美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

「古伊万里」と「明治有田  超絶の美」

戸栗美術館で「古伊万里」のいいのを見た。
先月東京STギャラリーで古伊万里展を開催して、それで吉田屋のいいのを見たのがまだ記憶に新しい。
こちらも時系列の並びで並べられていた。

非常に複雑な構成の◇皿があった。
縁周り、その裏、そして見込みの片身替り、と四種以上の異なる文様がこのひし形の空間におさめられているのだ。
親和性があるのかどうかはわからないが、このにぎやかな様子で350年以上生きてきたのだ。それがかっこいい。

古九谷様式の伊万里を次々に見てゆく。

色絵花鳥文輪花台皿 これが腹を見せる三羽の鳥を描いているが、目つきの鋭さが面白い。

渦文は@@@だし、石畳文は60年代―70年代初頭のサイケというやつかね。

ここのキャラにもなっている竹虎まで出てきた。
ありがたい手引きもある。
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次に伊万里焼と区分されているものをみる。
色絵牡丹文瓶 どう見ても怪獣である。首部分の鋸歯、その上の二つの◎。ああ、怪獣・・・

染付魚型皿 6皿ある。ウオゼか、丸々した魚が6枚。これをみていると佐野洋子「おれはねこだぜ」のサバたちを思い出す。
サバが丸々しているのではない。
サバ好きな猫にサバたちが「きみは さばを 食っただろう」としつこく静かに追いかけてくる話。
そのサバの仲間のようなツラツキをしていた。
/
再興九谷として吉田屋窯の作品が出ていた。
色絵椿丸文角皿  これは可愛い。青い椿なのだ。わたしは青い椿に格別な思い入れがあるのでどきどきした。

それにしても吉田屋の作品はみんなとても濃厚である。

柿右衛門様式の椿も可愛かった。

青磁鳥文の鷺の様子も面白い。

いいものを見せてもらった。9/23で終了澄み。

こちらは横浜そごうの「明治有田」である。
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見るからに華やかそうである。
胴の辺りの意匠はアラベスクのようにも見える。

明治の有田は隙間を怖がるかのように空間を埋め尽くしている。
これはやはり和ではなく外国へ輸出されるためのものだということを実感する。

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今回の展覧会では香蘭社や深川製陶の詳しい歴史などを知ることが出来てよかった。
東インド会社の昔から海外向けのやきものがニガテなわたしではあるが、そのボリューム感に圧倒された。

梨本宮妃の伊都子さんが後の李王家に嫁がれることになる方子さんを産んだときに、鍋島の実家から贈られた洋食器類もよかった。これはもう好悪を超えて素晴らしい、としかいいようがない。

明治の殖産ということを考えると、やはりこうした意匠や形をほどこして世に送らねばならなかったのだ。
それに懸命に従事したことの意義深さを思う。

最後に一つ可愛いものについて。
二匹のわんこの置物があった。もつれあっていて可愛らしい。
絵ハガキがなくて残念。

とても濃いものをみた。10/4まで。
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躍動と回帰 桃山の美術

やきものを中心とした展覧会を三件ばかり楽しんだ。
時代順に
出光美術館「躍動と回帰 桃山の美術」
戸栗美術館「古伊万里」
横浜そごう「明治の有田焼 超絶の美 万国博覧会の時代」
この三件を同一期間に見たことである種の感慨がわいている。
時代の流れ(または違い)により、美意識が変遷する過程を目の当たりにしたと思う。
種類が違い、産地が違い、技法が違い、存在意義が違っても、それを愛するのは斉しくヒトだという点で、この三件を列べて感想を挙げるのは、そうおかしいことではないと考えている。

出光美術館は館蔵品を並べている。
ただ、その並べ方というものが非常に魅力的なのだ。
何度も見た作品を「またか」と思わせることなく、この作品のこんな顔、知らないでしょうというアプローチをかけてくる。
一つだけでない見方を提唱され、そこに溺れる。
これは所蔵する作品群が豊かでなければ出来ないことだ。

古美術品として伝世されてきたものはヒトの眼により見られ尽くし、味わい尽くされてきている。それでダメになるものもあるが、人の羨望・愛着・執意により、逆に耀きを弥増すものもある。
そうして大事にされて数百年を生きるのだ。
少しのひびが入ればそれを愛でられ、ひびから壊れが始まっても金などで継がれたり、全く別なものを継がれたりしつつ、それでも本質は変わらず、人々から深い寵愛を受ける。
粉々に砕けたものなどはその破片を新しく焼成されたやきものに鏤められ、再来としてまた愛されもするのだ。

そんな手合いを一堂に集めて、ヒトビトにみせる。
ヒトビトはまた繰り返しその姿に魅了される。
名品の価値とはどこまで愛されるかにより違いを見せるが、一度定まった評価が後世にも伝わった場合、後の世のヒトビトもまた、その名品の美に魅せられ、仕えることをいとわなくなるのだ。
その値打ちの定まった名品を、更に楽しませる方法。
そこに美術館は心を砕く。
今回、出光美術館と戸栗美術館とはその点において苦心されたと思う。
特に出光美術館では新たな面白味を味わえる設えとなっていた。

・出光美術館「躍動と回帰 桃山の美術」
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基本的に素知らぬ顔をしながらその前に立つ。一つ一つを見つめていると、そのことばかりを思うのでわからなくなることがある。
今回、思いがけない「変換」があった。
見始めてすぐに、隣に立つ老婦人がわたしを知人と間違えて、話しかけてこられたのだ。
「ねえ、並び方が素晴らしいわね」
言われてそのコーナー全体を改めて見た。狭くしか見ていなかったわたしはそのことに気付いていなかった。
「そうですね、確かに」
応えたわたしの声で人間違いだと気づき、謝ってこられたが、和やかな喜びが互いに湧き出していた。

結局その言葉でわたしは今回の展覧会の列びの妙に感銘を受け、それを踏まえながら改めて作品に対したのだ。

1.「うしろ向き」の創造―歪み・割れ・平らかさ
かぶいている、と思った。
遊び心がこのような作品を生み出し、それを喜ぶ人々により、いよいよ美しくなる。
伊賀の花生の歪み方はもう本当に酷い。
わたしに言わせれば、ボディブローを喰らったので腹を押さえる内に固まりました、な器。
しかしながら、それが茶人たちの感性をくすぐり、歪みあればこその美という価値観が生まれてくる。
黒織部のひょうげた形にも同じことが言える。
陶器だからこその面白さを堪能する時代。

これを見ながらわたしは司馬遼太郎の短編「割って、城を」を思い出した。
茶人の老人がわざわざ完全な形で生まれた茶碗を割り、改めて継ぐ。
その行為を老人の孫である美青年は批判する。かれはその器を持ってきた侍と恋に落ちるのだが、司馬さんはここで青年の性癖(=歪み)が逆に全きものを望み、憧れるのではないか、と侍にひとりごちさせるのだ。

屏風を見る。
竹林図屏風 金地に竹が力強く活きている。きっとこの地は竹の根が張り、強いに違いないと思う。

竹鶴図屏風 等伯 静かな鶴たち。うずくまる姿は銘菓を思い出し、立つ姿はいい形。

竹虎図屏風 等伯 ああ、久しぶりのデヘヘの虎ちゃん。牙も円いのがご愛嬌である。

鶴に虎、この屏風を共に見るのは2011年以来かと思う。
当時のチラシ。zen017.jpg

感想はこちら

2. なつかしくて、身近なもの ―草花・樹木と動物たち
賞翫したくなるものばかりが集まっている。
仏教と神道とそしてそれらが入り込む以前からの自然崇拝とが日本人の、いやもっと広く言えば東アジア人のDNAに刻み込まれていると思う。
そうでなければ何故こんなにも数多くの可愛らしい花鳥やどうぶつたちの文様や造形が生まれるはずがない。
かれらへの愛情をかたちにせずにはいられなかったに違いない。
尤も愛情だけでなく畏怖の念や供養の想いも含まれていると思うが。

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うさぎさん、草花、そして千鳥。
チラシとは角度の違う千鳥。
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ほのぼのとした佳い心持になるのは、作品そのものの良さだけでなく、やはり「並び方」つまり「見せ方」の工夫が大きいからだ。
今回個々の感想を殆ど書かないのは、「全体」を楽しませてもらったからだと思う。

3.瞬間と永遠の発見 土の動き・釉ながれ
こちらでは少しばかり作品を観て思ったことなどを。

南宋の禾目天目と珠光青磁茶碗とがある。どちらも綺麗だが、IIIと◎とまるで違うので、見る目がまっすぐになったり丸まったりする。それがまた面白くもある。

猿投短頸壺 奈良時代のだが、この釉流れを見ていて、つい先日みた小林一三の茶道具を思い出した。
何番目かの息子さんがシカゴ土産にとスェーデン製のやきものを贈る。その釉流れしたちいさな瓶とよく似ている。

朝鮮唐津耳付水指 踊ってるようなポーズにしかみえない。どうやらこれはあれだ、付喪神とかそんなクチかもしれないな。

4.「あべこべ」の表現 流派の領分とその越境
屏風が二点。
南蛮屏風と扇面貼交屏風。虎か猫かわからんのがいたり、艀をみたりと、絵の中の南蛮人の珍しい様にときめいたり、豪奢な頽廃を思ったり。

5.生のうつわ、水のうつわ 桃山茶陶、その「生気」の系譜
この章がいちばん「桃山」の本質を衝いているのかもしれない。

「不識」の壺があった。
いちばんよく作られた鎌倉のと、その形の赤樂の水指と。
黙ってじっとかんがえてしまった。考えることもないのに。

釉薬も焼成されることで思いがけない変化を見せもするが、焦げキャラメル色になった信楽の筒茶碗は美味しそうだった。

6.「いま」をとらえるための過去の視点 風俗画の隆盛
祇園祭礼図と洛中洛外図とをみた。
前者は狩野派の作で最古のものだという。ヒトも鉾も大きめに描かれている。
洛外の伏見城、東寺、三十三間堂などから始まるが、その下の民家や商家などもなかなか大きく描かれている。
雲は形無しの金雲。大堰川も描かれていた。

特集 南蛮蒔絵
実は一番ニガテなのがこの桃山時代の南蛮蒔絵。平安、江戸から明治の蒔絵や螺鈿は大好きなのになあ。
このびっしり感がニガテなのかもしれない。

ただ、洋櫃をみていると、中に南蛮渡りの様々な土産物や不思議な「光景」が収められているのでは、という期待が常にあるのも確かだった。

出光美術館「日本の美・発見」シリーズはいつもとても新鮮な喜びを与えてくれる。
10/12まで。

四季礼賛 夕べの彩り、夜のしじま

野間記念館の秋季展に行った。
永青文庫の春画展でノボセたアタマを優しくクールダウンさせてもらった。
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     ああ、綺麗な花火やなあ。

今回のタイトルは「四季礼賛 夕べの彩り、夜のしじま」である。
四季を描いた日本画の中から、夕さりの頃より深夜あたりを描いた絵が集まっている。
この「四季礼賛」シリーズはいつもいい。

秀峰の蛍、大観の霊峰、玉堂の鵜飼から始まり、夜桜、月明、夜梅などをテーマにした作品が多く出ていた。
中でもとくに好きなものを挙げてゆく。
何度見てもいいものばかり。

荒木十畝 黄昏  紫苑が咲き乱れる月下、白ネコがそーっと抜けてくる。
何度見てもいい絵。どこか幻想的なのは色の取り合わせだろうか。

荒木十畝 残照 薄紅の山茶花も実の爆ぜたざくろも掌に触感が生まれてくるようだ。

山村耕花 江南七趣「九江夕照」 ジャンクが照り映える。青い大きな山と赤い夕陽と。

山村耕花 江南七趣「秦淮の夕」 楽しい夜の水都。巷のランタン。小舟は料理屋にもなる。マージャンをしたり胡弓を弾くのを聴いたり。
わたしはこの絵を見る度に渡邊はま子「夜来香」の歌声が流れだすのを感じる。

物語絵をみる。
結城素明 伊勢物語 男が女をおぶって逃げて追っ手から隠れる葦野。秋の夜の野原の露。

長野草風 博雅三位 「陰陽師」で世間の人気者になった博雅。彼は音曲の天才だったというが、演奏するだけでなく、良い音色を愉しむ人であり、ここでもしゃがみながら何かの音色を静かに楽しんでいる。

清方 金色夜叉の宮  頭頂に左右にお団子を丸めた髪型の宮が、ランプの前で物思い。

講談社の雑誌の口絵のために描かれた様々な「夜」の絵をみる。
蓬春 多摩御陵図 ロングで捉える。篝火が焚かれている。大正天皇の御陵である。この年2月に大葬がおこなわれた。

伊藤小坡 嵯峨野の月 小督を見つけるところ。数か月前、小督庵の前を通ったが、八百年の歳月は長すぎた。

鴨下晁湖 海上の月 遣唐使らしき人が船上に佇む。武官もそばにいる。
漢詩が口をついて出るだろう。月を褒めるか、望郷をうたうか。

映丘 五条橋 大和絵の遮那王と弁慶。きれい。

中村岳陵 日本武尊 まだオウスノミコである。熊襲征伐のために女装し、そっと熊襲兄弟の寝室を伺っている。室内には林檎がみえた。

須藤重 月姫 この絵をここで見るのは初めて。弥生美術館で見る方が多い。
月の美しさと夜の魅力と姫の艶やかさに惹かれる。
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加藤まさを 夜の調 樹に凭れてギターを爪弾く少女。草履をぬいで。どこかせつないような物憂いような表情が好きだ。

村上三千穂 羽子板を売る店 二人の少女が飾り羽子板を抱いてにこにこ。歌舞伎役者の押絵などが嵌め込まれた綺麗な羽子板。

志村立美 花火 大人の女。指には黒い指輪が光る。顔をそむけているところに色気がある。

晁湖 宵の浅草 既に十二階はなくなったが、それでも浅草が一大歓楽地だった戦前のある夜。池の向こうにネオンぎらぎらの大勝館などの活動写真館が立ち並び、モガたちがそれを楽しそうに見ている。

