居るもの。
小さい△耳に丸い目にアイシャドーの入った可愛いフクロウ。あれです。

定家の十二か月の取り合わせ物は大人気で、先達の乾山は工房でさんざんそのパターンを作り続けたが、それでもまだ足らぬのか、抱一も描きまくった。
きっとこれは江戸城内でも「酒井侯、貴殿の弟御に一つご依頼申す」だったのかもしれない。
工房も持ったようで、とにかく描き倒している。いずれもレベルが一定なのがいい。

桜に小禽・柿に小禽 前者は瑠璃鳥が小さいのが二羽、後者は小さいメジロが一羽。みんな幸せそうである。

鹿・楓図団扇 これもくるくるくるくると動かすと面白そうである。

四季草花蒔絵旅箪笥 四面に梅・藪柑子・水葵・烏瓜を描き、上から漆がたらーりとろーり。これは担いでいったのだろうか。

竹製蒔絵椿柳文茶入れ 羊遊斎の作品の中でも特に好きなもの。抱一もいい仕事をしている。

ああ、いいものをたくさん見せてもらい、とても嬉しい。11/16まで。

月を愛でる

逸翁美術館で「月を愛でる うつろいと輝きの美」展をみて、揺蕩うていた。

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一見したところ「月の沙漠」のようだが、純然たる和の世界を表現した蒔絵ものである。

ここでわたしは「月の繭」の曲を思い出す。

月への偏愛を持つ人も少なくない。
月を詠う人も多くいた。
ここではその人々の心をカタチにした工芸品が主に展示されている。

以前の雅俗山荘時代は邸宅美術館だったから、それだけで優雅さがあったが今の逸翁はそうではない。
しかし、だからこその演出がある。
入り口や曲がり口にススキの群れを配し、見立て武蔵野に調える。
そして周囲の月をモチーフにした作品を際立たせる。

最初に現れるのは佐竹本の藤原高光さん。
お久しぶり~♪根津でお仲間にお会いしましたよ~
などとひとりごちながら眺め、そこからはやはり和歌の切を見る。 

月を歌う。
さまざまな歌人たちの想いを追う。
これは「うた・ものがたりのデザイン」展でも同じ鑑賞態度。

光悦の綺麗な色紙もいいが、南畆の和歌に目が惹かれた。蜀山人の和歌。

与謝蕪村 渡月橋画賛 さらりとよろしい。

与謝蕪村 晩秋遊鹿図屏風 モノクロ画像しかないが、鹿の背の鹿の子が可愛いのだ。

応挙 嵐山春暁図 周囲の桜もまだ眠り、水面に映る月も揺らぐ。

芦引絵 室町時代の稚児と僧の恋物語。若君が月を見上げ物思いにふける。とうとう屋敷を抜けて恋しい僧のもとへ向かおうと家出する。その姿を見るのは月だけか。

奈良絵本の「伊勢物語」「徒然草」もある。どちらも月に関する情景・思いを描いた場面。
広沢池から月を眺める「十二か月草紙」もあった。

呉春は月見を楽しむ高士を、砧を打つ婦人を描いている。
わびしさと静かな楽しみ、しみじみしたものが心に流れてくる。

猿猴月を捉る。
手に届かぬ月を捕ろうと懸命な猿の絵もある。丸顔の中国のお猿さん。

月下兎図も人気がある。
波の上を走れば謡曲「竹生島」、丘の上で木賊と一緒に描かれることも多い。
蒔絵師・永田友治は見返り兎を描いた。

素敵な蒔絵の硯箱があった。
水滴が三日月形。青貝で二見浦を表す。そして箱には「玉匣」と書かれていた。とても惹かれた。

道八の武蔵野茶碗もいい。色絵とはいえシックなものでそこに芒がさらさらと描かれている。

月兎をモチーフにした透かしの簪もあった。可愛い。

琵琶が二体あった。
平安時代の銘「箕面」と江戸初期の「嘯月」である。
前者は撥面に満月と滝と鹿を描き、後者は月をはめ込んでいる。
どちらも魅力的な装いだった。

一体どんな曲を奏でるのだろう。

他にも月に関わる多くの作品が出ていた。
何を見てもどれを見てもいいココロモチになった。

見に行ったその日。たまたまある催しが開催されていた。
池田市は近年、11月初めの文化の日を中心に「池田文化day」を開催し、シールラリーをしている。
その用紙を見せてラリー参加者だとなれば、有料入場施設が無料になり、更に全制覇でなにやらプレゼントがもらえるそうな。
あいにくわたしはそこまでたどりつけなかった。
この逸翁美術館「月を愛でる」展に長居して、たゆたうていたのだ。
そしていいココロモチの儘、月が出るころに池田を出たのだった。

工芸の美いくつか。桜圃名宝・雛人形 雅の世界・型紙の美

素敵な工芸展をいくつかみたのでまとめる。
・桜圃名宝 学習院史料館 12/6まで
・雛人形 雛道具に映し出された雅の世界 文化学園服飾博物館 11/22まで
・型紙の美 武蔵大学蔵 朝田家型紙コレクション 石神井公園ふるさと歴史館 11/16まで

・桜圃名宝 学習院史料館
首相を務めた寺内正毅の持つ様々なお宝を展示していた。
寺内の号が「桜圃」オウホということでのタイトルである。
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明治天皇、大正天皇に仕え、ご下賜品も多く所蔵していた。
いずれも蒔絵の素晴らしい作品である。

旧幕からご維新で明治の世になり、かつての職人(絵師を含む)はみんな用無しになってしまった。
狩野派の絵師の中には車夫になった人もいるくらいだが、中にはじっと耐え忍び、再び元の仕事ができるようになった人々もいた。
なんでもかんでも洋化したものが素晴らしいわけではなく、これまでの日本の美を大切にしようという考えである。
その意味では蒔絵物をご下賜品にした皇室というものは、職人保護の役割を果たしていたということになる。

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どれを見ても大変丁寧で綺麗な仕事をしている。技能の限りを尽くした作品ばかりだった。
菊の御紋がついたものがいくつもあり、それが日の位置にあるとまるで菊の太陽のようでもあった。

面白いのは日露戦争の後のもので、帝政ロシアの旗を打ち破る文様のものがあった。
時勢がよくわかる。

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大将とか総督とか首相になったりしただけに実に多くのご下賜品があり、それを大切にしていたのかよくわかる。
また元々は長州者だったので、高杉晋作の書面なども持っていて、それらも展示されていた。

こんなものもある。イメージ (43)
当時の絵葉書。

一番よかったのは和風ボンボニエール。
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雛道具のようで可愛くて可愛くてドキドキした。
今まで見てきたボンボニエールは銀のものが多かったが、これらは蒔絵螺鈿を施したもの。
それらが雛段飾りされているので、見た目もいよいよよかった。

なお小さいながらも充実した図録がプレゼントもされるので、無料でこんなにも優遇されて申し訳ない気にもなる。
ぜひ見学を!
12/6まで。日曜休み。


次は新宿の文化学園服飾博物館「雛人形 雛道具に映し出された雅の世界」の話。
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二階から展示が始まるが、いきなり首なしマネキンの公家装束がずらりと立ち並ぶのにはびっくりした。
よく見かけるのかもしれないが、関西ではやっぱり首ありマネキン、要するに生き人形に着付けというのがメインだから、焦った。
狩衣や直衣まで出ていたか。

それから毛利家から大村家に入った人が持ち込んだ大名のひな人形・雛道具一式。
大村家とは大村益次郎つまり昔は村田蔵六だったひとの家にかつての君主の若様の一人が養子入り。
・・・・・・ご時勢だわなあ。
御殿づくりで畳敷き。無人の御殿で、人形やお道具はずらりとその右手に並んでいた。

さすがにお大名のお道具だけに楽人もいるし官女も三人ではきかない。舞楽の人も衛士もいる。
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お道具ももちろん愛らしいし、たいへん丁寧な作り。これらは京の細工ではなく江戸のものらしい。
御殿づくりでも天井なしなのでちょっと違和感があったが、納得。

