美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ちょっと前の川口基督教会

夕刊を開くと、川口基督教会が出た。
大阪港界隈を歩くレポだった。
これね。
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(毎日新聞大阪版より) 
わたしは二度ばかりここへ見学に行ったが、随分前なのでフィルム写真でしか撮っていなくて、ブログに挙げてもいなかった。
月日が入ってるのは「記録」としてスルーすることにして、ちょっと挙げようと思う。

どちらも行きは大阪駅前からバスで土佐堀通りを走って行ったように思う。それでほん近くのバス停・川口1丁目で降りた。
途端に見えたのがこちら。イメージ (575)

それで玄関へ向かおうと歩く。
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正面の塔
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「きゃはー♪何か楽しー」
…とか言うていそう。
で、横の顔が「あーたのしいたのしい」(棒読み)。

もう少し離れて撮ってみると…
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右から差し込まれて「あっっっっ」な声が聴こえそうな塔。
若干血の気が引いているようにも見える。←撮影が下手なので言い訳をする。

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地震の影響を受けたがこうして復元出来てよかった…

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屋根はスレートぶきだったかな。

中へ。
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煉瓦がいい感じ。というかこわいような感じもする。

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天井のトラスがいいよね。

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ステンドグラスは新しい。
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もう17年も前だったのか。
またおじゃまさせてもらいたい。

こちらはお向かいさん。
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また久しぶりに行きたくなってきた…
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京博の名品ギャラリーでみたもの

先週の土用の夜間開館日に出向いた。
観客にはまことにありがたいが、中で働く方々にはほんまに大変な労力をおかけしていると思う。
ご苦労様です。

京博は撮影禁止なのでほぼ字だけで書くことになるが、まあそれはそれでいいかな。
まずは3階から。

・染付の美
青花三国志図壺  騎馬図なんだが、どう三国志なのかはあんまりわからない。よくある図と言えば三顧の礼か桃園の誓いがあるけど、普通に馬を走らせてる武人ではわからんがな。しかしきっとどこかに何かポイントがあるに違いない。それを見つけ出せないことを反省しよう。

蓮華文、花鳥文、雲龍文、祥瑞…この辺りは機嫌よく鑑賞というか賞翫するばかり。
珍しい所で青花回教文字文水指 正徳年製銘  コバルトは回青、回教の国から齎されたもの。文字を文様にするのも新しかったのかもしれない。クールとかそんな感じで。

青花虎形香炉 霊洞院 こやつの色絵バージョンを東博で見たように思う。…いや、あれは虎型の枕か。しかしこの手のものを好む人もいるから、やっぱり他に兄弟がいるだろう。

他にも鍋島のいいのがある。
青磁染付瑠璃地芦波文皿  二つの技法が一緒にあるのもいいものです。   
 
・日本と東洋のやきもの
色絵蓮華香炉 伝野々村仁清作 法金剛院  形そのものが蓮というか蓮華。蓋付でふたの部分がなかなか面白い。蓮弁に種字が書かれている。
本体の方が仁清ぽい。

三彩兕觥形香炉 奥田頴川作 建仁寺 両足院  偶然朝1に行った先が本当の所蔵先。上部は自転車レースのヘルメット型で下はドイツのビールの巨大グラスのよう。
中国古代青銅器風な装飾。瑞獣風なのが透かしで作られている。
彼らの周縁には雷文が張り巡らされていた。

祥瑞写染付瓜形蓋物 永樂保全作 高津古文化会館  これもいいなあ。

最後に信楽のやや大きめの檜垣文壺があった。
なんとなくルソンの壺を想った。

2階へ。
・兵(つわもの)―軍記物語と武勇譚―
騎馬武者像  かつては足利尊氏像として知られていたが、現在ではだれか不明ということである。総髪に顎鬚で眼光鋭い人物が馬に乗る姿。とてもかっこいい。
二重瞼の目の下にも線が入り、しわではなくふくらみがこの男の人相をよくしている。
抜身の刀を担ぎ黒馬と共に走る。かっこいい。

俵藤太絵巻 金戒光明寺  瀬田の唐橋に大きな龍がいて、誰も渡れない。そこへ藤原秀郷(藤太)が素知らぬ顔で龍をまたぐ。龍は鎌首?をもたげてしみじみと彼の様子を打ち眺める。
龍は老人の姿になり、領地争いをしていて、敵を倒せる勇者を探すためにここにいた。
貴方の助力を願うと話しかけてくる。藤太は快諾し、老人と共に山に分け入る。
季節は秋、所々に紅葉が見える。
やがて足場を構えた藤太は鏑矢をつがえる。そのまま待機する。
夜となり、老人の本性である龍が別な大龍と争う。空には雷神まで出現。
片肌脱いだ藤太が鏑矢で敵を狙う。

上巻はここまでが出ていた。
その後藤太はお礼を貰い、そこから俵の藤太と呼ばれるようになる。
次巻は既に天慶の乱になり、藤太は平貞盛と共に将門を狙う。

戦の最中、将門は門前に立つ。彼の愛馬も立派な馬で、射られてもびくともしない。
ついに逃れられない最期が来る。将門は室内と廊下の敷居に立ち、立ったまま切腹する。
臓物が飛び出しながらの立往生。敷居に血がしたたり落ちる。
女たちは逃げ出すが、中には担がれてしまうのもいる。

一方、藤原忠文は駿河で家来の書いた漢詩に落涙し、出遅れる。そこへ都への凱旋途中の貞盛、藤太が来かかる。
都に戻った一行の凱旋パレードの華やかさ。槍の刃先には将門の首がかかる。
(首が飛んで大手町にまで行ったのはサラシ首にされた後)
忠文は勧賞に与れない。そのショックで白髪になり、寝込んでしまい、とうとう死後は怨霊となるが、宇治に末多武利神社を拵えてもらう。
巨大な卒塔婆の前で人々が鉦や太鼓や鼓をその門前で演奏し、悪霊を慰める。

・密教図像の美─入魂の一発技─
四面四臂四足不動明王像  異形の明王。線描のみだが非常に怖かった。なんだろう、祟られそう。胴のみ一つ。四面はそれぞれ表情が違うが、相手の意識を読んでいる。
「俊徳丸」ののぞきからくりに現れるタタリ神の荒神さんにも通じるような。

曼荼羅集 巻下 経弁筆 善智画  蓮座の功徳天を中心に伎楽諸天が上部の左右に、帝釈天と梵天が手前の左右に、そこへ咒師(僧形)が。
いずれも美人さん。

・霊雲院の障壁画―狩野元信晩年期の名作―
四季花鳥画、琴棋書画図など。

・祝いの調度―祭礼図屏風
日吉山王祭礼図屏風 4曲1双 檀王法林寺  なかなか華やか。ここの所蔵か。
祇園祭礼図屏風 海北友雪筆 6曲1隻 八幡山保存会 こないだのパパの展覧会良かったねえ。
祇園祭礼図屏風 6曲1双 京都国立博物館  えらく整っているなと思ったら、京都所司代は都の治安を守ってます、というのを見せるための描きぶりらしい。なんだ、という感じもある。 
賀茂競馬図屏風 6曲1双  久しぶり♪ これはもう徹頭徹尾放埓・不埒なところが大好き。
競馬見ながら若い男の子の手を握るオッチャンとか色々と・・・
93年頃か、狩野博幸さんの出された「近世風俗画」の五巻本で見たのが最初だったかな。
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と、ここまで来て過去の画像を探すと、2008年の感想が出てきた。
そのラインナップが今回のとけっこう似てるな。
だん王さんの日吉、賀茂競馬、祇園祭礼図などなど・・・
当時の感想はこちら
そのとき、先般開催された海北友松の八仙図を見ている。

・伝説の画家たちが描いた仏画
中国から来た絵というのが色々。

華厳説相図 本圀寺  向って左手に普賢と象、右手に文殊と獅子だが、その獅子がもう面白過ぎる。
ちょっとちがうけれど、中華街の獅子頭、あれの親戚みたいな感じで、被り物系に見える。青くて、べろーんとしてて妙に可愛い。

普賢菩薩像  二点あるがどちらのだったか、印度人がゾウさんを曳いている。こういうのは初めて見た。

・古書画へのまなざし ─伴實コレクション─
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これについて京博のサイトにこうある。
「当館は昨年度、伴實氏が生涯にわたり蒐集した古書画47件を、ご遺族の方よりご寄贈いただきました。伴氏は商売を営むかたわら、50年ちかくも自らマーケットに足を運び、おもに古文書を中心として、眼鏡に適ったもののみを集め続けました。確固たる信念に基づき入手した作品には、自分好みの表具をほどこすなど、氏の注いだ温かいまなざしに溢れています。今回の展示では、古美術を愛する真の「コレクター」であった伴實氏が蒐集した古書画のなかから、代表的な作品を紹介いたします。」

東寺年中行事 賢宝筆  結構綿密なスケジュール表。忙しそう。

岩屋草紙断簡  継子いじめ。姫が継母の計略で海に捨てられに行く。しかし実行犯は手が下せず、姫を岩場に置いて去る。
物語自体はこの後どうなるのか。
調べると愛知県大の貴重書サイトに説明があった。
「室町時代物語に多い継子いじめの話の一つ。別名『岩屋の物語』『対の屋姫物語』ともいう。物語のあらすじは、三条堀川の中納言と白川の宮の間に生まれた姫君は、賢く諸芸に通じていたが、母を亡くし、連れ子を持つ継母を迎える。一家は父の任地筑紫へ下るが、船が明石の浦に着くと父中納言は書写山に参籠し、その隙に継母は姫君殺害を命ずる。命を受けた乳母子は姫のあまりの美しさ気高さに殺すに忍びず海中の岩に置き去りにする。明石の海士に発見され養われた姫君は、関白の御子二位の中将に強引に都へ連れていかれ契りを結ぶ。関白夫妻は息子の中将に海士の娘を思い切らせようとするが、教養芸能ともに秀でた素晴らしい女性と分かり、結婚を許す。姫君の娘は女御となり子孫繁栄をみる」

東山名所図屏風 幸野楳嶺筆  最後の名所図といった趣がある。近世の始まり頃に一目で見渡せるような名所図がたくさんつくられたが、その後は浮世絵で一カ所一カ所の名所図がブームとなった。
明治になり洋画の風景画が入るとますますすたれ、やがて大正期に吉田初三郎の鳥瞰図が作られるまで「一目で見渡せる名所図」というものは本当に少なかったろうと思う。
明治にこうした絵が生まれたのは京都だからかもしれない。

・正倉院裂と古代の染織
これも2008年にみている。
なかなか迫力のある伝世品ばかり。

法隆寺裂 黄地楽天文様繡幡断片  ああ、とても綺麗。よく残っていたなあ。
糞掃衣断片  いきなりびっくりしますわ。
神護寺経経帙  丁寧な作り。これは前のいつ見たのだったかな。
正倉院裂 緑地連珠唐草円に狩猟文様錦  こういう断片を見ると初代龍村平蔵の辛苦を想い、胸が熱くなる。

・閻魔と地蔵
わたしの地元も地蔵盆をするが、年々少子化で提灯の数も減っていくばかり。
京都の某地区の友人に至っては地元なんと子供ゼロ。それで老人たちばかりで地蔵盆をしているそうな。
うーーーむ・・・

十王坐像 珍慶作 10躯 京都・常念寺  ずらり。
最近はすぐ「鬼灯の冷徹」を思い出すので・・・

最後は化粧道具。
貴族社会では男性も丁寧にお化粧をしてましたし。
お道具も本当に丁寧に作られている。
サントリー美術館の「神の宝の玉手箱」展が楽しみだ・・・

古くからの美術館、博物館の所蔵品は本当に面白いので、いつもとてもありがたく思う。
次回も楽しみにしている。

ランス美術館展は続く…関西には来ないが。

「うっかりしていて」とか「例によって」で始まるのは、必ず会期終盤又は会期終了の展覧会の感想を挙げるときの常套句である。(個人の感想です)
そう、この回もそう。
またまたやらかしたわけです、気づいたら終わってしもてた。
「ランス美術館」展ですがな。

この展覧会は全国巡回なんだが、珍しく関西鳥羽市(そんな場所ないわい)ならぬ関西飛ばしされて、わたくしはですね、損保ジャ…美術館(エエ加減に愛称決めてほしい)に見に行ったわけです。
損保ジャ…のチラシ表はこちら。
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フジタの黒い聖母。黒人の美人聖母で、周りの生首だけの位の高い天使たちもみんな黒人。
実際に展示を見たら解説に『黒いオルフェ』の主演女優をモデルに描いたというようなことが書いてあり、納得。
わたしはあの映画はきちんとは見てないが、音楽は好き。
そうそう、谷崎『瘋癲老人日記』で颯子が『黒いオルフェ』の主演男優ブレノ・メロがカッコイイと言うくだりがある。
「ソウカシラ。マサカ興奮モシナイケド、ブレノ・メロハチョット良カッタワ」
「何ダネ、ソレハ」
「『黒イオルフェ』ノ黒人ノ主役ヨ。ギリシャ神話ノオルフェノ伝説ヲモトニシテ、リオ・デ・ジャネイロノカーニヴァルノ時ノ黒人ヲ主役ニシテ作ッタ映畫ナノ。ミンナ黒人ノ俳優バカリ使ッテアルノ」
「ソレガソンナニイヽノカネ」
「ブレノ・メロッテノハサッカーノ選手上リデ、素人ナンデスッテ。映畫デハ都電ノ運転手ニナッテルノ。運転シナガラトキ/″\往来ノ女ノ子ヲ見テウインクスルノ。ソノウインクガ凄クイカスノヨ」

・・・谷崎の作品が青空文庫に入ってくれて、こういう時に助かりますなあ。
今から思えばちょっとばかり桐谷健太にも似てるような気もする。彼もなかなかだしね。

ところでわたしが最初に手に入れたのはこちらの静岡市美術館のチラシ。
見開きですよ。
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これでまず「行けるところで行こう」と思ったもんです。
長いマクラの後にはちょっとだけ感想。

1.国王たちの時代
ネーデルランドやイタリアなどの絵画から始まる。
マールテン・ブーレマ・デ・ストンメ (1611~1664) レモンのある静物 ワイン、チーズ、食器などを描いた」絵画を軽食画というそうな。今まで知らなかった。こういう中途半端にむかれた果物とかそういうのがある図は、一種のメメント・モリ的なものかとばかり。
コップの首のところがなかなか綺麗な装飾が入ってた。ゴブレット。螺鈿の柄のナイフもあるし。

テオドール・ロンブー(と思われる) (1597~1639) コンサート  いわゆる「カラヴァジェスキ」の一人。影響は確かにあるようで、ギター、マンドリン、歌の三人共に表現がそれぽくある。

ヤーコプ・ヨルダーンス(と思われる)(1593~1678) サテュロス  フルーツの持った籠を持ってニンマリ。なんとなく見たような気がしたのは、ルーベンスの絵の一部を模写したからだそう。なるほど。

ジャック・マルモッテ  (?~c.1770) レダ  背後に二人のクピドがいて、ことの成就を確認しようとしているみたい。指差しているのも色々と思わせぶり。レダ当人はやってきた白鳥に「あらー?なに、この白鳥」だが、白鳥の眼はやらしい。一応挨拶をしている。

作者不明(フランス) ルイ13世  ああ、このヒトは「三銃士」のあの王様ね…目がうすぼんやり。血統はいいんだがなあ。

リエ=ルイ・ぺラン=サルブルー(1753~1817) ソフィー夫人(またの名を小さな王妃)の肖像  綺麗な綺麗な水色のドレス。
ロココな椅子もいい。

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こちらは福井県美のチラシ。

2.近代の幕開けを告げる革命の中から

ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房)  (1748~1825)マラーの死  
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これが来るとは思わなかったので大いに喜びましたよ。しっかり殺されてました。
ちなみにこの絵をチラシ表に使ったのは名古屋市美の他は福井県美。

テオドール・ジェリコー(と思われる) (1791~1824)佐官に命令をするナポレオン
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革命後の絵がやはり多い。

テオドール・シャセリオー (1819~1856)バンクォーの亡霊  嬉しいね、シャセリオーの絵も来ているのは。
こないだの回顧展を見て好きになったなあ、以前よりずっと。

ウジェーヌ・ドラクロワ (1798~1863) ポロニウスの亡骸を前にするハムレット
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やっちまいましたよ…一番奥で嘆く女はオフィーリアだな…

エドゥアール・デュビュッフ (1820~1883)ルイ・ポメリー夫人  青いドレスの機嫌のよさそうな女性。彼女は社交上手でそれで旦那を出世させたそうな。福々しく、そして元気そうで、いい感じ。

ナルシス=ヴィルジール・ディアズ・ド・ラ・ペーニャやブータンの森の絵も出ていた。
静かで、事件などは起こりそうにない感じ。

3.モデルニテをめぐって

エドゥアール・ヴュイヤール (1820~1883) 試着  赤い背景の中で薄黄色の下着のようなのを着ている女とその傍らの黄土色の服の女と。こういうのを見ると、時代がどんどん流れ移り変わって行ってるのだと感じる。

ポール・ゴーギャン(1848~1903)バラと彫像
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この彫像もゴーギャンが拵えたそうな。ガラス瓶と花の色がとてもいい。

モーリス・ドニ (1870~1943)魅せられた人々  色彩だけ見てたら児島善三郎のナカーマ。明るい青色の空と海、暖色系の肌の人々。イタリアの陽光に魅せられた人々。
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カミーユ・ピサロ (1830~1903) オペラ座通り、テアトル・フランセ広場
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人々の行き交う様子を鳥瞰する画家。消失点にオペラ座がある。
いい眺めだ。行きたくなってきた。

4.フジタ、ランスの特別コレクション
ここでは本当にフジタの作品が多い。
フジタがいかにこの町で大事にされていたかがよくわかる。

ヴァイオリンを持つこども 1923  少年のような少女のような、可愛い少年。好きな絵。


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楽しそうじゃないところがまたとにかくいい。

授乳する聖母
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周囲のどうぶつたちの表情やや仕草が面白くて・・・

