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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2017.9月の記録

20170902 茂田井武 原画展 大阪府立中央図書館
20170902 文人のまなざし―書画と文房四宝 大和文華館
20170902 源信 地獄・極楽への扉 奈良国立博物館
20170902 東大寺の歴史と美術 東大寺ミュージアム
20170902 興福寺の寺宝と畠中光享 なんば高島屋
20170903 土佐光起生誕400年 近世やまと絵の開花―和のエレガンス 大阪市立美術館
20170903 中国の彫刻/多彩なる隷書 漢の刻石 大阪市立美術館
20170903 長尾雨山が見た中国書画/千花百果 四季をめぐる中国書画 大阪市立美術館
20170903 源氏絵 大阪市立美術館
20170909 二条城 建築探訪
20170909 やきもの巡り 京都・滋賀編 後期 茶道資料館
20170909 渉成園 建築探訪
20170914 生野銀山界隈 建築探訪
20170914 京の至宝 黒田辰秋 えき美術館
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20170918 加山又造 生命の煌めき なんば高島屋
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20170922 レオナルドxミケランジェロ 三菱一号館
20170922 江戸の琳派芸術 出光美術館
20170922 驚異の超絶技巧 三井記念美術館
20170922 深海/まりも 科学博物館
20170922 フランス人間国宝 東京国立博物館
20170922 特集陳列:岩佐又兵衛 東京国立博物館
20170923 ちひろ 詩と芸術 /奇喜怪快 井上洋介の絵本 ちひろ美術館
20170923 畠中光享コレクション インドに咲く染と織の華 松濤美術館
20170923 記憶の中の渋谷 中林啓治が描いた明治・大正・昭和の時代 渋谷区郷土文学博物館
20170923 上村松園 山種美術館
20170923 狩野元信 サントリー美術館
20170923 少年ジャンプ 創刊号から1980年代、伝説の始まり 森美術館
20170924 鈴木春信 千葉市美術館
20170924 18世紀の京都画壇 千葉市美術館
20170924 待乳山聖天と隅田川 寺社
20170924 小林清親と井上安治 すみだ区郷土文化館
20170924 錦絵 東京浪漫 前期 郵政博物館
20170925 横浜トリエンナーレ 横浜美術館
20170925 運慶 東京国立博物館
20170930 白洲正子ときもの 梅田阪急
20170930 民藝の日本 柳宗悦と「手仕事の日本」を旅する。 なんば高島屋
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日本の驚異の超絶技巧と、フランス人間国宝と。

三井記念美術館と東博表慶館とで凄いとしか言えない工芸展が開催されている。
三井では「驚異の超絶技巧」、東博では「フランス人間国宝」。
めちゃくちゃ凄いものばかりみて、人間の手が生み出すもの、技術の高さに唖然となった。

まずは三井から。
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明治の職人工芸と現代作家のいい仕事が並んでいる。
初代宮川香山のこの猫はあのお猫さんの仲間ですな。
こいつ。ここにはいないけれど。
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陶磁 猫ニ花細工花瓶 初代 宮川香山 眞葛ミュージアム



タイトルは三井のリストからそのまま。
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清水三年坂美術館からの出品が多い。納得する。
七宝 紫陽花図花瓶 並河靖之 清水三年坂美術館  ああやはり並河の七宝焼は黒地のものがいい。そこに白地にほのぼのと青のグラデーションを見せる花が咲き、鳥や蝶が舞う。
こんな繊細な絵柄を有線で拵えるのだから、本当に凄い。

伊勢エビ三匹。
自在 伊勢海老  宗義 清水三年坂美術館
自在 伊勢海老 山崎南海 清水三年坂美術館
現代作家 自在 鹿の子海老 大竹亮峯
皆本物そっくりリアリズムのエビ。ただ、鹿の子エビだけちょっと色が違うのが逆に拵えものだという実感をきちんと持たせてくれる。

現代作家 ソメイヨシノ 橋本雅也  ああ、これはまた本当の桜にしか見えない形をしている。違うのは色だけ。そう、鹿の角で出来ている。わたしもこの作家さんの作品は知っている。金沢21世紀美術館で見て、すごくいいなと思ったのだ。
ここで作品を見ることが出来たのは嬉しい。

木彫・牙彫 吹上菊図文庫 旭 玉山 清水三年坂美術館  「吹上菊」というのはハマギクという種類らしい。
嵌込彫刻。彫嵌というそうだ。江戸以来の職人の技術。素晴らしい。

木彫・牙彫 釣瓶に蝦蟇 三代 正直  あちこちに蝦蟇がいる。けっこう可愛いよ。それとカタツムリも。そしてなんとこんな細かい作りなのに一木造だそうです。凄すぎるよなあ。

現代作家 一刻:皿に秋刀魚 前原冬樹  これが噂の食べ差しのサンマ。山口画伯がチラシでああ言うのもよくわかるなあ。
そしてこれを見てスペイン在住のグスタボ磯江のスーパーリアリズム絵画を思い出した。

七宝 月に時鳥図花瓶 安藤重兵衛  名古屋のほまれ。無線で雲を・有線で月と杜鵑を表現する。

現代作家 Arcadia 稲崎栄利子  「アルカディア」=理想郷とは言いながらも、不思議な無気味さがある。ナウシカが腐海の底で見た清浄な結晶世界、もしくは白濁した色ではあるが、諸星大二郎が描く何らかの生命体にも見えた。
もしかすると、彼らを通過した後の世代が拵えるものには、どうしてもそうした面影を見出してしまうのかもしれない。

木彫・牙彫 胡瓜 安藤緑山  今回のお楽しみはこれだ!というものです。
前回の超絶技巧の時もこの安藤作品にみんなひっくり返ったけれど、今回もこのキュウリには驚かされた。やー、噛みたいな。

現代作家 タカサゴユリ 橋本雅也  本当に凄い・・・この技巧。タカサゴユリは台湾原産でうまく咲かせるのが難しい。暗い茶室の中に静かに咲いている骨の花。

さてここからが本当に怒涛のように凄まじいばかりの超絶技巧の工芸品の列。
京の有線使い・並河と、東の無線師・濤川。
ガレvsドーム兄弟もかくやとばかりに技巧と表現の違いを見せるが、どちらもとても魅力的で、ずらりと並ぶ七宝焼の美にただただ溺れる。

木彫り・牙彫 銀杏鳩図文庫 旭玉山  様々な素材を使って箱を装飾する、そういうのがとても好きだ。
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だから是真、小川破笠らの作品を見ると嬉しくなる。
今回は出なかったが、芝山細工が好きだということも関係しているかもしれない。

ウルトラリアリズムの安藤緑山の野菜などがずらりと中央のガラスケースに収まるのもいい眺めだった。
食べることは出来ないが、そこにあるとまるでご飯の支度をしているような気になる。

自在も多く並ぶが動くところが見たいといつも思う。それがないのが本当に惜しいが仕方ないのか。
以前に科博でみたのは動き続けていた。そういうのを見てみたい。

金工は可能、正阿弥、海野らのいいのがある。
こうした工芸品をみていると、ここに出品している現代作家もいいが、海洋堂の原型師の人々もまたこの系譜に入りうると思うのだ。

刺繍絵画は千總と高島屋が拵えたものが清水からきていた。
これを見るとうちの祖母が女学校時代に拵えた森の中の湖を描いた刺繍絵画を思い出す。
ここにある作品は明治のものだが祖母は昭和初期に拵えたのだ。
ということはその時代まではまだこの作品も生きていたことになるのだ。

現代作家の作品が最後に一堂に会していた。
橋本雅也の骨の花が二つ、前原冬樹のウルトラリアリズム造形…
驚いたのもある。
加藤巍山 恋塚  これは袈裟御前を殺してしまった遠藤盛遠の苦悩を表現しているのだが、こうした彫刻を明治から百年経った今も見ることができるとは思いもしなかった。
逆に新鮮な感じがした。

まだまだいいものが実にたくさんある。
楽しく見て回れる展覧会だった。
12/3まで。

次は東博の「フランス人間国宝」展。
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いいな、こういうチラシ、すごくカッコいい。

フランスでも1994年からこの称号が与えられるようになったそう。
人間国宝。たった124人。そのうち15人の作品を見ることが出来る。
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入った直後に広がる曜変天目茶碗の群れ。
巨大なテーブルにヌラヌラ・・・
照明が良くて作品が更に魅力を増したように思う。

あまりに綺麗な情景にここで長居をした。
更に2階からもその耀きに打たれた。
見下ろした先には美しい床模様が見えるはずが、茶碗の光で打ち消されていた。

いくつもの宇宙空間がある。
東アジアでは作られなかった緑の曜変天目がフランスの人間国宝によって作られる…
そしてここでその美を露わにする。
一つ二つでない多数の茶碗たちがある法則によって並べられている。
秩序と言う枠の中で展開する美は、しかしひどく混沌的だった。
近くで見る喜び、離れた位置から覗く愉しみ。
あまりに深いよろこびにぞわぞわした。

メガネ、バッグ、傘、扇子…
ある種の逸脱を感じるのはわたしが古い認識に縛られているからか?
何故そんなことをする?
そう問いかけたくなる表現。
だがそれも「悪くない」と思ってしまう。
それがやはり彼らの技術の力、人間国宝の技能によるものなのだった。

この展覧会の凄いところは見せ方にもある。
羽で作られたリンゴの木を照らす光。その光から生まれた影もまた楽しめるように設えられていた。
そして光の広がりと狭まりが折り布を照らしだし、その明暗を楽しめもする。

ネリー・ソニエの羽根細工で一つの物語が紡がれていた。
「ツグミと鯉 分け与える」。鳥と魚が仲良くなる物語だった。
鳥は死、魚は生 …アジアに広がる古代の認識をふと思い出したが、ここには優しい物語しかない。

ヒトの手仕事の確かさ、その素晴らしさに圧倒された。
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そして現代の職人芸はそのまま現代アートにも見えた。

明治と平成の日本、現代のフランス。
どちらもみごとな手仕事を見せてくれた。
工芸品の良さを改めて知る展覧会だった。

こちらは11/26まで。


江戸の琳派芸術

出光美術館で久しぶりに「江戸の琳派芸術」を楽しんだ。
何年振りだろうか。
以前の感想はこちら
わたしの中では江戸琳派を見ることが出来る美術館=出光美術館、細見美術館という認識がある。
このふたつがいちばん江戸琳派を見せてくれるのだ。

さてその出光美術館での江戸琳派展、わたしは楽しく見て回ったが、これはあれだ、完全に楽しむのが目的の展覧会。
こうした内容のものは本当に楽しい。

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1.光琳へのまなざし ―<江戸琳派>が<琳派>であること
最初に彼ら江戸の琳派な絵師たちがリスペクトしたおした、光琳へのときめきを基にした作品が現れる。

夏秋草図屏風草稿 抱一  ああ、これは風が吹き渡るのを感じさせる絵だ。風が一瞬強く吹いて秋草が翻る。

風神雷神図屏風 抱一  宗達以来の流れ。可愛い風神雷神コンビ。
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前掲の夏秋草図は光琳描く風神雷神図の裏手に描かれている。
今は分離されているが、抱一は最初から意図してそれを描いた。
絵を重ねて見たとする、そこに現れるのは別な絵・別な空間になる。
雷神が夏の雨を・風神が秋草を揺らす嵐を招く。
ああ、素敵だ。

八つ橋図屏風 抱一 やっぱり金地というのは豪奢でいいな。この屏風は本当に好きだ。
もしかするとこの屏風がいちばん好きかもしれない。

伝・光琳のと抱一の紅白梅図屏風が並ぶ。金と銀。これも本当にいい。
銀の良さにときめく。

2.<江戸琳派>の自我 ―光琳へのあこがれ、光琳風からの脱却
わたしはここで勝手に「序破急」ということを想った。

燕子花図屏風 抱一  C型に咲き乱れるカキツバタ。青の中、少しの白が咲き、それが画面を引き締める。黒いトンボが止まっている。この空気感がいい。

流水図屏風 伝・光琳  観世水がうねるうねる。

三十六歌仙図 其一  これも描き表装がいい感じ。其一の世代になるとまた状況が変わってくる。去年、其一の展覧会でそのことをはっきりと知った。

糸桜・萩図 抱一  それぞれ絵の中に短冊なり色紙なりがあって俳句が記されている。
糸桜の短冊には「そめやすき人の心や糸桜」、萩の色紙には「白萩や有明残る臼の跡」。

垂れ下がり植物には優雅さがある。
糸桜・燭台図扇面 抱一  ここにもいい糸桜がある。そして燭台図には金砂子が撒かれていた。
綺麗な絵を見るのはやはり好きだ。

寿老・春秋七草図 抱一  毛利家伝来品。爺さん、白鹿に乗る。その白鹿の眼がなかなか深くものを言う。
春秋の対比がいい。菜の花と女郎花、月と日の対。

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秋草図屏風 其一  この屏風の素晴らしさに震えた。銀地が酸化して黒くなり、闇へと変わった。
そしてその闇が奔放な秋草を飲みこもうとしている。
白萩が揺らぐ。
とても魅力的な状況になった屏風。元の銀のままならどうだったろう。ここまでときめくことになったろうか。
闇を纏う屏風の美にふるえる。

蔬菜群虫図 其一  上に雀がいる。トンボもいてキュウリの実がなってる。いい時期に来ているのだ。
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藤花図 其一  元は襖絵だったそう。わかるね。いい感じ。

