美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

2015年、大阪の冬の光

大阪の冬も近年は本当にどこもかしこもイルミネーションがぴかぴかしたり、プロジェクションマッピングがかけぬけたり、と明るい夜が続くことになった。
2015年の最後の夜、あまり大阪を夜歩きしないわたしがみた大阪の冬の光を集める。


地下鉄ホームの灯り 淀屋橋
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淀屋橋駅構内のステンドグラス
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中之島界隈
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がんばるパイロン
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中央公会堂
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東洋陶磁美術館の灯り
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川のほとりから。
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日銀
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皆さん、よいお年をお迎えください。
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2015年の展覧会 各地のベスト

タイトルは仰々しいけど、2015年に見た展覧会で素晴らしくよかったものを集めたものです。
見た日にち順です。

・東京
何しろここは数が多いので本当に苦労しました。
順位なんてつけられないものばかり。

20150201 みちのくの仏像 東京国立博物館
20150425 若冲と蕪村 生誕300年 同い年の天才絵師  サントリー美術館
20150502 山口小夜子 東京都現代美術館
20150605 江戸の悪 浮世絵太田記念美術館
20150720 絵巻を愉しむ 「をくり」絵巻を中心に 三の丸尚蔵館
20150815 村野藤吾の建築 模型に見る豊饒な世界 目黒区美術館
20150815 スサノヲの到来 松濤美術館
20150906 うらめしや  藝大美術館
20150919 SHUNGA 春画展  永青文庫
20150923 月映 東京STギャラリー

忘れられないのは次の10。
20150110 ホドラー 西洋美術館
20150110 川瀬巴水 日本橋高島屋
20150112 向井潤吉と文学 連載小説の挿絵と装幀を中心に 向井潤吉記念館
20150112 東山魁夷 わが愛しのコレクション 日本橋三越
20150306 小杉放菴 出光美術館
20150308 動物絵画の250年 府中市美術館
20150410 インドの仏 東京国立博物館
20151211 神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異 國學院大學博物館
20151211 物語をえがく 王朝文学からお伽草紙まで 根津美術館
20151211 三岸節子 私は燃え続ける 武蔵野市立吉祥寺美術館

・東京以外の関東
こちらは3展をチョイス。

20150502 式場隆三郎 市川市文学ミュージアム
20150813 まるごと佐野洋子 神奈川近代文学館
20150921 長新太の脳内地図 横須賀美術館

・関西
正直なところ、東京で見たのよりこちらで見たほうがよかった展覧会がかなりあったりする。

20150613 ウェスティンコレクション 肉筆浮世絵 美の饗宴 大阪市立美術館
20150614 三輪晁勢 色彩の歓喜/挿絵「田之助紅」 堂本印象美術館
20150730 おばけの浮世絵 えき美術館
20150810 阪神沿線ごあんない にしのみやの郊外生活 西宮市郷土資料館
20150926 クレパス画名作展 なんば高島屋
20150927 Baron住友春翠 邸宅美術館の夢 泉屋博古館
20151024 蘇州の見る夢  大和文華館
20151024 北野恒富と中河内 大商大商業史博物館
20151120 唐画もん 知られざる大坂の異才 大阪歴史博物館
20151206 ジョン・C・ウェバー コレクション MIHO MUSEUM

次点がまたすばらしい。
20150221 ふしぎの国にようこそ 西洋古地図のなかの日本 堺市博物館
20150926 伝説の洋画家たち 二科100年展 大阪市立美術館
20151024 美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ  高島屋史料館

・中部地方
今年は愛知県だけですが。

20150524 いつだって猫 名古屋市博物館
20150524 全点一挙公開 国宝 初音の調度 日本一の嫁入り道具 徳川美術館
20150829 世界に挑んだ明治の美 宮川香山とアールヌーヴォー ヤマザキマザック美術館
20150829 芸術植物園 愛知県美術館
20151223 タイル・近代都市の表面 愛知県陶磁美術館

・そしてこちらは場所もベストとかも関係なしに決して忘れられない展覧会

20150117 成田亨 美術 特撮 怪獣  福岡市美術館
20150108 えびすリアリズム 蛭子さんの展覧会 ロフト
20150213 三原順復活祭  明治大学
20150214 中井英夫 ミステリー資料館
20151211 日影丈吉と雑誌宝石の作家たち 町田市民文学館

本当に素晴らしいものばかりありがとう。
建物に関してはここには挙げません。
また来年も素晴らしい展覧会に会えますように。

大丸心斎橋

2015年12月30日、大丸心斎橋の本館が閉店した。
外観だけ残して内装を失くすらしい。
つまりこの日は大丸心斎橋の命日になる。
そうはなってほしくないから今後も内装も保存してもらえないかと活動したいと思っている。
しかし内装が失われる可能性は高いので、こうして再び挙げる。
なお、以前に撮ったものをまとめたものはこちら
わたしのあまりうまくもない写真ばかりだが、ツイッターには多くの方々のよい写真がたくさんある。
これはあくまでも記録として挙げたいと思っている。
なお、場所説明などは一切なし。
また、別な日や違う機種で撮ったものも一緒に挙げる。

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さよならは言いたくない。
でもやっぱりさよならなのかもしれない…
大丸心斎橋、ありがとう。

大丸心斎橋の古写真と人形の呉服屋

大丸心斎橋店の資料展示展示があったので見に行った。
古写真がとても魅力的。
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こちらは紙人形による江戸時代の大丸の再現。
そういえば随分前の大丸250年記念展の時も、中西京子さんの紙人形による呉服屋の大丸大賑わいの様子のがあったなあ。
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招き猫に鍋島焼。芸が細かい。

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役者や釣鐘勧進の連中などもにぎやかに往来する大丸の様子。

かつての大丸のにぎわいの証。

書ききれなかった企画展の感想など

書ききれなかった企画展について少しずつ書く。

・武蔵野市立吉祥寺美術館 浜口陽三記念室
「静と動の対比 浜口陽三と一原有徳 同時代を生きたふたり」
浜口のメゾチント作品はいずれも静謐な様子を見せているが、それは水底にいるかのような静けさだと思う。
くるみ、キャベツ、アスパラガス、さくらんぼ、ぶどう、レモン。
「グルメではない」が素晴らしき「グルマン」たる浜口陽三の作品には食べ物がけっこう多い。
いずれもシーンとしている中にきらりと光っていた。

今回の展示には毛糸類をモチーフにしたものがいくつもあった。
毛糸と網棒を用いて「Almost Symmetric」面白い構図の作品もあった。94年だから晩年の作だが、静かなユーモアというかエスプリを感じる。
初めて知ったことがある。「トリコット」というタイトルの作品があり毛糸玉だった。調べるとフランス語でやっぱり毛糸関係。浜口はフランスのヒトになっていたからなあ。

一原有徳という版画家はこの展示で初めて知った。
抽象的な作品が多い。技法も変わっている。
しかしなにかカッコイイ。
どうもわたしは絵画での抽象表現はニガテだが、版画になるとカッコイイと思う傾向が強いのだった。
2/28まで。

・同上 萩原英雄記念室
「木っ端の宇宙」
木版で宇宙空間。
砂上の星、星雲、星月夜。いずれも連作でこのタイトルのあとにナンバーが打たれている。とてもカッコイイ。チカチカしたものが上からバラバラと降ってくるかのようだ。

追憶 これもナンバーが振られた連作。雷文様のようなバラが連続する。

黄と黒の軌跡、赤と黒の軌跡 これらも実際は理解できていないのだが、妙にカッコイイ。

版画は抽象でもカッコいいと思うのだが、これは何故なんだろう。版画そのものには詩の心があるからだろうか。
よくわからないのだが。


石洞美術館に久しぶりに出かけたら、駅前のあまりの変貌にびっくりした。
それでもあの特徴ある建物は見間違いようがないので道も間違えず到着。
オバサマ団体がいてやかましいので長居はしなかったが、いいものをきちんと見た。
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「日本のやきもの」展。縄文土器、埴輪から道八そして現代作家まで。

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勝坂式の人面つき土偶がもう本当においしそうなクッキーというかビスケットに見えて仕方なかった

大きな鬘のようなようなものを頭上に着けた埴輪を持て、その昔土門拳は「横浜の芸者だー」と巧いことを言うたそうだが、実際美人で垢抜けた感じがする。

名古屋の御深井釉千鳥型小鉢 小さくて可愛らしいお皿。みんなそれぞれ空飛ぶと千鳥の形をしているのがいい。

道八の狸も可愛くてほんまにぽんぽこぽんとやりそうなタイプ。

現代作家のもそれぞれ文様のあるもの・彩色のあるものなどいろいろで、中でもタコの絵の陶器が面白すぎた。

「おん祭と春日信仰の美術」奈良博。毎年この時期の寒い真夜中に神様を…
ああ、到底私には無理。でも、展覧会を見るのは可能~~
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以前に企業グループのトップの方が日の使いになられたので声援に行ったことを思いだす。
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春日絵巻もきれいだった。
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次に奈良博の常設展示。
兜跋毘沙門天像 かっこよかった。きっちり着込んではる。

北野天神縁起があった。天帝に無罪を訴える菅公。
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立川流儀軌 現物初めて見た。なかなか艶めかしい。「春画」展を見てきたあとにこういうのを見ると、日本のその方面の奥深さをつくづく実感するねえ・・・

義経寄贈の籠手なども春日大社にあるのか。

若宮のためのお道具が出ているが、いずれも物凄い細密技術。平安の工芸はレベルが高い。

まぁ細かいことはおいて、いいものをたくさん見れたのはよかった。

陶板で見るシカゴ美術館所蔵名品 

大阪市の地下街には様々な面白い場所がある。
2004年、大阪市と姉妹都市のシカゴにある「シカゴ美術館」の所蔵する名品数十点を陶板にして、大阪市の四つ橋線・なんば駅近くにシカゴギャラリーなるものをこしらえ、道行く人々に楽しんでもらおうとした。
この場所は昔でいう国鉄の湊町とも近く、こうして地下が出来て綺麗になった。

陶板は素晴らしい出来で、日本の技能はまさに賞賛に値する。
陶板と言えば大塚国際美術館、陶板名画の庭が有名だが、大阪では無料でこちらのシカゴギャラリーと、クリスタ長堀の東方面で浪花百景が楽しめるようになっている。

とりあえず写真撮影したので、ちょっとばかり楽しんでください。
なおタイトルと作者名はあえて書かないままにしている。

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日本人好みの選択だと思う。

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中にはこのように三連展示も。
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再び三連。

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撮影もまずいなりにきちんと画像が捉えられたのはよかった。
歩きながらあちこちの柱や壁面を撮るのも楽しかった。
よければシカゴギャラリーに実際に出向いてみてください。

東西美人画 ルノワール、キスリング、小磯良平から上村松園まで

ホテルモントレグラスミア大阪の22階にある山王美術館に初めて行った。
地下鉄の難波から地上へ上がるとお出迎えがこの天使。

どきっとしましたね。フジョシ心を揺さぶってくれます。

さて今回はこのチラシにそそられてお出かけ。
「東西美人画展」。副題が「ルノワール、キスリング、小磯良平から上村松園まで」。
いそいそと出かける理由は一目瞭然ですわな。
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ホテルウーマンの方々の丁寧なご案内を受けての鑑賞。
まずは洋画から。

藤田嗣治 ヴィーナス 1951 頭上に真珠を集めた籠を載せ、首には巻貝を連ねたネックレス、体には海草をつないだケープのようなものをかけた女が、荒涼たる地に佇んでいる。海が枯れ果てた後の誕生のようだ。

パンを持つ少女 1954  ちょこんとレディぽくふるまう少女。可愛い小さい帽子に紺色のワンピース。襟は大きく、端に線が走り、裾にも別な線が走るのを着ている。フランスパンはとても堅そうで、武器になりそう。

椅子に座る婦人像 1925  グラン・ブランの時代。ウェーブの金髪を軽く短めにカットした女が袖なしのワンピースを着て座っている。襟ぐりと体の中心でT字型になった装飾には金の刺繍。そこへ水青色の石を8の字につないだ下に猿のフィギュア付きネックレスをしている。
このご婦人すごいモガなんだが、顔はカイロ・レンそっくりですな…

鏡の前 1935  ああ、グラン・ブランを捨てて色塗りの時期の絵か。女の後姿。髪をまとめようとする。茶色い背中。

キスリング 休息する少女 1927  このチラシの少女。目がうつろでその点では怖いのだけど、色彩と言い雰囲気と言い、もう本当にいかにも1920年代のかっこよさがあって、とても惹かれる。

荻須高徳 婦人像 1931  これがとてもカッコいいフランス女。黒髪で服も全体に黒。
黒のカーディガンに白地に黒の小さな柄が入ったブラウスを着て、首には何重ものネックレスで、大きな石を嵌め込んだのでぐっと締める。
長いまつげに縁どられた眼はどこか遠くを見ている。かっこいいなー
顔は似てないが、シモーヌ・シニョレなどのフランス女のカッコよさを体現しているようだった。

林武 白い顔の女 1958  「白」と言うより完全に黄色いよ。厚塗りの力強さ。深緑のセーターの鎖骨位までのアップで、女の個性は実はわからないのだけど、その存在感の強さにはっとなった。

奈津子の像 1956  くっきり・はっきりした顔立ちはエジプトの彫像のよう。臙脂色に近いシャツにダイヤの放射線状のギザギザの真ん中にサファイアのついたブローチをしている。こちらもとても力強い。

モネ オシュデ家のこどもたち 1880年代  コンテと鉛筆か。4人の子供らのそれぞれの性質まで見えてくるようだ。

ローランサン 二人のともだち 1944  少女二人がよりそう。むかって右の子は少々ぼんやりとどこか遠くを見ているが、左の子はそんな右の子をじっとみつめる。少女同士のときめきがあるような気もする。左の少女はコレットという名を持つのかもしれない。

少女と犬  狐のような二匹の犬とどこか物憂げな少女と。
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ルノワール 鏡の中の婦人 この絵は次の展覧会のヒロイン。
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水浴びのあと  寝そべる裸婦の背中からお尻。当たり前だがすごいヴォリュームで、肌にはどこか青さの混じる白。

読書 赤とピンクのブラウスを着た二人の女性 1918 肉付きのいい二人の健康そうな女性。ローランサンやロートレックやフジタとは違う二人の女。そう、二人の間には官能的なつながりはない。

イオカステ ギリシャ神話「オイディプス王」より 1895  彫像もしくは壁画のような構図の絵。薄い緑色の衣をつけ、緋色のマントをふくらませ、身をかばおうとしている。もうさだめはつきたも同然の、破滅寸前の姿。
ルノワールはこうした物語絵が案外いいのだった。

恋人 1885頃  コンテ絵。帽子の娘は眼を閉じて口元を楽しそうに微笑ませている。そんな娘の膝に取りすがる男。
娘の方が有利らしい。

梅原龍三郎 裸婦結髪図 1930  二人の娘が裸のままで相手の黒髪をお下げに編んでいるところ。
中国娘かと思ったが、完全に裸婦で、しかも纏足もない。眉の濃さ・黒さが際立つ。

小磯良平 三人の女 1971  白人の三人。左から明るい茶系統のパンツスーツで、もしかすると革製かもしれないのを着て座る。真ん中は左向きに座るドレスの女。右の女はチェックのロングスカートに丸襟のシャツ。彼女は若い頃のシャーロット・ランプリングに似た横顔を見せている。

