美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

2016.8月の記録

20160804 ナニデデキテイルノ? 工芸館
20160804 たのしい地獄 国立公文書館
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20160804 旅への憧れ 愛しの風景 マルケ、魁夷、広重の見た世界 ホテルオークラ
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20160804 東洋・日本 陶磁の至宝  出光美術館
20160804 ひつじのショーン 松屋銀座
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20160804 ガンダムORIGIN原画展 松屋銀座
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20160805 慶應義塾大学 建築探訪
20160805 サロンクバヤ シンガポール 麗しのスタイル つながりあう世界のプラナカン・ファッション 松濤美術館
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20160805 古伊万里唐草 暮らしのうつわ 戸栗美術館
20160805 怖い浮世絵 浮世絵太田記念美術館
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20160805 魔法の美術館 光と影のイリュージョン 損保ジャパン
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20160805 エミール・ガレ サントリー美術館
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20160806 恋する近代文学 舞姫 鷗外記念館
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20160806 オサムグッズ 弥生美術館
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20160806 華宵と浅草オペラ 弥生美術館
20160806 夢二&モダン都市東京 弥生美術館

20160806 紙のおもちゃ・すごろく・かるた 紙の博物館
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20160807 駒競べ 馬の晴れ姿 後期 三の丸尚蔵館
20160807 マジカル・ケミカル研究室 科学技術館
20160807 アールヌーヴォーの装飾磁器 三井記念美術館
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20160807 角川映画の40年 フィルムセンター
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20160813 静かなる動物園 アートに棲む生きものたち 前期 高島屋史料館
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20160813あのころの昭和 阪神
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20160820 江戸のあそび絵づくし 明石市立文化博物館
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20160820 ベルギー 近代美術の精華 姫路市美術館
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20160820 國富奎三コレクション 姫路市美術館

20160820 立体妖怪図鑑 妖怪天国ニッポンpart2 兵庫県立歴史博物館
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20160824 科學で樂しむ怪異考 妖怪古生物 阪大総合学術博物館
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20160824 デトロイト美術館展 大阪市立美術館
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20160824 STAR WARS ハルカス
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20160827 福井裁判所・福井聖三一教会 建築探訪
20160827 岩佐又兵衛 福井県立美術館
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「江戸の遊び絵づくし」から「紙のおもちゃ~すごろく・かるた~」まで

明石市立文化博物館で「江戸の遊び絵づくし」展を大いに楽しんだ。
「おはつです!」と挨拶されて、開館前から並び、中へGO!
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幕末の浮世絵がメインだから猫の出現率も高い。

・ふしぎなからだ 合体・あべこべ・顔三つ!?
芳藤、芳艶らのおもちゃ絵が登場。特性を利用して「五人のアタマで十人に」視えさせる描き方をしたり、一つの身体を共有する数人を拵えたり。
大概こういうのは童子の絵が多いのだが、西洋風軍装をする人々で構成されているのもあり、びっくり。
師匠は更に凝っていて、国芳のは鬼、組討ち中の武者、烏天狗なども仲間入り。しかもこの一組ずつは実は敵同士というから、モノスゴイ構成力。芝居の「双蝶々曲輪日記」の二人の蝶ならぬ長の長左衛門と長吉、彼らが体を共有しながら立ち向かい合うのはスゴイ、こんな構成が出来るのだな。
ただただ感心、唖然呆然。

オバケ絵もある。
広重の清盛が髑髏モリモリの怪異を見る図、芳員の大物浦で知盛らの亡霊vs義経ご一行などは好きな絵。

変顔集めもあり、お江戸は本当にこうした遊び心満載やなあと笑う。
上下をさかさまにすると顔の変わる絵も何点か出ていた。
これはわたしが中学の時か、さる新聞が毎月この絵を特集していた。その記事で知ったものたち。

バケモノ仲間には必ず累が仲間入りしているのが憐れなようでもあり、累人気の高さを偲ばせもする。

三面大黒、それから小林清親の三都美人(一つのアタマに三つの顔、目とか共有の)など。
ピカソより先にこういうのを描いてた清親。←チョットチガウ。

・みんな大好き♪おもちゃ絵
明治になっても浮世絵師はこだわった仕掛けモノを拵えている。

国周の隠亡堀戸板返し、周延の蛇山庵室、どちらもお岩さんの妙技をみせる仕掛けもの。芝居も面白いが浮世絵の仕掛けものもいい。
わたしなんぞは四谷怪談が掛かるとやっぱり見たくて仕方なくなる。

「風流百目玉」と字面だけ見ると、水木しげるの「悪魔くん」山田真吾の友達の百目を思い出すところだが、これはいわゆる「目かつら」。博多ニワカのあれと同じ。
仮面の忍者赤影もシャア・アズナブルも「仮面の人」だが、それは目元だけの話、あれのお仲間という(てはいかんか)。
完全なる仮面というのは実は聖闘士星矢の女聖闘士のあれだけかもしれない。
月光仮面は覆面だし、仮面ライダーは全身で変身だし、ガラスの仮面は違うし、シルバー仮面も変身だし…

目かつらだけではない、組み立て絵(立版古)で鎧のセットがあった。万延元年(のフットボール、と続けたくなる)刊行された芳藤のおもちゃ絵。具足の組み立てとはこらまたハイレベルな。しかも取説・方法もなし。
「少年倶楽部」の「三笠」もレベル高すぎるが、江戸時代の具足もたまらんハイレベルですな。

紋所をモチーフにした箱作りもあった。
それが何角形かわからないくらい高度なものもあり、今これを拵えたヒトに感心するばかり。すごいなあ。

わたしが出来そうなのは芳藤の「ひな壇」。そう、昔の小学館の学年雑誌の三月号の付録として着いてくるあれ。山折りに段々を拵えて、そこにお雛様たちを貼り付けてゆく。
すごく簡単だけど楽しい。今も低学年向けの雑誌にはついている。
江戸と昭和とはつながっていたのだ、紙のおもちゃに関しては。

ここでちょっと飛ぶが、飛鳥山の紙の博物館で開催中の「紙のおもちゃ~すごろく・かるた~」展を思い出したのでそのことも記しておこう。
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色んな双六があるが、当時人気のアニメのパチもんもあったり、あえて名を書かないことで知らん顔で使用しているのもあったり。
これは昭和20年代後半から30年代半ばまでの映画スターたちの双六か。
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上毛かるたと言うのもある。
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他にガラスの仮面かるたが出ていた。わたしの友人は北斗の拳かるたを持っていた。
「あたたたた、北斗神拳秘孔突く」とか「ひでぶ!お前はもう死んでいる」などなど。

他の国の紙のおもちゃは知らないので比較も出来ないが、日本の紙のおもちゃは双六にしてもカルタにしても仕掛けものにしてもレベルの高いものが多い。
特に六海道などが整備されていた関係上、宿場の制度もしっかりしていて、それをつなぐ通信手段も確立していたので江戸時代以降の紙の双六は面白いものが多い。
その流れがそのまま明治大正昭和へ引き継がれたと思う。

さて元に戻り江戸のあそび絵。
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福笑い、凧尽くし、着せ替え。
当時人気の女形・坂東しうかのかつら替えなども面白い。
これは複製品があるのでちょっと遊んでみた。吹輪から夜鷹まで色々。

手が込んでいるのは「たたみ換絵」というもので、少しずつ動かすと山折りA面と谷折りB面とが入れ替わり、違う絵になるというもの。これはとても楽しい。

芳藤の猫尽くし両面合わせは猫の表裏を描いたものをチョキチョキペタペタして割り箸を差し込んで、というもの。可愛いわ。
その現物がたくさんあるのだが、ちょっと串カツみたいw

・よって、たかって、こしらえる
浮世絵が集まる。

国芳の人の集まった顔、芳藤の猫の集まった猫などが出ている。
唐子を集めて巨大唐子にしたのもある。
これを見ると「コブラ」にもこんなのがあったなあと思い出す。

貞房の「忠臣蔵見立て人形」も面白い。これは見立て絵・留守文様なわけで、タコ・松・財布・編笠・陣太鼓などなど忠臣蔵好きにはすぐに!とくるものばかり集まっていた。

「北国のおばけ」これは別に寒い国のオバケと言う意味ではなく、吉原を「北国」と呼んだのから来ている。
吉原を舞台にしたマンガ「さんだらぼっち」にもその呼び方が出ている。
そしてオバケとはつまり花魁。ただ、この描かれた花魁は哀しい眼をしている。

鳥尽くしがある。いずれも実在のではなく、時世を風刺してのもの。
こういうのを売り出す気風、いいなあ。

十二支で集まって「寿」という獣になるのもある

・幸せ運ぶラッキーアイテム
七福神絵、有卦絵などが並ぶ。大抵「ふ」尽くしの絵。ふくろう、ふくすけ、ふね、福、ふで…
フラスコまで仲間入りしている。

・チャレンジ!江戸っ子と知恵比べ
判じ絵がずらーーーっ
いちいち挙げて行けないくらいの数。いやー、面白かった。
馬のような顔の女や穴にいる子供などなど。
中には「なんでやねん」なのもあり、笑える。
一方でやっぱり意味が分からないのもあったり。面白いわ

・身振り手振りでこれなーんだ?
ここでは影絵ものが多い。
広重のアホらしい行動をする人物たちが元気いっぱいに演じている。
国芳の描く人物より広重の人物の方が全般に滑稽味が強い。
座敷芸。幇間ではなく素人までこういうことしてたんだなあ。

・人も世相も茶化しちゃえ!戯画ワールド
芳年の百器夜行、国芳のむだ書きシリーズ、北斎らの鳥羽絵、流行猫の狂言尽くしなどなど。

ああもう本当に笑えた。それに自分も拵えたくなるものもたくさん。
江戸のあそび絵、いいなあ。楽しかった。

9/4まで。

岩佐又兵衛展 @福井県立美術館

昨日で終了したが、福井県立美術館の特別展「岩佐又兵衛」展は素晴らしいものだった。
わたしは土曜に出かけ、耽溺した。
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又兵衛の大きな展覧会と言えば2004年の秋に千葉市美術館で「伝説の浮世絵開祖 岩佐又兵衛 人は彼を「うきよ又兵衛」と呼んだ-」展を見ている。
あの当時はまだブログもしていなかったので自分のノートに感想を書き連ねただけだった。
それからMOA美術館が近年になり所蔵する三大絵巻物の公開をした。
三の丸でも昨夏には「小栗」をかなり見せてくれた。
また2006年には映画「山中常盤」を見た感想も挙げている。

自画像か弟子の手に依るのか又兵衛の画像がある。おでこがめだつ。
そして岩佐家譜(馬淵亨安)をみる。わかりやすい書体である。
二歳で(数え)一家離散の憂き目に遭う又兵衛。
だからこそ貴種流離、母子の別れの物語に力が入るのだろう。

さてわたしがこの日を選んだ理由は旧金谷屏風をみるためでしたわ。
行方不明の2点をのぞいてのずらり10点。10/12ですな。全図同時はこの三日間のみ。
虎に始まり龍で締めるこの屏風、間には10の人間模様が描かれている。
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虎図(旧金谷屏風)東京国立博物館
源氏物語 野々宮図(旧金谷屏風)出光美術館
龐居士図(旧金谷屏風)福井県立美術館
老子出関図(旧金谷屏風)東京国立博物館
伊勢物語 鳥の子図(旧金谷屏風)東京国立博物館
伊勢物語 梓弓図(旧金谷屏風)文化庁
弄玉仙図(旧金谷屏風)摘水軒記念文化振興財団
羅浮仙図(旧金谷屏風)
官女観菊図(旧金谷屏風)山種美術館
雲龍図(旧金谷屏風)東京国立博物館

中でも野々宮図、官女観菊図などは以前から親しく眺めていたが、この並び・このくくりで見るとまた全く違う感興が呼び起こされてきた。
官女観菊図は源氏物語の六条御息所母娘の伊勢行きのワンシーンだったそうで、そうか対になっていたのかと初めて知った。
老子を乗せる牛の踏ん張り、伊勢絵の男女の情念、仙人たちの精神の自由さ。
そして個人的にスゴくウケのは虎。竹を巻いてにゃーす!の虎もいいが、実はその竹の根元にご注目。笑うてますな、この竹。
「一笑図」はわんこだが、箎という字もあるしね。それにしても外輪の立ち方が多いな。
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行方不明の二点「花宴図」と「唐人抓耳図」のついた再現もの・完全版・金谷屏風が展示されているのもいい。いちゃいちゃする男女の様子は又兵衛の他の作品でもよく見受けられる様子だし、高士が侍童に耳かきしてもろてるのも面白かった。
人間を描くことが第一義だというのがよくよく知れてくる。

いよいよ豪華絢爛な絵巻物の世界なのだが、そこへ行く前にわたしは「へうげもの」の原画をみた。
実はこのマンガを全く読んでいない。読むタイミングを逸してしまって無縁のまま。
上田宗箇の展覧会の時にも紹介されていたが、それでも読みそこなってきた。
今回は又兵衛と宗達の絵の話が紹介されていて、それで初めてじっくりと見た。

織部から群鶴などを絶賛される宗達、墨絵で軽妙洒脱な人物を描く又兵衛。
先に宗達が衝撃を受け、やがて蓮に鷺の墨絵が生まれたのを見て今度は又兵衛が打ちのめされる。
・・・ああ、やはり今からでも読むべきやなあ。
そしてこの紹介されている一連の流れの中で、やはり又兵衛は人間を描くことにしか関心が向かない、というのも伝わってくる。

ただ、その人の得意分野と見做されているものからちょっと離れて、違うたぐいの絵を描いた時、存外魅力的なものが生まれる、というのはよくあることだと思う。
たとえば上村松園さんは気高い婦人像を本分にしているが、実は崩れたような女がとても良かったりするし、松篁さんも花鳥画でなく、万葉人を描いた絵が非常に魅力的だったりする。(万葉の春、「額田女王」挿絵)
そんなことを思いながら原画を見ていた。

さて絵巻である。ただし全面表示ということが不可能なのは仕方ない。
ここにある、ということ自体に感謝しよう。

堀江物語絵巻(残欠本)1巻 京都国立博物館
以前に見た「堀江物語」の感想はこちら
物語の概要もかなり詳しく記している。

出ているのはラスト近く、養父から与えられた兵を率いて仇の国司の館を急襲する。
彼の妻子を殺す岩瀬太郎少年。絵は国司の妻を斬首するところが出ていた。
頸椎がのぞき、赤い肉が見える。室内には上流らしく琴や琵琶などもあり、金地の襖には桔梗や朝顔の絵がある。

更に都へ出て国司本人を左肩から腹にかけて一撃で斬り下げる。
憤りと怨恨からの容赦ない殺害である。
そばにいた女は恐怖に駆られ、慌てて逃げる。
花頭窓には金の瓶や本が積んである。

御所への奏上。家来たちは更に外で待つが、屋根の装飾か、獅子がアタマに箱を乗せている。
次のシーンでは帝から関八州を与えられる。外の家来たちは喜んでいるが、官吏でもある公家たちは皆一様に「凄いねー」「すごいね」といった顔つきである。

祝宴の支度。オス・メスきちんと並べた雁が14羽、大きなのもあるし、雉も8羽。みんな忙しくも嬉しそう。
ただ一人太郎だけは上畳に座りながら物思いにふけっている。
やがて元凶である祖父の原を連れて来いと家来に申し付ける。原がおびえた様子で出てきたところまでが展示。

小栗判官絵巻 岩佐又兵衛 第11巻(15巻のうち) 宮内庁三の丸尚蔵館
展示は地獄から蘇り(黄泉帰りだ、本当に)、餓鬼阿弥として街道を土車でゆくシーン。
小田原から箱根を越え、三島大社を行き、富士の裾野をこえる。
人々の同情と好奇などの眼に晒されながら行く。
見守る人々の中には猿回しらしき人もいるし、犬と一緒にいる人もいる。
物語の概要などについては去年三の丸で見たときの感想に詳しく記している。こちら

山中常盤物語絵巻 第4巻(12巻のうち)MOA美術館
わたしはMOAの展示に行き損ねた。しもたことをした。ただ、2006年に羽田監督の映画を見ている。
映画「山中常盤」の感想はこちら
今回は常盤主従が六人の盗賊に殺されるシーンが出ていた。クリックしてください。
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とにかくこの6人の盗賊の描写が憎い。いかにも憎そげ。石で刀を研ぐ男、水色地に撫子柄の着物を着るのもいれば、豹や虎の毛皮を腰に巻くのもいる。
宿で寝込んでいる常盤主従を急襲。戸を蹴破り二人の女から豪華な小袖を引き剥ぐ。
そして呪詛する常盤の声を聴き、取って返してその胸を貫き通し、侍女もバッサリ斬り殺す残酷な連中。
この一連の無惨な描写は将に酸鼻としかいいようがない。

ただ、もるさんがツイッター上で教えてくれたように、女二人の下ばきの布質の違いにわたしも注目した。
侍女は多分木綿、常盤は絹らしい。胡粉がかかっていて、その表現の違いがさすがに細かい。しかも主は室内、従は下で殺される。

物音に気づき飛んできた宿の主人がこの凄惨な殺人現場を目の当たりにして仰天する。
そこまでが出ていた。

この「山中常盤」と「堀江物語」は共に遺児による復讐譚なのだが、とにかく殺し場が凄い。前者は高貴な女人が着物を剥がされ奪われ、無惨な死を迎える。被虐と嗜虐の鬩ぎあいを目の当たりにすることで、いよいよこの絵巻へのときめきが増大する。

上瑠璃物語絵巻 岩佐又兵衛 第4巻(12巻のうち) MOA美術館
(表記はその時々の展覧会による)
MOAで見た「浄瑠璃物語絵巻」の感想はこちら
詞書の面白さにも心惹かれた。

ここでは御曹司が女房に導かれ、姫の閨へ向かう様子が出ていた。
まず、あまりに素晴らしく綺羅を飾る室内に呆然としながら見惚れて歩く御曹司。
姫の眠る様子を見て、にんまり「こんばんは」と言いそうな顔つき。
口説く、ただただ口説く。姫の様子が少しずつ変化する。
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細部に渡り丁寧を通り越した詳細な様子を美麗に描いた絵巻。とても好きだ。

いいキモチで次の展示を見ると、おやおや、大和文華館からあれが来ている。
稲富流鉄砲伝書 2帖(21帖のうち) 大和文華館  「綺麗に拵えられた」と見ているものが何故ここに?と思ったが、解説を読んで反省した。
この文章を書いた人の手が絵巻の詞書のそれと同じではないかと言うことだった。
これまで漫然と見ていたことを咎められた気がした。
なんということだ。やはりそこにある、という存在の意味をきちんと把握していなくてはならん。
これまで勿体ないことをしてきた。

岩松図屏風 岩佐派(推定) 6曲1双  工房のものなのかどうかしらないが、松が金地に浸食されていた。

伊勢物語 梓弓図(旧樽屋屏風)  金谷屏風のそれとはまた違う構図。女の姿もでていることで、両者の行き違いがよくわかる。
男の身勝手さに泣かされるのは女なのだ。そして悲劇が訪れる。その予測がつくような構図。

傘張り・虚無僧図(旧樽屋屏風)1幅 根津美術館   職人尽図の一種だとみなしていいのだろう。それにしてもまだ普化宗の虚無僧スタイルが完全には成立していない頃なので、笠もええ加減な形で、どちらかと言えば遊び人にしか見えない。
この様子を見て思い出すのが中上健次の路地の若者たち。
「歌舞音曲にうつつをぬかし、女を腰で落とし」と書かれた若者たちが遊びで虚無僧の様子をする。
のぞいた口元を見ながらやはり彼らも、と思った。とはいえ幼い兄弟が布施をしようとかけてくる。

本性房振力図 1幅 東京国立博物館   太平記から。大岩を落とすあれ。人々の表情がいいなあ。

このほかにも物語・故事からの絵が多い。
平家物語 通盛小宰相図  作中にはこのシーンはないが、ありえそうな雰囲気がある。
その意味でも「浮世絵」なのだと思う。

和漢故事説話図 岩佐又兵衛 12幅 福井県立美術館 半期6幅づつ  これは面白かった。
伊勢、源氏、平家などから恣意にシーンを選んで描いたのか、楽しく一枚一枚を見た。
浮舟、夕霧、佛御前の登場、怪異出現…

特定人物を描いた絵もよかった。それぞれ違った描きぶり。
維摩図、月見西行図 、柿本人麿・紀貫之図、三十六歌仙…
西行は自身の姿の様だとも言われている。妻子を置いて旅立つ又兵衛。

洛中洛外図屏風(舟木本)が東博から来ていた。大変うれしい。
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わたしはこの大仏殿にいる扉傍の青年が好きなのだった。

じっくり見てゆくと様々な発見があり、驚きもある。
坊さんと尼さんの密会などを描くところが又兵衛らしいし。負ぶわれた幼女が観客を見つめているのを初めて知った。
見れてよかった。
家にある舟木本の模本をまた愛でよう。

花見遊楽図屏風 4曲1隻  チラシの人々。赤裸々な動き・感情の発露、にぎやかでエネルギッシュな様子。
いいなあ。とてもいい。当時流行最先端の三味線を持つ人も少なくない。盲人だけでなく男も女も弾いている。
ちょっと数えても6人ほどが三味線を持っていた。
あちこちで宴会、とても楽しそう。そして左端では男同士がひっそりと仲良くしている。
こういうのを見つけ出すのがとても楽しい。

北野社頭遊楽図屏風 狩野孝信筆 6曲1隻  参考になったのでは、という作品。女たちの綺麗さに惹かれた。
特に双六をする眉を落とした女とおかっぱの女。幔幕を張り巡らせた中では男たちが調理中。
瓜実顔。そう、又兵衛キャラとは輪郭が違う。

美人風俗図屏風 岩佐派 2曲1隻 福井・西応寺 剥落が激しいからか、静謐なくせに妖艶だからか、シギリヤ・レディを想った。
完全なる横向きの女が特に好ましかった。
最後にこうした異様に艶めかしい女たちに会えてよかった。

たいへん見事な展覧会だった。
この充実ぶりには圧倒された。
素晴らしい。
今年のベストの上位に推されると思う。

多くの方々がツイッターでわたしに「行け行け行きなはれ」とすすめてくれたことに感謝する。

なお、ツイッターでお世話になっているConradさんのレポがまた見事なのでぜひご一読を。
こちら

科學で樂しむ怪異考 妖怪古生物展

大阪大学総合学術博物館というところがある。
ご存知の方は「おお♪」となるが、知らない方は「あるんだ」と薄眼を開けるだけだろう。
無料の博物館である。
これまで開催された企画展はいずれも面白いものばかりで、これだけの内容で無料なのかと驚くことも少なくなかった。
また常設展のレベルの高さたるや「さすが懐徳堂の血脈」に始まり賛辞が次々浮かんでくる。そして「やっぱり手塚治虫の母校やなあ」とわたしなどは感慨にふけるのだ。
その「手塚と阪大」の関わりをクローズアップした展覧会が五年前にここで開催されている。当時の感想はこちら