3.曲輪の絵画 ―<江戸琳派>の原点
抱一先生は吉原通いで文化の成熟を達成させました。
抱一、歌川豊春の遊女図、鳥文斎栄之、田中抱二の吉原絵巻などがある。

吉原通い図巻 鳥文斎栄之  富士山が見えますなあ。
花街柳巷図巻 田中抱二  俄をしているところ。獅子舞と音頭取りがいる。

裏側は汚くても、表は華やかで明るい。
そしてその見せかけの明るさこそが「文化」の本質の一つなのかもしれない。
知っていてこその、享楽。

4.<琳派>を結ぶ花 ―立葵図にみる流派の系譜
光琳の芙蓉、乾山、抱一、其一の描く立葵図がずらりと。
わたしは琳派を知るまでは立葵の花をしらなかったのだ。

琳派の花の絵がいいのはグラデーションの良さもあると思う。
例えば紫陽花は丸い球になり、しかしそこで細分化され、青系統のグラデーションで彩られ、ヒトの心に入り込む。

5.師弟の対話 ―抱一と其一の芸術
ここに至ってもまだまだ佳いものが現れる。

十二か月花鳥図貼付屏風 抱一  この屏風、本当に好き。白梅、菜の花、桜に瑠璃鳥、紫陽花とトンボ、柿にメジロ・・・
別なシリーズに登場するフクロウのも可愛くて好きだ。
抱一のこれはとても人気が高く、今確認できるものは7種あるそうだ。
中には酒井侯に貴殿の弟御の絵を、と言うてきた大名もいたかもしれない。兄の息子が跡を継いだ後も「叔父君の絵を所望したい」くらいはあったかもしれない。
そんなことを想うのが楽しい。
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四季花鳥図屏風 抱一  小さい屏風。しかし手の込んだ作品。

四季花木図屏風 其一  描き振りが花により変化を付けているのも面白い。
スタンプ押しのような杜若、笑う桔梗、切り絵風な水仙…
紅葉まんじゅうのような楓もいい。

月次風俗図 其一  これは形が不連続なのがまた面白くもある。
円形・扇面・四角などにその月の行事や好かれるものが描かれている。
幼い曽我兄弟の遊ぶ様子、成人後の曽我兄弟の夜討、蹴鞠、鍾馗と鬼、母子の砧、富士講の蛇…
お江戸の人が好んだ月次もの。

雑画巻 其一  百合の絵の所が出ていた。綺麗な花だった。

他に光琳百図なども参考にあり、どこもかしこもいい絵ばかり集まっていた。

光琳の時代から百年後の化政期以降。
この時代の江戸の面白さを想う。

堪能したが、またしばらくすると味わいたくなる展覧会だった。
11/7まで続くから、もう一度くらい行けそうだ。

レオナルドxミケランジェロ展はやっぱりよかった

既に終了したが、三菱一号館の通称「レオミケ」展、彼らの素描を集めた展覧会はよかった。
もっと早くに行けばよかったが、諸般の事情により最終日手前になった。
長期間の展覧会でこういうポカをしばしばやってしまう。
要するに遅刻体質なのだ。直さなくてはならない。

朝イチに行くと入室待ちの列が出来ているのはいいが、ちょっと手際の悪さが目に付いた。
スルーしたが、これは改善案件になるか…まだ仕事から抜け出てないアタマで思う。
平日、新幹線から即現場へつくと、まだ頭の切り替えが出来ず、そういう目で見てしまう。

なお面倒なので、以後はレオナルド・ダ・ヴィンチはレオ、ミケランジェロはミケで書いてゆく。
ああ、ようやくアタマがこちらへ向いてきた。
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これまでダ・ヴィンチの方が多く展覧会が開催されてきたように思う。
少なくともわたしが展覧会に行くようになってからはそうだ。
まあ理由はなんとなくわかるが。

素描の良さを堪能する。
今回はっきり認識したことが一つある。
この時代は女性を描くのに男性モデルを使い、それを描き変えるというのが普通だそうだが、素描を見て本当に納得した。なるほどなあ。
そしてさらにそれがとても美麗な場合、元の男性もとても綺麗だったのだろうと妄想が湧き出してくる。
綺麗な男の骨格を使い、聖母を描きだす。
どことなくアダムの肋骨の話を思い出すではないか。
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レオ 少女の頭部/岩窟の聖母の天使のための習作 1483-85  確かにこれはかなり美人。見返るところを大写し。

レオは頑なそうな爺の顔を多く描いている。
まあ正直見ていて楽しいものではない。
よりによって感じ悪そうな性質が出ているようなツラツキばかりのじいさんばかり描く。
しかしこれが描けないとやっぱり絵は巧くならないのだろうなあ。

ミケの戯画のような聖母の顔も見る。ザ・鼻の孔とでも言えそうな絵で、これはちょっとばかり「刃牙」を思い出すよ。

1つの名作があると、それを同時代の追随者や後世の者にも手本として開放する。
名画の構図の共有。みんなその絵を模写して腕を磨く。
どことなく狩野派の粉本主義にも似ていないかな。
学は真似るから来たと言うので、やっぱりこれはいいシステムなのだろう。

実際ここにはレオの「聖アンナと聖母子」の模写などがある。
みんなあの名画を目指して修業する。

彫刻と絵画の関係性についての議論があったそうだ。
この二人は全く違う意見を持っている。
レオは画家の方が偉いという意識が強く、ミケはそれはそれ、これはこれ。違いの分かる大人の対応。

レオ 髭のある男性頭部(チェーザレ・ボルジア?) 1502  三態あるが、右端の真正面を描いた顔のその目つきが「進撃の巨人」リヴァイ兵長に似ていて、わたしは朝からいきなりきゃーっになってしまった。
はぁはぁ・・・鼓動を抑えようとしつつ、ときめきが外へ突き抜けてゆく。
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ミケ 背を向けた男性裸体像 1504-05  左足を蹴りあげている後姿なのだが、その体格やなんだかんだがやっぱり「進撃の巨人」のエルヴィン団長に見えて、これまたドキドキした。しかも隣同士に並ぶ絵ではないか。
ちょっと最近のわたしはダメだ、フジョシというものは妄想を止めることはできない、限度がない…

男性のトルソを見ても河神を見ても、今はついついそんな妄想に駆られる時期に来ていて、これはもう本当に困る。
いや、これこそがフジョシの本懐か?
というわけで、何を見ても更にもう一つ奥の楽しみがあるということだ。

レオ アンギアーリの戦いのための習作  ああ、これの本画をみたなあ。見たがついに感想に出来なかった。

ミケ イサクの犠牲 アブラヒム親父の手首を止める天使。少年イサク危うし!

レオ 馬の後ろ足の習作 やたらとウマウマウマウマ。

ところでチラシに「宿命の対決!」とかあるが、まあ別にガチンコでどーのというのは案外なかったようだが、面白く思ったことが一つあった。
レオの予定していた彫刻が鋳造されず戦争に使われてしまった。
ミケはそのことについて怒り、レオをかなり強く非難している。
まぁ仕方なくもないような。

レオ 手紙の裏に潜水用器具の研究  という走り書きがあるのだが、これがもう口が横にさらに広がったオバQが口から何か垂らしているようにしか見えなかった。

手紙と言えばミケがトンマーゾへ贈ったソネットなどを見ると、やっぱりわたしにはそれは熱烈な恋文にしか読めないのだがなあ。

レオ 男性の脚の習作  ああ、いいな、これは。

最後にこれを見た。



妄想大爆発しながら見て回ったが、やはりそれが出来たのはルネサンスの二大天才の力のおかげだった。
いい素描を多く見ることが出来て本当に良かった。

2017.9月の東京ハイカイ録 その2

日曜、この日は京成線で千葉中央へ。
昨日みた井上洋介展で見た「京成線の変な人たち」を思い出す。

この道からの方が間違えなくて済むな。
暑い暑い日差しの中をゆく。

千葉市美術館で鈴木春信展。
可愛い男女の性差のない体型、ソフトな表現。
いいのが多く出ていた。
で、所蔵品展がたまらない。
春信の活躍した同時代の京の絵師たちの展示だもんなあ。
要するに京都画壇の光芒を見せるわけですよ。
この取り合わせで思い出すのが随分前の京博での展示。
『元禄・化政の間の18世紀こそ、絵画の黄金時代なのだ。江戸には浮世絵しかなかった。19世紀の北斎は蕭白の影響下にあった』
…これな。

お昼は全国展開の某水産系居酒屋。ここの店はさりげなく親切なのがいい。
魚はもちろん美味しかった。
再び京成線に乗り、今度は浅草へ。

暑いぞー
浅草を歩きながらめまいがしてきた。
ようやく待乳山聖天へ。
無料の浮世絵展。しかも物すごーく発色がいい。一枚の中に数色の青があったりとかね。
こういう隙間の存在を忘れないようにしよう。

桜橋をわたり、すみだ郷土文化資料館へ久しぶりに。
ここでは明治の小林清親と弟子の井上安治の展示を見る。
やっぱりいいな、江戸から明治への転換期のややこしい時期に生きた二人の絵師。
do!family美術館で見た昔からずっと好きだ。

交番があったのでそこで郵政博物館へ行くのに歩くか・吾妻橋から乗るか相談する。
結局お巡りさんのおススメに従い吾妻橋から押上へ。まあこの方が合理的だわな。

郵政博物館、17時半まで開館のくせにロッカー使用は17時までと言うのが気に食わねえ(空条承太郎風に)。
明治の東京風景を描いた浮世絵を見る。主に三世広重な。

そこでタイムアップ。一旦宿に帰り、またお出かけ。今度は飯田橋。そこで色々いろいろ・・・・・・・・・
毎晩出歩き、ときめきつづけているのですよ。

最終日、月曜。
定宿の朝ごはん作ってくれるKさんとなんだかんだとおしゃべり。
平日担当のKさんは他にもう一人入れてほしいと願うのだが、来る人は皆平日が嫌だというそうな。
東京は意外と仕事があるなあ、長期に働ける人が必要なんだなあ。
時給はともかくとして。
まあちょっとばかりそんな話をして、また来月ね。

同宿した一家に色々親切と言うか、道案内・ルート案内をする。
こういうことを自分からやるのが大阪人の血であり智であるわな。

横浜トリエンナーレへ。
三年に一度だったな。あれから三年か。もっと前かと思ってた。
現代アートがニガテなんだが、それでも心に触れるものがある。


この糸の連続を見ていて始皇帝の巨大な陵墓のあちこちに張り巡らされていたというトラップを思い出していた。



横広だからかなあ???

さてタイムアップで一気に上野へ。


こんなの見た日には一気にトリップしてしまいそうだ。

というわけで東博。
運慶展、内覧会。
これについてはもう本当に凄いのを見たと思う。
運慶がいいのは当然なんだが、それを教えてくれたのは東博だ。
素晴らしいという言葉がまず来る。こんなに見せてもろてよいのかというくらい名品が集まっている。
そしてその凄さを顕にする為の展示のあり方が見事。前から好きなもの・見知っているもの=コレハアレ、その認識が一斉に更新された。どうかこれからの観客よ、自分の眼で見てほしい。意識の改まりを知ってほしい。

これまで興福寺の多聞天の掌の宝塔を特に気に止めなかったが、今回の展示で多聞天が宝塔を天に衝き上げている姿に衝撃を受けた。
この展示だからこそわたしは見る、知ることが出来たのだ。
多聞天の掲げた先には何があるか。
多くの人とこの衝撃を共有したいと思う。
凄いものを見た。

古いガラスケースがいくつか登場。
わたしはあのガラスケースが好きだ。そこにあの作品があるのを見たとき、なんだかすごくラッキーな気分になった。
しかも中にはわんこ。そう、あれね・・・

興福寺の人気コンビ天燈鬼と龍燈鬼も登場。
明治末に関西旅行した志賀直哉、里見弴、木下利玄らもファンになり、絵はがきを購入している。
「ゆるふんの具合がどうにもね」とは志賀の言葉。昭和初期、里見「若き日の旅」での追想の話。
平成の今もこのコンビは人気者。

イヤホンガイドも良かったわ。もっと聴いていたいと思ったくらいの声と内容。聴きながら思わず「そうなのか!」と新たに目が開かれもする。特に八大童子のところが良くて3度も繰り返してしまった。
声優の小野大輔さんとアナウンサー堂真理子さん。
はっきりと脳に入る語りかけだった。

ああ、本当に凄い…

ドキドキしながらアフタヌーンティーもして、時間ぎりぎりで出る。
図録はムチャクチャ重たい。
ぐぐぐぐぐ…

新幹線に乗りながら思惟は揺らめき続け、栗ごはん弁当は美味しくいただき、タクシーで帰宅。
いろいろ片づけてからまたときめきが揺れ戻ってきて、結局のところいつもと同じ深夜までアドレナリン放出中…
いいツアーとなりました。
また来月。

2017.9月の東京ハイカイ録 その1

九月の東京ハイカイ録
今回は四日間東京におるのです。
金土日月。
それぞれたいへん忙しく過ごしました。

うちの母親は今あんまり心身が健全ではないのですが、わたしが不在になる時の方がまだマシで、今回も早朝にみそ汁を温めたり、途中までお見送りをしてくれましたわ。
これがいつまで続くのかはわかりませんが、出来なくなった時点でわたしのハイカイが途切れる可能性があるので、まあ常に一期一会の気分で出かけます。
母親も出来る限り好きなことをしろ・悔いなく遊べと言うてます。

