美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

朝鮮王朝 白磁の世界

高麗美術館で白磁と屏風のいいのをみた。
わたしは高麗青磁が最愛なのだが、朝鮮王朝が白を、白磁を尊ぶ気持ちは最近になってわかるようになってきた(ような気がする)。
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とかなんとか言いながらこのポスターを見たら白磁に惹かれるのではなくて魚に牛にヤラレますがなw

白磁鉄絵俑 18世紀  にこにこした顔の俑で頭部がカリフラワー形。…何かに似ている。そうだ、諸星大二郎の手塚治虫賞をもらった「生物都市」の宇宙人、あれにそっくりだ。
うーん、李朝にこんな宇宙人がいて、みんなを融合させたのか…←チガウ。

日時計があった。亀の上にペットボトルおいて作るワークショップもあるみたい。
この名前がなかなか難しい。「仰釜日△」 △は日冠に処の字で「ぎょうふにっき」と読むらしい。
読むことは出来なかったが、この時間は多分正確なのだろうな。

青花水滴の可愛いのがいくつもある。下地の白が白磁ではなく青白になっているのもいい。

白磁鎛(はくじ・はく) 鐘の一種なのかな、ちょっとわからない。上部にゴジラのようなのがいる。

螺鈿を楽しむ。
葡萄にリスなんだが、このリスたちが天衣無縫と言うか縦横無尽と言うか自由気儘、放埓無頼で可愛い可愛い。
顔は描かずシルエット風で生き生きしている。ブドウの玉を取ったのもいるし、走りくるのもいる。可愛いわ。

蓮池亀文箱 これがまた素晴らしい。綺麗わ。

魚型三脚盤 ああ、三本の足が全て立つ魚で、丸い天板には千鳥が渦の中心に向かって段々と小さくなってゆく…
可愛くて綺麗で欲しい欲しい。ええ螺鈿細工。
朝鮮のこうした家具の美は本当に凄い。

さて最後に魚楽八曲屏風
ファンキーな魚たちが自在に泳ぐ。エイもイカも蟹もイキイキ。出目むく魚もおるもんなあ。
陸では牛たちがなんだかこちらも楽しそう。いいなあ。
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明るい、いい展示でしたわ。

11/23まで。
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中国工芸名品展 @大和文華館

大和文華館で「中国工芸名品展」をみた。
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陶磁、金工、漆工の名品を集めている。
所蔵品展なので何度か観たものもあるが、一方で知らなかったもの(認識していなかった、と言うべきか)も少なくはない。
いずれも名品がこうして一堂に会して観客の目を楽しませてくれるのは、とても嬉しいことだ。
特に好きなもの・気になるものについて少しだけ…

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黒陶朱彩饕餮文鐃 殷  細い脚に支えられたカップ型。ここで面白い説明を見た。
「角の種類で虎・羊・鹿・水牛」に分別されるとある。…虎の角…?
饕餮、きみ、そうだったのか。
わたしはきみは一種のキメラだと思っていたよ。
元々は蚩尤だったのではなかったっけ。

灰陶加彩魚文盤 前漢  ここの魚たちのファンキーさが大好きだ。立ち泳ぎしているように見えるのがまたよくてね。

灰陶加彩鴟鴞尊 前漢  おう、二羽いるが、どちらもけっこう体が長い。丸々してなくてスマートな二羽のフクロウ。
 
三彩立女 唐  頬が薄紅に染まる美人さん。華やかな唐の時代のふくよか美人。

白地黒花鯰文枕  北宋~金  この枕のかたちも面白い。花頭窓というかロシアのたまねぎドームというか、あんな形ね。
そこにビッグコミックのよりは細めのナマズがにんまり。

釉裏紅鳳凰文梅瓶 元  色が綺麗なのがいいね、いつも思う。

粉彩百花文皿 清  西洋の百花文様の影響を受けているのだろうか。花の種類はよくわからないが、とても繁茂。

隋や唐の青銅鏡もある。狻猊と花鳥のいる鏡などはもう明るくて華やかでいい。

金銅狩猟文脚盃 唐  これなどは本当は単眼鏡でじっくり見るのがいいのだろうが、わたしは常に裸眼でしかものを見ないので完全に見えているかどうか。
しかしそれはそれで楽しいというのもある。

蝉をモチーフにしたバックルも可愛い。南北朝のが色々出ているが、今でもシックな装いに釦として使えそうなものが多い。

堆黒屈輪大盆 元  ぐりぐり・・・妙にアールデコぽいのが面白いのですよ。

存星竜鳳文角繋合子 明  手が込み過ぎていて正直図柄がわかりにくい。
こちらはモノクロ版。これで図柄を確認した。
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やはり東洋の古美術はいいなあ。しみじみ。
10/2まで。

2016.9月の記録

20160903 中川一政 香雪美術館
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20160903 和田三造 / 小磯良平「働く人」 小磯良平記念美術館
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20160903 山本二三展 リターンズ 神戸ゆかりの美術館
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20160903 藤田嗣治 兵庫県美術館
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20160903 時間を開く 兵庫県美術館
20160903 甲陽園パウリスタ 建築探訪
20160908 半田市赤煉瓦の建物(旧カブトビール) 建築探訪
20160910 成田亨 尼崎ゆかりの資料展 / 忍たま乱太郎セル画展 あまらぶアートラボ
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20160910 静かなる動物園 アートに棲む生きものたち 後期 高島屋史料館
20160910 中国工芸名品展 陶磁・金工・漆工 大和文華館
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20160911 見世物大博覧会 みんぱく
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20160916 松方コレクション 松方幸次郎 夢の軌跡 神戸市立博物館
20160917 哲学堂 中野歴民
20160917 みつめてクニチカ THE役者絵 国周の世界 中野歴民
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20160917 折口信夫と「死者の書」 國學院大學博物館
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20160917 国芳ヒーローズ 前期 浮世絵太田記念美術館
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20160917 KIITSU 鈴木其一 江戸琳派の旗手 サントリー美術館
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20160917 宇宙と芸術 森美術館
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20190918 横浜開港記念館 建築探訪
20190918 横浜芝山漆器 横浜開港資料館
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20190918 めくらます奇術と写し絵の世界 国立演芸場
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20190918 よみがえれ!シーボルトの日本博物館 江戸東京博物館
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20190918 伊藤晴雨の幽霊画 江戸東京博物館
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20190918 小林かいち 武蔵野市立吉祥寺美術館
20190919 本の中の江戸美術 東洋文庫
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20190919 驚きの明治工芸 藝大美術館
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20190919 敦煌莫高窟・法隆寺金堂壁画模写 藝大美術館
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20190919 東洋・日本 陶磁の至宝  出光美術館
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20190919 松島 瑞巌寺と伊達政宗 三井記念美術館
20190924 藤田家住宅 建築探訪
20190924 朝鮮王朝 白磁の世界 高麗美術館
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20190924 ノンカウ 道入 樂美術館
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驚きの明治工藝

モノモウスなチラシ。この裏表に物凄い情報量が。
しかも感想というか素直に思う言葉までが書かれている。
「すごい!びっくり!かわいい!」
ここまで描かれたチラシ、他に知らんなあ。
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東京藝大美術館。
なんと今回のこの展覧会、写真撮影可能。
それで「#驚き 明治」のタグ付けすればSNS可能と言う、どないしたのだというほどの鷹揚さ。
皆で盛り上がろう、ということなのかな。

というわけで好きなものをぱちぱち。
自在ものが大量にあったことをお伝えしましょう。
なお本当の作品名ではないのを書いているので、あんまりあてにはなさらないでください。

3Mの龍。影もカッコいい。
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衝立のきれいなこと…
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裏はアールヌーヴォー風
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竜頭鷁首な花生け
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瓦に雀IMGP0143_20160929002300b76.jpg

「文句あるのか」と言いそう。IMGP0144_20160929002302eca.jpg

大人しいシカ
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カエルがいるのです。IMGP0146_201609290023209f5.jpg

鯱やと説明があるが、どうもわたしはあれを思い出す、飾り物の顔が龍で体が魚の(まんまやがな)、能装束や大津祭の曳車の飾りにもなるような。
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いやげものを思い出したもの二つ。







江戸時代から昭和まで続いているよね。








さて自在などカナモノはここまで。
次からはやきものなど。

「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」のご先祖かもしれない。
いや、あれはよくよく考えると小泉八雲「茶碗の中」が直接のご先祖かな。

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宮川香山の綺麗系のやきもの。
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名古屋の安藤の七宝花瓶だったかな。小鳥が可愛い。
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明治の新しい釉薬が可能にした表現。
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このやかんのわんこの可愛さ。ぐぬぬぬぬぬ 海野珉乗
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こちらは鳥獣戯画というよりペルシャ絨毯などにある動物闘争文ぽい。
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とはいえこのファンキーさはやっぱり近代的。


いよいよ真打登場?!お狸さん。
色んな角度から見てみます。
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狸の坊さんの話はわりとよくあるのだが、11世片岡仁左衛門(今の仁左衛門丈の祖父)が語った中に、語りの巧い狸の話があり、仁左衛門も源平合戦か何かを見せてもらったそうな。
資料を取り出すのがちょっと難しいので出典のタイトルが出ないが、川尻清潭がインタビューしたものだったかな…
「萬松庵」だったか「萬松軒」夜話だったか、ちょっと忘れた。
明治ではまだまだ狸も狐もヒトを化かせたらしい。

サルカニらしいが、光が入り込んでわからなくなったな。
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月下に狸の硯箱、木だったりする。
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木象嵌かな、可愛い…IMGP0168_20160929002442d0e.jpg

最後はお猫さん。
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ああ面白い展覧会だった。
明治の工芸品の面白さを堪能した。

なおこれらは台湾の宋培安氏の個人コレクションなのである。
これが本当の驚きだ。今回初めての里帰り。

地域情報誌「うえの」に展覧会の紹介がある。いい記事なので機会があればぜひ。
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11月からは細見美術館にも巡回するそうだ。

明治のクール・ジャパン 横浜柴山漆器の世界 金子皓彦コレクションを中心に

漆器のうち、螺鈿細工されたものがとても好きだ。
蒔絵もいいが、ニガテな表現のものも多くて、それらより螺鈿を見ると嬉しくてならない。
一方、芝山細工がまたとても好きだ。
これは思文閣で小さい箪笥を見て一気に沸騰したのだが、それ以来ずっと芝山細工を追いかけている。
これね。



その後、「華麗なる輸出工芸」展でもいいのをたくさん見た。
当時の感想はこちら
清水三年坂美術館でも芝山細工の展覧会があった。なかなかよかった。
色も伏彩色だったりでほんと、綺麗。

横浜開港資料館で芝山細工の展覧会が開催されている。
「明治のクール・ジャパン 横浜柴山漆器の世界 金子皓彦コレクションを中心に」展である。
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ちょっと時間がなくて困っていたが、日美で紹介された映像を見て、やはりムリを押して見に行くべきだと思い、朝早くから横浜に行った。
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横浜が輸出の拠点として華やいでいた頃を舞台にした大和和紀「ヨコハマ物語」はいい作品で、これを読んだおかげで明治の横浜に関心が向くようになった。
作中では工芸品の扱いはなかったが、あのマンガで明治の輸出を知り、そこから調べたり展覧会で見たりして色々なことを知るようになった。
大抵のきっかけは常にマンガからだ。

さて真葛焼も芝山漆器も外国人向けに様相を改めて呼び名も変わり、横浜からどんどこ輸出されていった。
横浜芝山漆器、その名品を見る。

子とろ図飾額 これは七福神が加わった唐子の子とろ。子供らの楽しそうに遊ぶ様子を表現している。
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子とろといえば「八犬伝」の挿絵を思い出す。ゝ大法師と子どもの八犬士らで遊ぶ様子。信乃と毛野は女の子の姿をしている。

花鳥図、人物図などがある。いずれも綺麗に拵えられているが、面白い構図のものが多い。人力車が15台もずらーっとか。
正月、門付の女芸人(鳥追い)にお年玉をあげる図、農作業の人々の様子、
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外国人の喜ぶような日本の風景や風俗、生き生きした花鳥図というのも西洋にはないだけに大いに喜ばれたと思う。

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ところでこの横浜芝山漆器だが、もう一つ和古浜青貝細工ともども「横浜漆器」と呼ばれたそうだ。
芝山(千葉)、会津、駿河の職人たちが横浜に移住して、そこで拵えた細工ものがそれ。

会津漆器の聖書書見台、駿河漆器の角変わり箪笥、長崎青貝細工の小箱、様々な表現と技法で作られた品々。
現代の我々にしてもこうした作品は遠いものなので、当時の外国人と同じ視線で作品を見ることになる。

戦争によりもう外国へ工芸品を輸出ということはなくなったが、ここにあるのは明治のきらびやかな作品と、その遺風を受けて現代に通じる漆器を拵える人々の作品があった。

最後に昭和の横浜青貝細工。これもとても凝ったものだった。
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明治の工芸品の高いレベルを味わえる展覧会が近年こうして各地で行われるようになって、とても嬉しい。

よみがえれ!シーボルトの日本博物館

江戸博へ「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展を見に行った。
大阪ではみんぱくで開催だそうだ。
シーボルトが集めた日本の民具や彼の日本追放になった地図などの展示が中心で、そこからシーボルトがいかに日本に魅せられていたかを知る内容にもなっている。
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シーボルトの肖像というと常に老年期のものばかりなので、勝手に来日時既に老人だったように思いがちだが、実は27歳くらいの青年だったそうだ。
青年シーボルトが16歳のおタキと暮らすようになり、イネが生まれ、初めてパパになったのだ。
思い込みはいかんなあ。
琵琶湖疏水の田邊朔郎博士も数え23歳でそれに従事したばかりに、てっきり夭折かと思いきや、存外の長命で他に多くの功績も残していた。
シーボルトも若い頃に日本に来たが、肖像画が老人だったばかりに勝手に最初から老人だと思い込んでしまったのだ。

さてそのシーボルトの若い頃の肖像を初めて見た。ドイツの学生らしい、酒場で機嫌の良い一団の中にいる一人だった。
ビールを飲み、侃々諤々の学生時代を過ぎ、そうこうするうちに遠い異国、夢の国ニッポンへ行くことになったのだ。

シーボルトの周囲にいた日本人の肖像をみる。
イネは幼児なので芥子坊主の頭。愛らしい。
おタキさんをはじめ、おとみ、くまそ、こまきといった使用人たち。
風俗だけでなく、180年前の日本人は現代から見るとはるかな遠祖、直接の血のつながりが断たれたかのような風貌を見せていた。
つまり現代の我々はむしろ異国人シーボルトと同じ視線で当時の日本人の肖像を、風俗を視ることになるのだった。

シーボルトが日本の門人を集めて講義を行った鳴滝の家屋の模型というのがあった。
外側にも松の文様の装飾があり、なかなか手の込んだ民家である。いい感じの二階建て。
惜しいことに調度品はもう散逸している。

出島には活版印刷所がある。そこの活字見本が面白い。
「DESIMA」出島の単語を様々な書体で印字していた。
けっこうおしゃれなポスターになっている。
田中一光あたりが拵えそうな雰囲気。

シーボルトが刊行した「日本」誌が出ていた。日本各地の色んな昔話などを集めているようで、ちょっと違うゾな挿絵などがある。描いたのは日本の絵師だと思うが、彼らは「ちゃいますよ」と言わなかったのだろうか。
伊吹山のヤマトタケルと山神の化身の白猪(真向の猪突猛進中)、瓜子姫、トウモロコシ、首が八つではなく一つだけのヤマタノオロチとそれに対峙するスサノヲと隠れるクシナダ姫などの絵が見えた。

「日本植物誌」ではおタキさんから採ったオタクサ(あじさい)、紅色の山茶花などの絵もある。日本の植物は柔らかで愛らしい。
「動物誌」には巨大なイセエビの絵もある。

谷文晁の「日本名山図会」まではよかったが、海岸線などをはっきり描いた地図はやっぱり開国前なんだからヤバイでしょう。
伊能忠敬の地図、これが致命傷になりました。
本人の写した蝦夷図もいいなあ。しかし地図というものは鎖国中の国の場合そりゃやっぱりちょっとね。

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日本に惹かれたとはいえ、シーボルトもモースも外国人としての立場を保っていたので、結局比較民族学の手法というかその視点で日本人を見、日本の文物を見ていた。
ハーンやモラエスとはまた違う。
そしてシーボルトは日本博物館を拵えたかったが計画で終わり、収集品はミュンヘン五大陸博物館などに収蔵された。
その作品が一堂に会して「シーボルトの日本博物館」を見せてくれた。

花鳥図衝立 とても綺麗な衝立。華やかなものでやや手が込みすぎなくらい。

仏像も少なくない。
中に目立つのが厨子入りの蛇身弁財天像。
首のみ女の顔で体はとぐろ巻いてる。

亀形筮筒台 亀の背に台座が乗るもので、これは科挙などに合格してどーのという人の碑などでよくみかけるものかと思う。
こんな名称だったのだなあ。初めて知った。

これらを仏壇仕立てに配置。

香炉、銅水滴、香道具、それから蒔絵で彩られた医療道具。
花鳥螺鈿鍼箱 綺麗な色の拵えは「伏彩色」という技法で。

本もある。山東京伝や川原慶賀らのもの。
川原の人物画帳には全身刺青の男もいた。
駕籠かきか火消しか鳶か。
肌を見せることの多い職種を選ぶ男は自分を綺羅で飾るのだ。

コインもある。
寛永通宝、朝鮮通宝、二朱銀、天保大判金などなど。
欧州と東アジアとでは通貨の制作方法が違うのだったな。

モノスゴく手の込んだものがあった。
魚尽くし蒔絵鼈甲貼小箪笥 箪笥の構造そのものが見事なところへ魚類がペタペタ・・・
指物師も蒔絵師もすごいな.…

螺鈿ものも伏彩色と言う技法を使ったものが多く、これが本当にカラフルで綺麗なものばかり。
燈籠型弁当箱なんて1Mくらいあるやん。

わたしの好みは他に毛植え人形たち。猿、犬、虎、兎、羊。…あら、みんな干支やね。
可愛いわ。
衣裳人形もある。美人さんたち。

とにかくなんでもあり。

歯磨き粉、かるた、大森の麦藁細工、真っ四角な卵焼き器、長崎おくんちの衣裳、平戸焼に有田焼、なぜか美濃焼、淡路の珉平焼、清水焼まである。
伊吹山のもぐさ、漢方薬20種詰め合わせ(芍薬、附子、杏仁などがみえた)、おろし金…

