美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

いつだって猫

名古屋市博物館の「いつだって猫」展に出かけた。
地下鉄桜山駅から地下通路を歩いて地上へでてすぐ。
敷地内から建物本館への道々に「いつだって猫」ニュース、ならぬ「猫」にゃーすが柱ごとに続いていて、楽しませてくれる。
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そもそもこのチラシがいい。
「猫」の字の「田」が掌の形になっている。

名古屋市博物館は施設そのものは決して新しいものではないが、昔からの施設を巧く使って展示だけでなく、なんだかんだと楽しめるような工夫をしている。

今回は左手を挙げた斑猫の巨大な絵看板が展示室入り口の壁にあった。この猫、振り挙げた手をおいでおいで、と動かしている。
機械仕掛けの招き猫に招かれて、大勢のお客さんが入っていった。

展示作品は主に浮世絵に現れる猫と郷土玩具の招き猫などで構成されている。
とはいえ作品を並べるだけではなく、クイズラリーもあり、読みやすい解説もあり、観客みんなを楽しませてくれる工夫が凝らされている。
というわけで、展示の中に入り込む。
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第一章 江戸の暮らしと猫

猫とネズミの戦争絵がある。
芳年のは局地戦、芳艶のは決戦シーン(同工異曲のが並ぶ)。
ネズミの奴らは猫ダマシに犬張り子を持ってきたり、マタタビで猫をダメダメにしたり、怪僧・頼豪アジャリの妖術を使ったり、と優勢。
猫ファンとしては「しっかりせい」と猫にハッパをかけるしかないが、兵隊猫たちはニャーと逃げ出して総崩れしていたりする。

猫はやっぱり団体でなんかする、というのはニガテなのだろう。芳年・芳艶の師匠で猫絵の大家たる国芳先生が大名人猫を描いている。
これは個人猫の闘いの伝授である。
「猫の妙術」。元ネタは「田舎荘子」。ネズミ取りの大名人たる猫がその極意を近所の猫たち及び剣術家に説いている。猫の手には「虎の巻」ならぬ「猫の巻」らしきものが抱えられていた。

ところで猫はそもそも空海がお経を中国から持ち帰るのにネズミよけの用心棒として雇ってつれてきた、という説話がある。
猫は決して無芸大食で無職だというわけではなく、当初は働きを期待されて来日したのだ。
しかし働こうが働くまいが、その魅力にヒトの方がヤラレてシモベになる、という事態が広がった。

働く猫といえば養蚕の盛んな地域や漁猟に勤しむ地域では、近年に至っても猫の働きを期待した。
現代でも牧場経営のところには牛や馬と共に猫がたくさん暮らしている。

養蚕の絵がある。人々は懸命にたち働いている。大久保彦左衛門のようなメガネをかけた老婆も働く。その隙間隙間に猫が丸い背中を見せている。別に蚕を選ったり桑の葉を運んだりするのでもなく、単にそこにいるだけだが、それだけで十二分な働きを見せている。
また忙しい人たちも足下さえ気をつければ、あの丸い背中・三角の耳の小動物がいることに気持ちが和んだりもしたろう。

浮世絵には「美人と猫」の取り合わせがある。
これは「源氏物語」の女三ノ宮の主題の変奏曲と、純粋に「おねえさんとにゃんこ」図の二系統があると思う。
江戸は特に「見立て絵」が好きで(庶民の教養の高さは現代人は到底及ばないようにも思われる)、足下にからむ猫と美人の絵を見ればピンとくるわけだ。

国貞や国安の女三ノ宮図がある。国貞は平安風俗で描くが、国安は同時代の花魁スタイルで描く。
花魁の打掛には胡蝶の文様が入り、中国わたりの「吉祥」図にもなる。蝶と猫の取り合わせは長寿を意味するのだ。
綺麗で・可愛くて・めでたい図となった。

豊国と国貞師弟の美人と猫図がある。
色っぽいおねえさんも可愛い娘も共に猫を可愛がってだっこしているが、その猫たちの表情と来たらもぉ、リアルでリアルで。
ああ、可愛いなあ。イメージ (54)


国芳の美人と猫の様々な絵が現れた。
いずれも猫の表情や仕草のリアルさにうんうんと頷き、共感するばかりだ。
猫に爪立てられて顎をかまれて「をを、痛い」と言いつつ猫を叱らない女、猫にひもをたらして遊ぶ女、伸びをする女と大あくびをする猫、鰹節を盗っておねえさんにシバカレてる猫などなど。
みんなもう本当に「わーかーるー」という顔つきの猫ばかり。
コマ絵は関連絵なので、江戸時代のシャレをも楽しめる。
浮世絵は本当に楽しい。

広重登場。
江戸百の「浅草田圃」 窓の外を見る猫の後ろ姿。江戸の猫は総じてしっぽが短いが(そのように品種改良されたそうな)。こやつも可愛い小さいしっぽをつけている。
江戸の猫のしっぽの短さについては神坂智子の作品で教わった。タイトルは失念したが。
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広重は五十三次などでわんこの絵がけっこう多いなと思っていたが、本人は猫好きで多頭飼いをしていたそうな。
今回の展覧会で初めて知った。
それで猫のスケッチが出ていたが、なるほどみんなイキイキと「おお、わかるわかる」な行動を見せていた。
スケッチの方は15年くらい前にフランス辺りでみつけたポストカード。
外国でも人気が高いのだ。

第二章 化ける猫
化け猫大好き。
二年ほど前の「幽霊・妖怪画大全集」展でも化け猫コーナーはなかなかよかった。

歌舞伎や読み物でも化け物は「岡崎の猫」「佐賀の猫」が有名。「独道中五十三駅」が「岡崎の猫」。
わたしは先代猿之助の化け猫を見た。

国芳の化け猫たちが踊っている。
大きな化け猫はともかくとして小さい化け猫たちの可愛さが炸裂している。
府中市美術館の「国芳」展でこのほっかむり猫が「猫だってがんばってます」と鯨の背中で踊るのを見てもうたまらなくなったな。可愛くて可愛くて本当に好きになった。
相棒の猫もほかで見て可愛くて仕方なくなっている。
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国貞の化け猫は子分の小さい奴らより、大物のほうが面白い。猫石の猫の活躍がいい。黒雲に乗って空を飛んだり。
「八犬伝」でもそう。赤岩大角を喰い殺して変化した奴、「佐賀の化け猫」も。

国貞の弟子の国周が描いた化け猫はヒトに変化して大暴れするのだが、猫耳で猫の前足つき、とこう書くと萌えな少女ぽいかと思うかしれんけれど、怖い顔の奥様だった。

「佐賀の化け猫」騒動は小学生の時に本で読んだ。怖いより「主人思いの猫やなぁ」と思い、いっそ猫たちが勝てばいいのにと思ったものだ。

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第三章 人か猫か、猫か人か
天保年間の猫ブームの大半が国芳の猫の絵によるものなのを改めて知る。

舞台でも猫の百面相をモチーフにしたものがよく流行したそうだが、猫顔の団扇をいっぱい支度してる図には笑ってしまった。
しかも常盤津連の見台が猫足なのが楽しい。

国芳が山東京山と組んだ読み物「朧月猫の草紙」が紹介されていた。それもけっこうページが開かれているではないか。これで大体の話もわかる。随所にパロディが入るのが面白い。おこま猫の冒険というか遍歴が綴られているが、恋人の子を産んだ途端にその恋人をほかの猫に殺され、就職した先のお姫様のもとでごちそうを食べ過ぎて「ビチビチ」・・・おい。
晴れ着を着せてもらっているおこまが奥女中たちにそれを見つけだされてアワテて逃げ出すシーン。楽しい。
ほかにもいろいろ見どころの多い読み物で、これが現代でも「おこまの大冒険」として刊行されてるのも納得。

役者絵が禁じられると猫の顔が役者になって擬人化が始まる。それがまた面白すぎる。団扇絵が多いのも興味深い。
芝居そのもののパロディが楽しい。

国芳は細部まで凝りに凝って着物の柄にも手を抜かない。藤柄やと思えば実は鰯の頭の連続など無限にその手のサービスがある。

出ました「猫の当て字」これがまた楽しくて楽しくて。
多くの猫が出演して字をこしらえる。人文字ならぬ猫文字。「たこ」も「かつお」も「なまず」もなんでも来い状態。猫だけじゃなく該当の魚類も参加しているのがミソ。

地口(言葉遊び)も江戸時代は大ブームだった。
猫の六歌仙の名前が楽しい。
みけんぽっち、大どらのくろぶち、てうてうてんごう、などなど。
ほかにも無限にあるがその最たるものが「猫飼好 五十三匹」ですな。
わたしが好きなのは「よったぶち=四日市」「ぶちじゃま=つちやま」などなど。

第四章 福を招く猫
全国の郷土玩具の猫と招き猫などなど。

これはもう圧巻。可愛くて可愛くてならないね。
住吉大社からは初辰さんもきていた。雛壇に集まる大小さまざまな招き猫たち。
そしてここでマンガがあった。今戸焼の招き猫、丸〆猫。
その故事来歴マンガ。

地方により玩具猫の表情が違うのも面白い。
猫は本当に無限に集まるもんですなあ。

第五章 おもちゃ絵になった猫
国芳も手がけたが、彼の弟子・芳藤が圧倒的に多いこの分野。(残された数でしかわからないが)

明治の文明開化も猫の世界に変化をもたらしたか、猫の風呂屋、猫の学校、猫の曲芸などもある。
いろんな様子の猫が描きこまれていて、実に面白い。
せりふもたくさん入っている。
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色違いのものはこちらイメージ (56)
猫のダンスをみてて思い出したが、スェーデン体操などというのも流行った時代だったな・・・

明治のおもちゃ絵は大仏次郎も集めていて、わたしがもっている絵はがきのいくつかは横浜の記念館で購入したものだった。
猫の着せかえ、ゲーム・・・
本当にたくさんあったが、最後まで楽しいままだった。
展示室の折り返し地点ではゲームもあるし、無間地獄のような猫グッズのショッブもあるし。
ああ、猫よ、わたしに小判をもたらしておくれ!!!

とても楽しい展覧会だった。
6/7まで。
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2015.5月の記録

20150502 山口小夜子 東京都現代美術館
20150502 式場隆三郎 市川市文学ミュージアム
20150502 ニセモノ大博覧会 国立歴史民俗博物館
20150502 歴代館長が選ぶ所蔵名品展 千葉市美術館
20150503 加山又造 アトリエの記憶 水墨画・版画・素描・装丁画 八王子夢美術館
20150503 動物絵画の250年 後期 府中市美術館
20150503 中村研一と河野通勢 はすの森美術館
20150503 小林路子の菌類画 武蔵野市立吉祥寺美術館
20150503 浜口陽三「ひとみの引力/振れる眼差し」萩原英雄「版の顔、線の表情」 武蔵野市立吉祥寺美術館
20150503 細見美術館 琳派の煌めき 日本橋高島屋
20150504 松園と華麗なる女性画家たち 山種美術館
20150504 新潟市美術館の名品たち ピカソとクレーもやってきた 目黒区美術館
20150504 松岡美術館の名品 松岡美術館
20150504 広重と清親 浮世絵太田記念美術館
20150504 マックス特集 明治大学
20150505 private、private わたしをひらくコレクション 埼玉県立近代美術館
20150505 幕末・明治の浮世絵 うらわ美術館
20150505 ダブルインパクト 藝大美術館
20150505 グエルチーノ 西洋美術館
20150509 明治の彫刻 清水三年坂美術館
20150509 フランス絵画の贈り物 とっておいた名画 泉屋博古館
20150509 101人のカメラマン 細見美術館
20150509 京に活きる琳派 現代作家200人による日本画・工芸展 京都文化博物館
20150510 日本博覧会の黎明 尼崎市立文化財収蔵庫
20150510 歴史とアートで綴る阪神沿線 あまがたり 尼崎総合芸術センター
20150510 器を楽しむ 逸翁の茶懐石 逸翁美術館
20150514 黄金時代の茶の湯 唐物 東洋陶磁美術館
20150514 北御堂 津村別院 建築探訪
20150516 松篁  松伯美術館
20150516 シュリーマン ギリシャ考古学の父 天理参考館
20150516 幻の久能寺経 奈良国立博物館
20150517 刀装具と小袖 黒川古文化研究所
20150517 南画に描かれた四時の愉しみ 頴川美術館
20150523 龍の国から吹く風―澁澤龍彦 泉鏡花記念館
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20150523 加賀前田家 百万石の名宝 石川県立美術館
20150523 春の優品 石川県立美術館
20150523 花の風姿-能を彩る植物Ⅱ 金沢能楽美術館
20150523 夭折の少女漫画家・花郁悠紀子と能  能楽幻想マンガ「不死の花」原画 金沢能楽美術館
20150524 いつだって猫 名古屋市博物館
20150524 名古屋の古代から戦前まで 名古屋市博物館
20150524 院展の画家たち 近代日本画の開拓と創造 桑野美術館
20150524 全点一挙公開 国宝 初音の調度 日本一の嫁入り道具 徳川美術館
20150524 尾張の茶道と香道 /大名の所蔵品 徳川美術館
20150530 歳寒三友と涅槃図 萬福寺 寺社
20150530 村野藤吾の住宅設計 京都工芸繊維大学資料館
20150530 ハンガリーのデザイン ジョルナイ工房の陶磁器と映画ポスター 京都工芸繊維大学資料館
20150530 京焼の新たな戦略 明治期における陶磁器収集品より 京都工芸繊維大学資料館

懐かしの宝塚ファミリーランド 人形館「世界は一つ」 その1

先般、今はなき宝塚ファミリーランドを特集したが、今回はファミリーランド内にあった「世界の人形館」たる「世界は一つ」を特集する。

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続く。

懐かしの宝塚ファミリーランド 人形館「世界は一つ」 その3

続き。

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さよなら、という歌声に見送られてこのパラダイスから離れたのだなあ・・・

「炎の人 式場隆三郎 医学と芸術のはざまで

市川市文学ミュージアムで開催中の「炎の人 式場隆三郎 医学と芸術のはざまで」展は、とても魅力的な展覧会だと思う。
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わたしが「式場隆三郎」を知ったのは学生の頃に図書館で見た本からだった。
「精神病理学」という言葉がタイトルに載った本で、高校生のわたしは興味本位に開き、たいへん面白く読んだ。
その中に病跡学の分野での研究者として高名なのは式場隆三郎だとあったので覚えたのだ。
ただ、その時に読んだ本のタイトルそのものは忘れてしまった。

次にその名前を見たのは「二笑亭奇譚 50年目の再訪記」だった。1990年代の話。
単行本の時代。これに熱狂してから式場の他の仕事に目が向いたのだ。
ゴッホ、山下清などなど。著作の装幀は民藝の人々だというのにも惹かれた。

市川市の名誉市民だというのも後から知ったことだ。
縁があるならともかく、関西人で市川市の正確な場所や歴史に詳しい人はどれほどいるのだろうか。
わたしなどは自分が首都圏をハイカイするようになり、地図や路線図を見る中でようやく位置関係を把握したのだ。
一方、市川市が住みやすいという話はよく聞いた。現に知人も何人も住民だったりする。
薔薇が有名だという。その薔薇が実は式場隆三郎の病院のシンボルだということも知った。
病院の豊かなパラが市を彩る花となる。
今では名物となって、各家庭でも薔薇が咲きこぼれる。
実に素晴らしい話だ。

そうした状況でいそいそと本八幡まで地下鉄で出て、ニッケの送迎バスに乗せてもらい、隣接の文学ミュージアムへ向かったのだ。
着いたころには市川市への好意がかなり高まっていたのも記しておく。

式場隆三郎の著作がずらりと並んでいた。
いずれも魅力的な装幀である。芹沢銈介の仕事のものが多い。
戦前の立派な本である。
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白樺派の関連資料がある。
白樺派はとても好きだ。展覧会がある度にいそいそと出かけている。
とはいえそこに所属した小説家のうち、早くに離脱した里見弴が実は一番好きなのだから、決して信徒だとは言えないのも事実だが。

式場はやはり雑誌「白樺」でゴッホと出会い、熱愛し、研究を深め、とうとう昭和4年には欧州へ出ている。
そしてここがさすが精神病理学・病跡学の第一人者だけに、絵を愛でるだけでなく、ゴッホの人生を追い、心を追い、その精神のありようを調査し、研究を重ねた。
その成果が著作と言う形になっている。
タイトルは「ファン・ホッホの生涯と精神病」。

芹沢銈介の丁寧な装幀がいい。
他にも多数のゴッホの研究書が出ているが、中で版画家の奥山儀八郎がゴッホ作品を見事に換骨奪胎したのを装幀に使ったシリーズがとても興味深い。

ゴッホにこれだけ打ち込んだ人がいるのはやはり凄いことだとも思う。
青森の青年が「わだばゴッホになる」とコーフンしたのもやっぱり納得がゆく。

そうしたわけでゴッホの資料がかなり多く出ていたように思う。
一方、ロートレックの研究も重ねていて、こちらも立派な著作があり、奥山の魅力的な装幀本がここにも出ていた。


ところで前述したように「二笑亭綺譚」の著者としての式場に、わたしは多大な関心を寄せている。
芹沢の装幀本をみると、二笑亭の印象的な意匠をモチーフにした表紙となっていて、それも嬉しい。

これは木村荘八の挿絵である。
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表通りから見た玄関。

二笑亭についてはここで書きだすと話が終わらなくなるのでやめるが、失われた建造物のうち、行けるものなら行ってみたい建物の一つなのだった。

そしてこちらは長らく行方不明だった木村の他の挿絵。
展覧会の事前調査のときにか、数十年ぶりに式場邸から発見されたとか。
生前の式場本人がどこに行ったのだろうととても気にしていたそうな。
わたしもとても嬉しい。
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次に式場邸の写真などが出ていた。
これがいかにも民藝仲間の拵える家、という感じで実にいい雰囲気の家だった。
濱田庄司と柳宗悦が設計という力の入った邸宅で、三國荘にも少し雰囲気が似ていた。
ますます憧れが募る。

後で知ったことだがショップでは民藝関係の建物の写真集も販売されていて、そこに式場邸も掲載されている。いつかほしい本である。

濱田、リーチ、富本、河井らのやきものがある。
中でもリーチのウサギ柄の大皿が気に入った。
いいなあ、このおおらかな愛らしさ。

最後には山下清の書いた式場隆三郎の表札もある。
山下清も式場が世に紹介したことで高名になった人なのだ。

そして式場病院の薔薇園のお祭り映像。ああ、素晴らしい。
当時の市長は浮谷竹次郎。あの「俺様の宝石さ」の浮谷東次郎のおじさんだという。
そういえば東次郎の仲間の式場壮吉は式場隆三郎の甥にあたるのだった。

式場の偉大な業績と魅力に触れることが出来てとても嬉しい。
もし式場が活きていて、話す機会があったとしたらどんなにうれしいことだろう。
そんなことを思いながら展示を見て回った。

最後に図録の良さも紹介したい。
安価でこれだけ内容の充実したものはめったにない。
手に入れることが出来て本当に良かったと思っている。
ありがとう、市川市。
大阪人のわたしですが、好きになった街です。
今後も仲良くしたいと思っている。

式場展は5/31まで。

なお、常設では「浮雲」などの脚本家・水木洋子の資料、永井荷風、井上ひさしらの紹介もある。水木邸の模型がなかなかよかった。

いのちの輝き 上村松篁

松伯美術館で「いのちの輝き 上村松篁」展の後期分を見た。前期は前半生の作品、後期は戦後以降のもの。
松篁さんは戦後以降の作品が圧倒的に好きなので、後期にたずねた。
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美術館には数カ所の展示室があるが、第二展示室に入った途端、自分の肺が緑色になった気がした。
特別好きな作品がここに集まっているのだが、いずれも深い自然の中の花鳥を捉えたものなので、自分自身が松篁さんという深い森の中へ分け入った気がした。

なんて気持ちのいい空間なのだろう。
深い色から浅い色までとりどりの緑。鮮やかな色の花々。
ここにいることでどんどん気持ちよくなってゆく。
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樹陰 1948  三種の緑がある。幹の左には小鳥がいる。
戦後の日本画の危機の時代に在っても松篁さんの絵は揺るがない。

八仙花 1950  ガクアジサイが少しばかり咲いている。胡粉が煌めく。花の露が光るように。

蓮 1952  色の美が素晴らしい。雨のあとのような風情がある。小さな滴が愛しい。

草原八月 1956  志賀高原の熊の湯付近でみつけたそうな。シダと白い梅鉢草と。「星のように咲き始めた」いいなあ…
この絵も二年ほど前に初めて見たとき、とても深い感銘を受けたのだった。
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熱帯花鳥 1963  ハワイでの成果。明るいトーチジンジャーの赤い花と、白い尾の極楽鳥と。ああ、気持ちよさそうな空間…

鴛鴦 1965  これは最初は何とも思わなかったのだが、左の群れに鴨が混じっていることを気づいてからは大好きな一枚になった。なんだかトボケタ面白さがある。鳥たちの関係性が楽しい。
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鳳凰木 1973  サンバードが可愛いなあ。長く伸びて軽く湾曲した嘴。

真鶴 1980  
丹頂 1980
どちらも相手を意識しているかのような鶴たち。よくよく思えば日本代表のような二種の鶴。

雁金 1982  月下、ぺたぺたぺたぺた…

この三点はどんなときでも好きな作品たち。
観ているだけでうっとりする。

燦雨 nec489.jpg


緋桃 nec125.jpg

春輝 sun987.jpg

いいのはわかっていたが、花鳥画でこれだけいいキモチになるのは松篁さんだけなのだった。

晩年の作品群をみる。もう背景は銀潜紙を使用することで特別な地色ではなくなっている作品が多い。しかし銀潜紙を松篁さんは喜んで使っていたと聞くと、ファンとしてはやはり「いい紙やな、よく松篁さんのために働いてくれた」と思うのである。

葛 1993  銀潜紙に墨の垂らしこみで葛を描き、尉鶲を配する。

春宵 1993  紅梅とミミズク。これは背景は塗られている。細面のミミズク。

粟 1994  金潜紙にひっそりとウズラ。金茶色の粟とぴったりの色。

五位鷺 1995  銀潜紙。二羽がいる。

正直なところこの頃辺りからさすがに画力も衰えてきているが、しかしその分なんというか、自在の境地に入ったような気がする。
もう線の正確さ・配色のこだわり・塗の真面目さを放ってしまい、描きたいものを描きたいように描く、という状況に入ったのだなあ、という実感がある。
今から売り出しの人なら困るが、老大家の楽しい心境と言うことを思うと、それだけで微笑ましい気持ちになる。
作品本位という観点でいえばこの眼差しはぬるいものだろう。
しかし、百歳近くまで描き続けてきた人の晩年のこの「ゆるさ」は、却って明るい気持ちにさせてくれるものだ。
だから無残さというものは一切感じない。
それどころか、老境に入ってなおこうして自在に好きなものを描く精神の高さと言うものに、静かな感銘を覚えるのだった。

最後に1968-1969年の井上靖連載「額田女王」挿絵とカラーものが出ていた。
何度見てもいいものばかりが並ぶ。
久しぶりに素敵な挿絵も見れて嬉しい。

6/21まで。

院展の画家たち 近代日本画の開拓と創造

名古屋の桑山美術館に出かけた。
これまで必ず道に迷うので、いっそ勧められている道以外の道でいこうと歩いた。
まっすぐな道ならまず間違えにくいだろうと思ったのである。
実際それでうまくたどりつけた。
なんであんなややこしい道を勧められているのか疑問である。

桑山美術館は愛らしい洋館である。
円筒形の外観に円錐屋根、内部の螺旋階段と中庭のスパニッシュ回廊が魅力的である。
庭園の緑も深い。

「院展の画家たち 近代日本画の開拓と創造」
ツイッターでチラシを見て、わくわくしながら出向いたのだ。
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宗達 古径 1942頃 白描で宗匠頭巾をかぶり、片膝を立てる中年男性として描く。黙ったままの顔にはある種の気ぶっせいな感じもある。

