美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

没後100年 宮川香山

サントリー美術館で人気を博した「没後100年 宮川香山」展が東洋陶磁美術館に来ている。こちらもたいへん繁盛している。
宮川香山といえばこれまでに二つの大きな展覧会をみて、ここでその感想を挙げている。
「横浜・東京 銘時の輸出陶磁器展 ハマヤキ故郷へ帰る」神奈川県立歴史博物館

「世界に挑んだ明治の美 宮川香山とアールヌーヴォー」ヤマザキマザック美術館

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高浮彫の技術で当時の欧米と、現代の我々とをあっと言わせた宮川香山。
京都から横浜に出て大成功ではないか。
そして釉下彩の綺麗でつややかなやきもの。
宮川香山は二種の趣向の異なるやきものを世に贈ったのだ。

田邊哲人コレクションを中心にした展示である。
プロローグ 万国博覧会を舞台に 華麗なる高浮彫の世界

基本になる花瓶にはそんなに形を変えたりもせず、むしろ端正な形状をしている。それをdecoratedしたものが言わば「凄まじい」のである。
vaseはbaseに忠実で、装飾の単品もそれだけで見て「ををを」なのは案外少ない。
しかしそれらが合わさると、ちょっとした妖怪城になるだけだ。
粋イキでも粋スイでもないが、華麗なのは確かだった。

立体型の造形品、特に装飾品の場合、触りたくなるのは古今東西変わらない。
カニや猫がリアルに作られたのが装飾として花瓶や壺に貼り付けられていると、撫でてみたいと思うのは当然だ。
とはいえそれは持ち主だけの特権である。
だから手で触れられない・舐められない・頬ずりできないものたちは眼で愛でるしかない。
観客はみんな執拗に目前のやきものを<視て>いた。

白鷺や鳩や孔雀を高浮彫にして貼り付け、ベースに色絵で桜や薔薇のような花を描く。
もう東洋の吉祥文様の制約などは失われ、見栄えの良いとりあわせを続ける。

地に椿が落ちる色絵には高浮彫で群れる鳩が取り付けられる。鳩の下には花の鉄索のようなものが続く。そこに絡みつくには二次元と三次元の境界を越えねばならない。
だがそれは永遠に不可能であり、鳩は飛び続け、それを捉えようと花の鉄索は広がったままでいる。

1.京都、虫明そして横浜へ

青華赤絵鳳凰図獅子紐香炉 この獅子が可愛い。んがっと口を開けて金歯を見せる獅子。

粉彩武帝・西王母図獅子耳付花瓶 釉薬でピンク色が表現できるようになり、綺麗さが増した。四人の文官を率いた武帝、傍らの小男は東方朔か。
対の瓶には侍女を連れた西王母。七つの桃の内、五つを贈ったそうだ。

物語絵はそれを知る人でないと価値が半減する。欧米にはこれら東アジアの物語は通じなかったろう…

真葛焼の家の子だから京焼の構成が身についている、といくつかの作品をみてそんなことを思った。
仁清の七宝繋文を思わせる文様が入っているのや彼に倣うたとするものもあった。
しかし新しいものを拵える、新しい世界へ出る、と決めた宮川香山はそれらを通り過ぎてゆく。

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2.高浮彫の世界

一番好きなのはこの猫である。
可愛いなあ。歯並び、ベロ、目つき、爪。猫嫌いなひとにはわからないかもしれないが、この猫は本当に可愛い。肉球もリアル。猫がニガテな人はこの猫を不気味というたが、わたしのような猫好きにはそこが可愛いてならんわとなる。
可愛いなあ、可愛いなあ、可愛いなあ。

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猫は他にもいる。
高浮彫猫ニ団扇花瓶 対もので団扇の柄の部分のみ高浮彫。色絵で斑猫vsカマキリ、ゾロ柄猫などが毛並みもよく描かれていた。

瑠璃釉高浮彫猫花瓶 こちらの対ものはそれぞれ猫の暴れん坊なところを可愛く表現。
蝶々を捕まえるブチなのだが、時間の推移がある。
蝶々を確認する・狙う・がぶっっっ 吉祥画の耄が耋を噛むわけです。

高浮彫親子熊花瓶 穴倉に母熊と転がる子熊二匹。 よく拵えてある。
ふと思ったが、高浮彫のネコもクマもカニも英語ではfigureと訳されるのだろうか。

高浮彫鷹架花瓶  鷹が止まり木にいる。繋がれている。
鷹が止まる横長の木を「台槊」ダイボコと言うそうだ。そこに掛けられた布を「槊衣」ホコギヌと言う。
これはやはり鷹だけの為の言葉、鷹だけの特権なのか。猿のとまる木はどうなのか。
一つ知ると二つ三つ疑問が湧いてくる。

高浮彫大鷲雀捕獲花瓶  ああ…生存競争は厳しいな。雀危うし。小さい二羽が狙われている。そしてもう一方の瓶では捕まってる。逃げる雀もいるがヤラレましたな。

高浮彫木莵花瓶  こちらも雀。ミミズクが眠そうなのだが、雀も無事とは言い切れない。花瓶をぐるり一周、雀たちそれぞれの動きが面白い。逃げるもの・隠れるものなどなど。

高浮彫群鴨水盤  これは角の丸い長方水盤の縁の上に鴨が何羽もいるのだが、漢代の明器を思い出した。あんな感じ。

高浮彫枯蓮梯子ニ遊蛙花瓶  暁斎の絵が立体化したような蛙たち。上の方のカエルは筏師になり、ふぅらふぅら遊ぶのもいて、雀も飛んでいる。

次から次へと凄いのが続く。

あの猫の先行作もいる。こちらはベロなし。こいつも可愛いな。
菊慈童と東方朔、翡翠、葡萄に蜂、風神雷神に百鬼夜行。
「ファイト―!」「イッパーツ」なキノコ採りに勤しむ人々とか、工夫の凝らされたものがこれでもかと現れる。

色絵も負けていない。骸骨合戦、魚介類、イッチンで獅子牡丹などなど・・・
技能の限りを尽くしてくる。

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3.華麗な釉下彩・釉彩の展開
Figureなしの色絵で世に問う。

陰刻で沈む鯉を表現したり、イッチン盛でくっきりと魚を浮かび上がらせたり(呼吸困難になるがな、浮いたらw)、釉裏紅暗花で見え隠れする柳などもあり、艶めかしい釉下彩のやきものたちに至っては、板谷波山を思い出したりもした。

釉下彩の艶めかしさには本当にクラクラした。
明治になり外国製の釉薬が入りこれまでとは異なる色遣いが生まれるようになり、そこからまた新たな展開があった。
この時代にしか生まれえないやきものたちもあり、それを眺めるのが本当に楽しい。

蘋果緑に紅斑の散ったもの、並河の七宝焼を思わせるもの、弘明寺の十一面観音を模したものなど様々なやきものが並ぶ。
この辺りは本当に色の美が素晴らしい。

釉下彩荒磯文茶入 ぬっと出る鯛には笑えた。

工芸館、泉屋博古館などで見かけるものもある。
中には楠部彌弌の先行作品のようなものもみかけ、宮川香山という人がいてくれてよかったと思う。
こうした先達がいなくては出来ることも出来ないときがある。

エピローグ 香山の見果てぬ夢

ここで蟹がついに現れた。立派なカニでした。
たぶん、ワタリガニ。

最後にも綺麗なものがある。
青華白蓮図花瓶 葉の青灰色と白花の表現が、まるで東郷青児の美人画のようだった。透明ではなく不透明の美。

釉下彩盛絵杜若図花瓶 これこそ彌弌の彩埏の先達ではなかろうか。薄い赤香色の地に杜若が固く浮き立つ。

建物二階半ばのロビーで写真撮影可能な作品があった。とてもいいことだ。
喜んで撮る人が多かった。



太陽光で作品を見ることは出来なかったが、とても満足している。
とてもよかった。

宮川香山展のあとは常設をみる。
わたしの最愛の陶板が「六鶴文」と表示されていた。以前とは違う名前をもらったようだ。
それはそれでいいと思った。

いつか横浜の「宮川香山 真屑ミュージアム」に行きたいと思う。

追記:岡山県美のチラシを手に入れた。
こっちはネズミがメインだった。
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やきもの百花繚乱 宗旦・宗和・遠州とその時代

湯木美術館へいった。
「やきもの百花繚乱 宗旦・宗和・遠州とその時代」展の後期である。
「茶陶いっき見!!」とあおってくれている。
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先の明治のやきものから今度は江戸時代の作品が中心の展覧会へと移り、気分も変わる。

禾目天目 南宋 きらきらしい。シャッシャッと無数の細い線が走り続ける。
しかしこの茶碗のきらきらしさもワビ茶全盛の頃は人気がイマイチなかったそうだ。まあ価値観は多様というか、流行り廃りがあるからなあ。
江戸中期で人気グングン。

色絵扇流文茶碗 仁清 この茶碗はいつの時期までかここのチケットの半券に選ばれていた。
ふと上から見たら3/4円形だったことに初めて気づいた。

青井戸茶碗 銘・春日野 大正名器鑑所載、広岡家・松岡家・益田家伝来 朝鮮王朝時代 福岡市美術館所蔵「瀬尾」、個人蔵の「竹屋」と並ぶ「東都三名器」と謳われた茶碗。二色の茶碗。

獅子撮砂金袋水指 仁清 獅子がくつろいでいる。しっぽも凪いでいた。
いかにも仁清。かわいいな。

赤平茶碗 宗和 藤田家伝来 一目見て「熟しすぎた柿みたいやな」と思ったが、わたしだけの意見ではなかった。
手に入れた湯木さんご本人が追銘として「じゅく柿」とつけておられた。やっぱりなー。
大阪の昔のご婦人方、今の七十代以上の人々はどういうわけか熟しすぎた柿が大好きという人が多くて、それを娘等にも進めるから、娘等は間違いなく柿嫌いになったが、やがて自分で選ぶ年になって、初めて熟し以前のおいしい堅さの柿を食べるようになるのだよ。

膳所耳付茶入 銘・五月雨 不昧所持  内箱の裏に「山ひめのおるや衣の瀧津背に くりいたす糸の五月雨のころ」と公の和歌がある。「耳あらばこそ五月雨聴こゆ」なのですよ。

絵唐津飛鳥梅鉢文向付 五客  梅は丸い○で構成されているが、中にはズレたのもある。見込みに飛鳥。

古染付蝶形向付 明代  これはなかなか可愛らしかった。

割山椒向付がある。
本歌は上野焼、写しはノンコウ。前から好きなもの。湯木貞一さんのお料理写真にもこの向付が使われているのを何度か見ている。ノンコウは食器はあまり作らず、赤楽の菊皿、百合皿とこの分だけ。

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浮御堂画賛 宗旦  水がひたひたと来る。

達磨絵賛 遠州  佐竹家伝来  リアルなオッチャンである。ぎろっとした眼が晩年の谷崎のようだった。

鷺図 光琳 やたらと縦長である。

奥高麗茶碗 枇杷色で見込みに貫入。それがまるでバラの花のように見える。

水玉透向付 仁清  これはわたしが一番最初に湯木に来た時にみたもの。12の連山に12の孔。可愛いなあ。

毎回素敵な茶道具を見せてもらい、本当にうれしい。

6/26まで。

2016.5月の記録

20160501 馬鑑 山口晃 馬の博物館
20160501 100年目に出会う夏目漱石 神奈川県立近代文学館
20160501 鞍馬天狗ワンダーランド 昭和のあそび 大仏次郎記念館
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20160501 まぼろしの貨幣 横浜正金銀行券 横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションの全貌 神奈川県立歴史博物館
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20160501 複製技術と美術家たち ピカソからウォーホルまで 横浜美術館
20160501 あそぶ浮世絵 ねこづくし 横浜そごう
20160502 昭憲皇太后 新しき時代の皇后 明治神宮宝物館
20160502 国宝燕子花図屏風 歌をまとう絵の系譜 根津美術館
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20160502 頴川美術館の名宝 松濤美術館
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20160502 オルセー、オランジュリー所蔵 ルノワール 国立新美術館
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20160502 三宅一生 国立新美術館
20160502 広重ビビッド サントリー美術館
20160502 ポンペイの壁画 森美術館
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20160502 セーラームーン 森美術館
20160502 六本木クロッシング 森美術館
20160503 安田靫彦 東京国立近代美術館
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20160503 春爛漫の日本画祭 東京国立近代美術館
20160503 双六でたどる戦中・戦後 昭和館
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20160503 北大路魯山人 和食の天才 三井記念美術館
20160503 美の祝典 Ⅰやまと絵の四季 出光美術館
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20160505 信貴山縁起絵巻 奈良国立博物館
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20160505 リニューアルオープン 奈良国立博物館
20160505 琳派と風俗画 宗達・光琳・抱一 大和文華館
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20160507 王羲之から空海へ 大阪市立美術館
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20160507 ピカソ 天才の秘密 ハルカス
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20160507 近藤喜文 この男がジブリを支えた。 梅田阪急
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20160508 映し、写しと文様の美 白鶴コレクションにみる東洋のこころ 白鶴美術館
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20160508 美術品としての絨毯 文様の今昔 白鶴美術館

20160509 船大工 三陸の海と磯船 竹中大工道具館
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20160512 京都ハリストス正教会 建築探訪
20160514 KAZARI かざり 信仰と祭りのエネルギー MIHO MUSEUM
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20160514 エジプト・オリエント・アジアの美 MIHO MUSEUM
20160514 いのち讃歌 森田りえ子 承天閣
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20160514 水 神秘のかたち 龍谷ミュージアム
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20160514 よりぬき長谷川町子 えき美術館
20160515 森村泰昌 自画像の美術史 「私」と「わたし」が出会うとき 国立国際美術館
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20160515 田中一光 国立国際美術館
20160521 宮川香山 東洋陶磁美術館
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20160521 やきもの百花繚乱 宗旦・宗和・演習とその時代 湯木美術館
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20160521 近代大阪職人図鑑 ものづくりのものがたり 大阪歴史博物館
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20160521 村野藤吾と心斎橋プランタン 大阪歴史博物館
20160521 アートで感じる「ばらの高島屋」 高島屋史料館
20160522 水 神秘のかたち 龍谷ミュージアム
20160522 よりぬき長谷川町子 えき美術館
20160522 禅 心をかたちに 後期 京都国立博物館
20160528 物・語 近代日本の静物画 福岡市美術館
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20160528 サロンクバヤ シンガポール 麗しのスタイル つながりあう世界のプラナカン・ファッション 福岡市美術館
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20160528 平成27年度新収蔵品・近年の寄贈品 福岡市美術館
20160528 色彩の奇跡 印象派 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館&コルブー財団所蔵 福岡県立美術館
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20160528 児島善三郎と独立美術協会 福岡県立美術館
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20160529 我が名は鶴亭 神戸市立博物館
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20160529 西洋との出会い/画家が見た風景 神戸市立博物館
20160529 一点だけの展覧会 藤田嗣治「春」 トアギャラリー ギャラリー

我が名は鶴亭

5/25で終了した神戸市立博物館「我が名は鶴亭KAKUTEI」展に駆け込みで行った。
長崎歴博で開催されているときに興味を持ったが、神戸でこの最終日に行くというミスをやらかしてしまった。
もったいないことをしたもんです、わたし。
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副題がまたそそるそそる。
「若冲、大雅も憧れた花鳥画かっちょいいが?!」
かっこいい花鳥画ということで「かっちょいいが」。いいなあ、こういうの。
鹿の番(カップル)をみて「鹿ップル」とか鴨の仲良しさんを「鴨ップル」と呼ぶわたしのセンスにピッタリやないですか。

というわけで展示を見るわけです。

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1. 我が名は鶴亭!
この人は長崎生まれの黄檗宗の坊さんで、南蘋の弟子・熊斐から絵を学び、京・大坂で活躍したそうな。大坂の「知の巨人」木村蒹葭堂、京の池大雅と特に深く交友したと記録にある。1722―1785の生涯。20代で還俗してから40代半ばでまた僧に戻り、萬福寺でも活躍して江戸で没。

神戸市立博物館の一階ホール、そこに名前に合うた「群鶴図」六曲一双が長々と広がり、薄墨色の背景に13羽の丹頂鶴が思い思いの様子で立っているのがみえる。
遠目に見ると鶴の動きがハキハキと面白く、近くに寄って細部を見ると、鶴の表情が一羽一羽みんな違うことに気付く。
褪色したのかと思うほどの薄い朱をアタマに戴いた丹頂鶴は目も小さく黒く温和で、塗り残しで羽根の白さを表現されているのとあいまって、鏝絵のような感覚があった。

この屏風の縁には鶴の刺繍のものが使われていて、そちらの鶴は連続文様で同じポーズを取っておとなしく、屏風の中の鶴たちの奔放な動きを持たない。
描かれた鶴たちは飛んだり跳ねたり止まったり、それぞれ好きなようにする。なにかおしゃべりしているようなのもいる。
そして鶴亭は「寉亭道人」とサインを入れている。

鶴はまだいて「竹鶴図」ではぐいーっと首を半円形に曲げて身づくろいをする鶴がいた。こちらはチラシの鶴で、目を細めているのだが、鳥のことだから人とは逆に瞼を下から押し上げているのだが、それが頭を下にしているからこれまた面白い目つきに見える。

ここには鶴の絵を集めて「我が名は鶴亭」というのをまず押し出したわけですな。
ツルテイやなくカクテイ。
西鶴はサイカク、仁鶴はニカク、丹鶴姫はタンカク・ヒメ、その仲間。


2. 鶴亭のエッセンス
お師匠さんやそこへ至るまでの先達たちの作品が集まる。

逸然性融 羅漢渡水図巻 鶴亭より百年ほど前の絵。これがもうフルカラーで動作とか表情がリアルで、見ていてついつい笑ってしまった。なにしろおんぶしてもらいながら川か何かを渡っているのだが、陸に着いたら着物の裾を絞ったりするのだからなあ。
なかなか空を飛ぶ羅漢はいなかったわけですね、この世代は。

蘭溪若芝 群仙星祭図 仙人たち、一塊になって左の上を見上げたり指さしたり、歓声を挙げたり。鶴に乗ってきた仙人がこちらへやってきた、それに喜んでいるらしい。
寿老人=寿星=カノープス。星のおじいさん、南極老人。

大鵬正鯤 海老蟹図 これは墨絵で左上に大きな蟹、その下に大きな海老、その斜め上に海老、みんなの間に海藻。墨絵で黒いから、つまりみんなまだ生きているのだよ。
赤いと茹でられておる。イキイキしている海老蟹たち。
それにしてもこの人、凄い名乗りやな。
荘子が書いてたが、大魚の鯤が巨鳥の鵬になるのでしたな。
「本姓は王,名は正鯤,号は笑翁」とコトバンクにある。中国から黄檗山萬福寺に来たお坊さん。

沈南蘋 獅子戯児図 びっくりした!凄い顔つきの母獅子にこれまたよく似た双子の子ども。獅子ママが妙な顔で吠えてるその下でくんずほぐれつジャレ合う子供ら。
ブサカワでいいなあ。それにしても母獅子の首から下にかけて妙な白線が伸びるのは何だろう。

熊斐 鯉跳龍門図 滝のカーテンの中に大きな鯉。上に桃の花が咲き、これで三月五月の節句をやってしまおうと。なかなか合理的というかなんというか。

3. 鮮烈!花鳥画ワールド
吉祥図の松に鷹のほか、黄鳥(高麗鶯)が多い。前者は受注もの・後者は趣味かな。

子供向けワークシートがまた楽しい。
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松に黄鳥図 明るい黄鳥たちのさえずりが聴こえてきそう。目の周囲一帯が黒の小鳥は高麗鶯だという。枝に一羽、幹に一羽。
なかなか可愛いし、キャプションにも面白いことが書かれていた。「僕とお友達になろう」
小鳥は仲間が多いから気の合う子がみつかればいいね。

黄鳥はほかにもいて、紅梅・白梅入り乱れる林の中を飛ぶものもいれば、静かに止まるものもいる。

鶴亭は黄鳥と黒い叭叭鳥と鶴と鷹とを描いている。
鷹は吉祥画として厳めしく松にとまり、騒がしい叭叭鳥は梅の間を飛ぶ。

梅花叭叭鳥図 「来たよー」と飛んできたのに対し、見返りざま「アレ、やだよお前さん」と答える。そんな会話が聞こえてきそうな二羽の黒い鳥。
ここでの鶴亭の印判は「暗香浮動月黄昏」と林和靖の詩が刻みつけられたものを捺している。

4.墨戯全開
人との交流の中で生み出された絵がかなり多い。

14歳で描いた墨菊図巻は様々な菊を集めたものだが、14歳でこれだけ描くのだからやはり本当に絵が好きだったのだ。

雪竹図がいくつかあるが、いずれも質感のよい作品ばかり。
そしてその質感が塗り残しから来ていることも面白い。
胡粉を塗り重ねるのではなく、塗り残し。足し算ではなく引き算の絵。いや、引きもしていないか。
雪梅図もそう。富岳図もそれは変わらない。

墨梅図は時折枝の鋭いのがあって、アザミのようなものも伸びていた。
いずれも個性的な風貌を見せている。

交友関係をうかがわせる資料もある。
桑山玉洲、池大雅、高芙蓉らの名が挙がる。
いずれも上方の絵師や儒者。

鍾馗図もある。赤いのは疱瘡避け。体を正面からやや斜めに向けて立つ。力強い。
高砂図では留守文様。熊手と箒があり、松とそこから垂れ下がる植物が描かれる。

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5.鶴亭を語るモノ

大根にネズミ図 こういうのを見ると展覧会のタイトルに偽りなしと思うのですよ。
若冲ぽいものな。白鼠が青々した葉っぱのところにいるのも可愛い。
べろーんと長い大根。構図そのものが若冲の先達。

木村蒹葭堂の日記が二冊。鶴亭の追善に画会をしたそうな。寒い頃だったらしい。
日にち書きもきちんとしている。
鶴亭に12歳の頃から絵を習っていたそうだ。

6.京阪流行る南蘋風/鶴亭風
流行るとみんなそっちへ向く。追随というてもばかにしてはいかん。その中からなにか光る人もいる。

鶴林 白薔薇黄鳥図 鶴亭のお弟子。ここの黄鳥も目元の黒がきりりとしてなかなか。淡彩なのもいい。下部に薔薇が咲き乱れている。

鶴洲 太湖石孔雀図 岩に止まる孔雀が小ぢんまりと可愛いのだが、その羽がそれこそ「孔雀の裳裾」になり、そこが愛らしいのだと気づく。太湖石もまるで荊のようだった。

鶴洲 雪中双鶴図 こちらは淡彩なのがよかった。雪の中、鶴のカップルが仲良く寄り添う。わりと幸せそう。「さむいねー」「さむいねー」

鶴翁 叭叭鳥補虫図 鶴洲のお弟子 …生物やからなあ。叭叭鳥、上向きでバッタを頭から丸飲み中。ンガググしてる…バッタかコオロギかイナゴか知らんけど、もぉほんまにパックンチョ。なんかスゴイな。

木村蒹葭堂 桃花図 ああ、綺麗な。薄白紅の花がぱーっと咲いている。はっぱの緑だけが少しアクセントが強いが、全体の薄い白さがいい。

佚山 篆隷唐詩選書巻 おお、隷書体で唐詩選巻6の五言絶句を書く。
「心」の字を見て、漱石が自著「心」のこの書体を使いたがった話を思いだす。
「月」は髪を長く伸ばした女が軽くのけぞりながらこちらを見るような艶めかしさがあり、「宿替」という言葉がこの時代からあったのを知ったり、その「替」がニコニコ顔なのにも気づく。

後で唐詩選巻6を調べたら、賀知章「題袁氏別業」や駱賓王「易水送別」が入ってる巻だと知った。これならわたしも覚えているぞ。
しかもそれに千種有功が和歌に訳したのもあった。
あー「唐詩選ぬきほ」だーーーっ
久しぶりに思い出したわ!!これは探したら家にまだあるわ。
ただしここにある詩は挙げたものとはまた違う。何の詩かちょっとわからない。

その佚山と鶴亭の書と絵のコラボ作品もあった。
菊の絵と書と。それらがぺたりと押絵となって屏風に貼られている。
持ってはる方、ほまれのお宝でしょうなあ。いいもの、すごく。

泉必東 雪竹図  こちらも雪持ち竹なのだが、その穴の開き具合がドクロぽくて、広重の描いた清盛のみた怪異現象みたいになっていた。

鶴亭と若冲それぞれの「風竹図」が並ぶが、これがもう見てるだけでかゆくなってくる。
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なんというか、笹のシャキッとしたところやなんかチリチリしたところが当たってワシャワシャになるあの感じですね。
…いかにも大阪人的な説明やな。