ドイツにもイタリーにもオランダにもイングランド二もなさそうなものたち。実用品でも見ないものばかりだったろうなあ。

そして最後にシーボルトの死亡広告。
ドイツから再来日したけれど、妻子には会わなかったのだろうか。
ついついメランコリックな気分になる。

面白い展覧会だった。

伊藤晴雨幽霊画

伊藤晴雨と言えば責め絵・縛り絵の大家だが、風俗研究家としても功績がある。
また美人幽霊の絵は谷中の全生庵に収められてもいる。
風俗画の仕事は2009年に「蔵出し!文京ゆかりの絵画」展でいくつかみたが、構図も面白く、人間の内臓を見透かしてその神経の働きを凝視するかのような晴雨らしい良さがあった。
その感想はこちら

今回はジブリの鈴木プロデューサーが選んだ全生庵の幽霊画や風俗画の印刷物などを集めている。
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チラシはお菊さん。哀れさが背中に漂う。


幽霊画以外は撮影可能だったので、これ幸いとパチパチ撮った。
それを紹介したい。
先行してツイッターでも好きなものを挙げている。



「演藝畫報」などでも仕事をしていたようで、舞台を描いたものもいい。
 
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ページ左端のは先般、市川染五郎がラスベガスで公演した「鯉つかみ」。
外連味のある芝居は戦前特に愛されていた。
三世猿之助が復活させるまでの長い歳月、お蔵入りだったが、彼以降はこうして現代の名プロデューサーでもある染五郎も取り上げている。

「日本刑罰風俗史」上巻
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これはあれかな、不義の女の引き回しかな。
黄八丈なら白木屋おくま、振袖なら八百屋お七。

不義の女の引き回しは手塚治虫「シュマリ」で知った。シュマリは蝦夷地に入植以前は武士だったが、女房が男と逃げたのを追って維新後に蝦夷地へ来たのだった。

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さてこちらが白木屋おこま(おくま)
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なかなかコワいぞIMGP0106_20160927013105f9f.jpg
雰囲気的に六世梅幸のお岩さんの拵えのようにも見える。浴衣も斧琴菊だし。
吉川観方もこんな絵を描いているが、妙に楽しい。

何を拝むのだ、この女は。IMGP0107_2016092701310643b.jpg

「いろは引 江戸と東京風俗野史」から。
まず見世物
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先般みんぱくで大いに「見世物」を楽しんだが、やっぱり好きだなあ。

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作り物のゾウさんIMGP0114_20160927013140afb.jpg

玉菊燈籠かIMGP0115_20160927013141421.jpg

信仰と迷信
江戸時代は特に科学がなかったからなあ…
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縛られた娘を描く筆の潤うこと…
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あーコワイコワイコワイ
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こちらものぞきからくりや幻燈。庶民の楽しみ。
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わんこが可愛いなKIMG1027.jpg
自身番。

影絵する人々KIMG1028.jpg

維新前四季往来之図屏風
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こういうのを見ると矢田挿雲「江戸から東京へ」を思い出す。あの挿絵は橘小夢だった。

幽霊画は19点。
牡丹燈籠 2人の女がカランコロンと来るところ。
謡曲山姥 顔が怖いよ。上に蝙蝠が飛んでいる。

猫の怪談 座棺の上に座る黒猫。出て来ようとする死人を抑える力がある。
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姑獲鳥 羽がついている女、もう空を飛ぶ。
川で蘇る亡霊 ぶよぶよになり杭を摑まえている…
深川三角屋敷の場 例の水桶から細い手が櫛を掴んで伸びている。お岩さんの執念。
海坊主 徳蔵が対峙する。わかりにくい海坊主。
位牌を持つ幽霊 上から下へ来る。
累の盆燈籠 やっぱり怖いね…
毒婦小松 こわいな、狼に食い殺され首を・・・髪を噛む狼。
瀧夜叉姫 しゅっとした女がそこにいる。それだけでかっこいい。
盂蘭盆会の亡者 楽しいお里帰りの日。地獄の釜の蓋が開いて、キュウリやナスに乗ってる亡者たち。
猪熊入道 鎧の袖部分を咥える。

ここまでは同じ表装だった。五代目小さん師匠からの寄贈品。

他にも可愛らしい豆腐小僧、カッパのいる置いてけ堀、鬼婆の姿で空を飛ぶ茨木童子、鎌に髪が絡む累ヶ淵、そして髑髏と蛇の絵があった。

とても面白い展示だった。
しかしこれで「晴雨に対する世間の評価をひっくり返したい」という気持ちにはわたしはならない。
責め絵縛り絵よりこちらが上だとは決して思わないからだ。
ただ、不当に貶めることだけはやめばいいなとは思っている。

既に終了。見に行けてよかった。

めくらます奇術と写し絵の世界

国立演芸場のロビーの奥に資料室がある。
そこでいろんな展示があるのだが、今回は「めくらます奇術と写し絵の世界」展。
写し絵については何度かこのブログでも紹介しているが、わたしが写し絵に関心を持つようになったのはここで見た種板がよかったからだ。
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97年に「山本慶一コレクション」として奇術と写し絵の種板などの展示を見て、就中「小幡小平次」の写し絵には夢中になった。
あの当時下手ながらもシーンごとの様子を写した。
絵の資料が手に入らなかったので、何年もの間そのメモ描きをよく見直してはしのんだ。
今回はそれ以来の小平次の展示もあるというのでわくわくしながら出向いた。

さてついたのは演芸の開始時間の少し前で、申し訳ない、観客ではないので、資料室のベンチにのんびり座っていたところ、受付の人をやきもきさせてしまった。
観客がワハハと笑っている頃、わたしは熱心に奇術と写し絵の資料を見ていた。

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明治21年の寄席ビラ、39年の松旭斎天一一座のビラ、大正11年の「少年世界」付録の「最新魔術双六」などなど当時の様子がしのばれる。
わたしとしてはやはり双六が楽しくて仕方ない。

この時代、印度の魔術に夢中になった人も多く、乱歩も「少年探偵団」などにその様子を採り入れている。
そうそう谷崎「魔術師」も芥川「アグニの神」もそうだった。
わたしもいまだに「印度の魔術」といえばドキドキするシーンが思い浮かぶ。

写し絵には投影機(風呂)がいる。それと種板。
当時、幻灯機を楽しんだ人は少なくなかった。
以前にここで挙げた主な展覧会またはイベントについて。
・鴻池会所でみたものはこちら。
・よみがえる明治の幻燈 四天王寺幻燈會はこちら
・幻燈展 プロジェクション・メディアの考古学はこちら。

奇術の道具に「お菊の皿」がある。そう、「いちま~い、にま~い…」のお菊さん。あのお皿は高麗青磁とも染付ともいろんな説があるが、割れたのには変わりはない。
奇術でどんなふうに使うのか気になるところ。

玩具絵 怪談写し絵 これは大葛籠の男が川へ落ちて亡霊になるらしいが筋はわからない。「庚申山」の石碑が不気味。
大体「庚申山」というと八犬伝だと化け猫の住処だったりする。庚申待ちといい、この「庚申」さんはなんとなく恐い感じがあるな。
「心中宵庚申」という芝居もあるしな。
「甲子」といえば「甲子園」が思い浮かぶが。

さてほんに久しぶりに「小幡小平次」の写し絵。ああ、自分のメモと変わらないのが嬉しい。
不倫相手のおちかから小平次殺しの相談を受ける太九郎。小平次を安積沼へ釣に誘う太九郎。突き落とし、棹で上からバシャバシャうち叩く。早速亡魂が出る。
帰るとおちかが喜んで酒の支度をしている。が、衝立の向こうに小平次が。
血しぶき、嗤う小平次の亡魂、ラストに再び「安積沼」が。

ああ、面白かった。何でわたしがこれにハマっていたかというと理由は簡単で、中川信夫監督の遺作「生きてゐる小平次」を偏愛しているから。そこから北斎の「百物語」の「小平次」にも入っていった。

一方、面白い写し絵もある。これは艶笑譚というべきもの。
「滑稽だるまの写し絵」というタイトルから既にあれなんですが。
お軸に描かれていただるまさんが突然抜け出し、手足をよく伸ばする。
オイッチニーの薬売りではないが、ちょっと運動してから表に出かける。
その間に軸からだるまさんが消えてるので家人びっくりする。
だるまさん、二八そばを無銭飲食。金払えと言われて手足を仕舞い、元のだるまに。わるいやっちゃ。
花火を見たりナンダカンダ遊ぶうちにヒトの家に入り込み、寝ている女房の蒲団の裾に潜り込む。
アレーッてなもんでバタバタする二人、そこへ亭主が帰ってくると間男がだるまやいうんで亭主も仰天。
あわてて逃げただるまが戻ってきてお軸に飛び込む。追いかけた皆の前でだるまは後ろ向きにお軸に…

なるほどこういうのを見ると噺家が写し絵をしていたのも納得。このおもろい絵にオモロイしゃべりをつけるのは楽しいわ。
先年実際にそういう活動をする噺家がいるのを知ったが、やっぱり見てみたいわ。

写し絵はストーリーのあるものばかりではなく、万華鏡のようなのもある。
これは四天王寺でも見たがぐるぐるばらばら動いて二度と再現しない美を見せてくれた。

見世物の様子を描いた錦絵もある。
鯉の滝登り、紙人形の子供、猫じゃ猫じゃ、雷獣…
これらは明治二年の浅草厩河岸での興行からのよう。

国芳の竹沢藤次の絵もあるし、剣の渡り、一流蝶の曲等々。
玉乗り浦島という不思議なのもある。
それから東芝の元となったからくり儀右衛門の大カラクリの絵。

ちいさい資料室だが好きなものが集まっているのでとても嬉しく深い部屋となっていた。
11/27まで。

KIITSU 鈴木其一 江戸琳派の旗手

サントリー美術館に「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展を見に行った。
細見、姫路に巡回するようだが、待てない。サントリーで見る楽しさもある。
というわけで第一期目に出かけた。

琳派の系譜をたどるように、最初は他の絵師の絵がいくつか。

俵屋宗理 朝顔図  縦長の軸物なのが朝顔がまだまだ蔓を伸ばしそうなのを考慮したようでいい。金泥に藍色の花。豪奢な朝顔。

酒井抱一 白蓮図  ほのかに薄緑の色が差された蕾。開いた時の様子を想像する。薄紅でないところに抱一のセンスの良さというか、江戸琳派の洒脱さを感じる。

鈴木蠣潭 大黒天図  このヒトの急死で鈴木家に養子に入り、鈴木家を継いだのだ。武家も商家も家が絶えるのはたいへんまずい。
福々しい大黒様はそんなことに関知せずにこにこ。

鈴木蠣潭 白薔薇図扇面  ああ、どの国に咲こうとも薔薇には棘がある。

鈴木蠣潭 賛 酒井抱一 藤図扇面  洒脱な風がある。重くなく、風より軽い藤。

鈴木其一 青楓に小禽図  雀の子らに餌をあげようとする親。アブを咥えている。新緑の頃。可愛らしさが先に立つ。

鈴木其一 賛 酒井抱一 文読む遊女図  のんびりとしたポーズ。この構図は肉筆浮世絵にも応挙にもあるが、自然な様子なのがいい。お客も帰り、支度するのもまだ早い時間。
この絵については以前細見美術館でみたときに「名うての嫖客」云々と書いている。

鈴木其一 賛 酒井抱一 柳図扇  百年ほど前の其角の句をさらさらと認める抱一。こういうのが粋なのだろうな。

谷文晁・鈴木其一・酒井抱一・渡辺崋山ほか 文政三年諸家寄合描図  メトロポリタン美術館に伝わる総勢72名のお絵かき。楽しそうな共演。亀甲ではなく氷裂文にそれぞれの絵や書があり、中には爺さんを誘う雀娘もいるし趣を凝らしたものが多い。

鈴木其一 群鶴図屛風  2013年のファインバーグ・コレクション展で見たとき「相変わらずモダン。モデルのような鶴たち。」と書いているが、その意見は今回も変わらず、「モダン、モデルのような鶴たち」と思った。この立姿と配置、ホント、モダンでオシャレ。

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鈴木其一 稲荷山図  おお、伏見のお稲荷さん。金泥による霞がかかり、厳かな様相を呈している。
なるほどこれは「正一位稲荷大明神」の鎮座ましますお山だという感じがある。

鈴木其一 癸巳西遊日記 1833 原本 五冊 (鈴木守一 明治初期写) この年、旅をしている。絵日記。
3/8に宇治川の濁流をみて、4/10には摺針峠から琵琶湖遠望。4/27には箕面の滝見物。
・・・リアルやなあ。(地元民の声)
箕面の滝は「明治の森」に選定されているが、役行者の頃から修験の地として知られ、江戸時代には風光明媚な観光地として愛され、昭和に国定公園にもなり、平成の今も観光地として人気がある。

光琳百図もある。これら印刷物は手に取って眺めてみたいものですな。
北斎漫画もそうだが。

小襖絵もいい。引手が桐文の七宝で光琳風なのも面白い。
松島図だから、より光琳を思うのかもしれないが。

鈴木其一 水辺家鴨図屛風  おお、親しきアヒルサン(と書くと、たちまち村山籌子のファンキーな童話になる)、グワッグワッと声が聴こえてきそう。よくよく見ればギザギザ歯並びがけっこう怖いな。

鈴木其一 芒野図屛風  整然と伸びて、キラキラしていて、ああ秋だ秋だ…

鈴木其一 賛 建部政醇 木蓮小禽図  これは岡田美術館で見たときからずっと惚れ込んでおります。暗く濃艶な紫が素晴らしい。
鶯なのか目白なのかが愛らしい。いい絵…

鈴木其一 牧童図  十牛図の番外編というか、こっちの方がまぁありそうな情景。必死のパッチで牛を引っ張る坊やと言い、知らん顔の牛と言い、妙に楽しい。

鈴木其一 群禽図  ミミズクが可愛い。周囲に大量に鳥たちが集まっていて、口々に「どうしたの?」と声をかけているように見える。
見えるがしかし、これは「ずく引き」という猟法かもしれないそうだ。
えー、ミミズクをオトリ(文字通りおトリ)にして他の鳥を獲るのかー
調べたらこんなことわざがあった。
「木菟引きが木菟に引かれる」=「ミイラ取りがミイラになる」
そしてこんな説明もあった。
「鳥もちを塗った細い棒をあちこちの枝に仕掛け、その中心に紐をつけた木菟を止まらせて小鳥を捕まえようとするもの。昼間の木菟は小鳥を襲わないので小鳥が寄ってくる、という発想から生まれた狩猟法である。」
ああ、そぉなんだ…

鈴木其一白椿に楽茶碗図「諸家寄合書画帖」の内から  黒樂とその前に横たわる白椿。蘂は金色。
こうした構図は抱一を思わせる。

お能をモチーフにした作品をみる。
釣鐘図 リアルな絵で鐘には二人の飛天が刻まれている。明治の国宝の調査したのを集めた版画、そんな雰囲気がある。

道成寺図 柴柄の装束。能をモチーフにした絵というものはある種の抑制が利いている、とよく思う。
歌舞伎を描いたものは盛り込みが多いが。

菊慈童図 可愛い少年が菊の花壇を見ている。そうか、花壇か。

仏画もある。
その中に青獅子がいて、一人だけカメラ目線。妙に可愛い。

表具のいいのが集まっていた。
描表装である。
夏宵月にクイナ図 本体の絵だけで完成しているわけではなくこの表装があることで絵が大きくなる。

歌仙図でも上下に扇面流しがあるのがいい。
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階段を下りる。
他の絵師の作品も見る。

田中抱二 萩にウサギ図 可愛いなあ。いいなあ、琳派は猫より犬やウサギだな。

多くの絵がいい配置にあるのでますます面白い。

再び其一。
師匠に倣い十二か月を作成している。とても人気のシリーズもの。
元々は定家の歌にそうた絵を光琳が描き、乾山はそれを器で再現したが、抱一の頃にまた変わった。
この月次図は日本人の美意識にそぐい、戦前の野間コレクションにも多くの十二か月図を見ることが出来る。
出ているもの、いずれも楽しい。
当時のヒトも揃えるのを楽しみにしていたことだろう。

親しい作品が並ぶ。
滴翠美術館の金地描絵左義長羽子板、畠山の向日葵図、黒川の暁桜・夜桜図、細見の雪中竹梅小禽図などなど。
いずれも個性的な絵ばかり。

三社図 洛東遺芳館でみたのはもう何年前だったろう。
伊勢、春日、石清水を象徴するものを描く。なにかしら不思議なおごそかさを感じる。

浅草節分図 十年前にパークコレクション展があったとき、この絵は来ていなかったように思うが、しかし見た記憶はある。
柱の上につきだした箇所に立つ人々が下にひしめく群衆にお札らしきものをばらまくのだ。
なんだかすごい。

飴売り図 これはいわゆる「唐人飴」でこの恰好で人目を引いて飴を売る。岡本綺堂「半七捕物帳」にも唐人飴の風俗が描かれていた。

日出五猿図  所蔵先が児島の野﨑家塩業歴史館か。なるほどと納得する。お猿さんが猿腕を伸ばして輪を作る。
「御縁」ということですね。さるのわ!(さるのわくせい、といのもあったな)めでたいめでたい。

神功皇后・武内宿禰図  抱っこされてる後の応神天皇になる赤子が賢そう。珍しい。

最後のコーナーでようやくこの朝顔図屏風に会えた。とても嬉しい。
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抱一の影響下から離れて光琳へ先祖返りしたような金と紺と緑の美。
ああ、縦横無尽自由奔放な朝顔の美に打たれるばかり…

10月も必ずゆく。とても楽しかった。


国芳ヒーローズ 前期

太田記念美術館では二か月で全点入れ替えの「国芳ヒーローズ」展を開催中。
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これがもう本当にかっこいい。シビレ具合が半端ない。
観ながら「発生可能展覧会なら、ウォォォォッッと唸ってる」と思うものばかりで構成されていた。

大出世作の「通俗水滸伝」シリーズを軸にそこから派生したものも集まっていた。
戯画や二次創作の「本朝水滸伝」もあり、にぎやかにぎやか。
しかもいいタイミングを見計らって原作の「水滸伝」120回のあらすじを紹介している。
天罡星三十六星と地煞星七十二星の好漢たちを描いた一枚絵、それを回を追うごとに展示。
いい方法だなあ。

まず登場するのはおなじみの九紋龍 史進 それから跳澗虎 陳達。
史進は全身に9頭の龍の刺青が入る。それをさせたのは父。美しい雪膚に似合う刺青を、と名人に仕事をさせた。
その史進が陳達と戦うところ。史進の刺青は手の甲にまで及んでいる。

