美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

「しらぬい譚」を見た (完全版)

国立劇場で「しらぬい譚」を見た。
菊五郎の一座での芝居である。
長らくこの芝居を見たいものだと思っていたので、楽しみに待っていた。
その観劇の感想を挙げる。

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「しらぬい譚」、譚はモノガタリと読む。
元々は幕末に柳下亭種員から始まって、明治の世まで2世柳亭種彦、柳水亭種清が書き継いだ伝奇小説である。
「白縫譚」というのが出版されたときのタイトルで、平成の芝居ではこうなった。
国貞の美麗にして妖艶な絵がつく。

わたしが最初に「白縫譚」を知ったのは国貞描くところの大友若菜姫と鳥山秋作が対峙する錦絵を見たからだった。
そこから色々調べると、これが途轍もなくわたし好みの話だとわかった。
なにしろお姫様が妖術使いで復讐を仕掛け、男装してお大尽になり吉原で豪遊するとか、敵方の勇猛な美青年が姫を倒すために女装してどうのこうの…というのをだけでもドキドキした。
お姫様は悪の魅力にあふれている。敵の美青年は主家を守るために献身してぼろぼろになる。それだけでも楽しいではないか。

とはいえ、話は長すぎて削らねばならぬエピソードも多く、筋もややこしく、統合されるしかなく、これは完全に平成の新作歌舞伎となった。
そのことは既に情報として入っていたので、わたしも「新作を見る」くらいの気持ちで見に行った。

発 端  若 菜 姫 術 譲 り の 場
海底である。黒衣(くろご)たちが金銀に色分けされた吹き流しのようなものをもって舞台を駆け抜けると、金銀の残像が煌めいて、泳ぐ魚群に見えた。
よく考えてある。とてもいい動きだ。
その魚群の通る道には巨大な釣鐘が落ちている。
古来よりどうしてか釣鐘は水中に沈むようになっている。
三井寺の鐘は弁慶に琵琶湖へ蹴落とされ、ハウプトマンの「沈鐘」は湖水で音色を響かせる。「妖怪人間ベム」にもそんな話があるし、戦国時代の哀しい伝説にも姉の鐘と妹の鐘の話がある。洋の東西を問わず鐘は水底にある。

その釣鐘を引き上げるために海女が来る。海女というても袖の長いものを着た娘である。なかなか釣鐘に紐を通せないと思ううちに、あっという間にどこやらの山中にいた。
背景には巨大なクモの巣が張り巡らされていて、怪しい老人が座している。
海女のすずしろ、と名乗る娘はその「土蜘蛛の精」から己の出自を聴かされる。
彼女の本名は大友若菜姫、大友宗麟の遺児だという。
菊池家に滅ぼされた大伴家唯一の生き残りであり、彼女は何も知らされぬまま賎女としてその日その日を送っているのだ。
鐘の引き上げは菊池家が望み、貧しい娘は褒美目当てに海底に来たのだ。
だがそこで己の本当の正体を知り、更に土蜘蛛の精から妖術を授けられたことで、ふつふつと菊池家への憤り、復讐心が湧き出してゆく。
土蜘蛛の精は命を落とし、すずしろは若菜姫となる。

菊之助演じるすずしろ後の若菜姫は出自を知った時からの心替りのよさがよかった。
姫だと自覚し、自認することで人間が変わったのだ。

序 幕 (筑前) 博 多 柳 町 独 鈷 屋 の 場
華やかな妓楼である。踊りを見、ご機嫌な客は菊池貞行。菊池家の主人である。
傍らには大友家の出でありながら兄を裏切り菊池について、今では家老として権勢をふるい、栄耀をきわめる大友刑部がいる。

亀三郎と亀蔵のコンビが遊蕩に耽る主従を機嫌良さそうに演じている。
博多での遊興はさぞ芸達者も多かろうと思わせるような、よい場となっている。

遊蕩の太守は花魁の綾篠に通い詰めている。
身請けすればよろしかろうと勧める刑部につられるように、亭主にその身請け代を尋ねる。
三千両という高額なのに金銭感覚が狂っているのか貨幣価値を知らぬのか、殿様は機嫌よく笑うばかりである。しかし鷹揚な笑いではなく、遊蕩に焼けた者の笑い声である。
そこへ立兵庫の綾篠がくる。
長唄の歌詞もいい。
「歩く姿は柳の」と歌われるだけに尾上右近のしなやかな姿がみえる。

カネは使いだすととめどなく使いだすもので、このままだと菊池家は財政破綻も遠くはなさそうである。
そこへ忠義一途の鳥山秋作が現れる。堅い彼は遊蕩にふける殿をいさめるが当然煙たがられる。
面白くない空気の中、浪人とはいえ見るも麗しい七草四郎なる美貌の若衆が、亭主の紹介で座敷に現れる。
剣術修業中の、と紹介されるが四郎のその才よりなにより、菊池貞行はその美貌に打たれる。
寵愛する綾篠ですら忘れてしまうほどである。
美しいものが好きな殿様は女色だけで留まらぬようなところをちらりとみせた。
「離れがたく」などと言う。初対面の美少年に対しての執心がある。
四郎もまた「英君にお仕えしたい」旨を伝える。
だがさすがにまだ理性は残っているようで、簡単に人を雇えぬことを殿である菊池貞行は口にする。
そこで思いついたのが秋作の腕である。
秋作は七草四郎と勝負を命ぜられる。

秋作の打ちこみの激しさに後れを取る四郎はふっと印を結び術を掛けそうになり、はっとして我から竹刀を取り落とし、潔く負けを認める。
「うい奴よのぉ」と蕩けそうな声で菊池貞行が鶴の一声で、四郎の召し抱えが決まり、不興を買った秋作は蟄居を申し付けられる。
主従の固めの杯を交わすところで幕。

菊之助の四郎は甘い声と凛とした風情を見せて美しい。
秋作は松緑。動きもきびきびしていい。無駄がなかったが、狭苦しいものではない。

二幕目 第一場 (筑前) 博 多 菊 地 館 の 場
もうすっかり七草四郎は菊池貞行の寵臣として菊池家に深く入り込んでいる。
先の綾篠太夫がどうなったかはわからぬが、四郎はこのように殿の側にあり、そのことを重役たちが噂する。重役たちの髷の先は天を向いている。

さてその菊池家では足利将軍家よりお家重代の宝・花形の鏡により、狛姫にとりつく化け猫を退治せよとの命が下されている。花型の鏡は破魔鏡であり、鳥山家が預かっている。
後継ぎの秋作は蟄居の身であり、鏡を持ってその父・鳥山豊後之助が登場する。

菊五郎の立派な武士姿に老いは全く感じられない。93年の「お艶殺し」での旗本の頃と変わらない、すっきりした良さがある。

苦々しい思いで四郎をみる豊後之助に殿は「四郎は余の分身なるぞ」と仰せである。
一応は殿に従うものの、その鏡の由来も知らぬものに預けるわけにはゆかぬと拒む。
四郎は玲瓏たる声で鏡の由来について語る。
神代の昔、此花咲耶媛が富士に行かれたときのこと、花形であるのは形を桜に象ったこと、神と崇める言われは南朝を開かれた折に山中の魑魅魍魎が畏れたことなどなど…
「当家は南朝の臣菊池武光」の子孫であり、先祖が勲功により鏡を賜ったことを四郎は語る。(実際に菊池武光は南朝の忠臣である)

四郎の装いが美しい。
浅黄色の綺麗な着物に元結も同色である。色若衆のような匂い立つ美しさがある。

鏡を預かることになった四郎だが、その鏡を確認することはしない。
破魔鏡である花形の鏡は四郎実は若菜姫の妖術を打ち破る力を持つがため、四郎はそれを見ようともしないのだ。
四郎はしかし一人で鏡を持って行こうとはしない。刑部を正使として都へ向かうことを口にする。
菊池貞行はその態度を褒める。
二人は退出する。

彼らを見送ってから豊後之助がいよいよ諫言を殿に伝える。
その豊後之助を捕えようと組みついた二人の重臣を払いのけ、豊後之助が呼ばわると、これまた美しい若衆姿の鳥山家の家臣・龍川小文治が兜を持って現れる。
その兜を見て菊池貞行が一気に改心する。父の遺品であり、その兜を持っての諫言は聞かねばならない。
豊後之助は刑部、四郎共々の追放を口にし、目が覚めた貞行も同意する。
そして重臣二人は「切腹切腹」と責め立てられ、飛んで逃げる。
君臣相和する。秋作の蟄居も解かれた。

黒田騒動の栗山大膳がモデルの豊後之助というのは美味しい役だなあ。

第二場 同   奥 庭 の 場
菊が咲く時期で池も優雅である。その池には石橋もかかる。
二人の会話から先君は病死したことが知れる。
そこへ先ほど切腹を申し付けられた重臣二人が飛んできて、身に迫る危機を告げる。
出奔しようとする二人。
しゃっしゃっとその二人を斬り殺す。

切腹厭さに出奔しようとする二人の姿を見ると、「ナニワ金融道」で詰め腹を切らされることになり、ヤケクソに遊興する信金幹部の二人組を思い出した。
従容と詰め腹を受け入れることを拒否し、あくまでも生き延びようとする姿もまた真実。
滅私奉公にはない面白味がある。

さて状況がまずいところに来てはいるものの刑部は動じず、己の野望を口にする。
お家乗っ取りである。家重代のお宝の鏡も手に入れたしで、菊池家を滅ぼそうというわけだが、そのときの刑部の四郎の口説きがいい。
「面白おかしく二人で暮らそうではないか」
刑部もまた四郎の匂い立つ若衆ぶりにときめいていたのだ。
しかしその楽しい夢は破れる。
いきなり切りかかる四郎。若菜姫であることを名乗り、父の恨みだけでなく、菊池家への裏切り、そのあさましい心根を罵り責め立てる。
「成敗せん」となり、橋の上での立ち回りが。

四郎が正体を現したとき、赤姫の片袖を見せるが、声は依然として若衆のままというのも心地よかった。

花形の鏡を壊す。これでもう業は破れまいと笑うところへ秋作が小文治と共に走りくる。
正体を隠すことなく不敵に笑う若菜姫に、その鏡は偽物だと静かに告げる秋作。
若菜姫は激怒しついに授けられた妖術を使う。土蜘蛛の精から授けられたのは蜘蛛の糸を使う妖術。
照明が華やかに妖しく糸と姫とを照らす。白糸から赤糸へ、赤糸から白糸へ。

その糸から逃れつつ姫に肉薄せんとするも果たせぬうち、小文治をかばって秋作に糸が激しく絡みつく。
姫はそれに満足し、一旦ここで退却。
残された秋作の全身にからみつく蜘蛛の糸はじわじわと彼の五体を襲ってゆく。
「若旦那」と小文治がすがりつく中、「恐ろしき執念じゃなあ」と改めて口にする。
姫は心地よさげに空へ去ってゆく。

宙乗りする菊之助の綺麗な姿を見上げていると、客席を斜めにゆくものなので、それに驚いた。
筋交いというものだという。なるほど、確かに。しかしこんな宙乗りは初めて見た。
面白いものだ。
また片袖は赤姫でも素網がのぞき四天風に見える着こなしもいい。アンバランスの美。
むしろ倒錯の美と言うべきか。

尺八の演奏にも非常に感銘を受けた。
まだ若い尺八演奏者が花道で勇壮に奏で続ける。力強い節回しがたいへんよかった。
宙乗りする際のBGMに尺八。非日常的な場として強い印象が残った。
それも現代音楽的なメロディラインで、それがまたいい。
宙乗りしつつ姫が「うららかな眺めじゃなあ」というのも楽しい。

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ここで昼休みとなり、わたしの感想も一旦終わり、続く。



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日本の伝統芸能展

三井記念美術館で日本の伝統芸能展が開催されている。
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日本の伝統芸能と言えばわたしの場合、まず歌舞伎に文楽に、能狂言に、雅楽に舞楽に、それから太神楽に獅子舞、廃れる一方のたとえば大黒舞…などと浮かんでくる。
実際今回の展覧会で取り上げられている伝統芸能は雅楽に舞楽に能楽に歌舞伎、文楽、演芸と一括りの雑芸、琉球芸能、民俗芸能などである。
日本でこれらを一カ所で把握しようとすれば、早稲田大学演劇博物館がある。
国立劇場・国立演芸場・国立文楽劇場それから歌舞伎座も資料を取り揃えている。
池田文庫、大谷図書館は全般ではないが、突出した資料を持っている。
とはいえ鳥瞰的に見ようとすればやはり早大がいちばんか。

さてその伝統芸能。
ライブで見るのがベストだが、その資料を見ることも楽しい。
知らないことを知ることにもなるし、観たかったものに逢えたりもする。
三井でのこの展覧会はその意味とてもありがたい。

日本の伝統芸能に関する展覧会と言えば、95年の春に江戸博で「江戸歌舞伎歴史と魅力」展が開催された。
場所にふさわしい展覧会で、とても楽しい内容だった。
あと、国立劇場、文楽劇場、能楽堂もいい展覧会をよく開催している。

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前後期どちらも見たので併せての感想を。

1.  仮 面 と 楽 器
舞楽面 抜頭 1面 江戸時代・寛永13年 (1636) 日光山輪王寺 前期
真っ赤な顔で眉が吊り上った面。頭頂部は薄いがロン毛である。

舞楽面 還城楽 1面 江戸時代・寛永13年(1636) 日光山輪王寺 後期
これはまた蛇喰いが好きというキャラで、その喜びを示しているそうな。吊り顎、真っ赤な顔、四つの金歯がある。