三人の踊り子 1960頃  力強い。三人とも黒の上下。立派な太ももがみえる。

舞妓 1958  これはよく見かけるもので、鏡を見ながらちょっちょっと治すしぐさがかわいい。

赤い帽子(窓際) 1981  背景にはフランスに流れた浮世絵の美人画みたいなものが見える。
窓がどちらを向くかは知らない。伸ばした手の先に赤い帽子がある。
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ビルマの少女 1943  従軍中の作品だろうか。きりっとした少女。白のブラウスに、下は巻付けスカート・・・サロンかな。

佐伯祐三 女の顔  びっくりした。こんな絵をも描いていたのか。着物に割烹着をつけてるのか、顔をひっつめにした瓜実顔の女が眼を閉じている。言えばそれだけだが、きりりとした風情があり、それがとてもいい。

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日本画の美人をみる。
五人の競演である。

松園 献灯 1944 時期的にいうと日常の慎ましい暮らしの中での婦人を多く描いていた頃だが、このように風俗も幕末ではなく江戸初期までと言うのもいい。 
二人の婦人が灯りを持ってしずしずと歩む。
髪型と言い着物の着方といい、「焔」と同時代の婦人たちである。
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日本画の題材にはしばしば初夏の頃にホトトギスを描いたものが見受けられる。俳句にも多く現れるし、彼らが飛ぶことで季節の推移を知る人も多い。だから「時鳥」「子規」「不如帰」「杜鵑」などちょっと探してもこうして4つの漢字が出てくる。

芝居だと「時鳥殺し」、小説では「不如帰」、作家は「子規」、そして絵のタイトルでは「杜鵑」が多いように思う。とはいえこの最後の文字は堅苦しくもある。
夜半、剣を抜き、ひたすらな眼を半ば宙に向けて立つ若い侍の頭上をホトトギスが鳴きながら飛ぶ。
そのときの情景を描いた絵に「杜鵑一声」のタイトルがよく使われている。

松園さんは柔らかな状況を好む人なので、剣を抜いて真夜中にというような絵は描かない。

ほととぎす一声 小雨がやんだか、傘をすぼめかけるところへホトトギスの高い声がして、ふと振り返る婦人を描く。袖はやや短い。

時鳥一聲 室内でくつろいで薄い本を読む婦人がふと窓の外の声に耳を止める。
大きな雪見窓。綺麗な新緑色の着物の、袖の長いのを着る婦人。

雪 1940頃 傘が真っ白になっている。傘美人を描く代表は松園さんか深水。

美人納涼図 珍しくにんまりした女が青磁色に蝶々柄の浴衣を着て、柳の下で風に吹かれている。柳の下は他の木よりも涼しいのだろうか。いつもそんな期待がある。

古径 琴 1929 協奏する二人。そばには洋犬がいる。着物の感じと言い色々と対照的な二人。
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深水 紅葉 パーマを当てた髪を綺麗にまとめて、和装に合わせている。籐椅子に座るその女は若尾文子のような美人だった。

物思う頃 ふっくらした頬と襟足が魅力的な絵。背後からその若い娘を捉える。
頬をつんと衝く指。淡紅色の羽織がよく似合っている。

踊る舞妓 体を斜めにしながら踊っている。一部とはいえ全身の躍動感が伝わる。

鏡 1958 江戸時代の女。古い手鏡を持っている。白地に更紗の帯がいい。

滝 全体が薄緑の森の中、もあもあした向こうに滝らしきものがある。その周りには青蔦やウツギらしき花も見える。滝の方へ眼を向ける女の自然な横顔がいい。

菊 1966 これはもう例の大作・「菊を生ける勅使河原霞女史」のエスキスの一つかと。

杉山寧 娥 1963 古代エジプトの女性像を描く。瓶を手に持っている。可愛らしい柄の服を着て、柔和な顔つきである。

岸田劉生 お手玉 遠目から見ると桃山以降寛文までの美人のような趣がある。金地に小袖の女が四角いお手玉で遊ぶ。間道柄の着物の女のそばにはリボンの三毛猫が楽しそうに首をねじてみている。

色々と他で見ない絵を見た。
たいへん楽しい。

最後に河井寛次郎のやきものがあった。
中でも数点たいへん気に入ったものがある。

緑筥 本当に綺麗な緑。

花扁壺 ああ、これは絵柄が武井武雄的な趣がある。思えば二人は同時代人なのだった。

三色扁壺 形がとても面白い。なるほど扁壺とはよく言ったものだ。そこにはダチョウと同じ配色の何かが三点描かれていた。ダチョウが三羽いるようだった。

1/31まで。

ところで会うは別れの始めなりともいうが、ここは土日祝のみ開館だったのが、次の展覧会からは平日のみになるようだ。
初めて行った日に知った。

2015.12月の記録

20151205 フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち 京都市美術館
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20151205 並河七宝の古雅 並河靖之七宝記念館
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20151205 光悦茶碗と様式の展開 樂美術館
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20151205 皆川淇園「弘道館」跡地 有斐斎弘道館 建築探訪
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20151206 ジョン・C・ウェバー コレクション MIHO MUSEUM
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20151206 エジプト・オリエント・アジアの美 MIHO MUSEUM

20151206 アンコールワットへのみち 龍谷ミュージアム
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20151210 山科カトリック教会 建築探訪
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20151211 まちがやってきた 大正・昭和 大田区のまちづくり 大田区郷土博物館
20151211 杉浦非水・翠子 同情から生まれた絵画と歌 渋谷区郷土文学博物館
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20151211 神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異 國學院大學博物館
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20151211 物語をえがく 王朝文学からお伽草紙まで 根津美術館
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20151211 日影丈吉と雑誌宝石の作家たち 町田市民文学館
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20151211 青児とパリの美術 東郷青児コレクションより 損保ジャパン
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20151211 三岸節子 私は燃え続ける 武蔵野市立吉祥寺美術館
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20151211 静と動の対比 浜口陽三と一原有徳 同時代を生きた二人 武蔵野市立吉祥寺美術館
20151211 萩原英雄 木端の宇宙 武蔵野市立吉祥寺美術館
20151211 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示 東京国立近代美術館
20151212 浮世絵にみるモダン横須賀&神奈川 斎藤コレクションから 横須賀美術館
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20151212 朝井閑右衛門の日本画/谷内六郎「光・あかり・キラリ」 横須賀美術館
20151212 その音、奇妙なり 横浜・西洋音楽との出会い 横浜開港資料館
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20151212 始皇帝と大兵馬俑 東京国立博物館
20151212 忠臣蔵十二段絵 東京国立博物館
20151212 ウェスティンコレクション 肉筆浮世絵 美の饗宴 上野の森美術館
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20151212 杉本博司 趣味と芸術 味占郷 千葉市美術館
20151213 我家吾家物譚 ボクノ家ガ出来ルマデ 朝倉彫塑館 建築探訪
20151213 東山魁夷と昭和日本画の礎 結城素明・中村岳陵・山口蓬春 市川市東山魁夷記念館
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20151213 日本のやきもの 石洞美術館
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20151213 「たけくらべ」の世界 一葉記念館
20151219 禅僧と茶道具 大徳寺を中心に 湯木美術館
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20151219 花と鳥の楽園 大和文華館
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20151219 おん祭 奈良国立博物館
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20151219 仏教美術 奈良国立博物館
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20151219 美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ 後期 高島屋史料館
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20151219 さよなら大丸心斎橋 建築探訪
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20151220 横尾忠則 幻花幻想幻画譚 横尾忠則現代美術館
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20151220 近代建築ものづくりの挑戦 竹中大工道具館
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20151223 タイル・近代都市の表面 愛知県陶磁美術館
20151223 日本と世界のやきもの・狛犬百面相 愛知県陶磁美術館
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20151223 揚輝荘 建築探訪
20151226 東西美人画 ルノワール、キスリング、小磯良平から松園まで 山王美術館
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シカゴ美術館名品陶板 シカゴギャラリー ギャラリー

20151226 くまのプーさん 梅田阪急
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東山魁夷と昭和日本画の礎 結城素明・中村岳陵・山口蓬春

久しぶりに市川市東山魁夷記念館に出かけた。
あまりに久しぶりだったので完全に行き方を忘れていたが、中山駅にさえついたら後はスイスイと道案内に添って歩けた。
ここには日蓮上人ゆかりの法華経寺という古刹がある。
その五重塔はいい形で、川瀬巴水が描きそうな感じの佳さがある。
その塔に近づこうとすると、←が目に入り、そこから記念館への案内が始まる。

つきました。久しぶり。北ドイツから北欧風の可愛らしい建物。
あら珍しや、ロッカーが無料になっている。(はろるどさんによると数年前からだそうです)
気兼ねなくこれで作品を見て回れるね。

「東山魁夷と昭和日本画の礎 結城素明・中村岳陵・山口蓬春」展
終了したが書いておきたい。
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梅に鶯 素明 さらりと紅梅に鶯が止まる様子を描く。

雪山の写生 素明 しゃっしゃっと雪山に陰影が着く。

この二点は昔の日本画の基礎を教えてくれるような味わいがある。
そう、素明は美学校の先生で岳陵も魁夷も彼に学んでいる。
結城素明は清方らと共に「金鈴社」という結社をたてていた。
95年に練馬区美術館で「金鈴社の五人」展があったのを見ている。

斑椿 岳陵 1964 二つばかり満開の斑椿。綺麗な斑である。

あおじ 岳陵 1964 おなかあたりが黄緑の可愛い小鳥 知らないので調べた。

朝顔 岳陵 1964 赤紫の可愛い花が咲いている。

岳陵の絵はいずれも静岡県立美術館蔵。
わたしは岳陵と言えば四天王寺の金堂の壁画がとても好きだ。
静岡県美の「水神」も素晴らしくいい。

蓬春記念館からは「芍薬」「カトレア」といった花の絵が来ていた。
絵のスタイルの変遷、「蓬春モダニズム」と呼ばれる明快な画、天然のカラリスト、今なお深く楽しめる作品が多い。

東京美術学校の1913年の写真がある。大正時代の学生たちの青春。
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「青春回顧画巻」の複製があった。上野時代の楽しい思い出を描く。サロメをしてみたり、狸囃を聞いたり、「太平洋のバカ!」と叫んだり、ご飯が焦げて真っ黒けになったのにひたすら焦ったり。とても楽しそう。
こういうのを見ると旧制高校の青春を描いた木原敏江「摩利と新吾」を必ず思い出す。
(尤も作品はその後の人生も描いているが)

加藤栄三と魁夷の合作「リスと栗」がある。栗が加藤で栗鼠が魁夷。むちゃくちゃ可愛いシマリス!!

ここで素明先生のお手本をみる。ドングリやナスなどが愛らしく描かれていた。
素明の展覧会も長らくない。
わたしは少なくとも「金鈴社の五人」以外では見ていない。
五人の内、清方は毎年必ずどこかでみるし、不足すれば鎌倉の美術館へ行けばいい。
映丘も近年また再評価されて各地で展覧会が開催されたし、吉川霊華も近年東近美で回顧展があった。平幅百穂も角館に立派な美術館があるということなので、ここはひとつ結城素明の回顧展も開催されたら、と願っている。

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二階へ。
素明から。
兵車行 1897 古代中国の出征の様子。嘆く女たち、男も泣いている。子供らはラッパを吹く。城外へ出てゆく一群。

無花果 1907 姉さん被りのお婆さんと猫。こういうのを見ると杉浦日向子「百物語」を思い出す。婆さんに猫が話しかけると婆さんもこたえるという情景を。

炭窯 1934 昔の日本人の山の暮らしがしみる…

岳陵
佛誕 1912 摩耶夫人とおつきの女たち、挙げた腕の下のひれに幼いお釈迦様がいる。
地には花、空には小鳥が喜び舞う姿があり、花がひらひらと浮かぶ。
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この時代、日本人の関心はインドにも向いていた。
大観もインド美人三人の「流灯図」を描き、少しあとだが御舟もインド風美人の「裸婦図」を描いている。

爽秋 1935 天女のような雲が浮かび、右から左から空をゆく。手前のトウモロコシの葉のようなものがいい。遠近感がかっこいい。

窓辺 1953 薄い萌黄のレースケープをかける。白レースの襟、袖口に青いリボンを付けた女がいる。窓の向こうには湖が広がる。
洋画の肖像画のような趣がある。

磯 1965 薄い茜色の雲と銀の雲と。下には黒い岩。鵜が一羽たつ。

蓬春
薄暮 後年のようなはっきりした色彩ではなくどこかモアアとした絵。だからこそ「薄暮」なのか。

紅梅 1937 いかにも昔のきちんとした日本画。

洩るる陽 1961 二羽の萌黄色の鳩らしき鳥と石とに光が。

花菖蒲 1962 これは金箔を貼ったのではなく、金潜紙なのかも。そこに青・白・白に縁は青紫の花菖蒲が咲く。

魁夷
南天 1927 大変丁寧な写生。

山峡朝霧 1983 もあ~としたこの湿気の空気。等伯の「松林図」に通じるものがある。

対になったものがある。1989年
雪 「名嶺秀孤松」
花 「春日静愈長」
・・・月はないのだろうか。

来年は市川市にもっと行こうと思っている。
とてもいい市で、行くのが楽しい。近代建築もとても多いし、花でも有名な、文化的な町。
旧いものも多く、共に豊かな味わいがある。
ああ、楽しかった。

カトリック山科教会にいきました

聖なる夜、ということで過日でかけたカトリック山科教会の建物の紹介などを。
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行ったその日、東海道の方から歩いて行ったが、向こうから小さい「ヤーッ!」の掛け声と太鼓の音がする。
すると山科義士祭の稽古に励む幼稚園児たちが、先生の山鹿流陣太鼓もどきにあわせて、紙の刀を腰に挿して、勝鬨を挙げて行軍中だったのでした。
可愛いのう。

しかしこの日は途中からたいへんな雨降りになり、ヒトサマに傘をさしかけたりなんだかんだで外観の写真がうまく撮れなかった。
だから外観はいただいた資料などからご紹介。

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ルルドのマリア像もあるそうです。
こちらは1953年に聖堂完成。
図面を少々。
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スタンプがあったので押したよ。
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この先はわたしの撮影です。

綺麗な色ガラス。
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天井もシンプル。
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照明IMGP0005_201512242337340c6.jpg

木彫とモザイク
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イエスの誕生を待つ人々、羊たち。そしてその日の明け方の空
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まだ生まれる前なのにもう東方の三博士も待機中。

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羊を石に、石を羊に変えれる黄初平君をちらっと思い出します。

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今回は洗礼の場所も見せていただきました。

御母のマリア様IMGP0017_2015122423415046a.jpg

この天井も素敵。
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少しばかり外観を。雨の中の教会。
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この窓が先ほどの色ガラスのはめ込まれたものかと。
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今度は晴れた日にお訪ねしたいものです。
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花と鳥の楽園―花鳥を表した絵画と工芸―

大和文華館「花と鳥の楽園―花鳥を表した絵画と工芸―」展に行った。
所蔵品に各地のミュージアムから良い作品をお借りしての展覧会である。
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泰西名画では花を描いてもそこにメメント・モリの思想が入っていたり、鳥を描いてもそれは静物画つまり「死んだ自然」で実際に死んだ鳥の絵だったり、添え物に過ぎなかったりで、なかなか「花鳥」そのものを楽しむという絵は現れなかった。
西洋では宗教画であろうとも、あくまでも人間本位だからそうなるのも当然なのだが。
風景画が風景画として単独で誕生した後でも、風景の中の花であり鳥であり動物であるため、自然の中に生きる花と鳥とはあくまでも脇役に過ぎなかった。