鶴亭 松に茘枝図  これ、ライチやのーてゴーヤではないか。白ゴーヤで中の種が爆ぜて赤くなっている。
え?でもこの字はレイシでライチのことと違うの?しかしタキイの種のサイトを見てもゴーヤ(ニガウリ、太レイシ)とあるから字は一緒なのか。
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鶴亭はへちまも描いているが、これがもう展覧会のタイトル通り「若冲も憧れた」という根拠になるような、やたらと長いへちまで、なるほどなあと感心しきり。

他にも「南蛮芋に蕃椒図」があるが、これはやっぱりやたらと長い芋にとんがらしの細い枝なりがある。
この取り合わせでなんか料理が出来るとしてもおいしいんかな。

鶴亭 松鷹小禽図  えらそぉな鷹の下の方で小鳥がそーーーっと飛んで逃げてた。

これに対抗するように並ぶのが蕭白の鷹図。フルカラーで柏がドングリたんまりぶら下げてる横で鷹が爛々とした眼をむいている。木の下には秋の七草。

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7.鶴亭の花鳥画(かっちょいいが)

鶴亭の四君子図がいい。なんというか一枚絵の役者絵みたいなかっこよさがある。
しかも苦み走っている。いいなー。

花木図押絵貼屏風  これがまたとてもよかった。対にして花木の絵がずらりと並ぶ。
葡萄、蘭石、芭蕉、棕櫚、牡丹、菊石の左隻。梅、柳、紫陽花、蘇鉄、竹、松の右隻。
紫陽花が特によかった。それと棕櫚の自由さがいい。

梅柳叭叭鳥図  対幅。いいなあ。これは蕪村の絵をちょっと思い出した。でも蕪村は多分あんまり鶴亭に影響を受けてはいないように思う。
夜か、雪の中、柳が揺らぐ。右は梅を透かした向こうに月。そこに叭叭鳥が二羽と一羽。
とてもいい。

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牡丹綬帯鳥図  チラシの牡丹はこの絵から。この牡丹、本当に綺麗。
それでツイッターでこう書いた。


具体的に言うと、名香智子、森川久美、山岸凉子の絵かな。

海棠綬帯鳥図  こちらはまた白花が可愛い。蕾がピンクと言うのもいい。枝振りはティラノザウルス風なのもいい。

大きな金屏風があった。墨で梅と菊とが描かれていた。大胆でかっこいい。

墨梅図  シマシマのグラデーションの空。手前にフラメンコダンサーのような梅。

本当に面白い展覧会だった。
今後ももっとこの時代の埋もれている絵師の作品を世に出してほしい。

新聞の紹介があったので。
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鞍馬天狗ワンダーランド 昭和のあそび

大仏次郎記念館で鞍馬天狗をモチーフにした展覧会が開かれている。
「鞍馬天狗ワンダーランド 昭和のあそび」展
磯貝宏國コレクション展とある。
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どんな方なのかは知らないが、こうした方のおかげで今の世でも往時の楽しみを再現できるのだ。

メンコがずらーーーっ 丸いのも四角のもある。
大阪では「ベッタン」と言うていたそうで、嗜好もちょっとずつ違ったようだが、映画スターや物語のヒーローが描きだされるのはいつの世も変わらない。
ここでの鞍馬天狗はもちろんアラカンこと嵐寛寿郎である。
現代では出せない原色が使われた絵柄も昭和ロマンがたっぷりで楽しい。

日光写真もある。今も大好き。またやりたい。おもしろいよなー。
出てくる絵柄はやっぱり流行りものなのだが、これはなんでか魅力的なのだった。

ブロマイドもある。昔のことだから「プロマイド」と呼んでいたかもしれない。
ゲームも色々。かるた、いいなあ。伊藤幾久造の絵。
そういえば一番最初の「角兵衛獅子」の挿絵は伊藤彦造だが、妖艶凄美の彼の絵を大仏は気に入らなかったそうだ。

凧揚げ、福笑い、双六…お正月用のおもちゃも少なくない。
ピンクのセルロイドのお面もある。
そうそう、鞍馬天狗も月光仮面もタイガーマスクもヒーローは自らの顔(正体)を隠していたのだった。

紙芝居もある。これはまともなものらしい。
上村一夫「凍鶴」の中で単行本に収録されていない一本がある。
主人公おつるや子供らが見る紙芝居は鞍馬天狗の話だが、実はその裏面は鞍馬天狗と女の婀娜な様子を描いたものだった、というのがある。紙芝居屋のおやじのオリジナルもので、健全な鞍馬天狗をそうやって動かす喜びを持っていたのだ。

そしてそもそもの「鞍馬天狗」の紹介がある。
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それにしても…大仏次郎の生んだヒーロー鞍馬天狗はアラカンによって当時の日本人の多くをファンにした。
原作を知らずとも映画のイメージだけで鞍馬天狗が活きていたりもする。
また、挿絵でも彦造の鞍馬天狗ばかりが浮かぶ。
映画になる以前、多くの人々は彦造の凄艶な鞍馬天狗を想っていたのだ。

とはいえ実は大仏次郎本人は彦造の絵もアラカンの演じた天狗も、気に入らなかった。
記念館に来ていて言うてはなんだが、大仏次郎もちょっとしくじった。
かれは自身も鞍馬天狗の映画製作に乗り出し、アラカンではない俳優を立てたのだがこれが大失敗。
wikiのアラカンの項目や映画「鞍馬天狗」の項目にはそのあたりが詳しく書かれているが、出典を知らぬので、どこまで本当かはしらないがえらいことになったそうだ。
やはり鞍馬天狗=嵐寛寿郎のイメージが強いので、観客も見に行く気にならなかったらしい。
難しい話だ。

難の映画の本で読んだか忘れたが、アラカンはたいへん子供にやさしい人で、劇中でも杉作ら不遇な子供らが虐待される状況があると、演技ではなく本気で子供らをかばおうとしていたそうだ。
・・・久世光彦が書いていたのだったかな・・・ちょっと忘れた。

画面からにじむそうした体質や正義のヒトとしての鞍馬天狗に子供らは魅せられ、ヒーローとして崇め奉り、おもちゃになると喜んで手元に集めようとした。
強いだけではHEROではない。人にやさしいところがないといけない。
やはり鞍馬天狗がこんなにも人気になり、現代まで時折ドラマになったのも、アラカンの力演あったればこそだろう。

様々なことを思いながらも往時の子供らが楽しんだ遊び道具をみた。
7/10まで。

双六でたどる戦中・戦後

既に終了したが、とても好みの展覧会を昭和館で見た。
ここでの企画展は大概自分の好みに合うので、やっぱり昭和の<楽しみ>が身についているなと思う。
尤も、ええなと思うのは全て戦前のものばかりなのだが。

「双六でたどる戦中・戦後」展。
わたしは前期に行けず、後期の「憧れ・流行り物を中心に」展を見た。
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これまで双六展といえば、江戸博の「大すごろく展」、それから弥生美術館に姫路の兵庫県立歴史博物館の入江コレクションなどくらいでしか見ていない。
いずれも明治大正昭和がメイン。
江戸時代の双六は浮世絵展でたまにチラチラ。楽しいからもっと見たいのだが、チラチラしか見せてもらえない。無念。
今回はしかしその無念さを飛ばすほどの濃い内容で、たいへんよかった。

双六はなにも子供向けというわけではなく、大人向けのものもあり、人生双六、名所双六、歌舞伎双六、大宇宙双六…などと色んな種類のものがあり、本当に面白い。
大抵は新聞、雑誌の付録で正月号の目玉になっている。

展示も蛇行するように動線が敷かれていた。飛びや一休みはないがこれは双六の歩み方と同じなのだった。
ゴールは一つでも向かうスピードは人それぞれ。
楽しみながら見歩いた。

世界旅行双六がいい。
三越双六世界一周飛行競争 1929  三越から世界へ向かう。ベルリン、パリと言った地名の他に当時標準的に使用されていた「モスコー」もある。
モスコーはモスクワの英語読みだが、戦前までは「モスコー」と呼びならわされていた。
そしてモスコーと口にしたり、その地名を見る度に、不思議な陶酔が生まれる。

共栄圏仲良シ双六 1943  共栄圏、それから五族協和、それらを体現しようとしているようにも思えた。
満州、内蒙古、上海、香港、海南島、フィリピン、仏印、タイ、マレー、昭南島(シンガポール)、インドの地を進む。

これら戦前・戦中の二点をみていると大日本帝国がどこまで広がってるかを知ることにもなる。
旅行双六は国内線もある。

東京新名所双六 1928 報知新聞の元旦付録。これは都内の名所を絵ではなく写真で紹介。

中部日本教育旅行双六 1930 杉本健吉  範囲が広い。大阪もあれば諏訪もある。愛知だけではない。

敗戦後の占領下ではタイトルも英語の双六が出る。TOKYOからTAKARADUKAまである。

良い子の旅双六 1950 「ぎんのすず」付録 ここでは甲子園の野球、そして原爆から五年後の広島を「立ち上がっている」と表記している。勇気を持たせようとする表現である。

温泉双六 1951 「温泉」付録 …いろんな雑誌が乱立の時期だからなあ。案は編集局、絵はユーモアマンガの宮尾しげを。
色んな温泉を紹介しているのだが、一つ物凄いのがあった。それは温泉ではない地域なのだが、戦時中に当局が大弾圧を加えた新興宗教の本場についての表記が「邪教の本場の土地」そしてそこにコマが進めば出た数だけ「逆戻り」。
1951年でまだこんなことが通っていたのだ…

東京観光バス双六 1952 バス会社と自動車メーカー協賛の双六。こんなのも面白い。

ディズニースターの日本めぐり大すごろく 1955~ 大丸  さすがに天下の大丸だけにきちんとディズニーの許可を取っている。決してパチもんではない。著作権侵害でもない。

乗り物をメインにした双六もいい。
幼いテツ向けの双六が並んでいた。
乗り物競争のパターンが多い。
が、未来を夢みたSF仕立ての双六もある。

ニコニコ新初夢双六 1932  「将来実用化されたら」として様々な製品が並ぶが、中にはソーラーカーがあった。
実現しているが半世紀後の話なのだ。

戦後すぐには大宇宙探検双六、科学力時代双六などがあり、ガラスハウスでの野菜栽培などが描かれている。

流行物は時代相を写しているので資料として見るのも面白い。
戦時中は翼賛、皇軍慰問川柳マンガなど。米の配給とか砂糖の切符とかが見える。
そらこんなんで戦争したかて物資ないねんからあかんわな、と後世の人は口にしてしまう内容である。

ノンキナトーサン、サザエさん、赤胴鈴之助、ピーターパン、アラーの使者…
赤胴鈴之助の双六はマンガの原作に沿っていて、ちゃんと神田お玉が池の千葉周作門下に入門するところ、母上との再会、必殺技の真空斬りなどが描かれている。絵は作者の武内つなよし。

テレビスリラー双六 1955~  これは当時のTVヒーローものを集めたもので、わたしはこの時代のヒーローもの、お子様時代劇に憧れがあるので、とても楽しかった。
少年ジェット、豹(ジャガー)の眼、月光仮面、ハリマオ・・・

他にも人気番組「二十の扉」をはじめエノケン、ロッパ、ひばり、そして映画スター、歌舞伎双六などなど。

動物園の双六は主に小学館の学年雑誌の付録。
1930年のは武井武雄風、1938年のは立派な動物園、1951年はリアリズム…
それぞれの特性があるのが面白い。作家性と言うより時代性の違いである。

大人向けの双六は講談社「キング」の付録と言うこともある。
万人熱狂キング双六 1927 岡本帰一  桃太郎+飛行機… これをみると国産長編アニメの嚆矢「桃太郎 海の神兵」はやっぱり生まれるべくして生まれたのかなあ。

戦時中には「愛国軍歌双六」も。軍歌と言えば♪月月火水木金金とか♪同期の桜くらいしか知らんなあ。
ダンチョネ節やモンテンルパの夜は更けてはまた違うものな。
童謡双六もあった。歌詞カードなくても当時の子供らはどの歌も大体歌えたそうだ。

親指姫双六 1950 「ひまわり」 松本かつぢ  可愛いなあ。どのコマも可愛い。

小四そん四くうすごろく 1953 「小学四年生」 山根一二三  孫悟空ならぬそんよんくうか。こういうセンスすきなの、わたしw
作者の山根一二三は何かで見たような気もするがわすからない。山根赤鬼青鬼とは無縁。

おとぎの国双六 1954 「家の光」 人魚、龍宮、眠りの森、お菓子の家、ジャックと豆の木、ガラスの山…何気に楽しい。

スポーツものもある。
新案スポーツ双六 博文館 「朝日」  おお、美少年たちがいっぱい!!ときめくなあ♪

少女ベビーゴルフ双六 「少女の友」  林唯一・加藤まさを・中村修二・深谷美保子 合作もなかなかいいもので三人の美少女が楽しそうにゴルフをしている。

コドモオリムピック双六 1937  …この翌年にオリンピックを返上したそうな。

冒険双六はけっこう人気だが、ここでは三点ばかり。
北極探検大双六 1932 「少年倶楽部」
これは以前にも野間あたりで見ている。力が入るわーーー
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他にも宝島双六、幼女しりとり双六(なにやらこれはまた)などなど。

そしてお正月らしいおもちゃなどもあり、とても楽しい展覧会だった。
またいつかこんな展覧会が見たいものだと思っている。

ピカソ、天才の秘密

あべのハルカス美術館で「ピカソ、天才の秘密」展をみた。
少しばかり展示替えもするようだが、それは主に彼の少年時代の作品だった。
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この展覧会は青の時代、バラ色の時代、キュビズムとその後、1894年から1925年までの作品が出ている。

1.少年時代 1894-1901
2001年に「世界の巨匠十代の作品 きらめく才能」展を大崎のO美術館で見た。
おかざき世界子ども美術博物館所蔵の作品が来ていたが、中でもピカソのスケッチなどは本当にうまかった。
今回も岡崎から数点来ている。

1881年生まれのピカソの13歳からの作品を見る。
インクで描いたもの、木炭、鉛筆でのスケッチもある。
軍人、騎士、石膏デッサン、裸体男性像などなど。
あまりに巧すぎて驚くしかない。

わたしがこれまで見てきた画家の内、子供時代からたいへん巧い絵を描くと感心したのはまず安井曾太郎だった。
植物を博物学のような正確な絵を描いていた。
そして手塚治虫。彼も昆虫図鑑をそのままにしたような正確なものを描いていた。
ピカソは博物学的な絵ではないが、やはり巧すぎる絵を描いている。

15歳の自画像がある。自分の特徴というより特性をよくとらえていた。
彼の顔で際立って印象的なのはその眼だった。
晩年に至ってもその眼の魅力は強いままだった。
ここに15歳の時の写真がある。やはり飛びぬけて眼が印象的である。
ちょっと南方熊楠にも似ている。
5歳のピカソの写真を見たことがある。雑誌「サライ」の創刊号(1989.9.21号)の表紙にその写真が使われていた。
妹と一緒にいる5歳のパブロ坊やの写真である。
わたしはその号を買ったのだが、面白そうな雑誌として目についたのではなく、5歳のパブロ・ピカソの写真に惹かれたのだった。

1900年、19歳のピカソは戯画風な絵や頽廃的な雰囲気の漂う絵を描いている。
宿屋の前のスペインの男女 川村記念美術館 
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パステルである種の毒々しさをも取り込む。
わたしはこの時代のピカソの絵も好きだが、この絵の仲間はキース・ヴァン・ドンゲンだと思った。
ドンゲンの艶めかしさがとても好きだが、ピカソはそこにはとどまらない。

1901年に描かれた絵も数点来ている。
一転してどこかせつなさ・悲哀のこもった絵が少なくない。
そう、「青の時代」のはじまりなのだった。 

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2.青の時代 1901-1904
貧しいもの、社会の底辺にいるものたちへの眼差しが優しい。
この時代は日本で言えば明治30年代で、日本でも悲惨小説などが書かれたりしていたので、こうした潮流が生まれ始めていたのかもしれない。

鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像 バルセロナ・ピカソ美術館  ちょっとした面白さのある絵。秘書にもなったピカソの親友。

果物籠を持つ裸婦  エジプトの壁画風な小品でオシャレな感じがする。こういうのも好きだ。座って果物籠を持つ。お店のマークなどにしたい。

青い肩掛けの女、スープ、貧しき食事などが並ぶ。
どれを見てもせつない。
海辺の人物 これも貧しさが全体を覆う。

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3.バラ色の時代 1905-1906
池田20世紀美術館所蔵の版画が大半を占めていた。
サーカス関連の人々を描いた作品がたくさんある。

湯あみ ドライポイント 男女の湯あみ。男にすり寄る猫がいい。

母の化粧 ドライポイント  子供を抱っこする男と、笑う女。ちょっと邪悪な笑顔である。

サロメ ドライポイント  ヘロデ王の前で完全なストリップダンスをするサロメ。
こちらもヨコシマなのは王よりサロメの方かもしれない。
いや、方向性が違うだけか。

ここからかわる。
道化役者と子供 グワッシュ 国立国際美術館  この絵は国際美術館でもショップに色々グッズがあった。どこか哀愁を感じる。

フェルナンドの横顔 水彩  赤毛で緑の目の美人。眉の辺りがキリリとしている。いいな。

パンを頭に載せた女 油彩 フィラデルフィア美術館  巨大なパン!唇がいい。
置き方は違うがダリを思い出した。本物のダリではなく映画「ダリ 天才日記」のダリ。
あの映画ではピカソに扮した俳優がすごくピカソぽかったのが面白かった。

4.キュビズムとその後 1907-1920s

グラスと果物 1908 茶色いガラスらしきものがある。色の濃淡でわずかな距離をつくる。
これだけ見ていると、書のようにも見えてきた。

マックス・ジャコブ「聖マレル」のための挿絵もある。エッチング すごくキュビキュビしていて、どんな文章についているのか想像もできなかった。

三人の裸婦 パステル 1920 なかた美術館  これは位置関係が面白い。寝そべる女・立つ女・座る女。そして寝そべる女を見る二人。寝そべる女は何か夢でも見ているらしい。それを見る二人の女がいい。1970年代のフランス映画のようだ。

泉 油彩 1921 泉屋博古館分館  新古典主義の頃の作。立派な腕の女。
チラシ表の「扇子を持つ女」1905 から16年、ヒトのことは言えないが、細い女から立派な体格の女になったなあ。
かっこいいぞ。

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7/3まで。この先の巡回は知らない。

オルセー、オランジュリー所蔵 ルノワール展

ルノワール展が3か所同時に開催されている。 京都市美術館「光紡ぐ肌のルノワール」展~6/5、名古屋ボストン美術館「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展~8/21、国立新美術館「オルセー、オランジュリー所蔵ルノワール」展~8/22である。 いちばん遠い場所のルノワール展へ行った。 イメージ (31) 国立新美のルノワール展は書かれている通りオルセー美術館とオランジュリー美術館の所蔵品で構成されている。 どちらも訪ね、絵葉書をたくさん買った思い出がある。 京都と名古屋はまた別構成でこちらも豊かな展覧会だときくが、日本に今どれだけの数のルノワールの名品が来ているのかを思うと、日本人のルノワール好きというのは凄いとしか言いようがない。 また、こうした特別展だけでなく常設でもっているところを数えると…日本でのルノワール愛率の高さに改めて感心する。 とはいえ、これはある程度以上の世代までではないかという危惧をちょっとばかり持っている。 今の二十代の人は江戸絵画の方が好きだと言う人が多いし、果たしてこの先どうなることか知れたものではない。 だが、ルノワールを知らない人がいても、その絵を見ればやはりある種の幸福感(むしろ多幸感)を懐く人は少なくないだろう。 幸福とは本来抽象的なものであるのだが、それを可視化したのはルノワールだと言っていいと思う。 と、理屈をこねたが要するに「ルノワールを見てキモチよくなろう!」ということでいそいそと国立新美へ出向いた。 今回来ている大概の絵はよく知られているものなので、これはもう特に好きなものを称賛するだけになると思う。 Ⅰ章 印象派へ向かって 猫と少年 1868年|油彩、カンヴァス|123.5×66 cm オルセー美術館   イメージ (35) いきなりこの絵から始まって、ドキリとした。 ルノワールの作品中、ある意味最もあぶないエロティシズムを感じさせる絵である。 白い背の美しい少年が猫と寄り添い、陶然とした目をしている。 その様子を見てときめくのは、少年の裸体の美しさと猫という存在の甘やかさが、見る側をそっ と刺激するからだろう。 こうしたとき、わたしは自分が少年愛を至上のものするfujoshiであってよかった、と心底思うのだ。 猫は白地にキジのネコだが肉球が黒く、尻尾も少し曲がっているので、ちょっとばかり暴れん坊の性格だと思う。それがこんなにも少年に甘えて凭れかかっている。しかも少年の腕を抱え込んでもいる。 猫はよく知っているのだ、自分を甘やかしてくれる人のことを… 賢そうな眼をした少年は猫ではなくこちらでもないどこかを見ている。いや、確実な何かを見ているわけでもなさそうである。 視線が向う先に何があるのかを思う必要はない。少年が目を開けてどこかを見ている、それで十分なのだ。 猫の乗る丈の高い炬燵のようなものはまず緑のベルベットのような布が敷かれていて、猫はそこでくつろぐ。黒い一重のレースが回っている。 その下には白地に青い花柄(いかにもルノワールの好きな色柄)の布が長く周囲を覆う。 炬燵カバーには不向きな春向けの柄である。その布の色と少年の膚の青白さは呼応する。 少年の膚、その手触りを想う。バロックの真珠のような手触りを想像する。 背後の静かな闇の中で光る膚に、いつまでも魅了されている…。 陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)1876年頃|油彩、カンヴァス|81×65 cmオルセー美術館 こちらは血の気の通う肌である。触ればしっとりした質感があり、つねれば小さく内出血もするだろう。草木の色が光に反射してこの娘の肌に落ちる。いちばん色が濃いのは顔で、後の肌は日に晒すことはあまりしてこなかったようだ。腰の周囲に巻きつけた布はやはり白地に青の花柄。 イメージ (33) Ⅱ章 「私は人物画家だ」:肖像画の制作 わたしは現在「実はルノワールは人物表現はリアリズムなのではないか」と思っている。大体どの時代でも人物は誰を描いても「ルノワールの描く人物」なので、当初は「ルノワールは似せる気がなく誰でも自分の絵にするのではないか」と思っていた。 だがあるとき、描かれた人々の写真を見て、そうではなくルノワールは見たままの人物を描いているのだ、と確信した。 息子、奥さん、モデルなどなど。そのままルノワールの絵画人物の様相を呈していたのだ。 特に息子の映画監督ジャン・ルノワールなどはもう本当にパパの絵から抜け出たようなヒトだった。 ・・・もしかすると描かれた人はみんな最初は違う顔だったのに、描かれたことでルノワールの人物に変わってゆくのかもしれない。 クロード・モネ(1840-1926)1875年|油彩、カンヴァス|84×60.5 cm オルセー美術館 モネとルノワールは仲良しさんで一緒に絵を描いたり同じものを描いたりしていた。 だから京都市美術館がモネとルノワールの特別展を同時期に開催したのは非常にいいことだと思った。 そのルノワール描くモネさんはまだ若いからかハンサムで、髭の黒いのも感じがいい。 35歳のモネ。モネは室内で絵描き中。カーテンは白のレース物と黄色地に花柄のものが束ねられていて、室内には柔らかな光が差し込んでいる。観葉植物もある。そして窓は乳白色にけぶっているが、ここでちょっとした疑問を懐いた。このカーテンは窓のためではないのか。モネのためのカーテンなのか。 パレットからはどんな配色のものが生まれるのかまだ想像が出来ない。 読書する少女 1874-1876年|油彩、カンヴァス|46.5×38.5 cm オルセー美術館 白い頬をバラ色に染めてまで熱心に読む本はどんな内容なのだろう、なにを読んでいるのだろう。 この少女は気の毒に早くに亡くなったそうだ。しかしこうして絵の中では永遠に生きている。 そういえばルイ16世の時代、多くのポルノ小説が世に出ていたそうだ。 18世紀半ばでは詩は読んでもいいが小説を読むのはよくないというのが<たしなみ>だったというし。 この娘がなにを読んでいるのかちょっと気になる・・・ Ⅲ章 「風景画家の手技メチエ」 イギリス種の梨の木 1873年頃|油彩、カンヴァス|66.5×81.5 cm オルセー美術館  牧歌的な情景のようにも見える。大きな梨の木の下にいる男と女。青々とした緑が画面の大半を覆い、空が優しく白い雲を止める。道は途中で消え、ここで終わる。 どんな梨がなるのか、そんなことを想う。 草原の坂道 1875年頃|油彩、カンヴァス|60×74 cm オルセー美術館 この絵を見て最初に思ったのは「ジャン・ルノワールの映画のよう」だった。 映画『ピクニック』、それを思い出す。 以前に「ルノワール+ルノワール」展という画家の父と映画監督の息子の仕事を紹介する展覧会があった。あれはよかった。 当時の感想はこちら。 黄色めの草原への道を楽しそうにやってくる人々。ルノワールのごく親しい人々。 歌でも歌っていそうである。赤い花が所々に咲いている。 Ⅳ章 “現代生活”を描く ぶらんこ 1876年|油彩、カンヴァス|92×73 cm オルセー美術館 この絵もとても人気が高く、近年のオルセー展でも来ていた。今回いつもと違う目で見てみると、妙な妄想が湧きだしてきた。 ブランコに乗る娘は誰を見ているのかわからないが、男に自分を見せている。そしてその娘を見る後ろ姿の男を、木陰の男がじっ と見ている。「ウホッいい男」とは言わないだろうが熱心にその男をみつめている。 そしてただ一人ちびっ子だけが「順番まだかな」と待っているだけなのだ。 ブランコはフラゴナールの頃から色っぽい絵となり、仇英はブランコで遊ぶ官女たちを描いた。 ブランコを巡る視線についてもいろいろと思いを馳せてしまう。 アルフォンシーヌ・フルネーズ 1879年|油彩、カンヴァス|73.5×93 cm オルセー美術館 レストランの娘さんだという。赤いリボンのついた帽子がよく似合う。青白い服もいい。 ルノワールは暖色系だけでなくとても青を多く使う画家なのだ。 他の画家の作品や息子の映像も流れる。 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)アルルのダンスホール 1888年|油彩、カンヴァス|65×85.5 cm オルセー美術館 妙に浮世絵風なところが面白くもある。輪郭線くっきり。人々は大人しい。 ジャン・ルノワール(1894-1979)フレンチ・カンカン 1954年|映画|ゴーモン 「ナナ」の方は見れなかったが、景気よく・威勢よくフレンチ・カンカンするお姉さんたちをたくさんみて、こちらも楽しい。 「恋多き女」は色彩設計が面白い。 ウジェーヌ・カリエール(1849-1906)舞踏会の装いをした女性 制作年不詳|油彩、カンヴァス|100×81 cm オルセー美術館 セピア色の画面構成がカリエールだということを遠くからでも伝える。若くない、面長の女の姿。そうだ、舞踏会というものはなにも若い男女のための出会いの場というだけではないのだ。 今回数十年ぶりに共に来日したのがこちらの二点。 田舎のダンス 1883年|油彩、カンヴァス|180.3×90 cm オルセー美術館 都会のダンス 1883年|油彩、カンヴァス|179.7×89.1 cm オルセー美術館 イメージ (32) 田舎は嫁さんになるアリーヌに木綿のドレスを着せて踊らせ、都会はヴァラドンにシルクドレスを着せて踊らせる。 比較。これを見たとき、ニュアンスは全く違うが山本薩夫「ああ野麦峠」冒頭シーンを思い出した。豪雪の野麦峠を藁の編んだのを履いた少女らが必死で上る様子と、鹿鳴館でダンスに興じる婦人たちの綺麗な靴。 Ⅴ章 「絵の労働者」:ルノワールのデッサン デッサンの段階から、描かれた対象がどんどん<ルノワール化>してゆく… それを目の当たりにしたように思う。 海景、ガーンジー1883年|油彩、カンヴァス|46×56 cm オルセー美術館 この時代はまだヴィクトル・ユーゴーが島にいた頃かな。 Ⅵ章 子どもたち ルノワールの描く子どもたちが大好きだ。幸せそうなところがいい。 これは浮世絵の子供ら、応挙の描く唐子らと並んで、三大にこにこチルドレンとでも言えばいいのかもしれない。 ピエール・オーギュスト・ルノワールとリシャール・ギノ(1890-1973)ルノワール夫人 アリーヌ・シャリゴ(1859-1915)、画家の妻1916年|彩色された漆喰の胸像 82.4×53×34.5 cm|オルセー美術館 かなり巨大な感じのする彫像である。だが、怖くはない。むしろ誰でものお母さん、といった優しい感じがする。つまり見るものは幼児になり、この巨像に甘えたくなるのだ。 ジュリー・マネ あるいは 猫を抱く子ども 1887年|油彩、カンヴァス|65.5×53.5 cm オルセー美術館 9歳のジュリーが可愛らしい猫を抱っこしている。冒頭の「猫と少年」の猫よりは若い猫に見える。幸せだったジュリー。猫も幸せそうに耳を開いている。こんな顔をする猫をみると、それだけでこちらも幸せになる。 背景やソファにピンク色が使われていて、ジュリーの服に薄い金色がみえるのも幸せ度を高めているのだろう。 このジュリーが両親を亡くした後、ルノワール、マラルメ、ドガが後見人になったというのはいい話だ。彼女も画家となりなかなか長生きをした。そして彼らの追想を刊行している。 道化師(ココの肖像)クロード・ルノワール(1901-1969)、画家の息子 1909年|油彩、カンヴァス|120×77 cm オランジュリー美術館、ジャン・ヴァルテル&ポール・ ギヨーム・コレクション この絵はオランジュリーで見たのが最初だった。97年の11月、そのとき撮影した写真は今も手元にある。 赤オレンジの服に白い襟、黒い帽子。可愛い。三男坊は8歳。ルノワールは自分の子供らを幸せそうに描いている。 そして描かれた彼らはルノワールが家族を持ったことの意義を言葉にする。 このココのメダルもあってふっくらと可愛らしい横顔を見せていた。絵よりメダルの方が先らしい。 イメージ (34) このあとは花の絵、ピアノを弾く少女たちの周辺、身近な人たちの肖像、そして裸婦の佳い作品があふれるように並んでいた。 そしてわたしのメモにはやたらと「可愛い」という言葉があふれていた。 楽しくし幸せな夢の終わりはさみしい。 だからここまでにすね、 ルノワールの描いた幸せが彼の周囲に行きわたり、次いで作品に魅せられた人々の前にも幸せが訪れる。 やはりルノワールはいい。 わたしもとても気持ち良くなった。 ありがとうルノワール。 こうして幸福は伝播してゆくのだった。 国立新美「ルノワール」展は8/22まで。