舞楽面 陵王 1面 江戸時代・17世紀 熱田神宮  金色で目をむいてはいるが、この面の向こうに美貌が隠されていると思うと、それだけでわくわくする。

舞楽面 納曽利 1面 江戸時代・17世紀 熱田神宮  こちらは緑色。以前に伊勢で舞うのを実際に見てもいる。

舞楽面 崑崙八仙 1面 平安時代・長久3年(1042) 三井記念美術館  「コロハセ」。嘴の目立つ顔。手向山伝来か。

いずれも個性の強い面ばかりで、しかも立体的である。
次は雅楽器。その来歴が魅力的。

琵琶 銘「実性丸」 1面 平安~鎌倉時代 三井記念美術館  東大寺―玉林庵―紀州徳川家。治宝公が勅許によりコレクションしたそうだ。

篳篥 銘「蘭」 1管 平安~鎌倉時代 国立劇場  アララギ。小さな笛、ミニリードというべきか。京の多(おおの)家が伝来。螺鈿の綺麗な扇形の箱がいい。

笙 銘「鹿丸」 1管 鎌倉時代 国立劇場  カシラに鹿と紅葉の蒔絵。可愛く造られている。

雛道具の楽器 五世 大木平藏 1具 昭和9年(1934) 三井記念美術館  さすが五世丸平。可愛らしいセットである。お琴も二面ある。わたしはよく知らないが片方はもしかすると「箏」かもしれない。

次は能面をみる。

翁(白色尉) 伝春日 1面 室町~桃山時代 三井記念美術館
三番叟(黒色尉) 伝春日 1面 室町時代 三井記念美術館
父尉 1面 室町時代 三井記念美術館
薄暗い空間に点在するガラスの中に浮かぶ老人の貼りついた笑顔、というものは怖い…

お能以外で翁など老人の面が現れるものをちょっと挙げる。
・映画「狂つた一頁」での幻想シーンで精神病院の下働き・井上正夫が騒乱の中で翁面をつける、たちまち「正気であること」から解放される。
・映画「千と千尋の神隠し」で汚れがすっかりとれた神様が翁面をつけていて、「善き哉」と言い残し飛び去ってゆく。
・マンガ「ごくせん」外伝で幽霊スポットの宿に出てくる主従の幽霊、じいやが翁面をつけていた。
・・・やっぱりこわいな。

能管 銘「音羽」 1管 江戸時代 三井記念美術館  象彦の蒔絵つき。
楽器蒔絵小鼓胴 伝千種 1口 江戸時代 三井記念美術館  楽器柄の蒔絵。
靫鉄砲蒔絵大鼓胴 銘「泰平丸」 伝折居 1口 桃山~江戸時代 三井記念美術館  靫と鉄砲が描かれている。

能の楽器は蒔絵コーティングしても音は変わらないのですな。

さて第二室へ。ここには一点、逸品がある。
能面 孫次郎(オモカゲ) 伝孫次郎 1面 室町時代 三井記念美術館  前期に行った際、非常に明るい表情に見えた。かすかに開いた口から何か言葉がこぼれて来ているかのようで、とても優しそうに見えた。わたしも挨拶をする。目元も明るく、とても幸せそうににこにこしているように思えた。
「神秘的な微笑」には見えなかった。これは不思議ではあるが、面と対するわたしの心模様が反映しているとしたら、そのときのわたしも幸せだったのかもしれない。
そして後期に行くと、あの前期のようなにこやかさはみられず、しかし美しさは変わることなくそこにあった。
横から眺めると、ガラスに映る顔もよく見えた。共に並び、前を見る。すると面から見た表情というものが私にも見えた。
これは鏡と同じで本人の見た顔なのだ。
我々がみているいつもの「孫次郎」の顔ではなく、孫次郎の見ている自分の顔をわたしも見たことになる。

茶室の横の空間に、「文楽人形三人遣い」の再現がマネキンでなされていた。
監修は桐竹勘十郎さん。四の切の忠信。

展 示 室 4   絵 画 と 芸 能
ここからは絵画が中心となる。

舞楽図屏風 6曲1双 江戸時代・17 ~ 18世紀 日光山輪王寺
舞楽図屏風 狩野探信 6曲1隻 江戸時代・17 ~ 18世紀 随心院
丁寧に描きこまれていて、とてもにぎやか。実際にはこんなに一堂に集まって同時にするのかどうかすらわたしは知らないが、絵として見るのは楽しい。
宗達の描いたあれが有名。
参考までに挙げよう。
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幼稚園のお遊戯にリノベしたのが山本太郎でしたなw

観能図屏風(翁) 8曲1隻 江戸時代・17世紀 神戸市立博物館 前期  太閤主催の天覧もの。女客が多い。椿の咲くころ。南蛮人らしき客もいる。

北野演能図屏風 4曲一隻 江戸時代・17世紀 国立能楽堂 後期  舞台では「船弁慶」の最中。松林が右手に続く。

様々な阿国歌舞伎図。
阿国歌舞伎図屏風 6曲1隻 桃山時代・17世紀 京都国立博物館 後期
阿国歌舞伎図屏風 6曲1双 桃山時代・17世紀 出光美術館 前期
阿国歌舞伎図屏風 6曲1隻 江戸時代・17世紀 出光美術館 後期
阿国歌舞伎図屏風 6曲1隻 江戸時代・17世紀 サントリー美術館 後期
表現はすべて違うのだが、当然共通するところも多い。細部を見るのが楽しい。餅屋さんが多いのがおいしそう。

四条河原遊楽図屏風 6曲1双 江戸時代・17世紀 個人(西尾市岩瀬文庫寄託)  これまた享楽的で楽しそう。射的で遊ぶ若い衆、円舞の連中、芝居を見てる客の中には女を口説いてるのもいる。外でもいちゃいちゃ。焙り餅がおいしそう。鴨川を泳ぐ奴もいる。
なんでもありの苦界ならぬ公界が広がる。

四条河原図屏風 6曲1双 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 後期  懸想文売りの男ものぞいている。様々な職種の人間がいることである種のリアルさがみえるようだ。

上野花見歌舞伎図屏風 伝菱川師宣 6曲1双 江戸時代・17世紀 サントリー美術館 前期  時代が丁度そんな感じやな。

古狂言後素帖 4帖 江戸時代・17世紀  文琳型の色紙に1シーンが描かれている。靭猿、朝比奈、恵比寿毘沙門、汐汲、清水鬼、獅子踊り、宝の虫干し、砧、鬼三太、女山賊、…全く知らないものも少なくない。靭猿の小猿が可愛い。

展 示 室 5   歌 舞 伎 ・ 文 楽( 錦 絵 ・ 文 楽 人 形 首 )
浮世絵を大いに楽しんだ。

芝居きやうげんの図 1枚 寛保(1741 ~ 44)頃 国立劇場  浮絵風な「暫」の図。
浮絵歌舞妓芝居之図 歌川豊春 1枚 安永2年(1773)頃 国立劇場  「対面」。
桐座場内図 歌川豊国(初代) 3枚続 寛政7年(1795) 国立劇場  ここは市村座の仮櫓だそうな。
江戸両座芝居町顔見世之図 渓斎英泉 1枚 天保12年(1841) 国立劇場  にぎやかな図だが、火事でダメになったそう。
東都二丁町芝居 葛飾北斎 1枚 天保13年(1842)以前 国立劇場  市村座。ああ、ここがか。
中村座内外の図 歌川豊国(初代) 6枚続 文化14年(1817) 国立劇場  バタバタと忙しそうなところが何とも言えずいい。
中村座三階之図 歌川国貞(初代) 3枚続 文政7年(1824) 国立劇場  この絵は特に好き。百日鬘の幸四郎がいる。
東都繁栄之図 中村座 歌川豊国(三代) 3枚続 嘉永7年(1854) 国立劇場  人であふれる。「酒呑童子」の芝居か。

役者絵がかなりたくさん続く。見ているだけで楽しい。
初代市川雷蔵 鳥居清満(初代) 1枚 宝暦11年(1761) 国立劇場  鼓を持つ義経。

三代目沢村宗十郎、六代目中山小十郎、二代目小佐川常世 勝川春章 1枚 天明5年(1785) 国立劇場
四代目岩井半四郎の化粧坂少将、初代坂東三津五郎の朝比奈の三郎、二代目市川門之助の曽我の五郎 勝川春好 1枚 安永8年(1779)頃 国立劇場
団扇絵の元らしい。

五代目松本幸四郎 歌川豊国(初代) 1枚 文化6年(1809)頃 国立劇場  四天に素網のかっこよさ。刀を抜くところ、鼻高幸四郎のカッコ良さが光るが何の芝居かな。

大当狂言内 幡随長兵衛 歌川国貞(初代) 1枚 文化12年(1815)頃 国立劇場  これも鼻高幸四郎。

五代目松本幸四郎、七代目市川団十郎 歌川国貞(初代) 1枚 文化14年(1817)頃 国立劇場  卒塔婆ひき。四天に素網の二人。かっこいいなー。

三代目関三十郎の直助権兵衛、八代目片岡仁左衛門の民谷伊右衛門、五代目坂東彦三郎のお岩の亡霊・小仏小平亡霊・佐藤与茂七 歌川豊国(三代) 3枚続 (仕掛け絵)文久元年(1861) 国立劇場  隠亡堀のところで戸板返しの仕掛け。
この浮世絵は本当に人気で、同じ構図・仕掛けのが後々まで出た。

二代目片岡我童の田宮伊右衛門、五代目尾上菊五郎のお岩の霊 楊洲周延 3枚続(仕掛け絵)明治17年(1884) 国立劇場  怨みの表情を見せる瓢箪がいっぱいぶら下がる蛇山庵室。提灯にお岩さんの青い顔。瓢箪なのか鹿ケ谷かぼちゃなのかわからんような所がまたよろしい。

楽屋錦絵二編  歌川国貞(初代) 1枚 文化9年(1812)  シリーズもの。10枚ほどが出ていた。
こういうのを見るのがまた楽しくてね。当時の人々なんかもっとわくわくしていたろう。
メガネをかけたのやあぶな絵を見てるらしいのや地口行燈が吊ってたりとか色々。

大江巳之助の人形のカシラがずらり。一つだけ違うのもあるか。
この中で一番よかったのが両面の玉藻の前。狐と両面の娘の顔なんだが、横顔の綺麗さにどきっとした。
正面も綺麗。優しいだけの娘ではなく、きりっとしたところがとてもいい。
「修羅雪姫」を人形にしたらこうなるかもしれない。

展 示 室 6   演 芸( 錦 絵 )

曲枕の芸 花桐繁十郎 鳥居清長 1枚 天明3年(1783)頃 国立劇場  小さい木の枕での芸。

大坂下り軽業太夫 早竹虎吉 歌川芳虎 3枚続 安政4年(1857) 国立劇場  月からウサギや少年が飛びだしてくる。実際の芸はわからないが、とても賑やかで楽しそうで不思議な作り。この絵を見て実際に行った人も少なくはなかろう。

曲独楽 竹沢藤次(為朝) 歌川芳宗(初代) 横位置ヨコ2枚続 弘化元年(1844) 国立劇場  強弓を引くというのに合わせての芸の他にもいろいろ。

曲独楽 竹沢藤次(怪談) 歌川芳宗(初代) 横位置ヨコ2枚続 弘化元年(1844) 国立劇場  かさねの顔がのばーっ。井戸もあるしでなかなかムードがあっていい。

展 示 室 7   歌 舞 伎 ・ 文 楽 ・ 琉 球 芸 能 ・ 民 俗 芸 能( 衣 裳 ・ 文 楽 人 形 ・ 仮 面 ・ 道 具 等 )
歌舞伎の衣裳がずらり。昔の三越は貸衣装もしていたそうだ。

紫地唐花唐草石畳文繻珍直垂 九代目市川団十郎着用 1領 明治時代・19世紀 株式会社三越伊勢丹  南北朝風に拵えたそうな。大森彦七の衣裳。

黒繻子地雪持竹南天雀文様打掛 五代目中村歌右衛門着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 前期  政岡の。

白木綿地雲龍波濤文様縕袍 五代目中村歌右衛門着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 後期  「山門」の五右衛門。五世歌右衛門は鉛毒で手足が不自由になったけれど立派な大役者で、座ってのこの芝居は本当に錦絵のようだったそうな。

黒繻子地正月飾文様傾城打掛 六代目尾上菊五郎着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 後期  これは揚巻。
本人はやりたがったそうだが、やはり義兄のがよろしかったでしょうなあ。

黒綸子地雪持松文様羽織・着付 六代目尾上菊五郎着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 前期  松王丸。菊五郎の松王と初代吉衛門の源蔵が素晴らしかったことはよく聴いている。衣裳から偲ぶ。

黒地呉絽服連地雲龍宝尽文様唐人服 七代目松本幸四郎着用 1領 大正時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 前期  「毛剃」。龍が可愛い。

黒綸子地庵木瓜文様羽織・着付 七代目松本幸四郎着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 後期  「庵木瓜」という紋なんて初めて見たが可愛いな。「対面」の工藤。

木綿地龍丸入格子文様羽織・着付 七代目松本幸四郎着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 前期  竜の顔がいい。

黒繻子地竹雀文様羽織・着付 七代目市村家橘着用 1領 昭和時代・20世紀 株式会社三越伊勢丹 後期  刺繍の雀たちが愛らしい。

寄せ裂着付 七・八代目市川中車着用 1領 大正時代・20世紀 国立劇場  俊寛。ツヅレなのだなあ。

文楽人形の構造(裸人形) 1体 現代 国立劇場  これは大阪歴博にも似たのがある。勉強になっていい。

人形着付一式 武蔵坊弁慶 1体 現代  国立文楽劇場  立派。
人形着付一式 初菊 1体 現代  国立文楽劇場  可愛い。

追儺の鬼面 7面 室町〜江戸時代 長田神社  怖い顔やなー!アクが強いわ。もうすぐ節分ですなあ。

榊鬼の面、衣裳(上・下)、持ち物(鏡・まさかり)1組、 伴鬼の面 1面、ねぎ・みこ・翁の面 3面 愛知・東栄町(東栄町立花祭会館保管)  地方の芸能としての儀式の装束はとても興味深い。