御降嫁された和宮の様々な婚礼道具もよかった。ちゃんと煙管もあり、綺麗な蒔絵作り。
長持もいい。実際の存在感ある長持をみると、妙にドキッとする。
それはきっと岡本綺堂の怪談やわたしの見聞きした長持の怖い話が胸に浮かぶからだろう。
乱歩の「お勢登場」これは池上遼一の描いたお勢が、亭主の入った長持を強く封じる顔の美しさにゾクゾクしたが、怖い話だ。ほかにも八世三津五郎がある留守宅に妹をやると、置かれた長持から帯や長い髪がはみ出ていたという気持ちの悪い話もある。
わたしもあまり気持ちの良い話を知らないな。

この文化学園と縁の深い「虎狩の殿さま」の夫人・徳川米子さんのお雛様なども展示されていた。
こちらも江戸の人形師の雛である。
普段京人形ばかり見ているので、とても新鮮な感じもし、また違和感もある。
とはいえ綺麗であることは間違いない。

それからエリザベス・サンダース・ホームの澤田美喜さんの婚礼道具が並んでいたのも思いがけない歓びだった。
澤田美喜さんは岩崎弥太郎の孫にあたるのだったか、ひ孫にあたるのだったか、名家の令嬢だったが、戦後の混血孤児たちを立派に育て上げた、戦後日本の偉人の一人である。
子供の頃にその伝記を読んで感動したことを思いだす。
万事洋風でハイカイなイメージのある澤田美喜さんだが、お道具は全てかつての大名婚礼道具に批准したものばかりだった。

こちらもいいもの尽くしの展覧会。11/22まで。

最後に石神井公園ふるさと文化館「型紙の美」。
先般、三菱一号館美術館でジャポニスムの画家たちが好んだものと、伊勢型紙の展示をみたが、それとはまた違う地方の型紙を見た。
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宮津市の紺屋・朝田家の所蔵品だった3000点もの内から選ばれた品々。
素晴らしいコレクションだった。
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これ、なにかわかりますか。
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そう、はさみと指ぬき、ですな。
そんなのが小紋になって布一面を染め上げる。
凄い可愛い。

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他にも餅つきとかいきなりの雨に走る人々の姿とか、クモの巣などなど無限に文様があった。
宝尽くしはここではくっきりとコマ割りの中に納められた道具たちが整然と並ぶ図だったし、唐松亀甲文様や嵐文もある。
いちめんにそれだけでなく、組み合わせのものもあるし、無限に楽しめそうだった。

セミは二度染めで複雑な文様を見せるようにできていた。
扇団扇尽くしは突彫りと錐彫りとを併用、多彩な技術にくらくらした。

画面展示だが川越の喜多院に所蔵されている職人尽くし絵に四種の仕事の人々が描かれていて、その画面展示が楽しかった。
型置き師、機織り師、縫い取り師、それらを構築する布を縫い合わせる・・・
素晴らしい。

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こんな見本もあるが、江戸時代の面白さと言うものをこんな側面から見れてとても嬉しい。

11/16まで。

輝ける金と銀 琳派から加山又造まで

山種美術館の「輝ける金と銀」展は予想以上に興味深い展覧会だった。
ただ単に美麗な金と銀の織りなす世界を見せるのではなく、画家が選択した金または銀の別ヴァージョンを提示して、想像の域を広げてくれた。
サンプル化したものをそこに並べることで画家の選択のあり方、思考・試行・指向・嗜好までをも観客にはっきりと示している。

これはすごいことではないか。
画家の技法を読み説くことで見えてくるものがある。
これまではただただ絵を見るだけで喜んでいたのが、この技法サンプルを見ることで楽しみが広がった。
そのことを非常に面白く思った。
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第一章 伝統に挑むー近代日本画に受け継がれた金と銀
1.金銀に縛る


戊辰切(和漢朗詠集) これは本体より中廻しの方に気がいった。銀杏風なものや丸くなったウサギなどがセットになったパターン紋。

是真 波に千鳥 凶悪そうな千鳥。まあよくいえば力強そうな千鳥。オレンジの空をゆく。

映丘 春光春衣 王朝の女人たち。いつ見てもほのぼのする。
この絵から技法サンプルの展示が始まるのだが、そのときはただ「ほほう」と思うだけだった。



宗達・光悦 鹿下絵新古今集和歌短冊帖 金銀泥絵で描かれた鹿と植物。銀が酸化して黒くなりつつある。真っ黒にはならず灰黒。椿、朝顔、蔓、白菊の植物。
ここに技法サンプルがある。少しずつその意味がわたしにもわかり始まる。

大観 寿 難しい書体で「寿」を書いてその下絵に松竹梅を金泥で描く。
大観の絵で書を見るのは初めてなので、面白く感じた。

雲霞

五雲 松鶴 白鶴と茶色い鶴と。うう、どうしても大阪人のわたしは「ショウカク」やなく「ショカク」と読んでしまい、あの破天荒の芸人・六世笑福亭松鶴を思い出すのだ。

金地・銀地

抱一 秋草鶉図 チラシでは四羽だが全景では五羽。飛んだり跳ねたりのウズラーズ。金の地に銀の月。酸化した銀は完全な黒ではなく、それが不思議な艶めかしさをみせる。

其一 芒野図屏風 一曲に銀のススキの波。ああ、かっこいいな。
本気で見始めるようになったのはこの作品のサンプルから。


大観 喜撰山  いつ見ても「まんが日本昔ばなし」に出てくるような山だと思う。金の山に緑の木々。その中に一人の杣。彼は「作右衛門」かもしれない。
技法サンプルを見比べると、全体が違う絵に見えてきてくる。それも面白いのだが、やはり大観の選択したものが一番良いものだとも感じる。

御舟 名樹散椿  いつに変わらぬ綺麗な絵だが、この絵の技法サンプルがとても面白く思えた。
いろんな想像が広がりとても楽しい。
唯一無二の絵が多様な展開を見せてゆく……

栖鳳 干し柿 さすがに料理屋の息子だけあって、栖鳳の描く食べ物は何を見てもどれを見てもおいしそうで涎がわいてくる。ええ干し柿である。

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2.金銀で描く


素明 詩経図のうち「殷其雷」 そう、中華雷神。両手で木琴用のスティックもって、コンコンと太鼓を鳴らす。目はロンパリ。周囲に7人の小鬼もいてよく働く。妙に楽しそうである。

身近な世界

大観 木兎 動物好きな大観は池之端の家でいろんな動物を飼うていたそうだが、こやつも家にいたミミズクさん。可愛い。金の眼が可愛い。

御舟 昆虫二題 これは技法サンプルが雲母と胡粉とで、面白い効果を見せていた。原本は雲母なのだが、胡粉にしても面白いかもしれない。

古径 秌采 柿を描く。秌は秋。この字を最初に知ったのは横溝正史「悪魔が来たりて笛を吹く」からだった。トラブルメーカーの貴婦人・秌子から。
葉に金が使われている。柿にうっすらとタンニンが光るように見えた。

3.摺物に見る輝き
おカネをかけて贅沢な拵えの本なので、浮世絵師も力が入っているのを感じる。

4.漆絵に見る輝き 
是真 墨林筆哥 破れ傘が可愛い。手の込んだつくりで出来ている。

第二章 新たなる試み 戦後の日本に見る金と銀
1.伝統とのせめぎあい

又造 華扇屏風 これなどは銀の美を堪能できる屏風の最たるもので、また又造さんがいかに琳派をよく研究したかが見える作品だと思う。

又造 満月光 闇に浮かぶ山と銀の芒原。秋草が手前にあるが、この冷え冷えとした空間の緊迫感。凄い一枚。

辰雄 中秋 金地に銀の満月。月に照らされる道は銀の道。民家と川も静かに存在する。静寂が辺りを支配する。金と銀も交わることはないが、どちらも対立することなく存在し続ける。

2.金地銀地への意識

土牛 鵜 三羽の鵜がいる風景。アクティブ。
わたしはどうしても須田の名作「鵜」と比較してしまう。洋画でスパニッシュの影響を重く受けた須田の重厚な作品に似合うのは金でも銀でもなく銅だという感じもある。
同時代に生きた「京の三大洋画家」の華・梅原は日本画の金も銀も見事に使いこなすだろう。いぶし銀たる安井、そしてアカガネの重みが似合う須田。
そんなことを妄想するのも楽しい。

