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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2017年の展覧会ベスト

今年は案外行く日が少なく、行ってもまさかの長居で後が無くなり、その日はそれで終わりという状況が少なくなかった。
なのでまあベストというても10ではないけれど、挙げて行きますか。

近畿と名古屋編
マルチクリエイター 松本かつぢの世界 手塚治虫記念館
台北国立故宮博物院北宋汝窯青磁水仙盆 東洋陶磁美術館
観光乙訓事始part2 向日市文化資料館
艶美の競演 東西の美しき女性 木原文庫より 明石市立文化博物館
大阪版画百景 江之子島大阪創造芸術センター
いつだって猫/京都だって猫 京都文化博物館
悉有仏性 磨滅の美 香雪美術館
異郷のモダニズム 満州写真全史 名古屋市立美術館
杉浦非水 細見美術館
源信 地獄・極楽への扉 奈良国立博物館
奈良絵本 龍谷大学
国宝 京都国立博物館

巡回展で東西どちらでも見たので、入れられないのを二つ。
ウォルター・クレインの本の仕事
北野恒富

東京・関東編
新東京風景 90年前の東京 東京都美術館
ガラス絵 幻惑の二百年史 府中市美術館
絵双六 新宿歴史博物館
セラミックス・ジャパン 松濤美術館
DAVID BOWIE is 寺田倉庫
絵巻マニア列伝 サントリー美術館
馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月 浮世絵太田記念美術館
地獄絵ワンダーランド 三井記念美術館
運慶 東京国立博物館
挿絵の世界 国立国会図書館
怖い絵 上野の森美術館

中身の話なので、現場がどうだったかということはなし。
自分のみた好みの展覧会ということですわ。

あと今年はマンガの展覧会の良いのが多かった。
なかでもこの二つは心臓にキタ。
超絶入魂!時代劇画の神 平田弘史に刮目せよ! 弥生美術館
少年ジャンプ 創刊号から1980年代、伝説の始まり 森美術館

…いい年だったなあ2017年。
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パリ グラフィック─ロートレックとアートになった版画・ポスター

三菱一号館で開催中の「パリ グラフィック─ロートレックとアートになった版画・ポスター」展を見た。
タイトル、パリとグラフィックの間に本当はハートがつくのだけど、どんな誤変換があるかわからないのでやめる。
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もうすぐ終了なんだが、随分前に見てて、どういうわけかなかなか感想が挙げられないまま今日まで来た。
もしかするとこのタイトルに負けたのかもしれないな、わたし・・・

ポスター類は大好きだし挿絵も大好きなのだが、どうやら本画に比べるとあまり大事にされていないらしい。
その辺りの事情は「アートになった版画・ポスター」というタイトルに色々込められているような気がする。

ポスターの使命はまず人目を引くこと・注意喚起・心を惹くこと。
「なんだろう、いいな」と一目惚れさせなくてはポスターの価値はない。
19世紀末になって西洋はそのポスターに芸術的価値観が付与され、マニアやコレクターも出て来て、それまでとは立ち位置が劇的に変化したらしい。
今回はロートレックを中心にスタンラン、ヴァロットン、ボナールらの作品がにぎにぎしく集まっている。

ところでポスターの展示と言えば京都繊維工芸大学美術工芸資料館とアド・ミュージアムがいいポスターを常設で見せてくれている。
ポスターまたはチラシ一枚で刺されて遠くまで出かける、ということも少なくない。
ベル・エポックのパリの人々もワクワクしたのは間違いない。

19世紀末のパリのポスターといえばミュシャかロートレックかスタンランがぱっと浮かぶが、ジュール・シェレもよかった。
可愛くて楽しい絵が多い。

こちらはボナール フランス=シャンパンのポスター
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印刷技術もどんどん向上中だからいろんなポスターが生まれる。



この構成がまたなかなかかっこいい。

アリスティド・ブリアンの人気がどれくらい高かったのかは本当の所は実感できないのだが、しかしたくさんのポスターを見るだけでも何やら「凄そう」と思えてくる。

そしてこちらも。


スタンランの黒猫さん。
こやつはポーの「黒猫」にはならないと思うね。
そして夢二の「黒船屋」の抱っこされるクロちゃんでもなさそう。

この時代の版画技術の向上も素晴らしいので、いい作品がどんどん生まれる。
やっぱり世紀末のパリは素晴らしいなあ。
ユージェフ・リップル=ローナイ 村の祭
多色刷りで、青は薄い縹色めいているが、黄色も薄紅色も緩い木蔭色もみんな曖昧な優しさを見せる。
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これと同年1896年にかっこいいモノクロ版画もある。
ヴァロットン 怠惰 白と黒の対比がかっこいいなあ。
白猫さんと裸婦。寝そべる布の柄もいい。
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先年のヴァロットン展であきらかになったが、このヒト、女のおしりが好きだよなあ…

版画や印刷のいいのが多い時代は本の挿絵もいいのが生まれる時代でもある。
鹿島茂さんのコレクションもそうだが、やっぱり名品が多い。
ところで澁澤龍彦の随筆にあったが、彼の蔵書のうちフランス語の原書(自分でナイフでカットするような)も鎌倉の自宅ではよくカビが生えてしまっていたそうだ。
パリと違い鎌倉は湿気があるからなあ。
パリの水は確か石灰も混ざっていたはず。

水と言えば洗濯。
ボナール 小さな洗濯女
いたいけな少女が大きな洗濯籠を運ぶのに、体のバランスを取ろうと傘を杖に歩く。
向こうから来る痩せ犬と行き合う情景がせつない。
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少女も犬も誰もかばってはくれまい。

ムーランルージュの女の芸人もロートレックには親しい相手。
大きな襟で胴の辺りの布はどうなっているのか。
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むかしパリに行った時、ナイトクラブのショーに行くかセーヌ川クルージングに行くかのオプションがあり、クルージングを選んで楽しかったが、ショーも見てみたかったとも思ったりもする。

ドニの連作から。
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とても綺麗な絵。以前にドニ展に行ってから彼の絵の良さにニコニコするようになってしまった。

ジャン=エミール・ラブルール 目覚め(化粧)
モノクロの線描の良さを堪能できる作品。
ベッドの布の柄・壁紙・テーブルの布、テーブルの紫陽花。
花に囲まれた黒髪の女性。
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いいものを存分に楽しませてもらった。
いよいよ1/8まで。
12/29から1/1まで休館。

これを見てからわたしは行幸通りへ向かい、フィルムセンター所蔵映画ポスター30点を見た。
みそのコレクションの戦前の日本映画ポスター、ソ連映画ポスター、それから欧州映画ポスター。






楽しいツアーでした。

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

東京都美術館の次に京都国立近代美術館に「ゴッホ」展が来る。
ゴッホと彼にインスピレーションを与えた日本の美術とを紹介している。
「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」 いいタイトルだ。
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年の終わりにゴッホを見て後顧の憂いなく新年を迎えるつもりで都美へ行くと、なかなかの混雑だった。
ゴッホを愛する人が多いのでこれは当然のことか。

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東京のチラシはこの絵。花魁と睡蓮とカエルが目立つ。奥には鶴もいて、そしてボートをこぐ人も見える。
浮世絵から好きなシーンを選びそれを再構築した一枚。
花魁(溪斎英泉による) こういうのも面白い。そしてカエルをメインにすれば、
カエル(二代 歌川芳丸による)と名付けられるわけだ。
ゴッホは丸々模写ということはせずに再構築したから花魁の見る向きも違う。
しかし浮世絵も版画だから版木は逆か。もしかするとゴッホは原画を写す!くらいのキモチでこう描いたのかもしれないな・・・ということを想像するのも楽しい。

ゴッホは絵を描いた。
当時はあんまりみんなの共感を得られなかったが、描く意志の強さがあるから他者の反応は措いて、とにかく描いた。
その当時のゴッホにインスピレーションを与えたのが日本の浮世絵で、ゴッホはとてもまじめに自作に取り込んだり、描く稽古をした。
たまに思うのだが、幕末の浮世絵と江戸中期のとではゴッホに与えた印象は違ったろう。
ゴッホが主に手本にしたのは幕末のそれで、風景は広重の抒情性の高いものだった。

アタマに浮かぶ、浮世絵が描き込まれているゴッホの絵の数々。
広重の描いた構図や植物の様子に魅了されたゴッホ。
丁度一年前の同じ都美ではゴッホとゴーギャン展が開催されていた。当時の感想はこちら
その時はゴッホとゴーギャンの関係性を中心に眺めたが、今回は違う目で見ている。
ゴッホの作品展が多くとも飽きないのは、作品の良さもさることながら、展覧会のアプローチの在り方も関係している。
こういう方向性もとてもいい。

浮世絵を見る。
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初代と二代目広重の情緒の深い風景画。
二代広重は一ノ関圭の「茶箱広重」で知ったことだが、開化絵も描こうとしたが、やはり師匠と同じく江戸情緒の横溢する風景を描くことに進んだ。
三代広重とは全く違う方向性を見せていたのだ。

浮世絵に・ジャポニズムに惹かれた他の作家の作品も何点かある。
マネやロートレックの絵を見ながらこんなことを思った。
皆がやはり浮世絵に惹かれたのは構図や色遣いだけでなく、そこに生きる情緒に衝かれたからではないか。

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ゴッホの短い晩年と言ってもいいのか、入院の頃の風景画が好きだ。
花咲くアーモンドの木  空色と薄紅色の取り合わせで好きなのはゴッホのアーモンドの木を描いたものだけだ。
アーモンドの花は桜より一回り大きいだけでとてもよく似ているのだった。

ゴッホと弟テオの書簡類は素晴らしい。
脱走を図ったあらいぐまについての考察…

北斎、国貞、英泉…
もうゴッホは彼らを自分の作品に送り込むことはしなくなった。
そのことが意味するものを考える。

1920年代、日本でのゴッホ人気は物凄く、多くの日本人の画家がゴッホへ踏み込んでいる。
中澤弘光、長谷川路可、前田寛治、吹田草牧らはゴッホの作品を見た感銘を記す。

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式場隆三郎の著作が現れた。
このヒトのおかげで今の時代もゴッホ人気が続いていると思う。
先年の彼の展覧会の時からそう思うようになった。

さまざまな資料を見ながら考える。
ゴッホが憧れた日本、そこへゴッホはうまい具合に低空滑降して入り込めたのではないかと思う。
多くの追随者がうまれ「わだばゴッホになる」と決心した青年もおり、彼の展覧会が開催されると間違いなく多くの人が集まってくる。このことはゴッホが生きているうちに知らせてあげたかった。
そうすればどんなにか喜ぶだろう。

展示を見ながら妄想はいくらでも湧いてきた。
ゴッホ、浮世絵、多くの日本人たち…
まだまだ妄想する余地は少なくなかった。

1/8まで。
京都では1/20から。
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カトリック高槻教会 2017年のクリスマスイブに

2017年のクリスマスイブ。
今年はカトリック高槻教会を挙げます。
1962年の完成。
詳しくは公式サイトに。

可愛いドームが目に入る。
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正面へ向かう。
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可愛いなあ。
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ドームの内部。
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可愛らしいステンドグラスが文字通り花を添える。
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柱の葉も素敵だ。
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ドアの葡萄のステンドグラス。
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一階から二階をながめる。
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アーチがいい。
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祈りの場所だということを想う。
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高山右近ゆかりの教会
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二階に上がる。
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単身廊
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庭には右近像など
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またいつか。
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書の美術 ―経典・古筆切・手紙ー

大和文華館の今年の最後の展覧会「書の美術 ―経典・古筆切・手紙ー」をみた。
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大阪市立美術館から「大般若経」(薬師寺経)が来ている。
たいへん丁寧な文字列で1行17字に1頁24行と定められているが、一つ一つ刻むように文字が配列されていて、とてもよかった。
これは浅野宿禰魚養という人が書いたそうだ。なので「魚養経」と呼ばれてもいる。
因みに名前の読みはナカイだが、お経は訓読みで「ギョカイ経」。
書写はミスると罰金まで課されたそうな…
そしてこれは褐麻紙に記されているが、文字が良いだけに文の流れに妙な妄想が生まれてきてドキドキする。
この快さこそが書を見る愉しみなのだと思う。

華厳経断簡(二月堂焼経) 寛文年間に焼けた奈良時代の経。紺紙がそのためにか縹色に褪せ、文字の銀が酸化せずいよいよ銀光りする。稀有な美を禍によって手に入れたのだ。
そのことを想うと心が深くざわめく。

金銀を交互にした中尊寺経もよく、文字の形もよく、言葉の意味も文章の意味の既にわたしの中では失われて、ただただ綺麗なものを見ている。

久保惣美術館からも良いものが来ていた。
法華経巻第三 化城喩品第七 楮の穀紙に墨で文字がゆく。
阿耨多羅三藐三菩提 あのくたらさんみゃくさんぼだい・・・
真っ直ぐな文字の並びが心地いい。

料紙の煌びやかなもの、金銀で装飾された文字。
その華やかさとは逆の地味な単色の紙に墨書き。
どちらもとてもいい。

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一字宝塔経断簡 つくづく平安と言う時代の仏教ブームは華やかなものだと感心する。
大般若経157巻の巻末部分が出ているが、物凄く手の込んだ料紙にしるされている。
丁寧な加工をされた紙はもともとは紺紙だったようだが、どう見てもベージュに染まっている。
そしてそこにとても綺麗な金の文字列。本当に綺麗だった。

鎌倉時代の絵因果経も二つ出ている。
秋、去りゆく釈迦がいる。背後で拝むビンバシャラ王。
もう一つは鬼たちが何を…しているんだろう、これは。
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法門百首切 伝・寂蓮 これは近頃の研究で崇徳院へ贈られたものではないかとのこと。
「ぬしなくしてむなしといふ心なり」…

絵では佐竹本の小大君がある。
そして白描の源氏物語浮舟帖がある。
匂宮と関係を持った浮舟に対し、それを知ったことをほのめかす薫君の手紙に困る浮舟。
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結局その薫君のうっとうしてところや匂宮のええかげんさにうんざりする浮舟。

禅僧の墨蹟、天皇の宸翰などが続く。
後陽成天皇御神号 「賀茂大明神」とあるが、茂と大の字だけ裏文字のような書き方をしている。

神仏の名を記すのがその時代の流行だったか。
ほかにも「八幡大菩薩」と書いた足利尊氏、その花押がどうも巨大バッタのような形をしている。

茶人の書はそのまま茶室に飾られたことだろう。
そして最後に富岡鉄斎の私信。
封筒丈夫に鯛を描くところがなかなか。

12/24まで。

朝倉彫塑館「猫百態」にときめく

朝倉彫塑館が開館50周年記念特別展を開催している。
「猫百態」展である。
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既にこのログに猫がいる。

元から朝倉彫塑館には猫の彫刻がどこかにあり、「今日はどこでどのにゃんこに会えるかな♪」と期待しながら展示を見ている。
そしてどこかで猫の彫刻に会えると「にゃー」と挨拶しながら喜んでいる。
近代建築と猫が好きな人にはここはもう本当に聖地だ。
そしてこの美術館がある谷中自体、猫がたくさん暮らしている。
猫の多い地域は人間が幸せに暮らす地区でもある。
谷中はその意味ではパラダイスなのだった。

