美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

2016.11月の東京ハイカイ録 その2

11月の東京ハイカイ録 その2
土曜日になり京成八幡経由で国府台へ。
今日は行程表を忘れたので困ったわい。
とはいえ地図を手描きしたのを忘れず、木内ギャラリーへ到着。
前回まさかのスマホのカメラがアウトで撮影できなかった木内邸をぱちぱち。
ほっとした。説明を聴いたり、展示されている芳澤ガーデンギャラリーのポスターを見たり色々。

それからてくてくと芳澤ガーデンギャラリーへ向かい、姫路市美術館所蔵のデルヴォーの版画をみる。艶めかしくも静謐な世界。
さて市川真間から佐倉へ。

歴博では化粧品とか着物とかそういうのを大いに楽しむわけですが、これについても詳しいことはまた後日にしつこく書きたいと思う。

バスを待ってJRへ。その方が千葉へ近くて安い。
駅、ほんまにすごい綺麗なあ。コッペパンを食べる。美味しいわ。



PARCOバスよ、今月で終いやなあ。
手袋を買う。いい感じの。
それから千葉市美術館で浦上玉堂・春琴・秋琴らファミリー絵画を大いに堪能。
いやー、すごかったなーーー今までの認識が変わったわ!

帰りはまたPARCOで買い物して千葉へ戻る。
2日目はここまで。

日曜。東京駅に荷物を預けてそのまま野間へ。
講談社の絵本に捕まる。ああ、やっぱり大好き。

雑司ヶ谷まで歩き、新宿三丁目で降りてお昼を食べてから、太田へ。
水野年方。これも珍しいよね、こんなにたくさん。

結局ここでも大いに時間がかかる。
サントリーについた時にはすっかり他のは諦めてた。
この日は3つだけ。
秋田蘭画、これだよこれ。

充実のツアーでしたよ。六本木から東京が案外近いよ。
新幹線もギリギリ。
帰宅したらママがぐったり。
ああ、コワイわい…
11月のハイカイここまで。
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2016.11月の東京ハイカイ録 その1

11月の東京ハイカイ録。
出かけるときにママは元気だったので、機嫌よく飛んで出てあっという間に東京につきました。最近本当に朝には希望があるが夕方から夜が心臓に悪い日々を過ごしておるのさ。
丸ノ内線で圏外特典のメトロと都営線72時間チケットを購入し、まず御茶ノ水。
ああ、ヴォーリズの主婦の友のビルが日大理工学部の建物になったのはめでたい…





今日は吉田鉄郎展を見に来たのだ。
が…警備員が「そういう人が多いので一般は立ち入り禁止です」と言う。
「現役かOBしか入れません」
ショックだが、もうここに時間を取りたくなくなり、立ち去る。
さらば日大、二度と縁を持たないよ。
ご近所のM大はフレンドリーなのになあ。
それで即この件をツイートした。


この後、何人かの方が電話問い合わせ、メール問い合わせをしてくださり、結局情報が行き渡っていなかったことが原因だと判明し、それ以降は一般の人も見に行けるようになったそう。
トラブルがトラウマになり、わたしなどは二度と近づく気はなくしたよ。

しかしここで行かなかったことが後の幸いにもなる。
新御茶ノ水から根津へ出た。
あらら、2出口の看板みたらこんな具合に。


なんか色々ある一日の始まりやな。

さて弥生美術館では来季の友の会の更新もして、山岸凉子展の中期をみる。
子供の頃からファンだが、改めてその美麗な絵に深く打たれる。いや、撃たれるというべき。ああ、素晴らしい…
華宵、夢二もよく、結局13時過ぎまでここにいた。
ときめきすぎてクラクラする。
後期も行くよ、わたし。

千駄木で軽くお昼を食べてそれから団子坂へ。
鴎外記念館。「文して恋しく懐かしき君に ―鴎外、『即興詩人』の10年―」展。
これは安野光雅の絵もあり、とてもいい。
鴎外の雅な古文は心の浮きたちを呼ぶ。
重厚壮麗にして軽快な文章、というと矛盾しているかもしれないが、しかし行間に翻訳者・森林太郎の浮き立つ想いが滲んでいて、それがとても心地よく感じられ、こちらも華やかな軽快さに浮き立つのだ。

湯島に戻る。お菓子を買いに行くが要冷蔵のものばかりで、今から上野に数時間ひきこもるのでは合わなくなるのでやんぴ。
下町風俗資料館で「娯楽の聖地 浅草」展を大いに楽しむ。
レトロな写真や資料も多く、とても楽しい。
そう、わたしはやっぱり享楽とまでは行かないが娯楽が好きなのよ。











さてそこから坂を上りまずは都美へ。
ゴッホとゴーギャン。
正直言うと「ゴッホ=可哀想、ゴーギャン=ワルモノ」という意識が常にあるのだけど、近年はまあそこまではいかないかな。ゴーギャンだってまさかゴッホがあんな耳切ったりとかするかと思ったろうしなあ。
絵はね、いいのを集めて来てるのだけど、どうも心惹かれなくて困った。
最近なんだろう、印象派もポスト印象派も見てても心が浮き立たない。
もぉあかんな、と思いながら次は東博。

今回は禅展後期。
京都でも見てるけど、正直に言うとぜんぜん違うな。
京都のは信仰心が基盤にあり、観客の見る眼も見学・鑑賞より「うっとこのお寺のん」や「あそこのお寺のん」を拝見に行く、という向きも多く、まぁ言うたらマジメで大変固い。
東博はそこらが違い、「禅って実は面白いよー」という感じがあり、遊び心があった。
どうしても仏教関係の展覧会というのは東西で意識の違いが明確に出てしまうと思う。
これを逆なアプローチでやってしもたら、えらいことになると思う。
だからこれでいいと思う。
ただ、禅というものの本質を私はやはり掴めないままでいる。
衆生済度といいつつ、まず自分の、自分のみの悟りを追及するように見えて仕方ない。
批判ではなく、どうしてもわたしのようなシロートの目には衆生済度より修業に、一般の者とのつながりよりも孤高であることに主眼点を置いているかのように思えて仕方ないのだが、これすらも本質を知らんからこそ勝手にほざけてるのかもなあ。

常設展示でも禅にまつわるものが多かった。


ごめんなさいごめんなさい。

大観の瀟湘八景図近代版をみたり、禅僧のワワワワワ♪を見たり色々。



外へ出たら綺麗なさかしまが見えたよ。



それから西洋美術館へ向かう。
クラーナハ展。
・・・わたしは80年代に色んな知識などがその地点で固まったので、当時通用していた「クラナッハ」表記でないと違和感があるあるあるある。
ゴッホだってヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(今はフィンセント・ファン・ゴッホ)、ウォーレン・ビーティ(ウォレン・ベイティ)もこれでないとなあ。
ロシア語読みのセルゲイ・ディアギレフでないといやなのにフランス語読みのセルジュ・ディアギレフって…セルジュはセルジュ・バトゥールに尽きるのよ!
とかモヤモヤ抱えながら見に行くとですね…

名前なんてどうでもいい、とにかく凄いぞこれは、という状況になりましたがな。
いやー、クラーナハええなー!青池保子が「エロイカより愛をこめて」でクラナッハの絵の魔性に魅入られて巻き起こる騒動を描いているけど、大納得。
春信の女同様、アブナすぎるわな。
背徳的で、とても魅力的。背景の物語を闇の中に押し込めて、裸婦が一人佇んで薄く邪な微笑を浮かべる、やられたなあ、凄かったわ。

ゾクゾクしながら上野を離れましてな、京橋のその日オープンの京橋エドグランをうろうろ。
なかなかいいんだが、まだ位置関係がきちんと把握できなかった。
送迎バスで定宿へ。
初日はここまで。

西長堀アパート、新桜川ビル #イケフェス2016

西長堀にそびえたつ「西長堀アパート」にいきました。
ここはURで、司馬遼太郎夫妻が住んではった、というのでも知られている。







色々リノベしたお部屋にも入れていただいたり。

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昭和30年代の夢がつまっていたかっこいい存在。
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窓の外を見る。
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遠くに京セラドーム。







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造形的に素敵だ。
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新しい方のお部屋
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玄関も素敵だ。
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やっぱりかっこよかった。
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次は新桜川ビル。1958年 可愛い建物。
戦前の鳥瞰図を見るとこの地には桜川アパートがあったようだ。




内側の湾曲具合が素敵だ。
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お部屋の防音などもいい。
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こんな窓はもうないのだ。
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いい使われ方をしているビルでした。
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マヅラ、King of Kings、食道園 #イケフェス

11/5,6と楽しく見学させていただいた場所の内、今回は現代建築でしかも飲食の場というのでまとめました。
どちらのお店もええ感じで、次にはフツーにお客さんとして飲食に行こうと思いました。

大阪駅前第1ビルのB1 King of Kings オールドパーのお店。
外見からして素敵だ。



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明るい色ガラス。閉店の時はここにもシャッターがおります。



内装はボックス席の方はムードが濃厚。
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ママさんもお店にぴったりの素敵な方でした。

カウンターの方へ。別室という形になる。
壁一面、壮観。
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お昼はお茶をいただくことも可能やそうです。今度行きますわ。

こちらは喫茶・マヅラ。姉妹的存在だそうです。
こちらでは紅茶をいただきましたわ。
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写真を見よう。
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ジョニー・ウォーカーさんやん。
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コーヒーも紅茶も250円、モーニングも安価なのにいい感じ。
今度是非行こう。
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本当に1ビルにあんまり行かないので、申し訳ないが知らないままだったのが、惜しい。
今度からは楽しみの一つになりそう。

食道園にも参りましたわよー
日本の焼き肉スタイル発祥の店。



都市風景が作られていたなあ。
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古代への憧憬 ―近代に花開いた古典の美―

万葉文化館は遠い地にあると思っていた。
明日香村はわたしには遠い地だった。7歳の時、25歳の時、それから今回と三回しか行った記憶がない。
そこへ行くのにはかなり気合が行った。


そう、このチラシさえ見なければ諦められたのに。

ところが意外な位に「飛鳥」が近いことにえっ!となった。
阿倍野から小一時間ではないですか。
これなら今度からわりと気楽に行ける。ただし「明日香村一日」ということになるが。
レンタルサイクルで向かった。あちこち見て回って楽しい気分で到着すると、とても立派な、立派過ぎるくらい立派な施設だった。
地下は無料の常設展示で、ここでは天平時代の人々の生活を等身大の人形たちが演じていたり、立派なシアターで柿本人麻呂の望郷の念を見せてくれたり。

今回は特別展「古代への憧憬 ―近代に花開いた古典の美―」
絵そのものに文芸性・物語性があるものを偏愛するわたしにとっては、これ以上ない佳い展覧会。
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江戸時代の人麻呂像が二点。壮年のものと老年のものとが全く同じポーズで描かれている。
人麻呂の極めポーズは坐してなお筆を持つものだが、これは立ち姿で組んだ両手に筆を持つもの。

江戸人も万葉集に関心を持つ人が少なくなかった。
山上憶良の貧窮問答歌を描いたものも山辺赤人を描いた絵も並ぶ。

明治には菊池容斎が古典もののキャラの手本ともなる「前賢故実」を刊行している。 
ここでは厩戸皇子が紹介されていた。




他に松本楓湖、安達吟行の歴史画もある。
そして19世紀末に出たチリメン本もたくさん。
わたしは「しっぺいたろう」の凶悪猫たちが好きなんだけどね。
こちらで全頁画像も見れます。

歌垣 川崎小虎 1912  この絵は小虎の先生の結城素明が右隻を、和田英作が左隻を購入し、それで現在は岐阜県美・浜松市美に分納されていて、こうして再会するのはめでたい。
天平美人四人の合唱。一人は箜篌を持っている。
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大伴旅人卿羨酒壺 菅楯彦  さすが菅楯彦だけにご機嫌さんな旅人を描く。白梅をさし添えた酒壺を開けて嬉しそうに杓を持っている。
そこには旅人の酒の歌が記されている。
「中々に人とあらずは酒壷に成りてしかも酒に染みなむ」
酒壺になってどーのこーのって、おっちゃんホンマにお酒好きですねんなあ。

天平美人 関根正二 1917 久しぶりに会った絵。立ったまま月琴演奏中。どことなくアールヌーヴォー風なのがまたとてもよい。
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譽謝女王 平福百穂 ふっくらと愛らしい天平美人。思えば百穂の美人画と言うものはあまり見ていない。

吉川霊華のカラフルな絵とモノクロの絵とを楽しむ。どちらも東近美。
・羽衣翻飜 立派な東屋に一人の貴女が座り、七人の舞う娘たちを眺めている。
娘たちは下衣は同色だが上衣は二手にわかれている。
・役小角 こちらは線描の美を楽しむモノクロ。錫杖を持つ小角の前に孔雀明王が出現するその瞬間を描く。
どちらにもとても惹かれる。

チラシに選ばれた多至波奈大郎女 吉村忠夫 1926 法隆寺  綺麗な絵。橘大郎女の背後にあるのは天寿国繍帖。そして黄金の幡には飛天。実物はかなり大きい絵なので細かく楽しめた。
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万葉春秋 富田渓仙  椿、白馬酔木、一重の山吹などに小鳥たちがいるという、まことによい風景というか情景と言うか。
こうした絵は遠目にも佳いが間近で眺めるのもまたとても楽しい。
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万葉には椿。。イメージ (90)

歌留多があった。1928の書家・画家たちの素晴らしい仕事。
書は尾上柴舟、絵は百穂・靫彦・古径・青邨・九甫ら。
それぞれの個性が良く表れていて楽しい。

ふとみれば武人埴輪がいた。天理参考館の「土人形 武装した人」二人である。



旧知にあったようで嬉しくなる。

洋画も出てきた。
前回挙げた中之島の公会堂の天井画を描いた松岡壽の仁徳天皇である。
民の家のある辺りをじーっと見ている。
仁徳天皇は税を獲るのを停止した仁政の帝と言う話だが、一方で家庭内はよくなかったのだ。

神宮徴古館にはよい絵が多いな。
いつか見に行きたい。
これらの絵もそこから。
矢澤弦月 舎人親王 後ろの衝立がいい。
小泉勝爾 中大兄皇子と中臣鎌足 沓を渡すところ。蹴鞠の最中のな。
長谷川路可 和気清麻呂 左上に道鏡がいるから、丁度言い合いになっているのね。

天理大の図書館に飾られている中山正實の絵もきた。
違うところで見ると味わいも変わる。

大亦観風 万葉集画撰 1940 一大連作物が現れた。歌をモチーフにした絵がずらり。
和歌と絵とを交互に見ながら楽しむ。

菊池契月 光明皇后 この絵も久しぶり。ゆったりと美しい立姿。

吉村忠夫 麻須良乎 おお、古代のかっこいい佇まい。
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そして戦後の古代を描いた絵をみる。
小倉遊亀の薬師寺に奉納した絵もあれば、松篁さんの「額田女王」の口絵もある。
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チラシの堂本印象「太子降誕」は1947.
わたしは印象は古代をモチーフにしたものや宗教をモチーフにしたものが特に好ましい。

森田りえ子 撫子 1999 三人のこじゃれた天平美人が闊歩する。現代的な意識が心地いい。
いつの時代も若い娘は元気に闊歩しなくては。

いい企画展に常設展に。
また来ようと思っている。

ところで随分前にわたしもここでミニ企画「天平の面影」をしたことがある。
かぶることが少ないので紹介する。

中之島の公会堂 その1  #イケフェス 

大阪を代表する近代の名建築の、その筆頭に挙げるべきだと思う建物が中之島の中央公会堂だ。
1918年、コンペにより選ばれた岡田信一郎の安を元に建造された公会堂である。
北浜の風雲児と称えられた岩本栄之助の寄付1つでこの素晴らしい建物が建てられた。
しかし岩本栄之助はその完成を見る前にピストル自殺をした。

わたしなども中学生の頃から「ああ、ええ建物やなあ」と見惚れることが何度もあった。
大阪随一の美しさをみせる中之島公園のなかでも特に魅力的だった。
この界隈には名建築が多い。今は失われた建物も少なくないが、こうして残っていてくれるのが何よりうれしい。
しかも近年はこの建物の価値が世に知られ、大事にしようという心が多くの人々に活きるようになったのは、なによりもめでたいことだ。

秋恒例の楽しいイベント・#イケフェスでもここは外せない。
今回は11/5と6の二日間がイケフェス本番だったが、一般公開はその前夜11/4の夜になされ、わたしなども喜んで出かけた。

