美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密

根津美術館の「燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」を見た。
今年は琳派の展覧会が多く、そこかしこ、煌びやかである。
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第一章 燕子花図と紅白梅図-「模様」の屏風の系譜 
屏風の集まる空間、花に彩られた空間だった。

四季草花図屏風 「伊年」印 6曲1双 紙本金地着色 根津美術館蔵
カラフル!ちょっとまとまりはないけれど、きらきらしている。それは金箔のせいではなく、数多の花が楽しく咲き乱れているから。
夏は槿、秋は萩。ガーデニング空間に近いものがある。

蔦の細道図屏風 伝 俵屋宗達筆・烏丸光広賛 6曲1双 紙本金地着色 相国寺蔵
この空間の切り方、色の配置、いいなあ。青々とした緑の土坡。くっきり分かれたことでシャープさが活きる。文字の配置もいい。

本歌とジェネリックというかなんというか。
槇楓図屏風 伝 俵屋宗達筆 6曲1隻 紙本金地着色 山種美術館蔵
こちらの方が槇がぼわぼわと茂り、下草も多い。竜胆と女郎花が可愛い。
色の混ざりも剥落もない。ちょっと暗い空間になるほどの繁茂。

槇楓図屏風 尾形光琳筆 6曲1隻 紙本金地着色 東京藝術大学蔵 4/18 ~ 5/3展示
この方がやはり新しい感覚がある。竜胆らしきものと、赤い紅い楓と。下には桔梗も咲き、楓も真っ赤なだけでなく黒を帯びたものもあり、その違いが面白い。落剝もいい。

さて大繁盛の二点並び。
燕子花図屏風 尾形光琳筆 6曲1双 紙本金地着色 根津美術館蔵
紅白梅図屏風 尾形光琳筆 2曲1双 紙本金地着色 MOA美術館蔵
右に燕子花、左に紅白梅。
どちらも好きな作品なので、その前に佇むだけで心地いい。
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夏草図屏風 尾形光琳筆 2曲1双 紙本金地着色 根津美術館蔵
大好きな花の行進図屏風!白牡丹、タンポポ、芙蓉に始まりのしのしち広がる花の行進。よくよくみればスミレや花菖蒲やオモダカもある。気持ちいい、とても気持ちいい。

第二章 衣裳模様と光悦謡本-光琳を育んだ装飾芸術 

光琳のスケッチが可愛い。
燕子花図(小西家文書)京都国立博物館蔵  横のが二輪咲、縦のが一輪咲き。
1つのスケッチから様々な世界が広がる。

雁金屋衣裳図案帳(小西家文書) 3冊 紙本墨画 大阪市立美術館蔵  これは以前にも何度も見てはいるが、一度全点を見たいとかねがね思っている。
元禄のハデハデ時代が反映している。というより、ハデハデを創って元禄を派手にしたのはこうした町人文化から。納入先は東福門院がメイン。

扇面散貼付屏風 俵屋宗達筆 6曲1双 (扇面)紙本金地着色(屏風)紙本金銀泥 出光美術館蔵
扇面画がまた素敵なのが多い。白木蓮と泰山木のもある。どちらも英語だとマグノリアに一括されるのだけど、ちゃんとその違いが描き分けられていて、どちらも素敵。
あとは秋草や朝顔の絵など。金箔チラチラの地がまたいいね。

光悦の工芸品の素晴らしいのが来ていた。
芦舟蒔絵硯箱 本阿弥光悦作 1合 木製漆塗 東京国立博物館蔵
群鹿蒔絵笛筒 本阿弥光悦作 1本 木製漆塗 大和文華館蔵
どちらも大好き。特に鹿のは大和文華館で見るときはお気に入りの奴に挨拶するくらいなのだ。

さてここからは光悦謡本が並ぶが、それにあわせて、光琳のスケッチが続く。
つまり光琳が光悦の仕事を参考にして、色々とデザインの稽古をしていたのがわかる。
これはいわゆる盗作などではなく、先人へのリスペクトからくるもの。
そして光琳のスケッチを見ることで、光悦のセンスの良さが改めて伝わっても来る。
美麗な本にはうっとり…

次には和歌とか当時人気の歌を綺麗な花絵で装ったもの。
花卉摺絵隆達節断簡 2幅 紙本金銀泥摺墨書 慶長10年(1605) 個人蔵
花卉摺絵新古今集和歌巻 本阿弥光悦筆 1巻 紙本金銀泥摺墨書 MOA美術館蔵
当時堺の坊さんの「隆達」が拵えた恋歌などが流行していて、それを記している。
絵も藤や太竹とかを地にして、歌詞が載る。

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第三章 団扇・香包・蒔絵・陶器-ジャンルを超える意匠 

工芸品のよいのが集まっている。

扇面貼交手筥 尾形光琳筆 1合 木製・紙本着色・紙本墨画 大和文華館蔵
これは見えるように見せてくれている。
東近美での「RIMPA 」展の時以来の全面展示、いつもは見られない「白楽天」もしっかり。
ヨソに出たら気前よくこうなるわけね。

蕨図団扇 尾形光琳筆 1幅 紙本金地着色
こ、これは「ヒルコ」ではないか!彼らが腕を挙げ呼び掛ける虚無の空間こそは…
いや、ワラビやからというツッコミはなしね。

紅葉流水図団扇 尾形光琳筆 1幅 紙本金地着色 五島美術館蔵
これも好きな団扇。色の配置が好き。

雪松・蔦図団扇 尾形光琳筆 1幅 紙本金地着色
二つをくっつけた形。
金箔と胡粉。色の分け方がシャープ。

円形図案集(小西家文書) 尾形光琳筆 1帖(33図)
紙本墨画 大阪市立美術館蔵
20図ばかり出ていた。
これを最初に見たのは尼崎市での展覧会だった。
こうした絵を見ると光琳のうまさを実感する。

銹絵染付金彩絵替土器皿 尾形乾山作 5枚 施釉陶器 根津美術館蔵
いいお皿。帆船、八重葎、薄、流水に雪マーク、梅。
絵柄もよいし、装飾も綺麗。

光琳のセンスの良さとアタマの良さを感じるのが次の三つ。
構成がうまい。3分割して映えるように調える。
白梅図香包 尾形光琳筆 1幅 絹本金地着色 MOA美術館蔵
蔦図香包 尾形光琳筆 1幅 絹本金地着色
仙翁図香包 尾形光琳筆 1幅 絹本金地着色 江戸時代折り、開く、その喜び。

柄が微妙に違う流水をみる。 
流水図乱箱 尾形光琳筆 1口 木製・絹本着色 大和文華館蔵
流水図乱箱 尾形光琳筆 1口 木製・絹本着色 江戸時代 
大和のは親しみを持っていて、猫手のような波と呼んだりしている。
隣のは群青も入り、やや淀みがある。
箱の周囲の白菊も蕊が違う。
どちらもいいもの。

流水文下絵(小西家文書) 尾形光琳筆 1枚 紙本墨画 京都国立博物館蔵
スタイリッシュな波を描くために努力は欠かせない。
でも、それはヒミツ。

水葵蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳作 1合 木製漆塗 MOA美術館蔵
すごく綺麗。これは鉛象嵌もしたのかな。
綺麗なものを見ると気持ちいいわ。

やはり光琳は梅。乾山も梅。
梅花蒔絵箱下絵(小西家文書) 尾形光琳筆 1巻 紙本墨画 大阪市立美術館蔵
梅花蒔絵燗鍋下絵(小西家文書) 尾形光琳筆 1枚 紙本墨画 京都国立博物館蔵
銹絵梅図角皿 尾形乾山作・尾形光琳画 1枚 施釉陶器 根津美術館蔵
兄貴の才能に歯噛みせず、いいところを使う弟。
利用ではなくに。

銹絵菊図角皿 尾形乾山作・尾形光琳画 1枚 施釉陶器 大和文華館蔵
ハイハイ、好きなお皿。
奈良からお疲れさまです♪

銹絵掻落蔦図火入 尾形乾山作・尾形光琳画 1口 施釉陶器
これはまた可愛い。内外に瑞雲がたくさんあるのもいいね。

この後も可愛いのが続く。
銹絵掻落芙蓉図四方火入 尾形乾山作 1口 施釉陶器
色絵桔梗図長角皿 尾形乾山作 1枚 施釉陶器
色絵春草図角皿 尾形乾山作 1枚 施釉陶器
色絵立葵文向付 尾形乾山作 5枚 施釉陶器

桔梗薄図扇面 尾形光琳筆 1幅 紙本銀地着色 梅澤記念館蔵
かなり暗くなってますな。

図案小品集(小西家文書) 尾形光琳筆 1帖(18図) 紙本墨画 大阪市立美術館蔵
これもたまに見るが、茄子や瓜など野菜や伊勢、頭に袋を乗せた布袋さんと唐子など楽しい。

定家詠十二ヶ月和歌花鳥図 正月 尾形乾山筆 1幅 紙本着色 寛保3年(1743) 家と柳と竹がよろしい。

間に可愛いトーテツくんらに会い、最後の一室へ。

燕子花図屏風の茶 Tea after Viewing the Irises Screens

梅蒔絵硯箱 1合 木胎漆塗 日本 18世紀  紅梅、金。綺麗やな!

青磁袴腰香炉 龍泉窯 1口 青磁 中国・南宋時代 13世紀   明るい色。

墨蹟 清巖宗渭筆 1幅 紙本墨書 日本 17世紀  「青山緑水」。根津の号はここからかな?

ある日の茶室。
土風炉 松木宗四郎作 1口 陶胎漆塗 日本 文政10年(1827)
雲龍釜 京都 1口 鉄 日本 17世紀
青磁鉄鉢水指 龍泉窯 1口 青磁 中国・明時代 15世紀
阿蘭陀花鳥文向付 3口 施釉陶器 オランダ 17世紀
糸目銚子 1口 鉄 日本・江戸時代 19世紀
スッポン鍋を食べたそうな。

茶杓 共筒 銘 時鳥 片桐石州作 1本 竹 日本 17世紀   斑で鳥の羽根かな。

蟹蓋置 道斎作 1個 青銅 日本 18世紀   黒光りしてます。

手取釜 浄味作 1口 鉄 日本 19世紀  小ぶりなヤカン。

瓢形水指 銘 大出来 信楽 1口 焼締陶器 日本 17世紀  なんだか土偶ぽいな。二段腹の。

芽張柳蒔絵棗 1合 木胎漆塗 日本・桃山~江戸時代  朱色に小さな朱の芽が。

伯庵茶碗 瀬戸または美濃 1口 施釉陶器 日本 17世紀   卵色と油揚色の真ん中くらいの色。金接ぎがスゴいわ。

志野茶碗 美濃 1口 施釉陶器 日本 17世紀   荒川豊蔵かと思いました。

秀衡椀 3口 木胎漆塗 日本・江戸時代 19世紀   梅柄が可愛い。

呉州青絵赤壁図鉢 漳州窯系 1口 施釉陶器 中国・明時代 17世紀   鮮やかな青緑。綺麗。

いい展覧会でした。


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四月に東京で見た小さな感想

四月に見た分から、小さい感想をまとめた。

・片岡球子展 東京国立近代美術館
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2012年の丁度同時期に香雪美術館で回顧展があり、「富士山」のシリーズを堪能した。
「ゲテモノ」を描くことにまっすぐ向かった球子。
確かにその「面構え」シリーズなどはたいへんニガテだが、そこにある、わけのわからないほどの爆発的なエネルギーには、常々ヤラレ続けてきた。

昭和初期から戦前のいまだスタイルが定まっていない頃の作品を観る。
枇杷 1930 おいしそうでリアリティもある。
人物画が多い。
ここからあの画風へ向かうというのは、やはり凄い……

大きな空間を利用して一気に「面構」を並べる。
足利に対しては悪意を持ってるとしか思えない。笑えるくらい凄い顔である。
ただ絵師と戯作者をセットにすると、背景に彼らの拵えた人物たちが役者の姿を借りて表に現れる。
南北と国貞 アクの強い役者たちが背景でイキイキしている。かっこいい口元。
黙阿弥と三代目豊国 背景に五人男勢揃い…だが仲間内で暴れているようにも見えた。
山崎辮栄上人・狛則承陵王楽人 珍しく白面の青白ささえ感じる、端正な上人。
このあたりはとてもかっこいい。

今回の展覧会は作品を第一に押したのがいいと思う。
こうしたアクの強すぎる絵を見るとき、作者の言葉などがあれば逆に鬱陶しい感じもする。
5/17まで


・ミッフィー展 松屋銀座
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みんなの「うさこ」ちゃんであるミッフィー、ナインチェの原画がとてもすばらしい。
いちばん最初に見たブルーナさんの原画展は1990年のそごうだった。
そのときに製作のシステムを知って驚いたが、今日も何一つ変わらず、丁寧な仕事ぶりだと思った。
今回は3つの作品を中心にした展覧会で、不採用原画が数多く出ている。
ファン垂涎の原画展である。

不採用原画で驚いたものがある。
おかあさんのおなかに胎児が眠る図があった。
うわーっという感じがした。しっかりと守られている胎児。
これが不採用なのはとても惜しい気がする。
観れて本当に良かった。

ブルーナさんは奥さんに「朝食メモ」を描いている。
ゆで卵なブルーナ夫妻など、とても楽しい。
私生活も温厚で健全だからこそ、こうした素朴で無駄のない素晴らしい作品が生み出せるのだと思った。

物販コーナーは欲望のるつぼで、同じオランダでもボッシュの地獄図やブリューゲルの農民たちの騒ぎの様子を思い出すほどだった…


・ピカソと20世紀美術 東京ステーションギャラリー
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富山県立近代美術館のコレクション展である。
わたしのニガテな方向の作品が集まっているが、それでも新しく好きになったものもある。

ピカソの新古典主義の頃の人物画はとても優美でいい。
さすがにキュビズムの美人はどう「美人」なのかわたしにはわからない。
そしてまだ世に出る前の若い頃に描いた「座る若い男」がとてもハンサムでときめいた。

カンディンスキー 散文詩画集「響き」より
人物もはっきりと描かれ、いい感じだった。色の配置も素敵。
「青騎士」の時代なども好きなので、やはりカンディンスキーの若い頃の作品には惹かれる。以前に三菱で見たときの感銘が蘇る。

デルヴォー 夜の汽車 午前二時。外には蒸気機関車が停車。待合室には三人の女がいる。
一人は着衣の駅員。一人はソファで寝転がる裸婦。その顔はとても金子國義好みだと思う。一人は立ったままポーズをとり、それが鏡に映る。
凍りついた官能性を感じさせてくれる。

ナウム・ガボ 空間の中の線の構成 数理的な構造のオブジェ。とても凄いものに感じる。
とてもかっこいい。

クリスト夫妻の仕事もあった。こちらはどうも万里の長城を思わせた。
ほかにコーネルの箱があったが、絵を描いたものだった。
5/17まで。


・ルドゥーテ「美花選」 日比谷図書文化館
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どちらかといえばニガテなのだがその理由がわかった。わたしはこうした博物学的な表現より、うそのはいった花の絵の方が好きなのだ。早い話が日本画の花の絵が好きで、理由として情緒を挙げてもいいと思った。

とはいえ、いくつも好きな絵はある。
ルリスイレン 薄青い花がとても好ましい。
桃 何故かすべて実の状態で描かれていた。
椿 抒情性はなくてもそれだけでも魅力的。

会場内ではチェンバロの音色が鳴り響いている。
6/19まで。


歌舞伎座ギャラリーで四代目鴈治郎襲名披露の特別展が開催されていた。
人柄のよい、それでいて芯に一本通った四代目に期待をこめ、寿ぎしたい。
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歴代鴈治郎に関する資料が並ぶ。
「ほっかむりの中に日本一の顔」と謳われたのは初代だが、わたしは二代目鴈治郎さんのファンだった。
尤もそれは歌舞伎役者としての鴈治郎さんではなく、映画俳優としての鴈治郎さんである。
「雁の寺」「炎上」などなど、独特の味わいのある、ええ役者だった。

初代さんの「河庄」のレコードジャケットが雪岱の絵だった。これを見れただけでも嬉しい。

さて当代の使った衣装などを見る。こちらは撮影可能。
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ええきげんのお役だけに着物も綺麗。
よくよく見ると丁寧な刺繍が施されている。

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こちらは封印切のそもそも証文と対に切ってもた封印ね。
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ああ、えらいこっちゃがな…

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関ジャニ∞の一人が鴈治郎さんに甘えてグダグダいうのをTVでみたが、実に気さくな優しそうな「おっちゃん」に見えた。
尤もそれだから彼も甘えることが出来たのだろう。

名前を変えると仕事も人柄も大きくなる。
人柄のよい鴈治郎さん、ほんまに素晴らしい名前をもっと大きいにしたってくださいね。

久しぶりに歌舞伎座で芝居を見て、半日ここで過ごしたい、と強く思った。
展示は千秋楽と共に終了。

四月、二度目の東京ハイカイ録

4/24の夜から都内入りして4/27まで遊んでました。
例によって個々の感想は別項。

今回は突発性難聴の治療中という状況での出立なので、どうなんかなと思いながらも出たわけです。
それで定宿やなく浅草の某ホテルに宿泊。ここには女性向け中浴場があるということなので、ある種の転地療養になるかなと。(ならんならん)
ついたら夜やからライトアップもきれいなスカイツリーやアサヒビールの建物とか神谷バーとか見えるわけです。
浅草に来たら神谷バーでちょっとだけ蜂ワインの白など飲みながら揚げ物とかスパゲティ(パスタではないぞ)とかおでんなどを、全然知らん人らと相席しながら食べるのが楽しいのだが、あの喧騒が今回わたしの耳にも神経にもヤバゲなので諦める。

浴場は小さいし古いけれど、先客の女の子らも相客のおばさんたちもいい感じで、気持ちよく過ごす。今回は早寝を目標にしているので12時には就寝。

さて土曜日から動き出す。
メトロ一日券を購入して、まず東京都美術館「大英博物館100の」モノたちを見る。
これが大変面白い展示内容で、改めて「博物館」の面白さというものを感じたね。
都美は貸館だからあれだけど、これ、みんぱくに巡回したらまたまた面白いと思う。
キャプションも良かった。すごく楽しめる展覧会。
いいものを集めたけれど敷居を低くして、誰もが楽しめ、考え、過去や未来に思いをはせることが出来る。
こういう企画展を待ってたよ。
純粋に面白い展覧会だった。

朝1から見たのにもうお昼前。今日は久しぶりに児童図書館でランチ。焼チーズカレーにした。完全に火が入ってるから大丈夫でしょう。

藝大かここかがいい、という話もある。
わたしは東洋館で持ちこみランチも好き。
実は上野公園内のいいレストランは全てニガテな味付けなの。精養軒もホテルオークラも。
これはきっと、昔ながらの東京の洋食の伝統が舌に乗らないのでしょうなあ。

土曜なので黒門があいている。IMGP0459.jpg

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八重桜もまだ活きている。IMGP0463.jpg

東洋館から見始める。なにしろ「インドのイム」を見る前にここで修業した方がより理解が進みそう。朝鮮絵画の猫も見れたし嬉しい。

本館も楽しんで、いよいよ「インドのイム」。
2002年の「インド・マトゥラー」展を髣髴とさせるね。こちらはコルカタ博物館の所蔵が中心か。

と、機嫌よく見て回ってたその同じ時間にネパールで大地震が。
後で知ってびっくり。どんどん被害者の数が増えて行って…
これを書いている4/28の午前10時の時点でも被害の深刻さがいよいよ増すばかり。
一刻も早い救援活動を願います。


上野から離れて次は三井記念美術館。茶道具関連の展示を見る。まぁ正直なところ、和む和む。利休先生にはわるいけれど、茶道具展を見ると気分が落ち着くね。張り詰めたキモチが緩和されて「おお、ええのがあるある」という程度の感想なのですが。
茶の湯で精神を高め人格をどうこうというのではなく、ゆるむわけです。

三井から三菱一号館へ向かうのが案外アシの便がわるいというか面倒というか。
わたしは一日券があるから乗継したけど、歩いてもいけるし、歩くのは面倒だし、という距離感。月猫さんは新日本橋から東京ルートを提示してくれはったけど、それなら時間を待ってメトロリンクがいいかもしれん、と思ったり。
そして三井と三菱の中途半端な距離感は明治初期の熾烈な争いが原因かなと勝手な想像もする。
本宮ひろ志「猛き黄金の国」岩崎弥太郎篇を思い出しますわ―。

ようやく三菱でワシントン美の印象派のをみる。こちらも安寧の並び。
はっっとなるのもいいが、ほっとするのも必要なのよ。

東京駅を越え日本橋口から銀座へ。
松屋でミッフィー展を見る。ブルーナさんの不採用の原画がまたとてもよくて、お母さんのおなかに胎児がいる絵にはびっくりした。ううむ、すごいな。
またショップが噂以上に欲望のるつぼになっているのにも目を見開かされたね。
いやいや、参りました。

渋谷に出た。「ボッティチェリとフィレンツェの美と富」だったかな、タイトルは。
一番面白い時代の話だからなー。
わたしもイタリア行って一番よかったのがフィレンツェだった。メディチ家の話はとても好きだしね。
サヴォナローラの火あぶり絵がロングで異時同時図でシュールな感じ。サヴォナローラは今の惣領さんの「チェーザレ」にも出てきたが、それ以前は森川久美の短編に出ていたくらい。
というより、やはり中世イタリアは森川さんのおかげで好きになった人が多いと思う。


九時過ぎに東京ミッドタウンにつく。六本木アートナイト。ちょっとだけ参加する。
そしてサントリーの「ジャク・ソン」展に入る。
わたしとしては蕪村が目当てなんだが、やはり若冲は面白い。本人はきっと真面目に描いてたと思うが、それが逆に面白い。
一方蕪村には最初から俳諧による諧謔精神が培われて具わっているが、破天荒さはない。
意図する・しないの違いは大きい。
階段の上から山水図の銀の光をじっ と見た。

初日、ここまで。


二日目は日曜日。浅草にいるから伝法院の特別公開に行けばよいものの都合があり、そちらは行かずに朝イチから根津へ。しかし出遅れてついたら10:08、既に大行列。
尤もこれはチケ買う人らの行列なので、チケあるわたしはすまんのう、スイスイと。
光琳の燕子花と紅白梅と。
無論これだけではなく、光琳の花の行進屏風とか槇楓新旧並びとか色々ええものがありました。
宗達の扇面散貼付屏風、白木蓮もあれば泰山木もあるという。こういうのも面白い取り合わせ。
光悦謡本と光琳のスケッチの比較とか色々楽しめた。

