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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「没後40年 幻の画家 不染鉄」展を奈良で見る

ようやく不染鉄の展覧会に行った。
東京ステーションギャラリーの次に奈良県立美術館に来たのだ。
「没後40年 幻の画家 不染鉄」展である。

わたしが彼の名を知ったのはかなり前だが、それは松篁さんの書いたものからだった。
歳の離れた友人となり、京の上村家に機嫌よく出入りし、松園さんからも可愛がられ、一室を与えられるほどだった、という話を知って興味を懐いたのだ。
こうした家族構成のところに受け入れられる男の性質が悪いはずもない。
どこかに深い魅力があるからこその状況だ。
そんなことを思いつつも、実際の絵を見たのは随分後のことになった。

1996年にここで回顧展が開催されたそうだが、記憶が飛んでいる。
その当時わたしは既に色んな展覧会に行っていたのになあ。
因みにその年に奈良で見たのはこれだけ。
19960120 梅原龍三郎 奈良そごう
19960316 ゴッホと印象派 奈良県立美術館
19960316 琳派 奈良そごう
19960504 創画会 奈良そごう
19960706 谷中安規 奈良そごう
19960907 田辺三重松 奈良そごう
19960928 京洛の四季 奈良そごう
19961026 正倉院 48 奈良国立博物館
19961026 志賀直哉の空想美術館 奈良県立美術館
19961026 竹久夢二 岡山郷土美術館 奈良そごう
19961114 アントニオ・ロペス 奈良そごう
何故あのとき行かなかったのだろう。

窓口で「今から30分ばかりスライドを使った解説などがあります」と誘われ、ついつい座を占めた。
いいスライドが出て来たが、「10月はたそがれの国」ならぬ睡眠不足がひどく、半分以上聴いていなかった。
惜しいことをした。座って話を聴く、黙って芝居を見る、という行為がいまのわたしにはほぼ不可能になっていたのだ。
ただ、手元にスライドショーで使われた作品の小さな画像の入ったものが来たのは嬉しい。

放浪の人、愛妻家、幻想的な作品、母恋、奈良の風景、言葉を紡ぎそれを絵に寄せる人。
ざっと一巡したときの感想である。
あまり遠い感想ではないと思う。

富士参詣曼荼羅図を描いたようなものがチラシとなっている。
これは東京でも奈良でも同じ。
イメージ (429) イメージ (432)

不染鉄は東京・小石川のあるお寺の子として生まれたそうだ。
それもあってか、所蔵先に源覚寺というのも多い。
ここがこんにゃく閻魔の源覚寺かどうかは知らないが、どことなく納得のゆく選択を感じる。
そして「忘れられた画家」を世に送り出すことが得意な星野画廊も彼の絵を多く所蔵している。

若い頃からの絵を見てゆく。
暮色有情 墨のぼかしが非常に効果的。江戸時代の建物が連なる町を描く。
この初期作品に既に後年の性質が現れている。
カラスも一羽、とぶ。

月夜 モローを思い出す。半月が上り民家の小さな灯りがいい。

雪の家 白さ、釉薬のような白。ツララが連なる。小さな愛しさがある。

伊豆大島へ移住した頃の絵もいい。
海村図 海の中がよく見える。魚、タコ、鮫、カニ・・・舟や人も見える。
見えるはずのないところを描く。それが楽しい。幻想が不気味なものでなく、可愛いのだ。

イメージ (431)

不染鉄は言葉を絵の中に置く。
それは主に「思い出」を主題とした作品での行為である。
長い文のものもあれば短文もある。
その郷愁の念がせつない。

奈良へ移住してからの作品には当然ながら仏塔などが多く現れる。
中でも薬師寺東塔を描いた複数の作品が一堂に会している様は壮観だった。
自分が西の京に立って、そちらを眺めているような心持になる。
奈良の廃都ゆえの和やかな美しさを実感する。

イメージ (430)

伊豆での絵は概ね楽しそうなファンタジックなものが多い。
それも童画のような良さと、文人画のような良さとが融合している。
トボケた味わい、それが心地いい。
ありえない視点の絵、それが多い。

春風秋雨 1955
イメージ (433)
信州、富士山、奈良が2つ。
各地の冬の違い。観念ではなく、不染はどちらも詳しい。
セピアに近い墨の独白が続く。

数点の作品に見覚えがあるような気がした。
所蔵先を見るとこの奈良県美や京近美だとある。
もしかすると知らぬ間に目にしていたのかもしれない。
実際にみたのか・それとも資料で見たのか判別は出来なくなっている。

やがて晩年。
幼児期のお寺暮らしを思い出させる作品が現れる。
いちょう 黄金色に輝くような銀杏の落葉が一面に広がり、巨大な幹がすっくと立つ。

落葉浄土 可愛い仁王のいる寺をロングで捉える。木田保彦の世界観にも近い。

遠くの民家の灯りがせつない。あたたかだが、賑わいはない。
イメージ (434)
なんとなくつらい。

絵はがきのいいのがたくさん並ぶ。
ボールペンで絵と文があり、ほのぼのしたユーモアがにじむ。
段々と抽象性を帯び始めている。

赤膚焼の大塩正人とコラボした作品もある。可愛らしい。
欄間用なのか木彫もあれば海をデザインした着物もある。
何でも来いである。

唯一都会的な暮らしぶりを思わせる絵があった。
特別出品の「仙人掌」である。
これは東京暮らしのもの。
割と大きな一軒家とその裏庭一面に広がる仙人掌置場。ずらーーーーーーーっっっっっ
全部サボテン。凄い数のサボテンの鉢植え。温室まである。
ウソのように明るい画面。東京の瑞江に暮らしていた頃の様子らしい。二階の窓から籐椅子がみえる。
案外モダンライフ。1933年のくらし。明るく可愛いサボテンに朝顔に蓮。
夏の楽しさが活きていた。

いい展覧会だったが、どことなく胸が重くなり、この明るい「仙人掌」で救われた気がしている。

11/5まで。
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