当時の庶民がこの無頼にして美麗な刺青に熱狂したキモチはわかる。
多くの人々がこのシリーズを買い求め、ガエンやトビといった膚を見せることの多い職業の者たち、その膚に綺羅を飾ることを欲する男たちを駆り立てて、国芳えがく水滸伝の好漢たちを髣髴とさせる刺青を入れていったのだ。

この絵の主役は史進であり、敵はいようとも「一枚絵」、「一枚看板」といった立場で世に出ている。
続いて他を見る。

花和尚 魯智深 無頼の僧侶であり、物凄い大力で赤松をぶっ壊している。肌の色はあまりきれいではない。
「花和尚」の綽名はあっても花よりもその全体の魁偉さの方が目立つ。
この魯知深と史進とは仲良し。彼は後に本当の意味での僧侶となり、感動的な最期を自ら迎える。

青面獣 楊志 既に青黒くなっている牛二という敵にとどめを刺そうとするところ。梁山泊の好漢とは悪く言えば人殺しの集団、それに関してはモラルはない。
この楊志をみていると、水木しげる「東西奇っ怪紳士録」の2巻に妻を精霊に奪われた男の話があるが、この楊志はその精霊にとてもよく似ている。他人の空似。

操刀鬼 曹正 かれは東京開封府の居酒屋主人で人肉をそーっと供していた。これなら仕入れに元手はいらない。
肉はそれでいいが、レストランはけっこうメニューが豊富なので魚介類は仕入する。それでか、イカやタコの柄を左肩に。

梁山泊の中では大した役目を負わない者たちでも国芳の手にかかれば無頼の美を纏い、勇猛でただただかっこよくなる。

武力はなくとも知力の高い入雲龍 公孫勝の絵もいい。ここにも国芳の工夫がある。かれは道士だから様々な技を持つ。それを暗示させる目つき・手つきがいい。日本では道士はいなかったので、絵を見て「魔術を使うのか」とドキドキした客も少なくはなかったろう。

このように一枚絵の無頼の美をまとった好漢たちの絵が続く。
ドキドキしながら彼らの描写を見つつ、国芳の力業に唸らされる。

三枚続きの好漢たちの絵もいい。
一枚絵のシリーズもいいが、三枚続きになるとよりドラマ性が加味される。

豹子頭 林冲 、短命二郎 阮小五らのいる図では阮兄弟の次兄・小五の様子にシビレた。
ぐぅぅっと喰いしばる口元と言い、冴え冴えとした肌と言い、豊かな蓬髪といい、凄艶極まりない。
ゾワゾワするよさがある。

阮兄弟は三人ともとてもかっこいいのだが、その仇名がまた物凄い。
立地太歳 阮小二、短命二郎 阮小五、活閻羅 阮小七
三人とも怖くて魅力的な呼び名なのだ。
そして三人とも漁師なのでしばしば水中での戦いが描かれ、その濡れた髪の魅力にこちらも絡み取られる。
国芳が水を描くとき、そこには怖いような魅力がある。様々な青で表現された水。そこに纏わる人々、物の怪。

前述したとおり、梁山泊の好漢たちは殺人者であり、お上から見れば犯罪者集団、個人的にお付き合いするには熱すぎる無頼漢が大半である。
気の毒な林冲にしても降りかかる火の粉を払うために殺人は当然のことであり、その様子がまた何とも言えずかっこいい。
国芳ヒーローズとして選ばれたキャラたちは全員が無頼の美の体現者なのだ。
日常から逸脱した彼らに観る者は陶酔する。

捨命三郎 石秀 僧侶に変身し、巨大な木魚を首から下げ、編笠の向こうから鋭い一瞥を向こうへ放つ。
かれは不義の女とその相手の坊主とを殺す。

挿翅虎 雷横 自分の事では罰を素直に受けたが、母が彼を救おうとしたのを被害者の女芸人が罵り殴ったのに激昂し、その女芸人を惨殺する。

国芳だからこうしたシチュエーションであってもヒーローズとしてかっこよく映るが、これが芳年、芳幾になると不条理な無惨絵として陰陰滅滅な情景になったかもしれない。

混江龍 李俊 これはもう構図が面白い。水軍頭領のかれは水に潜るやその技能を発揮して、小舟の底に潜り込み、一気にその舟をひっくり返すのだ。凄い力。
この男は最後の戦いの後に中国に見切りをつけて、シャムに渡って王様になった…という都市伝説の人。

ところで梁山泊には何人か女もいて、全員が亭主と共に梁山泊のために働いている。
そのうち名家の出の美人の一丈青 扈三娘はリボンをつけていてカラフルな装いで描かれている。

元々地方で居酒屋をする夫婦ものは(全員が何故か人肉料理を得意としている…)それぞれ見張りの役目を負うて、各地に店を開き働いている。
彼女らの強さも尋常ではない。

母大虫 顧大嫂が神医 安道全に治療のため血を抜かれているが、そのとき知らん顔で肘をついて退屈そうにしている。
背景には芭蕉の鉢植えもあり、なにやら白い花も咲いて蝶々も飛んでいるようで、ちょっとばかり可愛い絵になっている。

三枚続きでまたシビレるいい男がいた。
毛頭星 孔明が他の者たちと一緒に街角で人殺しの最中なのだが、そのその男振りの良さに、何度も瞬きをしてしまった。
面長の白い顔を縁取る長く豊かな髪、はだけた体は存外毛深いが、髭は薄い。男の首を締めつつもなんら必死さも見せない。
なんていい男だろう…

やがて浪子 燕青の絵が二枚並んで現れた。
わたしが国芳えがく好漢の絵で初めて夢中になったのが、文政末期のこの背中をはっきり見せる姿のもの。
これは松田修「刺青・性・死」の口絵でもあり、わたしはこの絵に撃たれ、松田修の文に溺れたのだ。
かれは富豪・玉麒麟 盧俊義の家来であり、幼時から手元で育てられていた。
その雪白の膚を刺青により綺羅に飾ることを盧俊義は命じた。
彼もまた史太公と同じく自らの肌は穢さず、後進(わかいもの)の雪白の膚に、青と赤の美しくも無惨な華を咲かせたのである。
(松田修は文中でそのことを指摘している)
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背中一面の刺青は獅子の子落としを描いている。右足首に絵は続く。その染付のような美。さらに真っ赤な下帯がそこにあることで画面を更に華やかにしつつ、引き締める。
なんといい絵だろう…

次に近年に知った屋根の上で戦う燕青の絵がある。
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こんないい男の絵が二枚も並ぶのはもう本当に罪だ。
先のにはむしろ少年の名残りが濃く漂っていたが、こちらはそうではない。肘の角度、口元、怒る目つき、構図と言いなにもかもかっこいい。天保年間の世相を併せてわたしは想い、いよいよときめきが深くなる。
逆立つようになびく髪、白い満月を背景に暴れ続ける燕青。
かれは普段はにこにことおとなしくも小粋で、賢く、そして最後には身の処し方を過たずに去ってゆくのだ。

ああ、苦しいくらいだ…

ほかにも無限に見どころがある。
混世魔王 樊瑞 の二枚の絵が面白い。綽名からわかるように幻影・魔法系のと戦うのがうまいのだが、田虎との戦で魔軍の相手をしたのがこの人で、先の時代のは魔軍の魔物たちが妙にちまちまと可愛い。
晩年の嘉永年間のそれはけっこう化け物も進化し、ちょっとばかりコワイ。

12枚揃えのかっこいいもののほか、十枚揃えの戯画もあり、好漢たちもいろいろお忙しそうである。
戯画の中では武松と虎が仲良くタバコの火を分け合っている姿がいい。

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国芳による二次創作「本朝水滸伝」のヒーローズもかっこいい。
自来也、八犬伝の犬士たちの雄姿がある。
こちらも本当にカッコいい。

この展覧会は四月の展示のチラシの裏面から登場している。
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前期に溺れただけではいけない。
後期も同じ数だけの国芳ヒーローズの雄姿が待っているのだ。
何が何でも見に行かなくてはならない。

なお、2013年に東博でもこの通俗水滸伝のシリーズが展示されていて、その時に感想を挙げている。
こちら

前期は27日までだが、後期は10/1―10/30と期間が長い。
とても楽しみだ。

みつめてクニチカ THE役者絵 国周の世界

久しぶりに中野区歴史民俗資料館へ行った。
ここは地元の山﨑さんの寄贈で出発した。
素晴らしいコレクションを色々とお持ちだが、幕末の浮世絵などもよいものが多い。
わたしが最初にここへ来たのは98年5月に「三世豊國とその周辺」展が見たくてで、その時も随分満足した。
今回は「明治の最後の浮世絵師」と謳われた国周の展覧会。
国周といえば京都造形大でみた大江直吉コレクションもよかった。
このように当時の浮世絵好きの人が大事に残したものが150年後の今でも楽しめるのは、本当に嬉しい。
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幕末から明治の名優・人気の芝居などが描かれた浮世絵。
そこからも当時の事情・状況がわかる。
チラシは三世田之助。美貌と異様な魅力のある役者だが、幕末の頽廃美を一身に体現したかのようなところがあった。
だが、それこそが瓦解後の新時代には排除される要因になった。
かれの無残な生涯については多くの作家が作品化している。
一度でも田之助に魅了されると書かずにいられなくなるのだ。

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一方、旧幕時代は大根役者でもご維新後に大成したのが後の名優・九代目団十郎であり、国周は彼との関わりが深い。
多くの団十郎の絵がある。後に袂を分かつことになるが、国周の麗筆がいよいよ団十郎の人気を高めたのは間違いない。

今回は撮影可能だった。それを知らずに来て、惜しいことをした。
それでも撮れた分だけ挙げてゆく。
なお作品名と芝居名と配役などについてはリストで大体を察していただけたらと思う。
クリックすると拡大します。
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白浪もの
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三津五郎の鬼神の於松。怖い女盗賊だが家族思いで、亭主が寝込んでいる間は子育てしながら家業の盗賊をするママさん。
先年なくなった宗十郎がよくこの役をしていた。
実は彼のお葬式の日、わたしはこの中野歴民にいた。
雪の日だった。彼を思いながらここから本願寺へ向かったが、もう終わっていた…

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羽左衛門の天竺徳兵衛と田之助のお六
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これらは実際のお芝居ではなく当てて描いたものだと思う。調べたらよいのだが、そこまでの時間がない。

タイトルに「東京」が入っているが、まだ慶応3年の作である。
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鯔背さがいい。

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芝居絵だけでなく、役者のスナップショットも愛された。
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田之助の魅力は嗜虐と被虐のあわいにある。
濃厚な艶やかさには無残さが具わり、そこに観客は陶酔した。

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わたしなどはやはり幕末の頽廃美に酔いしれる廃れものなので、明治初期の改良もの、見世物から天覧ものへ変わる頃のは関心が湧かない。しかし九代目の考えはわかる。わかるが面白くはない。しかし大切なこと・必要なことだったと思ってはいるが、残念さはある。

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こういうのが好きなのだが。KIMG0983.jpg

猿にかじられてるわけではない。KIMG0984.jpg

遊び心の作品。表からと裏からで楽しむ。
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明治も半ばに来た。
妙にいい男の佐野次郎左衛門と美貌の福助の八ッ橋。
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団菊左の時代。

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光が入り残念だが、20世紀寸前になるとまたこうして楽しく(!)怪談も現れる。
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安寿と厨子王。
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展示室の様子。
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最後にスタンプ。
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これだけ楽しませていただいてなおかつ無料と言うのが本当にありがたい。
10/9まで。

二階では犬の湯たんぽや哲学堂の資料も展示されていた。
ぜひ。

東洋・日本 陶磁の至宝

出光美術館の「東洋・日本 陶磁の至宝」展に二度ばかり出向いた。
副題「豊麗なる美の競演」というのも納得の内容である。

そもそもやきものに対し偏愛の念を抱くわたしにとって、出光コレクションのやきものといえばまさに垂涎もので、これまでの展覧会で出会ったやきものに対しては愛情とときめきとを多大に懐いたままでいる。
新しいものに出会えるのではという期待よりも、懐かしく・慕わしく・愛しいかれらに再会できる喜びに震えながら出向いた。

純粋な鑑賞を楽しむ。
設えのいい展示空間、ガラスケースの向こうで光るやきものたち。
一目でわかる仁清の壺、青の美を味わえる景徳鎮の壺、そして最愛の高麗青磁象嵌の浄瓶などなど、出だしから良いものがずらりと並ぶ、このインパクト。
ああ、すばらしい。

魅力的な作品を更に楽しませてくれる解説や予告のようなパネルの設置がまたいい。
それらはやきものを見るのによい導きと言うだけでなく、違う国・違う時代・違う技法・異なる美意識・異なる存在理由などを伝えてくれるのだ。

古九谷、色鍋島、古伊万里、柿右衛門様式…
日本の色絵の代表ともいえる磁器が並ぶ。優雅なやきものの背景はごくシンプルで、やきものの存在を邪魔するようなことはしない。

明の永楽年間の青花と元代の青花の色の違い、清の臙脂色の龍の描かれた瓶…
なんて楽しいのだろう、見ることの歓びはいよいよ高まってゆく。
そして鑑賞は次第に別な状態へ向かう…

見て愛でるだけのつもりが、やはりメモを取り始めた。
眼だけでなく指にもこの喜びを感じてほしい。書くことで脳に更にこの喜びを強く刻みたい。

わたしはまた元へ戻ると、高麗の青磁象嵌浄瓶の前に立った。
蒲柳水禽唐子文、柳の木を中心に白鷺らしき水禽がそこかしこにいる。飛ぶ鷺もいる。
瓶の肩の辺りにその羽ばたきが見える。静謐な世界に小さな飛行の音。
唐子も楽しそうに遊びながらもとても静かな中にいる。

古伊万里の美人図屏風のある大皿、その屏風の向かって左隣の小さな椿鉢がとてもいい。美人たちと椿と。閉ざされた空間の歓び。ここにある限り永遠の幸せが約束されているのだ。

黒地に白の大きな水玉を全身に鏤めたのは古伊万里の唐獅子だった。四頭いるがみんな名前は「獅子丸」に決まっている。ブサカワとは面白い言葉だ。

古伊万里だけでなく柿右衛門の獅子も可愛い。花鳥文の蓋物のその抓みとして鎮座ましましている。下の丼には叭叭鳥がいて上をなんとなく妙ににらんでいるが、この獅子はそんなことはどうでもよく、ただただひたすらな眼を空へ向けている。
両目の感覚は少しばかり開いているが、それが可愛いものの、あくまでもきりりとした姿勢を崩そうとしない。なにかを待っているのか祈っているのか…

柿右衛門の鳥は横顔を見せるだけではない。何を思ったか、真っ向からこちらへ飛んでくる鳥もいる。頬をふくらませて大きな目を見開いて飛んできた。

150cmの楼閣がある。漢代の楼閣で、弓で警護する兵もいる。大きな明器。
しかしいつみても鬼太郎の妖怪城のようではある。

華やかな唐の時代には西域からの文化も流れ込み、アンフォラ型の水指も生まれた。
両脇から天辺の注ぎ口に顔を埋める二頭の龍、注ぎ口を完全に覆ったような龍もいる。

時代はずっと後のものなのに、そちらの方が前の時代の何かに似ているのではなく、前の時代のものの方が後の時代の何かを髣髴とさせる、という逆転現象がままあると思う。
金襴手孔雀文盞瓶のその中央の赤地に金の孔雀がいる。ホイットニーの孔雀かと思った…

再び日本へ戻る。
志野の二匹の魚、織部の蓋の上のウサギ、絵唐津葦文大鉢がどう見てもガレー船のようだった…

乾山の特集もある。とても嬉しい。
龍田川に紅葉ががんばって這い上がろうとする鉢、定家の和歌に沿う絵を描いた角皿などは特に小鳥たちの愛らしさが素晴らしいし、鮮やかな緑地に白椿がいくつも落ちている鉢などは何時も欲しくなる。

茶道具では禾目天目、ノンコウの黒樂「此花」のいいのをみた。
景徳鎮のウズラたち、柿右衛門の唐子と仲良しな獅子と美人、面白いものはいくらでもある。
最後は板谷波山。あえて艶消しを狙った葆光彩磁花卉文花瓶に描かれたモクレンやサザンカ。

すばらしい展示。
なじみのものも視点を変えれば全く違う表情を見せる。新発見再発見多数。
これは迂闊な見過ごしではなく、新たにその美を認識したということなのだ。
本当に再訪してよかった。9/25まで。



9月の東京ハイカイ録 その2

2日目は朝から横浜へ。小雨の中久しぶりに開港記念館をパチパチ。
ジャックの塔だったかな。



いいステグラ


ここは無料でこんなにもいいのを見せてくれているわけです。
横浜の文化力の高さが沁みるわ。

そこから近所の開港資料館で横浜芝山細工。
わたしは芝山細工じたい非常に好きで、思文閣で初めて見た時以来ドキドキしっぱなし。
以前に清水三年坂美術館でもいい展覧会を見たなあ。

都内に戻り半蔵門。地上へ上がる前に中華料理へ。
量が多いね、そして安い。
地上へ出るとやたらと中華料理店が増殖している。
うーん、わたしが半蔵門に足繁く通っていた90年代はこの界隈、なんもなかったなあ。
さてさて演芸場でわたくし、実に久しぶりに17年ぶりに、山本慶一奇術コレクションの小幡小平次の種板を見たわ。当時わたしはそれを全部下手ながらも写したのですよ…
あの頃とにかく小平次の話が好きだったからなあ。今も好きだけど。
他に写し絵「だるま夜噺」がなかなか笑えた。
軸から出ただるまが手足伸ばしてソバを無銭飲食したり人の女房に夜這いしたり。コラコラなもの。
こういう艶笑譚を落語家が寄席で見せてたというのも納得。
辻ビラに元祖一流蝶の曲があるが、そこには巨大タコに乗る浦島がいた!
田中儀右衛門のからくりも辻ビラに。錦絵は竹澤藤次の独楽のもある。

江戸博。先にシーボルト展。なかなか面白かった。
そうか初来日は27歳でおタキさんは16歳か。よく見る肖像画は老人のものばかり。
それから伊藤晴雨の幽霊画。これが面白い。軸装もいいな。
風俗画のよいのもあるし本もパネル展示とはいえ、よいのがたくさん。
ムダに晴雨好みのもあるし。白木屋お駒、見世物、何故か縛り、人身御供などなど。