老子 放庵 角が平行に延びる、しょぼくれた目をした老いた牛に乗る白髭爺さんの老子。あのにじみの麻紙に載るのがまた味がある。

羅漢 竜虎 芋銭 1935 対もので、下がり竜が甘えるように羅漢を見上げると、細い瓶から浄水をかけてもらえる。
虎は羅漢にすり寄っている。無邪気な顔を上げている。どこにも怖さのない竜虎。

龍 紫紅 1914 太いにじむ線でぽよんとした龍を描く。
虎 靭彦 1914 紫紅に合わせた線で等伯風の虎を描く。
仲良く描かれた龍と虎。靭彦が紫紅の画風に合わせた絵。

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寒牡丹 武山 全体が重く雪に閉ざされている。雪の隙間から薄紅色に凍えた南天と寒牡丹の花びらがのぞき、瑠璃鳥がそれらを守るように止まっている。
大胆な色彩設計だと思う。白に覆われつつ、所々小さく印象的な色彩をさす。

雷神 紫紅 1910 朱色の髪が逆立っている。手には独鈷。勢いつけて飛んでいる。


矜羯羅図  靭彦 1918 美少年の矜羯羅君がいる。白い肌に耳横のみずら。額には飾り。きりりとした眉と鋭い眼。口元は少し白い歯がのぞくが、笑うわけではない。ある種の厳しさが漂う。
とても惹かれる。

暁霧 春草 1902 朦朧体の頃。わたしは後世の者だから、なぜこの描き方がそんなに批判されたのか、実のところ理解できない。これはこれ・それはそれの美だと思うばかりだ。
三つの長い連山、ジャンクに乗る者。もあもあした中で。

蜆子 観山 禅の人はケッタイな人が多いからなあ。水に浸かりながらエビ捕ってます。

小春 御舟 1910 御舟16歳のデビュー作。公家か武家の上流の家の少年。フジバカマ、カルカヤ、アサガオの咲く庭。ぶかぶかの沓からのぞく踵。可愛くてドキドキした。

川魚 青邨 茶金色の朴葉の上にイキイキしたアユ、ニジマス、イワナ、ヤマメなどなど。

蓮 土牛  文琳の枠の中に蓮と花托に止まる燕。蓮は暑い時期に咲く花だが、この枠の中は涼やかな様相を呈している。薄い色彩がそのような作用を目にもたらすのだろうか。
ふと気づいたが、土牛の絵はどのようなときも暑さを感じさせない。
温度がないのではなく、常に心地よい温度がそこにある錯覚を起こさせる。
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春浅し 酒井三良  いつも田舎の絵を描いているが、ここでも農家の春の空気を捉えている。幼女と一緒に歩く母または祖母、ようよう来た春の風はまだ冷たい。

南里瑞信・北辺喜信 永遠  真鶴と丹頂鶴をテーマにしている。南から来るものと北から来るものと。立つ・座すという対比もある。鶴が来たことを喜ぶ心がこのタイトルを選ばせたのだろう。
わたしは鳥がニガテだが、観念的にはわかる気がする。
鶴ではないが、春来る鳥を待つ切実な気持ちを描いた名作がある。
立原正秋「冬の旅」である。
五年前、立原正秋没後30年を機に追悼文をこのブログにあげているが、そのときわたしはこう書いた。
「『冬の旅人』であった少年は春の訪れを鳥たちに託していた。
春がまだ来ないことに少年は気をもみつつ暮らしていたが、死んでゆく意識の中で鳥たちの羽ばたきを聴き、ある種の安寧と幸福を覚える。」
翼あるものへの憧れは文学にも芸術にも昇華する。

竹筏 浩一路  筏に乗る人が魚籠を覗く様子を捉える。独特の墨絵で表現された一枚。

花王図 龍子  古代青銅器をモチーフにした復古デザインらしき唐銅の花入れに、薄紅がにじむ白牡丹が活けられている。絵の号数は大きくはないが、画面からあふれ出しそうな勢いのある牡丹である。

肥後菖蒲 善彦  白い花びらが印象手…

螺旋階段を上り二階へ。
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日ノ出 大観  海辺でみるアカイアカイ日。

被物 青邨  まだ若い年頃の武者が戦場でのますらおぶりを褒められたか、御前に召されて何らかの装束なりを賜った後の姿。烏帽子に鎧直垂の若者は浅黒い頬を薄く染めていた。戦国時代以前の、太平記にでも現れそうな武者ぶりだった。
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壺の花 遊亀  八面体の白磁の壺に水色の蘭が活けられていた。この壺は無柄だが、李朝ものの風があるようにも思う。

白い花 遊亀  土器にクチナシと撫子のような花(雁皮とあったが…)とが活けられていた。
そう言えば前に割れのけた土器を使った生け花を見たことがある。あれはカッコよかった。

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講堂趾の春 善彦  遠目から見たとき、笑う建物かと思った。それもにこにこと温和な笑いではなく、十一面観音にある暴悪大笑面、あれに近い怖い笑い。
実は霧の中に浮かぶ東大寺大仏殿らしい。なんでこんな風に見えるのかはわからないが、近くで見てもやはりどこかに違和感がある。

行く春 後藤純男  一見したところ奈良のどこかの山寺のように思えた。枝垂桜が咲いている。遠くには山。伽藍の配置がいい。春の終わりの頃に行きたいと思った。

五島 小山硬  キリシタンをテーマにした絵が多い小山。これは五島列島のどこかの島の小さな教会をロングで捉えている。薄闇が広がる海と空と。レンガの教会にはステンドグラスが輝く。明るさはそこにのみ集まる。

尾州八題の内 国府宮 田渕俊夫  靄というか霧が下りている。大きな鳥居も乗用車も白い闇の中にある。

薔薇 鎌倉秀雄  鎌倉芳太郎の子息。アラビア風なデザインの壺がちょっとかっこいい。

他に西田俊英「秋深し」、藤井康夫「飛翔する隼」などがあった。かっこいい。

作品数は決して多くはないが、善いものが集まっているところへ行けて、本当に良かった。
7/5まで。

日本刀・小袖と古代中国の酒器

「日本刀・小袖と古代中国の酒器」展を黒川古文化研究所まで見に行った。
最近は土日だと無料送迎バスを出してくださるので、本当にありがたく乗せてもらっている。
生半可ではない山の上で、柏堂(かやんど)バス停から徒歩800mというのが、実は物凄く遠いのだ。
バスは平地でもそうだが、ここは特にきちんと安全シートをしないと危ない危ない。
そのかわりベランダからの眺望は素晴らしい。
大阪湾、阪神間の山脈、神戸の広がり、それらが一望。
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・中国古代の酒器
殷末期の饕餮文のついた青銅器がいくつか可愛い顔を見せている。
面白いのは骨の杯。饕餮文が入っているが上下二つの顔が付き、ムフッと笑っていそう。目の枠から目玉だけ飛び出したよう。そして口が大きく閉じたままで笑う。

西周の青銅も色々ある。
ブロンズ病に侵されているものも少なくない。脱胎という。劣化してしまうのだ、剥落箇所から。ただ、それが不可思議なまでの魅力的な景色になっていることもある。
玉や青磁を思わせる青白色の錆層に侵略されることで、新たな美を獲得する。
思えば恐ろしい…

後漢の青銅 獣環鍾がいい。これを茶釜にしたものの写しが欲しいと思うくらい。

青銅 獣首鐎斗 三国―西晋  柄長の急須のようなもの。これがあの病に侵され、異様に美しい姿を見せている。

後世、宋時代頃には懐古ブームがあり、ブロンズ病への憧れが「付錆」という技術を生み出すことになった。

四川省から出土した後漢時代のレリーフの拓本を見る。
舞楽雑技画像磚拓本 大いに踊る四人の姿があった。
後漢時代のレリーフには好きなものが多い。原本が見られないときはこうした拓本で見ている。

ところでこの黒川古文化研究所は黒川家の人々が丁寧に蒐集したもので成り立っている。
染織工芸は初代の娘が集めたという。

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浅葱綸子地鳳凰に光琳千鳥薊文様 小袖裂打敷  大岡春卜の「妙画品類」の光琳のページにも登場しているとか。
鳳凰の羽の裾だけがある。まるで何かの束のようだ。その隙間に薊と流水とがある。

藍縹紋縮緬地 菊蝶に段幕文様 染繍小袖 刺繍の綺麗さが際立つ。裾に段幕、蝶の乱舞。

紫縮緬地 養老滝文様 染繍小袖 肩のあたりに鶴が飛ぶ。この滝はなかなか大きな滝。全部お酒。そういえば養老の滝の話が最初に出たのは8世紀だった。
話の内容としては二十四孝の仲間入りみたいな感じなので中国の影響が強いのだが、この説話が一般化するにつれて文様そのものが和そのものになってゆく…

紫絽地 水辺景文様 染繍単衣裂 鷺に鷹に御所車に芦、橋や柵も。ああ、何でもありな様子。

染織を絵の表現の一つとして取り込んだものもある。
山口素絢 靭猿図 黒地にじんべさんを着たエテがいる。二人の男との位置関係がいい。布をキャンバスにしている。

友禅染 西王母図 桃をくれそうな感じ。

・中世の刀剣(山城・大和)
今は日本刀がブームだけどここにはさすがに押し寄せていなかった。
日本刀の保存は油を塗って錆を警戒するようだが、普通は研ぐところ、ここでは見栄えを保つためにとがないということを知る。

太刀 銘・国友造 途中虹が出ている。綺麗。

刀 金粉銘・定利 波文が綺麗に出ている。もあもあしたのもいい。

・鐔、刀装具
これがもぉ本当に繊細な作りで、素晴らしかった。

五疋龍目貫 爪は三本ずつ。玉持ち。掌見せてる龍もいる。
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黍図笄 可愛いなあ。ふんわりしているのが表現されてる。

岩本昆寛 藻魚図縁頭 鱗がスゴイ!!

岩本寛利 鰻に藻図小柄 すごくぬめぬめしているのが表現されてる。
これだけぬめる黒は四分一を艶のある仕上げにしたからだそう。
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一宮長義 猪に萩図小柄 二頭のブヒブヒ。

一宮長美 十二支目貫 二つに分かれて前半組・後半組。絡み合いながら合体している。虎が右端にいて前の手を出してたり、イノシシに猿がしがみついていたり。可愛いなあ。

5/31まで。

ボッティチェリとルネサンス

ブンカムラで開催中の「ボッティチェリとルネサンス」の感想を挙げたい。
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近年、イタリアの都市をメインテーマにした展覧会に行く度思うのは、やはりルネサンスの頃が最も華やかだったということ。
尤も古代ローマやポンペイとかは別として。
ヴェネツィアでも今回のフィレンツェでもやはり中世がいい。
そもそも「イタリア」という国家が成立したのは150年くらい前だから土地土地の違いが顕著で、それがまたイタリアの魅力だとも言える。

1980年代に少女だったわたしは森川久美の諸作品に熱中し、戦前戦中の魔都・上海と中世のヴェネツィアに多大な憧れと幻想を抱いた。
実際に出かけて幻滅した上海、出かけてヴェネツィアより大きく心傾いたフィレンツェ。
とはいえ今でも心の中ではときめきがある。

メディチ家の歴史にわくわくしたのはボッティチェリの絵を見てからなのは、間違いない。
そして必ずその時代で思い出すのはこれ。映画「第三の男」でオーソン・ウェルズのハリー・ライムがウィーンの観覧車で言った台詞。
「だれかがこんなこと言ってたぜ。 
イタリアではボルジア家三十年間の戦火・恐怖・殺人・流血の圧政の下で、ミケランジェロやダ・ヴィンチなどの偉大なルネサンス文化を生んだ。 
が、片やスイスはどうだ?麗しい友愛精神の下、五百年に渡る民主主義と平和が産み出したものは何だと思う?「鳩時計」だとさ!」
何回聞いてもシビレるなあ。

さて清貧を旨としたのはアッシジの聖フランチェスコだが、フィレンツェではその考えは流行らず、富むことが正しさを守る、という意識があった。
経済優先により街が富むと文化度も上がり、犯罪者も減る(減ったかどうかは知らん)。
そのあたりの展示を見る。

アラゴン王ドン・ペドロ四世鋳造の金貨もある。
この同時代にはカスティリャにはドン・ペドロ一世がいる。そう青池保子「アル・カサル 城」ですな。

それにしてもこの金融の確かさ。メセナ事業の基礎はやはり金融の安定ですな。
そして当時の欧州社会でのユダヤ人が気の毒…

ボッティチェリの絵も当初は本当に綺麗で、ちゃんとしたパトロンがいる間はやはり名画が多いなと思った。
ケルビムを伴う聖母子 ちょっと背後はおどろだが、綺麗。これはチラシに選ばれてます。

メディチ家は金融業の仕組みを骨の髄まで知り尽くしているから、子息たちも真面目に育て上げようとした。
息子のために算術論をこしらえさせたのだが、挿絵がカラフルでなかなか楽しそう。こういうのがあれば興味もそそられるし、わかりやすいと思う。

これで思い出したが、京都精華大学の学長になったマンガ家の竹宮惠子さんがマンガを学ぶ若い子らの将来は決して暗いものではない、と言っていた。
供給過剰であり、本の販売数も右肩下がりだが、啓蒙マンガとか取説をわかりやすく説明するのにマンガの需要が、とのこと。
なるほど、それはすごくいいと思う。
わたしなども前述のように中国史、イタリア史、スペイン史、ロシア史に関心を持ったのは全てマンガからだった。これでもし子供の頃に数学をテーマにしたマンガでも読んでいれば、もしかすると数学に対して理解度が進んだ可能性が高い。
惜しいことをした。

高利貸しの絵がある。顔つきがやらしい。高利貸しといえばやはり皆に嫌われるから、必要以上に厭な顔に描かれている。わかりやすすぎるぞ。
日本でも同じ。

フィレンツェの金融システムがしっかりしているので重たい金貨を持ち運ばずに旅に出ることが出来た、というのは凄いことだと思う。
今日では現金の代わりにT/Cでもカードでも使えるが、これで現地で大金を換金なんかしててみなはれ、手間はかかる・手間賃はとられる・使い残したらまた面倒…難儀ですわな。

金融システムが確固たる基盤を持つようになったことで旅の範囲が広がった。
旅に必要なものが展示されているのを見ても、改めてそのことに感心する。

フランチェスコ・ボッティチーニ 大天使ラファエルとトビアス これも旅の物語。ムクイヌと生魚がポイントだが、この絵を見ると台詞が聴こえてきそう。
「まぁ旅はね、やっぱり一度は行った方がいいよ」「そうですね…よろしくお願いします」「うんうん、わたしがついてるからね」

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ボッティチェリ 受胎告知 綺麗なのは綺麗なんだが、やっぱり台詞を付けられそう。
「やぁこんにちは、気を遣わず気楽にね」「はぁぁぁ…憂鬱ですぅ」

ゴシック建築のマエストロ 港の聖母子と洗礼者聖ヨハネ この聖ヨハネ、ちょっと顔が長いものの美少年。ときめくねえ。
やはりね、中世の絵で楽しいのは、いかに魅力的な聖ヨハネをみつけだすことか、それに尽きるのかもしれない。←こら。

往時のフィレンツェの富裕な様子は絵からも知れる。

ビッチ・ディ・ロレンツォ バーリーの聖ニクラウス伝 トントントンとノックするのは変装した悪魔。疑いもせずに幼い少年はパンをあげようとする。善意は裏切られ少年は殺される。室内では父やその知人たちがいたのに。
この父親はなかなかハンサムだったな。

フラ・アンジェリコの二枚の絵。
聖母マリアの埋葬、聖母マリアの結婚。
どちらも横長の絵で金きらきんな人々にファッション誌ぽい顔だちの女たち。
思えば随分年の離れた世俗の婚姻ですなあ。

スケッジャ スザンナの物語 町の子らの服装に注意。中国も同じ発想だったな。
イキイキした町の人々。その中を縫うように歩くスザンナ。貴婦人ではあるが、コルティジャーナのように高いコッポリのようなものを履いて歩く。目立つ美人。豪奢な衣裳を身に着けている。それを家の窓や階段から眺める女たちのアンニュイな表情。
異時同時図というより絵巻に近い。日本とは向きが逆だが。

スザンナの物語が彫られ象牙の櫛。これか観賞用のものだとか。
のぞかれる貴婦人といえば日本では顔世御前がいるが、こちらはちゃんと悪人を罰せている。

出産盆というのがあった。何かというと出産した後のしんどい状態で、寝もったままご飯を食べれるように、というので作られた盆。これはいいですなあ。

フランチェスコ・ボッティチーニ 幼児イエスを礼拝する聖母  幼子はよそを向いている。周囲には千花文様。いいなあ。

ボッティチェリ 聖母子と二人の天使、洗礼者聖ヨハネ けっこう密着。顔つきになにやら思惑が潜んでいるかのようだ。

コジモ・ロッセッリ 東方三博士の礼拝 庭は藍地に千花、犬もたくさんいる。これは鷹狩の関連か。わいわいとにぎやか。

ボッティチェリ キリストの降誕 牛馬もいます、聖ヨハネも来ている。羊飼い二人も見守る。横顔を向ける方がなかなか可愛い。向こうから三博士ご一行様も来るようだ。
「や、こんにちは」な幼子。神聖だけど気さくな感じにも見える。

ボッティチェリ 聖母子と洗礼者ヨハネ 円形の絵。左にいるヨハネがむちむち。

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ボッティチェリ 受胎告知  巨大な壁画!!凄いフレスコ画。うなるばかり。
これは今はウフィツィ美術館所蔵だが、もとはシエナの病院が管理していた修道院の壁画だったそうな。黒死病の猛威から逃れられたことを感謝したとかそんな来歴がある。
そう聞くと、正直かなり怖く感じた。
なお、この絵を使ったチケットフォルダーが500円で販売中。両面に袋つきという、これまでになかったタイプ。いい感じです。
真上のチラシの最下段の絵ですね。

ボッティチェリ ヴィーナス  例の「美誕」のヴィーナスだけをスキャンした。黒い中に立つ。完全な裸婦かと思えばそうではなく、よくよく見れば薄―――いキャミソール着用。このヴィーナスも同じ仕様でフォルダになっている。

綺麗な歌曲集があった。すごく丁寧な造本。ルネサンスの美ですなあ。

ここまでは優雅な美の時代でした。
サヴォナローラが出てきたらもうフィレンツェもおしまい。
森川久美もたしかサヴォナローラを描いていた。
総領冬実「チェーザレ」にも登場してきたが…
こういう過激派が出ると文化が壊されるからやっぱりイヤヤな。

テラコッタに華やかな装飾をしたメディチ家の紋章、パッツイ家の紋章が出てきた。
すごいね。パッツイ家の方が派手だな。バラ、レモン、松などなど。
パッツイ家の陰謀のメダルまである。ロレンツォの弟ジュリアーノ殺し、すぐに露見して首吊りの刑。

パッツイ家といえばトマス・ハリス「ハンニバル」にパッツイ家の子孫の警部が現れ、司書に化けていた博士の正体を掴んでその情報を売ったために、早々にレクター博士によってピッティ宮殿で吊られてしもたな…
あの「ハンニバル」の映画の前年にフィレンツェに行き、一度でフィレンツェに溺れたが、映画を見ていよいよフィレンツェに焦がれたなあ。
「優雅なる冷酷」とは塩野七生が自著でチェーザレ・ボルジアに捧げた言葉だが、現代での「優雅なる冷酷」はハンニバル・レクター博士のためにある言葉だと思った。

サヴォナローラの火刑 百年後くらい後の絵。妙に静かでシュールな情景。異時同時図。ロングで捉えられた情景。処刑場に少しばかり集まる人々。静かな様子なのが却って怖い。
柴が集まりだす。そして三人同時に火あぶり。

ボッティチェリはサヴォナローラに感化されたからなあ。
結局面白くなくなってしまった。

歴史的なことを色々思い起こしながら見た展覧会。
6/28まで。

大英博物館展─100のモノが語る世界の歴史

東京都美術館で「大英博物館展─100のモノが語る世界の歴史」展が開催されている。
チラシは手に入れていたがどんな内容なのかあえて知ろうとせぬまま出かけた。
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プロローグ
いきなり見たことのあるものがそこに並んでいた。

古代エジプトの棺 紀元前600年頃 エジプト 木、彩色
現代ガーナの棺の模型(ビール瓶) 2006年 ガーナ 木、彩色
現代ガーナの棺の模型(ナマズ) 2006年 ガーナ 木、彩色
現代ガーナの棺の模型(カカオの実) 2006年 ガーナ 木、彩色
棺桶(ライオン) 2003年 ガーナ 木、布、塗料 国立民族学博物館蔵

みんぱくのライオンの棺桶、あれで「!!!となりましたよ。
あれ、みんぱくに近年になってから展示されるようになったものだと思うのだけど、ここに来ていたか。
棺桶という実用品(!)がそこに展示されていることで、この展覧会の方向性が見えてきたような気がする。たとえわたしのカンチガイであろうとも。

それにしてもガーナは個人の嗜好が棺桶に反映するのだなあ。
ビールとカカオはわかるけど、なんで鯰なんだ?とそんな疑問を持つ弔問客を思って、故人は棺桶の中でニカッと笑っているかもしれない。

ところでこのライオンの棺桶をみんぱくで見たのは、2009年の「みんぱくx千家十職」展という忘れられない面白い展覧会でのことだった。
本当に面白すぎる内容で、わたしの中では「もう一度見たい展覧会」の上位にランクインしている。
そう、モノ・物・ものを視る展覧会なのでは、という予想がこの時点で上がってきた。

ここから大英博物館所蔵の100のモノが現れる。
いつもは好きなモノだけ書いて後はスルーするか、延々と全点について何やら感想を挙げるかしているが、今回はとにかく100点のタイトルやその資料についてここに写したいと思う。
なお原本は展覧会のHPに挙げられている。大抵展覧会の後はそのページが削除されたりするので、忘れるのは勿体ないので、こちらにも写させていただいた。
なお、一つ一つの作品に学芸員さんの非常に楽しい解説があり、あまりに面白すぎて、その影響から脱却するためにちょっと日をおいてこの感想文を挙げている。

第1章 創造の芽生え
まずは遠い古代から。

001 オルドヴァイ渓谷の礫石器 200万–180万年前 タンザニア、オルドヴァイ渓谷 石

002 オルドヴァイ渓谷の握り斧 140万–120万年前 タンザニア、オルドヴァイ渓谷 石   ハンドアックスというやつかな。どつかれたらヤバイな。

003 トナカイの角に彫られたマンモス 1万4000–1万3500年前 フランス、モンタストリュック トナカイの角   これがマンモスかどうかは見た目ではわからないし、古代の人の意見というのもわからない。
むしろマンモスではなく象の先祖の一つの、そんなに鼻も長くない何かというべきかも、と勝手なことを思っている。それにしても愛嬌のある顔つきに彫られているのがいい。

004 クローヴィスの槍先 1万4000–1万3000年前 アメリカ、アリゾナ州 フリント

005 アボリジニの編み籠 1875–1927年 オーストラリア タコノキ属(パンダナス)の繊維、羊毛、羽、樹脂  丁寧な作り。タコノキか。そう聞くと諸星大二郎「マッドメン」のニューギニアの神話を思い出すね。タコノキの男の呪詛な。

006-1 縄文土器(深鉢) [土器]紀元前5000年頃[蓋]19世紀日本 [土器]粘土に金貼り[蓋]木製漆塗
006-2 縄文土器(浅鉢) 紀元前1000–前300年 日本 粘土
006-3 縄文土器(壺) 紀元前1000–前300年 日本 粘土
鑑賞用・研究用としてでなく、茶の湯の水指になることもある。

