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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2017.10月の記録

20171002 国宝 京都国立博物館
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20171008 天理図書館 古典の至宝 前期 天理参考館
20171008 不染鉄 奈良県立美術館
20171012 京大花山天文台 建築探訪
20171014 古代の造形 モノづくり日本の原点 三の丸尚蔵館
20171014 挿絵の世界 国立国会図書館
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20171014 怖い絵 上野の森美術館
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20171014 運慶 東京国立博物館
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20171014 マジカル・アジア 東京国立博物館
20171015 安藤忠雄 挑戦 国立新美術館
20171015 狩野元信 サントリー美術館
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20171015 日本の家 1945年以降 東京国立近代美術館
20171015 近代日本画 東京国立近代美術館
20171020 奈良絵本 龍谷大学
20171020 国宝 京都国立博物館
20171021 旧今西邸 建築探訪
20171028 イケフェス マヅラ、Kingofkings、住友銀行、大同生命、住友ビル、長瀬産業、山本能楽堂、ミライザ、原田産業 建築探訪
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狩野元信展、再訪

狩野元信展の展示替えも色々あるが、見たものについて少々。
最初に見たものの感想はこちら

1.障壁画
大仙院から散逸したもの・まだあるものをこうして見てゆくことが出来たのは本当に稀有なことだと思う。
なにしろこれまで狩野元信の回顧展を見たことなどないのだし、この先もあるのかどうかわからないからだ。
元に戻ることはありえないだろうから、五種の絵をそれぞれの時期に楽しむ。

枇杷・蓮根・柘榴・柿 伝・元信  妙に惹かれる。美味しそうだからか。柘榴が齧られている。ふふふふふふふふふふ。

2.名家に倣う 
巨匠たちの画に憧れときめくのは今も昔も変わらない。
神絵師にきゃーっなのは描く側だけでなく、まず観客がそれだ。

買い手の方に馬遠vs夏珪という構図があったようで、いい絵が出ていた。
というかこれ、大阪市立美術館のだから、以前から見ているものだ。
そう、関西は戦前のコレクターが中国書画と工芸品を蒐集するのが流行していたのだ。

採芝図 馬遠(款) 2人の少年が採るところをロングで。可愛いなあ。東山御物だった。愛でたい作品。

南宋から元、そして明末までの名画。
かつてはニガテだったものが今では佳いものに思えるようになったのは、やっぱり美術館のおかげだと思う。

3.画体の確立 
大和文華館から出ている二点について、わたしは以前にこう記した。

奔湍図 伝・狩野元信 室町 ゴォゴォ~~~と音をたてて流れている。カッコいい急流。解説によると福岡県美術館にある粉本からこの絵はもともとは襖絵だったそうな。今は軸装。はみだしそうな勢いがいいな。

瀑布図 伝・狩野元信 室町 これまた水飛沫、はねるはねる。「とっても大きなスプラッシュ」はデヴィッド・ホックニー
「山水 理想郷への旅」

一年半後の今も感想は変わらないな。
むしろ「あああああ、キモチよさそう」と言うナマナマしい感情が加算されている。
因みに十年前の感想でこんなことを思っていた。

ほんたん・ず。凄い流れという意味なのだが、この描きようはなにやらおいしそうなのだ。そうめんの奔流。ダシが間に合わない多さだった。
「墨の彩り 水墨画と書蹟の名品」

花鳥図屏風 栃木県博  燕と柳のいい関係が描かれている。可愛い燕が飛び交うのは柳の木の周囲。止まったり飛んだり。
燕も柳も幸せそう。

樹下ジャコウネコ図屏風 「輞隠」印(伝 狩野雅楽助之信)   よく肥えた小鳥たちが飛んでくる。それを見返るジャコウネコ。足先の白い茶色い大きな猫、尻尾の立派なジャコウネコ。

四季花鳥図屛風 「元信」印  鳥たちの飛び交う様子がいい。叭叭鳥に鷺に小さいのに・・・みんな楽しそう。
この静けさはフレスコ画にも通じるものがあると思う。

4.和漢を兼ねる
釈迦堂縁起絵巻 清凉寺  巻き替えで見たものは、蓮池のある宮殿での安寧の日々から、危険を感じて脱出する様子だった。
すやり霞が多用されて時間の推移が表現される。
釈尊とその像との出会い、破壊を逃れて脱出行が始まる。鳩摩羅什?なのか、どうも最後の文字が違ったような気がするが、ここらの話がよくわからないのでそのままにする。
キジル国へ向かう旅路、昼は僧である彼が背負い、辛苦の旅を続けるが、夜は眠る彼を背負ってこの釈迦像が旅をするのだ。
相互扶助。なんだか泣ける。
遠近法が使われているが、歌舞伎の技法ぽくて面白い。

酒伝童子絵巻  鬼の宮殿で宴会中。レア肉の盛り合わせがドーン。童子が女たちをはべらせながら鬼の舞、返しに公時の舞が供せられるのを愉しむ。やがて寝所に下がるとあとは手下の鬼たちと頼光一味の無礼講となる。
新しく柿・栗・梨を持った高坏が運ばれ、機嫌よく笑う鬼たちと、例の毒酒を出す一味の不気味さ。
へべれけになる鬼たち。可哀想にのう…

二尊院縁起絵巻  秋になっている。紅葉がいい感じ。行幸。

5.信仰を描く
文殊・普賢菩薩像 妙顕寺  左・右にいてそれぞれの象や獅子に乗るが、ゾウは優しい眼をしている。
川向うからも来る。

三酸・花鳥図 「元信」印  左は二匹のリス、右は鳥と枇杷、中に三人の酸っぱい顔。

6.パトロンの拡大
鷹図 伝・元信  二羽の鷹が止まり木にいる図。

あわてて書いていったが、やはりこの展覧会はすごいものだと思った。
何かしら好きな絵が必ず現れる。
そして狩野派のその後の隆盛も予感させる。

いろいろいい絵をよく見た。
水墨画からフルカラーまで。

11/5まで。

イケフェス大阪2017 第一目 フラフラ歩いて、走ってフラフラ。

秋恒例の楽しい行事に今年も参加しました。
そう、大阪の近代建築が公開される「イケフェス大阪」です。
事前に購入したイケフェスのガイドブック開きながらふらふらうろうろして写真ぱちぱち見学してお話伺って。
中には要申込・抽選で7倍くらいの倍率勝ち抜け、先着順というのがありました。
今日だけの公開の中之島の香雪美術館を見られなかったのは残念だけど、その時間には対面の住友ビルにおったからなあ。

撮影禁止以外のところは本当にぱちぱち撮り倒して、SDカードもうまいこと入れ替えて、なんだかんだ。
それで一軒一軒の詳細はまた後日と言うことで、今回は既にツイートした分をまとめます。



一枚目から三井住友銀行の守り神のダックさん、中央公会堂を飾る円絵、中之島香雪美術館の入るコンラッドビル外観、中之島図書館のかなりの上のところの階段…だったかな。



たまたま先頭車両の一番前にいたので撮ってみた。本当は十三大橋渡るところが綺麗なんだけど、中津―梅田が1分半くらいかなと目途立てて撮りだしたらその通りだったので、なんとなく面白かったよ。

それで朝食なしで出てきたので大阪駅前第一ビルのマヅラに。ここもイケフェス参加。
モーニングをよばれる。これで350円。すごいなあ。


中は去年撮り倒したけど、今回綺麗に撮ったのと暈してみたのを並べてみた。


暈したくなったのは、あおひーさんの作品のカッコよいのを思い出したから。でもやっぱりプロのとは全然違うわな。

朝だからこのお店の姉妹店でバーのKing of kingsのママさんがウェイトレスもなさってた。
ママさんがモーニングを運んできてくれてはったら、もっとよかったように思うね。



さてそこからチケットを取りに住友ビルへ向かう。
11時の分を取れたので、橋を渡ることは出来なくなった。まぁ来春かな、中之島香雪美術館オープンは。
その時に行きますわ。

で、お隣の三井住友銀行本店へ。
ここはもう本当に素晴らしい銀行建築。
やっぱり住友の営繕は素晴らしい。






正面玄関の天井を見上げたら顔のようだった。






ドアの表示が好きでね。



ここは唯一内部でも撮影可能なところで、天井のガラスの綺麗さにシビレます。



一枚目はサイドから。次からは住友ビルから見たもの。
こんなのあったんだなあ、あの小さい建物な。



小雨になったので色々遊んでみました。



ええのをみつけたよw

大同生命ビルもきちんと見学した。来るたびに何かしら発見があるなあ。

さて時間が来たので1962年竣工の住友ビルへ。
ここは個人的には縁があるのだけど、見学はしていないので楽しく拝見。

12階の特別食堂からの眺めがいい。



素晴らしいところでしたわー

ここから土佐堀通りをふらふら。今朝は早朝から胃痛でまずいので、早めにごはん。

それで京町堀・江戸堀ふらふら。
大阪教会をチラ見したり。あ、時間がない。
というわけで全力疾走。
土佐堀1丁目~新町1丁目、しんどいがな。

まあなんとかたどりつきました。
そしたらおお、お仲間さんと久しぶりの再会。めでたいことよの。



こんなん見せてもらえるからやめられんわけですよ。

ところでこれはポスター。別にイケフェスにあてたわけではないのかな。



文楽のもある。



大阪に文化がない、とはどの口で言うのか。
来てから言うてほしい。
偽悪的な芸人らや自虐的なことを言ってウケ狙う連中にはもううんざりだ。

次は山本能楽堂へ。
おおこれはこれはまたいいものを見せてもらいましたわー。

さてこれでまた走らねばならなくなりました。
徳井町一丁目~大阪城

どういうわけかうまく行けた。
それで小雨なので屋上へ上がれた。


店は三階のがスタイリッシュでかっこいい。ちょっと南国のリゾート風で。




けっこう時間がかかった。
ちょっと走りすぎたのと雨に打たれたのが堪えて、大阪歴博で休憩。

それでいくつか時間が無理になったので18時まで開いている原田産業さんへ。
ここはイケフェスに参加してくれて本当にありがたい。
中に入ると、おおこれまたお仲間さんにばったり。



心斎橋まで歩き、元のそごうで用事を済ませる。
ヴォーリズの大丸がないことで心斎橋のこのあたりに来るのが本当に嫌になった。

日本橋へ。
もう暗くなってるので元の高島屋別館は茫然と立ち尽くしているだけだが、それはそれでよかった。
ホテルになるそうだ。
ただ高島屋史料館は復活するらしい。
これはありがたいことだ。
しかしもう建物を堪能することはできないだろう…

日本橋で色々買い物をしてしてから帰宅した。
帰宅すると天気予報が明日の大阪が昼過ぎから大雨になることを告げた。
イケフェス、どうなるのだろう…


「国宝」展 第2期へ行った

国宝展の第2期に出向いた。
金曜の夜間開館の時だが、それでも人は多い。
1期の感想はこちら

最初に現れるのは書。
今期は空海と最澄の書跡である。
面白かったのは唐からのお持ち帰り一覧表。
雄渾な空海の書と違い、優しげな最長の書は事務にも向いている。
空海のお持ち帰り品も彼が清書したものがここにある。

1期と同じ作品もいくつか出ている。
京博所蔵の釈迦金棺出現図や雪舟などがそう。
六道絵・餓鬼草紙・病草紙は巻き替えだが、やはりここらの和製「怖い絵」の人気は高い。
ヒトはどうしても「怖いもの」から離れられない、観てしまいたがる。

早来迎図が金棺出現図から少しばかり距離を置いて展示されていた。
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信貴山縁起絵巻は尼公の巻が出ていた。先年の展覧会での人気ぶりを思い出す。
法然絵伝36巻はやたらと近代的な画風なので、描かれた人々の表情が理知的であったりする。特に気になる美少年もいた。童子とそれから木の下に佇む丸顔の若い僧侶が可愛い。

彦根屏風が来ていた。遊楽図としてとてもいい。
この屏風は彦根城で見るとき撮影可能というありがたいもので、それだけによけいに親しさを感じる。

華厳経に登場する善財坊やを描いた絵巻が好きだ。今回はわりと広く開いていた。いつのときも善財童子は愛らしい。
わたしが善財を知ったのは高橋睦郎「善の遍歴」からだった。今でも何でも思い出すからよほど印象が強いということだ。
この愛らしい坊やを見ながらあの小説を思い返している。

秋景・冬景山水図 伝徽宗  東洋絵画も当然ながら素晴らしいものばかりで、これもいい作品だが、少しばかり淋しくなる。
わたしは賑やかなのが好きだからなあ。

帰牧図 附 牽牛 李迪  大和文華館からはこれが来ていた。さすがに牛の鼻づらにぶら下げた餌は見えない。
前に模写を数点見て、それでそんなものがあるのを知ったのだ。

釈迦如来立像 一軀 中国・北宋時代  例の清凉寺の御本尊。拵えたときとキジルへ逃げ出した顛末を描いた絵巻は1期に出ていた。面白かったなあ、昼は人が・夜は仏がおんぶしあって旅をする。

紺糸威鎧  厳島神社から来た。何年前か「大神社」展ではなく、奈良博の「厳島神社」展で来たのだったのか。あのときは災害復興のための、言わば御開帳だった。

ぎりぎり天寿国繡帳と再会。アップリケなところもある。可愛い。
思えば正倉院の宝物よりずっと昔のものなのだなあ・・・
獅子狩文錦にも再会。もう29日まで。
本当に好きだ。

徳川美術館の初音の調度、琉球王家・尚家の工芸品の数々。
どちらも表現は全く異なるが、共に技術と風雅の粋を集めたもの。
優美さ無限。

さてついにわたしは世界に残る三つの曜変天目茶碗の最後の一つ・龍光院のそれと対面する日を迎えた。
藤田美術館・静嘉堂文庫のそれらとはガラス越しとはいえ深い凝視が許され、心行くまで眺めたりもした。
今回は彼らとは少しばかり違うはずの曜変天目。
実はこれまで情報をあえて閉ざしてきたので、どんな形状なのかわたしは知らないままなのだよ。
ドキドキする。
最前列で見たい人と背後からOKの人々と分けられる。
列に並び10分ほどで最前列に来た。

ついに最後の曜変天目を間近鑑賞した。キラッキラッに光っている。
しかもその星はなんと猫の肉球そっくりで、器の中にキラキラ光る猫の足跡がペタペタにしか、見えない。
螺鈿のような耀き。視点を変えてもキラキラ。しかも猫の足跡風。
こんな萌えるもの久しぶり。なんて可愛らしいのだろう。
目を通り越して脳に直にくるようだ。
ああ、よいものを見た。

もう一度見たいと思ったが、最前列鑑賞は大変な行列になっていた。
諦めて背後から眺めたが、どういうわけかキラキラ感は薄れていた。
惜しいことだ。いや、やはり間近でみつめることが尊いのか。

二つの金剛経がある。張即之と蘭渓道隆が記したもの。どちらも魅力的な文字。
有難いお経なのだろうが、そんなことはあまり考えず、好きな字を追いかけた。

会社を早退して出て来た甲斐があった。
第2期もそろそろ終わる。
次の3期もとても楽しみだ。

「運慶」展 ふたたび

二度にわたり運慶展を堪能した。
最初の感想はこちら
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このチラシは前回の感想に挙げたものとは別物で、たぶん最初期のもの。

はじめに運慶展の図録の魅力について言いたい。
六田知宏さんの撮りおろし写真集だと言うことは知っていたが、本を開いた時に喉から胃にかけて強い力で圧された気がした。
運慶の彫り出した仏像が闇から現れ、その横顔を顕にしている。
こちらを見てはいないが気づかれればその強い視線、指に確実に掴まれ、否応なしにその圧倒的な存在感、力に自分の心身をもぎ取られるだろう。
違う頁を開いてもそれは変わらない。
人を救う仏であれど容赦なくこちらを見据えてくる。
結局真摯に向き合わざるを得なくなり、自分についても深く考えなくてはならなくなり、鑑賞するはずが干渉されていることになるのだ。
これは六田さんの力業であり、それを六田さんにさせた運慶仏の強靭さに息を飲むばかりになる。

展覧会で見たものを完全に再現する図録というものはない、とわたしは思っている。
絵画の場合、額装や表装をも共に図録に収めることは少ない。
印刷物や版画はまだいい方だ。しかし彫刻はどうか。
大概は三次元のものを二次元にする作業に苦心し、陰影をどのようにつけるかに心を砕くが、完成しても必ずしも全ての視点からの存在ではないのだ。
上から右から左から斜めから、更には離れた位置から近くから。
視点は無限にある。
しかもその選択は各人の勝手なのだ。
写真家は自己の鋼鉄の眼でそれを選択し最良のものまたはある考え(たくらみ)のもとで選んだものを世に出す。
しかしながら、万人が完全に満足するものなどはこの世にはない。皆どこかで妥協する。
が、時に圧倒的な強さで引っ張られることがある。
こちらに選択の余地を与えず、これを見ろと突き付けられ、逃れられずにこちらの眼に喉に脳に押し寄せてくる写真がある。
それを飲み込んだばかりに全身の神経や細胞が見えない痙攣を始め、気づいた時には劇薬が行き渡り、もう逃れられなくなっている。

六田さんの運慶展の図録または写真集はそんな存在なのだ。
わたしは頁を開く度にあの目に見えない痙攣を繰り返し、歓びに耽っている。


その図録を閉じたわたしは再び東博へ出向いた。
仏像への畏怖心を措いて、彫像を見に行ったのだ。
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信仰する対象から、いわば鑑賞する対象になったことで、こちらの心持も随分と変わる。
極言すれば、聖なる存在を尤も俗なものに堕とし、視姦する、・・・したい ――それが観る側の行動原理となる。
声を挙げないように最初から少しばかり口を開けながら、彫像を眺める。
強い肩・腕・肘・手首・手の甲・指先。
耳の形も顎から喉への流れも目で愛でる。
欲望は無限に募る。

随分と濁った熱い目で見ていたが、それも変わる時が来た。
高野山の八大童子と興福寺の「北円堂」とをイメージした空間へ来た時だ。
前回同様、わたしは彼らの肩の肉の厚みにときめく。
四天王の軍装にふるえる。
だがそこには先ほどまでの秘かな歓びはない。