小さい聖堂のために身を粉にして働くフジタ…
フランスでは糾弾する人もなく、フジタは思った通りのを絵を描く。
パネルでその様子を見ていていろいろ感心する。

ああ、いい展覧会でした。
・・・それにしてもフジタの晩年のお姉さんはシャープでかっこいい。

「王女メディア」を想う

昨年まず演出家の蜷川幸雄がなくなり、秋に主演者の平幹二郎がなくなり、ついに「王女メディア」はもう見ることがかなわなくなった。

ふと見出したもの。とても嬉しい・・・







高橋睦郎の修辞、それをまとめた本を時折開き、この芝居を想おう、いつまでも。

横浜美術館の常設展示でみたもの ・自然を映す ・写真と絵画―ピクトリアリズムの興隆

既に終了したが、横浜美術館の6/25までのコレクション展示はわたし好みの作品が多く出ていた。
・自然を映す
ただ風景画というだけではいけない。そこにある種の情緒が含まれていないと、わたしなどは好まない。
あるがままに映すのでは楽しめない。観るものにある種の妄想が入り込む余地がないと淋しい。

展示は以下のーマに沿って作品が並んでいた。
 1.自然に向き合う   
 2.庭園にみる東西のまなざし  
 3.植物をみつめる:長谷川潔と駒井哲郎  
 4.水彩で描く風景  
 5.現代の表現から  
 6.現代の表現から:菅木志雄  
 7.日本画:花鳥風月、共に在り
その中から恣意的に選んだものを挙げてゆく。

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吉田ふじを ポンシデレオン・ホテルの中庭 、パリ シャンゼリゼ
義兄、後に夫となる博と共に長らく西洋を旅するふじを。明治の末、20世紀初頭。
決して漂流するようではなく。

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吉田博 落合徳川ぼたん園 
帰国し、家庭を持ち、版画を手掛ける。昭和初期の和やかな時間。

明治の内国勧業博覧会はどの会も面白い。
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小林清親 第ニ回内〔国〕勧業博覧会内美術館噴水
これで立版古も作れそう。

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川上澄生 庭園の図 泥絵の具らしい。
公園、庭園に人がいる図はなんとなく楽しい。

しかし個人の家の庭に誰もいない様子もまた好ましい。
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川西英 画家の庭 これが1944年の製作だということを想う。

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恩地孝四郎 上野動物園 こちらは1945年。戦争末期なのか戦後なのか。

長谷川潔の白い版画。
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ジャ・ド・ブファン(セザンヌの家)

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庭(仏陀の顔と)
すごいセンスのお庭。これはパリにあったのだろうか。
「ドグラマグラ」の映画の中で、九州帝大病院の精神科、解放病棟の庭には巨大なガンダーラ仏の首が転がっていた。
あれはあれで異様に魅力的なセットだった。木村大作の世界。

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ポール・デルヴォー パレ・ロワイヤル(連作「最後の美しい日々」より)
ああ、見に行った。市川市へ。姫路市美のコレクションだった。
当時の感想はこちら
 
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駒井哲郎 樹 潔いものを感じる。

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丸山晩霞 題名不詳 夏の山岳風景、神秘境
どこの地なのか。本当にこの世の地なのか。
そして今はもうこんな緑はアニメの背景画以外では見ることが出来ない気がする。


・写真と絵画―ピクトリアリズムの興隆
芸術的な写真が好きなのでとても心地よかった。

写真は時間が止まり、その先へ進むことはなくなる。
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スタイケン 遅い午後-ヴェニス 
百年余り前の水都。水はもう少しばかり都市を飲みこんでいる。

英国へ。
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アルヴィン・ラングドン・コバーン  イギリスのライオン、トラファルガー広場

大正の都市散策者として松濤美術館で20年以前に福原信三の写真を見た。
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「巴里とセイヌ」から四点。

1927年、どこかで。
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錦古里孝治 廃墟

そして神戸。山本牧彦 、昭和初期。
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山麓洋館

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神戸山の手風景

どちらもどこの景色かわからない。

いいものを見せてもらえた。

2017.6 終了した展覧会のまとめ その2

まあ諸事情により書くに書けなかったということもあるわけですよ…
その一方で「八犬伝・弓張月」みたいに二日続けの感想挙げるのもある。
コンスタントに行けるわけではないわたしのアタマ。

・日本 家の列島 @汐留ミュージアム
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正直な話、わたしにはわからなかった。
だが、建築に携わる実務者、研究者、学生はこの展覧会を見た方がいい、と思った。
わたしはやはり近代どまりでいいよ。

・カッサンドル ポスター展 グラフィズムの革命 @埼玉近美、八王子夢
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巡回展。カッサンドルが主に才能を発揮した1920年代のポスターの素晴らしさに改めて目を瞠る。
この「ノルマンディー」は客船のメニュー表紙絵になり、「ノール・エクスプレス」は時刻表の表紙絵になった。
そして線路の奥に☆がピカッの「エトワール・デュ・ノール」もまた時刻表表紙に。
それらは杉浦非水が欧州で手に入れ、大事にファイルしていた。
シャープすぎるというか物凄くかっこいいポスターの数々にときめいた。

一方1930年代の「デュポネ」シリーズのユーモラスさも楽しくておしゃれでいい。
ただ、どんどん鮮烈さが失われてゆくのを感じたのはさみしかった。

66年の「井戸に落ちた星占い師」はハヤカワのSF本の表紙絵のようでかっこよかった。

それにしても松本瑠樹コレクションはやっぱりスゴイわ。




「馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月」展の感想の続き・主に「弓張月」

弓張月についても少々。
これは実はいまだに未読なのだが、芝居は二度ばかり見ている。
三島由紀夫版ので、最初は幸四郎の為朝、次は三世猿之助の為朝を見ているが、染五郎のは見ていない。
ビックリしたのは幸四郎のは87年、これはTVで見た。もうあれから30年経っていたのか。それに驚いた。
2002年の猿之助のは豪勢な配役で、ラストの希望に満ちた猿之助の顔や声は今もわたしの中に活きている。

弓張月はむしろ国芳の錦絵からこれを知り、次に8世三津五郎の著作から色々学んだ。
白縫姫の美しき残酷さ。これなどはまさしく三島的な歓びだった。
敵には冷酷な白縫姫(玉三郎)が夫・為朝の仇敵をゆっくりと処刑するシーンは前時代的なときめきがあった。
玉さまは三島演出の初演でこのお役に大抜擢され、それ以後道が開いたのだ。

ところで何故か「あれ、これ知ってる」逸話が多いのにあるとき気づいた。
錦絵からの知識ではない。
つまり、「新八犬伝」で信乃が琉球に流されての話がここから採られているから、わたしも知っていたのだ。
批判もあったろうが、「新八犬伝」の面白さは「なんでもあり」だし、同じ馬琴だしで、わたしは擁護する。

勝川春亭 為朝石山の奥の浴場で奮戦 入浴中に敵襲を受けて逆襲。捕り手の一人、為朝にヤラレて両目が飛び出していた。
石山の温泉宿は今では数軒あるが、昭和半ばのもの。平安時代は石山寺に紫式部がいたけれど、ここで温泉というのは為朝一人かもしれない。
ところで入浴中の襲撃と言えば、幡随院長兵衛が旗本水野の屋敷に招かれ、暗殺されることをわかりつつ入浴するシーンが、やっぱり思い浮かぶ。こんなので助かるのは少ない。

本がずらずら。北斎の挿絵。鬼たちとの力比べ(なにしろ為朝は2M超えの長身大力の剛の者)、温泉で捕り手と戦う、敵の船を遠くから射て転覆させる…
と、為朝の豪勇ぶりを示すシーンが出ていた。

馬琴の小説には中国文学の素養があるからそれをこっちに置き換えたりもしている。
そういえば八犬伝は犬の話(当たり前だ)だが、ここでも犬はいい役である。

山犬の子・山雄が、為朝が林の中で蟒蛇に狙われているのを気づかずにいるので唸り続け、誤解した為朝に首を落とされるや、生首が飛んで蟒蛇を食い殺すという話がある。
これは生首が飛ばねば出来ぬことなので、この忠犬は可哀想だがやっぱり死ぬしかない。
とはいえ迂闊な為朝は反省し、悼む。
迫力のあるいい絵。

画題の共通するものをいくつかみる。
前述の岸から海を渡る敵の軍船を射る為朝の姿がけっこう人気の画題だったか、船側からの視点やロングでの情景とか色々あるのが面白い。
これは色んな絵師が手掛けているが、やっぱり絵面そのものが面白いものな。

国芳の為朝色々
家来の一人・鬼夜叉は野人なんだが、国芳は時にはなかなかの美丈夫に描いてもいる。
遠い島の話だから何が起こっても・どんな人がいても不思議ではない、というのかファンタジー要素が結構多い。

例の讃岐院眷属をして為朝をすくふ図、これは1851年の傑作だが、それより20年近い前の天保年間に同じシーンを描いた絵が出ていた。
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肥後国水俣の海上にて為朝難風に遇ふ  けっこう情報が多い、描き込みの多い絵。
白縫姫が海に飛び込む、ワニザメのようやくの到着、烏天狗らの急行 と同じ要素なのだが、やはり1851年の作の方がかっこいい。

国貞も凄いのが出て来る。
豊国揮毫奇術競 蒙雲国師
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でたーーっ!
国貞も時々こんな絵を描く。

この蒙雲国師が悪の元凶なんだが、鷲に乗ってるところを為朝に射落とされる絵もある。
歌川国福という絵師が描いている。

そしてさすが芝居絵の大家だけにだんまりを描いた絵もある。
思えば「だんまり」などは江戸時代の芝居でないと生まれないよなあ。

芳艶も参戦する。
為朝誉十傑 鎮西八郎 四頭九郎  なんかスゴイ話やな。家来の九郎に調べさせたら、九郎落雷で真っ黒焦げ。
傍らには雷獣もいる。うう、この為朝親分、忠犬も愛妻も家来もみんな不幸な死に方してるぞ。

為朝誉十傑 白縫姫 崇徳院 煙モウモウ。崇徳院と白縫姫の対面、院は姫がとめるのも聞かずに去る。
いよいよ恐ろしい存在になるのだ。

このタイトルは国芳も使っている。
為朝誉十傑 2 後に忠実な愛犬となる山犬?狼の山雄と野風兄弟が喧嘩するのを15歳の少年為朝が仲裁する。
犬のケンカに人が入るのです。

女護島にて歓待を受ける為朝  まあ立派な大茄子の生える樹。女たちはアワビも採ってくる。
(春本ではないよなぁ、まだこれくらいは)
モテモテ為朝。
女護島といえば「俊寛」の芝居の外題にもあるが、ここはまぁ女だけの島、の方。
平賀源内「風流志道軒伝」では女たちに「男郎屋」に放り込まれ、志道軒らは精根尽き果ててくたばりかけていたな。
西鶴の世之介は60歳を一期にして仲間たちと共に好色丸に乗り込んで女護島目指して船出する。
このことを松田修は一種の補陀落渡海のように見なしていた。
さて為朝は干乾びもせず、行方不明にもならず、帰還する。

上方の北英は為朝と琉球の嚀王女の出会いを描く。
嵐璃寛と岩井紫若。「おお」「あら」な二人。
この様子を見ると2002年の歌舞伎座の「弓張月」の芝居が蘇る。
琉球での為朝(三世猿之助)、悪人の巫女・阿公(=くまぎみ、五世勘三郎)、嚀王女(二世市川春猿)の思惑のぶつかり合い。

明治16年、芳年が挿絵を描いたのが刊行される。
翌年には清親も為朝を描く。
幕末の馬琴人気を批判していた風も少し治まったか、こうしてまた良い風が吹いたのはよかった。
周延も崇徳院が魔道に向かうのを止めえない白縫姫を描く。

最後は明治の八犬伝絵も出た。
国周の役者の見立て絵もあり、周延の馬琴著作双六もある。
美少年録や金瓶梅も仲間入り、神童と出会う伏姫のコマもある。上がりは八犬士の妻となる里見家の姫たちが待つコマ。

暁斎の七福神が八犬伝を演ずる戯画も楽しい。
大黒が信乃、恵比寿が現八の芳流閣ならぬ福寿閣。寿老人が弁天の肩を抱き寄せたりいろいろ。

最後まで大いに楽しめた。
さすが太田記念美術館。
毎月いいものを見せてくれてありがとう。

「馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月」展はやっぱり面白かった。

うっかりしていたが、太田記念美術館「馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月」展が終わってしまったよ。
観て喜んでたのに、なんということでしょう。何の感想も挙げてない(こともないが)。
しつこく書いてるが、人生の最初に「新八犬伝」に出会えたことは本当に生涯の喜びで、ここを起点に色んなものが好きになって行き、調べものをしたり色々動くようになったのよ。
その「新八犬伝」は馬琴の「八犬伝」をベースに「弓張月」のエピソードや敵役を織り交ぜていて、それで冒険が膨らんだのだ。

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八犬伝の展覧会はブログを始めてから2つばかり見ている。
・「八犬伝で発見」@文京ふるさと歴史館 感想はこちら
・「八犬伝の世界」@千葉市美術館 感想はこちら
どちらもいい展覧会だった。
他にもちょこちょこと。

馬琴の八犬伝はもう本当に長くて、途中で失明したうえ、清書してくれてた息子が病死して、文盲の息子の嫁お路を鍛え上げて口述筆記を続けた馬琴。
馬琴も凄いしお路も偉い。
この様子を若き清方が描いているが鬼気迫る図でしたな。
そしてこの家の状況を一ノ関圭も作品化している。

「八犬伝」の本連載は北斎の女婿・柳川重信の挿絵。これがまた非常によく出来ていて、馬琴も作中で称えている。
「作者云・・・この巻の出像(さしゑ)の中、金碗大輔孝徳が、川を渉す図のごときは、文外の画、画中の文なり。」
馬琴の他の作品は北斎の挿絵が多かったが、一説によるとどちらの稿料も高くなったので版元が違う絵師を支度したそうだ。
ヒトの好き嫌いが激しい馬琴も北斎の絵は日記でしばしば絶賛している。

それにしても凄い時代だ。
馬琴、北斎、大南北が同時代人なのだから。(年で言えば南北、北斎、馬琴の順)
この辺りを山田風太郎「八犬伝」が虚虚実実入れ混じった物語で描いている。
これがまた実に面白い。

そして「八犬伝」人気が固まったところへ、あの非常に難解な文字並び表現をたやすくわかりやすくしたのが「犬の草紙」などの抄録もの。
これが出たのは本当に良かった。みんなが読める。
そして武者絵の国芳が・芝居絵の国貞が八犬伝人気をいよいよ熱くする。

国貞は師匠豊国同様お客本位・国芳は北斎同様絵師本位なので自ずと立ち位置が違う。
国芳は武者絵のシリーズ「本朝水滸伝」のメンバーに八犬士を加え、雄姿をこれでもかと描く。
国芳の兄弟子・国貞は武者絵より優美な方向を向いているが、芝居絵・役者絵の第一人者、八犬伝が舞台にかかれば、たちまちそれを絵にする。
相反する二人の絵師が同時代にいて、本当に良かった。
ファンの楽しみは弥増すばかり。
後世の者もこうして楽しく展示を見る。

畳の間には普段は肉筆画だが、今回は「芳流閣」の間になっていた。
八犬伝にはたくさんの山場があるが、八犬士の最初の山場はこの芳流閣の戦い。
「孝」の玉持つ犬塚信乃が名刀村雨丸を献じて武士に取り立ててもらうつもりが、なんと差し出した刀はとんだ赤イワシ、「錆びたナイフ」もビックリのナマクラ刀。
これはさもしい浪人・網干左母二郎の仕業。
信乃も慌てて逃げ出して芳流閣の屋根の上。捕り手わらわら押し寄せる中に、「信」の玉持つ犬飼現八が十手握って現れる。
実は現八、殿様の勘気を蒙って処刑待ちの身の上、それが信乃を捕まえろと命が下って久しぶりに牢から出されたところ。

国芳、国貞、柳斎重春、芳年それぞれの対決+モブシーンが並ぶ。
国芳と芳年のこの絵の比較はよくあるが、今回は国貞のも見れてよかった。
縦2枚で捕り手が四天なのもいかにも芝居絵でいい、現八は坂東しうか、信乃は関三十郎。
しうかは女形だが威勢もよく、この配役もわるくはないが、わたしのイメージではお役はこの二人逆の方がよくないかな。

どの絵を見ても面白い。この場は本当に人気が高く、舞台に掛けられるのも多かったそうだ。
だからどの絵師も絵に力が入る入る。
ここだけでなく後にも芳流閣の場を描いた絵は出てくる。
国貞だと屋根の鯱ならぬ白虎と青竜の向きが逆バージョンというのもあったり。

八犬伝の本がある。重信らの挿絵入り。
・現八と道節(物語の終盤かな)
・対牛楼で「鏖」の一文を記す犬阪毛野
・芳流閣で四天がポンポン飛んでゆくところから、二人が川へ落ちて流されることを予測させて救い手(掬い手)の犬田文吾兵衛の立姿が別コマ。

まず国芳の武者絵がずらり。
本朝水滸伝シリーズから
・犬山道節 どこか異国風な風貌で妙な官能性が高くて素敵。左母二郎から取り上げた「抜けば玉散る氷の刃」たる村雨丸に見入る姿
・犬江親兵衛 幼児の姿で伏姫に抱っこされている。彼は一度物語の舞台から姿を消してこの世の外で養われるのだ。そばには雷獣もいる。
別シリーズ「本朝剣道略伝」では成人した姿を見せている。可愛い犬張子柄の裃を付けている。
・犬阪毛野 わんこ柄の着物が可愛い。そばには激烈な復讐の一文が。
「為父兄鏖讐為舊主云々・・・文明十一年・・・犬阪毛野胤智十五歳書」

曲亭翁精著八犬士随一シリーズ
・犬川荘介(額蔵)vs道節 玉がピカーッ
・犬村大角(角太郎) この人は化け猫の被害者で、とどめを刺すところ。これが一番多い。
他には維摩行の松葉咥えの絵が思い浮かぶ。
ジユサブロー師の人形ではなかなかのハンサムだったが、とてもおとなしい人。
「礼」の玉を持つからだろうか。

義勇八犬伝シリーズ
・親兵衛 すっきりした青年姿で裃は犬張子柄。
・毛野 坂東しうか。さぁ今から敵の連中をやっちまおうか、というツラツキがいい。
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・犬田小文吾 前掲文吾兵衛の倅で相撲の名手。このヒトは町人髷。8世團十郎なのでいい男に描かれている。