007 鳥をかたどった乳棒 紀元前6000–前2000年 パプアニューギニア、
オロ州 石   壷から出現してるようにしか見えんのう。

008 雄牛の頭が描かれた器 紀元前5600–前5200年 イラク北部、アルパチヤ 粘土、彩色

009-1 古代エジプトの化粧パレット(ウシ) 紀元前4000–前3600年 エジプト シルト岩
009-2 古代エジプトの化粧パレット(カバ) 紀元前4000–前3600年 エジプト シルト岩
009-3 古代エジプトの化粧パレット(カメ) 紀元前4000–前3600年 エジプト シルト岩
009-4 古代エジプトの化粧パレット(魚) 紀元前4000–前3600年 エジプト シルト岩
これが可愛くて可愛くて。四種ともあんまり可愛くて下手なメモ書きまでしてしまったよ。形は四つともビミョーではあるが、そのユルさがとてもいい。

010 カルパトス島の女性像 紀元前4500–前3200年 ギリシャ、カルパトス島 石灰岩

011 ヒスイ製の斧 紀元前5000–前3600年 ドイツ、ビーブリッヒ ヒスイ

012 玉琮 紀元前2500年頃 中国 ヒスイ

第2章 都市の誕生

013 ウルのスタンダード 紀元前2500年頃 イラク 貝、ラピスラズリ、赤色石灰岩、ビチューメン(瀝青) 
スタンダードは「軍旗」の意味らしい。謎の代物だが見た目の面白さがある。
王様と家来と敵と家畜たち。彼らが平面上でコントのような情景をみせる。平和と戦争、敵を殺戮、辱めることで勝者がわらう、人の目のような目を持つ牛や山羊たち。これはウーリー博士が発見したそうな。
1928年10月10日か。所蔵番号から類推すると。
ウーリー博士は「アラビアのロレンス」T.E.ロレンスの恩師で、ロレンスもそのままオックスフォードにいればこの発見に携わっていたかもしれない。
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014 楔形文字を刻んだ粘土板 紀元前3100–前3000年 イラク南部 粘土
015 メソポタミアの大洪水伝説を語る粘土板 紀元前700–前600年 イラク 粘土  出た、ギルガメシュ。もちろん一文字も読めないけど
この名前自体は石森章太郎(当時)のマンガで知った。
物語は「幻想物語の文法」で教えてもらった。昭和の末頃の話。
男性原理だけで生きてるような英雄。
 
016-1 インダス文明の印章 紀元前2500–前2000年 パキスタン、インダス川流域 石   
016-2 インダス文明の印章 紀元前2500–前2000年 イラク 石
016-3 インダス文明の印章 紀元前2500–前2000年 アフガニスタン 石
なんでも3500年忘れられていたそうな。「王家の紋章」でインダス文明の滅亡の話が描かれていたが、それを思い出す。しかし文様が牛だというのはその頃から牛が聖なる動物だと見なされていたからなのか。

017 オルメカ文明の仮面 紀元前500–前300年 メキシコ 蛇紋石

018 古代中国の青銅祭器 紀元前900–前800年頃 中国 青銅  犠首くんが可愛い。

019 ミノス文明の雄牛跳び像 紀元前1700–前1450年 ギリシャ、クレタ島 青銅   背面飛び。牛の角に刺される女。ああ、諸星大二郎の世界。

020-1 金製の半月型装飾 紀元前2400–前2000年 アイルランド 金
020-2 金製の半月型装飾 紀元前2400–前2000年 アイルランド 金
ルヌラ。ラテン語で小さな月の意。かなり綺麗な。濃い色のと薄い色のとがある。

021 ラムセス2世像 紀元前1280年頃 エジプト、エレファンティネのクヌム神殿 花崗岩
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第3章 古代帝国の出現

022-1 リディア王クロイソスの金貨 紀元前550年頃 トルコ 金
022-2 リディア王クロイソスの硬貨 紀元前595‒前546年頃 トルコ 金、銀
世界最古のお金。形は楕円形でライオンと雄牛のガオーッ!!!

023 アッシリアの戦士のレリーフ 紀元前700–前695年 イラク 石膏

024 タハルコ王のシャブティ 紀元前664年 スーダン 花崗岩  
025 金製のゾロアスター教徒像 紀元前500–前400年 タジキスタンとアフガニスタンの国境にあるオクソス川近く 金 [大][小]

026-1 アレクサンドロス大王を表した硬貨 紀元前305–前281年 トルコ 銀 026-2 アレクサンドロス大王を表した硬貨 紀元前305–前281年 トルコ 銀
そういえば大王を描いたマンガといえば安彦さんと赤石さんのくらいしか思い浮かばないな。

027 ロゼッタ・ストーン(レプリカ) 紀元前196年 エジプト、エル・ラシード(ロゼッタ)石 ※作品データはオリジナル作品による

028 アウグストゥス帝の胸像 1–40年 イタリア 大理石  星野之宣「妖女伝説」を思い出すわ…

029 アマラーヴァティーの仏塔彫刻 200–240年 インド 石灰岩   
アショカ王の頃からのもの。5つ頭の蛇、ライオン、花いっぱいで綺麗。ゾウもいるかな。人もいたか。

030 ソフォクレスの胸像 150年頃 イタリア 大理石  「メディア」が好きだ。

031 コロンビアの戦士のヘルメット 紀元前500–後700年 コロンビア 金合金(トゥンバガ)

第4章 儀式と信仰

032 六博ゲームをする人物像 1–200年 中国 施釉陶器   むろん明器だから実際のミニでもあるが、このゲームは今に伝わらないそうだ。向き合う二人、盤上にコマがあるが。しかし二人の人物は対話中。映画「HERO」的な雰囲気がある。

033-1 アメリカ先住民のパイプ(カワウソ) 紀元前200–後100年 アメリカ、オハイオ州 石
033-2 アメリカ先住民のパイプ(鳥) 紀元前200–後100年 アメリカ、オハイオ州 石
033-3 アメリカ先住民のパイプ(ネコ) 紀元前200–後100年 アメリカ、オハイオ州 石
033-4 アメリカ先住民のパイプ(サギ) 紀元前200–後100年 アメリカ、オハイオ州 石
033-5 アメリカ先住民のパイプ(齧歯類) 紀元前200–後100年 アメリカ、オハイオ州 石
これまた5種とも可愛いのだよね♪

034 マヤ文明の儀式用ベルト 100–500年 メキシコ 石  なんですと40kgもある石のベルトで競技??こわいなー「ポポル・ヴー」にも語られているのか。
双子の英雄、というのにはホント、萌えますw

035 ミトラス神像 100–200年 イタリア、ローマ 大理石   白い綺麗な像。雄牛を殺すわけですが、その血を飲む犬と蛇がまたなにやら…

いろんなものを見ながら、こうして機嫌よく個人的追想や妄想にふける。それが楽しいのだよなあ。

036 アラビアの手形奉納品 100–300年 イエメン 青銅  指の骨折まで見えるところから本当の手を型で取ったのがわかるそうな。

037 ササン朝ペルシャの王を表した皿 309–379年 イラン 銀

038 クマーラグプタ1世の金貨 415–450年 インド 金

039 ガンダーラの仏像 100–300年 パキスタン、ガンダーラ 石

040 ターラー菩薩像 900–1100年 インド、ビハール州ガヤー地区 クロライト(緑泥石)

041 預言者ヨナを表した石棺 260–300年頃 おそらくイタリア 石

042-1 ウマイヤ朝カリフの金貨 701年 おそらくシリア 金 1874,0706.3
042-2 ウマイヤ朝カリフの金貨 711年 おそらくシリア 金 1936,0605.1

第5章 広がる世界

043 唐三彩の官吏俑 728年頃 中国、河南省 陶器  個人的「わし、えらいぞ」の象徴だった。なんとなくちぇっな感じ。

044 敦煌の旗 700–900年 中国 絹  ああ17窟からの出土品なのか。向かい合う馬。退色しているのだろうが薄い青がきれい。

045 ハレム宮の壁画片 800–900年 イラク、サーマッラー 絵の描かれた漆喰

046 キルワ採集の陶片 900–1400年 タンザニア、キルワ・キシワニの海岸
陶磁器

047 ボロブドゥールの仏頭 780–840年 インドネシア、ジャワ島 石
いい横顔。1844年にラッフルズ卿が発見したとか。田螺状のラハツがキュート。

048 ホクスンの銀製胡椒入れ 350-400年 イギリス、ホクスン 銀   少年ぽい顔つきだと思ったが貴婦人らしい。これはあれか、目からも胡椒が飛び出るのか。

049 カロリング朝の象牙彫刻 800年頃 おそらくドイツ、アーヘン 象牙

050 ヴァイキングの遺宝 925年頃、埋蔵 イギリス、ースヨークシャー州
ゴールズバラで出土銀 [銀製品][硬貨]

051 和鏡 1100‒1200年 日本、山形県 青銅   鶴に松。羽黒鏡。ガラパゴス化は大昔からの得意技やな。

052-1 モチェ文化の壺(戦士) 100‒700年 ペルー 粘土
052-2 モチェ文化の壺(座る人) 100‒700年 ペルー 粘土
052-3 モチェ文化の壺(座る人) 100‒700年 ペルー 粘土
052-4 モチェ文化の壺(座る戦士) 100‒700年 ペルー 粘土
052-5 モチェ文化の壺(眠る男) 100‒700年 ペルー 粘土
すごく可愛いのね。みんなポテポテしている。

053 マヤ文明の祭壇 763–822年頃 ホンジュラス、コパン 石灰岩 サック・シーマ(白い恐怖)という冥神を刻む。ドクロですな、歯が四本か。

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第6章 技術と芸術の革新

054 聖ヒエロニムスのイコン 1400–1450年 ギリシャ、クレタ島 ジェッソで下地を白塗りしたイトスギ材に卵テンペラと金箔

055 シヴァ神とパールヴァティ神像 900–1000年 インド 玄武岩

056 ワステカ文化の女神像 900–1521年 メキシコ 砂岩  「アステカ」文明の前の文明らしいです。

057 アステカ文明の悪霊の像 1400–1520年頃 メキシコ 安山岩

058 インカ文明の黄金のリャマ小像 1400–1550年 ペルー 金

059 イースター島の石像 1600–1800年頃 チリ、ラパ・ヌイ(イースター島) 石

060 聖エウスタキウスの聖遺物容器 1210年頃 スイス、バーゼル 銀器、金鍍金、水晶、玉髄、アメジスト、カーネリアン、真珠、ガラス、黒曜石  
あああ、すごいなサークリットの宝石たち。黄金像…

061 タイノ族の儀式用椅子 1200–1500年 ドミニカ、サントドミンゴ ハマビシ科の木材

062 ルイス島のチェス駒 1150–1200年 イギリス、ルイス島おそらくノルウェーで制作 セイウチの牙、クジラの歯  これは二度めではないかな、日本で見るの。それともしかすると海洋堂がフィギュアにしてたような気もする。
どちらにもしろよく知られているよね。

063 聖ヘドウィグの杯 1100–1200年 おそらくシリア ガラス   綺麗なガラス。ライオン、ワシ、グリフォン・・・だけどアールデコ風だというのが面白い。

064 イフェの頭像 1300–1400年代初期 ナイジェリア、イフェ 真鍮  本当にびっくりのリアリズム。王オーニの頭像。アーモンド型の目。

065 青花皿 1330–1350年 中国、江西省景徳鎮 磁器
066-1 金継ぎされた碗(粉青沙器) 1400–1500年 韓国 粉青沙器
066-2 蓮の葉形三島皿 1700–1850年 日本 三島
066-3 魚紋壺 1500年 韓国 粉青沙器
066-4 三島手茶碗 1650–1700年 日本 三島
かつての茶人たちが愛したやきものばかり…

067-1 イズニク陶器の花紋皿 1570–1580年頃 トルコ、イズニク 白地多彩陶器
067-2 イズニク陶器の皿(金角様式) 1530–1540年 トルコ、イズニク 白地藍彩陶器
067-3 イズニク陶器の壺(ダマスカス様式) 1540–1560年 トルコ、イズニク 白地多彩陶器
これらも魅力的。

068 ヘブライ語が書かれたアストロラーベ 1345–1355年 おそらくスペイン 真鍮   大航海時代の産物…素敵。

069 明の紙幣 1375–1425年 中国 紙  A4サイズくらいありますよ…

070 デューラー作「犀」 1515年 ドイツ、ニュルンベルク 木版   想像上の犀は装甲騎兵でしたか。

第7章 大航海時代と新たな出会い

071 世界一周記念メダル 1589年 イギリス 銀  ドレイクのか。「七つの黄金郷」のイメージが強いのだよな、わたし。

072 初めての世界通貨(ピース・オブ・エイト) 1573–1598年 ボリビアとメキシコ 銀

073 柿右衛門の象 1650–1700年 日本、佐賀県有田町 色絵磁器   派手さが過ぎるとグロテスクだけど、エレファントじゃなくオリファントだな、これ。

074 ゴアのキリスト像 1600–1700年 インド、ゴア 象牙に金箔貼り

075 シーア派の儀杖 1650–1700年 イラン 真鍮、金鍍金  エレキギターに似ている…

076 ムガル王子の細密画 1650–1700年 インド 紙に彩色  木の上で勉強。

077 両面式のカメオ 1500–1600年 イタリア オニキス、金、ルビー、ダイヤモンド

078 宗教改革100周年記念ポスター 1617年 ドイツ 木版

079 ナイジェリアのマニラ(奴隷貨幣) 1500–1900年 ナイジェリア 青銅、真鍮

080-1 ベニン王国の飾り板(オバとヨーロッパ人)1500–1600年 ナイジェリア 真鍮
080-2 ベニン王国の飾り板(クロスボウを持つヨーロッパ人)1500–1600年 ナイジェリア 真鍮
080-3 ベニン王国の飾り板(火縄銃を持つヨーロッパ人)1500–1600年 ナイジェリア 真鍮

081-1 ジャワの影絵人形(クンバカルナ) 1800年頃 インドネシア、ジャワ島 彩色された水牛の革と角
081-2 ジャワの影絵人形(ハヌマーン) 1800年頃 インドネシア、ジャワ島 彩色された水牛の革と角
081-3 ジャワの影絵人形(グヌンガン) 1800年頃 インドネシア、ジャワ島 彩色された水牛の革と角
いいよね、これは。みんぱく、天理でも見るたびにときめくなあ。

082 シエラレオネの儀式用仮面 1880年代末(仮面部分) シエラレオネ 木材(ヤシ繊維の蓑は現在の素材) 全身を覆う黒。女の人向け。正体を隠すため。両面ともにこんなの。

083-1 贈答用に作られたこん棒 1772年 イギリス、ロンドン 真鍮
083-2 マオリのこん棒 1800–1820年 ニュージーランド ヒスイ
084 ハワイの冑 1700–1790年 アメリカ、ハワイ諸島 植物の繊維
ブンカムラで見た「キャプテン・クック」の展覧会を思い出しました。

085 カナダ先住民のフロックコート1800–1900年 カナダ 図柄を描いた
ヘラジカの革、アメリカヤマアラシの針、馬とカワウソの毛  これは本当に寒冷地の人向けですな。ぬくそう。実は友人らとカナダのバンフにいったとき、福島の友人だけが現地の服を購入した。あれはやはり寒いからだよな、と同じ関西の友人らと納得したものです。

086 乾隆帝の詩を刻んだ璧 紀元前1200年頃、銘は1790年 中国 ヒスイ


第8章 工業化と大量生産が変えた世界

087 ビーグル号のクロノメーター 1795–1805年 イギリス 真鍮

088 ヴィクトリア朝のティーセット 1840–1845年 イギリス 炻器、銀

089 北斎漫画 1814–1878年 日本 木版  ウサギたち、ゾウ、百面相、庚申山の狼浄土…庚申山といえば赤岩一角を喰い殺した化け猫の本拠地のはずw

090 バカラの水差し 1878年 フランス、ロレーヌ 彫刻されたガラス

091 自在置物(ヘビ) 1800–1900年 日本 鉄、金鍍金(部分) あーー長いね!!

092 アメリカの選挙バッジ 1868–1993年 アメリカ 紙、プラスチック、金属
2シーモア、ケネディ、レーガン、クリントン… いや、いらんわ。

093 ロシア革命の絵皿 1919年 ロシア 磁器

094 ホックニー作「退屈な村で」 1966年 イギリス エッチング  ベッドの二人の男の時間の経緯がいいのよね。

095 アフガニスタンの戦争柄絨毯 1980–1989年 アフガニスタン 毛織物
096 パプアニューギニアの盾 1990–2000年 パプアニューギニア 彩色した木、金属、プラスチック
097 銃器で作られた「母」像 2011年 モザンビーク 金属、プラスチック
現代の怖いものたち…

098 クレジットカード 2009年 アラブ首長国連邦 プラスチック  VISAですなあ。

099 サッカー・ユニフォームのコピー商品 2010年 インドネシア 合成繊維
100 ソーラーランプと充電器 2010年 中国 プラスチック
現代のアイテムか。

エピローグ
紙管─坂 茂による紙の避難所用間仕切り 2015年 日本 紙管 坂茂建築設計
・・・・・・

色々なものをみて色々なものに思いを馳せた。
かなり面白い展覧会だったと思う。
特に8章は考えさせられるものばかり。

この展覧会、ぜひみんぱくにも来てほしい。
そんな内容だと思った。

6/28まで。

黄金時代の茶道具-17世紀の唐物

「大坂の陣400年記念事業」特別展:「黄金時代の茶道具-17世紀の唐物」
このタイトルで東洋陶磁美術館が特別展を開催している。
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大坂の陣400年、というのはつまり大坂が大負けしてから400年ということで、思えば腹の立つタイトルではあるが、この美術館一個がそんな企画を立てたわけではないので、わたしのウックツは何者かに抑えつけられる。

ところでこの中之島公園には大坂夏の陣で奮戦し、戦死した木村長門守の立派な碑が建っている。わたしなどは純粋な大阪人なので、家康の事跡をたたえることなんか絶対にしたくない。思い出すだけで腹が立ってくる。
行き場のないルサンチマンは措いて、とりあえず見たものについて簡素に記したい。
今回なにしろ特別展なのであちこちから名品が集まり、しかも展示替えがたいへん多いので、バタバタしなくてはならない。
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第一章 東山御物から侘茶へ

六祖破経図 梁楷 三井記念美術館 足利義満(北山御物)―秀吉―西本願寺―不昧―新町三井家 南宋13c  凄い来歴である。それを見るだけでも感心する。例の禅宗6人のけったいな人々を描いた絵の一枚。昭和7年に三井家に入ったとか。
びりびりとお経を破っている図。禅の方は意味不明な行動をとる人ほど偉いらしいので(偏見)、こういうのも絵になり、更に尊ばれるのだ。
そういえばこの六祖惠能(638~713)は、はるばる天竺まで経典や仏像を求めに出た玄奘(602~664)と同時代を生きた人だということを思いだす。
玄奘が唐に帰還したのは645年。
宗派の違いによって色々やらかすのだなあ。

京博から三点の天目茶碗が来ている。
禾目天目 建窯 南宋12-13c
玳玻天目 吉州窯 南宋12-13c 加賀前田家伝来
蓼冷汁天目 建窯 宋12-13c
いずれも京博で見てはいるが、場所を変えると別な顔を見せてくれるので、楽しく眺める。

灰被天目 徳川美術館 建窯 これも感心するような来歴を持っている。途中で家康から尾張家に入り、それで今日まで続くからそれこそ400年弱名古屋にあるのだ。
これで思い出した。
戸板康二「ぜいたく列伝」にあるエピソードだが、徳川義親侯爵があるパーティで戸板と話した際、「出雲阿国」の絵はどこからお宅に入ったのですかと訊いた戸板に対し「オオサカから持ってきました」と答えが来た。
戸板は「大阪市立美術館からですか」と訊き直したが、答えは「いえ、夏の陣の時にお城から」。
つまり大阪ではなく大坂の時代に徳川家に入ったのだ。
こういうのは本当に凄い話だと思う。

二つの珠光青磁茶碗を見る。
珠光青磁茶碗 銘・初花 野村美術館 同安窯 南宋―元 13-14c  
珠光青磁茶碗 銘・遅桜 根津美術館 同安窯 南宋―元 13-14c 「雲州蔵帳」記載
どちらも黙ってシックな茶碗である。
もともと対だったのか。どちらも良い。

井戸茶碗 銘・燕庵 香雪美術館 朝鮮16c 聖護院門跡41代―薮内家伝来  二年前に根津美術館で井戸茶碗が大集合した時、これは行かなかった。いい色が出ている。
井戸茶碗もあの展覧会以来、いいものだと思うようになった。ニガテだったからなあ。

青磁鳳凰耳花生がある。一つは丹波青山家伝来。共に龍泉窯 南宋13c 現在はどちらも東洋陶磁美術館所蔵。
名高い久保惣美術館の「萬聲」は展示替え後の現在展示中。
あれはいつだったが「萬聲」と「千聲」とが並んでいるのを見たことがある。調べたらわかるが今はそんなことがあったと思い出すばかり。

三つの「青い水指」をみる。いずれも景徳鎮窯 明17c
祥瑞蜜柑水指 根津美術館 紀州徳川家伝来
古染付桜川水指 野村美術館
青花葡萄絵水指 東洋陶磁美術館
回青も濃淡により表情が完全に変わる。

第二章 武家の茶
次には香炉をみる。
青磁袴腰香炉 京博 龍泉窯 南宋―元 14c
青磁香炉 銘・千鳥 徳川美術館 龍泉窯 南宋13c 秀吉―家康―義直―尾張家
青磁象嵌花文香炉 銘・老女 根津美術館 稲葉丹波守―松浦家 高麗13-14c
井戸香炉 銘・此の世 根津美術館 利休―織部―後水尾天皇―遠州―伊達家―藤田家―根津
常に愛され続けていたもの・求められ続けたもの…
何やら物凄いものを見ている気がする。

純金台子皆具 徳川美術館 家光長女・尾張徳川家光友正室所用 1639  これは本当に純金で、実は昨日徳川美術館で他のを「初音の調度」と共に見て来たばかり。
これも戻っていた。
とにかく凄い。金だなあ、金。純金、金無垢。
金に星砂とガマニオンとオリハルコンを混ぜたら聖闘士の聖衣が出来るのだったなあ。
遠い目をしてしまうぜ。

わたしがいちばん好きなのは東洋陶磁の油滴天目だが、それと並んで徳川美術館の曜変天目があった。こちらもキラキラしく目に楽しい。
そういえばわれらの油滴天目さん、今度東京へ下向するのでしたな。お気をつけてね。

第三章 新たなる美意識 高麗茶碗

井戸茶碗 銘・有楽 東博 織田有楽―紀伊国屋文左衛門―仙波太郎左衛門―伊集院兼常―藤田有楽―松永耳庵 朝鮮16c  またもう凄い来歴だが、手放さざるを得ない事情というものを想うのも面白いな。

青井戸茶碗 銘・柴田 根津美術館 信長―柴田勝家―平瀬家―藤田家―根津 朝鮮16c  歴史を感じるなあ。いいものはいいのだが、歴史がまた面白いのだ。

雨漏堅手茶碗 根津美術館 姫路酒井家伝来 朝鮮15-16c  抱一のところに伝わっていたのだ。なんとなく噛みつきたくなる。

もう本当にいろんなものを見た。
絵を中心に展示替えがいろいろあるのでまた見に行けたらな、と思ってもいる。

なお常設も今回はちょっと場所が変わっているので、それがまた興趣を変えている。
李コレクションと安宅コレクションが仲良く並んでいたり。
こんな並びもこの展覧会の時だけ。
ぜひ!!