民俗芸能スケッチ帳 片山春帆 全15冊及び未装本の内 大正~昭和時代・20世紀 国立劇場  よくぞこれだけのものを写して残した、とただただ感心。貴重なノート。おお、琉球の「執心鐘入」の絵もある。
そうそう、「執心鐘入」は近々国立劇場で上演されるそうです。

水色地牡丹鳳凰菖蒲文様紅型衣裳 1領 現代  国立劇場おきなわ
白色地松皮菱繋ぎに檜扇団扇菊椿文様紅型衣裳 1領 現代  国立劇場おきなわ
小道具 花笠   1点 現代  国立劇場おきなわ
小道具 綛枠 1組 現代  国立劇場おきなわ
可愛い。女優の仲間由紀恵さんは琉球舞踊の名手だそうな。

江戸上りの図 (転写本) 1巻 近代  国立劇場おきなわ  虎に羽のついた絵の幟を持っているのが面白い。

ショップで仕掛け絵本というか、芝居の絵本があった。忠臣蔵。飛び出す絵本。こういうのも楽しいな。

楽しい展覧会だった。

「新東京風景 90年前の東京」をみる

東京都美術館の「ティツィアーノ」展の前夜、建物の地下二階かな、そこで見てきましたよ。
1/23まで。
木版画のいい作品群。元々は東京都現代美術館の所蔵。
なんと無料。ありがたや。しかも川上澄生と平塚運一作品以外は撮影可能。
ありがとうございます。

1929―1932年にかけて刊行されたシリーズもの。
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前川千帆
品川八ッ山
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お台場
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新宿夜景
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恩地孝四郎
日比谷音楽堂
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二重橋
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明治神宮
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ダンスホール
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藤森静雄 
中央気象台
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ニコライ堂遠望
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大学赤門
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新上野駅
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逸見享 
牛込見附
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四谷見附の雨景
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東京府美術館
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本郷元町展望公園
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深沢索一
早慶戦
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諏訪兼紀
江戸橋
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深川塵芥焼却場
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平塚運一
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楽しい展覧会でした。

おくればせながら博物館に初詣してきました その2

海北さんところの。今度京博で展覧会があったな。
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細部がけっこう好き。
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阿弥陀来迎図
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白衣観音 ゆったり。
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応挙の障壁画
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家々をクローズアップすると…
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近衛信伊さんの書。ステキやなあ。
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もともとファンなのだが、近年になり大和和紀さんが「イシュタルの娘」で信伊さんのヴィジュアルを決めてくれたおかげで、ますます好きになったよ。

何をしているのか知れないおねえさん
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ビラかな
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萬歳も才蔵もこれでは商売あがったりですな
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えべっさんと大黒さんの吉原行き。
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二人だけモノクロ、あとはカラフル
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小川破笠の擬墨。これを最初に見たのは随分前の芸術新潮でだった。
ここにあったのか、と初めて知った。
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目つきの悪さが好きよ
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桜達、働いているように見える。
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明治の仏画の写真。小川一眞
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興福寺も当時は廃仏毀釈の後始末で何にもできなかった。


間近で見るとときめくね。
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茶室遠望
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最後は若き画家たちの東海道ツアー
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町の様子
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広重の「神奈川宿」を思い出したりも、

やっぱり凄いわ、東博。
まあこれで一応「博物館に初詣で」も完了かな。
よかったです。

おくればせながら博物館に初詣してきました その1

初詣は松の内を越えた9,10,11の三日間、いわゆるえべっさんの日に行うことに極めている。
長らくこういうパターンなのでどうしても出遅れる。
東博は言うに及ばず京博に行くのも遅い。
それで「初詣?あと十日もしたら節分やで」という頃にこんなのを挙げる状況になる。

とりあえず東博の常設で見た慕わしいもの・好きなものばかり挙げる。
1/24からは展示替えなので今日がぎりぎりなものも色々あるようだ。
正式な名称は思い出せたら書くけど、基本的にでたらめでゆこう。
今年もこんな調子と言うことですかな。

朝鮮時代の刺繍の衝立。
もぉほんと、丁寧。
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右から挙げてゆく。
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菩薩半跏像だけど本の表紙みたいな写りになったな。
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螺鈿は日本だと奈良時代か江戸時代が好きで、中国だと明朝の、朝鮮ではどの時代のも好きだ。
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高麗青磁の美を味わおう。
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細部に神は宿り給う
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中国の螺鈿は技法も様々だが、これは何になるのだったかな。
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仙女さんたち
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けっこう表情がいい。
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米色の青磁
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常盤山文庫の凄いのを思い出した。

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貫入もまた美。

少年から青年の艶めかしい身体
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芸人?
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西域美人
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われ思う故にわれあり
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一旦ここまで。続く。

2017.1月の東京ハイカイ録その2

土曜の話。
府中へGO!乗り換えの笹塚駅で風に負ける。寒い寒い。
東府中からてくてく…


ガラス絵を見ましたわ。
良かった。小出のガラス絵はちょこちょこ見てきたが、多くのガラス絵が並ぶことでそれぞれの違いを知り、見方が変わった。
小出の技能の高さ、構成の良さを改めて知った。
一方長谷川利行の自在さも面白く、破綻しているように見えても、それは勢いに変わる。とても良かった。
東欧と中国とでほぼ同時期にガラス絵が発展してると言うのも面白い話だった。



常設は牛島の描く風景のモデルになった地が牛島の風景そのものになっている、という不思議なものを見たり。
ルノワール描く人物がルノワールの人物画そのまま、というのと同じことかも。

疲れているからかお手洗いの壁面タイルが全て顔に見えて仕方なかった。
これは確かヤバいのだったかな。

風にも負けずで駅に着くと昼過ぎだったのではなの舞で焼き鯖など食べる。
それから乗り換え色々して曙橋へ。
久しぶりに新宿歴博。
これがまた道案内がよくなっていて、迷いもせずにたどり着けたのは重畳。
で、絵双六展。
・・・地獄の快楽ですな。
面白過ぎるし展示品が多いしで、もぉ本当に動けなくなり、予定が捻れた。
しかしこの面白い展覧会を切り上げれるか、わたし。
いたいだけいて、見たいだけ見た。図録ないから見ている今だけが確かな時間なのだよな。
江戸の立版古、明治から昭和半までの双六。本当に面白かった。
こんな展覧会を常に見たいわけだよ。

四時までいたので全ての予定が狂うが仕方ない。
渋谷へ向かう。
松濤美術館、セラミックス・ジャパン展。
これがまた素晴らしく良くてね。
兵庫県陶芸美術館からの巡回だけど、待ったかいがあった。
明治以降の日本のやきもの、試行錯誤しながらも熱心に生み出されていったやきもの。
消えた意匠もあればそこから新たに進化したものもある。担い手は替わっても続くものは続く。
建築資材となるタイルの華やぎ、照明、素晴らしい。
かつての秩父宮邸に使われた2mくらいの長い照明、フクロウ型の置き照明、ロマネスクを思わせる動物の造形をつけた照明、みんなやきもの。
当時最先端のモダンなティーセットも今はレトロな佳さを見せる。
装飾のための巨大な鷲もある。
見事なやきものばかりが集まるセラミックス・ジャパン展。

大満足してからブンカムラへ。
マリメッコ展をみる。西宮大谷美術館でも見たが、前回よりある種の理解が進んだようで、面白く見る。
実際に欲しい服もあるが、着て歩くかどうかは難しい。前回と同じものが気に入った。
わたし以外の観客の真剣さは西宮も渋谷も変わらない。
マリメッコの歴史からはしなやかな強さを感じた。
フィンランドの民族性というものについても少しばかり考える。
だが、マリメッコには二人の日本人デザイナーが関わったのだ。
そのことをどうとるべきか。

帰途はこれまで考えたことのないルートで帰った。
これはこれでアリか。
しかしここから出かけようかというのは頓挫。
葛根湯と芍薬甘草湯の二つを痛み止めに飲んでいたが効かなくなってきたのだ。
例によって肩がアウト。仕方ない、大人しくしよう。
定宿でぐったり。

日曜。
いつものロッカーにキャリー放り込んでから皇居へ向かう。


いい天気だ。
お濠を見る。


三の丸尚蔵館へ。
「寿ぎの品々を読み解く」前期展。
1894年に献納された青年画帖が良かった。まず隷書で「日月相映赫赫即六合外」から始まる寿ぎの詞を記す。中に画題が含まれてもいる。丹陵、広業、月耕、年方、松亭、年英、半古、柳塢ら19名の絵が並ぶ。
鳩の瓦もいい。鍛造で物凄く薄く拵えているそうだ。

半蔵門線へ向かうと途中に…


ぎゃーっと言いたいが、明るい日差しの下ではさして怖くはないわけです。
しかもここは「樅の木は残った」の原田甲斐の暗殺場所でもあるのか。
まあ明るい日差しが塚にさし込んでたからね…
東山の崇徳院の御廟の辺りは朝昼関係なしにコワイけどな………

国立劇場へ。
チケット出力してから演芸場の資料室へ向かうとがーん閉室して工事中。
しゃーないな。

中へ。


廊下トンビをする。





いよいよ正午から「しらぬい譚」。
席は端の方だけどこれはこれでいい。

しらぬい譚、面白く観た。
ああいう展開もいいと思う。
個人的には、男装の大友大尽が廓で豪遊とか鳥山秋作が女装とか見たかったが、まあ今回はね。
海底で金銀のビラビラが動いて魚群に見えたり、ライトセーバーな槍や化け猫も良いし猫四天が可愛いし、姫の宙乗り素敵やし、良かったわ。
ピコ太郎に扮した人も楽しい芸を見せてくれたよ。

劇場ロビー内の濱ゆうでお昼におでん定食いただいてたら、富司純子さんが注文に来はったわ。
綺麗やわ、相変わらず。
こんなに間近で見かけるのは二度目。
以前「元禄港歌」でわたしの座席のすぐ横の通路から出現しはったのだ。
あのときあまりに可愛くてびっくりしたなあ。




半蔵門から乗り継いでフィルムセンターへ。
ドイツの映画ポスター展。東西ドイツ分裂時代のを見るが、まぁ色々凄いな…
ルイ・マル「さよなら子供たち」がこうなるか、というショックがあったり。
独逸恐るべし。

常設は映像以外は撮影可能に。
あら、わたしの好きな伏見直江お姐さま出演の「忠次」の映像がなくなってたわ。残念。
「狂つた一頁」は変わらずありました。嬉しいわ。











タイムアウト。東京駅へ。
新津のエンガワの押し寿司が実演中。いつも米がよくないから今日はやめようかと思っていたらこれだ。
買いますがな。エンガワだけは美味しいんだけどなあ。
(帰宅後食べたらいつもよりマシでした)

今回も隙間なく遊びましたが時間不足で来月に負担が。
まぁしゃーないわな。
楽しかったです。また来月までサラバ。

2017.1月の東京ハイカイ録その1

金土日と東京をハイカイした。
毎度のことながら色々と予定変更はつきものとはいえ、色々と「しまった」が生まれるものだ。
極端なことを言えば日曜に観劇ではなく日延べして月曜に観劇すればよかったのだ。
朝の間に汐留ミュージアムに行けるし。
それを日曜にしたものだから、今回の行動時間が狭まり、しかも見に行ったものが悉くよかったので、ますます時間足らずになった。
今度からはもうちょっと考えよう。

東京についてからいつものロッカーにキャリーを放り込んで石神井公園へ向かう。
石神井池のほとりを歩くと余計に寒そうなので、やめて住宅街を行く。
突き当りはもう一つの公園のところ。こちらの池が三宝寺池になるそうだ。
わたしはふるさと歴史館の分館へ行きたい。
道を訊いて園内を進む。柵がある中だとは知らず、ちょっとむだをする。
分館で何を見るか。
柳生一族を描いた小説の紹介をみるのだ。

中では石神井に家を建てた檀一雄の書斎の再現がされていた。
檀一雄ファンのわたしはただただ嬉しい。
元は小松製作所創業者・小松税氏の建てた昭和2年の家の和室を昭和30年に移築したそうな。いい感じの和室で欄間も落ち着いている。
「奇放亭」ドンキホーテからの命名だという。
檀は放浪が身についているから、旅先のどこでもが書斎になったが、この和室はとても気に入っていたそうだ。

檀の著書もいくつも展示されていた。
「風と雲雀と丘」は麗子像が表紙絵、「夕日と拳銃」は小亭に唐美人が琵琶演奏の図、「孫悟空」は誰の絵かなかなかユーモラスな悟空がいた。

そして企画展の「柳生もの」もたいへんよかった。
展覧会の感想はいつものように後日ちまちまと挙げるが、小説家の産物の他にも柳生家歴代の資料や刀剣などもあり、面白かった。

寒空に紅梅が咲いていた。



本館のエン座に行くとさすがに平日なので空いてた。
季節限定の満州うどんというのがあった。
檀一雄へのトリビュートうどんだという。レシピは檀太郎。
パクチー、タマネギのみじん切り、筋ニク入り。
そこまでは確かに聴いたが、味付けを聴かなかった。
・・・ピリ辛過ぎるぞ。まさかの味でわたしは大量の酢を入れたが、かなりの汗。
これはダメだ、ニガテだ、やはりいつもの糧うどんがいいな。
今度はフキノトウの頃に来よう。

石神井池には野鳥がたくさんいた。白と黒の鴨が多い。上村淳之さんなら名前をすぐに挙げられるだろうが、わたしは「ああ、白黒の鴨か」で終わってしまう。
まだ「美味しそうやな」にならんだけマシである。

冬の空気は鋭い。
不純物が少なくなって清浄になるのか、風景はいい。





この池を見る度に因幡晃の「あの唄」の二番が思い浮かぶのだが、今回は冬だからか、より一層あの唄が慕わしくなった。
公園というものは西洋から来ているが、だからか風景を一部だけ切り取ると、どの国のものなのかわからなくなる。