今は夏季特集展覧会「科學で樂しむ怪異考 妖怪古生物展」が開催されていた。
まずこのチラシのロゴを見ていただきたい。
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オドロオドロな書体である。しかもご丁寧に旧漢字。それだけで古い紙の匂いがするようではないか。
そしてその文字からもモノノケハイがたちこめる。
とはいえここはさすがの大阪大学。
単なるオバケ・妖怪展ではない。
チラシの一つ目爺とダブルイメージにある骨、これが実はこの展示の中で重要な位置を占めているのだった。

サイトにある概要を以下に写す。
「この展覧会は、古典や伝承に登場する神や妖怪といった非日常的な存在と「古生物学」という学問を結びつけ、空想と科学の垣根を超えた科学の楽しさを提供します。近畿圏をはじめ日本や海外から集められた約100点の貴重な化石と骨格標本を公開し、最新の研究成果とともに展示します。また、浮世絵や絵巻物などに描かれた妖怪と見比べながら、実在した絶滅生物と空想生物の謎に迫ります。」

そぉなのかと安易なわたしは蝉しぐれの中、坂を上りここへ来た。
この辺りは待兼山の一部になるからか、蝉もミンミンゼミが鳴いていた。
同じ市内でもわたしのあたりはアブラゼミとクマゼミである。


モダンな近代建築の中に入ると、マチカネワニの実物大模型が壁に張り付いている。
これを見てから階上へ。

展覧会の見どころはこのように書かれている。
「本展の見どころは、まず龍に例えられたゾウやマチカネワニの化石です。豊中市蛍池から見つかった約40万年前のステゴドン象の牙、三重県津市から見つかった約350万年前のワニとシカ角など実物の化石を展示し、それぞれの化石がなぜ龍に例えられたのか解説します。また、一つ目巨人を連想させるアケボノゾウや、グリフォンと信じられていたプロトケラトプス(恐竜)の複製頭骨を目の前で見ることがでる貴重な機会です。さらに、双頭のウシの骨格標本や島根県松江市で見つかった約2000万年前のシカ類の化石など、最近の発見を研究論文とともに初公開します。」
やはり学術博物館なのである。

今回の展示には最新の研究成果をまとめたパンフレットがついており、どの論文もたいへん興味深い内容だった。

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第1章 古来の人々が目にした竜
大胆な仮説というか、わたしのアタマでは考えてこなかった内容がここにある。

ワニの化石と鹿の角、これがもし同時代に同時に発掘されたならば、というifの前提がある。もし発掘されたなら・・・2件を別個のものと考えるよりも、2つを結びつけた考えを示す方が多いのだ。
だからここでこんな数式が成り立つ。
ワニの化石+鹿の角=竜。
字面では「はぁ?」かもしれないが、ここにある骨の模型を見ていると、強い同意と納得がゆく。
肉がついた状態では「ワニの奴、なにを鹿の角、アタマに着けてんねん、おまえはせんとくんか」とツッコミを入れたくなるが、さてこれが骨になると途端に「あっ竜!!」になるのだ。
誰も本当には竜の姿を見ていないはずなのに、その姿のイメージを共有している。
だれかの絵から「!」となったのではなく、恐らく古代の頃からなにかしら共有するものがあったのだ。

竜には角があり、胴体は蛇体であるが、蛇体と書くとなにやらイメージがよくないのに、竜=王者という東アジアの公式認識があるので、だれも竜の胴体を蛇体だとは言わない。

ナウマンゾウの化石が野尻湖から出て来たり、明石ゾウの化石が明石の海岸べりからたくさん出土してきたことから、ゾウが日本にものしのしと足を延ばしていたことを知った。
現行のゾウと彼らやマンモスとはまた違うわけだが、こんな極東にまでご苦労なことだった。いや、当時は「極東」ではなかったのだ。
ゾウの化石を見ながら往時、道があったことを想う。

さてチラシの怖そうな骨はアケボノゾウの頭骨である。
そしてそのゾウの骨は漢方の生薬として使われていたらしい。
尤も日本ではそれを薬には使わなかったようだ。

ゾウの歯の化石もとても大きい。ゾウも種類によってはブタくらいのものもいたそうだが。
この歯の骨で思い出すのが古事記にも出るイチノベノオシハノミコの歯の事である。
古事記では市辺之忍歯王と表記するが、名に「歯」があり、巨大な歯の持ち主だったらしい。それが近江に埋められていた。
石川淳はそれも題材にして「狂風記」を描いた。

骨はまだある。
メガロドンの骨、これを「天狗の爪」として大事にしてきた人がいるそうだ。
木内石亭「雲根志」にその紹介がある。本が開かれていて、説明を少し読む。
木内は石マニアで、塾では木村兼葭堂と同門。更に江戸に出てからは平賀源内とも同門になったそうで、同時代にこんな人々が集まるとは面白い「偶然」が起こるものだと思った。
なお、源内の戯作「天狗髑髏鑑定縁起」ではイルカの骨をモデルにしていたそうだ。

第2章:伝承と古生物
ここでも両目が開かれるような内容が続く。

牛鬼の絵がある。見慣れた牛鬼は顔は牛+鬼で胴体は巨大なクモのようである。
「ガウル」という野牛によく似ているそうだ。わたしは知らない。
そのガウルはインドからマレー半島に生息している。
牛鬼の伝承は瀬戸内海が中心だという。そしてその界隈にはガウルに似た牛の角がよく出土していたそうだ。
何もないところから話が始まることは少ないが、何かあるところから話が始まるのは普遍的な状況だ。
わたしはなるほどそうなのかと納得する。

ヤギ、シカ、ガゼル、キョンの頭骨が並ぶ。ああ、角があるなと思う。ただしこれらが生前の肉付きを見知っているからこそ「ああ、偶蹄類・奇蹄類の奴らだな」と認識し、角があっても不思議にも何にも思わないのだが、この骨を見て古代人は「あっイメージが違う、こわいやん」と思った可能性が高い。だからこそ古代祭祀の場で骨を面として使った形跡があったりするのだろう。畏怖させるためには角が(異形の者への恐怖)が必要でもあったのだ。

拵えものだと思うが「鬼のような装飾品」というものが出ていた。
小さい頭蓋骨のサイドに角が付けられている。
なるほど鬼に見えなくもない。

ここで面白い提示がある。
偶蹄類・奇蹄類はみんな角があるが草食なのに、その角によく似たものをアタマにつけた鬼はイメージ的に肉食だ、ということ。
・・・そうやなあ、そのとおりやわ。鬼は人を喰うイメージが強い。
純正の鬼(!)の他に「吸血鬼」「人食い鬼」「殺人鬼」と鬼のつくのを並べたが、みんな人の死を招く存在だった。

面白い見出しがあった。
「いなばのナキウサギ」
大黒様が助けたったのは「因幡の白ウサギ」である。唱歌にもそう歌われている。
北斎の「新形三十六怪撰 大黒天と白ウサギ」のパネル展示もある。
12頭の鰐と泣いて訴える白ウサギと大黒様である。
ワニの描写、いいなあ。
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初期のナキウサギは絶滅し、次に奄美黒ウサギが現れ、やがて日本の白ウサギが登場するそうだ。
時代がもっと古いならナキウサギが更に泣きわめきながら大黒さんに訴えていたことだろう。
ナキウサギの方が古体というのも面白い。
わたしが知らないだけ、なのだろうが。

キメラについての考察があった。
鵺 ぬえ、である。
ここで非常に衝撃的な論文があった。
「頭が猿や猫、胴が虎、手足が狸、尻尾は蛇」というのが鵺だとされている。
これらは源平盛衰記の記述に拠るのだが、ここでびっくりしたのは、これらの特徴を見せる動物といえばレッサーパンダだ、と結論づけられていたことである。
荻野さんという方の考察なのだが、わたしはひっくり返りそうになった。
れれれ(レレレのおじさんでもレレレの娘でもないぞ)、レッサーパンダがぬーーーえーーー
頭が猿や猫、胴が虎、手足が狸、尻尾が蛇・・・
うーむうーむうーむ

これで思い出したが、むかし「あらいぐまラスカル」が放送されていた頃、上野動物園では本物のアライグマをモデルにしたものより、色の派手なレッサーパンダのぬいぐるみの方がよく売れたそうである。
新聞でそれを読んだとき、子供心にも納得したものだ。

そうか、レッサーパンダは鵺だったのかっっっ
しかも色々と調べると鮮新世(350万年前)ではアジアでヒトサイズのレッサーパンダがいたかもしれない、とか。
(実際にはバイカル湖から大型レッサーパンダの化石が出ているそうだ)
うーむうーむうーむ、なんだかすごいぞ。
これではササイなクマどころではないがな。
二本足で立つレッサーパンダの風太くんとその子孫を思い出すねえ。

浜松に三ヶ日町というところがある。
ここは池波正太郎の作中では日本駄右衛門のアジトの一つであり、ここをいち早く探索した徳之山五兵衛が一味を捕縛するきっかけを得た村である。

さてその三ヶ日町、ここにその名も「鵺代」という地がある。
そこからトラ、ヒョウ、ゾウ、タヌキ、キツネ、サルの化石が出土しているのだ。
そしてこれらを足したら・・・ぬーーーえーーー
スゴいな。

「鵺」の骨集めがあった。
虎は猫で代用している。小さめの動物だが、ぴったりである。びっくりしまんがな、頼政さん。

岡田玉山「絵本玉藻譚」が出ていた。
これは金毛九尾の狐が妲己にとりつくというか、とってかわるところから話が始まる。
そしてその章題がそのまま太田記念美術館でもみた絵にあったりもする。
当時人気の物語の一つである。

この九尾の狐、ヤマタノオロチなどは多胎のもつれのようで、ここで双頭の牛の骸骨と剥製が出てきた。
非常に怖かった。素直に怖い。
先般姫路で「くだんの剥製」をみたが、あれとは違う異質の怖さがある。
ケルベロス、ヤマタノオロチ、阿修羅までもがその仲間入り。

最後に描かれた妖怪たち

山野守嗣 猫大明神 探幽の写しらしいが本物を見てない。瓜の上にお猫様が烏帽子かぶって鎮座ましましており、その瓜を恭しく曳くネズミたち。

百鬼夜行の模本が二点出ていた。みんなやっぱり写したくなるのだ。

ヤマタノオロチで更に面白い考察があった。
浮世絵などに描かれているヤマタノオロチは洪水のイメージから来ているが、古事記の原文では火砕流イメージだという話だった。しかし長らく水のイメージがあった。
しかし今ではもう洪水ではなく火砕流イメージが強くなっている。
それについては寺田寅彦が1933年に刊行した「神話と地球物理学」が嚆矢だったそうだ。

たいへん面白い展覧会だった。
考えもしなかったことが次々とあらわれ、脳の薄皮が一枚剥がれたようである。
今日までの展覧会、間に合ってよかった…

ベルギー近代美術の精華展 @姫路市美術館

最近洋画を見た後になかなか感想が書けないという状況に陥っている。
ポンピドゥー展、カサット展、福岡までわざわざ見に行ったヴァルラフ=リヒャルツ美術館の印象派展、それからダリ版画展、姫路のベルギー美術展、とこのようにずらずらと居並ぶ。
デトロイト美術館展は撮影可能で、これは写真を挙げてうだうだ書けそうなのでまだそんなに心配していないが、本当に困ったものだ。
というわけで、25日で終了の姫路市美術館「ベルギー近代美術の精華」展の感想を簡素に挙げたいと思う。

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姫路市美術館といえばベルギー美術を裕福に所蔵し、国内ではここ以上にベルギー美術を持つ先はないのではなかろうか、と思われる。
理由はあるに違いないが、とりあえずベルギー美術といえば姫路市美術館、近代日本版画といえば和歌山近美か千葉市美、狩野派は板橋区美、などと言った風に認識が広まっている。

その姫路市美術館でこの展覧会である。
いそいそと出向いたが姫路市美術館の所蔵品だけでなく他からも出てきており、豪華な顔ぶれになっていた。

1. いま見えているこの世界 レアリスムから印象派

フェリシアン・ロップスの辛辣な絵がある。
古い物語 きれいにやつした女が手に美人面を持つ。色々言いたいことはわかるが、それにしてもこの女の顔も仮面も綺麗だ。
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サテュロスを抱く女(パンへの賛美) 夜、裸婦がサテュロス像を抱く。欲望を露わにして。その様子を蔭からクピドが見ている。彼女自身による欲情なのか、この小生意気なチビに仕向けられたのかはわからない。

エミール・クラウスの外光が眩しい絵が数点。いずれも農業地域を舞台にしている。光が眩しいのを感じる。

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2.幻想の世界 象徴派

個人的にはここが一番好きだ。
フェルナン・クノップフの優美で静謐な絵が並ぶ。

ヴァイオリニスト 赤チョークで描かれた優美な女。この瞬間以外は生きていない女。

女性習作 肩の獅子噛みの無骨さが彼女の横顔を一層うつくしく見せる。

ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院  彼の作品の中で最も好きなもの。
「死都ブリュージュ」とこの絵とがわたしの中では区別できないほどになっている。
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ジェームズ・アンソールが実際に人々から非難されていたり対立しているというのを初めて知った。

キリストのブリュッセル入城 1889年のマルディ・グラの日(肥沃な火曜) ここでのキリストはアンソール自身。そうか、そんなにも周囲から…

オルガンに向かうアンソール 周囲のモブ。チラシは右が少し切れていて、右には赤ん坊がいる。アンソール以外は皆醜い。

ホップフロッグの復讐 これはポーの小説「ぴょんぴょんカエル」のクライマックスシーンを描いたもの。小人が宮廷で王や大臣たちに度を越えた苛められ方をし、ついに復讐を決意する。仮装舞踏会の日に王や大臣にゴリラなどの仮装をさせたところで全員をシャンデリアに吊り下げ、火をかけて焼き殺すのだった。

ジャン・デルヴィルの幻想的でうつくしい絵が現れた。

レテ河の水を飲むダンテ 百合の花をはじめ優美にして儚げな花に囲まれた空間で。物忘れをするレテの河の水を飲む。

デルヴィル夫人の肖像 ああ、相当に綺麗な人だな。

ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク 夜の中庭あるいは陰謀 この絵はとても好き。青黒い夜の中で三人がひそひそひそひそ…
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レオン・フレデリック 動物に説教する聖フランチェスコ ウサギに、牛に、羊に、聖フランチェスコは説教する。

レオン・フレデリック 春の寓意 花綱をもつ女や幼子たちの幸せそうな様子がいい。

3.あふれ出る思い 表現主義

アンソール 薔薇 ただの花の絵ではなく、その右奥には不思議な風景画が添えられている。そちらに視点を絞るとその中に取り込まれてしまいそうだ。ちょっとばかり乱歩「押絵と旅する男」を思い出した。

ジョルジュ・ミンヌ 聖遺物を担ぐ少年 大理石はきれいだな。
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レオン・スピリアールトもある。
オステンドの灯台 グレーと黒のパッキリ分かれたところがかっこいい。

磔刑のキリストと煉獄 舞台風な拵えに見える。群衆の様子がそう見せるのかもしれない。

4.現実を越えて シュルレアリスム
デルヴォーとマグリットの饗宴だった。

デルヴォーは1937年から1966年の作品が 7点ある。
有名な「海は近い」もあるし「乙女たちの行列」も見られる。
すべての女たちが美しく、神秘的なまなざしと微笑みを口元に浮かべている。
自分とは遠い存在であるにもかかわらず、どこか理解できるところもある。
そうした箇所に共感し、全体の美に感銘を受ける。

マグリットはリトグラフの連作「マグリットの孤児たち」のほかに妻の絵や不条理な情景の中の静謐さを描いたものが出ていた。
いずれもこちらが一歩進めばその中に入り込みはするものの、ふと振り向けばその情景から遠のいている、そんなイメージがある。
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面白かった。
なお2年前に名古屋のヤマザキマザック美術館にこれらの作品が大挙して出向いている。
その時の感想はこちら

8/25まで。


弥生美術館でみたもの―オサムグッズ、華宵と浅草オペラ、夢二とモダン都市東京

弥生美術館で三つの展覧会を楽しんだ。
・オサムグッズの原田治展 Osamu Goods® The 40th Anniversary
・華宵と浅草オペラ
・竹久夢二とモダン都市東京 展 ―夢二のいた街、描いた街―
(こちらは夢二美術館ではあるが)

オサムグッズは1980―90年代の女子中高生の人気グッズだった。
カバンからタオルからノートから小間物まで、とにかくあのシンプルで明るいオサムグッズと無縁でいた少女というのは、非常にまれだったのではなかろうか。
わたしのような者でもオサムグッズをなんだかんだと使っていたし、中には今も手元において使用中のものもある。
今回の展覧会で初めて知ったのだが、純正品のオサムグッズ(!)とライセンス契約だけのオサムグッズがあるようで、長らくミスドの景品として流通していたのは後者だそうだ。
わたしが持っているのは多分半々。
今も現役で使用中のタオルからして、ミスドでもらったものと友達がくれたものとあるので、可愛さだけでなく、品質も良いのだと思う。

展示室に所狭しと集まるオサムグッズが次々と当時の思い出を呼び起こし、面白かったこと・腹の立ったこと・楽しかったことなどなどが蘇る。
グッズは身近なものなので、折々のそのわたしの感情や出来事の随伴者あるいは目撃者でもあるのだ。

原画を見る。試行錯誤の痕はその線からは窺えない。原画を描く前段階でそれらは解消されているのだ。
作者の原田治さんの言葉がそこかしこにあり、読み通してゆくと、いくつかの新発見と納得がある。

原田さんのおじいさんは映画監督・二川文太郎だという。
バンツマ主演の無声映画「雄呂血」の監督である。びっくりした。1925年のチャンバラ映画で、これは殺陣が素晴らしく、当時の観客を熱狂させた。
タイトルが気になっていたので子供の頃から忘れずにいた映画で、近年になりこのようにつべで見ることが出来るようになったのはありがたい。

そして原田さんは自身のデザインへの意識などをこの祖父から伝えられたように思う、という意味のことを書かれている。
大正末期の素敵なロゴの「雄呂血」。
二川は他の仕事でもいいデザインのロゴなどを拵えていたそうだ。

自分が実際にリアルに使っていた・使っているグッズが目の前にある。
とても楽しかった。

原田さんの他の仕事の紹介があった。
お孫さんの幼稚園のために活躍しているだけでなく、こんなキャラも原田さんの仕事だった。とても納得。
・東急電車の「ドアに注意」のクマ坊や
・カルビーポテトチップスのポテト坊や
・崎陽軒の二代目ひょうちゃん

原田さんは「かわいい」を前面に押し出す仕事をした。
40周年の今も全く古びないのは「かわいい」からだと思う。
既に弥生美術館でのグッズ販売では色んなものが売り切れ、再入荷されたりという盛況である。気持ちはわかる。

ノスタルジーよりもカラッと明るい気持ちになり、楽しく見て回れた。




階段を上がり三階へ。
・華宵と浅草オペラ
打って変わってこちらは妖美で華やかな世界。
華宵が浅草オペラに熱中ししていたことは有名で、スケッチも少なくない。そこから作品も生まれる。それらが集まるのもいい。

紅バラ 田谷力蔵のコスチュームと同じものを身にまとう娘の絵 田谷のブロマイドもいい。

浅草オペラや活動写真から異国情緒あふれる世界に目が開かれた人も多い。
古代埃及をイメージした衣装の少女が睡蓮を眺める様子も素敵。こうした絵が当時の少女たちをときめかせたのもわかる。

「カフェーの夜」の歌は今でもつべで聴けるようだ。
三日月と☆とをつけた薄衣の娘、その周囲を跳ねるウサギたち。可愛い。

相良愛子 白孔雀 ああ、きれい。白塗でアタマにたくさんの孔雀の羽根の飾りをつける。
華宵の絵もエキゾチックでいい。
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王女のバラ パールを全身に行き渡らせた女。絵だからこその美麗さ。腿がみえているのもいい。

埃及娘の横顔の絵は初見。蛇の冠をつけている。影も描かれていて綺麗。

高田雅夫のエジプトダンスというものを初めて知った。33歳で没したそうだ。
見てみたい動き。彼の活動はwikiにあり、惜しむ。
わたしはこの時代までに生まれている<新しいダンス>はとても好きなのですよ。

山田まがね という抒情画家がいたのを初めて知った。
多くの浅草オペラや歌謡曲の挿絵を描いていたようで、「ローレライの歌」などの絵がとても好ましい。
今回みたのは浅草オペラの「サロメ」で、ヨカナンの首を抱え、じっとみつめるサロメを描いている。
「スネークダンス」の絵もいい。

当時のブロマイドの魅力にも大いに揺れる。やっぱり1910-1930年代は本当にわたしの好きな時代だ。
ノイエタンツが素敵すぎる・・・前述の高田雅夫の奥さんで遺志を継いで踊り続ける高田せい子、かっこいい。

アンナ・パブロワの来日も大いに刺激となった時代。
華宵もスケッチを描いている。この公演は六代目菊五郎も見ているし、「ドグラマグラ」でも舞踏狂の少女の仇名がアンナ・パブロワだった。

当時のレコードが並ぶ。
おお、「茶目子の一日」。これは映画も見た。佐藤さとる「わんぱく天国」で知ったから、もう随分長いつきあいになる。
このことについてはこちらにも書いている。

レコジャケで面白いのがあった。大佛さんが聴きたがる図柄。
「恋は優し」のレコジャケもなかなかエキゾチックでいい。

石田雍の人気、若き藤原義江の美貌、浅草の全盛期がここにある。

大正10年3月、浅草金竜館でロシアからのアダメイト娘らによる西インドダンスの上演、そのかっこよさ。
手品師・天勝の妖艶な美貌、明石須磨子もモダンでいい、無国籍風な衣裳で踊る女たち。
昔の浅草オペラの衣裳は何と魅力がつよいことか。
澤モリノのダンス、孔雀の衣裳、嗚呼嗚呼嗚呼。

わたしの見たいものリストに浅草オペラが入った。バレエ・リュスのすぐあとくらいにクランクイン。

・竹久夢二とモダン都市東京 展 ―夢二のいた街、描いた街―
夢二は上京してから東京をよくハイカイした。

浅草、日本橋、本郷、早稲田、品川、向島、銀座。
都市生活者たちが歩いた東京各地。
女学生、モガ、モボ、ボヘミアン…
サラリーマンもBGも歩いた。
それぞれ面白いことをみつけだし、先端の都市を闊歩した。
描かれた街の魅力にときめいた。

須藤重、山名文夫、武井武雄、東郷青児らの描くモガたちの絵がある。
みんなそれぞれの特性が出ていて面白い。
芝居とキネマとバーとカフェと…
本当にカッコいい。
モダンな時代のモダンな都市の様子をここで見たように思う。

ああ、とてもかっこよかった。

立体妖怪図鑑 妖怪天国ニッポンpart2

姫路の兵庫県立歴史博物館の展覧会は、ハズレがない。
わたしが行った時たまたまそうだったのかもしれないが、どの時も必ず面白いので、これはもうここのレベルがとても高いということになるのではないか。
なにしろ1992年からの話である。
「風呂の聖と俗」、「洛中洛外のプリマドンナ」、「庶民の地獄絵」などの昔から近年の「博物館はおばけ屋敷」に至るまで、本当に面白いものばかりなのだ。

今回はこちら。
「立体妖怪図鑑 妖怪天国ニッポンpart2」
玄関前の幟の揺らぎが何ともよろしい。


第一部 描かれた妖怪
絵巻と浮世絵からおばけが集まっている。

百鬼夜行、百器夜行、とモノノケたちの行列が楽しい。
稲生物怪録、大ミミズクが可愛い兵六物語、といいのが続く。

国芳の三枚続の妖怪絵も、大どくろに土蜘蛛ら人気メンバー。
弟子たちの絵もありにぎやか。
芳艶の袴垂の幻術で大蛇とツキノワグマの戦いを見る人々、芳虎の加藤清正が退治するのは蝦蟇に蝙蝠に猫!