饕餮君たちも元気そう。ギシュの牛羊くんが歯をむき出しで笑ってたり、半分眠ってたり、と表情も豊か。

お庭では忍者の待ち伏せみたいな影を発見したり、いばらひめもかくや、と思しき苔むした眠り佛をみつけたり、藤や紅葉や椿を眺める。
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気持ちよく滝IMGP0534_201504290017431c8.jpg

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六本木一丁目。先にランチに行こうとして、スタイリッシュな鳥屋に入ったのが間違いの元。昼からこんな黒服着てる店でまともなのが出るはずもないがな。
唐揚げ頼んだらどうも味はないし揚がりきってないしのあるしで。
「お客様アンケート」に書いたけど通じるかどうか。
やはりここなら杵屋か大戸屋か和幸にした方がよかったか。

泉屋分館で小川千甕展。これは京都文化博物館にもくるけど、やはり先行してここで見れて良かった。前後期入れ替えあるしね。仏画・洋画・挿絵・童画・戯画・南画。なんでもやるねー。仏画と洋画とスケッチ以外は明るい諧謔精神がみなぎっていて、それが最終的に南画に結び付いたようにも思う。面白かったよ。

近美へ。
晴れすぎて暑くて具合が悪くなった。しかも手袋一つ落とした――――なんてこったい。
それで球子をみるわけだよ、ぼくわ。
面構えシリーズがもぉムチャクチャなド迫力でグイグイくるけど、個人的には富士山が鼻で荘厳されてるシリーズが好きなのだよ。
面構えは足利に対しての悪意とかあるやろ、と球子に言いたいね。
まだ存命の頃、展覧会で見たが、作者の思いが添えられていてなかなかよかった。
とはいえ、ごく正直なことを書くと、そのときにある種の傲慢さを感じて、否な気持ちになったのは隠せない。ゲテモノでどーんっとくるのは別にええが、人間どんなに立派な巨匠になっても謙虚さがいるのではないのか。
それでやっぱりイヤヤなと思ったのだった。
今回は作者の言葉がない分、素直に作品に対せるから、まだええか。

ここから飯田橋経由で王子に出て北浦和と浦和へ行く予定だったがどういうわけか乗り間違えて、いやになった。
それでもうあきらめてた歌舞伎座ギャラリーに行くことにした。
後楽園から東京へ。
先にステーションギャラリーで富山近美のピカソと20世紀美術などをみる。
まぁあんまりわたしの好みの展示ではないので、あれだけど、中にデルヴォーのいいのがあった。
あとは数理的な構造のオブジェとか。

歌舞伎座に行く。
新装なった歌舞伎座に来るのは初めて。
勘三郎、団十郎、三津五郎、彼らがいない歌舞伎座。
キモチ的に色々あって距離を置いていたけれど、四代目鴈治郎襲名記念展を観るだけ、と自分に言い聞かせてギャラリーへ。

ああ、大屋根。向かいには歌舞伎をモチーフにした永谷園の看板。
地下は地下で普通のコンビニとかタリーズとかが入ってるのに、もぉなんだかすごくわくわくする。やっぱり祝祭空間というものには強い魔力がある。
久しぶりに歌舞伎座で芝居が観たい。観客になりたい、と思ったよ。
こんな気持ちになるのは本当に久しぶり。

鴈治郎さんのやらかいお人柄、大好きですわ、わたし。
愛嬌もあり、ええ感じです。これからもなお修行されて、より楽しいお芝居をお待ちします。

この日は三越にも寄ったけど、やっぱり歌舞伎座の興奮にやられてて、その感情を消したくないので、この日はいろいろおかずを買ってお部屋でいただき、お風呂に入って早寝。


最終日、月曜。
会社にもいかずに都内にいる理由は東博「鳥獣戯画」展の内覧会。これですわ。

いつものコインロッカーに荷物を放り込んで、まずは汐留ミュージアム。これが実によかった。
フォーヴの連中らの絵付けがとても魅力的。じっくり見てたらあっという間に11時半。

今日はですねえ、平日に都内だということで農水省のさくらへご飯を食べに行く楽しみがありましてな。
そう、クジラを食しました。日本人として正しい捕鯨をし、クジラを敬い、先人の知恵と勇気を尊び、ありがたく鯨のステーキをいただきました。たいへんおいしいのよ、これが。二度目やけれど、ほんまに食感がええもんです。

ここで働く人らのジャマをしてはいかんので、11時半オープンに入り、正午前に出て、前の日比谷公園へ向かう。
 
ああ。鶴の噴水。黄色いアイリスが咲いている。

少し歩けばシャガの群生もある。
 
気持ちいいなあ。今時分の新緑の頃はこうした花がたくさん咲いて、うずうずしてくる。

日比谷図書文化館でルドゥーテ展を観てからお茶の水へ出る。
ここから三楽病院をこえて男坂を降りるとすぐに米沢記念図書館になる。
三原順復活祭のサーニン特集再訪。
感想を書こうとしつつまだ手が動かない。サーニンすまぬ。
年年歳歳サーニンの好感度が高まるばかり。とても惹かれる。
そして来月、「大人になったわたし」のために新装の文庫本などを購入しようと思う。初版の単行本はリアルタイムのわたしのためだった。
前向きなサーニンを見ていて、そんな気持ちになったのだ。

JRで上野へ。
ゆりのきの花。

シダレエンジュ。
山岸凉子「ドリーム」で知った木。

昨秋の京博とは全く違う展覧会だった。
ロマン性の高い展覧会だと思う。
「善財童子」や「義湘」の物語を描いた絵をこんなにたくさん見せてもらえるのも予想外だった。ああ、嬉しい。

鳥獣戯画はねー、内覧会でこの行列か、とあきらめました。尤もそれは昨秋京博で堪能したからやという理由があるのでしたが。

近藤ようこさんと合流して一休み。同じ感想とか疑問とかがあるので面白い。
山口晃さんも来られてたそうな。
「鳥獣戯画」は山口画伯的な世界かとも思うけど、「義湘絵」これは近藤ようこ世界だと思う。
いつか描いてくだされ、と勝手なリクエストを。

駅でお別れ。わたしは東京駅へ戻り新幹線に乗って大阪へ帰る。
お土産に買うたエンガワの押し寿司の脂がたまらない。おいしくいただきました。
次はメーデーの夜に都内潜伏。

思い出の宝塚ファミリーランド

十数年前、宝塚ファミリーランドがなくなってしまいました。
いまだにその淋しさは癒えないままです。

わたしはわりとよく出かけた方かと思います。
子供の頃は今の大劇場のところが無料温泉施設だったので、二十歳頃まで温泉に浸かりましたなあ。
そして隣接地に手塚治虫記念館がオープンしてからは一人ででもファミリーランドに入り、あちこちウロウロするのも楽しかったもんです。

2003年頃に撮った写真を一気に挙げようかと思います。
ミニアルバムからの転写なのでイマイチ画室もサイズもよくないけれど、キモチ的には却ってその方がいいかもしれない…
色んな所から撮った写真です。

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大勢の人が映るので画像は小さくしたり顔を消したりしたけれど…
遊具の他にも動物園もあり、総合的な楽しいところでした。
昔はさらにミクロマンの紹介などをする建物もあり、そこはすぐに恐竜館に改装されてたな。

なおジェットコースター、オバケ屋敷はカメラはアウトね。
そして「世界は一つ」の大人形館、あれはまた別な記事を丸一本で拵えます。
乞うご期待。
そちらは人がいないので画像も大きくする予定。

ありがとうブリヂストン美術館、「ベスト・オブ・ザ・ベスト」によせて

ブリヂストン美術館が今回の「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を以て、一旦お休みに入る。
これまでも内部の改装などでお休みした時期もあったが、全面的な完全建て替えなので数年間お休みになるそうだ。
東京駅から一番近い美術館。ステーションギャラリーは東京駅舎内にあるからあれだけど、東京駅の玄関前の老舗美術館として半世紀以上がんばってきてくれた。
63年。凄いなあ。63年か。
わたしはそのうちの1/3ほどの期間通っている。いつ来てもいいものを見せてくれる嬉しい美術館なのだ。
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展示されているのはいつものメンバーにプラスして、石橋美術館から「海の幸」「わだつみのいろこのみや」「天平の面影」などなど。
このうち「わだつみのいろこのみや」と「天平の面影」は随分前に6室目で出入り口を挟んで隣同士に展示されたのを見て、たいへん感銘をうけたことがある。
今回は空間を挟んで向かい合っていた。
つまり前回は出入り口の間に立つと二つの絵にはさまれ、今回は6室に佇むだけでこの二枚の世界に入り込めるのだった。

さて今回はここにある名品の感想はあげず、それぞれの作品への想い出について書きたいと思う。
たいへん個人的な話ばかりなので、いつも以上に鬱陶しいかもしれないが、書きたいから書く。
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第一室はブリヂストン美術館の記憶と記録をみせる「ブリヂストン美術館の歩み」。
1952年の開館の映像や多くのポスターなどから歴史をみる。
映像が面白い。3殿下お成りとか色々。
62年のパリ里帰り展ポスターがいい。「コロー」が「コロl」になっている。パリ近美での展覧会。
その様子もいい感じ。

美術館の思いが語られている。
「ブリヂストン美術館は、国立西洋美術館、大原美術館、ポーラ美術館とならび、西洋近代美術のコレクションでは国内屈指の質の高さを誇ります。その主要作品はいつも展示室にあって、都心にある心のオアシスとして、60年以上にわたって美術ファンに愛されてきました。「あそこに行けばいつでも、モネ、ルノワール、セザンヌが見られる」という安心感を多くのみなさまに持っていただいてきたと思います。」
本当にその通り。
わたしの西洋絵画鑑賞修行は大原美術館に始まり、このブリヂストン、国立西洋美術館の三館が主な舞台だった。
特にブリヂストンは立地の良さもあり、往時は茅場町に山種美術館もあったので、必ずセットで鑑賞しては、西洋絵画と近代日本画のよいものだけをみせてもらった。
いわばわたしはブリヂストンに育ててもらったのだ。

最初に行ったのは89年の子供の日だった。
そのときにもらった「クールベ展」のチラシは今もある。
観客数レコードを出した01年の「ルノワール」展のチラシはブックカバーやノートカバーにさせてもらって、今も手元で輝いている。

とりわけわたしの中で印象に残る特別展・特集展示と言えば、以下のもの。
198911 ムンク
199212 藤島武二(200205にも藤島武二の特集があった)
199403 モネ
199611 白馬会の世界
199803 小出楢重の肖像
200308 怖いコワイこわい
200405 山下新太郎
200604 ポラックから雪舟まで
200708 青木繁の六枚の絵
200806 岡鹿之助
200812 都市の表象と心象
200911 安井曽太郎の肖像
201107 没後100年 青木繁展 よみがえる神話と芸術
201201 パリへ渡った「石橋コレクション」1962年、春
201208 ドビュッシー 、音楽と美術 ―印象派と象徴派のあいだで
201405 描かれたチャイナドレス 藤島武治から梅原龍三郎まで

ムンクは吸血鬼が連続して展示されてて、それが怖かった。
「怖いコワイこわい」はHPにアクセスしたら妙なバグが出ていてそれが怖かった。
最初の頃に大がかりな収蔵品図録を購入しているからそれ以後は特別展のだけ買ったりしていた。
「モネ」展は31万人が来場したそうだが、あのときわたしはTDLを途中で引き返して見に行ったのだった。友人には恨まれたけど、出たときにはお互いに満足してたなあ。
図録を買うともらえた紙袋、今も手元にありますよ。

98年の「小出の肖像」、この展覧会はわたしにとっては大きなターニングポイントだった。
いやむしろパラダイムシフトというべきですか(適当なことを言うな)。
劇的な変化が生じたね、小出作品に対する評価が。
それまで正直気持ち悪く思っていたのがいっぺんに好きになり、目が開かれると心が開かれて、それ以後は小出楢重の大ファンになってしもたわけです。
丁度折も折、京都近美も芦屋市も小出の特別展をして、いよいよ小出への愛情が沸き立ったわ。
これはやはりブリヂストンのおかげ。ブリヂストンなくしては小出への愛情は生まれず・育まれず、でした。ありがとう、ブリヂストン。

そして去年の「チャイナドレス」、もう本当によかった。
近所のフィルムセンターで「夕日と拳銃」を見るために時間設定して鑑賞したが、その際には感動もひとしおだった。
結局この「チャイナドレス」展は二度訪ね、今も図録をしばしば眺めては、あの感銘を呼び起こしている。

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さて、まずは彫刻ギャラリー。通路をうまく使っていて、いつもうずうずとさせられる。
触りたくなるのだよ、本当に。
この誘惑を打ち払うためには横目でみることですな。

第四室 印象派の誕生 
やはり日本人の一番好きな洋画はやはり印象派だろうとつくづく思う。
そしてそのように意識が固まったのは前述の三館のがんばりからだと思う。
明治の白樺派のみんなが夢みた美術館の半分以上は、この三館で具現化しているようにも思う。具体的な作品をいうのではなくに。

今の室内になる前の90年代の頃、あるときモネの睡蓮の紫の多い縦の絵(睡蓮の池)、あれが照明の加減で床に反射して、床に紫の池が広がっていた。
以上に綺麗な景色を目の当たりにした。
その影を踏むのが惜しくて、手間に立ち止まり、じっとみつめたあの時間は、まさに至福だった。

今はもう照明がそんな悪戯をすることもなくなったが、あれは小さな事件として大事に胸の底に秘めている。

あの当時、茅場町の山種も同じことがあり、御舟の「炎舞」の影が黒い床に落ちかかり、床が燃えているのを見た。どちらも異様なまでに美麗だった。

第五室 印象派と象徴派
ここではやはりモローの「化粧」について想いが募る。
高校生の頃、モローなど知らない時代を過ごしていた。
一年の秋だったか、真言宗系の女子高に通っていた友人から高野山土産に、なぜかモローの「雅歌」の絵葉書をもらった。二人で「綺麗なー、綺麗なー」と言い合っていた。
何故高野山の売店にモローのそんな絵葉書があったのかは知らない。
今も手元にあるが、その後はずっとモローの絵を見る機会がないままだった。
やがて大原で実物を見て感動したが、ほかにモローの絵がどこにあるのかわからないまま大学を出て、ある日東京に出て、ブリヂストンでモローの「化粧」をみつけた。
嬉しかったなあ。この気持ちは今も残っている。
だから今こうして絵の前に立つと、あの頃のドキドキが蘇ってくる。

それからルノワール。ルノワールの可愛い幼女やふっくらお姉さんやぽかぽかカーニュ。
和むねえ。神経が休まるのはやっぱりルノワール観てるときとかかも。

そうそうドニ「バッカス祭」も最初に見たとき、本当にびっくりしたなあ。
ドニの中でも特別大好きな作品。
これがブリヂストンにある、というだけでも嬉しいことです。
虎も黒豹も象も人間もみんないい。

第六室 日本の洋画1
浅井忠、黒田清輝の御大お二人。
それから武二の「天平の面影」と青木の「わだつみのいろこのみや」は冒頭に挙げたとおり。

武二ではほかに「黒扇」もあって、本当に綺麗で、大好き。
昔の図録の表紙にもなったし、日本人の描くイタリア婦人というのを集めたら、間違いなくこの人が一位になるね。

わたしが「わだつみのいろこのみや」を知ったのは実は山岸凉子の作品から。
タイトルとカラー表紙がそれで、まぁ話は全然無関係なのだけど、その模写を見てときめいてから実物を見ていよいよ大好きになったのでした。
そして「海の幸」は諸星大二郎「失楽園」から。あの「失楽園」は絶望的な話で漁帰りのところも暗い鬱屈した日常の描写の一つだったのだが、実物を見たとき、何とも言えないさわやかさにどきっとした。
何がどう爽やかかというと、これはやはり明治という時代に生まれたからこそのものかと。20世紀初頭の早朝の清々しさ。それだ。

山下新太郎の良さを知ったのもここだったなあ。彼の奥さんがとても美人だと知ったのもここでの特集展示から。
その奥さんが持ってるのはザクロ。「供物」は即ち鬼子母神への供物。

3月末まで小出も出ていたのね。

第七室 日本の洋画2
藤田の猫、安井の薔薇、佐伯のテラス、岡の発電所、関根の子供。
皆本当にすばらしい。

安井はずっと苦手だったのだけどこの「薔薇」で一挙に好きになった。
でも風景画はいいが肖像画はなあ、と思っていたのが彼の人物画ばかり集めた展覧会でたまらんのばかり見て、なにやら吹っ切れてしまった。
ははははは。

セザンヌとピカソ、マティスと20世紀美術、いずれもいろんな楽しい思い出が浮かんでくる。ピカソへの関心が生まれたのも、この「涼しげなまなざしの美貌の若者」であるサルタンバンクを観てからだもの。
マティスのいいのもここにあるしねえ。

ドンゲンもそろそろここで展覧会が見たいので、リニューアル後にはぜひ!!

戦後美術はさっぱりわからんけれど、2013年にザオ・ウーキーが亡くなった直後に見た「07.06.85」、すごく感銘を受けたなあ。今も綺麗だと思うが、あの時に受けた感銘の正体は何だったのだろう。

第三室 古代美術
埃及のミイラ、神像、モザイク、ギリシャの瓶などなど。
やっぱり猫ね、青銅のにゃんこさん。

2020年くらいまでサヨナラか。
再オープンの時にはまた来ます。本当に楽しみ。
ありがとう、ブリヂストン美術館。
ああ、楽しかった。

郷倉和子 百寿の梅

香雪美術館で「郷倉和子 百寿の梅」展が開催されている。
副題は「表現を梅に託した画家」。
そう、郷倉さんは梅をとても愛し、梅を描くことに力をそそいでいる。
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今回の展覧会タイトルで初めて郷倉さんが百歳を迎えられたことを知った。
しかしお達者なようでけっこうなことだと思った。
日本画家は特別長命か短命かのどちらかというのが多いので、こうして百歳を超えてなお現役だということはとても尊いと思う。
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高原の秋 1933 18歳の作品。秋草が繁茂する一角を捉え、そこに小禽を配する。華美な色彩はないが、若い人の決意とかこの道を往こうという意思を感じる絵。

庭の一隅 1934 ガクアジサイにクロアゲハという取り合わせはとても好ましい。少し先には白い蝶もいる。
同時代に速水御舟が西洋紫陽花にクロアゲハを配した、時間の止った絵を描いていた。
あの絵の異常な魅力はここにはない。なくていい。あれはやはり早死にする人にしか描けない絵だからだ。

春 1955 もこもこの桜。背景にはやや濃いめの色が使われているのは時代性か。

菜園 1960 緑の濃い庭。しゃきしゃきと何かを食べたくなる。

楽園 1963 カラフルな絵の中に見受けられる黒いのはトリ。何の鳥かは知らないが可愛らしい。
7羽が下に集まり上の木々の隙間に17羽が隠れていた。
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榕樹 1970 ガジュマル。沖縄返還が決まったのはいつだったか…ハイビスカスらしき花も見える。

獅子頭と水島柿 1980 不思議な取り合わせ。タイトルだけなら小禽と柿かと思うが、ほんまの獅子頭。籠には柿。

熱国の湖畔 1983 アンスリュームという熱帯の花とカージナルとがいる。しかし黄土色の背景からはそんな熱帯性気候は感じられない。

閑庭 1984 池田遙邨にも似た絵があったと思ったら、これは光悦寺の風景だった。白萩、苔庭、石、竹、白壁、鼠色の瓦…静かな調和がいい。

古木に出た紅梅の芽 1985 蓆でぐるぐる巻きのミイラ木から新しい花が開く。
ここから郷倉さんの梅シリーズが始まったという。もう30年。
湯島で見たもの。湯島の白梅ばかりが有名ではないのだ。

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寒月 1987 闇に白梅が。月は上がっているが闇に飲み込まれそうである。しかし白梅の香りは強く漂っている。暗香とはよく言ったものだ。
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静日 1989 白・黄・青の美を堪能する梅。青軸白梅の蕊は黄色。綺麗だった。
そしてそこには灰色の空に日本家屋。優しい和の時間がある。

厳寒に咲く 1991 薄い群青色または縹色の夜、白梅が枝を広げる。民家はそれを見守る。

春日蜿蜒(紅梅)2000 
春日蜿蜒(白梅)2001
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早春の美。呉春の「白梅図」を思い出させてくれる大作。
紅梅は活気があって力強い、というのが画家の言葉。確かに蕾があっても満開のような華やかさが紅梅にはある。白梅の清楚さとの楽しい比較にもなる。

春暁 2002 上に白、下に紅の梅たち。

春に遊ぶ 五羽の雀たちが可愛い。やややせている。

薫春躍兎 2011 飼うてるウサギが走る姿。ゾロ柄のウサギ。白梅の下を往く。
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春の瞬き 2012 あらら、3羽になっている。いや、もしかして異時同時図かもしれない。

春へ 2013 白梅と銀枝と二匹の鯉。ああ、希望を感じる絵。

空へ 2013 金の梅が咲く。寒中の気持ちよさを絵に込めている。
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朧々 2014 空と富士と白梅という日本人の好むものの取り合わせ。

かほりシリーズがある。2002-2004の間に製作された様々な花鳥たち。
菖蒲、うめ、チューリップ、菊、飛鳥、柿、雀…
ほのぼのする。

薬師寺の散華「紅白梅」原画がある。いいなあ。薬師寺さんのセンスの良さ。

梅の他にもスケッチがあり、いずれもとてもよかった。
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郷倉和子さん、これからも新作をお待ちしています。

5/10まで。

マグリット

国立新美術館で「マグリット」展を見た。
わたしはマグリットとポール・デルヴォーは好きだ。
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有名どころの作品しか知らないので、今回の「回顧展」はたいへんよかった。
知らない作品や思いがけない画風の変遷なども見て、いよいよ好きになった。
展示数があまりに膨大だし、あまりごちゃごちゃ書くのもなんだし、さらりと感想を挙げたい。

初期の作品群、未来派だったりキュビズムぽくもあったりして、オシャレな感じがする。

風景 1920年 テンペラ/板
女たち Femmes 1922年 油彩/カンヴァス
未来派の影響が強いね。そしてそれとは無関係に「エロティシズムが心にある」マグリット。意思の表明は大切だ。

心臓の代わりに薔薇を持つ女 La femme ayant une rose à la place du cœur 1924年 油彩/カンヴァス   裸靴下の女。なるほど納得。

