美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

2016.2月の記録

20160205 迎賓館 建築探訪
20160205 江戸時代から現代までの消防 消防博物館
20160205 神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異 後期 國學院大學博物館
20160205 群書類従版木と塙保己一史料館 建築探訪
20160205 ゆかいな若冲・めでたい大観  山種美術館
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20160205 初期浮世絵 版の力・筆の力 千葉市美術館
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20160205 新収蔵品 千葉市美術館
20160206 レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦 江戸東京博物館
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20160206 恩地孝四郎 東京国立近代美術館
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20160206 未来へ続く美生活 工芸館
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20160206 創作版画 東京国立近代美術館
20160206 ようこそ日本へ 東京国立近代美術館
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20160206 勝川春章 北斎誕生の系譜 前期 浮世絵太田記念美術館
20160207 浮世絵・ 東京国立博物館
20160207 始皇帝と大兵馬俑 東京国立博物館
20160207 奈良、京都の鷗外 鷗外記念館
20160207 上村一夫x美女解体新書 弥生美術館
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20160207 華宵 /夢二をめぐる人々 弥生美術館
20160207 イングリッシュガーデン 英国に集う花々  汐留ミュージアム
20160211 仏教の箱 荘厳された東アジアの容れもの 大和文華館
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20160211 濱田庄司と芹沢銈介 民芸運動の巨匠とゆかりの作家たち 東大阪市民美術センター
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20160211 バトルスタディーズ原画’ ギャラリー
20160213 俳画のたのしみ 明治・大正・昭和編 伊丹市立美術館
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20160213 ドーミエ、どうみる?しりあがり寿の場合 伊丹市立美術館
20160213 所蔵品展2016 香雪美術館
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20160213 神戸で奏でる色と形のドラマ BBプラザ美術館
20160213 奇想の版画家 谷中安規 蔵出し!M氏コレクション 兵庫県美術館
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20160214 歌舞伎絵看板 文明開化の音がする 逸翁美術館
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20160218 関西大学と村野藤吾 建築探訪
20160220 ひなまつり 徳島城博物館
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20160220 旧三河邸・旧高原ビル 建築探訪
20160221 三國荘 大山崎山荘
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20160227 おしゃれな名品たち 茶道具の文様・めでたいデザイン 湯木美術館
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20160227 長谷寺の名宝と十一面観音の信仰 ハルカス
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20160227 CATART美術館 大丸心斎橋
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20160228 日本画新収蔵品/小倉遊亀 滋賀県立近代美術館
20160228 ビアズリーと日本 滋賀県立近代美術館
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20160228 歌川広重の旅 えき美術館
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長谷寺の名宝と十一面観音の信仰

あべのハルカス美術館で開催中の「長谷寺の名宝と十一面観音の信仰」展に出かけた。
二種のチラシがあるのでまず紹介したい。
桜を背景にしたものと牡丹絵を背景にしたもの。
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どちらも長谷寺が「花の御寺」として親しまれているからこその取り合わせである。
わたしも長らく訪ねていないが、二度ばかり牡丹を見に行き、回廊の長さと花の美しさに驚嘆したものだった。

受付を越えると、長谷寺の長い回廊に見立てられた通路が設えられていた。天井からは紙製だが燈籠が等間隔につられ、両壁には花の写真パネルがずらりと並ぶ。
こうしてムードを高めてくれたところへ、
長谷寺式十一面観音立像(裏観音)がお出迎えして下さった。
あまりに気さくにおいでなので、一瞬模刻かと思ったほどだ。
こちらは長く秘仏のようにして客の眼にはチラチラとしか映らなかったそうだ。

長谷寺式と言われる観音像の立ち姿がある。
左手に蓮入りの浄瓶をもち、左手に錫杖を持つ。
この姿が基本となって随分多くの観音像が作られ、各寺に納められた。
先の裏観音さんは江戸時代の後輩だが、多くは平安、鎌倉時代の仏像である。
今回は他に七体が居並ぶのだが、オリジナルの模刻から進んで、作り手の個性が出てきているようで、浄瓶と錫杖さえ持っていれば装飾が多少違ってもOKらしい。

長谷寺縁起絵 土佐光茂詞・近衛尚通  室町時代の優品が現れた。
とても綺麗な絵巻で、丁度神様方が仏像づくりに協力し合っているシーンが描かれていた。

ところでチラシにはご本尊がドーンっと出現されているが、現実にはあの大きさの仏像を動かすわけにはいかない。パネル展示で終わっているが。それでいいと思う。
そのかわりこのチラシに現れるお二方が並んで展示されていた。
難陀龍王立像 舜慶 木造彩色 像高199 正和五年(1316) 鎌倉時代
雨宝童子立像 運宗 木造彩色像高164 ・ 九天文七年(1538) 室町時代
向かって右の龍王は本当に龍を巻きつけている。
先般、全体が蛇の宇賀神を見た後なので、うわ、となる。
童子は写真では目がはっきりしているが、眠たかったのか、わたしが見たときは眼を閉じているようにしか見えなかった。
みづらがとても可愛い。

雨宝童子像内納入品、難陀龍王像内納入品をみる。
鏡や法華経があった。
各地にある長谷寺の縁起絵巻も並んでいるのが面白い。
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第二章 長谷寺の宝物
兜跋毘沙門天立像 平安時代  あれ?兜跋ぼくないな…

閻魔王像頭部 鎌倉時代  ド迫力である。顔だけなのに凄い…

地蔵菩薩立像 平安時代  やさしいお顔である。この錫杖はやっぱりお地蔵さんのアイテムだと感じる。

不動明王坐像 平安時代  座って滝行受けてる最中のような。

清涼寺式釈迦如来立像 室町時代  両肩を覆う意匠なのは彫像でも絵でもいっしょ。

定和上人 坐像南北朝時代  たいへんだったような感じ。

版画を見た。版木まである。曼荼羅図。こうやって庶民を教化する。

興教大師像  鎌倉時代前期  これがまぁ美ぼーずさん。可愛い目に朱唇。
なんだか嬉しくなりましたわ♪

仏具を見る。
孔雀文磬、銅九頭龍九鈷鈴、銅五鈷鈴、三鈷柄剣など。

銅釣燈籠 天正十六年(1588) 文字が文様として生きている。だいぶへたってはいるが。

繋馬図絵馬 竹坊栄和 承応二年(1653)  なかなか大きい…

壁一面に牡丹の絵のパネルがある。
長谷寺牡丹品種画帖 江戸時代 ここの牡丹はいろんな種類のがあるので、それらを博物学的に分類・写生している。

諸鳥図 鶴沢探鯨 江戸時代  鸚鵡などなど。鶴澤派の展覧会が神戸に来るのだったかな…

第三章 浮世絵、絵図に見る長谷寺
意外なことにハルカスの所蔵品ばかりである。

諸国名所百景大和長谷寺 二代歌川広重一枚(錦絵)安政六年(1859)
初瀬山之図 豊山長谷寺神楽院 江戸時代
大和国豊山神楽院長谷寺之図 西村中和 江戸時代
西国卅三所手引案内 江戸時代
いせ大和まはり名所絵図道のり一 安永六年(1777)
印刷物として世に出ていたものたち。ちょっとした双六にもガイドブックにもみえる。とても楽しい。

また久しぶりに長谷寺・室生寺に行き、橋本屋でご飯を食べるというのもいいな…
3/27まで。

歌舞伎絵看板 文明開化の音がする

逸翁美術館で明治の「歌舞伎絵看板」展を見た。
副題は「文明開化の音がする」まさにその通り。
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絵看板に描かれた役者たちはザンギリ頭だし、描くのに使われた絵の具も新しい色彩を見せている。
2000年の春に池田文庫で「歌舞伎絵看板」展が開催されたが、あれ以来の再会となるものもあり、懐かしい気持ちで看板を見たり、初公開のものを観ては当時の観客の気分になったりした。

芝居の絵看板は初代團十郎の頃から鳥居派の台頭があった。
江戸で最初に絵看板が出来てから上方も絵看板になったように聞いている。
そして上方は上方だけの発展を遂げ、江戸とは異なる絵看板の構図を生み出している。
サイトにはこうある。
「阪急文化財団所蔵の歌舞伎絵看板は、明治期の芝居町を華やかに彩った大型の肉筆画です。今回はその中から文明開化の兆しが見える作品を展示します。
 明治時代になると、まず身につけるもの、建物、乗り物など、目に見えるものが西洋化されていきました。ちまたには和装だけれども、髷を結わない散切り頭、そこに山高帽をかぶってみたり、革靴、こうもり傘、懐中時計など、少しずつハイカラなものを身につける人が増えていきます。
 歌舞伎でも「散切物」と呼ばれる作品が次々に上演され、新しい風俗が登場します。しかし、内容は決して新しいものではなく、現在では黙阿弥の作品などが上演されるのみとなっています。
 本展では、上方の歌舞伎絵看板と、江戸の錦絵を中心に、明治期特有のハイカラな風俗が垣間見える作品を展示します。当時の日本人を大いに刺激した新感覚をお楽しみください。」


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・上方の絵看板
艶競花咲分 1884.5 綺麗な女形たちがずらーっと並ぶ。踊り子が総出で踊るという趣向で、舞台上に「大入」とか紋入り提灯が並んでいる。長唄による。踊り子役として中央に初世鴈治郎がいる。
華やかな舞台絵看板。ここには文明開化の証の一つ・電灯が描かれている。

島鵆月白浪 1884.11  上下に2シーンを描く。これは黙阿弥の明治の芝居で登場人物全てが元は盗賊・現役の盗賊というもの。わたしは見たことがないが梅幸さんの芸談でこの芝居を知った。梅幸さんは「弁天お照」を演じたという。
この芝居ではかまぼこ型の指輪が騒動の原因の一つとしてクローズアップされる。
銀行家(これも文明開化で生まれた仕事の一つ)、芸者の弁天お照らが招魂社でわいわい。招魂社も明治以降の誕生。
指輪もまた文明開化のアイテムの一つ。

指輪と言えば村上もとか「JIN -仁」で、主人公・南方仁がタイムスリップした幕末で指輪を贈るシーンがあり、指輪など知らない旧幕時代の女性のときめきや、不思議な美しさを感じ取る視線の描き方がとてもよかった。

贋葵噂天一 1888.3  車夫がたくさんいる。これは1883年に実際に起こった実話の舞台化。タイトルだけで大体どんな話かも想像できるが、米の手形詐欺ものらしい。
当時のことだから実名での舞台化と言うのもなかなか。
煉瓦の建物が描かれている。

崎陽新聞警誠鑑 1888.7  派手な色遣いの絵看板である。黄色・ピンク・赤・群青色。
明治の新しいカラー。

娼妓誠花街夕暮 1889.12  ザンギリ連のもみあげがくっきり。この場にいるのが車夫と「千金丹売り」ばかりというのも面白い。
これは長崎の不倫殺人の実録もの。教師の団と人妻おみのの間に不義の子が。二人は駆け落ちするが、おみのの夫・末次郎は大けがをしたもののなんとか一命を取り留めたが、後には裁判を経て絞首刑になる…というあらすじだけでは、なんでこのコキュの末次郎が死刑になるのかよくわからない。
絵看板に描かれた「明治」は、学校前の鉄柵、裁判所前の薔薇、絨毯やドアやテーブルクロス、洋装の女といったところ。

ところで旧幕時代はコキュにされた男は女敵討ち(メガタキ・ウチ)を許されていたが、明治になった途端それはだめになった。姦通罪がいつから施行されたのかは知らないが、明治初期は不義の男女は死ななくて済んだそうだ。
手塚治虫「シュマリ」は実はそこから話が始まっている。
男と逃げた妻を追って蝦夷地へ入ったシュマリの悪戦苦闘の半生は、明治から始まるのだ。

朝日影香角巷談 1890.10  カネモチで身分の高い芦葉氏は二階の和室に絨毯を敷いている。椅子にテーブルも置いて。側室菖蒲は黒紋付き。彼女は後に島原の太夫になる。妾のことを権妻というようになったのも明治からか。

松島台朝日アザ婿 1891.1 絵看板は何枚もの組み物で構成されていて、それを順にみて物語の概要を知るようにできている。
これはアザのある丁稚が出世したものの、道修町のそのご主人の娘の婿に収まるはずが娘に横恋慕した奴のたくらみで、その娘の顔に劇薬をかけるという…酷い話。それで結婚するとかあるが、こんな芝居が今に残ることがなくてよかった。酷い話やなー
屋形船に絨毯が敷かれているところが明治。

積恋雪若竹 1891.2  ご落胤から車夫になり、一念発起して銀行家になり、やがて洋行という双六話みたいな感じ。

幾夜恋寝覚物語 1891.6  牛肉屋も出てくる。灯りもある。そして「毒婦」も。
この「毒婦」というのも明治からの登場。それ以前では「悪婆」はいたが「毒婦」という名称は明治からのもの。明治初期にはまた毒婦が多かった。
高橋お伝、夜嵐お絹、花井お梅などなど。

北海新話明治廼白浪 1891.9  借金と殺人の話らしいが、ここではアイヌ織の衣装を着るものがいる。
前掲の「シュマリ」もそうだが明治になり蝦夷地に人々が入植し、北海道という名称になり、アイヌの人々も以前に増してたいへんな状況になっていたろう。
この話の概要はよくわからないのだが、安彦良和「王道の狗」をちらりと思い出した。

煙管筒仕込短刀 1892.5  鞄にランプ。明治の新しいアイテム。雨中の殺人未遂。

やたらと鍋焼きうどんが出てくるのだが、鍋焼きうどんも明治からの食べ物だったのだろうか。大阪のうどん好きとしてはとても気になる…

河内音頭恨白鞘 1893.11 このタイトルに「かわちじゅうにんぎり」というルビ。
そう、「河内十人斬り」の芝居。実録もの。だから名前も実名だが、虎とか熊とか勇ましいのが着いた名前の男ばかり。そこへこれはフィクションの巡査・民尾護登場。そう、民を護る。「恨白鞘」が女房殺しのお妻八郎兵衛をも想起させるから、これは巧いタイトル。絵看板も血まみれ絵。ロングで捉えているから絵金や芳年や芳幾のような残虐さはない。ちょっと惜しい気もするが、それはそれであり。

弁天娘毒婦小説 1895.1 四枚ありなかなか面白い。
・弁天おむらと呼ばれる毒婦(四世沢村源之助)が門野氏の妻となるも元の情夫を家令に雇う。
・時計屋の店先。綺麗な時計がずらりと並ぶ。背後のガラス戸棚がまたよろしい。
・雨中の殺人。おむらとその仲間が殺人を犯すところへ門野氏がさしかかる。
・とうとう逮捕されるおむらと情夫。それを指図する洋装の門野氏。
源之助は「田圃の太夫」と謳われ「毒婦」などがたいへんよかったそうだが、なるほどこの絵看板を見るだけでも非常に色っぽい。
むしろ源之助のえろい魅力を絵看板でも消さないように頑張った感じがする。

ドロドロ話が多いが、とてもそそられる。やっぱり芝居と言うのは面白くなくてはいけない。絵看板はこのようにお客をそそらなくては。
その意味ではわたしなんぞは本当にいい観客だと思いますわ。

辻ビラもある。チラシのことね。今も大阪ではビラというしなあ。

・明治の東京の芝居錦絵
国周の絵がいろいろ。人間万事金の世の中、筆幸もある。筆幸なぞは今もしばしばかかる。

国周 春遊四季の詠 1891.3  これは九代目さん、五世菊五郎、福助時代の成駒屋といういいメンバー。

吟光 漂流奇談西洋劇 1879 新富座  安達吟光の絵もある。ガイジンものでもある。
思えばこの少し後か、守田勘彌が赤毛ものを演じるようになり、新版画にもその姿を刻まれるようになるのだ。

チャリネのサーカスも錦絵になった。
これも明治の人気もので、多くの浮世絵がある。

とても楽しい展覧会だった。またどんどんこうしたお蔵入りのものを世に出してほしい。3/6まで。

ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン

東京国立近代美術館で開催中の「ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン」展は非常にわたし好みの内容だった。
わたしをわくわくさせてくれる展示品だけで構成されている。
最初から最後まで楽しくてならなかった。
イゃもぉ、本当に良かった。
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とはいえ、こんなに楽しい展覧会を見せてもらったというのに、わたしはなかなかそれをカタチに出来ないままきてしまった。
反省すべきはこんな展覧会終盤になってからそれを言うことで、もっと早くにネットに挙げて、美術館のために宣伝でもすればよかったなーと思ったりもする。
まあわたしなぞに宣伝されても枯木も山の賑わい程度だが、それでもやっぱりよかった内容を隠すわけにはいかない、おそくなってもこうして挙げれば、またいつか第二弾の展覧会が企画されるかもしれない。
なによりも企画・展示して見せてくれた東近美に対し、感謝の気持ちを込めて、なんだかんだと書いてゆこう。

それとあれだ、折角楽しんだのに最終日に行ったがために感想を挙げれぬまま来ていた日本のポスター展ともリンクするし、そちらも最後に加えて感想を挙げよう。

なにしろあまりによかったので図録を買ったが、ほんまにこういう展覧会にはそそられて仕方ないわ。
印刷物の展覧会ってなんでこんなに楽しいのかなあ♪

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鉄道院所管線路図 1918年 吉田初三郎  おお、これはまたいいものが。
わたしはそんなテツではないけど、路線図やガイドマップの地図を見るのは大好き。
鳥瞰図が好きなのも吉田作品のいいのをあちこちで見たというのも大きいし。
きちんとした鉄道網の図を見るだけでもキモチが明るくなる。
今でもネットだけでなく紙ベースの路線図をみたりパンフ見ては旅心が刺激されるのですよ。

『汽車時間表』1916年 杉浦非水 こういうリーフレット表紙、本当にそれだけでも価値があるなあ。
この1910年代は非水の表紙ものが多かったようね。都会的でカッコイイからぴったりやね。

『鉄道旅行案内』1921年 吉田初三郎  ああもぉ、ほんまにこれを手にしながら「さーてここもいい、あそこもええ、こっちかて」となるやろな。百年前は今ほど好き勝手に行き来出来ないから、よけいに両行への憧れが募るだろうしね。
こちらはほかに1924年版のもある。

『温泉案内』1931年 杉浦非水  またまたこんな本が出てくる。
ガラス越しにしか見れないが、本のページを開いてあちこち検討したいものですわ。

日本郵船株式会社(船内でカレンダーを手にする女性)1913年 橋口五葉 ポスター
日本郵船 横浜みなと博物館  このポスターは有名ね。綺麗な配色の明るいポスター。
古風な壁紙の室内。窓の向こうには島や船が見える。この女性は庇髪でおリボンをつけている。
優雅な船旅を楽しむ女性。
こうしたポスターを見て「素敵、わたしも…」と思ったお嬢さん、奥様方も少なくなかったろう。

Osaka Shosen Kaisha(横綱太刀山)1917年頃 町田隆要 大阪商船 函館市中央図書館  この横綱は雷電以来のつわものだったそうだが、この年に引退している。
なんとなく聞いたことがあるなと思って調べて色々納得。

当時の憧れスタイルの女性の絵と、名横綱の絵と、どちらも人気が高かったろう。
ポスターは江戸時代の絵看板同様、ヒトの心を一目で掴む力がなくてはいけない。

身近な旅先として、朝鮮、満州、樺太などがあるあたりに時代を感じる。
そう、わたしの一番憧れの時代。
朝鮮郵船、東洋汽船株式会社(天洋丸)、北日本汽船株式会社などという船会社のポスターがある。
樺太と日本の絵地図も見るだけでそそられる。
村上もとか「龍 RON」の時代、安彦良和「虹色のトロッキー」の時代…

南満洲鉄道という名を見るだけでドキドキする。うちの祖父は中学の修学旅行先が満州だったそうだ。
横山光輝「狼の星座」、檀一雄「夕日と拳銃」、が胸に蘇る。

「朝鮮へ満洲へ」というコピーにときめく、
旧い歌が思い浮かぶ。
「僕も行くから君も行け 狭い日本にゃ住み飽きた…」

南満洲鉄道株式会社 (民族衣装の女性)1921年 真山孝治  西太后などの映画を思い出す「両把頭」の豪華な拵えの女性。
女真族の風俗は支配下にあった漢民族には広がらなかったのは、階級制度にもよるか。

続いて「玉の頭飾りの女性」伊藤順三 1930 このポスターは以前にある展覧会でメインヴィジュアルとして使われているのを見た。とても豪華な装飾に身を包んだ優美な女性のポスターだった。
イメージだとわかっていても、それでもこの絵の華やかさに惹かれて海を渡ろうと考えた人もいたことだろう。

白木蓮を背景に佇むなよなよした美しい女性の絵もある。こちらは日本画風。
綺麗やわ…

ほかにも朝鮮、台湾ツアー、スンガリ―、アムールのツアーもあった。
スンガリ―と言えばニコライ・A・バイコフの「偉大なる王」。額と首の後ろに「大王」の模様が浮かぶ偉大な虎・ワンの生涯を描いた小説が思い浮かぶ。

ハルピンや浦塩などは今回紹介されなかったが、どちらも多くの日本人が住んでいた。
ハルピンは上田としこ「フイチンさん」の舞台。村上もとか「フイチン再見」ではハルピンの美しい街並みが誌上に再現されていた。
浦塩は夢野久作「氷の涯」だったか。

そういえば漱石に「満漢ところどころ」という紀行文があるが、あれは鉄道総裁になった友人の中村是公の誘いにのってふらりと海を渡る顛末記だった。漱石が乗った船は「鉄嶺丸」。最初に泊まったのは大連のヤマトホテル。

その大連ヤマトホテル、星ケ浦ヤマトホテルのリーフレットなどなどと、特急あじあ号のポスター、写真入りリーフレット。
満鉄の超特急「あじあ号」といえば、森田信吾「栄光なき天才たち」で読んだのが最初だった。
マンガの場合、背景に描かれる建物はやはり資料を検討し、そのまま使用するかやや変更するかだと思うが、前述の3作品では多少名称を変更することはあっても基本的に資料を大切にして、その建物を作中に載せていた。実際の歴史を背景にするとあまり架空の建造物は出てこないもので、それだからマンガを見ながら「ええ建物、ええ列車」を知る・見ることになりもする。

あじあ号に乗るためにまず海を渡らなければならない。
魅力的な客船がいっぱいあり、各社が激しく競争をしていた時代。
まず客を取り込むのは眼で見るポスター、そしてサービスの良さのふれこみ。
宣伝のためにはポスターが一番有益。

それにしても実に色んな会社があるものだ。
大型客船の時代。
・・・可哀想な船たちは幸せな時代を過ごした後、軍に徴用されて撃沈されてしまうのだ…

今回のポスターの所蔵先を見ていて「函館市中央図書館」のが多く、これは凄いコレクションを持っているのだと思った。なかなかお目にかかれないこうしたポスターをとてもたくさん所蔵しているようで、憧れが募ってくる。

大好きな豪華客船の資料も色々出ていた。
浅間丸一等船客用プール 1929年頃 リトグラフ
新田丸一等カフェおよびダンシングスペース装飾デザイン原画 1940 中村順平
客船の装飾は高名な建築家が携わることが多く、中村や村野藤吾が見事なものをデザインしたり、高島屋、三越、大丸などが働いた。
戦前の高級な客船はそれだけでも素晴らしいのに、本当に可哀想に戦争なんかに無理やり連れて行かれ、海の貴婦人からやたらと勇ましい男名に変えられて、挙句は殺されてしまった…