「西洋では蝙蝠と言えば吸血鬼の手下のように思われていますが、東洋では吉祥動物です」とさる学芸員さんが書かれていたが、この展覧会に出演する蝙蝠たちは到底吉祥動物ではなく「吸血鬼の手下」のクチですなw

芳年のバケモノ絵も色々。旧幕時代のは言えば無邪気な(!)オバケたちばかり。
「怖い浮世絵」でも見た絵が重複していて、その当時の人気ぶりがわかる。
虎ニンニンの西遊記・百鬼夜行図も来ている。玉園という絵師はほぼ知らないが、この虎が忍術の印を組んでいる虎ニンニンは可愛くて忘れられない。
そして北斎の百物語からは小平次。これは日本のオバケ絵の中でも特上の一品。

石燕の妖怪図鑑もある。
姑獲鳥、元興寺、玉藻の前、ぬらりひょん、長壁姫と蝙蝠。
それから石燕オリジナルのオバケ図鑑もある。創作オバケ、いいねえ。

草双紙もオバケものは人気で、わたしだって全部簡易に読みこなせたら、しつこく何度も読み返すよ、山東京伝あたりは特に好き。

双六もいい。地域特有のオバケも選ばれている。
芳員「中河内・雪女郎」というのをみつけて「エ?」となった。
中河内でもそんな雪積もったのか?
ここでサイコロを振り、3が出たら「山彦」のもとへゆく。

オバケの絵のおもちゃもとても楽しい。仕掛けモノがあるのがいい。
「幽霊・妖怪画大全集」展の時にオバケカルタを購入したわたしです。

第二部 立体妖怪の存在感
今回の展覧会のメインはこちらですな。

大阪市立美術館のカザール・コレクションから根付のオバケたちが出陣していた。
大阪市美で観るときより、こうした本性を発揮できる場で見ると、嬉しそうに見えるなあ。
道成寺の釣鐘、鬼、般若、白蔵主、狸のお坊さん、烏天狗、一角獣、人魚、風神雷神、髑髏、舌切り雀・・・
鬼も様々で鍾馗に捕まるもの、大津絵の鬼の念仏、鬼やらい、木魚ぽくぽくなど。
楽しいねえ。

淡路人形のカシラもある。天狗久や大江順の人形。九尾の狐本体もある。ただし金毛ではなく白狐。・・・これて尻尾の数を減らしたら葛の葉狐にもなれるな。
赤鬼、青鬼、黒鬼。
お岩さんの人形もある。江戸のお話だが人形浄瑠璃ではお岩さんの芝居がある。芝居にしやすいわな。
以前に入江泰吉先生が撮られた文楽の写真展の時、やはりお岩さんをみた。
非常に怖かったなあ、あれはモノクロだからこそ怖さが増幅していたのだ。

江戸時代のオバケ屋敷の紹介。
浮世絵の次に現役のオバケ人形師・中田市男さんの人形が登場する。
井戸の怨霊、三つ目入道、ベロだし、長壁姫の眷属、口裂け女、骨女。
骨女は顔の半面は美人、半面は髑髏でライトが当たると・・・
長壁姫の眷属の腰元は、江戸の判じ絵の馬顔の女「ウマニ」の姉妹の様だ。
そして今年の新作は河童と応挙の幽霊だった。
掛軸の向こうに美人で淋しい幽霊がゐる。
90歳の中田さん、これからも長生きして怖いオバケ人形を拵えてください。

見世物もある。
人魚の引き札は案外可愛いが、人魚のミイラは骨の唐揚げのようだった。下半身はオコゼのようだったな。
そしてこの人魚のミイラの物語を紙芝居で上演したようで、台詞なしの絵だけだが展示されているのもよかった。

カーテンで仕切られている空間へ入る。そこには「件 くだん」の剥製があった。
どうもぬいぐるみのようにも見えるが本当のところはわからない。
「くだんのはは」「五色の舟」を思い出す。

姫路の大切なお祭り「三ツ山大祭」の作り物がことしも出ていた。
前回の展覧会では入り口そばに井戸から飛び出すお菊さんだった。
今回はこの中で、やはり井戸から飛び出すお菊さんなのだが、蝶々の表現がとても綺麗で、しかもこのお菊さんは既に井戸を飛び出して宙に浮いていて、染付のお皿が9枚あちこちに浮いている。それを見て二人の武士がひっくり返っている。
香寺高校の生徒さんらの力作。
そういえばお菊さんの割ったお皿というのは、高麗青磁や明の青花など諸説ある。
いずれも大切なお皿ではある。

このお菊人形を見ていて谷山浩子の不思議な歌「まもるくん」の替え歌も可能だなと思った。
♪播州のお屋敷の井戸から飛び出すお菊さん 井戸から飛び出して斜めに飛んで笑ってる
・・・こわっ

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第三部 郷土玩具と妖怪
意外と郷土玩具も古いものではないものが出ていた。

びっくりしたのは、洋画家・金山平三の河童人形。これ、遺愛の品とリストにはあるが、どうやらご本人が拵えたみたい。
金山は大石田の風景を愛して多くの絵を描いたが、楽しみとして芝居絵を大量に描いている。わたしなんぞは金山の仕事の中でもその芝居絵が特に好きで、兵庫県美の前身の兵庫近美のときに絵葉書をセットで購入して以来、今も喜んで時折眺めている。
金山、牛島憲之ら洋画家、清方、朝倉摂らの芝居絵を集めた展覧会をどこかで開催してくれないだろうかなあ。

さて郷土玩具。
伏見人形、今戸の土人形などの古いものもある一方で、昭和どころか平成になってから拵えられた張子ものもある。猩々や河童など。
そうそう伏見人形と言えば人形屋・鵤幸右衛門が始めたという伝承もあった。

黒い神戸人形もぞろりと並ぶ。
古いのは明治の三輪車のみであとはみんな昭和50年代のもの。
わたしは昭和50年代は大阪の小学生なので神戸人形は無縁でしたなあ。
スイカ喰い、木魚叩きと手妻(手品)、オバケ井戸、棺桶車、ロクロ首、鬼の舟遊び、オバケの館、月見の宴会(みんなでスイカ食べてるぞ)
可愛くてファンキー。この展覧会で初めて神戸人形もオバケの仲間だったことを知ったよ。

地方地方に伝承・伝説・民話があり、それをカタチにしたものが並ぶ。
昭和初期の朝鮮の将軍標。天下大将軍地下女将軍のあれね。ミニチュアだから可愛い。
これを最初に知ったのは夢野久作「犬神博士」に紹介されてたからだが、作中では「天下女将軍」となっていた。尤もそれは作中でのギャグなのかもしれない。
厚かましく強引な女とそれに拉がれている男を指しているので。
現物は天理参考館にある。みんぱくにはミニチュアがあったように思う。

鳥取張子人形が何種も出ている。
「島根は神の国、鳥取は妖怪の国だ!」とはわが社の島根出身者の弁。

河童のブームがあったそうだ。清水崑のマンガに始まったようで、その同時代の河童人形がいろいろ並ぶ。
福岡県で「海御前 あまごぜ」と呼ばれる人形があり、これは壇ノ浦に沈んだ平教経の北の方の後身だという。
侍たちは平家ガニになったが、女人はまた別らしい。

コロボックル、文福茶釜、天狗、なぜか静岡のヌエもの、山姥、化け狸、しばてん、キジムナーなども顔を見せていた。

チラシを飾る妖怪たちは荒井良氏の妖怪張り子もの。
京極夏彦さんのコレクションだというのも納得。
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ウブメ、塗仏、五徳猫、豆腐小僧・・・
豆腐小僧をみて甲南大の田中貴子教授の愛猫きなこちゃんのコスプレを思い出した。

第四部 現代の妖怪造形
ウルトラマンの怪獣ソフビたちから現代のフィギュアまで、素晴らしい作品群が百点ばかりあった。
造形師の人々の才能・熱情にただただ感心するばかり。
いやもぉ本当に素晴らしい。海洋堂の名品だけでなく、地方で開催されたコンテストなどに出た作品群もずらり。
本当に細部まで丁寧に作り込まれていて、ただただ絶句。
いやースゴいわ、ニッポン。

妖怪の国に生まれ育ってよかった!!と思った展覧会でした。9/11まで。

アルバレス・ブラボ写真展 メキシコ、静かなる光と時

メキシコ。
自分の中ではとてもとても遠い地。
もしかするとブラジルよりアルゼンチンよりスリランカより遠い地かもしれない。

メキシコの文化もあまり知らない。
子どもの頃に最初に「メキシコの」だと認識したのは服を着た骸骨のダンス、サボテン、ソンブレロ、テキーラ、暑苦しい絵画。
マヤとかアステカもこの辺りだと知ったのはもう少し後。
それからミル・マスカラス、革命児サパタ、フリーダ・カーロ。
更に後年、上流階級はフランス人が多いということを知った。
正直、本当にわたしには遠い地だ。

世田谷美術館でアルバレス・ブラボ写真展が開催されている。
副題は「メキシコ、静かなる光と時」である。
2009年にメキシコ20世紀絵画展をここで見ているが、それ以来のメキシコだと思う。
当時の感想はこちら

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とにかくメキシコといえば褪色した極彩色、寂れ方の著しいところ、濃く・暑苦しい絵画などのイメージがある。
あと、現在上映中の映画「ボーダーライン」もメキシコが舞台か。
それから1981年頃の映画「ザ・ボーダー」はステーツ・デザーターというのか、密入国の取り締まりと逃がし屋の攻防の話だったと思うが、主題歌がライ・クーダーの「アクロス・ザ・ボーダーライン」で、こればかりは今も耳に残っている。
そうそう、骸骨のケーキがあるのを知ったのは藤子不二雄「魔太郎が来る!」からだった。
ああ、フジタが彷徨ってもいるな・・・
いや、それよりもなによりも「ジョジョ」の石仮面はこの地から出たのだ。

いささか鬱屈を抱えたまま砧公園へ出かけた。
最近は静嘉堂から徒歩で行くのがお気に入りである。

アルバレス・ブラボという写真家は1902-2002年の間生存していた。20世紀を丸ごと生きたのである。
彼の活躍期は1920年代以降で、世界的にわたしのいちばん好きな時代である。
その中でピクトリアリスムからモダニズムへとブラボは移行する。

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第一部 革命後のメキシコ 1920-30年代
1.モダニズムへ
情緒というものを極力排していった作品群がある。
そもそも情緒とは何か。
湿気または温気だと言ってもいい。
感情にその湿気または温気が含まれることで、ある種のやるせなさとせつなさが加わり、それが観る者の心情を柔らかにする。
しかしここにはそんな湿気も温気もない。
あるのは乾ききった砂と熱風とどうしようもなくギラギラ輝く太陽と、それに晒された風物だけだ。

わたしは抒情性を大事にする、やや過剰なしめりけを愛する性質なので、これらの作品群を前にして、喉だけでない渇きを感じた。
とはいえ中には可愛らしさが表面に漂う作品もある。
カボチャとカタツムリ、皮をむいたヒカマ、木馬などである。

ネガも共に展示されていた。
白黒反転していて、それがけっこう面白い。

2.ざわめく街の一隅で
見ていてやはり乾いてしまった。

水をまいても撒く先から水は乾燥しては消えてゆき、痕など何にも残らない。
そんな状況を思わせる作品が少なくなかった。

豚の生皮を干しているところに幼女がいる。
豚の皮もパリパリになりすぎ、使い物になるのか心配になる。
幼女も今は幼女だが、時間の経つのが早くなりそうな予感がある。

最初に評判になった「眼の寓話」をみる。
眼科の看板を裏焼きにしたもの。
これをみると日本の片田舎の小さなお堂にかかる「め」「めめめ」「めめ」などと書かれた絵馬、それが無数に飾られている恐怖など消えてしまう。
怪異な状況よりも現実の方がより恐ろしいものだ・・・

この作品はブレッソンと二人展のときにも使われ、代表作になったそうだ。
ある種のユーモアも感じる。

身をかがめた男たち COMEDORと書かれた店に並んで座る男たちの背。様々な座り方をしているが、「昼間っから飲みやがって」というキモチがわたしの中にはある。
なお「コメドール」と読み、食堂の意味。コメダではない。

コヨアカンのライオン 公園内の作り物のライオン像が転がっている。カメラワークが良いので、ついつい首を伸ばすと、こっちを向くライオンに睨まれてしまった。

この辺りからタイトルと対象物との関係性に、ある種の面白味が生まれてくる。

トラックに乗った天使たち 天使像、運搬中。しかも決してピカピカではなく、薄汚れていそうである。

訪問 ちょっと変わった顔のイエスの像がある。お断りしてしまいそうである。
しかしこのタイトルを見てやはり思い出すのは萩尾望都「訪問者」である。
イエスが猟師の家を訪問する。しかしそこには飢えた子どもたちがいる。イエスは帰るしかない・・・

黒い哀しみ 道を行く黒ずくめの女。日影を行く。窓の装飾も元は綺麗だったろう。
以前、似た取り合わせの写真をみたが、写真家の眼の違いが大きく、全く別な雰囲気をみせていた。

空に自転車 ・・・今ならトマソン。

第二部 写真家の眼 1930―40年代
1.見えるもの/見えないもの
この時期の写真がいちばん面白かった。
何故かというと、意図的にドラマ性のある<情景>が選ばれているからだ。
そしてそこへセンスのいいタイトルが付けられている。

鳥を見る少女 日本のお寺の門のような門前にも身なりの貧しい少女がいる。
彼女は日を二の腕で避けながらも鳥を見ている。写真家は鳥は追わない。
しかしそこに鳥はいる。鳥を見る様子の少女がいることで、そこに鳥が存在する。

消された扉 その扉の前に木組みの格子檻のようなものがある。塞ぐことで、見えているものであってもその存在は消されたのだ。

冬について ステンドグラスが捨てられていた。元の状況はわからないし、何故季節が冬なのかもわからない。しかしこのタイトルとその情景の関係性は魅力的だ。
モダニズムからさらに一歩進んだ感じがある。

舞踏の王と王妃 滑稽な像、廃墟の中、そこにそのタイトルをつける。

舞踏家たちの娘 チラシ表の少女。丸窓をのぞく。建物ももうぼろぼろ。少女も動きを持たない。

様々な人々の姿を捉える。
観るうちに、人々は無口で鬱屈していそうだと思った。

犬と雲の寓話 掘立小屋に青空。痩せた犬。犬はメキシコでは死者を導く存在だとみなされているらしい。

黒い鏡 黒人女が裸で体操座りをする。爪の白さが眼に残る。

2.生と死のあいだ
メキシコは生と死の循環が激しいような気がした。
だから骸骨のキャラが立つのかもしれない。
ここでの死は乾いている。

ストライキ中の労働者、殺される
民衆の渇き
ブラボはこの二点を対で見てほしいと思っていたそうだ。
1930年代、時代は確実に悪化している。

死後の肖像 ミイラ、ですか・・・

眠れる名声 裸婦がいる。濃しと足首とに布を巻くが、後は晒されている。見えてしまう。
このシリーズのモデルは魅力的だった。

3.時代の肖像
メキシコの有名人たちの写真が並ぶ。
ディエゴ・リベラ、フリーダ・カーロ、ルフィーノ・タマヨ、セルゲイ・エイゼンシュテイン、レフ・トロッキー、アンドレ・ブルトン・・・
そうだ、トロッキーはメキシコで暗殺されていた。

第三部 原野へ/路上へ 1940―60年代
1.原野の歴史

頭蓋骨、遺跡、トゥルム  イメージ的にはサボテンがあってドクロが風でカラカラ…と鳴ってそうなのだが、そうではなくて骸骨ぽい岩がある、という情景だった。
これが日本だと福原での怪異とか熊野の野ざらしとか色々あるが、ここはメキシコでした。

壁のうしろ、リュウゼツラン  …この構図をみて「ヒルコじゃーっ」と思ったのはわたしだけではないはずだ・・・

そして夜ごと、嘆き悲しんだ  変な木の塊りがあるのだが、木にされた人々の悲しみといった妄想が湧いてくる。

六のウサギの日  これはアステカ暦。そうだ、メキシコはアステカ文明の地だったのだ。

風景を撮った作品には物語性を感じるものが多かった。

2.路上の小さなドラマ
少年、少女、通行人、わんこ…
どうしてかガルシア・ロルカ「暗殺の丘」を思い出した。
直接的な関連はないのに、それを思い出させる作品がいくつかあった。
だがそれはブラボの意図したものではないだろう。
わたしが勝手にそう感じているだけなのだ。

そしてこの章では貧しさを目の当たりにする写真が多かった。

贋の月  壁に○の光が浮かぶ。それをさしている。
そしてそのスピンオフ作品もある。

第四部 静かなる光と時 1970-90年代
1.あまねく降る光

リュウゼツランの上の窓  再びヒルコ登場。

壁に手 壁に手形がついてるーーーーっこわい。

シトララの少年 仮面を外し顔を見せる少年。ただ、彼が何故そうしているのかはわからない。

2.写真家の庭
禁断の果実 大きなムネが片方のぞく。そうか、そういうことか。

晩年、1995―97年にシリーズ「小さな空間に」と「内なる庭」がある。
ここで非常に美しいピクトリアリスム的な作品があった。
植物の影。モノクロのその濃淡。
静かに美しい作品だった。

メキシコに鬱屈しているようなことを書きつつも、こうして深く楽しませてもらった。
わたしは(メキシコに)行くことはないだろう。
しかしこの写真を通じたメキシコのイメージは、今後わたしの中で生きてゆくのを感じる。

8/28まで。

角川映画の40年

角川映画が40周年記念だという。
なるほど「角川映画第一弾」の「犬神家の一族」は1976年だった。
見に行きはしなかったが、大ブームになり、小学生のわたしたちは見てもいないのに、やたらと映画の端々のシーンを覚えたりした。
つまり、TVでよく宣伝されていて、そのシーンが印象に残り、今も活きているということになる。

「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーがある。
映画と角川文庫のタイアップは大成功した。
わたしなどは映画館にめったに行けなかったから、大方は「読んでから見るか」のクチだったが、高校生になると「見てから読むか」になった。

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1976年当時、子供心にも日本の映画界はアカンなあ、と思っていた。
わたしは映画館には行けなかったが、TV放送される映画は洋画邦画共によく見ていた。
図書館に行っては小学生のくせに許可を得ておとなの図書コーナーでよく本を読んでいたし、ついでに雑誌もよく見た。
そうした中で情報として「今の日本映画界はアカンなあ」というのが耳に入り、自分で観たり読んだり調べたりする中で「・・・アカンなあ」と実感するようになっていた。
そんな中での大ヒットである。

確か東宝系で上映されたと思う。
梅田に出ると石坂浩二の金田一耕助の憂いと驚きを含んだ顔と、助清の白い不気味な仮面と島田陽子の横顔のパネルやポスターをみた。
そして何より印象的なのは湖面から突き出た2本の足、スケキヨならぬヨキケスの足である。
あの印象がもう本当にスゴくて、今に至るまでシンクロナイズドスイミングを見ては「助清だ」と必ず思うのである。
犬神家が成功して、横溝正史ブームが来た。
松竹が渥美清で時代を現代に変えて「八つ墓村」を上映し、こちらは「たたりじゃーっ」が小学生の間で大ブームとなった。
角川映画ではないが、とにかくヨキケスと「タタリじゃー」は二大ブームとなり、いよいよ横溝正史は大ヒットした。

そして角川映画は更に横溝作品を映画化する。文庫も出す。コマーシャルもバンバンする。
「悪魔の手毬歌」「獄門島」といった大作がヒットし、やがて角川事務所はTVドラマで「横溝正史シリーズ」を放映し、これがまたヒットする。
わたしなどはもう完全にそのブームにハマッたクチで、今も手元に角川文庫の横溝正史ものが20冊以上あるし、更に繰り返し読み耽ってもいる。
つい先週も「女王蜂」を何度目かわからぬ再読をしていたところだ。
TVシリーズはもう本当に大好きで、あちらも再放送があるたびにドキドキしながら見ているし、映画の放送があればやっぱり喜んで見ているのだ。
こんな観客はわたしひとりではない。
わたしのような客は少なくないのだ。

延々と角川映画の横溝ものについて書いているが、やはりここから始まったのは本当に良かったと思う。
そして一旦目先を変えて今度は森村誠一の著作が映画化され始めた。
まず「人間の証明」である。

この「証明」シリーズは「人間の証明」「野生の証明」がやはり爆発的にヒットしたが「青春の証明」は映画化にはならずTVだけだったと思う。
話としては悪くないが、やはりあの意味不明なほどの強い押しがそこにはなかったのだ。
そして「人間」「野生」はどちらも映画化ありきで作られたのだった。

「人間の証明」は西条八十「帽子」が作品の基調となり、英訳された歌詞がテーマソングになり、出演もしたジョー山中がせつなく歌い上げ、これもとてもヒットした。
大体この時代に活きていた日本在住者は♪Mama Do You Remember・・・ で始まるあの歌を忘れることはないのではなかろうか。
「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね ええ 夏、碓井から霧積にかけて・・・」
今想うだけで胸が熱くなる。

「野生の証明」は薬師丸ひろ子のデビュー作となった。
コマーシャルで「お父さん怖いよ・・・何かが大勢で来るよ」と言う闇の中の彼女の顔、そして高倉健のシブイ声で「男はタフでなければ生きてはいけない、優しくなければ生きている資格がない」というコピーが耳に刺さったところへ、町田義人の歌がかぶり、大群が・・・
ああ、かっこよかったなあ。

そして1979年の春休みに珍しく東映から「悪魔が来りて笛を吹く」が上映されたが、この金田一は西田敏行だった。
わたしはこの映画を祖母とオジに連れて行ってもらって2回も見、それで完全に横溝正史の信徒になったのだった。

実際に何度読み返したかわからない。
舞台は東京だけでなく淡路島と須磨と神戸新開地とそして闇市である。全てがわたしの憧れの地となった。
いまだに淡路島の島影を舞子辺りから見るだけで「悪魔が来りて」を必ず想うし、何度も須磨に行っては「玉蟲伯爵の別荘はこの辺りだったのかな」とついつい探すし、闇市への憧れが非常に深く強いまま、今も胸に活きている。
そして華族の邸宅の美。

角川映画で最も熱狂したのはわたしの場合、横溝正史シリーズであり、角川映画がなければ横溝正史を知ることもなく、40年後の今も横溝大好きではいなかったのである。
角川映画・角川文庫はわたしに横溝正史というイコンを与えてくれた恩人なのだった。

延々と書いてきたのは角川映画への感謝の気持ちに他ならない。
今更のようだが、何故これを書いているかというと、フィルムセンターで「角川映画40周年」展が開催されていて、それを見に行ったからだった。

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この展覧会で初めて知ったことがたくさんあった。
話を又戻すが、角川春樹は横溝正史を売り出そうとするに当たり、「ご遺族に許可を」と出かけたら、当人に会うてびっくりしたそうである。
忘れられた巨匠だからだ。

この辺りのことは横溝の書いたエッセーにもあるが、横溝も晩年にこんなブームが来てびっくりしたそうだ。そんなだから金田一の活躍するのは戦前の「本陣殺人事件」、そして敗戦後の大作から小品まで大体昭和30年ほどまでで、そこで沈黙してしまったのだ。
しかし角川春樹はそれを埋もれたままにさせず、まず低予算のATGで「本陣」の映画化を成功させ、それで「野生時代」に「病院坂の首縊りの家」を連載・完結させた。
これが「金田一耕助最後の事件」となり、昭和28年と昭和48年の2つの時代を主舞台とした物語として完成した。
更に横溝は単行本化されるにあたり手を加え続けたそうだ。
横溝の作中でも名品の一つだと思う。
角川春樹は更に横溝に「仮面舞踏会」「悪霊島」を書かせたのはやはり凄いと思う。
晩年になり物凄いブームを迎え、そこでまた本人も頑張って大作を書き残した。
角川春樹の剛腕はこの時代、本当に素晴らしかった。

森村誠一が国民的作家になったのも角川春樹の強い押し・推しがあったればこそで、後年角川春樹が角川書店から逐われたとき、森村誠一はその恩義を裏切ることはしない、と支援を表明したのを覚えている。
それから大藪春彦。「蘇る金狼」、歌もカッコイイし、なにより松田優作のカッコよさにシビレた。
「野獣死すべし」は怖かったな。原作より映画の方がずっと怖かった。
「リップ・ヴァン・ウィンクルをしってますか」あの表情・・・!

