美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「超絶入魂!時代劇画の神 平田弘史に刮目せよ!」

遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う にて挙げた分をこちらへ移動。
元記事はこちら

終了したとはいえ、弥生美術館での「超絶入魂!時代劇画の神 平田弘史に刮目せよ!」展は決してそのままにしていてはならぬ展覧会だった。
画期的なことだと言っていい。
現役作家ではあるが、「あの」が着く平田弘史の史上初の原画展なのである。

弥生美術館は挿絵専門の美術館として活きている。
その中でこれまでマンガ家・劇画家の原画展は何度かあり、いずれも大きな反響を呼んできた。
先般完結した村上もとか「フイチン再見」最終話の直前に、弥生美術館での2001年2期目「上田としこ・今村洋子・倉金章介-おてんば少女たち」展が採り上げられていたが、ここでのマンガ原画展と言えば前年の「わたなべまさこ・水野英子・牧美也子」展が手始めだったと思う。
1988年の「松本かつぢ」展にもむろんマンガは出ていたことだろうが、わたしは未見で何も言えない。いや、それよりも現代的な意味での「マンガ」というのなら、やはり2000年の「わたなべまさこ・水野英子・牧美也子」展を挙げるべきだと思っている。

また、近年では2012年に「伝説の劇画師 植木金矢」展が開催された。
(当時の感想はこちら)

この時漠然と、「劇画」という今では廃れたものもまた、ここでこそ展覧会として挙げられるべきものかもしれない、と思うようになった。
そして昨年には2本のマンガ家の原画展が開催され、いずれも大きな反響を呼んだ。
「わが青春の「同棲時代」 上村一夫×美女解体新書」展(感想はこちら)
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-3981.html
「山岸凉子展 「光 -てらす-」 ―メタモルフォーゼの世界― 」
前期の感想はこちら
後期の感想はこちら


今回、平田弘史展が開催されたのは将に「満を持して」という状況だったと思う。

1月から3月末の3か月間、ここで凄まじい熱量が放たれていた。
弥生美術館のツイッターをフォローしているわたしはRTされてくるファンの皆さんの様子に慄いた。そして展覧会内の様子にも震え上がった。
画面から飛び出してくるような迫力に恐れをなしたのである。

この展覧会が開催されることを知った時、わたしは平田弘史の作品は実際には未読なので、困った。
マンガ史の中での平田作品の逸話などは聞き知っていたが、実際に読む機会というものがなかなかなかったのだ。
ただ数年前、府中市美術館で「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」展を見ていて、そこに平田の「始末妻」が紹介されているのを見てはいた。
当時の感想はこちら


そうこうするうち、電脳マヴォというサイトを知り、それで検索すると出てきたのが
「太刀持 右馬之介」だった。

先の「始末妻」はこちら。

その壮絶な物語と凄絶な画力に圧倒された。
読んでる最中から胃が重くなり、読了後も本当に苦しかった。
激しい膂力で以て殴り倒されたような気すらした。
しかし決して厭な作品ではないのである。
右馬之介が気の毒でならなくなるのだ。
つまり主人公への思い入れ・肩入れが強くなり、それがために彼らに降りかかる非運・災難にこちらも激しく強く感応し、つらくなるのだ。

さて、前置きが長いのはいつものことながら、いよいよ原画拝見に赴く所存にござる。

チラシは「桶狭間出陣」の信長。この一枚絵の迫力からしても只事ではない。


平田弘史の半生を紹介する解説パネルや写真資料などを見るのだが、展示室に入った瞬間にギョッとなるのは案内プレートや作品展示ごとのタイトルが全て「平田弘史」なのである。
この言い方は適切ではないかもしれないが、平田弘史だとしか言いようがないのだ。
展示案内にまず「順路は右からです」とあるのだが、それが実は平田弘史のキャラが言うている。
弥生美術館のツイートを見たらどんな意味か分かっていただけると思う。
こちら。


このインパクトの大きさには思わずのけぞる。
そしてその壮絶な絵と台詞の丁寧さのギャップに笑ってしまうが、ここで初めて時代劇&特撮ギャグマンガ家ほりのぶゆきの根源に恐らくは平田弘史がいることを想うのだ。

平田弘史の出発点は、他のマンガを参考としていないということを知って仰天した。
木俣清史という挿絵画家の絵を参考にし、更には大阪の千日前のデパートで挿絵スクラップを入手してそれで学んだというのには、絶句するばかりである。
凄まじい気力と計り知れない能力とで平田弘史は作品を世に問うたのだ。
マンガも劇画も小説も一切読まず、他者の創作・フィクションを排除し、天理図書館に通い、徹底的に歴史書や古文書を読み漁り、研究し、自ら解読し、ついにそこから己の妄想を育みだした。

しかしそうは言っても一切の人間関係を断ち切ったわけではないようで、多くのマンガ家が貧困にあえいでいた時代に白土三平から仕事を貰ったこともあったそうだ。
そういう逸話は好きだ。
そして「0伝」という作品を連載していたが、その主人公の少年はどこか白土三平の「サスケ」にも似ていた。つまり可愛い少年なのである。
その少年の表紙絵が3点ばかりあったが、いつのまにかこの坊やは片目になっていた。
何があったのか気になる。

平田弘史は天理教の布教をしていた両親の子として板橋で生まれ、やがて天理に戻ったそうで、それだからか初期の作品に「大和川の侍」というのもある。
大和川が出てくるマンガと言えば本当に少ない。大抵は淀川である。
地縁というものを感じる。

初期作品はまだまだ絵も可愛さ・当時の時代性を感じさせるものだったが、やがて「劇画」となると、いきなり物凄いとしか言いようのない絵と物語が飛び出してきた。
この貸本ブームの時代、平田弘史は大阪の日の丸文庫から出ていた「魔像」に連載していた。
その読者感想ページがここで読めるようになっていたので、わたしもちらちら読んだが、当時の読者の心持が伝わってくる。
みんな、平田弘史作品にどつきまくられていたのだ。そしてその痛みに苦しみながらも、読まずにいられない体にされていたようだ。

出た!「おのれらに告ぐ」、そしてその元々の「血だるま剣法」の事件についての解説がある。
ここではそれは措くが、このことはわたしも随分前から知ってはいた。

展示された原画のページだけからでは、青年の言う「自分は差別された」「先生は偽善者だ」ということの真偽はわからない。
しかしその剣術の先生は青年によって無残極まりない殺され方をし、更にはその血文字が残されているというのには息が詰まってくる。
この血文字に匹敵するのは馬琴の八犬伝での犬阪毛野が「鏖」と書いた場面、山上たつひこ「光る風」での兄の自殺の場面、福本伸行「銀と金」の神威家の殺し合いの場面ではないか。

それにしても物凄まじいばかりの画力である。
その画力は物語の強さにふさわしい。
次々と作品を見てゆく。

「日陰者の死」の哀れさは双子萌えのわたしに沁みる。

「被虐の受太刀」 南條範夫原作とあり、とても納得。もう本当にこの分野は南條の独擅場だと思う。
マゾヒストの少年が義理の伯母に「切ってください、傷つけてください」と懇願する場面などは特にたまらなかった。
平田弘史は虐げられる下級武士を描くが、被虐の快楽を追求したわけではない。
しかし描かれた情景には危うすぎる魅力が滲み出ている。
これはなんなのか。

わたしは2-3歳の頃に南條の怖い作品をドラマか何かで見たらしく、今もその作品は大きなトラウマになっていて、恐怖しか感じないのだが、長じてようやく他の作品も読むようになり、南條の被虐趣味よりは少年愛を描いた作品の方により強く惹かれるようになった。
(実際「城下の少年」を読んだことで相当な負担が軽減されたのだ)
とはいえ、決して消えない傷はある。
南條の文章も大概恐ろしいが、それが絵になるといよいよ恐怖が増す。
山口貴由「シグルイ」などその最たるものだが、今回の展示であの題字を書いたのが平田弘史だと知って、改めて震えが来た。

ここで少し飛ぶが、平田の書は独特の力強さに満ち満ちていて、意味不明なまでの迫力がある。
彼に題字を書いてもらった作品群が展覧会最後に集まっていたが、そこに「シグルイ」があるのを見て納得した。
わたしと隣家の従弟とは同じ本はかぶらないようにしながら買い集めているが、互いに「シグルイ」は欲しいけれど手元に置くことが恐怖でならないので、未だに困り続けている。なにしろあの題字を見ただけでぞわぞわするのだ。
今回、平田弘史の書だと知ったことで、却って心が落ち着いてきた気はする。

原画再び。
「嘘」 とんでもない話である。これは困った…
「反骨刃傷記」 表紙絵は十二神将の一が描かれている。強靭な絵である。
「刃返し斬法」 カラー原画が出ていた。

筆書きの書の凄まじさについては一旦措いて、小さいことを書くと、波が打ち寄せる擬音「ザパーッ」が白土三平のそれに似ていた。
こういうのをみつけるとちょっと嬉しい。

1969年の「侍コミック」掲載の「百姓二人」だが、これは表紙絵から迫力に満ち満ちていた。抜身の刃を持った侍が全速力で駆けてくるのだ。絵の枠を飛び越えてこちらへ飛んできそうな威力がある。
この号にはほかに村野守美「モガリ笛」がある。

「それがし乞食にあらず」 これまたなんかモノスゴイ話である。足軽で子沢山なのに乳飲み子残して妻病死、近隣の同僚たちがみんないい人ばかりで早速お乳をあげたり、「うちがあの子を」「うちはあの子を」と言ってくれたりおかずを差し入れしてくれるのに、タイトルの台詞。
原画はこのあたりまでだが、もう本当に貧窮がひしひしと伝わる。
結局子らはみんな餓死して、近隣の人々から鬼扱いされる男。彼は一体なぜそこまで頑ななのか。
結局は主君への忠義からのことなのだが、わたしなどはもう完全に意味不明だとしか思えない。

映画とタイアップした仕事が紹介されている。
「座頭市」「人斬り」「片目の軍師」などがそれである。
しかし映画の世界観をそのまま再現するわけではなく、平田弘史は平田弘史の思想でもって作品を完成させている。

描写の凄さを実感した作品がある。
「弓道士魂」 三十三間堂の通し矢をしようとする少年武士の話である。
失敗すれば処刑されるという状況の中での激しい集中力が描かれているが、その表現が怖い。鼻血が出てきたのを見ると、もう彼の内部ではもっと著しい破壊が起こっているのではないか。

子どもの頃に読んだ「アストロ球団」でこんなシーンがあった。一球入魂のあまり、血管が切れるどころか、投げ切った後に老人になる男がいた。
「侍ジャイアンツ」の原作もラスト、まさかの主人公の死があった。
野球も弓も集中しすぎて最後はとんでもないことになるのだった。

この話の外伝にあたるものもあった。弓道の名人「天下惣一」になったとしても次々に新しい者が加われば価値は下がる。そのことを愁いて…

平田弘史はアシスタントを使わないそうだ。彼の画力に追いつける人はいなかったそうで、ある時から愛妻が手伝うようになったが、やはり一人で描くように戻った。
アシなしで物凄い画力の高さというと、ながやす巧が思い出される。