3.多彩な試み

遊亀 憶昔 赤絵の綺麗な壺と一重の山吹と。まるで浮かび上がるようなみずみずしさがある。

又造 裸婦(習作) 前歯が二本にょっきりする裸婦がソファに身を横たえこちらを見ている図。この裸婦は豹のようだといつも思う。

下田義寛 白暈 ヒツジ母子。子羊が可愛らしい。笑顔よしの子羊。きらきらする画面。

色々いい絵を見ただけでなく、この技法サンプルに目を見開かされた。
いい試みだったと思う。素晴らしいことだ。
またこんな展示を見てみたいと思う。
11/16まで。

東山御物の美

三井記念美術館で『東山御物の美』展が開催されている。
なにしろ貴重な作品だし数も多いし、ということで頻繁に絵画が展示替えされる。
全部をコンプできる人がうらやましいが、まぁわたしはわたしで観れたものだけ喜んで感想を書いておこうと思っている。
7週の内の5週めを見た。禅の祖師絵とかが出ている。

東山御物とは何か、というのはちょっと調べたらわかることなのでここでは書かない。
一言でいうと室町幕府8代将軍足利義政の所蔵品を指す。
室町時代だから水墨画や中国のよいのが入ってきていた時代である。
義政は政治的にもお人柄にも大いに問題あり(本人談)だが、美意識だけは素晴らしかったようで、日本の美のスタンダードの一つを作ったのだ。
それは凄いことだ。
彼の後、千利休が現れるまで、そんな人は出てこなかった。
尤も、子供向けの美ではなく、ある程度の歳を経ないとその味わいがわからないということもある。

個人の美意識が時代を作る。
何百年後の人々にも強い影響力を及ぼす。
応仁の乱を引き起こし、京の町を灰燼に帰させた。
京都人に「前の戦争で焼けてもて」といわせる元を作った人である。
(実際のところは幕末のトラブルで焼けたのが多い)

さて見たものの感想を挙げてゆこう。
古人の愛したものを現代のわたしが勝手なミソをつけたり、偏愛したりする。
ご本人に聞かれたらどんな顔をするか。
そういうことを考えるのも古美術鑑賞の楽しみの一つなのだった。

茶の湯の名品から展示が始まる。
来歴を見るだけでも面白いし、そこに逸話が加わると最高である。

建盞 南宋時代・12 〜 13世紀 林原美術館  中の綺麗さは油滴に近い。掌の中の宇宙をみつめる感じがする。

青磁中蕪花瓶 銘吉野山 南宋時代・13世紀  鼓型で中に蕪が詰まってます的な形。上部の方が広いか。ああ、綺麗な色。ややオリーブがかっていて…

松鶴蒔絵香箱 室町時代・15世紀   小さくてもきちんと文様が刻まれている。

青磁輪花茶碗 銘馬蝗絆 南宋時代・13世紀 東京国立博物館  おお、来ていたね、やはり。この明るい青さがいい。

灰被天目 銘夕陽 元〜明時代・14 〜 15世紀  「夕陽」と名付けた人の気持ち、わかるな。金色にところどころ光るのが夕陽のありさまだもの。ああ、綺麗なー。
黒いところはもう完全な夕焼けから薄闇が広がってきた時間帯を思わせる。
そのうち残照となり、やがては闇に包まれる…

唐物小丸壺茶入 南宋時代・13世紀 京都・慈照寺  これまたほんまに小さい。小みかんくらいのサイズ。ここに茶を入れるというのはその都度ごとのことにしても、ごく少人数用でないと難しいでしょう。

展示室2の目玉さんのもとへ。

油滴天目 南宋時代・12 〜 13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館  あらためて国宝さんだということを思い出しましたわ。気分的には「おう、来てたのか!」という親しみがあるのですよ。そうするとガラス越しにピカリと光って(にやりと笑うわけさ)、「当たり前でしょう」と声がする。
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展示室3 書院飾り

樹下人物文螺鈿長盆 元時代・14世紀  綺麗な螺鈿で、柳の下のヒトのそばの香炉から煙が立つのまで、表現されていた。鳥が静かに飛んでゆく。

青磁蓮池水禽文硯屏 明時代・15世紀  色が濃すぎるな。釉薬がかかりすぎている。もしかするとまだ元の名残りが濃い時代のものなのかも。

古銅雨龍形文鎮 明時代・15世紀 徳川美術館  @形に円く蹲るよう。蟠竜ぽい。イヤ実際そうかもしれない。雨龍ということを考えると、がーっとポーズ取るのが自然かもしれんが、「あ、もう降ったし」と寝てるのかもしれない。

展示室4 絵画を見る。

茉莉花図 (伝)趙昌筆 南宋時代・13世紀 常盤山文庫    白ジャスミンと解説にあったが、実のところあの花が白かそうでないのかは知らない。マツリカ。モーリィファ。
そもそも茉莉花というものを知ったのは名香智子「PARTNER」から。
鮮やかに、しかし、つつましく咲く花に見える。
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鴨図 (伝)徽宗筆 南宋時代・12 〜 13世紀 五島美術館   今回のチケット。足がリアル。
思えば徽宗という人も絵を描いたり李師師という高級妓女と機嫌よく遊ぶ風流人で、それが太平の世にそれならまだしも、国力が衰えて外敵の侵入がある時期にこれではなあ。
いや、皇帝だったことがまずかっただけかもしれない。

秋野牧牛図 (伝)閻次平筆 南宋時代・13世紀 泉屋博古館   これは李迪の「雪中帰牧図」(~10/26まで展示)の牛と並んで可愛い牛たち。共に国宝というのもいい。
モォモォなのをつれて出た牧童が、ついつい二人でシラミ取りに夢中になるうちに、一頭がふらふらと歩きだす図。もう二頭はぐーぐーと寝ているが、一頭でも消えたらまずいぞ。

鶉図 (伝)李安忠筆 南宋時代・12 〜 13世紀 根津美術館  まぁ本当によく肥えた鶉。堂々たる鶉。目つきがかなり怖いね。

維摩図 (伝)李公麟筆 南宋時代・13世紀 京都国立博物館  遠目からでも一目でわかる維摩居士。理由:自分は寛いで横に綺麗な女の人を侍らせてるから。
あの美人さんは天女らしい。散華用の籠を持っておるのでした。
維摩行というものがある。松葉を口にくわえて無言で行うそうなが、このじいさんはなんか言わずにいられない顔つきをしていた。

梅花双雀図 (伝)馬麟筆 南宋時代・13世紀 東京国立博物館  二羽いるのだけど、妙だなと思ったら、どうやら別な絵を切り貼りしたらしい。それで雀らの距離感がビミョーなのか。

出山釈迦・雪景山水図 梁楷筆 南宋時代・13世紀 東京国立博物館  「こらあかんわ」とばかりに(それでも六年もいたのだ!)苦行林を出て行くお釈迦様。実はまだブッダになってないのですね。色黒で褪色した赤衣を身にまといとぼとぼ。
「魂抜けてうかうかとぼとぼ」というのではない。こちらは強い意志のヒトですから。
やたら耳が長いなあ。
後者は、仲良く二人で馬で行く図。どこか春草ぽい。春草はこの世界を採り入れてた時期もあったのかもしれない。

夏景山水図 (伝)胡直夫筆 南宋時代・12世紀 山梨・久遠寺  ああ、風の強いのを感じる時間帯。
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秋景山水・冬景山水図 (伝)徽宗筆 南宋時代・12世紀 京都・金地院  松にもたれて眺める。視線の先には何があるのか。松には垂れる蔓もある。白雲に鶴。のどかであり、しかも神秘的でもある光景。
冬は、長い頭巾をかぶって背を向けて、どこかを見ている。

宮女図 (伝)銭選筆 元時代・13 〜 14世紀  この絵を見れなかったのは残念。10/19までだった。男装した宮女。
まぁこうして画像だけでも手に入ってよかったわと思っていたら、東博の国宝展関連展示で模写が出ていた。このように左右反転の絵。本物は→向きです。
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竹林山水図 (伝)夏珪筆 南宋~元時代・13世紀 畠山記念館   池の縁をゆく騎馬の人とそのおつき。大きな竹笹が見える。
ところでこのように池のほとりをゆく人を見ると、わたしは澁澤龍彦「高丘親王航海記」を思い出す。
鏡を恐れる王子のために鏡を封じた親王が、池に自分の姿が映らないのを知るところ。