水浴の女 Baigneuse 1925年 油彩/カンヴァス  寝そべる女。時代を感じるモダンな時代を。

さてシュールレアリスムに向かいました。

彼は語らない Il ne parle pas 1926年 油彩/カンヴァス  仮面の男(ディカプリオでもシャア少佐でもない)、スケキヨですな、これは。奥にその顔がある。
思えば「犬神家の一族」のポスターと言えばスケキヨが湖でシンクロナイズドしてるのがメインだが、このポスターはすごく「犬神家の一族」の本質に近くないか。
「彼は語らない」二人の良く似た男。偽物が大けがをして仮面をかぶり、本物は負い目があるので何も語ろうとしない。
横溝ファンのタワゴトかなあ。

天才の顔 Le visage du génie 1926年 油彩/カンヴァス  こちらもよく似た構成で、似たような仮面だね。あとは橋とか木々とかがある。その意味は分からない。

女盗賊 La voleuse 1927年 油彩/カンヴァス  見事な▽形の肉体。それが黒ずくめ。なんとなくイスラムぽいような…

一夜の博物館 Le musée d’une nuit 1927年 油彩/カンヴァス  四コマに区切りの箱か棚かのようなところにそれぞれ手首、切り絵、トマトなど。
シュールはシュールだけど、どこか子供の集めた宝箱にも似ている。不気味な宝箱。

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発見 Découverte 1927年 油彩/カンヴァス  裸婦の身体のところどころに木の年輪が入り込んでいる…ながれたもの・うねるものなど。
なにを「発見」したのだろうか。

二枚の「恋人たち」がある。1928年。
恋人たち Les amants ニューヨーク近代美術館
恋人たち Les amants 1928年 オーストラリア国立美術館
布をかぶり顔を隠すカップル。キスする二人と寄り添うものと。
クリスト夫妻の仕事ぽいなあ。

新聞を読む男 L’ homme au journal 1928年 油彩/カンヴァス  こちらも区切りの4コマ。テーブル、皿飾、椅子、一人の男、そして。
この全体を見ると80年代の少女マンガにも同じ構図のものがたくさんあったことを思いだす。

永遠の明証 L’évidence éternelle 1930年 油彩/カンヴァス(5枚組) 問題と解答。
この作品については色々と考えさせられた。対象を問題としてとらえ、答えのイメージを絵として表現する…

呪い La malédiction 1931年 油彩/カンヴァス   青い空に白い雲が浮かぶだけ。それがどう「呪い」なのか。こんな明るさを呪うのか。それともこの温和な空にこそ呪いをかけるのか。

美しい虜 La belle captive 1931年 油彩/カンヴァス  風景を切り取る。それをキャン倍に置き換え、更に切り取った位置に配置する。フェイクの空が本物になる。
こういう発想がとてもかっこいい。

イレーヌ・アモワールの肖像 Portrait d’Irène Hamoir 1936年 油彩/カンヴァス  室内にあるオブジェは家具になるのか。そして室内の純粋階段。かなりこれは面白かった。
 
野の鍵 La clef des champs 1936年 油彩/カンヴァス  風景の柄のガラスが割れる。そこから本当の風景が見える。
これは二重のウソの絵なのだと思った。そして画家の発想力と表現力とを思った。
ウソをつくには細部にリアリティがないと成功しないからだ。

透視 La clairvoyance 1936年 油彩/カンヴァス  卵を見ながら鳥の絵を描く。凄い画家の力。この発想力こそいえば究極の二次創作ですわな。
わたしのいう二次創作とは第一に原作があり、その原作があるからこそ成立する創作ですが、これは厳密にはパロディではない。未来か過去かはわからないが、スゴイ「透視」だということを思った。

この時代のマグリットの作品は本当に素晴らしいし、作品成立のその思想にも大いに惹かれる。

自由の入口で Au seuil de la liberté 1937年 油彩/カンヴァス
旅人 Le voyageur 1937年 油彩/カンヴァス
前兆 Le précurseur 1938年 油彩/カンヴァス
この辺りの作品にはただただ唸るばかり。
わたしには全く思いつかない発想が形になったものがここにある。

炎の帰還 Le retour de flamme 1943年 油彩/カンヴァス  シルクハットに目元のマスクの男が燃えるような空を背に、街を踏むようにそこに立つ。巨大な姿。
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膝に肘をつき、顎を掌で支えてまっすぐ見つめるが、何を見るかはわからない。逆の手には黄色い薔薇がある。
この絵を見て1920-30年代の日本の少年雑誌の口絵を思った。
特に小林秀恒の「怪人二十面相」を。
こちらに詳しいサイトがあるのでどうぞ。


戦時中のマグリットは戦争への自分なりの抵抗を見せて、ルノワールばりの色彩の優しい絵を描いたそうだ。この時代のは確かに色がとても綺麗なのだが、しかしそれが画家本人の本気の絵なのかどうかはわからない。
パロディとしてのルノワール風味なのかもしれない。

稲妻 L’éclair 1944年 油彩/カンヴァス  ルノワール風な色彩。花は灰の塊。ビンや窓が…
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夢 Le rêve 1945年 油彩/カンヴァス
夢 Le rêve 1945年 油彩/カンヴァス
生命線 La ligne de vie 1936年 油彩/カンヴァス
三つ並ぶ。裸婦の色の変化を描いたもの。
 
不思議の国のアリス Alice au pays des merveilles 1946年 油彩/カンヴァス  木に顔が付くのはよくあることだが、横顔になると気持ち悪いな。特に鼻がな。へんな雲もある。
こういう木を見ると美内すずえ「みどりの炎」を思い出す。生きている防砂林の木々たち。町の人々が木になる恐怖…あああ、怖い。

心のまなざし Le regard mental 1946年 グワッシュ、水彩/紙  これは構造的にわるい建物だなあ。黒川記章ぽい。メタボ建物ね、あれをところどころ中抜きした感じ。


観光案内人 Le cicérone 1947年 油彩/カンヴァス デ・キリコぽいなあ。

オルメイヤーの阿房宮 La folie Almayer 1951年 油彩/カンヴァス  石塔や板がある、サーモン色の背景。阿房宮の話はヨーロッパにもよく知られているのだろうか。

赤いモデル Le modèle rouge 1953年 油彩/カンヴァス  足の指がある靴ね。靴が足になった、というべきかな。
これは絵で見たときショックだったけど、50年後に「ロード・オブ・ザ・リング」でホビットの足が現れて、「時代の先取り」だと思ったものです、はい。

ガラスの鍵 La clef de verre 1959年 油彩/カンヴァス  雪山の頂に巨石がある。とても綺麗な色彩。ぱっ と目を見開かされる色彩。

アルンハイムの地所 Le domaine d’Arnheim 1962年 グワッシュ/紙   猛禽型の岩山の上に三日月が出ている。手前には石の手すりがあり、そこに鳥の巣があり、卵が二つ。
こういうのは、目から入る情報が脳に想像力を働かせよと指令を送る、その典型例のような作品ですな。
一方でわたしは魔王ゼノンとかちょっと思い出しもしたが。

空の鳥 L’oiseau de ciel 1966年 油彩/カンヴァス  空模様が鳥の形に切り取られている、というか、鳥の中に空があるというか。
このマグリットの作品以降、マンガでこうした表現も(この20年後くらいだが)出てきている。
そのことを思い合わせると、とてもマグリットに対して親密感を覚えるのだ。
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他にマグリットの資料や広告なども見た。
シメール Chimères 楽譜 1925年  ベリーショートのモダンガールが毛皮をまとう。とてもオシャレ。

何も… Un rien..... 楽譜 1925年  パフを持ち香水もちゃんと支度している女。
こちらもオシャレでかっこいい。

愛のワルツ Valse d ʼamour 楽譜 1926年  ああもぉかっこいい。

プリムヴェール Primevère ポスター 1926年  こちらもカーテンから横顔を見せる女がとてもかっこいい。

マグリットがデザインした広告 Advertisement designed by René Magritte 広告 1928年  クラシックカーが素敵すぎる。

『マグリット展』ブリュッセル、ル・サントール画廊 Exposition Magritte, Galerie le centaure,Brussels 展覧会カタログ 1927年  タイポもとても素敵。

ああ、好きな時代でオシャレな作品が多くて、とても素敵。
ドキドキしたわ。
6/29まで。

なおこちらは京都の最初のチラシイメージ (42)

ダブル・インパクト 明治ニッポンの美

東京藝大美術館の「ダブル・インパクト」展は面白かった。
「明治ニッポンの美」という副題もついているが、驚いたり感心する方が大きくて、いつものように「綺麗」とか「可愛い」とか思うより先に「おお、楽しいね!」と言うほうが先に来た。
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そもそもこのチラシがまたなにやら凄まじくはないか。
左上の雷鳴の中の人、これは「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」で見たあの方ではないか。
そう、菅公。
あの時のチラシはこれ。img666.jpg
…凄いよなあ。なんかもうほんと、凄い。

それから右下のこちらは神武天皇。日本の初代天皇ですね。大体が壮年として表現される。
神武を若く描いたのは安彦さんの「神武」だけ。
この彫刻は125年前のもの。チラシでも大概「インパクト」があるのだが、現物には本当に驚かされた。
このふたりの2ショット、それを以て「ダブル・インパクト」というのだろうと確信するくらいの凄さがあった。

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プロローグ 黒船が来た!

作者不詳 ペルリ浦賀上陸図  隊列組んでの行進図をロングで。
これで思い出すのが神奈川歴博で開催されたペリーの展覧会。もぉほんまにいろんなペリーの顔があって、浮世絵師たちは一人として実物を見てないから、少ない情報と想像のままに描いて、「誰ですか、あんた」な顔がずらりと並んでいたのだった。

作者不詳 どきやうのはらの上、あわてといふ手 1863(文久3)年  左から巨大な手首・掌がばっ と。戯画。なんかいろんな人のいる図。股火鉢とか三味線弾く女とか…

河鍋暁斎 蒙古賊船退治之図 1863(文久3)年  これがもうえらい迫力で、どかんと大爆発、みんな吹っ飛んでましたわ。

歌川芳虎 蒙古賊舟退治之図 1863(文久3)年  こちらはまた妙な面白さがある。帆船に丸いのがかかり、真ん中には「南無妙法蓮華経」の題目、その周囲の文字がいい。左には「如師子王大毘沙門大王」右には「遊行無界大持国天」。
なんだかカッコいいところへ更に四天王が空から蒙古軍を攻撃中。
そぉか「遊行無界」かぁ、とそこに喜ぶ遊行七恵さん。

河鍋暁斎 海上安全万代寿 1863(文久3)年  これは一種の寿ぎなんでしょうな、先導を狐が務め、その行列のあとには烏天狗、神々、順動丸、その下に蒸気船。幕府所有の順動丸の出航を祝っての絵。

高橋由一 浴湯図 1878(明治11)年  ワーグマンのを模写したそうだが、日本の共同浴場の様子をよく描けていると思う。

古写真も並ぶ。
ベアトの風景、政治家たちの肖像者などなど。
木戸孝允、黒田長知、森有礼、岩倉具視、西郷従道…
黒田はスーツがよく似合っていた。

高橋由一 花魁(美人) 1872(明治5)年  稲本楼の小稲がモデルだが、この絵を見て「私はこんな顔じゃない」と小稲が泣きだしたのは有名な話。
リアルが何も良いとは限らなかった時代の肖像画。

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第1章 不思議の国JAPAN
あああ、確かにそう。開国しても鎖国しても「ふしぎの国」ですわな。
ちょっと前に堺市博物館で開催した「ふしぎの国へようこそ―西洋古地図のなかの日本」展もふしぎの国の不思議な風景が多かったなあ。
感想はこちら

アドルフォ・ファルサリ「京都四条通の眺め」 1886(明治19)年頃   八坂神社の狛犬から見る通り。そしてもう一つ富士講の人々。

亀井至一 流鏑馬天覧図 1879(明治12)年  構図が面白い。こっちに向かって疾駆する馬。

鈴木長吉 水晶置物 水晶:1877(明治10)年・竜置物:1902(明治35)年   けっこう大きめの水晶とそれを載せるのがあるが、銀の波濤に昇り龍に渦巻まで表現されていて、細かい細かい。凄い手だ。

びっくりはまだ続く。
高石重義 竜自在 18-19世紀  …150cmくらいはあるでしょうな。めちゃめちゃ長い。そしてX線写真でその自在さを教わるが、ただただびっくりするばかり。すごいわーーー

柴田是真 野菜涅槃図蒔絵盆 1888(明治21)年  どこでも野菜の涅槃図は必ず大根の死になるな。大根は銀の高蒔絵。たけのこ、なす、くわいとか色々
みんなおいしそう。

濤川惣助 七宝瀟湘八景図額 1893(明治26)年頃  さすが濤川。墨絵ですがな。東西の濤川・並河はまことに素晴らしい。

旭玉山 人体骨格 年代不詳  素敵な椅子に座る骨。人骨。フィギュアですなあ。
凄いリアル…

河鍋暁斎 地獄太夫  この打掛は炎の中にいる七福神と言うまずありえない絵柄。そして彼女の周囲では髑髏たちが喜んで踊っている。
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河鍋暁斎 竜神 1879-80(明治12−13)年 鮑杯を差し出す。クールでカッコいい。迫力がある。そしてこの絵は淡彩だというのがスゴイ。

河鍋暁斎 狂斎百図 1863-66(文久3-慶応2)年  丑三つ詣りとか髑髏の悟りとか色々描かれた新書版。

壁面に花いっぱい。
柴田是真 千種之間天井綴織下図 1886(明治19)年  素晴らしい!一枚一枚が本当にきれい。フジバカマ、山吹、紫玉蘭、莞花に流水、小百合・鹿の子百合・姫百合、くるくるの時計草、連翹、夾竹桃、若松、糸桜、河骨に流れ、吾亦紅、桔梗…
この図版のでスカーフなどが作れそうですな。素敵。

作者不詳 猿蒔絵盆 19世紀後半 明治時代  面白い図柄が入っていた。
ニホンザルたちが絵巻を開くと中国の丸顔猿たちがずらり。
あわてて逃げだす猿たち。

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第2章 文明、開花せよ
明治の浮世絵がずらり。
この展覧会でも小林清親をたくさん見ている。

浅草公園遊覧之図、大日本内国勧業博覧会製糸器械之図、上野公園内国勧業第二博覧会美術館并猩々噴水器之図 、明治廿三年国会議事堂之図などなど…
明治の世に現れたるイベントや新しいものがわんさとある。

清親 猫と提灯と鼠 ここにも出ていた。可愛いなあ。
この絵は現在都内三カ所で見ることが出来る。版画の嬉しさですな。

そうそう、まだ少年時代の大正天皇がとても可愛らしかった。浮世絵の美少年。

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第3章 西洋美術の手習い

高橋由一 司馬江漢像 19世紀後半 横顔。ルネサンスの絵画ポイ雰囲気で。

印藤真楯 美人弾琴図 19世紀後半  くらーーーい室内で肘をつく美人。背後には琵琶の袋が見える。これは聴いているところなのかな??

第4章 日本美術の創造

狩野芳崖 悲母観音 1888(明治21)年
岡倉秋水 悲母観音 20世紀初め
本歌とカバーと。こうして並ぶと妙に楽しそうに見えるのだった。

小林永濯 七福神 1860-1880年代 船に乗る他の仲間にせかされてるのに布袋さんが少年と…絵自体は引き札みたいね。

小林永濯 菅原道真天拝山祈祷の図 1860-90年頃  これですがな、菅公。
そのお顔のアップをよくよく見てみると、貴族らしく鉄漿なんだが、それがやはり怖いな。髭も眼も…なんだかもうやっぱりぎゃっとなるね。
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狩野芳崖 竜虎 19世紀後半 龍は白で目が枇杷の実のよう。虎は等伯ぽいのが細面。痩せた虎で、秋竜山の絵の人みたい。

菊池容斎 九相図 1848(嘉永元)年  ああ…桜花爛漫の時期も過ぎて…外は秋、貴女が野に打ち捨てられて相好を変えてゆき、やがては…

横山大観 猿廻 1892(明治25)年
横山大観 村童観猿翁 1893(明治26)年
どちらも院の人々をモデルにしている。
わたしが最初にこの絵を見たのは92年だったかなあ…

下村観山 熊野御前花見 1894(明治27)年  悲痛な面持ちの熊野(ゆや)が車から降りてくる。大勢の人々が彼女をじぃっとみつめている。

横山大観 月下の海 1904-05(明治37-38)年頃   ああ、綺麗な色。
波打ち際の美。

菱田春草 月の出 1904-05(明治37-38)年頃  山・山・日の出。色の配置と言い、非常に良い作品。

西村五雲 熊図屏風 1907-08(明治40-41)年頃  右は白クマたち、左は黒ちびの熊。可愛いなあ。

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第5章 近代国家として

ここ仰天したのが冒頭の神武。
めちゃくちゃ巨大な像。文字通り見上げたわ。
すごいなあ。そしてこの神武を<復活>させたことで、日本は再び神国とかそういうことを…

初代五姓田芳柳 明治天皇像(画稿) 1873(明治6)年  凛々しい。

安田半圃 青山御大葬式場総門前の図 1912(大正元)年  八瀬の童子はいるのだろうか……

小林永濯 天瓊を以て滄海を探るの図 1880年代半ば これも久方ぶり。イザナギとイザナミのカップル。

小林清親 冒営口厳寒我軍張露営之図 1895(明治28)年  これを見るといつも「敵中横断三百里」を思い出すのですよ…

橋本邦助の絵ハガキサイズ戯画たちが可愛い。
号外に集まる人々、号外売、自転車レース。
ちょっとばかりフランスぽくもあるオシャレさ。

松田権六 草花鳥獣文小手箱 1919(大正8)年 ああ、さすが権六。鹿や小鳥が跳ね回る。墨絵風などうぶつたちと明るい草花と。いいなあ。

そして西洋婦人像。
山本芳翠 西洋婦人像  1882(明治15)年
百武兼行 ブルガリアの女 1879(明治12)年
藤島武二 イタリア婦人像 1908-09(明治41-42)年頃
アカデミックな婦人たち、今では逆に描けないのではないだろうか。

吉田博 妙義神社 1900(明治33)年頃 水彩。古めかしさがいい。稚児髷の少女らがくつろぐ。

中川八郎 仁王 1900(明治33)年頃  こちらも水彩で、仁王さんの下でくつろぐ人々。

眼を見開かされる作品が多かった。
本当にびっくりすることばかり。

5/17まで。

錦絵にみる茶の湯 前期

茶道資料館で今日庵所蔵の明治の錦絵展が開催されている。
「錦絵にみる茶の湯」として前後期に分かれての展覧会である。
その前期を見にいった。
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文部省発行の錦絵というものを今回初めて知った。
二世国輝が「茶植附図」「茶摘図」などを描いている。
こうしてみると文部省というものは明治の時点で現代と案外変わらないところがあるようにも思う。
なんにせよ日本茶というものを大事にしないといけない、という気持ちを育てようとしている。

旧幕時代の絵が一枚。初代広重の「東都旧跡尽 神田お玉が池の故事図」である。
桜花で野点をする下げ髪の女を描いている。大きな釜を据え風炉もあり棚には棗もある。

楊洲周延が「千代田の大奥」シリーズを描いたのは明治半ば過ぎ、間もなく20世紀に入ろうかという頃だった。
大奥での行事をやや大仰に描くことの多い、しかし戯画にはならない綺麗な絵である。
茶の湯とお花をする絵が出ていた。
水仙を切ったり、立派な拵えの美しい女たち四人を客にしたり色々。

双六もある。大奥の様子を想像したもの。梅堂小国政 12コマの双六では茶の湯・生け花・音曲・書画・お召し替え・人形遊びなどなどが描かれている。

安達吟光 女礼式之図 数点出ていて、茶の湯の図はこのチラシ。背景は失くされているが原画はなかかな背景にも凝っている。
生け花のところでは束髪で三つ編みもした令嬢がいて、日本髪をやめてこちらにしようという啓蒙の意図があったようだ。
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抹茶の部 「流し点」というお点前だという。何かというとごく親しい人たちだけでの茶会で、おしゃべりしながら行うものだという。婦人たちはきちんとしてはいても気軽な面持ちでお茶を楽しんでいる。
屏風は秋草と鶉が描かれ、鶴首に蒜型の瓶には白椿が一輪。

中古倭風俗 幕府之姫君茶湯花月の図 三世国貞 秋、立派な庭の一隅に茶室が開き、婦人たちが集う。秋草が可愛く庭を彩り、女郎花が殊に愛らしく、石榴もある。
猫の形の枠内に版権云々の文字が詰められているのも可愛い。

水野年方は清方の師匠で芳年の弟子。
連作物が多く、三越のための仕事などは三井記念美術館で絵葉書として今日も販売されている。
表紙を含めて16点の連作「茶の湯日々草」のうち10点ばかりが出ていた。
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道具調べ、水屋拵え、座迎え、席入、挨拶、献立、炭の支度…広間での濃茶、薄茶などなど。
いずれも丁寧で綺麗な絵によって、茶会の手順がわかるようにもなっている。
道具調べなどはわたしも参加したいと思った。水屋拵えの大切さも改めて納得する。
亭主も大変だが、水屋を司る半東の仕事の大変さもしのばれる。
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茶の湯は旧幕時代、男性の楽しみであったが明治も半ばを越えると婦女のたしなみとなり、上流階級だけのものでもなくなった。

教草女礼すごろく 14コマで酒の飲み方、手水の使い方、外出の折の拵えなどを描く。
こうした遊び心のある教育はいいものだ。

豊原国周 現時五十四情第三十二号 梅枝 源氏物語五十四帖の見立てである。室内で一人黙って床の間を見る女。外には紅梅。しっとりした時間を過ごす女。

周延 幻燈写心競 茶の湯 幻燈もまた明治の世になって広がったもの。今丁度当時の幻燈を集めた展覧会が早稲田で開かれている。
これは幻燈で人の心が映されますよということで、茶会に出席するわくわくさが描かれていた。灯りを持ち、枝折戸を閉め、露地へ入ろうとするところが心に浮かんでいる。
庭には芭蕉も咲いて、いいココロモチ。

茶の湯 茶杓を握りながら棗を開ける。4人の女客がじっとその様子を見守る。幼女二人もその中に含まれ、みんな静かにほほ笑む」金銀箔がチラチラと飛ぶ。

真美人 明治30年代の女学生かもしれない。イメージ (30)


楊斎延一という絵師は絵の中の建具や小物にも手を抜かず、独創的な形の用具などを描き込む。
貴顕令嬢茶の湯集楽 楓が赤々と照る頃、茶室に集まる上流階級の婦人たち。庭から幼女の手を引いて現れる人もいる。出迎える幼女は狆と遊んでいる。
手あぶりも楓柄。床の間の軸は鯉。円窓を斜め紗綾型の細枠で装飾する。
そして移動式の小さな棚は外線だけみれば茶壺に猫足のような形で、それが細い朱漆製という贅沢な拵えなのだ。
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三枚続きを一枚ずつ。
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東風俗 名所競御茶ノ水はし 背景には雪景の橋。街灯がある道。傘をさす人やホッカムリの人もいる。

宮川春汀 小供風俗 茶の湯 姉さんと二人の幼女。オカッパとリボンの子ら。鉢盛のお菓子は何かはわからない。富士山型の釜が掛けられている。大鉢に白梅の木が植わる。

当世風俗通 茶の湯 上流階級のやや年若な令嬢たちの遊びシリーズ。まだ未婚の娘ら。
お菓子はどうも干し柿に見えて仕方ない。四客の着物のきれいなこと。こちらに背を向け眼娘の帯は若松に鶴。指遊びの娘もいて和やか。
軸は富士山。政治の壺には梅。

「昔遊び」という絵本を妹が幼稚園の時にもらっているが、その絵は明らかに浮世絵系だった。どこかこの春汀の絵にも似ている。久しぶりに読もうか。

安達吟光 小学女礼式図解 二点ある。生け花と茶の湯の楽しさが絵からあふれてくる。
芭蕉の木もいい。
この安達吟光は今回初めて知った絵師だが、なかなかいい感じの絵が多い。

最後に旧幕時代の宇治茶摘み絵巻、茶の湯絵巻などをみる。茶摘みはみんな揃いの赤手ぬぐいを使い、ニコニコとよく働き、おいしそうに弁当を遣う。
また茶の湯を楽しむのはおじいさんだった。燈籠に火を入れたりお軸を見たり。

今では習い事で茶の湯をするのも女の方が多いと思うが、明治の頃は錦絵に描かれるほどだったのだ。
面白く思った。

5/17まで。後期は5/21-6/18.