魅力的な肉体の豊かさを表現するその力。
圧倒されて息が上がる。
ただただ興奮してゆく。なんてかっこいいのだろう。
二度見ても三度見てもこのときめきは終わらない。
言葉にしたくない嬉しさがある。
そしてやっぱり同じ感想ばかりが浮かんでくる。
多聞天の力強く天へ掲げられた腕、掌に乗る宝塔、それを見上げるときの高揚感。
高野山に住まう少年たちのまろやかな腕、頬、耳にやさしい気持ちが生まれる。

ああ、本当になんて素晴らしいのだろう。

いいキモチでぐるぐる回る。二つの会場を行ったり来たり。
楽しさが心の表面に浮かび、底から湧き出してくる。

小さな獅子たちが集まる盤がある。支える台座に獅子が並ぶ。
とても可愛い。視点を変えると表情が変わる。そのことも楽しい。あまりに可愛いので何度も何度も見た。
こうしたあたりも運慶本人の手が拵えたのか、工房の仕事なのかは知らない。
ただただ獅子たちがいとしい、それだけ。

運慶の父の造ったもののうち、高名な僧侶の一群が会するように設えられたのを見たのはとてもよかった。
人間臭い顔つきの彼らはなにやら不平不満を抱え込んだようでいて、それを互いに言い合うこともせず、しかしねちねちと呟き続けていそうで、それがまたとてもいい。

運慶の息子たちの造ったものも好きなものが多い。
明恵上人が可愛がり常に身近に置いていたわんこ像や鹿たちなどなど。
かれらは今回も愛くるしくそこにいた。

いくらでもときめく成分がそこにある。
11月の最期の日曜まで開催されているからもう一度くらい行く機会がありそうだ。
その時はどのような思いで彼らと対峙するだろう…
そんな妄想を楽しむほどにこの運慶展は素晴らしかった。

大阪へ帰ったわたしはまた六田さんの写真集を開き、追想と妄想とでいっぱいになっている。
この歓びは到底手放せない。
いつかまた…

「怖い絵」展に溺れる

兵庫県美で行き損ねた「怖い絵」展をとうとう上野の森でみた。
開幕直後の初の夜間開館日、しかもかなりの雨が幸いしたか、30分待っただけで中へ入った。ただし中は大混雑している。
しているが、それでも自分の欲望は常に果たすよう努力と工夫をするので、かなり楽しめた。
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中野京子さんの著作を基にした展覧会である。
ただ、わたしは中野さんの著作は未読である。
わたしにとって「怖い絵」とは久世光彦の著作なので、中野さんのと少し距離があった。
今回、その距離を埋めるためにも必ず展覧会に行きたかった。

出品作品は全て西洋絵画である。
18世紀から20世紀初頭の油絵と版画とで構成されている。

1.神話と聖書
泰西名画の昔から旧約聖書や神話を描いたものには不思議な魅力がある。


フューズリ オイディプスの死  赤目の爺さんがいて、その左右の膝にまるで石灰のような白い膚の若い女二人が取りすがる。赤目の爺さんがオイディプスなのか。
するとこの若い女たちは彼の娘か。
誰にも嫁げない、どこにも行けない若い娘二人。罪はもう隠しようもなく暴かれ、それを露わにしながら旅をし、ついに最期を迎えるオイディプス。安寧はどこにもなく、罪障消滅も最初から求められず、罪を犯した者として各地を流離った果ての死。
既に老人として描かれているが、それは歳月ゆえのことなのか苦しみからの変貌なのかはわからない。

アンリ・ピエール・ピクー ステュクス川(エスキス)  冥府の渡し守カローンだけが黒っぽい。あとは白衣の人々である。冥衣(サープリス)ではない、というか死に装束の白。

ピエール・ラクール(父) オルフェウスとエウリュディケ  ああ、振り向いてしまった!あとは絶望だけ・・・

ドラマティックな表現が続く。ただならぬ様子を纏う、それだけでも怖い絵となる。

ルドン オルフェウスの死  約束を守れず悔いだけで生き続けた果てに齎された死だが、この転がる首は苦しげではない。ようやく本当に冥府へ行ける、最愛の妻に会えるという期待感が滲んでもいるように見える。
そしてこの絵は黒のルドンではなく、明るい色彩のルドンが描いている。

ウォーターハウス オデュッセウスに杯を差し出すキルケー  ああ、やはりウォーターハウスの描く女は美しい。誰にもまして美しい。たとえ呪詛を身に染ませていても。
拡げられ差し出された腕はオデュッセウスのみならず、絵を前にした観客をも捉えるだろう。

ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー オデュッセウスとセイレーン  懐かしい。何年ぶりの再会だろう。1989年の大丸梅田で見た「ヴィクトリア朝の絵画」展以来ではないか。
ここでのセイレーンたちは様々な形態をみせる。中には人魚もいるが、皆が皆美しくも凶悪だ。

ギュスターブ・アドルフ・モッサ 飽食のセイレーン  顔周りだけ豪奢な襟巻をしているようだ。鳥型のセイレーン。鋭い爪先というより、重く堅く激しい爪先がみえる。これで男も女も掴みあげてはグシャグシャにするのだ。
その素知らぬ顔をみながら、彼女は神話の形を借りつつもやはり20世紀の女だと改めて思う。

フレデリック・ワッツ 黙示録の四騎士 「黒い馬の騎士」「青白い馬の騎士」とが並ぶ。 どちらの騎士も顔は見えない。顔が見えないことで感情も隠される。暗い中をゆく騎士たちから醸し出される危険な様子にときめく。
聖書からの登場だとわかっていても、奇妙な隠微さに乱される・・・

フューズリ ミズガルズの大蛇を殴ろうとするトール  白膚の裸夫のその働きぶりにときめく。「怖い」は即ち「惹かれる」ということでもあるのだ。

2.悪魔、地獄、怪物
いい選択・・・

フューズリ 夢魔  この絵をこの目でこんなに近くで見る日が来るとは。
最初にこの絵を知ったのは「日曜美術館」で山岸凉子さんがゲスト出演して「夢魔」の絵の魅力について深く語られた時だった。
あれはいつのことか、とても綺麗な和装だった。
そして不穏な話を延々とする。絵も怖いが山岸さんの視点と視線こそが何よりも怖かった。

アンリ・ファンタン・ラトゥール ヘレネ―  彼女を知ったのも山岸さんからだった。
「黒のヘレネ―」で山岸さんは恐ろしい女の話を描いた。小学生だったが、あの時に知ったうすら寒さは今も抜けていない。
今もこうして絵の前に立ちながら、ヘレネ―の起こした行動の数々と吐いた言葉とを思い出している。

ラトゥール 聖アントニウスの誘惑  こちらは美女まみれである。むろん実在美人ではなく幻覚あるいはという存在なのだが、この魔物たちはそれでも虚しい官能性を発揮する。

ウィリアム・エッティ ふしだらなヨッパライの乱痴気騒ぎに割り込む破壊の天使と悪魔  スゴイ威力だな・・・大乱交中でとうとう柱まで崩れた。梁柱はくだけんか泰山は崩れんか、ではないよ。天使と悪魔とヨッパライとではどいつが一番困ったちゃんなのか。

「神曲」を描いた絵も数点。ドレのそれは木版画で、意外とシリアスバージョンだった。

アンソール ホップフロッグの復讐  ポーの小説から。道化の小人・ホップフロッグが王とその側近たちに苛め抜かれた日々の果て、仮装パーティで王たちが野獣の装いをするよう唆し、鎖で一網打尽、挙句巨大シャンデリアにつるし上げて火をつける。
ゴォゴォと燃え上がる炎の中で死に行く王と側近たち。
この情景は大伴昌司展でみたのが最初だが、あのときの絵師は誰だったか。
こうした絵は無惨であればあるほどいい。

ビアズリーの「サロメ」が2枚出ている。
「踊り手の褒美」「章末飾り」である。
サロメは手塚治虫「MW」で見たのが最初。白と黒の官能性の高さにヤラレてしまう。
温度を感じない絵が意識にまといついてくる・・・

ギュスターヴ・モッサ 彼女  こういうタイトルが実は怖い。マンイーターの彼女。
この絵を見ていて諸星大二郎「アダムの肋骨」を思い出した。
「私の意思は理性にとって代わる」
無数の死体の上に座る者がその言葉を体現していた。

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3.異界と幻視
やはり骸骨は欠かせない。
ムンク、黒のルドン、ゴヤ、グランヴィルらの不吉な作品が続いた後、クリンガー「手袋」の連作が来た。
「手袋」の静かな世界は音がないようでいて、目に見える表層の奥に音楽が忍び込んでいる。その旋律が幻想を招く。

19世紀末から20世紀初頭のチャールズ・シムズの作品が意外に可愛かった。

4.現実
幻想より何よりも実は恐ろしいもの。

ウィリアム・ホガース 娼婦一代記 伊丹市美で以前に見たときより、今見る方がナマナマしい。
1730年代のロンドンらしい物語の展開。田舎から出てきた若い女が体を資本に頑張って、カネモチの妾になったものの、紆余曲折、感化院に放り込まれ、とうとうミジメに死んでゆく。彼女ひとりでなく他のお仲間の女たちの描写もえぐみとせつなさとが混ざり合っている。

ゴヤ 戦争の惨禍 これも数を見ると落ち込んでくる。
自分でも何点か絵はがきを持っているが、どんな目をしてみているか知れたものではない。

ワッツ 発見された溺死者  両腕を開き仰向けに死ぬ女。ロンドンは暮らしにくい・・・
何があってこうなったのかは知らないが、ロンドンではこんな死体・・・

ニコラ・フランソワ・タサエール 不幸な家族(自殺)  母と娘らしき女たちが七輪のようなもので火を熾しているが、一酸化中毒死しようとしているらしい。
生活苦からか何からか。キリスト教では許されぬ行為をあえてしようとしている。せずにいられない状況なのだ。

セザンヌ 殺人  男女二人がかりで女を殺している。三角関係のもつれだろうか。
セザンヌは風景画や静物画よりこうした無惨な状況の方がいい。扇情的な絵は他にも診ているが、そこを突き抜けたから後世までセザンヌ先生として追随者を生み出したのだ。
わかってはいるが、しかし、彼のこうしたナマナマしい絵は人を誘う・・・

ウィリアム・リンゼイ・ウィンダス 無法者  男を抱きかかえて呼び止める女。なんだろう、ちょっと状況を変えればマカロニ・ウェスタンぽくはないか。

ウォルター・リチャード・シッカート 切り裂きジャックの寝室  わぁ。留守文様というか、誰もいないからこその圧迫感が怖い。
昔ジョニー・デップが切り裂きジャックを捜査する警察官という役をしていたが、ジャックは誰かというのは色んな説があったな
古い話だが1980年代の雑誌「ALLAN」でも切り裂きジャックの特集があり、わたしもかなり熱心にそれを読んだ。

5.崇高の風景
これもは「怖い」より「畏怖」かもしれない。

モローの「ソドムの天使」「トロイアの城壁に立つヘレネ―」があった。どちらも現実感の乏しさを感じつつも、それが却って魅力的な作品。

フォード・マドックス・ブラウン ユングフラウのマンフレッド  バイロンの世界が広がる。滑りそうなのを止めてもらっているが、ヒヤヒヤのこわさだった。

フレデリック・アンリ・ショパン ポンペイ最後の日  ド迫力。すごいもんだ。

6.歴史

ゲルマン・フォン・ボーン クレオパトラの死  艶めかしい美女の死体。歴史上の人物、神話の人物なら裸婦でも描くことは可能だったという時代がちょっとこわい。

ジャン・ポール・ローランス ボルジアの犠牲者  ああ、ときめく…わたしはボルジア家に関する絵や伝承がとても好きなのだ。
さすが歴史画の大家・ローランス。

ポール・ドラローシュ レディ・ジェーン・グレイの処刑
この絵に「どうして」と入れたのは兵庫県美だった。うますぎる。
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予想外に大きな絵だった。
悲痛な情景が巨大な画面に映し出されていた。

ほかにチャールズ1世、アリー・アントワネット、ナポレオンらを描いた作品があった。
そして「メデューズ号の筏」の摸写もある。

最初から最後まで全て「怖い絵」だった。これは凄いものを見た。
人間はやはり「怖い絵」を見るのも描くのも好きなのだ。
そのことをこの展覧会で改めて知った。
「怖い絵」に見入る観客たちがいる情景、それが実はいちばん「怖い絵」なのかもしれなかった。



国立国会図書館「挿絵の世界」展 その2

昨日の続きである。
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2挿絵の展開 ―雑誌の普及と挿絵画家の活躍
挿絵の黄金期の作品が集まっている。

・少年少女向け雑誌の挿絵
魅力的な表紙絵が並ぶ。
少女の友 1934.8 中原淳一 二人の少女が白ネコを抱っこする。チラシの下にあるものだが全体像はポスターでは見えるがチラシではここまで。
「少女の友」は愛読者との連携が厚く堅く、「友ちゃん通信」という投稿欄もあり、そこが魅力だったようだ。

少女画報 1937.7 蕗谷虹児 アールデコ風で素敵な絵。パリで学んだ成果がある。

そして高畠華宵の表紙絵。
1922年の少年倶楽部と1926年の少女画報が並ぶ。バットを構える少年の絵がいい。
とてもいとしい。

華宵事件が起こらなければ世に出なかった作家たちの作品が現れる。
「少年倶楽部」は華宵が去った後に多くの逸材を得た。
1929.4 樺島勝一 「船の樺島」と謳われたその樺島の緻密なペン画の船が大きく描かれる。
1928.3 斎藤五百枝 「ああ玉杯に花受けて」の1シーン。これも本当に人気だった。佐藤紅緑の熱血少年小説。
1928.5 伊藤彦造 「角兵衛獅子」の1シーン。鞍馬天狗の無意識のエロティシズム。本人が禁欲的であればあるほど匂い立つ・・・
1935.1.伊藤幾久造 「快傑黒頭巾」から。美少年・珠三郎の軽業のシーン。
ほんと、楽しいなあ、こういう絵を見るの。

・小村雪岱
彼だけの特集がある。
鏡花の「日本橋」の見開き、蔵の立ち並ぶ辺りを一人歩く女、「山海評判記」のラスト、おしらさまのお使いが主人公たちの危機を救うシーン、そして邦枝完二「おせん」。
鏡花のための装幀、挿絵は邦枝完二のそれがいちばん魅力が深いように思う。
雪岱の挿絵デビューは里見弴「多情仏心」だが、それは後の雪岱イメージの絵とは全く違うもので、これはこれで面白いが、あの「昭和の春信」と謳われた線ではない。
ここには出ていないが、あれも含めてのてんじをいつか見たいと思っている。

・岩田専太郎
挿絵画家生活50年を超え、凄まじい数の作品を担当した。
若い頃から晩年までとにかく挿絵を描くか女と仲良くするか友人らと楽しくするかで生きて、ついに作品をいっぱい残して逝ってしまった。葬儀の時、同時に付き合っていた七人の女が来るかと思ったら五人しかいないので、あとの二人はどうしたと友人が尋ねると「あれらは心がけが悪いので呼びませんでした」と女たちが答えたというエピソードがある。
好きな話。

苦楽 1924.7 「傾城勝山奴」を描く。アールデコ風味なタブローである。プラトン社から出ていた人気雑誌。ここでも専太郎はいい仕事をしている。

孔雀の光 情炎秘史 前篇 1926 見るからに艶めかしい男女がいる。

鳴門秘帖 上巻 新聞連載時のとはまた違うのかこれは1962年版。
白と黒の美を堪能できる挿絵だった。わたしは初出の挿絵の入った「鳴門秘帖」を持っているが、本当に艶めかしくて、思い出すだけでもゾクゾクする。

・大衆に愛された美人画
ここでは「挿絵の三羽烏」と謳われた三人が紹介されている。
専太郎、志村立美、小林秀恒である。
雑誌表紙がそれぞれ出ていて、一枚絵がそれを飾る。
三人とも弥生美術館で見ているが、この三人展と言うのも見たいなあ…

・昨夏と挿絵画家の様々な関係
大毎 1927.11.30夕刊 小田富弥の「丹下左膳」がある。かっこいいよな。このヒトの絵で左膳のイメージが完全決定したのだ。

木村荘八の「墨東奇譚」さんずいのいる墨だが、字が出ないのでこれ。お雪と「わたし」が出会うところ。
「花の生涯」画譜もある。村山たか女と直弼のいる場。

白い巨塔 1964 田代光 回診の大名行列シーン。田代光の展覧会もそろそろ開催されてもいい時だと思う。
彼の姪の画家・田代知子さんのお話を伺ったが、とても怖いおじさまだったそうだ。

剣客商売 狂乱 1976.11 中一弥  おお、これはこれは。池波ファンとしてはやっぱり中の作品を見ると嬉しさが湧く。
鬼平も出てきた。いいなあ。そういえばムック本も出版されたが表紙も当然ながら中さんだった。

専太郎の絶筆の一つが出てきた。
週刊文春連載の清張の「西海道談綺」である。さすがというかなんというかエグイ話で、しかしそれを専太郎はシャープでありながら妖艶な筆致で描いた。
ところが急死したせいで続きが困った。
そこで堂昌一がピンチヒッターになったが、これがまた重厚な絵の人なのでイメージが突然変わって、作者も読者も困ったろうなあ。
しかし堂もやはり作品世界のイメージが専太郎イメージで完成していることを知っているので、あえて専太郎風な絵に変更したのだった。
絵がシャープな方がやはりいい。というのは、この小説が非常にエグイから絵まで重いと苦しいのだ。

・挿絵の醸すミステリー
「新青年」の三冊が出ていた。
1927.2 岩田準一 「パノラマ島綺譚」のあれ。
1933.11 松野一夫 「聖アレクセイ寺院の惨劇」が出ていた。西洋婦人の凄まじいような迫力ある絵。「黒死館殺人事件」もいいが、これもいいな。
1935.3 竹中英太郎 「鬼火」が出た。お銀がいる。これは弥生美術館で1990年に英太郎展を開催したときにポスターになったものだ。あの時からずっと弥生美術館が好きだから、本当に長い話だ。

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3.挿絵の多様化―表現と挿絵の担い手の多様化
・SFのさきがけ 
小松崎茂、山川惣治の1940年代の絵がある。レトロフューチャー。希望が生きる宇宙。