小林秀恒 川開きの宵 1936年の両国川開きの宵、花火の打ち上がるのを眺める島田美人とオカッパ少女。

この年のこの日が舞台の小説がある。横溝正史「夜光虫」である。金田一は出ない話。
高階良子が1973年に「血まみれ観音」としてマンガ化してもいる。
花火を観ようと小舟を出した人々の前に突然現れる美少年。その肩には気味悪く嗤う人面瘡が浮かび上がり…
原作は情緒纏綿な文章が綴られもしているが、話の展開そのものは高階良子の方がかなり面白く出来ていた。

専太郎 夕涼み 庭のツクバイに手をかける女。緑の濃い中で。いい女。

富田千秋 夏虫行灯 これはまた物語性の濃い絵。ずっと奥に町の灯り。その建物の影はビルのよう。
しかし手前にいる女は旧幕時代の人のようで乱れ箱を持って佇んでいる。その背後、少し離れた木の陰に男が隠れているが、そちらは侍の影をみせる。
二人と建物とはなにやら相入れない。

深水 灯ともし頃 大島田の女。浴衣がすゞやか。

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次は色紙から。
十二ヶ月のうちから「夕べの彩り、夜のしじま」にふさわしい夕から夜中までの絵が集まっている。

円山公園の枝垂櫻、梅花に朧月、鴨川おどり。
蛍狩り、蚊帳、虫売り、七夕、夕涼み、花火。
お月見、重陽、萩、雁。
みみずく、追儺、炬燵、吹雪。
四季折々の宵の楽しさ、夜景の美しさを堪能した。

中で面白かったのは笠松紫浪「講談社夜勤之図」。
あの素敵なビルヂングに灯りがともり、ぼーっと発光していた。

本当にここはいつ来ても・何を見ても気持ちよくなるばかり。
ああ、楽しかった。
日本画はやはりいいなあ。

「邸宅美術館の夢 Baron住友春翠」  住友家の須磨別邸で

泉屋博古館の本館で、春翠住友吉左衛門友純が須磨別邸に内外の美術品を数多蒐収した、その再現を執り行っている。
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住友家の建造物は外部発注ではない。住友臨時営繕部が樹てられ、野口孫市らの活躍で名作が生み出された。
惜しむらくは先の大戦で焼失したものもあり、また一般公開をしないものもあり、なかなか全貌を臨むわけにはいかない。

「鰻谷本邸」から家族を連れて、須磨に15000坪ばかりの購入した土地に建てられた洋館に住んだ。
館は家族を住まわすだけでなく、迎賓館の役割も担っていた。

今回の展覧会は往時を偲び、生き残った絵画や工芸品を並べ、須磨別邸の古写真や模型から春翠の夢を喜びを想像し味わおうとする、素敵な企画なのだった。

まず、精巧な模型の紹介をしたい。




植物園、温室などもある。


光が入ったが、須磨の松原である。
こちらは須磨海岸からの眺め。


案内図


園遊会も。






温室




ミニチュアの楽しみ。






正面マップ






光が入りすぎ、幻の城みたいになった。
































こちらは邸宅の古写真




模型のすばらしさにコーフンしすぎてしまった。
この邸宅は迎賓館の機能も持っていると前述したとおり、多くのお客さんを迎えている。
モネやローランスの絵はフランスから直接来ている。

それだけでなく春翠は日本人画家をたくさん支援している。
浅井忠、鹿子木孟朗、藤島武二、山下新太郎らの絵が邸宅の壁面を彩ったのだ。
今、彼らの絵を見ているとわたしも須磨別邸におよばれして絵を見せてもらっている気になるのだ。
ただの錯覚であっても楽しい時間なのは間違いない。

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器も洋食器が並ぶ。ロイヤルウースター、ミントンなどだが、いずれも面白いことに「西洋人が夢見るオリエンタルな柄」というべき共通点を見せる。
それはこの洋館にそぐうものだと思う。

山岸凉子に「ドリーム」という傑作がある。
地方のある旧家に遊びに行った少女の視点から物語が進むが、その旧家は素晴らしい明治の洋館で、その中には古い日本や東洋の家具などが置かれているのだ。
明治初期に日本に来た外国人が東洋趣味の熱に浮かされて買い集めた品々に囲まれた邸宅・・・そんな趣があった。
わたしは小学生のときにそれを読み、今に至るまで折々読み返しているが、西洋館に東洋趣味の家具や小物という取り合わせには、今も憧れ続けている。

歴史画の大家ローランスの「ルターとその弟子」の複製品がある。本物は3Mもの長さがあったそうだが、この須磨別邸の焼失により運命を共にした。
この絵の依頼に鹿子木が当たったことで彼はローランスの弟子になれたそうだ。

鹿子木はフランスアカデミックの正当な教育を受けてそうした絵をよく描いた。
二十年ほど前に京都国立近代美術館で回顧展が開催されたとき、その端正さに惹かれた。

明るい戯画がある。
大根にネズミ図 春翠が二股大根を描くと、それを足に見立てて鹿子木のネズミがスネをかじるのだ。
なかなかたくましいドブネズミである。
こういう絵があるほど二人は親密でもあった。

春翠は大阪で開催された第五回内国勧業博覧会にも深い関わりをもった。
その時に出品されたやきものなどを購入している。
清風与平、伊東陶山、宮川香山らの艶やかなやきものたち。そして名古屋の安藤七宝。
華麗な世界が広がっていた。

一方、文人への憧れもまた春翠に活きている。

20世紀初頭、住友家の支援を受けた画家たちのうち、南画家・村田香谷は面白い絵巻を拵えた。
文房花果図巻 春翠の所蔵する文房具や器類に、花や果実や野菜を載せたり添えたりしたのを描いている。いちご、仏手柑、ざくろ、柿などなど。瑞果と呼ばれるもの以外もどんどん。

この絵に描かれた器物の現物が並ぶ。
主に清朝の玉製品や七宝類、そして殷周の頃の青銅器などである。
青銅器は膨大な数のコレクションが別棟に立派な展示室を持っている。
明治から戦中にかけて関西の数奇者たちは中国の文物への愛好に溺れ、それで今でも関西の古美術コレクターは多くの青銅器を有し、美術館・博物館に青銅器の名品から宋代以降清朝、中華民国までの書画の名品が多く所蔵されているのだ。
春翠は特にその道に深い愛着を示している。

1902年、山中商会の山中吉郎兵衛、藤田傳三郎、村山龍平、白鶴の嘉納治兵衛らが集まり「十八会」を結成して、楽しく月の集いに出かけていた。
持ち回りのその会が鰻谷の住友本邸で開催されたとき、当時38歳の春翠は青銅器18点、青銅鏡13面を出して、出席者たちを驚かせたそうだ。
名だたる連中の衝撃やいかに。
そのことを思うとなかなか楽しい。

好ましく思ったガラスの器がある。木瓜型で満月と小鳥と南天などを彫ったガラス。これは花盛器だそうだ。明治から大正のガラス工芸。

戦災で失われたものは二度と帰らず、この地を手放した住友。
しかしその跡地は須磨海浜公園になり、多くの海獣と魚類を保護し、水族園として長く働いている。
わたしも小1以来行ってないが、久しぶりに須磨に行き、住友春翠の栄華の名残りを偲びたいと思った。

「SHUNGA 春画展 前期」 肉筆画

「SHUNGA春画」展、初日に出かけた。
それから日々が過ぎ、ようやく感想を書けそうな気がしている。
みごとな紹介レビューを書かれる方、この展覧会の価値をよく知る方、そうした先達のブログを読ませてもらい、どこまで踏み込んでいいものか悩んでいたわたしの指標もはっきりした。
今回、いつも以上に長い前書きを挙げる。
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生命大躍進

科学博物館で地球上の生命体の栄枯盛衰をみた。
最終的に脊椎動物が勝ったらしい。

アンモナイト♪

大理石に埋まってるのを見つけるのが好きだ。


カタツムリの集会に見えた。
前に広島の気象台の庭でこんなのを見たのだ。

魚拓やん、これわw w


燻製なら良かったのにねぇ。
いや、それなら食べ尽くされるわな。


恐竜のホネ。

ハッケヨーイ




複製品でもいい。
昔、この紛失の物語にすごく心惹かれたものです。
一体なにがあってそんな、と妄想が拡がるわ。

なかなか面白かった。
映像も良かったしね。
地球と生命の時代の流れ。
今はヒトが制圧してるが、それが最終段階ではないかも。

九月の東博で見たもの

いつもそうだけど、好きなもの、素敵なものを撮影するのをある程度許してくれはる東博に感謝してます。


色が好ましくてね。影青。
こちらは葉っぱが可愛い。


朝鮮の竜の可愛いまつ毛。


華角貼りの尺。大好き。





獅子のファミリー。
いつもママの子育てたいへん。
たまにはパパも子供らをみてね。

こちらはじいちゃんと虎。気持ちよくお休み中。

ちょっと南伸坊に似た虎やな。

ここからは俑。
安田靫彦はそれらをモデルに古代中国の人物や歴史を描いた。

 


こちらは小林古径








こちらは山口蓬春。








最後に江戸時代の唐美人。

駒井源キ。


直接の関連はないやろけど、なんとなく。

「コブラ」のギルドとか西部劇とか。


エジプトの魚。

アジアに広がる神話では、鳥は死・魚は生の象徴。エジプトではどうなのだろう。

猫神様


少年ホルス。髪型が少年なの。


テラコッタのオモロイ顔たち。


オモロイ顔には魔除けの力があります。

こっちは美男揃い




わたしの大好きな吉田博「精華」。
何年ぶりかな。


紫虹「熱国の巻」










いい絵巻。オレンジ色がきらきら。

ああ十五夜にふさわしいな。
スーパームーン。
群雲は羊の群か、月見団子か。


因みに関西風月見団子は群雲つき。
あんを雲に見立て。

浅間山


花魁とかむろ。仲良し。


わんこたち

幕末、新興大和絵。







春日明神の霊験譚。

今回もいいのを見せてもらいました。

鉄道遺構の再発見

LIXIL ギャラリーで鉄道遺産を見た。大阪で見そこねて東京で見た。
撮影可能だそうで、好きなものを随意に撮った。



こうした細部や構成部に惹かれる。

いわゆる「犬釘」ニッパー君に似た横顔。


パネル。


映像が流れているので、その音が臨場感を招ぶ。



タウシュベツの橋。

十年前のINAXギャラリー時代に「水辺の土木」展で初めて知った魅力的な橋。

明治の昔からの開拓の歴史を目の当たりにする。


足尾鉱山の場所名。


安彦さんの「王道の狗」を思い出しますな。

これはどこのだったかな。

京都の蹴上付近にもあるよ。


実は未完成らしいが、この配列の美しさにしびれたよ…! 


めがね橋の構造。

「肥後の石工」という児童文学もあります。

碓氷峠

「母さん 僕のあの帽子 どうしたでせうね ええ 夏 碓氷から霧積にかけて」ううう、泣くよなあ。

こちらは山梨。定温管理がきくからとワインセラーになったとか。

すごい人気やそうで、空きの来る日はなかなか。

カッコいい写真やな。


軽便鉄道の模型

イーハトーブを行くのだね。

あんまり田舎に行くとウックツするのだが、たまにこんなところにも行きたい気にはなる。


昔の映像。

旅に出たくなった。

今回みた建物。

今回のハイカイで見た近代建築色々。

浅草橋の交差点近くの薬局。


薬玉か置薬かそれが問題だ…
チガウ→

目黒川。

橋の装飾

目黒区総合庁舎を見に行く。

村野藤吾の名作の一つ。

こっちから行くと、警備員から「この裏の方がずっとよいですよ」と教わった。


しんどい坂を行くと、いい眺めが開きましたわ。




庭の曼珠沙華、赤。


山種美術館と國學院の間にある塙保己一史料館。昭和2年


平日のみ開館。


中を見る。


裏へ行く。




次は平日にいきます。

永青文庫の一隅。




ドアもいい。

おまけ。
都電荒川線東池袋四丁目。


レトロ車輌


今度はあれに乗りたいな。


川沿いに咲く。

またあちこち歩こう。

自由学園明日館

「戦後 池袋」の一貫で、自由学園明日館にも行ったが、イベント期間だが、結婚式の最中で中には入れなかった。
ヒトサマの人生の大きなイベントに遭遇したわけでした。
だから外観のみ。
そういえば、築地本願寺も行くとお葬式によくあたる。
結婚式と葬式はヒトの人生の二大イベントやわな。



先に受付でもある婦人の友社の方に向かう。


可愛いドアなど。


そこから回廊を行く。




ああ、ライトやなあ。










出口の建物。道路からの様子は次。


道路からみた向かって左翼回廊の果て。




こんなところもいい。

かつての書籍など








ではサラバ。今度は中に入りたい。


可愛い門。


工事中の講堂と写真パネル。








道路にはこんなのが。


黄色の曼珠沙華


「戦後池袋」ヤミ市とカストリ雑誌と

「戦後 池袋」の企画はまだ続く。
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今度は豊島区郷土資料館「池袋ヤミ市と戦後の復興」展。
写真撮影は可能なのだがweb上に挙げるなということなのでパス。
チラシにある通りヤミ市の模型などがあり、これがなかなかよろしい。
物資不足のくせにどこから調達するのかヤミ市にはモノがあふれていた。
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ヤミ市といえばわたしが最初に知ったのは小6のとき映画で見た「悪魔が来たりて笛を吹く」のいくつかのシーンなど。
横溝に熱中していたので、そこからヤミ市を「学んだ」。
それからどおくまん「暴力大将」は南方から帰ってきた主人公一味がヤミ市で働き始め、ついには自分らが市場そのものを主催するようになるのだ。