二つの清親展と広重と

小林清親が人気である。
今現在都内で三つの展覧会が開催されている。
藝大美術館「ダブルインパクト」でも清親作品は多く出ていたし、太田記念美術館では「広重と清親」、練馬区美術館はズバリ「清親展」である。
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いずれもたいへんよかった。

わたしが清親展を観た最初はたぶん、今はなきdo!family美術館での「清親と明治の浮世絵師」展だったと思う。
それから花小金井の向こうのがすミュージアムでの展覧会などなど。
清親とその弟子の井上安治はわたしにとって遠い絵師ではなかった。
杉浦日向子「YASUJI東京」もまた忘れてはいけない一冊である。

YASUJI東京 (ちくま文庫)YASUJI東京 (ちくま文庫)
(2000/03)
杉浦 日向子



さて「広重と清親」展と「清親」展とはかなりかぶるので感想を一つにまとめたい。
題して「二つの清親展と広重と」

サントリーの「若冲と蕪村」展ほどではないにしろ練馬区美術館の「清親」展も展示替えが少なくはない。太田の方も前後期がらりと変わる。
自分が見れたものを書くしかない。

清親の作画時期は明治初期から大正初期である。
生まれは弘化四年というから明治になった時には数えで二十歳頃かと思う。
彼は幕臣なので政変に巻き込まれてご維新後は静岡に移住した。
その縁でか練馬区美術館の展覧会は静岡市美術館の巡回展である。

清親の師匠は3人いる。日本画を暁斎に・是真に漆絵を・写真を蓮杖に教わったそうである。
ただ、練馬の大回顧展の最後に現れる優れた水彩画(それも西洋風の)を誰から教わったかはわからないのだった。
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清親は明治の東京を描いた。
江戸から明治に変わったその時代、江戸はほんの数十年前の、地続きの過去ではあるが、明らかに旧い夢の地になった。
だから清親の描いた絵はすべて「東京風景」なのである。
ざんぎり、牛鍋、石畳、人力車、蝙蝠傘、街灯、蒸気機関車、近代建築…
これらはすべて明治の世に生まれたものばかり。
清親はそれを愛情込めて描き続けた。

個々の作品について細かいことを書くより、大ざっぱではあるが記していきたいと思う。

江戸から東京へ変わっていった風景の内、やはりいちばん目立つのは建物だと思う。
「日本人は紙と木で出来た家に住む」と言われたその日本人が、レンガ造りの洋館で働いたり住むようになったりし、丘蒸気が走り、ぬかるんだらとんでもないことになる道が舗装されて馬車が走るようになった。
また、提灯か燈籠だけが外の灯りだったのがガス灯の普及があり、夜道が明るくなった。
清親の「光線画」はその灯り=明りを描いているのだ。

新大橋はまだ初代広重の頃と変わらず木橋で、その下で停留する船も江戸のままの舟である。
広重は大雨の新大橋を走る江戸の人を描き、清親は橋を左手に河岸を歩く女の後姿を描いた。19年後の様子である。
今だったら「ああ、こっちにブルガリアヨーグルトの看板が見えるな」などと思うところだが、まだ明治初期のこの界隈は江戸時代の建物で構成されている。

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両国雪中 俥(人力車)も傘も雪で白くなっている。電線や街灯もまた。
面白いことに明治になって感じが増えた。新しい漢字は造語である。
「鞄」と「俥」はどちらも明治の新時代で日本語の中から生まれた漢字。
現代では「俥」はもう廃れてしまったが、「鞄」はやはり活きている。
清親の絵には俥とそれを引く人力車夫とが活躍する。
広重の時代は駕籠と駕籠かきである。
駕籠は二人でないと働けないが、俥は一人で曳ける。
朦朧車夫などと呼ばれるわるものが出たりもし、また苦学生が学費稼ぎに車夫になる話もある。
東京銀座街日報社イメージ (16)
練馬の後期展示のこの作品は江戸の名残がごくわずかな構成となっている。
街路樹はハナミズキだろうか。この木花はアメリカからもたらされたもの。

江戸との対比は太田が見せていた。
広重の江戸百と富士三十六景などのうちからピックアップされた風景と、同じ地を描いた清親の風景が並ぶ。
ほんの20~30年の流れだけでこんなにも変わるのかと改めて驚く。
一方で「ここは変わらない」と安堵もする。
しかしこの安堵と言うのも変な話である。
平成の世と明治の世とでは全く違うのだ。
ここにも大きな断絶がある。

川口鍋釜製造図 溶鉱炉が燃えている。完全な機械制御ではないので、よくよく見れば踏鞴を踏んでいる。踏鞴の製法は古代から続いていたのだったか。新しい時代でもこうして技法は廃れない。

旧幕時代「日本」という観念を持つものは少なかったと思う。将軍家の御威光は全国津々浦々にまで行き渡っていたが、それぞれ住まう場所が「自国」であり、隣の領地で祭があってもこちらは無縁なのだ。
「日本」になって、一つ向きを同じように見るようになった。
万国博覧会ブームの時代、国内でも「内国勧業博覧会」が開催されたが、これは開催地だけの話ではなく、日本国民が何らかの形で参加するイベントであった。
第二回の上野公園の絵が出ている。
失われた東博の旧本館もあり、前庭には猩々たちのいる可愛い噴水がある。
この噴水をモチーフにした版画は、清親の他にも誰かが描いていたように思う。

梅若神社の雨の絵は非常に魅力的な作品で、これは明治以降の木版画の中でも特に魅力的な一作だとも思う。
線描を用いずに雨を表現した作品。

猫と提灯 これはもう本当に可愛くで大好きなのだが、提灯の中に鼠がいて、その尻尾を抑える猫のすばしこさ。
かっこいい。
この作品の順序摺り過程が展示されていた。鉢割れのゾロやんのにゃーが白ネコになってたりする。面白い。

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練馬では戯画なども多く出ていた。
明治の新聞が主な舞台でそれらの絵を載せる。
観ていて笑ってしまうものが多い。

こちらはカエルに仮託した戯画。
かいろ遊千艸の働きイメージ (11)
「かいろ」というのがカエルのことだと知ったのは今。
昔から宮沢賢治「カイロ団長」の「カイロ」の意味がずっと分からなかったのだ。
そうか、と納得した。

意外なくらい清親の肉筆画がいい。
四季幽霊図 福岡市博物館所蔵のこれは以前に幽霊画の展覧会で見て気に入ったもの。幽霊とはいうものの女学生のような娘が四季折々にあわせて笛を吹いたり蚊帳の中にいたりと、一種の美人画めいてもいる。

歴史画もある。
太閤の醍醐の花見、三国志をモチーフにしたものなど。
信長・秀吉・家康の絵もある。釣りをする信長、魚を焼く秀吉、食べる家康である。
ほかに仁徳天皇の絵もよかった。

清親の水彩スケッチの良さを堪能する。
光線画には感じなかった「抒情性」がここにある。
ちょっとした風景写生や静物画などもあるが、いずれも静かな情緒が活きる。
意外なことだと思った。

情緒といえば広重のそれに溺れるところがあった。
太田では一階で二人の対比をした後、二階ではそれぞれの長所を楽しませてくれた。
広重の東海道、木曾街道、江戸名所、何もかもが纏綿たる情緒に満ち満ちていた。
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それこそ「人々が『愚か』という徳を持っていた」時代なのである。

今となっては幕末も明治初頭もどちらもはるかに遠い。昭和ですら遠い。
「明治は遠くなりにけり」とはもう言えない。
20世紀ですら遠のいた。

だが、今こうして二つの美術館で明治の清親を楽しませてもらい、また江戸の広重にも会えた。
嬉しい時代でもある。

展覧会は来月も続き、大きく展示替えをする。また見に行きたいと思っている。

花紀行 京都中央信金所蔵品展

京都中央信金が創立75周年を迎えたそうである。
めでたい。わたしは預金者ではないが寿ぎたい。
この通称・中信は京都の文化面にとって、とてもありがたい存在なのである。
美術館を運営している。そして作家たちの支援をしている。
堀川通りから府庁へ向かう道すがら、素敵な建物がある。
そこが中信美術館である。
無料で良質の美術展を見せてくれる。

今回は「花紀行」として、現代日本画家の花絵を集めていた。
靴を脱いでスリッパに履き替え、受付に立った時、この絵が目に入った。
堂本元次「蘭花集い手―て薫り合う」である。
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様々な種類の蘭たちが寄り集い、芳香を撒いている。
以前に加賀正太郎の「蘭花譜」を見て蘭の種類の多さに驚いたが、ここにも軽く十種を超える蘭たちがある。
妍を競う、とはこのことか。しかし誰もが勝ち誇るわけではなく、やさしい調和がある。

濱田観 芥子 薄い色調の変化を見せる空色を背景に紫と赤の芥子がまっすぐに茎を延ばし花を開いている。
薄紫の方は蕊を隠すが、赤い方はもう隠すことが出来ず完全に開き、間もなく終わりを迎えようとしていた。
その奥には花弁を喪った蕊と茎とが咲く。ふと、ナマナマしさを覚えた。

浦田正夫 ぼけ 紅と白との木瓜が明るく可愛く咲いている。近所に木瓜を素敵に咲かせる家があるが、よくよく見ると木瓜はだんだんと色が濃くなるようだった。だからここに咲く白もそのうちに薄紅位に変わるのかもしれない。

池田遙邨 花の疎水辺 さすが遙邨、とてもすばらしい。そう、春の盛りの疎水はこんな風になる。奥の小さな赤橋が緑の地をつなぐ。土手には小さな草花が芽吹き、桜の庇護のもと、静かに生きている。疎水の水もさらさらと流れる。
時を超えて永遠にこの風景画続くことを望む。

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稲元実 鉄仙花 花弁の先にチラッチラッとアンテナがあり、それが電波を拾うようだった。薄紫と白との優雅なコントラスト。シックでいい花。

山口華楊 蘭 洋蘭ではあるが華楊が描くと少しばかり無国籍な風にもなる。
背景の薄黄緑がいい。黙って並ぶ蘭二輪。

茶室をのぞく。屏風に伊砂利彦の型染めによる夜桜図が広がっていた。
いや、広がるのを制御されていた。枠はないものの円相に納められて、その中だけで花弁を舞い舞いさせている。
静かな狂気に似たものを感じた。

松岡政信 しだれ梅 薄い色の金箔地にしだれ梅。枝ぶりは細いが優しい。

山崎隆夫 春香 こちらは金地に紅梅白梅が入り乱れる。花よりも枝が激しいうねりを見せていた。

小倉遊亀 白梅 左上に群青を置き、そのほかは金泥のような色で占めて、そこに白梅を咲かせる。決して真っ白ではなく薄紅がかった白梅を。

前田青邨 紅梅 青邨の梅の様式をここでも見られるとは。躍る枝振り。そこに紅梅が咲く。金時人参と同じ色の紅梅が。ああ、可愛いなあ。

大野藤三郎 白牡丹 その背景の色が不思議な色で、薄いお茶の色のようにも見えるのだ。そこに白い牡丹が大きく花開いている。背景の色はまだ暁の頃のようにも見える。不思議な色調だった。

小松均 牡丹大王図 うん、大王やな。…群青地にどかーーーんっと白牡丹。
白牡丹だがどこかに緋色を秘めている。

工藤甲人 夕牡丹 やはりどこか幻想味が強い。満月を背景に佇む薄紅の牡丹。

松尾敏男 雪中花(寒牡丹) 薄紅と白の牡丹が寄り添いながら雪中に倒れている。雪責めで傷んだような、痛々しさがある。芝居の明里を思い出す。
どこか無残な美しさを感じる。

堀文子 牡丹 海を背に薄紅と白とが咲いている。松原が中景にある。
なぜか日本ではなくメキシコだという気がする。

山本倉丘 長春花 薔薇である。

芝田米三 月下に咲く 女の横顔、髪についたのは月下美人か。
須田国太郎に師事した画家。

関主税 浜に咲く たぶんハマナスかと思う。なんとなく偉そうな花弁が面白い。

牧進 薔薇 群青を背景に黄色いバラが一つ。

大野俊明 芍薬 可愛いピンクの花がよく咲いている。

黒光茂明 菊 墨だけで葉を表現し、どこかしら怖いような風情があった。

5/17まで。
いいものを見せてもらい、とても嬉しい。

ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画

国立新美術館での「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄」を楽しんだ。
次には京都市美術館に巡回というから、泰西名画を見る、ということでは京都のあの空間はよりムードを高めてくれるだろう。
しかし、国立国際美術館の広々とした場所で見る楽しみもわるくないのだ。
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ルーヴルの所蔵品を全て見ようとすれば何年もかかるという話がある。
それほど膨大なコレクションの中から、この展覧会のテーマにふさわしい作品を選んで、というのも大変な労力だ。 
それを思うと安易には見られない。

プロローグ1「すでに、古代において…」風俗画の起源

シドンの彩色墓碑 BC2-BC1 フェニキアの都市にあった母子の絵のある墓碑。
文化が発達していたからこその絵。

古代エジプトのオストラコンがいくつもある。いずれも牡牛と牛飼いを表す。リアルに働く人と牛のいる風景。

やきものの上に絵を描くことが多かった時代。
ブランコする絵のアンフォラ。男二人の中で女がブランコを楽しむ。三角関係、女が主人、などなど妄想はいくらでも膨らむ。

ギリシャの壺には思わせぶりな肩車の絵もあり、これらばかり見て歩くことがあれば、それはそれで秘密の歓びがあるだろうと思ったり。

ジョゼフ=マリー・ヴィアン アモルを売る女 ロココだのう。香炉から煙が静かに立ち上るその室内で、女が籠に眠るアモルのうち青羽のついたのをつまんで取り出して勧める。
籠には他に赤羽、白羽のアモルがいて、それぞれ寝入ったりぐずったり。
青布を巻いた女主人は「うーん」と考え中。この青羽アモルでいいかどうか。侍女は黙って背後で笑う。
これって仕入れはどこからだろう。そしてあれかな「売れ残っちゃったね」とか言いながら帰るのだろうか。

プロローグ2 絵画のジャンル

シャルル・ル・ブラン キリストのエルサレム入城 青衣のキリスト。その様子を見る人々。斑犬と仲良しの幼子。その子の母は弟にお乳を与えている。おばあさんがそのひとと話す。
一応「歓呼にどよめく」状況なのか。

クロード・ロラン 夕暮れの風景 1639 牛とか山羊とかようけいてます。

リュバン・ボージャン チェス盤のある静物 半折にしているから携帯できる盤なのかな。というか、チェス盤の様相を殆ど知らない。マンドリンはひっくり返る。カーネーションにワインにパンなど。これがメメ・モリとかキリスト云々とかそうした裏情報のある絵だとしたら、また意味合いが違ってくるのだろうな。

ル・ナン兄弟 農民の食事 1642 パンとワイン。そう、キリストの肉と血とか。バイオリンも流れてちょっとは楽しそう。白犬はポメラニアンぽいなあ。
真ん中奥にいる坊や、一人だけ顔が違うなあ。どういう人間関係なのだろう…

風俗画のいいところはゴシップ的な妄想が次々と湧き出すところかもしれない。

第一章「労働と日々」―商人、働く人々、農民

正直、ここらの絵を見ていると鬱屈するのだよ。もっとこう活気のある職場ってないのかとか。それは絵が巧いからよけいにそんなことを思ってしまうのだった。
絵の水準は高いのだろうけど、ある種の閉塞感に見ていて息が詰まる。

クエンティン・マセウス  両替商とその妻 1514  せこい亭主にはまともな嫁がくるようで、亭主がずるをしないか監視中。
鏡に映る窓イメージ (9)

マルタン・ドロリング 台所の情景 1815 床は亀甲文。人形が忘れられている。幼女は猫と遊ぶ。女たちは案外ゆとりで家事をしている。

ドラクロワ 鍛冶屋 1822 力強そうでいいなあ。

ミレー 箕をふるう男 1855 えべっさんのサラエと箕をすぐに思い出すが、これは世界中で使われているもの。ざっざっざっとよく働く。

ヘリット・フォン・ホントホルスト 抜歯屋 1627 大道芸の一種にみなされていたのか。人々の表情や様子が雑多で面白い。物を盗んだりなんだかんだ。

ピーテル・ブリューゲル1世 物乞いたち 1568  みんな足萎え。

ムリーリョ 物乞いの少年 のみばちんばちん。足元にエビが落ちている。
この絵の少し後年、ボヘミアでは物乞い禁止令が出ていた。

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第二章日常生活の寓意 風俗描写を超えて

ダーフィット・テニールス2世 トランプ遊びに興じる人々のいる衛兵詰め所での聖ペトロの否認  全然焦りもせず、悠々と暖炉に手をかざしながら「…
いや、わし、知らんで」と言っている(ようにしか見えない)。
なんかもう切迫感はないわ罪悪感はないわで…

ジョバンニ・パオロ・パニーニ 神殿から追い出される商人たち あわてる人々。鳥も羊も大慌て。
草野大悟が太宰治「駆け込み訴え」を朗読してるが、丁度そのシーンの声が蘇ってきた。

レンブラント 聖家族または指物師の家族 ニスを塗ったそうだ。ヨセフは一人黙々と働き、マリアはお乳をあげ、アンナもその様子を優しく見守る。
なんだかやはりヨセフが可哀想な感じがある。

ニコラ・レニエ 女占い師 1626 群像劇。盗み・盗まれ。チョコレート色の肌の女たちが艶めかしい。ぬめぬめした肌の色にやられた。

フェルメール 天文学者 細かいところが色々楽しい。ステンドグラス、壁にかかった絵、天球儀、時計などなど。
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グールズ 割れた水瓶 あーらら…いろいろあったのね、あーんなことやこーんなこととか…

第三章 雅なる風景 日常生活における恋愛遊戯

ピエール・ユベール・シュブレイラス 鷹  大騒ぎのあと。犬が理由を持って吠える。椅子には猫がいる。知らん顔の猫。
ジャン=バチスト・イレール 幸福な囚われ人 ベッドに裸婦。犬もいる。気楽そうな様子。

ヴァトー 二人の従姉妹 ああ、三角関係というかなんというか。
どこかにせつなさが埋まっている。
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第四章 
あんまり狩猟とか好きでないのでパス。

第五章
ティツィアーノ 鏡の前の女 なまめかしいね。
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ブーシェ オダリスク 正直なことを言うとロココだろうがバロックだろうが、こういう女を見たら、思いっきりベルトでそのむきだしのお尻をぶちのめしてやりたくなる。

シャセリオー 風呂から上がるムーア人の女性、またはハーレムの室内 これはいい女で、かっこいい。

コロー コローのアトリエ  1873 キャンバスで女はニッコリ笑う。マンドリンのあるアトリエ。

第六章 

オクターヴ・タサエール アトリエの情景 暖炉には鍋。白ネコの後姿がとても可愛い。

ユベール・ロベール ルーブル宮グランド・ギャラリーの改修計画 ああ、天空の光が差し込んできている。

ほかにもいろいろ見たが、やはり自分としては同時代の東洋の風俗画、浮世絵などの日常の方が好みなのだった。

6/1まで。

麗しき女性たち 清方の挿絵を中心に

鎌倉の鏑木清方記念美術館の「麗しき女性たち 清方の挿絵を中心に」展もよかった。
これも4/12で終了している。
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明治の「文藝倶楽部」時代の作品を中心に、当時そこで活躍していた他の画家の挿絵・口絵も加えて。協力は松村コレクション。
なお口絵は全て木版画あるいは石版画である。
・清方の肉筆画
寒月 1897 深川の橋を渡る母子。盲目の三味線弾きの母と子供。
暮れゆく沼 1900 横笛を吹く少女。従姉妹のキクさんをモデルにしたもの。どこかせつない。
ほほづき 1901 さみしそう…
これら初期の肉筆画には庶民の哀歓が強く漂っている。

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・清方の文藝倶楽部の口絵
花吹雪 1903 雛妓の佇まいが愛らしい。この年に清方は「風流線」を描いているのだ。

そぞろ歩き 1905 手にハサミを持ち、既に白い花を選んで歩く婦人。足元には花菖蒲かカキツバタかアヤメが咲いている。全体に薄緑で統一されていて、着物も薄緑。鼻緒の朱と帯のやや紫がかった色とがアクセントになる。

緋桃 1909 室内にいる群青着物の娘。ただ「緋桃」がどこにあるのかがわからない。
これはもしかすると誰かの物語のタイトルか何かなのかもしれない。

あさ露 1903 月下でバイオリンを弾く令嬢。白バラが咲く。甘ったるさがいい。

こほろぎ 1906 松村コレクション 机による娘が灯りにとまる虫を見つめる。

新案双六当世二筋道 1907 色刷り付録 男女それぞれの出世街道を双六で示す。
「男は苦学、女は音楽」とか「女子判任官」とかちょっと面白い。そして堕落として男女ともに門付になっている。月琴を弾く女と胡弓を弾く男。この風俗は明治らしい。
月琴は明治までがブームだったのだ。

新年大付録「松の内」鰭崎英朋との合作 1916 この二美人図は特に人気のもので、しばしば見かける。よそでも見ているが、鰭崎との合作はいずれもいいものばかり。合作でなく競作でもいいものが多い。

白魚 1911 蒸籠から板盆にざらー。お箸でとる。女の髪飾りは鼓だった。

雛壇の下 1915 袖を噛みながら小さい蝋燭を持つ女。この後に何があるのか気になる。


・武内桂舟の文藝倶楽部の口絵、全て松村コレクション。
こんなにもたくさん見れるとは思わなかった。たいへん貴重な機会である。「松村コレクション」は素晴らしい。

月下の美人 1896  橋を渡る女の頭には青いヒレがまく。

鳥追い 1908  笠に赤いリボンがついている。

淋しき夕べ 1912  床几で猫と戯れる。リア充ではないけれど決して淋しそうにも見えないがなあ。

西王母  1907  侍女が桃を持って控えている。奥様風な西王母。

・梶田半古の文藝倶楽部の口絵 全て松村コレクション
21年前に奈良そごうで見て以来の作品が多い。たいへんうれしい。
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これは当時のもの。
なにしろ半古は明治の女学生を書かせると右に出るものがなかったくらいの画家なので、必然的にそうした絵が多い。

仙錦亭 1901  つくばいにより髪を直す女。

王夫人 1904  これは物語絵で、袴の女学生が龍の屏風の前で一弦の楽器を持ってたたずむ姿。青磁の壺に白梅がいい。
ほかにおリボンに袴の女学生が機嫌よく自転車を走らせる図を覚えている。

菊のかおり 1905  うっとりと菊花を楽しむ。こうした表情も大げさではなくいい。

羅浮仙 1909  緋色の上着の美人の梅の精。うっとりしたところがいい。ややぽっちゃりしていて餅肌なのが想像できる。

胡蝶 1907  花冠にドレス姿の娘。なにかしら淋しそう。これはもしや山田美妙の小説のか??