そのパラダイスの中心に朝倉彫塑館がある。
戦災から逃れ生き延びることの出来た数少ない地に活きる建物。
かつてのあるじ一家はこよなく猫を愛し、猫と共存し、猫に仕えて生きていた。
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朝倉文夫の拵える猫はリアリズムである。元からリアルな表現を得意とする朝倉だが、特に猫のリアルさはもう本当に素晴らしい。
固い堅い硬いブロンズだとわかってはいるものの、思わず撫でまわしたくなる猫たち。
肉球、ひげ、尻尾の伸びと曲がり具合、耳の立ち方、鼻筋、丸い背中、何もかもがいい。
それも冷徹なリアリズムではなく、愛情あふれるそっくりさんなのだ。
わたしがグダグダ書くよりまずこのチラシを見ればいい。
猫だ猫だ猫ねこネコ。あああ、可愛いすぎて動悸がする。
しかも今回は完成したブロンズ像だけでなく、石膏像もある。
初めて気づいたが、ブロンズより石膏の方が、より本物に近い顔つきをしているのだ。
これを見比べられただけでも嬉しい。

朝倉はいわゆる多頭飼いをしていた。だから猫たちの個性きちんと分けて表現できる。
製作者として対象の猫をじっくり鑑賞するために膝に乗せる一方、ただの猫好きパパの朝倉の心はホンワカホカホカだったろう。
猫ほどいとしいイキモノはいない。
猫好きな人間は皆大なり小なり猫の奴隷だ。朝倉もやっぱり愛に負けただろう。
そう、愛と書いて猫と読み、猫と書いて愛と読むのだ。

猫というものは柄だけでなく顔つきも毛並もみんな違う。性質も全然違うし動きも違う。
朝倉はその違いをきちんと表現する。
「鑑賞の手引き」の「同じポーズ」を見ればよくわかるが、右と左の猫は全然違う。
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これはよくわかる。
うちでもキンとゴンとキジヤンとグレコとでは全く違う。
体格の違いもあるが、性格の違いが動きの違いにもつながる。
年齢差もある。大人になった猫たちはだんだんと対象を狙って飛びかかるということをしなくなってくる。
可愛いなあ。地獄のような気分だ。ああ、逃れられない、愛の熱に焙られて痛苦しくも幸せだ。


「同じ猫」の様々な動き、表情。たまらないなあ。
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それにしても「同じ作品!?」の招き猫ぼい動きの猫たち、いいなあ。
石膏を見てからブロンズを見ると、やっぱり細かい表情やニュアンスが封じられている気がした。
ところでここの欄に「我家吾家物譚」とあるが、あの展覧会は本当に良かった。
なのに感想を書けなかったのは反省すべき事案だった。
ここで少しでも取り上げられているのは嬉しい。

猫の写真を見るのも幸せだ。
こやつらがこう表現されるのか、と納得するのもあれば、ただ単に「あー可愛い!」とにまにましてしまうばかりだ。
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彫刻は猫の柄を隠してしまう。
木彫彩色を専門とするはしもとみおさんは猫の個体別の表現を得意とするが、さすがに石膏やブロンズになる猫たちはトラもキジもカツギもブチも白も黒もグレーもみんなわからなくなる。わからないが、皆可愛い。

犬好きと猫好きとはかなり心持が違うのはよく知られた話だが、猫好きは猫という存在そのものを愛する博愛精神がある。犬好きには往々にして「この犬種でないと」という志向・嗜好があるそうだ。どちらがどうということはないが、このことを踏まえておく方がいいかもしれない。

動きのリアルなものを制作する朝倉だが、中でもいくつか大傑作がある。
1909年の「吊るされた猫」と1927年の「仔猫の群れ」と1946年の「よく獲たり」そして1958年の「愛猫病めり」、これらは世界中の猫彫刻の中でもベスト10の上位に挙げられる。
猫写真家(だけではないが)岩合光昭さんの捉える姿とはまた違うが、彫刻作品の面白さというものを実感する。

朝倉の猫の他にも同時代の作家・フレミエの猫たち、アールヌーヴォーの画家スタンランの猫たちも賛助出演している。

広大で手の込んだ和洋折衷の大邸宅のそこかしこに猫の彫刻がいる。
モデルになった猫たちはもう何十年も前にこの世を出てどこかへ行き、もしかするとまたその愛くるしい姿で現世をさまよっているのかもしれないが、ここにいる猫たちは不動だが、永遠だ。それを思うと安寧な心持が生まれる。

撮影可能コーナーがある。
彫刻はないが、その写真パネルを写すことが出来る。蘭の栽培室だったところだ。
ここを写せる楽しみもある。





外へ出て再び建物を見返る。ご近所のブリキ屋さんと一緒に並べてみた。


谷中はやはり魅力の深い町だとつくづく思う。

12/24まで。

「SF・再始動」展

世田谷文学館では常設室で「SF・再始動」展を継続中である。
半年間の期間で、既に二ケ月目に突入している。
2014年に「日本SF SFの国」展を開催したが、それ以来の展示である。
当時の感想はこちら
こういう展覧会は本当に面白くて仕方ない。

今回はゴジラ・エビラ・モスラ三大怪獣激突のシリーズ7作目「南海の大決闘」のポスターや資料がたくさん展示されていた。
いいポスターである。
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そして手描きの絵コンテもある。
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こちらは予告編


もっと凄いのがこれ。三大怪獣が大暴れするレツチ島の地図。
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一見したところ普通の安易な地図なんだが部分を拡大してよくよく見ると、情報が溢れている。
クリックするとそこらがよくわかります。
凄いもんだなー。
こちらどうぞ
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すごい暴れてる・・・
地図をよくよく見るとゴジラの水飲み場があったり、エビラの尻尾がバンバンしてたり。
「怪獣たちのいるところ」なわけだ。

さて小説の展示をみる。
まずはゴジラの生みの親の一人・香山滋から。
「海鰻荘奇談」「恐怖島」「怪異馬霊教」…もう本当にこのタイトルを見てるだけで人外境に飛んでいきそうだ。
わたしは最初に「オラン・ペンデクの復讐」を今は亡き教養文庫だったかな、あれで読んだのだが、数年前の大伴昌司展から始まって1960年代の少年マガジンのグラビア絵解きページに香山のシリーズものがあることを知り、更にはそれを集めた本をとうとう手に入れた。なので現物を読む機会はなくとも、そのグラビアのオドロオドロした雰囲気が自分の中で醗酵し、更に妄想が拡大して、えらいことになってしまっている。
思い出すだけでゾワゾワする。

開かれたページを読むと何の小説かこんな話があった。タイトルがわからないし調べても出ないが、大体のところを書く。
スーザと言う女性の独白というか書簡らしい。彼女は誰か好きな人に別れる理由を伝えている。 
曰く「自分の体内にはオーマーという男がいる。(心の話ではない)そのせいで結婚できない」という話らしい。
カストリ雑誌で発表されたのだろうか。読んでみたい。
ただこれが香山のかどうかがわたしにはわからないのだ。

海野十三のジュヴナイルもある。
その表紙絵は誰の絵かちょっとわからないがなかなか素敵だ。
やっぱり本はまずそそられなければならない。
「振動魔」・・・ときめくなあ。
「鍵から抜け出した女」
挿絵の、鍵から抜け出す和美人とか意味が分からないが、それはそれでいい。
タイトルを見るだけでわくわくするなあ。「盗まれる脳髄」とかもう妄想爆発だぜ。

実際日本SFの活躍にはいい挿絵画家の力も大いに寄与している。
星新一とコンビを組んでいた真鍋博のシャープでユーモアの滲む素晴らしさ。
春に愛媛県立美術館で彼の作品をかなりたくさん見たが、SF作品を主に担当する画家にはみんなユーモアがある。
おどろおどろしさを出す人がいてもそれは変わらない。
童画家の北田卓史の絵もあった。
かれは絵本でもけっこうSFものが多い。ファンタジーもまた。
「宇宙のかんづめ」いいなあ。

出ましたタコ宇宙人。いいよなあ、こいつら。懐かしさと仲間意識さえ感じるくらいだ。
今では誰もマジメに描いてはくれまい。
それにしても、戦後すぐのカストリ雑誌の時代も挿絵のいい時代だったと思う。
戦前を黄金期とするならこちらは銀の時代だ。どちらもとても魅力的。

そしてSF作家協会の人々。
「60年代SFベスト集成」アンソロジー本がある。この本はわたしも持っている。
「大いなる正午」「終わりなき負債」「「レオノーラ」「渡り廊下」・・・この辺りが特に大好きだった。

面白い紹介本があった。
SF作家の紹介があり、担当しているのも仲間内。いい内容。
光瀬龍、筒井康隆、眉村卓、半村良、矢野徹、豊田有恒、平井和正・・・
まだまだいる。
本人評と作品の傾向とが記されている。

また「最終戦争」ネタについての豊田の考えがいい。
ディストピアはSF小説に数多あるが、終末というものもとても多い。

光瀬の「墓碑銘2007」は未読だが読みたいと思った。
唯一生き残り続ける男トジの生涯。彼は歯を食いしばって生還し、仲間たちの墓碑銘たらんとする。しかし・・・
せつない。

2018年には筒井康隆の特別展が開かれるそうだ。
わたしは彼の作品は中学の時に一つ気持ちの悪いものを読んで以来全くスルーしてきたが、近年の「聖痕」で一気にのめりこんでしまった。尤もあれはSFではないが。
出来れば「聖痕」の続編が読みたいとすら思っている。

この展示は4/8まで。
特別展だけでなく、こちらもをじっくり堪能するヒトが増えればと願っている。

夢二 心に残る風景を探して

竹久夢二美術館では「心に残る風景を探して」として夢二描く風景画を中心とした展示が行われている。
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瀬戸内海のそばに生まれた夢二は逆に山を愛するようになったそうで、海景を描くことより山や林を描くことが多かった。
日本画風な山のスケッチも多く出ている。
かれの次男・不二彦は富士山から名を採ったそうだ。
そしてその富士山へ登山しているが、結婚と離婚を繰り返した他万喜と共にであった。
かれは最愛の恋人・彦乃にも「山」と呼びかけたり、山を女体に見立てた絵も残している。

雑誌の表紙絵でも山の絵が少なくない。木や森の絵も多い。
セノオの楽譜でも山・木々・湖を描く。
「たそがれ」「故郷の思い出」「麗しき天然」などは木々が主役。
「ひとりの旅」は山に囲まれた湖に小さなジャンクが浮かぶ。
これを見ると入江波光の「彼岸」を想う。
彼岸の絵と『祈りの形象』

「草画」という連作物らしき大正3年の「あらし」、「夕」「落日」はモノクロの良さが目立つが、「朝」「夜明け」の道の絵もいい。

ところで夢二は大阪の画家に弟子入りしようと考えていた節がある。
今回展示されていた手紙にそうしたことが書かれていた。
大阪で活躍した画家の寸評のようなものがある。
菅楯彦 浪速御民と名乗る彼のことは「たいへん大人しい人」であり、野田九甫(または浦)についてもよさそうだとある。

「婦人世界」1912年9月号に「湖上の月」といういい口絵を寄せている。
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これは本当に感じいい。夢二郷土美術館でみた「月の出」と仲間のような絵だ。
当時の感想はこちら
夢二郷土美術館にゆく
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何を嘆くのかはわからない。
もしかするとこのボートの娘が陸に上がって「月の出」になるのかもしれない。

1930年には絵日記絵巻「山海経」を拵えている。
越後ツアーのスケッチものだが、中国の「山海経」と違い、別に怪物絵巻ではない。
他にも東京各地の名所絵、京都の名所絵もある。
京都の名所絵は絵封筒にもなった。
高台寺、嵐山の筏流し、大文字、稲荷山、知恩院、鴨川のユリカモメ・・・
夢二は稲荷山の意匠が気に入っていたようで他の作品にもそれを使う。
いくつもの鳥居が連なって山の上へ登ってゆく眺め。そこには松もある。

外国の風景を見る。
セノオの楽譜「ベニスの夜」は分割やキュビズムと言うより同時代のドイツ表現主義に近い。
夢二は元々「カリガリ博士」を自分で描いているくらいなのだ。
夜の町を徘徊するツェザーレを描いた作品は弥生美術館に展示中。

「美しきクレオパトラ」 女の足下の水面に黒い膚の男が四人。彼らは彼女の奴隷または虜囚なのだろう。
他にも「ナイル河の朝」「印度の歌」「ヴォルガの舟歌」「アロハオエ」「スワニー川」
旅愁をそそられるなあ。

最後にわたしの大好きな「パラダイス双六」が現れた。
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ここの木々の様子も面白い。

夢二の風景というものもとてもいいものだと思った。
12/24まで。

大和和紀「はいからさんが通る」展

弥生美術館の今期は大和和紀「はいからさんが通る」展。
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二年ほど前、あべのハルカスで「あさきゆめみし」原画展も開催された。
その時も大盛況だった。
去年は大和和紀さんの画業が50周年を迎えたとのことで、まことにめでたい。
わたしは「はいからさんが通る」は中学生になってからようよう読んだのでリアルタイムの人気を知らない。
大和和紀さんの作品と言えばわたしの場合「KILLA」が至上で、「アラミス'78」、先般まで連載した「イシュタルの娘」「ヨコハマ物語」「紅匂ふ」と続く。
「はいからさん」の後の「KILLA」は小学生の時から大好きすぎて、今も折々読み返している。わたしの本棚の「ピカレスク」コーナーに燦然と輝いている。思い出すだけでドキドキする。40年近く経っても耀きは色あせない。
そして世評高い「あさきゆめみし」は「源氏物語」にふれたことのない人々に勧める作品で、これを通読してその感想を聞いてから、だれの抄訳・翻訳・解釈の源氏を読ませるか思案する。

1920―30年代の日本が大好きだということは当然この「はいからさんが通る」の時代も大好きなのだが、縁が薄いまま来てしまった。
これには理由があって、実は紅緒は好きなのだが、彼女の運命の人である伊集院忍少尉がわたしにはイライラする対象なので、興味がそんなにわかないのだった。
なので番外編の狼さんの少年時代の話などは好きだし、冬星さんもいい。

展示は第一話の原画から始まる。はいからさんの紅緒が自転車に乗って走る姿がいい。
また同時代の女学生の写真も共に展示され、当時の様子が想像しやすくなる。
「魔風恋風」の梶田半古の口絵もある。自転車をこぎながら片手でパラソルを差す女学生。危ないがな、違反ですがな。
その当時の女学生が乗っていた自転車の現物もある。
1930年の英国製ロイヤルエンフィールド。後輪にスカート巻き込み防止ネットがついている。これはいいな。わたしは自転車乗りなので、こういう感じの自転車も漕いでみたいと思った

木登りから落ちる紅緒、夢二の港屋絵草子店に行く紅緒、友人らと甘い物の話をする紅緒。
夢二が港屋で販売していた半襟の図案、絵封筒などが展示される。
大好きな作品群である。

少尉は色々あって外地へ飛ばされシベリアで戦死したと公報が入る。
紅緒はそこで初めて本当に腹をくくったと思う。
あの断髪はそういう意味だ。
そしてそのオカッパ頭がよい感じ。
連載は1975年から始まっていて、まだ絵は未完成だが、77年にはすっかり現在の画風に近くなっている。素敵だ。つまり紅緒が「はいからさん」から「モダンガール」になって魅力が増している。このオカッパの紅緒の活躍が好きだ。

大正の浅草オペラの紹介がある。
「ゴンドラの唄」はここから。わたしはどうしても志村喬がブランコ漕ぎながら歌うシーンを思い出すのだが。
映画もたくさんあった。当時は弁士の活躍時代。
夢二描く「カリガリ博士」のツェーザレの夜の徘徊シーンが出ていた。
芝にあったシバゾノカンという映画館のパンフ「キネマ」が出ている。
当時の浅草の写真を挙げる。ただし展示にはこの写真はない。
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大正時代の浅草の活気は幕末を凌いでいるのかもしれない。

