美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

誓願寺と瑞泉寺で見たもの

毎秋恒例の「京都非公開文化財」特別公開に出かけた。
今回は河原町三条近くの二つのお寺に行った。
誓願寺と瑞泉寺である。
誓願寺は新京極、瑞泉寺は三条大橋のすぐ、なのだがどちらもまさかこんな所にという場所にあり、普段は完全に素通りしていたので、今更ながらに「京都、すごいな」になった。

わたしはどちらのお寺も縁起絵巻が目的なのだった。
先に誓願寺から。

このお寺は667年創建というたいへん由緒のあるお寺で、女人往生の寺として名高いそうだ。
「誓願寺縁起絵」は以前にちらりと見ているが、今回のように遺された絵が一堂に会するのを見るのは初めてだった。
誓願寺の縁起絵は大きな軸で、鎌倉時代、江戸時代で三面、そして最初の一面を明治になって模写したものもある。
古いお寺のことなので霊験譚もそこに記される。
仏像づくりに携わる人々が仏化して熱心に立ち働いたり、和泉式部の祈りがあったり。霊験も数あれど、やはり本尊製作が目立つ。
とはいえ史実と伝承とがいい具合に混ざり合っていた。
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版木もあり、仏像造りが(ヒトから仏に変身して共働)というのが人気だったようだ。
仏を造るのが仏だというのも面白い設定だ。

さて瑞泉寺である。
ここは「殺生関白」として死なされた秀次公とその妻妾や子らを祀るお寺で、高瀬川の開削に努力した角倉了以が「畜生塚」と呼ばれた塚の荒廃をみて、開削と同時にお寺の建立を果たしたそうだ。
それでいえば角倉了以物語でもいいのだが、やはり秀次公らの哀れな物語が絵巻となって伝わっている。
なお、こちらに映像もある。

お寺はどこかなと三条大橋まで出た途端、えっここ!となった。
そう、本当にまさかのここ。そして開かれたお寺からはある種のフレンドリーさを感じた。たくさんのお客さんに来てもらうことで、秀次公らの一族の御霊を慰めたい、という気持ちを感じる空間でもあった。

処刑の顛末が描かれた絵巻。大変哀れである。
本当の理由などはどうでもよく、やはり死なされる運命にある人だった。
そして邪魔者を殲滅する秀吉の容赦なさ。
町を引き回される女人らの諦念に満ちた様子と無邪気な幼児らと。
処刑の実務を担う武士らの涙、塚に次々と放り込まれる遺体。
その塚に不名誉な名称をつける意地の悪さ。
母子を共に側室にする荒淫を責めるように、「畜生塚」。
数多の側室がいたことからの「蓄妾塚」。
どちらにしても嫌な名称である。

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展示にはパネルで舟木本や堺市博物館本の塚の様子を参考に見せる。
そして角倉了以らの功績を示す。
怨み、悲しみ、憐れさ、それらを慰めなくてはならない。この地にその寺を建てたのは良かったと四百年後のわたしも思う。

死ななくてはならなかった人々の肖像画もあり、享年も書かれてるのが哀れ。
幼い少女も含まれているからだが、身分の高い姫たちが刑死してゆくのを想うと、やはり哀れさが胸を衝く。
また秀次公は少年の美にも大いに惹かれる人だった。
殉死した美少年たちの絵がある。それも公を中心にしての構図である。
中でも不破万作が美少年なのは良かった。あと二人もなかなか。

それにしても秀吉の容赦のなさと言うものは凄まじい。
彼の主君・信長の凄まじさばかりが喧伝されているが、秀吉による処刑は無残の一言に尽きる。
五右衛門の釜ゆでなども秀吉によるものなのだ。
そのことを思うと、明るいキモチで「太閤記」を読むのもなあと思うのだった。

「畜生塚」というタイトルで未完の絵が甲斐庄楠音にある。
あの絵もまた悲惨であり、悲しいものだった。

こちらは側室たちの辞世の句を彼女らの遺品の辻が花の小袖などで表装したもの。
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どちらも11/7まで。
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月 ―夜を彩る清けき光

松濤美術館「月 ―夜を彩る清けき光」展に行った。
月光の美しさを愛でてきた東アジアの人々の感性。
月光に狂気を見出す思想もあるが、やはり月の美を愛でたい。
「月がとっても青いから遠回りして帰ろう」と歌う声もあった。
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【1】名所の月
1-1《瀟湘八景と近江八景》
瀟湘八景 是庵 室町時代 16世紀 京都国立博物館  とても静かな情景。風景に情緒が入り込んでの情景。

浮世絵の月もいい。
浮絵近江八景「石山秋ノ月」 喜多川歌麿 寛政4-7年(1792-95) 太田記念美術館  あっさりと描かれた石山の月が優しい。

近江八景之内「石山秋月」 歌川広重 文化12-天保13年(1815-42) 和泉市久保惣記念美術館  やはり風景画は広重に尽きるように思えた。

1-2《江戸時代の名所》
広重の江戸百がある。
名所江戸百景 永代橋佃しま 歌川広重 安政3-6年(1856-59) 和泉市久保惣記念美術館
名所江戸百景 月の岬 歌川広重 安政3-6年(1856-59) 和泉市久保惣記念美術館
この「月の岬」は影の使い方が巧いなといつも思う。

甲陽猿橋之図 歌川広重 天保13年(1842) 太田記念美術館  縦に描かれたことで橋の位置と川との関係性がよくわかる。月は猿橋より下にある。

【2】文学と月 ~詩歌・物語・随筆など~
2-1《詩歌》
ここでもわたしは浮世絵の月に惹かれる。国芳、春信の描く月に照らされた人。

武蔵野図屏風 江戸時代 18世紀 東京富士美術館  ああ、いい。ススキに隠れるように咲く桔梗の愛らしさ。武蔵野の月は都のそれよりずっと大きい。
「竹芝」の古伝説の姫君もまた武蔵野の月の美しさに惹かれた人なのだ。

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2-2《物語・随筆と月》
竹取物語絵巻(ハイド氏旧蔵本) 寛文・延宝期(1661-81) 國學院大学図書館 1巻  以前に見に行ったとき栞を貰ったなあ。さてここで出ているのは求婚シーン。どの貴公子かは分からない。

伊勢物語図色紙「西の対」 伝 俵屋宗達 江戸時代 17世紀 MOA美術館  縁先で寝そべるところ。随分前にこの色紙も和泉市の久保惣で見た。
昔の人はやはり「月が綺麗ですね」なのが多いね。

源氏物語図「浮舟」 江戸時代 17世紀 泉屋博古館  銀の月が黒くなっている。しかしそれはそれでいい。

紫式部・黄蜀葵・菊図 狩野常信 江戸時代 18世紀 泉屋博古館  湖面に映る月の絵がいい。

徒然草絵巻 海北友雪 江戸時代 17世紀 サントリー美術館 巻3  32段。「妻戸をいま少し押し開けて、月見るけしきなり」のシーンを描く。いてた人が帰った後もなお月を見る婦人の良さを書いている。それを見る、というのもまた面白いのですが。少年が可愛い。

雪月花の内 月 市川三升毛剃九右衛門 月岡芳年 明治23年(1890)刊行 徳川美術館  ぐっと力の入った毛剃、かっこいいよな。

【3】信仰と月
月天(十二天像の内) 鎌倉時代 13世紀 奈良国立博物館  久しぶりに再会。やはり綺麗。常に下弦の月がある。

【4】月と組む

4-1《月と日》
日月図屏風 田中訥言 江戸時代 19世紀 名古屋市博物館  金屏風、日月、皓皓たる月光に薄緑の波。世界が切り取られている。

4-3《月と鳥獣》
月にほととぎす 徳川斉荘 江戸時代 19世紀 個人蔵  殿様芸とはいえいい感じ。
月に鹿 伝 俵屋宗達 江戸時代 18世紀 個人蔵  月下に口を開ける鹿。
月に雁 歌川広重 江戸時代 19世紀 和泉市久保惣記念美術館  切手にもなった名画。
印判が二匹の鹿というのもいいな。季節バージョンぽくて。

4-4《月と山水・草花》
波間月痕図 岡本秋暉 安政元年(1854) 摘水軒記念文化振興財団  月が波間に揺らぐさまをこのように描く。近代的精神にも、情緒の顕現にも、どちらにも見える。

秋夜景図 松村景文 江戸時代 19世紀 頴川美術館  すすきが風に揺れる。
頴川美術館は月の絵が多いなと改めて想う。

4-5《月夜の営み》
人が働いたり布袋さんが笑っていたり。

【5】月の画師 - 芳年
月百姿 貼込帖(月百姿100点揃) 月岡芳年 明治22年(1889) 徳川美術館  えらいもんだ。
こうしたコレクターは本当にえらい。
月と言えばやはり芳年にツキるな。

【6】月の意匠 - 武具・工芸品
6-1《武具》
波に日月図鉄鍔、月に時鳥図小柄、月下雁図、田毎の月図鐔、猿猴捉月三所物 (目貫・笄)、
頼政鵺退治図三所物
月と関わる題のものがずらりと並び、感じいい。
太陽は屏風以外では日本の場合、あまり工芸品にはならない。
旭は描かれるが、それは吉祥画などが多く、やはり月の方が様々な場面で愛でられる。

6-2《工芸品》
ここでも月のある情景が展開される。

萩薄蒔絵硯箱、水辺景蒔絵文台、野々宮蒔絵硯箱
夜景の美しさと淋しいような心持とが好まれる。

染付吹墨月兎文皿 好きなお皿。ウサギは月と関係が深い。
染付山水文皿  雲も岩も林も月下にある。皿が地になり月にもなる。

【7】時のあゆみと月 
定家詠十二ヵ月和歌花鳥図角皿 尾形乾山 元禄15年(1702) MOA美術館 これはいつみてもいいもの。
そう、ムーンだけが月ではなく、月次もまた月なのだった。

後期展示は明日から。

越境する絵ものがたり

西尾市の岩瀬文庫は素晴らしい所蔵品を見せてくれる。
今までよい企画展があってもなかなか「遠くて」行けなかったが、こんなチラシを見てしまったら「遠くて」なんて言うていられないではないか。
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「越境する絵ものがたり」
物語の好きなわたしがこれを見過ごすわけにはいかない。
どこにあるのか知らないままとりあえず名古屋まで新幹線で出て、名鉄に乗り継いだ。

たどり着くまでの話と、出てから町をうろついた話とは既にあげているからここには繰り返さない。
今回は奈良絵本・絵巻の感想に終始したい。

さて前掲のチラシだが、あれは見事な編集によるもので、本来結びつく筈のない様々な物語が「越境」して、ほかの物語のキャラたちとつながりあっていた。
このチラシこそが今回の展覧会そのものを表現しているのだった。

展覧会の狙いはこちら。
「日本には室町時代後期から江戸時代にかけて、「絵ものがたりの時代」ともいうべき豊かな彩りに満ちた物語の絵巻・絵本が大量に生みだされた時期がありました。そこでは、愛すべき不思議で奇妙な登場人物が、至るところで活躍します。人間のみならず、神仏であったり、動物や妖怪など、異類と呼ばれるものたちでもありますが、彼らは物語りのなかで立ちはたらき、時空を超え、何ものかに変化し、世界を生みだす“越境”を遂げる存在です。今回の展覧会では、2007年に開催された「絵ものがたりファンタジア」をパワーアップし、初公開の個人蔵絵巻・絵本も加えて、絵ものがたりを“越境”という角度から読み解きます。 ファンタスティックでダイナミックな絵ものがたり文芸の世界をお楽しみ下さい。」
とのことです。
現物とパネル展示とをうまく使って、とても見やすく・理解しやすくされていた。そして解説がまたいい。

Ⅰ.聖域・異界 この世とあの世
ここでもサイトから引用する。
「物語は、世界を越え、時空を越えてくりひろげられる人間の想像力の賜物です。それは、神話や聖典など、人類社会や宗教のよりどころとなる〈聖なる書物〉の主役となる、神や仏の身のうえにも語られます。彼らのさすらいや運命的な出会いや別れなど、そこに見いだされる物語は、じつに人間らしい喜びや悲しみにあふれています。 
 彼らのさすらう世界は、海中の龍宮であったり、絶海の孤島であったり、あるいは深い山の中であったりします。と同時に、誰もがお参りする親しい霊場でもあります。物語によって、世俗の巷からたちどころに神仏の〈聖なる世界〉や天狗などの住む異界に身をおくことができます。それこそ、物語の越境する力なのです。」

たとえ話ではない、実際にまさかの展開を見せる話もあ.る。

章タイトルをみて改めて「他界する」という言葉の持つ意味を想った。

・海中の異界へ
「神代物語」 いわゆる「海幸・山幸」の物語である。素朴な絵で物語が進む。
青木繁「わだつみのいろこのみや」と同じシーンがある。山幸ことヒコホホデミノミコトが兄の釣り針を探して海底に降り立つ。赤い花の咲く木の下の井戸に水汲みにきた二人の女、トヨタマ姫とタマヨリ姫が彼と出会う。
竜宮に向かうミコトと姫たち。
竜王は娘婿となったミコトのために釣り針を探し出す。やがて陸に帰るミコトと竜王の一行。竜王はファンキーな竜に乗っている。
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もう一つの「神代物語」は絵も繊細で綺麗。
花一つにしても蘂も描いている。着物も丁寧。こちらでは息子と共に能をみるシーンもある。

同じ物語であっても表現は色々。比較して楽しめるのがいい。
そしてこちらは海底という他界から地上へ帰還する男の話であり、地上で出産したとき海底の人である本性を露わにしたがために、彼女にとっての他界から元の海底へ戻る女の話でもある。

・本地と縁起
可哀想な話があった。
「釈迦並観音縁起」 こんな話は全く知らなかった。インドの長者の二人の息子の本地ものである。
兄弟の母が亡くなるときに慈悲の心の大切さを説く。やがて父は後妻を迎えるが、飢饉のために妻子をおいて食べ物を探しに出たが、継母はその間に幼い兄弟を絶海の孤島につれてゆく。何も知らない兄弟は島で無邪気に遊ぶが、そのまま置き去りにされ、静かに飢え死にする。その際に兄弟は母の教えを思い、人々の救済を誓う。
やっとの思いで息子らをみつけだしたが、そのときにはもう手遅れ。父もまたその島で人々の救済を誓って死んでゆく。
彼らが生まれ変わって父は釈迦に兄弟は観音と勢至菩薩とになる。先に死んだ母は阿弥陀如来になる。
幼い兄弟が楽しそうに島で遊ぶシーンと死んでゆくシーンとがたいへん哀れで、だからこそチラシのように骨の子らと遊び続ける様子にほっとする。

この物語は伝承のものではなく、杉原盛安という作家のオリジナル。
綺麗な肉筆ものなので話がどれだけの人に知られていたか、ほかに普及版のようなものが作られていなかったのか、そのあたりが知りたいところである。

ほかに「釈迦の本地」として一代記を描いたものも出ていた。誕生から涅槃に至る話なので、ジャータカではない。
かなり描きこまれた作品。
「観音の本地」は立身出世ものに絵姿女房に難題クリアーものが混ざりあったもので、絵は素朴。とはいえ色使いは土佐派ぽくもあるのが楽しい。

2.女と男 子どもと大人
ふと「とりかえばや物語」を思ったが、ここにはない。

継子いじめの「住吉物語」の絵巻がある。
きらびやかな造りの絵巻。嫁入り道具として作られたかもしれないそうだが、継子いじめの話をか、と思う一方で、平安貴族の閉ざされた空間にいるべき女性が自助努力と仏の加護とで幸せを掴む、という話であることを思うと、嫁に出す娘への思いやりを感じもする。
着物などは丁寧だがキャラの顔などは至ってシンプル。

また比較として別仕立ての絵巻もあり、こちらは更に素朴な絵ではあるが、本文がほかの本とは違うそうな。
読んでみたいと思った。

平安時代の人気作「狭衣」のリメイクものがあった。悲恋の物語をハッピーエンドに書き換えたそうで、キャラへの思い入れがあまりに深いと、どうしても悲運なキャラたちを幸せにしたくなるものだ。
それに時代の要請があったのかもしれない。
「フランダースの犬」だってハリウッドではネロもパトラッシュも最後は人の手で助けられるのだ。

「ちこいま」というタイトル、実は「稚児今参り」の略称らしい。こちらは稚児の恋物語だが、相手はなんと姫君、フジョシ好みの話ではないのである。絵はシンプルで可愛らしい。
稚児は僧正のお供で内大臣の屋敷を訪ね、姫君に一目惚れする。その稚児に彼の乳母がついて、女装させて大臣邸に入り込ませる。
女装の少年と姫君との恋。しかし姫の寝室には稚児姿で現れる。
姫は懐妊するが稚児は比叡山に戻されることになり、更にその道すがら天狗にさらわれてしまう。そう、美少年は天狗にさらわれるものだ。「花月」などをみてもよくわかる。
姫はその後を追って山に入り、天狗たちの母である尼天狗に救われ、助力を受けて、稚児を救い出し、共に稚児の乳母の元へ。
やがて元服した稚児が姫君の元へ婿入りし、幸せに暮らす。

稚児は白色の綺麗な着物に愛らしい稚児姿で、一見したところ姫君より幼く見える。
そしてそんなだから天狗の元へさらわれてきても宴席でしょぼんとする姿が愛らしい。
それにしても比叡山でも天狗の元でも大事にされはしていても、この稚児は本質的にストレートのままだったのだなあ。

「満仲」もある。多田源氏。困りものの主君の息子と出来のよい家来の息子。
主君の子を生かすためによい子の方を身代わりに殺す・・・まあ日本的な悲劇ですわな。
絵は素朴だがその分嘆きが深い。