夜の美しさは都会の宝物。IMGP0001_2016112216082078a.jpg

外観あちこち
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中へ。
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大集会室の舞台には蘭陵王の飾りもある。IMGP0012_201611221618089d9.jpg

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階段の手すりも好きだ。
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この階段などは20世紀初頭の英国のパブリックスクールのようだ。
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中之島の公会堂 その2  #イケフェス 

装飾の細かなところを集める。

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ただただ気の向くままに撮っているが、楽しくて仕方なかった。

中之島の公会堂 その3  #イケフェス 

森村泰昌さんが「何者かへのレクイエム」で舞台にしたお部屋へ。
松岡寿の天地開闢図などがあり、素晴らしいステンドグラスもある。

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またフラフラ歩く。

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あちこち歩くので部屋の名前も忘れた。公会堂のHPに説明があるのでまぁそれでいいや。

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地下へ降りる前にちょっとのぞく。
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やっぱりすばらしい。

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ありがとう、岩本栄之助。

中之島の公会堂 その4  #イケフェス 

ステンドグラスの細かいところを見てゆく前に説明をみる。
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ツイートした分を集める。










































以前に挙げてた中之島の公会堂をあつめた。


プロジェクションマッピング、すごかったなー

お昼の様子



高麗仏画-香りたつ装飾美

「高麗仏画-香りたつ装飾美」展を泉屋博古館で見た。
根津美術館との共同開催だが、巡回展ではない。
前後期の入れ替え、そして二館とを回ってようやく全てを味わうことが出来る、というシステムである。
まず泉屋の前期を見ることから始めなくてはならない。
チラシは二種あった。今はこの手首の美を露わにしたチラシが主流となった。
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「幻の尊像がここにつどう」と展示リストにある。
わたしはその日、鹿ケ谷の泉屋にほど近い永観堂の紅葉を見ていたが、高麗仏画の中に、美しい紅葉を思わせる色彩を目の当たりにもした。


弥勒下生変相図 李晟 一幅 絹本着色 1294年(忠烈王20年・至元31年) 妙満寺・京都  金色のお顔、緑の多い配色。衣は赤い。仏の光輪は五色だった。ああ、仏画で五色の光輪を見たのは初めてかもしれない。

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観経十六観変相図 薛冲・李△ 1323年(忠粛王10年・至治3年)知恩院・京都  阿弥陀の背後の小さな仏たち、その位置がまるで孔雀の羽根の文様のようだった。そして仏たちの集まりは小さな木を思わせも、クリスマスツリーではなく仏ツリーを見たようにも思った。金色の顔が数多、円満に微笑む。

根津美術館から一幅ものの阿弥陀図が数点来ている。
阿弥陀如来図 1306年(忠烈王32年・大徳10年) チラシに選ばれた阿弥陀如来。とても綺麗な装飾を身にまとうている。
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根津美術館の阿弥陀三尊像を見る。
いずれも三人で歩いているような様子。
観音菩薩、勢至菩薩が阿弥陀如来を挟んで楽しそうにお話しながらという図と、完全にカメラ目線の三人組という図の二点。
どちらもヴェールの綺麗なのを身にまとい、装飾の美しさを楽しむ。
色は沈潜しつつあるが、それでもはっきりとその美はわかる。
歩きつつある方はややうつむき加減なので、その様子を見ると修道院の尼僧のようにも思えた。
立ち止まりこちらを見る絵は体の微妙なくねり方がいい。
どうもこの三人はスナップショットぽくて、「ハイ、キムチ」の声がかかるのを待っているようにも思えた。

わたしは高麗時代の青磁がとても好きだが、この時代の金工もよいものだとしみじみ眺めた。
青銅銀象嵌蒲柳水禽文浄瓶 泉屋博古館  いわゆる「仙盞形」の瓶で観音の手に握られていることも少なくない。
やきものと同じ技法で作られているようだった。

青銅象眼(嵌)梵字宝相華唐草文香炉 根津美術館  外に4つの梵字がある。その周囲にとても繊細な文字が綴られる。
こちらも美麗な作品。

高麗の経巻の美しさを見ていると、日本での院政期のそれと同じく、一つの時代が文化の頂点を極めたとき、絵も書も工芸も何もかもが美麗の極みに来ることを、改めて思い知らされる。

紺紙金字大宝積経 巻32 1006年 京博  穆宗の母上の発願によるもの。力強い書体。

紺紙銀字妙法蓮華経 1353年 根津美術館  先のから350年後、優美極まりないものが現れた。7帖共に見返しの綺麗さに目を惹かれる。
その絵をよくよく見ると細かな愛らしいものだが、実は地獄の様子が描かれていたりもする。
地獄の犬やウサギ、釜の蓋も見えるし、牛頭ら獄卒もいる。一方、仏画を描く人もいる。様々な様子が7帖それぞれにある。
この7帖というのは朝鮮独自のスタイルだそうだ。

そしてついには朝鮮民族の愛する白色が出現する。
白紙金字大方広仏華厳経 普賢行願経  14世紀  福井・西福寺  こんなの初めて見た。
煌めいている。凄い、物凄い、なんだこれは。白に金の字?なんという煌びやかさ。見返しも本当に隙間なく描きこまれている。
善財童子がついに普賢菩薩の前に坐す姿が描かれている。その背後には数多の仏たち。ただ一人のみ群青色が使われているがあとは皆白に金。
光の加減で無限に揺らめく。こんなものを見たことはなかった。なんという美麗な経巻だろう。
時代の終焉が近づくとこんなにも素晴らしいものが生み出されるのだ…

褐紙金字大方広仏華厳経 巻12 14世紀 根津美術館  橡色=団栗を煮詰めて採った色。こちらも実に丁寧な拵え。細かい仏たちが集まる見返し。変な猪が走ってくる絵もある。

阿弥陀三尊像 13-14世紀 大阪・法道寺  赤地に金の大きな文様の連続文の衣を着た阿弥陀と、両横にいる観音と勢至の二人、やはりヴェールの美しさがいい。装飾も豊か。話しながら来る中年男性三人。
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阿弥陀三尊像 14世紀 泉屋博古館 同じポーズの図像だが、こちらは前掲のよりずっと目が細い。色は大変はっきりしている。こちらはマダム三人が歩く感じがする。

阿弥陀如来像 14世紀 京都・正法寺  緑衣が綺麗。赤の水玉は欠かせない。←向きの来迎図。これは敦煌風らしい。色の綺麗さは目が覚めるよう。

阿弥陀八大菩薩像 佰全 14世紀 京都・浄教寺 8人と1人というパターンで、2人の菩薩が真っ向をむくのも朝鮮のパターン。
阿弥陀の首には豊かなしわが三本入る。

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根津美術館から青磁のよいものが4つ。浄瓶、盒子2つ、盃。それぞれ陰刻や象嵌が施されていてたいへん優美。
12世紀の高麗青磁の美を堪能する。

螺鈿菊唐草文小箱 14世紀 大和文華館  これは近年になり大和に収蔵されたもので、とても愛らしい。

牡丹唐草文螺鈿経箱 14世紀 北村美術館  こちらはやや大きめで、小紋の連続パターンで覆われている。
余白の美と言うものはない。

いよいよ水月観音図の始まりである。
「聖母」と位置付けられた水月観音は南方の補陀落に鎮座まします。
そこへ幼い善財童子が訪ねてゆくのだ。坊やは観音の足元にいるが、その足の甲ほどの大きさしかない。 
右にいたり左にいたりする。
その決まりはないのだろうか。
キリスト教のデイシスでの聖ヨハネと聖母との立ち位置のことを想う。

冒頭のチラシの水月観音を見る。
徐九方 1323年 泉屋博古館  左下にいる坊や。周りには珊瑚もある。浄瓶には柳が。金色の肌の「聖母」に手を合わせる善財童子。

14世紀 大和文華館  こちらは右下に坊や。「おや、来たの」と言う風な観音。蓮の花びらに乗る坊やを見つめる。
胸飾りも豪華。宋の仏画風だという。

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14世紀 泉屋博古館  こちらも金の肌。にっこりほほ笑む観音。サンゴだけでなく竹もある。こちらも敦煌風らしい。

14世紀 大徳寺  こちらは赤い肌。すぐ横に竹がある。大変大きな図。左下に礼拝に来た竜王ら一行がいて、坊やは右下に。蓮葉にいる坊や、花喰い鳥もいる。わりと忙しいのである。

最後の水月観音は洞穴内にいて結跏趺坐をしていた。肌は赤い。サンゴがいっぱい。

金の肌、赤い肌、いずれもとても美しい。そして善財童子への視線の優しさは深い。

観音菩薩像 14世紀 岐阜・東光寺  真っ白でややくねるポーズ。かぶりものが綺麗で、まるでスペインの婦人の礼装のようだった。白衣に白のヴェールに白麻に…

地蔵菩薩像 14世紀 根津美術館  被り物をしているのだが、それが朝鮮の子どもの被り物にそっくり。「トンイ」のクム坊やの被り物、あれ。被帽地蔵と言うそうだ。
これは四川省―敦煌―北宋―高麗へと伝わった様式らしい。

菩薩像 14世紀  眼がとても綺麗。優しそうな眼。

五百羅漢像 1235年 大和文華館  これはモンゴル攘斥祈願のための図。高麗の安寧を願う。16点のうちの1.
大和で見たときはそんな裏事情を知らなかったなあ。

五百羅漢像 14世紀 知恩院 釈迦の周囲にずらー。しかし山水図の趣がいい。

釈迦三尊十六羅漢像 14世紀 根津美術館  1人伏せているのもいる。きちんと袈裟も付けた羅漢たち。

長々と書いたが、本当に素晴らしかったのだ。
高麗仏画の素晴らしさを初めて知ったと思う。もう決して忘れない。

泉屋博古館、根津美術館ともども展示のすべてを見たいと思っている。

「松本零士・牧美也子 夫婦コラボ」展

神戸ゆかりの美術館で「松本零士・牧美也子 夫婦コラボ」展が開催されている。もっと早く行きたかったがこんなに遅れ、終了。
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チラシは上部にヤマトのスターシャ。
下に少女マンガの頃の牧さんの可愛い女の子。
牧美也子と言えば「悪女聖書」を筆頭に「源氏物語」に至るまで大人のロマンスを描いていた人だという認識が小さい頃からあったが、そう、彼女は初代リカちゃん人形の監修者なのだ、実は彼女こそ本当のリカちゃんのママなのだ!!
要するに牧さんのキャラから人形が生まれたようだった。

中へ入ると写真コーナーもあった。



さて最初は松本零士から。
1. 初期から宇宙戦艦ヤマトまで
少女マンガ家・松本あきらの作品もあった。

ナターシャ なかよし 1968  名前からもわかるようにロシアの少女で、衣裳はメーテルとそっくり。横広の頬の少女、幼女風メーテルのようだと思った。
手には大きな光る緑色の石。

1970年代初頭、長期連載しヒットした「男おいどん」の表紙絵が並ぶ。
実はわたしはほぼ読んだことがないのだが、60歳前後の会社のオジサンたちはよく覚えていて、よくこの話を聞くので概要は知っている。
だからこそ書く。
出たーーーっサルマタケ!トリさん!ラーメンライス!
女からの絶縁状を読むくだりが出ていた。気の毒だが仕方ないぞ。
将来性がないという理由が泣ける…

セクサロイド 1968 漫画ゴラク  あ、ゴラクで連載してたのか。
わたしはこの作品はかなり好きで、今も遠いものではない。
水彩画の表紙絵が二点。このレベルの高さ、水彩画だったのか。
他に色っぽい姿のものもある。
女性型アンドロイド・セクサロイドのユキとG局のコードネームG3ことシマの二人が様々な計画を護ったり陰謀に巻き込まれたりなんだかんだバタバタする話で、ラストは未来の明るさを思わせるものだった。

この作品で描かれた2222年のメガロポリス東京のイメージが強く焼き付いていて、わたしは都心の高層ビルの夜景を見る度にメガロポリス東京を思い出すのだった。

甲虫、蜘蛛、蟻とタイトルがある絵には、それぞれの昆虫と裸婦のセットで、漂う隠微さがよかった。これらは1970年のアクションでの連載作から。
そう、松本零士は昆虫好きなのだ。

1992年のヤマトの絵がある。古代進と森雪の2ショットが二枚。
はっ となった。この古代君はキムタクに似ている。キムタクが実写版で演じたのはもう少し後年だが、この絵の古代君とキムタクはよく似ている。

1975年のヤマトのマンガの原稿も並ぶ。古代君と真田さんの会話。
1976年の続編「永遠のジュラ編」というのもある。
デスラーの娘ジュラの孤独な彷徨の物語。
父が母でなくイスカンダルのスターシャに惹かれていることから母と共に母の故郷の星で暮らす娘ジュラが、母の死後に宇宙へ出る。
孤独な中での彼女の言葉に惹かれる。

ここで松本零士の絵について想うことを書く。

メカの美しさ・荘厳さにはやはり今もときめく。
建造物全てがコンピューターで構成されているかのような表現もいい。
空間こそ宇宙だ。Space is Space

松本零士の美女は松本零士式美女として、夢二式美人と同様に誰にも同類はいない。追随してもオリジナルが素晴らしいので誰もかなわず、また個性が強いので、誰かと張り合うこともない。
変える必要も変わる必要もない美女たち。

しかし絵だけでなく、松本零士の描く孤高の女たちはとても魅力がある。
男に寄り添う女もいいが、実は孤独を守り孤高に生きる女たちの魅力の深さについて、もっと知られてよいと思っている。
孤高の女たちのモノローグにはとても影響された。
深い孤独を抱えながらも毅然と生きる彼女たちの姿は容姿以上に美しいものがあった。

ヤマトのセル画が出た。
背後からのヤマトの絵にシビレた。煙を挙げながら航行している。攻撃されたのかもしれない。ドキドキする絵だった。

多くのセル画を見たが、ヤマトのアニメを思うと必ず中学の友人を思い出す。
彼女はヤマトのファンで、とうとうそれが昂じてヤマトの交響曲を演奏したいからと吹奏楽の方へ向かった。
今も二年に一度の同窓会で会う度にヤマトへの愛が持続していることを知る。

2. 銀河鉄道999から現代作品まで
受付でいただいたメーテルの絵ハガキ、その原画があった。
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とても綺麗な絵である。
わたしは原作の中でメーテルが小さな銀河系を手の中に大事に守りながら宇宙の話をするシーンがとても好きだった。
今もあのシーンをよく思い出す。星雲について考えるとき、必ず。

原作よりTVアニメより実は映画をよく見た。
あれは多分金田伊功の動きとか、ちょっと美少年になった鉄郎とか、ゴダイゴの主題歌やメアリー・マクレガーの「SAYONARA」の影響もあると思う。

1998年の「999 クルミ割り人形」は全く知らなかったが、28ページ分全部の原稿が展示されていた。
大好きなエメラルダスも登場してくるし、物語もとても面白かった。

999号は必ずステーションに停車する。
それがどのような環境であろうとも存在するならば停車する。その星の停車時間は1分半。たった三人だけの乗客を乗せた後はもの凄いスピードでその星から遠ざかろうとする999。いつもは動かない予備の機関車までが必死で後押しをする。それを見た車掌さんは「もうこうなった999に匹敵できるのはアルカディア号、クィーン・エメラルダス号、宇宙戦艦ヤマトだけです」と鉄郎に言うのだ。
その勢いで走り去ったのも道理で、惑星は999が安全圏に逃れた時に中心部から爆発を起こし、割れてしまうのだ。
999からの警告も住人たちは聞き流し、状況を知る女大統領だけが二人の我が子をつれて脱出したのだ。
それをメーテルが責める。そこへエメラルダスもやってきて責任を問い、次の駅で下車することになる。

こうしたエピソードが一つ二つではなく、限りなくある。
松本零士の作品は決して幸せな環境を描くことはない。ユートピアはなくディストピアばかりだと言ってもいい。

セル画でよかったのは珍しくエメラルダスがふっと意識を失って倒れかけるシーン。とても綺麗だった。
メーテルの温泉入浴シーンもいい。

1971年から1977年の週刊漫画ゴラクの表紙絵が出ていた。
いずれもいかにも70年代らしいお色気ショットな絵で、可愛い娘から婀娜なお姐さんまで49回登場したそうな。大体が黒猫も一緒なのがいい。
松本零士はこの頃ここで「恐竜荘物語」を連載している。
他の連載はとみると「野望の王国」に「若い貴族たち」などがあった。
わたしは80年代の「バイオレンスジャック」の連載の頃と、この十年間は愛読者だが、さすがにその時代のは知らないです。