川喜多半泥子物語 その芸術的生涯

既に終了したが記したい。

あべのハルカスで「川喜多半泥子物語 その芸術的生涯」を見た。
半泥子は伊勢の豪商の跡取りであり、近代の実業家であり、陶芸家である。
津にある石水博物館は川喜多家あればこその存在だし、今回はその石水と同じ三重のパラミタ・ミュージアムからも様々な作品がきている。
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川喜多家は江戸時代から続く木綿問屋で、江戸の日本橋にも支店を開いていた。
広重の「東都大伝馬町繁栄之図」にも川喜多家の暖簾が描かれていた。菱形に川の字である。
今までこの絵を見ていたが、別に背後の大店にまであまり関心を向けなかったが、あれはリアルな暖簾並びだったのだ。そのことにもびっくりした。
でっちとわんころのいる絵。

川喜多家は豪商なので文化的にも多くのつきあいがある。
光悦からの書状なども見受けられる。

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諸家寄合書 五節句  文化期の文人墨客らがなんだかんだと書いている。蜀山人、京傳、馬琴、歌麿ら錚々たるメンバーである。俊満もいる。いいなあ、この時代感。

付き合いは更にこんなところにも。
鳩杖(有栖川宮より拝領) 1754(宝暦4)年頃  長さ109cm。鳩杖といえば板谷波山が鳩を拵えてたのが有名だが、これはその先達。老人に鳩同様誤嚥なんかなしで長生きしてね、という気持ちのこもった杖を贈る風習があった。
宮様からそれを貰うているのだ。
他に「白樺派」の実篤のご先祖に当たる武者小路実陰から和歌懐紙も貰っている。当代随一の歌人からの色紙である。
また同じ伊勢の本居宣長の賛がある色紙も持っている。
近代になっても「北海道」の松浦武四郎から蝦夷地の事を書かれた手紙が届いてたりする。
今の実業家ではありえない文化の高さがそこにあったのだ。

伊勢には萬古焼がある。
それが廃れたとき復古させたのが大伯父にあたる竹川竹斎。その縁で古萬古のいいのを持っている。また竹斎は勝海舟とも縁があるので海舟から貰ったものが巡って川喜田家にも入る。
文化の伝播がこうしてなされるのだ。

半泥子はそんな名家の跡取りながらも生後すぐに両親との縁が切れ、祖母政子に育てられている。この政子というお祖母さんはなかなか立派な人で、孫を甘やかさず、立派な人に育てようとしたようだ。「遺訓」を読むとそれがわかるし、明治32年に祖母から貰ったその遺訓を半世紀後に孫の半泥子が自分の孫たちに「政子遺訓写」として書き与えていることからも知れる。

とはいえ決して質実剛健なばかりではなく、明治の豪商の跡取りとして使える金は使って、機嫌よく当時最先端のカルチャーに夢中になっている。
写真である。
ガラス乾板が残っていて、それらがプリントアウトされていた。
運動会、田畑の様子、ヨット、にゃんこたち、なぜかキューピーさんなどなど。
福原信三ら往時の「大正期の都市散策者」の仲間入りしていそうな勢いである。
明治末から大正初期の写真愛好家は、財閥の跡取りくらいな金の使い方が出来ないと好きに写真を撮るのは不可能である。
半泥子の写真は鴻池家に伝わる写真などに一脈通じるものがあった。

半泥子は絵も巧かった。
これは前に目黒区美術館あたりでみたか、ジャワ旅行記の絵を見ている。
今回もそれらが出ていた。単に巧いだけでなくユーモアがあって、楽しいのだ。
昭和初期のジャワは既に日本軍が進出していたので「南方」の一つになっていたか、往来に気負いはなさそうだった。
キラキラした旅行図はシンガポールから出航した様子を、紫色に染めた夕暮れの海と青碧の海で表現する。
ブンガワン、バタヴィアなどなど。
ヨーロッパでもヴェニスの絵がいい。

石水美術館所蔵の絵も出ていた。
藤島武二 桜の美人 お女中がどういうわけか青緑の顔色で花見する絵である。好きな絵だが顔色がいつも気にかかる。

武二ではほかに「女の顔」としてリボンを結んだ少女の絵があった。これは半泥子の妻をモデルにしたものかもしれないそうだ。
他にマティス、ボナールの絵がある。
このあたりに半泥子のモダンさ・ハイカラさを感じる。

マティス 黄色い肘掛の椅子の女 1920 白シュミーズの女、白カーテン、白灰色の風景。
ああ、時代のカッコよさを感じるなあ。

また半泥子は禅に傾倒したそうで、そのあたりは茶の湯の手製品と共に紹介されていた。

さていよいよ半泥子のやきものに目を向ける。

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芝居絵皿 1925 四点それぞれに大日鬘の男などが描かれている。大正末期の芝居の華やかさをしのばせる絵皿である。
この時代は娯楽も少ないからみんな芝居に熱中した。
日本画家も洋画家も芝居絵を楽しんで描いていた。清方、牛島憲之、金山平三などなど。
半泥子がそれを絵皿にしても何の不思議もない。
楽しかったのだろうなあ。うらやましい。

伊賀焼がかなり多い。面白い形が多いのも当たり前だが特性。
名前が面白いのも多い。「慾袋」とか。
古伊賀焼水指「鬼の首」おお、なかなかそんな感じがする。

半泥子は千歳山荘というところに窯を開いていた。
それは小山富士夫の設計によるもの。そしそて窯は社員たちからのプレゼントだそうだ。
それを描いた屏風もある。
二代真清水蔵六 千歳山荘初窯火入図屏風 紙本墨画淡彩 1933(昭和8)年 2曲1隻 
雇い主へのごますりだけでなく、やはり愛情があったのだと思う。

灰釉茶碗 銘「菊の香」 千歳山窯 1942(昭和17)年 口べりの白釉流れがジンジャーシロップの固まったように見える。
妙に美味しそうである。

井戸手茶碗 銘「渚」 千歳山窯 1942(昭和17)年頃 これはまた窯変があって綺麗な水色が出ていた。こういうのはなにかしら嬉しくなる。

半泥子は乾山の研究も怠らない。
ここに乾山のやきものがある。
色絵草花文鉋目皿 京都・鳴滝窯 百合、ツツジ、牡丹などが描かれた可愛い絵皿。

乾山鳴滝窯発掘の陶片 元禄― 正徳年間 破片にも可愛いものが多い。オバケみたいなのもある。

チラシにも大きくクローズアップされているが、これは半泥子の代表作ではないか。
粉引茶碗 銘「雪の曙」 千歳山窯  とても綺麗な薄桃色が発色していて、見ていてうっとりする。

お仲間の作品も紹介されていた。
荒川豊蔵 水指 銘「からひね」 1976(昭和51)年 これは三輪休雪の白釉を遣ったものらしい。力強い白が出ていた。

三輪休和 風月 やさしい色が出ていた。

初代 小西平内 赤楽茶碗 銘「めでたい」 太閤窯 1950(昭和25)年頃  おお、なんとこれは甲子園ホテルでした樂焼なのだそうだ。仲良くなって記念に貰ったそうだ。

三輪壽雪 萩焼 作品(鬼萩割高台茶碗)三輪窯 1998(平成10)年  清水卯三の田舎饅頭のようなのを思い出す。

ところで最後の方のやきものの展示コーナーではハルカスのカーテンが開かれて自然光が入っていた。とても明るくいい感じでサウス大阪の風景が広がっている。
 
戦後になり窯を変えている。
またその頃のさらさらした絵がいい。俳画ではないがどこかとぼけた味わいがある。

紙雛図 紙本墨画淡彩 1959(昭和34)年  要するに仲良しさんだということを改めて知る。いちゃいちゃするお雛様とお内裏様。顔つきがその当時の若者ぽいのもご愛嬌。そう、太陽族ね。

晩年からはさらにザリザリざらざらな境地へ向かった。
わたしは磁器は好きだが陶器はニガテなので「ヒーッ」なのが色々。

割高台茶碗 銘「浮寝鳥」 廣永窯 1949(昭和24)年 ヒーーーッ 全然関係ないが、この名を聴くと「紅孔雀」の浮寝丸さま(東千代之介)を思い出すのだ。しかしこちらはザリザリざらざら。

志野茶碗 銘「赤不動」 廣永窯 1949(昭和24)年  乾燥中にひび割れたから稲藁に巻いて焼いたところ、紅かかったそうだ。それで「赤不動」。

志野茶碗 銘「あつ氷」 廣永窯 白で大きめの貫入がジャリジャリと入る。それで厚氷なのだろう。

赤楽大茶碗 銘「閑く恋慕」 廣永窯 昭和20年代  かくれんぼ、と読む。顔を半分隠すほどの大きさだという意味で。

半泥子は洒脱な人でネーミングも楽しい。
「大夢出門」とかいて「タイム・イズ・マネー」と読ませもする。

高麗手茶碗 銘「雅茶子」 廣永窯 昭和20年代 こちらはゾウのガチャ子からのネーミング。

狛犬 廣永窯 1947(昭和22)年  一対の狛犬。可愛く踏ん張るのがいい。阿吽なのだが、吽はもともと口を閉じるから別にいいが、阿までが口を閉ざしている。これは焼いてる最中、棚がアタマに落ちてきて閉口してしまったらしい。「うーん、うーん」の様子なのだった。

とても面白い展覧会だけにやはり記せてよかったと思う。

全点一挙公開 国宝 初音の調度 日本一の嫁入り道具

徳川美術館の「全点一挙公開 国宝 初音の調度 日本一の嫁入り道具」を見た。
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全点公開なのでこちらも気合いが入った。
たいがい徳川美術館では何かしら一点くらいはいつも出ているように思う。しかし全点公開となるとそうそうはないはず。
先の「黄金時代の茶道具 17世紀の唐物」展にも出た純金台子皆具は今回ここには出ていないが、あれを見てからここに来れてよかった。

細かいことは書かないし書けない。
ただただ「ゴージャス」「綺麗」「スゴい」ばかりしか言えない。

そもそも「初音の調度」とは何か。源氏物語の「初音」帖にちなんだ意匠だというだけではない。家光の最初の娘ということもその意味を深めている。
最初の娘のために家光は豪華絢爛な嫁入り道具を拵えさせたのだ。
その千代姫は生涯を江戸で過ごしたが、夫どころか息子からも「姫君」と呼ばれて生涯を終えた。
素晴らしい調度品に囲まれての一生、千代姫のためだけの贅沢な調度品。
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47点の道具をみる。
文様のパターンとしては縁先の廊下で室内に←向きに鳴くウグイスの姿がある。あとは庭の梅に止まったり飛んだり。
それで棚、貝桶、手箱、鏡台。櫛箱、盥、香盆などなどにほぼ同じ文様が入っている。
素晴らしい蒔絵やなあ、とうっとりする。
あと葦手文様も入り和歌がさりげなくそこにある。
櫛なども40もあるのにはびっくりした。

そうこうするうち、耳盥と祝之枕のウグイスのパターンが違うことに気づいた。縁先にいるのは同じだが、室内を向いたほかのとは違い、この二つのお道具のウグイスは廊下から外を見ているのだ。だから←ではなく→向き。
おおーっそうか!なんだか嬉しいぞ。
研究者の人たちには当たり前のことかもしれないが、シロートのわたしは発見が嬉しい。

今度は「胡蝶」の蒔絵調度が並ぶ。人物はなく留守文様。
碁盤、挟箱などがある。

ほかにも様々な意匠がある。
感心するばかり。
そして純金・純銀の調度品に目をむく。
なんかもぉ…言葉も出ないなあ。
純銀のお道具が全く酸化せず、往時の銀色を保っているのにも感心する。

凄いものを見せてもらったなあ。5/31まで。
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常設についても少し。
・大名の数奇 茶の湯
有明の月図画賛 徳川斉昭 薄水色の空に下弦の月がやや大きく描かれる。素敵だ。

唐物文茄茶入 銘・玉すだれ 元ー明 形がリンゴとナスの中間くらいだというので文茄というのだ。案外こういうものは見ないな。

・大名の室礼 書院飾り
七言律詩「細雨空降云々」徳川慶喜 ああ、これはいい字。細目の字でやや癖がある。いいなあ。

・大名の雅 奥道具
花鳥図屏風 孫億 清 1706 六曲一双 貼付画面に極めてたくさんの花と鳥達がいる。色彩も綺麗。
たとえばある一枚は桜・白梅・鳩の配置が絶妙だったりする。

青蓮院稚児草紙 南北朝ー室町 発心譚。
・僧・快算が稚児を見初める。最勝講で。
・夕立。雨宿りする快算に大きめの傘を差しかける稚児。
・その夜、快算は稚児の元へ向かう。廊下で背を向けて待つ稚児。一夜を共にする。
ここで詞書が入り、そのあたりの事情が記される。
・二人の関係が門跡に知られ、稚児の警固が厳しくなり、二人は会えなくなる。泣く二人。
・快算は大峰山に修行へゆこうと思う。師僧はそれを止めようとする。
こちらの寺の別室では別な稚児がいて、そこへニコニコ笑う男が文を持ってくる。

続きが見たいが残念。しかしいいところを見せてもらった。

・蓬左文庫でみたもの
尾張12代斉荘(知止斎)が特に茶の湯を愛好したとかで、彼にゆかりのある茶道具が集まっていた。

金彩鯱香合 樂旦入 知止斎好 おお、いかにも。

竹茶杓 銘・松竹 一対 宗政42本の内 これが二本あるのだが櫂先が尖っているのにびっくりした。
水木しげる「悪魔くん」…山田真吾くんやなく松下一郎の方の悪魔くんの尖り頭を思い出した。

いいものをたくさん見せてもらい、今回もありがとうございました。

逸翁美術館と湯木美術館とで観たもの

逸翁美術館と湯木美術館が素敵なコラボレーションをしている。
二つの美術館がそれぞれの所蔵する素敵な作品を分け合って展示しているのだ。
場所が変わるとイメージが変わり、なじみのものも新しいものに見える。
いい展覧会だった。
共に今は後期の展覧会が始まっているが、前期を見たのでその感想。

まずは逸翁美術館から。
「器を楽しむ 逸翁の茶懐石」
逸翁美術館の所蔵品は通期、湯木美術館のは前後期に分かれる。
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逸翁は取り合わせの妙に興趣を覚える人だったと思う。
それは何も茶の湯だけではない。
鉄道を敷いたとき、その沿線に分譲住宅を建ててサラリーマン対象にローンで販売した。鉄道の始発駅たる梅田に大デパートを拵え、沿線住民を囲い込む。
さらにその阪急百貨店ではソーライスを<提供>した。
カレーを食べる金のないお客は白飯しか頼まない。
その白飯だけを売り出すと、客はテーブル備え付けのソース(新しい調味料なのだ!)を白飯にかけて「美味しい美味しい」と食べた。
店側は嫌がったがそれを知った小林は逆にそれをソーライスとして名物にした。

最初に拵えたのは箕面有馬電気鉄道、その次に宝塚線。
終着駅の宝塚には温泉施設と少女歌劇とを備えた。
ソーライスはさすがに今の世にはもう伝わらないが、後はみんな大繁盛している。
阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚歌劇、沿線都市…
いずれもそれまでなかったものであり、取り合わせの妙を感じさせるものばかり。
こうしたところに小林一三という実業家の素晴らしさを感じる。

さてそんな逸翁だから茶道具も古いものばかりを喜ぶ風はない。
茶道具にはならないはずのものを持ってきて、見事に合わせている。
ヨーロッパに視察に出かけ、現地で「これは」と思ったやきものなどを購入し、それを茶の湯に使う。
それがまた全くおかしくないのがすごい。

茶の湯のお道具を見ると、和物ばかりでなく唐物のよいのがいい位置を占めていることが多い。
そればかりで構成しようとしたのでは、と思うものも多い。

木葉形蔓手付二重底皿 この字面だけを見れば和物かと思うのだが、実はフランス製である。見れば確かに洋物だというのがわかるが、これが茶道具として機能するところに、逸翁の眼の確かさがある。
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瑠璃地小鉢 これもてっきり清朝あたりの唐物かと思えば実はフランスのセーブルあたりのもので、とても色も綺麗な上になるほど小鉢として使える。

フランスばかりではない。
ドイツ、イギリス、オランダのやきものが機嫌よく並んでいる。
尤もオランダのやきものは江戸時代から茶道具として使う人もいたから、これはそんなに新奇と言うわけでもないか。

燗鍋がある。中川浄益の拵えた金物。そこに青磁の蓋を付ける。この取り合わせはいつの頃からのものかは知らないが、それを所蔵するのが逸翁だというのが楽しい。

鉄の燗鍋もある。蓋は萌黄地に豪華な文様が入ったもの。チラシの右真ん中である。素敵だ、とても。

乾山の芒文菊形向付も愛らしい。それから絵替の筒茶碗もいい。

歴代の中村宗哲の仕事。それぞれの美質が活きた塗り物もある。
春慶塗の折敷などは一見本当にシンプルで面白味もないのだが、飽きの来ないデザインである。
わたしは春慶塗が好きなので嬉しくもある。

時折見たことがあるがこれはここのではないはず、と思えば大概それは湯木美術館の所蔵品。
それが他の作品と共に仲良く並ぶ様子を見れば、武者小路実篤ではないが「仲良きことは美しき哉」とか「君は君、我は我、されど仲良き」という言葉が思い浮かぶ。

そして最後に茶室の室礼をみる。
逸翁はこまめに茶会記をイラスト入りで残しているので再現が可能なのだ。
昭和21年6月7日の即庵での懐石。
即庵は畠山即翁が名付けた茶室。
こちらは平安時代の色紙、江戸時代のやきものから昭和初期の漆碗、それと宋から元、明、清のやきものが取り合わされている。

実はところどころに湯木美術館の吉兆・湯木貞一さんのお料理の写真パネルがあり、観ているとアタマはクラクラ、口から涎タラタラという状態になるのだった。
前掲のチラシの手元の碗、あれを開けたらこんなのが入っているのだ。
くーーーーーっ

後期もなんとか見に行きたいと思っている。(ただし満腹時に限る)
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次に湯木美術館「茶道具の創出・再生・世界化」展である。
この展覧会は読み方が難しい。
実はこれは「茶道具のクリエイト・ルネサンス・グローバル」と読まねばならぬのだ。
「湯木吉兆庵と小林逸翁のコレクションから」
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このチラシ、かなりかっこいいと思う。
というより歌舞いている。
上部はお客さんの逸翁の名品の草花文緑ガラス小壺と五彩蓮華文呼継茶碗・銘「家光公」。
ヴェネツィアガラスと元の茶碗を<呼継>したもの。
下部は仁清の色絵柳橋図水指とノンコウの赤樂がいる。
どちらも派手で愛らしい。

わたしは圧倒的に 長次郎<道入 の人なので、長次郎の黒樂「春朝」をみて「暗いなぁ」と思うが、ノンコウの赤樂「是色」に甘い目を向ける。
やや口厚だけど柿みたいでいい、とかそんな甘いことを言う。

宗旦の作った茶杓がある。「五条橋」と銘がついていて、「力強そう」とメモをつけている。これはあれか弁慶の七つ道具の一みたいな形からの命名だろうか。

光悦の茶杓は飴色で斑入り。織部の「長刀」は銘が納得な、櫂先90度のカッコいい茶杓る漆を塗っているのも珍しい。

仁清の色絵流橋図水指と乾山の銹絵染付流水文手桶が並ぶ。
橋の底板は赤とグレーのシマシマ。上には曇り雲が。
乾山の手桶は逸翁美術館でも人気の1品。今回は蓋が添えられていた。満月を二つにずれて割ったような感じ。
逸翁はこの手桶が好きだったのか、茶会記の様子を描いた資料の中では一際大きくこの手桶が描かれている。

古銅ソロリ花入 利休所持 そこに大山レンゲをいける。清楚でいて華やか。
細いプロポーションの器。

古伊賀耳付花入 …にょろにょろが石筍化したらひうなるのかもしれない。

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ここで解説に面白いことが書かれていた。
「吉兆は絵画的な作品を好み、逸翁は装飾性の強い作品を好む」
嗜好の違いはそのまま蒐集の違いにもなる。
面白く思い、その言葉に従って、次の作品4つを見た。

嵯峨嵐峡蒔絵中次 湯木 蓋も含めて、満月に雲に桜に鷹に筏師
秋草蒔絵螺鈿聖餅箱 逸翁 イエズス会のマーク入りのものを茶道具に転用。
住吉蒔絵平棗 山本春正 湯木 松が折り重なる様子。
桐文蒔絵螺鈿吹雪 伝・山本春正 逸翁 螺鈿がキラキラ煌めいてとても綺麗。

…納得だ。誘導されたわけではない。それでもその言葉にうなずく。

瑠璃金襴手水指 ローゼンタール製 綺麗な色。芙蓉が金彩で。

五彩蓮華文呼継茶碗 銘・家光公 これは本来のとは違う器体を持ってきて合わせることを「呼継」といい、巧いこと継げてることから徳川三代目の名を逸翁がつけたそうだ。

マイセンの皿、バカラ社の鉢、イランの鉢…これらを茶道具・懐石の器に転用する逸翁。実業家の面目躍如。

チラシにも出ている緑のガラスに金エナメルをかぶせたもの、花はリラとパンジーなのだそうだ。
いつみても愛らしい。

最後に茶席をみる。
釜が姥口尾垂らしいが、中に入ってたら尾垂ちゃんかどうかわからんのが残念。
大樋波絵扇面 大きいな。リアリズム嗜好?