「中将姫」は丁寧な絵で、継子いじめと出家とが描かれている。「死者の書」のような当麻曼陀羅の縁起ものではない。
解説によると詞書も説経風らしい。物語の展開も波瀾万丈である。

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3.旅するヒーロー
貴種流離譚

義経関係の絵本が並ぶ。
「義経記」「浄瑠璃姫物語」「天狗の内裏」
岩瀬文庫本は「義経記」が16冊もあるそうだ。一代記まるごと。
絵もそれぞれ綺麗。弁慶は丸坊主。
「浄瑠璃姫」はどうしても岩佐又兵衛の豪華絢爛な絵巻を思い出すが、こちらも詞書の部分に金泥を使ったりしている。絵も丁寧で、特に義経が病で危篤の場などはよく描けている。
「天狗の内裏」素朴な絵で、天狗たちがファンキー。彼らで「是害房」が見たくなる。

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4.人と動物・妖怪 異類の饗宴

いきなり「酒呑童子」が二種。絵巻と絵本。
どちらもいい絵で、迫力が凄い。
がぶっ と鬼が兜に噛みつくところなどはやっぱりいい。

「岩竹」は知らない話。
大仏建立の時に柱の下敷きになった我が子の恨みに燃える変化の大蟹・岩竹による怪異。退治される様子などはなかなか凄まじい。蟹、赤い血を迸らせる。
丸顔の武士たちより蟹の方が迫力がある。

「かなわ」は「金輪」。チラシでは赤鬼が両脇に人を挟み込む様子がでているが、わたしが見たときは別なシーンが展示されていたので、どういう状況でそうなったかがわからない。残念。
「うわなり妬み」に鬼退治のスペシャリスト・頼光と四天王が。
やがて宇治の橋姫になるまでの話。普通の女から鬼に変わる女。頭にコンロの三徳をかぶっている。

「賢学草子」があった。絵そのものは先般紹介した公文書館の本とほぼ同じ。ということはこれもまた酒井家旧蔵本の模写絵巻。
女の顔で首下が大蛇という恐ろしい様子なのである。

「雀の発心」これはサントリー美術館の「雀の小藤太」の仲間。
もうお悔やみの場からでている。多くの鳥たちがお悔やみにくる。きちんと描き分けられている。

「えんがく」猿夫婦の霊場巡りツアーと極楽往生の物語だが、これをうまいこと双六仕立てにしてパネル展示にしてあるのがいい。
とても分かりやすいし親しみやすい。
猿だけに最初は日吉山王へ。三井寺、清水、銀閣、鞍馬、誓願寺、石清水八幡、天王寺、住吉、当麻寺、根来、高野山、東大寺、春日大社、猿沢の池。やがて「ひつじおうじょう」=「必至往生」を願い、飛び降りる夫婦。そこへ来迎が。ヨカッタヨカッタ。

「人間一代戯画」 タイトルは岩瀬文庫の岩瀬弥助氏がつけたもの。
せりふなしで、骸骨たちが着物を着て、普通に暮らしている姿を描く。子供らは元気に遊び、男は浮気したり、イケメンを見てぽーっとなる女も少なくないし、商売でもめたり、と色々。
耳鳥斎ではないが、人生は戯場だというのがここにもある。

5.うまれかわる絵ものがたり
といってもリ・インカーネーションではなかった。
「花鳥風月」、「祇王」の版本、「大原御幸」がある。先のは巫女による判定ものだが、後の二つは平家物語からのもので、生きている内に大きな人生の転変をした人々の話である。

最後に「鉢かづき」。
岩瀬本は鉢と言うより笠。こちらも丁寧な絵である。
参考に居初つな女の鉢かづきも。
鉢かづきは寝屋川市のマスコットキャラにもなっている。

本当に面白い展覧会だった。
これからは好みの企画の時はわたしも関西から「越境」してここへ来よう。
11/6まで。

土のしらべ ー和の伝統を再構築する左官の技

竹中大工道具館はいつも興味深い企画展と、いつまでも見飽きない常設展と、魅力的なワークショップとで成り立っている。
わたしはあいにくなことに時間の都合でワークショップにまだ参加していないが、スケジュールを見るだけでもわくわくする。
常設展の素晴らしさについては、行くたびにしつこく写真をツイッターで挙げ、多くの皆さんの賛同を得ていることからもわかる。
今回は「土のしらべ ー和の伝統を再構築する左官の技」として、左官・久住章さんの仕事を追う展覧会となっている。
なお場内は撮影可能なので、わたしは嬉しくてぱちぱち撮った。

まずは左官の歴史について。
職人尽絵をみる。
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左官の歴史は古いのだ。
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宝亀9年は778年、奈良時代に遡る。

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大伴家持の生存中かと気づく。
そうか、「死者の書」での「土を積んで、石に代えた垣、此頃言い出した築土垣つきひじがきというのは、此だな、と思って、じっと目をつけて居た。見る見る、そうした新しい好尚このみのおもしろさが、家持の心を奪うてしまった。」というのもこれだなと思うのだ。

そうして眼を向けると、そこに左官の新しい仕事が展開していた。
これまでここにない設えである。
この展示のための新たな設えに違いない。
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さして広くもないはずの空間に長い回廊が生まれて、その一筋しかないはずの回廊を行くだけなのに、わたしは道に迷ってしまったような錯覚に溺れる。

久住章の手となる道具が展示されている。
凄まじいばかりの鏝である。
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これらがこの壁を拵えたのだ。IMGP0014_2016102900153252c.jpg
鍛冶屋との闘いのような鏝。

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美しい違いをみせる。

鏝だけではない道具たち。皆とてもだいじなもの。
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真・行・草。
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映像が流れている。
神戸の海岸ビルヂングの一隅にあるいるか設計集団での会合である。
久住が来て、ドイツ・アーヘン工科大学の教授が来て、話が深くなる。

久住の話を聞く。
日本の建物はメインが木で、土はサブ。ドイツは土が主役。
それを聞いて「三匹の子豚」の家の話を思い出す。
なるほど確かに日本は紙と木(神と気、と変換した)で作られた家だ。

映像は大変面白いものだった。
久住のアトリエなども映る。

彼が変わった手法で装飾を施した建物が紹介された。
白浜のホテル川久である。
24本の列柱、あれを久住が担当していた。
青い柱たち。疑似大理石。シュトックマルモというドイツの技法で作られている。
その列柱の写真はこちら
驚くべき技能にただただ唖然となった。

素晴らしい技術・技能の一端をのぞくことが出来て本当に良かった。

11/6まで。

2016年秋 大阪市立美術館コレクション展 ・近年の寄贈品

最後は近年の寄贈品。
伊勢物語図 今村紫紅 (1880-1916) 6曲1双 明治44年(1911)頃  金地にカラフルな世界が広がる。桔梗の咲く時期。やや置いた貴人と可愛らしい侍童。柵に絡む草、秋のある日どこかで。

藍地御所解総模様帷子   1領 江戸時代・18世紀  御所解とは平安時代の貴族を思わせる文様ということだそうで、とはいうものの、花に松に銀杏に柳の柄ものなので、どこら辺がそうなのかがわからない。

白蓮図 榊原紫峰(1887-1971) 1幅 昭和14年(1939)頃   うすぼんやりとした風情がいい。薄黄緑の葉と薄い白の花と。紫峰の展覧会は随分前に奈良そごうで見たなあ。

樊敏碑   1幅 後漢時代・建安10年(205)  墓碑の拓本。巴郡の太守。朱で拵えてる。

重陽図 湯貽汾(1778-1853)董琬貞(1776-1849) 1幅 清時代・道光28年(1848)   清朝のある夫婦の楽しいコラボ。蟹にポットにシジミに湯飲み。ただしお酒ですな。
なんとなく楽しそう。

中国故事人物図押絵貼屏風 富岡鉄斎(1837‐1924) 6曲1双 明治時代・19世紀   これは一扇一人。文を読み、絵柄から大体は分かったが、一人だけわからん。右1から。
・太公望・黄石公にクツを捧げる張良・股くぐりする韓信・ロバに逆乗りの張果・菊を持つ陶潜・桃を持つ東方朔。
左1から。
・伯夷・老子・荘子・若き仲由・籠を持つおじさん(わたしにはわからない)・屈原。

銅鐸があるのもいかにも大阪らしくていい。どちらも重要美術品
袈裟襷文 銅鐸 1口 弥生時代・紀元前1~後1世紀
流水文 銅鐸 伝堺市陶器山出土 1口 弥生時代・紀元前1~後1世紀
袈裟襷文は@@@@、流水は流れてた。

小倉山蒔絵螺鈿香箪笥 1基 江戸時代・18世紀  綺麗な螺鈿。繊細な作りで、扉を開いた中の箪笥も素敵。

秋草蒔絵小箪笥 1基 江戸時代・18世紀   こちらも精妙巧緻。

牡丹蝶蒔絵重硯箱 1基 江戸~明治時代・19世紀   好みはこれだな。五段の重箱で無尽に蝶が舞う。蓋には牡丹と背後に花菱。透かしがまたよく出来ている。本体に蝶々、そのカバーに牡丹という構造。
こういうのが本当に好きだ。

やきものもある。
三彩 花卉文硯・筆洗 1具 遼時代・11世紀   唐文化に憧れてただけにいいのを拵えたはええが、どこで墨をするねんと訊きたいな。

月白釉 鉢 鈞窯系 1口 金時代・13世紀  これもいい色。

豆彩 蓮池鴛鴦文鉢 景徳鎮窯 「大清道光年製」青花銘 1口 清時代 道光期(1821-50)  なんと縁周りにチベット文字がずらり。

青花釉裏紅 福禄寿図皿 景徳鎮窯 「慶宜堂」青花銘 1枚 清時代・19世紀  白鹿やなくてカノコな鹿ですな。

五彩 魚藻文盤 ベトナム 1枚 後黎朝-莫朝時代・15~16世紀   赤い魚!

石造 如来三尊像 1軀 北魏時代・6世紀前半  台座に獅子が二頭。

雪国 田川覚三(1916-76) 1面 昭和24年(1949) 雪の富士がぽかっと浮かんでいて、ベタな青空の下に雪に覆われた屋根がある。妙に心に残る絵。

裸婦 寺内萬治郎(1890-1964) 1面 昭和時代・20世紀  横向きに座る女の肉の厚みが届く。

他にも絵が三枚。またこうした展示があれば、と思う。

2016年秋 大阪市立美術館コレクション展 ・大阪蔵鏡 ―中国古鏡の美

大阪市立美術館の中国青銅器コレクションも素晴らしいものがある。
今回は「大阪蔵鏡 ―中国古鏡の美」として戦国時代から後漢、三国時代から隋唐までの40点弱が出ていた。
そのうちの1/3は大阪歴博所蔵分。
だからこそタイトルは「大阪蔵鏡」なのだった。
この展示は章タイトルがなかなかいい。

ところで古代の青銅器・青銅鏡などは純粋に鑑賞してしまうだけなので、感想があげにくい。なんだかもう「好き好き好き」で終わりそうだ。

・大阪蔵鏡選 ―大阪の名鏡
青銅 「湛若止水」団華文鏡 1面 隋時代~唐時代・6~7世紀 本館蔵(田万コレクション) わたしは湛若止水という言葉そのものをきちんと理解していないが、色々調べている。立派な鏡なのは確か。

青銅 双鸞瑞花八花鏡 1面 唐時代・8世紀 大阪歴史博物館蔵  こうした装飾がいかにも盛唐だと感じる。

青銅 狻猊双鸞唐草文八稜鏡 1面 唐時代・8世紀 本館蔵(田万コレクション)  踊るサンゲイに舞う鸞。
この時代の鏡が正倉院に来ている。華やかな時代の鏡たち。

・戦国時代の鏡 ―細かな地文、浮かび上がる主文様
青銅 四山字文鏡 1面 戦国時代・紀元前3世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 四山字文鏡 1面 戦国時代・紀元前3世紀 本館蔵
「山」の字の意匠で4つある。5つのもあるがここにあるのは4つ。
内山ではなく外山。こういうのは実は地方地方のマンホールぽくも見えるのですよな。

青銅 蟠螭文鏡 1面 戦国時代~前漢時代・紀元前3~2世紀 本館蔵(山口コレクション)
青銅 蟠螭文鏡 1面 戦国時代~前漢時代・紀元前3~2世紀 大阪歴史博物館蔵
うねるうねる…

・漢代の鏡 ―The中国鏡
青銅 「長宜子孫」連弧文鏡 1面 後漢時代・1~2世紀 本館蔵
青銅 「漢有名銅」獣帯文鏡 1面 前漢時代・紀元前1世紀 本館蔵
青銅 「建安十年」重列神獣文鏡 1面 後漢時代・建安10年(205)銘 本館蔵(清海復三郎氏寄贈)
鏡というものがその所有者の一族にとってどういう価値を持つものかがよくわかる。

青銅 方格規矩鳥文鏡 1面 後漢時代・1世紀 本館蔵  鳥がわりとたくさん周囲くるくる回る。

・画像鏡 ―故事と神話の同居、あるいは神話化する故事
青銅 神人車馬画像鏡 1面 後漢時代・2~3世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 神人龍虎画像鏡 1面 後漢時代・2~3世紀 大阪歴史博物館蔵
後漢時代は神仙思想が流行していたので、神人像や博山炉などもあり、こういう柄が多い。

青銅 呉王伍子胥画像鏡 1面 後漢時代・2~3世紀 本館蔵(山口コレクション)  絵柄だけではどちらが呉王なのかはあまりよくわからないが、伍子胥の生涯を思うと色々気の毒ではある。わたしのアタマの中での伍子胥は陳舜臣の作中の人なのですが。

・神獣鏡 ―三角縁神獣鏡の母型
青銅 画文帯環状乳神獣文鏡 1面 後漢時代~三国時代・3世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 画文帯環状乳神獣文鏡 1面 三国時代・3世紀 本館蔵
青銅 画文帯環状乳神獣文鏡 1面 三国時代・3世紀 本館蔵(山口コレクション)
青銅 六神文鏡 1面 三国時代・3世紀 :京都府向日市出土 本館蔵(田万コレクション)
こういうのを見ると日本の古墳から出土する鏡の親はやっぱりこれか、と納得したり。

・三国志を彩る鏡 ―紀年名と鏡式
青銅 「黄初三年」五神三獣文鏡 1面 三国時代(魏)・黄初3年(222)銘:伝浙江省紹興出土 本館蔵
青銅 「宝鼎元年」二神四獣文鏡 1面 三国時代(呉)・宝鼎元年(266)銘:伝浙江省紹興出土 本館蔵
「鳳凰元年」二神四獣文鏡 1面 三国時代(呉)・鳳凰元年(272)銘:伝浙江省紹興出土 本館蔵
青銅 「位至三公」双鳳文鏡 1面 三国時代・3世紀 本館蔵(山口コレクション)
作られたらしき年を見ると、それだけでわくわくする。

・三角縁神獣鏡 ―中国鏡か否か、それが問題だ
青銅 三角縁四神四獣文鏡 1面 三国時代・3世紀 :伝鳥取県倉吉市内出土 本館蔵(田万コレクション)
青銅 三角縁三神五獣文鏡 1面 三国時代・3世紀 :伝愛知県百々古墳出土 大阪歴史博物館蔵
鳥取と愛知か。古代人のいた場所。
青銅 三角縁四神四獣文鏡 1面 三国時代・3世紀 大阪歴史博物館蔵
なんとなく緑青に埋もれるのが多いなと思っていたら、どうも鋳上がりがイマイチらしい。

・隋唐文化の精華 ―その幕開け
青銅 獣首四龍鏡 1面 南北朝時代・5~6世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 「湛若止水」瑞獣鏡 1面 隋時代~唐時代・6~7世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 海獣葡萄鏡 1面 唐時代・7世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 「永徽元年」方格四神鏡 1面 唐時代・永徽元年(650)銘 本館蔵
この辺りはまだまだ序の口。

・海獣葡萄鏡 ―唐鏡の王様
七世紀の青銅の海獣葡萄鏡が四点。大阪歴史博物館蔵のが3つとここのが1つ。
濃やかな文様。葡萄が可愛く作られている。

・華麗なる唐鏡 ―百花繚乱?八・花・稜・鸞?
いいシャレやん。
青銅 双鸞瑞花文八花鏡 1面 唐時代・8世紀 本館蔵(田万コレクション)
青銅 宝相華八稜鏡 1面 唐時代・8世紀 大阪歴史博物館蔵
青銅 団華文八花鏡 1面 唐時代・8世紀 本館蔵
中国の長い歴史の中でやはり一番華やかなのは間違いなく唐時代、それも盛唐だとつくづく思う。この鏡を見ているだけでもそう思う。
北宋も明もいいが、やはり唐代の豪華さには及ばない。

・唐鏡にみる思想 ―享楽のその後で
青銅 三楽図八花鏡 1面 唐時代・8~9世紀 本館蔵(田万コレクション)
青銅 双鸞仙岳図鏡 1面 唐時代・8世紀  :奈良県横井廃寺出土 本館蔵(田万コレクション)
それでもまだ華やかだが、大きな騒乱の後だということを想う。

青銅 八卦十二支八花鏡 1面 唐時代・8~9世紀 本館蔵(前田忠親氏寄贈)
十二支の動物たちが縁周りを走る走る…

楽しい鑑賞でした。

2016年秋 大阪市立美術館コレクション展 ・小さな妖怪たち

・小さな妖怪たち 
絵画と工芸品を集めているが、同種のものは同種でかためて展示しているのはいいことだ。
こうしたコンセプトのもとで<観る>と、また違った感興がわくものだ。
まずは絵画から。