ほかにも映画「麻雀放浪記」もヤミ市や焼け跡が描かれていた。
こうしてみるとわたしが少女だった1980年代はまだまだヤミ市や焼け跡をこうした形で見ることが簡単だったのだ。

ここではほかに長崎アトリエ村の模型もあった。
アトリエと住居がついた空間。
池袋モンパルナスの芸術家たちの住まう町並み。
寺田政明らのいた時代。

ほかに昭和初期から戦後しばらくまでの家財道具などが展示されていた。

なかなか面白い展示だった。
こういうものを見たかったのだ。

次に東京芸術劇場に行った。
ここではカストリ雑誌が大量にあった。
びっくりした。しかも一部は読んでもいいですよと展示されているのだ。
中身を見ると、田代光の挿絵があったり、当時の流行作家の小説が載っていたりとエロ話ばかりではないことも知った。
雑誌によっていろいろあるわけです。
わたしはそのあたりをかなり楽しませてもらった。

最初は豊島区と縁の深いところで手塚マンガと、当時この地域の有名な映画館でかかっていた映画などの資料。


おお、少年漫画誌の黎明期。






ここまではマンガと活動写真。

いよいよカストリ。

なんかもうイミフなくらいスゴいな。






中身をみる。


絵物語もよくはやったようだ。岩田専太郎かな。


サザエさんや三條美紀の登場も。このあたりは今の女性誌と変わりはない。


仲居学校の「しゃちほこ」の稽古。

大阪の十三に十年ほど前まで「雁亭」というのがあり、夜中に怪しいコマーシャルをしていたが、その雁亭ではこの仲居のシャチホコが有名だったそうな。
実際にそこに勤めていた人の話も聞いたことがある。

最後は焼け残った後、復興へ向かおうとする池袋の街角ショット。


戦後70年、いい企画展だった。

不滅の江戸川乱歩 そして乱歩旧宅

池袋界隈で「戦後 池袋」の連携イベントが開催中である。
要町の光文社一階にあるミステリー資料館では乱歩の展覧会が、徒歩数分の立教大学では乱歩の旧宅が公開中である。
2003年に乱歩のこの家が立教大に寄贈され、一般公開されたときに出向いた。2004年の夏。
あのときは池袋界隈で三つのイベントがあった。
「乱歩と大衆の二十世紀」東武百貨店、「怪人二十面相と少年探偵団」ミステリー資料館、そして「甦る幻影城 乱歩邸一般公開」である。いずれも大いに楽しませてもらった。

まずミステリー資料館で見た展覧会の感想を挙げる。






戦後、乱歩は「宝石」に自費を投入してテコ入れした。
その時代の本が並ぶ。
棟方志功の花軍を描いたもののトリミングが2冊、斎藤清の版画の猫たち。喉をあげて生意気そうなツラツキの奴ら、それから埴輪絵の2冊、宝石の写真のコラージュものなど。

表紙絵で面白いのは戦前の横溝正史が編集の頃の「新青年」。
松野一夫描く、女たちの眼を据えたまま笑う顔のアップの背後に、何やら事件性のあるもの、誰の絵かはわからないが巨大なアーチ窓いっぱいに映る男の横顔と、そこへ来る女。
夜の風景に惹かれる。
また、表現主義風な町の描写もある。

「少年探偵団」もずらりと並ぶ。実に懐かしい表紙絵たち。
「リンゴの頬」をした少年たちがいる。その背景には怪人や金色の仏像の怪しい姿や事件の種になる宝物などが描かれている。
顔を上げていたり俯き加減だったりいろいろ。
とはいえ大体パターンは決まっている。
ここにはわたしの持っていた「空飛ぶ二十面相」もある。

「黒蜥蜴」特集がある。
宮田雅之、高橋葉介、天野喜孝らの表紙絵。コミック化した高階良子、JET。
いずれもいい。

乱歩の人間関係も紹介されている。
高木彬光の「刺青殺人事件」の件など。高木、ハンサムなおじさま。娘さんの晶子さんを乱歩は可愛がっていたようだ。
横溝一家との家族ぐるみの付き合いもいい感じ。

乱歩の所蔵していた本も出ている。ハトロン紙がかけられていた。
「刺青殺人事件、島田一男「古墳殺人事件」(なんとこの本は原稿紛失から再起したそうな)。
香山滋「怪異馬霊教」もある。この表紙絵はエジプト壁画風な感じで、女と馬の二つ頭、四臂、一つの胴と足と。なかなかよろしい。
少年誌のグラビアで「怪異馬霊教」の紹介記事を載せていた。わたしが知ったのは、なつかしの少年誌怪奇グラビア特集本からだが、あのときのイラストは南村喬之だったか、いかにも胡散臭い邪教ぽさがよかった。
この表紙はむしろ不思議な雰囲気の方が強い。

「ゴジラの息子」などの入ったLDがある。表紙には妖艶な女の顔写真。ミニラの写真はない。

横溝「八つ墓村」の生原稿とその雑誌掲載分とが出ている。始めの方の「疑惑の人」のところ。第三話。金田一がいる。なかなかいい男な挿絵で、古谷一行ぽい。

乱歩とつきあいのあった人々の写真が並ぶ。
夢野久作は横向きで、ちょっと大陸浪人風。
山田風太郎は今の大江健三郎ぽい。

乱歩展のポスターがある。
2002年の弥生美術館、それから前述の池袋東武、あと2010年の伊香保・芦花記念館のポスターは十二階と当時あったような黒猫の絵のついた映画のビラなどが描かれていた。
そう、胡散臭い町を描いたポスター。

乱歩と怪奇人形師とそのお化け人形たちの写真もある。
やっぱりこういう人形がばんばん現れて、お化け屋敷がどんどん流行ればいいのになあ。

そして「宝石」の表紙を飾った乱歩の肖像画の原画があった。
松野一夫による油彩である。
これは長らく行方不明だったが、今回世に出てきたそうな。

乱歩、作品は大正時代のものがベストだと思うが、しかし晩年の温かい人柄というのもやはりいい。
探偵小説・推理小説をもり立てようと懸命にたち働いた功績は大きい。
少年少女たちにドキドキする小説を送り出してくれたことにもお礼を言いたい。

最後に少年時代の乱歩を熱狂させた本について。
「幽霊塔」である。
ハトロン紙をかけられた古い本。
わたしもこれを原作にした「幽麗塔」には夢中になった。
宮崎駿もジブリ美術館で自分の「幽霊塔」を展開している。
ああ、いいなあ。

とてもいい展覧会だった。


こちらは立教大学に隣接する乱歩の旧宅。乱歩は引っ越し魔だったが、ここに落ち着いたあと、戦時中には町内会の副会長にもなり、ご近所とも良好な関係を築き、戦後は少年ファンに優しい乱歩先生になり、人々から愛されて生涯を終えた。

道案内のふくろう。

戦災にも無事だった。


歩道を行く。


受付に並ぶ乱歩作品などなど。


遺愛の品。


原稿など












中庭へ。
シダの影。



中を見る。窓枠がいい。


応接間






乱歩の自序文


「新青年」が並ぶ。


こちらは「宝石」


法被を仲間内の印にするのはプロ野球のストッパーも一緒。


「人でなしの恋」かな。



乱歩の撮った写真など


いよいよお蔵へ。

内部には立入禁止。



蔵の扉



蔵の中








この蔵を幻影城と呼び、乱歩はその城主として暮らした。


蔵から母屋を見たところ。


やっぱり乱歩はいいなあ。

立教大学を見学する

立教大学を見学させていただいた。




展示館である。






















ここから対面に教会もある。
木陰の向こう。
































第一食堂。この日はお休みだった。
















こちらは趣が違う。










最後に構内のマンホール。

陽光の下で旧く美しい洋風建築の大学を堪能させていただいた。
今度は第一食堂にぜひとも向かいたい。

道を案内してくださった学生さんはとてもいい感じの方だった。
ありがとうございました。

9月二度目の東京ハイカイ録 その2

9/21(日)
やっぱり暑い、暑すぎる。暑い暑いと言いながら横須賀へ。
馬堀海岸駅のバス停に立ってるだけでジリジリ焼かれる。
干乾びる前になんとか横須賀美術館へ連れて行ってもらう。

長新太の回顧展。この人のナンセンスさに参った。
大人向けの不条理ギャグより童画と絵本の方がわたしには合う。
原画を見て続きがとても気になったのが何冊もあり、そちらを確認もする。
ああ、面白かった。

おなかがへりすぎたな。これはやっぱり長新太のギャグでおなかが減ったからに違いない。
残念ながら常設を諦めて走水神社の前の味美食堂に入る。アジフライ定食。ああ、溶ける。
おいしかったわー。前回はアジフライとアジのお造りだったな。次はナメロウを頼んでみよう。美味しうございました。

次は金沢文庫。「東の正倉院」展。中世の古文書と仏教関係ね。
正直な話、わたしのアタマではムリ。殆ど関心がない分野ですがな。
しかし鎌倉幕府に興味がないとはいえスルーするわけにはいかん。次の南北朝や室町へと続いてゆくことを思えば…思うんだけど、難しかったなあ。

この後ほんまは大仏次郎記念館や郵船に行く予定だったが、ハッとなった。
来月十月十日にも予定を入れてるから、その日に横浜に行くことにすれば、久しぶりに双十節が見れるやんか。
・・・調べたら96年の双十節に行ってたわ。あの日は友人と三溪園とブリキのおもちゃ博物館に行き、中華街でご飯食べたのだが、爆竹の硝煙のにおいにわたしはクラクラして2時間以上獅子舞の後をついて回ったのでした。
今回は果たしてどうなるか。

というわけで横浜の二つを来月にして、今回はそごうで明治の有田焼を見て離脱。
輸出に懸命だったのをよくよく感じたわ。好悪を超えて、すごい技巧に技巧を重ねた作品ばかりに、ある種の感銘を覚えたわ。

横浜から湘南新宿線で新宿へ。中村屋に行く。
斎藤与里展。
シャヴァンヌの影響を受けた幻想的な作風もいいが、晩年の童画風な作品がまたよろしい。
それにしても明治の若者たち、中村屋グループ、白樺派とみんなわいわいと賑やかですなあ。大好きよ。

窓の外からauの巨大ショップが見えたので、このところ調子の悪いスマホの相談に行く。
うーん、やっぱりもうダメかな。買い換えようか。カネの感覚がマヒしそうで怖いな。
最初のガラケーは8年わたしに仕えてくれたのだがなあ。

次にあまりに暑いのでビックロに入り夏服物色し、GUで良さげなのを見つける。ああ、暑すぎる。それにしてもファストファッション店、これがこの値段か、と驚くのばかり。

最後は六本木へ。大江戸線なら一本だが、ここから大江戸線に行く自信がない。目の前の丸ノ内線と日比谷線乗り継ぎの方がわたしには自信があるな。
というわけで後者選択。結果的にそれでよろしい。

ガンダム展。昨夏、大阪の天保山で初日に見たときの楽しい記憶が蘇る。
その時の感想はこちら

地下鉄スタンプラリーもしたねえ。
場内に入り最初にホワイトベースに「入らせてもらう」映像体験にもドキドキ。
やっぱりいいよなー。胸が熱くなった。
今回は一年経ったので新しい映像も増えてた。何かというとジ・オリジンの映画「哀しみのアルテイシア」の映像が見れたことだな。エドワウ少年とシャア・アズナブル少年の相似。猫のルシファ。いいなーいいなー。
ときめくなあ。
モビルスーツいろいろ。

ガンダムの動きそのものにもときめいたよ。そしてあの「めぐりあい宇宙」の首なしガンダム。最高やな。
あと今思うと、ランバ・ラルは安彦キャラでは「天の血脈」での内田良平の仲間に入るのかもしれない。
やっぱりわたしは安彦さんが大好きだ。

ときめきを大事にしながら帰る。


9/22(火)
明治神宮へ行く。宝物館で明治天皇、昭憲皇后の遺品などを拝見。特に螺鈿の違い棚が素晴らしかった。翡翠と花菖蒲の意匠がある。
明治天皇は皇后の健康を気遣い、散歩を勧め、それで花菖蒲もたくさん植えたそうな。
いいお話ですなあ。

明治天皇の正服もある。陸軍大将と同型のもので、向かって右半分の胸側に仕掛け糸のようなものがたくさんついている。これはあれかな、勲章をつけるためのものなのかな。
そのあたりは不明。

戸栗美術館で古九谷をみる。
少し前に東京STギャラリーでいいのを見たが、無論ここでも凄いのを見るわけです。
吉田屋の再興九谷の濃厚さ、柿右衛門登場による新たな地平。
色々と思う所が多いよ。好ましいのはやはり椿柄とか。青い椿、赤い椿にときめく。

くじら屋に入る。二階の座敷へ。昼の定食のうち「鯨の天ぷら定食」とサービスのクジラステーキ(ハーフ)を頼む。
かーたーいーーーっ噛み応えあり、というより堅いのなんの。
農水省のクジラの方がやらかいのは種類の違いなのかな。
味噌汁にはコロの薄切り。美味しかったが堅かったなあ。
案外安価で気軽に入れる店なのだが、歯が強い人でないと勧められませんな。
そうそう、前に半地下のようになってる外から見える座席に金髪の白人男性四人組が実に美味しそうにクジラを食しているのを見たが、あれノルマン人でもゲルマン人でもましてやラテン人でもなくて、どうみてもアングロ=サクソンだったなあ…