うたたね  1906  手から本が落ちている。気持ちよく無防備に眠る娘。

梅 1908  古代の女が立つ。花を喜ぶ。

ほかにも鈴木華邨や池田蕉園の口絵もあった。なかなか今では見られないのでたいへんうれしい。

清方の下絵も珍しいものが出ている。

日高川  これは前回前々回辺りでみたが、清姫が日高川を泳ぐ図。苦悩が激しく眉宇に現れている。
顔を挙げて泳ぐ清姫だが、下半身は既に蛇体となっている。
非業の死を遂げようとももう彼女はどうでもよくなっているのだ。
「物に同じくも既に慮ることなく 化し去るともまた悔いず」という状況である。

玄宗皇帝 初公開。玄宗皇帝と楊貴妃とがワルツを舞うような姿でいる。楊貴妃は少し顎を挙げて皇帝を見ている。
そしてその足元には現代青年がせつなく楊貴妃を打ち眺めているのだ。
どのような物語があるのだろう。タイムスリップものか。
楊貴妃の顎の上がり具合がたいへん魅力的だった。

他に清方では江見水蔭の小説の口絵も多く出ていた。
鏡花の「紅雪録」の口絵もある。
いずれもドラマチックである。
ただ、これらを見ていてワクワクと楽しいのだが、やはりあまりにドラマ性が高い絵は、純粋に絵画としては説明が勝ちすぎてしまう。清方は文芸性の香りを残しつつもタブロー作家になることを選んだ。
そして晩年には再びそこへ戻った。
そのことの意味と意義とを改めて考えたい。

楽しい口絵展だった。

世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち

4/12で終了したが、いい展示だったものを挙げる。

世田谷美術館「世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち」
一階で開催中の「東宝スタジオ展」にリンクした展覧会だった。
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・女優高峰秀子と画家たち 高峰秀子コレクション
高峰秀子本人の言葉もついていて、実感が伴う楽しい展示だった。
ご本人は美人女優というのを表看板にしているわけではなく、子役から大人の女優になり、引退後は楽しいエッセイを世に送り、生涯を人気者として送られた。
わたしなども子供の頃に「二十四の瞳」の大石先生を見て涙を流し、大人になってから「衝動殺人 息子よ」に打たれ、さらに「浮雲」こそ全ての映画ベスト10に入ると思っている。
彼女と梅原龍三郎との温かな関係は本人の著書だけでなく、戸板康二「ぜいたく列伝」などでも書かれていて、それでいよいよファンになった人も多いと思う。

梅原の描いた絵は比較的日にちがはっきりしている。
1950.9.29 高峰秀子像(頭部) 大きな目。これがモデルとしての初作品。パステルと鉛筆で柔らかく描かれているが、面白いデフォルメが見られる。
ただしそれは梅原のタッチ+高峰のデッサン狂いの顔(!)という事情がある。

1950 高峰秀子像(白いスカーフ) パステル画 目の表情がいい。完全に青く塗られた白目の中に○がビカーーッ!

1975.6 高峰秀子像 油彩 チラシの絵。このドレスはインド綿で実はきちんと裁縫されたわけではなくすぐズレタようで、その度に梅原のお嬢さんが懸命に手直ししたそうだ。
良く似合っているし、なにより梅原の好きそうな派手な色合いで、画面全体を華やかにしている。

1979.3.21 秀子像 この日は二点の絵があるが、この茶と黒だけで構成されたパステル画に惹かれた。これがモデルとして最後の作品になったそうだ。

1955.10.24 堂本印象 秀子像 堂本印象の描く女優像というのはあまり見ない。これは鉛筆画だが彫刻風な味わいがある。

1955.9.21 堂本印象 高峰秀子像 こちらもそう、彫像風。

これで思い出したことがある。
堂本でも高峰秀子でもなく有馬稲子の話だが、彼女の若い頃はそれこそギリシャ彫刻のような美女だったが、あるときさる人が「インド象のようだなあ」と言ったそうだ。それを有馬稲子は「インド彫刻」だと思い「わたしはよくギリシャ像だと言われますが」と答えるとその人は「ギリシャにゾウはいたかなあ」と首をひねったそうだ。…こらこら。

宮本三郎 秀子像 パステル画 綺麗。これはもう宮本三郎の高峰秀子像。

・宮本三郎が描いた東宝ゆかりの女優達
宮本三郎は実在人物でもなんでも独特の宮本美女に仕立て上げる。だから彼の描く美女は肉感的か乃至は理知的かなどに分れはするが、基本的に誰もが「美女」である。

1957年に「婦人公論」の表紙絵を担当したようで、その当時の女優たちを描いた表紙絵の原画が出ていた。絵は全てパステル画
1月号 高峰秀子 これはまたたいへん綺麗。本当に綺麗。
7月号 新珠三千代 この人も宝塚出の美人女優だった。クールでかっこいい。
8月号 淡島千景 横顔がとても可愛い。
11月号 香川京子 清楚で綺麗。
12月号 久我美子 綺麗。上品。

婦人像(雪村いずみ) 宮本三郎だとしか言いようがない美人図。

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・東宝スタジオゆかりの作家たち

美術監督の久保一雄の油彩画がある。
外房風景 1941 ロケハンに行った先での風景。

小さな漁港 1959 未来派風な感覚がまだ活きている。一方キュビズム風なところもある。

海の周辺を描いた作品が多かった。

難波田龍起も東宝と関係があったのか。あまりこの辺りのことは知らない。
埴輪について 1943 三体の埴輪。兵。馬。女。赤い絵。埴輪の赤は朱をイメージしているのか。これは丹塗りの朱なのか。 

不思議な国(C) 1984 灰青白の塔のようなものが続々とある。浮遊した感覚が現れる。

村山知義 マヴォ第一回展覧会ポスター ここでも開催された「全ての僕が沸騰する」はいい展覧会だった。
村山は童画とダンスと小説が好きなのだが、全体をこうしてみることが出来たのは本当に良かった。

村山知義 「ヴィルヘルム・テル 第一幕2場」劇団民藝上演作品の舞台装置原画 1955 
いい感じの建物。素敵。イメージ (89)


山本常一 夜の杜 1985 フクロウのブロンズ像。可愛い。

最後に宮本隆司の廃墟写真が並んでいて、これにヤラレた。
前々からわかってはいたが、これだけ並ぶと叫びそうになる。
何を叫ぶかというと「やめろ、壊さないでくれ!!!」これだ。
しかし宮本の写真は全て壊された後の状況なのだ。勿体ないと思う以前にある種の無惨さに撃たれ、見終えた後ぐったりする。無力感に打ちのめされる、と言ってもいい。

旧豊多摩監獄1983、旧帝国館1984、日比谷映画劇場1984、有楽座1984、主婦の友社1985.
これらは近代建築の美麗なものだったのに、本当にもったいない。
無惨さに心が痛くなり、「みせるなーっ」と心の中で叫ぶ。

つくば科学博パヴィリオン1985 なんだかもうめちゃくちゃ。くらくらする。
ベルリン大劇場1985 これは以前から見てはいるがそれでもつらい。
サッポロビール恵比寿工場1990、アサヒビール吾妻橋工場1987、現在の新しい繁栄を見てはいてもせつない。

最後の最後に打ちのめされて世田谷美術館を出る。
一階にはゴジラが壊した東京の街のジオラマ。
ああ。20150413171054932.jpg

東宝スタジオ展 映画=創造の現場

世田谷美術館での「東宝スタジオ展 映画=創造の現場」はたいへん興味深い展覧会である。
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数年ごとに企業と美術についての企画展を開催してきた世田谷美術館。
2013年「暮らしと美術と高島屋」

2007年「福原信三と美術と資生堂」

どちらも素晴らしい展覧会だった。資料も作品も素晴らしく、さらに図録の論文もたいへん充実していた。
今回の「東宝スタジオ展」もまた見事に豊かな内容なのだ。
特に世田谷という地と東宝スタジオとの縁の深さを思うと、やはりこの展覧会はここでなければ、とも思いもした。
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美術館に入るや否やゴジラが暴れるジオラマがあった。壊された町のセットがそこにある。
ここだけは撮影可能なのでわたしもバチバチ撮る。

いざ、赴かん。
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最初の展示室はあの円形の一室である。
ここの展示は常に気合が入っている。都美でいえばあの真ん中、サントリーでいえば階段下、京博では中央室、神奈川歴博では入り口すぐ…
そう、ドーンッッと来るところでの展示。
ここでは1954年という同じ年に世界に送り出された「ゴジラ」と「七人の侍」が特集されていた。

極端を言えば「ゴジラ」「七人の侍」「座頭市」この三本ほど世界で知られた映画はほかにないのではないか。
「座頭市」は大映だが「ゴジラ」「七人の侍」は東宝。今日に至るまで決して忘れられることのない作品である。

VTRが流れる。「ゴジラ」「七人の侍」の名シーンが数分間ずつ交代交代に流れる。
ゴジラの大暴れ、群衆の逃げ惑う姿、最終兵器を完成させた隻眼の芹沢博士の苦悩…
伊福部昭のよく知られたあの「ゴジラ」のテーマではない曲が流れていた。
そして七人の侍の闘う姿、夜盗たち、村人たち、夜の闇と泥とが画面いっぱいに広がり、こちらの手まで汚れそうな映像が続く。

ゴジラを倒す最終兵器オキシジェン・デストロイヤーの現物がそこにある。
映画では芹沢博士がそれをゴジラを倒すのに使用するのを最後まで逡巡したという最終兵器。戦争の悲惨さを知るからこそ(片目を失い、顔に無惨な傷を負うた人であるからこそ)、博士はこの機械を兵器として使うまいとし、使うことを決めた時点で資料全てを焼き払い、更には海底で自身の生命を絶ったのだ。

映画の小道具や資料などを見ていると、これがフィクションだとは到底思えなくなってきた。60年後の今日、既に戦前だという意識があるからそんな気持ちになったのかもしれない。

ゴジラの造形を担当した利光貞三の写真があった。雛形と利光の2ショット。ゴジラはどうも恐竜ぽくもある。ややアタマが大きい。

そして伊福部昭の「ゴジラ」のスコアがあった。
タイトルは赤鉛筆のロシアで「ゴジラ」と書かれている。
わたしには読めないがそれを写した。

管弦楽の深刻な音曲。
<参加>する楽器が増すにつれその深刻さが重層化する。
つい先日ネットで「ゴジラのテーマを国際大会での日本国歌にすれば相手国は怯える」というのがあったが、実際この繰り返されるメロディの恐怖というものは深刻である。
一つのメロディが重複され追走され、否応なく高ぶる状況へ追いやられる。
安穏とした時間はどこにもない。
思い出すだけでも異様な感興に囚われ、ゾクゾクする。

「ゴジラ」ポスターを見る。
現在でもそうだが、首都圏と地方によりそのポスターの様相は変わる。
たとえば有名なところで東映「鬼龍院花子の生涯」では首都圏は夏目雅子が「なめたらいかんぜよ!」と啖呵を切るシーンがポスターに使われていたが、関西では夏目さんが義父の仲代達也に襲われて「お父さん、やめとぅせ」と嘆くシーンが幅を利かせていた。

ここでも地方により違うポスターがあった。
首都圏のはゴジラが口からゴーーーッと吐いていて、その足元に山根博士(志村喬)と尾形(宝田明)にすがる恵美子(河内桃子)、反対側に芹沢博士(平田昭彦)という配置である。
今日でも「ゴジラ」では一番有名なポスターではなかろうか。
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しかしここに越後長岡のポスターとその周辺資料があり、それが全く違っていた。
ゴジラがゴーーーーーッなのは同じだか、下方には気を失った恵美子(河内桃子)を抱き上げてゴジラを見上げる隻眼の芹沢博士(平田昭彦)の雄姿があった。
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これが実にかっこよくてシビレた。見ようによっては「オペラ座の怪人」のような構図ではあるが、平田昭彦の美貌が隻眼になり酷い傷を見せていることで、却って凄艶さが増している。
総じて平田昭彦があまりに魅力的なので、わたしなどは何故もっとまじめに「ゴジラ」を見なかったのかと今さらながらに反省した。

長岡東宝のプレスシートがある。イラストで人々やゴジラの絵が載るがそれがまたひどくカッコイイ。そしてそこには東映のお子様時代劇「三日月童子」の宣伝もある。
地方では東宝も東映も松竹もあんまり関係ないのかもしれない。

ロケハン写真、美術デザインなどの資料を見ながら人知れず興奮する。
なんてかっこいいんだろう。
わたしはもともと特撮大好き少女だが、それは主に70年代の特撮なのだった。
「ゴジラ」より「ガメラ」「大魔神」そして「仮面ライダー」「ウルトラセブン」などに惹かれているのだが、今こうしてこの展覧会で初代「ゴジラ」の魅力に触れて、精神の痙攣が始まっている。

映画のシーンごとのイメージを複数のスタッフが描いたピクトリアルスケッチの現物と、それを映像化したものを見た。イメージをこのように形にして映画製作が続けられたのか。
このコマ絵を見続けているだけでもときめく。
250点ほどあったと思うが、海底でゴジラが死んでゆく姿はやはり可哀想で、これは胸が痛くなった。悪いのは全て人間なのである。ゴジラが可哀想すぎた。
(後で調べると原作者の香山滋もこのシーンでは泣いていたそうである)
そしてオキシジェン・デストロイヤーの再利用を避けるために資料を焼却するだけでなく、芹沢博士は自らの生命を絶ち、その死を知った人々から追悼の花輪が海底へ贈られる。

昔の日本映画のラストシーンは良いものが多かったとつくづく嘆息する。
モノクロ時代の日本映画のラストシーンで最高なのは内田吐夢「飢餓海峡」だとわたしは思うが、あれもまた自死で終わっていた。
三國連太郎が贖罪を自己で完結させ、海に飛び込みスクリューで無惨な死を遂げる。そこへ地蔵和讃がかかる。
海での死は深く心に残るものだ。

ところでこのピクトリアルスケッチは撮影され、スタッフに配られたそうな。意識統一のためだろうか。
現在では刊行されているというが、本のタイトルは分からない。今もあるのかもわからない。


次に「七人の侍」。どうもこの映画は見ていると口の中に泥が入り込んでくるようでニガテ。
カバーの「荒野の七人」の方が好きだ。
七人の幟があった。当時のものなのか再作成なのかは知らない。
ロケハンの資料を見ると、白川郷と奥多摩などだとわかる。
ああ、当時でさえもうこうした民家は失われていたのか。
向井潤吉の描いた民家のようなのはもう実際にはないのだ。

東宝ニュースを見るとカストリ雑誌「りべらる」の宣伝があった。
そぉか「りべらる」はまだ生き残ってたのか。なんだか嬉しい。

回廊には東宝の歴史年表があった。
東宝のプロデューサーと言えば藤本真澄を思い出す。
彼のライバルプロデューサー児井英生の自伝「伝・日本映画の黄金時代」でなかなか詳しく書かれていた。
彼自身も東宝で働き、やがて新東宝で「三百六十五夜」をヒットさせている。

時代を戻してPCL時代。室生犀星の「兄いもうと」も映画化されていた。
1936年、木村荘十二監督作品である。ポスターはソ連映画風である。
昨秋ここで見た「ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム」展でのソ連映画のポスターを思わせるような構成。
タイポがいかにもである。

そう言えば木村荘十二といえば村上もとか「龍 RON」に名前だけが現れる。
ヒロインの一人・田鶴ていは活動写真の女優で後に満州に渡り、甘粕の下で映画監督として活躍するのだが、彼女の満州での最後の映画「人販子」ラストシーンにカラーフィルムを使用するという設定がある。本来そのカラーフィルムは木村荘十二の作品に使われるはずがまだ完成していないという理由で、ていは半ば強引にカラーの配給を得るのだ。
「龍 RON」で、ていの活動を追うと戦前の日本映画史をなぞることにもなる。
実名は少しずつ変えられているが、明らかにそれとわかる名が使われている。
作中には山中貞雄も名を変えて現れ、印象深い役を演じていた。

その山中貞雄の「人情紙風船」の資料が出ていた。
宣伝用のそれや美術の設定などをみる。これらはフィルムセンターでも時折見かける。
戦地からの山中の手紙や、戦病死したことを知らす死亡證書などもあった。
まことに無念の死である。

わたしは京都のスペース・ベンゲット最後の上映会で「人情紙風船」とジャン・ヴィゴ「新学期 操行ゼロ」の二本立てを見た。それぞれこの一度限りしか今のところ見てはいないが、非常に印象深い作品だった。

「人情紙風船」は前進座総出演の映画で、非常に演技のレベルの高い作品である。
「髪結新三」をベースにしてはいるが、そこに仕官のあてのない浪人も絡み、非常に鬱屈したものを漂わせる作品である。
新三を演じた中村翫右衛門のカミソリのような鋭さには息をのむばかりだった。

1937年のこの映画のセットのうち長屋の奥の樽が並ぶところなどは前述のフィルムセンターでも見られるが、白木屋のセットはここで初めて見た。

1938年「鶴八鶴次郎」の資料がある。
新内語りの男女の心の機微を描き、第一回目の直木賞を得た作品である。今日までこの芝居は新派などでたびたび上演され続けている。
映画では山田五十鈴が女芸人の鶴八を演じたが、劇中で彼女が三味線を弾くのを見るのはかなり心地よいものだった。
晩年に至っても山田五十鈴は「必殺仕事人」シリーズなどで三味線を弾き、見事な腕前を披露していた。

1937年「前進座の新撰組」がある。村上元三の脚本に木村荘十二の演出。船に「誠」の旗が見える。するとこれはもう新選組がなくなり、土方が箱館(函館)へ向かうシーンなのかもしれない。

アニメーションもある。「動絵狐狸達引」である。
スタッフを見ると横山隆一、うしおそうじらの名前がある。邦楽が使われていてなかなか楽しい。
なお今回感想を書くに当たり、この作品がyoutubeで挙げられていることを初めて知った。作品名をクリックすると映像が流れだします。

伊原宇三郎の油彩画「トーキー風景」があった。1933年。
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スタジオの熱気を感じる絵。
この時代から無声映画からトーキーへと移りだし、弁士は失業するのだ。
アメリカではそのあたりの事情を「雨に唄えば」で描き、日本では市川崑が「悪魔の手毬歌」で描いている。

絵画はほかにもう一枚。
これは建築用の資料としての画かもしれないが「有楽座」の舞台裏を描いたものが出ていた。洋風の空間を白と緑が分けている。大変素敵な場所だった。

古川ロッパの日記、入江たか子の資料などなど。
ロッパの日記は刊行されている。完全版でなくとも引用した本などがたくさんあり、手に入れやすい。

山田耕筰の「戦国群盗伝」のスコアを見る。「野武士の歌」、歌詞つき。
山田耕筰もいろんな作曲を出掛けていたのだなあ。唱歌に校歌に劇伴に。現代音楽の良さはまさにそこだ。

PCLには瀧口修造も勤務していた。ほんの数ヶ月で退職したそうだがスクリプターとして働いた。特にどうと言うこともなさそうである。
その当時の文芸部には劇作家の三好十郎、伊馬春部らがいて、ほかにもソニーの井深大、村山知義らの名があった。
村山との交流から影響を受けたか、美術監督の久保一雄のシュールレアリスムの研究資料や絵画が並ぶ。

「ハワイ・マレー沖海戦」が出ている。藤田進の横顔がかっこいい。もう一人と咥えたばこの火の先をつけあっている。
わたしはこういうのを見るとときめくので、この1シーンだけでドキドキした。
「俺たちの勲章」のラストシーンを思い出して勝手にニマニマしてしまう。

1948年には東宝争議が起こる。
高山良策の争議スケッチがある。
山下菊二のそれは人々だけでなく風景そのものをも描いている。彼の本来の作品より、この争議スケッチの方が私には好ましかった。50枚くらいあった。
「俺たちに仕事をさせろ」か…