その画力の高さ・構成の巧さを特に強く味わえるのが現れた。
「首代引受人」 この冒頭が素晴らしい。表紙の後の2,3,4ページが一枚絵として使われているが、それがもう只ならぬ雰囲気で満ちている。編笠の侍が向こうからこちらへ歩み寄ってくる情景を描いているのだが、凄まじい気迫がある。鬼気迫るというべきか。
その様子に気づいたのはこの屋敷の息子。目があい、その訪問者を待つ。用件を問うと…

この「歩み寄る」シーンの凄さ・魅力の大きさは映画「アラビアのロレンス」で、ロレンスとあるアラブ人の男とが井戸の水を調達しているときに、ずっと向こう、陽炎が立ち上る果てからゆっくりと近づいてくる黒装束の男を見る、あのシーンに匹敵する。
あれは数分間を使った長廻しのシーンで、素晴らしかった。
萩尾望都はそのシーンにときめいて、自作「マージナル」でも再現を試みている。
平田弘史はその圧倒的な不穏さを3ページで表現した。
いずれも皆素晴らしい。

この首代引き受けの話はリメイクもされている。悲惨な話だがかなり面白いのは事実である。だから何度もリメイクされる。
「約束手形」「新首代引受人」…

機械工学に詳しい平田弘史は1995年の時点でmacを導入し、ソフトウェアの開発にも協力したそうだが、彼の圧倒的なペン画は当時の技術では完全な再現は望めなかったそうで、手を引いている。
そのカラー作品を見たが、細部の魅力が引き出せなくなっていて、惜しい。今ならもっとよい状況になっているが。

珍しく女性誌「週刊女性」にも短編を一本描いていた。
「無双奥義太刀」 これは残酷性はやや薄れてはいるが、しかし悲哀に満ちた物語である。
子の為に辻斬りをする父、その子が長じて後に… せつないのう。
そう言えば70年代初頭の女性週刊誌は意外とこうした作品を掲載していた。
望月三起也「薔薇のイブ」もそう。

父と子の哀しさを描いたのは他にもある。
庶民もせつないが侍も苦しい。

「茶筅髪禁止令」 泰平の世になったから、戦国の気風を残す茶筅髪を幕府が禁止した。それは「侍」の力を削ぐことであり、軟弱化させる目論みなのだが、それを拒否する侍がいる。結局そうなると藩としては御公儀に逆らえぬから死罪を申し付けることになる。検死役も最後にもう一度勧めるが、意志は固く、侍であることを誇りに思う男は息子に介錯の役目を負わせ、十文字に腹を切る。
しかも一旦腹を切ってから息をつき、息子に介錯のタイミングを教えるのだ。
やがて喉を掻っ切ったその時に息子は介錯する。首が跳ね飛ぶ。
息子も後追いしようとするが、それは止められる。

ここで「切腹の美学」という言葉が掲げられていた。
平田弘史は19歳の時に重い盲腸の手術をしたが、昏睡から覚めないかもしれないという理由で、麻酔なしで盲腸の手術をしたそうだ。
臓物が引っ張り出されるナマナマシイ感覚をはっきりと知ったというのが怖い。
そして実際に割腹自殺を遂げた三島由紀夫は平田弘史のファンだったそうだ。

ところで介錯した場合、首の皮一枚残すのが巧い斬り手だと聞いているが、実際の所はやはり首を跳ね飛ばすか、または頚骨を斬り損ねて、中途半端に刺さったままで終わってしまう、というのも多かったと聞く。
平田弘史の作品ではきちんと介錯出来ているので、つまりみんな腕は立つのだった。

中央のケースでは貸本マンガが紹介されていた。
辰巳ヨシヒロ「死人のおかえり」、さいとうたかを「無宿大名」、佐藤まさあき「野望」がある。
「無宿大名」が掲載されていた「魔像」の紹介をしたツイートはこちら。

この「野望」の表紙が面白い。ソフト帽にスーツ姿の優男が顎に手袋をはめた手を挟んでいる。妙にナルシスティック。
「野望」はドラマ化されたが、一部だけ偶然再放送で見たことがある。
あの天知茂がハワイの海岸で幼な妻と追いかけっこをしながら「わははははは」と楽しそうに笑っている、という殆どホラーな情景だった。

他にわたなべまさこの薄幸の少女ものがある。
それから雑誌「黒猫」「影」の表紙絵がなかなか怖い。
つげ義春「ゲンセンカン主人」の始まり辺りのページが出ていた。
初期の頃の少年マガジン、サンデー、ジャンプも並ぶ。ジャンプのその表紙は「侍ジャイアンツ」だった。上村一夫の喪服の女の前に髑髏が鼻血ブーしているのもある。

平田弘史は南條範夫作品を描くことも色々あった。
「無為の生涯」「邪淫許すまじ」
滝口康彦作品もいくつか。滝口と言えば「拝領妻始末」しか知らないが、このヒトも無残な話が多そうだ。他にシバレンの「無念半平太」というのもあった。

「介錯」 そのタイトル文字がたまらない。「介」の垂れ方、「錯」の締まり具合。
とてもかっこいい。

二階では「太刀持右馬之助」から始まった。
可哀想な話だが、色々と身につまされるところもある。

そして世評高き「薩摩義士伝」。この異様な力強さ・迫力にはただただ圧倒されるばかりだった。
第一話「ひえもんとり」がそもそも凄まじい。
わたしは「ひえもん」と言うと歌舞伎の「助六」の「ひえもんでぇす」というのを思い起こすが、あれは江戸の銭湯で体が冷えてますが失礼、くらいの意味の言葉なのだが、薩摩の「ひえもん」はなんと生肝のことをいうのだ。
つまり罪人の生肝を奪い合う、という大殺戮ゲームなのだ。
だがその罪人の男がまた物凄まじい。
下帯一枚になりながら「突かば突いてみい、罪人一人に群がる蟻侍共!」
うわーーーーーーっっっっっ

眩暈がして腰が立たなくなってきたところへほっとするものが現れた。
1990年のヤングマガジンでのエッセイマンガ「平田弘史のお父さん物語」である。これは4ページもので絵はあの通りだが、なかなかユーモラスな平田弘史の日常を描いていて、絵があれだけにそのギャップが面白くてならない。
「弘ちゃん」「よっちゃん」と呼び合う仲良しの御夫婦の姿がいい。
ページの端には「お母さん」の一言もある。
こういうのは本当にホッとする。

平田弘史の初期作品に「ボクのおじさん」というのがあるが、あれは風俗は江戸ものだが言葉は描かれた当時のものでほのぼのものだった。
どこか「丹下左膳 百万両の壺」を思い起こさせるようなユーモアがあった。

絵が凄いから却ってユーモアが深くなる。

そして平田弘史の進化は続き、無残な話から転回し、「ミスターマガジン」で連載した「無名の人々」シリーズが生まれる。
中でも「怪力の母」という作品はあたたかみのあるもので、女相撲をしている女たちの描写が明るくていい。

玩具のバンダイの「戦国歩数計」のイラストを担当しているのがまたなんだかスゴイぞ。

前述した平田弘史の書は多くの漫画家たちに支持され、作品タイトルによく使われている。
大友克洋「AKIRA」の「アキラ」もそうだし、「シグルイ」、それから「ディエンビエンフー」、「蛮勇引力」、「バンデット」、「ますらお」などがある。
「ますらお」は最初に連載されたのが中断してから18年後に再開しているが、どちらも平田弘史の書ではあるが、こうして比較すると違う字なので、新たに書き起こしたのがわかる。


この書のど迫力に慄くことも少なくないが、しかしその迫力が魂に響くことは確かなのだ。
「バンデット」もあの暑苦しい絵柄と物語にタイトルがマッチしているし、最近ようやく面白くなってきているので、毎号楽しみに読むようになった。
今後はタイトルは平田弘史ののだと思いながら見ると二重に楽しめるだろう。

ところで平田弘史は天理教と関係が深く、それで教祖絵伝を描いていたが、教義が変容していることを感じ、向こうとの関係もよくなくなって、ついに縁が切れたそうである。そのことも含めてきちんと紹介されているのは、この回顧展にはとても大事なことだと思った。

平田弘史へのオマージュを記した多くの漫画家たちのメッセージがある。
花輪、政岡、山口、宮谷、本宮、ながやす、バロン、池上、みなもと、神田、あだち、かざま、天野、かわぐち、里中、北崎、竹宮…錚々たる人々からのカードはいずれも魅力的だった。

凄まじい力業に圧倒された。
お礼を申し上げよう。
平田弘史先生、今後の活躍をお祈りいたします。
素晴らしい作品世界をありがとうございます。
弥生美術館へもこの展覧会を企画されたことを讃えたい。
凄かった……
スポンサーサイト

古唐津 大いなるやきものの時代

出光美術館の「古唐津」展はとても素敵な展覧会だった。
わたしはどうしても最終日にしか行けず、惜しいことをした。
イメージ (159)

古唐津は「こがらつ」と読む。こからつと読むこともある。
わたしはアクセントの問題やなんだかんだあるので「からつやきのふるいの」と言う。
これだけでなく、古陶は何でもそういう物言いで通している。
ただし書くのは別で「古唐津」だが、実は一発変換してくれないので「ふるからつ」で打っている。

出光美術館は最初の展示空間が巧い。
世田谷美術館同様、まずぱっ と観客の意識を一気に掴む構造を取っている。
「さてそろそろ」ではなくいきなり「おおっ」で始まる。
そこにどんどんどんといいのを揃え、わかりやすい言葉で観客を誘導する。

今回はまたとてもいい解説が続いていた。
それは詩人の紡ぎ出した言葉だった。
しかし晦渋なものではなく、わかりやすい文章で構成されていて、そのうえ皆の知る言葉を使いながらも、新しい意識を導き出す構造を取っていた。
章立てをみてみよう。
序章 古唐津への招待 ―その経糸と緯糸―
第一章 絵唐津の大皿と茶陶
第二章 茶碗
第三章 朝鮮唐津と斑唐津 ―綾なす色、温雅なる白
第四章 古唐津の宴 ―懐石の食器と酒器
終章 近代への響き

この縦糸と緯糸という言葉とその説明とにシビレた。
唐津と朝鮮と桃山の関係性をこんな風に表現しているのを読みたかったのだ。

チラシに選ばれた壺が現れた。
絵唐津柿文三耳壺 桃山時代 17cmの可愛い壺の表面によく実った柿の木が描かれている。●で表現された柿。完熟しているようだ。丸々とした美味しそうな柿。
朽葉色に鉄絵。幹の具合や枝振りを見ると、ノイエ・タンツの踊り手がいるようにも見える。耳は小さく90度に立つ。ちょっと虎耳のようで可愛い。

そろばん玉の形の壺、「さざれ石」と銘打たれた枇杷色あるいは朽ち葉色の茶碗、李朝の白磁に描かれた草花に似た線を見せるもの、黒織部に似たもの、薔薇のようなぐりぐり文のあるもの…
可愛さが目に染みる。