さて早朝に新幹線。目覚めたら曇天の東京。
今回のわたくしはですね、先週から引き続いて足をいたわる為に杖をついてましてな。
それで杖を突きつついつものロッカーに荷を放り込んでから三菱一号館へ向かったのですよ。
KITTEの横を行けと言われてなるほどと納得。このルートだと地下から行くよりわかりやすいな。
まずは世間では「レオ・ミケ」展と呼ばれるダ・ヴィンチとミケランジェロの素描展。
例によって展覧会の感想は悉く後日に挙げます。

ようやく見に来れた。終了直前にしか来れなかったが。
近年になり、ミケランジェロが案外人当たりもわるくなく、良識もあり、親族への愛情も深く、というのが書簡やその他の資料から知られるようになり、わたしも好感度が高まっている。
素描は大人になってから好きになった。
なので今こんなにも会えてうれしい。中でもダ・ヴィンチ描く(おそらくは)チェーザレ・ボルジアの顔3態のうち真正面向きのそれが、「進撃の巨人」のリヴァイ兵長の目つきとそっくりだったので、朝から萌えている。

出たら雨が強まっていて、出光へ向かうのにどういうわけか彷徨してしまった。
仕方ない。ビルの地下へ入り、喫茶店でランチ。焼うどんを食べたが、具材が多いのはいいが、何味なのかよくわからない味付けではある。ちょっと不思議な味。

出光美術館で江戸琳派。いいものを見たなあ。数年前にも大いに堪能したが、今度もとても良かった。
こういうのを楽しめる環境は素敵だ。

三井記念美術館では明治の名工と現代作家の競演を大いに楽しむ。
技巧の凄さって結局なんなのだろう…ここまで凄いのを見るともう段々とわからなくなってくる。

さてこのまま雨の中を歩いて神田へ向かう。
本当は地下鉄なら最寄駅まで濡れずに済むが、ついてからが大変なのであえて平地を歩くわけさ。
そして上野に来ました。まずは科学博物館。大人気の『深海』展。
これが4時についてスイスイと入れたのは金曜で雨だからかもしれない。
機嫌よく見て回り、パチパチ撮って映像も見て、とても満足でございますわ。
そして世界館を一望してからレストランで恐竜の足をイメージしたハンバーグを食べてから、今度は東博へ向かいたいのだが、随分な雨ではないか。
困るなあ。先週こけたのは台風の雨のせいなのだぞぉ、とつぶやきつつ東博へ。

東博本館二階へ上がると、まさかの三藐院近衛信尹の特集!!
すごい嬉しい。わたしは近衛信尹の大ファンなのよ。
強い個性の字がもぉ素敵だし、彼の生涯を追うことも好きで、ドキドキするわ。
近年には大和和紀さんが「イシュタルの娘」で小野お通の恋人としてヴィジュアルを与えてくれたから、いよいよ嬉しい。
大和和紀さんが描いた彼にもときめくよ。
そう、朝から夜までこうしてときめいているのですよ・・・

他にもいろいろいいものを見て気分は昂揚するぜというところで表慶館へ。
フランス人間国宝展。
これがもう見せ方の勝利というものを強く実感したね。
特に曜変天目。フランスの陶芸家も曜変天目に魅せられてそれを拵えようとしている、というのがとても凄い。
長いテーブルにずらりと並ぶ天目茶碗に秩序立てて照明が当たる。夜の照明。それが碗の中の宇宙を照らし出す。
ときめいたなあ。
傘や扇の面白いのも色々みたが、もうこれは職人仕事という土台はあるが、現代アートだな。

それにしても今回も東博の職員の皆さんの仕事ぶりのよさに感銘を受けたなあ。
以前からここの皆さんの働きぶりの良さにときめいて憧れていたが、今回親切を受ける身になって、ますますその良さに感心した。
1つ先の動きをしはるわけだから、本当にいい訓練をうけ、いい考え方が身についていて、実行できる。
こういうのは同じ社会人として憧れるね。ほれぼれする。
テキパキ+ニコニコ、いいなあ。

9時半まで遊んでから東京駅へ。
そこから送迎バスに乗ったのだが、これがえらい目に遭った。
団体の奥さんたちが、親切にしてくれるのはいいのだが、なんだかやたらとわたしのことを知りたがるのだ。
この場だけの付き合いなのになんでそんな、と思うがおばさんの好奇心は止まらない。
親切ありがとう、褒めてくれてありがとう、と思うしかない・・・
初日ここまで。

土曜日。
乗り継いで上井草。久しぶりにちひろ美術館へ。
駅から少し行ったところのサンドイッチ屋、相変わらず混んでるなあ。
1999年の夏、わたしは体調がたいへん悪くて毎朝起きる度「あ、今日もまだ生きてる」と確認し、恐怖と安心とに打たれながら日々を送っていた。
その最中にちひろ美術館へ行き、帰りにここのサンドイッチを食べたが、それが一日一食のすべてだった。
だからここのサンドイッチを見る度に、あの日々のうすら寒い恐怖と生きてる実感とを同時に思い出す。
秋になってようやく体調も復していったが、皆さん、本当に熱中症には注意しましょう。
(そう、恐ろしいことに自覚しないままずーっと毎日熱中症で、低血圧・貧血などなど色々あったのだ。)

ちひろ美術館で心を清めたのだが、企画展が井上洋介で、そのお浄めも吹っ飛んで行った。
やっぱりどっちも必要だよなあ、わたしには。
まぁ井上洋介で好きなのはナンセンス絵本なのだが。
その成分を十分に摂取して大いに機嫌よく上井草を出た。
サンドイッチ屋は12時過ぎには完売していた。

出て中井で乗り換えるべきなのを選択ミスして西武新宿に出てしまい、ちょっとツライことになった。
わたしは新宿と渋谷を歩くのがイヤなのだよ・・・
紀伊国屋について昼食してようやく元気になり、そこから松濤へ。

畠中光享さんのコレクションであるインド染織あれこれ。
撮影可能なのでパチパチ。いやーさすが畠中さん、素晴らしい。
これも24日まで。面白かったよ。

そこから駅に戻るとうまいことハチ公バスが来たよ。それで渋谷郷土文学館へ。
元・日活の美術してはったヒトの渋谷今昔絵が面白かった。こういうのもいいよなあ。
そこからずんずんと気楽に歩いててあ゛っ!カバン忘れた。
取りに戻る。そりゃそぉだよなぁ、こんなに身軽なはずがない。
立体起動とか可能なら山種まで一気に行けるな、と思いつつ、あんな筋肉痛バリバリは困るな・・・
ええと、わたしの忘れ物を心配してくれた館の人が外に出ていて、山種への更なる近道も教えてもらえた。ああ、そう、こっちの方が近いのね。

というわけで山種美術館。
上村松園さんを中心にした美人画展。
実は最初に見た松園さんの絵は「花筐」で高校の頃だった。あの顔が狂気を描いているとはわからなかった。
今でも非常に好きな絵だが、松園さんの本領はここに展示されているような気品のある婦人方なのだ。
大正頃の作画にところどころ艶めかしさ・堕ちてはいけないと自分を叱咤しつつ、何かがこぼれるような、そんな絵が途轍もなく好きだが、それを好むものを松園さんは苦々しく思うだろう。
・・・とかなんとか思いながら歩くと男性作家たちの舞妓絵がずらり。
これを見て唐突に思い出したのが今東光「春泥尼抄」の一文。
大意は「尼僧も舞妓も本心からの笑いを忘れている。」
色々考える。

坂を下るのは足に支障をきたさないが、やっぱりあの螺旋階段にはやられる。
しかも揺れるねんもんなあ。

六本木へ。
ミッドタウンで軽食。トマトごはんと豚とジンジャーのスープ。
こういうのが好きなんだよ。

サントリー美術館で狩野元信展。永徳の祖父、探幽の高祖父。
このヒトから狩野派が一気にのし上がったようですなあ。

そこから森アーツ。
あれだ、創刊号から80年代ジャンプ展。
もう本当にわたしの子供時代からいちばんジャンプに熱中していたど真ん中の頃の展示で、ずらーーーーーーっと並ぶ表紙絵にもところどころ思い出すものがいっぱいある。


いやぁ、ジャンプって本当にいいものですね!と水野晴郎風に言うてみたら泣けてきた…

結局最後までいて、東近美へは行けなくなった。


二日目ここまで。

大理石とステンドグラスの邸宅 その3 

見学は出来なかったが、矢橋邸・和館の外観を眺めた。

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林の奥に
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見学したその日の庭には白梅が咲いていた。
その前にアカンサスを刻んだ柱飾りのようなものがオブジェのようにそっと置かれていた。
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作業場も見学させていただいた。
素晴らしい大理石の数々を拝見する。
世界各国の大理石。これが実に素晴らしい。
本当にいいものを色々みせてもらった。
ありがとうございます。
実際、この矢橋大理石の見学以降、わたしとその仲間たちは訪問する先々に大理石があれば必ず「矢橋さんの仕事」と思うようになっている。
見学は凄い経験と記憶になった。

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長い塀の続く道をゆく。

お邸を出て駅に向かうと、ピーーーーと鋭い笛の音がする。
貨物車だった。運んでいるのは矢橋の石灰だった。
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いついつまでもご繁栄を祈っております。

大理石とステンドグラスの邸宅 その2

大理石とステンドグラスがふんだんに使われた素敵なおうち。
まだまだ続く。

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ミミズク、そして百合。これは以前に挙げていた分
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大理石の豊かさ。
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照明
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続く。

大理石とステンドグラスの邸宅 その1

2006年に岐阜赤坂の矢橋大理石へ見学に行った。
ここは日本を代表する大理石メーカーであり、輸入元である。
そのあたりのことについては2006年のこの記事に挙げている。
当時、わたしはフィルムのカメラで撮影していたが、とうとう近辺に現像するところが無くなり、デジカメに移行したが、このフィルムは長く現像できないまま置いていた。
ただ、出かけた記録として内容を記したのだが、なかなか画像を挙げることが出来ないままになり、二点ばかりしか紹介できなかった。こちら。

今回、褪色を懸念してここに挙げる。
ただし11年以前の見学と撮影なのでどこがどうなのか正直思い出せない。
それで以前のをここに一部引用する。そこから大体想像することになる。

「辰野の弟子岡村徳一郎が設計した二つの洋館と間につなぐ和館と。
南陽館と呼ばれた邸はユーゲントシュティール様式の屋根を持ち、実に美しい勾配と窓を見せてくれる。
中に入るやたちまちきれいなステンドグラスか出迎えてくれるが、オウム柄なのでつい〈お竹さん〉と言…いません。
階段の手摺は特に何か彫刻もなくごくシンプルな作りだ。

しかし上ると極めて精巧なアールを描く窓があり、クレーを思わせる柄のステンドグラスが縁取りされている。これは浴場窓と呼ばれるものだ。
こうしたガラスだけではなく各室に大理石が填め込まれているが、全て違う色の大理石なのだ。
オニキスに目を惹かれたと思うや、赤や翡翠がある。それらは壁の下部に貼られているが、中に据えられた家具もまた大理石なのだ。これらは国産大理石だと教えられる。
玉のように磨きぬかれた美しい大理石たち・・・溜め息がもれた。
また、ドアにもステンドグラスがありふくろうが二羽きょとんとこちらを見ている。別室では鹿が飛びもする。ははは、楽しいぞ。
石とガラスの館は磨きぬかれている。
和館は見せてもらえなかったが、廊下の曲がり角の細工がいいので他の造作も想像がつく。すてきな和の空間だ。
建物を出ると、外壁にまっすぐ大理石が貼らているのを見た。うん、と何故かうなってしまった。」


以下、外観から。
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大理石の床。
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サンルーム
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階段の様子
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ステンドグラスの嵌る室内。
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モザイクタイルも可愛らしい。
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続く。

浪花の彩 花ひらく近代絵画と四天王寺

既に数か月前に終了した展覧会の感想を挙げる。
わたしの記憶と楽しみのための感想である。

四天王寺宝物館「浪花の彩 花ひらく近代絵画と四天王寺」展。
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四天王寺の近代日本画といえばまず第一に菅楯彦。そして弟子の生田花朝女、それから金堂壁画を担当した中村岳陵。
だが、それだけではない。
今日では既に知られなくなった画家の仕事もここには多く残されている。
春の名宝展ではそれらが多く出ていた。

日鑑 吉田源應 1906-1907  日記である。「森下仁丹のおかげで天井画が作れたこと」を書いている。
その大鐘楼の天井画の落款印もあるが、めちゃくちゃ大きかった。

湯川松堂という絵師の作品が随分と並んでいた。
明治から戦後まで活躍していたようだ。鈴木松年に師事した絵師で小松宮にも気にいられていたそう。
今回は主に戦後の作品をみる。

雲竜猛虎図 1955  横広がりの猛虎の顔だが、その目が青い枇杷の実のようなところが可愛い。

松鶴図屏風   たいへん力強い。墨絵の松とカラフルな鶴の対比もいい。

菊慈童図  とても温和な美少年である。謡曲が聴こえてきそうな風情がある。
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他に出山釈迦、寒山拾得、福禄寿などがあった。