化物草紙 1巻 江戸時代 17世紀 本館蔵(田万コレクション)
早大図書館にこの模本があるそうだ。5シーンのオムニバスもの。
・室内にいる三人の貴女の前に鬼が出現。ただし詞書が失われているので状況がわからない。鬼は炎をまといつかせているが、貴女たちはさして驚いているようにも見えない。
・三善清行の引っ越した化け物屋敷の怪異。障子と明り取りの所と全てのコマに笑う顔が浮かんでいる。あとはもういろんな種類の化け物たち。
・女怪vs惟茂、御簾から現れた女怪にビビッている。凶鬼。侍女らも赤ら顔のひょっとこの者と一つ目と。美人の鬼女には勝てたのにね。
・地獄が大炎上。閻魔さんも困る。美女もオタオタ。
・下帯一つの獄卒の鬼が労働環境が悪いのに怒ったのか、閻魔さんを蹴りあげている。冠も飛んでしもた。

百鬼夜行絵巻 原在中(1750-1837) 1巻 江戸時代 18~19世紀 本館蔵(寄贈)
真珠庵のあれの写し。これはわりとよくあちこちに貸し出される優秀な絵巻。
やはりキャラがそれぞれ立っているので、自分の贔屓のオバケなどもいたりする。

鬼の片腕図 上田公長(1788-1850) 1幅 江戸時代 19世紀 本館蔵(寄贈)
三本指の爪が鋭く尖る。思わず目を覆う小鬼がいる。
公長は猫の絵が好きだが、この鬼の腕の絵のユーモラスさと力強さ、いいなと思った。腕は無論、茨木童子のもの。

『観音霊場記図会』五 桃嶺 1冊(5冊のうち) 享和3年(1803)刊 個人蔵
若狭小浜、と書くとそれだけで!と来る人もあるだろう、そう八百比丘尼の話。
挿絵は見開きで、海を人魚がやってくるのを丘で見る武士たち一行。
日本の人魚は肩から下が鱗つきだが手先は人。長い髪のなかなか綺麗な女。

『紀伊国名所図会』二編 六下 西村中和 1冊(5冊のうち) 文化9年(1812)刊 個人蔵
岩出の住持池の伝説で、嫁入り行列でその池の傍を通った桂姫が、突然出現した大蛇の化身の美男に引きさらわれて池に連れ込まれる。
絵はなかなか迫力のあるもので、水飛沫も激しい。美男の胴から下は完全に蛇体。気の毒な姫はそのまま池に。
後から調べると池の中で二人は意外と幸せに暮らしているそうだ。

『金毘羅参詣名所図会』四 浦川公佐 1冊(6冊のうち) 弘化4年(1847)刊 個人蔵
ヤマトタケルが自分を飲み込んだ悪魚の腹を切り裂いて飛び出して退治する、スペクタクルシーン。悪魚の叫ぶ顔が怖い。

『役行者御伝記図会』五 浦川公佐 1冊(6冊のうち) 嘉永2年(1849)刊 個人蔵
韓国廣足が金剛山へ入ると、彼の讒言により罪を問われた役行者の仕掛けか、強風と共に数千の鬼神が出現した。驚きひっくり返る人々。四頭身サイズで妙に可愛い。
この公佐は公長の弟子。

次はほぼ同じ話。どちらも路上死して骸骨になってなお仏教に活きる者。
『西国三十三所名所図会』一 松川半山(1818-1882) 1冊(10冊のうち) 嘉永6年(1853)刊 個人蔵
熊野で首つりになった骸骨が読経するのを見る禅師。
『西国三十三所名所図会』三 1冊(10冊のうち) 嘉永6年(1853)刊 個人蔵
叡山の僧が坐禅する骸骨をみる。法華経を読経している。陰火が燃えている。

『利根川図志』一 1冊(6冊のうち) 安政5年(1858)刊 個人蔵
読みやすい字の本。カッパの絵がある。利根川辺りでは「ネネコ」というそうだ。ああ、あれかと納得がゆく。文中で「八丈島ではブツチと言ふ」とある。

『親鸞聖人御一代記図会』三 1冊(5冊のうち) 万延元年(1860)刊 個人蔵 筑波山で憐れな亡者たちと出会う親鸞。傍らの鬼の獄卒の憎々しさ。

幕末の出版物は面白いものが多くて好きだ。

次は妖怪関連のものを集めた工芸品。全てカザールコレクションから。
渡辺綱蒔絵印籠 蒔絵重次・彫物政随銘 1合 江戸時代 18~19世紀  表は螺鈿も使われている。腕を取り返して飛び去る所。

象牙彫根付 羅生門 1個 明治時代 19世紀  腕そのものを拵えている。前掲の絵と同様、腕に寄り添うように小鬼がいて、こちらは手首に数珠を巻いて泣いている。なかなか健気な奴だ。

百鬼夜行蒔絵印籠 九国山人銘 1合 江戸時代 19世紀 けっこう不気味な作り。

源三位頼政の鵺退治蒔絵印籠 梶川作銘 1合 明治時代 19世紀  表は松明を掲げるところ。裏では鵺退治。

木彫根付 鵺 1個 江戸~明治時代 19世紀 けっこう可愛い。きょとんとしている。

舌切り雀
木彫彩色根付 舌切雀 1個 明治時代 19世紀  もう実家に帰って娘らしい装いをした雀。アタマに赤いリボンがついている。手には扇。

象牙彫根付 舌切雀 1個 江戸~明治時代 19世紀  さてこちらは婆さんの背負う思い葛籠からにゅううっとロクロ首の入道の顔が…

象牙彫根付 舌切雀 定與銘 1個 江戸~明治時代 19世紀 これはなかなかよく出来ていて、葛籠の蓋が軽く開いていて、その隙間からロクロ首がのぞき、中には髑髏もみえる。裏には不気味なお多福も。

舌切雀蒔絵葛籠形印籠 1合 明治時代 19世紀  ゆらーっと化物が姿をチラ見せ。この葛籠の紋は真向雀、裏には竹。竹に雀は伊達さんですな。

次は道成寺。表現様々。
木彫根付 道成寺 1個 江戸~明治時代 19世紀  鐘に巻きつく般若顔に蛇体の女。
象牙彫根付 道成寺 1個 江戸~明治時代 19世紀  鐘のそばに立つ女。能仕立て。
象牙彫根付 道成寺 宝実銘 1個 江戸~明治時代 19世紀 鬼の顔になった女の立姿。
道成寺蒔絵釣鐘形印籠 1合 明治時代 19世紀  巧い構造。本体に絡みつく大蛇。

木彫根付 人魚 亮之銘 1個 江戸~明治時代 19世紀  肩から肘まで鱗。胸は女で腰から下はやはり魚。

象牙彫根付 達磨運び 正年銘 1個 江戸~明治時代 19世紀 婆さんがんばる。
象牙彫根付 達磨 1個 明治時代 19世紀 本館蔵  腕を伸ばし「んーー」と…
象牙彫根付 達磨 宗明銘 1個 明治時代 19世紀  立ち上がってるし…

象牙彫根付 髑髏 忠親銘 1個 江戸~明治時代 19世紀  大髑髏を木魚にする骸骨。
象牙彫根付 髑髏 1個 江戸~明治時代 19世紀  そのまま。リアル。

節分蒔絵印籠 梶川作銘 1合 江戸~明治時代 19世紀 腹に○に金の字をつけた武士が豆まき。
木彫根付 鬼やらい 1個 江戸~明治時代 19世紀  ぐるじぃぃっ の鬼。
木彫根付 鬼やらい 正一銘 1個 江戸~明治時代 19世紀 籠に隠れる鬼。

象牙彫根付 蛤に河童 光年刻 1個 明治時代 19世紀  乗ってます。

カザールさん、明治の日本でこういう可愛いものをたくさん蒐集し、それを後世の大阪人に贈ってくれたのだ。ありがとう。
オバケはやっぱり楽しいね。

またいつかこんなコンセプトの企画展が見たい。

2016年秋 大阪市立美術館コレクション展 ・菅楯彦と赤松麟作

たった12日間の公開だが、大阪市立美術館でコレクション展が開催されていた。
10/14-26.
その後には「開館80周年記念展 壺中之展(こちゅうのてん)-美術館的小宇宙」が11/8-12/4まで開催されるそうだが、その前触れという位置づけなのかどうか、いいものが揃った展覧会だった。
四種の展示で、それぞれ楽しませてもらった。
少しずつ感想を挙げたい。なおタイトルなどは全て大阪市立美術館のHPからの引用である。たいへんありがたいことだと思う。

・菅楯彦と赤松麟作
大阪の名誉市民第一号である菅楯彦と大阪の洋画界になくてはならない赤松と、二人の作品が向い合せに展示されている。

舟笛驚龍 菅楯彦(1878~1963) 1幅 昭和12年(1937) 本館蔵(寄贈)
薄墨に金泥を使っているように思う。それがこの絵に近づくとき、縦長の画面に薄い金色の星か雪かが降り続くようにみえた。
そして絵の前に立った時、その降り続くものが実は経年劣化によるものだと悟った。
しかし、不思議なくらいにこの絵とマッチしていた。
小さな小舟を浮かべている。その舟で高士が一人笛を吹いていると、水面から二頭の竜が出て来た。驚かせたと言うより、「なにやら良い音色がするな」と出てきたように見える。
静かに二頭は小舟の周りに頭をもたげている。
そこへ笛の音は響き、元の絵にはない金泥の何かが降り続く…

千槍将発 菅楯彦(1878~1963) 4曲1隻 昭和19年(1944) 本館蔵(住友コレクション)
九州の菊池家の将兵たちが一斉に鬨の声を挙げる様子である。絵の左端にはそのことについての漢文がある。

春秋浪速人 堀江阿弥陀池 菅楯彦(1878~1963) 1面 昭和29年(1954) 本館蔵(寄贈)
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「浪速御民」と自ら名乗る菅楯彦らしい、和やかで良い風俗画である。
堀江の阿弥陀池には有名なお寺もあり、芝居小屋もあり、賑やかな繁華街を形成していた。
ある明るい午後、一軒の店屋を中心にした一場が描かれている。
芝居の幟が風になびき、店屋の左手の藤棚も今を盛り、その下では将棋か碁を楽しむ人々もいる。そして店の軒先では西宮から来たか傀儡師が箱から人形を取り出して、小さい子供ら相手に人形芝居を見せている。
賑わう道には坊さんらも機嫌よく歩く。
優しく明るい色調の絵。心が浮き立つ様子が伝わる。

桜の宮 菅楯彦(1878~1963) 1面 昭和30年(1955) 本館蔵(寄贈)
昔も今もこの辺りは桜の名所で、わたしなども川のほとりを歩いてソメイヨシノを楽しみ、それが終わると今度は造幣局の通り抜けを楽しむ。夏には天神祭の花火をみる。
昼酒を喰らってわいのわいのと楽しく花見をする人々。花より団子で、宴会も華やか。
大川では花見舟が行き交う。俄でもしようかというようなヒトもいて、小さい目かつらをつけている。

大峯行者 菅楯彦(1878~1963) 1幅 昭和33年(1958) 個人蔵
山開きの日に門の前で集合する山伏たちとそれを見守る人々。お山は女人禁制が固く守られているが、手前までなら可能だ。
茅葺の屋根、不動尊の幟、ほら貝を吹く山伏もいる。向こうの方から来る人もいるし、山伏の中には子供に愛想するのもいる。
線が太い線。晩年になると強い線が増える。
知人の山伏さんは、この日必ずここにいる。

春昼 生田花朝(1889~1978) 1幅 昭和38年(1963) 本館蔵
恒富、楯彦の指導を受けた花朝女の絵は楯彦風なもので、生國玉さんの絵馬堂で遊ぶ子供らを描いている。旧幕時代だろうか、男の子らはコマ回しをし、女の子は人形を手にしている。いい絵馬がいくつもある。歌仙絵、太子らしき少年が梅下に佇む。
茶の支度もしてあり、くつろぐ女もいる。

翁 赤松麟作(1878~1953) 1面 大正2年(1913) 本館蔵(寄贈)
これは一目見て「あ、竹取の翁」とわかるもの。横長のかなり大きな画面に竹林が描かれていて、そこにおじいさんと言うよりおじさんが寛いでいる。まだかぐや姫の竹は未発見。左端の方の竹が金色なのはその種類のものか、または木漏れ日かで、かぐや姫の竹ではなさそう。
赤松唯一の物語性のある作品らしい。

琵琶湖 赤松麟作(1878~1953) 1面 昭和4年(1929) 本館蔵
薄青い湖面、向こうに三上山がみえる。田畑も水産も。そう、人の日常の暮らしもここにある。

雨後(芦ノ湖) 赤松麟作(1878~1953) 1面 昭和9年(1934) 本館蔵(寄贈)
三つの山が身を寄せ合って並び立つ。左から藍、紫、灰青。山の上には灰色の雲がかかる。水面のグラデーションの美しさ。
そしてその山と湖水の間に小さく煙を吐く小船があることで引き締まる。

大王崎 赤松麟作(1878~1953) 1面 昭和25年(1950) 本館蔵(寄贈)
肉の切り目のような崖、そして汀を行く漁婦。どきっとした。

蝉とり 赤松麟作(1878~1953) 1面 本館蔵(寄贈)
大木の下でシャツの前をはだけた麦藁帽子の少年が手に網を持ってたたずむ。
今はもうこんな姿も少なくなった。

婦人像と裸婦もあったが、それらより風景の方に惹かれた。

KIITSU 鈴木其一 江戸琳派の旗手 ふたたび

サントリー美術館の鈴木其一展の展示が替わったので出向いた。
いいものばかりが並ぶので気持ちいいことこの上ない。
大幅に変わったとはいえ、メトロポリタン美の朝顔はやはりイキイキと咲き乱れている。
それは最後の最後に待ってくれているので、まずは展示替えでお目見えの作品に会おう。

槇に秋草図屛風 抱一 「洗練されてるなあ」というのが感想。元禄の華やかさはないが、化政期のあくどさを越えた、ある種の寂れが非常に洗練された感性を思わせる。

大黒天図 鈴木蠣潭 1816 二百年前のにこにこ大黒天。それがどうも見覚えがある顔つきで、よくよく見ればホリエモンそっくりだった。

蓮に蛙図 鈴木其一 、賛・蜀山人 いい時代やな。とても可愛い。しかもナマイキなカエル、その心意気がいい。

源三位頼政図 其一、賛・抱一 鵺退治の様子やなしに和歌で褒められた時の情景を描く。
ふっと見返る姿がいい。

桜花返咲図扇面 其一 紅葉に桜。雲母引きの綺麗さがいい。

抱一上人像 其一 抱一は其角のファンだったそうだ、それで弟子としては師匠のキモチを慮って其角風なキャラに仕立て上げたそうな。
今で言うと『磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜』に出てきそうな…

癸巳西遊日記  やっぱりこれが面白い。1833年の関西ツアー絵日記、息子の守一が筆写しているが、とにかく内容がわたしには個人的に面白くてならない。
結構マジメに書き写したが、後から見ると意味不明なのが多くてそれらは勝手に(意味不明)としてここに挙げる。また、わかりにくいであろう名詞にも( )で記す。
・3/10 吉野でうぐいす草をみる
・3/21 宇治で茶の製造を見る
・4/21 伏見町、舟津橋(船津橋)、天神橋、堂島小橋、米市、真田山稲荷、日本橋、道頓堀、戎橋、坐摩社、御霊(神社)
・4/22 三休橋から鰻谷。吉野五雲のところで光琳の扇面(以下不明)
・4/23 淀屋橋、順慶町、新町、長堀、心斎橋、廣田(神社)、今宮戎、合邦が辻、一心寺、安居天神、月江寺、天王寺、太子堂、庚申、生玉…
・5/8 伊丹の小西(酒造)で宗達(以下不明)
・6/1(神戸)布引へ

どういうところに出かけたのかがよくわかる。
特に今の大阪市内はリアル。ところどころなんでやねんなルートもあるが、記憶違い・写し違いもあるかもしれない。
前回は箕面ツアーしてたが、わたしの近所・よく行く所・知る所に来てはったのが嬉しくてならない。

夏秋渓流図屏風 これはとてもよい風景で、絵を見るというより、景勝を楽しむ、という雰囲気のお客さんが多かった。
わたしも一通り細かいところを見てからは少し離れて「ああ、ええ景色」とひとりごちた。
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百合も檜も紅葉もいい。イキイキ。

ファインバーグ・コレクションの松島図小襖などを見ると、抱一ではなくむしろ光琳を思い出す。メトロポリタン美のあれと近い感じ。

風神雷神図屏風 これも可愛い二人組。宗達、光琳、抱一、そして其一と続く風神雷神。
だがみんな別々の風神雷神たち。
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好ましいのが続く。というか何故かチラシにあるのも続く。
藤花図 元は仏間にあったそうな。チカチカ。藤の垂れさがるのと仏間の関係か…
実はよく私にはわからない。
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好ましいのはこの蔬菜群虫図 出光美術館にあるのか。
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先般、健康診断の待機時間中にサライを読んだらこの絵が紹介されていて、嬉しかった。

毘沙門天図 真向描き。これはあれだ、何年か前の府中市美術館の「春の江戸絵画祭」で見たあれだわ。
なつかしい。

月に秋草図 父が月、息子が秋草というコラボ。遠近感が生まれている。

今回いちばん心惹かれたのか個人蔵のこの絵
秋草に月図 月の半分を大きく描き、そこに白萩と小さく桔梗、そして上下には赤地に薄い金泥でずらりとウサギたちが並ぶ。
描き表装はススキに小さい撫子。
この取り合わせがなんとなくディック・トレーシーと少年のコンビを思い起こさせる。
いい絵を見た。