1000年女王 これは実は本当に見ていないのだが、今回初めてヒロインが実はプロメシュームだと知ってびっくりした。
冠や勾玉などは古代風ではあるが、やはりSF風なのがはっきりしている。

エメラルダス 非常に綺麗な絵がある。
松本式美女の中でも特に静かな迫力のある彼女の顔が空間の中に輪郭線を無くして浮かんでいたり、白の中に白く浮かんでいたり、と丁寧な作画がなされていて、見蕩れた。

キャプテンハーロックが現れた。
どうしてもこの作品を観ると水木一郎の歌声が脳内再生される。
作詞・保富康午だから心に響く歌詞なのは当然かもしれない。
ハーロックの現れる物語は全て絶望的な状況の中にある。
そう、歌詞の通りハーロックは「命を捨てて俺は生きる」のだ。

ハーロックは様々な作品に現れるが、時には機械化人と戦うために本人の身体の大半も機械化されていたり、去勢されていたり、と色々と悲痛な状況であることも多い。
「ガンフロンティア」でのハーロックくらいが存外つきあいやすいかもしれない。

ところで松本零士キャラで重要な人物がここではあまり紹介されていない。
セル画で一枚あっただけだ。
大山トチローである。
わたしはトチローさんが大好きだ。
彼の出る作品は特に好きだ。
「大不倫伝」などはセリフを覚えているくらいだが、彼がSF作品ではエメラルダスと仲良しさんなのはとても嬉しく思っている。
エメラルダスの為にもいいことだし、トチローさんの良さがますます伝わってくる。

ケースハード 原稿が展示されている。「戦場ロマン」シリーズを思い出す。
この独特のタイポがいいのだ。
わたしは松本零士作品は長編より短編、または連作短編こそ真骨頂だと思っている。
だからここでは紹介されていないが「帰らざる時の物語」「四次元世界」そして「銀河鉄道の夜」「グスコーブドリの伝記」などが本当に素晴らしい。

少女マンガの「トラジマのミーめ」も出ていた。そう、松本零士はとても猫を愛する人だったのだ。

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個人的なことを言うと、わたしが松本零士を知ったのは「宇宙戦艦ヤマト」からではあるが、それ以前にそうと知らず「松本あきら」作品は知っていた。
同一人物だと知ったのはヤマトの頃だと思う。
ヤマトの第一次ブームの時に「惑星ロボ ダンガードA」「SF西遊記スタージンガー」そして特撮の「光速エスパー」も松本零士の原作だと知り、同時に松本あきら=松本零士だと知った。
古い話だが1975年にオジが自分が大事にしていた松本あきらのカラーマンガ「銀のきのこ」を雑誌から抜き取りしたものをくれた。
哀しく切ない物語で、わたしはそのレトロなカラーのマンガを大事にしていた。
切り抜きではなく、オジは雑誌をほどいて保存していたのだ。
わたしは同時期、大好きだった三原順「はみだしっ子」の「そして門の鍵」のカラー表紙絵などと共に保存していた。
年が一ケタの頃からその意味では収集癖が相当強かったのである。
で、77年に家の改築に取り紛れて紛失した。あまりの衝撃で40年近く経った今もそのことに対して大きな罪の意識を持ち、後悔と反省の念に苛まれている。
それに拍車をかけたのが松本零士ブーム第二期として「銀河鉄道999」が1979年に映画化され、同時に初期の少女マンガの自選本が出て、巻頭にカラーが再現されず見づらい絵のまま掲載された「銀のきのこ」があったからだった。
今もわたしは自戒の念を込めて決してその本を処分せず、大事なものをなくしてしまった不注意を責めるために、手元に置いている。
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3. 牧美也子
彼女の少女漫画やイラストが並ぶが、ところどころに後年のレディスコミックを思わせるキャラもいたり、まだアシスタントに来ていないはずなのに新谷かおるが描きそうなキャラの後姿を見出したりした。

1960年の「小学1年生」での絵物語がすばらしい。
おやゆびひめ これは松本あきらとの合作だが、色彩設計もよく、半世紀以上を過ぎても鮮やかで、とても愛らしい。

同年頃の「小学4年生」には「赤いろうそくと人魚」があるが、母人魚の表現が既に大人向けの絵だった。そして人魚少女の着物の裾から鰭が出ているのは少しばかりショックだった。

花のコーラス 1966 チラシにもある空港で送る絵 この背を向けて並ぶ人々が新谷かおるが描いたような様子に見えて仕方ない。振り向いたら全員が新谷キャラだった!というような妄想に囚われる。

りぼんで活躍された時代の少女マンガは総じて悲しさが伴うものだったか。
この時期の牧美也子を現在「フイチン再見」で村上もとかが描いている。
夢みる眼をした美少女・マキミヤとして現れ、主人公・とし子に可愛がられていた。
この時代にがんばった女性漫画家の皆さんの血のにじむ努力とがんばりのおかげで後の隆盛が訪れたと思うと、胸がいっぱいになる。

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1960年代の少女たちの絵はいずれも背景に花またはフルーツ、そして大きな目には星が描かれている。

物語を絵にしたものが並ぶ。
そう、わたしが子供のころまでは名作をこのように綺麗な絵で再現・紹介してくれた。それで興味を持って原作を読むということが多かったのだ。

エルザ姫が兄たちを白鳥から人間へ戻すために夜中に墓場のイラクサを摘みに行ったり、夏祭の美登里が微笑んでいたりする。
蝶々夫人、ロミオとジュリエット、道成寺、若草物語…

やがて1970年代、いよいよ大人向けの作品が本格的に始まる。
音楽夜話 團伊玖磨エッセイ挿絵 女性自身 蝶々夫人などがあるがいずれも甘いものではない。

そしてこの作品に非常に惹かれた。
千本松原情死考 1973 とても魅力的だ。


やはり情死はこうでなくてはならない。

官能的な作品に非常に惹かれた。
わたしが牧美也子を知ったのはそもそも小学館文庫などの最後の頁での本の紹介欄からだった。
「緋紋の女」「星座の女」などのタイトルを見るだけでなんだかドキドキしていた。
やがて「恋人岬」「真昼ららばい」を知り、そして長期連載「悪女聖書」が出現したのだ。
業子の激しくも官能的な人生を追うのは面白かった。
続編もよく読んだ。
いずれもレディスコミックであり、この分野の第一人者として次々にいい作品を世に送り出してくれた。

ところで作画の中でいつも感心したのが、牧美也子描くキャラたちの箸遣いの美しさなど食事のマナーのよさである。
短編でもよいのがあり、それを見て「なるほど」と納得したり覚えたり。
松本零士がラーメンとステーキばかりなのに、牧美也子のキャラたちはおいしそうにお魚を食べている。その箸遣いのよさは特に挙げたいと思う。

源氏物語 これもかなり長く続いた。原作に忠実な作品で、確か名作を原文の雰囲気を壊さずに漫画化するのが目的で生み出されたのではなかったかな。
青銅鏡、十二単の文様などなど細部まで美しく描かれている。

平家物語もそのように古典名作のシリーズか。

12の星座の物語 これは一枚絵の良さを堪能した。
それぞれの星座の女たちの艶めかしさ・したたかさがカッコいい。

シリーズ秘め絵の女 この連作もいい。官能的で綺麗な女たち。
女の欲望は女の内側から現れるのだ。

最後にまさかのリカちゃんハウスがあった。
とても嬉しい。こういうのを見ると久しぶりに遊びたくなる。

御夫婦共に本当に素晴らしい作品を多く世に送り出してくださったことを改めて知る。
今後はもう新作は望めないかもしれないが、それでもあえて言う。
松本零士さん、牧美也子さん、これからもよい作品をお願いします。

ああ、見に行けて本当に良かった。

東北の興福寺 その1

興福寺、というと奈良の興福寺しか思い出さない。
今また「興福寺しか」と打ったところ「興福寺鹿」と変換されるくらい、奈良の興福寺と鹿とは1セットだ。
しかし!(鹿し、ではないぞ)
宮城県にも興福寺があるのだ!
それも近世に出来たのではなく、平安初期に創建されているのだ。
どういうお寺でどういう由来があるのかを調べると、所在地の登米市のサイトにこうある。
「南方町の大嶽山には「大嶽の観音さん」と呼ばれ親しまれている「奥州三十三観音大嶽山(おおだけさん)興福寺(こうふくじ)」があります。
度重なる焼失で古い記録もなく由緒は不明ですが、一説では平安時代に一帯を支配していた豪族・大武丸(おおだけまる)を807年に征夷大将軍・坂上田村麻呂が討伐。その亡きがらを葬った塚の上に観音堂を建てたのが始まりと伝えられています。
観音堂の内陣には、伊達家の紋章である「竹に雀」が施され、奥には33年に一度だけ開帳される「本尊・秘仏十一面観音菩薩」がまつられています。また、観音堂外側の板壁には、中国の「二十四孝物語」の彫り物が色鮮やかに刻まれ、休日には多くの観光客が訪れます。
そのほか、観音堂の周囲には、薬師堂、白山堂、鐘楼、六角堂などがあり、それぞれ歴史を感じさせています。」

えらい古い由緒があるやないですか。
坂上田村麻呂ですがな。
奈良時代よりは新しいけれど、古い歴史を持つお寺ということは間違いないのです。

ということで、ちょっと前に見に行った時の下手な写真を挙げていきます。

けっこう山中で、涼しい所でした。紫陽花がまだまだ綺麗だった。
下界では紫陽花は既にドライフラワー化していた頃に、ここではまだ瑞々しかったわけです。

蜘蛛の巣も綺麗。
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素朴な本堂の屋根。
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デンデン太鼓のような文様もみえる。

書院にお邪魔する。
こちらのお座敷が素晴らしいのだ。
まずはカラフルな色ガラス。
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ガラスの一枚一枚実は文様が違うというのがまたスゴイ。
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カラフル+ゴージャスではないですか。
山中で観る幻像。

このお座敷そのものがまた素晴らしい。
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丁寧な欄間、ほんまに素晴らしい。

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こちらは折上格天井。
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美貌ですなあ。
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この座敷だけでもかなりドキドキしましたわー
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明治17年の擬洋風の持仏堂へはここから。
続く。


東北の興福寺 その2

さていよいよ東北の興福寺、明治17年の擬洋風の持仏堂へGO!
書院の廊下から歩いていきました。いい床で滑りましたわ、靴下。

けっこう急。昔の人もお寺の人も足袋履いてるから滑らずに行けたのかもしれない。
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ナナメに入る黒い線は電線。
現代へつながる大切な線。

内部の様子。
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けっこうここのガラスは可愛いのが多い。
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綺麗な絵もある。
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なんかもうさっきからアタマの中をBGMがずっと続くんですよ。
「ツァラトゥストラはかく語りき」というのが。
コーフンしてるんだろうな、わたし。

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ベランダをちょいとのぞく。
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生駒の聖天さんの擬洋風の建物も、四天王寺の本坊庭園に建つ擬洋風のも、みんなどこか似ている。
東西を問わず、当時の大工さん、棟梁たちは苦心しはったんですなあ。

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このミントカラーがいいよね。

さて外から拝見。
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ああ、スゴイものを見たなあ。

ちょっと光が入りすぎたけどこんなのもある。
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ここはほかにもすごいのが
まだある、まだある。

東北の興福寺 その3

山上に上がりました。
いい空気でしたわ―。
大阪では味わえないなあ。

ところで今更だがお寺の境内図。
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この山の上にいてるわけです。

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モダンな阿吽の狛犬さん。
多分経年による変化なんだろうけど、ここまでくると逆にスゴくモダンですわ。
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観音堂の装飾が素晴らしい。
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二十四孝です。
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いい彫刻だが、ぶれてたよ。今になり気づいた。
参考程度で。
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ありがとうございました。
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さよなら川崎市役所本庁舎

先月、川崎市役所の本庁舎が新しく建て替えられる前に見学会をすると聞いて、のこのこと大阪から出向いた。
品川で新幹線を降りて川崎へ。駅から数分でつく。

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ステキな時計塔だ。ただし時間はもう止まっている。

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玄関回り
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ステキな装飾もある。

中へ。
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順番があるようだが気まぐれに歩く。

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地下へ来ました。

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何の空間かと言うと…
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入札室でした。

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古の写真もある。
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上の階へ。
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ステキな暖炉と装飾と。
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市長室と市長応接室が隣接するが、「市長応援室」と空目したのであった。

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廊下もいい。

講堂への壁面
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昭和12年の棟札。IMGP0152_20161118005451e01.jpg

屋上へ。
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時計塔を見上げる。
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ツアー申し込みをしていなかったので、上がれません。

こんな感じらしい。
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あら、ぶれてた。IMGP0159_201611180056349f0.jpg

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面白いドアの取っ手発見。ギリシャ人みたいですな。
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さよなら川崎市役所。またいい建物でありますように。
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城下町和歌山の絵師たち―江戸時代の紀州画壇―

和歌山市内のミュージアムはいいところが多い。
県立博物館も近代美術館も市立博物館もみんないい企画展が多い。
このレベルの高さは本当に凄いと思う。
姫路市と和歌山市は関西の中で公立ミュージアムが突出して良い市だと思っている。
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その和歌山市立博物館での展示の感想。
城下町和歌山の絵師たち―江戸時代の紀州画壇―
通期展示も多いが、4期に分かれているのでタイミングよく見たいものを見る、というわけにはなかなかいかない。
わたしは1期目に行った。今は後期の1、通算3期目。

Ⅰ 紀州藩のお抱え絵師たち
狩野興以 狗子仏性図 江戸時代初期(17世紀) 紙本墨画 1幅  意外なことに洋犬風な犬。
これやと仏性具せるか否かというより、という感じがするな。
坊さんは払子でこの犬を追い払う気まんまん。

狩野興甫 三十六歌仙額 万治3年(1660) 板絵著彩 2面(36面のうち)玉津島神社   和歌の神様のお社にある額。

狩野興甫 紀州友ケ島図 寛文元年(1661) 紙本淡彩 1面 和歌山県立博物館   おお、友が島。なんとなくパラダイス。わたしのアタマの中では現代の姿と戦時中の姿しか浮かばないが、そうだ、ここは紀州の殿様たちにとっても近いリゾート地だったのだ。
とはいえ絵は怪獣がうずくまっているように見える。

これで思い出したが乱歩「孤島の鬼」は和歌山のどこかの孤島を舞台にしているが、和歌山はけっこう小さい島をたくさん持っているのだった。

狩野栄興 草花写生図巻(紀伊狩野家伝来絵画資料) 江戸時代中期(18世紀) 紙本著色 1巻   柿に椎茸に豆花に、とリアルな絵が続く。博物誌的なものはやはり面白い。

狩野興永 魚貝写生図巻(紀伊狩野家伝来絵画資料) 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1巻   これまたスゴイ、何がかと言うと、表面にたとえばエビ、タイ、カレイとか描いてあるだけでなく、その裏面にも表に描いた魚介を裏から見たらこうなる、という図が描かれているのだ。ひーっ 凄い情熱。

トド図摸本(紀伊狩野家伝来絵画資料) 文政2年(1819) 紙本著色 1枚  ビックリするわ、トドですがな、トド。そして同じくムササビまである。
チラシの上部で、空飛んでます。

山本伊球 鶴図 江戸時代後期(19世紀) 絹本著色 1幅 初公開 和歌山市立博物館   この作者は残る作品が少ないそうな。朝日差す海辺に松と鶴と。めでたい絵というだけでなく、海辺に松に朝日というのは紀州の場合、とても実感のある風景なのだと思う。

岩井泉流 唐獅子図 江戸時代(18世紀) 絹本著色 1幅 初公開   これは可愛い。パパかママか知らんが、一応「唐獅子」らしく子供を谷底へ蹴落としたものの、すごーく心配というのが顔にありあり。可愛い喃。イメージ (70)

岩井泉流 遊豫画苑 宝暦9年(1759) 紙本著色 3巻   アシカの島で狩猟の紀州の殿様ご一行図!正直、こういうのが主題の絵を見たのは初めて。地域性というのを感じるねえ。

並河甫仙 鷹匠図・業平図・官女図 江戸時代(19世紀) 絹本著色 3幅 和歌山県立博物館   どうしてか鷹匠図しか記憶がない。月下の川のほとりに柳があり、その下で一休み中の鷹匠。ちょっとばかり大津絵風にも見える。