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菅楯彦をみる。
菅は四天王寺と非常に関係が深い。それについてはここにも紹介がある。

天人奏笙 1937  宙に浮かびながら笙を吹く天人。そよぐ衣の美しさ。

聖霊会舞楽(降鈴) 1927  背後に五重塔がみえる。そして舞台では今しも舞楽「降鈴」が演じられている。赤と緑、左右それぞれの方が舞う。

鳥向楽 1923  こちら雅楽「鳥向楽」を演奏する右方の人々を描いている。
赤の衣の右方。

四天王寺亀の池図  ここで不意に現実に戻されるように亀の池が現れる。この絵は近年見つかったものだそうだ。さらりと綺麗な春色に彩られた亀の池とその周辺。

聖霊会舞楽胡蝶図  舞楽「胡蝶」は大傘を差し、その下で舞うものだそう。
古代から中世において「傘をさす」とはどのような意義を持っていたのだろう。
そのことを考える。説経節も傘を開いてその下で語られる。
古代の貴人への日よけもまた。
「傘」とはなんなのだろうか…

舞楽陪臚  篝火の中で演じる「陪臚」。一発変換出来たが、そもそも「陪臚」とはどういう意味なのかをわたしは知らない。知りたいが、ちょっとばかり難しい。
赤い衣に身を包んだ舞手が何人も刀をあげて声を挙げていた。

抜頭廻鼓図 1956  巨大な太鼓を運んでいくところ。時代背景は江戸の頃らしい。奉仕者は古代以来の様相だが、ちょんまげに裃、そして袴をたくしあげて歩く人々もいた。
こうした人々を描くのが本当に菅楯彦はうまい。

抜頭鼉太鼓を廻る 1957  満開の桜の下で行われる右方舞。篝火は金色で描かれる。そしてその桜と篝火と人々の背後には巨大な太鼓と満月。

散華図 1959  二種あった。飛天と幡を掲げるみづらの少年と。
いいなあ、こんな散華。

浪速御民と名乗りを上げた菅楯彦は、情緒のある浪花の風俗画を多く描いた。
そこには優しく温かなまなざしがあり、観る者に小さな安寧を与えてくれるのだった。

小川翠村 群遊 1931  胡粉で藤を盛り上げて描いている。その下には白鳥、鯉、虫などさまざま。白昼夢のような美しさがある一景である。

次は生田花朝。女性の画家で菅楯彦同様四天王寺との縁は深い。
極楽門の春 1965  彩色鮮やかに四天王寺の西大門(極楽門)の下で楽しそうに遊ぶ子供らを描いている。
まだ舞楽の装いをした子供らも多く、早く遊びたそう。

ここにはないが、高津神社か生玉さんかの境内で機嫌よく遊ぶ子らの絵もとても好きだ。
彼女もまた師匠の菅楯彦と同じく浪花の人々・風物を多く愛したのだ。

四天王寺聖霊会行道図  チラシ表。 とても華やかな様相を上品に描く。足元の色とりどりの葉っぱのようなものは散華だろうか。扮装した人々、獅子、菩薩面をかぶったもの、そして傘、僧侶らも続く。

団扇絵もとても愛らしい。

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最後に青木大乗の波濤図屏風。たいへん力強い波の寄せる様、こちらも泡立つようだった。

いい図録もいただいたし、とてもありがたかった。

常設の特集展示では後醍醐天皇の大きな両手の朱印つき御宸翰もある。
これをみると今昔物語かなんだったか、泥棒を捕まえるのに自ら船の櫂を軽く打ち振りながら指揮をした、という逸話を思い出す。
その後醍醐天皇の様子を見て、泥棒は投降したのだった。

ほかには切り絵作家の宮田雅之の作品もある。

埋もれたままの感想にしなくてよかった。
日の目を当てたことでまた思い出せるだろう…

京の至宝 黒田辰秋

美術館「えき」KYOTOというのが正式な名称で、今年はもう20周年を迎えるらしい。
その記念展が「京の至宝 黒田辰秋」展。
実際、黒田の作品は没後何十年経っても使われ続け・愛され続け・シンボルであり続けている。
進々堂本店の巨大な長卓、鍵善良房の飾り棚、河井寛次郎記念館の看板、状差し、装飾品などなど…
今では豊田市美術館に所蔵されている黒沢明の別荘の椅子もまた。

今回の展示はその黒田が世に贈りだした名品を集めている。
わたしが行った日は木曜の夜間でヒトも少なく、作品と向き合うのにとてもよかった。

最初に現れたのはチラシにも選ばれているこの「金鎌倉四稜捻茶器」1965-70 北村美術館所蔵だという。
北村美術館は茶道具を見せる美術館だが、こうして古美術だけでなく新しいものも茶器とするのだった。

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1.河井寛次郎との出会い
河井寛次郎記念館では多くの「民藝」の品々をみた。
その中でも木工品のいいのを多く見たが、その大半が黒田の作品だった。
まだ若かった黒田は楠部弥弌と仲良くなりその紹介で河井に出会った。
その河井に励まされ、黒田は良い作品を生み出そうと闘い始めた。

その河井寛次郎記念館の様子
その1 

その2


河井記念館、日本民藝館などの所有の品々をみる。
卍文状差し 1927-29  ああ、見覚えがある。四段の縦の状差しで表にそれぞれ卍文が入ったもの。これいいなあ。

拭漆欅真鍮金具三段棚 1927  使い込んだいい色めになっている。90年の歳月がこの棚をこうしたのか。大事に使い、丁寧に拭く。
この形はそもそも朝鮮の民具から発想を得たそうだ。だから三段の上下に優美な透かし棚がある。
なお翌年製作の二段棚にはその透かしはない。
実際、高麗美術館で展示されている李朝の棚などを見ると、その木工芸の確かな美しさに心が躍る。
それを採り入れた黒田の気持ちも伝わってくるようだ。

黒田はその頃2年ばかり「上加茂民藝協團」に所属し、仲間と熱心に新作を造り続けた。
この団体が二年で終わったのは残念だが、これはこれで意義のあるものだった。
そしてその当時そこで拵えた作品の図面が、今回出ている。
・・・いい図面やなあ。

朱漆透彫文円卓 1930  丸く大きな卓、1M近くある。脚部分に透かしが入るのも朝鮮風。

朱漆三面鏡 1931  これまたとても綺麗な三面鏡。形自体はシンプルなもので装飾が施されているわけでもないが、とても綺麗な朱漆塗で、それだけでも素晴らしい。

根来鉄金具手箱 1930  蓋に卍文があり、鍵は昔の日本風の鍵。根来なので朱の前面からところどころ黒が滲む。黒を覆い隠す朱、そこからのぞく黒。
不思議な味わいがある。

組み立て式弁当箱 1935  これはいいものだが、前にもどこかで見ている。いつからの考えなのかというと多分江戸時代にはあったろう。いい知恵が伝わっていてそれをこのようなよりよくし、実際に使っている。合理的なものに美が具わる。いいなあ。

白タモ葡萄杢インク壺 1935  これは志賀直哉の旧蔵品。奈良にいた頃に得たのだろうか。こうしたコミュニケーションを想うのは楽しい。

拭漆欅真鍮金具印箪笥 1937  この拭漆というやり方は黒田が開発したもの。もう少し後の章に多く出てくる。
箪笥もとてもいいものだ。
戦前の木工の仕事はとてもいいものがある。

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2.黒田辰秋と京都の注文主
主に鍵善良房の所蔵する黒田の拵えた小間物が集まっている。
今でも人気だが、鍵善良房はずっと愛され続けている。ここを舞台にした映画もあるくらいだ。
そしてそこにはわたしのオバもその一家の一人の役を得て出演している。

螺鈿唐花文座卓 1926  これは別な個人蔵。縁周りに綺麗な花を上向け・下向けに配置してずらりと並べる。花は全部で56か。こうしたパターンは正倉院の宝物以来だと思う。可愛いなあ。

さて鍵善のために拵えたくずきりを入れる器やお菓子用の重箱などが集まる。
螺鈿葛きり用器、螺鈿卍文蓋物、螺鈿卍文茶筒、螺鈿八角菓子重箱、螺鈿「亥」字香合、螺鈿菓子重箱…
みんなとても綺麗な螺鈿で装わされている。みんなそれぞれ様相は違っているが、縦に螺鈿が貼られているのはシャープで素敵だ。可愛いなあ。これは今では使われていないものだが、本当に素敵だ。

他に濱田庄司、河井、黒田らの寄せ書きもある。
そしてまた一つ素晴らしいものがあった。
赤漆宝結文飾り板 1930-35  あのとても綺麗な赤色の飾り板。
モダンな赤色の塗に独自の「宝結び文」が中央に透かし彫りされている。
魅力的な飾り板。とてもとても素敵。

沃地色漆紋尽くし手筥 1948  いじいろ。カラフルな様子。いろんな紋の形。
そしてその設計図などもある。

彩漆群蝶手筐 1948  肌色の地に様々なリアルな表現の蝶々が舞い飛ぶ。

4. 人間国宝への歩み
飾りなしのシックな拭漆欅。それで作られた様々な器がある。

溜漆蔦金輪寺茶器 1960-65  拭漆とはまた違うがシックでいいものだった。
これも北村美術館か。いいものが多いのはわかっていたが、素晴らしい。

拭漆松衝立 1934 鍵善の飾り板と同じ宝文がある。
この文様は黒沢明の別荘や宮殿内に収められたドア飾りにも見られる。

黒沢明のために拵えた巨大な椅子があった。花文の入ったとても大きな椅子。これをみてわたしは朝倉彫塑館にある双葉山の椅子を思い出した。あんなサイズ。そこに座るのを喜んだ黒沢。

朱溜栗小椅子 1968  可愛いなあ。色もとてもいい。

赤漆捻紋蓋物 1949  可愛いなあ。いいなあ、とても。

流稜文飾手筐 関連スケッチ  エッシャーみたいな感じがある。

この辺りでは捻りの造形の良さが目につく作品が多い。
そして多くの作品はいずれも時代を越えている。

最後に螺鈿作品がたくさん並んでいた。
縞柄の螺鈿の容器の美しさ。これは本当に魅力的だ。
何度も見て回りながらキラキラを享受した。

また、「燿貝」と名付けられた螺鈿作品もある。この名付け親はやはり民藝と関係の深い棟方志功だそうだ。
本当にすべてがキラキラと耀いている。

最後の最後までいいものを見続けた。
黒田辰秋の作品は生き続ける。
嬉しい限りだ。

10/9まで。

加山又造 生命の煌めき

難波の高島屋で加山又造展をみた。
副題は「生命の煌めき」である。
息子の哲也さんによる紹介の言葉を読んで、加山又造さんが今年「卒寿」だと知る。
むろん現世では13年前に時を止めたが、しかし時間の進み具合は別として、今日に至るまで加山又造さんの芸術は活き続けている。
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数年前に国立新美で大きな回顧展があり、若い頃からの作風の変遷を目の当たりにすることができた。
当時の感想はこちら
今回もまたその変遷をたどる。

終戦時、かれは22歳の若者だった。
戦時中は動員されて絵も描けず、自由もなく、さぞ憤っていたことだろうが、それでもその時代を生き延びた。

敗戦後、日本画の危機が訪れる。
そこで従来の様式・様相から脱却した絵を描こうと「創造美術」という団体が立ち上がる。
又造さんはそこにも参加し、先鋭的な作品を発表した。
その時代からの作品が出ている。

1.動物 ー西欧との対峙
上野の美学校時代、又造さんは動物園でスケッチをよくしていたそうだ。
ルソー、未来派、キュビズム、シュールレアリスム、そしてラスコーの壁画などがそこに加わる。

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1959年の「若い白い馬」、1954年の「月と縞馬」などの表現の鋭さはそれらをよく示している。

群れて走る馬たちを描いた「駆ける」、吠える狼たち、「紅鶴」と呼ばれるフラミンゴたち、みんな鋭い。

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だまし絵的なところ、面白い。

「凍林」「冬林」どちらも鋭い。その一方で図案的な美を感じる。   
西陣の図案家の父親の仕事を目の当たりにしていたからだろうか、などと考えもする。

2.伝統の発見
琳派への視線が加山又造芸術に、これまでと違う艶麗さを与えた。
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紅白梅 1965  光琳のMOAにある素晴らしい屏風、あれに出会えたからこそ生まれた作品。
又造さんは光琳の水の流れを酸化する銀で描いたと推測し、自らもそれに従った。
一時光琳は銀を使わなかった・使ったという話が起こったが、画家・加山又造の鋭い感性をわたしは信じている。

夏の濤・冬の濤 屏風絵だが、どちらもとても図案的であり、様式的でもある。

どんどん綺麗な作品が生み出されてゆく。

3.生命讃歌
猫と裸婦と花と。
澁澤龍彦「玩物草紙」の挿絵を又造さんは担当していたが、同世代の二人の共同作業を垣間見るようなシーンがしばしば見受けられた。
それを思い出しながらこの章をみる。

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薔薇之図 胡粉のきらめく群青を背景に紅白の薔薇が並ぶ。
これは他にも「苺」「薊」があり、シリーズなのかもしれない。