ディナーメニュー(大洋丸1935年6月10日)竹久夢二
ディナーメニュー(秩父丸明治節1938年11月3日)竹久夢二
夢二の絵のついたメニュー表は弥生美術館でも折々に見かける。
やっぱりこういうときは綺麗なのや可愛いのがいい。

小磯良平の日本郵船ポスターもある。 小磯は印刷物の絵も丁寧に描く人で、ここにも優雅な三美人が描かれている。
ところでこちらは2012年の横浜みなと博物館の企画展ポスター。

今回の展覧会と共通する作品がいっぱい。

JTBがジャパン・ツーリスト・ビューローの略称だというのは今まで考えてこなかった。
日本交通公社だというのは知ってたが、まぁ正直なことを言うとあまり興味がないので調べなかったというのもある。
そのJTBの前前身たる…面倒なのでJTB、いいパンフを出して外国人誘客に是努めている。
表紙はすべて非水。シンプルな中に愛らしさがにじむ、いい表紙絵ばかり。
こういうのはやはり表紙がよくないとね。

川瀬巴水の優美な風景版画、初三郎の美人画などが旅心をさぞや強く揺さぶったことだろう。

吉田初三郎の日本八景名所図絵 1930 これがまた素敵な鳥瞰図もの。
雲仙、別府、木曽川、室戸、華厳の滝、上高地、十和田湖など。
そそられるなあ…

それに日本各地のモノクロ写真。桜と絡めて撮るところも巧い。
モノクロでは紅葉の美しさは伝わらないが、桜の魅力は伝わるのが不思議だ。
観光ポスターも桜の名所を選んでいた。秋の時期のもあるはずだろうに、ここでは桜ばかり。
一枚だけ紅葉のものがあったが、あまりそそられない。

それにしてもこれらの資料を見て歩くだけでも出かけたくなるなあ。
1920-1930年代はわたしのいちばん好きな時代だった。
今もし旅に行けるのならこの時代に出かけたい。
「ようこそ日本へ」
「ようこそパリへ」
「ようこそベルリンへ」
「ようこそNYへ」
「ようこそ上海へ」
「ようこそ満州へ」
「ようこそ 1920-1930年代へ」

ああ、本当にいい展覧会を見せてもらった。
この展覧会の図録を開いて、また旅する気持ちになってみよう。

2/28まで。

俳画のたのしみ  明治・大正・昭和編

伊丹市美術館の中に俳句専門の柿衛文庫(かきもり・ぶんこ)がある。
昨秋から「俳画のたのしみ」展という企画が続き、江戸時代のそれのあとは年が明けて1/16から3/6までは明治・大正・昭和編と言うことで、ほのぼのとしたいい作品がずらりと並んでいる。
昨秋の近世編の感想はこちら

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前回のチラシもよかったが、今回のもええもんです。
さて明治の俳句と言えばやっぱり正岡子規。
彼がいないと始まらない。

子規は「坂の上の雲」でもそうだったが、友人に恵まれた人で、それはとりもなおさず、彼自身が魅力的な人だったことにもなる。
多くの友人がいて、みんなが彼の健康を心配した。
子規の病気は脊椎カリエスで、これはマリー=アントワネットの長男と同じ病だった。
しんどいのを子規は文章にする。
「仰臥漫録」をはじめ様々なところに子規の感情と日常と想いとがあふれている。
特にこれは子規自身のごくごく私的な日記で発表の意図がないものだからナマナマしい。

子規は絵も描いた。
絵に沿う言葉も書いた。時にそれらは俳画になり、挿絵になり、写生になった。
展示されているのは、女郎花真っ盛り、「ケイトウより尺四、五寸のもの」20本ばかり、それから夕顔や瓢の絵もある。
巧いとかそうでないとかいうのはどうでもいいことだ。
ムードがあるかないか、それが大事なのだ。

子規は夏目漱石との交友が有名だが、浅井忠とも仲が良かった。
「明治の有名人」の相関図を書いたら、相当数の人が子規とつながるように思う。
その浅井忠からグレー村の写生つき絵はがきなどが送られている。
そして子規の病状を悲しんだ浅井忠からは、同じく在仏中の精神科学者・呉秀三、子規とは未見ながらも洋画家の満谷国四郎の三人連名のはがきが送られてもいる。
子規がんばれという気持ちのこもった哀しい絵はがきである。

中村不折の俳画もずらりと並ぶ。
不折は書も油彩も凄いが、実は挿絵や戯画や俳画の方が更にいいと思う。
不折の書はこちらの背筋も伸びるし、ある種の緊張感を強いられるが、日本画の方はのんきで楽しく、明るい気持ちになる。
中国の故事や日本神話から題材を得た油彩画の強靭さに胸を衝かれる一方、挿絵やかるたやコマ絵のユーモアあふれる世界にいつまでも遊びたくなる。
その不折の俳画。
…かわいいーーー

不折は「不折俳画」という著書も刊行している。タイトルの書体は隷書体に似ている。
絵そのものはノホホンと明るくのびやか。
「十二支帖」だと子年ではネズミの絵を見る人が描かれていたりする。
他にも細めの顔でおなかが丸い狸の絵もある。

下村為山という画家は知らないが、その人の絵も少なくはない。
積み藁の絵がありそこに「行く雁や 山なき国に舂く日」。
(舂=ハルではなくウスヅく、またツキと読む。字も春は日だが、こちらは臼である。
この字を使う名と言えば聖徳太子の長男・山背大兄王の妻であり異母妹の舂米王を思い出す)

河東碧梧桐の「独帰る」の句に画をつけてもいる。碧梧桐は子規から野球を教わり、その後に俳句を教わったそうな。
いい教え順やなあ。

俳句をする人の人間関係も色々とややこしいのだが、とりあえず次のコーナーでは「秋声会」のメンバーの俳画が出てくる。自画賛の人も多い。思えば今の「絵手紙」も先祖はこれだと思う。

巌谷小波 「禅堂に 働くものあり 蝸牛」 妙に身を伸ばした蝸牛が描かれている。

白衣の達磨の絵もあればチラシのようなのもある。

岡野知十「ほほづきや 四万六千日の雨」 伊東深水の蛇の目傘の絵が添えられている。
畳まれた傘。深水の美人画では傘は重要なモチーフの一つ。まるで留守文様のよう。傘を持つのはどんな美人だろうと眼を閉じる。

ところでこの句には元ネタがあり「三十三間堂の雨」というのがそれらしい。「故・洒竹の吟なり 口真似して」とある。

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子規門下の俳人たちの作品が集まる。
句会も多いだけに雑誌も多く出た。
「車百合」創刊号 蜘蛛の巣の表紙で茶に白色の取り合わせ。
「同人」創刊号 これは今も続く雑誌らしい。赤松麟作、菅楯彦、野田九甫、北野恒富らの挿絵があったそうだ。

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井上木蛇 寒山図 巻物広げる横からの立ち姿。この人はサントリーの前身・寿屋のコピーライターだったそうで、例の赤玉ポートワインや角瓶のディレクターもしていたとか。

芦田秋窓 「朝霧に月の如き 日を仰ぎけり」 春日燈籠の隙間から鹿たちがのぞく絵。
この人は敗戦後、メチルアルコールを飲んで左目失明、右目白濁と言う難儀な状態になったそうな。
そして終戦の一か月前には「花も実もあり」と万両を歌っている。

この猫は碧梧桐の可愛がっていた猫らしい。
「ちいや」と呼ばれ「我が家の猫」という句も詠まれている。
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荻原井泉水の句もある。この人の俳画は愛らしい。
フキノトウが特に美味しそう。
このひとは自分の俳画を「草画」と呼んでいた。独特のトボケタ味わいがとても心地よい。

漱石の句自画賛もある。濃密な山水画が描かれている。南画だった。

「ホトトギス」の表紙絵と裏絵の特集がある。
これが実に豪華でびっくりした。

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下村為山のオモロイ顔の蛙、龍子の水彩で描かれた亀、劉生の南画風な静物画。
芋銭の絵には当然カッパもいた。竹喬も絵を寄せている。
土牛の蜜柑、遊亀の薄紅梅、階位のアマガエルなどなど…
「ホトトギスとその時代」なんてのを特集しても一本企画が成り立つからなあ。

職業絵師による俳画を見る。
自画賛もあれば誰かの句に沿うものも拵えている。

芋銭 獺祭 拝むカワウソが可愛い。

小川千甕 「うき人に みつけられじと 日傘かな」 泉屋、伊丹と見てきたが、この人の絵もあったのは嬉しい。

渓仙、八九子の絵も俳画にぴったり。
愉しいものをみせてもらったよかった…

香雪美術館 所蔵品展2016

コレクションの粋をご紹介、ということでいそいそと御影の香雪美術館に出かけた。
チラシがちょっと見当たらず、届いたDMを挙げる。
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綺麗な壺の向こうにうっすらと透ける絵は岩佐又兵衛「堀江物語」、そして仏像と仏画などなど。
50点余りの名品を愉しんだ。

一階では仏像から展示が始まるのだが、入った途端、@hiko-taさんにばったり。先般からこの界隈でよくお会いする。ちょっとばかりお話してからお別れしたが、いい幸先ですわ、これは。

観音・勢至菩薩立像 木造彩色 金代  150cmくらいの高さ。ふっくらして二人ともに朱唇。裳裾に多少残ってもいる。素足もふっくら。

菩薩立像 木造彩色 金―元  こちらは120cm位でやや小ぶりだが、どちらも飾り物も髪型も華やかである。この菩薩はやや細い眼が寄り目になっている。

山西省天龍山石窟から出てきた石造の唐代の如来や菩薩や獅子の欠損した頭部やトルソが並ぶ。
頭部は倒れぬように工夫されて並べられているのだが、どうしてかこれを見て杉浦日向子「百日紅」第一話の生首の話を思い出した。あれは自害した娘の首を味噌で固めた山にあてがうのだが、なんとなくそんなことを思わせるような妙な風情があった。
獅子は大阪市立美術館にある文殊菩薩の騎乗の獅子の上半身部分らしい。いつからご主人と別れ別れになったかは知らないが、長いこと離れてて淋しかろう。

薬師如来立像 木造彩色漆箔 平安  正直、なかなか怖いお顔である。耳先がとがるのも仏さんとも思えぬようで。実はこの仏さんは悔過の本尊の仏さんらしい。
どこのお寺で人々の罪を祓うていたのだろうか…

阿弥陀如来立像 木造金泥塗截金 鎌倉  ああこれはまた綺麗に截金が残っている。
そういえばここでだったか、截金作家の江里佐代子さんの展覧会があったのは。

湖東 色絵花鳥文壺 江戸  チラシの壺。なかなか華やかでいいものだ…肩周りには龍がいて、胴には孔雀に山水画。

犠首饕餮文爬龍文瓶 殷  おお、親しみやすい。犠首くんはオバQのような口元で、愛嬌モン。

七宝文房宝相華唐草文壺 銅胎有線七宝 明・景泰年間(1457-1470)  大きいな! 青地に有線が走り回り装飾が始まる…

浄土曼荼羅図 鎌倉  当麻寺曼荼羅である。王舎城の悲劇やイダイケ夫人の説話などが左右分かれて枠外のコマに並ぶ。極楽アイランド図と言ってもいい浄土なのに、どうしてかしーんと静かだった。

阿弥陀聖衆来迎図 室町  ピカーーーーッ心静かに死ぬのを待ってたらドンヒャラ打ち鳴らしながらピカピカ輝いて飛来してくる…

普賢菩薩・十羅刹女像 鎌倉  なかなか美人揃いの御一同。中にはパーマの女の人もいる。中には微かに苦笑しているのもいる。表情も表現も豊か。

毘沙門天像 鎌倉  珍しく坐す毘沙門天が描かれている。円窓には種字。

一時金輪像 鎌倉  きらきら。四つある花瓶もきらりーん。しかもリボンつき。

絵の前にやきものや工芸品が並ぶ。
だいたいはどこか共通点がある。

愛染明王像には堆朱の盆が合わせられているが、共に深い赤色なのがいい。

こんな並べ方は楽しい。

こちらはもらったチラシ画像。@hiko-taさん、ありがとう。
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いよいよ「堀江物語」が現れた。
随分前にかなり長く開かれたのを見ているが、あのときに物語の概要を知ったのだった。
今回は中・下のクライマックスシーンが開かれていた。
・父母を祖父のために亡くした太郎が乳母の奔走で岩瀬家の養子となって数年、ついに乳母の涙ながらの告白により、岩瀬夫妻は養子の出自とその父母の悲しい最後を知り、仰天する。
そして太郎の復讐に手助けするため軍備を進める。
・ついに太郎は復讐を果たす。引き出される諸悪の根元である祖父・原を殺しはしない代わりに無理矢理剃髪し、笑いものにして辱める。
そして太郎は都で身分を回復され、養父母の岩瀬の元へ戻り事を報告する。乳母も嬉し涙にくれる。

岩瀬家の襖絵は金地に撫子や朝顔などの花が可憐に描かれており、豪華絢爛でありつつ愛らしさがある。
又兵衛はやはり復讐を果たす物語がとてもいい。
本人も工房もイキイキと働いているような気がする。

今回新収蔵された品々も紹介されている。先の曼陀羅や羅刹女もそう。ほかに古経がいろいろ。
般若心経なども紺紙金銀泥で装飾されていて綺麗だった。

やきものを見る。
伊賀 耳付花入 銘・慶雲 江戸  腹がべコンと凹んで折れている。
交趾 花文三足香炉 明  青系で花はやや薄い。
唐津 耳付花入 銘・松根  赤黒いところからの銘だろうか。

祥瑞 州浜形山水花鳥文茶碗 明  上段には鹿ップル。そして二羽のウサギの丸い後姿など、可愛らしい絵柄の茶碗。

染付も小さくて愛らしいものがたくさん出ている。
荘子香合 蝶々がそっと蓋の上にいる。

青磁一葉香合 クッキーのようでおいしそうにしか見えない。

寒山拾得二睡香合 1787 これは可愛い寒山拾得二人の坊やが気持ちよさそうに寝ているところ。

椿文向付 乾山  これは緑色に白椿のある5客もの。大好き。ほしいわ。

明るい気持ちで見て回った。3/3まで。

わが青春の『同棲時代』 上村一夫×美女解体新書展

今年は上村一夫没後30年になるという。
昭和61年1月11日、上村一夫はこの世を出て行ってしまった。
享年45歳。死ぬには早すぎる歳である。
あの当時わたしは上村の連載が最近ないなあと思っていた。
ビッグコミック関連の増刊号などで案外あっさりした作品を連載しているのをたまに読んでいたが、まさか病気とは思っていなかった。

わたしがリアルタイムに読んでいた上村一夫作品といえば、やはり「凍鶴」である。
あれは小学生の頃に連作短編として始まり、長い年月をかけてとびとびにビッグコミックに掲載されていた。我が家はビッグコミックとオリジナルとをかなり長期間購入し続けていたので、昭和50年代にそのあたりで連載されていた作品は、小学生ながらわたしも読み、よく覚えている。

上村が亡くなる前に購入していた単行本は「修羅雪姫」だった。
読んでいたが買わなかったのは「狂人関係」、今に至るまで読んでいないのは「同棲時代」と「関東平野」である。
上村が亡くなった後に単行本の方で「凍鶴」が出たと思う。喜んで購入したら、一本欠落していた。
理由は大体想像できる。そしてそのことは以前このブログでも書いている。
二年前に京都嵯峨芸術大学附属博物館で「漫画家 上村一夫の世界 昭和の絵師と呼ばれた男」展を見て、その時の感想にそのことを書いた。

二年前の展覧会の時にも書いたが、今でもしばしば読み返す本は「凍鶴」「修羅雪姫」「菊坂ホテル」である。
特に近年は「菊坂ホテル」を資料にも使うことが多く、連続で読み続けることもある。
で、いまだに「同棲時代」も「関東平野」も読んでいない。このまま読めない・読まない可能性が高いのを感じてもいる。

ただ、今回弥生美術館で「上村一夫没後30年記念回顧展」として「わが青春の『同棲時代』 上村一夫×美女解体新書展」が開催されていて、わたしはそこで初めて「同棲時代」の物語の行く先を知ったのだった。
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作品の資料などは上村一夫公式サイトに詳しいのでここでは挙げない。
サイトの中の年表はこちら

「同棲時代」連載中の週刊アクションがいくつか並んでいた。
「子連れ狼」「現代柔侠伝」「高校生無頼控」の文字が躍る。その表紙は「同棲時代」の今日子が映っている。
わたしは挙げた三作は読んでいるのに「同棲時代」だけは本当に無縁なままだ。
愛も夢も希望もないからだろうか、わたしに。

今日子と次郎の様々なカラーピンナップがある。
「ボブソン時代」…ああ、確かにボブソンのジーンズが大ブームの時代があった。
あの頃のわたしはまだ幼女でスカートしかはいていなかった。
ボブソンのジーパンのカップル(いや、当時はアベックか)はたまに公園で見かけた。
そして小さいアパートの二階で同棲している人もボブソンのジーパンをはいていた。

どうしてもその「同棲時代」のせつなさが耐え切れない。情けない男とその男にへばりつく女。未来も将来もなにもあるものか。
今日子は妊娠、堕胎、発狂への道をたどる。今回初めて今日子が発狂したことを知った。
医者から精神に異常をきたしています、と告げられても次郎にはどうすることも出来ない。
もう本当にこういうのがつらくて仕方ない。
辛すぎるので読めないのだ、わたしは。

上村一夫の作品では案外精神に異常をきたした人間が多く現れる。
つらさが絶頂に来て、もうなんにもなくなった時点で発狂してしまうのだ。
綺麗な女たちが正気を失くして涎を垂らしている絵を見ると、可哀想で仕方なくなる。

映画のポスターもあった。
ひし美ゆり子も出ているのか。由美かおるのポスターは別なところでもよく見かけるので知っている。
「同棲時代」だけでなく同じく同棲を扱った「神田川」でも「あるまいとせんめんき」でも、どうにもならないせつなさがある。

「修羅雪姫」の紹介がある。第一話と第二話などから原画が出ている。
月琴を弾いて歩くシーン(明治中期の月琴のブームは後年知った)、これは物語の冒頭でこの後の展開が面白い。
自ら放火し、更に「たいへんだよーっ」と消火に努め、その辺りを縄張りとする組の親分に取り入るのだ。
紹介はされていないが、火をつけたときのヒロイン雪の目に炎が上がる絵がとても美しい。

ほかにも明治の元勲に依頼され、鹿鳴館を閉鎖させるために動く話からも少しばかり出ていた。
小池一雄の原作は無情だから、無関係な人々も殺害されるが、雪のまっすぐな瞳の魅力にヤラレると、気の毒も何も飛んでしまう。

彼女は傘に細い刀を仕込み、時には拳銃も使って容赦なく殺人を重ねる。
殺人は依頼を受けてのものだが、そうすることで自分の母の怨敵をみつけだすための力ともなる。
表紙絵はきりりとした雪が傘=仕込刀を持つものが多い。

弥生美術館は挿絵専門の美術館だけに、その挿絵がどんな物語につけられたものかをかなり丁寧に説明してくれる。
今回もその例にもれず、物語の概要を紹介してくれていた。

「しなの川」のヒロイン雪絵は言えば非常にアグレッシブな娘で、多淫であることも飽き性であることも、よく言えばとても進取の気風に富んでいるわけだ。
彼女が最初の相手から離れたあと、その相手に退屈を感じ、どうでもよくなる表情がいい。
彼女は自分に合う愛を探して遍歴を続ける。
時代が女の自由を奪う時代だったことをきちんと踏まえねばならない。
雪絵の行動は自由であろうとするあがきにも見え、厭だとは思えなくなる。

それにしてもなんという白い膚だろう。モノクロの作画だから白と黒が際立ちのは当然だというのではない。
ここに色彩を置いたとしても、やはり雪絵の白い膚は際立っていることだろう。

「狂人関係」が現れた。実在の北斎・お栄父娘と彼らと絡む枕絵師の捨八、火に燃え狂う女・お七の物語である。
捨八を最初に見たとき、「必殺」シリーズの念仏の鉄のようだと思った。どちらが先に生まれたのかは知らないし、幕末にはこんな男が少なくなかったろうとも思う。
わたしは先に念仏の鉄から入ったので、色々と混ざる。
緋縮緬の女ものの長襦袢を着て丸坊主にして、絶倫で、ワルくはあっても妙に憎めなくて、という困った男。
こんなのに惚れてはいけない。
お栄は近年では杉浦日向子「百日紅」のキャラのイメージが強くなったが、マンガに描かれたお栄と言えばこの「狂人関係」と石森章太郎「北斎」、それから上村の「蛇の辻」がある。それぞれ全くの別人格で、「狂人関係」のお栄はけなげではある。
けなげな分だけ報われない。

原画でみたのは、既に捨八とデキているお七がお栄を罵るシーンである。
お栄もとうとうキレて、「あたしは捨八さんが好き!」と叫び、お互いに引こうとしなくなるシーン。
お七はお栄を「出戻り」と罵るのだが、それを言うならお栄もお七に「この淫売」くらい言ってもいいのだが、それを言わずにまた口惜しさに身悶えるのが、上村一夫の「狂人関係」のお栄なのである。
「蛇の辻」のお栄はここでは挙げない。蛇の化けた女で、企みがあるからだ。

女同士のぶつかり合いを描くときでも、決してどちらも醜くはない。
2人の女の激しさ・相手に負けたくないという思いの強さがむしろ潔い。
ただお七は怖かった。狂い花のような笑顔が怖い。

上村一夫が描く血の美しさ・おぞましさは他の作家にはないものだと思う。
その魅力に囚われつつ逃れようともがく。
もがくが結局は溺れてしまう。
その場から去ることは出来ても、意識には常にそれが残り続ける…

「マリア」のヒロインの名が麻理亜というのをみて、70年代のマンガの「マリア」を思い出してみると、和田慎二「大逃亡」のヒロインは「万里亜」、藤子不二雄Ⓐ「魔太郎が来る!!」の隣家の主婦は「真理亜」だった。
さて上村一夫の「マリア」にはこれまた胡乱な人々が集まっていた。
彼女の下唇のふくよかさに惹かれつつ、現れるキャラたちの怪しさには負けた。

そういえば上村作品にはゲイの人々が案外多い。
「しなの川」では父と番頭、この「マリア」でも義父、「蛇の辻」の兄上と隣家の男、「ヘイ!マスター」はゲイバーの話だったか。
尤もレズビアンの情交も少なくなかった。
「修羅雪姫」では雪は少なくとも二人の女と行為を行う一方、男には<させて>いない。
ただし瀕死の相手に同情し、代替行為をさせてやったことはある。その男が絶命したときに「殺したくはなかった」とつぶやく雪の表情には、男への憐憫がにじみ出ていた。
他に「蛇の辻」では主人公・小雪はお栄(ニセモノであり、正体は実は…)との女同士の行為にのめり込んでゆく。

「螢子」の原画もある。これは久世光彦と組んだ仕事だったが、ヒットしなかったそうで、久世のエッセイの中でそのことについて、二人ともにしょんぼりする様子が描かれている。昭和の歌謡曲を一話一話に入れて話を進めたようで、ああいかにも久世さんらしい、とも思った。
久世さんの「マイラストソング」という著作にあった話だったか。