その意味で東洋は穏当に花と鳥の組み合わせを古代から喜んで用いた。
絵にも工芸品にもである。
それも時代により国により少しずつの変化があっても、基本的にごく近年まで「花鳥画」の概念は廃れなかった。

そのあたりのことについて大和文華館のサイトに詳しいことが記されているのでご一読を。

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花鳥文の隆盛
いきなり小さくて愛らしいものが現れた。

鳥型佩玉 周―漢 5点の小鳥たちである。明確に鳥だとわかるものから多分鳥だろうなものまで。あまりに可愛いのでついスケッチをした。「鳥は死、魚は生」という観念が東アジアから東南アジアにはあるが、そんなの飛んでしまい、ただただ愛らしい。

白銅海獣葡萄鏡 唐 海獣に葡萄のモチーフは西アジア由来のものだから、文化の流れを想う。

銅製貼銀鎏金双鳳狻猊文八稜鏡 唐 たいへん綺麗な鏡。所々にキラキラ。白銅がなんと綺麗なことか。走る狻猊、飛ぶ鳳凰、空には鳥、地にはザクロ。
金物なのに所々に螺鈿のような煌めきを見る。

銅製貼銀鎏金双鳳文八花鏡 唐 蓮も鳥も対になっている。花喰い鳥はササン朝ペルシャ由来で、唐でも花のままだった。
これが日本に来ると天平まではそのままだが、国粋文化が拡がる平安朝では、鶴に松になる。絢爛な唐からの伝来が可憐な平安で様相を変える。
その意味ではこの時期からわびさびの萌芽が少しずつ顕れ始めているのかもしれない。

銀製毛彫忍冬双鳳文輪花合子 唐 この忍冬文は唐草がササン朝ペルシャ由来なのに対して埃及のロータスが由来だとあるが、そのあたりの事をわたしも昔々学んだのだが、本当のことはどうなのだろう。伝播する時期にオリジナルも影響を受けていただろうし…
忙しい時期についついそうしたことを考えてしまう。

銀製鍍金の様々な盃やハサミなどがこの後も出てくるが、大方は地を魚々子文で埋め尽くし、そこにきらきら輝く花鳥を刻みつける。
折枝文と唐草文とがうまい具合に使われていた。

花鳥文の展開1 瑞鳥唐草文の広がり
東アジアの愛らしい花鳥

鳳凰唐草文軒平瓦断片 統一新羅時代の瓦がある。軒平瓦にしても軒丸瓦にしてもスタンプとして可愛い感じがする。

大好きな高麗青磁がいくつか。
青磁象嵌雲鶴文碗 べたっとした不透明な色が逆に1930年代のモダンな時代の色彩のようでかっこいい。

青磁陰刻柳鳥文合子 これがもう実に可愛くて可愛くてならない。べろんと枝を垂らす柳に止まる二羽の鳥、それを見上げる水鳥と魚。
可愛いなあ。シンプルな線ながら可愛くてならない。

平安後期の羽黒鏡が6点。文様はもう完全に和風である。「和風てなんだ」と訊かれたら「見たらわかる」と答えるのが王道な絵柄だった。

白磁印花牡丹文鉢 定窯 北宋 縁にかすかに雷文。これは伏せ焼きなので口べりが欠けたりするそうで、だからあとから覆輪をするそうだ。

このあとはいつもの人気者たちが並ぶ。
耀州窯のオリーブグリーンの瓶、金代の丸々した赤絵の壺など。可愛いわ。

花鳥画の隆盛
いい絵が多く出ていた。

蜀葵遊猫図 伝・毛益 遊ぶ猫
萱草遊狗図 伝・毛益 寝る狗
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どちらも本当に愛らしい。
猫でも大人しいのがいれば、狗でもオケラをいじりにゆくのもいる。

竹燕図 馬遠 南宋  小さい燕の愛らしいこと…赤が効いている。
丸い頭に三角の嘴に赤いほっぺ。可愛いなあ。

花鳥画の展開1 水墨画との結びつき
墨竹、墨梅、墨蘭とシブいところを見た後、雪村の花鳥図屏風を見る。
これが本当の花鳥の楽園図で、たくさんの種類の鳥たちが楽しそうにそれぞれ過ごしている。飛ぶ鶺鴒が可愛く、蓮に近づく鷺たちがディズニーのキャラみたいなのも面白い。

叭叭鳥図 伝・狩野源七郎 三羽の叭叭鳥たちが目つきも悪くがーがーと喋り倒すのがいい。笹の生えた土坡で。

花鳥画の展開2 装飾性と写実性
梅花牡丹小禽図 孫億 1710 白い花が優しい。
花鳥図 山口宗季 1715 こちらもそう。二人は師弟の間柄なのだった。
琉球の絵師の絵は本当にここでしか見たことがない。

四季花鳥図押絵貼屏風 渡邊始興  色んなシーンが描かれている。泳ぐ亀、バッタとイナゴの対立などなど。

沈南蘋の野馬図がある。その弟子たち、影響を受けた絵師たちの絵が並ぶ。日本で絶大な影響を及ぼした南蘋の絵。

風牡丹図 鄭培 神戸市立博物館 すごく風が強くて花が揺れている。アブもふらふら。
こういう表現が生まれてくるのはやはり江戸時代にならないと無理なのか。

桐下遊兎図 伝・余崧 大きな桐の木の下にウサギが三羽いて、それぞれ大きな目をむいている。木の上には小鳥がいるので一羽はそれをじーっとみていて、一羽はそんな様子を見ていて、もう一羽は草の影からその二羽を見ている。ホウセンカとクコとが描かれている。秋海棠もある。可愛いなあ。

雪汀双鴨図 応挙 1774 これは新収蔵品。なかなかいい。

孔雀図 呉春 洛東遺芳館 おお、いかにも呉春のシックな孔雀。樹に止まる孔雀。池田に移住してから描いたもの。
洛東遺芳館の所蔵品が貸し出されている。また久しぶりに洛東にいかなくては…

雪芦鴛鴦図 景文 こちらも洛東から。なんだか嬉しいね。
付け立てで雪の陰影を描く。少し雰囲気が違っていて面白い。

花鳥図 景文 右は白と白に縁は薄紅の牡丹。よく肥えた雀が二羽。飛ぶものと葉陰にいるものと。
左は芙蓉と小鳥と蝶もいるかな。
緊迫感のない優しい、いい軸。やっぱりね、こういう花鳥画を見ると本当にホッとする。
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四季花鳥図巻 長山孔寅 泉屋博古館からきている。カマキリ、ユリ、ツワブキなどがある。
やっぱり四条円山派の花鳥画は本当にほんわかしていて、和む。
東アジアの花鳥画の良さはそこだと思う。

花鳥画の展開3 花卉図の隆盛
古木花卉図册 高鳳翰 1741 揚州八怪の一人、とあるが「…ああ、あの人か!」となったのはやはり絵を見てから。
色は薄いしやや粗雑とはいえ、それが却っていい。芭蕉を大胆に描く。右手がダメなら左手で。薄くとも、ザッパでも力強い絵だった。

花鳥・花卉図册 丁敬 1765 柚子か何かを描いている。隷書体で賛もある。

蔬果蟲魚帖 浦上春琴 1834 泉屋博古館 萌黄色の丸い実の植物がコロコロ。息子さんは温和でよろしい。

花鳥文の展開2 花鳥画との接近

螺鈿水禽文角盆 明 キラキラーーーー螺鈿で紫色に煌めくのを見たのは初めて。綺麗。

五彩花鳥文皿 清 景徳鎮窯 発色がいい。薄橙も出ている。花の色の変化がいい。

五彩花鳥文大鉢 清 景徳鎮窯 すごい細かい。

粉彩百花文皿 景徳鎮窯 おお、久しぶり。隙間なく花で埋められたお皿です。

年末のささくれ立った心を優しく包む花鳥画。ああ、いいものを見た。12/25まで。

浮世絵にみるモダン横須賀&神奈川 /その音、奇妙なり

はじめに、本日で終わってしまった「浮世絵にみるモダン横須賀&神奈川」展の感想を挙げようと思う。
斎藤コレクションから ということが書かれてある。
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最近はこのように幕末から明治の浮世絵がクローズアップされてきて、そこから大正の新版画に至るまでの展示があるのがとても嬉しい。

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江の島詣で、大山講、金沢八景、このあたりの幕末の浮世絵が多い。
江戸からのいい距離の行楽地・遊山の先、信仰もありおいしいものもあり名物もあり、といういい場所なのだろう。
中には役者絵で描くものもあり、また楽しそうな母子らの絵の背景にもなっている。

江戸時代の人情譚は多いが、わたしが江戸人の暮らしぶりを描いたのをみた最初は時代劇「遠山の金さん」中村梅之助バージョン、石森章太郎のマンガ「さんだらぼっち」この二つが代表だった。
「膝栗毛」「五十三次」は江戸から離れたさきが舞台なので、また措くとして、昭和に生まれた江戸ものの傑作だったと思う。

大山講を知ったのは「さんだらぼっち」からだった。
とはいえ実はこの山がオオヤマだと知ったのはつい近年のことだった。
これは仕方のない話で、わたしは伯耆大山(ほうき・だいせん)しか知らないし、今もオオヤマがどこにあるのかすら知らない。
金沢八景・金沢文庫もそうで、清方が「金沢に別荘を造った」話も、「…電車に乗れないような人がよくもまあ東京から北陸まで出れたもんだ」とずっと理解に苦しんでいた。だから称名寺の金沢文庫を知ってやっと納得したのだが、そういう意味で関西人のわたしは江戸近郊の、現在の神奈川県の名所に疎いのだった。

旅心をいざなう
広重、英泉、北斎の風景画が出ている。
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わたしはもうなんというても広重がいちばんいいのだが、三人が三人とも全く違う趣を見せるのがこれまたいい。
広重は抒情と共におおらかなユーモア、もっといえば明るいギャグもう描くし、そこがとてもいい。
英泉は美人画にみる官能性をここではなくし、静かで明るい風景を描く。
北斎は凝りに凝った風景を描く。凝りすぎてほんまかいなと思うような謎な風景も多いのがまた面白い。

ここにも出ている広重の五十三次細見図会などはもう抱腹絶倒で、いつかこのシリーズと国芳のおばけ絵の木曾街道シリーズとを一緒の展覧会で見せてくれたら、とよく思う。

文明開化の風景
抒情性が浮世絵から失われ、替りに赤い絵の具が席巻した。
当時の生活者の人々は本当に大変だったろう。
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港のにぎわいと「横浜絵」
何やら色々と工夫を凝らした様子が見て取れる。
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横浜での休日の様子を描く。外国人の様々な様子を実見したのか想像でか描く。
なんだかもういろいろ言いたいことが浮かんでくるが言えない。

近代国家・日本と横須賀
ここでようやくほっとした。もう想像ではないのだ。

小林清親 日本名勝図絵 観音崎
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この横須賀美術館のある地域。
いつもここまでで帰るが、この絵を見ていると、そこまで行きたくなってくる。

小林安治、小倉柳村、川瀬巴水までの版画が現れて、とても和やかなキモチで眺める。
幕末まではドキドキと抒情と笑いがあるが、明治初期の横浜絵をみていると、妙な切なさを覚えて苦しいのだ。
だが明治もこなれてきて大正になると、とても嬉しくなる。

どうモダンだったのかは実はよくわからなかったが、多くの作品を観ることが出来てよかった。

次に横浜開港資料館「その音、奇妙なり」展の感想を挙げる。
副題は「横浜・西洋音楽との出合い」
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西洋音楽が入ってきて、伝統の音楽がいかに駆逐されるか、ということを目の当たりにしたような気がする。
このチラシの美人さんはピッコロかなにかを吹いている。
こちらの美人さんは鼓を打つ。
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まだそれでも邦楽は活きていた。

明治中期には月琴もブームがあった。明治から大正では女義太夫に熱狂する若者がいた。大正から昭和初期には琵琶も流行った。
…しかしみんなもう廃れている。

面白い資料があった。
貝塚発見のモースが邦楽を当然ながら理解せず、「はぁ??」と反応するのに対し、彼の教え子の若い日本人が反論する。
まぁ言うたらなんやけど、西洋音楽の型に嵌めれるような音階ではないわけですがな。
そういえば奄美・琉球も実は日本の音階とも西洋音階ともまた違うのだった。

西洋音楽の普及の苦労話については里見弴が子供の頃の追想をした随筆にいろいろ書いていた。
それを思うと今の邦楽崩壊はたったの五十年足らずの期間だったことがわかる。
逆に今は邦楽の良さをなんとか知らそうとする人々がいるくらいになってしまった…

武満徹「ノベンバー・ステップス」が西洋に殴り込みをかけた!のはやっぱりオープニングにいきなり尺八がブォーーーーだからではないか。ああいうのでウケたのでは、とひねくれたことを考えている。

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実はわたしは長いことエレクトーンを習ってきたが、ちょっとも身につかなかったな。
で、わたしとしてはですね、時々三味線をつま弾く生活に憧れておるのですよ。
クラシックコンサートに行くのなら、素浄瑠璃を聴きに行きたいと思っている。

ねずみ唱歌というものがある。
これ実は衛生面でのねずみ撲滅の歌なのでした。
聴いたことないからどんなのかは知らない。
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絵は可愛いがなあ。
しかし猫が一般家庭に買われるようになったのはやっぱりチュウ害から家を守るダメですしねえ。

とかなんとかいううちにトコトンヤレトンヤレナから軍楽になって行ったりする。
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横浜市歌が作られる。作詞は森鴎外。今も歌われているそうな。
わたしも自分の市の歌は歌えるぞ。誰が拵えたかは知らないが。
「大大阪にほとりして」という箇所しかすぐに出ないが。

この展覧会では明治の浮世絵も多く出ていた。横須賀でみたのと重複もしている。
そのうち「本町通り」にあった時計塔の絵を見ていたが、この時計塔の初代の後に今の横浜開港記念館のあれが二代目時計塔として建造されたとか。
初めて知った。

色々と面白いことを教えてもらった。
こちらは1/24まで。

生誕110年記念 三岸節子 私は燃えつづける

三岸節子は日本人の女性の洋画家のうちで、いちばん好きな作家だ。
いや、日本人のというのはいらない。
全ての女性洋画家の、というべきだった。
三岸節子の力強い作品、その画業、その生涯。
常に見習うべき先達として、強い憧れと深い尊敬の念を懐いている。
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最初に三岸節子を知ったのは随分子供の頃で、実は梅原猛「湖の伝説 画家・三橋節子の愛と死」を知った時だった。まだ小学校に入ったばかりのわたしには名前だけでは二人の区別がつかなかった。
が、すぐに教えられて「三橋節子は亡くなった人、三岸節子はフランスにいる人」という明確な認識を持つようになった。
ここで一つへんな話をすると、当時は山口百恵のドラマが多く作られていて、わたしは夢中で見ていたが、必ず謎めいた美女・岸恵子が「パリのおば様」として登場していた。
実際岸恵子はパリに在住する人なので、わたしにとっては非常に遠い華やかな地に住まう、素敵なおば様という意識が生まれた。
そこへ「フランスに住む画家」として三岸節子がわたしのアタマに加わったのである。

三岸の絵を実際に観たのは1994年の名古屋・ヒマラヤ美術館でのことだった。
それ以前には絵葉書などを手に入れていたが、なかなか実物を見る機会に恵まれなかった。
その頃すでに今東光「春泥尼抄」を愛読していたわたしは、作中に現れる三岸の「パリーの壁」というデッサンが見たいものだと思っていた。
その絵はないが、ヒマラヤ美術館の壁面いっぱいに飾られていた三岸節子の力強い絵に、強い打撃を喰らったようになった。
だからその後の数年、ヒマラヤケーキ店の二階にある美術館に行くのが名古屋ツアーの楽しみの一つになっていた。
そのヒマラヤ美術館がなくなり、三岸節子の美術館が尾西市に出来て、という時代の流れがあるが、三岸節子の絵を見る度に名古屋のヒマラヤ美術館を思い、パリのひとを思い、三岸の力強い絵が思い浮かぶ、というシステムがわたしの中に出来上がっている。