次は吉祥寺。いい街やわなあ。来るほどに好きになる。
今回小ざさの最中を購入。ヨカッタヨカッタ。

さてついたからにはこちらへ。



ちょっと一休みしてから美術館で小林かいち展。
メランコリックなこころもちになるよねえ…溺れるばかり。

今日もいいものばかりを見たなあ。
明日もそうであるように。

そうそう、定宿に帰ると産休から復帰した従業員さんがいた。彼女は本当に豪快で気さくで、地元の町内会にも参加し、この宿にもなくてはならない働き者。同僚たちからも「帰ってきてもらわなくては困る」と聞いていた。よかった、正社員で復帰できて。
もう一人の従業員さんと三人でほかのお客さんがいないのを幸いに色々とお話する。

最終日、祝日の月曜。
ふとあることに気付いて、予定より早く出かける。ラッキーと思ったのもつかの間、自分のヨミ間違いに気づく。
あああ…しかしそれはなんとかクリアー。ほっとするが、しばらく呆然で、降りるのを忘れてしまうほどでしたわ。

東洋文庫から始まる。
奈良絵本のいいのや春画の面白いのがいろいろあるのだが、分けてでなく混ぜての展示なので、不意にドキッがある。
醒めたような目をしたカプを描く英泉のがよかった。接合は熱くとも心は冷えているのかもしれない。
生まれたばかりの弁慶を殺そうとする父とそれを止めようとする母、岩佐又兵衛風なのも面白い。
写真撮っていいところは撮ったが、東方見聞録のいつかの版、猫の絵が可愛い。

小雨もやんで本駒込駅へ。デニーズで先にお昼。
デニーズに入るのは20年ぶりかも。以前、ナイアガラを見下ろせるビルの店で。
ロケーションは良かったが、巨大すぎる鳥腿グリル、厚すぎるハムステーキ、味なしジャガイモの湯がいたものなどが今も鮮明に蘇る。
ここではマイタケのポルチーニソースのパスタだが、ちょっと味を変えて食べた。

東京藝大。『驚きの明治工芸」展で自在をはじめとした色んな工芸品を大いに楽しんだ。
先般の大阪歴博の「明治のアルチザン」とかぶるところも多いように思う。
今こうして明治の職人芸が再び脚光を浴びるのはいいことだと思う。

写真ぱちぱち。撮り倒せるのは愉しいが、どうやらまたここの中でSNSつながらない状況になってるみたい。
惜しいね。しかし外へ出たら巧くいったよ。

もう一つ、学生による敦煌莫高窟や法隆寺金堂壁画模写の展示もあった。
その人たちを知らないものの、模写に各人の個性が滲んでいるようにも思えた。
特に96年の菩薩絵に美人さんが多い気がする。
他に台東区長賞を得た学生の作品もあり、中でも銅版画は良かった。清原啓子を思わせる幻想的な作風。
しかし誰かに似ている、というのは褒め言葉ではないな、クリエーターの場合。
とはいえそう思ったのも事実で、またこの作品がよかったと思ったのも事実。

有楽町に。
出光の東洋・日本の陶磁の至宝を再訪。もう本当に純粋に鑑賞、つまり愛でるばかりなんだが、やっぱり新発見再発見がいっぱいあってメモを取るのが楽しくて仕方なくなる。
様々な工芸品があるが、わたしはやはりやきものが特に好きだな。
ああ、素晴らしい。

気持ちよく出たらちょっと雨ですか、地下鉄で動こう。
三井記念美術館。瑞巌寺と伊達政宗展。先般仙台の現地に行って五大堂や瑞巌寺に行ったな。


おおう、やっと来たよ。

政宗が能書だとか福島の伊達郡から伊達の家名が生まれたとか色々教わることが多い。
政宗のアクセサリーもいい。ブローチ。さすが伊達もの。
といいつつ、わたしのヴィジュアルは「独眼竜政宗」のときの渡辺謙なんだよなー。

ここでタイムアップ。雨がやや強いが、なかなかメトロリンクも来ないので歩く。ここから東京駅へはそんなに遠くもないのでいい。
忙しいわ。
で、無事に新幹線に乗って大阪へ。

今回も楽しくあちらこちらを見て回れましたわ。
来月もよろしく。

9月の東京ハイカイ録 その1

最近早朝の新幹線で都内入りすることが増えた。前夜から入るのでなく早朝。
というわけでこの3連休を都内で過ごしておりました。
展覧会の詳しい感想はいずれ後日に。

いつものロッカーにコロコロを放りこんでから日本橋へ。
今まで丸ノ内線の東京駅・定期券売り場だけだと思っていたが、この日本橋駅もEXIC特典の東京サブウェイ販売していたのだ。
日本橋から高田馬場へ。乗り換えて西武新宿線で沼袋に到着。

中野区歴史民俗資料館。駅からまっすぐの道なのだが、久しぶりに来ると大分変わったなあ。以前あったマクドもなくなり、マイナーなハンバーガー屋も消えた。
わたしが最初に行ったのは98年の5月で「三世豊國とその周辺」展を見るためだったな。
今回は豊原国周。21世紀になって以来かなと思いきや、今調べるとその後も2度来ていた。
02年暮に「三世豊国と国芳の周辺」、03年11月末に「大きな視点・小さな視点―戦前のポスターと絵葉書」。それっきりご無沙汰。13年が過ぎていたか。
当時新青梅街道の沼袋の交差点には大きな酒屋があり、そこにレトロポスターが貼ってあるのもいい感じだった。
今どうやら100Lawsonになっておるよ。

ふとみればこんな自販機が。


なんなんや??
「王様のアイデア」を思い出すネーミングだが、ヤバイよな。

中野区歴民では国周撮影可能、哲学堂の展示もあり、なかなか面白かったです。


今度本当に哲学堂に行ってみよう。
そうそう、沼袋駅近くにある一の湯にも行きたいわ。

中井まで出てから今度は大江戸線に乗る。
中井、二度目。随分前に中村橋行くときにここで乗り換えた記憶がある。
こっちでお昼を食べても良かったな、しもた。

乗り換えて渋谷。16bの出口を上がり…初めて歩いて國學院へ。
いつもはハチ公バスか山種からだった。
む、上等カレーの本店がある。大阪に50店舗ありというのは福島上等カレーの事かな。
あ、この道かと納得。國學院へ。
丁度講演をしていたのを少しばかりそっと聞いてみる。
「死者の書」と折口信夫。近藤ようこさんの原画もある。
叢隠居の読み方についても言及。クサムラなのかソウなのかという話。
わたしは「クサムラ」の方で読んできたなあ。
理由:折口の<勤め先>のKO大出身の方のヒトの本にそう書いてたから。
(持って回った書き方になったな…)

一方、高麗関係の展示もあったが、そうしたわけでじっくりは見れなかった。
好太王碑の拓本もあったそうなが、見れなかった、惜しいことをした。
好太王碑というたら安彦良和「天の血脈」の冒頭というか発端ですがな。

お時間となりましてお隣のホールへ入ります。
映画「死者の書」上映会。十年ぶりの「死者の書」上映会。
感想はやはり以前と変わらず静かな感動が胸にひたひたと押し寄せてくる状況。
以前の感想はこちら

この映画と近藤さんのマンガとを深く読み込むことで、折口の原作「死者の書」をより理解し、愛することが深まると思う。

再び坂を下り、今度はライフに入る。ここのライフはいいなあ。うちの近所のはダメダメ。
近所のライフ、テコ入れできないのならいっそ…と思うレベルなのだ。
まあライフだけがスーパーではないからよいけどね。
ちょっと買い物をする。いい感じ。また来よう。

太田へ。国芳ヒーローズ前期。もぉほんまにウォォォォな内容、ロックだぜ、とうなるべきか。かっこよかったわー。
もともと水滸伝を読むようになったのは国芳の絵を見てからだった。大学の時、とりあえず軽く読もうと村上知行訳のを読んだが、そこには井上洋介のこれまた魅力的な絵が。それでいよいよ本気になったな。
そして次に本格的に平凡社刊・駒田信二訳の120回本を読んだが、この挿絵は明か清のだったかな、あまり面白くなくて、やっぱり国芳の好漢の絵を傍らに置いて読み進めるのがベストだと思い至りましたわ。
感想を書くとき、あまり熱くなり過ぎないようにしなくては。

乃木坂に出てちょっとおやつを食べてからサントリーへ。
其一展、これまた素晴らしい世界。
師匠の抱一が琳派にある種の粋(イキ)さを加えた後、弟子の其一が師匠の死後に原点回帰して粋(スイ)な方向へ向いたように思う。
イキとスイの違いを巧くは説明できないけれど、そう思っている。
最後に朝顔図を堪能して、機嫌よく森ビルへ向かう。

向う前にラーメン屋に入る。幸楽苑。入りやすいのでいいね。
あんまりラーメンとは縁がないのでよくは知らないが、わたしはよかったわ。

森美術館。宇宙と芸術。
ナンダカンダと写真撮りましたがな。
チームラボのは映像もさることながら音楽がとても良かった。
宇宙の中にいる感覚が面白いし、それにわたしは今はなき宝塚ファミリーランドのスペースコースターを思い出して、涙ぐみそうになったよ。
展示で面白いのは東アジアの天文関係。なんだか入り込むと帰ってこれなくなりそう。
楽しかった。

ここから東京へ戻り荷物を取り出して送迎バスに乗り定宿へ。
初日はここまで。

大和町武道館をみる

東北のさる小学校の講堂を見学した。
大和町武道館である。
広い土地なので、お社もある。八幡神社らしい。
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朱塗りで綺麗な門、根津神社を思い出す。

さてその武道館。1929年。現役である。町のHPには利用案内もある。
むしろ町の人々のための武道館として活きているようだ。
いいことだなあ。

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例によって細部をちまちま挙げてゆく。
風通しを良くしよう。IMGP0119_20160914161641ee2.jpg

窓に葉陰というのを見ると、それだけでノスタルジックな魅力を感じる。
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通気口も可愛い。IMGP0121_20160914161644683.jpg

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煙突 IMGP0123_2016091416171406c.jpg

使われていたのだね。IMGP0125_20160914161717903.jpg

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外をぐるぐる
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武道館でも講堂でも風通しは大切。いい感じの窓がとてもたくさんある。

再び正面IMGP0132_20160914162652dcb.jpg

玄関IMGP0133_20160914162654ae0.jpg


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ニノキンIMGP0136_20160914162659e32.jpg

特別に入れてもらいました。広々としたいい空間。
それでわかったのだが、あの玄関はもう使っていなくて、今はサイドから入るのでした。

素晴らしき天井の装飾
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アールヌーボー風な装飾IMGP0143_201609141630464c6.jpg

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なんでもありの装飾。様式よりも「綺麗なもの・可愛いもの」みんな集めましたーぽいのも楽しい。

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ところで武道館と言えばわたしは平安神宮のそばの武徳殿を思い出す。
以前に出かけたときの写真はこちら
やはり武道場というのは一種の清々しさがあるもんやなあと勝手なことを思う。

最後に町のマーク入りマンホール。IMGP0118_201609141616406d6.jpg

仙台簡易保険局をみる

過日、仙台のかんぽの建物をちらりと眺めました。
1936年の素敵な建物。

サイドから。IMGP0034_2016091414075079a.jpg

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玄関回りがいいね。IMGP0036_201609141407535e8.jpg

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しつこく撮って回ります。

時計も可愛い。IMGP0037_20160914151425344.jpg

それで玄関の方へ。IMGP0040_20160914151429e79.jpg
中には入れません。
それでいいのだ。

いい大理石IMGP0041_20160914151430b64.jpg

可愛い編み編みIMGP0043_20160914151448017.jpg

またいつかね。

パウリスタ甲陽園 失われゆく建物

カフェ・パウリスタと言えば銀座の店舗しか知らない。
わたしが最初に銀座に行った時、知らずに入ったお店。
とてもおいしいなと思った。
当時は歌舞伎を見るために銀座に出かけていたので、芝居を見る前後に必ず飲んでいた。

そのパウリスタの支店が箕面や甲陽園にあったそうで、箕面店は豊中に移転して解体され、甲陽園も長らく違う使われ方をしていたが、今回で失われることになった。
それで9/3、一日だけのカフェ・パウリスタとして復活し、午後4時から8時まで見学会が開かれていた。
わたしはその日展覧会を見るためにあちこちうろついて、陽のいい時間帯に見れず、わずか20分前に到着というミスをやらかしてしまった。いかん、非常にいかん。

それで午後の日差しの中での姿をかげやんさんとわんこさんが素敵に捉えておられる。






多くのお写真を撮られておいでなので、他のツイートもご覧になることをお勧めします。


で、わたしもなんとかたどり着いたが、夜間でカメラがあまりよく撮れず、残念ながらほぼ内部だけご紹介する。
とにかく遅れるのと焦るのはよくないと反省しきりである。

玄関のステンドグラスIMGP0549_20160906165205858.jpg

千鳥が波のまにまに。

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照明もいいな。

階段
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階段を見上げるのもいいし見おろすのもいい。
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関連資料
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外の枠などをみる。
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時間が来たので外へ。
明るい時に見たかったなあ。IMGP0568_20160906170021011.jpg

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暗いですがまあこんな感じでしたわ。
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裏から見る。
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腕の悪いのもさることながらそろそろ手振れ防止が・・・

生誕130年 藤田嗣治展 東と西を結ぶ絵画

藤田嗣治の展覧会が兵庫県美術館で9/22まで開催されている。
以前のことを思えば信じられないような数のフジタの絵が集まっている。
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1929年の自画像 猫が手首と肘のV空間にえらそぉな顔を見せている。
フランスの猫だが、日本にいる奴らと変わらない。
テーブルには硯と墨、たくさんの筆、マッチ箱、
彼らの背後には二枚の白人女性の横顔。グラン・ブランの時代、何をやっても何を描いても全てうまくいっていた藤田の時代。

美学校時代の絵を見る。アカデミックな表現で、この頃はやはりまだまだ模索中なのだということを改めて思う。全く異なる方向へ表現が変わってゆくのだから、やはり出発点の絵はきちんと見ておかなくてはならない。
婦人像と自画像と。もう百年以前の作品。

さてフランスへ行きました。友人も出来、まだ完全な技法を身に着けていないものの、いい絵が生まれ始める。
スーチンのアトリエ 1913 ランス美術館 寒々しいが、しかしそのアトリエのある建物の構造に惹かれた。中庭があり、階段が巡り、ドアへ向かう。
少し上の階から見おろしたような構図で、建物そのものへの関心が湧いてくる。

トランプ占いの女 1914 水彩 徳島県立近代美術館  ピカソがほめてくれたそうだ。
「東洋の立体派」と。そう、この絵はキュビズム。

ル・アーヴルの港 1917 横須賀美術館 これをみると小杉小二郎のシュールな地下鉄風景などを思い出す。本当は小杉の方が後世の人だが、それでもそんなイメージがある。

後世の人のイメージの方が強くて、というのは他にもある。1910年代の藤田の彩色画は斎藤真一のゴゼさんたちを思い出させる。

この頃の絵は色彩を色々使っていてもわびしいような寂しいような趣があり、気がめいるまではいかないが、うらぶれたような心持になる絵が多い。
色数の少ないグランブランが華やかなのに対して、色彩を遣っていてもこうなるのは、晩年にいたるまで変わらない。

いよいよグランブランの時代に入る。
まず東近美の「五人の裸婦」が現れた。
正直な話、裸婦の肌の白さよりキジネコの可愛らしさにヤラレテ、いつも猫にばかり微笑んでしまうのですよ。
「座る女性と猫」などもタビネコさんを見るばかり。
「人形を抱く少女」もそう。ミニスカートの人形と白猫と。

そしていいエピソードのある絵が現れる。
エレーヌ・フランクの肖像 1924 この年17歳になるエレーヌという娘さんは画商フランク氏の令嬢で、この人がお父さんへのプレゼントに自分の肖像画を藤田に頼んだ。
藤田は娘さんのそうした気持ちが嬉しくて安価で引き受け、この絵を描いた。
で、エレーヌは「パパ、プレゼント!」と渡したが、中を見てびっくり、値段を聞いてビックリのフランク氏は速攻で藤田のもとへ向かい、倍額の金額を支払ったそうな。いい話だなあ。

上流階級の人々を描く藤田。
上品な少年少女の絵もあれば、優雅な貴婦人の絵もある。

一つ面白い絵があった。
十人の子供たち 唐子と西洋人の子どもらがなんだかんだと遊んでいる。しかし至って静か。平面的な絵で、不思議なシュールさがあった。

二人の女たちの仲のよい様子の絵がある。
フランス式の楽しみを味わう女たち。クールベ、ロートレック、そして藤田もそんな女たちを描いた。

自画像には猫。猫も怪獣のような奴からおとなしそうなのまでいろいろ。
藤田の髪に白髪が混ざり始める。

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南米ツアーで藤田の絵に色彩が入る。人物描写は線描の良さをますます強めている。
思うのは池上遼一、上条淳士ら華麗な線描の漫画家たち。藤田の人物の美しさは彼らと同じだと思う。

たとえば39歳の北川民次の肖像などは惚れ惚れするような男前に描かれている。
アジア男性の美貌を描く池上の仕事を彷彿とさせる。
実際この絵を北川は大いに喜び、生涯手放さなかった。

だが、この時代からの藤田の絵には以前の華麗さはない。ある種のわびしさをひしひしと感じる。それは初期の頃のような寂しさとはまた違う。
わるい言い方をすると「落ち目の三度笠」とでもいうような感じがある。

それでも古典的な装飾性を加えた壁画などは優雅さを見せていた。

現在は迎賓館にある銀座コロンバンの壁画なとはその好例で、「貴婦人と召使い」「田園での奏楽」は優美な貴婦人や綺麗な男性が描かれている。

それから先般発見された「春」も。



秋田での藤田の絵のうち現地の少女を描いた絵は劉生の於まつにも似ていた。絵が似たのではなく、日本の地方の子供の共通性かもしれない。
以前に藤田が撮った日本の子どもの映像を思い出す。「風俗日本 子ども篇」
これをみたのは10年前の「生誕120年」展。…早いなあ。
当時の感想はこちら
なお、感想そのものは十年経とうと変わっていない。

猫の争うというか暴れる絵「闘争」がある。
これは可愛さが先に立つのですよ、猫好きの眼から見れば。

…やがて戦争画。
凄まじい破壊力を感じる。
アッツ島玉砕のリアリズムなどくらくらする。歯並びが見えているのだ。
サイパン島での自決などもたまらない…
息苦しい。戦争はやはり無残だ。