あまりに多くの作品があるため、キャラがかぶらないかと思いながら見ていったが、分類は出来てもかぶることは案外少ないようだった。
かぶるというのではなく共通することがある。
どの作品でもヒロインは魅力が深い。それだけだ。

「凍鶴」がやっと現れた。
仕込みっ子のおつるちゃんである。なにしろ同世代の幼女の話だから連載を読む間、ハラハラしていた。いつもいつもおかみさんに怒鳴りつけられ、外に出たら悪いがきどもに苛められ、イヤな人間関係も目の当たりにしたり、惨めな気持ちになったり、の連続だったおつるちゃん。やがて大人になり立派な芸者になった鶴の話までが出ていたが、当時はとびとび連載で、わたしが最後に雑誌で読んだときはもう一本立ちになり旦那もついていたが、やはりせつない話だった。
とはいえ、単行本収録の最後の話はのんびりしたもので、これだとまだまだ連載再開もありえそうだと思うような終わり方を見せていた。
上村一夫はどう考えていたか・ビッグコミック編集部がどう思っていたかは知らないが、ファンのわたしはあの当時「いつか再開してほしいな」と長らく思っていたものだ。

原画を見ながら、いきいきと動き回るおつるちゃんにあの時分の気持ちが重なって蘇ってくるのを感じた。

さて上村一夫のホラーが登場する。
「怨霊より化け物よりなにより怖いのは人の心」だと言ったのは楳図かずおだが、タイトルがちょっとわからないがタレントとして売れ続けるために成長抑制剤を飲まされる少女の話がちらっと出ていて、わたしは震えあがった。
山岸凉子「汐の声」と共通する恐ろしい話。
この続き物を知らないままでいたいが、気になって苦しい…

先のは人の心の恐ろしさだが、次は「津軽惨絃歌〜怨霊十三夜〜」正真のホラーである。
前述の「蛇の辻」は第二夜。これを知ったのは2002年の「上村一夫の世界」展@川崎市民ミュージアムでのことだった。
13年前に一度読んだきりでもけっこう細部をよく覚えているな、わたし。
あの展覧会では人気のあまりチラシがなくなり、コピーされたのをもらったりした。
図録があったのかなかったのかも知らない。なにしろ何もかもが売り切れていたのだ。

さてその「怨霊十三夜」は本当に気持ちの良くない怖い話が多く、思い出してもぞわぞわしてくる。
今こうして原画を眺めながらもぞわぞわゾクゾクしてくる。絵の美しさがあればこそのおぞましさが生きている。

「昭和一代女」も少しばかり出ていた。これも一度しか読んでいないが色々と印象深い作品だった。梶原一騎原作だけに暴力がやや激しかった。
しかし上村一夫の描く少女の透徹した美しさは変わることもない。

二階では上村一夫のイラストの仕事などが主に紹介されている。
びっくりしたのはアニメ「ジャックと豆の木」にも上村一夫が関わっていることだった。
そうなのかー、知らなかった。びっくりした。アフレコに参加してたとは。
上村一夫の音楽的才能についても紹介されていた。
これは久世さんの著作にもよく記されていたことだが、ラジオののど自慢に出たとは知らなかった。
資生堂のポスター、レコジャケなどなど、色っぽいものが多い。

ああ「菊坂ホテル」がある。とても嬉しい。本当にこれはよく読むので、やっぱり上村一夫が死んで30年も経ったとは信じられなくなる。
あのニュースを知ってからもうそんなに経ったなんて、悪い冗談のようだ。

「帯の男」もある。この作品でわたしは組紐も解けないようにするやり方があるのを知ったのだった。そしてこの作品に現れる炉端焼き屋に行きたい、と時々思う。

雑誌表紙絵のためのイラストもずらりとあって壮観だった。
ヤングコミックでの活躍が目覚ましい。
当時の連載作を挙げる。
御用牙、夜叉神峠、軍靴の響き、高校四年生、はみだし野郎の伝説…
なんだかみんな読んだ記憶があるなあ。
こちらは新聞に紹介されていた記事から。
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2時間半かけてもまだ足りない。いくらでも時間がかかる。
もうこんな漫画家は出てこない…
ああ、読めないまま来た本に挑戦するか、それとも知らないまま来た本を優先して読むか。
とりあえず手元の上村一夫作品を再読しよう、今夜は。
展覧会は3/27まで。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦

東京で今開催中の泰西名画の特別展といえば、「ボッティチェリ」「ダ・ヴィンチ」「フェルメールとレンブラント」「ラファエル前派」「大原美術館」の5展か。
「フェルメールとレンブラント」は先に京都で見た感想を挙げているし、「ラファエル前派」も挙げている。あとはイタリア・ルネサンスの2展と大原だが、大原の場合は今回民藝も古代美術も来ていて、「洋画」だけでは括れない。丁度関西では民藝のいい展覧会が2つ開催中なので、そちらと関連付けての感想を挙げたい。
というわけで「ダ・ヴィンチ」展の感想を挙げる。
「ボッティチェリ」はまた後日。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦」というタイトルで江戸博で特別展が開催されている。
なんでも真筆の「糸巻きの聖母」が来るそうで、そちらを取り巻く観客が多いと聞き、まぁええわと土曜の開館直後に入ると、もぉいっばいのお客さん。
先に糸巻きの聖母にだけごあいさつに向かう。
うまいこと誰もいないので機嫌よく堪能する。
このチラシのがそれ。
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糸巻きの聖母と言いつつ、糸巻き棒を持つのはヨシュア坊や。かわいいほっぺにムクムクの二の腕と言う幼児体型で、眼ばかりは賢そう。
聖母の顔がたいへん綺麗。
首から胸上部までの肉付きの確かさもいい。
ただ、「これこれ」の手が妙な違和感を感じさせる。
つまり目元は坊やを見やる優しい母の想いがにじんでいるのだが、あの手は闇の中から不意に現れたような、そんなどこか恐怖を感じさせるようなところがあるように思う。むろんわたしは専門家ではなく、勝手な感想をかくだけだから本当のところ、あの手の違和感の正体などはわからないのだが。

入り口に戻る。
様々な画家たちによるダ・ヴィンチ先生の肖像画をみるが、中で面白かったのがダ・ヴィンチと特に親しかったフランソワ1世のそばでこの世を去るダ・ヴィンチの絵。
なんだかすごく立派な裸体で、首から上は老人だがその下は壮年をも凌ぐ勢いがある。
マッチョなおじいさんが上半身を起こしているのだが、タイトルは1世の腕の中で息を引き取るとあるが、実際にはフィクションらしい。
「願はくば花の下にて」の方はほんまに春の花の時期だったが、こちらは「だったらいいね」という後世のファンの想いで描かれた最期のよう。

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後世の画家たちの「ダ・ヴィンチに基づく」絵がずらずら並ぶ。
偉大なる先達へのオマージュ作品もあれば、そこから学習した作品もある。

ダ・ヴィンチの素描とノートが出ている。これらは真筆。
ノートつまり手稿は大変貴重なもので、この伝世について興味深い逸話があるが、それはここでは記さない。
会場ではそのことの説明がある。
それにしてもこの手稿の内容はなかなか面白い。

幼児のムクムクした手足、あのどこか不気味な手、そして様々な花。それらの素描をじっくりと観る。
何かの経済紙の表紙絵がたしかダ・ヴィンチとミケランジェロの素描を使っていた。それを思い出す。

同時代の北イタリアの絵師による貴族の肖像シリーズがなかなかいい。
黒チョークに銀の尖筆に象牙の紙という意味不明な豪勢さ。
セピアになったその紙の上で6人の貴族の肖像画が浮かび上がる。

先の「糸巻きの聖母」を模写した絵が何点か並ぶ。
こうして眺めると、やっぱり大元の絵がいちばんいい。

追従者と言うか模写をする画家のうち、絵の中にモナリザそっくりの女を入れてみたりするのは、これは学習の充実度を示すためというより、パロディのようにも思える。

一方、ダ・ヴィンチの弟子筋のサライが描く「12歳のキリスト」は美少女風で、とても救世主には見えない。愛らしい。

1つとても気に入った作品がある。
幼子イエスと洗礼者聖ヨハネ図なのだが、天蓋つきベッドでちゅっちゅっと幼児同士はだかになって可愛いスキンシップをする微笑ましい図なのだが、フジョシ目線で見てしまうと、15年後には…と色々妄想がたくましくなる。

ヨハネはやはりかっこいい。
いい絵がいくつもあった。中には「安心してください」的なのもあったが。

マグダラのマリアの悔悛、ルクレツィアの自害などを題材にした同時代の画家の絵もあるが、やはりこれらは美人画が描きたいという気持ちからのものだろうか。

…あんまり好きなことを書くと、またイヤガラセをしてくる人もあるから、もうあんまり宗教画についてどーのこーの書きたくないな…

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最後にダ・ヴィンチの土木工学プランを模型にしたコーナーがある。
即席の橋が特にいい。模型になることで構造がよくわかる。
ボスポラス海峡を渡る橋の構想まであったのか…
浚渫ブロックや飛行機模型まで…
このあたりは20年近い前にも大丸での展覧会で見ているので懐かしいが、やっぱり模型になってくれるとわかりやすくていい。

後世への影響の強い偉人だということを、展示作品から改めて実感した。
4/10まで。

未来へ続く美生活

続いて東京国立近代美術館工芸館で21まで開催中の所蔵品展を撮影させてもらった。

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藤井達吉の屏風。草花図屏風。電気スタンドも藤井。
どの作品を観ても藤井達吉の才能の大きさ・豊かさにときめく。

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禁じ手だけど、逆さにしてみてもやはり素敵。
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秋の机も愛らしい。
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箱の美を堪能する。
そう、昨日は「仏教の箱」、今日は近代の人のためのさまざまな容れもの。

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キラキラして本当に綺麗。みているこちらの眼も星目玉になる。

ほしいものを集める。
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硯箱も素敵。
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憲吉の可愛い水滴
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洋風生活へ。
こんな照明器具もいい。
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少し口当たりは難しいかも。

いい鏡。
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ミナ ペルホネンの近年の仕事が集まっていた。
可愛らしいものばかりで欲しい欲しいとばかり思った。

モダンな和と洋の美生活。
こんな空間で過ごす時間は本当に大切にしたい。

21日まで
なお詳しい作家リストこちら

東京国立近代美術館工芸館を堪能する

久しぶりに東京国立近代美術館工芸館に行き、建物を撮った。
国立の工芸館を金沢に集約したらここはどうなるのだろう、という危機感もある。
政府は本当に益体もない存在である。

外観
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陸軍の建物の証拠に星マーク。
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中へ。
階段を上がる。
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二階からの眺め。
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いつまでも大事にされ続け、そして使われ続けてほしい建物である。

仏教の箱 荘厳された東アジアの容れもの

大和文華館の「仏教の箱」展に行った。
箱と聞いてわたしのアタマに葛籠とか料紙箱までは浮かんだが、この展覧会は副題にある通り「荘厳された東アジアの容れもの」なだけに、多種多様な有様のものをさしていた。
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1.舎利を納める 舎利容器・仏像胎内納入
そうでした、まずこれでした。

舎利容器 唐 泉屋博古館からお出まし。ぐるぐると瑞雲が描かれている。どうやら粛宗(玄宗の三男)あたりの所蔵品らしい。

「南栢林弘願和尚身槨」銘 石槨 唐 こちらも泉屋から。チラシ真ん中の幌馬車のような石造のカク。このカクとは棺じたいを納めるのようだが、ここにある大中小三体のカクはそんなに大きくもなく、儀礼の模型なのかもしれない。
この辺りの事がちょっとわからないので知りたいが、どうなのだろうか。

木造釈迦如来立像 唐末期 木造がベースで一部乾漆+練ったもの貼り付けらしい。
下げた右手は手首から先がなく、曲げた左手は肘先がない。銀光りするような照り方。顔肉はふっくらしているが、むっとしている。

青白磁瓔珞文輪花合子 宋 何か見覚えがある。この作品にではなく、この釉掛け状態に。
あ、わかった。高麗橋・菊屋のアイス最中にそっくりなのだ。三番街の喫茶室で食べれるのだが、最中を外すとバニラアイスに喫茶室でしか食べられない柚子餡が挟まっていて、それが混ざりあい始めたような状態。もう本当に美味しそうである。

銀製合子 朝鮮 小さくて黒くなった銀の合子。

2.仏像を納める仏龕・厨子 
こちらも確かに容れもの。

石造二仏並坐像 526年銘 北魏 ドレープも綺麗に刻まれている。背には出城情景。

石造四面像 唐中期 四方にそれぞれの仏が刻まれる。北の弥勒、東に多宝と釈迦、南に定光如来、西には無量寿…その下には竪琴を弾く・琵琶を弾く・笛を吹く・笙を吹くものなどなど楽器演奏する女の姿がある。これらは供養のために作られたものなので、そこに女の像が多いのは供養者が婦人だからではないかという推理があった。

金銅板佛 遼 唐文化の後継者たらんとしてその文化を出来る限り再現した遼。
これは建物を模した殿閣型。屋根の両端に鴟尾がついていて、しかもその建物の中には仏たちが整然と並んでいるので、ちょっと見には「仏マンション」という趣がある。
外観は台北の圓山大飯店か肥後橋の徐園かといったところである。
・・・関係ないが徐園の春巻は美味しい。

金銅薬師如来立像 新羅 頭大というか首がないというか、白鳳の仏像の兄貴分というか…ちょっとばかり山岸凉子のホラー「汐の声」を思い出して怖い…

上代裂帖 飛鳥―奈良 天人の絵柄のものが見えた。

刺繍如来像 明 この時代の刺繍ものっていいのが多いから好きだ。
これはワッペン。螺髪は「相良縫い」という技法。今でも活きている。

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3.経巻・経册を納める 経箱・経筒
容れものだけでなくその御本体も。
3.経巻・経册を納める 経箱・経筒
容れものだけでなくその御本体も。

一字蓮台法華経 普賢菩薩勧発品 平安後期 見返しがワイワイとにぎやか。坊さんらの読経とその周囲にいる人々。子供もいる。こういうてはなんだが、娯楽が少なかったから一大イベントとしてドキドキものだったろうなあ。

金銀鍍宝相華唐草文経箱 1031 延暦寺 やや緑青が噴いている。これは藤原彰子が埋経させたものらしい。立派な文箱。…彰子って当時の人としては「をを」なくらい長命だったな。紫式部を筆頭に高名な文学女子たちもそばにいたし。

金峯山経塚出土品 法華経巻四、無量義経残欠 998年奥書 金峯神社 かなり変容していて、抽象的な文様のようになっている。

金銅宝幢形経筒・瑠璃壺 平安 奈良国立博物館 上に緑のガラスの玉がある。垂飾も玉。緑青がまた綺麗。それで「肉舎利」「法舎利」とあるが、それがちょっわたしにはわからないので調べたら、髪とか歯とかが肉舎利で、法舎利は釈迦の教えを舎利にしたものという説明があった。
そういえば鶴田浩二の出ていた任侠映画で「手前の骨が舎利になっても」という台詞があったことを思い出す。

長谷寺縁起絵巻 江戸後期 海から来た毘沙門天の宝塔を宿禰が拾い、占いにより初瀬に。
なかなか素朴な絵で好ましい。

4.仏具としての容器 供物器、飯器など

銅板地螺鈿花鳥文説相箱 平安 大好きな装飾。鸚鵡ちゃんの可愛さ。螺鈿なので位置を変えてみると表情も変わる。可愛い。
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この目が可愛い。イメージ (73)
サイドには一羽ずつ正面には二羽。やはり平安時代は「カワイイ」モノが愛された時代だな。現代の日本のガラパゴス化と鎖国状況の平安時代・江戸時代は「カワイイ」ものがとても多い。内向きになると日本は「カワイイ」モノを生産するのかもしれない。

木地銀蒔絵禅機図経箱 室町 例の「南泉斬猫」とかあんなのが描かれているわけだが、猫の絵は見えなかった。可哀想だから削除??やっぱりあれよ、その後の草鞋を頭に乗せてさっさっとその場を立ち去る、というのがいいよ。

銅製銀象嵌柳水禽文浄瓶 高麗 黒地に白い線で刻まれたかのように見える。繊細優美な文様。やきものだけでなく、金物も高麗のものは可愛い。

鳳凰文鎗金経箱 中国・元 奈良国立博物館 蓋に鳳凰、サイドに鸚鵡、正面に孔雀などが対で。面取りした角々には螺鈿。字もある。
沈金の文様が高麗の様式と一緒らしい。13世紀頃の高麗の貴族間ではモンゴル文化がブームだったというからこの辺りのことを想うのも楽しい。

楊柳観音図 高麗後期 右下の赤ん坊姿の善財童子が可愛い。蓮の花びらの上にいる。五髷にそれぞれリボン。
高麗仏画は160点ばかり残るそうだが、そのうちの130点が日本にあるそうだ。すごい。

密教の仏具で「二器」と言われるものがある。
金銅灑水器(こんどう・しゃすいき)=香水を入れ散布。
黒漆塗香器 こちらはその香を入れるもの。同型。

根来や堆朱の箱も色々あり、面白く見た。

5.付 様々な箱

道成寺縁起絵巻 江戸後期 いつも大体がクライマックスのシーンを開いているが、今回は珍しく後日譚を見せてくれる。
今や蛇カップルと化した安珍清姫がある僧の夢に出て供養を願う。供養した所、それぞれ熊野権現と観音の化身だったことがわかるとか。赤と緑の蛇はもう雲の上。

ここでは蒔絵の綺麗なものを色々と見た。清朝の筆もある。

象牙象嵌梅文八角香合 江戸 象牙部分が焦げキャラメル色になっている。

関西の公私のミュージアムには、明治から戦前に活躍した中国の書画文物コレクターの見事な優品が多く所蔵されているので、相互貸出で出てきた作品があるのが嬉しい。

ああ、いいものを見た。2/21まで。

東近美と兵庫県美でみた創作版画

現在、東西で魅力的な版画の展覧会が開催されている。
東京国立近代美術館では恩地孝四郎展が特別展で、そして常設もそれに合わせて創作版画の名品を並べている。
全くありがたいことである。
喜んで撮影させてもらった。

他方、兵庫県美術館では谷中安規展を開催中で、やはりそれに沿うて創作版画を展示している。
こちらも撮影可能なので喜んでぱちぱち撮らせてもらった。
それらの画像を挙げていきたいと思う。

作者名はあえて記さず、撮ったまま加工せずに挙げているが、これはまぁ一つには実際に足を運んだ方が何十倍もいい感じに見れますよ、ということと、絵だけ挙げないでほしいというのを前に聴いていたからだが、とりあえずこのブログで「こんな作品があるのね」と思って、ちょっと調べよう・見に行こうと思われる方が増えたらよいなあと願ってのこと。
また、遠くて行けない方のためにせめて雰囲気だけでも味わって、という想いもある。

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東近美のリストはこちら

以下は兵庫県美。リストはこちら
全てをとるわけにはいかないし中には撮影禁止もある。
この中の特に好きなものを挙げた。
なお、リーフレットがとてもいいのが嬉しい。そちらも紹介する。

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M氏と言うコレクターの方の谷中作品コレクションを大いに堪能させていただいただけでなく、サムネイルサイズでずらりと60点以上の作品をこのように出してくれてはるのが、本当にありがたい。
掲載されていなくて、撮影禁止でもないのを挙げる。

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谷中と同時代の創作版画家たちの作品を純粋に鑑賞できたことを喜んでいる。

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早いうちにこうして版画を愉しめるとは、幸先の良い一年だと思う。

ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術

「ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術」とはいいタイトルだと思う。
2016年の始まりにふさわしい、いいタイトルのいい展覧会が山種美術館で開催されている。
このタイトルに対するならば「けったいな蕭白・ふざけた暁斎」くらいしか思いつかないが、まぁ後者は企画されませんわな。
今回、若冲生誕300年にあわせての特別展だそうで、わたしが行った時もいい混み方をしていた。
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1.愛でたい、めでたい、HAPPYな日本美術
・長寿のシンボル 鶴と亀
暁斎 浦島太郎と鶴と亀 1887  おぅ、いきなり言うてたら暁斎か。鶴を中に左右に亀と太郎。わりとおっちゃんなというか壮年の浦島で、荒海で力強く櫓をこいでいるような。もちろん傍らには瓢酒。

大観 天長地久 1943  時代というのもあるし、ご当人が老年期に入っても水戸の書生っぽらしさを残しているからこその無邪気さでこの時代の作品は生み出されているように思う。
鶴が飛び、松林が拡がる空間。めでたい。

玉堂 松上双鶴 1942  こちらもめでたい。アカマツが伸びる。山崎家のお嬢さんの結婚祝いのための絵。

古径 鶴 1948  戦後もめでたさの象徴たる鶴を描く。座す鶴と薄紅梅。この絵を見ていると福岡の銘菓「鶴乃子」を思い出す。

龍子 鶴鼎図 1935  3羽の鶴が身を寄せ合う。首から上が灰色なのは何の種類なのか。
旧いことを言うようだが、「チャーリーズエンジェル」でもやってくれそうである。

若冲 亀図  二匹の亀がこんにちはと挨拶を交わしている。薄墨色の亀たち、温和。

・縁起物のマルチプレーヤー 松竹梅
大観 松竹梅 1931 扇面に金梅、黒松葉、金笹。

大観 寿 これは絵でなく書なのだが隷書体に近いような書体で、真ん中の(・)が一つ目のようにも見える。薄い金泥の松竹梅が下地に透ける。めでたいのだが、現代のフラチものが見るとこんなことしか言えなくて申し訳ない。

松竹梅を大観・玉堂・龍子で競作したのがある。1955。三人はそれぞれ白砂青松、竹(東風)、梅(紫昏)と題した絵を描いた。それぞれの個性がよく出ていて面白い。
尤も三人が担当を変えてもそれはそれでいい感じになると思う。

・幸運をもたらす神 七福神
さすがにここのコーナーは旧幕時代の絵師のが多い。
狩野常信 七福神図 これはもう完全に「七福神のところへお招ばれした唐子たち」の様子を描いたものにしか見えない。
唐子と布袋、弁天と唐子、大黒と唐子などなど七福神それぞれが自分の特性を通じて唐子らと交流中。えべっさんから釣りを教えてもらったり、演奏を聴いたり…
色々と子供らを楽しませようと七福神揃っていろいろ大変。
しかしコワモテの毘沙門天が何をしていたかちょっ思い出せないな。

七福神のうち布袋はまぁ子供好きということになっているので、「布袋と唐子」図は随分昔から多くの絵師が描いている。

狩野一信 七福神図 山中の亭でくつろぐ皆。給仕のためにか少女たちもいる。
海に出ると宝船に乗って楽しいツアーに出る(のか?)が、山中はどうやら本当に別荘らしい。

若冲の布袋図は何種かあるが、可愛いのはチラシ表の「伏見人形図」の布袋の行列だが、こちらの七福神仲間のコーナーにある布袋図は二枚が二枚共にアクの強いもの。
にんまりとやらしい目つきのものと、重たい荷物を担いでニコニコのと。
なんかもうどちらもあんまり遭いたくないなあ。

狩野一信 布袋唐子図 こちらはちびっこらがなかなかいたずらもので中には「べー」するのもいる。

若冲 恵比寿図 えらく大きい鯛。福耳のえべっさん。それとグラスを持つ毘沙門天が。
これの対らしき大黒図も並ぶ。

尾竹竹坡 大黒天像 ここでようやく近代のヒトになったが、絵自体はそう新しくはない。二つ俵の上に立つ大黒様。吉祥図だからあんまり新しい画風のものよりこうした絵の方がめでたさは強い。