松下眺望図 (伝)夏珪筆 南宋~元時代・13世紀 京都・鹿苑寺  絶景ポイント、お一人様ただいま貸切中。

豊干図 (伝)梁楷筆・石橋可宣賛 南宋時代・13世紀  おーい、と隣の二人に呼びかける。

寒山拾得図 (伝)馬麟筆・石橋可宣賛 南宋時代・13世紀  おしゃべりに夢中で何にも聞いてません。

六祖破経図 (伝)梁楷筆 南宋時代・13世紀 三井記念美術館  ビリビリーッと破いてます。禅の祖師はやることがよくわからない。

六祖截竹図 梁楷筆 南宋時代・13世紀 東京国立博物館  こっちは竹カット中。…こういうことをする人はもしかして…

六祖図 (伝)梁楷筆・無学祖元賛 鎌倉時代・13世紀 正木美術館  あ、やっぱりあの頭巾おじさんでしたか。正木美術館のエース(!)。
外で見るとかっこよく…別に見えないが、足元がどうも「SOU-SOU」ブランドらしい。これはかっこいい。

展示室5
『君台観左右帳記』  室町時代・16世紀 国立歴史民俗博物館  設えの手本・手引書・バイブル。カナのルビが振ってた。

古銅大花瓶 南宋時代・13 〜 14世紀  黒褐色。なんとなくたくましい。

青磁筍花瓶 南宋時代・13世紀 根津美術館  砧青磁。

青磁琮形花瓶 南宋時代・13世紀  ビルディング。算木というよりも。

青磁袴腰香炉 南宋時代・13世紀 中野邸美術館  かなり色が濃い。釉薬が濃いのか。

ぐりぐりを三つばかり。
屈輪文堆黒盆 南宋〜元時代・13 〜 14世紀
屈輪文犀皮長方盆  南宋時代・13世紀 徳川美術館
屈輪文犀皮香合 南宋時代・13世紀
いずれも可愛らしいサイズでグリグリしている。

牡丹尾長鳥文堆朱香箱 明時代・14 〜 15世紀 徳川美術館  モリス商会の関与が疑われ…てもおかしくはない図柄。止め金は獅子と牡丹。可愛い。

独釣文堆黒輪花盆 元時代・14世紀  一人で釣りを楽しむ人がいる。笹の葉も小さいものを包むのにちょうどいい。

展示室7

蘆葉達磨図 (伝)門無関筆・無準師範賛 南宋時代・13世紀   何でも90年ぶりに世に出たらしい。

馬郎婦観音図 (伝)胡直夫筆・浙翁如琰賛 南宋時代・13世紀  おでこが丸くて大きい。働き者で孝行な娘。

布袋図 (伝)牧谿筆 南宋時代・13世紀 京都国立博物館  フクロをマクラに気持ちよさそうに寝入っているその顔がいい。

蜆子和尚図 牧谿筆・偃谿広聞賛 南宋時代・13世紀  文字通り「獲ったどーーーっっっ」の声が聞こえてきそう。

叭々鳥図 (伝)牧谿筆 南宋時代・13世紀 五島美術館  丸い目を見開いてキューンっと急降下。
この絵は三幅対の左にあたるそうで、11/3まで出ていたMOA美術館のが中、今回出なかった右は出光美術館に分蔵されているそうだ。

水月観音図 (伝)呉道子筆 高麗時代・14世紀  遠目からでも高麗の仏画だとわかる配色と観音の身にまといつくレースのヴェール。巨大な観音様。その足元では、濃い色の鬼たちがばたばたと忙しそう。サンゴを抱えて走るもの(むっまさか密漁品!!)、香炉を担ぐもの、女仙らもいるし、仏に比べて小さすぎる人々が懸命な様子が何となくおかしい。白いレースはとても綺麗。

重要文化財 十六羅漢図より 第五 諾距羅尊者、第十二 那伽犀那尊者 陸信忠筆 南宋時代・13世紀 京都・相国寺  白獅子も木に逃げた。下では龍が戦う最中。羅漢のオヤジは「うわーマジやべー」な顔つき。こんなナマナマしい顔、いいなあ。面白かった。

芙蓉図 (伝)周文筆・横川景三賛 室町時代・15世紀 正木美術館  白の清楚さ、薄ピンクの可憐さ。心地よい愛らしさがある。ところで正木で見たとき、特に何も気づかずスルーしていて、今回初めて賛のひとがヨコカワケイゾウではなく、オウセンケイサンだと知ったのだった。。
 
蓮図 能阿弥筆・自賛 室町時代・文明3年(1471) 正木美術館  これも正木の中では特に好きな蓮の一つ。薄墨でスタンプを押したような蓮。

琴棋書画図屏風 小栗宗継筆 室町時代・16世紀  松の下にテーブルを置いたところが支度場所らしく、そこで二人の少年が相談中。「まだ飲ましていいのかな」「飲みたがってるからなー」「でももぉ酒も水もわからないよな、きっと」
そんな会話をしているようにしか見えない。
実際彼らの左側に展開するオジサンたちの様子はもおぐでんぐでんの図。
「わしゃーのぉ」とかなんとか言いそうなのもいる。
ちょっと素面らしいのは囲碁をしているが、岡目八目どころか何人の見学者がいるのか、口々に自説を出していそう。
滝で頭を洗え!な人らもいる。
左はこちらはまだましか。絵を見て楽しそうな様子。崖の上には月に松。
巻物も開いている。あちこちに蔦も可愛く生えている。
働く少年たちはみんな小さいお団子を二つ頭頂部の左右に。角隠しの髪型にも見えるかも。

ああ、いいものを見て気持ちいい。
またこんな機会があれば、と思った。

ディスカバー、ディスカバー、ジャパン 『遠く』へ行きたい

こちらも昨日で終了した展覧会だが、東京ステーションギャラリーで開催されていた「ディスカバー、ディスカバー、ジャパン 『遠く』へ行きたい」展も面白い展覧会だった。

わたしは阪急宝塚沿線の住人で、子供のころから国鉄・JRとはほぼ無縁で来た。
今でこそ東奔西走するようになったからJRに乗るが、まぁその気になれば全く乗らなくても過ごせるのである。

これはスルッと関西システムが使える圏内を動くだけでも存分に楽しめるから、と言う前提がある。
もっとはっきりいうと、生存中のころから阪急の創始者・小林一三が国鉄を敵だとみなしていて、社歌でもそんな歌詞を入れたりするくらいなのが、沿線住民のわたしにもインプットされているのだった。

だからと言うのではないが、本当に「国鉄の旅」を知らないままで来た。

1970年、万博の年である。
既に生まれてはいたが、本当に万博を知らない。
だからバレイを重ねていても、その熱狂を知らぬものだから、ある種の鬱屈がある。
とはいえ万博とは無縁ではない。通学の時は毎日太陽の塔を見ていた。
あれがいきなり動き出したらこの電車壊れるな、くらいのことを考えていた。
全然関係ないが、中学の時熱狂していた「リングにかけろ」でも万博が舞台になり、ここでわたしの大好きなキャラが主人公のニューブローにヤラレて太陽の塔に激突しておった。
そういうことで太陽の塔を意識する、と言うのはやっぱり、万博の後の世代という無念さがあるからだろう。

さて話を本題に戻し、「ディスカバージャパン」である。
万博終了翌月から国鉄が大々的なキャンペーンを張ったのが、その「ディスカバージャパン」だという。
今回集められた一連のポスターを見て、初めて「あっあのポスターは!」となったものも少なくない。
当時としては画期的なポスターだったそうだ。
特定のどこかではなく、心に浮かぶどこか。
そこへ出かけよう、わたしの日本をみつけよう、という趣旨の広告らしい。
それは「美しい日本と私」という、現代においては非常に胡散臭いテーマなのだった。(胡散臭いのは、今の政権のせいである)
当時の人々はそのポスターに心揺さぶられ、どこかへでかけのだろう。

ここでわたしは谷川俊太郎の詩を思い出す。
  どっかに行こうと私が言う どこに行こうかとあなたが言う
  ここもいいなと私が言う ここでもいいねとあなたが言う
  言ってるうちに日が暮れて ここがどこかになっていく
わたしが覚えていたものとは少し違うが、こんな詩である。

激しいブレをわざと取り込んだポスター。
元気そうな女たち。70年代ファッションに身を包んで、大口をあけて笑っている。
アンアン、ノンノの生まれた時代なのである。

1972年のポスターで見覚えのある場所が出ていた。倉敷アイビースクエアだった。
わたしが学生の頃も大変人気だったが、倉敷に泊まったことがないわたしはずっと憧れるだけで終わっていた。
それが先月初めてここに泊まった。高校のころからの憧れが叶ったが、そんなに跳ね上がる気持ちもなかったのは、あの時の気持ちから遠くへ行きすぎていたからかもしれない。

