美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

亀岡・楽々荘 十年前の秋のある日

偶然みた「テツなひととき」という番組が京都府下の可愛らしい電車ばかりを特集していて、楽しい2時間を過ごさせてもらった。
こういう良質な番組、もっと見てみたいものです。
京津線の石山線、坂本線、叡電、嵐電の北野線、嵐山本線、丹後鉄道、トロッコ電車まで特集していて、本当によかった。

それで思い出したのだが、2005年の十月にトロッコ電車と保津川下りとを楽しんだことがある。
亀岡の楽々荘でご飯をいただき、建物の撮影をさせて貰った。
当時のブログは写真を挙げられなかった。わたしの技術的な問題である。
それでフィルム写真を現像したのをアルバムにファイリングしていたが、褪色する前にネットにあげるのがいいし、よいタイミングだから今回当時の写真を挙げてゆく。
今も大してうまくもないが、十年前だからなお良くないが、まぁ記録と記憶のためのものなので。

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和と洋のどちらも見事な建物である。

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これは飾りだったかなんだったかな…

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久しぶりに行きたいな。

おまけ。
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下のは嵐山駅のホームの電灯かな。

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保津川下りの時、鹿の鳴き声が聴こえたり、鶺鴒の群れを見たり、ヌートリアが並んで泳いだりと、面白かった。

また折々古い写真を発掘して行こうかと思う。
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大和撫子のおしゃれ/ファッション史の愉しみ

先般、おしゃれをテーマにした二つの展覧会を見た。
1つは「大和撫子のおしゃれ 櫛・簪・粋な女性たち」
1つは「ファッション史の愉しみ 石山彰ブック・コレクションより」
どちらもよい内容で、わたしのようにおしゃれから遠く離れた者はただただ呆然と眺めるばかりだった。

前者は鎌倉の源吉兆庵美術館で3/21まで、後者は世田谷美術館で4/10まで開催。
終了した方から先に感想を挙げる。

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まずこのチラシにどきっとする。
守屋多々志えがく明治の少女の愛らしさに目が開かれるのである。
橙地に鹿の子で梅文様。愛らしい少女の手には扇子らしきものがある。
わたしはこの少女を見て大仏次郎のえがいた明治の少女を思い出すのだ。
万年青と兎を飼うのが流行った時代に生きた健気な少女。
あの小説の少女に似ている、と勝手に思っている。

全く珍しいというか、初めてみたのが芳幾の美人画。名所+美人と言う旧幕時代から引き続く様式のもので深川両国界隈か。
芳幾の無残絵や新聞絵とはまた違う情緒のあるいい絵。

水野年方えがくあらゆる時代の婦人相。連作物で「三十六佳撰時代婦人図」。全シーンが出ているのは嬉しい。高貴な女人から辻君、庶民、武家の奥方まで時代時代の代表するファッションの様子を捉える。
昨秋神戸ファッション美術館でみた「日本衣装絵巻 ―卑弥呼から篤姫の時代まで」展を思い出した。当時の感想はこちら

昭和六年からのこのパレードを年方は無論知らないわけだし、東京住まいの彼が京都の時代祭を見たかどうかも知らぬが、亡くなる十年ほど前には時代祭も始まっている。

この版画はよく売れたようでここの他には、郵政博物館と東京都立図書館が所蔵するものがネットで検索できる。

明治天皇と昭憲皇后の雛人形などもある。
そうそう、ここではないがつい先般、薩長と岩倉らをモデルにした人形を見てぎゃっとなった。

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他に櫛笄簪のセットがたくさん並んでいた。
鼈甲や象牙のものより、螺鈿や蒔絵の方がわたしは好きだな。
セルロイドのものもあった。時代が生んだもの。

魯山人の器も色々と見ることが出来たのは嬉しい。椿の鉢や雲錦鉢がやはり好きだ。
それで偶然にも次の「ファッション史の」と同じ世田谷美術館でも魯山人のそれらを見たのだった。

こちらは前期のポスター。

どちらもよろしいなあ。
ここの所蔵する美人画をしんみりと愛でたいと思っている。


「ファッション史の愉しみ 石山彰ブック・コレクションより」
世田谷美術館でみた。
こらもチラシの威力にやられた。
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ファッションブックと浮世絵からピックアップされた群衆。
わたしは特に右下に注目したよw
トリカゴさんとギョッな人と。

最初のホールに何やら見知った方々がおいでやなと思ったら、神戸ファッション美術館ホマレのマネキンの皆さん方がずらり。いつもと並び方が違うから新鮮な雰囲気がある。
今回はどうやら大挙してこちらにいらしたようね。

マネキンが展示室の真ん中に集まり、その周囲の壁面にずらりと石山コレクションの膨大なファッションプレートが。これがもう凄かった。
時代の流れに沿って展示されているから、少しずつ様式が変化してゆくのがわかるのだが、わたしはただただ「うわーすごいすごいすごい」ばかりで意匠の細かい意味などは理解していないし、注意力散漫だから見ていても完全に見えているかどうかわからないが、とにかく優雅で素敵。
わたしは日本の服飾史はまだなんとか追えるけれど、ヨーロッパ、特にフランスの流行を追うには息切れするので、解説を読んで何とか理解しようとしている。
ロココ全盛期のマリー=アントワネットらの衣裳については「ベルばら」の昔から今の「イノサン」「第三のギデオン」などで勉強させてもらっているが、実際、この時代の貴婦人のファッションてムチャクチャですなあ。価値観が違いすぎてただただ驚くだけ。
そしてその反動が来るのがナポレオンの時代で、ジョゼフィーヌがファッションリーダーとして、体が楽で、ちょっとばかりゆるいような古代ギリシャ=ローマ風の衣裳を流行らせたのはやっぱり池田理代子「エロイカ 皇帝ナポレオン」で見知ったのだったが、展示されているプレートを見ても本当に随分な大変化だった。
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こういう帽子を見ると「アデルの恋の物語」を思い出す。イザベル・アジャーニのアデル・ユゴーは正気の頃はきちんと帽子をつけていた。

大体好きなのは1920年代以降。だからバルビエ、シャルル・マルタン、ジョルジュ・ルパープ、アンドレ・E・マルティらのファッションプレートにドキドキするのだ。
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とか言いながら日本のバッスルスタイルも楽しい。鹿鳴館スタイル。
マンガで鹿鳴館を描いたのを見たのは、上村一夫「修羅雪姫」だけだ。
あのマンガでは明治中期の婦人の洋装・和装、下着の形などもよく描けていた。
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フェルナン・シメオンのモード画を見ると、同時代の蕗谷虹児の絵を思い出す。
同じ時代の空気をパリで吸っていたのだ。かっこいいなあ。
やっぱりわたしは1920-1930年代のファッションがベストだ。
帽子もワンピースも靴の形も外套も何もかも。

コスプレをしたいのはこの時代と、それから飛鳥から天平まで。
膨大な資料にうっとりしているところは、やっぱりこんなわたしでも憧れがあるからだ。
「素敵やわぁ」と思いながら見て歩く楽しさは大きい。
とはいえ、自分の身に合うものは何一つないので、やはり虚構にすぎないと意識の底では思っているのだが。
醒めながら酔う心地よさ。
ファッションの展覧会にはそれがある。

わたしのサイズに合うように調整してくれるのなら、ポール・ポワレのデイ・ドレスを着てみたいと思っている。
間違ってもクリノリンに閉じ込められたくはない。
実物を見ながら薄い夢を想う。

錦絵もたくさん出ている。
おしゃれな明治の浮世絵を多く描いた周延、芳年の「風俗三十二相」シリーズ、年方の「開化好男子」シリーズ…
一部ずつではあるが、花を添えている。

年方の「開化好男子」は上級官吏、医者、豪商、紳士、法学博士、学生、若旦那、代議士、壮士などである。
壮士は麦わら帽子に高下駄に手ぬぐいをぶらさげているが、勇ましくてかっこいい。

楽しい展覧会だった。
それにしても石山彰という人は凄いコレクターだったのだなあ……

2016.3月の記録

3月もたくさんの展覧会を見た。
まだ感想を書ききれていないのだが、リストを挙げます。

20160304 カラヴァッジョ 西洋美術館
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20160304 原田直次郎 埼玉県立近代美術館
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20160304 「幽霊塔」 ジブリ美術館
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20160304 米谷清和 三鷹市芸術センター
20160305 春に想う 畠山記念館
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20160305 ガレの庭 東京都庭園美術館
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20160305 勝川春章 北斎誕生の系譜 後期 浮世絵太田記念美術館
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20160305 勝川春草と肉筆美人  出光美術館
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20160305 三井家のお雛様 三井記念美術館
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20160305 祖父江慎+コズフィッシュ ブックデザイン 日比谷図書文化館
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20160305 アントニン・レーモンド 教文館
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20160306 描かれた大正モダンキッズ「子供之友」原画展 板橋区美術館
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20160306 江戸時代の縁切り事情 板橋区郷土資料館
20160306 江戸の判じ絵と練馬の地口行燈 石神井公園ふるさと文化館
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20160306 国芳イズム 前期 練馬区立美術館
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20160310 六華苑 建築探訪
20160312 天理参考館の名品 天理参考館
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20160312 天理の建造物 建築探訪
20160312 お水取り 奈良国立博物館
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20160312 伊豆山神社の歴史と美術 奈良国立博物館
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20160313 花鳥賞玩 頴川美術館
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20160313 エヴァレット・ブラウン湿板写真展 「日本の面影」 竹中大工道具館
20160318 茶の湯の美、煎茶の美  静嘉堂
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20160318 ファッション史の愉しみ 石山彰ブック・コレクションより 世田谷美術館
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20160318 沖正一郎コレクション 鼻煙壺 松濤美術館
20160318 俺たちの国芳 わたしの国貞 ブンカムラ
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20160319 大和撫子のおしゃれ 櫛・簪・粋な女性たち 源吉兆庵
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20160319 製作と生きがい 清方の人生の岐路を追う 清方記念館
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20160319 雛人形 鎌倉国宝館
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20160319 幕末・明治のプロイセンと日本横浜 横浜開港資料館
20160319 貿易都市マニラの栄光 考古学が語る太平洋航路の成立と発展 横浜ユーラシア文化館
20160319 ウルトラマン 時を超える珠玉のストーリー 放送ライブラリー
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20160319 石 かながわの歴史を彩った石の文化 神奈川県立歴史博物館
20160319 スーパーフラット・コレクション 横浜美術館
20160320 ボッティチェリ 東京都美術館
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20160320 日本の美 奥の細道 切手原画 郵政博物館
20160320 1915-16 100年前の鷗外とその時代 鷗外記念館
20160320 応挙の花鳥図 ここはもう春です 東京黎明アートルーム
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20160320 国芳イズム 中期 練馬区立美術館
20160320 京に活きる琳派 現代作家200人による日本画・工芸展 日本橋高島屋
20160321 ピクサー スタジオ設立30周年記念 東京都現代美術館
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20160321 ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想 前期 府中市美術館
20160321 明治・大正・昭和の洋画 府中市美術館
20160321 両国・松山ビル 建築探訪

20160326 美術館花図巻 満開の花々 呉市美術館
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20160326 櫻井小太郎と呉まち 入船山記念館
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20160326 入船山記念館 建築探訪
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20160326 日米最後の戦艦 大和とミズーリ  大和ミュージアム
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20160327 実相院門跡 幽境の名刹 京都文化博物館
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20160327 池大雅 京都文化博物館
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20160327 雛人形・祇園祭「山伏山」の名宝 京都文化博物館
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制作と生きがい 清方の人生の岐路を追う

清方記念美術館に「制作と生きがい 清方の人生の岐路を追う」展を見に行った。
清方は人気の挿絵画家として働きすぎ、そのせいで神経を煩い、電車に乗れなくなった。
時機もあり決意も強く、清方はタブロー作家への道を進んだ。
最初に出した「曲亭馬琴」はあまりに芝居がかり過ぎているのがネックとなって落選したが、それでも熱心に描き続け、やがて大家への道を歩むことになる。
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その初期の時代の大作が並んでいた。明治の頃の仕事である。
チラシの左下にある女のうなじと襟足の絵はこれだけは昭和の作品で初公開のもの。
1939年、既に超一流の画家として生きていた時代の一枚。
モダンな着物にすっきりした夜会巻の女。

わたしは清方の作画の時期では大正年間の仕事がいちばん好ましい。

雑誌掲載の口絵がたくさん出ていて嬉しい。
小杉天外 魔風恋風 中編 口絵 1904 あら、清方もこれを担当していたのか。梶田半古ばかりかと。女学生の様子がやっぱり半古スタイル。
絵そのものは前から知ってたが、これが「魔風恋風」の口絵の一つだとは思っていなかった。