下村観山 寿老 1920  また例によって威厳のある老人姿である。つまり七福神のやたらと長いデコの爺様ではなく、南極老人たる像。それが白鹿を撫でている。
先般横浜そごうで見た福井県立美術館所蔵の寿老人の続編的な構図でもある。

・聖なる山 蓬莱山と富士山
仙人の住まう蓬莱山と日本人の心に生きる山と。

大観 蓬莱山 1939 東海に亭が突き出ている。鶴亀に松竹梅もなんでも一緒にまとめてめでたいものがここにある。

大観、古径、深水らの富士がある。そして小松均の赤富士の力強さでしめくくる。

・暮らしに息づく吉祥
芳中 万歳図 これがまた可愛い。ぺんぺんと鼓を打ち言祝ぐ二人組が、ただただ可愛い。

暁斎 五月幟図 なにやらめでたい取り合わせの幟…

是真 円窓鍾馗 赤い地に丸窓が開いて、そこから鍾馗の怖い顔がぬっと出ているから鬼があわてて逃げだした。

新井洞巌 鍾馗駆鬼図 1926 踏んでるよ…

他に富士に鷹に茄子や高砂の老夫婦もいた。

・生きものにこめられた吉祥
大観の龍と龍子の鯉とが力強い。そして栖鳳の鯛がやたらと美味しそうである。いや、児玉希望の鯛の方が美味しそうか。
洋画では味わえない素材の「美味しそう!!」感はやっぱり日本画とスケッチとマンガがいちばんだな。線の問題もあるか。

若冲のえびは薄墨の巨大なえびだが、これも茹でたら真っ赤になるだろう。
何人分の食材になることやら。

瀧和亭 五客図 1886 これは鳥を差しているようだ。鸚鵡、鷺、孔雀、雉など。

雅邦 平安長春図 1895 白バラに鳥という楽園的な様子。

春草 白牡丹 1901 一つ、ただ一つの大きな白牡丹。

・新春を寿ぐ 愛されキャラ、干支の動物
土牛の干支の動物図が可愛い。兜町時代の吉田五十八設計の茶室での初釜に掛けられていたそうだ。

玉堂 春渓遊猿 1940 大自然の中のヒトこま。小さく描かれた楽しそうな猿たち。
大自然と生命ということを考える。

申年ということで古径、小虎、土牛、多々志らの猿の絵も並ぶ。
…いつか猫年は来るのだろうか。

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2.HAPPYになる絵画
笑・ユーモア
若冲 仔犬に箒図 竹箒にくっついて眠る白犬。
こいつの仲間で箒にさっさっと掃かれるわんこもおるなあ。

若冲 河豚と蛙の相撲 ザリザリvsぬめぬめ。ううーむ…

是真 墨林筆哥 漆絵。大好きな一枚が出ていた。カエルの琵琶弾き語りライブ。
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都路華香 寒山拾得 ニコニコの二人。それだけでめでたい。

・幸福な情景
清方 佳日 1955 幼い息子を連れて外出。旗日で家の軒先には国旗がある。

深水 春 1952 モダンな着物の二人の女がひそひそ。大したことは話していない。

小虎 春の訪れ 1924 大きな作品で春の女神が花を撒く情景。地にはナズナ、木花は木蓮、蝶も飛ぶ…春の美しさを味わう。

華楊 生 1973 生まれたばかりの仔牛に光が差し込む。ほかほかと湯気が立つような温かな光景。

ああ、めでたい好いもの味わった。

恩地孝四郎展 形はひびき、色はうたう その2

続き。

II 版画・都市・メディア 1924–1945年

P92
浴後 1926(大正15)年2月22日 木版、紙 東京国立近代美術館
素肌にシーツを巻きつける裸婦。顔は見えない。至ってモダン。

P93
「美人四季」1927(昭和2)年 木版、紙 京都国立近代美術館
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わたしが好きなのは「冬」の女だがボナールにこんなのがあったのを思い出す。1920年代のモダンな女。

P103
裸膚白布 1928(昭和3)年9月 木版、紙 ドゥファミリィ美術館
チラシにもあるが、寝そべる裸婦の図。薄く笑う女の顔、白い膚にポツンポツンと置かれた朱。とても魅力的だ。

P104
湖辺 1928(昭和3)年10月17日 木版、紙 ボストン美術館
裸婦が水の波紋を見ながら踊る。
この構図を見ると同時代の「都市散策者」たちがカメラで捉えた風景を想う。

「人体考察」シリーズ 1929(昭和4)年3月 木版 
部分を表現したものと抽象表現とがあって、なかなか面白い。
同時代の小出楢重が人体の一部分だけを見たときのある種の気持ち悪さ・違和感について書いたのがあるが、それを思い出した。
そして更にわたしはこのバラバラ人体をつなぎ合わせて一体のヒトになるのかどうかということを考えている。

P110
「ポーズ」の内 憩 1929(昭和4)年 木版、紙 府中市美術館
裸婦が座る。これは以前に府中の常設でも見ている。府中も見せ方のいい美術館だと思う。
この絵は他の作品と共に静かにこちらを見ていた。

P111
「今代婦人八態」 鏡 1929(昭和4)年 木版、紙 千葉市美術館
合わせ鏡で自分の髪の後ろ辺りを確認する。昭和初期の女の和モダンのよさがにじむ。

P115
帯 II 1930(昭和5)年 木版、紙 大英博物館
女の風情がいい。夢二と渡辺与平とを取り混ぜたような可愛い女で、それが立ちながら帯を結ぶ。何か小唄のようなものがそばにつく。

P127
帯 I 1930(昭和5)年 木版、紙 大英博物館
タテジマヨコジマのなかなかおしゃれな。

P128
帯 II 1930(昭和5)年 木版、紙 大英博物館
こういうのはやはりいい。

次からはわたしの大好きなシリーズである。
恩地だけでなく他の版画家も参加した「新東京百景図」から。
P116
「新東京百景」 英国大使館前 1929(昭和4)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
道路をフォードらしき車が走り抜けてゆく。疾走感はないが、モダンである。並木と歩道。人々が行き交う。わたしもこの辺りは案外好きで、かつてはしばしば訪れた。
東京の風景画はやはり江戸の昔から版画がいちばんいい。

P117
「新東京百景」 邦楽座内景 1929(昭和4)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
女の顔が大きくクローズアップ。客席の様子を示す。

P118
大東京遠望1929(昭和4)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
中央通を市電が走り、ビルヂングが伸びている。

P120
「新東京百景」 ダンス場景 1930(昭和5)年 木版、紙 養清堂画廊
ダンスホールの様子。昭和初期のダンスホールの隆盛は華やかだったという。
チケット制でダンサーと踊るのだ。ダンサーの中にはお茶を引くのもいて暇そうに座るのもいる。

P121
「新東京百景」 カフェー 1930(昭和5)年木版、紙 養清堂画廊
紅めの店内でエメラルド色の着物を着た女給が柱の陰から現れる。

P124
「新東京百景」 二重橋広場1930(昭和5)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
緑の濃い皇居、橋をじっと見守る男。

P125
「新東京百景」 日比谷音楽堂 1930(昭和5)年 木版、紙 養清堂画廊
夜の屋外ライブ。客席の背後からの眺め。この時代の流行歌といえば「東京行進曲」などか。

P129
黒葡萄切子鉢 1931(昭和6)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
王冠のような鉢。細かい切子が入っている。黒葡萄がガラスを越えてそのまま光るようだった。

P130
音楽作品による抒情 No.2 ボロディン「スケルツォ」1932(昭和7)年 木版、紙
音楽を絵画的に表現するのは難しい。演奏する様子を描くか、曲の主題を絵画化するか。
その意味では抽象画かもしくは音楽から浮かぶ幻想を絵にするかだと思う。
しばしばよい演奏を聴くと、脳裏に様々な画像が浮かぶ。わたしの場合は大抵が幻想的な情景だが。

P131
ノックダウン
1932(昭和7)年 木版、紙 
おお!かっけー!

P132
サーカス(ハーゲンベック・サーカスの印象)1933(昭和8)年 木版、紙 京都国立近代美術館
川西英の曲馬図を抽象表現にしたような趣がある。

P134
レモン白布 1933(昭和8)年 木版、紙 養清堂画廊
布も白と灰色で表現され、その質感が伝わるようでいい。
特にレモンの山吹色に近い黄色がいい。

P135
「今代婦人八態」 珈琲 1933(昭和8)年 木版、紙 千葉市美術館
シリーズものの続き。
小さめのコーヒーカップを持つ横顔。ぼうっとしている。
レースらしきものもそのそばにある。

P136 *ダイビング 1933(昭和8)年頃 木版、紙 横浜美術館(北岡文雄氏寄贈)
おおおーーっめっちゃかっこええ!!スク水の女が飛び込むその胴部分だけトリミング。トルソ状態とはいうまい。
どーんっと力強くさわやかに飛び込む。空には白雲。
ああ、かっこいいなー!早く夏になれ!!

P137
「今代婦人八態」 湯上り 1934(昭和9)年 木版、紙 千葉市美術館
こちらは結い上げた髪の女。浴衣、いや、湯帷子を着るその肩。

P138
「今代婦人八態」 新聞 1935(昭和10)年 木版、紙 千葉市美術館
こちらも和装。同時代の画家も婦人の新聞を読む様子を描いている。

P139
音楽作品による抒情 No.4 山田耕筰「日本風な影絵」の内「おやすみ」1933(昭和8)年[1935(昭和10)年]木版、紙 ボストン美術館
抽象的でありながら叙情的。こうした作品が好きだ。
ほかにもよいものばかり。
P142
音楽作品による抒情 ドビュッシー「金色の魚」
P143
サティ・小曲による抒情
などなど。

面白いものを見た。シリーズものの一つ。
打ち上げられた貝殻達、ヒトデなどにイカや魚らを従えて真ん中に海女さんらがいる。
なかなかかっこいいし面白い。
P144
海(3部作の内)左、中央、右 1937(昭和12)年 木版、紙 シカゴ美術館

中国に風景を撮影し、版にしたものもある。
それらはいずれもとても静かだった。
P161
白堊(蘇州所見)1940(昭和15)年 木版、紙 千葉市美術館
これが特に好きな1つ。白い壁に綺麗な装飾窓。そして姑娘の後姿。

作品集「飛行官能」からのものもある。
無機質な形の物体を平面的に描き、それらが一見脈絡もなく集合する。
版画だけでない作品。写真もそこに加わる。
ドライでシュールなかっこいい作品群。

P169
[失題]1943(昭和18)年 木版、紙
楕円形に近いようなボディの飛行機が黒々と画面の前面を押さえ、他方、白い空を背景に小さい飛行機が飛ぶのが見受けられる構図。とても印象的。この時期を考えれば軍からぐじゃぐじゃ言われての製作だろうが、それでもこのように自由でもある。

作品集「博物誌」もいい。版画家の撮る写真は色の濃淡が面白いようにも思った。

作風が少しずつ変わったとはいえ、本の装幀は時代を経るにつれいよいよよくなってゆく。
B30
『夢二抒情画選集 上巻』岩田準一編著 1927(昭和2)年1月15日発行 宝文館
書籍 うらわ美術館
コジャレた良さがある。岩田準一、こうした仕事もしていたのか。

B31
『槐多の歌へる』村山槐多著 1927(昭和2)年2月17日発行 アルス 書籍
この本も恩地だったのか…

B41
『コドモのソナタ』山田耕作曲 1928(昭和3)年9月15日発行 日本交響楽協会出版部 楽譜 うらわ美術館
ロシア構成主義風なまとまり方。タイポも面白い。

B43
『泉鏡花集』泉鏡花著 1929(昭和4)年2月18日発行 春陽堂 書籍
こちらは先のとは全く違う繊細な美しい装幀。
それぞれ作品の持ち味を生かしている。

B46
『双頭の鷲より赤旗へ 上巻』クラスノフ著、大木篤夫訳 1930(昭和5)年8月28日発行 アルス 書籍
これなんかもやっぱり構成主義。時代性もあり、最先端ぽく感じるのもいい。
ところで今更だが、この翻訳の大木篤夫はやっぱりあの大木惇夫だったのね。
言うなかれ君別れを…

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III 抽象への方途 1945–1955年
戦後進駐軍が来たとき、恩地の抽象作品の応援したそうで、ここでまたもう一歩進んだ感じがある。

ただ、「廃墟」にしても「1947年の日本のカリカチュール」にしても敗戦後の風景が強烈な印象を齎しているのがわかる。
中空に浮かぶ裸婦はあくまでも倒れるように横たわるだけなのだ。
その裸婦の下には復興する日が来るのかと思われる荒れ方をした木々や岩が見える。
誰しもが敗戦そして廃墟とは無縁でいられなかったのだ。

観念的な作品が増えてゆくのを感じる。
P218
リリック No. 11 回想の中で 1951(昭和26)年 マルチブロック、紙
何か見たことがあるような…あ、「バケラッタ」だ…!!

四点の連作がいい。
P230-233
イマージュ No.7 黒猫(a)1952(昭和27)年 紙版、紙 大英博物館
イマージュ No.7 黒猫(b)
イマージュ No.7 黒猫(c)
イマージュ No.7 黒猫(d)
抽象と言うより極度に装飾を排除して簡易な線と色彩とだけで黒猫を表現した作品。
とても魅力的だった。思わずわたしは簡単なメモ書きをしてしまった。
黒猫の可愛さ・しなやかさ・怠け者さがよく出ていて、とてもよかった。

P236
女優像(京マチ子)1952(昭和27)年11月 木版、紙 和歌山県立近代美術館
ああ、いい女だな…この年は6本の映画に出ている。「雨月物語」はこの翌年の出演。

最後にこの時代の装幀をみる。
B75
『ビアズレイの生涯と藝術』式場隆三郎著 1948(昭和23)年2月1日発行 建設社
書籍
わぁ!式場のこの作品の装幀もこの人だったのか。そうか。去年市川市文学館で式場展を見たときにもこの本が出ていたはずだ。何やらうれしくもある。

あとは恩地孝四郎本人による詩集・画集などがあった。
本当に見応えのある展覧会だった。
とても時間はかかるが、ぜひとも見てほしい。
和歌山近美に巡回する。

恩地孝四郎展 形はひびき、色はうたう その1

東京国立近代美術館の「恩地孝四郎」展はたいへんな規模の展覧会である。
出品数、作品の状態、内容の厚み、見せ方など、どう考えても国内最高レベルの大回顧展だと思う。
本当に驚くレベルの高さに、観る側も気合を入れてかからないといけない。
あっという間に2時間くらい経ってしまう。
心せよ心せよ、という呪文を自分に掛けるのを忘れたがために、わたしはハンガーノックにやられ、終わりの方を少し飛ばし気味に見たので、勿体ないことになった。
それでも大いに楽しめたのはやはり質・量ともに見事な大きさだからだろう。
イメージ (62)

展示は版画・ドローイング・本の装幀・写真・油彩で構成されている。
それぞれ頭文字のP・D・B・Ph・Oという区分がされ、年代順に現れる。

1.「月映」に始まる 1909-1924

P1
LA DANCE(『密室』6)1913(大正2)年 モノタイプ、紙 和歌山県立近代美術館

P4
徂春(私輯『月映』II)1914(大正3)年 木版、紙(二折)和歌山県立近代美術館

このように画集に収められた分からピックアップされているが、いずれも大変に印象深い。
先般「月映」展が開催されてそれで恩地・田中恭吉・藤森静雄の三人の仕事に関心を持たれた方も多いことだろう。
このあたりの作品はあの展覧会を思い出しながら見て歩くのもいい。
再会する気持ちと、「この摺りは観ていない」と思ったり、新たなことに気付いたり、となかなかに忙しくなる。

そして今ここに挙げた2点はいずれも女をモチーフに作られている。
大の字に手足を開く俯く女と、座って泣きながらこちらを見る女と。
どちらも観念的な恐ろしさを纏うている。

P10
うかむ種子(私輯『月映』IV)1914(大正3)年 木版、紙(二折)ドゥファミリィ美術館
これは小奇麗な感じがする。かつてドゥファミリィ美術館は原宿で開館していた。
そこでわたしは多くの創作版画と新版画と幕末から明治の浮世絵版画とを楽しんだ。
こうしてそこのコレクションに再会すると、90年代当時の歓びが蘇り、感謝の想いが湧いてくる。

P23
[失題]1914(大正3)年頃 木版、紙 和歌山県立近代美術館
タイトルがないのは本当に困る。
これは黒地に椿が咲き乱れる空間に佇む女のいる情景。青めの着物の女。黙ってどこかを見ている。

P26
[あさあけ]1914(大正3)年頃 木版、紙 和歌山県立近代美術館
大きな三日月に裸婦が座り、その向こうをたくさんの流星が飛んでゆく。

P28
[望と怖]1914(大正3)年頃 木版、紙(二折)和歌山県立近代美術館
これも有名な作品。青と黒とを分割する空間に女の目が入る。
イメージ (64)

大正時代の主題のひとつに「女」というものがあると思う。
江戸、明治とはまた異なる立場・立ち位置から見た「女」、存在することを主張する「女」の登場。明治の抑圧から放たれつつある「女」…

恩地ら若い芸術家たちはその存在とどう向き合ってきたか、それがこの展覧会にも現れていると思う。

P44
泪してあふぐ日(公刊『月映』IV)1915(大正4)年 木版(機械刷)、紙 宇都宮美術館
興味深く思ったことがある。和歌山近美蔵では手摺りが多く、宇都宮では機械摺りが多いというあたり。価値がどうのということではなくに。
これはこれで面白い。

こうしてタイトルが付くものの方がずっと好ましい。
同時にそのタイトルが全て詩的な美しさを見せているのがいい。

ここにある「月映」収録作品のタイトルを挙げてみよう。
P45
おさむるものと地の哀傷(公刊『月映』IV)
P46
とぶもの・つけるもの(公刊『月映』IV)
P47
のこるこころ(公刊『月映』IV)
P48
そらよりくだるかげ(公刊『月映』IV)

いずれも心惹かれるタイトルばかりで、ある種の哀感さえ呼び起こされる。
むろんそこにはそうした感情を呼び覚ます作品がある。

「月映」中の「抒情」シリーズもまた同じである。
特に「抒情」と打つことで描かれたものが抽象であったとしても、そこに詩が含まれればたちまちに抒情的な存在になる。

P49
抒情 太陽額に照る(公刊『月映』V)
P50
抒情 生はさみし夜半目ざめて泪ながれながる(公刊
P51
抒情 くるしみのうち懐に入るものあり(公刊『月映』V)
P52
抒情 苦悩のうちに光る
P53
抒情『あかるい時』

これらのタイトルと刻まれた絵とは必ずしも物語を拠り所にしているわけではない。
詩と文学の違いということを考えたとき、そこに絵があれば、その違いははっきりする。
詩と絵が共にあれば、その絵は抽象的な表現であってもある種の感情を呼び起こす。
文学に絵がつけば、それは挿絵となり、より物語そのものを深く愛させる。
似ているようで違う感性が活きている。

P78
画集「幸福」より 1921(大正10)年[1919(大正8)年]木版、紙 大英博物館
P85
画集「幸福」より 1922(大正11)年頃 木版、紙 和歌山県立近代美術館
前者は着衣、後者は裸婦。ポーズは同一。
マハとはまた違うが、着衣のあるなしで見る目が変わってくるのも面白い。

P79
水浴 1920(大正9)年頃 木版、紙 東京国立近代美術館
イメージ (65)
青い背景の中に肌色の女の素肌が現れる。一人でなく複数。
この絵は特に好きな一つ。
最初に見たときから今に至るまで好き。

P80
人物 1922(大正11)年 木版、紙 和歌山県立近代美術館
頭を抱え込む裸婦。何があったのだろうかと観るこちらも想像をする。

O2
海の女 1912(明治45・大正元)年 油彩、キャンバス 和歌山県立近代美術館
和歌山近美は所蔵品の撮影をノーフラッシュならと許可してくれている。
好きな絵。以前に行った時会えて嬉しかった。岩に凭れる三人の海女さん。顔は見えない。

D2
詩画集『いのちのうすあかり』1911(明治44)年 インク、紙 和歌山県立近代美術館
このタイトルを見ると久保田万太郎の俳句を思い出す。

「湯豆腐や いのちのはてのうすあかり」
この句は昭和の真ん中頃に作られた。
だから時代は恩地の方が早いのだが、半世紀後の久保田の句の方がもっと前の時代のように感じられる。
そして恩地のこの詩画集に新時代だけにしか生まれえない、うつくしさ・かなしさとを感じ取るのだった。

余分なもののない顔、その頬を挟み込む手。誰にもどうにもできないせつなさがそこにある。

D3
詩画集『死にたる泪』1911(明治44)年 インク・水彩、紙 和歌山県立近代美術館
この詩を読むと「エーテルの匂ひ」という一節がある。
今では失われた科学の言葉。この概念は当時の新しい美しい言葉の一つだったのだ。
宮沢賢治は「春と修羅」の中で「くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ」と歌った。
1922年のことだ。その11年前に恩地はこの言葉を用いてせつなくもうつくしいものを世に送った。

D5
田中恭吉宛絵葉書 1912(大正元)年12月29日消印 インク・水彩、紙 和歌山県立近代美術館
何を意図してこの絵を描いたのかはわからない。裸の人々が争う様子を描いている。

D7
[ピアノをひく女]1913(大正2)年頃 インク・水彩、紙 和歌山県立近代美術館
どのような曲を弾いているのかはわからない。しかし弾く女の顔はこわい。

本の装幀にいいものがたいへん多い。

B1
『悪人研究』西川光二郎著 1911(明治44)年7月24日発行 洛陽堂
これが最初の装幀の仕事だったという。象徴的というよりどこか構成主義的な趣もある。それでいてロマンティックでもある。

B2
『どんたく』竹久夢二著 1913(大正2)年11月5日発行 実業之日本社
恩地は夢二ファンで、彼にも可愛がられ、夢二の生涯のなかよしさんとなった。
だから夢二からもこうして自著の装幀を任されている。
夢二は趣味のうるさい人だから、恩地の実力を買っていないとこうはしない。

他の夢二の著書の装幀もある。
B12
『絵入詩集 小夜曲』竹久夢二著
1915(大正4)年12月20日発行 新潮社

B10
『本然生活』加藤一夫著 1915(大正4)年10月23日発行 洛陽堂
まだ大正時代なのに字は→方向の横書きなので読みやすい。
抽象的な絵があるが、それが新時代の象徴のようにもみえる。

同時代の詩人の著書の仕事も少なくない。
いずれも魅力的なものばかりである。
B15
『月に吠える』萩原朔太郎著
1917(大正6)年2月15日発行 感情詩社/白日社出版部
B16
『愛の詩集』室生犀星著
1918(大正7)年1月1日発行 感情詩社
B17
『白秋小唄集』北原白秋著
1919(大正8)年9月1日発行/1923(大正12)年12月15日32版 アルス
B18
『ボオドレエル詩集 悪の華』ボオドレエル著、馬場睦夫訳
1919(大正8)年10月28日発行/1920(大正9)年8月5日再版 洛陽堂
B23
『象徴詩集』三木羅風著
1922(大正11)年5月20日発行/1925(大正14)年11月20日 5版 アルス