・SFというジャンルの確立
真鍋博と高荷義之の作品が紹介されている。真鍋は今春愛媛県美術館で特集展示を見たが、星新一とのコンビは最高だったなあ。高荷さんは弥生で見たとき「ボトムズ」「気分はもう戦争」が最高だったが、1959年当時は宇宙船も描いていたのか。

・SFアートの勃興
火星のプリンセス 武部本一郎  やっぱりいいなあ、いいなあ。

大宇宙の魔女 松本零士  ああ、懐かしい。わたしはポスターを持っているのだ。ノース・ウエスト・スミスシリーズ。
松本零士は単色系のタブローが実はものすごくいいのだ。

・グラフィックデザイナーの台頭
宇野亜喜良、灘本唯人、和田誠。そう、実際そう。三人の出版業界での活躍は今に至るまで目覚ましいばかり。

・グラフィックデザイナーからイラストレーターへ
とうとう1960年代後半から70年代に来た。
この辺りはわたし遅れてきたリアルタイム世代と言うべきものなのだが、それだけにあんまり好みではない。

・アーティストの参入
ビックリしたのは金子國義がまさかの少年少女世界の文学に絵を提供していたことだった。
ほかに駒井哲郎、山本容子らの登場がある。

・ライトノベルの登場
この辺りは本当に知らないので面白く見て回った。

多少の入れ替えがあるのでまた見に行こうかな。
11/10まで。

国立国会図書館「挿絵の世界」展 その1

国立国会図書館で挿絵の展覧会が開催されている。
明治から平成の今に至るまでの作品が一作品一点ずつの展示である。
弥生美術館、野間記念館と大好きな美術館で挿絵・口絵を楽しんできているので、国会図書館のこうした企画展示を見逃せるはずもない。
国立劇場で芝居が始まるのは12時半、午前いっぱいを展示室にささげた。

1.挿絵の確立 ―絵入り新聞の流行から挿絵の地位確立まで
・新聞挿絵の黎明期:錦絵新聞から絵入り新聞へ
かわら版から新聞になった明治の話。国芳同門の芳年と芳幾がそれぞれ三面記事の内容を絵にする。扇情的な絵が多く、一目見るのと文を最後まで読むのとでは内容が変わることも多々ある。
ここでは芳年は夢魔を描き、それに弄られる女房を描いている。しかも亭主がそれを見るという情景である。

・水野年方の新聞小説挿絵
繊細で緻密な作画である。今回初めて知ったのは、年方は朱線で下絵を描くということだった。これはびっくりした。そういえばプロデビュー前の羽海野チカさんの薄い本に、色鉛筆で下絵を描くということが書かれていたのを思い出した。
わたしは絵を描けないので、それがとてもきゅんとなったことを思い出す。

・「金色夜叉」と挿絵
尾崎紅葉の「金色夜叉」は様々な絵師が参加している。若き清方も描いている。
ここでは1911年の「金色夜叉画譜」があり、参加した絵師は名取春仙・川端龍子・太田三郎と全く方向性の違う三人だった。

・洋風表現の導入と挫折
坪内逍遥「当世書生気質」での話である。三人の絵師の挿絵があるが、130年後のわたしから見ればいずれもわるくないのだが、1885-86年当時ではなかなか洋風表現は受け入れられなかったろう。
長原止水(孝太郎)のイラスト風、稲野年恒の浮世絵風、武内桂舟の戯画風挿絵、と三様のものを見た。
人力車に乗る男とそれを振り返って話をする男。
これは放蕩時代の野口英世(当時は英作)をモデルにしたと言われている。
それでこの小説と挿絵とでまずいと思った英作は慌てて野口英世に改名した・・・らしい。
そして長原の洋風イラストは当時の人々には受け入れられなかった。
まだ明治20年なのだ。瓦解からたった20年ではなかなか意識も変わらない。
なにか巨大な変換がなければ文化は変わりにくい。

・雑誌挿絵の展開:洋画の紹介とコマ絵の流行
20世紀になりアールヌーヴォーの潮流が洋画家たちを洗い、まず藤島武二がその気になって、「明星」でキラキラしたアールヌーヴォーな口絵・表紙絵を描きだし、内容もあれなので一気に意識の改革が進んだ。そう、明治も30年代になるとこうなる。
前回民衆の嗜好に屈した長原もここで復帰し、いい絵を描いている。

「ホトトギス」1905年4月の8巻7号には橋口五葉が素敵な絵を描いていた。
「幻影の盾」だった。一目でそうとわかる。
この物語自体も魅力的だが、英国耽美派あるいはラファエル前派風な作品世界に五葉の極めて装飾的で美麗な絵がついたのだ。
今見てもドキドキする。

「中学世界」1905年8月 8巻8号 夢二登場。浜辺を歩くカプを描いている。
スィートなものがここから広がる。

基本的にこの時代からの挿絵文化が何よりも好きだ。
挿絵の黄金期は明治末から戦前、そして昭和半ばまでだと思っている。

・印刷技術の革新:写真製版
人気挿絵画家・鰭崎英朋の「生さぬ仲」が現れた。
大毎1912年である。この話は当時大人気で、鰭崎だけでなく清方も参加した絵を見ている。
そしてそれより先の1902年の東京朝日新聞で鰭崎は相撲の取り組みを絵にしていたが、これが大ヒット。後に写真が新聞を飾るようになっても相撲の取り組みの様子は鰭崎の絵の方がずっと人気で、長らく紙面を飾った。
ここにある絵を見ても決め技がよくわかる絵で、実際よりいい男に描かれているから、やっぱりこっちが人気なのもよくわかる。

・ビアズリーの衝撃
これについては去年春の滋賀近美「ビアズリーと日本」展の感想3回に亘って詳しく書いた。
その1

その2

その3

ビアズリーの白と黒の世界に激しく冒され、遠く離れた日の本で彼の末裔になってしまった者たちがいる。
「人魚の嘆き」「魔術師」を描いた水島爾保布と「陸の人魚」を描いた山名文夫。
ここでは「白樺」で紹介されたビアズリーの絵と彼ら二人の絵がある。
山名の絵は1924年で水島の人魚より5年遅い。とても繊細な絵だった。見返る人魚と不思議な植物のようなものと。

後年少女マンガ家を中心にビアズリーへの隠微な熱情が作品に投影されることになったが、かれらの先祖はこの時代にいたのだった。

・洋画家たちの台頭
乞食 1908 戸張孤雁 彫刻家であり洋画家であり版画家でもある孤雁。木下尚江の原作小説は知らない。描かれているのは畳の一室で男と女がひそひそ話をするために寄り添っている背後からの姿。わけありというようでもなく、ただ話をしているだけかもしれないが、秘密と心配とを共有するのだけはわかる。
この関係性を知りたい、誰に対してこの二人は困っているのかを知りたい。
たった1シーンの挿絵から無限に欲望が募ってくる・・・

孤雁は90年代に名古屋で大きな回顧展を見たが、近年はまた遠のいてしまった。
いつか彼の作品が再び世に浮かび上がればいいと思っている。

東京 第2部労働編 1922 石井鶴三 関東大震災前年の東京について、夢野久作が背筋のうすら寒くなるレポを記している。
鳥瞰図風に男女を描く鶴三。

人生劇場 1935 中川一政 尾崎士郎の原作はこれまで何度も何度も映画化・舞台化されてきたが、作品の人気が高まったのは文章だけでなく、尾崎も愛したこの挿絵の力も大きい。

大菩薩峠 都新聞版 第一巻 井川洗厓  この「大菩薩峠」については書くべきことが多すぎてここでは終わらない。物凄いとしか言いようのない未完の伝奇小説である。
挿絵も多くの人が関わり、多くのトラブルが起こった。
特に石井鶴三とのトラブルはとうとう法廷にまで届き、そこで挿絵と挿絵画家の存在価値が強まったという結果まで生じた。
これは2014年に刊行された本だという。そうか、井川の挿絵がついているのか。どきどきするな、それだけでも。
場面は机龍之介と悪縁で結ばれたお浜が彼に闇討ちの危険があることを知らせに来たところ。
いつか通読したいと思いつつ、やっぱり無理だとよく思う。

石井鶴三挿絵集 第一巻 1934 これが例のモメネタである。しかしさすが鶴三、息をひそめながらじっと絵を見た。
「無影」杖を突く男がいる。「盗賊」忍び寄る者が中を伺う。

項羽と劉邦 戯曲 改版 1922 河野通勢 長与善郎のこの戯曲は通読していないが、挿絵は何点か見知っている。よくここまで描き込んだと絶句する。といっても緻密なリアリスティックな絵ではなく、河野の個性があふれかえる絵なのだ。
ここでは虞姫と呂后とがモメている。もう一人いる女が誰かはわからない。
しかし史実ではこの女二人の出会いはないので、やっぱり戯曲を読まなくてはならないと思う。そう思わせてくれるのが挿絵の力なのだ。

白井喬二「富士に立つ影」もまた長編小説で、3人がこの挿絵を描いた。持ち回りで描いたそうだ。三代にわたる二家の築城についての闘争。持ち回りで良かったように思う。
これも読もうとして読めないままである。
1928平凡社版 川端龍子 肥痩ある線で牛と人とを描く。
1953 世界社版 河野通勢 問答する人々。
1953 世界社版 山本鼎 座るおじさん。

白井喬二全集 第十巻 1931 木村荘八 変な伯典と変な少年三平の2ショット。しかしこの二人が何の小説のキャラなのかを知らないのは残念だ。

かなり長くなるので続く。

煉瓦が好きだ ―中西金属工業さんの外観

いきなり何の宣言かと言うと、古い写真を整理してたら煉瓦のいいのが出てきたので、このタイトルにした。

大阪環状線の天満駅のほんねき(すぐ近く)に中西金属工業さんという会社があり、そちらの本社が素敵なのだ。
会社のサイトによると明治の煉瓦製の建物で紡績会社から購入したそうだ。

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綺麗な文様にも見える煉瓦だった。
環状線に乗るひとはこの建物を愛でてほしい。

国立劇場で「霊験亀山鉾」を見た。

国立劇場で「霊験亀山鉾」を見た。
15年ぶりの再演という。主演は前回同様片岡仁左衛門丈。
わたしは前回もドキドキしていてが、今回もドキドキしながら国立劇場へ向かった。
物語についてはこちら

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偏った感想を記してゆく。

序幕「甲州石和宿棒鼻の場」「石和河原仇討の場」「播州明石綱町機屋の場」
ここでしか出てこないのだが、発端となるのはある巻物。
基本的に巻物や折紙とかナンダカンダが敵に奪われ、というのが人々を動かす。
巻物を開くと白蛇が三匹にょろにょろと出てくる。むろん黒子が動かしている。
そして巻物を閉じると蛇も消える。巻物が見知らぬ蛇を呼び寄せるのでなく、最初から蛇はこの巻物の守りらしい。開かれることで姿を現し、閉ざされると消える。
こうしたありえないことが起こるのを見るのも楽しい。

暗転し、舞台が回る。
逆恨みというか遺恨による殺人があり、物語が本当に始まる。
そしてその仇討の場の設えがある。
三階菱の紋所の幔幕が張り巡らされた、正式な仇討の場である。
仇討の現場というものは舞台や映画や小説と言ったフィクションの場でしか知らない。
だからそこに漂う空気感というものが本当には読めない。
ただ、仇討をする側の高揚感以上に、される側とそれを検分する者たちから漂う底意地の悪い笑いのようなものが漂うのはわかる。
それはわたしがこの芝居を知っているからではなく、不穏さを役者たちが醸し出しているからなのだ。

仇討の当人とそのシモベ以外は全員が敵。しかもそれを気づいていない。
藤田水右衛門という名である。重低音の響く声で相手を弄る。笑いを含んでいるのは結末が見えているからなのだ。
「死に装束のいでたち」で勝負が始まり「いざいざいざ」で刃が噛みつきあう。だが水右衛門の周到な罠に敗れ、体勢が崩れる。
「せめて一太刀」と願っても敵は大きく、悪辣に笑う。
「往ぉ生ぉぉしろぉぉぉ」引導を渡す声のドスのきき方も尋常ではない。
そして楽しげにとどめを刺す。
こうしたときの仁左衛門の悪の笑いは深く、魅力は大きい。

南北の世界では正しいものたちはあくまでも弱い。
誰かが死なない限り、彼我の逆転はない。

返り討たれると仇討は成就出来なくなる。
慎ましく機織りの仕事をする女は世間から結婚を認められていないまま愛人の子を二人を生み、その織物だけで暮らしているが、いつも過分なカネを織元から貰うのを心苦しく思っていたが、それが愛人の実母の心遣いだと知り涙する。
だがそこへ運命が動き出したことを知らせる使いが来た。

返り討ちの顛末を記した瓦版が仇討成就を待つものたちの手元に来た。
正義は果たされず、ショックのあまり立ち眩む人々で序幕終了。

二幕目 「駿州弥勒町丹波屋の場」「安倍川返り討ちの場」
揚屋・丹波屋では芸者おつまを待つ客が焦れている。
「盗み売り」という言葉を初めて聞いた。
そうか、廻しではないが、他にあれなのをそういう表現するのか。
そこへようやく登場するおつまは烏帽子をかぶっている。おつまは京屋で、その姿を見て父上にそっくりなのがなんだか泣けてくる。
そこに伴われてきたのがこの店の女主人の養子で男妾らしき弥兵衛。
このあたりの艶笑的なやりとりを見ていると、同じ南北の「四谷怪談」の地獄宿をなんとなく思い出した。
お大とお小とを一人の女が演ずるのだが、老け専とロリ好きなそれぞれの客にいい顔を見せるのだ。
南北にはこうした頽廃的な面白さがある。

店の二階には水右衛門がかくまわれているが、つくづく男前やなあ、と二階席からでも感嘆する。
素顔の端正で紳士的な良さも素晴らしいが、色悪に拵えたときの魅力の大きさは、誰もかなわない。
ああ、孝夫の頃からずっと好きだ。

やがてもう一役の古手屋八郎兵衛の登場がある。
ここの早変わりの手際の良さにもほれぼれする。白塗りの脚のきれいなこと。
ところで屏風にべらんと扱きがかかるのもいやらしいような、かっこいいような妙な良さがある。
それから水右衛門の似顔絵を描いた団扇、この裏に松島屋の定紋「丸に二の字」が入るのもご愛嬌。

返り討ちするための周到な罠が張られ、善人たちはまっしぐらにそこへ向かう。
安倍川。そこで太鼓が意外なリズムを刻む。どう聞いても西洋音楽なのだが。
だがそのうち転調しそれは雷雨に変わった。
落とし穴を作る間に流れる雷雨のメロディ。鐘もゴーンとなる。
鐘が鳴ると、あまり良いことは起こらない。
小さなお地蔵さんの像があるが、救うこともない。
四つ時分になり、ドロドロ…が低く響く。
そこへ現れる水右衛門の笠を少し上げたときに見せる凄い笑を浮かべた顔はとても恐ろしい。
やがて弥兵衛実ハ源之丞が現れるが早速返り討ちに合う。
「おつまが色香に迷い、俺が刀の錆となれ」
味方もなく、無惨な死を遂げる源之丞。
容赦なくトドメを刺す。

ここはもう少し哀れさが欲しいところだった。
「天下茶屋」でも病身の伊織がせめてせめてと必死で一太刀繰り出しても空を切り、無惨な嬲り殺しに合う姿に欲情するためには、伊織に儚さがなくてはならぬのだ。
だから敵方にザクザクに斬られる源之丞にもそうした憐れさがもう少しあればなおいい。

「焼き場の場」
早桶に隠れる水右衛門と本当の死者の入った早桶とが入れ替わる。
このあたりのドタバタは将に南北の面目躍如としかいいようがない。
不謹慎な笑いが横溢し、面白くて仕方ない。

やがて焼き場が現れる。
火家は左にゴォゴォ燃え盛る様子を明かりで見せ、中央に柴を組んだところに早桶を置き、右手には井戸も設えてある。
おんなたちのいさかいの後に、実は隠亡だった八郎兵衛が現れおつまと鉢合わせとなる。片身を脱いだ八郎兵衛には刺青がある。
がえん、火消の肌には美しい刺青が入るが、隠亡にもその無頼の美がまといつく。南北は生と死の混沌が好きで、「桜姫」や他にもそうしたところを見せてきた。ここでもそうした危なさが出ている。

火家の炎の揺らぎにときめく。
やがて八郎兵衛とおつまの命のやり取りが始まる。
「お妻八郎兵衛」の世界では女房お妻を殺してしまうのだが、ここでは逆転がある。
本水がざばーっと降り出した。雨のカーテンの向こうでぜいぜいと息を調える仁左衛門丈の美しさ。

この場は登場人物たちの殺し合いがある。
女たちの殺し合い、男と女の殺し合い、一方的な殺戮もまた。

早く柴に火を付けろと思ううちに中から早桶が叩き壊された。
その前に火を付けたら敵討ちもなるかもしれなかったのに。
堂々たる立姿の水右衛門が不敵な声で笑う。
もうこれで誰もかなわない。
月下殺人。

その頃、お松の家では結婚を許されなかったとはいえ嫁だと認めた姑が「庵室」の玉手張に肝臓の血を孫息子に与えていた。
小さい子供役者がするちょっとした仕草が可愛くて観客の意識はそちらに集中する。

大詰め「勢州亀山祭敵討の場」
亀山祭の鉾が続々と集結するのを奥に、手前ではついに正当な敵討ちが。
最後まで決してくじけない南北描く悪人。
しかし状況はどんどん悪化し、ついに水右衛門は討たれてしまうのだった。


ここで観客たちに芝居が終わったことを示す無言の挨拶が行われる。
最後までとても面白かったが、やはりいちばんよかったのは焼き場のあたりだった。
棺桶の取違い、正体を隠していた隠亡とのいさかい、早桶を蹴破って復活する悪人。

いいものを見た…
自分だけがわかる感想文なので、これでどのような芝居かを推し量ろうとしてもいい形は見えてこない。
だが、あえてこうして自分の見たものについて書いた。
面白かった。