雑誌社・冗談社に勤める紅緒。講談社一筋の大和和紀らしいネーミング。
そこで編集長・冬星と出会う。彼と共に浅草に遊ぶ。連続活劇「ジゴマ」をみる。
「ジゴマ」は当時大人気だった。
フィルムセンターに「ジゴマ」の資料が少しある。
堀辰雄「羽ばたき」にも「ジゴマ」のキネマが重要な役割を果たしている。



浅草オペラの紹介もある。
前回の展示で出た澤モリノの「王女メロ」。なかなか素敵だ。

冬星との出会いとモガで職業婦人たる紅緒の活躍。ジャーナリズムの発達も描かれる。
紅緒のようにきちんと就職し、職業婦人として闊歩する女性たちの紹介もある。
女性運動家も大正時代に現れる。
平塚らいてう、神近市子、望月百合子、波多野秋子。
作中でも紅緒の親友・環がらいてうを尊敬する人だと明らかにしている。
そしてこの環もまた新しい女性であった。
彼女は名家の娘だが家を出て職業婦人となり、更に片思いの男性を追いかける。

一方、少尉は生きていた。
記憶喪失と助けてくれた女性への恩義と現状、要するにその女性との事実婚という縛りがあり、紅緒への愛に揺れつつもそれを隠す。
こういうのがなによりイヤだ。
正統派の少女マンガには本当にこのパターンが多い。
「砂の城」も「暁のARIA」もそうだが、本当にこういう優柔不断な男に腹が立つ。
どちらの女へも誠実であろうとしているのかもしれないが、「はっきりせんかい!」と殴りつけたくなる。
里中満智子「愛生子」の母はその点潔かった。戦地から帰ったが妻の元へ戻れずうじうじする亭主を捨て、オンリーさんになって子を産んで、男に捨てられても新しく男を拵え元気に生きる。

紅緒もついにあきらめて冬星のプロポーズを受け入れ、綺麗なドレスに身を包んで結婚式にいどむ。
ポール・ポアレのデザインのような形。素敵だ。
だがその式の最中に大震災。
結局それで冬星が身を引き、紅緒は少尉と結婚する。

ほかの作品の原画を見る。
初期の頃の作品で絵柄が大いに変化したのが「真由子の日記」。
懐かしい。これはハイティーン向けの作品だった。むろんわたしはリアルタイムでは知らないが後から読んだ。

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二年前の展覧会の紹介より。

「モンシェリCoCo」「ラブパック」は読んでいないが知っている。
「ラブパック」が少年マンガ出身の編集さんが少女マンガのコマわりが理解できなくて、その意向に合わせて作成したそうだ。
コマ割りの問題は子どもの頃から何にも思わなかったが、近年はマンガのコマ割りが理解できない若い人がいると聞いて絶句したなあ。

「ひとりぼっち流花」も実は未読だが、20年程前にスラムダンクの二次創作でこれに流川x花道を併せたマンガを描かれた方がいて、それで話を知った。
わたしはこの作品の続編にあたるらしい「翼あるもの」は読んでいた。

「薔薇子爵」これは最初から耽美的な連作短編で、意外な感じがしたのを覚えている。
ギデオンの美しさと物語の流れが魅力的。

「KILLA」。これこそ今もわたしの中では大和和紀のベスト作品。
何度読んでも・いつ読んでも凄い作品。好きすぎて本当にいつもときめく。
こちらは原画はなく単行本のみの紹介。
絵もいいし話の構成もいいしキャラがみんなとてもいい。
ああ、こう書いているだけで絵がアタマに浮かび会話が蘇ってくる。

「アラミス'78」「紀元2600年のプレイボール」「ヨコハマ物語」…
この辺りは熱心に読んだなあ。特に「アラミス」のギャグは面白かった。
明治の開化期に関心を持ったのは「ヨコハマ物語」のおかげだった。
「レディーミツコ」を読んだおかげでクーデンホーフ・カレルギーのことを知ったし。
唯一のホラー「黒のイゾルデ」もラスト良かった。

「月光樹」「ライオンたちの城」「あい色神話」…
「天の果て地の限り」を今の絵でもう一度描いてほしい気もする…
「眠らない街から」もいい。

「NY小町」「虹のナターシャ」は未読。原画を見るとやはり読むべきだと思う一方、何故読まなかったのかを思い起こす。
「にしむく士」が1997年なのにビックリ。これはリアルタイムに雑誌で読んでいた。
「紅匂う」もとても好きだ。

最新作にして先般堂々の完結をみた「イシュタルの娘 小野於通伝」も素晴らしい作品だった。
絵が特に流麗になり、桃山から元和へかけての衣裳の美麗さが再現もされ、素晴らしかった。
「あさきゆめみし」の王朝時代の美麗さも見事だったが、こちらの小袖の豊かな文様も本当に良かった。
そしてわたしの大好きな近衛信伊さんが於通と想い合い、幸せになったのを読めて、とても嬉しかった。
於通・信伊・彼らの子どもの太郎姫の三人の家族の肖像の画もある。
於通と義兄妹の契りを結んだ真田兄弟の弟・幸村の赤い鎧姿もカッコいい。
太郎姫が長じて「於図」となり、真田信政をシバくシーンも出ている。

ああ、本当に素晴らしかった。
これからも良い作品をお願いします。

12/24まで。

さて華宵記念室では「はいからさん」やモガの時代の少女たちの特集があった。題して「モガのおしゃれ日記」。
ハイカラからモガへ移行する女たち。
セルの着物におさげという初夏の姿もあれば、スキーを楽しむ娘もいる。
パラソルを差しつつ燕を見送る目もある。
時代相を描いた大作屏風「移りゆく姿」も久しぶり。
わたしがいちばん好きなのは1扇めの髪を夜会巻にして椿を差したケットの若い女。いいなあ。

夢二の展示は少し「ハイカラ」「モガ」から今回は離れるので、また別項へ。

今期も楽しい展覧会だった。
また来年も会員更新したので通います。

日本の絵本百年の歩み展をみた

ちひろ美術館で日本の絵本百年の歩み展をみた。
前回の井上洋介展の感想を挙げられなかったのが悔やまれるが、まぁこの中にも加えてゆこう。
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最初に明治の絵本が現れた。
ちりめん本ではなく、巌谷小波が文を書き、杉浦非水がシルエット絵で表現した「日本一ノ画噺」がある。
以前の感想はこちら
杉浦非水と『日本一ノ画噺』

今回もシンプルで力強いシルエットとあっさりしたタイポがいい絵本がいくつか展示されていた。
横二列なので読み間違えたのが「ガン イダウヤキ」。曽我兄弟ですね。
他に「カチカチ山」「ウラシマ」「キヨマサ」などがある。非水、いいなあ。

童画も漫画も人気の北澤楽天の楽しいどうぶつ絵が出てきた。
「どうぶつの海水浴」1924 浜辺の様子。海の家もあるようで、シャワーの設備もあるらしい。洋装に下帯に水着。虎はいわゆる「シマウマ」着用。海に入る前にようやく水着を履こうとする連中もいる。

雑誌「赤い鳥」から日本の童画雑誌文化が始まる。
清水良雄のロマンティックな表紙絵の原画をみる。鈴などで飾り付けたお馬さんに乗る二人の少女。いい絵だなあ。大正ロマンはやっぱりモダンだ。
ある意味「無国籍」なところがいい。無国籍と言う言葉自体は1950年代の映画「ギターを持った渡り鳥」シリーズから生まれたのだが。

岡本帰一のモダンな作品も二点ある。
「三輪車兄弟」、「学校ごっこ」。どちらも大正末の童画。「学校ごっこ」は1990年の「子どもの本の黄金時代 1920年代」展で見たのが最初だった。
おもちゃのお友達を生徒にボクが先生に。
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武井武雄、初山滋と童画の二大オカシラが出てきた。
何を見てもどれを見てもいい。
あまりに作品数が多すぎて全てを紹介するのは難しい。
「コドモノクニ」「子供の友」「コドモアサヒ」「子ども絵本文庫」…
どの雑誌にも彼らの作品がある。

今回は初山の「一寸法師」が見れたのは良かった。
室町と言うよりいつの時代かわからないモダンさがある。
「日本見物」1935 こういう漫遊と言うか名所案内も面白い。

深沢省三「ナラン山の梨の木」これはあれか「ならなしとり」の話かと思う。いろんな綴り方があるもんですな。

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しかし戦時下になると無国籍・時にアナーキーな良さが失われ、軍事的な様相を帯びてくる。
講談社の絵本がいくつかある。
「乃木大将」「漢口攻略」「支那事変」「廣瀬中佐」などなど。
いずれも梁川剛一、伊藤幾久造らが手掛けている。
童画でも二巨頭や深沢もまた…

やがて敗戦後、平和教育をにじませた絵本が世に出る。
そして自由さを見せる作品もまた。
わたしの大好きな茂田井武「くまの子」もある。ああ、「くまの子」のコピー本ほしいなあ。

初山滋「おやゆび姫」、「ききみみ頭巾」。
岩波書店も子供向けのいい本を世に贈りだす。

岡野冬彦「アッちゃん」「ベビーギャング」ああこれがか。先代勘九郎が子どもの頃にこれを演じて大評判をとったそうで、うちの母などは彼を生涯「アッちゃん」と呼んでいた。

「きかんしゃやえもん」がある。「トーマス」同様機体に顔と意思の付いた乗り物。
茂田井武「セロ弾きのゴーシュ」も数点、猫の訪問と「インドの虎狩り」とリサイタルでのソロ演奏。

時代は下がり、ちひろ登場。小さい子供らへの深い愛情がそこにある。
堀内誠一「たろう」シリーズ、薮内正幸のリアルな動物画の「くちばし」。
赤羽末吉「大工と鬼六」「スーホの白い馬」、かこさとし「だるまちゃんとてんぐちゃん」シリーズ。
今も版を重ね続けている。
今回初めて気づいたが、「大工」はこの物語では最初から最後まで無く、鬼だけ「鬼六」という名を知られてしまうのだ。
「名前」の重さと言うものを古代の呪的なものを改めて考える。

そして瀬川康男「いないいないばあ」なんと日本一のロングセラー本だそうだ。
わたしは瀬川は「つる姫」の挿絵から始まったが、本当に好きだ。

中谷千代子「スガンさんの山羊」岸田衿子  ああ、このヒトは知ってる。
というより、このヒトだったのか、という感じ。
幼稚園の時にもらった絵本「じゃこものけいと」の人だ。
岸田衿子の友人で画家の中谷千代子。なんだか納得。
こちらはわたしの手元にある本。
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とても納得。

谷内こう太、せなけいこ、馬場のぼる、上野紀子…
やっぱりせなけいこ「ねないこだれだ」はスゴイよな。
これはうちの甥っ子もトラウマになっていた。わたしは今も大好き。
いいよなー面白すぎる。

佐野洋子「おじさんのかさ」が出ていた。これは面白いチョイスだな。
和田誠「密林一きれいな豹の話」 初めてみた。とても面白い。斑点が逃げたので探しに出た豹が蝶々と契約して斑点になってもらう。いいなあ。

元永定正、長新太、丸木俊、安野光雅、司修…
「旅の絵本」ではフィンランドの絵本があり鳥瞰する構図がよかった。
司の「まちんと」はせつない…

太田大八「くらす」 田舎で六匹の猫と暮らすお婆さん、農家の坊や、様々な様子を描く。
五味太郎「ガイコツさん」 面白かったなあ。不条理な良さがある。

村上康成、田島兄弟、片山健、杉浦範茂、スズキコージ。
井上洋介のナンセンス絵本、最高。
彼の描く不条理な町に住んでみたくなる。

瀬川康男「ぼうし」が出ていた。これも面白かったなあ。
絵は弁慶の立ち往生シーン。

武田美穂「ますだくん」の怪獣、山本容子「おこちゃん」の破壊力、長谷川義史…
ああ、けっこう関西出身者が多いな、絵本作家の人々。

とても面白かった。
日本の絵本、研究するのも楽しむのも、どちらも素晴らしいと思う。
百年、豊かな百年だった。
いい展覧会をみた。


2017.12月の東京ハイカイ録

今月も東京へハイカイに向かいました。
やっぱり月に一度はお出かけしないとね。
とはいうものの12月は気分が忙しいので日帰り乃至一泊と決めている。

意外に天気が良くて富士山も綺麗。



品川で下車して五反田経由で西馬込。
京急から泉岳寺経由でも同料金。新幹線ならJRの方が合理的。
わたしは大阪人なので合理的でないことは厭だ。
…だーかーらー、どうして大田区郷土資料館への道案内に「西口」とある資料を見てしまうかなあ。
東口からの方がええに決まってるやんか。くそー。

大森界隈は海苔だけやなく麦藁細工でもとても有名で、今回はその麦藁細工を見に来たのだ。
麦藁細工と言えば城崎温泉のを思い出すが、大森のも可愛いもんだ。
先般「たばこと塩の博物館」でもいい細工物を見た。
和モダンの世界 近代の輸出工芸 金子皓彦コレクション
その感想

いいココロモチで駅に戻り、ここから長旅へ。
中井へ出る。そこでちょっと早めの昼にしようとさる店に入り、見知らぬ人と席をシェア。相席ではなく、隣の椅子を使い合うこと。
こういうシステムは同時に食べ終わらないと成立しないけど、今回はうまくいった。

西武線に乗り換え上井草へ。
ちひろ美術館へ向かうと、いつも混んでるか完売してるカリーナのサンドイッチがいくつかあったので、これを買う。



ちひろ美術館前のベンチにつくと、その向かいの席にママさんたちがきてやっぱりカリーナのサンドイッチを出してきた。
向こうはインスタ、わたしはツイッターに挙げる。
カリーナのサンドイッチと言えば1999年の夏以来かもしれない。
当時のわたしは絶賛体調不良で死ぬ死ぬで生きていて、ふらふらになりながらここのサンドイッチを食べたのだった。

絵本を大いに楽しんでからまた中井へ戻り、そこから本八幡へ。
京成に乗り換え千葉中央。
千葉市美術館へ北野恒富展の後期拝見。
よかったわー




ここから池袋へ出てちょっとお買いもの。
いいものをかなり大量に購入できて嬉しいが、かなり体に堪えたなあ。
初日ここまで。

二日めの日曜日。
大手町から西日暮里に出て一駅だけJRにのって日暮里の朝倉彫塑館。
猫百態。すごーーーく楽しい。
大好きな建物の中に朝倉文夫の猫ずらー。
可愛かったなあ。




今度は根津へ。弥生美術館で「はいからさんがとおる」展を見る。
わたしの大和和紀ベストは「KILLA」「アラミス」「イシュタルの娘」なんだよな。
しかし同時代のはいからさん、そしてその次のモガと変遷を見てゆくのは面白かった。

都美でゴッホ展。日本へのトキメキがゴッホの中でどんなに大きかったか確認。
最後は科学博物館でアンデス展。
面白かったよ。

今回は展覧会と買い物とみんな満足した。
新幹線はうまいこと空いていて、読書タイムに最適だったしね。
定宿の人にも「また来年よろしく」とあいさつもしたし。

というわけで12月の東京ハイカイも終わり。
また来年までサラバ。

「近鉄百貨店の歴史」をたのしむ。

少し前にあべのハルカスで昔の近鉄百貨店の古写真などを見たり、歴史を教わったりした。
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以前、上本町に資料室があった時一度訪ねたことがある。
今はもうないのが残念。

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電鉄会社がデパートを持つのは阪急の小林一三から始まる。
近鉄もそれにならい、よい建物のデパートを拵えていたが。

見終えてから16階の展望室から夜景を眺める。
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キタが遠いが、この夜景はなごむ。