三井記念美術館へ。「日本の伝統芸能」の後期を見たのだが、これがどうも前期だけでも良かったかもしれない。
いいのが出ているのだが何故かそんな風に思ってしまう。

上野へ。
時間が足りなくなっている。「春日大社」展は相当時間がかかると言うのであきらめて常設展だけを見るか。金曜なのに延長なしなのだ。5時までなのが恨めしいが仕方ない。
常に東博は頑張ってるのだ。冬の間くらい早よしまわなな。
東洋館、本館と楽しんでから公園へ。



都美へ。二階ではレセプションパーティの人々の影が見える。
わたしは地下へ。
「新東京百景 90年前の東京」展。無料。
撮影は川上澄生、平塚運一はダメだがあとは可能。パチパチ。90年前の東京風景。
モダンさと意外なわびしさの街を見る。たいへん楽しい。やはり版画はいい。
今回は全て自刻自摺。端々に工夫を凝らしている。
こういうのがある展覧会が好きなのだ。
ツイッターに挙げたものをいずれまとめよう。




科学博物館へ。


先にご飯を食べよう。

レストランへ。カフェよりこっちかなと。
おお、メニューが。


窓からは骨が大量に見える。いい景色だ。



さてラスコー展へ。
これがたいへんよかった。
高松塚古墳と同じで人為的にダメにしてしまったので実際に見ることは不可能。
それだけにこの再現技術の高さがありがたい。








「大地の子エイラ」を思い出したよ。
諸星大二郎の「巨人伝」はアフリカだったな。

常設展に向かうが時間がないので地球館にだけ。
レストランの下のホネさん方をみる。








などありまして、20時になり退出。
さむいわ~~~
ふと見上げると白い夜。雪はまだ降らなかった。
初日ここまで。

慶應大学とその周辺を歩く

少し前に慶應大学とその周辺を歩いた。
撮影は許可されたので喜んでパチパチ。

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なんかなかなかな建物。

尋ねたら違う場所を言われた。
オープンキャンパスの案内人でも全ての学舎の場所を知るわけではない。
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三井倶楽部の坂。
随分以前にここへ入らせていただいたな。懐かしい。

慶應のキャンパスを逍遥する。
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特に何も考えずパチパチ撮って歩く。

像もいいね。IMGP0419_20170119164223efa.jpg

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こちらは定員制。演説を真面目に聴くのだ。
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あちこちでみかげた像たち。
さすがにいい作家たちのです。

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さて去ろう。
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外で見かけた可愛い看板
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宝塚市の旧松本邸  その1

宝塚市にこんな素敵な洋館が公開されているとは知らなかった。
一般公開日にいそいそと出かけたが、なるほどわたしが知らないのは阪急側ではなくJRのまた向こうにあるからだった。
資料を調べたら知っていたかもしれないが、阪急宝塚線に住まうからか、こちらばかりしか知らなかった。反省しよう。

池の横に森のような木の塊りがあり、その奥に旧松本邸があった。
なにやらぞわぞわざわざわしながらその森の奥へ入ってゆく。



ほどなく明るく清楚な建物が現れた。
なお松本邸に関しては詳しくはこちらへ。

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中へ。
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いい感じの和洋折衷住宅。

これは装飾品だがとても綺麗。
モルフォ蝶の煌めき。
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キッチンへ
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さて次へ。
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浴室など。
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あまり水回りを映すのはよくないな…

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階段
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続く。

宝塚市の旧松本邸  その2

二階へ来ました。
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ちょっと窓の外をみる。
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シンプルな暮らしやすそうな建物だった。
いいおうち。

裏へ回る。
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石で装飾したのも可愛い。

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いいなあ。
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ありがとう。
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またいつか再訪したいね。

佐世保三浦町カトリック教会と聖心幼稚園

昨秋、佐世保に行き、この壮麗な教会をみた。
夜に通りかかった時、クリスマス前なのでか、キラキラ。
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翌朝いよいよお訪ねする。
住宅街の方から入る。先に併設の聖心幼稚園へ。
実はこの愛らしい幼稚園は今年3月を以て閉園。
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内部の舞台をちょっとだけ。
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幼稚園の先生らが園児のために拵えたペーパークラフトが可愛くて可愛くて。



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教会内部へ。
綺麗なステンドグラスにときめくばかり。
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いい天井。

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綺麗な教会でした。

仏教の思想と文化 インドから日本へ 第二期展

龍谷ミュージアムの「追慕抄 九條武子」展に行くと、先に「仏教の思想と文化 インドから日本へ」第二期展からの順になった。
大谷探検隊が将来した資料もあるようなので、楽しみに見始める。
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第一部 アジアの仏教
1.仏教とは
国と地域と時代の異なる、表現も違う「仏教」の展示がある。

四面仏坐像 マトゥラー 砂岩 2世紀  枠の内にいるのだが、どうも出たそうに見えて仕方ない。

蝕地印仏坐像 東インド 石像 10-11世紀  降魔印でもある蝕地印を見せたブッダが右手を地へ。

仏頭部壁画 伝スワート 漆喰彩色 6-8世紀 しっかりとこちらを見ている、大きな目。
インドと西域とを結ぶ道、そこから出たのか。

仏立像 タイ 銅像鍍金 7-8世紀 両の指が懐かしいギャグをしている。
ピッチンパッチン…顔はニンマリ。ピン芸人な仏さま。

サムット・コーイ タイ タイの仏教経典である。箱は木製に漆と金泥で繊細な絵が刻まれている。丁寧な拵え。
コーイという桑の葉に描かれた経典。
地獄めぐりをする誰かの見た情景。かなりのナマナマシサがある。
それも牛頭馬頭や鬼などではなく、責めるのは人である。人為的な拷問。
木の上にいる美女を求めて登ろうとして刺し貫かれたり、焙られたり。

2.釈尊の教えとその継承

アショーカ王碑文拓本 ルンビニー 紙本拓本 BC3世紀 大谷探検隊将来。立派なのを見た。

サンスクリット般若経 ギルギット 樺皮墨書 7-8世紀 読めない字を見るとそれだけでもときめくなあ。しかも経典。
大体経典や史書で読めない字が連なるのを見ると、本当にドキドキする。

3.大乗仏教とガンダーラ、西域

2-3世紀のガンダーラの仏伝レリーフがいくつも。大変丁寧な作り。
シッダルタの生涯を追う。

菩薩頭部 カラシャール 塑造 5-6世紀  大谷探検隊の野村栄三郎が収集した。相当な美人である。

4.中国の仏教
揺銭樹 銅造 2-3世紀  ああ、これは東博でも前に見たな。実はわたし、木にお金と言うのを見ると昔の視聴者参加番組で極められた時間内に金属の木からおカネの葉っぱを何枚取れるか競争するゲームを思い出すのでした。

第二部 日本の仏教
1.仏教伝来

白鳳時代の橘寺から出た塼仏などがある。

金銅弾正釈迦仏立像が二体。白鳳時代と奈良時代。
白鳳のはピンクレディーの「UFO」の手付き、奈良のは「やぁ」の手。

三井寺からは聖徳太子摂政図も来ていた。真っ向の顔の。

2.国家と仏教 

南北朝の華厳経や江戸時代版の日本霊異記があった。

・最澄、空海のもたらした教えと貴族生活

不動明王二童子図 室町時代 永観堂  凄いコンガラ童子が可愛い!!!美少年!ぱつんぱつんの前髪のおかっぱ美少年。
可愛いなあ。そして赤膚のセイタカ童子はちょっと憂鬱そうな感じでじーっと相棒を見ている。
親方は足元の二人の様子も頓着せず、相変わらず牙剥いて眼も上下…

3.仏教文化の円熟と日本的展開
・浄土教の展開
山越阿弥陀図、六字名号などがある。

・日本の神とほとけ
南北朝の十一面懸仏と平安後期の男神像と。

・ほとけたちの世界
ガンダーラ仏がやっばりかっこいい。
いい身体。。。

スカンダ立像 これは韋駄天のことらしい。

比丘像 4-5世紀  これはどうやら阿難陀らしい嘆いている。うつむき、手を顔に。造形がリアル。

この展示だけでもかなりよかった。

あとは映像を見た。
「伝えゆくもの 西本願寺の障壁画」
これは本当に見てよかった。4Kカメラの超高精細映像。
白書院、黒書院などの紹介があり、やがていくつか特定の絵をピックアップ。
特に虎の間の修復の様子など貴重なのが見れてたいへん良かった。
虎の子らのジャレ具合など可愛いて可愛いてなりませんわ。
豹ママも実は花柄の豹で睫毛あり。いいなあ。
そして狩野派から始まる障壁画もよく修復されたので、鶴が円山派の表情してたり。
こういうのは本当に映像として残してくれてありがたい。

いい展覧会でした。

描かれた茶の湯

茶道資料館で「描かれた茶の湯」展の前期に行った。
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2015年の6月ごろの「錦絵に見る茶の湯」展の親戚筋のような立ち位置か。
当時の感想はこちら。
前期
後期

安達吟行 女礼式之図 1887 六人の女たちの茶会。旧幕までは茶の湯は男のたしなみであり、女でそれをすると言えば位の高い花魁か城勤めの者くらいだった。しかし明治になり、女にも道が開かれると、たちまちのうちに「茶道は女のたしなみ」に変わってしまった。
髪飾りに薔薇を付けてくる少女もいて、みんな晴れ着である。
そう、女ばかりの社交場となったのだ。

三代目歌川国貞 女礼式茶之湯ノ図 1889  夜の茶会。ザクロの実がなる時期。こんばんは、とやってくる。
実際のところ、夜にこうした会は開けられたのだろうか。

橘尚利 茶の湯絵巻 江戸後期  濃茶から拝見の場まで。
壁には椿の入る竹の花器。客は武家の三人というが、一人は医者のようでもある。
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それぞれがお道具を拝見する様子もいい。
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こういう絵は茶の湯の手順を教えてくれるものでもある。
茶の湯が中高年男性の楽しみだったことがわかる。

春秋遊楽図屏風 江戸後期  黒塗りの大船が来る。船には遊人ばかりが乗る。男しかいない船で男だけの遊楽がそこから始まっている。アブナイ連中。立派なお屋敷とその庭でも男たちは享楽に勤しむだけ。揚弓で競ったり相撲をしたり、室内では腕相撲に囲碁に双六などなど。またゲームから怒って喧嘩をしたり、いちゃついたり。
三味線を弾くのを聴いたり聴かなんだり。座頭を招いて琵琶を演奏させたり盲相撲をさせたり。そのくせ誰も熱中していない。
生簀から魚を選んで調理にかかるものもいる。全てが男。
中には布袋のようなのが美少年にしなだれかかったり。
そして探しきれなかったが、茶の湯でも遊んでいるのだろう。

四条河原遊楽図巻 享保頃だろうか、祇園へ向かう人々がいる。物売りも大変多い。
美少年が茶を売る。他に何を売っているか知れたものではない。
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浮田一蕙  北野大茶湯図 江戸後期 太閤さんの北野の大茶会の様子を描く。京の町衆に参加を呼び掛けた大茶会。
木々があちらこちらに生え、人々が思い思いの場所でそれぞれの規模で茶の湯を楽しむ。
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わたしなどはただ単に楽しそうでいいなくらいしか思わないが、京雀たちはこの会合を苦々しく見ていた向きもあるのかもしれない。

榊原文翠 北野献茶祭図巻 1887 大茶会から300年期の茶会の様子。

賀茂競馬図巻 江戸初-中期 表具も馬の絵というのがいい。右方は黒、左方は赤の衣を身に着ける。
レース前の状況。今から向かう所を描いたのをみる。こうしたシーンは普段あんまり見ないので新鮮な感じ。
一休みする人々も多い。
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よく働く中間。ほかに木に登る子供らもいる。

製茶図屏風  江戸中期-後期  結構大変な様子を淡々と描く。

海北友泉 宇治茶摘図巻 江戸中期  お茶の上林の旗を持つ男の後に、大勢の女たちか赤い手ぬぐいを頭にかけて集合する。
これは実は上林茶園を見学&茶摘み体験一日ツアーの人々なのだった。
大麦の頃、大勢の参加者がワイワイと楽しげに茶摘み・茶もみなどをし、合間には弁当を食べる。
今とほとんど変わらないツアーの様子を見せていた。

他に聖徳太子絵伝の元服の様子が出ていたが、平安の風俗で描かれている。

川端龍子 12か月花鳥図 1月は鶴の横顔。

江戸中期の12か月風俗図巻 1月は正月、二月は初午。

ぶりぶりの香合、交趾の鴨香合、ミミズク香合、インコ香合などが出ていた。

可愛くて楽しいものが多く、正月らしい明るく楽しい気持ちがあふれていた。
多少の替えもある。
3/29まで。


「台北国立故宮博物院北宋汝窯青磁水仙盆」を観る

まずこのチラシから。
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「人類史上最高のやきもの」
そういう言葉がある。
わたしなどは「えっそんな強引な」と思うのだが、それはやはりわたしが高麗青磁を偏愛しているからだという理由がある。
ほぼ同時代の朝鮮の高麗青磁を措いて、北宋の汝窯の青磁の水仙盆を「人類史上最高」と認めるにはいささか抵抗をしたい。
それがわたしの高麗青磁への愛の証になると思った。

展示室は階段を上がった右手のあの部屋である。
そこへ入る前にもう一度チラシを見ると、下に小さく書いてある一文に気付く。
「もう二度と出会えないかもしれないたった6点、世紀の展覧会」
…大上段+脅し文句で攻めてきている。

今回の展示は北宋汝窯の水仙盆が6点。それが主役である。
世界に数点しかないそうだが、そのうちの5点と乾隆帝がオマージュとして世に出した水仙盆とが一堂に会している。
それだけでも凄い。それは確かだ。