「春信の時代」から「待乳山と隅田川」そして「清親と安治」「東京浪漫」へ

いくつか浮世絵の展覧会をみた。
それらをまとめたい。

春信のこんなにも大がかりな展覧会は初めて見た。
千葉市美術館の次はハルカスに来る鈴木春信展。
ボストン美術館から大量の名品が来たのだ。
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春信の描く女たちは個性的だ。無個性のようでいて、実ははっきりした個性がある。先人の誰とも似ていない。
ただ、海を渡った先に魂の双子のような画家がいた。
クラーナハの描く女たちと共通する凹凸の少ない体形。
春信の描く女は未成熟の美を体現する一方で、それを柔らかそうな着物で覆う。
ここでは春画の展示はない・・・ので、柔らかな着物を着た娘たちを見ることになる。
そして若衆もまた娘とほぼ同じ体形をみせている。
つるりとした身体。ぬめりを感じさせない身体。
そこに深い官能性を見出す。

最初に春信登場以前の絵師たちの作品が紹介される。
いちゃいちゃする男女を描いている。ただし役者絵もある。
役者絵でも艶めかしく見つめ合うカップルとして描かれている。

わたしは幕末のもっとエグみのある絵が好きなのだが、こちらにはそうしたものが少ない。
エグみがない分可愛いさがあるわけだ。
というよりもっとはっきり書くと、ここにあるものは一枚絵のイラストなのだ。
イラストもいいが、ついついわたしはその奥にあるドラマを目の当たりにしたくなる。
ただの嗜好の話。

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展示された一点一点全部にわたしはなんだかんだとメモをつけている。
それをここでは挙げない。
あまりに多くの言葉を記しているからだ。
それだけ書いてもまだ満ちてはいない。
ここでそれを再現しても、あの時の喜びは伝わらない。
やはり見なくてはならないのだ、自分の眼で。

芝居をモチーフにしたもの、実在の人気者を描いたもの、架空の恋人たち。
春信の筆致はいつも滑らかだ。
丁寧に焼成された磁器のような手触りを予想させる作品。

春信で好きな一枚絵を考える。
わたしが圧倒的に好きなのは夜を描いたものだった。
恋人たち、女同士が漆黒の中、柿をもいだり花に見られたりする絵。
この静かな官能性にときめいている。

春画のまねゑもんの冒頭一枚だけがある。
しかしその後の展開は出ていないので、知らない人が見ても意味は分からない。
ちょっと残念ではある。

千葉市美術館の凄いところは企画展や巡回展だけでなく、まず常設の豊饒さだと思う。
今回も「江戸美術の革命 -春信の時代」として同時代の京都画壇、南蘋画風、彩色本、そして近代の風俗版画まで網羅して展示している。
これだけでも十分凄いのだ。
だから千葉市美術館に行くときは最低2時間は絶対にいる。

建部綾足の本が出ていた。当時やってきたゾウさんを描いたものだと思う。真っ黒なゾウさん。
蕭白の虎に虚勢を張るような獅子、憮然とした虎。
橋口五葉の美人、小村雪岱の装幀本、フリッツ・カペラリの大正の日本の人々を描いた木版画。

いずれもとても魅力的な作品ばかりだった。
これらは10/23まで。

千葉から京成線と都営線で浅草に出た。
そこから歩いて初めて待乳山聖天へいった。
「剣客商売」の秋山大治郎はこのご近所の真崎稲荷の側に住んでいる。
時代小説でおなじみの待乳山である。
そしてここは大量の幕末浮世絵を所蔵していた。



10/4までの無料展示で多くのお客さんが来ていた。
30点ばかりの浮世絵と戦前の風景写真や資料なども出ていて、かなり楽しめる内容だった。
これまでここへは来たことはなかった。
いつもこうなのかは知らないが、こうした展示が多いのなら、今後も来てみたい。

この界隈と隅田川とをモチーフにした浮世絵を楽しむ。
三代豊国時代の隅田川と美人とを描いた三枚続や広重の江戸百、二代広重(後の茶箱広重)の幕末の隅田川、明治の隅田川を描く三代広重・・・明治の清親の絵もある。
江戸百の「真乳山」に現れる女性を有明楼の女将・お菊だという推論の紹介もあり、とても面白かった。
このお寺は大根をお供えにするところらしい。今度はゆっくりと拝みに行きたいと思った。


桜橋を渡り、少し行くと「すみだ郷土文化資料館」がある。
ここへは久しぶり。今回は「清親と安治」師弟の作品展である。
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先般練馬区美術館で清親の大掛かりな展覧会があったが、わりとこの師弟の絵を見る機会はあるように思う。
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というのは近年の「明治の浮世絵」展の開催が増えたからというのだけでなく、花小金井のがすミュージアムがわりとよく企画展で彼らの絵を出してくれるからだ。

彼らの絵は新しい表現を模索したものが多いが、一方で新しい明治の世にも生きる情緒を取り込んでもいる。
江戸から東京へと変わったものの、彼らがいた頃はまだ地続きの時代だったのだ。
駕籠から人力車に変わっても、行灯からランプに移っても、それでも人間性がそうそう変わったわけではないのだ。
絵を見ながらそのことを感じていた。


最後は郵政博物館。
すみだ郷土からすぐの交番で、本所吾妻橋から押上へ一駅乗るかorここからスカイツリーまで歩くかを検討した。
というのは行った日はまだ杖をついていたからである。そしてわたしは地下鉄のフリー券を持っているので、気軽に電車に乗れるのだ。
結果として本所吾妻橋から乗車した。なにしろスカイツリーの配置を考えると、郵政博物館は最果てなのだった。

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これは前後期入れ替えもある。
一部を除いて撮影可能。

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日本橋、丸ノ内界隈に建ち並び始めた西洋建築、橋などを描いた錦絵が出てきた。







本格的な西洋建築ではなく日本の棟梁たちが考え抜いた擬洋風の建造物。
急務で自前の建築家を育てようとした日本政府はお雇い外国人を招いた。
コンドルの薫陶を受けた第一世代が活躍する頃には、錦絵に描かれた建物はなくなろうとしていた…

チラシにもある通り夢二の美人画もでている。
こちらは明治の末以降のもの。
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鳥居言人の美人画もある。
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五葉
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深水
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綺麗なおねえさんばかり。

最後に面白い双六を見たのでそれも。
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明治の流行物たち。
活人画
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女学生の自転車
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「魔風恋風」以来、女子の自転車は憧れになったのだった。

いい展覧会をつづけさまに見て、とても楽しかった。

古代の造形 ―モノづくり日本の原点

古代であろうが中世であろうが、現代にいたるまで技術は革新され続けなければならない。

三の丸尚蔵館へいった。
何をしているのか調べもせずに。
「古代の造形 ―モノづくり日本の原点」展だという。

銅鏡と銅鐸が半身ずつを見せている。
なんとなく右の銅鐸が物凄い笑いを浮かべているように見えた。
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・石の造形  石器から勾玉まで。
縄文時代の石の鏃、石槍の頃から使い手のその手に合うよう削がれてきた石。
古墳時代になり更に手が込んでゆく。

宇和奈辺陵から世に出た石製模造品がとても可愛い。
斧や鎌と言った実用品のミニチュアのようなもの。

勾玉が集まるのもいい。
赤も緑もある。とても可愛い。わたしは橿原考古学研究所付属博物館で今出来の勾玉を買った。
赤か緑、どちらの色にするかとても悩んだ。
今ここにこうして赤も緑も大きいのも小さいのも並ぶのを見て、嬉しくなった。

細長いものは管玉、それから丸玉、棗玉、平玉と形の違うものがそれぞれの地方の古墳に埋められていて、世に出て大事に守られて、今ここにある。
それを見るのが嬉しくないはずがない。

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・土の造形
古代の土の造形と言えば埴輪。なんといっても埴輪。須恵器が出ているがやはり埴輪。
鰭付円筒、朝顔形、靭形、女子頭部、囲い型、家形…

その埴輪の中で馬形の埴輪があった。完全な形のものではなく、頭部と胴の一部だけが残っていた。
それを元の形を思わせる配置で展示している。
倒れる馬のようにみえた。この馬はもう死んでしまっているが、笑っている。
そんな風に見えた。
眼の形は甘く優しく笑う。離れた胴はしっかりしている。
失った手足はどこへ消えたのか。土に還ったか、誰かが持ち去ったのか。
仁徳天皇陵から現れた馬の姿の埴輪。

同じところから犬の埴輪も出ている。こちらは番犬のようだった。鋭い眼をしている。釣りあがった眼は鋭い。

須恵器でヒトの形をするものがあった。
耳を隠しているように見えた。
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・金属の造形
銅鐸、銅矛、銅鏡…
龍が犬歯を剥いているような図柄の銅鏡もある。
馬具、飾り板、耳飾り。
この時代に装飾性が完成されて、それから今に至るまでこのセンスは効いているような気がした。

昭和20年に発掘して世に出た兜がある。
シコロもきちんと残っていた。連続性のある位置の鋲。
出土地不明のもの、福井、愛媛…
形が同じなのは中央政権が形成され伝達事項がきちんと末端まで行ったということなのだろうか。

明治の調査の際に仁徳天皇陵に入りスケッチをした人もいる。
淡彩の甲冑図だった。

・守り伝えられたもの
大事にされてきたものたち…

ここで大事にされてきて本当に良かった。

12/10まで。

2017.10月の東京ハイカイ録

今回は一泊二日でしかも観劇がメインという久しぶりのプランです。

最初から国立劇場へ向かったわけではない。
まずは三の丸尚蔵館へ。
展覧会の詳しい感想は例によって後日。

やっぱり皇室の所蔵していた古代ものはいいなあ。
外には桜のような木花が咲いていた。



半蔵門へ。久しぶり・・・
国立劇場のチケットを出力してから国立国会図書館へ。
挿絵の展示を見る。
結局これで時間を使い切る。
ああ、挿絵よ・・・面白かった。

15年ぶりの再演「霊験亀山鉾」。
やっぱりあれよ、仁左衛門が白塗してとんでもない悪役やるのを見るのが一番好き。
だから彼に殺される善人たちは出来る限り儚く憐れでないといけない。
その痛々しさに疼くぐらいでないと、やる資格はない。
ニザリー、本当に素敵だ。
個人的には焼き場の場がいちばんいい。南北は人の生き死にで不謹慎な笑いを送ってくれるが、そこにわたしも反応する。

ああ、面白かった。

いい芝居を見終えて機嫌がいいが、もう五時前だった。
明日は本当は歌舞伎座で「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」を見たかったが、チケットが取れなかったのと、足が言うことを聞かなくなっていたので諦めた。
歩き倒す分にはいいが、ずっと狭い所で動かさずにいると、わたしの足は動かなくなるのだ。痛い。まだ足が治りきっていない証拠だ。

半蔵門から上野へ向かう。
サクラテラスから山へ上がると、上野の森美術館がある。
「怖い絵」展、その時40分待ちだった。雨の中だが、これは入ろう。

実際には25分程度で中へ入り、大混雑だがどの作品も好きなように見た。
こちらにある種の執意があれば大抵のことはかなうものだ。
そんなことを思いながら「怖い絵」を楽しむ。

まだ雨は降っている。
しかも目に見えない雨に変わって。
わたしは歩く。

東博につくと柔らかな照明があちこちにあり、うすぼんやりした夜景をクノップフの描いたブリュージュのように見せていた。
写真ではとらえきれない光景だった。
だから目に記憶に残すしかない。
しかし記憶は改竄される。
ほかならぬ自分の脳によって。

運慶展を再訪した。やはり彫像の後姿の肩や振り上げた腕の強さにときめいた。
考えることはあまりせず、純粋に見る愉しみに溺れた。
していいこととよくないことの区別がつかなくなる。
畏怖の念より、ある種の欲望とときめきがそこにある。

東洋館でマジカルアジアをみる。



チラシにあったニューギニアの頭蓋骨をみる。
加工された頭蓋骨。ヨーロッパではゲルマン人が敵の頭蓋骨に鍍金した。
日本では信長が敵の頭蓋骨を盃にした。
しかしここでは崇めるために頭蓋骨を表装し、不思議な再現をした。
生者の頃と似ているのかどうかは知らない。もはや誰もわからない。
装った死者の頭蓋骨を通して生者を想う。

好きなものが展示されているのは嬉しい。


2010年以来の再会になるのか。
当時の感想はこちら










外に出ると雨は空気と同化していた。
湿潤な東アジアの片隅。
月は出ていないが、こんなものをみた。



湿気に包まれながらも心地よさが全身に沁み通っていた。


定宿に帰るとフロントの仲良しが「一泊とはお珍しい」と言う。
まあ確かに。芝居の話をしてから寝る。

2日目、日曜なのに平日担当の朝食係のKさんがいた。
訊くとやっぱり土日はなかなか人が長続きしないらしい。
Kさんもたいへん。

まだやっぱり腱は治りきっていない。一カ月たってないから仕方ないか。
しかし歩く。歩くぞー。
というわけでいきなり国立新美術館にゆくが、開館5分後には既に大混雑の安藤忠雄展。
「光の教会」の現物再現があった。
正直、本気で驚いた。
この教会は大阪府茨木市にある。わたしもその気になればすぐに行けるのだが、今も行ってない。
驚いた。まだ雨なのに光が差し込む。



不思議な快さが心に拡がる。身体はそうでもないのだが。

安藤への盲信はないし、常に一歩引いたところで作品を見るが、しかし彼の作品の強い感染力には敵わない。
そこに住む気はないが、行く先が安藤作品だということはかなり多い。

結局2時間近くいた。
地下でお昼を食べてからサントリーへ向かう。
雨なので一瞬乃木坂から霞が関経由で六本木へ向かうかと考えたが、六本木からサントリーも意外に面倒なので雨の中を歩く。
そう、ミッドタウンは遠くない。

狩野元信展を見る。うまいこと入れ替えが進んでいて楽しい。
特によかったのは酒伝童子の鬼の宴会シーン。
鬼の家来たちが御大退場後に柿や栗や梨を運んできて、レアのフィレ肉を食べたり飲んだり舞ったり吐いたりしている。
無邪気な鬼たちより腹に一物手に荷物の頼光と四天王ご一行様の方がよっぽど悪人面をしている。

おんぶのしあいっこでインドからキジル国へ向かうクマラタンと釈迦像。
なんだかなごやかでいいぞ。

さてここからはまた建築。
東近美で「日本の家 1945年から」をみるが、これがまたなんだかもうすごいなと。
安藤をみた後に一旦狩野元信を入れて本当に良かった。
続けて見るのは避けるべきだ。
偉いぞわたし。

要するに近代建築を溺愛している人間に現代の現実が容赦なく押し寄せてきて、対処しきれなくなったということだよ、諸君。←諸君と呼びかけるほど別に誰も読んでいないぞ、7e。
安藤展とこの展覧会はたぶん一緒にする。そうでないと逆にしんどい。

常設展示では好きなものが色々出ていた。
癒される・・・







ここでタイムアップ。一瞬まだ17時前なので飯田橋にでも行こうかと思ったが、行くと必ず長居する。
諦めて大手町へ。

今回は一泊二日なので特に疲れたわけでもなく、荷物が大きいわけでもないので、阪急で帰る。
いつか新線が出来るらしいが、そうなると今よりもっと楽に帰宅できるな…

自宅に帰ってから猫を触りたおし、トキメキの元を延々とみて、やっぱり遅寝になったのでした。
次は11月の末近く。

京大・花山天文台へゆく その3

「京の夏の旅」でここが公開され、かなりの人が訪れたそうだ。
その時に見学したもののまとめ。
その1
その2

秋になり、また見学の機会を得たので喜んで出向いた。
そして今回挙げるのはあの時見学できなかった「別館」を中心にする。

こちらは本館の図書室。
素敵な古い本棚だ。梯子をかけるためのバーがある。
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宇宙に関する本や資料がずらり。
そしていずれにも付箋がいっぱい。

別館へ入る。
いい天井。これは川崎造船が施行したそう。
船底と同じ構造のアーチ。
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文字プレートがある。

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ここも本館同様ゴウンゴウンと手動で開く。
見学した日は小雨が降っていたので開放はなし。

小さめの観測機
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こういう構造のものがどうしてか大好きだ。
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ああ、影までいい。
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なんとなく悪人面だ。
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階段も小さい。
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ベランダに出る。
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本館を見る。
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別館の丸いアタマ
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元の太陽館。今は歴史館になっているがここの説明を詳しく聴けてよかった。
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ここも手動で動くので、レールが活きる。

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素晴らしく間違いの少ない時計。気圧でそれが可能となっている。
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戦前のドイツ製への信頼と憧れ。

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いいプレートは他にも。
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最後に本館の階段を一カ所だけ。
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本館のドームもちょっとだけ。竜骨が何本あるのかはとうとうわからなかった。
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もっとここが人に知られ、愛されることを願う。

「国宝」展第一期、間もなく終了!

10/3に開幕した特別展覧会「国宝」展の第一期目もいよいよ10/15で終わる。
第二期は10/17から10/29.
本当にきっちり2週間ずつの四期。
コンプリートもなかなか難しいから、行けるときに行く、というのも悪くない決断。
悔いなき選択をして、目前の「国宝」をたのしみましょう。

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このチラシでは伝・源頼朝像と金印だけは1期ではない。
左上の平等院の雲中供養菩薩は通期、宗達の風神雷神は1と2期。
永青文庫から時雨螺鈿蔵も来ているし、山形の土偶の女神もいる。
そして左下には青磁鳳凰耳花入「万声」が場を締める。

もう本当にどこを見ても全て国宝。
どっちを向いても国宝、どこまで行っても国宝。

チラシにいなかった相棒はこちら。
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宗達に始まり光琳、抱一、其一に到る風神雷神。
全ての祖ですな。始祖の巨人ならぬ始祖の風神雷神。

展示は三階から見て回るのだが、そこにはまず藤原為家筆による土左日記。
「学校で習ったなあ」とにっこり。

いちばん時代の古い国宝と言えばやっぱり土器。
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ドキドキしますなあ。
これだけ装飾過多の土器の時代が終わった後はあのシンプルな弥生式土器。

今回の展示でびっくりするのは雪舟が一気に六点も集まっていること。
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これはもう本当に今だけの愉しみ。

仏画も御釈迦様の復活する様子のが出ていた。
これは京博の常設でなじみの大きな絵。
法然、一遍の絵巻もあれば信貴山縁起、病草紙もある。
病草紙は「ふたなり」がトップバッターだった。眠るその顔の中途半端な美貌も興味深い。

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吉祥天女もおでまし。
何年ぶりの再会か、嬉しくなる。

そして龍村平蔵が辛苦の果てにようやく再現させた獅子狩文錦、その元のものが出ていた。
中学の時からずっと感動が続く。

中宮寺の天寿国繍帳もある。ああ、本当に何十年ぶりかの再会。
刺繍の不思議。思えば正倉院御物より更に百年以前のものなのだからなあ…

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甲冑も出てましたな。これは平安後期のもので備中赤木家伝来のもの。当初の姿をほぼとどめているとか。

仏像は河内の金剛寺から長らくここに仮住まいの大日如来さんらをはじめとして、東寺の兜跋毘沙門天立像、法隆寺の広目天、醍醐寺の虚空蔵菩薩などなどが。
運慶の仏像は東博に集合中です~

やきものも怠りなし!
三井からは志野茶碗 銘 卯花墻がきている。
萬野から相国寺へ移った玳玻天目もある。
遠くからでも一目でわかる愛らしいやきものたちよ、よぉおこしやす。

最後の最後までもう本当に国宝尽くし。
これはやっぱり凄いことですわ。
こんな機会がこの先もあるかと言えば、到底あるとは思えない。
やっぱりこの力の入った展覧会が開催されている間、どうにか四期とも見に行きたい。
欲望は募るばかり…

土日と残る二日間、行ける方はぜひとも!!

