美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

田万コレクション1 中・近世の絵画 /大阪市立美術館の常設展示

大阪市立美術館は多くの市民の寄贈品をコレクションの柱としている。
かつての大大阪の時代から市民は文化的なものが手に入ると死蔵せず、皆で観ようとばかりに市の美術館なり博物館に寄贈してきた。
わたしのかつての上司の実家には大正時代の貴重な雛飾りがあり、あれも十年ほど前に寄贈してはった。それが展示されたのを見に行ったが、非常に価値の高いものだった。
こういう文化的な土壌を全否定する首長がいるのが痛いところだが、しかし収蔵品のレベルの高さは隠しおおせはしない

田万コレクションは弁護士であり代議士でもあった田万清臣という方のコレクションである。これだけまとめての展示は久しぶりということだった。

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ちらしのこの猫は、近年ではむしろ地元大阪より、関東の方で知られているのではなかろうか。
というのは松涛美術館のリニューアル記念展「ねこ猫ネコ」展でも、この太平楽な様子を皆さんにおみせてしていた。
その時の感想はこちら

・近世の屏風絵

四季花鳥図屏風 狩野宗秀 桃山時代 なんでもこの屏風は重文に指定されたばかりで、「狩野派の山水・花鳥図屏風」展に並んでいる。
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右には鍋ヅルとかがいて、金色の地でついばんだり、空見上げたり。赤い大きな牡丹が満開。丸々とした桜は薄紅で愛らしい。
左は孔雀もいて紅葉も濃い。6扇上の椿も濃い。
全体としてかなりてんこもり。ちょっとやかましいくらいなのが狩野派の特色かもしれない、と改めて思う。

山水図屏風 雲谷等益 江戸時代  瓔珞文のような五重(以上ありそう)の塔と、武道館みたいな形の茅葺きの建物。チラシの地に使われてるので見づらいが、妙に惹かれる。人がいて、カーテンもあるし、壁に額縁の絵まで飾られているようにも見える。案外洋風な感じの部屋。
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冬で満月の下の様子なんだが、雪明かりで明るく見える。
左はジャンクが行く水面、飛ぶ雁たち。奇岩に松など。

洛中洛外図屏風 1620年代  大仏殿はもぉ空のよう。鐘が見える。この鐘が例の「国家安康 君臣豊楽」ね。
三十三間堂で通し矢している。八坂の塔、高台寺、四条のライブ場、祇園小橋や三条大橋。賀茂の競馬に禁中、にぎやかでいいなあ。
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秋草下絵扇面等貼交屏風 桃山ー江戸 下段は秋の野。ススキが激しい。上段に様々な文様の扇子。鯉の滝登りの丸い頭が面白い。源氏絵や唐人物などなど。

山水人物花鳥図押絵貼屏風 曽我二直庵 江戸時代17c 墨絵。ロバに乗る高士、サギ、梅に鳩、雁などなど。

・中国・朝鮮の美術と経典

青銅「湛若止水」団華文鏡 隋ー唐  縁周りの細かいバルメット文が可愛いなあ。

青銅 狻猊双鸞唐草文八稜鏡 唐8c  2対2で合コンしてるような。踊る奴らがいるのは鏡の上と言うよりクラブかもしれない。

大般若経(薬師寺経)巻第八十七 伝・朝野魚養 奈良時代  ああ、いい字だな。「虚空界 不思議界」すてき。

法華経 巻第一・第七 平安時代12c  見返しの仏たちがにぎやか。紺紙金字。イダイケ夫人とかアジャセ王子の物語は可哀想すぎる。7巻の見返しは仏が蓮台から降りて一人の菩薩の頭を撫でる。みんなうらやましそう。

・中・近世絵画と工芸

芙蓉図 土佐光起 江戸時代17c  花びらが綺麗。うっすらと。宋元画の学習が現れている。

伏見常盤絵巻 室町時代  奈良絵本を絵巻にしたらしい。稚拙ではあるが華やかな彩色。
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音羽の滝と清水の舞台。常盤御前と子供らの逃避行。
清水参詣の際に轟きの御坊を訪ねる母子。紅梅の咲く頃。背景の人物には二人の猿引きなどもいて、視線は丁寧。

化物草紙 伝・土佐行秀 江戸時代17c 百鬼夜行の名手の手によるものらしいので、お化けもイキイキ。
1は三善くんがお化け屋敷に転居しても平気という話。
2は平惟茂に供養を頼む不細工な女怪。

小野篁絵巻 江戸時代18c  落書を嵯峨天皇への風刺と読み解くところ。

犬寺縁起絵巻 巻下 江戸時代17c  播州犬寺の話。二匹の忠犬の話。長者の妻が離縁されて帰るところが開いていた。

はいかひ絵巻 江戸時代17c  団扇貼りの虚無僧に狐がたぶらかそうと女に化けてやってくる。
絵解きして教養を見せるけれど、正体がばれるという話。

山梨小禽図 雪渓印 室町時代 この画像ではわかりにくいが、小さいけれど梨でした。鳥が嬉しそうな顔してる。
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銅 湯瓶 鎌倉時代  信貴山型というタイプらしい。今でも使えそう。

扇屋軒先図 江戸時代17c  華やかな店先。若い男女がわいわい。海老柄の暖簾がいい感じ。

立美人図 里芳 江戸時代18c  解説では「懐月堂風」とあるけど、ちょっと宮川派風にも見える。
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猫図 原在正 江戸時代  スミレが咲く場でぐーぐー。可愛いなあ。
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猿図 守住貫魚 注連縄作り??に勤しむ丸顔の猿。腕を長ーーく伸ばす。

桜狩図 土佐光文 江戸時代19c 踊り図でもある。左上に二人の踊る女。鼓と笛の二人の女。華やかでいい。

竹犬図 森寛斎 襖絵。二匹のおとなしそうなわんこがいる図。

大般若経 巻第二百六十八 奈良時代 このお経が田万コレクションに入った経緯がかっこいい。
これは東大寺から田万氏へのお礼として贈られたもの。
昭和12年に起こった三月堂の仏像窃盗事件解決にたいへんな活躍をした田万氏。その事件の概要を知り、田万氏という人のファンになった。

法隆寺の金堂の火災の際にも弁護を買って出て、失火責任を回避させたそうな。
それでか、コロタイプの金堂壁画があった。
これは数年前の奈良博の「法隆寺展」でもちらりと見た記憶がある。

いいコレクションをありがとうございました。

次に「狩野派の山水・花鳥図屏風」展をみる。

四季山水図屏風 狩野派(伝・周文)室町 太山寺蔵  アルプス風な山。松は緑。

花鳥図屏風 狩野派 室町ー桃山 聖護院  叭叭鳥、ツバメなどがいる。みんな元気で可愛い。

竜虎図屏風 竜はごく普通。虎が二頭いるがこれが可愛くて。ちょっと竜に対して距離をとろうという二頭。顔つきは等伯のデヘヘの虎ちゃんにも似ている。

仏画をみる。
・天来 降り来る神仏

涅槃変相図 南宋 叡福寺 中央に涅槃図なのだが、それだけではなく、その後のややこしいことどもも描かれていた。荼毘にふしたりとか、分骨とかいろいろ。大多忙。

阿弥陀五尊来迎図 室町時代  金ぴかの五尊がやってくる。上二人はハロー!!美人。そして阿弥陀さんの頭は人毛なのだそうだ。

十六羅漢図 室町時代 阿部コレクション  獅子を撫でるのがいる。獅子はもう気持ちよさそうでうっとり。
また坊やが居眠りしているのもあった。可愛いのう。

・魁春の彩り 明・清の絵画

寒林鍾馗図 李士達 1611  鍾馗が林道を歩いていてて、ふと振り向いたらそこの木の上に小鬼。「おっ」という感じ。別にいつも退治している訳じゃありませんな。

春元瑞兆図 金廷標 高士が雪の積もった後の林を行く。ふと見上げた木には白い猿がいた。
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こんなの。イメージ (35)
いやー、なかなかみつけられませなんだわ。

墨梅図 銭杜 お化けの木のようだ。篆書の技法で描いたというが、洞だらけの木でお化けめいていた。


最後に山口コレクションの中国の神仏像を少しばかり。
以前にわりと細かい感想を挙げているので今回は気軽に。

石造 如来坐像 遼 まぶたぼってりで口元もぽってり。それが片手をあげているのだが、どうみても招き猫ポーズ。
いや、招きぼーず。失敬。

銅造 観音菩薩および脇侍像 明  立膝をしてなかなか艶めかしくこちらを見つめる。左右の二人は卵型のお顔。
もっと前代ポイ感じもした。

いいものをたくさん見れて幸せ。
2/8まで。
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はとづくし 鳩をめぐる美術品

八幡市松花堂美術館で「はとづくし 鳩をめぐる美術品」展を見た。
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八幡市の市章は鳩である。
石清水八幡宮を擁する八幡市。
鳩は八幡神のお使いである。
神使いは神によりいろいろあるが、八幡神の神使いは鳩、大黒さんはネズミ、天神さんは牛、弁天さんは蛇、諏訪さんは白蛇、お稲荷さんは狐などである。

なんで八幡神が鳩なのかはよくわからないが、この石清水八幡宮だけでなく関東だと鶴岡八幡宮も鳩のマークが使われている。
あちらは豊島屋の鳩サブレなどがあるが、こちらは特に鳩のお菓子はない。

しかし市のマンホールにはこのように鳩が活躍する。


1.神使いの鳩 八幡神のお使い

板絵僧形八幡神像 1614 正法寺  写真パネルだが3羽のハトがいる。

一の鳥居古額 原作・藤原行成 1600 石清水八幡宮  既に行成のいた平安時代から「八幡」の額の八の字は二羽の鳩になっていたわけです。向き合うか外向きかは別として。

本殿蟇股彫刻(レプリカ) 2009 石清水八幡宮  二つの橘の実を中に鳩のカップルがいる。右は緑色で阿。左は青で吽。
この本物は本殿の特別公開の時に見せてもらった。春秋の「京の非公開寺社」見学のときね。それまで石清水八幡宮は本当に行ったことがなかった。わたしは京阪者やなくて阪急だからこちらにあまり縁がないのだ。
しかし石清水八幡宮は男山ケーブルもあり、いい感じのところだと思って、それから大好きになったわ。無論この彫刻や女神像などが特にすばらしいしね。

男山蒔絵笙(霊元天皇奉納雅楽器一式の内) 辻近寛 1715 石清水八幡宮  蒔絵に鳩がある。可愛いわ。男山に石清水八幡宮がありますのさ。

供花神饌のうち松の台 染司よしおか 2007 松花堂美術館  吉岡幸雄さんの工房のお仕事。これは石清水八幡宮でも見てます。可愛かったなあ。あれは撮影可能だったから撮らせてもらったのでした。
これは松に藤の花が挿さり、ツツジも咲いて、そばに鳩もいるという造り。

都林泉名勝図会 巻5「安居神事」の項 秋里籬島 1799 松花堂美術館  練り歩き。これは幕末まで続いていたそうな。

神鳩 中西弘馨 1960 石清水八幡宮  木彫。木目が鳩の筋肉をリアルに見せる。
原本は貞観元年860に宇佐八幡宮で造られたとか。すごいなあ。
これは一刀彫。1100年大祭の折に作られたもの。

木彫鳩 明治時代 鳩居堂  楠のご神木から。

鳩置物 宮崎隆 2009 石清水八幡宮  白鳩。伏見人形と同じ構造。可愛い親子の鳩。こちらは1150年大祭の時の製作。

石清水八幡宮奉納 鳩図絵巻 河村文鳳 江戸後期 石清水八幡宮  二枚あり、一は何かをひらう様子。リアルな鳩。

三宅八幡絵馬 昭和初期 京都文化博物館  子供を守る三宅八幡。二面とも4歳の子どもの無事を祈るもの。どちらも素朴でいい。

2.家紋の鳩 神使いを家に

実に多くの鳩紋がある。びっくりした。
向鳩、舞鳩、「寓生=ほや=寄生木など」に鳩、鴛鴦もいる、鳥居と一緒の鳩など。
鳩の家紋は昭和11年にきちんとまとめられたそうで、本にあるものが紹介されていた。
ここでは11種が紹介されていたが、ネットには13種紹介されているものがあった。
こちら


八幡太郎尊像 亀岡規礼 江戸後期 石清水八幡宮  おお、八幡太郎。かれき向鳩紋。

芝居絵「熊谷陣屋」 芳瀧 江戸後期  上方の絵師。池田文庫にこの絵師の絵はわりにあると思う。さてこれは陣幕に向鳩が描かれている。
熊谷直実は鳩の紋の人で、そのご子孫が鳩居堂さん。
京博の近くに通称「烏寺」というお寺がある。正式名は「熊谷山専定寺」ここは説明によると、熊谷(蓮生坊)が極楽往生すると烏が話すのを通りかかった専定坊が聴いたとか。
熊谷は鳩の家紋、このお寺は烏の紋。ちょっと面白い。
2007年夏に撮った写真。IMGP4719.jpg


熊谷は向鳩を家紋としていたから、子孫の鳩居堂さんは向鳩紋の什器をたくさん持ってはるわけで、それらが並んでいた。
ただし、全てが同じ鳩というわけではなく、代々のご主人の趣味が反映されていて、鳩たちもエレガント系からキュート系、はては剽軽なのもいた。
朱塗りの祝い膳、衣裳盆、暖簾等々。染もいい感じのものばかり。

全然関係ないが、あの鳩山家の紋は雁金文だという。鳩ではないのだ。
音羽御殿は鳩の意匠を使ったステンドグラスなどがキレイだが、そういえばあそこは知恵の神様のお使いのフクロウ像も鎮座していたな。

3.玩具の鳩 神使いを手元に

半山画譜(松柏堂蔵版)第一冊 松川半山 1895  鳩笛の絵があった。

鳩のおもちゃの代表はやはり鳩笛でしょう。これは洋の東西を問わず同じようで、長谷川潔のマニエール・ノアールで表現された作品にもスペインかフランスの鳩笛のようなものがあった。
日本では土製か木製。
石清水八幡宮と三宅八幡の鳩笛がいくつも出ていたがいずれも可愛らしい。
三宅八幡のは伏見で造られたもの。
これらは京都文化博物館に管理されているが、もしかすると日本有数の玩具コレクターの朏(みかづき)コレクションのものかもしれない。

ところで鳩笛というとわたしは必ず楳図かずおのめちゃくちゃ怖い話を思いだす。
「サンタクロースがやってくる」
簡単に記す。
鳩笛づくりのおじいさんが孫の少年を溺愛して暮らしていたが寝たきりになる。
厳しい叔母さんが二人を引き離すと、おじいさんは懸命におもちゃを拵えて大きな袋に詰め、やがて臨終間際に孫に「いじめられたり苦しいときはこの鳩笛を吹け」と言い残して死ぬ。
孫はその後、叔母さんの厳しさはきちんとした人に育ってほしいという躾だと知り、叔母さんのもとで立派な社会人になる。
家庭を持った孫はもうおじいさんの鳩笛のことなど忘れていたが、彼の息子がそれを見つけ出し、吹いてしまう。
坊やのもとへ現れるサンタクロース姿の老人。袋からおもちゃをもらい続ける子供。
不審に思った父から問い詰められても頑なに老人のことを話さない坊や。
やがておもちゃが尽きる日が来た。
全てのことを思いだした父親はわが子を守ろうとするが、そこへサンタクロースの恰好をしたあの祖父がやってくる。
そして坊やを自分の孫だと思い込んでいるので、その子を抱きしめる父の手から坊やの首を捻じ刳り捥ぐ。
坊やの首を袋に詰めて去ってゆく老人。もう二度とその姿を現さなくなる。
首のない坊やの体だけを残して。

本気で怖い…

4.象徴の鳩 平和・夫婦和合

確かに平和の象徴としての白鳩だが、三原順「はみだしっ子」にそのことへの言及があったのを忘れない。
鳩の喧嘩はとてもエグいらしい。
言われれば飯盛広一「レース鳩0777」でも鳩の喧嘩はひどかったなあ。
どちらも1980年以前だった。
わたしはそれを知ってから鳩を見てもあんまり喜べない。
もともと鳥が苦手だと言うこともあるのだが。

祇園祭山鉾 八幡山前掛け 円山応祥・下絵 1957 八幡山保存会  綴錦織。綺麗な織りで鳩たちの元気そうな様子が描かれている。

祇園祭山鉾 八幡山鳩 伝・左甚五郎 江戸時代 だいぶ傷んでますわ。その隣に今出来の復元品があるが、キュートでした。

「光琳画譜 坤」より「雀と鳩」 中村芳中 1802 光琳ぽく描くよ的な作品集だが、芳中だけに丸まっちくて可愛い。ぽてぽて。

双鳩図 栖鳳 1930 鳩居堂 白鳩と普通の鳩とが仲良くしているところ。これはご主人の熊谷さんに贈ったもの。

鳩居堂の所蔵する袱紗や進物台が並ぶが、みんな妙にとぼけた顔だった。楽しい。
リアルな置物もあるが。

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展示品を双六仕立てで楽しめるようにしてある。

5.身近な鳩 花鳥画や工芸品に
石清水八幡宮のある男山を「鳩が嶺」と言うたそうだ。

松平定信が編纂した冊子を見る。
徽宗の桃鳩の写しが出ていた。鳩の絵は多くの人が描いている。
鳥好きの松篁さんは当然としても、高山辰雄にも名品がある。
わたしはあんまり苦手なのだが、それでもこれだけたくさんの鳩の絵や工芸品を見ると、やっぱり愛情がわいてくる。
いや、実物よりもずっといいなと思いもするのだった。

長山孔寅、吉村孝敬、松村景文らの鳩の絵、南山焼の鳩の香合や絵茶碗などなど。
それから丸瓦に鳩の置物も。
鳩の飾り瓦と言うものも初めて見た。民家の家に長くいたらしい。

最後に鳩時計や清方が描いた平和紀念絵ハガキや紙幣などがあった。
本当に最初から最後までずっと鳩だった。

今となってはやっぱり鳩サブレが食べたくなっている。
2/22まで。

高野山の名宝

サントリー美術館で大好評だった「高野山の名宝」展がいよいよあべのハルカスにおでまし。凱旋というてもええかしら。
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展示方法はサントリーとはかなり違うようで、やはり東京では美術品鑑賞という感じだったようだけど、こちらはさすがに年配の方は信仰心からの拝観という感じが見受けられた。
正直なところ、わたしもそのクチ。とはいえ、大いに楽しませていただいたのも事実。
関西と関東の事情の違いを感じもした。

昨夏には阪神百貨店で「高野山1200年至宝」展が開催された。
感想はこちら

昨春は大阪市立美術館で「山の神仏 熊野・高野・吉野」展があった。
高野山の感想はこちら

四年前には東博で「空海と密教美術」展もあったが、あちらは東寺の方がメイン。
ちなみに感想はこちら

そうそう、わたしが高野山に行った時の記事はこちら
・・・もぉええですがな。

というわけで、「高野山の名宝」を拝みました。
展示替えも多少あるけれど、ほぼすべてが金剛峰寺の所蔵。それ以外のみ記します。

第1章 大師の生涯と高野山
弘法大師坐像(萬日大師) 1 軀 室町~桃山時代  古代日本仏教界の三大超人の一人というのも頷ける。
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諸尊仏龕 1 基 中国・唐時代 8 世紀  非常に細かい造り。仏アソートボックス、とは訳さないと思うけど、そんな感じがする。
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四天王独鈷鈴 1 口 中国・唐時代 8 ~ 9 世紀  キーンキーン、とベルが鳴る。この表面の彫刻が四天王なのだろうが、一見したところキリスト教の聖具かなにかに見える。それもロマネスクの時代のとか。
それで解説によるとこれは「珍しい形」で貴重な仏具らしい。なるほどなあ。
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独鈷杵 1 口 中国・唐時代または平安時代 8 ~ 9 世紀  これは将来品か国産かわからないけれど、あとのは全て平安時代か鎌倉時代のもの。
三鈷杵、五鈷鈴、独鈷杵・・・
こういうのを見るとやはり「孔雀王」のマンガを思い出す世代です。

高野大師行状図絵  6 巻 のうち 鎌倉時代 14 世紀 地蔵院  2巻を見た。塔の中で座る大師。唐への船出。到着したのに入国禁止と言われた遣唐大使・藤原葛野麻呂。大師が司に代わり入国許可書をしたため、それで入国許可が出たとか。これは公文書偽造とかそういうわけではなさそう。
それから三鈷杵を投げつけたら木に引っ掛かったが、その木のそばには樵がいて、ホドラーの絵の人かと思いましたわ。

大師は高野山をもろたけれど、地の神様も大師やったらよろしいわ、とばかりに親切に出現する。それがこのご夫婦。
旦那は狩人、奥さんは十二単。
丹生明神像・狩場明神像 2 幅 鎌倉時代 13 世紀 配置が向かって右が狩場明神、左に丹生明神だから夫婦の目線がちっとも合わない。チラシとは配置が違うわけです。
狩場明神は赤っ面のオヤジで、犬が懐かしげにまといついていた。
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金剛峯寺根本縁起 1 巻 南北朝時代 建武 2 年(1335)  絵ではなく書状。後醍醐天皇の朱の手形が2つバーンと押印されている。存外小さい手だと思うが、これは四天王寺などにある、後鳥羽院の大きな手形を思い出すからそう見えるだけかもしれない。
内容は寺領安堵の件。
領地問題というのはやかましいからねえ。八瀬などでも歴代の天皇からの宸翰を大切にしているが、それがないと税金払わされたり領地とられたり好き勝手にされてしまうからね。

高野山壇上幷寺中絵図 1 幅 江戸時代 寛政 5 年(1793)  細かい境内マップ。建物はハンコかな。同型のがやたらたくさんあるし。向きを変えてはいるが同じパターン。
これを見て思い出すのが横浜都市発展記念館の「あこがれの団地」展で作られた「団地と給水塔」の手ぬぐい。あれと発想は同じかもしれない。
さてこのマップには凡例が記されていて、○が学僧、金の○が行人、灰○が聖、道や川もちゃんと色分けされている。

