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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

華宵「美女幻想曲 ―清楚な美人とファム・ファタールたち―」/夢二「雑誌の世界」

弥生美術館の華宵記念室では「美女幻想曲 ―清楚な美人とファム・ファタールたち―」展が開催中。

職業婦人の中でも憧れの一つがナース。その姿を描く。
これは大正時代のナースだが、上村一夫「修羅雪姫」でナースが登場する回がある。
明治半ばのナースの様子。白い制服がまぶしい。
それで思い出した。
「修羅雪姫」は小池一雄原作だが、かれは平野仁と組んだ短編でやはり明治のナースを登場させている。朦朧車夫とナースの夫婦の話である。
小池はもしかすると子供の頃にそれこそ華宵の描くナースの絵に憧れ、原作者になってからひとつ前の時代の明治の世のナースを物語に登場させたのかもしれない。
・・・などという妄想が湧いてくる。

楊貴妃一代記の絵物語。華清池や連理の枝、そして楊貴妃の最期と追想に涙する玄宗皇帝。
楊貴妃と言えば松園さんの彼女も豊かな魅力にあふれているが、意外と日本の絵では少ないような気がする。

エキゾチックな美女たちが集まる。
ベールをかぶった「異国の空」の娘、バタフライダンスの「胡蝶」、夢幻的な「ばらの夢」、そして様々な人魚たち・・・涙を湛えた人魚もいればその歌声で男を沈める人魚もいる。
特に「ナポリの海」の人魚は肉付きもよく、元気そうだ。

「睡蓮」ひとつにしても埃及の王女がプールを見るというのもある。
「春の小夜曲」のスィートソロー・・・
踊る美女も少なくない。モスリムの美女、物思いしつつ舞う。

三つのサロメがある。浅草オペラからの着想、1918年のセダ・バラ主演映画「サロメ」を見てのもの、そして1926年の「首」。
セダ・バラはヴァンプ女優と呼ばれファム・ファタールを体現してみせた。
華宵はアールヌーヴォー風に彼女を彩る。
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ブロマイドもある。
松井須磨子も下山京子のサロメ。エキセントリックな美しさ。
華宵は天勝のサロメも好きだったに違いない。
下山京子は松井須磨子の次にサロメを演じた。(1915)小山内薫を始め名だたる人々からの評価はおおむね低かったが、それでもこうして写真を残しているのは、やはり何かしらトキメキがあったからに違いない。
なおその当時の「サロメ」上演についてはこちら。



次に夢二美術館。
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「夢二と雑誌の世界」
夢二は雑誌に投稿してそこから伸びて行った。

明治の末、博文館は最大の出版社だった。紹介された雑誌を見て色々納得する。
「文藝倶楽部」「中学世界」そして「新青年」もこちら。
その表紙絵を描く夢二。文鳥のが特に愛らしい。
「淑女画報」での睡蓮を描いたものも好きだ。
夢二は美人画より童画やグラフィック系の方がいいと思っている。

「実業之日本社」でも仕事をたくさんしている。この出版社は今もそのまま存続している。

夢二は実に多くの雑誌で仕事をした。
「婦人世界」の「セレナーデ」や「明るい窓」などは特にいい。どちらも青い夜の中で若い女が優しい顔を挙げている。
「少女の友」での真知子巻!少女も可愛い。実際の真知子巻は戦後なのだが。
この「少女の友」誌には川端龍子も愛らしい少女の絵を多く描いた。蕗谷虹児の絵もある。

東京社「少女画報」創刊号の付録にあの「パラダイス双六」が入っていた。
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ここは「婦人画報」を現在も刊行中。

「コドモノクニ」もある。幼児雑誌はいいものが多い。「コドモノトモ」もいい。
春陽堂の仕事も多い。「中央文学」の表紙を担当している。ここから出た豪華な本の装幀もしている。
「婦人の友」にも絵を出す。それから「婦人グラフ」。こちらはいい表紙絵がとても多い。
そして雑誌の表紙絵もそれぞれ特色と言うより違いを見せるように気を遣っている。
「若草」のグラフィックもいい。「令女界」の大人びた娘もいい。講談社「キング」にも描いた。

商業誌以外の仕事もある。
企業広報誌の仕事。キネマ、三越、千疋屋…
皆おしゃれだ。
西条八十主催の「ろう人形」も手掛けている。
仕事の範囲が広い。

肉筆画も少々。
暮笛 作にもたれて笛を吹く少年。夢二の子どもを描いた絵は皆優しくどこかせつない。
初公開の屏風もある。舞妓たちが投扇興を楽しむ絵だった。
まだまだ発掘すると初公開が出てきそうな勢いだった。