奈良女子大学・佐保会館を見学する。

去年ここで奈良女子大の見学の様子を挙げたが、一年半ぶりに再訪したとき、和風の佐保会館も見学させていただいたので、それを挙げてゆく。
なお奈良女子大の記念館の様子はこちら。
奈良女子大学を見学する 
その1
その2

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和風の佳い建物である。
中においでの皆さんに丁寧にご案内された。ありがたいことです。

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玄関まわり
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早々と二階へ上がる。
こんにちは。
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並ぶ椅子がそれぞれ可愛い意匠を見せる。
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オルガンで斉唱したのだろうなあ。
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廊下にあった壺は青銅器風。
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小さいお部屋の可愛らしさ。
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何故か擬宝珠のある階段。
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一階も素敵だ。
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欄間よろしいな。
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螺鈿の棚がある。
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可愛いものが多い。
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さらばです。
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木守り柿、可愛い。

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最後に古写真を発見。
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さすが奈良女子大でした。

千葉市美術館「近代美女競べ」

千葉市美術館の所蔵品の豊饒さは異常なくらいだ。
他館からの借り物などで構成される企画展・特別展にしてもいつもよいものを見せてくれるが、そこに「こちらもいかがですか」と所蔵品展が口を開いて待っていて、そちらに飲み込まれることは常も常、時には特別展より所蔵品展の方が印象深いことも、ある。
今回は北野恒富展がハルカスから巡回してきて、それも素晴らしいのだが、その展示にあわせて「近代美女競べ」として所蔵品から美人画をこれでもかこれでもかと惜しげもなく出してきた。
あれだ、ジャブの連打。
ボディブローにフラフラになったところへこれだから、出口についた頃にはもう立っているのもやっとという状態だ。
誰もタオルを入れてくれないし、入れられても困るが、まあとにかく最後まで眺めて出てきたときには本当にスゴいことになっている。
ああ、今回もええものを見せていただきましたわ。

大正末から昭和初期の新版画で描かれた舞妓から始まる。
吉川観方、山村耕花の可愛い舞妓。

伊東深水の「眉墨」もある。
この絵はあまりの人気で様々な逸話があるくらいだ。平木コレクションでも見ているが、確かに魅力的。
鳥居言人の「化粧」もある。襟のあたりがいい。
言人は鳥居派の絵師として歌舞伎座の絵看板を担当したが、美人画家としては清方のもとで修行もし、兄弟弟子の深水とはまた違うタイプの美人画を多く生んだ。

肉筆では土田麦僊の舞妓図もあり、彼女らのお出迎えで始まるのは、なかかな心地よかった。

・シリーズの愉しみ
浮世絵の昔からシリーズものは人気が高く、名所絵と美人画の取り合わせは多くの人に愛された。
尾形月耕「花美人名所合」から四点。
・亀戸龍眼寺の萩 女客たちが萩を楽しむところはフルカラー、後は墨絵という粋な拵え。
・滝野川の紅葉 桜の名所は紅葉の名所でもある。明るい緋毛氈が目立つ。
・亀戸臥龍梅 広重も「名所江戸百」で描いているが、その天神さんの梅を見ようと雪の日に二人の女が来たところ。
・東台の桜花 鬼ごっこする娘たち。この場所がどこなのかよくわからないのだが、楽しそうな情景だった。

山本昇雲 「今すがた」シリーズ四点がある。
最初にこの人を知ったのはdo!family美術館の展覧会でだった。それから浮世絵太田記念美術館では回顧展もあった。
明治末の女学生らしき若い娘の顔のアップとなんらかの動植物や昆虫と一緒の姿。

石井柏亭 「東京十二景」からも四点。
名所とその地の芸妓と。
・向じま すっきりした女、コマ絵は川向こうの様子。
・赤さか 桐の木のコマ絵。江戸時代からまだ続いて存続していたのか。
・浅草 芸妓が鼓を調節中。コマ絵は鐘堂。
・日本ばし 煉瓦のビルも見える。

深水も「新美人十二姿」から四点。
・口紅 じっ と止まる手と口元の一瞬の緊張と呆然。
・雪の夜 耳隠しの若い女の傘。深水は女と傘の取り合わせが好きだ。
・おしろい 大きな、とても印象的な目。
・春近き思い 可愛いなあ。

小早川清 「近代時世粧」はこの千葉市美で知ったシリーズだった。
1999年から五回にわたって続いた「日本の版画」展で見たときからずっと好きだ。
・ほろ酔ひ これがいちばんよく知られている。ダンサーらしき女の表情がいい。
・化粧
・爪 鬱屈したようなまなざし。同人作家の犬本さんの描くLやEもこんな目をしている。
・瞳 目の下のシワがはっきりしているのがつらいなあ。

恩地孝四郎 「今様婦人八態」の内から四態。
・鏡 合わせ鏡。
・珈琲 横顔がいい。
・湯上がり 背中。
・新聞
ほかの四態の画像は東博で得たと思う。

肉筆画をみる。
大きな美女・小さな美女
このタイトルは何なんだろう。

森広陵 逍遙 中華美人。百合がある。

横尾芳月 線香花火 室内で遊ぶ。わたしは外でしか花火をしないが、線香花火を室内でする絵は案外多いから、かつては香炉でするというのがふつうだったのだろうか。

和蘭陀土産 花魁と時計。この絵も好きなのだが、画家本人からの寄贈だったのか。
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小早川清 赤いドレス 黒きつねらしき毛皮をまとう豪奢な女。その彼女が寛ぐ。

鏑木清方の大正半ばから昭和半ばまでの絵が数点。
・薫風 紫陽花が背後に。
・葛葉 踊る葛の葉。
・夏の雨 色の薄さがさわやか。
・春の野遊 草を摘む。奈良時代からの女たちの楽しみであり仕事でもある。

伊藤小坡 立美人図 菊を見返る美人。

梶原緋沙子 梅薫る 優美な良さがある。

特集「夢二式美人」の衝撃
明治末の画集から昭和初期の「婦人グラフ」までの書籍や口絵が集まる。
弥生美術館や夢二郷土美術館で見ることの多い夢二だが、こうして版画のよいのをコレクションする千葉市美で会うと、また違うときめきがある。

近松の女たちを描く
木谷蓬吟が編集した「大近松全集」の口絵が集まっている。16巻の内から8巻分。
契月「小春」、翠嶂「錦祥女」、耕花「関の小萬」、三郎助「おさん」、
中沢弘光「松風」、成園「夕霧」、松園「雪女」、石川寅治「虎御前」。
園田女子大の近松研究所で今年はこの口絵の展覧会が三期にわたって開催された。
当時の感想はこちら
中期
後期
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最後にあぶない絵が現れた。

ひそやかな集積 ー橋口五葉の素描より
髪を洗ったり、といたり、化粧したりといった日常的な姿を見せるのだが、どうも空気があぶない。
これは福富太郎のエッセーで見た五葉の春画を思い起こさせるではないか。
どきどきしたなあ。
たまにこういうのに出会わないと、停滞する…

凄いおねえさん方に会えて嬉しかった。
12/17まで。

万葉植物園逍遥

過日、秋の美を見せる万葉植物園へ出向いた。
奈良&斑鳩1dayチケットで割引になったのも嬉しい。

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池もある。
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歌碑がいい。
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ちょっとずれてしまったが、パノラマだと思ってください。

せり 食べれるせり?
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受付の方と盛り上がりました。

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今度は早春に行こう。

北野恒富展へ行く

特に好きな画家だが、人前であまり名を挙げない画家が数人いる。
吉田博、加藤まさを、北野恒富などである。
理由は簡単で、今の世にあまり知られていない人々だからである。
彼らの魅力を説明するには作品が世に出回っていない・認知度が低いということからの回避である。
ただ、吉田博は近年になり大きな回顧展があり、好きですといいやすくなった。
北野恒富もその作品を知っていそうな人の前ではこのときめきを曝け出すのだが、これまではなかなかそんな機会に恵まれてこなかった。
ただ、名を知らずともその作品を見ている人は少なくない。
没後何十年か経っても作品が魅力的だから活きているわけだが、圧倒的に知名度が足りないのが惜しい。
今年、あべのハルカスと千葉市美術館とで大きいな回顧展が開催されることで、彼への認知度・好感度が上昇することをとても期待している。

わたしはハルカス、千葉とどちらも見に行った。
そのチラシをまず挙げて行こう。
ハルカスには二種あった。
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この「ほえかご」とは6月末の大阪の夏祭の始まり愛染祭で南地の芸妓・舞妓さんを載せてあの界隈を練り歩くもの。
カイラシイ(可愛らしい)舞妓さんが担がれているのだ。

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大阪の夏のある夜、上のところの物干し台で星を見る若い女。着物にも帯にも☆。
大阪市立美術館を代表するべっぴんさんの一人。

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「悪魔派」をクローズアップする。「墨染」桜の精。「関の戸」の小町桜と大伴黒主のやり取りが浮かんでくる。

三枚のチラシそれぞれ北野恒富の紹介文が違うのも面白い。
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若いうちからの作品が集まっている。
文芸性が背景にあるものが少なくない。
やはりよいのは大正期のもの。
この対ものなど特に好きだ。
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ああ、ねっとりしている。赤と黒の美。

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道行 頽廃的な魅力が横溢。ここには挙げていないが、左には烏の姿もある。
男と二人死に向かう身の陶酔と共に無惨な死骸をも想起させる作品。
もう果ての涯まで行った後なのだ。

チラシになった墨染と並ぶのが淀君。大坂城落城の最中の様子。
恐ろしい顔をしている。
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辻が花や絞りの豪奢な着物を無数に持っていただけに、最後のこの装束も優美ではあるが。

舞妓ちゃんの可愛らしさを表現したものがとても多い。
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鏡見ながら紅をなおす。可愛い喃。

少しずつ画風も変わってくる。
先の「星(夕空)」頃になると様式美を体現したような慶長美人の絵も出てくる。

そして浪花の姉妹を描いた名品が現れる。
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いとさん こいさん
姉と妹の立ち位置の違いがよぉわかる。

今回の展示では広告ポスターも充実していた。
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巨大な菊正宗の原画もポスターもあり、見比べる楽しみもあった。

ほかに彼の弟子たちの美人画もある。
島成園、木谷千種らの作品である。
どちらもわりと展示機会の多い作品が出ている。
小さい女の子のかなしさ・せつなさを描く「祭のよそおい」
祭の喧騒を描く「をんごく」などである。
他にもまさかの樋口富麻呂、久しぶりの中村貞以、生田花朝らの絵もある。

恒富による谷崎の「乱菊」挿絵も出ているのは嬉しかった。
しっかりした線で動きの鋭いのを活写する。かっこいい挿絵だった。


こちらは以前からわたしのブログで挙げている恒富作品。
無論展覧会にも出ている作品を主にしている。

「七夕 2010」に集めた画像の中には恒富のそれが加わるが、左右どちら向きのもあるのがいい。
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静岡県美での「七夕の美術 日本近世・近代の美術工芸にみる」展にこちら向きのが出ていた。
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舞妓
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2015年の東近美で2月にみた近代日本洋画と日本画には緑に染まる中でカメラをいじる舞妓さんを描いたものが出ていた。
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アップにすると真摯な目つきや指先がみえる。
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ポスター芸術ではこのような作品がある。
商業芸術として描かれた美人としてこんなチラシもある。
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電鉄時代の幕開けと阪急百年
阪急の路線図を描いた団扇を手にする美人。
箕面有馬電気軌道時代のもの 
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ほぼ同じポーズの絵もある。

髙島屋のポスター
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「日本のアールヌーヴォー 版画、ポスター、挿し絵を中心に」展にも出ていた。

クラブコスメチックスの「ポスターグラフィックス」 展には「朝のクラブ歯磨き」が出ていた。
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二年前に大商大商業史博物館で恒富の展覧会があった。
「北野恒富と中河内」

「なにわユーモア画譜」
この娘を見たとき、中村大三郎の娘とも共通点があるのを感じた。
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森村泰昌新作展「絵写真+The KIMONO」
森村泰昌による北野恒富オマージュ作品はこちら。

心斎橋 きもの モダン 煌めきの大大阪時代
この展覧会の時には前掲の成園、木谷千種らの絵と共に「いとさん」など数点が出ていた。

知と美の集大成 関西大学所蔵名品展
この展覧会にもいくつか。

ハルカスの時に恒富死後の弟子たちの話を書いた読み物を手に入れたが、千葉ではみつからなかった。
なかなか興味深い話が書かれていた。

千葉ではほかに所蔵品の近代美人画を集めたものを展示していた。
これがもうそれだけで十分凄いので、いつか別に記したいと思う。

この展示を機に多くの人が北野恒富ファンになってほしいと願っている。

装いの上海モダン―近代中国女性の服飾

関西学院大学博物館へ「装いの上海モダン―近代中国女性の服飾」展を見に行った。
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数年前にはブリヂストン美術館で「描かれたチャイナドレス─藤島武二から梅原龍三郎まで」展を見た。
当時の感想はこちら

あの時にチャイナドレスとは清朝のつまり満州族の婦人衣服を基にした新しい衣服だと知った。
支配者である満州族の旗人(用語解説はこちらへ)の「着る長い上着」から「旗袍」と呼ばれるようになったが、それらは「旧式旗袍」であり、チャイナドレスそのものは単に「旗袍」と言うそうだ。これは時代に咲いた服飾であり、実質ほんの30年ばかりの華やぎではあるが、今もモダンな中国美人の衣装と言えばこのチャイナドレスがすぐに思い浮かぶくらい、インパクトがある。

わたしなどは中国の歴史を知らない子供の頃、チャイナドレスと辮髪が漢民族のものではないことを知らず、三国志の人々の様子と近代の差異とにアタマがよく混乱していた。
無論時代の流れということはわかってはいたが、本当に理解したのはやはりきちんと学んでからだった。
なんにせよ理解するには学ぶことが必要であり、それはとても大切だ。

展示室は時計台の二階にある。
素敵に旧い建物で、ひずみガラスには緑の色が反射している。
その中でまず1910―30年代の中国のニュース映像資料をみる。
わたしがいちばん憧れた時代の上海の風景や流行の映像や画像が流れてくる。
「大世界」の繁栄、四馬路、虹口の喧騒、外灘のかっこよさ。
女性たちの社会進出はまず電話交換手から。
ときめくなあ。

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ずらりと並ぶ美麗なチャイナドレス。
襟元の花釦の工夫なども楽しい。
一見地味に見えるものが実は途轍もなく手の込んでいたものだったり、おしゃれな人の極意を目の当たりにしたりと、とても貴重な示唆を受けもした。
布地の変遷も嗜好の流行も面白く、服に合わせた装飾品もとても魅力的だった。

目立つおしゃれもいいが、細部に凝るところもいい。
この他にもイアリングとピアスの綺麗なものが並ぶび、欧州風のスタイルから中華の伝統を潜ませたものまでさまざまな表現にときめいた。

広岡今日子さんというコレクターの方が熱心に集められたコレクション。
素晴らしいものをよく集められたと思う。
いいものを見せてもらい嬉しかった。
12/16まで。

「江嶋縁起」をみる

遊行寺宝物館の展示はこれまで数度見ているが、いつもいい。
いいから行くのだし、行って満足するからよけいに期待する。
今回は「江嶋縁起」とある。「えのしま・えんぎ」である。
藤沢から江ノ電なり小田急なりで4kmばかり先の海上の島・江の島に伝わる創生伝説の展覧会だった。
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「江島辨財天 遊行寺宝物殿に降臨!」とある通り、龍に乗ってこのお寺へ来られた。
弁天さんだから15童子も一緒で、チラシには二人がいる。他に働く鬼たち。
これは「江島縁起」(江島神社本)の第二巻第一段・弁財天降臨の場の一部。
チラシの上部にずらーっとあるのを挙げる。クリックしてください。
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ここの縁起を原文から読み解くが、わたしの読解力不足で多少つながりの悪い理解になってしまった。
それでも一応こんな感じの話らしい。