弘法大師入定図 1 幅 室町~江戸時代  庵の中でくつろぐ大師。履物は揃えてはいない。
 
第2章 高野山の密教諸尊

大日如来坐像 1 軀 平安時代 仁和 3 年(887) 檜製。内は刳らず。目は割としっかりとこちらを見る。髪は緑青色、白毫は水晶。手はにんにん。
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両界曼荼羅図 2 幅のうち 桃山~江戸時代  胎蔵界 金剛界どちらもとても綺麗。

板彫胎蔵曼荼羅 2 面 中国・唐時代 8 ~ 9 世紀  いわゆるスタンプ。甲が白檀、乙が桜材。取っ手付き。

成身会八葉蒔絵厨子 1 基 鎌倉時代 13 世紀  さっきのスタンプ入れがこれ。1222年以前の製品らしい。

浮彫九尊像 1 面 平安時代 10 ~ 11 世紀  10cmX10cm以下くらいのサイズに細かい9人が仲良く並ぶ。四天王、不動、阿弥陀三尊、大威徳。

五大力菩薩像のうち金剛吼菩薩像 1 幅 平安時代 10 ~ 11 世紀 有志八幡講  大きいわ!随分前に東寺から高野山へ移ったそうな。
牙が大きく出てますがなー、眼もぎらぎら。

天弓愛染明王像 1 幅 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀   赤くて面長でカッ!!・・・案外若くてハンサム。今まで見た明王系でもかなりイケテますな♪

天弓愛染明王坐像 1 軀 平安時代 12 世紀  薫香に燻されて色が変わっているが、ところどころ朱が残る。小さい弓矢を持つ手もある。アモールのが持ってそうなサイズ。
やっぱり洋の東西をとわず、恋愛系はこういうミニ弓矢で射るのね。

不動明王坐像 1 軀 鎌倉時代 13 世紀  玉眼玉歯。朱に光る。眉間に倶利文に近いものが。袈裟というかストールというか、あれが花柄なのが妙に可愛い。

不動明王坐像 1 軀 平安時代 12 世紀   あ、これはもぉ本当にどこからみても誰が見ても不動明王というか、その親玉みたいなツラツキ。目の向きが左右違う、ロンパリではなくて上下向く「天地眼」という目つき。そして瑟瑟座に鎮座まします。
典型的なのを見た感じ。

さて運慶作の可愛い少年たちを拝みましょう♪
八大童子ですがな!
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前掲の「山の神仏」展の時も数種の八大童子フィギュア(と英語では訳されていたよ)を眺めて喜んでおったのですが、今回は運慶の6人+後世の2人を見ました。
イメージ的にあれだね、ジャニーズのグループぽい。最初からの子たちと後から加わった子たち、みたいな。でもみんな一致団結してとりあえず解散はしないぞという。
共通してみんな素足。
八大童子像のうち烏倶婆誐童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀  肉付きもいいけど逆立ちした髪がまた豊か。腰の辺りに手を当ててちょっと身をくねらしながらも厳しく口を閉ざす。将来的に不動明王の跡継ぎ第一候補はおれだぜ、とでも言いたそうな顔つきがいいね。

八大童子像のうち清浄比丘童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀   僧形で手に巻物と独鈷を持っている。下唇ぎゅっ。地味だけど、いてそうなタイプ。

八大童子像のうち恵喜童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀   三つ又の槍みたいなのを持ってるのはむしろ海系の人みたいな。ポセイドンという方ね。もう一方の手には宝珠なのかミカンなのかそんなのを持っている。アタマの辺りも明治頃のレトロな水泳帽のようなものをかぶるようにも見えますなあ。

八大童子像のうち矜羯羅童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀   不動明王の向かって右手にいつもいる少年。けっこう髪がくりくりしてるな。絵では白い膚の子によく描かれている。他の少年らよりはおとなしそう。二の腕が可愛いなあ。ふっくら可愛い。

八大童子像のうち制多伽童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀   五髻が可愛い。赤々とした肌がまた可愛い美少年のセイタカくん。手に持つのは杖かな。肩にスカーフ掛けて。
彼が今回の一番人気の人。イメージ (14)


八大童子像のうち恵光童子像 運慶作 1 軀 鎌倉時代 12 世紀  色白なやや大柄少年。独鈷がマラカス風にも見えるね。片方の手にはマイク・・・やないですけど、そんな感じにも見えます。前髪を抑えるのはサークレット。大きいお耳も見せてます。
肩の辺りが逞しそうですなあ。

さてあとの二人は2百年後に新規参加したメンバー。
けっこう装着物も違うし、お付きもあったりとイメージが違うね。

八大童子像のうち阿耨達童子像 1 軀 南北朝時代 14 世紀  「あのくた」童子。龍に乗る。彼は手に蓮持ってる。彼は何と和歌山県立博物館での「空海と高野山」展での人気投票で他の童子たちを抑えて堂々の第一位をとったそうな。(2004年当時)
こちら
ちなみに二位は制多伽童子だったようです。
ところでこの名前を見ると必ず「阿耨多羅三藐三菩提」と出てくるなあ。

八大童子像のうち指徳童子像 1 軀 南北朝時代  てっきり毘沙門天とか四天王とかに憧れてる少年かと思うようないでたち。目つきが悪いのは色々思う所があってのことなのかも。

サントリーのチラシ。
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東京では全方位からの鑑賞というスタイルだったそうだけど、こちらは一列並び。
正直それはそれでいいと思っている。
 
孔雀明王坐像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 正治 2 年(1200)  手に羽を一枚持つ。ミカンのような宝珠持つ。孔雀の羽毛が殆ど鱗。それにしても力強い大きな孔雀。目はガラス。
明王のお顔はしっかりしている。
なんでもこれは「弘法大師様」というスタイルでの孔雀明王らしい。
色々な様式があるわけですね。

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第3章 多様な信仰と宝物

釈迦誕生図 1 幅 鎌倉時代 13 世紀   「天上天下唯我独尊」ポーズを中心にして、五頭の白獅子、五人にの拝む人などなどが取り巻く。

毘沙門天立像(胎内仏) 1 軀 平安時代 11 ~ 12 世紀   一種のマトリョーシカめいた存在ですなあ。小さいがしっかりしていて、截金細工が綺麗に残っている。

快慶の四天王像もご登場。
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四天王立像のうち持国天像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 12 ~ 13 世紀
四天王立像のうち増長天像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 12 ~ 13 世紀
四天王立像のうち広目天像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 12 ~ 13 世紀
四天王立像のうち多聞天像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 12 ~ 13 世紀
武装のカッコいい皆さん。鬼顔を甲冑に着けたり、バックルや肩口に怪獣とかあるが、持国天のみ胸にもつけていた。

執金剛神立像 快慶作 1 軀 鎌倉時代 建久 8 年(1197)  足を上げたバランスがいい。
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花蝶蒔絵念珠箱 1 合 平安時代 12 世紀  可愛い。綺麗な作りで、阿古陀形。
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紺紙金字妙法蓮華経 8 巻 のうち第1巻  朝鮮・高麗時代 太康 7 年(1081) 高麗経。見返し表には仏がいっぱい。終わりの見返しには蓮。

つくづくとありがたいものを拝みました。
楽しかったです。ありがとう。

ところでこれはバットボーイズな感じがしていいね。
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二派に分かれて、少年たちが対峙し合う。なんだかかっこいい。

3/8まで。

コレクションの対話 近代美術の傑作

神奈川県立近代美術館鎌倉館「コレクションの対話 近代美術の傑作」をみた。
1/12までの開催だった。
建物の存続で揺れる鎌倉館本館での展示である。
別館は麻生三郎の挿絵展。そちらの感想は既にあげた。
北川原コレクションを中心とした展示をみた。

藤田嗣治 横たわる裸婦 「グラン・ブラン」の時代の作品。やはりこのパリの寵児時代の絵が一番いい。
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藤田嗣治 二人裸婦 こちらはやや黄色かかってはいるが、まだあの時代の力は活きている。
二人の裸婦の親密性。クールベ、ロートレックの系譜にフジタもいる。
二人の女たちから漂う湿り気を感じ取る。

小出楢重 静物(乙女椿とレモン) ガラス瓶に淡紅の花。重厚ではあるが、決して暗くはない。
レモンの質感がいい。

梅原龍三郎 椿 濃い椿。存在感が大きい。

梅原 熱海野島別荘 もう本当に大好きな一枚。濃い色合いの南国風な構成。
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梅原は野島康三のこの別荘が気に入り、別な絵も描いている。
二枚並んだ展示は二年前に葉山館で見た
素晴らしい絵。

裸婦画が続く。
小出 裸婦(立てる) 太い足。日本人で裸婦画を描くぞという小出のまっすぐな思想が活きる。

小出 裸婦(横たわる) 短い臑。そう、昔の日本人は足が短かった。

梅原 裸婦 イスに座る裸婦。水彩だが梅原らしい存在感がある。

梅原 裸婦 正座して梳く。肉の実感がある。

児島善三郎 立てるソニア(横向きの裸婦) 背中から見返りの女。やや太い足。オードリー・ヘップバーンならぬオージリー・ヒップバーンというコン・タロウのギャグを思い出した。

明るい気持ちになったところでほかの作品をみる。

牧野虎雄 思い出の庭 ポピーが咲く明るい庭。もう今はないか、またはもう行けない庭。そう思うといよいよ庭の魅力が増す。

長谷川利行 静物(百合) 青緑の白百合。ボール紙に描かれてよく生き延びてくれた絵。

長谷川 新宿風景 ロングでとらえたにぎやかな様子。戦前のある日。

曾宮一念 トレド城山 朱色がとても印象的。ええと、マンションですか。

高畠達四郎 富士山 筆先に色をおいて作った絵。

朝井閑右衛門 バラ チューブ押しつけ。濃いけれど明るい。

朝井 薔薇(法華壷) 紫の壷が鳥の絵の布の上にある。
これはあれかイッチンの法花の壷なのかな??
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鳥海青児 段々畑 すごいマチエール。思えば日本洋画というものは時を経るにつれ、西洋のそれとは全く違う質感を手に入れたのだ。

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鳥海 修理のある家 沖縄風景 タイトルだけ見たらどうも誤字かと思ったし、絵を見ても全然修理もなにもわからない。さっぱりわからない。しかしマチエールの面白さがいい。

鳥海 ノートルダム 薔薇窓のみ少し色の違いがあるが、あとは単色のようなものがどーーーんっっっっ大迫力。

海老原喜之助 友よさらば 一緒に暮らしていた馬の死。家族から愛された馬。嘆きが力強く単純な線から伝わってくる。
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海老原 川辺にて 白馬と人と。気持ちよく水に触れる。
この絵と先の「友よさらば」は互いに親密なものなのだという。

三岸節子 花園 赤い椿らしき花、黄色と赤が激しく綺麗。決して軽くはない。力強さが好きだ。

三岸 小運河の家 グレーの力強さ。いいなあ。

三岸 花 壷に女が閉じこめられているような文様がある。ピンクの恐ろしい雲のような花。

三岸節子は1999年になくなったが、その直前に大丸で回顧展があり、新作「花!花!花」を見て、このお年でもとてもお元気だなあ、嬉しいなあと思ったものだった。

井上長三郎 少女像 顔を上げる少女。なにか希望というものを強く感じる。顔色は黄緑だがそれが若さを感じさせもする。ポンパな前髪。しかし立ち姿は唐俑風。
この絵は寺田透の寄贈品。
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脇田和 慈鳥 鳥に餌をあげる少女。和やかな絵。

瑛九 人物 コンポジション風な背景に記号的な人物がぞろぞろ。

少しばかり西洋の絵も見る。
ピエール・ラプラード アルルカンと若い娘 きれい。階段を下りる二人と、それを見上げる視点。林のような庭がある中で。

パスキン ソファに腰掛ける少女たち 上だけ服を着て下をさらす幼い少女。やっぱりロリくさくてイヤだな。

豊かなコレクションを見て、気持ちが大きく深くなった。




チェンバレンとアーネスト・サトウ 近代日本学のパイオニア/八雲の熊本の家

もう終了したが、横浜開港資料館で「チェンバレンとアーネスト・サトウ 近代日本学のパイオニア」展をみた。
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その一年前にはここで「宣教師ヘボン」展があったから、年末年始は日本と関係の深い外国人を特集しているのかもしれない。
いやそもそもここは「横浜開港資料館」だから、彼らを紹介し、取り上げるのは当然のことか。
同時期にはちょうど江戸博で「明治のこころ -モースが見た庶民のくらし-」展があり、どちらも楽しく眺めている。
二つの展覧会をまとめたものはこちら

二人はいわゆる「ジャパノロジスト」即ち日本研究者と呼ばれた。
親日家であり知日家である二人の資料を見た。

ところでわたしはチェンバレンはともかく、アーネスト・サトウはてっきり日系人・佐藤さんの末裔かと思っていたが、さにあらず、かれはドイツ系の移民だったのだ。このことを知ったのは20年ほど前だから長いこと勝手な思い込みをしていたものだ。
黒船のサスケハナ号が「佐助花号」ではなく、”How much dollar”が「浜千鳥」でないのと同じである。

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アーネスト・サトウは英国の通訳として来日し、読み書きも自在にこなし、28歳で武田兼と家庭を持った。長男はアメリカに移住し現地でなくなり、跡を継いだのは次男で、彼は植物学者・日本山岳会創立メンバーとして名を馳せた。
サトウは英国に帰国後も便りや子供らへの贈り物を続け、次男も英国に留学している。

サトウの友人であるチェンバレンはお雇い外国人として海軍兵学校で英語を教えたが、彼は戸田家に10年にわたって住まった。
その戸田家と武田家との交流も深く、資料を見ると武田兼と長男、そして戸田家の女主人・欣子とが共に写るものもいくつかあった。

展示資料はその武田家と戸田家に伝わる品々だった。
英国からサトウが息子たちに贈ったチェスのセットやトランプ、使った食器などなど。

サトウは英国から日本に残した妻子を想っていたようだ。
チェンバレンも戸田家の人々を気遣い続けていた。

チェンバレンは顔が広く、ラフカディオ・ハーンに出雲や熊本での仕事を紹介した。

ラフカディオ・ハーンは出雲では「ヘルン」さんとなり、やがて「小泉八雲」となって「神々の首都」出雲を愛したが寒さに負けて、セツさんとその両親らを連れて温かなはずの熊本に引っ越している。
その熊本の家は今回見学に行ったので、また後ほど紹介する。

知日家、親日家の人々が写真パネルで紹介されている。
このチェンバレン、アーネスト・サトウ、ハーンだけでなく同時代のモース、コンドルをはじめ、モラエス、戦後のライシャワー、ドナルド・キーンさんまでの系譜。
わたしはここにもう一人加わるべきだと思っている。
歌舞伎の恩人パワーズさんである。彼のおかげで歌舞伎は敗戦後も生きながらえたのである。マッカーサーの副官だったパワーズさんの尽力で「忠臣蔵」も「義経千本桜」も上演できるようになったのだ。

思えば日本を、日本の文化を愛した外国人は本当に数多い。現代では日本美術コレクターのプライスさんもそうだ。バルテュスも日本の美を深く愛した。
わたしたちは彼らの愛した日本の美・日本の文化をもう一度きちんと学び、愛さなくてはならない。

前述のモラエスは『恋の浮島』の作者であり、新田次郎の絶筆『孤愁 サウダーデ』に描かれた。近年になり新田の息子で数学者の藤原正彦さんが書き継いで完結したが、連載当時わたしは「徳島にも小泉八雲のような人がいたのだなあ」と思ったものだ。

さて親日家であり日本に居場所を見つけたのはラフカディオ・ハーン。
彼は士族の娘小泉セツと一緒になり、松江を振り出しに熊本、東京と移り、やがて日本人・小泉八雲として亡くなった。

先般熊本の小泉家を訪ねた。今は記念館としてその家が活きている。
少しばかり撮影したものを挙げる。



松江の家もそうだが、小ぢんまりして暮らしやすそうな家である。

庭と廊下。素晴らしい和の美。


ハーンの机。小柄で目がわるいから、机との距離感が近い。


鶴の釘隠。


欄間もいい感じ。


可愛い燈籠。フクロウの燈籠。


ちりめん本。この発刊に八雲が関わった。


日本を愛した外国人たちに思いを馳せ、自分もまた日本の美をいよいよ愛したいと思う。

氏家コレクション「肉筆浮世絵の美」

鎌倉国宝館の氏家コレクション「肉筆浮世絵の美」展に行った。
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氏家浮世絵コレクション設立40周年記念ということで元旦から多くの人が楽しんでいる。
氏家コレクションは肉筆浮世絵のみのコレクションだという特色がある。
この一枚の他になし、という貴重な作品群である。
著名な絵師のものからここ以外で他には見ない絵師のものまで、佳い作品が集まっていた。
わたしが見たのは前期である。1/27からは後期。


職人尽図屏風 6曲1隻 岩佐勝重 17世紀中頃  この画題は室町頃から続いている。ここでは鏡研ぎ師、遊女、経師師、数珠師、虚無僧に軸物を抱えた大比丘尼に柄杓を持った小比丘尼、染物師、鍛冶師などが見えた。他にもあろうが、今回はこれだけが見えている。
中世以前からの職種もあり、薄暗い闇のようなものも感じて、大いにときめく。

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桜下遊女と禿図 1幅 菱川師宣 17世紀後半  かむろが朱塗りの盆に何かを載せて差し出すところ。
ちょっとした情景なのに艶めかしくもある。

美人立姿図 1幅 懐月堂安度 宝永(1704-11)~正徳(1711-16)頃  素足で打掛を肩脱ぎにした、ちょっと色っぽい女。幕末の官能性と江戸中期のそれとはどうしてこんなにも違うのだろう。

男女対語図 1幅 宮川長春 宝永(1704-11)~正徳(1711-16)  屏風の内で侍の客と女と。何を語らうのか二人だけの濃密な時間。
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吉原遊楽図 1幅 宮川長亀 享保(1716-36)~寛保(1741-44)頃  藺草製のような笠を取ると、野郎帽子の綺麗な若衆。そばには若党のような男衆がついていて、こちらには花魁。
艶めかしい連中。

遊女と禿図 1幅 宮川一笑 享保(1716-36)~元文(1736-41)頃  二階から挨拶する男もいる。シルエットも映る。道行く二人の女。享楽的な様子がいい。

縁先美人図 1幅 宮川長哉(伝) 享保(1716-36)頃  座って煙草を吸う、ややふっくらした美人。時代の女だなあ。

当流遊色絵巻 2巻 奥村政信 18世紀中頃  隅田川下りの様子。舟遊びの人。堤には犬もいる。吉原の大門。人形芝居ののぞきからくり。楽しそう。輪踊りの人々。明るい心持。

美人観菊図 1幅 西川祐信 18世紀前半  女ではなく、野郎帽子の女形。庭の咲き誇る菊を眺める。菊と美青年。きゃっ♪

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桜下遊君立姿図 1幅 鈴木春信 18世紀後半  非常に珍しい春信の肉筆画。しかもなんと面長の女。びっくりしたなあ。

吹雪になやむ美人図 1幅 磯田湖龍斎 天明(1781-89)中期~後期  空も激しく雪で、美人の脛が露わになる。

品川遊女まりつき図 1幅 田中益信 明和(1764-72)後半  泥絵の具。禿の鞠つき。それを見おろしている太夫。
そういえば「羽の禿」という踊りはあるが、「鞠つき禿」は案外ないなあ。あってもよさそうなのに。

柳下美人図 1幅 川又常正 18世紀中頃  さらっと足を見せる、少女っぽいのが、帯を前結びにしている。なかなか面白い図。

しだれ桜三美人図 1幅 月岡雪鼎 明和2年(1765)~安永7年(1778)  丁度今芸術新潮で雪鼎の春画特集があったり、大阪歴博で特集展示があったりする雪鼎。

柳下美人図 1幅 月岡雪鼎 明和(1764-72)頃  柳に蛍籠を釣ろうとする女。薄物を着ている。風情があるなあ。

観梅美人図 1幅 勝川春章 天明(1781-89)後期頃  一人立姿を見せる。

かくれんぼ図 1幅 喜多川歌麿 寛政元年~3年(1789-91)頃  これはあれか「めんない千鳥」かな。

萬歳図 1面(4枚) 喜多川歌麿 寛政5年~8年(1793-96)頃  室内での芸。背景は描かれていないが、おそらくそう思う。鏡餅がある。観客の背後にはそれくらい。家の人々が楽しんでいる。
これで思い出したが、俳優で放浪芸の採集をしていた故・小沢昭一があるとき萬歳の才蔵として本職についてどこぞの家を訪ねたとき、そこの家の娘さんが500円玉を手渡しながら「早くTVに戻れますように」と言うてくれたそうな。
小沢昭一は自分の興味で萬歳の才蔵をしてたのだが、そうは受け取られなかったのだ。
これは確か戸板康二の「ちょっといい話」にあったと思う。

御殿山花見絵巻 1幅 鳥文斎栄之 文化8年(1811)  海もよく見える。桜も満開、菫も可愛い。奥女中のご婦人方が楽しそう。

雪中張飛図 1幅 葛飾北斎 天保14年(1843)  笠を高く揚げて天を見る。むぅとした顔つき。これは孔明待ちの時だろうか。
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桜に鷲図 1幅 葛飾北斎 天保14年(1843)  大体北斎の鳥の目と口元はいい。不敵なツラツキだし口元ニヤリだしね。

阿耨観音図 1幅 葛飾北斎 天保15年(1844)  あのく観音。「阿耨多羅三藐三菩提 あのくたらさんみゃくさんぼだい」のあのく。

蛸図 1幅 葛飾北斎 文化8年(1811)頃  こいつ、めっちゃ可愛いがなー。外線は点苔で描き、目鼻はぐいぐい。妙に面白い顔つき。一人で立ってますか。
マダガスカルだったか、走るタコがいるのをTVで見たな。
こいつも走り出しそう。