ラインナップを挙げる。
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安宅コレクションの一点がある。
覆輪をつけたもの。
「伝世 汝窯青磁の日本代表」
…そうか、そうだわな。日本にこの1点があるからこそ台北の故宮博物院だって海を渡らせたのだよな。
世界にたった数点、そのうちの1点が安宅英一の所蔵だったのだ。
物凄い眼。そのことに改めて打たれる。
鉄斑が1つ覆輪の下にある。「てへっ」な愛嬌もんだと思う。
愛い奴よの、という感じ。

次に現れたのは「天青色の極み」である。こちらも覆輪をしている。
なるほど色の綺麗さというものが途轍もない。
釉溜りのところなど見惚れるほどだ。
本当に凄い色が出ている。

「最大サイズの水仙盆」 ああ、数ミリ・数センチ分大きい。覆輪がないだけでなく、こちらは足が埋もれている。
足がないように見える。(あとで解説を読むと削ったらしい)
ゆったりと大きな器。

そして「人類史上最高のやきもの」が現れた。青磁無紋水仙盆。
なんと貫入がない。
見出せないレベルである。凄いな。
これを「人類史上最高のやきもの」ではない、ということはやはり出来そうにない。
滑らかなその肌に何ら瑕もないというのは凄い…

「無銘の帝王」もいる。これは唯一乾隆帝による詩が刻まれていないからだ。
乾隆帝は数百年前のこれら美貌の器たちの底面裏に詩を刻んでいる。
そんなことが出来るのは皇帝ただ一人だけであり、それも乾隆帝くらいでないとやれないことなのだ。

付属品もある。紫檀に細工した非常に丁寧な作りの台座である。
その台座には抽斗があり、中からどう見ても位牌に見えるものが出て来たり、王羲之の書の模写の模写をした乾隆帝の書もある。
絵もある。
本当に大事にされて世に伝えられたことがよくわかる。

最後に乾隆帝の時代に作り出された水仙盆が出てきた。
「汝窯青磁水仙盆へのオマージュ」とある。
人類至上最高のやきものを手本にしたのか、よく似ている。
清朝は倣古ブームがあり、殷周の青銅器をモチーフにしたものも拵えている。
技術力が高い時代なので、失われた技術も再現出来たのか。

・・・高麗青磁の「翡色」を愛するわたしもこの展示に「そんな大げさな」とは言えなくなってきた。
これはこれでなるほど「人類史上最高」なのは間違いない。
ううむううむ、綺麗は綺麗なのだ、嘘はつきたくない。
ただ、あれもいいがこれもいい、とは言いたい。

チラシも各品の色の違いをよく出していると思う。
なにしろ六田知弘さんだ。
しかし実物を見てほしい。
実物よりチラシがいい時は、そのカメラマンの眼と技能の高さにこちらが負けたということになる。
今回はチラシもとてもいいが、実物は更にいいのだ。
カメラマンの目より、観客の目より、実物がはるかに気高いのだ。
それをぜひとも東洋陶磁美術館で確認してほしい。

常設展にゆくと真っ先に愛する高麗青磁が待ってくれている。
なんだかもうぐだぐだな気持ちで「ごめんよーごめんよー」と思いながら対する。
ああ、やっぱり綺麗なあ。

しかしこの気持ちは実は粉青沙器で一旦閉じるのだ。
時代が変わり、わたしの愛するやきものが失われたのだ。
未練が強く、どうしてもこの粉青たちを可愛がられない。
独立していれば愛せるのに。
そう、むしろここで宋磁の美を味わいたい。
そんなわがままなことを思う。

今回、所蔵の「宋磁の美」という企画展もある。
南宋を代表する油滴天目を眺め、それから青磁を愛でる。
可愛らしいやきものをみて和む。

李さんのコレクションをみる。
名前が難しくてきちんと変換されそうにないので李さんコレクションと書いておく。
可愛い高麗青磁を楽しむ。

それから安宅コレクションの法花や唐美人の俑などを眺める。
いついかなるときもいいものはいい。

ああ、いいものをみた、いや、見てしまった。

最後に一つ思ったことがある。
アオリ文句、あれを見て司馬さんの「韃靼疾風録」の女真族の習いを思い出した。
人への呼びかけ、それがとてもいい言葉・褒め言葉だという決まりがあるそうだ。
ここにある北宋汝窯青磁水仙盆、各品への褒め言葉は全く嘘がないと思う。
大げさではなかった。
これが展示を見終えたわたしの正直なキモチなのは確かだ。言い切ろう。

3/26まで。
こんな機会、もう他にないと思っている。

万葉に詠う ―「額田女王」挿絵原画を中心に―

松伯美術館で久しぶりに松篁さんの万葉の世界に触れた。
万葉に詠う ―「額田女王」挿絵原画を中心に―
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松篁さんの「額田女王」の挿絵を中心にした展覧会は2010年以来。
「万葉に遊ぶ―上村松篁の描いた万葉世界を中心に―」展
当時の感想はこちら

その時にコンパクトな図録も購入して鍾愛しているが、それでも原画を見る悦びは捨てがたい。
いそいそと雨の中、出向いた。

井上靖の小説「額田女王」は昭和43-44年にサンデー毎日で連載された。
松篁さんは京都の自宅で毎日忙しくも楽しい日々を送ったそうだ。
前回の展示でもそうだが、今回も松篁さんの描く古代世界の美と儚さにのめりこんでしまった。

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前回までは描かれた情景に夢中だったが、今回は少し細かいところに目を向けた。
松篁さんの本領たる花鳥画を挿絵で楽しむ、ということをしたのだ。
現代と違い万葉の時代は鳥も植物もすぐ近くにいた。
だから人物の背後に飛び立つ鳥や揺らぐ植物があっても、背景処理または演出効果というよりも、「ああ、きっとこんなだったろうな」という納得が活きるのだった。

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・一人立つ額田女王の背後に飛ぶ鳥たち。彼らの動きが彼女の心の動きを示す。
・神の声を聴く力を持つだけに、時には一人星の下に座ることもある。星の煌めきが彼女に何かを伝える。
・雪の中、鷹がキジを襲う。水墨画などで時に見かける画題だが、物語の挿絵にこの情景が加わることで、話の展開に不穏さを感じる。
・盂蘭盆会、蓮取り舟に乗る女たち。唐とほぼ同じことをしている。労働であり、また優美さを見せる情景となる。
・桔梗の頃、大海人皇子から中大兄皇子が自分を欲しがっていることを聞かされる額田女王。
・大海人から中大兄のもとへ。
・大友皇子と話す額田女王、その向こうでは楽しそうに娘の十市が高市皇子と遊んでいる。
・観月の宴、華やかな女たちの輪から離れて一人座す額田女王。
・十市を勧められるままに大友皇子に嫁させる。散歩する額田女王に向けて怨みの小石を投げつける高市皇子。
・木蓮の下、輿から現れる額田女王、そこへ寄り来る大海人皇子。
・戯れ歌が戯れにならぬことに気づき、一人不安を抱える額田女王。
・法隆寺全焼
・空を行く天智天皇、嘆く女たち、一人俯く額田女王。
・・・

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様々なシーンが美しい一コマとなって表現されている。
物語絵としても美人画としても花鳥画としても楽しめる挿絵だった。
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「美人画はお家芸か、かくし芸か」と称えられた松篁さん。
母上とはまた異なる美人たちは万葉の時代にそぐう明るい表情を見せたものが多い。
壁画「万葉の春」のための下絵や写生をじっくりとみる。
実物大サイズの美しい顔はやはり桃の花びらのような美しさを見せていた。
近代的な顔立ちではあるが、それでいていにしえびとであることをも感じさせる。
そして壁画「万葉の春」がここにある。
素晴らしい絵だといつもいつもときめき、この時代に憧れる。
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松篁さんの思い出話が楽しい。
挿絵の中で、女のもとへ向かおうとする天智天皇がもののけに脅かされるシーンがあるが、さてその時の衣服がわからない。
上衣はともかく下は何を履いているか。
考えた末に松篁さんは所蔵する中国の春画の画集を開くが、明確な答えはない。
結局柱に隠れる天智天皇を描いたわけだが、描いてから下袴のありようを専門家から教わったそうだ。
風俗考証にも丁寧に当ったのだが、話が話だけに面白い。

74年頃に文芸春秋の表紙絵も担当していたそうだが、そこにも万葉人が描かれている。
清楚でいて馥郁たる美がある。

松篁さんの一枚絵をみる。
春 萌黄色を背景に顔を上げるキジがいる。アザミかなにかをじっと見る。
キジは何かを考えているような顔つきでその草花を見ているが、松篁さんの鳥や小動物たちは皆なにかしら物思いにふけっているようなところがある。
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下照る道 緋桃の下に美しく清楚に微笑む。

松篁さんはお年を召してから銀潜紙を愛用されるようになったとか。
小品によってはそれが銀潜紙なのかそうでないのかわたしにはわかりかねる作品もある。
だが何であれ松篁さんの絵は素晴らしい。

丹頂 対の作品でそれぞれに鶴がいるが、胡粉でキラキラしい。芦が巨大なシルエットを見せ、全体的にグレーのトーンに一点の赤が眼に残る。

春輝 特に好きな作品。薄紅桃に山娘というヤマドリが楽しそうにいる風景。

松園さんの唐美人もいろいろ。
楊貴妃、楚蓮香を見比べると、楊貴妃のふくよかさは松園さん本来の絵ではないことに改めて気づく。
たくさんの下絵、写生などを見ても松園さんは圧倒的にほっそりした女性を描いている。
楊貴妃はふくよかで、玄宗皇帝からも「お前が踊ると床が抜ける」というようなジョークをいわれ、観ててごらんなさい、とふくよかさをより際立たせるような踊りを見せたこともあるという。
彼女の登場以来唐美人の条件が変わった、というのも凄い話だ。

スケッチや模写の中に後漢の班婕妤(倢伃)もいるし、誰かをモデルにしたほっそり楊貴妃もいる。
しかし何よりも驚いたのはその当時の現代美人の絵だった。
シャツにズボンの短い髪の若い女がいた。顎に手をやりキツイ眼で何かを見ている。
模写なのかモデルなのかなんなのか。
とてもかっこよかった。

松園さんは菱田春草を尊敬していた。
彼に頼んで描いてもらった「霊昭女」の絵がある。
丸顔の清楚な娘。明治の末の丸顔、大正の丸顔ブームの走りかもしれない。

最後に淳之さん。
大極殿の壁画の試作の四神図があった。
百虎は可愛いが、玄武はなかなかコワい。そして青竜は青銅の竜でもあり、ワイバーンでもあるようだった。
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心地よい展覧会だった。1/29まで。

ガレとドーム展 美しい至高のガラスたち

京都高島屋で1/16までガレとドーム展が開催中である。
ガレとドームの展覧会は数多い。
今回も「親しい作品たちと再会する」つもりで出向いた。
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珍しいことに作品リストを渡された。
5章にわたっての展示に作品名・製作年・技法と材質・サイズが記されている。
作品名については、ガレもドームも実際的な命名が多く、凝りに凝ったようなわざとらしい名はついてはいない。
たとえば「ヒトヨダケランプ」「オダマキ文花器」などだと、その名の通り植物をモチーフにしており、あとは技法がどうかということで、その意味では画像を付けないと文字面だけではどれがどれか混乱を招くこともある。
わたしのように全体ではなく個別の感想をつらつら挙げてゆく者の場合、そこが少しばかり難儀だともいえた。

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第一章 初期―伝統主義と折衷主義エクレクティズムの時代―
ガレの作品が16点並ぶ。

試みに一つリストを記したままを写す。
ドラジュワール 1880 型吹き、アプリカシオン、グラビュール(カット)、エナメル彩、金彩 12.2x8.2x16.8
ドラジュワールとはお菓子入れのことだそうだ。
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文様はジャポニスムではないが、どこか東洋風な更紗の文様を思わせもする。
いや、西洋の影響を受けた東洋の文様を採用した、ような感じもある。
実際に使ったかどうかは知らないが、このガラスの器に金平糖などが収められているとすれば、とても綺麗なのは確かだ。

ところで技法も全て書いてみたが、わたしなどはわかっていないものばかりなので、いちいち調べなくてはならない。
そこでこちらのHPに詳しい説明があるのでそれを参照していただこうと思う。

獅子に百合紋章文ピッチャー 1884 宙吹き、サリシュール、アプリカシオン、グラヴュール、エナメル彩、金彩 14.3x9.0x19.8
琥珀色のガラスにフランスの百合の紋章がいくつも貼りついている。獅子はイングランドのイメージが強い。フランスでの獅子とはどのような存在だろう…そんなことを思うのも楽しい。

貝と海藻文花器 1890-92 型吹き、異色溶かし込み、ビュラージュ、エナメル彩、グリザイユ、金彩 5.8x20.3
筒形でロココ形式と説明があるが、この細巻貝をみて金子國義の絵を思い出した。オシャレな絵だったなあ。
この花器と本当の貝を並べて飾り棚にしまいたい…

唐草文カップ&ソーサー 1870年代 型吹き、アプリカシオン、エナメル彩、金彩 カップ10.2x8.0ソーサー12.6x1.6
とても綺麗。本当に綺麗で綺麗で。

蜻蛉文香水瓶 1900年頃 被せガラス、型吹き、アプリカシオン、グラヴュール 6.5x9.0
周囲にビー玉の半円を嵌め込んでいるかのように見えた。
それはトンボの目玉ではない。とても綺麗な色の反射がある。

他にロレーヌ公夫妻の肖像、「いにしえの貴婦人たちのバラード」と名付けられた古風床しいガラス花器があるのだが、どうも見知らぬものがとても多いことにやっと気づいた。

そしてここで偶然知人に会い、そのことを少し話したところ、大半が一個人の所蔵品で初公開のものも多く含まれていることを教わった。

第二章 ジャポニスムーガラス越しの日本ー
ここでもまた初見の作品が現れる。

飛蝗文双耳花器 1870-80 型吹き、アプリカシオン、グラヴュール、エナメル彩、金彩 13.0x11.2x24.0
アンフォラ型の花器でバッタがバッタバッタと貼り付いておる。