ブログを始めるようになってから三岸節子の大きな展覧会を見るのは三度目になる。
2005年 「生誕百年 三岸節子」展
2010年「没後十年記念 心の旅路 満開の桜のもとに

どちらも素晴らしい展覧会だった。
今回もまたいい絵が並んでいる。一宮市三岸節子記念美術館の所蔵品が中心である。

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二十歳の自画像が来ている。三岸好太郎が追いかけた美少女の、数年後のきついまなざしの自画像である。既にこの時から彼女の強い意志を感じる。

花・果実 1932 力強い、とても力強いりんご。こんなの噛んだら歯が折れる。

月夜の縞馬 1936 これはどこかほのぼのしていていいな。

好太郎の死により節子は「生きることが出来た」わけだが、現実問題として子供は小さい・バタバタと忙しいということで、外へ出て画題を探しに行ける状況ではなかった。
それで彼女は室内画・静物画に励んだが、その頃の作品の多くは後のものとは違い、どこかモダンな感じがある。

このことを思う時、小出楢重の室内画・静物画を想う。
彼は体調不良から外での写生を諦めて室内に目を向け、日本の『スタイルの良くない』裸婦たちや花や果物を描いた。
それで小出は独自の世界を切り開いたのだった。

三岸節子はその時期が来るまでは室内にいた。
雌伏していた、と本人は思っていたかもしれない。
戦前まで彼女は「コドモノクニ」の仕事もしている。
シマウマを見る子供たちを描いたものがいい。
本の装幀も少なくない。
「チャタレイ夫人の恋人」がある。これは1935年刊行の本だから戦後の裁判事件の前のものか。
とはいえ、どこまで翻訳できていたのだろう。いや、そもそもまだこの時期は完全版ではなかったのだ。だからまだ刊行できたのか。

40代になって以降の彼女の力強さは尋常ではない。
室内を描いていた頃はどこかヴュイヤールを思わせるところがあったが、そこから出てくるともぉあっという間にモンスターのように力強くなった。

花をよく描いていたが、何もかもが強い。強靭、というべきか。そしてその前では安易な気持ちでいられない。こちらも本当にエエ加減な気持ちで対してはいられなくなる。
見るこちらも目が爛々と輝いてくるし、なんだか血が沸騰してくる。
今、こうして思い出しているだけで気合が満ちてくる。
充填されるこの気合はなんだろう。
三岸節子の力業にこちらが煽られてきたのか。

わたしが見に行ったのは夜だった。
お客さんは少なかった。おとなしそうな老婦人が相客だったが、見ているうちにだんだんお互いになんだか親和力とでもいうのかそんなのが湧き出してきて、ともに最後までがんばろう!という気持ちになってきた。
二人とも妙にエネルギッシュ・アブラギッシュになり、いちいち力強くうなずきながら、ぐっと拳を握りしめて見ているのだ。
もしここで新しい婦人客が来たならば、最初はギョッとしたかもしれないが、見る見るうちに同化してきたかもしれない。
三岸節子にはそんな効果がある。

フランスに行ってから三岸節子は埴輪の佳さを知ったそうだ。
埴輪を描いたのは日本画の速水御舟、山口蓬春、三岸節子くらいだと思う。
盾を持った武士 いい名前だ。古の埴輪をモデルにしている。
その素描もいい。可愛い。

太陽を描いた絵もいい。何がどういいのかと訊かれたら「見て」と言いたい。
他人の言葉なんかあてにならない。三岸節子の絵の良さは見ないとだめだ、本当にはわからない。
理屈をグダグダ言うて何の役に立つ。
三岸節子の絵を見て感動すればそれでいいのだ。

山吹色をぐばーっと塗りたくられた太陽、かっこいいなあ!
素描では太陽の顔に髭がついている。遊び心なのか、そうではなく太陽王へのリスペクトなのか。
だからその素描にはタイトルがついていて「太陽讃」である。

三岸節子はサクラクレパスの良さをよく知っていた。
フランスにいる間もしばしば通販を頼んでいたそうだ。
先般、サクラクレパス所蔵のクレパス画展でも三岸節子の花を見たところだ。
その時の感想はこちら
うらわ美術館でも見ている。
こちら

南フランスの温かなところを三岸節子も愛した。
ルノワール、シャイム・スーティンが描いた場所。
力強い塗が構図を吹き飛ばすようで、何を描いているのかわからない絵もある。
一直線に強く塗りきられた畠、空、丘、本当はもっと細かかったかもしれないが、完成した絵からはそんな些細なことはどうでもいいのだ、という強い意志が見えてくるようだった。
かといって大雑把なのでも粗暴なのでもない。力強く活きているからこうなった。ただそれだけだ。
だから抽象画とはちがい、ものの概要ははっきりとわかる。

1974年、パリで初めての個展を開催したそうだ。これが大ヒットしたとか。
そうなると今東光の小説は1950年代初頭のものだから、その20年も前からわたしたちは三岸節子の絵に血を沸き立たせてきたのだ。

三岸節子の絵に癒される人は少ないように思う。
しかし彼女の絵を見て勇気づけられ、力づけられる人は多いだろう。
優しい慰めの言葉などはないが、「しっかりしろ!」とどやされ、その背中を見て「よしっ!」となる人がいる。
ありがとう、三岸さん!
そう心の中で叫ぶ。

展覧会ではリストを貰う。そこにメモを書く。大概簡素なメモか、やたらと細かいことを書くかのどちらかになる。
ただ、三岸節子の場合は違う。
やたらと感嘆符!が多い。それとーーーも多い。
例えば以下のようである。
「ラコラオーラの城 1989 84歳 油彩/キャンバス」 赤っ!(何やら妙なメモ画をつける)赤!赤!
これでまた彼女の力強い赤が思い浮かんでくるのだ。
実物の城を知らないが、もしかすると現物を見るとがっかりする可能性がある。
三岸節子の目と手を通したラコラオーラの城、それがアタマに刻まれている。
だから実物も赤くなくては困る。

クレパス画の「モンマルトルの階段」は場所を大体知っているし自分も上り下りしているが、三岸節子の絵になると、「灰色!」となり「上るぞ!」と書いている。

装幀本をみる。
舟橋聖一「夜のリボン」、武田泰淳「風媒花」などがある。
作品の中身と表紙とはまた別物だというのは洋画家の場合によく思うことだ。
今、泰淳の「風媒花」は講談社文芸文庫から出ていたが、あれはシリーズものなのでさらりとした表紙だった。
三岸節子の表紙のままだと登場人物たちのめちゃくちゃさが更に際立つような感じがある。
それはそれで面白かったろう…
久しぶりに泰淳の小説が読みたくなってきた。
「森と湖のまつり」「富士」は出しやすいところにあるが後のは面倒な場所にある…

最後の大作「さいたさいたさくらがさいた」もあった。98年、93歳の力業である。
桜の大きく胸を張ったような木がうわーっと躍る。それで風を呼んで花がいっぱいにふくらむ。
本当にいい絵を最後まで描き続けたのだ。 

「私は燃えつづける」とは彼女の言葉から採られた副題だ。
一時も休むことなく彼女は燃えつづけ、最後まで赤々と燃えつづけていた。
亡くなって15年以上経つが、灰になってもこうして観るものをも燃やしてくれる。
素晴らしい!

吉祥寺では12/27まで。
まだ関東の人は間に合う。
次は一宮市、そして春には香雪美術館に来る。
また会いに行きたいと思っている。

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

東京のあと伊丹に現れた「鴨居玲」展である。
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東京でのチラシはこちらの一種。
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数年前に横浜そごうでも回顧展があったが、やはり兵庫県で開催するべきだと思っている。
当時の感想である。あのときと今と。鴨居玲に対する心証は変わらない。
作品については前述の感想、あれでいいと思っている。
今回も全く変わらない。

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絵そのものはそれこそ三岸節子同様力強そうだ。
しかし彼が描くのは社会的弱者の人々だった…

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ダンディな男前なのに彼が描くのはばっちい人たちだらけだった。
描かれた人々と似たようなタイプかと思えはそうではなく、本当にカッコいい。
しかし本人の気持ちはこちら側にあったようだ。

熊内町に彼のアトリエがあった。高級住宅地である。
そこで何を考えてしたのかは知らぬが、本当にもったいないことをしてしまった。
57くらいで自死している。

彼の姉の鴨居羊子さんは大阪市内でその当時の時代の最先端をゆく人だった。
畏るる何ぞや。
かっこいい。うちの母なんかも鴨居羊子さんの下着を買いたくて仕方なかったそうだ。
亡くなるまで威勢のいい女性だった。

鴨居玲が描く人物を見ると「人生の敗残者」という言葉がよぎる。
だから気分が落ち込んでいるときには見たくない画家でもある。

五月、金沢に行った。その時美術館で鴨居玲の絵を見た。
恋人どうしが抱き合う絵で古いフランス映画をモチーフにしたようだった。
「悪魔が夜来る」だったか。マルセル・カルネ監督の映画で、抱き合う恋人たちを描いている。
これは映画のラストシーンで恋人たちが悪魔の目の前でキスするシーン、そして石になる情景を描いていると思う。
こうした絵は好きで、これならまだ両目を見開いて作品を観て回れる。

それからこちらは韓国人の歌手である。
望郷を歌う 高英洋に 1981  この絵は兵庫県下のギャラリーガイドブックにもよく紹介されていた。
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わたしの大好きな絵。
長らく「身世打令しんせたりょん」だと勝手に思い込んでいた。

絵に接していると、なにかしら悲痛なものと空虚な笑いとがこみあげてくる。
それがつらいので、あまり見ていたくない。
わがままなようだが、せつないのだ。

そしてそのわがままさは鴨居玲本人にも言えると思う。
ダダ漏れ、甘え過ぎ。時々そんな風に思ってしまう。
そんなだからこんなになるのだ、と冷たく思いながらも、やっぱり少し泣いてしまう。

だから大きな声で彼の話をしたくはない。
好きだということも知られたくはない。

鴨居玲、今生きていてもよかったのに…

明日まで。



「横尾忠則 幻花幻想幻画譚」をみる

瀬戸内寂聴の新聞連載小説は74年の毎日新聞「まどう」しか知らない。
あれは「新八犬伝」が終了した頃に始まった。
挿絵を辻村ジュサブロー(当時)が担当し、般若心経一文字に人間(あるいは人体)が絡む、という構図で続いた。
文字数と同じ回の挿絵である。
物語に直接関係ないと言えばないが、しかし深いところで挿絵と物語は通じている。
「まどう」が魔の道のまどう、或いは戸惑うのまどうである以上、この選択の他に絵はないのだ。
実際、小説はある女の書簡(もしくはモノローグ)から始まる。
そこでは辻村ジュサブローに向けて「新八犬伝」に流れる官能性について女が熱く執拗に語りかける。
(原作者・馬琴が務めて官能性を排除しようとしたにも関わらず、八犬伝は非常に官能的な小説である)
わたしは子供心に「…絵だけは欲しいが読むのは控えた方がいい」と思った。
それで毎日ちょきちょきと新聞を切っていた。

前置きが長くなったが、今回横尾忠則による「幻花」の挿絵展が王子公園の横尾忠則現代美術館で開催されている。
タイトルは「横尾忠則 幻花幻想幻画譚」展である。
「幻花」は「まどう」と同時期の新聞連載小説だったようで、こちらはわたしの読まない新聞なので連載を知らなかった。
だから今回の展示で初めて挿絵があり、それが横尾忠則の仕事だったことを知った。

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わたしが「幻花」を知ったのは77年にドラマ化されていたからだ。
今回調べてドラマが77年の製作だと初めて知った。
当時、たまたま最終回一回前に予告編だけを見た。
それで新聞の番組紹介を見て「ああ、瀬戸内晴美か」と思い、時代物でありながら実は現代ものだということもその時知った。
知ったが、しかしそれで読むというわけにはいかなかった。
なにしろ子供心に「コレハヤバイ」と思っていた作家だし、母の友人が母に貸していた「彼女の夫たち」をチラチラ読んでいたので、やっぱり小学生は読んではいけないと思い、今日に至るまで話の概要を知らないままできた。

「幻花」は室町時代が舞台となっている。
今回展示の紹介で概要を知り、更に下巻だけだが美術館四階の図書コーナーで読んだので、大体は話が分かってきた。
今から思えば当時室町時代を舞台にしたドラマは少なかったのではあるまいか。
今もほぼ見当たらない。
物語の背景となるのは応仁の乱であり、足利義政とお今の方、日野富子の愛憎関係に、一休禅師としん女、そして主人公である河原者の千草、その夫の又四郎、二人を育てた祖父の庭師で義政に恩顧を受ける善阿弥らが物語を展開する。
捨て子の河原者・千草は富子と瓜二つの容貌を持ち、義政の母・日野重子により御所へあげられ、そこで磨き上げられる。
更にカルタ占いの業を身に着けさせられ間者としてお今の方のもとへやられるが、そのお今の方に可愛がられて、彼女のために命がけで働くことになる。

将軍義政の将軍としてのダメさ加減と、造園への執着などについてはドナルド・キーンさんのわかりやすい解説がある。
こちら

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ところでこの物語には実は大きなカラクリというか仕掛けがある。
なにしろ最初に作者本人と思しき婦人が現れ、それが友人の摩耶夫人(凄い呼称である)から「こんなものがある」と示されたのが前述の譚なのである。
だからか挿絵自体も突然僧形となった寂聴の似顔絵が宇宙を背景に出現したりもする。

展覧会ではフラッシュは禁止だが撮影は許されていた。
横尾のペン画・墨絵の魅力、わたしのあまりうまくもない写真だが、伝わればいいなと思う。








鼓である。これでおしんさん(森女)を想う。留守文様ということになるか。








タイトルの絵が翌日には少しばかり変化している。
横尾はこのように連続させることで変化を楽しませる工夫をしていた。


拡大化された義政とお今の方。
後にお今の方は追われ、更に日野家の刺客に命を狙われるが、そのときに壮絶な腹切りによる自死を行う。
そしてその後、義政はお今の方への愛情と悔恨とで苦しむ。











本の装丁


新聞連載の様子


可愛いもの
獅子





唐獅子


ウサギとカエル


ここで一遍上人が。


縁起絵巻からか




小説の最後は当時の作者らしい展開となる。
作者はこの読み物が実は千草や又四郎による回想録などではなく、摩耶夫人の創作だと気づく。
小説家より一枚上手の摩耶夫人。二人の電話がイヤらしい。
摩耶夫人は若い男を足元に這わせながら、その白い足で男を弄りながら電話をしている。
そしてそれを小説家は目に見えるようだと思いながら会話する。
この時きっと作者もまたやはりいやらしい顔で笑っているのだろう。

やっぱり当時読まないままでいてよかった。
これは悪意もイヤラシサも黙って笑いながら味わえる年頃になってからでないと、読んではいけない世界だ。
むしろ横尾忠則の挿絵のシャープさが救いになるくらいだった、と今のわたしは黙って笑いながら思っている。

高島屋・船舶の室内装飾への取り組み

高島屋史料館「美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ」展の感想の続きである。
今回は「船舶の室内装飾への取り組み」だけの感想になる。