粉青鉄絵、志野焼、織部、それらと並んで古唐津がある。
縦糸と緯糸という言葉が本当に納得できる。
そこから少しずれるとあれになるのか、あちらへ行くとこれなのか。
そうした軸線のずれにあるやきものを想うのも楽しい。

桃山時代の奔放さ、それも愉快だった。
絵唐津人物文筒茶碗 蓑笠姿の人物が細道を上ってゆく。どこへ行くかは誰も知らない。

少し時代が後の屏風が出ていた。探幽の「叭叭鳥・小禽図屏風」である。
目つきの悪い叭叭鳥、仲間に何か話しかけている。もう一方の小禽たちは流れの激しい岩にいる。自然の中に生きるものたちの姿。

破天荒な文様や形が生まれた一方、自然をスペクタクルに描く技法も発達し、逆につつましさを見せる草花を愛でるような文様も多く生まれた。

絵唐津松文大皿  アチョーッアチョッアチョッアチョー、という声が聴こえてきそうな絵皿である。何がかというと、枝振り。
意図せずともこんなことがたまにある。

絵唐津葦文大皿  まっすぐ伸びる葦の清々しさ。唐津や志野に葦文の気持ちいいのが少なくないのは、「芦刈」を踏まえているのか、それとも単に植物として魅力を感じるからか。
色々なことを思いながら眺めるのは楽しい。

また別の葦文大皿は縁辺りに青海波があり、左上の金継ぎが月のように見えた。水辺の葦の様子がむしろレガッタが航行するように見えたのも面白い。
月夜のレガッタ。

葦文が水指を彩るものもあり、可愛らしい。
いくつか見受けられるが、いずれもいい。

この国がかつて豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)という美称を持っていたことを思い出す。湿地帯が拡がる国土には葦が生い茂っていたのだ。

可愛いものが集められていた。
絵唐津千鳥文片口茶入 銘・友千鳥、唐津茶入 銘・ひよこ、絵唐津蔓草文茶入れ、絵唐津蔦文茶入、この四つが四段のひな壇に載っていた。とても可愛い。
配置もよくて、音楽的なところも感じた。

絵唐津輪違六角火入  皮鯨手というもの。口べりに鉄釉が巡るものをいう。
・・・つまりあれか、コロだよな、鯨の。ぽいなあ。

奥高麗茶碗がずらずら。
中に物凄いようなカイラギの生じたのもある。
個人的には熊川茶碗は飲みやすそう。

絵唐津ぐりぐり文茶碗 これは下から見上げると、文様がフクロウの目玉のように見えて面白い。それも希臘のフクロウのよう。

色つきの唐草文の入ったものもあるし、ペコちゃんのBFポコちゃんが泣いているようなのもあった。

螺鈿竹雀籠地茶箱  もぉ可愛くて可愛くて。嵌め込みなのか、籠地に嵌め込みパネルのように螺鈿。いいなあ。

様々な形の向付や鉢があり、とても楽しい。
桃型は今ならハート形、扇面、三つの丸がつながったようなもの、そば粉で拵えるガレットのような皿もある。しかもそこにココアが掛かっているかのような…
子宮断面図のようなものもある。

面白かったのは、ぐい飲みを見る人々のうち、熱心なのはオジサン方だった。
あれは実際に自分で使うことを夢見ていたのだろう。

最後に現れた近代の作品がいい。
川喜多半泥子 瀬戸唐津手茶碗 銘・天の川 目跡が3つ。天の川のような集団のチカチカがあった。綺麗だ。

小山富士夫の斑唐津もいい。
出光美術館が大阪にもあった頃にこの人を知ったのだった。

イメージ (160)

心地よさに満ちて美術館を出た。いいものを見るといつも気持ちいい。
次の展覧会はもう少し早く行こう。
いつもいいものをありがとう。

華宵 傷だらけの美少年、麗しの美少女 / 夢二の春夏秋冬

弥生美術館の企画展は平田弘史の凄まじい原画展だった。
その感想はこちら
階上の華宵記念室では優美で妖艶な美少年たちの傷ついた様子を集めた展示があった。
元々華宵描く美少年たちはその身に包帯を巻いていることが少なくない。
その様子を見て当時の読者はいよいよときめいたことだろう。
現代のわたしだって心がざわめくのを止められない。

平田弘史の凄まじい殺戮・切腹の血しぶきを浴びたあと、こちらで若くしなやかな肢体の少年たちの傷を検める、というのはどこか危ない歓びに満ちていた。
わたしなどは華宵の美少年が平田弘史の世界に入り込むとどうなるだろうと異様なときめきにふるえもする。

多勢に無勢の中、刃を抜き放ち必死で戦う美少年、浜辺で一人剣を高く掲げ「我勝てり」と誇らしそうな美少年、炎の中、少女を背負って突破口を探す美少年の肌には鮮烈な桜の刺青が散る。

イメージ (10)

ときめきが天空を突きぬけてゆくようだ。

白虎隊の少年たちが互いに差し違える最期を描いた絵もいい。

どきどきするばかりだ。

「南蛮小僧」の「死中の活」などの絵もある。
イメージ (59)-9
「虎徹とりあげ」の南蛮小僧の二人の家来(こちらも美少年同士)が喧嘩中。
ときめくなあ。

「焔の渦巻き」もいい。必死で泳ぐ少年の首に矢が刺さる・帆柱にぐるぐる巻きにされた少年を大風が襲う・炎の中での大立ち回り、てくび、手甲に流れる血は他人の血か。

「刀の中の父」 美少年が肩を斬られて血を流すのを手当てしようとする下げ髪の婦人。こういうのもいい。

「乱刀の巷」 美少年の武士が捕らわれ、縛られて転がされている。それを見おろす悪女。
ゾクゾクしますなあ。

本当にフジョシ心を鷲掴み。1926年はいい絵が多い。
また会いたいものよ…

美少女達の絵もいい。エス、とまでは言いかねるが中の良さそうな少女たちが楽しそうにする絵がいくつかある。
テニスをしたり、春の丘を散策したり、カルタをしたり。

サロメの絵も出ていた。
mir230-2.jpg

昂揚しつつ次は夢二美術館へ。
夢二の春夏秋冬展
イメージ (153)

夢二は四季の内、春を特に愛した模様である。
椿を描いた絵はいずれも魅力的だし、椿の意匠のグッズは今もよく販売されている。
夢二の描く草花・木花はいずれも優しく愛らしいので、手元に置きたくなるものが多い。
そしてそこには綺麗な女や美少女や愛らしい子供がいる。

梅と黄蝶と娘のいる絵もフワフワした春の良さを感じさせてくれる。

百合と共にいる若い女のタートルネックセーター、素敵な春の帽子には宝石がついている。
春の心地よさがそこにある。

夏もいい。珍しくアクティブな女たちがいる。
「シーサイド」シリーズの絵葉書もいい。6枚セットで明治末の風俗が描かれているが、古さはない。
シマウマと呼ばれた水着を着た若い娘たちの笑顔、海辺を散歩する母娘など。

「中央文学」誌の表紙絵もいい。花灯窓に裸婦がいて、日に焼けた背中を見せている。輿の辺りに「盛夏号」。

ボートをこぐ少女たち。睡蓮の池、十三夜に金の輪を回しながら走る子らもいる。
「ぼくのお舟」はたらい舟に乗った坊やが睡蓮池で微笑む。
和田倉門の辺りにいるモダンガールは雨の中を小走りする。素敵な帽子にピンクのセーターと縞柄スカートにマフラー。

秋、1913年の月次絵がある。しかし時代性から考えると少しあとのような感じもする。
11月、ソファの背を掴む女、カーテンはアールヌーヴォー風。
12月は「愛の総勘定」。背景はドイツ表現主義風。

「若草」誌の表紙絵がいくつか。いずれもセンスのいい絵だった。

三月の東京ハイカイ録

色々多忙でこんな末頃に東京へ出かけることになった。
展覧会の会期末にしか行けないのはまあやっぱり不都合があるわなあ。
しかし仕方ない。例によって感想は「遅ればせながら」で挙げてゆくのだ。

さてわたくしは朝も早よから新幹線で東京に来まして、いつものロッカーに荷物を放り込み、その時に「しもた、寒いのに対処するには先月同様ダウンを持ってきておけばよかったのだ」とロッカーに鍵を下した時にハタと気づくという。
まあよくあるパターンで。

弥生美術館から始まります。
平田弘史の物凄い世界に完全に負けました。
ツイートではこんな風に書いている。
「意味不明なまでの力強さは何に基づくのか。憤りか。
ただただ圧倒された。
平田弘史の凄まじい画力と物語と書とに半ば撲殺されそうになっている。
「首代引受人」冒頭、編笠の侍がこちらに歩み寄る描写、それだけで息が詰まった。
全身像から発せられるものは何か。
気迫に圧され正体が見えない。」
「筋肉、神経細胞、脂、体液、表皮、何もかもが力強く、理解を超える迫力に胃が痛くなる。
しかし刮目せよ、と平田弘史の絵は告げる。胃痛、肩凝り、体力低下、それらは平田の絵の前では言い訳にならない。内面の苦しみに耐えて耐え抜いて、モノノフの体面を保ち、対峙するのだ。」
一方、こんな企画も。



合掌するのは平田さんご本人。

この企画展に連携して(!!)華宵の傷ついた美少年展があったが情緒纏綿として優美さと悲愁とが前面に漂い、しなやかな少年たちの肢体やその表情に、妖しく魅了されたのでした。
夢二は童画が多く、可愛い子らのちょっとした淋しさなどにときめいたり。

結局かなり長時間いて、フラフラになりながら両国へ。
「江戸と北京」これで先般からツイッター上で話してた「鶉合せ」の様子を見ましたわ。
面白かったのは胡同と江戸の町の模型。

常設ではタイミングよく「四谷怪談」蛇山暗室の場を堪能し、ニコライ堂も見たが、ちょこちょこと展示が変わっているのにも気づく。やっぱり面白いわ。

京橋の加島美術に渡邊省亭。ここは外見はレトロ風で中はコンクリ打ちっぱなし。そしてそこで明治の日本画を見たわけだが、驚くべき視覚の新発見を知った。



というようなことをかいたが、ほんまによかったな。
群雀だけ撮影ダメであとはOK。ばちばち。

この時間なので教文館は来月回し。
ドトールでミラノサンドと豆乳ミルクティーで一休みしてから竹橋へ。
樂焼歴代の茶碗をみた。
その名も「茶碗の中の宇宙」展。
長次郎から当代吉左衛門、そして跡継ぎ篤人まで16代と光悦、田中長慶らの作品までも網羅しての展示。
京都では観ずに東京で観るのも面白い。

ときめくのはやはり三代目道入、ノンコウ。
ノンコウの拵える茶碗にこそ「茶碗の中の宇宙」が見える。
好きな茶碗、初めて見る茶碗、みな煌めいてわたしを招ぶ。
中に幾筋か釉垂があり、彗星のようだった。
歴代当主の茶碗いずれも良いが、やはりわたしはノンコウに帰る。もっと観たい。
昨秋の「三代道入 ノンカウ」展のときめきはまだ消えない。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-4252.html