堀端養恒 鶴図 嘉永4年(1851) 絹本著色 1幅 原田集古館  雛も二羽いる鶴ファミリー。
めでたさだけでなく、やっぱりほんわかムードがよろしいです。

笹川遊原 唐美人図 江戸~明治時代(19世紀) 紙本著色 1幅   初公開の美人。毛皮つき赤のガウンでくつろぐ。なかなか色っぽい。
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尤も「唐美人」というより西洋婦人ですな。「唐」の概念が拡がりすぎている。

これで思い出すのが赤瀬川原平の「老人力」の起源の話。路上観察学会の人々で都内をうろうろして撮影したまではいいが、さて赤瀬川さんはその撮影場所を忘れてしまい、撮影したのをスライド上映したとき、場所を訊かれては「本駒込」と言うてしまったそうだ。
全然違うかもしれないが、とにかく何でもかんでも「本駒込」「唐美人」というのはナカーマのような気がちょっとする。

野際蔡真 和歌浦図巻 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1巻   鳥瞰図風な描き方。初公開でこういうのが出てくる懐の深さ。和歌山、スゴイなあ。

Ⅱ お殿様の絵ごころ
紀州徳川家も文芸に深い関心を寄せるお殿様がいた。

徳川頼宣 宝船図 江戸時代前期(17世紀) 紙本墨画 1幅  …なんかシュールな絵ですな。

徳川光貞 布袋図 江戸時代初期(17世紀) 紙本墨画 1幅 和歌山市立博物館(西本コレクション)  この布袋さん、スタンプになってたので、後で挙げます。

徳川吉宗 鳩図 徳川頼職賛 江戸時代中期(18世紀) 紙本墨画 1幅   兄弟コラボ。

姫路の酒井さんところは父母・兄弟そろってお絵かき大好き一家だが、この兄弟はやはり大名家の嗜みという感じかな。

徳川治宝 松鶴図 文化元年(1804) 絹本著色 1幅 和歌山市立博物館   さすがに巧いですな。このお殿様が樂家などを保護したのだ。あと三井家との深い関わりもあるし。また学問好きで立派なお殿様なのでした。

徳川斉彊 柳鷺図 江戸時代後期(19世紀) 絹本著色 1幅 和歌山市立博物館  養嗣子として来られた殿様。白鷺が可愛い。

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Ⅲ 多彩な紀州画壇
個性的な絵師たちの絵が並ぶ。

祇園南海 墨竹図 江戸時代中期(18世紀) 紙本墨画 1幅 和歌山市立博物館  対聯。(レンを思いだせてよかった…)

桑山玉洲 野馬図 明和元年(1764) 絹本著色 1幅 和歌山市立博物館  実にたくさんの馬。イキイキしている。

桑山玉洲 雲鶴清暁図 安永6年(1777) 絹本著色 1幅 和歌山市立博物館  変わった色の取り合わせ。なんだろう、洋画家の川口軌外とか柳瀬正夢とか思い出すな。

野呂介石 山水図 文政9年(1826) 絹本著色 2幅  これは3Dで見たくなるような絵。

松丘 寿老人行列図 江戸時代中期(19世紀) 紙本著色 1幅   ふふふ、へんな爺さんばっかりずらーーーーっと。初公開か、面白いよね。
中の何人かをピックアップしてスタンプ作ってはったので、前述の布袋さん共々挙げることにする。
顔つきを見ると水木しげる「悪魔くん」(松下一郎の方の)に出てくる蓬莱島の八仙の一人みたいな感じ。
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坂昇春 赤坂御庭図画帖 江戸時代後期(19世紀) 絹本著色 1帖 和歌山市立博物館  すごく繊細で丁寧で細かな描写。

塩路鶴堂 宮子姫伝記 文政4年(1821) 絹本著色 2巻 道成寺 上巻  母親が海女で、という「珠取り」話の娘版。
「珠の段」は房前の母という設定だったように思うがこちらは宮子の話で、しかも丸坊主の姫が母の犠牲により「髪長姫」になる説話。
海底に光るものがある。魚たちもいる。どちらかと言えば近代的な絵。
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絵巻もので、こちらが全体の絵。
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塩路鶴堂 清姫鐘巻伝記 文政4年(1821) 絹本著色 2巻 道成寺 上巻  川辺で火を噴いてるよーー。遠近法がしっかりしている。
この絵師は大正末から昭和初期の日本画家だと言ってもおかしくはない。
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岡本緑邨 春秋百花図 明治10年(1877) 紙本著色 1幅  雀の下に鳩もいたりと和やかな百花の空間。段々と文明開化が広がってきた感じがする。

崖龍山 鍾馗図 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1幅  面白い掛け軸。描き表装なのだが、絵そのものが楽しい。初公開ということだが、ほんまにこれは楽しいわ。
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絵から抜け出して鬼を探す鍾馗。実は鬼たちはエライコッチャとばかりに表具の中に紛れ込んでいるのだった。

南蘋派風のも色々。時代のムーブメントとしてのものなのかもしれない。
次はリアルな図鑑用の絵。
小原桃洞 魚品図 、 魚譜 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1冊ずつ   
山中信古 増訂南海包譜 慶応元年(1865) 紙本著色 1冊
上辻木海 柑橘図絵 慶応3年(1867) 紙本著色 1帖
ギョッとするような魚類図鑑にミカン類の絵。
楽しかったわ。博物誌の本は意図するところと違うところでウケてしまう。
他にもキノコ・ブックがあった。今だと喜ばれそう。
阪本浩雪 『菌譜』 天保6年(1835) 紙本墨刷 2冊
いいよなあ、こういうのがあったというのが。

川合小梅 観梅円窓美人図 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1幅 和歌山市立博物館   雪のような白梅がいい。唐美人。

俳画と言うか戯画と言うか、面白いのを見た。
松尾塊亭という絵師の絵がみんな楽しい。
自画自賛像 江戸時代後期(19世紀) 紙本墨画 1幅 和歌山市立博物館    汗ふいてる自画像。
雷公子図自画賛 文化11年(1814) 絹本著色 1幅   風呂桶に落ちる雷さん。
『俳諧百画賛』 文化13年(1816) 紙本多色刷 3冊  色んなシーンが面白い。

永楽保全 狐和尚図 大綱賛 江戸時代後期(19世紀) 紙本墨画 1幅   タヌキやなしにキツネの化けた和尚さん。見返る後姿。
白蔵主ではない。狸の和尚さんは杉浦日向子「百物語」にもあるし、今細見美術館で開催中の「驚きの明治工芸」にも出ているし、11世片岡仁左衛門こと大松島屋が十三辺りでタヌキの和尚さんの語る平家物語を聴きに行った話がある。

彦坂犢庵 蝦蟇図 明治~大正時代(19~20世紀) 紙本墨画 1幅 和歌山市立博物館  前掲のスタンプの奴ですわ。

Ⅳ みんなで描く、一緒に描く、描き継ぐ
コラボ作品とか寄合などの。席画会の絵は勢いがあり楽しい。

後世の補筆もコラボとみなしての作品が出ていた。
桑山玉洲 旭日群鶴図 安永4年(1775) 絹本著色 1幅 個人蔵(和歌山県立博物館寄託)   鶴がさらに増やされていて、絵の都合で描かれなかった鶴の足や羽根が軸に描き足されていたり。
これをみて思い出したのが山上たつひこ「中春こまわり君」に出てくる既存の短編小説などに自分の付け加えた一文を紛れ込ませる男や、ゆずの歌う歌で昔の古い歌を加えたりするあれ。
こういうのは成功しているのはいい。

岡本緑邨 明光浦十景図 江戸~明治時代(19世紀) 紙本著色 10枚 和歌山市立博物館    和歌の浦のこと。そういえばわたしは和歌浦をモデルに作庭された六義園は行ったが、本物の和歌の浦には行ってない。
そもそも和歌浦なのか和歌の浦なのかも知らないのだ。

野呂介石・阪上淇澳 梅竹図蒔絵弁当重箱 江戸時代後期(19世紀) 木製黒漆塗蒔絵 2合 和歌山市立博物館   けっこう大きいぞ。

Ⅴ ようこそ和歌山へ―来和の画家たち
池大雅や木村蒹葭堂ら著名人も多くこの地へきている。

木村蒹葭堂 名花十二客図 寛政8年(1796) 絹本墨画 1帖  言葉の意味を調べるとこうある。
「宋の張景修が一二の名花を一二種の客にたとえたもの。牡丹を貴客,梅を清客,菊を寿客,瑞香(沈丁花)を佳客,丁香(丁子)を素客,蘭を幽客,蓮を静客,酴釄(とび)を雅客,桂を仙客,薔薇を野客,茉莉(まつり)を遠客,芍薬を近客とする。南画の画題とされる。」
見たのは蓮で静客。

上田公長 虎図 江戸時代後期(19世紀) 絹本墨画 1幅  横向きのトラーーーッ ちょいとおなかが白くて、物騒なツラツキだが可愛い。

上田公長 『公長画譜』 天保5年(1834) 紙本多色刷 4冊  鳥やフナなどの絵が出ていた。わたしはこのヒトは猫の絵が好きだ。

西村中和 高野山図 江戸時代後期(19世紀) 紙本著色 1幅  ロングで描く。
そういえば紀州からみて高野山もその仲間なのか。わたしの友人で高野線の代々の住人は、和歌山市内はむしろ遠い地だというていた。

川合春川 遊友ケ島記 寛政10年(1798) 紙本墨書 1巻 和歌山市立博物館  友が島で楽しく過ごしたことなどを記している。

たいへん見ごたえのある立派な展覧会だった。
それが安価でこうして開催されている。
宣伝ももっとしやはったらよいのに、と思った。
とてもいい展覧会だった。





京都の虎屋ギャラリーで観たもの

















































次の展示もとても楽しみです。
ありがとう、虎屋さん。

和歌山近美のコレクション展で観たもの

既に展示は終了したが、いいものをみたのでまとめたい。
幸い和歌山近美は大抵の作品は撮影可能でSNSもいいのでありがたくパチパチ撮ってはツイッターで皆さんに紹介してきた。
そのまとめである。
以前からここは創作版画の名品を集めているのが特徴で、その素晴らしさは称賛に値すると思う。
2010年にわたしはこんなことをつぶやいている。
「明日までの和歌山近美「創作版画の名品」たいへん良かった。図録もよく出来ている。
こういう素晴らしい日本近代創作版画の展覧会は、この和歌山近美か千葉市美くらいしか企画できないのではないか、と思った。」

この思いは近美に行く度に募るばかりで、一度も裏切られることなく、他の作品の展示でも良いもの揃いで、いよいよ増すばかりだった。

わたしか今回挙げるのは「コレクション展」と「薔薇色の鏡 銅版画の技と表現」展である。
終了前日に出かけたので、ツイッターで紹介出来て本当に良かったと思っている。
























































油彩など












それにしてもこのツイート群、いつまで保存してくれるのだろう…

蘆雪潑剌

和歌山県立博物館で「蘆雪潑剌」展の前期をみた。今はもう後期展示になった。
展示は和歌山での蘆雪の仕事に限られていて、そういうくくり方をするのもいいなと思う。
副題は「草堂寺と紀南の至宝」。
絵だけでなく各寺に伝わる資料などの展示もある。
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1.蘆雪溌溂 ―草堂寺の応挙と蘆雪―
草堂寺の障壁画を並べて再現がなされている。
天明6-7年(1786-1787)の蘆雪の仕事である。

群猿図 屏風 白と黒、一匹と複数と。さすがに上手い。イキイキしている。それはやはり目に活気があるからか。みんなイキイキ。行動もまちまち。
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この絵は十年前の奈良県美「応挙と蘆雪」展で見ている。

ここからは本堂の位置の再現がされている。
下間一之間 
竹鶴図 トボケた鶴たちがいる。丸い目がやはり表情にとんでいる。とはいえ複雑なことを考えているのではなく、どうやら一つのことに集中しているようである。
隣の鶴たちはそれぞれ違うことを考えているようである。
さてその鶴の視点の先には…

蛙図 端にいる二匹。可愛らしい。
実は我々観客のほかにも蛙を見る目がある。それはL字型に隣接する鶴だった…
蛙、ヤバし!!

室中之間
虎図その1 向かい合う虎図となっている。室内の右手の虎から見る。
可愛らしい虎。べったり座っている。太い手足に小さい耳の可愛い奴。ただし目は案外鋭い。何かを見ている…

虎図その2 室内左手の虎たち。
こちらはドラマチックな背景の中にいる。
風雨が激しいようでその中で水分を十分に吸うた虎の毛皮の質感がいい、水上がりのような感じ。可愛いし面白い。
太い手足がやっぱり可愛い。
「風邪引きなや」と声をかけてやると「うるさいわ」くらい言いそうな元気さがある。

枯木に鳩図 虎たちを左右にして中央にある襖にいる二羽の白鳩。12面の細い襖の中央にいて、二羽だけの世界を保っているかのように見えるのだが、実は狙われているのだ、両サイドから。

こういうところが蘆雪の面白さで、個別に見ても楽しいが、全体で見るとニヤリとなるのだ。

上間一之間 ここは応挙先生の絵が三点ある。そして弟子より一年早い天明5年の作である。
雪梅図 10面。ウグイスもいた。襖の白地を雪の後の曇天に見立てふんわりした世界になっている。ただし細い梅の枝がはっきりした存在感をみせている。

松月図 天袋四面。金地に月と松。きれい。きらきら。引き手は真っ向のウサギ。
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下間二之間 ここは室中の虎図と背中合わせにある。
後期にでている牛図などがある。
蘆雪の牛もよいから後期も見たいものである。

この再現は本当によかった。
襖絵はやはりそうでないと魅力が半減する。
名古屋での応挙展、東京芸大の金比羅さんでもそうだった。

最後に朝顔に鼬図 これが思ったより小さいもので、しかしとても丁寧に描きこまれていた。鮮やかに咲く朝顔を見る小さなイタチ。後ろ足で立ち、短い前足を胸の前で垂らして花を見ている。大きさの対比は正確ではないが、そこがまたいい。
この構図を見て思い出すのは佐藤さとるの童話、イタチが前足をあげて化かすというもの。ファンキーなイタチの可愛さがよくでている。間違ってもこいつは白イタチのノロイ様の手下にはならないだろう。

2.約束と復興 ―応挙を招いた僧と災害―
応挙が行けなくなったので蘆雪に自分の絵を持たせて紀州へ遣ったわけだが、その時の草堂寺の再建棟札などをみる。他のお寺もその年に再建されているし、それ以前のもあるがいずれも遠い過去の話ではなく、応挙にとっては近いものだったことがわかる。
たとえばその天明6年の8月には海を挟んだ四国でもかなり大きな地震があったようだし、影響もあったろうと思われる。
日本は地震国なのだ。

仏涅槃図 黒猫もいるが、なんと蟹なども来ていた。そこらが海の近い方の和歌山だと実感する。

3.約束の地 ―草堂寺のはじまり―
このお寺の扁額、お坊さんたちの肖像画、創建由来などがある。
大檀那になるのか、紀州富田中岩さんの系図や中岩五郎左衛門坐像もある。
大庄屋さん。藤原北家の系統のようだ。

4.花開く信仰と文化 ―草堂寺に集まった文物―
平安時代の木造の観音菩薩像、地蔵菩薩像、描かれた不動と二童子図など仏像・仏画が集まっていた。
中でも魚籃観音像は明代の絵で、唐美人が籠を置いて立膝でくつろぐもの。
綺麗だった。

ここのコーナーには岸駒の東方朔・山水図、望月玉川の関羽、若冲の鸚鵡やトウモロコシの絵が出ていた。
草堂寺、色々持ってはるわけです。
しかし今回の展示はあくまでも「蘆雪潑溂」。
若冲が目玉になったらタイトルも「ロセツ・ハツラツ」から「ロセツハ・ツライヨ」になる予定間違いなし。

5.受け継がれる蘆雪 ―草堂寺への伝来と保存運動
蘆雪の絵を色々見る。

四睡図 これはいつもの四人(頭)組の雑魚寝というか寄り添い眠りなんだが、配置が違うのがいかにも蘆雪らしくて面白い。
虎が立って豊干に凭れて寝る一方、爺さんの肘はちびっこ寒山拾得の背中についているという、妙な様子。楽しいわ。

蝦蟇・鉄拐図 芸をさせようとする仙人をじーっと見てるだけで特に何も動かない蝦蟇。知らん顔に仙人も「アチャー」な手。その様子を隣の幅から笠背負いながら見る鉄拐。
けっこう日常の1シーンぽいのがいい。