古代、悪行の限りを尽くす五頭龍が鎌倉界隈を暴れまくっていたという。アタマが5つあるから五頭龍、9つあれば九頭竜。
さてその五頭龍は鬼を手下に好き放題して人々を流したり人食いもする。
絵には桶や臼が流されている。
腰越の地名由来もこの伝説から来ているらしい。
秋、鹿たちも龍をみる。鳥のつがいも嫌な感じだとみている。
この悪龍はなんと長者の娘16人も食ったそうだ。人身御供でそれだけの娘が喰われているのだ。

ところでなんにもなかった海上に突然島がつくられた。
時は欽明天皇13年(552)、15童子を連れた天女が様々な神々・夜叉羅刹ら共々いきなり一晩で江ノ島を拵えた。
人間界ではこの年、任那復興をめざして欽明天皇と百済の聖明王が色々引き続き協議していたが、まずい時期に差し掛かり、百済軍が平壌を放棄して敗走したのだった。
人間界の事情はどうでも、とにかくこうして島が出来た。
この天女は弁財天で、とても綺麗な女神さま。
それに一目ぼれする五頭龍。臆せずプロポーズに行く。
「愛れんをたれてこの心さしをとけしめんよとありければ天女たやすくたくしたまへり」
この悪龍めが叱りつけられ、いっぺんで改心する悪龍。
この対話で関係が決定する。悪龍は心を入れ替えてヒトのために働く。
そして誓いが破られることはなく、やがて最期に山となる。「たつのくち山」。

699年には役行者も島へ来る。前鬼後鬼にセイタカ・コンガラの2少年を連れて。
そして泰澄大師と龍口明神の関係。
逆賊は斬首されてそこに掲げられるようになったそうだ。
天平年間、道智法師のミスで龍のしっぽに糸を付けてしまい、叱りつけられ、「島に藤は咲かず坊主は住めず」ということになる。

江島本は狩野派の絵、岩本院本は素朴な絵。
その岩本院本の5巻では慈覚大師も登場する。弁天の顕現に遭い、立派な像を拵えたという。

何百年にもわたり弁天さんの奇瑞は続く。ダイナミックで面白い縁起だった。

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クリックしてください。

展示は他に弁財天15童子図、白山曼荼羅もあった。
白山信仰は泰澄大師のゆかりによるもの。
むろん一遍上人の縁起絵もある。龍口の場面が描かれている巻が開かれていた。

浮世絵もある。
三世広重が背景を・国周が人物絵を担当した「東海道一目千両」の弁天小僧の絵。
弁天小僧は芝居の台詞にあるように元々は岩本院の稚児上がりなのだ。

他にも色々と興味深い展示があり、とても面白かった。

いつか行きたいものだと常々思っているがなかなか江の島へ行けないままだ。
お友達のえびさんと約束しているので、いつかは行けるだろうと思ってはいる。

12/18までの土日月開館。なおスタンプラリーも開催中。
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「ガラスの仮面」原画展

美内すずえ「ガラスの仮面」は連載40周年を迎えたそうだ。
夏に銀座松屋で原画展があり、今は京都の美術館「えき」で開催中。
もう本当に滾る。
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わたしは「ガラスの仮面」以前からの美内すずえファンだ。
小学校に行く前から別冊マーガレットでホラーもの・ヒューマンもの・冒険ものをワクワクドキドキしながら読み続け、今も初版か二版くらいの集英社版コミックスを大事に読み続けている。
実際ぼろぼろになった本も多い。
「ガラスの仮面」も集めていたが、大半は妹が持って行ってしまった。
わたしが「ガラスの仮面」を発見したのは「たけくらべ」の話の時だった。
それ以前、別マガで読み耽っていたのに、今どこへ行ったのだろうと幼心に心配していたわたしは、「花とゆめ」でマヤちゃんが「わたしは美登里になれない」と泣いているシーンを見て「あっ美内すずえだっ!」と歓喜した。
「花とゆめ」ではもう本当に「はみだしっ子」に熱狂したが、しかしそれだけでなく「ガラスの仮面」そしてやはり別マガ時代からのなじみ和田慎二の「スケバン刑事」にも夢中になった。
小学生の低学年頃から既に現在と変わらず熱狂体質で、一度好きになったものを捨てることのない性質なのは良いことなのか良くないことなのかはわからない。
だが、この性質のおかげで、40周年を迎えた「ガラスの仮面」を愛し続け、何度でも再読し続けることが可能なのも事実だ。
実際、先週も任意の巻を少しばかり読み耽ったし、別マガ時代の「パンドラの秘密」も再読した。

例によって前書きが長くなったが、わたしは昂揚しながら「ガラスの仮面」展に進んでいったのだ。
前日、偶然ながらTVで美内さんご本人が海上で作品の説明をするというのをみた。
朝の情報番組でのことだ。嬉しかったなあ。
そこでいろいろ知ったこともあり、それを心に載せて会場へ入っていった。

真澄さんの心の声が壁面に記されている・・・!それだけでまず滾る。
ドキドキしながら進むと、物語の冒頭へ迎えられる。
そう、マヤちゃんは13歳の横浜の少女だったのだ。

「若草物語」でマヤちゃんは3女のベスを演じるのだが、わたしのなかで印象深いのはピアノの稽古を桜小路くんの自宅ですると、彼の母たちから嫌がられ、嫌味を言われるところだった。
今回はそれは出ず、猩紅熱にかかったベスがベッドからずるずると身を落としながら「野ばら」を歌うシーンだった。
実はこのシーンこそが美内さんの絵が来たかったシーンで、そこから他に肉付けがされていったそうだ。

1シーンを描くためにその前後が全体が生成される、ということが多いそうだ。
「ガラスの仮面」展の紹介で美内さんが紹介されていたのは他に2シーン。
「ジーナと5つの青い壺」で一人芝居をせざるを得なくなったマヤちゃんの後ろ姿と幕が開けてゆくシーン。
「石の微笑」で人形の役の稽古のために竹の「大リーグ養成ギブス」を嵌めていたマヤちゃん。

こうした1シーンへの執着から物語が生成されてゆくというのは、とてもわかる。
1つのシーン1つのコマから妄想が湧いてゆくのは二次創作の場合でもとても多い。
そしてそのシーンから全体が作られると、それに大いに惹かれもするのだ。

「ジーナ」で思い出すことがある。
仲良しでライバルでもあった和田慎二が、マヤちゃん暗殺計画をスケバン刑事・麻宮サキが阻止するというコラボ作品を描いた。
一人芝居でマヤちゃんが犯人と戦う背後でサキたちが犯人逮捕に奮闘するのだ。
そしてついに捕まえた犯人はなんと!サキの永遠の宿敵・海槌麗巳ら海槌3姉妹の腹違いの姉・美内すずえだったのだ!!!
あれは楽しかったなあ。

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物語のハラハラするシーンのいくつかが出ているが、本当に「大河ドラマ」だと改めて思い知らされる。
もともと美内さんは和田さんと並んで少女マンガ界屈指のストーリーテラーなのだ。
日常の淡々とした作品はごく初期をのぞいて描かないが、波乱万丈の物語を大きなスケールで描き続けてきた作家。
読むと必ず主人公の明日を応援したくなる。

「ガラスの仮面」では様々なお芝居が出てくるが、中でも「二人の王女」は劇中劇とは言いながらも素晴らしい構成で、これは別マガ時代の名作群を思い起こさせてくれる。
「王女アレキサンドラ」「帰らざる氷河」などの系統に属する物語として。
演技を見る、というよりどうしてもわたしなどは物語として読んでしまうので、本当にこの「二人の王女」は面白くて仕方ない。
ただ、「演技を見る」ということを主目的とするなら、本来の役を変えたので見てみたいとは思っている。
作中では春の陽気を体現するアルディスがマヤ、冬の凍気を体現するオリゲルドが亜弓というキャスティングで、一見したところは逆だと皆が言う中、月影先生がこの配役を推す。
しかしその性質を考えると、この配役はとても自然なものなのだ。
貧しくてもマヤちゃんにはある種の明るさがあり、友人も多い。
優雅であり、取り巻きも多いが本当の友人のいない、王者の孤独を知る亜弓さん。
月影先生はその本質を鋭く読んでいてこの配役を決めるのだ。
だからこそわたしは本来とは逆の性質を表現しなくてはならない、マヤ=オリゲルド、亜弓=アルディスを見たいと思うのだった。

紫のバラの人コーナーがあり、真澄さんの心の変遷というか、恋の目覚めと自覚が紹介されている。
ああ、本当にドキドキする。
わたしはマヤちゃんと真澄さんが幸せになってほしいと思うのだが、こればかりはどうも難しい気がしている。
いくら「魂の片割れ」であろうとも…

そういえば大昔から美内作品でラブシーンと言うのはキスまでというのが9割だった。
というより、ベッドシーンは若かりし月影千草と一蓮のただ一度のそのことだけではないだろうか。
他に思い出せないし、ないと思う。
ただし真澄さんからのアプローチにマヤちゃんもそのことをはっきりと予想して、ドキドキしている。
いいなあ、こうした純愛にこちらもドキドキする。

見どころの多い作品だけに次から次へと「事件」が起こり、そのたびに読者はハラハラする。
面白くて仕方ないから出なくても待ち続けるのだ。

「ガラスの仮面」以外の作品も少しばかり紹介されている。
絵柄は確かに旧いが、しかしいつの時代に見ても面白い作品ばかりだ。
「孔雀色のカナリア」「金色の闇が見ている」「13月の悲劇」「王女アレキサンドラ」「魔女メディア」「黒百合の系図」「妖鬼妃伝」「アマテラス」…
中でも「黒百合の系図」はわたしが初めて「LaLa」を読むきっかけとなった作品だが、いまだに本当に怖くて怖くて…
山岸凉子・。美内すずえ、このお二人のホラーものはもう本当に怖くてトラウマものなのだった。
それでも美内さんのホラーにはまだ救いがあるのがいいのだが。

写真撮影コーナーもよく出来ていた。










展覧会の最後に美内さんのメッセージがあった。
「ガラスの仮面」の最終回を必ず世に贈るという力強い意味のことが書かれていた。
信じたい。そして待ちたい。

場外では「紅天女」をマヤちゃん亜弓さんどちらがいいか投票があった。
わたしはむしろ「紅天女」をマヤちゃん、「阿古屋」を亜弓さんがした方がいいのかもしれないとかんがえている。
あの役を一人で演じきれるのはやはり月影先生ただ一人だとも思うのだ。

12/25まで。


「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」を旅する

世田谷文学館で「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」展が開催されている。
先年、金沢の鏡花記念館でも澁澤龍彦の展覧会を見たが、感想を挙げられなかった。
今回は何とかまずいながらも感想を挙げたいと思う。
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わたしはツイッターでこのような感想を挙げた。
「全体の構成が良く、澁澤の宇宙に自分も紛れ込める錯覚が起こる。
始まりに「円環」の意図を示すために最後の小説「高丘親王航海記」終焉の「頻伽」草稿が現れ、そこから長く深い旅を始め、最後に親王の決定稿に逢う。豊かな想いを得る展覧会だった。」
実際その通りだった。今再びあの展覧会を想うと、様々な良い感情が浮かび上がってくる。

前述のとおり、展示の始まりは完結した遺作「高丘親王航海記」の最終章「頻伽」からだった。
最後から始まり、最後の始まりへ向かう。
とても好ましい旅だ。

個人的なことを言えば、三島由紀夫「豊饒の海」をこの展示と同じ形で読んだ。
シリーズ最終巻「天人五衰」を読み終えてから最初の「春の雪」を読み始め「奔馬」「暁の寺」へと読み進め、再び「天人五衰」へと向かった。
まれにこういうやり方をすることがある。
そしてそれは他の本を読むときよりもなお印象が深くなるものだ。
この展示もそれと同じ形をとっていることで、わたしの中ではとても印象が深くなった。

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「高丘親王」の草稿を読むと、いくつかの違いというか、歓声へ至るまでの変化と至高の変遷がみえて、とても興味深い。
大きな変化でなくとも言葉が足されたりするのを見ると、その推敲の尊さと言うものが身に染みる。

たとえばスマトラに到着した親王らの行動にそれはあらわれる。
そしてそれを読みながらじわじわと汗が抜きでたように感じる。それはその地の湿気がこちらにも届いたからだった。
最初の段階からの変遷はとても尊い。

小説は彼一人のものだとしても、装幀はそうではない。
キルヒャーの著作の中から作品世界に合う絵を探し出し、更に澁澤本人の描いた地図がそこに加わる。
やがてそれらが一体化して本と言う体裁になる。
単行本も文庫本もどちらも魅力的なこの「高丘親王航海記」に溺れる人が多いのも当然だった。
何もかもがどこもかもがとても手の込んだ一冊になっている。
そしてそのことについて「花嫁衣装と死に装束とを一つにした装幀」だと装幀者は言葉を残している。


中西夏之のオブジェがある。
コンパクトなオブジェはしかしその中に澁澤龍彦を魅了するモノたちで満たされ充填されて、隙間を見せなかった。

オブジェはまだある。
1971年の旅で手に入れたイラン製のアストロラーベである。
二つのうちの一つがここにあった。
このことを心に留めておく。

年代順の展示が始まる。しかし年代順と言うのはここだけの話で、あとは違う。
展覧会の監修を担当した巖谷國士氏がこの会場を宝石箱のように展開している。
わたしたち観客はその煌びやかさに酔い痴れるばかりになる。

吉行淳之介との交友の軌跡を見る。そこに彼が働いていた「モダン日本」の名刺と逸話がある。
その時期に「サド侯爵の幻想」なる一文を三田文学に寄稿したが掲載されなかった。
…それはもしかすると(たぶん、ぜったい)早稲田大学の論文用紙で書いたからではないだろうか。
そんなことを妄想するのも楽しい。

展示室の普段は横溝正史の作品が集まる位置に澁澤の盟友・土方巽の葬儀での関連資料があり、変わった声で弔辞を読む音声が響いていた。
文字通り「変わった」声だった。
生前の元気なころの澁澤の声などは知らないが、それであっても聴こえてくる声はなんとなく変だった。
結局それが澁澤の病の現れだったのだが、この時点ではそれは誰も知らないことだった。

澁澤と友人たちの資料を見るが、本当に魅力的な人々ばかりで、澁澤を好きな要因の一つはこの交友もあることを想う。
途轍もなく好きな石川淳の直筆もあれば、池田満寿夫の作品もある。
むろん金子國義も四谷シモンの作品もまた。

作品の一節が選ばれて紹介されるコーナーで「フローラ逍遥」にある梅の話をみる。
そこに「的礫」の語を見出し、この言葉を最初に知ったのは何からだったか考えた。
もしかすると横溝正史「蔵の中」のラストシーンかもしれない。
それとも芥川の「芋粥」だったか。
わたしは澁澤の遅れた読者で、彼の著作からこの言葉を拾うのは、大人になった後だった。
だがなんとキラキラする言葉だろう。
澁澤がその言葉を使うことで本当に言葉が煌めいている。

澁澤の著作の中での美術の紹介は、単にその作品の魅力を語るものではなく、読者により深い欲望を齎すものだった。
キルヒャーやピラネージの描いた版画の世界へ澁澤の先導もしくは煽動で入り込んだわたしたちは、全く未知の地がまだあるような錯覚を持たされるのだ。