シャムネコ登場である。
チラシの猫は1980年のもの。このシリーズのシャムネコが可愛くてならない。
この絵で面白いのはカマキリの表情。カマキリも鎌を振り上げているように見えるが、むしろ物知らずのチビ猫に世の理をペラペラ話聞かせているのかもしれない、そんな顔つきだった。
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この優雅なシャムネコ以前、1960年頃のシャムはこちらを見る鋭い顔つきの猫だった。
見返るシャムネコは1970年。
1972年のシャムネコがやっと横を向いた。ただし対峙するものは何もない。

裸婦の屏風、千羽鶴の鉢の絵付け、濤柄の着物、牡丹柄の着物。
華やかな作品があふれ始めた。

赤い地に金の群鶴の華やぎをみると、素材は同じでも出発点からとても遠く来たことを感じる。
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4.伝統への回帰
水墨画の大作への挑戦。
先年、八王子夢美術館で見たものを思い出す。
当時の感想はこちら

80年代末に完成を見せた「倣北宋水墨山水」図がある。
これは前述の八王子で、その下絵などをかなりたくさんみている。
最初にこの絵を見たのは1993年で、当時のわたしは水墨画がニガテだったのであまりいいとは思わなかったが、今はいかにも北宋の波先の表現を始め、凍りついた夜のような様子が魅力的だと思うようになった。

身延山のための襖絵などからの絵もある。龍が立派であり、またどこかファンキー。

桜と篝の夜桜の絵は、御舟作品からインスパイアされたのだと改めて知る。
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最後に祇園祭の南観音山のための仕事が紹介されていた。
今も見ることの出来る又造さんの団扇絵、18枚が並ぶ。これはあれだ、南観音山の格天井に使うためだったそうだが20枚の予定のうち18枚で終わってしまったそうだ。様々な植物の絵がいい。
「野鳥の会」の雑誌表紙絵共々、豊かな小品だった。

いいものを見て快かった。
9/25まで。10月からは京都へ巡回。

茂田井武 原画展

東大阪市荒本の府立中央図書館で茂田井武の原画展が開催中。
茂田井武は1956年に亡くなったが、今も人気が高い。
現にこのブログでも数度に渡り展覧会の感想を挙げている。

銀座ノエビアギャラリーで「茂田井武 記憶の頁」展 感想

宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心展 感想 「セロ弾きのゴーシュ」が出ていた。

茂田井武展 感想

他にもちひろ美術館で見て決して忘れられない「クマノコ」の話もあるが、今回はそれは書かない。

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副題にある通り「きつねのおつかい」の原画が中心となって、彼の描く物語絵が展開されている。

「きつねのおつかい」は新美南吉の童話。原題は「狐のつかい」
このチラシの絵がそれ。
内容を青空文庫より借りる。(ルビは消去し、適宜読みやすくする)

 山のなかに、猿や鹿や狼や狐などがいっしょにすんでおりました。
 みんなはひとつのあんどんをもっていました。紙ではった四角な小さいあんどんでありました。
 夜がくると、みんなはこのあんどんに灯をともしたのでありました。
 あるひの夕方、みんなはあんどんの油あぶらがもうなくなっていることに気がつきました。
 そこでだれかが、村の油屋まで油を買いにゆかねばなりません。さてだれがいったものでしょう。
 みんなは村にゆくことがすきではありませんでした。村にはみんなのきらいな猟師と犬がいたからであります。
「それではわたしがいきましょう」
とそのときいったものがありました。狐です。狐は人間の子どもにばけることができたからでありました。
 そこで、狐のつかいときまりました。やれやれとんだことになりました。
 さて狐は、うまく人間の子どもにばけて、しりきれぞうりを、ひたひたとひきずりながら、村へゆきました。
そして、しゅびよく油あを一合ごうかいました。
 かえりに狐が、月夜のなたねばたけのなかを歩いていますと、たいへんよいにおいがします。
気がついてみれば、それは買ってきた油のにおいでありました。
「すこしぐらいは、よいだろう。」
といって、狐はぺろりと油をなめました。これはまたなんというおいしいものでしょう。
 狐はしばらくすると、またがまんができなくなりました。
「すこしぐらいはよいだろう。わたしの舌は大きくない。」
といって、またぺろりとなめました。
 しばらくしてまたぺろり。
 狐の舌したは小さいので、ぺろりとなめてもわずかなことです。
しかし、ぺろりぺろりがなんどもかさなれば、一合ごうの油もなくなってしまいます。
 こうして、山につくまでに、狐は油をすっかりなめてしまい、もってかえったのは、からのとくりだけでした。
 待っていた鹿や猿や狼は、からのとくりをみてためいきをつきました。これでは、こんやはあんどんがともりません。
みんなは、がっかりして思いました、
「さてさて。狐をつかいにやるのじゃなかった。」


つまりこの絵はラストシーンを描いている。
みんなガッカリしている中で、狐はやはりしょんぼりしている。

茂田井武はモブシーンの巧い画家だと前々から思っている。
カット絵もいいのだが、画面の隅々まで描きこんだ絵の良さ、これがとても魅力的だ。
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「こんなどうぶつえんができたらいいな」
クリックすると拡大。
武井武雄とはまた異なる面白味がある。

今回驚いたのは「新青年」での茂田井武の仕事と、「新青年」をまとめた本があることだった。
これには正直本気で驚いた。
今は「傑作選」などが出ているが、そうではなく叢書というべきか。
本の友社から刊行されているが、この出版社は2015年に廃業、手に入れることはまず無理か。
なのでこの機会に読みたいところだがなかなか難しい。
これらは当時の挿絵入り本。
大阪府立中央図書館にあるということを知っただけでもよかったのかもしれない…
さてそこで茂田井は何を描いたかと言うと横溝正史「かいやぐら物語」の挿絵などを担当していた。
偶然にもその日のわたしは何度目の再読かわからない角川文庫版「鬼火・蔵の中」を持っていて、それを読んでいたところなので、これまたびっくりした。
やはりきちんと時間を作って本を読もう。

話を元に戻して茂田井武の絵本。
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茂田井の仕事は多岐にわたるが、中にはこのように世に出なかったものも少なくない。
この「たけのこ」のほかに「でんでんむしのかなしみ」「がちょうのたんじょうび」などが展示されていた。
どちらも新美南吉作品。

奈街三郎と組んだ仕事もかなり多く、それらは今も銀貨社から出ている。
「おさるのしゃしんや」が可愛い。

「ホットケーキ」もいい。これは武井武雄も絵本にしている。
どちらも展示されていて、面白く眺めた。
話自体はこれはもしかすると今だと業田良家がマンガにしそう。
実際作品は全編ヒトコマで続くので、川原正敏の手法に近い。

いつもいつも焼かれるばかりのホットケーキが意地悪な気分を起こしてなかなか焼けないでいてやれと思う。
ホットケーキが焼きあがるのをひたすら待つバターやシロップたちが待ちくたびれる中、電力事情の悪い当時のこと、いきなり停電になり、今度は生焼けホットケーキが「早く焼けてー」と嘆く。

「しろくまのゆめ」に所収。今も手に入りやすい。

ところでこちらは2007年のちょうど今頃、人形町で見た茂田井武の絵本展の様子。
今回の展示品とリンクするのでこちらにも画像を使いまわし。元の感想はこちら

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他に同時代の絵本作家・小山内龍の絵本の紹介もあった。

そしてこちらはスタンプラリーのそのスタンプ三種。
専用用紙にスタンプを押して回れば茂田井武の絵を使った栞がもらえる。
イメージ (276)

今回の展示ではA5横型のカラーコピーだがよく出来たミニ図録もあり、とてもありがたかった。
こうしていい展覧会を見ることが出来たのはとても嬉しい。

9/18まで。

二条城へ行った その3 本丸へ

二条城もお城なのでお濠があります。
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本丸御殿を外観のみ楽しむ。
サイトから引用。
「京都御苑今出川御門内にあった旧桂宮邸の御殿を,明治26年から27年にかけて本丸内に移築したものです。」だそう。

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近代和風建築の粋ですな。

こういう仕事も素晴らしい。
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やっぱり可愛いな。
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土蔵。残ってるのがすごい。
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ここから清流園へ。
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いい配置。
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香雲亭


出口へ。
今回残念ながら収蔵庫はお休み。





またいつか来よう。とても楽しかった。

二条城へ行った その2

二条城の撮影できる所を挙げていきます。

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いい空である。


門をくぐるとこれ。番所。ここのは「二条在番」と呼ばれる。
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さて唐門。
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向うに御殿。
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金具や彫刻の綺麗なのをしつこく・・・
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カイカイする唐獅子、可愛い喃。










柱の根本
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堪能しましたー

さていよいよ御殿へ。
立派な車寄にときめく。
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凄い迫力。


ここの彫刻も見事。
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左手へ向かって奥が深いようだ。
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・・・・・

素晴らしかったなあ。

本丸へ向かう前に見返る。
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すごいわ。
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こういう屋根が好きだ。
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続く。

二条城へ行った その1

堀川通りはしょっちゅう通るのだが、二条城には全然関心がなかった。
前に行ったのはいつだったかと言うと、1990年代初頭だったような気がする。
その日は途中で雨に降られ、移動した六道珍皇寺でようやく雨が止んだ。
そしてそれ以前は小学生。
都合三度目の二条城なのである。

今年は大政奉還から150年の節目とかで真夏には早朝から開いていたそうだ。
まあ暑い京都ですから早よに出かけて早よに帰るのがカシコイですわな。

随分前に二条城の障壁画などの展覧会を見た。
2004年3月京都市美術館が開催した。
あいにくここではその感想を挙げていない。
あの時は鷹の横顔と虎が可愛い(!)くらいしか思わなかった。
二条城行幸図や、洛中洛外図で東福門院入内行列の様子を描いたものもみているが、やはりそれは二次元の見物でしかなかった。
今回は建造物としての二条城を味わおうと出向いたのである。

烏丸から12系統で二条城へ。
まず目に入ったのがこちら。


可愛い喃。

600円ほど払って入場する。
今はアジアの現代アートの展覧会も開催中だそう。

城内MAP
イメージ (261)

国宝 二の丸御殿の紹介
イメージ (262)

外観は撮影自由だけど、内部は完全に禁止。
そしてその内部こそが素晴らしい木造・木彫・建築の美にあふれているのだった。
こちらは二の丸御殿の飾り金具。
イメージ (270)孔雀や牡丹などが浮かび上がっている。
角の所では二分されて使われているのもいい。

格天井の辻金物も素晴らしい。
とにかく彫刻が豪奢で派手で見事。
花鳥・動物のいる変わり菱の空間があまりに凄くて。
かつての職人の技能の高さにただただ絶句。
障子の上の欄間部分に設置されたそれらはいくつものパターンがあるようだが、細かいところまではわからなかった。
紅葉に鹿が可愛かった。

障壁画は複製品が使われていて、本物は収蔵庫にあるが、行ったその日は展示替えの最中でクローズされていた。
残念。

2004年の展覧会のチラシを少し挙げる。
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イメージ (266)

遠目で見る虎や鷹たちの雄々しいこと・・・とはいえ、虎はファミリーで仲良くしているのも多くて、コワモテだけどほのぼの。
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どの部屋も本当に素晴らしかった。

イメージ (267)

廊下はキュッキュッキュツと鴬張り。懐かしいわ。子供の頃より今の方がよく聴こえる。

大広間、二重折上格天井という格の高さ。
イメージ (264)
人形が設置され、将軍家からの話を拝聴する武士たち。
その場は邨田丹陵のこの絵を基にしている。
イメージ (263)
そういえばこういう裃の平伏姿を小出楢重は「ワタリガニの集団」と言うていたな。

イメージ (269)

黒書院も白書院も素晴らしいが、白書院の襖絵は西湖を描いたもので、それまでの絵とは趣が違った。
ここはちょっとくつろぎの間らしい。

こちらは7/31までのチラシ。
実は特別公開は続いている。
イメージ (271)

本丸へ向かう。
お濠にきらきらなものが。てっきり噴水かなと思ったら違った。



現代アートでもこういうのはまだニガテではない。






色んなものがあるわけです。



・・・なんでやねんな案内板。

次からは建物篇。

旧三井家下鴨別邸にゆく その1

出町柳から徒歩数分、下鴨神社、糺の森へ向かう手前に広大な旧三井家下鴨別邸がある。
去年の10月から一般公開になり、今年の「京の夏の旅」にも登場した。

全部を撮影したわけではないのだが、挙げれる分だけ挙げる。
いつかまた全編挙げれる日が来るかもしれない。

出町柳から西へ向かうと、なにやら銅像が見える。


のっけからなんだが、彼の葬送映像が確か文化財になったはず。
1926年9月11日になくなり(本日だ!)9月16日に葬送があり、大勢の市民が彼を見送った。
この銅像は1966年、当時の蜷川虎三知事が彼の功績(映画だけでなく慈善活動にも大いに励んだ)を称えて拵えた。

この画像の背後にある塀。
これを追う。
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・・・旧三井家下鴨別邸でした。
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正面へ。
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近代和風建築の粋を集めた邸宅。
「江戸東京たてもの園」にある邸宅も見事だが、こちらも無論すばらしい。

二階から見た池。
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部屋の装飾あれこれ
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階段も仕えるもの用と分かれている。


屋根の重なりが魅力的。
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廊下のこんな感じが本当に好き。
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お客さんの使う階段
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旧三井家下鴨別邸にゆく その2

続き。

照明も可愛い。
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茶室。
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一階ではお茶をいただけます。
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象彦のゾウさんのお盆が可愛い。