黄安仙図 月僊とのコラボ 亀に乗る仙人を墨絵で。

虎のような鍾馗図や達磨や維摩居士の絵もある。
 
唐人物風俗図 群衆とまでは言わないが色んな人が寄り集まったりバラバラでなんだかんだ好きなことをするのを捉えた図。
クンクンな犬もいるし、甕に水を移したり、とある日の様子。

明治になってからの草堂寺の日々の様子を記した資料が出ている。明細とか寄付金の芳名帳とか鑑査状など。
昭和になるともっとアクティブになり名画保存会の働きの様子もわかってくる。
展覧会もしていたようだし。

6. 紀南の至宝 ―蘆雪の足あと―
最後に他のお寺に残る蘆雪の絵を見る。

竹虎図 成就寺 剥落が激しく、すっかり白虎になっている。

寒山拾得図 高山寺 これはいつ以来かな、大きく描かれた二人の顔のアップ。

柳に鳥図 高山寺 可愛い!カラスがいる。丸い目玉の可愛い子がいる。
カラスも近代絵画まではいい素材だったが、いつからかただの憎まれ者になってしまった。

最後にすごく可愛いのが来た。
唐獅子図 成就寺 唐獅子たちの色んな様子が描かれていて、それがもお可愛いのなんの。
滝ゴォゴォでもグーグー寝る獅子もおれば、何が癇に障ったのかブギャォーッッと喚いて小さい怪獣みたいに飛び起きる獅子もいるし、その様子にあわてて飛んでくる二頭は多分、この獅子の弟分かな。右で吠える獅子のもとへ左からサーっと来たけど、みんなブサカワ。
「兄貴、どうしました!」くらい言いそうな口元。この二頭がまた絶妙な阿吽なのもいい。
寝てる獅子はゴクラクゴクラクな顔つき。

天明6―7年、和歌山は蘆雪絵てんこもりでしたなあ。

後期は雀や牛にわんこに、曹操の絵などもあるよう。
お隣の和歌山近美もいい展覧会が始まっているので、ぜひぜひ。
11/23まで。

夢の黄金郷(エル・ドラド) 遊園地

石神井公園ふるさと文化館の展覧会と言うのはもういつもハズレなし。
これは和歌山市内のミュージアム、姫路市内のミュージアム、東大阪市などのそれと同じで、本当にいついかなる時も期待以上の企画展をする。
だから行きたいのに行き損ねたときは後々まで後悔する。
檀一雄展、行き損ねたことはもう本当に痛恨事で、未練たらしくチラシを見ては「もう一度やってほしいなあ」と思うのだった。

今回は「夢の黄金郷 遊園地」展である。
「思い出のメリーゴーランド」と副題がついている。まさにエル・ドラド。
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チラシにもキラキラのメリーゴーランド。
わたしだと「思い出のジェットコースター」「思い出のお化け屋敷」になるところだが、やっぱりあれよ、ここはメリーゴーランドでないといけませんわ。
実際わたしなんぞもメリーゴーランドは乗った回数も数えるほどしかないが、やっぱりメリーゴーランドこそが遊園地の象徴だと思う。
だからメリーゴーランドをモチーフにしたオルゴールやペーパークラフトなども手元にあるし、そこで流されるメロディを聴くのも好きで、そんなオルゴールを持ってもいる。
現代日本画家・松尾和夫も「夜想譜」という作品で夜のメリーゴーランドを描いている。


さてこの展覧会は遊園地の歴史と地元練馬区にあった遊園地の紹介で構成されている。
わたしはせいぜいとしまえんくらいしか知らないが、けっこうたくさんあったことを知り、びっくりすると同時にうらやましく思った。
なにしろわたしの近所の聖地・宝塚ファミリーランドも阪神パークもエキスポランドもみんな閉園してしまったのだ。
行ったことのないまま終わってしまった玉手山遊園、奈良ドリームランドも哀しい。
遠いのであまり行かないひらかたパーク(ひらぱー)、生駒遊園地は現役だが、やっぱり遠い。
USJは遊園地ではなくテーマパーク。
わたしは乗り物主体の遊園地は好きだがテーマパークは興味がないのだ。くすんくすん。
まだ東京には花やしき、後楽園、としまえん、あともう少しあるそうだが、よくは知らない。
そこのところを知りたいとも思っている。

会場に入る。
いきなりサザエさんの何やら自動紙芝居装置みたいなのがある。
要するにお金を入れるとページがめくれて、というものらしい。
こういうのが設置されていた、というのも面白い。

はじまりは「遊園地」の歴史の紹介である。
日本初の遊園地・浅草の花やしき。そして宝塚の紹介がある。
尤も花やしきは幕末の頃の牡丹と菊などを見る「遊園」として始まった頃からの浮世絵資料もあり、明治のビラでは安本亀八の生人形の見世物なども紹介されている。
明治末には京都市動物園から借り出したライオンカップルの展示もあったようだし、猿の芸、奇術、盆栽、それに小芝居らしきものもあったようである。
関の戸、小鍛冶、南部坂雪の別れなどなど。他にタンバリン演奏…

浅草の十二階の写真も少しある。
それについては以前に「ザ・タワー 塔と都市のものがたり」展でこんな感想を書いている。

宝塚新温泉は明治末に箕面有馬電気鉄道(現阪急電鉄)の娯楽施設として建てられた。これは関西だけのラジオのコマーシャルだったろうが、以前にその謂れを語るものがあり、大昔の宝塚少女歌劇(当初の名称)の歌が流れていたのを忘れない。
「おお宝塚」という歌だった。
小さな湯の町宝塚に 生まれたその昔は
知る人もなき少女歌劇 それが今では
青い袴と共に 誰でも皆知ってる…

温泉施設の余興として始まった少女歌劇、そして火事を経ての新築で、浴場、動物園、水族館、植物園、遊具施設などが集まる一大遊園地が作られた。
小林一三の考え付いたこのスタイル――電鉄・百貨店・住居だけでなく娯楽までも――が、東京の私鉄の多くにも影響を与えた。

宝塚ファミリーランドも昭和の末頃までこのスタイルを続けていた。
わたしなども子供のころから過激を横目にしつつ遊園地で遊び、動物園・水族館・植物園を見て、併設の無料の温泉に浸かり、それから一旦梅田に出て新阪急ホテルのバイキング・オリンピアで晩ご飯、という黄金コースを楽しんだ。
劇場拡大のために温泉が壊された時は泣いたが、更に宝塚ファミリーランドが無くなった時の衝撃の大きさは話にならないほどだ。
いまだに宝塚の「花のみち」を歩くと、在りし日の歓声が耳に入ってくるほどだ。現実の音と記憶の音の区別が出来ず、統一された街の様子を見ても、その建物の奥には宝塚ファミリーランドが今も活きている、という風にしか思えないのである。
そしてこちらがわたしの撮影した宝塚ファミリーランドの最後の様子である。
中でも人形館は別に3回にわたってこのブログに挙げた。


このように自分の愛した遊園地について語り始めると、ヒトは無限にしゃべりたくなるものなのだった。

いよいよ展覧会のメインの展示へ向かう。
前述の小林一三の手法をまねて東京の私鉄各社が沿線開発を行った。
小林と五島慶太、根津嘉一郎らとの深い交友などについても以前にこのブログ上で度々記しているから省略するが、それまでになかった画期的なシステムを多くの電鉄会社が採り入れたのはまことに喜ばしいことだった。

都内にあった遊園地の一覧表を見てもなるほどと納得するばかりである。
また沿線案内図は鳥瞰図でもあり、見るだけで楽しい。

個別の遊園地の紹介が始まる。
・玉川遊園地・玉川児童園
遊具メインではなくプールやテニスコートもあってというもので、大きな玉川閣というのもあったのか。

・花月園
今の横浜市鶴見区に開園。ここにも少女歌劇団。平岡さんと言う個人が経営したという稀有な遊園地。子供らを喜ばせるためにパリまで見に行ったりしたがやっぱり経営は苦しかったそうだ。偉い人だが、やはり限界がきた。
跡地は花月競輪場。
大きな滑り台の写真を見たが楽しそう。駅からのmapにはヒゲタ醤油の宣伝入り。広大な土地にホテルや動物園もあったんだなあ。東福寺というお寺の巨大な境内を借りたそうな。

・荒川遊園 ラジウム温泉が尾久にあり、当初は大人向けの娯楽地だったのか。
古い手彩色絵ハガキをみると素敵な檜御殿などや橋があるね。
やがて戦後に「あらかわ遊園」になり現在に至る。
そうか、ちびっこ向けだが遊具もありか、一度わたしも行きたいな。

・多摩川園
ここも少女歌劇に大浴場。夢のお城に夜間開館…古資料をみるとソヴェートの第三インターナショナルを遊具化したようなのもあるな。「鉄の塔」か。ルフトハンザと言う飛行機もあるし。

・谷津遊園
往時は日本勧業銀行本店の建物を移築してシンボルにしたとか。案内図をみると元は干潟を埋め立てにしたからかやたらと大きな池があるな。プールとボート場と。ここもラジウム温泉。大きなバードドームもある。なかなかよさそう。
今は谷津バラ園として一部が残る。

・多摩川原遊園
吉田初三郎の鳥瞰図にもかなり大きく描かれている。円内に京王閣がある。
昭和初期のその内部の絵ハガキがとても素敵。
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ここは現在の京王閣競輪場。
しかしその「京王閣」の建物自体はもうない。惜しいなあ。
くさか里樹「ケイリン野郎」、田中誠「ギャンブルレーサー」にもそういえばあの古い建物は描かれてなかったなあ。

・向ケ丘遊園地
ああ、ここが閉園したとき偶然ニュースで聞いたが、惜しいなあ。昔の写真は松原の中にブランコや休憩所がある、のんびりしたところに見える。

さていよいよ今回の展覧会の中枢の二つの遊園地の登場。
・兎月園
ここの古写真・資料の多さがいい。
成増にあったのか。家族連れ遊園地から料亭へ特化、という説明がなかなかないなあと変に感心した。
2万坪余という広さがスゴイ。
そしてその料亭で使われていたお道具や調度品も少しばかり展示されていた。
庭園なども凝っていて、これはもう完全に大人向けにシフトしたのだというのがよくわかる。
戦時中に閉園となっても近辺各地にさまざまな「遺跡」が残されている。

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このボート乗り場の奥の藤棚などは今も小学校に活きているそうだ。

・豊島園
まあ正直な話、関西人のわたしには知らんところですし、漢字だと「としまえん」とは読めず、「てしまえん」と読むね。
そう、北摂は「てしま」なのですよ。
それはさておき、とてもたくさんの資料があり、面白い。
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やはり古い絵ハガキが面白い。以前に中野区歴史民俗資料館でみたのもある。
現在も繁盛しているのは本当に喜ばしい。
行きたい、と思ったもの。

資料がたくさんあるので時代ごとの比較もできるし、遊具の配置などを見てもわくわくするよ。
やはり行きたいね。ただ、ここへは本当に行ったことがないので場所の感覚や、一人で訪ねてもいいのかという心配がある。
むしろ行けないだろうな。

実際、この展覧会を見てテーマパークではなく「遊園地」に行きたいと強く思った。
関西ではもう「ひらパー」ことひらかたパークと生駒山上遊園地くらいしかないはず。
みさき公園、八瀬遊園もどうなったか。
ひらパーは菊人形と薔薇見物があるので大人が一人で入ってもおかしくはなく、以前に木製ジェットコースターにも一人で乗った。
メリーゴーランドは乗らないと思うがジェットコースターには乗りたい。
そんなことを延々と考えている。

デパートの屋上の遊園地も紹介されていた。
わたしは屋上へ連れて行ってもらったことがないので、その資料を見てうらやましいなあと思った。
三原順「はみだしっ子」の中でジェットコースターに乗りたい幼いマックスがまずはデパートの屋上でうんざりし、本当の遊園地に行くも身長でアウト、次には親切な喫茶店のマスターが一緒ということでサーニンと二人でジェットコースターに乗るも、あまりの恐怖でマスターの腕にかみつくというオチがあった。
そのときに作者のツッコミで「天国への階段、地獄への滑り台」とあったのには笑った。
レッド・ツェッペリンもとんだところでご登場だったのだ。

遊園地の設置は最初は恒常的なものではなく、博覧会の会場に設置されたウォーターシュートなどが人気となり、それが発展したという歴史がある。
ここでこの展覧会とは別な展覧会だが、つながりの見える展覧会について少しばかり寄り道をする。

「夢の黄金郷(エル・ドラド) 遊園地」展は11/13まで。

感想を挙げられなかった展覧会。メアリー・カサット展の場合

様々な理由で感想を挙げられなかった展覧会がある。
しかし見た以上は何らかの声を挙げなくてはならない。
そうでなければ折角見に行った甲斐がない。
それで小さくまとめた。
だが、これらは厳密には「感想」ではないのは確かだ。

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ある種の鬱屈がゆっくりと広がるのを感じて、とうとう感想を挙げられなかった展覧会がある。
メアリー・カサット展である。
横浜美術館で見たとき、最初は楽しかったのだが、次第に深い鬱屈に掴まれ、とうとう途中からは足早になり、最後は逃げるように出てしまった。
今、京都国立近代美術館に来ている。
彼女が悪いのでも、展覧会の内容が悪いわけでもない。
悪いのはあくまでもわたしの心の中に生まれた鬱屈なのである。
「母子像の画家」
これにわたしは滅入ってしまった。最初は本当に楽しい気持ちで絵を見ていたのに。

この鬱屈はおそらく母子関係がうまくいかなかった人にしかわかってもらえないと思う。
描かれた幼児の幸せそうな様子、母親の惜しみない愛情。
それらを描いたのが独身のカサットであることにもいら立ちがあった。
家族を持ち、子だくさんで、晩年まで家族に見守られたルノワール、ドニ、カリエールら男性たちが家族の優しい感情を描いた絵を見ても感じなかった苛立ちと鬱屈。

わたしはあまりに熱心に見てしまったのかもしれない。それがこうした結果を呼んだのではないかと思う。
個人的な状況がよくない時期に見たのも悪かった。
描かれた子供の幸せそうな表情を妬んでどうするのだ。
そんなことを思いながらも、しかし何か誰かに責められているような・追い詰められているような気になって、とうとう見ていられなくなったのだ。
女性作家の描く「幸せそうな家庭」「愛ある母子像」、それがつらい。ただただつらい。

男性作家の描くそれらに苛立たないのは、「あなたは心の奥の隠されたものを見ていないからでしょう」というキモチがあるからだ。
マンガでもそうだが、家族愛を一番に掲げるものを見ると、読み飛ばしてしまう。しかしその一方でいくつもの台詞やちょっとしたシーンがフラッシュバックのようにチカチカしながら自分の中に蘇り、やるせなさを感じる。

いい絵だったのに、本当につらかった。
いい絵だからよけいにつらかった。
だからわたしの中ではこの展覧会はくるしいものだった。

没後110年 カリエール展

これほど大掛かりなカリエール展を見ることがかなうとは思いもしなかった。
十年前に「ロダンとカリエール」展が西洋美術館で開催され、「もっとカリエールを見たい」と望んだものだが、いざこのように大きな回顧展があると、却って「自分は彼のどのような作品が見たかったのか」と自問自答することになった。

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1989年に大原美術館で初めてカリエールの作品に触れて、その静けさに打たれたが、2016年の今、カリエールはわたしにとっては遠すぎる存在ではなくなっていた。

第Ⅰ章:画家カリエールの誕生から最初の国家買い上げまで(初期‐1885年頃)

自画像 1872 やや目の離れた青年の顔。秀でた額が賢そうである。

ソフィー・デムーソーの肖像 1876 彼の愛妻となる人である。

同時期の習作を見ると、意外とシュールなものも含まれていた。
そうだ、彼も最初からわたしの知る「カリエール」ではないのだ。

月光を浴びる人たち 1880 新潟市美術館  ああ、ここにあるのか。
神話的な情景の中にいる男女。かれは国立美術学校でカバネルの教えを受けていたから、こうした雰囲気のものも若い頃は描いたのかもしれない。

正面向きのカリエール夫人 1885頃  少しずつ曖昧な背景が選ばれるようになってきた。
黒の中に浮かぶ顔、漆黒ではなく柔らかな闇の中である。
その前年の「カリエール夫人の肖像」はセピア色に包まれていた。