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場内ではポスター、脚本などのほかに当時の映画の宣伝フィルムが流れていた。
「汚れた英雄」のレースシーンが流れていた。
「北野晶夫、教科書とは無縁の、その名を僕らは忘れない」
これがコピーだった。そして類まれな美貌の草刈正雄がヤマハのバイクに乗っている。
わたしはこの映画を見に行った。
小学校低学年の頃からわたしは三國連太郎と草刈正雄に溺れていたのだ。
この映画は1983年の正月映画だった。やっぱりこちらも魅力的な真田広之主演の「伊賀忍法帖」と2本立てだった。
本当に綺麗だったなあ、草刈さん。

草刈正雄で角川映画と言えば忘れてはいけないのが「復活の日」である。
これは興行的にはよくなかったそうだが、南極ロケで、しかも途中船が座礁したとかどうとかニュースもあり、とても心配していたのだ。
珍しくこの映画は中学の時に見に行けた。
今はない阪急シネラマ劇場?だったと思う。
先般、生賴範義回顧展でも「復活の日」ポスターを見て涙ぐんでしまった。
テーマソングもジャニス・イアンで素晴らしい曲だった。
今でもyoutubeで聴く度に感動する。

「幻魔大戦」の紹介もある。このときに大友克洋をキャラデザインに起用したのは本当に凄いことだと思う。
映像を見ても懐かしさはまるでない。今もしばしば見ているからというのもあるが、古さのなさがすごい。金田伊功のあの動き・・・!映像も音楽も本当に良かった。

アニメではほかに「少年ケニヤ」が紹介されていた。
このときキリンレモンとタイアップしてグラスをプレゼントしていた。
現物は1984年以来、わが家の2階の洗面所に鎮座ましましている。
山川惣治もこの映画化で息を吹き返した。
この後山川は「十三妹」の絵物語を連載し現役復活した。




興行的には大してよくなかったそうだが、作品の良さが今も語り継がれるのが、和田誠監督の「麻雀放浪記」だった。
全編モノクロ、焼け跡の東京の町に真田さん、鹿賀丈史、加藤健一らがカッコ良くもナサケナク、博打に精出していた。
最後に高品格がいい手で上がろうとしたのにそのまま死んでしまう。
卓を囲んでいた三人がその死体を家の近くへ運んで捨てるが、三人それぞれの「言葉」がよかった。
かっこよかったなあ・・・

わたしはゲームをしない人間だが、この映画に惹かれて麻雀を覚えようとした。が、いまだに覚えられないままだ。
ただ、この映画を契機に麻雀漫画が大好きになり、今も「天牌」「アカギ」「むこうぶち」などを熱心に読み続けている。
この映画を見なければ無縁のままだった。
ありがとう、と言いたいことがここにもある。

角川映画は続く。
「Wの悲劇」「二代目はクリスチャン」「蒲田行進曲」「時をかける少女」のポスターをみる。
色々と面白かったことを想う。
映画のキャッチコピーや台詞がいくつも蘇ってくる。
「青春は屍を越えて」「かい・・・かん・・・!」「顔はぶたないで!女優なんだから」・・・
テーマソングもいいのが多かった。
そのことに触れれば、もう一本別項で書いてしまえる。

無限に思い出すことがある角川映画。
こちらは世相と上映の年譜。昭和の話。
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ありがとう、角川映画。
わたしは昭和の一時代だけの観客だったが、角川映画のおかげで好きなものが増えた。
今もとても好きなままだ。
角川映画がなければ邦画はどうなっていたことか。
ありがとう、角川映画。

あのころの下町展 ―今も残る昭和の面影

ぼっとしてる間に終わってしまった展覧会がある。
折角たくさん写真を撮ったのに。

阪神百貨店で「昭和」を思い出させる展覧会があった。
ジオラマ作家・山本高樹さんの、荷風のゐる昭和の町のジオラマと、昭和の末に生まれたイシヤマアズサさんのイラストによる、大阪市内に点在する商店街探訪記とを中心に構成されていた。

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開場の外では古本市が開催されていたので、古いレコードや昭和の本がたくさんあった。
場内ではグリコの看板の移り変わりがあった。
今のは何代目かは知らないが、昔々のはシンプルな可愛さがあった。

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絵の女の人のようにわたしも足を踏み入れる。

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♪新世界のずぼらやで~~~

こちらは上野
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露店が可愛い。
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伊豆栄本店
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二階でしっとりKIMG0822_2016081800422997f.jpg

初めて友人らと東京へ行った日、そうと知らずに伊豆栄に入ったもんです。
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お祭り。
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見世物がある。
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この看板原画は志村静峯かと思う。(むろんこれは写しである)
わたしが現物を見たのは京都造形大での展覧会で。1997年「コマシ 見世物小屋の芸」展。
その二年後くらいには本物の見世物小屋の興行にも行ったので合わせて二回か。

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凌雲閣、浅草十二階KIMG0830_20160818005634b38.jpg

これは実は乱歩の世界で、気球で逃れようとする二十面相とそれを追う明智と警察たちがいる。
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墨東へ。
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荷風の世界

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黒ちゃん、黒ちゃん・・・

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こちらは架空の海の近い町。
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戦後直後のヌードショウの「額縁ショウ」ですね。
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ストリップ劇場
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昭和の町にはどこかわびしさとせつなさがある。モデルは「泥の河」宮本輝さんのあれな・・・
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最後に「ゴジラ」ポスターKIMG0850_20160818005742798.jpg

あれから60年。今、「シン・ゴジラ」がある・・・

他にイシヤマアズサさんが大阪市内の商店街それぞれの感想とイメージを絵にしていた。

面白い展覧会だった。
しかし、「昭和」へ帰ろうと誘われれば、わたしは丁寧にお断りしよう・・・

サロンクバヤ  シンガポール 麗しのスタイル

福岡県立美術館のあと、松濤美術館に巡回が来た。
こちらでは撮影可能だと言うので喜んでカメラを持って出かけた。
こちらも素敵なファッション展となっていた。
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展示リストはなく解説が作品の横にあるのだが、ついつい見る方に懸命になって、そちらを疎かにしてしまった。
だから詳しいことはわたしにはわからない。
なおこの展示の内訳それから展覧会の目的は以下。
「18世紀から20世紀にかけてのシンガポールのプラナカン(中国やインド系移民の子孫)の女性用民族衣装「サロンクバヤ」やジュエリー、ビーズのサンダルなど約140点を展示し、ファッションという視点から、シンガポール文化の重層性や日本との関わりを読み解きます。本展は2016年の日本・シンガポール外交関係樹立50周年を記念して開催するもので、シンガポール国立アジア文明博物館とプラナカンの名家であるリー家のコレクションを中心に紹介します。」


数年前にシンガポールに行った時、バティックに惹かれていたのだが、このサロンクバヤには本当にうっとりした。
ただ、残念なことに今はもうこのスタイルはない。
「洋服」が席巻してしまったからだが。
しかし綺麗なものを称賛するのに時代は関係ない。
わたしはこの「ブラウス」と「スカート」の美しさにときめき、着れないことをわかっているのに「欲しい」と思ったのだった。

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カラフル。

こちらはシンガポール航空のCAの制服。わたしもスカーフを持っている。
当然だが、圧倒的に細身のスタイルでないと似合わない。
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白のこの上着がとても素敵だ。
その上着をクバヤというそうだ。
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腰巻スカートをサロンというのを最初に知ったのはFフォーサイス「ジャッカルの日」からだった。
どのシーンからかは、読んだ人ならわかるだろう、フフフ。

そしてこの↑の右のサロンの文様、物語である。
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白雪姫である。

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物語絵を身にまとうのも楽しいだろう。日本の着物の柄に源氏絵・伊勢絵があるのと同じだ。
「赤ずきん」が特に人気だったそうだ。

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この頃の刺繍やレースは全て手製である。だからこそ高級な衣服だった。
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わたしはスワトウ刺繍の美に魅せられている。
クバヤの刺繍はそれとは違うだろうけれど、手が込んでいるのは同じだ。
手の込んだ刺繍やレース、なんて素敵なのだろう。

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時代が下がり化学染料が入る。
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これらも華やかでいいけれど、実はわたしはその前代の白いクバヤと華やかなサロンの方が好みだ。
色もいいが、刺繍やレースの美をより楽しめるのは半透明に近い白の方だ。

リー家の婦人の写真
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シンガポール美人の写真
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染織の面白さ。デザイナーの仕事が入る。
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綺麗なものが好きだ。
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靴もとても手が込んでいる。
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リー家の宝飾コレクション。祖母から母へ、母から娘へ・・・
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本当に贅沢な美しさを堪能した。

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「こどもとファッション」展を東京都庭園美術館で見た。

「こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し」展を東京都庭園美術館で見た。
イメージ (4)
この展覧会は巡回展で、わたしの場合、神戸ファッション美術館で見る機会もあったが、旧朝香宮邸、アールデコの館でこれらを見たい、と東京での展示を待った。
優雅なもの・美しく作られたものをこの建物の中で観る喜びは深い。
そこにある、ということ自体がいよいよその美を高めるように思われた。

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バロックからモダンな衣服までが時代ごとに並ぶ。
西洋では幼い子供は男児でも女児同様ドレスをはかされたりしていた。
そのことはルノワールの絵から学んだ。
ズボンをはけるようになるのは走れるようになってからかもしれない。
そんなことを衣裳を見ながら思う。

女児は幼児の頃から大人の小さい版の衣裳を身に着けさせられた。
ロココの頃などはコルセットまで使用させている。
この時代、衣服だけでなく読み物なども「こども用」というものは何一つなかった。
子どもは「小さい大人」扱いをされていたのだ。
その点、東洋とは大きく違う。

大人と同じスタイルなのが長く続く。だからその時代の衣裳は大人の衣裳の模造品のようで、別な面白さがあった。
主人とそっくりの人形のための服、あんな感じで見ている。
やがて19世紀になると子供服というものが生まれ、認識され、主張し始める。
面白くなるのはここからだった。

わたしは常々1920年代のファッション・文化全般の風俗がいちばん素敵だと言っている。
憧れは全て1920年代のスタイルなのだ。そこを主にして1930年代、少し戻って1910年代もカッコイイと思う。
建物一階ホールではその1019-1930年代の子供服がいい配置で展示されていた。
個々を見て回るのも楽しいが、全体がとても魅力的でもある。
なんて魅力的なのだろう。

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第二室では1920年代の子供服がある。おしゃれでとても素敵なものばかり。
ポワレの女児服のうちチュニックでジャポニスムの影響を受けたものが面白い。四季の花が日本画風に描かれたもので、これは欲しいと思った。朝顔がとても素敵。

第三室は少し戻りエンパイアスタイルの衣服があった。シュミーズドレス。
過剰装飾のロココスタイルからゆるいのに変わったのだ。
この辺りの様子を池田理代子「エロイカ」は印象的に描いていた。
ジョゼフィーヌがゆるゆるでギリシャ・ローマ神話の女神みたいなスタイルで出てきた日、男たちは彼女を批判するのだが、女たちの表情は違った。
次のパーティ、申し合わせたわけでもないのに、女たちは一斉にジョゼフィーヌ同様のゆるゆるスタイルで登場するのだ。
これで彼女が一気にファッション・リーダーになるのだ。
やっぱりみんな(ロココに)しんどくなっていたし、飽きてもいたのだ。

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エッチングがある。
チャールズ・ディター・ウェルドン ドリームランド 可愛いようで案外怖いような絵である。幼女が抱き人形を持ってソファにいる。そこへ中国とも日本ともつかない(西洋人から見れば差異などないのだ)芥子坊主の人形がいっぱい寄り来る。
悪夢のような情景でもある。

ファッションプレートもたくさんあった。
ジョルジュ・ルパップ、シャルル・マルタン、アンドレ・E・マルティ・・・
ときめくものばかり。
グラディス・ピートもとても素敵。

ふと見ると男児用サファリスーツがあった。
四谷シモンの少年人形で、そんなファッションの子がいたなと思い出す。

二階では日本の画家の絵もある。星野画廊から来ているのがいくつか。
個性的で、そして今では忘れられた画家たちの絵ばかりだから、却ってとても新鮮。

児島虎次郎の幼女の絵があった。
この絵は好きで、成羽美術館展で見たのが最初。
兵庫県美からは神中糸子描く幼女「はる」の絵も来ていた。
そして植田正治の幼女の写真もある。昭和10年代の子どもたち。
小出楢重の幼い息子、秦テルヲのお遊戯をする幼女ら、みんな着ているものはその時代時代の子供服・子どもの着物なのだ。

北野恒富の幼児も愛らしい。そして童画の大家・武井武雄、村山知義、岡本帰一らのイキイキした子供たち。

信州中野の田中本家博物館から大正、昭和初期の子供服がいくつも来ている。
「タホン」と通称されもする豪商である。
何度か訪ねたが、いつ行っても本当に素晴らしい佇まいの豪邸、所蔵品には圧倒される。
またカフェもとても魅力的なのだ。
その田中本家博物館の子供服は、まるで「コドモノクニ」に描かれた子供たちが着ていたお洋服のようだった。
デザイン性がとても高く、プレタポルテかもしれない。

新館では北大博物館所蔵の疋田豊治のガラス乾板の写真がよかった。
それからケイト・グリーナウェイの童画。
彼女の展覧会が90年代に大丸で開催されたが、今回初めてのファッションが同時代より百年前のものだと知った。
当時既にレトロであることを前面に出していたのだ。
展覧会当時「子供服のファッションのブームを作った」と説明を読んだのだが。

今ふと気づいたが、副題が神戸と微妙に違う。
「小さい人たちへの眼差し」と「小さな人たちへのまなざし」。
どちらもいい言葉。

「赤い鳥」の清水良雄の絵がある。孔雀となにかと。
優雅さを感じる、子供たちのための絵。

明治末の引き札をみる。3コママンガ、お正月、ネズミの計略に負けて鏡餅の下敷きになる猫。にゃーんにゃーんと鳴いている。
むむ、にっくきねずみどもめ・・・!

田代正子「街角の夕」は京都市美術館蔵。以前に見たことがあるが、再会できてうれしい。
紙芝居をみる子供たちの様子。中に一人、猫を抱っこする女の子がいる絵。

子どもの衣服と、子供を描いた絵と、子供たちのための絵とを愉しんだ。

こちらは年表。かぶっているところもある。
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「ようこそ地獄 たのしい地獄」へ行くのだ

国立公文書館へ初めて行った。
国立公文書館、「ようこそ地獄 たのしい地獄」の現場だった。
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遠近感と目の錯覚を利用して、立体的な獄卒がいてますがなw

地獄については近年「鬼灯の冷徹」のおかげでそれぞれの職務のあり方、地獄の種類、刑罰の様相などを教わっているが、これは現代のことで、昔はまた別な手引き書があった。その紹介もここにある。
獄卒の鬼の履いているパンツの規定まであるのにはびっくりした。
上位のものは虎皮・豹柄だが下位のものは狸、狐などの毛皮も可能だとか。
5Sとかやってそうだな、地獄。

さてこちらの本は河鍋暁斎がお弟子のコンドルさんつれて鎌倉ツアーした時の見聞録。
今なら夏コミに出しても別におかしくはないんだけど、とりあえず明治22年刊行。
絵はとことん巧いしマジメに描くから、見たのを丁寧に描き残してくれたおかげで、気づいたことがありますよね。
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そう、この右端の冥官、今では鎌倉国宝館で常勤してはりますわ。
先年は奈良博にも出張したあの二人組の片割れ。

こちらは閻魔さんのでれでれなところをぱちり。
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さてここから地獄本番。
1.地獄行きの罪
日本霊異記、宇治拾遺等の説話集から「罪の告白」などを記したものをピックアップ。
現代語訳が着くのでわかりやすい。
林羅山の「源氏供養表白」は作者紫式部が物語(=うそ)を書いた罪で地獄で責められている、と。
うーん、フィクションだけが全てではないからなあ。
しかも大昔から関西人は話を盛ることでみんなが喜ぶんを知ってるからなあ。
あっ林羅山先生も元は京都育ちでしたな。

2.地獄は何処に
このタイトルを見て「地獄は一定すみぞかし」という言葉を思い出したなあ。
「三界皆火宅」とかも蘇ってくる。
で、アタマの中でのヴィジュアルは水木しげる描く地獄の有様・在り処だったりするのだ。

地下の牢獄―奈落の底、地続きのあの世・・・
霊異記に今昔物語に、と様々な地獄の場所(推定)が書かれる。
海上他界・山中他界・地中他界・・・

この中で「一緒にいても地獄 離れていても地獄」を描いた説話がある。
トリュフォー「隣の女」の台詞だが、この物語もまさにそう。
「道成寺絵詞」
ただしこれは安珍清姫のではなく、「賢学草紙」(賢覚草紙)の方。
京博で見たときの感想はこちら。画像も色々。

岩瀬文庫には酒井家旧蔵『日高川草紙(道成寺絵)』の模写本の映像があり、絵がほぼ同じなので、この展示品もそれを元にした写本だということがわかる。
享和2年、屋代弘賢による写本。
撮影可能なのでパチパチ写したが、長くなるので後に回します。

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3.地獄の責め苦
寛永、元禄年間にもこうした本が出ているからニーズはたくさんあったのだ・・・

地獄の責め苦の中にはどうみてもアブナイのがあり、嗜好をそこに反映してるのでは?と思われるフシもあり。

邪淫の報い、というのもあり、これは西欧でもあって、確か向こうは氷の川に閉じ込められていたような。
何を以て邪淫とするかはその時代時代のモラルかなあ。
わたしは上田秋成「蛇性の婬」をいつも思うのだが、あれも説経節「をぐり」も大蛇の女が肉食系で邁進してくる。
当然うまくは行かない。秋成の真名児は袋をかぶせられて身の破滅をその男の手によって齎される。
物語に現れる多くの女の執念は蛇に成り、姿も変わってしまい、日高川の女たち同様、自分の身の破滅を顧みないし厭わないのが、実は不思議でならない。
尤もそんなことを不思議に思うからこそ、わたしは情と無縁なのだろうが。
優格観念、ということを少しばかり考える。
そう、わたしはこのあたりの地獄には寄せてもらえない。

4.冥官と獄卒
あの世の役人たち、といえばわが朝ではやっぱり参議・小野篁が現れますなあ。
わたしのアタマではすっかり「鬼灯の冷徹」の篁さんのにこやかな表情が浮かんでますが。
それで篁さんのエピソードが色々と紹介されている。

そして獄卒たちの身だしなみのこととかいろいろ・・・いろいろ、ほんま、たいへん。
そうそう、獄卒と言えばやっぱり「平家物語」。
清盛最期の際に牛頭馬頭が「無」の字看板つけた炎上中のクルマ曳いてきて「無間地獄へおつれします」と。
「無」は閻魔大王がまだ「間」の字を書いてないだけ、という。
無論二位の尼の見た夢なんだが、怖いよねえ。
このシーンは昨日挙げた「怖い浮世絵」にも芳年の怖いのが出ていたな。

平家物語は「入道最期」とその次の「築島」などでも獄卒の様子が描かれている。

関係ないが、池波正太郎「鬼平犯科帳」の中で、極悪な凶賊の浪人どもがしばらく身を隠そうかと話してるところへ沈痛な面持ちの長谷川平蔵がふらりと現れて、「・・・江戸を離れて冥土へ行け」と言い放つシーン、もぉめちゃくちゃかっこいいのですよ。
そして平蔵の剣で凶賊ども絶命。
獄卒らも「おう、平蔵さんいつもご苦労さん」くらいは言うてるのかもしれない。

5.地獄から救われた人々
こちらは帰ってこれた人々の話。
お地蔵さんは地獄めぐりをして人々を救済する。
「今昔」と「宇治拾遺」からそんな話を紹介。

わたしもお地蔵さんとお稲荷さんは特に信じていて、道で見かけたら必ず目礼。
地蔵盆も懐かしい。

水木しげる「悪魔くん」松下一郎の方の話では、地蔵というのはある使命を帯びた管理官ではないかという意味のことが描かれていた。人間が何か不可侵のところへ入り込みそうになったり、不可知の領域へ来た時に止めるための存在とかなんとか。
それはそれで怖い。

6.六道輪廻 ―三悪道の世界
畜生道の世界、餓鬼道の世界  「源平盛衰記」が示され、「大原御幸」での建礼門院徳子と後白河上皇との場が。
これをみると六世中村歌右衛門最後の舞台「建礼門院」が思い出される。
この舞台を目の当たりに出来て本当に良かった。
後白河法皇は初演は二世鴈治郎、わたしがみたのは新国劇の島田正吾だった。
あれは1996年の芝居だったかなあ。

「あの世の地獄」より「この世の地獄」として災害の絵が紹介されている。
応挙の「七難七福図」を版画にした「難福図」があった。このシーンが出ていた。



他に明治の水害図など。
こうした記録があるのも国立公文書館ならでは。

さいごに ―たのしい地獄
閻魔大王はいじられキャラ そぉなったのはやっぱり「鬼灯の冷徹」からかなとおもいきや、こんなのもある。
摂津名所図会・合邦が辻の閻魔堂
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ここの閻魔さんは頭痛によく効くらしい。今もちょこんと存在している。
大阪歴博に地獄極楽ののぞきからくりがあるが、そこでもここの閻魔さんが出て、子供らがお参りに連れてこられては泣く絵を見た。
後楽園には蒟蒻閻魔もあり、なんだかんだと庶民に慕われている。
そうそう、閻魔大王といえば、
・ドロロンえん魔くんの伯父
・コエンマの父
・鬼灯さんの上司
あと説経節「をぐり」ではなかなかいい役回りをしていた。