当代の作品は単品展示で法隆寺館のような雰囲気で見せているが、佐川美術館での展示と精神は同じ。

常設もなかなかよろしく、閉館ギリギリまでみてから出ると、辛夷の花が綺麗に咲いていた。

地下鉄から丸ノ内オアゾに出たらすぐに水山があったので入る。
茄子揚げごはんたのんだけど、うどんにも揚げ茄子ついてたから、次からごはんはいらないね。
初日ここまで。

土曜、府中へGO!気持ちよく車内でお休み。乗り継いで…
さて間もなく東府中。
府中市美術館で国芳を見るのだ。暁斎は大阪で、芳年は京都で見るのだ。
てくてく歩くと桜が咲いていた。


面白かった、さすが府中市美術館。知らんのもあったし、保存のいいのも多かったで、2時間楽しんだ。常設は後期展示の時のお楽しみに次へ向かう。

ようやく展示を見ることが出来た松旭斎天勝。
このヒトのサロメの写真を見ることが出来て良かったわ―。
とにかくこの展示はどういうわけか、行くと休みだったりで困ったもんなあ。
最終日だが見れて良かったよ。

半蔵門から表参道の根津美術館へ。
高麗仏画展。先に泉屋で見ていたから衝撃はなかったけど、鑑賞第一に楽しく拝見。
更紗の展示もよかったし、興福寺の梵天と帝釈天、112年ぶり再会を拝見。


夕方になったが、これより天王洲アイルへ。
久しぶりの浜松町、モノレール乗り場も忘れたよ。
なんとかついたが、寺田倉庫までの道のりが遠いし、土曜だからかみんな閉店で誰もいないしで、鬱屈が強まる。

DAVID BOWIE is
ボウイの魅力の一端を味わう。わたしの好きだった80年代のボウイの美貌は60代を迎えても衰えず、金から銀へ移ろうことで新たな魅力が生まれていた。
流れ続ける楽曲は“LET’S DANCE”と“SPACE ODDITY”が多かった。
他の好きな曲はあまり流れず、主に70年代のボウイ出現の衝撃ばかりが先に立っていたように思う。
スーツ姿の美貌のボウイ、前髪を伸ばし、少しラフになった50代後半からのボウイ、いつみても綺麗だった人、きれいなやせ方をしていた人…
終盤に「戦場のメリークリスマス」が出たが、これは日本向けだろうか…
そして最後の最後、場内を出たときに初めて撮影可能ゾーンがあり、映像の中で60代の優しいボウイがわたしたちに話しかけていた。「デイヴおじさん」と自ら名乗り。

泣いてしまったよ、少しだけ…

そうだ、映画監督のダンカン・ジョーンズはあのゾウイ坊やだったのだ。
そうしたことどもも含めて、やっぱりボウイへのときめきは生き続けている。

帰り道、随分迷った。初めて来たところなのでいよいよわからないし、人がいない巨大な空間なのでわびしいわびしい。
いかんな、天王洲アイル。
浜町・大門に戻ってきて、わりとにぎわいのある商業ビルに入り、ほっとする。

宿に戻り、何気なくTVつけたら「そして誰もいなくなった」放送中。
なかなか面白いし、キャスティングがすごいな。明日も見よう。

日曜日。本当は久しぶりに森下のカトレアに行きたかったが、朝から雨。
雨に濡れた朝 あの歌好き・・・

それにしてもいつからか知らんがメトロリンクが浜町まで来てたか。
これは22分感覚だけど、また使いたい。

北浦和へ。
カッサンドル展。やっぱりあれだ、1920年代のモダンな作品群がカッコ良すぎて、その後のシュールなのが痛い。難しいなあ、商業デザインは。

常設では近代日本画のうっすら夜景の軸三本が並んでる対面の壁に現代アートで〇を書いたのが映り込んでて満月になっていた。
あれは面白い眺めだったな。

王子に行きたかったが雨がけっこう降ってるので諦めて神田へ。
三井記念美術館でこの時期恒例のお雛様を拝見。
そして大磯の奥の小磯にあった城山荘の古写真を大いに楽しむ。
廃仏毀釈の難に遭うた寺社の古材を用いて、不思議な形の別荘を拵えた三井さん。
面白いし興味深かった。写真と映像が残っているのがよかった。

有楽町へ。
最終日の出光美術館で「古唐津」展をみる。いいもんですなあ。
草花をここに活けたいわ。派手な花でなく、猫じゃらしとか一緒に入れて。
解説文がまたよくてね。経糸・緯糸という表現で、わかりやすく解き明かしてくれる。
唐津と朝鮮と桃山の関係性をこんな風に表現してるのを読みたかった!と思ったよ。
作品の配置もよくて、ところどころに音楽的な良さも感じた。
いいものを見たわ。

小雨の中、三菱一号館へ。
オルセーのナビ派展をみたが、これまでドニ展、ヴァラットン展、ゴーギャンとナビ派展などみているが、こうしたくくりのは初めて。
不透明釉薬の七宝焼みたいな色合いの絵が少なくなく、個人的に好ましかった。黒の外線内に色塗というのもいいが、これもいい。
それに猫の出現率がなかなか高い。しかもその表現は猫好きの描き方。
ナビ派ばかりと言うので色々興味深く見たが、やはりドニには安堵、ヴァラットンには不安を感じたりした。面白かった。

東京駅へ向かったが、これまた彷徨し、色々疲れた。
大丸で本当は「おとし文」買いたかったのに、たどりつけず、まさかの隣で似たものを買ってしまうという…やっぱり本物でないとあかんなあ、と後から反省。

新幹線に乗りました。雨はまだ続く。
けっこうなんだかんだとくつろぎながら大阪へ。
今度は再来週に東京へ。忙しい喃。

帰宅したら猫が喜んでくれた。それだけでも嬉しいね。
次に行けばこの辺りも満開かな…
1490598276307.jpg

敦賀市立博物館・旧大和田銀行本店 その2

階上へ来ました。
今昔
IMGP0027_2017032317005486e.jpg

IMGP0028_201703231700558f5.jpg

IMGP0029_20170323170057300.jpg

IMGP0030_201703231700585a6.jpg

照明いくつか 
三階ホールもいい。
IMGP0031_20170323170100f60.jpg

IMGP0032_20170323170101277.jpg

IMGP0033_20170323170103c4b.jpg

IMGP0035_201703231701064e9.jpg

地下へ。
かつてはレストランもしていたそうだ。大和田さんは地元の皆さんを大事にしていた。
IMGP0036_20170323170107fdc.jpg

IMGP0037_2017032317010904d.jpg

IMGP0038_20170323170110070.jpg

最後にまた外観
IMGP0039_2017032317011233b.jpg

IMGP0040_20170323170113991.jpg

IMGP0041_201703231703318ab.jpg

IMGP0042_20170323170333cb5.jpg

IMGP0043_201703231703333f7.jpg

また来よう。

春の息吹と夢みる乙女

gooブログより転載しました。
元の記事はこちら

堺の隣・高石市の羽衣駅から浜寺公園へ向かって歩くとすぐに小林美術館はある。本当にわかりやすい。
前回初めて行った時は南海電車で向かったが、今回は一日阪堺電気軌道を乗り倒そうと思っていたので、終点の浜寺駅前からてくてくと歩いたら、ほんの数分で着いた。
公園は長広いのでその端へ向かうわけです。

今回は「春の息吹と夢みる乙女」展。
丁度学芸員さんの解説の最中。逍遥しつつ聴かせてもらいましてな。←ちょいと贅沢。
好ましい日本画を堪能しました。




近代日本画で何が好きかと訊かれたら「それはあんた、美人画ですがな」とわたしは答える。
美人画の良いもの、風景の良いもの、花鳥画の綺麗なもの、それだけ見てたら幸せな心持になるので、本当に近代日本画はよろしいなあ、と思うのだ。



関雪 巣鶴  親の鶴が身体を丸めているが、裾の方に子がいて、その子の顔を見ようと首を曲げている。暖かそうな親の羽根の内で子がぬくぬく。
ほのぼのとした幸せが漂う。

遙邨 三保羽衣松 1980頃 「美の旅人」と呼ばれ、多くの旅をした遙邨が見た風景。このヒトは東海道をまるで双六遊びをしているように行ったり来たりしたのだ。実際にそうして歩いて往来する人はどれくらいいたことだろう。

元宋 春雪  紅梅にヒヨドリが、という絵なのだが、元宋の「赤」は封印されたように見当たらなかった。

岳陵 薫春  鷽(うそ)と白梅。可愛い。

龍子 香雀図  白梅に雀が一羽。こちらも可愛らしい。

竹喬 春雪  若松と竹と、春雪。

塩川文麟 蛍と蛙  ここで不意に旧幕時代の絵が現れた。四条派の絵師で、随分前に大阪青山大学博物館で見ている。
撫子が咲いていて、カエルがじーっと見ている。

麦僊 鯛ニ蛤  おいしそー!

忠作 游鯉  そらもうこの人と言うたら鯉ですわな。

大橋翠石 猛虎護児之図  このヒトは神戸市博物館にも猛虎図があったと思うが、ここではコワモテのママと一緒にいるカイラシ双子の虎ちゃん。可愛くて可愛くてならない。

清方 早春 1919 薄紫の被り物の旅姿の女。この時代の清方の絵は本当に艶めかしい。

清方 庭の池 菖蒲池に小舟を浮かべ女がそれを漕ぐ。蓮池の小舟もよいが菖蒲池の小舟もよいものだ。

松園 一枝の春 手に梅の枝を持つ女がにっと笑いながらふと見返る姿。彼女は何を見て嬉しそうな笑顔を浮かべているのか。

貞以 鷺娘  傘をすぼめたところ。そしてそっと見上げるその目。やや小さな目だが艶と怨がにじむ。

小坡 観桜美人  上流階級の女が桜を見る。

翠山 梅花菫袂  チラシのレトロモダンな令嬢。カチューシャの両端に白バラがついているのは大正末期頃のもの。可愛い耳隠しの髪型で当時流行な着物の令嬢が白梅を振袖のたもとに入れようとする。

翠山 美人読書  こちらは旧幕時代の女で薄紅色の着物。何を読んでるのかはわからないが楽しそう。

深水 島の春  あんこさん。伊豆大島の娘さん。あんこ椿は恋の花♪

フジタ まどろむ裸婦 1954 この時代の絵はあまりニガテなのだが、しかしそれでも裸婦はスケッチであってもいいものだ。

フジタ アラブの子ども 1951 スケッチに水彩で色を置いた。はっきりした顔の子どもがこちらをみつめる。

又造 裸婦  座る裸婦が鉛筆で書かれている。勢いがあるから本画でなくとも素晴らしい。

二階では「四季の万華鏡 春の足音」として主に風景画がある。

青邨 紅白梅  壺に奔放な紅白の梅がいけられている。青邨の梅はどんなときも奔放で愛嬌があって楽しい。

遙邨 保津春嵐  筏師らが荒れる保津川を渡ってゆく様子をやや上から。

木村圭吾 花あかり  又兵衛桜を取材して描いたそうだ。サーモン地に白い枝垂桜。いいなあ。本物が見たくなってきた。

佐藤太清 牡丹 染付に牡丹が。赤・紅濃・白・ピンクの花々。

一穂 朧春  枝垂がうねるうねる、そこへ月の淡い光が。幻想的な描写が本当に素敵だ。

花朝女 初午  梅の頃、お稲荷さんの前で子供らが楽しそうにしている。

最後は珍しく洋画。
梅原 静物 赤い背景にミモザが元気よくいけられていた。

春季展は5/28まで。
また行こう。

敦賀市立博物館・旧大和田銀行本店 その1

敦賀へ出向いた。
俳優の大和田伸也・獏ご兄弟のご先祖が作られた旧大和田銀行本店、今の敦賀市立博物館を見学した。
ここの所蔵品についてはこちらに感想を挙げている。
かねてより所蔵品の素晴らしさは聴こえていたうえ、建物の魅力も伝え聞いていたので、とても楽しみに出かけたのである。
大体の印象については既にこちらにあげている。
今回は建物の細部などをご紹介したい。