ジャポニスム文花器 1880年代 型吹き、グラヴュール、エナメル彩、金彩 8.0x24.2
月琴と三味線が一丁ずつある。それぞれ秋草らしきものの絵が描かれてもいる。
月琴は1877年頃から日清戦争前までたいへん流行した。
だからこの製作時期はリアルタイムなのかもしれない。

矢車菊文花器 1879 型モール吹き、アンクリュジオン(封入)、エナメル彩、金彩 13.6x20.6
エナメルだと思うがたいへん清々しい空色が飛ぶ。全面ではないのに空に矢車菊が映える。

雪中雀文花器 1890-1900 被せガラス、型吹き、エッチング、エナメル彩、金彩 17.3x34.5
可愛い雀たちがいるがそのくちばしの鋭さは日本の絵師ではなかなかこうは描かないと思うほど。そして雀等がいるのは樅の林の中で、そこが雪にまみれているのだ。

ファイアンス(軟質陶器)作品がずらりと現れた。形も自在に造形できるやきもの。
唐子やトンボ、蛙などが生き生きと形作られている。
同時代の横浜の真葛焼を思い出すが、あのようなリアルさはない。

団扇を三点向かい合わせた形の花器があるが、これなどはもう使うということは最初から考えてなさそうである。
京都の蚕ノ社にある三柱鳥居を思い出す。

このあたりは本当に知らない作品ばかりだった。
本当にガレは奥が深い。

第三章 ガラスを芸術へ
植物モチーフの花器が並ぶ。
ここで初めて「再会」した心持ちになる。

蘭、オダマキ、カクタス、リンドウ、マグノリア、スミレ、クロッカス、プリムラ・・・
被せガラスで表現された、懐かしく慕わしい花々。その植物のまといつく花器。
いずれも見知らぬものではない。

第四章 ドーム兄弟
七宝焼でいえば、ガレを並河靖之、ドーム兄弟を濤川惣助に準えることが出来ると思っている。
たとえ技法は全く違っても。

型吹き、アプリカシオンにエッチング、エナメル彩、金彩で作られたコウノトリ文三手花器がガレの初期作品に似ていると思った。

ドーム兄弟(らしさを感じる)ものは風景画だと思っている。
エッチングで表現された花器を見るとああドーム兄弟だと思うのである。
風雨樹林文、オランダ雪景色、冬木立…

風景文小花器とピッチャーのセットがある。花器がみんな日本の桶にそっくりなのが面白い。
花と風景とがエッチングで刻まれているのもいい。

葡萄とカタツムリという取り合わせの花器がいくつかある。
カタツムリはいずれも立体で表現されている。むにむにした生物がまといついている。
不意に取り外して一つにまとめたくなった。

それにしてもドーム兄弟の描く風景はどうしてあんなにも遠い地にしか見えないのだろう。

第五章 ガレ没後の残照 ―ランプの煌めき―
ここにあるものはすべて被せガラス、型吹きのもので、エッチングもあればグラヴュールもある。
どちらも採用してるものもある。

チベットチルー文花器 1920年代 ハイジの言う「大ツノの旦那」とでもいうべき鹿の仲間のような動物が三匹ばかりいる。
これも見たこともない。

夾竹桃文ランプ、魚文ランプ、石楠花文スフレランプ。
ただただ愛でるばかりになった。

100点を越えるガレとドームの美しい作品をみて、ただただ心地いい。
なおエントランスではガレの小花文花器が撮影可能。



心地よい時間をありがとう。

「観光乙訓事始」と向日市文化資料館

向日市文化資料館に初めて出向いた。
そもそも向日市に関心を持たずに来た。
古い土地だということは知っていても、何があるのかすら知らないのだ。
だが、難読地名の物集女(もずめ)あり、近くの長岡京市には都もあったし、天神社もあり、春には筍が出るのだ。
この地域は「乙訓郡」オトクニ・グン と呼ばれ本当に旧い。
大山崎、長岡京、向日市とそれから。
その乙訓郡を中心にした「観光」の資料が集められていた。
名付けて「観光乙訓事始」、しかもpart2だとある。
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現代でも花の寺として有名な寺社がこの地域にいくつもあるのだが、明治32年つまり19世紀終盤にもそこを紹介するパンフなどがあった。
桜の名所案内と社寺参観券などがついている。
このシステムは江戸時代位に確立されていて、現代まで案外変わっていない。

乙訓名所図会というパノラマ地図もある。比叡山から神戸まで一望。

名勝写真の中には大原野神社、大山崎あたりを写したものもある。
思えば現代ではこうした名所へ出かけた人が自分から進んでネットにその地の写真を挙げたり、名物の紹介をしているのだ。誰に頼まれたわけでもないのに。
そしてそれらは思った以上に活用されもする。

鉄道競争双六 1925 大毎号と書かれた気球に乗った子供らが日本を見下ろしている。日本全土を使った双六。

かつて新京阪電車という会社があった。沿線を見ると今の阪急京都線などである。とはいえこれは阪急の自社設営線ではない。
それでもこの時代にほぼ現在と同じ駅名と路線を持つようになっている。

1930年に乙訓郡の尚武会(軍後援組織)と町村会の代表の人々が朝鮮満州に向かって出立した。乙訓出身者の慰安の為らしい。
そこで集めた観光資料がここにある。
朝鮮の金剛山の鳥瞰図は吉田初三郎のもの。これは以前にも見ている。
峻厳な山中にところどころ休憩所などがあるようだ。

大阪商船の出した航路案内リーフレットは見返し図もなかなか可愛い。
「冬の船旅」には春駒を「台湾航路案内」にはヤシの葉を「大連航路案内」には何故か象の絵が描かれている。

昭和三年には御大礼があり、それに因んだ絵はがきやパンフがある。
大礼記念絵はがき、写真はがきなどを見ると絵のものはカラフル、写真はモノクロ、それぞれ魅力的。

大正から昭和初期の名所案内絵はがきもいい。
楊谷観音、山崎聖天、桜井駅の別れ、水無瀬宮、善峰寺などなど。
たった20年ばかりの愛宕山鉄道というのもあり、その沿線案内図もある。
淀の競馬は今もあるが長岡も競馬をしていたのか。これも短い年数。
向日市には競輪場が存続している。

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かなり楽しめた。
1/15まで。

常設展を見る。
長岡京の時代の食事情とマジナイ関連が面白かった。
マジナイ(呪いと書いてマジナイなのだ)は木のヒトガタやミニチュアなど。
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食事は再現され、更にカロリーまで示されていた。
庶民:つけもの、青菜の汁、塩、玄米。
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役人:茄子の漬物、ワカメのすまし汁、なめる味噌、なます、イワシの炊いたん、栗に枝豆など。
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貴族:タイの塩焼き、白米、アワビのウニ合え、サトイモ、茗荷・人参・麥縄、醤(ひしお)、酢、清酒。
二の膳もあり、蘇(チーズ)、ところてん、鴨のなます、塩、柿やクリなど。
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なんだかもうたいへんおいしそうだった。

地方の歴史資料をみるのはやはりとても面白い。
また来よう。




確かこの地の阪急そばが美味しいと「酒場ミモザ」にあったので出向いた。
かつおだしの濃いおうどんをいただいた。
あったかくなったところで、阪急からJRへ向かって歩いて行った。

雪の降る中、向日市文化資料館―龍谷ミュージアム―茶道資料館―高島屋、そんなルートで遊んだのだった。

「白描の美 ―図像・歌仙・物語―」 (前期)

大和文華館で特別展「白描の美 ―図像・歌仙・物語―」展をみる。
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白描といえばコトバンクから引用すると
「東洋画で、墨1色を用い、筆線を主体として描く技法。また、その絵。中国では唐代に発達。日本では平安時代以降に盛行し、鎌倉時代には繊細な美しさを持つ白描大和絵様式の絵巻類がつくられた。」
という定義になる。

わたしが最初に見た「白描」はマンガだった。
画力の高い作家のそれもまたこの「白描の美」の系譜に連なるものだと思っている。

石川淳の小説にも「白描」がある。1939年の作で舞台は1936年。
作中に現れるクラウス博士はブルーノ・タウトをモデルとしている。
(1936年のタウトは熱海の日向邸を拵えている)
そのクラウス博士の肖像画を描こうとしても結局色は載せられず白描になってしまうというエピソードがある。
「…それはただの白描」
台詞として現れるのはここだけだったように思う。
しかし小説のタイトルはやはり「白描」なのである。
石川淳の小説とこの展覧会とは何もリンクしていないが、わたしはあの小説を思い出すことを止めなかった。

展覧会の趣旨をここに引用する。
「墨線を主体にモチーフを描き出す白描は、平安時代後半、様々な仏の姿を表した白描図像に盛んに用いられました。師資相承の中で密教僧の間に伝わった白描図像は、僧侶自身が転写することにより表れた楚々とした素朴な味わいがあります。やがて、図像の集積が進むと、高い画技を持った画僧や専門的な技術を持った絵仏師が携わるものも多くなり、観賞性の高い白描図像が制作されます。白描の持つ純粋で静謐な美しさには、彩色画とは異なる価値が見出され、歌仙や物語を描く技法の一つとしても展開します。
本展覧会では、白描の描法が用いられた図像・歌仙絵・物語絵を合わせて取り上げることで、画題による描線や画趣の差異、あるいは共通性を具体的に明らかにし、白描画特有の美意識に迫ります。また、中世の白描図像から幕末のやまと絵作品にまで視野を広げることで、時代による描き手や美意識の違いによって白描の技法がどのように理解され、表現と結びついていくのかを考察したいと思います。著色画や淡彩画とも異なる、白描画の魅力をご紹介します。たおやかな描線の美をお楽しみ下さい。」


ということで白描の世界へ向かう。
<図像>
高僧図像 観祐 1163 大東急記念文庫  解説が興味深かった。
・天台宗を中心に30人・善無畏から達磨から空海から円仁へ(「台密」の祖師が多い) ・真宗小野流の僧・観祐が石山寺で写した・油紙を使用。
わたしが見たときには義操、空海のあたりが出ていた。そこから慈覚大師の円仁あたりまで。円珍の智証大師について「三井の祖師」とも記されていた。こういう説明があるにしても、この時代ではすでに何らかのパターンがあったのだろう。

不動儀軌 兼胤 1245 奈良博  これも解説が面白い。それによると天台宗も「東密」の図像をこうした形で収集していたとか。だからこの兼胤も鎌倉で写したそうな。とはいえ原本は天台宗に伝わっているそう。
なんだかこうした事情と言うものが面白い。
紙は「宿紙」のような灰色。リサイクル用紙。シュクシ。
そこに色んな不動象のパターンが描かれていて、中には四面四臂の不動も。顔と首の間には獅子までいてたいそうにぎやかな不動。

十五鬼神図巻 13世紀 大和文華館  久しぶりに見た。赤ちゃんの夜泣きなどの原因となる鬼たち大集合図。トリ、フクロウ、蛇らの他に色々。
赤ちゃんをあやすのに困っている女たちの絵もある。最後に乾闥婆がいてにらみを利かせている。

<歌仙>
時代不同歌合絵(白描上畳本)小野小町・正三位家隆 13世紀  うつむく女の口元からは微かに鉄漿が見える。相対する公はどっしり座っている。
歌人同士の取り合わせとわかってはいるが、なにやらそこにも「わけ」がありそうな様子にも見えるのが面白くもある。
他にも同じシリーズで延喜帝(醍醐帝)、蝉丸の絵もある。
蝉丸は目を閉じ僧形で袈裟を付け、手には数珠。

時代不同歌合絵 蝉丸 15世紀 徳川美術館  こちらの蝉丸は睫毛の長い僧形のヒトで手には扇子。
なかなか菅楯彦クラスの美少年蝉丸はおらんのう。

釈教三十六歌仙絵巻 南北朝時代 東京国立博物館  達磨大師と16歳の厩戸皇子、こちらは和歌はなし。菩提僊那と行基。取り合わせが結構面白い。
達磨のアウトライン、行基の口に朱線が入るのもいい。
いずれも背景なし。

釈教三十六歌仙絵巻断簡 弘法大師 南北朝時代 大和文華館  こちらは前掲のとはまた違うもの。大師のいるのは海の近くの御堂も傍らの木の洞。三鈷杵を持っている。松や土坡がうねる。物語絵のようにも見える。

釈教三十六歌仙絵巻断簡 喜撰法師 南北朝時代  だらけたタレ目のおっちゃん。
僧正聖宝 アタマが三つの山に分かれているところと言い、下がり眉と言い、鼻の形顎の形と言い、横山光輝が描いたのかと思いましたわー
印を結んでいるらしいがよくわからない。
 
<物語>
華厳五十五所絵巻断簡 13世紀 東博  
・文殊菩薩 善財坊やが林の中で文殊菩薩の説法をありがたく聴いているところ。他に七人いる。仏たちは蓮台。
・普賢菩薩 仏も多いが聴衆も多い。優しそうに仏が先に坊やに話しかけている。
善財坊やの旅の始まりと終わり。

金光明経第四残巻(目無経) 12世紀 東博  絵は正直なところあまりよくわからないが、ところどころに人体らしきものが見える。目無しどころかのっぺらぼうである。ただし女の手は可愛い。

伊勢物語下絵梵字経 13世紀 大和文華館  筒井筒、水鏡、宇津山。様々なシーンが描かれている。

伊勢物語下絵梵字経 13世紀 大東急記念文庫  帝を裏切る恋、女は蔵に閉じ込められ、その蔵の外で男が笛を吹く。
源氏より昔男の方がやらかしすぎているな。

源氏物語絵詞 鎌倉時代 徳川美術館  匂宮の従者が外で待つところ。
これと元は粘葉製本の仲間だったのが大和文華館にある。
源氏物語浮舟帖 室内にいる女たちの髪のうねりがとても魅力的。
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白描でいちばん魅力的なのは実は女の長い髪かもしれない。

