美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

和歌山の旅 近代と江戸時代

随分前の話だが、和歌山市に行った。
11月の3連休の話である。

中世の熊野を旅した心持になったのは、和歌山県立博物館の「熊野 聖地への旅」展だった。
その感想はこちら

隣接の和歌山近代美術館では「観光する美術 和歌山から始まる旅」が、駅近くの和歌山市立博物館では「江戸時代を観光しよう 城下町和歌山と寺社参詣」が、それぞれ開催されていた。

中世ー近世―近代を、現代のわたしが旅をする。
しかもわたしは大阪北部の住人なので、和歌山への道のりは遠く「旅」というにふさわしい距離感があった。

2014年の大トリということで、この旅のことを簡素にあげたいと思う。

その昔の鳥瞰図などなど。
こういうのを見ると、それだけでどこか遠くへ行きたくなるね。




もちろん吉田初三郎。

和歌山の景勝地を描いた油絵が並ぶ。
鍋井克行の南紀梅渓などを見ると、゜高島屋史料館に所蔵されている南紀全体の長い長い絵を思い出す。

さて昭和14年-17年製作の「新日本百景」。木版画家たちの参加した素晴らしい仕事。
これをちょっとだけ紹介する。

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作者名を挙げてゆくべきなんだろうけど、その労力が不足している。
見覚えのある作品があれば「ああ」ということで。
作家一覧がどこかにあるならよいのだが。

近代の旅はこうして明るく終わる。

次は江戸時代の旅。
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お江戸からなら「お伊勢参り」や「大山講」「富士講」などが有名だけど、和歌山と言うところも名勝が多くて、それが証拠に「六義園」なんかは和歌の浦がモデルと言います。

まあ和歌山だけやない、江戸の旅の様子を展示していたのでした。

御師邸内図 大広間でみんなでわいわい言いながらごちそう食べてる。朱塗りの膳に載ったのはなかなかなもの。
みんな大喜び。
御師の世話でツアーなり参詣なりするわけだから、やっぱりね。

お伊勢参りのわんこの紹介もある。
わんわん言いながらみんなに守られて、犬がお伊勢さんに行くのですよ。

熊野参詣曼荼羅 岡崎市の16世紀のもの。「那智山」と扁額にあり、補陀落渡海の帆には「南無阿弥陀仏」。
わりと標準的。

熊野縁起絵巻も出ていた。これらは「熊野」の展覧会でいいのをいろいろ見ている。

享保16年の大坂のツアー名簿が面白い。
五世鴻池善右衛門らの一行で、淡路町、備後町、道修町、阿波座、下寺町などの今も活きる地名が見えた。

諸国温泉一覧。いいガイドブックもあるものですね。

国貞 おぐり 実録の方。訥升、彦三郎、田之助らで演じている。

国芳 道成寺 鐘供養 いい発色。

中将姫15歳の像、紀三井寺参詣曼荼羅もある。
江戸時代の人々はこのあたりの話が遠いものではなかったのだ。

国貞 淡島さんの御開帳を両国で見る人だかり。いいなー楽しそう。

粉河寺参詣図 ここには桜がよく描かれていた。ハルウララ。

刈萱道心、千里の前、石童丸らの像もある。
旅のせつなさがにじむなあ。

どちらにしろ旅心をくすぐる、いい展覧会だった。

来年もいい旅をしたい。
ではでは。

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松園、松篁、淳之にみる素描の力

これも先月末に終わった展覧会だが、少しばかり挙げておきたい。

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行ったその日、淳之館長さんのトークがあった。大勢のお客さんが熱心に聞いておられる。
わたしはお声だけを背中に聞いて、自分勝手に見て回った。

以前から松園さんの素描や下絵の良さにシビレていたが、この展示では貴重なものがたくさん出ていた。
中でも「楊貴妃」と「花がたみ」のそれが素晴らしい。
「楊貴妃」の小下絵を見ると、完成品に至るまでの松園さんの試行錯誤がみえる。
現在の作品は胸を露わにした楊貴妃が侍女の少女に支度をさせているところを捉えたものだが、ここでは物語的な展開があった。
立つところへ香炉、着替え中、座る、そして最後に現行の化粧。
変遷はベストシーンを描くためのものなのか、最終的な「化粧」に至るまでに必要な道筋だったのかは、観客である私にはわからない。
わからないが、この過程を見るのはたいへん興味深いことだった。
単に化粧する楊貴妃を美しいと観ていたこれまでとは違い、楊貴妃が活きているのを感じたのである。
この絵に至るまでの動きを見たことで、彼女が平面的な存在ではなく、動きのある・ものを考える存在になったのだ。
それがいよいよ楊貴妃への愛を深めることになった。

「花筐」は照日の前の「おもしろう狂うてみせよ」と言われてその通りに狂うて舞う姿を描いているが、松園さんはこの絵を描くために祇園の綺麗な芸妓さんをモデルにし、さらに岩倉の顛狂院に写生に行き、また能面の「表情」をも取り入れている。
この絵もまた一連の動きの中の一瞬を捉えたものだった。
ここにあるのは照日の前の動きの連続である。横向きから現行の真正面へと動かす松園さん。
絵の面白さの秘密に触れた気がした。

淳之さんの素描の中では、鷹がよかった。まだ子供なのか可愛らしい。
そしてそれを見てから「白鷹」をみると、二羽が言い合いをしているかのように感じられる。

淳之さんは世界で最初にシギを手元で飼うことに成功した方だが、そのシギの観察と写生が凄い。
やはり好きなものを見る画家の眼と指は怖いものだ。

松篁さんの小鳥の顔の向き一つにしても20以上ものバージョンがあった。
そうして描きに描くことで「これ」一本だという線が選択できるようになるのだ。
素描がいかに大事かかよくわかってくる。

「熱帯花鳥」「燦雨」「羊と遊ぶ」などが出ていたが、いずれも凄まじい数の絵を描いていることだろう。

そんな風に思いながら眺めるのがとても楽しかった。

2014年度の特別良かった展覧会

年末恒例のベスト10なのだが、わたしは順位は付けない。
観た日の順に挙げてゆく。
なお、感想をリンク附けしておく。

東京編

川瀬巴水 大田区郷土博物館 

板谷波山 出光美術館

ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900 三菱一号館

猫ねこネコ  松濤美術館

描かれたチャイナドレス 藤島武治から梅原龍三郎まで ブリヂストン美術館

バレエ・リュス コスチュームの魅力 国立新美術館

日本SF・SFの国 世田谷文学館

江戸妖怪図鑑 幽霊・化け物・妖術使い 浮世絵太田記念美術館

鋼の超絶技巧画報 高荷義之 弥生美術館

ティム・バートンの世界 森アーツ

巴水は千葉市美術館のもよかったが、あれは高島屋で巡回したのでこちらのを挙げることにした。

東京は大きいだけにたくさんの展覧会がありすぎて本当に困った。
こちらも本当は入れるべきだったが、あえて外した。つらいのう。
國立故宮博物院 神品至宝 東京国立博物館
世界のビーズ 文化服装学園博物館
逓信 郵政建築展―吉田鉄郎の作品に見るその源流と発展― 郵政博物館

関東ではほかに遊行寺宝物殿の「をぐりと遊行寺」がたいへんよかった。

関西編

入江泰吉のお水取り 奈良市写真美術館

チベット仏教の世界 もう一つの大谷探検隊 龍谷ミュージアム

恋する美人画 京都市美術館

官展にみる近代美術 長春・台北・ソウル・東京 兵庫県立美術館

漫画家 上村一夫の世界 昭和の絵師と呼ばれた男 嵯峨芸大博物館

武井武雄の世界 なんば高島屋 ・京都高島屋

諸星大二郎原画展 阪神

村野藤吾 やわらかな建築とインテリア 大阪歴史博物館

二樂荘と大谷探検隊 龍谷ミュージアム

熊野 聖地巡礼 和歌山県立博物館

悩んだ末に外したが、高島屋の「円谷英二 特撮の軌跡」も本当に良かった。自分がウルトラシリーズのファンだということを改めて誇りに思ったなあ。

なお、京博の平成知新館がオープンしたのは誠にめでたいことだった。
「京へのいざない」は前後期ともども素晴らしい内容だった。
そして新神戸には竹中大工道具館の移転オープン。これは本当に意義のあるミュージアム。
ぜひ足を運んでほしい。

最後にほかの地域の良かったものを挙げる。

井上洋介図鑑 刈谷市美術館

Nippon パノラマ大紀行 吉田初三郎の描いた大正・昭和 名古屋市博物館

異界と能シリーズ「実盛」/雑誌装画にみる「美しき幽霊」 金沢能楽美術館

他に熱田神宮宝物館の「七福神 幸福・富貴・長寿を願って」 もよかったなあ。


どれくらいの数を見たかは挙げない。
ほぼ全週末を展覧会を見ることに費やしているし、東京ハイカイに平日も動いているので、大体想像してください。
それだけの数を見るなら一枚買えと言われたことがあるが、一枚だけで済むはずもないので買わないのだ。
そうして活きてる限りはどこかへ出かけて何かを観る。
来年もそんな生き方をしていたいと思う。

池田あきこ原画展

既に終わった展覧会をもう一つ。

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猫のダヤンの原画展である。
去年が30周年だったようだが、もう本当にダヤンはいつでもどこでも人気者だ。
わちふぃーるど、アルス、そしてわたしたちのいるこの世界。
ダヤンはいつもそこにいる。

阪急ではクリスマスの展覧会だった。
新作もあってにぎやかだった。

こちらは王様ダヤン。イメージ (44)

チェスの盤上でみんなが寛いでお茶を楽しんでいる。

わたしはダヤンも好きだが、ジタンがまたとても好きで好きで。
ジタンかっこいい・・・とドキドキしている。

ダヤンの謎は本人の与り知らぬところでの謎だが、ジタンの謎は本人が沈黙するからこその謎なのだ。
その違いがまた素敵だ。

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左上のドアを開けるダヤン、わたしは1988年か89年かにこの絵ハガキを神戸で購入している。
それ以前にまだダヤンの世界が確立する前、革細工のイヤリングでダヤンと出会った。
つまりダヤン誕生の直後、初期のダヤンである。

以前の展覧会の時、ショップの人にその話をすると、大変喜ばれた。
相当昔のものだからもう使わないようにして、大事においている。

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歳月を経るごとにその世界が広がってゆく。
ダヤンのいる世界も、わたしたちが追いかけることで、いよいよ大きく深く広がってゆく。
作者の池田あきこさんがボルネオの環境保全に力を入れているのもその世界の広がりから来たことかもしれない。

会場ではラビリンスをモチーフにした展示があった。
それは絵だけではなく、トリックアートも含む。「動く街角」がそれ。これは面白かった。
「だまし絵」展にも出ている様式で、山・谷・山・谷の折れ方で表現された街。

心の迷宮ということもこのわちふぃーるどには存在する。
幻想的な背景の中で展開する小さな物語、そこには既に謎が活きている。
少しずつほどいてゆかなければどこへもたどり着けない。

ダヤンの世界の魅力は絵だけではなく、物語が素晴らしいからだった。
絵と文とがいいから、わたしたちは自分らもわちふぃーるど、またはアルスにいるような気になるのだ。

まだ30年。これからも活躍しなければならないダヤンたち。
いつまでも愛していたい。

菅楯彦とその世界

前後期ともに行ったのに、どうしてか今日まで書けずにきた展覧会がある。
「浪花慕情 菅楯彦とその世界」展である。
ちょうど一ヶ月前に閉幕したが、忘れられない展覧会だった。しかしどうしてか書けずにきた。
書かずに済ますには惜しすぎる。
そこで一ヶ月後の年の瀬も押し詰まった今夜、書けるだけ書こうと思う。
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展覧会は大阪商業大学商業史博物館で開催された。

菅楯彦は鳥取生まれとはいえ自らを「浪速御民」と名乗るほど大阪人であり続け、大阪市の名誉市民第一号となり、南地の名妓・富田屋の八千代(本名・美記子)との短くも幸せな結婚生活など、いい話が多く、昔の大阪の人間の多くが彼に好意を抱いている。

住吉御田 住吉の田植え神事に向かうところ。古式ゆかしい一同。
住吉さん、四天王寺さんと縁の深い楯彦にはこうした主題の作品が多いが、いずれもほのぼのとした空気が流れている。

浪速堀江市之側之図 ああ、にぎわってる。俥もあるし、輪遊びも。明治の大阪の風景。

春宵宜行 薄墨のシルエットで描かれた人々。夜市に出ているようで、静かだがにぎわっている。

浪花天神橋 坊やがええべべ着せてもろて、お付の者と歩む。橋の上には庶民もいる。
みんなそれぞれ行き先が違うが、活気のある行き交いが描かれている。

住吉踊り、四天王寺の聖霊会舞楽、天王寺舞楽など、かつての大阪の風物詩が描かれている。
わたしはいずれも本物を見たこともない。無念。

歴史画も少なくない。
しかしそれよりも庶民の暮らしに密着した風俗画にいいものが多い。

尻無川の沙魚釣り 江戸時代の旦那の楽しみか、小舟で沙魚釣って、その場でさばいて鍋にして…ああ、楽しそうやなあ。

売飴翁 これはあれや、幕末に流行った「唐人飴」ですな。そんな装束つけて飴を売るわけです。物珍しいし、歌や踊りも面白いから人気があったという。
江戸だけかと思っていたが、上方にもいたのだなあ。

澱江納涼 薄墨で描かれた旧幕時代のある夏。舟で遊んでるところへ黒いスイカを売りに来た舟が。淀川のどこら辺の話やろうか。花火も見えるしなあ。

高津宮 遠くに淡路島や白帆が見える。絵馬堂か、茶店もある。
このあたり、大阪市内でもええ氏の住まうところだという。
わたしは大阪人だが阪急文化圏の北摂人だから、微妙なニュアンスはわからないが。

曝書図 ようさんの本を虫干ししている図。そこにいる男の人は楯彦かもしれない。

八千代との楽しかった日々のくさくざを描いている。暮らしの一端が見えて面白い。

その八千代のブロマイドもたくさん出ていた。えらいべっびんである。
ほんまに気の毒に早死にしはって…

漫筆も多い。謹厳実直だったようだが、描くものはみんな俳画のようなのほほんとしたところがあったり、気づつないええ絵が多い。

こちらは鳥取のチラシ。春風駘蕩、というのが絵からにじんでくる。
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それにしても、とひとりいきどおる。
菅楯彦のその功績に反し、大阪市はあまりに酷薄な対応しか取らずに来ていることをここで述べたい。
この20年で彼の展覧会と言えば三越の画廊、関西大学くらいしか思い浮かばない。
あとは芦屋市やちょこちょこと出ているくらいなので、本当に無念である。
これ以上は差し控えるが、今や大阪は文化果つるところに成り果てているのだった。

ほんまにええもんみせてもろたのに、申し訳ありませんでした。
次からはもっと早くに挙げようと思います。

大原美術館で見た満谷国四郎作品など

もう2か月も前になるが、大原美術館へ行った。
丁度その時、大原家の持ち家の一つ「有隣荘」で満谷国四郎の展覧会があるというので、それを見に行ったが、まさかこんな二か月後にしか感想を挙げられなくなるとは思いもしなかった。

わたしは近代日本洋画が好きなのだが、近年は京都の三巨頭以外はなかなか展覧会もなく、残念に思っていた。
満谷の展覧会をゆかりのこの邸宅で開催する。とても魅力的な企画だと思った。
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上は白人女性、下は日本人女性の肌。
胸のカタチ、腕の伸び方などはやはり同じ画家の手によるものだということがはっきりわかる。大きな違いは顔と肌の色である。
これは人種の違いからくる差異なのだが、画家の成熟度は下の日本人女性の方に見られる。上は1912年の「横たわる裸婦」、下は1932年の「緋毛氈」。

白人女性の絵は静謐である。画面にある種の抑制が効いていて、美しい。
日本人女性の絵は平明である。色調もはっきりしている。
非常に画家の個性が押し出された絵である。

極端なことを言えば、上の絵は別に満谷の絵でなくてもよく、彼より20歳下の児島善三郎が留学中に描いた、と言っても別に構わないかもしれない。
ここで児島善三郎を出した理由は一つ。
満谷も児島善三郎も、留学から帰り、日本の風土に収まってからの方が、ずっと素晴らしい作品を生み出している。
日本に帰り、日本的な主題を明るく描くスタイルを確立させた、という共通点を持つ二人を、わたしは挙げたのだった。

上の絵に比べると下の日本人女性は確かにもっちゃりしているかもしれない。
しかしそのきなこをまぶしたような黄色い肌はもちもちしていて、とても柔らかそうである。
緋毛氈の毛羽立ちも柔らかく、むっちりした肉と肉の隙間からは健やかな体臭も感じられそうである。
白人女性の絵には配色が寒色系だということもあるが、どことなくわびしさがある。
それ以前の暗褐色の作品から転向した記念的作品なのだが、やはりここから20年後の日本人女性の絵の方が魅力的である。

満谷のフランス留学は、後に満谷に豊穣な時をもたらした。
わたしたち<観客>はこの展覧会でその成果を味わうことが出来た。
ピュヴィ・ド・シャヴァンヌに惹かれた、というのも興味深い。
洋画家として留学し、帰国後日本画家になった小杉未醒(放菴)もまたシャヴァンヌに惹かれていたという。
彼は満谷より7歳ほど年下だが、同じように日本回帰を果たし、さらには日本画家になってしまっている。
なんとなくこのあたりが、興味深くもある。
しかも放菴も満谷も日本だけでなく中国、朝鮮にも惹かれ、東洋の美に浸かった。
それがいよいよ彼らの芸術を深めたのである。