三木の「ある農家の詩」には竹林を往く裸婦の絵があった。

こちらは画家で小説家でもある有島生馬の本。
B19
『死ぬほど』有島生馬著
1920(大正9)年6月25日発行/1920(大正9)年6月28日再版 春陽堂
そういえば生馬も夢二とは仲良しさんで、臨終の頃夢二は恩地と生馬とをたよりにしていたそうだ。

有島生馬の小説「蝙蝠のごとく」を読みたくなることがしばしばある。いまだに読んでいない。読む機会がないからだ。彼の弟の里見弴が同じ素材で書いた「T.B.V」はなんとか手に入れたが。生馬の本を見るといつもこのことを想う。

長くなりすぎるので続く。

黄金町のある中等部の学舎

基本的に幼稚園から中学校までは、名が知れていようといまいと、学校名を具体的に挙げることは避けている。
撮影させていただいた際に「名を挙げてもいいですよ」と仰られることもあるが、やはり安全のことを考えると具体的な名は挙げないようにする方がよいだろうと思っている。
とはいえ、今回の撮影は告知されていたものなので、わたし一人が隠す意味はないのだが、まぁ字は伏せたままにする。
写真を見て「ああ」となればそれでいいかと思っている。
尤も完全に廃校ならば挙げもするが、ここは一旦この旧校舎を取り壊したのち、出来る限り再現を考えておられるそうなので、やはり名はタイトルや本文には挙げない。
具体的な場所なども挙げない。ずぼらな奴めということでよろしくです。

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中へ。
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最初の階段
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照明はこの学校の校章から。別に節約のためのではないそうだ。
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教室の名残
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次の階段。
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豪華なシャンデリア…

学舎内の礼拝所。プロテスタントだそうだ。
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再び階段へ。
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素敵な内部だった。

また外へ。
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このようにサイドにはもう網がかかっているが、それはそれでむしろ古色が深まる。
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さらば。

次は別建物で資料を拝見。
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素晴らしい建物だった。
ありがとうございます。
再現される日が楽しみです。


猫まみれ  浮世絵から現代美術まで

神戸ゆかりの美術館で招き猫亭コレクションによる「猫まみれ」展が3/27まで開催中。
神戸の前は島根でも開催していた。
こちらは神戸のチラシ。
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背景の黄色系のシマシマ地は虎猫柄のようだ。
国芳の「猫の百面相」が巧い具合に分割されて、けっこうキビシイことを語り合っている。
ううーむ、確かに猫を主体にした展覧会があると、普段展覧会に行かない人でも行くよなあ。
チラシ真ん中下の白地に黒斑ちょっとカツギの猫は洋画家の椿貞雄えがく「たま」ちゃん。
椿は劉生の子分で北方ルネサンス風な濃いーーー濃いーーー肖像画をよく描いていたが、これまた猫好きで猫のこういうリアルなポーズの絵を多く描いているそうな。

こちらは島根のチラシ。
イメージ (53)
俗にいう「新橋色」を背景に浮世絵の猫たちがわいわい。
真ん中の白にちょびっと茶色のが浮かぶ奴は高橋弘明の「ジャパニーズ・ボブテイル」、要するに俗説の?「江戸の猫は尻尾が短い」あの仲間な。
こっちはこっちで知らん顔しながら「まみれニャさい」とか言うてる。

古今東西本当に猫好きというのは多くて、先年の「いつだって猫」展「ねこ・猫・ネコ」展「にゃんとも猫だらけ」展でも色々凄いのを見たなあ。
古代エジプト人も猫を神像として拵えているが、それ以上にあれは絶対愛玩用やなと思っている。

今回の展覧会は「浮世絵から現代美術まで」ということで様々な猫が出ている。
彫刻の猫もあれば世紀末のパリから来た猫もいる。

最初に現れた猫は「新田猫」というもの。これについてはこちらが詳しい。
お蚕さんをチュー害から守るためにと描かれた猫絵。殿様が乏しい収入減を補うために描き、それが摺られることもある。
みんななかなか可愛い。

三世豊国の嘉永年間の芝居絵がある。鍋島の化け猫騒動。猫たち大暴れ。
広重の江戸百の猫もいる。国芳ほどではないが広重も案外猫を描いているし、デッサンもいい。実際に猫を見てないと描けないような猫を描いている。

国芳の猫登場。この人の猫がいないとやっぱり画猫(!)点睛を欠く。
戯画だけでなく、おねえさんに甘えて噛む猫や、八犬伝の化け猫、踊る猫など取り取り無限にねこ猫ネコ。
可愛いてならんわ。

師匠がこんなだから弟子たちも猫のおもちゃ絵をよく描いたが、明治になって新時代の風物を取り入れた様子を猫でどんどん描いた。
こういうのはもう純粋に機嫌よく楽しめていい。
むろん国芳系列でなくとも「新ぱん 猫の」シリーズを描くものもいて、それがまた面白い。
猫の丁稚、猫の魚屋、猫の風呂屋、働く猫などなど…
猫にその当時のリアルタイムの様子を仮託する絵は今も多い。
深谷かほる「夜廻り猫」のグレーの猫・遠藤平蔵さんなども、そのうちこうした展覧会に出現する可能性がある。
 
戦後すぐに造られた伊万里焼の猫柄の皿小鉢が可愛い。元ネタは国芳からだが、小さい枠の中に奔放な猫が描かれているのは愉しい。
揃えたくなる人も多かったろう。

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世紀末のパリで活躍した猫好きといえばスタンラン。紅鮭色のクッションにくつろぐキジ柄の不穏な目つきのお猫さんがいる。あの肉球の可愛さ・何をしでかすかわからないところなどもう本当にいい。

不穏な猫といえばやっぱりビアズリー描く「黒猫」ですな。
壁に埋められた妻の死骸の上でにやりと嗤う黒さん。
ところで黒猫と言えばアメリカでは不吉の象徴らしいね。
ポーはアメリカ人だからなあ。
母が前に通っていた英会話教室のアメリカ人教師は初来日したとき、黒猫の絵をつけた車が大量に走るのを見て仰天したそうだ…
働き者のクロネコさんたちですのになあw

フジタの猫もいる。こちらも本当に猫好きな人だった。
ただ、やっぱり最初の頃の猫の方がたまらなく愛しい。

浅井忠、藤島武二の猫もいる。洋画ではなく水彩など。
夢二の黒猫を抱く女もいる。
川上澄生による「猫町」もある。
斎藤清の猫のシリーズもいい。この人は猫のアパートが特にいい。
関野準一郎も案外猫を描いていたのだな。

猪熊弦一郎は実は猫大好きだったそうな。猪に熊でも猫が好きなのだ。

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現代作家による猫の絵が登場する。
四世長谷川貞信はたいへん猫好きだったそうで、これはまたリアルな動きを見せる猫の連作を残している。

清宮質文の猫の後姿などもたまらなくいい。
フジコ・ヘミングも同居する猫を描いている。
とてもリアルな動きの猫。

朝倉摂は父上の朝倉文夫が猫の彫刻で一室埋めてしまうくらいなのに対し、こちらもいい猫を世に送った。
「スイッチョ猫」などである。これもまあ本当にいい絵本。

彫刻では薮内佐斗志の「寧子」シリーズがある。

横尾や金子の猫もいる。
びっくりしたのは多賀新の猫。えっと言う感じ。

今回初めて知った木下晋という人の描く猫たちはたいへんリアルな筆致。
木下に甘える猫などが描かれているが、撫で回したくて仕方なくなるようなリアルさだった。

山本容子のチェシャ猫、猫とミミズクを仲良く描く生田宏司など、本当に会場内が猫にまみれていた。

ああ、凄かったなあ。201点の絵画・工芸作品だが、実際に登場した猫は更に多い。
本当に猫に溺れてしまう。

いい展覧会でした。猫が美術館の救世主というのは、ちょっと正しい。
また見たくなってきたよ…

英国の夢 ラファエル前派

ラファエル前派展が開催されると嬉しい気持ちが湧き起るとともに、随分昔のことを共に思い出す。
1989年、大丸梅田で「ヴィクトリア朝の絵画」展が開催されたが、そのときのラインナップがラファエル前派とフレドリック・レイトンらだった。
絵葉書も大変よく売れて中には完売したのもあり、わたしはどうにか図録を手に入れた。
あの展覧会で19世紀末の英国絵画に一気にのめり込んだのだった。
その後もいそいそと出かけたが、今回の展覧会はリバプール国立美術館の所蔵品で構成されていると知り、98年に大丸元町で開催された「英国ロマン派」展も確か大方はそこから来たのではなかったか、と思った。当時の感想はあるが、資料がちょっと手元にないので確定的なことは言えないが。

ブンカムラで「ラファエル前派」展がこうして開催されてとても嬉しい。
大丸もブンカムラも彼らの作品を集めた展覧会をしばしば開催しているが、いつもとても満足している。
これはやはり百貨店での開催だということが優美さを弥増しているように思われる。
ブンカムラは独立した存在だというかもしれないが、やはり百貨店関係では優美な作品に出逢えることをとても期待してしまうものだ。
その意味では本当にここで見ることが出来て嬉しい。

1.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
優美で物語性の高い作品が並ぶ。

ジョン・エヴァレット・ミレイ いにしえの夢―浅瀬を渡るイサンブラス卿 1856-57  
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チラシにも使われている老騎士の姿。当人と二人の子供と薪まで積んでいる。馬も大変である。鈴飾までつけられた黒馬は無言で浅瀬を渡る。少女は前に座らされ、その顔を眼だけあげてみつめる。騎士の後ろにはその弟らしき子ども。どちらも裸足なのは何か意味があるのだろうか。
気の毒にこの絵は当時随分不評を買ったそうである。
しかしこの絵の隣に数年後に描いた小さい絵があるので、ミレイは未練をもっていたのかもしれない。しゃくれた顎のこの卿は、アメリカの昔の俳優に似た面影の人がいたのを思い出させる。

ミレイ 春(林檎の花咲く頃) 1859  8人の娘たちがそれぞれ様子してその場にいる。
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彼女らは妻の実家の妹たち。手前で思い思いの様子でくつろいでいる。中には寝そべる娘もいる。頭に花を飾る娘もいれば、お茶を入れているのと、それに手を差し出す娘もいる。
こうした構図を見ると日本の近世風俗画を思い出す。<公界>にいる遊女たちがそれぞれまったりと時間を過ごすあれらの絵である。
どうも髪を完全に結い上げるようになったころから<公界>が<苦界>になったようだ。
話を戻し、こちらの娘たちは甘美なる無為を貪っているようにも見える。
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イメージ (44)
奥には白いリンゴの花が咲く。洋の東西を問わず旧い歌は林檎の花びらの白さを愛でる。
永遠に続くかのようなこの時間も実は儚いものだ。
一番右端に光る大きな鎌の刃には、この時間が断ち切られることを予感させられてしまう。

ミレイ ブラック・ブランズウィッカーの兵士 1860  別れがすぐ迫っている恋人たち。タイトルのブラック・ブランズウィッカーズとは、イギリス・オランダの連合軍と同盟を組んでナポレオンと戦ったプロイセンの部隊を差しているらしい。
黒い軍装の男が手にする兜からもそれは推測できる。
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なんと秀でた額だろう。脳がとても発達しているように見える。彼に寄り添う女のまとう白いドレスの質感。赤いリボンが目を惹く一方、彼らの足元でやはり別れを惜しむ黒犬もまた赤いリボンなのがちょっと気になる。
壁紙もいい感じのもの。だがそこにナポレオンの絵が飾ってあるのは、ダーツの的にでもする気なのか。←ないない。
この絵でミレイは悪評を振り切って復活したそうな。

ミレイ 森の中のロザリンド 1867-68  木の根元に座る。銃剣?何かそんなものを持ってきている。シェイクスピアの「お気に召すまま」の男装の美女。
そういえば90年頃に近鉄奈良でヴィクトリア朝時代のシェイクスピアを描いた絵画を集めた展覧会を見ている。近年にも「描かれたシェイクスピア」をみたが、前の方がいいラインナップだった。

ミレイ ソルウェーの殉教者 1871  本宮ひろ志のマンガに出て来るような美少女である(つまり森田じゅん描く美少女)。眉が太いめの意思的なタイプの美少女。
オレンジシャツには小さなドット。そしてチェックのスカートをはいているが、腰を鎖で縛られている。海辺で。この海はあくまでも暗い。もう助かる見込みはなく殉教して神の身元へ行くしかない。
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フォード・マドックス・ブラウン 花束 1865-67  腰回りから尻尾に書けてヒョウ柄の猫が寄ってきた。花を摘む女は猫を見る。猫も女を見る。幸せな関係がある。この猫は耳もヒョウ柄。いたずらしてはいけませんよ…

ブラウン コーディリアの分け前 1866-72  フランス王と手をつなぐ姫。犬もこの場にいる。にらむリア王。正直に言うけど、爺、鬱陶しいな。こういう目つきの爺の絵を見たら気分が悪くなる。というか、この爺を殴り倒してやりたくなる。わたしはリア王の話って本気でイヤ。ただしこの娘を応援とかじゃなくて、この娘自体もイヤ。
まぁシェイクスピアは「マクベス」「リチャード三世」しか興味ないのよ…

アーサー・ヒューズ 聖杯を探すガラハッド卿 ~1870  夜、白馬にまたがり荒れた岩の道を走る。中空に三人の女が浮かぶ。ガラハッドが行くのは岩の橋らしい。三人の女は天使だとか。馬の鬣にピンクブルーが使われているように思う。綺麗な色だ。
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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ シビラ・パルミフェラ 1865-70  赤い衣の綺麗な女。羽ペンを持つ。背後の装飾はバラを生けた方には目隠しの子どもが刻まれ、ポピーを生けた方には骸骨がいる。
琥珀色の蝶も飛んできた…
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ロセッティ パンドラ 1878  箱を開けてしまった。カラーチョークで描かれたこの色彩がとても不穏。出てきたもの達には顔があり、それがまた不穏な顔つきばかり。 

シメオン・ソロモン 泉の少女 1865  顎ガシッとした女。薄朱のドレス。水をくむ。シメオン・ソロモンの悲劇も最初に見た展覧会で知った。

ダニエル・マクリース 祈りの後のマデライン ~1868 クローゼットの中に恋人が隠れている(キモイ)のも知らずパールの髪留めをとるところ。さて寝よかというところ。
室内にはリュートがあり、聖人のステンドグラスもある。

ラファエル前派の絵は総じて色彩豊かで典雅なのがいい。

ジョージ・ジョン・ピンウェル ギルバート・ア・ベケットの誠実ー夕暮れ時にロンドンへはいるサラセン人の乙女 1872  港。子供らにからかわれている中を歩く娘。様々な人々がいる疲れ果てた家族もいれば恋人たちもいる。
わたしはこの絵の背景の物語を知らないが、絵を見て「アデルの恋の物語」を思い出した。

2.古代世界を描いた画家たち 

ローレンス・アルマ=タデマの作品がずらり。やっぱりこの章にこの人がいなくては。
打ち明け話 1869  ポンペイの貴女二人が楽しそう。白カラーの入った鉢がある。贅沢な生活。赤い壁の室内で。

バッカス神の巫女(「彼がいるわ!」) 1875  窓を開け外を眺めていると「あっ!」とわくわくする。豹の毛皮をまとった巫女さん。

テピダリウム 1881  大理石に毛皮を敷いて裸で寝そべる。甘美なる無為の時間。温泉。ややぬるま湯。それがいい。

美しさの盛りに 1911  金髪の女とムーア人の女とが蕗の葉陰から顔を出すところ。

フレデリック・レイトン ダフネフォリアのための習作 1875  かつての勝利を祝うイベント。歩く人々、月桂樹を腕に巻きける女、きらきらしている。

レイトン 書見台での学習 1877  モスリムの人々が使うX型のもの。それで熱心に読書する少女。ピンクのサテンの服を着ている。螺鈿のような装飾が施された書見台といい、ここはハレムの一隅で、母親がここへ連れてこられたひとなのかもしれない。
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レイトン プサマテー 1879-80  海を向く後姿の女・プサマテー。アイアコスをちょっとばかり恨んでいる。

レイトン エレジー 1888  伏せ目の女が白衣を着ている…それだけでも物寂しい。

レイトン ペルセウスとアンドロメダ 中空にいる翼竜が焔を吐く。女と共にこの先の戦いがある。

チャールズ・エドワード・ペルジーニ ドルチェ・ファール・ニエンテ(甘美なる無為) ~1882  カタツムリと遊ぶ二人の美人。欄干には花の文様が刻まれている。
ああ、確かに「甘美なる無為」がここにある。

エドワード ジョン・ポインター 愛の神殿のプシケ 1882  オレンジ色の大理石。ひまそうな空気。ちょっと向こうには噴水と白鳩。鳩はアフロディーテのアイテム。息子の嫁は見張られているのかもしれない。

ポインター テラスにて ~1889  こちらも優雅な大理石張り。鉢には葡萄が入る。扇をじる女、退屈そう。
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アルバート・ジョゼフ・ムーア 夏の夜 ~1890 
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四人の女ののびやかな姿。窓のずっと遠くには島が見え、海は月光で燿く。彼女らの寝そべるベッドの彫刻も優美。花の天蓋、木のモザイクの卓もある。何もかもが優美。
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アーサー・ハッカー ペラジアとフィラモン 1887  これは1853年刊行の小説から。埋葬の情景。遠くに禿鷹がいるのが何とも不気味。
これも以前に見ている。ただしこの絵ではないかもしれない。この小説のこのシーンを描いたものだと思う。

ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー イカロス哀悼 1898  この絵こそ89年に見て以来の再会。懐かしい。イカロスの死を悼む人々が周囲に。

そうだ思い出した。89年の展覧会ではどの絵の額も素晴らしく、額自体も図録に収蔵してくれたらと思ったのだった。

3.戸外の情景
特に物語性のない絵が多く、正直な話「ラファエル前派」というくくりにしなくてもいいかもしれない作品がちらちら。

ケイト・グリーナウェイ お嬢さんたち 1879  この人の展覧会も以前に大丸で見ている。19世紀末のファッションリーダー。可愛らしい洋服を子供らに着せている。

ラスキン、ハントの絵もあった。

4.19世紀後半の象徴主義者たち

ジョージ・フレデリック・ワッツ プシュケ(クピドに置き去りにされたプシュケ) 1875  呆然とたたずむプシュケの足元にはクピドの残した羽根が一つ。

ワッツ 「希望」のためのスケッチ 1877-86  あの「希望」の一つ。89年に最初に見たのは単色ものとカラーものとの二種だったが、自分の持つ岩波書店版の画集には単色の青い方が入っていた。これは青い方の習作。実際には青緑。
目隠しをした女が糸のほとんどなくなった竪琴を抱え込む姿。
このスケッチはレイトンに贈られ、レイトンは生涯この絵をそばに置いていたそうだ。

ワッツ 愛と生 1904  天使に導かれる女を描く。この絵は人気で何作も描いたそうだ。ワッツは一つのパターンを大事にして何作も描く。そしてこの絵の仲間の一つがホワイトハウスに1921年まで飾られていたという。

バーン=ジョーンズ フラジオレットを吹く天使 1878  天使の吹くラッパ。綺麗でいいのだが、終末が近づくような感じもちらりと…
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バーン=ジョーンズ スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁) 1891 たいへん巨大な絵。それが水彩画。彼女の想念が人の姿を取って宙に踊る。百合の花は象徴的。
後の林はレバノン杉なのだろうか…
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最後にジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの登場。
エコーとナルキッソス 1903  近づけない断絶がある。せつないが、実は男だけでなくこの女もまた自己愛が深いのだ。
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魔法をかけられた庭 1916-17 中世の庭。ポピーとバラがいっぱい。ダンテらしき人もいる。ああ百年前。漱石もウォーターハウスを見ている。

デカメロン 1916  チラシにもになった。
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とにかくウォーターハウスは綺麗なので見飽きない。悲劇的なまでの美しさがある。
シャーロット・ランプリングを描けるのはウォーターハウスだけだと常に思っている。
この絵も題材などより一つ一つの小さなところや女たちの美しさにときめくのだった。
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ただただ美麗にして優雅なものに囲まれて、とても心地よかった。
3/6まで

初期浮世絵 版の力・筆の力 その3

続き。
  2  荒事の躍動と継承 −初期鳥居派の活躍
鳥居派の始まりを描いた小説「修羅の絵師」というのがある。かなり面白かった。
菱川との闘い、過去との闘い、芸術との闘い、創始者の無残なまでの努力。
鳥居派の栄光を守るため、百年の計のために、自然死に見せかけて自ら命を絶つ主人公。
あのイメージがわたしの中に残っている。

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(無款)鳥居派 草摺曳図 板地着色絵馬額 1面 享保10年(1725) 館山市・那古寺蔵
やたらと巨大な絵馬にド迫力な筆致で二人の引くもの・抗うものとを捉えている。
丸い目玉に丸い鼻。どこかポパイのようにも見える。

(無款)初代鳥居清信 「四野宮平八」 細判丹絵 元禄11-12年(1698-99)頃 千葉市美術館蔵
「丹前六方」ピシっ。この時代のかっこいい歩き方というか、今ではこの時代に作られた踊りに残るはずだが、既に40年前に八世三津五郎が、元禄だろうが天明だろうが文政だろうが全部同じ表現なのを嘆いていた。
演者が既にそうなのだから観客にも見分けがつかないどころかそんな違いがあることなど知らないのも当然だ。とはいえ知ってどうなるとも思うのだが…

初代鳥居清信 屏風前の男女 中判墨摺絵 宝永期(1704-11) 大英博物館蔵
男の上に座る女、という構図もいい。だが、ここまでしか見せてもらえない。

(無款)初代鳥居清信 抱擁 大判墨摺絵 宝永期(1704-11)頃 千葉市美術館蔵
(無款)初代鳥居清信 蚊帳外の男女 大判墨摺絵 宝永~正徳期(1704-16)頃 千葉市美術館蔵
このあたりの機嫌のよい仲良しさんぶりなのも微笑ましい。

女形二人の一枚絵を見る。
初代鳥居清倍 筒井吉十郎 大々判丹絵 宝永期(1704-11) シカゴ美術館蔵
初代鳥居清倍 中村源太郎の羽根つき 大々判墨摺絵 宝永期(1704-11)頃 シカゴ美術館蔵
どちらも美しく描かれている。これらの一枚絵の主たる購買者はどの層かが気になるところ。

初代鳥居清倍 二代目市川団十郎の虎退治 大々判丹絵 正徳3年(1713) 千葉市美術館蔵
初代鳥居清倍 金太郎と熊 大々判丹絵 正徳期(1711-16)頃 ホノルル美術館蔵
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どっちもほんとに力強いわ。
クマも虎も「…わしら、よぉやるわ」みたいな顔つきなのがまたいいね。

初代鳥居清倍 市川団十郎の竹抜き五郎 大々判丹絵 正徳期(1711-16)頃 東京国立博物館蔵
冒頭の「修羅の絵師」の表紙絵にこの絵が使われていたと思う。
前身真っ赤なのだが鼻孔だけ白いのが妙に面白い。

(無款)初代鳥居清倍 張良 大々判丹絵2枚続の内の右図 正徳期(1711-16)頃 東京国立博物館蔵
「靴落とされましたよー」とダッシュのあまり龍に乗ってしまう可愛い張良くん。
張良と言えば来月号の月刊マガジンで川原正敏の新連載「龍帥の翼」が始まるが、主人公は張良だとあった。最近の川原は美少年を描くので嬉しい。