「少年ジャンプ 創刊から80年代、伝説のはじまり」展 その3

少年ジャンプの昔の作品の紹介が続く。パネル展示で名シーンなどを展示する
「トイレット博士」「ど根性ガエル」「侍ジャイアンツ」「荒野の少年イサム」「はだしのゲン」・・・懐かしい。

「ど根性ガエル」の最終回を知ったのは宝島社から出た「いきなり最終回」だった。
あのラストは予想外だった。ハッピーエンドだったし、あのラストだから後年TVCMでサラリーマンになった連中が出たりするわけだ。

「トイレット博士」では「七年殺し」という必殺技が面白かったが、あれは紹介されなかったのは惜しい。
両手を水平に伸ばし人差し指を立てて「天怒りて誰某を討つ・・・臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!七年殺し!」これで技を出してたな。

「荒野の少年イサム」は近年になってから山川惣治の原作だと知ったが、なるほど今となっては納得ものだ。
西部劇に日本人が加わるマンガと言えばこれを嚆矢に「ガンフロンティア」「修羅の刻」の第四巻の話、「ヨコハマ物語」などがある。

「侍ジャイアンツ」も本編はほぼ未読だがアニメはよく見た。
とはいえわたしは虎党なので巨人には肩入れはぜっっったいにしないが。
ラストを知ったのは前掲の「いきなり最終回」から。
アニメと全く違うラストで、投げたまま大往生とはびっくりした。
この感想その1で挙げた「空のキャンパス」の二次創作マンガにもこの話が載っていた。
つまり「空のキャンパス」のラストも主人公が体操の素晴らしい演技を終えた直後、立ったまま絶命するのだ。
パロディはそこでこうなる。
「やだなー太一君、立ったまま死ぬなんて『侍ジャイアンツ』のマネじゃないのーっww」
・・・笑ったなあ。

「はだしのゲン」実は何度かリアルタイムに読んでいる。
広島弁を知ったのはここからだった。
わたしが見たのはゲンが枕経を読むバイトをしていたところ。
「げんくそわるい」と追い出される失敗の後、本当に枕経を頼まれるシーンが悲しかった。
この作品が少年ジャンプで連載された、ということが凄いと今は思う。

本宮ひろ志特集がある。
そう、本宮がいなくては少年ジャンプは大きくならなかった。
言い切るぞ、わたしは。
「男一匹ガキ大将」以降の作品群が少しずつ紹介されている。
「さわやか万太郎」「大ぼら一代」「硬派銀次郎」「やぶれかぶれ」などなど。
わたしは特に「大ぼら一代」と「硬派銀次郎」そしてその後継作「山崎銀次郎」が特に好きで本当に大好きで、今に至るまで本宮ファンであり続けている。
パネルでは「さわやか万太郎」が特に推されていた。
そう、万太郎のフィアンセの五月ちゃんが昔風の大和撫子で、今ではありえないし反発してしまうところもあるが、本宮御大の世界に自分が入り込むと、本当に健気で可愛くて、大事にしたくなる。
それに本宮世界の女たちはみんな主人公を立てつつも、彼に依存せず、自分もまた立派に生きようとする。
わたしがいちばん好きなのは銀ちゃんと結婚する高ちゃんこと高子と、プレイボーイ誌、ヤングジャンプ誌で連載された「俺の空」の一十三さん。
奥さんのもりたじゅんさんの造形とのコラボ。最高ですなあ。

話を戻す。「さわやか万太郎」についてはこのサイトさんがとてもいい紹介をしている。

「硬派銀次郎」は月刊ジャンプで連載されたが続編の「山崎銀次郎」は週刊の方で連載された。
その初登場の表紙が出ていて、わたしは嬉しくなった。
そう、覚えていますよー銀ちゃん。銀ちゃんが法被を着て口に何か紙を咥えながらこちらを見ている絵。
かっこよかったなあ、銀ちゃん。
このカッコよさにドキドキしていたのだ。
それはわたしだけではない。実際に銀ちゃんにドキドキして息子に銀次郎と付けた人も少なくない。野球選手にもいる。
そうだ、銀次郎だけではなく銀次に惹かれた人もいる。
「男一匹ガキ大将」の万吉の一の子分は片目の銀次だった。ここから伊藤銀次は名前をとったというし。
今でも「銀次」という名を聴くだけでドキドキする。

実はわたし本宮のたぶん唯一のムック本「熱血空間」を持っておりますのよ、ほほほほほ。
それにしても本宮マンガの熱さには本当にシビレた。
その御大のDNAを受け継ぐ作家たちの紹介も続く。

「アストロ球団」原作:遠崎史朗、作画:中島徳博。中島の意味不明なほどの熱さが来たね。
わたしは連載は読んでなくて文庫を揃えたクチだけど、中島が病に倒れるまで他の作品もかなり熱く読んでいたものです。
(「がくらん海峡」なんかもう好きすぎて…)
「リングにかけろ」に多大な影響を与えた作品で、わたしは「リンかけ」からこちらに読み進んだのですよ。
「朝太郎伝」も面白かったけど「アストロ球団」の意味不明な熱さはほんと、ジャンプ的だとしか言いようがない。

「悪たれ巨人」高橋よしひろも本宮の弟子筋で、この作品はリトルリーグの話だった。絵はこの当時から変わっていない。
現在も続く「銀牙」シリーズが好きだが、このリトルリーグの話も妙に心に残っている。
ラスト、プロになった少年たちが現れるが、連載開始当時阪神の監督がブレーザーだったのが数年後もそのままだというのがおかしい、と学校で同級生が話していたのを忘れない。

少年ジャンプから「えっ!まさかこの人がデビューしたのか!!!」という作家がたまーにいる。
というか、この人の作品がよくあのジャンプに載ったな…と思うのである。
諸星大二郎が現れた。
「妖怪ハンター」シリーズの紹介がある。
わたしはこの作品をジャンプでリアルタイムに読んでいた。
そのあまりの面白さにショックを受けたのが小学生だったから、本当にこれも付き合いが長い。
ここではっきり書くと、無人島へ連れてゆく一冊はたぶん「暗黒神話」になると思う。
他にも多くの偏愛する作品がごまんとあるが、一冊だけというのならこうなるだろう。

今思ってもジャンプはある時期までは非常に実験性の高いところがあったのだなあ…
星野之宣、村上もとか、寺沢武一…彼らがジャンプ出身だというのが本当に凄い。

サーキットの狼 懐かしいなあ。スーパーカーブームの牽引役だったと思う。
今ちょっと調べたらなんとミュージアムが開設されていた。こちら
実際に作品に出てきたスーパーカーが集まっているというのにはびっくりである。

プレイボール ちばあきおは「キャプテン」を月刊で連載し、高校野球を週刊で連載した。地道で外連味のない、本当に息の長い作品で、真面目に高校野球をする少年たちはこの「プレイボール」と水島の「ドカベン」は必読書だと思う、というか、やっぱりみんな読んでいるのである。
現在、コージィ城倉により、ちばあきおテイストを崩すことなく続編が描かれている。

包丁人味平  グルメ漫画の元祖だと思う。わたしがリアルタイムに読んだのは肉のバラ糸崩しとか、気を失わせた魚の生け作りを水槽に入れて再び泳がせる辺り。
後年全編を読んでカレーの話を非常に面白く思った。色々と納得のゆく話だったのだ。

1,2のアッホ 出たー!懐かしい。カントクと定岡ちゃんの妙なギャグが面白かった。
ゲストに出てきたオージリー・ヒップバーンは最高でした。
他に忘れられないのがカントクが目が見えんとか言い出す話。常に丸い黒メガネのハゲ爺であるカントクがいよいよダメかと思って皆が惜別の言葉を贈っていると、「あっわし、眼を開けてなかった」というオチにはコケてしまったぞ。
コンタロウはその後ヤンジャンで「いっしょけんめいハジメくん」をヒットさせたが、ジャンプ愛読者賞に描いた読み切り短編の落ちぶれてゆくプロレスラーの物語が壮絶で、コンタロウのシリアスは背筋が寒くなるものだと思った…

ドーベルマン刑事 / ブラックエンジェルズ  二作が紹介されていた。ド迫力の暴力でしたなー。どちらも救いがない…
ドーベルマン刑事・加納の最期が悲痛でね…ブラックエンジェルズの展開にもちょっと驚いた。まさかこうなるか、と。
日常からディストピアへ移行したのにはほんとうにびっくりした。
望月あきら「狩人」みたいな感じと言うか「必殺仕事人」で行くのかと思ったらあれだからとんでもない展開でしたなー。

東大一直線  これも最初はニヒルさはあっても普通のギャグ漫画だったが、弓月光「エリート狂騒曲」と同様に最後は東大入学かと思っていたのだが、続編でヤンジャン連載の「東大快進撃」、あのラストの衝撃は非常に大きかった。
これは完全に続編の方が面白かった。
「括目せよ」と作者が何度も繰りかえす中、安田講堂の崩壊という幻影と主人公・東大通の崩落とが描かれているのは本当に凄かった。

コブラ  これもよくジャンプで連載したなと時々思う。何度読んでも飽きないし、定期的に再読する作品。アニメもよかった。
とにかく大人っぽくておしゃれでかっこよくて…スペオペ作品として最高だといつも思う。

リングにかけろ  わたしの人生において魂の底から熱狂した作品。三原順「はみだしっ子」の後に熱狂した。
実際、中学の3年間を「リンかけ」に捧げた。
今もジャンプ本誌から抜き取ったページを保存しているし、カラーページも大事にしている。
やっぱり面白いのは「影道」篇以降世界大会から蘇生してギリシャ12神vs世界連合Jr戦。
あまりに好きになりすぎて、こちらのアタマもおかしくなるくらいだった。
この作品にリアルタイムに出会え、共に燃えたことは本当に嬉しい。
続編もけっこう好きだ。

ここで車田御大のミニ特集があった。
「風魔の小次郎」「男坂」などが紹介されている。「雷鳴のザジ」はない。惜しい。「雷鳴のザジ」は伏線を張りすぎて回収できないまま終わってしまったが、面白かったのに。
今回知ったことだが早々と打ち切られた「男坂」を今御大はwebで再開しているそうな。
そうなのか。
どちらかというと御大の破天荒ぶりは「リンかけ」「聖闘士星矢」のような方がいいのだけど…

すすめ!パイレーツ / ストップ!ひぱりくん  前者のギャグはドタバタもので小さい楽しさがあった。
ひばりくんはかなり好きだったし、これがジャンプ連載されていたのが80年代の在り方だと思いもする。
しかし残念なことに江口が例の「白いワニがみえるー」とか言い出したのでどうも・・・
これも今から思えばひばりくんは男の娘というより・・・・・・・・
好きな作品だったなあ。

ホールイン1 金井たつおはこの後の「いずみちゃんグラフィティ」やヤンジャンに移ってからの「ロンリーロード」「ばぁじんロード」が特によかったが、とにかく可愛い絵の人だった。この作品も後半が面白かった。わたしの好きなキャラが後半になってから動き出し、話がそれで面白くなったということもある。
そうそう、師匠の「山崎銀次郎」終盤で、金井は高ちゃんに勘違いさせる女性キャラを描いていた。

テニスボーイ  明るいカッコ良さがあったなあ。途中で意味不明な必殺技がいっぱい出てきたが、それなしでも十分面白いテニスマンガだったと思うのだが・・・

紹介で思い出した作品も多い。
「4丁目の怪人君」「赤点教師梨本小鉄」とか。当時のわたしはあんまり関心がなかったが、それでもいくつかのシーンが蘇るところを見ると、やっぱり面白くは思っていたのだな。

銀牙 流れ星銀  熊犬という存在を知ったのもここからだったなあ。今では漫画ゴラクに連載の場を変えているが、本当に面白い。わたしは猫派だが高橋よしひろの犬マンガは好きで、銀牙シリーズはかなりたくさん集めた。
近年知ったことだが、銀牙は北欧では国民的な人気があるそうで、めでたいことだ。
今は「銀牙~THE LAST WARS~」が好評連載中。

漫画ゴラクは80年代のジャンプで活躍した作家さんがいい作品を連載している雑誌である。
今のわたしは少年ジャンプは「HUNTERxHUNTER」の掲載がある時以外は読まないが、ゴラクは毎号必ず読んでいるのだ…

ハイスクール奇面組  中学編からハイスクール編へと変わっても面白かった。ギャグではあるが、個別のキャラの家庭の事情などは案外シリアスで、身につまされることも多かった。とはいえあのラストはないやろ…

シェイプアップ乱 / ジャングルの王者ターちゃん  えっちだしげひんだし、でもところどころにいい話があるし…
むしろ少年ジャンプからあとの青年誌での「バンパイア」とかそちらの方が好きだ。

魔少年ビーティ  これが出たとき、「なんかちょっと違う人が出てきたな」と思ったことを覚えている。そしてその予感は大当たりした。

ジョジョの奇妙な冒険  リアルタイムでずーっと読み続けてきたのだなあ。無駄無駄無駄とは言われないだろうね。
リアルタイムに読んでて面白かったのはやっぱり承太郎の話までなのだが、あとのはコミックスになってまとめ読みしないと面白味がわからなくなってしまった。そしてまとめ読みするとやっぱりむちゃくちゃ面白いと思うのだ。

空のキャンパス / 神様はサウスポー どちらも感動ものだったが、その1にも書いた通り「空キャン」はけっこう二次創作で楽しませてもらって・・・いい話なんですよ、本当に。

きまぐれオレンジロード、ウイングマン…懐かしいというより、この時代だったことにもギョッとする。

激!極虎一家 / 魁!男塾  この泥臭さがまた好きで。「男塾」は今ではゴラクの週刊誌と別冊とでそれぞれ連載しているが、やっぱり「わしが男塾塾長江田島平八郎である!」のあの力強さがいいよなー。

ろくでなしブルース  90年代かと思っていたが80年代から連載していたか。4コマの「ろくでなしぶるーちゅ」も面白かったなあ。
滋賀の出身の人だけに関西弁のニュアンスも絵に含まれていて、そのあたりがけっこう好きだった。

こちらは8月末まで開催されていたメトロでのジャンプスタンプラリー。
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そして全点制覇のご褒美のファイル。
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ショップも楽しかった。
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10/15でこの展覧会も終わるが、次は90年代ジャンプの展示がある。
「幽遊白書」「スラムダンク」「ヒカルの碁」の登場がとても楽しみ。

第69回正倉院展 特別セミナーと鑑賞のおススメ

秋恒例の特別展といえば正倉院展。
わたしは大学の時から長らく通っております。
飽きることなく見に行けるのはやはり正倉院の宝物の魅力が深いからだとしか言えませんなあ。
実際、「ああ、もう今回はいいかな」と思った年があるけれど、そういうときに限ってまたこちらの心を読んだかのように、突然スゴイのが出たりと、そそられるそそられる。

さて今年は69回目。
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ここで初めて知ったイベントがありました。
それが今回のブログのタイトル「第69回正倉院展 特別セミナーと鑑賞」になるわけです。
どこが主催かと言うとアメリカン・エキスプレスだというので、ちょっとびっくりしましたがな。
むろんこれはアメックス会員限定イベントになるわけですが、内容がよさそうなので、やっぱり正倉院展を愛する者としては「こんなんありますよー」とお知らせはしたい。
勝手に宣伝するのはいつものことだから、アメックスさんも奈良博も別に怒らはることもないかなと…

イベントの告知内容はこちらに詳しいのでご一読を。

奈良国立博物館学芸部長・内藤 栄さんが講師と言うだけでもわくわくもの。
しかもその場所がどこかと言うと奈良国立博物館仏教美術資料研究センター、つまり大昔は勧業センターしてたあの和風近代建築ね。
ここですここ。
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明日10/12までの申し込みと言うことなので急遽のお知らせでしたー

ところで今回のメインヴィジュアルはあの羊さんのいるロウケツ染めですがね、これについてはわたしもつい先般色々知ることがあり、見に行くのがすごく楽しみになっておるのです。
たぶん内藤さんもこれについてお話しされるのだろうな、と予想中…

「少年ジャンプ 創刊から80年代、伝説のはじまり」展 その2

先日の続き。
その1はこちら

ジャンプ創世記の頃、「男一匹ガキ大将」と「ハレンチ学園」が世を席巻した。
特に「ハレンチ学園」が世に出たことで、今では信じられないほどの凄まじい衝撃が世間を騒がしたそうなが、これは日本の現代史のトピックの一つになっている。
さてわたしはリアルタイムには読んでいないが、単行本は案外読んでいる。とはいえそれもかなり後半の方で、ハレンチ大戦争の頃から読みだしたので、初期の機嫌よくワタワタしているのはほぼ知らない。
つまりわたしが見たのは教育委員会との全面戦争でキャラがどんどん死んでゆくところからだったのだ。
小1か小2だったと思う。そんな時に作品の主要人物の大半が「本当に」死ぬのを見たのだ。あれはもう完全に自分の中に根を下ろしていて、後年「伝説巨神イデオン」でキャラが全滅するのを見たときも、大して衝撃を受けることもなかった。いや、好きなキャラが死ぬのは今もつらいしせつないが、まあやっぱり人生の最初の方に見たのがあれだからなあ。尤もイデオンの場合、富野監督だからとしか言いようがないか。