中国の春 1927  薄紫の河の色、チャイナ服の人々、薄い色調の中にほのぼのとした空気が活きている。
もっとこのあたりの作品を見てみたかったが、残念ながらここまでだった。
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満谷の渡欧には大原孫三郎の支援があった。
大原孫三郎は偉大なパトロンだった。
わたしは大原と東京の大倉喜八郎とがいなければ、「日本の近代美術」は貧相なものになっていたと思っている。
彼らがいてくれたからこそ、その当時の現代美術(現在からはもう「近代美術」の領域である)が豊饒なものになったのだ。
その意味では後世の観客たるわたしたちは、画家だけでなく彼ら偉大なパトロンへの敬意を常に持たねばならない。

さてその大原に満谷は絵の購入を懇願したり、命を受けたりしている。
児島虎次郎がアマン=ジャンの「髪」の購入を懇願した手紙には満谷の手紙も同封されていたそうだ。今回初めて知った。
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そしてルノワール「泉による女」は大原から命を受けた満谷がじかにカーニュのルノワールに会いに行き、依頼した作品なのだった。
どちらも大原美術館の人気作品である。

最後に満谷の沖縄ツアーのスケッチも紹介されていた。
あっさりした筆致で捉えられた琉球風俗。
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この企画展と有隣荘とが見たくて倉敷に出向いたのに、感想と言う形にするのに随分と時間がかかってしまった。申し訳ない気がしている。

大原美術館では児島虎次郎館の展示も大変良かった。
特に「朝顔」三部作がいい。日本が舞台なのだが、しかし彼は満谷とは違い、日本化してはいない。西洋絵画の画風のままで日本の風土・風俗・風景を捉えている。
その違和感が魅力となっていた。

最初に大原美術館に行ったのがいつかといえば、1987年だから随分昔の話である。
そのときは洋画以上に棟方志功に衝撃を受けたが、94年に行ったときは満遍なく見ている。あれから20年経って、絵も増えたように思うし、あのとき出ていなかった絵も展示されているようだった。

今回、フレデリックの「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」という巨大な絵に惹かれた。
群衆が描かれているのだが、ところどころにトキメキが隠されていて、それがよかったのだ。

ル・シダネル 夕暮れの小卓 これも本当に好きな絵。彼を知ったのはこれからだった。

青木繁 享楽 いつみても魅了されるばかり。
これとモロー「雅歌」の優美さにシビレて、それから好きになったのだなあ。

思えばわたしの西洋絵画鑑賞修行の始まりは、この大原美術館だった。
そして国立西洋美術館とブリヂストン美術館。
この3館がなければ、今に至る道はなかったと思う。
本当にありがたい。

民藝との深いかかわりや古代の宝物を楽しむ。
河井寛次郎、富本憲吉、リーチらのやきもの、古代ペルシャなどオリエントの工芸品や彫刻。
無限に時間が必要だと思う。ああ、すばらしい。

喫茶店「エル・グレコ」でアイスクリームをいただく。ウエハースつきの正当なアイスクリームである。
これは87年に初めて来たときにも食べたもの。
懐かしく思う。

ああ、間をおかず再訪し、もっと深く楽しまなくては。
20年ぶりの大原美術館は、やはり素晴らしいところだった。

マックス・クリンガーの銅版画

町田市立国際版画美術館で「マックス・クリンガーの銅版画」をみた。12/25終了。
クリンガーといえば「手袋」が一番に思い出される。
それに代表されるように「ドラマ」「ある愛」などがある。いずれも連作ものの、ストーリー性のある版画作品。
幻想的な作品を支えるのは、高い画力による描写の確かさだった。

1880年の「手袋」はとらさんが綿密な記事をあげておられるので、ここでは挙げない。
とらさんの記事はこちら
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・場所
・行為
・願望
・救助
・凱旋
・求愛
・不安
・平安
・横奪
・アモール
これら10点で成立する作品。
画像は「行為」。いえば物語の発端である。クリンガーが女性の手袋を拾うことから物語は始まり、幻想に彩られた展開が続く。

とても魅力的な作品。どの情景をみても心惹かれる。
特にわたしは暗い海に飲み込まれそうな手袋、馬車を御す手袋、手袋カーテン、怪獣にさらわれる手袋、そしてラストの不思議な存在感を見せる怠惰なアモールに魅惑されている。
なお、以前にわたしが挙げた「手袋」の感想はこちら


「ドラマ」1883年 これは世紀末ベルリンの社会の片隅でどうしようもない生から逃れられない人々を描いている。
社会が悪いからこうなるのか、個人の力ではもうどうにもならない状況。どこか現代日本に通じる悲惨さがある。

描かれた作品についての説明を写す。
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・眼の前で 「バルコニーで愛人と密会する妻と、二階の窓からその愛人を撃ち殺す夫」
ものすごい細密描写。バルコニーのたぶん大理石の床、彫刻、繁茂する植物、耳を押さえて立ちすくむ女、二階の窓から伸びる銃砲からはまだ煙が出ている。
長々と伸びた足はもう立つことも歩くことも出来ないのだった。

・一歩 「娼婦への一歩を踏み出す若い女性」
とうとう客を取ることになり、立ちん坊。
「罪と罰」のソーニャを少し思い出した。

・ある母親 「貧しい生活と夫の暴力に耐えかねて親子心中を図ったものの、自分だけ助かり、裁判に掛けられる母親」三部作。
1 リアルな裏町。DV亭主からは逃れたが、うらぶれた裏町の片隅では絶望しかない。
2 心中は失敗し、子供だけ死んでしまった。舟から引き上げられた女の更なる絶望。
3 裁判の審議中。所詮裁判は「男のするもの」であり、女の状況などわかろうともしない。

・森の中 「森の小道の脇に置かれた衣服と手紙が暗示するのは持ち主の自殺」
時代の悪さを感じる。しかし森の緑は濃いのだ。

・殺人 「白昼の殺人、取り押さえられた男の手には刃物が握られている」
港での殺人。大都市ベルリンの片隅ではこんなことも日常茶飯事だったろう。

・三月の日々 「これらの悲劇を生みだした社会体制を破壊する試みである革命を描いている。街頭で改革を叫び高揚する群衆、しかし市街戦は鎮圧され、連行されてゆく人々を冴え冴えとした月が照らし出す」三部作

1 デモ。モブシーンを構成するの面倒だろうなと思いつつ。
2 鎮圧された。煙がもうもうと立ちこめる。
3 夜の行進。

ベルリンは映画や小説の舞台になり、活気ある姿を見せていたが、都市の光の陰には必ずこうした悲惨さがあることもみせてくれたのだった。


「ある愛」1887年 一人の女性の愛と破滅に至る道筋を描く。

1 献辞 裸の男の片膝に座る少年。男は前に手を突き出している。
2 出逢い 馬車の貴女、それをじっと見つめる男。
3 門の前で 門から出てきた女の手にくちづける男。
4 公園で 
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5 幸せ ベッドのそばの窓からは山や橋などがみえる。
6 間奏 海岸のアダムとイブ。不吉な暗示。
7 新たな幸せの夢 空を飛ぶ恋人たち。
8 目覚めて 夢の中の幸せはその分だけ現実の苦しみを倍加させる。ベッドで一人起き上がる女。傍らには誰もいず、家を出ているらしい。赤子の絵が飾られているのも暗示的。
9 恥辱 塀際を歩く彼女に寄り添う「悪い噂」。それを見下ろす女たち。かつて在籍していた社会から追い出され、恋人とも会えず、一人で生きるしかない彼女。
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10 死 死産。足がめくれて露わ。そばでやっと現れた男が泣いている。もう何もかもが手遅れ。彼がなぜ彼女の力にならなかったのかはわからないが、後先を考えない恋のためにこんなことになったのは確かだった。


「アモールとプシュケ」1880年
これは数多くの画家たちも描いてきた「アモールとプシュケ」の物語。
前述の三作品と違い、これだけは原作つき。絵本体はエッチングでそれを飾る枠は木版画と言う凝り方。
繊細に描きこんだ作風だけに、美麗さはいや増している。
恋の成就のための苦難を乗り越えるプシュケと美青年アモールと姑根性丸出しのヴィーナス。
優美な作品集。
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それにしても本当に丁寧で繊細な作品ばかり。
銅版の美とクリンガーの夢想とに酔いしれた。
もっと早く感想を挙げたかったが終わった今に挙げるのも、やはりスルーしたくなかったから。
丁寧な作品をじっくり見たいので画像もやや大きめでした。

日本真珠会館

神戸市中央区に日本真珠会館がある。
登録文化財なのだが、惜しくもこの度サヨナラの運命にある。
そこで見学会が開かれた。

1950年代のモダンムーヴメントの時代の中で生まれた建物である。
外観は華やかではないが、見学し、説明を受け、この建物が「真珠会館」として生まれた理由と、「真珠会館」であり続けた理由とが、深く納得できた。

真珠会館の一階はパール・ミュージアムである。
見学者は四階の会場へ案内された。
そこでお話を伺ったのだが、要約したものを挙げる。
以下、「 」内のものは教えていただいたことの要約である。

「昭和27年に兵庫県の営繕により作られた日本真珠会館。官民一体のプロジェクト。
62年間、用途は変わらず。居留地に現代建築を構築するその意義。」

窓からの風景。
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この窓が大切なのである。IMGP0034_20141225153829b6b.jpg

「東公園の緑は真珠に悪い、四階の真珠交換場は自然光でないとダメなので西側は大ガラス貼り。」
真珠は決して人工灯下では見てはならないのである。
その真珠の質を確認するためには絶対に自然光のもとでないといけない。
だからこの大きな窓が必要なのだった。

わたしが見学したのは午後3時から4時である。
冬のその時間帯の光の入り具合を捉えてみた。
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柱は両壁にしかなく、中央にはない。IMGP0033_201412251538282e8.jpg
左右からの光はこのように入る。

内側を見る。IMGP0035_20141225153840c84.jpg

螺旋階段がついているが、非常に手の込んだ構造だという話である。
「外付けの贅沢な螺旋階段は実は人体工学に沿うものの、光を、時間を知らすためのオブジェではないか。」

この室内から見える螺旋階段、美しさを感じさせる外見である。
相当な古びもあるが、なるほど確かに美しい。
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安全性+機能+美。IMGP0040_20141225155751a84.jpg

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壁に映る影。IMGP0046_20141225155814e34.jpg

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エレベーターIMGP0041_20141225155753c2c.jpg
モダンである。

エレベーターの昇降機。今ではこのシステムはなかなか見られない。
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六甲ケーブルを思い出した。

電気は活きている。IMGP0045_2014122515581363d.jpg

伝声管がある。IMGP0042_20141225155754d71.jpg

「湯沸し室に伝送管がある。それは船で使うのと同じもの。トイレ前ガラスは英国製品。もうこちらも取り寄せ無理。」

旧いガラスもある。IMGP0043.jpg

二階には素敵なテラスもある。IMGP0048_20141225155818952.jpg

窓枠越しに。IMGP0050_20141225160517f3b.jpg

実はこの窓枠がまた素敵なのだ。真ん中で開くので、中の枠線がない。つまり「日」ではなく開くと「口」なのだった。
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縦から横から確認。

金庫もどき発見。IMGP0051_20141225160518da9.jpg

照明をみる。
食堂に使われていたもの。
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興味深い構造である。
置かれているのを見る。IMGP0056_20141225160541faa.jpg

陰翳礼讃ということを考える。IMGP0057_20141225160542e60.jpg
廊下のための照明。間接照明。

階段手すりなど。IMGP0058.jpg

シャープ。IMGP0059.jpg

「階段一段目上がり口と上りのサイズはわざとずらしている。
階段の見える幅を処理するのに、内側に入れ込む。板は一枚ものの無垢」

あちこちにミニチュアがある。IMGP0060.jpg

これは真珠のはかり。IMGP0063_201412251613486a0.jpg

視力検査表が楽しい。
多摩美大製作。宣伝。

中庭へ出る。IMGP0065_20141225161351583.jpg IMGP0067_2014122516141270e.jpg

外から見る窓
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しかし今も使われているのかな。IMGP0074_20141225162247424.jpg

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こんな照明もかっこいい。
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ボイラー室へ。
ちょっとナゾなものがある。IMGP0070_2014122516141685a.jpg
岡本太郎かと思ったよ…

ナゾの計器IMGP0071_201412251622427d8.jpg

石炭。黒いダイヤ。IMGP0072_201412251622444a1.jpg

ちょっとカッコイイ。IMGP0073_20141225162245bce.jpg

正面に回る。IMGP0077_201412251623088f4.jpg
この装飾は実はまっすぐではなく少しずつリズムを持たせているそうだ。
施工した竹中工務店は「間違えたか!」とアセッたそうだが、そうではなく設計の遊び心でした。

パールミュージアムIMGP0078_201412251623097eb.jpg

ドアにはレトロな「押す」表示IMGP0079_2014122516231166f.jpg

中から外をみる。IMGP0087_2014122516293008b.jpg

玄関ホールの天井を見る。IMGP0088_20141225162931f46.jpg

いい建物。
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外観を集める。
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ありがとう、真珠会館。


なおこの日はルミナリエ開催日で、ここから目と鼻の先に東遊園地があるので、点灯を待った。
少しだけ。
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鎮魂と未来のために。




京都聖三一教会

クリスマスなので教会を紹介したい。
京都聖三一教会である。
聖公会の教会。IMGP0021_20141225233056e96.jpg

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小さくて可愛らしい教会で、ブドウ文様があちらこちらに見える。

小屋組み
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柱にちらちらとブドウの彫刻。

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キリストの血は葡萄酒。肉はパン。

窓もシンプルでいい感じ。
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欄間が繊細。
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内陣
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西陣織なのでした。IMGP0006_20141225230407de3.jpg

丁寧な仕事IMGP0015.jpg IMGP0014.jpg

ここにもブドウ。IMGP0011_20141225232552330.jpg

階下へ。IMGP0017_20141225232613648.jpg

階段の親柱IMGP0018_2014122523261513c.jpg

クリスマス。IMGP0019_20141225232616504.jpg

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外観。IMGP0027_201412252331182dc.jpg

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レンガが残る。IMGP0025_201412252331024fa.jpg

幼稚園のお庭。IMGP0024_20141225233101d52.jpg

静かでとてもよいところだった。
今日はきっとミサをされたのだろうな。

このご近所に小さいがおいしい中華の「草魚」さんがある。
教会を見た後でおいしくランチを頂いたのだった。

東京都庭園美術館を撮影する。拾遺

スマホに残している画像を挙げる。
場所によってはスマホのカメラの方がよいのです。

見づらくて申し訳ないけれど。

東京都庭園美術館を撮影する。その1

八年前に東京都庭園美術館の撮影をして、それをこのブログで挙げていたが、あれはまぁごくささやかな内容だった。
今回、平日限定の撮影だというのを利用して出かけ、200枚近く撮影した。
ピックアップするとかチョイスするとか、もう考える余裕がない。
説明も出来ない。
知ってるヒトは知ってる、知らない人は想像で、ということで何部かに分けて適当に挙げてゆく。
殆どはわたしの記憶と記録のために。
不親切で申し訳ない。
旧朝香宮、恐るべし。


東京都庭園美術館を撮影する。その2

続き。
いつもなら何やら個人的記憶と絡めたことを書くが、今回は殆ど自分の記憶と記録のために、ただただ写真をここに挙げている。

東京都庭園美術館を撮影する。その3

ようやくこれで今回の撮影は終わり。
現在はまだ一部閉室のところもあるし、お庭も工事中。

展覧会についてはまたいつか。

生誕120記念 川西英回顧展

昨日で終了したが、小磯良平記念美術館で「生誕120年 川西英回顧展」が開催されていた。
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99年に「川西英と三紅会」という展覧会がここで開催され、そのときもいいものをたくさん見せてもらったが、15年も経つと全く新しい気持ちで展覧会を見ることになった。
無論その間にも神戸市立博物館で展覧会もあったし、神戸市のHPに「神戸百景」のサイトが作られ、見たいと思う人は手軽に見に行けるようになった。
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そして悲しいことが一つ。展覧会の最中にご子息の版画家・祐三郎さんが亡くなられた。
この方の作品も父上同様すばらしく、戦前戦後の神戸・阪神間は父上、昭和後半から平成の現代は息子さん、と二代に渡って描き続けてこられた。

よく風景を描くのに「東京は版画、京都は日本画、大阪は洋画」で表現するのが最適だというが、神戸から阪神間はやはり版画と洋画だと思うのだ。
洋画は小磯、田村孝之助らがいるし、版画はこの川西父子が代表なのだ。
(大阪を版画で描いたのは川瀬巴水と織田一磨くらいか)

ああ、いいなあ、としみじみ眺める風景。
ノスタルジイとモダンさとハイカラさとがその版画にはある。
神戸大空襲と阪神大震災で本当にかつての姿は失われてしまったが、それでも川西英の作品の中には古き良き時代の神戸と阪神間が活きている。

なお、このささやかなブログを読まれる方の内、京阪神以外の方はわたしの言う「神戸と阪神間」という表現がわかりにくいかもしれない。
関西はそんなに大きい土地でもないが、非常に県民性が違い、地域性が異なる。
大まかに言えば大阪は「摂河泉」と「浪花」の4つ、兵庫は「播州」と「丹波」と「淡路」と「神戸」と「阪神間」とに分けられると思う。
その阪神間もまた大阪の北摂と密接な関係を持つ地域もあるので、このニュアンスは地元のものでなければやはり伝わりにくいと思う。

展覧会は前後期に分かれていた。わたしは後期に出向いた。

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銭湯図 1920 女湯の脱衣場のシーン。この時代だと確かにこの賑わいがあったろう。
今ではお客も少なくなった。