この小文吾と毛野の二人の絵もある。
毛野は女田楽・旦開野(あさけの)に扮して敵方に入り込みその技芸を見せていた時、小文吾にアプローチをし、小文吾も承諾したのだが、その後に同性だと知る。
二人は協力し合って脱出を試みるが、小舟の舵を取る毛野と敵と斬り合う小文吾が運命のいたずらから離れ離れになる。
小文吾はその後、長く毛野の行方を追うことになる。

国貞の役者絵・芝居絵をみる。
現八、信乃、浜路の三人を当初は海老蔵、菊五郎、羽左衛門で描いたが、役者が替わると顔部分だけ差し替え。九蔵、海老蔵、半四郎バージョンも並ぶ。
他にも信乃、現八を海老蔵、九蔵バージョン、訥升、羽左衛門バージョンと二種。
彼の八犬士はあくまでも役者の扮装なので、その様子がいかに映えるかに力を注ぐ。
なのでタイトルにも「俳優水滸伝豪傑一百八人之一個 信乃ニ扮スル図」などと役名と役者名を記す。

原作より舞台が、という客も多い。むしろ舞台を見てから本を読んだ人も少なくなかろう。
これは現在でもあんまりかわらないと思う。
かつて角川映画のキャッチコピーにこんなのがあった。
「見てから読むか、読んでから見るか」
角川文庫の映画化の本質を衝いた名コピーだと思う。
現代もマンガが原作の「逃げ恥」「あなそれ」のドラマの大ヒットはめでたいが、原作を読んでる人がそのドラマファンにどれほどいるか。
逆に原作ファンであるがゆえに見ない人もいる。

八犬伝はとにかく山場の多い物語で、一人一人にドラマがあるからそれを絵にするのもやりがいがあったろう。
何しろこの8人は最初は誰も自分が何者であるかを知らず、相手が何者かも知らず、知るまでにかなりの時間がかかるのだ。
そして知ってからも仲間探しにたいそう時間がかかる。
伏姫ゆかりの八犬士と言いながら、その証拠は仁義礼智忠信孝悌いずれかの文字が浮き出る玉と牡丹の形の痣なのだが、それらは時期が来るまで隠されていたりする。
誰かの犠牲により現れたり、お祝いの席で捌いた鯉から飛び出て来たり色々。

八犬伝は幕末でもよく売れた。
菊川英山や英泉えがく美人画では八犬伝の本が小道具になっていたりもする。
上方でも八犬伝は人気が高い。
北英は富山の場を描く。これは天保7年の上方の舞台からか。
玉梓はけいせい姿(既に亡者である)、鉄砲を構える金鞠大輔(嵐璃寛)、伏姫(中村富十郎)、弓を持つ杉倉木曾之介(関三十郎)。

国芳で面白い絵があった。
毛野、道節、親兵衛らの他に狸の化身の尼・妙椿とその眷属の狸らがいるが、狸一派が飛んで逃げる。
八犬伝は犬が優位に立つが、他に化け猫、狸、それから猪まで出てくる。

妖怪絵の木曾街道六十九次シリーズもある。
蕨 道節 彼は「寂寞道人肩柳」と名乗る修験者でもあり、火遁の業を身に着けている。それでちょっとおカネを要することになり、諸人に替り罪穢れを負うて火定するという。
火定(かじょう)=仏道修行者が、火中に身を投じて死ぬこと。
絵は口に何かの布を噛み、指は印を結ぶ。
原文「唫踊(きんじゅ)すること三遍(みたび)して、煽々(せんせん)たる猛火(めうくわ)の中(うち)へ、身を跳(おど)らせて投(とび)入るれば、火焔(くわゑん)発(はつ)と立冲(たちのぼ)り、膏(あぶら)沸き、宍(しゝむら)焦(こが)れ、」
まぁ無論これはサギというかあれなので、道節は数時間後に現れる。

絵柄として人気が高いのは芳流閣がいちばんだが、他にも毛野の対牛楼、それから化け猫退治が特に人気がある。

国貞 対牛楼 三枚続き。群像シーン。毛野は二刀流で戦う。外に小文吾もみえる。

国周 毛野 刀を振り上げる。鎖帷子がのぞく。三世田之助がにんまり。国周は国貞の弟子で大首絵を得意とした「最後の浮世絵師」の一人。

国貞、芳虎の化け猫退治図も迫力がある。

二代国貞 八犬伝犬の草紙のうち尼妙椿 これは数ある八犬伝絵のうちでも特に凄いものの一つだと思う。
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おもちゃも少なくない。
芳虎 八犬伝かるた 「ろうにん あぼしさもじらう」「でかした やつふさ」…
「北斗の拳」かるたをちょっと挙げる。「あたたたた 北斗神拳 秘孔突く」

二代国貞 八犬伝双六 上の方には芳流閣。山賊酒顛次がシブイな。
この二代国貞は八犬士たちより脇キャラの絵がみんないい。

最後に犬の草紙、仮名読八犬伝が出ていた。読みやすい普及版。
それぞれ芳流閣、対牛楼の絵が出ている。

八犬伝はここまで。
弓張月はまた別項で。

2017.6月の記録

20170603 武具・茶の湯・能楽・大名家の宝 徳川美術館
20170603 江戸の生きもの図鑑 徳川美術館
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20170603 異郷のモダニズム 満州写真全史 名古屋市立美術館
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20170604 ザ・コレクション 藤田美術館
20170604 江戸時代のやきもの 仁清・乾山窯と後期京 湯木美術館
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20170608 杉浦非水 細見美術館
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20170608 やきもの巡り 京都・滋賀編 前期 茶道資料館
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20170608 中世の食事/伏見城と淀城 京都市考古資料館
20170608 京都市考古資料館 建築探訪
20170608 いつだって猫/京都だって猫 京都文化博物館
20170608 大津絵/放下鉾 京都文化博物館
20170610 柳原良平 アンクル船長の夢 尼崎総合芸術センター
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20170610 尼崎・近代交通の始まり 尼崎市立文化財収蔵庫
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20170610 時を映す女性像 BBプラザ美術館
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20170610 遥かなるルネサンス 天正遣欧少年使節がたどったイタリア 神戸市立博物館
20170610 神戸の近代 神戸市立博物館
20170611 開け!絵巻 逸翁美術館
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20170617 ランス美術館展 損保ジャパン
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20170617 馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月 浮世絵太田記念美術館
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20170617 ファッションとアート 麗しき東西交流 横浜美術館
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20170617 コレクション展「自然を映す」 横浜美術館
20170617 写真と絵画―ピクトリアリズムの興隆 横浜美術館
20170617 ジャコメッティ 国立新美術館
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20170618 ムットーニ・パラダイス 世田谷文学館
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20170618 コレクションにみる 文学を彩る書画の力 世田谷文学館
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20170618 ブラザース・クェイの世界 松濤美術館
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20170618 17世紀の古伊万里 逸品再発見1 戸栗美術館
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20170618 日本、家の列島 汐留ミュージアム
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20170624 浅井忠の京都遺産 工芸繊維大コレクション 泉屋博古館
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20170624 住友春翠の文化遺産 第5回内国勧業博覧会と近代陶芸作家たち 京都工芸繊維大学資料館
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20170624 チェコ・ポーランド・ハンガリーのポスター 京都工芸繊維大学資料館

20170624 古書画への眼差し―伴實コレクション・軍記物語と武勇譚・密教図像の美・祭礼図・霊雲院の障壁画 京都国立博物館
20170624 染付の美・正倉院裂と古代の染織・化粧道具 京都国立博物館
20170625 富岡鉄斎 和泉国茅渟海畔の寓居にて 堺市博物館
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20170625 夏色十色 山水の美 / 四季の万華鏡 夏の風 小林美術館
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20170625 芝居のなかのこどもたち 上方浮世絵館
20170628 北野恒富 あべのハルカス

2017.6 終了した展覧会のまとめ その1

ふと気づけば終了日が来た展覧会がいくたりか。
まとめて小さい感想を挙げてゆく。

・「夢二ロマン 神戸憧憬と欧米への旅」@神戸ファッション美術館 
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夢二の作品はたいへんな数がある。
版画作品、商業作品が多いからこそ、所蔵家も少なくない。
肉筆画も多い。
しかし、まさかこんなにも大量の滞欧米のスケッチを見ることがあるとは思いもしなかった。

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夢二の海外進出は決して成功とはいえず、明らかに思わしくないものでしかなかった。
失敗とは言いたくないが、彼が海外に出た間に時代が変わり、もはや「夢二式美人」に熱狂する人もそうはいなくなっていた。
そして夢二式美人を体現したモデルのお葉もいなくなり、行く先々で一瞬の片思いだけが続く。
 
今回の展覧会の絵を見ていて、そんなことばかりがアタマに浮かんでくる。
最晩年、50歳にもならずに夢二はなくなるが、その少し前に二十歳の娘と一瞬知り合い、勝手に結婚を思っている。
向こうは夢二を相手にもしていないのに。
そのことが悲しい。

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湖畔の舞妓 髪飾りと着物があじさい。可愛らしい。

この頃は夢二は良い仕事をしていた。

・夢二が描く大正ファッション゛弥生美術館
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夢二は縞柄が好きだということを今回の展示で初めて認識した。
そしてその縞も縦じまのみならず江戸以来の様々なパターンがあり、それを取り入れていたことをしった。

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久しぶりの回顧展。改めてセツのその美意識の鋭さ・厳しさに息をのみ、やっぱり近づいてはいけない人だと改めて思った。

樋口一葉兎と錦絵 周延が描いた「別れ霜の挿絵」@一葉記念館
新聞連載していた「別れ霜」その新聞が出てきたそうで、今回の展示へ。
物語はこちら
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絵と共に物語を読む。

一方、周延の明治の浮世絵を展示も。
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色々思うところも多いのに挙げ損ねたのが苦しい・・・

ムットーニ・パラダイスに溺れて

世田谷文学館のリオープン記念展は「ムットーニ・パラダイス」である。
元々ここには「山月記」「猫町」「月世界旅行」の三点が収蔵され、毎日決まった時刻にショーをみせてくれていた。
その後作品数も増え、また2007年2月には「ムットーニのからくり書物」展も開催されている。当時の感想はこちら
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先ほど「ショー」と書いたが、実際それは「ショー」と呼ぶべき「見世物」なのだ。
時間が来れば箱が開き、眠っていた人形や装置たちが歌いだし演奏し、ゆるく踊る。
ジャズや時にはカンタータもある。歌声は別な歌い手によるものだが、演奏はムットーニによるものも少なくない。
わたしは入館前に並び、早い時間からの観客になる。
受付からタイムテーブルが書かれた表をもらう。60分の間にいくつものエリアに分かれた先でショーが行われ、同時刻のものは一つを選ぶしかなくなり、見れなかったものは次に見る算段をしなくてはならない。
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エントランスには世田谷文学館の顔とも言える「山月記」「猫町」「月世界旅行」の三点が並ぶ。大体5分前後の作品で、続けさまに開始される。しかし彼らは1時間に2度の上演となり、あわせて15分上演後は15分休み、また15分上演しては15分休む、という律儀なリズムを繰り返している。
必ずどの時間でもどこかでショーが上演されている。
ただ、土日のある時間帯は休止し、彼らのメーカーであるムットーニが来場し、口上を聴かせながら自らの手で装置を動かすそうだ。
その時だけショーは恣意的な運びを見せる。
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不思議なことに自動タイマーで動き出すときの方が、彼らが人形であることを忘れることが多い。

エリア1
「漂流者」「摩天楼」「眠り」といったなじみの作品がある。
中でも「摩天楼」はベンチに座る二人のほのぼのとした様子がよく、特に事件も起こらないものの、ゆっくりと動くその情景に和む。
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「漂流者」は漱石「夢十夜」の第七夜。ゆっくりと海へ落ちてゆこうとする男の悔恨とどうしようもないあがきと絶望感と。
「眠り」は確か村上春樹の小説からだった。
ムットーニの低く魅力的な声が語るこの物語には、薄闇の恐怖が広がっている。

今回、「アトラスの回想」という二年前の作品を初めて見た。地球を背負わされるアトラスと地球と、そして現れる女と。
これは中也の「地極の天使」をモチーフにしたものらしい。
詩を読んだ今となっては少し不思議な感じがある。
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エリア2からは荘厳な音楽の後に賑やかなジャズが聴こえてくる。
「グロリア マリアが来たりて」の後に「ジャングル・パラダイス」が始まったのだ。
明るく元気よく、何かを振り捨てるかのように力強い歌声と演奏。
禁酒法時代、地下に展開するジャズクラブ、ジャングルを移住し、動物を人に扮装させて演奏しているのでは? 
そんな妄想が湧いてくる。

「サテライト・キャバレー」は「ジャングル・パラダイス」からハシゴした先にあるホール。
さっきとは趣は違うけれど、ここも違法の、そして享楽を味わえる場所…

疲れた体を鞭打つように次へ向かう。
「ヘル・パラダイス」…蝙蝠のシルエットが突端に見える。そして開かれたボックスからは棺が…
釈迦やキリストの復活とは違う、夜の魔物の眼ざめの時間、髑髏が元気よくジャズを演奏する。
クラブかと思ったらそうではなくて、そのまま地獄なのだった。
あまりに楽しくて威勢が良くて、そのまま地獄へ一直線。

ふと気づけばとっくに地獄の底にいた。
「蜘蛛の糸」 縦長の空間にお釈迦様の手のシルエットが浮かび、そこから蜘蛛の糸が…
カンダタ、よく見ればメガネにタイなしスーツ姿ではないか。いつの時代に地獄へ落ちたのだろう…

妖しいカンタータに始まり地獄でしめる。
エリア2は何度も何度もぐるぐる回ってしまう空間だった。
出口を見つけるのに苦労し、やっと他のエリアに行ってもまた戻る…


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エリア3
「ワルツ」「マイ・メランコリー・ベイビー/ユー・ドント・ノー・ワット・ラブ・イズ」「インターメッツオ」
いちばん観念的な作品が集まっているのかもしれない。
そしてムットーニの言葉が蘇る。
「見る人の数だけ物語がある」
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疲れたときにはここで休み、静かに作品を見る。

エリア4は面白い構造だった。
一つの舞台に幾台もがずらりと並び、時間が来れば早速歌いだし、パフォーマンスを見せる。
カエルも骸骨もいれば、セクシーな女もいて、そしてだみ声が素敵な黒人歌手もいる。
こういう並びもいいな。

エリア5ではメイカーであるムットーニのショーが開かれるのだろうか。
メイカーとは神なのだ。神の舞台を不在の間にのぞきこむ。
三本の作品の合計時間が5分30秒というのが短いようで長い。

エリア6
ここで世田谷文学館のレギュラーが再び姿を見せる。
「カンターテ・ドミノ」はメイカー・ムットーニの手元にあるが「スピリット・オブ・ソング」と「アローン・ランデブー」はここの所蔵・
荘厳な音楽を奏でるのは楽器ではなく天使の羽音かもしれない。
そして宮沢和史の音楽と共に動く人形をみる。
最後はアストロノーツ。

とても快い空間だった。
空間とはパラダイス。
パラダイスの語源はペルシャ語の「閉じられた庭園」
ここを出てしまえば当分は味わえなくなる歓び。

ときめきを心に残し、この世界を閉じよう。

6/25まで。

ファッションとアート 麗しき東西交流展を見た

ファッションとアート 麗しき東西交流展 を見た。
開港150年記念の展覧会が神戸、横浜で開催され、時代の転換期に流行ったものが集められているのは、面白かった。
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1.東西文化の交差点 YOKOHAMA
幕末から明治初頭の横浜の新しさ、覇気、とても好ましい。
その時代の横浜を描いた小説やマンガも好きなものが多い。
平岩弓枝「新・御宿かわせみ」、石川淳「至福千年」、大和和紀「ヨコハマ物語」などでは一足先に新時代を迎え、そこで働く人々がいる。

会場内へ入ると素敵な設えが目に入った。
明治半ばに輸出用に作られた和風な装飾のティーガウンと室内着が三着、モザイクが可愛いチェステーブル、豪勢な芝山細工の飾り棚といった家具に、菊柄のカップ&ソーサーなどがある。
いずれも日本製。形は全て外国製に合わせつつ、表装は和風なのである。
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この芝山細工の飾り棚はとても大きい。金地に螺鈿の抽斗の表や引き戸など、本当に凝っている。
わたしがこれまで見た中でも最大のサイズの芝山細工である。
そして次の設えにも芝山細工の屏風が出ているが、これもまたとても大きい。
これまで小さいもの、大きくてもせいぜい額やアルバムくらいのものしか見ていなかったので、びっくりした。
そちらは黒地に花鳥図で下は透かしの木彫。本当に凝った作品である。
そして盛り上がる作りの芝山細工の額ものは花をモチーフにしていた。
その「室内」では明治初期の輸出用室内着が三着、そのうちの男性用のものは現代でも着れそうだった。
こちらは宮川香山のデミタスカップ、高浮彫の大花瓶がある。
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これらを見ていると山岸凉子「ドリーム」に現れる明治の洋館を思い出す。
その洋館は装飾家具を全て和風なもので揃えていて、明治の西洋人の邸宅のように設えていた。建て増しに次ぐ建て増しのその邸宅は、奥に行くほど普通の家屋になり家具も現代のものになるのだが)

輸出業務に熱心だった高島屋の飯田新七、ここにもその仕事が少しばかり出ている。
高島屋史料館でも時折その時代の資料を主にした展覧会があった。
こちら

ここでは日常のものはなく、全て服飾品、装飾品そして客用のものが集まっていた。
その中でも特によかったのは薩摩焼のバックル、ボタン、ブローチである。
また、廃刀令により失職した刀装具職人らが活路を見出した仕事も少しばかり出ている。
刀鐔や目貫を拵えていた職人が製作したに違いなさそうな精妙巧緻きわまる小さなブローチがとても愛らしかった。
とはいえ、なにか物悲しくもある。
…横浜焼も芝山細工もやはり時代の徒花なのかもしれない。
その華やかさがせつない。