お庭の青苔の美しさ。
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外から望楼を仰ぐ
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素晴らしかった。
今度は秋に訪ねたい。

中京区へ戻ると偶然みつけた。
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六角通り新町。
行ったその日は祇園祭の宵宵々々山(!)くらいだった。
その日だからこれを見いだせたのかもしれない。



戦前の近鉄を「見る」。

元は2005年10月13日にアップした「近鉄レトロ」と名付けた分で、当時どういうわけか画像が全く挙げられなかった。
今回、12年目に初めて画像を加える。
以下の文はその当時のもの。

平日だけの開室なので今朝一番に上本町の近鉄資料室に行った。
昭和初期頃までの駅舎や変電所の写真がたくさんあった。橋脚や他見所の多い資料展だ。
大軌というのや吉野鉄道、奈良電車というのが合併または発展して今日の近鉄線になったようだ。
こうした写真はなかなか見れないから嬉しい。他にも橿原や吉野、玉手山遊園などの絵葉書もあり、興味が尽きない。
阪急には池田文庫があるが近鉄にもこうしたすてきな資料室がある。もっと宣伝してもよいと思う。奥ゆかしいなあ。
朝一番の楽しい展覧会だった。


近鉄資料室は一旦2007年に閉館した後再び上本町で再開したそうだが、閲覧禁止と言う情報が入っている。
web上には「近鉄資料館」が開かれている。こちら

当時、見学したわたしが撮影を申し込むと気軽に応じて下さった。
以下は2005年での撮影写真である。

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お伊勢さんへの玄関口である。

イメージ (245)
「施設あれこれ」というタイトルだったことを今になって思い出す。
ここに挙げられている富雄の変電所の現在の様子はこちら

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「澱川橋梁」とはなにか。wikiから引用する。
「澱川橋梁(よどがわきょうりょう、Yodo-Gawa Bridge)は、京都市伏見区の宇治川にかかる鉄道用トラス橋である。奈良電気鉄道が自社線(現在の近畿日本鉄道京都線)の開業にあたり架設した。
本橋梁は比較的水量の多い河川を1径間で渡る長大な複線下路式トラス橋であり、完成以来2012年現在まで、日本に存在する単純トラス橋としては最大の支間長を備えることで知られる。」


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今はもうどこにもない建物たち。

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当時のポスターなど。
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また再び資料館が開館し、企画展示などを催してくれることを心から祈る。

やきもの巡り 京都・滋賀編 後期をみる

9/10までの開催だが、茶道資料館の「やきもの巡り 京都・滋賀編」の後期に行った。
前期の感想はこちら

古清水冊子形兎紐香炉 元禄  よくみかけるものだが、やっぱり可愛いのよな。ウサギも江戸の人は「可愛い」と言う目で見て、愛していた。
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七宝繋ぎの所から煙が出たのだろうな。
しかし本から煙と言うのはどうなんだろう…

一方堂焼 色絵桃形置物 リアル目。写実ではないが、そこがまた可愛い。

古清水焼 色絵虫篭形香炉  モノクロだが、これも凝った形をしている。紐の様子も窓の拵えも。
これは通期。
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染付動物文水指 永楽保全 鹿一家が山の中を。三日月が二つ並んだように見える夜空、鹿たちは頓着せず動く。

御室焼 黒飴釉長茶入 銘・鷲の山 野々村仁清  これはまさかのたてに長ーーーーーいお付き合い、京都銀行…な茶入。
仕覆も長いよ。イメージ (255)
銘の由来は玉葉集の巻19から
折知りて 見はやす人や まれならむ 鷲の深山の花の一枝

信楽尺八花入  …仁清による写実、リアリスティック尺八。穴の数も配置も。

古清水焼 色絵栗文皿  変形角皿で短い縦の部分が変化に富んでいる。栗とイガの様子を可愛く描いている。

銹絵染付菱流水文茶碗 尾形乾山  けっこう元気そうなシャバシャバやってる桶のような草が前面に。

銹絵染付白彩舟形平向付 乾山  5つともみんな様子を変えてあるのは、いかにもその時代の空気を吸ったからな感じがする。
片側だけに絵付けをする、というのも寛文小袖のようで楽しい。
雪の杉木立、舟、小手毬の花、業平菱…

一方堂焼 古染付写桔梗香合 白の豊かなところへ青い線が走り、可愛さを増す。

粟田焼 信楽写手付水指 風呂敷包をイメージしたようでディテールにそんな様子が見える。
 
古染付写山水文扇形向付 保全 柳に小舟の二人に山に…狭い空間だが広々としたものが収まっている。
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粟田焼 信楽写輪花水指 九左衛門 好みではないのだが、こうしたしっかりしたやきものの大切さと言うものをきちんと知っておきたい。
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梅林焼 三つ人形蓋置 器を抱きかかえる三人組と言うのはよく見るが、これは三人組が抱え上げている。しんどそう。
これで思い出すのが「北斗の拳」での子どもへの重労働な。

梅林焼 三彩茄子形徳利 なんちゅうリアルなナスや。それも京都らしい丸ナス。
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むまさう。

湖東焼 安南写鹿文火入 二つあってどちらにも可愛らしい鹿の絵がある。けっこうファンキーな鹿で、二つ並べると話し合いのようにも見える。見返り鹿と野に立つ鹿と。

湖東焼 染付猿に柿香合 白い柿の蔕に坐す猿が柿を持つ…ああ、無限の観念のようだ。さるかにではない。

湖東焼 染付山水図色紙形皿 これはいわゆる「ウィロー・パターン」。ツリする人が二人、柳は揺れて、鳥が…鳥がやたらと多いな。

信楽焼 檜垣文蹲花入 銘・青苔 室町  肩の辺りに簡素に檜垣文。この蹲りはいい感じ。わたしの好み。

瀧画賛 裏千家12代目又妙斎 明治―大正  強く縦一筋に墨を下す。かすれが水飛沫のようでとてもいい。

お茶も美味しくいただき、良いものも見せてもらい、本当にここは素晴らしい。
次回もまた参ります。

大阪市立美術館 コレクション展 2017年9月

大阪市立美術館のコレクション展はまるで沼のようだ。
物凄く深い。大半は大大阪の時代に市民からの寄贈によるものだというのが素晴らしい。
今回は中国文物の名品が集まっていた。

中国の彫刻/多彩なる隷書 漢の刻石/長尾雨山が見た中国書画/千花百果 四季をめぐる中国書画
これらをヒトの少ない空間で堪能した。

・山口コレクションを中心とした中国の彫刻
薄暗い空間にガラスケースが適度な距離感を見せながら林立し、そこに石造仏が収められていた。
仏像とその国と時代については大阪市立美術館のサイトに詳しい。pdfだが。

50体ばかりあるのだが一つ一つを挙げてゆくわけにはいかない。
道教の神像と仏教の仏像とが違和感なく同座する空間、これを味わうのはやはりその場へ行くしかないのだが、なにかしら異様な静けさが満ち満ちていて、温度を感じさせない現場となっていた。

石造から見る。
台座に獅子の浮き彫りが多い。それも向かい合う対の獅子の間に博山炉を全身で掲げる人物がいることが少なくない。
仏たちの大半は不思議な微笑を口元に浮かべている。
中にはへの字の口の仏もいる。
背後に三本足の烏、ヒキガエルの彫刻を持つものもある。
じっくり見れば見るほど面白い展示品。
信仰の念はここでは起こらないのだが、不思議な引力に捉われて、なかなか脱出できなくなった。

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白大理石で拵えられた仏像もいい。
同じ石であっても素材が変われば佇まいも変わるようだった。

紙本墨拓 皇帝皇后礼仏図 龍門石窟賓陽中洞 北魏 [6 世紀前半] 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
この大きな拓本を背後の壁面に、それを守るかのようにいくつかの菩薩・如来らの頭部だけ残った像が考え抜かれた配置に鎮座ましましていた。
それを見ただけでもここへ来た甲斐があったように思った。

・多彩なる隷書 漢の刻石
漢代は隷書が極まった時代でもあったようだ。
字面を見ただけでくらくらする。リストの文字を見るだけでもいい

あいにくこのブログでは隷書体にならない。どんな様子だったかはリストをご覧になり、そこから妄想していただきたい。
少しばかり例を挙げる。

群臣上醻刻石 前漢 後元6年 前158 師古斎コレクション
魯孝王刻石 前漢 五鳳2年 前56 師古斎コレクション
莱子侯刻石 新 天鳳3年 16 師古斎コレクション
三老諱字忌日記 後漢 建武28年以後 52以後 師古斎コレクション
開通褒斜道刻石 後漢 永平9年 66 師古斎コレクション
祀三公山碑 後漢 元初4年 117 大橋修一氏寄贈
馮煥神道闕 後漢 永寧2年 121 師古斎コレクション
裴岑紀功碑 後漢 永和2年 137 師古斎コレクション
沈府君神道闕 後漢 2世紀 師古斎コレクション

文字禍」は古代アッシリアが舞台の話だが、中国の石は二千年近くを永らえたのだった。

・長尾雨山の見た中国書画
リアルタイムの書画もあり、長尾へ贈られたものも少なくない。
書家の長尾の文字もまた数千年の歴史を持つ国の人に愛された。

王淵 竹雀図 阿部コレクション
長尾雨山 王淵竹雀図箱書 阿部コレクション
雀は可愛らしく、その箱書きもいい。

呉昌碩 与長尾雨山山水図  呉昌碩が長尾のために描いた絵なのだ。

こうしたつながりを見ていると、関西での戦前の日中友好関係がしのばれる。

・千花百果 ―四季をめぐる中国書画
吉祥を花を果物を描く。

張莘(18-19c) 栗菊図 清・嘉慶十九年(1814)   秋を感じさせてくれる。

徐嶧(18-19c) 花鳥図 清・嘉慶二十四年(1819)  東アジアの良さはやはりこうした花鳥画が描かれる風土だと思うのだ。

趙之謙(1829-1884) 四時果実図 清・同治九年(1870)
季節ごとのフルーツの紹介。いいなあ。とてもおいしそう。
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ももにざくろにひさごに仏手柑
どこかのんびりした良さがある。

のどかな日曜の午後に時間をかけて見歩いた。
10/1まで。

土佐光起生誕400年 近世やまと絵の開花―和のエレガンス

大阪市立美術館で「土佐光起生誕400年 近世やまと絵の開花―和のエレガンス」展が開催されている。
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これは特別展示ではなく特別陳列だからか、あまり宣伝もされていない。
正直、ツイッターで月猫さんが行かれたので知ったくらい。
いけませんなあ、大阪市。もっと宣伝してくだされよ。←ヒトのせいにするな。

春秋花鳥図屏風 土佐光起 6曲1双 紙本金地着色 (各)156.8×366.8 承応3~延宝9年
(1654~81) 公益財団法人頴川美術館 
これは頴川さんでも楽しく眺める屏風
先年松濤美術館にもお出まし
全体はこんな感じ。
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ちょっと今回は2扇ずつ挙げる。クリックすると拡大します。
イメージ (230) イメージ (229)

イメージ (232) イメージ (231)

イメージ (234) イメージ (233)
桜に柳、地近くには躑躅も咲く。燕飛び交う春の風。左は松に楓。いいなあ、心地いい。

牡丹金鶏図 土佐光起 1幅 絹本着色 58.6×108.6 承応3~延宝9年(1654~81) 個人
ファミリーの図。三羽の子らがいて牡丹が優しく見守る。

松に猿図襖 土佐光起 4面 紙本墨画着色 (各)176.7×139.3 貞享5年=元禄元年(1688) 悲田院(京都) 34面の内 
いわゆる「牧谿猿」。丸顔で手長の猿。黒猿と白猿。子を引き上げる親の顔つきが面白い。

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大寺縁起 土佐光起 近衛基煕ほか 3巻 紙本着色 (巻上)35.0×2300.5(巻中)35.0×2407.5(巻下)35.0×2141.5 元禄3年(1690) 開口神社(大阪)
あぐち神社。聖武天皇行幸が天平四年にあり、舞楽が行われる。また行基の話もある。
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さすがに能書が25人で書いているだけに書もとてもいい。下絵も出ている。

弁才天像 土佐光起 1幅 絹本着色 89.8×34.6 承応3~延宝9年(1654~81) 個人
宝珠を持ち、片手には剣を持つ。厳しい顔つきである。なにか力を授けてくれそうである。

牡丹双猫図 土佐光起 1幅 絹本着色 98.2×41.5 承応3~延宝9年(1654~81) 個人 伝 若狭酒井家伝来
蝶々もヒラヒラ。猫はキジと三毛。くつろいでいる。可愛いなあ。吉祥画

花鳥図 土佐光起 2幅 絹本着色 (各)97.7×38.8 承応3~延宝9年(1654~81) 堺市博物館
シジュウカラと白梅はおとなしいがこちらはけっこう華やか。
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鳥虫画帖(第4紙・第10紙) 土佐家 2枚 紙本着色 (第 4紙) 36.2×74.3(第10紙)36.3×74.0 寛文6年(1666)他 京都市立芸術大学芸術資料館 土佐派絵画資料 1帖 16紙のうち
眠たそうなミミズクが可愛い。あさりの柄違いもずらり。・・・茹でて口開けさせたろかな。

牡丹図巻 土佐家 1巻 紙本墨画淡彩 28.5×192.7 貞享4年(1687)他 京都市立芸術大学芸術資料館 土佐派絵画資料
これはリアリスティックに。写実だが、博物学的ではない。