これまでに船舶の室内装飾の展示を各地で見てきた。主にそれは横浜での展示が多く、さすが港町だと思う。
行けるものならいつか三菱重工長崎造船所(なんと見事な字面だろう!)をお訪ねしたいとも思っているし、機会を得れば川崎造船所の進水式にも参加させてもらいたい。

日本郵船歴史博物館での「洋上のインテリア」展で初めてカラースキーム(船舶の室内装飾画)というものを知った。その時の感想はこちら

この展覧会は今のところ2まで開催されている。
そして横浜みなと博物館でも「豪華客船インテリア画」展を見、三菱みなとみらい技術館でもカラースキームの特集展示を見ている。
他にも村野藤吾や中村順平の展覧会では彼らが設計したインテリアの原画を見ることもあった。


戦前の豪華客船建造は、明治の頃の過当競争の後に国家の威信をかけて行われたもので、日本各地の地名などを船の名にし、当時の技術と文化の粋を集めて各社が素晴らしい作品として世に送った。彼女らはいずれも優美な佇まいで海に浮かんだ。
多くの船には<姉妹>がいて、中には優雅な三姉妹もいた。

高島屋が室内装飾に関わった主な船舶の紹介がある。
日本郵船、大阪商船、関西汽船などの名が挙がっていた。
「暮らしと美術と高島屋」展でもその展示があった。

浅間、龍田、秩父、氷川、日枝、あるぜんちな、梶原、出雲、香取、鹿島…
これらに高島屋の仕事があったそうだ。

豊浦丸1899 古めかしい写真には外観しかないので内装がわからないのが惜しい。
これが高島屋の船舶装飾の始まりだという。
思えば豊浦と言えば厩戸皇子が育った地ではないか。

初加勢(初風)1902 当時皇太子(後の大正天皇)のためのヨットである。献納された。
木島桜谷原画の「富士の巻狩り」図の大きな刺繍タペストリーがあったようだ。

諏訪丸の小児室壁装飾 1914 大きな壁画は「パラダイス」として百花の描かれたもので、その左右に交代交代で二枚の絵が飾られていたそうだ。全部で12枚。長い船旅、子供らを少しでも楽しませようとしていたらしい。洋と和のいい感じのモダンな童画である。
見たままのことを書く。
・羽子板と幼女姉妹
・ヴァイオリンを弾く男児。中華風なスタイルなのが面白いが、もしかするとその当時の「浮かれヴヰオリン」かもしれない。
・馬を曳く爺さんと孫。なんとなくポップである。
・水甕を割るワンピースの少女。
・稚児輪を結う少女が人形遊びをする。
・五月、犬張子と少年。
・花をかざすエプロンの幼女、その手には提灯
・三日月の下、家路へ向かうクマにまたがる金太郎。
・サンタさんが靴下にプレゼント入れるのに忙しそう。
・桃太郎一味が座っている。
・花を撒く三美人。
・民族装束の三人の少女。

秩父丸 一等ベランダ透視図 1930  これはとても印象深いもので、以前にも何度か見ているが軒など「宋風鎌倉様式」というそうな。狛犬に四角い池には睡蓮。
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その完成写真もある。
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丸池に変わり、それで階段が左右につけられた。
大体元の案に近いように思う。

秩父丸には和風の座敷も備えられていた。欄間は筬欄間(おさらんま)。彫刻ではなく細い細い材でしゃーっと出来たあれである。

秩父丸の売店は三越が担当している。

氷川丸はアールデコ様式で装飾されているが、ここにある案を見ると、必ずしもそれで統一していたわけでもないようである。1930年

一等社交室透視図 ロココ調で素敵。豪華なのはいい。
エントランス階段立面図 床は斜めの市松文様でおしゃれ。
エントランス階段平面・天井図 モガやモボがいる空間である。

八幡丸 特別室・寝室透視図 鈴木三一 昭和10年代初期 シンプルでいい部屋である。壁かけの水色がいい。
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この八幡丸は春日丸、新田丸と3姉妹だった。
しかし戦争になると名を変えられ、雲鷹として南シナ海で沈没させられてしまった。

華やかな令嬢・貴婦人として愛された豪華客船の姉妹たちがそれぞれ武張った男名に変えられ、航空母艦などにされてはもうお終いである。
撃沈され、二度と戻ることなく海底に眠っている。
こんな可哀想な話はない。
わたしはいつも戦前の豪華客船の運命を思うたびに涙ぐんでしまう。
日本郵船歴史博物館にある彼女たちの墓碑銘をみると、泣かずにいられない。

話を元に戻す。
橿原丸 
喫茶室透視図 今もあるようなソファセット、暖炉には走る鹿たちの図がかかる。
グランデルーク(特別寝室)作り付けの鏡台がシンプルだがとても大きい。
Privateサロン 10人用の円卓がある。
スイート寝室 意外と和風な空間でのベッドルームである。

出雲丸 貴賓室関連を担当したようだ。案もいくつか出している。
居間透視図 もこもこの青いソファ、青い花瓶にパンジーのような花柄の絨毯。
寝室透視図 柳の絵があり、シダ柄の絨毯。シンプルなベッドの間には電話が設置されている。

この橿原丸と出雲丸も姉妹である。神話の時代を髣髴とさせる名付けである。
しかし彼女たちもまたそれぞれ準鷹・飛鷹などと名と性別を変えられて戦場へ駆り出され、どちらも海底に沈んでいる。

戦後、船舶が再び造られる時代になった。
洞爺丸 1947 え゛っっっ!あの洞爺丸を担当したのか。びっくりした…
「飢餓海峡」を思い出す。

羊蹄丸 一等出入口平面図 ああ、わたしは1985年にこの船で、当時まだ航行していた青森函館の海峡を渡った。
スタンプを押したことも忘れない。そしてアホなわたしは船尾に立って♪はーるばる来たぜ函館―――と歌い、のどをやられたのだった…

ミシガン 1982
クリスタルハーモニー(現・飛鳥Ⅱ)1990
あかつき丸 2014
これら新しい客船はいずれもとても豪華できらきらしていた。

もう二度とこの綺麗な客船たちが、嫌な用途に使われることがないように願うばかりである。

また来年早々に日本郵船歴史博物館、氷川丸、横浜みなと博物館、日本丸、それに三菱みなとみらい技術館に出かけよう。
高島屋史料館、いいものを見せてくれて本当にありがとうございました。

美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ

高島屋史料館「美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ」展の後期展をみてきた。前期と共に感想を挙げる。
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高島屋じたいの展覧会はこれまでに世田谷美術館、泉屋博古館などでも紹介されてきた。そのときに事業の一つ・装飾事業に感銘を受けた。
今回はその方面の展示が中心となっている。

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エントランス・ウィンドーに国立劇場の大劇場の緞帳の原画があった。
原画・製作は住江織物会社である。
後に説明があって納得したが、この住江織物は明治20年代に前身の村田工場の時代に高島屋の仕事を請け負い、ともに発展してきた会社なのだった。日本初の機械織りによるモケット製作もしている。

1. 呉服から美術染織へ
これまで長きにわたり高島屋史料館の所蔵する絵画を見てきたので、それらの絵のうち大きなものは緞帳などの原画だということを弁えている。
京都の千總と共有する絵師も多い。
ここでは岸竹堂、竹内栖鳳、谷口香嶠、都路華香、幸野楳嶺らが大きな絵を手掛けていった。

岸竹堂 老松鷲虎図 1884  コワイ絵。力強い鷲と虎のぐいぐいくる迫力がある。

ビロード友禅壁掛「波に千鳥」大下絵 監修:栖鳳、制作:香嶠 1900  これが大変大きな絵で墨絵の良さを堪能させてくれるが、半月よりもう少し肉付きのよい月下、波打ち際に千鳥の群れがあり、彼らがやがて飛び立ってゆく様を描いている。

金地草花文屏風 大正前期  やや小ぶりながら一面に優雅な刺繍で彩られ、蕨、石楠花、白牡丹、花菖蒲、撫子、芙蓉、水仙などが咲きこぼれている。

厳島紅葉渓図 楳嶺 明治中期  真っ赤な紅葉の下、鹿たちがそこここを逍遥する。
バンビもいる。そしてこの原画をもとにした壁掛けもある。

パリ万博に参加したときの賞状等がある。そしてパリ万博の夜景写真も参考に出ている。吉田光邦「図説万国博覧会史」からのものらしい。

2. 黎明期:装飾事業の始まり 公共建築物などの室内装飾
高島屋は明治半ば頃、今の藤井大丸の向かい辺りに店舗を構えていた。そこを中心に本店・南店・北店・東店を拵え、更に堺・住吉の緞通屋と組んでその専門店も出していた。

・大阪府庁舎 1885 壁掛け。初代の江之子島時代。
・帝国ホテル初代本館 1890 窓掛け。
・大阪市営電気鉄道 1908 モケットの椅子張り。住江織物に発注。
・嵐電貴賓室内装飾 1910 清の皇族来日のために調製。愛新覚羅さんのどなたかが京へ来られた時のものか。
・全国中等学校野球大会優勝旗 1915 いわゆる深紅の優勝旗である。現在のも高島屋製。

岩崎邸(鳥居坂本邸)室内写真、家具絵図面…1929 これが和洋折衷の大邸宅で本当に素晴らしい。折り上げ格天井のその室内には扇面文様の布張りの椅子がいくつかあった。豪華な新和風の一室、卓は螺鈿、欄間も格の高い櫛目状のもの。
現在この跡地には国際文化会館があるそうだ。

岩崎邸(熱海洋和洞) 透視図 1935  高島屋とワーリング・ギロー社の出した同じ部屋の様子がそれぞれかっこいい。
・洋間の天井も幾何学的な漆喰模様を入れ、大暖炉には皿や壺を並べる。隣にはすぐに階段。
・ハーフティンバーにして暖炉を拵える。
大体がよく似た二案だった。

3. 明治宮殿、迎賓館などの室内装飾
菊の御紋を取り入れて見事な意匠の織物が出来ていた。
裂見本も素晴らしい。

東宮御所竣工アルバム 1909 素晴らしい天井の一隅の写真がある。
このとき川島、千總、京都織物と共に拝命をうけている。

迎賓館の仕事もある。1974年の大修理のとき。
宮内庁からはルイ16世様式の家具調達を命じられていた。
マリー・アントワネットのいた時代、ロココ調の家具である。
海外から輸入したものが大半を占める中で、大燭台は日本製のものを使ったが違和感はなかった。
こちらはその図面。
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素晴らしいのが菊池敏之という高島屋にいた家具職人の拵えたミニチュア椅子。
どんなものかというとすべて『本物が小さくなったもの』ばかりで、修理方法も本物の椅子と同じ。
ラインナップは画像でみてください。
本当にもういちいち言えないが見事なものばかり。
これらは家具の博物館に所蔵されているそうだが、造られたのはなんと1985―2011年の間。既に現在は90歳を超えておられるそうだ。これらは家具の博物館に寄贈されている。
今回の展示で初めて家具の博物館を知った。昭島市というところにあるそうなので、来春の青梅ツアーに組み込もう。
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この画像のが本当に実物大位。

次は船舶の室内装飾の展示だが、これだけ独立して別項で後日挙げる。

6.緞帳の調整
これは一社だけで出来る仕事ではない。
原画があり、寄贈会社があり、制作者がいて、高島屋はプロデューサー的立場で取り組んでいるようだった。

大坂帝国座緞帳「天岩戸開き」原画:華香 1909 他の資料は不明。踊る鈿女と神々の宴。現物はどうなったのだろうか。

大阪歌舞伎座緞帳「石橋」原画:川端龍子 1936 堂々たる体躯の獅子たち。
こちらもやっぱりあれかな戦災でなくなったのかな…

歌舞伎座緞帳「四季の女」原画:東郷青児、寄贈:中山太陽堂(クラブコスメチックス)、製作:住江織物 1951 素晴らしい出来である。今も使われているかどうかちょっとわからない。
また、その下絵を描く東郷青児の様子や加筆中の写真がある。

史料館所蔵の日本画のうち人気の高い、前田青邨「みやまの四季」もそもそもは毎日ホールの緞帳だった。1958 寄贈:日立製作所、製作:住江織物
今回じっくり見ようと分割で挙げてみる。もう実にいっぱいのどうぶつたちがいて、木からは四季折々の植物が咲き乱れている。
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いろんな新発見がある。

歌舞伎座緞帳「泰山木」原画:奥村土牛、寄贈:ミツワ石鹸、製作住江織物 1961 これは土牛自宅の花を写生したそうで、少し前にも展示されていたが、いい絵である。色指定などが書かれているが、絵としてもとてもいいのだ。
緑の葉の濃淡が美しい。
緞通で花や葉を表現している。
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アサヒグラフに当時その製作風景が掲載されたそうだ。

フェスティバルホール緞帳「群鶴」原画:加山又造、寄贈:カネボウ、製作:川島織物
1991 ああ、琳派。24羽もいる…

7.戦後70年・装飾事業の主な仕事
ここで高島屋の仕事が多岐に渡っていることに改めて驚く。
最高裁の大応接室、ホワイティ梅田、ホテルニューオータニのロイヤルスイーツ、0系新幹線、国際会議場、国立文楽劇場大ホール、世田谷美術館区民ギャラリー、シャネル銀座ビル…
知らぬ間に足を踏み入れていた場所もとても多い。

8.21世紀・高島屋スペースクリエイツの誕生
装飾部が独立して発足したそうだ。
そして近年新装なったフェスティバルホール、羽田空港国際線ターミナル、花外楼などなど、いい仕事を見せている。

今回、本当に興味深く面白い内容だった。
深い感銘がある。
またいつかこの続編を見てみたいと思っている。12/25まで。

禅僧と茶道具 大徳寺を中心に

湯木美術館で「禅僧と茶道具 大徳寺を中心に」展の後期をみてきた。
茶の湯と言うものが明治以前は男性のものでしかなかった、そのことを改めて知ることにもなった。
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江戸時代、女性で茶の湯の心得があると言えば、男性の相手をする、中でも特に高位の花魁くらいだという認識は間違ってなさそうである。
茶の湯はあくまでも男性の楽しみ・たしなみにすぎないのだ。
だからこそ、禅僧がこうして茶の湯にのめり込む。

「茶禅一味」なるほど禅の精神を茶の湯に取り込んでいる。
言わせてもらえばおっちゃんらのジコマンである。
質素の良さとかいうのもそれ。持つからこそ持たざるを望むのだ。
まあしかしこんなことを言っては茶道具を愉しめなくなるのでやめよう。
それに、現代では茶道を愉しむのはほぼ女性になっているのだ。

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井戸香炉「三国一」江月宗玩所持、鴻池家伝来 朝鮮王朝時代  三本足の香炉でこれは「聞香炉」・三本鼎立ということから三国志の魏呉蜀に準えたらしい。「弎圀弌」というのが本当の字。

唐物肩衝茶入 銘・富士山 遠州蔵帳・雲州蔵帳所載、畠山即翁所持 南宋~元  仕覆が可愛い。特に赤い間道が可愛い。

千家名物 茶杓 春屋宗園 鴻池家伝来 煤竹が飴色になっている。この添え文は宗旦。

野々宮釜 西村道仁 古田織部・細川三斎所持、高桐院伝来 室町時代  鐶付は鈴虫か土蜘蛛と言われているとあり、この蹲りから思えば、正体がばれた後の土蜘蛛に確かに似ているようにも思えた。