2.日本 洋装の受容と広がり
明治半ばの和洋折衷ファッション。取捨選択の流れを見るのは面白い。

昭憲皇太后着用大礼服(マントー・ド・クール)全長は大変な長さなのだが、本体のドレスは140cmくらいだろうか、とても細くて可愛らしいドレス。華奢な方だったのだなあ。それにしてもこの裳裾、本当にキラキラしている。すばらしい。
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見事な刺繍。萌黄色に菊が咲き乱れる。

御真影を元にした油彩画がある。庭園美術館所蔵。日本人で最初に洋装を公式の場で常に着けられたのだ。
インターネットミュージアム事務局のツイートにドレスとこの肖像画が一緒に見られる画像がある。

蜂須賀侯爵家、寺島伯爵家の旧蔵品の礼服やドレスが並ぶ様子、とても華やかで鹿鳴館の時代を想像させる。
上村一夫「修羅雪姫」で刺客・鹿島雪が依頼を受け鹿鳴館に潜入する話がある。修羅雪姫はなんでも出来る女性なので、諸国の大使とダンスに興じたかと思うや、山出しの少女に変身し、最後は刺客としての正体を見せる。
鹿鳴館の大混乱、そして鹿鳴館の終焉。
「修羅雪姫」はこの時代が背景なので、ところどころに日本人が西洋のものを受容してゆく情景が描かれている。
ズロース、記念写真、スェーデン体操…

山本芳翠 園田ケイ(金偏に圭)像  洋装の婦人。髪はひっつめている。昼のジュエリーであるロケットを首に下げている。
わたしはジュエリーに詳しくないので、時間帯によりジュエリーが決まっているのも知らなかった。
ロケットと言えば中に写真などを入れるものが多く、それが元で事件が起こったり、事件の核心がここに、というのをよく見たり読んだりする。

五姓田義松 細川護成像  細川家の嫡子で、末弟の護立を養子に迎えた。まだこの肖像画は数え二十歳になるかならない頃。端正な青年である。

明治の浮世絵師・周延の絵が何点か出ている。
幻燈写心競 女史演説と洋行とがある。1890年 憲法発布の年の絵で、女性も政治家になり演説をしたいというものと、外国へ行きたいという女性の絵。どちらも夢想なのだ。
本当にこれが叶うのはもっと後。
芳年の洋行したい女性の絵もある。そして楽しそうに散歩する若奥さんの図など。
やはり明治になるとそういうキモチが生まれているのを浮世絵師は捉えて絵にするのだ。

欧州管弦楽合奏之図 これはよく知られた絵で、男女の混合合奏図。若い人たちの晴れやかな表情の合奏がいい。周延は上流階級の人々の絵が多い。

安達吟行の貴女裁縫図もある。みんな洋装でミシンや火熨斗ならぬアイロンをかけたりこまめに働く。

他にも当時の女性を描いた浮世絵風俗画が色々。

浮世絵の次は三越のポスター。
知らない絵師のものだが明治末から大正元年のもの。
やや古めかしい。

岡田三郎助 ダイヤモンドの女  三郎助らしい可愛い女性の指にきらりとダイヤが光る。
これで思い出したが、黙阿弥の明治になってからの芝居で「島鵆月白浪」 ( しまちどりつきのしらなみ )に芸者・弁天お照がかまぼこ型の指輪をしていて、それが芝居でなかなか重要な役回りを果たしていた。1881年の初演。
それからやはり「ダイヤモンドに目がくらんだか!」と間貫一に蹴られる宮さん。
明治のダイヤの話はこれくらいにしよう。

清方の絵も色々出ている。鎌倉の記念館からの出向。明治のアイテムが色々描かれている。
・あさ露  バイオリンを弾く令嬢。二日月の下、白薔薇も豊かに咲いている。
・「魔風恋風」口絵  ハート形に囲まれたキャラの娘など。
・あしわけ舟  子爵をめぐる女たちの話らしいが、洋装の令嬢たちの集団の口絵。
・早春 これは大正の作品だが、アールヌーヴォーな髪飾りに菫色のショールがいい。
・嫁ぐ人 盛装の令嬢たち。中には当時流行の婦人向け海中時計を首飾りとしてかけている。孔雀柄の帯も明治以降のもの。
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山村耕花 婦人愛禽図  おお、ここの所蔵の。耳隠しをした五人の婦人たちがそれぞれ自分の愛鳥を自慢している。
みんな帯高でアールヌーヴォー風の髪飾りをつけている。

着物にアールヌーヴォー調のものは似合うが、アールデコはあまり合わないように思う。
時代が先走ったが、そんなことを思った。

束髪を生み出したのは大成功だと思う。
今に至るまで束髪もどきのヒトがいるくらいだから。
周延も束髪の色んなのを一枚絵にしている。中にはわたしもしたことのある髪型が出ていた。
その束髪に使える「束髪簪」がずらり。
大きいのはスペイン簪と言うたようだが、鼈甲製からセルロイドまで色々。アルミもある。
アールデコ風なものもあり、色々あるのがよかった。

この他にも帯、指輪、帯留めなどが綺麗に並んでいた。
時代は大正から昭和初期に進んでいた。
モダンな生活が広がり始めていたのだ。

帯びもいいのが多い。薔薇柄、小林かいちが描きそうなトランプと思わせぶりな何かの柄。
銘仙の着物もある。
華宵や加藤まさをが描いた少女たちが身に着けていたようなものばかり。

モダンライフを描く日本画や写真がある。
勝田哲 朝 この絵は好きな絵。ベッドに寝転びながらレコードを聴いているモダンな女。
山村耕花 少女 モダンな装いの少女。バッグも靴も素敵だ。
丹羽阿樹子 奏楽 二人の和装の女が合奏。どちらの着物いい。こうした着物と帯の取り合わせのセンス、本当にいい。
この画家は近年になり取り上げられるようになり、本当に良かったと思う。
もっともっと発掘され再評価されれば、と思っている。

3.西洋 ジャポニスムの流行
時代は再び遡る。

ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル 扇の言葉 西洋婦人たちが日本のファッションや美術に夢中になる様子がとても興味深い。
キモノを着た西洋婦人の絵をちょっと思い出すだけでも…たくさんあるなあ。
そして彼女らの手には扇がある。
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サテン、絹シャル、楊柳…様々な素材が使われたドレス…
竹に雀、花菖蒲といった和物の定番文様が新鮮な驚きを以て愛され、受け入れられたのだ。

しかし丸きりのキモノではなくアレンジがきちんとなされ、自らの体型・社会に沿う形に変わる。
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川上貞奴の公演ポスター。これは最初に見たのはサントリーがグランヴィレコレクションを手に入れたときだったか、それとも工芸繊維大の…ちょっとわからない、
アメリカ公演をする貞奴を描いているが、色々と面白い様子なのがいい。
今でもこの時代の勘違いは生きているのを時々目の当たりにする。

バルビエのファッションプレートが何点も並ぶのも嬉しい。
そしてポワレ、フォルチュニィのドレスがある。
それだけでなく日本の文様に影響されたイブニングドレスがスゴイ。
青海波をイメージしてるのだが、その表現はシルバービーズとライトストーンとで構成されている。

面白い文様も多い。虎が向き合うイブニングコートなどもある。
やはり1920年代は素晴らしい。

ラリックの時代が来た。
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どれを見ても魅力的なものばかり。

ジャポニスムの熱狂は食器にも及ぶ。
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三菱一号館の所蔵品がずらり。あの復元された建物にこれらが所蔵されている、というのはそれだけでもときめく。

最後はアールデコ。
ラリックの香水瓶や花器のよいのが並び、そしてジャン・デュナンの化粧コンパクトに目がゆく。
彼は日本人に習ったアールデコの作家。
欲しいな、使いたいな、と思った。

とても心躍る展覧会だった。
6/25まで。

6月22日はカニの日らしい。

色んな記念日があるもので、毎日感心している。
それで今日はカニの日ということで、ちょっと集めた。




猿蟹といえば講談社の絵本のカニ父子はどうも…猿やなくてもどつきたくなるところがある。
この考えなしめ、という腹立たしさがわくのだよなあ。

ちりめん本の猿蟹はこれは二次創作だよな、という話。
ひどい話だ。

そして芥川龍之介も猿蟹合戦を書いている。
これはギャグというかfarceなんだが、ラストが刺さる。

で、この芥川の話をどう解釈したのか、出所後の蟹を人に見立てて擁護する文を読み、ちょっとあれだなあと思ったことがある。
これはそういうのに使うものではないでしょうに。



高浮彫でカニ。凄いもんだ。
形から行くとワタリガニかな。

ワタリガニと言えば上海ガニもワタリガニらしい。
生島治郎「夢なきものの掟」で主人公・紅真吾が上海ガニをたらふく食べるシーンはいつ思い出してもヨダレがわく。

ヒトがカニ食べてるのはうらやましい限りだが、ナマナマしくヨダレが湧いたのはこの上海ガニとあともう一つ。
乱歩「孤島の鬼」終盤、洞窟の迷路に迷い込んだ二人がサワガニをみつけて大喜びで貪り食うシーン。あれも口の下半分にヨダレが湧いてくる…

わたしは大阪人なのでやっぱり松葉ガニがいちばん好きだが、その松葉ガニで面白い話がある。
こんな小話。
T取県が関西の仲間入りしたいという。
おたくさん中国地方ですやん、とやんわり断るとT取県の反撃が来た。
「うちで獲れたカニ、どこの県の方がいちばん食べてます?」
「…はい、大阪です」
「うちの20世紀ナシ、おいしいですよね」
「…はい」
「うちは温泉もたくさんありますけど、どこの県の方がいちばん浸かられます?」
「…はい、大阪です」
「うちが関西に入ることに何か支障でも?」
・・・好きな話だ。

実際、鳥取県のカニを楽しみにしている大阪人は多い。
越前から鳥取までの日本海のカニの素晴らしさ。
いやもう本当に冬の王者はカニだ。
とはいえ、大阪のオヤジはフグにいきよる方が多いか。

さてそのカニ。


佐伯の親族のヒト、食べたかっただろうなあ…

カニを食べる歓びは大きいが、カニに助けられる話もある。


この娘さんは蛇に魅入られ嫁入りを強要されたのだが、娘の危機を知ったカニたちが果敢に蛇と戦い、ついに蛇を倒すも死屍累々。それでカニ供養がこの蟹満寺で行われている。
扁額がカニなのは世界でもここだけ。

ところでなんでカニの日になったのかというと、かに道楽が色々理由を挙げている。
その中でかに座の初日ということもあるそうな。

かに座…巨蟹宮…そうなると黄金聖闘士よ。デスマスクですな。
拾いものの画像だけど。アリエスのムウ様と2ショットのところ。
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デッちゃんはけっこう好き。
アニメの方では田中亮一さんの声がすごく良く似合っていた。
久しぶりに通読するか…

カニの歌というのもいくつか。
・東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる 石川啄木『一握の砂』

・神これを 創り給へり 蟹歩む 山口誓子

古事記にも応神天皇が読んだ蟹の歌がある。

あと、カニといえば上田秋成が「無腸」という号をもっているが、これはカニの意味。

毛ガニ、タラバガニもいいが、食べるのは松葉ガニがいいなあ。
とはいえ、わたしはサンリツのカニパンも大好き。←カニのカタチしてるだけ。

工芸品も一つ。



いくらでも浮かんでくるがもうここまで。
そうそう、海遊館のタカアシガ二、あれはどう見ても宇宙で働く乗物。
というわけで終わり。

梅雨なのでカエル。

空梅雨だと言われていたが、今日はもうたいへん雨。
梅雨前線働きすぎ。
ところで過ぎてしまったが、6月6日は「カエルの日」らしい。

カエルと言えばわたしはやっぱりこの1954年のソ連アニメーション「カエルになったお姫様」がベスト。

冷戦下ではあるが、初期のディズニー映画の影響を受けた作品で、その作画の美しさには息をのむ。
背景や小道具などの美麗さは帝政末期のイワン・ビリービンを思わせもする。

こちらは先般感想を挙げたウォルター・クレインの「カエルの王子様」
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本人が不本意なままにカエルにされる、という話は少なくない。
アンデルセン「沼の王の娘」もそうだ。
エジプトの王女が悪計により沼に沈められ、その沼の王の子どもを産む。
子どもは昼間は可愛らしい姿をしているが心は悪く、夜はカエルになるが、心は綺麗だという。
とても好きな物語だった。

カエルと言えば河鍋暁斎が大好きで、たくさんカエルの絵を残している。
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カエルの大名行列
ほかにもカエルの相撲大会などもある。

渡辺南岳 殿様蛙行列図屏風  こちらも同じく。
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そうそう宮沢賢治「カイロ団長」もカエルの話だったな。

カエルの絵本も数あるが、馬場のぼる「いまはむかし さかえるかえるのものがたり」は面白かった。
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松岡享子さんの言葉遊びがよく、馬場さんの絵と相俟って面白くてならない絵本に仕上がっている。

若冲の面壁九年なカエルもいい。
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わが国には二大カエルがいる。
一は藤城清治の生み出したケロヨン。
おとなになって、教文館で展覧会見るまで、ケロヨンが藤城さんの生み出したキャラだとは思いもしなかった。
びっくりしたなあ。
ケロヨンと友達のモグラのモグちゃんのハグ
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一は平面カエルのピョン吉。ど根性ガエルにはびっくりしたなあ。
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わたしはアニメの方しか知らなくて、マンガを読んだのは宝島社が刊行した「いきなり最終回」あれなのだよな。
人情もので面白かったわ。
今も人気あるものな。

やっぱりカエルはなんとなく可愛いな。

あっガマをハブしてた。
ここはやっぱり児雷也、天竺徳兵衛らの蝦蟇を挙げないとな。
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国芳には「がま手本ひょうきん蔵」という忠臣蔵のパロディもあります。

あと蝦蟇と言えば「仮面の忍者赤影」の金目教。これに帰依しない村人たちを巨大蝦蟇が襲う。
その蝦蟇は甲賀幻妖斎のあやつる蝦蟇なんだけど、ええ動きしてたなあ。

というわけでカエルはおしまい。

鴎外の〈庭〉に咲く草花―牧野富太郎の植物図とともに

文京区の鷗外記念館では鷗外の愛した草花についての濃やかな紹介があった。
鷗外は家庭生活を愛した人だったが、庭の草花への愛情も深かった。
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展覧会の紹介文にすごいことが書いてある。
「鴎外は自身の作品の中にもたくさんの草花を登場させています。その数500種以上、植物専門家でもないひとりの作家が取り上げる数としては、並外れた数といえるでしょう。」
そう言われれば、と鴎外の作品に現れる草花を思い出す。
そして今回の展示では、鴎外と同い年の世界的な植物学者・牧野富太郎の植物図がそれこそ「花を添え」、鴎外の文章世界と描かれた草花との見事なコラボを楽しむことになる。

1.観潮楼に咲く草花
バショウ、シラン、モモ、ウメ、ボケ…それらが当時要する作品名も記されている。
日記も花の事が書いてある。
庭いじりの楽しみが身についているのを感じる。

数年前回顧展のあった宮芳平のハガキがある。鴎外との温かな関係を思い出す。
彼の落選した絵は「椿」だった。
当時の感想はこちら

鴎外から奥さんへの手紙にはレンゲの押し花も。
こまめな人だなあ。優しくていい。
豪奢な花でなく草花を愛した、というところも好ましい。

貝原益軒「大和本草」の付録などが出ている。昨日もちらりと書いたが、日本の本草ものは魅力的。
山川草木という言葉があるものなあ。

本多錦吉郎「日本名園図譜」、籬島軒秋里(秋里籬里)らの「築山庭造伝」が紹介されている。
「日本名園図譜」は国立国会図書館のデジタルコレクションにある。
桂離宮、修学院離宮、銀閣の庭園、黒谷さんなどの著名な庭園の写真と紹介文が綴られた素敵な本だった。
挙げられているのは全て京都の庭園なのがまたよろしい。

籬里の「摂津名所図会」も人気だが、この本も当時のベストセラー・ロングセラーだったそうだ。
この内容はこちらのサイトがワードで読めるようにもしてくれている。
かなり実践的な内容である。

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2.作品に咲く草花

いい感じの装幀がある。
「塵泥」ちりひぢ この表紙可愛いなあ。

そして鴎外の草花を愛するキモチが作品にあふれているのを掬い上げて紹介してくれる。
鴎外ファンでもあった石川淳が書いた言葉が挙げられているのも、石川淳ファンとしてはとても嬉しい。
「鷗外は花卉草木の詩人であつた。」
いい言葉だ。断定が石川淳らしくてたまらなくいい。
石川淳の語る鴎外像にいい感情が流れてゆく。

鴎外の作品がいくつか挙げられている。
「うたかたの記」「藤棚」「田楽豆腐」「サフラン」「伊沢蘭軒」…
そこに描かれた植物の紹介や関連する絵葉書などが出ているのがいい。
見たいものが出ているのは嬉しい。

いい絵葉書がある。小石川植物園に咲く藤と躑躅、芍薬、花菖蒲、桜などなど。
昭和初期のもので手彩色ではないと思う。綺麗なフルカラー。
長いこと小石川の植物園にも行っていない。
久しぶりに行きたくなってきた。
そういえば1992年の映画「外科室」は小石川植物園が主な舞台だった。
つべに映像が少しある。

高輪の岩崎邸の写真もある。そうか「藤棚」はここがモデルか。
戦前の大邸宅を見るのが好きだ。小川一真のいい写真。
これも国会図書館のデジタルコレクションにある。
とても嬉しい。

牧野の植物画といえば、先般小磯良平記念館で見ている。
当時の感想はこちら
わたしはそのときこう書いた。
「小磯は植物の皮膚を・牧野は内臓を描いている。
小磯にある情緒は牧野にはないが、情報が詰まっている。」
今回もその考えは変わらない。
牧野の植物画は本草を描いた絵から出発し、やがて「牧野式植物図」と呼ばれるようになる。
その変遷を見る展覧会が練馬で開催中。イメージ (520)
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鷗外記念館でこのチラシを貰い、初めてここのことを知った。
アクセスもよさそうなので好きな植物が咲くころに行きたいと思う。

3.草花を見つめた二人

鷗外はしばしば小石川、向島といった植物園や花園に出向いている。
1918年の手紙をよむと正倉院の曝涼に立ち会いに来た鷗外が、奈良の子供らがどんぐりを「かっちん」ということを記している。
これは櫟の木の団栗だから本当は「いっちん」ということを書いていて、それでわたしもその言葉を覚えたりもする。
ちょっとしたことだが、それも展覧会の楽しい思い出になる。