この取り合わせの妙を見ていると、吉兆・湯木貞一さんの目指した料理のカタチが少しだけわかってきた気がする。

いいものをとりあわせたものをみて、とてもきもちよかった。
共に6/7まで。

南画に描かれた四時の愉しみ

頴川美術館の春季展2に出かけた。
「南画に描かれた四時の愉しみ」というタイトルである。
四時というてもAM4時とか午後4時とか16時の意味ではなく「しぃじ」という発音で、
辞書を見ると以下のような説明がある。
1 1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。
2 1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。
3 一日中の4回の座禅の時。黄昏(こうこん)(午後8時)・後夜(ごや)(午前4時)・早晨(そうじん)(午前10時)・晡時(ほじ)(午後4時)。
この場合は1に当たると思う。

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考槃嘯林図 池大雅 この絵を見るのはブログに感想を挙げるようになって四回目。
以下、往時の感想。
・茶を炊く坊やが可愛い。山々の緑は全て色が違う。墨の濃淡が遠近を感じさせる。(14.5.2)
・緑の山~木々! を望む高士。茶タイム。ちゃんと持ち運びコンロとやかんあり。のんびり。この絵のための表具には青地にタンポポと桜をモティーフにしたものが使われている。(12.3.9)
・掛け軸の上下も中廻しも全て同一色同パターンでありながら、微妙に違う花の紋様でつながっている(8.9.27)
今回のメモはこんな感じ。
・緑濃い山中で茶飲もか。
同じ絵を見ていても毎回似ているようでちょっとずつ違う。それだからまた何度でも同じ絵を見るのだ。

松竹梅図 池大雅 右の梅:宴会中。左の竹:林で風を聴いて琴を弾く。中の松:サンルームでティータイムin中国の山中。台所では少年らが味見中。

茶筅売図 岡田米山人 法華僧が年の瀬に茶筅を売り歩く風俗があるそうな。年の瀬になるとほんまに色んなショーバイ人が現れるもんですなあ。
新年用の茶筅の販売で、瓢を打ちつつ。洒脱な感じがいい。
坊さんというてもどこまで本当の僧なのだろう。明るく世間慣れした感じがにじんでいる。

山水自賛図 頼山陽 これはいつ観ても幻想的な山の佇まいだと思う。なにしろ描いた当人によると、夢の中で見た「髷がいくつもいくつも並び重なる風情の山」を起きてから思い出しつつ描いたもの、らしい。
夢の中で見たものを絵にする、というのはなかなか難しい。
「ダリ天才日記」ラストでダリが何かの夢を見て跳ね起きて、歓喜どころか狂喜するシーンがあった。
あと、上海にあるさる建物が魔女の館のような三角屋根の三連続なのも、実業家が幼い娘が夢で見たのを再現させたものだったとか。
夢で見たものをどこまで再現できるかはしれたものではないが、いずれもエピソードとしては大好き。

秋景人家図 貫名海屋 シーンとした林。
それにしても文人画というものは賛での比喩がすごい。
「猿の栗むく音しか聞こえん」とかそんなセンス。
そして意図せずとも山の形が猫バスみたいなのがあったりもする。

花卉紅白図 岡田半江 白ユリ、撫子、木花とりどり。さらっと描いている。幕末近くになると近代性が少しずつ目立ってくるね。
詩があったので写す。
江南多暑気
雨過復蕭然
更愛紅白色
小園相対眠

笠置山図 中林竹洞 いい感じの絵。登りたくなるよ、久しぶりに。
とはいえこの絵の前に頼山陽が「懐古詩」を書いていて、それがけっこう怖いことというかやばいことを書いている。
わたしはどうしても笠置山を見ると色んな思い出が蘇るので、歴史的にどうのこうの言われてもスルーしてしまうけど、歴史的には後醍醐天皇や大楠公と関わりがある山なのですよ。
山陽の賛はわりと笠置の住民に対して手厳しいことを書いている。それはここには写さないが、「え゛っっ」と思ったね。崇禅寺馬場の仇討の村人たちと似たような状況、ということでわかる人にはわかるかな。

枯木竹石図 椿椿山 白描に近い笹と水仙がいい。

他に明清のいい磁器が四点ある。うち龍文が三点
呉須手龍文四耳壺 明 この龍の指は四本。パキパキしている。
胭脂紅龍文瓶 清 5本指の龍。叭!と掛け声が聴こえそう。
青華人物龍文盂 清 ハチである。見込みに四本指の龍。外にラクダ?
後は宝尽くし文。

小さな美術館だが、この美術館に通うようになって、わたしは文人画の佳さを知ったのだ。
今回は「南画に描かれた四時の愉しみ」だが、次は円山派が出てくるかもしれず、色々と楽しみが多いのだった。
5/24まで。

静嘉堂の東洋陶磁コレクション「古伊万里 世界が愛した日本の磁器」

三菱一号館で静嘉堂の東洋陶磁コレクションを展示している。
今は印象派展をしているので、気分が変わり、いい感じで眺めている。
今回は17世紀半ば~18世紀前半の古伊万里。9点が出ている

染付山水芭蕉唐草文瓢形徳利 唐草というよりこれは蔦、かもしれない。磁器の膚にいい感じの絵柄が絡んでいる。

色絵桜花文蓋物 古九谷様式 やや大きめ。中に何を入れるか。桜と松がいい配置に。

色絵丸文台皿 古九谷様式 三面の完全ではない丸が皿に載る。紫地に緑・黄色・白が
可愛く広がる。外線は青。可愛いもんです。

色絵牡丹文水注 鍋島 これはもしかすると吉宗の特注品かも知れないそうだ。ポット型の水注。やはり白磁の膚に絵柄が濃く載るのが楽しい。
持ち手の不完全な放物線、注ぎ口への首の伸び方。いい、とてもいい。

色絵梅鶯文八角鉢 柿右衛門様式 見込みに牡丹、外の縁に梅に鶯、何故か青い小鳥がいる。止まるものと飛んでくるものと。

色絵孔雀牡丹文輪違透小鉢 柿右衛門様式 おお、ぐりぐりぐりと輪違が続く。手間のかかる構造。

色絵団龍文蓋物 柿右衛門様式 なにやらこの龍、面白い顔つき。耳の尖った悪魔の弟子みたいな感じ。とはいえ、どう見てもシャワーキャップのようなものをかぶっているね。にゅっとでた牙が可愛い。

色絵鳳凰唐花文十二角鉢 金襴手様式 これ自体が実はバロックだと思った。そう思うと不思議な感興が起こる。

色絵鳳凰唐花文端反鉢 金襴手様式 色遣いが凄い。これで国内向けだというのを思うと、日光陽明門の系譜に入ると思うのだ。大いなるバロック。

サイトによると、今までの3回にわたる「静嘉堂の東洋陶磁コレクション」展のリーフレットが販売されているそうな。
200円。

5/24まで

ガウディ×井上雄彦

兵庫県美術館で「ガウディx井上雄彦」展を見た。
この展覧会は二人の名前が冠されている。そのことの意味を想いながら展覧会を味わった。
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井上雄彦は「SLAM DUNK」の頃、本当に熱狂していた。
絵がうまくなってゆく過程をリアルタイムに目撃できたことは、ファンとして誇らしい気持ちにもなる。書道もあるときから習い始めていたということで、だから「バガボンド」の迫力のあるタイトルもかっこいい。
ガウディはある時期まではニガテだったが、2003年の秋に東京都現代美術館で「ガウディ かたちの探求」展を見てからかなり意識が変わった。
ただ、スペインに行っていないので、現物を見ていないわたしが何かを言うのはこれまで控えていた。
また、既に東京で展覧会もあり、ツイッターで情報が入ってきていたが、それを踏まえることなく、何もない状態で見にゆくことがよいだろうと判断した。
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アントニオ・ガウディの作品はスペインに行けば見れるという。
しかしスペインに行かずとも映像や書籍や、もっといえば彼の亜流の・或いは影響を受けた・パロディとしての作品を<見ずにいられない状況>になっている。
現代社会で普通に生活を送っている限り、「嫌いだから見ない」ということはほぼ不可能だというのは、凄いことではないか。
一人の建築家の作品がそこまで世界中の人々に知られているのだ。

だが、その一方でガウディの生涯は彼に何かしら興味がない限り案外知られていないように思う。
そしてこの展覧会で、フィクションなのかノンフィクションなのか、井上雄彦は墨絵による表現でガウディの生涯を・ガウディの意識を追いかけた。

建築物の展覧会は、その現場で現物を確認するか、映像や写真や図面を見るか、作品の模型を見るか、壊されたなら破片(建物の記憶)を見るか、というのが多い。
現物がまだ存在するのなら実見するにはその所在地に行くしかない。
ここにある展示品は資料と模型が主である。
そしてガウディという存在を井上雄彦の描いたもので確認する。

第一章は病弱な子供時代からまだ無名の頃のガウディを特集している。

墨や鉛筆や優しい水彩で描かれた少年の物語がある。
まつぼっくりが存在感を示す。
おばあさんにおぶわれる少年はリウマチを患っている。
おばあさんとの会話が心に残る。

バルセロナの学生時代に描いた図面を見る。
この時代の建築家を目指す青年が描いたのが納得できる作品がある。
国民性の違いなどがあっても、大体この時代の建造物の傾向は似ている。
ほぼ同時代のフランスのエコール・デ・ボザールの課題の資料などを見たことがあるが、やはり古典様式な設計図が中心だった。

古臭いものだと思ってはいけない。基礎というものを持たないと、決して変容もそこからの飛翔も出来ない。
ガウディ青年は真面目に立派な製図をおこしている。


第二章ではグエルとの出会い、栄光の道を歩き出すガウディとその建造物の一端が展示される。
以下はすべて新聞からの画像

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当人サイドだけでなく、他者からの視線により照らし出される人間像をみた。
井上雄彦の精妙な絵は観るものをその世界の住人にする。
観客であるはずのわたしたちもガウディを思う人になる。

グエル公園、カサ・ミラなどの図面を見る。二次元のものから三次元の様相を想像するのは楽しい。

カルベート氏執務室肘掛椅子をみて妙な懐かしさを感じた。…わかった。
・・・「比留古」だ…
 
無機質な生命体が集合して一個の形を成したもの、に見えなくもない建造物。
合体することで有機生命体になったようにも思える。
水木しげる「悪魔くん」に現れる「家獣」とはありようは違うが、どこか似ている気もする。

グエル公園、グエル館の断面図やカサ・ミラの模型などをみていると、実際には行ってないのにその内部にいるかのような錯覚が生まれる。

特にこのカサ・ミラ模型は素晴らしい。
長く見入った。

ただ、このカサ・ミラにはエレベーターはないようで、先般スペインで発覚した50階建て高層ビルにエレベーターの取り付けが忘れられていた、という笑うに笑えない事件を思い出しもした。
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ガウディの生涯のエピソードには描かれていないが、火災があったとき、弟子たちが模型を救出するのに懸命だったといういい話を解説から知った。

カサ・バトリョの資料もいい。みればみるほど惹かれる。
傑作だと思う。
リュイス・ブネット・ガリの仕事を堪能する。
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樫で出来たドアなどもここに展示されている。
欄間もある。日本だけではないのである。

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柱梁構造に至る経緯などを思いながら見ると、装飾だけで構成されたように思っていた誤りを思い知らされる。
ガウディがいなければ存在しなかった曲線をみる。
彼がいたからこそ、たとえばなんばパークスの公園部分やシンガボールの公園などにあの曲線が使われもしたのだ。

一方でその曲線や装飾に妖怪じみたものをも感じる。
岡本太郎、諸星大二郎の先達のような人だと勝手なことを思う。
妖怪城のような趣に、水木しげるの世界観を見たりもする。

さてついにサグラダ・ファミリアに到達した。
ここで再び井上雄彦の絵を見る。

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求道者といった風貌をみせているガウディ。
静かな感動がゆっくりとやってくる。
作品として最もよかったのはガウディの顔9枚組のもの。
いつまでも心に残る。
物語は最後の最後まで素晴らしかった。
井上雄彦のファンでいてよかったと改めて誇りに思う。
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サグラダ・ファミリアは予定より早くに完成するらしい。
2026年の予定。あと11年。
そのころはまだわたしもなんとか元気でいるだろうと予想している。
だがこの予定がやはり無理で後々に引き延ばされたとしても惜しいとは言えない。
もし今から50年くらい後の完成であってもいい。
そのときは生きてようと死んでようと見にゆこうと思った。
生きてるときに見にゆけば、またブログなりSNSなりでその感銘を記すだろうし、死んでから見にゆくなら、誰にも気づかれることなくその空間を堪能できるだろう。
普段、考えたことないことをこうして思ったのだった。
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5/24まで

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから

随分遅ればせながら三菱一号館で開催中の「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから」の感想を少々挙げたいと思う。

随分前にもここの名品展などを見ているが、やはり良い作品が多いことを改めて実感する。
作品のいくつかは実物を見る以前から見知っていたりもする。
よいものを芳しい空間で味わおう。
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1  戸外での制作

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 曳船道 1864年  いい風景。道が緩く湾曲して伸びているのだが、その外周に当たる左面に木々が林立。しかも高い木で上部にだけ茂っているので見通しもいい。右側には白いビルがある。なんだかいいなあ、こういうの。

クロード・モネ アルジャントゥイユ 1872年頃  道の奥に教会か何かがある。左は川、右はモミの木かヒマラヤ杉かなんかそんなのがある。いい感じの道。舗装もされてない。

カミーユ・ピサロ 柵 1872年  女と男が立ち話。木はまだ繁る前の季節。そんな時期の立ち話。

カミーユ・ピサロ ルーヴシエンヌの花咲く果樹園 1872年  木花で、その下で立ち働く人々。

アルフレッド・シスレー アルジャントゥイユのエロイーズ大通り 1872年  灰色に近い曇り空、轍、馬車。静かな風景のはずなのになにか妙な感じがある。なんだろう。馬の白さにドキッとするのかな。

アルフレッド・シスレー ポール=マルリーの洪水 1872年 水浸し。左の建物には一階と二階で別な店が入ってるみたい。道路が水面になり、そこにボートも出ている。水面に映る風景。

アルフレッド・シスレー 牧草地 1875年  水色の空にシュークリームのような雲。その下には活けるものたち。いいなあ。

ウジェーヌ・ブーダン オンフルール港の祭り 1858年 万国旗がずらーっ 三隻の帆船がある。泳ぐ人もいてなかなか賑やかな様子。

ウジェーヌ・ブーダン トゥルーヴィルの浜辺 1864/1865年 曇っている。遠くにヨットの白帆。椅子出して海を見る人々。リゾートも様変わりしてゆく。昔はこうだったのか。
ある種の頽廃を感じる。
全然関係ないが、「風と木の詩」は1860年代が舞台だったな…

ウジェーヌ・ブーダン トゥルーヴィルの浜辺風景 1863年 浜辺に椅子を出してじーっと海を見る人々。別に海を見てない人もいるだろうが、なんだろうか。犬もいる。みんな日光浴なのか。潮風にさらされて。風は強い。

ウジェーヌ・ブーダン ドーヴィルのカジノの演奏会 1865年  戸外での演奏会。群衆ざわざわ。白いドレスが目立つ。この時期はまだアイロンがないのでしわしわ。
白いドレスが確か流行ってたかなんかあったはずだが忘れたな。

ウジェーヌ・ブーダン ブルターニュの海岸 1870年  こちらも曇り空。フランスの海辺の空は曇りがちなのか。横帆艤装の船がある。(「海皇紀」で学んだよ)
こっちに来るようだった。

ウジェーヌ・ブーダン トゥルーヴィル近郊の洗濯女 1872年頃/1876年  雲の多い日。働く女。船が中州に乗り上げている。日常の光景にも何かしら鬱屈したドラマがある。

ウジェーヌ・ブーダン ベルクの浜辺の女性たち 1881年 穏やかな空の下、立つ女3人、寝そべる・座る女3人。遊んでるわけではなく地元で働く女たち。
インタビューを受けたりすることもありそうな様子。

ウジェーヌ・ブーダン トゥルーヴィル=ドーヴィルのヨットハーバー 1895年頃/1896年  万国を飾った船が水面に映る。色とりどりの旗。

ピエール=オーギュスト・ルノワール
花摘み ぼやけたような花の庭、曖昧さはここにいる男と女の関係性にまで関わる。緑と白とピンクが目に残る。映画「ピクニック」を思い出させてくれる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール ブドウの収穫 1879年  もあ~緑ももあ~、細い道をゆく人々、籠を背たろうて歩く。途中に小屋があったり、右奥にブドウ色の教会らしきものもあったり。

エドガー・ドガ 牧場の馬 1871年  川の向こうの丘、蒸気船、白馬や茶色の馬…競馬の馬とはまた違うのんびり馬たち。

エドガー・ドガ 競馬 1871–1872年  まだレース前の様子。煙突からは煙。どきどきする前。

エドゥアール・マネ 競馬のレース 1875年頃  四頭がこっちを見ている。小さいながらもはっきりと絵からは疾駆する感覚が捉えられ、画面の外にあふれている。

ポール・セザンヌ 愛の争い 1880年頃  四組の男女がいるが、これはあれだな。犬も来た。…あら、中にはもしかすると女性同士の?その方が平和でいいけど、あとは難儀ですなあ。

フィンセント・ファン・ゴッホ オランダの花壇 1883年頃  ロングで捉えた風景。色違いの花々を整列して植える。英国式・フランス流とはまた全く違うやり方に見えるね。

オディロン・ルドン ブルターニュの村 1890年頃  真っ青な空の下、白い家々が。…アメリカぽいな。

オディロン・ルドン ブルターニュの海沿いの村 1880年頃  こちらも真っ青な空の下、黄土色に近い浜辺にて。無人と言うのが何やら怖くもある。

ジョルジュ・スーラ 「グランド・ジャット島」の習作 1884/1885年  これは先般の「新印象派展のときにも来てたかな。複写を見たんだったけかな?

ジョルジュ・スーラ 海の風景(グラヴリーヌ)1890年  いうてみたら空と海と陸地とを3分割するはずが、きれーに何層もの層になってるようにしかみえん。

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2 友人とモデル

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 芸術家のアトリエ 1868年頃  モデルなのか、椅子に座り、描きかけの絵を見ている。手にはマンドリン。
これとは別バージョンというか同工異曲というか、似た絵を他のところでも見ている。

ベルト・モリゾ 窓辺にいる画家の姉 1869年  白ドレスを着て扇を触る女。彼女も元は画家だった。今はやめているのだが、「彼女は画家」ということを妹は強調したかったそうな。

ジャン=ルイ・フォラン 舞台の裏 1880年頃  バレリーナと紳士。カーテンの向こうとこちらの事情。左は花にまみれている。色々とある、のですよ…

エドガー・ドガ 舞台裏の踊り子 1876/1883年  こちらも同じような様子。
たいへんなのですよ…

ピエール=オーギュスト・ルノワール アンリオ夫人 1876年頃  白いドレスの夫人。周囲の真珠貝色のような青が彼女を知的に見せている。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 少女の頭部 1890年頃  丸々した横顔で髪も丸々とまとめている。そして「シュミーズ」を着ている。

ピエール=オーギュスト・ルノワール モネ夫人とその息子 1874年  寝そべる息子の顔は完全にルノワールの登場人物なんだけど、全体的にモネぽいところが面白い。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 猫を抱く女性 1875年頃  バラ色の頬、鼻の頭もバラ色。大きなキジネコをだっこし、とろけるような目で猫を見ている。
サファイアの指輪が小さく光る。
オルセーにある「猫と少年」にはちょっとした妖しさがあるが、これはとても健全で幸せそうにみえる。
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ピエール=オーギュスト・ルノワール 髪を編む若い女性 1876年  やや細めの美人さんで、とても親しみがある一枚。来てくれて嬉しかった。

犬の絵は別室に飾られている。
エドゥアール・マネ キング・チャールズ・スパニエル犬 1866年頃  ベラスケス風な筆致の、ロン毛のわんこ。
 
エドゥアール・マネ タマ、日本犬 1875年頃  狆ですな。人形が転がっている。「TAMA」と画面の左上に書きこまれている。べろ出してます。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック カルメン・ゴーダン 1885年  赤の強いオレンジ色の髪の女の横顔。なかなかかっこいい。黒服の女。
「人生いろいろあるのよ」という感じがにじむ。

3 芸術家の肖像

ピエール=オーギュスト・ルノワール クロード・モネ 1872年  かなり男前でまつ毛と髭がチャームポイント。

ポール・ゴーガン カリエールに捧げる自画像 1888又は1889年  嫌なツラツキだな、と思ってしまうよ…

4 静物画

エドゥアール・マネ 牡蠣 1862年  生牡蠣がてんこもり、レモン…ちくしょう!!

アントワーヌ・ヴォロン バターの塊 1875/1885年  なんなんだ、これはーーーっっっ

この後、ラトゥール、セザンヌ、ルノワールらの桃や洋ナシが繰り出されるのだが、生牡蠣とバターにやられてしまった身としては、ちょっと興味がわかなかった。

5 ボナールとヴュイヤール

ピエール・ボナール 辻馬車 1895年頃  近景遠景がうまい。手前のシルエット風な辻馬車と傘を持つ女が不穏な存在に見える。

ピエール・ボナール 革命記念日のパリ、パルマ街 1890年  歩道の上には建物に掲げられたフランス国旗。その下を往く母子ら。シャープな感じがして好き。なんとなく安野光雅を思い出した。

ピエール・ボナール さびれた街の2匹の犬 1894年頃  斑犬と黄色い犬と。なんかもうこれ、フランスじゃないよね、アメリカぽいわー。ヴィム・ヴェンダースとライ・クーダーの世界だな。

エドゥアール・ヴュイヤール イル=ド=フランスの風景 1894年頃  なんだかこれは藤島武二の「到耕天」に近いな…

エドゥアール・ヴュイヤール コーヒーを飲む二人の女性 1893年頃  顔が見えないのだが、もしや二人とも老女ですか。

エドゥアール・ヴュイヤール 会話 1891年  なんかこう、わびしいなあ。

エドゥアール・ヴュイヤール 黄色いカーテン 1893年頃  カーテンを引いたらやたらと派手な花柄の壁が出てきた。黒い服の女は年配なのかな。ついに顔は出ないまま。

エドゥアール・ヴュイヤール マントルピースに置かれた花瓶 1900年頃  なんかやたらと和風な室内ですな。ジャポニズムなのか。

ピエール・ボナール 緑色のテーブル 1910年頃  戸外、白い木花が見える。テーブルはペパーミント色に塗られている。ペンキ塗りたて中。

ピエール・ボナール 画家の庭の階段 1942/1944年  ああ、ミモザがとてもいい。この黄色が気持ちいい。

結局長々と書いてしまったか。
いい展覧会をいい空間で見て気持ちいい。
廊下から中庭を見たとき、印象派の画家たちが描きそうな空間だと思った。
それだけでもここで見た甲斐があった気がする。
5/24まで。

動物絵画の250年 後期 

府中市美術館の吉例「春の江戸絵画祭」は5/6で終了し、今年の「動物絵画の250年」展の図録は5/3を以て完売したというめでたさである。
本を手に入れられない方にはお気の毒だが、一館だけで企画してがんばってる美術館の出す図録が完売するというのは、そこにとってはやはりホマレだし、経済も潤う。

終わって2週間近くたった展覧会の感想を挙げるわけだが、後期展、会期末にしか行けなかったのでどうしても遅れてしまった。せつない話だ。

前記の感想はこちら。
其の一 
其の二 

なお、今回はやたらとオノマトペが多いと思う。(いつもか)

森徹山 群鳥図 熊本県立美術館  うわーっっ鶴、雁、鴨、なんだかんだがスゴイいる!空と海の遠近が狂う!バードウォッチャーの眼が必要やん!

小泉斐 鮎図  川上ってきたやつら。よく肥えて脂乗っておいしそう。みんな顔が黒いね。

歌川国芳 七浦大漁繁昌之図 ギャラリー紅屋   ざばーっっ小魚は勢いで飛ばされる。一から八の鉾まで!みんなドキドキ見てますな。

狩野元信印 鷲猿図  ガシッッ あ゛―猿、もぉアカンな。これがホンマの鷲掴み。

谷文晁 駱駝図 摘水軒記念文化振興財団(府中市美術館寄託) この二頭はコブなしで、仲良しさん。幕府がいらんと言うたので両国の見世物小屋に売られてきたそうな。
ラクダも気の毒なり。高村光太郎に「ぼろぼろな駝鳥」という詩があるが、それに触発されたか、殿山泰司がラクダエレジーを自著に記していた。
あれは鳥取砂丘のラクダへの哀歌だったな…

黒川亀玉 日の出鶴図   桃が咲いたり実ったりしている。そちらに目がゆくね。

岸駒 南極老人図 敦賀市立博物館   要するに日本における寿老人なので、どう見てもトナカイにみえる鹿に岩塩をあげてます。寿老人と鹿は離れがたい。

狩野常信 東方朔・諫鼓・獅子図 敦賀市立博物館  中・右・左。獅子の姿勢がいいねえ。

冷泉為恭 春日鹿曼荼羅  白鹿で鹿の子部分はグレー。くりくりした眼が可愛い。

円山応挙 紅葉白鹿図 敦賀市立博物館   「出て来たよ」な鹿。背筋にのみ黒線が走る。

狩野常信 瑞亀図 福岡市美術館(黒田資料)  水中から出現して気を吐く!