千家名物 黄瀬戸建水 銘・利休大脇指 利休・宗旦・玉舟所持、紀州徳川家伝来 室町  チラシのだが、カレーを拭きこぼした寸胴鍋に見える…

砂張合子建水 明  中は「虎肌」の斑文がいい感じ。

備前種壺水指 赤絵蓋添う 亀田是庵所持 室町  これは面白いことに明の赤絵の鉢を逆さにして蓋にした感じ。
本体は焼き締め品。

堅手平茶碗 朝鮮王朝時代  白磁ベースに淡紅もにじむ。目跡がちょっと面白い。

茶飯釜 和田國次作 銭屋宗徳所持 江戸時代  見どころの多い釜である。ごはんもお湯もこれ一つでOKのスグレモノだが、要するにこの釜は「わびた茶懐石」用のなのか。うむ、確かに質素すぎますな。
「飯炊き」を思い出すぜ。政岡は大名家に仕えるということからその心得があったわけです。
蓋を変えて仕事をする。飯炊きには唐銅、湯沸しには鉄の蓋。

沢庵墨蹟「夢」  力強い字だが「いい夢みろよ」ではなく、ちょっと厳しいことが書いてある。

仙厓利休像画賛 これはもう可愛くて可愛くて。宗匠頭巾の利休じいちゃんニコニコ図。わたしもついつい描いてしまうくらいの優しい筆致。
釈迦仏天下一 仲尼仁天下一 大胆哉利休茶天下之一
お釈迦様や孔子と並んでいる。

御所丸茶碗 銘・由貴 福山・藤井家伝来 朝鮮王朝時代  銘は耳庵。いつも「スターフルーツに似ている」と思う肌をしている。

黒茶碗 銘・人丸 一燈宗室作  うねり方が人麻呂ポーズのそれの俑だからという命銘。

茶杓で対のものがある。共に住友家伝来。
明暦々 仙叟宗室作  櫂先はともかくやや細くなってゆく。
露堂々 覚々斎宗左作 太く力強いまま変わらない。いいなあ!
この連はともに禅語なのだった。

瓢香合 歌銘・面壁の 松枝不入作  呼ばれたのにとうとう松江入りしなかったことからの名前。達磨を思わせるような瓢だった。

古銅四方口花入 明  なかなかシャープでカッコいい四角の口に首には細い文様。そして下面も四角。緑青がとても綺麗だった。寛文元年1661年8月7日の茶会に出ているそうな。
いい日だな。

茶席のところには八代半七の替え茶碗・玉の絵があるる表面を見ると宝珠の意匠化されたのが入っているが、それがどこか法花を思わせるような拵えで大胆な面白さがあった。

次回は優雅な展覧会らしい。楽しみ。 

青児とパリの美術

東郷青児コレクションを見に行った。あの長い名前の美術館である。
ここは冠に「東郷青児記念」がついているが、今まであまりそのことに注意を払ってこなかった。
今回の展覧会は、何故「東郷青児記念」とついているのかを改めて知ることになった。
企業と芸術家の幸福な結びつき、それを知ったのである。
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「青児とパリの美術」というタイトルがついている。

・はじめに パリの香り 暮らしに身近な作品群
1950年代から1970年代までの東郷青児の作品が8点並ぶ。
52年の「建物と少女」はキュビズム風な趣がある。この絵の少女は頬もふっくらした子供で、後の東郷スタイルの娘ではない。むしろパリで学んだ成果が現れた少女だと思う。

スタイルが完成してからの娘たちの絵を眺める。言葉から遠く離れた領域にあり、完全な形を身に着け、なんら他者が入る余地を持たなくなっていた。

ただ、四枚組の「パリ」は水彩画で、これにはまだある種のゆるさというかゆとりがある。
わたしにはとても好ましい作品に見えた。

東郷青児がスタイルを完成させて以後は、他者に一切の余地を持たさぬ作風になっているが、これは日本画の伊東深水と同じだと思う。どちらも完璧なので手を伸ばすことを拒絶されている。

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第1章 パリ滞在とモダンボーイ 戦前の油絵
1920年代の東郷青児の作品が並ぶ。後の作風とは全く違うスタイルで、まだまだ模索中という感じがある一方、自由さがある。
石川淳がさらりと鉛筆で肖像画を描いてもらったのはこの時代だったろうか。

藤田嗣治 家 1934 少女がチューリップに水をやっている。それがどこか不安な感じがある。いえば井上洋介的な、やたらと巨大な幼女が何か日常的なことをしているはずなのに、妙に殺戮の匂いがするような、あの感覚。それがこの絵にもあった。遠近感のためにか少女の背後の家がえらく小さいのも不安の種になっている。

ピカソの版画が二点。エッチングの午睡とリトグラフのバッカス。時間差があるから画風も違うのだが、どこか共通するものがある。たぶんちょっと幻想的なところがあるからか。

シャガール よく見る夢 裸婦が空を飛んできて画家と共に浮かぶ。画家の静かに楽しそうな表情がいい。

1930年代の東郷青児の作品が並ぶ。モダンでカッコイイ。
黒い手袋 これは損保のポスターのための絵の原画
微風 灰青色の綺麗さに目が見開かされた。
洋菓子店モンブラン、プチフランセ、アルプス…それらの包装にもオシャレな東郷青児の美人画がある。

第2章 イメージの中のパリ美術 戦後の展覧会発表作
1950年頃にはもう東郷青児のスタイルは完成されている。
それらの作品が並び、題材が何であろうと静謐な美女がその場に佇む。

バイオレット 黒の中に薄い黒紫が息づいている。色彩の美が女の美しさを支える。

赤いベルト 大胆にグレーを使い、そこに赤いベルト。1950年代のカッコよさが沁みる。
この時代、赤いベルトというものは憧れの対象だったはずだ。
例えば藤本義一のこの時代を舞台にした小説にも赤いベルトが象徴的に使われている。
たとえそれがどのような女であろうと。

牧歌 このあたりから男に抱かれている娘の絵が増えてゆく。牧歌的イメージということとそれが結びついているのがやはり時代を感じさせもする。

第3章 二科展の交換展 パリの展覧会出品作
完全なスタイルを確立してからの東郷青児の絵は冒険することはなくなくったが、様々な背景を描き、そこに人間を配するようになった。

「脱衣」や「妖精」は裸婦の美しさを見せるが、「魚籃観音」はインドのターバンを巻いたような美女だというのは面白い解釈だった。

二科展は先般百年展を見たが、もともと昔の二科展は好きなので嬉しかったが、この展示ではパリから来た作品が並ぶのもよかった。

ロラン・ウド タイトルはないがベニスの運河に黒いゴンドラが並ぶ情景が魅力的な作品があった。
解説によると1923年から亡くなるまでバレエ・リュスの美術を担当していたそう。
もうその時代のバレエ・リュスは終盤を迎えていた頃か。
バクストの知己を得ていたそうだ。

リトグラフが多かったが、いずれも東郷青児のいた時代を体現するような作品ばかりで、東郷青児の内側から見たような東郷青児の世界、そんな感じがした。

第4章 パリから世界へ 1960年代以降の二科展発表作
東郷青児がアラブに行ったあたりの絵が集まっていた。
彼はそこでスタイルは変わらないが新しい世界を開きもしている。
スケッチが特にすばらしく、むしろその方が私は好きだ。

モロッコの娘、イスラエルの女、ラムセスの寵姫などが特にいい。
憂愁がにじみ、しぃんとしている。

第5章 イメージの中のパリ美術 企業カレンダーの原画
1965―1977年の作品が出ている。
全て前面に美人が佇み、背景に町や山や海や丘がある。
もらうと嬉しいカレンダーだと思う。

個別にどうのと言うより、全体として楽しめる展覧会だった。
現実感のない美しさを堪能した。

常設のグランマ・モーゼスで一枚なかなか怖いものを見た。
プロポーズ 田舎の食堂でプロポーズするカプなのだが、犬や猫が妙にリアルでヒトよりも存在感がある。なんだろう、なんか平気でしゃべりそうな奴らだ。

12/23まで。

没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち

「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展が町田市民文学館で開催されている。
9月末にミステリー資料館の乱歩展に行った際、招待券をいただき「ぜひ」と勧められた。
ありがたいことである。
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チラシも半券も共に村上芳正の絵である。それだけでも強くそそられる。
村上芳正の展覧会を弥生美術館で見たときの衝撃と愉楽は大きかった。
耽美そのものの世界がそこにある。

わたしは決して日影丈吉のいい読者ではなかった。
どうしてそうなのかはわからない。
どうも他の作家と間違えて認識していた節がある。
それで結局殆ど読まないまま来ていた。
だが、没後25年の今だからこそ、もう一度やり直せる気がしている。
わたしの場合、例えば中学の時以来確実な距離を置いていた筒井康隆に対し、この二年ばかり深い関心が湧いている。尤もそれは近年の作に限るのだが。
それと同じく、今回の展覧会で日影丈吉への傾斜が始まればいい、と思っている。

文学館での展覧会に於いて、その文芸作品自体を主題とした展覧会というものは案外少ないように思う。特にミステリーの場合、未読の読者のためにもあまり作品紹介は出来ない。
谷崎記念館、鏡花記念館などのように作家個人を顕彰するミュージアムでも、まずは作家の人となりとその生涯、思想、作品の傾向の紹介がされる。
そして作品世界を紹介するのに多く用いられるのは、文章により構築された世界の再現、即ち原文の展示と描かれた世界を絵や三次元で示す、それらの方法だった。
今回は特に幻想ミステリーの作家であるがため、数ある作品のすべてがどのような内容なのか・どのような人が登場するのかすら紹介されなかった。
観客が知ってよいのは作品タイトルと、その作品を飾った表紙絵・口絵・挿絵のみである。
だから重要なのはその絵の展示ということにもなる。

日影丈吉はペンネームである。彼は受洗し「受安」の名を得ている。
41歳のデビュー作「かむなぎうた」を激賞され、職業作家となった。
一方戦前のアテネフランセでフランス語の習得に努め、その語学力でフランス料理の道に進む人々にフランス語教育を施した。生徒には高名なフランス料理人が数多くいる。
当然ながらフランス語の小説も翻訳し、「オペラ座の怪人」や「メグレ警部シリーズ」などを世に送った。

フランス語の翻訳者であり作家である、という人々にはある種の不可思議な魅力がある。
この日影丈吉をはじめ澁澤龍彦、石川淳の魅力というものは一度でも溺れると、そこから抜け出す気にはならなくなる。
生死を分かたず彼らの信徒となり、その作品に冷静に対することは出来なくなる。
その悦びは深い。

日影丈吉の作品を彩った挿絵画家のラインナップが凄い。
遠くからでも深い衝撃波が押し寄せてくる。
建石修志の動物をモティーフにしたモノクロの美しくもどこか禍々しい作品があった。
わたしは中3と高1の間の春休みに、中井英夫の作品から建石を、加堂秀三の作品から村上を同時に見知ったのだ。
その二人の作品がここに同居している。

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建石の幻想的な作品をみつめる。
日影丈吉の作品から乖離したものでないことは、そのタイトルから推測される。
ただわたしはどういうわけか不思議な錯綜に陥っていて、作品から遠く離れた地でこれらを見ているようだった。

男女とは思わなかった二人の並ぶ絵を間近に見る。
ちょっとした失望がある。青年または少年同士、とわたしは思い込んでいたのだ。
だがそれは蹉跌にはならない。
石に刻んだものが経年により浮かび上がってくる、そんな建石の作品に瑕も見いだせない。

旧い世に生まれた奇書のための挿絵があった。
松野一夫による「黒死館殺人事件」の挿絵である。
これは随分前に弥生美術館で彼の回顧展が開催された時以来の再見となる。
ペンではなく枝か竹かを削ったものにインクをつけて描いたそうだ。
立てない女が助けを求めて叫ぶ絵などがある。
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澁澤龍彦の編んだアンソロジー「暗黒のメルヘン」がある。
チラシにも選ばれた村上の絵がその本の最初の表紙だった。立風書房版。
のちに文庫化されて河出から出たときにはルソーの絵に変わっていた。
日影の作品からは「猫の泉」が選ばれている。
今この「暗黒のメルヘン」に選ばれた作品のラインナップを見ても、澁澤の眼の高さに鼓動が早まる。
泉鏡花「龍潭譚」、坂口安吾「桜の森の満開の下」、石川淳「山桜」、江戸川乱歩「押絵と旅する男」、夢野久作「瓶詰の地獄」、三島由紀夫「仲間」、椿實「人魚紀聞」…
他に倉橋、島尾、埴谷、澁澤の幻想的な作品が収められている。
わたしはこのアンソロジーでいくつもの作品を知ったのだ。

オウボエを吹く馬、墓碣市民、かむなぎうた
タイトルを羅列するだけで妄想が膨らんでゆき、巨大な憧憬があふれだす。
そしてその妄想と憧れとを支えるのは建石、村上らの絵なのだ。
異様なときめきがある。

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日影の紹介のほかに「宝石」誌で活躍した人々の紹介がある。
乱歩、横溝、山田風太郎らの戦後作品がここから出現した。
城昌幸も「宝石」からの作家だったのか。わたしは「若さま侍捕物帳」シリーズしか知らない。詩人だったことも今ここで初めて知った。

「宝石」は表紙絵がとても魅力的で、中にはキース・ヴァン・ドンゲンの作品を使ったものもある。前掲の乱歩展でこの辺りの事を紹介している。
戦後すぐのカストリ雑誌の表紙もそうだが、いずれも現在では再現できない不思議な官能性がある。

春陽堂の乱歩文庫の表紙絵は多賀新である。
「パノラマ島奇談」表紙の三面の異形の者を描く「飛来」、「屋根裏の散歩者」表紙の肉なのか脂肪なのかわからぬ大量の厚みをみせる「待つ女」などが紹介されていた。
恐怖と幻想に彩られた官能的な銅版画作品が、春陽堂文庫の乱歩の世界を深い闇の中で耀かせる。

多賀にしろ建石にしろ戦後生まれの作家である。
村上のみ今年93歳になる。
日常の中で褪色するような画家たちではない。
彼らの描いた絢爛たる世界、それを装うことの叶った作家たちは、その名の通り「宝石」から生まれている。

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角川文庫の横溝正史シリーズは杉本一文の表紙絵である。去年だったか紀伊国屋本店ギャラリーで杉本の作品が出ているのを見て喜んでいたら、そこにいた人が「もう少し早く来たら会えたのに、向こうもファンに会うのは好きなんだ」と言われた。
惜しいことをした。

魅力的な展覧会だった。
今からわたしは日影作品を読もうと思っている。
12/20まで。

杉浦非水・翠子 同情(たましい)から生まれた絵画と歌

白根記念渋谷郷土文学博物館で「杉浦非水・翠子」展が開催されている。
副題は「同情から生まれた絵画と歌」だが、「同情」に「たましい」とルビがある。
これはこの夫妻の書簡からの言葉を取ったそうだ。
当時珍しいほどに同等の立場で互いを愛していた夫婦だったそうである。
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グラフィックアーチストの非水とアララギ系の歌人の翠子とは10歳違いだそうだが、出会ってから結婚まで随分早かったようだ。
2人は渋谷に住まい、それぞれの仕事をした。その仕事の紹介がなされている。

非水の仕事は原画を愛でるものではなく、印刷効果を踏まえて作られたものだけに、印刷媒体の作品や、そのパネル展示などがあった。
わたしはタブロー画家が偉いとか挿絵、グラフィックアート、童画が低いなどは考えたこともない。みんな斉しく絵であり、心に残るものだけがいいものなのだ。
鏑木清方のような仕事ぶり、それが最も理想的だと思っている。