この展覧会のリストのラストページには鷗外と牧野の交流略年譜が書かれている。
この年譜が「草花を見つめた二人」の様子を想像させる。
濃密ではないようだが、やさしい心持で互いに対していたことが伺える関係性だと思う。
よい展覧会だった。

なおモリキネカフェではこの展覧会の間、花をモチーフにした生和菓子を提供している。
こちらの自慢の紅茶と共に味わうのもよいことだと思う。

展覧会は7/2まで。


江戸の生きもの図鑑 ―みつめる科学の眼―

最近「博物画」を見る機会に恵まれている、と思う。
2013年には「大野麦風 大日本魚類画集と博物画にみる魚たち」展を見た。
あれは待ち望んでいただけに二度も見た。
あの展覧会を見たからこそ、博物画への愛が生まれたと言っても過言ではない。
当時の感想はこちら。大概長いな。

薔薇を特に愛したルドゥーテの絵もそう。
それからキャプテン・クックの航海に同行したバンクスが諸国の植物などを記した、キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展も見たな。
最近では静嘉堂の「挿絵本の楽しみ」展もそう。当時の感想はこちら

徳川美術館で「江戸の生きもの図鑑 ―みつめる科学の眼―」展をみた。
展覧会の紹介文をサイトから引用する。
「博物学は、動植物など自然物を観察し、その種類や性質・産地などを分類して記録する学問です。日本では、東洋医学における薬学である「本草学(ほんぞうがく)」として古くから研究され、江戸時代には中国や西洋の新たな手法による研究の影響を受けながら大きく発展しました。「図譜(ずふ)」はその研究成果の一つで、今でいうところの図鑑であり、対象が正確に、わかりやすく記録されています。ただ、写真のように対象をあるがまま写し取るというわけではなく、科学の眼で取捨選択された情報によって構成されているのが特徴です。
 知的好奇心と、探求への情熱に満ちた博物図譜の諸相をご覧いただくとともに、伊藤圭介らの活動を中核とする尾張地域の博物学についてご紹介します。」

とても関心が湧いて、いそいそと出向いた。
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展示は蓬左文庫で行われている。
徳川美術館の武具・能・茶の湯・嫁入り道具などをみてから文庫へ入る。

1.美しき図譜

本草図説 195冊のうち 高木春山筆 岩瀬文庫  これがまた途轍もなく凄い。様々な「生きもの」が描かれている。
ここにあるのは鮎、オコゼといった魚類、芍薬、烏頭の漢方薬になる植物、そして見開き+継ぎ足し紙に描かれたセグロサギ。
フルカラーでこれらが非常に丁寧に描かれている。
この感想を書くにあたって徳美のサイトを訪ねると、紹介があった。
「植物だけでなく、昆虫・動物・鉱物など、あらゆる自然物を採り上げた手描きの図譜です。作者の高木春山は、全ての項目に詳細な図が備えられた図譜を製作するため、遠くまで実物の調査に赴き、財産をなげうって「本草図説」を製作したと伝えられています。」

こうした情熱があるからこそ、後世に残る名作も生み出されるのだなあ…
先日初めて岩瀬文庫を訪ねたが、あの膨大な知の集積施設が無料だというのも驚いたな。

この本は東博にもあるそうで、画像検索可能。
ちなみに岩瀬文庫のサイトには動画まである。
そして国立国会図書館デジタルコレクションはこちら

更に荒俣宏さんの本まであるようだ。

本草図譜 岩崎灌園著 1830 蓬左文庫、岩瀬文庫  日本初のフルカラー本だそう。「山草」「喬木」の項目をみる。
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この本は国立国会図書館のデジタルコレクションでも見れる。こちら

国立公文書館も一部公開している。

やっぱり博物画を大事に思う人が多いということなのだ。

草木花実写真図譜 川原慶賀著 江戸―明治 蓬左文庫  先般展覧会があったが、行き損ねたが、こうして一部でも見ることが出来て嬉しい。
凌霄花、栴檀、辛夷の絵が出ていた。色々詳しいことがわかりやすく書かれていた。
国立国会図書館デジタルコレクションはこちら
この本は他に早稲田、長崎大、外国にも収蔵されている。

飯沼慾斎というヒトに描かれた魚図鑑がある。いずれも名古屋市東山植物園蔵。
魚譜  ウスバハギの大きいのがページいっぱい。  
魚介譜  白描によるオコゼなど。
禽虫魚譜  …リアルやな。
幕末から明治のヒトは工芸だけでなく絵画も「超絶技巧」な人が多いのだろうか。

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伊藤圭介筆・編の著作がずらり。名大附属図書館蔵 江戸―明治の刊行
錦窠植物図説 きんか・しょくぶつ・ずせつ。
この「きんか」シリーズがたくさんある。錦窠は伊藤の号。
シーボルトの弟子で、日本初の理学博士。随分長生きし、「花粉」「おしべ」「めしべ」という言葉を拵えた人だそう。
・・・花粉症のことを知ったらどうされていたろう。

ところで展示説明によると、
「圭介の図譜のうち伝存する手稿本(しゅこうぼん)の多くは、自作に限らず蒐集した図や印葉図(いんようず)(植物の拓本)も貼り込まれています。」 
とのこと。 
出ていたのは桐の写生、クルミなどの拓本、椿もある。

全く知らないことばかりなので、とても興味深く見、そして後日こうして調べるのが楽しい。

虫譜、魚譜、獣譜のシリーズもいい。グジが出ていた。アマダイ。
そして伊藤の使った顕微鏡もある。ヨーロッパ製。島津製作所はまだ。

安喜多富貴印葉図 宮越精之進作・伊藤圭介識 1882  拓本を取ることで葉脈の細かい所まで余さず写せる。
以前に聞いたが、写真よりも正確なのだそう。
巨大なフキの葉っぱの印葉。コロボックルが雨宿りに使えそう。

萬花帖 巻9 24冊のうち 山本章夫筆 江戸―明治 岩瀬文庫  ユリの絵が選ばれていた。山本は大阪の森徹山に学んだ。
他に果物で葡萄、禽品で鶉が出ていた。
そして獣類写生 ミダヌキ(アナグマだろうか)、ベロを出す豹の子、虎子、毛並みのいいロバなどなど…

このコーナーだけでも随分楽しめた。

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2.日本の本草学略史

・江戸時代前期
本草綱目が出ている。1ページに4コマずつ展開する。
何度か見ているが、本当に興味深い。
貝原益軒も本草関係の本を出している。

・江戸中-後期
平賀源内らの登場。時代がいよいよ博物学を更新・昂進させる。
阿蘭陀のを元にした本草ものもある。菩提樹の成分もかいてある。
リアルな絵が多い。
しかしどこか優しい。

3.園芸の流行と植物図
江戸が世界的にも植物大好き時代だということはよく知られている。
品種改良もうまいこといった。
江戸の染井、上方では平井山本が植木屋さんの総本山。
接木太夫の碑が山本駅のそばにある。
尤も接木太夫は江戸時代より百年前のヒトだが。

菊、朝顔、万年青などの本がずらーっ椿の比較図もある。可愛いなあ。
万年青と言えば明治のうさぎブームのとき、万年青もブームになっていたのだったな。
投機目的なので熱が下がれば早く人気が無くなる。

4.尾張の本草学
大名に博物学ブームが来たというのは知られていること。
去年、和歌山まで殿様の所蔵する博物学関係の品々をみてきたところ。
当時の感想はこちら
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それにしても本当に奥が深い。
植物、禽獣、さまざまなものを描き・調べ・発表する。
ここでは伊藤圭介の本がたくさん出ていた。
標本も素晴らしい。

5.尾張の殿様と本草学

百鳥図 1886 立派な図鑑だ…中国の花鳥画写しと言うことだが、東アジアの花鳥画の系譜を想うと、本当にこの本は素晴らしいと思う。
西は西。東は東なのだが、植物画というか、花鳥画というものがある界隈に活きていることが嬉しくなるのは、こんな時だ。

ところで天保4年(1833年)にアザラシだかオットセイだかアシカだかか来たらしい。見世物でなく、勝手に泳ぎ着いて。
銅版画もある。置物まである。どうやらゴマフアザラシだったようだが、大騒ぎになっていたようだ。
全然関係ないが、再開したNHKのコント番組「LIFE」でオットセイに扮した連中の話があり、ハーレムを作れなかったオスの悲しみをやってて、ラストのオチがまさに落ちで、笑えたなあ。

大名自身の仕事もある。
砂糖鳥というインコの仲間の鳥の絵を描いた人もいる。
尾張家14代目さんは自ら収集するだけでなく執筆もしている。
時代だなあ。泰平だからやっばり学問しなくちゃな。
中でも群蟲真景図はコウモリやトンボもいる。よく出来ていて面白い。
構成もいい。

標本もとても丁寧に拵えて飾りも綺麗にしている。縁は墨流しにしてみたり。
植物標本は「腊葉」サクヨウというそうな。

この展覧会でいろんなことを教わった。
チラシの魅力に引っぱられて本当に良かった。
図録はないが、今の時代はありがたいことにある程度はデジタルデータを見ることも可能だ。
とはいえこの集まりを再現するのは不可能。
やっぱり実際に行くのがいちばん。
7/9まで。


2017.6月の東京ハイカイ録

土日と都内にいた。
一泊二日なのでキャスターをやめたのが失敗の元。いや、カバンをロッカーに預けなかったのが失敗の元と言うべきか。
わたしは近年肩こりに悩まされているので、重い荷物を持てない・持ち続けられない。
にもかかわらずうっかり持ち歩くことにして、それで一挙に肩がアウトになってしまった。

丸ノ内線の東京駅でEXIC利用者特典(静岡より向うのヒト限定だったかな)で、メトロ&都営48時間1200円と72時間1500円チケット購入。
今回は48時間チケットで動きます。遠出したら差異を払えばよいのだよ。
さて新宿へ。

損保ビルの敷地内、掘り始めているな…
ランス美術館展をみる。
広島、静岡、新宿、名古屋と巡回するが関西には来ないようで、今回見ないと名古屋ツアーを組まなければならなくなる。
珍しく関西飛ばしされたな。

なかなかいい作品が来ていた。それと向こうでレオナールになった藤田が大事にされてたのがよくわかる。

紀伊国屋の地下でランチ。けっこう水山が好きなのよ。ここの他にもあちこちあるけど。
もしかすると紀伊国屋の地下で、ということが好ましいのかもしれない。

明治神宮に出て太田へ。国芳・国貞の比較による馬琴の八犬伝と弓張月。
数年前の千葉市美を髣髴とさせるね。馬琴好きなわたしとしては楽しい。
やっぱり人生の初めに「新八犬伝」に出会えたのは本当に素晴らしいことだと思う。

手ぬぐい屋さんを見る。木版の染物は可愛い喃。
丸善の一階にも和手ぬぐいがある。
わたしは日本手ぬぐいが好きなので色々みるが、今回はパス。

渋谷へ行くには時間が足りないので、そのまま横浜へ。
かなり気持ちよく寝てて、みなとみらいであやうく飛び起きる。
この沿線が出来て本当に良かった。

ハマ美で明治の東西交流ファッション。いいなーいいものをたくさん見たわ。
特にアクセサリーが素晴らしい。
しかし濱焼にしろ芝山にしろ明治のものであり過ぎた。

常設の洋画・版画取り混ぜた風景画とピクトリアリズムの写真が素晴らしい。
正直、これらだけでも物凄い価値がある。いいものを見た。


国立新美へ。
ジャコメッティをみる。
彫刻より素描などの方が随分と好ましい。
矢内原伊作との関係性にときめく。
チェースマンハッタン銀行前に設置されてる三点の像のみ撮影可能。
全然関係ないが、わたしがこの銀行を知ったのは、小池一雄x平野仁「サハラ」で、アメリカ政府の依頼を受けた女外人部隊出身の5人組がこの銀行へ強盗に行くことから。
あの作品は1975年頃だから、既にこの彫像三態はその場にあったのだ。

この日はなんとこの4つだけで終わり。
てんぷらとうどんが食べたくなり、てんやへ。
まぁまぁ欲望も満たされたのはいいが、肩の重荷は強く、定宿でぐったりと早寝した。

翌朝、紫陽花探しの散歩に出た顛末はこちら。

芦花公園へ。
・・・ウテナの隣の下駄ばきマンション(不動産用語で1,2階が住宅でなく店舗や事務所などのマンション)、店舗が替わってた。
わたしが最初にここらに来るようになった頃はサンマルクのベーカリーレストランで、つぶれた後はどこかの女子大の施設になり、そして今は成城石井になっている。
芦花公園の商業の状況というのはよくわからない。
以前伊勢丹クィーンズだったところは今ではスポーツジムになった。
この界隈はご飯を食べたりお茶したりするところが圧倒的に少ないなあ、とは常に思う。

世田谷文学館、開館前から並ぶ。ムットーニ展。
1998年の今は亡きキリンプラザでの展覧会からずっとファンなのだが、20年後の今もやっぱり好きなまま。
本当に面白いし興味深い。一人で拵える総合芸術。音楽も人形も物語も電動もなにもかも。
たまに「押絵と旅する男」を思い出すこともある。
まだ60.あと30年は現役でいてもらいたい。そしてさいごは自身の「お話の玉手箱」の登場人物の一人として、永遠に活きてほしい。

喫茶どんぐりでランチにする。ミートスパゲティ。これはこれでいいよ。
混んできたので早めに出る。
一休みしてから次は常設。

村山槐多の「二少年図」が旧所蔵者の乱歩のオマージュと共に壁掛けされている。
そして松野一夫「黑死館殺人事件」、竹中英太郎「鬼火」の挿絵が数点ずつある。
非常にゾクゾクする。嬉しい。
他にも須田国太郎、石井鶴三らの雑誌表紙絵もみて、いいリニューアルだと思うなど。

芦花公園から明大前で乗り換えて神泉へ。
神泉から松濤美術館への道のりがわからんがな。
なんで途中で標識なくなるかな。

なんとかたどりつく。松濤美術館「クェイ兄弟」展。
これがもう・・・なんというか、なんでこの双子がアメリカ人なのかがわからない。
昔からアメリカ人だと思ってなかったが、アメリカ人なのだということでひっくり返りそうよ。チェコの影響強いよなあ。
悪夢に溺れて出口がない…

いつもの自分に戻ろうと近所の戸栗美術館へ。
もう雨ですな、足元が揺らぐ。
初期伊万里をみる。しかしクェイ兄弟の影響下にあるからか、染付山水文をみても不穏な影を見出したり…
まぁなんとか戻ったのはやっぱり鍋島くらいから。
いいのを5点ばかりみて、キモチいい。

汐留ミュージアムで今月の東京ハイカイは終わり。
「日本、家の列島」展…久しぶりにアタマが真っ白になった。
展覧会としては大変優れた内容だとは思う。
しかし自分のアタマがついていかない。
ブログ、わたしには挙げられない。
わたしのブログは大半が感想だからだ。
建築に関わる人は現役も学生もみんな見る方がいい。
様々なことがここから学べると思う。施主と建築家との関係性などなど。

わたしは近代建築を愛するだけ。ただそれだけ。

疲れ切っていたので、日本橋についてから東京駅までの道のり、なんだかんだとお菓子を買い歩いてしまった。F店がよくなくてM店はいい、とか色んな情報を入れながら歩く。
そしたらあっという間に出発時間が近いじゃありませんか。
わたくし、崎陽軒弁当が欲しかったのになくて、野菜たっぷり400kcal弁当を買いましたがな。(白和えがやたらとおいしかった)
まあまあエエ具合に大阪へ。

一泊なのでタクシーで帰らず電車で帰る。
自転車の延長金を払い、にこやかに挨拶して帰宅。
猫は誰も歓迎1つしない。可愛がってる猫は遊びに出かけたまま。

お風呂を追い炊きしたらまさかのお湯が半分くらいの水位に下がってて半ば空焚き。
空焚き防止機能がないんか?!
お湯を全部落として、次は自動お湯はりと追い炊きとをしてみるつもり。それで問題ありなら、数か月前の給湯器交換工事、どうなってんだということになるな。
遊びに出て帰宅しても安寧はなかなかないもんよ…
ということで来月は三日間都内に潜伏し、ハイカイする。

紫陽花をみる

定宿の前の道路はこの時期は紫陽花であふれているので、いつからか遠出して紫陽花を見る、というのをやめてしまうようになった。
それで昨日・今日と都内にいて、今朝紫陽花見ようと表に出たが、その紫陽花がない。
少し北へ上がってもなかなかない。ようやくみつけたのはちょっとしぼみつつあるガクアジサイ。
丸玉の方のはない。おかしいなとまたまた歩いて歩いてようやくみつけたが、だいぶ萎れていた。
残念やな、ちょっと時季が遅れたみたい。
そやけど、そこから横に入るとまだまだ咲いていたのでよしとしよう。

で、昨日は横浜美術館に行き、日本画室をのぞくと見えたのがこちら。
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安田靫彦 窓
これ、なんで「窓」いうタイトルなのか長らくわかってなかったが、よくよく見れば、一種の錯視、トリックアートなわけで、花は外に咲いていて、窓際に空の花瓶があるのが、そこに紫陽花を生けたあるように見えるように描いてはるのです。
そう、靫彦にやられましたな。
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ガクアジサイが窓から顔を見せてる。
一枚板のええところに赤絵の水滴、青磁の透かしの筆立、文鎮はよう見たら犬みたいなもの。
ええ絵ですな。

それでちょっとした公園に行くと紫陽花はこんな感じにあったりする。
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紫峰 青梅の頃
山吹の葉と青紅葉がいっしょ。

子どもの頃はこっちの丸いのが好きだった。
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しかし大人になるほどガクアジサイの良さに惹かれるようになった。
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まあそうは言うてもこんな風に丸々してたら、やっぱり可愛いてしかたないと思いますな。
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紫陽花は絵もいいが工芸品になってもよろしい。
螺鈿でキラキラするのを見ると嬉しくなる。
琳派の紫陽花は絵でも螺鈿のようにキラキラ。
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抱一と雪佳
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俳画にも紫陽花のええのがあります。
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白い紫陽花も好き。明月院に行った時、雨上がりで無人で、という奇跡みたいな時間をもらいまして、堪能したなあ。
そのとき白い紫陽花がワイシャツみたいな白さで綺麗なと思ったなあ。
あれからなかなかそこまで白い紫陽花にはお目にかかってへん。
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溺れてしまいそうな紫陽花もある。
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蕩けてゆく…