田中訥言 大黒天と鼠図   俵の大黒さんが打出の小槌を振ると、宝珠がタラララララと出て来て、ねずみもびっくり。またこのネズミが「ぜんまいねずみ」に似てるのだよ。

さて虎のオンパレード。
長谷川等玉 虎図  可愛いのう。
矢野雪叟 虎図 八代市立博物館 未来の森ミュージアム 指でかっ顔もでかっ。
伊年印 虎図  ↑の虎と同一ポーズ。彡∧彡な口元の虎。
風外本高 猛虎図  ううむううむ、う゛お゛お゛っっっ
狩野山雪 竜虎図 佐賀県立博物館  左の虎は水飲み。一方竜の方は「アーヤダヤダ」な顔。
松井元仲 虎図  ちょっとドヤ顔してるアゴでかな虎。でも指先は可愛い。
藪長水 虎図  黄色いね。爪出してまあ。これはグルグル走ってバターになるクチやわ。
片山楊谷 竹虎図屏風  すごい毛羽立ち。左に1、右に2頭。顔つきが今風やな。
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倉屠竜 水呑虎図  丸顔やなー
円山応挙 虎図  振り向くところが可愛い。ムフッ!とか言ってそう。
吉村孝敬 虎図  これまた毛がもふもふ。
土方稲嶺 猛虎図  おすまし・にんまり。チラシトップに登場。
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歌川国芳 豊干と虎 ギャラリー紅屋  松平直寛公の句がある。虎はクッション。むうーっとふくれてますな。

芝居の和唐内の虎、あれが主人の和唐内や甘輝を見限って、錦祥女らと共に一座になって雑技でも見せるか、と出てゆく話がある。石川淳の「おとしばなし・和唐内」。
虎もなかなか芸達者なのがいるし、なにも凶暴なばかりの奴が多いわけでもなし。
そういうのを思いながら虎たちを見ると、ほぼみんな平和そうでけっこうなことよ。

石川孟高 ライオン図  ロン毛のライオンがヤシの周りを回ってる。これ、虎なら間違いなくバターだけど、ライオンがぐるぐるなら何になるんかな。

歌川国芳 百亀家久(かるわざ・四天王の見立) ギャラリー紅屋  亀の綱渡りとか、土蜘蛛とか。こちらは蟹が。おお、紋付。

歌川国芳 猫の当字 ふぐ ギャラリー紅屋  大好き。

谷文晁 猿蟹図  あの民話とはまた別かなあ。丸顔の猿が這いつくばりカニを見るのだ

上田公長 狐の嫁入り図屏風 摘水軒記念文化振興財団(府中市美術館寄託) これは立派な嫁入り行列風景で、狐であることの意味がよくわからないくらい、妙にリアルだったりする。

歌川国芳 流行猫の戯 道行猫柳婬月影 ギャラリー紅屋  椀久のあれだわな。面白いよ。なんでもかんでも猫に出来るのはスゴイ。

円山応挙 粟鶉図  おお、ふっくらしていていい感じ。

司馬江漢 猫と蝶図 府中市美術館  どちらも中国では長生きを示すめでたいアイテム。それにしても可愛い。アゲハが来て、三毛猫が見返る。アゲハの描写はリアルだった。

司馬江漢 犬に木蓮図 個人蔵(府中市美術館寄託) 垂れ耳洋犬がじーっと

鯉の絵が三枚ほど続く。
黒田稲皐 群鯉図 鳥取県立博物館
北鼎如蓮 鯉図 摘水軒記念文化振興財団
柴田是真 滝図  …ジャンプ!!鼻先に蜂が来てても平気平気!

鍬形蕙斎 鳥獣略画式  こういうシンプルな略画って本当に巧いひとでないと出来ないわな。可愛いわ。

建部凌岱 海錯図屏風 青森県立図書館  これはもうめちゃくちゃ気に入った。魚類の表情が最高!
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円山応挙 百兎図  ヤラレたーーーーーっっっなにこれ、もぉめちゃくちゃ可愛いんですけど。ずらずらずらーっと兎まみれ。ここはあれか兎島の大久野島か!凄いなー走る奴、おとなしい奴、草食む奴などなど。
あーもぉほんまに凄い絵だった。

池大雅 富貴国香図  蝶々…いいなあ。

司馬江漢 秋景双鳩図 個人蔵(府中市美術館寄託)カットしたが全体がもう本当に不思議な洋画ですなあ。
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長沢蘆雪 竹林蝙蝠図  墨の薄さがいい。月の上の蝙蝠など。

森狙仙 猿図  びっくり!!なリアクション。

狩野栄信 牡丹に蝶猫図  狙うてます、斑猫ちゃん。

長沢蘆雪 亀図  のほほんとしてるねえ。間違ってもガメラにはならんわな。
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歌川国芳 欲といふ獣 ギャラリー紅屋  いかにも幕末の作品だと思う。

長沢蘆雪 捕鯨図  銛もって一人で闘う。エイハブではないよ。

伊藤若冲 河豚と蛙の相撲図  …こういうのは国芳か若冲だけね。なんかもうほんと、すごいです。
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狩野永泰 放生図  ようさん…いてるなあ、これだけ全部を?

森徹山 狸図 摘水軒記念文化振興財団  可愛いなあ。ツユクサをクンクン。

斎藤秋圃 雪中梅樹猿鹿図  木に掴まる猿、鹿の背にしがみつくのもいる。

最後はわんこ。
歌川広重 名所江戸百景 高輪うしまち  可愛いのはわんこ二匹と西瓜の食べたのが捨てられてるところかな。

円山応挙 土筆子犬図  白犬と一緒にいる茶犬のタビ犬。可愛い。

円山応挙 狗子図 敦賀市立博物館  のたーっと可愛い三匹。撫で回したくなる。

円山応挙 時雨狗子図 府中市美術館  「わぁい」と声が聞こえてきそうなわんころたち。きっとおもしろいな、おもしろいなという感覚。

長沢蘆雪 紅葉狗子図 敦賀市立博物館  紅葉部分はカットした。わんころのじゃれるのが可愛いなあ。傍らの雀もいい。
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島田元旦 菊に仔犬図 鳥取県立博物館  南蘋派風で面白いものになってる。
なにやらぬりえぽい趣もあった。

今年もたいへん楽しかった。
凄かったなあと思うものも多かった。
毎年毎年、お疲れ様です、学芸員さん。ありがとう。
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いぬ・犬・イヌ

もう会期末になってしまったが、松涛美術館の「いぬ・犬・イヌ」展は本当に犬まみれだった。昨春のリニューアル記念「ねこ・猫・ネコ」展に比べて数は半分ほどだが、普段見ない作品などもたくさんあり、面白い展覧会だった。
来年は「うさぎ」か「ゾウ」かな、と今から期待している。
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展覧会の本当のタイトルは「人間の最も忠実なる友・人間のもっとも古くからの友 いぬ・犬・イヌ」展である。
随分長い冠がついている。
「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」
など色んな長い冠やタイトルを思い出したが、そんなのがなくても確かに犬は人間の友達であり、協働してくれる存在なのは間違いない。

序章
埴輪犬 奈良県四条遺跡出土 古墳時代(6世紀) 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
耳がピンとはねた賢くて元気そうな犬である。
埴輪の犬に対抗できるのは中国青銅器の緑釉犬だろうと思っている。
どちらも東アジアによくいた耳の立った・尻尾の短い中型犬である。

犬形埴輪/猪形埴輪 奈良県荒蒔古墳出土 古墳時代(6世紀) 天理市教育委員会
この犬の鼻は朝顔のような感じがした。

古代から犬はやっぱり首領のお供として立ち働いていたからこそ、こうして埴輪にもなる。
そういえば芥川龍之介の童話「犬と笛」では古代において、美青年・髪長彦の笛の音に感じ入った葛城の三兄弟の神が、お礼にと犬を彼にあげている。樵の髪長彦は三匹の犬を可愛がり、犬たちもよく立ち働く。
後の彼の危機に於いては犬の活躍がなければどうなっていたかしれたものではない。

第一章 イヌのいる生活・イヌのいる情景
このタイトルで思い出したのが二つ。
三原順「ルーとソロモン」と平岩弓枝「犬のいる窓」。
前者では犬のソロモンが「犬の生活も悪くないもんだ」とひとりごちた時、慣用句「ライフ・アズ・ア・ドッグ」=惨めな生活、と言われて凹む。
後者は警察犬訓練者と犬猫病院の医者とのちょっとアブない関係のサスペンスもの。

法然上人絵伝模本第34巻 作者不詳 江戸時代 東京国立博物館  まぁ色々描かれている中に犬もいるわけです。犬は人のすぐそばに暮らしていたという証明。虎猫もいるがね。

犬追物図屏風 作者不詳 江戸時代 東京国立博物館  こういうのはやはり見たくない。

渡し場図 北尾重政(1739-1820) 江戸時代中期 東京国立博物館 白犬が丸くなって寝ている。

犬を象った工芸品をみる。
犬水滴 作者不詳 江戸時代 東京国立博物館  ふんわり系の犬。くるんとして可愛い。
眠犬木彫根付 忠利 銘 江戸時代 東京国立博物館  すやすや…
小犬弊履木彫根付 重親 銘 江戸時代 東京国立博物館 丸々肥えたわんこ。
犬木彫漆塗根付 作者不詳 江戸時代 東京国立博物館  飴色のわんこ。
親子犬牙彫根付 一泉 銘 江戸時代 東京国立博物館  虎柄の親子犬。
親子犬牙彫根付 蘭亭 銘 江戸時代 東京国立博物館  薄飴色のわんこ。
犬蒔絵印籠 閑二 銘 江戸時代 東京国立博物館  母犬にくっつく子犬。
可愛いのう…

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洋画・日本画をみる。

植木棚の少女 渡辺幽香(1856-1942) 明治時代 東京国立博物館 盆栽の隙間から顔を出す狆。

雪の日やあれも人の子樽拾い 戸張孤雁(1882-1927) 制作年不詳 愛知県美術館  雪の降る日、室内で女の子は猫を抱っこしている。外では犬と少年が駆け回っている。

画室の客 金島桂華(1892-1974) 昭和29(1954)年 京都市美術館  これは好きな絵で、モダンさがいい。二匹の洋犬はキョトンとしている。

無題 酒井三良(1897-1969) 昭和28(1953)年 絵葉書が二枚。わんこわんこ。それぞれ茶犬と白犬。

庭前小景 森田沙伊(1898-1993) 昭和6(1931)年  佐久市立近代美術館 農家の庭先らしくセンバコキがある。燕も飛ぶ初夏、ブチで麿眉の犬が可愛い。ランプの火屋磨きする腰巻一つの少女。

散歩 香月泰男(1911-1974) 昭和28(1953)年 愛知県美術館  マチエールが重い。

渡来図 森田曠平(1916-1994) 昭和53(1978)年 横浜美術館  キリスト教のトリプティック(triptych)= 三連祭壇画のような構造。桃山美人たちとパーデレ。犬もかっこいい。

第二章 イヌと美人

犬と美人図 三畠上龍(生卒年不詳) 江戸時代後期 熊本県立美術館  裾噛む麿眉犬。

美人図 吉嗣梅仙(1817-1896) 江戸時代後期 福岡市博物館  裾をクンクンするのはやめてーーー

毛利鏻姫像 狩野芳崖(1828-1888) 安政7(1860)年頃 下関市立美術館  この絵は去年も見ているが、難しい名前の姫様(レイ姫)が愛犬をだっこする図。

第三章 可愛い仔犬たち
府中市美術館の「春の江戸絵画祭」でもわんこと虎は<二大カワイイ>ですわな。

犬図 俵屋宗達(生卒年不詳) 江戸時代前期 西新井大師総持寺  噛んだろかと思うような可愛さがあるね。

一笑図(双幅) 長澤蘆雪(1755-1799) 江戸時代中期 同志社大学文化情報学研究室 竹と犬で一笑。この絵はMIHOさんの芦雪展で見た
可愛いなあ、可愛い。わんこだけでなく全体がいい感じなのだよな。

降雪狗児図 長澤蘆雪(1755-1799) 江戸時代中期 公益財団法人阪急文化財団 これは逸翁美術館におるわんころ。
ちょっと絵の具が普通じゃないのね。 img559.jpg

芭蕉狗児図 森寛齋(1814-1894) 明治23(1890)年 京都国立博物館  根元にコロコロ。
可愛いなあ。

花卉鳥獣図巻 国井応文(1833-1887)+望月玉泉(1834-1913) 明治時代 京都国立博物館  狆がいたりキャベツにウサギという取り合わせ(ピーター・ラビットか)

狗子/草花狗児 山名貫義(1836-1902) 明治時代 東京藝術大学 たんほぽのあるなしの違いがある二枚。どちらもころころしてて可愛い。

菜花狗児図 鈴木華邨(1860-1919) 明治39(1906)年 公益財団法人阪急文化財団  大好きな一枚。賢そうなわんこたち。
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四条円山派とその系譜上の絵師たちはわんこをキュートに描くことに気合入ってるなあと常々思っている。

清閑 竹内栖鳳(1864-1942) 制作年不詳 京都市美術館  まぁほんまにスヤスヤと気持ちよさそうに寝てやるわんこ。
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土筆に小犬 竹内栖鳳(1864-1942) 明治28(1895)年頃 東京国立博物館  こっちは四匹もいる。もう本当に可愛すぎて腹が立つくらい。

狗子 岡本勝元(1868-1940) 制作年不詳 東京藝術大学  目を上げるわんこ。

狗子 安田靫彦(1884-1978) 大正元~4(1912-1915)年 伊豆市  後姿が愛らしすぎる。

柴犬 奥村土牛(1889-1990) 昭和60(1985)年 佐久市立近代美術館 後ろから馬掴みしたろかな~~

生 森田沙伊(1898-1993) 昭和56(1981)年 愛知県美術館 お乳を飲んですやすや。


第五章 洋犬たち
わりと似たのが多かったので、これはもう模写に模写を重ねたとか定型を崩さぬようにしたのかとか、みんな同じ遺伝子の犬なのかとか、色々もやもや。

狗鷹図(双幅) 長谷川等意(生卒年不詳) 江戸時代前期  左の鷹が「ん~~?」なのが面白い。右の犬は黒白で首輪つき。

けっこう似た洋犬の絵が多いのでちょっとあきる。

芥子に洋犬図 董九如(1745-1802) 江戸時代中期 神戸市立博物館  えーと南蘋派の犬だろうか。

西洋人洋犬図 松尾秀山(生卒年不詳) 江戸時代後期 神戸市立博物館  エッチングですかな、元ネタは。犬はにこにこ。

西洋人風俗図(双幅) 松尾秀山(生卒年不詳) 江戸時代後期 神戸市立博物館   「やぁ」「おぉ」挨拶する犬たちがいる。

蘭人図 川原慶賀(1786-1860?) 江戸時代後期  少年も黒犬もにこにこ。

スター 朝倉文夫(1883-1964) 大正8(1919)年 台東区立朝倉彫塑館  これは実在の有名な犬。見てるときご年配の夫婦が「なんだろう」と言われるので色々お伝えする。

護羊犬 三上知治(1886-1974) 昭和11(1936)年  コリーでコワモテって初めて見たよ。二匹ともなかなかの面構え。

犬二匹(仮題) 中島清之(1899-1989) 制作年不詳 横浜美術館  可愛いね、斑と白と。

村田勝四郎の彫刻の犬たちが揃う。
コリー、ダックスフント。みんな整列しているわけでもないがいい感じ。

第六章 有名なイヌたち
そういえば世界一有名な犬って…スヌーピーかな。

西郷肖像 床次正精(1842-1897) 明治時代 鹿児島市立美術館  大きい眼の茶犬。こいつ確か「チョビ」とかなんかそんな感じの名前だったかな。忘れたわ。

西郷隆盛肖像 作者不詳 明治時代 霊山歴史館  こっちは二匹連れ。白と黒斑と。

絵本「花咲爺」原画 鰭崎英朋(1881-1968) 昭和12(1937)年 講談社  この絵本はほんと、いい感じで原画展がある度に喜んで見に行ってます。

絵本「桃太郎」原画 斎藤五百枝(1881-1966) 昭和11(1936)年 講談社  賢そうで働き者。きび団子もらうときの肉球が可愛い。

忠犬ハチ公 安藤照(1892-1945) 昭和時代 鹿児島市立美術館  彫刻。渋谷の象徴だよなあ。

最後に最新作二枚。
春爛漫のボンボンとアンジェロ 中島千波(1945-) 平成27(2015)年 おお、仲良く座って可愛いがな。コーギーとなんかーとかいう種類やな。

花と犬 畠中光享(1947-) 平成27(2015)年  目つきが妖しいのですが…

なんだかもうこういうのを見た後は高橋よしひろ「銀牙」シリーズを読みたくなるね。

5/24まで。

清水三年坂美術館「明治の彫刻」

このチラシをまず見ていただきたい。
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これはポスターにも使われている。
朧銀が使われているのかと思った。
四分一(しぶいち)でやや黒めのものかと思って、展示室に入った。

衝撃的なことがあった。
このチラシの本物はなんと真っ白な牙彫ものだったのだ
びっくりした。それにしてもこのチラシは凄いセンスだと思う。
鬼神・羅漢図衝立 内藤旭松 技術も凄い・・・

思った以上に牙彫作品の大きさに驚きもする。

二童子捕魚 笹沢芳渓 これは明治天皇の可愛がってた作品。愛らしい。

浅妻舟 吉田道楽 鼓を打つ立ち姿。凛然としている。

先般、三井記念美術館で東都の人々を驚愕させた安藤緑山のウルトラリアリズム牙彫野菜類が並ぶ。
何度みても素晴らしい。ただ、惜しいことに緑山はこの色の秘密を隠したままあの世に行ったので、とうとうこの技能は闇の中へ消えた。

蛤貝 口を開けた蛤の中には松や漁をする人の姿が。
蛤が気を吐いたら蜃気楼だが、中にこのようなのを持ってたのか、蛤めー

角彫 孤猿 旭玉山 ひっくり返ってる。可愛いがな。

やや大きめの木彫をみる。
高村光雲の老子出関、西行法師、竹内久一の人麻呂などなど。かつては彼らのヴィジュアル・イメージが人々の中にきちんと生きていたので、誰がみても「ああ、あの人」とわかったのだ。
元禄美人、ウサギ、イノシシなども繊細に作られている。

逆に大変小さく、そして繊細巧妙な木彫をみる。
森田藻己 竹の中の大工、空豆、むき栗、薪束・・・すごい細かいし丁寧。びっくりした。

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彫漆もならぶ。
堆朱のいいのが目に付く。

木造モザイクのようなのもあり、そちらもとても巧妙で、ほしいものが多かった。

芝山細工もある。大好き。昆虫図印籠(芝山根付) 野村樗平 ドーナツ型のがきれい。やはり芝山はいい。
「笠翁風」とあるのは「小川破笠」のことか。

ほかもいいのがころころある。
常設の方ではまた面白いものがあった。

日光陽明門の香箱は入れ子仕立てで面白い。名所がそれぞれ使われている。お皿には橋とか。そしてこの図像はすべて真景。

月ウサギの杵つき図もある。みんなで働くウサギたち。

面白いもの・きれいなものをたくさんみれてよかった。
5/17終了済み

京に生きる琳派の美  現代作家200人による日本画・工芸展

京に生きる琳派の美
現代作家200人による日本画・工芸展
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現代の作家たちによる「琳派」とはどのようなものか、とても興味深く思った。
近年の日本画は「これが日本画なのか」と不思議に思うものが多いのだが、「琳派」というくくりがあることで、その範疇に収まる作品が多いように思った。

わたしはあくまでも感想しか書けないので、特に好きなもの・気になったものだけを少しばかり挙げてゆく。

石原貴暉 鉄橋 銀月がかかっている鉄橋。水面にも月が浮かぶ。酸化した銀が黒くなり、水の月も空の月も暗く輝く。

伊藤はるみ 妍 牡丹が盆からこぼれる。金と赤の絢爛な世界。

猪熊佳子 木立ちを巡る光の中で 可愛い小鳥がいる。瑠璃鳥。林の中、白い花が咲いていた。

上村淳之 月の水辺 いつものようにシギがいる。飛ぶシギ・止まるシギが3対3。静かな静かな世界。

潮由起子 葉末の音 竹林。風が渡るときにささやかな音がする。竹は白く描かれ、まるでお産の時に現れる「白絵屏風」のようだった。

大野俊明 早春 遠目からでも大野だとわかる。白の胡粉がきらきら。金の月。竹林に絡む梅と椿の木々。
空の白さがとても綺麗。

小西通博 蝶の道 小さな黄色い花にいっぱいの青い蝶と白い蝶。ああ、ここに行きたい。

重岡良子 冬華白梅 散椿がいくつも咲く。椿と梅が優しい位置を保つ。紅梅も咲いていた。

清水豊 渓 「金鈴峡」の風景、とある。その地名だけで琳派している。三尾の奥にあるのか。

鈴木一正 月に戯る 三羽のウサギと月としだれ。可愛い。

中路融人 新雪浄苑 雪の金閣。

中出信昭 春想 グレーに覆われている。川には桜の花びらと鴨と月の影と。

中野一義 緑響 白い木々、緑の森・・・綺麗。

西野陽一 黄金の波 稲に雀まみれ!!すごいね。

畠中光享 濁水に汚されない蓮のように 大きな大きな白い蓮の花が咲く。緑も鮮やか。上部に少し金がにじむ。
少し離れた位置から振り向いたとき、花が光るのに胸が躍った。

林潤一 秋草 金箔は地味め。七草が可愛い。

牧野良美 五色椿 白が多い。地も白い。

森田りえ子 薔薇の苑 カクカクした薔薇だな。金粉きらきら。

米田実 魅 バファローのような、魔物のような何かが吠えている。

最初に書いたように「琳派」の枠内にある作品が多いので、普段よく感じる「日本画で表現することに何の意義があるのか」と思う作品が少なかった。

染織、陶芸、漆芸などをみる。

羽田登喜 手描き友禅訪問着「春の譜」 蝶と椿が裾で遊ぶ。格子状の背中に花が咲く。

山出勝治 出町柳 これは面白い。青い塊が糺の森か。幟にしたくなる。
青と白の美。

竹中浩 白瓷花文面取瓶 白に白を重ねた。胴には椿。

樂吉左衛門 黒樂茶碗 銘「梅花的礫」 ああ、いかにも。

伊藤裕司 杜若 これは飾りたい。螺鈿がきらきら。長方形の中に縦長の楕円、そこに杜若。綺麗、とても綺麗。

服部峻昇 耀貝飾箱 鶺鴒 なんて綺麗なんだろう。青い光がいい。
本当に欲しいのはやはり螺鈿・青貝を使ったものだとつくづく思う。
ハロウマ貝とトリー白蝶貝が使われているそうだ。

宮木康 きりん 黒地に二頭のキリン。可愛いなあ。

ガラス工芸でひどく綺麗なものがあった。
生田丹代子 波濤2015 ガラスオブジェ。薄い薄いガラスの壁面を何重にも重ねに重ねて螺旋のように組み合わせていた。影もまたガラスに取り込まれる。ああ、綺麗だな。

やはり「琳派」とは現代において綺麗である、ことが大事なのだと思う。

5/17終了。

インドの仏

ようやく「インドのイム」ならぬ「インドの仏」展の感想を書けそうな気がします。
二度も見に行ったのに本当に書けなくて困ってたのです。
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このチラシの破壊的なパワーにまずヤラレましてな。
数か月前に最初に見たとき咄嗟に
♪インドの山奥で 修行をして ダイバダッタの魂宿し
レインボーマンの歌が一挙に出てきましたわ。

しかもツイッターで「これは『インドのホトケ』じゃなくて『インドにいるイム少年の物語に違いない』というヨタが出て、それからはどうしても「仏」じゃなくて「イム」にしか見えなくなってしまったね。
「神」が「ネ申」な、あの感覚かなあ。

さて展覧会は片山東熊設計の美麗な洋館・表慶館で開催。
西洋館で東洋のものを展示する、というのが実は非常に好きだ。
これは山岸凉子「ドリーム」の衝撃が自分の身の内に浸透し、影響を受けたからだと思う。
「ドリーム」に現れる西洋館のインテリアが悉く古い東洋のものだったのだ。

コルカタ・インド博物館から多くの仏像が来られた。
昔はカルカッタだが今はコルカタ表記。なんだか全く知らない地から飛来してきたようなドキドキ感がある。

2003年夏に奈良博で「インド・マトゥラー/パキスタン・ガンダーラ」展が開催されて、それまでガンダーラ仏にはときめいていたが、インド・マトゥラー仏には関心がなかったのが、一気に変心した。
以来「インドの仏」に愛情がわいて、東博や松岡美術館で見かける彫刻に勝手に熱い視線を送っていた。
今回もその例に漏れない。
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仏像誕生以前
偶像崇拝を許さない時代が長かったそうです。
ここではジャータカをメインにしたものがある。
物語は基本的にお釈迦様が他者のために捨身することですな。
物語の情報が一枚に押し込まれている。