受け入れる 1880年頃  赤子と母の手の差し伸べあい。優しい感情が静かに流れる。

椀を持つ子ども 1885-1888頃  ごくごく、んぐんぐ…椅子に座りながら飲む。
子供の食事風景のうち、リアルに生命維持と直結する絵はあまりない。
この絵と高山辰雄の絵位だと思う。

レオンの肖像 幼くして亡くなった息子の絵。
熊谷守一にもわが子の死に顔の絵があるが、幼い子供の死を思わせる絵はせつない。

第Ⅱ章:母性、子どもたち、室内(1885年頃‐1890年頃)
スタイルが確立した時代
ぼんやりしたセピア色の中で、家庭の中の情景が描かれる。

子どもを抱くエリーズ 1885-1887頃  赤子の手が母の顎に伸びる。
粥 1889  La Bouillieというのか。あーん…優しい時間。
勉強 1886-1888頃  様子を見る母。
物を読む少女 1886-1888頃  おでこの目立つ少女。
手紙 1887  姉と妹が顔を上げる。
インク壷の前の子ども、マルグリット 1890-1892頃  白い顔の少女。
洗面 1887  母の膝にいる子供、姉が桶を持ってくる。
エリーズの指に包帯を巻くカリエール夫人 1887  優しい母子の時間

このように優しく温かな時間がキャンバスに閉じ込められている。
ちょっとした仕草などがロダンの彫刻を思わせる。
2人の作品にはそうした親密さがある。
以前に見たときの感想

どのような構図であろうと誰を描こうと、全てに通底するものがある。
静かな心持になる優しさ、それが画面にある。
ただ、あまりにそれが深いと、わたしのような者にはある種の苛立ちが生まれてくる。
そしてその苛立ちがどこにも届かないほどの深い沼に入り込んでゆくことで、鬱屈に囚われる。

今回の展示作品の大方がフランスの個人蔵だというのも興味深い。
わざわざそうした作品を選んだのか、それともそうした作品の方が多いのか。
そんなことを思いながら絵を見て歩く。
日常の中のちょっとした様子を描いた絵を。

珍しく色彩のある絵をみた。
マドレーヌ・ドゥヴィエの肖像 1887頃  ベルギーの彫刻家の幼い娘が赤い服を着ている。目はぱっちり可愛い。

ネリーの肖像 1893  一目見て「ああ、意思の強そうな少女」と思った。彼女はカリエールの娘の一人で、写真資料を見てもたいへん個性的なつよさの滲む娘さんだと思った。

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第Ⅲ章:サロンからの独立、著名人の肖像(1890年頃‐1900年頃)
肖像画になると意外にはっきりした線を用いるものだと思った。

ポール・ガリマール夫人の肖像のための習作、 ポール・ガリマール夫人の肖像
サロン風な場でくつろぐ婦人。色も線もはっきりしている。ここの息子がガリマール社を創立したのだ。

ルロール家の肖像 1891-1892頃  セピア色の中に溶け込む人々。まだ未完のようだが、この絵の中に120年前のルロール家の人々が永遠に生きている。

オーロール(ポスターのための習作)  1897  仲良しのクレマンソーが発行していた日刊紙オーロール。ドラマティックな絵。女が両手を挙げて頭上へ。何か物語が背景にあるのでは、と思わせるところが素敵。

愛犬ファロのいるカリエール夫人の肖像 1895  犬は寝ている。奥さんは手足が長くやや大きい、しっかりした身体。

家族を描いた作品がいくつも並ぶ。
みんなセピアから薄い金色の中に溶け込んでいる。
ロダンの肖像もある。親しい人々はみんなセピアの靄の中にいる。

風景も身近なものだと、どうもラテ・アートのような揺らぎがある。少しずつフェードイン…セピア色の霧の中に佇む木々。

第Ⅳ章:晩年(1900年頃‐1905年)
身近な人々への愛情と、その人々が醸し出す愛情と。

母子の絵がいくつもある。それらは他人ではなく自分の家族がモデルである。
タイトルも「母性」Maternitéというものが多い。
形も定まらなくなってゆく。
静かな体温が伝わる。

フランス映画のラストシーンが好きだ。曖昧な終わりを見せる作品が特にいい。
カリエールの絵を見ていると、その空気感がここにもあることを感じる。

ところどころ明るい色が使われた作品が現れる。
しかしそれにはもう違和感を覚えてしまう。
女性の肖像 1900-1902頃  背景には少し緑がまじり、黒いドレスの女が浮かび上がる。
溶け込むことなく浮かび上がる女。

社会性のある作品を見る。
平和の接吻 1903  英仏協商の代表として。
ピエタ 1903 一説によるとゴーギャンへの追悼のための絵だとも言う。
炭鉱夫たち 1904  もあもあした中に立つ男。松本竣介か舟越桂が描くような柔らかな男性。

パリ12区庁舎のための習作がいくつも来ていた。
1903-1905年頃だが既にカリエールの体調は思わしくない。
絵も崩れている。ただ、それでもカリエールの世界は続く。

最後に娘ネリーの絵が二点。どちらも新潟市美術館の所蔵品。
ネリーの肖像
もの思いにふけるネリー
セピアではなく灰色の中のネリー。
彼女の実際の写真と描かれた横顔がとても似ていた。
彼女はカリエールの子どもたちの中で最も長生きし、1971年に没した。

11/20まで。

平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち

「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を東博で見た。
展覧会の狙いはサイトにこうある。
「滋賀県甲賀市に所在する天台宗の古刹・櫟野寺(らくやじ)には重要文化財に指定される平安時代の仏像が20体も伝わります。
その数は、優れた仏像が数多く残る 滋賀県でも特筆されます。本展は、20体すべてを寺外で展示する初めての機会です。本尊の十一面観音菩薩坐像は像高が3メートルもある圧巻の作品で、普段 は大きく重い扉に閉ざされる秘仏です。他にも、11体の観音や、どこか親しみのある毘沙門天立像、文治3年(1187)に造られたこと が知られる貴重な地蔵菩薩坐像など、櫟野寺に伝わる平安彫刻の傑作を一時にご覧いただける展覧会です。」

仏像クラスタではないのでよくわからないが、それでもこのこと自体が大変なことだというのはよくわかる。
第一丈六仏をあの空間にどう収めるのだ。
最初にチラシを見たときびっくりしたものなあ。
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ところで展示を見た後にTVで日通がこの仏像たちをどのように運送したかの番組を見た。
・・・分解していた。
まぁそらそうですわな。
そして素手でないと持ってはいけないとか、意外なことを知った。日通のエキスパートたちの活躍を知ることが出来てよかった。
展覧会と言うものは実に多くの人々の手で成り立っているのを改めて思い知る。

さて本館特別室に向かう。
ここでは以前にも印象深い仏教系展覧会を開催していた。
それらの当時の感想をリンクする。
「手塚治虫のブッダ」展

「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」

「みちのくの仏像」

これらの優れた仏教系展覧会は今も忘れえない。
殊にわたしの中では昨年の「みちのくのほとけ」たちは今もイキイキと活きている。
吉祥天に宥められたことを思い出す。また再会したいと思う。
それから円空仏の配置の良さ。
くつろげるソファに座って、顔を上げたときに林立する仏たちがみえた、あの感覚が今も心地よく残る。

さて甲賀の櫟野寺、このお寺の仏像はすべて重文であり、タイトル通りの平安仏だが、微妙に世紀は違っている。
造られ続け、大事にされ続けたということなのだ。
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十一面観音菩薩坐像  巨大。通路を通って高い天井を見上げたらあの金色に耀く大観音の鎮座ましますお姿。
チラシのお顔は香取慎吾によく似ているが、立ち位置を変えると表情も変わる。
向かって左下辺りから見上げるとなにやらムッとなさっている。胸の瓔珞は髑髏連なりにもみえた。
しかし正面からだとまた変わる。

木彫の仏像が並ぶ。

毘沙門天立像 なかなか力強い造形でありつつ、腹の帯の鬼面が福々しかったり、胸当ての花がどう見てもヒマワリで可愛かったり、ブーツが今風のオシャレなのだったりと、細部がなかなか可愛い毘沙門天であった。
それでお寺の紹介を見るとこうある。
「寺伝では、櫟野観音の加護により鈴鹿山の山賊平定の報恩のために本尊守護のために祀ったと伝わります。 特に江戸時代には、田村麻呂公の信仰が盛んとなり、鈴鹿山麓の田村麻呂公を祀る田村神社と櫟野寺の二社寺を詣でる田村参りが盛んに行われました。」
ああ、そうなのか。わたしはわりと坂上田村麻呂と鈴鹿御前のカップルの話とか好きなのですよ。

地蔵菩薩立像 やさしそうである。やはりお地蔵さんというのは見るからに優しそうな姿でないと、地獄に子供らを慰めに来てもたよりにならない。そしてこのお地蔵さんの像の影、それがみょうに可愛い。

吉祥天立像 両手が失われているため、造形そのものはどのような形だったか推測するしかない。ミロのヴィーナスほど想像が拡がるわけではないが、それでも両手のない像にはある種のロマンが見出される。

三体の観音菩薩が並ぶ。少しずつ異なる様子。表情や手に何を持つかで様相が変わる。
観音菩薩立像
観音菩薩立像
観音菩薩立像

十一面観音菩薩立像 変わった冠というか、焼きケーキのカップをひっくり返した感じの形の冠をかぶる。

様々な技法で作られた仏たち。

薬師如来坐像 ぽってり、もっちゃりした造形だが、そこが頼れそうな感じに見える。
そもそも観賞用に作られるわけではなく、素朴な信仰心に応じるために作られた、地方の仏なのである。しかも病を癒す薬を持つ薬師如来なのだから、これはもうすがれる様子でなくてはならない。

居並ぶ五体の観音菩薩立像の表情の違いが明らかなのもいい。
中には顔を上げ気味でふんわり微笑む仏もあれば、俯き加減の仏もいる。手もある・なしに分かれるが、いずれも古くから大事にされていたことを感じさせる。

甲賀様式というものがあるそうで、細身で目は釣り気味とあるが、その一方でしもぶくれの豊かな顔が多いな、と思った。

地蔵菩薩坐像  この像を拵えるために勧進して歩いたと言う。今で言うと映画ファンドというか、まぁ違うけれど、ご利益を望んでお金を出す、という行為は共通しているよね。1187年に蓮生坊という坊さんが働いたようだが…同時代の蓮生坊といえば熊谷直実をすぐに思い出すよ、わたしは。ただ、彼は法然の弟子だから浄土宗でこちらのお寺は天台宗か。
よくある名前だしなあ。
そしてこのお地蔵さんは腹帯を結んでいる関係から、安産の仏さまとして、地元の人々は今もお地蔵さまから腹帯を授かる風習が残ってるという。

二体の吉祥天を拝む。
吉祥天立像  ふくよか美人。やや横広なお顔。こぢんまりしたよさがある。    
吉祥天立像  首をがくりと落としていて、何か考え中のような風情がある。

巨大な十一面観音像を中心に背後に居並ぶ仏たち。
「かくれ里」の仏たち。
遠い所から本当にごくろうさまです。
お寺はこの御開帳で2年間宝物殿を休んで改修をしやはるそうです。
わたしたちが東博で拝観することがお寺のためにもなるわけですなあ。
展覧会に行けて良かった。
そしてこの展覧会が開催できるように働いた全ての人々に感謝しよう。

12/11まで。

第86回 正倉院展

毎年秋の楽しみの一つ、奈良博の正倉院展、常に初日か2日目に出向くのだが、感想を挙げるのが遅いのも恒例の事で、とうとう終幕を迎えたではないか。
まあわたしの感想は私的なものにすぎないから、「皆さんおでかけください」という前向きなものでもないし、覚書だし、、、
…言い訳をするな!例によって例の如く遅刻する性質がここにも来てるだけだ!
というわけで86回正倉院展の小さな感想です。
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名称や読みや略称などは全て特設サイトからの引用です。
ありがとう、助かります。

北倉 通天牙笏 つうてんげしゃく 象牙の笏 1枚 長34.9 幅(頂より0.8のところで4.0底で4.8) 厚(頂で1.1 底で1.2) 2004年
薄卵色の笏。

北倉 大魚骨笏 だいぎょこつのしゃく 鯨の骨の笏 1枚 長35.8 幅(頂より0.8のところで5.1 底で5.7) 厚(頂で1.3 底で1.25) 1999年
こちらはマッコウクジラのだが、白木のようにもみえる。

どうぶつの骨や牙だとそれぞれの特性が出てくるのが興味深い。

北倉 雲鳥背円鏡 うんちょうはいのえんきょう 雲・鳥・飛仙文様の鏡 1面 径27.7 縁厚0.8 重3212.2  2002年

北倉漆皮箱 しっぴばこ 鏡の箱 1合 径31.7 高3.7 2002年
鏡とその箱。鏡はどうやら唐物だそう。

北倉 鳥木石夾纈屏風 第1・2扇 とりきいしきょうけちのびょうぶ 板締め染めの屏風 2扇 [第1扇] 長148.7 幅53.7 本紙 長141.1 幅44.7 [第2扇]長148.7 幅53.7 本紙長138.3 幅47.7 [第1扇]1995年 [第2扇]1987年
色は褪色しているが可愛くて可愛くて。それぞれ鳥たちが木の下にいるだけなんだが、葉っぱと空と草と鳥とがのんびりしてて、いい感じ。
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北倉 漆胡瓶 しっこへい ペルシア風の水差し 1口 高41.3 胴径18.9 1998年(東博2009年)
これ、1987年のチケット半券に選ばれていたと思う。宝物の人気の一つ。
じっくり眺めたら、シカ、草、花、鳥、と色々細かくあり、鹿も走る・くつろぐ、と色々いる。花もヨーロッパの千花文様を思わせるような多彩さ。ただ、その千花文様とこの花のアラベスクとどちらが影響しあっているのかというと…
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この文様は拡大パネルで紹介されていた。裸眼ではさすがに鹿の柄はわからない。鹿も並走したり独走したり座るなどと色々。仲良しさんもいる。おやガチョウらしきのもいた。
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平脱の簡易な説明…カット&コピー&ペースト。そうか、カットしたのをコピペするのか。

北倉 出入帳 しゅつにゅうちょう 宝物出入の記録 1巻 本紙縦28.8 全長644.6 軸長35.9 1997年
手書きなのは当然なのだが、記録としてきちんとつけられているのがなんだか嬉しい。
中には恵美押勝の乱で武器に使ったとか(実用の武器もあるのだ)、なんやかんや。

中倉 銀平脱箱中蓋 ぎんへいだつのはこのなかぶた 箱の懸子 1口 縦23.5 横23.5 高2.2 2003年 
四方形で何やらマーク入り。

今回の展示で特に目立ったのは容器と鈴のシリーズ。

中倉 楩楠箱 べんなんのはこ 献物箱 1合 縦26.7 横30.0 総高15.0 2005年
楠の根元から採れるベンナンというものがあり、それが琥珀のように見えて綺麗。
この箱はどうもそんな1300年前のものにも見えず、近大のものにも見えるくらい。
綺麗でシンプルで使い良さそうで、しかもわたしの大好きな楠の匂いが…

南倉 藺箱 いばこ 植物を編んだ容れ物 1合 長径31.8 短径17.5 高9.5 2004年
字面・現物を見て「あ、藺草の編んだ箱か」と軽く納得したが、更に棕櫚まで候補に入っているとはなあ。楕円形で蓋もある。丁寧な手仕事の入れもの。こういうのはアジアの美だわな。

中倉 白葛箱 しろかずらのはこ 植物を編んだ容れ物 1合 縦20.7 横18.6 高8.0 1992年
なんとアケビの蔓で拵えたみたい。文様が浮いて出て、絣みたいになっているのも面白い。青と朱の小さな文様。

中倉 粉地金銀絵八角長几 ふんじきんぎんえのはっかくちょうき 献物用の台 1基 縦28.8 横44.7 高10.2 1999年
天板がグリーンティー色なのは修復したからか。ヒノキ製品で脚が6つ。

中倉 檜八角長几 ひのきのはっかくちょうき 献物用の台 1基 縦35.4 横50.6 高9.0 1991年
檜に紫檀に朴の木に…柄はなく、白木が経年変化して茶色くなった。柔らかな茶色。

布もあります。

北倉 縹地唐草花鳥文夾纈絁 はなだじからくさかちょうもんきょうけちのあしぎぬ 板締め染めの裂 1片 縦21.5 2000年
染め方も色々あるがこれは夾纈染で、花鳥を赤と青などで表現しているが、よく色が残っている方だと思う。