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2018.1月の記録

20180101 80年代ガーリーコレクション カワイイは時間を超える 手塚治虫記念館
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20180106 いぬづくし 京都国立博物館
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20180106 御所文化を受け継ぐ─近世・近代の有職研究─ 京都国立博物館
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20180111 ほのぼの俳画 生田南水 大阪歴史博物館
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20180111 ミライザ大阪城 旧第四師団 建築探訪
20180111 あつまれ!豊臣ファミリー 大坂城
20180113 織物以前 タパとフェルト lixilギャラリー
20180113 SF・怪獣映画の世界 フィルムセンター
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20180113 国宝 雪松図と花鳥 美術館でバードウォッチング 三井記念美術館
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20180113 中澤弘光 明治末ー大正<出版の美術>とスケッチ 吉祥寺武蔵野美術館
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20180113 博物館に初詣 東京国立博物館
20180114 色絵Japan CUTE! 出光美術館
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20180114 滝田ゆう 弥生美術館
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20180114 華宵 美女幻想曲 清楚vs妖艶/夢二と雑誌の世界 弥生美術館
20180114 小野木学絵本原画 練馬区立美術館
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20180115 阿久悠と上村一夫、阿久悠記念館 明治大学博物館
20180115 日本と世界の刑罰、日本の民芸品 明治大学博物館
20180115 神田学生街の記憶 1880-1980五大法律学校の軌跡 ECOM駿河台
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20180115 仁和寺と御室派のみほとけ 東京国立博物館
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20180120 浮世絵にみる女英雄 立命館アートリサーチ
20180120 便利堂創業130周年記念「至宝をうつす-文化財写真とコロタイプ複製のあゆみ-」 京都文化博物館
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20180120 役行者山 京都文化博物館
20180121 藤田嗣治 本のしごと -文字を装う絵の世界- 西宮大谷記念美術館
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20180127 藤島武二 小磯良平記念美術館
20180127 神戸からの時空 アートの旅人たち ―長尾和の旅と絵 BBプラザ美術館
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「滝田ゆう」展を見に行く

弥生美術館に「滝田ゆう」展を見に行く。
滝田ゆうは名前を知らずとも絵を見れば「ああ、あの」と頷ける人だ。
絵がなくて説明するときは「台詞の吹出しのところに言葉じゃなくて電球がパッとついたり、食べ物とか描いてある・・・」と言えば大抵はもう「あー、はいはい、わかった」となる。
ある程度以上の年代層にとっては、知らぬものとてない作品を描く作家だった。
今の若い人のことは元から知らないので、そちらはパス。
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滝田ゆうがリアルタイムに活動していたのは実質30年にも見たない。かれは1990年に亡くなっている。その代表作で、またストーリーマンガでもある連作もの「寺島町奇譚」の連載が今年でちょうど50年になるのを機会にここで回顧展が開かれているが、実際のところ、彼の一枚絵の方が多くの人に知られていたり、コマーシャルで見た風貌が記憶に残る人の方が多いのかもしれない。
わたしは完全に一枚絵の人・大人向けの一枚絵マンガの人だという認識を持っていて、この展覧会で初めて数ページにわたる物語を読んだのだった。

文芸誌やちょっとした雑誌やコマーシャルなどで彼の一枚絵をみる。もう完全にこれは子供に向いていない作風だとわかる。
なにしろ描かれているのも艶っぽいものばかりで、直接的な官能シーンはなくとも子供に用はない世界なのだ。
だからこそ今回「寺島町奇譚」の原画を見て、主人公が作者自身をモデルにした子供だと知り、びっくりした。
しかしそれでいてやはり子供向けではない作品なのだ。

前から思っていることだが、一枚絵や四コマ漫画の方がストーリーマンガよりも大人向けではないだろうか。短い中で起承転結をきちんと押し込め、におわすだけでもそれと捉えさせることが出来るのは、なかなか子供では難しい。
わたしはかなり幼少の頃からのマンガ読みだが、四コマを本気で面白がれるようになったのは大学生になってからだった。
「サザエさん」はどうだと言われたとして、あれは新聞マンガで全年齢向けという立場をとりつつも、実際には大人向けだった。子供向けのように思われていてもそうでないのは明白だ。
「いじわるばあさん」などはもっと露骨で、子供の頃にわからなかったニュアンスが今になってはっきりわかり、じわじわと作者のいじわるさにウケたりヒヤリとしたりする。