ここでの展示も最初の明るくえっちな展開とキャラ紹介の次にはその大戦争がくる。
紹介はそこまでだった。
主役の山岸君の両親で精肉店を営む夫婦が死体を集めて売りさばこうとして間違って死ぬという続きがあるが、それはここには展示されない。
山岸君は何も知らず機嫌よく戦場に戻り「これは父ちゃんに似た肉、これは母ちゃんに似た肉」と言いながら両親の遺体をタダで仕入した肉として運んでゆくのだ。
随分昔に読んでかなりの時間が経つが、忘れていないのはやっぱり衝撃だったからだろう。
現在永井豪が「激マン」でも「ハレンチ学園」のことを描いたが、そこにはあの大騒動の顛末がメインとなっていた。

知らなかったことがある。
「高速エスパー」の連載が週刊誌になったばかりの頃にジャンプで連載されていたのだ。
松本零士の初期のヒット作の一つ。
わたしはマンガは読んでいないが特撮ドラマは大好きで今も時々♪バババババビューンと空を飛び~と主題歌を歌うことがある。
当時の絵はまだ「松本あきら」の絵だと言ってもいい。可愛らしい絵の頃。

「CITY HUNTER」の登場である。
原画と拡大パネルと映像とでカッコいいシーンとギャグとを同時に楽しませてくれる。
そう言えばよしながふみ「きのう何食べた?」は筧史朗と矢吹賢二のカップルの食生活を中心としたマンガだが、賢二は同じゲイカップルの友人・小日向と航に、シロさんは「三次元の冴羽獠」と惚気ていた。どこがというツッコミを躱して、賢二は史朗に獠を見てときめいている。

「CAT'S♥EYE」も共に展示されているが、始まった頃の方が好きだった。これは北条司のデビュー作だった。色々と古いことが思い出されてくる。
話が佳境に行くほどに後の作品の在り方も見えて来て、その点もまた興味深い作品。
アニメも面白く、歌もカッコよかったなあ。

わたしは元々ラブコメが好きではないのでちょっと身を引いて読んでいたが、こうした洒落てて大人っぽい作品が少年ジャンプに連載されていたのは、やっぱり妙に嬉しいことでもあった。
そう、わたしは「少年ジャンプ」そのものを愛していたのだ。

満を持して「キャプテン翼」が来た。
これに関してはもう本当に詳しく書けないほどのめりこんだ。
ここでの展示では当時のグッズも紹介されていて、今も手元にある下敷きなどが出ていた。
三杉君のアップの絵柄である。
今もグランドジャンプで連載していて読み続けているが、一旦離れてこうして接すると、また面白味が深まっていることに気付く。
中学生篇の頃から現在の絵柄に固定されたように思う。そして相変わらず元気で嬉しい。
みんな成長したが、原作には一切の官能性がないのもいい。
翼くんと早苗ちゃんの結婚も嬉しいことだ。
翼くんももうすぐ双子のパパになる。

話が先走ってしまった。
展示をみているとあの当時の熱狂とのめりこみが蘇ってくる。
好きなキャラはやっぱり30数年後の今も好きだ。
わたしが完全にフジョシになったのはやっぱりここからだろう。
(当時はその言葉もないが)
尤もそれ以前から色々な作品のカップリングにときめいていたが、実は友人らと二次創作を始めたのはこの時期で、別ジャンルからこっちへ来たのが1985年の七夕だった。
もう本当に今に至るまで「ただのフジョシ」なのである。
いまも手元に大量の「キャプ翼」の薄い本が・・・。

色んな技があったなあ。どう考えても「なんでやねん」なものも多いが、この作品を見て育った少年たちから後のJリーグが生まれたことを思うと胸が熱くなる。
世界中に「キャプテン翼」のファンがいる現在、本当に素晴らしい作品がここで連載されて良かった。
そうそう思い出した。
「なにーっ!」これだよこれ。
「キャプテン翼」といえば「なにーっ!」。はっはっはっ、好きなことが無限に溢れ出してくる。

「聖闘士星矢」が来た。
黄金聖闘士のフィギュアがずらりと並ぶのもいい。
背後に星座が・・・
そう、わたしも青銅より黄金のお兄さんたちが好き。
今もそう。これにも本当に薄い本やオンラインで…あわわ。
作品としては「ハーデス篇」がやっぱり最高なのだが、とにかくあれだ「うろたえるな小僧ども!」とシオン様が青銅の小僧どもを宙へ放り投げるシーンを始め、さすが車田御大、とうなるのが多い。

ところでこちらは1984年の13号。今も手元に残している唯一の完全なジャンプ。
あとはバラバラにして好きなシーンやページだけ抜き取りとかしているのだ。
この号は本当に面白かった。
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「聖闘士星矢」だけでなく、他の作品もみんな素晴らしい。
「銀牙」の最終回が載るのもこの号。
「銀牙」といえば今も銀の孫のシリウスやオリオンが活躍している。
これはまた後に。

「キン肉マン」のコーナーで何か肉色のものが見えた。
諸星大二郎「肉色の誕生」や寺沢武一「コブラ」のあれこれを思い出したが、近寄ると大量のキン消しだった!
なんとこの展覧会のために改めて型を起こして30000個を拵えたそうだ。
びっくりしたなあ・・・
そして超人たちの紹介がずらり。
戦ってそれから仲間になる、というのがジャンプだもんなあ。
超人たちそれぞれに性格や過去があり、そこがまた面白かったな。
「ウルフマン」は千代ノ富士がモデルで、アニメ化されるとき千代に遠慮して「リキシマン」になったそうだが、千代は面白がっていたそうだ。
そうそう、千代と言えば「ジョジョ」の第三部冒頭に承太郎が留置所にいるとき、どこからか持ち込んだラジオで聴いていたのが千代ノ富士の取り組みだった。

マッスルドッキングの立像があり、それにも驚いた。本当によく・・・拵えているなあ。

今もまだ連載しているように錯覚してしまうのが「こち亀」。
もう終わったなんて嘘みたい。
長い話なのでどう展示するのかと思ったら、楽しい双六形式になっていた。
町の描写もいい。看板や貼紙がリアル。
わたしが東京の下町歩きが好きになったのは間違いなく「こち亀」のおかげ。
ちなみに鎌倉が好きになったのは立原正秋と西岸良平の力。
思えばわたしも随分古くからの読者だ。
秋本治になる前の「山止たつひこ」時代から読んでるからなあ…

鳥山明作品登場。
Drスランプとドラゴンボール。この登場は衝撃だったなあ。
ジャンプでこんなに可愛らしい絵を見ると思わなかった。
Drスランプは楽しいマンガだったし、この作品から男性の短髪の良さがマンガ界にも浸透したように思う。
最初則巻千兵衛さんはアフロ?のようなアタマだったがすっきりカットしてよくなり、それから町でもそんな男性を見かけるようになった。
「ブレードランナー」のハリソン・フォードより先の話。

「天下一武道会」の映像が流れてる。迫力があるよ。
わたしは亀仙人さんがジャッキー・チュンの顔を見せて申し込む辺りの展開が結構好き。

ながくなったので今回はここまで。

記憶の中の渋谷 中林啓治が描いた明治・大正・昭和の時代

國學院大のご近所の白根紀念渋谷区郷土博物館・文学館でこの展示を見た。
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中林さんと言う方は日活で美術を担当されていた方だそうだ。
この展覧会に関する本も2001年に出されている。
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他のお仕事と言えばみんぱくの西アジア・アフリカの設置、深川江戸資料館の展示などだそう。
ああ、いいなあ、どちらも好き。

古い資料も出ていて、昭和初期のか「渋谷実業発展双六」というのが面白かった。
つまり渋谷の中心にある商店などの宣伝も兼ねている物。
道玄坂の待合、「高砂呉服」、電機ラジオ、「玉川食堂」では正ちゃんとリスがテーブルについている。フルーツもある。
ある紳士服店のはスーツを着た鍾馗と和装の鬼のツーショットも。

丁寧な線で古い渋谷が再現されている。
シブヤキネマ、道玄坂キネマといった映画館もあったのか。
映画のプログラムをみる。
「赤ちゃん教育」ゲイリー・クーパー+カザリン・ヘプバーン ああ、キャサリン・ヘプバーンのことか。ハワード・ホークス監督
「猫橋」フリッツ・ぺーターブーフ監督 これはズーデルマン原作の映画化とある。
「世紀の楽園」タイロン・パワー
ははぁ…妙に惹かれるな。
色々調べるとあれか、これは1938年らしい。

1936年の商店街双六も面白い。
そして中林さんの可愛らしい都市風景。

エビス帝国館という映画館は木村威夫の実家だそうだ。
木村の展覧会を川崎で見たのももう15年前か。素晴らしかったなあ。
モダンで素敵な建物。ちょっと調べると松竹系らしいな。

道玄坂にあった川崎貯蓄銀行も淀屋橋のと似た感じでいいな。
東横屋上から玉川電鉄の空中ケーブルも面白い。これはただし子どもしか乗れない。
名前は雲雀号。いいのう。
1951年のみ。

色々資料性も高くて充実していた。
面白い展覧会だった。
10/15まで。

天理図書館 古典の至宝 前期

天理図書館の所蔵する貴重書が天理参考館で三期にわたって展示される。
わたしは主に奈良絵本目当てで出向いた。
ありがたいことに展示期間中は土日でも臨時バスが出ている。



天理大から少し歩いて参考館へ入った。

古事記 道果本 1381  真言宗の僧侶・道果が書写したもの。なかなかいい字である。そして朱筆がよく入っている。
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日本書紀神代巻  乾元本  1303 卜部兼夏  吉田神社の卜部が写したもの。こちらもいい文字である。冒頭。

明月記 治承四-五年 藤原定家自筆  ただしリアルタイムの二十歳そこそこの定家の字ではなく、それから20数年後の定家が書き直したものである。
彼の字は大学の頃「更級日記」を定家が写したものをずっとテキストに使っていて、あの読みづらい字に本当に困らされた。
今回もそのことを思いながら字を見る。
源平の争乱について極めて知らんぷりを決め込んでいるようだが、しかし言葉選びで彼が実は本当は…というのが垣間見える。
「紅旗征従」という言葉を使っている。
紅旗征戎非吾事

・「明月蒼然 」と表現するその夜、定家は不思議な火の玉のようなものを見ている。
ほかにも瘧や赤痢の描写がある。

和名類聚抄高山寺本  平安末期写本  これは源順が撰述し皇女に差し上げたものらしい。
地名がいろいろ記してある頁が出ていた。河内、摂津、山城などの地名がみえる。

類聚名義抄観智院本  鎌倉末期写本 こちらは文字の発音表記などが記してある。平安時代の発音がわかる。
現代の日本語と千年前のとはアクセントも違うのだ。
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源氏物語池田本 鎌倉末期写本  サイズは正方形に近い。 
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ここから奈良絵本をみる。
去年、天理大学で奈良絵本のいい展示を見たが、当時の感想はこちら

天神縁起絵巻  船上の菅公。次に太宰府のあばら家のような場に置かれる菅公、
雷神が時平を掴むのに立ちはだかる若い武者風の者、これが法性坊なのか??

しづか 生んだばかりの子を奪われ馬を追う静、舞う静、絵自体はそんなにうまくもないが、感情の揺れ動く様子は伝わる。

「小男」もの色々。打出の小槌で巨大化するのもあればそうでないのもある。
小男はだいたい50cmくらい。どの話も共通するのはサクセスストーリーである。
都に出て華やかな様子をみる小男がなかなか可愛い。

山海異形 山海経」を元にしたオバケ図鑑。猩々母子が手を繋いで歩く絵は可愛い。
曰く「ぞうり ぽくり」を置いとくと履くが、脱ぐことを知らない。
他に阿羅魚は顔が1つに胴が10の魚など。まあ正直気持ちの悪さがある。
神陸という虎の胴体に9つの顔のはこわい・・・

磯崎  ウワナリ打ちの「磯崎」も今年は鬼面が落ち、杖が手から離れるシーンも出ていた。 
今年はあの鬼面で女を殴るシーンの他に息子の勧めで祈り、それで鬼面と杖が身から剥がれるシーン。
全ての原因の磯崎もまた妻同様に出家するという話だが、神仏の救いは結局誰にも向かない。

大古久まい  大悦の助に味方する大黒と夷三郎。そういえば何年か前に熱田神宮でみた大黒らが強盗撃退する話も子の仲間か。

西鶴の自画つきのもの色々。
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塩浜や  浜辺での塩焼き窯の絵がある。なかなかうまい。
梅に鶯  これもいい絵。シンプルな線がいい。

芭蕉は幻住庵記のほか許六が絵を添えた奥の細道などがある。
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「馬ほくほく」も可愛い。
今回初めて知ったのは「葛の葉」についてである。
葛の葉の表みせけり けさのしも  この句に出る「葛の葉」は単に植物のそれだけでなく古説経「葛の葉」に引っ掛けているのはわたしにもわかるが、知らなかったのはこれ。
「葛の葉」は「うらみ葛の葉」と歌を残すのだが、それから「葛の葉」といえば「うらをみせる」という表現とくっつくようになっていたそうだ。なるほど言葉遊びだ。それを踏まえての「おもて」なのか。
実際には使わない表現なので、完全にはわかるようでわからないのだが。

中期もこの時間帯に合わせてバスに乗っていきたいと思う。

ところで天理図書館のリーフレットに中が少し出ていた。
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「少年ジャンプ 創刊から80年代、伝説のはじまり」展 その1

少年ジャンプが創刊50周年を迎えるそうだ。
大々的な回顧展が森アーツギャラリーで開催されていて、夜の9時迄開館だと言うので6時過ぎに入った。
入ってから「閉館です」と退場を促されるまでの3時間弱、ずーーーーーっと溺れていた。
そうだ、わたしは少年ジャンプを読んで大きくなったのだ。
今のジャンプは「HUNTER x HUNTER」が掲載されているときだけ読むが、今期の展示の中心、70―80年代は将に少年ジャンプ黄金時代で、わたしが一番熱く読んでいた時代なのだ。

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実際に自分がいつからジャンプを読むようになったかというと、実は1973年だった。
これは確実な話で、同時に「なかよし」「別冊マーガレット」を読んでいたから間違いはない。それに今でも覚えている作品がその年発表のものだから歴史的にも合う。
尤も当時は自分が買っていたわけではなく、オジがプレゼントするのを読み耽っていただけの話だ。

小学校に入る前からマンガは好きで、今も毎日読み続けている。
毎日だ。
現在はある作品に熱狂しているので、その二次創作に愛が及び、連日とんでもない時間まで溺れ続けているが、それはあいにくなことにジャンプ作品ではない。
ここでは愛すべき「創刊から80年代、伝説のはじまり」展に沿った懐古と展示のときめきについて延々と綴りたいと思う。

ところで今回の主な展示作品のラインナップを特設サイトから挙げる。

「父の魂」貝塚ひろし、「ハレンチ学園」永井 豪、「男一匹ガキ大将」本宮ひろ志、「ど根性ガエル」吉沢やすみ、「トイレット博士」とりいかずよし、「侍ジャイアンツ」原作:梶原一騎 漫画:井上コオ、「荒野の少年イサム」原作:山川惣治 漫画:川崎のぼる、「アストロ球団」原作:遠崎史朗 漫画:中島徳博、「はだしのゲン」中沢啓治、「プレイボール」ちばあきお、「包丁人味平」原作:牛 次郎 漫画:ビッグ錠、「妖怪ハンター」諸星大二郎、「サーキットの狼」池沢さとし、「ドーベルマン刑事」原作:武論尊 漫画:平松伸二、「1・2のアッホ!!」コンタロウ、「ブルーシティー」星野之宣、「悪たれ巨人」高橋よしひろ、「東大一直線」小林よしのり、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」秋本 治、「リングにかけろ」車田正美、「ホールインワン」原作:鏡 丈二 漫画:金井たつお、「さわやか万太郎」本宮ひろ志、「すすめ!!パイレーツ」江口寿史、「孔子暗黒伝」諸星大二郎、「コブラ」寺沢武一、「キン肉マン」ゆでたまご、「テニスボーイ」原作:寺島 優 漫画:小谷憲一、「Dr.スランプ」鳥山 明、「キャプテン翼」高橋陽一、「山崎銀次郎」本宮ひろ志、「激!!極虎一家」宮下あきら、「3年奇面組」新沢基栄、「キャッツ♥アイ」北条 司、「ストップ!!ひばりくん!」江口寿史、「ブラック・エンジェルズ」平松伸二、「風魔の小次郎」車田正美、「ハイスクール!奇面組」新沢基栄、「やぶれかぶれ」本宮ひろ志、「よろしくメカドック」次原隆二、「ウイングマン」桂 正和、「シェイプアップ乱」徳弘正也、「北斗の拳」原作:武論尊 漫画:原 哲夫、「魔少年ビーティー」荒木飛呂彦、「銀牙 -流れ星 銀-」高橋よしひろ、「男坂」車田正美、「ついでにとんちんかん」えんどコイチ、「DRAGON BALL」鳥山 明、「シティーハンター」北条 司、「魁!!男塾」宮下あきら、「聖闘士星矢」車田正美、「空のキャンパス」今泉伸二、「ジョジョの奇妙な冒険」荒木飛呂彦、「燃える!お兄さん」佐藤 正、「ゴッドサイダー」巻来功士、「THE MOMOTAROH」にわのまこと、「BASTARD!! -暗黒の破壊神-」萩原一至、「ジャングルの王者ターちゃん♡」徳弘正也、「神様はサウスポー」今泉伸二、「ろくでなしBLUES」森田まさのり、「まじかる☆タルるートくん」江川達也、「CYBORGじいちゃんG」小畑 健、「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」原作:三条 陸 漫画:稲田浩司 監修:堀井雄二、「電影少女」桂 正和

まあ本当にここにある一作のぞいて全部知ってるぞ、わたし。
熱狂したものもいくつもある。
むろんこれだけではない。名が挙がらなかった作品にもよいものがあるからこそ、ジャンプは50年も続いているのだ。