藤田からフジタになるフジタ。

ターバンを巻いた若い東洋人の肖像、と名付けられた淡彩のスケッチがとてもいい。
少女よりも少年。青年もいいが少年がいい。

そして口を堅く噤む幼女たちの絵が現れる。
どの子も一人として口を開かない。

夢 眠る裸婦の周囲に集まる不思議な表情のどうぶつたち。猫だけでなく狐もいれば犬もいる…

受洗して聖母子や黙示録を描きだすフジタ。
羊皮紙に描かれた黙示録は構図も面白い。三点並んでいるが、いずれもいい。

最後にガラスのキリストと聖母子があり、ライトでその内側の光を見せていた。
とても綺麗。

いい展覧会だった。
9/22まで。

さよならファミリア本店

とうとう解体工事が始まったそうだ。
神戸のファミリア本店。
淋しい限りだ…もう遠目にも見ることは出来なくなった。

先般、建物のお別れ撮影会があった。そのときに撮ったものを挙げる。
なお、建材だった頃のをこちらに挙げている。

まず外観から。
逆光になったな。IMGP0062_201609141701149cb.jpg

あとはもうぐるぐくる。
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中へ。
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大勢のお客さんと「残念」「哀しい」というような会話をする。みんな同じ気持ちですわなあ…
逍遥する。

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とても淋しい…

見世物大博覧会 その2

昨日の続き。
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書ききれなかった一階の話をもう少し。
歴博のもつ絵金の絵馬提灯の複製が出ていた。
かさね、判官切腹、討ち入りの場などの絵である。
わたしは改装前の歴博ではとにかくこの絵金が出てきた辺りからわくわくが止まらなくなる。
あれとアエノコト、海上他界・山上他界などの展示がたまらなく好きだった。

ところで先日、六甲アイランドの小磯良平記念美術館へ行き、機嫌よくアトリエを見学したのだが、そのとき意外なものをみた。
小磯のパブリック・イメージと言えば描く絵でいえば清楚・気品ある佇まいであり、当人もすてきな先生・家庭思いの優しい人である。マネのファンだということは知っていたが、勉強家なので古代ギリシャの群像彫刻なども手に入れて、それを自分の群像図にも生かしている。
その小磯がアトリエに置いていた一冊の画集に目が吸い寄せられた。
「絵金」の画集である。どうして、と思った。無残絵の絵金、小磯とは全く逆のベクトル。
不思議で仕方ないが、わざわざアトリエ、手元に置いていたのだ。
小磯も絵金に惹かれるところがあるのか…

その絵金、土佐では今も絵金祭りが七月に行われる。
その様子を描いた青柳裕介のマンガがあるが、タイトルを知らない。
絵金を主人公にした映画「闇の中の魑魅魍魎」というのもある。
絵金もまた闇の住人、見世物そのものなのである。

二階へ。
4.見世物とモノ
細工見世物の資料がいろいろ。

このあたりの資料を前述のINAXギャラリー大阪で見て衝撃を受けたのだ。
世界観が変わった、と言ってもいい。
上方下りの細工見世物の素晴らしさは、リアルタイムの頃から変わることがない。
今回も色々とトンデモなものをみる。

「とんだれいほう」と称しているのは干物で拵えた三尊像である。
アジの開きがボディで、そのすぐ上に着いた鮑の干物が顔に当たり、だからか線描でささっと顔らしきものが描かれている。

前述の「上方下りの細工見世物」展でも干物で拵えた…するめ製の仏像などがあり、目の細かい網の中で展示されていた。
そう、ムシが来たら困るから。

この「とんだれいほう」御開帳の浮世絵もある。
江戸のヒトは作り物が大好きなのだ。

島根や鳥取などではこのつくりものを「一式飾り」というそうで、今も毎年新作を拵えている。
出来たてほやほやの桃太郎と雉の陶器人形があった。
これが実によく出来ている。陶器人形というものは比較的色彩豊かに作られるので部分を見るだけでも楽しいが、それらが集まって意図的にカタチになれば、また違った楽しみが生まれる。
顔はないのだが、素晴らしい容子を見せている。

笊で出来たオオクニヌシと兎の邂逅シーンもある。
本当に何ででも作れるものだ…
「見立て」の精神が活きているからこそ、こうした遊びが出来る、神事だろうと遊びの魂は不滅だ。

上方下りの細工見世物、これは上方にスゴイ職人が集まっていたからこその名称なのだ。
先般「近代大阪職人図鑑」という有意義な展覧会があった。
感想はこちら

生人形をみる。
見たことがない人というのはいないと思う。
菊人形、あれもそうなのだ。マネキンの会社の根を辿れば生人形の作り手に行くところもある。
菊人形といえば大阪では枚方が有名で、これも古い歴史がある。
明治の昔、東京の団子坂は菊人形見物の客でにぎわい、東北では二本松の菊人形が名高かった。
今回は時期もずれたので菊人形はないが、その人形部分が展示されていた。
松本喜三郎、安本亀八といった巧者の拵えた人形たちは、残ったものは今も大事にされている。
2004年、わたしは熊本現代美術館まで展覧会を見に行ったが、本当に凄いものばかりをみた。
工芸の素晴らしさを生人形で再確認する。
そうそう、国立科学博物館にも明治の人々をモチーフにした生人形がある。

いくつかある生人形のうち、松本順のも来ていた。そう、幕末の松本良順。これはただし実物大ではなくちょっと小さい。
人柄のよい顔に作られていて、いい役柄を振られているようだった。

生人形の古写真もたくさんある。
昔の写真だからよけい面白さもある。

ここには展示されていないが、大阪歴博が蒐集したせともの祭のつくりもの、生人形の古写真の図録を持っている。
それを見ていると、本当にヒトはそっくりの生人形を愛しているのだと実感する。

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昭和30年度のせともの人形・八重垣姫 カラー版 参考資料

乱歩「人でなしの恋」は生人形ではないが、文脈の中で安本亀八の名も出てくる。
子どもが可愛がるための人形として生まれてきたものもあれば、こうして情景を再現する為のものもあり、また悦びの対象とするための人形もある。
横溝正史「蝋人」には若く美しい青年の人形を愛する盲目の女が現れる。

一方、無惨な情景を人形で再現する趣向もある。
その現物はないが、幕末の浅草奥山では見ることが出来たのだ。
一つ家の鬼婆の話である。
国芳が手を変え品を変え、繰り返しそのモチーフを描いている。
そして人間でなく人形がその場を演じている、という意識をみせるためにか、どこか生硬な雰囲気を絵にも表している。
これは以前から感じていたことだ。今回改めてそのことを思う。

一つ家の惨劇は二種ある。
どちらも老婆が殺人を犯そうとするもので、一は物取り・金目当てで、娘の制止を聞かずに旅人(実は観音の化身)を害そうとするもの。
一は主家の姫のためにヒトの肝を得ようと妊婦を縛り上げ、その生き胆を取ろうとするもの。
どちらも非常に無惨な情景である。
世情不穏な幕末だから、というばかりでなく、人には無惨な情景を望む心が確かにある。
説経節でもこれでもかというほどに登場人物たちは苦しめられ、その苦痛を経過してこそ死後に神となるわけだが、ただただ嗜虐だけでそれが成立するわけではなく、それを「憐れ」だと思う心があってこそ、そうした無惨な読み物・<見せ>ものが愛されるのだ。

国芳らの一つ家の絵を見て、お客は「奥山にこんな作り物があるのか」とそそられ、出かける。
そしてナマナマしく拵えた生人形の無惨な場面に固唾をのんで入れ込み、ああ凄かったなあと帰宅するのだ。
それを見て「やってみよう」と思うものは基本的にいなかったわけではあるし。

昭和の半ばまで生きた伊藤晴雨の実験で、芳年の一つ家の絵を実現しようというものがあった。
たまたまその当時の妻が臨月で絵の通りのおなかの膨らみようをしていた。
医師の立会いの下で実際に妊婦を逆さづりにし、その様子を撮影している。

医師の立会い、と書いたが見世物で異形のものを出すときはよく帝国大学の博士の推奨を書き立てたりするが、そうした権威づけをすることでいよいよ「本物臭く」見せようとする、その演出がまたとてもあざとい。
本当に調査した医者もいるだろうが、見世物の世界に学者が入り込むと、胡散臭さが倍増し、それがまた面白くもある。

こちらはたこ娘のためのタンカ。京都造形大の資料から。クリックすると拡大化します。
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「京都医科帝国大学の病院、時の院長永井正雄先生にお願いいたしますれば…」

どうぶつの剥製があった。
天王寺や王子動物園の協力を仰いだようだが、ここにあるのを見たらそれだけで妖しく思われる。
先般、姫路の兵庫歴博「立体妖怪図鑑」で見た「くだんの剥製」を思い出すではないか。
尤もこちらは本物ではある。
嘘はただ一つ、人魚のミイラ。
おお、久しぶり。
そういえば佐倉の歴博の「ニセモノ大博覧会」でこれは出てたっけ??
ちょっと忘れてしまった。

また別な話だが、甲子園の阪神パークがなくなるとき撮影に出かけると、レオポン一家の剥製があった。
もう地上のどこにもいない家族。
その時の写真はこちら

明治の内国勧業博覧会の浮世絵がある。
巨大な鯱が中央にある。この浮世絵を最初に見たのは「サーカスがやってきた」だったが、それと同時期にマイドーム大阪で関西ミュージアムメッセが開催されたとき、明治の博覧会以来ずっと博覧会事業に参加しているという企業ブースに行った。そこでこれに類する明治の錦絵をたくさん見ている。
金の鯱は名古屋人だけではなく、多くの人の誇りだったようだ。
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これらの様子を見てゆくと、見世物と博覧会とが博物館・百貨店へと歩んでいったとわかる。
全てがそうだとは言えないが、少なくとも「観客を集め、彼らが驚くもの・見たがるものを見せる」というのは共通しているのではないか。
わたしなどは何が高い何が低いということは一切考えず、見たいものを見せてくれる場所が好きでならないだけだ。

最後に「見世物の成長」として現れた中に寺山修司の天井桟敷の芝居が紹介されていた。
そうだった、寺山修司は見世物小屋をこよなく愛し、それを幻のように舞台に現出させたヒトだった。

「ある日、私は考えた。少年時代に観た見世物小屋のことが、どうしても忘れられない。火を吐く男、人間ポンプ、ろくろ首、熊娘、そして侏儒や怪力男や美少女が、二十才になっても、しばしば私の夢の中にあらわれては、奇妙な音楽をかきならすのはなぜであろうか。」から始まる寺山の言葉。
詳しくはこちらにある。

横尾忠則のポスターのいかがわしさがいよいよ胡散臭い裏暗さを大きくする。
60年代70年代に夢中になった人々はみんな見世物小屋の観客だったのだ。
わたしは子供の頃から彼の名と存在は知っていたが、観客・読者になる前に寺山の死があった。
例の事件があって、あれが本当かどうかは知らないものの、ある年の五月に寺山の訃報を見た。
その頃は既にいくつかの映画を認識してはいた。
「草迷宮」「田園に死す」「さらば箱舟」「上海異人娼館チャイナドール」・・・
本当に観たかったのは「上海」だったが。
そうした辺りの心情については世田谷文学館で開催された寺山修司展の感想に書いている。

そしてその寺山修司の1978年の「身毒丸」の舞台映像が流されていた。
わたしはこの脚本を読む勇気がなく、舞台を見る根性もないのに、流されている映像から離れることが出来なくなった。
疲れた体がこの映像に憑かれてしまい、とうとう最後まで見てしまった。
ああ、とんでもないものを見た…
わかっていることだが、言葉のエネルギーに負けたのである。

間に昼食時間35分を挟んで実に4時間強いた。そんなにもいたのは映像に囚われてしまったからでもある。
寺山の芝居、のぞきからくり、人間ポンプ…
時間を遡れば記憶が新しくなる。
何度も反芻しながら観たものを思い出す。
そう、反芻と言えば人間ポンプの仕事は反芻作業になるのか。

見世物と言えば最後に乱歩「孤島の鬼」を挙げる。
作中、人工的に畸形の見世物芸人を拵える悪業を続ける「鬼」が描かれている。
この小説は乱歩の全作品の中でも特に魅力的だと思う。
何度再読しても飽きることは決してない。
その魅力の根源の一つにあるもの、それを思う。

先年、佐倉の歴博で「ニセモノ大博覧会」が開催され、大阪のこちらでは「見世物大博覧会」である。
ニセモノの方はついに感想が挙げられなかったが、ミセモノの方はこうして二日にわたって長々と書いている。
異様に魅力的な展覧会だった。
佐倉に巡回するそうだが、構成が変わるという。
するとこの空間は保持できないわけだ。
佐倉は佐倉でいいものを見せてくれるだろうが、今、もし大阪へ来れるならば遠方の人もここへ来られるがいい。
この空間、空気の再現、そこに漂う異様な熱気。
後戻りのできない場所に立ったと思う。

モノスゴイものを見・聴き・味わい、その毒気にやられてしまい、日常へ戻るのに手間取ることになった。
開催は11/29まで続く。
まだもう一度くらいは行けそうだ、行こう、行かなくては、行きたい、行ってそのまま…

見世物大博覧会 その1

開幕したばかりの見世物大博覧会に出かけた。
この内覧会に出かけられたporoさんのルポがあまりに素晴らしいのでクラクラした。


わたしは予告としてこういうのを見ると、いよいよソソラレ煽られるヒトなので、わくわくが巨大化して苦しい位だった。

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そもそも見世物への関心が深まったのは本物を見てからというのではなく、それ以前から勝手なときめきに溺れていた。
昭和の子どもは色んなことを見たり聞いたりして育った。しかも親を始めとした大人たちのオドシがある。
曲馬団に売るぞ・見世物小屋に売るぞ・ヨシモトに売るぞ…
本物に触れることがないのに(だからこそか)、妄想と恐怖と憧憬ばかりが巨大化していた。
見世物小屋のタンカは聴くより先にマンガで見ていたが、どうしてか外国映画の方で見世物を見ることになったりした。

そうこうするうち決定的なものをみた。以下時系列。
92年「上方の細工見せ物」展 INAXギャラリー大阪
96年「サーカスがやってきた」展 兵庫県立近代美術館
97年「コマシ 見せ物小屋の芸」展 京都造形大学
03年「大見世物」展 たばこと塩の博物館

これらをみて、わたしの中で何かの数値が正常値を越えてしまった。
以後、冷めることはないまま来ている。
わたしの中ではこの4つの展覧会は完全に別格なものとして生き続けているのだが、そこへ今度のみんぱくの「見世物大博覧会」である。
もう完全に沸騰してしまった。

しかもそこへつい先般こんなことがあった。


凄すぎていまだに全体を見通すことは出来ない。

前置きが長くなった。さあ中へ入ろう。
語るのを聴くよりさぁさぁごらんなされませ、と呼び込みが木戸銭を払うて早よ入れと言うではないか。わたしもそれに従おう。

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1.見世物の世界へ
見世物小屋の表の再現が為されていた。
呼び込みのタンカがスピーカーから流れ、ハリボテのおばさんが客を誘う。

おお、なつかしの志村静峯えがく妖しくも魅力的な数々の絵看板!
これは前述「コマシ」展で見ている。あの展覧会では森村泰昌が色々語っておりました。
妙にバタ臭い顔つきの美男美女たちの体だけが異形のもの。「かに男」「たこ娘」、それから生まれたばかりの嬰児の手足が尋常でない数ありそれに驚く姑、蛇と仲良くする二人の美女、人間ポンプ、気合術…
これらの絵は97年の時点で成分は小豆汁を使って褪色を防ぐ…までは判明していたが、それから20年弱経った今もその先がわからないまま。
そして描かれた絵は全く褪色することなく、今日も妖しい魅力を振りまいている。

その見世物小屋に入りましょう。木戸銭は大人600円。
これは何年前だったか、実際に天満の花見の時に小屋掛けしていたのに見に入った時もそうだった。
あのときはそのちょっと前にドキュメント番組をTVで見ていて、同じ興行の人たちだなと気づいた。木戸を出るとき、そこの娘さんに当たる人に「TVで見てファンになりましたよ、来れてよかった」と話しかけると、実に嬉しそうな顔をして何度も頷いてくれた。
大寅興行だと思うのだが、もう一社と共同で行っていた。

映像を見た記録は数年前にミスでデリートして以来、つけるのをやめた。
だからいつ見たのかを調べるには日記のデータを探すしかないが、それも手間がかかりすぎでムリ。
遠い記憶だけで生きてゆこう。

絵看板に囲まれ、見おろされる空間は不思議な色合いの照明に満たされていた。
このいかがわしさがたまらなくいい。
海外の見世物のポスター、日本の見世物の資料やビラなどがいい具合に並んでいる。
川端康成が蒐集していた熊娘のチラシもある。改めて見るとやっぱりなかなかの美少女で、川端がこの少女に惹かれていたのも納得できる。
6月にみた「川端康成コレクション」展の感想にその写真を置いている。

資料の中には右半分が女・左半分が男の体、という煽り文句のものもある。
これは大学の頃に白人の見世物の演者の写真を見たことがある。
大学の頃、映画「フリークス」に熱狂している友人がいて、彼女から西洋の見世物の資料をたくさん見せてもらったのだ。

そしていよいよ映像を見る。間近でその芸を見るような緊迫感の中で。
安田里美さんはアルビノとして生まれた。
そしてごく幼い頃からこの道に入った。
人間ポンプとしてスゴい芸を見せ続けた。
安田さんのことを知ったのはやはりTVからだった。実際安田さんの遺愛の品として展示されているシャツには讀賣テレビのロゴが入っている。その安田さんの在りし日の芸を映像でみた。

・・・モノスゴかった。
人間の肉体がここまで芸を出来るものかとただただ圧倒され、唖然となり、しまいに怖くなった。
TVでみる分には「ををー」で済むが、この見世物小屋を再現した空間で映像を見ると、妙なナマナマしさがあり、安田さんの呼吸と芸のタイミング、観客の固唾をのむ様子、そして成功した時のどよめき、それらが直にこちらに響いてくる。
一個の観客としてわたしはその力に圧倒され、逃げ出してしまった。

ガソリンを飲み、噴き出すことで火炎となる。スゴい芸だ。
これは万国共有の技のようで、ポール・ギャリコ「七つの人形の恋物語」にもこの技の芸人の話が少し出てくる。
そしてこの技は危険が伴う。
それを安田さんは自分の体の状況と観客の呼吸とを計りながら、絶妙のタイミングで噴き出し、一瞬の火炎を生み出すのだ。
映像だとわかってはいるが、動悸がしてきて怖かった。