新撰花柳百人一首募集摺物 妓楼の主人がこういう遊び心で遊女たちに和歌の募集をするのもいいな。
応募するときには愛玩品もとか、巧い人には其一に描いてもらえるよ、とか。

弟子の世代のもいい。
菊に流水図扇 守村抱儀 白菊と藍、観世水。これは太田美の所蔵というから元は鴻池家のかな。

12か月花鳥図扇面もいい。これなんかは師匠の抱一に散々「あ、描いといて」と代筆させられただろうしなあ。←チャウかな。
可愛いわ。蝶にスミレ。

広重の風景を元ネタにして描いたシリーズもいい。これは孤邨。

香包みが綺麗。ほしいね。

だるまさんの絵の大凧もある。真向で口が∧。なかなかかっこいい。

細見美術館の所蔵品で一番好きな其一作品と言えばやっぱりこれ。
朴に尾長鳥図 白い大きな花と小鳥と。

りんご、可愛いわんこ、雪がどさーっと落ちてびっくりする雀たち。
みんなとてもいい。もう師匠の影からも琳派からも離れている。

雪の中で遊ぶわんこは可愛い。奴さんのような柄のわんこと白わんことが楽しそうに遊ぶ。そばには赤い万年青の実がちらりとのぞくのもいい。

大原雑魚寝図 節分の夜の大原・江文神社で雑魚寝する風習があった。人喰い大蛇から避難して、村人たちがこの神社に集まって来たことからの風習だとか。「好色一代男」にもこの風習が取り上げられていることから、既に奇祭として名高かったのだろうか。
そして本殿には大勢の人々が集まっている。
口説いているらしきのが見えるな。

大江山酒呑童子図 滝見する童子と連れの女たち。童子の顔が浮世絵風なのがけっこう面白く思った。
虎の毛皮を敷物にし、桜を楽しむ。その下では洗濯をする姫もいる。
風流な側面を描く。

弄鼠翁図 梯子を使いネズミの芸を見せて身すぎ世すぎをするじいさん。
幕末にはいろんな芸をしてみせる人がいたのだ。

ショウキの絵がいい。カーテンから出てきたところ。よくわからんシチュエーションだが。

最後に十牛図扇面を見た。正木美術館で以前に見たはずだが、記憶が曖昧だ。
其一はその扇面の貼られた方に稲穂の下絵を描いている。ススキではなく稲穂。
素朴な筆致の可愛い牛と少年と。
逃げるのを捕まえようとしたり、焦ったり、やがて家路へ。そしてついに牛ものんびり、人ものんびり。

そして朝顔に気持ちよくなり、サントリーを出た。
朝顔はもう今月でアメリカに帰るが、展覧会はこの後も姫路市美術館、細見美術館に続く。
いい展覧会だった。

2016.10の記録

20161001 越境する絵ものがたり 西尾市岩瀬文庫
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20161001 旧近衛邸・尚古荘・旧大浜警察署 西尾市と碧南市の近代建築 建築探訪
20161001 鬼才・河鍋暁斎 碧南市藤井達吉現代美術館
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20161002 広重ビビッド 前期 なんば高島屋
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20161008 呉越国 西湖に育まれた文化の精粋 大和文華館
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20161008 入江泰吉旧邸 建築探訪
20161008 宝山寺獅子閣 建築探訪
20161009 六道珍皇寺の寺宝 寺社
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20161009 むかしむかしあるところに ―教材としての昔話― 京都市学校歴史博物館
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20161009 星野道夫の旅 京都大丸
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20161010 広重ビビッド 後期 なんば高島屋
20161013 土のしらべ 和の伝統を再構築する左官の技 竹中大工道具館
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20161013 大唐王朝展 白鶴美術館
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20161013 ペルシャ絨毯の美 世界に伝播する文様 白鶴美術館
20161013 白鶴美術館 建築探訪
20161015 川崎市役所 建築探訪
20161015 御伽草子の世界 奈良絵本・絵巻を中心に 慶應大学
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20161015 モードとインテリアの20世紀 ポワレからシャネル、サンローランまで 汐留ミュージアム
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20161015 目賀田種太郎と近代日本 たばこと塩の博物館
20161015 専修大学図書館コレクション たばこと塩の博物館
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20161015 平安の秘仏 ―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち 東京国立博物館
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20161015 上海博物館との競演 東京国立博物館
20161015 KIITSU 鈴木其一 江戸琳派の旗手 サントリー美術館
20161015 空想脅威 森美術館
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20161016 夢の黄金郷 遊園地 思い出のメリーゴーランド 石神井公園ふるさと文化館
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20161016 カリエール 損保ジャパン
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20161016 国芳ヒーローズ 後期 浮世絵太田記念美術館
20161016 月 夜を彩る清けき光 松濤美術館
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20161016 仙厓 出光美術館
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20161016 髙島屋と日本美術 日本橋高島屋
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20161022 御伽草子の世界 奈良絵本・絵巻を中心に 天理図書館
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20161022 正倉院展 奈良国立博物館
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20161023 コレクション展・菅楯彦と赤松麟作・小さな妖怪たち・中国古鏡の美・近年の寄贈 大阪市立美術館
20161029 蘆雪溌剌 和歌山県立博物館
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20161029 コレクション展/薔薇色の鏡 銅版画の技と表現 和歌山近代美術館
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20161029 城下町和歌山の絵師たち 江戸時代の紀州画壇 和歌山市立博物館
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20161030 明治大正の美術 虎屋ギャラリー
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20161030 誓願寺「縁起絵巻」・瑞泉寺「秀次公縁起」 寺社
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国芳ヒーローズ 後期展を楽しむ

前期に続いて後期も楽しい「国芳ヒーローズ 水滸伝豪傑勢揃の巻」
実際、こういう企画展って本当に大好き。
わたしは絵に文芸性・物語性を求めてしまうので、嬉しい所へ大好きな国芳、大好きな水滸伝ですからなあ。
八犬伝と水滸伝と五十三次などの名所図が好き、というだけで大体どういう方面のシュミかがモロばれですな。

さて今回は前期と大幅に入れ替わった好漢たちの雄姿を拝見します。
もう本当にかっこいい。
全身に鮮やかな、いや、古語で言う「鮮らかな」彫り物を雪膚に展開する好漢たち、その煌めく姿、そして力強い人殺しの最中の小気味よさ。
殺人も暴力も現実のものは拒絶したいが、芝居と錦絵だけは別で、「残酷の美」に打ち震えるばかりなりよ。

国芳は勇み肌だが健全なヒトで、無惨絵ではなく、暴力が「力の見せ場」になるような絵を描く。これは稀有なことだと思う。他のものが描くと陰惨だが、国芳の場合はただただかっこよく見えたり、あるいは笑ってしまうこともある。

水滸伝の好漢たちは原作の言葉を借りれば中には「生まれながらの人殺し、何より好きなは」というのもいるが、総じて嫌悪感はなく、ただもうムヤミヤタラとかっこよく見えるのだが、これはもう完全に国芳の力業のおかげ。

わたしがもつ平凡社刊水滸伝は120回本で挿絵は昔の中国の版のを使用していて、なんというか面白味に欠ける。
だから水滸伝を読むときは国芳の好漢たちの絵を見ながらでないと、気分が乗らないこと甚だしい。

大方の絵は壁面展示、それを見ながら移動する。極彩色の暴力沙汰にときめき、血が沸き立つのは、国芳の絵だから。それ以外にはない。
ああ、本当にカッコイイ。

前回は燕青、阮小五、孔明らにときめいたが、今回は九紋龍史進と張横、張順兄弟の鯔背さにドキドキした。
元々好きなキャラ達だが、今回は特にいい絵が多くて改めて惚れ直した。

三枚続きの中央にいる史進、染付が肉の張りを得たような美しさを見せている。
単独でもいいが、他のキャラと一緒にいるとその白さと刺青の青の美とが際立つ。

他の好漢たちの魁偉さもいい。
不義の妻と相手の男を殺す楊雄、変な兜の李忠、歯並びだけは綺麗な段景住。
脂の濃さを感じる。絵では決してそれはいやではない。

三枚続きに四人ほどいる絵の中に北京の豪商・盧俊義が白い顔を見せている。
中国では特に白い顔であることが大切で、押し出しも立派な盧俊義はそのことでも将に推されていた。
このヒトが燕青の雪白の膚を「綺羅に飾」ることを決めたのだ。
松田修「刺青・性・死」を思い出す。
盧俊義も史進の父・史太公も「後進」わかいもの―の膚に刺青を施させる。
己はあくまでも鑑賞者なのである。

一枚のみフジョシを喜ばせる絵があった。
解宝と雛潤、この二人が密着するアップ。なんだかときめくぞ。やたらといちゃいちゃ♪
国芳師匠もたまにはこんなサービスをしたのですね。
まあ平安頃既にフジョシはおったようですしw

混世魔王樊瑞とオバケ。大体仇名そのものが「混世魔王」ですからなあ。
空から来るオバケたちをぱぱぱんぱーんっとやっつけてしまうのだが、そのオバケたちが可愛いのがさすが国芳。にやりとしながらの戦い。

大分晩年になってきたが武者絵の良さは衰えない。
1845年のシリーズでの史進は柳に風が吹く中、きりっと立つ。目元の涼しさがとてもいい。

松田修の論を読んでいてなるほどと思ったのだが、史進は梁山泊の好漢たちの中でも特に重要という存在ではない。しかしながら彼の絵が多いのは、やはりあの刺青のよさにあるという説だった。雪白の膚に九紋龍。背中から全身を絡め取る龍たち。

国芳のこの水滸伝の好漢たちの絵が世に出たことで、刺青の方向性も変わったという。
わたしも国芳風な刺青をじっくりと「鑑賞」したい。
そう、わたしも松田修も盧俊義も史太公も己は傷つかず、若い者の膚に針を刺し、血の玉滴と染付の美とを待ち望むばかりなのだ。

嘉永年間の国芳は中風を患ってはいたが、それでもいい武者絵を描いている。
水中での戦いに勝ち、刀を咥えながらようよう岩に這い上がる阮小七、水中には沈みつつある敵の遺骸。
首斬り役人だったが、女の生首を持ち、そばには弾けたザクロも見える楊雄の図。
行者武松が月下の丘で一休み。それだけなのに胸に来る図。かっこいい。
張順の水門破り、これは本当に人気のある図柄で、今でもこの図を背中にしょった人の写真を時に見ることもある。
実はこの時張順は戦死するのだが、その魂は兄・張横に宿り、彼が水中から這い出て腰布を絞っているときにはその傍らに陰火が燃えている。

全員登場のシリーズもいい。
カッコイイ方のも狂画の方も魅力的。
戯画の楽しさも国芳の大きな魅力。かば焼き屋、河童釣り、はみがきもある。
面白いなあ。

面白かったのは和漢準源氏シリーズの史進。
それは太田記念美術館の公式ツイッターで紹介されている。




本当にこれ、可愛いなあ。わたしも欲しいわ。

安政年間になっても絵が出ている。
松本喜三郎の生人形を描いたものがある。
この独特の人形らしさ・硬さが面白い。

地下では本朝水滸伝などを楽しむ。
碁盤忠信があった。これは初見。おお、かっこいいな。
オオナムチの狂気ぶりは怖い。

風俗女水滸伝でも史進がいい。ニョタではなく、女の行動を準えるわけです。
こういうのも面白い。

本の方では春本「当盛水滸伝」が少しばかり。
それに「稗史水滸伝」もある。藩金蓮が亭主の弟の武松の元へきて口説くところ。
いい絵。
水滸伝ではこのあとさっさと金蓮は殺されるのだが、「金瓶梅」では大活躍。
二次創作の面白さ爆発だった。

国芳ヒーローズ、後期も大いに楽しませてもらいました。
本当にかっこよかった。
来月の水野年方展も非常に楽しみ。

日本美術と高島屋

高島屋史料館の所蔵品が東京日本橋高島屋で展示されている。
普段は大阪日本橋の史料館で展示の日を待つ作品群である。
展覧会のタイトルは「日本美術と高島屋」である。
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今の日本橋の史料館では「静かなる動物園」が開催中で、その感想は前期がこちら、後期がこちら
ニッポンバシからニホンバシへ旅した名品のうち、今回特別展示として豊田家・飯田家の寄贈品も加わっている。

最初に現れるのは大観の戦後早くの大作「蓬莱山」である。大観と高島屋との関係の深さについても記されている。

高島屋にとって重要な作家といえば栖鳳がいる。その若き頃の勤務表がある。
輸出業に勤しんでいた高島屋にとって京都画壇の日本画家たちはいい仕事を期待できる存在だった。
千總もそうだが、京都の日本画家たちは企業のためにいい仕事をしていた。

アレ夕立に 明治末の栖鳳の名作。この絵も最初から高島屋入りが決まっていた。

こちらは名古屋でのチラシイメージ (63)

立派な鯉が二匹、真っ赤なお皿からはみ出す様子を描いた絵は栖鳳が文化勲章を大観とともに授与された後に描いたもので、タイトルは「国瑞」。喜びがこの絵となり、そして高島屋に納められた。

輸出業に邁進していた高島屋は万国博覧会にも積極的に作品を出し、それらは商品として海外に出ていった。
雪月花の三幅対として今も世に残るのは20世紀初頭の「吉野の桜」「ベニスの月」「ロッキーの雪」の大きな作品である。
これらは繊維製品の原画として世に出、今では貴重な遺産となっている。
雪は雄大な山岳を得意とした春挙、月は欧州旅行で世界が広がったばかりの栖鳳、花は柔らかで優美な華香が担当した。
適材適所、よく残ってくれた。

繊維作品の現物もある。
金地虎の図 下絵:岸竹堂、友禅:村上嘉兵衛 ビロード友禅というもので怖そうな親虎が水を飲む子虎を見守る図なのだが、虎の毛並みの質感が再現されていて、いい作品だ。

友禅はこの村上嘉兵衛の手によるものが多く、唐織は伊達弥助による。

幸野楳嶺えがく「厳島紅葉渓図」は鹿たちが機嫌良くのこのこ現れてくつろぐ絵だが、これを原画として友禅仕立てにされてもいる。
子鹿がなんとも愛らしい。

高島屋の繊維製品の調製に長けているので今も多くの劇場に緞帳を出している。
その原画がいくつかある。

青邨 みやまの四季 本当にいい絵。青邨の梅の形式を採りながら枝の隙間に様々な小鳥が暮らし、梅のほかにも藤などが入る。
とても好きだ。これは今はなき毎日ホールの緞帳の原画。

これらは先年の世田谷美術館での展覧会にも出ているので知る人も多いと思う。

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高島屋の四代飯田新七の還暦や古希の祝いに多くの画家や工芸家らが見事な寄せ書きを残しているが、それらを綴ったものも出ていた。一人一人の絵が可愛い。

鉄斎の長年にわたる扇面、大観・観山・紫紅・未醒らの東海道五十三次…
龍子の巨大な潮騒図、渓仙の愛嬌もんの風神雷神、昭和も半ば過ぎてからの平山郁夫のペルセポリス炎上、遊亀の椿花などなど。
いくらでも名作が現れる。

そしてここまではわたしの場合「関西の一得」で慣れ親しんだ作品ばかりだったのだが、次からが初見。
飯田新七の娘がトヨタの豊田家に嫁ぎ、その両家から近年になって美術品や呉服の佳いものが寄贈されたそうだ。そのお披露目をみた。
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チラシの右は鉄斎、左は栖鳳。
偶然か知らないが植物など自然をモチーフにしたものが多かった。

果物尽くし 華香 枇杷の木に文鳥、根元には蛇苺、百合、西瓜 ちょっと不思議な取り合わせ。

白梅 栖鳳 よく咲いた梅に目白の取り合わせ。

雪中松鹿図 櫻谷 ロングで一頭の牡鹿がさまよう様子を捉える。櫻谷らしい構図のもの。

渓山帰牧図 春挙 ああ、いかにもな大きな雪山と下に小さく人々の姿。

契月の如意輪観音の白さ、青邨の立葵の色のエグミ、それぞれの個性が出ていて面白い作品がいくつもある。

平櫛田中の愛らしい雛人形まである。次郎左衛門雛の仲間のようでもある。

素晴らしい婚礼衣装の数々。さすが高島屋の令嬢のもの、そして名古屋の婚礼の華やかさにも感心する。
ああ綺麗だった…

最後に前掲の「静かな動物園」でも出ていた日本橋店の屋上にいたゾウのたかちゃん。
彼女がどこに行ったか心配していたが、「動物園にお嫁に行きました」とのこと。
更に当時そのたかちゃんに乗った人が大きくなってから追跡調査をして絵本も出していた。
「デパートの上のたかちゃん」あらい静枝さんの本。

改めて高島屋の文化への意識の高さ、美術への愛情の深さに、こちらの胸も熱くなる。
素晴らしき高島屋。明治から現代まで変わることなく名品を守り、作家を保護し、世に大きな宝物を贈る手助けをし続けてきたのに、観客のわたしはただ嬉しくありがたいと思った。
ありがとう高島屋

24日まで。

なお関西の方々は大阪日本橋の高島屋史料館へどうぞおいでください。
水曜と日曜はお休みです。
いつも本当にいい展覧会を無料で見せてくださるのです。
そして難波の高島屋の9階のレストランフロアでも折々によい展示がありますので、ぜひ見に行きましょう。

専修大学図書館コレクション展を娯しむ

専修大学図書館コレクション展をたばこと塩の博物館で見た。
江戸時代の戯作本のよいのがずらーっとあり、夢中になってしまった。

源氏物語、古今和歌集などもあったのだが、とんでしまった。
やっぱりわたしはこういうもっとあれな作風の方が好きなんだなあ。
能狂言より歌舞伎・文楽、時代物より世話物、こういう人間がこういう所に来たから戯作三昧になりますがなw