曲馬(チャリネ) 1924 川西英はサーカスが好きだったか、サーカスというか曲馬を描いた作品が多い。華やかなサーカスを描く川西英。

曲馬道具集 1927 ロシア語がついている。これは可愛くて好きだ。もうこの頃はイタリアではなくロシア、いや、ソ連のボリショイが日本でも人気が出ていたのだろうか。

軽業 1930 これは京近美で見たのが最初だった。色合いも黄色と赤と緑の派手な配色で、可愛いお姉ちゃんが脚を挙げている。
この絵葉書は自分のファイルの中で、木版画時代の長谷川潔のそれと背中合わせにしている。ちょっとしたこだわりのある取り合わせ。
好きな一枚。

ハムレット 1929 赤色がよく出ている。父王の死体を見るところ・手前では母后と語り合うところ。異時同時図か。

神戸十二か月風景 1931 六月から後が出ていた。1931年の神戸の魅力を味わう。
実際にもうこんな風景はないのだが、途轍もなく魅力的で、じっ と見ていると、自分もこの風景の中に入り込んでゆくような心持になる。
それはやはり川西英の作品の良さもさることながら、描かれた場所が(現在ではかなり違ったとはいうものの)自分が知った場所だから、より親しみがあるからではないか、と思いもする。

九月の諏訪山満月、十月の布引紅葉。この二つが特に好きだ。後者には水兵さんもいる。
ああ、楽しいなあ。

甲子園球場 1931 あっ!!蔦がないねー。

お蝶夫人 1933 第一幕・第二幕が出ている。妙に中国風な背景。スズキに至っては完全にチャイナドレス着てますがなw
川西英はあえてそのままにしたのだろうな。

前記には「カルメン」が出ていたようだ。あれも好きな連作。

襟巻裸婦 1933 うむ、つまりハダカマフラー。

曲馬(ハーゲンベック) 1933 これはドイツの曲馬団。このときの公演が日本人に大きな感銘を与えたのは有名。六代目菊五郎はハーゲンベックのライオンの動きを見て、それを「鏡獅子」に取り入れた。そしてその「鏡獅子」を見たジャン・コクトーは映画「美女と野獣」を創造したのだった。

阪神パーク 1935 泣ける。あった時代を知るからこそ、泣ける。
ところで思い出のよすがにというかなんというか、廃園直前の阪神パークの写真を撮って記事にしているので、よければどうぞ。
こちら


次に別車博資コレクションの「神戸百景」がずらりと並ぶ。1933-1936年の木版色摺。
これは冒頭のそれとは違う。戦前の神戸。ハイカラでモダンな神戸。
なお1960年代の「神戸百景」のサイトはこちら

清盛塚、松風村雨堂、湊川公園…今もあるねえ。旧い昔をしのぶ場所。
敏馬ボートハウス みぬめ、と読む。これは今の岩屋辺り。兵庫県美術館のほんネキ。
税関、栄町、南京街、元居留地…その時代の新しい場所。
瓦せんべい屋 神戸の銘菓。二社あるようだが、わたしはどちらも大好き。美味しいよ。
突堤、六甲ロープウェイ、浮ドック、ガソリンタンク…明るい未来を信じようとしていた時代に生まれた最先端の場所。

ああ、80年以上昔のモダンさにときめく。

川西英もたまには神戸・阪神間以外の地へも行く。
自宅を描いたものもあれば、静物画もある。
京都へも九州へも上海へも出かける。戦時下だからこそのツアーとも言える。

日向青島 1939 凄い熱帯。植物が凄い成長。これはわたしも行ったが、川西英の青島は亜熱帯ではなく熱帯雨林になっていた。

宝塚温泉 1940 のんびりして見える風景。
この時代の宝塚を描いたのはほかに手塚治虫がいる。
晩年の傑作「アドルフに告ぐ」の事件の発端はまさにその時代の宝塚温泉であり、物語は神戸で始まるのだ。

街1(中国街) 1944 映画「上海グランド」を思い出す!!ドキドキする。なんと魅力的なのだろう。色んな妄想が湧きおこる。

もう決して行くことのできない場所というものがある。
それは、距離が離れすぎた場所、心が拒絶する場所、行くことを許されない場所、そして失われた場所である。
川西英の描く場所でもう決して行くことのできない場所とは、失われた場所なのである。
失われたからこそ、昔日の輝きはいよよ増して、想う者の胸を痛めつける。

川西英の植物をみる。

斑入り椿 1944 青花の綺麗なのに入っている。色鮮やか。

山茶花の庭 1946 戦後になったが、戦前と変わらず穏やかな時間がそこにある。華やかな花々。蹲の美しさ。いいなあ。

六月の庭 1945 ウィリアム・モリス風なカラフルさがある。

かけひ 1950 おばしま(欄干)の交差する美しさ。竹床、蹲、ヤツデの緑。なんとも素晴らしい。谷崎潤一郎「夢の浮橋」の庭を想う。
あの庭の実景はこちら。以前に挙げている。

睡蓮の頃 1958 和の庭の美。
現在では木版画で和の美を表現するのはジュディ・オングだけになってしまったが、この時代は川西英の艶やかで明るい作品があったのだ。

菊 1912 随分古いものだとはいえ、この作品はイメージ的に「菊」ではなく「クリサンテーム」と表記したい。そんなイメージのある「菊」だった。花瓶の花。

若い頃の川西英のエピソードが興味深い。
気の毒に船に乗って遠出をするとやたらと難に遭う。大時化にあったり予定変更を余儀なくされたり。
1914年の上海―漢口ツアーも大変だったようだ。
そのツアーの水彩画がいい。

若い頃の水彩画の良さは木版画とはまた趣を異にする。
神戸栄町之図 1920 表現主義風な市電と郵便局など。
トーアホテル 赤いドーム屋根。ヒマラヤ杉が林立。
どちらも素敵。

1963年の「兵庫百景」はまさかのポスターカラー製作で、これがまたたいへん面白い。
こちらは神戸市立博物館でそれだけ集めた展覧会を見ている。
「神戸と兵庫のモダニズム 川西英えがく「兵庫百景」を中心に」
感想はこちら
いい展覧会でしかも200円という安価。小冊子も同額。嬉しかったなあ。

宝塚ファミリーランドのお城が見えるよ…(涙)。
舞子の月は変わらぬ月だが…

川西英の仕事は多岐にわたる。
1937年には布に版画のカレンダーが出ている。かなりおしゃれなカレンダーだった。
カルメン、ひまわり、曲馬団、海、買い出しなどなど。

ああ、神戸に行きたくなってきた。
30分ほどで行ける場所だが、わたしとっては神戸はキモチ的には決して近くはない地なのだ。
今度はぜひ神戸を愛する人と神戸をめぐりたい。
それをしてこなかったから、わたしは神戸に疎遠なのかもしれない。

じっくり味わいたい川西英の仕事だった。

竹久夢二と大正浪漫の世界 / ボヘミアン夢二 大正ロマンの画家、知られざる素顔 

川西英は竹久夢二の大ファンで、一大コレクターだった。
2011年の年末には「川西英コレクション収蔵記念展・夢二とともに」展が開催された。
感想はこちら
本当にいい展覧会で、わたしたちファンの先達たる川西英へのリスペクトも併せての感想である。

その川西英コレクションが京セラ美術館で「竹久夢二と大正ロマンの世界」展として展示されていた。(11/6-12/5)
京セラ美術館はちょっと遠いので行きにくいが、無料公開ということもあり、思い切って出かけた。そして例によって道に迷うというお約束をやらかしたが、京セラ美術館のボランティアの監視員さんと帰りを共にし、色々慰められて「また行こう!」という気にはなった。
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京セラ美術館は本社ビル一階にある。これまでもずっと無料だったそうだ。
たいへん立派である。さすが稲盛さんの会社だと思った。いつかここの所蔵品だけをみに来たい。
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さて夢二。
柳屋便箋、千代紙などの夢二のデザイン感覚が優れているところをまず娯しむ。
夏雲の立つ奈良、女と白帆、タンポポの胞子が飛ぶ様子、彼岸花、青楓、松葉、百合などなど。
黒地に赤・黄色・緑のマッチ棒の千代紙のモダンさなど、本当に素敵だ。

絵葉書集、ポリドール・レコード新譜ポスターなども面白い。
このポリドール・レコードのポスターは、研究者の毛利眞人さんにご教示をいただいて、昭和五年一月から昭和六年までに出たものだとわかった。

二月新譜 ワンピースの女の絵。・さすらい小唄・丸ビル小唄
三月新譜 おもちゃの兵隊の絵。・ひよこの兵隊・雪だるま
三月新譜 髪をくくる女。・メリーウィドー・走れトロイカ
四月新譜 黄八丈のおかっぱ女。・祭り・一つ星
四月新譜 赤地に松葉柄の着物の女が踊る。・江差追分
五月新譜 モダンな柄の着物でダリアをくわえるモガ。・鴨緑江節・甚句もいろいろある。

次はセノオ楽譜がずらりと並ぶ。
弥生美術館でもおなじみの作品たち。
楽しい。

どんたく絵本もある。
画集も。このあたりの作品群は本当に好きなものが多く、ファンとして嬉しい気持ちになる。

夢ニの童画の「夢ニ画手本」は可愛い。
白ゾウに乗る水着の子供、放浪者と夕日、白い木馬に乗る、丘に座る子供・・・

情話の表紙絵もある。

川西英のコレクションをこうして眺めると、本当に川西が夢ニのファンだというのがよくわかる。
遠かったが見に行ってよかった。

次に弥生美術館の方の夢ニ美術館の感想。
こちらは12/25まで開催。

「ボヘミアン夢ニ 大正ロマンの画家、知られざる素顔」
夢ニは生誕130年、川西英より十歳上。
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わたしは夢二の女よりも少女や子供の方がずっと好きだ。

ウサギと一緒の少女、ウサギのマフラーの少女。
少女たちはいつも真面目で、少しばかり何かの痛みをこらえて生きているように見える。
特に洋装の少女にはそんな風な切ない強さがある。

明るい窓 この絵は本当に好きで、夜の庭にいる少女を描いているが、とても色合いが好きだ。

東京パックのコマ絵「親子に非ず」 好色そうな爺と舞妓のような少女とが並んで座っている。
それだけでなにやらいやらしさがひしひしと伝わるような絵。

ところでその同じページになんと坂本繁二郎の戯画があった。
「公園の昨今」として犬たちの<恋愛状況>を描いている。
犬にヒトサマの風俗壊乱状況をはめているのだ。
坂本も若い頃はこんな絵を描いていたのだなあ。

夢二は「カリガリ博士」ファンなのでその絵や、それから影響を受けた「ベニスの夜」などがあるが、これらは表現主義のはずなのにキュビズムと紹介されているのが、ちょっと不思議だった。
今までは表現主義だと記されていたのに。

他に華宵の花を描いた便箋が集められていた。
聖女 初見。修道女とスズラン。この花には毒があるが、見た目には確かに清楚ではある。

杜若 八つ橋を渡る日傘の娘。高島田の美しい横顔。

いつもいいものを見せてもらい、感謝している。
来年もよろしく。

年の瀬の茶の湯三昧  香雪美術館・大和文華館・正木美術館

年の瀬に向かう日々の中で三つの茶の湯関連の展覧会に行った。

一は香雪美術館「松平不昧の好み」
一は大和文華館「茶湯の人と造形」
一は正木美術館「茶の美」
いずれも豊かな心持ちになる展覧会だった。

まず香雪美術館から。
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不昧公は17歳で藩主を継ぎ、藩財政を建て直し、好転後に茶道具蒐集を始め、一代の大茶人となり、今日に至るまで大先達として尊敬されている。
彼のコレクションの目録は「雲州蔵帳」と呼ばれ、それに記載された道具は今も深く愛され大事にされている。

不昧公の書を見る。
「平常心是道」 気合いの入る、いい書である。
言葉はあの猫斬りの南泉である。猫好きとしては、なんやあいつか、とイヤな顔をするが、書はいい。

「別是一乾坤」 意味は、今の世界の他にも絶望せず、別世界に眼を向けよう、というもの。
いい言葉だ。すごく身にしみる。

酒井宗雅宛消息 三つ下の宗雅とは普請工事で一緒になってから仲良くなったそうで、この手紙は「頭痛のやうなるもの致し候」という内容。

不昧公の絵を見る。
小倉山紅葉図 のんびりした心持ちの絵。

燕図 よく肥えた燕が飛ぶ。

狩野安信 須磨明石図 淡色で静かな絵。波も凪いでいる。湾と入江。

抱一 十二ヶ月花鳥図押絵貼屏風  これはもう本当に好きな屏風で、抱一の十二ヶ月ものの中でも特にいい。
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中でもいちばん好きなのはみみずく。キュートな目のミミズク。イメージ (23)

周りに鳥が飛んできてちょっとかわいそうな感じもあるが、本当に可愛い。
これは千葉市美術館の展覧会にも出たが、あのときも可愛かったなあ。

工芸品をみる。
存星 柚香合 黒赤い。形が柚を思わせるものだということだが、そういえば明日は柚子湯の日だ。

祥瑞 瑠璃雀香合 細かいね。

堆朱 扇の丸香合 なんだろう、いろんなものがある。

織部 六角香合 ぎらぎら太陽みたいで面白い。

いずれも明代の小さく可愛いもの。
次は不昧公の手製品。

老茄子香合 ぷりっとした、カモ茄子ぽい茄子。

青梅香合 可愛い。花びらに花びらが重なる作り。

中山胡民 鶴亀蒔絵香合 羊遊斎の弟子。

棗をみる。

夜桜棗 今回よく見えた。とても綺麗。前回千葉市美術館では闇の底に沈んで見えなかった。

羊遊斎 高蒔絵 大菊棗 あの人気の菊の。いいねえ。

小島漆壷斎 面取茶桶桐蒔絵棗 これは元々酒井宗雅の愛蔵品だったが、遺言で不昧公にもたらされたのだった。
小さい桐の連続パターンがあった。

ほかにも茶碗のよいものがあった。

羊遊斎・抱一下絵 四季草花蒔絵旅箪笥 桐製のこじゃれた箪笥。棚板なども綺麗な絵がある。
もともと旅箪笥は利休が秀吉の小田原攻めに従軍したときに発明したもの。

この展覧会でスタンプラリーも完成し、美術館オリジナルのカレンダーをいただき、とても嬉しかった。
12/23まで。


大和文華館で「茶湯の人と造形」を見る。
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基本的に所有品がメインの展示なので、親しみのある作品が多いが、中には出張してきたものや、初めて目にするものもあり、とりどりの楽しみがあった。

秋塘図 伝・趙令穣 北宋  今の時期にふさわしい絵。遠くに烏のいる、侘しいような寒いような。

雪中帰牧図 李迪 南宋  こちらもこの時期に合う。前にこの二枚の模写を並べるのを見て、それで初めて右幅ではキジを持っていることを知ったのだった。

竹燕図 馬遠 南宋  これも好きな絵。二羽が飛び一羽が止まる。可愛いなあ。

伊勢集断巻(石山切) 平安 綺麗ななあ。遠山が見えるよ…

小大君像 鎌倉  お会いできてうれしいですよ。こないだ北村美術館のお仲間には会い損ねたので。

平治物語絵巻断巻 鎌倉  敗走シーンね。見返るのは金王丸。

まぁここまではレギュラーというかおなじみのスターですね。

小倉色紙「天の原」 鎌倉  これは小倉山荘の障子紙になってたもの。
江戸時の庶民だと破れ障子を隠すのに「いろは」だとかをはるわけやが、さすが貴族は違います。
綺麗な文字に花柄の背景。

墨蹟 虎丘十詠跋 霊石如芝 元  先師のに注釈なんてムリムリ、ということを書いているらしい。元の「虎丘十詠」は元の時代の詩のベスト10入りしてるというのを後で調べたが、もっと詳しいことを学ぶ時間がちょっとないわたし。

造東大寺勧進栄西書状 石津浦地頭宛て 鎌倉  東大寺の東塔造営のために周防から送った材料が大風でとまったけど、抑留しないでね、という内容。
地頭というのはその土地土地の支配者ですから公文書なんかも色々あったりもするし、こうした書類も多い。

他に足利義満が相国寺の上棟のために書いたものとか「元亨釈書」作者の虎関の書や、千少庵、古田織部、小堀遠州らの書状。
織部は有楽斎に「来てくれてありがとう」、
光悦のは注文主に「金具大方出来たがどうします」と尋ねるものだったりもする。
中にはシャケ三匹ありがとうというのもある。
こうした書状を軸物にして茶席に。話題はその内容についても及んだだろう。

杉木普斎書状 これは表具がとても素敵。今な和風で藍地にテッセンらしき花を小さく外線だけで表現し、そこに小さなチカチカをつけるのだ。
素敵な布でした。

一休宗純像 伝・曽我蛇足 一休賛 室町  顔に肉がみっしり。自信に満ちた賛でしたな。

舟乗人物図 藤村庸軒画賛 小さな舟に乗ったおじさんが可愛い。妙に楽しそう。

龍泉窯の青磁(オール砧)、高麗茶碗(朝鮮王朝に生まれててもね)などの唐物のほかにも本朝のがたくさん。

白天目茶碗 室町  灰白色の素地に透明度の高い釉薬をかけて焼成する。貫入がとても綺麗。

人気の二品が素敵。
色絵おしどり香合 野々村仁清 江戸
色絵夕顔茶碗 尾形乾山  

その他の工芸品
鹿ップルならぬ10数匹の鹿を一本の中に描きこんだ笛筒もある。
沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒 光悦作 桃山  可愛いなあ。いつま楽しく泥めている。
 
他に存星や堆朱倶利、根来塗などを見た。
伊勢芦屋蜻蛉文姥口釜 室町末  7羽の蜻蛉が描かれている。
可愛かったなあ。

12/25まで。


最後に正木美術館「茶の美」。
開館40周年記念展覧会の一環である。

最後に正木美術館。
正木コレクションの特別展示。
場内に入るとはっ となった。下からの照明。陰翳礼讃。
その中で見る茶の湯の世界。

一休宗純墨跡 滴凍軒号  一休さんの言葉の中に「滴凍」があり、さらに「六祖の教えにつながる」と言う程度の意味がこめられている。
今回はあの六祖くんはでてないです。