国立新美へ。乃木坂から直通という謳い文句に嘘はないが、雨風からは守ってくれないし、日光もダダ漏れの道を歩くのですよ。

ニキ・ド・サンファル。
射撃による制作はやっぱり60年代の人だという感じがした。
で、あのぐでぐでのナナ・シリーズ。これも人の事が言えないながらも肥えすぎで、色々と鬱屈するなあと思いながら見たのだが、ニキの言葉を残された映像で聴いて、考えを改める。
「女性と黒人が手を汲んだら大概の事がかなう」とニキは言う。
それは差別される側、としての存在が組むということである。
性別による差別を受ける女性と、性別以前に黒人であるということが差別になっている世界に居る以上、きれいごとは言えない。
ニキは男性原理(暴力)の追放を言い、平和裏に世界を統治するのは女性に限る、という案を出していたのだった。
だがそれから半世紀。今もそれはかなえられていない。世界は暴力という男性原理のカラクリで回っている。
極東にいるわたしなどがニキの言葉に共感を覚えること自体、21世紀も15年も過ぎているのに、いまだに世界の改革が進まず、旧体制はいよいよ重くなっている証拠ではないか。
彼女が表現として選んだナナたちの元気な姿を見ながらも、この世界が終わりを告げるのは男性原理が究極の地に突撃した時だと思った。
その意味ではこの極東で進んでいる少子化と男性の草食化は平和への道筋かも知れないのだ。たとえ日本国憲法から平和が取り除かれようとも…

乃木坂から出光へ。
桃山時代のやきものや南蛮蒔絵などが並ぶ。
実にこれがいい並びで、作品がいいのはもう今さらわかりきったことなので「どう見せるのだろう」と思っていたのだが、そんな心配はさーっと消えたね。
隣り合わせた老婦人がわたくしに「いい並びだね」と話しかけてきたので「ほんまですね」と答えて、改めてそのことを意識しながら見て回りましたわ。
いいものはいい。
それを改めてどう楽しませるか。
演出力が試されているわけでしょう。
その意味では本当に楽しませてくれる「眺め」があった。
さすが出光美術館…!と思いながら後にする。

一駅乗ってlixilギャラリー。廃線の面白さを堪能。写真ぱちぱーち。
足尾鉱山の鉄道もあったのねえ。
色々と面白いものを見た。

銀座はホコ天になっておった。
そこで8丁目まで歩き、あおひーさんの個展を見るわけです。
ありゃ、あおひーさん不在。
すんません、勝手にぱちぱち。好きな作品があるのでそれをしつこく眺める。
わたしの眼には魔王ゼノンのようなのがあった。いいねー。ツイッターで一村雨さんから「ロールシャハを思い出しました」とコメが返ったが、ああなるほど。
ふふふ。見る人の感性で何にでも見えるあおひーさんの「道草模様」でした。

そこから新橋停車場へ。おおう、文芸と温泉。これ、面白すぎるやんか。
伊香保のマップがもう、それだけで楽しい楽しい。ちゃんと伊香保沼もある。
わたしもほんまに鳥瞰図や旅行の栞が好きやなあ。
楽しいですわ。群馬の四万温泉や草津に行きたいわ。久しぶりに伊香保もいいね。

さてパナソニック汐留ミュージアムへ。片岡鶴太郎の作品にパナソニックの技術の粋が注ぎ込まれていて、楽しいコラボになっていたよ。
絵自体は師匠の村上豊の系譜に連なるものなのだが、そこからも踏み出している。
スイカを始め野菜や果物がいずれもおいしそうだった。
プロジェクション・マッピングに彼の絵が使われていて、非常に綺麗な仕上がりになっていた。
パナソニックの技術力に改めて感心した。

この日はここまで。

9/23(水)
最終日。宿のバスで東京駅に出てロッカーに荷物押し込んでからまず弥生美術館へ。
森本美由紀展。
彼女の提供したものを見ていた世代のはずなんだけど、全然影響を受けなかったなあ。
それはそれでさみしい。
よかったのはバーキンとゲンズブールとの関係を墨絵でえがいたもの。
「エロティーク69」と題されている。
「本作はゲンスブールとバーキンが主演した伝説の映画「スローガン」を、フレンチ・コミック風に描いたものです。」
かっこいいよなー。わたしはこの二人は例の「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」にときめいたものでした。

夢二は版画、華宵はファッションリーダーとして、というコンセプトで作品が集まっていた。
セノオ楽譜、婦人グラフ、本の装幀・・・
華宵ではあの六曲の立派な屏風も出ていた。それになんというても大正時代の帽子の素敵さにドキドキ。
わたしもあんな帽子が欲しいな。

根津駅近くの時々行く定食屋さんへ。はっきり言うけど味はごくありきたりというかまずくもおいしくもないのだが、奥さんの多少ガラッパチな性質がよくて、それで行くのよ。けっこうそういう人が多いみたい。
奥さん、いつまでも元気でいてね。

はん亭のところから根津の町中に入り、上野桜木町を抜けて藝大の前に出た。
東博で二度目のクレオパトラとエジプトの女王展をみる。
そう、最終日ね。やっぱりレリーフがよかった。豊かな微笑がすてきなティイとか色々。

常設も大いに楽しむが、東洋館の動物骨占い、断ったけどぜひぜひと勧められ、三度目なんだがと思いながら骨のサイコロを振るが、また同じ結果。
「成功は難しい」
向こうの人が気を遣い、再度振るが結果は同じ。
☆1つよ、いつも。
そしたら別なお客が来て振ったら…★でしたな、結果的に。
うーむむむむむむ

科博へ。生物大行進やのーて大躍進。
脊椎は大事だ。

なんか暑くて言うてることがわからんな、わたし。

神田から三井へ。蔵王権現。櫻本坊からまた可愛い前後鬼の二人組、八大童子たち、8+2でお遊戯の絵もあった。
それにしてもびっくりは投げ入れ堂の狛犬とか古材がきていたこと。いやーびっくり。

メトロリンクで東京へ。STギャラリー。「月映」ですわ。
じっくり見て、詩的な表現にせつなくなる。
大正の青年たち・・・

タイムアップ。お土産などいろいろ買い集め、今回はポイント集まってたのでグリーン車で帰阪。
ぐったりしましたわ。
長いハイカイでした。

また来月。

9月二度目の東京ハイカイ録 その1

九月二度目の東京ハイカイ録である。

今回はシルバーウィークを利用して、18日の金曜夜から都内入りした。
それで23日のシマイまで都内にいるのだから随分と長い出張である。
いつもの定宿なのでその点は気楽でもある。
今回はやたらめったら暑かった。夏のぶり返しにヤラレた。これには参った。
なにしろ秋の服を支度してきたので着るものがない。本当に参った。

展覧会の個々の感想は例によって別項だが、今回は本当にたくさんみたもんです。

9/19(土)
朝から池袋に出た。正確には要町に出て、すぐ近くの光文社一階にあるミステリー資料館へ。ここへ来るのは二月の中井英夫展以来。今回は乱歩の展覧会。
なんしかこの資料館はメモ書きもアカンので、脳髄に書き込んだのを速攻で外部に流出させないと、雲散霧消するというシステムである。
わたしも外に出た途端に必死のパッチでメモるメモる。

少年探偵団の懐かしい表紙が並んでいた。
わたしの読んだ時代の表紙絵である。
「りんごの頬」をした少年達と怪人たちのいる図。
乱歩は照れ屋の人嫌いだったが、戦争になり、池袋の一隅で町内会の副会長にもなり隣組の世話をしたそうな。
戦後は大いに人付き合いに精を出し、つぶれかけた「宝石」誌を自費を投入してテコ入れして持ち直させ、少年探偵団に夢中になった少年達を自宅に快く出迎えたりもした。いいおじさんになったのである。
わたしは大正の「孤島の鬼」「白髪鬼」の二作がベストなのだが、昭和の乱歩には作品の魅力より、ミステリー文化功労者・少年小説の大家にして優しいおじさん、という面を大いに表したいと思っている。
作家としてそれがいい・わるいは別にしても。

この日は「戦後池袋 ヤミ市から自由文化都市へ」のイベントの一環で無料だった。

次に徒歩で立教大学へ向かった。
乱歩邸拝見のためである。
十年ほど前に平井家から大学に寄贈された後、整備されて一般公開されたとき、見学にきた。
あの時たしか池袋三越か西武で乱歩展があった。岩田準一の「パノラマ島キタン」の絵が思い出される。

乱歩邸はちょっと時間が早くてまだ開館前。先に大学の展示館に行こうと思い、来かかった女学生に尋ねると、親切に大学まで連れていってくれた。学食もおいしいですよと言ってくれた。ありがとう、いい学校にはいい学生がいるものです。

それでわたしは先に展示館に入り、立教大学の歴史などを学んだり、建物を撮影したりと大いに楽しませてもらったのでした。

やがて乱歩邸。懐かしいね、ここもパチパチ。お蔵の中もちょっとだけパチパチ。
「蔵の中」といえば乱歩だと「人でなしの恋」だな。
しかしむしろ横溝正史の方が蔵のおどろおどろしさを描いていた。
「蔵の中」は今もわたしの中では燦然と輝いている。
「真珠郎」も「仮面劇場」も蔵の中で悪魔の生誕が行われるのだ…

本館、食堂、2館3館4館と趣のある建物をパチパチ撮ったはいいが、残念、食堂はお休みでした。
またいつか来よう。
なかなか池袋は来ないのだが、次の楽しみにする。

近くのそばやでおひる。自慢のかき揚げやおいなりさんはともかくメンがあきまへん。堅すぎる。わたしはソフトメン文化の人なの。讃岐も堅いから本当は好きではない。

徒歩で勤労会館へ向かったが、いきなり商業地から道路挟んだその先が平板な住宅街なのにはびっくりした。
勤労会館までがビルで、その先は平屋やせいだい二階建てまで。
なんかうわーという感じ。

「池袋ヤミ市と戦後の復興」展をみる。ジオラマが素敵なんだが撮影はしてもネット流出禁止と言うことで、ここには挙げません。イマイチそこらの考えがわからんのだよな。撮るのを可能にするならむしろ世間に流布させることで宣伝にもなると思うのだが。

池袋モンパルナスのアトリエ村などもジオラマあり。
日常に使われていた電気製品なども展示されている。
ヤミ市といえばやっぱりわたしは横溝なんだよな。
「悪魔が来たりて笛を吹く」が一番印象に残る。
それと米兵といえば「人間の証明」を思い出すし。
あとはやっぱりどおくまん「暴力大将」ですな。

さてそこから自由学園明日館へ向かうが残念、結婚式で中に立ち入り禁止ですがな。仕方ないな。
外観だけパチパチ。いかにもライトな構造ですな。

東京芸術劇場へ入ったら、ここもあれだ、トークショーのさなか。そんなところでカストリ誌をパチパチ撮るのは気が引けるので一旦引いておく。

次は江戸川橋である。普通にいけば有楽町線で一本だが、いろいろ思うところがあり、東池袋から都電荒川線に乗り換えて早稲田に出ることにした。
対向車はレトロ、こちらは最新鋭のに乗る。
おお、久しぶり。
以前は都電に乗るためにこっちに来たっけ。

早稲田から一気に胸突坂を上る。ほんまに一気に上る。
新目白通りのだらだら長い坂を延々と上るより、急な角度のこっちの方がマシだと判断したのだが、甘い…甘いよわたし。一気に上りながらもう半分以上倒れそうになってるがな。
しかしここを降りてくる人もいて、その人たちの手にあるものを見て、眩みかけた目がカッと光る。
春画展の図録ぢゃないですか。しかもどう見ても贈り物用のおかきの箱くらいのサイズやんか。
すごいな、ほんまに。

というわけで永青文庫です。
細川の殿様がおじいさまのようにパトロンとなって今回の展覧会が開催されました。
二時に入ったが、すごい混雑で渋滞。行列はないけど、初日からすごいわ。
混雑もあって結局四時過ぎまでいた。

この感想は後日挙げるとき、どこまで書いていいものか正直わからない。
いつものように微に入り細にわたって書くわけにはいかんわな。
まあわたしのブログを読まれるご奇特な方々の中で若い人はおらんでしょうし、ええかな。
乞うご期待。

この後は近所の野間記念館にかけこみ。
清純な世界に浸りましたよ。
四季のうつろいを味わったね。

野間から久しぶりに神楽坂・紀の善へ。抹茶ババロアをいただいて元気も出てきた。
もう一度東京芸術劇場へゆく。
春画の次にカストリ誌をみる、というのも真っ当やよなあ、ある意味。

それから副都心線で渋谷へ出てBunkamura。
ウィーン美術史美術館から来た絵をみる。風景画か。
面白いのは宗教画の背景の風景。青のグラデーションでどこかシュールな風景が多い。
面白くなくなるのは本格的に風景画が成立してから。
まじめで和やかなリアリズムが面白味をなくすのだよな。

入る前に近くのラーメン屋に行き、味噌ラーメン。味噌とチャーシューはいいのにメンがアカン。
今日は一日メンにたたられたなあ。

初日終わり。

9/20(日)
新聞に紹介されてた浅草橋の久月に享保雛を見にゆく。
京都の丸平の人形もあった。
享保の人形は別な時代の人形等と共に一緒の段飾りになり、仲良くしていた。
小町、人麻呂、菅公。

江戸では「柳物」と呼ばれる組み合わせというか取り合わせがあるようで、15人セットなのだが、やや小振りな人形たち。これには昔は能の高砂、翁などを組み合わせていたらしい。
御所人形とはまた違う童子人形もあった。
朝から可愛いものをみましたなあ。

秋葉原から中目黒へ。
何を見たかというと郷さくら美術館へ「わん・にゃん・鳥さん」を見に行ったのだが、前と違う道筋で来たら、同じ並びに知ってるメーカーの本社があった。ありゃーここだったのか。
「四季シリーズ」の猫たちが素晴らしかった。季節ごとに20猫ずつが描かれている。
みんな顔つきも柄も違う。黒は黒、白は白、カツギはカツギ、三毛は三毛と分けてるが、もう本当に可愛くてリアルで嬉しくなった。
なにしろ1週間近く猫不足の生活の最中なのだから。
ハチワレのちびのくせに不逞なツラツキの子猫が可愛くてならない。基本的にハチワレ(我が家ではゾロ柄という)が大好きなので、よけいに目を引くよ。