IMGP0004_201703231700009ff.jpg

装飾はゼセッション風でもある。

IMGP0001_20170323165955d49.jpg

IMGP0002_20170323165956b4f.jpg

IMGP0003_20170323165958f0f.jpg

IMGP0005_20170323170001622.jpg

IMGP0006_20170323170002de9.jpg

IMGP0007_20170323170004863.jpg

IMGP0008_20170323170005cec.jpg

星型やパイナップル型も見受けられる。
星は陸軍ではなく大和田家のマークらしい。紋ではない。
鳩山邸に鳩の装飾があるのと同じような感じか。

中へ。
階段などが大変魅力的である。一階フロア―はいかにも銀行窓口。
IMGP0009_2017032317000791d.jpg

IMGP0010_20170323170008d5d.jpg

IMGP0011_201703231700108e2.jpg

IMGP0012_2017032317001163e.jpg

IMGP0013_20170323170013bb1.jpg

IMGP0014_20170323170014e1b.jpg

きれいに修復され、本当にめでたい。愛でよう。

IMGP0015_20170323170016d7a.jpg

IMGP0016_20170323170017ba6.jpg

IMGP0017_20170323170019cb0.jpg

IMGP0018_20170323170020c08.jpg

IMGP0019_201703231700224ac.jpg

先の優雅な階段は今は魅せるためのもの。

IMGP0022_201703231700469b6.jpg

IMGP0023_201703231700481c7.jpg

昔の写真はがきもあるのでどうぞ。
IMGP0021_20170323170045076.jpg

IMGP0025_20170323170051737.jpg

ナゾの地下への階段…
IMGP0024_20170323170049009.jpg

実際に上り下りする二階への階段。
IMGP0020_201703231700230c5.jpg

IMGP0026_20170323170052cb0.jpg

続く。

さかい利晶の杜でみたもの その2

二階は与謝野晶子の文学館。
これは以前JRの方にあったミュシャ館と一緒だったのを持ってきたそうです。

明治から戦前の美麗な装幀を大いに楽しむ。
IMGP0086_201703221705394dd.jpg
武二のイルカ。今の日本の可愛いイルカやなくて洋風の海豚なイルカ。
武二は「明星」との関係も深く、晶子作品でも大いにイメージ向上の仕事をしている。

IMGP0087_20170322170540e8b.jpg
艶めかしい…

IMGP0088_201703221705414c1.jpg
橋口五葉登場。
彼の装幀も本当に良いものが多い。「吾輩は猫である」も鏡花の本のいくつかも「胡蝶本」もみんな彼。

IMGP0089_20170322170543325.jpg
シンプルで綺麗。

IMGP0090_20170322170544909.jpg

晶子の本の装幀は中澤弘光も多い。
IMGP0091_20170322170546994.jpg

IMGP0092_20170322170547035.jpg
椿が愛らしくて仕方ない。

IMGP0093_20170322170549884.jpg
古典ものはその雰囲気を装幀から露わにして導く。

IMGP0094_20170322170550d67.jpg

IMGP0095_20170322170552ec2.jpg
なも、あみだ、ほとけ

IMGP0096_20170322170553aad.jpg

IMGP0097_201703221705552a3.jpg

IMGP0098_20170322170557c4a.jpg

本の装幀は衣裳と同じだと思う。
かつての美意識は今も心地よい。

IMGP0100_201703221705597f8.jpg
パネル展示だが、夢二の童画が可愛い。

生家・駿河屋の店先が再現されている。
IMGP0099_20170322170558657.jpg

引き札もある。
IMGP0101_201703221706014ad.jpg

IMGP0102_20170322170602435.jpg
けっこう色んなお菓子を拵えていたようだ。

他にも晶子のリュクサンブール公園の洋画や使っていた鏡台、着物などの展示がある。
この展示で晶子への関心が生まれた方々はぜひともここへ行かれたら、と思っている。

さかい利晶の杜でみたもの その1

元の堺市立病院の跡地を大々的に変身させたミュージアムがある。
さかい利晶の杜
という。利は利休の利。晶は与謝野晶子の晶である。
この施設のある場所は利休の邸宅の向かいというか奥に当たり、与謝野晶子の生家もごくごく近いというゆかりの深さ。
それにしても大きい。


なお利休の邸宅跡は整備されている。



ビックリするくらい大きいし、クルマも100台駐車可能だそうだ。
とはいえ、阪堺電気軌道の宿院(しゅくいん)で下車するとすぐだから、あの可愛い路面電車で来る方をお勧めしたい。
施設内には梅の花、スタバもある。
1つ浜寺よりの寺地町には名代の「かん袋」もある。
芥子餅の小島屋もある。
要するに昔の堺の中心地にこの建物がある。

ところでご存知の方も多いだろうが、与謝野晶子は少女時代は「鳳晶」といった。ほう・しょう嬢である。
実家は和菓子屋さんの駿河屋。

ジオラマでこの宿院界隈が再現されている。
この辺りは無料ゾーン。
IMGP0110_20170322170632a71.jpg

IMGP0111_2017032217063408c.jpg

IMGP0115_20170322170640055.jpg

IMGP0116_20170322170641e3e.jpg

床面には堺の古い地図もある。

古写真もいいのが残る。
IMGP0112_201703221706355b3.jpg

IMGP0113_201703221706377f3.jpg

IMGP0114_20170322170638a8c.jpg

IMGP0117_201703221706430ed.jpg

レトロ風ポスターが楽しい。
IMGP0109_201703221706313fe.jpg

さてわたしは有料ゾーンへ。利休や与謝野晶子の世界を体感したいと思います。
まず利休ゾーン。
IMGP0103_20170322170604386.jpg

堺の商人の気概が伝わってくる。
若い頃の商人利休を描いた映画もあったが、原哲夫が「花の慶次」にもかっこよく描いていた。
ここでは利休と付き合いのあった武将や同時代の著名人による利休トークが聴ける。
声は全て堺市出身の片岡愛之助丈。
わたしはフランシスコ・ザビエルのトークを聞いてみた。

追記
IMGP0104_20170322170605504.jpg
映像もある。

IMGP0105_20170322170607cd0.jpg
かつての堺の商人たちはこんな遠くまで船出していたのだ。
るそん助左衛門、納屋四郎五郎…

IMGP0106_20170322170627e4a.jpg
ウサギの水滴。

茶の湯は明治以降、女性も学び始めた。
IMGP0107_20170322170629f26.jpg

IMGP0108_2017032217063091d.jpg
茶の湯を描いた絵も色々あるものです。

「描かれた茶の湯」の感想をご覧ください。

「描かれた茶の湯」後期

1月に見た前期のよさを思い出しつつ、後期も見に行った。
前期の感想はこちら
イメージ (50)
今回は通期の分は措いて、後期展示だけのを挙げたいと思う。

茶具図賛 審安老人 南宋1269年成立・宝暦8(1758)年刊行  本のそのページには茶臼が出ていた。上に「石転運」とある。
石が姓となり「転運使」の官職をつけての名。ゴリゴリゴリゴリ…

女礼式之図 吟光 1887  きりりとした婦人をはじめ、皆さんで茶の湯を学ぶ。「下手横好」印が押されていた、

女礼式茶の湯 周延 1901  明治の半ばを過ぎた頃の茶の湯。束髪の婦人もいれば稚児輪の少女もいる茶席。
水色や赤色が使われていて、それらがそんなに目立った感じになっていないところに、新色が世になじんだことを知る。

茶の湯絵巻 橘尚利 巻き替えられていた。今回は席入り。笠をアタマに載せるくらいで進むのは、本当に雪が降るから。
炭手前。外は雪が降り続ける。井戸の側の山茶花にも雪が積もる。
イメージ (131)
鶯の籠は文琳型。隣は鶉。初めて知ったが、「鶉合」という遊びがあったそうだ。鶉が美声だということを今回初めて教わる。
卵美味しいとかローストしたらとかそんなことを思ってはあかんのである。

春秋遊楽図屏風。左右が揃って出ていた。
前期では春のみで、こんなことを書いていた。
「黒塗りの大船が来る。船には遊人ばかりが乗る。男しかいない船で男だけの遊楽がそこから始まっている。アブナイ連中。立派なお屋敷とその庭でも男たちは享楽に勤しむだけ。揚弓で競ったり相撲をしたり、室内では腕相撲に囲碁に双六などなど。またゲームから怒って喧嘩をしたり、いちゃついたり。
三味線を弾くのを聴いたり聴かなんだり。座頭を招いて琵琶を演奏させたり盲相撲をさせたり。そのくせ誰も熱中していない。
生簀から魚を選んで調理にかかるものもいる。全てが男。中には布袋のようなのが美少年にしなだれかかったり。
そして探しきれなかったが、茶の湯でも遊んでいるのだろう。」


前期は春、後期はそれと秋の方も出ていた。
子供らがけんかしている。揚弓で遊ぶ男たち、あちこちで相撲を取ったり腕相撲をしたり。怪しい二人組もいる。好き勝手し倒している。検校も来ていて、その三味線を聴く座頭もいる。双六をしたり囲碁をしたり。女もいて、その女の胸を撫でまわす男もいる。
春の方ではガレー船みたいな感じだが、そちらでは牛の角付き合いもあった。遠目にそれを見る牛たちの顔がいい。

茶の湯はまだ別室で。
イメージ (132)
「もぉよろしいか」と尋ねに来る。
イメージ (133)
桜も満開、馬も乗り乗り。

四条河原遊楽図巻 江戸中期  巻き替え。茶店などが川に床を出している。客も大勢。物売りもたくさん。
芝居小屋もあるが、どんな芝居かまではわからない。

1887年の北野大茶会追想の図はそのリアルタイムの人々が描かれているのも面白かった。着物に山高帽の人、洋傘の人もいて、明治の世を実感する。
ここで面白い説明があった。
その北野の大茶会の時、丿貫(へちかん)という侘びた茶人がいたそうで、3Mほどの大きな朱傘を開き、その下で一つの釜で茶も飯も炊いていたそうだ。丿は「の」ではない。
利休とつきあいがあり、雪駄はもともと彼の意匠から来ているという。
巨大な傘とか聞くと説経節やなんらかの大道芸のようにも思われる。