古備前算木手花入  「大永九年」と年号が入る。六面体の花入れの胴に埋もれつつある算木が肋骨のようで、鉄ぽいのもいい。

尻張釜 銘 永平寺  印のように刻まれている。辻与次郎の釜。

千利休図 伝・長谷川等伯  在世中の利休を描いた唯一の絵。厳しい感じでそこにある。

黒樂茶碗 銘 両国 伝・長次郎  鉄ぽいな。渋すぎる。

黒樂茶碗 銘 散聖 ノンコウ  ピカーーーッと光るので、すぐわかる。可愛い、綺麗なノンコウの作。

赤樂茶碗 銘 武蔵野 ノンコウ  赤茶けた大地。荒涼とした風景。ざりざり。西部劇ぽいが、これは秋草のない武蔵野なのである。

扇面春山草花図 乾山  80歳の作品。蕨や土筆や白い花が咲く春先。蒲公英もある。遠くの山にはもう桜もちらほら。

白地鉄絵蝶文深鉢 金時代  これは好きなもので、白の地の上に黒いアゲハがまるで編隊を組んでいるかのようにくっきりと空を飛ぶ。

古伊賀二重円座水指  顔みたいで面白い。ザグザグな前髪に太い眉の下につぶらな瞳、そして厚すぎる口、のような顔つきに見える。

算木文四方釜 辻与次郎  可愛い尾垂。肋骨のような算木がいいね。

天啓赤絵鉄拐仙人図皿 明  これが稚拙な可愛い絵で、ヒゲダルマのようなオッチャンがおるのだが、髭も濃いがまつ毛も濃い顔で、「龍の肉球・獅子のまつ毛」のあの獅子のまつ毛にそっくりなのを生やしているのだった。

夢窓国師関連の書も色々。

山水図 雪村  文琳型の中に風雨。墨の濃淡で描ききる。

猿図 心渓宗安  扇面に手を伸ばす丸顔の猿と眠る白猿とを描く。可愛い。

12/21までだった。

茶道具の面白さを堪能できる三つの展覧会だった。

ショーウィンドーのリサとガスパール

毎年この季節になるとうめだの阪急百貨店にはリサとガスパールの楽しいクリスマスが現れる。





今年はパリからNY に行く夢を見るリサの話。
































ゆかいなリサとガスパール。

他にみかけたイルミなども。










ほのぼのしあわせ。

フェルディナント・ホドラー

国立西洋美術館へスイスの国民的画家「フェルディナンド・ホドラー」の展覧会を見に行った。
先般「チューリッヒ美術館展」でホドラーの絵を見ていたので、あれが「吉書」となって、機嫌よく回顧展を見に行ったのだ。

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ホドラーは世紀末芸術家らしく象徴主義の濃い作品も少なくないが、一方でスイスの山々を描く画家であり、やはり同じスイスのセガンティーニとその傾向が似ているような気もした。
ただ、ホドラーには肉体の躍動がある。彼の絵には勃興してきたモダンダンスのダイナミズムが活きていた。

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PART1 光のほうへ―初期の風景画

自画像 1873年(自画像)、1878年(風景)ジュネーヴ美術・歴史博物館  見返りのような首のまわり方。目鼻のぼってり大きな青年。このころ既に彼は家族を持たなかったか。


シャダウ城とシェルツリンゲン教会、ブリュームリスアルプ山 1871年 ベルン美術館  土産物の観光絵葉書を作る親方の徒弟として働いていたホドラー。この絵はいかにもそんな観光絵葉書的な風景。
彼は後に独自の理論を持ってスイスの風景を描くが、これはこれで決して悪くはない。

山小屋とアイガー山、メンヒ山、ユングフラウ山 1872年 ベルン美術館  ハイジの小屋のようなものが見える。というより、ハイジのいたアルムのように見えた。

インターラーケンの朝 1875年 ベルン美術館  並木の向こうに甲山がある。近代的な感じがする。少しずつホドラーが新しくなってゆく。

スペインの風景 1878│79年  スペインに行って地中海の強い光にさらされるホドラー。水色の空、細い木々の隙間に寝転ぶ人、どこか自由さを感じる。

レマン湖畔の柳 1882年頃 ヴィンタートゥール美術館  色っぽい柳。そんな女性風な物腰の柳。

柳 1891年頃  十年後の柳は太い幹で、アジアのそれと違い縦に伸びていた。

マロニエの木々 1889年 ジュネーヴ美術・歴史博物館  「反射/反映」という理論を絵で実証。湖畔のマロニエの木が水面に映る。2本の木を描くホドラー。

PART 2 暗鬱な世紀末?―象徴主義者の自覚
皆の時代の気分としての暗鬱さ。

怒れる人(自画像)1881年 ベルン美術館  当初は「狂人」と題していたそうだが、狂人にしては目が案外まともではある。

サン=ピエール大聖堂での祈り 1882-85年頃 ヴィンタートゥール美術館  内部の様子を描く。聖人たちのいるステンドグラスがとても綺麗。祈る人々のいる場。

ルイーズ=デルフィーヌ・デュショーサルの肖像 1885年 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館 アム・シュタットガルテン  13歳の娘。兄はスイスでの象徴主義の中心にいたルイ。10年後の交友。地に小さな水仙を持つ少女。

ラルデの娘の肖像 1878年 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館 アム・シュタットガルテン  こちらは幼女で、可愛い服を着ている。水灰色の上着に襟や袖やポケットが違う色使い。可愛い。

アハシュエロス(永遠のユダヤ人)1886年 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館 アム・シュタットガルテン  ゴルゴタへの道をゆく十字架背負ってしんどいイエスが、このひとに拒否されたことで、まぁたたりと言うかなんというか。
彼はキリストの再来まで安息と故郷とを失くしたわけです。
ここでは哲学者的な風貌。尤も人間、あんまりわけのわからん飛行を感じながら歩くと、やっぱり哲学的なことを考えてしまうのは当然かもしれない。

傷ついた若者 1886年 ベルン美術館  善きサマリア人の説話の、その被害者をモチーフにしたものらしい。とはいえ、これは強盗に身ぐるみ剥がれただけでなく、ついでに…ということを考えてしまいましたがなw
やたらと青白い肌。頭からの血がしみてゆく…

PART 3 リズムの絵画へ―踊る身体、動く感情
この章で観客としてのわたしもワクワクドキドキしたのだった。

オイリュトミー 1895年 ベルン美術館  まるで「カレーの市民」が失敗したかのような人々。言葉時代は「善きリズム」を意味するギリシャ語らしい。小石の上をズンズン歩くのが、冥途の旅路に見えて仕方ない。

感情 III 1905年 ベルン州美術コレクション  上記の絵の対。お花の咲く野で4人の女たちが一定のリズム・距離を保ちながら動く。肉体からはエロティシズムは感じず、筋肉の張を感じる。

昼 III 1900│10年頃 ルツェルン美術館  3人の裸婦がそれぞれポーズをとっている。祈りからのポーズかと思えばそうではなく、左の女は拝んではいるが、右の女は太陽を遮ろうとし、中の女は中空を飛んでいるように見える。

このあたりの作品はどれを見てもワクワクした。ほんとうにとてもかっこよかった。

感嘆 1903年頃 ベルン美術館  この裸婦もモダンダンスの人のように見えた。
肉体は鍛え上げられ、無駄などはない。
このポーズを見て「感嘆」と漢字が入れば、山口貴由の世界だ…

春 III 1907-10年頃  雰囲気的に左的に着衣の女、右にジェームス・ディーンがいるかのようだった。

どの絵にもリズムが活きているのを感じる。
踊りだしても不思議ではない。
そして絵の並べ方が、まるで三幅対のようなものもあり、カッコいい。

遠方からの歌 III 1906-07年 ジュネーヴ美術・
悦ばしき女 1910年頃 ベルン美術館
恍惚とした女 1911年 ジュネーヴ美術・歴史博物館

この三人の女たちが三幅対のように展示され、とてもかっこよかった。
筋肉のはっきりしたうねり、音楽が聞こえてきそうだった。
ぐっと力が入る。
真ん中の女だけ絵ハガキがなくてちょっと残念。
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PART 4 変幻するアルプス―風景の抽象化
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レマン湖とジュラ山脈(風景の形態リズム)1908年頃 アールガウ州立美術館  これがとてもかっこよくて!!雲にも波にもリズムは生きているのだ。その実感がわく。
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シェーブルから見たレマン湖 1905年頃 ジュネーヴ美術・歴史博物館  こっちも可愛い。空の雲と水面の雲とが対称する。かっこいいなあ。

雲のあるメンヒ山 1911年  雲リズムが雪と一体化して、山を侵略する。

ミューレンから見たユングフラウ山 1911年 ベルン美術館  こちらはところどころ緑があるが、モノスゴイ山道。

ミューレンから見たユングフラウ山 1914年 ジュネーヴ美術・歴史博物館  怪獣の横顔のような斜面にびっくり。

夕暮れのトゥーン湖とシュトックホルン山脈 1910年  水灰色がとても綺麗。少し抒情性も感じるくらい。

シャンペリーの渓流 1916年 ヴィンタートゥール美術館
シャンペリーの渓流 1916年 ジュネーヴ美術・歴史博物館
どちらも安井曾太郎を思い出した。色の分割のせいか。

PART 5 リズムの空間化―壁画装飾プロジェクト
大壁画などの仕事で大群衆を描くようになり、空間処理が巧くなったと思った。

《マリニャーノからの退却》中央部のための構図習作 1897│98年 ベルン美術館  
世紀にフランス軍に敗れた史実を絵画化した。この経験はスイスに活きて、赤十字活動がそれで始まったそうだ。

《マリニャーノからの退却》中央部のための構図習作 1897│98年 ベルン美術館  死者やけが人がごろごろいてる。

群像がとてもうまい。

《全員一致》のための人物像習作1911-12年 ジュネーヴ美術・歴史博物館  ハノーファー市庁舎の会議室のためのもの。それで『全員一致』なのか??
これは1533年の宗教改革受け入れのときの絵。066

《全員一致》のための習作 1913年  ハーイハーイハイハイハイハーイハーイな情景。他にも扇動者がフレディ・マーキュリーぽいのもあった。

木を伐る人 1910年 ベルン、モビリアール美術コレクション  構図がカッコいいよな。こういうのがやっぱりかっこいい。500スイスフランに使われていたそうだ。

草を苅る人 1910年頃 ベルン美術館  中腰でよく働く。こちらもお札になったとか。

PART 6 無限へのまなざし―終わらないリズムの夢
見ていて興奮が止まらなくなった。
本当にカッコいい。リズムリズムリズムリズム…カッコいい!

《無限へのまなざし》のための単独像 習作 1913-15年 ジュネーヴ美術・歴史博物館  5人の女のリズム。ダルクローズ、ああ、かっこいい。
リトミック運動…点と線が一体化する。

たくさんの肉体のパーツの絵などがあり、他に実際の設置場所の映像なども見れた。よかった、とてもよかった。このリズム感は人を高揚させる。

PART 7 終わりのとき―晩年の作品群

若い愛人の生と死とを描く。
ヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルの肖像 (パリジェンヌ II)1909年 ベルン美術館
ヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルと揺りかごの中のポーレット1913年 ベルン美術館
《ポーレットを抱くヴァランティーヌ・ゴデ=ダレル》の側面観の肖像習作 1914年
ベルン美術館
死にゆくヴァランティーヌ・ゴデ=ダレル 1915年1月21日 ジュネーヴ美術・歴史博物館
バラの中の死したヴァランティーヌ・ゴデ=ダレル 1915年 チューリヒ、コーニンクス財団
たまらなくなった…しかし死亡後の遺体を描くそこに画家の執念を見たようで怖い。

白鳥のいるレマン湖とモンブラン 1918年 ジュネーヴ美術・歴史博物館  白鳥の立ち位置のリズム感。シビレるねー。かっこいい。
これは絵ハガキにもちょっと使われている。
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午後のレマン湖とモンブラン(3月)1918年  見事な三分割。遠景・中景・前景。

本当にカッコよかった。3章と4章とで見てるこちらの意識にもリズムが注入されてきて、妙に細胞質がイキイキするのを感じながら見たわ。

ユーリズミックス、リトミック、ダルクローズ…
日本で最初にダルクローズを取り入れたのは初代市川猿翁。「黒塚」でのことだった。
腕の伸ばし方が本当にカッコいい。

音楽が勝手に頭の中を流れて行った。リズムリズムリズム…

モダンダンスへの愛情が深い人は必ずこの展覧会を見るべきだね。
1/12まで。次は兵庫県美術館へ巡回。

だまし絵 2

Bunkamuraの後、兵庫県立美術館に「だまし絵2」が来ている。1も楽しませてもらったが、2もまた明るくだまされた。

Bunkamuraと兵庫のチラシ。
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どちらもアルチンボルド「司書」だが、構成は随分異なる。Bunkamuraは「進化するだまし絵」「正々堂々、あなたをだます」。兵庫は「何度でもだまされたい」
うまい対になっているね。

遊び心にあふれた楽しい展覧会で、観客もみなさん明るく眺めたり、動いたり、いろいろ楽しんでいた。
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現物としてはバラバラな材料の寄せ集めにしか見えないものが、光と角度の加減で完全なピアノの姿を見せる。
これは面白くて何度もバラバラのところと歓声に見えるところとを往復した。
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著作権問題で、露出度が高いはずのキャラが花隠れしてしまう絵を描いたのは福田美蘭だった。なるほど、それは言えてると思いつつもこの発想をこそ中国に持って行って見せてほしいと思う。あのコピー王国にこそ見てほしいね。

須田悦弘の木造の植物も隠れている。
本物の中に置いたらどうなるのだろう、といつも思いながら。

高松次郎の影もいくつか。

影で作品を作る人もけっこう多い。
ラリー・ケリガンのもそうで、実物は変なのだが、影としての姿は美しい。
これを見ていて思い出すのが山田貴俊「風のマリオ」。彫刻家のマリオが光と影を作品に組み込んで完成させた肖像。
それにしても「実物よりも影の方が美しい」というのは怖いね…
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チラシはやはり関西のものの方が面白いな…

ヤーコム・アガムのアガモグラフはとても楽しい。
以前にもこの人のではないが見ていて、大好きだ。

リチャード・アヌスキウィッツのライト・カドミウム・レッド・スクエアにも何かなじみがあると思えば、子供のころによく付録やおまけでもらった、右から見るのと左から見るのとで絵が変わるシール、あれにそっくりなのだった。
ああ、楽しい。

パトリック・ヒューズ 「広重とヒューズ」は面白い試みだった。
屏風の特性を生かしておるよ。

エッシャー、マグリットらのだまし絵もあり、機嫌よく見て回った。
ダリもいい。

嬉しいのはホックニーの作品が二点も来ていること。
写真の大佛さんはまるで細胞のように膨大な写真で構成されている。

スティーブ・バロン a-ha「テイク・オン・ミー」のミュージックビデオがある!!
1985年か!!懐かしい。80年代半ばは洋楽の人でした、わたし。

レアンドロのログ・キャビンがあり、大きな現物を展示していた。
内外にそれぞれ違う映像。風景は変動し続ける。

鞘絵のようなものもあったし、極端なものもあった。

マグリットの赤いモデルはホビット族の足を思い出させてくれる。
こういう靴もおもしろかろうね。

さらりと書いたが、面白いものであふれていた。
12/28まで。

ジョルジョ・デ・キリコ 変遷と回帰

ジョルジョ・デ・キリコといえば真っ先に思い浮かぶのは、無人の街の中を銀輪を転がして遊ぶ誰かの姿だった。
あれはほど生命感のない、そして現実感のない、妙な怖さを持つ絵は少ないのではないか。
大正期に活躍した童話作家・小川未明に不吉な短編がある。「金の輪」である。

病弱な太郎少年が見知らぬ少年が金の輪を転がして遊ぶのを見て一緒に遊びたいと願ううち、ある日とうとう願いがかなう。それは夢の中でのことだったが、太郎は少年と二人で誰もいない道を金の輪を転がして走り、夕日の中へ入ってゆく。
その翌日から熱を出した太郎はやがて七歳で死ぬ。

キリコの作品と未明の童話とがわたしの中では殆ど同一化している。

汐留ミュージアムで「ジョルジョ・デ・キリコ 変遷と回帰」展が開催されている。
かなりの繁盛だというが、幸いわたしが見に行ったのは月曜だったので、いい具合に見て回れた。
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申し訳ないが、本当にわたしのアタマでは理解できない思想に基づいての製作なので、キリコの本質を見ぬまま、勝手な感想を小さく挙げてゆく。

1.形而上絵画の発見
ポール・ギョームの肖像 1915  他では粋なパリジャンとして描かれる画商も、ここでは裸族のおっちゃんである。
そこにも意味があるのかもしれないが、わたしにはわからない。単にそう描きたかったからなのか、シャレ心からかもわからない。

福音書的な静物 1916  変な厚揚げのようなものが描かれている。パンというか、ビスケットらしい。タイトルとどう関連付けされているのかもわからない。

どんなものでも愉しむためには知識と共感が必要である。
東洋世界での楽しみはわたしにはまだ味わえるが、思想と哲学が入った作品はおしなべて理解不能なのである。
そしてそこに自分の限界があることもわたしは弁えてはいる。

謎めいた憂愁 1919 絵に奥行きが活きる。ヘルメス像の目元が暗い。アポリネールへの追悼かもしれないそうだが、絵としては怖い。
絵の外から見る分にはともかく、絵の中にあればこの鬱屈したヘルメスに見下ろされているようで、逃げ場もなく、とても怖い。

シュルレアリズム絵画には、閉塞感と鬱屈と静かな恐怖とをいつも感じる。

2.古典主義への回帰
肉感的というかナマナマしさがあるというか。

母親のいる自画像 1921 よく似た母子。ウイキョウか何かがある。丸顔の二人。別に完全なる肖像画というのを望んでいる訳ではないのは数年後の「自画像」からもわかる。そこでは顔にだけ色が載り、体や手は灰色なのだ。

剣闘士の戦闘 1929 抱き、もつれあう二人とも倒れる一人と。三人の関係性がとてもエロティックにみえる。

キリコは素描をよく描いたようで、意外な感じもした。
そして彼の描く女たちはみんな丸顔で、皮膚の下の温度や湿り気などがナマナマしく感じられる。

素描の良さはそれだけの展示でもかなり面白いのではないか、と思うほどのものだった。

フィリッポ(犬の習作) 1940 可愛いわんこ。

猫の習作(ドラクロワによる) 1940 寝てる猫。やっぱり可愛い。ドラクロワの元の絵は知らないが、いい感じのポーズを取る猫だった。

ネメシス 1945 空飛んでくるーこわいよー 左には立派な装いの剣闘士。

マントの人物 1950 横たわる男。ナルシーくさい。足をたてているが、妙な意識のある指。

3.ネオバロックの時代 「最良の画家」としてのデ・キリコ

馬と縞馬 1948 これはもうとても気に入った。右のホース、左のゼブラ。仲良く並んで佇む。全く別もの。海辺の風景。ギリシャ神殿の列柱の切れ端がコロコロ転がっているが、それがどう見ても「ちくわぶ」。関西とは無縁のちくわぶ。ちくわぶの転がる風景。

海岸の二頭の馬 位置的に2対1。神殿の廃墟。ここにもちくわぶがある。

馬と海、というモチーフは非常にギリシャ神話的なのだが、そこに不思議な<描写>が入ることで異質な世界へと転換する。
そのあたりの表現がシュルレアリスムなのだろう。

イーザとジョルジョ 妻でありミューズであるイーザと共にあるキリコ。イーザをモデルにした裸婦図もあるが、美人で、皮膚の質感が伝わるような体だった。

ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレ 1957 ・・・海と塔とかごく普通の有様なんですが。その普通さが妙に不思議。

ノートルダム 1962 釣り人がいる。なんとなく不穏。

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4.再生 新形而上絵画 
ラグビーボールのような輪郭の頭部を持つ人物たちの登場。人物なのかどうかも実は私にはわからない位なのだが。

吟遊詩人 1955 出ました。ラグビーボールのような顔の。しかし口もないし指もないし、どのような詩を語り・聞かせるというのか。

噴水と邸宅の風景のある形而上的室内 1955 横尾忠則を思い出した。横尾がキリコに似ているのか逆なのかも、この絵からでは判断ができない。

不安を与えるミューズたち 絵もあるが、ブロンズ像に惹かれた。影が動いていた。縮んだり伸びたり。不思議ね。
照明の当て方なのか何なのかはしらないが面白かった。

慰めのアンティゴネ 1973 オイディプスの娘。もうどうにもならない。気の毒。

5.永劫回帰 アポリネールとコクトーの思い出
コクトーはとても好きなので嬉しい。

神秘的な水浴場、散策からの到着 1971 裸体美青年。そこにスーツ姿の男が話しかけに。プールにはボートをこぐ人もいる。
ここにコクトー的要素を見いだすとなるなら、裸体青年はコクトーの好みの青年となり、スーツの男はコクトーということになるのかもしれない。

鴨のいる神秘的な水浴場 1973 裸体青年二人。とてもいい体。そういえばコクトーはジャン・マレエのような逞しい青年にときめく人だった。

黒い宝 1976 石油のことだった。オイル・ショックの数年後の絵。

神秘的な動物の頭部 1975 輪郭線は動物的だが、内部にはギリシャ神殿やその他の建物がいっぱい混ざりあっている。諸星大二郎「生物都市」を思い出す。ざわざわする心。

オデュッセウスの帰還 1973 室内で氷とかボート乗るとかいろいろ。まぁ帰ってきたわけですし・・・

よくわからないと言いつつ、それでもこうして楽しませてもらった。人気が高いのもわかる。
今回、とりあえず神殿の柱のちくわぶ、あれに惹かれたのは本当だ。いったいいくつちくわぶがあるのか数えた位だから。←さていくつでしょう。
銀の輪には会えなくとも十分不穏な心持にもなった。

12/26まで。

鎌倉ゆかりの天神様 

鎌倉国宝館で開催された「荏柄天神社宝物と常盤山文庫コレクション」展も終了したが、面白い展覧会だった。
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まずこのチラシからしてよい。
ぱーーーんっと言う感じで天神様登場。

学問の神様と言うだけでなく、やっぱりあれよ、御霊信仰の最たるお方で、とうとう神様になりはったくらいのお方。
色んな天神像がありますわな。

鎌倉の天神様、というのはむろん菅公ご自身は生前に鎌倉には寄っていないので、勧請したわけです。
北野天満宮、太宰府天満宮、大阪天満宮、この三か所がまぁやはり御本拠でしょう。
そして太宰府に左遷された時に立ち寄ったりなんだかんだで長岡天神、服部天神、と高名な神社もあるわけです。
これはご生前の話。
本物の神様になられてからは関東では亀戸天神などがありますね。
無縁の地にもご勧請されて結縁されて、信者さんが増えて、と言うのは結構なことです。
わたしも実は某天神さんの氏子で、25日=天神様の縁日という意識は常にあります。

関東と関西とでは神仏への関係性は随分違うけれど、鎌倉はさすがに古都だけに、関東の中でも意識がちょっと違うのかもしれないということを感じる。
この展覧会は鎌倉の地元の天神さんと、菅原通斎の常盤山文庫からの宝物で構成されている。
そう、菅原。ご本人は天神様の子孫を自認していたとか。
ここで思い出すのは今東光「春泥尼抄」のご附弟さんの春鏡さん。
彼女は菅原家の末孫で、北河内の門跡寺院へご附弟さんとして・ご法嗣として入られている。
彼女は小説のキャラだが、実際に菅公の末孫を自認する人々も少なからずいるだろう。

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神武寺の十一面観音などもお出ましになり、天神さんだけでない展示である。

荏柄天神に伝わる包丁正宗などは天神様ゆかりの梅が刻まれていた。とても綺麗。

さまざまな天神像が並ぶ。天神様は牛に乗られるので、郷土玩具にもなる。
それからきたのか、「菅原伝授手習鑑」では牛飼舎人の白太夫とその三つ子の息子たちそれぞれの葛藤が描かれる。

浮世絵も出ていた。文楽でも歌舞伎でも「寺子屋」や「車引」などは今も人気の演目で、当時はさらに浮世絵で人気がより高まったろう。

お怒りの天神、祈りをささげる天神、綱敷天神、渡唐天神など、様々な型がある。
雷神が御所を襲う姿もいい。

とても興味深く眺めた。
なお、現在松濤美術館では常盤山文庫の天神コレクションを集めての展覧会が開催されている。
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学問と言うか、このブログの発達・上達を願って、拝みに行こうか・・・



おん祭と春日信仰の美術 威儀物-神前のかざり-

この時期恒例の特別陳列。今回は設えの特集。
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サイトによると、
「春日若宮おん祭は、時代衣装を着た大勢の人々が奈良の都大路を練り歩く年中行事で知られています。平安時代の保延二年(一一三六)九月十七日に始まったこの祭礼は、その後祭日が変わることはあっても廃絶することなく現代まで続いており、今年の十二月十七日で八七九回を迎えます。
 当館では平成十八年よりおん祭の行われる季節に合わせ、毎年テーマを変えながら展示を通じておん祭の一端を紹介してきました。今年は祭礼において神威を高める調度品「威儀物(いぎもの)」についての特集を行います。「千切台(ちきりだい)」や「盃台(さかづきだい)」というおん祭特有の威儀物のかたちや歴史、匠の仕事などを紹介します。
 ご祭礼の参列、年末年始のご参拝などにあわせてご観覧下さい。」

ということです。

毎年きちんとこの展覧会に行き、本物のおん祭を見てゆけば、すごいおん祭マニアになれそうですな。
わたしは18日の行列が、日時が合えば行こうかなという程度なのであきません。
だからせめて展覧会で色々学ぼうと思うのですよ。
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《1.春日大社の始まりと若宮信仰》
飛火野地域遺跡出土品 一括 奈良 春日大社 古墳時代 6世紀
築地遺構出土品 一括 奈良 春日大社 奈良~鎌倉時代 8~13世紀
境内出土古瓦 6点 奈良 春日大社 平安~室町時代 9~16世紀
まぁこの辺りの展示はその地に何があったのか、ということを考えるのにもいいけれど、あまり突飛なものは出ません。いや、出たら困る。

春日社本地并御託宣記 1巻 奈良 春日大社 鎌倉時代 13~14世紀  何となくこの辺りがぞわぞわし始める。

春日文殊曼荼羅 1幅 奈良国立博物館 鎌倉時代 14世紀   童形の文殊菩薩。若宮の本地は文殊。騎乗のその獅子が真正面向いて吠えてるが、その顔がとても今の人の絵のようで、カッコイイ。右下には善財童子。従者もいる。
                                                                      
春日赤童子像 1幅 奈良 植槻八幡神社 室町時代 長享2年(1488)  長い髪を二つ分けにして肩まで垂らし、顎を拳に乗せたセイタカ童子スタイル。けっこうファンなの。
ぐーっとへの字にした口元、不機嫌そうな、というよりわざとえらぶったような寄せ方の眉やにらんだ目。可愛いわ。

《2.おん祭と威儀物》
春日若宮御祭礼絵巻 3巻 奈良 春日大社 17世紀 12/9~12/21:中・下巻  おわたり式の最中を描く。馬長稚児がゆく。四角に龍の作り物を載せた笠をかぶる人々は手に手に笹を持つ。笹には短冊が付けられている。古風床しき風俗。
12/23~1/18には上・中巻が展示。

春日大宮若宮御祭礼図 2冊 奈良 春日大社 安永9年(1780) わいわいとにぎやか。観客もあり、子供らも走る。鹿も見に来る。昔も今も変わりがない。
12/8.今日なんだよなあ。
 
若宮御料古神宝類 5件 奈良 春日大社 平安時代 12世紀  後世の「島台」の原型ではないかという代物。ツルがいる。蓬莱山が見える。

千切台図 1幅 奈良 春日大社 明治17年(1884)  祝儀のための作り物の花を生ける台。これは千總さんと深い所縁のあるもので、千總さんの紋章もそれ。
こちらに詳しい。
おん祭が始まった頃からずっと「千切屋」さんがそれを拵えて奉納していたそうな。
千總の名前は千切屋總左衛門から。

千切台 附 書付 1基 京都 株式会社千總 明治12年(1879) 梅・菊など。
千切台1基 奈良 春日大社 昭和2年(1927)  菊・白梅・橘。
千切台1基 奈良 春日大社 昭和61年(1986) 金の麩小折と紅白梅、牡丹の煌びやかな拵え。
盃台 1基 奈良 春日大社 平成5年(1993)  猩々の人形などもある。奈良の一刀彫。
地元の工芸品。

一里塚 1基 奈良 春日大社 平成10年(1998)  素焼きの皿に湯葉、シイタケ、荒野豆腐などをてんこ盛り。

献菓子台 1台 奈良 春日大社 明治時代 19世紀  華やかでいい感じ。
作り物とはいえ、欲しくなる。
                                                                                                                                            
《3.春日大社のご造替》
絵馬 5面 奈良 春日大社 室町~安土桃山時代 天文21年(1552)~天正9年(1581)  なんだか凄いな。もう黒くなってたりするけど、気持ちがよくわかる。
怖いような感じもある。絵馬に込められた願いと希望。

遷宮番匠道具 一式 奈良 春日大社 江戸時代 17世紀  こちらも何十年に一度ずつ新しいのにしないといけない。竹中大工道具館で見かけたようなものがある。

《4.春日信仰の美術》
御蓋山経塚出土品 一括 奈良 春日大社 平安~室町時代 9~15世紀  けっこう朽ちている。金物に入れられなかったのだろうか。そんなことを思うのも面白い。

春日神鹿舎利厨子 1基 奈良国立博物館  鎌倉~南北朝時代 14世紀  水晶なのか、綺麗。この時代の信仰の形を想う。

獅子座火焔宝珠形舎利容器 1基 奈良国立博物館 南北朝時代 14世紀  かっこいいというか、勇ましい。

春日宮曼荼羅 1幅 奈良 南市町自治会 鎌倉時代 13世紀   鹿がいっぱいいる。
春日社寺曼荼羅 1幅 奈良国立博物館 鎌倉時代 14世紀   山頂に僧形の五人組。春日大社と興福寺の関係の深さが見いだせる。
春日本迹曼荼羅 1幅 南北朝~室町時代 14~15世紀   右下の老婆は実は一言主。隣には氷室。奈良らしいラインナップ。

簡単な感想だが、来年くらいは展示だけではなく、夜の舞楽やお能を見たいものだと思っている。1/18まで。

三井寺 仏像の美

数年前に三井寺の仏像・仏画の名品を集めた展覧会を東京で見た。
わかってはいたが、すばらしい名品が集まっていた。
三井寺は浜大津からそんなに遠くもないので何度か出向いたが、まともに仏像に対した記憶がない。
だから遠く離れた東京で多くの名品を<初めて>見たとき、やはり悔いた。大阪に住まうものが東国で近くの美を<発見>したのだ。
これは反省すべき事柄ではないか。
そうしたことがあってから、出来る限り地元の仏教美術を拝みにゆくことにした。
尤もここでややこしいことをいうと、仏像を愛でる対象にしていいのか崇拝すべき対象をーーーという考えが今も活きていることを告白しておく。

三井寺に隣接する大津歴史博物館で「三井寺 仏像の美」展を見た。11/24終了の展覧会の終盤に出かけた。
そして仏縁というのか、行きあった奥さんに親切にしたところ、後にそれが嬉しく帰ってきた(と思っている)。
やはり仏像の美の功徳らしい。

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チラシをみると、なにかしら「人間関係」というかドラマ性を感じる構成になっている。
中央の不動のくわっと見開いた目やむき出しの歯がこれから始まる物語の展開の激しさを暗示しているようだった。

  
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多くの仏像をみたが、その中でも特によかった仏像をピックアップする。

銅造弥勒菩薩半跏像 朝鮮・三国時代 延暦寺 被りものはコック帽かサザエさんの髪型のような形。

木造護法善神立像 平安時代 チラシの女神。リアルサイズの像。手にザクロ。吉祥天は鬼子母神の娘だという説もあるようで、旧い美しさを感じた。

木造不動明王立像 平安時代 親分子分。コンガラ・セイタカ童子が可愛い。

木造不動明王立像 平安時代 立派なサザエヘア。@@@@@@@な髪型が可愛い。天地眼。右目を見開き、左目をすがめる。

木造愛子立像 鎌倉時代 可愛い坊やの像。袖なしをきた坊やが両手を上げて笑っている。元々は鬼子母神の像のお仲間だったらしい。

乾漆宝冠釈迦如来座像 室町時代 珍しいそうだ。これはとてもこの時代には。

木造地蔵菩薩座像 南北朝時代 きれいな顔の地蔵菩薩。手も肉厚。
しみじみときれいな顔だと眺める。レリーフのきれいな着物。なにもかもがきれい。

木造二十八部衆 室町時代 13躯 一種のフィギュアか。神母天の頭上の馬、金色孔雀、笛をなくしたカルラのちょっと不機嫌な顔、オジサンな阿修羅などなど。

鉄造弥勒如来座像 平安時代 最大級の鉄仏。非常にざりざりした感じがある。

仏画もいいのが多い。
見て回っていると、ご近所住まいの奥さん方のお話が聞こえてきて、それが新発見のものに対する、ナマナマしい話だったので、思わず黙って聞き入ってしまった。
ここではその内容は言わないが、新発見の際のゴタゴタもいろいろあったようで、大変だと思う。

いいものを拝んだというのに、なかなか感想を挙げられなかった。11/24に終了。

あなたが選ぶ高麗美術館の美

高麗美術館では年末恒例の「あなたが選ぶ名品」展をしていて、一階と二階のそれぞれベスト3を選ぶ催しもあった。
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高麗美術といえば青磁に尽きるが、朝鮮王朝になると華角や箪笥など好きなものが増えてくる。絵もいいものが多くて楽しい。

さて見て回ろう。
青磁印華蜀葵文碗 12C これはまた綺麗な高麗青磁。見込みにも一つの花。周囲には緩やかな花びらの花と、星のような花。色もとてもいい。

青磁象嵌雲鶴文碗イメージ (62)
実物の色の綺麗さはここでは再現できない。惜しいね。

青磁鉄彩白象嵌草花文梅瓶 これも見るからに可愛いし、草花の細い茎が伸びるのもいい。

華角三層チャン(箪笥)、華角箱の人気者も並ぶ。
やっぱり今回は箪笥を選ぼう。イメージ (23)

螺鈿は碁盤と手箱がある。今回は手箱にする。


絵の方を見ると、こんな虎がいた。イメージ (50)
なかなか迫力のある虎である。李禎 16C ぎらっと大きな眼に太いしっぽ。ふてぶてしい虎。
猫は今回お休み。

高麗時代の青銅鏡がいい。イメージ (56)
航海中。高麗の頃の海運関係は知らないが、かっこいいな。

仏像にも惹かれるね。
可愛いほとけさま。イメージ (54)
にこにこしているちんまいほとけさま。

階段に巨大な木製仮面。びっくりしたわ。窓にはポシャギだったかな。

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朝鮮通信使の巻物もある。馬上才の馬術を皆が見る。
行く先々での饗応と、お礼の演目と。