七夕のさうし これは丁度二人が天の座敷にいるところの場が出ていたが、絵の構図そのものはサントリー本と同じ。

さて雅俗に分けられての展示だが、雅で惹かれたのより俗ものに大いに惹かれた。
早速戯作三昧へとゆこう。
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古朽木 1780 桃太郎が生まれ変わり江戸の住人になった、という話。(桃太郎は室町の人)
まあ桃太郎も金太郎も浦島太郎も平成の世の中で仲良くしてるしね。
こういうのはほんと、みんな好きなんだわ。

古今狂歌袋 1787 宿屋飯盛(石川雅望) 表紙は居眠り男の絵。のほほんとしたムードがいいな。

春窓秘辞 1813 淇澳堂主人編・序文は蜀山人 馬琴や蜀山人らも。これは九大にも所蔵されている。わたしは立命館で見ている。
「近世春本・春画とそのコンテクスト展」当時の感想はこちら

嗚呼奇々羅金ケイ1789 山東京伝 楽しそうな様子がいいなあ。

曲亭一風京伝張 1801 馬琴 京伝の煙草屋の店先から逃げ出した煙管と煙草入れの夫婦(!)が色々あって生き別れし、やがて再会するという話。
なかなか波乱万丈だなあ。

化物太平記 1804 十返舎一九 小蛇が秀吉・ナメクジが信長・河童が蜂須賀小六。
人気だったのだが、やっぱりお上の禁忌に触れて一九は手鎖50日。
これとは違うのだが、「手鎖心中」を思い出した。
芝居の「浮かれ心中」の原作は井上ひさし「手鎖心中」、芝居ではミッキーマウスのテーマに乗って「ちゅう乗り」するが、小説のラストシーンは死んだ若旦那の轍を踏まず、なんとか戯作者の道を歩き続けようとする連中の決意表明がある。
あのラストはとてもよかった。

仇報孝行車 1804 南仙笑楚満人 妾に夫を殺されたと思い込んだ本妻が、妾を閉じ込める。ようやく息子に助け出されるが足が萎えてしまう妾。息子の引く車に乗り、なんとか仇討をする。
男が足萎えになり、女が土車を引くというのは小栗判官照手姫の昔からあるが、母の乗るのを引く息子というのはあまり見ないな。

雷太郎強悪物語 1806 式亭三馬 歌川豊国 人気の一作だったそうな。いかづちたろう・ごうあくものがたり。ワルモノの雷太郎が無理太郎と共に悪を重ね諸国を回るが、主人を彼らに殺された商家万屋の一族が浅草観音の利益により彼らを敵討する。
勧善懲悪。ラストで悪が滅びるためには前半から中期に掛けてはとにかく悪の魅力を発揮しなくてはいかん。そうでないと面白くないもんです。
ああ、読んでみたいなあ。
と思ったら、国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されていた。こちら

ちょっとピラピラ見てみたところ、早速見開き5-6ページ目で二人を殺してますがな。
やるねえ。

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於六櫛木曾仇討 1807 京伝 幽霊の絵が壁に長く伸びている、という図。主君の妻に横恋慕した挙句、殺害した男に対し、家の下僕が仇討をする話。

ほかにも馬琴、一九、三馬、京山らのいかにも面白そうな読み本がずらりと並んでいた。表紙は大抵が歌川派。

冬編笠由縁月影 1815 京山 2世田之助似の娘と5世半四郎似の女とが豊国と国直の噂話をしている絵がある。

三蟲拇戦 1819 柳亭種彦 むしけん、と読む。蛇・蛙・蛞蝓がそれぞれ兄・妹・弟に顕現して仇討をする。
なんかもういかにもではあるが、むしろこういうのは平成の今の方が売れるように思う。

偐紫田舎源氏 1829-1842 種彦 長編だが未完。絵は国貞。これが大ヒット。内容は国立国会図書館のデジタルアーカイヴで読める。こちら

そういえばこの作品の春本を永青文庫で見たな…
とにかくどのカラー口絵も綺麗で今に至るまで田舎源氏の浮世絵は観る機会が少なくない。

朧月猫草紙 1842-1849 京山 国芳 このコンビで「おこまの冒険」を描きまくったのだ。
21世紀の今、復刻絵本として世にある。
なお中身については現在「にゃんたって猫」展に出ているので、愛媛で行くことをおススメします。

殺生石後日恠談 馬琴 1825-1833  恠は怪と同じ意味で、挿絵の中には「怪談」と記すページもある。
これは美女・紫の悪の姿を描いたもの。絵も凝ったものがだった。
ここでハタと気づいたが、木原敏江「白妖の娘」はこれを原典にしているのではないか。
木原さんは江戸文学に造詣が深い方なので多分そうだ。

邯鄲諸国物語  1834-1856 種彦他 国貞他  途中で作者も継いだりなんだかんだあったようだ。
絵が虫食いに遭っていて、それが鼻の辺りにあるので木の鼻が伸びたように見える。

さていよいよ八犬伝である。原本と抄録本、派生した本や錦絵が華やかでいい。
南総里見八犬伝 1814-1842 馬琴
雪梅芳譚犬の草紙 1848-1881 
仮名読八犬伝 1814-1842 2世為永春水、鳳蕭琴童(滝沢お路)

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いずれもよく出来た本ばかり。モノクロの無数の犬の絵と極彩色の錦絵とを合せたり、困り顔の雪だるまの前にいる二匹のわんこなど。原本の南総も106冊勢揃い。28年の連載は本当に凄い。
わたしは「新八犬伝」が至上なのだが、原作も好きで、今だと八犬伝botをいつも見ている。
抄録ものに口述筆記で八犬伝を世に送ったお路がペンネームをつけて活躍したのもいい。
春水が途中でなくなったので彼女が継いだそうな。

こちらは二世国貞描く「八犬伝犬の草紙」のうちから妙椿尼mir908-1.jpg
何も知らない時に梅田の古書店でこの絵葉書を見つけたが、本当にカッコイイよなあ。妖美凄艶で。
ほかの10枚もいいのだが、道節が百日鬘、信乃が細面というのも人形を思い出す。

絵本玉藻譚 1805 岡田玉山 上方の本。絵がまたいい。華陽夫人は自ら刀を持ち、玉藻の前は野で琴を弾くがその裾には骸骨が倒れ、群鴉がいる。かっこいいな、本当に。

霜夜星 1808 種彦 北斎 「四谷怪談」と似た設定の怪談。書き換えかな。

斐弾匠物語 1809 六樹園飯盛 北斎 口絵、いいな。左は闇の中の匠、右は男の裾にすがる女。

浮牡丹全伝 1804 京伝 歌川豊広 網干兵衛の助けたのは悪人だった。その男に網干兵衛は殺され、更に男は悪事を繰り返す。網干兵衛の遺族は男を追い求め、ついには仇を討つ。

京伝の戯作はけっこうわたし好みのが多いのですよ。
それにしても文化文政の出版状況にはただただ溺れるね。

月氷奇縁 1804 馬琴 流光斎如圭 大坂の絵師。聞いたことのある名だと思ったら梨園書画の人か。上巻を彼が、下巻を耳鳥斎が担当したあれ。
復讐の話。友人の妻の妹に恋したまではよかったが、その友人の妻がなくなり、友人は妻の妹と再婚したことで、大いに憎まれた。ソロレート婚は当時はよくあったが、男にすれば腹の立つ状況で、ついにその友人を殺して彼女と婚姻する。
なにやら狐の怪異もあるようで、挿絵も面白い。
とはいえ馬琴の小説は字の使い方があれですから、リンク先を見てもらえばわかるように、やたらとルビが多いし、その字にこれを当てるか、というのも多い。
その意味では、たがみよしひさは馬琴の系譜に立つ作家かも知れない。

頼豪阿闍梨恠鼠伝 1808 馬琴 北斎 恠は怪と意味は同じ。激怒してネズミに化身したあの高僧の話というより、木曾義高が生き延びて頼朝を狙う話のようだ。北斎の挿絵が迫力たっぷりでいい。大鼠をあやつる義高の絵がある。

芝居案内本もある。役者の素顔を活写とか、忙しい舞台裏探検みたいな内容である。

戯子名所図会 1800 馬琴 こちらは歌舞伎国の名所案内。
夏乃富士 1828 京伝 素顔の役者たちのカラーグラビア。
劇場一觀顕微鏡 1831 黙々漁隠(木村黙老) 国貞  高松藩の家老で芝居好き・馬琴好きの人が記した本。 タイトルがもう本当にそのまま。

国貞の三枚続きの中村座舞台裏の図、豊国の芝居大繁盛図といった錦絵も花を添える。

吉原細見 ををを!出ました、現物を見るのは初めてかな。これを知ったのは石森章太郎(当時)の吉原の始末屋稼業を描いた「さんだらぼっち」。それから司馬遼太郎「峠」で河井継之助が憮然とした表情で吉原細見を熟読し、更に自分の感想を◎・〇・△などと書き記しているのが面白くて仕方なかった。

児雷也豪傑譚 1839-1865 4人の作者に書き継がれた。(デューンかコナンみたいやな…)錦絵もいいが、芝居の方のもとてもいい。わたしが好きなのは八世團十郎の児雷也の絵。国貞の挿絵がこれまた素敵。

いよいよ満を持して「白縫譚」の登場。
こちらで本の挿絵が全部見られる。
わたしの持つ絵葉書の元のシーンもいくつか見えた。
大体、仇討ちを志して世を転覆させようとする、妖術使いの姫がお大尽に変装して吉原で豪遊する、相手をする花魁は実は女装した敵とか、もう好きで仕方ない設定だ。
思えば石川淳「狂風記」のヒメも白縫譚の若菜姫と一脈通じるところがあるな。

本の表紙は案外おとなしい。団扇や麻の葉文様のがあり、何巻か、姫が大蜘蛛の上に立つのがあるくらい。
白縫の双六もあるのね。こういう物語を追体験できる双六はとても楽しい。

来年正月に国立劇場で通し狂言をやるのでとてもわくわくしている。いい席が取れますように。
チラシが素敵。こちら

最後は清玄桜姫。
桜姫全伝曙草紙 1805 京伝  実はわたしのアタマは鶴谷南北の芝居「桜姫東文章」と「女清玄」とで占められてるので、原作のこれはどうも入ってこないのですよ。物語自体はむしろ桜姫の母の野分の前が主人公らしい、と解説にある。
そうするとやっぱり皆川博子の小説はこちらを踏まえて読んだ方がより面白いわね。
野分の前vs玉琴。玉琴の無念の死とタタリ。

姥桜女清玄 1809 馬琴 そう、尼のストーカー。女清玄は福助ので見たんだったかな。しかし意識に活きるのは写真でしか見たことのない歌右衛門のそれ。

折琴姫清玄・婚礼累箪笥 1812 京伝 7年後に作者自ら別バージョンを上梓したか。こちらは挿絵は国直。

江戸桜清水清玄 1859 柳水亭種清 亡霊になった清玄がぼーっと…

清玄は気の毒と言うかなんというか…
でもまぁあんまり同情できないのよね、わたしは。

芳年の「雪月花」の錦絵もある。1890 月が毛剃、花が五郎蔵、そして雪が百日鬘になってる清玄。
1887年の画帖には清玄堕落之図もある。桜姫の残した着物を抱きしめるみじめな清玄、残り香から立ち上る(イメージの)桜姫。
うーむ、憐れだのう。

ああ、1982年末だったか、孝夫・玉三郎コンビの「桜姫東文章」の魅力はいまだにわたしを捉えて離さないよ…

たいへん面白かった。それにしても江戸末期の戯作は面白すぎる。だからこそ明治になっても版を重ねたのだが、平成の今でもウケそうなものが少なくない。

いつかまた戯作三昧してみたい…

大唐王朝展 @白鶴美術館

昨日は呉越国、今日は大唐王朝でゆこう。
白鶴美術館の「大唐王朝」展に行った。
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・唐時代工芸品の迫力
イメージとして「唐時代=華麗」というのがある。
唐三彩、鏡、装飾品、いずれもきらきらしいものばかりで、華やかな表現が見られる。
わたしは中国の長い歴史の中でも文化の爛熟期を迎えた時代が好きで、その王朝の末期に他民族に侵略されてしまうにしても、昨日までの華やかさを翌日にまで持ち越そうとするほどに見事な文明、それを愛し、惜しむ。

唐三彩鳳首瓶 釉薬の配置よりも形が綺麗。ペルシャ風水差しに更に華麗な貼り付け装飾を施す。

白銅海獣葡萄鏡 よくあるパターンとはいえ、表面にいる5頭の狻猊のうち1頭が上を向いて吠えているのもかっこいい。
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銀貼霊獣鏡 縁の一帯に走り倒す霊獣たち。これだけ走っているとバターになりますよ…

小さな鏡たちが集まる様子がいい。
銀貼鍍金禽獣文の小鏡がずらり。丸いものから六花のものまで。
そして金銀平脱花鳥文、螺鈿瑞花双禽文もある。
幼稚園児が楽しそうにしているようにも見える。

碗または杯もいい。
鍍金刻花文銅杯、牡丹唐草文銀杯、馬上銀杯、鍍金花鳥文…
裏打ちされて狩猟文を浮き立たせた杯もいい。
10cmもない中で極限の彫刻が為されている。花が咲き鳥が歌うパラダイスが浮かび上がっている。
言葉もない見事さ。素晴らしい…

身を飾るアクセサリーの断片をみる。
金飾残片 花喰い鳥である。これが奈良時代に日本に来て、平安時代になると松喰い鶴に変わってゆく。

簪も耳飾りも素晴らしい。
盒子もいい。
蛤形のもの、サイ模様のあるもの、いろいろ。

馬具もある。
銀製鍍金松石入杏葉 松石はトルコ石。ペルシャから来たもの。国際交流のたまもの。わりとしっかりした形のものが左右それぞれにたくさん残っている。

魚型の鍵も可愛い。遊び心がとても楽しい。

さてここで日本の屏風があった。
奈良から鎌倉までの古経が貼られたもの。
賢愚経や称讃浄土教、二月堂の焼き経もある。
これは展示替えがあり、今は応挙の山水図屏風が出ているはずだ。
そして11/22から12/11までは敦煌莫高窟の仏画像がでる。

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・唐時代の仏教美術とその影響力
様々な仏像を見た。金銅五尊板佛、如来坐像など…

一番よかったのは初めて見る白大理石台座だった。
これは尋ねるとやはり相当久しぶりの展示だそうだ。
出し惜しみではなく、重いからという話。
時代は唐ではなく北斉・武平元年(570)。八方五段の蓮弁とその隙間隙間に動物や人の姿がある。
白獅子の表情が面白い。仏、人、鬼、獅子などがこの蓮弁を支えているようだった。

香炉が集まっている。鵲尾形、獅子のいるもの…
手の込んだものばかり。

高野大師行状図画 第三巻 遣唐使船に乗る前に独鈷を投げつけるシーン。

お経も色々。
註楞阿跋多羅宝経 ちゅうりょうがあばたらほうきょう。とてもいい書体で書かれていた。

蜀江錦の貼られた裂帖もある。いかに唐物が尊ばれたかがよくわかる。

最後に明の五彩武人図有蓋壺と久しぶりに再会。
身分の高い人の前で格闘技を見せる武人の図が描かれている。
そしてこの壺には睫毛のある獅子が描かれているのだった。

展示替えも少なからずある。また見に行けたらと思っている。
12/11まで。

呉越国 西湖に育まれた文化の精粋

大和文華館の秋の特別展「呉越国 西湖に育まれた文化の精粋」展は、千年前の素晴らしい文物とその歴史的価値の高さとに感嘆する展覧会だった。
開幕式に呼んでいただき、喜んで式の模様を見ていると、かつて呉越のあった地、現代の浙江省の博物館館長さんらのお話なども聞くことができ、たいへん貴重な時間を過ごさせてもらった。
「天に天堂あり 地に蘇杭あり」と謳われたその蘇州・杭州のうち杭州を中心とした地である。
Wikiによるとこう説明されている。
「呉越(ごえつ 907年 - 978年)は中国・五代十国時代に現在の杭州を中心に浙江省と江蘇省の一部を支配した国。」
「歴代の呉越王は仏教を信仰すること篤く、銭俶は仏塔を8万4千基作って経典を封じて領内に配った。一部は日本にも伝来し、宝篋印塔のモデルとなっている。
またこの土地の陶磁器の窯元である越州窯を後援し、栄えさせた。」

わたしが習ったのも概ねこんな感じであった。
1500年前の呉国と越国との話ではない。
こちらは唐の滅亡から北宋誕生までの間に存在した王国である。

副題にある「西湖」は現在も景勝地として愛され、世界遺産にも選ばれている。
実際に行ったことのない江戸時代の人々も西湖の絵を見て「ここに雷峰塔がある」と認識し、美しい情景を想っていた。
それは室町時代の水墨画の遺産によるものだったろう。

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1.呉越国と西湖
西湖図 如寄 室町 天寧寺  西湖の景観を描いている。雷峰塔が建ち、小さく説明文字もある。そして湖水を舟がゆく。

この後は全て浙江省博物館からの出品である。

銀製の文字の書かれた簡がある。呉越国三代にわたる銭家の人の簡。木簡はよく見るが銀簡は初めて見たかもしれない。藍地に文字が美しい浮かび上がる。
66歳、53歳、21歳の三人の銀簡

竜が二体。
金製と銀製と。金の竜は爪が三本、鱗は魚子仕立て。四足で自立する。銀は同ポーズながらも尻尾はにゃんこ風。足もそう。可愛い。

新建風山霊徳王廟記(拓本)原碑:931年 採拓:民国  142x77.5のなかなか大きな拓本である。
なんと書いてあるのかは知らないが、一行目に「幽霊」の文字がある。
中国では「幽霊」は「鬼」と表現するから違う意味だと思うが、前後の文の意味があまりよくわからない。
最後のサインがいい。「天下都之帥呉越国王」
素敵だ。

銭俶墓誌(拓本) 北宋のもので採拓はやはり民国になってから。こちらは92x93.やや小文字である。

ところで以前は墓誌などの拓本には関心がなかったのだが、近年安彦良和の「天の血脈」から俄然興味が湧いている。あの作品では吉林省の好太王碑の拓本をめぐる混乱に始まるが、そこに絡む人々の思惑が面白いのだ。

2.呉越国の工芸 越窯青磁と金銀器、玉製品
そう、前掲の通りここでは越州窯の美麗なやきもの、そして精緻な工芸品の数々が展示されていた。
作品は一つを除いてすべて臨安市文物館の所蔵品。

唐代の美麗な櫛、凝ったお碗、香炉などの良いものが並んでいた。
白玉に刻まれた鴨なども愛らしいし、
輪花皿の縁周りが銀のため酸化して黒くなっているのも奥ゆかしい。
花弁は12弁、黒い縁に守られている。

やがて五代十国時代になり呉越国から生まれた工芸品が集まる。
雲竜型の飾りは@@@で表現され、鳳凰唐草文の簪は…


ごめんなさいごめんなさい。

他にも多くの名品を飽きずに眺めた。
越州窯青磁の愛らしいもの、銀製鍍金飾の小さなもの…

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3.呉越国の仏教事績
こちらは全て浙江省博物館の所蔵品。

なんといっても目を惹いたのは銀製のアショカ王塔(阿育王塔)。
展示室の入った最初のコーナーにある。
とても精巧で細部まで手の込んだ綺麗な建物空間のドールハウス???