隆房卿艶詞絵巻 鎌倉時代 国立歴史民俗博物館  詞書は金泥も。山らしきものが描かれている。絵は白描。庭の木を見る男女。松や紅葉や梅、それらが葦手に。2シーンが出ていた。

尹大納言絵巻断簡 14世紀 五島美術館  室内にいる男女の絵なのだが前後がわからないからどんな状況かがわからない。しかし案外ただ遊ぶ相談をしているだけかもしれない。←「紫式部日記」の絵からどうもそんなことを思うようになった。

善教房絵詞 鎌倉時代 サントリー美術館  模本を岡田為恭が描いている。どちらも展示されている。
まじめな善教房がある屋敷内でいろいろ説くのだがだれも聴いていない。
女たちの生き生きした様子がいい。魚をさばいたり文句を言ったり酒を飲んだり。こういうのも楽しい。

西行物語絵巻 室町時代 サントリー美術館 1巻を見た。まだ佐藤さんの時代。けっこうスピーディーな展開。横に物語が進むのだが空間も断絶していない。時間と空間の処理がいい。

源氏物語絵も多い。
源氏物語絵巻 須磨 室町時代 石山寺  素朴な絵柄。
どこの場面かわからないが枯れ蓮のえもよかった。

花鳥風月物語絵巻断簡 この話も思えばそれがどうしたのかと思うが、絵が可愛いからいい。
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源氏物語歌合絵巻断簡 室町時代 石山寺  藤壷は伏し目がちで秋好中宮は上目遣い。細かいところだが表情の違いもはっきりしてきた。

いよいよ職業画家の絵が現れた。
源氏物語図屏風 伝土佐光則 17世紀 東博  丁寧な絵で詞書は当時の公卿たちによるもの。金泥の雲の使い方がいい。

源氏物語画帖 伝住吉具慶筆 17世紀 根津美術館  こちらも細密で丁寧。御簾もいい。夕顔の家の様子も細かい。十二単の文様も素敵。

伊勢物語図屏風 17世紀 根津美  49シーンが描かれている。盛りだくさん。目つきはちょっとやらしい昔男くん。

竹取物語図 田中訥言 19世紀  室内で媼が優しく幼い姫を見守る。翁も傍らにいる。高畑勲さんの「かぐや姫」を思い出した。

藤原師長図 田中訥言 19世紀 琵琶べんべん。微かに色がついているがその薄さがまた上品でよい。
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納涼図 岡田為恭 19世紀 根津美  泉殿で老人、少年、少女がいる。
釣燈籠がいい。

謌神図 吉川霊華 1927  かしん・ず。上代風の女神。とはいえ装束は十二単で髪のみ上代風。松がゆったりと伸び、水面も静か。傍らには青銅鏡がある。
近代絵画だが心は古代のもののようにもみえる。とても美麗。

白描の面白さを堪能した。
後期展示も見に行こうと思う。

日本画にみる 四季のうつろい

西宮大谷美術館、新春恒例の日本画展を見てきた。
今年は「日本画にみる 四季のうつろい」展である。
近年は秋の風情が薄れつつあるが、日本には四季がある。
近代の日本画は春夏秋冬を描き分け、それぞれの喜び、またはある種の哀しみ、諦念を、そして人の手の届かぬ自然の大きさを絵にしてきた。
情緒的と一言ではくくれないが、確かに風景画にも、季節を背景にした人物画にも情緒が活きているのは確かだ。
それらがいつから日本画から消えたのかは知らない。
今回の展覧会ではその四季の情緒を活かした絵が並んでいた。
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一階の展示室へ向かうと、もう歩き始めたときから一枚の絵が見えている。
セピアというより枯れ草色に雪が降り積もる絵である。
以前にもこの光景があった。
山下摩起の「雪」である。
その絵に向かって観客は歩いてゆく。

展示室に来ると、真正面の「雪」からではなくに大観の旭と山桜を描いた絵を見ることが始まりとなる。
大和心 「やまとこころ」と題された絵には赤い旭と咲きこぼれる山桜とが描かれている。
1941年頃というから、もう日本ものんべんだらりとした暮らし方を厳しく咎められる時期に入っていたのだ。
明治の書生気質を長く身につけた大観は、何の疑いもなく「大和心」の象徴を描いたのだろうなあ。

花の絵が並ぶ。
小倉遊亀 赤絵鉢 いい感じの赤絵鉢と柿が1つ置かれている。背後は八丁味噌のような色地でところどころ金継ぎのような線が走る。
何かの内側にあるような気がしてきた…

前田青邨 薔薇 1966 青い壺に入る薔薇。青邨は梅や桜や薔薇を描くとき、彼の様式とでもいうべき掟に従って描いている。花は満開、その枝振りが心に残る、そんな花が多い。

山口蓬春 瓶花 1958 戦後になって蓬春の絵がとてもモダンになった。これもそう。
黄色いマーガレットのような花と瑞々しい緑の茎と。活けている花瓶はメタリックなブラウン色を見せるもので、金属ではなく多分焼き締められたもの。しかしどこかメタリックに見えるところがとてもカッコイイ。

椿 山下摩起 1935 暗い絵なので何があるのかわかりにくいが、よくよく見ると椿にたわむれる鳩や小鳥もいて、案外楽しそうな暗い空間が作られているのだった。

関雪の中国文学・歴史などへの造詣の深さが現れた絵を見る。
僊女 1926 とても大きな絵なのだ。280x171.
何度も見ているがやはりいい。2013年の回顧展でもこの絵はいい位置にあった。
今回、ちょっと大きな画像を挙げる。
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上の雌鹿は藤を食べる。なんとなくイソップの「恩知らずの鹿」の話を想う。
下で牡鹿は丸顔の僊女に甘える。雌鹿が藤を食べるのはそんな牡鹿への抗議か。
僊女のそばにはバスケット。ピクニックなのか薬草摘みなのか、どこか白雪姫が森の中にいるような風情もある。

続赤壁図 1915 汀には鶴も飛ぶ。左隻に小舟の一行。この屏風の大縁は絵の岩場とほぼ同色の銀鼠色でそこには関雪の様々な印章が文様として浮き出ている。

山下摩起 女三態之図 1936 キュビズムで構成されている、とは言い切れないが、キュビズムが活きているとは言えるかもしれない。
左から三味線を持つ芸妓、扇を持つ女、羽子板を持つ娘の三人が座している。背景は白。
詳しいことはわたしにはわからないが、女たちは別段なんらかの関係性も持たないようである。

寺島紫明 冬靄 1941 全体を靄が覆っている。オカッパではないが肩辺りで切りそろえた髪がやや乱れた女がいる。
セーター姿だが手には櫛がある。ブラシではなく櫛が。
若い女のその様子には何か事情があるのかもしれない。しかしその事情は伝わらない。
この女はそれを話してくれそうにない。
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画家に見る四季
下村良之助、川合玉堂、福田眉仙らの小さな特集がある。
下村の先鋭的な作品、玉堂の牧歌的な風景、眉仙の南画による山水画。
それぞれが自分の季節を描く。

玉堂は8点出ていて、四季がはっきりと分かれていた。
静かな滝を描いた「幽瀑」と激しい流れを鳥たちが見おろす「奔湍」を並べたのもいい感じ。
働く人々も季節によりその様子を変える。山の中の農家の暮らしがそこにある。
冬は「蓬莱銀色」として蓬莱山に雪が降り積もる様子を描く。
その山の壁面が三人の子供の顔に見えるのも妙に楽しい。シンプルな線の顔たち。

この「蓬莱銀色」はお題として人気があったのか、眉仙も描いている。
こちらの雪にまみれる蓬莱山が描かれていて、金の月と舞う鶴もいた。

・風景表現に見る四季
児玉希望 泉声鳥語 1932 三羽の鶺鴒らしき青い鳥がどっどっとゆく滝を見る。
何か語り合っているようだが、人の言葉には変換されないので聴こえない。

入江波光 雨中耕牛図 1937 もあぁとした銀色の中、牛が水から上がる後姿がある。
これは海外での研鑽が作品に出たものだと思う。
バルビゾン派のような雰囲気が活きている。

富岡鉄斎の金地に墨絵の大胆な絵が出てきた。
山水図(仙境図・水石間図) 1907 なんだかもう、無頼な奴らが最後の最後の頼みの綱の宝探しにやってきて、どんどん沼に落ちたり原住民や猛獣に襲われて数が減って行って、それでも必死で秘境の中を這いずりまわって、ようやくたどり着いたときに目の前に広がる巨大な古代の湖、という感じがしてならない。

富田渓仙 淀城 1931 お城がはっきりと表れ、川には大きな水車とその周りに集う鷺が6話。勢いよく水は流れ続ける。
この風景は旧幕時代のものだということを想う。

木島桜谷 新鵑 山中のずーっと上の方で姿もほとんど見えぬが鋭い一声を響かせながら飛んでゆく新米の杜鵑。

横山大観 若葉 1914 山の中の木々の葉の色の違い。ぴょこんと現れるリス。可愛い。
この絵を最初に見たのはもう随分前、90年代初頭だった。今では百年前の絵だが当時は「…案外大正は遠くないのか」という気がしていた。
古い時代の絵、随分前の記憶、なんとなくそれだけでも楽しい。

大観はこうした絵の方がいいと思う。仰々しい絵などより小さい絵や大きくとも絵の中身が可愛いものの方が巧い。
こちらは同じくリスを描いたもの。



菱田春草 秋林遊鹿 1909 林の中で一休みする牡鹿。質感のある毛並み。
この林には春草の描く秋がある。永遠の時間を活きる春草の秋。
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リスが可愛いのでもう一枚。イメージ (10)

日本の山岳を描くのに長けた山元春挙、彼の絵が二点。
渓山密雪図 1926 激しい吹雪。しかし鳥は飛ぶ。
雪渓遊鹿 1922 タイトルの鹿を探す。・・・見在らない。もっとよく探す。あ…
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・美人画にみる四季
北野恒富 春餘 1929-30 愛らしい舞妓。横顔の可愛い娘。
今回ポスターに選ばれていた。



松園さんの美人画も三枚。
初夏、夏、秋の女たちがそこにいる。

伊東深水のは四枚。
舞妓 頭の飾りが朝顔と紅葉。着物は萩、帯は菊。秋、と見るべきだろうか。

菊 1960 勅使河原霞がモデルのものを思い出したが、あえてモデルを特定する必要もない。
1960年当時の現代婦人が菊を生ける図なのだ。

傘を開く女の絵が本当に好きだなあ、と二枚の「吹雪」をみながら改めて感心する。

・花鳥画にみる四季
濱田観 白木蓮 靄のかかったような青を背景に清楚な白木蓮が咲き乱れる。

川端龍子 夕顔 薄闇の中に白い大きな花が清く咲く。とても綺麗。

福田平八郎 紅葉 1950 トリミングしたような画面構成がいい。左右から紅葉がコンニチハしている。


いいものをたくさん見れて楽しかった。
2/12まで。

シオノギコレクションの浮世絵

11/22と23の神農祭の際にシオノギ製薬の所蔵する浮世絵を見せてもらい、喜んでぱちぱち撮った。
そのまとめをしていなかった。
いいコレクション。

それから模型などがあったので、それも共にまとめた。





























娯楽の聖地 浅草 ―華やかなる130年―

以前にツイッターで挙げていたのをまとめたものである。

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わりと喜んで見に行き、ぱちぱち写真を撮っている。
こういう展覧会は好きだ。だが、感想を挙げるのは難しいので、こうして紹介する。

旧高岡石松邸 その3

旧高岡邸もこれで終わり。

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この位置から見ると瑞雲と羊の雲ってところかな。
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細部にゆこう。
襖の取っ手など
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地下の装飾の面白いところをご紹介。
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敷地内の別な建物も見よう。
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最後にこの建物のご紹介プレート
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見学させていただき、本当にありがとうございました。
面白い建物だったなあ。

旧高岡石松邸 その2

続き。

全体もいいのだが細部がまた面白くていい建物でしたわ。
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和室へ。
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欄間がすばらしい。
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雀が可愛い。
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こういう襖絵とか好きだなあ。

さて先ほどの塔屋に上がります。
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上を見る。IMGP0356_20170106125031cff.jpg

外を見るのだ。

ちょっとこれは変な位置で挙げるが、瓦の配列が綺麗なのはこの位置のがいいのであえて。
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眺めよろし。
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下りて行こう。
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細かいタイルと綺麗な薔薇の模様の壁。

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また室内のよいのをみる。
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絵が掛かっていた。昔はこんな風景だったようだ。
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で、面白い場所へ。詳しくは書きません。
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外へ。
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塔屋を見上げる。
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続く。

旧高岡石松邸 その1

日本各地の様々な近代建築を見たくてのこのこ旅に出たり、首都圏や京阪神をハイカイし倒しているけれど、たまーに唯一無二?としかいいようのない建物を見ることがある。
今回の旧高岡石松邸がそれ。
駅は近鉄の河内国分で、そこから徒歩数分。
堅下の葡萄もこのネキ(古い大阪弁。近くの意)やったな、などと思いながら訪ねたところがこちら。
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なんでも鉄網コンクリートというもので造られているそうな。モーラ式建築。
鉄筋やなしに鉄網。
このあたりがシロートのわたしにはわからない。
それで成り立つのか、と思うくらいなので、本当の凄さって理解しきれてないのだが、やっぱり凄いよね、これは。

なんかもう天守閣というかなんというか、塔屋というのか、展望台というのかよくわからんが、ちょっとばかり信長が拵えたという安土城を想いましたわ。

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もっとアップにしよう。
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漆喰で装飾も施されている。

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屋根瓦の〇〇〇と並ぶ様はサザエさんの髪型のようでもある。

振り返るとこちらにもこんなのがある。
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敷地内に面白い建物があるわけですよ。