実際に展覧会に行くようになってから改めて澁澤の本を読むと、彼がいかに優れた先達だったかということを思い知らされる。
よくこの人が世にいてくれたことだと思う。
「クラナッハ」も「ルドン」の黒も「アンソール」もみんな彼が教えてくれたのだ。
だからわたしは彼らの作品をみる時、いつも心の隅で澁澤ならどういうだろうかと妄想する。

写真や再現ものをみる。
応接間と書斎の再現が素敵だ。
加山又造さんの烏の絵も魅力的だ。

「うつろ舟」「唐草物語」の紹介がある。
「菊燈台」が出ていた。これはわたしにとっては山口晃の描いた美少年が思い浮かんでくる。
とても美しい少年だった。
そしてわたしはあの絵を想い、心の中で二次創作に奔るのだ。

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澁澤の旅が紹介されている。
様々な絵ハガキがある。
ローマの骸骨寺、チボリの不思議な公園が特に魅力的だった。
そして澁澤と奥さんや友人のスナップ写真。
御所の近衛桜と共に写る澁澤はとても綺麗だった。
それから旅のノート。
充実したノート。そこから作品に結実する過程を想うだけで滾ってくる。


澁澤の所蔵していたレコードがあった。
「ブリキの太鼓」のサントラアルバムがあるのは嬉しかった。
あれは澁澤ではなかったと思うが、モーリス・ジャールのこの仕事を褒めた一文が蘇ってくる。
それは皆の共通認識だと思う。だから澁澤もこのアルバムを入手したのだろう。
わたしも数え切れないくらいこのサントラを聴き続けている。

シャンソン、「嘆きの天使」、一昔前の欧州の音楽。モーツァルトもまた。
澁澤が1974年にマレーネ・ディートリッヒのコンサートに行ったことを思い出す。
これは児井英生も書いていた有名な話だが「また恋したの」を彼女が歌い終わった直後に、最前列の年配紳士たちが一斉に一輪ずつの薔薇を彼女にサッと差し出したそうだ。その美しい動きに感銘を受けた聴衆。
実際に観てもいないのに、わたしもそこにいたようなときめきがある。
澁澤の持つLPレコードからそんな風にいくつもの物語がこぼれてくる。


短い晩年、かれは昭和初期の子供時代の回想を良い本にまとめていた。
少し後に生まれた久世光彦がその時代について執拗なほどに拘り、夢のように魅力的な時代だったとわたしたちに刷り込んでくれたが、澁澤の遅れた読者であるわたしは久世の後に「狐のだんぶくろ」を読み、昭和の子どもの豊かさに改めて惹かれた。
20年来わたしは弥生美術館に通い続けているが、それは大正から戦前までの文化に惹かれているからに他ならない。
そしてそれは久世や澁澤の示してくれた途なのだった。

昭和初期の子ども・澁澤龍雄くんが妹たちと一緒に写るモノクロ写真、国立科学博物館の古い絵ハガキ、古い勇壮な歌。
わたしの好きなものがそこにある。


ついに最後の場へたどり着いた。
「高丘親王航海記」に再び戻ったのだ。
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「蘭房」「蜜人」といったタイトルの漢字を見るだけで現実から遠い地へ飛ばされてゆく。
決定稿を読みながら親王の死とその遺骨の形容、実際の澁澤の死因が混ざり合うのを感じる。
そして視界の端に大型のアストロラーベが映る。
ああ、これがあれか。
二つのうちの二つめ。
旅は円寂したのだ。
しかし「ドラコニアの地平」はまだまだ開かれていて、新しい読者をこれからも生み出すだろう。

12/17まで。

「岡本神草の時代」展に溺れる

京都国立近代美術館の「岡本神草の時代」展もいよいよ12/10まで。
次は千葉市美術館に巡回する。
その千葉市美術館ではあべのハルカスから巡回した「北野恒富」展が開催中。
京都と大阪の艶めかしく妖しい美人画が関東へ向かうのだが、既に北野恒富展は好意を向けられている。
神草もそうであればと願う。

これまでも国画会などで活躍した美人画家の展覧会はあった。
1993年には甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)の回顧展があり、あの当時「・・・よく国立で!」とそのことに胸がざわついていた。
1990年には「女人讃歌 甲斐庄楠音の生涯」を読んでいて、いつか展覧会があればと思っていたが、まさかの国立での開催で本当にびっくりした。
あの時は向かいの京都市美術館ではルノワール展が開催中で、あちらは大盛況。
わたしは比較的静かに甲斐庄楠音展を見た。
その時には岡本神草の「拳を打てる舞妓」の存在は知っていた。1985年に発見されたとき、新聞で見た記憶がある。
ただし、本当に見たのはもう随分と後の話。

朝の間に和歌山で清姫を見てから京へ出て岡本神草展を見た。
なんとなくつながりがあるようでないような廻り方をしているが、この日は他に国吉康雄と石垣栄太郎展、国宝展と見ているので、別に意味を持たせることはない。



岡本神草展は280字以内で言うとこんな感じである。
「大正ロマン」とかそんなスィートな言葉が逃げ出しそうなネトネトぶり。 夢二の模写もあるけど、総体的に京都のこの時代の若い画家たちが本当に官能的な作品を描いてて、喉が苦しいくらいだった。描かれた女と情交中、な感じが、凄くキタ。
こんなあぶないのを見てそのままでいられる筈がない。図録買ったが、見る最中に「手に入れないとダメだ!」と意味不明な強い欲望に支配されていた。
93年か甲斐庄楠音展をここでした時も思ったが、やはり神草展にもヤラレた。京近美、凄い。

いやもう本当にあぶない絵だった。
そう言えば夏にニュースでえらいものを見た。
都内の外人向けホテルのベッドに岡本神草の「拳を打てる舞妓」が描かれているのだ。
・・・なんか凄まじい部屋やな。
正直な話、これと甲斐庄「横櫛」と清方「刺青の女」などはどう見ても大正のあぶなゑではないか。本当にあぶない。

とりあえず若い頃の素描や夢二の美人画の模写などから始まる。
この時代の夢二人気の凄まじさはちょっとやそっとではない。
川西英も模写したし、切り抜きコレクションもある。
神草が模写するのも不思議ではない。
しかしその模写の隙間というか、文章で言うなら行間からも神草の官能性が滲みだしている。
同じお仲間の村上華岳、秦テルヲは官能性を遂に仏性へ変換されたが(昇華、とは言いたくない)、神草も甲斐庄もそうはしなかった。

ねとねと、べとべと。
匂いまでしてきそうで、まことに艶めかしく、そして退嬰的で、それがたまらなく魅力的だった。魅力的ではあるが一方で酷い疲労感が全身に行き渡っても来る。
それは見る側にも問題があるのかもしれない。
そんな反省めいたことを考えてしまうのも、つまり人前で見ていてはいけないものを見ている気がするからだった。
いや、こちらが反応するのが・・・反応せざるを得ないのだ、彼の絵は。

とはいえ全編にそうした官能の匂いがまといつくかと言えば、ところどころにそうでもないものがある。
それはたとえば「お貞子ちゃん写生」シリーズである。1914年に知人のわんこを熱心にスケッチしていて、それが可愛くて可愛くてならない。
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舞妓の絵が多いが、「天使たれ」と育てられるという言葉はやっぱり作り事で、どの娘もみんな当時の同世代の娘らよりも深い淵の水を飲んだ顔をしている。
しかしこれも神草の意図によるものかもしれない。
大体どの絵にもその草稿や下絵が一緒に展示されていて、そこから完成への軌跡が見えもする。
しかし最初の段階から既に官能性豊かに見える作品は、何をどう取り繕ってもやっぱり甚だしく艶っぽい。
それも明るいものではなく、薄ら寒いような何かが伴う。

若いうちにたくさん描いて、未完成のまま早死にをすると、どうしても目は初期の頃の官能性豊かな作風が当人の持ち味でしかないように、思えてしまう。
そしてその頃の作品の方が作者のエネルギーを十分に見せている。

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同時期の仲間たちの絵も共に展示されている。
京都ではたまに見ることも出来る絵が多いが、それでも初対面のものも少なくない。

板倉星光 王妃 チラシの左下。このヒトの方がむしろ神草よりあぶない絵が多いかもしれない。
古代の中国の王妃らしいが潜んでいる奸佞邪知な性質が表にのぞいた一瞬を捉えたようで、なかなかにコワイ。

稲垣仲静 太夫  これもチラシだからまだいいが、本物の前に立つと毒がこちらに来そうで退いてしまう。
島原の太夫(こったいさん)がにんまり笑うが、これは昔アカアカとした照明がない時代の人だからよいものの、今なら本当に喰われてしまうような気になる。

甲斐庄の横櫛は数点あるが、これは京近美の。国画会の展覧会ではこの絵葉書が一番よく売れたらしい。
国画会のメンバーは大体が関西人だったが、中に佐渡島出身の土田麦僊もいた。
前述の「女人讃歌」にもあるし有名な話だが、その麦僊が甲斐庄に言ったのが「穢い絵は困ります」だった。
「穢い」である。「汚い」ではない。
久世光彦は著書「怖い絵」の中で、甲斐庄の絵は死姦する目で描いたものだったのでは、と言う意味のことを記していた。
この国画会のメンバーの絵は大概が大なり小なりそうした厭らしさがあったように後世のわたしなどにも思われる。
むしろ麦僊の絵にはよく言えば「清楚な色気」はあっても、関西の地の底に這いずる廻る官能性というものはなく、他国ものであるがゆえに、その厭らしさが鼻についたのかも、しれない。
しかしよくも言えたものだ、そうした辺りが麦僊の嫌らしさなのだが。

玉村方久斗も以前にここで回顧展があった。彼の絵も不思議な面白さがあるが、やはりどこかにねとねとしたものがある。
こうして考えると、京都で修業した若い画家たちの絵の方が、大阪の画家たちよりずっとねとねとして、えろいのだ。

大阪には女性の画家が少なからずいて、ゆとりのある家では絵を描くのも教養・修養の一つや、という感性があった。
絵で食うというのが少なかったから、逆にそうなったのかもしれない。
大阪はなんだかんだいうても何もせんでも生きて行けた。極論かもしれないが、これは間違いではない。
しかし京都はそうはいかず、だからこそ職業として絵師を選んだ以上は必死で生きぬいた。
新しもの好きとは言うても本質的に保守的である風土、そこでの風当たりの強さを思う。
女性である松園さんの世界観と国画会の世界観が異なるのは当然なのだ。
松園さんは官能性を切り捨てた。
彼らの描く絵を見て、画学校でなにを学んでんねんこいつらは、くらいのことは思っていたかもしれない。
京都では学校教育以上に画塾の教育が大きかった。
画塾と画学校とが結びついてもいた。
しかしこの国画会のメンバーは画塾との縁は持たなかった、と言っていい。
その分の新しさがあり、そしてそれが官能性の発露になったのかもしれない。
そんなことを考えながら彼らのゐた時代、その作品を見て回つた。

コレクション展もよかった。



大正期の契月の艶めかしさ、好きだ。

























千葉ではまた違う感想を懐くかもしれない。
京国立近代美術館で見た感想には、所蔵品の影響が絡んでいる。
千葉では千葉の所蔵品を見ることになるから、それでまた違う方向へ導かれるかもしれない。

表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち

汐留ミュージアムで「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」展をみた。
カンディンスキーが完全に「カンディンスキー」になる前の「青騎士」時代の作品は以前に三菱一号館で見て、深い感銘を受けた。
カンディンスキーと青騎士展 感想
それを思い出したのはこのチラシを見たからだ。
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絵の具の調和と乖離と。とても魅力的だった。

1.カンディンスキーとルオーの交差点
汐留のコレクションだけでなく、姫路市美術館の國富コレクション、出光美術館、宮城県美術館など名だたるところから名品が集まっていた。特にクレー作品は宮城県美から大量に来ている。

ルオー 町外れ 1909  既に暗い。絵も情景も時間帯も。

ルオー ギ・ド・シャラントネー 1903-09  人形のような少女に見えた。いや、少女人形と言うべきかもしれない。生気はないが不思議な実感がある。

ルオー 後ろ向きの娼婦 1905  なかなか扇情的なスタイルというべきか。帽子とソックスだけと言うのもいいな。

ルオー 縁日 1902-1909  なんだか画風が違うね、若い頃のともまた違う。ワイワイと人が集まるのはいいが、これはあれだ、カンディンスキー+デュフィぽいな。
こういうのも描いた時期があったのか。

そして同時期のカンディンスキーの絵が現れる。
カンディンスキー 水門 1902  誰かがその水門の側にいる。秋のある日。何かアクションが起こるのだろうか。それとも。
妙な期待が湧いてくる。

カンディンスキー 商人たちの到着 1905  チラシの絵。人があふれている。不透明な感覚の絵の具がとても印象的。
この絵を見ると七宝焼での不透明釉薬と透明釉薬の混合の結果を思い出す。魅力的だ。
丘の上のロシア式のネギ坊主が可愛くてならない。溢れかえる人々、そしてやってきた船団。
この船の帆のはらみ方を見ていると、ソ連時代のアニメーション「カエルになった王女様」のよう。
もしかすると民族的な意識の共有があるのかも?


カンディンスキー 夕暮れ 1904  これも不透明さが印象的。黒地に浮かぶ空。

ルオー 法廷 1909  法の守り人たちにのみ光が。
これを見て武田泰淳「ひかりごけ」を思い出した。ただし作中では光の輪を持つものたちは…

2.色の冒険者たちの共鳴
クレーが出てきた。可愛い。
抽象表現はわたしのアタマでは理解できないのだが、クレーとカンディンスキーはその色彩表現が好きなので、わりと見るのが楽しい。
抽象表現に詩がカップリングされれば、なお好ましい。

クレー おりたたみ椅子の子ども1 1908  グレー色。可愛いな。

クレー 樹上の処女 1903  形も線もはっきりしているからか、感情までここにあるようで、セガンティーニの女たちがもっと凶悪化したように見えた。

マックス・ぺピシュタイン 版画集「われらの父」1921  木版手彩色の連作。カクカクした版画で、時代もあるのか、ロシアアバンギャルド風。内容は新約のはずなのだが、そうも見えない。

カンディンスキー ファウスト第二部アーリエルの場 1908  顔はよくわからない。色がとても濃い。物語性はあまり感じない。

ハインリヒ・カンペンドンク 郊外の農民 1918  シャガール風な絵だな。

ぺピシュタイン 森で 1919  プリミティブな感じがある。ルソーとはまた違うのだが。

カンディンスキー E.R.キャンベルの為の壁画NO.4の習作「カーニバル・冬」 1914  いよいよ色彩が弾けだしてきた。

ルオー 田園風景 1910-19  両面に絵があるが、裏がちょっとHくさいな。

ぺピシュタイン 帆船 1912  「そして船がゆく」と言う感じ。フェリーニの映画、漱石の「夢十夜」、タイタニック…

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3.カンディンスキー。クレー、ルオー それぞれの飛翔
彼らの作品がそれぞれずらり。

・クレー
ホフマン風の情景 (新ヨーロッパ版画集1) 1921  「砂男」を想ってもいいだろうか。

グラジオラスの静物 1932  水彩だが、熊谷守一的な作品なので、ちょっとびっくりした。

ラトミー 1939  形状を説明しづらい。石切り場の様子らしいが、不思議な形が。

綱渡り師 1923  童画風。だが、落下すればどうなる?