清方は半古を評価していたが、彼の仲良しの鏡花は半古が大嫌いだったという話もある。
1994年に奈良そごうで半古展があったが、以後はまとめてみる機会がないのが惜しい。

大正五年には「講談雑誌」で「清方画譜」という連載?があったようで、そこに選ばれた絵が何枚か出ていた。
こういうのを見るとやはり清方の絵の文芸性・ロマンティックさに惹かれているのを思い知る。
清方も功成り名遂げた後、「卓上芸術」を標榜し、人生の始めに手をかけていた挿絵、口絵、あの世界を懐かしく思い、楽しみのために物語絵を製作していった。
そしてそれらは珠玉の逸品として今も世に生きている。

對牛楼の旦開野 1913 付録の下絵と差し上げとが出ている。八犬伝の犬阪毛野が少女田楽師に変装して仇敵・千葉家に入り込んで「鏖」と怖い字を書いていたあれである。
ところでこの「鏖」という字は福本伸行「銀と金」にも出てくる。ミナゴロシ。陰惨な撲滅の言葉。

物集梧水「罪の女」の口絵がまたなかなかかっこいい。1907 布団の所で短刀を持つ女がキッと振り向くシーン。
時代から考えても「毒婦」と呼ばれる範疇の女かもしれないが、かっこいい。

村上浪六、柳川春葉、泉斜汀といった今ではほぼ別れられた小説家たちの作品のための口絵がいくつもある。
これらの絵を見ると、その小説を読んでみたくなる。
挿絵とは「文を読ませるためのもの」でもあるのだ。

広津柳浪「仇と仇」 これなども全く知らない作品である。ソファに座る女が着物の胸に手を差し込む、そのシーンを見るだけで「何事があるのだろう」と気になる。優れた挿絵にはそうして人の心を掴む力がある。
広津柳浪などは「変目伝」くらいしか知らないが、こうしたそそる小説が他にもあるのだ。
読もうにも青空文庫に「今戸心中」「昇降場」があるくらいで、大昔の文学全集でも探さないとむりだろう。
だがこうして清方記念美術館や弥生美術館のようなところがきちんと挿絵を守ってくれているので、全貌を知ることは出来なくとも挿絵・口絵からトキメキが生まれても行くのだ。

随分若い頃の作品で異常に巧いものが一つ出ていた。
「寺子屋画帖」である。これは絵巻風になっていて白描だが、動きもよくとらえ、さすが芝居好きだといつみても感心する。
芝居のシーンを描いて「巧い」と感じるのは清方と洋画家の牛島憲之と金山平三くらいかもしれない。
1889年。

1902年には「歌舞伎」誌の表紙・裏表紙を担当していて、意匠としてもとても見事なのを描いている。
それらが抽斗におさめられているので、そぉっと抽斗を開いてゆくのが楽しくてならない。
たとえば「牡丹燈篭」だとゆらゆら揺れる牡丹燈篭の半分と薄紅色の蓮とを描いていて、「…ああ」と予感もさせるわけだし、
「伊左衛門」を示すために留守文様のように紙衣と編笠を描いたりする。
こういうのが明治の東京下町の芝居好きのヒトのかっこいいところなのだ。

キューピーにエプロン。「春装」というタイトルが可愛い。この女のヒトのことを指すのか、キューピーを指すのかは知らないが、どちらにしろ二人とも楽しそうである。
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実は随分前にこの絵をブログで挙げたところ、卒論に使いたいから所蔵先を教えてほしいと言われたことがあった。
その人、うまく書けたろうか。

再び口絵。
江見水蔭「二人女王」 1905 琴を背負って野を往く女、鏡の前にいる女。この二人がその「二人女王」なのだろうか。
ドキドキするなあ。

小栗風葉「戀女房」 1902  椿の花を集めて糸でつなぐ。綺麗な絵。

清方は少女雑誌にもいい作品をおくっている。
「少女界」の表紙や口絵は石版印刷。

「新小説」の口絵には自転車に乗りながらパラソルを差す女学生を描いている。今ならたちまち警官に止められる。
1901. そうそうこれを見て井上ひさし「自転車お玉」を思い出した。

藤村「破戒」の口絵も描いている。初版というても自費出版だったそうだが、その次の次の年あたりに描かれているから、出版社から刊行されたものにつけられたのだろうか。

締切に苦しんだろうが、それでもいずれもいい作品ばかりで、特に口絵の良さは胸がうずくようだった。
「もっと見たい」と切望させられるのだ。
それこそが挿絵・口絵の使命である。
清方のこの分野の仕事はもっと評価されてほしいと思っている。

4/17まで。

茶の湯の美、煎茶の美

静嘉堂のリニューアルオープン展その2に出向いた。
3/21までだったので既に終了したが、終わりがけであってもいけてよかった。
「茶の湯の美、煎茶の美」
茶道具のよいのを堪能したのだ。
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昔の実業家は茶道具集めをするから当然ここも名品にあふれている。
百数十年後の我々は労することなく、目でそれらを楽しませてもらう。

世界に三点だけの曜変天目茶碗の一つ・稲葉天目がある。
きれいなものが更にきれいに見えるような配置で展示されている。

わたしはここの油滴天目茶碗が大好きで、今回もこのメタリックな様子を見せる朝顔型の天目茶碗を愛でた。

茶入の可愛いのがいくつも並ぶ。
唐物茄子茶入の通称「付藻茄子」と「松本茄子(紹鴎茄子)」は前にも見ていたが、その来歴を今回初めて知った。
大坂城が落城したときに拾うてきて、藤重父子に命じて継がせたそうな。
大坂城の落城で救われたのは千姫と徳川美術館所蔵の「出雲阿国絵巻」ばかりではないのだ。

茶道具の面白さの一つがその茶道具がたどってきた道を知り、逸話を聞くこと。
伝来の系譜を楽しめるのはとてもいい。

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唐物瓢箪茶入 稲葉瓢箪 南宋~元 この挽家が何やら凄い。人魚に羽人に躍るようなヒトに、とその線描も表現もRRR時代の武井武雄ぽいシュールさに満ちていた。
こういうのは不思議な感覚があって、妙に惹かれる。

青磁鯱耳花入 砧花入 南宋 なんとこれが全ての「砧青磁」の呼ばれの始まりらしい。
わたしなんぞ簡単にキヌタキヌタキヌタタヌキ…最後一つ違うの混じったけど、べたっとした青磁を見たら「ああ砧か」と思ってしまうが、そうかーこれがその…

珠光青磁茶碗 南宋 傷のような模様が入っていて、しかしこれが「美」であると言われると、「傷が美になる」という意識の変容の様子を目の当たりにすることになる。
わたしはそこにはまだ至れないが。

ふっと目を転じたら一つだけ茶碗が煌めいて見えた。
寄って行くとやっぱりノンコウのお茶碗。
赤樂茶碗 銘「ソノハラ」 ノンコウのを見分ける、というのではなくノンコウの茶碗の方がわたしを呼んでくれているのかもしれない。
ノンコウの茶碗を見ると、他への関心が薄れてしまう…

仁清のシリーズもの18揃いのを茶入をみる。湯桶、尊、瓢、文琳、茄子、柿、大海…
様々な形の茶入たちが福々しくその場にあり、とても愛らしい。

乾山のところのショップ(!)で販売されていたらしい銹絵染付春草図茶碗、可愛い。
ワラビにシダにスミレに、と乾山チョイスのツツマシイ系春草が描かれていて、いい感じ。兄貴のゴージャスさもいいけど、こういうツツマシイ可愛さにヤラレてしまう感性が日本人にはある。

蝶蒔絵平棗 塩見政誠 不白好みのを拵えた人で江戸中期の作というより、現代の蒟醤作家の作品に見えるようなカラフルな煌めきがある。
金銀・朱・緑・黄色などが乱舞する。

青磁鶴香合 明 龍泉窯 なんでやろう…妙に美味しそうに見えてしまう。
鶴を食べるのは江戸時代では正月の雑煮で、という地域というか風習があった人らもいたようだが、まぁ現在では不可能だし、食べる機会があってもお断りしたい。
なのに、妙に美味しそうに見える。これはあれかもしれない、銘菓の「つるのこ」だったか、あれのミントバージョンに見えるのかな…

原羊遊斎の大棗もある。不昧公好みというものですかな。

住吉釜 室町 芦屋釜で、文様として住吉が選ばれている。鳥居、松並木、白帆、反り橋。
こういうのを遠い地で見ると、また大阪に戻った後、天王寺か恵美須町まで出て阪堺電気軌道に乗って住吉っさんに行こう、初辰の日なら招き猫買うてみたい、帰りは寺地町のかん袋でくるみ餅を…と思うのですよ。

次からは煎茶道具なのだが、正直な話、ここで煎茶道具を見るのは初めてなだけに「おおっ」とばかりに目が見開いた。
急須型のもの、ポット型(銚)のものなど、可愛いものがずらり。
近年、出光美術館での山田常山展で急須愛に目覚めたが、ちょっと沈静化していたのに、この展示である。いきなり再沸騰してしまった。急須だけに再沸騰可能。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-2364.html

仲良く並ぶ二つの愛らしい銚にどきどきである。
松花泥茶銚 清中期-後期 松の実の殻つきみたいな。
朱泥茶銚 清後期 かいらしいのう。

朱泥の艶消しなのがまた可愛くて可愛くてならない。
煎茶道具には螺鈿や紫檀を使ったお盆などがあり、それがまた綺麗で。
わびさび、綺麗さびの茶の湯より、煎茶道具の方が好きなものが多い。

梨皮泥茶銚の8個組がある。「荊溪八仙」と名付けられていて、蓬莱島に住まう八仙に見立てられている。柿、菊、葵、雲、六角、水仙、稜花、カクカクした方式…可愛いてならない。賞翫したくなるものばかり。
これらは奥蘭田(おく・らんでん)が鳩居堂で購入したと説明があった。
後で調べたところ、奥は泉佐野の人で、旧幕時代から明治中期にかけて実業家として活躍し、目の確かな人であったそうな。

カクカクした方式茶銚は他にもあり、そちらはアールデコ風だった。

清にも急須はある。
白泥湯罐のそれ。4つほど可愛いのが並ぶ。
宝珠、南瓜、椎殻、滴露子、平太利…可愛いなあ。

白磁茶銚もいい。本当に白い。

道八が絵を入れたのもある。
白泥色絵虫図急須 バッタ、キリギリス、蝶々らを金彩で描く。

湾曲した長方形の仙媒というのがあった。お茶の葉をはかって、急須に入れる道具だという。どう使うのか本当のところはわからないが、どうも形を見ると乾いた方の八つ橋。あのお菓子を思い出す。
更紗カバーと共に展示されているのも素敵。

海鼠釉水注のいいのがあった。清後期で宜興窯のもの。どうも今回の煎茶道具でいいいいとわたしが思うのは全部ここの窯のものばかり。
とても綺麗な青だった。

柱掛けがある。「閑夜酒醒」童子図柱掛 小川破笠 久しぶりに破笠の細工したものを観ると、やはりいいなあと思うばかり。団扇を持ったまま居眠りする坊やを、衝立越しに芭蕉の葉っぱが覗く図。いい感じ。

錫提梁式茶罐 清中期 蘇軾、黄庭堅の詩が書かれている。錫も使われるのがいい。

煎茶の会ではエキゾチックなものが喜ばれたようで、華やかな更紗や刺繍のカバーがいくつもある。
どんな手蔓で手に入れたかウズベキスタン、インド、ヨーロッパの刺繍や更紗のカバーが煎茶会のときに使われた。
エキゾチックで素敵な布ばかりが集まるのを見たら往事の楽しい、華やいだ気持ちがこちらにも移ってくるようだった。

いい展覧会をみた。
なかなか思った時期に行けぬし、遅く行って感想を挙げることが遅れることも多いが、それでも書けてよかった。
いいものを見せてもらったことに感謝している。

旧呉鎮守府司令長官官舎 その1

良い建物を紹介する。
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この案内を基にしてください。

旧呉鎮守府司令長官官舎
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屋根はスレートぶき。

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中に入るのは奥の日本家屋から。
土間に残る煉瓦。IMGP0022_20160328125812741.jpg

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鳳凰の欄間

洋館へのアプローチIMGP0027_20160328125833664.jpg

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家具も素敵。
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模型もある。
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玄関回り
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いよいよ金唐紙の威力が。
以下、続く。

旧呉鎮守府司令長官官舎 その2

金唐紙は再現。素晴らしいクォリティ。

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アーツアンドクラフツの流れを引いて、アゲハチョウなどのモチーフもある。