かざり―信仰と祭りのエネルギー

既に終わったとはいえMIHO MUSEUM「かざり―信仰と祭りのエネルギー」はたいへん魅力的な内容だった。
3/1―5/15まで開催していたが、わたしが出かけたのは5/14、最終日の一日前だった。
MIHOさんに行くのには根性が必要なのだが、それがなくてずるずる遅れた。
だから第6章の若冲などは既に旅立っており、ここでは見ていない。
それらは都美の若冲展に出ていたりもする。
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二種あるチラシ。表はどちらも若冲

1.花開く仏教美術―仏教伝来とかざりの世界

滋賀の阿弥陀寺から二体の金銅誕生釈迦物立像が来ている。
8世紀と14世紀のもので様子は違うものの、どちらもピカピカの一年生である。
前者は「てへっ」と手を挙げ、後者は「はーい」という手の上げ方をする。

その前の時代の白鳳文化を代表するのが法隆寺で、その法隆寺の遺品が色々きていた。
金銅透かし彫り金具、金堂につけられていた鳳凰など。

穴太廃寺出土の銀製押出仏、三尊塼仏、瓦があり、長らく土中にあったためにか塼仏は金色に耀く箇所を見せていた。

飛鳥村の川原寺の跡辺りからは細身で上部に飛天二人のついた塼仏が出ていた。
それから救世観音の光背の拓本、これなども見てしまってよかったのかと思ったり。
どこから出たか、押出如来三尊像も金に光り、緑にも光っていた。

白鳳時代の華やぎがよくよく伝わってくるよ。

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2.法会をかざる色彩と音楽―伎楽と舞楽

東大寺から伎楽装束が来ている。これは近年のもので、つまり1300年変わることなく東大寺では法会に伎楽・舞楽が必要とされてきたことがわかる。
迦楼羅の面はMIHOさんの所蔵だが、もとはやはりそのあたりから明治初めに流出したのだろう。
黒漆鼓胴 やや細めか、皮を張るのも直径15cmくらいか。

四天王寺からも舞楽面・陵王が来ている。こちらは傾聴17年。
MIHOさん所蔵のは室町時代。

決まりごとは変わらないが、細部の表現がそれぞれ違うことに改めて気づいた。
わたしが「蘭陵王」また「羅陵王」を知ったのは山岸凉子「日出処の天子」の第一話のカラーページからだからもう随分になる。蘭と羅、どちらもあるのを知ったのは佐藤史生のSF作品「羅陵王」で、ちばてつや「餓鬼」ではその陵王の面をかぶって強盗を繰り返す少年が描かれているのを読んだ。

舞楽の胡蝶や迦陵頻伽の作り物の翅と羽根がある。鎌倉時代のものでとても手が込んでいた。よく保存出来ていた。

鉦鼓縁残欠 鎌倉 ぐるりを連珠でつなぎ、中央に鳳凰が舞う。その連珠にたとえば人の顔が入れ手塚治虫「火の鳥」のようだと思った。

狩野永納の舞楽図屏風がある。たいへんカラフル。舞楽の人々が持ち場?で舞い続けている。宗達の舞楽図屏風がいつも意識にあるが、こちらは荘厳さより明るさを感じる。
山本太郎が可愛らしい二次創作をしたからか、幼稚園児のお遊戯を思い出してしまう。
特に裾を持ちあう四人の八仙が好きだ。
胡蝶は山吹を持つ、とても綺麗。それから安摩をみて岡野玲子「陰陽師」を想った。

3.荘厳―善をつくし美をつくす
4.神秘のかざり―密教儀礼(修法)の空間

仏像・仏具の美があふれていた。
木造弥勒菩薩坐像 金沢文庫保管・光明院 朱唇の艶めかしさ、煌めく瓔珞、宝塔を掌中に収める。白塗で緑の髪。綺麗な彩色。

両界曼荼羅図 室町 MIHO 剥落しているが周囲のコマの小さく素朴な絵が可愛い。アタマに蛇を乗せているのは宇賀神か。
三面で千手の仏。三羽のアヒルに座る人もいる。
胎蔵界にはぐったり横たわる人の姿がある。

胎蔵界曼荼羅図 平安 仏たちより周囲の人々のファンキーな姿がいい。もちろんきちんと物語があるのだが、それでも可愛い。

如意輪観音像 鎌倉  MIHO 美人!艶めかしい。ふっくらゆったり。顔つきはややイケズな微笑を浮かべているのがいい。

密教系の仏具をみる。石山寺のものなどもある。
金属表面の傷は即ち飾り。緻密な文様が隙間なく広がる。
飾らずにはいられないのだ。

神護寺経帙 平安 MIHO 綺麗なビーズで構成されている。留は胡蝶。何度か見ているが、やはり綺麗だといつも思う。

銅造宝相華文片面磬 1035 MIHO どうしても宝相華が蟹に見えるなあ。上にペコちゃんのような仏さんがついている。可愛いな。

いくつも磬があるが、孔雀や蓮華文が並ぶ中で、ハチスがどう見ても味の素の中蓋に見えるものがあるのも面白かった。

木造蓮華文華鬘 鎌倉 ああ彩色が褪色しつつもよく残っている。これは綺麗な。

阿弥陀三尊来迎図 南北朝 MIHO  左上から右下へ。美人たちのお迎え。

木造迦陵頻伽像 伝・朝祐 室町  これが怖い。凶笑を見せながら右手を振り上げる。左手は肘下がない。足は鳥なのに非常に力強く、そして暴力的な感じがある。なんだろう。

5.信仰の広がりと動物たち

荼吉尼天像 江戸 和歌山・桜池院  象、鷲、獅子もいるのか。不思議な組み合わせのどうぶつたち。

6.
タイトルは本来若冲の、とあったがわたしが見たときは全部展示終了だった。

大涅槃図 海北友賢 1713 京都・清浄華院 ツイッターでもけっこう皆さんウケてはったなあ。



7.古神宝

檜扇 朱と金銀と松の緑と。優雅な。

雷雲蒔絵螺鈿鼓胴 1430寄進銘 MIHO ギザギザの雷鳴が螺鈿。おしゃれ。

金銅琵琶 鎌倉  可愛く作られている。宝玉もついている。これには信長の書状もあって、彼が執着していたのがわかる。

8.神の乗り物
唐鞍 鎌倉 手向山八幡宮  派手や。

神輿 1924 伊勢佐木町 町内の持ち物の御神輿。四方に獅子がいて螺鈿も丁寧に。
神様のところは新規作成をしないといけないのでたいへん。

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9.祭のにぎわい

年中行事絵巻模本(賀茂祭)原在明 1840 陽明文庫  花をいっぱいに着けている傘。フィギュアを傘に乗せているのも面白い。
観客を追っ払う坊さんもいる。
他にも祇園祭のがあった。いずれね白描。

月次祭礼図模本 江戸 東博  虎皮をやたらめったら乗っけた山鉾…うそくささがいいな。山口晃ぽい画風。

二点の竹生島祭礼図がある。どちらも舟がどんどんどんどん来る。行ってみたくなる。

近江名所図屏風 室町 滋賀近美  ここでばったり会うか。琵琶湖。雪の残る比叡山。楓が赤い。そして季節は変わり岸辺には花ショウブ。三井寺の鐘もある。日吉は猿がたくさん。

日吉山王・祇園祭礼図 室町 サントリー 人々の表現がいい。屋根に上ってくつろぐトコヨノナガナキドリたち。石垣がみえる。穴太のか。祇園祭では五条橋、浄妙などがみえた。

洛中洛外図屏風 江戸 林原美術館  ああ久しぶり。金型雲。淀から始まる。八幡もある。そして御所は開放中。
天守閣のある二条城。庶民の暮らしも丁寧に描いている。

洛中洛外図 江戸  こちらは後世の分。まだ金型雲。こちらにも二条城に天守閣がある。相撲を取る人々もいる。

10.滋賀の曳山祭り

近江八景欄間彫刻(大津祭・源氏山) 1718 大津市  おー、これはスゴい。細かい精密な作り。鳥居もある。粟津にお城があったのか。柳も作る。家も可愛らしい。堅田もいい。落雁だけでなく止る雁もいる。波の揺らぎもいい。

波濤に飛龍文様後幕(水口曳山祭 作坂町) 明-清 水口町  輸入品。皇帝の衣服に似た柄。

面白い展覧会だった。

帰りのバス、気分が高揚していたから遠いとも感じなかった。
よかったなあ。


「水 神秘のかたち」@龍谷ミュージアム

サントリー美術館から巡回してきた「水 神秘のかたち」展を見に龍谷ミュージアムへ今日まで三度にわたって出向いた。
4/9―5/29の間に4/16、5/14、5/21と見に行ったのは展示替えがあったから。
見に行けたのはASA友の会の会員だから。
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サントリーの時と個々の感想はほぼ同じ。
目新しいというか、展示替えのタイミングで見れなかったものをみた、その感想を追加する。
あと、新たに思いついたことも含める。前後期関わりなく挙げてゆく。
なおサントリーで見たときの感想はこちら

それにしても龍谷の龍は水に住まうもの、谷もまた多くは水を持ちもする。
ここでこの展覧会が開かれるのはやはりふさわしいと思った。

日月山水図屏風 室町 金剛寺  桜も咲く松の山。豊かな流れがみえる。左手には雪山、松にも雪がかぶる。滝も寒そう。

信貴形水瓶 京博  蓋の獅子が可愛い。「信貴山縁起絵巻」展にも本家のが出ていた。

祇園社大政所絵図 室町 湯立神事を行っている。大釜がどんと。祇園さんの周囲に露店が並ぶのは昔も今も変わらない。絵の中に白犬がいた。

西行物語巻の2 南北朝 サントリー美術館 修行者がいる。瀧を拝む。その滝には不動と二童子が現れた。

道成寺縁起絵巻 1692 サントリー美術館 奈良絵巻の初期頃のような素朴さがある。とはいえ内容はコワイ。
川に入った清姫があっという間に変化してついには舟を追い越すという。
必死で道成寺に入った安珍を匿う寺僧たち、釣鐘に巻きつく蛇というより龍がゴォォォッと焔を吐き散らす。
やがて龍が退散した後、鐘は無事だが中のヒトは逃げようとした形のままで燻製になっている。
多くの絵では座禅を組んだ安珍の死体を描くが、逃げようとして逃げられずの姿を見たのは初めて。
これは凄いわな。そしてその死体を見て寺僧だけでなく、誰かわからない若い女が一緒に泣いている。
この女が誰か知りたいな…

賢学草紙絵巻 巻下 室町 根津美術館  こちらも素朴な絵だがやはり内容が怖い。というより実は因果そのものは中国の故事「月下氷人」のそれと同じだが、中国のはハッピーエンド、こちらは女だけが幸せという怖い結末なのだよな。
こちらも川へ飛び込む女。京博本ではその後女が変化した大蛇が男を噛み咥えて水底へ沈んでゆく、というシーンがあった。

水の女はコワイのですよ…
近藤ようこさんの短編でも「水の女」をめぐるひやりとする話がある。

観興寺縁起絵巻(模本) 前田貫業 1886 東博 キエーーーッの赤鬼がよく目立つ。水を見るの忘れた。



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倶利伽羅龍剣 鞘は平安、柄と厨子は鎌倉-南北朝 これあれやわ、光悦のこしらえた鹿まみれの笛に似てるわ。大和文華館のお宝の。

倶利伽羅龍剣二童子像 鎌倉 奈良博  サントリーで見たときよりはっきり見えたせいでか、なにやらおしゃべりが聴こえてきたような。
「親方、龍に変化するのはいいけど、いつもより熱いやん、俺真っ赤っ赤になってもたがな」
「火の粉飛んできて頭のてっぺん剥げてもたやん、もぉぉぉ」
この二童子、住まいは奈良なので関西弁ですな。

摩尼宝珠曼荼羅 鎌倉 東博 三つの宝珠めがけて左右から龍が昇る!左は七頭竜、右は九頭竜!
八つアタマはないのか、それはヤマタノオロチか。

阿弥陀浄土図 鎌倉 徳川美術館  プール前に三尊。この図、望遠鏡で見た構図みたい。泳ぐひともいるね。

扇面法華経冊子 観音賢経 平安 四天王寺  今回の目当てはこちらでした。
クリックしてください。
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そう、そういうことね。しかしこの図の上に法華経を真面目に書くのは相当パンクなヒトですな♪

文殊渡海図 鎌倉 叡福寺 獅子に乗るのは少年文殊で連続した五髷。サザエさんは三髷。お付きは前後に三人、そして先達のように幼い少年が一人先にいる。凛々しい文殊少年。

松竹双鶴文八稜鏡 室町 熱田神宮  今回初めて知ったのだが日本における蓬莱は熱田神宮に擬されていたのか。
全く知らなかった。
つまみは亀、左右に鶴、飛ぶ亀はガメラしかおらん。

俵藤太絵巻 巻上 矢をつがえて大ムカデを狙うシーンが出ていた。
琵琶湖のそばを行くと必ずこのことを思い出す。

天稚彦図屏風 江戸 屏風のそこここに物語のシーンが点在する。雲に乗り天へ上る女、ねずみの助けを受ける女、天上の暮らし、難題を乗り越える、しかしそれでも天の川で隔てられ、年一度の逢瀬となる。
鬼の親父の倅にしては小奇麗な息子だよな。

天稚彦物語絵巻 巻上 江戸 サントリー美術館  こちらは赤坂時代に「物語の小宇宙」展で初めて見たなあ。チケットの半券が女が天に昇るシーンだった。
座敷で二人仲良く話すところへ庭が海になり大蛇がのばーっと出る。

亀貝尽螺鈿蒔絵盃 永田友治 江戸 サントリー美術館 きらきら綺麗。

琵琶湖保津川図屏風 江戸 おーっさすが名だたる急流の保津川。また下りたいわ。
舟が出ているがうち2少年が可愛い。美少年と可愛い子と。

厳島三保松原図屏風 江戸 サントリー美術館  松原に毛氈しいて寛いだり・いちゃついたり・宴会したりと色々。海では腰巻一つの女たちも楽しそう。芸人もいて、鉦に太鼓に玉すだれのようなのを開くのもいた。
3扇目には馬上の若衆がとても目立っていた。綺麗なお兄さんが軽く見返る図。
厳島では舞台で子供らが遊んでいた。鹿もたくさんいる。案外大きな犬もいる。

四天王寺住吉大社祭礼図屏風 江戸 サントリー美術館  こちらもまた松原にたんまりヒトヒトヒト。むしろ今だと浜寺の松原のところみたいな感じ。
そこで宴会したり色々。太鼓橋、ちょっと歪んで半円ではなくなってる。
四天王寺では桜が咲いて金型雲がもくもくしていて、人があふれている。
茶臼山もある。そう、真田幸村ゆかりのね。そして6扇目には「一心寺」の短冊だけある。林の中なので寺は見えない。
骨佛は昭和からだったかな。
位置関係はほぼ正しい。西門あたり店が並ぶ。釣鐘饅頭はない。大日本最初の扁額もない。
しかし四天王寺さんのエネルギーがある。舞台には雅楽の支度がある。
ああ、久しぶりに四天王寺へ行きたいな。

5/29まで。
サントリー、龍谷とこの展覧会を数度にわたって楽しめて、本当に有難い。

萩原英雄 ギリシャ神話へのまなざし

武蔵野市吉祥寺美術館には浜口陽三記念室と萩原英雄記念室がある。
どちらもいい企画展をしているが、今回は特に萩原英雄記念室の内容がよかった。
「ギリシャ神話へのまなざし」である。

抽象的な作品が多い萩原だがこのギリシャ神話シリーズは神もヒトも生きものもはっきりしていて、神や英雄、その身に起こった事象なども隠さず描いている。
ギリシャ神話は至高の神々という立場にあるわりには色々ヤラカシタなというエピソードが多いので、一枚絵としても面白いものが多い。

萩原は1957年と1965年の二期に渡り、ギリシャ神話を描いた。
木版画なのだが不思議な感じもある。
そして登場人物の名はその時々によりローマ神話表記にもなっている。
タイトルはすべてその彼らの名であり、表記の揺らぎはそのままにする。
作品はすべて39x54、基本は横長だが、たまに縦のものもある。

1957年の作品から。
ミノトール 白い女を抱え込むのは食うため。しかしこのミノタウロス、上半身が人というケンタウロスの親族系と言うか、件の縁戚と言うか、ちょっとイメージが違うな。

アタランタ リンゴを捨てて走る男の計略に引っかかり、いちいちリンゴを拾う間に競争に負ける。ハヤブサがそれを見下ろすように飛ぶ。
黄泉からの逃走でもそうだけど、3つのものを追われるものが捨てると必ず追跡者は拾わずにはいられないのだよね。呪的逃走の決まり事。

パエトーン  墜落する。この構図がハッとなるように迫ってくる。

ヘラクレス 獅子殺しのシーンなのだが、ライオンではなく唐獅子にしか見えん。
そしてこの構図がまた面白い。

ケンタウロス 女をさらおうとするのをテセウスに棍棒でボカッッッ
全然関係ないがその棍棒を見て「ヨルムンガンド」のラスト近く、武器商人の兄妹キャスパーとココの会話で、戦争をこの世から失くさせようとするココに対し、「この世から武器が無くなると、本当に思うか?」と笑って、棍棒でさえも商品として売買することになるというのを思い出した。

レダ 「お嬢さんこんばんは」と白鳥がやってきた。しかし何故いつも裸で寝ているのかずっと疑問なのだ。中世になると西欧の庶民は裸で寝ていたが、貴族はそうではなかった。南欧はどうだったろう。ギリシャはやはり温度が高いからか。
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ヴィナスとアドニス 死体のそばにアネモネが咲き、白鳥もしょんぼり。女の尾骶骨が目を惹く。

イオ 牛にされた女を挟んでゼウスとヘラの夫婦がにらみ合う。
この場合気の毒なのはやっぱり牛にされた女ですな。

サティロス 女をさらおうとするのを他の三人の女が止めようと必死。

次からは1965年制作。
無残な状況にある絵が色々続く。
ミダス、メランプス、プロメテウス、シシポス…

エロスとプシケ 深く眠る女に薬を振りかけている。この二人の恋の転々とする様子はじれったい。

ポセイドン 浜辺で若い女をさらおうとする、ただのおっさん。

アテネ、アルテミスとあまりいい描かれ方もしていない。

ナルシッソス 水仙が咲く泉のほとり、水面をのぞく少年。時間的に言えば水仙が咲くのはもっと後のはずだが、すでにその先を暗示しているとみなした方がいいのかもしれない。
細かいことなんか言わず絵を楽しめ。