賀茂競馬図巻 巻き替え 茶屋が並んで繁盛している。賀茂川で遊ぶ子らもいる。にぎやかでけっこうなことだ。
左方は赤衣・右方は黒衣。観客席には桟敷もある。

宇治茶摘図巻 海北友泉 巻き替え  今回は茶葉の乾かし、試飲、大広間でのこと。見学に少年侍もいる。茶園に犬が走る。
茶坊主も来ている。

特別展示で抱一の茶筅売り図があった。月下に僧形の二人が茶筅を箒のようなのにさして売り歩く。
空也上人の昔、流行病に茶を飲ませて治したそうで、それ以来僧形のものが販売する。アタマには空色の布がかかる。
正月の縁起物となっている。

今回も楽しい展示だった。

追記。
「春の暮らしと茶道具」を見た。
デルフト製のオランダ焼染付の徳利があった。鳥がのんびり飛んでいるのだが、それがどう見ても「巨神兵」が飛ぶ姿。またはスズキコージのナゾのトリ。これにしか見えない。

永樂和全の五種酒盃は可愛い。染付、青磁、色絵、金襴手、志野風。それぞれ趣がある。

9代目の大樋長左衛門の桃花絵茶碗が可愛い。茶色に灰釉をかけて白い花を刻む。
シックな色でもあり、モモの実が傷んだ時の色にも似ていて、それがまたよい。

白釉茶入 銘・緑毛 裏千家11代玄々斎 首から逆三角形に鮮やかで爽やかな緑が。
それを亀の毛に見立てているようだが、むしろ若草風なんだよなあ。

吉川英治との交友から生まれた短冊などもある。
春の夜や 千家囲んで 色はなし
色はナシではなく色話だろうなあ。それはそれでいい感じ。

深水描く馬酔木の花の絵に吉川が賛をつけたのもある。
奈良朝の 雀の裔よ 雀の子
薬師寺で見た景色から。

夜桜棗 少庵好み・七代宗哲 一見したところただ黒いだけだが、光の当たり具合によって、その表面が満開の桜で覆われていることを知る。
とても愛らしい。以前にも見た技法のもの。京近美で見たと思うが検索に引っ掛からない。
なんでだろう。

十二ヶ月風俗図巻 巻き替え  4月藤見の人々、5月印地打ちへ向かう所など。

他に前期でも可愛かった交趾鴨香合、丸々した大きな目と嘴の愛らしいミミズク香合、黄土色のインコ香合もある。
真葛長造の鷺香合は身づくろい中。
形物香合番付に入っているものたち。

こちらもいいものばかりだった。

宇治市源氏物語ミュージアムは楽しい

宇治市源氏物語ミュージアムへ久しぶりに出向いた。
リニューアルしたそうだが、前の様子が思い出せない。覚えているのは篠田正浩監督ホリ・ヒロシ人形による映画「浮舟」だけだが、これはその映像の印象が強すぎて他のことが飛んでしまったからかもしれない。
本当に耽美的で綺麗な映像作品だった。
イメージ (144)

源氏物語ミュージアムということで、大体は光源氏の生涯を追うかと思う所だが、ここは宇治である。光君御隠れの後に展開する「宇治十帖」が大きくクローズアップされている。

常設展示は光君、宇治と二つのコーナーに分かれ、更に企画展がある。
企画展の「江戸時代の源氏物語 見立てとやつし」展の感想はこちら


館内は常設展示が撮影可能。
桜、藤の造花があり、御所車もあり、優美な様相を見せている。

今回は「橋姫 女人たちの心の丈」の映像を見た。
白石加代子が語りと狂言回しで、宇治十帖の世界を表現する。
ただ、わたしとしてはちょっと物足りなくて、もっと白石さんが前面に出た方が面白いのにと思った。
前世代の姫たちと違い、浮舟などは自分から男を捨てる。出家という形でしかそれは叶わないが、とてもすっきりする。
そうしたいところが好ましい。
絶対的な光源氏がいれば状況は変わるだろうが、彼が消えたことで意識も進むのだ。
20分の映像作品だが、よく作られていたと思う。

ところでここの建物では観客の意識を洛中、宇治と変えるために架け橋として通路を橋に見立てて構成したりと、いい作りになっている。
図書室、喫茶室もあり、今度はじっくりと過ごしたいと思う。
ここと平等院とを楽しもう。

松島あたりから

久しぶりに松島、瑞巌寺へ。

どこかの狛犬さん
IMGP0284_20170317125953c90.jpg

お、唐獅子。
IMGP0285_20170317125955311.jpg

ああ松島やん 面白いのがあるねえ。
IMGP0286_201703171259560de.jpg

IMGP0287_2017031712595796d.jpg

五大堂
IMGP0288_20170317125959c35.jpg

IMGP0289_20170317130000a71.jpg

IMGP0290_20170317130002c61.jpg


IMGP0291_20170317130003dbe.jpg

IMGP0292_2017031713000502d.jpg

瑞巌寺へ
IMGP0293_201703171300067b6.jpg

IMGP0294_2017031713000866e.jpg

昔行った時のことを色々思いだすわ。
IMGP0295_20170317130009a40.jpg

IMGP0296_20170317130011f0e.jpg

IMGP0297_20170317130012799.jpg

IMGP0298_20170317130014265.jpg

林が素晴らしかった。今は工事中で見えない。
それと宝物殿もよかったが、これはこの後に三井記念美術館でも展覧会があった。

三十三カ所の観音の石像がきれいだった。

最後はここへ。
綺麗な屋根が好きだ。
IMGP0299_201703171300416dd.jpg

IMGP0301_2017031713004475c.jpg

IMGP0300_201703171300433b6.jpg

IMGP0302_2017031713004515b.jpg

IMGP0303_201703171300475e7.jpg

IMGP0304_20170317130048391.jpg

IMGP0305_20170317130050152.jpg

IMGP0306_20170317130051305.jpg

IMGP0307_20170317130053478.jpg

IMGP0308_20170317184547953.jpg

IMGP0309_20170317130056a7c.jpg

IMGP0310_20170317130057281.jpg

IMGP0311_2017031713005927c.jpg

二度目の松島もよかったなあ。
また三度目をつくろう。

石巻から

大震災の痕も見て回り、ただただ悼むばかりでした。


IMGP0267_20170317124051705.jpg

IMGP0268_20170317124052889.jpg


石巻へ。
IMGP0269_20170317124054e4a.jpg

IMGP0271_20170317124057989.jpg

IMGP0275_2017031712585028b.jpg

工事中でお休み。
IMGP0272_20170317124058216.jpg

IMGP0270_2017031712405566d.jpg

IMGP0273_2017031712584818f.jpg

IMGP0274_20170317125850089.jpg

ええタイルですなあ。

IMGP0276_201703171258520ba.jpg

IMGP0277_20170317125853cdf.jpg

IMGP0278_2017031712585545f.jpg

IMGP0279_2017031712585687e.jpg

IMGP0283_2017031712585954c.jpg

ご近所
IMGP0280_201703171258581b2.jpg

また来よう、必ず。

みやぎの明治村

去年のことだが、宮城県へ出向いた。
なかなか東北へ行く機会がないので誘われると喜んで出かける。
ただ、飛行機で行くので、それがな…まあなんとかがんばりました。
トウトウ着いた、ホクホクだ。←はいはい。

さて色々見て回ったのだが、今回の記事は登米にある「みやぎの明治村」と呼ばれるゾーンや石巻、それから松島へのコース。
地理的なことはあんまりよくわからない。有難いことにバス移動でしかもお仲間さんとわいわい言いながらのツアーだから、何がどうなってるのかよくわからんのよ。

教育資料館
IMGP0237_2017031712391360f.jpg

IMGP0238_2017031712391590d.jpg

柱がどことなくガイコツぽくて可愛いな。
IMGP0239_20170317125259a87.jpg


IMGP0240_20170317123917d3c.jpg

模型もある。
IMGP0241_201703171239182c1.jpg

IMGP0242_2017031712392065e.jpg

ひずみガラス。びよよよ~~ん
IMGP0243_20170317123921e22.jpg

IMGP0244_20170317123923d90.jpg

IMGP0245_20170317123924848.jpg

いい建物です。

水沢県庁記念館
IMGP0246_20170317123926c71.jpg

IMGP0247_20170317123927bca.jpg

IMGP0248_20170317123929e30.jpg

昔の田舎の新しい文化受容の様子がわかるようだ。
IMGP0249_201703171239303ea.jpg

IMGP0250_201703171239322b5.jpg

警察資料館
IMGP0251_20170317123934ef2.jpg

IMGP0252_20170317123935ea5.jpg

IMGP0253_2017031712403111f.jpg

IMGP0254_20170317124032bd1.jpg

櫓もある。
IMGP0255_20170317124033e40.jpg

こんにちは
IMGP0256_20170317124034c90.jpg

IMGP0257_20170317124036ff5.jpg

IMGP0258_201703171240370d7.jpg

IMGP0259_20170317124039440.jpg

IMGP0260_201703171240404f3.jpg

こちらはそのお隣さん。
IMGP0261_201703171240427d3.jpg

IMGP0263_20170317124046e90.jpg

IMGP0264_20170317124047147.jpg

IMGP0266_20170317124049a32.jpg

IMGP0265_20170317124048d0f.jpg

IMGP0262_2017031712404497b.jpg


いいところでしたなあ。

敦賀に行ったのだよ

先週、敦賀市に行った。
わたしは月一回近代建築探訪するグループに属しているが、それで京都駅からバスで出向いたのだ。
ところでわたしはよく遅刻寸前になる。遅刻をする手前に到着する。遅刻寸止め。
だから気を張り詰めているのだが、逆にゆとりを持って出かけると、とんでもないトラブルに巻き込まれたり、しょーむないミスを起こしたりする。
わたしにとってはゆとり=だらけとなるらしい。

さて、わたくしはですね、この日は平日木曜なのでとわざわざ先に阪急と大阪―京都のチケットも用意したのに、ゆとりを持ちすぎて、逆にチケットを入れ忘れるという、どーしよーもないミスをやらかしましたがな。
くーーーーー痛恨の極み。
むかむかプンプン。

まあしゃーないですね。どうせ土曜には瀬田に行くからそれを使うしかない。
ということで京都駅の八条口に行きましたら、参加予定者が大幅に減ってた。
おいおいおい…
おいやいおいやい、だと「庵室」の合邦が娘の玉手御前の告白を聞いて、動転するところになりますな。
阿弥陀仏よや、おいおい これは今昔物語にある悪人の往生話ですな。
まあそれはどうでもいいが、金額が跳ね上がったなあ。痛いわ。
なので事務局と先生は見通しの甘さを反省し、今後はこの遠出が授業の一環だということを強く言わねばと意気込んではりましたわ。まああれだ、車の手配やなんだかんだの辺りをもっとね…

さて敦賀へ向かう。停車したのは多賀のSAだけかな。ここらあたりから雪が積もってきた。
そうそう、伊吹山が真正面に見えたとき、わたくし、僭越ながら伊吹山の降雪量がギネスに載った話などしたついでに甥っ子がその山から名前を取ったことなどおしゃべりいたしましたのよ、ほほほほほ。