いいココロモチで駅まで戻ると、目黒総合庁舎が近くだと知り、そちらへてくてく。暑くてかなわんなあ。
警備員さんらがどーぞどーぞと出迎えてくれ、撮影スポットも教えてくれる。
ああ、立派。

ここは元は千代田生命の本社ビルだったのだが、十年ほど前に破綻したのだ。
わたしが子供の頃は「千代太郎の影絵」として天狗の子の千代太郎による日本昔話のアニメがあったのだがなあ。

中目黒でもお祭りの準備をしてはったわ。スイカを切ってるのがうらやましー。
恵比寿の駅前で海鮮丼。何でここでやねん、と思いつつも二度目ですな。

山種美術館へ。琳派、よろしいなあ。
目新しい物はないが、そのかわり「えっこんなにも!」が多い。素晴らしいのですよ。

坂をあがる。曲がる。見えてきたのは塙保己一史料館。昭和二年の建物。平日開館なのでまた行きますな。

國學院大博物館の「Shibuya」展を見るが、いきなりものすごいピカピカのデコハチ公が現れてびっくりしたわ。
いつものペースとはまた全然ちがうので、これはこれで面白くはある。
ただ、何がしたいのかが具体的につかめなかった。
そこをもっと明瞭にしてくれたら面白すぎな展覧会になったろうね。

表参道まで歩くが余りに暑くて道が突然白く見えた

さてその國學院から表参道へ歩きます。
東4丁目、ここの交差点が重要なんだよね。
今まで何も思わず通ってたけど、ほんまにここがポイント。

ところで書かなかったけど、朝に浅草橋で自転車レースしてはるのを見た。
公道でしてるから係員の誘導もなかなかたいへん。
そのレースはフルマラソンと同距離。そしてまた東4丁目で遭遇しましたわ。
どんなコースなんかな。

暑っつい中を日傘さしてテクテク。渋谷金王祭にまたもや遭遇。
昨夜は道玄坂辺りでだったな。
案外渋谷も目黒もみんながんばってる。

ビリケンギャラリーで近藤ようこさんの「物語る絵」展を見る。
おお、全件売約済み。
艶めかしかったり、どこか惨い楽しみが滲む絵もあり、豊かな表現のもとで婀娜な世界が広がっている。更には「死者の書」の第1話原画もある。

「斬首されたカーリー」、「シェイヨルという名の星」、「桜の森の満開の下」「たまかづら」、「妖翳記」、「彼岸花」、「蝦蟇の血」、「少年」…
こうしてみると、ある種の共通項が見えてくるな。女の中にある、ある種のおぞましさが美しいカタチを取りながら表層へ浮かび上がってきている、それを瞬時に捉えたというべきか。

一瞬の美とおぞましさだからこそ、背景には何もない。
「彼岸花」の中に立つ女もいるが、その彼岸花ですら背景ではなく、彼女に所属するものなのだ。
「妖翳記」の令嬢はハサミを持って猫を追う。猫の頭はどんな柄だったのかわからなくなっている。令嬢の着物は蝶の翅のように美しい。
中上健次の晩年の一作「よしや無頼」は男の背を描いたもので、白い背一面に艶やかな牡丹が一斉に咲いている上へ、血が数筋滴り伝っている。
下帯一つの若者の背に牡丹と血が共にあることで、その血を舐めとりたい、血を吸った美しい花をこの指で散らしてみたい、と欲望が湧き出してくる。

「斬首されたカーリー」は生首を持ち上げて別な肉体につなげようとしている。肉の瑞々しさのある体とやや血の気の引いた青い頬の艶めかしい女の顔。その対比を愉しみつつ、首のつなぎ目の血の固まったあたりをみつめる。血の臭いと女の肉の匂いが甘く絡み合うようだった。

先客に京都のある大学の先生が来られていた。先生は坂口安吾のオーソリティであるようでそんなお話をなさっていたが、そこで石川淳を読むことを勧められた。近藤さんは「あの文体がちょっと」とおっしゃる。
石川淳ファンのわたしはとうとうそこへ乱入。
そして普段から「山桜」「修羅」「八幡縁起」を描いてほしいと思っていたのでそれを口にする。「狂風記」もヒメとマゴの造形が近藤絵で脳裏に浮かんでいる。
ご本人そっちのけで「近藤ようこに石川淳作品を描かせたい」ネタで盛り上がってしまった。
「天門」や「至福千年」は似合わないが、戦前から昭和30年代までの作品はきっと合うと思うのだ…
ファンの妄想は無限に広がる。

表参道から吉祥寺へ。井の頭線に乗り継ぐのが一番いいね。
人出の多い吉祥寺。
moicafeさんへ向かう。
暑いので冷たいマテ茶とあんずのパウンドケーキ。
最近はマテ茶もよく見かけるが、わたしが最初にマテ茶を知ったのは1999年頃だった。
川原正敏「修羅の門」第3部はブラジルが舞台だが、そこでレオン・グラシエーロがマチ・コン・リモン(レモン入りマテ茶)を孤児の少女に振舞おうとするシーンがあり、それで覚えたのだ。
今回もちゃんとレモンが添えられていて、その酸味がとてもいい。
あんずのパウンドケーキも上にはあんずジャムが塗られ、中にあんずの実が焼き込まれていて、とてもおいしい。
ごちそうさまでした。

出送られて吉祥寺武蔵野美術館へ。
伊豆の長八の展覧会。
まさかここで見れるとはびっくり。関西から西伊豆、松崎は遠すぎるからねえ。
しかもここは百円なんですよ、ええ、ほんまにええんかいな。
鏝絵を知ったのは「サライ」の特集でみたからだが、もう20年くらい前の話。
その時色々と資料を集めたが、「銀花」にも特集があり、喜んで手に入れた。
なんしか関西ではまず見ないからなあ。
漆喰細工というたらシャンデリアをつける周囲をこじゃれた風にするくらいしか知らない。
だから工芸による絵画作品としての鏝絵にはシビレたわけです。

みたかった「春暁」も来ていたし、堪能しましたわ。よかった。
そしてやっぱりいつか西伊豆に本当に行きたいもんです。

長居しすぎてここでタイムアップ。それはそれでいいよ。
東急でエンガワや穴キューなど買うて宿に帰る。
二日目おわり。

武生の近代建築をみる

先日、越前の武生市にいきまして、平日の昼間に町を徘徊いたしましたわ。
ここは「花筐」で有名な土地でもあり、またボルガライスがある町としても知られておるのです。
駅を降りるとはためくものを発見。
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池上遼一御大のかっこええお兄ちゃんの絵がありますがな。
そう、池上さんは福井県の人なのでした。

駅中にはこんなのもある。IMGP0001_201509180134264b4.jpg

作り物ですな。刃物の産地。
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見かけた和風の家。〇に二の字。松島屋もこの紋。
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靴屋さん。
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公会堂。
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壁面の瓦がなかなか。
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いい建物。
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今度は源氏物語の屏風絵展をするみたいね。
窓や玄関回りの鉄装飾が綺麗。
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今度は町へ。
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こちらはお医者さん。
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看板がいい。かめのあめ屋。
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いよいよボルガライス。おいしうございました。神社境内の、この亀の看板が見える発祥のお店。
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武生はうるし掻きをする人が多かったようだね。
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こちらは幼稚園。
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そこの近くの煉瓦の倉。
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こちらもお医者さん
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いい看板をあげてますなあ。
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今度また来たい。見残しもとても多いからね。

心斎橋 三木楽器

素敵な建物だが、なかなか中に入りづらかった。
しかし機会を得て、見学と撮影をさせていただいた。

外観。
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横から入りまして、そちらの階段や窓など。
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店内の様子
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素敵な抽斗たち
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大理石の柱
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階段
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ステンドグラス
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素敵な建物。
いつまでもここにあり続けてほしい。

なおホールのあるフロアには山田耕筰と合奏する人々の集合写真も飾られていた。

紅塵荘の想い出

数年前に今はなき紅塵荘の撮影と見学に出かけた。
ところがどういうわけかそのデジタルデータがなくなった。
要するにSDカードが見当たらなくなったのだ。
年中無休で遊び倒し、片付けが出来ないがためのことだと思う。
そこで以前は紅塵荘のサイトをこのブログに貼り付けていたのだが、
哀しいことに建物を建て直してしまい、現物がなくなった。
二、三紅塵荘の撮影を行った人々のサイトを訪問したが、これではやはり淋しい。
そこで当時一緒に見学した友人の江戸坂さんがケータイのデータをよこしてくれることになり、
ありがたく今回そのデータを使うことになった。

すべて失われゆく建物への愛着と未練である。
この未練と愛着又は執心だけでわたしは生きているのかもしれない。

紅塵荘は春日野会病院として存続していた。
旧池長孟邸である。紅塵荘に住んでいた時期とは、淀川長治のお姉さんと池長が暮らしていた時期。
モダンガールの彼女はやがて池長と衝突してこの麗しい住まいから去ってしまった。

外観
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内部
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少し撮影形式が変わったものも併せる。

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本当に美麗な建物だった。残念だが病院という場になった以上は仕方ない。
自分の片付けの出来なさを反省しつつ、江戸坂さんに感謝した次第です。

最後に他におススメしたいのはこちら「洋館マニアの散歩道」さんの紅塵荘

小田原の近代建築 1

岡田美術館に行ったその日、朝から夕方まで小田原にいて、あちこちの素敵な建物をぱちぱち。
スマホとカメラとを併用して撮ったのを挙げるので、同じ対象でも仕上がりが微妙に違うと思いますが、どんな感じなのかをわたしも見てみたいです。


ろうきん 国道1号線の曲がり角にある。大正末から昭和初期。
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隣の料理旅館だるま
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歴史の面影
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裏からみたところ。
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玄関周辺
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近くの法律事務所
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お城へ。IMGP0770_20150916221724e00.jpg

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今は観光案内所
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長くなるので1はここまで。

小田原の近代建築 2

小田原の別荘を色々と楽しむ。

清閑亭
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ひずみガラスの美
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すごくひずんでいるのがわかっていただけると思う。
3段階で挙げてみました。

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二階からのながめ
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田中光顕旧邸・現小田原文学館
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内部撮影は禁止です。

二階ベランダの怪魚の口
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スパニッシュ瓦
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裏庭から。
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敷地内をみる。

北村透谷の碑。懸崖造り。
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尾崎一雄の書斎
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可愛い石橋
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北原白秋の住まい
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バス停近くの看板建築
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まだまだ小田原の魅力を捉えきれていないので、後日もっと見つけたいと思う。

「裂地を知ろう、和菓子を知ろう」茶道入門2

裏千家の茶道資料館はいつも楽しい展覧会をしてくれる。
7月から9/23までのは夏休み企画で茶道入門として「裂地を知ろう、和菓子を知ろう」という特集だった。
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色々と細かい決まり事も多くなかなか敷居の高い感じのする茶道。
わたしなんぞも茶道具を見るのは大好きでも、実際の茶の湯とは無縁なままです。
いやもうなにしろ手順を覚えるのが出来ないし、突然暴れそうになるので、これではホンマにあきません。
だから「門」の外に佇みながら、ちらちらと中味を伺い、たまにそぉっと入って知識だけは積んでるわけなのでした。

菓子入れがある。五段は裏千家のもの。下から上へ取ってゆく決まり。
とはいえお菓子を好きなだけとっていいわけではありません。
そうしたところに抑制のきいた美の在り方をも感じるのです。
そういえばアフタヌーンティーもお皿をあの枠の外へ出してはいけない。
こちらは出るものが違うのでまた理由は別なのだが、やはり取るときは下から上へ。
そして戻ってはいけない。

菓子見本帳がある。「虎屋」
羊羹のそれがまるで小さな枠内の絵画見本のようだった。夕日もあれば富士山もある。
振出しには金平糖。ひょうたん型の器から☆がコロコロ落ちてくる。
時には甘納豆もある。
「老松」はきんとん。「俵屋吉富」のこなし。
「こなし」とは漉し餡に小麦粉を足して蒸してからもみこんだ生地を使うもの。

お菓子を切り分けて食べるのは「黒文字」。それを2本もては小さなお箸。
飛来一閑や中村宗哲の拵えた菱形の菓子器。蒸し饅頭用の小さな蒸籠、蓋つきの鉢。
ぎやまんの器もある。

この日の呈茶では小学生のデザイン選手権で優等を取ったうさぎまんじゅうを選んだ。
製作はちゃんとした和菓子屋さん。
なかなか美味しい。

源氏物語絵屏風があった。。
「紅葉の賀」。19世紀の屏風。桐の花が咲いている。白萩に桔梗。菊に紅葉。二人の舞。

次に裂地をみる。
昭和34年の龍村平蔵による再現もの。
興福寺金襴、珠光緞子、糸屋金襴、紬地人形手金襴、紺地花兎金襴、江戸和久田金襴、一重蔓中丹金襴、時代波上梅花文風通、藤種緞子、大蔵錦…
とても綺麗な再現布。
わたしは中学の時に初代龍村平蔵の獅子狩文錦再現の苦難の話を知り、そこから大谷探検隊を知り、今も胸がうずくぐらい好きなのだった。

平成13年の再現もある。
織部緞子、伊予簾金八緞子(安国寺)、蓬莱水鳥文緞子(本能寺)、小花文羅、人物天馬文経絣、利休物相…
いずれもとても綺麗。

最後は乾山写しの絵替色絵皿10枚組が出ていた。
写しはいつのかは知らないが、こちらもとても愛らしい。
9/23まで。

「アート オブ ブルガリ 130年にわたるイタリアの美の至宝

東京国立博物館の表慶館で現在「アート オブ ブルガリ 130年にわたるイタリアの美の至宝」展が開催されている。
わたしはその内覧会に出かけた。
ブルガリの美麗な世界に対するには、こちらもある程度の覚悟を持って臨まねばならぬ、と気合が入っていた。
しかも場所はあの表慶館である。これは疎かに出来ぬ空間だと思った。
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入るとそこに愛らしいローマの神殿のレプリカがある。シルバーだという。
小さいがとても精密な構造を見せていた。