まだ盛りのところがあるなら行きたいと思う。

京都文化博物館の常設展は楽しいゾ

テーマを決めての展示だから、「常設」というのもちょっと違うのかもしれないが、京都文化博物館の2階の展示室はいつも面白い。
今回は、先週終了した「いつだって猫」展に協賛?対抗?して「京都だって猫」展、「大津絵」展、それから祇園祭コーナーでは放下鉾の展示があった。

「京都だって猫」とかいて「ウチだって猫」と読む。そう、ここにはようさんニャンコいてますのよ。
なにしろ猫好きの帝もいてはったし、猫寺もあるし、養蚕関係で洛中ではないけど狛犬ならぬ狛猫さんもいてはるのだ。
尤も京都には他に狛猪もいやるけどね。

猫が活躍と言うか罪作りをしたのが源氏物語の若菜上。
猫が飛び出したおかげで罪深い恋が育まれ、多くの人が苦しむ原因を拵えた。
しかし猫に罪はないし、このシーンはドラマチックなので、みんな描く。
ここには西川祐信の絵があった。
更にその二次創作もある。昔は「見立て」と言うたのですね。
女のヒトの着物の裾にいる猫の絵

色んな猫絵がある。
西村五雲の猫スケッチのリアルさ。いいなあ。
92年にここで「動物に魅せられた京の画家」展があった。五雲の師匠・弟子と三人の展覧会。

子猫同士のこんな様子を見たら、今ならすぐにSNSに挙げるね。
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リアルな様子。耳を後ろにしてる猫の表情がいいなあ。




三輪晁勢の日光眠り猫の絵が可愛い。こういうのを見ると日光に行きたくなるな。
高山泰造の陶芸猫もいい。リアルな表情と様子が可愛い。

朏コレクションの猫の郷土玩具もたんまり。
このみかづきコレクションは90年にみたのが最初かな。
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住吉っさんの「初辰さん」もいてやる。小さいのからだんだん巨大化してゆく猫やん。

次に祇園祭コーナーへ。放下鉾特集。
何というても胴懸の朝鮮毛綴が素晴らしい。この虎ちゃんが可愛い。
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他にも獅子のシリーズがあるが、それがもう丸い目玉の可愛い怪獣みたいな奴らで…
珠取り親子獅子なんかは絵本作家・瀬川康男の原画かと思うくらいのファンキーさがあった。
こういうのを見ただけで嬉しくなる。
追記:京都文化博物館のツイートにいてた。


来月の祇園祭が楽しみ。

最後に大津絵。
昔ながらの素朴なものではなく、大津絵にインスパイアされたり、自分らも新しいのを拵えよう、とした画家たちの仕事が集まっている。
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京都画壇の寄合大津絵屏風から。元からかけ離れないのが多くて、それだけに面白味が増す。
面白くないのはその遊び心を無視したというか主旨をスルーした麦僊くらいで、あとはみんななかなか。

リアルな絵で鬼の念仏や浮世又平を描いたのは鈴木松年。リアルにすると怖いがなw
浅井忠のデザイン感覚と遊び心が横溢した大津絵もある。

一方、小川千甕のように「西洋風俗大津絵」もある。
西洋ハイカイの頃に見かけた人々の様子を大津絵に倣って描いたもの。
それだけに楽しいものが多いし、また「これはあれかな?」と思うものも色々。
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上段は元の大津絵に似せようとした、純・大津絵風な楠瀬日年の絵、下は多分それらをモチーフにしたのだろうな、という並び。
洒脱で楽しい。

こういう展覧会はいくらでも見ていたい。
6/18まで。

時を映す女性像

岩屋のBBプラザ美術館で日本の洋画家による女性を描いた絵をみた。
日本画と違い洋画で「美人画」と言えるものは案外少ない。
なので今回のコレクション展も日本画における「美人画」と言えるものはあまりない。
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ルノワール 薔薇をつけた少女 バックには薄い群青を拡げ、少女はオレンジ系の暖色で統一している。肌の匂いまでしてきそうな絵。

ローランサンがバレエ・リュスのために描いた「牝鹿」のシリーズが出ていた。いずれもとても愛らしい。
この「牝鹿」はストーリーのないバレエで、「綺麗でおしゃれなバレエ」だったそう。
繊細な線描の可愛らしさが目に残る。とても愛らしい。

ここからは日本の洋画家
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藤島武二 裸婦 まだ少女なのか貧弱なからだつきで、膚の色は土色だから、まるで牛蒡のようにもみえる。
武二のモデルと言えば例の「お葉」こと佐々木カネヨやイタリア美人が思い浮かぶが、こうした明治の普通の女性はモデル慣れしていない人の方が多かった。

梅原龍三郎 中国服の女 1975 150部限定リトグラフの1.クレパスで彩色したのだろうか、いい色合い。
青地がきれい。顔つきにもメリハリがある。

安井曾太郎 黒き髪の女 1924 まだ安井スタイルが完成する以前の黒っぽい背景の中にいる裸婦。
こうして見れば後年の安井らしさもあるわけだが、日本に帰ってきて色々と模索している時期だった、というのもわかる気がする。
彼の描いたこの時期以前の裸婦で好きなものがあるが、それはどこか耽美的だった。
まだ未完成の安井作品というのも魅力がある。当人の苦難をあえて見ずにいう。

鈴木誠 婦人像 水彩 赤い帽子のモガ。グレーに朱線の素敵な服がいい。

東郷青児 モンパルナスの女 これはもう東郷青児スタイルの成立後の絵で、サーモンピンクのネッカチーフを巻いてグレーの服を着た女がどこかを見ているのだが、安定した良さがある。

木下義謙、内田巌、中西利雄らの女性たちがいる。
内田は小磯記念館で見たが、藤田嗣治をレオナルド・フジタにした原因の一人だわな。

今回、初めてある画家を<認識>した。
以前に見ていたのに今回はっきりと覚えた。
網谷義郎
去年の「神戸で奏でる色と形のドラマ」展でも出ていたようだが、思い出せない。
しかし今日は違う。
まず裸婦が出た。
顔ははっきりしないが、体の線はよくわかる。わりと肉付きがいい。
他の裸婦の絵も顔は曖昧である。しかしどこか可愛い。

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白衣の女 1971 赤い背景に白衣の女がいる。顔は曖昧。だが、輪郭線などが可愛い。
立原あゆみ描く女のキュートさを髣髴とさせる。

こちらの女も可愛い。
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手を組んで立つ青い上衣の女 1973 やはり顔は曖昧だが、それでも目鼻はある。
安彦さんのフラウ・ボウがモデルになったような感じもある。

他の絵でも顔は曖昧だが、それでも愛らしさが目立つ。
網谷は個性を持った女を描かず、あえて少女を描いていたそうだ。
どこか遠くを見るような、何を考えているかもわからない少女たち。
同時代のマンガに出てきそうな雰囲気がある。

このヒトの絵を今後は探したいと思った。1982年に没しているが、今生きていたら、と夢想する。

中山忠彦 紅衣小憩 綺麗なカーテンがある。雨蛙色。そして濃い紅色のドレスを身に着けた優雅な婦人。
レース、パール、といった小道具も上品。

横尾、池田満寿夫らの絵があるのもいい。
それに森村泰昌のマリリン・モンローになった姿もある。1995 ちょっと目元が違いすぎるが。

石井一男「女神」三点が並んでいる。一見ルオー風でもある。
2005 赤黒い顔、眼を閉じている。少女マリアとでもいえそうな。
2009 ゆっくりと眼を開ける。
2011 黒い顔がはっきりと眼を開けてこちらをみつめる。
…なんだか凄いような「三部作」だった。この絵も前掲の展覧会で見たが、今回の方が記憶に残る。
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特集展示として「松本宏―エロスの世界」をみる。
チラシの赤いカトレアである。花だと思えば女である絵。
ちょっとドキドキしながら狭い空間に入って行った。

寝そべる女の絵が多いのだが、どうもこちらに官能性が低いのか反応しにくい。
なんだろう、わたしではわからないなあ。 
違う絵を見て反応するのに、これはどうしたことか。
結局わからないままになった。

他にも多くの画家の作品があり、日本洋画の良さを堪能できる。
こうした展覧会はとても貴重だと思うのだ。
6/18まで。

アカデミー・バーの壁画を描いた作家たち 

大抵の人には自分の記憶に残る場所があるだろう。
それは図書館だったり映画館だったり、あるいは校庭の片隅、坂道の途中、または何かの店。

アカデミー・バーと呼ばれた店がつい近年まであった。
場所は昔の関西学院の近く。
いい環境だった。場所柄そのバーはみんなから「アカデミー・バー」と呼ばれたそうだ。
そこには壁があり、みんながそこに絵を残した。
この展覧会はアカデミー・バーに絵を残した画家たちの紹介をするものだった。
神戸ゆかりの美術館「アカデミー・パーの壁画を描いた作家たち」展
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わたしには縁もゆかりもないものの、心惹かれる展覧会だと言える。

この壁画を閉店したバーが剥がして保存している。
それが今、神戸ゆかりの美術館に来ている。
今後のことは知らない。

壁画の絵についての説明がある。
誰がどれを描いたかということ。
一つ一つを見ると納得もし、また新鮮な驚きもあり、初めて知る人の絵も多く、面白い。
全体で見ると抽象的に見えるこの壁画もそうした説明があることから、観る眼も変わってくる。
面白いと思う。

作家たちの絵をみる。
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小磯良平の絵は全て同じ六甲アイランドのご近所さんである記念館からのもの。
なので見知った絵が多い。こういう時は「なんだ」などとは思わない。
「来ていただけますか」「もちろんですよー」
そんな会話を想像するのが楽しい。
学芸員さんたちの会話ではなく、小磯良平の絵たちと、その「企画展」そのものとの会話を想像するのだ。
「たまにはよそでおひろめされるのもいいねー」
とかそんな声を聴くのだ。

そして当然ながら見ていない絵にも会うことがある。
フレスコ画だった。
鳩と婦人 1959 色が妙に魅力的だった。

田村孝之介 彼の絵も色々並ぶのが嬉しい。
以前に小磯記念館で田村の回顧展があった時、うっかり行き損ねてしまった。
たいへん残念な記憶がある。
わたしは彼の油彩より先に挿絵をみて、それで好ましく思った。
シンプルな線描でさらりとした素敵な絵だった。
里見弴の小説の挿絵だった。
今、こうしてかれの油彩画のいくつかを目の当たりに出来たのは嬉しい。

N嬢の像 1932 目元の綺麗なモガ。個性が強い。

二人の裸婦 1957 一人は俯き、一人は横顔を見せる。肉のリアルな実感がいい。たるみもいい。

海をたたえる 1959 群舞する人々。好きな絵。
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生涯にわたり神戸の洋館を描き続けた小松益喜の絵は11点。
戦前の英三番館、終戦直後の居留地、そして神戸を出て大阪中之島界隈を描いた絵もある。

中之島風景 1950頃 朝日新聞社と界隈に残っていた洋館とを、肥後橋からの視点で描いている。
今では失われた風景であり、絵としても面白いが、資料としても貴重。

淀屋橋風景 これはミズノかな…こうしたかつての情緒ある都市風景画を見るのはとても楽しい。

神崎川 1950頃 線路沿いの工場などもある。この頃の神崎川はたいへんだったろう…

自宅近辺 1950前半 おや、ごく普通の和洋折衷の民家の並ぶ町。

津高和一 阪神大震災で亡くなった画家。
まだここにある作品は形を見せたものだった。
わたしはこの人がなくなったことで初めて作品を知った。
手遅れの愛。

榎倉省吾 丘と内海 1933 これは最初に見たとき、何を描いているのか本当にわからなかった。
姫路市美術館の「描かれた姫路」展のチラシで見たと思う。
まさか大根がたわわなんて本当にわからなかった。

今ではこの神戸ゆかりの美術館に所蔵されている小出卓二の作品は以前は相楽園会館にあったものだそうだ。
相楽園はいいところで好きだが、そんな会館があったのか。知らなかった。
以前撮影した相楽園の写真はこちら

真っ赤な絵がいっぱいあった。
神戸、大阪を描いた風景なのだが、みんな赤い。燃えているかのようだ。
神戸や大阪がこんなに赤いのは空襲を受けたみたいではないか。
描かれた時期は大体昭和30―50年代だった。もう戦争は終わっている。

火の海(阪神夜景)1959 摩耶山の掬星台からの眺めらしい。なんでこんなに赤いのか。
日本画で真っ赤なのは奥田元宋だが、洋画では小出卓二なのか。

神戸港 1964 赤い船、赤い影。ううむ、赤の使い方が派手だ。
埠頭を描いた他の絵も真っ赤。

牡丹 1970頃 これは他の色彩がある。造花のような牡丹。なにかしら官能的である。

大阪の尻無川を描いた絵も二点あるが、何を言うてええものやら。なんだか体力が消えた。

詩人・竹中郁の絵もある。
アトリエにて 1951 絵を描く女を描く。
こういう構造は入れ子式というのか、錯覚が続くようで面白い。

坂本益夫 このヒトも初めて知った。
風景(山手)1950年代 御影だろうか。乾邸に似た感じの邸宅がみえた。

ブイのある風景 1953 モダニズムというべきか、時代も丁度そうだし。建築のモダニズムを絵でもやった、そんな感じ。

港 面白い形の建造物がある。形の説明はちょっと難しい。

伊藤継郎 このヒトの描くのは外国とそこに住まう・いる人々らしいが、戯画にしかみえなかった。

今回の展示で唯一の日本画家がいる。
松村小琴 野口小蘋の姪らしい。随分古風な画風で、明治の絵かと思ったら戦時中のものなので、意外な感じがした。

他にも何人もの画家の絵があった。みんな絵を描き、時間をみつけるとアカデミー・バーへ通ったのだろう。

壁画があった頃のバーの様子である。
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そして実物の壁画がある。

一つの時代を描いた展覧会だった。
かっこいい、と思った。
6/25まで。

こちらはそのアカデミー・バーのあった頃の原田の森を描いた絵。
「煉瓦色の記憶」展のチラシである。
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画面中央の左端にバー・アカデミーの表記がある。
神戸文学館で7/30まで。

京焼を楽しむ 茶道資料館と湯木美術館とで

湯木美術館と茶道資料館とがそれぞれ京焼を主体にした展覧会を開催している。
わたしは肥前のやきものが大好きだが、京焼も好きだ。
それでいそいそと二つの展覧会を見て回った。

こちらは茶道資料館「やきもの巡り 京都・滋賀編」前期
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一言で「京焼」というても実は非常にようさんあるものです。
御室焼、古清水焼、粟田焼、御菩薩焼、楽焼…この辺りはわたしかて知ってます。
どんな感じなのかも、学術的な説明は出来なんでも、雰囲気は話せます。
しやけど、修学院焼、一方堂焼というのは今回初めて認識しましたな。
ほんまに知らへんし、今まで見ていたとしても認識できてなかった。
茶道資料館はじぶんところの所蔵品に個人さんのを集めて、「京焼」の色んなんを見せようとしてくれてはるのでした。

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他圏の人々は滋賀が京都の付けたしと思うこともあるようだが、滋賀は滋賀で全く別な文化を保持している。
滋賀の良さというのは京都のそれとは全く別。隣県でありながらもあえて似ようとはしていないし、独自性を保とうとしている。
これは関西だけのことなのかどうか、大阪・京都・兵庫・奈良・滋賀・和歌山はみんな本当に全く似ていない。
大阪だけでも摂河泉に浪花の4州、京都も市内だけでも洛中・洛外と分かれ、周囲に山城・丹後などがある。
そしてなによりもやきものの場合、土の違い、ということを考えないとならないのだ。

やきものはその地名をつけることが多い。
なので〇〇焼というのをみて「ああ、あそこで焼かれたのか」という程度の理解が生まれる。
研究者や陶工ならまた別として、鑑賞者はその程度くらいの知識を持っていればいいと思っている。
使い勝手と見た目選びとの断絶があっても構わない。
ただし、これはあくまでもわたしの考えに過ぎない。

可愛らしいやきものを見て、その窯の名を覚えて、それにまつわる話を知る。
やきもの鑑賞の楽しさはその対象たるやきものを見ながら、いかに妄想に耽るかに尽きるのではないか。
時々そんなことを想う。

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仁清の茶入や香炉がある。
白濁釉に黒釉をかけた茶入、色絵金彩で可愛い花唐草をあしらった香炉、一目でわかる仁清らしさのあるやきものたち。

真葛長造の蛤香合との再会も嬉しい。
これはここでの真葛展で見て以来だと思う。手が凝っていて、銹絵でそれらしく蛤の外見を拵え、中には色絵金彩で源氏絵。
こういうものはやはり京焼でないと会えない。

奈良の赤膚焼の素朴な愛らしさとは違う、手の凝った面白さ。
時々やりすぎだと思うものの、しかし技巧に技巧を重ねた面白さというのも堪えられない。

永樂保全、和全のやきものがあると嬉しくなる。
保全 染付動物文水指 これは山水画+動物画。月下、渡河するウサギたち、鹿も行けば鳥も飛ぶ。そしてゾウの上に乗る猿。
・・・何故ゾウの上?