さあさあ敦賀市内に入りましてやね、先に海鮮丼とかそんなの食べさせたり買い物するところへ最初につきましてな。
これが帰りならそれこそトロサバも買うしカレイやノドグロの一夜干しも買いますがな。
でもあんさん、12時やもん、帰りのバスとかまだまだですがな、諦めましたわ。

海鮮丼はまあまあ。カニみそをくれる人もいたりでわたしとしては美味しくいただきましたが、サバのへしこにはちょっと参ったな。
友人が意外なことに大量にわかめを買うたり、焼き鯖のいい匂いに負けそうになったりと、ああやはりここへは帰る前に寄ってくれやと思いつつ、わたくしは去りました。

気比神宮へ。
去年だったか、会社の社内旅行でここの前を通るだけで拝みに行かなかったので、ちょっと反省してたのだ。
意外に小ぢんまりした神社。



雪がよく残る。梅も咲いてるが、白梅ではなくやや黄色かかっていたのが雪つりに守られていた。



そしていよいよ旧大和田銀行、現敦賀市博物館へ。


ここの展覧会、建物については別項。
俳優の大和田伸也・獏兄弟のおじいさんが立派な方だったのです。

そこから敦賀市の鉄道資料館へ。


いい建物。
中もよかった。






そこから赤レンガ倉庫も見えた。
こういうのも見えるわけです。



そして日本のシンドラーとよばれた杉原千畝さんの資料もこの地にはあるようでそんなお話を聞く。
ポーランドの人々がここへ来たわけです。

そのまま一気に帰る。
残念ながらトロサバもノドグロもアジもサヨナラサヨナラですなあ。

多賀で停車。しんこあめを巻いたようなしんこ餅と羽二重餅などを買って帰る。
綺麗な夕日を見る。
いいなあ。山の端に入るところを見ている。

京都へついた。
ちょっと遅かったので皆さんとお茶もなく、今日は解散。また来月ねー
というわけで、旅も終わり。

和中庵 その4

最後にもう一度ぐるりと。
IMGP0086_2017031312572163c.jpg

IMGP0087_2017031312572283d.jpg

和の良さをしみじみ感じる。

IMGP0088_20170313125723337.jpg

いや、和洋どちらも楽しめることがいいのだ。

IMGP0089_20170313125725fec.jpg

IMGP0091_20170313125728f10.jpg

IMGP0092_201703131257290c3.jpg

広い座敷もあれば
IMGP0093_2017031312573127e.jpg

小ぢんまりした洋間の応接もある。
IMGP0094_2017031312573283f.jpg

それがいいのだ。

IMGP0095_20170313125734397.jpg

IMGP0096_201703131257356c3.jpg

IMGP0097_20170313161939940.jpg

こうした装飾がまたいい。
IMGP0098_201703131619414d8.jpg

眼に見えるものを。
IMGP0099_20170313161942916.jpg

IMGP0100_20170313161943af4.jpg

IMGP0101_20170313161945ffc.jpg

IMGP0103_201703131619462d5.jpg

IMGP0104_20170313161948daf.jpg

IMGP0105_2017031316194905c.jpg

IMGP0106_201703131619516fe.jpg

またいつかおじゃましたい。

和中庵 その3

階段の感じもいいし。
IMGP0056_201703101715475fa.jpg

IMGP0055_20170310171546ec1.jpg

IMGP0057_20170310171549956.jpg

適度な装飾があることで心も潤う。

渡り廊下を通ります。
IMGP0058_201703101715501d1.jpg

IMGP0059_20170310171552741.jpg

そこからの秋の眺め。
IMGP0060_20170313125153378.jpg

IMGP0062_201703131251555cd.jpg

IMGP0063_20170313125157a14.jpg

IMGP0065_20170313125200420.jpg

IMGP0067_20170313125202d76.jpg


天井もいい。和の風情はたいせつ。
IMGP0066_20170313125201650.jpg

IMGP0068_20170313125204bb8.jpg

IMGP0069_20170313125205ba3.jpg

IMGP0071_20170313125208e59.jpg

IMGP0072_201703131252107d5.jpg

IMGP0073_20170313125211bfb.jpg

IMGP0074_20170313125213f59.jpg

IMGP0075_2017031312521454e.jpg

IMGP0076_20170313125216dfd.jpg

やはり和と洋とが共にあるのが素晴らしい。
IMGP0070_20170313125207ee9.jpg

和をもう少し楽しむ。
IMGP0077_20170313125708758.jpg

IMGP0078_20170313125709880.jpg

IMGP0079_2017031312571048d.jpg

IMGP0080_2017031312571148c.jpg

IMGP0082_201703131257144a1.jpg

IMGP0083_20170313125716cca.jpg

IMGP0084_2017031312571747a.jpg

IMGP0085_20170313125719a30.jpg



続く。

和中庵 その2

和中庵、洋館の外観
IMGP0019_20170310124712385.jpg

IMGP0017_2017031012471025f.jpg

照明が可愛い。
IMGP0025_2017031012474966a.jpg




IMGP0027_20170310124752011.jpg

IMGP0026_20170310124750991.jpg

床も素敵だ。
IMGP0028_2017031012475407f.jpg

IMGP0029_201703101247558ac.jpg

装飾の数々
IMGP0030_201703101247561d9.jpg

IMGP0031_20170310124758602.jpg










IMGP0032_20170310124759ade.jpg

IMGP0033_20170310124801d96.jpg

IMGP0034_20170310124802c67.jpg

IMGP0035_201703101248047f8.jpg

IMGP0036_20170310124805a55.jpg

床の良さがやは眼に入る。
IMGP0037_20170310124807317.jpg

IMGP0038_2017031012480958b.jpg

階段
IMGP0039_20170310124810d22.jpg

IMGP0040_20170310124812c1a.jpg

二階もとても魅力的。
IMGP0041_20170310124813395.jpg

IMGP0042_20170310171527bdf.jpg

ホールを楽しむ
IMGP0043_20170310171529efb.jpg

IMGP0045_201703101715310a4.jpg

IMGP0044_201703101715304b3.jpg

IMGP0046_20170310171532377.jpg

IMGP0047_201703101715348fe.jpg

IMGP0048_20170310171535b01.jpg

IMGP0049_20170310171537b1f.jpg

IMGP0050_20170310171539fe1.jpg

IMGP0051_2017031017154011c.jpg

IMGP0052_201703101715419bc.jpg

IMGP0053_201703101715439e4.jpg

少し外を見る。
IMGP0054_20170310171544b85.jpg

続く。

和中庵 その1

去年、「京都 夏の旅」などで一般公開された和中庵だが、わたしは季節を少しおいてから出かけた。
有難くも撮影と見学をさせていただき、素晴らしい建物にときめくばかりだった。

その日は先に「永観おそい」と見返られた仏さまを安置する永観堂にいた。
そこから徒歩数分の泉屋博古館で美麗な高麗仏画を見ていた。
当時の感想はこちら
紅葉の綺麗な頃の話。

IMGP0002_20170310124649ff6.jpg

IMGP0003_2017031012465088e.jpg

さて鹿ケ谷からとぼとぼ歩いて道を多少間違えて、ようやくノートルダム学院の和中庵にたどりついた。
ちょっとしたところに素敵なステンドグラスが見受けられる。
IMGP0001_201703101246480f6.jpg

和の空間も素晴らしい。
IMGP0004_20170310124651d2c.jpg

中庭を拝見する。
IMGP0006_201703101246534d7.jpg

IMGP0007_20170310124654bd7.jpg

IMGP0008_20170310124656e84.jpg

IMGP0009_20170310124657122.jpg

IMGP0010_20170310124659f46.jpg

IMGP0011_20170310124700eff.jpg

IMGP0013_20170310124703916.jpg

IMGP0014_20170310124705560.jpg

和室と庭との関係は重要だ。
庭は慈しまねば朽ちる。

立ち去った後、誰もいない。
揺らぐ空気。
IMGP0012_20170310124702654.jpg

再びステンドグラス。
IMGP0015_201703101247070c5.jpg

IMGP0016_201703101247089d5.jpg

先にこちらへ。
IMGP0018_20170310124711b2d.jpg

照明の切子が可愛い。
IMGP0020_20170310124714d50.jpg

鷹の羽の紋所には親しみを感じるぞ。
IMGP0021_20170310124715c73.jpg

ぎぎぎぎぎ…
IMGP0022_201703101247454ac.jpg

天井にも棟札
IMGP0023_2017031012474703d.jpg

IMGP0024_20170310124748d64.jpg

ここにはシスターたちの使っていたものやベッドや何故か岩波文庫の設置の回転棚があった。
それらはプライバシーにも関わりそうなので挙げない。

次はいよいよ洋館へ。

旧大阪府工業奨励館附属工業会館

大阪府立江之子島文化芸術創造センター/ enocoとして活躍中の建物がある。
地下鉄阿波座からすぐのところ。
明治の昔、この江之子島に大阪府庁があった。
IMGP0038_20170308171559e1c.jpg

この建物は1938年の大阪府工業奨励館附属工業会館をリノベしたもの。
IMGP0040_201703081716011b8.jpg

可愛いなあ。
IMGP0037_20170308171557193.jpg

中にも少しばかり往時の姿が。
IMGP0030_20170308171554170.jpg

IMGP0029_20170308171553b07.jpg

ご近所さん
IMGP0036_20170308171555044.jpg

IMGP0041_2017030817160342d.jpg

なんだかほのぼの。

二つの近代絵画展を見て回ってから

先ごろ「道を尋ねて何かに出会う」のブログの方でふたつの展覧会の感想を挙げた。

「マティスとルオー 手紙が明かす二人の秘密」@汐留ミュージアム
「拝啓ルノワール先生 梅原龍三郎が出会った西洋美術」@あべのハルカス

どちらも温かな人間関係が活きていたことを教わったが、絵画だけでなく手紙や随想がとても印象に残った。
それで面白いのは関東と関西のチラシの違いに、アプローチの違い。
「拝啓ルノワール先生」展の場合を挙げる。
関西では「梅原龍三郎が出会った西洋美術」
関東では「梅原龍三郎に息づく師の教え」
それぞれの副題の違いが面白くもある。
つまりこの副題を踏まえて作品を見ると、違う面が見えてきたりもするのではないだろうか。

わたしはこの四人…ルノワール、梅原、マティス、ルオーでは最初はルノワールが好きで、次に梅原が好きになり、そしてマティスに来た。ルオーはそこまで好きになっていないが、汐留ミュージアム、出光美術館で見る内に段々と馴染んできて、大昔に比べると、随分近くに来たように思う。

多くの日本人が西洋絵画を愛するようになったのは、やはり白樺派の紹介があってのことだと思う。
黒田や浅井忠らが熱心に広めたが、それは描く側を育てるところまでだった気がする。
鑑賞し、愉しむのはやはり白樺派が「白樺」で紹介し、大原美術館が軌道に乗ったあたりからだと勝手に思っている。
年代的なことをきちんと調べて書けばいいが、別に私は美術史家ではないのでエエ加減な思い込みを書いている。