次にエピルスの民族衣装があった。
イオニア海沿岸地域。胸や腹や腰にあたる部位に様々な装飾品がついている。
各地の民族衣装には華麗な金属装飾品が見受けられるが、これもとてもいい感じである。

創業当時の1880年代の作品にはビザンチン風な表現のものが少なくない。
わたしはビザンチン風な装飾品が好きなので、この時点でワクワクする。

映像をうまく使っている。
天所ドームを見上げたとき、そこにブルガリの装飾品の幻影がまるで万華鏡のように浮かび上がっていた。ゆっくりした波と同じリズムで映像が少しずつ変化する。
その天井空間がビザンチンの教会のように見えてくる。

首を戻し、歩きはじめる。
1920―30年代のアールデコの時代、モダンな時代に生まれた装飾品の数々が現れる。
見えるもの全てが素晴らしい耀きを放っている。

揺らぐ・震えるブローチがある。
トレンブランという名を与えられた属性をもつシリーズである。
フランス語で揺れる・震えるという意味だという。
それらが花束となり、飾られた地で美しく揺らぎ、魅了するために震える。

ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド。
隙間なく敷き詰められた宝石たち。煌めく地上の星座。
翡翠、トルコ石、オニキス。
玉と貴石とが参加することで表情を変えもする。

わたしたちはただただかすかに口を開けたままそれらをみつめている。
手を伸ばせばガラスの壁がある。
見ることだけしか許されてはいない。
指に絡め、首に巻き、胸に飾ることは許されてはいない。
自分の妄想の中でしかそれらは許可を得られない。

煌めく装飾品を長く見つめ続けることで、わたしたちの眼は深い欲望の色を浮かべ、激しい執着の形に変わる。
しかしガラスの壁に守られた装飾品たちはこちらのそんな様子を素知らぬ顔で躱す。
想いが募ることにも関与しない。
“わたしたちを得たいなら、ここではなく、お店に行きなさい
そうすれはあなたたちの膚に触れ、衣服に添い、満足感を与えてあげましょう“
ガラスの向こうからの強い意志と声とが聴こえてくる。

わたしたちよりむしろ女優という存在の人々の方が装飾品への執着が強いように思う。
設置された映像を見ると、実に多くの女優がブルガリの装飾品を愛し、身に着けながら笑っていた。
ソフィア・ローレン、ミラ・ジョコヴィッチ、ジーナ・ロロブリジーダ、モニカ・ヴィッティ…
そしてエリザベス・テーラー。

リンダ・クリスチャンがタイロン・パワーとの結婚式で着用したドレスがある。
ジョーゼットのとても綺麗なドレスだった。
1949年。その映像も見る。

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様々な装飾品を見るうちにだんだんと本当に自分が欲しいものがわかってくる。
一流のものを見つめ続けることで、一流のものに囲まれていることで、そしてそれらが今の自分とは無縁であることで、はっきりした嗜好がわかってくるのだ。
あれいや、これすき、それもいい、やっぱりこれ、どれもこれも…
本当に欲しいものには手が届かない。
でも妥協するくらいなら他のものもほしくない。

すべてが宝石で構成される必要はない。
基盤が何かはわからないけれど、一種の金属なのはわかる。
そこに世界が開かれてゆく。華麗な様相を見せる世界が。

時代の移り変わりでスタイルも変わる。
わたしは1989年を中心にした前後数年間の豪勢な「カレ」ブローチがほしくなった。
2015年の今、もう時代遅れかもしれないが、綺麗なものは時を経ても綺麗なままだ。
廃れてもなお美しいものだけが本物なのだ。

乳白色の基盤の上に光る色の宝石が載る。まるでミルクババロアの表面にフルーツが浮かんでいるかのように。
マザーオブパールと書かれているのを見て「真珠母貝」だと気づく。
日本語の並び具合の慎ましい美しさにもときめく。
オニキスもいい。日本語ではなんと訳するのかは知らないが。

やがてエリザベス・テーラーのコレクションの前につく。
映画「クレオパトラ」のときの衣裳4着と彼女の絶大な美貌の大きな写真とを見る。
CGではなく特撮技術と人力による大掛かりなシーンを思い出す。

DVDの宣伝フィルムだが、彼女の美しさを見ることが出来る。


彼女がリチャード・バートンと最初に結婚したときの衣裳もあった。
黄色い素敵なドレス。
そして巨大なエンゲージメントリング。
眼を通じて脳の中に直接星の礫が飛んできたようだった。

美麗な場所で美麗なものを見た。
見たその日はそれ以上何も見ずに終えた。

11/29まで。

箱根で琳派 大公開  第一部:京都編 宗達・光悦・光琳など

箱根の岡田美術館は関西からは遠いと思っていたが、あまりに楽しいところなので、もう三度も訪問した。
思えば小田原まで新幹線に出て、あとはバスなり鉄道なりで行けば良いだけだ。
思ったよりもずっと近いところなのだ、ここは。
その岡田美術館で今、琳派の大々的な展覧会が開かれている。
このチラシをごらんあれ。
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「箱根で琳派 大公開」
片身替わりの中に琳派の代表的な作品が浮かび上がっている。
とてもかっこいい。

この展覧会は「琳派400年記念祭」の一なのだ。
現在は「第一部:京都編 宗達・光悦・光琳など」展が開催中である。
始まった9/5の夜、特別内覧会に参加させてもらった。

「青い日記帳」のTakさんのご挨拶があり、それから副館長寺元さんのギャラリートークが始まった。
これがとても楽しく為になるもので、なるほどなるほどとうなずき、新たに知ることも多く、とても有意義な内容だった。
聞けてよかったなあ。
そのことを少しばかり含めながら作品の紹介をしたい。

とはいえその前に内覧会の嬉しい特典である「チョコの試食」についてちょっとばかり♪

こちらのマスターシェフ三浦さんの新作チョコを試食させていただいた。
表面の絵は光琳の「菊図屏風」からのもので、味は5種。
松茸と南瓜、和三盆と胡桃、安納芋とサフラン、柚子とマスカルポーネ、宇治抹茶と黒豆。
柔らかくキュートな甘さにドキドキしましたわー♪
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そのとき一緒にいただいたのは菊花茶で、こちらもおいしかったです。思わずおかわりしちゃったよ♪
自分のために買うもよし、ちょっとしたプレゼントにも最適、というオシャレなチョコ。
期間限定品だから、来春にはもうない。
菊花の絵が季節を制限する。それがまた好ましい。

今回は第一部京都編ということでチラシはこちら。
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以下、すべての写真は主催者の許可を得て撮影し、ここに挙げるものです。


1世代目最強コラボ作品KIMG2727.jpg
宗達絵・光悦書 萩下絵和歌色紙「ゆめ通ふ」 岡田美術館蔵

軸の表装がまたよくて、これは図録では楽しめない、現地だけの歓びですなあ。

豊かな屏風もある。KIMG2729.jpg
伊年印 源氏物語図屏風 岡田美術館蔵

描かれている牛の眼にぜひ注目。なかなかユニークな牛さんなのでした。

琳派と言えばわたしは乾山の器が浮かんでくるのですよ~~
乾山 色絵立葵文向付 岡田美術館蔵KIMG2732.jpg

乾山 色絵菊文透彫反鉢 岡田美術館蔵KIMG2734.jpg

透彫の影の形がまた優美で。立ち位置を変えて違う角度から眺めるとその影もまた変わる。

乾山 色絵絵替角皿 岡田美術館蔵
KIMG2735.jpg KIMG2736.jpg

しみじみといいお皿やなあと思うのですよ。

今でも使えるよ、こちら。KIMG2737.jpg
乾山 色絵椿文向付 岡田美術館蔵

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乾山 色絵絵替輪花皿 岡田美術館蔵

副館長さんのお話で面白く思ったものはこちら。
大きなトンボのKIMG2742.jpg
光琳蒔絵 蜻蛉蒔絵螺鈿合子 岡田美術館蔵

色々なお話を聴けて本当に良かったです。

こちらは屏風。
ほんにいい月夜。KIMG2745.jpg
武蔵野図屏風 岡田美術館蔵

琳派ではないが、驚きの作品があった。
岩佐又兵衛 堀江物語絵巻 岡田美術館蔵
これは驚いた。
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KIMG2754.jpg
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香雪美術館、MOA美術館、そしてこの岡田美術館に収蔵されている堀江物語、見れて大変嬉しかった。
これはぜひともご覧いただきたいと思う。

そして今回の展覧会の目玉の一つ。
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光琳 菊図屏風 岡田美術館蔵

この作品をこちらに収蔵するまでのエピソードをきいて、ドキドキした。
そしてこの作品の美しさにもときめいた。胡粉の盛り上がりが美しいと思う。

常設室のうち、やきものが並ぶ室内に来ると、いつもここはどこだろうと思う。
近づけばやきものが時代順に並んでいることがわかるのに。遠目にはまるで遠い街の灯りのようにも見えるからだ。
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近づいて、ガラス越しにじっくりとながめてほしい。
きっと好きで仕方なくなるやきものがみつかるはずだから。


幸せな時間も過ぎて、ショップで色々とお買いもの。
チョコレートもよいが、ラスクにも惹かれ、ミルクラスク購入。
これがとてもおいしくて、ぱりぱりぱりぱり食べましたよ♪
チョコはまた次回。

そして最後に足湯につかり、岡田美術館名物の風神雷神図「風・刻」福井江太郎さんの巨大壁画を眺めながら、いいこんころもちでアイスコーヒーなどをよばれました。
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ああ、また来よう。
いい気持がずっと続いているのを大事にしたい。
12/15まで京都の琳派。
12/19から3/3まで江戸琳派と大坂の琳派。
どちらもじっくりと楽しみたい。

逸翁の審美眼

つい先日「経世済民の男 小林一三」というドラマが放映された。
主演は阿部サダヲで、芸は達者だが「小林一三にしてはちょっと…」と思った方も少なからずいたのは確かだ。
エネルギッシュなのはいいが、小林一三はハンサムだったのに、というのがまず第一にある。まあドラマは大雑把なもので鉄道と宝塚少女歌劇とを柱にしていたから、他のところが物足りないのは仕方ない。
中でも、小林一三は「逸翁」の雅号をもつ大茶人なのだが、そのあたりが全く触れられていないのは残念だった。
(阿部サダヲはむしろ同じ「今太閤」なら岩本貞之助の方がよかったかもしれない)

その小林一三の残した偉業の一つが阪急沿線の開発なのだが、彼は常に大衆を相手に仕事をしてきた。大衆に住まい、ハレの場、娯楽を提供し、日常は言うに及ばず、生涯を阪急沿線で過ごせるよう工夫と努力を怠らなかった。
そして自身は茶の湯を愉しんだ。
その電鉄と住宅地は今や「阪急王国」として成立している。
わたしなども元々は没落地主の末裔でその地にずっと住まっているが、そこには阪急が走っていて、阪急電車に乗るか阪急バスに乗るかしない限りは、自力で外へ出なくてはならない状況になっている。
他に住んだことがないのでよくわからないが、沿線住民としては阪急はやはり暮らしやすい地域だと思っている。

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さてその小林一三の残した茶道具などを集めた展覧会が逸翁美術館で開催され、東宝グループの仕事を池田文庫が紹介し、元の邸宅で長く美術館として機能していた雅俗山荘・小林一三記念館では小林一三と野球の関わりについての展示がある。
三館を共通券で見て回り、楽しい半日を過ごした。

まず「逸翁の審美眼」から。7/7―8/9が前期、8/22―9/27が後期で、どちらも楽しんだ。

1.名品から見る逸翁の審美眼

墨蹟 横一行 「明歴々露堂々」江月宗玩  力強過ぎる書。まあこの言葉から考えても弱い字ではあきませんわね。

墨蹟 横一行 「悟道」 清巌宗渭  こちらもまた力強い。わたしは「道」の字が好きなので、こういう力強さには励まされるわ。

石山切伊勢集 伝・藤原公任  継紙がキャラメル色とクリーム色なので妙に美味しそう。

谷水帖  鈍翁が集めたもの。キラキラした見栄えに綺麗な仮名文字が多い。

鬼貫の一行句がある。
谷水や 石も歌よむ 山桜
いい雰囲気。ここか柿衛文庫のどちらかがやはりよろしいな。

蕪村、呉春の俳画が続く。
須磨懐古図扇面 蕪村  根上り松の絵があり、
足弱の 宿とるためか 遅桜
これは忠度の「行き暮れて」に因むそうだ。
須磨も源平の昔からこの方、ずっと静かよな。