他には地獄の不景気話もあり、倹約令も出ていたそうだ。←誰が見てんねん

本当に「ようこそ地獄 たのしい地獄」だった。
またここへ遊びに来たい。
地獄へでもいいし、国立公文書館にというのもいい。



このあと、少しばかり続く。






「怖い浮世絵」展を見た

「怖い浮世絵」を見た。
一枚二枚三枚・・・九枚では終わらず十、二十と続く。
太田記念美術館での八月の展覧会である。
「怖い浮世絵」展。
国貞、国芳から芳年、芳幾、井上安治まで並ぶ。

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わたしの偏見だが、「怖い浮世絵」はやはり幕末のものがいい。
江戸中期というより文化文政以前は浮世絵であんまり怖い絵はない。
しかし怖い絵は当然存在する。
京の応挙は幽霊画のいいのを描いているが、同時代に江戸には鳥山石燕がいて、こちらもオバケ図鑑を出している。
しかしどうもこの時代で怖い浮世絵はないように思う。
芝居や物語に出てくる幽霊を描いた浮世絵もあるが、今日の眼で見たら大したこともない。
反魂香でぼんやり浮かぶ美人幽霊などがメインだからか。
その頃はどうもあんまり浮世絵では怖さは重要視されていなかったのではなかろうか。
北斎「百物語」から「怖い浮世絵」が本当に出てきたと思う。
そこには戯作者や芝居作者のいい仕事も絡んできている。
なにしろ大南北、馬琴のゐた時代である。
幕末はすっかりオバケ・幽霊の花盛り・闇賑わいになった。

今回は肉筆画はなかった。
タタミの間には三枚続の絵が並ぶ。

国芳 東山桜荘子 佐倉宗吾の亡霊が堀田正信のもとへ現れ様々な怪異を起こす図である。
ブサイクな腰元たちはみんなオバケ、タタリ放題である。
芝居のお屋敷の拵え通り、綺麗な花の丸がいくつか欄間あたりにあるのがまた面白い。

国貞 東駅いろは日記 「東海道」と読ませる東駅。黒い大猫と三匹の化け猫がいる。うち一匹は「忠臣蔵」の不破が鷲掴み中。千崎もいるがこちらは見てるだけ。四谷怪談も忠臣蔵の外伝だから、「世界」は忠臣蔵で、そのバージョンで別な怪談だとみなせばいいと思う。なにしろお岩さんは子年でネズミを使うが、その敵の猫は無縁ですわなあ。

これらはどちらも芝居または講談をもとにした絵で、客も「あっコレハコレハ♪」と喜んだことだろう。

芳艶 楠正行討死之図 ああもう青い顔。三人の主従共々アウト。矢が千万数え切れぬほど飛んでくる。実際に眉間に刺さっている。立ち往生しているのかもしれない。
楠公父子の討ち死には悼まれ続けていて、その様子を描いた絵は多くの絵師に描かれている。

国貞 累怪談古今大当たり 梅幸による累。囲炉裏から陰火が揺らぎ上る。しかしそれを見てても与右衛門は怯えもせずニヤニヤ。ふてぇ奴だぜ。

国芳 四代目小団次の於岩ぼうこん いわゆる「夢の場」で若くて綺麗なお岩さんが舞うているが、その影身には肉のとろけた亡魂が寄り添う。しぃんとしているのが怖い。

そういえばあれは誰が書いたか、「静かなのが幽霊で、にぎやかなのがオバケ」という名言がある。
それから思うと納得である。

国貞 四谷怪談 仕掛けもの。「戸板返し」の場で、戸板の裏表にお岩さんと小仏小平とを打ちつけたのを川に流すのだが、仕掛けの紙を動かすと、芝居同様にお岩さんと小平とが変わる。変わってどちらも恨みを向ける。

国貞 怪談木幡小平治 左端では坊主が捕まえられている。それをみて蚊帳から左九郎が刀を抜いて身を出すが、その足下にはおつかが「ひーーーっ」とばかりにまとわりついている。
小平次殺しの女房とその情夫だけでなく、かかわり合った連中もまた犠牲になる。

国貞は芝居絵の名手でお客がどんなのを喜ぶかを熟知していて、「お客がみたいもの」を描いてくれるのが面白い。
有名どころの話二つをこのようにうまいこと描いて、楽しませてくれる。
全然知らない芝居も国貞の浮世絵から教わり、そこから興味が惹かれたのもとても多い。
ここにはないが「女清玄」なんて国貞の絵から知って、ソソラレタものなあ。

怪談と言えば「四谷怪談」「累が淵」「皿屋敷」、明治になってから「牡丹灯籠」も加わるが、前掲の「佐倉騒動」それに「鍋島騒動」も怖い。
江戸人はさらに「平家物語」からも大いに怪談・怪異譚を選び出す。

福原で清盛がみたドクロの塊、大物浦で義経の前に出現する平家の亡霊・・・
いずれも浮世絵では人気の画題である。
大物浦に至っては、昭和になっても前田青邨が繰り返し描いてもいる。

国芳 東海道五十三対 日坂 夜泣き石の話。妻の亡霊が夫に赤子を託し、せつせつと自分の殺されたことを訴えている。
もう殺されて時間が過ぎているので、怖い姿で現れている。

芳年 西郷隆盛霊幽冥奉書 西南の役の翌年に描かれているが、亡くなった西郷さんが怖い顔でそこに立って奉書を。
ああ、ほんまに怖い。

一方、せつなくも綺麗な幽霊の絵もある。
芳幾 百物語 魂魄
芳年 月百姿 源氏夕顔巻
儚いのですよ、ほんと・・・

にぎやかというかなんというかのネタが新聞にも載る。
芳年えがく郵便報知新聞。
殺人鬼のおっさんが殺した六人の被害者の亡霊に憑りつかれ、朝夕関係なしに来るのにへこたれた話。
大酒のみの男の仮死と蘇生の話。

二階に上がると妖怪オバケがメイン。

妖怪オバケの類は平安時代を舞台にしたものから始まる。
酒呑童子関連絵が三点。雑鬼たちが助け合いながら逃げ惑う姿も描いているのが、なんとなく憐れでもある。ああなると「逃げ逃げ」と言いたくなる。

芳年も明治になると線描がかっこよくなり、大迫力の綱の腕切絵、清盛最期の、虚空を掴む物凄い足掻き、鬼と肝っ玉の太い公家などなど。
本当にこの辺りはアクション漫画に通じるものを感じる。

とはいえ、芳年もマジメに描いているようでも「土蜘蛛というより寝坊する倅を布団からひっぺがすオカン」な絵もある。

以前ここで芳艶展があったとき、かっこいいなと評判になったのが出ていた。
破奇術頼光袴垂為搦 袴垂の幻術で、ありもしない熊と大蛇の戦いを固唾をのんで見守る人々と、素知らぬ横顔を見せる男のかっこよさ。男前だわー

化け猫もいる。岡崎の手ぬぐいかぶって踊る連中。可愛いなあ。

国芳 東海道五十三対 桑名 船乗り徳蔵の伝 ぬぼーーと黒い海坊主が浮かび上がる。目のみ光る。それをにらみつける船乗りの手本の男。
英訳を見ると海坊主はSea Goblinと訳されてたな。

国芳 三国妖狐図会 蘇妲己駅堂に被魅 これは完全に初見。「封神演義」にある、大人しい普通の娘だった妲己が王宮へ向かう旅の最中に、妖狐に乗っ取られようとするところ。
絵は狐が来たところを描く。侍女が気づくがもう遅い・・・

おもちゃ絵もある。
芳員の化け物双六。25コマでゴールは古御所の妖猫。いいなー。
これをみて思い出すのは出崎統アニメのキャラを集めた双六。ゴールが「ガンバの冒険」の白イタチのノロイ様で、上がれてもシアワセなんかないのでした。

チラシに一人登場するのは芳年描く「舌切り雀」の貪欲なばあさん。その絵もある。

玉園 画本西遊記 百鬼夜行ノ図 これには虎のニンニンな忍術使いや、お菊さんがスイカ食べようとしてたりと皆なかなか元気。肝心の西遊記メンバーは向こうの方からやってくる。
三年前のそごうのオバケ絵展で見て以来の再会。

ところで幕末の浅草両国と言えば様々な見世物小屋が出ていた。
特に上方下りの細工見世物と言えば素晴らしい人気で、生人形の精巧さなどは今に至るまでの人気を保っている。
ただしそれは木製のもので、松本喜三郎、安田亀八といった腕利きの職人が登場する以前は、他の細工物と同じように張子ものだったりもする。
その張子人形で人気が高かったのが大江忠兵衛で、「一つ家」ものを拵えて、国芳ら絵師が多くの種類のビラを描いている。
なお忠兵衛も上方の職人。

今回は国芳の「一つ家 祐天上人」が出ている。他のバージョンも色々あるが、これを調べているうちにある物凄いブログにたどり着いた。
蹉陀庵主人さん主催の「見世物興行年表」である。
もう今後はこちらで見世物に関することを教えていただこうと思う。

芳年 勝頼於天目山逐討死図 旧幕時代の絵だが、すぐ先の動乱の様子を描いたように見えて仕方ない。
自害する勝頼とその家臣たち。喉を突いたり口を刺したり介錯する手もあれば・・・
ああ怖い。

この頃くらいから芳年の絵が怖くなり始めている。
「和漢百物語」からもいくつか出ている。
華陽夫人の優雅なる冷酷、豪胆な伊賀局の無表情さ、骸骨の塊を無造作に見やる大宅太郎などなど。

水滸伝を描いていても師匠と違い、残忍さを描いてもいる。
病関索楊雄 コキュにされたのは下女がいらぬ手引きをしたせいだとその下女を木に縛りつけて、その腹を切り裂くところ。当然女房も殺しているが、原因への反省がないのは水滸伝だから仕方ない。

芳年と芳幾が組んで出したシリーズもの「英名二十八衆句」からも7点が並ぶ。
福岡貢、佐野治郎左衛門と言った、女への恨みと刀に振り回された大量殺人者たち、アウトローである国沢周治(国定忠治)、鬼神の於松の侠気、殺意にまみれた女房殺しの八郎兵衛、悪党であることを隠しもしない直助権兵衛、悪党を隠しつつ悪事は隠さぬ村井長庵。
みんなとても派手派手しく人を殺している。

しかしここらはみんな芝居や講談で名高い連中を描いているので、当時の人々もその舞台や挿絵で見慣れているから、「おお、決定版!」「これこれ!」だったろうが、この後が芳年の場合本当にヤバいことになった。

明治になって、内乱は収まったとは言うものの、江戸人・芳年は彰義隊の敗走も目の当たりにしているだろう。
明治元年の連作「魁題百撰相」は存外怖いのである。
バストアップで様々なヒトの様子を描いているが、中には親切な情景もあるにはあるが、それとても実は平穏さのない絵なのだ。
幸村が兵を優しくいたわって抱き寄せて水を飲ませている絵がある。
生き延びられそうにない情景である。もうこの兵もダメだろうしこれが夏の陣なら幸村も終わりなのだ・・・

怖いとはいえどこに明るさ元気さがあるのが国芳。
性質の違いもあろうが、やはり旧幕時代までに江戸で生まれ・江戸で死んだのがよかったのかもしれない。
オバケシリーズ「木曾街道六十九次之内」から累と与右衛門、髪梳き後のお岩さんと腰の抜けた宅悦、細い白い手がにゅぅぅと伸びてくる「細久手」など。
陰惨さにどこか滑稽味がある。

晩年の国貞の絵が一枚。忠臣蔵の判官切腹図である。既に大石は来ているので「由良之助はまだか」は言わなくていいが、もう刀は腹に差し込まれている。

国貞の「怖い絵」は芝居絵がベストだと思う。そしてこれは素描だったが、たばこと塩の博物館で見た、花魁が中条流で堕胎する図などは忘れられない。

芳年の芝居・講談絵も見る。
蝙蝠安が斬殺されるのも幡随院長兵衛が血まみれなのもまぁ構わないが、例の政尾の局の蛇責めはやっぱり気持ち悪く怖かった。彼女はこの後ショック死するのだ。絵では全身に緑色の無数の蛇たちが彼女に巻きついている。

最後に清親の両国大火の絵と井上安治の磐梯山噴火の図が出て、ここで怖い浮世絵も終わる。

見ごたえのある展覧会だった。

静かなる動物園 髙島屋動物園

高島屋史料館が攻めてきている。
近年いい勢いでいい展覧会を開催している。
今回はこちら。


前期だけで2回行ったが、すごく面白かったぞ。

・天を駆ける
入るといきなり「柳に燕」。都路華香の屏風に仕立てられた染織品下絵。
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豊かに伸びる柳のその枝に3羽の燕が止まる。
燕は西欧にもいてワイルドの童話「幸福の王子」、アンデルセン「親指姫」でもせつなく重要な役目を担っているが、彼らの愛らしさ、無邪気さを描く絵と言うものはわたしはちょっと思い出せない。
燕は日本の絵では初夏と共に訪れる小さな小鳥で、現在に至るまで愛されている。
東アジア全域に広まる昔話に「舌切り雀」のバージョンがある。米の尽きることのない瓢を恩返しに持ってくる燕というのがそれだ。
この絵が最初に来たのはやはりご挨拶と言う気持ちがあるからだろう。その挨拶のキモチに燕。とてもいい。

龍長襦袢 竹内栖鳳 長襦袢に直筆で宝玉を掴む龍の大アップ。迫力ある絵で長襦袢。どんな婦女が身にまとうたのだろう。
ところで龍の掴む宝玉、実はCDに見えたのでした。
この絵のサインに「棲鳳」とあるからまだ若い頃のだということがはっきりしているのだった。

百雀図 これも染織品下絵。四隻に数えるのが面倒な位の数の雀たちがいる。飛ぶ・ついばむ・仲間ともめる・仲良くする…
チイチイパッパッチイパッパどころの騒ぎではないだろう。
そういえば西欧の雀と言えば三原順「はみだしっ子」で赤い実を掴んだ雀を見るシーンがある。
この後の展開が非常にせつないのだ。
小禽というものはどうしてもせつないのかもしれない。

岩上大鷲図 これも下絵だが完成品は壁掛けだったようだ。両羽根を大きく広げた鷲が波が激しく打ち付ける岩の上に佇む図。

ここまでは明治から大正までの作品。
次におそらくは昭和の絵が二点。

橋本明治 鶴 ステンドグラスに見まがうような綺麗な色彩と太い外線。三羽の鶴が横長の画面に収まらずに居る。背景には群青の海が広がる。浜辺にいるらしいがとにかくギシギシ。
三羽の声が聞こえるようだ。「あっち!」「あっち?」「あっち…」

須田国太郎 孔雀 これも横長。グレー一色の、足の強そうな孔雀が歩いている。その奥には赤いほっぺたの雉がきょとんとしながらついて歩いている。
須田の描く鳥達はと゜ういうわけかやたらと歩く。歩かなければ止まってその場で騒ぐ。飛ぶ奴はなかなかいない。

髙島屋はご維新後は積極的に海外の仕事を請け負うた。
セントルイス万国博覧会に出品した染織品も随分たくさんあり、全容はどうなっているのか知らないが、その当時の様子を捉えたモノクロ写真のはったアルバムが残されていて、これがとても貴重な存在となっている。
ここにある絵の数点はきちんと染織品に生成されて、販売されていったのだ。
その完成品写真を見ると、「ああ、あれか」『おお、これは』と言ったものがいくつも見つけられる。

栖鳳の「獅子」の写真がある。この構図と同じものは現在藤田美術館にある。
外国にいったり京都市恩賜動物園に写生に行ったりした栖鳳はリアルな動物の様子を描いた。
とても威厳のあるライオンの絵である。

孔雀図 これは荒木寛畝の下絵を上田萬秋が写したものらしい。迫力のある孔雀が二羽いる。
そういえば西欧の孔雀は優美なイメージがあるが、大和絵、明治の日本画の孔雀はいずれもちょっと凶悪なくらいの迫力がある。

・地をゆく
竹林咆虎 岸米山  虎の絵の得意な竹堂の孫の絵。2匹の虎が竹やぶでガオーーーッ

逃れる鹿 猟犬、斑のあるなんとかいう犬属の猟犬が渡河した鹿を追えずに終わる絵。立派な角を持った鹿はまるで森の王で、バンビのパパのようだった。

この絵の仲間のようなのが「漁をする犬」で、これは染織品の完成もアルバムにあった。
9頭の犬が陸・川の中にいて、鹿はもうとっくに対岸に渡っているのだ。
これはオリジナルではないそうで、タベルニエール(食べる煮える、と覚えてはいけない)という画家に全く同じ構図の絵があったようで、どうやら著作権も何もない頃だからそのまま流用したのだろう。

馬二頭  背景は黒で、そこに茶色い馬と白に葦毛が少し浮いた馬が疾駆する図。かっこいい。これももしかすると流用かもしれないが、とてもかっこいい。画像は背景が白なので本当のカッコよさはないかもしれない。
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猿猴 明治半ばの渓谷での匹のニホンザルたちの様子を描いている。楓も赤くなり、栗も実がみえている。猿たちは母子もいれば友達もいる。なんだかんだと楽しそうだが、中に一匹カメラ目線のものもいる。
絵はおそらく栖鳳のものらしい。

猫 モノクロで円内にキジ柄猫の顔。ちょっとやさぐれている。

虎の図 浅井忠 でた、こちらもちゃんと写生しているからリアル。と言うより今の絵のようだ。肉球が可愛い。群青地に虎が寛ぐ図。

仔犬 和田三造 戌年の絵。むぅとしたわんこ。木炭のスケッチ。可愛いのう。
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白い馬 田村孝之介 1955 サーカスの白い馬。数人の人々と共に。田村の絵の構成がとても好きだ。いいなあ。

髙島屋の飯田慶三の描いた絵が二点。
部屋の一隅  自宅バーを描いている。洋酒ずらーーーっ。そこに黒猫がまるでオブジェのようにいる。
下にはポメラニアンかマルチーズかの白いわんこが愛想よく吠えている。

わ これがタイトルである。「わ」 そして羊の群れを二重に描いている。羊の群れで輪が作られていて…

・香月泰男 動物シリーズ
真鶴 動物園の檻の向こうでトボケタ顔を見せている。

黒豹 檻からこちらを見るのだが、その様子を描く香月の手も描かれている。

ペンギン 二頭でなにやら高士のように佇む。

象 舎内へ人が来たゾというところ。

・汀に遊ぶ
聴濤烏 物凄い勢いの波の打ち寄せる岩の上にハシブトカラスががんばって止まっている。
近年では烏も憎まれ者になったが、江戸時代までは烏もよく描かれた。この烏もいい風に描かれている。

雨中の鷺 都路華香 いやもぉ実に鷺鷺している…

久保田米僊の不思議な絵が二点。
貝づくし 波打ち際の浜辺にサザエをはじめ巻貝、蛤のようなものが集まっている。
しかし波は静かそうで「のたりのたり」にも見えるのだ。

魚づくし エイがすごい勢いである。彼をやり過ごす石鯛たちもいい。
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彩鱗 野間仁根 戦後の絵だというのも納得の色彩である。と゜こかそんな風がある。

扇面図三枚。これは高島屋からの贈り物の原画だろうか。
金魚 西野陽一 赤二匹に黒一匹の水中。
鯉 大山忠作 言わずと知れた…新緑の頃、葉陰に姿を見せる鯉。
熱帯魚 山田伸吾 エンゼルフィッシュが二匹プクプク。

・雛形屏風、工芸品など
獅子 神坂松濤  獅子カップルが寄り添っている。安心したように幸せそうな顔で眠る雌獅子。雄の方はまだ起きている。

獲物を追う燕 あーっすごい!やかましそう。

ひよこ 龍の髭をいっぱいに積んだ籠にいる、何かのひよこたち。下には白バラの飾りも。プレゼントにもらってもちょっと困りそうである。

狐 きりっとしたツリ目のキツネ。足元には雛菊。

雛形屏風のいいのも色々ある。睡蓮いっぱいの池に潜む鯉、白い鳳凰(尾長鳥表記!)。

それから仁清写しのわんこの置物。16世永楽善五郎の仕事。可愛くて可愛くて。
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河井寛次郎の鳥の鉢もある。
象嵌彩窯変蟹花瓶 今井政之 こちらは切り絵画家・百鬼丸の仕事のようだと思った。

最後に高島屋のアイドル高子、ゾウのたかちゃんの紹介がある。
1950年にタイから来てくれた高ちゃんはクレーンで東京日本橋の屋上へつれられ、そこで子供らの人気者となった。
可愛いなあ。芸も色々覚えたり記念撮影したり。
やがて引越しするのだが、その時は階段を下りていた。ちょっと小さめの象でとても愛らしい。
ぱおーとほえているのもいいなあ。
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楽しい動物園だった。

「エミール・ガレ 生誕170周年」展をみる 

アールヌーヴォーの工芸品の展覧会が二つばかり都内で開催されている。
・エミール・ガレ サントリー美術館
・アールヌーヴォーの装飾磁器 三井記念美術館
相互割引などの連携もあるそうだ。

アールヌーヴォーの真髄はやはり「綺麗である」ということだと思う。
素材が何であれ、テーマがどのようなものであろうと、やはり一目見て抱く感情は「綺麗」ということになる。
爬虫類などをモチーフにした多少のグロテスクさを見せるものであっても、やはりそこには「綺麗」がある。
二つの展覧会で存分に「綺麗」な工芸品を味わった。

先に見たのはガレ展なのでそちらから書く。
オルセー美術館特別協力とある。サントリーの所蔵品とオルセーのコレクションと個人コレクションとで成り立つ展覧会である。

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1.ガレと祖国
アルザス・ロレーヌ地方の歴史については普仏戦争以前からの問題を含めて考えねばならないので、ここでは省く。ドイツの領土であった頃はロートリンゲンと称され、小沢俊夫編による「世界の民話」ではロートリンゲン表記となっている。
しかしこの地はフランスだという強い気持ちを示した文学があり、ガレもロレーヌを象徴する作品を生み出している。

父親の工場を譲られたガレの奮戦がこの章で読み取れる。
作品を並べてガレの美を堪能させるのではなく、ガレがどのような立ち位置にいて何を願って仕事をしていたかが伝わる構成なのだ。
これは今までにない展示内容だった。
作品を通してガレの想いを目の当たりにする、ということは。

「海神」と名付けられた花器には棍棒を持ったヘラクレスとトリトンの戦いが刻まれている。そこから面を動かすとイルカに乗った女がみえる。彼女は二人の争いを見守っているのだ。
また「戦闘」瓶にはジャンヌ・ダルクが刻まれている。騎馬のジャンヌと徒歩の裸夫たち。
これが何を意味するのかは分からないが、それでも想像する余地がある。

珍しくガレの絵があった。
1889年万博ポスターである。綺麗な女の絵だった。

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2.ガレと異国
ガレが目にしたもの、外国からの到来物に開かれるガレの目。

西洋において昆虫の<価値>というものは決して高いものではなかった。
しかし東アジアでの昆虫の愛され方が書物や浮世絵を通じて届けられると、昆虫を見る眼が変わっていった。