御菩薩焼 花枝折文七宝透手鉢 薄紅色のグラデーションがいい。小さな七宝透かしが可愛く、見込みには椿の絵。
いいなあ。

乾山ブランドのやきものもいくつか。
色絵蛇籠文香合 変形もので面白い。蛇籠の中には岩コロコロ入るのが見える。川岸には芦も。そして縁周りには業平菱。

銹絵染付白彩菊桐文角向付 これはたたらの形打ちによるもの。どういうものかを知ろうとすると、いいサイトがあった。
こちら

乾山得意のセットものもある。
銹絵染付草花文絵替土器皿 またもう可愛らしい。梅・土筆・柳・蒲公英それぞれが皿の表面に横太線と共に描かれる。
本当にほしいのはこういうものですよ。
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ところで一方堂焼というのは嵯峨の角倉別邸で焼かれたものだそうで、なかなか可愛い絵付のものがあった。
角倉さん、仁清に倣うというのを拵えたりしている。
椿やゆずり葉の文様がいい。

道八の16弁の菊を貼り付けた手あぶりもいい。
道八は先人をよく学び、写しもいいしオリジナルもいいからとても好き。

滋賀のやきものを見る。
滋賀と言えば日本6古窯の一つに信楽焼があるように、ゴツゴツ系が多かろう。
その信楽焼の大きめの茶壺、これは宇治の茶師が幕府献上の新茶を入れるためのもの。
なんでも最初は幕府が壺を寄越してたそうだが、1723年にそんなもんムダということで現地調達になったそう。
いかにも吉宗らしい合理精神でいいな。
ここにある腰白茶壺は宇治の上林記念館蔵。
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滋賀も土の色々あるところ。
膳所焼、湖南焼、河濱焼、比良焼、梅林焼、姥が餅焼、湖東焼・・・
色々あるなあ。

膳所焼 鉄釉茄子形香合 これはもう本物かと見まごうリアルさ。「超絶技巧」展に出したら間違いなく…

石部焼 肥前焼をこっち風にしたもの。なかなか綺麗。

湖東焼はけっこう手が凝っている。
色のいいのが多い。ヒスイ色の青磁、丁寧な絵柄のもの、
仁清写しもある。祥瑞に倣ったものもいい。
とてもいいものが集まっている。
遊び心のある絵柄も多い。

染付鯉桜花図手桶形鉢 外回りには満開の桜がひらひら…内側には鯉が悠々と泳ぐ。

井伊直弼ゆかりらしき大香炉もある。なんでも茶の湯の心を漢字3文字.10個で表したのを刻んでいる。
「薬不足」「離人我」「入仙境」…
わかるようでわからん。幕末まで茶の湯は男性だけの楽しみだった、そのことを思う。

可愛い尾垂の釜もある。いいなあ。

ところで姥が餅焼というものの由来を知り、納得。
姥が餅と言えば今も草津辺りにあるあんころ餅だが、それを乗せるお皿を茶店主人があちこちに発注したそうな。
つまり土地が由来・窯が由来というのでなく、姥が餅という店舗が自分所の名物をのせるために発注したものを総じて「姥が餅焼」というのだ。
だから唐津写し、黄釉布目菊押印文、などなど様々なものがある一方でサイズはほぼ同一なのだ。
なるほどなあ。

ふと思い出したが、隅田川のほとりの言問団子。あれはどこの皿なんだろう。近所の今戸焼なのか。

他にも大正の裏千家13代目さんの描いた瀧画賛がよかった。
大きく「瀧」と上部に書き、下部に「柳陰厳石」とある。字だけで充分「瀧」だった。

前期は6/25まで。後期は7/5から9/10。
お茶もいただいたが、お菓子は6月らしく「水無月」だった。

次はこちら。
湯木美術館「一目でわかる京焼300年の歴史 江戸時代のやきもの 仁清・乾山窯と後期京焼の食器を中心に」



湯木美術館は、展示室に入る前の通路の壁に、パネル展示がある。
それは展示される食器類を使って「吉兆」のお料理の盛りつけをした、その写真なのだ。
湯木貞一さんの拵えたものかそうでないのかはわたしにはわからない。
しかしやたらと美味しそうなのは確かである。
ノンコウの緑釉割山椒鉢にお造り、乾山の茶碗に炊き合わせ、呉須赤絵鉢に蟹・オクラ・きくらげに生姜酢。
その残影を脳裏に残し、胃はカラで展示室へ。

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御室焼 仁清窯 色絵武蔵野文茶碗  これは記憶にない茶碗。白濁釉のかかり方が武蔵野に広まる霧のよう。
夜景ではない。

本阿弥光甫(空中斎) 信楽写芋頭水指  「空中信楽」と呼ばれるもののひとつ。小石交じりの土。醤油染み過ぎた感じ。

乾山のいいものがいろいろ出ていた。
銹絵染付春草文蓋茶碗 (10客のうち) 黄土に白化粧。少しずつ位置を変えてそれぞれの皿にスミレや土筆や蕨…可愛いなあ。

銹絵染付絵替筒向付(10客のうち) 
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みんな可愛いなあ。
この画像は随分昔に挙げたものを転用。今回は鶴、帆船、薄、春蘭など。

茶道具と器に見る四季の花展でこのあたりの作品を見ている。2008年の展示。

色絵水仙鉢 08093007.jpg
やっぱり可愛い。

先人に学び、倣い、やがてそこを突き抜けたのが道八。
色絵桜透かし鉢 仁阿弥道八  この土坡の緑がまたよろしい。
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女郎花文蓋茶碗 松村景文画・仁阿弥道八 これも久しぶり。景文はいやみのないよい絵が多くて、やきものの絵付けも品がよくとてもなごむ。
問題提起の絵より、和んだり楽しんだりときめく絵の方が好きなのよ、なんにせよ…

乾山の銹絵雪竹文向付と、それに倣った道八の手鉢がある。前者は雪は降りやんだが、後者はいまだやまず。
そんな違いを見出すのは楽しい。

古清水梅花文銚子  片身替りの可愛い銚子。
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青木木米の小さくて可愛い盃が二つ。いずれも4cmも以下のもの。
青磁蓮華文桝形盃、赤絵写菊文桝形盃。
舌に載せる程度のお酒にはこれがいい。

掛け軸も何点かある。
八幡太郎源義家像 応挙 日の丸扇を開き、床几に坐す。

夜這星 抱一 「もれ出る 籠のほたるや 夜這星」の句と共に、当時の日本での星の表現である「〇」が描かれている。
この夜這星は流星だったかな。
歌舞伎舞踊にもある。亡くなった三津五郎がまだ八十助の頃、当時の中座で嬉々とした表情で演ずるのを思い出す。

烏丸光広の三保の松原を詠んだ短冊、其角の庵で小さいジイサンが傍らに瓢箪徳利置いているのなどもいい。

蕪村 「古寺や 焙烙捨てる 芹の中」 サインは夜半翁。

そして永樂保全の個性的なものがいくつか。
染付雲堂手写茶碗、交趾写串団子文茶巾筒、祥瑞写丸文飯杓子、古備前すり鉢写・、安南蜻蛉文写茶碗…
絵柄の良いもの。形のいびつなもの、なんとなく記憶に残る。そしてそれは楽しい記憶なのだ。

宮川長造(真葛) 色絵藪柑子文茶碗 白地に金で縁取の線。赤いプチプチが藪柑子

刷毛目千鳥透鉢 七羽の千鳥が透かし文様になる。いいなあ、こういうの。

仁清の水玉透かし、ノンコウの割山椒向付、どちらも現在でも気軽に使えそうなよさがある。

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湯木美術館、茶道資料館、どちらもいい展覧会だった。
京焼の味わい深いものを堪能して嬉しい。
湯木は7/30まで。

丁度いい感じのチラシが手元に集まったので紹介する。
・珠玉の香合・香炉展 静嘉堂文庫6/17―8/13
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・食のうつわ サンリツ服部美術館 6/10-9/18
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来年早々には出光美術館でも「色絵 Japan CUTE !」展が開催される。
そちらも楽しみ。

ところでこれは4年ほど前の愛知県陶磁資料館の企画展のチラシ。
あまりにいいので置いていた。
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やっぱりやきものはいいなあ。

少し前の淀川邸 その2

和の空間へ。
通路は感覚を変える。
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大広間
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欄間も素晴らしい。
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水鳥の表情。
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絵も見る。
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きちんと調べておけばよかった。

廊下は異界
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丸木の階段
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こんなところもある。
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お庭を見に行く。
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笹の屋根
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狛犬と。
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またごちそうをいただき、そして撮影したい…

少し前の淀川邸 その1 藤田美術館の外観も。

先日、藤田美術館の今の建物が今回の展覧会限りで閉館し、建て直しになることを知った。
たいへん惜しいのだが仕方ない事情があるのもわかる。
戦災にも生き延びたあのお蔵は梁も漆喰も立派だが、きっと目に見えないところで相当傷んでいるのだろう…
風通しのよい、さすがお蔵という心地よさ、あれももう味わえなくなるのだ…

ということで、藤田美術館の外観とそれから道を挟んだ太閤園の淀川邸などをここに挙げたい。
尤も淀川邸も2005年以来行ってないことに先般気づき、写真がフィルムだということもあり、劣化を止められない以上はここで挙げるのがいいかと思った。
2001年のフィルムには日付が入っている。
これはこれで記録になるのでいいかと思っている。
2001年と2005年の写真を中心に挙げてゆく。




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美術館入り口の紋。
その下は庭園にある銅像の台座。
これ残されている。本体は戦時中の金属供出で溶かされたのだろう…

入り口レリーフを三分割
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光が降り注ぐ日。

淀川邸の玄関
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入るとすぐそばの待合室(洋間)で一旦くつろぐ。
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太閤園とロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル)は地の大阪人のハレの場だった。
淀川邸は法事などにも都合がよかった。

次、いよいよ和の空間へ。


杉浦非水 モダンデザインの先駆者

細見美術館に杉浦非水の作品が集まっている。
愛媛県美術館に所蔵されている7000件のうちの一部がやってきたのだ。
そして入れ替わりに細見美術館の名品が伊予松山に出向いていた。
わたしは先だって愛媛県美で細見コレクションの設営をみた。
この地の人々が京の名品を楽しまれることをねがって、愛媛県美の常設を愛でた。

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杉浦非水の大がかりな展覧会と言うものは案外少ない。
長く暮らした渋谷区の郷土文学館・資料館では杉浦夫妻の展覧会を開催し、大阪中央図書館では本の装幀を中心とした展覧会があった。
前者の感想はこちら
後者の感想はこちら
今回、様々な分野の杉浦作品を網羅した展示となっている。

杉浦の仕事は多岐にわたる。
まず三越での仕事の精華が現れた。
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アールヌーヴォーの様々な要素がここに集まった一枚である。
どこまでも夢のように綺麗な絵。

室内に飾られた絵もステキだ。
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大正頃、蝶々の翅をつけた美人や子どもの絵が流行った。
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やはりレヴューの影響が強かったのではないかと思っている。

三越の雑誌の装幀も魅力的なものが多い。表紙の表裏を使った構図のものもあるし、大胆な空間の使い方をしたものも多い。
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大阪三越の雑誌も東京のとはまた別に拵えていて、楽譜が背景に使われたりして、明るい画風のもので占められている。
三越の新店舗開業ポスターもいくつかある。
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こんな構図、ほんと、かっこいい。

著名な企業のポスターもたくさん手がけている。
南満州鉄道、ヤマサ醤油、カルピス。
カルピスではゾウさんのポスターが二種あったが、こちらはファンキーなゾウさん
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もう一枚はなんとマンモス。
「…マンモスの昔からの経験と…大正の文明…」と文がついていた。
あとは水玉の包装紙の意匠も。青版と赤版と。
わたし、毎日カルピス飲んでますよ。冷たいカルピスもいいがホットカルピスも大好き。

ヤマサ醤油ではトビウオと一緒に海を行く醤油瓶、というシュールなものもあった。
ヤマサの御曹司で世界的な版画家の浜口陽三はこれを見ていたろう。

わたしが最初に見知った非水のポスターは東京の地下鉄開業のそれだった。
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これを偶然上野駅で見て、当時まだ写メもない時代だったので、翌月わざわざカメラを持って上野へ出向いたのだった。

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シルエットタイプもある。

地下鉄に対抗するわけでもないだろうが、道路のポスターもある。
「国の文化は道路から」とコピーが着いた、スゴイ鳥瞰図だった。

非水は基礎に四条円山派がある。川端玉章から学び、写生を徹底した。
その基礎があるからこそ自在な意匠の製作が可能だったのだ。

彼の描く植物画も素晴らしい。冷徹な目で描いたものではなく、情緒があるのが素晴らしい。
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写生の良さがでている。
その基礎があるからこうした可愛い意匠も可能なのだ。
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縮図帖がある。
江戸絵画の縮図だと思う。
白いわんこの背中に凭れるハチワレわんこ。どちらものんびり。可愛い。

スケッチも質が高い。その中で面白いものが1つ。
1902-04大阪 たぶん四天王寺での境内だと思われる。
篝火のもとで兎踊りというものが開催されていた。チャンチャンコを着た兎が杵を持って踊るのを人々が見ている図。
ウサギはもちろんコスプレだと思うが、元ネタを探しきれないのが無念。
春秋の彼岸のタコ踊りは以前からこのブログで何度か挙げているが、兎踊りは知らんなあ。

時代の流行もあったか、登山好きだったようだ。そんなスケッチも多い。

再び雑誌の表紙絵。
講談社の「現代」も様々な技法・画法で表現しているが、中にいちまい面白いのがあった。
1921年6月号の表紙は「現代」と文字の浮かぶ雲を猿股一枚の男が持ち上げている。
この様子が今刊行中の「股間若衆 せいきの問題」の表紙絵になんだか似ていて、個人的にウケてしまった。

「少年世界」の表紙では「ハーメルンの笛吹き」もあった。
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足元に鼠がいる。1911年12月発行の翌年正月号。1912年は子年。丁度いい。

JTBの「ツーリズム」も素敵だ。
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素晴らしい図案の数々があふれている。
ステンドグラス(実際に作られたかどうかは知らない) シャクナゲの中のイタチ
山また山に古代の青年
斎藤清より太い線の猫たち
いくらでも挙げてゆくことになるのでここまで。

単行本の装幀もいいのばかり。
押川春浪「生さぬ仲」の装幀も非水だったのか。鷺がいる図
バニヤン「天路歴程」、ペスタロッチの幼児教育本もある。
菊池幽芳「百合子」上中下はそれぞれ違う。
ヒロインの名前にちなんで百合の花がアールヌーヴォー風に描かれている。
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これは下巻。上巻は群青地、中巻は白地に百合が咲く。

プレゼント用の団扇もいい。琳派+アールヌーヴォーにモダンさが加わった感じの素敵な団扇である。
日本たばこのデザインも担当している。「光」「パロマ」「日光」などなど。

以前の展覧会の感想にも書いたが、非水は几帳面な性質で自分が旅先でもらったホテルラベルや絵葉書、素敵な意匠のものは丁寧に分類してスクラップしていた。今回もその一部がある。やはりデザインということで勉強もあったと思う。
並べ方自体にも味がある。
カッサンドルの有名な絵が時刻表に使われているのもいい。

非水は意匠の本もたくさん出している。
自分の技術も考えも惜しみなくオープンにしている。
素敵だなあ、そういうの。

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非水のもとへきた年賀状もいいものが多い。
やはり名うての意匠家に来るものは印刷物でもよいものが集まる。
同じく図案で活躍した橋口五葉からのは黒馬たち。1918年
清方は歌舞伎の名場面などを入れたオリジナルの絵双六。め組、兜検め、釣鐘などが描かれ、上がりは竜宮城。
「昭和戊辰」とあるから1928年か。
芋銭は馬に乗る人を描く。庚申 1920年。同年には中澤弘光から石楠花の賀状が来ている。
龍子はタツノオトシゴの絵。年は不明。
百穂は中国の石碑風な表現で中国の高士または身分のある老人が岩を射る。
恩地孝四郎は馬の絵を描く。1930年。

非水自身の賀状も多く残っている。半世紀以上の長い年月、どの作品も魅力的。
さらさらっとした線だけでモダンな女性の横顔を描いたものが特にいい。腕にはそれだけが緻密に描いた蛇の腕輪。
ハチ公 1958年、銀の羊 1918年。この辺りが印象深い。

やっぱり杉浦非水はいい。最初から最後までとても楽しかった。
わたしは彼のファンでよかった。

6/11まで。




悉有仏性―全てのものに仏性がある―「磨滅の美。」佐藤辰美コレクション

「悉有仏性(しつうぶっしょう)―全てのものに仏性がある―佐藤辰美コレクション」展という展覧会が御影の香雪美術館で始まっている。
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わたしはこの稀代のコレクター・佐藤辰美さんという方を知らないでいる。
行ったその日は丁度ギャラリートークがあり、少しだけ聞いた。
それによると、氏は現代美術収集家として名高い一方、古美術、中国美術、民族美術もコレクションされ、またレコード、CD、ワインと実に幅広く興味あるものを集めておられるそうだ。
「アメリカの美術雑誌『ART news』が2014年に発表した世界のトップ・コレクター200人にも入りました」とのことである。
氏は殊に自らを「磨滅ジャンキー」と自称されている。これはレコードコレクターを「ビニールジャンキー」ということからの転用だそう。

氏の仏教美術コレクションには大きな特徴があった。
それは「磨滅の美」である。
今回のチラシを見て、作品が一部破損しているものがあるなとは思った。
それにこの副題である。
元の形を全うせずとも、伝世したのは尊い。
そうした遺宝をコレクションしてはるのか、となんとなく納得した。

佐藤氏は所蔵品は自宅に飾ることを旨とされているそうだ。
隠していてはないも同然、ということなのか、そうした愛で方・鑑賞もいいなと思った。

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さて一階展示室に入った。
ガラスケースの向こうにずらりと仏像が並んでいるが、それがいずれもどこかしら欠損した様相をみせていた。
古い仏像はよほど大事にしても崩れることは多い。
むしろ作られた当時の姿を保持している方が少ないのではないか。
しかしそれにしても激しい。
「磨滅の美」とはよく言うたもので、なるほどこの美に中毒するというのはわからなくもない。
ある種の離れがたい頽廃美に囚われたのだ。
古仏の曰く言い難い魅力、その中には確実にそうした一面があるとわたしは思う。

今東光「春泥尼抄」にこんな情景がある。
尼衆学林在学中の主人公・春泥とご附弟さんの春鏡がカネモチの大学生らと知り合う。
楽しいひと時を過ごし、二人の少女尼僧は学林へ帰る。
彼女らを見送った大学生グループはいずれも大学で美学を専攻するだけに、彼女らの美貌に対してある種の頽廃美を感じる。
尤も彼らは全員卒業後はそれぞれ親の会社や一流企業に勤務することが決まっており、道楽として美学を学んでいるのだ。
(後年、彼らはラブアフェアにいそしむことになる)