その年には「三百六十五夜」東京編・大阪編のヒットがある。前述の児井プロデューサーの仕事。
昔の女優はきれいだなあ。

「生きる」プレスシートを見た。イラストは猪熊弦一郎。彼は抽象画よりこうした人物画の方がずっと好きだ。色が派出である。
あのブランコに乗るシーンのポスターも猪熊さん。
なるほどなあ。
わたしがこの映画を知ったのはまだ志村喬が存命の頃で、とても可哀想な気がしたのを覚えている。

黒沢のスタッフに江崎孝坪がいる。彼は日本画家・前田青邨の弟子だという。
その衣装デザインのスケッチを見ると、なるほど青邨の弟子だという感じが強い。「隠し砦の三悪人」「蜘蛛の巣城」など。
あのポスターは魅力的だった。

映画の予告編を上映していた。
「日本沈没」「悪魔の手毬歌」「影武者」などの予告である。
わたしは「復活の日」は見たが「日本沈没」は実は知らない。
今こうして映像を見ていると「日本以外皆沈没」の方がましかなと思った。
映画のことではなくに。
いろいろと懐かしいことを思い出す。

東宝いろはカルタなるものがあった。
「地位は揺るがず 銀幕の女王 原節子」「香川京子は今年のホープ」「あこがれのスターは八千草薫」…いいねえ。

東宝のミュージカル、コメディなども大きなコーナーで展示されていた。
ところがあいにくなことに私はこの分野は昔からニガテでほとんど知らない。
せいぜい森繁・フランキーらの「喜劇駅前」シリーズくらいか。それもタイトルだけで中身は観ていないのだ。
わたしは日本映画のコメディものは東宝のオシャレな軽さのものより、今村昌平の「重喜劇」の方がいい。

柳生悦子のデザインした衣裳スケッチがずらりと並ぶ。いずれもかっこいい。
半世紀前のオシャレなおねえさんたち。
今見てもかっこいい。イメージ (88)

柳生悦子は確か世田谷文学館でも展示があったように思う。
「妖星ゴラス」での作業服のかっこよさは、これはリアルに販売されたらとも思う。本気のデザインはやはりカッコいい。

多くの映画がある中からピックアップされた作品群だけに、中には見たくて仕方なくなったものもある。
村上元三原作の「大坂城物語」である。原作も読みたい。
とても惹かれた。

監督稲垣浩の人物スケッチがある。
三船敏郎、小津安二郎、京マチ子などなど。
さらりといい感じ。

三船敏郎の特集がある。
正直なところわたしはあんまりこの人が好きではないので、それもあって黒沢映画に関心がないのだ。
ただ「羅生門」は好きだ。尤もわたしは森雅之にときめく女なのでちょっとニュアンスが違うか。
成瀬巳喜男監督の森雅之と高峰秀子「浮雲」は常にわたしの中ではベスト10に入っている。

その「浮雲」は1955年だった。中古智の美術デザインノートが出ている。
仏印での素敵な生活から東京でのオンリーさん暮らし、屋久島での最期まで。
ゆき子の家たるオンリーさんの家は復元されてフィルムセンターに時々展示されている。なんとなく可愛いおうちにも見える。

岡本喜八の仕事の紹介がある。
1959年の「独立愚連隊」のシナリオなど。
岡本喜八作品はタイトルからしてもかっこいい。
「ダイナマイトどんどん」「近頃なぜかチャールストン」「カポネ大いに泣く」などなど。面白い映画が多かったなあ。

村上忍のデザイン画をみる。
「鹿鳴館」「細雪」など豪奢なものがあった。あれらはいずれも建造物そのものの美に惹かれた。「細雪」ではアパートの絵もあり、戦前の集合住宅の様子がよく出ていた。

種田陽平の紹介もある。21歳で「上海異人娼館チャイナドール」に参加していたのか。キンスキーのいた映画。
「スワロウ・テイル」「不夜城」「マジックアワー」「思い出のマーニー」などなど。いずれも記憶に残るものばかり。
「マジックアワー」の建物空間の模型もあり、これがとても魅力的でよかった。
こういうのが大好きなのだ。
三谷監督の作品はわたしの笑いのツボとはちょっとズレるので笑えないが、こうした背景とか設定とか小間物がとても好きだ。
感性の違いはあるが、彼の提示するお道具はみんな好きだといってもいい。

非常に面白く見て回った。
二階の常設ではこの展覧会にリンクした「世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち」展が開催されている。
こちらもとてもよかったので、また稿を別にして感想を挙げたいと思う。
4/19まで。

若冲と蕪村 第三期

サントリー美術館の「若冲と蕪村」展は画期的な展覧会だと思う。
副題にまずはっ となる。
「生誕300年 同い年の天才絵師」
この二人が同い年で、しかも蕪村が京都在住の頃はごくご近所さんだった、というのは、案外どなたも考えたことがなかったのではないか。
ううむううむ、とうなりながら見に行く。
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正直なところ近年の若冲ブームにはちょっと辟易している。
奇想奇想とばかりで、奇想に非ずんば絵画に非ずとでもいうのか、と思うくらいのその勢いに疲れている。
近所に若冲の襖絵を持つ寺があり、トコヨノナガナキドリがニガテなわたしは子供の頃から若冲を「鳥オヤジ」と呼んで忌避していた。
若冲の良さが沁みるようになったのは版画の小鳥たちや仏たちの集まるアイランドとかそんなのを見てからだった。だから相変わらず通称四文字のあのトリの絵はニガテ。
こういうので「…ええやん」となったのだ。イメージ (77)

一方与謝蕪村についても子供の頃からなんとなくニガテだったが、これは逸翁美術館、柿衛文庫のおかげで今ではすっかり大好きになった。
歳をとらないとわからない美というものが確かにあり、俳画や文人画、そして墨絵全般はその範疇にあるように思う。

さて、この展覧会は実に大充実しているがために、数期にわたる展示替えがあり、首都圏に住まうならともかく、関西人のわたしでは全部を見るのはムリなので、行ける日にだけ行って、その時に見れたものを喜ぼうと思う。
わたしが見たのは4/10だから3期目、4/8-4/13の分だった。明日の4/15から4/20までは4期目なのでまたガラリと展示が変わるようだった。


第 1 章 18世紀の京都ルネッサンス

弄翰子 編 『平安人物志』小本一冊 木版墨刷 明和 5 年(1768)・安永 4 年(1775)版それぞれ 京都府立総合資料館  洛中在住の芸術家紳士録兼評判記。

伊藤若冲、与謝蕪村ほか 諸家寄合膳・諸家寄合椀  京の人々の楽しい手すさびですかな。朱塗りに絵師たちがそれぞれ好きなものを描いている。蕭白もネズミに水仙を描き、池大雅や森派の手もある。楽しそう。

与謝蕪村、円山応挙 合筆 「ちいもはゝも」画賛 一幅 紙本墨画淡彩 海の見える杜美術館  これを見れたのは嬉しい。なにしろずっと見たかったのにタイミングが悪く見る機会がなかったのだ。
芒の描表装で、猫が踊る横で、しゃもじに目鼻がついて着物を着ている楽しい絵なのだ。
2008年の柿衛文庫展での「蕪村と月溪」展で出たが、その時には展示替えで見れなかったのだ。
その時の感想はこちら

与謝蕪村、円山応挙 合筆 蟹蛙図 一幅 紙本墨画 MIHO MUSEUM  応挙の描いた蟹はシルエット。薄墨。三匹のカエルの背中がいい。喰うか喰われるかではなく、なんとなく一緒にいる。こういうのを見ると「われはわれ、きみはきみ、されど仲良き」という武者小路実篤の言葉が浮かぶ。
四条派と円山派の後の融合は必然だったとも思うのだ。

第 2 章 出発と修業の時代
修業時代というものは誰にしろ魅力的なものだ。
本人はしんどいだろうが。

伊藤若冲 糸瓜群虫図 一幅 絹本着色 細見美術館
伊藤若冲 隠元豆図 一幅 紙本墨画淡彩
どちらもやはりいい作品だと思う。奇想奇想とうるさいのを措いて、黙ってこういう絵を見ると、やはり面白い。構図や線の選び方などに魅力がある。

与謝蕪村 梅石図 一幅 絹本墨画   妙にガクガクしたというか雷鳴を描いたような枝。そして岩がこれまたガクガクしていて、しかも顔ぽくもあり、岩男のようにも見える。

与謝蕪村 三俳僧図 一幅 紙本淡彩  実在の三人の坊さんらを描いている。差し障りがあったようで台詞部分が消されている。別に極端な戯画でも風刺画でもないのだが。楽しそうな三人。うち一人がちょっとなよやかなのもいい。

与謝蕪村 晩秋飛鴉図屛風 六曲一隻 紙本墨画   田の上を五羽の烏が慌てて飛ぶ。びっくりした顔をしている。もとは襖絵だったかもしれないそうだが、空間を切り裂くような羽ばたきが聴こえてくる。

与謝蕪村 風虎図屛風 二曲一隻 紙本墨画淡彩   「フフン」とドヤ顔の虎。牙がはみ出ているのもいい。ヨシヨシとこちらも黙ってにやにやしながら虎の鼻息をきく。

与謝蕪村 天橋立図 一幅 紙本墨画 宝暦 7 年(1757)  やたら賛が目立つ。空間の8割を占める賛。いやもぉこうなると賛ではなく詞か。それに押しつぶされそうになってちょっと歪曲している松並木。

第 3 章 画風の確立

伊藤若冲 月夜白梅図 一幅 絹本着色  南蘋派風の一枚。これは好きです。とにかく数珠玉暖簾のように連続する白梅、その背後に耀く月。
濃い白梅の香りが漂っているような一枚。

伊藤若冲 寒山拾得図 双幅 紙本墨画  にこにこの二人。可愛い。あらゆる寒山拾得図の中でもベスト5に入る可愛らしさ。拾得は顔を見せないが寒山の表情からも想像できる。
和やかないい絵。イメージ (78)


伊藤若冲  桂州道倫 賛 河豚図 一幅 紙本墨画 寛政 5 年(1793)賛  妙に面白い。こういうのを見るとやっぱり若冲は面白いと感心するのだ。

与謝蕪村 維摩・龍・虎図 三幅対 絹本墨画 宝暦 10 年(1760) 滋賀・五村別院  虎はモコモコと固太りしていて、朝鮮の虎絵をお手本にしているようだ。
イメージ (5)
龍が薄暗闇の中にいるのだが、これは何かに似ていると思った。
そうか、ちばてつやが時々使う手法に似ているのだ。「のたり松太郎」「おれは鉄兵」「男たち」にもある、薄暗闇に浮かぶ不気味な薄笑いをたたえる男たちの顔…あれですな。
奇妙に重厚な存在感がある。
イメージ (3)

与謝蕪村 柳江遠艇図 一幅 絖本墨画淡彩 明和元年(1764) 蕪村は絖(ぬめ)が好きだったようで、その布の特性を活かしてモヤァとした絵を描く。

与謝蕪村 黄石公・王猛図 双幅 絹本着色 明和 7 年(1770) 張良に軍略を授けた黄石公が侍童と共にいる。既に裸足。張良に拾わせるための沓流し。
王猛も名宰相だが、ここにいるのは変な顔つきをしてるおっちゃん。

第 4 章 新たな挑戦

伊藤若冲 梅荘顕常 賛 寒山拾得・楼閣山水図 三幅対 紙本墨画   これまた可愛らしい二人。寒山が黙って拾得を見る。普段考えたこともないが、この絵だけ見ているとちょっとBLぽくもある、と妄想が湧く。

伊藤若冲 梅荘顕常 賛 烏賊図 一幅 紙本墨画  墨吐いてるーっ灰黒な背景。二匹のイカがおる。
軸の上下が何やら重々しい。

伊藤若冲 双鶴・霊亀図 双幅 紙本墨画 MIHO MUSEUM  鶴もヘンだが亀はもっとヘンですな。モグラぽくもある。

伊藤若冲 下絵  梅荘顕常 賛 『乗興舟』 一巻 紙本拓版 明和 4 年(1767) 今回開かれていたのは、大塚(家具ではない)、つまり枚方と高槻のバスが通ってるのかな、あのあたり。そこから始まって次に三島。描かれていない手前は枚方の光善寺。まだ高槻市かな。次は摂津の鳥飼、むろん鳥飼大橋のない時代。この辺りが出ていた。
今は淀川の河川敷もこの辺りはかなり整備されていて、スポーツが出来るようになっていたりする。
いつ見ても日本手ぬぐいにほしいなと思うのだった。

蕪村の俳画を楽しむ。黙ってかみしめるうちになんとも言えん味がわく。
与謝蕪村 「ぬけがけの」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩
与謝蕪村 「鳥羽殿の」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩
与謝蕪村 「五月雨や」自画賛 一幅 紙本墨画
与謝蕪村 「澱河曲」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩
与謝蕪村 「澱河歌」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩
与謝蕪村 「花の香や」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩MIHO MUSEUM
ほのぼのとした絵や味わいのある文字に和む。

与謝蕪村 盆踊図 一幅 紙本墨画淡彩 愛知県美術館(木村定三コレクション) こちらも楽しそう。特別美男美女などいない絵ばかりだが、愛嬌というものが常にある。

与謝蕪村 若竹図 一幅 紙本墨画淡彩 愛知県美術館(木村定三コレクション) 俳句がある。「若竹や 橋本の遊女 ありやなし」。八幡の橋本は近年まで遊郭があった。
蕪村は今の都島の毛馬あたりの出身だそうだが、竹西寛子の「わたしの古典」などで彼の母はその橋本で働く人だったのではないかとある。
小さな家が描かれているが、それは女のいた家かもしれない。

与謝蕪村 「又平に」自画賛 一幅 紙本着色 逸翁美術館  赤い頭巾のご機嫌な又平。これは千鳥足の浮世又平。逸翁のほかにも別なバージョンの絵があり、いずれも可愛い。

与謝蕪村 「涼しさに」自画賛 一幅 紙本墨画淡彩  ウサギの杵つきの俳画。出羽の宇兵衛さんとのからみでウサギ絵にしたそうな。「涼しさに麦を月夜の卯兵衛かな」ですな。
「涼しさに」と来るとわたしなどは小西来山の「涼しさに四ツ橋を四つ渡りけり」をすぐに思うが、こちらはウサギさんで、つくのは麦ですわ。

与謝蕪村 奥の細道図巻 二巻 紙本墨画淡彩 安永 7 年(1778) 京都国立博物館  つくづくよろしいなあ。那須の玉藻の前の古墳から鶴岡への道のり辺りが出ていた。

第 5 章 中国・朝鮮絵画からの影響

伝 李公麟 猛虎図 一幅 紙本着色 朝鮮中期 京都・正伝寺  これがぺロ虎ちゃんの本歌。以前に高麗美術館の「朝鮮虎」展で若冲のと並んでいるのを見ている。
その時の感想はこちら10012002.jpg

わんこがぞろぞろ。
李巌 花下遊狗図 一幅 絹本墨画着色 朝鮮・16 世紀 日本民藝館  可愛すぎるねー!そういえば「いぬ・犬・イヌ」展には朝鮮のわんこ絵がなかったような気がする。

与謝蕪村  仔犬図襖 四面 絖本淡彩   ゾロ・シロ・チャの三匹が可愛すぎるがなーーーっ

伊藤若冲  無染浄善 賛  仔犬に箒図 一幅 紙本墨画 細見美術館  この絵も好きで。禅語の意味があろうとなんだろうと可愛い。箒で掃かれるわんこ、その目つきがいい。手も可愛い。

伊藤若冲  栗柯亭木端 賛 箒に狗子図 一幅 紙本着色   こういう可愛さってもぉ…!!!  

伊藤若冲  要中通玄 賛 仔犬図 一幅 紙本墨画   丸くなってるわんこ。顔を見せようとしない、そこがまた可愛い。

わんこ特集でしたな。そういえば「百犬図」は出ないのだろうか。

与謝蕪村 春景漁夫図 一幅 絹本着色  小舟で魚を売る男。表に出ず窓からこれがいいあれがいいと指さすのは女ではなく侍童らしい。なかなか可愛い。

階段を下りるとそこには近年になり世に出た白象と鯨の屏風があった。
こういうのを見るとやっぱり可愛くてよいなあと思うのだ。墨絵なのに象の牙が虹色だと気づいたり。

伊藤若冲 象と鯨図屛風 六曲一双 紙本墨画寛政 9 年(1797)MIHO MUSEUM  可愛いなあ。
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伊藤若冲 蔬菜図押絵貼屛風 六曲一双 紙本墨画 寛政 8 年(1796) 「ダブルインパクト」でも野菜の涅槃図がありそこでも大根がお釈迦様だった。どちらの作品が先か、それとも大根は野菜の主役なのかどうか知らないが、まぁやっぱり大根涅槃図が落ち着くか。レンコン、シイタケ、サトイモ、ナス、ナンキン…片っ端から食ったらさぞやさぞや。

与謝蕪村 山水図 一幅 絹本着色 天明 2 年(1782)  銀屏風に描かれた山水図。ところどころに人がいる。寂しくはない山水図。いいなあ。
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ところでここで一つ話を入れると、蕪村は娘が婚家で苦しんでいるのを知ると離縁させて連れ戻したが、その蕪村が死んだ後、かれの弟子たちは娘さんを再婚させるための資金繰りに奮闘したそうで、それで作られた作品を「嫁入り手」というそうな。
師匠と弟子のいい話。


第 6 章 隣り合う若冲と蕪村―交差する交友関係

伊藤若冲 無染浄善 賛 蟹図 一幅 紙本墨画 京都国立博物館  これまた凶悪なカニですな。悪党面してますな。食べにくそう。

伊藤若冲 伯珣照浩 賛 猿猴摘桃図 一幅 絹本着色  ああ、なるほどなあと納得。しかし猿の顔つきがやっぱり若冲なのだ。
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伊藤白歳 歌仙豆腐図 一幅 紙本墨画 寛政 3 年(1791) 黒主と小町で田楽づくり。後の四人はどうしたのだ。カタキ同士の二人が仲良く田楽拵えて、みんなに供するのかな。

第 7 章 翁の時代

与謝蕪村 筆 蜀桟道図 一幅 絹本着色 LING SHENG PTE. LTD  これが90年ぶりに世に出た絵か。…「アギーレ 神の怒り」冒頭シーンを思い出すなあ。軍隊がマチュピチュを上ってくるシーン。実際には映画の撮影隊なのだった。蜀への道は厳しいというものなあ。
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蕪村は何十年ぶり発見というのが多い。
逸翁でもそんなのがあった。

与謝蕪村 武陵桃源図 双幅 紙本墨画淡彩 安永 10 年(1781)  どちらも変な顔の人ばっかり。約束してるわけだが、この顔つきは大丈夫かいなと心配になるね。

与謝蕪村 郭子儀図 一幅 絹本着色 天明元年(1781) 広島・海の見える杜美術館  けっこう大人な孫子たちやな。

与謝蕪村 鳶図 一巻 紙本墨画  これは絵巻で横広がりになっているが、次に現れる絵の親戚だな。鋭い眼をしている。

与謝蕪村 鳶 ・ 鴉図 双幅 紙本墨画淡彩 北村美術館  この絵は本当にタイミングが合わなくて、これまでチラシなどでしか見ていなかった。
こうして観ることが出来て非常にうれしい。
この展覧会が始まる直前に所蔵先の北村美術館でも展示されていて「見に行かねば」と思いながら行き損ねたので、本当に良かった。
雪の中でじっと耐える烏たち。鋭い線で描かれ、質感までが伝わってくる。
雪の中の烏と言えばユーリ・ノルシュテイン「話の話」に坊やの幻想シーンがあり、そこでは雪の中で坊やが烏たちと仲良くリンゴを分け合っていた。
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鳶の鋭い眼にもドキッとした。風の中で耐えている。
「とんび」と書くとのんびりした風があるが、「とび」となるとやはり崇徳院の眷属とかそんなことを思いもする。
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与謝蕪村 薄に鹿図 一幅 絹本墨画淡彩 愛知県美術館(木村定三コレクション) 一頭のシカが軽く見上げる様子。目が寄ってるよね。肉付きもよろしい。

伊藤若冲 五百羅漢図 一幅 紙本墨画  ずらーっと並ぶ。ロングで捉えているが米粒のようでもある。

ああ、面白かった。
蕪村の良さ・若冲の良さ。それぞれ交差するところはないようにも思うが、とても楽しく眺めて回れた。

明日からのまた違う展示。わたしは今度は6期目に行く。

四月の東京ハイカイ録 3

日曜日。
晴れて暑くなってゆくのでした。

アタマの痛い朝でしたな。
送迎バスで東京までゆくのだが、大陸人のエエ加減さに参る。
あれはあかんのう。

この日は山手線と京浜東北線が完全にお陀仏で結局9時間後に復旧したとか。
日曜でよかったねえ。
わたしはこれで一つ行くのを諦めたが、まあ地下鉄一日券でうろつくことになりました。

池袋から中村橋。公園がどうぶつまみれ。いつの間にこうなった?
カラフルなキリンとか草まみれの熊とか色々。
練馬区美術館では小林清親の光線画から戯画、肉筆屏風、水彩スケッチなどがあった。
ほんまに範囲が広い明治の浮世絵師。

今度は副都心線で明治神宮前。太田で広重と清親。
さっき見たばかりだからますます記憶も好意も高まる。
しかもダブルインパクトで見たのもあるしで、今回のハイカイのハイライトは明治の絵を見た、ということかもしれん。

松濤美術館に行く。
いぬ・犬・イヌ展。
去年のねこ・猫・ネコ展より数が少なかったな。
しかし可愛かったよ。立派な犬も多いし。

4時過ぎに三原順復活祭に着く。今回はサーニンと「ルーとソロモン」「SONS 」。
たいへん良かった。早くこの感銘を形にしたい!
しかし先にツイしたが、その際、コメントをくれた人から「ご意見ありがとうございます」と言われ、違和感を持つ。
たとえ主催者であろうとも、
「あなたは三原順ではない。
あなたもわたしも三原順の信徒なのだ。」
そう思いながらもそれは言葉にはしない。
会場では声高な二人の人がこの復活祭を統括した本を出すようなことを話していた。それに魅力を感じないのは、たぶんわたしは他者がグダグダいうのを読みたくないからだろう。
こんなに自分勝手なことを書き散らしているのに。
だから、かもしれないが。