滝田ゆうの作品の面白さも子供ではなかなかわからない。
特にわたしのようなストーリーマンガにときめく者はある程度以上トシを取らないと、その旨みが全く分からない。
ストーリーマンガであってもニガテとしていた西岸良平のマンガの面白味がわかるようになったのも、ここ20年の間だ。
その意味で今のわたしが滝田ゆうの作品に出会えたのはよかった。

長々と前置きが続くが、これくらい書かないとわたしの中ではなかなか納得がゆかない、いや、理解が進まない状況なのである。
ところで今回「おおお」と思ったことが1つ。
「深夜食堂」の安倍夜郎さん。かれは子供の頃から滝田ファンだそうで、それを知って深い納得がいった。「深夜食堂」の著者だものなあ、という納得と安堵である。
あのマンガも今のわたしだから面白くて仕方ないのだ。
しかし少しばかり年長とはいえ、安倍夜郎さんはジャンプを読んだりしない子供だったのだろうか。

滝田ゆうと言えば今はその地名も失われた「玉の井」である。
かれは戦前の玉の井に生まれ育ち、終戦を迎えた。
玉の井は戦災を酷く受けたがそれでも赤線地帯として昭和33年3月の売春防止法施行まで活きた。
この「333」はいいことばかりではなかった。それについてはここでは詳しく触れないが、少しばかりそのあたりの聞き書きなどを挙げる。
・小説から映画になりTVドラマにもなった水上勉「飢餓海峡」で、娼妓の杉戸八重は333の施行で失業し、さてどうして暮してゆこうかと悩む。その時偶然目にした新聞でかつての大恩人の華麗なる転身を知り、慈善家でもあることを恃んで、相談に向かうのだ。結果、彼女は殺され、そこから更なる悲劇が続く。
・わたしの会社の今の二代前の社長は亀岡の造り酒屋のぼんぼんだったが、333の施行により主な取引先である島原がつぶれたために廃業したそうだ。
「そのままならおれはぼんぼんのままでいられたのに」
いや、あんさんが継いだらどうなっていたことか、とは言わなかったが。

さていよいよ絵を見る。
下町の細部まで描き込んだ絵、滝田の記憶にある町、玉の井。
細部のリアルさが幻想を呼ぶ。
木柱に使われる古いタイプの碍子、剥がれるのを必死で止めたそうな貼紙、板の孔・・・
この玉の井は全て戦前から戦中のもの。

「寺島町面影」MAPをみる。1940年頃のもの。滝田ゆう10歳前後である。
別荘跡がいくつもある。私娼窟に何故そんな別荘があったのかは知らない。
この辺りの事情を知りたい。
「銘酒家」の元締めの家は大きい。鋳掛屋が角にいる。今はこんな商売ほぼ全滅。
衛星サックやペッサリといった単語が書かれた貼紙が見える。
玉の井で働く女たちの様子も描かれる。シュミーズ一枚の後姿やたばこを吸う姿。
店は和風洋風いろいろ。柱にタイルを撒いていたり窓がハート形だったり。
窓から顔を見せておいでおいでする女もいる。
「ぬけられ〼」は「ぬけられません」になり、猫の後姿1つにもそこはかとなき哀愁がある。

模型もある。リアルな模型。関屋聡さんという方の製作。
玉の井。ここには荷風も徘徊していたろう。フジタがフランスで描いてもいる。
そういえばわたしが「玉の井」を知ったのは滝田ゆうからではなく、本宮ひろ志「俺の空」からだった。
それで「玉の井ってなんだろう」と調べ始めたときに滝田ゆうの一枚絵を見たのだ。
それ以前にちらりと耳にしたのは山口百恵のドラマ「赤い絆」だったか。

「ニカイの女がキにかかる」の懐かしい地口。
「夢酒場」のカウンターには戦前の字面をみせる「グンキ」誌がある。そう、大日本講談社の人気雑誌、いまなら「キング」表記。
マッチ箱、レコード、スタンド・・・
そんな店を少年がそっと覗く。

台詞のあるマンガがあった。そうか、吹出しに言葉が入る時期もあったのか。
滝田ゆうの作品は一枚ものしか知らないわたしには新鮮だった。

不思議な擬音が多い。
美術館はその擬音のいくつかをピックアップして何の音か当てさせもする。一つも当らない。
ケーンケーンケーン 狐ではなく踏切音。
ベッコンベッコン トタン屋根を行く猫の足音。
チュンチュンチュン 雀ではなく京成線の線路が軋む音。
シコシコシコ (――)ではなく鰹節を削る音。
サタサタサタ 雨音。
擬音の面白いのを描ける人はいい作品が多いと思っている。
なかいま強、松本零士、かれらの擬音もとても個性が強い。
嶺岸信明えがく「キィィィィィーーーン」もとても響く。