南倉 赤紫臈纈絁几褥 あかむらさきろうけちあしぎぬのきじょく 献物用の台の上敷き 1張 長58 幅45 2004年
こちらは臈纈染。魚と波と水鳥がある。古代において鳥は死、魚は生を示したが、既にこの時代はそんな意味合いは持たなくなっているだろうな。
スタンプぺたぺた。

さて舞楽などで使われたものが出てきた。
中倉 布作面 ふさくめん 麻布の面 1枚 縦31.5 横59 1972年(奈良博2002年)
中倉 布作面 ふさくめん 麻布の面 1枚 縦29 横36 1972年
髭の異人の顔で、掛けたときに目の下の切れ目から外を見るようにできているのと、目玉自体が穴のとがある。
面というのはやはり面白い存在だ。

同じ形の大小の楽器。
南倉 竽 う 管楽器 1管 総長91.8 壺径7.2 1985年
南倉 笙 しょう 管楽器 1管 総長57.7 壺径6.8 2004年
竿(う)は笙を大きくしたもの。法会で使われたそうな。斑竹。下の壺には黒漆、飛天と花が描かれている。
笙には鳳凰と花鳥、演奏者の絵がある。2.5cm位の小ささだが裸眼で見える。
吹く人がそこにいる、というのもなんとなく面白い。

大幡の大特集。聖武天皇の一周忌に使われた品々がずらり。
南倉 大幡残欠 だいばんざんけつ 大型の染織幡 1旒 長458 身幅90 1956年(奈良博1998年)
今は4コマだが元は6コマだったそうでも大きさにびっくりした。
大幡脚も4点ほどあるが、190から463までとほんまに大きいのばかり。
まあ再現された平城京のあれとか東大寺とか見てると、このサイズは当然ですわな。

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南倉 銀平脱龍船墨斗 ぎんへいだつりゅうせんのぼくと 象嵌装飾の墨壺 1口 長29.6 高11.7 船の幅9.4 2002年
ベロを出す龍のアタマのついた墨壺。面白いね。

三枚のお皿。
南倉 磁皿 じざら 二彩の大皿 1口 口径37.9 底径28.7 高6.4 1991年
南倉 磁皿 じざら 二彩の大皿 1口 口径31.3 底径26.3 高5.6 1974年(東博1981年)
南倉 磁皿 じざら 二彩の碗 1口 口径19.9 底径12.9 高8.0 1984年
二彩でそれぞれ鉢や皿なのだが、これらも法事などに使われたそうだ。
驚いたのは聖武天皇の母の藤原宮子、彼女の一周忌に使われた皿もあったこと。
宮子と言えばやはりわたしは長岡良子のマンガを想うわ。
色々と感慨深く…

小さい鏡もある。その中で、杉本神社の床下から発掘されたものもあるとか。
南倉花虫背八角鏡 かちゅうはいのはっかくきょう 花・蝶・仙人文様の鏡 1面 径11.4 縁厚0.5 重234.7(緒とも) 1979年

たくさんの様々な鈴が可愛い。
紐で通したのは近代。無くならないようにとの配慮。

中倉 唐草文鈴 からくさもんのすず かざり金具 10口 径1.4~3.2 2001年
中倉 子持鈴 こもちのすず かざり金具 14口 径1.0~1.5 2001年
中倉梔子形鈴 くちなしがたのすず かざり金具 14口 径1.7~1.8 長2.5~2.6 2001年
中倉 瑠璃玉飾梔子形鈴 るりだまかざりくちなしがたのすず ガラス玉付きのかざり金具 6口 径2.9~3.1 2001年
中倉 杏仁形鈴 きょうにんがたのすず かざり金具 1口 長7.3 厚3.6 2001年
中倉 瓜形鈴 うりがたのすず かざり金具 1口 径4.2 長6.2 2001年
中倉 蓮華形鈴 れんげがたのすず かざり金具 3口 長8.9 蕾径3.5 2001年
中倉 瑠璃玉付玉 るりだまつきのたま ガラス玉付きのかざり金具 10口 径1.7~3.2 2001年
中倉 瑠璃玉付玉 るりだまつきのたま ガラス玉付きのかざり金具 8口 径1.5~3.0 2001年
みんなとても可愛らしかった。
ティアドロップ風なのもドラえもんの鈴みたいなのもあり、形が違えば音色も違ってたろうし、振ってみたい欲望に駆られた。可愛い。
それに付属品のついたのもあり、溶接技術の高さに感心したり。

中倉 露玉 つゆだま かざり金具 10口 長2.8~3.0 厚1.1~1.4 2001年
愛いやつよのう…

おカネも出ていた。
南倉93 和同開珎 わどうかいちん 銅銭 15枚 径2.3~2.4 厚0.15~0.2 重2.7~4.7
おおお、和同開珎!!現物みるの初めて!
けっこう綺麗にできている。昔の百円玉くらいかな。

南倉 アンチモン塊 あんちもんかい アンチモンのインゴット 1箇 幅8.4 厚4.5 重1088
ああ、こんなのもあるのか。資料として価値を感じるな。

牙櫛 げのくし 象牙の櫛
革帯 かわおび 革の腰帯 1条 長170.5 幅3.3
柳箱 やなぎばこ 腰帯の箱
これらなんかは今もありそうでいい感じがする。

中倉 撥鏤飛鳥形 ばちるのひちょうがた 染め象牙の鳥形かざり 3枚 長3.1 2004年
まさかの小ささ。画像の1/3くらいの大きさかな。すごく可愛い。
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中倉 続々修正倉院古文書 第四十六帙 第八巻 ぞくぞくしゅうしょうそういんこもんじょ 写経所の上申書ほか 1巻 (11張) 1955年(東博1981年)
これがもう面白すぎた。
お役人の労働環境改善提案の草案の内容について。
・仕事着もぉアカンから新しいのください。
・月に必ず5日休み確定よろしく。
・最近ご飯マズイからマシなの頼みます。
・座業で肘も膝も痛いから薬分に三日に一度はお酒を出してほしい。
・この頃配給されてた麦がないので再開を。
いやーーー、ウケたわーーーー

聖語蔵 善見律 巻第三 ぜんげんりつ 光明皇后御願経 1巻 (16張)
「夜叉鬼神」「七宝師子」の文字が目に飛び込んできた。
きちんと読み切れたら面白いだろうな…

今年もいいものを堪能させていただきました。ありがとう、正倉院展。
また来年までサラバ。

御伽草子―奈良絵本・絵巻を中心に― 天理大でみたもの

天理大学図書館で「御伽草子 奈良絵本・絵巻を中心に」展を見た。
11/6まで。
天理大所蔵の奈良絵本・絵巻は良品揃いだということである。
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チラシは上が「熊野の本地」、下が「鼠の草子」。
50点余の作品が展示されていた。
中でも特に惹かれた作品の感想を少しずつ書く。

たなばた 明暦元(1655)刊  これは(天若)天稚彦も出るのだが…三人の男と幸せになるモテモテの女が主人公の話。

いはやものがたり 奈良絵本 室町末期写  着物のちがいもよく描けていていい。詞書の配置がなかなか面白い。
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おちくぼ 奈良絵本 江戸中期写  家の中で一段低い位置と言うのが絵では分かりにくい。確かこの物語を最初に知ったのは山岸凉子が描いたからのような気がするが、ちょっと思い出せない。

はちかづき 丹緑本 寛永頃刊  二色本で素朴な感じがいい。

あま物語 奈良絵本 江戸初期写  「珠取り」とはまだ違うものの、これも海女さんの深い愛の物語で、横長の画面の構成がよかった。
夜の海をみつめる海女のせつない心持が伝わってくる。
色の置き方がむしろ近代的だと思った。

花鳥風月物語 奈良絵本 室町末期写  ふと思ったのだが、この花鳥と風月の姉妹はこうした場に呼ばれるのをやはり嬉しく思ったのだろうか。晴れ晴れしい心持になったとかどうとか…
そんなことを思わせる絵だった。

いそざき物語 奈良絵本 江戸初期写  慶應のもエグいが、天理のもエグいぞ。髪をひっ掴んで打擲。
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蝦夷蜂起物語 奈良絵巻 寛文頃写  こうした作品もあるのか。和人の圧政に立ち向かうアイヌの人々だが…

天神絵巻 奈良絵巻 室町中期写  天神信仰はこの時代には既に普遍的なものだったのだ。雷神として猛威を振るう姿がなかなか迫力がある。

熊野の本地 奈良絵本 室町末期写  すべてを知った王が息子と上人と復活した女御と共に天竺を離れ、日本へ向かう。
サルたちの護衛が着くのだが、これがなんでかはわからない。
もしかして日吉山王に?
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ぼろぼろのそうし 江戸初期刊  「ぼろんじ」のことについての話。虚無僧、と解釈していいのかな。ファッションだけで「ぼろ」「ぼろぼろ」「ぼろんじ」してからに、という批判がリアルタイムにあったようだ。
石川淳「至福千年」に虚無僧に変装する侍がいるが、彼も「ぼろんじさん」と呼ばれていたことを思い出した。

さるげんじ 江戸初期刊  この絵本を見て亡くなった勘三郎と玉三郎の芝居を思い出した。ちょっと泣いてしまった。歌舞伎では三島由紀夫が脚本を書いたものを使う。

大こくまい 奈良絵本 江戸初期写  吉祥ものだとみていいか。
大黒さんらのダンス。
関係ないが、殿山泰司が映画「竹山ひとり旅」で大黒舞の芸人だという設定なのを思い出した。それから大黒舞「信徳丸」は復活した信徳丸が後妻に呪いの釘を返すシーンがあったな。
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鼠の草子 奈良絵巻 室町末期写  サントリー美術館、丹波篠山に伝わるものとストーリー展開自体は同じ。ここでもネズミたちが可愛らしく描かれている。しかし話自体はまぁ当然ながら気の毒なことに。
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虫妹背物語 奈良絵巻 享保2(1717)写  蝉とか他の昆虫たちが着物を着ているのだが、わかりにくい。蝶だけは翅が描かれるのでまだしも。

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やはり奈良絵本・絵巻はとても面白い。
またこうした展覧会が見たいと思う。

講演会と琵琶演奏への小さい感想

天理大学図書館の奈良絵本の展覧会の感想を挙げる前に、慶応大教授の石川透氏の講演の概要を挙げたいと思う。
ただ、聴いていたわたしの勘違い・聞き間違い・受け取り間違いがある可能性があるので、あまり本気で読まれない方がいいかもしれない。

スライド上映と共に話が始まる。天理大図書館の所蔵する奈良絵本のレベルの高さに始まり、その種類についての解説。
御伽草子、仮名草子、浮世草子の違い。
奈良絵本・絵巻とは手描きの豪勢な絵本・絵巻のことだが「奈良」絵本・絵巻と言う名称自体は実は近代のものだという。
奈良土産の扇子に描かれた素朴な絵、奈良時代の絵因果経をモチーフにしたもので、それがどうも「奈良」絵本・絵巻と呼ばれるようになったのではないか。
辞典などでは「興福寺の絵仏師が描いた」云々とあるが、その証拠が今のところ見つからない。

次いで作者の話になる。
本分の筆跡鑑定から浅井了以が仮名草子の作家だと確定した。
浅井は版下を直筆版下で作れるような人でもあった。
日本の彫師の異常な技巧がそれらを可能としたのは確かだ。
いくつかの本からの鑑定。(「難波物語」、浪速の遊女評判記など)
筆耕としても優れた人で、太平記、平家物語、源平盛衰記などなどがある。
ロシアにある「長恨歌」も浅井によるものだと思われる。

文と絵とを同時に担当したのが居初つな。世界初の絵本作家。
美人と誰が袖図も描いている。元禄8年の版本につな女のことが記されているのもある。
滝沢馬琴が日本初の「原稿料で食えるようになった作者」。
他の国でも大体「絵本作家」は近代以降で、その意味では居初つなは最古の絵本作家だと言える。

というようなお話だった。

その後、肥後琵琶の奏者・玉川教海師の「小栗判官」を聴いた。
以下、少しばかりの感想など。
説経節「をぐり」とほぼ同じである。
「この物語の始まりを申し上げ候」から始まる小栗判官の一代記である。
節回しを聴いていると、のぞきからくりなどのそれらと似たところがあると思った。
それは日本の古い「語り」の系譜にあるからかと思われる。

小栗が迎える嫁たちを次々と離縁し続ける顛末に父母が頭を悩ませ給う、までで一旦終わり、そこでその後の説明が入る。
そして毒殺後の地獄の話につながる。
閻魔大王の前の小栗と家来たちである。
「さて横山殿の策略で地獄へ落ちた小栗殿と家来衆…」
個人的に「をぐり」の中で最も好きな一文
「にんは杖といふ杖で、虚空を、はつたと、お打ちあれば、あらありがたの御ことや、築いて、三年になる、小栗塚が、四方へ、割れてのき、卒塔婆は前へ、かつぱと転び、群烏(むらがらす)、笑ひける。」
ここも大変良かった。
ここを聴きたくて仕方なかったのでとても嬉しかった。

ただ、どういうわけかわたしは随分昔からここを「にんは杖なるその杖で、虚空をはったと打てば、」と覚えていて、今でも自分で暗唱するときはどうしてもこう言う。
説経節「をぐり」と平家物語のいくつかの段は暗唱して、ひそかに自己満足にふけっているのでした。

蘇生した小栗が「かせにやよひと書かれたは、六根かたは、など読むべきか。」は飛ばされたが、「上人、墓所へ急げる」と入るのはいい。
そう、この説経節原文にはない一文が入ることで語りにスピードが入る。
ステキだ。

今回の語りで餓鬼阿弥であった時分の小栗は照手姫に気付いていない、ということを改めて知った。復活して後に木札の一文を読んでそうと悟ったということをここで加えられている。
照手が土車を曳く交渉を三日のままとしたのはどうしてかわからないが、聴いていて、自然とスーパー歌舞伎「オグリ」での金田龍之介の演技が思い出された。よろづ屋の憎めない主が「五日あげよう、一日はお前のために」とにっこりする顔を初演で見てから20年以上たつが、今も忘れない。

車を引くときの「えいさらえい」の掛け声は歌うようで、声が空へ上がってゆくようだった。このあたり、とても綺麗な語りだと思う。
地を這うのではなく、空へ昇る声。
そしてその「えいさらえい」を繰り返すことでリズムが生まれ、聴衆の身体にもそのリズムが浸透する。
「月の街道、星の屋根」「えいさらえい、えいさらえい、えいさらえい…」「夕日に映える天王寺」…地名をいくつも入れて物語が進む。
この詞はどこからのものかは知らないが、情景が目に見えるようでとてもよかった。

復活した小栗がよろづ屋へ向かい、照手との嬉しい再会はあるが、主を取り立てるとかの話はなし。横山攻めをやめるのはありで、復讐はなし。鬼鹿毛もなし。
これはこれでいい要約だと思った。30分ばかりの実演なので、よいまとめ方だと思う。いいお声での語りに魅力的な琵琶の音色、聴いていてとても心地よかった。

いい機会に恵まれて嬉しかった。

御伽草子の世界―奈良絵本・絵巻を中心に― 慶応大でみたもの

御伽草子の世界―奈良絵本・絵巻を中心に― 
同じタイトルを持つ二つの展覧会が同時期に天理大学図書館と慶応大学図書館とで開催されている。
どちらも奈良絵本・絵巻などの美本が展示され、監修は同じく慶応大教授の石川透氏なのだった。
わたしは幸いどちらも見学でき、更に天理大学では石川氏の講演を聴き、続いて肥後琵琶による「小栗判官」を楽しめた。
それらの感想を挙げたいと思う。

先に見たのは慶応大である。こちらは11/5まで開催。

ともなが 江戸前期写 絵巻 2軸  初見であり、またわたしはこの物語そのものを知らない。
身分のある人々が集まって座敷で何やら調べもののようである。
鬼神退治とお家騒動を含んだ武家もの、と解説がある。
孤本のようである。箱根山に住まう四面修羅を退治、などとあるが、諏訪から飛騨には両面宿儺というのもいたなと思い起こす。こちらは更に四面なのだ。
結城兄弟の助力により和田判官ともながらは鬼神退治に成功する。
その退治は夜討曽我風。
後にその結城兄弟の兄が謀反を起こすとあるが、わたしなどは勝手に「結城兄弟」=安王・春王を思い出すが、これはまた別。