・カンディンスキー
素描がかなりたくさん出ていた。
こうしたものを見るのは楽しい。特に抽象表現をする画家の素描というものは、もしそこに具体的な形のものがあったとしても、それは表層的なものに過ぎず、彼は本当は何か別なものを描こうとしているのではないか、と妄想させられる。

響き 1913 木版画56点入りの本  フルカラーでなかなか素敵だ。

・ルオー
気晴らし 1943  バレリーナたちがいる。ドガとはまた違う。

ウラリー 1939  俯く美人。珍しく厭なものがない、美人。

ソランジュ(顔) 1935-39  ナナメ横顔。こういうのもいい。

辱めを受けるキリスト 1912  黄色い中に一人。

聖書の風景(バレエ・リュス) 1930  「放蕩息子」を描いていた。そうか・・・
この時代のバレエ・リュスの活動を想う。
もうこの時代にはディアギレフもいないのだ。
この展覧会を想う。
「魅惑のコスチューム バレエ・リュス」展 感想

好ましい展覧会だった。12/20まで。

キンダーブックの90年

いつから好きなのかよくわからないが、童画がとても好きだ。
それも戦前の児童向けの読み物や絵本が特に。
なのでこのブログでもしばしばそうした展覧会があると喜々として出かけては時間切れの感想を挙げている。
今回は印刷博物館で開会中の「キンダーブックの90年」展に出かけた感想になる。
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まさにパラダイスだった。

嬉しくて仕方ない。
膨大な数の本が並んでいて、それらがことごとく好ましいものなのだ。
ドキドキする。
律儀にわたしはすべての感想をリストに記していて、読めないくらい細かく書いている。
それをここに再現するのは難しい。
無限に書き続けることになる上、愛情がだだもれ状態になるからだ。
少しずつその時代時代の作品を紹介することにしたい。

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明治の子供向けの本から展示が始まる。
尾竹兄弟がいい絵を提供していた。
国観が鶴を・竹坡が馬の賢さを描く。

巌谷小波の文に武内桂舟の絵の絵本もある。
鹿に乗る王と馬に乗る村人たちの邂逅。
深読みしていいのかよくないのか。

1915年の「日本幼年」所載の絵に海水浴があった。それが地引網をする猫たちの絵だった。
中には魚とタコなどが入っている。猫は擬人化ではなく、どうやらゆるキャラのようだった。
百年前に既にゆるキャラがいたというのは、日本人どこまでやねんという言葉が浮かび、とても楽しい。

ドールハウスの絵もある。既に大正時代には洋物のドールハウスの知識は入っていたのだ。
そもそも日本人は極度に小さいものと相反する巨大なものと両方が好きだ。

キンダーブックは幼児教育を主眼点に置いた本作りをしているので、「お米の巻」「乗り物の巻」などの本だと、それぞれの関連物を描く。
たとえば「お米の巻」で描かれているのは、餅、寿司、団子などの加工品に、正月、炊出しなどの情景。
これで学んでゆくのだ。

本田庄太郎、河目悌二ら童画家の他に洋画の寺内万次郎もいい絵をたくさん提供している。
一方「お菓子」をテーマにした1934年の本では写真も使用。

面白かったのが「犬の巻」。色んな犬の絵が集まるのだが、状況が楽しい。
サンタと犬というテーマで描いたようで、町中の犬が不審者サンタを追跡する・夜通し追いかける・ついに夜が明ける・・・という代物だった。
河目悌二の可愛い絵で話が進む。
犬マンガの巨匠・高橋よしひろもたまにはこうした気楽なのを描いてほしいな・・・

1931年の「歌と踊りの巻」ではまだ三河万歳がいた。現役だったのだなあ。幕末が舞台の「半七捕物帳」には江戸に集まる万歳の風俗やその出会い市場などについて細かに書いた話があるが、この正月の言祝ぎ人たちも昭和の末には絶滅した。
最後の一人について才蔵をした小沢昭一のエピソードが面白すぎるが、それはまたいつか。

時代を痛感させられる本もある。
1931年12月号「兵隊さん」、1933年6月号「マンシウ」。
前者は寺内万次郎の絵、後者は日本と満州の少年少女の握手する絵。・・・五族協和と言う奴だな。

童画の神様・RRR武井武雄もここでいい仕事をしている。
1933年10月号「小さい虫」はやたらとリアルな虫の絵で、ファンタジックさはないが、やっぱりうまい。

面白いのが1934年3月号「アリガタウ」。これは人の生活での便利なものづくしというか、そうしたものを集めている。そしてさらにドラマがある。
アドバルーン、スクリーン、エレベーター、エスカレーター、郵便局、電報、交通整理、双眼鏡、電話、電灯、ラジオ、自動車、機関車、電車、船、電気・・・
これらが何かと言うと、満州に赴任中の父親と子供らの交流に関する話題なのだった。

同年には「オクワシ」ここの「ワ」が「ワ」表記なのは小文字を出せないから。
つまりお菓子の特集である。写真で和菓子洋菓子のべつまくなし・・・じゃなかった、とにかくずらりと昭和初期の日本に存在したあらゆるお菓子が登場した。みんながみんな食べれるものではない、憧れのものも含めてのお菓子特集。
これはレトロなカラー写真で、わたしもそそられた。

国際的にまずい状況になっていく中でも、繁栄を映した作品も少なくない。
1937年1月号「トウキャウ」。寺内万次郎描く丸ノ内の様子。ああ・・・80年後の今、存外変わっていないのかもしれない・・・様子は変わっても状況はそれほどでも。

1939年12月号「オモチャ」ではガスマスクに兵隊ごっこの絵が出てきた。
いゃもぉホント・・・時代だわな。

1941年6月号「ミナミノクニ」ヤシノミガニが描かれているが、これはあれだ、南方へ行ってるわけだな。
この年、中島敦は南洋庁からパラオに赴任している。その時の様子は以前にここで紹介した。
「パラオ ふたつの人生 鬼才・中島敦と日本のゴーギャン・土方久功 」展 感想
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-1032.html

終戦後、戦争色はきれいに消えて、再出発している。

1950年3月号「ぞうさん」ひろがなで、新仮名遣いである。「ザウサン」ではない。
横山隆一の絵。

1951年11月号「くまのはなし」熊のお相撲が可愛い。

1952年2月号「ひのいろいろ」かなではわかりにくいが、絵を見てもやっぱりわからない。
武井武雄。映画を家で見ている。ディズニーの「白雪姫」である。武井武雄描くディズニーの白雪姫。なんか物凄いレアもの見た気がする・・・

1952年12月号「すみ」そう、炭。まだまだ必要な炭。大沢昌助えがく炭屋さんの働きぶり。
大沢の絵は練馬でいい展覧会を見てから好きになった。
「大沢昌助とその父 三之助」展 感想


茂田井武の絵本もあった。
1954年9月号「おつきさま」 茂田井は「月へ行きましょう」と描いている。ステキだ。
1953年「おいもおいしいな」とゾウさんたちが喜ぶ絵もある。
「くるみわり人形」も。これを見ると、銀座のギャラリーで見たときのことを思いだす。

マザーグースもキンダーブックの仲間入りをしたが、「くまのぷーさん」もまさかの登場。石井桃子の訳に武井武雄の絵。
そして何故かクロクマ…
1959年8月号。「黄熊」で「プー」と読ませようとしていたヒトタチには受け入れられないだろうなあ。

「ブーフーウー」もここで絵本になっていた。「ひょっこりひょうたん島」もある。

ところでわたしがとても気に入った一冊がある。
「ネコサマ」である。1932年4月号。中山大三郎文/畠野圭右絵。
大人気になったそうで、後年この黒猫を象った冊子まで出ている。
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貧しい少女と住んでいた黒猫が王様に会いにゆくと歓待される。食べきれない御馳走が延々と続く。
給仕の少年たちが可愛い。しかしこの猫は動きもせずの喰っちゃ寝が嫌になり、「草が食べたい」と夜中に寝室を抜け出したところ、偶然泥棒の上に落ちて捕まえることになり、いよいよ王の寵愛が深まる。
それに鬱屈し、対に逃亡する黒猫。騎士団の追跡を木の上から見下ろしながら、どうかやり過ごしてくださいと祈る黒猫。
ついに元の飼い主の元へ戻り、平穏に貧しく暮らす。
この黒猫があまりに可愛くて、とても気になってしまったよ。
1938年6月にはリアルな絵の表紙で付録にもなっている。

偉人伝もあった。
1962年12月号「しゅばいつぁーはかせ」 シュバイツァー博士を讃える絵本である。博士がオルガンの名人だとも描かれている。
そしてこの本が博士本人の手元に入ったようで、とても感激したそうな。
礼状がここにある。

初山滋、いわさきちひろ、黒崎義介、北田卓史、彼らの絵本もある。
なんとラグーサ玉の絵本まである!!

最後に童話作家・あまんきみこの思い出の絵本の紹介をする。
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これを見て、わたしは自分の持つ20年以前の新聞切り抜きを思い出した。
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あまんさんはこの絵本にとても深いところで影響を受けているのだった。

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1939年7月号「ソラノオハナシ」。

いいものをたくさん見ることが出来て、とてもよかった。




菊池容斎と門下の美術 容斎・松本楓湖・渡邊省亭・鈴木華邨

久しぶりに斎田記念館へ行った。
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この華邨のわんこに呼ばれたのだ。

タイトルに「菊池容斎と門下の美術 容斎・松本楓湖・渡邊省亭・鈴木華邨」とあるように展覧会は容斎門下の明治初頭の絵師たちの作品を集めたわけだが、この鈴木華邨は更に他派も学習し、独自の境地に至った。
わんこが円山派のそれのようなのも学習の成果かもしれない。
わたしはこの鈴木華邨を最初に見たのは多分1991年の池田文庫での近代文学展でだと思う。
wikiに彼の作品はまとまって逸翁美術館にあると記述されているが、その一端を見せてもらっているわけだ。
当時わたしが見て覚えているのは鏡花「照葉狂言」の表紙絵だったと思う。同時に「黒百合」の挿絵も見たが、あちらは年方か。
それで参考までに華邨のわんこ絵をちょっと挙げる。
これは以前に「いぬ・犬・イヌ」展の感想に自分の持つ絵はがきを出した。
華邨のわんこ。
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…わんこシリーズゆけそうやな。こちらは逸翁美術館に住んでいる。

さて菊池容斎といえば「前賢故実」がまず現れる。
このヒトの描いたいわば「日本史人物絵」が後々の画家たちの種本となり、ここからキャラのポーズを採るというのは本当によくあることになった。
この本は国会図書館のデータに入っているので、画像も見やすい。

ここにはその本以外に二枚の絵があった。
一は武内宿禰図。ただし「前賢故実」とはポーズを変えて靭を腕で抑える立姿を描いている。
もう一枚がわんこの右手の児島高徳像である。
桜の皮をべりべりとめくり、今から例の「天勾践空莫」と書こうというところ。
慶應三年の作。ところでこの時期、この「天勾践」の逸話は江戸の庶民にはなじみのもので、パロディまであった。
「天保銭を空しうするなかれ」というもの。
天保銭というのは慶應から30年ほど前の天保年間に作られた銭で、出来の悪い銭ということで嫌われ嘲られた。
元ネタをみんなが知るからこのネタが生まれるのだ。

弟子たちの絵を見る。
松本楓湖 楠木正行像  明治になり太平記の人気が盛り上がった。小楠公はカッコいい逸話のある人なので、描くシーンも色々。吉野の如意輪堂の門扉に鏃で辞世の和歌をしたためようとするところ。秋の日の様子。

子ども用の修身の本「幼学綱要」の挿絵も担当し、「山内一豊とその妻」「塙保己一と弟子たち」の二面が出ている。
彼は先師の恩を忘れぬようにと画風を守ることに専心した。

近年なかなか盛り上がりを見せる渡邊省亭もここにある。
雙鶴  薄オレンジを背景にめでたい鶴のカップルを描く。

月の秋草  大きなつきの下にキリギリスがいる。情緒のある絵。

楓湖の月次絵もある。
夫婦岩の初日の出、紅梅、桜に鳥、座る旅人が見る先に杜鵑が飛んでいたのもいい。
そして12月は茶筅売り。かつての日本人の月次の暮らしぶりがわかる。

最後に華邨の日清戦争絵巻があった。
遅塚麗水の分と華邨の絵で進む絵本である。絵巻と言うのはタイトルの話。全9冊のうち8冊からところどころが展示されている。
京城での様子からはじまる。
その中に閔妃の話も含まれている。
美人が淋しく机に倚る絵がある。文を読む美人。これが閔妃。孔雀の羽根を差した瓶と香炉の烟、薄い緑の簾。そして少し離れた位置に集まる閔家の人々。
ここでの美文調の一部を写す。
「翠帳乃下 紅閨の中 博山烟残し 几床氷の如し 永夜褧々として寝ねば簾外 牽牛織女影伯迷」
褧=ひとえ、とある。そう、単衣のこと。
大体の文意は伝わる。

そこから遼東の鳳凰城占領までが出ていた。

幕末から明治の美術界の一つの方向を見たようにも思う。
12/20まで。

千年の瓦 ―古代瓦を葺く

明日までの展示だが、竹中大工道具館で瓦の展覧会が開催されている。
展覧会のタイトルにもあるように古代瓦がメインだが、千年以上の風雪に耐えられる瓦とそうでない瓦があるのは当然だ。
割れることもあれば他のトラブルに見舞われることもある。むしろ千年以上同じ瓦が葺かれたままということの方が奇跡なのだ。
ではどうするか。
新規作成するしかない。
それも完全な新作ではなく、復元というか再現と言うか、千年の建物にふさわしい瓦を生み出すしかないのだ。
その技術と冷静な情熱とを持った職人の仕事が紹介されている。

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薬師寺の瓦と鬼瓦。

展覧会は撮影可能なのでわたしは例によって下手な写真をぱちぱち撮っては挙げてゆく。
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最初に興福寺の鴟尾(しび)が現れた。
105cm200kgというサイズである。
背景のパネルは元興寺の極楽堂。
その元興寺の屋根瓦には6世紀の瓦がある程度の数で載せられていた。
飛鳥寺のを流用したのもあったそうだ。
1300年も保った瓦。これがそれ。
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風雨だけでなく熱にも晒されていたのに…
凄いやきもの…!