ほかの人間ポンプの芸人の写真にも驚いた。
ああ、人間の体はスゴい・・・

見世物小屋の模型がある。こんな風に作られているのか。これを見ると近世風俗画の四条河原に並ぶコヤを思い出す。当時からあまり変わらないような構造だと思った。
近世風俗画の見世物は珍しい動物を見せる場でもあった。孔雀、ヤマアラシ、ラクダなど。そして犬の芸を見せる芸人など。

近藤ようこさんがその様子をいくつかの作品で描いている。
「雨は降るとも」「月は東に 昴は西に」などである。
また津本陽「柳生兵庫助」でも四条河原に出た一行が見世物を見るシーンがあるが、おそらくどちらも静嘉堂文庫所蔵の屏風が元ネタではないかと思っている。

ふと見ると小沢昭一の「日本の放浪芸」のアルバムがあった。それがここに展示されていることがとても嬉しかった。
そうだ、わたしも中学高校の頃に小沢昭一の活動を知り、その著書から知ったことがとても多い。

アメリカの見世物小屋はサイドショーというそうだ。サーカスの隣で興行されることが多いからだそうで、納得した。
映画「バーディ」はフィラデルフィアが舞台だが、遊園地に行ったバーディたちは見世物を見るシーンがあった。
そのことを想う。

銭を払いもせず、見世物小屋空間から出てきた。
顔を上げると、巨大な作りものが見えた。
籠細工である。名古屋市博物館所蔵。
関羽。元ネタは国貞えがく「籠細工 浪花細工人 一田庄七郎」の関羽から。
この浮世絵は「上方下りの細工見世物」展で見たのが初めてだった。

ふと見れば獅子舞の籠細工もある。こちらは以前に名古屋で見ている。
ファンキーな顔のお獅子。

のぞきからくりがある。
広島の三原から来たもの。
大阪歴博のは「地獄極楽」ののぞきからくりの再現がある。動きはしないが、国立歴博ののぞきからくりは何の芝居だろう。
本物を見たのは15年ほど前、四天王寺で。
秋のお彼岸のイベントで、凄まじい黄金の満月の下でのぞいたが、動きは殆どなかったように思う。しかしなんの演目だったか思い出せない。
新潟などでは「幽霊の継子いじめ」といったなかなか盛り上がりのある演目のがあるようだ。

うちの母は子供の頃、お彼岸の頃に四天王寺で「不如帰」「俊徳丸」などを見たといった。のぞきからくりの口演は独特の調子なので、これは再現してみてくれと頼んでも、出来てるかどうかはわからない。
それで思い出した。笠知衆の回想録で、彼は常に小津監督の言うままに動いたが、「長屋紳士録」の中でのぞきからくりを小津の演出なしに自分の思いのままに演じたと書いていた。小津は作品の中にのぞきからくりを採り入れたものの、本物を見たことがなかったそうである。松阪では見る機会はなかったのだろうか。いや、お母さんが止めたのかもしれない・・・

「女一代嗜鏡」と「俊徳丸」のタイトルがあがり、押し絵で物語が表現されていた。
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画像は右から俊徳丸と許婚者・初菊の婚約の頃、中央はラストの祝言、ハッピーエンドの様子、左には後妻おすわが丑の刻参りで呪詛するシーン。
わたしが見たときには真ん中は放浪する俊徳に再会する初菊の姿があった。
昭和32年のネタ本があり、全編の口演が記されていたので写した。
そして映像が流れ続けていた。
五枚の絵が変わってゆく。
台本と微妙に違う箇所もあるのがいかにもナマナマしい。
非常に魅力的な「芝居」だった。

3.見世物とトコロ
見世物興行の場の様子などを描いた浮世絵や写真などが並ぶ。
このあたりの資料の大方は川添コレクション。前掲の「大見世物」展の時もそうだった。嬉しい再会である。
浮世絵に見る見世物と言えば、07年にたばこと塩の博物館でこんなのを見ている。
小さい企画展示だったが、面白いのが集まっていた。

明治22年の足芸一座、軽業興行の絵看板とも久しぶりの再会。これは前掲「サーカスがやってきた」で見て以来。
当時は個人蔵だったが、今ではこのみんぱく所蔵品になっていた。
そうなんや、嬉しいわ。散切り頭の芸人たちが勢いよく動くところが描かれている。

チャリネ一座、アームストン一座などなどの外国の一座だけでなく、わがヒノモトの芸人たちの立派な芸の姿が写されている。
ゾウの芸が大きくクローズアップされていた。

女相撲の資料もある。珍しい。
かっこいい横綱の写真もあるし、すごい力業の写真もある。
昭和30年代くらいまでの興行。
実はうちの母が以前行っていた喫茶店での知人でスゴい流転の生涯を送った人がいるのだが、その人は若い頃は女相撲をしていたそうだ。憧れてその道に飛び込んだが、やがて廃れてしまい、今度は十三の今はなき某料亭で仲居として働き、そこでは「仲居の鯱」をして見せていたそうだ。
やはり身体能力がとても高い人だったのだ。

様々な芸を見せる人々を描いた浮世絵を見るうち杉浦日向子「百日紅」を思い出した。
連作短編の中に力業を見せる女の話があった。そちらは両国での話。

この特別展を見せる空間は楕円状になっている。いや円形なのかもしれない。どちらにしろ矩形ではないからぐるぐる歩くことになる。角がないから振り向くと他の展示が目に入り、誘う誘う。
進む先の展示がまたこちらを引っ張る引っ張る。
というわけで目に入った先へ向かうと、越後獅子と太神楽の資料があった。

越後獅子の映像を見る。昔と違い今はむろん親方に虐待されて泣きの涙で行うわけでもないだろうが、それにしてもこれまたスゴい業である。二人一組でスゴい身体能力を発揮する子供たち。あの越後獅子の装束のままでこれだけ動けるのか。
ちょっと技の名を挙げる。
・金の鯱・カニの横ばい・乱菊・青海波・水車・俵転がし・人馬・大井川の川越の形・獅子の子落としの形・風車・かなずは地蔵・上下二段の腰だめ・太鼓にトリの形・鞍返し。
・・・ほんまにびっくりした。

大仏次郎「角兵衛獅子」の杉作、川崎小虎「故郷の夢」をみる越後獅子の子供。
親方に叩き抜かれて芸を仕込まれ、遠い旅の空で故郷の夢を見、優しくしてくれる人を想う。

ケストナー「エーミールと三人のふたご」に現れる大人の芸人と二人の子供の芸人(三人がそっくりの技をするのでこのタイトル)も身体能力が高いが、彼らはドイツの見世物芸人だった。

放下芸の資料をみてから伊勢の太神楽をみてうなった。神様への捧げものの行事にもこうした放下芸が入っている
その芸がまたすごい。
さっきからスゴイスゴイしか書いてないが、これはもう本当にスゴいとしか言いようがない。あー、びっくりした。
おでこも頬もなんでも皿回し、しかも笛を吹いたり扇を開閉したりという手と頭と別の作業を続けるのだ。
普段は市井の人でこれだ。
びっくりした。
放下芸への憧れ、それが神事にも入り込んでいる。

長くなりすぎるので続く。




静かなる動物園 髙島屋動物園 後期

タイトル通り、髙島屋動物園に遊んだ。
前期の感想はこちら
後期も楽しかったわ。

「アートに棲む生きものたち」と言うだけに今回も染織品の下絵などがたくさん。まずはその下絵から。

花鳥画 上田萬秋 かちょうずというよりガチョウs。鵞鳥がたくさんいた。水辺に集まる鳥達わいわいの図

孔雀之図 下絵だからこその奔放な力強さがある。羽根を仕舞う雌と羽を広げる雄と。その羽根も色は不完全なのだが、それでも薄緑が刷けられていて、ああ孔雀の羽根の華麗さよ、と思うのだ。

雪中鶴 都路華香 三羽の鶴が灰色の空の下、松の大きな枝にとまり、思い思いのポーズをとる。
出待ちのモデルと言うより幕手前の芸妓たちのようでもある。

落葉の中のフクロウ 華香  これはもう華香らしい可愛さのあるミミズク図。縦長の葉っぱで紅葉する木にミミズクがいて、△の小さい耳を立たせ、丸い目を瞠り、尖った嘴を可愛く曲げながら。ちょっと見返る風のポーズ。
可愛い喃。撫でたくなる。

前後期ともども橋本明治のステグラ風鶴と須田国太郎の孔雀にキジもお出まし。

柳に鵞鳥図 谷口香嶠 
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顔つきなどにも工夫したようで、紙が貼られている。西洋向けの商品の下絵だが、西洋では鵞鳥と言えば家禽であり、魔女の使い??

犬とアヒル これがすごく可愛い。下絵と完成品の写真と元ネタになった絵の資料が出ているのだが、三枚とも可愛い。
著作権とか考えてなかった時代の作品。
三匹のわんこが寝るつもりで樽の方へ行くと…「早い者勝ちだぞ!」と態度の大きなアヒルさんに取られてまして、三匹のわんこは困ってうろうろの図。いいねー可愛い。

藤豆群猿図 ニホンザルが元気そうに集まっているところ。
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獅子 これはもう完全に「ライオン」。ただし様子は獅子。竹藪に分け入るところ。やることが東洋風。横からの姿で鬣がくるりとロールしてるのもいい感じ。

猪狩り 賢そうな猪と、それにくっつく三匹のやはり賢い目の犬たち。蔦も生えている。墨だけなので赤い蔦か青い蔦かはわからない。

菊と犬 山元春挙 これは下絵と言うより、ほぼ完全な作品でそのミニチュア版と言う感じ。
屏風仕立てで、籬に菊という日本らしい取り合わせの周囲に、走る洋犬と言う取り合わせ。

日本画・洋画を少し。

秋の野 田中以知庵  可愛いな、丸顔のキツネが眠り、傍らのもう一匹はカイカイと掻いている。色の配色も塗りもモダンな感じがする。

前回に続き和田三造の仔犬などが出ている。

香月泰男の動物園シリーズ。上野動物園での様子。
ライオン メスが寝そべる。檻はミント色。
らくだ 座っているのを大人と子供が見ている。
マンドリルとゴリラ 隣同士の住まいにいるのだが、なにやら団地の隣の住人同士のように見えなくもない。
エミュウ 見返りポーズ。下に柊が装飾的に描かれている。
香月のこのシリーズはほっとする…

紅葉白鷺図 小川竹蔵 季節は秋ではなくまざっているらしい。花ショウブも咲いて、芙蓉もある。鷺は四羽と少し離れて一羽。
配置がとてもいい。

海の幸 金島桂華 カレイにクルマエビの淡々とした様子が妙に面白い。
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貝に海老図 村上嘉兵衛 こちらはまたドラマチックで、波濤の中の岩に巻貝、蛤などが寄り集まり、伊勢海老も必死でここにすがりついている。波にさらわれないように必死で生きているのだ。

蟹 小杉放菴 ザララの鷲の扇面図で三匹の沢蟹がご挨拶。

金魚 中川一政 緑色の背景に赤い金魚と黒の出目金。相変わらず豪胆。

かわます 西山英雄 これは面白かった。ギリシャの皿風な構図で金茶色に斑点の浮くカワマス5匹が目つきも悪く、絶妙の位置関係で皿の上にある。面白いなあ。

遊鮎 福田平八郎 釣り好きらしい鮎のシンプルな目つき。青・水色・白、の色遣いの絶妙さがいい。とてもすっきり。

さてトンビに雁のなかなかいい絵もある。
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しかし何というてもこの虎。
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下絵で白虎。牙が角い。
ところがこの絵の裏手にさらに色塗りされたのがあった。黄色と黒の虎。
こっちは牙は尖って円錐形。
そんな違いを楽しむのもいい。

10/29まで。

森鴎外記念館へ行く  「舞姫―恋する近代小説」展

東京には多くの坂がある。
坂をタイトルにした物語や歌もある。
その中でも団子坂は明治以降の物語が特にいい。

乱歩の「D坂の殺人事件」には団子坂の途中にあるカフェが出てくるが、その店はとても魅力的だし、作中にあるように団子坂ではかつては菊人形も盛んだった。
12年前に文京ふるさと歴史館で「菊人形今昔-団子坂に花開いた秋の風物詩-」展も開催され、その展示資料を見て「団子坂って素敵だな」と思ったものだった。

さて今の団子坂はどうか。
千駄木駅から地上に出て団子坂上へ向かって歩き出すと、おいしそうな安納芋のお店、飴細工のお店などがある。
団子坂上からちょっと路地に入って暫く行くと、金土日の3日だけ開館の岩田専太郎コレクションの「金土日館」がある。
そこから降りて行けば日本医科大や根津神社に出るが、そのまま団子坂を進むとすぐに森鴎外記念館につく。
鴎外が30年住んだ旧宅「観潮楼」の跡地にこの記念館がある。
2012年の秋に開館して、これまでずっとすぐれた企画展を開催している。
今の団子坂には、この森鴎外記念館が活きているのだった。

根津や谷中はよくフラフラ歩いてきたのに千駄木にはあまり縁がなかった。
しかしこの記念館が出来てからはわたしもしばしば訪ねるようになり、団子坂を登る楽しみを知るようになった。
「D坂の殺人事件」に現れるようなカフェにはまだ出会っていないが、この辺りを歩くとなんとなく嬉しくなる。
地下鉄だけでなくめぐりんバスで東博や東京藝大から行くことも出来る。
どちらも千駄木で降りて、団子坂を気軽に登ればいい。

今回の展覧会は「舞姫―恋する近代小説」展で、わたしが見たときは「Part.1告白する青年たち」だった。
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今はPart.2になった。
展示の狙いをサイトから引く。
「パート1では、坪内逍遙『当世書生気質』や二葉亭四迷『浮雲』などに見られる恋愛と、その直後に現れた『舞姫』の意義を探ります。パート2では、尾崎紅葉『金色夜叉』、夏目漱石『虞美人草』など明治中後期の作品に語られる恋愛、そして『青年』『雁』などの鴎外作品の中の恋愛の変化を紹介します。
パート1、パート2、二つの展示を通して『舞姫』という作品が近代文学史の中でどのような役割を果たしたのか、当時の評価などに触れながらその魅力に迫ります。」 

恋愛、という言葉は明治になってから生まれたようだ。

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展示されていたのは明治20年代を中心とした作品だった。
正直なところタイトルと作者は紐付出来ても、わたしはここにある作品を読んでいない。
「小説神髄」「当世書生気質」「浮雲」…
同じ「浮雲」でも戦後に林芙美子が書いた「浮雲」は特に好きなのだが、二葉亭四迷のそれとは無縁のままだ。
四迷よ、スマヌ…

作品論ではなく、こうした作品がその当時生まれていたことを教えてくれる展示。
そして彼らから鴎外に送られた手紙の数々。
尾崎紅葉、山田美妙、坪内逍遥からの書簡。
全体をみてみると、鴎外は本当にこまめな働き者だ。世話焼きさんと言ってもいいのではないだろうか。

「文づかい」の挿絵があった。原田直次郎である。これを見ることが出来たのもたいへん喜ばしい。
先般、原田の回顧展があり、鷗外らが開催して以来の展覧会だというのを何故だか嬉しく思った。

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恋愛は恋愛でも壊れてしまった恋愛を書いて大ヒットしたのは尾崎紅葉だった。
ここにはないが「金色夜叉」はやはり旧幕時代の戯作ではなく、明治の近代小説だということを改めて想う。
カルタ取りから恋愛関係が始まるのはこの当時よくあることだったようで、里見弴「極楽とんぼ」でもそのあたりの様子が書かれている。
ただ、これらは日本国内の都市での恋愛なのだ。

明治半ばからは国費・私費で留学生が主に欧州へ出て行った。
鴎外「舞姫」の主人公・太田豊太郎は留学先のベルリンでエリスと出会う。
その悲惨な(といってもいい)恋愛の顛末がそこにある。
日本人留学生は現地でその場限りの恋愛をしては、彼女らを捨てて帰国の途に就く。
欧州の娘たちはエリスのように狂うものもあれば、シングルで子を育てるものもあり、痛手を抱えながらも身を引くものが少なからずいた。
荷風の手の切り方などは巧いし卑怯だが、最初から別れることを口にしている、という点ではまだましなのかもしれない、たとえ卑怯であっても。

「舞姫」の豊太郎は結局自分では何も出来ず・どうにも出来ず・日本人の友人らに助け出される形でエリスを捨てて、帰国する。
ラストの一文を読んだのは中学の時だったか、あれから数十年経った今も同じ感想しか持っていない。

「舞姫」発表時の評論家らの反応も興味深い。中には支離滅裂だと言うのもあったが、それすらも面白く思う。
つまりそれはその当時の倫理観のあらわれでもあるからだ。
そして男性の眼と女性の眼の違いなどを考える。

谷口ジローに『「坊ちゃん」の時代』という佳作がある。原作は関口夏央。
第二部「秋の舞姫」では鴎外を追って日本に来たドイツ女性Eの静かな意思の強さが描かれている。
彼女は史実によると1888年 9月12日に到着している。
これを読んだとき、少し救われた気がしたが、どちらにしろそこには別れがある。

明治の恋愛小説で幸せになった恋人たちというのはいるのだろうか。
わたしが主に読むのは泉鏡花だが、こちらも何とも言いにくい。
明治の小説は、恋はしてもそこまでで、あとは無念の別れしかないような気がする。
恋愛ともいえぬ、それ以前の感情の流れがある「たけくらべ」などもそうだった。
いや、もしかすると、愛が成就すると作品は成立しないのかもしれない。
そして第二次大戦前までの混血の子どもは父が日本人で、敗戦後は母が日本人という状況が多い。
・・・などとよけいなことを考えている。

「舞姫」は今日に至るまで忘れられることのない作品として世にある。
2006年に実相寺昭雄監督の遺作「シルバー假面」が上映されたが、タイトルロールのシルバー假面の正体は森鴎外とエリスの間の娘・ザビーネという設定だった。
これはそそる設定だと思う。

「舞姫」の自筆原稿を見ながら様々なことを思って歩いた。
それが許されるような環境がこの鴎外記念館にはある。

もう一つ別な展示がある。
夏目漱石―「うつくしい本」への探求

漱石と鴎外はやさしい気遣いをみせあう書簡を残しているが、あまり親しくもなかったそうだ。
とはいえお互いの仕事を尊敬しあっていたようである。

漱石の本の装幀の美麗さは、「鏡花本」と双璧だと思う。
どちらも甚だしく美意識が高く、方向性は違ったものの妥協をしないのは共通している。
展示されているのは「猫」「虞美人草」「道草」などで、いずれも魅力的な様相を呈している。
眼に楽しい本の数々を見るのは幸せだ。