是害坊絵巻 江戸前期写 絵巻 1軸  泉屋と曼殊院などにも同題の絵巻が伝わるが、こちらは丁度是害坊がアイタタタで運ばれて行く所が出ていた。
天狗一行の中にはファンキーな奴もいて、ビバ!アミーゴな感じでもある。
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これは以前に神奈川歴博「天狗推参!」展で見ている。

熊野の本地 江戸前期写 絵巻 1軸  五衰殿の女御が他の后たちの悪計により山で殺されるところ。
武士たちの前で出産したばかりの女御が泣いている。その胸には王子。武士たちもつらい。

弁慶物語 室町末江戸初期写 絵巻  なかなかアクの強い絵で、初期の鳥居派にも似た感じがする。勢いのある絵。
これを見ていると、五条橋で初めて出会ったというより、行く先々で顔を見かけた者同士がとうとう五条橋で意気投合した、ような雰囲気がある。
それにしてもこの絵の鴨川、白波が立ってて、落ちたらやばそう。かなり湾曲してますしな。
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小敦盛 室町末期写 絵巻 1軸  出ていたのは熊谷が敦盛を呼ばわるところ。
御伽草子や謡曲でしか敦盛の子どもを知らないのだが、わたしとしては平家の公達の美少年・敦盛さまが亡霊となって我が子と再会、というのはなんとなく関心がないのでした。

宝くらべ 江戸前期写 奈良絵本 一冊  お大尽と子宝さんと。どちらも最後は幸せだという話になる。しかしこれは理想論。こんな絵本になるくらいだから、やっぱり現実は…
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常盤の姥 室町末期写 奈良絵本 一冊  後家さんになった常盤の姥がなんかもう色々と自分の食べたいものを願ったり、光君や業平の話をしたり、とわりと楽しく余生を過ごしているな。実際のところ、ある程度経済が安定しているからこその姥の願望ですなー。

文殊姫 江戸前期写 奈良絵本 2帖  孤本だそうだ。継子いじめに遁世の話。
ただ、舞台がよく知るあたりなので、個人的に惹かれる。
伊丹の昆陽、そこの住人が昆陽野明神に申し子すると、わざわざ切戸の文殊を勧められる。
それで得た子に文殊姫の名をつけた。絵はかなり綺麗。花鳥もいい。

かざしの姫 江戸前期写 奈良絵本 一冊  かざしの姫は夢に現れた菊の精の男と懇ろになり懐妊し、入内の予定がなくなる。菊の精の男を慕って姫は女児を出産後に病死、女児は後に帝の女御となる。
赤子が世話をされているシーンが出ていた。女たちの衣装が綺麗。

玉井の物語 江戸前期写 絵巻 1軸  海幸・山幸の話。絵は龍宮から地上へ帰還するところ。
浦島とは違い、みんな永遠の別れなどとは思っていないし、思わせないところがいい。
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阿弥陀の本地 江戸前期写 奈良絵本 3冊  天竺西上国の太子と東上国の姫の恋を許さず、姫の父は二人を洞に捨てる。
そこで子が生まれると、太子は妻子のために自国へ戻る。後を追った姫は病死し、父子の再会が叶った後、太子は後に阿弥陀となった。絵は剃髪してもらっているところ。
大変な苦しみを受けた後でないと、人は神にはならないし、なれない。

磯崎 江戸前期写 奈良絵本 2冊  うわなり妬みのうわなり討ち。夫(磯崎)が若い女を連れて帰って囲ったことに怒った本妻は鬼に化けてその女を打ち据え、死なせる。そしてそのまま鬼と化す。磯崎との間の子が母を説法し、ようやく人に戻るが、行いを恥じて本妻は出家。事態を招いた磯崎も出家。
赤いしゃぐまをつけた女の暴力がなかなか激しい。
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安珍清姫絵巻 江戸後期写 絵巻 1軸  鐘巻のところ。
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七草ひめ(若菜の草紙) 江戸前期写 奈良絵本 1冊   
五節の舞を披露する姫君を見初める武士。紆余曲折の末に恋愛成就。
舞う姫の絵がいい。
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観音本地 江戸前期写 奈良絵本 2冊  多くの兄弟の中で一人だけ恵まれ・そねまれ、という話で、十一面観音を妻にしたりとこの観音さんの前世はやたらと神仏から守られているな。

数は少ないとはいえ、とても面白かった。


大都市に迫る「空想脅威」展

観る前から気合の入る展覧会に行った。
森ビルの東京シティビューラウンジで特撮の展覧会がある。
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このチラシのタイポと言い色合いと言い、もぉ本当にドキドキするような昭和の特撮ではないですか!
気合入るわー!
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撮影可能だと事前に聴いていたので、ますますドキドキする!

中に入るといきなりこれだ!
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ガメラ飛んできた!
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強いぞガメラ、強いぞガメラ、強いぞガメラ!

あー気合入るわ―




怪獣たちのいるところ、そう東京ですな。
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壊される都市。しかしいい眺めだ。

読むときは拡大化。
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今度はマンガで都市破壊を徹底的にやった永井豪の登場!



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バイオレンスジャックは関東の死と再生を描いたが、デビルマンも魔王ダンテも地球規模でアウトでしたな。

いいポスターもあるわあるわ。



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特撮の年譜。



怪獣の名鑑
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再び都市。
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あっガメラが…

ああ、キモチよくドキドキしましたわー
いい展覧会でした。
最後にこちら。
東京シティビューからの都市の眺め。




こんな展示が本当に大好きだ。

大仙厓展

出光美術館で大仙厓展をみた。
以前の開催の時も「かわいいなあ」が先に立ち、仙厓和尚の言わんとすることを、どうやら本当には読み取れなかった。
今回も正直なところ「かわいい」ばかりで、その奥にあるものを拾えず、相変わらず門の外で騒ぐだけとなった。
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禅は難しい。
そのイメージを覆らせるのはなかなかに難しい。
博多の禅寺にいた仙厓さんが衆生教化のためにわかりやすい・親しみやすい・愛らしい絵を描き、そこにメッセージを盛り込んだ。
当時の人々がそれに感化され、禅に傾倒したかどうかは知らない。
しかし仙厓の描く絵の魅力にハマり、彼の絵を皆が欲しがったのは確かだ。

今回の特別展は出光コレクションの名品に博多からの応援も加わった。
福岡市美術館と九州大学文学部のコレクションである。
福岡市美は2019年まで工事のために休館中、多くのコレクションがその間に世間を旅するようだ。

展示は漫然と並ぶのではなく、しっかりした考えの下で組み合わされ、観客はいいリードをされる。
それに逆らう必要はなく、わたしたち観客は流れに従って作品の前に佇む。
かなりの混雑の中、それでもいい具合に見て回れたのは、出光美術館の動線が巧いからだと思う。
そして例によってわたしは自分の好きになったものについてばかり書く。

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第一章 仙厓略伝―作品でつづる生涯
仙厓は長命であったが、主な活躍期は化政期から天保年間で、人生の半ばから描き始めたそうだ。
同時代の絵師と言えば北斎を始めとした浮世絵師のきらきら星たちか。

雪中虚白院画賛 ああ久しぶり。雪中に埋もれる様子が特に好き。

行基菩薩画賛 田の畝に立ち、にこにこと。思えば行基菩薩を絵にしたのを見るのは案外少ない。この絵と長岡良子の作品に出るくらいではないかな。

書簡がある。
煎茶、素麺などをもらったお礼である。八女茶に島原素麺だろうか、とイヤシのわたしなどは想像する。

不動明王図 ロックだぜ!!なんだかもうギタリストに見える。持ってるギターはカート・コバーンのそれにも見えるが、持ち方がビルマの竪琴なのもいい。
…とはいうものの、実際は衣裳の襞がそう錯覚させるだけ。
ただし顔や様子はロックンローラーしてる。



第二章 仙厓の画賛―道釈人物画で画風の変遷をたどる
寛政12年から天保8年の37年間の作品が集まる。

黄初平鞭羊為石画賛 羊飼いの初平少年が姿を消して仙人になり、石を叩けば羊に・羊を叩けば石になる、という技を会得した。で、40年ぶりに兄と再会するのだが、そのとき羊から石へ・石から羊へと技を見せる、その羊たちがにゃんこのようでこれまたほのぼのと可愛い。

仙厓描く寒山拾得は仲良しこよしで、拾得の背中に乗って字を書く寒山とか、ひっついて笑ってる二人とか、いい感じの絵が多い。

しかし布袋さんはアブナイ人だし、出山したばかりの釈迦は渥美清そっくりだし、とやっぱりちょっと引く感じの聖人が多い。

第三章 仙厓禅画の代表作、「指月布袋」「円相」「〇△□」―禅の心、ここに集う

狗子仏性画賛 わんこわんこ、わんこ。
しかし次はつらい。

南泉斬猫画賛 可哀想で仕方ない。そして仙厓の賛ではここで既に殺生戎犯してるやないか、とある。この猫が可哀想で、「だから」わたしは禅僧が嫌なのだよ。
何年前か、この猫をガイド猫として永青文庫が展覧会した時、なんだか救われた気がしたな。
猫を殺すような奴はそれだけで許せない。

群蛙図 川辺にズラーーーーーっなんかすごいぞ。これ、描いてもらった人、楽しかったろうなあ。
わたしもほしい。

そして出光佐三少年の生涯に大きな感動を与えた作品「〇△□」が出てきた。
鈴木大拙による「universe」という英訳のタイトル。
宇宙、世界、全人類、万物という意味だとある。

…ユニバース、と聴けば「ミス・ユニバース」よりなにより先に「ミナミのキャバレーですな」と思ってしまうわたしです…

三酸図があるが、三人の表情の違いが面白い。孔子のスッパマンみたいな顔、釈迦の「…」の顔、老子の@@「んんんんん」な顔、いいなあ。
別な三聖図はみんなでおなべ。

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第四章 「厓画無法」の世界―この世の森羅万象を描く
本当にいろいろ。

鬼アザミ図 墨絵 ギザギザな感じがいい。

犬図 出ました、「きやふん、きやふん」。
狗子画賛 「きやんきやん」。縛り紐の杭は抜けていても逃げない。

虎画賛 「猫ニ似タモノ」うむ。可愛いわ。その虎の口元に「仙厓」のハンコ入りなのが来たが、虎の鼻先に小判型のハンコ。巧いなあ。
他にも何かよくわからない虎もある。
なお「猫の恋」はほんと、可愛い。

怪しい神農、虎が変すぎる文殊図、あくびの布袋、ゆるすぎる象さんの象図などなどニマニマしながら見て歩く。

章魚図 そう、タコ。東博の「古代ギリシャ展」でタコ柄のお皿をたくさん見たなあ。仙厓唯一の彩色画らしい。けっこうリアルなナマナマしいタコ。

トド画賛 「本名 トド」とあるのが楽しい。

猫に紙袋図 男児がわーいわーい、虎猫などもいい。

鍾馗画賛 …悪そうな。目が怖いわ。鬼が可愛いな。

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第五章 筑前名所めぐり―友と訪ねた至福の旅をたどる
楽しいツアーだったろうなあ。

博多松囃画賛 楽しそうな三人。

言触画賛 けっこう不思議な感じがするな。

花見画賛 楽しそう、中にどう見てもオバQの弟・O次郎、バケラッタのあれにそっくりなのがいて可愛い。

第六章 愛しき人々に向けたメッセージ―仙厓の残した人生訓を味わう
物思いにふけりながら見ている人々が多かった。
禅の教えをカタチにすると、みんな楽しめるようになるのかもしれない。

わたしは可愛い可愛いばかりだが、本当に観客の皆さん、熱心に見ておられた。
それは絵を通じて仙厓の伝えようとする言葉を懸命に読み取ろうとする態度だった。

尾上心七(新七)七変化画賛 「東西東西」と口上をしているところ。

頭骨画賛 デフォルメも激しい髑髏が野ざらしで草も生えている。
そうやなあ、と妙な納得がいった。

老人六歌仙画賛 これは可愛いおじいちゃんたち。以前、ポストイットになってたなあ。

花の絵もいくつかあるが、いずれも何かしらメッセージがある。
愛でるだけではだめなんだろうなあ。
とはいえわたしは愛でる・愉しむ、そこまでで終わるのだろうが。

遺品の中では筥崎宮の鳥居型の硯がいい。いかにも博多らしい感じがする。
来月にはわたしも久しぶりに博多に行くからちょっとばかり現地で仙厓さんのことを想おう。

11/13まで。
なお永青文庫でも仙厓の展覧会が開催中。
にゃんこにキャッとなってます♪
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モードとインテリアの20世紀展 ポワレからシャネル、サンローランまで

汐留ミュージアムの「モードとインテリアの20世紀展 ポワレからシャネル、サンローランまで」はとても素敵な展覧会だった。
展示品は全て島根県立石見美術館のコレクション。
あの美術館は元の目黒雅叙園の美人画も集めていて、優雅なコレクションを形成していると聞くので、いつか行きたいと思っているところ。
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第一章 1900―1919
ベルサイユ講和条約の年まで、か。

1900年はまだ19世紀、本当に世紀末なのだが、その世紀末の美意識は第一次世界大戦直前まで続いていたと思う。
アールヌーヴォーの時代。だからこそ衣裳も家具も何もかも優美だった。
しかしその後、アールデコの時代に入り、モダンムーヴメントへの意識が開かれた。
そこからが近代の美の始まりになった。

前世紀の美しく、ノスタルジックな写真がいくつか。
それらはファッション写真専門スタジオの設え、偽の宮殿・嘘の庭園・非実在の室内を背景にした、美しい写真だった。
宮殿内の獅子像にもたれる不思議な装飾をまとう女、行く先のない階段で見返る女、バルコニーで微笑む先には実は自身の姿しかない女。
それらが当時最先端の銀塩写真で世に残り、百年後の今もわたしたちを魅了する。

ポール・ポワレの様々なドレスと、それを記録する・もしくはファッションプレートのモチーフとして描いた絵の数々。
それらが良いリズムで並ぶ。

アイボリーの絹オーガンジーのワンピースには同じ素材で作られたバラの花のアップリケが並んで咲き、「イスファハン」と名付けられたカフタン・コートは緑の絹サテンに金糸の刺繍が入る。

マリアノ・フォルチュニィのベルベットのコート、赤い絹サテンのプリーツドレス、そこにはガラスビーズの装飾がつく。

エレガントな衣裳。この優雅さにただただときめく。
ブローチもペンダントもネックレスも、何もかもが近代的な美をみせている。

ファッションプレートを見る愉しみもここにある。
バルビエ、フェルナン・シメオン、ロジェ・ブローダーズらのポショワールの技法で作られた美しくもどこか妖しい版画の数々。
色彩もとても美麗で、現実にここまで美しく造られた服飾があったのだろうか、とすら思う。

リバティ商会のバッグがある。東洋風の刺繍の入った小さなバッグ。
それからマリア・リカルツのビーズバッグ。
実用性のない美しいバッグ。

ファッション誌「レ・モード」「ガゼット・デュ・ボン・トン」「フェミナ」。
いずれも魅惑的なイラストや写真が載る。百年後の遠い国で熱い視線を受けるファッション誌。

水着も今ではレトロと呼ばれる形をしているが、これはこれで着てみたいような形をしていた。

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第二章 1920―1930
ときめきの時代。

スタイケンの写真。素敵な女の顔。そうだ、もう1920年代なのだ。
シャネルの黒シフォンのドレス、ポワレのデイ・ドレス。

ここでもファッションプレートに魅了される。
そしてツイートしたように一部撮影可能なコーナーもある。




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ファッションプレートにはその場限りの物語がある。
手紙を焼く女、煙草の煙を目で追う女、金魚鉢を見る女、様々なシチュエーションにときめく。

第三章 1940-1959
第二次大戦半ばから戦後へ

本格的に女性が活動する時代がやってきた。まずはファッションから。
セシル・ビートンが「ヴォーグ」誌に挙げた写真もまたかっこいいものだった。

ディオールのスーツ、クリストバル・バレンシアガのドレス、エルメスの水着。
1920年代から遠く離れたことを感じる。

建築を学んだチャールズ・ジェームズのスパイラルドレスもいい。

第四章 1690s
それから。

ウィリアム・クラインのセンスの良さが光る写真。
クレージュの可愛いブーツ、着物を基礎にして大胆なパジャマ・ドレスを作った森英恵…

ステキな展覧会だった。
わたしはやはり1920―30年代にいちばん憧れているので、その時代のものが何もかもよく見えた。
時代時代ごとのモードの違いにシビレた。

11/23まで。
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