初代鳥居清倍 初代市川団蔵と初代大谷広次の草摺曳 大々判丹絵 享保2年(1717) 大英博物館蔵
ガバッッと取り付く、バッッと手を伸ばす!
擬音で大体様子がわかると思う。

二代鳥居清倍 「無けんのかね大あたり瀬川菊治郎」 細判漆絵 元文5年(1740) ホノルル美術館蔵
梅が枝の「無間の鐘」を描く。ここでは大雨の中、柄杓で水を掬う中、小判がどんどん落ちてくる。

(無款)鳥居派 無間の鐘図 紙本着色 1幅 宝暦期(1751-64) 公益財団法人 摘水軒記念文化振興財団蔵
こちらは水が逆立ちするような中で、小判が降ってくる。紅梅が綺麗に咲く。

  3  床の間のヴィーナス −懐月堂派と立美人図

懐月堂安度 立美人図 紙本着色 1幅 宝永~正徳期(1704-16) 千葉市美術館
青系の着物の色も綺麗。

懐月堂度辰 遊女図 大々判墨摺絵 正徳期(1711-16) Lee E. Dirks 氏蔵
これはまた賢そうな女。

他にも懐月堂派のふくよかで官能的な美人がずらりと並んでいた。
なんというか、懐月堂派の美人たちは春画に出なくてもそれだけで非常に官能的だと思うのだ。

松野親信   立美人図 紙本着色 1幅 宝永~正徳期(1704-16) 千葉市美術館蔵
上品な美人。これはとても感じのよい婦人。

宮川長春 立美人図 紙本着色 1幅 正徳(1711-16)後期〜享保(1716-36)前期頃 千葉市美術館蔵
宮川長春 立美人図 絹本着色 1幅 正徳(1711-16)後期〜享保(1716-36)前期頃
公益財団法人 摘水軒記念文化振興財団蔵
どちらも褄を取って薄く微笑む。
長春は先年の大和文華館の大きな回顧展以降、特によく見るようになったように思う。

英一蝶 立美人図 絹本着色 1幅 元禄期(1688-1704) 千葉市美術館蔵
なにやらちょっと不思議な違和感がある。なんだろう、誰とも合わない感じの美人画。

  4  浮世絵界のトリックスター −奥村政信の発信力

奥村政信 武者絵尽 大判墨摺絵 10図(もと画帖) 正徳期(1711-16)頃 千葉市美術館蔵
面白かった。こういうのは好きだな。
・「藤戸」の盛綱による口封じの殺人 ・「曽我物語」での女装した五郎丸が曽我五郎の油断を誘って捕獲する ・「羅生門」で妖しい風が吹いてくる ・滝行の文覚をみつめる不動明王 ・瀬田の唐橋で俵藤太に懇請する龍 ・村上義光が錦の御旗を取り戻す
・巴御前が敵を倒す ・「碁盤忠信」の暴れるところ ・「紅葉狩」で鬼と気づくところ
 などなど。

奥村政信 『遊君仙人』 墨摺画帖 1冊 宝永期(1704-11) 大英博物館蔵
見立てもの。三酸図の。
この後もちょっと見立てものが続く。

三條勘太郎という役者の絵が並ぶ。
奥村政信 「三條かん太郎」 細判漆絵 享保10年(1725)頃 大英博物館蔵
上品でとても綺麗な顔。

奥村政信 「都のおくに 三條かん太良 よしののみや」 細判漆絵 享保9年(1724) 千葉市美術館蔵
こちらもまた美人さんで、見てて嬉しくなる。

奥村利信 「蝉丸みだいなを姫 勘太良」 細判漆絵 享保10年(1725) 千葉市美術館蔵
物売りに身をやつし。うーむ、ここまで綺麗に描いてもらえるということはやはり美人さんの女形だったのだろうな。

石川豊信 佐野川市松の傘を持つ若衆 幅広柱絵判紅絵 寛延期(1748-51) シカゴ美術館蔵
おお、帯がその名の通りの「市松模様」。いいねー

奥村政信 物見窓 幅広柱絵判紅絵 延享〜寛延期(1744-51) ホノルル美術館蔵
馬に乗る若衆を見る二人の女。わくわくですな。

奥村政信 志道軒 幅広柱絵判墨摺筆彩 延享〜寛延期(1744-51) 千葉市美術館蔵
おお、エロ講釈師の志道軒。当時大人気で平賀源内の「風流志道軒」の主人公にもなった。彼は水木しげる「東西奇っ怪紳士録」の平賀源内の話の時に出てきたので知った。
なんでも浅草寺でエロ講釈をしていたそうだ。深井志道軒という名だとある。
弟子もいて、そちらの絵もだいぶ前に見ている。
この絵も見るからにやらしそうな目つき。手には△△棒を持ってニマニマ。

奥村政信 「風雅火鉢無間鐘浮絵根元」 大々判墨摺筆彩 寛保〜延享期(1741-48) シカゴ美術館蔵
これは遊女屋の二階からお客がばらばらと女に小判を降らせているところ。
わりとこの絵は好きなのでよく出てきてくれたと喜ぶ。

西村重長 「浮絵海士龍宮玉取之図」 大判墨摺筆彩 延享期(1744-48)頃 千葉市美術館蔵
これは領海外の船で待機中の不比等も加勢するーーっという絵で、それを周囲のものが止めているところ。海女の奮戦も激しいし、魚人たちもたいへん。

(無款)奥村政信 「朝鮮人 浮絵」 大々判墨摺筆彩 寛延1年(1748)頃 東京国立博物館蔵
通信使の一行。丁度日本橋を通過中。

川又常行 草刈山路 紙本着色 1幅 元文〜寛保期(1736-44) 千葉市美術館蔵
用明天皇が身をやつして山に入り、山の仕事もできないから所在無げに笛を吹き、目の前にいる山の娘と牛とをうっとりさせているところ。
たいへん綺麗な青年として描かれている。
川又の美青年の絵を他にもみているが、なかなか素敵だ。

川又常行 阿古屋の三曲図 紙本着色 1幅 元文〜寛保期(1736-44) 公益財団法人 摘水軒記念文化振興財団蔵
阿古屋は土の上にじかに座らされ、演奏中。畠山はすぐそばまで来て真剣にその音曲を聴く。
これを見て中里介山「大菩薩峠」のお杉・お玉を思い出した。「間の山節」を演奏するのにお杉がべたんと土に座って演奏するところを。

西村重長・河原道樹 海上郡浄國寺事実 紙本着色 1巻 享保13年(1728) 銚子市 浄國寺蔵 (2週おきに巻替え)
縁起絵。わたしが見たときには二河白道図。文にも総ルビなのでところどころはっきりとわかる。

  5  紅色のロマンス −紅摺絵から錦絵へ

奥村政信 芝居番付を見る芸者 大判紅摺絵 宝暦6年(1756)頃 大英博物館蔵
むかしはもう本当に娯楽も少ないから芝居への楽しみは想像以上に強かったろう。

鳥居清広 独楽まわし 大判紅摺絵 宝暦(1751-64)中期 大英博物館蔵
二人のちびっ子が真剣にコマ回し。それを見る若衆。彼の刀の先には手紙の束が括りつけられている。実感のある絵。

鳥居清広 梅樹下の男女(見立玄宗皇帝楊貴妃) 大判紅摺絵 宝暦(1751-64)前期 江戸東京博物館蔵
二人で並んで座って笛を吹いているところ。何にもない若いカップルがこんなのしててもそりゃ構いませんが皇帝がこれではなあ。

石川豊信 佐野川市松と瀬川菊之丞の相合傘 大判紅摺絵 宝暦期(1751-64) ホノルル美術館蔵
いい感じのカップル。役者絵の場合、実際の取り合わせでなくてもこういうのを描くときはそこに二人の役者の綾まで描いたりすることが多い。
そんなことを思うからかついつい喜んで見入る。

石川豊信 「相傘三幅対」 大判(細判三丁掛)紅摺絵 延享〜宝暦期(1744-64) シカゴ美術館蔵
3組の相合傘カップル図。お好きなのを選びなされ♪

石川豊信 見立琴碁書画 大判紅摺絵 宝暦(1751-64)前期 大英博物館蔵
寺子屋のようですな…ケンカするちびっことかもいてにぎやかで結構。

鳥居清満 「市川雷蔵」 細判紅摺絵 宝暦12年(1762) 千葉市美術館蔵
「曽我物語」で三宝を持つ場面。
そういえば昭和の市川雷蔵さん、彼は何代目に当たったのだろう…
素敵な映画俳優だった…

鳥居清広 「ぢかみうり 中村富十郎」 細判紅摺絵 宝暦2-8年(1752-58) 千葉市美術館蔵
男装する娘を描く、というわけだがその男装する娘は実ハ役者だから、二重の倒錯があり、ときめく。

石川豊信 清水の舞台から飛び降りる娘 柱絵判紅摺絵 宝暦(1751-64)後期 ホノルル美術館蔵
ジャンプ!傘開いて飛ぶ。7階くらいの高さらしい。こないだの「カバチタレ!」で書いてあるのを読んだが、ほんまにとんだ人も少なくないらしい。
膝上どころか桃の半ばまで露出。

ここから春信が現れる。好きな絵が並ぶのも嬉しい。
鈴木春信 見立鉢の木 細判紅摺絵 宝暦(1751-64)末期 大英博物館蔵
「風流やつし七小町 雨ごい」「風流やつし七小町 関でら」 細判紅摺絵 宝暦(1751-64)末期 大英博物館蔵
可愛いなあ。
他にも見立為朝、坐舖八景などもあった。

随分長くなったが、本当に凄い内容の展覧会だった。
こういうレベルの展覧会を年に数回開催する千葉市美術館、本当に恐ろしい…
また今年もよろしくお願いいたします。
2/28まで。

初期浮世絵 版の力・筆の力 その2

昨日からの続き。

  1  菱川師宣と浮世絵の誕生 −江戸自慢の時代

菱川吉左衛門 柿本人麿像 縫箔刺繍 1幅 慶安2年(1649) 千葉県鋸南町・個人蔵
なんと刺繍で拵えた人麻呂。ポーズはしっかりしてるが糸がだいぶ解れている。作者は師宣の父。地元に作品が残っているのだなあ。人麻呂の顔は見えなくなっている。

(無款) 『二十五菩薩功徳集』 墨摺絵入本 1冊 寛文9年(1669) 川口元氏蔵
なむ~なのは中国人。珍しいね。阿弥陀来迎図。

(無款) 『枕屏風』 墨摺絵本 上巻1冊 寛文9年(1669) 川口元氏蔵
遊女屋の三角関係ぽいなあ。二重瞼の遊び上手そうなお兄さんが得意の目ヂカラにモノ言わせて、柱に凭れてムッとする女にニヤニヤ。しかもその一方で別な女に着物を脱がせてもろうている。その出迎えの女とはまだ特に何もないけれど、ヒトのいないところでちょっと手を握るくらいは当然しているだろうね。

(無款) 『枕屏風』 墨摺絵本2巻合1冊 寛文9年(1669) 米国・個人蔵
貴人カップルのいちゃつきを隣室から伺う。

(無款) 『垣下徒然草』 墨摺絵入本 1冊 寛文11年(1671) 米国・個人蔵
28人の美少年・美青年役者の総覧本。男色趣味に則っての評判記。ページが開くのは市村竹之丞。本の刊行年からゆくと二代目かな。17歳頃。なかなかの美少年ぶり。これは馬琴旧蔵本。
そういえば馬琴の「近世説美少年録」は一巻の半ばまでは読んだが、あれも実は大概スゴイ話だったな…馬琴は真面目に勧善懲悪質実剛健を求めつつ、ワルを特別ワルに描くために筆を奮いすぎて、善玉の連中よりずっとイキイキしてたり面白すぎたりするのだよな。
これは大正から昭和初期の挿絵画家・伊藤彦造も同じで「憂国の絵師」とサインを入れるくらいの人なのに、真面目に描けば描くほど、異常な官能性が出たりする。
ファンとしては実はそのあたりが一番好きなのですよ。

菱川師宣 遊里風俗図巻 絹本着色 1巻 寛文12年(1672) 出光美術館蔵  
前半分を見た。外は雪で梅に竹が見える。廊下には緋毛氈が敷かれている。そこで遊冶郎が三味線をつま弾く。女は凭れてそれを聴くともなしに聴いている。
この気だるさがいいのだが、わたしには実感のない絵でもある。

(無款) 『吉原丸はだか』 墨摺絵入本 1冊 寛文12年(1672) 米国・個人蔵
坊さんが来た。女は何やら泣いている。女中があやしたりなんとかしようとするが。
坊さんと書いたが、ご隠居くらいなのかもしれない。
坊さんがゆける先は根津などの私娼窟なので(まぁ頭巾かぶればええか)

菱川師宣 『武家百人一首』 墨摺絵本 1冊 寛文12年(1672) 千葉市美術館蔵
師宣最初のサイン入り。真面目に武張った武家を描く。

(無款) 『絵入 おさな源氏』 墨摺絵入本10巻10冊 寛文12年(1672) 千葉市美術館蔵
(無款) 『絵入 曽我物語』 墨摺絵入本 12巻12冊 寛文11年(1671) 千葉市美術館蔵
どちらも物語本として読まれたようだ。草双紙くらいの感覚でいいのかな。

菱川師宣 『江戸雀』 墨摺地誌絵入本12巻合1冊 延宝5年(1677) 千葉市美術館蔵
京雀の江戸版。登城中の様子が描かれている。

(無款)菱川師宣 隅田川・上野風俗図屏風 紙本着色 6曲1双 延宝期(1673 〜 81) 千葉市美術館蔵
金屏風に上野から隅田川のちょっと上流までが描かれている。
右では梅若塚も見える。寛永寺に上野不忍池の弁天さんもある。
場所柄、坊さんが少年の手を曳くのをみかける。袴姿の少年。可愛い喃。
上野は桜なのだが隅田川は紅葉の季節で、舟にわいわい乗る人もいる。こちらは盲人の三味線弾きもいる。

菱川師宣 角田川図 絹本着色 1幅 延宝7年(1679) 千葉市美術館蔵
舞台の様子を描く。梅若伝説の「隅田川」の話。縄か何かで船の形を拵え、観念としての船をそこに出す。梅若塚の前に笹を持った(狂女スタイル)母親が現れる…
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ここからは春本・春画の連作物の1シーン。とはいえ冒頭なので別にどーのこーのということはまぁないわけです。永青文庫の春画展が思い出されるね。

菱川師宣 『恋の睦言四十八手』 墨摺絵本 1冊 延宝7年(1679) 千葉市美術館蔵
ラヴィッツ・コレクション
タイトルからわりとはっきりと…立って首を寄せてキスし合う。

(無款)菱川師宣 衝立のかげ 大判墨摺絵 ※筆彩は後世 延宝(1673-81)後期 千葉市美術館蔵
この絵は少なくとも三軒のコレクションで観ている。手彩色で好きな色を付けるので、それぞれ別な作品にも見える。
わたしが最初に見たのは平木コレクションのだった。
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(無款)菱川師宣 低唱の後 大判墨摺筆彩 延宝(1673-81)末〜天和期(1681-84) Lee E. Dirks 氏蔵
タイトルがもうほんと、それからして  で、 だから、こちらとしては  なわけですよ。
…感想は伏字ばかりにしておこうか。そういうわけにもいかないのでちょっとだけ書くと、手彩色で女の頬にも朱を走らせるのは観ているこちらの方が照れたりする。むしろ染めないままの方が冷たい官能性が高まるようにも思えるが、まぁこれはこれで。
懐に手を…なかなか楽しいなあ。

他にもこんな本が出ていた。
(無款)菱川師宣 『恋のみなかみ』 墨摺絵本 1冊 天和3年(1683) 千葉市美術館蔵
菱川師宣 『恋の楽しみ』 墨摺絵本 下巻1冊 天和3年(1683) 千葉市美術館蔵

杉村治兵衛 遊女と客 大判墨摺筆彩 天和〜貞享期(1681-88) シカゴ美術館蔵
面白い構図。さっさと立ち去ろうとする女に取りすがる客の男。未練がましいな。カムロは知らん顔。逆のパターンはよく見ているが、浮世絵でもこちらの構図もあるのね。

杉村治兵衛 遊女と客 大判墨摺筆彩 天和〜貞享期(1681-88) 米国・個人蔵
あらら、3P! まっ!わたくしとしたことがハシタナイww

(無款)杉村治兵衛 遊女と客 大判墨摺筆彩 天和〜貞享期(1681-88) 米国・個人蔵
一方こちらは二人だけでいちゃいちゃ。舌を絡み合わせながらお布団の中で色々と。

杉村治兵衛 遊歩美人図 大々判墨摺筆彩 貞享期(1684-88)頃 シカゴ美術館蔵
クリックしてください。イメージ (27)

これは着物に「杉」「村」の文字も入っている。着物自体は伊勢絵。なかなか粋ななあ。

菱川師宣 「よしはらの躰」日本堤 大判墨摺筆彩 天和期(1681-84)頃 菱川師宣記念館蔵
こちらは吉原への往来たる日本堤を行き交う人々に斑犬の姿など。ボテふりみたいなのもいるが、それがどう見てもサザエにしか見えないのだよ、籠の中に入ってるもの。
しかし解説ではどうも違うことが書いてあるしなあ。

菱川師宣 「よしはらの躰」揚屋台所 大判墨摺絵 天和期(1681-84)頃 公益財団法人
平木浮世絵財団蔵
裏方が描かれている。台所で御馳走づくり。なかなか本格的で、練り物も拵えている。大きな桶からは蛸とか鯛とか。サザエもある。

菱川師宣 「よしはらの躰」揚屋大寄 大判墨摺絵 天和期(1681-84)頃 千葉市美術館蔵
宴席なのだが、なぜか全員が困り顔。えーと…

次からしばらく物語絵。わたしは愉しい。
(無款)菱川師宣 酒呑童子 洞窟 大判墨摺筆彩 延宝(1673-81)末期頃 菱川師宣記念館蔵
洞窟の外での戦い。滝も見える。下っ端鬼たちを殺戮中。中には捕獲もあり。さらっとした絵だからそんなエグさも感じないが…

(無款)菱川師宣 酒呑童子 褒賞 大判墨摺筆彩 延宝(1673-81)末期頃 千葉市美術館蔵
鬼の首を御前に。

杉村治兵衛 女三宮とかしわぎのゑもん 大々判墨摺筆彩 天和期(1681-84) 東京国立博物館蔵
ここで目を惹くのは若い男女ではなく猫なのだよ。なんとこの絵では、あの猫は柱を駆け上がっておるのです。

杉村治兵衛 浄瑠璃十二段草子 吹上 大々判墨摺筆彩 貞享期(1684-88)頃 千葉市美術館蔵
笛吹いてコンバンハではなく、もうそれよりずっと後のシーン。敵に襲撃されたのを逆に討ち果たすところ。天狗たちも加勢に来ていた

他にも源氏絵、松風村雨、高安、敦盛と直実、伏見常盤などがありこの時代の人々がみんなこれらの話を知り、楽しんでいたことを想う。

菱川師平 春秋遊楽図屏風 紙本着色 6曲1双 元禄(1688-1704)後期 出光美術館蔵
ややヒトは大きめ。坊主頭の男と若衆が連れ立ってゆく。わくわくするなあ。左は遊女屋なのでまぁ普通に享楽的なのだが。

菱川師宣 地蔵菩薩像 絹本着色 1幅 貞享(1684-88)〜元禄(1688-1704)前期 大英博物館蔵
正直な話、こういう絵が突然現れるとちょっと意外な感じがする。しかし依頼を受ければやはりこうした仏画を描くこともあるだろう。
ただ、わたしは意外に思った、それだけ。
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(無款)杉村治兵衛 獅子舞 大々判丹絵 元禄期(1688-1704) 公益財団法人平木浮世絵財団蔵
このお獅子、黒いな、やたらと。

まだ終わらないので続く。

初期浮世絵展 版の力・筆の力 その1

千葉市美術館の「初期浮世絵展 版の力・筆の力」 これはもう本当に自分の予測する時間にかなりの時間をプラスして出かけてほしい。
大体千葉市美術館でハズレなんかないのだが、これまたもう本当に…本当に…なんというていいか思いつかないが、要するにモノスゴイ物量と質の高さに、最初から最後までヤラレっぱなしになる。
最初の近世初期風俗画の一群なんて細かく楽しみ過ぎて時間がやたらと掛かった。
それで反省してサクサクと思ったのも一瞬で、次の師宣辺りでまたまた水没し、浮上してきたら初期の鳥居派、しまいに足はフラフラ頭もフラフラになって「早く出よう」と思ったら、春信が待ち構えているという構成。
ほんまにここは飽きると言うことのない展覧会が多すぎる。

量がとにかく多いので、サイトに挙げられている作家名・作品名・技法・年代・所属をそのまま引用する。使えるようにしてくださっている千葉市美術館、誠にありがたいことです。

プロローグ  浮世の楽しみ −近世初期風俗画

(無款) 江戸名所遊楽図屏風 紙本着色 6曲1隻 寛永7-8年(1630-31)頃 細見美術館蔵
1扇目には柿色の着物を着た女が給仕するお店が見える。その下部では囲碁を楽しむ男達。岡目八目。そこへオカッパの禿がお茶を運んでくる。後から二人の少年がご飯を持ってくる。廊下には囲碁を楽しむ男たちの誰かの太刀持ち少年もいる。
2扇目も引き続き今度は坊主頭の男と双六をする女がいる。
これは明暦の大火前の情景だそうである。
3扇目、隅田川と五重塔が見える。浅草寺の金剛力士像の前では芸人や露店もある。大きな傘を開いて立つのは説経語りか。なんの話をするのだろう。
焼餅売り、放下師のジャグリング、またその下部には人形芝居の小屋がある。演目は不明。
4扇目は本殿で、その周囲のいろんな人の様子が描かれている。芝居を見ながら煙草を吸う人もいれば、お参りに行く人もいる。
5扇目、梅若塚が描かれている。そうか、明暦前くらいまでは名所であり、誰もが知る場所だったのだ。
6扇目、女歌舞伎の興行中。隅田川を来る客もいる。舞台の袖では鼓を打つ美少年もいる。なかなか美人が多いのも特徴。一方、往来では喧嘩もある。
誠に賑やかな江戸は浅草・隅田川界隈の様子だった。

(無款) 桜狩遊楽図屏風 紙本着色 4曲1隻 寛永期(1624-44) 個人蔵
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一目見て「デロリの美」横溢。そしてこの屏風が岸田劉生の旧蔵品だと知り大いに納得。
長い煙管を担ぐ女もいれば刀を差しもしているのもいるし、寝そべったりくつろいだりしている。花を見ているのはいないのではないか。アクの強い絵。18人の女の内一人は少女だが、全員から醸し出されるえろさに「ヲヲ」となる。中には仲良しの女にもたれてその胸元に手を差し延ばすのもいる。こういう女同士の甘ったるさもいい。
頽廃的でたまらない魅力がある。夜ではなく昼の官能性の高さはちょっとやそっとでは太刀打ちできない。
この屏風の男版がブルックリン美術館にあると解説プレートにあり、ちょっと調べたら出てきた。女も交じって、桜の下に立っている。
こちら
女だけの時の方がナマナマしい官能性があるな…取り繕わないからかな。