仏像がずらり。
開幕式からこちらへスライディングしたままの体勢でガラス前に貼りついて、熱心に凝視するお坊さんの姿に打たれた。
モノスゴク懸命に仏像に対峙してはる。
印象深い姿だった。

銅製と鉄製の仏像たちはいずれも小さなものたちだが、一体一体全て静かな態度を示していた。

4.呉越国の余波 東アジアの中で
福岡の鴻臚館の遺跡から出土した青磁の数々がある。
日本に来たときのおみやげ、普段遣い、などなど。
そんなことを想うのも楽しいようなやきものたち。

阿育王塔もいくつかあるがいずれも日本の所蔵品。
これらはいずれも955年に造られたもので、前掲の「銭俶は仏塔を8万4千基作って経典を封じて領内に配った。一部は日本にも伝来し」というクチだと思う。

そして宝篋印陀羅尼経などもある。
嵯峨の清凉寺の木造釈迦如来の胎内納入物。
こちらのお釈迦様の不思議な様相を思い出す。

とても印象深い展覧会だった。
11/13までなので、正倉院展と共に観ることが出来る。



十月の東京ハイカイ録

十月の東京ハイカイ録
実際ハイカイというか漂流というか。
実を言うと、学生の頃から「漂泊流浪」という言葉に憧れてきたが、まさか数十年後に似たようなことをする身になるとは思わなかったなあ。

というわけで朝も早よから新幹線に乗り、寝てるところへ「左手をご覧ください、富士山がきれいです」というアナウンスで起こされたのだが、土日とまさかの暑さの東京をハイカイしました。

珍しく品川で降りて川崎へ。
この二日間で川崎市役所の最後の一般公開があったのだ。
なかなかよろしいなと見ているとお仲間にばったり。帰りにはまた別な知人にばったり。建築の公開はこういうことが多い。



田町にゆく。慶応大の図書館で奈良絵本のよいのをみる。
例によって感想はまた後日挙げるが、こういうのを見てるとき、本当に楽しくてならない。

それからお昼に地下鉄の駅近くの干物屋でオススメのとろアジの定食を食べる。魚もいいが、大根下ろしがおいしかったなあ。
お客は9割がたおじさん。男の人はあれですかね、子供の頃は魚ニガテなのが大人になると魚大好きに変わるんですね。

汐留ミュージアムで20世紀のモードとインテリアに大いに溺れる。いいなあ、特に1910年代から1930年代が素晴らしい。
わたしも一番好きなのはこの時代。

予定を変えて新橋から本所吾妻橋へ。JT。帰りしなにわかるのだけど、受付の所に「ぐるっとパス」参加の表示を出しててほしい。
どうしても渋谷時代のイメージがあるからなあ。
見終えてから知ってイヤな感じになる。
特別展、専大所蔵の錦絵などに大いに惹かれた。

東博につく。この日は22時まで開館。映画上映のために多くの人が集まっている。
こういう野外上映会、いいなあ。わたしは予定があるから参加できないけど、本当にいいと思う。

「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を見る。
よくこの巨大な丈六仏を中に入れれたなー!
大阪市立美術館で蔵王権現見て以来のびっくりですがな!
これね「祈りの道~吉野・熊野・高野の名宝~」



常設もふらふら見て回り、今度は六本木へ。
サントリーで其一の展示替えを見ましたわ。
個人的に良かったのは朝顔だけど、月を背に咲く白萩と桔梗、そこへ描き表装の芒と撫子、上下に金のウサギたち、これでしたな。洗練されててとてもよかったわ。

さてさて最後に森へ。
空想脅威展。
これがもう本当に良くて良くて。特撮大好き少女(!)にとっては「ネ申」の展示ですがなw



夜景も綺麗で模型も精巧で。ほんによござんした。

初日はここまで。

翌朝日曜、これも早くから出かける。石神井公園。ものを尋ねた駅員さん、スマイルが素敵でした。
ご機嫌で今日はルートを変えて住宅街を歩く。
「夢の黄金郷 遊園地」展に深くのめり込む。
あーーー面白すぎ!
あまりに楽しくて予定かなり越えた。後の予定に支障をきたすが、こんなにいい展覧会を早く切り上げるわけにはいかぬ。
花やしき、宝塚に始まる遊園地の歴史から豊島区の遊園地を中心とした展開、園内図・絵葉書見るだけで高揚する。
古写真、鳥瞰図の楽しみ。良かった!
図録も買う。
この石神井公園ふるさと文化館はハズレなしという稀有なところの一つなのだよな。

うどんに未練を残しつつ三宝池のほとりを歩き、今度は練馬乗り換えで新宿へ。
地上に上がると郵便局。
腕が痺れてたので荷物を送る。本とチラシだけでこんなに腕がシビレルとはなあ。
ありがとう、郵便局。

損保でカリエール。
こんなにも多くの作品を見れるとは思わなかった。
十年前「ロダンとカリエール」展を見たときも深い静けさが胸に緩やかに広まっていったが、十年後の今も心が鎮まるのを覚えた。銀鉛写真のような、懐かしいセピアに覆われた世界は狭い。そこだけで完結する母子の、家族の絵。優しい一場。
よかった…

太田にて「国芳ヒーローズ」の後期。
前期は燕青と阮小五に惹かれたが、後期は史進と張横・張順兄弟がかっこよかったなー。
ああ、面白かった。

急遽予定に入れた松濤へ。
「月 夜を彩る清けき光」展、武蔵野図屏風と広重の月景色の色々が特に良かった。
月光を尊ぶ古人の心持ちが伝わってくるようで、わたしも月の光を大事に想っていたことを思い出した。
頴川美術館から景文の「秋夜景図」が来ていたが、頴川には月の美を示す絵が少なくないのを挙げておこう。

それにしても暑いな。

出光美術館では仙厓。やっぱり可愛くて、禅とか抜きに終始可愛さにヤラレてしまった。
相客の皆さんも可愛さにヤラレていたが、一方で「和尚さんの伝えようとすること」をきちんと読み取っているようだった。
真剣に文を読み、描かれた絵の奥の本当の言葉を探しているヒトが多かった。
うむ、すごいな、わたしはゆるゆるな可愛さにきゃんきゃんになってたばかりなりよ。

最後に髙島屋。
日本美術と高島屋展、改めて高島屋の文化への意識の高さ、美術への愛情の深さに、こちらの胸も熱くなる。
素晴らしき高島屋。明治から現代まで変わることなく名品を守り、作家を保護し、世に大きな宝物を贈る手助けをし続けてきたのに、観客のわたしはただ嬉しくありがたいと思った。ありがとう高島屋。
そしてゾウのたかこちゃん、あの後どうなったのか心配してたら、動物園にお嫁に行ったのか。
よかったなあ。このたかこちゃんのことを絵本に描いた人もいて、そうと知ってとてもほっとした。

そこから歩いて東京駅へ。
また来月までさらば。
今回も隙間なく遊び、充実した二日間でしたわー。

ペルシャ絨毯の美 ―世界に伝播する文様―

白鶴美術館の新館の絨毯展示室では今期はペルシャ絨毯の特集がされていた。
19世紀末から20世紀初頭の優雅な絨毯が主に集まっている。
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わたしの好きな文様のものが同時に三枚出ていた。
それでやっと自分がペルシャ絨毯が好きなのをはっきりと知った。
そう、物語性のあるものと綺麗なものと。
ちょっと画像は粗いが折角手に入れたので拡大したのを置く。

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上段と下段で物語の間に時間の推移がある。元はどんな話なのかは知らないが、なにやらイワクありげ。
一人磔中。王様らしき人と周囲の人々。
下段では狩猟。羊飼いと会う王様。一匹の犬が木に縛り付けられているが、その犬が何者なのかは知らない。
オヤジの飼い犬なのか王様の犬なのか。まあオヤジの犬でしょうなあ。
水鳥も様子をうかがっている。

こちらは動物闘争文。ライオンが牛を一噛み、豹が雌獅子らしきのを狙ってたり、三頭の鹿が逃げ出す一方、捕まって食い殺される鹿もいる。そしてところどころに花が咲き乱れ、その隙間隙間に様々な鳥がいる。孔雀も鸚鵡らしきものも。
花木は豊かに咲き、兎は逃げ、リスを狙う豹を狙う黒豹もいれば、相手の首を噛み千切った豹もいる。
そして周囲では延々と草食動物が逃げ続ける。
イメージ (39)

わからないけれど、実はこの四隅には龍と鳳凰がいる。
ただしそれは中華思想の中の彼らではなく、ドラゴンとフェニックスなのだ。
図像そのものは中華風だが、認識としてはドラゴン=悪、フェニックス(ペルシャではスィムルグと言う存在)=善なのだ。
メダイヨンの中では動物闘争文が繰り返されている。ただし花が大きく辺りを覆うことで殺伐とした感じはない。
イメージ (40)

こちらだけ綺麗な画像。
生命の樹、対称の存在。
花瓶から花が伸びる。鸚鵡、兎、キツネ、鹿、馬、猿、孔雀、小鳥、ライオン…
イメージ (42)
フキゲンなライオンの顔つきがいいですな。

他に花の満ち満ちたアラベスク文様、生命の樹花が咲き乱れる中に鳥達が隙間なく暮らしていたりする文様がよかった。
鳩と孔雀や白い花弁に黄色の芯の花が枝垂れていたり。
4Mの巨大なのもあった。ナイン・ツデシク絨毯。

それからこんな企画をしていた。



本館で大唐王朝展を愉しんだ後にぜひ。
12/11まで。

むかしむかしあるところに ―教材としての昔話―

京都市学校歴史博物館の企画展はいつもなかなか面白い。
こういうところに光を当てるのか、というものも少なくなく、それらが悉く面白いのだ。
今回の「むかしむかしあるところに ―教材としての昔話―」展もそうだ。




明治から戦前の教科書に採用された日本の昔話をピックアップした展示。
文章は疎かにされず、絵も良い画家を集めてのもので、初等教育の大切さをひしひしと感じさせられた。
一方で当時の人々が子供をどのような方向へ導きたいかもあらわになっていて、興味深い。

酒呑童子絵巻貼付屏風 江戸 大和絵風の屏風で物語は右から左へ進み、下段へと移る。
住吉、石清水八幡などに必勝祈願に行くシーンなどは例えば住吉は太鼓橋、八幡には鳩らしきものが描かれて、それと悟らせる。
砦の鬼たちはみんなブサカワ。例の神変鬼毒酒をみんなに振舞う頼光一味。
酒のあては向こうが出してくれたが、女の太ももでしたな。
童子は名乗り通りの童子のアタマ、ざんばらで巨大な男。
お酒に酔っぱらった鬼たちは互いに介抱しあう。
さて夜中になりました。姫の導きで鬼退治開始。
飛んだ、鬼首、ガブッッッ 
まぁ最後は籠に詰められて鬼たちの首が都へ運ばれる。凱旋する頼光たち。
この鬼退治の絵はサントリー美術館のそれに準拠しているそうだが、あちらは伊吹山系、こちらは大江山系。

鬼退治については唱歌もあった。
明治34年の「おおえやま」がそれ。
1番だけ挙げる。
むかし丹波の、大江山、鬼どもおおく、こもりいて、都に出ては、人を食い、金や宝を、盗みゆく。
詳しくはこちら

この歌を知ったのは永井豪の名作「手天童子」で紹介されていたから。
今もしばしば再読してはやっぱり感動するのだ。

鬼の存在意義や退治についてはここでは差し控える。

大正15年の尋常小学国語読本にはカナで大江山の話がある。
文部省の製作した教科書。今のようなシステムはまだないみたい。

三老人図 ああ、この題材は青邨も採り上げていたな。
武内宿禰、三浦大介義明、浦島太郎。確かに長命。
ただし浦島の場合はまたちょっと違うのと武人でも政治家でもないので、のんびりした顔で描かれている。

桃太郎図 猪飼嘯谷 昭和7年 宝を前にした桃太郎とその一行。宝は珊瑚に袋物に宝珠。
犬らが桃太郎の様子を伺う。
猪飼嘯谷、柔らかないい絵を描いている。もう今はこの画家の絵を探すのも難しくなった。

桃太郎鬼退治図 大八木桂月 大正6年 横長の絵で船出前の様子。波を見る一行。

桃太郎は尋常小学読本に早いうちに採り入れられた。
その理由について巌谷小波が「桃太郎主義の教育新論」を上梓している。
・積極的・進取的・楽天的 という点を評価したそうだ。
この本自体は昭和18年に刊行。考えそのものは明治初期に決まっているだろう。
「桃太郎 海の神兵」とこの事とは離れて考えるべきだとは思っている。

巌谷小波による桃太郎や浦島の簡単な絵もある。

京都の小学校システムは優れていた。それについてはこちらに詳しい。
番組小学校のシステムは今は統廃合されて失われたが、よいシステムだと思う。

その組内画家記念揮毫屏風がある。大正7年。右から左へ。
白井清泉 二羽の叭叭鳥が大きな枝に止まる。その下には薔薇が咲いている。
伴一邦 細竹の並ぶ中、太湖石に座す賢そうな中国婦人。
山元春挙 雪持ち松がとても強そう。
都路華香 茶色い馬がいる。白鬣がいい。
内海吉堂 山水画
田中月耕 チラシの桃太郎。そう、我から桃を割る桃太郎。なんか怖いな。
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もっかい桃の中に押し込んで、河へ流したくなるのは気のせいだろうか…

巌谷小波による明治27-29年に刊行された博文館(文藝倶楽部の発行元)の「日本昔噺」がずらりと並ぶ。
当時一流の絵師たちによる仕事である。
洋画家・浮世絵師・日本画家と区別なく描いている。
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舌切雀 爺さんが雀のお宿に来たところ。
娘らしい初々しさのある雀(そう、顔はあくまでも雀)が「こちらですよ」と招く。
雀の両親(これまた地味な装いの上品そうな夫婦、むろん頭は雀)がお出迎え。

玉の井 小林永興 「わだつみのいろこのみや」と同じ、ヒコホホデミノミコトが釣り針を求めて海底にきたところ。
魚たちの顔が面白い。

猿蟹合戦 菅原旦陵
松山鏡 武内桂舟
花咲爺 水野年方
舌切雀 三島蕉窓
瘤取り 山田敬中
物臭太郎 梶田半古
羅生門 筒井年峯
浦島太郎 永峰秀湖

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大江山 歌川国松 浮世絵師だと思うが、表紙絵はどこかアールヌーヴォー風な味わいもある。噛む鬼のその口を背景によりそう男女の絵。
別に恋愛関係はないが、ちょっとそう見えるような雰囲気はある。

俵藤太 藤島華仙 ここの文に笑ってしまった。つまり瀬田の唐橋が舞台なので龍宮はこの場合海底ではなく川底にあり、それを巌谷小波が軽妙に指摘する。
「…タイやヒラメのかわりにコイ、ハゼ、ナマズはてはゲンゴロウブナがノコノコ現れ」る竜宮だというのだ。
まあ海やなしに湖やからなあ。

かちかち山 寺崎広業 けっこうリアルな。

猿と海月 久保田金僊 タイや竜の顔がなかなかいいな。どっちかといえばコワモテ。

安達が原 小堀鞆音 表紙絵がスゴいコワい。ヘチマチチを出した鬼婆のド迫力に参った。
開けた室内にはドクロがころころ。
「おいーおいー」「南無阿弥陀、南無阿弥陀」の掛け合いが続く月下の追いかけっこ。

一寸法師 小林清親 鬼がなかなかオモロイ顔してる。打出の小槌で大きくなった一寸法師はなかなかの美男でした。

金太郎 右田年英 美人のお母さんからおっぱいもらう金太郎。猿とウサギの相撲をみる金太郎など。
右田は20年ほど前に弥生美術館で回顧展があったが、ほぼ今では忘れられた画家なので、こうして見ることができたのは嬉しい。