バッタやカエルのモチーフの作品がここにはいくつも集められている。
そしてガレが所有していた宮川香山のやきものもある。鯉をモチーフにした綺麗なやきものである。
それを見ながらガレがどのようなときめきを覚えたかを想像する。
日本製のガラスは他にもいくつか見出せる。
ガレの憧れが形をとるのを予感する。

エッチングの綺麗な小物入れがある。孔雀と猟犬のもの。とても綺麗。こうしたものを見ると、耳の奥にポリフォン社のオルゴールの音色が流れてくる。

ふと所有者をみればダルビッシュ・ギャラリー・コレクションとある。
神戸のダルビッシュ・ギャラリーといえば、あのダルパパのお店か。
ダルパパは素敵な作品をコレクションしていたのだ。

3.ガレと植物学
ガレは「植物学者」でもあった。
しかしここで彼の魅力的な言葉が紹介されている。
「学術的に再現された博物学者の記録資料は、どれほど精緻なものであっても感動はさせられない。そこには人間の魂が抜け落ちているから」
とても得心のゆく言葉だった。

ガレの拵えた植物モチーフの花器や鉢などを眺める。
あの言葉を胸に抱きながら作品を見ると、味わいが一層深くなる。

木工品が出てきた。飾り棚などである。木の象嵌などで素晴らしい効果を挙げている。
形そのものはやはりうねっていて、そこに植物の文様を嵌め込んでいる。
とても魅力的だった。

4.ガレと生物学
植物学者であるガレの正確さはここでも生きているが、それ以上に情緒が大事にされていた。
先ほどの植物学関連の作品同様すばらしい。
作品そのものの美に痺れつつ、背後にある学問について考える。

階段を下りるとガラスをのぞき込む設えがあった。
写真を置いている。それをのぞき込む。
巧い構成だと思う。

5.ガレと文学
物語性のある作品を集めている、と解釈していいか。
「アモルは黒い蝶を追う」といったガラス作品をはじめ習作が色々。
葡萄の蔓、六枚の枯葉、など。

そして最後にガレの作品中最も高名な「ひとよ茸」ランプが現れた。
とても納得する。
サントリーの口上が素晴らしい。
「幕とさせていただきます」
やられた、というキモチがある。ああ、よかった。

8/28まで。

「アールヌーヴォーの装飾磁器」展をみる

三井記念美術館「アールヌーヴォーの装飾磁器」もまた素晴らしい。
フランスのアールヌーヴォー様式ということだけではなく、欧州各国の窯から生まれた同時代の美麗なやきものを集めている。
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上絵藤文花瓶 セーヴル 1905 ロムドシン これは1280度で焼かれたもの。色の多彩化が可能になったのだ。黄色い藤、ミント色の地、とても綺麗。

釉下彩の美にも惹かれた。ぬめるような美しさがある。
釉下彩眠り猫 ロイヤル・コペンハーゲン 1898-1922 塩川コレクション
釉下彩眠り猫 錦光山宗兵衛 20 世紀初頭 塩川コレクション
前者のにゃんこを手本にして日本でも猫が拵えられた。
どちらもとても愛らしい。



上絵金彩エジプト女性センターピース KPM ベルリン 1902 岐阜県現代陶芸美術館  2美人の物憂いような美。

面白いのはこちら。
釉裏青茶氷窟ニ白熊花瓶 宮川香山(初代) c.1910 個人蔵 (山本博士氏) 釉だまりとツララとがなるほど氷の国にしている。ツララまでよく拵えた。しかも氷窟にいる白熊親子の可愛いこと。
後から回ってみてもちゃんと足がある。

釉下彩鷺センターピース ビング & グレンダール 1902-14 塩川コレクション  このビング & グレンダールは鷺が好きなのかも他を見ても鷺がいる。
お皿を支える鷺たち。

茶室の横に展示ケースがある。
アール・ヌーヴォーの諸相として、ガレとドームのガラス製品、更にミュシャの「ジスモンダ」とロートレック「ディヴァン・ジャポネ」ポスターがある。

茶室は様相を変えて、セーブルの「パツィオパット秋明菊文飾壺 」がある。
なかなか大きな壺で薄黄地で花が咲いている。

第 1 章 フランス名窯の復活 ~フランス セーヴル~
おちついたミルク色の表面に愛らしい柄が載るものが多い。
花が愛の対象、幸せの象徴として描かれる。
手の込んだ美しいものがたくさんあり、優美。

ビスキュイ象 セーヴル 1932  これは原型を日本の沼田一雅が行っている。ゾウのリアル筋肉がかっこいい。
沼田はセーブル窯で働いた最初の日本人。
 
第 2 章 釉下彩の先駆者 ~北欧 ロイヤル・コペンハーゲン、ビング&グレンダール、ロールストランド、ポルシュグルン~

釉下彩風景図皿 ロイヤル・コペンハーゲン 1890.10 塩川コレクション  何やら大きな塊と小さな塊がいて、それを背後から見る感じ。この様子はユーリ・ノルシュテインのアニメーションの様だと思った。

釉下彩は描きやすいのが特徴だそうで、それでかとても絵画的。

釉下彩人面付花瓶 ロイヤル・コペンハーゲン 1893.9 塩川コレクション  絵付けはスペン・ハンマースホイ。ヴィルヘルムの弟。
日本の翻訳劇の背景、書割のようにも見えた。

絵柄のいいのだけではない。形をリアルに追求したものが凄かった。
ロイヤル・コペンハーゲン、すごいな。
釉下彩タラ 1890.2 塩川コレクション
釉下彩カサゴ
釉下彩ゲンゲ
あああ、なんだかすごいリアル・・・

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ロールストランドの釉下彩蒲公英風景図皿が何やら凄まじいような光景をあらわにしていた。
白い綿帽子が延々と広がっている。侵略軍のように。不気味だったなあ。

釉下彩蝙蝠文花瓶 ロールストランド 1905-10 これも大概物凄いな。なんだろう、蝙蝠がおなか見せながらグワーッとやってくる。

絵付けのひと、けっこうホラー系なのかもしれない。
…しかし一方で美麗なのも多い。

釉下彩植物文花瓶 ロールストランド 1897-1910  わたしの愛する楠部彌弌の手のようだ…

ポルシュグルンの仕事が面白い。絵付けはすべてトールオルフ・ホルンボ。1908-1911の作品。
釉下彩ペンギン図花瓶
釉下彩蛇に蛙図花瓶
釉下彩白熊図花瓶
釉下彩魚にクラゲ図花瓶
釉下彩イタチ図筆皿
なんだかもう可愛くて可愛くてならない。

第 3 章 東洋のアール・ヌーヴォー ~日本~
日本の釉下彩の始まりはワグネルのおかげだったそうだ。
以前に「日本のアールヌーヴォー」展でもみかけたような美しい花瓶が並んでいた。
そして作り手も窯も全く別々だというのがいい。

参考作品でドローイングを見たら、寝てる猫の絵ばかり集めたものがあり、それに猫掴み…いや、鷲掴みされた。いいなあ。

第 4 章 新たなる挑戦者 〜ドイツ・オランダ KPM ベルリン、マイセン、ニュンフェンブルク、ローゼンタール、ローゼンブルフ〜

釉下彩ベルリン風景図皿 KPM ベルリン 1918  一目見て映画「さらばベルリンの灯」を想った。そんな風景がここにある。

マイセンの1910/1910/1914のクリスマスプレートが可愛い。いずれも夜景。青い夜。
「聖母教会の照り」「樅の木と三本のキャンドル」
「塔の上で聖歌を唱える子供たち」

踊り手のロイ・フラーをモデルにしたものも二つ。
上絵金彩女性踊子像 マイセン 1911-20 一つは殆ど裸婦に近い。

最後にまた綺麗なものが現れた。
第 5 章 もう一つのアール・ヌーヴォー 釉薬の妙技 ~結晶釉、窯変釉~

結晶釉花瓶 ロイヤル・コペンハーゲン
銅紅釉蓋付壺 セーヴル
窯変釉鉢 セーヴル
色釉花瓶 セーヴル
釉下彩金魚文花瓶 宮川香山(初代)

繊細な夢のような美しいものばかりだった。

あまりに綺麗なものをみつめすぎて現実へ戻りにくいほどになった。
とはいえ面白い、楽しいものも少なくはない。
いいものに会えてよかった。

8/31まで。

秘蔵の名品 アートコレクション展「旅への憧れ、愛しの風景 マルケ、魁夷、広重の見た世界」

夏恒例のホテルオークラのチャリティーイベント「秘蔵の名品 アートコレクション展」も22回目を迎える。
わたしは第1回目から毎夏訪れていて、惜しくも2回ばかり行けなかったものの皆勤に近いと言っていいか。
毎年の事だから再会する絵もいくつかあり、秘蔵と言っても地方の美術館で展示されているのを見たこともあったりするから、年によっては印象の薄い時もある。
しかし今年は違う。
今年はたいへん興味深い内容だった。
近年出色の出来だと勝手ながら思っている。
まずタイトルからいい。タイトルがいいのは内容がいいからの命名で、チラシを一目見ただけでも大いに心惹かれるようになっている。
「旅への憧れ、愛しの風景」そして副題が「マルケ、魁夷、広重の見た世界」である。

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チラシをまず見ていただきたい。
マルケの海景、魁夷の北欧風景、そして旅の最中の江戸の庶民を描く広重の絵。
何のつながりもないはずが、共通するキモチがここに見出される。
それがタイトルにもなった「旅への憧れ、愛しの風景」ということなのだ。

今回の展示ではマルケ作品が非常に重要な位置を占めていた。
1990年代以降、日本でマルケ展が開催されたかは知らない。
マルケは知ってはいたが、なかなか実物を見ることはかなわない。
それがなんと今回18点も集まったそうだ。

事前の告知などでマルケが出るということを知った。
この展覧会の監修をなさる熊澤先生のツイートを読んでわたしは狂喜する。
ドキドキドキドキし続けた。
実に久しぶりに「まだかなまだかな」というセワシナイ気持ちになり、早く始まればいい、と思った。
わたしが行ける日は8/4.それ以前は難しいが、初日に行かれた方々がおそらくは何らかのマルケに対するツイートをされるだろうと期待してもいた。
実際、いいツイートが散見された。マルケマルケマルケ♪とわたしは心の中で歌う。

わたしは大阪から神谷町のホテルオークラ・アスコットホールへ向かう。
目的はこれだけではないが、大きな目的の一つでもある。
わたしはいつも「東京をハイカイする」と言う。
「東京ハイカイ録」と題して自分の足跡をブログで再現する。
旅とハイカイは違う。しかし地元の友人知人からみれば、東京へ行くわたしのその行為は「旅」になるという。
そうか、わたしも旅をしているのか。
そんなことを改めて口にするのは、この展覧会が「旅への憧れ」というタイトルを持つからだ。
わたしがマルケマルケマルケ♪と歌うのも「旅への憧れ」があるからだ。
そして事前に得た情報ではマルケの絵は全て風景画だというから、「愛しの風景」をみることになるわけだ。

サイトに挙げられた言葉を借りる。
「本年は、「旅」を主題とした様々な絵画をご紹介いたします。古くから人々は信仰のため、観光のため、または商いのために旅をし、その地で様々な景観を目にしてきました。そして画家たちは、自らの目に焼き付けたモティーフを描き出したのです。本展では、日本および西洋の画家たちが旅を通じて得た視覚体験に注目します。
第1章は、明治以降日本画および洋画にみられる風景表現に焦点を当てます。
第2章では明治以降の日本人画家が学んだヨーロッパ等の風景画とともに、20世紀のフランス人画家、アルベール・マルケの穏やかな風景画を特集します。
第3 章は、明治以前の日本の街道の名所や旅姿を描き出した代表作、歌川広重の《保永堂版 東海道五十三次》続絵55枚をご紹介します。
かつてホテルオークラを常宿としていた川端康成は「歩み入る者にやすらぎを、去り行く人にしあはせを」という言葉を色紙にしたためて贈りました。
旅人を迎え入れ、温かく送り出すこのホテルのホスピタリティ精神を思い起こしながら、本展をお愉しみください。」


わたしはホテルオークラのご飯やお菓子は食べていてもまだ宿泊したことがない。
ホテルを拵えたバロン大倉に憧れているのにこのテイタラクである。
そうだ、大倉集古館が復活した時には宿泊しよう。そして宿泊客として大倉集古館に行こう。

第一章 日本の風景をめぐる

赤松麟作 夜汽車 この絵が来ていたか。明治半ばの風俗を思う。たばこはもう紙巻きたばことなり、キセルは老人のもの。食べ差しのみかんは床に落ち、赤茶色の画面に少しの明るさを加える。
夜汽車というてもそんなに遅い時間ではないらしいのは窓の外の様子からわかる。外をのぞく老人の様子もリアル。
わたしはこの絵を見ると宮尾登美子原作の映画「夜汽車」を思い出す。十朱幸代主演のせつない映画。
夜汽車の旅には切なさを感じる。

しかし夜の次には朝がくる。
朝には明るい海と空がある。

藤島武二 日出海景 トルコブルーの鮮烈な海と空!とても綺麗な色調。
これは初見。武二の日の出の海を描いた絵はほかにも見ているが、こんな鮮烈なのは初めて。日通所蔵なのか。
そうか、これぞ「秘蔵のアートコレクション」ではないか。素晴らしい。
いいものを見たなあ。

霊友会からは大観の富士山や海浜を描いた絵が四点来ていた。いずれも紀元2600年の年に描かれたもの。
大観は終生明治の書生っぽさを持っていたと戸板康二「ぜいたく列伝」にある。
大観はこうした気宇壮大な風景画を戦前によく描いたが、彼の「旅」は愛すべき小品に見いだせる。
これらの絵は旅した人が見た風景なのだ。

放菴もかつては大観の旅仲間だった。
東海道を旅した絵巻が思い出される。

放菴 金太郎遊行 ご近所さんの泉屋博古館分館からおでまし。熊に乗ってアケビをお土産にした金太郎のうれしそうな笑顔が好きだ。

曾宮一念 平野夕映え スゴい色合いの夕映えである。だんだんと色が変わるがどこかグロテスクさもある。
鈴木信太郎が曾宮の絵について語った言葉が思い出される。静岡県のある企業の所蔵品。
よく探し出してきはったなあ、とそのことにも驚く。

山本丘人の力強い風景、牛島憲之の奥尻島を描いた「岬の島」の不思議なスプーンのような雲、山下清のペン画の宮島シリーズ、日本の特定の場所、あるいは画家の心象風景、それらをここで見る。

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第二章 愛しの風景
1.海外との出会い

田能村直入 万里長城図巻 休館中の大倉集古館から久しぶりのおでまし。日本人の多くが開国後に中国へ行ったことを思う。清国の崩壊と中華民国の成立と。その狭間に大陸へ向かった日本人たちの見たもの。
この絵がどのような経緯で描かれたかはここでは問題ではない。
この巨大な建造物を大陸に渡った日本人たちがみたことを想う。

百武兼行 イタリヤ風俗 旧主と共に海を渡った。その先でみた風景・風俗がこうして形になる。

テームズ河畔、エルベ川、フランス風景・・・
憧れの地は遠く、多くの人は海を渡ることすら考えられなかった時代にこうした風景画を生んだ画家たちにお礼を言いたくなる。

佐伯祐三、三岸節子の風景画、彼らの生涯を想う。
パリで若い生を終えた佐伯、晩年まで力強く生き抜いた節子。
二人の見た風景は全く違う。
しかし二人とも風景を愛し、描き続けることに執着した。
彼らの描くそれぞれの風景を見つめながら、自分はどのような思いを抱いて海外へ出向いたのかを自問した。

2-1.アルベール・マルケ:中間色と水景の画家
今回の展覧会で本当に楽しみにしていたのはこのマルケ特集。心の中で「マルケマルケマルケ♪」と歌ったと書いたが、それは六節からなるテーマ曲の始まりだった。
そう、マルケの絵は18点あるのだ。

最初にマルケの絵を認識したのは随分昔のことで、ボルドー美術館展でのことだったか、松岡美術館で見たときからだったかは、今はもうわからない。ただその頃から今に至るまで、人物画より風景の方に惹かれる。

こんなにも多くのマルケの絵を一度に見ることがかなうとは、本当に嬉しい。なんといういい企画だろう。
可愛らしい図録には8点も掲載されている。

チラシにあるのは名古屋のヤマザキマザック美術館の「アルジェの港、ル・シャンポリオン」。
この薄いミント色の海、薄い肉色の道路、クリーム色の建物、なにもかも柔らかな色彩で風景が構成されている。

実際のアルジェをわたしは知らない。
映画「異邦人」「望郷 ペペル=モコ」といった懐かしい欧州映画で見たアルジェしか知らない。
後者はモノクロ、前者は半世紀前のカラー作品。
カスバの裏町を這い回るペペル=モコ、パリの香りを運んでくれた女ギャビー。
彼らはアルジェからパリへ向かおうとするばかりで、アルジェの重たさ・暗さが身に沁みる。
そして「異邦人」では「太陽が眩しかったから」と言う言葉も、主人公の見た景色も、なにもかも白がとても際立っている。
白が暑さを熱気を運び込む。

マルケのアルジェはそんな熱気も不快な暑さも感じない。
ただ、やさしい温度を感じるばかりだ。
この絵の二年前に描かれた「アルジェ港」はこの絵より色合いは濃いものの、やはり柔らかな作品で、夕方の心地よさを感じたりもする。

パリを描いた絵もいい。
ポン・ヌフを描いた三点も素晴らしい。
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雪の残る曇天のポン・ヌフ、同じ位置から描いた薄小豆色の風景もある。そしてポン・ヌフの夜景の美。
わたしはただただ楽しく、嬉しかった。

2-2.東山魁夷:清明な自然を描いた画家
チラシに選ばれた「スオミ」もまたご近所さんからやってきた。
泉屋分館の開館記念で初めて見たときの感動が蘇る。

善光寺そばの信濃美術館・魁夷館から日本各地の風景が来ていた。奈良を描いた絵が多い。
吉野、飛火野、布留の森、赤目、春日野・・・
春日野の鹿がどんどん増殖して見えてきた。なんだろう、ホラーのようだ。

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第三章 広重、旅への憧れ
まず先に近代日本画の名品について。

松園さん、伊藤小坡、深水の美人画がある。
そういえば松園さんはあまり旅に出られたという話を聞かない。若い頃に画塾の男子たちに負けぬように足拵えをして日帰りのツアーに出かけた話は「青眉抄」にあるが、旅に出てそれを絵にしたのは知らない。

清方、輝方、勝田哲の旅姿の婦人たち。いずれも培広庵コレクションから。なかなかこのコレクションは関東では見れないので(関西でもそうだが)、いいところで出会えた。

清方は挿絵画家時代、あまりに多忙でノイローゼになり、電車に乗れなくなり、遠出は車で金沢文庫くらいまでだった。
しかし意外に旅姿の女の絵が多い。
そんな清方も昭和五年の大倉男爵の多大な支援のもとで開催された羅馬展、日本美術展のために、東京から神戸港まで出かけている。名目はローマに出立する画家たちを見送ると言うもの。車で日にちをかけて京都へ向かい、その地で一ヶ月ばかり滞在し、夫人や娘たちに関西ツアーを大いに楽しませたのだった。
清方の「旅」と言えばこの昭和五年のそれと、少年時代に三遊亭圓朝について群馬あたりに出たくらいだが、絵では多くの美人が旅に出ている。

旅と言えば魁夷の他にも旅を愛した日本画家がいる。
「美の旅人」と謳われた池田遙邨である。
今回は彼の絵はない。惜しい。
また、現代の「旅の画家」は安野光雅だろう。
二人の絵が仲間入りしていたら、と楽しい想像をしてみる。

最後に広重「保永堂版 東海道五十三次」の発色のいいのがずらりと並ぶ。これも日通所有の名品である。
よく知られている作品ではあるが、こうしてお江戸・日本橋から京の三条大橋まで宿場を重ねて行くと、こちらも旅するココロモチになってくる。
誰かの追体験であろうとも、旅の楽しさが沁みてくる。

雪の庄野などをみるとこの暑さを忘れたようにもなり、のんびりした風景を前にしては平穏な明るい気持ちも湧くのだ。

「旅への憧れ、愛しの風景」
本当にいい展覧会だった。いい絵をたくさん集めてくださり、いいものを見せてくれて、本当に良かった。
スタッフの皆さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。
心地いい展覧会に会えて今年も幸せな気持ちになった。
また来年もいい企画をお待ちしています。

「ナニデデキテルノ?」と「なにがあるのかな」と

日を分けて同じ地域にある二つのミュージアムに出かけた。
竹橋の工芸館と科学技術館である。

工芸館では所蔵品からピックアップした「ナニデデキテルノ?」展が開催中。
これは面白い内容でしたわ。
見歩きながらツイートした分とそのほかの分を交えて「ナニデデキテルノ?」なものたちを見てゆく。

最初に着物を見る。
志村ふくみさんの涼しげなものと、古代文様を織り出した喜多川平朗 の能装束などがいい。
古い時代の文様を見ると「獅子狩文錦」を復元した初代龍村平蔵の苦心を必ず思い出す。
芹沢銈介の「壺屋」柄、平良敏子の芭蕉布もある。

鹿児島寿蔵の紙塑人形「大森みやげ」と「なかよし」もある。
わたしは鹿児島寿蔵の人形の表情が好きだ。

ふとみれば夢二の拵えた「ピエロ」人形がある。
紙、布、針金、糸で作られた人形。昭和初期。これは作品として作られたのか、不二彦ちゃんたちはもうかなり大きくなっているし。
中原淳一の人形はよく見るが、夢二の人形は初見。

加藤土師萌 「萌葱金襴手丸筥」、金重陶陽「備前水指」、加守田章二の壺などやきものが現れる。
その中でも特に好ましいのはこちら。



他に鈴木治「鳥」、八木一夫、ルーシー・リーらの作品もある。一目でわかる個性の強い作品群。

岩田藤七藤田喬平のガラス工芸が現れた。綺麗。
そしてこの吉本由美子「斜塔 93」がとても気に入った。


個人的なことを言うと、仕事で縁のあるアクリル製の綺麗な透明商品を思い出すのだ。

鈴木長吉の連作「十二の鷹」から参、伍が出ている。鷹それぞれの個性というか性格がよく出ていて、本当に名品である。
また同じ鳥でもこんな可愛い奴もいる。


槻尾宗一「みみずく香爐」である。
このミミズクは随分人気で小学生らが自由にスケッチした絵の中でもけっこうたくさんあった。

蒟醤の可愛いものや黒田辰秋の螺鈿を見るうちに高野松山「群蝶木地蒔絵手箱」が来た。


たいへん綺麗な箱である。




面白いのはこちら。浜いさを「箱の男」全面に男がいる。



最後に怪獣のようなものを見た。
齋藤敏壽の「archetype」シリーズ?のうちから巨大な2点がある。
何かを思い出すのだが、ちょっとはっきり思い出せない。

面白い展覧会だが、「ナニデデキテルノ?」にまで目が向かなかったのはわたしがわるかった。
やっぱりこういう展覧会には小さい子供と一緒に来てみたいと思う。


次に科学技術館で見たものについて。
実は初めての訪問である。
この坂の奥にあるのか、と初めて知ったのだ。
公文書館はこの日は休み。「たのしい地獄」を再訪したいがもうムリだろうな。