アリアドーネ モノクロだが輝くようだ。
テセウスではなくディオニュソスの妻になってよかったと思う。

最後に1955年のカラー版画が出てきた。
アポロンの火車 天空を走る。配色がよかった。

宣伝も何もないが、いいものを展示しているのは間違いないので、吉祥寺まで行かれればぜひ。
7/18まで。

世界遺産ポンペイの壁画展

森アーツセンターに「世界遺産ポンペイの壁画」展を見に行った。
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ポンペイには自分も2000年に行った。ミレニアムの年か。
あのとき轍が残っているのがとても印象的で、いくつかの建物の後に入ったことより、その道の方がよかった。
壁画はこれまでにも色々みているが、日本でこれだけの規模で見せてもらうのは初めて。
凄いなあ。
巡回先は兵庫県美術館。チラシが出来ている。裏面は別物で予告の第一版か。
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「ポンペイ最後の日」は西暦79年のその日を描いた映画だったな。何度も映画化されているし、偕成社あたりからジュブナイルとしていいのが出ている。

ところでわたしはポンペイの壁画の事を知ったのはまだ学生の頃だったが、それは先代中村勘九郎の「役者の青春」からだった。
子供の頃に家族でイタリア旅行で行ったとき、幼かった勘九郎だけ見せてもらえなかったという話があり、ちょっとした艶笑譚にもなっていたが、それが意識に残っていたためにか、ポンペイに行った時、町しか見せてもらえないのか、残念と思ったのだった。
その後、フレスコ画を見るようになってポンペイの壁画の価値の高さを知るようになった。

また、今から思えば幼い坊やに見せられないものは昼間からオンタイムのものではなく、娼館に掛けられていた壁画があったからだろう。
今の時代はその気になれば大抵見たいものが見れるのでちょっと検索したら、該当する壁画がいっぱい出てきた。
をを、さすがローマ時代。
だいたいアジアでは中国が、欧州ではローマが古代のうちに官能の極限を味わい尽くしている。
その当時にその気で描かれたものがわるいはずもない。

とはいえ、今回の展覧会にそうした作品が来ないのもわかってはいる。
(惜しいが仕方ない)

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1.:建築と風景
だまし絵のようなものもあればアエディクラ(祠)を描いたもの、詩人を描いたものなどがある。

特に素晴らしいのは「エジプト青」の天井装飾、壁面装飾など。
もう本当に色が綺麗。水色の強い色。それを下地に花柄やペガサスが描かれている。
ジョットの青、海老原ブルー、巴水の青、それらとはまた違う青色。

詩人のタブロー画のある壁面断片  なんでも「黄金の腕輪の家」からの出土品で、バラバラやったのを直したものだそうだ。不思議な静謐さと未来風な感じがあるのが面白い。クリックしてください。
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コンパスや折尺などの道具も展示されていた。いずれもブロンズ。
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2.日常の生活
面白い絵柄のものが多かった。
フレスコ画と言うものはつくづく不思議空間を生み出すものだと思う。

カルミアーノ農園別荘、トルクリウム  恋人たち、ケンカ、馬に蹴られる男、空飛ぶ女…いろんなものが複合的な存在し主張する。

コブラとアオサギ エビグラムの家  闘争。シャー!!vsキエーーーッ
この家にはほかに飼い犬の「シュンクレトス」の絵もあるが、その白犬の他にアオサギが蜥蜴を突っついて、蜥蜴がベロ出す図もあった。
施主の趣味とはいえ、画工もどう思って描いたやら。…楽しんでたかもw

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戦車競走の絵とかはああ、ローマ時代やなと思う一方、選挙広告とか見ると、あああローマやな!と思うのであった。

植物の蜀台 綺麗な配色。
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3.神話
ローマ神話。やっぱりネタが豊富である。

ナルキッソス 綺麗。水面の己に陶然となる美少年。エロスがそばにいていろいろ大変なのだが。

酩酊のヘラクレス、アリアドネをみつけるディオニュソス、カッサンドラの予言、ダナエとペルセウスのセリフォス島漂着…
有名な神話の1シーンを劇的に描いている。

チラシは「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」。

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ここから画像を挙げるのはポンペイではなくエルコラーノの壁画。

ケイロンによるアキレウスの教育
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とても綺麗な彩色。
それにしても…ちょっとフジョシを喜ばせてくれる構図ですな♪

テセウスのミノタウロス退治
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こちらは生贄から救われた子供らが喜んでテセウスにまとわりつく図らしい。
クリックすると、ちょっとビミョーな図になる。

4.神々と信仰
多神教だからこその面白さがある。

有翼のヴィクトリア ちょっと中世風、時代がもっと後世のようにすら見える。

踊るマイナス  チラシの美人。とても綺麗な絵。彼女はディオニュソスの信女。バッコイナ。
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トロパエウムを掲げる有翼のウィクトリア  赤地がいいな。
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ヘルメス、竪琴を弾くアポロ、ウェヌス、デメテルなど本当に豊かな世界。
それらを描いた壁。
こんな技術があった文明がたった二日で…

ポンペイの壁画、本当に面白かった。
またイタリアに行きたいと思う展覧会だった。

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追記 新聞にあった解説
拡大してください。
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大阪市立美術館へ「王羲之から空海へ」展を見に行った。

大阪市立美術館へ「王羲之から空海へ」展を見に行く。
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行く前に非常に久しぶりに東梅田のyamatoで洋食のランチをおいしくいただき、「美術館の地下の『榴樹』でお茶しよ♪」と計画を立てて、天王寺へ向かった。
天王寺公園の様相は非常に変わり、あのフジョシ心をときめかせてくれていた二人の男性像は消え、ちょっと不気味やんと思っていた動物型刈り込みもなくなり、「てんしば」とかいう全然芝生のない広場にいくつかの新しい食べ物屋が開いているばかりだった。
それでもまぁ「フェルメールの小道」だったはずの道を行くと黒田藩の藩邸の門だったかな、あの前に出た。そしたらすぐに見えるはずの『榴樹』の看板が見えない。
わたしだけでなく初老のご夫妻も呆然と立っている。
そうするといつのまにやら有料になっていた慶沢園の受付の人が「11月末で閉店されたんですよ…」
が゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛―――――――んっっっっっっっ
なんてこったい!!
好きだったメニューがもうなにもかも食べられなくなったとは!!!
こんなてんしばとかいうもん拵えたからというて、レトロ感満載で、雑誌にも素敵なスペースのレストランとか紹介されてたみんなの憩いのレストランが殺されるなんて――――

結局その衝撃から立ち直れないまま展示を見たので、あんまりアタマに入ってこなかった。
そしてその閉店の事と展覧会の事を呟いてもレストラン閉店の事への反応は色々あったが、展覧会の事についてはなんにもなかったな…

いい展覧会なのだろうけど、そのショックがやはり大きくて、当分の間ここには来たくないと思うくらいだった。
とはいえ6月のコレクション展はよさそうなので行くことになるが、ほんまにがっかりです。知らん間にこうして大事なものが奪われてゆく…

ごくごく簡単な感想をちょこっとだけ挙げます。
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展示室に入ると結構な人出で、しかも老若男女の差もなく真面目に鑑賞していた。
カプで来てはる人らもグループの人らも、みんなゴクゴク真面目に熱心に書を鑑賞している。時々右手が何気に動いているのはあれは書く練習をしているな…と見当をつける。
大概その展示と無関係な噂話をする人々というのは一定数存在するものだが、ここにはそれはいなかった。
聴こえてくる会話と言えば「このハネはちょっとナマクラなのでは」「いや逆に鋭すぎてそう見えるのでは」「肥痩が利いてて」「濃淡が」…
ほんまかいなと思いながらわたしもケースに近づく。
若い子らは「とめはね」の影響があるのかもしれないし。
要するに、この場内で一番展示に身が入らないのはわたしらしかった。

王羲之の本物はないが、それでも現物を見た当時の人が写した書などはとても人気で、そちらに近づくのは至難の業だった。
数年前、東博で王羲之の展覧会があり、書もいいが彼の逸話とかヒトトナリなども紹介されていて、楽しく見て回った。
当時の感想はこちら

そういえば「楽毅論」などは天平の昔の光明皇后が書いたものが、今の世に残る。
蘭亭序も無限に写されて…

わたしは唐代と宋代の書が特に好きだ。楷書が本当に好きで、見ていると普段はダラケタわたしなどでもちょっとばかり背筋がまっすぐになる。
南北朝から唐の写経はいいものが揃っていた。

虞世南 孔子廟堂碑(臨川李氏本)  唐・貞観二年~四年(625-30) 東京 三井記念美術館  そうそう、どういうわけか昔からわりと虞世南が好きだ。この書も好ましく見た。
彼はやはり王羲之に憧れた人だそうだが、多くのヒトの中にあっても特によい字を書いていると思う。

蘇軾、黄庭堅、米芾ら北宋の人々の書の前に来ると、ある種の軽やかさを感じ、いい心持になる。
唐もそうだが北宋もまた文明の極限に至っている。
そして他民族の侵略を受けて衰退し、やがては滅びる。
その滅びる寸前の絶頂期の美しさというものがただならぬ輝きを見せるのだ。

元の時代では趙孟頫の四種の作品が紹介されていたが、いずれも非常に良かった。
蘭亭十三跋 元・至大三年(1310) 東京国立博物館
仇鍔墓碑銘 元・延祐六年(1319) 京都 陽明文庫
与中峰明本尺牘 元・十四世紀 東京 静嘉堂文庫美術館
致中峰和尚尺牘  元・十四世紀 台北 國立故宮博物院
これまで全く意識していなかった人の書だが、ああ、いいなあ。さらっといいな。たまたまか、この四点ともサイズもいい。

明もまた文明・文化の極致を味わう時代だった。
祝允明 臨黄庭経 明・成化二十二年(1486) 三重 澄懐堂美術館  元のが好きなところへこちらはまたやや小さい字で書くから可愛らしささえ感じる。

文徴明の書の良いのが四点もある。
この人は去年大和文華館「蘇州の見る夢」展で山水図を見ている。
その時の感想はこちら

ついでに言うとその前にも「橋本コレクション中国書画/中国山水画の20世紀」展でもそれを見ていて、全く同じ感想を懐いている。
その時の感想はこちら


草書千字文 明・嘉靖八年(1529) 台北 國立故宮博物院  草書はあんまり好きではないが、これはこれでかっこいい。流れるように「天地玄黄…」

楷書史記刺客列伝 明・嘉靖十一年(1532) 三重 澄懐堂美術館  16〼1列で刺客列伝が綴られている。どきどきした。これはもう読める範疇のものなので、非常に熱心に読み耽った。文字そのものは優しく丁寧なのだが、わたしはついつい内容にときめき、その書の向こうのドラマを見ていた。
聶政の自害…顔皮剥ぎと内臓のばらまき、豫讓の隠し持つ匕首、そして荊軻の話。
久しぶりに全文が読みたい。
思えば荊軻の物語は「男組」で知ったのだった。小学生の頃の話。

自書七言律詩 明・十六世紀 台北 國立故宮博物院  流れるような書。それにしても長いな。とはいえ墨の色もいいし、素敵。

行書前後赤壁賦 明・嘉靖三十七年(1558) 台北 國立故宮博物院  絵が見えてくるような書。

そうそうこちらも良かった。好悪を越えたよい書。
徐渭 赤壁賦 明・万暦二十一年(1593)  かっこいいわ、強くて。

時代から行くと次は明末から清なのだがそれは飛んでラストに来た。
日本の書へと向かう。
そういえば先年の「和様の書」はいい展覧会だったな。
実は3回も感想を挙げている。とりあえず最初のがこちら

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金光明最勝王経 巻第三・巻第四 奈良・八世紀 奈良国立博物館  ここにも「不惜身命」の文字があった。

賢愚経残巻 奈良・八世紀 兵庫 白鶴美術館  力強くていいなあ。そういえば先日もこのお仲間を見たところだ。

竹生島経(法華経 序品) 平安・ 十一世紀前期 滋賀 宝厳寺  特に綺麗な拵え。
書そのものより全体に惹かれる。

空海の書もある。三蹟も。このあたりは紙そのものがまた素敵で、そちらに目を奪われることの方が多かった。
遠目からでもわかる石山切や熊野懐紙など好きなものも色々。
一休、慈雲尊者、白隠ら僧籍にある人々の墨蹟。
そして大好きな三藐院近衛信尹の「檜原図屏風 いろは屏風」や光悦と宗達のコラボものなどなど。

見るべきものはいくらでもあるものですなあ。
最後に明末から清初。
王鐸 臨王渙之二㛐帖 清・順治七年(1650) 徳島県立文学書道館 「道」の字の良さにシビレた。そう、わたしはこの字が好きで、この字が佳ければ全てよしとヒイキにしてしまうのだった。

突然自分の目に飛び込む文字がある。
文字に引っ張られるのだ。
だからそれには決して逆らわない。

最後に非常に面白い書を見た。
傅山 嗇廬妙翰 清・順治九年(1652)頃 台北 何創時書法藝術基金會  色んな書体を使い分けている。可愛いのから変なのまで。こういうのも楽しい。

5/22まで。
 
見終えていい気持ちになったのに、そんなわたしを寛がせてくれる場所が無くなったのだなあ…本当にがっかり。
もう慶沢園も有料になったし、もう今後は天王寺公園にいる時間はなるべく少なくして、通過点の一つにするしかないな。残念。

いのち賛歌 森田りえ子展

承天閣美術館で森田りえ子展が開催されている。
「金閣寺方丈杉戸奉納10周年記念」だそうだ。
その杉戸も今回こちらに来ている。イメージ (4)

今活躍中の日本画家の中でも森田さんは特にいい。
彼女の描く花が特に好ましい。
鮮やかで艶やかな彩色と、伝統的に寄り添いながらも大胆な構図。
ほんと、素敵だ。
先年香雪美術館での展覧会で初めて見た「KAWAII」シリーズもたくさん仲間が増えていた。それも微笑ましい。

イメージ (5)

森田さんの花と言えばまずは椿だが、次が糸菊、そして花菖蒲に蓮に紫陽花と美しい花が続く。
その糸菊。
1986年、「白日」の名のもとで森田さんは華やかな白をまとった糸菊を世に送り出した。
1992年には「秋蒼穹」として下書きをせずにフリーハンドで繊細の極致のような糸菊を描いた。線のない色だけで円い菊を、糸菊を描く。それが妙に厚みのある存在感を生み出していた。
話す口はもたないものの、物言う花になっているようだった。

柊野五色椿 2007 この五色八重散椿は本当に綺麗で明るくで艶やかで大好き。
先人・御舟が描いた散椿は地蔵院のだったかな、こちらは柊野。

冬・椿 1999 上に白梅、下にやや薄紅の椿が咲く。白椿が散っている。
この二曲屏風を所蔵しているのは「アイスまんじゅう」の丸中製菓。
おいしいおいしいバニラとアンのアイス。
今度からはアイスまんじゅうを見る度・食べる度にこの絵を思い出すだろう。
いや、丸中製菓はほかにも花菖蒲や罌粟の絵も所蔵している。

一力亭白椿 遠目にもはっ となる赤い暖簾がある。丸に一力の文字が見える。
べんがら色の塀。そこに白椿。そしてその花は「袖かくし」という名を持っている。
綺麗な色の対比。

桜も描いている。
建仁寺茶碑 春うらら 2003 栄西禅師の茶碑を左右からしなだれかかるように枝垂桜。はらはらと散り舞う花弁。祇園辻利の所蔵と言うのもひとごとながら嬉しい。

五節句を描いた連作物は小品だからこその愛らしさが横溢していて、これはぜひシリーズのままでいてほしいと願う。

扇面12か月もいい。中でも6月の「彩雨」はガクアジサイとカタツムリを描いていて、雨だけでないしっとりさがあった。

百合、朝顔、酔芙蓉、なにもかもがいい。

東南アジアで感得した美を描いた「熱国彩夢」「熱国麗華」も素晴らしい。
艶めかしい湿度が南国の花や蝶をより美しく表現しているかのようだ。

金閣寺方丈杉戸「秋―菊」「冬―椿」は木目の美しさもまた鑑賞するものだった。
わたしは椿がとても好きで、好きで、この五色八重散椿の美にただただ陶然となる。

香港の夜を描いた長い長い「光の入江」もいい。そうだ、飛行機のために点滅するネオンは許されていなかったな、とそんなことを思い出す。

2015年の「KAWAII・GITAI」シリーズがとてもキュートだった。
いまどき少女たちがスィーツ、フルーツ、フウジン、ライジン、デヴィルなどのタイトルでそれそれコスプレ中。
チラシの「フルーツ」は帽子がメロン、スカートはスイカ、白いネットをコルセットにしている。
「スィーツ」少女のミュールが三色団子なのも楽しい。

舞妓を描いた連作「粧」もいい。諸肌脱ぎで合掌、長襦袢姿、お店だしの完全な姿。
がんばって日々を生きる少女の強さをも感じさせる。

スケッチもいい。
「ジャワの踊り娘」や上海美人を描いた「民俗衣装」が特にいい。
石本正えがく美人たちと共通する、健全な肉体を持つ娘たち…

前後期展示替えもある。
6/19まで。

奥村土牛 画業ひとすじ100年のあゆみ

山種美術館で奥村土牛展を見た。
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土牛は長命だった。
その名が示すように、しっかりした牛のあゆみを続け、多くの名画を残した。
本人の著作タイトルも「牛のあゆみ」。
そして牛を可愛く思い、描いた牛の絵もいいものが多い。
長い生涯の中で土牛は山種美術館創業者・山崎種二と深い心の交流を持ったという。
展示の中でしばしば山崎家との個人的なかかわりの作品もあり、それらがいずれも微笑ましい性質のものだというのもいい。

始めに名作・「醍醐」の桜が出迎えてくれた。
もう花の時期は終わっていたが、この絵の中では醍醐の桜は不滅である。
わたしの従妹は絵に関心はないが、この絵を使った切手を見て、それで醍醐に花見に行った。
あの小さな切手の絵、それにそそられたのだ。
そして醍醐に行き、描かれた桜はこれか、綺麗だなと思ったそうだ。

1.土牛芸術の礎 
戦前までの若い頃の作品を見る。

麻布南部坂 1925  電信柱が目に入る。二本ばかり高いのが立つ。黒田侯の邸宅から霊南坂教会方面を見る構図らしい。
ちらりと十字架らしきものが見える。
ところでこちらの南部坂は麻布だから忠臣蔵とは無縁。

雨趣 1928  ここにも電信柱がある。大正末期から昭和初期、電信柱は最先端技術の象徴でもあったのだ。民家の並びに出現する電信柱、そこへ雨。
宮沢賢治も「月夜のでんしんばしら」という童話を描いている。

1930年代半ば過ぎの「兎」絵が二点。
それぞれちんまりとして愛らしい。戦後の兎もいい。画稿を見ていてもよく伝わる。

2.描くこと 見つめること
戦後の作品。

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啄木鳥 1947  とてもシャープな筆致である。丸い目を大きく開けて鋭い嘴を木に向ける啄木鳥の良さがよく出ている。

祇園祭の頃の舞妓を描いた絵もいい。美人画ではなく、むしろ静物画に近い感じがするがモダンさが前面に出ている。1954年の舞妓。どこか中村七之助丈に似ている。

水蓮 1955  この絵は普段からとても好きな絵で、睡蓮の時期になるとこの絵葉書を取り出すくらい身近な愛情を覚えている。
数年前の「古径と土牛」展のブロガー内覧会の折に撮影させていただいたのも楽しい思い出。

城 1955  60年前の姫路城である。もし今土牛がお元気であったらば、現状を見て「描こう」とそそられるかどうか。

浄心 1957  何度も見ているのに今回初めてこの大日如来がパタリロに似ていることに気付いた。そしてその時に思ったことは、パタリロの中にある仏性についてだった。
マリネラ国王であるパタリロは韜晦して生きている。ハチャメチャではあるが鷹揚さと冷徹さをも併せ持ち、かれは大体がこの大日如来に似た顔つきで世を過ごす。
しかしふとしたはずみに何らかの優しさをのぞかせてしまう。それを知られるのを彼は好まない。
この絵を見ていてそんなことを思うのはわたしだけだろうが、しかしある種の納得が広々と自分の中に広がるのを感じた。
なお。この絵は古径の死に感じて描いたもの。

泰山木 1958  とても好きな絵の一つ。九谷焼の瓶に活けられて大きく咲き開いている。
花弁の肉の感触が伝わってくる。

茶室 1963  真珠庵を描いたもの。今みるとコンテンポラリーだと思う。

力強い「那智」の滝、線を排除し薄い色彩を塗り重ねて質感を表した「鳴門」などの名作が並ぶ中、初めて見たものがあった。

稽古 1966  立派なお相撲さんを中心に二人のまだ若手の取的が居並ぶ。堂々たる貫禄である。とても力強い絵。
わたしはこの時代の相撲さんは詳しくないので描かれた人々が誰かは特定できない。
解説を読むと栃錦だそうだ。「栃若時代」を築いた横綱・栃錦。
土牛はとてもお相撲好きだったそうだ。勇気をもらう・芸道を極める、といった思いを相撲に見出していたようだ。
納得の話である。
タイプは違うが明治大ラグビー部の名将・北島忠治を思い出させる雰囲気が土牛にはあった。北チュウさんは若い頃「(神楽)坂の忠治」と呼ばれるほどの男で、お相撲をしていたが、呼ばれてラグビーの試合に出て、それからラグビーに夢中になったという。
土牛にも元はお相撲をしていたような力強さ・粘り腰といったものを感じる。
外連味のない堂々たる態度・風貌からの感じでそんな風に思う。

鵜 1966  野良鵜。無職の鵜というかフリーの鵜が三羽いる。大人しくしているのではなく何やらダンスでもやっていそうである。
須田国太郎にも「鵜」という名品があるが、あれも野良鵜で、やはり妙に踊っていた。
三羽鵜は踊るものなのかもしれない。
仕事に従事する鵜は集団で描かれるが、野良鵜は三羽。

3.白寿を超えて
長い長い歳月を生きた土牛。
亡くなったのは1990年だが、その少し前に日曜美術館か何かで、生きている土牛の映像を見た。
お孫さんが通訳をし、画面には字幕スーパーが出ていた。
「百歳て凄いんやなあ」と思ったものだ。

輪島に行った時の印象を絵にしている。
「輪島の夕照」、「朝市の女」などである。能登に行った時のいいイメージが絵になったようだ。

猫の絵が二枚。
閑日 1974 狸顔の猫である。
シャム猫 1974 狐顔の猫である。
どちらも可愛いものですなあ。

ガーベラ 1975  カラフルなガーベラの入れられた花瓶が素晴らしい。古い時代のガラスが土中で変化したような、不思議な色合いを見せていた。

以前の内覧会で山崎館長から伺った土牛に関するお話を思い出しながら見て歩く。
そして去年弥生美術館で開催された小田富弥展でのエピソードをも併せて想う。
挿絵画家・小田富弥は戦時中に、息子の絵の先生でまだ無名だった土牛とその妹とを自邸に引き取り面倒を見た。
無名とはいえ土牛の様子をみた人気作家・小田富弥は自分の商売が嫌になったという。彼は彼でいい仕事をしているが、挿絵より本画の意識が強かったのだろう。また土牛の人間性の大きさに唸ったのかもしれない。戦後はそれでとうとう挿絵から離れてしまうという勿体ないことをした。

姪 1980  若くして亡くなった姪御さんを追想して描いた一枚。絵もいいが、土牛の人柄の立派さをも感じる。

最後の大作は1981年の「海」92歳の労作。海苔板か・・・

土牛の書も少し出ていた。
「心」と書いているがどう見ても「仏」に見えた。1983年、土牛94歳か。
もう心に仏が住まっていたのだろう。

昭和のある丑年、山崎種二にお持ちの礼状を送っている。伏見人形の俵牛を描いたのがとても可愛らしい。

与謝野晶子「新訳 源氏物語」は土牛が表紙を描き、挿絵は梶田半古だったそう。
挿絵の残るその本を読んでみたい…

5/22まで。

生誕140年 吉田博

待望の吉田博展が現在千葉市美術館で開催されている。
5カ所を回るそうだが関西には無縁なので千葉市へ向かう。
そもそも版画関係の展覧会はやはりここで見るのがベストなので、喜んで出かけた。

数種あったチラシのうち。
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出かけて最初に大量の洋画・水彩画が並ぶのに少なからず驚かされた。
そうだ、吉田博は洋画家で売り出したのだった。
自作を持って義妹のふじをと2人、極東から来た兄妹として欧州などを経巡り、展覧会で絵をたくさん売って旅を何年も続けたのだ。

彼ら兄妹のことは漱石も自作に記していた。
「三四郎」の中での話。
3年ほど前にそのことをここで書いている。

世界を旅していた頃の兄妹の写真がある。
ふじを、とても楽しそう。白いドレスの彼女が機嫌よく笑っている。

わたしはこの時代の吉田博とふじをの二人を想う時、谷山浩子の「休暇旅行」という歌が必ず脳内再生される。
茫漠とした長い時間、果てのない広い陸をめぐる2人。
歌の中ではその二人は76億年の旅を続けているのだが、実際には吉田博とふじをの旅はそんなにも長くはない。
長くはないが、ついに<旅>は二人の遺伝子にも入り込み、後年、安住しつつ、生涯をある種の旅に費やした。

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1. 不同舎の時代 1894-1899
まずは旅に出る前の水彩画などを見る。
「みづゑ」の時代。
やさしい絵が多い。京都の風景もいい。
みずみずしい。
山の絵も多い。そう、吉田博は登山家でもある。
日本画家で山を愛し山岳図を多く描いたのは山元春挙だった。
同時代の二人がこうして山に目を向けているのは素敵だ。

篭坂 Kagozaka 明治27-32(1894-99)年 水彩、紙 34.5×51.0 静岡県立美術館  どの辺りにあるところなのかしらないが、宿場町の様子がいい。多くの馬や人が一休みしている。雪が多く残る。一膳飯屋、うどんのある店。抒情的なその良さに惹かれる。
イザベラ・バードが喜びそうな場所である。

東照宮、日光 明治32(1899)年頃 水彩、紙 100.0×67.5 栃木県立美術館  立派な門だということを改めて想う。ゾウさんの木彫。行きたい。小杉放菴、五百城文哉の日光を想う。明治半ばの日光、ある昼下がり。

雲井桜 明治32(1899)年頃 水彩、紙 49.5×67.5 福岡県立美術館  この絵は以前から好きな一枚で、どうしてか長らく版画だと思い込んでいた。
吉田博が版画をするのはもっと後年なのに、版画のような抒情性がにじむからだろうか。
いや、抒情性というのはちょっと違うか。
夜、枝垂桜の美しいのの傍らに女たちがいる。水色に近い宵闇の中で。

2.外遊の時代:1900-1906
明治32年1899、アメリカ丸で渡航し、デトロイトで幸運に出遭った。多くの絵が売れ、次のボストンでもよく売れた。中川八郎という人と二人展。その当時の写真もある。

村の橋 明治35(1902)年頃 水彩・鉛筆、紙 34.3×51.3 福岡市美術館  日本的抒情が横溢する風景画。

鳥居の下の人々、花咲く日本の村 (明治後期) 水彩、紙 15.7×26.1  雨に濡れる躑躅。こういう風景は西洋人が好きなのだよなあ。

宮島 (明治後期) 水彩、紙 49.8×33.4  太鼓橋を上ろうとする子供ら。向こうから来る人、下駄を脱いで裸足で上る子供らの元気の良さ。

ああ、やはり西洋人の好む明治日本風景だ…
そして海外の風景が現れる。

チューリンガムの黄昏 明治38(1905)年 油彩、板 31.0×45.9 福岡市美術館  マサチューセッツの青い夜。ぽつんと一つ灯りが遠くに見える。
日本画家で抒情的な作品の多い川崎小虎にもこんな絵がある。
フランスのアンリ・ル・シダネルにもある。
和やかな黄昏時。淋しさよりも静かな心持になる風景。そしてそれはある種の諦念にも似ている。

フロリダの熱帯植物園 明治39(1906)年 水彩、紙 35.5×50.5   明るさが何より嬉しい。遊びに出かけたくなる植物園。東南植物楽園とは違う、湿気のなさ。熱帯植物園と言っても、からりと晴れ上がった空の下で生きるとイメージが変わる。

ロイヤル・ポインシアナ・ホテル Royal Poinciana Hotel 明治39(1906)年 水彩・鉛筆、紙 35.5×51.0  白亜のお城のようなホテル。調べたらマイアミにあるので、描かれたのはそこだろうか。とても素敵。
古写真を見ると多分ここに間違いない。
ああ、お茶をしに行きたいな。
シンガポール、ハノイ、それからいくつかの熱い国のホテルで心地よくハイティーを楽しんだことを思い出した。富士屋ホテルでのランチ、万平ホテルの一休み時間、素敵なホテルに共通する心地よさ…
絵を見ながらそうした記憶を呼び起こされ、ただただ気持ちよくなる。

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3. 画壇の頂へ:1907-1920 
吉田博は中村不折らのいる不同会のメンバーだった。
日本の洋画界には黒田清輝率いる白馬会があり、到底相容れない様相を示していたらしい。
なんでも噂によると吉田博が黒田をシバいたとかなんとか。

堀切寺 明治40(1907)年頃 油彩、カンバス 44.5×75.0 福岡市美術館  靄がかかったような画面の中に碧と翠とがあり、花菖蒲とも杜若ともつかない花が咲いている。
夢から覚めたときに思い出す光景、そんな絵。

吉田博は旅をする。
国内もよく歩く。
越後、別府温泉、瀬戸内、信州、穂高、槍ヶ岳、琉球…
中でも高山の中の一部を切り取ったような絵は登山で有名な小島烏水の旧蔵品だったそうだ。そんな情報が嬉しい。
小島は吉田博の山岳の絵を見ながら自分の歩いた山を思い出していたに違いない。
こんな心の動きを想像することが出来る絵は素敵だ。

自邸を飾る絵もある。
槍ヶ岳と東鎌尾根  大正9(1920)年頃 油彩、カンバス 82.5×42.0 二枚の連作。
バラ  大正9(1920)年頃 油彩、カンバス 149.8×49.0  六枚の連作。
季節により掛け変えるそうだ。
素敵なインテリア。

本当に山が好きなのだと知らされる。
息子に「穂高」と名付けたところにもそれが現れている。
槍ヶ岳や剣岳の絵や写真を見ると、様々な苦労を重ねた先人のことを必ず思う。

青銅器とバラ 大正3(1914)年頃 油彩、カンバス 72.7×60.6  これは西周の頃の青銅器風だな。絨毯の上に置かれ、バラがそこに。

ステンドグラスの窓 大正10(1921)年 油彩、カンバス 80.7×60.7  重厚な洋画。光はないがその暗さ故の重さがいい。かっこいい。

別府近郊 牧童図 不詳(大正期か) 絹本墨画淡彩 112.5×36.3  なかなかハンサムな少年。そして牛がきりっとしている。

4. 木版画という新世界:1921-1929
いよいよ木版画が現れた。
これが見たくて来たのだ。
洋画は東博にある「精華」がベストだが、版画はなにもかもがいい。
随分前に名古屋のボストン美術館で「吉田博全版画集」という分厚い画集を見た。
あれは欲しいと思ったが、到底手が届かない。
なおその本の表紙は今回のチラシのこれと同じ作品。
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渡邊と組んだ仕事は8本だそうで版木が焼けてしまった後、私家版に心血を注いでいる。
それがあまりに素晴らしく、洋画も水彩画も他者の作品だと思ってしまうほどなのだった。

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帆船の様々な時間帯の様子。形は同じもので色を変えて表現している。
本当に見事だ。

アメリカや欧州のシリーズものもいいのだが、それよりも圧倒的にいいのは日本及びアジアを題材にしたものが非常に優れていると思う。

日本アルプス12題という連作などはもう山岳の良さを堪能できるだけでなく、ふっと愛らしい花や野鳥で和む。
東京12題の良さももう誰にでも喧伝したくなる。
川瀬巴水とはまた異なる表現。
欧米とは違う湿潤な気候が風景に抒情性を与え、そこに強く惹かれる。

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5. 新たな画題を求めて:1930-1937
インドへの旅は豊饒だった。

ラクノーのモスク  昭和6(1931)年頃 油彩、カンバス  白と金で構成されたモスクは正教会風にもみえる。水面に映る姿もいい。

イト、マト、ウッドウラーの墓 Tomb of Itmad-ud-Daulah 昭和6(1931)年頃 油彩、カンバス 45.5×60.5  白い建造物がある。それが墓なのか。どこか不思議な風景にも見える。

ラングーンの金塔 印度と東南アジア  昭和6(1931)年 木版、紙 24.8×37.5 千葉市美術館 赤と金の輝きがみごと。

連作「印度と東南アジア」があまりに素晴らしいのでアタマに綺麗きれいキレイとしか言葉が浮かばない。。
その地を描いた作品群の魅力の大きさには絶句するばかりだった。
ベナレス、アジャンタ、ウダイプール、エロラ、マデュラ…
どの都市も吉田博が表現する以上の美は見いだせないように思う。

タージマハルの前景を描いた連作の魅力が深い。
これも配色を変えることで朝から夜中までを細かく表現している。
6つの時間を楽しむことが出来るが、どの時間もいい。

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日本各地の桜を追った「櫻八題」もいい。
三溪園、弘前城、嵐山といった桜の名所の他に地名を挙げぬがわかる円山公園の枝垂れ桜、知恩院の楼門などもあり、見ている自分の上にも桜が降るようだった。

陽明門 これなどは96度も摺って完成させたという。正気の沙汰ではないところにこそ美が活きる。

朝鮮・満州のシリーズもよかった。
憧れが募るばかりだ。

6. 戦中と戦後:1938-1950

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溶鉱炉 Blast Furnace 昭和19(1944)年 油彩、カンバス 116.5×80.1 東京藝術大学  炎が素晴らしい。溶鉱炉の凄まじい存在感。怖いようだ。
実はわたし、新日鉄広畑の見学をさせて貰ったことがある。溶鉱炉の様子をまともに見た。
素晴らしい光景だった。あれを想いながらこの絵を見て、ますます惹かれた。

戦闘の絵もあるが、勇ましいというよりやはり綺麗だった。

吉田は接収されかけた自邸をアトリエなので困ると直談判した。達者な語学力で話が進み、彼の自邸は接収を免れただけでなく、多くのGHQのファンのサロンともなったそうだ。

近年の、というより初めての吉田博の集大成の展覧会だった。
素晴らしい。
ああ、思い出すだけでときめきの余韻がそこここからにじみだす。
いいものを見た。
また見たいと思っている。

国宝 信貴山縁起絵巻展 その1「山崎長者巻」

「国宝 信貴山縁起絵巻」展に行った。
「朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」という副題がある。
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信貴山は河内と奈良の間くらいにある山で、その歴史と言うと、お寺のHPがこう記している。
「今から1400余年前、聖徳太子は、物部守屋を討伐せんと河内稲村城へ向かう途中、この山に至りました。太子が戦勝の祈願をするや、天空遥かに毘沙門天王が出現され、必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でありました。太子はその御加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創建、信ずべし貴ぶべき山『信貴山』と名付けました。以来、信貴山の毘沙門天王は寅に縁のある神として信仰されています。」
だから立派な張子の虎があるわけです。
虎と言えばここと、道修町の張子の虎が揺れる神農祭と、阪神甲子園球場の虎の像がまぁ関西三大虎像かな…と勝手なことを呟こう。

さて聖徳太子から330年ほど後に命蓮上人という方が現れ、彼の起こした数々の奇跡を絵巻にしたものが「信貴山縁起絵巻」
わたしが最初にこの絵巻を知ったのは高校の教科書に載っていたからだが、当時も面白い話だと思った。
授業の中で出た話題の中で、托鉢の鉢がどんどん巨大化してゆくというのがあり、「あっほんまや」と思ったりもした。

あと永井豪のどのSF作品か「手天童子」かな…どれかでこの鉢がUFOみたいだという会話があった。
アダムスキー型をひっくり返したみたいとかなんとか。

次に意識したのが1988年春に集英社から出た「すばる」石川淳追悼号で掲載されていた野坂昭如の追想。
野坂が前年夏、石川淳に今のJAのTVCM用に発句を頼んだ話である。
それで選ばれたのがこの句。
鉢投げて 米俵飛ぶ 秋の空

「ああ、これは信貴山縁起絵巻やな」とすぐにわかった。
当時は古美術はおろか美術そのものにも縁を持たなかったが、すぐにわかったのは習ったからだけでなく、やはり「源氏物語」「鳥獣戯画」「伴大納言」「信貴山縁起絵巻」は一応のことがアタマに入り込んでいたからだと思う。
中でもこの「信貴山縁起絵巻」は面白いから忘れようがなかった。
そして絵巻に描かれた主要なシーンは1999年のサントリー美術館での特別公開展のチラシで学習しなおせたのだった。

さていよいよ展覧会を見ます。
玄関ホールでは俵が空を飛ぶ様子が再現されてますがなw


最前列で見たい人のために縄を張って誘導。これは三巻全部つながる縄。途中からは入れないので、最初から最後まで最前列で見るか・見ないかという選択肢がある。
20分待ちだったので、わたしは先に他の展示を見て回った。
それから戻るとやはり20分待ちだったので、待ってる間に他に見たものの感想をメモメモ…メモリー。
我ながらこれはエエ。

「どんな展開だろう」ではなく、純粋に鑑賞する。
「伴大納言」のようなサスペンスフルな展開ではなく、やっぱりこれは奇想天外で日常逸脱系SFだと思う。とても楽しい。
楽しいのは鑑賞者だけで、「飛倉」の山崎長者は終始真っ青ですが。
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「山崎長者巻」が即ち「飛倉」で、高校の時の授業を思い出しながら詞書などもちらちら読む。やっぱり一度正式に学んでいると(たとえ高校生クラスでも)、現物に触れるとわりに思い出せるものです。(当時「飛倉」の巻と習っていた)
要するに山崎の長者は今の大山崎あたりの人で、油で潤ってるわけです。
大山崎油座。
本宮ひろ志「夢幻の如く 斎藤道三」の中ではそこら辺りを面白く描いている。

いよいよ本体。たいへん綺麗な色・線である。
なお、以下の感想に使う詞書は全て「小さな資料室」様のを参考にさせていただいた。
仮名送りはほぼ避けているが。

油の圧搾で儲かるのはええのだが、絞るだけ絞って倉ぱんぱんに米俵詰めて、ついついうっかりと托鉢の鉢を侮ったもんだから、エライことになってしまうのだ。
そもそも上人自らが来ないで鉢だけ代参なのが気に入らんのかもしれない。
最初は「わーっ不思議じゃのう」だったかもしれないが、そのうち「…本人来よらんと鉢だけ飛ばしくさって」くらい思うようになっただろう。
上人vs商人の心の軋轢があるし、しかも無機物であるはずの鉢が偉そうに、とも思ったことだろう。
で、鉢をほったらかしにして、何も渡さず忘れてそのまま。あまつさえ倉の中に鍵かけて置き去り。
・・・鉢には感情表現は描かれていないが、これはきっと昔の「スーパージェッター」の流星号、「キャシャーン」のブレンダー並みの主人に忠実・命令は必ず実行するタイプの奴に違いない。鉢がただただ上人の法力だけで動いているのなら、上人が「よーし、やってしまえ」と思って、飛び倉システムを実行したのかもしれないが、絵で見る分には上人の意思を酌んで鉢が「やっちまえ!!」だったような気がする。
一旦帰宅して「今日はないんです」というより「持って行ってしまえ!」というところが大好きだ。いいぞ、鉢!!
なんとなく、この鉢は威勢のいい若い奴のような感じがある。
おジイちゃんの上人が大好きで、ご飯を食べさせたい一心。
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扉を開けて外に出る鉢。
ぐらぐらぐら…ぐりとぐら…
どう見ても巨大化したらしき鉢が一挙に倉ごと持ち上げて、飛んで行ってしまいましたがな!
それを追いかける人々の表現が素晴らしい。
この辺りは「伴大納言」の火事でワーワーとなる人と双璧の巧さ。
面白くてならない。

大慌てで追いかける人々。なにしろこの時代は山とお寺の塔以外は大して高いものもないし飛行機が飛ぶこともないから見晴らしはよく、目標を補足した以上は「どこ行ってん」にはならない。(途中でワープしたら知らんけどやね)
マジメに飛んでゆく倉と鉢。
大山崎から信貴山へ到着。
今の交通なら62kmくらい離れてるそうで、阪急とJRとバスを使って大体1300円ほど。
昔の人は良く歩いたとはいえ一日十里(40km)くらいまでだから…一日半かかって信貴山の命蓮上人のもとへたどりついたようですな。

倉は上人の小ぢんまりした庵から少し離れた林の中に屋根だけ見せている。
絵では上人は別に焦ってもいないから、鉢の奴が帰ってきてドヤ顔したのを見ても「重かったか」くらいしか言うてないような気がする。
それとも確信犯的に「みてみぃ、こうなるんや」…は、ないか。

さて到着した長者と談合。
ここで昔から不思議でならないのが、米俵は返すが倉は返さない、という上人の考え。
これについては高校の時から不思議でならない。
普通は倉は返しますという対応するのではないのか。
いまだにわからない。倉を置くスペースがあるのはいいとしても、何か使いたかったのだろうか。

米俵を返すことになって、長者が「ほなどないしはるので」と訊いたらここでまた鉢が大活躍。詞書をここに挙げると
「この鉢に、米を一俵のせて飛ばするに、雁などの続きたるやうに、残りの米ども、続き立ちたり。また、むら雀などのやうに続きて、たしかに主の家にみな落ちゐにけり。」
という状態になりました。
唖然呆然と鹿もぽかーんと見上げる。可愛い。

長者邸では油絞りの用具とかが見える。油採るゴマは瓢箪みたいなのから採れるのね。
返ってきた米俵にみんな仰天。大仰な様子を見せる女たちの歯がお歯黒だったりするのも面白い。
それにしてもこれも高校の時からの疑問というか心配なのが、帰ってきた米俵、どこにしまうのか。わざわざ倉たてて放り込んでたのに、家の中には入れられませんやろ。
わたし、ほんまこのことが気にかかって気にかかって…
ここでもう一度石川淳の句を挙げる。
「鉢投げて 米俵飛ぶ 秋の空」

ああ面白かった。

長くなりすぎるので、続く。

国宝 信貴山縁起絵巻展 その2「延喜加持巻」「尼公巻」

次は「延喜加持巻」。
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詞書を少し挙げる。
「かやうに行ひて過ぐるほどに、そのころ、延喜の帝、御悩重く煩はせたまひて、さまざまの御祈りども、御修法・御読経など、よろづにせらるれど、さらにえをこたらせたまはず。ある人の申すやう、「大和に信貴といふところに、行ひて、里へ出づることもなき聖さぶらふなり。それこそ、いみじく尊く、験ありて、鉢を飛ばせて、ゐながらよろづのありがたきことゞもをしさぶらふなれ。それを召して祈らせさせたまはゞ、をこたらせたまひなむものを」と申しければ、「さは」とて、蔵人を使にて、召しに遣はす。
 行きて見るに、聖のさま、いと尊くてあり。「かうかう宣旨にて召すなり。参るべき」よしいへば、聖、「なにごとに召すぞ」とて、さらに動き気もなし。「かうかう御悩大事におはします。祈りまいらさせたまふべき」よしをいへば、「それはた参らずとも、こゝながら祈りまいらせ候む」といへば、「さては、もしをこたらせたまひたりとも、いかでかこの聖の験知るべき」といへば、「もし祈りやめまいらせたらば、剣(けむ)の護法といふ護法をまいらせむ。おのづから、夢にも幻にも、きと御覧ぜば、さらば知らせたまへ。剣を編み続けて衣に着たる護法なり」といふ。「さて京へはさらに出でじ」といへば、帰りまいりて、「かうかう」と申すほどに、」

ここから絵が現れる。

例の鉢の件は世に広く知られていたようで、概ね世間の評判は「上人、すごいーーー」ということでしたか。
だから命を受けた蔵人が会いに行った時も一目で「うわ、凄そう!」になったわけです。
ところがヒキコモリというか出不精というか、表に出たがらない。
しかし代替案は出る。
・・・今から思えばこのお上人、自分の意思を通すヒトですな。

ここでまた詞書を挙げる。
「さて、三日ばかりありて昼つかた、きとまどろませたまふともなきに、きらきらとあるものゝ見えさせたまへば、「いかなる人にか」とて御覧ずれば、「その聖のいひけむ剣の護法なめり」と思し召すより、御心地さはさはとならせたまひて、いさゝか苦しきこともおはしまさで、例さまにならせたまひにたれば、人々も喜び、また聖をも尊がり、賞であひたり。」
面白いのは絵巻の描き様。普通は←の方向に物語が進むのだが、ここでは逆に→へと進む。
人々が働く里山のその上空を転法輪ごろごろ転がしながら奇抜なファッションの少年が走ってくる。
ロックだぜ、とでも言いたくなるな。
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クリックすると巨大化する。

そのスピードがサーッッッと描かれているのもいい。
ジャリンジャリンと音がしてキラキラ光る抜身の剣を衣服にした少年。
彼が来て、ちょっと帝をのぞいたら、たちまち全快。
少年が病を倒す様子もないが、このスタイルでダーッと走ってきて、ちょっとのぞいたら治ってると言うのは凄いな。

一発で治ったからもぉ帝を始め朝廷大喜び。
「帝の御心地にも、めでたく尊くおぼえさせたまへば、人遣はす。「僧都、僧正にやなるべき。また、その寺に庄などをも寄せむ」といひ遣はす。聖うけたまはりて、まづ、「僧都、僧正、さらにさらにさぶらふまじきこと」ゝて、聞かず。「又、かゝるところに、庄などあまた寄りなどしぬれば、別当なにくれなど出で来て、なかなかむつかしう、罪得がましきこと出で来。たゞかくてさぶらはむ」とて、やみにけり。」
お礼に高い地位を、荘園も贈ると言われても「なりたくないし、こんなところにそんな土地貰ってもヒトは雇わなあかんし、それでうまくゆくかわからんし、めんどいわ」とお断り。無欲なのか強欲なのか面倒くさがりなのかなんだかわからない。
因みにお倉はまだございますのよ。

勝手な妄想が湧いたので書くが、あの鉢とこの護法童子とはどっちが上人のいちばんかを張り合ってると思う。それでどっちも自分だと主張を曲げずに大喧嘩位した可能性、大。

また書くと、あの護法童子が走ってくるとき、♪シャーオリーンシャオリンー♪とリー・リンチェイ(現ジェット・リー)主演映画「少林寺」のテーマソングが鳴り響いているような気がしてならない。
やっぱり高校の時のイメージは強いな。

そして最後に「尼公巻」。
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高校の時に読んだ限りでは、ここでちょっとばかり上人が姉上から叱られてごめんなさいになってるのを見て「よしよし」と思った記憶がある。
いつもいつも偉い人というのは可愛くないからなあ。
(可愛げがあるなしで判断する大阪人の言)

信州から出て来て弟を探す姉。もう老齢だが姉弟のきずなは消えず。
この姉弟の生き別れと再会という所に妙に惹かれる。
2人がいたのは延喜帝つまり醍醐帝だが、その醍醐帝の子でありながら山に捨てられる王子と、髪が逆立つことを悩んで狂人となり流浪する姉姫がいたという物語がある。
逆髪と蝉丸の姉弟の生き別れと再会とがそれである。
わたしにはどうかするとこの姉弟とこちらの姉弟が薄くダブるときがある。

さて老尼が訪ね歩いても誰もその「命蓮」を知らない。
鉢飛ばしで帝の病も治した上人と、この老尼の弟の「命蓮」が合致しないのか、単に庶民は何も知らぬのか。
「さすがに廿余年になりにければ、そのかみのことを知りたる人はなくて」
今高名な上人も20年前の昔は知られていない。
どこかに泊まることも出来そうになく、東大寺の大仏殿の前でぐったり。
昔から願い事・尋ね事は神仏に訊く慣わしがあるので、おすがりすると、早速有難いことに夢に佛が現れる。
ここでは異時同時図。老尼が階段周辺でうろうろする様子が一目で見て取れる。
時間の経緯もよくわかって巧い。
「夜ひとよ申して、うちまどろみたる夢に、この仏の仰せらるゝやう、「この尋ぬる僧のあるところは、これより西のかたに、南によりて、未申(ひつじさる)のかたに山あり。その山に紫雲たなびきたるところを行きて尋ねよ」と仰せらるゝと見て、さめたれば、あか月になりにけり。「いつしか疾く夜の明けよかし」と思ひて、見ゐたれば、ほのぼのと明けたるに、未申のかたを見やりたれば、山かすかに見ゆるに、紫の雲たなびきたり。嬉しくて行く。」
今ではどうか知らないが、東大寺から信貴山が見えたわけですね。
そちらへGO!

ここでわたしの記憶の錯誤なのか深読みなのか希望なのか、今見たら別に命蓮も叱られていないなあ。おかしいなあ。
寒いでしょうと優しい姉さんがお土産にくれたのは下着。手造りヒートテックのプレゼントに弟大喜び。
そして最後の詞書がいい。
「鉢に乗りて来たりし倉をば、飛倉とぞいひける。その倉にぞゝの衲の破れは納めてありける。その破れの端を露ばかりなど、おのづから縁にふれて得ては守りにしけり。その倉も今に朽ち破れてその木の端をも露ばかり得たる人は守りにし毘沙門つくりたてまつりてその倉の木の折れたる端などは請ひけり。」

あの飛び倉、一応使われてたらしい。巨大な箪笥。
お姉さんから貰った手製のヒートテックをそこにしもてたから。
しかしほぼ何も使わなかったから、倉としての機能も活きないまま朽ちてるなあ。
とはいえ、朽ちても転用されたようで、そういうのが好きだ。
花咲か爺さんのポチの転生、古代の大木から作られた「枯野」などなど…

とりあえず姉弟で仲良く同居。庵の下の石段などが丁寧に描かれているのもいい。
きっと鉢は姉弟のため今まで以上に頑張って空を飛んで托鉢に勤しんだことだろう。
楽しい絵巻だったなあ。

国宝 信貴山縁起絵巻展 その3 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝

この展覧会では絵巻だけではなくタイトル通り、お寺に伝わる様々な像や仏具、そしてこの縁起絵巻と関わりのある資料などをも見せてくれる。
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1. 信貴山縁起絵巻の世界

金銅鉢がある。929年の鉢。命蓮のいた頃と同時代の鉢。…あいつかもしれんなぁ。
そう、空を飛び、倉まで動かすサイキック・ベース。
わたしは見てても気づかなかったが、「この鉢がぼこぼこなのは剣の護法童子と闘ったせい?」という面白いツイートがあり、するとやっぱり鉢と護法童子は自分が一番!だと主張を譲らなかったのかもしれない、と思うのだった。

剣鎧童子像 1幅 絹本著色 18世紀 奈良・朝護孫子寺 強そう。赤身に青の剣鎧。ちゃんと法輪もついている。顔つきは案外トボケた顔で可愛いわ。

毘沙門天王二十八使者図像 1巻 紙本墨画 安永7年(1778) 京都・仁和寺 「説法使者」というのもいてるのか。

別尊雑記 巻四十七(四天王)・巻五十四(多聞天) 2巻 紙本墨書 12世紀 京都・仁和寺 図像集。かっこいいな。

模本がいくつか。
住吉廣保筆 3巻 紙本著色 詞:享保8年(1723)絵:元禄14年(1701) 奈良・朝護孫子寺
冷泉為恭等筆 一括 紙本著色 19世紀 香川・金刀比羅宮
信貴山縁起絵巻復元模写 3巻 紙本著色 現代 2010年のもの。
丁寧な作りのものばかり。

2.縁起の成り立ち

様々な説話集にある命蓮上人の奇譚。
鎌倉初期までに成立している「古本説話集」という孤本にも話があるようだ。元は梅沢記念館で今は東博所蔵。
岩波文庫、講談社学術文庫から出ているようでその気になれば読めそうだ。

宇治拾遺物語では「明練」などという風に適当な当て字の名で「みょうれん」上人の奇跡の物語が綴られている。
大抵は飛び倉の話だが、「山槐記」には加持祈祷の話が出ているようだ。

そして信貴山縁起絵巻とは直接関係のないほかの縁起絵巻が紹介されている。

彦火々出見尊絵巻 巻六 福井・明通寺 豊玉姫の出産は竜宮ではなく夫の住まう陸地で。竜宮の人々が海から陸へやってきたところから出産までのシーンが開かれていた。竜馬とでも言うべき馬に乗ってきた人々、浜には貝殻。産屋には鵜の黒羽が葺かれかけているが完全ではない。(だから赤子にはウガヤフキアエズの名が付けられる)妻の出産をのぞく夫。出産の際の土器割りも行われている。座産。コサンというらしい。

粉河寺縁起絵巻  病平癒のお礼のために旅立つ姫君一行。馬に乗ろうとする姫に手助けする描写を見て、馬の乗り方を学ぶ。
やがてあの命の恩人の童子が観音の化身だと気づく一行。その驚きおののく描写がいい。
感動と畏怖のあまりその場で出家する一族郎党。
家来達も続々と剃髪する中、一人だけ我関せずの家来がいるのも面白い。
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辟邪絵 見慣れているはずなのだが、なにかしら新しい発見というのはあるものですなあ。
天刑星のおじさん、魔をスープにつけながら食っているようにしか見えない。
栴檀乾闥婆センダンケンダツバというおじさん、蚕というより毒グモのようなのとか、どっちが正邪かわからない連中がいる。
毘沙門天にも関係の深い絵、か。
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命蓮上人像  関わりのあるもの、キリスト教で言うとアトリビュートというのか、肖像の上には飛ぶ俵、下には護法童子。

3.毘沙門天王の霊山

タイトル通り毘沙門天の像がずらり。
歴史的にも大塔宮護良親王、松永久秀らが山に入っている。みんなやはり毘沙門天の力をご加護をと願うのだ。
そもそもが物部との戦いの時に厩戸王子が信貴山の化身から必勝の矢を授かったという説話があるのだ。

兜跋毘沙門天ががっしりしていてコートを着込んでいるようなその姿がカッコよかった。

そういえば信貴山の歴史年表を見ると、多くの人が土地を寄進しているが、中に916年、伊福部薬子が土地購入というのがあり、個人的にその名前にときめいたりした。

ところで物語の主人公たちの多くは申し子して生まれて来るが、鞍馬ブームの頃はやはり毘沙門天の申し子が生まれ、(小栗判官とか)清水の観音にすがればそちらも観音の加護を受けるのだが、実はこのわたし、厳密には申し子されて生まれてきたわけではないのですけど、わたしがまだ胎児の頃に親族みんなで信貴山に拝みに行ったそうだ。
それでみんなが毘沙門天に男男男…と祈る間に母だけが女女女と願ったそうで、生まれたらわたし。
だからわたしの本名は信貴山朝護孫子寺からつけられたのでした。

大日如来坐像 1軀 木造 平安時代 11世紀  おや、印はニンニンの手ではないね。

金銅五鈷鈴 銘松虫 1口 銅製 鋳造 鍍金 鎌倉時代
銅五鈷鈴 銘鈴虫 1口 銅製 鋳造 平安~鎌倉時代
時代はちょっとずれてるけど対の名前のもの。リーンリーンといい音色なのかな。

銅信貴形水瓶 1口 銅製 鋳造 南北朝時代  ああ、本家本元の瓶。

4.聖徳太子信仰の興隆

木像も図像も色々ある。太子信仰は大きい。

四天王立像 4軀 木造 彩色・漆箔 平安~鎌倉時代  一つだけ鎌倉。元のヌルデの彫刻の面影をみる。

絵伝もある。橘寺のがみれた。

太子軍絵巻 1巻 紙本著色 江戸時代 17世紀  おお、信貴山も太子に加勢しているので剣の護法童子を派遣している。
こういうのは初めて。

5.武家の尊崇

楠公もまたここの申し子だそうだ。
それで遺品がある。
菊水の旌旗 1帳 絹製 墨画 鎌倉時代 元弘元年(1331) ぼろぼろとほつれてはいるが菊水。

晴信時代の信玄の書状、松永久秀書状、秀頼が寄進した扁額もある。

やはりゆかねばならないね。
生まれる前に行って以来、一度も出向いていないわたし、なんとか近いうちに出向きたいと思っている。

展覧会は5/22まで。

美の祝典Ⅰ やまと絵の四季

『源氏物語絵巻』・『信貴山縁起』・『伴大納言絵巻』・『鳥獣人物戯画』は、日本四大絵巻物と呼ばれているそうだ。
これが日本三大絵巻物となると『鳥獣人物戯画』が外れるようだが、それは連続した物語性を持たないから、という意味での外しなのだろうか。

この四種のうち『源氏』は五島美術館と徳川美術館で展示があり、その機にその気になれば比較的見に行きやすい。
ところが後の三種がなかなか世に出ない。
それでも先年『鳥獣戯画』が東京・京都で御開帳され、大いにお客さんを喜ばせた。
そしてまさかのもしかで『伴大納言』と『信貴山』とがほぼ同時に東西で公開されている。
前者は出光美術館の開館50周年記念の目玉として三期にわたり、分けられての展示。
後者は奈良国立博物館で三巻を一気に展示している。

出光では既に記念展の第二期に入っており、この感想はもう終わったものへの追想になるが、記憶と記録のために挙げておきたい。
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『伴大納言絵巻』はミステリーというかポリティカル・サスペンスの傑作である。
絵巻に描かれた事象・描写にも実は謎が潜んでいて、そのあたりが面白いということを今回の展示でハッキリと示している。
壁に登場人物紹介がある。大きいのでわかりやすい。見方をリードされているのだが、それはそれで構わない。
絵や風俗は描かれた時代(平安末期らしい)のもの。

古代から続く大納言家だが天平時代に差し掛かる直前から藤原家に押さえられてしまった。
地位を回復したいと思っても自分の上には右大臣・左大臣がいる。
このことを踏まえてから絵巻を見ると、非常にスリリングな展開を見せていることに気付く。そもそも応天門とは内裏に近いなかなか重要な門なので、これは朝廷、いやそれよりも天皇への挑戦だとみなされもする。
イヤガラセをしたのは誰だ、ということで若き天皇は腹を立てている。

場内では赤と黒のうまい設えがある。
それにそって絵巻を見た。
上巻の見どころは何と言っても応天門の大炎上シーンとそれを見る人々の様子である。
ガラス越しに人々の表情を観察する。絵がいいのはわかっているので、そこではなく人々の行動を見る。
こうした見方でみる絵巻はやはりドラマティックな緊迫感を見るものに強いる。それがまた面白い。

人間描写が達者だから、言うたらイヤな表情や厭らしい行為をも描く。それを見つけて喜ぶのも言えば業の深い話だ。
そして謎の人物の後姿。それをクローズアップする。この男が誰なのかはわからない。
むしろ映画的というよりマンガの一コマのような良さがある。
応天門に雀が二羽いたのを発見した。見れて良かった。

第一期ではここまで。
よく知られている絵巻なのに、「続きはどうなる?!」とドキドキさせられて、終わる。
現在の第二期では中巻が展示されている。序破急の序はこのようにしてドキドキが高まったところで終わり。

ムフーと息を吐いてから次の展示を見る。

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宇治橋柴舟図屏風 桃山 この屏風はとても好きで好きで。どこにも人の姿はなく、まるまるとしたマリモのような柴たちが自分らで小舟を懸命に漕いでいるようにしか見えない。可愛くて可愛くてもぉ・・・
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柴舟も一隻だけでないので、お互いに声を掛け合っているようだ。「ヴォルガの舟歌」ではないが「えいこーら、やれこーら」くらいは言ってそう。
左隻は鴨がいた。こちらは冬。陸には桔梗が咲く。

日月四季花鳥図屏風 室町 金属の日月をはめこむ。キジカップルがいる。風のせいでかうねる木。
ふと左手を見たらそこに広がった景色、そんな感じ。

ここにも吉野龍田川図屏風があるが、やはり地の金は隠れるほどに桜や楓が覆う。

四季花木図屏風 室町 左6の楓たちが川へ落ちてゆくのだが、それがなにやら温泉に浸かるような様子。♪ババンババンバンバンと歌声が聞こえてきそう。
右1の紅梅が可愛い。

橘直幹申文絵巻 鎌倉 みんな慌てているシーン。黒牛まで慌てて走る。この話も面白いというか現代でも理解できる話。

佐竹本三十六歌仙の「人麿」「僧正遍照」が出ているのも嬉しい。
実際に見ていないのはあと何点か。

絵因果経 奈良 8字列のいい文字が続く。魔王がよく出没する。「魔王左手執弓右手調箭」絵と合うシーンを見つけるのも楽しい。

長谷寺縁起絵巻 南北朝 川から木材が流れてゆくシーン。この絵巻は人気でほかにもいくつか見ているが、このスペクタクルシーンがいちばん面白い。

扇面法華経冊子断簡 平安 貴人の少女と少年がいる風景。

ほかにも多くのいい絵が多く出ていた。
伝・宗達の屏風もあり乾山の四点ものもあった。
よかったなあ。

やきものもいいのがいくつも並び、鏡もある。
絵から目を離せばやさしい工芸品。
楽しいなあ。

この一期目は5/8で終了。
現在は二期め。

映し、写しと文様の美

白鶴美術館の春季展「映し、写しと文様の美」展はやはり面白い展覧会だった。
副題は「白鶴コレクションにみる東洋のこころ」。

白鶴美術館は建物として空間としてとても心地よく、気分もいい場であることは、何度もこの場で書いている。
初夏の暑さをここにいれば忘れるというのが何より素敵だ。
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最初に中国の文物をみる。
白銅海獣葡萄文鏡 唐 かなり銀色で縁に緑青が吹いている。よくよく見ると葡萄が小さく実をつけている。プチプチとおいしそう。

白掻落花文水注 北宋 レースの重なりあった衣服のようだ。綺麗。

天目茶碗も三種ほどある。
青磁のよいのもある。南宋、明、鎌倉時代の名品。

正倉院の宝物の写しがある。
墨絵弾弓 森川杜園 奈良の一刀彫りの匠。2cm大の人物たちの散楽の様子。ジャグリング、太鼓、笛の演奏…とても丁寧に描かれている。狭い空間に小さい人物たちが生き生きと動き回っていた。

明治の初め、文化財の調査があった。
その時に写された名品がいくつもある。
蜷川式胤の海獣葡萄文鏡拓本、中村雅真の蓮花騎獣人物文八稜鏡拓本…
前者は前掲のとはまた違うようにみえるもので、後者は獅子らしきものにまたがって向かい合い、なんだか南洋系の人々風な様子で笛などを演奏している。

職人の手わざは明治になっても衰えることはなかった。
少なくとも昭和戦前までは名人と呼べる技能者がいた。
その頃に作られた模品たち。
花鳥背八角花鏡 二羽の鸚鵡と瓔珞がとても華麗。
螺鈿犀文円鏡 犀だけでなく鳩、麒麟の番も浮かび上がっている。
金銀鈿荘唐太刀 本当に素晴らしい。柄は鮫皮、綺麗な透かしには宝玉。
こうした古き世の宝物を髣髴とさせる模品を作る職人がいたのだ。

今回面白いことを知った。中国では螺鈿・青貝の技術は唐のあと廃れて、宋まで復活しなかったそうだ。
楼閣人物螺鈿盒子 元 かなり大きなもの。時代の流れとはいえ、数百年にわたって螺鈿技術が伝わらなかったとはなあ…
それで正倉院に収められているような螺鈿の美しいものが中国にはなく、「日本にしか伝わらない」のか。

蓮華文螺鈿蝶形卓 原品は平安、模品は大正のものが並ぶ。遜色ない出来。素晴らしい。

絵を見る。
酒天童子 伊吹山系統。首を斬るところが出ていた。大鉞が落ちている。
その前後をみたいものよの…

石清水臨時祭・年中行事騎射図 冷泉為恭
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華やかな催しで、人々が生き生きとえがかれている。

二階へ上がる。
可愛い饕餮くんたちがいる。本体だけでなく小さい犠首も可愛い。
春秋戦国へ入ると、巨大な蟠龍文も出て来て、大鑑についている犠首が風神ぽい姿を見せる。

前漢らしい雲気の描かれた壺もあれば、後漢の博山炉もある。青銅のは支える神人と下でうごめく獣が特徴的で、緑釉のは上についた孔雀が身づくろい。

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賢愚経が綺麗に残っているが、これは檀を使ったので紙がそのまま白いそうだ。
画図讃文も奈良時代らしいよい字。

鍍金花鳥文銀製八曲長杯 これも好きなもののひとつ。外側に小さく綺麗に花鳥文が刻まれている。
フレスコ画と同様、たいへん静謐な世界。

東大寺の八角燈籠の火袋の透かし部分を拓本したものが出ていた。
音声菩薩像。そういえば鶴翁は奈良から出てきた人だった。

作品リストの裏面には今回の展覧会の骨子が書かれている。
それを踏まえて展示を見ると尚よいが、見ずとも楽しめる。

次に新館へ行き、絨毯を楽しむ。
イスラーム世界と一口で言うても地域により美意識は異なるので、その地その地の文様の違いが出る。
そのあたりを眺める。
ペルシャ、アナトリア、そしてコーカサス。
絨毯の文様も本当にいろいろ。好きなものはどれかと尋ねられても困る。
わたしは宇宙と花のイメージがあるペルシャ絨毯が好きだが、実際に部屋で使うなら幾何学文様の方がいいだろうし、しかし遊び心を満たすなら動物闘争文もいいし…
困るなあ。
絨毯などはこうした楽しめ方も出来るのでいい。

6/5まで。

「森村泰昌 自画像の美術史」展に行った。

国立国際美術館での森村泰昌の展覧会を見に行った。
「自画像の美術史」というタイトルである。
「私」と「わたし」が出会うとき
二重写しのときもあれば仮装もあり、さらに一歩進んだ姿もある。

展覧会は撮影可能である。
自分好みの作品を選んだ。

ゴッホの描いた室内に出現する、ゴッホになった森村泰昌。




室内に飾られたゴッホの絵にもまた森村泰昌の顔が。



コスプレから更に一歩進んだある種のジオラマ的な世界。

カラヴァッジョ。ダヴィデもゴリアテも彼。

殺し・殺されるものが同一人物であるということにもある種の意味を見出すべきか否か。
ただ、首ころんをみて「SW」の「帝国の逆襲」でのルークがヨーダのもとで修行中に見た幻影、あれを思い出した。

ゴリアテas森村泰昌。
歯並びをよく見よ。銀歯や~


一方でこんな顔にもなる。


むしろ原作よりその本質に近いかも?


美人。


フリーダ・カーロ。
花輪が凄い。




三星。似ているようで似ていないのも面白い。


小出楢重の自画像


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表情は原作とは違う。

日本洋画はまだある。
萬鉄五郎のエクトプラズム浮いてる自画像。しかしどう見てもつのだじろう作画だよな。それも亡霊の。

元のがあれだから、森村泰昌がしてもあまり差違がないな。

岡本太郎もこれを見たら喜ぶと思う。

なる、のでなく、二次創作。
巧いと思う。


連作。面白かった。








映像もいい。


ウォーホル(になった)のいい映像もあるが、ハレーションを起こした。巧く撮れた人、挙げて下さると嬉しいです。

追記。ありがたいです。



山口小夜子になった森村泰昌は、本当に綺麗だった。




山口小夜子展の時も森村泰昌の仕事をみた。
胸がいっぱいになる。

「最後の晩餐」として、これまで森村泰昌が化したひとが居並ぶ。


ここでチラシを挙げる。
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森村泰昌本人のなのか、それとも拵えものなのか、全裸写真があった。
かなりのディテールまではっきり写っていた。
綺麗だった。

2部制で映像もあるが、今回時間がないのでまた後日再訪する。

芸術家ではあるが、また一流の芸人だとも思う。
展覧会に普段は行かないような感じの多くの人が楽しみ、喜んでいた。
それが凄いと思う。

6/19まで。

頴川美術館の名品 @松濤美術館

松濤美術館に甲東園の頴川美術館の名品が出向いている。
チラシにある通り「30年ぶりの大公開」らしい。
頴川美術館は小さくて居心地の良いところだが、松濤ではどのように見せるのだろう。
そのことを思いながら出かけたが、前後期の入れ替えがあるとはいえ、いつもの展示の4倍くらいの規模なので、妙にどぎまぎした。
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規模の問題で同時に見ることの出来ないいくつかの屏風が同じ空間にある。
そのことが面白い。

山王霊験記、群鶴図、伝・馬遠の高士観画図、等雪の人物花鳥図、梅逸の柳桃黄鳥図などなどの名品がフロアは違っても同じ日に見れるのはすごい。
狙仙の猿五匹もいる。
過去の展覧会でこんなチラシもあった。

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最下段の富士山は前期の展示。

むろん記憶にない絵も出ている。
鍾馗が鬼を捕まえて目玉を刳りぬこうとする絵なんか知らない。
この画題自体は他にもあるが、頴川では見ていない。祥啓の絵だった。
「わーっ待て待て、話せばわかる」「しらん」
問答無用というやつですな。

山楽の蘭亭曲水図も見たかどうか記憶にない。ヒトヒトヒトでびっしりで、誰も飲まずに真面目に詩をひねり出そうとしている。

応挙 猪図 これも案外なじみがない。ブヒヒーンと左下へ突進する猪。勢いのある筆致だが、可愛い。

西山芳園 四季耕田稼穡図  久しぶり。田圃のわきで子供らがわんこと遊んでいるのが可愛い。中には亀と遊ぶ子もいる。一方で働く子供もいる。

寛斎 南北極星愛鹿図  これは好きな絵だがあまりお目にかからない。南極老人北極老人が山中で出会うと、それぞれ鹿を可愛がって引き連れていて、という図。

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古径の梅に鶯、御舟の小春日図の白に黒ぼっちのにゃんこ。みんな遠いところをご苦労様。

工芸品も長次郎の赤樂「無一物」だけでなく煎茶用具の佳いのも来ていた。
わたしが煎茶に関心を持ったのはこの頴川コレクションからだから、おろそかには出来ない。ありがたく眺める。

近代の職人たちのよい仕事が集められている。
清風与平も三浦竹泉もここで知った。道八の寿老人もここの。
小さくても凄いコレクションがあるのを、遠い松濤であらためて教わる。

浪花百景も来ていたか。
これも頴川が所有していて、販売中の絵はがきは見知っていたが現物に会うのははじめて。
実はこの上方の幕末浮世絵は大阪のクリスタ長堀で陶板の再現がなされて、多くのお客の眼に触れている。
楽しい名所図。昔の大阪にはこんなところもあったのですよ。
と、言いたくなる一枚。

5/15まで。とても楽しく拝見できた.。
頴川へ帰ってきてからはまた小さな空間で会いましょう。

安田靫彦展

遅ればせながら安田靫彦展の感想を挙げたい。
東京国立近代美術館で5/15まで開催中である。
イメージ (43)うまい構成のチラシ

院展の三羽烏と謳われ、小林古径・前田青邨と並んで近代日本画の大家であり、長い人生の中で名作を多く世に送った。
今回のここでの大々的な回顧展は40年ぶりだそうである。
仲間の古径の展覧会は十年ほど前にあった。青邨は山種美術館で近年よいのがあった。
靫彦は川崎市民ミュージアムで2002年に素描展を見ているが、まとまったものをこれだけの規模で見るのは初めてである。
ただ、折々の展覧会で彼の作品を見る機会はかなりあり、その意味では決して遠い作家ではない、という幸いがある。

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第1章「歴史画に時代性をあたえ、更に近代感覚を盛ることは難事である」
なにしろ明治半ばに修業を始めたので、今から思えば古様な作品群が現れる。

木曽義仲図 明治32年10月[15歳] こんなに若くてもこんなに巧い。
天賦の才と熱心な修業が後年の大成を思わせる。
義仲が巴御前、恐らくは今井兼平と共に馬上にある姿を描く。少し先に山が見える地で振り向く義仲。京へ向かう途上なのか、それとも敗走の最中なのかは案外わからない。

静訣別之図 明治33年頃[16歳] 滋賀県立近代美術館  この絵は滋賀で時々出てくるのでおなじみ。雪山の中で鼓を持った静が目を伏せている。別れの様子。そうか、吉野木冬だったのか。そんなところを女が一人で捨て置かれたら、それはもう捕まるわね。

遣唐使 明治33年4月[16歳] この絵も案外よく見るもので、港での別れの様子。
うまいこと行けたらよいけれど、船が転覆というのもあるわけだし…
それにしても16歳でこのレベルの高さには驚く。

宇治合戦図 明治36年9月[19歳]* 平塚市美術館  鳳凰堂を背景に戦うシーン。僧兵のようなのもいる。

当時の人々はこのあたりの歴史の知識が充実していた。正史だけでなく稗史も含めて。

松風 明治39年5月[22歳] 横浜美術館  姉妹二人が呆然と座り込む。傍らには汐汲みの桶が転がり、仕事をする気力も何もなくしているのが見て取れる。薄闇の忍び込む時間、姉妹はいつまでもへたりこんでいる。

守屋大連 明治41年10月[24歳] 愛媛県美術館  わたしは山岸凉子「日出処の天子」で育ってるからどうしても物部守屋をみると悪いイメージしかないのだが、それがまたここで「そや!」と強く同意してしまうような爺さんが…
とはいえど、いいことを一つ挙げると、履いている沓がショートブーツ風でとてもカッコいいのだった。

相撲の節(最手) 明治45年7月[28歳] 平塚市美術館  「ほて」とよむそうな。かっこいい力士ぶりである。数人の力士たちの見栄えの良さ。

夢殿 明治45年10月[28歳] 東京国立博物館  この絵は特に好き。そう、前掲の「日出処の天子」が身に染みているので厩戸王子が美中年になってない絵はついつい拒絶してしまうのだが、この靫彦の聖徳太子はとても綺麗なので好きなのですよ。
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羅浮仙 大正4-5年頃[31-32歳] 白梅を背景にする美人。梅の精。
これを最初に見たのはいつだったか。
2007年に「梅の佳人」を集めたことがある。その時にもこの美人に出てもらった。
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描かれた当時に流行していたロマンティックさがここにもよく出ている。
大正時代のこの数年間は多くの絵に夢のような美しさがあった。
清方も菊池契月もそうだった。

天台仙境 大正6年[33歳]  天女の舞。演奏する天女たち。笙、箜篌、鉦など。薄紅と青緑の薄衣の天女たち。優雅な世界。
どのようなメロディかはわからないが、なぜかオークラウロの演奏会を思い出した。

御夢 大正7年9月[34歳] 東京国立博物館  この絵も好きだ。後醍醐天皇の夢に現れる二人の美童。帝の顔は描かれないのが古式ゆかしい。

聖徳太子像 大正9年頃[36歳] 法隆寺 静かに坐している。この様子を見ると「厩戸豊聡耳皇子」という名が決して騒がしい中で聴き分けれた、というだけでないことを感じさせる。

太子孝養像 大正10年頃[37歳] 法隆寺 とても愛らしい。上品に「3分間待ってます」と言う様子にも見える。

矜羯羅 大正10年12月[37歳] 桑山美術館  本当に美少年。嬉しくなる。きりりと凛々しくも美しい顔。独鈷を合掌挾みし、少し唇を開く。

靫彦の美少年は思い出すだけでときめくばかりだ。

梅もみじ絵茶箱 1920年代半ば頃 白梅と楓と言う選択がまた靫彦らしくていい。

若い頃の作品だけでこんなにもときめいて苦しい…

第2章「えらい前人の仕事には、芸術の生命を支配する法則が示されている」
同時代を過ごした他の画家たちのいい仕事が紹介されてもいる。
素晴らしく豊饒の時代だったのだ。

観世音菩薩 大正13年10月[40歳] 薬瓶を持つ。足元には赤子がいる。蓮弁が舞う。そして経文が… 流れるような仏画だった。

東都名所 大正11年6月/大正14年頃 東京国立近代美術館
これがとても見ごたえがあった。ラインナップがスゴイ。
細かい感想は挙げないが、名前と場所は記しておきたい。
そういえば同時代に小説家に同じく名所のレポを書かせ、版画家たちにも名所図を描かせたが、それは時代の要請だったのだろうか。
おかげで現代との比較も出来て、絵としてだけでなく資料としても貴重な存在となっているが。
横山大観 題字
安田靫彦 桜田門
川端龍子 日比谷  二羽の鷺とベンチ。
小茂田青樹 御茶の水  群青色とニコライ堂。
下村観山 日本橋  うすぼんやり。
前田青邨 大根河岸  人があふれている。
小林古径 銀座  名物の柳が揺れる。
山村豊成(耕花) 佃島  
荒井寛方 代々木  明治神宮が描かれている。
筆谷等観 築土  
真道黎明 関口芭蕉庵  
近藤浩一路 湯島霊雲寺
横山大観 不忍  蓮がポツポツ。江戸の茶店で。
木村武山 根岸の里
長野草風 金龍山  十二階が小さくライトアップされている。
中村岳陵 今戸  …竈の様子が牛島憲之している。
橋本永邦 木母寺
橋本静水 堀切
小川芋銭 四ツ木
大智勝観 木場 筏があふれている。

ここで関西の二人の絵師の絵も登場する。
冨田溪仙 清水 なんともいえず、いい。
北野恒富 宗右衛門町 雨の屋根を見る人。
最後にまったりしましたな。

日食 大正14年9月[41歳] 東京国立近代美術館  幽王と褒姒の所業が日蝕を起こした、と考える庶民もいたことだろう。
異常出生をした女にしてもこのように日蝕を恐れるのか、そうではなく、だからこそのことなのか。
そんなことを思いながらドラマティックな絵をみつめる。

豊公裂冊 大正15年頃[42歳] リベラ株式会社  明からの書をまだ読んでいるところを描いているが、タイトルはその後の行動を示しているのだ。

居醒泉 昭和3年9月[44歳] 望郷のヤマトタケルが氷雨に打たれて倒れている。
土気色になり、そのまま消えてしまいそう。
靫彦は聖徳太子とヤマトタケルとを多く描いている。
いずれもとても魅力的な作品ばかりである。
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風神雷神図 昭和4年9月[45歳] 公益財団法人 遠山記念館  二人の少年として描かれた風神雷神。他に見ない風神雷神。鮮烈な印象がある。

風来山人 昭和5年9月[46歳] 豊田市美術館  おーエレキテル。源内を見ると水木しげる「東西奇っ怪紳士録」の源内の話を必ず思い出す。

花の絵が出てきた。
菖蒲 昭和6年11月[47歳] 京都国立近代美術館
朝顔 昭和6年11月[47歳]
とても清らかな花々である。

挿花 昭和7年9月[48歳] 東京国立近代美術館  ガクアジサイなどを生けようとする婦人。こうした仕草の美というものに惹かれる。花は他に…女郎花??

源氏若紫図 昭和8年[49歳] 茨城県近代美術館  桜が散った庭を見る幼女。籠にはまだ雀がいるらしい。この後に犬君がやらかすらしい。山吹も盛んな時期。

洛陽花 昭和9年[50歳] メナード美術館  テーブルに花瓶がある。牡丹がいけられていて水をやるふっくらした婦人。温和な空気感がいい。

吉水の庵 昭和9年11月[50歳] 椿がいけられているのを見る法然。

春暁 昭和10年5月[51歳] 幹は墨絵、白梅は蕾が多い。薄く紅色を見せる。暁の中の清楚な艶。

花づと 昭和12年9月[53歳] 日傘の和装婦人が花束を持っている。百合がメインの花束。配色のいい絵。

再び歴史上の人物。
方丈閑日 昭和12年11月[53歳] 福井県立美術館  報酬庵での一休と蜷川。「一休さん」世代なもので、蜷川さんのイメージが固くアタマにある。
和やかな二人。天目茶碗がいい。庭の五月の刈込が墨絵なのもいい。

孫子勒姫兵 昭和13年10月[54歳] 霊友会妙一コレクション  まぁこれは絵としてはいいのだけど、話そのものがね…

観自在菩薩 昭和13年11月[54歳] 霊友会妙一コレクション 半跏。手に蓮。緑の髪が美しい。

兎 昭和13年頃[54歳] 色彩感覚の豊かさをみる。黒ブドウ、緑の葉、赤、白兎。
立ち上がって見上げる姿が可愛い。

天之八衢 昭和14年9月[55歳] 福井県立美術館  先般この絵を見たばかり。
アメノウズメとサルタヒコである。彼女は胸をはだけているが、これは誘惑などではない。むしろブレストファイヤー並みの威力が期待できるわけである。

前期に行けば「菊慈童」に会え、後期に行くと厩戸に会える。
上宮太子御像 昭和14年頃[55歳]  白のルバシカ風の服の王子。裾には薄紅。孝養図なのだが、なんとはなしにアイスでも持っていそう。

第3章「昭和聖代を表象するに足るべき芸術を培ふ事を忘れてはならない」
時代に寄り添っているが、批判とは無縁であるべきだ。

黄瀬川陣 昭和15年11月/昭和16年9月 東京国立近代美術館 今回のチラシの全容。
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とても細部までこまかく丁寧に描かれている。
わたしは平家物語が非常に好きで、義経を主人公にしたマンガも当然ながら大好きでいくつも読んでいるが、この兄弟初対面シーンで一番むごいのは川原正敏「修羅の刻」だったな、と思い出した。
大抵はこの絵のように共闘しようというのが出ているのだが。

益良男 昭和17年3月[58歳] 東京国立近代美術館 なかなかかっこいい。弓矢を触っている。

神武天皇日向御進発 昭和17年[58歳] 株式会社歌舞伎座 古代の軍船の表現がいい。

山本五十六元帥像 昭和18年11月[59歳] 東京藝術大学 この絵が描かれた時のエピソードが興味深かった。

小楠公 昭和19年2月[60歳] 東京国立近代美術館 胡坐をして待機中。左の肩覆いが蜻蛉柄だというのもいい。

保食神 昭和19年2月[60歳] 東京国立近代美術館 舞うところ。イネや粟が描かれているが、これらはこの神が殺された後にその身体から生えてくるのだ。

第4章「品位は芸術の生命である」
戦後となった。
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古事記 昭和21年[62歳] 愛媛県美術館  太安万侶が「さーて書くか」と意気軒高な様子。机を挟んで対峙するのは誰だろう。稗田阿礼かもしれないし、用件で来ている人かもしれないし…

小鏡子 昭和22年11月[63歳]* 川崎市市民ミュージアム  朱柱の前にいて鏡を見る女。戦後になってからの方が古代美人を多く描くようになった。
多くの古代の俑をみて学習したそうである。
以前に東博でも彼が見た古代の俑の紹介があった。
こちら

二枚の横山大観の肖像画がある。
戦前から「大観先生を描こう」という催しがあり、洋画家も日本画家も大観先生をモデルに多くの絵が生まれた。
大観先生像 昭和25年9月[66歳] 東京国立近代美術館 火鉢の傍でタバコを吸う大観先生。
そしてそれから9年後の絵。
大観先生 昭和34年9月[75歳] 東京国立近代美術館 紗の羽織の大観先生もだいぶヨタってきていて、タバコはフィルタで吸っているのだった。

窓 昭和26年9月[67歳] 横浜美術館  今回、この絵のトリックに初めて気づいた。
紫陽花は花瓶に入っているわけではなく、窓の外に咲いていて、まるで覗き込むように顔を出していただけなのだ。
気づかんかったな――――長年ずっと。

鴻門会 昭和30年9月[71歳] 東京国立近代美術館 朱と金砂子が綺麗。左から樊噲が盾を持って乱入。

帚木 昭和31年6月[72歳] 公益財団法人 二階堂美術館 女性談義をするアホの四人組。

女楽の人々 昭和40年11月[81歳] 箜篌や月琴で演奏をするのだ。綺麗ながらの着物をまとう古代美人たち。真ん中の娘のみ二本角団子にしている。

森蘭丸 昭和44年9月[85歳] ウッドワン美術館  久しぶり。愛らしい美少年。
背後の床の間にも色々と濃やかな描きこみがある。
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吾妻はや 昭和46年9月[87歳] 公益財団法人 吉野石膏美術振興財団(天童市美術館寄託) 白馬に乗り、亡き妻を想うヤマトタケル。富士山が先にある。悲痛な面持ちである。

草薙の剣 昭和48年9月[89歳] 川崎市市民ミュージアム ほとんど猿ヅラになり、必死で焔に立ち向かう。

鞍馬寺参籠の牛若 昭和49年9月[90歳] 滋賀県立近代美術館  この時代は遮那王である。四天王の像の前にいる可愛い少年。ただ、中川一政えがく「人生劇場」の青成瓢吉を思い出させてくれる。

富士朝暾 昭和50年2月[91歳] 京都国立近代美術館  白い富士。手前の山に小さくキノコの山の抹茶味のようなものがぽこぽこ…

長々と書いたが、とてもよかった。
これ以上は何も言うことがない。
やはりよいものは何十年後の今でもよいのだった。

生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠

東博へ黒田清輝の特別展を見に行った。
東博の道路を挟んだ先に黒田記念館がある。ここで色々見ているから今更、という方もおられると思う。
しかし、そこでは黒田の一部しか見たことにはならない。
この特別展で初めて「黒田清輝という画家」が何を志して、何を願って、どのように生きたかがわかることになると思った。
全貌を知ることなど誰にも出来はしない。
しかしこの展覧会を見ることで、黒田の想いが伝わってくるのを感じた。
それがこの展覧会が生まれた理由だと思った。

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左は後発、右は先発のチラシ。
キャッチコピーが違う。

第1章 フランスで画家になる─画業修学の時代 1884~93
黒田青年の修業時代である。
巧いとかそうでないとかは関係なく、熱心に習得に努めたことをみる。
何しろ黒田の絵の修業はここからなのだ。

婦人像(厨房)1892年 カンヴァス、油彩 東京藝術大学  ああ、見慣れたあの絵がある。
ここでまず和やかな気持ちになる。
大体黒田清輝の絵と言えば「湖畔」「智・感・情」「読書」の三作が誰の胸にも蘇る。
そしてちょっとばかり展覧会に行く人はこの絵を知っているので、そこで「ああ、こんにちは」になるのだ。

ここからが本格的な修行となり、まずは模写が現れる。
ミレー「小便小僧」模写 1888年 カンヴァス、油彩 鹿児島市立美術館
レンブラント「トゥルプ博士の解剖講義」模写 1888年 カンヴァス、油彩 東京藝術大学
熱心な写生である。

仲良しの久米桂一郎をモデルにした絵もある。ややななめ向きの顔などの絵がある。
こうした絵を見ると、和やかさを感じる。
本人は懸命な修行をしているのかもしれないが、仲良し同士の会話が聞こえてくるようで、とても好ましい。

滞在していたグレー、ブレハでの写生や風景画がある。
その地での女性を描いたものもある。
これらは東博の本館で度々見かけもする。
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今回の展示で驚くのは師匠であるラファエル・コランをはじめとして、カバネル、ミレー、シャヴァンヌらの作品も共に展示されていることだった。
山形の後藤美術館、山梨県立美術館などの国内の所蔵品だけでなく、オルセーなどからも借りてきた絵があり、それらが並ぶことで黒田がどれほど懸命に西洋画を習得しようとしたかが伝わってくる。
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黒田の絵を下手だということをネットでよくみかけるが、これまでそんなことをあまり気にしてこなかった。
変なたとえかもしれないが、戦後のマンガの始まりの頃の絵では「巧い絵」はほぼない。
黎明期はこんなもので、それが時代が経つにつれて技術が進歩し、とうとう凄い絵が出てくる。
そして臨界点が来た後、多種多様な表現が広がる。
それらに慣れていると黎明期のものを見たらどれもみな表現が下手だと思ったりするのだ。
それと同じだと言ってもいいと思う。
また、先般の原田直次郎もそうだが、後発国の日本に洋画を根付かせようと懸命なのがまず胸に来て、巧いとか下手だとかそんなことを考えなくなる。

尤も少し後とはいえ藤島武二や岡田三郎助のようなのがいるから、この黎明期も巧い人は巧いのだが。

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第2章 日本洋画の模索─白馬会の時代 1893~1907
日本において洋画をどのように受容させ、需要を求めさせるかに苦心しているのを想う。
関西では欄間仕立てや屏風にした洋画もあり、「油絵で大和絵・唐画」を描くことで需要と受容をもとめた向きもあった。

黒田も洋画で舞妓を描いている。
後の世の鬼頭鍋三郎や小磯良平のように、いい素材だとみなして描いた、というわけでもない。

大磯鴫立庵を描いてもいる。綺麗な色合いだと思う。

逍遥 日傘をさす婦人が帯に手を入れている。顔は西洋婦人風である。
「美人散歩」というタイトルもついていた。

著名人や周囲の人々の肖像画もある。
幼女を描いた絵も優しい。

ところで美術に興味のない人でも必ずこの三点の絵はアタマにぱっと図像が浮かぶだけでなく、そのポーズまで取れると思う。
ムンクの「叫び」ごく小さい子供でもこのポーズをとるのを実見した。
写楽、といっただけで両手を前に小さく開いたまま突き出す「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」
そして黒田の「湖畔」である。わたしなどもついつい団扇をもつと「湖畔!」と叫んで必ずポーズをとらずにはいられない。

その「湖畔」がある。優美だと思いながらみている。

ところで今回最も綺麗な女だと思ったのが1903年制作の「春」の女だった。
黒髪をアップにした裸婦で、池田理代子が描く貴婦人のような美貌だと思った。
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そしてあの事件の「朝妝」。残っていたらなあ…焼けてしまったのが本当に残念だ。
黒田清輝らが本当に頑張ったこの「歴史的事件」を想う。

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第3章 日本洋画のアカデミズム形成─文展・帝展の時代 1907~24
もう実験というか、新しいことは出来ない状況になった時代の絵。

黒田清輝はとても花好きだったそうで自宅でガーデニングをしていたようだが、それだけに花を描いた絵はいずれもとても綺麗。
鉄砲百合、菊、ダリア、つつじなどを描いた作品は小品とはいえ、それこそ自宅の壁に掛けたい絵ばかりで、親しみやすい。

野辺 この絵を最初に見たのはもう随分前だが、これはうらわ美術館などを巡回した「誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915」でも出ていた。
コランの影響を受けたとはいえ、ロマンティックな裸婦の絵で、とても好きだ。コットンのような感触がある。

其日のはて 下絵ばかり集まるが、井戸あたりで働く女の絵である。これがどうも同時代の日本画家・竹内栖鳳の幻の絵と言われた「日稼」の先行作のような気がしなくもない。黒田の絵は1914年、栖鳳の絵は1917年。どちらも日本の働く女の絵である。

雲 これも好きな連作物で、様々な雲の様子、変化などを描いている。
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第3章 日本洋画のアカデミズム形成─文展・帝展の時代 1907~24
もう実験というか、新しいことは出来ない状況になった時代の絵。

黒田清輝はとても花好きだったそうで自宅でガーデニングをしていたようだが、それだけに花を描いた絵はいずれもとても綺麗。
鉄砲百合、菊、ダリア、つつじなどを描いた作品は小品とはいえ、それこそ自宅の壁に掛けたい絵ばかりで、親しみやすい。

野辺 この絵を最初に見たのはもう随分前だが、これはうらわ美術館などを巡回した「誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915」でも出ていた。
コランの影響を受けたとはいえ、ロマンティックな裸婦の絵で、とても好きだ。コットンのような感触がある。

其日のはて 下絵ばかり集まるが、井戸あたりで働く女の絵である。これがどうも同時代の日本画家・竹内栖鳳の幻の絵と言われた「日稼」の先行作のような気がしなくもない。黒田の絵は1914年、栖鳳の絵は1917年。どちらも日本の働く女の絵である。

雲 これも好きな連作物で、様々な雲の様子、変化などを描いている。

黒田と同時代の他の画家や弟子たちの絵も出ている。
浅井忠のことを「旧派」といったようだが、浅井忠は洋画より日本画、日本画より図案が素晴らしいと思っている。

小林万吾 門付 「鶴八鶴次郎」のようだと思った。新内語りの二人。

青木繁 日本武尊 ああ、こんなに間近に見れるのは嬉しい。

他に中澤弘光、和田英作、三郎助らの作品がある。

そして「昔語り」の画稿や下絵などが集まっていた。
僧の話を聞く人々のうち、素人ではない女が男にもたれて手を握り合っていちゃつくのが好きだ。そしてしゃがむ仲居の目つきもいい。

消失した東京駅帝室用玄関壁画を映像で見せてくれるのもいい。働く人々12シーン。

そして最後の最後に「智・感・情」が現れると、なにかしら胸がいっぱいになる。
黒田、頑張ったなあと思うのだ。
こういう展示、好きだ。ちょっと涙がにじんでくる。

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最後のチラシは先行の裏面。
「絵筆で明治を開いた男」
いいコピーだ…

なんだか胸がいっぱいになったところで出口。
いい展覧会だった。5/15まで。

人間が作るもの―万年筆、貨幣、船大工―

人間の手が作るものの面白さを味わう展覧会をいくつかみた。
少しまとめてみたい。
美術品ではない、実用品である。

・万年筆の生活誌 筆記の近代 国立歴史民俗博物館(終了)
・まぼろしの貨幣 横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションの全貌 神奈川県立歴史博物館(5/29まで)
・船大工 三陸の海と磯船 竹中大工道具館(5/22まで)


万年筆への憧れと言うものがかつての日本人には確かにあった。
昭和中期までの日本人の生活を活写した「サザエさん」などでも進学祝いに万年筆と言うものが多かったし、うちの母などもいまだによい万年筆を見ると欲しくてならなくなるという。
気持ちはわからぬでもないが、申し訳ないがわたしにはその憧れも熱意もわからない。
わからないが、しかし展覧会は見たいので佐倉へのこのこ出かけた。
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そもそも万年筆は明治以降に西洋からもたらされたものであるが、それが日本人向きに改良され、日本のメーカーから生み出されるようになった。
そして日本人に「よい万年筆」への憧れが募って行った。
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並ぶ万年筆は蒔絵螺鈿で装飾されたもの、セルロイドの愛らしいものと言った外観の美麗なものから高度な機能性を持つもの、そして安価なものまで、驚くほどあった。
パイロット、セーラー、プラチナ。
この三社が現在も万年筆の三大メーカーであり、かつては家内工業など「四畳半メーカー」と称された零細企業で作られた万年筆まで無数にあったようだ。

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この展覧会で初めて知ったことがたくさんある。
そのうちの一つを挙げる。
彼らは職組として惟喬親王を崇めた。それは轆轤の職組ということからだった。
このあたりの話は非常に興味深かった。特殊技能を持つ集団が古代から中世までの貴人を自らの「職組」に祀り上げて崇めるという行為・思想そのものに関心がわく一方、その関心の根源にあるものを思うと、ある種のいたたまれなさを感じるのだが、これは話の本筋から離れるので措く。
しかし万年筆は西洋文化の一端を担ったものである。
それをわざわざ中世の貴人を職組にして、というところに日本人の外来文化を完全に自分のものにする性質が見て取れる。
非常に面白いことだと思う。
そしてかれらは「親王講」の仲間であったのだ。

万年筆の性質の面白いところは、半オーダーメードだというところだ。
自分の指どころか思想に合うかどうかまで調べられて、そこからだという存在でもある。今の世になるほどなかなか合わなくなっているのもわかる。
だがそれは時代遅れだとわらっているのではない。とても丁寧なあり方だと感嘆し、次いである種の諦念を感じてもいるのだ。

ポスターを見る。
「戦線と銃後結ぶパイロットインキ」港の絵が描かれている。
プラトン社から出たものにはモガの絵がある。
そごうなどの百貨店とタイアップしたものもある。
他にもいろいろ面白いものがあった。

わたしも一つくらいほしくなってきた。
貰ったものがあるが、使いもせずにただただ大事にしまいこんでいる。

「字を書く」行為はわたしの場合、腱鞘炎と言う敵があり、現在のようなブロガー生活を続ける限りは自筆でということは絶対に無理になっている。
PCにダダダダッと打ちこむ、脳から直接考えたことを記してくれる器具。
字を書いていた時代の少なくとも3倍の速さで考えが形になる。
そんなわたしでは万年筆を使う資格はやはりない。
だが、ちょっと欲しい…

次はまぼろしの貨幣 横浜正金銀行券の展覧会。
御存じのように神奈川県立歴史博物館は横浜正金銀行の本店の建物を転用したものである。素晴らしい建築である。
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日銀や銀行の資料館・博物館以外ではなかなか「おカネ」の展覧会は開かれない。
それをここで開くのはとてもいいことだと思った。
横浜正金銀行は中国各地に支店を持っていた。
そして銀行券つまりおカネには各支店の名称が印字されている。
これを見るとまるで旧幕時代の藩札(地方貨幣)のようで、面白く思った。
天津、牛荘、上海、北京、大連、青島、漢口、哈爾濱、済南…

カルチャーセンターで仲良しの奥さんのお父上は戦前横浜正金銀行の香港支店に勤務していたという。
だから奥さんの戦前生まれの兄姉は香港生まれ、それ以降の兄弟は引き揚げてからの生まれだと言っていた。
展示の中で各銀行の写真などが出ていたので、現在もそれらが残っていたら近代建築の名品として愛されたのではないかと思った。
従業員の写真などがあるので、それもじっくりと眺めた。

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そして横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションが凄かった。
日銀兌換券が明治19年のものから昭和2年のものまでずらり。
非常に価値のあるものばかりである。
そして次々と世界各国の貨幣が綺麗に並んだプレートがずらーーーーっ
大判小判まである。

このおカネをじーっと見ていたが、欲望というものは感じなかった。
単なる物体として見ていたからだと思う。
それで思い出したのが里見弴の「かね」という怪作である。
使うためでなく、コレクターとしておカネを集めて大事に保管していた男の話。
里見弴の小説にはけったいな人間がたくさん出てくる。
このコレクションはそれに通じるものがある。
使えないおカネではなく使えるおカネ、こっちがほしいな…

最後に船大工である。
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和船の模型がずらりと並ぶ。
沖縄のサバニ(鱶舟)、元はスンニという刳り舟だったのが今では剥ぎ舟になったそうだ。ザ・ブームの歌に「いいあんべぇ」というのがあるが、全編琉球語であり、その歌詞の中に♪サバニにイナグ(女)や乗しらんしが♪というのがあり、なるほどこの小舟に女を乗せて月夜に漕ぎ出して口説いたりなんだかんだあるのか、と納得する。

浦安のべか舟。これでやっと山本周五郎「青べか物語」が納得いった。
川島雄三の映画の中でフランキー堺が寝転んでいたのはこれだったのだ。
海苔や貝を採る舟なのだ。

佐渡のたらい舟。味噌樽の底辺りを使用。これをみて「佐渡情話」を思い出すのは古すぎるか。

北前船も川御座船などは各地の歴史館や資料館でも見ている。
安宅型軍船は初見。武田の遺臣が小早川に仕えて習得したと説明がある。
すると小早川家にはその技術があったことになるわけか。

いい模型ばかりだった。
次はお道具。

逆U型クランプ、C型クランプ、F型クランプ。
わたしが知るのは陸で使うクランプだ。アースクランプ、終端クランプ…

道具の違いの比較があった。
土地の木の違いから形が変わる釘差鑿である。
関東、伊勢湾、若狭、琵琶湖、日本海、瀬戸内、それぞれ違う鑿を使用する。
両刃のもの、片刃のもの、他にも細かい差異がある。

和石磁石と言うのも面白い。十二支の方角と反対周りの逆針とで調べるらしい。
展示は他に東海、摂津名所図会から桑名、安治川などの港を紹介したページを出していた。
住吉さんや金比羅さんの絵馬もあり、絵馬藤と言われる職人のものが出ていた。

そしてアメリカ人ダグラス・ブルックスさんがわざわざ日本に来られて各地の和船の技術習得に励んでおられることが紹介されていた。
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こうした展覧会は知らないことを教えてくれるのでとてもありがたいのであった。

琳派と風俗画 宗達・光琳・乾山・抱一

大和文華館の春の恒例風俗画展を楽しんできましたよー
毎年この時期になるとお庭が明るく華やかになる。
それでキモチも浮かれるので、やっぱり綺麗な作品を集めたものを見るのがいちばん好い。
「琳派と風俗画 宗達・光琳・乾山・抱一」展
毎年今の時期に会える作品がずらりと並んでいるのが嬉しい。
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扇面貼交手筥 尾形光琳

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武蔵野隅田川図乱箱 尾形乾山

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蒔絵椿紫陽花花文提重

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阿国歌舞伎草紙

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沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒 伝本阿弥光悦

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婦人図

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竹製蒔絵椿柳文茶入 酒井抱一図案・原羊遊斎

挙げたもののほかにもお馴染みはたくさんある。59点のうち25点は特に好きなお馴染みなので、いいココロモチで見て歩いたが、向こうもガラス越しに「あ、また来てるな」くらい思ってくれてるかもしれない。
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光悦と宗達の関係した仕事もいくつか見受けられる。謡本や刀匠名書など綺麗なこしらえで、こういうものを見ると安堵する。

宗達の伊勢絵も二枚出ていた。
チラシは「芥川」、もう一つは「衰えたる家」今の時期に合う藤に絡んだ話の絵。

乾山のいいやきものも多い。
夕顔文茶碗、竜田川文向付など大好きなものが並ぶ。

渡辺始興 四季花鳥図押絵貼屏風 これも優雅でいい。左隻が出ていた。芙蓉にカマキリ、バッタにコオロギ。萩に白菊、ムクゲなどなど。
琳派の流れの中の花鳥図は華やかで楽しい。

寛政11年(1799)4月6日、応挙らが東山で遊んだ記録を記した「東山第一楼勝会図画帖」が出ていたが、今回は山口素絢えがく文を書く遊女が開かれていた。座りながら膝に巻物を開いて筆を持つ女。

そして松浦屏風。楽しいねえ。

青貝葡萄文短檠 綺麗な青貝細工。ああ、いいなあ。照明器具をこうして飾る美意識。

今回初めて見たのは工芸品いくつか。
是真 黒漆墨形根付 墨を斜めにしたような形。これはリアルやなあ。

木彫根付 梨を食う蜂 江月 梨の内側を食い尽くしている。

象牙根付 銀杏の実 リアルすぎてびっくり。

かなり面白く見たなあ。
毎年のことながら明るいココロモチになれるのはありがたいです。
5/22まで。

若冲展に行った

凄まじい大行列の若冲展である。
4/22-5/24の1ヶ月のみなので仕方ないこととはいえ、東京での若冲人気は恐ろしい。
わたしは4/29の夕方6時に並んだ。
その時の状況は「30分待ちとあったけど実際は20分くらいで中に入り、あとは混雑の中、好きなように見た。
わたしはトリがニガテなのでそちらはスルーし、わりに京都でよく見る絵もご近所のも軽くみて、本当に見たかった画を楽しんだ。」と「5月のハイカイ録その1」に記している。
実際その通りなのだが、現状では朝が140分待ち、夕方もとんでもないことになっておるようで、今から行けと言われたらちょっと泣く。←根性なし。

まぁ中も混雑してましたが、幸い背が高いので割と好きなように見て回りました。

隠元豆・玉蜀黍図 紙本墨画 和歌山・草堂寺  おお、久しぶり。妙に存在感を主張する野菜たち。

糸瓜群虫図 絹本着色 細見美術館  細見で見るときより糸瓜が伸びた気がするぜ。

月夜白梅図 White Plum Blossoms on a Moonlit Night 絹本着色  英訳がなかなかよくわかるな。つまり英訳に書いてある通りのものが描かれている。

厖児戯箒図 Puppy Playing with a Broom 絹本着色 宝暦14年(1764)以前 京都・鹿苑寺  わんこと箒の図なんだが、これは実はあんまり見ない方のタイプ。大体いつもよく見るのは「箒に掃かれてありゃりゃ」のわんこ。これはその前段階なのか、首をぐるっと廻して箒を見返るわんこ。なかなか大物になりそうな奴やな。

伏見人形図 紙本着色 国立歴史民俗博物館  何故か玉ねぎらしきものが落ちている。7,8人いるね。で、これを見た人が「こけし人形」と説明しているので、「こけしは木製、伏見人形はやきものでっせ」と言おうかと思ったが、やんぴ。

葡萄の襖絵などに黙礼しつつ進む。

竹虎図 紙本墨画 京都・鹿苑寺  例の肉球ぺろりの虎ちゃんのモノクロバージョン。可愛いわ。ふっくらした肉球に粒な目。
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月に叭々鳥図 紙本墨画 岡田美術館  おーっまっすぐの垂直落下。岡田で見たかどうか自信がないが、いいなあ。これを見ると木の葉落としとかいう技術を思い出すのだ。
あとカムイ外伝に出てくる奴がやりそう。

乗興舟 紙本拓版 明和4年(1767)京都国立博物館  全面出ているのはいいね。
そうそう「ファンタスティック江戸絵画 夢と空想」の図録に間違ってこの京博版の図像が使われているそうで、連絡したら展示に使われてた方の図版を送ってくれるそうだ。
八幡の手前の牛や源八の渡しなど、この辺り好きだ。

玄圃瑤華 “Gempo Yoka” (Exquisite Flowers from a Mysterious Garden) 紙本拓版 明和5年(1768)青裳堂書店  白と黒がカッコイイな。字の読みと意味とを英訳から知るというのもどうやと思いつつ。植物がうごめいているようなリアルさがある。

平木浮世絵財団所蔵の6枚組花鳥版画が並ぶ。明和8年(1771)
実はわたしが若冲もええやんと思ったのはこれを見てから。
見るまではトリオヤジと呼んで(いや、今も呼んでるけど)、敬遠してたのだよ。
というのは、わたしはごく幼いころから若冲のトリの絵を知っていたから、それで避けてきたのだ。
で、ある年の京都文化博物館の便利堂ショップでこのシリーズものを見て「カワイイ」と思ったのが運の尽き。
「…トリ(=トコヨノナガナキドリ)以外はなかなかええやん」と思うようになったのだった。
櫟に鸚哥図
青桐に砂糖鳥図
椿に白頭翁図
雪竹に錦鶏図
薔薇に鸚哥図
鸚鵡図
可愛いしカラフルで構図もいいよね。ここまでならわたしも平気です。

さて皆さん(大阪弁の発音で)、いよいよぐるっと凄いのが登場。
この並び方を見てわたしは3つの展示を思い出しましたわ。
・貴婦人と一角獣in国立新美。
・埃及の「死者の書」森ビルでずらり。
・モネの睡蓮の池の絵を並べる大山崎山荘の地下。

《釈迦三尊像》と《動植綵絵》 Sakyamuni Triad and the Colorful Realm of Living Beings
・・・翻訳で色々と納得もしたりしててね。
相国寺からは釈迦三尊像 明和2年(1765)以前
文殊菩薩像Manjusri 普賢菩薩像Samantabhadra
ああ、元来の名か。
三尊が大群衆を見守っていはるのです。

ここからは宮内庁三の丸尚蔵館の動植綵絵。
大きな絵なので混んでいてもけっこうよく見えた。
わたしは特別ニガテなもの以外はなんとか前に出て楽しみました。
好きなものばかりをちょっと挙げます。
薔薇小禽図  空気が濃いように感じるほどの絵。
梅花皓月図Plum Blossoms under the Moon  月が皓皓と照る下に梅の香。暗香ということか。
秋塘群雀図Sparrows and Millet  多くの雀の内に白いアルビノ雀もいる。しかし排除されるわけでもなく、普通に皆といる雀。
池辺群虫図  カエルがけっこういい感じ。
貝甲図  ばらばら散らばるのが小川破笠の蒔絵や螺鈿の仕事の様だ。
諸魚図  目立つのはやっぱりタコですな。
桃花小禽図  色の取り合わせが華やか。薄紅色と白の花びらに瑠璃鳥。
やっぱりこのシリーズはすごいわ。
個人的な好悪があるから一歩引いてるけど、この連作が一括して三の丸尚蔵館にあるのはよいことだとつくづく思う。

2Fに上がるエスカレーター前でざいかぼうさんをお見かけ。同じ時間帯に来られてたのか。

今回のわたしの最大の目的を見る。
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百犬図 絹本着色 これですわ。これは1990年代のアサヒグラフで特集が組まれたときに初めて知って、今も切り抜いているが、100わんちゃん大遊び図なのですよ。
可愛いてならない。実に色んな行動を見せるわんこたち。ああ、楽しいな。
この絵は5/8までで、今は「果蔬涅槃図」が出ているそうな。京博で見たとき「さすが青物問屋の親方だけにおいしそうやな」と思ったものでした。

菜蟲譜 絹本着色 寛政4年(1792) 佐野市立吉澤記念美術館  これはさすがに並んでじっくりと。枇杷に蓮根に巨大な椎茸に…最後に面白い顔のカエルもいて、とても楽しい。
2006年の4月に京博で「特別展観・文化庁海外展帰国記念 18世紀京都画壇の革新者たち」展で見て以来。
京都で若冲が野菜と昆虫のリアルなのを描いているとき、江戸では世に出る前の若き写楽が色々試行錯誤している最中か、と「鼻紙写楽」をついつい思い出す。

ご近所さんの襖絵はスルーするが、その裏の敗荷図は見ておく。蓮池。どこまでもシーンとしている。
大混雑の最中でもここだけ静寂。

三十六歌仙図屛風The Thirty-six Immortal Poets 紙本墨画 寛政8年(1796)岡田美術館 …物凄い翻訳ですな。不朽の名声を持つ詩人、か。
でっその不朽の名声を持つ歌仙たちのうち誰かが琵琶に押しつぶされていましたね。
ImmortalをImmoralと空目した(tのあるなし!)わたしです。

石燈籠図屛風 紙本墨画 京都国立博物館  これは好きな絵で巧いこと空いてたからじっくりと眺める。もうすぐ夜明けが来るのかと思う時間帯。
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(ちょっと前の展覧会で挙げたのを使っているから、期間は違います)

象と鯨図屛風 紙本墨画 寛政9年(1797)MIHO MUSEUM  去年はサントリーとMIHOさんとで「若冲と蕪村」展を愉しんだが、このゾウさんの優しい目が大好き。
可愛いなあ。ちょっと隅に追いやられての展示だが、ほのぼのと幸せな気分になる。
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最後の章に「米国収集家が愛した若冲」として作品が集まっている。
月梅図 絹本着色 宝暦5年(1755)メトロポリタン美術館  凄く細密な絵。白梅の開いているのから蕾まで緻密な筆致で描く。開く白梅の蕊は金。少しばかり賛か詩がある。
白雪相似 独清春不知 
この言葉は禅の方の言葉らしいね。その続きはまた違うようだが。

虎図 絹本着色 宝暦5年(1755) エツコ&ジョー・プライスコレクション  大好きなカラフル虎ちゃん。肉球ぺろぺろ。可愛いなあ。

鳥獣花木図屛風Birds, Animals, and Flowering Plants in Imaginary Scene 紙本着色
エツコ&ジョー・プライスコレクション  色んな議論もあるが、それは措いて、これは本当に丁寧に拵えられたいい作品だと思う。タイルにして浴室に貼り付けたというのはいい話。わたしはこの屏風を勝手ながら「イキイキ地球家族」と呼んでいるのだった。

伏見人形図 紙本着色 寛政12年(1800)エツコ&ジョー・プライスコレクション
7人の布袋。わしわしと行列中。

今年は細見、京博でも回顧展をするようで、また多くのお客さんが行かはるでしょう。
あまりな行列は困るけど、こうして繁盛するのはいいことだ。
今から行かれる方、本当に気を付けてがんばってください。
中に入れば楽しめますから。
5/24まで。

この男がジブリを支えた。近藤喜文展

「この男がジブリを支えた。近藤喜文」展に行った。大阪では梅田阪急で開催していた。
哀しいことにチラシを入手できないままである。もう展示が済んだのでどうにもならない。
唯一手元にあるのは朝日友の会の会報のこれだけ。
イメージ (18)
でも、何もないよりずっといい。

開催は4/27-5/9だった。行く機会に恵まれず困ったが、ようやく出向くとやっぱり繁盛している。結構なことである。
そして迂闊なことにその時初めて、近藤が20年近い前に47歳で亡くなっていたことを知った。

わたしがアニメを熱心に見ていたのは1985年までだからこれはもう仕方ない。当時のアニメージュとOUTはまだ手元にあるが、ジブリが映画を主力にし始めたのがこの年だったか、それまで確かジブリと言う名ではなかったように思う。
そのあたりのことを調べる気力がないので措いておく。

近藤は1950年生まれで若いうちからアニメーターの仕事をしていた。
最初に展示されていたのが「ルパン三世」のパイロットフィルム版の峰不二子が最初に現れるシーンである。
そう、わたしが最も好きな1st「ルパン三世」の最初の最初のあれ。OPである。
大人の魅力あふれる不二子だが、これはパイロット版のみ。
そうか、こんな若い時分からこんな大人な不二子を描いていたのか。


次に「未来少年コナン」のコナンとジムシィが初めて出会って張り合うシーンがずらーっと並んでいた。
ああ、わたしはこのコナンとジムシィのシーンが大好きだったよ。

ちょっと年譜を調べると近藤は他に「ガンバの冒険」にも参加していた。
わたしは1st「ルパン三世」、「ガンバの冒険」、「未来少年コナン」は再放送の度に絶対に見ずにいられないのだ。
知らぬ間に好きだったひと、だった。

大量のストーリーボードがある。
「赤毛のアン」。これも小学生の時熱心に見ていた。演出の高畑さんの要望に応えるために何度も描きなおしたそうで、その完成への軌跡もここで見られる。
「赤毛のアン」は非常にすぐれた作品で、当時も素晴らしいと思っていたが、歳月を経るにつれいよいよその作品の良さを思い知るようになった。
そのキャラデザインと作画監督。
本当にいい仕事をしていたのだ。

「トム・ソーヤーの冒険」も近藤作品だったのか。
そういえばハックルベリー・フィンとジムシィはよく似ていた。
出ていたのはトムがへたっているシーン。
次のアクションへと向かう体の動きがとても自然でいい。

「名探偵ホームズ」もある。犬のホームズ、素敵だったな。広川太一郎の声が蘇る。
ただ、展示されているシーンがどこのエピソードのものなのかがちょっと思い出せない。残念。

わたし個人はこの時期に一度TVアニメを離れてしまい、これ以降の作品はあまり知らないので、「若草物語」などもあるのかと初めて知った。

アニメを見なくなった最大の理由は時間が無くなったからというのが最大の理由である。
そしてこの頃オリジナルアニメがあまりなかったように思う。マンガのアニメ化が多かったので、原作至上主義のわたしは身を引いたのだ。

映画の仕事を見る。
「火垂るの墓」のストーリーボードが出ている。
せつなすぎてまともにみていられない。
しかしそれでも見る。みては胸が痛くて苦しくなる。
節子のキャラ決定までの軌跡をみる。髪型の移り変わりなどもある。
ああ、ドロップが…

「おもひでぽろぽろ」は見なかった。アニメだからではなく、この頃映画そのものを見なくなっていたのだ。
ただし「紅の豚」は久しぶりに劇場に見に行き、その面白さと映像の美、キャラたちの良さに大いにウケた。だから今もTV放映があるときは楽しみに見ている。
「ぽんぽこ」もきちんとは見なかった。だから残念なことに展示されているストーリーボードや原画を見てもどのシーンにあたるのかがわからない。
「耳をすませば」もそう。惜しいことをしている。
とはいえ、「もののけ姫」は会社の後輩と共に見に行き、久しぶりにパンフレットも買って、今も手元にある。
もうあれから20年近く経っているのか!!

仕事とは別にたくさんのスケッチやちょっとしたストーリーボード風のものが作られていた。活発な少女が好きだということで自転車やバイクに乗る少女の絵も多い。

ややこしい経緯を持つ「リトル・ニモ」の仕事もたくさん出ていた。
そしてその映像が流されていた。ああ、ここにブラッドベリも参加していたのか。
日本人ではなく外人の好むような作画をしている。こうしたところに職人魂をみる。
確かな技術があるからこその仕事ぶりである。

かなりのところまで準備していたのに結局制作が頓挫した作品も少なくないようだ。
豊田有恒「退魔戦記」をアニメ化しようとしてストーリーボードからポスター原画かな、そんな辺りまで拵えている。
丁寧な作りでとても面白そうなのに残念だ。

最後に日常の中で見かけた光景や風景を描いた多くのカラースケッチが展示されていた。団地の祭や子供らの元気な様子、「フイチンさんのような女性」が自転車に乗る様子なども爽快だ。そしてそれを見て子供時代に「フイチンさん」を読んでいたことがわかる。
もし今近藤が存命なら、村上もとか「フイチン再見」をアニメ化できるのは近藤だけかもしれない。

面白い展覧会だった。なのに一度しかゆけず、それも時間をあまり取れなかったのが残念だ。
久しぶりに彼の関わったアニメ作品を観たいと思った。

萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく

武蔵野市立吉祥寺美術館が「萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく」という凄い展覧会を開催している。
以前から思っていたのが「萩尾さんの世界は広いので原画展をするには大変だろう」ということだった。
そうしたらSF作品のみに絞っての原画展とは、これは思いもしなかった。
そして見に行くと、この内容の濃さ・厚さ・深さに全身の細胞が沸き立った。
凄い展覧会なのだ。
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初期の「精霊狩り」「あそび玉」といった作品を読む以前にわたしが読んだ萩尾SFは「百億の昼と千億の夜」「11人いる!」だった。
わたしは萩尾さんの作品は「ポーの一族」からではなく、「百億の昼と千億の夜」「11人いる!」から「トーマの心臓」そして「ポーの一族」へと進んだのだ。
そしてSFでは「スター・レッド」をリアルタイムに読んだ。
こうした読者だからやはり萩尾さんの作品ではSF作品に特に惹かれている。

「あそび玉」の原稿紛失と、活版のゲラ刷りから版下をおこし際限のないホワイト地獄の話もここで絵と共に紹介されていた。
70年代のやや丸い愛らしい絵、次の展開へ進むとき、読み手も登場人物同様に視点を動かしてゆく。
そうした力がどの作品にもある。

「11人いる!」の魅力はやはりキャラクターにあると思う。
殺人の起こらないサスペンスとしても上質の作品だし、この作品から少女マンガで長編SFが始まったという方もいる。
なるほど、とわたしも同意しながら改めて発表年度を見ると1975年だったのか。
(前年の木原敏江「銀河荘なの!」はラストになるまで実はSF仕立てだったとは誰も気づけない)
40年前の絵だから確かに古くはなっている。しかしその魅力は全く変わらない。
むしろ今の絵でこの物語を描き直されたりしたらかなり厭だ。

続編の「東の地平 西の永遠」も名作だが、哀しい展開もあるし、やはり「11人いる!」の素晴らしさが群を抜いている。

レイ・ブラッドベリの短編小説を作品化したシリーズも素晴らしい。
ブラッドベリの翻訳される以前の彼自身の言葉や考えがそのまま絵になって動いているように思いながら読んだ。
わたしがブラッドベリ作品を最初に読んだのは小学生の時、怪奇アンソロジー本に掲載された「壁の中のアフリカ」だった。SFホラーの怪作である。
そのあとで萩尾さんの作品を読んで、ブラッドベリへの関心が湧いたので、今日のわたしのブラッドベリ好きは萩尾さんのおかげなのだった。
そうした人を少なくとも数人は知っている。

萩尾さんのキャラの目の色に浮かぶ静かな諦念や絶望や怒り、それらは特にSF作品に顕著に現れていると思う。
原画を見ながらそんなことを考える。

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「百億の昼と千億の夜」
当時のわたしにとってかなり難解だったが、それでもこの作品が好きでならないのは、やはり少女の姿をした阿修羅王の魅力に尽きる。
今も折々に阿修羅王の心のざわめきなどを想う度、わたしの胸も騒ぐ。
後年光瀬龍の原作を読んだが、文章をたどっても浮かび上がるのは萩尾さんの絵だった。
その原画を目の当たりにしたわたしのときめきは大きい。

展覧会では写真可能なスポットがあり、そこでは阿修羅王と「スター・レッド」のセイの二人が並び立っていた。
萩尾さんの全キャラの中でも極めてカッコイイ少女の双璧だと思う。
わたしはどきどきしながら二人をみつめた。

原画では連載初期の荒ぶるセイが展示されていたが、セイ以外のキャラがまた素晴らしくて、特にヨダカのファンとしてはその姿が見たかった。
(帰宅して本を開けよう)

萩尾さんの短編SFの紹介がある。いずれも好きでならないものばかりである。
わたしは萩尾さんの作品は短編を特に推す。
なまじの文学が太刀打ちできない地平に萩尾さんの短編は立つ。
改めてその作品たちの世界観に心拍数が上がる。動悸がするのは萩尾さんが開いてくれた世界に自分が触れているからなのだ。

ところで萩尾さんの絵は1980年代のそれがいちばん好きだ。
「メッシュ」からかなりの変容を遂げたと思っている。
そしてその美麗さと力強さが「マージナル」で頂点を迎えたように思っている。

「銀の三角」はわたしのアタマではあの当時ついてゆけなかった。
今ではどうだろう。挫折してから触れていない。
しかし所々思い出す情景が多いのもこの作品の特徴で、意味も分からずに読んだにしては様々なことを思い続ける作品でもある。

大学になりこの作品の解説を友人たちに頼んだところ、面白いことがわかった。
これは偶然のことなのだろうが、ル=グィンとブラッドベリが好きな派とアシモフ、ハインラインが好きな派とでは解釈が違ったのだ。
そしてどちらも等分に好きな人も解釈が違った。
わたしは前者の方なので、そちらの話は理解できたが、後者の説明がとうとう意味が分からなかった。随分前の話だからちょっと細かいところは忘れたが、完全に混乱したのを覚えている。
ただ、当時このことが非常に興味深く思え、参加した友人らと「あれはなんでだろうね」とその後もしばしば話し合った。

萩尾さんの仕事は多岐にわたる。
小説の表紙絵や挿絵を担当もして、その作品がここに並んでいた。
ロジャー・ゼラズニイ「光の王」 インド風の艶めかしい表現がとても魅力的。
野阿梓の作品もいくつかある。
「兇天使」などはルネサンス期の美麗さを蘇らせたようだし、挿絵も魅惑的。
タニス・リーの作品も萩尾さんの表紙だった。
雑誌でしか再会できない作品もあり、それらがここで展示されているのは本当に有難い。

「マージナル」が登場した。
わたしはこの作品に熱中しすぎて燃え尽きてしまった。
ストーリー展開も絵も台詞もキャラも動きも何もかもが好きすぎて、今も大学時代の友人らと萩尾さんのSFの話をすると言えば「スター・レッド」と「百億の昼と千億の夜」と「マージナル」なのだった。

様々な思い出が蘇る一方で、リアルタイムの読者でありつつ、現在も読み返していることで時間の経過を感じないようになっている。
SFのよいところはこうした所だとも思う。
原画の異様なまでのカッコよさにどきどきした。

マンガ、挿絵、絵本、ポスターは印刷された後が完成品だと思う。
しかしそれらの原画を目の当たりにすることで、完全な姿になる前のある種のナマナマしさを味わえる。
それは得難い愉しみである。

「バルバラ異界」にはたどり着けなかったので、今回初めてその原画を見て、物語の展開を知り、読むべきだったと思った。
ただ、個人的な感傷がある。
「バルバラ異界」を絶賛していた「カイエ」のlapisさんが亡くなられたことが今も忘れられない。
本を読むことでもう一度彼の死と向き合わねばならないことがせつない。

展示替えが始まったそうだ。
わたしはちょっと行けそうにない。
家にある萩尾さんの本を読んで気持ちを鎮めたい。
本当に素晴らしい展覧会だった。
見せてもらえたことにただただ感謝している。
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