岩石図風炉先屏風 蕪村  筆を寝かせてざざざと石をいくつも描く。可愛い。ふふふ。

寒林落日図 呉春  烏の塒らしく、すごいたくさん止まっている。

玄奘琵琶画賛 呉春  例の今昔物語の鬼が弾く琵琶の話。下に小舎人などがいる。

鵜舟図 応挙  初見。もあ~~とした中に7舟7人7鵜。
うーむ、これは「ウは雨中船の鵜」という感じかな。

瀑布図 応挙  応挙の滝の絵は大きなものでもどこか静かな感じがある。ごおごおと音を立てているようでいて、決してやかましくはない感じ。

牡丹孔雀図 芦雪  下にぞろぞろ雀たち。文鳥も飛んできた。牡丹には黄蝶。

松下西王母図 芦雪  色っぽい。桃を持つ手も細い、そば仕えの少女二人は個性的。若い頃の絵だろうかと思う。

雪中燈籠猿図 森狙仙  さむ~な猿たちが集まる。こんな狭いところにぎゅう詰め。

檜蔭鳴蝉図 谷文晁  まっすぐな幹に大きなアブラゼミが止まる。ほんまにジージーと鳴いているかのようだ。

桐文蒔絵螺鈿吹雪 伝・山本春正  螺鈿の桐が浮き上がって見えるほど、白く光る。

竹茶杓 江月宗玩銘「三不点」 利休・織部・遠州  いずれも力強い茶杓。これは茶友の根津青山の追善に使ったそうな。

丹波茶碗 銘「鬼が城」  鈍翁旧蔵。でかいわ。丹波だしね。ここへ頼光らがゆくのか。

黒織部菫文茶碗  南三井家旧蔵。菫のある地のみ白で、菫は薄すみれ色をして小さく咲いている。

黒茶碗 光悦 正面の綴り目が食い違っているのが却っていい。

織部釣舟花入 見込みの釉だまりが黒くて油のよう。

信楽口鉄絵唐草水指 仁清  口周り、橙色に花唐草という愛らしさ。

白釉黒花牡丹文瓶 北宋  そろそろ唐物が出てきた。柿色釉が赤黒い。

五彩花文茶碗 金  これも可愛くて好きなの。

山水人物螺鈿輪花盆 明  おお、綺麗。睡蓮池を行く小舟、柳に鳥に苫屋。きらきら。

松下仙人螺鈿香合 明  ガマ仙人の飼う白の三本足のガマが気を吐いてます。

胡蝶牡丹唐草蒔絵伽羅箱  柄違いの蝶々。これは鎌倉時代の。

楼閣人物螺鈿卓 明  凄く細密。多くの人が機嫌良さそうな様子。忙しそう。縁には鷺、白鳥、鳩?それから龍が二匹ずつ。

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2.逸翁の「見立て」「好み」「自作」
海外出張してはいいものを見つけ、それらを持ち帰り茶器などに転用していた。

唐代、宋代のやきものなどを茶人はそれぞれ好ましい茶道具に見立ててきたが、逸翁は同時代のセーブル窯やウェッジウッドの可愛らしい器を茶器にした。
ウェッジウッドのはギリシャ神話をモチーフにしたものを側面に貼り付けたりしているが、これらがいずれもなかなか幻想的で可憐で、ある意味「宝塚歌劇」に近いものがあるような気がしている。

ちょと見ただけでもセーブルの瑠璃色の綺麗なものが目に入るし、ウェッジウッドの愛らしい器も親しさを見せている。
花入れなどもマンドリン型のものなどは全体を花絵で埋め尽くされている。

ナフキンリングが四点。いずれも20世紀の外国製品。
鼈甲ばら文、水牛角製、銀透かし、ビーズ繋。
これらは蓋置に見立てられている。いずれもとても可愛い。特に銀透かしはアクセサリーにしたいくらいだ。何に使うのかというと、わたしなら髪を括るところに使いたいな。

こういうのを見ると逸翁の本領発揮だと思う。

インド更紗もたくさんあった。白地の花手のものや黒地の鳥文なども色々。
紅孔雀に金糸もある。
それらが表具や仕覆に変身する。華やかで明るい心持になる変身。
呉春の絵に更紗の中回しという取り合わせがけっこう多い。

永楽保全の大津絵もある。外道髪剃り。大黒さんが寿老人の散髪というあれ。
短冊に描かれ、中回しに更紗。

ジャワ更紗よりインド更紗が好きだったか、一つのぞいて皆インド更紗だった。
わたしはどちらも好きだ。
こればかりは「好み」の問題。逸翁の好みはきっとインド更紗。

この後に現れる茶碗や茶器は逸翁に銘を与えられたものたち。
小井戸茶碗「なでしこ」  貫入の入り具合が枝のよう。
斗々屋茶碗「八木」  不思議な釉薬の分かれ方。
青白磁茶碗「一輪」  影青(いんちん)、その薄さに惹かれる。

五彩蓮華文呼継茶碗「家光」  これは全くの他者をうまく合わせた「呼継」で違和感がない。それで「よく継いだ」というシャレで家光だという話。
4年前に「銘のある茶道具」展で、ここの銘のあるものばかりが集まったのをみたが、やはり可愛い。
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黒釉白覆輪茶碗「中宮寺」  見込みに小さく可愛い花文がある。完全な花ではなく、半分だけのものだが、宝相華にも似ていて、もしかするとそこからこの名がつけられたのかな。

志野呼継茶碗「与三郎」  見るからに大きな金継ぎが走っている。これを芝居の与三郎の総身に受けた傷と見立てている。かっこいいよな、その発想。

尻張茶入「雨の柳」  三男がシカゴで見つけたフィンランド製のやきもの。薄緑の釉垂れがいい。…そんなころからアメリカでは北欧グッズが人気だったのか…

昭和に入り、新作も茶道具に取り入れている。
三砂良哉の仕事がやはり見事だ。

清盛塚の松の古材の茶器、スペインの青貝扇子が壊れたものを香合に作り替えたり、いい感じの筒も拵える。
これは一三の奥さんコウさんが竹を削った茶杓のための筒で、花菖蒲を綺麗な螺鈿仕立てで表面に表している。
これを見た逸翁はこの筒だけ欲しいという意味の言葉を残している。

夫妻の合作の画賛もあり、魯山人のところで焼いたやきものもある。
あと面白いのは戦時中に供出した鉄材があまり、それで大国寿郎が蓋置を拵えている。
変わった構造でユニークだが、元は何から想を得たのかがわからない。

毎回、いいものを見せてもらえて本当にありがたく思っている。
・・・よくよく考えたら自分の意思で最初に行った美術館なのだった。
9/27まで。

小林一三ワールド「夢ひらく東宝」「小林一三と野球」

小林一三ワールドの一環として池田文庫では「夢ひらく東宝」展が開催されている。
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小林一三は映画館を百館つくるぞ!とあちこちに東宝直営館を拵えていった。
その写真がずらずらと並ぶ。1920―30年代の建物なのでとても素敵だ。

日比谷がゴシック風なのは日比谷公会堂に合わせたのか。
塔屋を持ち左右または左部分に低層のビルをつけるというパターンが多いようにも思う。
OS劇場、梅田劇場、南街、京都東宝、名古屋東宝、北野劇場はその仲間。
ただし、角があるか丸く楕円型かはそれぞれ。

日劇も素敵。帝劇はギリシャ・ローマ様式。江東と横浜東宝と渋谷は箱型。
三宮のは20年前まで現役だったなあ…阪神大震災で壊れた姿が蘇る。
新世界東宝も素敵。有楽座はナマコ塀。函館大門座もかっこいい。和歌山東宝はラヂオ型。
福岡、盛岡、徳島、浅草…どこもかしこも素敵だなあ。

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最初の宝塚のパラダイス劇場の写真がある。明治末。これは先般のドラマでもいい再現がされていた。
モスクのないモスリムの建物のようでいい。
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「ドンブラコ」の上演写真もある。
「モン・パリ」の舞台写真、エジプトの場だった。スフィンクスの前で集合する人々。

昭和初期の「歌劇」誌の表紙を見ると適度なゆる感のあるキュートな表紙で、どれもこれも好き。
戦前から昭和半ばくらいまで「映画館ニュース」というものがあったそうで、ここに映画のあらすじやちょっとしたニュースを入れたりしてて、なかなかオシャレな代物だった。

宣伝は中山太陽堂のクラブ化粧品。
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1936.2.21の京都宝塚劇場のニュース表紙は葦原邦子。
ああ、この5日後に雪に埋もれた帝都を震撼させる大事件が…

同年秋の有楽座の興行脚本解説は戯画風なロッパの河内山の表紙。ピストルもってはりますがな。
他にもエノケン、原節子、ロイドが表紙の劇場ニュースなどがある。
丹下左膳もあったが、これは大河内に見えんなあ。
1937年の「平原児」の宣伝もあった。凄い古いなあ。
そういえばこの年か、ヴィヴィアン・リーの「風と共に去りぬ」は。

1939年1月「東宝映画」誌では見開きページに映画人たちの似顔絵がわんさわんさと描かれている。これは実は山中貞雄監督の追悼のためのものらしい。
わたしは「人情紙風船」を今はなき四条大宮のスペース・ベンゲットで見た。
同じく夭折のジャン・ヴィゴ「新学期 操行ゼロ」と二本立てで。
戦争になると、どんなに才能がある人でも無念の死を遂げなくてはならなくなる…

ポスターも色々ある。
山田五十鈴「女優」、「エノケンの天一坊」、「青い山脈」、「武蔵野夫人」、「宮本武蔵」、
八千草薫のお通が可愛い。彼女の「蝶々夫人」もある。

「姿三四郎」「生きる」と黒沢が続く。
そして「七人の侍」のポスター、スチール、脚本などなど。
同年の「ゴジラ」がまたいい。
平田昭彦の芹沢博士のあまりの美貌にクラクラしますがな♪片目をアイパッチしてるのがセクシーだ。
「ゴジラの逆襲」の脚本も。おお、アンギラスよ。

「喜劇駅前飯店」ではいつものフランキー堺らの他に実名で王貞治まで出演とな!
「暗黒街の対決」はやくざの鶴田浩二とはみだし刑事の三船敏郎の関係がどうみても妖しくて好きだわ!

ゴジラのフィギュアもある。いいねー。

実演の方も出てきた。
東宝ミュージカルな。歌舞伎も少々。
そして「放浪記」「風と共に去りぬ」「王様と私」「ラ・マンチャの男」「屋根の上のバイオリン弾き」「マイ・フェア・レディ」「ミス・サイゴン」「レ・ミゼラブル」「エリザベート」…現在でもとても人気のある演目がずらり。

1971年の「淀どの日記」の秀頼役を片岡孝夫(当時)が演じているのだが、その写真を見て、あまりの美貌にため息をついたわ。同時代の森蘭丸の役も綺麗だったが、これはまた素晴らしい。
ああ、本当に綺麗な青年。

最後は今年封切りの映画や芝居のポスター。
「バケモノの子」「進撃の巨人」「バクマン」などなど。
とても楽しい展覧会だった。9/27まで。

次は「小林一三と野球」。
雅俗山荘の一三記念館。
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1913年に豊中運動場が開場し、ここで第一回目の中等野球大会が開催された。
フットボール大会(今のサッカー)である。
高校野球も高校サッカーも始まりはすべて豊中運動場だったのだ。
だから場所は違うが、曽根の豊島公園の豊中ローズ球場には記念の像が立ってもいる。

職業野球に眼をつけた小林一三の眼の鋭さに感服仕りましたでござる。
惜しいことに実現は一度は時期尚早で壊れたものの、後には阪急ブレーブスが出来た。
ただ、気の毒についに阪神タイガース人気には及ばなかったな…

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戦前戦後すぐの野球の様子がある。日米野球も。
ポスターなど見てたら野球への情熱がひしひしと感じられる。

大阪タイガース、名古屋金鯱軍、いいなあ。
1928年の南カリフォルニア大学と早大、大毎、宝塚など。
そうか、既に一応チームを持ってたんだ。

1937年には西宮球場開場。そのポスターがいい。
大阪―12分―西宮―12分―三宮
…案外現在と変わってないな…

このとき西宮球場で阪神が優勝したのだが、(当時1リーグ制)さすが小林抜け目がない。
「応援ありがとう」なバーゲンもしている。
さらにこの年のリーグ終了後には阪急―阪神の定期交流戦が1988年まで続くのだった。
タイガースの旗があるが、眼の向きが現行とは逆やね。

リーグ制になっても積極的にがんばったブレーブス。
しかし野球人気はタイガースに壊れっ放し・・・

そういえば新橋停車場の資料室でも同時代の野球場のことが紹介されてた。
上井草にあったというのにびっくりしたなあ。

昔の宝塚の鳥瞰図。
1932年の婦人こども博のポスター。これらがやがて宝塚ファミリーランドに。
哀しいなあ。

最後1970年代の名選手たちのサインボールなど。
世界の福本はボールに「何事も辛抱」と書いている。

ああ、やっぱり野球は愉しいなあ…
9/27まで。

追記。新橋のチラシが見当たらないが、新聞記事が出てきた。
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玄奘 迷い続けた人生の旅路

龍谷ミュージアムで「玄奘 迷い続けた人生の旅路」展を見た。
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数年前に奈良博で藤田美術館所蔵の絵巻をメインにした展覧会があった。
「天竺へ 三蔵法師3万キロの旅」
あれ以来の玄奘の展覧会。
当時の感想はこちら

最初にその絵巻の画像が見れるようになっていたので好きなようにスクロールしたりして、結局それだけで半時間かかった。
これはもういい展覧会だとその時点で思う。

展覧会では「玄奘さん」と呼ばわり、色々あったんやねえ、という感じでその生涯の事績を紹介していた。
床面には彼の走破した国の載る五天竺図が。

ものすごく真面目な玄奘さんの一心不乱な願い、情熱、それらが天竺ツアーを支えたのだなあ。
日向一夫三と言う日本画家の方のイラストが道しるべにもなっている。
日向さんのサイトはこちら

興福寺、法隆寺、薬師寺など錚々たるお寺から出てきた玄奘さんの資料。
大般若経がありました。
今日挙げた藤田美術館の展覧会にも出てましたな。
あまりに膨大やから抄訳にしよとしたら悪夢にうなされたとかそんな伝承もある。

玄奘さんが旅のガイド本にしたというか参考書にしたのは「仏国記」と「宋雲行紀」など。
前者は399-413のツアーで、行きはシルクロード、帰りはスリランカ経由だったそうだ。
こういうのを見ると、200年後の後輩・高丘親王を思い出すね。
親王は行きはシルクロード+虎の腹なかですからなあ。
帰りは魂だけ。