あんまりいいので一扇ずつ拡大する。
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(無款) 文使い図屏風 紙本着色(押絵貼)2曲1隻 寛永期(1624-44) 個人蔵
左に遊女、白地に手まり柄の着物。右に文を持ってきた禿。こちらは黒着物。二人とも垂髪。遊女の方は眉があるが禿には眉が見えない。
まだこの頃までは髪型の規定もうるさくなかったのでこんな垂髪も人気。

(無款) 犬を連れた禿 紙本着色 1幅 寛永期(1624-44) 千葉市美術館蔵
この構図はほかにもあるから人気の構図だったらしい。犬が後ろ足立ちしながら少女を見返る。楽しそうな少女。
この少女の髪型は肩まで垂れる髪とこめかみの上あたりで小さく括っているまげが特徴的である。同時代を舞台にした山口貴由「シグルイ」(南條範夫原作)のヒロインの一人・三重は額の真上に括っているが、ほぼ同じ髪型である。
山口はこの時代の少女たちの髪型を研究していただろう。

山東京伝 『骨董集』 墨摺絵入考証本 4冊のうち 文化11年(1814) 千葉市美術館蔵
ラヴィッツ ・コレクション
前述のとおりこの構図の絵は人気だったのがこの本でも証明される。
同じ絵を模写したものがここに印刷されている。

(無款) 大小の舞図 紙本着色 1幅 寛永(1624-44)後期〜万治期(1658-61)頃 千葉市美術館蔵
この「大小の舞」は1652年までの舞だという。烏帽子に太刀の美少年が舞う。「男舞図」というタイトルで「ダイショウノマイのズ」とルビを振られているのがMOA美術館の所蔵品。あちらも美少年だが、こちらもなかなか。

(無款) 扇舞図 紙本着色 1幅 正保〜寛文期(1644-73)頃 千葉市美術館蔵
肩辺りに面白い柄の入る着物を着た唐輪髷の女が扇を広げ、その端を持って舞うところ。一連の流れの中の1ポーズを捉える舞図は楽しい。あらゆる舞図を集めてぱらぱらマンガのように動作をつなげさせてみたい。

(無款) 美人立姿図 紙本着色 1幅 正保〜寛文期(1644-73)頃 千葉市美術館蔵
口元を袖口で隠す女。黒地に大胆な文様の着物が似合う。御所髷風に結わう。とても豪華な雰囲気がある。女は微妙なくねり立ちをして、いよいよ絢爛。

ああ、寛文美人のいいのを続けて観て、とても気分がいい。

(無款) 枕絵図巻 墨摺筆彩(丹緑)1巻 明暦〜万治期(1655-61)頃 米国・個人蔵
「丹緑本」のような手彩色本。寝そべる男と三味線を弾く女。ここから始まるようで、その次のシーンがちらっとのぞくが、男の素足が投げ出されているのが見え、更に女の裾がそのちょっと上に被るようなので、これはもぉ女が…、と妄想が逞しくなる。
やっぱりチラ見せというのは楽しいものです。

(無款) 『吉原枕絵』 墨摺絵本 1冊 万治3年(1660) 米国・個人蔵
こちらも手彩色。炬燵の二人。男の髪を梳く女。

(無款) 『吉原鑑』 墨摺絵入本 1冊 万治3年(1660) 米国・個人蔵
「恋乃玉章」の文字が読み取れる。にんまりするね。

(無款) 『吉原口舌艸』 墨摺絵入本 1冊 寛文1年(1661)頃 米国・個人蔵
縁側で三味線を弾く男。それを聴くというよりその様子を見守る女が、口に手を当ててほほ笑む。
室内にはごちそうも残る。禿もちんと座る。
客は客でもいい気持ちの客らしい。

ちょっと長くなりすぎるようなのでここで続く。
次はもう少しまとめたい。

神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異 後期

國學院大學博物館で「神仏・異類・人 奈良絵本・絵巻にみる怪異」展の後期を見てきた。
展示は2/7までだったが本当に行けてよかった。
前期の感想はこちら
後期で見て特に好ましかったものの感想を挙げる。

酒呑童子 スパコーンッと首を掻っ切った瞬間!
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鬼の怨念凄まじく、ガブッッッ
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兜が強くなければ頭蓋骨粉砕でしたな。
「ヘルメットがなければ即死だった」というシャアの言葉が思い浮かびます。
この状況に囚われの女たち「きゃーっっ」と逃げ惑う。

大江山酒呑童子絵貼混屏風 鬼たちを殺戮中・捕えたり・女たちを解放したり。しかしあの「がぷっ」シーンはなし。

羅生門 渡辺綱が茨木童子の腕を掻っ切り自宅に持ち帰り警戒しているところへ<母>が会いに来る。
ここでは母と言う設定。他には伯母、乳母など子供の頃に親しく世話になった老齢の女性に化けて茨木童子がやってくる。
茨木童子は酒呑童子の右腕的存在。
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こういう経緯があるから綱は大江山でも特に茨木童子を狙うですな。
おたふくな母上に変身した茨木童子を情にほだされて家に入れる綱。「みせておくれ」のシーンが出ている。
そして腕を取り戻し、逃げ去る鬼。黒雲と共に去る。

賢学草子 悪縁の女から逃げようとする僧・賢学。しかしこれは彼の独りよがり・空回りの物語でもある。
悪縁はついにほどけず、女にとうとう捉われるが、女をこんな異形のものにしたのは彼自身の責任でもある。
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道成寺縁起 もう焼き殺された後のことだが、この展示の本では後日譚もあった。
ある高僧の夢枕に死後へびの夫婦となった安珍・清姫が訪ねてきて供養を頼むところ。
これはどうかな、蛇だけに蛇足かも。瞿佑「牡丹燈篭」も後日譚があるが、あれを思い出しもした。

火桶の草子 婆さんが怒って爺さんの火桶を叩き割るシーン。
…偶然か、今回の展示はけっこう暴力シーンが多いな。

磯崎 前期では正妻が鬼面をかぶりもう一人の妻を殺すシーンが出ていたが、今期はその鬼面が外れなくなり、山の中で岩に腰かけて反省と言うか様々な物思いにふける正妻の姿が出ていた。杖を突いて腰かけているが、その杖も山登りの杖ではなくもう一人の妻を打ち据えたあの杖のようである。
自然の中に入り込んだことで正妻は悔恨も抱いているのかもしれない。

熊野の本地 前期は首を討たれた五衰殿の女御の死骸や、王子を森のどうぶつたちが育てるシーンが出ていたが、今期は身分も回復した王子が蘇生した母と、この天竺が嫌になった父王と共に空行く船に乗り、後宮の多くの女たちを捨てて日本へ向かって飛び立つところがあった。
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まぁ王様だから後宮生活も華やかなのだが、それだけに一人の女だけを愛することがとんだ罪を生むのだな…

隠れ里 結局はある男の見た夢の話なのだが、えべっさんと大黒さんが和解のために選んだ手段がお相撲というのはなかなか興味深い。行事は布袋さん。
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異代同戯図 狩野昌運 前期も大概笑ったが、後期もほんと、いいわ。
日蓮vs法然の腕相撲。周りにはそれぞれの弟子たちが陣取り、熱い応援を繰り返している。
一方、紅葉狩りの小宴を愉しむ親鸞。タイのお造りなども出ている。

いなり妻の草子 稲荷神の命を受けて女に変身した白狐がその男の妻になり、思いがけず幸福になったのだがちょっとした勘違いで、この暮らしを捨てて神の元へ戻る。男は壁一面に女への愛の歌を書き連ねる。おお、ラブソングーーー
白狐の女は通い妻となる。
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付喪神記 護法童子らが出現して変身した化け物たちをぶちのめす。けっこう色も赤・白などのはっきりした色の童子たち。

百鬼夜行絵巻・真珠庵本系統 猫の経文読みの奴のちょっと後にいるすり鉢をかぶって擂粉木を握る化け物、カイ・シデンに似ているな・・・

前期同様後期もとても楽しかった。もう終わってしまったが、いつもいい展覧会をしてくれる。
ありがたいことです。

2月の東京ハイカイ録

2月の東京ハイカイ録
1月のそれがほんの2週間前だったので時間が地続きになっている。
なんというかメリハリがないな。尤も東京には大阪にない刺激があるので、ここに来るだけで実は細胞が活性化する。
神経が刺激でヒリヒリしてそれが愉悦にもなる。
で、それに疲れたらやっぱり大阪に帰り、関西特有の温気にやられ、楽しいぬるま湯に浸かるわけさ。
そのぬるま湯に飽きたら電気ビリビリに当たる、こういうのの繰り返しで細胞活性化。
お風呂屋さんでも電気風呂大好きだ。

さて例によって木曜の夜から都内入りしたが、今回は趣を変えて定宿から数分の別の宿に泊まった。すると設備面では定宿の方が上だなと。ただし朝食はこちらの方がいい。
東京駅に出て丸ノ内線の定期売り場で「東京サブウェイチケット3日間分を購入。1500円で3日間メトロも都営も乗り放題。安いです。

四谷に出た。快晴。迎賓館の一般公開初日。割と早い時間についたので整理券の番号も若いめ。並びだすと忽ち大行列。セキュリティチェックはなかなか厳しいが、これは当然。むしろペットボトルはその場で飲みさえすれば飛行機のように「捨てろ」にならんだけいいと思うよ。
外観は撮影自由、内部はダメ。楽しく見学しましたわ。
外観はまた別項で後日に挙げます。

ああーよかった、が、タイムオーバーしてるな。仕方ない。そこから四谷三丁目に出てお友達のえび新聞さんの個展開催している「わたしの隠れ家」なるカフェに向かう。幸いスルッと吸われたがそこまでで、後から多くの人が座れなくて帰っていった。
いわゆるカフェごはん。麦飯に蕪入ったスープがおいしかった。紅茶を頼んだがコーヒーが来たのには困ったが、デザートのチーズケーキにオレンジマーマレードがついていて、そのマーマレードの名残りがあるままコーヒーを飲んだら、これが大正解。
たいへん美味しいやないか。そういえばチョコにオレンジピールってアリやもんな。
マーマレードコーヒーに溺れました。
えびさんの絵は絵ハガキサイズで壁に可愛く設えられてます。

四谷三丁目に来たら必ずゆくところがある。
錦松梅本社?いえいえ違います、消防博物館ですがなー♪
なんかもう楽しいわ。警察博物館より消防博物館の方が好きやわ。
派手やからかな。ここでも大いにバチバチ撮ったり。

渋谷に出た。本当は明治通りから國學院に歩くはずが挫折。なんかもう出だしで萎えた。で、例によりハチ公バスに乗る。それで連れてってもらう。
「異類」展の後期。これがまた非常に面白い。
展示は2/7までだったので、感想は終了した後の今以降だけど挙げたい。

金曜なのでご近所の塙保己一記念館が開館中。100円。丁寧な説明を受け、建物を見学し、更には保己一の物凄い「群書類従」の版木を拝見する。
「群書類従」はatokで一発変換する。版木は桜。これが強いそうな。
「塙保己一をご存知ですか」と訊かれたので「松平定信の庇護を受けて学者として云々」と答える。やっぱりあれよ、元は国文学やってた者としてはこれくらいは言わなくては…ではなく、わたしの中では井上ひさし「藪原検校」に出てくる学者だったりする。

あの「藪原検校」はたまたま1985年刊の五世中村勘九郎の芸話を読んだ時に、彼が演じたことを知り、興味を持ったわけですね。「きらら浮世絵伝」共々、惹かれる舞台写真が本に出ていた。
それで井上の元本(脚本)を読んで一発でハマった。非常に面白かったしまた切なかった。
後に紀伊国屋ホールで三林京子らが演じるのを見てもいる。
芝居の中で、悪の限りを尽くす藪原検校と対照的な塙保己一がいるわけだが、藪原検校はとにかく生き急ぐというか悪の限りを尽くし、カネの力を使いまくって頂点に立つ。
普通は当道座16階73刻の階級をあがってゆくわけだが、藪原検校はカネの力で一気に駆け上がって28歳で検校になる。そして一足先にこちらは学問の力で検校になった保己一と対話するのだが、その二人の対話が非常にせつない。カネ・学問で成り上がった二人だが、結局のところはお上、いやこの社会そのものから実は排除されている者同士に過ぎないことをふたりは悟っていて、それで<ふと目が合って>和やかに笑い合うのだ。

塙保己一の銅像もある。にこやかで温和な像。こういうのを見ると、ここにたどり着くまでの苦労が想像を絶するものだと感じもする。
非常に幸いなことにこの建物は関東大震災も戦災も受けずに昭和2年の創立以来守られ続けてきたそうで、この貴重な版木が今に生きている。
平日のみ開館だが、一度は立ち寄られることを勧める。

いつもはこの坂を下って広尾高校前から広尾高校裏(今は山種美術館前か?)まで歩くのだが、意外とストレスがある坂なのだ。
ところがこの塙保己一記念館(温故学会)の前の道をまっすぐ行き、國學院の院友会館の前を通り、次に右折した方が気楽な道になり、そこで山種美術館に出れるのだった。
これはたいへん楽な道で、今後はこの道を行くことにする。
教えてくださった記念館の方、ありがとうございます。

それで山種美術館で「ゆかいな若冲 めでたい大観」を楽しむ。
なにしろ最初に若冲のカエルと河豚の相撲から始まるからなあ。柴田是真の鍾馗と鬼も面白い。いいものを色々見ました。
川崎小虎の綺麗なファンタジック大作も見れてめでたいめでたい。

日当たり良すぎて暑いくらい。
ここで時間配分が推しすぎているなと思い、両国の江戸博にゆくのを回避して、そのまま千葉に向かう。なにしろ大江戸線が時間狂ってるからなあ。
茅場町から東西線の快速に乗り西船橋へ。これがけっこうストレスなし。
そこで手持ちの東京サブウェイチケットとスイカカードとを使ってJR乗り換え。千葉まで302円。これはカードを改札に当てるタイミングがけっこう大切らしい。
駅員さんに教わった通りにする。
船橋から快速で千葉。パルコのバスに乗せてもらう。
ああ、このバスももうすぐ終わるのだなあ…

千葉市美術館、初期浮世絵展。
この厚み、このレベル、もぉいやだーーーーーっ
凄いものをこれでもかこれでもかと見せられて、時間なんか2時間あっても足りるわけないだろぉぉぉっ
しかも「新収蔵品」ですと??それがまたレベル高いのばっかり並べるな――――ッ
これだけで一本展覧会になるがなーーーっ
甲斐庄楠音「如月太夫」がここの寄託品になったそうな。よかった喃。

ああ、これだよな…この刺激。これが欲しくてわざわざ遠くから来てるのだよな。
ドキドキが殆ど心筋梗塞状態なままとりあえず西船橋経由で都内に戻るのでした。

ハイカイ2日目。土曜日。
定宿へ徒歩で。フロント「あれ、随分早い時間ですね」とびっくりしている。
「うん、ちょっとよそで」まさか徒歩数分の違う所とは言えない。
色々とわけありのわたし。
荷物を預けて、そのまま元来た道を戻り地下鉄に乗る。

9時半になり江戸博「ダ・ヴィンチ」展を見るがこんな開館早々からえらく混雑してますな。
まぁダ・ヴィンチの素描が見れたのはよかったよ。あと追随者たちの絵な。
中で天蓋ベッドにいるちびっこの聖ヨハネとイエスがハグしてチュッチュッという可愛い絵を見たが、ついつい「これがあと15年後くらいなら」とフ目線で色々と妄想が増大化するのであった。いやーいかんいかんw

門仲経由で竹橋へ。これが10時半の話。
結局15時半まで竹橋におることになろうとは、まさか想像だにしていなかった…

近美で恩地孝四郎展。つい先般「月映」展を見たからまぁ気軽にと思って入ったのが運の突き。誰やこんな凄い企画建てたのはーーーーっ
物凄い内容だった。あああ、クラクラする。

空腹に負けて12時半に毎日新聞社のレストラン街へ。
ここにはよくない思い出しかないんだが、時間の都合でここに来て、ちょっとばかり気軽な店に入ったのはまぁよかったが、あとがいかん。実は何かに当たったのだ。水かも油かもしれない。ああ、しんど。

今度は一旦工芸館に。こちらがまたいい企画で。写真パチパチ。いいものをたくさん拝見しましたがなー並べ方がまたよろしいのよ。なんだかもうクヤシイー

あのなあと言いたいがどこへ向けていうべきかがわからん。いいものばかり見せられて魅了されて、とうとう横浜には行けなくなりました。
なにしろ常設の版画にヤラレ、さらに常設の企画展で更にゴンゴンゴンッとどつかれてもぉたわけです。

凄いポスター群を見たよ。リーフレットもいい。
「ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン」
日本とその周辺に目を向けたもの。
もともと好きな時代なのにこんなスゴイの見せられて冷静でいられるか。
1930年代の満州に行ってあじあ号に乗りたくて仕方なくなるし、日本郵船や大阪郵船の豪華客席で浦塩や南洋に行きたくなる。そそるそそる。ほんまにドキドキのポスターが並んでいる。
先月の八王子で見たポスター群と一緒に感想をまとめたい。
ああ、わたしはこうした内容のものに強く惹かれるのだよ…

時間の都合で色々変更し、太田記念浮世絵美術館へ「勝川春章」展を見に行く。
これがまた…なめてたらあきませんな。予想を上回る良さ。
沢山の浮世絵師の中の一人として見たときに感じなかった面白さに気づく。
特に役者絵がいい。絵はもちろん違うが「鼻紙写楽」に登場する役者らがここにいて、舞台でこんなだったのかと改めて知った、そこがまたより絵を楽しませてくれる。
若き北斎の絵もいい。
ああ、面白かった。

渋谷を本当の意味で徘徊する。参ったなー。
やがて時間が来たので109に行く。今回は現代音楽家の鈴木さんとお会いするのだ。
くじら家に入り、それからなんだかんだと四方山話をするが、ぎゃーっなことに現役の作曲家に音楽についてグダグダ言うという面の皮の厚さを発揮する。抒情性とそれを排除した抽象表現とかそういう話を。
かなり長く話し込んだが、ほんまにわたしはアツカマシイ喃。←反省しろ。

そして最終日の日曜。
東京駅のいつものロッカーに荷物を放り込んでから動く。
日本橋まで出て上野へ。またまた東博の「大兵馬俑」展と常設とを見る。
今回はバスに乗る予定があるので11:47までと決めて動く。

大兵馬俑展、物スゴイ集客数やん。お客さんてんこ盛り状態で、なかなか見たいものも見れなかった。それでもまあ玉類はじっくりと楽しんだ。
で、第二会場の兵馬俑置いてある場所へ向かい、少し上から下を見おろすと、お客さんと俑たちがもう身動きとれなさそうなくらい。
「圧倒的ではないか、わが軍は」と思わず言ってしもたよ。

本館・東洋館をうろうろしてから11:47のめぐりんバスに乗り千駄木へ。
あれだわ、100円で谷中千駄木の観光も車窓からだが可能なのよ。
で、千駄木。どこでお昼にしようかと思ったとき、目の前にミス△があり、久しぶりに入ろうかと思ったのがわたしの浅はかさ。
もう本当にダメ、合わない…しかも「温めますか―」というてチンしてくれたはいいが、溶けやすいイチゴチョコのドーナツと一緒に置くなよ、ここの店員わーっ
あああ、入ったわたしがバカでした。
最近は711のドーナツの方がいいな。

というわけで団子坂上の鴎外記念館。「奈良、京都の鴎外―今日オクラガアキマシタ。」展
鴎外は宮内省の仕事で正倉院の開封をしたり、雨の日はあちこち出かけたりし、和歌を詠んだり子供らに毎日はがきを送ったり、と展示資料も本当にいい感じのものばかり。
ああ、奈良に行かなくちゃという気にされましたわ―
この日で終わったが面白い展覧会でした。

根津に出る。弥生美術館で上村一夫展。彼が現役の頃いろいろ読んでたが、わたしは「同棲時代」とは無縁なのよ。「凍鶴」が一番リアルタイムだった。
それから単行本で「修羅雪姫」にハマり、短い晩年の佳品「菊坂ホテル」共々この3作は何度でも読み返しているわけです。
2014年に京都嵯峨芸術大学で上村一夫展があり、あれにも喜んで出かけた。
その時の感想はこちら

その時、高信太郎の春画羽織を見た。さすがに露骨な性描写の絵はここでは展示しない。
多少はあるが。
2002年だったか、川崎でも展覧会があり、あれが展覧会の始まりだったと思う。あのときはチラシも品切れになってしまってたなあ。
本当に魅力的な作品ばかりで、わかってはいたがやはり時間オーバーになった。

華宵、夢二もじっくりと楽しむわけだから、本当にどうにもならない。
弥生美術館を最後にすると、必ずわたしは飛行機や新幹線に乗り遅れるので、ここからもう一軒出かける。
ああ、出光が6時までならなあと思いながら乗り継いで新橋へ。
そう、6時まで開館で東京駅に近いのはこの汐留ミュージアム。

イングリッシュガーデン展はボタニカルアート好きな方には勉強になると思う。
本当にいろんな花があるなと感心するばかり。わたしが面白かったのはモリス関係。タイルは前にもここで展覧会があったモーガンて人の。
「いちごどろぼう」の柄の可愛いドレスなどもある。
紀行絵で見る植物園なども良かった。わたしはやはり抒情重視ですわ。

タイムアップ。さーて日本橋経由で東京駅へ向かおうか。
丸善でちらっとちりめん本をみるが、古地図や人体解剖図や飛び出す絵本を見ていると、人体解剖図の飛び出す絵本とかあれば面白いだろうと思った。
最初は皮、次に骨、それから各種臓器。
ということをつぶやいたら19世紀末に既に出ていたそうですわ。残念。

お土産も色々買って、これで今月は終わり。ああ、東京の刺激よ来月までサラバ。

サラリーマンコレクターの知られざる名品 「わの会」

平塚市美術館で「サラリーマンコレクターの知られざる名品」展が開催されている。
「わの会」の人々のコレクションである。
そもそも「わの会」とは何か。
展覧会のタイトル通り、個人コレクターの皆さんで作られたNPO法人だという。
詳しくはこちら
「どんなのをお持ちなんだろう」という問いかけにはこのチラシをとりあえず。
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・・・こういうのを見させられると「ほな行こか」となるほどの魅力がある。

基本的に洋画が多い。日本画はほぼないに等しい。
こうした状況が恣意的なものなのか・展覧会のためのチョイスなのかはわたしにはわからない。
ただ、「家に飾る」目的の場合、現代ではやはり日本画ではなく洋画の方が「合う」ことが多いという事実がある。
先般、NHK「ファミリーヒストリー」でピエール瀧の祖父を調べたところ、堅山南風の弟子筋に当たる日本画家だったことが判明したが、その時「日本画は今じゃ飾るあてもないし」という意味のことを話された。
現代の日本人の居住空間を考えるとそれはもうどうにもならないことなのかもしれない。
だからというのではないが、現代日本画の洋画化現象・大作主義は「家に飾ることが難しい」という現況を如実に示しているからか、と素人のわたしは考察する。
いや、素人だからこそ、一層ナマナマシイ感覚があるのかもしれない。
わたしなどは近代日本画が最愛とはいえ、では所蔵するかと問われたら「掛けるところがない」としか答えようがない。
小さい複製品は楽しめても大きな作品や軸物はどうにもできない。
和室に床の間・欄間はあるが、その部屋に飾ったり季節ごとに入れ替える心のゆとりがない。以前に短冊をいただいたことがあり、それくらいなら、と飾っているが、これ以上大きいとやはり悩むのだ。
そうしたことを考えると、やはり洋画が多いのは必然的なことなのかもしれない。
尤もこうした考察は余計なお世話なことなので、ここまでとする。