雲雀山 中村玉桂 継子いじめの話。雲雀山に捨てられる姫君だが、これは中将姫の物語のようだ。

猫の草紙 浅井忠 この表紙がまた面白い。蜘蛛の巣の上をパラソル開いた猫が歩く。その背には白ネズミ。
軽妙な展開。家の中でしか飼ってはいけない猫が自由になり、それで困ったのがネズミ連中、という話。
浅井忠は洋画より日本画や挿絵などの方が好きだ。なにしろ楽しい。

一枚絵をみる。
かちかち山 狸の泥舟を沈めるところ。この絵には第一次大戦の日英xドイツの戦勝記念を示しているとのこと。
「戦捷記念」とある。

そして小波の短歌も「かちかち山」に関するもの。
「くせものは沈めて清し春の月」
ううーむううーむ、櫂を持つウサギね。

染織の牛若もある。吉野なので義経ですわ。
雪山、ジャンプする義経、木の陰に佇む弁慶と言う構図。

明治20年代から昭和13年までの尋常小学校の国語読本がずらり。
出版社により「かな+漢字(ルビなし)」と「カナ+漢字(ルビなし)」また「変体かな+(ルビなし)」などに分かれていて、出版年は関係なかった。
全てカナかと思っていたのでちょっと新発見。

桃太郎、舌切り雀、浦島太郎、花咲爺、松山鏡、猿蟹合戦、竹取物語、かちかち山、牛若丸、ウサギとカメ…
これらの昔話が文部省により長らく教科書に採用されていた。
印刷はなかなか読みやすいが、小1でも「頼光」などの名などはそのままなので、相当漢字力が高かったことがわかる。
新聞は総ルビ時代だったし、子供もよく読んだから、慣れていたのだろう。
久世光彦の証言を思い出す。

最後に明治6年刊行の「通俗伊曾普物語」渡辺温編訳が現れた。
中には暁斎の挿絵もある。
ライオンが肉球の棘を女に取ってもらうところ、眠る女のもとへ来る男、目薬の話などなど。
そして昭和40年代の絵本から「いっすんぼうし」「がくやひめ」「うらしまたろう」がある。程度が落ちて全部ひらがな。いずれも絵は秋野不矩。
石井桃子、円地文子、時田史郎の文。

たいへん面白かった。
12/13まで。

鬼才 河鍋暁斎

既に終了したが、碧南市藤井達吉現代美術館で「鬼才 河鍋暁斎」展の後期を見た。
中味はほぼ河鍋暁斎記念美術館と国内の個人蔵の作品。
なんとぐるっとパス関西版にここも参加していた。
今年から近隣も何カ所か参加ということで愛知や岡山が加わっていた。びっくりしたわ。
イメージ (2)

この美術館は開館日に来て以来。
素敵なカフェはやはり今も繁盛していたが、今回も忙しくて立ち寄れず。
作品を見るだけの訪問となった。

階段を上がると第一展示室があるが、その階段から周囲のガラス壁面を見渡すと、新富座妖怪引幕の模造品が掛け回してあった。原本は早大演博にあるあれ。模造品は記念館の。
この引幕が発見されたときのことを忘れない。
懐かしく思いながらいよいよ中へ。

イメージ (3)

明治の席画会から始まる。
ザンギリとチョンマゲが混ざり合う賑やかな席画会の様子。
こうしたちょっと戯画風なわいわいした様子を的確に捉えるのが巧い。

水墨画をみる。
枯木寒鴉図 シィンとしたただ中にただ一羽、ぽつんと枝に止まるカラス。
この絵の良さを見込んで榮太樓飴の社長が暁斎の挙げたムチャな代金をパッと払ったといういい逸話がある。
暁斎の描いた絵もいいが、榮太樓の社長の漢気にも惚れる。
芸術の価値を知り、それに見合う金を支払う話。

雨中白鷺図 この絵もとても巧いと思う。まだ暁斎をよく知らない頃、この絵を見てかなりショックを受けた。
雨の隙間に鷺の身体がある。こんな雨はないが、それでも強い納得がいった。

柿に鴉図 柿の実のみ赤い。それをきっと見るカラス。

カラスも鷺も力強い生命体。

龍虎図屏風 一曲 金地に墨絵で力強い。
その一方、墨絵の虎図は枇杷のような目ににゃあとした奴で、体が柔らかくくねっていて、図体の大きい・目つきの良くない・でも可愛い、という虎になっていた。

二十四孝の版下絵も四点。幕末の作品。どうしてか知らんが、二十四孝は国芳の筋がよく描く。話が破天荒なのがあるからかなあ??

肉筆画へ。
竹に仔犬図 野馬一道との合作 「一笑図」である。そんなことはどうでもいいが、可愛い喃、わんころ。

神仏を描いていてもなんとなく面白い。
竜神に観音図  観音さんは瀧に打たれていて、それを左幅の竜と竜神が見てるのだが、竜が「わしの上に乗りよるおっさん、鬱陶しい喃」という顔つきなのが楽しい。

走る恵比須・大黒  「走り大黒」はよく見るが「走る恵比須」は知らんなあ。「またねー」「おーいっ待ってくれー」の二人。

文殊菩薩像 少年文殊が獅子の脇に立ち、その背に手を置くという珍しい構図。これはこれでいいし、稚児文殊の可愛さがめについていい。

明治になって風景画がやっぱり江戸ではなくなった。
電信柱図 山岡鉄舟の賛つき。一本だけがしゅっと立つ。電線もゆったり。いいなーいいなー。

浅草寺縁起  ここの観音さんみつけた兄弟を子供に描く。可愛いわ。三人の子供らが素朴にナムナムと手を合わせている。
愛らしいし、悪気のないええ絵。

豊干に寒山拾得  虎が可愛い。
しかしこの人はこのグループより鍾馗の方が多い。

閻魔と鵜匠  鵜が鵜匠に巻きついてるけど、なついているのか、こ奴のせいでえらい目に遭うたのですと訴えてるのかは不明。
善知鳥もそうだが、職業を選べない立場の人を神仏が裁くのはよくない。

人物三長図 これは形としては大津絵の「外法の梯子剃り」を踏襲しているが、床屋さんが暁斎の師匠の一人・国芳が描いた手長・足長で、この二人がかりで、メガネかけて読書中の寿老人の長いアタマを剃ってるところ。
手・足・頭の三長なわけですよ。

下絵を見る。
下絵は画家の当初の勢いや意図するところがよく見えるので、見ていて面白い。
そう思うようになったのは上村家三代の下絵展を見てからだった。

黙阿弥の書いたパリが舞台の芝居「漂流奇譚西洋劇」の、公園で父と再会する主人公の図が出ていた。他にも数点あるようだ。
この本画の内の一枚は小金井のGAS MUSEUM がす資料館に枚ある。

チラシの文読む美人の下絵もある。金太郎と山姥のもいい。おっぱいをあげている山姥に熊も猿もまといつき、山姥からはちょっと鬱陶しい感じがある。

カラフルな彩色画がけっこう物語系が多かったり、月次図だったりするのは、これは施主のシュミかもしれない。

天岩戸図、文昌星の図などのほか、蛇のいる花鳥図、太田道灌と山吹を差し出す女の図などなど。

ロンドン大宴会図は8年ぶり。
前回の感想はこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-1123.html
猫柄浴衣の人らと別な柄の人らとが西洋料理で宴会中。美人さんも同じ浴衣のお仲間。
なかなか楽しそうな絵。

画帖もいい。狐、猫、浦島、稚児、光氏などなど。

美人がカエルの相撲大会を見る図もある。これはけっこう不思議な絵ですわな。
カエルは茶色カエルと緑カエルと。美人は上からじーっとみている。

ご維新前の錦絵もいい。
牛若丸が鞍馬で天狗と武芸の稽古をしてる。

新板大黒天福引之図 これはネズミらが正月のご挨拶に来たのを大黒さんも喜んでお接待。
和洋のネズミらもおおはしゃぎで、仁木ごっこをしたり猫をからかったり、お多福さんも登場の、総出でネズミらを楽しませてますわ。
製作年はないけど案外子年だったのかも?

元禄日本錦シリーズ。フルカラーでカッコイイ赤穂浪士いや、義士たちを描いている。

最後に、暁斎の絵をモチーフにした工芸品がいくつか。
百鬼夜行牙彫太刀 みっしりとオバケ充実してますな。柄頭にはゾウさん。
筆洗は本人筆。いい染付。

たまたま三河地方に行く機会があり、観ることが出来て良かった。
いつか埼玉の記念館にも行ってみたい。

 

たまにはお寺にも行く日もある。

あんまりお寺に行くことはない。神社にもあんまり行かない。
理由は大したことではない。
とりあえず京都の高島屋で星野道夫展が10/10までだというのと、寺宝の公開を六道珍皇寺がしているというので出かけたのだ。
ところが日曜に家にいるというのは出るのが遅れるということだ。
京都に着いたら12時だというのはちょっとどうかと思うが仕方ない。

祇園の団栗橋を渡り、宮川町の歌舞練場の建物をチラチラ見ながら歩くと、舞妓さんのコスプレをした人が来た。
そうそう、このあたりにコスプレ屋さんあったなと思いながら大和大路に出た。
建仁寺の禅居庵の前の学校がなかなか。他の用途に使われつつも現役で、運動会をしていた。



それで猪の集まるところというのでお邪魔する。
ここは摩利支天さんの御堂があるそうですわ。
摩利支天さんの猪。


歯並びはっきりしてる奴。
ほかにも猪グッズなどがたくさんある。
御所の近くの護王神社も猪まみれだが、あっちは和気清麻呂を導いた霊猪を祀ってたのだったかな。
もうはや椿らしき花も咲いていた。サザンカかもしれないが。

ふと塀越しに見えた医院。上の階の方が古い。



そこから松原通をあるいて、幽霊飴のところにきた。
六道の辻に迷うなよ、という言葉を思い出すが、久しぶりに来たのと工事中のところがあるのとで六波羅蜜寺を越えたのに、六道珍皇寺にたどり着けない。
これはわたしのスマホのMAPがくたばっているのもあって、記憶だけで歩いているからだった。

ようやくたどりつく。
寺宝の十界図や十王図などをみる。久しぶりですわ。




行っていた井戸の深さはわからない。シダが咲いていた。
そして帰ってきたときの井戸を今回初めて見た。

ところでこの時間帯位からだんだん具合が悪くなってきた。
それで今度は建仁寺を通り過ぎながらイタタタタなのだった。

鮒鶴の横を通る。いっときリバー・オリエンタルだったが、わたしはその前の鮒鶴の方が好きで、今の鮒鶴は行ったこともない。
鶴清は以前にいったなあ。

具合が悪いまま京都市学校歴史博物館にゆくと、運動会の最中で、麩屋町に回れとある。
ああ、具合悪い時になんてこったい。



ご近所さんね。

しかしここで時間をかけたおかげでだいぶ具合もよくなった。
いい展示も見たし、機嫌はいいが、三時半になってしまった。
本当はもっと早くに浜大津に行く予定だった。
大津祭が見たかったのだ。
行きたいうどん屋もあきらめて、とりあえずサイゼリアに入り、イタリアの地震支援のパスタを食べる。
ここでぐったりしてしまい、とうとう大津はあきらめた。

四時半になりやっと店を出てうろうろしてから高島屋。






うん、やっぱり来たよかった。
しかしまた体調が悪くなってきた。

どうも普段いかないところに行くと具合がわるくなるらしい…

大阪で見る「広重ビビッド」展

難波の高島屋に「広重ビビッド」展が巡回している。前後期に分かれて、現在の写真も添えて、とサントリーと同じ展示となっている。
やっぱり綺麗な色だと感心している。
感想自体は変わらない。
以前にこちらに書いた通り。
楽しい再会をしている、という感じで見て回った。

お客さんらもみんなやはり大いに喜んでいるようで、歓声が漏れている。
この程度はうるさいとは言わない。みんな喜んで気持ちのいい声を上げている、と言うだけ。

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たとえばこれは住吉っさんの燈台。
これを見て「いゃ、こんな大きいのがあってんわ」「そや、今はまた復元されて」と話す声がする。
皆さん自分の知ってはるところが出てくると喜んで絵の感想と自分の知ることを言うだけ。

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養老の滝 ええ色やとつくづく感心。
杢目が出てて、滝がいよいよ滝らしいのも面白い。

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鳴門の大渦。これを見て「こんな大きい渦は五月やな」と言う人もいる。
実際の所は知らんのだが、わたしも勝手に納得する。そぉか、これは5月の絵なのか、と。
「いやー、昔はチドリが飛んでてんね」という声が聞こえたので、それにはちょっとにっこりしたり。
紺碧で渦を表現する、というのがやっぱりすごいな。

ところで画像のスキャンやといい色がなかなか出ないですね。
広重と原コレクションの原さん、ごめんね。

チラシはこんな感じです。
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サントリーの赤のインパクトの強いのと青と、全く違うな。
しかし「ヴィヴィッド」はこの青だが、「ビビッド」はやっぱりあの赤だな。
さすがサントリー。
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現在は後期展示中。
やっぱり広重はいい。

三代 樂道入・ノンカウ展

三代 樂道入・ノンカウ展
樂家歴代の第一の名手と謳われる道入。
わたしはかれのやきものが好きでならない。

道入はノンカウと通称されるひとで、現代の表記では発音に合わせて「ノンコウ」となる。
これまでこのブログでもノンコウと書いてきたが、今回の展覧会に合わせ、ここではノンカウと記す。

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樂美術館でノンカウの展覧会が開催されている。
これまで彼だけの展覧会というものはなかった。
あったとしてもわたしは見ていない。
逸る胸を抑えて中立売で下車し、よろめきながら美術館へ向かう。
ノンカウだけの展覧会は25年ぶりだという。そうなのか、すごいな。

展示室内に入ると、最初に見えるガラスケースに黒樂茶碗がある。
大抵いつもここには当代の吉左衛門さんのがあるが、今回は初代の長次郎の黒樂茶碗があった。
万代屋黒 文叔・啐啄斎書付 艶のない実直なやきものである。
モズヤくろ、と読む。「かせた黒釉」だと解説にある。
わたしはこの初代の「かせた黒釉」、侘びた境地というものに、深い鬱屈を感じる。 だから離れる。

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さていよいよノンカウである。
目を転じた瞬間に煌めくものが視界の隅から中心へ入り込み、目を覆ってゆく。
ああ、なんて綺麗でときめくものばかりが並ぶのだろう。
わたしは心の中で勝手に歌を作って歌いだす。
ノンカウ・ノンカウ・ノンカウ…勝手な歌なのに名曲だ、彼の仇名を連呼しているだけなのに。

なんというても黒樂の美に惹かれる。
黒樂茶碗  閑居  元伯宗旦・啐啄斎書付  キラキラしてはいるがどこか大人しい。宗旦はノンカウの美点より、長次郎ラブの人だからそうしたところよりも、長次郎風の形であることを喜んだに違いない。

黒樂茶碗  無一 元伯宗旦・文叔・一指斎書付  こちらも形は長次郎風。しかしとてもキラキラしている。

黒樂茶碗  山ノ端 了々斎・惺斎書付  二つ目のチラシ左端。先に薄黄色の傷をつける。そこへ黒を流し込む。無数の星々が内外に活きる。山の端は星空の中で白々と夜明けを待つ。

笹之絵黒樂茶碗  四方形に二枚の笹片。薄黄色い笹片が二枚、肌に浮かぶ。

赤樂茶碗 僧正 了々斎書付  二枚目チラシ右端。サーモン色の可愛い地に四角い黄色の模様が三つ。

黒樂茶碗  残雪 了々斎書付  口元に厚めに掛けた黒が白と混ざりあって溶けて流れるのを蛇蝎釉と言うたそうなが、これはノンカウ・オリジナルだとか。

黒樂茶碗  獅子 如心斎書付  薄黄色の傷は「イ」の字に見える。元々は橋を浮かび上がらせるはずが、このカタチになった。それが何故「獅子」なのかはわからない。
そういえば初めてNHKがTV放映する時に画面に浮かび出たものは「イ」の字だったそうだ。イロハのイ。

次々と華麗な黒樂茶碗が登場する。
その壮麗な美貌にときめくばかりで、何を見てもどれを見ても嬉しくてならない。
烏帽子、小鷹、若緑と銘打たれた黒樂茶碗たちの魅力の深さ。
こんなにも見ていられるとは。
そしてどうかするとわたしは黒樂という字を見て黒髪を想い、その美しさをも併せて楽しんでいるような気がする。

階上へ。

赤樂灰匙が妙に愛らしい。小さなスコップのようだ。これでバニラアイスを食べるのもよさそう。

白樂虎蓋香炉 俳優の遠藤憲一似のコワモテだが愛嬌もんの虎。雷文と唐草が周りを這う。

赤樂獅子香炉 わぁ可愛い。ブサカワでとても愛嬌がある。ぱっ と楽しそうな表情の獅子。可愛いなあ、挨拶してくれてるの。ええ子やなあ。
撫でで「よしよし」と可愛がりたくなる。

緑釉割山椒向付 これはもう昔から好きな器で、本当に可愛い。北村のだが、湯木でも見たような気もするが、とにかく可愛い。
 
置灯籠 八面にそれぞれ異なる文様の透かしが入っている。いいなあ、菊花、火花、△などなど。

形もどんどん自由自在になる。

筆洗形黒樂茶碗 いさり舟 啐啄斎・了々斎書付  キラキラした小舟。この船でどこか遠くへ行く。行き先は舟が知っている。

黒樂四方馬上盃形茶碗 スソ野 碌々斎書付  見る角度で表情が変わる。
馬の疾駆する様子にも見えるし、山々にも見える。

黒樂平茶碗 燕児 覚々斎書付  蛇蝎釉まじりの綺麗な茶碗。見込みいっぱいに白い花が咲いているように見える。

赤樂兎香合 おお久しぶり。ちまちました目鼻のうさぎどん。

黒樂茶碗  青山 今回、重要文化財に指定されたもの。チラシ1の右のもの。黄色のあれはわたしの好みの形ではない。銘菓「ひよこ」を思い出す。色も形も。妙に美味しそう過ぎる。