ところでこれまで何度もここへきて佳い企画展を見ているのに、なかなかその感想をまとめることが出来なかった。
怠惰さが情けないのだが、終了前日などに行くとやはり書けない。
今回も大したことは書けていないが、それでも挙げることが出来てよかった。

なお次回の企画展は待ち望んでいた即興詩人展。
高橋裕人さんからツイッターで、安野光雅さん描く即興詩人の絵が20点ばかり来ると教えていただいた。
「文して恋しく懐かしき君に ―鴎外、『即興詩人』の10年―」
とても楽しみである。

小磯良平作品選「働く人々」 

和田英作の特別展だけでなく、小磯良平記念美術館では特集「働く人々」展も開催されていた。
優雅で清楚な婦人方を描くことが多い小磯だが、他方、懸命に働く人々を描いた作品も少なくない。

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小磯作品の中で最大のもの。
漁業関係の人々を描いている。中央やや右寄りの魚入りの網を肩に掛ける男性、その下絵などもある。
魚が妙に可愛くて美味しそうである。
そしてここには3組の母子がいるが、いずれも幼い子を大事に守りながら慈しむ様子が描かれている。

小磯作品の群像図とは、「良識のある人々」を描いているように思う。
どんな状況であれ、自らの良心と良識に従い、心を正しく持った人々がいる。
悪意と言うものを持たないのではなく、持ってはいけない、と律している人々を観る気がするのだ。

1950年代のこれら「働く人々」は敗戦で国土が荒廃した日本を建て直そうと懸命に力仕事をする人々である。
土木作業員、漁業関係者などなど。彼らの傍らにはその妻と幼い子供がいる。
固定された役割とかそういった意識を批判してはいけない、ここでは昔の「働くお父さん、育てるお母さん」がいて、子どもを愛し、育んでいる。それが1950年代の在り方だったのだ。

小磯は母子の絵が多い。没後すぐの回顧展でも母子像ばかり集めたものもあったし、そうでなくても母子像をチラシの主役にしたものもある。
彼自身、家庭を大事にしたパパだった。
最後まで手放さなかった絵は家族たちを描いたものだった。

二人の少女 1946 いつみても心が和やかになる。小磯の長女と次女の幼い姿。上の子は父に似て、下の子は母に似ている。
この絵が後年この美術館が建てられるとき、その姉妹から寄贈された、というのはとてもいい話だと思っている。

音楽 1954 館内には小磯のアトリエが再現されているが、そこにはリュートがある。
古楽器を愛したようでそんな作品もいくつかある。
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彫像をモデルにしたような二人の女性。
永遠に時が止まったようである。

小磯はアトリエの画家と呼ばれた。
あまり外で絵を描くということはしなかったが、かわりにいいアトリエを生涯にいくつか持った。
ここにあるアトリエは特にお気に入りだったそうである。

リュートのある静物 1966 アトリエが再現されたかと思った。リュートは実際、アトリエの中に今もある。

チェンバロの上の人形 1975
西洋人形たちがおとなしく居並ぶ。
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チェンバロの独特の音色が耳に蘇るようだ。

小磯は音楽と美術とをモチーフにした群像を描いてもいる。
それらは対の作品として生まれ、現在も迎賓館に展示されている。
モデルは小磯が勤務した東京藝大の学生たちである。
迎賓館に行くとこれらの絵に会える。

最後に神戸の画家らしい絵を一枚紹介する。
御影の風景 1986 
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具体的な場所は明示されていないが、なんとなく見当はつく。とはいえ30年前の風景なのでまた違うかもしれない。
そろそろ御影の白鶴美術館も開館だ。
また出向かなくてはならない。
そのとき御影を散策しようと思っている。

10/10まで。
次回はこちら。



追加:兵庫県美術館の小磯記念室では今だと「海岸(みるめ浜)」1934 が展示中。
みるめ浜は兵庫県美のある辺りになる。
11/16まで。

日本近代洋画の巨匠 和田英作

小磯記念館で和田英作展が開催されている。
和田英作と言えばわたしの場合、最初に思い出すのは歌舞伎座に掛けられている「くものおこない (衣通姫)」、東京藝大美術館の「野遊び」の二点。
どちらも天平風俗の美しい娘たち。
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2作の間には20年の歳月があるが、どちらもとても美しく、浪漫に満ちている。

和田は70年ばかり活躍したが、フランスでコランの指導を受けた頃は外光派らしい光を取り込んだ絵を描いていたが、やがて変わった。

作品の前に白馬会の集合写真などを見る。
思えば九州出身者で成立しているのだった。
丸顔の黒田、細面の久米、ニコニコひょうきんな三郎助、釣り目の武二、和田はちょっとばかり詩人の高橋睦郎に似ている。
どこかの温泉に行ってご機嫌な面々。

和田は1901年27歳でフランスのグレーに住んだ。
グレーと言えば浅井忠。その浅井忠と一緒に「愚劣日記」グレーにっき を記したり。
浅井忠は当時40代半ばだった。帰国して浅井忠は京都で弟子たちを育てる。

和田の師匠は曾山幸彦―原田直次郎―黒田清輝と移った。
若いうちから非常に巧かったが、色々あってしょぼんとなったそうである。
語学力の高さは定評があったそうだ。
そしてしょぼんとなった和田は静岡の清水へ旅に出て、そこで自己回復する。
富士山の下で元気になったのだ。そして富士を愛し、富士を描いた。
だから後年和田は「富士薔薇太郎」と呼ばれたそうだ。

1.洋画家として歩み始める
藁を編む少女 1896 この絵は岡田三郎助も同じ構図で描いているそうだ。三郎助のは見ていないが、彼の少女はより愛らしいのではないかと想像する。
そしてその写生帳が出ているのだが、ペン画の方が本画よりよかった。挿絵のような物語性があるからかもしれない。

渡頭の夕暮れ 1897 夕暮れの彩色がいい。疲れて渡し船を待つ人々の様子はなんとなくせつない。矢口渡らしい。そう、芝居の「神霊矢口渡」のあれ、新田義興の故事があるのだったかな。今の多摩川の方だそうだが、わたしには土地勘がない。

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秋草 1897草の生い茂る庭の一隅、井戸のわきにはポンプらしきものがあり、少女が水を汲んでいる。秋の日差しが少女にあたる。
若い頃だからこそ描けるような瑞々しさを感じた。

フランス留学時代の絵を見る。
思郷 1902 パリの日本料亭・巴屋で働く板原はつ子を描いたもの。故郷を想う娘の表情。
この絵は本当は全体の左側で、窓の向こうにはエッフェル塔などが描かれていたそうだが、コランの助言で二つに割ったらしい。そうなると娘のメランコリックな感情がよりはっきりする。
いい助言を受けたと思う。
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マダム・シッテル像 1903 下宿の夫人。とても親切な人で日本人を大勢受け入れてくれたそうだ。和田も良くしてもらったようで、描かれたマダム・シッテルはとても善良で優しそうに見える。

ミレーの落穂拾いの模写やフィレンツェの風景写生などもある。
豊かな成果があったのだ。

2.白馬会・文展で活躍
前掲の「くものおこない」がある。

新聞を読む女 1905 束髪の婦人が熱心に読む。この時代は新聞ブームで日本画でも新聞を読む女の絵がある。
和田は他にも寝転んで新聞を読む少女を描いている。
識字率の高さを改めて想う。

岩崎弥之助高輪邸舞踏室の壁画下絵案 1905 春秋の景色を描こうとしたようで、渓流や湖月、能面と三味線の組み合わせなどの絵が見受けられた。
横長画面に能面と三味線というのは、初代尼崎市長でもあり川村清雄の弟子でもあった桜井忠剛が欄間のために描いたものと同じで、当時はまだ「油絵」が日本に浸透していなかったため、家に飾る・使う絵は衝立かこうした欄間などが多かったのだ。
桜井の仕事も同時期なので、東西ともにそうした傾向があったのかもしれない。
とはいえ高輪邸は洋館で、しかも舞踏室なので、外国人向けにわざわざそうした絵をあてたのかもしれない。
なお、この建物は現存するが(開東閣)、中は完全に作り替えられている。

大正に入ってからは肖像画も出てくる。
きりっとした高橋新吉、稲川淳二風な雨山達也、パブリックイメージそのままの福沢諭吉、それから浜辺の澁澤秀雄。
最後の絵は肖像ではなくモデルとしての絵。和田は美術学校の水泳部長で、伊豆の土肥に学生を引率していったときに、麦わら帽子の澁澤を描いたそうだ。

富士、バラの絵も多くなる大正時代。
もうこの頃には外光派の名残はない。

松島五大堂 1918 つい先々月末に行ったので、建物に実感があるわたし。
夜明けの最中のお堂。いい色。

あけちかし 1916 十二単で目のクリッとした麿眉の婦人が机に向かっている。そう、このポーズは紫式部。
石山寺で執筆中の様子。灯をともし窓際にいて、その窓の向こうではまだまだ夜なのだが青さが薄くなりつつある。山の端は赤く、明らんでいる。
かなりリアルな感じがあり、それについて発表当時、石井柏亭から「今の女の仮装かと思った」と批判されたそうだ。
古代感は確かにないが、活きている感じはある。
1925年にはもっとリアルな感じのする「近江石山寺紫式部」があるので、批判はスルーして、自分の思うとおりに描き続けたのだろう。

田園の夕暮れ 1920 ドイツロマン派風な趣があり、雲は赤黒い。

3.洋画界の指導者へ
ここで和田と小磯良平の唯一の接点が紹介されていた。
小磯は武二の弟子だから教わることはなかったのだが、この卒業写真では集合ものなので一緒に写っている。

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横2Mの大きな絵がある。フラ・アンジェリコの受胎告知の模写で、実測の1/3サイズ。ガブリエルの羽根の五色がなんだか東洋風な配色に見えた。あれだ、舞楽の胡蝶そっくり。1922 既に立派な画家として立っていても、こうして研鑽をつむことをやめなかった。

三保の松原 1911 外から見た風景ではなく、中に入っての風景。土、松、すぐそばにあるもの。

山本有三の戯曲「指鬘縁起」のための舞台装置の下絵もある。1923年頃。帝劇で上演。わたしが調べたところその年の2月だったようだ。
婆羅門とその妻と弟子との三角関係。
なんとなく知ってる気がするな…
第一幕「室内」 緑色のカーテンやランプなどがエキゾチックな魅力に満ちている。
第二幕「洞窟」 展示なし。
第三幕「密林」 たわわな様子。カラフルな木々。
大正時代の舞台装置はなぜこんなにも魅力的なのだろう・・・

和田英作と帝国劇場との関係はとても深い。先年早稲田演劇博物館で「よみがえる帝劇」展が開催された時、和田の製作した壁画や天井画などが紹介されていた。
今回の展示にはないが、一部ご紹介する。
また、前述展の図録に「和田英作と帝劇天井画」(増野恵子)という論文があり、これがとてもよいものだった。
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和田の愛した薔薇が描かれてもいる。

富士(河口湖) 1926 明るい、とても明るい。それも1950年代の明るさ。未来を信じる昭和の明るさがあるではないか。
他の富士もいいが、ベストはこれかもしれない。

薔薇の絵もある。布や瓶に東洋風な典雅な趣があり、薔薇が牡丹のような立場を示していた。

天平の女 1924  背後に興福寺の塔が立つ。なんとなく見た記憶があると思ったら「婦女界」の表紙絵原画。
この時代の雑誌は優れた画家たちの作品がたくさんあって、とても楽しい。

野遊び 冒頭の絵。藤、が下がる木下を馬酔木、躑躅などを髪にかざした娘たちが行く。手に手に楽器を持って。
その足元にはスミレや蒲公英。本当に魅力的。

この絵の下絵が三枚ばかりでている。中には以前から見知っていたものもあるが、一つ初見で、その当時の婦人をモデルにしたものがあって、それもなかなかよかった。

乙密台(平壌) 1924 婦女界表紙絵  額の美しい韓美人。
高野山(南海道)1925 婦女界表紙絵 耳隠しに和装でストールをまく美人。
睡蓮 1925 キング表紙絵  古代美人が睡蓮を頭に飾る。
佐保媛 1925 キング表紙絵  桜を頭に飾り、華籠にも盛る。
和田英作はキング誌の創刊号から表紙を度々担当している。

4.東京を離れ、愛知・知立、そして静岡・清水へ
疎開である。それも縁もゆかりもない知立の駄菓子屋さんの離れを借りたのは奥さんの尽力。しかし歓迎され、当人も機嫌よく過ごしたそうだ。
やがて晩年、自分を再生させてくれた富士山の見える地へ移る。

上の御堂にて 1945 釈迦三尊像に四天王のひとりが描かれている。松に躑躅がいけられていた。壇には巴文がついている。
戦後の鎮魂のキモチだろうか。

古驛近く(知立東口) 1947 松並木が薄く金色に光る。

知立と言えば八ッ橋、杜若。
そのカキツバタ保存に奔走した杉浦・野村兄弟の肖像画がある。
とてもいい感じ。

かきつばた(小堤西池) 1949 油彩と言うより水彩に見える。池の水の光の変化が美しい。

三保の松原、三保富士と好むものを描いている。

最後に静岡市庁舎のために描いた「真崎からの富士」がある。1955 最後まで富士が好きだったのだ。

いい展覧会をありがとう。

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デトロイト美術館展を楽しみました その2

続き。
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2.ポスト印象派
現れたのはこちら。ゴーギャン先生。1473137972725.jpg
ちょっとエエカッコシィな感じがあるな。俺がゴーギャンだくらい言いそう。
30年くらい前ならこのポーズは「うーん、マンダム」だぞ。

バックに変な絵もある。IMGP0524_2016090613412598d.jpg

セザンヌ先生お得意水浴図の巻IMGP0525_2016090613412709e.jpg

しかしわからないのはこちら。珍しいような気がする。セザンヌ製 三つの髑髏
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製、と書いたがセザンヌが三つの髑髏を拵えたりはしなかったと思う。

画家の夫人IMGP0527_20160906134130bf6.jpg
絵の構成がもう本当にせざ。

撮影はしなかったが、他にサント=ヴィクトワール山もあった。

ゴッホの自画像はチラシ。
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わたしの好みは蝶々。ルドンの「心に浮かぶ蝶」
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撮影のいいところは額縁も撮れるところですな。
好ましい額縁が少なくない。

ボナール 犬と女性 IMGP0530_201609061413210e0.jpg
なごやかな。

ヴァロットン 膝にガウンを巻いて立つ裸婦
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風刺画で有名なドーミエなどもそうだが、ヴァロットンなどでもこうしたタブローを見ると得した気分になる。
逆にタブローの多い人が挿絵やマンガを描くと、とても楽しい気持ちになる。

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ドニ トゥールーズ速報 中味はなんだろうか。

3.20世紀のドイツ絵画
ここは撮影は可能でも挙げてはいけない絵が多い。個人の楽しみで止めよう。
見たい人は美術館へゆこう。

ココシュカ、ペピシュタイン、ノルデ、カンディンスキーらの絵があった。
ナチスから退廃芸術扱いされる作品群だったか。
色彩のはっきりした絵が多く、アクの強さを感じた。

オットー・ディスク 自画像 この記事の一番上のゴーギャンとはまた違った意味で自己主張の強い一枚。
自画像というものはやはりそうでなくてはいけないのだ。

4.20世紀のフランス絵画
マティス、ピカソ、モディリアーニらの作品が並ぶ。
とはいえピカソは公開禁止。
青の時代の「アルルカンの頭部」の美青年、肘掛椅子の女性の優雅さなどは美術館で見てね。

マティス 芥子の花IMGP0535_2016090614135957b.jpg
これを見て♪赤く咲くのは芥子の花・・・という昔の暗い歌を思い出しはしたが、この絵は決して暗くない。
いい感じの染付の花瓶にいけられ、背後にはこれまた魅力的な屏風まである。

窓 IMGP0536_20160906141401610.jpg
左右の青と青がいい。中の白が効いている。
室内は簡略されてなお優雅さがある一方で、軽快さ・明るさ・モダンさが際立っている。

コーヒータイム IMGP0537_2016090614140246b.jpg
オダリスクの女性たち。コーヒーもトルコ風のものか。

デュフィ 静物IMGP0542_201609061515017a6.jpg
背景はカケアミ風。軽快でイキイキしている。

モディリアーニ 帽子をかぶった若い男性
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案外美少年だったのかもしれない若い男。
彼を見て昔の青年の帽子姿の良さを想う。

最後にスーティンの赤いグラジオラスIMGP0541_20160906151500d85.jpg
モネさんのとは違う種類なのかと思うほどの花。
これね。IMGP0502_20160906125303453.jpg

現在はもう撮影禁止。いい時期に行けてよかった。
デトロイト美術館、いつか本場へ行きたい。
そのときはデトロイト・タイガースの本拠地に行き、回転木馬ならぬ回転猛虎に乗るのだ。
そのときのBGMはもちろん「デトロイト・ロック・シティ」に決まっている。

9/25まで。

デトロイト美術館展を楽しみました その1

大阪市立美術館でデトロイト美術館展が開催されている。
次の巡回は上野の森だったかな。
大阪のチラシとキャッチコピー・・・こらこら。
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誰が拵えたか知らないが、ちょっとどうかな。

さて大阪では8月末までの火・水・木のみ全作品の撮影可能で一部除いてSNSに挙げるのもOKという試みが行われた。
わたしなんぞも嬉しがって会社を休んで撮りに行きましたがな。
挙げたらアカンのは措いて、OKを貰ったものだけを挙げていきます。

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デトロイト美術館展のご厚意による撮影可能、お礼を申し上げます。
なお写真はすべてわたしの視点からのものです。

1.印象派
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はじめにルノワールの「白い服の道化師」があった。息子のジャン坊や。
可愛いなあ。IMGP0498_20160906125244ca9.jpg

色彩がいいよね。背景は青系でも顔の周りに温かな暖色系。

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ピサロ 小道 この塔の質感がいい。というかやはりカメラではなく実物を見ないとこの質感の本当の良さを味わうことは出来ない。
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モネ グラジオラス
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奥さんのカミーユが花を見る。花の周囲には蝶々がひらひら。
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蝶がとても可愛い。
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クールベ 川辺でまどろむ浴女
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膚の感触がじかに伝わってきそうな。IMGP0505_20160906125308d03.jpg

ルノワール 肘掛椅子の女性
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このヒトの眉と目元にはたいへん親しみを感じる。
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鼻と口元は全然似てはいないが。