祖谷渓のかずら橋のポスターもあった。
ここも実は90年ころに行こうとして旅行社にお金も振り込んだのに、ダメになった場所だった。そういうことがあるとわたしは妙な捻じ曲がり方をし、行くものか、という気持ちになる。
今はなきオリエント・エクスプレスもキャンセル待ちがうまくいかず、残念だと思ううちに終わってしまった。
その意味では旅行運がないのかもしれない。

いまのわたしは「どこかへ行きたい」と思いつつも、その「どこか」が確定されてしまっている。未定ではない予定の場所。
だからもうその意味ではこうしたポスターを見てもそそられないのだ。
そこへ行く時間が捻出できない、というのが最大の理由なのだった。

個人的な痛みを振り返りながらポスターを見て歩く。
70年代は本当にどこにも行かなかった。
旅行で行った先と言えば東京と熱海くらいだったか。
そもそも親が出かけないので子も出かけられない。
今でこそ月に一回は東京へ出かけるが、これはもう「旅」ではなく、「出張」だといってもいい。定宿があり、そこでくつろいで、ホテルの顔なじみの従業員の皆さんとおしゃべりする。近所のスーパーで買い物をする。ポイントを使う。
「最近見えませんね」と言われ「実はわたし、大阪の人間なのですよ」と笑う。
もうこれは「旅」ではない。
わたしはただただ東京をハイカイするばかりなのだ。
目的地があるから漂流しているわけでもないのだが。

新聞広告がある。いずれも1970年の毎日新聞である。
「人間と文明」という連載で、文も絵もそれぞれ当代一流の人が担当していた。
テーマは「万博に寄せて」。
ふと見ると、8/18の挿絵は金子國義のアストロノーツ少女二人だった。
とても繊細で大胆な美少女たちである。
ほかにも横尾忠則、林静一、菅井汲らの作品があった。

「ディスカバージャパン」のスタンプが大量に貼ってあった。
凄い数である。わたしもこんなスタンプは大好きなので、見かけるたびにペタペタ押印する。
思えばこれは聖地巡礼で始まったことではないか。
三十三か所のご朱印帖である。スタンプラリーで神仏の世界に近づき、苦しい道のりを歩くことで修業気分も味わえる。

これを見て思い出したことがある。
妹の高校卒業を記念して、わたしが妹を連れて萩・津和野に一泊旅行した時のことである。
ツアー参加したのだが、中に知的障がい者のひとがいた。わりとわがままでおばあさん(に見えたが)をよく困らせていた。
わたしが喜んでスタンプを押印していると、いきなりその人が話しかけてきた。
なにかいいことあるんですか。
わたしは言った。楽しいからしてます。
その人は黙ってスタンプを押した。
わたしは言った。なんか楽しくないですか。
その人は少し考えていたようだが、わからないと言った。
一生忘れない対話だと思う。

「でいすかばあ・じゃぱん」という冊子があった。つげ義春の表紙絵が二点ばかり。つげは貧乏旅行の達人だった。絵はのんびりした情景を描いていた。
「リアリズムの宿」でも「ゲンセンカン主人」でもない旅があるようだった。
びっくりしたのは原田維夫の表紙絵。あの古代中国や江戸時代の絵を得意とする原田さんが、70年代女子旅を描いていた。びっくりしたな~~~

「季刊ウィズ」という冊子は本願寺系の冊子で、こちらは林静一の表紙だった。
中にはわざと夢二調に描いた絵もあった。

大量の観光絵葉書があった。うわー、という感じ。中にはわたしの持ってるものもあった。鬼押し出しとか、レトロな蔵前国技館の手彩色とか。
京都、宮島、菊人形、話の見えない丸顔人形たちの虐待ものとか何でもアリである。
このコレクターさんの気持、わかるなあ。
わたしは観光絵葉書は集めていないが、展覧会絵葉書を…枚ばかり持っているのだ……(あまりに大量すぎて人に信じてもらえないから書かない)

「遠くへ行きたい」の番組が上映されていた。
これはヤラセの一本だった。なんでも村人自身がノリノリになって盛大に演じたそうな。こうした虚実が面白くもあった。

それで思い出したのが手塚治虫の短編サスペンス。ある田舎の村に殺人犯らしき男がきたと情報が入り、排他的な村人はその男を集団でぶちのめす。
意気揚々と警察の連絡を待っているところへ、犯人が捕まったと連絡が来る。
あわてた村人たちはその男を崖下に落とすか何か工作をして、知らん顔をする。
やがて警察が来る、村人たちは胸を張って出迎えるが、そこには村人から集団暴行を受けて瀕死になった男が警察に支えられて立っていた。

手塚は田舎の排他性を極めて冷徹に描いた作家だとも思う。最後の作品の一つ「グリンゴ」がその集大成だともいえた。

時代がいきなり70年代から飛んで、2006年のポスターが現れた。
北陸の宣伝ポスターである。治郎八飴をなめる娘たち。
それから大震災を乗り越えようとしたキャンペーン「行くぜ、東北。」ポスターもあった。
ああ、そうだ、これも旅の誘いのポスターだったのだ。
改めてそのことに思い至り、わたしは声を出して言ってみた。
「行くぜ、東北」
本当に行かなくてはいけない気がしてきた。

面白い展覧会だった。

印象派のふるさと ノルマンディー展 近代風景画のはじまり

既に終了した展覧会だが、感想を挙げる。よかったので忘れたくはないのだ。

「印象派のふるさと ノルマンディー展 近代風景画のはじまり」
正直なところノルマンディー=連合軍の上陸地、D DAYの場所、というイメージが強すぎて、一大リゾート地だということを考えたこともなかった。
これはやはり自分がリゾートそのものに無関心なのと、何十年も前の第二次大戦を描いた映画が好きなのが原因だと思う。

地名とその存在地とが合致しないのは、まだ仕方ない。
自分の不勉強なのと無関心が原因だからだ。
しかし描かれた作品を見ていても、その場所がどうしてそんなにもみんなに描かれ続けているかを考えないのは、これはもう罪に近い。
自分の罪を暴きながら感想を書いてゆく。

第一章 ノルマンディーのイメージの創造 イギリスの画家たちが果たした役割

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(彫師:J.クサン) ラ・エーヴの灯台(アルバム『セーヌ逍遥』1834年より) エングレーヴィング  モノクロの版画の世界では日が昇ろうとしているのか、沈もうとしているのか、明確な区別がつかないように思う。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(彫師:R.ワリス)ル・アーヴル(アルバム『セーヌ逍遥』1834年より エングレーヴィング  煙を出して行きかかる舟。

アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール タンカーヴィル、廃墟の城跡
(アルバム『古きフランスのピクチャレスクでロマンティックな旅』1820年より)リトグラフ  あのフラゴナールの息子で、ダヴィッドにも学んだそうな。
対仏のための砦の跡地で、今や塔の先頭は裂けて森のように緑に覆われている。
国は違うしニュアンスも異なるが、グリムの「鉄のハインリヒ」を思い出した。
塔そのものは「未来少年コナン」のインタストリアルの太陽塔に似ている。あれは三角形を形作ってはいたが。

ジャン・トルショ(彫師:アンゲルマン)グラーヴィル教会の内部、鐘楼へと昇る階段
リトグラフ  アーチを支える列柱。統一された装飾ではない。左の柱はアカンサスに覆われたようなもの、右のそれは掃討の蛇が蹲るようなもの。鐘楼の鐘を引くための紐を持つ人がいる。寺男、鐘楼守りというもの。まだまだ若くて元気そう。

作者不詳 ジュミエージュ修道院の眺め 油彩/カンヴァス  ここで油彩が現れた。
フランス随一の壮麗な廃墟というのも頷ける。破壊と再建の繰り返しに疲れたか、ついにあるときそのまま手つかずになった。しかしその時からがこの「廃墟」は本当の美麗さを手に入れたようだった。


ルイ=ジャック=マンデ・ダゲール(彫師:G.アンゲルマン)ジュミエージュ、廃墟の修道院、北側(アルバム『古きフランスのピクチャレスクでロマンティックな旅』1820年より)リトグラフ  画家ではなくカメラマンの眼で見た風景。日差しが下りてくる…
真冬の間、ハイジたちが住んだデルフリ村の教会の廃墟のようだった。

ウジェーヌ・イザベイ サン=ワンドリル修道院の列柱廊 油彩/カンヴァス  この僧院は649年創建という古く由緒正しいもので、素晴らしいゴシック建築の天井を見せていた。これだけでも凄い価値があるのがわかる。綺麗な形をみせてもらい、嬉しい。
ちょっと調べたら、ここは1909年8月にただ一日だけ「マクベス」を上演したそうだ。
マクベスをゴシックの空間でみる…さぞや恐怖に彩られた奇妙に美しい舞台だったろう。

フェリックス・ブノワ(彫師:ゲイルドロー)コードベック近郊のサン=ワンドリル修道院(アルバム『描かれたノルマンディー:建築、風景、衣装』1854年より)リトグラフ
  こちらも同じ場所。ここでは働くおばさんたちが休憩する風景を描いている。
やはりゴシックというものは魅力的だ…わたしはバロックよりゴシックに惹かれている。

シャルル・ルヌー ルーアン近郊、サン=セヴェール修道院の列柱廊 油彩/カンヴァス
ここもゴシック。老人たちがゆく。ゴシック・ロマンという一大分野があるが、本当にドキドキ。

ここまで建築の美を堪能した。やはりノルマンディーは旧い土地なので魅力的な建物を描いた作品が少なくない。

リチャード・パークス・ボニントン ノルマンディー海岸の港 油彩/板  この画家は英国水彩画をフランスに教えたという人だそう。素晴らしいね、英国水彩画。
描かれているのは港町の一軒の家。歪んでパンクしそう!現実のなのか誇張表現なのかは知らないが、ちょっと物語に出てきそうで面白い建物。

第二章近代風景画の創造 ロマン主義から写実主義へ

アレクサンドル・デュブール オンフルール、サン=シメオンでの食事 油彩/カンヴァス  ここの主催者の名を取って「トゥータン農場」とも呼ばれていた有名な場所。クールベ、ブーダンらが来ていた。
大勢が木の下でわいわい。

ポール・ユエ ノルマンディーの藁葺きの家 油彩/厚紙  ハーフチンバーの家。しかし屋根は藁葺。構造的に気になるのでやっぱりじぃっと見てしまった。

コンスタン・トロワイヨン 牛と羊の群れの帰り道 油彩/板  茶牛、白牛、三匹の羊、そして牧羊犬らしくき黒犬。林の中を行く農婦とそのご一行。

ウジェーヌ・ブーダン 牛の群れ 油彩/カンヴァス  この習作もあるがそちらの方がのんびりムード。モーモーと鳴く声が聞こえてきそう。さらさらと描かれた牛たち。まだ未完な雰囲気もある。

ウジェーヌ・イザベイ 浜に上げられた船 油彩/カンヴァス  チラシ。海にあるべきものがこんなところにあると、やっぱりどこか侘しさがある。

アレクサンドル・ティオレ ヴィレルヴィルの広大な湿地帯 油彩/カンヴァス  手前に湿地帯。どこか日本的な感覚がある。ジャポニスムというのではなくに。

ギュスターヴ・クールベ 波 油彩/カンヴァス  丘の舟、波に舟、二つの舟と波。
はっとなるような風景。

第三章 海辺のレジャー

ここに出てくる絵のほぼ全部が、海辺に出て来てても泳ぐわけでもなし、きちんと服を着てパラソルさして、のんびりしてるだけ。なんにもしてない無為さがリゾートの本質なのだかしらないが、見ててもよくわからない。
ちょっといらっときた。

第四章 近代化に対する印象
 
アレクサンドル・デュブール オンフルールの帆船 油彩/カンヴァス  リゾートホテル。…思えばリゾートホテルとは近代のものなのだよな…

レオン・ジュール・ルメートル セーヌ河沿いの村クロワセ 油彩/カンヴァス  水面は点描。緑色の山々。色彩の明るさがめだつ。

第五章 ノルマンディーにおける写真

これはたいへん面白かった。記録としても芸術写真としても興味深い。
壁面展示だけでなく上映もしてくれたのでよかった。
現地の写真倶楽部の作品もそこに入っている。

エミール=アンドレ・ルトゥリエの作品が6枚、ルイ・シェスノーが3枚。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、ジャンヌ・ダルクの像  台座にはイルカもついているがけっこう凶暴な顔つき。下は水道台になっていて、ライオンの口から水がごほごぼ。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、エートル・サン=マクルー  中世の墓地の跡地。回廊で囲む。「死の舞踏」の彫刻が多いとか。
これはハノイのある場所を思い出した。やはりこうした所はニガテではある。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、ホテル・ド・ブールトルルドの正面  ルネサンス様式のすごいホテル。天使、ドラゴン、鷲、働く人々…多くの彫刻が刻まれているる豪華なホテル。
現代も稼働中でWifi可能とかなんとか…ちょっとガッカリ情報か。

ルイ・シェスノー コードベック=アン=コー、潮津波の到来  海嘯です、津波の一種。
この文字を見ると「風の谷のナウシカ」を思い出す。
あれで今の文明が押し流されたからなあ。
なおこの海嘯はテムズ川、セーヌ川などで見られる現象らしい。
隅田川や淀川では起こらない、と思う。思いたい…

第六章 自立する色彩 ポスト印象主義からフォーヴィズムへ

ロベール・パンション ルーアン近郊、アンフルヴィル=ラ=ミ=ヴォワの石切り場、反射の効果 油彩/カンヴァス  荒いタッチがかっこいい。確かに反射の効果が絵に表されている。水面に映る山。反射にはっとなる。

アンリ・ド・サン=デリ オンフルールの市場 油彩/カンヴァス  にぎやか!ワイワイガヤガヤしているのが迫ってくる。

アルベール・マルケ ル・アーヴルの外港 油彩/カンヴァス  海の色がとても綺麗。薄いミントグリーン。人々は黒くシンプルに表現され、まるで記号のよう。船が魅力的。

第七章 ラウル・デュフィ セーヌ河口に愛着を持ち続けた画家

先般大規模なデュフィ回顧展を見たばかりなのでいい心持で見て回った。
しかし、途中でその浮かれ気分が停止した。
明るいのばかり、と思いきや、「黒い貨物船」という重い存在があった。
眼がわるくなっていたデュフィの前には黒い貨物船がある。
リウマチに苦しむデュフィはしかしそれでも明るい色彩の絵を描く。
描きながらもそこに黒い貨物船が存在する。

1920-30年代の陽気でオシャレな時代から見ると、1940年代後半の作品は鬱屈しているのを振り払おうとしているかのように思える。
だからどんなに明るい、昔のような絵を描こうとも、そこには黒い貨物船がある。
黒々しているときもあれば、輪郭線だけの時もある。
しかし確かに黒い貨物船は絵の中に存在する。

第七章 オリヴィエ・メリエル、印象派の足跡をたどる写真家

この写真家は現代の人で、世界大戦後に生まれている。
しかし彼の撮った写真はすべて昔の銀塩のそれを思わせる。
銀メタリック風な表面は、プラチナを使って調色したものだという。
だからこんなにも懐かしい、揺蕩うようなときめきがあるのだろうか。

先にフランス一壮麗な廃墟として紹介した「ジュミエージュ修道院」の写真がある。その廃墟を覆うように暗い雲が来る。風雲急をつげる、という実感がある。もしかするとただの曇天なのかもしれないが、なにかしら人智を超えた、運命的なものが迫っている気がした。

百年前の芸術写真。それを思い起こすような作品に惹かれた。
モノクロのクールさにときめきながら。

とてもいいものを見て機嫌がよいのだが、あまりに遅く出かけたことが申し訳ない。

東京ハイカイ録 その4

東京ハイカイ録 その4
終わりだよ♪
今日の話。

五島美術館に存星を見に行く。
わりと京博や大阪で見るので甘くみてたが、これがスゴい内容で、唸りまくり。
箪笥にスゴいのがあった。なんか悪夢見そう。見世物とか、のぞきからくりのような世界。はー、心に刻まれたわ。

結局12時前まで見たな。それで二子玉川の渋そばで期間限定のサンマとさつまいもの天ぷらうどんを食べる。二度目。好きなの。

太田は国貞の後期。大いに楽しみましたがな~尤も特にこれだ!はないよ。
それは国貞が多作で多方面の作画をしたからか、それともたまたまわたしの好きなのが出なかっただけなのかは知らない。