赤樂茶碗  鵺 覚々斎・久田宗悦書付  もう一つの重要文化財。不穏さからの命名。
  
樂茶碗 寒菊 一燈・不見斎書付  複雑な色調の肌。魅力的な艶がある。

黒樂茶碗  小鷹 如心斎書付  この色合い、須田国太郎ならば再現できるのではないかと思った。彼の重厚な油彩でなら…

黒樂茶碗  唐衣 大谷達如上人書付  薄さがいい。内側に朱色が散る。彼岸花がぽつんぽつんと咲くようだ。

黒樂茶碗  荒磯 一燈書付  蛇蝎釉が荒磯を表現する。

最後に本阿弥光悦 白樂茶碗  冠雪がある。
茶碗そのものは道入に影響を与えなかったが、その精神に多大な影響を与えた芸術家・光悦。16歳の少年吉兵衛と58歳の老境に入ったばかりの光悦との深い関係。
光悦は吉兵衛の才能を愛し、彼の不遇を少しでも良くしようと活躍する。
彼の書いたものが吉兵衛を注目させることになる。
「先代よりも不如意の様子也」しかし名人はそうなのだと続ける。
光悦からの温かな愛。
ときめく。

16歳から38歳まで光悦と身近に接し、美意識と眼とを鍛えられた道入。
このことを想うだけでわたしはときめく。
深い愛情が活きている二人。

日々妄想の中で生きていると、色々と余計な、しかし個人的には楽しい状況がよく訪れる。
わたしは光悦とノンカウの愛を想ってときめいている。
光悦の死後に子を得るということにもまた。
そしてその子が父の作風から逃れるように初代へ向かうのもまた。

先祖に始まり師匠で終わる。
三代 樂道入・ノンカウ
この名を見るだけでも全身に光が行き渡るようだ。

展示替えもあるのでまた出向きたい。
11/27まで。


「折口信夫と『死者の書』」展と近藤ようこ『死者の書』下巻感想など

國學院大學の博物館で「折口信夫と『死者の書』」展が開催されている。
チラシには近藤ようこさんの『死者の書』ヒロインの藤原南家の郎女がいる。
この小説を小説以外にかたちにしたものは川本喜八郎の人形劇映画と近藤さんのマンガ、この二作がある。
(冒頭の滋賀津彦の目覚めのみ、演劇のシーンとして松浦だるまさんが『累 かさね』で描いている)
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わたしは久しぶりに映画『死者の書』を観ようと思い、申し込んだ。2時からなので先に博物館に行く。
そこでは近藤さんの原画の展示もあるのだ。
すると館内では『死者の書』についての講演会が開催されていて、大勢の聴衆が詰めかけていた。
映画の事ばかり考えていて、その前の時間にここで講演会があることを調べていなかった。
お邪魔にならない場所でそっと聞いたが、作中の表現から色彩などに活きる官能性についての指摘もあり、興味深い内容だった。

折口の自装本をみる。可愛いものが少なくない。
わたしの持つ『死者の書』は『山越の阿弥陀像の画因』が共に収められているもので、後に『口ぶえ』または『身毒丸』が収められた文庫が刊行されたときは、それをにくんだ。
だが、『死者の書』をさらに深く理解するためには先の取り合わせが良かったとも言える。
にくんだのは、わたしが少年愛に惹かれているから、というだけの話。

ところで数年前、『初稿・死者の書』という本が出た。
その書評を今も持っているので挙げる。拡大できます。
イメージ (15)

近藤さんの原画を見る。黒が活きて、物語の闇と呼応している。
それを見ながら『死者の書』下巻の感想を挙げていないことを思い出す。
上巻は挙げていたのにどうしてか下巻を挙げていないのだ。
上巻の感想はこちら

近藤さんの描いた『死者の書』の下巻の感想についても書きたいと思う。
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上巻の最後で貴い身分の姫が自らの進退について
「姫の咎は、姫が贖う。此寺、此二上山の下に居て、身の償い、心の償いした、と姫が得心するまでは、還るものとは思やるな。」
と言い切った後からの物語である。

近藤さんの描く婦人はものを考える人である。
程度の高い低いはあっても、物事を考えることをやめない。
何を考えているのかは問題ではない。
そのことからだけでも、『死者の書』はやはり近藤さんが描くべき作品だと言える。

折口の『死者の書』は<智慧>についても考えねばならない作品である。
貴人である藤原南家郎女が自らの智慧で言葉を発し、行動を起こす、そのことの意味の大きさをよくよく考えながら読む。
高貴の婦人が智慧を持たないことが当然だった時代の話なのである。

作中、滋賀津彦の骨身の訪問を受けた後の郎女の夢の情景がいい。
「珠玉」の言葉を連ねて描かれた幻想である。
それを近藤さんは自身の感性で絵に成された。
文字を完全に再現したのではない、深く読み取って絵に成されたのである。
この数ページの表現に会うには実際に<見る>以外に方法はない。
本を開くなり電子版で見るなりしなくてはならない。

マンガの面白いところはマンガだけでしか出来ない表現があることだと思う。
ただしそれは映画は映画の、演劇は演劇の、アニメはアニメの、小説は小説の、と言葉を置き換えてもいい。
そのことを想いながら作品にあたる。

描き込むことのない、必要な線以外を排除した絵。
近藤さんの作品世界がこの『死者の書』を構築し、原作にないシーンを自然な形で加える。
それは即ち後年の家持の姿である。
この家持があることで、作品が近藤さんの言う「鑑賞の手引き」となっているように思う。
読者は家持の言動から様々なことを読み取り、それでいくつか不明な点への理解が進む。

マンガは全ての「原文」を完全に再現するわけではない。
たとえば藤原仲麻呂恵美押勝と家持との対話、あれも本当はもっと長く、恵美押勝に滲むある種の屈託をも描いてはいるが、近藤さんはその文章を2人の表情で読み取らせるように描く。
原作の恵美押勝の
「 早く、躑躅の照る時分になってくれぬかなあ。一年中で、この庭の一番よい時が、待ちどおしいぞ。
 大師藤原恵美押勝朝臣の声は、若々しい、純な欲望の外、何の響きもまじえて居なかった。 」

このシーンでは躑躅の群れの絵が2人の対話の最後にきて、体言止めとでもいうような形を見せる。
更にいえばこのコマでの躑躅の背景は闇である。
二人の小宴がこの時間まで続いていたことを感じさせる一方で、そこにいまだ咲く時期でない躑躅の外線が描かれていることに目を瞠らされる。
このコマで躑躅への渇望が読者にも沁みてくる。
マンガによる表現の豊かさがここにある。

やがて二人の対話から歳月がたち、ページも残り少しになったときに「その後の家持」が登場する。
ここで恵美押勝の乱が終わり、南家の郎女の消息がその後も知れずにいることをも読者は知らされる。

次のページで原作のラストシーンが現れ、感嘆し絵に魂を奪われる人々と、彼女らを残してそっと立ち去る姫の姿がある。
「姫はどうなったのだろう」と思うヒトのために先の挿話が有益になり、物語の終わり・余韻を味わうヒトのためにこの順が活きる。
こうしたところに読者への親切心があり、構成力の高さを感じる。

説明的ではなく、物語の流れを読み取れるように作られたマンガ。
この作品が近藤さんの手によって生まれたことは本当に良かった。

わたしは最初に原作の(現行の)『死者の書』を読み、それから映画を観、そしてこのマンガを読んだ。
今から『死者の書』を知ろうとする人にわたしはまず近藤さんのマンガを勧めたい。
上下巻を深く味わってから、小説を読み、そして次に映画を観てもらいたいと思う。
川本喜八郎の映像作品の素晴らしさを更に堪能するためにも原作を知っていてもらいたいし、読みにくいと思われる原作を味わうためにも、近藤さんの作品で物語を理解することが必要だと思う。
とはいえ、映像もマンガも小説もそれぞれ独立して味わえれば、それはそれで素晴らしいと思う。
『死者の書』ファンとしてわたしはこの三つの作品を深く愛している。
一人でも多くの人がこの素晴らしい作品に惹かれれば、折口ファンとして・川本ファンとして・近藤ファンとして、とても嬉しい。

なお映画『死者の書』については十年前に挙げた感想がある。
こちら
この感想を今も公式サイトが紹介してくださっているのは本当にありがたいことだ。
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展覧会は10/10まで。




本の中の江戸美術

東洋文庫に行った。
今回はこちら。
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チラシにある通り「春画」も出ている。

まずは洋物を俯瞰。ああ、素晴らしき本棚、本の洪水。
感嘆してから展示を見る。

モリソン書庫
1496年刊行の「東方見聞録」
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お猫様、ネズミを捕る図。
どういう意味でのこの絵なのかな。

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マダム・バタフライ
ちょっと藤島武二の東洋美女(モデルはお葉さん)思い出した。

銅版画の風景画は建造物をきちんと見る分にはとてもいいと思う。
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さて浦島。
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綺麗な絵。

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印刷ものもある。
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世之介ののぞき。

こちらは八犬伝
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下はゝ大法師と子供姿の八犬士による子とろ遊びの図

京伝の戯作も出て来た。
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ブックカバーというか本の袋。

明治のチリメン本
左は松山鏡、右は花咲じじい
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左は舌切り雀、右は猿蟹合戦
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こういうシーンを表紙に持ってくるところがこれまた面白い。
こちらは桃太郎
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さてこの先はカメラ禁止。
奈良絵本の「しゃかの本地」「菅家物語」「義経記」などが並ぶ。

面白いのは「弁慶物語」 河岸で二羽を見る幼児ともいえぬような幼児と、それを背後から殺そうとする父・熊野別当と必死で止める母。絵自体は又兵衛風。

天明8年1788のカレンダーがあるが、これは春画のアンソロで重政、豊春らの絵が。

湖龍斎「雷の夜」はモロに春画なんだが普通の本の横にいきなりこの絵本が来るからドキッとしまんがなw
雷嫌いの亭主をなだめる女房、実はほかの男となさってる図。
こういうのを見ると山上たつひこ「金瓶梅」を思い出す。
藩金蓮が亭主にぐだぐだ文句言われてる最中、隠れてる西門慶から合図されて壁越しに…という。

英泉のもあるが、これが意外に醒めた絵で、最中ながら女の眼はカメラ目線、男もどこか白々しい。
重政の春画がけっこうよかった。

国芳のシリーズもの「観物画譜」がいい。319枚のシリーズ。
生人形、竹沢藤次の曲独楽、両国広小路の見世物図など。
こういうのは本当にじっくりと観てみたい。
この1861年10月10日、初めて本当の虎が江戸に来たそうな。

最後に広重「江戸百」「六十余州名所図会」のいいのが出ていた。
「広重ビビッド」の復習と予習になった。

階下では諸外国に翻訳された日本の本が紹介されていた。
中で三島の「鹿鳴館」は近年のものだが、建物があった当時の写真が出ていた。



12/25まで。

そうそう常設で広開土王碑拓本のレプリカがあるのだが、これを見ると必ず安彦良和「天の血脈」を思い出す。
あれはこの拓本を取ろうとするところから話が始まるのだ。

西三河ハイカイ録

先月、大雨の日に半田に行った。半田は知多半島になるのかな、わたしはあんまり中部地方の地理に詳しくない。
赤レンガの写真を撮りに行ったが、愛知県と言うのは広いのでこれは他の所も回らなあかんなと思った。
「愛知」=「名古屋」ではなく、他にも多くの土地があることを改めて認識せねばならない。

とかなんとかいうて西尾市の岩瀬文庫に行くことにした。
前々から古文書や奈良絵本のいいのが「岩瀬文庫所蔵」というのを見かけるので、やっぱり遠いの知らん土地やのと言うていられなくなった。
それで9時から開館と言うのでそれに合わせて出かけることにした。

わたしは外出するとき、必ず複数の目的を持つことにしている。
愛知県の広さはなんとなく知っているので三河に行くのなら三河だけ、名古屋市内と組み合わせないことにして行き先を考えると、丁度うまいことに碧南の藤井達吉現代美術館で暁斎展をしているではないか。
しかもこれ先般ののとは違う構成やん、ということで西尾市と碧南市を行くことにした。
ところで地図を見たら隣接しているのに電車は真横には通らずに∩形ではないか。知立で乗り換えなどうもならんようだ。
惜しいなあ。歩けそうやん。
それで碧南に電話して尋ねたら「フツーは歩いたりとかは考えません」とのこと。まぁそうですわな。
それに歩くんやと西尾からではなく碧南から半田の方が近いな。
まあとりあえず逆Uの路線を使おう。

さて9時の開館につくにはわたくし徒歩も含めて6時に家を出ないとあきません。
かないませんね、遠いですな。
ママ様のご好意で車で駅まで送られましたが、これは雨やからまあええねんけど、帰りが歩くことになるのでちょっといややなとわがままなことを思っておりました。

新幹線から名鉄に乗り換え。名鉄はけっこう頻発しているが、わかりにくいのですよ。
電車の種類により立ち位置が変わるのだが、わたしの乗るのが何色テープかがわからんがな。
仕方なく適当に立ってたが、ようやく表示が出た。幸い合うてたが、わかりにくいなあ。
ホーム↓のテープしか見えんが、電車出て上に表示があるのに気づいた。停車中は見えん。あかんで。

桜前待ち、ちがう、桜町前につきました。
桜町前、アタマで理解してても、指は桜新町と打つし、書くし、声だして読んでるし、呼んでるわ。すまぬ、桜町前。
そのタタリか、ヤフー先生によると桜町前駅から岩瀬文庫は徒歩13分らしいが、現実のわたしはまっすぐな道であっても苦しんで9時を越えてしまったよ。
「まっすぐな道でさみしい」のは山頭火だけではなくてですね、わたしも真っ直ぐな道で民家だらけなのに淋しい状況でしたわ。
とりあえずなんとかついたが、もう9時5分やん。えらい目に遭うぜ。

「越境する絵ものがたり」展、凄い内容なのに無料。
岩瀬文庫ってすごいな…
今度感想書くときまたまた延々と果てしなく書きこんでしまいそう。

ところでこんなのを見た。


黒ウサギと言えば「白いウサギ黒いウサギ」の牧歌的な恋の話ではなく、わたしなんぞは新宮の水野氏の丹鶴姫と黒いウサギを思い出すのですよ…

一休みしようと休憩所に行くとお茶の接待を受けまして、ついでに朝食の残りのパンをかじりながら西尾市の観光リーフレットを読んでると、なかなかいいところがあるやないですか。
知らなんだわー
これはいかん、碧南には予定より一本遅れで向かおう。

というわけで西尾駅の方面へGO!
カメラはいらんやろと思ったのでスマホしかなくて惜しいことをした。
いい建物があちこちにあるぞ。







ここを出て延々と歩く。地図と現実との整合性が折り合わんわたくしの脳。
ヒトに尋ねるということでそれをなんとかするわけですね。

こんなのみつけたり。



こんなのもある。



まだまだあるぞ。



そうこうするうちにお城の近くに。
お城があることも今知ったわけですよ、申し訳ない。
京都から近衛邸を移設したところへ。















ガラスの向こうには西尾城。

ところで駐車場でこんなのみかけた。


他の所もみんな真っ直ぐ前向きやのに。

さて少し歩きまして尚古荘に併設された抹茶系和風カフェへ入り、抹茶そばをいただきましてから尚古荘へ。



大きな建物の座敷ではコスプレさん方が撮影中。



左側の亭に行くのにかなり急な石段上り下りしましたよ。



ここから駅までかなり早足したが惜しくも1分差で電車は行きまして、やはり「遅らせてもいいや」の時間のに乗ることになりました。
西尾市は鰻で有名らしい。いい匂いがしていたなあ。

知立で乗り換え碧南へ。
2008年の開館初日に行って以来の訪問。
暁斎、面白かったな。妖怪引きで幕のデジタル再現の布もかかっていた。

出てから近辺の建物を見て回ることに。


今日はお休みやけど平日は工場も見学可。




この向かいのお寺も立派。



実はここには清沢満之記念館があるが、八年前に藤井達吉現美オープニングのお祝いに行った時、地元のヒトに「キヨサワマンシを知らんのですか」と呆れられたことがある。
わたしは宗教者には関心があんまりないので、やっぱりここに入ることはないなと改めて思う。
そうそう、暁烏敏にも関心がないので、哲学とか信仰について詳しい人から色々言われたこともあったな。
何にも知らんもんですから、こんなわたしには関わらない方がいいですよ、ほんまに。

さてこの町には旧大浜警察署がある。そちらへ行こう。
と地図を出した時には既に見つけていた。


中には入れません。

敷地内にはこんなのもある。






機嫌よく川沿いを歩きましたが、もうほんまに焼き板のままの建物をたくさん見かけるみかける。
三州瓦のいいのもたくさんあるし。けっこうやなあ。



大きいスーパーに入る。
なんだかんだと買い物をしてから駅へ。
名古屋へ向かう。ああ、疲れた…

お土産など買うてのんびりと1時間弱新幹線に乗り、更に電車乗継ではなくバス一本で帰ることにしましたわ。
重い荷物を振り振り徒歩で帰宅。
ああ、疲れた・・・

それにしても三河地方はいい建物も多いし、これは面白い土地やわ。
また日を置いて出かけよう。
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