小雀を狙う山かがし図 1面 葛飾北斎 天保(1830-44)頃  蛇イチゴがまた艶めかしい。不穏な色の美。銀色の小鳥。

波に燕図 1幅(1面) 葛飾北斎 享和(1801-04)~文化(1804-18)前期  飛んでる。勢いがある。

一枚物各種 11枚のうち 葛飾北斎 天保(1830-44)頃  これがまた変な絵ばかりで。
妙に笑う虎がぬめぇとしてたり、芋の葉になんかがいたりとか・・・

画帖 1冊(4枚) 葛飾北斎 19世紀中頃  キリギリスに雀に杜若などが見える。
もぉ本当に北斎は「全身絵描き」という感じがする。

七夕美人図 1幅 歌川豊勝 文政(1818-30)末頃  つぶし島田に咥え楊枝。伝法な女。膝も丸出し。窓の外を見おろす顔もいかにも文政頃のこうした女にありがちな表情を浮かべていて、わたしの好み。
七夕の笹飾りの中にスイカもついている。本物やなく描いたものだろうが。

柳下二美人図 1幅 歌川豊広 寛政1789-1801)前期  床几に座る煙草を吸う女と虫籠を持つ女と。夏のとある時間。

高輪の雪・両国の月・御殿山の花図 3幅 歌川広重 嘉永(1848-54)~安政(1854-60)前期  働く人々も犬も白くなる雪。気持ち良い橋。浮かれ心の春。ロングで捉える様子。
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時代の花形をみる。
役者絵(かおとはな) 34枚のうち 松楽斎眉月 文化9年(1812) 
役者絵(すがたづくし) 60枚のうち 清谷 文化~文政(1804-30)頃
化政期は大南北の芝居が人気の頃か。色々と楽しい気持ちになる。
リアルな絵。個性的な役者たち。

楽しく眺めた氏家コレクション。またいつか会いましょう。

バロックからバルビゾンまで 山形後藤美術館コレクション

日本中を巡回する山形後藤美術館コレクション展「西洋絵画の世界 バロックからバルビゾンまで」を横浜そごうでみた。ここでの展覧会は1/25までだった。
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Bunkamura、「えき」などで見る機会があったが、延びて横浜そごうで見たが、それが良かったようにも思う。
尤もこうして展覧会が終わった後に感想をあげているのだが。
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山形後藤美術館のコレクションはこれまでにも神戸などで見てきたが、優美なものが多く、明るい心持ちで眺められる。アカデミーで活躍した画家たちの作品をこうして見ることが出来るのがいい。

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第一章 神話・聖書・文学

ジョバンニ・アントニオ・ガッリ 聖母子と洗礼者聖ヨハネ 鳩が飛んでくる。左側に聖母子がいて、右側に幼い聖ヨハネがいるが、二人の幼児は同時に手を上げで鳩を迎えようとする。
聖なる鳩への歓喜なのか、幼児らしい喜びなのかはわからないが、可愛らしい二人だった。

ムリーリョ 悲しみの聖母 やはりムリーリョは可愛い絵を描く。ちょっと面長だが、やはり可愛い。悲しい顔だが。

オノリオ・マリナーリ シバの女王 紅色のドレス、綺麗な石のはめ込み。体の線がはっきりしている。彼女はちょうど今「夢想を得た」らしい。
「シバの女王」といえばグラシェラ・スサーナの歌を思い出すのだが、あの歌詞を思い出すとこの絵とは全然無縁な感じがするな。

ブーシェ 聖ヨセフの夢 天使は額にエメラルド色のバンダナを絞めていた。ヨセフは驚いて起きる。その傍らに母子は健やかに眠る。

エドワード・マシュー・ウォード リア王とコーデリア 娘と再会した老狂人。外でのこと。吟ずる者たちもいるが決して優雅な場所ではない。虎の毛皮はあるがくつろげる場所でもない。

カバネル パオロとフランチェスカ とうとう殺される二人の恋人たち。その死を確認しようとのぞく王。ドラマティックなシーン。

カバネル デズデモーナ 合掌し、涙を浮かべるデズデモーナの美しい顔。しかしもう絶望がにじんでいる。
彼女の顔だけが描かれている。彼女が見るのはオセロ。見るものが即ち彼女に死を強いるオセロなのである。

ジャン=ジャッキ・エンネル 荒れ地のマグダラのマリア 胸も露わに気持ちよさげに眠るマグダラのマリア。宗教画の形を借りた絵。

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第二章 美しさと威厳

ジョン・コンスタブル 少女と鳩(グルーズの模写) 甘ったるいのだが、しかしそれが心地よいのも確かなのだ。

カバネル エコーの声を聴く 耳を傾け、頭に花を飾る少女。アブナイなあ。

ブーグロー 愛しの小鳥 やはり山形後藤美術館といえば一番にこの笑顔が思い出される。可愛い、とても。

ジョージ・エルガー・ヒックス 孤児 屋根裏で二人の姉妹がいる。身を寄せあう孤児の金髪姉妹。姉の方は「ベルセルク」のグリフィスを思わせる美貌だが、将来は見えない。

第三章 静物 みつめる

エミリー・スタナード 静物 どう見ても由一なシャケ、貝、えびー、鰺!!

モデスト・カルリエ 花とイチゴのある静物 この絵の解説を見てびっくりしたが、イチゴは子供の死の比喩らしい。なんでだろう、知らなかったなあ。

アンジェロ・マルティネッティ 鹿と猪のある静物 リアルな絵なんだが、日本でこの取り合わせは間違いなく花札だな。

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第四章 風景と日々の営み

ロイスダール 小川と森の風景 いや、要するに牛だから。

コロー サン=ロー近くの丘と牧場 牛、牛、四牛。

ナルシス・ド・ラ・ペーニャ フォンテーヌブローの森の小径 光が射し込んでいる。わたしは彼の描く女たちが好きなのだが、ここで誰もいなかった。

アンリ=ジョゼフ・アルピニー 月明かりの湖 手元が暗い。鬱屈する。高島野十郎の絵を思い出した。

クールベ 波 これまたよくあれている。空の雲も不穏。

いいものをみて和やかな気持ちになった。


雪と月と花 国宝「雪松図」と四季の草花

三井記念美術館の「雪と月と花 国宝「雪松図」と四季の草花」展を見た。1/24終了。
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1 茶道具
正直いうと、茶道具を眺めるときは本当にほっとする。利休先生にはわるいが、彼らの時代の緊張感はニガテで、泰平の世になってからの茶道具は可愛いなあ、綺麗なあ、ええなあ、と思うのだった。

粉引茶碗 銘・残雪 平碗はふつうは夏のものらしいが、ここでは銘の通り「残雪」。指紋のような目跡が三つ+α。

備前徳利花入 銘・雨後月 肩に「大」の字。ぼたもちが大きく出ている。可愛いのう。

交趾金花鳥香合 黄牡丹をめぐる二羽の鳥。

色絵桐巴文水指 仁清  いかにもな作り。白の地も綺麗。

春野蒔絵棗 桜草、タンポポ、スミレ、レンゲ、ツクシ、杉菜などが描かれているが、近代的な描き方だと思った。

秋野蒔絵棗 菊、萩に露のついた薄。こちらも近代的な感性がある。

黒樂茶碗 銘・残雪 ノンコウ  ああ、ノンコウ。黄白のハゲが雪の月夜を思わせるのね。ピカピカの黒楽。いいなあ。

極端なことを言えば、ノンコウだけを想い、ノンコウだけを見続けていると、ノンコウ愛が増して、それ以外に違和感が湧いてくる。そして初めて他の樂歴代との違いを知ることが出来るようになる。

菊谷焼十二か月替り茶碗の内 富士山・武蔵野・高台寺菊 和全  富士山は雪を乗せ、武蔵野はざざざっ、菊は白花。

銹絵染付春草文向付/赤樂百合型向付 乾山・宗入  春草はツクシ、ワラビ、スミレ。これは蓋なしだが、蓋つきは湯木美術館にある。好きです。
百合の方は茶がかった赤でシベも可愛い。

布目色絵団扇形食籠 和全  布目なので質感がある。ちょっと抑えた感じのあるもので、色はわりと華やか。ウチワではなく、ダンセンと読ませるのは、中国のを言うから。

2 国宝の茶碗
志野茶碗 銘・卯花墻 想えば最初に見たのはまだ中野に三井文庫があった頃でした。

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3 茶道具の取り合わせ

虎席師錬墨跡「花屋号」 強い字!「花」の下に二連。

大名物 粉引茶碗 白地に竹の一節ぽい。いい感じ。

4 絵画

同じ画題でもがらりと変わるものです。
雪中松に鹿図屏風
素絢 シンプルな屏風。藪柑子の朱色、柔らかな雪、松、富士山のような山。鹿の両足の後ろの柄も面白い。

岡本豊彦 こちらは墨絵淡彩。雄が首をねじて空をみあげる。

秋草に兎図襖 抱一  大和でも見たがやはり可愛いウサギさん。強風にそよぐ萩。

四季草花図襖 朱色の少ない襖絵。ハゲイトウ、タチアオイ、ススキ、野菊。

さてさてチラシを構成する絵がきましたな。
花鳥動物図11幅の内から  やっぱり猫がいいな。あの花を見る横目。笑えるくらいリアル。猫らしい猫。他のもいい。枇杷の下には芥子。取り合わせが面白い。
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東閣観梅・雪山楼閣 川端玉章  景勝地らしい。雪山が殆どモンブランかユング・フラウ。そこの中腹のホテルから見る景色に見える、中国某所。

京都名所十二か月のうちから嵐山花・高台寺萩・清水寺雪 玉章  こちらは京都の名所。いずれも静かな様子。あー松のシルエットが芦雪ぽい。舞台もさすがに無人。傘を差す人々はもう少し別なところ。

5 絵画
続き。

四季草花図色紙 土佐光起  24/50から。花の名前も記してくれている。
わたしは特に桔梗が可愛いと思う。嬉がって全部の花の名をメモってしまったわ。可愛い花たちがいい。

水辺白菊図 光起  のびた花が水面に映る。優雅です。

富士山図 応挙  やや小さな絵。水灰色というのがまた惹かれる。

謡本「頼政」 綺麗な緑地に胡粉か雲母が。

雲月蒔絵二重手箱 ずれた二つの箱を鉛の月が繋ぐ。高蒔絵の美麗な手箱。

罌粟蒔絵茶箱 これはいいサイズだし蒔絵も手ごろな感じでほしくなる。
ほかにも紫陽花、萩、八つ橋などをモチーフにした様々な箱があり、とても手が込んでいると思った。

象彦の拵えたものたちがたくさんあるのも三井らしくて素敵。特に凄いのがこれ。
月宮殿蒔絵水晶台 派手な作りで三井の鉱山からの石をも使う。さすが象彦の作品だった。

6 浮世絵

大江戸日々三千両繁栄之為市 雪月花 二世国貞  雪で魚河岸のにぎやかな様子、月は芝居小屋、花は吉原。小粋な絵。

永代橋日本銀行の雪 井上安治 赤レンガのコンドルの建てた建物に雪が。

駿河町の雪 小林清親  越後屋。俥も行く明治の風景。洋館もあるよ。

年方の三井好シリーズの内からも雪月花を思わせるモチーフのものが出ていた。

7 工芸・絵画・能装束

唐物竹組大茶籠 雪月花  三井高福のもの。素敵だなあ。前にここで茶箱のセットの展覧会を見たときもときめいたことを思い出す。

今回、向島の大倉別邸・喜翁閣の管理が三井不動産になり、襖絵などが三井記念美術館に入った。

春秋蒔絵引き戸 抱一下絵・羊遊斎作  黒地に花々や月というのがもう本当に素敵。よくぞここに入ってくれたわ。

菊図戸襖 胡粉で盛り上がる菊が可愛い。

檜・槇・秋草図襖 金雲に見え隠れする木々。大胆な構図。

四点ばかり綺麗な能装束もあり、日本がいかに雪月花を愛してきたかをつくづく知らされた感じがする。

いい展覧会だった。

天神万華鏡

松濤美術館で常盤山文庫所蔵の天神さんコレクション展が開催されている。
タイトルは「天神万華鏡」
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なるほど、確かに天神様は色々な面を見せてはります。
・学問の神様。
・御霊信仰の方の親玉。
・梅好きなひと。
・大歌人。
・ちゃんとした席でなく急ごしらえの綱シートに座らされて怒ってるひと。
・神様に訴えるひと。
・速攻で中国にわたりまた速攻で帰国したらしいひと。
・牛と縁のあるひと。
……チラシにもある通り「天神様にもいろいろあります」のよ。

いつもながらの長い前置きをすると、わたしは天神様の氏子です。
それもほんまに天神様がおいでになったさる神社の氏子。
大宰府に行かされる前にいややなー、と菅公がうだうだ思いながら「足の神様」にお参りに行きますわ、と立ち寄った藤原魚名公をお祭りしている神社で、ここが後に天神になり、またえびす講も請来している。
今もガンバ大阪の選手たちが足の祈願に来たりしてはる古い神社です。

そういうわけで、自分から喜んで拝みに行くのは天神様と商売繁盛のえべっさんとお稲荷さんと言う感じかな。神様系では。
ただ、あんまり熱心ではない。
真剣になると、自分の行動に規制がかかるから、避けてます。
つまりそれだけ畏れを感じている、と言うことでもある…

先般鎌倉国宝館で、この常盤山文庫の天神様の資料をメインにした「荏柄天神」展があった。その時の感想はこちら

なお、2001年の暮れに大阪市立美術館で「天神様の美術 北野天満宮1100年」展が開催された。
ところで当然のことながら常盤山文庫は菅原通済とその父のコレクション。
かれらは菅公の子孫を自称していた。
それで思い出したが、今東光「春泥尼抄」のご附弟さん・春鏡尼は菅原家の子孫という設定で、それだから尼門跡のご附弟になったという設定だった。

序章 天神の居ます処 北野天満宮

北野社頭図 狩野松栄 一幅 紙本墨画 室町~桃山時代 16世紀  松並木がある。人々は総じて小さく描かれている。腰の曲がった老人なども参詣に来る。水墨のみだが明るい。土佐派の血を受けた松栄。狩野派の経営もよく、永徳につなげる。
リアルな北野の様子。五百五十年前ではあるが実感がある。

天神像 三浦乾也 一躯 木造彩色 明治時代 明治12年(1879) マトリョーシカ風な感じがする。

第一章 人から神へ 菅原道真、天神となる
ここでは様々な束帯天神像がずらりと並び、壮観。
老人に描くものもあれば壮年に描くものもあり、静かに端坐するものもあれば、憤りをこらえようとするものもある。
前歯で唇をかみしめる絵もある一方、庭の紅梅を見上げる温和な絵もある。

その庭の紅梅を見上げる、という動きのある絵は土佐光信の娘で狩野元信の妻となった千代女の手によるもの。
狩野松栄の天神は非常に怖い目をしている。
幕末の水戸藩藩主・徳川斉昭は不敵な面構えで、これだと菅公ではなく自画像だった。
抱一の天神は白梅と一緒で、白梅がいかにも抱一の絵。
室町から幕末までの束帯天神像。

天神像 竹沢養溪 一幅 絹本著色 江戸時代 18~19世紀  これだけ天拝山の菅公。この絵はまだ静か、嵐の前の静けさというやつよ。蓆に座して祈願中。強風今だ吹かず。

大体この天拝山の図は近代になるほど過激かつ過剰なものになるのよね。
「ギョッとする日本絵画」だったっけ、いや「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」か。
あの時のチラシは過激な天神さんで、今度4月に「ダブルインパクト」展に出る。
そう、どちらにしろ二つの「ギョッとする」展覧会に出る。
ちなみに「揺らぐ近代」の感想はこちら


第二章 海を渡った天神 渡唐天神
九州の禅宗から発生した「渡唐天神」。

道服のようなものを着て梅を手にする、と言うのが一般的な渡唐天神像。
たくさんある絵の内から紅梅or白梅のチェックをしてみたり、そんな方向でも楽しめた。

多くの渡唐天神のうち、近衛信尹のがやはり面白い。
絵の概線が「てんじん」を示しているのだ。
大和和紀「イシュタルの娘」は小野のお通を主人公にした作品だが、作中で信尹が秀吉との確執の中でついに関白になることを決めた気持ちを示すのに、この絵を使ったという描写がある。
お通は彼の絵を見てその思いを察するのだが、信尹を監視する石田三成はその書き物を見ても彼の本意を読み取れず、この暗号は成功する。
三成自身も優れた教養の人だが、公家のこうしたやり取りは見過ごしてしまうのだった。

伝・祥啓の渡唐天神は珍しく横向きでしかも素足である。こういうのも面白い。

そういえば梅はうめ、むめ、ばいの読み方があるが、北京官話では「めい」であり、「うめ」と日本語で言うてもそのまま通じるそうな。
京劇の名優・梅蘭芳は大正時代からきちんと「めいらんふぁん」と発音されてもいる。

天神さんの梅とのかかわりは周知のとおり。
梅のエピソードがいくつかが思い浮かんでくる。

第三章 流される天神 綱敷天神
左遷される旅の途中、座るものがないところについたとき、現地の人らはあわてて綱をほどいて座りものに変えたとか。
しかしそんなものに座らされる身としては、呪うよりほかにない。

綱敷天神像 武田信廉 一幅 紙本著色 室町時代 16世紀  あぁ寂しいなあという顔つきの天神さん。描いたものは信玄の弟。

綱敷天神像 狩野探一 一幅 紙本著色 江戸時代 19世紀  おとなしい顔つき。
あきらめたようにも見える。大抵は怒っているのだが。

第四章 天神のパートナー
取り合わせの妙。

人麿・天神像 一幅 絹本著色 室町時代 16世紀  どちらも詩歌の達人。和歌と漢詩。そして思わぬところで生を終えている。

騎牛天神像 一幅 絹本著色 江戸時代 18~19世紀  松と梅の木の下で。
牛と天神さんの深い関係。

天神・文殊像などもあるがこれは知恵の神様ということ。

第五章 菅原道真の生涯 誕生から天神になるまで 
奈良の菅原神社が生誕地だというが、生まれたときから多くの謎と言うか奇瑞も色々あったとか。

北野天神縁起絵巻 三巻 紙本著色 室町時代 15~16世紀 1巻 2・3巻
わたしが見たときは中巻が開かれ、菅公の死後に牛が止まってその地を埋葬地にするとかなんとかというあたり。
ざくろの粒を焔にしたり、時平のもとへ祟りがあったり、浄蔵の祈祷とかそんなシーンが見える。

天神さんは天慶五年に、七条に住まう多治比文子(奇子)に右近馬場(北野あたり)に社を作れと託宣をしたりしていたが、経済的事情でポシャったりした。
関係ないが、この「奇子」であやこは手塚治虫「奇子」しか知らなかった。
先輩がいたのだなあ。

さて清涼殿に雷神が出たり円融帝の頃に虫食いの和歌が出たりというデモンストレーションがあり、天神さんにとうとう官位を追贈することになった。

待賢門院の女房が盗衣の濡れ衣を着せられ北野に参籠したところ、冤罪を着せた相手が裸で回廊を走りまくる珍事が起こったり。

こうした神罰覿面やご利益の話が出てきて、天神さんは完全に神になった。

さまざまな天神像を見る。
幻之天神御影 一枚 札 19~20世紀  怖いお顔。
渡唐天神像 一枚 大々判墨摺絵 江戸時代  墨絵で塗り絵可能な絵。
束帯天神像 河鍋暁斎 一枚 大判錦絵二枚続(1858~70)  真っ向の天神さん。

大坂新町ねりもの 柳川重信 一枚 大判錦絵 文政5年(1822) 一種のコスプレ。新町のお姐さんたちの年に一回のコスプレ行列を取材。

騎牛天神像 二枚 大判錦絵二枚続 江戸時代末期~明治時代初期19世紀  牛が見上げると読書中の天神さん。牛の舌が大きい。タンですなw

月百姿 菅原道真 月岡芳年 一枚 大判錦絵 明治19年(1886)  連作の一。稚児輪の若き菅公。

菅公配所之図 小林清親 三枚 大判錦絵三枚続 明治17年(1884)  三日月の下の浜辺。千鳥が飛ぶ。根上がり松がいい。

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第七章 芝居になった天神様
「菅原伝授手習鑑」である。
まず文楽で大成功。次いで歌舞伎になった。
今もしばしば上演される。とはいえ不思議なことに菅公の出ない幕「車引」「寺子屋」が特に愛されていて、菅公の出る「道明寺」などは通し狂言の時くらいしか見れないように思う。
昨年の文楽公演の通しでは牛に乗った菅公と三つ子の父親・白太夫ののんびりした対話の場も出ていて、なんとなく心慰められもした。
タイトルロールであっても主役ではないところは「義経千本桜」の義経の存在と同じである。

菅原三ノ口 歌川豊国 二枚 細判錦絵二枚続 享和年間(1801~04) 「車引」の場である。三つ子と時平がいる。

九百五十年忌天満宮開帳 三代歌川豊国 三枚 大判錦絵三枚続 嘉永5年(1852)  見立て絵。三人の女たち。亀戸の御開帳。着物に梅柄など。

菅原伝授手習鑑 歌川国芳 三枚 大判錦絵三枚続文化12~天保13年(1815~42)  藍メインで染まる。隈のみタイシャを少し使う。

浮絵菅原四段目 栄松斎長喜 一枚 大判錦絵 寛政年間(1789~1801)  寺子屋の最後のあたり、源蔵が「小太郎を迎えに」来た千代を殺そうとするところ。このすぐ後に「我が子小太郎は役に立ったか」と訊く千代、少し離れたところに服を着替えた松王丸が立ち尽くしている。
言葉をなくす源蔵に替わり「女房喜べ、倅はお役に立ったぞ」と沈痛な答えを出すのだ。