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ソグド語、ウイグル語の関係性が面白い。一字も読めないがとても興味深い。
鳩摩羅什の翻訳だけが世間を席巻していた時代。

展示室には実際の現地写真が巨大な垂れ幕になってあちこちに張り巡らされている。
それを見るのも楽しい。

トルファン出土の連珠天馬文錦、ガンダーラの仏像頭部…中央アジアの仏教遺跡から出土する様々な仏教関連資料。
そして仏伝浮彫の数々。

やがて目的を果たし、諸国にも寄って、いよいよ帰国。
ずらーーーーーーっと経巻。
それらを翻訳する一大的国家プロジェクトの開始。

中で後の慈恩大師となる少年・基の有能さがよく出ている。
エネルギッシュな肖像画もある。
玄奘さんの肖像画はブーツを脱いで座っているもの。そのブーツは険阻な道を歩いた暗示になるそうだ。

日本では釈迦十六善神図に玄奘さんを入れるのが流行り、その作例がけっこうたくさん出ていた。
それから深沙大王図も、

浮世絵では西遊記が出ている。
明るく楽しい絵柄ばかり。孫悟空は江戸時代から人気者。
北斎の怖い羅刹女もいい。
八戒を豚(猪)でなくゾウにしたのもあった。

やがて玄奘さんは翻訳を終えてからしばらくしてとうとう遷化する。
しかしその業績は今も光っている。

わかりやすい展覧会だった。9/27まで。

国宝 曜変天目茶碗と日本の美

サントリー美術館に大阪の藤田美術館の名品が出開帳あそばしている。
サントリー美術館も古美術の名品を多く持ち、見せ方も一通りのところではないから、コレハコレハと大いに期待して、六本木へ向かった。

チラシは二種ありました。
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どちらもいいね。

藤田美術館は「心中天網島」のその網島にあり、向かいの太閤園共々閑静な空間を守っている。
春秋の展覧会には出来る限り出かけている。
大阪大空襲で生き残ったお倉の中で、いつもは黙ってにんまりと名品と対している。
お倉だから暑い日も涼しい。ただしお倉だからやはり薄暗く、作品を守るにはいいが、たまに細かいところが見えないのを感じる。
感じても「ここはこうだ」と思っているから不平不満も浮かばない。

藤田のお宝と言えば世界に三つの曜変天目茶碗、玄奘三蔵絵、紫式部日記絵詞、大般若経などなどが思い浮かぶ。
わたしもこの20年ほど大抵見逃さずに見に出かけているが、それでもわくわくが止まらない。どんな魅せ方をしてくれるのか、それがとても楽しみなのだった。

展覧会は「国宝曜変天目茶碗と日本の美」としている。
4章に分けて藤田傳三郎の生涯と蒐集とを追えるようにしてある。

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1. 第1章 傳三郎と廃仏毀釈
幕末から明治にかけてのし上がった人だからこそ、仏教美術を国内にとどめ、破損もさせず、流出から守れたのだと思う。

大般若経 三八七巻のうち二巻 奈良時代 8 世紀  今回目に入ってきたのが「能」の異字、「本能寺」の手書き書体のあれね、なんだか嬉しくなる。
この後、龍谷ミュージアムの「玄奘」展を見て、大般若経の翻訳の苦しみについて色々展示を見たから、感慨深くもある。

紫紙金字華厳経 巻第六十二 一巻 奈良時代 8 世紀  ヌメヌメ光る経文。強い字で善財くんのことが綴られている。
今まであまり意識していなかったが、これは善財童子旅立ちのところ。

他にも美麗なお経が前後期それぞれ出ていた。
そして次に仏像が現れたが、これに驚いた。
何かと言えば、サントリー美術館の演出力の高さということかな。
これまで見ることのできなかったものを見せてもらえたわけです。

千体聖観音菩薩立像 五十軀のうち五軀 平安時代 12 世紀  元は興福寺にあったが、流出。それをよくここにとどめてくれはりました。手の位置とか今流行の「ハンドサイン」ぽいのも面白い。

地蔵菩薩立像 快慶 作 一軀 鎌倉時代 13 世紀  なんとぐるりと見れたやないですか!背の袈裟のリアルさ!截金がキラキラ光るのがみえる。
これまで隠れていたから、昔の色が残されていて、顕らかになると非常に鮮明。

法隆寺金堂天蓋付属金銅透彫幡残闕 二種 計五枚 飛鳥時代 7 世紀  これは天人の透かし彫りの入ったもの。またこちらもくっきりと見える。

金銅装輪宝文説相箱 一個 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀  サイドの輪宝、薄切りオレンジをいくつも貼り付けたような感じ。とても綺麗。

普賢十羅刹女像 一幀 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀  高野山金剛院からの。今回は一人一人の表情もはっきりと見える。

やはり照明の力、侮りがたし。素晴らしくよく見えるよ。
しかも見せ方が素晴らしい。

虚空蔵菩薩像 一幀 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀  70年代初頭の若い奴みたいな髪型やな。チャリが長い。

当麻曼荼羅 一幀 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀  こちらにもびっくり!周りの字まではっきり見える。アジャセ王の話がくっきり。
これは修復したのか、それともサントリーの光の力か。いやーすばらしいです。

羅漢図 十幅のうち四幅 鎌倉時代 14 世紀  このパターンを拵えたのは金大受という絵師。日本人はその人の絵を元絵にして描くようになったらしい。
居眠り坊やや甘える虎になつく龍にクールな山羊などがいるあのパターンね。

春日厨子 一基 室町時代 15 世紀  おお、立派な拵え。そしてその中に春日鹿がいてはるのです。

2.国風文化へのまなざし
平安から鎌倉の名品がずらりと。
こちらは昨秋の60周年記念展のチラシ。ここの大方が今回も出ている。
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仏功徳蒔絵経箱 一合 平安時代 11 世紀  怪魚もいるし薪ひろいもいるし悪人もまた。
これもやはりこちらでくっきり浮かび上がるので、じっくり眺める。

紫式部日記絵詞 一巻 鎌倉時代 13 世紀  王子誕生に沸く藤原家。道長が龍頭鷁首の船のチェックを自ら行う所。
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玄奘三蔵絵 2巻  ナーランダに来て、その壮麗さにおおーっとなっているところ。
獅子岩・象岩・水牛岩の噴水から陀―――ッと水があふれます。
後日、龍谷で画像のスクロールしながら、この噴水いいなーと改めて思ったり。


駿牛図断簡 一幅 鎌倉時代 13 世紀  これも好きな絵なんだが、少年の表情がこれもはっきり見えて、今までとは違う感慨がわく。面白くなさげな少年を心配する牛。
可愛いなあ。

歌仙切 絵:伝 藤原信実 筆 歌:伝 二条為家 筆 一幅 鎌倉時代 13 世紀  これも今から思えばアベンジャーズのようなものです。いつの時代も憧れがあれば仮想の国で遊べるのさ。ありえない時代の人の取り合わせ。

斎宮女御像歌仙切 伝 土佐光長 筆 一幅 鎌倉時代 13 ~ 14 世紀  醍醐帝の姫で妙にだるそう。

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3.  傳三郎と数寄文化

豊干寒山拾得図 三幅 中国・元時代 14 世紀  羅漢図の内から彼ら風なのを持ってきて、見立てて三人の図にしている。

柴門新月図 一幅 応永 12 年(1405)序  18人のサヨナラ文がついている。

江岸閑鷗図 祥啓 筆 一幅 室町時代 15 世紀  鴎が小さく寝ている。可愛い。7ミリくらいのサイズか。

扇子遠浦帰帆図 伝 狩野永徳 筆 一握 桃山時代 16 世紀  小さい舟が2隻。まるで小エビのよう。

4. 茶道具収集への情熱
藤田美術館では本当に多くの茶道具の展覧会を見た。
こちらは展示替えなし。40点ばかりの名品が並んでいた。
やきものも光の当たり具合で全く違う表情を見せる。

曜変天目茶碗 一口 中国・南宋時代 12 ~ 13 世紀  案外人だかりがなかったので存分に見る。
いつもは備え付けの懐中電灯で好き勝手にピカーッと照らし出すが、さすがサントリー、ええ感じに見えるようにしてくれはりました。おかげで内外ともに大いに楽しめました。

白縁油滴天目鉢 一口 中国・金時代 12 ~ 13 世紀  ちりちりちり と綺麗。

砧青磁茶碗 銘 満月 一口 中国・南宋時代 12 ~ 13 世紀  金環食を思い出すね。
満月という銘は口べりの金環からでしょうなあ
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ほかにもいいやきものがたくさん来ていた。
ノンコウのへら削りの赤樂、仁清の鴨形香合、躍る龍がファンキーな染付遊釻杓立、昇り竜と下り龍のいる万暦染付双龍唐草文蓋物、光琳・乾山兄弟のコラボ作品などなど。

天下の趣味人
能や雅楽の面なども。

大江山酒呑童子絵巻 菱川師宣 筆 三巻のうち二巻 元禄 5 年(1692)  珍しや、うつぶせ寝の童子です。首が飛んで血がしぶく。
真っ向唐竹割で家来たちを斬り倒す頼光たち。

幽霊・髑髏仔犬・白蔵主三幅対 長澤蘆雪 筆 三幅 江戸時代 18 世紀
色んな意味があるそうなが、わたしはそんなこと考えもせず、ええ絵やと愛でております。
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千利休居士像 小川破笠 筆 一幅 江戸時代 18 世紀  芭蕉に似てるなと思ったら、芭蕉の弟子の破笠が描いたから。

明治に入ります。
七夕小町踊図 谷口香嶠 筆 一幅 明治時代 20 世紀  少女らの可愛いおどりがいい。

皐月雨図 竹内栖鳳 筆 一幅 明治 39 年(1906)頃  これもお気に入りの潮来風景なのかな?

秋郊遊牧図 竹内栖鳳 筆 一幅 明治 35 年(1902)  丑に乗る坊やが愛らしい。


ラストに交趾大亀香合  一合 中国・明~清時代 17 世紀
死の床で最後まで個のやきもののことを気にする傳三郎。
手に入ってよかったなあ。

この位置からなら亀の手がわかる。
mir918.jpg

東京でこの大繁盛。それから次の福岡でも大いにモテてほしいね。
9/27まで。

四条堀川の辻徳さん

前々から気にはなっていたが、見に行かないままだったこの建物に行きました。

四条堀川の辻徳さん。
懐紙の専門店。







外観の装飾が可愛い。





入口周りのタイル。
三彩風なタイル。

内部も少し撮影させていただく。
ガラスも当時のまま。


床面もいいが、なぜか映らない。
昭和3年の建物だろうという話を伺う。

照明も可愛い。
 

にゃんこの懐紙を買いましたぞ♪

ありがとうございました。

永青文庫コレクションの近代絵画 /祇園祭「鯉山」の名宝

京都文化博物館の常設展示では永青文庫のお宝を見ることが出来る。
今回は9/13まで近代絵画が展示されている。
簡易なリーフレットには綺麗な画像も載り、たいへんありがたく思う。
イメージ (59)
表紙は小林古径の「孔雀」。これは前期展示なのでわたしは見損ねてしまった。惜しいことをした。
華やかではあるがある種の抑制が利いた静かな絵である。

扇から見る。
下村観山 撫子図扇  白い花がちらちら。

観山 松図扇  若松らしい。細い枝葉がUの字を見せる。

平福百穂 老松図扇 葉は緑の固まりになり横長の長方形で描かれ、枝振りはまっすぐな感じ。

横山大観 山水漁舟図扇 薄墨で山の影を、やや濃いめで近くの岩山を描き、湿気を感じさせる。小舟に一人釣り人を乗せ、静かな時間を見せる。
イメージ (60)

今回来なかったが、清方も扇を描いている。
女の幽霊図。あれもとても好きだ。

古径 鶉図  手前のアザミなどは金泥。年代未詳だが、大正期のような雰囲気があるように思う。
イメージ (64)

竹内栖鳳 松竹梅 梅の枝は琳派風。青竹はラデンのように輝く。松は軸の枠からはみ出しそうなボリュームがある。
イメージ (63)

西村五雲 林泉群鶴図  動物画の名手だけに丹頂鶴たちもいろいろ細かい表情を生き生きと見せている。
その足下の影が描かれているのもいい。
イメージ (76)
イメージ (77)

大観 観音  夏山と冬山の間に白衣観音。二重瞼の静かな容貌と佇まいとは聖母を思わせる。
イメージ (75)

戦時中に横山大観をモデルにデッサンする会が発足した。
細川護立氏の発案。彼は若い頃から白樺派のパトロンでもあったから、やはり殿様として文化を育もう・芸術家を守ろう、という気持ちが強かったのだろう。
会の名前は二十五日会。

梅原、安井、古径らのデッサンが出ていた。
これまでもいろんな人による大観デッサンを見てきたが、戸板康二「ぜいたく列伝」によれば、大観はやはり描きたくなる存在らしい。

今回こちらの絵が展示替えでみれなかったのは残念。
今村紫紅 西遊記
イメージ (65)

観山 女イメージ (62)

どちらもいい感じだったので惜しいことをした。

祇園祭コーナーでは鯉山の名宝が集まっていた。
ここの<見送り><水引><前懸><胴懸>はベルギーのタペストリーで「イーリアス」の1シーンを描いたものが使われている。
これらは東インド会社あたりから購入したのだったかな。
イメージ (72)

イメージ (73)
むろんそれだけではなく竜の刺繍の布もある。

イメージ (74)

金具もいい。雲鶴、浜千鳥、コウモリ、それから「八珍果」と呼ばれる8種のフルーツ文様。いずれも丁寧な作りがいい。

そして「鯉山」の鯉、登竜門の大鯉の木彫ものがかなり大きい。左甚五郎の作だといわれている。
迫力があるなあ。

昔からそうだが、京都文化博物館は常設展示がやっぱり見事なのだった。
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