非水の作品は発表時から百年ほど経った今も印象的で魅力がある。
三越、地下鉄、雑誌表紙などを飾る彼の作品を見ていると、いつもどきどきわくわくする。
グラフィックアートはやはりそこがキモだと思う。
見たものの心をドキドキさせる。それが大事だ。

意外と非水の展覧会を見に行ってないので、ここでこれだけたくさん(何しろ非水は多作家だ)見れたのは本当に嬉しい。

演芸画報にも描いていたのか。バレエ・リュスを思わせるようなデザインにときめく。
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博文館の仕事も多い。「・・倶楽部」は大日本雄弁会講談社、「・・世界」は博文館。
ただし「文藝倶楽部」は博文館。
昔の雑誌文化を見るのは本当に楽しい。
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アールヌーヴォー風味からアールデコ、モダニズムまで採り入れ、大衆がときめくいい絵をどんどん世に送り出している。
特に面白いのは大阪で活躍していた頃、アールヌーヴォー風の流線型を大阪では「うどん〉と呼んで親しんでいたという逸話。
今では「うどん県」は香川県だと広められているが、大阪のうどん文化と言うものも古く広い。
讃岐と違い、お汁のダシのしゅんだのが美味しいのだ。麺はやややらかいめでな。
だから「うどん」と呼ばれたのは悪い呼称ではない。
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非水の作品をこうして見ることが出来ただけでも非常に嬉しい。

非水は40代半ば過ぎに初めて洋行している。こまめな彼は多くの絵葉書を送っている。
昔の人が洋行先から送った絵葉書を見るのは楽しい。
数年前「子規の叔父・加藤拓川が残した絵葉書 明治を生きた外交官の足跡」展を信太山まで見に行ったが、あのときもさまざまな種類の絵葉書を見て、本当に楽しかった。
その時の感想はこちら。
前期 
後期
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しかしその洋行中に日本では色々とトラブルが起こっていたのだった。
そのトラブルの話から翠子の紹介になる。

歌人としての出発は早い方だが、正直なところその歌の良しあしはわたしにはわからない。
わたしの好きな方向とは違うからだとは思う。
好悪だけでわたしは生きているから、彼女の短歌のどこがよく・どこが悪いのかが判断できない。

その彼女の短歌をめちゃくちゃ強く非難している人がいた。
批評ではなく、批判でもなく非難としか言いようのない、罵倒に近い評がついていた。これはちょっとなあ…
大正時代の短歌結社の鬱陶しいところがよく出ている気がする。
とはいえこの翠子と言う人も痛烈な人で、これはこれでわたしなどは疲れてしまった。
俳人の杉田久女もそうだが、この人もどうもあまりお近づきにはなりたくない。

大正期の女性の歌人の激しさは、こちらも共に焼き焦がされるようで、ニガテだ。
しかし彼女たちの魂の叫びとしての短歌は、やはり応援したい気持ちがあるのだ、たとえ後世からであろうとも。

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結局翠子は斎藤茂吉の外遊中にアララギから離脱する。
歯に衣を着せぬのはいいことでもあり、よくないことでもある。
彼女は酒席で自分を侮辱した相手をびんたするくらい気性が激しいが、それだけに短慮でもある。
だが、家庭内には一切波風は立たず、あくまでも二人は仲良しのまま生涯を共にしている。

翠子は自分で「短歌至上主義」を主催もしている。ずっと刊行もしていたが戦時中にやむなく終焉を迎えている。
ところで彼女はあの福沢桃介の妹だそうである。びっくりした。
その兄の資金援助で活動していたくせに、実業家の兄を悪く思うところに、結局は世間知らずのわがままさが出ている。
尤もその兄の死の床には足しげく通い、彼のために泣いてもいるから、歳月のうちに彼女も世情と言うものがわかるようになったのではないか。
…どうもわたしも彼女を批判しているか。やめよう。

稀有のなかよし夫婦はコラボ作品を多く残している。
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彼の絵のジャマにならぬように短歌を配置する彼女。
彼女の詠う短歌を理解して、それにそぐう絵を描く彼。

非水の日本画の美を今回初めて目の当たりにした。

翠子は自宅で死を迎えている。突然死ではなく病死である。入院せぬまま夫の手元で死んでいる。
非水はその五年後に死んでいる。養女を迎えて静かに老衰で死んだ。

入場料は100円、よく出来た図録が1000円。
見逃しては惜しい展覧会であり、図録である。
1/11まで。

物語をえがく 王朝文学からお伽草紙まで

根津美術館と國學院大學博物館とで同時期に物語絵を中心にした展覧会が開催されている。
近いところにある2館、わたしはどちらも大いに楽しませてもらった。
まず根津美術館の感想を挙げたい。所蔵品展である。
「物語をえがく 王朝文学からお伽草紙まで」
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九月に「絵の音を聴く」展を見に行き、そこでも所蔵する物語絵の素晴らしいのを拝見してときめいていた。
その時の感想はこちら

伊勢物語図屏風 8曲1隻 紙本墨画淡彩 日本・江戸時代 17世紀   屏風に様々な逸話の1シーンを描く。任意に見ても楽しいし、右から左へ順よく見ても面白い。
今回、昔男さんのおつきの侍童がとても気になり、彼を追いかけた。
「西の京の女」「富士見」「くたかけ」「ついに行く道」「竜田川」などにその可愛い姿を見せている。
わたくしなどはまめまめしい昔男さんよりも、いつまでもコリナイご主人の後をハイハイとついて歩いて、若くして愛怨・世の無常を目の当たりにする少年の方にそそられますな。
可愛く髪をまとめてくくり、昔男さんが好むご婦人方よりもなお愛らしいではないか。

ところで珍しいのは「くたかけ」が出ていること。
田舎の女の純情をバカにしてるけど、こういうやりっぱなしの男の真意を気づかず幸せなキモチでいる女の図太さというのも厭ではあるな。
それでクタカケはトコヨノナガナキトリのことだというが、絵を見るとそれではなく、むしろ狐らしきものが描かれている。ということは「管」(=クダ)=管狐にかけているようにも見える。そこでいよいよ田舎ということを示しているのか。
などと色んなことを妄想するのが楽しい。
全然関係ないが和歌の中に「姉歯」が出ているのを見て、色々と感慨深く思う。後には芭蕉も訪ねた姉歯の松。

伊勢物語図 板谷広長筆 2幅 絹本着色 日本・江戸時代 18世紀   庭先に犬、縁側にウサギ。えーと、これはどの段になるのだったか。

源氏物語図屏風 8曲1隻 紙本墨画淡彩 日本・江戸時代 17世紀   絢爛なのもいいが、こうしたあっさりもいいな。

源氏物語朝顔図 土佐光起筆 1幅 絹本着色 日本・江戸時代 17世紀   少女ら三人が雪だるま拵えてるのを見るところ。
以前は何も思わなかったが、橋本治の解釈本の中で、紫の上が源氏に手折られたことで彼女の素足は気持ちいい土の感触を味わえなくなった、という意味のことがあったのを読んでから、このように傍観者になるしかないのか…と思うようになり、ちょっと複雑な眼で情景を見てしまうのだよ…
まぁ尤も高貴の女人が雪だるま拵えたり、いうことはそもそもないわけなのだが。

源氏物語画帖 伝 土佐光元筆 1帖 紙本着色 日本・桃山〜江戸時代 17世紀   例の事件の立役者の唐猫ちゃんを貰い受けて、それを膝に乗せる柏木が、鬱屈を抱えたまま歌を詠むところ。

源氏物語図屏風 6曲1双のうち 紙本着色 日本・桃山〜江戸時代 17世紀   解説によると狩野派の人の手によるものらしいが、言われるとなるほど人々の描写が中国を舞台にした絵のそれとよく似ている。やや大きめの人物たち。力強い絵。

源氏物語画帖 伝 住吉具慶筆 1帖 紙本墨画淡彩 日本・江戸時代 17世紀
源氏物語図屏風 住吉具慶筆 6曲1双 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀
色々と黙ってニンマリなシーンが。

源氏物語浮舟図屏風 6曲1隻 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀   宗達周辺かというのも納得。「白楽天」の絵と同じような構図で大胆な構図でカッコイイ。金の舟に二人。
こんなカッコイイ構図の中でしめっぽい話なんかするな。いっちゃえいっちゃえ、な気分になるなあ。

曾我物語図屏風 6曲1双 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀  右端の一部で十郎、落馬してこけてる。それを五郎が慌てて…こういうのを見ると五郎はやはり暴れん坊の弟だけに身体能力も高いけど、兄貴の十郎は確かにどんくさいよな、と思たりもする。
芝居などでも「矢ノ根」だと敵に囚われて生霊飛ばすしかないし、「助六」でも弟に指南されてのあれだし…女の方くらいか、達者なのは。

さて、工藤祐経の寝所に行くには遊女の手引きがありました。そして五郎が捕らわれるのは女装の武士・五郎丸に油断しての事。どちらもなかなか小奇麗でした。

平家物語画帖 3帖のうち 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀   扇面で「鵺」の話が2面。与一の射った後のやんややんやの後の舞う男殺害などが出ていた。他に「錣引」「弓流し」それから「伝内教能、伊勢三郎に騙されること」…あ、あれか、阿波民部の倅の話か。
途端にわたしの中で「子午線の祀り」のあの情景が沸々と浮かび上がってくるのでした。

西行物語絵巻 2巻 紙本着色 日本・室町時代 15世紀   四歳児を蹴落とすDV父、寝室で衾に入りながら妻に別れ話を持ち出す夫、自分で勝手に剃髪。
佐藤義清から西行へ。
「玄奘三蔵絵」の山中の描写と似た感じの吉野山を遊行する西行。

蛙草紙絵巻 伝 土佐光信筆 1巻 紙本着色 日本・室町時代 16世紀   こういう目端の利く奴の成功譚は「How To Succeed」に至るまで面白おかしく描かれているが、やっぱりこれは庶民の夢なのかな。
さて始まりはお寺のところの牛が二頭揃って干してる布をもぐもぐ。布引どころか布喰いやないですか。それを見ていた男が布の行方を手柄顔に<推理>し、ドヤ顔をする。
牛の口から布が取り戻される。反芻機能があるからなあ。
そこから道が開くというのがまたもう…
しかしこういう目端の利く奴が重宝なのは確かで、蛙の化生もそこを見込んで話を持って行く。
で、お姫様の寝所の畳下からゲコッと大蝦蟇。双方共にヨカッタヨカッタの話。
情報力とそれを使用するテクニックは大事だよなあ。

玉藻前物語絵巻 2巻 紙本着色 日本・室町時代 16世紀   おお、詞書全編にルビが振られている!初めて見た!
やや稚拙な絵なのが可愛い。ここの狐は金毛九尾ではなく二股に分かれてるだけ。この程度では妖力低いでしょう。

賢覚草紙絵巻 2巻 紙本着色 日本・室町時代 16世紀   これはここに来る前に國學院でも見ている。珍しい。
わたしが最初に見たのは9年前に京博の常設で。そちらでは「日高川絵巻(賢学草紙)」。
感想と物語の概要はこちら
素朴な絵。
・宿でその娘のことを聞く・幼女を刺して逃亡・治療により命拾いする幼女
・日高川で逃げる男と岸辺の女・般若の顔の龍となる・鐘に巻きつく。
ここでは大蛇というより龍である。顔は般若。これは京博のそれと同じパターン。

酒吞童子絵巻 伝 狩野山楽筆 3巻 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀   前述のあれとはまた違う。こちらは山楽の絵だという話。
豪華絢爛な絵巻である。伊吹山系。
頼光一派の支度中。次にはもう鬼の館にいる。椿咲く屋敷で泣く上臈たち。庭の築山には紅葉や萩が見える。四季の植物が混在している。雪の池も見える。
鬼の妖力によりこの異空間は四季が混在するのだ。
そして鬼の首を取る。飛ぶ首が頼光の星兜に噛みつく。
家来の鬼たちを惨殺する一味。無惨な斬殺である。真向唐竹割、胴二つ斬りなどで鬼の骨や内臓が見える。
岩佐又兵衛と共通する鮮やかさがある。

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非常にいいものを見てとても楽しく過ごせた。
本当に好きな世界なのだ。

次に青銅器の室であの可愛い饕餮、犠首・大口らにあいさつする。三体とも可愛くて仕方ない。

扇面歌意画巻をみる。百首百図。杜若などをはじめ高名な歌とその絵がある。
とても楽しい。
ほかにも光悦の和漢朗詠集、雁金屋兄弟の父・宗謙の新古今和歌巻などなど。

炉開きの茶会の設えがある。
冷泉為恭の茶味三老図、赤絵火馬文火入、備前の平鉢などがいい。
そして一つピカッと光るものがあった。
近づく前にわかる。ノンコウである。
赤樂宝珠香合 上から見れば大きな花のよう。倶利文5つで構成されている。ああ、可愛い。

良い心持で見て回った。12/23まで。

神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異

國學院大學博物館で「神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異」展を愉しむ。
前期展示を見てきた。
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さすが國學院大學、たいへん魅力的なラインナップで、これが無料で展示されているのはもう本当にありがたい。

1. 王朝の絵巻
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竹取物語 寛文・延宝  出ていたのは龍の珠取りに船出してえらい目に遭うてはるところ。

伊勢物語が三種と謡本と源氏物語がある。源氏は特に婚礼のために調えられた本なのでたいへん豪華。

2. 異類の顕現
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田村の草子 寛文・延宝  奈良絵本でこれを見るのは案外ないので嬉しい。丁度田村が鈴鹿御前と婚姻し、ともに敵と戦うところ。鬼の首が飛んで噛むところ。鈴鹿御前にしろ田村丸にしろヒトより化生のものに半ば属しているのだが、ヒトであろうとして半分の属性と闘っているのかもしれない。
夫婦で同程度の能力を有しているのがカッコいい。

大織冠 寛文・延宝  解説がもう本当に身もふたもなく本質を衝いている。その通り、女を利用して恥じないよな、この不比等サンは。
海女が龍宮に着きました。鬼の衛士がいてました。まだ事件は起こらない。

俵藤太物語 18世紀  たいへん綺麗な絵巻。もうムカデ退治のあとで龍宮で饗応を受けているところ。ちょっと感謝され過ぎではないかと思いはするが、龍宮では本当に困っていたみたい。引き出物の中には尽きることのないお米の俵や、後に三井寺にゆくことになる立派な梵鐘などなど素晴らしいお宝が。
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龍宮の人々はちょっとグロテスクな感じもある。中には鬼もいるが、これはやはり衛士かもしれない。そこへ亀が花をささげようとやってくる。龍宮みんなの感謝の念がよく表れている。

道成寺とその別バージョンの日高川絵巻の賢学草子とが上下で並んでいた。
賢学は元禄頃、道成寺は幕末以降。
ここでも女は大蛇と言うより別なものになっている。般若の顔をした龍になっている。やがて男を捕まえたときには完全に龍になっているが。
道成寺でも蛇と言うより龍になっている。

磯崎 寛文・延宝  本妻が二番目の妻を鬼面を付けて襲撃し殺す。しかし天罰覿面というかその鬼面が剥がれなくなる。息子と二人祈ることで鬼面が割れる。
わるいのは亭主なのになあ。

3. 神仏の哀歓
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熊野の本地 17世紀  もう既に五衰殿の女御は殺され、動物たちの協議の後で、王子がトラ・ヒョウ・サルらに可愛がられて育てられているところが出ていた。
時々柏のケープをかぶって山野を歩き、トラ・ヒョウの夫婦に背中に乗せてもらったり、猿に見守られたりしている。

わたしは小栗判官とこの熊野の本地とが「物語」としていちばん好きなのだった。

隠れ里 寛文・延宝  ネズミの国 (浦安にあるのとかロスにあるのとかとは違います) に行った男が、えべっさんと大黒さんの大喧嘩を目の当たりにしたりいろいろ。
その二人が戦うところ。

異代同戯図 狩野昌運  もう本当に戯画。鍾馗が鬼をくくったのをそばに置いて銭かけて双六している。ちょっと向こうではカードゲームする孔子・観音・大黒・維摩・神農・稚児文殊ら。そばでは十王が銭勘定。
獅子を肘枕のクッションにする文殊ボーイなんて「あんた、背中がすすけているぜ」とか「ご無礼、ロンです」とか言いそうなむこうぶちな野郎にしか見えない。
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4. 異類の活躍
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ふくろう 17世紀  フクロウの老人がうら若いウソの姫に恋する話だという。てっきり「恋重荷」とかあんな感じかなとか思ったらそうでもなさそうだが悲恋だそうだ。

ほかに桜の花を擬人化して和歌とからめた「さくらの姫君」や百鬼夜行図もあり、キャラクター紹介というノリで物語の登場人物たちが紹介されていて、楽しい展示になっていた。

夏の三の丸尚蔵館での絵巻展示同様、こうした取り組みはとてもいいと思っている。
12/23まで前期。1/8-2/7が後期。また行かなくては。

12月の東京ハイカイ録

12月の東京ハイカイ録。
今回は朝に会社、昼に山科、夜から東京。
朝に礼拝、夕べに感謝、ナム~ではないよ。
そやから荷物を定宿に運送。先に丸ノ内線の定期売り場でTOKYO Subway チケットの一日券買う。exicの半券 のおかげで安くなるのよ。しかし1日より2日、2日より3日が得だぞ~と駅員にユーワクされるが、翌日はJR 休日お出かけパスを使い倒すからなあ。なんしか連続でしか使えんのよ。仕方ないわ。

さて金曜になりました。
天気悪いと言うけど、ほんまに三浦半島がエライコッチャになってた。
都内の方は昼前には雨は止んだが、風がめちゃくちゃ強かった。
まずは西馬込の大森郷土博物館。風雨にヤラレ、フウウな不運な風雲児。はい?