衣通姫像 土佐家 1枚 紙本墨画淡彩 88.0×30.5 延宝3年(1675)元禄2年(1689)京都市立芸術大学芸術資料館 土佐派絵画資料
平安朝の姫の様子で描かれる。 この時期はあれか、ソトオリ姫の絵は結構人気だったのだろうか…

柿本人麿像 土佐家 1枚 紙本淡彩 80.0×39.3 寛文5年(1665) 京都市立芸術大学芸術資料館 土佐派絵画資料
何故か虎の毛皮でくつろぐ。いつものポーズとはちょっと違う。

南都八景画帖 土佐光成 (鷹司兼煕ほか) 1帖 絹本着色 (絵各)23.9×29.4 元禄9~宝永7年(1696~1710) 個人 池田侯爵家売立(大正8年・1919)
こういうのを「卓上芸術」というのだよな。南円堂の藤、佐保川の螢、三笠山の月、鹿も可愛い。ちんまりした良さが心地いい。

斎宮女御像 土佐光起 (中院通茂) 1幅 絹本着色 114.6×46.9 貞享2~元禄4年(1685~91)
チラシの貴女。珍しや行動しているではないか。

水辺鶉図(源俊頼歌意図) 土佐光起 1幅 絹本着色 36.8×55.4 承応3~延宝9年(1654~81)
ウズラの鳴き声が愛でられていたことを先般教わったなあ。
イメージ (236)

酒折宮連歌図(日本武尊) 土佐光祐(光高) 里村昌億 1幅 絹本着色 73.8×31.9 元禄11年(1698)賛
甲斐の国の酒折宮で童形のヤマトタケルが馬を曳く。上部に歌がある。ヤマトタケル大好き…

源氏物語絵巻 土佐光起 (八条宮智仁親王ほか) 1巻 紙本着色 32.3×1006.1 承応3~延宝9年(1654~81) 大阪青山歴史文学博物館
世代が変わると色が濃くなる。かなりはっきりした絵になっていた。

後は源氏絵、徒然草、小督図などがずらり。こうしたところに土佐派のよさがある。

10/1まで。

文人のまなざし-書画と文房四宝-

大和文華館では時折コンサートが行われる。
今回は「夏の終わりに」ということで主に二胡による演奏会で、「蘇州夜曲」などが予定されていた。
わたしも二胡は聴きたいし、「蘇州夜曲」は大好きだしで喜んで出かけたが、昼前にはとおに整理券はなくなっていた。
いつも親切な受付の方によると、まさかの短時間でなくなったそうな。
折角昼前に来てもあかんかったので、残念なことだが、仕方ない。
13時からのコンサート、その音漏れを少しばかり聴いて、展示を楽しんだ。

文人のまなざし-書画と文房四宝-
イメージ (219)

展覧会の狙いはサイトにこうある。
「詩文、書画などに親しむ文人は、古来より東アジア文化の重要な担い手でもありました。
彼らは友人との語らい、名勝への旅などの中で様々な書画を生み出し、さらには普段づかいの道具、例えば机上の文房具などに、雅を楽しむ自らの美意識を反映してゆきました。
文人たちが愛した秋の始まりの頃に、彼らの豊かな精神生活を感じていただければ幸いです。」

文人からは遠く離れて生きているが、まぁ好きなように見て回りましょう。
ところで「文房四宝」とは何かというと「硯・墨・筆・紙」のこと。
なるほど確かにこの四点がなければ成り立たない。
後漢の頃に蔡倫がいい感じの紙を拵えたそうだが、木簡・竹簡に詩を書いても別にかまわなかったろうが、やはり後世に残るのは紙だ。
それから文人はまず士大夫であることが第一条件というが(以下略)
・・・こういうことをここで書いても仕方ないのでやめる。
誰もわたしがそんな説明をするのを期待してはいない。
まず本人のわたしが。

・文房の美―文人の書斎道具
硯、水滴、文鎮・などが並ぶ。

風字瓦硯 唐  銅鐸の半割のような形の硯である。こういうのをみると片割れがあるのではないかといらん妄想にふける。

白磁円硯 隋―唐  円形を支える足は13本の蹄型。白鶴美術館にも似たものがあったと思う。一見したところ鎬入りのエンタシス柱にもみえる。いや、それほどでもないか。

五彩荷葉硯 景徳鎮窯 明  カラフルな青い蓮の葉っぱそのものが硯であるという。そのめりめりと内側に巻き込む葉っぱの上に蝶、蜻蛉を止めている。芸の細かいお仕事。

筆も素晴らしく凝ったものばかり。
赤地に螺鈿、紫地に螺鈿、「在地仰是」「月白風清」などの文字入りペン。
実際に使うためのではなく、飾り用だと思う。
実用品が綺羅をまとうと観用品になるのは面白い。

可愛い水滴も色々。
青白磁輪花水滴 宋  阿古陀形のような。鎬の所に釉だまりが。

青磁人物形水滴 高麗  道服に帽子の人物。
むかし、萬野コレクションで童子・童女形の水滴があり、それが萬野山荘に流れる川中に置かれていたのを思い出した。

青花透彫蛙蓮華算木文角水滴 朝鮮  四角いボックス型の水滴で天頂部に蓮の透かし彫りがあり、サイドには易学の算木をイメージした透かしもある。そしてこの箱の中にはあまりよく見えないが、カエルが入っているそうな。
「蓮の葉陰に潜むカエルらしいけど、どう見ても蓮檻に監禁される蛙ですな。

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墨にもこうした文様を入れたり。

・筆墨の美

七絶詩 文徴明 明  詩の中身がいかにも文人なんだけど、これ、あかんやろ…
要するに「静かな暮らしなので訪ねてくる奴とかいるとうざい」そりゃまぁいかにも文人なんだろうけど、ボケるで。
巷のやかましい中で暮らしててもアウトなのに。和光同塵、これで行きたい。
てか、こんなんいかにもおっさんの考えやわな。
昔も今も変わらない男の性質の一つか。

生朝自遣詩巻 沈周 1505  80歳の誕生日11/15に詠んだ詩。こちらは「人が来てくれた、爺さんだけではあれだけど、来てくれて嬉しいよ」というほどの内容。いいなあ。こっちの方がずっといい。最後は「睡魔に捕まったよ」というのもいい。

揚州八怪の一人・金農の書いた手紙も色々。芹沢銈介が染めたような字ですな。

賞楓図 張風 1660 垂れ下がる楓を眺める人をロングで。

葡萄図 李継祜 朝鮮中期  墨の濃淡で葡萄の実の張り具合がよくわかる。鮮やかな葡萄。いきいきしている。

墨蘭図 鄭燮 清朝  このヒトも揚州八怪の一人。ねぎのような蘭がいい。

葫蘆図 呉俊卿(呉昌碩) 1920  いちばん近代の絵。瓢がカラフルでかなり大きい。薄オレンジ色の瓢はちょっとばかり鹿ケ谷南瓜に似ている。それで葉っぱは南瓜のガワ色なのも面白い。
呉昌碩のこの大胆さというか放埓さに見える豪快さがけっこう好きだ。

・山水の美
まあこの辺りがいちばん文人画かな。

秋塘図 伝趙令穣 北宋  いつみてもやはりいい。秋の終わりの気分や空気が蘇ってくる。
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冬景山水図 陸治 明  寒そう。そして岩山も寒そうなんだが、その岩山がまるでゴリラが口から冷気を吐いているような様子を見せるのだよ。「西遊妖猿伝」で無支奇が山となって現れるシーンがあるが、それと表現は違うが、分類は同じになるかな。

山水図册 楊晋 1700  「倣趙大年」ということだが、とにかく可愛い。水辺の柳、睡蓮も。亭の中にいる人ものんびり。
また別な作品は「倣恵崇」で小さく牛と人とが描かれている。
どちらもとにかくチマチマと可愛い。線はくっきり。

雲山図 「李長孫」落款 朝鮮前期  おお、なにやら不穏。暗い雲に山が包まれ、そこから山肌を見せるがやはり不穏。

澗泉松声図 浦上玉堂  油性マジックで描いたような。意味不明な力強さっていいよね。平田弘史の書もそうだけど。

大雅筆山水図屏風縮図 1849  琴平の長谷樵雪というヒトが家にある大雅作品を摺ったもの。こういうのもいいな。

・文人の日々―書・旅・友―
まあ言うたら女のいない世界。

陶淵明故事図巻 李宗謨 明  ①さー字でも書こか!なところ。②侍童に話。③人とちょっとお話。④侍童が酒をざーっ袋に移し替え。盥があるから大丈夫。⑤琴を弾く。⑥三人でおしゃべり。
けっこう陶淵明は好きなのだが、今となっては「拙を守って田園へ帰る」と詠った「帰園田居」やあるいは「帰去来辞」にしてもわたしには「いやいや、むりむり、したくない」ことになってしまった・・・

聴松図巻 王翬・楊晋 1700  この絵も以前から「そんな300年も前とは思えない」タッチの絵で、むしろ1920年代の挿絵のようだ。

翰墨随身帖 田能村竹田  左は墨絵、右のカニは薄い朱。カニカニあふれる。
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緑陰溪友図 与謝蕪村 1777  橋の上で二人おしゃべり。ほのぼの。ロングというのもいい。

対ではないが対ぽいのがある。
春林書屋図 呉春  屋外を見るおっちゃん。掃除する坊やの背中。梅も咲いていいなあ。
秋溪訪友図 岡田半江 1843  舟で訪ねてくる。風通しが良いな。

鉄斎の対幅 1911 
梅華満開夜図
寒月照梅華図
イメージ (224)  イメージ (225)
やっぱり鉄斎の梅はいいな。

ということで文人から遠く離れて生きるわたしも大いに楽しめました。
10/1まで。

衣笠会館を見る

2007年10月に衣笠会館を撮影した記事を挙げているが、このたび手直しをして、以前より見やすいものにした。
今回、この形で挙げ直す。


以前に北野白梅町辺りをハイカイした記事を挙げているが、その中で衣笠会館の遠望をあげていた。
それから半年ほど経ち、その建物の中に入った。文化財登録の建物。

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門柱の表札。
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煉瓦をそのままハッつけたままだが、愛らしさに満ちた二階建ての研究所である。
煉瓦をはっけた内外の様子。
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今では松崎の京都繊維工芸大の研究所になっている。
昔の写真。
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行ったその日は、冬虫夏草と蚕の研究をされている方がおられて、細かい説明を受けたが、正直言うと生きている蚕を見たのもアルコール漬けの冬虫夏草を見たのも初めてなので、どうも気持ちのよくない感じがした。
田中恭吉の版画集で『冬虫夏草』というものがあるが、宿り木同様こうした種類のものは基本的に苦手である。
琥珀も葉っぱならともかく生物の痕跡があるものは避けている。
それでもその冬虫夏草の顆粒をもらったので、どうしようか悩んでいる。
(後日、イヤイヤながらこの顆粒を飲んだところ、東京ツアーを断念しようかと思っていたほどの風邪の諸症状があっという間に消え、たいへん元気に出かけることが出来た。
個人的な感想・望みだが、今となってはまことにありがたく、もう一度欲しいと思いもする)2017.9.4


さてその建物。外観は赤レンガ貼り付けのまま、中は漆喰で細工のされた天井もあり、和室の佇まいはこんなかんじ。
可愛いわんこの掛け軸もあった。
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幾つも部屋があるうち、このガラスは建築当初のままで、多分イギリス製品。
モリス商会好みのようなデザインである。
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各部屋の暖炉も可愛い。
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庭園もいい。
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行った日が木曜だったので、粟餅屋も豆腐屋も好きな和菓子屋もみんなお休みだった。
近所で評判のケーキ屋さんに行ったが、特記することもないので書かない。
近くの北野天満宮にお参りして、中京へ戻った。

京都の近代建築の大きいものは大体見てきたようにも思うが、今後は中堅クラスからささやかに愛らしいものもあげてゆきたいと思う。

東大寺ミュージアムへ初めて行きましたぞ

オープンしたときにどういうわけか行き損ね、そのままずるずると行かないままになった。
その東大寺ミュージアムへ初めて行った。


いい建物だと修二会の時に前を通っては思っていたから、もう二、三年くらいたっているのか。

最近少しばかり神経が弱っているのか、仏の前に立つのが好きになってきた。
これは彫刻としての美を楽しむのではなく、信仰の対象としての仏像に会いたい、そうした素朴なキモチがあるように思う。

大仏殿とセットで800円、ここ単独なら500円だと知る。
しかしこの日はここだけでよかった。
何年前か、自分の誕生日の日に会社を休んで大仏殿、二月堂へ行った。
三月のお水取りの夜景とは違う、真夏の二月堂は不思議な明るさがあった。
あのとき感じた気持ちを手放したくなくて、修二会の時以外はここへ来なくなった。

今回は東大寺大仏縁起絵巻を観たくて来たのだが、実際のところ、それよりも仏像をじっ と見てしまった。

最初に見たのは燈籠の火袋の羽目板として作られた美人さんだった。
ふくよかな頬の仏。
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そして東大寺の金堂鎮壇具としての様々なものたち。
中でも陰剣・陽剣があったのは嬉しかった。
この二振りの刀は光明皇后が正倉院から除籍させ、大仏殿に収めたものだそうだ。
刀自体は明治の世に発見されたが、7年ほど前にこれらの正体がはっきりとわかったのだった。
象嵌された銘がついに見出されたのだ。
あの当時、とても不思議なロマンティシズムを感じた。
亡くなった聖武天皇への愛情、それが光明皇后の動機だと思う。
そしてそのことに感銘を受けたのだ。