わたしはこの欠損した仏像が列ぶのを見ながら、そのことを思い起こしていた。

如来立像、菩薩立像、地蔵菩薩立像、不動明王立像、天王立像…
いずれも奈良時代から平安末期までの木造仏たちである。
お地蔵さんと不動明王はわかるが、あとは所属はわかっても<誰>なのかがわからない。

漆箔を全身にまとう如来立像は朱色を超えて、焚きすぎた風呂釜のような鉄色を見せている。
全身を凄まじいばかりの虫食いに覆われた菩薩立像は間近で見ると瞼も口元も磨滅しているが、離れて眺めると不思議に端正な面立ちが見えてくる。
両手共に何かの印を結んでいるのか・または何か摘まんでいたものを失くした形なのか、彩色された菩薩は扁平の足裏を見せている。
皆、コレクターの自室にいると言う。

誰が書いたのか思い出せないが、ある随筆で「ミロのヴィーナスに両手があれば、今ほどには魅力はない」という意味のことが書かれていた。
つまり手があれば何らかの動作をしていて、それが花を摘んでいようが水瓶を持っていようが衣裳を掴んでいようが、或いは誰かの手を引いていようが、動きが固定されるというのだ。
そのときは納得もした。「欠損」こそが美の根源であり、想像が広がる力となったのも理解した。

しかし今、激しい欠損をみせる像を見て、わたしは美よりも、薄い畏れあるいは怖れを感じている。

胴体だけが残る天王立像は不思議にバックルの獅子の鋭い歯並びだけは欠けることなく揃っていた。
この像は手足を失い、背も失くし、内刳りの一木造がはっきりと見えてしまっていた。
まるでカシラを取り外し、ド串だけみえる文楽人形の大きいものにも見えた。

釈迦誕生仏立像 奈良時代 鍍金鋳造銅製 「天上天下唯我独尊」と挙げた腕が失われていた。

欠損ばかりではなく、美しい古びを見せる像もある。
鎌倉時代の狛犬などはとても力強い。

能面、行道面、菩薩面、これらはもう本当に恐ろしいようだった。なまじ綺麗な輪郭線が残るというのは恐ろしさを増すものだ。
鼻も目もなくなり冠だけがいきていたりすると、それはもう…

仏画を見る。
愛染明王、降三世明王といった怖い顔立ちのものから、ぽってりと愛らしさの残る金剛王菩薩像まである。
後期には九相図も出るそうだ。

お経もいくつか。断簡ばかりである。紺紙金銀字は千年の時を生きる。

鎌倉時代の絵因果経もある。可愛い。外にいる仏を拝む誰か。

二階では本当の意味での「磨滅の美」を堪能することになる。
像の断片がとても多いのだ。

天衣、衣、髻、手…
衣の切れ端(木造)はまだいい。
天部の髻だけがぽつんと置かれているのを見たとき、上田秋成「雨月物語」の「吉備津の釜」の恐ろしい結末を思い出した。
身の毛もよだつラストシーンである。
「腥々しき血潅ぎ流れて地に伝ふ されど屍も骨も見えず 月明かりにみれば軒の端にものあり ともしびを捧げて照らし見るに 男の髪の髻ばかりかかりて 外には露ばかりのものもなし」
こわい…

手首から先だけあるのも怖い。これに関しては小出楢重がうまい文章を書いている。
指一本というのも反社のヒトビトのケジメを思い出させるしなあ。
この手だけの断片は旧武藤山治コレクション。

木造仏の断片も凄まじい。彩色が残り花柄が見えるものもあり、この断片から在りし日の麗姿を想像したりもする。
台座の蓮弁もいくつかあり、当時最先端の装飾技術もそこに見出せる。

チラシで目立つ牡丹文透彫華鬘、これは室町のもので室生寺に現存する華鬘とそっくりらしい。
壊れたから流出したのかどうかは知らないが、室生寺の姉妹だということは間違いなさそうである。

もう一つ、蓮華唐草文家文は江戸時代のもので、こちらは千本釈迦堂に姉妹がいるらしい。リボンなどもついている。

やはり欠損の美、磨滅の美と言うものは頽廃美である。
その凄艶さは恐ろしさと寄り添ったものであるのは確かだ。

明治政府は奈良の寺宝を調査した。廃仏毀釈などという愚行の後だが。
そのときの写真が東博に残っていて、折々に展示されている。
わたしもこれまで何度もみては息を飲んでいるが、ここにある仏像たちもまたあの写真に通じる怖い魅力がある。
壊れた理由が経年劣化であれ、人為的なものであれ、いずれにしてもそれらは佐藤氏のいう「磨滅の美」の範疇にいる。

仏具を見る。こちらは著しい欠損を見せてはいない。

蝶形金具 平安時代 チラシの金色の蝶である。
胴がやや太めの金の蛾。どうしたところに使われていたのかは知らないが、可愛い。蝶番に使われていたようではなさそうだが。

唐草文吊下金具 室町時代 これも蝶形にみえる。可愛い。

奈良時代の三鈷杵がある。形は「憤怒型」と呼ばれるものらしい。ギリシャ神話の海神ポセイドンが持っていそうな武具にみえるもので、なんとなく「憤怒型」というのも納得がゆく。三又の刺す又である。

五鈷杵、舎利容器、そして小さな五輪塔。
これらを佐藤氏はどのように自宅に展示されているのだろう。

緑釉花文手付小瓶 平安時代 首はやや短く、胴に牡丹らしき花が刻まれている。全体は黄緑。そしてその口縁はまるで花の形を思わせるように欠けていた。

蓮華形柄香炉 木製 鎌倉時代 二つあり、どちらも唐招提寺のもの。

四脚円卓 鎌倉時代 小さな円卓でとても可愛らしい。益田鈍翁旧蔵。

あらゆるものに仏性がある、というのには確かに同意するけれど、あまりの凄さに圧倒されてしまった。

前期は6/11まで。
後期は6/13から7/2まで。
十二天図、九相図、夢記断簡、正倉院裂などが出るそうだが、どのような状況のものなのか…
そしてこの佐藤氏のコレクションは続き、7/15から9/3までは「祈りのかたち。」展が開催される。
真夏に見に行こうと思っている。

藤田美術館 ザ・コレクション 

藤田美術館が今回の「ザ・コレクション」展を以て、今の建物での展示を終わるという。
昭和29年の開館時からの趣ある建物だが、確かに老朽化というものはあった。
空調もないので自然な風だけがたよりという状況でもあった。
残念だが、仕方ないというのもある。
このお蔵の美術館は天井の梁などはしっかりしているものの、わたしたちの見えないところでやはり耐え切れなくなってきているのだろう。
なにしろ美術館になったのは確かに1954年だが、その以前から建っているのだ。

藤田男爵の邸宅の敷地内に今も残るのは、このお蔵(コンクリート製)、お庭の多宝塔、元の東邸(現在は淀川邸)だけなのだ。
あとはみんな空襲でアウト。貴志康一の生まれた家も焼失。
1910年代から次々と建てられていった建物のうち、かつての姿を多くとどめているのはここということになるか。

淀川邸は1910年に完成したが、保存のためにかなり手を入れている。
現役のお食事処なのだから当然の話である。
わたしなどでも何かめでたいことがあればここでごちそうをいただく。
古い大阪人はこことロイヤルホテル(現・リーガロイヤルホテル)が和洋の「ええところ」なのだ。
その淀川邸、何度か撮影しているのに、意外なことに挙げていなかったので、後に挙げることにする。

かつての敷地内にあったもので、後に大阪市長公館、現在はウェディング施設になった「ガーデンオリエンタル オオサカ」の写真はこちら

さてそうした話が世に流れて、わたしが訪ねたとき、かつてないほどに美術館が混雑していた。それも学生などの団体ではなく、個人客ばかりの混雑で、いつもの様子と大いに違っていてびっくりした。

この美術館のよいところは小ぢんまりとしたところで、名品を知らん顔して古いガラスの向こうに蔵って見せていることだった。
今<蔵う>しまう、と書いたがこの美術館ではその字が似合うように思う。

2階から眺める。

雪舟自画像(模本) 室町時代 サザエさんのアタマがもっとゆったりしたような帽子、あれをかぶって→むきの顔。あの頭巾の正式名称を知らないのでこういうしかないのだが、イメージとしては伝わると思う。

題雪舟山水図詩 了庵桂悟 室町時代 ラストの「大明阿育王」という字だけは読めた。

熊野懐紙 久我通親 鎌倉時代 後鳥羽院の熊野ツアーに同行した時に読んだものなのでこの名がある。
詠山路眺望和謌 のタイトルがついていた。

阿字義 平安時代 これは「阿」の種字を胸に抱いた人々が次々に現れる絵巻。
出ているのは尼さんと公家だけだが、なにやら音楽に乗って登場し、流れてゆくような感覚がある。「阿」の字はピカリと光っている。
詞書にはルビ有。

継色紙 伝・小野道風 平安時代 表具がいい。中回しには竹と鳳一羽。まだ若そうで、ちょっと可愛い。

金銅造釈迦三尊像(太和銘) 482年 緑青が吹いていて、光背も多少欠落しているが、釈迦も左右の仏もきれいはきれい。

二階の最奥の大きなガラスの向こうは畳四畳が並列している。
ここの記憶と言えば竹内栖鳳がヨーロッパから帰国後に描いた「大獅子図」がいちばん印象に残っている。
いわゆる獅子ではなくライオン。堂々たる姿。
今回は出ていない。

替りにここには鎌倉時代の金銅密教法具がずらーっ。
きちんと正方形に配置されている。まるでディナーセットのようでもある。
四畳のうちほぼ三畳分を抑えていた。

向って左端には掛軸がかかる。
物初大観墨蹟 山陰語 南宋時代 更紗風な唐草の表装がきれい。

ひずみガラスのケースに収まる名品を見るのも楽しい。
金銅荘唐組垂錺飾 飛鳥時代 赤地の唐織りも鮮やかな色と文様が活きている。
ティアドロップというか棗型鈴。金具は花柄で全体がとても可愛い。

二重切竹花入 銘 よなが 千利休 桃山時代 銘の「よなが」には諸説があるが、竹の節間を「よ」と数えることにも由来があるらしい。
竹製の楽器の代表に尺八があるが、その前身は「一節切」ひとよぎり というもの。なるほどと思う。
今回は添え状も展示。

古瀬戸肩衝茶入 銘・在中庵 室町時代 傍らに6つの仕覆があるのが微笑ましい。蓋は象牙製か、こちらは7つ。
屈輪盆に収めているようで、それが重ねリングのような形状なのもいい。

砧青磁袴腰香炉 銘 香雪  南宋時代 砧らしい水色青磁の色。香雪は藤田傳三郎の号。
火屋は傳三郎により新調された花唐草。とても可愛らしい。隙間のゆったりしたもの。

仏功徳蒔絵経箱 平安時代 箱の内外の絵はそれぞれ法華経の物語を記している。
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蓋表、鳳が飛び交っている。他に琵琶や笙などの楽器が浮かぶ。
かぶせるタイプの蓋物で、5面それぞれ物語風な絵柄がある。
波の上をゆく仏たち。
本体の四面もいい。
正方形の側面1には雨が降る様子が、その対には坊さんと狼たち。妙にその狼らしきものが可愛いので、以前の展示のとき小さくメモを取った。こちら
正面には何かしら集まりそれぞの動きを見せる人々が描かれ、その対には木のそばにいる仏が描かれ、拝む人々もいる。

交趾大亀香合 清時代  かつては明から清と表記されていたが、今度は清代となっている。
近年のサントリー美術館での「国宝曜変天目茶碗と日本の美 ―藤田美術館」展、先般の東博「茶の湯」展でもこの亀さんは大人気だった。
サントリーでの感想はこちら

待ち望んだ末にようやく藤田男爵の手元に来た大亀さん。
これで茶会を開きたかったろうが、気の毒に実際に触れることなく、九日後に没している。
それでも死の床に大亀さんを連れてきた息子は孝行ものだ。
江戸時代から香合番付で横綱クラスだった。
この亀さんはカラフルな甲羅を持ち、黄色い手足を出している。
よくよくみれば首のすぐ左横にちょっと釉の剥がれているところがあるが、瑕ではない。可愛い大亀さん。

二階はここまで。
なお、以前にこの藤田美術館二大スターを使ったチラシがあった。
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当時の感想はこちら

ちょっと建物のことを書く。
二階の天井を見上げると、継のない立派な梁が長く伸び、垂木は5本ずつ。
一階はやや天井が低いものの、こちらも強固な構造に見えた。
この辺りを見ただけではまだまだ大丈夫そうにも思えるのだった。
だが、わたしは素人なので、耐震性などは観ただけではわからないし…
使いまわしはしないだろうな…

一階へ。
こちらも随分な人出である。

春日明神影向図 高階隆兼 鎌倉時代 以前に記したことを転用する。
これは藤原北家の流れを汲む鷹司冬平の夢に現れた神の姿である。牛車に乗って庭にまします。
しかし牛も消え、さらには神の顔は御簾で見えないままである。神や貴種は顔を描かれないことが多い。
更にその牛車の上には5つの円内に収まる神仏が居並ぶのだ。
「先年余夢中奉拝祖神春日大明神俗躰着・・・」
藤原家の祖神は鹿嶋から来ている。それが春日大明神になった。そのことを記している。
わたしは「平安貴族の見る夢にはどことなく恐ろしさがある。」と以前に書いた。
今回はそこまで思わないものの、どこか水底にいるかのような心持になる。

玄奘三蔵絵 巻五 祇園精舎へ着いた玄奘だが、彼らの前には荒れ果てた廃墟が広がる。
秋の日のことで、残された庭園の木々にはまだ季節は訪れているが、荒涼としたわびしさがある。
誰のか知らぬ髑髏も転がり、狐たちの住まいになってもいる。
一体いつからここはこんな風に衰退したのだろう。
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千体聖観音菩薩立像 平安時代 大半は剥落しているが、首飾りだけは金色に光っていた。
なにかお年寄りが若い頃の記憶と共に大切にしてきたネックレスが、老境の今となっても輝きを失わない、というイメージがわいていた。

平家琵琶 銘・千寿 室町―桃山時代 「平家物語」を演奏するために特化した琵琶。
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名は平重衡の側女の千手前から。撥面に山水図。銀月がある。その月で平家琵琶だということになる。
琵琶についての詳しいことはこちら

古代裂帖 刺繍で三人の天女が描かれている。頭上で二つに分けて括った髪をぼてんとしているもの、きちんと結い上げたものなど三種。三人の会話が聞こえてきそうなくらい、表情がはっきりしている。

花鳥海賦文辻が花染残闕  桃山ー江戸時代  シマシマに四種の文様を集めている。波模様がなかなか激しい。

国司茄子茶入 宋―元  可愛らしい。四つの仕覆がある。しかし前回みたとき「元々に包まれていたお仕覆は白極緞子とかで、今は木枠に嵌められて保管されている。濃縹地に文様が入ったもの。」と記していることから、もう今はあまりこの仕覆を身に着けないのかもしれない。

紫式部日記絵詞 鎌倉時代  長々と伸びて5シーンが出ていた。
9/15 秋の日、親王誕生の祝宴の引き出物を肩に担いで帰る公卿たち。庭には篝火が2つばかり。

9/16-1 道長の子らや女房達が大騒ぎしながら庭の池に舟を浮かべて遊ぶ。女4男2のグループ。

9/16-2 門前には天皇仕えの女房達の牛車と牛たち。斑の牛を曳く牛飼いは目元しかわからないが、なかなか可愛い。

9/17 紫式部による中宮彰子のお見舞い。中宮や乳母たちへの贈り物の包みがたくさんある。御簾の中の話。

日時不明 一条帝の行幸時に遊んでもらう用の竜頭鷁首のチェックをする道長。
このシーンが一番よく表に出ていると思う。

奈良時代の舞楽面の蘭陵王、江戸時代の能面の般若がある。陵王の鼻が欠けていた。般若の金目・金歯がよく目立つ。

大井戸茶碗 銘・蓬莱 朝鮮時代  細い金継がまるで首飾りのよう。カイラギもまた…

曜変天目茶碗 南宋時代 光り方がとても綺麗。中の星はそれぞれの大きさと方向性の違いがはっきりしている。
傍らの螺鈿の天目台もいい。

いいものをこの場所で見た、ということを忘れずにいたいと思う。
6/11まで。

萬翠荘を行く その3

二階へ。
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漆喰装飾の魅力。
こちらもステンドグラスがみごと。

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鏡が素敵だ。
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二階には小部屋が多い。
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模型を見る。
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良く出来た模型。素晴らしいドールハウス。

資料がある。
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次は屋根裏へ。

萬翠荘を行く その4

いよいよ屋根裏へ向かう前に再び階段のステンドグラス全景
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窓からの緑が濃い。
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スレート屋根が見える。
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行こう。
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普段は非公開だが申し込みをすればよいそうだ。
屋根裏には過去があると言ったのはミシェル・トゥルニエだったかな。
地下室には未来があるとも言う。

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梁の様子がわかる。
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商標もある。
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降りる。
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面白かったが、やはり優雅な室内に惹かれる。

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といいつつ、地下へ。

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旧大和田銀行(敦賀市博物館)のように優しさを感じる地下。

そこから外観をみる。
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こんにちは
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なんだね、と言われそうである。

萬翠荘を行く その5

いよいよラスト。
本当に素晴らしい建物。
アンコールを含めて。

細部の良さと照明とを楽しむ。
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この日もそうだが、市民のカルチャー活動にも使われていて、生きた建物だということを強く感じる。
この日は特に薔薇をモチーフにした個人創作品がたくさん飾られていたので、より優雅さが増していた。

窓から見える外観もいい。
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まだ見なかったステンドグラスもある。
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この洋館の主・久松定謨氏は数度にわたり渡仏した。
フランスの想い出がこの建物を造らせたのだろう。
素晴らしい。
渡仏には秋山好古もつき、かの地で騎兵戦術の習得に努めた。
そして好古は後年「日本騎兵の父」と謳われる。
わたしの中ではあくまでも司馬サンの「坂の上の雲」での秋山兄弟が活きている。

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室内の最後にもう一度あのステンドグラスを。
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わたしがこれまで見た大型ステンドグラスの中でも特にすばらしいものの一つだと思う。

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では外観を。
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またいつか訪ねたい。
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