「寺島町奇譚」の原画展示が始まる。
戦時中の玉ノ井が作者の驚異的な記憶力で再現されている。
精緻な細部の描写は温かく、愚かさと哀しさが滲む人間描写と相俟って、観客はその時代・場所に佇む心地になる。
ただし物語に関わることはないのだが。
スタンド・ドンという飲み屋の息子・キヨシの目を通して繰り広げられる寺島町に関わる人々の物語。住人もいれば来る人もいるし去る人もいる。

店内を歌いながら掃除するキヨシ少年。
東京の下町独特の訛りがある。
「シリツ」は手術。これはつげ義春「ねじ式」で知った言葉だが、もしかして掲載誌が同じなので「ガロ」語なのか?・・・などということも思ったり。

多分キヨシ君は(――)なのだな、と思う。戦前戦後の子供には多かった。それを抑えるバンドもあったそうだが、今の子供はあんまりそれはなさそうだ。今は重たいものを持ったりするおじさんにたまに出るらしい。女の子にはない症状。
伏字にしてしまったが、たぶん間違いない。

ここに現れる男たちはみんなどうしようもないのばかり。
キヨシ君は滝田ゆうの分身でもあり、非常に厳しい義母のことを描きたくてこの話を描いたそうだ。
変な人間ばかりに見えてもある種のリアリティがあるのは、誇張されていてもモデルがいるからなのだ。

しつけに厳しい義母の言動が描かれるが、確かに今だと虐待に等しい。
そんなにされていてもキヨシ君はキヨシ君なりにその厳しい目と手からすり抜けて、つまらぬことをしでかす。

梅干を筍の皮になすりつけてチューチュー吸う、というのはどうやら全国どこでもやっていたようだな。
キヨシ君は寺島町の子供だが、少しあとの大阪の子供もしていた。うちの母から聞いたことがある。
そして今ちょっと調べるとクックパットや楽天レシピにも出ている。
生憎わたしは無縁なのだが、そんなにもおいしいのか、子供たちよ。

「げんまいパンのホヤホヤ」 買い食いの話とその資金調達は給食費だったという、いかにもな話が紹介されていた。
蒸した玄米パンの中身はアンらしい。
蒸しパンの魅力は大きい。キヨシ君は負けてしまったのだ。
あの怖いおっかさんにばれたらどうしようと青い顔をしつつも一時の誘惑と快楽からは逃れられない。
結局やさしいおばあちゃんが補填してくれたが、コワかった。
「メートル」「マンホール」は飲酒に関する隠語で、それが出てくるところにちょっと切なさを感じる。
「メートルが上がった」とは「サザエさん」にも出てくる言葉で、「人間マンホール」は「じゃりン子チエ」にもある。
今はどちらも死語となった。マンホールは本来の意味しか持たない。

戦前戦中なので教育はかなり偏っている。
忠臣である大楠公を称える言葉を習字で書く。
そうだ、太平記はある意味国定教科書そのものだ。

下町には自宅に設置された風呂は少なく、立派な風呂屋がある。そこでマナーを学ぶ。
この展覧会を見た日、わたしは夜になってから根岸の萩の湯に行った。
鶯谷からではなく入谷から歩いたが、入谷にも人気の銭湯があり、そちらにも行きたいと思った。
今の銭湯は非日常を求めて浸かりに行く人も一定数いるのだ。

その風呂の描写もいい。
湯上り美人が描かれている。メーテル並みの睫毛の女である。
滝田ゆうの描くいい女たちはみんな睫毛がふぁさふぁさしている。
豊岡辺りで作られた柳行李のカバンがある。通気性もいいし軽い。それが彼女たちの持ち物を入れ、旅立たせもする。

それにしてもこの細部の濃やかさ。
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アシスタントなしで、というのも納得する。
遅筆なのもわかる。

玉の井から離れる。
戦後の東京の町を描いた絵を見る。
1971年 府中駅前 陸橋周辺を描く。バスターミナルの上の辺りかなと見当を付ける。
競馬の後の人や行き交う人でごちゃごちゃしている。
たまにここから歩いて府中市美術館へ往来することもある。
「ちゅうバス」にも乗らずに。
…こんな風に自分ならどうしているかをすぐに思ってしまうところに、滝田ゆうの作品の引力がある。
その作中に入り込んでしまうのだ。