菩提樹(カナカムニ仏)の礼拝 木の回りにいる人々は完全ではないが左右対称の様相を呈している。
こうした姿を見ると布に織られた花樹対鹿文などを思い起こす。

釈迦の生涯
仏伝の彫刻が集まる。

托胎霊夢 ゾウさんきたーーー可愛いね。
インド彫刻ばかりかと思えばガンダーラ仏も少なくない。
 
酔象調伏 仏伝はやはり有名なシーンがメインとなるので、このゾウの顛末はこれまでの展覧会ではあまり見なかったように思う。おお、ゾウさん、小さくなったよ。

仏の姿
ロリアン・タンガイ発見当時の写真、面白すぎる。
仏像をあちこちから集めていて、わいわいしてる。修学旅行ぽい感じに見える。

マドゥラー仏とガンダーラ仏が並ぶ。
同じ図像・同じ物語をテーマにしても表現が違うので、別物として楽しめる。
本当にいろんなインドのイム。

仏顔 ガンダーラ仏の生首だけがそこにある。
甘美な表情。夢見るようなその顔の美しさ。
映画「ドグラマグラ」の九州大学付属精神病院の解放病棟の中庭にガンダーラ仏の首が斜めに転がされていた。
むろんハリボテだが異様に魅力的だった。
あの映画を見て以来、ガンダーラ仏の生首に再会できないかと思っていたが、今回初めてそれがかなった。しかも<本物>の首で。


様々な菩薩と神

菩薩頭部 相当甘い顔立ちで素敵。ローマ色が強い。ややデッサンが崩れている。

ハーリティとバーンチカ 
マトゥラーとガンダーラの地方色の違いがとてもはっきりしている。この夫婦の姿は全く別物にしか見えない。同じ物語の人々とは思えないほどに。
がっしりしたガンダーラ、ふっくらしたマトゥラー。


ストゥーパと仏

奉献塔とセン仏 中世の頃の作品。壊れもしないでよく残る。細やかな表現のものが多くて見る度に発見がある。

実はここでマトゥラーの欄ジュンがあれば、と少しばかり残念に思った。

密教の世界

仏足石 足指が長い。
これを見ると谷崎「瘋癲老人日記」のクライマックスを思い出す。足フェチの老人は懸想する息子の嫁の足裏の拓本を取った。それを自分の墓に仏足石としてつけてもらおうというのだった。

白文殊菩薩立像 ああ、インドのイム。綺麗な体、素敵。唇の厚さも魅力的。

サンヴァラ立像 北ベンガル 今回ここの地方のはこれだけ。怖いことにブラフマンの首を持って立ってますわ。

経典の世界
これが大変良かった。
今回の唯一の絵コーナー。

東インドのパーラ朝の男尊女尊、14世紀頃の仏たちなどなど。ポーズはみんな一緒で、ある意味ラジオ体操を思い出させてもらった。

さらに挿絵が艶めかしい大乗荘厳宝王経、これがとても面白かった。
観音の降臨 地獄の釜の蓋にいてます。
難破する師子王と隊商を助ける羅刹女 溺れる人々を助ける羅刹女たち。
師子王と羅刹女の生活 実に楽しそう。しかしこのままでは破滅が近い。

参考資料として名古屋市博物館が所蔵するこのシリーズのがまた素敵。
これはしかし「高野聖」「ローレライ」に一脈通じるものがあるなあ。

仏教信仰の広がり

仏坐像 ミャンマー にっと笑いながら首を傾ける宝冠仏。飾りがまたきれい。

銀鉢にはヴェッサンタラ本生が打ち出されている。凄い!!

ああ、いくらでも見て歩けるわ。
素晴らしいインドのイム。
面白かった…5/17まで。

ギリシャ考古学の父シュリーマン

天理参考館でシュリーマンの展覧会があるというので、とても楽しみに出掛けた。
元々ここにはシュリーマンの資料があるので、色々詳しかろうと期待が高まる高まる。
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雨上がりの新緑の道を行き、参考館につく。

子供の頃にシュリーマンはトロイア戦争の実在を信じ、「古代への情熱」を抱いて、経済的な成功を収めてから発掘に従事した。
そのあたりのことはわかりやすくイラストつきで紹介されている。
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以下、画像は全て拡大します。
シュリーマンの旅した場所


牛像 BC 1300-1190頃 ギリシャ  可愛いのう。シマシマ入り。小さい。


黒像式ヒュドリア BC 6世紀頃 綺麗な絵がある。
 

把手付杯 BC 1550頃 金製で薄くて割れてるのがまたよいのよなあ。


コリントス式兜 BC 7-6世紀 青銅の兜で、わたしとしては安彦良和「アリオン」を想うよ。

赤像式オイノコエ BC330
 美青年二人。右はディオニュソス、左の有翼青年はエロス。見つめあう二人の眼差しにときめく。 
 

女性像もよいのがある。
 

馬はシマシマだが、シマウマではない。

こちらはティリンス遺跡の模型。

発掘したものの図版の原画
これらは天理参考館所蔵。いずれも1884-1885年の作画。牛像もあるね。
 



こちらはぼっちな精霊。

エジプト。前からここにいた。

なんだかよくわからない婦人像
色っぽすぎるね。


常設にある、その他に面白かったものを挙げる。

「鹿を食べて美味しくてエヘエヘな雄ライオン」と「良かったね、で、わたしの分は?な雌ライオン」 」



石枕とその飾り付けの立花。

むかし、♪馬のマークの参考書 というコマーシャルがあった。
実力学力ぐぐぐんっ


統一新羅のだけど、この柄を見ると三島の文様も納得。

影絵芝居 
猿の王、かっこいい。

聖なる牛の図 
19世紀末でも細密画は活きてました。

ゾウさんの可愛いのを見つけた!


こちらは台湾の木彫。

五月人形 
解説によると「応神天皇と竹内宿祢。馬の他に虎が飾られるのも関西の特徴」なるほどなあ。

こちらは応神天皇。イケメンです♪

やっぱり天理参考館は行くたびに面白いものを見つけ出せる場所なのだった。
なおシュリーマンの展覧会は全国のオリエント系博物館に巡回予定あります。

鎌倉から始まった。1951-2016

鎌倉にある神奈川県立近代美術館の本館が今後どうなるのか、わたしはわからない。
もう借地権の関係で終わりだというが。
建物は1951年に坂倉準三の設計で造られたドコモモの選定建造物である。
鶴岡八幡宮の平家池にせり出してたてられているので、夏は蓮が近い。
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正直なことを言うと、わたしはモダンムーブメントの建造物がニガテだ。
見た目とか機能性とかにすぐれたものがあるのだろうが、どうしてもなじめない。
だから1950~1970年代のモダニズムの建物とは距離を置いてきた。
かといって、美術館機能が置かれているのだから全く行かないわけにもいかず、ニガテながらもその空間に身を置いては作品を眺めてきたが、やはり自分の居心地はよくはならない。
たぶん、わたしが好きではないので建物の方もわたしが嫌なのだと思う。

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こうしてみると、案外見に来ていた。
特に心に残る展覧会もいくつかあることに気付く。
歩み寄りは難しい、と思っていたのはわたしの勝手な思い込みだったのかもしれない。
自分のデータを照合する。
最初にここへ来たのは1989年11月で「向井良吉」展の最中だった。
あまり好みではなかったようだ。
次が1996年11月の「絵を読む心・物語と幻想」なのだがこのチラシにそのタイトルは出ていない。しかしここで清方の「お夏狂乱」と誰かのサロメとを見ている。
そして1999年6月に「水の物語-ヨーロッパ絵画に見る神話と象徴」展、これが今もなお心の底に息づいている。

作品をみる。

青山義雄 湖のほとり 1925 油彩 マチスのお弟子ということだが、色彩はシャガールに似ている。牛もいるから余計にそう思うのかもしれない。

朝井 閑右衛門 電線風景 1960  油彩 モノスゴイな、このマチエール。絵もあれだけどそれ以上にマチエールに目がゆく。

三岸 節子 小運河の家 1973  油彩 ああ、グレーの佳さを堪能する。赤、白、グレー。
三岸さん、本当に素敵。

鶴岡 政男 視点B 1966  油彩 描かれてその年に購入されてる。妙に楽しいぞ。半円と半円が上下にあり、つまりカプセルが割れたみたいな状況で、そこにまた半円と半円がのぞいていて、その中にも実は半円が…
SFでなんかこういうのあったな。

ルイ・ル・ブロッキー 川の流れ、ユリを手にした行列 1986 リトグラフ 妙に薄青い、薄い存在の人々。

清宮 質文 夕日と猫Ⅱ 1979 木版 黒猫と○い太陽と。何も言わぬ猫が妙に可愛い。

飯田 善國;西脇順三郎 クロマトポイエマ』 1972 シルクスクリーン  ヒッチコックの横顔風なのがある。なんだろう、これ。

西脇の絵が並ぶ。以前彼の展覧会でさらりと魅力的なのを見ている。
西脇 順三郎 九月 1966 油絵 水彩のような感覚の絵。九月というより春のような風景。

西脇 順三郎 マラルメの扇 1950年代 油彩 どことなくドンゲンにも似ている。

西脇 順三郎 キリストの変容 ― マタイ伝第17章 1981 水彩 変な顔つきの変な群衆と。

山口 勝弘 ヴィトリーヌ No.37 1953 ミックス  例の右から見た景色と左から見た景色が違うようになるもの。ガラス表面によって変わる景色。面白くて好き。波状に見えるのがまた面白いね。ただ、これがアートですと言われると「…そうなのか」その深さにおののくわけですわ。

坂倉 新平 内なる光 ― 金色の僧院 1992 油絵 オレンジとレモン色と白と。色の取り合わせはとても綺麗。

松谷 武判 1937- 接点2009 2009 ミックス 変な寿老人にしか見えないんだが。

野中 ユリ 夢の地表Ⅳ 黄金の花 1978 コラージュ 綺麗すぎて…以前別館での展覧会の時、図録が売り切れていた無念さが蘇る。

柄澤 齊 クロノスの盃 1979 コラージュ  真っ暗な中に卵の殻がギザギザに割れたような器が浮かび、その内側に宇宙がある。宇宙の深淵をそこにみる。

舟越 桂 彫刻のためのドローイング(アンソニー・カロの肖像) 1990 木炭 かっこいいジイさんですな。

伊庭 靖子 Untitled 2009 油絵具 イスラームの花のような。綺麗で見飽きない。前もこの人の作品にそうだと知らぬまま惹かれていた。

立体作品

堀内 正和 D氏の骨ぬきサイコロ 1964(1993鋳造) ブロンズ  刳り抜き。ぬかず?ううう??

岡崎 和郎 招福猫児 2006 石膏に彩色  白ネコやがな、白に白を塗って…松浦だるま「累」みたいやな。

小川 待子 WA-BLUE 六 2002 陶土 、釉薬  青色がとてもいい。アイスブルー。そして内側はゼリー状に見える。不思議なやきもの。この釉薬は化学製品かな。

鷲見 和紀郎 CRESCENT 1991-2002 ホワイトブロンズ  ざりざりざり。ところが指輪にほしいようなスタイル。かっこいい。

存外ここの現代アートのときめいたな。わたしとしたことが。

次は別館へ向かう。途中の八幡宮の休憩所で蒟蒻の味噌田楽をいただく。

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日本画の部
鏑木 清方 一葉図(下絵) 1940  おお、下絵はここにあるのか。

前田 青邨 内山岩太郎氏像 1965頃  ええと、何の方ですか、この花柄とか…

中村 岳陵 孫図(下絵) 1951  おもちゃも周りにある。白いヒラヒラを着て帽子も可愛い。孫への愛情が漂うねえ。

玉村 方久斗 能因法師 1926-27頃  2007年にここで回顧展が開かれたようだが、わたしは京都近美で見ている。面白い画風の日本画家だと思ったなあ。物語性が豊かで。息子の玉村さんよりこちらのパパの方が好み。

山口 蓬春 宴 1960  3体の埴輪が古代の喜びを露にする。時間を超越して宴の楽しさが満ち満ちる。青く晴れ渡る空の下で。

小倉 遊亀 牡丹 1984  金地に白の花。優雅な花。

伊東 深水 荻江寿友像 1957  深水といえば美人画というイメージがあるが、一方では実在のその道の達人の肖像画を描きもする。
シワやシミが彼女の歳月を示すが、その強い眼差し、しっかりした物腰、それらが彼女が誰かを知らずとも、見るものにその風格を自然と感じさせる。
実際には彼女の奏でる音曲は聴いたこともないが、聴こえる気がするのだ。

上村 松篁 杜若 1978 ああ、綺麗。ずっとずっと……

岩橋 英遠 仙 1965  カルスト台地に羊のような岩と、黄初平らしき男の影。山の形も面白い。

片岡 球子 剃髪 1950  あら、この若いヒトなかなかやん。周りの女たちは普通。珍しいね。

片岡 球子 面構 徳川家康公 1967  やっぱり憎たらしい。

加藤 栄三 石庭 1955  石二つ。じーっと見る。幻影と向き合うような心持ちがわく。

荘司 福  石 1980  黒い地に一つ、大きい石。
髙山 辰雄 夜  うずくまる人がいる。
工藤 甲人 枯葉 1963 ……あまりに暗い。

近藤 弘明  浄夜  1969 シュール過ぎて意味がわからん。

加山 又造 凍る日輪 1964 カラスがギャーッ
うーん、わからん。この時代の又造さんはニガテだ。

以下はリストにない作品。
須田剋太 侍 おや、定九郎のような。尻ハショリして、水色の下帯が見える。
顔はグズグズ隠れている。
迫力があるなあ。

須田剋太 百済観音 横からの眺め。素敵。

河野通勢 蒙古襲来 油絵 1926 けっこう派手派手な群像描写。

河野通勢 ABC教育 油絵 1936 明治のバッスルドレスの母子。パラソルをさして楽しそう。

加納夏於 水夫イシュメール 「お前が波浪に視たものを語れ」のための昔話 こんなタイトルだったかなあ。カンナ風なのがある。どこがどう「白鯨」なのかもわからん。ただ、これを見たときやはり「白鯨」の世界に浸りたいと思ったのは事実。

そうそう、メモに書いたものでどの作品への感想なのかがわからないものが一つ。
「雪待雛人形 稚児風なのと」・・・なんだろう、これは・・・

いいものをありがとう。

private、private わたしをひらくコレクション

リニューアルした埼玉近代美術館の記念展「private、private わたしをひらくコレクション」展に出かけた。
既にお手洗いなどは大変良くなっている。

この美術館は駅からも近いし、よい展示が多いのでいつもお客さんがにこにこと見ている。
わたしが最初に行ったのは93年の10月で、次が2002年。
その時にようやく目当ての小茂田青樹「春の夜」月下暗梅キジネコ補鳩目撃ミミズクの図を見たのだった。
同時に「本田宗一郎と井深大 ホンダとSONY」もしていた。
それ以降はしばしば出かけるようになったが、93年から2002年の10年のブランクって大きいね。びっくりしたわ。

さて作品を観る。
少しばかり真面目に書こう。

プロローグ ここはとじていた
中川陽介 ここはとじていた 10分間の映像 2015  工事の様子を延々と映していた。作品としてみるより、ドキュメントとして、工事の様子を<みる>という眼でみた方が面白いかもしれない。
作者の本当の意図はわからない。わからないから自分が見たものだけを思うしかない。

駒井哲郎 三部作なのだろうか、1949年から1951年、一年一作ずつ続いている。
夢の始まり
夢の推移
夢の終わり
銅版画の幻想的な作品は、それだけで詩を奏でているようだ。
夢を形にするために駒井はレモンの形に似た枠を使う。
その内側に様々な情景が・事物が・物体が収められる。
外側には何もない。
一年後には夢が膨らんだか、形が変わり、二つのふくらみを持つようになる。
まるでレモンのシャム双生児のようである。
そして最後はその形が失われている。眼球システム、とわたしはメモを取っている。どのような意味かはそれを見たときのわたしに訊かなくてはわからない。
ただ、駒井の三年にわたる三作品でわたしたちも夢を見ていたことを知る。

Private passion 越境者の軌跡 瑛九と須田剋太
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しばしば忘れることだが、須田剋太は埼玉の出身だった。彼が何を思って関西に移住したのかは本当にはわからない。
奈良の元興寺を中心にしたサロンの人になり、やがて司馬さんの「街道をゆく」ツレになり、忘れがたい風景・風物・人物を描き続けた。
司馬さんより10歳も年長ながら黒々したボブカットと、幼児的な性格が司馬さんの「お兄ちゃん心」を刺激したか、旅の間、須田剋太の世話を司馬さんは喜んで焼いていたという。
司馬さん自身、本当は器用ではない人だというだけに、このエピソードはいつ聞いても心が温かくなる。

大久保喜一 熊中正門風景 この人は須田剋太の中学の時の先生で、剋太が絵を描くことを強力に推し、世間からかばったそうだ。
熊谷中学のその正門を素直な筆致で描いている。

剋太の絵は変遷し続けた。最初期の絵は不思議なデッサンの風景画、それから抽象画、力強い書、やがて線は荒々しいが具象に帰り、そこに色紙を細かく切り刻んだものをふりかける装飾を始めた。
この長い晩年の作風がいちばん好ましい。
その時期に「街道をゆく」挿絵がある。

埼玉のここには若い頃の作品と抽象作品ばかりがある。
わたしは正直なところ、彼の20年代の作品には関心がない。

築地本願寺 うらわ美術館でニュースの表紙を飾ってもいる。夕暮れの築地の風情がよく出ている。伊東忠太の設計した魅力的な建造物が、少しばかり崩れそうになって描かれている。

三月堂 力強くていい絵。真正面から堂々と。
こうした絵を見ると無性に奈良に行きたくなる。

基本的に瑛九はあまり関心がない。
知っているのは画像を挙げている「花」くらいだ。
これは宮崎に行った時にたくさん見ている。
明るく可愛いと思う。

十三子姉 1929年、18歳の時の作品。モダンな美人でシンプルでシャープ。
時代性を感じつつも、このカッコよさはやはりまだ18歳の眼が活きているからだとも思う。

兄妹
友達
1944年の二つの作品はどちらもとてもフレンドリーさがある。実際に知るものたちの親しさが現れている。こうした絵はいい。

Private collection 蒐集家の眼差し 大熊家のコレクション
以前、寄贈されたときに色々と見せてもらったことが懐かしい。
大熊家は「東一」アズマイチ味噌を造る家。

野口小蘋の絵がある。丁度今、山種美術館にも彼女の絵が出ているところなので、とてもタイムリーな感じがした。

鈴木華邨、寺崎廣業、中村不折の山水図をみる。
彼らのこうした絵はきっと大熊家のリクエストによるものだとも思う。
個人的には華邨の挿絵、廣業の明治の娘、不折の物語絵が見たいところだ。

このコレクションにはたいへん横山大観の作品が多い。
戦前の大観の価値の高さと言うこともさることながら、実は大熊家では自分ところの味噌のヘビーユーザー、お得意様が大観だったという事情がある。
大観はどんなときでもこのアズマイチ味噌を切らしたことがないだろう。
戦時中も大酒のみの大観のために広島の酔心は常に樽を贈り続けていたという。

白梅 よく肥えた鶯が白梅の蕾をみる。大観の本当にいいのはこうした小品だと思う。

海辺巌 二匹の海鵜がいる。それだけではあるが、それだけで十分な作品。

橋本関雪の中国を舞台にした絵が出ている。やはり田舎の旧家は漢文の素養を持つような絵が好きなのだと思う。

さて、そうした座敷で御客に見せる絵以外の、趣味なのですねと言う絵も出ている。

大林千萬樹 編笠茶屋 鳥追いのそれのような形のもの。落としざしの刀。
男とも女ともつかぬ人物。妙に色っぽい。

堂本印象 鳥言長者草 清朝の両把頭美女。艶めかしい。こうした絵はほんと、大好き。
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現代アートがあった。
堀越陽子 とりとめなく、あてどないオルフェウスの胸像  衝立に鏡がはめ込まれている。その鏡の中に小さな鏡が入っている。コクトーの「オルフェ」を思わせる道具たち。とてもかっこいい。

Private to private あなたのこだま
現代アート。

山本容子の回顧展の時に見た、小さな静物画をより集めたものが三点。ああ、とても惹かれる。

熊谷守一の可愛い芥子や百日草もある。
どちらもここで回顧展を見たときにいいなあと思ったものだった。

Private vision 美術家の作法 アナダー・ヴイジョン・サイタマ

野村仁 太陽7月 二枚の写真のプリント違い。かなりカッコいい。

塩崎由美子 シリーズ「恢復」より 緑の木をなにかしている。ああ、これもいい。

現代アートの意味はよくわからないが、写真と銅版画の良さは分かる気がする。
いいものを見た。
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5/24まで。

常設の方はといえばいくつか初めてみたものがあった。
ヤン・トーロップ 生命の守護神 モノクロの解説カードをもらった。壁画の下絵。左の母子はオランダを、右の母子はインドネシアを象徴している。同じ色の同じ布をそれぞれの女性が身に着けているが、裁ち方・縫い方・意匠が異なることで、全くの別物になっているのもかっこいい。
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ドニ シャグマユリの聖母子 いつもの家族をモデルにした聖母子。丸々とした母子の幸せそうな様子がいい。
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塗師祥一郎という地元を描く画家の作品がずらりと並んでいた。
1963-2015の半世紀以上にわたる埼玉ところどころの風景画である。
浦和や川越くらいしか知らないが、この風景を見ていると「いいなあ」と思い、行ってみたいとも思う。
牧歌的な風景画だった。

こちらにも大熊家コレクション。
四季を描いた日本画がたくさん。

富田渓仙 糺の森 ああ、松に鷺がいるだけなのに、なんだかあの下鴨神社の向こうへ行きたい。

川村曼舟 芦ノ湖 空と水面に富士。素敵だ。

猪飼嘯谷 養老の瀧 見上げるほどの大滝、その水流。そうか、こんな滝なのか、と改めて想う。

田中案山子 雪旦 雀まみれの木。びっくりする。

やはりこちらも面白い。

新潟市美術館の名品たち  ピカソとクレーもやってきた

新潟市美術館の名品たち
ピカソとクレーもやってきた
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目黒区美術館に新潟市美術館のコレクションが来ている。
新潟市は遠いので目黒で見ることが出来て嬉しい。

展覧会のキャッチコピーだけを見たら近代洋画がメインかと思うがそうではなく、日本の作家の作品が大変多く、中でも新潟出身者の作品が群を抜いていた。
これはとてもいいことだと思う。
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まず彫刻と洋画を見る。
ルドン 黄色いケープ 神秘的な雰囲気の絵。わたしはルドンの黒い絵よりカラフルな配色の宗教あるいは神話を思わせる人々を描いた作品の方が好きだ。

カリエール 母と子 難しい顔つきの母親とぼやーとした赤子と。何か心配なことがあるのだろうか、と気をもんでしまう。

ボナール 浴室の裸婦 あれ?これはここの絵だったのか。この絵は元々好き。体を拭う女。

ロダン 死の顔・花子 こ、怖い顔。眉を寄せて歯を食いしばって…なにがあったんや花子。
花子は東博でも見てるが、こんなの見たらこの先ほかの花子を見ても必ずこの顔を思い出すに違いないな。