楽しく見たが、気になるのはこないだの妖怪の図録。落丁があるらしい。

帰宅して落ち着いたら調べなくては。

次は山種に行く。
「金と銀」。
関係ないが、「銀と金」は福本伸行の傑作だった。

この展覧会の良さは作品の秘密を科学的に解き明かし、いよいよその名作の魅力を知らしめてくれたこと。それだけでも価値のある内容でしたな~
良かった。

その後、銀座に出た。
ギンビスの経営する銀座ベーカリーに行く。つい昨日知ったのよ。
ラムレーズンをはさんだふわふわなビスケット。

美味しかったわ。店のオジサンが色々親切でした♪
外に出て少し歩けば、あらここか、という場所でしたわ。また行こう。

そのまま八重洲に。途中に福島ショップがあり、銘菓ままどおるを買うた。他にもウサギさんのまんじゅう。また福島に行きたい。友達もいるし。

最後にステーションギャラリーで「ディスカバリージャパン」を見に行く。
これが面白かった。遊びに行く楽しみを人々に示した、その印みたいな内容。中でも絵はがきコレクターの人に親近感を感じたな~
なんしかわたしが持ってるのもありますがな。

いっぱい楽しんだ後、外を見たら綺麗な都市の夜景が広がっていた。

やはりわたしはこの都市美に惹かれるなあ♪

今回はここまで。

東京ハイカイ録 その3

東京ハイカイ録 その3
朝早くから鎌倉入り。この時間はまだ人も少ない。

清方記念館。大仏次郎の出してた戦後の「苦楽」のための仕事。
戦前の「苦楽」はプラトン社、中山太陽堂。そのロゴを譲り受けて刊行した贅沢な作りの雑誌。
「清方と15世羽左衛門だけで拵える」とは大仏の言葉。
尤も既に羽左衛門は湯田中温泉で最期を迎え、清方も病中でちょっと大変だったのだが。

ふと思ったが、大仏が海老蔵に肩入れするのは戦後のことだが、やはりそれは羽左衛門がいなくなったことと関連づけて考えるべきかな。まあ、そうなんやろなあ。

胸を衝かれる下絵の美人を見たり、綺麗な配色を見たりと、やはり喜んでおりますのさ。いつ来てもいいものを見ている。

鶴岡八幡宮に向かう。一応拝みに行くが、七五三の人が多々。

国宝館は荏柄山天神を中心にした天神信仰のなんやかんや。常盤山文庫のコレクションも色々。
わたしも地元の天神さんの氏子やからなあ。
管公が左遷前に来たのさ。
奈良時代からの神社でね。

逗子に行くと目の前でバスが行ったよ。仕方なく待つ。新逗子まで走る気力はない。
乗ったら乗ったで、長いわ。降りたら降りたで、予定してたランチ先が見当たらん!←なんと逆方向を見てた。

仕方なく個人店でランチ。
しもた!やたら時間かかる!サンマの梅肉揚げを頼んだら、20分後に前菜三種、その10分後にサラダ、ようやくメインが来たのは実に発注から40分後!美味しいは美味しいが、もっと簡素なのがと思う。しかも相客は5人。クラクラしたわ。もぉアカン。よく考えたら藤沢のトンカツ屋もそうでしたわ。
大阪の時間と他県の時間は流れが違うのを忘れてたわたしがわるい。
しかもすごい値段。これはそこまでの価値はないけど、葉山値段やな。
負けた…(T^T)

加地邸の見学。外観のみ撮影可能。内部は禁止。井上祐一先生がわたしのわけわからん質問疑問に熱心に答えて下さり、本当にありがたく思いました。
先生、ありがとうございました。

さてそこからは住宅街を抜けて神奈川近美葉山館に向かう。途中に素敵な邸宅をいくつか見たりしてたら、あっという間に到着。

東欧アニメーション。
クロアチア、ポーランド、チェコの三か国のアニメーション。

正直なことを書く。
クロアチアのほぼ全ての作品があまりに怖すぎて、映像を見るうちに気持ちわるくなった。政治状況を前提に踏まえて見ないとアカンが、こんなアジアの片隅の遊び人のアタマでは到底理解不能だし、ただただ苦しいばかりだった。
一方的に送られる映像はある意味、暴力に近い。
近年わたしが映像を見なくなった最大の理由はそれだ。

ポーランドとチェコの諸作品は良かった。
もともとゼマンのファンだから嬉しい。
しかし、個人的にはやはり旧ソ連アニメーションの諸作品の方が大好きなのが多い。申し訳ないが、辛すぎた。

逗子から横浜。そごうでトーベ・ヤンソン展を見る。何度かムーミン展は見たが、彼女のは見なかった。そうか、そうだったか、やはり、ということを思ったり、色々考える。
いい人生を送ったトーベ・ヤンソン。
彼女のペン画が好きだ。

トーベ・ヤンソンの夏の家。再現と模型。




そごうを出た途端、熱を感じた。ヤバイが東急に乗り、渋谷に。先にはなまるうどんに入り、大量に生姜を食べる。これで一時しのぎ。あとは既に兵庫県美術館でみたものを再度見るから、気楽な鑑賞に。
感想がほぼ変わらないのはご愛敬やな。

三日目はここまで。

11月の東京ハイカイ録 その2

東京ハイカイ録 その2
金曜日の話。
例により細かい感想は後日また。

京王八王子からバスで東京富士美術館に。
英国ロイヤルアカデミー展を見る。
いかにもなシステムだが、そこにあるのは純粋にわたし好みの物語性の高い作品群。風景もいいが、やはりわたしはそれよりあちら。
今ちょうど朝日新聞が「三四郎」再掲(!)してて、そこに出てくるのがウォーターハウスの「人魚」ということで、本物が来ていた。去年芸大美術館の漱石と美術の展覧会にも来てましたな。
わたしはウォーターハウス大好き。
アルマ・タデマもあり、会長レイトンの政治力も知り、有意義な展覧会だった。
常設はちょっと薄かったな。次回の浮世絵が楽しみ。
 
展覧会に合わせたアフタヌーンティーは魅力的だが、先に八王子に行くことにした。
次は町田。
町田は版画美術館に谷中安規見に行くが、文学館はまた別な機会に。
地図を忘れてひやひやしつつ間違わず美術館に着いた。

谷中展は、そごうで見て以来の充実した内容。彼がモダンダンスする人やとは初めて知った。
時代やなあ。伊藤道郎や村山知義や崔承姫のいた時代を生きたわけやし。
版画だけやなくペン画もあり、当時流行のロボット、オバケ、動物が同居する不条理な空間をサラリと描いてる。
いわば杉浦茂の先達。
同時代を生きた宮沢賢治、武井武雄にも共通するセンス、夢野久作、石川淳にもつながるものはやはり1920年代の空気なんだろうな。

常設はクリンガーの連作が並ぶ。
「手袋」「ある愛」など。
極度の細密描写と不条理さ。非常に魅力的なのは、現代に直接につながるものがあるからか。

さて小田急で都心に帰る。
16時過ぎに出光美術館につく。男性客が多いのはやきもの展だからかも。
仁清と乾山。
京焼の展覧会で、ここまでクオリティの高いのが東京で開催されるというのは、実は事件やないのか。
出光美術館の底力にオノノク大阪人のわたしです。

次に三井で東山御物を見る。わりと親しみのある作品が多い。いつもズキンおじさんと呼んでる六祖もいたし。
いい企画やなあ。

最後は東博。今日までのチケットなので慌て国宝展に。内覧会に来てるのにまだ書けてないから、これでなんとかなるかな。
最初の佛足石から最後の最後まで国宝。こっちをみつめる院政期の佛画にドキドキしたりしつつ、短時間ながら大いに楽しむ。

あとちょっとだけ本館にも。
田能村竹田らの寄せ帖に唐美人図があり、足元の猫が可愛い。


居眠り猫。

雀もいた。

こっちは美人とウサギの襟巻き「あったかさう」芳年ね。


それや浮世絵で三人の色子を描いたのもあり、個人的にニンマリ。


羊遊斎デザインの紅葉柄の箱も良かったな。

金曜日はここまで。

11月の東京ハイカイ録 その1

霜月の東京ハイカイ録なりですよ。
今回は水曜日から都内潜伏。とにかく今月は忙しくてたいへん。
各展覧会の感想は後日延々と気息エンエンになりながら書きます♪

さて木曜の話。
目白駅には綺麗な花柄ステンドグラスが多々あるなあ。しかし撮影には不向き。光が入り込み過ぎる。
だいぶ紅葉してきたが、まだもう少し先かな。
学習院史料館に行く。
桜圃寺内正毅の旧蔵品を見る。
元は長州藩士だから松陰や晋作の書なんかがある。
晋作は「11番目の志士」「城下の少年」「幕末太陽傳」などでかっこいい姿を見せてたな。