復元された刀も美しかった。
実用のものではないが、それだけに優美だった。
イメージ (216)
世に戻る花喰い鳥。

他に水晶玉、琥珀、蝉型のサスなどもあり、天平時代の国際性の豊かさ、唐の壮大さを遠く垣間見たように思えた。
イメージ (209)

伎楽面は酔胡従、太孤父、崑崙奴が出ていた。
大きな面ばかりだった。

西大門の勅額 フィギュアで飾られている。
イメージ (211)
これは以前東博にもでかけたもの。
当時の感想はこちら

そして仏像を見る。
千手観音はとても大きく、手に様々な何かを載せていた。
イメージ (213)
その傍らには日光・月光菩薩が。
ただ、この菩薩たちは元は帝釈天と梵天として作られたかもしれないそうだ。
額の髪飾り?にぞれざれ日月の小さな飾りがつく。
イメージ (210)
それぞれ少しずつ違いが見て取れるのもいい。

如来を守ろうと集まる四天王のうち左は持国天、右は多聞天。
多聞天の手首から先がないのもまた胸にこたえる。
経年劣化か誰かに取られたかは知らぬが、傷ついても決して、という声が聴こえてきそうだった。
イメージ (215)

誕生仏にも久しぶりに会う。
映像があって、その盤に刻まれた細かい絵をみる。麒麟、獅子に乗る人、山水、など。
裸眼では見えなさそうだった。
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釈迦坐像他方如来坐像  りっぱなほとけが並ぶ、
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弁才天と吉祥天女が並んでいる。元から同じところにいたそうだ。
とても綺麗なふたり、仲良しならなお嬉しい。
弁天さんの8本の腕、ふくよかさ。吉祥天は2本の腕。
頭頂部に髷を高く拵える同じ髪型。
属性は違ってもこうした共通性がいい。

鎌倉時代のお地蔵さんもいる。ヒノキ造りでリアルなお顔。
微笑んではいないが、確かな表情。地獄で会えばすがりつくだろう。

東大寺大仏縁起絵巻の中巻をみる。クリックすると拡大。
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室町時代・天文5年(1536)の製作。とても細密な描写で人々の着物一つにしても丁寧な描き分け。
25人の鋳物師が不意に現れ、その場で鋳鉄作業をする。しかし大仏の螺髪分の金属が足りない。
僧侶たちはこぞって柄香炉を捧げる。大きな火が燃え、作業は進む。
やがて完成すると、25人の鋳物師が菩薩の姿に変わり、天に昇る。
阿弥陀聖衆の25人の変化だったらしい。
一方、良弁僧正は他にも金がないか考える。金峯山で祈ると、蔵王権現が出現する。
彼は言う。ここの金は大仏のためのものではなく、もっと後世のためのもので自分が自由にできるものではない。
山にはそれぞれ理由があるのだ。
この山の宝は弥勒の世に使われるべきものなのだった。
それまで蔵王権現はこの山を守る。
良弁はまた祈る。今度は比良明神が現れる。
やがて東北から金が算出する。

絵巻はここまでだが、わたしは楳図かずお「イアラ」発端を思い出す。
大仏鋳造のときに生贄となる女が「イアラ」と叫ぶのを耳にした男が不死となり、女との再会を願って永劫の旅をする物語。

他に瓦がたくさん出ていた。この先もずっと東大寺は大事にされ、国家鎮護の要となるのだろう。

最後にスタンプを押した。
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また来ようと思う。

興福寺の寺宝と畠中光享


難波の高島屋で9/4まで開催中。
イメージ (189)
2018年に興福寺の中金堂が300年ぶりに再建されるそう。
こんなイメージ
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それでそこの柱にここの宗派の祖師さんたちの肖像画を巻きつけるそうな。
インドの絵も多く描かれる畠中光享さんが精魂傾けてそれにあたった。
イメージ (190)

祖師たちの全身像はこちら。クリックすると拡大化。
イメージ (192)

もう、この機会を逃すと全身をこうしてみることは出来ないそう。

畠中さんは大谷大学の出で今は先生として教えておいでやそう。
大谷大の博物館に行くと畠中さんの絵が出迎えてくれる。
畠中さんの絵を最初に見たのは陳舜臣「天球は翔ける」の新聞連載での挿絵から。
その時とほぼ同時に一枚絵も見た。
畠中さんの清楚なインド美人が印象深い。

今回もインド美人が多く現れた。
イメージ (191)

イメージ (206)

釈尊の様々な説話、そこからのイメージが絵となる。
イメージ (194)
維摩の話は難しすぎて女の人はめんどくさくなったよう。
中央の女たちの絵は高島屋には出ず、次の新津記念館に出る模様。
摩耶夫人。
ここには蓮が取り上げられているが、睡蓮の絵もある。
睡蓮は茎を高く伸ばして立つように咲いていた。
インドでは睡蓮と蓮の区別はないそうだ。
そして「一灯」。
イメージ (195)
灯りの大きさ・長さはそれぞれ。
ヒトの命のことを思ったよ…

群青に雲母または胡粉を鏤めたような夜空の襖絵もあった。とても重そうな襖で、開くとそのまま宇宙に行けそうだった。

いきなり不思議な襖絵が現れた。原発だった。ル・コルビュジエが都市計画した町の。
たくさんの円筒裾広がり型の山状のものが並ぶ。
畠中さんは黒煙を描いていた。
この絵をここに残すことの意義を深く考えねばならない。
そしてこの絵のプロトタイプのようなものがあった。
こちら
畠中さんの見たもの・考えがそこにある。

他に瓦や少しばかり興福寺の資料などが出ていた。
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髙島屋での展示よりも新津での方が多そうだ。

なお畠中さんのコレクションしたインドの染織ものが9/24まで渋谷の松濤美術館で展示中。
イメージ (203) イメージ (204)
こちらも見に行こうと思っている。

「源信 地獄・極楽への扉」来迎篇 

8月は「地獄の季節」だったけど、9月になった途端「仏の国の落穂」拾いしたような気がする。
昨日は「悉有仏性」、今日はこちら。
「源信 地獄・極楽への扉」の来迎篇と「興福寺の寺宝と畠中光享」。
今日はしかも初めて東大寺ミュージアムへも行った。

まあ来迎篇と言うことでこれまで二回に亘って挙げた感想にあえて挙げなかった来迎図などを特に。
イメージ (202)
上が極楽・下が地獄と言うのは昔からの決まりだが、なぞなぞでもこんなのがあったな。
答えはお風呂だったけど、、それは五右衛門風呂の時代のなぞなぞですわな。

「地獄も極楽もあるもんけえ」とは映画「幕末太陽傳」の居残り佐平次の台詞だったな。
地獄も極楽も一応挙げたので来迎ということに。

このチラシの上の聖衆来迎図は数ある中でも最高傑作と言うことで知られている。
和歌山 有志八幡講所有と言うことだが、高野山霊宝館に所蔵されているそうだ。
細かい画像がないので探したら、素敵な紹介をされているサイトさんがあった。
こちらではわかりやすい画像がたくさんある。
本当の絵では右側だが、このサイトでは左側の琵琶弾く菩薩のご機嫌さ!これが素晴らしい。
スゴいノッてる、ノリノリ。そのすぐ上には箜篌弾く菩薩もいるが、こちらはクールな顔。
また金属系の打楽器の菩薩はセッション楽しむ様子を見せる。
みんな表情が違うのが面白い。すごいわー。
ところでもうひとつ面白い論文を見つけた。
pdfなので気を付けてごらんください。
作画の色彩についての詳細な研究

奏楽はそんなにスピードを感じさせないが、こちらの阿弥陀来迎図は即行で来たよな感じが強い。
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まさに「早来迎」ね。遅刻は許されない。
他にも「迅雲弥陀」と呼ばれるものもある。雲がピューッだった。

優しい光を放ちながらの来迎も。イメージ (197)
そしてこの和やかな光は皆小さな菩薩。

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阿弥陀さんの胸には糸がついている。その糸にすがってあの世へ。
山越の阿弥陀図は藤原南家郎女以来どれほどの人が見たのだろう。
「阿弥陀仏よやをいをい」を必ず思い出しもする。

ちょっと地獄へも。
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地獄極楽図 金戒光明寺 先の山越共々同じ黒谷さんの所蔵。
細かく見てみると人々のあがきというものがよく見える。
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14世紀の九相図巻 九博 これも凄かったが、しかし犬やカラスにつつかれるのは本来はもっと早かったのではないかと、今回この絵を見ながら思った。肉はダメになる寸前がいちばんおいしいとは言うが、犬もカラスも美味を求めるより先に空腹をなんとかしたいはず。と言うことはもしかすると野辺に送られた時にそれは行われているのではないか…
ついついそんなことを考えてしまったわ。

明日が最終日だからというのもあるかもだけど、今日もよく繁盛していた。
みんなやっぱり地獄が好きなんだなあ。
たいへん面白い展覧会だった。
3回も見に行けてよかった…

悉有仏性―全てのものに仏性がある―

佐藤辰美コレクションの第二弾「悉有仏性―全てのものに仏性がある―」展をみた。
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「磨滅の美」に震えたが、今回の展示も凄いものだとしか言いようがない。
その「磨滅の美」の感想はこちら

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今回も仏像の並ぶところから始まる。
いずれも立像なのだが、全身を当初のままに留めているわけではない。
如来、菩薩、天王、と装飾も印もわからないがために属性はわかるが真体のわからない仏たちが居並ぶ。
地蔵、文殊、阿弥陀・・・形がその属性を示す。
磨滅・剥落・欠損・消失・経年劣化。
これらは損失ではなく、その本来の美を深化・変容させたものだと見做せる。
頽廃美を目の当たりにする。
平安時代から明治の仏像・神像が居並ぶが、いずれも美しい壊れを見せている。

いちばん新しいのが幕末から明治にかけて作られたらしい役行者倚像。百年ほど前の像であっても既に巻物が失われている。
鰭袖(ハタソデ)はふくらみが可愛い。それを纏う女神像や童子像。墨書きで髪や顔を表現する。フリルも手描き。
三面顔の牛頭天王像は憤怒を見せ、男神像の大きな垂纓冠がこちらにぐいっとくる。

春日社寺曼荼羅、春日鹿曼荼羅。どちらも室町。金目の鹿がこちらをじっと見る。

三千仏図断簡 百分の一の30仏が残る。朱・丹・緑青・白緑・肉色が仏たちを彩る。

印刷ものの仏画が現れる。
中でも凄いのが「乱版」の阿弥陀聖衆来迎図。「乱版」とは版木が磨滅したもの。
はっきりと形が見えないのだが、これもまた信仰の一つとして大事にされる。来迎寺乱版。
仏の影にしか見えないが、その影が誰かの末期に迎えに来るのだ。
目鼻も外観もわからずとも、仏たちの影だけでもありがたさが身に沁み、人々はこの版画を大事にしたのだ。

十一面観音像の版画もすごい。ずらーっ。
鎌倉から室町のものが多いが、1924年に摺ったものもある。当麻寺の護念院。かなり大きい。
地蔵菩薩の版画も多い。69体、88体、とたくさん並ぶ。
中には○囲みの中に地蔵というのもあり、それはスタンプだったりする。
たくさん並ぶお地蔵さんスタンプをみると、コケシおかきを思い出す。包みにコケシの絵があり、〇と筒形のおかきが入っている。
お地蔵さんもその仲間。
毘沙門天のスタンプもある。
「千体印捺」。そのうち四体がずれていたりするが、これもまたコレクター佐藤さんの目を惹いたのだろう。
動いているかのように見える。

三千仏名経 断簡 このスタンプもこすれ、仏が消えかかっていたりもする。
しかし中には色つきのものもある。ずらりと並ぶものもあれば少しだけのものも。
伝わり方も様々、状態も一概には言えない。

西行法師絵伝 断簡 采女本の写しらしい。物陰から娘と再会。そして娘に戒律を授ける。
考えれば生涯を好きに生き、死ぬ時まで自分で指定している。

円筒形経筒も三つ。蓋の鈕は仏や宝珠。千年後もまだこの世は続いているが、しかし。

鍛造、鋳造に鍍金した懸仏たちも姿を見せる。
エネルギッシュな蔵王権現鏡像、水分神社にあった子守明神、優しそうな地蔵、薬師如来、腕がずらりの千手観音…
三面顔で一体のみの大威徳明王はキリリと牛に乗る。

男体山から出たサビサビの錫杖頭、六波羅の基礎に埋められていた五輪泥塔、福岡の飯盛山からは瓦経。
その地その地で何かを願われていたものたち。

奈良時代の大きな唐草文平瓦、平安初期の立派な鬼瓦、平安後期の菩薩文軒丸瓦。
みんな個性がある。

梅瓶の古瀬戸鉄釉菊唐草文瓶子もいい。こんなのを眺めるだけでなく触れるのもコレクターの特権。

古美術の愛で方のありよう、その一つを深く深く堪能した。

今回はチケットも魅力が深い。
手の美しさに痺れる…イメージ (178)

9/3まで。
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