わたしは小磯良平になら肖像画をお願いしたいのだが、この女性の絵を見ると、ルノワール先生もいいかも…と思ったよ。

続いては、座る浴女IMGP0508_20160906130223c40.jpg

ふくよかな良さが画面に満ち満ち。IMGP0509_201609061302243d7.jpg
白い膚がとても綺麗。真珠母貝のよう。

さてドガのバレリーナたち。楽屋の踊り子
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それぞれの動きがいい。・・・チェロ踏んでるのかな。
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朝の乗馬 競馬ではないですなIMGP0513_20160906130242811.jpg

バイオリニストと若い女性IMGP0514_20160906130243139.jpg
モデルがいるのかどうかも知らないが。

女性の肖像
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ソファにずっしりと身を預けているが、その肩のところの茶色いのが猫に見えて仕方ない。

包帯を巻いた女性 …といえば綾波を思い出すよね。
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アンリ・ジェルヴィクス パリのカフェにて 1877年という時代を感じる。
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ヴェールをつけていた時代。IMGP0519_201609061341053b9.jpg
煙草の煙が揺らぐ。

カロリュス=デュラン 喜び楽しむ人々
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家庭内のささやかな幸せ。IMGP0521_201609061341087ed.jpg

おもちゃの兎さんIMGP0522_20160906134124819.jpg

長くなりすぎるので続く。

没後25年 中川一政展 心の太鼓が鳴りわたる

香雪美術館で中川一政展をみた。
もう没後25年らしい。
力強い絵を晩年まで描き続けていた。
タブローだけでなく、本の装幀や挿絵にも名品が少なくなく、忘れることのない画家のひとりなのだ。

いきなりやきものが現れた。多彩なのでなんでもチャレンジし、なんでも中川作品になる。
武骨なような外観も中川一政らしくていい。
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割れたのを黒漆で継いでいて、その銘が「蘗 ヒコバエ」だというのもいい。
そうヒコバエとは樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことをいい、見た目をそのように表現するところに中川のセンスを感じさせられる。

全体的にとても力強い作風であり、それはどの方面でも変わることがなかった。
書も力強く大胆で、挿絵も高名な「人生劇場」の青成瓢吉、吉良常、飛車角などを思い浮かべると、立派な背骨が通っているのを感じる。

今回の展覧会で中川の出発点が詩歌からだったことを初めて知った。
彼の随筆の面白さはよく知られているが、若山牧水、与謝野晶子らの知遇を得ていた若き詩人だったとは思いもしなかった。

珠玉のような言葉、それをあやつる詩人。
驚きはしなかった。あの随筆の面白さも頷ける。

所々に中川の言葉がある。
「画の勝負は美しいとか醜いとかいうものではない、生きているか死んでいるかが問題だ」
1975年「腹の虫」より。
なるほど、確かに中川の絵は生きている。
たとえ死んだものを描いたとしても中川の絵では生きていそうな力がある。

若かった中川は詩の関係で芦屋に来てその地の富豪の世話を受けていた。
その時、既知の三島丸のコックさんから「お土産に何がいい?」と訊かれ、何の気なしに絵の具がいいと答えたそうだ。
三島丸は世界を旅し、帰ってきたコックさんは中川にお土産に約束の絵の具をくれた。
それは英国・ニュートン社の絵の具で世界最高の絵の具だった。

その絵の具を使って描いた「酒倉」は21歳の中川の鮮烈なデビュー作となった。
1914年、深江辺りの酒蔵を描いた絵。屋根は角煮色、すぐ下の壁面に白のラインが入り、黒壁。
この絵は岸田劉生に激賞されたそうだ。

若い頃の絵はもう一枚。
春の川 1923 神田川をモチーフにしたもの。一目見てゴッホの「アルルの跳ね橋」を思わせるような橋が画面左寄りにある。油彩だがどこかクレパス風な色彩。
この頃の中川はゴッホとセザンヌの影響下にあったそうだ。

中川は劉生の影響にも縛られていたそうだが、彼が京都へ移ったことでその影響下から脱出できたという。
劉生の強烈な個性は多くの人を覆い、そこから逃れるのに苦しい葛藤を引き起こすほどだった。

少年顔 1951 16歳の三男・菊之助を描いたもの。白帽に黄色い顔の少年。中川のお気に入りモデルだったが、わずか24歳でなくなったそうだ。
輪郭などを見ていると青成瓢吉を髣髴とさせる。

シャープな線、リアリズム、アカデミズムと言ったものからは遠く離れた絵である。
精神の在り方と連動して筆が力強く動く、そんなイメージがある。

洋行した中川はマヨルカの壺・花瓶に魅せられ、大量に買い込んだそうだ。
それらは彼の絵のモチーフになり、花の絵を描くときには必ず花を生ける花瓶になった。
花は椿や薔薇が多く、それらを好んで描く中川の気持ちも伝わってくるようだ。
大きな花弁の明るい花。力強い中川の筆は型崩れもなんのその、明るい色彩を強く濃く塗って、花とマヨルカの壺とを引き立たせる。

ヒマワリを描いたのは二枚。
73年のは、ゴッホとセザンヌの影響をこれだけ受けたのだ、ありがとう、ゴッホ、セザンヌ、と礼を言ってるように見える絵だった。トルコブルーの地にどーんっとヒマワリが咲いている。実は切花なのだがそんなことを考えさせず、花はマヨルカ壺から元気よく伸びだし、首を折れてぐったりしているのも、ある種のナマナマしさを見せている。

82年は朱地に群青を塗りつぶして力強く花が咲いていた。

展示作品の大半は1970年代から80年代のもので、中川のエネルギッシュさが満ち満ちたものばかりだった。ひとつとして静かな絵はない。

駒ヶ岳 信州のではなく芦ノ湖の近くの山で、空が三色くらいの青で構成されていて、そこに苔緑色の山がカニのようにのさばっている。凄い迫力。

こうした力強い絵を描いていると、額縁までも通常では立ち行かなくなった。
チューリップ 1985 描いてから木枠を張りそこに飾り絵を入れた。
描き表装ならぬ描き額縁。

阿吽 1983 イメージ (68)
向田邦子「あ・うん」の表紙は将にこの中川一政の絵だった。
向田邦子は熱烈な中川ファンで、旅行から帰ったら速攻で中川と一緒にお出かけする約束をしていたのだが、帰って来れなくなった。今頃は中川、久世光彦、森繁久弥らと仲良く過ごしていることだろう。

李白の詩を絵にしたもの、先人の言葉を写したものなどもいい味を出している。
その中でも特によかったのは文楽のカシラを描いたもの
「われはでくなり 遣われて踊るなり」 強い意思表示を感じた。木偶と言いながらも。

アイリスと金盞花 岩絵の具で洋風に描いている。それぞれがマヨルカの瓶にいけられているが、これを見て舞台役者のようだと思った。存在感が半端ではない。

鉄線花・枇杷 こちらも舞台役者のようで、ただし世話物。そんな風情がある。

大きなタイやアジの絵もあれば、扇面に可愛くふくら雀の絵もある。
唐津焼も織部も拵える。無骨な茶杓もある。
火野葦平「麦と兵隊」も出ていた。タバコの火を貰う絵。

なにもかもがしゃべりだしているような絵ばかり。決して静かなものはない。

お正月の歌会始でこんな歌を詠んでいる。
若き日は馬上に過ぎぬ 残る世を楽しまむと言ひし 伊達の政宗あはれなり
「馬上少年過ぐ」だな…

晩年にはこんなのもある。
もしや我 死んでいないか 新聞の死亡広告 みる時あり
ブラックユーモアと見ていいだろうか…わたしは笑ったが。

なお白山市の中川一政記念美術館でも記念展が開催される予定。
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最後に一つ。
中川一政は石井鶴三と仲良しだったが、その交友の中で鶴三が愛犬にべろべろ舐められて喜んでいるのを見て「鶴三は長生きするだろう」と書いているのがおかしくてならないのだが、そのエピソードが入っているのはどの本なのかがわからなくなっている…

10/23まで。

山本二三展 リターンズ

神戸ゆかりの美術館で「山本二三展」が開催されている。五年ぶりの開催と言うことで正式名称は「山本二三展 リターンズ」そして副題は「日本のアニメーション美術の創造者」。更にそこに作品タイトルが列挙されている。
天空の城ラピュタ、火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女
そう、この名作群の美術を担当された山本二三さんの作品展なのだ。
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近年映像作品を観る機会が減っている。アニメも特撮も洋画も関係なしに時間が取れない。ところがこうした展覧会だと喜んで出かけるし、そこで映像が流れているのを見ると、ドキドキする。もっとそのドキドキを持続させるためにも映像を見なくてはならない。

五島列島の福江島出身の山本さん。素晴らしい教会が残っているところ。
そこから東京に出て、24歳の若さで「未来少年コナン」の背景美術を担当している。
わたしは本放送は見ていないが、再放送がある度に熱心に見ている。
宮崎さんの関わったすべての作品はその背景の美術が素晴らしく、それらは自分の中では素晴らしい風景画だという認識がある。
椋尾篁、男鹿和雄、山本二三。
素晴らしい背景画があふれている。

1.日本アニメーション史の金字塔

展示はコナンから始まる。
インダストリアのコアブロックの角の部分、そう地下の住人たちのいるところ。薄茶色の空間、人物はいないが、ここからどうなるのかを思い出すと、それだけでドキドキする。

ギガントコントロールルーム  チラシにもある、丸い窓のたくさんあるあの空間。
ここでレプカたちが…そう思うと悪の巣窟に見えてくるではないか。

ラピュタの背景画が並ぶ。こちらにはところどころセルもついていて、いよいよ1シーンを目の当たりにするという実感がある。
炭鉱、坑道、荒廃したラピュタ…ロボットがぼてんと転がるシーンがある。
どんどん見るうち心の中で「バルス!!」と言ってしまっていた…

もののけ姫では大変な苦心をしたそうで、けっこうコワイ言葉を口にしている。
これは競作と言うか共作というか、一人で担当しているわけではない。
この映画が世に出る直前NHKのインタビューで色指定の女性が緑だけで何十色もの使い分けをしている、ということを話されているのを忘れない。
それを聞いてから映画館でその圧倒的な緑の奥深さに胸を貫かれたのだ。

コダマの道、シシ神の森の素晴らしさ。湿気と葉緑素と酸素とそのほかの諸々のものが肺に入ってきそうだ。
シシ神様がぬばぁぁぁぁぁっと伸び上がる姿が見えてくる…
コダマの道も夜露に濡れて光っていて、コダマはいないのに隠れているとしか思えなかった。
そしてシダの美しさ。何という緑だろうか。すばらしい緑。

2. 名作文学の背景
時をかける少女から始まる。2006年のあの作品。つい先だっても舞台の一つとなったトーハクで上映会が行われた。
グラウンド、家庭科実習室、理科実験室、坂道、踏切…
あの坂道のある町の様子が本当にいい。実際に住むにはとても大変そうだが。

主人公真琴の家がとても魅力的。正面側のガーデニングがスゴイ。しかしわたしとしては中庭のゴーヤ棚の辺り、こちらがとても好きだ。和洋折衷のとても暮らしやすい家。
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最後に東博本館のあの階段が現れる。茶色く描かれていて、少し階段が少なく見えるが、あの優雅な空間がここにある。

あらしのよるに おや、2005年の作品だったか。早いものだ。

グスコーブドリの伝記  これはますむらひろしの猫キャラで話が進む。まだ公式サイトが保たれていた。
この作品は冷害で苦しむ人々のために火山の噴火を誘発させ温暖化を招こうとする、しかしその作業をすることでどうしても生きて帰れないブドリの生涯の物語。
作者宮沢賢治の頃は「寒さの夏はおろおろ歩き」だったのだが、現代では逆に温暖化が深刻な状況なので、絵画化する時にとても悩んだそうだ。
そうしたところに山本さんの誠実な人間性を感じる。

わたしの知らない作品がいくつもある。
中で93年の「狼と七匹の仔山羊」はキャラを森康二さんが担当したもので、可愛い山羊の子らにわたしも嬉しくなった。
わたしも森さんの可愛い動物キャラが大好きで、だからわたしのツイッターのヘッダー?バナー?は森さんの絵なのだった。



火垂るの墓 …神戸が舞台ということでは「神戸ゆかりの美術館」での開催にとてもふさわしい。
イメージボードがたくさん並ぶ。ドロップの空き缶と火垂るが舞うもの、ブリキの金魚の忘れ物、横たわる節子…
大勢のお客さんが来ていたのだが、やはり皆さんこのコーナーに来ると、せつなさ・つらさにうちふるえるようだった。

阪神電車のホームの柱、清太の実家のええ欄間、防空壕、そしてそこに舞う火垂る、空襲…
見ているだけで胸が痛い。
決して忘れてはならない作品。

長崎の風景を描いた作品がある。グラバー亭、大浦天主堂、眼鏡橋。もう長らく行ってない。行きたくなってくる。
五島列島の風景も素晴らしい。
ああ、行かなくては。

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3.山本二三ライブラリー

ルパン三世2の「死の翼アルバトロス」の背景が二つ。
「名探偵ホームズ」もアジト、金貨製造工場、夜のベーカー街が出ていた。
「リトル・ニモ」もある。

なかむらたかしと組んだ「ファンタジックチルドレン」の背景は現実の世界の名所だった。
ヨーロッパとアジアと。なかでもガジュマルの木にくるみ取られた仏頭の絵が凄かった。

1981年の「じゃりン子チエ」の背景も山本さんだったのか。
監督の高畑さんと共に舞台になる辺りの木賃宿に泊まりホルモン焼き屋さんを巡り、大阪の下町の空気感を感得したそうな。
同じ大阪府民ではあるが、阪急王国民(!)のわたしは放送当時まだ子供で、大阪市内の下町に行くことはなかった。
だからこそとても興味深く見ていた。
結局このアニメーションが素晴らしすぎて、わたしは原作をその後から読み、一気に引き込まれ、本を買い続け、全巻を揃えた。
今もしばしば読み返すが、その時、キャラたちの台詞は全てあのアニメの時の声で脳に入ってくる。

未公開作品「かちかち山」は黒澤の「七人の侍」ぽい構成だそうだ。復讐に燃える爺さんがいた。

ゲーム作品もあれば、小説の挿絵もある。
歩き屋フリルとチョコレートきしだん この挿絵はヨーロッパのそれのように、と描いたそうだが、東欧から帝政ロシア時代の美麗な挿絵を思わせてくれる。
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山本さんは繋温泉や鶯宿温泉のポスターも拵えている。いずれも緑が豊かである。
そして教科書用の挿絵もある。三内丸山遺跡など。

最後に描き下ろし新作。
文月の神戸
御影公会堂
ああ、どちらも今の光景だ…

いい展覧会だった。
9/4まで。


「富士と女性 日本の心」展 @小林美術館

高石市、というより羽衣駅の近く、浜寺公園そばという方がわかりやすいかもしれない。
そこに小林美術館がオープンした。
とてもいい空間の美術館で一階には素敵なカフェもあり、ご近所の方々が寛がれていた。
館長の小林さんは塗料を扱う会社を営まれており、扱い品目の染料と顔料がどのように使われるかを想い、そこから日本画の魅力にひきこまれていったそうだ。
9/4まで「富士と女性」展が開催されている。
過日、出向いた。

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とても分かりやすい場所にある。わたしはその日、忠岡町の正木美術館に行ってからここへ来たのだが、迷うこともなく到着。
土地勘のない人でも大丈夫だ。
まずはエレベーターで3階へ。
新しい建物なのでにおいなどが気になるところだが、それがまるでない。
さすがに染料などの専門家の方のところだけに、すごく気を遣っておられるのだ。

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落ち着いた空間に日本画を中心にした絵画が並んでいる。
「富士と女性 日本の心」展が開催中ということで、富士山の絵と美人画が出ていた。

大観、球子の富士山を見比べる。全く別物。富士山という存在は不二ではなく、他にもあるのだと主張しているようだ。

福王寺法林の富士は赤富士、小林五浪のはトルコブルー。個性様々な富士。
栖鳳の富嶽、遙邨の三保羽衣松、青い山と、山吹色の空と、それぞれの富士。

富士の様々な絵を見ると、必ずわたしは武田泰淳「富士」を思い出す。
終戦間際の富士の裾野の病院で起こる様々なことども。
カタストロフィーが訪れるのは大騒ぎの宴の中で。
武田泰淳は「富士は固定観念をあらわしているんですよ、永遠に変わらないものと言う意味です」ということを語っている。

美人画をみる。
松園さんの珍しいものがあった。
桜桃 背景なしでゆるふわな髷の女が舞う。ざらっとした紙。これは後で訊くと、下絵らしい。
しかし綺麗な絵で、未完成とはいえ、それが逆にそそる何かを見せている。

清方、深水の美人もいる。
濱田台児の舞妓、北野恒富の舞妓、東西の違いが面白くもある。
フジタの和装女性もいる。どこか石版画を思わせる。頬高の美人.
棟方志功の板画の「青韻童女」は可愛い。青黒いが可愛い。

2階では文化勲章の受賞作家たちの絵が集まっていた。
慎ましいサイズの展示空間だが、心地よさがある。

玉堂の春の漁村の和やかさ、龍子の那智の大きさ、土牛の信濃太郎山の広さ。
胸がすくような自然の美がある。

栖鳳 翆竹小禽 オレンジ色の愛らしい小鳥がいい。
蓬春 緑翠 翡翠がいる。濃い緑の中。
翆と翠。言葉のイメージが異なる色を呼ぶ。

松篁さんが中国に行った時に見たものを描いた絵がいい。
中国芝居 京劇である。赤衣と灰青衣の二美人。それぞれの飾りも違う。
何の芝居かはわからない。
珍しいものを見た。

魁夷の馬の親子、高山辰雄のキラキラする胡粉が綺麗な山の中の風景「夏ゆく」、平山郁夫の月光に輝く法輪寺の塔。
昭和後半になってもこうしたいい絵が生まれていたのだ。

洋画も少しある。
梅原の静物はミモザとバラがいけられた花瓶、その下には枇杷らしきものが転がる。これが1984年の作品だから亡くなる少し前か。

小磯良平の清楚な婦人像はピンクのワンピース、フジタのアラブの子どもは目の綺麗な少女。
棟方志功の琵琶弁天もあり、珍しいのは堂本印象のガラス絵。

見終えた後、学芸員さんと小林館長と少しばかりお話をした。
とても明るいお人柄の館長さん。学芸員さんもとても熱心。
場所柄もいいのでまた訪ねよう。

正木美術館から小林美術館、そして浜寺公園駅まで歩いて阪堺電気軌道に乗り、寺地町のかん袋というのもいいコースだ。
羽衣駅は南海の急行停車駅、JRの東羽衣駅ともすぐ近く。
今度はカフェでくつろぎたい。
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