そしてとうとうタイムアップ。東京駅に向かう。
今回はあんまりあちこち見た記憶がない。
次はGW は確実だが、もしかすると………
というところでおわり。

四月の東京ハイカイ録 2

土曜日の話。
朝から鎌倉へ向かう。
雨である。

清方記念館で明治の口絵を大いに楽しむ。やはり絵に文芸性が活きるものが好きだ。
しかし一方で、絵から文芸性を排除することでその作品が「1枚絵」として純粋芸術作になり、それが世の「美術品」になることも改めて実感する。
清方の凄艶な下絵「日高川」再会する。下半身が蛇体になった清姫が泳ぐ姿である。苦痛に満ちた顔にはもう他の何事も受け入れられない強さがある。
それから初公開「玄宗皇帝」下絵。ワルツを踊るような楊貴妃が顎をあげて皇帝を見るのを、片膝をついた現代青年が見上げるという構図。何らかの物語があると思うがそこらがわからない。惜しい。知りたいものよ。
梶田半古の女学生絵も大いに楽しみ、やっぱりこの時代の挿絵・口絵は楽しいなあと喜んで美術館を後にする。

どうやら本当になくなるらしい神奈川県立近代美術館本館というのか鎌倉館へ。
ここでその60年の歩みをみる。
正直なところ、わたしはこの建物があまり好みではない。
その理由について論じるのはやめるが、構造的に一観客たるわたしには使い勝手が悪いのだ。
どうも公立の「近代美術館」を名乗る美術館建築が何故か構造的に合わないものが多くて困る。
見終えてからは別館へ。こちらは新収蔵品と日本画。
新収蔵品では須田剋太のがたいへんよかった。

雨もやんで、鶴岡八幡宮の休憩所で蒟蒻田楽をいただく。3つ250円というのは丁度いい。
甘いスイーツばかりが欲しいわけではないのだ。
ところで鶴岡八幡宮へ来ると必ず立原正秋「恋人たち」「はましぎ」の連作を想う。
中で源平池の話が出るからだと思う。
わたしにとって鎌倉の内ここは立原正秋の散歩コースなのだった。

逗子に出て新逗子まで歩く。駅ビルの中華で軽く広東麺など食べてから金沢文庫へ。
綺麗な花が咲いている。咲き方が綺麗だと言うべきか。
赤い楓、枝垂桜、海棠が固まる。

金沢文庫では2つの宝積寺についいての展示があった。
大山崎の宝積寺ではなくそれを想うて作った鎌倉の山崎の宝積寺と津久井のそれと。
夢窓国師がいかに鎌倉幕府、京の内裏から愛され崇められていたか、その裏付けがここに集まっていた。
それにしても昔も今も悪い悪い坊主がいたもので、寺を違う宗派に売り払ってトンズラした輩がおったそうな。
こらーである。

そごうで安野さんの御所の花をみる。昨春なんばで見たものの巡回。
その時の感想はこちら
やっぱり心が和む。なだらかになる。
年柄年中東奔西走雨天決行現実逃避遊行漂泊激怒倉皇の身の上としては、たまにはこんな時間を持たねばならない。
今のままだといずれは発狂してもおかしくはないのだ。

東横線で自由が丘から用賀に。
世田谷美術館で「東宝スタジオ」展を堪能。
入った途端にゴジラが東京を破壊し倒すジオラマ。
すげーすげーと皆さんパチパチ撮られている。

最初の展示室は同じ1954年の「ゴジラ」と「七人の侍」で満たされていた。
わたしは「ゴジラ」だな、絶対に。
地方によりポスターの違いがあり、それがまた面白い。
隻眼の芹沢博士の苦悩にときめく。平田昭彦、ハンサムやなあ。
ドキドキ。
東宝映画ニュースでは雑誌宣伝コーナーがありカストリ雑誌「りべらる」の宣伝があった。
「日本沈没」「悪魔の手毬歌」などの予告編も流れ、たいへん面白かった。
「ハワイ・マレー沖海戦」のプレスシートでは藤田進が部下とタバコの火を互いにくっつけ合うシーンにときめいたり。
やはり昔の映画は面白いものだ。
山下菊二の東宝争議スケッチもよかったし。

用賀の駅近くでかしこそうなわんこに会う。撫でさせてもらうとわんこも喜んでくれた。
純粋に可愛いなという気持ちだけで犬に当たると、犬はそれにこたえるものです。
猫との違いやな。ネコの良さと犬の良さの違い。
そして飼い主のお孫さんもええ子で「お姉さん、ありがとう」
可愛いのお。

半蔵門線を延々と乗ったままで錦糸町。ロッテシティでちょっと遊び、ホテルには12時前に帰る。
2日目はここまで。

四月の東京ハイカイ録 1

関西はまだ桜もある程度みれますが、八重洲についたとき、ああ東京のソメイヨシノはもおすっかり葉桜なのだと実感しましたな。

今回は木曜の朝は会社で働き、昼は龍谷大学を見学し、夜から東京へ潜伏という忙しい状況での上京。
関係ないが「上京」はやっぱり上京区でしょうなあ。

さて金曜の朝からガチガチの予定で動こうとしたところ、いきなりランチのお誘いが。
正直なところこのお誘いは断るべきだったのだけど、まぁ久しぶりだし相手も遠いところからわざわざ東京に出て来ているのだし、とOKしたのがやっぱり後に響いた。
パンでランチ可能か尋ねると返事がないので諦めて、パンを買いに行く。

この日は人形町のまつむらパンへ出向いたのだけど、色々と行き違いもあり、思うとおりに行かず、とりあえず2つだけ買う。これで二つ目の蹉跌を踏んで、店を出たら「よろしく」と返事が来た。タイミングが合わないなあ。
戻るのも厭なので今度はタンネに向うもそれもうまくゆかず時間も来るしで、上野に出た。
上野でサンドイッチと焼タケノコおにぎりを二人分追加購入して、東博へ。

本館2階を堪能した後、時間を図って一旦退出して藝大の「ダブルインパクト」を見に行くと、これがまた面白すぎて。
なお例によって展覧会の個別の感想は後日また別項。

約束の時間が近づくので慌てて戻ると相手から遅れると返事。
とりあえず待ってますと返すが、そうなると「インドのイム」が見れない。
本館一階を動く。それから東洋館で先に食べだすが、おにぎりがちょっとビミョーなのでこれはいかん。
相手の分は返品することにした。
いっそ2時に来てと返事して、その間に「インドのイム」を楽しもうと中に入ってしばらくしたら到着とメールが来た。
しかも東洋館の「ゆりのき」に入ったそうだ。
二重の意味で泣きたくなる。
相手のことも考えないといけないので泣く泣く「インドのイム」を途中でサラバした。
また来月見に来るよ、シクシク・・・

店に行き、奥に待ち合わせの人がいるのでと言うたが、対応がたいへん感じ悪かった。
なんでこんな言われ方をしないといけないのか。
全く踏んだり蹴ったりである。
2度とここには入らないぞ。

合流したが、相手もしょんぼりしているので可哀想になるが、わたしの方が可哀想ではないか。
パンの話をすると「あっ!」になったので、やっぱり慌てると人間何もかも飛ぶのだなと思った。
わたしは歯も磨いていたのでちょっと困るが、いっそと杏仁豆腐をたのむ。
おごる予定だったが、結局逆におごられた。
色々あるよなあ、人生。

わたしもわがままだからやっぱり誰とも合わない。
突発的なお誘いは、昼間の間は今後はどなたであろうと辞退すべきかも、と思っている。
夜間はまだ何とかできるけれど…
そういえば町田に行ったとき、庭園美術館でお茶しましょう待ってるわといきなり誘われたことがあり、あのときもクラクラしたなあ。皆さんやっぱり「たまにはあいつの顔を見てやろう」と思い出してくださってるわけだが、わたしのことはやっぱり放念してください。

人に合わせることが出来る人は偉いと思う。わたしはしようにも出来ない。
最初から待ち合わせての同行ならよいの。途中でというのがムリ。

らいおんさん、ごめんなさい。


おにぎりは返品するが、店員さんたちは感じいいのに店長の責任逃れの言動が凄い。
わたしも別に責めに来たのではなく「酸っぱいからこれはもう怖いので」と現物を持って行っただけ。
「別にネットであげたりしてませんよ」と言ったが、これだけ責任逃れしようとする姿勢は店長としてどうなのか。
店員の方も呆れてじーっと見てたな。
どこで買ったかとか画像はなしで、話だけ伝える。

三菱の印象派を諦めて、ブリヂストンへ向かう。
ブリヂストンも今回の展覧会を最後にビルの建て替えで長期間の閉館。
前回のリニューアルのことを想う。

武二「天平の面影」青木「わだつみのいろこのみや」が向かい合う空間に身を置く歓び。
かつてこの二枚が通路を挟んで並んだこともあり、あれ以来のときめきである。
ああ、素晴らしい。

昔のポスターを見る。懐かしい89年のクールベ、93年のモネ(このとき図録についた紙袋は今も手元にある)、95年の小出楢重の自画像。去年のチャイナドレスもよかったなあ。
折々の心に残る展覧会が蘇る。

雨が降り出したので乃木坂から国立新美術館直通のコースをとる。
もう4時なのだ。しかし雨のおかげでルーブル展の人もそんなに多くはなく、具合よく見て回れる。
オランダの風俗画が多いな。犬や猫の数を数えながら見て回る。

マグリットを見る前にサンドイッチをかじる。
持ってきていてよかったよ、結局のところは。

マグリット展、これがたいへんよかった。わたしのようなシュールレアリスムがわからない人間でさえもが楽しめた。
それどころか今回のマグリット展で、マグリットの思想についても色々と共鳴できた。
なるほどなあと実感し、作品鑑賞が進み理解が深まったのだ。
それはやはり作品の佳さを・思想を伝えるために、ここのキュレーターさんらが適度な導きをしてくれたからだと思う。

最後に「ジャク・ソン」展。すなわち「若冲と蕪村」展。
正直なところあまりに若冲若冲というのでイラッときてるのだが(なんしかわたしにとっては子供のころから「若冲=鳥オヤジ」なのだ)、まぁやはり若冲は奇妙な面白さに満ち満ちているよな。
一方、近年になり蕪村の良さをようやく味わえるようになったわたしとしては、大いに蕪村の世界を楽しめた。
蕪村の良さを教えてくれたのは間違いなく逸翁美術館なわけで、これはやはり関西人の一得ですわな。
全然違う二人を並べるところにサントリー美術館のチカラワザがあり、そこにも大いに好意を抱いたのでありました。

初日おわり。

旧天王山農場本館

先般、神戸西の旧天王山農場本館・現レストハウスまきばへ伺った。
1933年に本間乙彦設計で建てられた「旧大西家住宅」である。
大西家が運営していた天王山農場の本館として、山小屋風にデザインされている。
現在はおいしいレストランで、遠方からもお客さんが来られる。
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ここは戦時中「筋骨薄弱者」の人たちが健康になるようにと集められて、訓練などをした施設でもある。
豊かな自然環境の中でのびのびと過ごした人も多かったそうだ。

食堂と事務所と住居の機能が併設されているが、現在はすべて食堂である。
天井辺りが特に好ましい。
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飾られた絵も実は当時の施設の遺産である。
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体を鍛えるだけでなく、情緒も豊かに、というのがここでの方針なのだった。

階段も素敵だ。
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二階へ。
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明るい気持ちになるな。IMGP0177_201504090144375f1.jpg

ベランダから隣の建物をみる。
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焼き板のまま。少しは直しているが昔のものを今も。
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瓦が素敵…
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活きている建物。IMGP0184_20150409014502f8f.jpg

甍の波IMGP0186_2015040901491571d.jpg

古い木柱がよく似合う。IMGP0187_20150409014916e22.jpg

再び中へ。
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IMGP0190_20150409014920058.jpg IMGP0191_2015040901494288e.jpg

メーカー名がわかる。IMGP0192_20150409014943803.jpg

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ありがとう、山小屋風住宅。IMGP0198_20150409015317b3a.jpg



春の花をみる 1 春日大社から氷室神社まで

春日大社の式年造替記念の御本殿特別公開に出かけた。
その日は御神宝の特別公開日でもあり、眼福の時を過ごした。
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内部の撮影は禁止だが、春日大社の神域は許されていた。

IMGP0199_20150408232933d73.jpg緑苔のみずみずしさが目に映える。

宝暦年間の燈籠には鹿が浮かぶ。IMGP0200_201504082329356ee.jpg

春日大社IMGP0202.jpg

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御本殿から見た枝垂櫻。

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春日燈籠IMGP0204_2015040823295705b.jpg

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道すがらにスミレたち。IMGP0205_20150408232959fac.jpg

神寂びて…IMGP0207_20150408233002f97.jpg

桜を愛でる。
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千木の健やかさにもときめいて、春日大社のうるわしさに満たされて、後にした。

歩く。奈良新公会堂界隈の桜を見る。
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八重の愛らしさ。IMGP0215_2015040823354911e.jpg

氷室神社IMGP0216_20150408233551720.jpg

IMGP0217_20150408233552db2.jpg IMGP0218_2015040823355485c.jpg
枝垂櫻は少し色褪せていたが、残んの美を味わわせてくれる。

八重桜もある。
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ああ、繚乱たる・・・IMGP0221_2015040823421752b.jpg

心地よいまま神域を逍遥した。
ありがとうございます。

春の花をみる 2 大和文華館

柿の葉寿司のたなか屋さんでおひるをいただく。
小鉢は筍に木の芽。IMGP0222_201504082342191bc.jpg

大和文華館へ向かう。
ここの枝垂桜はすべて三春の滝桜の子孫である。

敷地内に入った途端!!IMGP0223_20150408234221628.jpg
本当の意味での枝垂れ…
池にまで到達しそうである。

椿が愛らしい。
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三姉妹、嫣然。
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どきどきした。IMGP0229_20150408235207af3.jpg

坂の途中で。
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三春の滝桜の子孫。
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IMGP0233_20150408235213c38.jpg IMGP0234_2015040823523135f.jpg
こちらも氷室神社同様、残んの美を味わう。

地の花。愛らしい。IMGP0235_20150408235233214.jpg

椿。
IMGP0236_20150408235234d4d.jpg IMGP0237_201504082352363a4.jpg

辛夷か木蓮か。白い木花。
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花の影に溺れる。IMGP0240_20150408235723d2d.jpg


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こちらは木瓜。
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大和文華館の庭園は「大和文華苑」と言う。百花を味わえる地なのだった。

春の花をみる 3 夙川の夜桜

久しぶりに夙川の夜桜を見た。
もう宴会は終わっていて、賑わいはなかったが、いい感じに静かに人々が夜桜を楽しんでいた。
ライトアップは特にされていない。

ソメイヨシノを見て歩く。
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最後に八重桜があった。
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造幣局の通り抜けが始まる・・・

感想を挙げられなかった展覧会。

2015年になってから感想を書くスピードが遅くなって、折角見たのにブログに挙げれず、ツイッターにやっとこさというのがわりと多い。
これではいかん、モッタイナイ。
ということで、全然挙げられなかったもの・ツイッターだけのものの紹介をします。

月日はわたしの行った日。タイトルと場所。
ちらし画像はすべてサムネイルです。

20150111 あこがれの団地 高度成長とベッドタウン横浜 横浜都市発展資料室  面白い展覧会で、横浜ドリームランドのことを知ったのも収穫。
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20150116 牛島憲之 熊本県立美術館  のんびりのほほんとしたシュールな作品が多かった。

20150117 七福神さまざま 福岡市美術館  まさかの秘宝館の蝋人形弁天様。この印象がとにかく強い。

20150117 春のひびき 福岡市美術館  ラファエル・コランの裸婦群像とかよかったなあ。

20150207 最初の切手から最新の切手まで 有馬切手文化博物館  これはツイッターでも書いたが、良いところで何よりまず建物が素晴らしかったのでした。

20150213 高松次郎 東京国立近代美術館  書きようがなくて困った・・・

20150214 うるわしの皇室文化 明治から大正・昭和へ 明治神宮宝物館  ツイッターでも書いたけど箪笥が素晴らしすぎた。あの細工にはほんまにときめきました。
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20150214 中村屋サロン 新宿中村屋  人間関係の良さが本当に心地よかった。苦しい愛情とか色々あるけれど、このサロンに集う人々の人間関係、そこに惹かれたなあ。
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20150215 小畠辰之助 吉祥寺のモダニスト 武蔵野市立吉祥寺美術館  絵手紙の先駆のようなシリーズがとてもよかった。あと俳句ね。
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20150215 萩原英雄「冬の旅」/水の情景 浜口・南・織田・岡田 武蔵野市立吉祥寺美術館  織田の都会風景、萩原の神話など好きなものがあった。

20150301 山本太郎 calling rimpa なんば高島屋  売れてしまって京都ではもう出なかったけど、蘭陵王がゾウさんの滑り台におるのとか、崑崙の四人組のお遊戯とか可愛すぎ♪

20150301 環境陶芸 藤原郁三 東大阪市民美術センター  これも大変素晴らしかった。それなのに挙げられなかった。時期を逸したのですな。陶磁器にガラスが融合されたものを見たのは衝撃的だった。
いつかまた見る機会があればぜひ見てみたい。
とりあえず行きやすそうなところでは地下鉄京都二条駅、京都府立医大病院、東京の澁澤シティプレイス、東京大学理学系総合棟、その壁面装飾が藤原さんのお仕事。
一方手すさびの天邪鬼たちが可愛いのなんの。これはほんと、手元で可愛がりたい。
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20150301 珠玉の仏教美術 奈良国立博物館  お水取りのときに新館でちらちら。

20150305 戦後世代の横顔 パリの革新、1950-60年代/秋岡芳夫全集3版画 目黒区美術館  藤田の書簡がとても面白かった。それから秋岡の銅版画。銅版画はシュールなものほど詩的なものが多い。

20150305 幻想絶佳 アールデコと古典主義 東京都庭園美術館  アカデミズムの絵画の正当な美しさに惹かれたね。
惜しいことに知らなかったのでどうにもできなかったが、鈴木治行さんの音楽を聴きたかったな。
わたしは現代音楽が好きなのだ。新しく生まれる音楽が。
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20150306 パスキン 汐留ミュージアム  これはもう本当にいや。けがれた気がした。
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20150307 谷内六郎 新春から春へ 横須賀美術館  ほのぼのした幸せが寄り集まっていて楽しい。一方でせつなさがしみる。

20150307 古代エジプト ファラオと民の歴史 東海大学のエジプトコレクション 横浜都市発展資料室  これも面白いのに話題にならなかったなあ。
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20150307 陸に上がった海軍 連合艦隊司令部日吉地下壕からみた太平洋戦争 神奈川県立歴史博物館  今のこの時代にだからこそ、この展覧会は大切だと思った。しかし、わたしは書けなかった…

20150307 円空と木喰 そごう美術館  閉館前の駆け込み鑑賞したけど、よかったな。わたしは特に円空がいい。
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20150314 孟宗竹山 京都文化博物館  前期は瓦の「筍」字が楽しく。後期は作り物の雪の竹の子が楽しい。
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20150321 島本町の歴史 島本町立歴史資料館  昭和までの生活用品や色々謎なものが多くて面白い。

20150328 新収蔵品 島崎玉淵ほか 滋賀県立近代美術館  七難七福の模写とか。

20150328 江若鉄道の思い出 大津市歴史博物館 写真撮りながら実況したのでブログにまとめられなくなった。
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20150404 式年造替記念春日大社国宝御本殿・「磐座」「後殿」「遥拝所」「桂昌殿」  千木がかっこよかったのと、八雷という神様が電話・通信・電機の神様と言うのが楽しい。
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あとは既に関西でもみて、感想を挙げている「デミタス・コスモス」「新印象派」、どちらも面白かった。
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リュスのこの絵はハルカスには出なかった。
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デミタス・コスモスも三井の方が見やすかったな。
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岩合さんの「猫あるき」は京都大丸で見たが、次は梅田阪急。これもまた見るよ。
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とりあえずなんとかがんばって見たものをどんどん書いてゆきたい。

「クラブ式広告」展 中山太陽堂の広告活動 

春の恒例クラブコスメチックス文化資料室の展覧会に行ってきました。
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このブログ上で毎春ご紹介しているけれど、やっぱりね、いつ行ってもわくわくしますな。
無料でここまで見せてくださるのは、やはりすごくありがたい。何を見ても面白いだけに。
*写真はすべて許可を得ての撮影です。

始まりは「中山太陽堂」で創業者・中山太一は天下の広告王。
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明治の広告合戦の凄さというのはこの化粧品だけでなく、たばこの村井兄弟と天狗商会、三井と三菱の客船などなどの資料を見ればただただ唖然となるばかり。
もう本当に知恵の限りを尽くしての広告合戦。
世界でも日本のコマーシャルのレベルの高さと言うのは群を抜いてるけれど、やっぱりそれは明治のこの時期に培われ、大正で洗練され、昭和で花開いたと思っている。
戦争で全部だめになるけれど、戦前の宣伝の素晴らしさは現代でもここまで到達できるかどうか。
そんな中での中山太陽堂の宣伝力は群を抜いていたのでした。

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三越の少年音楽隊に世間が「をを!」となったのをきっかけにほかの百貨店も音楽隊などを拵えたが、この中山太陽堂は少女による明るいちんどん屋を組織したらしい。
どんな音楽をかけて街を練り歩いたかは詳細不明。
どなたかご存知の方があればぜひご教示を!