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絵画から彫刻まで146点。近現代の作品が集まっていた。
個人所有者の名前がはっきり出ているのも「わの会」ならではのよう。
そして所蔵作品との出会い・購入の顛末・作品への愛情などがつらつらと綴られているのがまた面白い。
なまじな解説などより、こうした所蔵家のナマナマしい発言の方が面白い。とはいえ完全にありのままかどうかは知らないが。

見た限り、一番古い時代に描かれた作品は、二世五姓田芳柳「新羅征伐の吉凶を卜す」1910頃か。
釣をする神功皇后と武内宿禰。日露戦争前だし、時勢かな。
とはいえ、二人はお札の柄にも選ばれています。

最初に現れたのは脇田和の「パン屋の子」で、にっ と子供が笑うのがいい感じ。
ここから始まってずらりと並ぶ。
色んな嗜好・色んな想い・色んな事情が作品に付随している。
だから、ただただ見るだけの観客である私がそれらについてどーのこーの言う資格はない。
ただ、こうして好みの作品はこれだとか、こっちはどうも…と心の中で思うばかりだ。

チラシ中央に夢二の暖簾から顔を出す女の絵を置いたのは凄く巧いと思う。
女に誘われた、そんな気がする。

絵の技法も様々で、それを見るのも面白い。言えば統一感はないのだが、それが逆に面白くもある。
会員の皆さんの自由な意思を尊重するというのが感じられてね。

現代の絵画も多く、どういう愛で方・楽しみ方をすればよいのかを所蔵家の言葉から学ぶことも出来る。
難しいことを言われるより、この方がわかりやすくていい。
そしてこうした個人コレクションの面白いのを企画展示する平塚市美術館に好意を懐く。

2/7までもう時間がないが、行ける方にはぜひともお勧めしたい。
これだけ楽しめて200円なのが何よりすごい。
駅から歩きづらいかもしれないが、ぜひ。

「おにたのぼうし」で思うこと

毎年節分になると必ず「おにたのぼうし」をよむ。
絵本だから「みる」でもいい。
あまんきみこ&いわさきちひろの名作。
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幼稚園の時に読んで感動し、いまも大事にしている絵本。
本を手に入れたのは実は社会人一年生の時だったが。

ひとりぼっちのこどもおにのおにたは、なかなか気がよくて、間借りしている家の人が雨に気付かない時は、そぉっと洗濯物を取り込んだりしている。
でもだれもおにたのことに気付かない。

おにたは小さい角を隠すために麦藁帽子をかぶる。
節分の夜、おにたは麦藁帽子をかぶって、豆もまかずイワシをヒイラギに挿さない家を探して、そぉっと忍び込む。
だが、その家ではおかあさんが寝込んでいて、小さい女の子が何も食べずに看病していた。
一瞬意識の戻ったお母さんが女の子にご飯を食べたか訊くと、おんなのこは「赤飯とウグイス豆の煮豆」をもらったことを言う。
実際にはコメも何もないし、くれる人もいない。

おにたはちゃんと服を着て長靴を履いて、角隠しの麦藁帽子をかぶって、女の子のもとへ「赤飯とウグイスの煮豆」をもってゆく。
喜ぶ女の子だが、その子は豆まきがしたいと口にする。
おにたは「鬼だっていろいろあるのに」と身震いしたかと思うと、不意に姿を消す。
あとには麦藁帽子と豆まきの豆がある。
おんなのこはそっと豆まきをする。

これまでただただおにたが可哀想だと思うばかりだったが、今日ふと思ったことがある。
豆に追われるおにたなのに、赤飯や煮豆は大丈夫なのか。
おにたが姿を消し後に麦藁帽子の中に豆が入っていたが、わたしはあれを「豆がニガテな鬼族が豆を出したらその鬼は消滅」のようなルールがあるとずっと思い込んでいた。

わたしが「あれれ?」と思ったのはそのことではない。
おにたは豆まきをいやがるのに、赤飯の小豆やウグイス豆の煮豆は平気なのか。
読み始めてから数十年後の今、改めてそのことを思った。

おにた、また会いたい。

水 ―神秘のかたち

終幕間際のサントリー美術館「水 ―神秘のかたち」展を見た。
水は古代から様々な意匠となって身近なものから宗教的なものにも映されるが、このように水をモチーフとした展示をみると、われわれの躰の大半を水が満たしていることを改めて思い出しもする。

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サントリー美術館の母体であるサントリーは「水と生きる」という言葉を掲げている。
水を基にした飲料を販売することで成長してきたから、水というものの大切さをとても強く認識しているのだろう。
実際サイトに「水大事典」というページもある。

大阪と京都の間の大山崎にサントリーの工場がある。高級ウイスキー「山崎」はここから生まれたそうだが、わたしも何度か工場見学に出かけては、説明を受けている。
尤も酒なし暮らしが平気なので、いいお客さんではないのだが。

その大山崎には桂川・宇治川・木津川の三川合流が見える地がある。上空からの写真を載せたサイトもいくつかあるから、「三川合流」で画像を見ることもできる。
そして大山崎の対岸には石清水八幡宮がある。
改めてこの「水 ―神秘のかたち」展は、サントリー美術館が行うべき展覧会だったと思い、それを見ることが出来たことを幸いだと感じる。

第1章 水の力

流水文銅鐸 跡部遺跡から出土したそうだ。普段八尾の跡部と無縁なので忘れていたが、そこからこのような見事な流水文を全体に刻みつけた銅鐸が出てきたとなると、今後は八尾にも足を延ばさなくては、と思う。

仏伝浮彫「灌水」 ガンダーラ 龍谷M 水と湯とを一緒に龍が出してくれるとは、いいシャワーだな。
この展覧会は次は龍谷Mに巡回するそうで、リストを見ると「京都会場のみ」が多いので、今から龍谷に行くのが楽しみだ。

二つの水注がある。
信貴山形と布薩形と。それぞれ形が違うがわたしとしては信貴山形を推したい。

お水取りに使われていたのが流出した(水だけに)香水杓と鐃がある。
鎌倉時代の2点。

多賀社参詣曼荼羅 サントリー美術館 これは初見。多賀大社はイザナギ・イザナミを祭神として古くから信仰する人がいる。「お多賀さん」と呼ばれ「お伊勢、お多賀の子にござる」と言われる。
そのお多賀さんに参詣する人々の様子を描く。
本殿前では湯立神事をしている。熱いねー、きっと。その本殿の両脇には長谷寺のような長い回廊がある。そして杉の森があり、左の川には蓮が咲き、川下には龍が潜む。
霊験あらたかそうな様子を見せているが、まぁ言うたら楽しそうでもある。

有馬の温泉寺縁起絵、久留米の観興寺縁起絵(明治の模本)が並ぶ。
大体温泉の効能と霊験とを説くとこうなるわなというのが描かれている。

日蓮聖人註画讃 巻第二 1536 海辺の情景。顔がはっきりしている。化人と語り合うところらしい。

十一面観音像 法隆寺 難陀竜王と雨宝童子も一緒。

長谷寺縁起絵巻 巻上・中 二巻 1557 鎌倉 長谷寺  模本などでもよく見るのでなんだか親しみを感じる。鬼と佛も協働するシーンが出ていた。
まぁ言うたら人だけに任せるより自分らが手伝う方が意外と住みやすいのだろうしねえ。
と、ベタなことを考えている。

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第2章 水の神仏 
弁才天と宇賀神とが多い。
正直なところ宇賀神さんはこわい…

弁才天曼荼羅 一幅 1406 サントリー美術館 美人。15少年も可愛い。真っ白なお顔。

八臂のもあるが、そのときは琵琶は持たないのかな。
「聖☆おにいさん」での弁才天さんのロックなタマシーを見ているので、ついつい…
とはいえ15少年とゐるところはやっぱり「胃の頭弁才天」さんを思い起こしますわな。

江島縁起絵巻 巻第二、三、四 弁天さんと役行者たち。お参りに来たらしい。前鬼後鬼も岩場をぴょんぴょん。セイタカ・コンガラの二人組もいるような。15少年は不在。

竹生島祭礼図 大和文華館
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以前から好きな絵。

別尊雑記のうち弁才天法 一巻 鎌倉時代 称名寺 弁天さんの色んな図像ノート。これは金沢文庫でも展示あったかな。
弁才天さんは音楽の神様だから色んな楽器を弾くけれど、絵の中に「箜篌」を弾いてるらしいのもある。23本の絹糸で構成された竪琴。ビルマの竪琴の「サウン・ガウ」は16本。近い音色ではないかと思っている。

そこへ琵琶登場。和歌山・丹生都比売神社の。これでまた水の関係を考えねばならなくなる。本体に鍍金し、文様として竹に虎を入れる。

高野四社明神像、子守明神像などもある。近年の「山の神仏」展や「高野山の名宝」展などでなじんだ神様たちに再会する。

石清水八幡宮の曼荼羅もある。剥落してはいるが見事な構図である。
今は山崎架橋図が来ているようだ。山崎街道は大昔から大切な道であり、向かいの道もまた神仏参詣のための道として栄えた。

神奈川の瀬戸神社という所から男女様々な神像がお渡りされた。
童子形でもコワモテの髭有像は大山祇神を示しているそう。

住吉っさんも海と縁の深い神様だが、よくよく考えたらこの神様は禊から生まれた底筒男だから水と縁が深いのも当然か。
像を見ながらひとりで納得する。

大寺縁起絵巻 巻上、中 絵:土佐光起 筆 詞:近衛基煕等 筆 三巻のうち二巻 1690  大阪・開口神社  はいはい、あの。阪堺電気軌道で皆さんおいでやす。
出ている部分はこの二人のコンビのものだが、他の文章はまた別な人々。
行基さんの建てたお寺。7年ほど前に大阪市立美術館で展示されているようだ。
今年の初め、えべっさんの時に折角阪堺電気軌道に乗ってうろうろしたのに、かん袋が売り切れと言う衝撃的な状況になったのを忘れてはいけないわたし。
三月末までにはかん袋・この大寺さん・あたらしい利晶の杜に行きますよー

住吉物語も出ていた。若君がのぞくところ。継子いじめのシーンは出ていないが、そもそもこれを全部見たことがないので、いつかじっくり見たいものだ。

卯揃いの住吉っさん。ウサギの波乗りもこうやって見てゆくと不思議でもなんでもなくなってくる。

第3章 水に祈りて

石山寺縁起絵巻 巻七 谷文晁 親のために身売りした娘が水難に遭い白馬に救われる話。その水の表現がいい。この絵巻は先年ここで展示されてもいる。
白馬は石山寺の観音さんの化身というか委託されて働くのだが、馬と水の関係といえばギリシャ神話を思い出す。

善女竜王像 室町 奈良・楽田寺 この絵は雨乞い用に使われていたそうだ。十一面美人。竜王こわいな。空海、風神雷神も同席。

倶利伽羅龍剣 龍が巻き付く剣。その左右にセイタカ・コンガラの二人。空海はこの剣を使うたそうな。
握りながらチラチラと二少年を見ていたかも。

宝珠台 鎌倉 海住山寺 石清水八幡宮のある男山をかたどる。裏に殿中がカラフルに表現される。

雨乞いの祈祷に関する資料がある。
そしてその為に使われたのか龍頭などもあった。

摩尼宝珠曼陀羅、孔雀経曼陀羅のカラフルなものもあった。

第4章 水の理想郷

当麻曼陀羅 南北朝 これはSWの惑星ナブーのような美しい地に見えた。ほかのではそんなことは思わなかったが。

千手観音二十八部衆像 鎌倉 永観堂 三幅 ナンバーとネームが入る短冊つき。観音は半跏。

楊柳観音像 高麗 誓願寺 …派手なオヤジさんだなあという感じがある。右下には龍。紅白の珊瑚が飾られている。左下にいる子供は善財童子か。

大織冠 「海士」ですね。まあ不比等は目的を達成するのに手段を択ばないヒトですから、海女さんを籠絡してどーのこーのと言うのもお手の物。しかしわかっていて利用される海女さんがけなげに戦うのはやはり気の毒。しかも孤立無援。

第5章 水と吉祥
菊水文様、波ウサギ文様がいろいろ。めでたい文様なのだね、菊水。楠公の湊川公園、行ってみようかな。

第6章 水の聖地

日吉山王祇園祭礼図屏風 室町 石積みの塀を見たが、これは穴太の石積みなのかな。屋根にも石。左の祇園では浄妙が目立つ。虎の皮がばんばん山鉾に…

厳島天橋立屏風もある。にぎやかで楽しい。

多くの水を見た。
そういえば山岸凉子「妖精王」では水の指輪を得る者が力を得るのだが、その水の指輪の在処は見えぬ水底、つまり「見ず」の指輪だったというのを思い出した。

水を本当に見るのは存外難しいことなのかもしれない。
形のない水をかたちにした先人たち。
後世のわたしは様々な水の形をみてその創意工夫に感心し、水の流れを追うばかりだった。

2/7まで。

吉野石膏コレクションと福井県立美術館所蔵品と

本日までの展示二つについて挙げたい。

日本橋三越「吉野石膏珠玉のコレクション 愛と絆 高山辰雄『聖家族』&シャガール『逆さ世界のヴァイオリン弾き』その他
その他である『ダフニスとクロエ』の連作が見れたのは嬉しい。
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「五山」として高山辰雄、杉山寧、東山魁夷、加山又造、平山郁夫の作品が挙げられていた。
横山操が入っていれば「六山」だったな、と考えている。

鳩がいて花のある室内、静かに伸びる白い道、どこか宗元画にも通じる。高山のそんな絵を見る。

埃及の婦人像を描いた杉山寧。あおりの構図というのも面白い。
実際の伝世の木像を描いたのではなく、ナマナマしいリアルな感覚で埃及婦人像を描いたようにも見える。

自然風景の美しさを魁夷の作品で堪能する。桜の絵が二点あり、どちらも春のふわふわした感覚が思い出されてくる。

又造さんのシャムネコもいる。黒の毛が多い、青目のシャムネコ親子。
又造さんは徹底してシャムネコだけを描いたなあ。

平山のブルーモスクと法隆寺で一息ついてからいよいよ『聖家族』へ向かう。

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高山辰雄の静謐な世界が好きになったのは、間違いなく山種美術館の「坐す人」を見てからだが、そこへ完全にわたしを高山辰雄ファンに<した>企画展があった。
1993年6月に小川美術館でみた「高山辰雄『聖家族』」展である。
小川美術館へ出かけたのはこのあともう一度あるが、今でも『聖家族』が掛けられていた93年のイメージが強く、そのために『聖家族』=小川美術館に暮らす、という意識があった。
しかし今回の展示で吉野石膏のコレクションに仲間入りしていることを初めて知った。
ちょっと動揺とまではいかないが、驚いてはいる。
ただ、吉野石膏は美術品に対する理解と熱意あふれる企業なので、心配などはしていない。
むしろ今後『聖家族』を見る機会が増えるのではないかとも期待している。

26点の連作絵画は新岩絵の具の「黒群緑」を主に使用し、ところどころ薄い別な色を使っているが、それらは20年を経た今、わずかずつ変色し始めている。
ただ、変色して絵が劣化するというのではなく、逆に優しいなじみ方をしていて、絵にある種のゆとりが生じているようにも思われる。
絵は最初から『聖家族』ではあるが、この23年の間にもっと親密感が増したような、そんなイメージがある。
細かな感想は控える。
描かれた人々は、特別なポーズを取ったり表情を見せたりするわけではなく、ただ静かにそこにいて、家族を思いやる。
中にはどこかへお出かけした絵もある。時間も空間も定まらず、しかしながら常に親しい。
とてもいい気持ちになる。

『聖家族』はそもそも1976年の銅版画作品から始まっていたそうだ。
それが1993年にこのような大作の連作として世に出た。
そして23年後にまた少しばかり変化を見せて、こうして三越の会場で優しい空気を見せている。
とてもありがたいことだ。

会場では映像が流れていた。
『聖家族』の製作などについてのもの。それを見た。時間がゆっくり流れるような気がした。そうか、わたしも『聖家族』に影響を受けているのか。
今ならとても優しい表情を浮かべている気がした。

次にシャガールが現れた。
油彩画のカラフルな作品群を見ていると、自分も中空くらいなら浮かび上がれそうな気がする。ただ、シャガールが描く浮かんでいる人々はカップルなので、わたしはムリか。

42点の連作「ダフニスとクロエ」も楽しむ。リトグラフだから他に高知県立美術館のもみているが、こちらもいい色。
シャガールはタブローより物語絵の方が好きだ。いい心持で見た。


そごう美術館では福井県立美術館所蔵の「日本画の革新者たち」展をみた。
前後期の入れ替えが少々あるのでまた後期も見に行く。
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・岡倉天心ゆかりの画家たち
狩野芳崖 柳下放牛図 1884 のんびりした二頭の牛が可愛い。

芳崖 伏龍羅漢図 1885 羅漢の足元で龍がとぐろを巻きつつ甘えている。
西洋顔料を使うおかげで色彩が明るい。

橋本雅邦 天保九如図 1897 大体この「天保九如」はめでたいことらしいのだが、あんまりよく知らないのだよ。詩経の中から採られた言葉だと言うが、年号の「天保」もここからなのかな。
全然関係ないがこの言葉を見る度に常に南條範夫「天保九年の少年たち」を思い出す。

岡倉秋水 矢面 明治 天心の甥。老武士が甲冑に身を包み、刀を振りかぶる。矢が飛び交う戦場、射られたものもいる、兜を外したものもいる。いかにも明治の日本画な絵。

岡不崩 菊花図 大正 この人は後に本草学へ向かったそうだ。
様々な菊花が描かれている。
双幅にそれぞれ菊花と蝶や蛾が飛び交う。

菱田春草 温麗・躑躅双鳩 1901 「温麗」が課題だったそうだ。それで白と斑の鳩がいる情景を描く。鳩たちは薄ピンクの花を見る。やや茜色がかった躑躅を。

横山大観 1904年、アメリカに行ったときに描いた絵が二点並ぶ。
海 ―月明かり 暗い波。海のずっと奥に微かに青色のようなものが見えているが、それが月明かりに照らし出された水面だとすれば、なんという重さか。
薄い闇の中に月そのものも隠されてしまっている。しかしそれでも微かな月明かりは届く。

杜鵑 これはアメリカのサースビー姉妹の旧蔵品。ありがたくも大観のアメリカ滞在時に購入したそうだ。
杜鵑が小さく描かれている。空を風を切って飛ぶ杜鵑。
思えば大観は杜鵑の絵が多い。この人はとても動物好きだったそうだ。

春草 海辺朝陽 1906 三層に分かれた絵である。先の大観「月明かり」のような暗い海ではない。浪間は薄い青であとはどうしたわけか黄土色にみえた。
どことなく不思議なお菓子「シベリア」の色違いもののようにも思える。

大観 春秋図 1909 春には枝垂れ桜が咲き、菫が咲き、ツバメが飛ぶ、秋にはオオルリも現れ、楓も紅葉する。
日本には四季があっていいなあ、という気持ちになる。

大観 老君出関 1911 三幅 右に関が遠くなりつつある。中に老子が牛に乗る。左に金色の木々や民家が見える。いずれも大きな山脈がその向こうにある。
老子といえばどうしても「孔子暗黒伝」で赤を中国から連れ出し天竺へ向かった、それを思い出す。

下村観山 寿星 1915 金屏風、右には立派な1500歳の白鹿がさすがに眠たいのかすやすや。左には石に半跏する寿老。鹿の角先が少し赤いのも可愛い。

木村武山 日盛り(花鳥図)1917 凌霄花や立葵がけなげに咲く。明るい日の下で。

観山 馬郎婦観音像 1924 花鈿を眉間に緑色で描く。えくぼの位置にも。
この絵は薬師寺の吉祥天をモデルにしたそうだ。
花鈿を緑色で、というのは初めて見た。

武山 阿弥陀来迎図 大正 カラフルな来迎図。どの仏もみんな美人揃いである。

小林古径 竹生島(妙音)1900-1907 平経正が琵琶を弾く。彼は琵琶の上手なのでその音につられてか龍が出現するが、驚かしてはならんと思うたか白い煙としてそっと現れる。庭の松には藤が絡み、平家の公達の優雅な暮らしを思わせる。

今村紫紅 日蓮辻説法 1903 小町通りが人でごった返し。←現代とそう変わらん。 
燈籠が引っかかる木があるが、これがどう見ても木柱にしか見えん。
戦後すぐの景色、いや街頭テレビの時代にも思える。

速水御舟 閑亭 1914 かなりの坂と言うか階段を上った先にある。ここでくつろぐ。くつろぐためにはしんどいとか足が痛いとか文句を言うてはいかんのだ。

富田溪仙 越前紙漉 1926 ああ、いかにも溪仙らしい題材を好きなように描いている。間違いようのない絵。
水が本当に好きなのだなあ…

安田靫彦 天之八衢 1939 神話から取材。胸をはだける鈿女がいるが、古代において胸をはだけるのは相手を威嚇する、のだったかな。
隣の色黒くんはニニギなのか。

奥村土牛 晴日 1939 那須塩原のアカマツがどーーーんっ。いやもぉほんと。だからこの絵を見ていて「…松茸とれるよな?」と思ったのでしたる

川端龍子 花下行人 1940 白い桜が満開の下を往く人々。坐す人もあれば佇む人もいる。パラソルのひと、少女、軍人などなど。時代を感じさせられる。

前田青邨 鯉 1950-52 黒い鯉が三匹。なんだろうか。

堅山南風 O氏像 1954 土牛の肖像。南風は大観の肖像も巧かった。袴をはく土牛。しわしわ。たばこを吸うその眼光の鋭さ。力強いコッテ牛な土牛。

・戦後の日本画 
パンリアルの作品が色々ある。
正直よくわからないのだが、これはこれでいい。

三上誠 F市曼荼羅 1950 福井市の様子を虚実織り交ぜ描く。しかし一種の来迎図だともいう。

最後にまさかの岩佐又兵衛大特集である。
龐居士図 金谷屏風の一図。霊昭女の父を描く。妻が見守る前で竹細工。これが生業です。

三十六歌仙図がきている。12人の歌仙。1/3の御来場。
嬉しいね。

和漢故事説話図もある。
海辺に立つ貴人 波を見る。そばに佇む少年が可愛い。太刀持ち君。傘持ちもいる。

近藤師経と寺僧の乱闘 リアルなケンカである。坊さんの勝ち。乱闘・乱戦を描かせると本当にリアルでうまい。

額打論 東大寺、興福寺と額と言うか札が並ぶのを叩き壊す僧兵。

怪異出現 滝に悪霊…あれかな、悪源太かな。難波の次郎をトリコロスあれかな。

祇王 清盛の前で舞うところ。

夕霧 外には鹿ップル。一人ぼっち夕霧。庭の方をじーっ

琴棋書画 お琴を持つ少年が可愛い。振り向く主人になにかいいたそう。
釣するのもいる。いろいろリゾートぽいな。

布袋と寿老の酒宴 庭にはソテツ。お重もお酒も。盆山もあるしなかなか風流。

ああ、面白かった。

春草の「落葉」については次の機会に書く。
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