寺内は陸軍大臣や後には総理大臣にもなったが、その功績によりたくさんの御下賜品を所有していた。
それらのうち、幕末から大正初期の蒔絵の名品が展示されていた。

江戸から東京に変わり、旧幕否定が先鋭化して、職人の技芸が失われそうになったが、皇室がこうした御下賜品に彼らの作品を充てたのは、まことによいことでした。
意匠も素晴らしい。菊の御紋は時に日になり月になり、紅葉流るる川を照らし、桜を闇に耀かせる。

銀器やない蒔絵のボンボニエールが可愛い。
これだけでも欲しくなる。
ああ、ええものを見せてもらいましたな。

今度はこちらも見たいね。


学習院向かいの学校がバウハウスぽい。今まで感じたこともなかった。

池袋経由して石神井公園に。こちらも秋の彩色はまだ。大きな池に浮かぶ影はまだあおあおしている。

ふるさと文化館に着いたら11時半だったので先にうどん。武蔵野はうどん文化圏。美味しくいただきました。

それから二階展示室の型紙を楽しむ。伊勢の型紙は三菱等で見たが、これは宮津の紺屋のもの。これまた素晴らしくて、職人の技芸はやはり東アジアが最高!とつくづく思ったねー。

池袋経由して新宿の損保に。長い名前にまだ愛称はつかない。
ノルマンディー展、海のほとりの絵画展。みんなノルマンディーへの、郷土愛の高い画家たちばかり。
デュフィとマルケが見れたのが嬉しいな。

そこから文化学院服装博物館まで歩く。新宿はニガテだが、このように徒歩線が繋がると、まだましやな。

毛利家から大村家に伝わる雛道具に、徳川米子さんの雛道具。和宮の婚礼道具に沢田美喜さんの婚礼道具。
あとは公家装束。
こちらも近代の職人の技芸の高さが際立っていた。

渋谷から用賀に。けっこう早いね。
……前に冬晴れの水天宮から乗ってトンネルをぬければそこは雪国だった、ということがあったな。

雨。しかしうまく美術館行きのバスに乗れた。
世田谷美術館でロシア構成主義のポスターをみる。
松本瑠樹コレクション。
偉大なる個人コレクション。
映画ポスターはフィルムセンターで御園コレクション辺りで馴染みのあるものが多いかな。また近年の展覧会でもタイポグラフィーやロシアアバンギャルド展で見たのがあるが、初見がたくさんあった。1枚ヒトコマまんがみたいなのがかなり凄かった。
吾妻ひでおの不条理日記を思い出したわ。

二階で魯山人を堪能。安斉の写真も良かった。
やはりシルバープリントはいいな。

閉館までいたが、雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ田原坂
やないが、誰もいない、灯りの乏しい長い道を歩くことは避ける。
マグリットぽい風景。


大戸屋で真鱈の霙生姜餡掛け。かなり好み。わたしはジンジャラーです♪

最後に元の電力館、今はシダックスになったとこに金子國義「ダンディズム」見に行くが、西武の信号の地点でもう金子の美男画がドーンッと目にはいる!
思えば90年の「楽園へ」から溺れてるのよな、わたし。
最後の晩餐を思わせる青年たちの集まりにときめきました♪

帰りにコンビニで月刊マガジン読む。買うのは帰宅後と思うが、内容が良すぎて、重たい雑誌を持ち帰るか否か悩む。
月マガは処分しないよ、わたし。
初日はここまで。

四季を彩る写生 近世~近代

頴川美術館で「四季を彩る写生 近世~近代」後期を見た。
小さな美術館だが、いつも良質な展覧会を見せてくれる。
イメージ (18)

いきものを描いた作品が多い。ちょっと数えたら21+(8×2)+13のいきものがいた。
小さな空間に22点の作品、そこにたくさんのいきもの。
それだけでも楽しい。

蓮に白鷺 長谷川等雪 二羽の鷺が南瓜のような敗荷を背にくつろぐ。蓮も白い花を1つ見せている。
・・な目が可愛い。
これは元は六曲一双だったのが幅になったもの。

柳に白鷺図 土佐光起 こちらは切れ長の妖艶な目の鷺が二羽。初夏を感じる。

群鶴図 光琳 左隻。以前は左右を見ている。遠くからでも琳派だとわかるあの川の流れ。
真鶴が13羽いる。羽が灰黒く、頭頂部が赤い。優雅な細い脚。

梅に雉図 等雪 雪の中でしょぼんと右手側を見ている。ツタも白梅も雪に埋もれている。狸面のキジ。

二つの果物かごが並ぶ。
果物籠図 柳澤淇園 濃密な、南蘋派風な色調。明画の影響も濃い。編み込んで作られた籠。ざくろ、もも、のいちご、なし等々。葉の表裏の色違いも濃淡で表現。

果実に鳥図 司馬江南 こちらも長崎風。やきものに果実。毘沙門菱に花菱のうつわに梨、石榴、野苺。それをついばむ小鳥。
こちらの線の方がイラスト風。

芙蓉麝香猫図 山田宮常 二匹の毛長猫の図。以前から好き。白に茶、白に黒灰の楯にシマが入るような猫で、手前は鼻筋の長いところをみせ、奥のはぐーぐー。

清光淡月兎図 中村竹洞 月明かりの下に桂花の木が香る。真下にウサギが耳をピンと立ててどこかを見ている。

花卉双鳩図 竹洞 華やかな花鳥図。色調はそんなに濃くはない。花海棠、白木蓮、太湖石に牡丹、石竹、シャガ。キジバトと白鳩が仲良くしているが、上には瑠璃鳥もいる。撫子も咲き、穏やかな空間。
この軸の中回しは薄灰青地にアゲハが乱舞するもの。素敵。

柳桃黄鳥図 山本梅逸 頴川コレクションの中でも特に好きな一点。チラシ右側。
この絵を見ていると唐詩の少年行を思い出すのだった。色彩の取り合わせが佳いから。

芭蕉野菊図 梅逸 破れ芭蕉に太湖石という中国的風物に、ぽよんと腹を見せて飛ぶつぐみ。野菊が咲くそばに春のつくしらしきものもある。季節はいつなのかな。

秋渓図 梅逸 岩下に菊が咲き乱れ、竹というより笹が生い茂り、バッタもいる小さな渓谷。遠近法で奥行きも感じられる。

蘭と百合図 日根対山 曲がった木で拵えた中国風高卓。そこに鉢植えの盆栽蘭を置く。黄土色の惠蘭である。群生する小花。
その下には青灰色で台形の水盤に白百合。慎ましくも印象的な花たち。

桜・雪牡丹図 岡本秋暉 静かに白い枝垂桜。薄紅の牡丹の妖艶さ。いい対比にときめく。

雪に鶯図 小林古径 パキパキした薄紅梅。その下に小さな鶯。見上げた先には、春。

小春日図 速水御舟 ヒマワリはぐんなりと頭をたれ、朝顔はまたまだ咲く。
その下では白地にキジの被った猫が身繕い。
カギしっぽのにゃんこ。
可愛いね。

伊万里染付山水文大皿 縁に△笠の人物の騎馬文が八つ。

色絵百花錦文煎茶碗 三世清風与平 豆彩風。シンプルな植物。可愛いね。秋草、春のつくし、すみれ。

色絵鯉に波文鞠合鉢 粟田焼 岩倉山里清 蹴鞠形の蓋に緋鯉、サイドに波文が。
粟田焼芦雁図鉢 初代伊東陶山 今尾景年画 コラボの良さが出ている。貫入が綺麗。外側に雁を染付で。

染付蘭・竹文急須 真清水蔵六 小さくて可愛い。 

さてこれで鷺5、キジ1、鶴13、猫3、ウサギ1、鳩2、鶯1、その他の鳥6、雁1、魚1、人8、馬8の50か。
楽しみがいくらでもある展覧会だった。

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