連作もの。絵の縁には梅文様。幕末の絵だからわりとナマナマしいものが多い。
歌川貞秀 大判錦絵 文政~天保年間(1818~44)
大序 紫宸殿の時平
伝授場 紙をくわえる源蔵
道明寺の段 立田の前を殺し箱詰めにして池に。照国らが悲痛な様子。菅公と伯母・覚寿と娘の苅屋姫とのせつない別れ。
車引の段 時平出現。三つ子のみんな固まってますわ。
寺子屋 松王丸が子供らの首実験中
牛の講釈場 白太夫と暇な現地の子供らがいる。遠くで戦う梅王丸。
大切  雷電で木が裂ける。たたりじゃー

せうぜう尾上菊五郎 白太夫中村芝翫 歌川豊国 二枚 大判錦絵二枚続 文化年間(1804~18) 髪を垂らしそれを一つにくくる。これを見ると「ああ、菅公はもぉ中央には帰れないのだなあ」という感じがする。そして人形でこの首はほかに景清かなと。
蝶々が飛んでいる。

当世押絵羽子板 尾上菊五郎の桜丸 歌川国貞 一枚 大判錦絵 文政年間(1818~30) 三世菊五郎のすっきりした桜丸。綺麗。

役者はんじもの 中村歌右衛門の松王丸 歌川国貞 一枚 大判錦絵 文化9年(1812)頃 三世歌右衛門。ぐいっとした個性の強い顔。
 
名優四君子 豊原国周 一枚 大判錦絵 明治27年(1894)  水色の隈の時平。この時代の時平役者は芝翫だったか。似せたかどうかはわからない。

菅原道真天拝山祈之図 尾上菊五郎 豊原国周 三枚 大判錦絵三枚続 明治24年(1891) 雷鳴轟く中、御幣ならぬ梅枝に手紙をたばさんで天帝に訴える菅公。ざんばら髪で叫ぶ。

第八章 名所になった天神さま
お江戸の天神さんね。

浮絵亀井戸天神社地之図 澤雪嵩 一枚 大判錦絵 文化年間(1804~18) ピンクだなあ。いいところです。藤もいいなあ。

亀戸藤の景 三代歌川豊国 三枚 大判錦絵三枚続 天保14~弘化3年(1843~46) 茶店からの眺め。よく咲いたなあ。遊び心がわくね。

江都梅屋舗臥龍梅之図 渓斎英泉 一枚 大判錦絵 天保年間(1830~44) ぞろぞろと歩く。梅も藤もいいところ。

亀戸梅屋敷 小林清親 一枚 大判錦絵 明治12年(1879) にぎやかでいい感じ。のほほんとしていたい。そういえばわたしは藤は見たけど梅は見に行ってないな。

江戸名所 湯島天満宮 歌川広重 一枚 大判錦絵  安政元年(1854) 女坂から男坂から登ってくる人。「湯島の白梅」か。

名所江戸百景 湯しま天神坂上眺望 歌川広重 一枚 大判錦絵 安政3年(1856)  雪の屋根屋根。

さすが松濤美術館、中国絵画が並べられていた。梅の水墨画が並ぶのはやはり天神様へのささげもののような感じがする。

1/25まで。なお天神様の誕生日は25日です。

ホイッスラー

横浜美術館へホイッスラー展を見に行った。
先に京都国立近代美術館で見たのだが、あのときよりも今回の横浜の方が感銘を受けた。
京都ではリストがなかったということもあり、横浜で観るまで感想を挙げるのをやめていたが、実際に観た今、こうして感想を挙げれる喜びがある。
京近美も京博もリストなしでサイトを見てくれというが、先にそれを知らしてくれないと、現地で知ってからでは手遅れ感が強いので困る。
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ホイッスラーはアメリカ生まれでロンドンを拠点に活躍したが、最初にホイッスラーを知ったのはジャポニスムの大家という記事か何かだった。
新聞にピーコック・ルームの特集記事があり、それを見てホイッスラーを知ったのだ。
それから数年後の93年に新宿伊勢丹でラスキン展をみて、ラスキンとホイッスラーの仲たがいのことなどを知った。

第1章 人物画Portraits

農婦 1855/58年 油彩・板 29.5 × 18 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大附属)  面長の人。地域により、民族により輪郭が変わるのは当然のことながら、農婦で面長というのは案外見ていないように思う。

煙草を吸う老人 1859年頃 油彩・カンヴァス 41 × 33 cm オルセー美術館  赤鼻のじいさん。若いころから今まで飲みたおしてきたか、あるいはアイリッシュ系なのか。

エッチングが再ブームになった。ホイッスラーはその技法で作品をたくさん生み出す。

『12点の写生エッチング集』(「フレンチ・セット」)のための表紙  1858年
・陽光の下で エッチング、ドライポイント 10 × 13.6 cm アメリカ議会図書館  ヴィクトリア朝に流行った髪型の女。日傘をさして座る。エッチング自体はゴヤぽい感じがする。
他にもいろいろあるシリーズ。

銅版画はまだまだ続く。
ラルエット坊や エッチング、ドライポイント 22.7 × 15.2 cm メトロポリタン美術館  割と髪の毛くるくるの坊や。傍らにはおもちゃ。なんとなくほのぼの。

アニー エッチング 11.8 × 7.9 cm メトロポリタン美術館  ベラスケスの「マルガリータ王女」に似た顔の幼女。これは一種のオマージュなのかな。

腰掛けるシーモア・ヘイデン・ジュニア 1857/58年 エッチング13.5 × 9.7 cm 大英博物館  スカートにチェックの靴下のオカッパ坊や。パリではこの時代、幼い坊やに女の子の服を着せていたそうだが、英国の風習もそうだったのかな。

ジョー 1861年 ドライポイント 22.7 × 15 cm ニューヨーク公共図書館  愛人をモデルにした。彼女はファム・ファタールとして扱われていた。赤褐色の髪にすらりとした女性。なるほどそんなイメージがある。
なぜかファム・ファタールは赤系統の髪か黒髪が多い。

倦怠 1863年 ドライポイント 9.7 × 13.2 cm フィッツウィリアム美術館(ケンブリッジ大学附属)  そのジョーが倦怠感に満ち満ちて、だらりと椅子に沈んでいる。ホイッスラーとの関係に疲れたのか、人生のやり直しのきかない状況に入っているのをみつめているのか。

習作 1878年 リトグラフ27 × 20.5 cm シカゴ美術館  椅子からこちらを見る女。ジョーとはまた別な女。

姉妹を描いたものがある。どちらもハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)
フローレンス・レイランド 1874年 ドライポイント 21.3 × 13.7 cm  おとなしそうな少女。膝上のスカート。 
エリノア・レイランド 1874年 ドライポイント21.4 × 13.9 cm  両手を腰に当て仁王立ちする気が強そうな女。

灰色と黒のアレンジメント No.2:トーマス・カーライルの肖像 1872-73年 油彩 171.1 × 143.5 cm グラスゴー美術館 やや疲れたような感じがする。落ち着いているというのとはまた別な。
漱石「カーライル博物館」橋口五葉の扉絵が並ぶ。
あのカーライルさんなのか。わたしは漱石の英国関連の作品がとても好きだ。

黒のアレンジメント No.3:スペイン王フェリペ2世に扮したサー・ヘンリー・アーヴィング 1876年、1885年(加筆)油彩・カンヴァス215.3 × 108.6 cm メトロポリタン美術館  すっきりしたハンサムだな。それでコスチュームが16世紀までの人みたいなカボチャパンツスタイルなのだった。
こういうのをみるとエーベルバッハ少佐の家に伝わる「紫を着る男」を思い出すのだった。

黄色と金色のハーモニー:ゴールド・ガール-コニー・ギルクリスト 1876-77年頃 油彩・カンヴァス 217.8 × 109.5 cm メトロポリタン美術館  イメージ (17)
縄跳び。美少女の芸人さん。

アナベル・リー 1869-97年頃 油彩・カンヴァス 74 × 50.7 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  足を交差して立つ女。海が遠くに見える。
ポーの詩「アナベル・リー」を元にした絵。「海際の王国」にすむアナベル・リーへの鎮魂と追憶の詩。

このあと「こんなのばっかり」が続く。
パラソルをもった裸の少女 1886年頃 水彩 25.4 × 17.2 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)
ボウルと裸の少女 1892-95年 油彩・板 51.4 × 32.2 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)
小さな赤い帽子 1892-96 年頃 油彩・カンヴァス 73 × 49.8 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)
なんだかね。

ライム・リジスの小さなバラ 1895年 油彩・カンヴァス 51.4 × 31.1 cm ボストン美術館  市長の娘さん。赤いエプロンの美少女。なかなかしっかりしてそう。
リリー:楕円形の肖像画 1896年以降 油彩 60.5 × 48.8 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  この女も赤褐色の髪。しかしジョーとはまた違うのかしら。

トリクシー(ビアトリス・ホイッスラー夫人) 1892/94 年 ドライポイント8.6 × 5.3 cmハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属) 54歳の時に結婚した24歳下の妻。彼女自身も芸術家だったが、なかなか可愛い丸顔。
リトグラフの作品もあった。

赤と黒:扇 1891-94年 油彩・カンヴァス 187.4 × 89.8 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属) 赤いドレスに黒い毛皮、そして黒扇。素敵。

黒い帽子-ロザリンド・バーニー・フィリップ嬢 1900-02年 油彩・カンヴァス 61 × 47 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属) 黒目がちで生き生きした女。

庭 1891年 トランスファーリトグラフ 17 × 18.5 cm シカゴ美術館  みんなでお茶の時間を楽しむ。

庭での内緒話 1894年 トランスファーリトグラフ21.2 × 16 cmハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  二人の女のひそひそ。それを遠くから見る。

デュエット 1894年 トランスファーリトグラフ24.6 × 16.5 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  妻とその妹エセルのピアノ。

妻やその妹らのいる光景が続く。和やかな日々を送っていたのだろうか。
楽しそうなアフタヌーンティーの様子を描いたものもあり、幸せな感じ。
しかし…

バルコニーのそばで 1896年 トランスファーリトグラフ シカゴ美術館  妻、療養中。

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第二章 風景画

オールド・ウェストミンスター・ブリッジの最後 1862年 油彩・カンヴァス 61 × 78.1 cm ボストン美術館  橋の架け替えを描く。この橋への愛着が深いようで多くの絵がある。

テムズ・セットの連作は港湾物で働く人々が描かれている。いずれもエッチング。1859年。絵としても面白いが、当時の記録としても価値があると思う。

肌色と緑色の黄昏:バルパライソ 1866年 油彩・カンヴァス 58.6 × 75.9 cm テート美術館   チリに行ったらしい。ゆっくり広がる灰色の空。ちょっとびっくりした。

ヴェニスの連作もある。1879-1880年。
戸口 『ヴェニス、12点のエッチング集』(「ファースト・ヴェニス・セット」)より 1879/80年 エッチング、ドライポイント・紙
29.4 × 20.2 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  細かい描きこみ。綺麗なグリッド。異国風にも見えた。
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ノクターン:溶鉱炉『26点のエッチング集』(「セカンド・ヴェニス・セット」)より 1879/80年 エッチング 16.9 × 23 cm 大英博物館  ずっと奥に白い空間が見える。そこに一人の男がいる。白い中にいるのがどこか不思議な感じもする。それぱどこなのだろうか。

第三章 ジャポニスム

紫とバラ色:6つのマークのランゲ・ライゼン 1864年 油彩・カンヴァス 93.3 × 61.3 cm フィラデルフィア美術館  ジョーが日本風と言うより清朝風な衣を着て、綺麗な青花の瓶を眺める。磁器の部屋。彼女はかんざしも挿している。なんとなく満足そう。

白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール 1864年 油彩・カンヴァス 76.5 × 51.1 cm テート美術館  白いドレスのトージョーが暖炉にもたれながら鏡に顔を写している。どこか悲しそうな感じもする。手には日本の渋団扇。染付の瓶の柄は蝶々。ホイッスラーの好きな蝶々。

白のシンフォニー No.3 1865-67年 油彩・カンヴァス 51.4 × 76.9 cm バーバー美術館(バーミンガム大学附属)  二人の女がくつろぐ様子。一人は白いドレス、一人は黄色いドレス。けだるいような良さがある。というより、もうこれは完全にヴィクトリア朝時代の絵画になっている。

《肌色と緑色のヴァリエーション:バルコニー》のための習作 1864/65年 水彩、グアッシュ・紙 62.8 × 50 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  清長の品川の遊郭をの絵をモデルにしたらしい。並べてあるのを見て納得する。
バルコニーでくつろぐ女たち。三味線を弾いたり…

青と金色(両面作品:表) 1871-72年 チョーク、パステル・紙 28.3 × 12.3 cm フィッツウィリアム美術館(ケンブリッジ大学附属) イメージ (15)
青木繁が描きそうにも見えるが、ギリシャ風にも見える。

三人の女性:ピンクと灰色 1868-78年 油彩・カンヴァス 139.1 × 185.4 cm テート美術館  薄物の三人の女。桜ではなくアーモンドの花木のようなものが見える。日傘。牡丹もある。

ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ 1872-75年頃 油彩・カンヴァス 68.3 × 51.2 cm テート美術館  これはとても惹かれたが、構図が広重「江戸百」のかと思うとほほえましい。
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この画像には額縁も紹介されている。そしてそこにはホイッスラーの大好きな蝶々も。
綺麗な綺麗な絵。

ノクターン:ソレント 1866年 油彩・カンヴァス 50.2 × 91.5 cm ギルクリース美術館   水灰色。不透明な空間。海も空も分かちがたい色。ぼんやりと灯のつく舟。
とてもときめく。

青と銀色のノクターン 1872-78年、1885年頃(蝶の加筆) 油彩・カンヴァス 44.5 × 61 cm イェール英国芸術センター
  夜、灰色の空にもう光が消える。小舟とかすむ灯り。怖いような感じが素敵。

ノクターン 1875-77年 油彩・カンヴァス 55.5 × 39.4 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  真っ暗な時間。

ノクターン『ノーツ』より 1878年 リトティント・紙 17.1 × 25.9 cm 大英博物館  背後にかすむのはヴェニスの街か。
手前の小舟は何を取ったのか。深い謎が漂う。
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ノクターンシリーズは「船舶」「宮殿」などがたいへんよかった。蜃気楼のような舟、水面に浮かぶように見えて沈むような舟。
このあたりの絵はいずれも非常に魅力的だった。

ダンス・ハウス:ノクターン 1889年 エッチング、ドライポイント・紙 27.3 × 17 cm ハンテリアン美術館(グラスゴー大学附属)  アムステルダムの歓楽街の裏手の運河。街灯が立ち、裏窓に灯り。外は闇に包まれている。
アムステルダムではあるが、眠り男ツェーザレが、ジャック・ザ・リッパーが徘徊するような風景に見えた。

浮世絵が所々に配置され、ホイッスラー芸術を理解するのに手助けをしてくれたようだった。

最後にピーコック・ルーム。
これは映像で紹介されるのだが、あの長身の婦人の絵のある左下に眠り猫の置物があるとは知らなかった。可愛い
井戸茶碗、梅瓶などが並ぶ棚。とても魅力がある。

ああ、よいものを見た。
3/1まで。

成田亨  美術 特撮 怪獣

福岡市美術館に「成田亨」展を見に行った。
タイミングよく九州に行けることになり、土曜の一日を充てた。
バスに乗り大濠公園の一隅にある美術館東口バス亭で降りて、ちょっとわかりにくいのを歩く。


「成田亨 美術 特撮 怪獣」展。
2007年に三鷹市芸術センターで「怪獣と美術 成田亨の造形芸術とその後の怪獣美術」を見ている
これまでウルトラマン関係の展覧会もたくさん見てきたが、成田亨の芸術に関してのみの展覧会は三鷹のそれしか見ていない。

こちらは数種あるチラシの一部。
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わたしのもとへ来た時、コーフンのあまり哄笑してしまった。
ははははははははは。
凄いものを手に入れたぜ。
そして展示室入口では「来館者だけのご褒美」としてシークレット・チラシを2枚いただいた。フフフ。こちらは後にチラ見せ。

成田亨の歩んだ道について簡単に記す。
1929年生まれ、1歳で囲炉裏に左手を突っ込んで後に手術した、1937年に尼崎の大庄小入学、そしてムサビの前身で学ぶうちに色々あって東宝の手伝いを始め、円谷プロと仕事をするようになる。
抽象彫刻を制作する成田は学んだ近代絵画や彫刻を、怪獣の世界に取り入れてゆく。

展示を見る。
「作品数が多いのでどうか時間に余裕を持って」という美術館の注意は活きて、わたしはゆとりを持って臨んだのだが、やはり物凄い質・量に圧倒された。

美大生の描いたらしい絵から始まる。
顔と手 1950-60 武井武雄が描きそうな少女の顔が大きく描かれている。彼女は合掌する。
武井武雄だけでなく、これが3次元化すれば河井寛次郎の作品にも似る気がした。
武井も河井もこの時代<大家>として佳い作品を生み出している。

海・舟・男 1950-60 鋭角な線描。サバニのような小舟を押して海へ向かおうとするかに見える男の背面が描かれている。そぎ落とされた肉。背から尻への直線的な美。

八咫 連作物である。1962-71 数点の作品があり、いずれも八咫烏の鋭敏な姿を捉える。
現実に八咫烏を見たものなどこの世にはいない。しかしこの達者なスケッチにより、実在感を見るものに抱かせる。とはいえリアルな絵ではない。メカニックな八咫烏なのである。
ペンにより様々な八咫を描いている。
烏の彫刻といえば柳原義達が著名だが、このペン画を基にした立体作品があれば、どのような形になっていたことだろう。想像するのが楽しい。

いよいよウルトラの世界へ入る。
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「ウルトラQ」の怪獣制作に携わるうちに成田にある<真理>が宿る。
「神話は歴史に非ず、神話とは人間の夢である」
成田の心に根を下ろしたその考えは、後々の彼の仕事に形としても現れる。

著名な怪獣たちの初稿と決定稿とが共に並べられる。
2つの画を見ることで比較できるのが楽しい。

・カネゴン 初稿は胴回りがどんぐり風。しっぽなし。
・ケムール人 改めて考えると「2020年の挑戦」だからあと4年後に出現する予定。
・ラゴン 半魚人。大昔のホラー映画から名前をもらったようだ。
・セミ人間 よくよく見れば古代エジプト人ぽくも見える。

・ナキラ ガラモン似で顔はもうちょっと幼い。これが実は青島幸男・渥美清らの1話完結ドラマ「泣いてたまるか」に出演した怪獣なので、ウルトラものとは違う。
ドラマの中で青島に作られたという設定。このドラマの最終話から「男はつらいよ」が生まれたそうだ。

ウルトラマンの中の人・古谷敏が8頭身の見事なプロポーションの人で、かぶりものをしても7頭身だということから、実際的な話として、ウルトラマンの着ぐるみのサイズが設定された、ということを初めて知った。
当たり前のはなしだったのに考えたこともなかった。
多分わたしのアタマの中では「巨大化する」ことが占めていて、現実の「中の人」のことを考えていなかったのだ。

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成田亨のデザイン画は本当にカッコイイ。
彼は自分の美学を大事にしたが、一方で状況の理解も深かった。

成田はなんとウルトラ兄弟の生命線であるピコーンピコーンと点滅するタイマー、あれを不要なものだとみなしていたのだった。
ウルトラマンはやっぱりあのピコーンピコーンがないと、わたしなどは淋しいし、今も「すまん、(タイマー切れが近くて)ピコーンピコーン言うてるから戦えない」とか冗談をよく言っている。

科学特捜隊のマークロゴのデザインもカッコイイ。いちいち音楽がアタマの中に流れだし、毒蝮三太夫や二瓶正也の顔が浮かんでくる。
そして「科特隊」という略称を聞くと、「科捜研の女」の先輩のような気がするのだった。

バルタン星人の初稿をみる。なんとあのハサミの手はまるで手袋というか後付なのか!という驚きがある。爪長の手にハサミ型巨大手袋。鉛筆で追加されたハサミ。
最初からハサミの手ではなかったのか!という疑念も湧いてきて(笑)、「シザーハンズ」に先駆けてのハサミの手もこうした紆余曲折があったのだと知る。

以前に世田谷文学館(略すと世文、セブン!!)で「ウルトラマン」展があったとき、バルタン星人の大群の大飛行をどのように撮影したか種明かしがされていた。
それを想うと様々な工夫が凝らされていることにつくづく感銘を受ける。
やっぱりバルタン星人にはハサミがないと淋しい。
怪獣博士大伴昌司の大図解でも、ハサミのないバルタンでは面白くなかったろう。

「バラージの青い石」というエピソードの時の神殿図があった。
旧き伝説の都市バラージに怪獣が現れしとき、「ノアの神」により怪獣倒さるる・・・
その神殿の装飾がインカぽい感じで面白かった。そして「ノアの神」はウルトラマンそっくり。装飾柱の一つのタイルが怒ってるドラえもんに見えるのはご愛嬌ですな。

レッドキングの背中の段々が瀝青(天然アスファルト)の積み重ねに見える。
建築素材というより、レッドキング・ハウスというのもアリかと思った。

ガヴァドン こいつ可愛いな。特に幼獣が可愛い。あんまり可愛くて下手な絵まで描いてしまった。成田亨の可愛いものベスト5に入るように思う。

偽ウルトラマン あ、目がまるでペイズリー。しかしよくよく偽物というのは悪人顔で描かれるものだな。偽物で本物より可愛いとかカッコイイというのはないのか。

哀しきジャミラもある。改めて見たらジャミラの肩やひび割れが餅のようでもあった。

地底人 目が中心点から何かが放射しているように見える。これはコクトー「鳥刺ジャンの神秘」によく似ている。そしてドラマの時の地底人よりかなり魅力的である。
女というよりグラムロックの頃のデヴィッド・ボウイに似ている。

ダダA 1983 後年のイラストはどこかバウハウス風な趣を見せる。あるいはトリックアート的な様相をも呈している。
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シーボーズ 亡霊怪獣だったか、これを見るといつも清水卯一の作陶を思い出す。
成田より3歳上の陶芸家だが、彼の作品の内、白いモコモコとしたものが田舎饅頭のようで、滋賀県立近代美術館に所蔵されているものなど、いつもいつも「・・・おいしそう」と思うのだった。
先にシーボーズを知った割に、後年見知った卯一のやきものを思う、というのは変な話かもしれないが、今では両者が結びついてしまい、離れがたいことになっている(わたしの中では)