入るとまず小部屋にずらりと一行短冊のようなものが並ぶ。
そう、ページの端にあるあれ、ジャンプ独特のあれ。「〇〇先生のマンガが読めるのはジャンプだけ!」これだ。
中には「ジャンプだけ!だといいな」と続きの一言は少し小文字というのが面白い。
それを全部読みたいところだがそうもゆかない。
係員がこちらへどうぞと客を誘導する。

行った先には巨大スクリーンがあり、そこで数分間の映像を見ることになった。
ばばーんっといかにもジャンプらしい音声が流れ、20年分のジャンプの名作群が次々と映し出され、流星のように消えてゆく。
もう本当に懐かしいものから今も好きなものまでさまざまな作品が流れてゆく。
それを見るだけでも胸が熱くなる。

上映の後、いよいよ会場へ入る。
最初に戸川万吉が登場する。「男一匹ガキ大将」である。画像が貼られているだけでなく、ちょっとした動きがあることで描かれた群衆のどよめきが再現されるのを目の当たりにする。この臨場感はちょっとした工夫でもたらされたものではない。
やはり作者・本宮ひろ志の圧倒的な迫力ある画面がそれを味わわせてくれたのだ。
描かれているのは万吉が勝利を収め、その場にいた者たちが「おおおおおおおお」と声を挙げているところ。

ああ、懐かしくもまた遠くはない世界。
そう、わたしは本宮ファンなのだ。それも現役続行中。
小さい子供の頃から本宮作品が大好きで、あの世界観は自分の中に深く根付いているのを感じる。
この「男一匹ガキ大将」は実写にもなったが、それを少しだけ資料で見ている。

ところでここで話はとぶが、80年代後半にジャンプ系の二次創作マンガを読んでいて、ある巧い作品を見た。
「空のキャンパス」ネタで、人をかばって少年院入りした温厚なキャラが、自分をスカウトした人に「どうして僕を?」と尋ねる。
「俺は70年代に少年時代を過ごしたから少年院帰りに弱いんだよ」と答えるその背後に「スケバン刑事」麻宮サキがヨーヨーをあやつる姿、「サイボーグ009」の島村ジョウ、「あしたのジョー」矢吹丈、そして「男一匹ガキ大将」の万吉が和尚から貰った言葉「花は紅 柳は緑 笑え万吉」。
これだ。なんかものすごくよくわかるぞーーー とあの当時思ったものだ。
そう、ついついわたしたちの世代はそんなことを思ったりしていたのだ。
立原正秋「冬の旅」も、とわたしは思い起こしたり。

進むと「北斗の拳」がある。
ここでは様々な名シーンが順々に流れるのだが、やはりラオウの「わが生涯に一片の悔いなし!」が最高だ。
わたしもついついやってしまうものなあ。
「あたたたた」「ひでぶ」「あべし」「お前はもう死んでいる」数々の印象深い台詞にそれに「秘孔」という言葉もここから生まれた。
「北斗の拳」はとにかくキャラがよかった。
雑魚キャラ達も面白くて、数年前の新聞見開きいっぱいの雑魚キャラ大集合図には清々しささえ感じたくらいだ。

思えば永井豪「バイオレンスジャック」、映画「マッドマックス」、原哲夫「北斗の拳」という線があるわけだよなあ。
ここの世界観はもうほんとわたしには堪忍してくれー助けてくれーなんだが、それでも読まずにいられなかったな。
とはいえ「北斗の拳」はあれだ、いかにもジャンプ的な熱量を持ってはいたが、同時にいかにもジャンプ連載作品の宿命と言うべき「後付設定」の多さにめまいがしたのも事実だ。
しかしその後付設定にすら目をつぶってしまうくらいの面白さがあった。
ジャンプでは伏線を張らないマンガが多いように思うが、後付が多くてもいいじゃねえか、と力強く納得し支持する熱があったのだ、この時代には。
「北斗の拳」は友人が貸してくれたのを一気読みしたが、本当に血が沸騰したなあ。

長くなるので一旦ここで離脱し、あとは後日に続く。

旧第四師団司令部/旧大阪市立博物館 そして

大阪城のすぐそばの旧第四師団司令部は長らく大阪市立博物館として活躍した。
わたしは1999年2月10日に初めてここを訪ねた。
そのときの目的は「磁器の技と美 有田そして瀬戸へ」展を見るためと、内部を少しばかり撮影させてもらうためだった。
もっと早く通っていればよかったが、案外ここに行く機会がなかったのだ。

当時はデジカメでなくフィルムの撮影で、撮り方もよくないし枚数も少ないが、過去の様子を残すためにもここに挙げる。

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ここで後年に森村泰昌は三島の演説をパロッたのを撮影した。

玄関先
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内部
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展示室は許可が下りなかったのでパス。
いや要するに作品保護の観点。
この日は他に雛祭りの展示もあった。
後日知ったことだが、会社の上司の実家がかなり大きな雛人形と七段飾りとを寄贈したらしい。
わたしは御所人形の冊子本を購入した。

階段
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なかなかいい感じである。

装飾あれこれ。
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外観の細部を少し。
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いいなあ、とてもよかった。

今度複合施設として整備され、10/19にオープンするそうだ。
MIRAIZA OSAKA-JOである。
かなり楽しみ。

「運慶」展を見る

東京国立博物館「運慶」展の内覧会に出向いた。
ドキドキしすぎて苦しくなるほどだった。
一言でいうと「素晴らしい」という言葉がまず来る。
それに尽きるかもしれない。
こんなに見せてもろてよいのかというくらい名品が集まっている。
そしてその凄さを顕にする為の展示のあり方が見事。
前から好きなもの・見知っているもの=コレハアレ、その認識が一斉に更新された。
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チラシは写真家・六田知弘さんによる無著菩薩立像のバストアップと、高野山の提供したセイタカ童子の顔写真とが共にある。
しかしこの二つの取り合わせは絶妙だとしか言えない。


見せ方は魅せ方であり、それに蹂躙された。なんてドキドキする空間なんだろう。
これは快楽に他ならない。この空間に入ることでその悦びが手に入る。
一人でも多くの人がこのときめきを味わえばいい。
どうか自分の眼で見てほしい。意識の改まりを知ってほしい。
わたしがそのように思うのは、懐いていた期待感をはるかに上回る、破壊力さえ感じるほどの世界に入り込んだからだ。


今回、イヤホンガイドを借りた。
声優の小野大輔さんとアナウンサーの堂真理子さんがそれぞれパートごとに丁寧でありつつ簡潔な説明をされる。
ずっと聞いていたいと思う声と内容。聴きながら新たに意識が開かれもする。
知らなかったことをいくつも教わる。
後の話だが、八大童子の説明があまりに良くて、3度も繰り返して聴いてしまった。
今回のガイドは耳と脳への快楽にもなった。

いよいよ階上へ向かう。エスカレーターで運ばれ、動悸を抑えることなく第一会場へ入る。

1. 運慶を生んだ系譜 ―康慶から運慶へ
そういえばわたしは仏像ガールではないので(どうしても先に信仰心がくる)、あまり系譜を知らない。
東博のサイトからそのあたりを引用する。
「平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像 天喜元年(1053)の作者である大仏師・定朝(じょうちょう)から仏師集団は三つの系統に分かれましたが、運慶の父・康慶(こうけい)は興福寺周辺を拠点にした奈良仏師に属していました。院派(いんぱ)、円派(えんぱ)の保守的な作風に対して、奈良仏師は新たな造形を開発しようとする気概があったようです」。

そうなのか、「慶派」は革新を目指したのだな。
伝統を守るのもいいが、新たなものを開発するのも好きだ。

最初にお父さんの仕事が紹介されている。
これはこれでやはり力強くていい。一挙に変わったのではなく、道がここから伸び始めて行ったことを知る。

そしていよいよ運慶登場。

最初から運慶が「運慶」だったわけでもないのだが、ここにある仏像はいずれも「やはり運慶が拵えた」ものばかりに見えた。
なんの躊躇いもない力強い造形がそこにある。
ここでわたしは夏目漱石「夢十夜」の第六夜を想う。
運慶が明治の世に現れて大木から仁王像を刳り貫きだす。
その彫り進める手には何のためらいもなく、力強さを数百年後の明治のヒトに無言で見せる。「木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ」この言葉に漱石も納得する。
そして漱石は自分も彫ってみたが仁王は木から現れず、明治の世に運慶が生きている理由を悟る。
「夢十夜」から百年余。
平成の今になって、運慶の力強さにわたしたちは感嘆し、ときめくばかりなのだ。

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数年前、話題になった大日如来が姿を見せていた。さる宗教団体の所蔵となった像である。
写真で見たときはあまり興味を持たなかったが、今こうしてその前に立つと、不思議な位に惹かれる。
手、肩、膝。なんだろう、とても惹かれる。

様々な運慶の拵えた像を見るうちに懐いていた信仰心とか畏怖とかそういったものがどんどん自分の中から剥がれてゆくのを感じた。それはわたしの堕落ではなく、わたしが自分に素直になっていった結果だと思う。
そうだ、わたしは運慶の彫り出した像を見てとても  … …
言葉にすることは避けよう。しても本意は決して正しくは伝わらない。

八大童子立像 運慶作 6軀 鎌倉時代・建久8年(1197)頃 和歌山・金剛峯寺  
可愛らしい少年たちが高野山から下山してきた。
わたしはここでイヤホンガイドの再生を三度も繰り返した。
一体ずつぐるりぐるりと眺めることの出来る喜びは大きい。
ここだけでも随分時間をかけた。

無著菩薩立像  初めてしっかりと見た。なんていい形だろう。
わたしは背後に回る。
ああ、いい肩。
わたしは女性としては長身なので、男性の肩を見上げることは少ない。
あってもあまりそそられるものはない。
それにむしろ … …

背後に回る、横からも眺めもする。この像のよいところしか目に入らなくなる。
なんて立派な肩なのだろう。
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図録表紙の横顔と現実の像とが合致する。
わたしを見ない眼差しに深く惹かれる。
こんな見方をしていいのだろうか。
そう思いながらもわたしは像から目が離せない。
そして後から知ったことだが、この図録にはわたしの胸を衝いた部位が掲載されていた。
わたしの目も六田さんの眼も同じものを見ていたのだ。

興福寺から四天王が来ている。
「ああ、はい」と思ったとき、異様なものをみた。
これまで興福寺の多聞天像である。
彼の背後に立ったわたしは口を開けて声が出るのを危うく止めた。
声を出さないようにするには抑えるより、開く方が有利なのだ。

多聞天が宝塔を天に衝き上げている。
腕を高く上げ、その掌に宝塔を載せている。
わたしはその姿に衝撃を受けた。

これまでその掌の宝塔を特に気に止めなかった。
いやそれどころかこんなに躍動的な姿をしているとは迂闊にも気づかなかった。
そうだ、本来の場所ではこの姿を見ることは出来ない。
この展示だからこそわたしは見る、知ることが出来たのだ。
多聞天の掲げた先には何があるか。
翻る袖に打たれるようにしながらわたしは長く多聞天を凝視し続けた。

この衝撃を見た人々と共有したいと思う。

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時代が下がって運慶の息子たちへと至る。
湛慶の作品を案外好ましく見ていたことを知る。
高山寺の展覧会で見た善妙神立像がある。
彼女の物語を思い出す。

明恵上人が可愛がったわんこ、神鹿らの像が東博の古いガラスケースに収められていた。
木枠は旧いものだが、中には最新の技術が使われているそうだ。

興福寺の人気コンビ天燈鬼と龍燈鬼も登場した。
明治末に関西旅行した志賀直哉、里見弴、木下利玄らもファンになり、絵はがきを購入している。
「ゆるふんの具合がどうにもね」とは志賀の言葉。昭和初期、里見「若き日の旅」でその追想がある。
平成の今もこのコンビは人気者。

最後に登場したのは浄瑠璃寺から世に出た十二神将立像。
東博と静嘉堂で分かれて持っていたものが久しぶりに全て揃った。
みんなとても個性的で素晴らしい。
図録では前後からの写真が載せられている。

とてもいい図録だと思う。
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見たいものがここにある。

展示室を出るとこれらのチラシをもらった。
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右の畠中さんの展覧会の感想を挙げている。
こちら

展示も10/7から少しばかり替えがある。
また楽しみに出向きたい。

「史上最大」というアオリは決して嘘ではなかった。
内覧会から見て十日経った今も脳のどこかと胸の奥とが熱くなって、自分の目に見えたものが蘇ってくる。

素晴らしい展覧会だった。

上村松園 ―美人画の精華―

山種美術館では「上村松園 ―美人画の精華―」展が開催中。
早い時期に行きたかったが、まあ大阪からは遠い。
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1.上村松園 ―香り高き珠玉の美
松園さんの描く気品ある婦人方が並んでいた。
わたしが最初にみた山種美術館の松園さんの絵と言えば「砧」。
京都市美術館で「山種美術館の精華」展があり、そのチケットと図録表紙が「砧」だったのだ。
わたしにはわからない感覚を描いている。しかしそれだからこそ惹かれるのだが。

蛍 1913  チラシに選ばれた作品。チラシもいいトリミングの仕方をしている。
浴衣の感触がいい。実際にこうした浴衣が欲しくなる。可愛い。
大正に入るとこうした甘美さが漂いだして、たまらなく好きだ。

松園さんの描く着物はよいものばかりだが、こうして見てゆくと松園さんの言葉が蘇る。
「わたしは一生姉様遊びをしたようなものどす」
うつくしい女性たちを描き、いい感じの着物を様々選んで着せて。

花見の二人、盆踊りの時の芭蕉の柄の帯、つれづれの折に、牡丹雪の日に、と様々な背景をもつ女性たち。
18点もの松園さんの絵を見ながら、どのような時も松園さんは心にかなう女性を望み、それを絵画と言う形で生み出してゆく<母>なのだと思った。

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2.文学と歴史を彩った女性たち
絵画に文芸性が加わるものが好きなわたしには嬉しい章だった。

小林古径 清姫 1930  表現にはエグミは一切ないが、破滅が近づいてくるのがわかる。

川崎小虎 伝説中将姫 1920  井戸から上がった蓮のその糸を引こうとする。ほわっほわっとした感覚がいい。
平安風俗である。

森田曠平 夜鶯:天子の涙 1985  久しぶりに会えて嬉しい。とても好きな絵。アンデルセンの「夜鳴鶯」の1シーン。
ナイチンゲールの声で癒される王様。
森田の物語絵はどれを見ても本当にいい。

3.舞妓と芸妓
土牛、遊亀、林武、橋本明治らの可愛い・綺麗な舞妓さん芸妓さんが並ぶ。
そしてそれを見ながらわたしは今東光「春泥尼抄」の一文を思い出す。
「舞妓も尼僧も本当の笑いを持たない」

何も思わずに絵だけを楽しむべきなのかもしれない。

4.古今の美人 ―和装の粋・洋装の華―
浮世絵のいいのが出ていた。
春信、清長、歌麿、国周、芳年の「風俗三十二相」からも10点。

明治の女学生や若い娘を描いた絵も並ぶ。
そう、やはり文明開化なのだ。その当時の絵を見ると、なぜか切なくなる。
武内桂舟、寺崎広業、そして清方も「魔風恋風」のためのヒロインを描く。

久しぶりに池田輝方の屏風絵「夕立」をみる。
この甘やかな表現で人々を描いたところが好きだ。
そして妄想が無限に広がる。

和田英作 黄衣の少女 1931  大胆な色遣いでこの少女のはっきりした性質が見える。洋画の力強さが活きている。

伊東深水 婦人像 1957  久しぶりに大女優・木暮美千代を描いたこの絵に再会できた。なかなか嬉しい。
立派な風格をみせる大きな花のある美人女優がとてもモダンに装い微笑む。

最後に1981年生まれの若手作家の絵が。
京都恵美 ゆめうつつ 2016 …えろいな、なんだかとても…

好きな作品が集まっていて楽しみが増した。
いつかここで池田輝方・蕉園の展覧会が見たいものだ…

10/22まで。


民藝の日本 ―柳宗悦と『手仕事の日本』を旅する―

民藝の日本 ―柳宗悦と『手仕事の日本』を旅する―展が難波の高島屋に来た。
既にいくつかの会場を巡回しているようだ。
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民藝は個別で見るよりその性質というか特性もあるのか、大量に見るときの方が好感度が高まる。
先般、美術館「えき」で黒田辰秋の展覧会を見たが、黒田もこの「民藝」の仲間であり、良い作品を大量に楽しめた。
ただし黒田は作家性を強く有していた。河井寛次郎、富本憲吉、芹沢銈介も同様に。
しかし彼らの根幹に柳の思想が息づいていることは絶対に否定できない。
その柳が(柳らが)蒐集した日本各地の民具や民藝仲間の作品が集まっていた。
駒場の日本民藝館、万博の民藝館、倉敷の民藝館を始め各地の民藝館からのものだ。

チラシの惹句を見る。「美の始まりは旅にあった。」そう、確かに。
旅をしたことで見識が拡がり世界が開いた。
朝鮮の民具の美を知ったことで「民藝」の道が拓き、人々がそこを歩き、道々に見えたものを手にした。
何十年も後の今の我々もその道を歩き、よいものを見ることになった。

日本地図がある。色分けされた地図でどんなものがその地にあるかをわかりやすく示した地図だ。
クリックすると拡大します。
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芹沢銈介の拵えたいい地図。
それにそって南日本から北日本まで縦断する。

刷毛目茶碗のいいのがある。目跡は8つもある。朝鮮で見出した美。
そしてバーナード・リーチの拵えた皿もある。その下絵を表装したものもある。
とても魅力的。

英国のウィンザー・チェアもある。いい椅子。リーチと共に渡英した濱田もこの椅子を愛したろうか。

1つの作品を見ると、そこに関わる名を知らない人々の存在を感じ、同時にそれを<世に出した>柳たちを想う。

緑釉土瓶 三重 これは可愛いな。取っ手が取れているが、藤鬘を編んだものでもいいし、堅い木を付けるのもいい。

キセル屋の看板がある。羅宇だ。もうこんな商売どこにもない。
天理参考館に中国の看板が、昭和ネオンには看板ミュージアムがある。
後者のレポはこちら

三河万歳の衣裳はなかなか派手。鶴が霊芝を咥えているのだろうか。
三河万歳と言えば小沢昭一が才蔵になって本職の後をついていった時、行く先の家の娘さんがお金を渡しながらそっと「またTVに戻れますように」と言った話が好きだ。