船の絵の入った白磁の瓶。朝鮮と高麗の違いが面白い。
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鹿の絵の瓶もいい。mir430-1.jpg
顔のアップ。mir430.jpg

四年ぶりに見たものもある。
鮫皮螺鈿双龍文二層チャン  龍の鱗が本物の鮫皮なのだった。
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わたしがどんなベスト3を選んだかは、年明けの展覧会にそれが出るかどうかまでナイショ。
いつ来てもいいものを見せてもらえる高麗美術館。楽しかった。
絵ハガキをいただき、そちらも幸せ。
12/23まで。

優美なる韓国陶磁の世界2 / 李朝の書画と近代日本文人の書

寧楽美術館で「優美なる韓国陶磁の世界2」と「李朝の書画と近代日本文人の書」をみる。
既に12/14で終了。
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青磁象嵌菊花折枝文四耳瓶 13c 肩あたりにレースのような綺麗な文様が入り、小さな菊が可愛らしい。優雅な装飾。

青磁陰刻蓮華折枝文梅瓶 12c 青の中に浮かび上がる蓮。とても優美。

青磁陰刻レイシ牡丹文鶴首瓶 12c 黄褐色というが米色で、牡丹とレイシがうっすらと浮かび上がる。交互に続く文様。首の波状貫入の見事さ。

青磁象嵌菊唐草文瓶 13c 縦線で菊唐草を分断するパターン。丁寧な構成。

青磁鉄彩堆花三葉文梅瓶 12c 深緑地に白い葉っぱ。これは黒高麗の親戚筋なのだろうか。「堆花」という名称にときめく。

青磁鉄彩象嵌雲鶴文梅瓶 12-13c こちらも深い緑。飛ぶ鶴がいい。

青磁堆花花文瓶 14c 貫入が綺麗。胴に可愛い花。

青磁象嵌花鳥蝶文鉢 14c 松と言うより畦道に見えるようなそこに鳥がとまり、ゆるやかに蝶が飛ぶ。

青磁象嵌双魚文平鉢 12-13c 開きにしたくなるような魚たち。綺麗な青磁。
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青磁象嵌印花菊花文鉢 12-13c 高麗翡色。綺麗な色。外に白黒ゾウガン、の花。型押しの小花がうっすらと浮き上がる。

ああ。高麗青磁、最高!イメージ (62)

いよいよ好きになるばかり。名品ぞろいでしたな~。

粉青沙器印花雲文鉢 15c 中の花の連続が可愛い。見込みに一つ大きな花。ヒトデのよう。可愛いなあ。

イメージ (60)


タイトル通り、書画をみる。

李朝民画「花鳥図」19c 夾竹桃らしき枝に集まる数種の鳥カップル。安寧がそこにある。

志賀直哉 書 いかにも志賀の書きそうな言葉。そしてその力強さ。これ見て思い出したが、里見弴のもとへ「汝、汚らわしき者よ」の手紙が届いたときも、このレベルの強さだったのだろうなあ。
奈良に住んでいた時代の書。

奥村土牛 書「童心」 さらりと書いているが安田靭彦ぽい書だった。

ほかに柳宗悦、棟方志功、須田剋太らの書があり、それぞれの個性がよく出ていて面白かった。

寒い日に出かけたが、とてもいいものをみた日だった。

ティム・バートンの世界

森アーツセンターの「ティム・バートンの世界」展に出かけた。
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土日は23時まで開館だというから、たまたま月曜もこちらにいる夜に出かけた。
ほどほどの混み具合で、いい感じに見ることが出来たので、日曜の夜間に行くのもおススメしたいね。

特にファンということもないな、と思いながら見に行って、これまた大ショック。
つまり、昨日挙げた高荷義之展と同じで、今回もまた無自覚のまま実はティム・バートンのファンだったことが判明。
ええ加減、自覚しろよ、と自省中。

可愛くないようで可愛い、可愛いようでキショくわるくて、だけどやっぱり可愛い。
ティム・バートンの描いた絵の感想をまとめるとこんな感じ。
そして彼の映画。
好き・イマイチ・好き・好き・大好き・めちゃ好き・いや、ええわ・でも好き・イマイチ・好き・・・・・・・・・
自分が見てきた作品ごとの感想を一言でいうたらこんな感じ。
要するに、ファンなんですよ、わたし。
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会場に入り、ぐるぐる回る。紙ナプキンに描かれたティム・バートンの一コマ絵。なんで紙ナプキンなの?と思いつつ、いやもしかするとアイデアが浮かんだ時の手近なのがそれやから?などとちょっとだけ疑問を抱きつつ、絵を見て回る。
どれもこれも可愛くないようで可愛く、可愛いようでキモく、でもやっぱり可愛いな、と思うものばかり。
どうみても凶悪なガメラぽいタートル・モンスター、チェシャ猫、首吊り、何をしているのかよくわからない情景、何者かわからない誰か…
わるい遊び心が横溢しているようでいて、しかしイジワルくはない。
ただ、「なんか変」な絵が物も言わずにそこに存在している。

やたら円い大きな目のキャラ。まん丸ではなく微妙に線がちりりりりと揺れていたり、眼のクマが大きかったり、焦点が合ってなかったり、そもそもの黒目がほとんど芥子粒だったり。
でも別に人を驚かそうとしているわけではない、というのはわかる。

魅力的なのはその細い線。フリーハンドで描かれた線は奇妙な震えを帯びていて、ビブラートする線としか言えない。
配色もドキッとするものが多いが、それよりもやはり線ね、線。
これはカトゥーンを描くことから始まったからか。

見るからに不健康そうな少年とオバケと乞食とジャック・オ・ランタン。
奇妙に歪んだ建物。
それだけでもうドキドキしてくる。
墓地に傷というか縫い目だらけの犬がいる。変な犬。その犬は雑誌を見て涙をこぼしている。あっ「フランケンウィニー」か…!
そうか、そうだよなーとやっと納得がいった。
普段何も意識しないでティム・バートンの映像を享受していたのだよ、わたしは。

ボリス・カーロフのフランケンシュタインへのオマージュ。
わたしの感覚ではフランケンシュタインよりハマー映画の吸血鬼ドラキュラが、最強のモンスターなんですよ~~~~
なにしろ最初に認識したフランケンシュタインってアメリカのアニメの「幽霊城のドボチョン一家」のフランケンなんですわ。(そこにはドラキュラもいるが。しかも名古屋弁だったな)

おお「アリス・イン・ワンダーランド」。映像設計が物凄かったなー。
そして今回初めて知ったのが以下の映画がすべてティム・バートンの作品だったこと。
・バットマン
・ナイトメア・ビフォア・クリスマス
・エド・ウッド
・マーズ・アタック。
・・・・・・もう本当に反省どころかバンシにアタイするくらいのわたしの無知さ。
「バットマン」は妹と見に行って「ゴッサム・シティ」の描写にメチャクチャハマッたり、ジャック・ニコルソンの「ジョーカー」にウケすぎて妹と長いこと「ジョーカーごっこ」してたくらいなのに!
ヒーーーッ

ティム・バートンだと意識して観た映画と言えば「シザー・ハンズ」「チャーリーとチョコレート工場」「トッド」などか。そしてその間に何も考えずに見に行ってるのだよ…
ああもぉ本当に反省。

どうしてこんなことになったのかはわからない。
あんまり意識的にアメリカ映画を見ないからこんなことになったのか。
だから見るもの見るもの・出てくるもの・出てくるもの殆どが「あっあっ!!」状態で、その度にココロの中で「ごめんなさいー」とティム・バートンに謝り続けるばかりなりよ。

映像も見ながら回るのだが、やっぱり熱心に見てしまうね。それで時間がかかるかかる。
どれ見ても面白すぎるー。

「スリーピーホロウ」99年てか。もうそんな前になるのか。
満月の下、風車に向かって走る首なしのマントと黒馬と。
思い出した、あの頃は何故か監督名があまりインプットされてなかったのだ。
宣伝の方も21世紀になってから監督名をプッシュし始めたのではないか。

ああ、「ナイトメア」のオバケたち。ガイコツトナカイ。可愛い。
杉浦茂ぽいオバケがいてますな。
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展覧会で見た順に書いていこうと思ってたけど、到底無理になってきた。
行きつ戻りつしながら、ドキドキしたことを書いてゆくしかない。

「チャーリーとチョコレート工場」は映画館でも家でも何度でも見る。
ティム・バートンの映画の中で一番好きな作品。
原作より映画の方が好きな、稀有な作品。
ウンパルンパのフィギュアがある。これはもう本当に動き出しそう。
忘れられませんわ―ダンスも歌も!
ちょっと調べたら一人165役だったのか。ディープ・ロイ。ナイロビ生まれのインド人系の役者さん。
面白すぎたよなあ。
わたしは彼は安達祐実に似てると思うのだが。

くるみ割りに精を出すリスたち。動いてるのを見るとそうは思わなかったが、止まってるのを見るとけっこう不気味。

ティム・バートンからジョニー・デップへの手紙がある。ああ筆記体だ。
筆記体はいつから壊滅したのだったかな。たしか80年代生まれ以降は英米はもちろん日本でも教えず・使わずになったというよね。

ティム・バートンがドイツ表現主義に影響を受けた、というのはよくわかる。
あの奇妙な歪み方はやはりそれだと納得する。
それからしてもカッコイイし、ちょっと不気味な面白さがある。
どの建物を見ても魅力的。
表現方法は全然違うが、映像の中で描かれた・或いは設計された建物が異常に魅力的なのは、このティム・バートンと宮崎駿の作品だと思う。
架空の地を描いた作品で、ここまで「この背景(建物をメインに)素敵!」と思うのは、この二人の映像だけのような気がする。

ザ・キラーズのミュージック・ビデオも監督していて、その映像が流れている。
面白いような・受け入れにくいような感じがある。
今思えば80年代に洋楽を聴いていた身としては、その世界が懐かしい。

「シザー・ハンズ」が上映されたときのことを覚えている。
あれでジョニー・デップを知ったのだし、映画も大ヒットしたし、今も当時の新聞の批評欄での好意的な感想などを覚えている。
ティム・バートンの絵がある。イメージ (44)

見ているうちにふと、これが天野喜孝だったらまた違う世界が開くだろうと妄想がわいた。

それにしても不気味で愛らしいキャラクターたちや建物にシビレっぱなしになった。
何を見てもドキドキする。

「ミス・ガルガンチュア」をみると、ちょっとばかり井上洋介と高橋葉介を思い出した。
どちらも可愛さとグロテスクさとが同居している。ホラーの魅力が濃い。
ティム・バートンも同じく可愛さと不気味さが同居しているので、三人は魂の三つ子かもしれない。

短編映画を見る。
「ヴィンセント」 ホラー俳優ヴィンセント・プライスを敬愛する少年の妄想なのだが、これも面白かった。
面白いというても笑えない面白さがある。
少年の妄想というのでは「夢みる少年の昼と夜」というのがあるが、これは完全に夜。
スゴイ作画。面白い。
イメージ (49)

連作短編の「ステインボーイ」がよかった。よかった、というのも語弊があるかもしれないが、いっぺんでファンになった。
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ステインボーイ、よく働くなあ。彼は事件解決にむかうのだが、その事件がみんな(当たり前かもしれぬが)聞いたことのないような変な事件ばかり。
ボーリングの復讐てなんやねん。球とピンが恐るべき殺人を!………その発想が既に変。
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命令下す上司がまたがなりたてるばかりで、最後にわけのわからん解決を迎えても、やっぱり喚いてるけど、若いのに脳溢血でも起こしそう。

ステインボーイのマペットがある。クリスマスツリー。一見したところ楽しそうだが、これまた実はとんでもないツリーなのだった。

あ、ビートルジュースもティム・バートンだったのか。あれはロードショーのとき、ばっちいな、と思ったもんです。

雷鳴の中の吸血鬼ノスフェラトゥ、墓場に立つ姿。
グロい作品がちょっと多く集まる。

そして最後にティム・バートンが生み出した「善良で孤独なキャラクターたち」の紹介をみる。
ここに来るまでの間、展示も工夫がなされていて、とても楽しかった。

ほかにティム・バートンが拵える「アルバム」をROMでみる。
たくさんあるうちの「トッド」にした。メーキングした側のスナップ写真。こんな化粧してたのか、こんな装置だったのか、などと言うことがその「アルバム」からわかる。
こういうのは面白い。

もう本当にティム・バートンの魅力に溺れ、その世界にときめいた。
今度からは完全にファンだと名乗ろう。
特にフランケンウィニーとステインボーイ。

ショップではオリジナルグッズもたくさんあり、意外に図録も高くはなかった。
もう本当にほしいものだらけだった。

これからもますますケッタイな方向でピカピカ光ってほしい。また映画を見に行きたいと思う。

1/4まで。

鋼の超絶技巧画報 高荷義之展

弥生美術館で「鋼の超絶技巧画報 高荷義之」展が開催中である。
会員なので開催前にお知らせとポスターが届くが、そのカッコよさにはシビレた。
「プラモのボックスアートの第一人者」と説明があるので、それでわたしは知らない人だったのか、と納得する。

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現在もアニメやゲームの方もボックスアートで活躍されているようだが、わたしはあまりそちらを知らないので、「そうか、昔から今に至るまで凄い活躍の人なのだな」くらいの認識で、見に行った。

高荷義之についての紹介。
「プラモデル・ボックスアートの第一人者であり、「戦車画」の最高峰として国内外に高く評価されている絵師・髙荷義之(1935~)。1954(昭和29)年、髙荷は、挿絵画家を目指して郷里・前橋から上京しました。それから60年。彼の類まれな才能は、雑誌の表紙・挿絵だけにとどまらず、プラモデルのボックスアート、書籍装画、さらには「超時空要塞マクロス」といったテレビアニメをモチーフとしたプラモデルやPCゲームのボックスアートなど多彩なジャンルにも広がりをみせ、今も多くの人々を魅了し続けています。
 本展は、原画を中心とした約350点の作品・資料を展観し、60年の画業の軌跡をご紹介する初の本格的な展覧会です。髙荷は、単に写実的に描くだけではなく、そこに私たちの心をゆさぶるドラマを展開させました。原画から放たれる圧倒的な存在感と重厚感、そして繊細緻密な筆のタッチをどうぞご堪能下さい。」

60年の画業、しかも今も現役。
これは凄いなと思いながら展示室に入って、その画質の高さ・迫真性に圧倒された。

最初は今井のプラモの仕事から展示されていた。
「ユンカース」、「鍾馗」「紫電改」、ここらは名前だけは知っている。ああ、かっこいいなーと戦争とかそんなことは一切考慮せず、純粋に打たれる。
クラシックカーのビアンキ、イターラなどの箱もあるがこれがまたカッコイイ、リアルで重厚感があり、凄くかっこいい絵なのだ。

ふと見れば展覧会の協力者一覧のところに大塚康生、小沢さとるの名がある。
大塚さんのルパン三世かっこよかったなー。小沢さとるには不朽の名作「サブマリン707」「青の6号」があるなー、とかいうことを思いつつ、また展示を見る。

マクロスのボックスアートがある。偶然ながら翌日スカイツリーの千葉工大の研究室でバルキリーを見ることになる。
実在の戦車や戦闘機などを描いていた高荷が架空ものを手掛けたのはこの時代からだとある。

今井の創業は1948年、タミヤは1946年、敗戦直後に凄いな。
高荷の作画を見ることは日本のボックスアートの歴史を知ることでもある。
ところでタミヤと言えば小松崎茂だという認識があるのだが、戦車や戦闘機を描くのに高校生の頃から長けていた高荷はあるとき、小松崎の描いたものに注文を付けたそうだ。
小松崎は高荷の意見を取り入れ、やがて高荷は小松崎の弟子となった。
その集合写真などもある。

1964年「M48A-2パットン」あ、坂を上るパットン。かっこいいなー。見たことがあるのは映画「パットン大戦車軍団」の記憶だな。
ロンメル将軍と闘うあれ。

戦争はほんまに厭やけど、それとは別なところで、戦車や戦闘機や戦艦のカッコよさというものは、ズンズンと来るもんですな。

戦車「タイガー」が一番カッコイイ。なにこれ、このカッコよさ!
タイガーはタミヤか。下に兵たちがいっぱいおる。うわー!重厚でリアルで凄い!
ドキドキしたわ。

ニチモ社は1951年創業。ここは艦隊がメインらしい。
「大和」、「信濃」、「妙高」、「羽黒」などの日本を代表する戦艦。
全然関係ないがわたしの従弟や同僚で1981年生まれ組の奴ら、揃いも揃って「艦これ」にハマッてやがるな。
「『愛宕』よりあたしの言うことを聞け」と言うとイヤそぉな顔をしていた。

話を元に戻し、「イ―19」や「Uボート」もある。これは現物もあるが、それより絵の方の迫力にヤラレる。
なにしろわたしのアタマの中ではドイツ映画「Uボート」の息詰まる(ほんまに息が詰まる。なんせ海底に浮上できなくなって空気が減って減って息苦しくなるのだよ)展開が思い浮かぶからなあ。
あのUボートの存在感の重厚さがどーーーんっっっとキマシタ。

おおー「サブマリン707」だ!かっけー!浮上するor潜水するところ。
そうそう思い出した。秋田書店刊の本の紹介文が確か「型は旧いが性能は」云々だった気がする。またチェックしなくては。

普段「かわいい、かわいい」ばっかり言うてるが、今回ばかりは「カッコイイ」しか言えねえ。

今井からは007シリーズも出ているようだ。アストンマーチンがある。
原画は水彩なのだ。凄い技術、凄い画力。
…この今井が解散した経緯などは気の毒だ。
今こうして原画が残されているのはもしかすると奇跡的なことかもしれない。

それにしても色んなメーカーがある。
相原の鎧シリーズ。これは怖いわ…ちょっと「たたりじゃー」なキモチ。

富士裾野での「61式戦車」の演習。シビレるぜ。
キャタピラのリアルさ、有刺鉄線のもつれ。カッコイイ。

ヒトラーが乗車していた「ベンツG4」、ああ、これは実写の映像を見ているが、リアルすぎてどきっとした。

1948年創業のフジミからは「消防ヘリ ちどり」、海底を行く「よみうり」号、どちらも赤い乗り物が描かれている。
そういえば消防ヘリは四谷の消防博物館で見たが、かっこよかったなー。

サイトウ社の艦「日本海軍」シリーズの「愛宕」「利根」「摩耶」、ファインモールド社の自衛隊の戦車類などいずれも鋼の煌めきだけでない、リアルな汚れ、塗装、近くに佇む人々までリアルで、ほれぼれするね。
これらは今でも販売中。
よくは知らないが「ホイ」「チヌ」「チヘ」とか記号のような名称がついている。

高荷に描いてもらうことがプラモ会社のステータスだという。
そうでしょうなあ。
ほんまに何にも知らないわたしがこれだけシビレてるのだから、ファンにとってはもうどれほどの歓びがあるか。うーん、カッコイイ。
場内、普段は見ない客層が多い。
つまりおじさんたち。おじいさんではなく、おじさん。マニアの人々。

81年創業のピットロード社の仕事もいい。
メビウスモデルの「シービュー号」はどう見てもイルカ型ですな。窓はグリット。これは妙に可愛いぞ。2008年。

アメリカの原潜「USSスキップジャック」 2012年製。この汚れのリアルさ。ドックに行く前の状況なのか、機械油のにおいまでしてきそう。

日本海軍「涼月」の海を行く姿もカッコイイ。これはピットロード社のサイトにもある。

童友社は復刊ものに力を入れている会社だそうで、ここでもいい仕事をしている。
臨場感と重厚感…!まさにまさにその通り。

日本陸軍の「四式戦闘機疾風」のネジまで見える!あまりのカッコよさについつい、カッケー!!なんて言うてしもたわい。
菊水のマーク入りで本当にカッコイイ。

軍事専門雑誌「丸」というのがあるそうで、そこにも縁の深い高荷。
スーパーリアリズムという言葉のなんと軽いことよ。

「二式複座戦闘機 屠龍」のコクピット。ベルト穴まで…!ていうか、こんなシンプルな構造で飛ぶのか、飛行機って。いや、計測器はたくさんあるけど。

本当にわたしなんぞはこの世界は知らんことばかりなので、ただただ唸るばかり。
絵のカッコよさには本気でシビレッぱなし。

戦闘車両ヲタの集まりに高荷だけでなく大塚康生も参加していて、モノスゴイ研究がなされているようだ。いちいち読んでられないが、ほんまにマニアは奥深いものです。

少年期の高荷の模写や習作などがある。本当に子どもの頃からうますぎる。
好きなものを描く喜びがこちらにも伝わってくる。

伊藤彦造、高畠華宵らの挿絵の模写もある。
「天兵童子」「ナイル薔薇曲」など。どちらも本物を見知っているが、少年の手とは思えぬ巧さがある。
少年ファラオvs大蛇の絵。実はこの絵、89年に発見された「新発見の叙情画」の一枚を元にしたもの。
あの当時の興奮を思い出す。

「少年王者」の模写もある。また西部劇に熱中していたそうだが、これは世代的にも納得できる。
1935年前後の生まれの人は西部劇ファンがとても多いのだ。
絵の描ける人はこうして西部劇の絵を描き、文の書ける人は逢坂剛のように自作小説に西部劇の知識をちりばめる。

挿し絵もデビューしている。
1958年「流星仮面」、山田風太郎「笑う肉仮面」など。
ペンではなく鉛筆での作画。素晴らしい濃密さ。
綿密な考証にもただただ感心する。

口絵も素晴らしい。マンモスや大海獣ゲボラと戦う場面。
鉛筆と水彩だけでよくもここまで・・・
本当に凄い。

集英社の少年ブックから「ウルトラQ」の本を出している。すごいリアル。
やはり高荷の仕事の魅力はその圧倒的なリアリズムと重厚感。ほっとしたり和んだり笑ったりすることはないが、ある種の高揚感に満たされてしまうね。

高荷の写真をみる。18歳の美少年・高荷。師匠の小松崎や仲間等と楽しく写る姿。
いい師匠、いい仲間、いい仕事、いいファンに恵まれたのだと思う。

1963年の少年サンデーの表紙絵を担当している。
連載作品は「伊賀の影丸」、寺田ヒロオ「暗闇五段」など。
戦記物のブームがくる。
ちょうどこの時代のマンガの状況を、現在コージィ城倉が「チェイサー」で描いている。

高荷はここでもまたカッコいい仕事をしている。
月刊誌の少年ブックでは口絵を描いている。
1963.11月号 米軍がジェット噴射で空を飛ぶ実験か何かしている。
1964.5月号 ロケットや戦闘機の複合絵。うわーとしか言いようがない。
このころは「ビッグX」連載中。

そして80年代のサンライズアニメのバンダイのロボットのボックスアート。ザブングル、ガンダム、ダンバインなど。
1984年には「ゴジラ」のサントラのポスターも描いているが、このゴジラはなんと真正面。堂々たる正面顔ゴジラ。
凄い大迫力!!!銀座壊れてるーーーっ

ここからは感嘆の声ではなく、叫び声を挙げそうになるのを止めるのに苦労した。

「ザブングル・グラフィテイー」ポスター!!!きゃーっびっくりした!!!
当時50前の高荷はアニメの架空の世界が理解できず、たいへん困ったそうだ。
そこで出渕裕の下図からなんとか描けるようになったという。
ある日「これは昔、自分がかつて憧れ、選択して、そして大喜びで描いた冒険活劇の世界ではないか!」と気づく。
そうっ、そうです!「ザブングル」は特にそういう作りなのですよ、高荷さん!!
思えば高荷さんはトミノ監督とも同世代なのだよな。
よかったなあ、「ザブングル」から始まって。
これはまだ理解しやすかったろうと思う。
わたしはリアルタイムにファンだったもんなあ、「ザブングル」「ダンバイン」「ボトムズ」。今も本当に好き。

そういえば後で調べたが「ダンバイン」のポスターは生頼範義さんでしたな。わたしは中一のとき平井和正「ウルフガイ」にハマり、そこからファンになったのだった。

「ザブングル」の口絵もいろいろ。あっ「ロマンアルバム」ではないか!!!
「イノセントの最後」おー、懐かしい!!みんなバタバタしているところ。
「エルチたいへん!!」もリアル。ラグとジロンもいるねーフットマンもなつかしー。あっチロもいる!みんな元気そう!嬉しいわ。

サンライズ系の絵には出渕の「ラフ構成」が入ることで、高荷さんも描きやすかったろうし、ファンであるわたしらもますます楽しめる。やっぱり世界観を知らなくてはあかんのよね。
批判するわけではないが、昔「バルディオス」を映画化するとき、全然無縁だった監督を招き、作画も崩れてひどかったもんなあ。なぜ元の監督等にさせなかったんだろう。

おお「ダンバイン」もある。やっぱりこちらも描いていたか。本当にかっけーーーーー
「マクロス」からボックスアートだったのか。

ああ、「アニメージュ」にもポスターとかいっぱいあるやん。
そしてこの後、声を止められなかったのが「ボトムズ」のポスター。
イメージ (41)

イメージ (42)
わたし、マジでこのポスターめちゃくちゃ好きなんです!!
それだから30年後の今もちゃんと持ってて、こうしてスキャンできるんです!!なのにーなのにー
わたし、わたし、わるいことした・・・(byエルチ)
本当に高荷さん、ごめんなさい。
リアルタイムに見てたのに、全然知らなかったのです。
ごめんなさいーーーーーっ

さらにガンダムの「一年戦争全史」の表紙、あのリアルなギレンとデギンの顔、セイラさんも!

機動戦士ガンダム一年戦争全史 U.C.0079-0080 (上)機動戦士ガンダム一年戦争全史 U.C.0079-0080 (上)
(2007/01)
樋口隆晴、林譲治 他




機動戦士ガンダム一年戦争全史 U.C.0079-0080「下」機動戦士ガンダム一年戦争全史 U.C.0079-0080「下」
(2007/04)
樋口隆晴、林譲治 他



うぐわっっ1983年11月号には「巨神兵復活ポスター」まで!もぉ本当に勘弁してくださいーーーっ

ああ、自分がどれだけ高荷さんの作品を見ていたか思い知らされて、本当に打ちのめされた。
しかも悉く「これ、かっこええな~いつもと雰囲気違ってかっこえー」と思ってたものばかりではないか。
参った、マジで参った。
特に「キリコ」には参った・・・

最後にはまた衝撃的なことが。
これです。
矢作俊彦X大友克洋「気分はもう戦争」・・・
わたし、わたし(以下略)
上のは密林さんの紹介。

気分はもう戦争 (アクション・コミックス)気分はもう戦争 (アクション・コミックス)
(1982/01/24)
矢作 俊彦、大友 克洋 他


こちらは自分が当時購入した初版本。
「めっちゃかっこええなー、このリアルさ!!」とかなんとか言うてた表紙ですがな。
ほんまに反省。
イメージ (40)

さらに(まだあるのか)
なんでも「はやぶさ」のイメージイラストも担当されてたそうです。ここにあるもん。
あああ、ほんまに申し訳ない。
わたしは無自覚なまま高荷ファンなのでした。

こんなにショッキングなことは久しぶり。
これからは堂々とファンです、と言うよ。
あー反省するわ、マジで。
というわけで12/25まで。

やっぱりお客さんは7割くらい男性だったということで、わたしの無知を許してもらえるかしら・・・

赤瀬川原平の芸術原論

千葉市美術館の「赤瀬川原平の芸術原論」展に行ったとき、既に赤瀬川さんは亡くなられた後だった。
展覧会開始二日前に亡くなられたのだ。
残念なことである。
イメージ (20)

赤瀬川さんは76~77年の人生の中で何度も転身し、その都度なんだかスゴいような状況を作り出していた。

世代的にうちの親と同世代だから、若いうちの仕事は知らないし、あまり関心がわかない。
それはわたしが60~70年代のアート全般がニガテだからという理由がある。
今回の企画の学芸員さんの赤瀬川論が面白い。
赤瀬川原平はアイデアで勝負するアーチストらしい。
一つのスタイルに固執しないのもその分野のアイデアの枯渇とか飽きが大体5年くらいで来るからという説には、一定の納得がゆく。
ピカソとの比較も面白い。

赤瀬川さんは世間に色んなことを教えてくれた。
世間が赤瀬川さんに教えたのではなく、赤瀬川さんが世間の皆さんに色んなことを提案し、世間はそれにびっくりし、その面白さにヤラレて、赤瀬川さんの案件にノッてしまったのだ。
赤瀬川さんがいつからそんなカリスマ?いや、提案者になったのかは実際のところは知らない。
しかし公権力と否応なしに付き合わねばならなくなった、あの裁判以降は、間違いなく確信犯だと思う。

世間をお騒がせした後は、世間に愛される存在になった。
特に地球上に存在するトマソンの発見、捜索、発表は30年後の今日に大きな影響を与えた。
世に棲む誰しもがトマソンを認識し、トマソンをさがし、果ては普遍的な存在だと知ることになったのだ。
これは人類の一大進歩ではないのか?

そして老人力。マイナスイメージのものが見事なパラダイムシフトを遂げた。
もうなんだか無敵のような気がする。

日本美術応援団も良かった。世間が日本美術好きになったのは赤瀬川さんの活動もあるだろう、と思う。
さてそれも浸透したし次はなに?と思ったところで、赤瀬川さんのリタイアが発生してしまった。

さすがにもう新しい喜びを世に送ってくれない。
残されたわたしたちはこれまでの赤瀬川さんの軌跡からそれぞれ好むところのエキスを抽出するばかりだ。

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作品と人生の振り返りで展示は構成されている。

1.赤瀬川克彦のころ

まだ本名で活躍していた頃は絵が多かった。ちょっとご本人は福留孝介に似ている。
少年時代のおねしょの件はエッセーで読んでいたが、年譜や外からの資料で初めて深刻すぎるものだったことを知る。

スーティンが好きだったようで本人のコメントも面白く読んだ。

2.ネオ・ダダと読売アンデパンダン

この60年代の作品が本当にニガテで、見ていても全く意味不明で困った。コラージュが多いのは表現方法として興味深かった。

それにしても、なんか変なところにひっかかりを見いだす人だなあ。尤もそれだからこその赤瀬川原平なのだが。

3.ハイレッド・センター

面白かったのは人体展開図写真だった。
ナム・ジュン・パイク、オノ・ヨーコ、横尾忠則らがモデルになっている。

宇宙の缶詰、これは以前から見知っていたが、世界の内と外とを逆転するとこうなるのか、という思考法が面白い。
澁澤龍彦の「玩物草紙」にも同じ意味の話がある。
反対日の丸である。イメージの違う二人の同じような思考法にときめく。
イメージ (23)

風倉匠の肖像 かっこいい横顔。ルネサンス風。砂川闘争の人だと言うが、この時代のことはあまり知りたくないので単なるモデルとしてしか見ない。そしてかっこいいと思うのだ。

4.千円札裁判の展開

これは昭和史の1シーンとして最初に知った。
文学者やアーチスト関連の本人が予期せぬ処で訴訟を起こされたというと、まずこの千円札裁判、澁澤のサド裁判、伊藤整のチャタレイ裁判、花輪和一の拳銃裁判などが思い起こされる。

模造品の千円でどうのこうのというてもそっくりなわけでもないのにねえ。
現在に至るまでオカミのやることはわけがわからん。アタマが痛くなるな。

5.60年代のコラボレーション

暗黒舞踏との関連が魅力的だった。
「あんま」「バラ色ダンス」などの舞台装置、「少女都市」ポスターなどなど。
「オテナの塔」まであるが、これは元の「オテナの塔」ではなく誰のだろう。やはり唐十郎あたりかな。

この時代の錚々たる人々との交流はやっぱりかっこいい。

6.「櫻画報」とパロディ・ジャーナリズム

マンガの時代。つげ義春のパロディもある。絵そのものもよく似せている。

「漫画主義」という雑誌の表紙絵を続けていたようで、表紙そのものがまたパロディでもあった。
当時TVでも人気のあった「悪魔くん」のキャラたち。真吾少年、メフィスト、百目が描かれている。
つげの「ねじ式」「李さん一家」などなど。
そういえば「ねじ式」はほかのマンガ家もよくパロディを描いていた。石渡治まで「ねじ式」のパロを描いていたし、坂田靖子は「李さん一家」を作中に出している。

明治初期の輸出マッチ箱のパッケージに惹かれた人は少なくない。わたしも大好き。
赤瀬川さんはさらにそれをネタにした作品を作った。
交流のある人々もそれに参加している。
松田哲夫さんなども。

それで思い出した。十年くらい前、銀座の王子ギャラリーでか松田さんの展覧会があったとき、たしかそんな作品があったように思う。熱は完全に引いたわけではなかったのだ。

赤瀬川さんは本の装丁もたくさんしている。
びっくりしたのは「無知の涙」。え、そうなのか。
知らなかったなー。

「馬オジサンと泰平小僧」シリーズはたくさんでていた。
宮武外骨をもう一度世に出したのも赤瀬川さんだった。

外骨の絵はがき展、ハサミの絵のが懐かしい。
これを最初に見たのは松濤美術館の「絵はがき展」チラシだったが、あの展覧会は内容は同じでもポスターやチラシは奈良そごうの巡回の方がよかった。

馬オジサンと泰平小僧は深沢七郎の今川焼きの店「夢屋」のパッケージにもなっている。
深沢七郎は晩年の「極楽枕落とし図」などが好きだった。
この人も「風流夢譚」事件で一旦流浪し、それからララミーならぬラブミー農場を経営した後に今川焼き「夢屋」を始めたそうだ。

いろんなパロディの中で個人的に面白かったのは「日本おとぎ話月報」の花咲か爺。ポチはのらくろ、おじいさんは杉浦茂の絵というダブルパロだった。

そして「マンガ昭和無著名犯罪史」1977。これは毎日新聞社が刊行したシリーズ「一億人の昭和史」のマンガ史の中に描きおろされたもの。
ロッキードの飛行機に角栄、児玉らが乗り、その前方にオスカル様、こまわり君、青田赤道らが描かれている。
わたしはオジが全シリーズを購入していたのでリアルタイムに見ていた。中でもこれはなかなか面白かったので今も忘れなかった。
そうか、赤瀬川さんだったのか。納得。

7.美学校という実験場

このあたりの作品も面白い物が多かった。
尋ね人欄の切り抜きなど、ほかの誰もしまへんなあ。
生徒たちによる「サザエさん」のリアリズム模写、谷岡ヤスジのパロもある。すごいなあ。
こういう作品を作れる学生たちを育てたのだ。
イメージ (22)

8.尾辻克彦の誕生

小説家としての赤瀬川さんの作品世界はあまり読んでいないが、受賞したときのことは覚えている。
というより、先の一ページ風刺マンガまでは作者が誰かなどはいっさい考慮せず、作家デビュー以後は意識的に赤瀬川さんの作品か、と見なす目が生きていた、ということだ。

「舞踏神」1986 土方巽の死の関連を描いたそうだ。読みたいと思っている。
土方の最期については多くの人の証言を読んでいる。
赤瀬川さんの目でみたものを読みたい。

展示されてはいないが、この時代の少し後に勅使河原宏「利休」の脚本も担当している。
あの時期、同じく利休の死を扱った「本覚坊遺聞」も上演され、全く異なるアプローチの作品が同時期に現れたことをたいへん興味深く思ったものだった。

9.トマソンから路上観察へ
何というてもやはりこれ。これが一番好きだ。
家にあるトマソン、路上観察関連の本も本当に多い。
実際に自分も路上観察し、へんなものをみつけてはせっせとツイッターに挙げている。
とはいえやはり本家本元・元祖の目は違う。
改めて爆笑しそうになり、止めるのに苦しんだ。

ああ、面白かった。あんまり面白すぎてどーのこーの書きたくない。

10.ライカ同盟と中古カメラ
中古カメラの収集について赤瀬川さんの書いた顛末が面白い。
さる取り扱い説明書の翻訳を行う会社の偉いさんから譲られたとかなんとか。
ここで説明を書いても面白くない、やはり赤瀬川さんの文章力がものを言う。
話そのものは面白くないことでも、書いた人の力で面白くなるのだ。
類い稀な観察力と文章力。
方向性は違うが、司馬遼太郎と赤瀬川原平。
彼らの眼と脳と腕とは、腹違いの双子くらいのチカさくらいはあると思う。

「老人力」が大ブームになった98年の大晦日「ゆく年くる年」のあと、新年になった途端に赤瀬川さんがTVで「老人力」について対談していた。新年早々いい脱力がきて、妙に朗らかな気持ちになったものだ。

展示はないが、「優柔不断術」も驚くべき内容だった。
「とりあえずビール」この一言に日本人の優柔不断さと技術とが詰まっている、らしい。
わたしはそれ以来「とりあえずビール」はやめよう、と宴席でぶちあげて、「あ、わたし、とりあえず△△のカクテルね」と注文しておるのだよ。

日本美術応援団結成の前、94年の「バーンズ・コレクション」に触発されたか、久し振りにパロディー精神がふくれあがったか、それとも遊び心の発露か、名画から猫のいるのをチョイスした「ニャーンズ・コレクション」という画集を刊行した。
木天蓼美術館だったかな。その絵のチョイスもさることながら、キャプションがいい、良すぎる。
面白かった。

ニャーンズ・コレクションニャーンズ・コレクション
(1999/11)
赤瀬川 原平


このあたりから、古典から近代の美術にはまったのではなかろうか。

11.縄文建築団以後の活躍
縄文建築団の働きもめざましかった。
藤森照信さんの本だったか、例のニラハウスの建築中に赤瀬川さんは茶室の障子かな、その辺りの担当になり、ガンコ一徹に削り仕事に邁進したとか。
ああ、なんかわかる気がするなあ。

「藤森照信の野蛮ギャルド建築展」ポスター 98年 懐かしい。
このころ既に完全に彼らのファンだったので嬉しかったことを忘れない。

縄文建築団の活動の様子をとらえた写真パネルもいい。
茅野の山から木を落としたり、完成記念の宴会などなど。
ニラハウスの写真もあるが、たいへん綺麗な建物だった。

ほかにも「新解さんの謎」などがある。
わたしはその新解さんこと「新明解国語辞典」を子供の頃から今に至るまで使っているので、この本で初めて、その特異性??を知ったのだった。

いい展覧会だった。
町田市文学館でも展覧会がある。
イメージ (24)
イメージ (25)

本当はどちらも見たかったが、今回は千葉市美術館だけになった。
12/23まで。

誰が袖図 描かれたきもの

根津美術館の「誰が袖図 描かれたきもの」展に行った。
実を言えば改装前の古い根津美術館に初めて行ったとき、ショップで購入した絵はがきは「誰が袖図」と「燕子花図」だった。
丁度そのとき「燕子花図」が展示されていた。複製絵画たる絵はがきも質がよく、わたしは喜んで手に入れた。94年の五月のことだった。
それから次に根津を訪ねたのは2000年だから間があいている。
が、その後十年、完全に根津美術館とは無縁だった。
2010年のリニューアル以降は折々に出かけているが、その間にも「燕子花」は見ていても「誰が袖図」は見ないまま来ていた。
他の美術館や展覧会では見ているのに、最初に見たものからこれほど遠く隔てられるとは思いもしなかった。
その意味では、ようやく本物を見ることが出来て喜ばしい。
チラシもとてもいい感じである。
イメージ (18)

桜下蹴鞠図屏風 6曲1双のうち右隻 紙本金地着色 17世紀  僧・公家・稚児らが参加する蹴鞠。鞠が跳ねている。稚児のきものは亀甲柄でなかなか可愛い。僧も単に出家した、というだけの遊び人な顔つきがいい。

源氏物語 朝顔図 土佐光起筆 1幅 絹本着色 17世紀  タイトルは夏から秋の花を充てているが、実際には冬の景色が描かれている。少女らが雪だるまを拵えるのを眺める光君・紫の上夫妻。繊細な表現がとても好きだ。

観雪官女図 住吉広守筆 1幅 絹本着色 17世紀   御簾をあげる。これは清少納言の「香炉峰の雪」を描いているのか、
それともふとした姿を描いたものか。

イメージ (19)

誰が袖美人図屏風 6曲1双 紙本着色 17世紀   外に桜が咲くのはよいけれど稲むらまであり、松に杉も元気に生えている。そしていきなり室内に入り、虫干し・香を焚きしめ、という状況に。
左隻には蒔絵の綺麗な衣桁に袴と刀などが掛けられている。そしてそのすぐ背後に扇面屏風が立てられてもいる。奥にはまた別な衣桁に着物。
三味線を手にしたカムロが姐さんに文を渡そうとする。唐輪髷に三つ巴柄の着物の遊女はふくよかな腕を出している。カムロは総絞りに葉っぱ模様の着物。
桜が室内にまで入り込んでいる。
不思議な空間構成。

誰が袖図屏風 6曲1双 紙本金地着色 17世紀   昔の双六盤に、梨地菊桐文様の蒔絵衣桁、そこには印籠もかかり、能装束めいた着物もかかる。
背後の障子には朝顔の文様も描かれている。
文机には謡本もある。優美な情景。人のいないところがいよいよ想像の域を大きくする。

誰が袖図屏風 6曲1双 紙本金地着色 17世紀  金地に映える明るい緑色に大桜柄の着物。蝶柄のきものもいい。蒔絵の衣桁と青竹の衣桁と。ある限りの着物を出している感じが楽しい。

風俗図 3幅 紙本着色 17世紀   左右幅がそれぞれ趣の異なる男、中には唐輪髷に鉢巻美人とかむろ。朝なのか歯みがきの途中らしい。

洛中洛外図屏風 8曲1双 紙本金地着色 17世紀  金型雲。くっきりした絵。伏見竹田の池の前には牛が2頭。三十三間堂は一部のみ、菊水鉾が止近くの屋敷の中にはソテツもある。
左は金閣寺の三層が高くそびえ、太秦、梅津と言ったあたりまで描かれる。北山杉もみえ、なんと一条堀川戻橋までが。犬の散歩の人や座頭もいる。細かく濃やかな世界。

美人図 宮川長春筆 1幅 絹本着色 18世紀  立ち姿。褄を取って滑らかに立つ。

見立那須与一図 宮川長春筆 2幅 絹本着色 18世紀  女舟めがけるように男が矢を射るらしいが、うじゃじゃけたココロモチが楽しい。
  
高尾大夫吉原通船図 歌川広重筆 2幅 絹本着色 18世紀  いわゆる「天童広重」の一枚。贈る用のもの。駒形堂とホトトギス。月に舟。いい取り合わせ。
二代目高尾の「君は今 駒形あたり ほととぎす」が巧く生きている。

絵はここまでであとはやきもの。

色絵姫皿 伊万里 1枚 色絵陶器 18世紀   形もいい。歌仙風な感じ。
色絵弓矢文皿 伊万里 1枚 色絵陶器 18世紀  変形皿。これもかつて最初に買った絵葉書がある。

人形型焼き物が並ぶ。
色絵婦人人形 伊万里 1軀 色絵陶器  ややのけぞり。
色絵男子人形 伊万里 1軀 色絵陶器  でれっとしている。
享楽の空気が見事に生きた二人だった。

いつものように饕餮くんたちや犠首ちゃんたちに会う。
鳥のくちばしを持つものや、中南米にいたでしょ?的な顔の蓋などなど…
来年早々に動物会議があるようで、どこやらからここのと双子らしき羊も来るそうな。

「館蔵の名碗20撰」ということだが、特にわたしのベスト5を挙げる。
曜変天目茶碗 建窯 1口 中国・南宋時代 12-13世紀  おお、かなり綺麗な。

青磁碗 龍泉窯 1口 青磁 中国・南宋時代 12-13世紀  これはまた薄い青で綺麗。

祥瑞水玉茶碗 景徳鎮窯 1口 青花磁器 中国・明時代 17世紀  中に瓔珞文。手の込んだ文様がいい。

安南染付蜻蛉茶碗 ヴェトナム 1口 軟質磁器 ヴェトナム 17世紀  可愛いなあ。

色絵武蔵野茶碗 京都  野々村仁清作 1口 色絵陶器 17世紀  銀彩が夜を表現し、ススキが輝く。この白さ、月光によるものかもしれない。

ほかに不昧公ゆかりの茶碗もいくつか。
珠光青磁碗 銘 遅桜 同安窯系 1口 青磁 中国・南宋時代 12-13世紀
信楽茶碗 銘 水の子 信楽 1口 焼締陶器 17世紀
今年は不昧公関連のものがいろいろあって楽しいね。

最後に茶の湯。
霜月の茶 Tea for a Frosty Month
いいタイトルだなあ。

古染付叭々鳥香合 景徳鎮窯 1合 青花磁器 中国・明時代 17世紀  枝に一羽いる。

火襷灰器 備前 1口 焼締陶器 17世紀  景色が魚または小鳥のよう。見込みに泳ぐ。

墨蹟 玉室宗珀筆 1幅 紙本墨書 元和7年(1621)   「多支而亡羊」とある。

村雲蒔絵棗 小島漆壺斎作 1合 木胎漆塗 19世紀  不昧公の文字がいい。

この展覧会は五島・三井・根津の3館めぐりキャンペーンで入場した。
楽しい気持ちになる、いい展覧会だった。
そして庭園で紅葉狩りを大いに楽しんだのだった。
12/23まで。

大古事記展

奈良県立美術館の「大古事記」展に出かけた。
行った日は夕方四時から入り口前ピロティで神楽が実演されていた。
迫力に圧された。やはり本物は違う。ちゃんと御幣も吊ってある。ううむ、内臓に響く。
イメージ (15)

展覧会の始まりは五体の神像の出迎えと古事記の文章が流れる映像だった。
太安萬侶、イザナギ、イザナミ、オオナムチ、オチワケノミコト、そして名の伝わらぬ女神座像の五体である。
それぞれ個性のはっきりした姿。対峙すると気合いが入ってくる。

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第一章 古代の人々が紡いだ物語
古事記の名場面を「創」「旅」「愛」という三つのキーワードで選ぶ。

岩戸神楽の起顕 #3豊国 ピカーッと光が飛び出す。周囲では太鼓打ったり笛や笙吹いたり。鏡も飾られている。
みんな困ってるからよかったよかった。

そう、ここでは「天の岩戸」の絵が並ぶ。
天宇受売命の踊り・手力男命・岩戸開きのにぎやかな情景。鉄斎・暁斎らの生命力あふれる情景。声まで届きそうだった。

そしてついに天照大神が岩戸の外にでてくる。
にっこり微笑む女神を描く絹谷幸二。周囲には百合も咲いている。
絹谷さんの明るさがよくでているいい絵。

思えばオノコロとかナリナリテとかヒルコ、そして黄泉比良坂の話などのイザナギ・イザナミの物語はここには出ていなかったな。

肇國創業絵巻 1939年、多くの日本画家が描いた連作。そのうちの契月の大國主が出ている。この絵巻は書を尾上柴舟が担当しているが、当時「草枕絵巻」など錚々たる人々の合作が生まれていることを思うと、やはり戦前のこの時代は文化的に凄かったとしか言いようがない。

暁斎の連作「日本神話」もある。明治になってからの作。「日本」を打ち出してきた時代を感じる。

神武天皇像が二つ。
絹谷さんのは軍勢と一緒でにこにこ立っている。
暁斎は一人で佇むところへ鳶がくるところ。
カムヤマトイワレビコ。

ここで時代が少し戻る。
大久米命 青邨  歴史画の第一人者たる青邨らしく時代考証も詳しいが、あえて縄文と弥生の土器を混在させて描いている。

そしてそこに描かれたと同じ土器が展示されていた。
いいね。三次元のものがそこに加わることでリアリティが増す。

ヤマタノオロチ退治もある。
組上絵つまり立版古でそのシーンのもある。おもちゃ絵は楽しい。

鈴木松年の明治初期の絵も出ているが、退治されるヤマタノオロチがみんな竜のようで、しかもファンキーで妙に可愛い。目が枇杷のようだし、開けた口からは「にゃーっ」くらい言いそう。

八重の潮路 不折  書家としての不折より明治の洋画家としての不折の方が好きだ。彼は神話や歴史を題材にした作品が多い。
山幸彦が釣り針探しに疲れてぐったりする姿。その傍らにはワニ。つまり後の妻の正体。

童女の姿となりて 石井林響 オウスノミコが熊襲兄弟を倒すために女装するところ。
この絵を最初にみたのは明治神宮のヤマトタケルの展覧会だった。

靫彦の一連の古事記ものの下絵が出ていた。
ヤマトタケルの生涯が靫彦のその折々に描かれている。
居醒泉 木の根を枕にぐったりするヤマトタケル。

ヤマトタケルはとても好きなのだが、短い晩年の悲劇は目を覆わんばかりだ。

橘媛投身之図 大浦玉陽  舟から海へ自ら飛び込む媛。古事記では畳を波の上に敷くのだが、ここではそのまま。
きれいな顔に決意の色が浮かぶ。

堂本印象、まつ本一洋らのコノハナサクヤヒメの絵もある。春の女神のふっくらと優しい姿。

ああ、「ない」と思っていたらイザナギ・イザナミを描いたものが一件。
黄泉比良坂 青木繁  この青さの美しさ。夜明け方のような魅力に満ち満ちた明治の洋画。
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第二章 古事記の1300年
資料などが多く並ぶ。

太安萬侶墓誌 1979年にこれが出てきたときのことはまだ覚えている。びっくりしたものです。
銅板になんだかんだと書いてある。実在が確認されたのだった。

宣長の一連の仕事の成果などもある。こういうのが今日の古事記研究の基礎資料として活きている。ありがたいことです。

ちりめん本もある。
因幡の白兎 ちゃんちゃんこを引きはがされるウサギ。ぐったりしている顔がいい。

ほかにも「しっぺい太郎」などがある。これはちょうど展覧会が始まる直前にネットで見たばかりなので嬉しい。

ここでは古事記を題材にしたマンガの紹介もあった。
壁にはこうの史代の「ぼおるぺん古事記」の原画がずらりと並び、ガラスケースには安彦良和、里中満智子、近藤ようこ、ゆうきまさみ、諸星大次郎・・・

古事記巻之一  完全版 ナムジ   大國主 弐 (カドカワコミックス・エース)古事記巻之一 完全版 ナムジ 大國主 弐 (カドカワコミックス・エース)
(2012/10/24)
安彦 良和


彼らの著作が燦然と輝いていた。
ファンとしてとても嬉しく、誇らしいような気持ちになる。

映像展示がある。
福田泰祟という作家の美麗な映像である。
「古事記と世界の神話 その類似性と多様性」
黄金の存在。宇宙を背景にギルガメッシュ、伏義、大亀、ギリシャ神話の神々などが現れては消えてゆく。
黄金で表現されているので、一瞬わたしは黄金聖闘士のフィギュアかと思い、ちょっとドキドキしたのでした。

第三章 古事記に登場するアイテムたち

それこそ古代の様々なモノたちが集まっている。
銅矛、栢の櫛、勾玉、埴輪、太刀などである。
びっくりしたのは土浦の武者塚古墳から出土した「みづら」。よくわからんわー。

イメージ (33)

第四章
身近に今も息づく古事記

七支刀の本物・複製・復元が出ていた。
わたしは「日出処の天子」の影響が大きく、「しちしとう」ではなく「ナナサヤノタチ」としか読めないし呼ばない。本物には会うのは久しぶりだった。
復元品は鍛造が無理だったので、鋳造にしたそうで、象嵌がそれなら出来るらしい。
興味深いことを知る。

石上神宮の禁足地からの出土品もいろいろ。
きれいな勾玉に管玉。

談山神社からは安土桃山時代の魔多羅神面(白色尉)も来ていた。白まだらの面である。

平成に入ってからのモノもある。
お神楽に使われる面がたくさんあった。
出雲地方のものと高千穂のものと。
それから何というても石見神楽の提灯蛇胴。
蛇体がとぐろを巻いていた。
提灯構成なのが嘘のような存在感のある大蛇。
イメージ (17)

第五章 未来へ語り継ぐ古事記

現代アートの作家たちの作品が紹介されていた。

山口藍さんのイザナミを描いたものがある。体液が流れ出たところに別な何かが…

ゲームもある。ニガテなのでうまくは出来ない。

力の入ったいい展覧会だった。12/14まで。
イメージ (34)

なお、以下は蛇足。

まさかと思ったが、館内で若い男につけ回された。
非常に怖かった。第五章の現代アートのところは暗い室内が多い。そこでわたしの真後ろにぴったりついてくるのだ。本気で怖くて走って逃げた。
受付奥の休憩室で長く隠れていた。
そこからツイッターで現況報告をすると、多くの人々から助けの声と慰めとが来た。本当にありがたかった。
そして係員に相談し、たまたま今から帰るという奥さんと同道させてもらったが、難波に着いてからも追跡不安に駆られ、本当に怖かった。
美術館でもこんなことがあるとは思わなかった。
館内、あまり暗い場所は作らない方がいいと思う。
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