展覧会の詳しい感想は後日に個別に挙げます。

「まちがやってきた」。
面白い企画ですわ。大概都区内の文化施設はいい企画展、しはります。惜しむらくは宣伝力のないことかな。
大田区に、まちが・学校が・工場が・企業が・文化が・それに天災も人災もやってきたのでした。

駅に着く頃は雨止んだが、強風のために電車がけっこう大変みたいでようさん遅れたみたい。
五反田から渋谷のハチ公口に出たとき、空を見たらスゴいスピードで雲がきれていってた。

ハチ公バスに乗る。都内にはほかに猫、ビーグルのバスがある。パンダもあったかな。動物と無縁のバスもあるよ。

白根記念郷土博物館で杉浦非水と翠子夫妻の展覧会をみる。非水の作品紹介が良かった。翠子は短歌よりもその人物像に焦点が当たってたな。仲良しカプなので合作もあった。
仲良しカプなのはいいが、妻は世間と相容れないところがあるな。しかしそれでもまっすぐ立つのはいい。

向かいの國學院博物館に入る。奈良絵本や絵巻のオバケなどを特集。
珍しいことに賢学草紙が。しかも道成寺絵巻と並べて。
江戸時代ので、鍾馗が双六を、孔子、弁天、稚児文殊らが博打してて、中でも稚児文殊なんか「ご無礼、ロンです」くらい言いそうな感じだったな。
むこうぶちな奴め。

そこから根津に向かう。銀杏がスゴい。道はまっ黄色。
ここでも日本の絵巻物や屏風に描かれた物語絵を堪能する。良かったわ。賢学草紙もあったな。伊吹山系の酒呑童子も。

根津を出て表参道から町田へ。
町田市民文学館で日影丈吉と「宝石」の作家たち展を見る。
これは先般立教界隈で開催された乱歩や敗戦の頃のイベントの折、ミステリー博物館から紹介されたのだ。
よろこんで出かけた甲斐のある展覧会だった。
日影丈吉の世界を彩る村上芳正、建石修志、乱歩の春陽堂文庫表紙の多賀新、角川文庫の横溝正史シリーズの杉本一文、旧くは「黒死館殺人事件」の松野一雄の挿絵までもがい展示されていたのだ。
耽美の淵に溺れる快さから、なかなか浮上できなかった。

新宿についたのはもうだいぶ暗くなっていた。損保で東郷青児の絵と彼のコレクションとを楽しむ。特にいいのは洋菓子屋の包装デザインなど。要するに都会的でモダンでオシャレで、それがかっこいいのだ。
彼のコレクションは同時代作家のモノで、これらはいえば東郷作品を内側から見た感覚のものだと言える。

吉祥寺へ。moicafeさんで一休みしたかったが、時間がない。吉祥寺武蔵野美術館で三岸節子展を見る。めちゃくちゃ気合が入った。
甘えたことをぬかすな、と言われた気がする。しっかりしろと背中をどやしつけられ、生きてる間は何があろうとなかろうと、がんばろう!という気にさせられた。

昂揚した気分もそのままにまさかの東近美突入。
藤田の猫を中心に見る。裸婦や自画像に二匹、闘争するのが14匹の16匹。
戦争画はパス。というより、語る言葉を持たない。

九段下経由で帰る予定が間違えて大手町。もうええわ。
いつも竹橋ではこうして間違えている。

2日目・土曜日
とにかく朝早い。7時半には宿を出た。それでぴったりやから遅れてたらどうなってたか。
JRの「休日お出かけパス」2,670円を購入して横須賀へ。
横須賀まで遠いなと思いつつ寝てたが、駅についてこんなのが視界に入りますと目もぱっちり。
「いずも」号。スゴイ大きい。


横須賀、今度1日かけて歩きたいな。軍艦三笠にも乗りたいし、猿島にも行ってみたい。
佐藤さとる「わんぱく天国」の現場も歩いてみたい…80年前の横須賀の、ちょっと架空の町を。

バスで観音崎へ。馬堀海岸からと違いバス代高いわ。
横須賀美術館。幕末から明治の神奈川を描いた浮世絵を見る。
今年はこの辺りの浮世絵で楽しいのをたくさん見た。
最後は清親と巴水でシメ。
常設の、朝井閑右衛門の南画が意味不明な迫力に満ちていた。洋画もそうだがこの人の南画もなんだかたまらん。
松本竣介の青緑系の絵を見て、ちょっと心が和む。
谷内六郎も可愛いが、時々ビクッとするものもあるからなあ。

さてわたくしはですね、走水神社前まで向かいまして、味美食堂に入りました。
横須賀美術館に来たら必ずここに入りたいと思うお店です。
防大生の青年らが居住まい正しくごはん食べてるのを楽しく眺めながら待つうちにアジフライ定食来ましたがな~
自家製のポテサラも美味しくて、ほんまにここはいいなあ。
ああ、アジは美味しいなあ。


横須賀から横浜に。みなとみらい線に乗りに行ったら、東京か埼玉か来たらしき特急から信じられんくらい大量の降り客が。うわーーーーーーっ
びっくりしたわ。これだけの数を詰め込んで走ってたのか、電車。息苦しいやろなあ。

開港資料館で「その音奇妙也」という明治初期の西洋音楽と東洋音楽の出会い、摩擦と西洋音楽の波及との展示を見た。すると本町通りの時計塔の絵がここにもあって、今の開港記念館がその2代目やと知る。そうやったんかー。

上野まで乗り換えなしで出て、東博で兵馬俑をみる。また来月も見るけど大きいなあ。
並べ方が面白いよ。兵馬俑に群がる人々をみる、というのもまた興味深いものでした。
それで撮影可能の兵馬俑たちは今回の展覧会のために中国側で新規作成されたものだそうで、ありがたいことだ。

常設では12月らしく忠臣蔵。
やっぱりいいなあ。

上野の森美術館に入り、肉筆浮世絵を見る。
大阪で見たものの巡回だが、前後期に分かれての展示もあり、ちょっと残念なところがある。

千葉に行くのに東京から快速線に乗る。
ありがたきPARCOバスに乗せてもらうが、もう来春にはなくなるんやったかなあ。

杉本さんの写真と骨董を堪能する。
撮影することで杉本さんの信徒になるのを実感する。
面白かった。

13日、日曜日。
ロッカーに荷物を放り込んで、日暮里に行く。何年ぶりか、ほんまにビックリした。スゴい変貌を遂げてますなあ。
90年代初頭、谷根千ハイカイが大好きだった。あれから四半世紀、朝倉彫塑館の道を忘れてますがな。

雨のため屋上に出られない。それ以外は機嫌よくたのしめた。
朝倉文夫は文章もよいが、思えば朝倉摂の父上やもんなあ。

アトリエ、和室、中庭。どこを見ても素晴らしい!
所蔵品も東洋の古美術、膨大な書籍など味わい深いものばかり。

千円でなにやらお得なセットがあり、それを購入。


さてここからは京成線。一日券よりバラにした方がいいというススメをうけ、そのまま中山に。
法華経寺。7年ぶりの再訪。



立派な門。近くの中華屋でランチ。
まあまあ美味しかったので今度また行こう。


この五重塔、巴水に作品があった気がする。

道案内がいいので東山魁夷記念館にも迷わず行ける。
あら珍しい、ロッカーが無料になってますがな。
日本画のいいのをみて楽しいわ。

それから千住大橋に行ったが、ビックリした!ここどこや!というくらいクリーンになってた。商業施設も出来て賑やかだった。
石洞美術館で埴輪からのやきもの見たが、やかましい集団がいたのでさっさと出る。

次は三ノ輪の一葉記念館に行きたいが、ほんまはチャリで行きたい距離やな。
町屋から地下鉄のりつぎ。上野からやなくこっちにした。

ボランティアガイドさんが熱意をこめるのはいいが、身だしなみを館の方もチェックするべきやな。
あと、距離感。近付きすぎてこないで。はっきり書いてしまったけど、やはり都の施設なんだからなあ。

わたしは「たけくらべ」にイライラするけど、挿絵の色々みてまあ満足。
これまで。

日本橋に出る。丸善でダヤンの展示があるので寄る。
ダヤン好きだ。
しかし実はダヤンの友人ジタンがもっと好きだ。
二人が一緒の話がすごく好きだ。

缶バッヂがあった。ご当地ダヤン。
博多は祇園山笠ダヤン。
カッコいい。で、大阪は?と見たらダヤンとジタンの二人がマイク前で並んでるが、なんかこれは…
どっちがボケ、どっちがツッコミかはわかりません~

色々おみやげ物買う。
また来月までサラバ。

東京ハイカイ2015年はここまで。




宇部市渡辺翁記念会館 1

村野藤吾の名作・宇部市渡辺翁記念会館を見学した。
こちらについては詳しいことはこのサイトに。
1935年着工1937年竣工。
モダンであるということすら置き去りにして、常に「モダン」な空間だった。

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玄関周辺
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彫刻群。労働者たち。
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中へ。
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劇場へ。
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ロビー。
壁画は「未来の宇部市」というテーマの作品である。
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続く。

宇部市渡辺翁記念会館 2 / 宇部市の村野藤吾作品

続き。

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独立した部屋がある。
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ハンマースホイを思わせてくれる。
村野は北欧に惹かれていたというので、もしかするとハンマースホイ作品を知っていた可能性がある。
撮影当日、やや翳りを加えてこの部屋を撮影したものをツイッターで挙げると、やはりハンマースホイ風だという賛同を何人もの方からいただいた。


再びロビー
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この林立する柱列に村野の嗜好をみる。

屋上へ。
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屋上から和風庭園を見る。
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建物の裏手には竹林を。
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再び室内。
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インテリアへの愛情。
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古写真と資料など。
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模型。村野作品の模型の魅力は深い。
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最後にまた巡る。
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屋外。
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こちらは現在はホテルになった村野作品である。
外観のみ。
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移動する。
可愛い橋がある。
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その橋のたもとに村野作品がある。旧宇部銀行1939年
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純粋階段…
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宇部市にはほかにも村野の作品がいくつもあるそうだ。
いいものを見た。

小野田セメント 工場と徳利窯

門の外から素敵な建物をチラチラと拝見させていただきました。

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「小野田セメント」の「小」の字のマークが可愛いね。

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様式がいろいろあるようですな。
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工場萌え…
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少し歩いて徳利窯に向かいます。
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舞鶴のホフマン窯とはまた違う可愛さがあるなあ。

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モニュメント
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小さな花が咲く先には煉瓦の土台もあった。



単線の電車が横を過ぎる。
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この電車の行く先に次の目的地がある。

山口県政資料館(旧本庁舎)

山口県庁舎だった壮麗な建物。


やはり素敵です。


拡がる。


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カメラとスマホを併用しているのでところどころわざと色調を変えているのがある。

装飾が可愛い。


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親柱。


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シンプルな廊下


緩やかな光がさしこむ。


いちばん大きな空間。






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こちらもいい。














暖炉。






鏡つき暖炉。


天井装飾。










フクロウかな?


古写真






かつての資材など。


鯱の真正面顔




照明いろいろ






天井の換気はやはりこれ?


カーテンボックスはシンプルに。


ホラーぽいな。

わたなべまさこ「黒天使シンセラ」の謎の天井裏を思い出す。

階段。




再び外観。
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ありがとう。可愛い建物よ。

山口旧県会議事堂

過日、見学をした。
妻木頼黄と武田五一、大熊義邦らの仕事である。
データなど詳しくはこちら



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装飾も抑え気味だが、荘重な外観である。







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議場




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装飾あれこれ。








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見えづらいだろうが、ギザギザ手裏剣型である。
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昔の写真など。








天井装飾など。




 





どの部屋の天井も照明周りも共通して明るいモダンさがみえる。



床も少し。


いい色の扉。


再び外観。
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記念館としてこの先も愛され続けてほしい。

MIHOさんでみたもの

常設展の素晴らしさもMIHOさんの特徴なので、ちょっとばかりご紹介。
特にいにしえの東方世界の文物が充実している。

アッシリアの戦勝図を刻んだ杯があった。その展開図と刻まれた人物たちの紹介にこのようなリーフレットがある。
クリックすると拡大化。
イメージ (11)イメージ (9)

イメージ (14)イメージ (13)

そういえば先般大英博物館の100のモノを見たときも「ウルのスタンダード」の丁寧な解説があり、人物の身分や位置関係を把握できた。こういうのがとても助かる。

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右は銀とラピスラズリのハヤブサの神、左は彩られた壁面。
本当に立派なハヤブサだった。ラピスラズリは髪に、金も少しばかり残る。きらりと光っていた。
地中海方面の二千年前の貴族の邸宅ではこのように綺麗な壁面装飾をしていたようで、わたしとしてはここでお茶を飲みたいものでしたな。

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ガンダーラ仏などが居並ぶ。柔和でハンサムな仏像ばかりだが、この画像のブッダは一歩二歩と歩んでこられそうな前かがみなのが怖くもある。
アッシリアの壁画も金杯も手が込んでいるが、特にこの金杯は再現技術がないそうだ。

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裏打ちし、様々な生物を立体的に表す。
グリフォンや有翼の人もいる。植物も愛らしい。

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クメールかタイの仏像。ここで軽く見た後、龍谷ミュージアムで本格的な新仏像を見ることになろうとは…
額に第三の眼。掌にも。

最後にやっぱり埃及のお猫様。可愛いなあ~~
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来るのに覚悟のいる場所だが、またいい展覧会があればぜひと思っている。
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