メダルド・ロッソ ガヴロッシュ にこっと笑う少年像。なんかこれでホッとしたぞ。

ピカソ ギターとオレンジの果物鉢 正直な話、別に「ピカソとクレーもやってきた」のでなくてもいいわけなのだよ…

ザッキン 男の頭部 角刈りやな。にーちゃん、鯔背。

クレー プルンのモザイク チカチカ。

ベン・ニコルソン 1932年(ギターと頭像) ギターというよりバラライカみたいな感じ。

マックス・エルンスト ニンフ・エコー 総じて緑の世界。変な生物がいるし。

ブリジット・ライリー ただよい 現代アートはわからんのだが、これはシマシマのニョロニョロのようだった。

日本の洋画をみる。1950年以降。
寺田政明 灯りの中の相談 狼同士でなにやら相談というか悪企み中。テーブルにはアジの開きとリンゴ3/4。ローソクがゆらゆら。
彼のシュールな絵画は見知っているが、戦後の具体的なものは初めて見る。

難波田龍起 不思議な国の人々B やたらと狭い放物線を描く山々がある場所。諸星大二郎の世界観に似てるような気がした。

新潟に息づく作家たち
倉石隆 静物あるいは瞬間 テーブルに黒猫ねてて、時計や手袋やたばこなども…味気ないが猫がいることで画面が明るくなった。

笹岡了一 帰郷 不思議な表現。旅人もその地の人々も。

布川勝三 北の海(しけ) 暗いのう…ざざーっ

牧野虎雄 風景 空、湖、ボート。なんだかもう不思議な配色でそこが魅力的。

佐藤哲三郎 下萌 裸婦たちが野で寝そべったりなんだかんだしている。黄土色と空色の空間で。それがね…この絵のタイトルの英訳が「sprouting in secret」なのね…わりに露骨だな。そのくせそれ自体が描かれていないという…ふふふふふ。

峰村リツ子 女の肖像 眼がきりっ!ショートカットで着物。この画家は沼垂町出身。
ヌッタリ。全然関係ないが、この地名を知ったのは「新八犬伝」の沼垂加地恵から。コヤツが確か結城の合戦で春王・安王の首を切ったのだよ。

加藤一也 月夜 どうもルオー風だな。一人でトボトボ…
月下を一人で歩くのも、「ツェザーレ」風なのもあればルオーぽいのもあり、関根なのもあるなあ。

・小林力三コレクション こちらは新潟出身でない画家のも。
岡本唐貴 野菜静物 枝豆、トマト、きゅうり。こういうのを見るとこの人の息子が描いた「カムイの食卓」も納得なのだよな。

その唐貴のオシャレなモガの絵はこの目黒区美術館にある。
先端に立つ女三態(「東京パック」原画) 1930年のモガ三人。カッコイイではないか、揶揄が含まれていようとも。

宮地重雄 静物 琺瑯カップ、ポットなど。質感がいい。重厚な面持ちを見せる静物たち。

・二つの美術館、二つのコレクション
新潟市と目黒区、共通する画家の作品が案外ある。N=新潟、M=目黒。

安宅安五郎 ベルサイユ郊外 N 暗い並木道。何の木かはわからない。

安宅安五郎 仏国ベルサイユ郊外 M 田舎。思えば都会であるパリから逃れてベルサイユの田園風景を享楽したのだよな、M=A王妃は。

相笠昌義 ラ・ヴィダ・エン・マドリ N 寂れたマドリード。妙に変な人々。大友克洋の世界みたい。しーんとして音がない。群衆なのに。

相笠昌義 版画集「女・時の過ぎゆくままに」M 8シーンが出ている。
・はじらい 10歳くらいの裸の少女の足元に三匹の猫がいる。白、黒、サバ猫。ネコだけは可愛い。少女が妙に怖い。
・微風 裸で眠る
「時の過ぎゆくままに」はこの人の世代からすれば映画「カサブランカ」か、もしくは沢田研二の歌かどちらかを想起する。全く意識していないとは言えないほどにこのタイトルは浸透している。
たとえ描いたものに何の関連もなくとも。

一階には草間彌生、元永定正、篠原有司男の作品があるが、アタマが痛くなったのでこちらはパス。
6/7まで。

千葉市美術館 歴代館長が選ぶ所蔵名品展

「歴代館長が選ぶ所蔵名品展」:千葉市美術館
開館20年だそうです。

わたしが最初に行ったのは97年9月の「日本の版画Ⅰ 1900-1910版のかたち百相 」。
当時既に新版画運動などにハマってたので、遠いなと思いつつ出かけた甲斐が大ありの素晴らしい展覧会でしたわ。
次がそのシリーズのⅡ、Ⅲだから2年おきに出かけたなあ。
それでどのときか「曽我蕭白」展のチラシをもらったのに行けなくて無念だった。
ところが後から探したらチラシはなくなるわ・展覧会の記録もサイトから消えてるわで、まるでわたしの妄想みたいになってる。
今だに不思議でならない。
思えば18年も通ってて、PALCOバス様のお力がない限りは必ず道に迷うという、哀しい宿命を追わされておるなあ。

今回、二部構成で5/10までの第一部を見た感想。第二部はまたちょっと違うので、行けたら行きます。

 近世〜近代の日本絵画と版画
  近世〜近代の日本絵画

狩野山雪 1589?-1651 雪中騎驢図 江戸時代初期 紙本墨画一幅  横長の絵で雪また雪の中を白布かぶった旅人がロバに乗って進む。笠も白い。ロバの耳だけが見える。寒さがひしひしと感じられる。

松本山雪 ?-1676 瀟湘八景図屏風 江戸時代初期 紙本墨画淡彩六曲一双  小さな民家が並び、人々の生活する様子も描き込まれている。珍しい。これは人のいる空間の絵だった。

(無款 )田村水鷗 風俗図 宝永-正徳期(1704-1716)頃 紙本金地着色 六曲一隻  金地に鶺鴒を思わせる髷の女がいる。座頭の隣には肘をつく男もいる。もうすっかり気持ちよく飲んでいて、禿が世話を焼いている。遊里のだらけた楽しい時間の中で。

菱川師胤 中村竹三郎・三浦屋小紫図 享保元年(1716)頃 絹本着色双幅  本物の着物を貼り付けたような打掛を着ている。すごいも、その質感。ちょうど編笠をかぶろうとするところ。身分制度は厳しい。

池 大雅 1723-1776 柳溪渡渉図 延享3年(1746) 紙本墨画淡彩一幅  わいわいと渡る。馬も大変。そしてその馬の口を取る少年がやたらと美少年。これは嬉しい。あの池大雅でも美少年が描けるのだなあ。このご一行を岸から眺めるおんぶ親子。

立林何 扇面貼交屏風 元文-宝暦期(1736-1763)頃 紙本金地二曲一双  扇面 18 面貼付
琳派やなー。金地に扇面が浮かぶ。松、楓、鹿、千鳥、蕪と大根、椿、柳、桜川、タンポポ、流れに青や朱の楓、冨士、秋草など。5.4.4.5の配置。

円山応挙 1733-1796 富士三保図屏風 安永8年(1779) 紙本墨画淡彩六曲一双  薄くかすむ富士に手前の松原もシルエット。しかしどちらも存在感が大きい。ぼーっと見える。それが実にいい。

森 狙仙 1747-1821 樹下双鹿図屏風 天明8年(1788) 紙本着色二曲一隻  シカップル。松の下にいます。こちらを向くメス。ちょっと困り顔。それに対しオスはドヤ顔。なんかこのカップル、先がどうも思いやられるなあ。

森 狙仙 1747-1821 月下猿図 寛政10年(1798) 絹本着色一幅  ちょっと考え込むような猿。一人でジーッと…

司馬江漢 1747-1818 犬のいる風景図 寛政(1789-1801)末期 絹本油彩額装一面  洋風の背景に柴犬がいる。賢そうな犬。尻尾くるんにピンとした耳。いいねえ。

浦上玉堂 1745-1820 雨褪臙脂図 文化期(1804-1818)前半 紙本墨画淡彩一幅  難しいよなあ、他の人は知らんが、わたしには難しすぎる絵。軸の上下に花柄の更紗が使われているので、それでほっとする。

浦上玉堂 1745-1820 蓮峯雪花図 文化5-8年(1808-1811)頃 紙本墨画淡彩一幅 西谷コレクション  えーと、黒い山があるのだが、それがどう見てもどっかのおっさん風にしか見えしまへんのです。

渡辺崋山 1793-1941 佐藤一斎像画稿第三〜第七 文政4年(1821)頃 紙本墨画淡彩五幅 これ、最初に見たとき感銘を受けたな。少しずつずらした位置からの写生で、顔の構造そのものがよくわかった気がするのさ。面白かったし、崋山の<絵師の心>がシロートのわたしにもわかるような気がした。
そしてこの人の顔、片岡鶴太郎によく似てるね。

中林竹洞 1776-1853 山水図襖 文政期(1818-1830)末頃 紙本墨画四面  これはまた玉堂が大人しくなりました的な絵。竹洞は頴川美術館で見るようになって好きになったが、なんとなくこれはまた違う面白さがある。

中村芳中 ?-1819 白梅図 文化期(1804-1818)頃 紙本着色一幅 キノコにしか見えない梅が木についている。◯ ◯こんな感じなんだが、また枝振りが不思議で。変やーっとしか言えませんがな。面白いわ。

鈴木其一 1796-1858 桜町中納言図 天保期(1830-1844) 紙本着色一幅  茣蓙に座り楽しそうに桜の下にいます。 そういえばあれはなんだっけ、花見の席とり、一番下っ端やなくに一番偉いさんにさせるのがベストだというのがあったな。わたしもそう思うわ。

鈴木其一 1796-1858 芒野図屏風 天保(1830-1844)後期-嘉永期(1848-1854)紙本銀地墨画
二曲一隻  たいへんよかった。縹渺たる、とでもいうのかな。靄が出るのか、いちめんの芒の原に揺らぎもある。
こんな絵が見たかった。
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鍬形蕙斎 1764-1828 聖代奇勝(東都繁昌図巻) 享和3年(1803) 絹本着色一巻 西谷コレク
ション  これは特に好きな絵巻で、どれだけ見ても新発見がある。日本橋の雑魚場風景。引っ張りダコw 人も犬もわんわんあふれていて、画面から活気が満ち溢れている。
河豚に海老に鰹に鯛に巨大な鰈に…ああ、どれだけ魚あるねん。中には鮫かむ犬もいて、本当に賑やかなことこの上ない。
うーむ、素晴らしい。
両国の納涼もいい。見物の船もたくさん出ていて、露店もたくさん。巴形の花火に煙も。
お客はスイカを食べたり枇杷湯を飲んだり。楽しそうでいいなあ。

中村岳陵 1890-1969 青韻 昭和14-24年(1939-1949)頃 紙本着色一面 島コレクション  青竹に蝉が一匹とまる。たいへんいい色。岳陵はもともと綺麗な色を選ぶ人だが、この絵の佳さはやはりその色にあると思う。

中村岳陵 1890-1969 桃 昭和中期 紙本着色一面 島コレクション 緑色の布か紙の上にぽつんと一つ。なんだかとても美味しそう。

 近世〜近代の版画と版本

菱川師宣 ?-1694 よしはらの躰 揚屋大寄 延宝(1673-1681)後期−天和(1681-1684)頃 横大判墨摺絵  ロングでその情景を捉える。わいわいと賑やか。みんな八の字眉の人ばかり。何か困りごとでもあるんかいな。彩色なし。

鳥居清倍 二代目市川団十郎の虎退治 正徳3年(1713) 大々判丹絵  虎の爪が可愛い!!

鈴木春信 1725?-1770 鞠と男女 明和4年(1767)頃 中判錦絵  塀を挟んで二人見つめ合う。このときめき感がいいよな。

司馬江漢 1747-1818 Serhentine 天明5年(1785)頃 銅版筆彩  どこか外国の風景。犬があちこいる。松にベンチ、犬とくつろぐ人々と釣りの人。公園の一隅なのかも。

喜多川歌麿 ?-1806 『潮干のつと』 寛政元年(1789) 彩色摺絵入狂歌本一冊 ラヴィッツコレクション  これは好きなもので、いい摺物だといつも感心している。

鳥文斎栄之 1756-1829 吉野丸舟遊び 寛政(1789-1801)前期頃 大判錦絵五枚続
 舟遊びの女たち。音曲、春駒などなど。島台には花ショウブとごちそうも。
寄ってきた小舟には三味線弾きの女、猿回しの若い男、舳にはその猿。芸人の舟。こうした形態での芸の商売はもう絵の中でしか見ない。

有名どころの浮世絵や新版画を続けて眺める。

特に好きなものというのはやはりわたしの場合、抒情性が高いものということになる。
そういう意味で抽象表現も現代アートもニガテなのだ。抒情性・文芸性の低いものにはどうしても関心が持てない。世間的にすぐれた作品であったとしても。
旧い作品にはどこかしら抒情的なものが見受けられる。だから好きだということもある。
では古いものならなんでもよいかというと、そうでもない。
たとえば泰西名画の静物画には関心が湧かないのはそこかもしれない。
西洋の静物画にはメメント・モリの思想が含まれている。滅ぶのを静かに眺める眼がそこにある。
しかし東洋の作品には滅ぶことは分かっているが、だからこそ楽しもうという、ある種の明るい諦念・ピカッと光るヤケクソさがあり、そこがたいへん好ましい。

歌川広重 1797-1858 東海道五拾三次之内蒲原 夜之雪 天保3-4年(1832-33) 寒そうな全体の様子がたまらなくいい一枚。
たぶん様々な「寒さ」を描いた絵の中でもベストだと思う。

渓斎英泉 1791-1848 浮世風俗美女競 幻(幼)真臨鏡現 生滅帯花知 文政6-7年(1823-1824)頃  「仙女香」の宣伝も兼ねてる。この頃の女たちの婀娜さがたまらない。

歌川国芳 1797-1861 相馬の古内裏 天保(1830-1844)後期  巨大骸骨のリアリズムな表現と眼窩の影の錯覚(笑ってるように見える)、これがまたいいのだよな。瀧夜叉姫はかっこいいし。

月岡芳年 1839-1892 松竹梅湯島掛額 明治18年(1885) 八百屋お七がハシゴに上るところ。実はこれ、1990年頃に消防庁が防火ポスターにしたことがあるのだ。
そのポスターを能登のさる旅館で見かけて、番頭さんに頼んでいただいたのです。
今もその番頭さんの姿を忘れないようにしている。

井上安治 1864-1889 富士見渡シ之景 明治14年(1881)  あさぼらけの様子。
井上安治 1864-1889 銀座商店夜景 明治15年(1882)  缶詰屋さん。
・・・師匠ほど、とは言わないがせめてもう少し長生きしてたらなあ。

橋口五葉 1881-1921 浴場の女 大正4年(1915) 木版多色摺
橋口五葉 1881-1921 髪梳ける女 大正9年(1920) 木版多色摺
どちらもたまらなく好き。そしてこの二枚を見ると、必ず思い出すのが福富太郎所蔵の五葉の春画スケッチ。

伊東深水 1898-1972 対鏡 大正5年(1916) 木版多色摺
伊東深水 1898-1972 浴後 大正6年(1917)1月 木版多色摺
この二枚を最初に見たのは90年頃の京都文化博物館での平木浮世絵財団の名品展やdo!familyのコレクション。
さすが千葉市美術館は「日本の版画」の御大家だけに新版画のいいのを持ってはるのです。

竹久夢二 1884-1934 港屋絵草紙店 大正3年(1914) 木版多色摺  正直なところ夢二は弥生美術館で堪能しているからよそで見なくても、という意識があるのだが、今回ここにあるのを眺めていて、これまで気づかなかったことが二つ三つ。
そういうのがあるから、展覧会に行くのをやめられないし、飽きが来ないのだよな。

竹久夢二 1884-1934 宝船 大正9年(1920) 木版多色摺  たとえばこの絵も船の帆に鎌と碗の絵があり、「かまわん」だと今回初めて気づいた。
あれだけ何度も見ててこれである。だからこそ、いつものところでないところで見ることに価値がある。

山本 鼎 1882-1946 漁夫 明治37年(1904) 木版多色摺 この絵も教科書に載っているそうなが、おっちゃんの背中がいいですなあ。

恩地孝四郎 1891-1955 土岐善麿像 昭和5-14年(1930-1939)頃  ああ、なんかこういう顔の方なのか、という思いがわく。
昭和30年代だったか、土岐さんを団長にして文学者たちが中国へ交流しに行ったそうだ。
そのとき戸板康二が不器用な手で林檎を剥いたら、スゴイことになって、みんな固まった時に、土岐さんが一言「戸板くんは芸術家だなあ」、これでみんな大爆笑したそうな。

恩地孝四郎 1891-1955 『氷島』の著者萩原朔太郎像 昭和18年(1943)  厳しいお顔です。

 千葉市を中心とした房総ゆかりの作品
鈴木鵞湖 1816-1870 西園雅集図 安政5年(1858) 紙本墨画淡彩一幅 わいわいがやがやと声が聞こえてきそう。

石井林響 1884-1930 王者の瑞 大正7年(1918) 麻本着色二曲一双  麒麟と高士がいる。爪の長いじいさん。青の水玉が浮く麒麟。炎のような鬣を持っている。これを見て「孔子暗黒伝」を思い出した。孔子も顔回も中国人だからキリンは瑞獣だと喜んだが、ヤマトではキリンはシシ神として災いを運ぶ獣だった。
こうしたところにもちょっとしたショックがある。

跡見 泰 1884-1953 蛸壺 昭和26年(1951) 油彩  ロングで捉えられたショットで、どうも須田国太郎の世界に似ているような気がする。

石井光楓 1892-1975 ブロンジ村の秋 昭和5年(1930)頃 油彩 スーチンのような激しさがあるなあ。

多々羅義雄 1894-1968 房州布良ヲ写ス 大正11年(1922)頃 油彩   真昼。女が井戸のそばで髪を洗う。日差しのよい時間帯。この構図、やたらと覗きがあるような気がしてならない。

椿 貞雄 1896-1957 冬瓜葡萄図 昭和20-32年(1945-1957)頃 油彩  大きさの違いが面白い効果を上げている。

横尾芳月 1897-1990 線香花火 大正15年(1926) 紙本着色二曲一隻  ああ、こういう美人画が本当に好きだ。女二人が室内でまったりしている。香炉に線香花火を立ててチリリリリリ…と光るのを見ている。多少の頽廃がそこにあり、それがたまらなく魅力的。

田中一村 1908-1977 椿図屏風 昭和6年(1931) 絹本金地着色二曲一双  金地に黒枝とそこに赤い椿とちりつばきが。白梅も少しある。
しかしどう見ても安寧とはほど遠い、

浜口陽三 1909-2000 19と1つのさくらんぼ 昭和40年(1965) カラーメゾチント  やっぱりいいね。

深沢幸雄 1924 年生 骨疾E 昭和30年(1955) エッチング  
深沢幸雄 1924 年生 骨疾E 昭和30年(1955) エッチング
これは去年の新収蔵品展で見たと思う、深澤の仕事はどれもみんな好き。

 現代美術
勅使河原蒼風 1900-1979 無 1968年(昭和43) 紙本墨書六曲一隻 力強っ
この人が棟方志功の「湧然する女者たちたち」を「ニョモノタチタチ」とし、その力強い読み方を推奨したとか。

瀧口修造 1903-1979 私の画帖から 1960年(昭和35)頃 水彩・ペン あああ、わからない。

「わかろうとする」努力が足りないわけですけど、やっぱりだめ。
この美術館には本当に最初に行った日からこっち、ずっと楽しませてもらっている。
これからもよろしくお願いします。

「わたしの好きなシロカネ・アート」

松岡美術館が「わたしの好きなシロカネ・アート」として名品を並べていた。
イメージ (33)

いつも様々な分野の名品を見せてくれているが、今回は何か数字がついている。
なんだろうと見たら、人気投票の結果が書いてある。
一位は当然というか、やっぱりジャコメッティの「猫の給仕」だった。
そうでしょうなあ、わたしもやっぱりこの猫大好き。
イメージ (3)

あんまり数字に関心がないので重くも思わず目を動かすと、ヘンリー・ムーア(ムア表記だけど、わたしはムーアというのが好きなの)の可愛い馬と目があった。
そちらへゆくと「二位」のプレートがついている。
まあ、確かにわかるわ。

そして古代ローマ彫刻のかっこいいのを見やる。いつもにやにやしながら見ているのだが、それが止まった。
随分な順位が書かれていた。
そんな順位みたいなもん、ベスト20までにすべきでしょう。いい作品が貶められてる感じがするなあ。

古代オリエント美術
彩色木棺がある。プトレマイオス朝の鮮やかな色彩の入った棺。なにげに見たら「三位」とある。
まぁわかる気はするね。わたしのように敬して遠のく人ばかりではないものね。

ギリシャの黒いオイノコエも好きなのだが、ここのはわりとまともな絵柄である。わたしを喜ばせるギリシャ的恋愛を描いた絵ではない。
と思いながら見ると「280位」とある。
おいおい・・・
しかしそれはまだマシな順位だったのだ。

古代東洋彫刻
実はわたしがガンダーラ仏が好きになったのはここのおかげ。昔の内幸町時代、混雑した展示室の中に素敵な横顔を見せる菩薩像にどきどきしたもんです。
今はこの明るい展示室でお仲間と共に素敵な姿をあらわにしてくれてはります。

ああ、ええおとこ、古代日本語風にいうたら「あな、えおとこ」。菩薩の横顔にときめく。
完全な西洋でもなく東洋でもないその顔にこそ、惹かれるわけです。しかもこの肉の確かさ。
煩悩と妄想の塊のわたし・・・

「インドのイム」たちがたくさんいてはる。中でもお釈迦様の生涯を記したものが好きだ。物語として面白いし、その表現や装飾がいい。

踊るクリシュナ、シヴァとパールヴァティ、ラクシュミーなどなどヒンズーの神々。

クメール彫刻もいい。ロックフェラーコレクションを見てから本格的に好きになった。
ここと東博でなら数は少ないとはいえクメール仏を堪能できる。

二階に上がる。
イメージ (34)

あなたが選ぶ松岡コレクション「日本の美」
やきものが並ぶ、大好きな空間。
・・・なのだが、目を疑う
古九谷、鍋島、柿右衛門、古伊万里などの素晴らしいやきものに信じ難いようなイヤなプレートがついていた。
125,179,260,348,427,550,648・・・・・・・
全部「人気投票」の順位。
そんなもん、必要なのか。
もぉ本当にじゃま。
見ないでいようとしても目にはいる。
わたしなんか凡人だから、数字に踊らされるぞ。
好きなものでももぉアウトな感じがするがな!!!
がっかりした。
本当にベスト20位までにすべきですな、表記出すのは。
貶められている気がする。
作品は声が出せないのだから、ファンであるわたしが言う。

今回初めて見て気に入ったのは三つ。
色絵唐子犬追図鉢 枝もって追いかける子供。
色絵舟遊女像 薩摩焼で立兵庫に鯉の図柄の帯を締めている。ただ、舟遊女つまり舟まんじゅうだよな、こんなええべべ着てるかぁ。うーんうーん・・・

日本画をみる。
もぉ本当に順位やめろ。そんなことを思いながらみる。

梶原緋佐子 白川路 1979 白川女。稲穂を持つ美人

山口蓬春 山湖 1947 ほのぼの。

鏑木清方 春の海 1919 波打ち際、貝を拾う娘。

特に好ましく思った三枚。

池田蕉園・輝方の競作もある。
桜舟、紅葉狩。まったりして幻想的な愛らしさのある蕉園。琵琶を弾く女、若衆のいる舟。彼の着物の柄はタンポポとスミレ。
秋の散策では若衆と奴がいる。女たちがじっと彼を見る。

最後に松岡清次郎の愛蔵品などを展示している。
「語松」という名で義太夫もしていたそうだ。
写真では「庵室」を語るところが写る。

いいものを見せてくれるのはありがたいが、やはり順位付けはよけいなものだ。
5/17まで。
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