壬生狂言で有名な壬生寺の境内で売っていた狂言面がある。黒くなっている。そうか、こういうのも土産として売られているのか。
壬生寺展の感想はこちら
わたしは壬生狂言を観念的に愛しているが、実際に見に行くとどういうわけか必ず体調が悪化する。理由はわからない。低血圧で立てなくなるのは、あのガンデンデンの音のせいか、動きのせいか。たぶん単に壬生狂言に嫌われているだけかもしれない。

春慶塗の二層わっぱがとてもいい。これは欲しい。やっぱり春慶塗はいい。明るい。
わたしの手元にあるお重も春慶塗だ。

糸満の垢取がある。これは小型舟サバニに入り込む水を汲んで捨てる桶なのだ。
サバニといえばTHE BOOM「いいあんべぇ」を思い出す。
♪サバニにイナグ(女)や ぬ(乗)しらんしが・・・
そして糸満と言えば過酷さの代名詞「糸満売り」を思い、谷川健一「海の群星」ウミノムルブシを想う。
その記事にあるように「旅と伝説」1930年には糸満売りの存在は中央にも知られていた。
桶は1940年代のもの。この桶は少年や少女が使っていたのかもしれない。

このように一つの民具から様々な連想が生まれてくる。

琉球の尚家(王家である)に伝わった美麗な食器などもある。ビーズで飾られた容器や王冠がある。清朝文化と琉球独自の美意識が混ざり合ったもので、畿内のわたしからはエキゾティックなものに見えた。

映像で見た琉球の王侯貴族の様子と言えばドラマで二つばかり。
「琉球の風」と「テンペスト」。
これくらいしか知らない・・・

柳行李がある。豊岡で作られたもの。風通しも良いので、却って今こそ流行ればいいかもしれない。
ここには「や」の字がある。
どうもこれは越中富山の薬売りが使っていたものらしい。
そして昔々のあの赤い薬包紙、あれは越中八尾で作られていたそうだ。
ドキドキするなあ・・・
昔々のなんとなく恐い感じのするものといえば、わたしの場合、赤い薬包紙なのだが、ここなのか・・・そうなのか、知らなかった。
知った途端、赤い薬包紙に包まれたサラサラの粉が思い浮かんでくる・・・

で、柳行李(やなぎ・こうり)と書いたらやたらと新国劇の芝居の名セリフが思い浮かんでくる。
よくよく考えたら立作者は行友李風(ゆきとも・りふう)だった。古い話や。
「月形半平太」な。小説では「修羅八荒」伊藤彦蔵の挿絵のね。
で、「ゆきともりふう」と打つと変換されたのは「雪と森風」なのだった。

連想は妄想を引き連れてくる。

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刺し子の足袋があった。これは今なら京都のsousouあたりで売っていそう。
欲しい…

泥絵の「殿中」もいい。これは絵はがきを持っているが、ちょっと今見当たらない。

色絵唐草文六角三段重 長崎のびいどろ。鉛の含有率が現代とは違うので、もう二度と作れない輝きを見せている。
素敵だ。

大工道具屋看板  透かし彫りの要領で道具を切りだしている。うまいな。

大黒型自在つり 囲炉裏のに使うあれ。アタマに頭巾をかぶせたようなので「大黒」
カタチ自体は河井寛次郎の拵えたようなものに見える。

民藝関連の作家の作品を見る。
濱田庄司の土瓶。シンプルな縞模様の土瓶。
黒田の黄楊拭漆紙刀。造形もいい。

柳の言葉がいくつかの壁に記されていた。
「ものへの愛は日々の暮らしに根を下ろさねばならない。心は物を離れてはなく、また物も心を離れてはあるまい。」
…いい言葉だ。じーーーーん…ダンシャリなんかぜったいしないぞ、ちくしょう。←コラコラ。

「工芸の美」からも抜き出されている。
「心は浄土に誘われ乍ら、身は現世につながれている」
それでいいじゃないの、とわたしは思うのだが。

「手仕事の日本」は柳の著作で芹沢の挿絵がついている。各地の民具を描いたそれはシンプルな良さがあった。
そして最後には高島屋と民藝との長い長い協調関係が紹介されている。
京近美にある川勝コレクションもこの関係が背後にあるからこそ生まれたものだ。
他にシャルロット・ペリアンの棚の設計図面が出ていた。

いくらでも見どころのある、思いをはせることのできる展覧会だった。
10/9まで。

「狩野元信 天下を治めた絵師」 

サントリー美術館でタイトル通り「狩野元信」展が開催されている。
狩野家は室町以来の絵師集団の頭領だが、この元信、孫の永徳、そして彼の孫の探幽、と一代おきに傑物が現れた。
働き過ぎの永徳は過労死したが、元信はこの時代の人にしては長く生きた。
そしてその分いい作品も多い。
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1.天下画工の長となる ―障壁画の世界
個人が絵が好きで描くのはともかくとして、この時代ではそもそも「個人」は成り立たず、絵もまた個人の楽しみばかりのものではなかった。
寺社の障壁画を制作するのはいい仕事なのだ。

四季花鳥図(旧大仙院方丈障壁画)  松に緑の鸚鵡らしき鳥がとまり、雀もいる。白牡丹がさき、鶺鴒もいる。
やさしい世界が展開する。
この絵を「真・行・草」の「真体」で描いたものだとと元信は定義した。
そもそも「真・行・草」自体が元信の言い出したことではある。
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禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画) 東博  出た、よくわからない行動原理の連中の絵。
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逸話が多いのはいいことだが、禅宗の祖師たちの行動は実際にありえないような突飛なものばかりで、変に面白くはある。

大仙院の間取りをパネル展示している。これで二次元の絵がたちあがり、空間を構築する要素の一つとなる。
今度別な絵が出たときにまた見に来よう。

浄瓶踢倒図 竜安寺  浄瓶を蹴った、という意味らしい。てきとう・ず と読むそうな。瓶を蹴っただけでも話になり絵にもなるのか、などと言ってはいけない。すたすたと去ってゆく坊さんがいて、呆然と見送る連中もいる。けっこう面白いシチュエーションなのかもしれない。
これは元信の「行体・人物画」。

2.名家に倣う ―人々が憧れた巨匠たち
中国・南宋の画家たちの絵がずらり。鎌倉、室町以来武家は南宋や明の画家たちの絵を愛した。
そして日本の絵師たちも依頼人の嗜好に合わせて、南宋絵画を学び、摂取してゆく。

猿猴図 伝 牧谿  でました、モッケーズ・モンキーズ。柳にぶら下がる丸顔のお猿さん。可愛い喃。

山水図 伝 戴進  根津美術館  山中楽園を金泥で表現する。六角堂、滝、琴を持ってくる少年。文人たちの理想郷に女はいない。

雪中花鳥図 沈恢  泉屋博古館  ちょっと濃いめの絵で、南蘋のお仲間風にも見えた。白梅に雁という取り合わせなのだが、濃い色合いを感じる。

文姫帰漢図巻 大和文華館  おお、来ていたか。先般わりと多くのシーンが出ていたが、今回は蒙古での暮らしのシーン。
王様による慰安が心に届かない文姫。いつも空行く雁行に涙する。

本朝画伝 狩野永納撰  元禄4年(1691)刊 京都工芸繊維大学附属図書館  「狩野氏ついに元信に到りて天下画工の長となる」
この一文があった。そう、ついに天才・元信の登場により狩野家が天下を取ったのだ。
さらに彼の孫・永徳が狩野家三百年の礎を建てた。

3.画体の確立 ―真・行・草
元信だけでなく。

芦雁図扇面 狩野正信 室町 東博  三羽の雁がぐわっぐわっと鳴いている。「雁の寺」を思い出した。

養蚕機織図屛風 伝 狩野元信 根津美術館  山中に養蚕の場所がある。ちゃんと蚕棚も作られている。山の中の方が環境がいいのだろうか。一年の移り変わりが背景にあり、そして蚕がまた生まれてくる。
二つの並行する時間の流れ。それを描いている。

韃靼人打毬図屛風 伝 狩野元信  静嘉堂  蒙古のゲルが文姫のとそっくりに描かれていた。ポロの迫力も見える。
安彦良和「ガンダムORIGIN」の外伝にもポロのシーンがあるが、とても迫力と体力のいる競技だとそこから知った。

草山水図襖 伝 狩野元信 真珠庵  この引手がスゴク気にかかる。縁取り尽きの菱型のもので、どことなく怪獣の目に見えて仕方ない。そこに山水画が描かれている。

四季花鳥図屛風 「元信」印 静岡県美  カラフルな屏風。わたしはやっぱりこうしたカラフルさが嬉しくなる。鶴や鷺がいて、花が咲き乱れる。雀も飛ぶ。そしてなによりも椿が美しい。

林檎鼠図 「元信」印 根津  まだおしりが白いリンゴに鼠が来る。枝の付いた赤いリンゴをかじる。
なんだろう、実際に見たときより、思い出す今、妙なエロティシズムを感じている…

四季花鳥図屛風 「元信」印 太陽コレクション  右1に鶺鴒、右2に虎。虎は家族持ちなのか豹もいる。オモダカも咲く水辺。なんとなく不思議な構図ではないか。虎はここでは何を食べて暮らしているのだろう。

蕪菁図 「元信」印、策彦周良賛 栃木県立博物館  蕪と菜っ葉なんだが、何故だろう、違うものに見えて仕方ない。何かは言えないのだが。

牧牛図 「右都御史」印 栃木県博  右の少年は牛に餌を見せながら乗る。左の少年は燕が飛ぶのを見ている。
どちらの牛も賢そう。少年とこころが通っているのかもしれない。

4.和漢を兼ねる
大和絵にも着手し、領域を広げる。
そしてガチガチのシステムを構築し、そうすることで工房のレベルを上げ、全員で働けるようにする。
システマティックであることが三百年の計につながったのだ。

釈迦堂縁起絵巻 清凉寺  完成してお堂に収めるところ。巻き替えなので他の期間にはまた別シーンが出る。
ここのおしゃかさんは首元のドレープが独特なので、実際の像と絵画とがよく似ているように思える。

酒伝童子絵巻 画/狩野元信詞書/近衛尚通、定法寺公助、青蓮院尊鎮 1522 サントリー美  おお、久しぶり。大好き。ここは伊吹山系。石清水、住吉っさん、熊野を詣で、支度するところから山中で先の神社の神様が出現し、川辺まできた。
先般の「絵巻マニア列伝」で絵巻を享受したガワの事情などをちょっとばかり覗き見して、それから絵巻への見方がただの個人的歓びから、大いにふくらんだものになった。
当時の感想はこちら
ところでここの詞書をみると「鬼」の字に角がない。角が出ていないわけだ。まるで雑司ヶ谷の鬼子母神のロゴのようだ。
「雲切」「鬼切」といった刀も支度されている。

二尊院縁起絵巻 二尊院  ああ、これはわたし大阪市立美術館の方のを見ている。当時の感想はこちら
古い寺社の縁起絵巻は奇瑞もあったり人生・人間模様も見えたりで面白い。

月次風俗図扇面 出光美  これも好き。出光でもけっこう楽しく眺めている。いいなあ。
今回は高雄、御霊会の剣鉾など。

ボストン美術館から特別出品ものが集まっていた。
金山寺図扇面 「元信」印、景徐周麟賛  
白衣観音図共々久しぶりの里帰りですな。
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2012年の東博以来の再会。当時の感想はこちら
ここのお寺は伝説が多いが、扇面が破れそうなくらい塔頭も多い。

叭々鳥図扇面 「元信」印  ぐわっぐわっと鳴きそうな声、顔は遠藤憲一ぽいよ・・・

白鶴美術館から複製の名品・四季花鳥図屏風が来ている。
複製とはいえこれは素晴らしい出来映えで、白鶴美術館を飾ることが多い。
「で飾られる」ではなく、「を飾る」存在なのである。
下絵も並ぶが、これがまたたいへん面白く、見所の多い絵だということを思い知らされる。いいものを見た。

富士曼荼羅図 「元信」印 富士山本宮浅間大社  ああ、かなり大きいな。あちらこちらに社がある。

山水人物花鳥図扇面貼交屛風 「元信」印、「元久」印ほか 永青文庫  枇杷と鳥、鶺鴒たち、眠る猫と舞う蝶、虎、洋犬風なわんこ。猿たち。

5.信仰を描く
こちらをまっすぐ見つめる白衣観音像が並ぶ。
中には「なんじゃ、言うてみ」と話しかけてくれそうな白衣観音もいる。
ただし全員、オジサンである。

達磨慧可対面図 「元信」印、東溪宗牧賛  栃木県博  ああ、これか。
「国宝」展にこの二人のアブナイ様子を描いたのが出ていた。雪舟の。
元信サイン絵のこれはその二次創作的な様相を見せている。二人の立ち位置が違うのがなかなか。

布袋図 「輞隠」印(伝 狩野雅楽助之信) 京博  この笑い顔どこかで見たなと思ったら「BATMAN」のジョーカーじゃねぇか。

鎮宅霊符神像 三井寺  ああ、これはこれまでの絵とはまた表現方法が違ってて、他人の絵のように見える。こういうときにこういう「違う」絵が現れると、とてもそそられる。
額に垂れる前髪を銀杏型にした道教の神。その下げ髪のオヤジが玄武を見る。
どんな効力があるのか知らないが、こんな艶めかしいような霊符は何に利くのだろう・・・

草を噛む神農、先生を中心とした孔門十哲図、長テーブルにすわる男たち。
案外この手のものは西洋絵画風なところがある。

6.パトロンの拡大
可能という一つの流派が興って行くためには。

細川澄元像 狩野元信筆、景徐周麟賛 永青文庫  なんていうか、さわやかな武者振りですがな。
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スペインあたりの王侯貴族の肖像画的ななにかにも見える。
やっぱり細川家は名家だなあ。

飯尾宗祇像 伝 狩野元信 ボストン美  あの宗祇な。馬に乗り、ツバ広の帽子をかぶっていた。
俳句だか川柳だかが浮かんできて笑える。

神馬図額 兵庫・賀茂神社  室津にある寺だそう。ヒトの願を込めた大きな絵馬。

また色々と展示替えが多いので、次にはどの絵を観れるだろうか……


うめだ阪急で「白洲正子ときもの」展をみる。

うめだ阪急で「白洲正子ときもの」展、なんば高島屋で「民藝の日本 柳宗悦と『手仕事の日本』を旅する」展とを見た。
どちらも民藝と深い関わりがある。
後者は既にそれ自体が民藝の展覧会なのだが、白洲正子の足跡をたどればやはりそこに民藝がある。
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白洲正子は薩摩の樺山伯爵の令嬢として永田町に生まれた。
その自邸には父のいとこである黒田清輝の「読書」「湖畔」が飾られていたそうだ。
子ども時代の写真などを見ると、大正時代の良いところだけを味わう少女がそこにいるように見えた。そしてこちらを見据えている。

彼女の母は着物を愛し、その愛し方を娘にも伝えた。
そこにある羽織の紐、組紐の数の多さに目を奪われたとき、解説を読んで驚いた。
この世で羽織の紐が組紐になったのはこの白洲正子の母の発案だったそうだ。
そうだったのか、ある種の革命ではないか。
わたしなどはそうしたところに強く惹かれる。

ただ、正子の愛した着物の良さと言うものがわたしにはわからない。
それはその良さが分からない、というのではなく、なぜこの着物が?といったあたりの話である。
普段遣いにいいものをザクザク着る、それがセンスを高める、という。
そうした意識については立原正秋の小説「はましぎ」などにも描かれている。
そしてわたしにはその感覚がわからない、というだけなのだ。

並ぶ着物たちはみな晴れ着=ハレではなく、普段使いの着物=ケのものばかりだった。正子は自分の店を銀座に持ち「こうげい」と名付けて好きなものを仕入れ、販売した。そこにあるのがこうした着物たちだった。
それらは着物職人たちの技能も挙げたが、なにより正子の楽しみを増やしていくものだった。
晴れ着でなく普段使いの着物を、いい場所へ行くときも着て行けて、違和感がないのがいちばん良いのだという。
無限に良いものを着こなした末でないと言えないセリフである。

能装束をモチーフにした着物があり、紙衣のそれもある。
本当に何でもあるものだ…

能への愛の深さにも感心した。
幼児の頃から習い、途中でついに梅若実の弟子ともなった。
ここに謡本があった。
蝉丸、弱法師などがある。実際にこの演目を演じたかどうかは知らないが、ふと女性がこの二つのシテの場合、妙にエロティシズム漂う状況になっていそうだ。

しかしながら正子の能へのときめきは戦後、50歳になった時に形を変えることになった。
女性が本当に能舞台に挙がることは出来ない。
そのことを正子はついに「悟った」そうだ。
ここまで深く脳に入り込んだ人がそう悟るに至ったことについては、わたしなどのようなものが考えるのはおこがましい。

樺山家で使われていたという古伊万里の白磁桜花文輪花皿があった。
古伊万里とは言いながらも近代的なものにしか見えない。
花弁の隙間に薄いオレンジ色が差し込まれているのもいい。
そして裏面には一羽の紫の蝶がある。
他に類品がないそうだが、確かに見たこともない。
なんという魅力的な皿だろうか。

正子の愛した装飾品も並んでいたが、中でも特によかったのは桃山時代の橋図団扇を軸にしたものだった。
黒地に茶色の橋桁と橋脚が描かれただけのものだが、とてもいい。
こういうものを見ることが叶うのが嬉しい。

彼女の旅した先で見出した美、それらがここにある。
彼女の著作、中でも骨董への愛を記したものが蘇る。
それを思いながら展示品をみると用の美というものの本質が見えて来るような気もした。
正子の目を通して眺めた美の世界。それをみている。

町田市の武相荘から多くのものがきていたが、なかでも白洲次郎のスーツはカッコよかった。
英国で作らせていたそうである。

タイトルが「白洲正子ときもの」というだけに数多くの着物が出ているが、それに対峙するとき、わたしは洋服だからまだいいとして、和装の女性は対抗できるのだろうか、と思った。
何も正子こそが頂点だとは言わない。
しかしこの展覧会においては彼女こそが最上のものなのだ。
こういうとき、どんな心持になるのだろう…
そんなことをつい考えてしまう。

10/9まで。
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