こちらは再現もの。2000年に制作された法隆寺若草伽藍の軒丸瓦と軒平瓦。
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復元瓦の複製品。重さ確認。かなり重い。
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瓦造りの道具たち。
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中国、朝鮮からの文化が入り込んできたおかげで、古代は技能の進歩を見ることが出来たのだ。

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奈良時代と現代の瓦の葺き方の違いの再現があった。
「ここがこう違う」と説明があるが、きちんと理解できてはいない。
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こっちが奈良時代のやり方。
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こっちが現代のやり方
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今回、寺社建築の瓦職人の第一人者である山本清一さんの仕事の紹介がされていた。
そしてその山本さんの言葉がパネルに記されている。
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古代では瓦職人は最初から最後まで担当したが、現代では完全に分業化されていた。
瓦葺きの職人を「屋根屋」、瓦造りの職人を「瓦屋」という。
山本さんの会社ではどちらも行う。
法隆寺金堂、東大寺大仏殿、薬師寺東塔、唐招提寺金堂など錚々たる古代の名建築の屋根瓦の仕事をしているのだ。

鬼瓦の歴史紹介があった。
鬼というても地獄の獄卒ではなく魔除けの存在である。
だから古代に近いものの方が、顔つきや体が妙に異国情緒を見せていたりもする。
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パネル展示のすぐそばに本物がある。

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瓦の盤の端に列なる鬼の顔がいい。


制作の流れ。
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唐招提寺金堂のパネル写真と、その鴟尾。119cm200Kg
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唐招提寺の瓦の配置のための仕事。
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竹中大工道具館には当初から唐招提寺の再現がある。
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行かなくてはね。

地下二階から見上げた先には唐招提寺の柱の再現と空とがあった。
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館の入り口すぐには様々な瓦の紹介があった。
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入館して最初に目に入るのがこの瓦たちだった。
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展覧会は12/3まで。

和モダンの世界 近代の輸出工芸 金子皓彦コレクション

たばこと塩の博物館では「和モダンの世界 近代の輸出工芸 金子皓彦コレクションを中心に」展が開催されている。
前々から寄木細工のいい机や棚をここのコレクションで見て来ているので、今回も楽しみに出かけた。
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前の展覧会はいつか。ちょっと調べると6年半前の話で、あの時もときめいたなあ。
華麗なる日本の輸出工芸 世界を驚かせた精美の技

室内には販売展示場のように工芸品が設置されている。
あえてこういうセッティングというのも面白い。
こうした和モダンものは白い空間か、もしくは逆に洋館で見るのが楽しい鑑賞法だと思う。
前者は作品を純粋に楽しみ、後者は雰囲気込みで愉しむ。

まずは箱根産の寄木細工の素敵な机をみる。
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この机は、写真だけでは捉えきれない凝り方をみせ、観客は直にその机の細部を外観だけとはいえ、凝視できる。
正式な呼び名はライティングビューロー。
サイズなどはサイトに載っている。
寄木と木象嵌と木彫とで彩られたこの・・・凄い棚つき机。
金具もみんなよく出来ていて、どこから見ても何か文様なり装飾がある。
金網もあるので、一瞬わたしは仏壇を想った。
仏壇は物凄い木造装飾品なのだ。
ある女優などは日本製の仏壇を自分のジュエリーボックスにしていたという。
誰が自分の何の目的で使おうと、作り手は関与できない。
これは死者を悼むためのものですと言ってもそれが「おお、素晴らしき工芸品」となればジュエリーボックスにもなるし、アフリカの「自分で選ぶ」棺桶も、他国民には悪い冗談に見えても本人が嬉しければそれでいい。

そんなことをアタマの片隅で思いながら、全体から細部、細部から全体、右から左から斜めから正面から裏から見て回った。
見れない箇所があるのが無念だが、それはある種の秘密の愉しみの場所のようにも感じられ、見ることが叶うのは所有者だけだというのが、実にそそるそそる。
今ではここの学芸員さんや修復などがあれば職人さんも見るだろう。
しかし見れない場所がある、というのが実はいちばん魅力なのかもしれない。

ところでこちらは2001-2002年の展覧会の案内はがき。
わたしは終了前日にしか行けなかった。
イメージ (494)
定期的にこの素敵なコレクションを見せてもらえるのは本当にありがたい。

箱根細工は随分前から憧れの一つで、わたしも近年になりようやく小さい手箱を手に入れた。
ただし観賞用で使用はしない。
あのややこしい細工を使いこなせるほど、わたしのアタマは数学的でも物理的でも論理的でもないのだ。
この箱と城崎で買った麦藁細工の♪ピロンピロンと古めかしい音をバネが立てる箱とが、わたしの持つ「伝統工芸品」の末裔であり、愛するお宝箱なのだ。

寄木細工について以前の感想にも書いたが、今改めてその技能に感銘を受ける。
本当に凄い技術だ。
そして現代日本は技術者を大切にせず薄給で使うから、その技能がどうやら後世に伝われないようになってきている。
ドイツや北欧のようにした方がいいが、到底無理だろう。

ところで「現代日本は」と書いたが、わが国だけでなくむしろこれは東アジア全域の問題かもしれない。
今改めてそのことに静かな絶望感を覚える。

他の魅力的な工芸品をみる。
寄木に青貝細工をプラスしたものもある。青貝細工は螺鈿の一種だが、こちらは線描や彩色もあり、それが魅力でもある。
先般国宝展で琉球の尚王家に伝わる素晴らしい青貝細工の容器に眩惑されたが、わたしは蒔絵より螺鈿・青貝細工に陶然となる人だ。

金具の魅力についても先日の五島美術館の七宝の感想にしつこく書いたが、ここでも素晴らしい金具や蝶番をみた。
扇面、花形、鶴など。朝鮮のような蝶の蝶番はないが、それでも十二分に愛らしい。

また別な棚にも物凄い寄木細工が。一つの躯体に何層・何属・何重もの装飾がある。
小さい内部の箪笥に抽斗に小さな扉の奥の間も・・・

入れ子式のテーブルは「ネストテーブル」といい、その天板の木象嵌のよさにもシビレる。
蒔絵、螺鈿、青貝・・・いくつもの技術の粋がそこに注がれている。

芝山細工の大きな衝立を見る。
ああ、すごいな・・・
これはあれだ、去年横浜で見た衝立だ・・・
当時の感想はこちら
明治のクール・ジャパン 横浜柴山漆器の世界 金子皓彦コレクションを中心に
今回改めて細部をじっくり見ると、思いがけず右手の案山子に気付いた。
サギを狙っているかのようだった。
イメージ (490)

芝山細工にはこんな記憶がある。


もう本当に明治の工芸品は・・・

家型箪笥がある。これは洋館で中央に時計がついているのでオブジェというだけではない。
いや、時計をつけただけ、ともいえるか。
箱根細工、そして静岡の細工の素晴らしいのがここに集まっている。

小物を見よう。
笹に雀のお盆がいい感じ。大正頃もいい仕事が残されている。
楊枝入れに愛らしい椿柄の木象嵌のいいのもある。
現代の作家さんの作品もあるのは救いというか未来だ。

鈍翁が拵えさせた弁当箱もある。数寄者は細部に凝るからこれはこれで凄い。
思い出すのが光琳のピクニックのお弁当。ただの笹包みのおにぎりなので皆が「え?マジ」と思っていたら、食べ終えたその笹包み、裏側が全部金箔だったそうな。
あ゛ーいやねえ。
しかしこういう遊び心が職人の技術向上の一端を担ってるわけですから、現代はやっぱり・・・

江戸時代の旅枕が現れた。
これは枕・矢立・箸箱・そろばん・楊枝入れ・鏡・行灯・・・などなど多機能商品なのですよ。小さい箪笥と言うか抽斗を枕にしているわけで、中から出てくる出てくる・・・
随分前に芦屋市立美術博物館でズバリ「枕」展を見て、その江戸時代の枕の多機能性に仰天したけど、これはやっぱり狭い日本の智慧なのかな。えらいもんだ。

木象嵌の絵葉書やオルゴールも出てきた。昭和くらいまでかなあ、これらがお土産として愛されたのは。
わたしも木象嵌好きだわ。
スイスオルゴールの上等なのは容器そのものが高級な木象嵌だけど、それらと比肩してもなんら劣ることないのに、今ではなあ。
嘆き節ばかりが先に立つな。

面白いのを見た。
埋木細工。そう、埋もれ木。リグナイト。亜炭というもので、仙台で細工物としてこの素材が大いに使用された。黒光りしている。
それでお盆や茶卓を拵えたのがある。
ところでわたしは「埋もれ木」というとすぐに「リグナイト」と書いたが、これはあれです、「狂風記」の影響。
井伊直弼が若い自分を自虐+韜晦+洒落で住まいを「埋木舎」と称したのを、「狂風記」の主人公ヒメは採って、経営する葬儀社を「リグナイト葬儀社」とした。そのあたりを常に想っている。

貝細工の小間物色々。現代では確実に「いやげもの」扱いされる貝細工のおもちゃや人形たちがファンキーな表情を見せている。
こういうのを見ると「テルマエ・ロマエ」を思い出しもする。
それからあれはどこでだったか、ちょっと調べたら出た出た。
2006年に京阪百貨店守口店で「貝細工の奇才 水田博幸の世界-東海道五十三次への挑戦」展があった。
あれは凄かったなあ…この後、ミキモトでもこの展示が巡回したはずだ。
今、貝細工と言えば鎌倉の若宮大路に面したところに一軒あったな。

宮川香山の綺麗なやきものもある。
イメージ (492)
高彫物も大好きだが、このツルツルした表面のものもいい。

それにしても本当にいいなあ。
青貝細工のいいのがまた出てきたのは嬉しいし、ますます欲しくなる。
普段は青と紅の取り合わせなどはニガテなのだが、浮世絵と青貝細工とやきものとでは、妙に惹かれもする。

会津に油田治雄という素晴らしい職人がいた。
戦時中、工芸保存資格者に指定され、木象嵌に打ち込んだ。あの最中に文化を継承する仕事を続けたのだ。
日本軍もこのヒトの仕事の重要さを認識していたのか。
文化は何としても生き延びねばならない…

戦後、進駐軍向けに木象嵌の十字架などがよく作られている。それが油田のかどうかは知らない。
しかし素敵な感じに造られている。

麦藁細工のシガレットケースもいい。あちこち工夫されて思いもかけぬところからタバコが出現する。
イメージ (495)
面白い。

他にも鼈甲、象牙の工芸品が出た。
しかし現代ではやはり無残さを先に感じる。
鼈甲の代わりにセルロイドが現れたが、あれも命は短かったなあ。

七宝、ガラス、と先般明代のや江戸時代のいいのを五島で見たが、ここでは明治のものをみる。
ノリタケ、九谷、ハマヤキ、不思議なマグマ焼…

最後に生人形が現れた。
平田郷陽の初代のと二代目の人形がいる。
そして松本喜三郎、安田亀八の写しもある。
二世山本福松のちょっと小ぶりな生人形がよかった。
「羅生門」の話である。渡辺綱の元へ老いた叔母が来て、鬼の腕を見るところ。
この一瞬後に鬼は正体を現すのだから、この場には強い緊迫感がある。
それを生人形で表現する。
とてもリアルでかっこよかった。

ああ、とてもいいものを見たなあ。
絵画もいいが、工芸品の面白さは後を引く。
1/8まで。






近代香粧品なぞらえ博覧会

伊勢半紅ミュージアムの企画展「近代香粧品なぞらえ博覧会」展に行った。
ああもう、本当にもう、こういうチラシを見せられるとすぐに引っかかるよ、わたしは。
イメージ (487)

もともと化粧品の容器やパッケージが大好きで、綺麗な形のものは手元に残している。
クラブコスメチックス文化資料室さんにもしばしば出かけ、かつての中山太陽堂時代のポスター、美麗なパッケージ、魅力的な宣伝いろいろを見ては陶然となった。
今回はキスミーの伊勢半製品だけでなく、中山太陽堂、桃谷順天堂、資生堂などの日本製の化粧品・香粧品が集められている。
そしてこのチラシにある通り「舶来エッセンスを使った和製洋風美のつくりかた」を知ることになった。

幕末から始まる。
国芳、英泉らの浮世絵に「美艶仙女香」というロゴ入り袋を見出すことがあるが、あれはその当時よく売れたおしろいで、芝居・浮世絵は様々な宣伝を見せる場でもあった。
明治以降の歌舞伎でもちょいちょいそうした台詞が入っていた。
化政期に活躍した大南北の芝居は宣伝が入りすぎていて、平成の観客には意味不明なところがある、と言うので改訂に苦労する話も以前読んだことがある。
たとえば「藤八、五文、奇妙」こんなのその当時の観客にしかウケない。
大正辺りの「オイッチニーの薬売り」などもそうだが、風俗の移り変わりは追いかけるのが難しい。
「オイッチニー」の歌は下町風俗資料館で聴くことが出来るが、この3番か4番か知らんが、白昼にアレな歌詞もあり、それをラジオで徳川夢声が機嫌よく歌った、と戸板康二「ちょっといい話」辺りで読んでいる。

話を戻し、江戸時代から明治のおしろいは「白く見せる」のが何よりなので、そこに鉛が含まれていた。使うと鉛毒になる。
だから江戸時代の役者を描いた小説などではそんな描写もあるし、実際に中毒になって体が不自由になったのは五世中村歌右衛門である。
ここでもそのことが紹介されている。
明治の天覧芝居のその最中、「勧進帳」を弁慶・九世團十郎、富樫・五世菊五郎、義経・五世歌右衛門で演じていると、義経の錫杖を持つ手がぶるぶる震えだした。
これは明治天皇がご覧になっているから緊張してのことではない、と一座した二人の証言もある。
鉛毒の発作を起こしたのである。
その後、立派な大役者となり東京の歌舞伎界の重鎮となったが、下半身の自由は奪われてしまい、自宅(素晴らしい大邸宅だった)での園遊会も、豆まきも、全て車椅子だったそうだ。威厳は失われなかったが、無惨な話ではある。

しかしおしろいから完全に鉛が排除されたのは実に昭和9年だというから、悲惨な中毒者は少なくなかったろう。
おしろいに鉛というのは韓流ドラマ「トンイ」にも描かれていて、女官たちの間に中毒症状が広まる話があった。
美を求める心につけこんで、毒を身に入れられてはたまらない。

イメージ (488)

化粧の方法が完全に変わってゆき、西洋風のシステムが浸透し始めてゆくのは、やっぱり外装の魅力が大きいなと思う。
口紅以外ほぼ西洋風なものに変わったのは明治から大正なのだが、それでもまだ本紅は愛されていた。
尤もこの紅というものも日本の歴史の中で追ってゆくと、色々と面白いのだが。

展示では香粧品のことが大きくとりあげられている。
麝香 ムスク これだ。
この香りが人造で出来るようになったそうで、それが明治を代表する香りの一つとなった。
そういえばわたしは嗅覚が7年前から低下しているので何かを言うことも出来ないが、ムスクと言えば思い出すのは大和和紀「THE アラミス」の作中で、主人公の一人アラミスが使うコロンはムスクだった。
とはいえこのムスクがいつまで人気だったのかをわたしは知らない。

明治半ばにはスミレの香りが愛された。
スミレの花咲くころ・・・は宝塚の歌だが、明治後期はスミレの香りが大ブームだったそうだ。
容器も可愛らしいものが多い。
香水だけでなく石鹸などにももちろん配合されている。

やがてヘリオトロープが現れるが、これも思えば昭和までのものだ。
それも昭和40年代までではなかろうか。
わたしはこの甘い匂いが好きだったが、探して見つけ出したときは嬉しかった。
既にわたしの頃でも、母や祖母の時代の香だったのだ。

イメージ (489)

国産製品の目覚ましい発展とその進化を容器の外観からみてとる。
口紅もようよう近代化してゆく。スティック状の口紅が世に出たのは大正だったそうだ。
だからか、大正新版画で描かれる女たちはそれを使いもする。
時代相と時勢装。

素敵な外装は当初はほぼ全て「パクリ」「コピー」「リスペクトからの真似」だったが、段々変化を見せる。
どの時代も化粧品・香粧品の外観には大きな魅力を感じる。

そして化粧品だけでなく雑誌を出したのが中山太陽堂のプラトン社。
展示には当時刊行された素敵な雑誌の紹介がある。
「女性」誌が本当にモダン。表紙絵は確かに当初はフランスのファッションプレートの転用(ただしそれはパクリでなく、憧れからのリスペクト)で、しかしこの「真似る」が「学ぶ」になり、後には立派なオリジナルが生まれるのだ。
ありがとう、と言いたい。作り手も読者もそうして学んでゆくのだから。
これらは本当にいい。

最後のコーナーでは資生堂の出していた牡丹・紫などのおしろいの再現品の試着コーナーがあった。
わたしはちょっとばかり薄紅色のものをはたいてみた。
つきもわるくない。
あとは現代の健康には合わないものもあえて再現・展示されていた。
これも立派だと思う。こういう展示があることで進化することが出来るのだ。

いい展覧会に会えてとても嬉しい。
12/10まで。
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