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日本初のアドバルーン広告も中山太陽堂。そしてプロペラ機からチラシをまいたり。
昭和初期はこれがとても有効手段だったよう。
村上もとか「龍 RON」にもそんなシーンがありました。
そういえば、空からチラシ、のもとは案外幕末の「ええぢゃないか」かもしれんな。
天からお伊勢さんのお札が振ってきてどーのこーの・・・

雑誌の広告。
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こちらは三越の刊行していたPR誌上で他社製品と共に商品案内。
昔の化粧品の瓶の華麗さにはそれだけでときめく。

雑誌の付録が愛されていた時代、婦人誌にカレンダーも付けました。
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左から田中良・木谷千種・伊東深水。
高名な挿絵画家と大阪の人気女流日本画家と美人画の大家。

モガもあります。IMGP0264.jpg
細木原青起。なかなかもう見ることが出来ないので嬉しい。

昭和に入ると人気スターの写真ポスターも出現。
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高杉早苗、入江たか子などなど。

オシャレな宣伝はまだまだ続く。
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このタイポ、レトロなだけでなく、今でも十分可愛いと思う。

マンガにも登場。田川水泡のマンガのラストシーンをよくよくご覧あれ。
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お気づきですかな。
「クラブハミガキ」でしたー

大人気の「冒険ダン吉」の付録本の裏表紙には中山太陽堂オリキャラの「ハミーおじさん」。
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ベイマックスの先達やな…

こちらのマンガは東郷青児。
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なんか2週間しか勤務しなかったそうだけど、嘱託でこうした作品を描いていたそうな。

旅行ブームの頃にはこんな宣伝も。
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右端のはホルモンクリーム。今の保湿クリーム。
これは最近このパッケージのが復活して販売中。

さてこちらは初代通天閣の写真。
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天井絵があり、それは中山太陽堂が寄贈したそうです。
だから「クラブ」の商品名がゴシック風天井の襷に書かれている。

織田一磨の原画IMGP0284_2015040700205179d.jpg

今度、通天閣の天井画が復活するとかで、初代の織田一磨の絵を再現するとか。
沖谷晃司氏の絵。IMGP0285_20150407002053c57.jpg
そしてこれはクラブコスメチックスからの寄贈。
楽しみ。

なおここでは、再現されたレトロパッケージのクリームなどが販売もされている。

5/30まで。
アクセスなどはこちらへ。

聖護院門跡の名宝 2

聖護院所蔵の障壁画を見る。こちらは2階での展示だった。

第三章 近世障壁画と宮廷文化の華

楼閣山水図 江戸時代 中国の「西湖」を描いている。手前の木のみ線描がガクガク。

花鳥流水図 江戸時代 あじさいのガクが大きめ。鷺が飛んでくる。おおらかな様子。

老士図 江戸時代 流れがあり、奇岩もみえる。三人の老人がいる。侍童が荷を持つ。

群鶴図 江戸時代 鶴に水に松。紅葉、蔦、笹。走る鶴もいる。ポーズを決める鶴もいる。
鶴側に意識がある。見られている、という意識が。
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老松図 江戸時代 流麗な様子を見せる松。迫力の松。

波濤図 江戸時代 等伯をお手本にしたような波濤。

林和靖愛梅図 江戸時代 山の端に白い円光。鶴に梅に林さんに幼児。

孔雀図 江戸時代 茶色い羽根。蘇鉄、牡丹、というところが異国情緒をみせもする。蔦に松、緑の孔雀もいた。

草花図 呉春 4点ある。アブラナ、トロロアオイ、ツワブキ、ビョウヤナギ。可愛い。

鴨図 松村景文 のんびり泳ぐ図。

花鳥図 室町・桃山時代 薄墨で民家、流れ、鳥、そして滝などが描かれている。心の静かな風景。

唐子遊図 狩野正栄友信 56人のちびっこ。可愛い。太鼓トテトテ打ったり、人形の動きを見たり、突きん坊したり、独楽や釣りで遊んだり。
左でも矢を射たり、小さなボール投げしたり、凧づくりしたり、おはじきの子もいる。
みんな楽しそうでとても愛らしい。

富嶽十二景押絵貼図 鶴澤探鯨 いずれも上部に同じ形の富士山を描き、その下や周囲で季節を描く。西行、雁行、業平などなど。

四季花鳥図 原在中 大麦に蝶、菜の花に鳩、瑠璃鳥も飛び、花菖蒲に翡翠、白い朝顔。
左はうずら、リンドウ、女郎花、青い朝顔にヤンマ、菊、水仙、雀らの格闘。
巧い絵でわかりやすい平明さがとてもいい。

瀟湘八景図  狩野貴信 
木賊・朝顔図 芦雪
並べ方が巧い。銀地に朝顔が鮮烈。

絵馬がある。
繋馬図 江戸時代 峯定寺
大悲山十景図 井尻友賀 1755 峯定寺
どちらもなかなか大きい。

法華経普門品 明正天皇 十禅寺 宸翰。母・東福門院の弔いのため。金字。

第四章門跡と山伏の歴史
こちらは京都文化博物館にて展示。

修験道所用具 近江守源久道 1665 入峯斧、木製金剛杖 現物におおっとなる。

瀧安寺文書 大塔宮のや荒木村重のがあった。瀧安寺

ほかにも法螺貝の大きいもの。

箕面の瀧安寺は近いのに行くこともなく通り過ぎるだけだった。
滝を見たり昆虫館に行くだけでなく、たまにはこうしたお寺にも行ってみよう。
展示替えが龍谷ミュージアムであるので、そちらもまたいかねばならない。
5/10まで。

聖護院門跡の名宝 1

龍谷ミュージアムの展覧会はいつもとても面白い。
今回は「聖護院門跡の名宝」展である。
見に行く前からさぞやと期待して出かけるわけだが、ここで一つ振り返ることがある。
聖護院て…よく知らないなあ。何のお寺なのか。それに門跡寺院だったのか。
…というのがわたしの心の声。
京都市民の友人知人に尋ねると、洛外の高野村住人も吉田神社の氏子も衣笠山の麓の人もみんな、聖護院の場所は知っていても入ったことがないと仰る。
わたしもバスで…何系統か忘れたがたまに近くを通ったりもするが、「ああ、ここが聖護院かぶらとか大根とか聖護院の八ッ橋とかのあの」と思うくらいで、ほんまにどうも申し訳ない。

ツイッターでこういうことを呟いたところ、何人かの方々から聖護院のお寺のお話とか何が有名とかそぉいうのを教えていただいた。
ありがとうございます。ほんまに考えたこともなかったのでした。

さて、こういう何も知らないわたくしが龍谷ミュージアムに入り込んで見たものは何か!
ここらへんのことをちょいちょいと記させていただきたいと思います。
なお聖護院以外の所蔵先については記載する。個人蔵については―を記す。

チラシは二種ありそれぞれ違った味わいを見せている。
副題は「修験道と華麗なる障壁画」。
これでようやく聖護院が修験道の方のお寺だと知る。
この不動尊がご本尊。
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3階から始まる展示。
壮観。
何がかと言えば、ずらりと不動明王像が並ぶ様、それが他にない眺めではないか。こちらも気合が高まってくる。
先に壁面展示から見る。

序章 増誉大僧正とその偉業
創建者・増誉は熊野詣の先達を務め、その縁からこの聖護院が熊野修験を統括する山伏のお寺になったそうだ。
平安時代、「蟻の熊野詣」といわれるほど熊野詣が盛んだった。
今でさえ行くのが遠い地へツアーを組んで、都からはるばる行くのだ。
信仰心とは恐ろしいものだ。

増誉僧正像 江戸時代 黄衣をまとう。絵自体は今の絵のような雰囲気がある。

春日権現験記 江戸時代 東博 冷泉為恭らの模写もの。 

宇治拾遺物語 巻第5 龍大図書館 三室戸寺の叔父の隆明と甥の増誉の違いについての説話など。

新羅明神像 鎌倉時代 「肥満相」で描かれているそうだが、剥落しすぎてわからない。
新羅明神と言えば数年前の「三井寺」展で異形のお姿を拝し、非常な畏れに打たれたものだ。
あの異形、この肥満相、それから痩せた老人の姿と色々あるようで、ますます謎の神様だった。
為恭が模写したものは痩せた老人の姿で、描表装には花鳥が描かれていた。

また別な新羅明神像もあり、こちらは目が怖い。やや右向けで笏を持ち足を組む姿。大織冠ぽいスタイル。鎌倉時代 粉河寺

熊野那智参詣曼荼羅 江戸時代 ― 金銀の月日が上る。滝がない!ただし補陀落舟はある。鳥居の扁額には「日本第一」の文字。大釜が岩に据えられていた。

木像熊野本地仏坐像 江戸時代 千手が中央。薬師や阿弥陀ではなく。台の岩に苔が繁茂し、白い花が咲いている様子。
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吉野金峯山図絵略記 中邑候卜 江戸時代 喜蔵院 版本で中身はガイドブックな地図。町家が三階建てでホテル風にも見える。惹かれる。

第一章 聖護院と本山修験宗の遺宝
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銅造役行者半跏坐像・前後鬼坐像 出羽守政常 1695 このチラシの真ん中のがそれ。出羽守は彫刻の人ではなく京の鋳物師。その銘がある。
役行者の眼が怖い。左右の二人は指が三本ずつ。

役行者は修験道の始祖だからそれ系の展覧会ではよく見かけるが、どれもこれも怖い顔している。
ここにある他の像もそう。
わたしが役行者を最初に知ったのは「新八犬伝」のジュサブローの人形だったから、ここにあるのとはまたイメージが違うのだよな。最初のスリコミ記憶は消えないものです。

役行者前後鬼・八大童子像 室町時代 住心院 中央やや下に役行者とその周囲に8+2。白狼が控えている。子供らはそれぞれ可愛らしい。

多武峰からは絵巻も来ていて、そちらは表現はともかくどうみてもSF。

木造智証大師坐像 平安時代 頭が尖っているなあ。この像内にはさまざまな資料が収められていた。
これらは以前にもどこかで見ている。

そしていよいよ不動明王の像のオンパレード。
立像の周囲を歩き回るその快楽。ほんとうにすばらしい
腕白そうにみえるものが瑟瑟台に立っていたり、歯の水晶がギラリとしたものものがあったり、天冠風なので巻き毛を隠したものもあれば、彩色の佳く残るのもある。

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絵もいいのが出ている。
黄不動尊、五大尊像など。いずれもこちらも気合が満ちて来るような力強さ。
かっこよかった、とても。

孔雀明王像 室町時代 ああ黒孔雀とは珍しい。背後に広がる羽が光輪のようにもみえる。元から黒なのか経年からのか。

箕面寺秘密縁起 江戸時代 瀧安寺 おお、箕面の瀧安寺。そういえばここは修験道のお寺でしたな。
山には天狗もいてご挨拶。鬼たちもはしゃぐ。役行者も滝には見とれる。
そう、箕面の滝は古くから人気なのです。
遊山風な、楽しそうな様子がとてもいい。
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「こんにちはー」「あー、こんにちはー」

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「おー」「すげー」
よくみたら滝の中に不動尊。火焔も消化しそうな勢いの滝でした。

摂州箕面山瀧安寺伽藍之図 松翠 江戸時代 龍大図書館 滝がゴォゴォ。猿はいないし紅葉も見えない。
久しぶりに行こうかな。新緑の頃とか。

三峰御神犬 版木 明治時代 三峰神社 狼か。林の中で阿吽の狼の。ほしいな。

第二章 聖護院と関連寺院の宝物

平安後期の木造の阿弥陀三尊、大日如来、地蔵などが並ぶ。いずれも京都お寺のあちこちからのものだが、みんなとても美人。

涅槃図 南北朝時代 リス、カエル、蝶、大きな花をもってきた小象、うさぎ、鳥たちはそれぞれ花をこわえて。

十二天のうち梵天・帝釈天 南北朝 三室戸寺  とぼけたような知らん顔など三面のお顔が可愛い。

ほかにも良いものがたくさんあるが長くなりすぎるので、今回はここまで。

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風俗画と物語絵

大和文華館春の恒例・近世風俗画展、今年は「風俗画と物語絵」展。
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大和文華館の誇る近世風俗画の美麗な世界が展開するこの展覧会、春のお楽しみです。
桜が満開のころから新緑、躑躅の盛りの頃に、館内では妍を競う展覧会。
心も浮き立つことこの上ない。

桃山の貴婦人、辻が花をまとい、眉を落として端坐する。
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数ある阿国歌舞伎草紙のなかでも最古にして艶麗な作品。
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わたしはここの観客に一人好ましいお姐さんがいるのでした。

平安時代の法華経ブームのころに制作された美麗な経巻は、尊さよりなによりその煌めきに圧される。
一字蓮台法華経 見返しの絵も楽しい。平安の人々のちょっとした様子がこうしたところから伝わってくる。

病草紙も多々あるが、大和文華館のは鍼を打つひとで、いつみても朝青竜にしか見えん。

平治物語の断簡の内、少年の美を見せてくれるのはこれだけ。
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渋谷金王丸。

伝東山天皇像 周囲に胡蝶が飛び交う。いいな、こういうのも。わたしも蝶々に囲まれたい。

輪になって踊る輪舞図もいい。大きな輪で何を踊るのかどんなリズムなのかは知らんが、楽しそう。
尤もわたしは輪舞は出来ないし、輪舞と言えばマイムマイムとか思い出せないのだけどね。

西洋画風な婦人がギターかツィターか演奏する絵もある。
けっこう陶酔しているようで表情が甘くていい。

一方、西洋版画を学んでいた司馬江漢がとても浮世絵な浮世絵を描いてもいる。
春信の弟子筋というより清長ぽいけれど。
夜半の月が出るころ、花魁らしき女とかむろとが縁先にいる図。

花魁といえば寛政11年に東山第一楼で都の絵師らが楽しく会合したときに皆でお絵かきしたものが残っていて、今回は山口素絢の花魁が手紙を書く図と司馬江漢のいかにもな漁夫の図が出ていた。
さらりとした素絢の花魁はおっとりしていていいし、司馬江漢の4頭身漁夫らは大量で喜んでいるし。

佐藤兄弟の母に二人の息子さんの戦死報告を告げに行く弁慶たちの絵巻がある。
嗣信または次信は義経を守って矢に射られ、倒れたところを運ばれていた。
奈良絵本・奈良絵巻の素朴な良さがある。

富士の巻狩りの大きな屏風もある。元禄のころらしい画風で、中に髪の長い美少年が何人もいるのもやはり元禄ぽい。
これも好きなもの。

幕末の為恭の伊勢絵や鷹狩・キノコ狩り屏風も出ていた。
為恭、長命してたら明治の世でも大活躍だったろう。彩色のセンスがいつみても鮮烈。

宗達で対照的な絵が二枚。
横向いて笑う寒山はなるほど彼らしい薄墨で太線の絵、僧形歌仙図は細筆で細密な美青年僧侶。
この違いの理由はなんでしょう~~~

今回は又兵衛関連の源氏絵屏風が大中4点も並び、まさに壮観でしたな。
人々の個性が描き分けられていて、中には笑ってしまうような顔つきの人もいる。
「夕顔」の家の女たち、これはやはり男を待つ家の女、ですな。
真ん中の女が妖しい目をしていた。

松浦屏風も相変わらずの楽しさで、じっくりと堪能。

最後に田能村竹田の親鸞上人剃髪図。
まだ幼い少年が春に剃髪する・・・淋しいなあ。

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ああ、楽しかった。時期が合えばもう一度見に行きたいね。
5/10まで。

テンプス・フーギット 大山崎山荘とヤマガミユキヒロの視点

大山崎山荘で開催されている「テンプス・フーギット」展に出かけた。
副題は「大山崎山荘とヤマガミユキヒロの視点」とある。
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展覧会の狙いは以下の通り。
「テンプス・フーギット(TEMPUS FUGIT)」とは、ラテン語で「時は飛ぶ」、「時は逃げる」といった意味で、時間が経過するはやさを表す格言です。古今東西の多くの美術家たちは、この過ぎ去っていく時間に対峙し瞬間を作品のうちにとどめようと挑んできました。
 印象派の巨匠クロード・モネは、時間とともにうつろいゆく風景を追いかけてカンヴァスにとどめ、さまざまな連作を手がけました。現代に目を転じると、細密に描いた風景のうえに、同じ場所で撮影した映像を重ねる作品で知られるヤマガミユキヒロは、ひとつのカンヴァス内に多くの瞬間を出現させています。
 本展では、現代美術作家のヤマガミユキヒロを迎え、当館所蔵品と作家の作品をとおして去りゆく時間について再考いたします。所蔵品よりモネ《睡蓮》連作などの油彩画、長い歳月を経て風化、退色し時の流れを感じさせる古陶磁、そして、ヤマガミの代表作から大山崎山荘内の移り変わりをとらえた最新作まで、時間をめぐる作品をご紹介いたします。」

わたしが出かけたのは内覧会で、それは初日の開館1時間前に行われた。

大山崎山荘はご存知のように大正から昭和初期に作られ、その後安藤忠雄の設計した「地中の宝石箱」共々1996年に美術館としてオープンした。
今回の展示はまず最初に地中の宝石箱から見ることを始めてほしいという。
言葉にはされていないが、行間にその意思がある。素直に展示の順を追うことにする。

地中の宝石箱は円形の打ちっぱなしである。いかにも安藤らしい構造だが、ヴィラ建築の本館の様式とはそぐわぬ姿を表に見せず、地中に埋もれることでその存在を示す。
わたしは決してここはいやではない。

モネの睡蓮を描いた作品が何点も並ぶ。よい距離感を持っての連続展示である。
「クロード・モネの追いかけた時間」というのが今回のここのタイトルになっている。

モネの睡蓮を描いた絵を見る度に思うことがある。
必ずしも完全な視界を持たずとも、画家は描きたいものを描く、ということだ。
絵というものは線の美・色の美・光の美を捉えるものが多いけれど、その三つが曖昧になることで境界を失くし、境界がなくなることで不思議に美しい融合を遂げる。その実例がここにある。
視界のはっきりしていた頃よりもジヴェルニーで自分の愛した庭と池とを描き続けた頃の方が、作品への好感度が大きくなっている。

三枚の「睡蓮」と一枚の「日本風太鼓橋」はジヴェルニーをモネの視界で捉えた作品である。それがここにこうして並ぶ様子を見ると、円形であることからもか、庭の再現が為されているかのようにも思われるのだ。
そして、そっけないコンクリート壁が睡蓮の池を分断し絶妙な距離を置いて<風景>が続くことで、よりその意識は強くなる。
半円を回ることでわたしたちはモネの睡蓮の池を窓の外から眺める心持になるのだった。

睡蓮以前に描かれた断崖を見る。
エトルタである。ここにあるのは「エトルタの朝」を描いたもの。よく見る側とは逆からの眺めである。だからゾウの鼻の向きも違う。それ自体が新鮮な味わいがある。

地中の宝石箱には睡蓮が咲くだけではない。
マルケの、いかにもマルケらしい色をした「アルゼの港」もあればヴラマンクの「花瓶の花」、ボナールの「開いた窓の静物」もある。
そしてそれぞれが<時間>を持っている。
その時間の流れは絵によって異なるのだが、確実な時間の流れがある。

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本館へ戻る。
「大山崎山荘の時間と古陶磁」とを眺める。
民藝との関わりの深いコレクションの名品たち。
李朝のやきものたち、明・清の生まれのもの。
五寸皿くらいの瀬戸がある。行燈の皿だった。
これは初めて見る面白いやきもの。用の美をめざしつつ、可愛らしい絵付けも施されている。かなりいいものを見た。
小鹿田焼の小物もいい。釉だれに深い味わいがある。
そしてこれら古陶磁器とは多少の距離を置いて、ルーシー・リーのやきものがあった。
白釉カップである。光を通す様子に見えたので「蛍か」と思ったがそうではなかった。外面のところどころに凹凸をつけそこに光が集まるように設えていた。

そのルーシー・リーの白釉カップをヤマガミユキヒロさんは映像にする。
光が当たり、やがて光が去ってゆくその時間を捉える。
あるがままの移ろいではない。
そこにヤマガミユキヒロさんの手が加わる。
だが、どこからか人工のものでどこまでがそうではないのかがわからない。
その曖昧なあわいに観客は魅せられている。
気づかぬまま、美が心のうちに入り込んでゆく。

窓の光Ⅰ(習作)というタイトルの映像がある。
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ヤマガミユキヒロさんは、この大山崎山荘の美しい窓を題材にした作品を作ったのである。
外の風の揺らぎと一日の時間の流れとを表現している。
暁闇から明け方へ、明け方から早朝、そして午前を過ぎて午後へ至る。
窓へ差し込む光の形も時間の推移によって変相する。
床を走るような光がある時間もあれば、やがて光が遠のく時間が来もする。
夕方から夜への推移は柱の灯りで示されもする。
灯りは明度を変えない。しかし外の光がそれを変えてゆく。
このときになり、ようやくヤマガミユキヒロさんの描いたものの存在をはっきりと感じる。
なんという美しいドローイングだろうか。
ただただ感嘆するばかりになり、やがて24時間の推移を呆然と、あるいは陶然として二度三度にわたって見つめるばかりになった。

失われる時をとどめたい、そんな想いを形にしようとすれば、このヤマガミユキヒロさんの映像がこの後も蘇るように思われる。

光がゆっくりと床を動く。そのさまはまるで水のようだった。
「さまよえる湖」と呼ばれたロプ・ノール湖をわたしは思った。
静かな闇の訪れ、また光が入り込む午前、ものの形が露わになり、床にその形を象る様子に目を瞠る。

建物は動かない。
動くのは光と風と時間なのだ。
いつまでもこの様子をみつめていたかった。
わたしが建物の一部になればそれは叶うかもしれない。


浴室に近い部屋へ移る。
ここではペルシアのやきものが多く並んでいる。
長く地中にあることで銀化したやきものも見えた。ところどころに不思議な玉虫色をみせているやきもの。
また、千年前のウサギの絵を描いた皿もあった。冬毛のウサギである。
可愛い。これをみて、東海大学がエジプトでみつけたウサギ柄の皿を思い出した。
ほかにもとてもユニークな顔のついた瓶、ラスター彩などがある。

ここでもヤマガミユキヒロさんの作品に遭遇できた。
「窓の光Ⅱ」である。縦型のこの作品は廊下の灯りをモチーフにしている。
不思議な時間の流れを見ることがかない、静かな幸せに満たされる。

少し離れた先に山の館がある。そこへ行くとヤマガミユキヒロさんの拵えた「鴨川リバースケープ」と「都市の印象」などを見ることが出来る。
人々のいる空間、その時間の流れ。
とても深い魅力があった。

最後に濱田やリーチのやきものを見る。
ここにも<時間の流れ>があった。
濱田庄司のやきものは、15秒と60年で作られている、とリーチの言った言葉が蘇ってくる。
60年の修行とたゆまぬ努力があってこそ、15秒で釉薬が掛けられ、完成を待つことになるのだ。

展覧会は6/28まで。
新緑の頃か紫陽花の頃に再訪したいと思っている。

天満の赤煉瓦

天満駅のホームから見える赤煉瓦が気になっていたので、ある日その周辺を歩いた。

赤煉瓦は明治の紡績関係の工場として作られ、昭和初期に現在の中西金属工業株式會社さんの所有になった。
とても魅力的な煉瓦の積み方である。
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鮮やかなモザイク、いや万華鏡のようにも見えた。
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いつまでも事業をこちらでお願いしたいです。
会社の繁栄をお祈りし、赤レンガのますますの延命を願います。
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