成田亨の原画を見る悦びをつくづくかみしめる。これだけ見ていてもまだ1/3に到達したかどうか程度なのだが、全く飽きることがない。
そしてその成田の発想の根源にあるものを探ろうとするコーナーがあった。
成田亨は現在のムサビで教育を受け、抽象彫刻を制作したが、彼が見てきたものは近代絵画であった。前衛的な作品に感銘を受け、それを自身の怪獣制作にも活かした。
一方で、自然界の生物をモデルにしたものも少なくない。

自然界の生物たちの中には思い及ばぬ造形美を見せる者も少なくはない。
成田亨はアーチストとしての眼で彼らを見つめた。

カサゴとガラモン、エリマキトカゲとジラース、麒麟とドドンゴ・・・
ヤマトンなどは戦艦大和の艦橋をモチーフにしている。抽象彫刻家だからこその発想があるように思う。
アシカやアデリーペンギンの写真もあり、それらが活かされたかどうかは定かではない。

そういえば石森プロダクションの「仮面ライダー」はバッタやコオロギやイナゴだったか。
今でも「妖怪ウォッチ」の妖怪たちの造形が他の生物や事象から採られていることを思うと、成田亨の先見の眼に感銘を受けるばかりだ。

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ウルトラセブンへと変わる。
(モロボシ・ダンからの変身ではなく、展示のことである)

成田亨がどうしても受け入れがたかった「タイマー」はセブンに於いては額の白毫という形で落着した。
セブンは後続の「ウルトラ兄弟」たちとは全く違う容姿だと思う。
わたしが小さいときに見たウルトラマンコミックでは、セブンは兄弟ではなく従弟という設定で、ウルトラの母から「タロウが反抗期で困っている」と相談を受けてタロウを正し、また旅立つというスナフキンのようなところを見せる男だった。
何で読んだのか忘れたが、今も忘れない。

セブンの初稿は「レッドマン」という名前で青い文様を見せていた。
これまた古い話だが、やっぱり昔よんだウルトラものの絵本では、赤いウルトラマンは成人で、青いウルトラマンはまだ宇宙に出られない青二才だという話だった。

さてそのレッドマンの原画を見ると、杉浦茂のマンガの背景にいきなり現れるアメコミの巨人像によく似ている。石を切ったのを重ねたようなタイプである。

ウルトラセブンはストーリーが大変重いものが多く、それだけに非常に人気が高いが、本放送の際は同時間帯に英国のスーパーマリオネット「サンダーバード」が放映されていて、けっこう大変だったようだ。
わたしはセブンもサンダーバードも再放送・再々再放送で見て熱狂した世代なので、そんな鎬を削っていたとはついぞ知らなかった。
セブンのメカニックはそれでかサンダーバードに似ている。

エレキングの幼獣 ありゃりゃ、成獣は二足歩行なのに幼獣は首から下が鮎!!びっくりですがな。とはいえ顔は同じか。

イカルス星人 1983年のペン画。掛け網で描かれたカッコいい図。
 
マイティジャックのコーナーがあるが、こちらはいっさい知らない。
 
ウルトラマンの墓がある。石膏で作られたマスクと木に色塗りをして大理石風にした墓標。そこには南無妙法蓮華経と髭題目の文字が躍る。
墓碑もある。「鎮魂歌」と題された、現代人への警鐘を鳴らす一文。
色々と物思いにふける。

成田亨は高名な映画の製作にも参加している。
1965年「飢餓海峡」の冒頭の海難事故シーン。ああ、あれは成田亨だったのか。
これは三國連太郎主演作の内でも特に名品の一つ。洞爺丸の海難事故と函館の大火とをモデルに水上勉が描いた小説を、内田吐夢が見事な作品に仕立て上げた。ラストシーンがまた素晴らしかった。
海に飛び込みスクリューに巻き込まれ、波に消える三國さんと、その上にかぶさるように流れる地蔵和讃。見事な映画だった。

他に東宝の菊田和夫の美術監督も続けている。
1968-75年には新宿伊勢丹のディスプレーの装飾もしている。
1970年の万博では太陽の塔の内部の生命の樹も成田の手によるもの。
わたしは実際のものを見ていないのでよくは知らないが。
1971年、横浜ドリームランド「大海賊」の基本設計も担当している。
この横浜ドリームランドは先般の横浜都市発展資料室の「団地」展で初めて知ったものだが、昔のハマッ子たちの楽しみの場所だったようだ。

1976年からの「トラック野郎」シリーズにも参加している。ううう、文太―――っ 主演の菅原文太=桃次郎、よかったなあ。
デコトラの写真があるが、凄かったなあ。

「悪魔が来りて笛を吹く」も成田の仕事か。これはどこだろう、東京の闇市か淡路島の爆撃跡か。
この映画は非常に映像的に魅力的な作品だった。東映の79年の作だったか。

1984年の和田誠監督作品「麻雀放浪記」の上野の焼け跡のセット、あれが成田の仕事だそうだ。ここにその再現があり、キャメラを動かすことが出来るようになっていた。キャメラ越しに見た焼け跡はもう完全に実景のようにしか見えず、セットだと思い込んでいただけにミニチュアだと知ってびっくりしている。
冒頭でこの上野の焼け跡が現れ、「東京の花売り娘」が流れるモノクロの映像は非常に魅力的だった。真田さんも可愛いし、高品格の演技もよかった。


実現しなかった作品や不運な作品が集められていた。
マヤラーとUジン、ヒューマンとMUとネクスト。
企画が流れることも多いし、折角放映したのに裏番組に負けたり色々。
MUはサンライズとの仕事だったのか。実現してたら成田初のアニメ参加作品になっていたのか。
ネクストはコンスタンチン・ブランクーシの影響が見て取れる、と解説にあるがジャコメッティにも似てないかな。
バンキッドのデザインは翌年のルーカスのSWに流れたような気もちょっとする…1976年、奥田瑛二のデビュー作。
それにしてもティーバス大佐の造形が凄すぎる。かっこいい。

成田亨にアトリエを貸出した人が、その交換条件に成田に怪獣の絵をねだったという。ここにその膨大な数の画が出ていた。
いずれも未発表の怪獣たち。これは成田の死後に青森の美術館に作品が入ったことを知った家主さんのコレクターが、多くの人に見てもらえたらと寄贈したもの。
いずれも素晴らしい鉛筆画。非常に魅力的な作品群である。

一本足のビィーラなどは画のトリッキーさにこちらの眼が痺れてくる。凄い捩れを感じる。カッコいいなー!!
微妙なコマ送りの連続体のような頭部。絶妙なブレ。ドキドキした。

他に海洋堂以来のオリジナル・ビッグホーンもすごい。
シノビマンには笑ったが。
ここで「宇論」という怪獣が現れたが、じつはこれが展覧会来客者のシークレットチラシに選ばれた怪獣だった。ちらりとお見せしよう。


映画「この子を残して」の浦上天主堂と原爆爆発とキノコ雲の連続コンテがあった。フルカラーの作品である。言いようのないつらさが身に染みる。

成田の油彩画を観る。いずれもどこかシュールな、あるいは幻想的な絵。
裸婦とダダやケムール人、あるいは不思議な6つの眼を持つ女とバルタン星人の組み合わせなどなど。
水彩画とアクリル画も素晴らしい。
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2000年、カネゴンが夕日の中、帰るに帰れず土管の上に座っている。
いい絵だ。

ミクストメディア作品も多い。これは作っていても楽しかったろうと思う。
二次元のものを三次元に、立体化出来る力を持つ成田亨。

大仕事の一つにモンスター大図鑑がある。そしてもう一つ「ナリタ・モンストロ・ヒストリカ」。
自身の創造した怪獣ではなく、世界中に伝わる怪獣や幻獣などを描いた作品群で、コラムも成田自身の手によった。
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オーク、ゴブリン、トロル、クラーケン、グール、ファントム…
いずれも幻想文学や魔法世界に関心のある人には親しみのある<怖い存在>である。
クリーピンググラットは妖怪人間のタレのように見えた。
物思いにふけるヴァンパイア、パイプを吸うホビット、現象ではなく怪獣としてのドッペルゲンガ―は女の顔で表現されている。
ノーム、コボルト、エルフ、ユニコーン、デュラハーン、ジャバウォック、ワイバーン、バジリスク…

日本では天狗の仲間も描かれている。
フルカラーの飯綱三郎の雄姿!イメージ (5)

インドの神様の一人であるガネーシャもまたこの仲間として描かれている。
ゾウの頭のガネーシャ。それが残念なことに解説が誤字をそのままにしている。
もしかすると成田のコラムそのものが誤字のまま放置されているのかもしれないが、これでは意味が通らない。
ここに書かれている文をあげる。
「奨を持ち、裳と仲良し」
これではなんのことかわからない。しかし後の文を読むと、正解は
「翼を持ち、雲と仲良し」
こうあるべきなのだった。ちょっと残念ではある。

大江山には酒呑童子の伝説がある。
「日本の鬼交流館」のためのモニュメントを制作したが、それが来ていた。
FRP製の凄まじい大迫力の鬼たちである。
成田はここで独自の解釈を文に残す。
「酒呑童子は稚児の成れの果てなのでいまだに童子を名乗るが、それは誇りである」という意味のことがそこにあった。

壁面にはこれまた大迫力の鬼たちの姿がやはりFRPで制作されていたのが貼り付けられている。
荒吐に前鬼・後鬼などである。

ああ、最後の最後まで本当にすごかった…
タイミングよく九州へ行けて本当に良かった。
とても気合の入った3時間だった。

2/11まで福岡市美術館。

寄らば斬るぞ! 新国劇と剣劇の世界

京橋から早稲田へ出る。
演劇博物館に行く。

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古くからある弦楽器がたくさん出ていた。
「響きで紡ぐ アジア伝統弦楽器展」
伽耶琴、和琴などはツィター系、月琴や三味線はリュート系と分かれているらしい。そうだったのか、知らなかった。
ここで一つ一つの音声が聴けたなら、と思ったがさすがにそれはムリ。
大阪のみんぱくではシタールなどが聴けます。

さてわたしが本腰入れて見たのは「寄らば斬るぞ!-新国劇と剣劇の世界」展。
澤田正二郎とその後の人々の資料である。
エンパクのサイトではPVも見られる。
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サワショウと略称があるほど人気のあったこの俳優は、当初は観客から「カチューシャをやれー」と言われたりもしたが、後にはちゃんと剣劇で客を呼び込んでいる。
当時の演目のチラシを見ると「罪と罰」「カレーの市民」ここらは舶来もの。
「大菩薩峠」「堀部安兵衛」「原田甲斐」「忠治」「白野弁十郎」などなど。
いいのをしていたのだな。いや、<いい>と感じさせるほどにその作品を高めたと言うべきか。
新国劇は澤正で12年、島田正吾・辰巳柳太朗で58年続いたのだ。

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わたしは島田・辰巳の競演した「人生劇場 飛車角と吉良常」をTVで見たが、よかったなあ。
二人が一つの画面に収まることはなかったように思うが、いい演技だった。

澤正は早稲田卒で坪内逍遥もその縁があった。
何年前か、この早稲田演博でも島田の回顧展があった。
そのとき晩年の島田の一人芝居「白野弁十郎」の映像が流されていた。たいへん良いものだった。
島田の長い芸歴、支柱だった澤正の急死に伴い、辰巳と共に懸命に新国劇を守ったその尊い努力、それらが島田の芸を至高のものにする。
名演だった。

澤正は中耳炎が原因でまさかの急死をする。
それからがんばりにがんばった残された劇団員。
現在は様々な娯楽があるので、かつてのように盛んではないが、それでも続いている。
明治座などに残された芝居看板を見るとそのありようもみえる。
「月形半平太」などは長く人気だった。
歌舞伎も前進座も新国劇も長谷川伸の「瞼の母」「一本刀土俵入」を上演したが、新国劇はさらに下母沢寛の任侠ものもよく上演した。
ときめくなあ。

チラシも文字ばかりのものであっても魅力的だ。ちょっとロシア構成主義からも影響を受けていたり。
大正時代のタイポを見るのも好きだ。いいチラシを見てどきどきする。
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活動写真の上映コーナーがあり、数分位ずつ様々な映画が流れていた。それに見とれて時間が大幅に狂った。

1909「桜田血染の雪」書き割りの江戸城桜田門の前で水戸藩士の襲撃とその後の自害などが映る。立って切腹した侍もいてかっこいい。向き合って自害するのにもドキドキする。

大友柳太郎の豪快さ、いいねえ! あっ直江お姐さまもおらるる。
「女国定」「女次郎長」、直江お姐さまはアメリカにも巡業して大成功したそうな。

「風雲将棋谷」これまた昔は人気の小説であり芝居になったなあ。大昔の文士劇でもやったはずだ。

モノクロの「旗本退屈男」なんて初めて見た!!えっ右太衛門の御大が地味な着物着てるーーーっっっ
総天然色映画になってからのは甲斐庄楠音が着物の担当したから、あんなに派手派手だったのか。

大河内伝次郎の顔が怖くて怖くてニガテなのだが、ここでも怖い顔が出ていた。丹下左膳ではなく平手造酒。
おお、殺陣のカッコよさ!!ラストのこの立ち回りの見事さ。血を吐く平手大河内。目の下のクマがこえええええっ
その怖さが魅力だわな。

ああ、チャンバラ、無限に見てしまいそうだ。

1920-1930年代の日本映画、本当にカッコいい。
林長二郎主演の「狂へる名君」が画面では「狂へる明君」になっているのはご愛敬。

最後に写し絵を見る。早稲田は幻灯の種板をたくさん所蔵しているのだ。
昨秋にわたしは四天王寺さんで幻灯を見たが、現代のプロジェクターで見るのは初めて。
「勧進帳」「舌出三番叟」「小栗判官」の三本各30枚前後が上映されている。
「三番叟」は可愛らしく、「勧進帳」はちゃんと折檻も描く。「小栗」は説経節ではなく「一代記」の方か。混ざりあうのかもしれない。竜の女や祟りなどが浮かび上がる。
いずれも面白かった。
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国立演芸場資料室にある種板のうち「小幡小平次」もこんな形で見てみたいと思う。
それから鴻池家のコレクションもまた。

ああ、血沸き肉躍る活動写真をフィルムセンター、早稲田演劇博物館で堪能した。
ありがとう。

最後に昔の道頓堀の芝居小屋の風景を描いた展示も見た。
これは大阪の関西大学所蔵のもので、舞台帳などから。
「芝居町 道頓堀の風景 大道具師 中村儀右衛門と芝居画家 中村伸吉」
大阪では案外こういうものが見れないのでよい見学になった。
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こんな模型ってそれだけで魅力的。

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いいものをたくさん見たのでした。

追記:関大で山田の展示品もあったようだ。
資料1つ。イメージ (11)

「熊岡天堂の映画説明を聴く」/「ミュージカル映画の世界」

国立フィルムセンターと早稲田大学演劇博物館とで古い映画の面白さを味わった。
元々トーキー以前の古い映画からトーキーになり、戦前、そして戦後も十年ばかりの頃までの映画にひどく惹かれている。
それは洋の東西を問うことなく、等しく愛情がわいている。

わたしがこれまで見た古い映画のうち、メリエスの「月世界旅行」、ロベルト・ヴィーネ「カリガリ博士」ムルナウ「ノスフェラトゥ」衣笠貞之助「狂つた一頁」などは字幕のみで十分楽しめた。
弁士の入った作品をこれまで見ていないので、たいへん興味深く思っていた。
(いずれもyoutubeとリンク付けしている)

フィルムセンターでは浅草育ちの人気弁士熊岡天堂があてた映画が二本出るというので、ドキドキしながら見に行った。
観客は三十名ほどでホールではなく7F展示前に設えられたテレビの前での鑑賞だった。
最初に学芸員さんの解説を聞いてから映画を見たが、いずれもラストの巻の数分ずつだった。

・「さらば青春」1918年 イタリア アウグスト・ジェニーナ監督 日本公開1921年 
1955年 第三回「映画の歴史を見る会」にて収録分の上映。全7巻のうちラスト1巻の上映 12分。
デジタル修復済み。
概要:トリノを舞台にこれから就職を控えた大学生と下宿屋の娘、妖艶な女優との恋のもつれを軽妙に綴る。

ラストではもう就職の決まった学生マリオが下宿屋の娘ドリナとの関係をどうするか悩んでいる。ドリナもまた彼に会うべきか会わざるべきか悩む。
大変きれいに修復されたフィルム。つなぎが悪いために動きがぎこちなくなる、ということもない。
丁寧なモノクロ映像という感じがある。
熊岡の弁は浅草訛の強いものだが、決していやなものではなく、女心も丁寧に語る。

町の中、素敵な帽子に長めの裾の女たちがゆく。
その中にいるドリナはマリオに会いたいが、ためらっている。マリオは友人等に自分の心情を語る。ドア一枚はさんだ二人のせつない気持ち。
行きつ戻りつしてはハンカチを噛むドリナ。
昔の女は確かにハンカチを噛むことが多かったろう。

帰宅するドリナ。素人下宿の娘とそこに下宿する若い男とはよくこんなことになるものだ。
マリオも学位が取れたのを喜ぶ反面、もうこれで青春が終わるのを感じている。彼にとっては青春=ドリナでもあったので、卒業は即ちドリナとの別れでもあった。
父母に帰省すると手紙を出すマリオ。
ここで弁士天堂は「きしょうする」と発音している。
それは彼の思い違いなのか訛なのか当時はそのような言い方があったのかは知らない。
こうしたところも実は面白く思うのだ。

やがて友人たちの計らいでようやく再会するも、気まずい二人。気を遣い、かえって邪魔な友人も加わり、ますます会話は捗らない。ここらはちょっとしたコメディでもある。
最後に抱き合い、別れを惜しむ。ここで音楽が流れ、とうとう話は終わる。
汽車に乗るマリオ。橋の上からその汽車に向けて花を落とすドリナ。
「さらば青春」とエンドタイトルが流れる。
天堂の静かな口調がよかった。

次はポー原作の「アッシャー家の没落」を元にした作品。
・「アッシャー家の末裔」1928年 フランス ジャン・エプステイン監督 1929年 日本公開
1955年 第三回「映画の歴史を見る会」にて収録分の上映。全5巻中ラスト1巻を説明。
当初徳川夢声予定だったが、当日に天堂に変更。
デジタル修復済み。

「アッシャー家の」話は様々なタイトルで翻訳または別名をつけられている。
「アッシャー家の惨劇」としても後年制作されているが、「崩壊」というタイトルでの読み物もある。
やや長くなるが、以下、原作のあらましを説明する。

原作概要:古き血を持つアッシャー家の末裔ロデリックと双子の妹マデリーン。語り手である「わたし」が訪問すると、病弱のマデリーンが死亡し、ロデリックは早々に彼女を城の地下にある墓所に埋葬する。
その日からロデリックは心身共に激しい疲労をみせるようになる。
「わたし」はロデリックを慰めようと、あえてゴシック・ロマンを朗読するが、章を追うごとにいよいよロデリックの様子がおかしくなる。
小説と現実の歩測が等しくなり、ついにロデリックが恐ろしい告白をする。
「ぼくはマデリーンがまだ生きているにも関わらず、埋葬してしまったのだ」
早すぎる埋葬。彼女は棺桶を破り、よろめく足取りでロデリックのもとへ来ようとしているという。
折しも外は大嵐の最中。「わたし」の耳にも女の泣き声が聞こえ、やがて目の前に白い帷子を着たマデリーンが手を血塗れにして現れた。
立ちすくむロデリックに倒れかかるマデリーン。
悲鳴を上げて「わたし」は逃げ出すが、落雷を受けたアッシャー家は二人の男女諸共に崩落する。

長くなったが、これがポーのアッシャー家の話である。
ご存じの方はともかく未読の方は一応このストーリーを覚えておいていただきたい。

さて、映画である。
多重露光、スローモーション、移動撮影などの技術がこの当時可能だったようで、それらを駆使した非常に美麗な映像に仕上がっている。
まだ新人だったルイス・ブニュエルも助監督として参加。

ラスト1巻は既に「わたし」がロデリックに朗読を聞かせているところから始まる。
もう怪異現象は始まりだしていて、外の大嵐も激しい。
カーテンの揺らぎが美しい。これはフランスのロイ・フラーのヒラヒラした布舞を思わせる。
怪獣がやってくる話を聞かせる「わたし」。
天堂はそれを「陰惨なキビの悪い話」だと言う。
キビの悪い、という訛がいかにもで、嬉しくなる。
「エセルレッドの話」が佳境に来るに従い、ロデリックの顔色はますます青ざめる。
「わたし」の口調は天堂と一体化してきて、観客であるわたしはわくわくぞわぞわする。

燭台の揺れ、風の激しさ。
古い映画の美がそこにある。

強い風が入り込み、鎧が倒れる。
燭台が倒れ、知らぬ間に火がカーテンに燃え移る。

ロデリックはついに「わたし」に告白する。
「妻のマデリーンは生きていたのにぼくは埋葬してしまったのだ」
え゛、妻ですと??
ここでこの映画がロデリックとマデリーンが双子の兄妹ではなく夫婦の関係だと改変されていることを知る。
ただしそれは改悪ではなく、いよいよ原作の二人の関係がインセストだと強調されているようで、悪くは感じない。

やがてそのマデリーンが現れる。
ロデリックは恐怖の叫びをあげるが倒れもせず、マデリーンも彼に倒れこみはしない。ただ抱きつくだけ。

そしてここでびっくりするようなことが起こる。
ロデリックがなんとマデリーンを抱えて逃げ出すのだ。
「わたし」共々三人は炎上する城から逃げ出す。
そしてようよう三人が振り向けば、アッシャー家の城が崩壊するのを見る。

ま、まさかのハッピーエンドではないか。
びっくりした!!
これでは「末裔」だという必要はないし、「崩壊」でもよかったし、なによりもアッシャー家の崩壊により、その呪縛から逃れられた、としか見えない。
妻(!)が生き返ることで、末裔ロデリックもまた救われた、という展開には仰天したが、1928年当時のフランスは苦いものを好まなかったのだろうか。
これがアメリカ映画ならハイハイで済むが。

天堂の説明もそんなに大仰でもなかったからよかったのはよかった。
まあ映画の展開に驚いた、という話である。

上映後は展示を見た。

古い映画のショート上映があり、それを見て歩くのが楽しくて仕方ない。
以前は京都文化博物館もこんな展示があり、また地下では諸外国の映像作品を見るブースもあったのに、今はなくなってしまった。

「狂つた一頁」を見る。精神病院を舞台にした映画では「ドグラマグラ」と「カリガリ博士」と並んで偏愛する作品である。
幻想の女王のレビュー、そして舞踏狂の少女の激しいダンス。これはノイエ・タンツなどの範疇に入るもので、とてもカッコいい。

「忠次旅日記」はもう国定忠次が弱りきって、情婦と共に納屋に隠れているところへ捕り手が来る、というシーンだった。
女は伏見直江が演じている。ヴァンプでカッコいい直江お姐さまが大好きである。
ここでも愛人のために懐から銃を出して捕り手たちを止める。
しかし忠次はもう観念してしまう。ぐったり肩を落とす直江お姐さまが素敵だった。
(忠治も忠次もどちらも使われているので併用)

御園コレクションのポスターもいろいろと。
阪妻の「無明地獄」、「洛陽餓ゆ」、「蛇姫様」、アラカンの「鞍馬天狗」右太衛門の「旗本退屈男」などなど。
ときめくなあ。

満州映画協会、満映のポスターもある。李香蘭がやっぱり綺麗わ。群を抜いて目立つね。

日本のアニメーションの紹介では大藤信郎「幽霊船」などがある。これも去年デジタル修復が完成して上映されたのを見た。
そし東映動画「白蛇伝」。すばらしい。わたしは昔の東映動画の仕事ではこの「白蛇伝」がベストだと思う。

戦後の日本映画ポスターも充実していた。
新藤兼人監督の「裸の島」が<モスコー映画祭>グランプリを取った凱旋記念上映のポスター。
悲しいのは新藤監督の没年がまだ空白欄なこと。もう亡くなられましたがな。


さて、今回は和田誠コレクションのうち「ミュージカル映画」ポスターが展示され、大昔の「ショウ・ボート」をはじめ今日でも愛されている「雨に唄えば」「王様と私」などのポスターがある。
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びっくりしたのは「王様と私」のユル・ブリンナー。
わたしはこの人は「荒野の七人」「追想」が大好きなのだが、モンゴルとジプシーの血を引いていて樺太生まれのパリ育ちで、数カ国語が喋れて日本語までペラペラで・・・知らんかったなーーー

「略奪された七人の花嫁」「南太平洋」「サウンド・オブ・ミュージック」そして「メアリー・ポピンズ」と「マイ・フェア・レディ」が並べてあるのがなかなかイジワルでw
「チップス先生さようなら」も好きだったし「オール・ザット・ジャズ」もよかった。「キャバレー」のライザ・ミネリも懐かしい。

「マイ・フェア・レディ」のポスターはボブ・ピークで、この人はほかに「スター・トレック」「スーパーマン」「地獄の黙示録」などを手がけている。
いかにも70年代的な作風だと思った。

ミュージカルはあんまり見ないが、こうしてポスターを見るのは楽しい。
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2/4まで

東山魁夷 わが愛しのコレクション展

次は日本橋三越での「東山魁夷 わが愛しのコレクション展 美しきを知り、美を拓く」
この展覧会がめざしたものは何か。
「画伯が集めた古美術品と、そこから拓けた東山芸術の世界」
深い喜びを味わえる展覧会だった。

最初に魁夷が手描きした打掛が現れた。
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六世歌右衛門のために描いた「助六」の「揚巻」の打掛である。1966年、歌右衛門の美貌は絶頂を迎えていた。
その三年前には史上最年少で日本芸術院会員となり、この三年後には日本俳優協会会長代行(1971年に会長)に就任した。人間国宝になったのは68年だった。
この松島の絵は後の「涛声」の系列にあると思う。

先に古美術品をいくつか。
伝・宗達 伊勢物語図色紙 #98「梅の造り枝」 イメージ (21)
上部にさらさらと「梅乃つくり枝 云々」とあり、下ではそのシーンが描かれている。
この色紙類は一揃え鈍翁が所蔵していたのだったか、今は散逸している。
何年前か、和泉市久保惣美術館でこの伝・宗達の伊勢絵を集めたものを見たが、そのときにこれがあったかどうか、ちょっと思い出せない。

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伝・光悦 黒茶碗 重いばかりではない黒。

伝・乾山 梅花図黒茶碗 白抜きで表現された梅が可愛い。シックでいい感じ。
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魁夷は25歳の時、絵画修行のために海外へ自費で出た。
「スエズ紀行」はそのときに生まれたもの。
1933年のスエズの風物をみる。
・月夜 ラクダとピラミッド
・オアシス ファンタジックな緑のオアシス
・驢馬 可愛い
・砂漠 遠くに白いモスク
・街 黄色い壁が続く
・港 舟が停泊。バナナを乗せている
・水汲み 三人の少女が頭に荷物を置いている
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この三年前には大倉男爵による「日本画羅馬展」が開催され、多くの画家が海を渡りローマに行った。展覧会終了後にはたとえば御舟などが世界各地を写生して歩いた。
魁夷はその頃はまだただの青二才であり、修行中の身だったのだ。

それにしても、この「スエズ紀行」はまだ魁夷芸術の完成にはほど遠いながらも、可愛らしさが全体からあふれている。師であり後の岳父になる小虎の画風とよく似ているのも興味深い。

魁夷は熱心な修行者だったろうと思う。
今回、滅多にみない若い頃の作品をいろいろ見ることが出来て、後の完成された作品を知る観客として、とても嬉しい気がしている。

ここで少し話がずれるが、わたしは魁夷が東山新吉時代に手がけた童画の数々を愛している。彼はそれを今風にいうと「黒歴史」と見なして封印したがったようだが、市川市の記念館で見た東山新吉青年の童画はとても良かった。
身すぎ世すぎの手段と思っているのかもしれないが、優しい温かな佳い作品群だった。
それを隠すことなどないし、いやがることは魁夷の心得違いだと思っている。

魁夷の修行時代が続く。

秋思 1934 灰色の中に立つ一本の木。
ホドラー「ミューレンからみたユングフラウ山」模写 1934 どちらの絵もホドラーの絵を元にしたもの。
そしてこの絵の本歌はどちらも西洋美術館で開催されていた「ホドラー」展に出ていた。

マリアの祭壇 1934 きらきらしている。

窓辺に寄せて 1934 スイスにありそうな家。いくつかある窓から人々の姿がのぞく。開放された窓もあれば閉じたままの窓からの人もある。
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1941年に「自然と形象」という連作があった。
早春の麦畑 視点は中空からのもの。やや斜め上からの。
秋の山 色がきれい。
雪の谷間 地を斜めから。

郷愁 1948 綺麗な青で統一された山道。

そしてここからは完成された「東山魁夷」の作品が現れる。

「道」の試作や「スオミ」がある。どちらも静かに美しい作品。
魁夷の中での「青」は北欧を旅したことで生まれた深い青と、中国古代青銅器を思わせる「青」とがある。

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青い沼 1963 デンマークの湖面に映る木々。青と黒の効果的な絵。

早春のディアハーヴェン 1963 こちらは茶系統でまとめられている。コペンハーゲンの中で。

魁夷の北欧への旅は舅となった小虎の勧めによるものらしい。ファンタジックで愛らしい絵の多い小虎は弟子であり、娘婿である魁夷の成長をとても喜んでいた。

二つの月 1963 中空に浮かぶ月と水面に映る月。並木もそのまま水面に映る。
ほかの画家にもこのように二つの月を描いたものがあるが、なによりも水灰色のこの絵はとても静かだった。
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魁夷のコレクションボックスがあった。
ガラスや木で造られた小さな人形たちやおもちゃが数段の棚に飾られていた。
可愛いなあ。旅行先で買い集めたものだろう。
二つのコレクションボックスいっぱいの懐かしい記憶。
いいものを見た。イメージ (37)


冬支度 1975 薪を集めたもの。丸いままのもの、分割したもの。キュビズムではないが、ちょっと面白い。
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星の夜 1985 一本の木を取り囲むように星がたくさん。☆☆☆☆☆。小虎を思わせる幻想的で愛らしい絵。
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古美術品が並ぶ。
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緑耳付瓶 ローマ 2-3世紀 銀化して赤や緑も現れた綺麗な瓶。虹色の美。

梨型細瓶 シリア 1-2世紀 こちらは青緑の変化を見せている。綺麗。

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ほかにペルシャの鉢、ギリシャの壷、エジプトのトキ像などもあり、いずれもとても愛らしい。
エジプトの板絵にはアヌビスも描かれている。
漢の加彩馬頭もかっこいい。
ガンダーラ仏の素敵なお顔。
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別なのも。イメージ (40)

ラッパ型の青銅器、鳳凰のついた高句麗剣把頭などなど。
本当に素敵なものばかり集めたのだった。

中尊寺経 金字が綺麗。見返しはお掃除する人々などのいる絵。

童子像経絵巻断簡 赤いせいたか童子が五つの髷をつけた姿で描かれている。白馬に乗ったのがかっこいい童子。

魁夷は川端康成から硯をもらっている。
その川端の「古都」のための挿絵もある。風景画。
桜や散り紅葉のいいのがある。
小磯良平の挿絵を見ているが、あれはまた別物なのだろうか。
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魯山人の菓子鉢、唐九郎、豊蔵、彌弌らのやきものもある。わたしは特に彌弌が大好きなので、この山帰来の香炉が愛しくてならない。

魯山人の鉄製秋草文行灯、これがとてもいい。切り絵風な秋草図でシックな置き行灯。
芹沢けい介の拵えた行灯をちょっと思い出した。

魁夷はほかの画家達の作品も愛して手元に置いていた。

清方 寒風 お高祖頭巾をぎゅっと掴む女。着物の柄は折り鶴、寒さしのぎのケットはバーバリー。古さとモダンさの入り交じる女。

梅原龍三郎 桜島 ちょっと色がぼやけているというか滲みすぎてはいないかな。

長谷川利行 赤い道 工場らしきものが描かれている。
魁夷が長谷川を複数手元に置いていたのも新鮮な感じがあった。

華岳 十一面観音菩薩図 丸顔の観音さんがこちらを見ながら左右に揺れているようだった。

ほかにルドンの光の横顔、ロダンの彫刻、ガレのガラスを茶入れにしたものなどを見た。

この展覧会ではほかに本画と下絵との比較もあり、楽しかった。
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最後に旅先でのスケッチがいくつも出ていた。
モンゴルのパオなどである。

そして絶筆「夕かげ」のスケッチ。こちらも美しい青だった。

心楽しい展覧会だった。
1/19まで。 

東山魁夷と日本の四季

東山魁夷は現代日本画のトップランナーの一人だった。
亡くなって15年たつが、この先百年決して忘れられることのない画家の一人だ。
名前を知らずともこの一枚「年暮る」を知らぬ人はいないと思う。
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日本画による四季を描いた絵を一堂に集めたとき、冬の絵の代表は、この「年暮る」を第一とするのに異存はないだろう。
大晦日の雪の京都の夜。
この絵ほど日本人の感性に合うものはない。

山種美術館と日本橋三越とで魁夷に関する展覧会が開催されている。
「東山魁夷と日本の四季」「東山魁夷 わが愛しのコレクション」
どちらもとても良い内容だった。
まず山種から。
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第一章 風景画家への道
・師の描く日本の四季
玉堂 山雨一過 1943 自然描写のあり方を玉堂に学んだ、というよりも、自然と自分の対峙する心持ちを玉堂から学んだのだろうと思う。
峰には雲がかかり、馬とともに向こうへ行く姿がロングで捉えられている。
間近な風景、近視的な風景は描かず、自然の中にいる日本人を描いてきた玉堂。

玉堂 渓雨紅樹 1946 筧を走る水の音が聞こえるようだ。

玉堂 雪志末久湖畔 1942 しーーんとした湖面。湾に見える。小舟も見える。白いものを乗せた民家の屋根屋根。

素明 四季の自然を描いた連作があった。いずれも今の日本ではほぼ失われた風景。描かれたのは1940年だが、当時まだこのような風景は生きていたのだろうか。
2015年の今、そのことをも併せて考えなくてはならない。
実景からの描写か、かつて素明が実見したものからの回顧か、あるいは理想の姿か。
なにも思わずに鑑賞することの難しさを感じてもいる。

小虎 初夏 1943 大きな河骨の葉と黄色い花とが見える水辺。オタマジャクシが泳ぐ姿もある。
小虎は大きな自然よりもこうしたつつましいものに魅力がある。遠景より近景がいい。
しかし大きな画面に描かれた天女たちやオフィーリアの幻想的な美しさを忘れることはできない。

小虎 草花絵巻(春・秋) 1945-50 終戦後にこのような優しい絵巻が描ける心の豊かさ。わたしは小虎が好きだ。
ポピー、朝顔、豆、白菊。楓、瓜、ナス、あけび、栗。

・魁夷のまなざし
白い壁 1952 倉を描く。白と青の柔らかなコントラスト。日差しもやさしい。

樹根 1955 室戸岬のガジュマルの根本。黄土色の面白い絵。これは日本画が新しくならなければならない、という危険意識を画家たちが持っていた頃の作品か。
木の根といえばこの山種美術館には華楊の「木精」がある。木の根の面白さを楽しむ。

月出づ 1965 山なみの狭間の空が暗くなりつつある。右手の山の肩から月が顔を見せている。幻想的な美しさがあった。

第二章 「満ち来る潮」と皇居宮殿ゆかいの絵画
現在の皇居宮殿を飾るために描かれた数々の日本画の名品。それらは皇居にはいると一般市民の目には触れなくなる。
山崎種二の英断により、同趣の作品が画家たちに製作され、それらがここに並んでいた。
何度かこの作品群の企画展を見たが、今回もこうして眺めることができ、とても嬉しい。

魁夷 満ち来る潮 とても大きい絵で、確かこの絵を展示するためにこの壁面が出来たとか。
この絵を見ていると後年の唐招堤寺の壁画「涛声」への道が見えてくるようだった。

多くのスケッチが並ぶが、これらはどの海をモデルにしたのか知らない。

蓬春 新宮殿杉戸楓4/1下絵 
明治 朝陽桜 
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どちらも本当に明るく美麗。春と秋の美を堪能させてくれる。日本の美を明確に示した二枚の絵。

松篁さんの扇面図にも再会できて嬉しい。
日本の花・日本の鳥 特に紅桃が好きだ。


第三章 京洛四季 魁夷が愛した京の四季

春静 1968
秋彩 1986
どちらの絵もカレンダーの絵として手元に複製がある。
シンプルな色彩構成にみせて、奥深い色の遣い方のされた絵。20年近い時間の流れがあるが、もう魁夷芸術は完成されているので、歳月による揺らぎはみえない。

夏に入る 1968 竹林の空間。緑色と一口では括れない様々な緑色の竹たち。いつ見ても今描かれたような気がする新鮮さがある。

北山初雪 1968 北山杉が真っ白になり、シンとしている。風の音もなく、地には光も入り込まない。
深い精神性を感じさせる絵。

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第四章 四季を愛でる
・魁夷の描く日本の四季
やさしいスケッチがいくつか。旅を愛し、風景の美をみつめてきた目は様々な風景を紙面にとどめる。

春を呼ぶ丘 1966 白馬の現れる一枚。白馬自体は幻想的だが、丘も畑も並木も実在感がある。
これは長谷川町子のコレクションの一枚だが、長谷川美術館に収蔵された作品の大半は彼女とお姉さんの審美眼に適ったものばかりだった。

・四季を描く 魁夷とともに歩んだ画家たち
蓬春 梅雨晴 1966 あじさいの綺麗な様子。カラリスト蓬春の美。

加藤栄三 流離の灯 1971 縦型の大画面に開くのは大花火だった。

杉山寧 朝顔図 1942 まだまだ若い頃の昔ながらの日本画。この時代の絵も結構好きなのだが。

蓬春 錦秋 1963 紅葉した葉の上に二羽の小鳥。この構図は蓬春にも得意だったか、一羽バージョンもある。いずれも秋の美を深く味わえる逸品。

高山辰雄 春を聴く 1979 高山の静謐な世界に住まう鳩は鳴き声を立てない。ふっくらとした鳩が寄り添う春。

2/1まで。

あおひーさんの「彩葉色玉」

あおひーさんの作品を見た。
タイトルは「彩葉色玉」。
出ているものは甲乙の甲。

あおひーさんは今回の展覧会で作品解説を挙げられている。
「前半の「彩葉」は写真プリントそのもの。後半の「色玉」はプリント上に付けられた数十の透明の玉。フォーカスを外した画面にも拘らず、小さなレンズ状のものが乗ることでその部分だけがくっきりと色とその丸い形で主張するのです。円は他の円と呼応して星座のごときフォルムを浮かび上がらせます。」
そう、これ。

この小さな透明の粒があおひーさんの新しい魅力を引き出す力となった。

わたしの好きな「きれい」に満ちた作品だった。

写真の表面に鏤められた、凍結した水滴のような粒が画像を映し出し、目の位置を変えると粒は色を変える。
写真は沈黙する。代わりに粒が写真の想いを語りだす。

捉えられた風景。肉眼が見た色彩と形象。
それがフォーカスを外すことで深い揺らぎを起こす。
カメラの仕業。
それをカメラに指示するあおひーさん。

あおひーさんは魔術師かもしれない。
杖をふるって魔術を使うのではなく、カメラを使い魔に仕立てあげて、自在に世界を変える。
わたしたちはあおひーさんの魔術にクラクラする。
どうもそんな気がして仕方がない。

あの柔和な笑顔の向こうにフフフとほくそえむあおひーさんがいる。
シメシメとわらい、自分の新たな、そして誰もしていないやり方を開発した誇らしさが、そこにある。

「彩葉色玉」は長方形の作品である。
様々な色彩が一つの画面に隙間なく詰めあっている。
色彩は四季を一つに集めたような様相を見せる。
四角い枠に閉じ込められた季節が、固められた水滴の力で、外へ溢れ出ようとする。
深く美しい〈情景〉。
それが「彩葉色玉」なのだ。

これまでとは違ったことを始めたあおひーさん。
そんなあおひーさんに喜びが訪れた。

「New Year Selection 2015、大賞を頂きました!」
今日のあおひーさんの報告である。
とてもめでたい。

この先もあおひーさんは誰とも似ない新しい作品を産み出してゆくに違いない。
その度にわたしたちはあおひーさんの魔術にクラクラするに違いない。
クラクラのココロヨサ。
これは手放せない。

あおひーさん、おめでとうございます。また次も待ってます。

向井潤吉と麻生三郎の挿絵と装幀の仕事をみる

今回のハイカイでは挿絵を見ることも大きな目標だった。
それも普段は見ない作家の仕事としての挿絵である。
挿絵専門の弥生美術館とは違った場所での楽しみ。

まずは民家を描くことをライフワークにした向井潤吉から。
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向井は今東光「悪名」の挿絵を描いていたのだ。
わたしは勝新太郎の三大シリーズの「座頭市」「悪名」「兵隊やくざ」をよく見た。(TV放映でですよ、もちろん)
特に「悪名」は河内が舞台で今東光の原作だから痛快で面白かった。最初と続編の「悪名」はカメラが宮川一夫だから、凄い巧い。
本宮ひろ志「男一匹ガキ大将」は「悪名」からヒントを得たと言うが、あれも小学生の私に強烈なイメージを植え付けてくれた。今も本宮御大のファンなのは言うまでもない。

さて原作の「悪名」。
とにかく朝吉(実在の八尾の侠客をモデル)と弟分の「モートルの貞やん」の二人がめちゃくちゃエエのである。
モッチャリした所もあるが、とにかくトッパでカッコええ。
それを向井はすっきりした筆で描いた。
このチラシは「悪名」の一部。#69「闇夜のつぶて」の挿絵。
今東光は週刊朝日で1961年にこの連載を続けていたのだ。
半世紀前の挿絵、イキイキしてとてもいい。
これはあれかな、松島の店先か?ちょっと調べようと思う。
松島というても「松島や、ああ、松島や」の松島やのうて、もちろん歌舞伎役者の「松島屋」でもなく、大阪の松島、九条の方の松島である。色町ね。
女を足抜けさせた話があった。

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これは#61「果たし状」。大衆的な飲み屋・喰いもん屋が並ぶ。これもまぁ三業地の・・・どこらへんかはわからない。
絵の手前の店屋は提灯・看板・暖簾ら「かんとう煮」とある。かんとう煮は「関東煮」つまり全国語でいう「おでん」である。
どう読むかというと「カントだき」くらいの発音である。
今は大体大阪のどこでも「おでん」というが、今も一部や昔からの大阪人は「カントだき」と言う。
高名な「常夜灯」さんはあまりの美味さに「カントだき」ならぬ「かんさいだき」にせぇと森繁久弥に言われてそれをカンバンにしているが、大抵はやっぱり「カントだき」である。
元々は京都育ちの向井潤吉だけに、こうしたところにヤラカイ(柔らかいの訛り)情緒が見える。

出ていたのは「対決」「土生の港」「対面」「身の振り方」「果たし状」「落ち行く先」「仮住まい」「闇夜のつぶて」「箱枕」「夢のような話」「椿の花」である。
中でも「対決」は3シーンが出ていて、・ピストルの絵・階段から転げ落ちる男二人・貞やん、女、朝吉の三人並び。
その三人の姿がホンマによろしい。
貞やんは「モートル」の(motorの意)、とあだ名がつくくらいの「エエ身体」の男なのでちょっと背ェも高いし男前、女は丸顔できりっ。朝吉は角刈りというより1960年当時の慎太郎刈りかスポーツ刈りみたいなアタマをしているが、目がキラキラしてみんなとてもイキイキしている。
やっぱり挿絵はこうでなくてはいかん。
わたしはこの絵の三人見て、ドキドキしましたわ。

「悪名」は家にあるが、同じ今東光の小説なら「春泥尼抄」が大好きなのでそっち読んでばかりで、「悪名」は小説より映画の方が親しみがある。またきちんと読もう。そして向井の挿絵を思うのだ。

治承四年の大仏炎上、別府の坊主地獄などの絵も入り、それらもいいし、鹿に囲まれる朝吉、トランクに荷物詰め込むところ、歩くところなどなど、「読みたい」とそそられるそそられる。
ああ、ええもん見せてもらいました。


悪名 (新潮文庫 こ 5-3)悪名 (新潮文庫 こ 5-3)
(1964/12)
今 東光




こちらは佐多稲子「体の中を風が吹く」。1956-1957の朝日新聞夕刊小説の挿絵。
タイトル聞いて「ひゅ~~」やなと思ったら、やはりそんな虚しさを描いた作品のようだ。
シングルマザーとして働く女が同僚と隠れた付き合いをするが、男に縁談が持ち上がり・・・というような展開らしい。
わたしは佐多は読んでないので知らないが、これも端正な絵だった。
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そしてこれは女の家の前庭。彼氏とわが子が何やら立ち話。
この家の在り方を見て、関西人のわたしは「ああ、関東の民家やな」と思ったのだった。
つまり関西は木を見せたりはしない。木造でも必ずモルタルを塗るのだ。
今も残る古い民家を見ながら、この絵と同じだと思いもする。

場所により建物の違いが大きい。
民家を描く向井は決しておろそかにはしない。


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情緒のある民家とその周辺。

挿絵ではほかに1945年の久生十蘭「をがむ」を第3回目くらいからしている。
これは本来柳瀬正夢が担当していたのだが、開始が1945年の5/23で、柳瀬が空襲を受けて亡くなったのが5/25.
・・・戦争は本当にアカン。

その戦争の惨禍の痕を描いたこの絵は新潮文庫版ヘミングウェイ「武器よさらば」の装幀。
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イタリア戦線。第一次大戦か…。

向井が手掛けた週刊誌表紙絵も並んでいた。
週刊朝日、週刊サンケイ、サンデー毎日・・・主婦の友もある。
ほかに吉川英治「梅里先生行状記」の装幀も向井。

3/22まで。


次に神奈川県立近代美術館鎌倉館別館で開催していた麻生三郎の挿絵と装幀。
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向井もそうだが、麻生も本業のタブローより挿絵やちょっとしたカットの方がずっと好きだ。
申し訳ないが、二人ともそちらの方ならいつでも「大ファンです」と言いたい。
洋画家の挿絵は日本画家のそれとはまた違う魅力があり、面白い。
日本画家の挿絵は本業と地続きな魅力があるが、洋画家の挿絵は時により全く別な顔を見せるからだ。
特に麻生三郎は小出楢重、中川一政、木村荘八と並ぶ挿絵の大家でもある洋画家だとわたしは思っている。

麻生三郎のタブローには殆ど関心が向かない。
彼の仲間の松本竣介は絵も好きだし本人も「フルポン」と呼ばれた美青年だし(ここらが重要)で大好きなのだが、麻生三郎はニガテだった。
ところが今回の挿絵などを見て、いっぺんに麻生三郎ファンになった。
尤もこのチラシ中央の「真空地帯」などは怖いのだが。
いや、そもそも野間宏「真空地帯」は怖い話なのだ。可愛い絵というわけにはいかない。

国家というものと対峙する個人、国家による暴力・不条理な仕打ちに抵抗しようとして圧殺される個人。
読むことができないほど苦しい。
わたしは戦争文学がつらいのだ。

チラシ最下の正方形の「帖面」は蓬莱印刷所が刊行している読み物で、麻生は表紙絵だけでなく編集にも携わっていたそうだ。1958-1982年まで続いた季刊誌。小さなカットも可愛い。

雑誌ではほかに小金井カントリークラブの会員誌「小金井」の表紙、「囲碁クラブ」が可愛い。
太い線と細い線とで描かれた作品。
細いペン画はどちらかと言えば無惨なシーンが多く、太い線のものはほのぼのしている。
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野間「怨霊対談」の挿絵にカニが描かれている。無数のカニと人らしきものと太陽と。
なにを意味するのかはわからないが、この絵を見て小説を読みたくなったのは確かだ。

野間「文章入門」表紙は横顔と指と本とが描かれている。
シンプルなふるえるような線で描かれた作品がいい。

野間「顔の中の赤い月」目を言うのか。顔の中に人の姿がある。怖いような挿絵である。

わたしは文学少女だった頃から野間宏、椎名麟三を読む人は根性があるなと思っていた。
本当にわたしなどはどうしても読めない。
同じように戦後から登場した作家のうち、武田泰淳、埴谷雄高は好きなのだが、野間も椎名も大岡昇平もニガテなのだ。
海外でもソルジェニーツィンなどは全くムリだ・・・

さてその椎名もソルジェニーツィンも麻生三郎の絵が活かされている。
「煉獄の中で」「ガン病棟」の表紙が麻生の仕事だった。
胃が痛くなるような内容だった。
表紙も決して優しいものではない。

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伊東光晴、倉橋由美子などの作品もある。
芹沢光治良「人間の運命」も並ぶ。
これを見ると必ず思い出すマンガがある。
「花とゆめ」に出ていた、作品名も作者名もわからない作品だが、作中のメガネの物静かな少年が「人間の運命」が面白すぎて夢中で読みふけり、視力が落ちた、という設定があった。
(2017.3.2追記 戸田のりえさんのまんがだ。タイトルまでは思い出せない。「ぴとぴとぴっとん」の作者の人。)
それでわたしも読もうかと思ったのだが、とうとう読まなかった。
本の存在はすでに知っていたが、当時小学生から中学生あたりのわたしはほかに興味があり、こちらへ向かうことがなかったのだ。

文芸誌の「海」「新潮」のカットなども担当している。
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上二つは雑誌では黄色が赤く変えられていたが、原画はこのように黄色。
様々な人々の様子を距離を置いて描いている。
下のは「新潮」68年3月号目次だが、よくよく見れば不穏な絵である。左には首ナシ裸婦、包丁を持っているかのような人物、右端には人の首らしきもの。
・・・なんなんだろう。

描かれた情景が謎なものであってもいい。それはそれで物語性を感じて、妄想が広がるからだ。
しかし抽象表現は理解できない。
挿絵は好きだ。物語の一部を描くだけでなく、その情景から様々な妄想が湧き立ってくるからだ。
物語そのものを読みとれもするし、逆に全く違う話をこちらで紡ぐこともあるからだ。

麻生の挿絵仕事はリアルタイムの連載時のものではなく連載終了後に作られたものが多かった。
日本文学全集などの為の仕事。

リアルタイムのものではないが、実感を共有しているからか、麻生の挿絵は野間のも椎名のにも実によく合う。
どちらもわたしはニガテなのだが。

わたしが好ましいと思うのはこちら。
福永武彦「夢みる少年の昼と夜」。

夢みる少年の昼と夜 (新潮文庫 ふ 4-5)夢みる少年の昼と夜 (新潮文庫 ふ 4-5)
(1972/11)
福永 武彦


これは実はわたしも持っている。そしてわたしはこの表紙がとても好きなのだが、どういうわけか、この表紙が麻生三郎だと展覧会を見るまで全く知らなかったのだ。

つい先月、弥生美術館で高荷義之展を見て、彼が「気分はもう戦争」の表紙絵を担当していることを知り仰天したが、今回もそうだった。
見返しを見ても「カバー 麻生三郎」とあるのに、あの洋画家・麻生三郎とは一致しなかった。
びっくりしたなあ。

この「夢みる少年の昼と夜」は日本の短編幻想小説のベスト10に入れたいと思う。
タイトルに惹かれ、表紙の美しさに惹かれ、そして作品に溺れた。
今もこの文庫本を大事にしている。この先もずっと。

麻生はほかに「イワン・デニーソヴィチの一日」の表紙も描いていた。
これも重かったなあ。

カットで「花」「あるぺーじゅ」と題されたものがあるが、もそれぞれ白猫・黒猫を描いている。リアルな動きを見せる、シンプルな描線の猫たち。

芸術新潮の1950年の五月号、六月号の表紙も担当しているが、どちらも顔の見えない裸婦だった。しかし全く違う体つきの女たちを描き分けている。やや細い五月、迫力のある六月。面白く眺めた。

辻邦生「背教者ユリアヌス」も麻生だった。1968年。
そしてその雑誌掲載時の「海」の目次カットが前掲の首ナシ裸婦。ほかの連載をみると、石川淳「天馬賦」があった。ちょっと嬉しくなる。←石川淳のファンなので。

最後に前述の「帖面」のコーナーがあった。
蓬莱印刷所のPR誌とはいえ、大変良質な雑誌だったようだ。
麻生はそこで「桜の園」のカットなどを描いている。
「ダダイスト新吉」の高橋新吉「猩々」もある。
「イェイツと能」やクローデル、木喰などなど。
仏画も可愛いカレンダーもここから出ている。
読者カードは千社札と呼ばれていたようだ。
福永、串田孫一、向井良吉、森、山室静らの言葉が載っていた。

非常に面白い展覧会だった。
もう終了したが、これはいい展覧会だった。
麻生三郎のこの方面の仕事、わたしはとても好きになった。またいつかほかのも見てみたい。

2015年、最初の東京ハイカイ録

2015年最初の東京ハイカイです。
例により詳しい感想は後日。

ホドラー展再訪。やはり良かった。リズムが見るわたしの内に入り込み、神経細胞を躍動させる。わくわくした。
歴代の遊行上人が行った〈踊躍〉、ニュアンスは違うかも知れないが、それを行うような気持ちになった。

三井記念美術館に。
雪月花。チラシのロゴのタイポやデザイン、細見美術館のと同じ人かな。
これはいい展覧会だった。
冬から春先に見たい内容なので丁度いい。
サプライズは大倉喜八郎の向島別邸の喜翁閣の襖などがこちらに寄託されたこと。
抱一下絵・羊遊斎蒔絵のもあったし、見ごたえすごい。保存のこともあり、良かったよ。

メトロリンクでフィルムセンター。昔の弁士の音声つき映画を見る。
百年ほど前のイタリア映画「さらば青春」とフランス映画「アッシャー家の末裔」。ラスト一巻のみだが、良かったわ。
しかしまさかのハッピーエンドには仰天した。なんでやねん。
それなら末裔やなく崩壊にしたらよいのに。フランス映画ともあろうものが。
これについてはまた長々しく挙げる。

早稲田大学に。穴八幡からなら演劇博物館真正面やな。
新国劇、澤田正次郎。予想以上に面白かった。
それと道頓堀の芝居、弦楽古楽器。リュート系vsツィター系。
ほかにも写し絵まであり、勧進帳、舌出し三番叟、小栗一代記が写されていた。デジタルアーカイブあるかな。
小栗は2系統あり、こちらは実録小栗の方。

會津八一記念図書館では富岡コレクションみたよ。
キュビズムとかやきものとか色々。

どうも時間配分ミスったというより、いいものに捕まりすぎたわ。
フィルムセンターと早大で映像にインしすぎたのよ。
in、inn、淫、殷・・・

では予定を早めて銀座のあおひーさんの作品を拝見に。
これが実は大正解。時間、早い日だったの。やべー!
あおひーさんの作品はやはりオリジナリティー溢れるもので、誰とも似てない。
自分だけのスタイルを確立する苦しさを乗り越えて、あおひーさんの道は続く。
綺麗な作品に会えて嬉しかったわ♪
またタヨリナイながらも感想を挙げたい。

松屋に行き、織部の時代のなんやかんやをみる。大阪城、松井文庫、上田宗箇関連からの出品が多々。
ごめぬ。わたしはもっと後の時代の茶の湯が好きなの。
松屋銀座は以前にも上田宗箇の展覧会があったので、なにかしらそうしたつながりもあるのかもしれないな。

最後に高島屋で川瀬巴水の巡回を見る。何度でも見るよ、巴水は。そして何度でもときめく。
最早失われて久しい風景であっても(だからこそ?)、いよいよ巴水の描く風景に憧れるのだ。


二日目。
鎌倉に行く。
まだ早いから小町通りもマシ。清方記念館では羽子板みたり、珍しい挿絵みたり。
道路へ出たらやっぱり人出がすごいね。
テクテクテクテク・・・

神奈川近美の別館で麻生三郎の挿絵や装丁に溺れた。
油彩よりずっと好み。
椎名麟三も野間宏も読まないが、挿絵にはそそられたわ。
芹沢の「人間の運命」もこの人なのか。
あー良かった!
そして福永武彦「夢みる少年の昼と夜」に!!となる。
持ってます、この文庫本。この表紙かなり好きなの。
ああ、わたしってわたしって。

ここでちょいと一休みに八幡様の茶店で味噌田楽と御神酒饅頭をいただく。

美味しいわ。あんまりむやみに甘いものはいらないけどおなかが減った時、これっていいよね。
ほたしは奈良ではそんなとき、柿の葉寿司をいただくけど。

何も考えないで本殿に上がり拝むが、まさかの入場制限!スミマセンしらなんだわ。
凄いな。

国宝館で氏家コレクションの浮世絵みて機嫌よく喜んだ。初見もあるしね。
昔々まだ浮世絵の展覧会があんまりなかった頃、この氏家コレクションにドキドキしながら出かけたのだが、そこでメモを取っていると、見知らぬおじさんに「メモなんかとってどうするの」と言われた。「後々思い出すために」と答えたが、おじさんには理解できなかったようだ。意味のないことをしている、とワラわれた。
今に至るまで時々このことを思い出す。

牡丹園の見ごろアナウンスに誘われて中へ。
これがまたとてもよかった。
 

 
たまにはこうした見学もいいものです。

近美の本館ではコレクション展みる。
そして怒涛の図録値下げの欲しい本買うて。
ああ、しんどい。腕がシビレたわ。

人であふれかえる小町通りに戻り源吉兆庵の持つ美術館に入った。
明治の頃のランプ、綺麗な染付、魯山人の作品などを見る。蒔絵のいいのもあった。
人であふれかえるのを忘れさせてくれる空間だった。

先頭車両で座って鎌倉撤退する。

横浜へ。
横浜都市開発記念館で団地の展覧会をみる。
なかなか面白かった。残念なのは団地と給水塔をデザインした手ぬぐいが売り切れていたこと。
それをつぶやくとそのデザイナーさんがまた拵えてる最中だと教えてくれた。
団地に入ったことがない。学校の校区の隣には団地があったが、そんな理由でそちらに友人はいないのだった。

開港資料館ではチェンバレン、サトウらの資料をみる。
親日家・知日家らの横顔。この二人を中心にハーン(小泉八雲)、ライシャワー、ドナルド・キーンさんまでの紹介がある。

そこからあわててハマ美へ向かった。ホイッスラー。
これは京都でみたよりずっとよかった。
ピーコック・ルームに猫の置物があることを知ったのも楽しい。

この日は浦和に行くのをあきらめて、そごうで終わり。
都内、京都でみそこねた山形後藤美術館のコレクションを楽しむ。何度も見ているがやはり好きなものが多い。

宿に帰った後は「オリエント急行殺人事件」をみた。
二日目おわり。


三日目ラスト。

夜からの時間も考えると三泊四日なんだがちっとも長いという感覚がない。

松濤美術館へ。天神様の展覧会。常盤山文庫。菅原さんのコレクターも菅原さん。
鉛筆もいただいた。

駒沢大学の向井潤吉記念館で彼の挿絵をみた。たいへんよかった。特に「悪名」がすごくカッコいい。
朝吉と貞やんにぐーっとくる。ええのう。
麻生三郎だけでなく向井もまた挿絵の良さにシビレ、本業よりずっと好きなのだった。

山種美術館で魁夷をみて「年暮る」に改めて感銘を受ける。

出光美術館では物語絵を楽しむ。源氏、伊勢だけでなく軍記ものとして平家物語がたくさんでていた。
とても面白い。

最後に三越にでた。魁夷のコレクションをメインにした展覧会。これが実によかった。どきどきした。
いいねえーほしいわー。

そこでタイムアップ。走って東京へ。
ごま半月を買うたりなんだかんだでいい時間。
今回はポイントがたまったのでグリーン車。
気楽に帰ったと言うより、手足・肩など全身が痛いのをこれでいやしたかった。いや、あきませんけどね。

それにしても体中が痛い・・・

旧大阪市長公館

昨日、網島の旧大阪市長公館に出向いた。
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昨秋11月から「ガーデンオリエンタル オオサカ」としてウェディングとレストランとをメインにした施設になっている。
この二つの用途といえば、
旧島津製作所のフォーチュンガーデン
旧竹内栖鳳邸のザ・ソウドウ・東山
この二つが思い浮かぶところだが、実際同じ系列なのである。
存続が危ぶまれていた素敵な建物をこのような形でリノベして多くの人々に愛される存在にする。
素晴らしいことだ。
なおこれまでに撮影した分は
旧島津製作所はこちら
旧竹内栖鳳邸は1がこちら。2がこちら

大阪市長公館は1959年に住友営繕出身の竹腰建造により設計された、白のモダンでシャープな建物である。
住友営繕から出た長谷部と竹腰の二人が開いた事務所は住友の支援もあり、大阪の重要な建物を多く拵えた。
今の日建設計は彼らが基礎なのだ。

二階の素敵な部屋でスィーツをいただきながら建物の歴史に思いをはせる。
天井IMGP0104_20150109141925a03.jpg

暖炉IMGP0105_20150109141927ccf.jpg
暖炉で建物の格が決まるとは言うが、この時代はもうそれは形骸化している。しかしそれでも素敵な暖炉が作られている。

二階からの眺め。大川。
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造幣局である。IMGP0107_2015010914192954b.jpg

茶室・二水亭も見えた。IMGP0108_20150109141931fb4.jpg

階段室へ。IMGP0113_20150109141946e7a.jpg

この建物の内部の最大の見どころはこの階段のシャンデリアだと思う。
長いシャンデリア。IMGP0109_20150109141941239.jpg

階段のどの位置からも。IMGP0110_20150109141943a54.jpg

実に長い。IMGP0111_201501091419448f0.jpg

見上げる。IMGP0114_20150109141947bfc.jpg

天井も素敵。IMGP0115_201501091709040cd.jpg

外観を見て回る。
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百合の紋章IMGP0120_2015010917092173a.jpg

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裏へ。IMGP0123_201501091709263b5.jpg

茶室。
いい天井。IMGP0124_20150109170928e47.jpg IMGP0127_201501091713535d3.jpg

聚楽の壁
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池と灯りと。IMGP0128_201501091713544b8.jpg

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埋め込まれた可愛らしさ。IMGP0130_20150109171412c32.jpg

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夕陽に染まり始めるIMGP0133_20150109171417e66.jpg

新しいルームにもゆく。
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ハープなどもあるガラス張りの素敵な空間です。


OBPとOAP 。







見上げる楽しみ。


これは昔からのかなあ。


中に戻る。
昔はここでパーティーも。








窓から見える水のたわむれ。






昔の写真。






屋上に向かう。
あのシャンデリアの階段を昇ると、下からは見えない白鳥が。




優雅な遊び心。

大阪城、帝国ホテルが見える。隣の森は太閤園。
いい環境。
隣には藤田美術館がある。
近松の「心中天網島」はこの近く。
音楽家・貴志康一の生誕の地もこの領域に入る。





いずれはビアガーデン。


ご近所のスパニッシュな瓦。


壁面装飾が本当にいい感じ。



正面玄関間近の柱には可愛い文様。

こちらは新しい装飾天井画。

大阪名所あちこち。
素敵な絵は、USJ のハリポタの絵も担当した方によるもの。

ありがとう♪


ごく近い駅は大阪城北詰。
太閤ゆかりの瓢箪をモチーフにした装飾や、昔ながらの文物を壁面に。





また行こう。

えびすリアリズム展 

えびすリアリズム、というのは何か。
えびすとはすなわちマンガ家でタレントの蛭子能収さんである。

ロフトで蛭子能収さんの個展を見た。
正直なところ、蛭子さんのことを近年はついうっかりと、「のほほんとした、とぼけたオジサン」だとみなしてしまっていた。
あの独特のブラックユーモアに満ちた、妙なマンガを忘れていたのである。
だが、この展覧会を見て、あれは蛭子さんの偽装だと思い知らされた。
路線バスに乗って人の好さそうな顔でにこにこしているのだけが蛭子さんではないのだ。

まずチラシからして<おかしい>のである。
ここでいうおかしい、とは「可笑しい」ではない。むしろ「異様だ」という意味合いが濃いと思っていただきたい。

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このチラシで「…あ」となった。そうだ、あの妙な冷や汗をかく人々を描く漫画家なのだ。
一度見たら忘れられないあの…
しかもこの配色。ピンクに水色の取り合わせ。
しかもこのアップ。
展覧会のキュレーターのたくらみと言うより、蛭子さんと言う漫画家の体質が強烈に押し寄せてきた。

300円をロフトのレジで払う。
ここで展覧会やイベントを見るときは受付ではなくレジで300円也500円也1000円也を払うのだ。
展覧会慣れというか展覧会ズレ(靴擦れのズレと同義語のズレである)している者には、この行為からして、ちょっとリズムが狂うのである。
先年の「みうらじゅん いやげものの世界」展でもそうだったが、ロフトは展覧会によく行くものを膝カックン状態にする。

おみくじをひかされる。みうらじゅんの時は「いやげもの」になる写真をもらったが、ここではおみくじである。
理由は「福むすめより、裏えびす」とあるように、期間中に関西では大がかりなえびす祭(えべっさん)があるから、それにあわせてのサービスかと思われる。

そもそもえべっさんとは西日本だけの祭らしい。
東京の恵比寿では「商売繁盛で笹もってこい」とは間違っても言わないだろう。
関西を中心にしたえべっさんは、やっぱり関西らしい祭なのである。
もっと他にもあるが、それはここでは伏せる。