日本人はルノワールとセザンヌとのファンに二分されていた。
現在はもうそこまで印象派に淫する若い人は少ないが、現在のある世代以上は確実にそうだった。
そして彼らに影響を受けた日本の洋画家も大勢いて、特にセザンヌに傾倒した人々は「セザニスト」となり「セザニスム」を広めた。
代表として安井曾太郎がいるが、その安井の「ライバル」が「ルノワールの弟子」梅原なのだ。
その梅原と安井が長らく日本洋画界を牽引した。
二大巨匠。だがもう一人須田国太郎が加わると三羽烏ということになる。

ところで梅原は絵だけでなく筆も立つ人で「天衣無縫」という名著もある。
このことについて戸板康二が面白いことを書いていた。
日本の洋画家には筆の立つ人が多いという話である。
確かに中川一政などもエッセイストとしても一流だった。
夭折した村山槐多には怪奇小説「悪魔の舌」がある。
有島生馬もエッセイだけでなく小説「蝙蝠の如く」があるが、生馬の場合は兄が有島武郎、弟に里見弴もいることから、元々文才に恵まれていたとも言える。

その梅原が亡くなった時のことを覚えているが、いい一生だったなあとあの当時感嘆した。
あれからだいぶ時がたったが、今も梅原の作品は生きていて、大勢を魅了する。
それを思ってもやっぱり梅原は素晴らしく豪勢な人生を送ったと思う。

展示の中に自画像や「ナルシス」などがあったが、梅原はややハレマブタながら立派な顔で、しかも若いうちから自信家なので態度も堂々としている。
女に対する当り方は違うが、谷崎潤一郎と共通するものをたまに感じることもある。
梅原は若い頃、京劇の大輪の華・梅蘭芳に自らをなぞらえて「梅原龍」メイ・グァンロンと名乗って俳優もいいな、と言ったそうだ。
ただ、彼の俳優志望は北京時代以前のフランスの頃からなので、その頃ならなんと名乗ったことだろう。


マティスとルオーがモロー先生の弟子だったのは本当に良かったと思う。
この二つの展覧会では「先生」というキーワードも活きているが、ルノワール先生はあくまでも梅原が私淑しての名称であり、学校という枠組みの中での呼び名ではない。
学校の先生ということでモローが二人を指導したわけだが、モロー教室の輝くような卒業生を見ると、本当にこの人はすごい先生だったのだと感心する。
モローは区分すると「象徴派」の一人となるが、自分の世界を守りつつ、弟子たちには一切それを強いず、それぞれの個性を伸ばす手助けをした。時には公的な支援もした。そしてルオーへの愛情はやさしく、スゴイ作家になりそうでもカネには困りそうだとみるや、自分の美術館の館長に据えた。
こういう所を見ると、本当にマティスもルオーもモロー教室の生徒でいてよかったなあとよそながら喜ぶ。

梅原がルノワール先生の法事のために久しぶりに渡仏した時、その集まりでファラオのコスプレをしていたマティスに出会い、もっと前から会いたかったねと言われた話が好きだ。
「法事」と軽く書いたが、キリスト教のそれは何をするのか知らんが、コスプレをする人もいる、というのがなかなか興味深くもある。
亡き人をしのぶだけでないのは、主催者がジャン・ルノワールだからか??
こうした集まりはとても映画的だと思うのだ。

どちらの展覧会も
20世紀初頭の美術の世界をわたしたちのもとへ近づけてくれる展覧会だったように思う。

春の船場博覧会2017  船場のおひなさま展をめぐる

昨日はよい気持ちの天候で、ふらふらと誘われて淀屋橋に降り立った。
本当は11出口がベストだが、今は工事中で長らく閉鎖、御堂筋を挟んだ向こうの朝日生命のところから地上へ上がる。
渡ったらすぐに伏見町通りの芝川ビルが見える。



以前に見学した時の様子はこちら




ここでまず階段の壁面に展示されている廣野家の嫁入り道具などの写真をみる。
皆さんため息をつきながら階段を上がるから足元危ないよ。




この界隈の小学校、とてもモダン。





夕陽丘高校、素晴らしかったなあ。



そろそろ先日撮ってきたのをあげないとね。

テラスのところでお人形の展示など。大阪らしく御殿飾りや台所用具やたまらなく精妙巧緻な雛道具などを楽しむ。
いいものを見ましたわ。

田辺三菱製薬、神宗も外からの見学だが人形を飾っていた。ただし神宗は昨日はお休みのため、いつものお染の文楽人形だけ。

初めて出向いたのが吉野寿司のお隣の鷹岡株式会社。そちらのお雛様も素敵。台所用具には荒神さんと大黒さん、床には猫。



それで不思議なものを見た。


お嫁さんのご実家は安堂寺町の書肆で頼山陽「日本外史」の版元。そこから来たもののよう。
こんなの初めて見た。

それから道修町の神農さん少名彦神社へ。
ここは11/22,23の神農祭で高名ですわね。
2006年の祭りの様子をまとめたものはこちら

ここでは宮司の別所家のお雛様がある。


下駄箱の中にはいちまさんのためのこっぽりなど。

堺筋へ。生駒ビルヂング。ウィンドーのお雛様をみる。



ここで一旦おひるごはん。
おでん3品と紅ショウガ入り卵焼きと茄子の煮びたしと豆ごはん。
しみじみ。

最後に伏見ビルへ。新井ビルの新井家のお雛様。
それでわたしはここから天王寺へ向かうことにした。
元の芝川ビルをみてから地下鉄へ行く。
毎年のことながら、楽しいイベントをありがとう、船場。




次のイベントはどんなのだろう。
参加したいし、及ばずながらもお手伝いしたいと思う北摂の遊行ものでした。

金成ハリストス正教会

以前にたずねた東北のハリストス教会を紹介したい。
金成ハリストス教会。
可愛らしくて素敵な外観の教会で、イコンも素晴らしかった。

IMGP0176_20170302124734bd1.jpg

地元の方々がおられて、親しまれている教会だと思った。

外観
IMGP0173_20170302124730a28.jpg

IMGP0174_20170302124731114.jpg

IMGP0175_2017030212473331c.jpg

IMGP0172_201703021247296b4.jpg

IMGP0171_20170302124727ad1.jpg

IMGP0177_201703021247368a4.jpg

IMGP0188_2017030212475272f.jpg

中へ。
IMGP0178_201703021247372c9.jpg

IMGP0179_20170302124739d74.jpg

素敵なイコンだ…
IMGP0180_2017030212474022b.jpg

IMGP0181_20170302124742d18.jpg

IMGP0182_201703021247436a2.jpg

IMGP0183_20170302124745632.jpg

IMGP0187_201703021247518be.jpg

つつましく信仰。大切な心。

IMGP0184_20170302124746110.jpg

IMGP0185_20170302124748be4.jpg

IMGP0186_20170302124749566.jpg

やさしい、居心地のよい教会でした。

せつない建物 旧・大阪電気軌道富雄変電所

せつない建物を紹介する。
近鉄の富雄駅そばにある1914年頃に作られた素敵な建物なのだが…
IMGP0021_2017030116562255b.jpg
いっときレストランだったが、今では誰も使わず。
二代続けてレストラン撤退。
それで近年まで営業してたレストランがなんだかんだ付け足したのだったかな。
そのあたりはちょっとわからない。
この写真は駅のホームから。

下車して視に行こう。
IMGP0022_20170301165623a9a.jpg

IMGP0023_20170301165624d4a.jpg

きれいにしてもらったのだけど、このままじゃ朽ちるよ…

IMGP0024_201703011656255e5.jpg

IMGP0025_201703011656270a6.jpg

さみしいことです。
IMGP0027_20170301165630c6b.jpg

旧鴻池家の表家を移築して和風甘味処に設えたお店が近くにある。
そこからの坂の途中からの眺め。
IMGP0028_20170301165632356.jpg

なんとかいい使われ方をしてほしいなあ。

野間記念館の素晴らしき「十二か月色紙」

野間記念館ほまれの十二か月色紙展が開催中。
感想はこちら

実にたくさんの作品が出ていたなあ。
わりとよく出るのもあればあまり出ないのもある。
松園「砧」、小茂田青樹「月に梅」が出たのはこの時
他にも折々に出ている。

今回のチラシは小川芋銭のを特集していた。
土俗的な可愛らしさがある。

2011年の十二か月図展も充実していたが、今回はそれ以来かな。
こちらは松園さんの十二ヶ月。
sun290.jpg

この十二か月色紙の充実ぶりは本当に素晴らしいので、出来る限り見に行ってほしいと思う。

2017年の梅、東西。

IMGP0072_20170227124838575.jpg
東京都庭園美術館にも梅がちらほら。
IMGP0071_20170227124837072.jpg

庭園へ回る。
IMGP0073_20170227124840799.jpg

IMGP0074_201702271248410e4.jpg

IMGP0075_201702271248437a8.jpg

こちらは大和文華館の庭園・文華苑の梅。
IMGP0011_20170301164115ef1.jpg

白梅・薄紅梅・紅梅と様々に。
IMGP0012_201703011641177bf.jpg

IMGP0013_201703011641181fc.jpg

IMGP0014_20170301164120d4f.jpg

IMGP0015_20170301164121656.jpg

IMGP0017_20170301164125771.jpg

IMGP0018_201703011641259aa.jpg

IMGP0020_20170301164128d56.jpg

次は桃を探したい。

2017.2.東博で見たもの その2

仏画、絵巻断簡、浮世絵まで。

IMGP0137_2017030115380788b.jpg
わりと表情がはっきりと写りましたな。

羅漢図。可愛い所だけ。
IMGP0138_20170301153809609.jpg

IMGP0139_20170301153810fa7.jpg

IMGP0140_20170301153811a98.jpg

IMGP0141_201703011538134f6.jpg

天神様、大怒り
IMGP0142_20170301153814fd7.jpg

役行者ご一行様
IMGP0143_201703011538164a5.jpg

灯籠もある。
IMGP0144_201703011538176b6.jpg

こんなお湯のみで一休みしたいわ。
IMGP0145_201703011538196ea.jpg

IMGP0146_2017030115382057f.jpg

ちょっと早いけど春らしくしよう。
IMGP0147_20170301153822b8d.jpg

つつじ。(それこそ早いな)
IMGP0148_20170301153823e50.jpg

梅もあるよ。
IMGP0149_2017030115382540b.jpg

田中抱二 春はいいなあ。
IMGP0150_20170301153826c81.jpg

IMGP0151_201703011538287a5.jpg

寿老・牡丹に猫・芙蓉に猫図 3幅 土方稲嶺 猫がなかなか。
IMGP0152_20170301153829aab.jpg

IMGP0153_20170301153831688.jpg

IMGP0154_20170301153832d50.jpg

IMGP0155_20170301153834ad3.jpg

春信の春
IMGP0156_201703011538359cb.jpg

まだちょっと寒い。
IMGP0157_2017030115385713e.jpg

猫もぬくぬく
IMGP0158_20170301153858516.jpg

国芳。


絵も調べられてよかった。




どついてる!…わけではない、というところで終わり。
IMGP0161_20170301161358c93.jpg
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア