美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

追悼水木しげる ゲゲゲの人生

大丸京都と高島屋京都、同じ四条通にある二つの百貨店で同時期にすごくいい展覧会が開催されている。
烏丸の大丸では「追悼水木しげる ゲゲゲの人生」展。
河原町の高島屋では「ウルトラセブン 放送50周年記念 モロボシ・ダンの名をかりて」展。
どちらも昭和の子どもたるわたしを直撃する、いい展覧会。

道順で先に大丸に行ったのでそこから。
とにかく大混雑。老若男女でぎっしり。
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水木サンの子供時代はいくつかの著作から「ああ、こういう子供だったのか」と知ったわけだが、そのあまりの絵の巧さにびっくりした。
童画が特に素晴らしい。文字の大きさをあえて変化を付けるとこらは武井武雄や初山滋の世界に近い感じがした。
絵そのものは川上四郎のノスタルジックな雰囲気もある。
しかし絵柄の多彩さにも驚いた。
小学生で個展をした(教頭の勧めで)ときに新聞に取り上げられたのも納得。
チラシの絵はパステル画だが水彩画とペン画が特によかった。

コレクションの一端も出ていた。へその緒入りの箱がある。それをみて初めて歌舞伎や文楽の「ほぞのお書き」というものの実態がわかった気がした。
あとスクラップブックの凄さにも驚いた。
中でも様々な新聞のロゴマークを集めたものは一見の価値ありだと思う。
こういうコレクターだからこそ、無限の知識が集まるのだ。

展示は生涯の紹介と作品展示のみならず、水木サンの言葉を折々に挙げていて、それがポイントになっている。

やがて戦場へ。
このあたりの絶望感がひしひしと伝わってくる。
すっきりした男性二人の軍装姿の絵がある。少尉になったお兄さんと二等兵の水木サンである。
ラッパ兵としてだめだと思い転属を願い出たがために、国内から南洋へとばされることになった。戦後にそのことを知る水木サン。
人間の運命なんてどこでどうなるか知れたものではないのだ。
水木サンの手記、英和辞典、ゲーテの本などがある。
ゲゲゲのゲーテなのだ。

戦後しばらくしてから描いた戦記マンガと「総員玉砕せよ!」の原画がある。
基本的に原画は2頁展示である。
しかしこの「総員玉砕せよ!」はもう少し多い。
展示の多いことの意味をよく考えねばならない。

またパプア・ニューギニアでの現地の人々との交流を描いた絵もある。
気に入られて歓待された、という話は以前にも読んだが、これも水木サンの人徳というか魅力がなせるわざだろう。

奥さんとの新婚時代の貧しすぎる住処の再現があった。
水屋には軍艦の模型がある。
夫婦で仲良く模型作りに励んだことは「貸本末期の紳士たち」にも描かれている。そして小さなちゃぶ台には黒くなったバナナが大量に…
水木サンはバナナを食べる時の擬音が「ガーッ」だったように思う。
なんでやねんと思いながらもそれが意識に残り、バナナを見る度「ガーッ」と食べる水木サンの絵を思い出す。
食べ物への執着は今のグルメマンガとは一線を画し、よりリアルなナマナマしさがある。
水木サン、杉浦茂、この二人の「ものを食べる」シーンはとても印象的。
ああ、どちらもしげるだ。

貸本時代の作品がずらり。
まさかのバレエマンガまであるがな。
すごい幅広いが、それはあくまでも「描かされたもの」だそうだ。
いくつかは読んだものもある。

さて「墓場鬼太郎」がある。可愛くないが、これが可愛くなるのは「ゲゲゲ」以降である。
それにしてもすごい貧乏暮らしである。
ドラマ「ゲゲゲの女房」にもよく描かれたが、さすがにドラマは華やかな美男美女で演じられた上、当時の貧乏さはちょっと再現できないようだった。
とはいえ、新婚ほやほやの水木サンの写真を見ると、TVで演じた向井理に似た感じがあった。その一枚だけそう見えた。
貧乏な中でも奥さんは偉かった。そして水木サンは奥さんと二人の娘さんを大事にした。
そのあたりがとても好ましい。

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いよいよスポットライトが当たる時代がやってきた。
「テレビくん」の成功である。原画は、インスタントデコレーションケーキを見たテレビくんが「今日のおやつにするか」とテレビに半分入り込んだときに足を掴まれるシーンが出ていた。
わたしは最初にこのマンガを読んだとき、マンガだとわかっているのに「おいしそう、いいなー」と思ったものだ。

「悪魔くん」は松下一郎の方のが紹介されていた。
山田真吾の方はイラストが出ていた。
話の面白さは松下一郎の方だが、可愛さは真吾に尽きる。
私見だが、水木キャラで唯一の美少年ではないかと思っている。
その真吾と百目の子とがいる図が出ていた。

集団絵の中で、真吾の方のメフィストと一郎とが一緒にいるのがあった。
パラレルワールドと言うか設定が違うから「悪魔くん」はけっこうややこしい。
タイトルを変えてくれたらよかったのに、とたまに思う。

「河童の三平」の表紙絵が並ぶ。
68年の第三回の表紙絵は可愛らしい森の中にいる三平、かんぺいらの絵だった。
この表紙絵の森はそれこそ童画風な雰囲気で満ちている。
色もパステルカラーで、なんとなく朗らかなキモチになった。
とはいえ、三回目というと話はちょっと暗かったように思う。
チラシのは五回目。こちらは細密描写の森と言うか関東のヤトのような所が描かれている。

短編の紹介を見ていると続きが読みたくてならなくなる。
中でも信州のどこかの神聖な土地と言うのが出てくるとドキッとする。
「悪魔くん」の中でも「入らずの森」というのが出てくるが、あの森の深さ、森の圧倒的な存在感、その存在の理由などを思うと、心にいくつでも謎がうまれ、知りたいような知るのが怖いような心持になる。

「ゲゲゲの鬼太郎」の紹介で「霧の中のジョニー」があったのがいい。
ジョニーの屋敷が出ていた。凄い建て増しに継ぐ建て増しで、とても魅力的な風貌を見せる建物になっている。
水木サン、初期の松本零士、宮崎駿、彼らの描く建造物は異様に魅力的なものが多い。それで思ったのだが、マンガに描かれた魅力的な建物の絵ばかりピックアップした画集があってもいいのではないか。
きっととても素晴らしいと思う。

このジョニーもいいキャラだが、とにかく強いので鬼太郎は「骨と肉が」離れ離れになった状態にされ、風呂敷に包まれてねずみ男に背負われて療養の旅に出る。これを考えるとモノスゴク怖い。妖怪だからなんでもありかもしれないが、「ゲゲゲの鬼太郎」ではたまに物凄く怖い怪我を負うことがある。
わたしなどはよく震え上がったものだ。

鬼太郎が高校生に変身している作品も出ていた。ああ70年代、という感じが強い。そしてこの時代に描かれた鬼太郎を見ていると、いつも思うことがある。
ガンバ大阪のヤットさん、遠藤選手、かれ、やっぱり鬼太郎に似ているなあ。
特撮でウェンツくんが演じたが、本当はかれよりヤットさんの方がいいキャスティングだと思う。風貌だけでなく、あのクールさがとても原作鬼太郎に近い。

いいアシスタントが揃ったのはいいが仕事のし過ぎだと水木サンが苦しむのがこれまた印象的ではある。
奥さんとの対話がすごい。そうか、と納得する。多忙な人間はやっぱり棺桶の中に入った時くらいしかのんびりできないのだ。

妖怪研究による一枚絵、このシリーズも好きだ。
そして場内では水木サンの仕事場の再現(オバケが出てくる!)と、水木サンのコレクションとが展示されていた。
妖怪ギャラリーである。古いものから近年のフィギュアまで。洋の東西を問わず世界中から集めたものたち。

そして水木さんの世界旅行の地図とスナップ写真とがある。荒俣宏さんの同行があるものが多い。いいなあ。
また、ファンレターの中に子供時代の山田かまちの自作妖怪つきハガキがあった。これにはびっくりした。

どういうわけかわたしは大人向けの作品を子供の頃からよく読んでいた。
水木サンでいえば「糞神島」だったか、あの単行本をオジが持ってたからだが。
これで思うのだが、原作のアニメや特撮をよく見ていたが、実際に最初に読んだマンガは大人向けというのはわたしの場合かなりある。
しかもそれが尾を引いたか、その作家の子ども・少年向けの作品より大人向けの作品の方が好きだというのも多い。それも今に始まったことではなく、子供の頃からそうなのだ。
手塚治虫、石森章太郎あたりは完全にそれ。

前述のとおり、水木サンの作品はかなり子供の頃から読んでいたが、リアルタイムに本当に面白く読み始めたのは90年以降のことで、水木サンが「東西奇っ怪紳士録」「神秘家列伝」「カランコロン漂流記」=のちに「わたしの日々」を描いている間、本当に熱心に読んだ。
今でもしばしば再読するのは「…紳士録」だが、どこを開いても面白い。
個人的に好きなのはそれらと大人向けの短編、そして真吾の方の「悪魔くん」、一郎の方の「悪魔くん」、「河童の三平」が特に好きだ。
「ゲゲゲの鬼太郎」は案外読んでいない。
これは手塚の「アトム」を読んでないのと同じような理由から。

ところで展示には水木サンの描いた設計図面などもあった。
水木サンは普請道楽なので自宅もとんでもなく建て増しされている。
いつかそっと遠望したいものだと思っているのだが…

妖怪から離れた作品の紹介もある。
近藤勇やヒットラーを描いたもの。
ヒットラーについては「…紳士録」でも取り上げていたが、彼がいなければひいては自分の腕の損傷もなかった、という結論が水木サンにはある。

ところで水木サンは挿絵も描く。
わたしが見たのは少年雑誌の口絵のものなどだが、そうした仕事の一つに1979年か、福島第一原発に勤務していた方のレポにつけた絵が凄まじかった。

最初に絵を見てからタイトルや解説を見るので、「うわー、御年90歳近くになられても、やはり正義のキモチが」と思ったのだが、そうではなかったのだ。
しかし現在と状況は全く変わらない。すごい先見性…
というより、、戦争体験がやはり人間への眼差しを鋭くしたのだろうな、だから何十年経っても古くならない意識があるのかもしれない。

最後に「ゲゲゲの女房」である奥さんのインタビュー映像をみた。
奥さん、どうかお体を大事に、もっと長生きなさってください。
そして各界の著名人による追悼メッセージ絵馬がすばらしい。
中でも池上遼一鬼太郎が可愛すぎる。ボブでキュートな鬼太郎。離れた位置にいるねずみ男の足元は池上らしさが強いけど、あの鬼太郎のキュートさ、尋常ではありません。ほんまに可愛い。
それからしょこたんの水木しげる猫の集団がたまりません。このヒトは楳図かずおも水木しげるも自在に描けるのだなあ…

この日、わたしは朝から晩まで洛中を這いずりまわったが、最後に訪れた海北友松展で見た襖絵、その引手がぬりかべの眼の形にそっくりで、ちょっと嬉しくなった。

水木サンの大きな一生、その一部の時間だが、同時代に生きてこれて、とても嬉しく思う。いい展覧会だった。
5/8まで。 

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名建築家の温泉大旅館をみる

少し前に唐津や武雄温泉などを巡ったが、その際に嬉野温泉の立派な温泉大旅館を見学した。
現代の名高い建築家が設計したもので、とても感じの佳い所だった。

わかるひとにはわかるという挙げ方しかしないし、場所もホテルの名も挙げないが、「ああ、素敵」というキモチを共有できたらよろしいなあと。

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中へも。
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お部屋のお庭をみる。
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素晴らしい。

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今度は宿泊したいものです。

半田市の赤レンガをちょっと見にいった

「半田赤レンガ建物」を見学した。
かっこよかった。サイトはこちら

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いいなあ。
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サイドへ回ろう。
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近寄ろう。
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ええ煉瓦ですわ。

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説明がある。
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煉瓦の建物の中は資料は撮影禁止。
なかなか面白い資料がありましたわ。

かつてのポスター。やっぱり美人画はいいな。なにしろここは元は「カブトビール」なのですよ。
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今度はここでお昼と言うのもよさそう。
物凄い雨の日に行ったが、着いた時に影響を受けなかったのがいい。

半田市で見た建物など

少し前に半田市に行った。
ところがあいにくなことに行った日はミュージアムも併設しているミツカンの本社と工場が休みだった。
をいをい…仕方ない。

とはいえ、今回の目的は半田赤レンガ建物。これは別項で挙げている。
さて、あちこち見て回ろう。
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古い建物が残るのはいいなあ。

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ここの壁面素敵だ。
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朱色なのは名古屋市の「揚輝荘」にも似ている。
なにか土地柄と言うのがあるのかな。
以前「揚輝荘」に行った時の様子はこちら

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大きいね。
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では庭園へ。
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今度は天気の良い日に一日いたいものです。

雪村 奇想の誕生 

「ゆきむらではなくせっそんです」
雪村と言うヒトの話。
この字でユキムラだと歌手に雪村いずみがいた。
それから「幽☆遊☆白書」にも雪村螢子という少女がいる。
で、セッソンはというと、室町時代に関東で活躍した雪村周継(せっそん・しゅうけい)このヒトくらいしか知らないし、現にこの人が対象の話になる。
「雪村 奇想の誕生」
東京藝大美術館で彼の大々的な回顧展が開催されている。
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既に後期が始まり、大幅な展示替えをしたというのに、今から挙げるのは前期の感想である。
例によってやることが遅いので仕方ない。

ところで今回のチラシ、キャッチコピーがなかなか楽しい。

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第一章 常陸時代 画僧として生きる
雪村は生涯が案外知られていない部分も多いそうだ。
生まれたのは常陸の部垂(ヘタレ)という場所だとある。
この時代で自分から僧になる人と言うのはどういった経緯・思考の末にそれを選んだのかとか、色々妄想が生まれるが、それはわたしの勝手な愉しみに過ぎない。
どうやら確かなのは「雪村になる以前、かれは廃嫡されたらしい」ということ。
それをどこかに含んでおいて、絵を眺める。

滝見観音図 雪村の描いたものと筆者不明のものとがある。
大体同時代。同じ茨城県、昔の常陸。
雪村はこの絵を手本に自分の絵を拵えたのか。
タネ本の方は、善財坊やは左下で拝している。観音はふっくらさん。
雪村はまず滝が違う。左から右下へ・次は左下へ、という流れを背後に描く。滝見と言いながら今はそれよりちびの様子を見てますよ、という観音。
浄瓶もある。坊は観音を見上げる。観音はやや細面。

先般「高麗仏画」の名品を鹿ケ谷の泉屋本館と根津美術館とで見たが、そこでも観音に面会に来た善財坊やの絵のよいのをたくさん見た。
あれらはカラフルで装飾も豊かだったが、時代が下がると表現も嗜好も変わる。
海を渡ってシンプルな方へ向かう、と言うのも考えれば面白い。

葛花、竹に蟹図 黒いカニである。つまり茹でられもせず生きて動いている。葉の緑がいい。葛の花と言えば二つのことを思い出す。
釈迢空「葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」
野坂昭如「骨蛾身峠死人葛」
カニはチクチク歩いている。

書画図 大和文華館 見た記憶があんまりないのだが、スルーしてたかな??三本に分かれた滝がドウドウと流れ、少年たちは立ち働く。その場にいる人々の顔立ちはわからない。

瀟湘八景図帖 雪村のには小さいけれど人がいる。人がいる自然風景。これはほっとする。
いくら「帰帆」があっても人の姿は見えないのが大半。
混み過ぎるのもいやだけど、適度なヒトの姿はあると安心する。
しかし雪村以外はなかなかそんな人の姿は描き込まないか。
そのあたりがもしかすると発想が違うのかもしれない。

柳鷺図 鷺たちがなかなかマッチョではないか。しなやかではなく筋肉の在り処を見た気がする。飛ぶのも佇むのもみんななかなかエネルギッシュ。

陶淵明図 柳の下で詩人がふと振り返る。琴を持ってついている少年が「ここでまた何か思い浮かんだのかな」と思っているのかもしれない。

白衣観音図 ぼてっと座っている様子がどことなく占いの人みたいにも見える。
描かれている人も神もみんななんとなく面白い。
蕭白ほどのケッタイなのはいないが、なんとなくアクの強い様子。

第二章 小田原・鎌倉滞在―独創的表現の確立
この辺りから本格的に面白い絵が出てくる。

蕪図 日々食べるものとしての姿を写したのか、何かしらそこに禅の悟りを反映させたのか、そんなことは知らないが、全く以て蕪である。
後世の徳岡神泉の蕪図が妙に思想の深淵を思わせるのとは対照的に、「この蕪は皮がちょっと堅そうやな」という感じがするくらいである。

高士観瀑図 右下に小さく滝。それ見てて「GJ!!」と指立ててるらしい??

列子御風図 中国の仙人で、風に乗って術をかけているところ。

こういう故事説話などを描いた絵は大抵がイキイキしている。

欠伸布袋・紅白梅図 三幅。左右に白梅、紅梅の絵がおかれ、中に気持ちよく欠伸をする布袋さん。

百馬図帖 鹿島神宮所蔵か。いろんな馬たちがあちこちにいて仲良くしている。可愛いなあ。外線のみ。シンプルな良さがいい。
そういえば日本固有の馬の産地と言えば木曽に相馬に・・・
茨城は知らんなあ。

古天明十王口釜 関東の釜で、「得月」のサインがある。

第三章 奥州滞在ー雪村芸術の絶頂期 
ここで奇想爆発!

呂洞賓図 チラシにもなったあれは大和文華館の名品の一つ。
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けったいなおっさんを乗せた竜のドヤ顔がなかなか。
煙から生成されたような竜もいてます。

こっちのは新発見。
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これ実は最初のチラシでは出てなかったのだよ。
下のチラシ見てわかるようにその場所には釈迦と羅漢たちが煙から出た竜を見上げる図が入ってたのだ。

へんな煙が出て来て何かが現れる、というのはもう近年では見なくなったけど、昔はランプの精とかそんなのがおったもんなあ。←ちょっとチガウ。

鍾馗図 ぎろりとした目玉のオッチャンとして描かれている。コワモテだけど妙な愛嬌もある。
結局そこがええわけです。

寒山も巻物半開きでニター。
唐子と遊ぶ布袋も嬉しそう、みんな見た目ちょっと変やけど楽しそう。
風景もただ山水ではなく、そこに生き物がいるのがいい。

花鳥図屏風 白椿に白梅に雁や鶺鴒などもいる。左にはガチョウに鷺にもいて柳や蓮もみえる。季節は廻らず同居する。
また別なそれには、木に止まる白鷺らの良さを描き、槍梅もあり、こいのぼりみたいな顔の奴までいたりする、
ほのぼのはしないが、こんな静かでそしてにぎやかな花鳥画はいい。

第四章 身近なものへの眼差しイメージ (242)

野菜香魚図 おいしそう。茄子や細大根などが描かれている。茄子は食べたくなる。

芙蓉にクンクンする百舌鳥とか丸々した瓜に三方に跳ねるカヤツリ草など、面白い取り合わせの絵が続く。
猫小禽図などは虎柄の猫が可愛いが、竹に止まる鳥はなんか憎らしそう。
コロコロに肥えた短足なところが可愛い大猫。

やっぱりコロコロに肥えた雀らが竹にいる図もいい。

第五章 三春時代 筆力衰えぬ晩年
面白い絵が集まっている。なんだか好きな題材を好きなように描いている雰囲気がある。

蝦蟇鉄拐図 3本足の蝦蟇はお約束だが、このガマ仙人の楽しそうな様子がいい。蝦蟇がビューッとしてるのを喜んでいるようだ。
鉄拐も負けじと芸を披露中。

猿猴図 こ、これは惨劇を予想させる図。チラシの「猿蟹合戦ファィッ!」のあれね。チラシだけ見てたらガチンコの1対1かと思ったが、そやなくて、なんとこの猿の後ろに猿軍団が控えておるのだよ。しかも「やれーやってまえー」とエキサイト気味。ヒーッ
やんきーな猿たちには困るで。カニ、恐らくアウト。これならそりゃ復讐・仇討アリですわな。

孔子観敧器図 これは中村不折も描いているが、水の入った器のバランスと政治のバランスとを示すシステムを孔子が見学する図。フルカラー。
ところでこの絵、大和文華館のだが、あちらでは見たことないなあ。

金山寺図屏風 これは名刹として有名な中国のお寺で逸話も多いのだが、ここではやたらと塔が多いように描かれている。
実際には時代の変遷があるので、本当にこんなに塔があったかどうか。今のは清のもの。雪村がいた時代はどうだったかは知らない。

それにしてもどんな風景にも人がいるのはいいな。
他の絵師だとヒトの姿を消すことも多かったり、点景の一つにすぎないのに、雪村は人もまた自然から現れたものとしてその風景画に描き込む。

なにやら囲い込む場があり、そこへ入るとちょっと違う展示があった。
テーマ展示 光琳が愛した雪村
光琳描く高士や仙人らは雪村の影響下にあるものが多いそうな。そうか、そう言われてそうだなと同意する。
例の小西家伝来の光琳関連資料にも雪村のなんだかんだがあり、光琳が雪村に夢中だったことがわかる。

第六章 雪村を継ぐ者たち
画僧だけでなく狩野派や他派の絵師たちの作品もある。

カラス図 以天宗清 室町時代 けっこう凶悪そうでいて可愛いカラスが二羽いる。目が△に尖っている。

狩野洞秀も呂洞賓を描く。好奇心旺盛そうな竜がいた。煙から飛び出す竜。

江戸時代、絵師の間には雪村ブームがあったのかな。
狩野派の絵師による鍾馗、布袋、蜆子図などがあるが、けっこう雪村の絵のイメージが強い。
明治になっても模写してた人もいるようだ。

狩野芳崖 竹虎図 おおーなかなか。がおーっなのがいい。
これは橋本雅邦に「雪村のこんなの観たよ」とスケッチしたのを見せたもの。

その本歌があるが、さすが芳崖、うまいこと捉えてる。ひしゃげたような頭の形と言い、じわじわなシマシマといい。目は枇杷の実のように丸くて可愛い。そして手の甲のふっくらさがいい。

昇龍図 橋本雅邦 飛んでくところ。こちらも目が可愛い。

雪村、どういう気分でどんな心持で描いていたかは知らないが、ファンキーなものが多くて、笑うに笑えないが笑ってしまうものが少なくなかった。
また後期もきちんと見て、大いに楽しみたい。

「おまえ百まで わしゃいつまでも」熊谷守一

gooより転載。
元記事はこちら

香雪美術館では春の今頃はたいてい近代日本画の展覧会をしている。
今年は洋画家・熊谷守一の回顧展。


今回初めて知ったが、このにゃんこは言えば版画のシルクスクリーンのその役目を持ったもの、それで描かれたそうだ。
つまり可愛い猫のポーズ、この絵だけでなく他にも同ポーズの猫がいるのは、そういうことなのだった。


今回の展覧会の副題は熊谷の言葉から採ったもの。
「おまえ百まで わしゃいつまでも」
長命しただけに何やら実感があるなあ。

若い頃の作品は一つだけ。
蝋燭 1909 まだ彼のスタイルが確立される前のものだが、同一人物の手だとは思えないくらいに違う。

木村定三コレクション、守一美術館、岐阜県美術館などから良いのが集まっているが、今回書の良いのが多いのも特徴だと思った。

ところで今から挙げる画像はすべて愛知県下での展覧会のチラシから。
これを参考として雰囲気を味わいたいと思う。


すずめ 絵でなく書。なんだか妙なゆるさがいい。脱力する。
こちらは春日井市道風記念館で展示中の「からす」
これで大体「すずめ」ののんびりしたゆるさが伝わると思う。


熊谷守一は長く貧困に苦しんで、子供を病気で亡くしている。
油彩の激しいタッチの絵も印象深いが、ここでは「ヤキバノカエリ」とそのスケッチが出ている。
前者は激情があったが、後者は作品として丁寧な構成になっている。

土饅頭 せつないが、その一方である種の諦念がこちらの胸にも広がる。

眠る猫 可愛い。
こちらは「白猫」だがこれもみんなパターンがあるとはなあ。


今回意外だったのは仏画が案外多かったこと。
そうなのか、という納得がゆくのも思えば不思議な話だが。

それから書の面白さがある。
香雪美術館で出た「五風十雨」は縦書きだが、横書きの書もある。

この言葉、好きだったんだね。

花より団子九十七歳 こういうのも面白い。

花や小動物のイキイキしたところを描き、うまいともへたとも言えない字を書き、庭を見つめる。
こういう生活はわたしには到底無理だが、楽しそうだと思えるのは、その描いた絵がよいからに違いない。

海になんか行かないくせに蟹が泡を小さく出しているのを描き、目の前にあるものをモデルにするくせに、一方ではまるでホラ吹きのように鯤の絵を描いても見せる。


とても面白い画業だと思った。
今回わたしの好きな「鯤」は出なかったが、その分よい書をたくさん見た。
そんなに興味のなかったところだったが、それでも面白く見たのは、やはり魅力が深いからだと思う。

見れば見るほど味わいが深まってゆくのを感じた。

また久しぶりに守一美術館や愛知県美の木村コレクションを堪能したいと思った。

5/7まで。

「絵巻マニア列伝」は凄いぞ

サントリー美術館で「絵巻マニア列伝」を見たが、まずこのタイトルがよろしい。
よろしい、というより本当にそうとしか言いようがない。
そういう風にリードされたからだろうが、物凄く納得した。
なんでこの世に中世の煌びやかな絵巻がこんなにもたくさんあり、それらが大事に残されているかを考えれば、やはりそこには「絵巻マニア」の存在がなくてはならず、しかも彼らマニアに権力・財力・執着力、この三つが具わっていたからこそだと頷ける。

さて院政期の美麗な作品から展示は始まる。
以前に「美麗 院政期の絵画」という展覧会が奈良博で開催された。
当時の感想はこちら。
その1

その2

そのときに仏画の美や絵巻の麗しさを思い知らされていたが、十年後の今、この時代から室町、江戸時代の「絵巻マニア」の存在を知ったことで、改めて絵巻の美と面白さとを思い知らされた。

序章:後白河院
後白河院と言えば梁塵秘抄の著者であり、頼朝に「日本一の大天狗」と罵られたり、好き放題したお人でございますね。
先に色々知識を詰め込んでおくと、この人が蓮華王院の宝蔵にお宝の絵巻を収蔵したので、以後そのお宝蔵が絵巻収納場所として多くのマニアたちの聖地となるわけですね。

最初に病草紙を三点みた。
不眠の女、居眠りの男、頭の上がらない乞食坊主。
みんな寝てるのにせつないよね。ちょっと「ハガレン」のアルを思い出した。かれは眠りのない状況になってしまったものなあ。
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突然居眠るのはナルコレプシーかな、と前々から思っている。阿佐田哲也が牌持ったまま瞬時に意識を失い、そのままで復活する…
アタマが云々は首の問題かな。
どちらにしろ周囲の人々の視線は冷たい。

法然上人絵伝 巻十 これが出ていた。絵巻に描かれているのは御所、水鳥、桜の頃。
法然と後白河院との関係は深い。
それについてはこちらに詳しい。(pdf注意)

吉記 承安四年八月記 藤原経房 19世紀写 江戸時代後期 五冊のうち一冊  院よりコレクションをまとめ、分類せよと命じられた、そのことを記している。
他に「玉葉」も出ていて、そこにはお宝が散逸したらどうしよう、という不安が綴られている。

蓮華王院は絵巻の宝庫だった。つまり三十三間堂はその本堂に当たる。
・・・千体の観音は警護のための?とついうっかり思ってしまいそう。
なおその三十三間堂の前にはわれらが京都国立博物館が鎮座ましましているから、この界隈に宝物蔵があったというのもなんだか今に至るまで納得。

田中親美が模写した年中行事絵巻、複製の伴大納言絵巻、これらも後白河院のコーナーにある。

後三年の役を描いた絵巻もある。義家が清衡に加担しての戦時。なかなか勢いのある絵で、戦死者も続々。

コラム・京文化マニア実朝と絵巻
父親が京文化を拒否したのと対照的に、時代が過ぎたからか、この文人肌の息子さんは日本脱出を夢見たり、京文化に憧れたり。政治家の母親からも色々言われても、ひたすら憧れと夢が強まるばかり。
絵合わせを楽しんだり色々しているが、言うたらなんだが、やっぱり暗殺されてしまうしかないわな…お気の毒ながら。

前九年合戦絵巻断簡 砂金豪族の頼義が安倍を攻略した話。季節は秋。家臣が鎮守府将軍となった頼義にそっと話をするシーンが出ている。
この絵巻を実朝は見ているらしい。大江広元が持ってきたそう。

このコーナーで一番はっ となるのはまさかの九相図巻。
わたしがみたのは17世紀の模写。とはいえよく描けている。
犬たちがはぐはぐ、烏もパクパク、骨がガランガラン、やがてバラバラ。
シーン3つにはそれぞれ名がついている。
「噉相」くらう、という意味。「骨相」、それから「散相」。
納得。
わたしが最初に見知った九相図と言えばやはり「ドグラマグラ」なのですよ。
それから近藤ようこさんが「妖霊星」でも描いている。
杉本苑子「檀林皇后私譜」、あとは京都文化博物館の今は亡き素晴らしい映像作品か。

第一章:花園院 
父の伏見院への礼状がイキイキしている。蓮華王院の絵巻を楽しめたことへのお礼。
「万事なげうって」おいおい…
17歳のときめきですな。
ここでもいい絵巻が出ている。

春日権現験記巻9 興福寺へ我が子をやる母親の話。お坊さんも来た少年が可愛いのでニコニコ。しかしそれからほどなく、母親は危篤になり、僧となった息子に会いたいというて、可愛い坊やは剃髪。その時の師坊のがっかりな表情がいいよなー。
残念、勿体ない、というのがアリアリ。

石山寺縁起絵巻1 みんなで土木してるところ。近年わりとこの絵巻もよく見るようになったな。滋賀近美での感想はこちら
谷文晁も模写をしている。それはこのサントリーで展示されたが、巻数は違ったか。

久保惣からも駒競行幸絵巻が来ていた。嬉しい。
頼通の屋敷での管弦の宴。竜頭鷁首も出ていて、紅葉も華やか。舟をこぐ少年たちは可愛いし、奥でいちゃつく男女もいい。

矢田地蔵縁起絵巻 これが来ていた。地獄ツアーする満米上人の話。地獄の閻魔大王らからご招待を受ける。案内の官吏がおんぶして「ここですわー」。実は誰も受戒してなくて、ちょっと困ったわけで、それで上人を招いて一同受戒するのです。
それで晴れ晴れとなった閻魔大王が「よかったらご覧ください」とツアーを。
上人が地獄めぐりすると、お地蔵様が働いているのに出会ったり。
そして地上へ戻ったら戻ったで、ずーっとお米に不足しないようにしてもらえたわけです。
地獄のお礼はなかなかよろしいな。
地獄にいる怪獣が妙に可愛い。がおーっと吠えている顔、犬類だろうと思う。なかなか勇ましくも可愛い。
亡者は地獄門辺りで色々と大変。

さてこの時代には蓮華王院から絵巻類が仁和寺へ移管されたそう。
理由は知らない。
そして義満から問い合わせがくる。
随分前のだけど立派な目録があったはずなのに、それすら見つからないよね、という意味の話。
大体お宝というものはいつの間にかこういうことになるのが多いよな。
正倉院の管理はそう思うとすごいな…

第二章:後崇光院・後花園院父子
ヒトのことは言えないが、マニアも度を過ぎるとムチャクチャやがな、という見本のような父子。
伏見宮貞成親王の「看聞日記」嘉吉元年1441年の夏の頃が出ている。複製。
吉備大臣、伴大納言、彦火などの絵巻を見たことが記されている。

ラインナップあげてゆくだけでも大概すごい。
というかなんでやねんなものもある。
個人的には彦火、玄奘三蔵絵、天稚彦物語、芦引絵が出ていたのは嬉しい。
他にはとんち物語みたいなのとか痛烈なギャグとか品のないのとか色々ありましたなー
天稚彦の鬼パパに無理難題吹っかけられて困ってる姫を助けるアリたち、虎に怯える三蔵法師一行、喉から釣り針取られる殆ど人間ポンプ芸の魚人、彼氏である僧にたまには帰郷したいという若君と、かれの暗殺を企む継母らの顔つきが面白い。

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第三章:三條西実隆
絵巻製作のコーディネーター!こういう解説いいなあ。
石山寺縁起巻4はこの人の詞書。

たまらん絵巻がある。絵自体はやや稚拙。それだけに話はロコツ。
地蔵堂草紙絵巻 室町 奈良絵巻というところかな。修業中の坊さんがいて、写経してる時にある女に一目ぼれ。もうこうなるとアカン、千日写経をやった後、速攻で女と一緒になる。女に連れられ、そうと知らずに竜宮城。そこで楽しく暮らすが、ある日ふと女の足元に鱗があることに気付く。天衣をめくるシーンがけっこうリアル。
それでゾゾッとなって元のところへ戻りたいと話すと、女が黙って例の写経を出してくる。
開くとそこには経文はなく、ただただ「女と寝たい」ということしか書かれていない。
女の勧めでもっかい最初から修行のやり直しをすることになった。
享楽が果てて、女の方ももぉ別にいいやになったのか、それともやっぱりこれはアカンわと思ったのかは知らないが、女がクニへ帰って修業をし直せ、と勧めるところがなかなかいいな。

伊吹山系の酒呑童子絵巻、当麻寺縁起絵巻、桑実寺縁起絵巻などもあった。
いいものばかり。桑実寺縁起絵巻は太子33歳の厄難の話に始まり、天智天皇のころに阿閉女王が病にかかったのが治る話とかいろいろ。カラスとウサギが木にいるところが可愛い。日月ですなあ。
琵琶湖から薬師如来ご一行様が出現したりもするし。そしてお堂が完成するのを遠くから眺める仏さま。

第四章:足利将軍家
室町時代になるといよいよ物語が増す。
ここでの絵巻マニアは応仁の乱の足利義持。
もう殆ど絵巻狂いと言うてもいいだろう。

南大阪の誉田(コンダ)宗庿縁起絵巻 内容はこちら参照
欽明天皇が応神天皇陵の前に建てた由来とかね。八幡宮だから境内に鳩がいる。

禁裡御蔵書目録 絵巻の目録。玉藻前、玉取尼(まま)、酒天童子、弁慶、有明物語などの名が見える。

長谷寺縁起絵巻もあった。大津に霊木が来るシーンと、村人らにタタリが降りかかるところ。
何度か見ているが、
神はタタリ成すもの、仏は救うもの、という構造があるが、この場合は仏が祟っているような。

硯破草紙絵巻 これは細見美術館蔵なのか、本拠では観ていないな。
この物語は日本画を修めた絵本画家・赤羽末吉さんが「春のわかれ」という名品で再話している。
こちら
硯自慢の大納言が不在の折に、使用人が誤ってその硯を割ってしまう。それを知った若君が彼をかばって父上に「わたしが割りました」と言ったところ、大納言大激怒、跡継ぎの若君を追放する。
追われた若君はショックのあまりに早々と病に倒れ空しくなる。
激怒し追放したことを悔いた大納言は妻を伴い慌てて息子を迎えに行くが、既に若君は死んでいる。
あまりに弱いけれど、仕方がない。硯を割った当人もここでようやく告白。何もかもみんな手遅れ。
大納言夫婦も犯人もみんな泣きながら出家。
これは奈良絵本でも見ているが、説経節の「愛護の若」と、この「硯破り」とは本当に救われない。
だれもかれもが救われない。
日本人はサクセスストーリーと同時に悲惨な物語も好きなのだ。

コラム・珍重され続けた蓮華王院の宝物:土佐日記を例に
日野富子が管理していたそうだ。定家本があった。

終章:松平定信
以前の石山寺縁起絵巻展でも、谷文晁展でも松平定信の執心は伝わってきていた。
仕事もハキハキした人だし、人材登用を見ても色々納得がゆく。
こういう有能な人がマニアなのだから、きちんきちんと分類したり模本拵えるのも納得がゆく。

法然上人絵伝 流罪されるシーンが出ていた。鷺が淀川の上を飛ぶ。鳥羽から神戸の経が島辺りへ。平相国云々の文字が見えた。白犬や虎猫がいる。遊女たちの舟もある。琵琶法師らも法然を見に行く。

古画類聚 松平定信の編著。人物篇・兵器篇などがある。兵器と言うても馬に乗る人々の様子。
つまり古い絵巻からいろんな人々や様子などを分類して模写したデータベースである。
す・ご・い・わー。
こういうのがいかにもマニアやわな。しかも彼らしさが出ている。

蒙古襲来絵詞 河野通有を見舞う竹崎季長。リアルな表情。蒙古への防護壁のところに座る武士たち。石築地。そして出陣へ。
思えばこの絵詞は鎌倉幕府に「私はこんなにも働いたんですよ」という証明のために拵えられたものなんだが、文章ではなく絵巻にするあたりに、執心がみえるような…

逸翁所蔵の春日権現絵巻もあった。鹿が寛ぐのが可愛い。

そして最後に谷文晁に描かせた石山寺縁起。絵はうまいが、この琵琶湖のシーンは元の絵巻の方が良い感じがある。

観終わると「ゆうらぶえまき」の文字があった。
チラシを再び見る。
「ういらぶえまき」とある。
観ているわたしは
「あいらぶえまき」である。
そして最後はこのように、
「ゆうらぶえまき」と問いかけられる。

絵巻マニア列伝、出品作がいいのは当然ながら、この視点が良かった。
かつてのマニアの人々、本当に凄かった。
後世まで残してくれてありがとう。
今、そういうキモチでいっぱい。

面白い展覧会だった。


京都市美術館を撮りに行く その4

二階のこうした所、本当に好き。
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めーちゃん、と呼んであげたい。
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貴賓室へ。
彫刻が可愛い。
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おお、格天井
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丁寧な装飾をじっくり。
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かつての洗面所
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窓越しに
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洗面のところの
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そうそう、窓がね、なんか違うような。
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もっかいよく見よう。
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階段の装飾が可愛い
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かつての窓口かな。
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また再会までさらば。

伊予へ行った

gooより転載。
元記事はこちら

金、土曜と伊予の建築巡りツアーに参加したが、折角だからとわたしは木曜から単身伊予入りした。
大阪から松山入りするのに色々ルートがあるが、わたしにはどうも飛行機以外はムリだと思われた。
遠距離バス、新幹線で岡山まで乗り特急しおかぜで松山入り、これらが代表的なところだが、時間のかかり具合を考えると苦しい。
同じ苦しいのなら飛行機の方がマシだと思い、木曜の早朝に伊丹に出た。

蛍池のホームでモノレールが手前の駅を出て、最初に姿を見せるのをチラ見する、それがとても好きな時間だ。
それを見損ねるとなんだか楽しくない。
空港に着いたが、南ウイングへ向かう道は工事中で一旦階下へ降りてから徒歩。
早朝で朝食をここで済ますつもりで来ているが、とにかく先に手荷物検査をクリアーしなくてはと、どこにもよらずに通過。
長いこと飛行機に乗ってなかったので色々忘れていることがあり、ちょっと損なことが続く。まあええわ。
ニシカワのピーナツクリームパンがあるのが嬉しい。このオリジナルクリームが本当に好き。

さて7:40の便で松山へ向かう。少し遅れて8:30過ぎに着いたが、空港に降り立ったとき、空港の建物の隣になにやら工場萌えな対象の建造物がある。テイジンらしい。


空港のロビーにはこんなステンドグラスも。


飛行機の発着にあわせてくれてるのかバスに待たずに乗る。
460円で市内のいちばん繁華な大街道まで。
わたしの宿は見えている。車窓から見えた気になる建物もチェックしにいくために先に宿に荷をおいて、元来た道を戻る。先に進めば道後温泉へつく。

てくてくてくてく…
伊予鉄に乗るのも楽しいが、路上観察するにはまず自分で歩いてナンボなのでテクテクテクテク…



県庁も萬翠荘も翌日以降に皆さんと一緒に訪ねるので単独では見学しない。
とりあえず伊予銀行本店。

ここは1952年10月10日に竣工。
花瓶の彫刻がなかなか素敵。



地下道で伊予銀、市役所などがつながっている。あとは松山市駅への道がある。
ふと見れば駅前の高島屋の屋上には立派な大観覧車。うおおおおおっまだ現役がおったー!!!!!


さてわたくしはお堀端を歩きましてやね、公園へ入りまして、椿をみたり桜を見たりしてから愛媛県立美術館へ。

柱の装飾が可愛い。





ここの杉浦非水コレクションが細見美術館に来ていて、細見コレクションがこちらで始まるのだった。
特別展は名嘉睦念の版画、これは東大阪からの巡回。
わたしは常設展示を拝見。

モネ、セザ、ドニらの洋画に新収蔵の柳瀬正夢、真鍋博の作品に、福田平八郎の特集。
いずれもとても興味深く見た。
例によって感想は個々に別途挙げてゆく。←いつのことやねん。

お城遠望


県庁ちらり。


河東碧梧桐の句碑「桜活けた 花屑の中の中から一枝拾う」


電車に乗り一日券を買うて大街道へ。
かど屋に入る。鯛飯で有名なところ。
お造りのタイを卵と醤油ダレに絡めてごはんにかける。ええお米。おいしかったわ。



そこから少しその通りをゆくと、東雲学園というええ学校の門をみる。




斜め上には校舎ものぞく。ええ建物のはずでこの正門は1928年のもの。
この道をまっすぐ行くとお城へのケーブル乗り場に着くらしい。

少し離れて、秋山兄弟生誕地にゆくと、武道場があった。これは今世紀に入ってからの復元ものだが、立派な建物。




街で見かけたクラシックカー


さてわたしはいよいよ坂の上の雲ミュージアムへ。
ここは萬翠荘の手前にあるそうで、わたしはてっきり前述の東雲学園がそれかと思ったのよ。

萬翠荘へは随分前に来ている。そのときはこのミュージアムはなかった。
一目でわかるように安藤忠雄の設計。


思えば司馬遼太郎関連文学館は安藤の設計で占められている。
東大阪の記念館、姫路文学館(ここは「播磨灘物語」)、そしてこの坂の上の雲ミュージアム。
ほかに司馬サンの文学館があるかどうかちょっと知らないが、いずれもみんな安藤忠雄の仕事。

結局ここで二時間以上いることになり、しかも司馬文学に触れたときに起こるいつもの反応が出てしまった。
つまり溺れてしまうのだ。
キャラへの愛情が強くなり過ぎ、文体に影響され、物語に入れ込みすぎて、現実へ帰るのが難しくなる。
本当に苦しい。

今こうして例によって、えーかげんな文体で綴るこの感想だが、ここへ戻るまでにかなりの時間がかかったのだ。
だが、物語とキャラたちへの愛情はいまだ消えず、ラストシーンを既に知っているだけにいよいよ切なさは増し増してゆき、ただただつらい。

建物の構造はたいへん興味深いもので、中心になる階段がものすごい。
空中通路というのも納得な代物で、支柱がない。わたしには不思議な構造だった。

せつなさに胸をかまれながら一旦宿へ。

萬翠荘遠望


荷解きをして道後温泉へ入る支度をして伊予鉄の路面電車を待つ。
いいよねー。ここは5分に一本なのでストレスフリー。
気持ちよく乗り降りする。


道後温泉に来るのは二度め。前回は社内旅行、その前は入浴もせずにからくり時計を見ただけでタイムアウト。
ただしそのときは県庁、萬翠荘をはじめ宇和島、大洲、内子、別子へも足をのばしている。2002年の話。社内旅行はただ単に入浴したくらいしか記憶がない。

路面電車いろいろ






さて駅に着きましたが、からくり時計がある方ではなく、向かって左手へ歩き出す。
セキ美術館へゆくのだ。

セキ美術館の題字は加山又造。
ここは近現代日本画・洋画とロダンの素描などのコレクションで有名なところ。
建物の構造はちょっとややこしいが、そのおかげで次の室へ向かうときに意識が刷新される。よいことだ。
ここでは相当にわたし好みの作品があった。
きれいな花の絵などの洋画、花鳥風月と美人画、それからヴォラール依頼によるロダンのラフタッチな裸婦たち。

機嫌よく表に出てからは「にぎたつの道」をゆく。にぎたつとはまた万葉集なところやなと思いつつ、道後温泉の椿の湯の前へ。
立派な新館ですわ。
そして道後温泉に来たもう一つの大目的を果たそう。
山口晃画伯の仕事がここにようけあるそうな。それを見て回るのだ。
早速道後温泉本館裏手の「要電柱」を発見。






とても町にマッチしている。
見晴らし小屋もすばらしい。
いいなあ。






ホテルもめぐる。たいていは複製画をロビーに展示しているのだが、それを見て回るのも楽しい。






そろそろ暗くなってきたのでいよいよ入浴しよう。
しかしあまりに空腹ではかえって目を回すので、近くで軽く唐揚げなどたべてからいよいよ券売場へ。





今回は「霊の湯 個室コース」1550円を予定していたが、今ちょっと込んでるという。
それなら大広間でええかなと思ったが、五分だけ待ってと言われ、手持ちぶたさんしつつ周囲のサギのオブジェを見て回ったり色々するうちに、ようやく呼び出される。
「たまにはと 贅沢なれど 個室かな」
くだらん句を吐きながらスタッフに導かれて三階の個室へ向かう。
あれだ、階段がせまいせまい。
ここの構造は「坊ちゃん」の頃とあんまり変わらないわけだよ。
スタッフは区域ごとに担当が変わる。
これはかつてのシャープの亀山工場、NTT堂島ネットワークセンターなどの様子を思い出す。
それでわたしは5号室へ。向かいはいわゆる「坊ちゃんの間」。
浴衣は先に選ばせてくれるのだが、ピンクと白のしましまよりサギ柄の方が好ましいのでそっち。

霊の湯は「たまのゆ」というて、これがまた不思議な建物構造のために、地下へ降りるような感じで向かう。
わたし一人貸し切りですがなw
みかんせっけんとか椿シャンプー(これは資生堂のな)を使い、すっかりスッキリしたところへ母娘さんがこられ、歓談する。
お湯はぬるぬる・身はつるつる。
キモチエエのう。

出てから誘われて神の湯へも行く。ああ、ここか。ようやく思い出した。タイル絵が懐かしい。こっちはよく混んでいた。
お湯はさらさら。

時間は80分と決められているので、さっさと上がって我が5号室へ戻り、坊ちゃん団子と「女の持ってくる天目茶碗」に入ったお茶を飲んだりして、ややくつろぐ。
着替えてからは向かいの坊ちゃんの間を見学したり、天皇、皇族の方々専用の又新殿の見学をした。
このあたり、撮影禁止である。
欄間は櫛目状の格の高いもので、襖絵はサギとシメトリとかいう鳥、引き手は向かいサギ。奥の天皇の御座は折上格天井、手前は格天井と差異をみせる。
手あぶりをみると菊の透かしが入り、葉は16枚。

思い出して山口晃画伯の作品を訪ねて回る。

夜のからくり時計




道後温泉駅









面白く眺めてからエエ心持ちで夜の道後温泉を出て、また伊予鉄で宿へ戻り、この日はタイだしのラーメンを食べて早寝した。



松山から八幡浜、因島へ

gooより転載
元記事はこちら

翌朝。
宿で松山名物のもぶり飯というのをよばれてから再び道後温泉へ向かった。
というのは実は集合場所はJR松山駅だが泊まる先は道後温泉の斜めのホテルなのだ。
それで昨日のうちに「今朝、荷物を持って参ります」と約束していた。
荷を預け、今度は隣の道後公園へ向かった。
既にツツジはこの辺り満開である。

わたしは子規記念博物館へ。
前日の坂の上の雲ミュージアムでドキドキが高まっていたので丁度いいわけだが、ただ、子規を想うと以前からせつなくなるので、今回はつらいかもしれないな、とは思った。
記念館はわかりやすい資料を多く出し、子規の生涯を丁寧に追いかけてゆく。
子規のキラキラした気持ちが見えてくる構成になっていた。先がハッキリ見えた生涯をいかに充実して過ごすか。時間と能力とを無駄にすることなくいかに多くの実りを後世にもたらすことができるか。
凄い生涯だった。

ここでは台風で壊れてしまった愚陀佛庵の再現がなされていた。靴を脱いで畳に上がる。室内から庭の様子を確かめることもできる。
子規と漱石の対話を想像する…

こちらは2002年の愚陀佛庵。一枚だけ手元にあった。


さて10:49のに乗る予定だったが、体調不良とちょっとしたトラブルが起こり、電車に一分遅れで乗り損ねた。あちゃー
仕方ない。160円の伊予鉄をあきらめて1600円余りのタクシーで向かう。運転手さんと雑談しながら色々情報を得たので、それはそれでいい。

早めに駅に着くと、既に前日に現地入りされてた方々と合流し、電車を待つ。
全員集合しバスに乗り込む。
まずは伊予絣の創始者・鍵谷カナ頌功堂へ。
伊予絣は案外近代のものなのだということを知るが、坂の上の雲ミュージアムで女優・真野響子さんが伊予絣のすばらしさを綴るパネル展示を見ていたので、色々と思うところがある。

この建物は木子七郎。
藤がきれいに咲いていた。
ごく近くに88ヶ所のお寺があった。

東雲学園をチラ見してから愛媛県庁舎へ。
これはまた別項で詳しく挙げる。
木子七郎の名作。ドームが可愛い。



車内でお弁当を食べながらバスバス走るバスバス早い♪で八幡浜市へ。
日土小学校へついたらえらいこと車が止まっていた。どういうことかと思ったら、偶然にも一般公開日+参観日だったそうな。
凄い数の車でしたわー


そのまま梅美人酒造。






お酒もいい感じでしたわ。
ここは不思議な建物でした。
地方に行けばその地の酒造会社を訪ねるのが楽しい。

そして日土小学校の雛形というか仲間というか、旧川之内小学校へ。ここはもう廃校になっていた。

装飾性のないモダンな建物というものはわたしにはちょっと物足りないのだけど、学校の場合、みんなが自分らの作品をはっつけたり拵えものを置いたりしてカスタマイズしてゆく場なので、それが装飾になり記憶になり財産になる。

この日はここまで。道後温泉に帰り、近くの居酒屋へ。なかなかおいしかったし、なにより量が多かったわ。


時間も遅くなったので道後温泉も椿の湯もあきらめた。またいつか行こう。

最終日、萬翠荘へ。
本当に綺麗な建物。これも木子七郎。
宮殿ですわー♪フランス風の綺麗な装飾。ときめく。


そこから八幡浜へ。さる建物を見学させてもらったがこちらは後日もちょっと挙げません。



で、今治へ向かった。タオルミュージアムでごはん食べてからショップを見たり買い物したり。

後は今治市役所・公会堂・市民会館が集う地へ。これは丹下健三。ああ、全く装飾がない、モダニズムというものは本当にこれだわー


そこから徒歩で今治ラヂウム温泉へ。
あいにくお休み中。
非常に面白い建造物だった。なんでもありの建物。
しかし風呂屋というものはシンプルをめざすか、あるいはこういうとっぴもないものを拵えるかのどちらかだと思うので、それでいいと思う。






最後に因島のヴォーリズ建築を見学に。
白滝山荘。今はペンション。いい感じですなー。

福山駅で解散。いいツアーでしたな。
楽しかった。
新幹線で帰阪。
けっこう疲れたのでさっさと寝てしまったよ。

展覧会の感想も個々の建物の写真もみんな後日ちびちび挙げてゆきます。よろしく。


京都市美術館を撮りに行く その3

何もない空間というのはその前後の繁栄を思わせる。
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なんとなくバスケットをしたくなる。

移動しても何もない。
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階段が好きだ。
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天井を見る。
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素晴らしく豊か。

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京都市美術館を撮りに行く その2

入るときにちらりと平安神宮の巨大な朱の鳥居をみる。
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玄関の床も素敵だ。
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入るとすぐにホールが煌めいて見える。

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素敵な照明
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ステンドグラスがいい。
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ふらふらと歩く。
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まだ上がらないよ。
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展示室、なにもないのでさみしい。
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この奥には何があるのだろう。
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憧れの階段
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かつてここで片岡仁左衛門丈が微笑むコマーシャルがありました。

やたら細部に目がゆく。
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さてここから上がろう。
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ふふふふふ

上がるとバルコニーの手すりが。
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窓をもっと丹念にみる
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バルコニーに出た。そこからの眺め。下からは見えない空間。
すばらしい。
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モアイぽいな。
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降りましょう。
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窓越しから。
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京都市美術館を撮りに行く その1

京都市美術館が今度改装するので長らく閉館となる予定である。
それで4/16の数時間、無料開放された。
地下は残念ながら午前のみということで、午後からしか開放はなかったのだが、その辺りのことは知らない。

あれから8年も経っていたとはびっくり。

当時と同じカメラで撮影したものを挙げてゆく。
まずは外観から。

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帝冠様式の立派な建物。

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周囲もぐるぐる。
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これは事務棟だったかな、こちらも素敵。しかし次ここは残らないのではないかな。
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池もある。
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どこから見ても立派。

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では中へ。


仙洞御料庄屋・旧西尾家住宅

10年以前にも見学しているが、画像を挙げようと思う。
とはいえ、今のわたしの家PCはこのFC2がログインできない状態なので、色々困っている上、撮影したのはスマホで、そのスマホもデータを取り出せない状況になっていて、本当に困ったことになっている。

そこでツイッターで挙げた分をここに貼り付けてゆくしか今のところ手がない。
今度は新しいカメラを持って改めて撮りに行きたいと思う。

こちらは昭和初期に建てられた由緒ある邸宅で、この界隈にはまだ当時のままの建物も点在する。
武田五一による設計で、牧野富太郎もここを訪れているし、夭折の音楽家・貴志康一はこの邸内で誕生している。










































また出かけたい。

シャセリオー 19世紀フランス・ロマン主義の異才

西洋美術館でシャセリオー展を見た。
「19世紀フランス・ロマン主義の異才」という副題である。
文学・音楽・美術、とロマン主義が席巻したその当時に憧れる。
シャセリオーの作品をこんなにたくさん一度に見ることが叶うとは本当に嬉しい。
そして彼のみならず彼に影響を受けた象徴主義のモロー、シャヴァンヌ、そして師匠のアングル、友人のデ・ラ・ペーニャらの作品も併せて展示されている。
とても豪勢な内容なのだった。
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1.アングルのアトリエからイタリア旅行まで
16歳の自画像がある。 一目見て「女優の高畑充希に似てるな」と思った。
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フランス人の父とクレオールの母との間に生まれた子のひとりだという。
父はプエルトリコの領事などもしている。
お気の毒に若いうちに仕事上のあれこれで自殺されたそうだ。
テオドール本人も長命ではないが、しかし温かな家族や優しい友人らがいて、師匠とは芸術上の問題で袂を分かったが、あんまり難儀な人間関係はなかったようである。
(ただし、女性関係は措く)

リストに沿って感想を記そうとしたが、年代を飛び越えて印象的な位置に展示されている作品もある。
また要所要所に手紙やパスボードなどの資料もあり、それらも興味深かった。


お仲間の絵がある。同じ額縁で同じサイズの小さめの絵。
ナルシス・デ・ラ・ペーニャ 木陰に立つ若い女
テオドール・ルソー 小道に立つ羊飼い娘と犬 
もしかするとモデルと場所は同じところかもしれない。そんな感じがある。
夕暮れの中、消失点は中央のペーニャ、小さいながらも白犬だとわかるルソー。
キモチが優しくなる。

いよいよ怒涛のロマン派なのが出てくる。アングルの弟子だけに描写は正確だがドラマチックである。

放蕩息子の帰還 右手に赤衣の父と、左にはその父に取りすがり、やや上目使いの次男。ただし目は本当には何処を見ているのやら。
わたしは長女なので弟妹のこういうしたたかさ・甘えというものがイヤだ。

黒人男性像の習作 アングル先生の依頼を受けて色んなポーズを描き、ついでに言われた以上の仕事をするシャセリオー。
おお・・・空に全裸黒人男性が浮かんでいます、という情景。手だけ浮いてたりもするのはシュール。
いい身体。ときめくわ。
で、これを元にしたアングル先生は「サタン」にしてしまうわけです。
鉛筆描きのが出ていた。

若いシャセリオー、画力は最初からかなり高かった。
オリーヴ山で祈る天使 21歳でここまで描くか。大きな天使とキリストとが密着。

物語性が高くなる絵がだんだん出てくる。
アクタイオンに驚くディアナ 女神は後姿。他にも何人もの女たち。
もう早やアクタイオンはほぼ上半身は鹿になり犬たちに取り囲まれている。
鹿男あおによし ならぬ 鹿男あなかなし。
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石碑にすがって泣く娘(思い出) フィアンセの墓に取りすがる。小さな花がひっそり咲くのも哀しみを増す。知人の娘さんを描いたものだそう。

イタリアツアーでだいぶ意識も変わったらしく、絵もどんどんイキイキしてくる。
岩に座るナポリの若い漁師 まだ少年のような肢体。日焼けした肌、エキゾチックさとリアリズムとがある。

ポンペイの町を描いたものもいい。現地の人々を描いた絵はいずれも彼らの個性が強い。
母子像もあるが、やさしい空気が漂う。

2.ロマン主義へ―文学と演劇
いよいよ20歳になりましたが、早世するだけに既に完成されている。

女性半身像 むっとした女の表情がシンプルでいい。わたしもついつい写したが、この顔は描きやすそうな雰囲気がある。

見捨てられたアリアドネ テーセウスに置き去り、叫びながら彼を探す様子がリアルに迫ってくる。

アポロンとダフネ 両腕を上げたダフネは取りすがるアポロンをもう恐れず、なにも忖度することなく目を静かに開くだけ。
身体は半ばまで木に変わりつつある。アポロンの嘆きは遠い。
この構図は気に入ったか、同一のものがあり、更にモローもこれを参考にしたか、位置は逆だが似た構図のものがある。
並べてあるので比べることが出来るのも面白い。
モローとシャセリオーは仲良しだったのだ。
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モローは神秘的な絵が多いが、先生として生徒をとても大事にして慕われたし、こうした友人関係にも恵まれていた。
母親とのつながりは強いが、実質婚していた人もいたしで、そんなに偏屈な人ではないのだった。

他にルドン「目を閉じて」もあった。

シャセリオーはサッフォーもいくつか描いている。絶望的な状況だが、彼女たちの存在感は強い。

ヘロとアンドロス(詩人とセイレーン) 構図は結構シュール。これは女のもとへ灯りを頼りに通う男の話で、あるとき灯りがなくなり死亡、女も死ぬという物語。しかし女は冷たい顔で男を見ている。そこから二つ目のタイトルが出てきたのかもしれない。
元の物語は日本でもよくあるもので、佐渡情話、椿の乙女などがある。

面白いのは連作「オセロ」
これは本当にドラマチックで面白かった。
オセローを取り巻く人々の中には「プロスペロー」みたいなのもいる。イアーゴーが案外いい。
デズデモーナとその傍らにいる女の対比もいい。名場面に沿って物語は進む。
とうとう妻殺し。ムーア人の男の疑いの根にはコンプレックスがあった、それが表情にある。
枕落としで妻殺害、そして自身も破滅。

モロー 牢獄のサロメ ここにこの絵があるのも意味深だ…

ドラクロワ 連作「ハムレット」も並ぶ。たいへん嬉しくなる。
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オフィーリアの死

モローのサロメの関連習作がたくさんあるのが嬉しい。
それにしてもいかにモローがこの題材に力を入れていたかがよくわかる。
小さなシーンばかりだが、ドラマティックな様相を見せている。

シャセリオーはマクベスも描く。ドラクロワも同じシーンを描く。
マクベスが三人の魔女から予言を与えられるシーン。
かれはとてもマクベスが好きだそうだ。
そういえばわたしが最初に知ったシェイクスピアもマクベスだった。

気絶したマゼッパをみつけるコサックの娘 こういうのを霊威の高い娘と言うべきなのだな。
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アリス・オジーという美人に翻弄されるシャセリオー。
ヒトの事だからあまり言えないが、色々と気の毒。
しかしそれで名作が生まれたのなら、彼の苦しみも多少は報われた…のか。

泉のほとりで眠るニンフ これがアリスの肉体。素晴らしい。

クールベ 眠れる裸婦 これも彼女なのかどうかは知らない。一人寝のあれね。

それにしてもたいへんロマン主義。ドキドキする。

3 画家を取り巻く人々
ここでパリの市街地マップがでる。
シャセリオーとお付き合いのある人々の住まいが表示されているが、おおー、友人知人の多いこと。
ヌーヴェル・アテネ地区はロマン主義だらけ。
素敵。

そしてシャセリオー描く肖像画が並ぶ。
チラシに選ばれた黒髪の美女もいる。たいへん綺麗。
この目がまた魅力的。

友人たちもみんな個性的。最後まで彼に親切だった人、ちょっとシニカルな人、色々特性が顔に出ていた。

4 東方の光
オリエンタリスム。エキゾチックな世界。
アラブの宝飾品や室内履きのスケッチがいい。
アラブの女性たちの魅力は深い。
眼に魅せられる。

コンスタンティーユのユダヤ人女性 すごい目。この目に惹かれて描いたのではなかろうか。

ドラクロワ、ルノワールに至るまでのときめきのオリエンタル。
西洋美術館所蔵の名品が並ぶ。

5 建築装飾―寓意と宗教主題
シャセリオーの大仕事の一つ、そして失われてしまった建物。
オルセー駅の前身には会計検査院があった。
そこの大階段のための巨大な壁画。
その為の素描がまだ残されているが、それをみるだけでもいかに立派な作品だったかが偲ばれる。
全く惜しい。

最後にモロー、シャヴァンヌらの作品が現れたが、それは彼の死を悼んだものも含まれている。

シャセリオーの宗教的主題の作品が最後に来たのもなんとなくせつない。

ロマンティックで本当に素敵だった。



ミュシャ展 「スラブ叙事詩」をみる

4/16にgooで挙げた分の転載。
元記事はこちら

最初に見たミュシャは高1の夏休み前日、友人の家で見せてもらった画集。
とにかく綺麗で魅力的だと思った。
それから気を付けて少女マンガを見ていると、絵の巧い作家ほどミュシャの絵をモチーフにした扉絵を描いたり、ファッションを取り込んだりしていることに気付いた。
どうしてもインスパイアされずにいられないのだ。
そしてそれが可能なのは、画力の高い作家だけだった。

本当にミュシャの展覧会を見たのは1990年3月24日。この日はなんば高島屋で「アルフォンス・ミュシャ」展が開催されていた。
それを見てからなんば体育館へ行って大相撲大阪場所を見たから、この記憶はもう決して消えない。

以後、高島屋での展覧会を中心に見てゆくうち、堺市にミュシャのミュージアムがあることを知った。
当時は与謝野晶子の文学館と同居していた。今は単館。
世界有数の土居・コレクション。土居さんはミュシャ財団からお墨付きをもらっている人だった。
後で挙げる「ハーモニー」などの大きな絵や装身具などはここにしかなかったと思う。

その頃アールヌーヴォーに夢中だった。
なので様々な資料を集めていたが、ミュシャがチェコに戻って「ムハ」になってからのこともそれで知った。
だが、わたしの読んだり聞いたりした情報では、その大作が出来た頃には既に画の表現方法も前時代的になっていたという。
ムハの願った通りにはゆかなかった、というところで話は締めくくられていたが、しかしそれでも渾身の大作ではないか、いつかチェコに行って…
ということを考えていた。
それは無論いまだに叶えられない夢に過ぎない。

この「スラブ叙事詩」が日本へ来る日がまさか来ようとは、思いもしなかった。


予想以上に大きな絵、それが連作として並んでいる様子は、将に壮観としか言いようがない。

既に行かれた方々からの忠告を受けてオペラグラスを持って行った。
あまりに巨大すぎる絵を見ると、全体を捉えきれなくなり、細部にばかりこだわってしまうようになる。
しまいに自分が何を見ているのかわからなくなった。

ビザンチン風なこちらを真正面から見つめる大きな目。
凄まじく丁寧に描きこまれた細部。
スラブ民族の悲惨と喜びと戦いとを幻想的な手法で描く。
ただただ唖然とした。



シーンごとにそれぞれ印象深い物語、歴史的事実というべきか、それが描かれる。
観念的なもの・象徴的なものがきわめて丁寧に描かれる。

ありがたいことに全画の紹介がある。




一部には撮影可能の絵もある。とても驚いた。

それにしても国立新美術館…すごい。
「貴婦人と一角獣」の時も思ったが、本当にえらいものだ。











凄かった。ムハの自国への愛、スラブ民族への想いの深さ。
そんなものを勝手に「忖度」してから次へ向かう。

アールヌーヴォー時代の作品を見て、ここでいちばんほっとした。





これらはみんな堺市の所蔵品。


横長の巨大な「ハーモニー」もある。


この鏡も好きだ。


人生前半の仕事があまりに売れすぎ、一つの時代を拵えた作家だけに、パブリックイメージがとても強い。
しかし後半生のこの大作をそれらに比べて価値が低く思うようなことはしたくない。

今はただ、おそらくもう二度と再会できない、この「スラブ叙事詩」の良さをかみしめたい。
本当にすごかった…

美の預言者たち―ささやきとざわめき オルセーのナビ派

4/15にgooで挙げた分を転載
元記事はこちら

三菱一号館で「オルセーのナビ派」展をみた。
副題は「美の預言者たち―ささやきとざわめき」である。
既に小さな感想はつぶやいているが、ブログ上で大いにささやきとざわめきに耳を傾けてみたい。


ところでナビとはユダヤ教の預言者の意味なのだが、サイトにこう記されていた。
「19世紀末パリ、ゴーガンの美学から影響を受け、自らを新たな美の「ナビ(ヘブライ語で"預言者"の意味)」と称した前衛的な若き芸術家グループ。平面性・装飾性を重視した画面構成により、20世紀美術を予兆する革新的な芸術活動を行った。」
世紀末は新しい美が世界各地で生まれた時代でもあったのだ。

そのナビ派のメンバーの簡単な紹介がチラシにある。なかなか面白いのでここに挙げる。
これで「このヒトはこれか」程度の区別が出来るように思う。


1.ゴーガンの革命
みんなの憧れ・ゴーガンさん。

ポール・ゴーガン 《黄色いキリスト》のある自画像  よく知られているあれ。
何度か開催されたオルセー美術館展やゴーギャン(ゴーガン)展にも出ていると思う。

ゴーガン 扇のある静物  フルーツとか花柄の扇面とかコップとかなんだかんだある。
色分けは面で構成されている。

エミール・ベルナール 炻器瓶とりんご  以前に汐留ミュージアムでみた「ルオーとフォーブの陶磁器」展にこれが出ていた。
当時の感想はこちら

そしてそこでわたしはこのように記した。
磁器が広まる以前の欧州のやきものは以下の変遷を見る。
炻器(せっき)Gres→ファイアンス(錫釉色絵陶器)→防水性のある施釉へ。
この絵の原題はこちら。Pots de grès et pommes
なるほどなあ。
さてこの絵は線の内側に彩色という表現。深緑のポットにりんごや桃らしきものがある。
単純化された色面を黒の輪郭線で囲む=クロワゾニスム
この技法が使われたそうだ。

エミール・ベルナール 収穫 黄色の草などの植物とブルターニュ女性らがいる。

ポール・セリュジエ にわか雨  町中で傘を差して急ぐブルターニュ女性を描く。
確かに浮世絵の影響を受けた感じもある。雨が灰色で表現されているのもいい。

クロワゾニスムの絵はくっきりした輪郭線を取ることなのだが、同時代の日本画では大観らが朦朧体で新しい道を開こうとしていた。真逆な感じがいい。

ポール・セリュジエ タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川 川沿いにブナが林立。水色と黄色が印象的。この絵は最初に見たのどこでだったろう。
不透明釉薬を用いて焼き上げられた七宝焼、それを思わせる。



2 庭の女性たち
親密さと共に、手の届かない何かがある。

モーリス・ドニ テラスの陽光 、これも不透明七宝焼を思わせる色彩。濃い緑とエメラルド色と赤とオレンジと。森の中の道を行く。

モーリス・ドニ 緑の東屋の下にいるブルターニュの女性たち アーチにしている。よく生い茂る緑。三人の女性たちがそこにいる。しかし会話はなさそう。

モーリス・ドニ 連作から2点。
9月の宵、若い娘の寝室装飾のためのパネル
10月の宵、若い娘の寝室装飾のためのパネル
婚姻の象徴、そして翌月は結婚式であり、ユリらしき花も咲く。
武二「耕到天」のような風景もある。

ケル=グザヴィエ・ルーセル テラス 大きな木の下で寝そべり、読書をする女性。実はテラスはそのずっと奥にあるのだ。
この時代、ヨーロッパは女性が小説を読むことに偏見を持たなくなり始めていたのだったか。そんなことを思いながらこのねそべって読書する女を見る。

ケル=グザヴィエ・ルーセル 四曲屏風のためのエスキス いいなあ。柵の向こうの建物、そして女と。やはり世紀末的な美を感じる。

ケル=グザヴィエ・ルーセル 人生の季節 4人の女で表現。老女も一人いる。
ドレスも左から、黒色・煉瓦色・黄白色・柄物。

ドニの装飾パネルの連作。「庭の女性たち」
・白い水玉模様の服を着た女性
・猫と座る女性
・ショルダー・ケープを着た女性
・格子柄の服を着た女性
どうぶつとの関わりは浮世絵と共通するが、絵時代はゼセッション風にも琳派風にも見える。慕わしい。
4枚それぞれに個性的な文様があるのもいい。
水玉、青海波風、よろけ縞、格子。

アリスティード・マイヨール 女性の横顔 彫刻と違い絵画はシャープな女性を表現していた。黄色みの濃い黄緑の中で小さな白い花が咲く。あの花は梔子にも似ている。
黒に赤い花をつけた帽子をかぶる女性。ピンクのシンプルな服を着、表情はわからない。
少しばかりクリムトを思い出した。

ドニ 鳩のいる屏風 四面とも優美な拵え。白い木花、柵内の女たち、泉水から飲む鳩たち、植木鉢、女たちはいずれもうねりをみせていた。



3 親密さの詩情
アンティミスム。それからちょっとふざけているような…

ピエール・ボナール 親密さ 妹夫婦を描いている。パイプが大きい。これ、キセルでも似合いそうだなあ。

以前にここで見たヴァロットンの連作もある。当時の感想はこちら
なんだかもうやばいぞ。

ピエール・ボナール ベッドでまどろむ女(ものうげな女) ロコツだなあ。親密さもここまで来るともうあとは…

エドゥアール・ヴュイヤール パフ・スリーブのブラウスと格子柄の大きなスカート、羽根付帽子を着た女性  どうも九谷焼の色合いに似ているような。

4 心のうちの言葉
肖像画が少なくない。

ドニ 18 歳の画家の肖像 うーーーーん…あ、わかった、新田たつお「静かなるドン」の主人公・近藤静也に似てるんだ。輪郭とか顔のパーツの配置とか。

ヴュイヤール 八角形の自画像 黄色い髪と人参色の髭が目立つ。顔には影が差しこんでいるかのよう。
ボナールが描いたヴュイヤールの肖像はシルエットだったな。

ドニ マレーヌ姫のメヌエット メーテルリンクの戯曲から。モデルは妻のマルト。ピアノに触れている姿。

ボナール 格子柄のブラウス チラシの女と猫。猫はちょんちょんと手を出してくる。それを抑える手。リアルやなあ。

ボナール ブルジョワ家庭の午後 犬がたくさんいる。猫も三匹いる。庭でくつろぐ人々。猫と遊ぶ女もいる。子供らも多い。白ちびはおっぱいもらっている。
なんとなく幸せそうな猫たち。人間より猫が満ち足りてそうなのがいい。

ボナール 猫と女性 白猫が伸びをする。猫は液体です。
ボナールは猫の幸せそうな様子を描くのがうまい。


変な肖像画が続く。
ヴァロットン アレクサンドル・ナタンソンの肖像 うーん・・・なんか変だ。

ドニ フェルカーデ師の肖像 えーと・・・

ヨージェフ・リップル=ローナイ アリスティド・マイヨールの肖像 いや、もぉなんというかラスプーチンみたいな人やねんなあ。

ドニ 婚約者マルト これは後の愛妻マルトだから、さすがに他の肖像画よりマシかな。

ヨージェフ・リップル=ローナイ 花を持つ女性 どことなく不思議な感じに見えるのはパステル画だからかもしれない。

5 子ども時代
幸せだけではない。

ドニの子供らの絵が多い
可愛いのもいれば不気味なのもいる。

ドニ 窓辺の母子像 子にキスをする。聖母子に見立てというか同一視しているドニ。

ドニ メルリオ一家 可愛い子どももいて幸せそう。

ヴァロットン ボール 公園、緑の綺麗さに目を奪われたりしていてはいかん、というのは前回のこの人の展覧会で学んだところですが、確かに不気味な絵。不安定と不穏さ。

ヴュイヤールの連作「公園」も決してただただ幸せそうな人だけで構成されているわけではない。



6 裏側の世界
「預言者」としての絵、と見なしていいだろうか。

ドニ 磔刑像への奉納 これも不透明七宝焼のよう。黄色いキリストはゴーギャンのそれへのオマージュなのか。ピンク、緑、赤茶、そして黒い人々。

ドニの連作「プシュケの物語」が来ていたのは嬉しい。イワン・モロゾフの私邸のために制作したもの。すばらしい出来映えだと思う。物語の主要シーンがそれぞれ美麗に描かれている。ドラマティックな構成がいい。
1907年、革命が近づいている・・・

シリーズの第二場面「プシュケの誘拐」の第二バージョンもあった。
誘拐したのはアモールで、これは本当に連れ去りの様子。

ドニ ミューズたち 林の中にそれぞれ座って読書していたり、爪を研いだり、無為な時間を過ごしたりしている十人の女たちがいる。彼女らはその当時の風俗をしている。
この林の葉などはリヴィエールを思い出す。

ポール・ランソン 黒猫と魔女 後ろ姿の黒猫ちゃんが可愛らしい。


日本の絵に見えるなあ。とても日本的。とはいえ水墨画ではなく浮世絵でもなく琳派でもなく、どこか円山派な感じもした。

とてもいい展覧会だった。
なにより猫がたくさん描かれていたのが嬉しい。どの猫も可愛いし、よく肥えていた。
猫好きな人が描いた可愛い猫たち。
それを見ることができたのがよかった。

5/21まで

横山大観と木村武山 革新から、核心へ

野間記念館では2009年以来久しぶりに「大観と武山」展を開催している。
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大体ラインナップは似ているかな。
当時の感想はこちら

同じお仲間とはいえ、大観に比べると武山はあまり知られていない。
春草は目立つし、観山も話題作が多いが、武山はなんとなく知る人ぞ知る的な感じがある。
しかしいい絵を描く人なのは確かで、ここでも名画がいくつもある。
ただ、所蔵し、展示する場が少ない、という不運がある。
その意味では野間記念館という存在は本当に尊い。

最初に武山の「富士百種」から四点が出ている。
いずれも1928年。これはなんばの高島屋が同年の七月七日(七夕!)から28日まで「霊峰富士山大博覧会」のために制作されたもの。
講談社主催。高島屋の全体を富士山に見立てて、1Fから6Fまで写真展示などで登山道の雰囲気を作り、6Fと8Fにこれらの絵画作品(色紙)や富士山の模型や絵図、秩父宮さまの登山のグッズなどを並べたそうだ。
これは大変な評判を呼んだと高島屋史料館の資料で見ている。

武山の富士は四季の頂上周辺の様子である。
白い雲の上にゼリーのようにプルンとしたものが出ていたり、かき氷のようなのは夏なのか、白のみ・青のみもある。

武山 春暖 八つ手の葉っぱに瑠璃鳥がいる。葉っぱの外線がみずみずしい。
新芽が伸びている。たらしこみも使って表現。

大観 白鷺ノ図 大きな笹の葉の下にいる。トボケた表情をしている。
ちょっとばかり星新一描くホシヅルにも似ている。
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武山 錦魚 金魚です。白睡蓮の咲く池に赤いのが二匹潜む。
金魚の絵は後に出てくる12か月色紙シリーズでもよく出てくるので、好きなのかもしれない。

大観 松鶴図 六曲一双屏風 左右に一羽ずつがいて毛づくろい。シンプルな構図ながら祝い事などにふさわしい、立派な屏風絵。

武山 鴻門の樊噌 雑誌「キング」1930年12月号「世界史上の華絵巻」として項羽と劉邦の大きなエピソードの一つ・鴻門会の情景を描く。
この樊噌の力強さ。目なども怒っているが、その瞼の形と握りしめた拳とが似ているのも面白い。
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武山 金波 男波の頂点の上に日輪がのぞく。その日の左側はトルコブルー、他は金泥の濃淡で表現されていて、幻想的。

大観 飛泉 「墨に五色有」を標榜した大観らしい墨絵。巨大瀑布を描く。滝は右向きに力強く流れ落ち続ける。松にも垂れ下がる植物があるのが、その松の長い時間を感じさせる。
大観、応挙の滝の絵などを見ると、実際にマイナスイオンを感じるような気がする。とても涼しい。

大観 月明 これもまた「墨に五色有」。濃淡で距離感・空気感が見事に描かれている。月はとても小さく遠いのに、その明かりが松まで照らし出す。
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大観 訪友 中国の高士が山中の友人に会うという図。木々の中にある白いシンプルな建物。そこから少し離れたところで立ち話をする二人。ぼうっとにじむような霞むような様子がいい。
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大観 夜梅 こちらも「墨に五色有」にさらに淡彩。黒い枝が伸びた先に白い梅が咲く。これはもう梅が「夜香」の花だということを改めて知る、そんな空気感がある。
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大観 春雨 これは大きな絵で実は本当の春より初夏に見るのが好きな絵。
大きな縦長の空間に桜と松と椿が見える。山の中、杜鵑が飛ぶ。峡谷の美。

生々流転のコピー絵巻が出ていた。
これはなんと1924年3月発行のもの。大震災の半年後に発行されたとは思えぬほどよく出来たコピー。
こんな立派なのを拵えたことで、復興気分が大きくなったそうだ。

その震災の炎上図もある。これは多くの画家に描かせたもので、表紙絵を大観が担当した。
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大観は今もある池之端の自宅を下谷郵便局に貸し、被害がなかったこともあり本人が威勢よくシリッパショリをして避難民の人々の救援をしたそうだ。

第二室へ入ると、富士山の絵が並んでいたが、それよりなにより目を惹くのが武山の観音図。
とても若くて美人の観音がパステルカラーのような色調でカラフルに描かれている。顔を挙げた若き観音の美貌と華やかさ。とてもいい。
そしてその向かい合う位置には同じ色調で描かれた「慈母観音」がある。
こちらはやや年長で、そして足元の幼児を見る優しいまなざしがいい。
こんな美貌の二人の観音図をこの配置で見ることが出来たのはとても嬉しい。

随分前にブリヂストン美術館で武二「天平時代」の美人と青木「わだつみのいろこのみや」とが戸口を挟んだ左右に配置されるという絶妙なものを見たが、それ以来の心地よさ・魅力を感じた。

第三室では仏画がメイン。
大観 千代田城 霞む松がしっとりしている。

武山 神武天皇 久しぶりに会う一枚。
この神武の飾り物もとても丁寧に表現されている。
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武山の八幅対の仏画が並ぶ。1932年
観世音、虚空蔵、文殊、普賢、勢至、大日如来、不動明王。
それぞれ紺地金泥、彩色の豊かなもの、金泥地に抑えた彩色のもの、と表現が変えられているのもいい。
これらは武山が大日堂建立を志した時に野間清治が賛助金を出したことへのお礼らしい。

最後の部屋は圧巻の十二か月色紙。全て武山揮毫。
1927、1928、1930、1932には4種も描いている。
花鳥画、虫も出演と言うものだが、月次図ではあるものの雀の出現率がとても高く、その愛らしさはチュン死するレベルである。
あまりに可愛すぎてこちらは振り回されてしまった。
くーーーー!チュンチュン言う奴らが小首をかしげてこっちを見ていたりすると、もぉ本当に可愛さにイライラするくらいだ。
それでもう「えーい、引っかからないぞ!」と知らん顔をしようとした途端、筍の影から無心に出てくる雀の絵を見てしまうのだ。
ヒーーーッ

あああ、可愛すぎてクラクラした。

5/21まで。

2017.4月の東京ハイカイ録 その3 東京お花見終わり篇

さて月曜日、4/10の東京にいるわたくしです。
定宿の朝ごはんの支度をするのは平日係・土日係と二人いらして、わたしは特に平日のKさんと仲良し。
最近平日にここにいないので、数カ月ぶりに再会。
「あらー」「やーやー」とか挨拶し、桜の話をしたりなんだかんだ。
ついでにちょっとお手伝いをしたり。

送迎バスで東京駅へ行き、いつものロッカーに荷物を放り込んでからお出かけ。
今回は二重橋まで歩く。丸ノ内勤務の人々に混じり、マジメそうな顔で歩くわたし。
自分の性質から考えると、到底丸ノ内界隈で勤め人なんてムリ。
大阪でも本町、淀屋橋、堂島界隈はムリ。
今の郊外にある、世間よりゆるい会社でないと到底ムリ。

乃木坂へ。今回は乃木神社にも行かずそのまま国立新美術館へ。
ムハ展と草間彌生展とをみる。
まさかのもしかでムハの超大作「スラブ叙事詩」連作が全部来日。
既に行かれた方々はオペラグラスを推奨されたので、わたしも持ってきた。

予想以上に巨大。
うそやん、と言いたいくらいの大きさ。どうやってチェコから持ってきたん。
オペラグラスをのぞくと、真正面を向いて大きな目を見開く人々が多数いることに気付く。
ビザンチンみたいな表現もある。うわーっという感じ。
とはいえ、巨大作品は見るのに時間がかかりすぎ、しまいに何を見てるのかわからなくなってきた。
離れて大体を把握し、細部をまた見直すという作業を繰り返し、ようやく観たものが脳に入るが、思ったことは「よくここまで描いたな」これが素直な感想。

今回、日本へのサービスか、なんと撮影コーナーまである。
スゴイなあ。

ムハがチェコに帰ってこの作品を制作しだした頃の美術界の潮流は、既にミュシャでありムハであるこの人を過去の人にしてしまっていた、と聞いたことがある。
しかしその時代はともかく数十年後の今、やはりその情熱に打たれている。
かれの絵は日本ではずっと愛され続けている、という事実がある。
1980年代初頭頃でも既にミュシャは日本での人気も高かった。
彼にインスパイアされた少女マンガ家も多い。

アールヌーヴォーの花形だった頃の作品は堺市から来ていた。
そう、堺市のミュージアムから。

うなりながら次の彌生展に行く前に地下へ降りる。
お弁当を食べる。相席するご婦人方皆さんミュシャ見終えたところ。
そして全員この後に草間彌生展に行く、と言われる。
空腹のままあの水玉世界に入るのはまずいわけですね。

「わが永遠の魂」展。
噂通り物販行列が長い。わたしにはムリな行列。
そこで入った途端にこんなオブジェが。



観客は年輩の人々がマジで多い。
現代アートが老人層をここまで呼ぶのか。みんな草間彌生の生命力に肖ろうというのか。
皆さん熱心に見歩き、しかも解説を聞いては頷いている。
現代アートがニガテなわたしと大違いである。
草間彌生と同世代より少し下くらいの観客。そうか同時代なのか。
そういえばうちの親なども大江健三郎はよく読んだと言うが、あれらは同時代というくくりもあるわけか。

作品は鏡の通路に無数の照明が、というインスタレーションが特によかった。
あとは大阪を拠点にするクリエイティブユニットgrafとのコラボ作品の黄色と黒のシマシマリビングセット…
♪六甲おろしに颯爽と… 脳内で歌が響く。

そういえばわたしはむしろ彼女の文学作品がいいと思っている。
その紹介があったのは嬉しい。

六本木からは銀座経由で上野へ。
東博「茶の湯」特別展の内覧会。

まず見せ方に魅せられた。
佳いのが集まるのは当然ながらさすが東博、所蔵先では見せない面を露にして新たな魅力を引き出していた。
そしてこの取り合わせ!という配置もあり、そこに惹かれた。
可愛い香合らがレトロなガラスケースに納められているのもいい。
ある意味、平成館そのものが茶箱に変身したのかも♪
内覧会は混雑が凄いからじっくり凝視にはいかないけど、次は夜間に行く。
そして一つ一つと対峙し、心の対話を楽しみたい、そう思わせてくれる内容だった。
展示替えも多いから好きな人は何度か足を運ぶことになる。
大阪の美術館からもたくさん来ていた。関東では根津、常盤山も多々。
こういうのが一堂に会する、というのは凄いわ。
とはいえ、逸翁なかったような。



椿も咲いていた。
珍しいところでこんなのも。


四時になり帰る。
ちょっとばかりドトールでくつろいでたら五時のおしらせが聴こえる。



また来月までサラバ。

2017.4月の東京ハイカイ録 その2 やっぱりお花見篇

日曜日、朝から雨、花の雨。
「花の雨」と言うたら子母澤寛の小説があるな。家にあるが未読。
御家人・鉄太郎が彰義隊に参加する話だと言うが、なんだか可哀想なので読みにくい。
わたしは滅んでゆくものが好きだが、心の痛みを伴うので、万全の態勢をとらないと読みにくいの。
そらもう勝てば官軍の薩長より滅んでゆく連中が好きだ。
子母澤寛の小説は「突っかけ侍」「おとこ鷹」などなど江戸侍の話が特に好きだ。

さて朝のうちに定宿に荷だけ持って行く。しかし受付が新入社員でもたもたしてるのでとりあえず預けただけ。
ここから乗り継いで春日につくが、シビックセンターは大きいので春日からでは遠いな。やはり後楽園が近いか。
Bーぐるバスに乗る。最近はここから11番の目白1丁目にゆく。礫川公園も桜は綺麗。

野間記念館へ。


お向かいの東京カテドラルが借景





大観と木村武山をみる。特に武山の美人な観音さんと色紙の雀らにヤラレた。
首傾げてこっち見る奴らにズキッとなって、もぉ引っ掛かれへんぞ!と強く首曲げると、筍の陰からピョンと飛び出た雀の横顔に遭遇!
たまらんわ、あの可愛さ。捕まえて伏見のねざめ家に売りに行くぞ~!←むごい…

機嫌よく歩きますと今度は椿山荘。

椿大好き。



お昼食べてから電車を乗り継いだのだが、なにをどう間違えたのか気付けば東大前ではないか。
弥生美術館。
これは困った。本来弥生には根性入れてからゆくのに。
3/24にここで平田弘史展をみてからまだ十日足らず。
全く真逆の長沢節を見ることになった。
受付さんとお話しすると、わたしの平田弘史展の感想ツイートを引用ツイしはった会田誠さん、本当に来られたそうな。
きゃっきゃっ♪

それにしても平田弘史、セツ、全く真逆の作品が同じ位置に並ぶのが、弥生美術館の幅広さ。凄いわ。
セツ展は2004年以来で、あのときもカッコよさにドキドキした。どの時代の絵も本当にカッコいい。
50~90年代、ブレなく一貫して痩せきった身体をシャープに描く。
とはいえ、セツの文は厳しく、わたしは映画評以外は読まない。
セツの美意識の高さ、ありようは峻烈で、わたしのような者が彼の作品を素敵だと言うと本人に厭がられるだろうから、感想を書くのは控える。
亡くなってだいぶ経つが、そんな風に思ってしまうほどセツはキツく、その分カッコいい。
そしてわたしは遠くでそっと、セツの描いた人たちに憧れるのだ。

夢二記念館では学芸員さんのギャラリートークを聞いた。


面白いなあ。
わたしはそこまできちんと見ていなかったわ。

再び根津に出て、今度は明治神宮へ。
太田記念館で「帰ってきた 浮世絵動物園」前期。何故かフランス人の団体がいたー
絵はもう面白すぎる。
鳥の客が吉原の妓楼で大喧嘩。染付の大皿がひっくり返り、タイのお造りが散らばり、タイのアタマが宙に舞う!
寿老に肘つきにされ困惑する鹿、餅屋の兎に筍売りの虎。
国芳の弟子の似たか金魚は人面魚として最凶のツラツキ、手拭いかぶりの猫の耳!
珍しや祇園井特の普通の美人と足元にいる超小型狆!
ああ、まだまだまだまだ。
面白かったわ。

次は京橋へ。加島美術で最後の渡辺省亭をみる。
いいもんです、とくに色合い。

この日は早めに切り上げる。ケーキ屋さんでケーキを買ってホテルで一人楽しくいただきました。
おいしかったなあ。

なでしこサッカー観る内寝落ち。この日はここまで。

2017.4月の東京ハイカイ録 その1 大いにお花見篇

また三日間ほど都内にいたわけですが、そのちょい前に首・肩・腕の痛みに負けてまして、これは定宿やなしに温泉つきのところに泊まった方がええかも、と初日は台東区の方に宿泊したわけです。
それでまたタイミングのええというかわるいというか、出かける前日にわたくし階段5,6段からすっころびましてやね、痛いうえに痛くなり青タンまで出来るという。
ほんまにかないません。

アイタタタなわたくし、新幹線もどういうわけか普段なら指定しないような席を取ってまして、しかし人が来ないのを幸いに三席分にのさばっておりました。
さてわたくしのような大阪―東京を往来する者にお得なEXICカードの特典の一つに、メトロと都営の両線乗り降り自由なきっぷ、24h、48h、72hの三種ございますが、それぞれ安く手に入るわけです。
販売先は丸ノ内線の東京駅と日本橋駅のそれぞれサービスセンターというのか、そこね。
そこへアイタタタと言いながら向かいまして、来月分のを購入。今月のはもう持ってるからええわ。

古い町のわかりやすい所にあるホテルに荷物を預けて、早速上野へGO!
またあれだ、大通りから上野の森が見えるのだな。

上野の桜いろいろ。




「花の雨」というのもええもんかも、と小雨の中を西洋美術館へ向かって歩いたわけです。
まず目に付くのはロダンの彫刻ですな。
しかしこれは花の時季にはこう見えてしまう。

なんぎなことです。

展覧会の感想はそれぞれ後日に詳しく。
シャセリオー展。
ロマン派はええのう…ときめきましたわ。ロマン派から象徴派の流れが好きですわ。
絵も音楽も。
黒髪の女の圧倒的な眼差しの強さ、ドラマチックな構図、男性的なふくらはぎのよさ。 
見ていてこちらも気合いが入る。しかもシャセリオーの交友関係、影響を受けた人々の多彩さ、魅力的な時代にはそれに応じた素晴らしい人材が集まる。

うっとりして、もっと見たいと思ったところで2時間越えてて空腹に負ける。
これはあかんわ、といっそお山を離れようと下界へ戻るも土曜のランチタイム、空いてるところを探すのが難しい。
で、いっそカフェテリアへと。ここでエネルギー充填してから再度西洋美術館へ。

あとは「スケーエン:デンマークの芸術家村」展を見たが、怒涛のようなシャセリオー展の後に嘘も誇張もないようなマジメで堅い絵を見たのはちょっと失敗かも。
尤もクラーナハ展の後に見たりしたらどうにもならんので、これはこれでええか。

東博から藝大の桜まで。




下を見るとシャガ


次に芸大で雪村展。これはけっこう大和文華館の所蔵品のイメージが強いので、変な人物を見ても特に驚いたりはないけど、面白いことは面白かった。
ただ、醸し出すナニカに当てられてクラクラしたのは確か。
呂洞賓が出した煙から龍が出現したように、妙な煙にまかれたのかもしれない。
途中半時間ほどグッタリしたよ。動けず意識が飛んでしまった。
一休み後は布袋、唐子、寒山、虎らの機嫌のよい顔を見て、更には彼にインスパイアされた人々の絵もはっきり見覚えてるから、休めたのが良かったのかも。

上野桜木町をてくてく。
吉田屋酒店


道挟んだ隣のカヤバは今日も大人気。上野公園でも屋台出して人気。
昔々のおじいさん・おばあさんの味が伝えられ、更に大人気カフェになったのはほんまによかった。
レトロブームというのもブームではなく本物になったわけかな。

言問通りを延々と歩く。
桜咲くお寺が多いわ。新しいカフェも出来てた。時間があれば寄りたいが難しい。

根津から乃木坂へ。
階段に来たら不意に左手に綺麗な桜。
乃木神社の枝垂桜。

綺麗なあ。

その桜越しに目的地が見える。


更に中二階みたいになっているところへ上がると、風が吹いていきなり桜吹雪。

本当に綺麗かった。

来るのは9月だけだったからこんなに綺麗な桜があるなんて知らなかった。


てくてく歩いてミッドタウン。先にお花見をする。
エクレアなどつまみながらね。

野天カフェというのもいいものですな。
しかしすごい行列…
桜の他にこんな植込みもある。


ういらぶえまき。
絵巻マニア列伝に溺れる。すごいなあ。作品がいいのはわかっているが、その所有者たち・製作者たちのマニアぶりには唖然。
特にあの足利義持がたまらんな。
すごいわ。

美術館を出るとすっかり暗くなっていたので今度は夜桜見物。




さてちょっと冷えるのでラーメンの温かいものを食べて…まではよかったが、普段あんまりラーメンを食べないので入った店のラーメンは普通だがセットのものがよくなかったな。

宿に帰りとりあえず入浴すると熱いのなんの。同宿の人たちと熱いですねーと言い合う。皆さん感じのいい女性ばかり。
身体の痛いのはこれでちょっとマシになったが、熱いわ。
そこではっとなったのが、行こうと思っていた銭湯、そこも熱い可能性が高いのだよな。
痛い所に温熱膏貼ってる身としては危険すぎやん。あきらめる。
下見もしたが残念。今度元気な時に行ってみよう。


和室に布団という自分としては珍しい宿に泊まったので、早速布団に蹴躓く。アイタタタ。
まぁこれはこれでいいさ。
というわけで第一日目ここまで。

歌川国芳 21世紀の絵画力 前期

4/8にgooで挙げた分を転載。
元記事はこちら
なお、後期の感想はついに挙げられなかったが、たいへんよかったのは確か。
こちらに転載したことで、後期の感想を挙げることも可能だと思えてきた。

府中市美術館恒例の「春の江戸絵画祭」、今年は「歌川国芳 21世紀の絵画力」展。
4/9までが前期。4/11から5/7が後期。



最初に水滸伝の好漢たちが現れた。
8枚9人の好漢たちはそれぞれ色あいも派手に鮮やかに、力強い様子を見せていた。
わたしなどは国芳のこの好漢たちを見たからこそ水滸伝本編を読む気になったのだ。
最初は抄録を、そしてついには平凡社の120回本、駒田信二訳のを手に入れて愛読したが、そのときには必ず国芳えがく好漢たちの絵を周囲に並べる。
たいへん楽しい。

初めて見た絵がある。
舎熊にぐっとした顔の大高、一方の白坂はふつうの着物。
この構図を見ていると真山青果「元禄忠臣蔵」の「御浜御殿」の綱豊が助右衛門を叱りつけるシーンを思い出す。

猫ブームの牽引者の一人でもあった国芳。その彼の描く役者絵は、猫の団扇を持っている。しかもその猫の顔は…
こうした遊び心が好きだ。

国芳のいた頃はいい俳優もたくさんいた。
初代坂東しうかのアダな様子、艶めかしい目元、いいなあ。
白糸の腕には彫り物、くずの葉は母性を見せた姿。
どちらも国芳のいい絵としうかの魅力が出ている。

このシリーズは好きだ。文はやはり猫好きの山東京山。五点のうち三点が出ていた。
・道行猫柳婬月影 みちゆきねこやなぎさかりのつきかげ
・かゞみやな 草履恥の段 かがみやなぞうりはぢのだん
・袂糞気罵責段 たもとふんきこごとせめのだん
どことなくみんな生臭いタイトル。
猫たちは役者の似絵でもある。
「私信」にムツゴトとルビが振られているのもいい。
岩藤ならぬ岩ぶち。
頬に手をおく阿古屋だが、ちゃんと手は猫。
細部にわたり楽しいパロディ尽くし。

かがみやなの本歌の鏡山の絵もある。
衝立の向こうにお初、尾上が草履で打たれるのを見て、耐えかねているところがいい。
12世羽右衛門の尾上と初代訥升の岩藤。

悲劇の美男役者・八世団十郎を描いた絵も多い。
ハンサムな児雷也、白井権八などなど。
彼の死に絵もたくさん描いた。
八世団十郎の芝居を見ることは出来ないのでわたしの中では国芳、国貞の絵が彼の姿なのだ。
杉本苑子「傾く滝」は彼の死へと至る道筋を描いた小説。酷愛と無惨さに彩られた人々が織りなす物語だった。
それを読むときは国芳の絵は思わないのだが。

八百屋お七が吉三郎を想う様子がみずみずしい。


出た、おこまの大冒険。朧月猫の草紙
猫好き京山x国芳の面白すぎる物語。
これはもう本当に面白くて。
今回は半分まで。
パネル展示もしているので、話の筋も追いやすい。
猫の擬人化なのだが、人とのつきあいでは猫らしいところを見せる。お姫様のところに飼われるようになったときには盥で洗ってもらっている。
この絵は「にゃんとも猫だらけ」展にも出てくる。



戯画も東都名所シリーズもたくさん。
東都名所シリーズはけっこう実験してることも多い。
都市の面白さが出ていて楽しい。
江漢や田善の洋風画が参考として並ぶのもいい。

浅草奥山の見世物興行もよく描いている。
特に生人形の絵などがいい。
足長・手長に色々ナゾな人々、それになによりタイトルはゾウさん。楽しいなあ。
早竹虎吉の曲芸絵もあるが、これは知らない絵。
松本喜三郎の生人形の写真もあった。元禄美人と鍾馗と天邪鬼のいる風景。

程義経恋源一代鏡 三略伝  タイトルに「ほど・よし」が入っているのでこの絵はともかく続きはきっと春画なのだろうなあ。
美少年遮那王が夜の鞍馬山で修行中。その袴には○囲みに三本鳥居の絵。
大天狗に指導を受けるシーンもある。

平家物語関連の絵が並ぶ。
鬼若少年の鯉退治、三井寺の梵鐘を曳く弁慶に見とれる義経たち、橋のたもとで横笛を吹く牛若と背後に忍び寄る弁慶と…
鐘曳き弁慶の図は明治の油絵にも見出せる。
当時の人々は平家物語のサイドストーリーにも詳しかったのだ。

義士絵もあるがこれらは一貫して西洋画の影響を受けて描いたものたち。
その構図の元ネタになったものもある。よくわかる。

二十四孝の絵も洋風な表現があり、元ネタがあるのも同じ。
とはいえやっぱり話が話だけに荒唐無稽な面白さがある。

戯画のパレードがいい。
瓢箪で表現された文覚の滝行、羊の髪結いさん、タケノコ採り、鹿島踊りするウサギたちなどなど。

真面目そうな絵もある。
御奥の弾初 大奥で盲人を招いて琴を聴く。狆もおざぶの上でのんびり。

忠孝名誉奇人伝 梶女  これは祇園のおかぢさん。桜の頃、足元にはわんこが二匹いる。彼女の経営する「東林」には多くのお客がきた。

親兵衛の絵が二点。
どちらの着物もかわええのう。





そしてわんこといえば応挙、そして蘆雪。
二人のわんこ絵が出ているのも楽しい。
白とハチワレ、鼻白に四つ目。みんな愛くるしい。
れんげとわんこの可愛さもたまりませんな。

しかし!今回はこの金太郎とクマの子に負けた。
じっくり眺めよう。可愛くてならんわ。


今回のチラシ表の「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」は有名な絵で、以前のここでの展覧会ではその巨大な魚の上に踊る猫が配置され「猫もがんばってます」とやっていた。当時の感想はこちら

今回、これと同じモチーフの他の絵を初めて見た。
肥後国水䟸の海上にて為朝難風に遇ふ 天保中ごろの作品。位置関係が違う。龍もいるし、ややごちゃごちゃしている。
こういうのはなかなか見ないな。

鯉の絵は鬼若丸の話からだが、そこで多くの絵師の鯉の絵が並ぶのも壮観。
雪斎、芦雪、応挙、みんなそれぞれの鯉を描いている。
現代日本画だと大山忠作も仲間入りするところか。

平家の亡霊の絵もなんてんかある。
大物浦に現れるものたち…

裏から見た江の島を描いた絵があるが、これだとどうも「孤島の鬼」が住まう諸戸島にしか見えないな。
そこには体のくっついた男女の双子に熊娘に…

戦絵は三枚続きのものがなかなか迫力がある。


義経八艘跳び

派手な軍船

細部まで細かい

最後はやっぱり猫。
猫と遊ぶなのか、猫で遊ぶなのか。


猫飼好五十三疋もある。本当に上手いパロディ。特に好きなのは「よったぶち」四日市、「ぶちじゃま」土山、「おもいぞ」大磯などなど。

化け猫とその手先の奴らも大好き。
猫の当て字も楽しい。
たこ、うなぎ。それぞれタコも鰻も何やら恨めしそう。


猫のけん、猫のおどり、猫のすずみ。
人のやることを猫がするとみんな可愛くてならなくなる。


後期もとても楽しみ。

江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-

江戸東京博物館で「江戸と北京」展を見た。
正式タイトルは「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」。
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そう、江戸も北京も都市機能が充実し、政治的な首都として大きな顔が出来るのはその時代以降ではないかと、ぜーろくのわたしなどは思っている。

江戸も北京もどちらも同じ時期に首都になった。
徳川幕府の成立と明を滅ぼし清朝を開いた時期の一致は、しかし偶然だと思う。
偶然だが、時代の転換期というものがこの東アジアに起こったのは確かだ。

司馬遼太郎の最後の小説「韃靼疾風録」は将にその時代に活きる人間を描いている。
平戸藩のはぐれものの武士が韃靼の公女をかの地へ送り届ける使命を藩主から受ける。
かれはその地で厚遇され友人として迎えられるが、藩主からの帰還命令を待ち続けるうちに、日本の鎖国令を知るのだ。
公女を妻としたかれは、明人として故郷の平戸へ帰還する。
妻は日本の暮らしを喜ぶが、却ってかれはあの草原を想う。

「江戸と北京」というタイトルを聴き、その都市生活の比較と共通点を見出す展覧会だと知った時、わたしの脳裏に「韃靼疾風録」が浮かんだ。
とはいえ小説ではどちらの地もさして深く厚く描かれることはない。
ただ、どちらも新政権の首都としてそれより後、発展し続ける。
現在もまた共に首都として大きな存在であり続けている。

展覧会の狙いはこちら。
「江戸の人口が100万人を超え、都市として発達を遂げた18世紀は、北京が清朝の首都として最も繁栄を極めた時代でもありました。日本と中国には文化交流の長い歴史があり、江戸時代の「鎖国下」においても中国貿易は公認され、長崎を窓口として、文物の流れが滞ることはありませんでした。
 本展では、18世紀を中心に、江戸と北京のなりたちや生活、文化を展観し比較します。これまで清朝の芸術や宮廷文化に関する展覧会は数多くありましたが、北京の都市生活を江戸と比較する企画は、今回が初めてです。展示を通じ両都市の共通性と差異を明らかにすることによって、友好と相互理解を深める契機にいたします。」

都市の内部へ入り込んでゆこう。

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第1章 江戸・北京の城郭と治世  Section One: The Fortifications and Government of Edo and Beijing
様式は異なるがどちらも城郭があり、それが中心となって都市が繁栄した。

江戸名所之絵(江戸鳥瞰図)A bird's-eye view of Edo 鍬形蕙斎/画 1803年(享和3) 1枚 江戸東京博物館
江戸城内廓絵図(惣廓御内之図)Ground plan of the inner bailey of Edo castle 江戸後期 1枚 江戸東京博物館
北京内外城地図(清朝の北京地図)Map of Beijing during the Qing dynasty 趙宏/画 清 1枚 首都博物館
これらの資料で大体の都市の大きさなどを把握する。

明清北京朝陽門城楼模型(朝陽門上の楼閣の模型)Model of Beijing’s Chaoyangmen gate tower as it appeared during the Ming and Qing dynasties 1点 首都博物館
この模型は木製。巨大な城郭のごく一部なのだが、その大きさを想像させるのに十分。

紫禁城の巨大さを感じたのは「ラストエンペラー」の映画だった。
そしてその二千数百年前が舞台の「始皇帝暗殺」でも、中国人が巨大建造物を拵えるのを厭わないのを見たように思う。たとえ後者はセットであっても。

萌葱地葵紋付小紋染羽織 Haori jacket belonging to TOKUGAWA Ieyasu 徳川家康/所用 江戸初期 1領 江戸東京博物館
とても細かな文様。この小紋は凄いわ。

梨子地水車紋散蒔絵三葉葵紋金具付糸巻拵 Sword presented to DOI Toshikatsu by the second shōgun, TOKUGAWA Hidetada 17世紀前半 1点 江戸東京博物館
秀忠と土井利勝の関係性がみえるね。

東直門出土瓦当(軒先を飾る瓦の先端部分)Roof tile excavated from the site of Beijing’s Dongzhimen Gate 清 1点 首都博物館
正陽門正脊上銀質圧勝宝盒(正陽門に納められた鎮具類)Silver treasure box from the ridge of the Zhengyangmen Gate 明 1式 首都博物館
獣面緑瑠璃瓦 Green glazed ridge-end roof tile (in form of animal’s head) 清 1点 首都博物館
黄瑠璃獣頭 Yellow glazed roof tile with dragon design 清 1点 首都博物館
黄瑠璃龍紋瓦当(先端に龍の装飾文様をもつ軒先を飾る瓦)Yellow glazed eave-end tile with dragon design 清 1点 首都博物館
やきものの色合いがとても綺麗。グリーンというより黄色がかった緑の獣面、獅子の横顔が黄色めのもの、なかなかコワい竜の顔など。
こういうものも間近で見れて楽しい。

明黄色納紗彩雲金龍紋男単朝袍(雍正帝の礼服)Yellow garment with embroidered polychrome design of golden dragon and clouds. Formal robe worn by the Yongzheng Emperor for state occasions 清 1領 故宮博物院
黄色は皇帝の色、龍も5本指が皇帝の印だったかな。サテン地。

鉄嵌緑松石柄金桃皮鞘腰刀(乾隆帝所有の腰刀)Imperial sword that belonged to the Qianlong Emperor 清 1振 故宮博物院
トルコ石の嵌め込まれた刀。

「乾隆八旬万寿慶典図巻」(下巻)The Qianlong Emperor’s eightieth birthday celebrations
1797年(嘉慶2) 1巻 故宮博物院
長い長い絵巻。5頭のゾウの行進まである。6頭めのゾウはなかなか来ない。登春台には時計も設置。乾隆帝の頃の時計は根津美術館にも展示されているがモノスゴク豪華である。
皿廻し、お手玉といった雑技もあり、あちこちで演奏も。
ゾウ像、桃の献上、花にまみれた門の設営、薔薇の這う亭では二胡に笛の合奏もある。
これは乾隆帝80歳のお祝いの様子を描いたもの。
緻密な描写で細部にまで神経が行き届いていて、山口晃くらいしか今ではこんなの描けないでしょう、という凄さ。鼓笛隊もいる。とにかく凄い規模だったことは間違いない。
観ていて本当に面白かった。

これを見ただけでもよかったわー。

第2章 江戸・北京の都市生活  Section Two: Urban Life in Edo and Beijing

熈代勝覧(日本橋繁盛絵巻)The Kidai Shoran (picture scroll depicting the prosperity of
the Nihonbashi district)1805年(文化2) 1巻 ベルリン国立アジア美術館
おお、久しぶり…と言いたいところだが、現物は確かに久しぶりだけど、有難いことにこのパネルを見る機会があるところが嬉しいね。
観ているだけで江戸の活気を感じる。

要するにわたしが山水画に関心がないのは、俗っ気がないのと活気がないのがしんどいからだろうなあ。

胡同の模型、江戸の長屋の模型などを見る。
四合院模型(二進式)Model of a Siheyuan or ‘courtyard house’ 1点 首都博物館
割長屋・棟割長屋模型
Model of the ‘row houses’ that provided cheap accommodation for townsmen during the Edo period 三浦宏/製作
三浦さんの模型は一葉記念館などでもおなじみ。
すばらしいなあ。

ここからはもうタイトルにこだわらない。

たくさんの看板がある。
黒木猴(帽子屋の猿看板) 可愛いやん。
路上の床屋さん、両替屋さん、酢屋さん、質屋さん、塩屋さん、薬屋さん、靴屋さん、とわかりやすいのが続くが、次がさすが北京。
回民小吃幌子(イスラム教徒用の軽食店看板) フイフイ教と言うてたかな、確か。
こういうのを見るのは本当に楽しい。
日本だと天理参考館に北京の看板がたくさん集まっていた。
都市生活の消費には目立つ看板が必要なのです。
大阪のように遊び心?満載のもあるかな。

お江戸の看板は浪花と江戸ではまたちょっと違ったのだったかな。
それぞれ集めているのをみている。
くらしの今昔館、深川江戸資料館、看板ミュージアム…

満州族の女性のオシャレグッズが出ていた。
以前に清朝末期の西太后の化粧道具などを見ているが、そこまで贅沢でなくても綺麗なものが揃っている。
唐、宋、明、清と大発展を遂げた時代は都市生活の楽しみを極め、また問題も多く抱えた。

日本の浮世絵は庶民の暮らしを映す。
そのまんまというわけではないがリアルなところも多い。
国貞、歌麿、清長の作品が出ていて、街中で暮らす人たちの年中行事が描かれていた。
お食い初めのセットは大正のものが出ている。

月次行事の楽しみもある。
お花見、お月見といった風情を楽しむものから雛祭、端午の節句など子供の成長を願うものなど。
また中国の重陽を楽しむための色々なものも出ていた。

それにしても満州族の可愛い靴。彼らは漢民族と違って纏足文化はないので(騎馬民族がそんなのしてたら馬に乗れんよなあ)自由な足だが、それを収める靴がなかなかの拵えだった。
盆底鞋(満州族の女性靴) 字の通り、底がスゴイ。木で出来たカナてこみたい。ローマのコルティジャーナ・オネスタ、吉原の太夫が外を歩くときの履物みたいでしたな。
男性用のもなかなかいい。

筥迫が二つばかり。どちらも可愛い拵え。わたしも小さい頃は筥迫を着物の胸の辺りに差し込まれていたな。実際に入っていたのはティッシュくらい。

北京の子供向けの虎頭帽が可愛い。虎の顔の帽子。変な虎やけどベロ出してるのもいい、これは魔除けのベロ出しかな。可愛いわー
虎の靴もあるし…
これはあれやな、元祖・阪神タイガースのファングッズやな!!!←チガウ

正月風俗を描いた絵を見ると、北京では一家で餃子づくりにいそしんだりするのか。
そういえばわたしが最初に中国の正月行事てどんなものかを知ったかと言うと、横山光輝「狼の星座」の馬賊の人々の様子だったな。
あれは20世紀初頭から戦前の話だけど、人々の正月風景はなかなか変わらなかったようだし。

過酷な科挙にも抜け目のない奴はカンニングをするようで、そんなのも出ていた。細かい字だ。。。

閙学童図(学習中に騒ぐ学童) 可愛いぞ、こいつら。どこにでもヨダレクリはいるものさ。

猫式端石硯 わっ黒猫!!可愛い!土方久功の彫刻ぽいがなんとも愛らしい!

寺子屋に入る子供は自分で机を持ってゆくのだけど、その現物があった。
「寺子屋」はもうわたしはやっぱり芝居が思い浮かぶが、勉強の様子などは岡本綺堂「半七捕物帳」などにも詳しい。

北京はさすがにコオロギの遊び方が発達してるからその檻などもなかなかのもの。日本はそこまでないか。

あっ鳩笛がある。黒くて小さい。
鳩笛と言えば楳図かずおのモノスゴーーーーく怖い話があるよな…

京劇の衣裳などがある。わたしは「覇王別姫」を思い出してちょっと泣くよ。
先般、逸翁美術館でも中国の芝居の隈取をたくさん見たなあ。
あれも面白い展覧会でした。

それに対して江戸は歌舞伎。
大道具の様子の絵もあった。

中国の相撲は服を着ながら何組も同時にしているようだが、これは漢民族のかモンゴルのかがちょっとわからない。
フジタも中国の相撲取りの絵を描いているが、あれもモンゴル風にも見えた。
そうそう白鶴美術館の壺に相撲なのか格闘技なのかの絵が描かれたのもあるし、水滸伝でも実は浪子燕青は相撲の名手でしたな。

一田庄七郎の籠細工の絵がある。これを最初に見たのはINAXでだった。
見世物好きなのはあのころから変わらない。

江戸ではウズラ合わせがブームだったそうだ。
その絵があるが、本当にわたしはこないだまでウズラ合わせを知らなかった。
鳥がニガテと言うのもあるが、まあウズラが鳴き声の美声なことは、知らなんだ。屏風絵になっているが、品評会というか戦いの日なのでなかなかたくさんのウズラが集まっていた。

第3章 清代北京の芸術文化  Section Three: Art Culture in Qing Dynasty Beijing
乾隆帝の頃を頂点とした工芸。絵画は明末からの絵師も多く、いいのが揃っていた。

八大山人の叭叭鳥の絵がある。目つきの悪さが可愛い。
沈銓の鹿ップルの絵もある。
どちらも日本で愛された絵師たち。

工芸品の見事なのもあった。
ああ、やっぱりすごいわ、18世紀。

とても楽しい展覧会だった。
4/9まで。

DAVID BOWIE is

4/7にgooで挙げた分の転載。
元記事はこちら

場所がどこなのか知らないままに、やはりどうしても見たいと思い、寺田倉庫へ出かけた。
持っていた地図はなぜか全く役に立たず、スマホのMAPはすぐにトラブルを起こす。
自分が今どこにいるのかわからないままに、しかし絶対にたどりつくと信じて歩き続けた結果、ようようその場所が見えてきた。

寺田倉庫G1ビル、そこで全世界巡回中の「DAVID BOWIE is」展を見た。
わたしが着いたときは既にチケットがサービスタイムのものに切り替わっていた。







ボウイの世界へ入ろう。




ヘッドフォンの調子がよくなくて替えてもらってからはクリアーな音声でボウイの歌声が聴こえてきた。
展覧会は70年代のボウイが最も過激だったころの映像や歌が多かった。

特にSpace Oddityの関連のコーナーは充実していた。
そこで映像を見ながらあの歌を聴いていると、自分も孤独な状況で宇宙の片隅にいるような気がしてくる。
ボウイはやはり「世界を変えた」一人なのだということを改めて思う。

ボウイがいなければこの世に起こらなかったことがいくつもある。
小さな変化から大きな変化までいくつもの変化が。

Let's Danceが多重に聴こえる。これは会場内で一番かかっているからだと思う。

PVを見、ボウイの着てきた衣裳を見、ボウイと働いた人のインタビューを聞く。
ボウイは綺麗な痩せ方をした人だった。
映画「地球に落ちてきた男」の中で見たボウイの身体は本当にやせていて、ありえないような白さだった。

わたしはボウイの70年代の衝撃はほぼ知らない。
ただ、78年か大和和紀が「アラミス」の中でボウイの「ピーターと狼」を聴こうとするシーンを描いていて、それで覚えた人だった。
そして来たるべき次の80年代、ここでわたしはMTVを熱心に見る少女となり、特にブリティッシュ・ロックに強く惹かれた。
80年代初頭、ラジオでボウイ特集があった時はとにかく録音をした。
今でも時折アタマの中で勝手に再生されていることが少なくない。

PVでいちばん好きなのはAshes To Ashes、China Girlなのだがどちらの紹介もなかったのはまことに残念だった。

しかしその無念さは圧倒的な量に追いやられる。
本当にどこを見てもどこまで行ってもボウイがいる。
うれしい、とても、うれしい。

わたしはボウイの奇抜な衣裳よりも素敵なスーツ姿がとても好きだ。
わたしの中では「スーツを着た綺麗な男性」=ボウイ
この公式が成り立っている。あの痩せ方は本当に綺麗だった。
そして金髪。
赤毛の頃より金髪の柔らかな髪型の時のボウイがとても好きだ。
30代以降のボウイが。

エリザベス・テイラーはボウイの美貌を称賛した一人だった。
「世界一の美女」と謳われた大女優がそんなことを言ってときめいている姿を見ると、こちらも嬉しくなった。

ボウイはベルリンの壁がまだあった頃に壁の近くでライブを行い、スピーカーを東側へ向けた。
大勢の人が集まりボウイの歌声をもっと聞きたがり、ここから向こうへゆかせろと声を上げ、やがて二年後に本当に壁が壊された。
だからボウイの訃報に対し、ドイツ外務省がボウイへのお礼の言葉をつめたお悔やみを送っていた。
ボウイは世界を変える手がかりを与えてくれた人なのだ。

日本での展覧会では「戦場のメリークリスマス」のインタビューと映像が造られていた。
それを見聞きしながらじぶんがあの映画を実は十回以上見に行っていたことを思い出し、泣けてきた。
そして埋められたボウイを描いた大島弓子の絵を思い出した。

今回の展覧会でボウイの話す言葉・歌う言葉がとてもクリアーにわたしの中へ入ってきた。
それはやはり米語ではなく英語だからだろうか。
それとも英語を解していないわたしにまで届くような言葉を音声をボウイが届けてくれていたからなのか。
何を話していたか・何を歌っていたかが本当にすっきりと聴こえ、理解できた。

21世紀に入り、ボウイは少し前髪の感じを変えた。それがとても素敵だった。
スーツではなくステキなラフなスタイルに変えて、それがよく似合っていて、わたしはときめいた。

映画のシーンを見ていて、これは以前に見ていたが、きちんと最後まで見ていないことに気付いた。
どうしてだかはわからない。

場内を出ると映像があった。
ステキなおじ様になったボウイが優しく微笑みながらみんなに温かな言葉を贈っていた。
「デイブおじさん」として、お誕生日おめでとう、と。
そこの写真を撮れたのはとても嬉しかった。



ボウイはとてもいい人だった。
音楽家として超一流だっただけでなく、人としてもとても上質だった。
その部分にわたしは惹かれている。
ボウイが亡くなるとき、みんなに見守られて最期の時を迎え、みんなにお礼を言って去ったと知った。
それが悲しくもあり、また魅力的だとも思った。

ありがとうボウイ。
同じ時代を生きていて、ボウイの魅力に溺れることが出来てよかった。
ありがとう。

花の美術―季節の彩り―

大和文華館で「花の美術―季節の彩り―」展を二度ばかり楽しんだ。
最初は梅の満開の頃、次は三春の滝桜の子孫である枝垂桜の頃に。
どちらも花は豊かに優しく咲き香っていた。

梅の頃



・中国―寒梅に春の訪れを思う
大好きな清水裂が出ていた。いつみても可愛いし楽しい。
梅の木を中心にして様々な動物がいる。梅の花もふっくら豊かに咲いて椿またはハクセンコのような様子だし、カササギに猿もいる。
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蘇州版画がある。
訪鶴亭図のうち梅雪迎春図の部分 雪の残る屋根だが、もうすぐしたら春がくる。

青花梅文皿 古染付 薄い下弦の月が白く光る。

青花花鳥文皿 祥瑞手 青地にキジなどがいる。こうした皿が静かでいい。

仕女図巻 伝・仇英 春のブランコ遊びのそばには梅が咲き、夏の蓮取りでは裸になった若い女の姿がある。彼女らの脱いだ小さな靴が蓮の花びらのようにその辺りに転がるのもいい。ふっくらした丘には何もないが、それがのぞくのもいい。

赤絵蓮華文碗 磁州窯 金 蓮に支えられていて、中は空洞、そんな風情がある。
逸翁美術館の「家光」にも少し似ている。

赤絵仙姑文壺 磁州窯系 元後期 「毛女」の説話からの絵。秦の暴政を避けて山に入った人々の話の一つ。物語絵というものはそれを用いる人の好みであり、また、人々の共通認識として成立しているものでもある。

五彩荷葉硯 景徳鎮窯 どうも硯の海の部分が猫の後姿にしか見えない。可愛い。

灑金螺鈿官女文合子 明 蓋・本体それぞれに螺鈿で美人が描かれている。
蓋表には長椅子の女、裏には外でくつろぐ女、身の見込みには木の下にいる女などなど。

宇佐八幡の境内から出土したと言われる元の壺がある。
青白磁貼付牡丹唐草文壺 立派な壺で貼り付けものもはっきり。

赤絵牡丹文小壺 磁州窯 金 小さくて可愛らしい。賞翫したくなる。
手の中で鍾愛したくなる。

青花牡丹唐草文面盆 景徳鎮窯 夜明けに青空が広がりゆく中で花が咲いたようだ。

法花菖蒲文鉢 明るい青色地に白の花がひらく、

白い桔梗型の水滴、リスがサンザシの枝にいる鉢、釉裏紅のシックな色めを見せる鉢など良いものが多い。

五彩花鳥文大鉢 清朝のこの鉢には黄色い胴の小鳥がいるが、どうもそれが若い頃の谷崎潤一郎に似ていて、面白い。


朝鮮半島―夏の蓮に見る清廉と繁栄

銅製銀象嵌柳水禽文浄瓶 高麗の絵柄の優しさ・愛らしさは日本の奈良絵にも通じるものがある。
銀は黒化してきらめくが、その線描を落ち着かせている。

螺鈿花鳥文筆筒 黒地に螺鈿が煌めく。梅に鶯の絵柄だが、とてもきれい。

鉄砂葱文壺 これは梅の頃に見たときと桜の時に見たときでは、違う心持で対せた。
ネギ坊主が描かれたものだが、古唐津と近しいものを感じたのだ。
そう思うようになったのはこのひとつ前の「古唐津」展を見たからだと思う。
「縦糸と緯糸」の意識がわたしにも活きた。

青磁象嵌水禽文細口瓶 高麗のこの技法が李朝ではあまり使われなかったのが本当に惜しい。
とても綺麗な青磁象嵌。穏やかな水禽の世界。

鉄製銀象嵌筆筒 とはいえ象嵌が完全に見限られたわけではない。「一種の民族様式」だと学芸員さんは見なしているようで、確かにそれはあると思う。

芸苑合珍書画册 貞 8点を当時の画家たちが担当した。梁箕星「陶淵将菊図」書は尹涼。陶淵明の詩「飲酒」5が記されている。
「結盧在人境 而無車馬喧 問君何能爾  心遠地自偏  採菊東籬下 悠然見南山 山気日夕佳 飛鳥相與還 此中有真意 欲辨已忘言」

・日本―桜に祈る方策、菊に願う長寿

田能村竹田の椿の絵が出ていた。久しぶり。こちらではポスターになっていた。

有田の色絵梅文大壺、織部梅文皿など人気の作品が出ていた。
バタークリームのような白地に灰楳色。可愛いなあ。

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寝覚物語もある。平安時代から桜が愛されるようになったのだ。

平福百穂デザインが可愛い。
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今年もいい花見になった。

桜の頃

手塚治虫の美男美女展―優艶

4/3にgooで挙げた分の転載。
元記事はこちら

二つのマンガ原画展を見た。
手塚治虫と池田理代子、どちらもわたしにとっては非常に好きなマンガ家である。




手塚治虫展をうめだ阪急で堪能してから、難波の高島屋で池田理代子展に陶然となった。
もう本当にときめく時間を持てたことにただただ感謝する。


手塚治虫はスターシステムを採っていた。
自分の生み出したキャラたちを俳優に見立て、彼らに役柄を振るのだ。
だから同じキャラが時には同名、時には人種も名も替えて作品に出演する。
ニンが違う、ということは案外なく、大体パブリック・イメージに沿った役柄をキャラたちは演ずることが多い。
尤もロックのような多彩な役柄を演じるキャラもいるが。

そして今回の展覧会は数多い手塚キャラ達を漢字一文字で分類して紹介している。
これはなかなか面白い企画だった。
言葉の意味と共に、キャラの紹介とかれらの出演する物語の原画を2ページで紹介するのだ。

・奸 「バンパイア」ロック 手塚治虫(本人出演)を車ごと崖下に落とすシーンが出ていた。
このロックはもう本当に悪党で、手塚殺しのあとは自分が世話になっている家の財産横領を始めるのですよ。
しかしわたしはロックは悪人な時の方が好き。
「七色いんこ」アセチレン・ランプ ギャングであることを隠して警察だと言って幼馴染の家でもてなされていたのに正体をさらすシーン。わたしは彼は「アドルフに告ぐ」の時の役柄がいちばん好きだ。ヒトラーを最後に自殺に見せかけて射殺するところとかね。
「人間昆虫記」十村十枝子 商社マンの亭主が持っていた機密書類を売り込みに行くシーン。あと表紙絵があるが、それが大人になった時のメルモちゃんに似ているのが妙に面白い。

・粋 「やけっぱちのマリア」マリア 胸を晒しで巻いて男装して、カチコミに行くシーンがあった。これ未読なのですよ。しかしかっこいい。
「陽だまりの樹」お紺 店に来たごろつきを追い返すのに文字通り尻をまくってそこの刺青で追い返すシーン。このお紺さんが後に横浜で立派な商人になって、というのは好きな筋だ。
ほかに「BJ」のドクター・キリコもいた。

・智 「ブラックジャック」ブラックジャック 停電の中、見覚えていたクランケの手術するシーン。BJはもう本当にどの手術も凄いからなあ。
「三つ目がとおる」 和登さんに琵琶湖あたりに沈む自分の先祖のお宝を探しにゆこうと誘うシーン。
こういうのを見るとすぐに再読したくなる。

・勇 「海のトリトン」トリトン 最後近く、大亀からポセイドン一族への恨みを捨てろと諭されるシーン。これはもう申し訳ないが富野のアニメの方が強い印象があって、原作を何度読んでもどうしてもアニメの設定ばかりが浮かぶ作品なのだ。すまぬ。
「ミクロイドS」ヤンマ 砂漠を3人で渡ろうとするシーン。これもアニメの方が浮かぶなあ。

・凛「リボンの騎士」サファイア ヘケートから心を返されるところだったかな…
この作品からはヘケート、フランツ王子、海賊のブラッドたちがそれぞれ別な言葉でエントリーされている。

・活「三つ目がとおる」和登さん TV局の連中をブッ飛ばすシーン。「活気」ある和登さんらしくていい。

・艶「奇子」天外奇子 彼女が脱皮するように美しく成長する見開きシーン。手塚作品の中でも特に印象深いシーン。奇子は手塚キャラの中でも特に好きな一人。
「MW」結城美智夫 賀来に酒を勧めながらいつものように苦悩する彼を誘うシーン。第1話ラスト、襲い受け。
わたしは彼にとても惹かれている。

他にも多くの言葉とキャラたちが結びついて紹介されていた。
こうして見てみるとアトムがいないことに今になって気づいた。ただし他のロボットは出ていた。
…「美男美女」に入れてもらえないのか、アトムは??ユニコはいたんだが。
レオやマグマ大使、シュマリ、プライム・ローズ、ばるぼら…
もう書ききれない。

次に現在活躍中のプロのイラストレーターたちが手塚キャラを描くコーナーが続く。
そしてpixivで一般公募した手塚キャラ絵の優秀作品がずらり。
これは好悪が分かれるところだが、どきっとする作品も数多く、それらについて記す。
・いのまたむつみ「リボンの騎士」さすがいのまたさん、可愛い。
・天神英貴「マグマ大使」横顔、その全体の風貌のよさにシビレた。
それからキリコ、百鬼丸らの絵が特に素敵な人がいた。

場内では昔の手塚アニメの上映もあり、「リボンの騎士」をわたしも見た。泣きたくなってきた。いいなあ。
また近々手塚記念館に行こう。
まずは手元の手塚作品を再読しよう。
4/10まで。

池田理代子―「ベルばら」とともに―

4/3にgooで挙げた分の転載。
元記事はこちら

難波の高島屋へむかい、今度は池田理代子の世界を堪能する。


デビュー50周年だということだった。
当初は貸本から始めたそうで、その頃の原画が出ていたが、十分に綺麗な少女が描かれていた。
池田さんは子供の頃に手塚の「つるの泉」に感動し、高校生の頃にはツヴァイク「悲劇の王妃」でマリー・アントワネットの生涯に深い関心を持つようになったそうである。
読書と言うものがいかに重要なものか、いかにかけがえのないものかが、このエピソードだけでもよくわかる。

わたしなどはマンガから世界が広がって行ったのだ。
池田さんの「オル窓」第三部のロシア革命編に熱狂し、ロシア革命に関する本をむさぼり読んだ。
たかが中学生のわたし程度でもそんな状況に走るのだ。

池田さんのメジャーデビュー時の作品が並ぶ。
「愛は永遠に」に描かれた青年は水野英子の影響を受けたような感じもあるが、苛立ちながら彼と話す若い女性は池田さんの後年の作品にも現れる性質を見せていた。
社会派な作品があることを知る。既に50年前のデビューの頃からキャラの鼻は綺麗な高さを見せている。




マーガレット、プリンセスの表紙絵を担当したものがずらりと並ぶ。みんな美少女の絵。
いくつかの号をみると立原あゆみ、わたなべまさこ、忠津陽子、志賀公江、浦野千賀子、柴田あや子、西谷祥子、山本鈴美香、土田よしこ、菊川近子、木原としえ(当時)、弓月光、有吉京子らの名前があった。
当時から今も活躍中の方もいれば、懐かしい方もいる。
プリンセスの方では石井いさみも少女マンガを描いていたことを知り、細川千栄子「シンデレラの森」の時代、そして萩尾望都の名もみる。

やがてついに爆発する時代がきた。
「ベルサイユのばら」である。
ここでは原画、そして宝塚歌劇の同じ状況の舞台シーンのパネル展示が花を添えた。
絢爛な世界が花開いていた。

わたしは「ベルばら」はリアルには知らず、歌劇の大ヒットで知ったのだった。
だから今でもすぐに♪愛 それはせつなく… と歌いだすことがある。
読んだのは映画が上映された頃で、それから。
今に至るまで何度も読み返しているが、そんな出会いだった。




本当に綺麗だった。そしてオスカル様の気高さにときめく。
アントワネットは絶望的な状況になってからの方が魅力を感じる。

ところで展示ではジェローデルのあの名台詞が出るのだが、アンドレの直接的な行動は出ないので、黙ってムフフフフフと笑っていた。

近年になり外伝がよく生まれたり、まさかのゼクシィ出演のオスカル様を見たりするので、ますます近い感じがある。
「ベルばらKids」もある。これも楽しい4コママンガだった。

他の作品の紹介がある。初期の「桜京」は実は未読なのだがタイトルだけは好きだ。
わたしはどうも池田さんの絢爛な絵が好きなので日本が舞台のものはちょっと苦手なのだ。

「おにいさまへ…」なつかしい。これは74年だったのか。同時期に山本鈴美香「エースをねらえ!」があり木原敏江「銀河荘なの!」が掲載されていたのだなあ。

わたしがいちばん熱狂したのは「オルフェウスの窓」第三部だった。
このあたりの話は以前にも書いているので割愛するが、本当にもうあまりに好きで好きで苦しかった。
短編作品だと「次はどうなる!」という苦しみを持たなくて済むが、連載物は熱狂すればするほど苦しさが募り、本当に焦がされてつらい。
マンガで焦がされたのは「オル窓」をはじめ「はみだしっ子」「リングにかけろ」「ニジンスキー寓話」「妖霊星」「スラムダンク」「HUNTER x HUNTER」だったが、今ではある程度「次はどうなる!」という気持ちを抑えることができるようになったが、果たしてそれがいいことかどうかはわからない。

その「オル窓」、第三部は月刊セブンティーンで連載していたが、めちゃくちゃ好きなキャラがいて、もうそれがいまだにずっとわたしの根底に活きている。これはもう死ぬまで変わらないだろう。

池田さんの絵はこの頃から変わり、華麗さに磨きがかかった。
特にモノクロ画の繊細さにはぞくぞくした。
ここに出ていた見開きのイラストはロシアの民俗衣装を着た美女二人の絵だが、本当に綺麗だった。
この絵には記憶がないのでコミックスには収録されていないのかもしれない。

わたしが月セを購読するようになったのはここにある年表から言えば79年らしいが、どう考えても80年以降からだと思う。
しらいしあい「あるまいとせんめんき」、鈴木雅子「プラタナス抄」、粕谷紀子「しあわせ指数」の頃だった。
今も探せは雑誌についていたピンナップは出てくるだろう。
阪神大震災の時もわたしは手元にがんばって残したのだ。


この絵も手元にある。これは二人の学生時代の「ニーベルンゲンの指輪」の逸話からだと思う。

それからロシアというかコサック風な装束をつけたアレクセイの立ち姿の一枚絵があった。これは単行本の表紙にもなっている。

原画の中で、ようやくシベリアから脱出したアレクセイがラジオから流れるベートーヴェンの「皇帝」を聴き、レーゲンスブルク音楽学校時代の旧友・イザークの演奏だと気づくシーンが出ていた。
このシーンでは雑誌掲載時、欄外に池田さんの註で、ラジオ放送は1920年からだが演出上の表現のためにこのシーンを描いた旨が記されていた。わたしはそうした作者の断りというものが好きなので、とても好ましく思った。

そして見開きの美麗なイラストがあった。
右手に軍装のユスーポフがいて、背景に列車と軍隊、左手に必死で走りこむアレクセイの姿。
わたしは実はアレクセイはあまり好みではなくて、主人公ユリウスの幸せのために、アレクセイが彼女と暮らせることを願ってやまなかったものの、実は本当に好きで好きで苦しかったのは、行き掛かり上どうにもならなくなって女と心中せざるを得なくなるミハイルなのだった。かれのヴィジュアルと性質の一部は後年の「女帝エカテリーナ」のポチョムキン公に反映されたので、本当に嬉しかった。
そして「オル窓」では実在するユスーポフ、彼もとても好きだった。
今でもついつい彼がラスプーチンを暗殺する時の台詞を暗唱してしまうくらいだ。
「祖国ロシアのため 皇帝陛下とロマノフ王朝の御為 天に代わってそなたを討つ!」
ああ…無限に名場面が浮かんでくる…

この後も池田さんの歴史物は続く。
「女帝エカテリーナ」、「エロイカ」、「天の涯まで」といった「ベルばら」と同時代からその後の時代のヨーロッパものがいずれも見事だった。
特にわたしは前述のポチョムキン公にめちゃくちゃに惹かれていて、彼と俳優・三國連太郎のイメージが一緒になってしまい、自分でも頭と心の整理が出来ないくらいに好きになってしまったのだった。

日本物はまさかの「春日局」をはじめ、四天王寺から依頼を受けて描いた「聖徳太子」などの歴史物があるが、このあたりはとてもニガテで読んでいない。「ファンのくせに」ではなく「ファンだから」かもしれない。
特に後者はやはりわたしが山岸さんの「日出処の天子」に熱狂していた関係で、読んでも受け入れられないのである。

あと「太王四神記」もある。これは当時韓流に無関心だったので未読なのだが、今からでも読んでみようと思う。
わたしは「トンイ」と「イ・サン」は好きなのだよ…


やがてレディスコミックの時代がきた。その先端にいたのは池田さんだった。
YOU誌とフォアレディ誌が創刊されたのは1981年だそうだ。
YOUは現在も続く。(ああ、そのYOUを支えた津雲むつみさんの死去はさみしい!)
池田さんはYOUでは「秋の華」、続いて「蒼い柘榴」を連載した。
フォアレディでは「パラノイア」「エビタラム 祝婚歌」「風を摘むプシケ」「シジフォスは憩う」などがある。
こうして並べると、わたしとしては後者の方をよく読んでいたことになる。
あの「パラノイア」は山岸さんの「天人唐草」と並び立つ救いようのない女の話だと思う。

池田さんの「クローディーヌ」は今でいう性同一性障害の少女の無残な生の物語だが、中学生のわたしはその言葉も主題も知らずとも、納得していた。それは池田さんの力量の大きさが、物知らずの子どもに物を教えてくれたのだった。

ほんとうに、大切なことはすべてマンガで教わってきた…

YOU誌の1986年.7月号口絵でデヴィッド・ボウイを描いている。
リアルタイムのボウイだからもう奇抜な化粧をやめた端正な美貌のスーツ姿のボウイのバストアップだった。
池田さんの同世代の女性マンガ家の多くがボウイを自らの作品のキャラとして登場させている。
池田さんでは「オル窓」のダーヴィド、木原さんは星男など、三原順も大島さんも描いている。
ちょっと泣いてしまった。

最後にアルフィーの高見沢さんとの楽しそうなツーショット写真と、その高見沢さんを描いた絵があった。
うむ、本物より綺麗だが、高見沢さんの気品と共にきさくさも出ていてステキ。

「妖子」の紹介がなかったのは残念だったが、なつかしの「理代子のひとりごと」も「ベルばらKIDS」もあったのは嬉しい。

今後も音楽活動と共に重厚な作品をお願いしたいと思う。
わたしは常に池田さんの描かれた「彼」を愛し続けている。
もう決して消えはしない。

ありがとう池田さん。素晴らしい作品にまだまだ会いたいです。

4/10まで。

茶碗の中の宇宙

4/1にgooで挙げた分の転載。
元記事はこちら

思い込みと言うのは往々にしてよい結果を生まない。

樂美術館、佐川美術館、どちらにも樂家のやきものがある。
どちらかへ行けば自分の好みのやきものに会えるだろう、と言う程度のことしか考えてなかった。
だから、京近美で「茶碗の中の宇宙」展が開催されていたとき「何故わざわざ?」という疑問が湧いていた。
一方、竹橋の東近美に巡回した時、よかったと思った。
関西と違ってそんなに樂焼のいいのが一堂に集まることはないだろうから、観客も喜ぶし、樂家も喜ぶだろう、ウィンウィンではないか、よかったよかった。
…というようなことを考えていたのだ。


初代長次郎から現当主・15代目吉左衛門、そして跡取りの篤人氏の作品と田中宗慶、本阿弥光悦、尾形乾山までの作品が並び、見終わってみれば「この規模の展覧会はあと何十年かは不可能だろう」と思い知らされた。



「私が生きている間に、これほどの展覧会は二度とできない」
15代目吉左衛門氏が実際にその言葉を挙げていた。
当主がそれを言い、一観客たるわたしもそう思った。
それほどまでに大きな展覧会なのだった。

ブサカワの二彩獅子が尻尾を挙げていた。
邪気のない目を向けている。黒い空間に彼はいて、案外綺麗な歯並びの前歯を見せていた。
そのガラスケースの上には金粉の月輪があった。
樂家は歴代が獅子を拵えることが少なくない。
どういった意図で拵えているのかは知らないが、どの代の獅子もみんなブサカワで純朴でいい。
今回、最初にこの獅子が出てきたのを見たとき、かれは樂家の番犬、守り手なのではないかと思った。
この考えが正しいかどうかは知らないが、少なくともこの展覧会においては、間違いなくそうした存在だった。

長次郎の作品から始まっている。
配置は佐川でのそれを思わせる。

黒樂の大黒、赤樂の無一物といった世評高い茶碗があった。
いずれもゴワゴワしていて、わたしはニガテ、利休・長次郎に合わせる顔がないくらい、良さがわからない。

赤樂の兄弟が並んでいた。久しぶりの再会なのかそうでもないのかは知らない。
太郎坊、二郎坊と名付けられている。
無骨な感じのする兄弟だった。

万代屋黒とかいて「もずやぐろ」と読む黒樂は以前にも会っていて、今回も同じ感想を持った。
黒樂のシコロヒキ、面影、いずれもゴワゴワしている。この「面影」に至ってはぐっと顎が大きく、能面のベシミのようだと思った。

三彩瓜文平鉢 珍しく色が、と思ったらどうも塗が濃くてルオーのそれのようだった。

二代目常慶は5点ばかり。
香炉釉井戸形茶碗  ああ、これはあれだ、おぼろ昆布みたいだ。
白い貫入の入った獅子もいる。ベロを出しているのは魔除けの意味か、それともお茶目からか。
ゲタゲタの歯並びも可愛い。

わたしは視界が広い。
目の端ではもうノンコウの光を捉えていた。
10点の作品がきらきらと、文字通り煌めいていた。
三代目道入。なんて魅力的な茶碗を拵えるのだろう。
もうわたしはドキドキして苦しいくらいだ。

黒樂の木下なんて見込みに宇宙がある。
あ、そうか、「茶碗の中の宇宙」とはこのことだ。
ノンコウの拵える茶碗の中には宇宙があるのだ。

赤楽の鵺、黒樂の僧正は比較的よく出会えるが、初めて会えたものもある。
黒樂の荒磯。中には梨のような煌めく粒が広がっている。とても薄い薄い口縁。
決してしてはならんが、わたしは自慢の前歯でこの口縁を噛んで確かめたいと思った。

陶然としながら次へ行けば光悦のやきものが出ていた。
「三代道入 ノンカウ」展でわたしは彼と光悦との関係性にときめいてときめいて苦しくなったことを書いている
17歳の少年と58歳の老境に入った人生の達人との出会い。
想うだけでも動悸が高まる。

ここでもときめきながら見歩いた。
そして光悦の死後にノンコウは父となり、一入が成人する前に亡くなる。
一入が父の風を守りつつ、ついには初代へ還るということにもときめく。

一入と宗入の獅子たち。対になっているのではなく、同じポーズをとるところが可愛い。赤と黒。

江戸、明治、大正、昭和、と苦しい時代でも樂家は続き、今日へと至る。
良い作品がある種の音楽を奏でるように並び、時折不協和音のように変わったものが現れるが、それはいいスパイスになって、より樂家のやきものの良さを示してくれる。

単品でガラスに収まり、規律を守って居並ぶ空間に出た。
作品の大半は吉左衛門氏のである。
わたしはそれを見て佐川美術館での展示をもっと進めたらこうなるのか、と思った。
奔放な作品が多く、しかし元を守るので破格であっても破綻はしない。
序破急という言葉を思った。

心地よい興奮を感じてから、わたしはまたノンコウの作品の前に立った。
ノンコウの拵える茶碗にこそ「茶碗の中の宇宙」が見える。
好きな茶碗、初めて見る茶碗、みな煌めいてわたしを招ぶ。
中に幾筋か釉垂があり、彗星のようだった。
星々が活きている。

歴代当主の茶碗いずれも良いが、やはりわたしはノンコウに帰る。
もっと観たい。
もっと味わいたい。
そう願いながら。

素晴らしい展覧会に興奮が冷めないままだった。
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