さておみくじをひいてから、蛭子さんのケッタイな世界に入り込んだ。
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木曜の夕方。客は他にいない。
お祭りのえべっさんは明日からだが、ここではえべっさんではないような、しかし似たようなお囃子が延々と流れている。
しかし決して明るいキモチにならない・なれないBGM である。

蛭子さんの一枚ものの絵が延々と並んでいる。パネル展示されたものは2011年の作品を中心にしたものである。
黙ってじぃっ と観る。
やたら原色を使われた、妙な冷や汗をかきつづけるキャラたち、異様な背景、予測のつかない展開の物語、唖然とするしかない。

思えば蛭子さんはガロ出身の漫画家なのだ。
読者の想定は少なくとも青少年ではない。

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悪夢を観そうな作品が延々と続く。

キャラたちのモノローグがコワイ。会話もコワイ。
別に殺人の相談をしてるわけでもないのに、読むうちに寒気がしてくる。
なぜこんな展開になるのか、なぜそんな会話になるのか全くわからない。
読者の安易な理解を拒む、ということはべつにしていないようだが、しかし蛭子さんの作品は読者を途方に暮れさせる。

木曜の夕方、わたしのほかに観客はいない。
わたしは一人で蛭子さんの作品群の中にいなくてはならない。
不条理な場面を描いた一枚絵が続く中で。

映像コーナーがあった。
一枚絵ではなく、「田中の冒険」なるストーリーものである。
それが映像として動かぬまま流れている。当たり前だ、アニメやなく画面を出してるだけだ。
しかし、なんだろう、異常にコワイぞ。この不条理さは、なんなんだ。
動かない映像がより物語の不条理さを増大する。

逃げ出したいが、逃げた先には現実ではなく、蛭子さんの世界の真奥があるような気がする。
しかしそこにたどりつく前にきっと元の場所か、まったく見知らぬ地に放り出されるにちがいない。
それが凄くコワイのだ。

本当にこれはやばい世界ではないか。
田中も言った「やばい」。
今どきの「カッコいい」の「やばい」ではなく、文字通りの「やばい」、言い換えれば「まずい」、危険が迫っているのを実感する言葉がそこに実感として活きている。

何か近いものを見ている。考えるまでもなく思い出す。
ティム・バートンのアニメーションだ。
先日、森アーツでのティム・バートン展に行き、「ステインボーイ」を見た。
あれも不条理な物語だが、差し迫る身の危険はあっても、死の匂いはしなかった。
しかし蛭子さんの描く世界は画面に見えない死を含んでいるようだった。
理由はわからない。
しかし、蛭子さんのマンガは本当にコワイ。わかっていたはずだが、この不条理な世界にオビヤカされる。
見るこちらまでが、彼のキャラたちのように妙な冷や汗をかかされている。
バラエティー番組でほのぼのとトボケた顔を見せる蛭子さん、あれは誰だろう。
この作品群の作者だというのか。嘘だとしか思えない。

息をつめたまま展覧会の空間にいた。
最後にえびすさんの著作が紹介されていた。
ガロの表紙絵にはご本人の写真がある。


劇団東京乾電池・創立30周年記念公演DVD 「長屋紳士録」劇団東京乾電池・創立30周年記念公演DVD 「長屋紳士録」
(2006/09/20)
劇団東京乾電池


そういえばここの劇団の人だったな。

展覧会は箱のサイズもあり、一枚絵がメインだった。
他の面は出ていなかった。
それにしても、「裏えびす」とはよく言うたものだ。
めでたい福娘とは裏腹な存在ではないか。

ああ…わたしも冷や汗をかき、モノローグにまみれてしまった。
どうか少しでも多くの人にここへきてほしい。
そして蛭子さんの作品をみてほしい。
……わたしだけが冷や汗をかいて怖かったコワカッタと焦るのはいややがな。
皆さんもヒソカにやってきて、蛭子さんのキャラのように冷や汗をかき、不条理な世界で焦ってみよう。

1/12まで。

忌野清志郎 手塚治虫ユーモアの遺伝子

清志郎の油彩画や衣裳が手塚治虫記念館に集まっていた。

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中学の時に「雨上がりの夜空に」を知り、それから長くファンでいた。
少しばかり離れていたこともあったが、宇宙の彼方に清志郎が行ってから、却ってまた昔のように好きでいる。

最初に清志郎のライブ映像が流れていた。
ここだけ撮影可能。
いつの時代のどこのライブかは問題ではない。
清志郎は永遠だ。
永遠にキモチEヤツだ。
清志郎の衣裳や靴がある。


ちょっと泣いてしまったが、清志郎の映像を見ていると、やっぱり元気になる。

清志郎は手塚ファンだった。
それで特にブラックジャックが好きだったそうで、見ないで描いてたそうだ。
ただしブラックジャックには髭がある。
これは清志郎だけのブラックジャック。

マンガを読んでドキドキしていた清志郎は手塚の出した漫画の描き方という本を見て、これは無理だと感じて筆を折ったそうだが、後年、手塚の生原稿を見て、その修正の多さに感銘を受けている。
清志郎はペンで描くのをやめて油彩画を始めた。
ここにあるのは人物画がメインで、幼い子供らもいる。清志郎の自画像とよく似ているのは自分の子供さんを描いたからだと思う。

愛情のある絵が多い。
清志郎は対象物を突き放して描く、と言うことをせず、近い距離で愛をこめて描いていた。
巧いとかどうとかではなく、いい絵が多い。

清志郎の初期の歌に「僕の好きな先生」というのがある。
高校の美術の先生を歌った歌だった。
その先生は清志郎の宇宙旅立ちの後始末の日、思い出話をしていた。
音楽がなければ清志郎は絵を描いていたのだろうなとそのときも思った。

清志郎のなかよしさん三浦友和とは高校の文化祭か何かに、毎年必ず一緒に出掛けていたそうだ。
お揃いのアロハか何かを着て、高校卒業生の作品コーナーに自身の作品を出していたそうだ。
今、その話の出典が見つけられないがそんなことを読んだ。

展覧会では清志郎の曲が流れる中、彼の油絵を見るのがメインになった。
そうそう、清志郎の蔵書も紹介されていた。
COM版の「火の鳥」と「奇子」などである。
わたしも「奇子」は本当に好きだ。

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清志郎、やっぱり最高だったなあ。
もう活きてる人間のもとに新曲は届かないけど、永遠に清志郎の歌は生き続ける。
それは確かな話だった。

2/20まで。

なぞな どうぶつたちが すむところ

長いこと近代建築の撮影とか楽しくしてると、設計者か施主かが機嫌よく請来した摩訶不思議などうぶつたちと遭遇する、と言うことが少なくない。
これまで撮りためた写真の内、デジカメ以前のカメラで撮ったものからピックアップしてゆく。
ただし、今回あえて避けたのは以下の建物に住まうどうぶつたち。

・東華菜館
・日比谷ダイビル
・鳩山会館
などなど。

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左上から文福茶釜in須磨寺。左中:京都市考古資料館にある織部の鉢。左下:某神社の狛犬親子
右上:旧松風嘉定邸の庭、ただしこいつには兄弟がいて、そちらは草を食んでいる。右下:舞子ホテルのミミズク。


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京都・藤井斉成会有鄰館にいるものたち。龍に蜥蜴系に燕雀系そしてコワモテの狛犬。
ここは中に7000点の古代中国の文物があるので、それらが表に出ないようにこやつらが門番しているような感じ。


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都内某美術館。特別に許可を得て撮影。97年のものだからもう随分昔。龍に可愛い狛犬たち。


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わが愛する伊東忠太のどうぶつたち。伝道院の守護者たち。


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あえてモノクロ・セピア撮影した。中之島の中央公会堂の「朱雀」と「白虎」に「いぬ・い」と「うし・とら」。


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右上:大丸心斎橋一階を守る鷲。右下::旧松風嘉定邸のサンルーム。左上:旧住友銀行本店。これを最初に見たときはびっくりしたなあ。左下:綿業会館のある部屋の天井装飾。




米沢の神社の水吐き虎。分かりにくいかもしれないが、タイガーマスクそっくりなのだった。

最後はこの狛犬。ファンキーな奴だが、どこで会うたかわからない。
撮影当日、上町台地を北上した。
入った神社は生玉、髙津あたり、道は谷町筋から長堀をこえて心斎橋を行き、道修町までか。
うーん、わからんわ。

水路閣からインクライン

ブラタモリが再開したというし、京都だというので、喜んで見ていた。
前半は水路閣からインクライン界隈、中で新京極の錦天満宮と突き抜ける鳥居、後半は御土居。
自分の持っている写真を出すと、随分前のが出てきた。
デジタルではなくフィルム時代のもの。
これはこれでいいか。年月日が入っているのがジャマといえばジャマ、記憶がよみがえる点では有益。
まぁとりあえず。

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水路閣。どの季節でも魅力的。
わたしが初めて行ったのは高校生の時だった。

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本当に水がね、こうして流れている。上にも流れていた。

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インクライン。鉄路には亀や犬のビスか…
秋などはカサカサ音を立てる紅葉した葉っぱを踏んで歩くのが楽しい。

本当はここで疎水記念館の写真や今はなき浄水場のを挙げるべきなのだが、どこに隠れたか見当たらない。
残念。

最後に田辺朔朗博士。ちょっと小磯良平にも似た7端正な青年像。
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今年は春の盛りの頃に出向こうか。

旧甲子園ホテル その4

スマホで撮った分を集める。
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色んなタイルがありました。

旧甲子園ホテル その3

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ここへは立ち入り禁止。IMGP3136.jpg

正面玄関のそのすぐ上の空間へ。
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内へ戻ろう。IMGP3154_20150105233807c39.jpg

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いよいよタイル登場
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ホールへ戻る。IMGP3176.jpg

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いいところです…うん。

旧甲子園ホテル その2

中庭に出る。
そこからの眺めなど。
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その先へ行ってはいけない。IMGP3108.jpg

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IMGP3123_20150105232159d9c.jpg 遠藤新とその師匠の魅力。

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再び中へ。
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いよいよタイル登場
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旧甲子園ホテル その1

少し前だが、遠藤新の設計した旧甲子園ホテルを撮影したので、それを挙げる。

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現在は武庫川女子大の所蔵。

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中へ入ります。
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遠藤新の設計図などの説明もある。
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光の入り具合が映ったものを見せてもらう。
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IMGP3090.jpg 一旦外へ出る。



新印象派 光と色のドラマ

「新印象派 光と色のドラマ」展をあべのハルカスで見た。
こちらはハルカスのチラシ。
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シニャックの「髪を結う女」を使い、そこに「もっと近くで みつめてほしいの。」とある。
点描と配色とを凝視するだけでなく、女の後ろ姿をなめるように視る、というちょっとオトナなことをしなくてはならないのだ。

一方こちらは1/24からの東京都美術館のチラシ。
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スーラの「セーヌ川、クールブヴォワにて」を使い、「小さな点に秘められた、画家たちの物語。」と点にポイントを置くものの、至って穏和な表現である。

これを見て思い出すのが映画「鬼龍院花子の生涯」のポスターと惹句(キャッチコピー)である。
東京では夏目雅子さんが「なめたら、いかんぜよ!」と啖呵を切るカッコいい姿が使われたが、関西では「お父さん、やめとぉせ」と夏目雅子さんが義父・仲代達矢に抵抗する艶めかしい姿だった。
関西ではやっぱりインパクトが強くないと興味を引かないのだ。というより、「面白いか面白くないか」で決まる。

ハルカスはあべのにある。ミナミのまだ向こう。
キタではそこまで「面白さ」にこだわらないが、ミナミ以南は懸命にお客を喜ばせようとアタマをひねったことだろう。
以前の「ミラノ・ポルディ・ペッツォーリ美術館 華麗なる貴族コレクション」展でもチラシの東西の違いは大きかった。チラシどころか、コンセプトが違った。
あの謎の貴婦人自らが作品紹介したり、会場案内したりしていたのだ。
えらい働き者である。そうでないとお客も来てくれない。
そのときの感想はこちら

さて、前書きが長くなりすぎたが、ハルカスで見た「新印象派」展の感想を挙げることにする。
都美での展示とはかなり異なる可能性もあるので、そこのところを念頭に置いていただけたら、と思う。

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プロローグ 1880年代の印象派

モネ 税関吏の小屋、荒れた海 1882 この絵がここにあることで、なるほど新印象派の方向性というか、そんなのが見えてきた気がするようにも思われる。
そういうリードをされているだけかもしれないが、しかしこの絵はいい絵なので、見れて嬉しいのは確か。
荒れた海は水色の集合、手前の小屋は暖色系の毛糸で編んだ何かのよう。浮かぶ雲の桃色風味もいい。

モネ アンティーブ岬 1888 書き割り風な風景。遠くに紫の山。手前に一本の木がある。緑色の海。これは舞台装置に近いかもしれない。それも翻訳劇ではなく歌舞伎の方とか。

アルマン・ギヨマン ラペ河岸 1880 働く馬やボートやおばあさんたち。にぎわう河岸。水色と桃色の隣合う空。

ピサロ エラニーの農園 1885 緑の多い中、女の帽子かかぶりものと、花が赤い。混ざり合うように見えれば色盲なのだったか、色の配分というものを科学的に考え始める画家が現れ始めた時期。

シニャック アニエール、洗濯船 1882 波がたぷたぷ。向こうに橋や煙突が。日常の延長の風景。

スーラ 石割り 1882 働くおっちゃんの背中。やや体を曲げている。緑と白の中での姿。

スーラ 村へ 1883 これは15x25の「クロクトン」と呼ばれるミニサイズのシリーズものの絵画。
絵自体はシンプルなもの。手元にあると嬉しい一枚。

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第一章 1886年 新印象派の誕生
時代が一つ進んだ。
新印象派とは何かということを改めて考える。

モリゾ ブージヴァルの庭 1884 もあもあした風景。バラが咲いている。赤や白の花。

シニャック ピエール・アレの風車、サン=ブリアック 1885 わりとくっきりしてる。四時くらいの夕日を浴びた風車。地の緑がもあもあと生えている。

スーラの大作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」の為の習作は70点もあるそうで、それ自体がいい作品だということで、多くの美術館が所蔵している。
ここには四点が出ているが、クロクトンに描いたものなどいろいろ。試行錯誤の中で生まれた作品群は、全体の一部であるだけでなく、独立した情景をそこに浮かび上がらせていた。遠景、近景、様々な風景。とてもいい。

なお、この本画はここには持ってこれないので、実物大の模造が「マッチ針」で製作されて、ハルカス美術館の壁面を飾っている。
これが東京に行くかどうかは知らない。

ピサロ 庭の母と子 1886 幼児の後ろ姿が可愛い。

シニャック クリシーのガスタンク 1886 実はガスタンクがこんな時代に既に稼働していたということにびっくりしたのだった。
民家らしき建物の背後の左右にある低層の円筒形の建造物がたぶんガスタンクだろう。チチチチチと小さい点描で描かれたその風景はひどく静かだった。


第二章 科学との出合い 色彩理論と点描技法
感覚だけで描くのではなく、理論で実証された光の美しさを描く。
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理論的実証の書物があった。
ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルール「色彩の同時対照の法則」では色彩環を示している。
写真があって、この著者は百歳のときにめでたいとパーティを開いたそうな。

ほかに興味深いのはスーラやシニャックのパレット。
こういうのを見るのは画家の仕事だけでなく生涯を追えるようで面白い。

ルイ・アイエ 視覚混合の為の色彩図解 えらいなあ。実践しているのでした。

ルイ・アイエ 灰色の空の習作 光化学スモッグにヤラレてますな。


第三章 1887-1891年 新印象派の広がり
点々が光を生む。湿気まで感じる作品が現れた。

レオ・ゴーソン ラニー=シュル=マルヌの川と橋 1886 湾曲した情景。空と橋と水面と。いい眺め。

ルイ・アイエ 夜の仮設遊園地 1888 アセチレンランプの光がにじむ。パリだという感じがある。

アルベール・デュボワ=ピエ サン=シュルピス聖堂の塔 1887 迫力があるね!点描により、けぶる風景。いい建物がある。屋根の上の眺めがいい。

アンリ・ドラヴァレー 冬の井戸 1887 えらくちゃんとした建物がある。その中に井戸があるのだろうか。
変なことをいうが、家の中に井戸があるのは家相上あんまりよくないそうな。

マクシミリアン・リュス モンマルトルからのパリの眺め 1887 煙と雲とが混じり合う。こうした風景から点描で描こうかと思いついたのかも、などと妄想。

ジョルジュ・レメン ラ・ユルプのフルマリエ家 1888 ベルギー人の画家でスーラに可愛がられたそうな。屋根がイチゴ色で可愛い。森の中へ。

ヤン・トーロップ マロニエのある風景 1889 水面に映る木と空と。木はとても細かい点描で構成されているのだが、光が入り込んでピンクが濃い。構図はとても幻想的。

アルベール・デュボワ=ピエ 白いドレスの女 1886 なかなか綺麗。カレル・ゼマンの世界のようだ。
タイトルはアメリカ映画のそれと一緒。

テオ・ファン・レイセルベルヘ マリア・セート、後のアンリ・ヴァン・ド・ヴェルド夫人 1891 ピアノの前に座り、横顔を見せる女。ドレスの質感がいい。点描は繊維となって、ドレスを組成する。


第四章 1892-1894年 地中海との出合い 新たな展開 

アンリ=エドモン・クロス 農園、夕暮れ 1893 木が面白い。夕暮れを感じる。

シニャック サン=トロペの松林 1892 こういうのをみると、色付きの砂粒で拵える砂絵で描けるのではないか、と思うのだ。やってみたい…

アシール・ロジェ アストル夫人の肖像 1892 大きな絵。白いドレスの女。点描で描かれたリアルな女。


第五章 1895-1905年 色彩の解放

アンリ=エドモン・クロス 地中海のほとり 1895 地中海は左手半ばの一部。こちらは岸の林の中。水浴を楽しんだ女たちの身繕い。きらきらしている。女たちのそばには食べ差しのスイカもある。ブドウとナシも。ピクニックの定番。スイカを洋画でみるのは珍しい。

アンリ=エドモン・クロス 山羊のいる風景 1895 くつろぐ山羊たち。シルエットに角が。この絵は以前から好き。

テオ・ファン・レイセルベルヘ サン=ピエールの岬、サン=トロペ 1896 熱海に似ている。海と細い幹の松のようなのが続く丘。

アンリ=エドモン・クロス マントンの眺め 1899 オレンジ色や青やピンクや水色がとても綺麗に配置されている。現実ではありえない配色なのだが、好きな色を思い切りよく使った、という感じ。楽しい風景になっている。現実と同じである必要性はない。
 
シニャックの着物の写真があった。1900年頃のもの。
座頭市というか「残念!」の波田陽区というか、坊主頭に髭で着流しに刀という姿。

そういえばボストン美術館と縁の深いビゲローに至っては三度笠の股旅姿の写真があるし、英国人たるコンドルは上下姿の写真がある。
明治の外人和風コスプレーヤーたち。

マクシミリアン・リュス シャルルロワの高炉 1896 夜、すごい輝き。工場と白煙とがカッコいい。工場萌えだわー。


エピローグ フォーヴィズムの誕生へ

シニャック ヴェネツィア 1908 正直に見たものをかくと、メロンアイスの上にゴンドラが乗り、塔がある…という風に思いました。

アンリ=エドモン・クロス 水浴の後、または身体を拭く水浴の男、サン=トロぺにて 1907 この絵は随分前に大丸でスイス、プティ・パレ美術館展で見て以来かな。紫色の絵でおっちゃんです。

アンリ=エドモン・クロス スカラベ 1907 カブトムシ=スカラベというのなら、ここにはおらんように見える。わたしにはみつけられない。二人の裸婦が林の中にいる。それくらいしかわからない。

アンリ=エドモン・クロス 裸婦習作 1906-1908 肌に青灰色を使う。こういうのも計算されての配色なのか。不思議な色合い。

マティス 日傘の女性 1905 大方は点で作られてるが、ところどころに線が入る。点と線で構成された美人。緑色の海。密集した点ではなく、要点だけの点描。
もう一歩時代が進んだのを感じる。

マティス ラ・ムラード 1905 マティスらしさを感じる色彩。

ドラン コリウール港の小舟 1905 ヨットの帆の赤が目に飛び込むが、青い海、緑の木々などもはっきりと存在する。これも密集ではなくザリザリした感じで、それが明るさを呼ぶ。
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ドラン ウォータールー橋 1906 大花火の真下にいるようだ!舟も行く。ぱっ と目が見開いた感じがする。


「光と色のドラマ」新印象派展はハルカスでは1/12まで。
次は東京都美術館へ巡回。

佐竹本三十六歌仙絵をあつめる

三が日の企画第三弾。

佐竹本三十六歌仙の絵を集めてみました。
ただし本物はあえてさけて、大正時代の写本。
わたしもこれまでかなり見てきた方だけど、コンプリートは出来るかどうかわからない。
全容を見てないので、こういう資料が手に入ったのを幸いに挙げることにする。

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何とか一枚でも多くの歌仙に出会えますように・・・

七福神あつめ

一月二日。
三が日はなるべくめでたいものを、ということで、七福神を集めてみました。

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むかし、目黒雅叙園美術館があったころに毎月かな、おしらせがあり、その冊子の表紙。
おタイさんを釣るえべっさんとみんな。


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福禄寿と鹿。ぐーぐーぐー
源琦。この絵は豊中市蔵で、表に出たことないのではないかな。


イメージ (50)
高知県の土佐山内家宝物資料館チラシの一部。
福禄寿によるアルコールハラスメントの現場絵。
一足先にツイッターで挙げたところ、思いがけず多くの皆さんにウケたのでした。

猫のような亀のお菓子入れ。しかもお菓子は宝珠饅頭。鶴の徳利。


こちらは去年熱田神宮で見た七福神たち。
かなり過激。
nec776-1.jpg
強盗団を退治する七福神。激闘ですなあw


nec775.jpg
こちらはめでたくてみんなが楽しそうな様子。

ちょっと変わったのを探してみました。

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