さて科学技術館である。
ここに「なにがあるのかな」とシロートのわたしは大体の想像をしながら中に入った。
一階はフリーゾーンでショップが繁盛していた。光る骸骨模型なんていいよな。
地下はレストラン。後であきらめることになるのだが、バイキング1300円だそうです。

二階からは有料。
上がった途端に資生堂。日焼け止め商品がずらーっ


「シン・ゴジラ」に言及してたらさちえ姉さんから「壊されないよー早く映画を見てー」と推される推される。

商品をいくつか試用し、話をする。今の日本では50までだが、昔はもっと高いのがあったとかそんな話をした。
そうか、ここも大阪の科学技術館と同様に企業ラボがブース出してるのね。

分子構造模型を見る。
中でも特に好きなものの模型があった。


正直な話こんな模型をみてもわたしにはイミフなんだけど、これはこれで楽しい。

今度は日産の車が展示されていた。
現物よりミニカーに惹かれる。日本車がずらーっっ






今度は電気。ボールの中で磁場発生中。手をかざすとそちらにビビビがゆく。



最後に11時半から味の素のイベントに。
最初のお客さんだったので前席にいたら混んできて、なんだか困った夫婦がわたしを挟んで座った。移ろうにも移れないよ、これでは。仕方ないから最後まで知らん顔して座るしかない。

えーと、味覚実験ね。日本人が発見したうまみ成分、それの確認作業。味の素が人工的にうまみを集めたのが「味の素」。
パンダな入れものが可愛い。味の素なしのスープの後に味の素を加えて飲むと・・・あーらふしぎ、美味しくなりました。
それでプチ味の素をいただく。ありがとう。

これで思い出すのが「リバースエッジ 大川端探偵社」の一篇。
あるやくざの大親分が若い頃に食べたワンタンをもう一度食べたがるが、店はとっくにない。
探偵が何とか探し出して出張料理をさせると親分大感激。
探偵たちはいつものバーでヨカッタヨカッタと話していると、バーのママさんがその答えを言う。
そう、大親分は化学調味料によるうまみ成分、あの味を恋しく思ってたわけです。
なまじ大親分になり、時代も変わり、でそうしたものから遠のいてたからなあ。
でもこれはいい話だった。なるほどなあと納得。

地下レストランは満杯なので外へ。
テクテク歩くと武道館。



田安門から出て九段下。昭和館も九段会館も雲を突くように建つ。
面白い物を見て歩きましたわ。

機動戦士ガンダムTHE・ORIGIN展をみる

松屋銀座で「ガンダムORIGIN原画」展をみた。
知らずに行ったのでちょっと驚いたが、うまいことみれてよかった。
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アニメの本編が終わってだいぶん経ってからサンライズの社長から安彦さんにマンガ化の話があり、「残酷なことを」と安彦は当初思われたそうだが、結果的に素晴らしい作品が世に出ることになった。
そしてその作品を元にした映画が作られ続けている。
むろんそこに安彦さんの原画がある。

最初に出てくるのはマンガの原画である。
安彦さんの絵の魅力はキャラクターの表情、感情の流れの表現、その筋肉の確かさだと思う。
最初の「アリオン」からこの「ORIGIN」そして現在の「天の血脈」に至るまでそれは変わらない。
わたしは特に安彦さんの描く腿の強さに惹かれているが、ここでもその魅力を堪能した。
幼いキャスバル坊や、少年エドワウ、青年シャア・アズナブルへと成長してゆく肉体のその変容が明らかに描かれている。

展示されていた原画では特にキャスバル(シャア)の魅力が際だっていた。
キシリアに捕まり手錠をかけられたキャスバル坊やが毅然と手錠を外せとキシリアに命ずる。幼いながらもその魂のあり方が見えている。
そして養子に行った先での襲撃。それに対抗する少年エドワウの必死さ。妹を守ろうと戦うエドワウのその表情。
やがて安寧を捨て妹を置き去りにして去ってゆくエドワウ少年の切ない表情。
シャア・アズナブルとしてジオン公国の士官学校に入り才能の片鱗を見せ始め・・・

何度見てもときめく。
この作品が生まれたことで原作の「機動戦士ガンダム」の世界がいよいよ深いものになったのは確かだ。
安彦さんの絵、物語の構成、政治とは何かといったこと、それらが全て胸に落ちてくる。

原画はほかにも幼いアルテイシアが猫のルシファの捜索をランバ・ラルに頼み、受けてもらったことに喜んでお礼に彼にくちづけるシーンがあった。
ハモンという愛人もいてその方面では十分に幸せなランバ・ラルだが、主筋の幼い美しい姫君にチュウされて赤くなっていたのは、とてもいい眺めだった。

アニメでは描ききれなかった男たちの魅力が安彦さんのマンガでは存分に表現される。
安彦さんはドズル兄さん、ランバ・ラルのような男が好きだと思う。
「ナムジ」「神武」にもドズルそっくりな容貌魁偉な男が現れるが、総じてみんな人柄がいい。高千穂遙原作の「クラッシャージョウ」にもそれはいえる。
ランバ・ラルの表現は「天の血脈」の内田良平にもつながっている。

ジオンの士官学校でのシャアとガルマの関係を見るのも非常に楽しかった。連載中どれほど毎回ドキドキしていたことか、単行本のページを繰る指が何度もいきつ戻りつを繰り返したことか。

中学の時に伝説の同人作品「シャア出世物語」を見たことでシャアの士官学校時代の裏暗い、アブナイ物語を常に胸に残しているが、安彦さんの描いた士官学校時代のエピソードはそれとはまた別個であるのは当然ながらも、やはりこちらもアブナさをチラチラみせて、わたしのようなフジョシを大いにときめかせてくれた。

今こうして書いていてもドキドキする気持ちが止まらない。

イメージ (62)

アニメ「シャア・セイラ編」の原画をみる。
安彦さんがメインキャラを描き、周囲の人々を別なアニメーターの人が描く。ここでも安彦さんの描く腿の筋肉の確かさに惹かれる。

場内ではところどころに映像が設置されている。見ることでこちらの気分が高揚する。

やがて出口間近のところにギレンの演説の映像が流れているのに着いた。
「ジーク・ジオン」と公国の人民が連呼するあれである。
ギレンがまず手本を示して「ジーク・ジオン」と叫ぶと、公国民が続ける。
ところがその映像では「もう一回!!」などとやるので。アレレと思っていたら、その映像を見ていた三人組の男性のうち一人が、この実際のイベントに参加して、自分も「ジーク・ジオン」とやったというのだ。
おおーーー、そうなんや。
人々の歓喜と誇りにどよめく声は多ければ多いほどかっこいいからな。

再びマンガの原画。シャアとララアの出会い、キシリアがギレンを暗殺した直後のページなどがある。
キシリアのそのときの様子のカッコよさには何度読み返してもふるえる。
「総帥といえども父殺しの罪は免れぬ、ギレン総帥はわたしが成敗した!」と叫ぶあのキシリア、
本当にかっこいいのだ。それが今回は出なかったのが惜しい。

それにしてもやはり安彦マンガはスゴい。
わたしは二時間ばかりそこにいて、ガンダムORIGIN、安彦さんの作品世界に溺れ続けた。
閉館時間がきたので出ていったが、本当に何度でも読み返せる素晴らしい作品だ。
政治の季節を踏まえながら作品に接すると、また違った楽しみも味わえる。
ああ、サンライズの社長、よくぞ安彦さんに依頼してくださった・・・

わたしはときめきを隠せぬまま夜の銀座へ出た。
本当に素晴らしい作品に出会えた自分の幸運を思いながら。

2016年8月の東京ハイカイ録 その2

8月6日の朝、オリンピックの開会式と原爆の慰霊式とをどちらも少しばかり見てから出かける。
不忍池へ蓮を見に。


そう、朝だから蓮。
ここの蓮は親しい。



湯島から千駄木へ。
団子坂を上る。殺人事件はないです。乱歩よごめぬ。
鴎外記念館へ。いつも楽しく拝見してますわ。
実は鴎外をけっこう読んでた七恵さん。
展覧会もわりとよく来てるのよ。
なのにね、どうしてか感想をまとめられないの。
まあ理由の大半は「会期の最終日に行くから」なのだよ…

今回は「恋する近代文学」展。「舞姫」を中心に同時代の明治の作家たちの恋愛小説の紹介もある。
恋愛小説の成立した時代状況やその新しさなども考えさせられた。面白い企画展。
「舞姫」発表時の評論家らの反応も興味深い。
中には支離滅裂だと言うのもあったが、それすらも面白く思う。
まあ今の目から見たら豊太郎の行動原理は終始一貫してるよ。
それについてぐだぐだ書かないが、豊太郎については要するに「ナサケナイ」と言い切ってもいい。だから面白いんだけど。

秋には「即興詩人」の企画展があるそうな。高橋裕人さんが教えて下さった。
すごくたのしみ♪

次に根津へ戻り弥生美術館へ。
わたしが中学の頃大ブームだったOSAMU GOODSの原田治展。
明るく健全なアメリカをイメージした世界。グッズもたくさんあったが、ライセンス契約のみというのがけっこう多かったんだな。
ミスドのグッズなんかはそう。実はわたしの手元にあるミスドのオサムグッズのはまだまだ現役でございますわ。

東急の指詰め注意のクマ、カルビーのポテトチップスのポテト君、そして崎陽軒のひょうちゃん。
えーっそうなの!まあ言われたらその通りでしたな。

華宵は浅草オペラに関連したもの、夢二はモダン都市東京での人々の様子。
どちらも非常に魅力的だった。

東大前から王子へ。



右へ行けば神社、左は飛鳥山。
紙の博物館へ行ったよ。
双六とか歌留多とか…こういうのね。



ガラスの仮面かるたにはまいったぜ。
やっぱり面白い企画展だった。こういうの大好きさ。

一旦宿へ戻るために乗り継ぐが3時過ぎでも都営新宿線が浴衣のカプで混み始めていた。
スーパーでスイカなどを購入してから宿へ帰る。
フロントに「花火に行くので一旦休む」と言うと「頑張ってください!!」と熱く言われる。

わたしの場合、本八幡も新小岩も遠いのでスカイツリー周辺でと思い出かけるが、ついでに散策しているうちに道に迷う。
たちまち本所に。鬼平の気分になるわ。
それで妙見さんについた。



もう少し歩くと法恩寺橋。おお、桜がある。あ、ここは前にマツコが来ていたところ。
それで土地勘がついてきた。
結局ちょっと遅れてスカイツリーに。
ピルの隙間からみるから花火は小さいけど、十分楽しめた。
1時間ばかり見てご機嫌。

そこから押上春慶寺…鬼平の親友の岸井さんの仮寓先でしたな。
には行かずに、お風呂屋さんへ。
そこへゆくのにどうしてか大きな道間違いをしてえらい目に遭う。
いやー参ったわ。
ようやくついたのが大黒湯。ここは天然湯だそうです。
たいへん肌によかったが、熱い湯でしたわー。
杉浦日向子が熱い湯にはムネを掴んで耐える、と書いてたが、納得。
ぬる湯好きなわたくし、初代五右衛門のキモチになりましたわ***

帰りはスルッと帰れました。
朝は蓮、夜は花火、それから銭湯にいき、宿に帰ればスイカひえひえ。
夏の楽しみを満喫してるのでした。
三日目ここまで。

四日目、日曜。
八月七日でございます。
わたくしの誕生日です。指をパーにしながら生まれてきて、しかも長髪だったんでビートルズやと言われたそうです。生まれたときからフザケた奴だと皆に言われております。

いつものロッカーに荷物を預け、そのまま三の丸尚蔵館へ。「馬」の展覧会の後期を見る。前期よりも後期の方が疾走する馬の作品が多い。奔馬。かっこいい。一方でまったりらぶらぶ馬もいて「意馬心猿」やんという感じもw

暑いけど非常に気持ちいい。
そのまま皇居内散策へ。
江戸城の石垣をみる。勝海舟、大石内蔵助の気分でもないよ。
むしろ竹内栖鳳の絵を想いながらかな。
ああ、都道府県の木とか植わってるのね。大阪は銀杏、神奈川も銀杏。



科学技術館へ。
ここはメーカーのブースがあるのね。面白いわ。資生堂、味の素などでお世話になる。
楽しいわ。こんな所には甥っ子や従妹の息子たちを連れてきてあげたい。

武道館経由。お濠にも蓮が咲いているね。九段下でお昼食べる。九段会館、いい建物だが仕方ないなあ。
三越前に行くのに半蔵門でなく東西線と銀座線使い三井記念美術館へ。
一階フロアではこんなのがある。



貢いではアールヌーヴォーの陶磁器をみた。欧州各国での同時期の新しい美術、その時代・その様式に則って生まれた陶磁器の美を堪能する。
サントリーのガレ展と相互割引なのもいいことですなあ。
すごくよかった。

そこから京橋へ。フィルムセンターへ向かうわけですが、その前にいいものを見た。



ニコニコしつつすぐそばのセンターに入ると、常設も少しずつ変わっていて、日本最古の映像「紅葉狩」の全編が観れたりもした。山神役は当時15歳の丑之助(後の六代目菊五郎)、子供らしい手足だけど、踊りの巧さがすごいな。
ほかにも国貞忠治の最期を描いたあれ、タイトル忘れた。伏見直江お姐様が拳銃構えてかっこいいのよ~~これは前にも出ていたな。
みそのコレクションのポスターもたくさんあり、楽しい常設展示でした。
本気で見るなら半日はかかる。

ここではこれよこれ。


助清のヨキケスになってますがな。
角川の戦略とかほんと、いいなあ。
子供心にヤバい邦画の状況を変えたなあと思ったしね。

ここで今月のハイカイも終わり。
早いけど帰宅の途に就く。
大丸で堂島ロール(て大阪やん)のパルフェやハーフロール買うて、他にも頼まれもの色々買って新幹線。38度超えの大阪が怖い・・・
まぁそれなりにいい誕生日も迎えれて、機嫌の良い三日半でしたわ。
次は来月ね。

2016年8月の東京ハイカイ録 その1

大阪の暑さには湿気も加わるから、東京よりひどい。
あまりに暑くて脱出して東京に三日半いた。三行半ではない。
帰るのは大阪である。

あまりに暑いので早朝の新幹線にした。それでロッカーに荷を預けてそのまま竹橋へ。
国立公文書館では企画展「たのしい地獄」展が平日だけ開催なので、とにかく木曜に来た以上は、とまっすぐに向かったのよ。
細かい感想は全て後日に挙げる。

しかしここでハタと思い出して先に工芸館へ。
「ナニデデキテルノ?」を大いに楽しみました。

そこから戻り初めて公文書館。
「たのしい地獄」、ほんまに楽しいわ。
資料もわかりやすく解説してくれていて、すごく面白い。
「賢覚草紙」もパネル展示して物語の流れ、要は二人の悪縁を示してくれた。
面白かった。
「一緒にいても地獄、離れていても地獄」こんなのもあるわけですし。





さて11時過ぎましたので速攻で霞が関へ。千代田線から出まして農林水産省の「手しごと咲くら」へクジラを食べに向かいます。
日本人として文化を守るためにもクジラを食べなくては(!!)
今回はマグロの漬け丼にプラスして、クジラの竜田揚げ、茄子の揚げ浸しなどをいだいたのですよ。
おいしかったわ。
混んできたし休み時間の邪魔をしてはいかんので早々に退散。

別室のイベントに参加。


おみやげにカレー粉を貰って帰る。楽しいイベントなりよ。

ここから神谷町のホテルオークラへ。
駐車場の裏から入るとたちまちアスコットホール。あまりに唐突に着いたので洗面室でクールダウンして化粧も一からやり直し。

ホテルオークラ夏恒例のアートコレクション展、「旅への憧れ、愛しの風景」大いに楽しみました。
今年は特にマルケの大特集があった。熊澤先生、お疲れ様です。
マルケ大満足。いやー、よかったわ!
日通の秘蔵のコレクションもあり、「ををを」がいくつもいつも。
近年の中でも特によかったと思う。

アタマの中でわたしが大満足の時に流れる音楽が大音響で鳴り響く。
ビゼーのカルメンの「闘牛士の歌」な、これですわ。
大体わたしの中では感情とテーマ曲が決まっていて、せつないけどがんばろうと言う時には清志郎の「わかってもらえるさ」が流れたりする。それで大満足でしかも闘志満々になるときにはこの曲な。
むろんガーーーーン・・・の時にはバッハの「トッカータとフーガニ短調」、つまり嘉門達夫「鼻から牛乳」ですわ。

戻って日比谷。出光美術館で「東洋・日本 陶磁の至宝」展。
出光美術館の陶磁器コレクションはもうほんと素晴らしいのですよ。
展示の構成もいい。
最初にばんっ!と目をみはるのが来たあと、次々に繰り出される名品たちに浸食されていって、最後まで溺れ続ける。
今回は何でも若手の学芸員さんが活躍したそうな。いいことやなあ。
会期が長いから、再訪出来るのもいいしね。やきものの佳さを改めて思い知ったよ。
で、今回出た図録が二種ともいい。



ここで一旦飯田橋へ。JRのあの西口回廊なくなるんやなあ。
妙に面白い空間でしたな。

紀の善で久しぶりにくつろぐ。おいしく抹茶ババロアをいただく。初めてここへきてからもう17年かな、ちっとも飽きない。
それにしても神楽坂はいいなあ。都内でも特に好きな町の一つ。
夕暮れが広がり祭の提灯がほんのり明るいのもいい。

松屋銀座に行く。銀座一丁目駅からがよいのです。
「ひつじのショーン」だけのつもりがここで「ガンダムORIGIN」原画展してるとは知らなんだ!

ひつじのショーンもウォレスとグルミットも全然見たことないのだが、この展覧会楽しかった。
セットが素晴らしいよ。パペットいいなあ。レストラン、病院、農家、みんな手が込んでる。
話も面白いし。今まで無縁だったのは惜しいことをした。いいものをみたわ。

さて大好きな安彦良和先生の世界へ。


ときめきすぎて胸が苦しい。
安彦さんの原画の魅力に溺死しそうになったよ。
キャラの表情、筋肉のありよう、思考の流れ、何もかも最高。やっぱりガンダム好き。
観客の年齢層が高いのはまあ納得、しかし時間の経過はより愛情を熟成させてくれるのも確か。
アニメ原画も良かったなあ。ドキドキしたわ。

初日はここまで。

2日目。かなりのんびりしてから出かけた。今回のテーマ(そんなもんあったんか)は「のんびりすること」なのだよ。←をい。
三田に出る。慶応大のオープン・キャンパスに合わせて三田の近代建築と彫刻とを見て回るのさ。
で、最初に挫折。まぁ男子学生というのは道案内出来ないというか道の説明が出来る子は少ないわな、小学生から大学生まで。
女子に訊くべきだったな。

彫刻だけここに挙げておくか。






建物はまた別項。

三田駅前に戻りソースかつ丼とトン汁のランチセットで元気を出して渋谷へ向かう。
松濤へ向かう道すがら蜃気楼のようなのが見えた。
それで思い出すのが「アラビアのロレンス」のネフド沙漠を越えるときの曲。
タイトルは「ネフド・ミラージュ」でしたな。
少年を助けに戻るロレンス。
戻ってきた彼を迎え入れるシェリフ・アリがロレンスに白のアラブ衣裳(なんと結婚式の衣裳)をあげるのだ。

ようやく松濤美術館につき、福岡市美術館でみたシンガポールの20世紀前半の意匠サロンクパヤのいいのをみる。
こちらは撮影可能。嬉しかったなあ。

そこから戸栗美術館へのわずかな距離がまたまた蜃気楼状態で、あれだ、タクラマカン沙漠ですがな。
喜多郎の「シルクロード」のテーマ曲が聴こえて来たもんな。危ないわ。
伊万里の唐草文様で涼しくなってから、太田へ。
「怖い浮世絵」展。
今回は肉筆画はなし。
かなり楽しめたのはやっぱりオバケ好きだからだろうな。うまくツボをつかれたよ。

新宿へ。損保にたどり着くまでに今度は前川清の歌声が・・・そう、「東京砂漠」。
色々遊んだよ。光と電気のマジック。







サントリーで終わり。ガレ。
ガレ・・・正直なところ「またガレか」と思っていたが、違いましたわ。
このガレ展はこれまでのとはアプローチが違う。すごくよかった。
作品をこれでもかと出すのではなく、その意義について教えてくれるわけです。
面白かったわ。

2日目終わり。

「アンティークボタンの世界」に溺れる…

既に終了したが、神戸ファッション美術館の4階で開催されていた「アンティークボタンの世界」展では可愛らしい・綺麗なボタンを数え切れないほどたくさん鑑賞させてもらった。
加藤喜代美さんと言うコレクターの方が集められた世界各国のボタンは本当に素晴らしかった。
「ボタンはその時代の文化や技術が込められた小さな芸術作品です。ガラス、シェル、セルロイド、ベークライト、メタル、木、プラスティックなど、様々な素材に施された素晴らしい手仕事を、加藤喜代美氏の19世紀から20世紀半ばの西洋のボタンコレクションから紹介します。」

撮影可能だということで、わたしは喜んでぱちぱち。
無限にこの世界が続くような錯覚に囚われて、延々とぱちぱち。

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こうしたボタンを見ると、ケルトの人々がマントを押さえるのにボタンを持たなかったので、綺麗に彫金したブローチを使っていたことや、アイスランド・サガの「グレティルのサガ」に描かれたように、いちいち縫い縛っていたことを思い出す。

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きらきら。

こちらはにゃんこさん。
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透き通る。IMGP0196_20160802001551ead.jpg

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まるでドロップのようだ。
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星の欠片を手に入れたような心持になる。

さまざまなボタン
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琥珀を集めたよう
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緑石を砕いたのかも
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時には自分の持つものとそっくりなボタンもある。

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ピーターラビットが
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可愛い
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ときめきの小さな宇宙だった。
本当に素敵…
こちらは加藤さんのHP

いつかまた会いたい。

日本民家集落博物館へ行く その1

近所に大きな緑地があり、その中に日本民家集落博物館がある。
幼稚園の時に一度行ったが、それっきり数十年間行かないままだった。
毎年この緑地内の蓮池に行く関係上、博物館の外からちらりと見ては「ソヤソヤ」と思うのだが、何故か足が進まなかった。
多忙だというのとわたしの本文が近代建築にあるからなのかもしれない。
いや、単にナマケモノなのだ。

というわけで過日出向きました。11の建物があるそうです。



民家の構造の違いとか色々思いながら見て回る。




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植物や花もたくさん植えられている。
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茅葺をみる。IMGP0282_2016080215172472b.jpg

ここから始まるのでやっぱりたくさん撮りましたわ。
この夜神楽の残る地方の民家には神様の居場所もあるに違いない、と思いながら。

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カマキリもいたIMGP0290_20160802152343302.jpg

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こんにちはIMGP0296_20160802152411462.jpg

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船を入れる小屋にお倉もある。
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十津川と言えば天誅組。しかしここの庄屋さんに幕府から「参加しないでね、他の郷士もよろしく」と連絡あり。




滋賀から福井県にかけての民家の違い。
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外に出たらにゃんこさん。
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長くなるので一旦小休止。

日本民家集落博物館へ行く その2 + 田能遺跡など

暑い日でくらくらしながら見歩くうちにのんびりした舞台を発見。




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これが一番最初にここに入った民家やそうです。




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午前いっぱいをここで過ごした後、いったん帰宅し、今度は尼崎の田能遺跡へ向かいました。
さてこのあたりの顛末は以前にあげている。
こちら

途中、ここを通過。


なんとスポーツセンター廃止になってたわ。それでバスもなくなってたのか。

田能遺跡というのは通称。
弥生時代の民家を再現。
ここの二次調査を始めたのは偶然にも私の誕生日。なんとなく親しみをもつわ。
ちなみに「田能音頭」というのまであり、笑ってしまった。
小学5年生の時、学校からここまでノンストップで走らされたこと、いまだに腹を立てているが、よく子供の足でここまで信号以外は止まらずに来れたもんだと感心するわ。

あと、ここに昭和39年飛行機が墜落し、乗客を救おうと殉職されたスチュワーデスさんがおられた。
当時はまだこのような整備はなされておらず、私がこの話をするとここの学芸員さんは「聞いたことがない」と言われたが、六甲山にある「みよし観音」こそがそのスチュワーデスさんを称え、悼み、作られた像なのだ。
立派な方だ・・・

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ここから園田の競馬場を経由する。
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うちの父は競馬狂いをしていて家庭を顧みないので、母からわたしを遊ばせて来いと押し付けられたとき、「動物園へ連れて行く」とうそをついた。
いや、うそではなかった。
「馬しかいないどうぶつ園、馬の運動会をするところ」へ幼いわたしを連れて行ったのだった。

尼崎と利倉の古い民家をみる。
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ええ色や。IMGP0347_20160802164956f3c.jpg

ところで民家集落へ行くときに履正社高校の横を走り、田能遺跡から園田へ行ってからの帰途に市立尼崎高校の第二グラウンドの横を通った。
この二つの高校は今年の夏の甲子園出場を決めた。
わたし、知らないところで案外幸運の使者してたかも?

最後に猪名川の橋の上からの夕日。
豊中・伊丹のクリーンセンターがみえる。
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地元をかけめぐった一日だった。

兵庫津界隈を歩く

岡方倶楽部から少し歩くと、川に出た。
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更に駅の方へ向かうと、賀川豊彦の生誕地の前に来た。
さる企業の現役の建物として使われている。
内部は非公開。
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素晴らしいなあ。

次は大輪田橋。
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この橋には面白い装飾がある。
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そう、カタツムリ。上部の星座は後年のものでカタツムリは最初から貼り付いている。
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また来てみたい。
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兵庫津歴史館 岡方倶楽部へ行った

こんなリーフレットを貰った。
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1927年に兵庫津の元の岡方惣会所の跡地に建てられた岡方倶楽部、そこを訪ねた。

古めかしい町だった。
三宮から地下鉄で中央市場前に出たが、あちらはおしゃれな神戸三宮、こちらは古い歴史の兵庫津、とまるで違う町だった。
その一隅にこのクラブ建築が現存しているが、実際に訪ねて、その痛々しい姿に衝かれた。

中に入り、天井を見る。
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装飾を横断する照明。

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3面がこれだから4面完全ならとても素敵だったろう。

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柱飾りは活きていた。

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ドアや窓には綺麗なガラスも嵌められている。
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ドア
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どの部屋でもこんな感じである。
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階段の様子
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たいへん勿体ない。

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愛らしい照明IMGP0096_201608030056281b4.jpg

階段のガラスを階ごとに挙げてゆく。
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おしい・・・
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玄関へ
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外観の細部
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上の階で兵庫津の歴史資料をパネル展示している。
下の階は倉庫となっている。
手入れされることはないが、使用するのに困ることはない、という建物である。

在りし日の様相を想いながらも、しかし生き延びていることには感謝の気持ちを懐けた。

「童画の国から ―物語・子ども・夢」展を見る

目黒区美術館で「童画の国から ―物語・子ども・夢」展を見た。
ほぼ武井武雄と初山滋の二人展という様相を呈しているが、非常に豊かな世界に入り込んだように思う。

もともとわたしは武井武雄が好きで、「大きな湖のほとりの」岡谷市・イルフ童画館にも喜んで出かけてもいる。
初山滋もちひろ美術館で回顧展があった時、ムリを押して出かけた。
とても好きな二人の作家の作品に囲まれてたいへん楽しかった。

ただ、先に言わせてもらえば、会場の構成とリストの順や配置がよくわからず、その点では手間取った。
これは目黒区美術館の特徴だろうし、作品自体は展示状況・配列など関係なしにいいので、リストは参考程度にして見歩くことをおすすめする。

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戦後の作品からみる。
・物語
まず初山から。

「雪の女王」を思わせる二枚の水彩画がある。原題は不明なので絵から物語を読み取ると、その物語が思い浮かんだ。黒に白のシルエットで情景が描かれる。
馬に乗りウサギ、リス、フクロウら小動物と話す少年または少女の姿。
これは少年カイを求めるゲルダにみえた。

アンデルセンは童画家たちの絵心を強く刺激した。
「にんぎょひめ」の原画が並ぶ。初山作品の中でも特に人気の高い作品である。
水彩で繊細に描かれた、儚い美しさが際立つ絵。文は与田準一。
竪琴を弾く人魚姫、姉妹たちから海へ帰っておいでと誘われて、そこに立ち尽くす少女。

絵を見ていて、初めて気づいたことがある。王子様は最初から最後まで全く人魚姫に対して「親切なヒト」でしかないのである。王子様は彼女の片思いを全く気付くことなく、ただただ親切に紳士的に振舞い、姫に優しく微笑み、馬に乗せてあげたりして気を遣う。
絵からは王子様が親切な善人だということが伝わるばかりなのだ。
人魚姫の想いは永遠に届かない。
水仙月の四日 宮沢賢治の童話を描いている。二頭のゾウと、踊る白い娘と、歩く赤の娘と、陽の下の少年と。
物語がイーハートーブからまた別な国へ移ったようである。

武井武雄をみる。
二種の「おやゆびひめ」がある。1954年の「よいこのくに」、1955年の「幼稚園」に掲載された作品。
おなじアンデルセン童話でも武井・初山の個性の違いが際立っているので、全く違う世界のようだ。
武井がベルベットだとすれば初山はオーガンジーのようなイメージがある。
どちらもとても心地よく魅力的。

「ながぐつをはいたねこ」のその猫の面構えを見ると、いたずら好きで愛くるしく、しかもとても賢そうなのである。カラバ公爵(!)を捏造するのも王様を騙くらかすのも巨人を喰ってしまうのも、本当に簡単そうで、この猫に敵うやつはなかなかいないぞと思うのだ。

5枚の「おっぺるとぞう」がある。これは「おつべる」で今日は通っているが、実際は本当の読み方・呼び方は知れない。
ゾウの純朴そうな様子もいいが、おっぺる(まま)の何があってもへこたれないぞなツラツキもわるくない。
・出会い・水運び・童子に手紙を・碁に夢中なゾウ達・襲撃と救助
水彩、クレヨン、色鉛筆などで活気のあるいい童画。

武井オリジナルもある。
「ことりのしろちゃん」 水彩、クレヨン、色鉛筆
六羽の鳥が対になる。ライム色の卵からカラフルな羽を拾う鳥たち。それをつけてみる鳥たち。

・子ども
初山作品は原題不明のものが多いが、タイトルはわからずとも絵から状況は読み取れるし、好きなタイトルを勝手につけるのも楽しい。

少女が千代紙で遊んでいたようで、姉様人形もそこにある。懐かしい。
姉様人形の着せ替えを千代紙で拵えるのだ。
この絵を見ていて、自分もこの女の子のように遊びたくなってきた。
しかしこの子は途中であきたか、姉様人形を手放した。
なんとなく物憂いような、そんな感情の流れも見える。

武井の子供らの元気な様子が好きだ。タイトルと描かれた情景とが微妙に乖離しているときもあり、それがまた面白くもある。
観覧車になぜお地蔵さんまで…?不思議な楽しさがある。

武井作品から動物が主人公の絵ばかり集めたコーナーがあった。
すずめのがっこう、かえるのがくたい、むしのおんがくかい…
みんな生き生きしている。気取った奴やちょっとズレてるのもいたりで面白い。

チラシにもあるが、ソフトクリームの絵がいくつかあり、コーンの部分に「TAKE OUT」とある。持ち帰りの意味でとるべきか、彼の名前の「TAKEO」に「 UT」がくっついているとみれなくも、ない。

時期に合わせてか、夏の童画を集めてもいる。
七夕やプールなどの絵である。
このうちプールの絵は以前「サライ」の武井特集でも出ていた。幼児用の瓢箪型プールで先生がにこやかに子供らの様子を見守っている。

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戦前―童画の始まり
二人の戦前の作品を観る。

初山のアールヌーボー風な作品が出ていた。
星の十字架 これは弥生美術館で見ていた。モノクロで非常に繊細なアラベスクを紡ぎだしている。
真夜中の墓場に一人蹲る少女。顔を挙げてはいるが、彼女がなぜそこにいるのかがわからず、とても気になる。

不思議の国のアリス これも曲線の美。初山の絵をみていると、戦前は線描の繊細な魅力を突き詰め、戦後は色彩の美を追求した、そんな風に思われる。

武井の分身、いや、生まれる前の存在たる「ラムラム王」が現れた。
フンヌエスト・ガーマネスト・エコエコ・ズンダラー・ラムラム王。
とても嬉しい。わたしはやっぱり「ラムラム王」が一番好きだ。

二人が活躍した雑誌「コドモノクニ」がずらりと並ぶ。
そしてそれぞれが関わった単行本も。
原画もいいが、印刷された時に完成品になる絵だけに、その印刷物の良さもすばらしい。
たとえ経年劣化による破損や褪色があったとしても、それでも素晴らしい。

武井は版画にも大変凝って、歴史に残る名品も残している。
その中には蔵書票も加わる。
20年以上前か、ちひろ美術館で武井の蔵書票ばかり集めた展覧会があった。
あの時のチラシは今も大事にしているが、それでわたしはエクスリブリスの世界に魅了されたのだった。

最後に二人を慕い、童画の世界へ入った秋岡芳夫の作品が紹介される。
/以前にもここで彼の展示を見ている。当時の感想はこちら
あの時は解説不足で多少意味不明な展示だったが、今回は研究も進んだのか、以前と違いとてもわかりやすい内容になっていた。

いいものばかりを見れて本当に楽しかった。
しかし残念なことに図録は、ない。
いつもの「まだ出来てません」ではなく、市販本でどうぞということらしい。
それもわるくないが、この展覧会を髣髴とさせてくれる取り合わせの図録、それが欲しいのだった。

秋岡の絵ハガキがあったので買った。
にんぎょひめ。可愛らしい。
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9/4まで。

「江戸の博物学」展をみる

静嘉堂文庫で「江戸の博物学」展を見た。
普段目にすることのないような本がたくさん出ていて、とても面白く眺めた。
読むのも読める分は読んだりしたので、けっこう時間がかかるのだが、それがまた楽しい。
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19世紀半ばにベルギーで出た果樹年鑑などは石版に綺麗な彩色大型本で、そこに葡萄の絵があり、何やら色々書かれている。RAISIN ANGERS ROUGE HATIF と言う風に。

経史証類大観本草 宋の人が集めたのを印刷したものがある。元代にでたものと日本に来て安永年間に出たものなど。
「神農本草経」とも言うそうだ。
冒頭を写した。
「旧統本草経神農所作而不経見漢書芸文志亦無・・・班固、黄帝、淮南子・・・」
なんとなく伝わってくるな。人名もあるし。
絵は桐、ヤマアラシみたいなのもある。

モンゴルの食べ物の本にえび、もも、なしの絵もある。
エビは川エビだろうか。

探幽の波濤水禽図屏風もあり、写生主義でなくともまじめに写しをしてきた人だけにウミウなどの描写はリアル。鴎、鴨、鴛鴦らも波の激しい間に間に泳ぐ。

彩色備前香炉が二つ。鶉と雁。リアルでカラフルな様子。備前の彩色ものて初めて見たが、いいな。

ご公儀につとめる医師の多紀元簡らが関わった「本草和名」があった。
元本の「本草綱目」は慶長初期に来日していてそれを寛政8年に和名にした本。
「蝸牛、一名みかえり、一名寄居、一名水中 加多都布利」などとある。
今なら、でんでんむし、マイマイなどの名が挙げられているだろう。

そしてその本家の本草綱目もある。名は聞いていても現物を見たのは初めて。
見たとしていても意識したことがない。草や石の絵がみえた。

貝原益軒 大和本草 こちらもよく出来ていて、ヒトデの裏表を描いていたり、鉄線は六月に咲くと記しているし、ミミズクの可愛い絵もある。
日本で自分が見て描き、調べた百科本である。

青木昆陽の自筆の「阿蘭文字略考」はカナで読みを記す。
平賀源内の「物類品隲」は薬品について記している。

次々とスゴイ本が並ぶ中、ついに出た、「解体新書」。
リアルやな!眼球のページが出ていた。

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大槻玄沢 六物新志 これがまたアヤシイ♪
人魚、ミイラ、一角魚、などの絵がある。
後で調べると興味深い紹介があった。
「六物」とは、一角(ウニコウル)、夫藍(サフラン)、肉豆蒄(ニクズク)、木乃伊(ミイラ)、噎浦里哥(エブリコ)、人魚の6種の薬物のこと。そして、これらについて天明6(1786)年、大槻玄沢が蘭書に基づいて考証したのが「六物新志」。人魚の肉を皮膚の黒色斑上に貼ればそれを消し、その骨には止血の効力があり霊薬だと記しており、玄沢は薬用としての人魚とその実在を信じていた。」
詳しくはこちらのサイトにあります。(東大図書館)

そしてこの本の小口(和本でも小口でいいのかな)をみたら「蒹葭堂」の文字があったので、それだけでも嬉しくなった。
ただこれがハンコなのか印刷なのかがわからない。
蒹葭堂、蔵書するだけでなく刊行もしてたのかな。ご本人も本草学者やしね。
それか蔵書印を押したのが流出したのか。
そういえば彼の死後、膨大な蔵書は昌平坂に収められたそうだが、その時かな。

司馬江漢撰 日本創製銅版新鐫 天球全図  ああ、府中市美術館恒例・春の江戸絵画祭今年度の展示にもこのお仲間、星座図が出ていたな。
潮高低図、雪花結晶などなど、綺麗な銅版画。

蘭仏事典を翻訳し、蘭和事典を作り上げる苦労をしたり、リンネの植物分類に従った本もあるし、幕末近くになると、やはりどんどんそうした外国の学問が入ってきてるな。

渡邊崋山 遊魚図 博物学的なタイ、カツオ、サバが描かれている。
印籠なども魚介ものがあり、楽しい。

シーボルトの大作・「日本植物誌」もあった。フルカラーの大きな本。
あじさいのページが出るのはやっぱりお約束。あと杉の絵もある。

メキシコ漂流記。鎖国してたかて、そら漂流して遠い遠い国へ行くこともあるよね。
阿波からメキシコへ行った初太郎の話。
ジョン万次郎はアメリカ、大黒屋光太夫はロシア。

岩崎灌園撰 本草図譜 これもたくさんの絵が出ている。フルカラーで、ボタニカルアート、博物学風なのではなく、むしろ「コドモノクニ」の童画の仲間のような感じ。
シメジ、ボタン、モモ、干し柿、くまいちご、みかん、ブドウ、芥子、ヒイラギ・・・
可愛いなあ。しかも全頁フルカラー印刷。

本草綱目のさらなる注釈本も出ている。綺麗な図つきで。中には貝母の説明があった。

木村黙老撰 鱗鏡 これが面白すぎた。鯛から鯰まで263種の魚類!!!
これまた可愛い絵で、フグ、鮟鱇、オコゼなどがずらーーーーっっっ壮観なりよ。
ああ、感心するわ。しかもパネル展示もあるからよけいにいい。

いいものをみせていただき、勉強になりました。
8/7まで。

動物襲来 in 五島美術館

すごくうっかりしてた。
五島美術館「動物襲来」展の感想を挙げ損ねていた。
気づいたら7/31で終了していた。まずい、これはまずい。
何しろすごくいい展覧会だったから、見に行った日にツイッターでこんなことを呟いている。



そやのにこんな終了後に感想を挙げることになるとは。ああ、反省しないとあかんなあ。

展示の分類が面白い。
・陸
陸上の動物ということです。そういや「陸の王者」は慶応だったな。

涅槃図 冷泉為恭 豹に虎に猪が目立つ。
そうだ、涅槃図は実はすごく種類たくさんの動物絵でもある。
おしゃかさんの回復を願って集まったけど、あかなんだのです。
慟哭するどうぶつたち。

猿図 僊可 中国の丸顔のテナガザル。右の猿は下を向き、月を掬おうとし、左の猿は月を取ろうと天へ手を伸ばす。この対の中には雪村の一行書「布袋和尚」の文字があるが、これが「和尚」だけ構造を変えて書いている。だから「和」なんかは「否」にも見える。

猿図 白隠 こちらもテナガザルで、可愛い。丸いほっぺは落ちそうなくらいで、ニコニコした目鼻。膝小僧も円くて愛らしい。

秋山秋水図 雅邦 1898 この猿はニホンザルでした。淡彩で朱が少し履かれていて、松に二匹の猿がいるのだが、なかなかみつけにくい。渓流のすぐ上にいる。

青花蜜柑型水指(祥瑞) 吉祥文様で、サル・シカ・ハチのトリオ。

印材 白寿山 呉昌碩 1900 おお、呉さん。←シタシゲ。こちらもお猿さん。

玻璃握豚 前漢―後漢 死者の手に握らせるあれ。豚というか猪というか。

犠首形彫玉 殷 トルコ石を象嵌。このタイプは初めてみた。

駿牛図断簡 鎌倉 10頭の牛の内の一頭の絵。藤田美術館の牛の仲間。

政黄牛図 清拙正澄賛 元1324年賛 この坊さんはいつも牛に乗って街中を徘徊していたそうな。どうも人より牛の方が小さい。
虎に乗って徘徊した豊干といい、

麻布山水図 奈良 正倉院のではないが、これもとても古いものが生きながらえている。
とてもノビノビした風景。野原で三頭の馬がくつろぐ様子が布に描かれている。

藤に馬 関雪 この絵は以前から好き。どうやら親子の馬らしいのだが、かっこいい牡馬に白馬の牝馬が甘えて凭れかかっている。少し離れた先で母親によく似た仔馬がその二頭の様子をムッとしながら見ているのだ。

印材で獅子を刻んだものがある。持ち手が獅子。スタンプは獅子柄ではない。
狸の香合、象牙の鼠もある。

月兎硯墨 乾隆御墨 清朝のいい墨だそうだが、ウサギ柄の墨は人気なのか、紀州の殿様のところでも藤代墨としてウサギ柄のものが出ていた。
こちらのウサギは真向に顔を上げキリリとしている。

草双紙の赤本が四点。
「兎大手柄」かちかち山。ウサギの着物は月の波の柄。
「花さきぢぢい」花咲じじい。サカではなくサキである。
「ねずみ文七」雁金五人男の鼠版。喧嘩するシーン。
「鼠の嫁入り」婚礼中。六芒星の紋所の鼠もいてる。

松花江緑石硯 清から中華民国 アムール川最大の支流。スンガリ―。この辺りからこんな石が採れるのか。小さな5匹の蜘蛛が刻まれている。
ニコライAバイコフ「偉大なる王(ワン)」の立派なアムールトラのワンもこの界隈にいた。
ワンもこの石を見ていたかもしれない。

虫類図譜、虫譜図説といった江戸の博物学の本も出ている。
後者にセミ・カ・カエル・カッパの絵があった。

静嘉堂「江戸の博物学」展をこの後に見に行ったのだが、この虫図鑑はいい前触れになった。

リスもいろいろ。
葡萄栗鼠図屏風 伝・宗湛 六曲一双にリス駆け回る。剥落は激しいが、リスの元気なのはよく見える。はっっっ!剥落はリスが暴れたせい??尻尾の太いリス、可愛い。白葡萄と茶葡萄に見えるが、元の色と同じかはわからない。

木鼡 土牛 柘榴が一つ残る枝にリス。
この字でもリス。木のネズミという意味。そういえば西岸良平も植田まさしもネズミが「ぼくも尻尾が太ければみんなに愛されるんだなあ」とひとりごちるシーンを描いている。
出て来て喜んでもらえるネズミはミッキーだけ。
(わたしはジェリーの方が好きだけど)
リスは大抵の人が喜ぶ。

芥子園画伝 清 リスが何かを食べてる絵が開いていた。カラフルで綺麗。

緑雨 小茂田青樹 一面翠!!大芭蕉の下に小さいアマガエル。朱い柘榴の花が画面を引き締める。黄緑の瑞々しい世界。上の方の葉の上にもアマガエルがいた。
清々しい気持ちになる絵。
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画面と本物とはかなりの違いがある

・空
鳥があつまる。(ヒッチコックではない。・・・でもタイトル通り「動物襲来」ならやっぱり鳥は映画のように襲撃してくるのかもしれない)

鴟梟形白玉 殷 小さくてカイラシイ。玉をちょめちょめとふくろう型に刻んだのだ。

叭叭鳥図 伝・牧谿 東山御物。三幅対で、兄弟はMOAと出光にいる。

鴨図 伝・徽宗皇帝 東山御物。毛づくろいをする、リアルな毛並み。

鴨 図 川端玉章 鴨の小さな目が愛くるしい。これ、しかし目を閉じるときは上弦の月みたいになるんでしたな。

梅に小鳥 平福百穂 墨絵で小さな小鳥を愛らしく描く。鶯らしい。可愛いなあ。

啄木 放菴 例の特殊な和紙にキツツキ。枯木とサルノコシカケと共に。

雀の発心 絵巻。サントリーにある「雀の小藤太」と同じ。 着物はなく大して擬人化されていない。因果が悪く蛇に子を呑まれてしまう。
次々と慰めに来る鳥の仲間たち。鶯、烏、鶴・・・
豪奢な絵巻である。

茄子に雀 跡見花蹊 ふっくらナスに飛ぶ雀。
「世の中に思うことことなすといえは 夢に見るたにめでたきものを」

牡丹 省亭 雪覆いの中に薄紅の牡丹。滑らかな感じがある。七宝焼のような。
迎賓館の装飾七宝の原画を担当しただけにそんな風に見えるのかもしれない。

新竹 西山翠嶂 二羽の雀が並んであくび中。

四季花鳥図屏風 乾山 81歳の作。蛇籠、白アザミ、カエデ、菊の塊り。鷺、菖蒲、柳、芙蓉、河骨・・・
事件の起こらない安心感を覚える。

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・海、川
東アジアからインドネシアまで

水禽埴輪、魚型佩玉、動物文イカット、鯉型水滴、蟹の絵ばかり集めたもの・・・
このコーナーは宇野雪村コレクションを中心にして展示されていた。

愛玩したくなる動物が多く揃っていた。
とても楽しい展覧会だった。
先に行っていた高島屋史料館「静かな動物園」の感想も早く挙げねば…

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