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天井もまた再現。
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或る日の昼餐会メニュー
シチュー、ローストビーフ、タピオカプリンなどなど…いいなあ。
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日本家屋をみる。
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再び戻る。
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廊下から庭を見る。桜が満開。
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今度は白帆と松林の欄間
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ふとみればこんな可愛いのもある。
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和洋のみごとな建物。

入船山記念館あれこれ

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スレート屋根の見本。
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これです。IMGP0080_20160328130258e15.jpg

資料を見てゆく。櫻井小太郎の建てた他の建物など。
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日本の金唐紙の再現の第一人者のお仕事の紹介。
みんな行ったなあ。いつかまた挙げようかな。
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椿も咲いている。IMGP0081_20160328130300ec3.jpg

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火薬庫だったところ。寒いのなんの…
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燈籠もある。IMGP0084_20160328130304cac.jpg

「入船山記念館」の門。
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東郷平八郎の別邸。
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あちらこちらのおひなさま

もう三月も終わりだが、この時期には各地でお雛様の展覧会が行われる。

こちらは鎌倉国宝館のお雛様の展示。
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入ってすぐの右側全域はいつもの神仏連。コワモテさんが多いですね。

で、左側に広がるのがお雛様と眷族とお道具などの愛らしいもの。
いいなー、こういう対比も。

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鎌倉を始め近隣の方の旧蔵品を預かってこうして展示する。
いいことだなあ。
享保雛の昔から古今雛、内裏雛、そして関東では珍しい御殿雛まである。
御殿雛は手の込んだことに中で電灯がつくようになってる。すごいな。
雛道具も愛らしいものばかり、つまり手の込んだものばかり。
特に陶磁器とガラスもの、錫もの、漆器などはそのたまらない愛らしさにくらくらするね。
小さなものは撮影しても、すればするだけある種の虚しさが湧いてくる。
つまり自分の目で見る以上の良さを再現できない。
綺麗だなと思ったものでもやはりこればかりは現物を見ないといけない。

御所人形もあり、中には仮面をかぶったり外したりするものもある。
よく出来ている。これで思い出すのが「リカちゃん人形」シリーズのパットちゃん人形。
パットちゃんは歌手でもあり、くるりと首を回すと変身も出来たはず。
いやーよく出来てます。

いいものを見せてもらいました。

次に京都文化博物館のひな人形。
こちらは毎年展示。吉川観方コレクションがメイン。
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やはり享保雛があるが、こちらは元禄雛ともいうと説明を読む。
立雛がけっこうある。
以前物凄いとしか言いようのない展示の仕方をしているのを見たが、あれはひな人形ではなく情死人形とでも言いたくなるような様相を呈していた。
さすがに近年はもうそうした展示の仕方をやめているが、あれは一体なにを思ってあのような展示の仕方をしたのだろう。
今思い出してもぞくぞくする。
2004年の話。もう二度とあの光景にはお目にかかれないだろう。

大礼雛 昭和2年のね。一目でわかる丸平の人形。この三人官女がまた綺麗で。

衣裳人形では母と娘、娘が犬と狆(狆は犬とは別種と考えられていた)と一緒のものなど、今回初めて見るものが出ていた。

御所人形はもう相変わらずめんこい。中に坊ちゃんがりの子がいて、金色の鯉(タイではない)を抱っこしているのが特にかわいかった。
他に小さな鹿の人形たちがずらりと並ぶのもよかったし、木地師がこさえたような木の食器もあった。

こちらは4/3まで。

三井記念美術館も恒例のお雛様。
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歴代の夫人方が大事にしてきたお雛様。相変わらず豪奢で見事でしたな。
特に五世丸平の特別制作のそれが群を抜いて豪華。

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優雅でしたなあ…

ここではほかに水野年方の「都のにしき」が出ていた。年方の絵もなかなか見る機会がないので嬉しいね。
茶道具もあり、三井のご婦人方がどのような愉しみ方をしていたかがしのばれて、よいものを見たなあとしみじみ。

やはりお雛様はよいものですな。
うちのおひなさまは旧暦まで飾っております。

大和ミュージアムで見たもの

この展示を見て、平和を希求する心がいよいよ強くなったことを感じる。
もう二度と「英霊」を生み出してはならない。

戦艦大和の1/10スケールの模型。
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呉が軍港だったことを示す資料を色々と見る。
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戦艦金剛のボイラーの再現 巨大だなあ。
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他の戦艦など。
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マケットIMGP0109_2016032813043005a.jpg

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博覧会もあったのだな。
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大和の図解
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他の船たち
墓碑銘を見るようでつらい。
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艦載機というのか、ゼロ戦。
ジブリの「風立ちぬ」を思い出す。
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最後に上から見た戦艦大和
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「平和であること」を守るためのミュージアムだった。
戦争は何もかもを失くしてしまうのだ…

応挙の花鳥図 ここはもう春です

東京黎明アートルーム「応挙の花鳥図 ここはもう春です」3/10-3/25
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2週間ばかりの短期間とはいえ、見に行けてよかった。
東中野から徒歩8分くらいか、初めて行った。
京都の黎明さんの方には秋になると行っていた。何故か秋、なぜか琳派ばかり。
こちらは常設として古代からのやきものや仏像などもある。

入るとすぐにインド・マトゥラーの如来と12人の供養者の石造彫刻が横に長く伸びていた。
両端に怪魚マカラの巨大な姿があり、中央に釈迦、左右に元気そうな12人の男たちが彫られている。
手に手に何か持っている。足も挙げて元気そうである。こんな彫刻を彫ったのが柱や梁に使われていたのだ。

中国と日本の古代から近世までのやきものがある。
青磁蓮弁文六耳瓶 中国南北朝 これは斜めから見ると玉虫色にも見える綺麗な釉肌をみせていた。

青磁蓮弁文合子 岳州窯 五代 蓮と言うより桜のような形である。可愛い。

青磁刻花牡丹文合子 越州窯 11-12世紀  丁寧というより複雑な線描をみせる。きれい。

青磁輪花鉢 二口 耀州窯 11-12世紀  六花弁が可愛い。

越州窯、燿州窯のいいのが出ていた。
正直なところ他に類品を見ていないものを見ると、さすがやなと思いもする。
いい眼を養うにはやはり、などと色々考える。
青磁のいいやきものが揃っているのは嬉しい。
優美なものばかりだ。
「人生は芸術である」という言葉を大切にするとこうした眼を大切にできるようになるのかもしれない。

澱青釉または月白釉、その美しい釉薬のかかったやきものをみる。北宋から金に生まれた二点がある。鈞窯。

日本のやきものは信楽、伊賀、美濃などの古い土地のものから伊万里、鍋島の美麗なものが並んでいる。
鍋島も松ヶ島様式のものばかりで、これらは初期の様式。完全な洗練には至っていないが、優雅な面持ちを見せている。

鼠志野秋草文鉢 美濃 16-17世紀  愛らしい。

色絵芭蕉文台鉢 伊万里・九谷様式 1650年代  地は緑に黒の撫子柄がみっしり。縁周りは黄色・茶のナナメ縞(日足文)。
たいへん優雅でしかもモダン。

色絵花文瓜形小皿 鍋島(松ケ谷様式)1650年代  黄色地に白梅。キュート。

ふとみれば竜の文様を描いたタイルもある。どこかで見たなと思ったら西本願寺の陶板のそれ。どこをどう流れてきたのだろうか。

乾山の菊文様皿もある。これは詰め込み菊と勝手に読んでいる。
吉田屋の九谷焼もある。

いろいろいいものを見れてよかった。

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次の部屋では仏像が。
兜跋毘沙門天立像 唐代  紅砂岩だからやや赤い。トルファンに伝わる伝説の毘沙門天。なかなかかっこいい。足元には何もない。消えてしまったか砂に埋もれてしまったか。

クメールの菩薩がある。バイヨン様式。花柄の印刻スカート。ジャヤヴァルマン七世の妃の面影を写した、という話もあるそうだ。左肘はないがとても優雅な像。
ジャヤヴァルマン七世と言えば最大の王だったそうだが、彼に栄光と破滅とを与えたのは蛇姫ナーギだという話もある。高階良子「ナーギの塔」を思い出す。

舎衛城の神変 アフガニスタン 3-4世紀 これもまたいい。釈迦にブラフマンにインドラもいるそうで、物語のクライマックスとでもいうべきシーンらしい。

焔肩仏坐像 アフガニスタン 3-4世紀 お釈迦様の肩から炎がメラメラ。足元からは水ジャーーーっ えーとこういうのはマッチポンプ??

持蓮華菩薩立像 パキスタン クシャーン朝 ああ、綺麗でいいわ…

佛三尊像 パキスタン クシャーン朝  左右は「やぁ!」と「よっ」の二人。中のヒトの螺髪は@@形。

平安時代のお地蔵さんがいた。優しいお顔である。小柄なお地蔵さん。こちらもほっとする。

応挙 花鳥図 チラシの絵である。牡丹に木蓮に瑠璃鳥。他の小鳥もいる。ああ、ほっとする。小鳥たちの元気な様子がいい。そう、春になると元気になる生物は多い。

梅逸 植虫図  こちらは太湖石に牡丹に黄薔薇。アブも飛ぶ。タンポポ可愛い。梅逸らしい春の色合わせ。

蕪村 山居訪隠図  月下に二人。縦長の画面。

蕪村 松渓月夜之図 松がざわざわ。安永四年である。伊勢の「へんば餅」の創業年である。赤福は宝永年間。へんば餅もおいしい。

二階に上がる前に六田知宏の写真を見る。ナマナマしさを感じる。これは東北の青い長靴だろうか…

二階にはアンコールワット様式のブッダ坐像がある。ナーガに守られて座禅中。

雪村 山水図 墨の濃淡を活かして遠い山の中の空気を再現する。

池大雅 春江閑釣図 柳がほろほろ。小舟もよく、亭もよく、のんびりした空気感がにじみ出ている。

なんだかとてもほっとする展示だった。
なかなか東中野には来れないが、またここへ行きたいと思う。

呉市に遊ぶ

呉に行った。何年ぶりになるのか、本当に久しぶり。
今回の目的は入船山記念館など海軍関連の建物を見ることと大和ミュージアムに行くことで、時間はそうたいしてないが、まあ楽しもう。
ところで「」という字をよく見ると、ハローと手を挙げているような姿に見える。
バイバイにも見えるしファイティングポーズを取っているようにも見えるが。

呉は軍港だったのでその関連施設は今も生きている。
海自の施設になって大事にされている。

とりあえずわたしは入船山に行くことにしたので観光案内所のひとに聞いてから出向いた。
呉阪急ホテルの横を歩いて、橋を渡って・・・
おっ
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なんかよくわからんがかっこいいぞ。

さて道を軽く曲がって、「←入船山」の表示を見つけた。
そこには赤く塗られたモダンな建物があった。
海自の建物で、やはり戦前のもの。
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道なりに坂を上ると彫刻がずらりと並ぶ。こういうのもいいな。最近はネットで後ろからの彫像の写真が流行っているが、ここではナシね。

海上自衛隊音楽隊の看板が掛かる建物の端には無用門があった。同じ色で統一されているのはいいな。
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建物を用途別に色分けしているのはマカオで見たのが最初だったが、あれはいいと思う反面、まぁ問題もあるかも知れない。
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先に呉市美術館に入る。ここは1982年開館でその時に建てられた建物なのだが、階段だけがどうも一昔前の風格を持っていて、ある種の違和感が強い。これだけ持ってきたのですか、と尋ねたらそうではないという。
瓢箪型の装飾のついた見事な階段で親柱も可愛い。

展覧会の感想は別にする。こちら

そうそう正岡子規の句碑があった。クリックしてください。
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入船山記念館へ。
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ここは撮影可能なのでパチパチ撮り倒させてもらったが、自分の撮ったものはまた別項で挙げるが、とりあえずこういうところだとご紹介。
いいイラストもある。
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わたしが以前に行った時よりずっと綺麗になっているし、いい感じの展示も多い。
クイズラリーもしていて楽しかった。

今回はこの展覧会を見ようと思って呉ツアーを思い立ったのだ。
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櫻井小太郎ね。つい最近も見てきたのでいいタイミング。
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こんな資料もある。
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火薬庫も展示室になり、入るとひんやり。
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素晴らしい建物でしてね、わたくしもパチパチ撮り倒したので、それはまた後日。
なおクイズラリーに合格したのでご褒美を頂きました。
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さて、東郷平八郎の離れに来たとき、ボーイスカウトの少年らがいるのに気づき声をかけると、遠足で来てたみたい。
「大和ミュージアムへはどういったらよいですか」とわたしが尋ねると、中の一人の少年がたっと走り出て、道路の確認をし、戻ってきて的確な道案内をしてくれた。
さすがボーイスカウト。確認・報告がきちんと身についている。わたしも丁寧にお礼を言うてそちらへとことこ。

というが、先にお昼を食べに行きます。
海自の建物はいいなあ。初めに見たのをもう一度見ておく。
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思っていたのが呉れーめん発祥の珍来軒。しかし!まさかの改装工事中、がーーーーーーん。
で、れんが通りの一軒に入って軽く食べてから、呉の人々のソウルフードの一つ福住フライケーキを。
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これは揚げたてのアンドーナツ、サーターアンダギーの仲間なんだが、あまりに美味しくて、二つぺろ。
あとの三つはお土産にしたが、まあ実に美味しかったです。
はっきり書くけど、生まれてからこれ以上のアンドーナツは食べたことがない。
ああくらくらした。

橋のたもとに咲く。
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大和ミュージアム。これがまた素晴らしすぎた。
こちらも撮影可能な常設をぱちぱち撮り倒したので別項。
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先に特別展に入る。
「日米最後の戦艦 戦艦大和とミズーリ」
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船は好きなんだが、わたしは戦前の豪華客船一辺倒なので戦艦はなあ、と思いつつも見に入り、大和と共に沈んだ日系アメリカ人青年の生涯を紹介する展示に涙腺が崩壊しそう。
そう、こんな立派な戦艦拵えても戦争で死んでちゃなんにもならない。
戦う船として生まれてきてても、実際に戦ってはいけないし、また戦う前に沈んでたら勿体ないし、ああ、もうやっぱり船が可哀想で仕方ない。

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大和と共に海に沈んだ乗組員一人一人の名前や写真の展示を見るといたたまれない。
やはり平和を守らなくては、9条を大事にしなければならない。
こうした人々の犠牲の上に現在の平和日本があるのだから。

常設展もたいへんよかった。
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1/10の立派な大和の模型があったり、金剛のボイラーの再現があったり。
うわーっと圧倒されたよ。
呉という町がいかに技術の最先端の現場だったかを知ったね。
そしてやはり平和の尊さについて思いをはせた。
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子どもの頃、少年誌のグラビアに戦艦大和の細かい大解剖が載ってた。
大伴昌司ではないと思うけど、そのあたりはわからない。
そこに「大和ではいつでもタダでアンパンが食べれる」とあって、無料自販機?に憧れたもんでした。
そしてわたしは本放送ではないが再放送で「宇宙戦艦ヤマト」を見ていたので、第一話に戦艦大和が呉から出港するシーンをよく覚えている。松本零士アニメなのに、そこにいる人々が水木しげるキャラになってるなあと子供心に不思議に思ったのだ。

鉄のくじらへは時間がなくて行けなかったし、土曜なので旧鎮守府庁舎にも行けなかったが、いいツアーになった。
また行きたいと思う。
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ところで呉はパイナップルケーキが名物なのです。
ツイッターで教えていただき、喜んでおりました♪
今度は珍来軒にも行くぞー!

港には船がいっぱい。
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おお、冒頭のあれはこれでした。
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また来よう。

呉市美術館コレクション展「美術館花図鑑 満開の花々」

呉市美術館に入った。
中に入るとかなり大きめのマイヨールの彫像。
大中小と見てきたがこれは最大ですな。
そして「美術館花図鑑 満開の花々」展をみる。
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チラシの上は前期のみ。残念、今は後期です。
下の馬渕聖「卓上芳春」は木版画。多色摺り。マスクメロンの地のような、もしくはマス目のような感じが面白い。

絵は古いもので1924年の南薫造「こでまりのある静物」から19991年の新延輝雄「春昼」までが並ぶ。
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南の絵はもう一枚ある。
庭 1947 紫陽花の咲く庭にロッキングチェアがあり、おかっぱの幼い少女が寝そべっている。日本の洋画が成立した後の絵。安心してみていられる。

水谷愛子 人物(夏) 1975 いかにも70年代サイケなワンピースの人物の左右に可愛らしい黒猫とオレンジ色の猫がいて、彼らの愛らしさに目がいってしまった。

益井三重子 華 1993 これは黄色のワンピースを着た雅子妃殿下。愛犬のショコラと一緒の姿である。

小絲源太郎 とのぐもり(梨の花) 1971 藤棚のように設えられた梨の木、白い花が咲いていた。少し奥に民家がある。
全然関係ないが、やまだないと「ペパロニ・ウェスタン」の中で「リカ」と名乗る少女が主人公らに「梨の花って書くの」と教えるシーンがあるが、アホな主人公らは「ナシって漢字あるんか」「アホか、ナシは昔からカナじゃ」
…このシーンが忘れられない。

川口軌外 花 1952 ああ、青に薄い赤が使われているあたりはやはりシャガールの影響が強い。

森田曠平の版画があった。エッチング、アクアチントなどで京都の女を描いたもの。
大原女(谷の道)1984 これのみリトグラフでルネサンス風な横顔。
洛北少女(椿) 1983 黒の中に浮かび上がる白川女。手に白椿を持つ。とてもかっこいい。
夏 1984 手ぬぐいをかけた横顔。朝顔をみつめる。
舞子(弥生)1984 舞妓ではなく子表記。舞妓の横顔が静かに美しい。

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水谷愛子の素描がたいへんよかった。
特にチューリップがいい。虹のような展開を見せる。こうした素描にときめく。

新収蔵品の中に前掲の新延輝雄「若い女」1958 があった。きれいな女。きりりとした厳しい顔つき。シャープな線がいい。

ほかに一枚だけルノワールがある。
麦わら帽子の少女 1885 白を基調とした作品で、顔立ちもはっきりと描かれた少女がいる。
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白だからというわけでもないが、どこかほかの色を拒絶するような風情がある。
まだ本当は未完成だったのかもしれない。豊かに彩色を載せられることで硬い表情が明るくなるのかもしれない。
しかしルノワールはそれ以上の彩色を止めてサインを入れてしまった。
少女は永遠に未成熟なまま硬い表情を崩さないだろう。

この美術館には森田の「善知鳥」もあるようで、いつかそちらが展示されれば見に行きたいと思う。
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3/28まで。
 

描かれた大正モダン・キッズ 婦人之友社『子供之友』原画展

板橋区立美術館の 描かれた大正モダン・キッズ 婦人之友社「子供之友」原画展はとてもいい展覧会だった。
1910年代から1940年代の日本の子供たちを喜ばせ、新たな知識を与え、暖かな希望を持たせた本。
わたしもこれまで何度もこの時代の童画の展覧会に行っては幸せな気持ちになった。
今回もとても嬉しい。
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1.『子供之友』の誕生と歩み
北澤楽天の活躍をスルーすることは出来ない。
1910年代は北澤楽天あっての『子供之友』だったのだ。
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表紙絵のこのわんことにゃんこは別な月にも登場していた。

明るく楽しい絵の多い楽天。
誌上で人気のキャラクターを作った。
優秀な子の甲子・上太郎、普通の子の乙子・中太郎、悪い子の丙子・下太郎。
この三組の子供らの活動を面白おかしく描いている。

表紙絵がずらりを並ぶのを見ながら明るい楽しさを見出した。
そしてその同時代、竹久夢二が愛らしい童画をよせている。

1920年代になると村山知義の台頭がある。
オシャレでシャープな村山。
そして亀高文子、小寺健吉も登場する。
1930年代には再び夢二が登場する。
だが雪道を行く少女を描いたその表紙絵が世に出たその年、夢二は世を去る。

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2.北澤楽天
このコーナーでは1910年代の『子供之友』で大活躍した楽天の特集をみる。

ダックスフントの「ポンコ」のユーモア漫画が掲載され、ちょっとどんくさいポンコは人気者となる。
「ポンコはおあずけ」をみると、食欲旺盛なポンコは自らのドジの落とし前をつけるためおあずけを喰らい、しょぼんとしてとうとう泣いてしまう。可愛いなあ。

猫の子の行水  懐かしい。この絵は1991年の西宮大谷記念美術館「子どもの本 1920年代」展で初めて見たのだ。絵葉書は今も手元にある。百年前の子供らへ明るい笑いを贈る楽天。

ユーモア作家の楽天の絵は可愛らしさの方が先に立つ。

ネコの国の幼稚園 これも可愛いなあ。この絵葉書も前に手に入れたもの。

楽天は猫ばかりではない。
うさ吉と狼、ねずみの学校、熊太郎の花火などなど…
どうぶつばかりというわけでもない。

胡瓜と糸瓜のけんか  キュウリとヘチマのケンカ、ですがなwいいなあ。
関係ないがユーリ・ノルシュテイン「アオサギと鶴」を思い出した。

所々にポンコの奮闘する姿も見える。「ポンコと鯉」「ポンコのちえなし」などなどポンコのドジや懸命な姿がいい。

クマのお正月、うぐいすのコーラスも可愛い。この二枚とはもう四半世紀の付き合いなのだ。
リスの宿屋も泊まってみたい。
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一方で歴史や伝記ものも描く。
ジュリアス・シーザーの凱旋、立太子礼、子供の頃の道真…
ちょっと前までの子供向けの本には必ずこうした歴史もののグラビアなどがあった。

この時代は大大阪時代でもあり、煤煙を繁栄の標とも見ていた。
だからか「星の子を案内しました」で日本各地を描いた中で大阪は煙だらけになっていた。
いかんのう。

最後に1919年の12月号。
動物の町の年の暮  ここでは数の子、ごまめなどを売り買いするどうぶつたちの姿がみえる。
ウサギの餅などは浮世絵時代どころか古代からそう認識されている。
年の瀬の買い物のあわただしさとわくわくする気持ちがよく出ている。

3.竹久夢二
夢二の美人画よりわたしは童画の方が好きだ。童画とグラフィックアートが素晴らしいと思っている。
夢二も子供の読者のためにいい作品を多く世に送った。

水族館を描いた絵には枠外に印刷業者に対して色指定を細かく指示しており、丁寧な仕事ぶりがよくわかる。

夢二の童画には美人画同様どこかせつなさが漂う。
金の馬と兎馬 うさぎ馬とはロバの事。どこか哀しいような目をしている。

ところで第一展示室と第二展示室の間の広間では子供のマネキンが立っていて、それぞれ愛らしい洋服を纏っている。中には大人のわたしが欲しいと思うようなのもあった。
それらは夢二、村山知義の描いたモダンな洋服を立体化したものだった。
2人ともおしゃれなセンスを持っている。

4.創刊から1920年代初めまで
季節に合わせた絵が集まっていた。

楽天「サンタクロース」、夢二「お雛様」、栗原玉葉「かるた会」、岡落葉「落葉たき」、亀高文子「春の音楽会」、嶺田弘「ツツジの名所 日比谷公園」、田中良「ふゆの子どもたち」などなど。
田中良は「第二の接吻」の挿絵などでも有名。
近藤浩一路「江戸の大火事」、君嶋柳三(太田三郎)「お花見」といった高名な画家たちもいい絵を描いている。
いずれも水彩。

「子供之友」では仕掛け絵本もたくさんあった。
その様子を映像でもみれる。
今浦島、猫のレース、三保の松原の天女などなど…
羽衣を見つけた男の台詞がいい「エライキレヘナキモノダナ」

5.大正13年3月号
1924年のこの号の特集である。
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(この表紙絵は近年の復刻の際にも使われていた)

村山知義が表紙・裏表紙絵を描いている。
この号ではほかに数点のカラーものを描いている。
中でも「東京のまちの馬」はこどもがおもちゃの馬を引いて歩く姿を鳥瞰的視点でとらえ、面白い。
亀高文子、武井武雄、岡本帰一、本田庄太郎、ルビエンスキーらの優しい絵はいずれも水彩とインクの併用で描かれている。

6.武井武雄
いよいよRRRの登場である。
不条理で、そのくせきちんとした(だからこそシュール)作品群が集まっている。

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1926年からRRRサインが入りだす。
そういえば「ラムラム王」はどこの雑誌で連載されたのだろう。

1920年代の武井の絵は村山と共に非常にシャープでモダンなものだった。
上に挙げたのは「リンゴの皮むき」と「ゲベルベット」。

1937年に描かれた「すねてるお靴」は与田準一の詩にあわせたもの。
絵がだいぶ変わっている。

7.村山知義
以前からこのブログ上で何度も言明しているように、わたしは村山知義の童画ファンである。
童画の次に彼の小説「忍びの者」が好きで、次が彼のモダンダンス。マヴォはそれより後。
「すべての僕が沸騰する」展でもやっぱり童画を第一に楽しみにしていた。
当時の感想はこちら
やっぱり今と同じことを書いている。

今回も「三匹の小熊さん」、「リボンと狐とゴムまり」、「あめがふってくりゃ」など親しい作品が集まっている。
こぐまさんの映像がないのは残念だが仕方ない。

「川へおちたたまねぎさん」は妻のかずこの童話にあわせた絵。
わたしは童心社「おはなし、だいすき」でこの話を知ったが、今に至るまで好きな童話の一つ。
尤もその本での挿絵は北田卓史で、そちらもとてもよかった。

ああ、やっぱり村山知義は「TOM」さんの作品がいちばんいい。

8.1924年から1943年まで
多くの画家が参加している。

清水良雄、深澤紅子、山本鼎、三岸節子、川上四郎らの絵が並ぶ。
山本鼎は版画家、節子は洋画家で、節子は当時は生活のためになんでも頑張っていた頃だった。
とはいえ手を抜くようなことはせず、子供相手の本だからと自分の画を変えることもない。その見識は偉いと思う。

川上四郎の田舎の絵、本田庄太郎の可愛らしいサンタさんの絵、ノスタルジーに胸を噛まれる。
RRR、TOMにはないそのノスタルジー。

雑誌の最後を飾る時代の絵たちはいずれもよいものばかりだった。

9.甲子・上太郎
冒頭に挙げたあの「よいこ・ふつうのこ・わるいこ」のシリーズである。
楽天、帰一、村山、紅子、河目悌二らが描いている。
遠足、お風呂などの様子も三組ずつ丁寧に違いが描かれていて面白い。

付録もいくつか並んでいた。
楽天の桃太郎双六では鬼が島植民地万歳という笑えぬ言葉も入り、君嶋の空中旅行双六にはビキニスタイルの織姫も現れ、夢二のおとぎの国廻り双六ではウサギとカメの地名が「亀原」などとつけられていたりで、とても楽しかった。

展覧会は3/27まで。
なおこの後、刈谷市美術館、兵庫県立歴史博物館に巡回する。
いずこも少しずつ変わるという噂があるので、三館ともまわってみたいところである。

教文館で見たアントニン・レーモンド展

既に終了したが銀座・教文館でアントニン・レーモンド展が開催されていた。
尋ねてみると驚いたことに撮影可能であった。
貴重な資料を惜しげもなく撮影させてくださる主催者様に感謝しつつ、レーモンドの設計した様々な建造物の写真や図面などを見て回った。
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ただ、あまりに膨大な資料である。
撮影可能だとはいえ自分のスマホで撮れるものでは限界がある。
レーモンドに対しても失礼ではないかと思い、途中であきらめた。
よく出来た、その上安価な図録が販売されていたのでそちらを購入した。
とはいえ、やはり一心に写した時にはレーモンドへの敬慕の念があり、感謝の想いが胸にあった。
たいしてうまくもない写真群だが、挙げてゆこうと思う。

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模型もある。
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最後の写真だけどうしてか回転してくれない。申し訳ないが、このままとする。

本当にレーモンド建築と言うものがいかに日本の都市風景を形づくるのに不可欠だったかをこの展覧会で思い知らされた気がする。
以前にも鎌倉で企画展を見ているが、あのときよりも理解度が進んだように思われる。
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レーモンドの建てた教文館でこの展覧会を見ることが出来て、本当に良かった。

両国 松山ビル

3/21でもう見納めとなる両国の松山ビルに出かけた。
いつでも見れるだろうなどと甘いことを考えていると、こうした憂き目に遭う。
大勢の方が見学されていた。

外観一部
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玄関
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階段の親柱
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見上げるとIMG_20160321_164823.jpg

見づらいが。IMG_20160321_164843.jpg

廊下IMG_20160321_164859.jpg

外からは分からないが中からは可愛い。
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階段の空間を見上げる
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廊下
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ステンドグラスはまだまだ続く。随意に入れる。
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ちょっと屋上へむかうと水場の跡が。
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階段の空間を見おろす
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カーテンボックスも可愛い
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ドアの向こうには
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外観
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隣家IMG_20160321_164640_20160323135208c34.jpg

その境目
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3月の東京ハイカイ 後半の記録 その2

続き。
東京サブウェイチケット使います。

上野に出た。九時半に都美に入ったが随分な行列でバルテュス展の最終日を思い出したわ。
まぁでもボッティチェリ展再訪なのだよ。

見事に前回と同じ感想を抱いたな。リッピがたくさんあって嬉しいとか、ボッティチェリ描く少年・聖ヨハネがいずれも美少年だとか、ほぼ同じ書き方でメモっておりました。ははははは。

スカイツリーに行きましてな、郵政博物館で「奥の細道」をテーマにした原画展を見たのです。
自分が今も気に入って保管している切手もこの中にあり、楽しく眺めた。好きな俳句もいい字で書かれているし、きれいな絵が「奥の細道」の各地・各句を想起させるのも楽しい。

実はスカイツリーではいつも行くお寿司屋さんがあるが、お昼だから今回はやめて、今まで行ったことのない三階のイートインに行ったのだが、これがまたタイミング悪くモノスゴイ人だかり。イヤー参った参った。
柿安のハンバーグセット食べておいしかったけど、これはいかん。
しかも場所がやたら遠いしね。
地下鉄に乗ろうと二階へ降りると、あちこちのテーブルで買ってきたものを食べている人々が。
三階の状況を思うとこっちの方がいいかもな。今度昼に行ったらこれもありかも。
夜はここの七階。

北千住でちょっとオタオタしてからようやく千駄木へ。
鴎外記念館。百年前の新聞が面白すぎて読みふけってしまう。
新聞は数種。それぞれにいろんな鷗外の記事がある。
小説の連載や色んな事象に対するコメントや、新刊宣伝や軍からの進退とか色々あり、一般ニュースもまぁこれでもかと載り、更にはヒゲタ醤油、太田胃散の広告も確認したよ。
まあ本当、百年前の様子がイキイキと再現されるよう。鴎外のまっすぐな怒りや温厚さが読み取れるナマナマしさもいい。
ああ面白かった。
ここへ来るようになってから鷗外が遠い人ではなくなってきたなあ。

湯島で地上に出て御徒町へ。この辺りもこうして歩くと面白い。
東中野へ向かう。都庁前で乗り換え。
・・・すごい差異のある町やな。

黎明会のミュージアムへ。
京都のは行ってたけど東京のに来るのは初めて。
中国の陶磁器のいいのやインド=マトゥラーの石造彫刻、縄文から平安佛まで色々見どころの多い展示。
応挙もよかった。それから岡田茂吉の書で「月」を書いたのが、桂離宮の「月」の引手とよく似ていてよい字だと思った。

練馬経由で中村橋。「国芳イズム」中期。こちらも大変面白い。大いに遊べましたな。
じっくり楽しんで、機嫌よく退出したらもう6時。ここから両国はムリなので日本橋へ向かう。

車内で何気なくTLに流れてきたエストニアのアニメ「ビッグ・ティル」と再会する。
あれは90年代初頭に当時VTRを個別で見るスペースのあった京文博で見たのだわ。
懐かしい。


現代の京都画壇や京都で活躍する工芸家の人々の作品を見る。琳派とリンクするもの、ということでね。
京都文化博物館に収められている作品がずらり。
これをみていて非常に難しい状況を感じる。
古典に倣う技法のものは優美だが旧くなり、新規のものはただただ荒れているようにも思える。
難しい限り。

今日は蛇骨湯という天然温泉に行くつもりで銀座線に乗ったら、なんと隣席の女の人が蛇骨湯の地図を調べたりナンダカンダしていてびっくりした。
えー凄い偶然。
とはいえそのひとは田原町で降りずまだ乗っていったが、本当はどこへ行く気だったのだろうか

黒褐色のお湯にもびっくりしたが、ぬるぬるな膚になり、とても気持ちいい。ややぬるめなのも良かった。
ああ、また行きたいわ。今度はカラフルなタオルで行こう。

三日目終わり。

さて最終日は月曜の春分の日。
上野に出たらエキナカに警視庁の人らがおるのでなんだろうと思ったら、カシオペア最終日だったから。
テツの人だけでなく、やはり淋しいもんです。

東京駅のいつものロッカーに荷物を入れて、丸ノ内からバスに乗る。30分かかって東京都現代美術館に到着。
開館前だけどもう大行列のピクサー展。わたしは20分待ちで入ったけど、出たら50分待ちになってたな。
しかし50分待つ価値はある。
たいへん面白かった。全然ピクサーのアニメに関心のないわたしでも大いに楽しめた。
製造過程の様子を見せてくれたことで理解も深まったしね。短編映画の上映もあり面白く見たわ。

菊川へ。
お昼に大好きなサバの塩焼きも食べて機嫌よく府中へ向かう。
東府中ではソメイヨシノは咲いていないが大寒桜は満開。
綺麗でした。

ファンタスティックな江戸絵画。
おおおおおおおっ毎年ここの春の江戸絵画祭にはヤラレますぜ。
今年もここで見ないと一生知らないままだった絵をたくさん見たりで、すごくよかった。
図録もはやばやと買っておく。

常設は「花」をモチーフにしたものと谷中安規とがあった。牛島憲之は芝居絵がけっこう好きだ。
とかなんとかいうてたら3時過ぎてた。やばいでござる。
時間が予定がないーーー

あわてて両国へ。本日で最後の松山ビルの見学。ああ、残念也。
いい建物でした。

タイムアップ。今回はここまで。
新幹線に乗りました。

新大阪からタクシーに乗るのだが、なんと偶然にも以前に乗ったことのある運転手さんだった。
たくさん車あるのにこんなこともあるんやねえ。
お互いに覚えてましたわ。
機嫌よくおうちにつきました。

次の東京ハイカイは四月末です。

3月の東京ハイカイ 後半の記録 その1

三月の後半の東京ハイカイ録です。

急遽お彼岸の連休を東京ハイカイにしたのにはわけがあって、ありがたいことに「俺たちの国芳 わたしの国貞」展の内覧会に招待されたからだった。
子供の頃は国芳より国貞が好きだったわたくし、好きな絵師二人の絵がブンカムラに大集合の時におよばれされたのは、これは万難を排して出かけろと言う話だと、例によって至って都合よく解釈しておでかけ。
とはいえ急遽なので定宿がとれず(電話したら何とかなったかもしれないが)、それならとあえて違う所を探して、田原町の宿をとったわけです。

さてわたくしは16時前にはブンカムラに入りたいから朝に都内に入り、渋谷が終着点になるようなコースを考えた。
そこで品川に荷物を置いて大井町線で二子玉川へ。
あまりに久しぶりにこのルートを採ったもんで、忘れきってたのよ、品川からこのルートが使えるのを。これが大正解で、空いた東急線で機嫌よくスイスイとニコタマにつきました。えーといつ以来かな。もしかすると十年ぶりくらいかもしれない。
品川に新幹線発着前まではよく…歳月人を待たないぜ、旧いことを思うより先に歩けよ。
ということでバスに乗って静嘉堂へ向かう。
ところで大井町に駅そばがあるのも今回初めて知った。
昔々し大井町によくお世話になってたが、あの頃はそんなのなかったからなあ。
春菊の天ぷらがカリカリしてておいしうございましたわ。

まあ展覧会の個々の内容は後日また日延べしながら書き上げて行きます。

茶の湯と煎茶の楽しみ。
これはもう圧倒的に煎茶具の可愛らしさにヤラレてしもたわ。
数年前の出光美術館での山田常山展以来、急須愛に目覚めたわたくし、久しぶりに急須愛が再沸騰しましたわ!
いやー可愛いのう。

いいお天気だし乗り継ぎも悪いから歩いてみようと思い、世田谷美術館へ。
聖ドミニコ学園の外周を行き、坂を上り、人に道を訊き訊きようやく高速下に来ましたら、さっき道を訊いた奥さんが追いかけてきて、曲がるのは左、そこからかが早いとわざわざ。
ありがとうございました。

美術館前についたら正午になったので、レストハウスでおでんを食べて、それから美術館へGO!ファッション史ね、ロココから近代までのフランスの。
マネキンはみんな神戸ファッション美術館から大挙してお出まし。配置が違うのでなかなか新鮮な感じ。資料は石津コレクションから。
この資料が圧倒的で、それにヤラレましたがなー凄いの一言。
バルビエらの美麗なファッション・プレートを熱心に読み耽って時間が無くなる。

渋谷に戻り松濤美術館へ。沖正一郎コレクションの鼻煙壺を愉しむ。東洋陶磁美術館、町田市博物館に寄贈された品々はこれまでにも見てきたが、こちらはまたそれらとは違うコレクション。すばらしいなあ。

なお渋谷区の小中学生の絵も展示されているが、指導されてる方向で製作するから、大きくなるにつれ面白くなくなる。小1はコラージュ作品なんだが、現代アート風で、それらを見ていると色々と考えたくなることがたくさん出てきた。

ロッカールームで「くにくに」展の図録を持つ人にあったのでプレス関係かと話しかけると果たしてそうで、思わず話が弾む弾む。
新聞社の人だったがわたしがブロガーですと言うと「ブロガーさんの力は強いですからねえ」と半ばため息交じりで言われたが、新聞の評より今ではネット関係の方が展覧会の情報や紹介が充実しているようだった。
なるほどなあ…とはいえ新聞を必ず読む者としては、新聞もまたがんばってほしいのですよ。

さて装束も改め(靴も替えて)ブンカムラへ。
随分な行列だが、知人に会えるかしらと思いつつ並ぶと、関係者入定(凄い字で出てきた!)
ならぬ入場シーンで長谷川Q蔵さん。そう、今回の展覧会の立役者のお一人なのですよ。
それで小さく「こんにちは」とご挨拶したらですね、なんとなんと偶然にもわたしのすぐそばにこの後近藤ようこさんからご紹介していただくご予定の飯田耕一郎さんがおいでで、その様子を視て「あっこの人が遊行さん」とピンと来ていたそうなのでした。
ツイッター上では既に親しくさせていただいてても顔は未知の筈がその眼力と洞察力。
さすが空海を描いた「沙の悪霊」の作者の方だけあります。
わたし、びっくりしましたがな。

今回の展覧会のイヤホンガイドは中村七之助丈。多忙な中ご挨拶をと現れたので、一層華やかになる状況。
いいですなー、嬉しいわ。
さあ開場、早速イヤホンガイドを借りる。七之助丈の声をも楽しむ。
いいガイドだった。
芝居絵のガイドだとそのお役の声となり、臨場感たっぷり。聴くこちらもついついその気になる。浮世絵と歌舞伎は切っても切れぬもの。七之助丈のおかげで動かぬ絵が動き始めてゆくようにも思えたり。ああ、いいのを聴いたわ~

ボストン美術館の収蔵時期を思うと、やはり当然なのかもしれないが、とにかく国芳、国貞の絵の発色の鮮やかさに感心した。
ボストン美術館の浮世絵コレクションはこれまでにも見てきたが、いずれも色の綺麗さにヲヲとなっている。今回もそう。知らない作品の多さにもビックリする。
楽しい展覧会だったなあ。

レセプションはドゥ マゴ パリのオープンカフェエリアで。
さすがにおいしいね。白ワインも二杯ほどいただき、かなりご機嫌になってからまた展示をぐるぐる。

それで出てきたら近藤ようこさんにお会いできて、飯田耕一郎さんにもご紹介を…で、この話の始まりになるわけです。
とにかく三人でマンガの話で盛り上がる盛り上がる。
わたしは70年代初頭からマンガを読むようになって、今日まで現役の読み手なので、偏っているとはいえ色々お話も出来てよかった。
この後は三人で渋谷駅前のパーラーでフルーツサンドなどつまみながらまた話が…
途中でトークショーの打ち合わせになったのですが、まぁそこでわたくしはファン代表という立場をいただきながら面白すぎる話をいくつも聞いたり。
ここでそれが書けないのが惜しいが、書いてもあの臨場感がないとねえ。
お二人のトークショーは5月に開かれますので、行かれる方はぜひぜひ。

ああ楽しかった。
渋谷で別れてからわたしは品川に戻ったが、そこでイートインフロアの大変身を知るわけです。つまりわたしが品川をよく使っていたのは7年以前。飛行機に乗ってた頃ね。
お店も一変し、ふと見たら紀伊国屋本店の地下に入ってる水山さんがあるやん。ここのうどんは好きなの。東京で一番好きなうどん屋。美味しくいただきましたが、店員さんもわたしもお互いに一つずつ親切なことをしたので、和む和む。
また次も行きますわ。

雨の中、ちょっと苦労して送迎バスへ向かう。
実は上野は公園口と不忍口以外知らないのよ。
初日はここまで。


2日目は土曜日。
雨ですがな。まだ曇ってる間に鎌倉へ向かう。ちょっと難しいルートで行く。アタマが痛いが、まぁやはり定宿の方が色々いいわな。

鎌倉は雨。10時越えてたので先に源吉兆庵美術館。
珍しいものを観た。無惨絵の芳幾の美人絵や守屋多々志の少女、それからさまざまな種類の櫛笄簪などなど。鼈甲、象牙より蒔絵に螺鈿の方がわたしは好きだ。
あとは魯山人の器。

清方記念館では大正時代の可愛い・魅惑的な娘の絵を堪能。この時代の潮流は間違いなく「カワイイ」+妖艶だと思うわ。

斜めにある鎌倉野菜で有名なかん太のカレーを食べる。チキンが完全に繊維になってるのが嬉しい。わたしはあんまり炊いた鳥はニガテなので、これくらい線維化してたら嬉しい。
野菜がまた立派な食べごたえのものばかりがカレー炒めされてて美味しかったわ。

雨の中を鶴岡八幡宮へ。足元ツルツルして危険なので上まではゆかず。
諦めた。それで国宝館に行く。地元の立派なコレクションが展示されている。
お雛様も大概たくさん見てきたが、関東での御殿づくりのは珍しいな。しかも電灯つき。
錫、陶磁器、蒔絵で拵えられた雛道具にも感心するばかり。大好きな世界。
ああ、楽しかった。

長谷寺に行くのは諦めて横浜へ。
一日券を使いみなとみらい線うろうろ。
日本大通り。まず開港資料館へ。
プロイセンと日本との修好通商条約150年記念の展示を見るが、何やらお客さんを案内していたのがあれで、ちゃんと見れなかったのは残念。

放送ライブラリーの入る横浜商工奨励館の残されている素敵な空間を撮影し、それから放送ライブラリーでのウルトラマン展を見る。
入場無料でこれだけ楽しませてくれるとはすごいな。
物語の紹介と怪獣の現物や一部などの展示。スタッフの紹介、エピソード満載の上に映像も見れて…また行くよわたしは。本当にかっこよかった。

次にユーラシア文化館の方で「貿易都市マニラの栄光―考古学が語る太平洋航路の成立と発展」展を見たが、意外なくらい色んな発見があった。
何かというと、マニラは中世においてアジアの一大貿易都市だという事実、これをわたしはなーーんにも考えてなかったのだ。
明代のやきものも沈没船からたくさんサルベージされて、フィリピンの海域が貿易上いかに重要な場所かということをも今回初めて認識したよ。うーむ、それだけに凄いわ。
日本の侍が傭兵になった遺品として刀の鐔のダメになったのとかもあるしね。
暹羅では山田長政がいたけど、じゃがたらにも追放されたり国を捨てた日本人もいたしなあ。
そう、棄民政策は大昔から得意技の日本。

一階ではマニラに残るカトリックの教会建築の写真。バロック建築がやっぱり面白い。
近年わたしはバロックとロマネスクにハマッているの。
フィリピンに行く予定は全くないけど、教会建築群は見てみたいと思った。

神奈川歴博で「石」を見た。
えーとね、「石」と言われてもどういうのかよくわからんなと思ってたら、ほんまに石でした。現物いっぱいありましたがな。
ハンドアックスとか矢じりとかに使うてた石、中世になったら宝篋印塔になったりとか、近代では洋風建築に使われたりとか。
辰野金吾の日銀本店、妻木頼黄の横浜正金銀行本店つまりこの神奈川歴博には「白丁場石」というのが使われているそうな。
うーむ賢くなったぞ。

常設では面白いカルタを見た。昔の映画・演劇のカルタでちょっとえろ風味も聞かせてたりするいかにもなカルタでした。
あとは五姓田一家の仕事とかな。

横浜美術館へ。
村上隆のコレクションを見たんだが、千葉で見た杉本博司のコレクション同様、あまりに凄いのを見ると感心するばかりでうらやましいという感情が湧き起らないもんですな。
彼らはこれらをきちんと保全し、世間さんにどやと見せれる力があるねんから、それでよろしいですがな。
わたしは機嫌よくパチパチ撮らせてもらったよ。
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常設の裸婦もよく、ドイツのあの男爵の美少年のヌード写真とか楽しいわ♪
古径の神話画、清方の艶めかしいのも見たし、ご機嫌ですわ。

崎陽軒で晩御飯。八宝菜と麻婆豆腐など食べたがちょっと食べすぎた。反省。
とりあえずここまで。

旧横浜商工奨励館 その2

続。
修復済み。

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外観

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旧横浜商工奨励館

横浜情報文化センターは昔の建物のよい所を残し、更にがんばって愛され空間にし、また放送ライブラリーの入る空間も新築して、まことにけっこうな存在だと思う。

今回は放送ライブラリーでウルトラマン展を見るために寄ったが、来た以上はと撮影した。
スマホのだからちょっと方角もうまく加工できないけど、まあ記録ということです。

旧正面玄関




その付近の装飾






見上げる。




一歩踏み込む。




中へ。










中から見た窓。






階段

















階段、ようやく終わり。



鳳凰の照明。




豪奢な一室。



一旦ここまで。

桑名・六華苑 その3

ベランダコロニアル。
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外へ目を向ける。
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こういう階段が好きだ。
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和室へ
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菊と桐。

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緑青吹いているが濃やかな。
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ここから外へ出る。
続く。

桑名・六華苑 その4

再び外観とそして庭園と。
この日は実は「科捜研の女」のロケをしていた。
そしてたまたまこの日は今のシーズン最終回。

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庭園。
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さかしま。
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ほんまにええ所でした。

桑名・六華苑 その1

先般、桑名の旧諸戸清六邸に行った。
ジョサイア・コンドルの設計した洋館と、区切りなく接続する日本家屋と、池泉回遊式日本庭園の広がる見事な邸宅である。
十年前に来た時にはなかったウェディングレストランもあり、おいしいランチをいただいた。

特に細かいことはなしで、建物の写真を挙げてゆく。

青塗の洋館。
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洋館に入る前にこのように離れや倉をゆく。

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趣がある。

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菊菱形の枠付き電灯。

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廊下のこの窓は弓欄間または波欄間というそうです。
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ほんまにゆらゆら。

こちらの塀はなんだっけ、信長塀だったかな。
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和室は落ちつくのです。





桑名・六華苑 その2

洋間を堪能する。
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電気スイッチ。

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可愛いステンドグラス

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階段も優美。

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レトロな旅鞄IMGP0047_20160317155152393.jpg

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ベランダを少しIMGP0049_201603171551563ec.jpg

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家具の作り付けも素敵な部屋。

続く。

春の天理参考館名品展 その2

さてここからは常設へ。
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海へ漕ぎ出す!
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なんしかすごく色が好き。

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なんとなく、悪魔の子どもがぽつんとしている感じ。

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漢代の炎渦巻な文様。

古代の雛段芸人
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わんこのロクちゃん。
トーハクにいるのはイトコらしい。

でました!唐の平伏さん!!
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数年前の橿原で見た「大唐皇帝陵」展を思い出すねえ。

その平伏さんの仲間を描いた壁画もある。
壁画の特集。
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出ました出ました平伏さん。しかも二人。

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こちらはちょっと尾野真千子かな。
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乗馬フィギュア
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突然現代へ。
とは申せ、ちょっと昔の昭和の話。
宝塚ファミリーランド。
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こちらはひらぱ―
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そして天理の鳥瞰図などなど。
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ああ、毎回ありがとう、天理参考館。楽しかったです。

春の天理参考館名品展 その1

行くと必ず撮影せずにはいられないのが、みんぱくと天理参考館。
常設展示がメインなのでおなじみの作品も多いのだが、それでもやっぱり撮りたくなるし、向こうも「撮っていいよ」と言うてくれている気がするので、ついつい。
今回は名品展としてちょっとした企画展もあるので、そこから挙げてゆきます。

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唐代の男女と辟邪の対。「いらっしゃいませ」と出迎えてはくれているようだ。

こちらは大正初期の武人埴輪。
明治天皇の桃山御陵のために作られた埴輪のお仲間らしい。
以前に一度みたが、すごく印象深かった。
いろんな角度から撮ったので特集する。
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後姿も丁寧に造られていた。

こちらは初登場のミミズク坊や。
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「ぼくね、ぼく、ええと、ひとりで、ひとりでね、できるもん」
そんな声が聞こえてきそう。

唐代の造形美は素晴らしい。
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馬やラクダのリアルでいて優美な姿には本当に絶句する。

こちらは歌舞音曲のグループ。
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一人一人が自分の仕事を全うしている。

シリアのガラスなのだが、なんとローマ製の素材らしい。
世界はまだまだ謎に包まれている。
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チベットのタンカ
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猫?抱っこする。IMGP0123_2016031700204642b.jpg

こちらは教育目的の民族人形。ロシアの布人形。よく出来ていると思う。
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続く。

「ガレの庭」を逍遥する

ガレの庭
この言葉を冠した展覧会が東京都庭園美術館で開催されている。
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アールデコの館と呼ばれる旧朝香宮邸で一時代前のアールヌーヴォーの展覧会を開催する。
それはとても魅力的な催しだと思う。
同時代のものをそこに置くことも魅力的だが、あえて一時代前の様式の美を配する。
それにより、どちらも一層の美しさを見せることになる。
美を愉しむには建物との関係性も含んでみると、より歓びが深くなる。

例えばこの館が大正時代のものではなく、明治の煉瓦積み洋館だとする。するとそこに合うインテリアは何か。
同時代のものやそれより未来のものではいけない。
一番合うのは建物より前の時代のもの、江戸時代の指物や清朝の工芸品がとても似合うのだ。
だからこのアールデコの館でこそ、アールヌーヴォーの美を本当に愉しめるといえる。

ガラスは透明なものとそうでないものとがある。
わたしたちの意識にはガラスは透明だという思い込みが強く活きているが、一方で曇りガラスも色ガラスも等しく愛し、大事にしている。

ガレの拵えるガラス作品は自在だ。
半濁していたり透明だったり、その表面にぬらぬらと何かが這い回っていたり。
また、様々な美しい花が置かれたことで形そのものが花になりもする。

オールドマスターたちの泰西名画とは異なり優しく咲く花々。
トンボ、バッタ、はてはカエルまでが飛ぶ瞬間をガレはガラスに写し取る。
自らの影を写し取られた小さな生命たちは、そのことにより永世の生命を得る。
彼らはもう死ななくなる。生命の形は変わるが、ガラスに取り込まれたことで新しい生命を得て、壊れるまでは活きる。
壊れなければもう死ぬことはない。
小さな生命はこうして永遠になる。

そうしてふと気づけば、この館のそこここにもそのようにして生命の在り方を変えた生物たちがいる。
可愛いチューリップが咲いていたことに初めて気づいた。
ラジエーターに住まう鉄の魚たちにはいつも眼で挨拶をしていたのに、このチューリップは知らなかった。
ガレのガラスを見て歩く中で気づいた存在だった。

ガラスは変容する。
銀箔が挿入され、光の彩度が変化する。右から見たときと左から見たときとでは、まるで別な存在のようにも思える。
そしてそれはほかのすべての事象にも当て嵌まる。

ガレの技巧を凝らした花瓶が居並ぶガラスケースは遠目にもきらきら煌めいている。
照明の力もあって、花瓶たちはそれぞれの美を露わにする。花瓶たちは隠しどころを持たず、観るものに自身の美を曝け出す。
視覚の死角だけがそれを捉えきれない状態になる。

なおも凝視するうちに違うものが見えてくる。ガレの花瓶が並ぶガラスケース越しにこの館の大理石に彩られた空間が見えてくる。キャラメル色の柱もまた。
こうしてわたしたちは二つの愉しみを得るのだ。

ルネサンス、アラビア、様々な様式、様々な嗜好を採り入れたガラスの容器。
折衷ではなく融合。溶け合う理由は高熱を用いて生みだされるガラスだからかもしれない。

逍遥する。
「ガレの庭」を逍遥する。
本当に足がついているのはアールデコの館なのだが。

装飾のない喫煙室に入る。かつてはここで朝香宮家の人々やお客として招かれた人々が談笑しながら喫煙していたのだ。
喫煙は今では罪の一つになりもしている。そのようなことを思いながらここでガレの得たインスピレーションの源を見る。

海を渡った日本の絵がガレを誘惑する。多くのフランス人、英国人、それにオランダ人も、極東の鎖国を長く続けた国の文化に心を奪われた。
自身の作品に日本の絵を模写と言う形で招いた画家もいれば、それらを意匠の一つとして工芸品に再現した作家もいる。
鷹に雪持ち松、雀のお宿、うねる波の下の鯉…
花鳥風月の概念を知ったことで新たな世界観が生まれる。

楽しそうな鳥の絵など西洋にはなかった。
古代の壁画にしかそれらは見いだせず、楽しそうな鳥たちが描かれたとしても添え物に過ぎなかった。
他は全て意味を持たせられた存在として描かれている。
ジャポニスムは西洋に花鳥の美を伝えたのだ。

階段を上がる。
階段自体の美しさを味わいながら上がる。
上がりきるとそこに大きな薊の花が咲いていた。ガラスという無機質な体を持ちながらも、この薊はイキイキしている。
色素を変化する光が当てられていて、花はいよいよ明るく咲く。しかし光が変化すると少しずつその様子を変えていった。
わたしは単純にこの大きな薊のガラス瓶を綺麗だと思ったのだが、それではすまされなかった。
この薊瓶にはヴィクトル・ユゴーの言葉が刻まれていた。
その理由を教えてもらう。
ガレは人権擁護者として、ドレフュス事件やアフリカの奴隷解放に関わっていたのだ。
そこからユゴーの言葉をここに示したのだった。

二階にはプライヴェートな部屋がいくつもある。
姫宮、若君、妃殿下のお部屋をゆく。
御母として姫宮の部屋には愛らしいモチーフのものを選ばれたのだが、和歌を記した色紙を飾る空間がある。それを見ながらこの室内に飾られたガレの作品を見ると、妙に愛らしさが濃いようにも思えた。

面白いのはポンシフ(意匠型紙)に描かれたジャポニスムのモチーフ。西洋人であるガレがそれらを写すと、どこか奇妙な歪みが生まれ、それが面白くもある。

妃殿下の居間にはガレのデザインした家具があった。
アールヌーヴォーらしいうねりの活きたデザインである。しかしそれらは古色さを見せず優雅な様子をみせていた。
寄木細工による植物のモチーフ。妃殿下という高貴な立場のひとにふさわしい優美さがある。
そしてこの部屋には多面性球体の大きな丸いものがあり、それは植物の膨らみきった母体のようにもみえた。
開くときが来れば四方に新たな生命を飛ばしてゆくような。
照明からの光は花の種の発芽を促しているかのようだった。

次の部屋へ移る前にふと作り付けの棚を見た。何もなかった。
少し前の展示ではここに不思議な仮面が収められていた。忘れられない景色である。
その呪力が強いのか、ここにはガレのガラスの容器は飾られなかった。

小食堂のラジエーター飾りが源氏香を崩したような文様だということに初めて気づいた。
51の紋がそこにある。パターンは二つきり。
そこには菊にカマキリというモチーフの月光色のガラス鉢が置かれていた。
目に見えないたべものがその鉢に盛られ、やさしい手がそのたべものを家族のために取り分ける様子をわたしは、視た。

適度な距離感を保つ展示は美しかった。
建物全体をアールヌーヴォーで飾ったかのようだ。
一方、ガレの側から見れば、やはりここは「ガレの庭」になった場所なのだった。

わたしは坂田靖子の描いた「孔雀の庭」を想う。
19世紀末の英国、美麗な館の最期を見届けるために、そこから外へ出ることを諦めた青年がいる。
邸宅をもう少し生き延ばすために青年は家に伝わるレンブラントの絵を売る。
レンブラントとその家族が描かれた絵で庭に孔雀がいる。青年はその絵を「孔雀の庭」と呼んでいた。
実際この邸宅には孔雀がいて、建て増しに告ぐ建て増しを繰り返した不思議な空間は不意に天空庭園に出ることもあり、そこで孔雀が飛ぶ様子を見ることにもなる。
英国式庭園とは趣を異なる庭園で、不思議な構造を見せる建物同様、その庭も迷路のようにも思える。
庭にはガレのヒトヨダケの花瓶を置くのが似合う、と絵を買いに来た画廊の主人は思う。
この物語はパラダイスの語源がペルシャ語の「閉じられた庭園」だということを教えてくれ、さらには入り組んだ庭園の羊歯の向こうにガレのガラスを置けばいい、と唆しもする。
わたしが知る中で、最も魅力的な邸宅と庭園を描いた作品の一つである。

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新館へ向かった。
通路には外の日差しが燦燦と降り注ぎ、ガラス表面に作られた小さな連続点を波の形に変えていた。わたしはその上を歩く。
足元が波で洗われるような気持ちになる。

新館はガレの作品を一挙に楽しませる設えとなっていた。
わたしは先ほどとは違う心持で整然と並ぶガレの作品を観て歩いた。
純粋に作品を愉しむにはむしろこの装飾のない空間がいいだろう。
しかし、とわたしはひとりごちる。
あの愉楽を味わった身としては、やはり壮麗な空間でこそ味わいたいものだ…

ガレは黒色ガラスを開発した。闇や死を象徴するときにその黒色ガラスが選ばれた。
しかしそれらは決して恐ろしいものではない。ただ、寂しくはあるが。
死や闇となじむことも心には大切なことだ。
わたしはガレの黒色ガラスをみていて村松英子の詩を思い出した。
その詩の最後を挙げる。
「…勇気を出して呼びかけてごらん 遅くなりすぎないうちに こたえは返ってくるだろう きっと あのやさしい死の向こう側から」
ガレの黒色ガラスの欠片は、誰の胸にも刺さっているのかもしれない。

もし「どれか一つだけあげる」と言われたらわたしはどうするか。
「いらない」と答えてしまうだろう。
ガレは一つだけではいけない。
いくつも所有し、なおかつ、その置き場所にふさわしい環境をもたなくては、ガレの作品を所有するわけにはいかない、と思っている。
そうでなければガレのガラスは活きない。
だからわたしは見るだけでいい。

今回の展覧会は、本当に美しいものを愉しむにはどのような場が必要なのかまでを、教えてくれたようにも思う。
とても幸せな気持ちになった。
「ガレの庭」は4/10まで。

勝川春章展  太田記念美術館と出光美術館で見る 

勝川春章の展覧会が浮世絵太田記念美術館と出光美術館とで開催されている。
(チケットで相互割引もある)
太田では2月3月の二か月間で大幅な入れ替えがあり、こちらは役者絵と相撲絵とその一門にいた者たちまで網羅する内容。
出光は「肉筆美人画」というすみわけで、いえば三つの展覧会を見ることになる。
いずれもたいへんよかった。
ばらばらな感想を挙げるより、一緒にした方がより味わい深くなるように思うので、そのように挙げてゆく。

春章は一応今年が生誕290年の節目の年だという。
活躍期は明和(1764~72)中頃からで、その頃の浮世絵界には鈴木春信という大スターがいたし、役者絵・芝居絵には鳥居派の隆盛があった。
若いうちは何をしていたのか知らないが、40くらいから本格的な作画を始めている。
出光で扱う肉筆美人画は50代からの仕事であり、まだまだ新規開拓する力があったというわけだ。
また、先般大評判だった「春画」展でも春章のにこにこのんびりなカップル図は人気を博していた。なにもドラマチックなのがいいというわけではないので、にこにこカプの情交図も見る人の気持ちをよくしていたようだ。

さてほぼ時代順に感想を挙げてゆく。

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春章の活躍した時期の俳優といえば初代中村仲蔵、五代目市川団十郎、三代目瀬川菊之丞らという後世に話の残る名優がいた一方で、お上のシメつけもやかましかった。
上記の三人が押しも押されもせぬ名優になった後の時代を描いたのが一ノ関圭「鼻紙写楽」なのだが、このコミックでも新しい表現を生み出そうと苦心する写楽、そして豊国らがいる。彼らのまえに春章の役者絵が立ちはだかっているのだ。

役者絵と芝居絵とは違う。役者絵は肖像画でありブロマイドでもある。
芝居絵は役者の良さも必要なのは当然だが、ドラマティックさが足りないとシケッた作品になる。
わたしは役者の一枚絵より芝居絵の方が好きで、これは個人の嗜好だからどちらがいいわるいということもない。

春章は役者の一枚絵の中にドラマも入れた。
大首絵ではなく全身像。大首絵は春章より後の時代に生まれてきた。

初代仲蔵の義平治、二代目助五郎の団七九郎兵衛 1768.4  芸達者な仲蔵が見るからに憎々しげな義平治をしている。彼は娘婿の団七を蹴ろうとしてその足を止められた。その瞬間を描く。この絵から観客はもう次の悲劇を読み取る。物語として知り尽くしてはいても改めて絵にされることで、義平治の死と団七の難儀を予想する。

二代目八百蔵の半七、二代目菊之丞の三勝 1768.9  もう心中するための逃亡である。傘を差しておそろいの着物を着ている。
死にゆく男女がおそろいの着物を着るのは近松の昔から岡本綺堂の「鳥辺山」まで続く。

三代目幸四郎の土左衛門伝吉 1768.1  …土左衛門伝吉といえば「三人吉三」のお坊吉三の父親の元は盗人のあの人しか知らないが、黙阿弥以前にこの名の役名があったのだろうか。明和五年の芝居を調べているがちょっとわからない。

二代目助五郎の俣野の五郎かげ久、三代目大谷広次の河津の三郎祐安 1770.11  相撲の場。河津掛けの技が世に出る。芝居絵であり一方相撲絵の要素もある。旧幕時代だから土俵には柱も立つ。

三代目大谷広次 1771.5  「鯉つかみ」を描く。なかなかこの図は好まれたらしく後世の絵師も取り組んでいる。それどころか昨夏には染五郎がラスベガスで演じてもいた。

五代目團十郎の悪七兵衛景清 1777.1  菰を身に巻きつつ、刀をそっと抜く。事件が始まる予感が絵に満ちる。

初代仲蔵の御厨喜三太 1777.11  獅子舞かと思ったら鞍馬獅子らしい。おもちゃ絵の着物がいい。「ヤーレ喜三太、ワレトナレトハ カク 身ヲヤツシ…」

扇形をタテにして、そこに役者絵を描くシリーズがあった。
その中の一枚、初代仲蔵の定九郎がやはりいい。
定九郎こそは初代仲蔵一代の工夫もので、それまでは山賊スタイルのもっさりした定九郎だったのが、現行の黒の着流しの浪人姿になり、美味しい役になり、人気役者が演ずることになるのだから、本当に仲蔵の工夫は偉い。
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絵もこれはwikiにあがっていて、しかも仲蔵の項目に出ている。
それほどに大きな意義のある変更であり、かつ、それを描いた作品なのだ。

市場通笑の文章に挿絵をつけたものがあった。
「役者夏の富士」 1780  ページ換えがあった。
・仲蔵の自宅公開。ほかの役者等がくるところ。
・楽屋の様子。えらく暑そうである。宗十郎と女形の万雀とがいる。
お客はこういうのが好きなのでさぞ喜ばれたことだろう。

これがヒットしたからか、楽屋にいる役者たちの様子を描いたシリーズもあるようで、天明頃に描いたのが二枚出ていた。
「暫」のこしらえをしてキセルを吸う五世団十郎、打ち合わせ中の三世宗十郎などである。「をを」と思う昔の客の気持ちになる。

春章は弟子も多く育てた。その弟子たちの絵も並ぶ。
そして北尾重政と共に励んだ「かゐこやしなひ草」シリーズもある。
養蚕の手順説明としてもとても優れた連作である。

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相撲絵では谷風、小野川らのいた時代だった。
浮世絵師は多様な分野の仕事をしていた。
浮世を描くこととはすなわち流行を追うことでもあり、今何が起こっているかを記す仕事も重要だった。
相撲の速報はなくとも、このように取り組みが描かれた絵を見るだけでもわくわくが高まったろう。
この分野はまた特に人気があった。
勝川派の弟子たちが相撲絵を相当残している。
現在も谷風のヴィジュアルイメージはこの春章のそれだというのは、凄いことだと思う。

物語絵もいろいろある。大抵は平家物語、忠臣蔵、桃太郎などの昔話に題材を採ったもの。
先人にこうした絵があったからこそ、国芳も武者絵を存分に描けたのかもしれない。

やがて次世代の登場となった。
豊国の役者絵がぱっとしている。
前述の「鼻紙写楽」の作中でまだ駆け出しの豊国が写楽と共に仲蔵の死に絵に取り組むエピソードがある。
ふたりは話し合い、かぶらないようにする。
しかし写楽の絵は完成したものの絶版の憂き目に遭い世に残らない。
豊国はそこから「浮世絵」の真髄を掴みだしてゆく。
やがて写楽も自分の役者絵をみつけだす。

一ノ関圭の紡ぐ物語に溺れた身として、今この時に春章とその後の時代を目の当たりに出来たことは幸いだと思っている。

弟子のひとりだった春朗のちの北斎の絵がずらりと並ぶ。
春章の世界の流れの涯に巨星が現れた、そのことを想いながら多くの作品を観た。


春章は老年期に入ってから肉筆画に邁進した。
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美人画をみる。
子猫に美人図  衝立に着物をひっかける。そして裾に猫がまといつく。

子猫は他にもいる。
この出光美術館のチラシに選ばれた美人鑑賞図には二匹の猫がいて、好きなことをしている。
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出光では春章以前の肉筆による遊楽図なども並んでいる。
寛文美人図、邸内遊楽図、長春の美人図、西川祐信、月岡雪鼎などでいい気持になったところへ春章の肉筆美人画がくる。

描かれた美人たちには特に背景に物語があるわけでもない。個性もない。
しかしおっとりした良さがある。ちょっと白すぎる顔の美人たちが上品に笑っている。

大小の舞図 烏帽子をかぶった踊り子。色子なのか女なのかちょっと判断がつかない。

同時代の絵師たちの肉筆画が並ぶ。
窪俊満 藤娘と念仏鬼図  大津絵をうまく使っている。鬼などもどこか飄々とした面白味がある。

抱一のちょっと若い頃の扇屋花扇を描いた絵もいい。賛は蜀山人。江戸の人々の文化的な交流はやっぱりこのあたりが面白い。

婦人風俗12か月シリーズも数点ある。
春章の丁寧な仕事は安心できる。
正月、ひな祭り、端午。それぞれの楽しみを優しく描いている。

春章以後の肉筆をみる。
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やはり歌麿の更衣美人と北斎の月下歩行美人が群を抜いている。
時代が変わったことを感じさせられる。

栄之の乗合船図がいい。猿回しや巫女さんもいる船。江戸に住まう人々の暮らしぶりが見えてくるようだ。

多くの絵を見る中で出光の解説を読んで初めて納得することも少なくない。
その意図で描いたのかと納得するものもあれば、そうなのかと思うものもある。
解説を読む楽しみがあるのが出光美術館のいいところだ。

そして絵を愉しむだけでなく適宜みごとなやきものを配置する。
古九谷などを見ると、春章の時代にこれらが世に出ていたのかと感慨深くも思う。
時代が後になると浮世絵の中に現れるやきものは染付一辺倒になるが、まだこの時代のやきものは色絵が多いようにも思える。

とても濃い展覧会たちだった。
どちらも3/27まで。

「春に想う 梅・椿・桜・桃」 @畠山記念館

こちらはもう3/13までだったが、やはり花に関する古美術を集めた展覧会である。
「春に想う 梅・椿・桜・桃」
抱一の「椿に鶯図」と夜桜蒔絵四半硯箱が人の心を誘った。
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茶道具も春を想わせるものが揃っていた。
薩摩文琳茶碗 銘・雪の花 この銘をつけたのは不昧公。仕覆は花ウサギ金襴、いちご裂。どちらも愛らしい。とはいえどうイチゴなのかがよくわからないので、イチゴは一期でもあるのかなどいろいろ思うのも楽しい。
挽家の烏丸光弘の文字、不昧の箱書きなどもある。

共筒茶杓 銘・一つ松 小堀遠州 「小遠江』サイン入りで、櫂は白め、あとはやや茶色が濃い。

薄茶の道具もある。
堅手塩笥茶碗 銘・春雲 朝鮮のもので青灰色の景色がカモメにも見える。

十二支蒔絵棗 桃山時代 これは可愛いし、なによりそんな昔ぽくは見えない。八稜形にどうぶつたちが入るが、なかなか愛らしいそぶりを見せる。余白を紗綾形などで埋めている。

芦屋梅花文筒釜 室町時代 梅のモチーフが愛らしい。筒型なのでどうもこれでスープなど炊いてもよさそうである。

曲水宴図 其一 みんなとても楽しそう。いいなあ。とはいえ詠まないと罰ゲームが待っている。
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次郎衛門雛がある。原在中の雛屏風を背にして微笑む。里山を描いたのびやかな絵。
おっとりした心持になる。

さていよいよ春をモチーフにしたお道具揃いである。
色絵梅鶯文八角鉢 いかにも柿右衛門らしさの出た美しい鉢。わたしなどはとても好きだ。

結鉾香合 乾山 これがまた愛らしい。カクカクと表面を六角から八角くらいにした面を集めた多面球形なのだ。白梅が咲いているのもいい。好きな1つ。

他にも乾山の作品がいくつか出ているが、白梅と白椿が多いのが印象的。

青貝花鳥軸盆 明代 縦長の青貝細工の濃やかで緻密な表現。とてもいい。
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昭和に入ってからも名工は生まれる。
特に漆芸の佳いのが出ていた。
梅、椿、桜、桃。それらをモチーフにした愛らしい碗。

絵の方は抱一の桜に瑠璃鳥、浮田一蕙の狸に桜図・・・

最後に旅に使える旅箪笥の精巧さに驚いた。
本当に細かい…

いいものを見て気持ち良かった…

「花鳥賞玩」@頴川美術館

頴川美術館で春らしい展覧会が開かれている。
「花鳥賞玩」展である。
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山本梅逸の「柳桃黄色鳥図」がチラシに選ばれているが、この絵はもう本当に何度みてもいつみてもいい。
緑・桃・黄色の三色を中心に高麗鶯が飛び交う和やかな世界。この色の取り合わせが本当に春らしい。「少年行」の詩歌と共通する色彩がいい。

芭蕉野菊図 薄墨で破れ芭蕉を描き、そこに太湖石を配し、縁の青い黄野菊、土筆らしき草花を咲かせる。そして身をのけぞらせ、或いは止まって歌うツグミを描く。
なにも豪奢な花が花ばかりではない。こうした慎ましい草花や野の花の愛らしさを梅逸はよく知っている。

中林竹洞の花鳥画は二点、
長春錦鶏鳥図 「周之冕倣」とある。笹か細竹かわからぬが緑の笹の葉が揺れ、長春花(バラ)が咲き乱れ、カクカクした緑色の岩の上にキンケイチョウのつがいがいる。
背景はあえて何も塗られていない。そこに漢詩が入ってもおかしくはない。

花卉双鳩図 こちらも華やかな配色で春らしい明るい気持ちになる絵。
花海棠、白木蓮、牡丹、これらで「玉堂富貴」の吉祥画となる。それらの下方には薄青のシャガ、石竹、愛らしい撫子などが咲いている。そして白鳩と柄鳩、彼らの上に瑠璃鳥。太湖石もいい。
 
元は六曲一双だったのを一枚一枚の軸物にした花鳥画があった。
長谷川等雪の淡彩。
バラにヤマドリ、松にキンケイチョウ、芦に鶴、椿にフクロウ、蓮に白鷺、梅にキジ。
その中で目立つのは丸いアタマのフクロウ。大きな丸い目をむいて何事かを集まってきた他の鳥たちに話しているような様子である。言えば怪談話をしていて、自らがお化けの様子を演じているかのようだった。
他の鳥たちもそれぞれ温和なようでいて何やら悩み事でもありそうだったり、なんだかんだと喋っているようだった。

応挙 鯉鮒図 この水中にはほかにアユが六匹いて、みんなそれぞれ相手を気にする風もなくスイスイ泳いでいた。なんというか、水中での自在さがここちいい。

狙仙 雨中五匹猿図 やはり春にはこのモンキーたちの出番がないとね。
この絵とあとの屏風は共に松濤美術館に御開帳にゆくのだ。
このチラシをよくごらんください。
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そして土佐光起の春秋花鳥図屏風。これらが松濤にゆくのだ。
チラシは右の3,4扇面。可愛いツバメたちがおるなあ、秋には楓が咲いてこちらもとてもいい。

あと蠣崎波響のトリの絵があるが、わたしは見ない。みんぱくで今彼の絵が出ているのだったかな。

司馬江南、柳沢淇園の長崎派を学んだ成果の作品もある。
「果実に鳥図」「果物籠図」。
彩色が他と違い、この二枚だけが文字通り異彩を放つ。共通する果物はザクロに野イチゴと梨。

やきものも三種。 
呉須葡萄文合子、菊蒔絵棗、それから三世清風与平の「色絵百花錦文茶碗」十客分がある。与平、草花をモチーフにした可憐な薄茶碗を作っている。

この展覧会は3/21まで。
なお松濤美術館に大挙して頴川美術館の名品が行くのは4/5から5/15まで。
お楽しみに。
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