こんにちは、と中へお邪魔いたします。
今は天理教北阪分教会となっております。ご厚意でこうして見学させてもろうております。

とにかく内部も興味が惹かれる装飾ばかりで、あっち見たりこっち見たりしてましたわ。
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これなんて、革細工みたいな感じに見えるよね。

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倶利伽羅龍…

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本高砂屋のマンデルチーゲルではないよ…

さきほどチラ見せのガラス。
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この鳥って松篁さんがよく描いた布哇あたりにおるやつらかな。

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さて階段へ。
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ライオン、ラーイオンーーー♪
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…「奥様ライオン劇場」のメロディを歌いながら見てみましょう。

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なんだかこの階段はすごくいいぞ。
忠太の拵えた大倉集古館の狛犬階段に匹敵する獅子階段。

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装飾が面白い。
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窓がまたなかなか。
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まだまだ続きます。

市川市の木内ギャラリー

市川市の国府台から徒歩数分のところにある木内ギャラリーに行きました。
以前に偶然行った時、あまりに可愛い建物なので喜んでぱちぱちスマホで撮ったのに、スマホの不調で全滅してたという哀しみの記憶がございましてな、今回は満を持してのカメラで行きました。←いや別に誰も期待してないよ。

元々のおうちの由来とか来歴はこちらへ。20世紀初頭の名建築です。

外観。国府台から道順に行ったときに見えてくるのはこちら側。
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こんにちは、と玄関に佇み上を見ると…
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中では市川市芳澤ガーデンギャラリーのこれまでの歩みを示すポスター展が開催中。
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廊下に浮かぶのが素敵だ。
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暖炉が可愛い。
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サンルームへ向かおう。
…サンルームだったかな。

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細部を見る。家具とかドアとか。
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二階へは上がれないけどいい階段。
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窓がなかなか昔らしい工夫が活きている。
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ああ、いい建物でしたなあ。

反対側から見よう。
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また来ます、ありがとう、木内ギャラリーと、スタッフの皆さん方。

おまけ。
ご近所の邸宅。なにやら資料館らしいが門は閉ざされていた。
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小田野直武と秋田蘭画 世界に挑んだ7年 その2

続き。
いよいよ秋田蘭画。
そこで再掲。
「秋田蘭画」の主な作者たち
小田野直武 1749-1780
佐竹曙山 1748-1785
佐竹義躬 1749-1800

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第四章 秋田蘭画の軌跡

応挙の眼鏡絵があった。
四条河原夕涼  芝居小屋がみえる。床も出ていて夏らしい愉しみを味わう町衆がいっぱい。
この絵はやはりどこか洋風仕立てに見えるので、ここで見ても違和感はない。
応挙の仕事の広さがよくわかる。

小田野直武の見たお江戸の風景、それを描いた画がある。
品川沖夜釣り、新川酒蔵の並び、高輪からの海景、寛永寺、梅屋敷、蓮の見えない不忍池。
小田野の見た・出かけた先の光景。リアルさがある。

写生帳を見るとハチス、菊、福寿草といった植物の他に青磁の器もあるし、妙な動物の絵もある。そこから本画になったものもあるだろう。
秋田の人らしく雷魚(ハタハタのことらしい)もあるし、植物の虎の尾もある。青紫の穂にナズナらしきものも一緒。
どことなくほのぼの。

唐人物図もある。
カラフルだが妙な感じの太宗図、葉っぱを持って頬に手を当てる唐美人、ナマナマしい恵比寿に大黒、あんまり可愛くない白ウサギの絵もある。

蘭画、妙だな。
こういう感想が湧いてくるのだが、それがまた何とも言えない無気味な圧力を伴って、こちらに押し寄せてくる。
決して好ましくはないのだが、変に気になるのだ。

みんなが種本にしたヨンストンの獅子、それを描いてもいる。
種本があってもみんなアクが強いからそれぞれ別な獅子になっているところが面白い。

リーディンガ―という画家の銅版画も種本だった。諸国馬画てか。
色んな国の馬の様子の絵なんだろうな。
日本だって木曽駒という名馬の産地を始め、恐山の方のちょっと小さい馬とか、栃木の馬とか色々。道産子やトカラ列島の馬はまた別か。
で、描かれているのは口を開けて馬の轡を取ろうとする男の図。

児童愛犬図 中国風の幼児らと洋犬。ただしこの洋犬はいわゆる「カメ」なので、小さくはない。

花鳥画も妙な面白さがある。
妙な妙なと書いてるが、要は変にアブラギッシュでそのくせ動きがないというか、泥絵・ガラス絵のようなベタさがあるからそんな風に思うのかもしれない。
日本において本当に洋画というものが成立したのはやはり明治以降なのだが、そこでも外光派とそうでない派との軋轢があるし…
小田野がその頃まで現役だったら(!)、どちらへ進んだろう。

鷺、芍薬の花かご、牡丹、紅い蓮…
牡丹の花びらの質感がいい。青白い花、端が薄紅の白い花と二つの花がある。指先のその質感が伝わるようで、リアルではないのにそうした実感がある。

唐太宗・花鳥山水画の三幅対がある。唐の太宗といえばわたしなどはすぐに諸星大二郎の「西遊妖猿伝」での李世民を思い出すなあ。このヒトは玄武門の変の立役者。
ここに描かれているのは蝗害から民を救ったことを示す、掌にイナゴを乗せた図。
もうほんと、どれもこれも蘭画、ランガーーーーッ叫びたくなる。

富嶽図 どこの国の富士山かはよく知らんが、黄瀬川から見た様子らしい。お留守居役で狂歌師の手柄岡持(お留守居役にはたまにこんな洒脱な人がいるもんだ)との関係がここでみてとれる。

殿様方の蘭画が出てきた。
曙山の写生帳に赤いインコが出てきた。ははあ、これがあれの元ネタか、
そう、松に唐鳥図。
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妙に可愛いな。
後世の平福百穂が編んだアンソロジーにもこの絵が選ばれているから、やっばり人気があったというか、心惹かれた人も少なくないわけです。

この時代のブームとして蘭画があった、というてもいいわけかと思う。
だから「蘭癖」なんて言葉も生まれる。これが当時の言葉か後世のものかは知らない。
話は飛ぶけど、曙山公なんてランペキもランペキだが、ついでに癇癖でも有名だった。
ランペキでカンペキの殿様、家来も難儀したことでしょうなあ。
後から殿様の性質が垣間見える資料が出てくる。怒りの殿様。

伊勢長島の殿様・増山雪斎の昆虫ノートが素晴らしい。
原題は字がきちんと出そうにない文字なので昆虫ノートと書いたが、ここでは蝉の抜け殻などについての絵が出ていて、もう本当に丁寧。
更に採集した日と俗名を俗な当て字で書いている。
・7/21 俗名 阿夫良蝉(アブラゼミ) 美武々(←鳴き声か?)
こんな感じで他にも「豆久豆保宇之」ツクツクボウシか?それや蜩、そして6種の抜け殻なども描いている。
マイマイ虫とかいうのもある。
博物学がブームでもあった時代。

細川重賢も蟹のリアルな絵を描き、更に名称も方言などを書いたり。虫の変態する様子まで観察して細かく描いている。
うーん、リアル。

松平定信は柳に白鷺と言うよくある題材ながら、ずらーーーっと鷺が並ぶというシュールな風景を描いている。
どなたかの画集にはポセイドンと海馬の絵もあるし、これはもうこの時代、パラダイスだったとしか言いようがない。

曙山はカキツバタにハサミというのもある。胡粉とプルシャンブルーを使うのがお大名。

義躬殿様はおとなしい絵を描いている。
植物写生図も過激なことはない。大和絵ではないところがやっぱりお仲間ではあるのだが。

田代忠国という藩士も蘭画をしている。
義躬とコラボしたのもある。タイトルがもういかにもそれ。
紅毛玻璃器図 ランを義躬殿様、ガラスや瓜、リンゴ、桃を田代。そしてこの鉢は手柄さんからのもらい物。

田代も変な絵を描いている。
ヘルメスもどきの紅毛童子図、福禄寿を分解した三聖人、首長美人の卓文君図など。

藤氏憲承という人も変わった絵を残している。
円窓美人図はこれはガラス絵にありそうな感じ。
椿花図 白に散り椿。

小田野の椿図は♪バラのマークの高島屋…のようだった。高岡徳太郎の原図のあれね。

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第五章 秋田蘭画の行方
まさかのもしかの謎の若死にを遂げる小田野直武。
結局彼が居なくなることで瓦解するというかブームが過ぎ去るのだね。

荻津勝孝 張良・韓信図  鬱屈したオッチャン二人の図。どちらのファンでもあるわたしとしてはヴィジュアルに大不満。

伝・小田野 布袋図  呵々大笑する不気味すぎる布袋。楳図かずおの怖いマンガに出てきそう。

太田洞玉 蝦蟇仙人図  蝦蟇がなにやら希望を抱いているような感じ。こういうのを見ると案外ほっとする。

作者不明の関羽図がギャーッなレベル。暗闇からこんな絵が出てきたら本当にギャーッですわ。
背後に張飛がおるのだが、揃ってギャーッですよ。

司馬江漢の絵が並ぶ。
七里ガ浜が灰色の海、漁師たちのたむろする海浜図は魚とれそうにない。
稚児が淵と金沢能見堂図衝立は表裏一体だが、名勝とは言えないな。

石川大浪 乱入図 朱印船vs阿蘭陀人。ほほう、こんな事件がありましたか。1628年の話。絵は1800年。

ミス・ラッセルズの絵を元にした少女愛犬図は可愛い。これは小田野の絵。
そして小田野の写生帳を模写したものもあった。

小田野直武、32歳で亡くなったのはつくづく残念。
秋田蘭画がもっと生き延びれば、日本の絵画の方向性もまた違った流派が続いたことでしょうなあ…。

こういう展覧会が開催されたこと、本当に凄いことだと思う。
サントリー美術館、ありがとう。
この展覧会がなかったら、知らないままだった。
驚きの展覧会でした。

マルチクリエイター 松本かつぢの世界 その2

続き。

かつぢは描き分けが巧いひとだった。
三種の「アラジンと魔法のランプ」がある。
同一人物の手によるものだと思えないほど違う。
違うがやはりかつぢなのだった。

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シルエット版。

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アラジンが中国人だということがよく伝わる。
武井武雄、初山滋に通じるモダンさがある。

そしてセル画もある。
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なんだかスゴいな。

こちらは可愛い黒猫ちゃんの活躍。
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幸せな童画。

そして手塚治虫より早い時期に描かれたといわれる「?のクローバー」
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構図も巧いなあ。数ページでこうしてまとまっていて、そこにドキドキもあり、やったー!もある。

抒情画のときの背景には謎めいたときめきがあるが、マンガにはあえてそれを排除していたようで、そこがまたいい。
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抒情画の付録などを集めたコーナーもいい。
メランコリックな風情を見せるものもあるが、やはりかつぢは健康で陽気な少女たちが多い。
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情景の魅力を改めて思う。
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かつぢは50歳になったのを機に童画に向かった。
そしてコンビのベビー用品に愛らしいキャラたちを描いた。
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とても懐かしいし、懐かしいだけでなく、遠いものではないことにも気づく。

松本かつぢ資料館は二子玉川にある。
開館情報やアクセスなどはこちら
近年、村上もとか「フイチン再見」で描かれたかつぢの温かな人柄、それは作品にもにじみ出ていた。
とてもよいものを2017年の始まりに見たことを喜んでいる。

マルチクリエイター 松本かつぢの世界 その1

手塚治虫記念館は元日から開館する。
2017年最初の展覧会はここから始めた。
松本かつぢ展が開催中。
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松本かつぢの展覧会はこれまで数度見ている。
近くは2013年の弥生美術館。当時の感想はこちら
それ以前は2006年。
それから兵庫県立歴史博物館では「かわいい!女子ワールド 松本かつぢと少女文化の源流」展。
当時の感想は二度に分けて挙げた。
12.

ところでこの元日、喜んで出かけた甲斐があった。
先着順のかつぢのコースターがもらえたのだ。嬉しいわ。
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今回の展覧会はご厚意により撮影可能なので喜んでぱちぱち撮りたおしてしまった。
かつぢ作品が近くなった気がして、とても嬉しい気持ちになっていた。

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かつぢは抒情画、マンガ、童画、そしてベビー用品のための絵などをそれぞれ異なる画風で描いた。
いずれも共通するのは温かな心である。

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ツイッターで紹介したクルミちゃんのマンガをみる。


純な性質のクルミちゃん、いいなあ。

こちらはサムネイル。拡大してください。
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クルミちゃんグッズ
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手塚と共に仕事をすることはなかったが、手塚はかつぢの作品を好きだということを語っている。

抒情画をみる。
物語絵として「真夏の夜の夢」
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色彩が綺麗。

大人な雰囲気のある人物を描いても、どこかに優しいゆとりがある。決してぎすぎすしない。
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ペン画の繊細さも素晴らしい。
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ツイッターでも書いたが、かつぢの抒情画でも特に好きな一枚。
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背景の野の様子はハインリヒ・フォーゲラーを思わせる。そこに少女が坐している。
アンデルセンの物語の少女が。
このシリーズはいずれも本当に好きだ。

かつぢは世界の少女を描く。
東南アジアを描いたこの絵を見て当時の少女たちは不思議な憧れを懐いたことだろう。
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かつぢの素描をみる。
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全く違うタッチだがどちらもかつぢの絵。こんなにも違うタッチを同時期に描いていたのは素晴らしいことだ。

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この背景にまず惹かれる。
親しみやすいキャラクターたちが向かうお城、そのお城にはいったい何が…と想像が広がる。

戦後の講談社の絵本シリーズの1、「不思議の国のアリス」をみる。
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優しく暖かくほのぼの。そしてキュートなキャラクターたち。

いいものをみた。
長くなるので続く。

2017年もよろしくお願いします。

トリyearということで。イメージ (11)

今年もよろしくお願いします。


        遊行七恵
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