しかし何も温かなものばかりではない。
無残絵がある。それも画風を変えぬままのユーモアとペーソスが同居する絵での無残絵である。
沖縄の集団自決図があった。
画風は全く違うが、井上洋介が描く地獄と変わらない無残さがある。
隙間なく描かれた、その谷の到る所で繰り広げられる殺人。殺したくて殺すわけではなく、しかし殺さなくてはならぬ状況に追い込まれた人々が血にまみれてわが子や親や兄弟や友人を殺し、自分もまた誰かに殺される。
それを強いたのは誰か。
それは<敵>ではないのだ。
米軍は投降を呼びかけた。助けようとしたのだ。だが。

この絵が他の作品と共に展示されていることに対し、弥生美術館の姿勢の正しさに感銘を受けた。

タイトルは知っているが見たことのないマンガ「カックン親父」が紹介されていた。これも滝田の作品なのか。
びっくりしたのは少女マンガまで描いていたこと。大きな目玉の女の子たちを描いている。貸本マンガの頃。
真逆じゃないか。すごいな。
1970年には「火垂るの墓」も描いている。びっくりした…

やがて滝田ゆうは文壇マンガへ向かう。実際わたしがみていたのもこの辺りだ。文藝春秋か新潮か中央公論か忘れたが、この界隈で見た気がする。
マスコミにも顔出しし始める。しかしその時期の滝田ゆうをわたしは知らない。
ケンタッキーフライドチキンのCMにも出ていたのか。坊主頭にメガネの着流し。怖いやん。
倉本聡のドラマにもかかわる。「前略おふくろ様」OPの絵か。見ていないからわからない。

ああなるほど…

高倉健「あにき」には出演もしたのか。この最終回だけは覚えている。ケーキがせつなかった…
第一話のしょっぱなに出てきているのを動画で確認した。つべではないのでちょっと挙げられない。

晩年のメディア登場の多さ。そして意外と若い歳での死。
やっぱり飲み過ぎはよくない…

自宅の本棚をみる。
のらくろのまんががある。そして半村良、水上勉、山口瞳、野坂昭如、安岡章太郎、田中小実昌…
なんだかよーーーくわかる気がした。

今もし現役なら、何をどのように描いていたろうか。
平成も終わりかけの今、そんなことを想った。

いい漫画家がいた、昭和の時代の話。
いい展覧会をありがとう。

「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」

東博で開催中の「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」展に行った。
ありがたくも内覧会に行ったのだが、さすがにお坊さんが大勢来られていた。
展示を見ながら聴こえるのはお坊さん方の話し声で、それがある種の解説にもなり、興味深く聞いていた。
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ところで仁和寺はもともと好きなお寺で、桜の頃でなくともしばしば出向くこともあった。
ここ数年は出かけていないが、嵐電の停留ごとにある寺社を巡るのも楽しいので、また行きたく思う。

前回の特別展は「運慶」展で、あの展覧会の良さはこのブログでも二度ばかり記している。
ごくごく素直に彫像の美と逞しさとに打たれ、深い感銘を受けたが、今回の展覧会はもう少しややこしいところがある。
比べても仕方ないことだが、方向性が全く違うと言ってもいい。
完全な鑑賞から、今度は少しばかり考えることも加わった。
どちらがいいわるいではなく、多様性の話。
で、足りない知識をフル活用し、これはあれかと探しあてながら展覧会を見た。

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第1章 御室仁和寺の歴史
宇多法皇像、守覚法親王像といったこのお寺と密接な関係のある人々の肖像画がある。
そして袈裟なども。
高倉天皇宸翰消息は意外に見ていないことに気付く。
他にも後宇多天皇宸翰消息、能書で有名な伏見天皇宸翰唯識三十頌、後醍醐天皇宸翰消息、後陽成天皇宸翰一行書、桜町天皇宸翰般若心経・・・といったようにさすが皇室の御寺らしい宝が並ぶ。
字を見るだけでなく、その天皇たちのいた時代や彼らのたとえば憤りや楽しみを思いながら、完全には読めない手紙などを読むのも面白い。

しかしなんといってもこの章では1/28まで展示されたこちら。
国宝 三十帖冊子 全帖展示。後は皆2帖ずつの展示。
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細かい字で人が群れていたので見づらかった。
しかし目に入れることが出来たのはいい。いつかまた思いだせる日も来るからだ。

第2章 修法の世界
様々な仏画がずらり。
願い事を叶えてもらうための「修法」に必要なもの。加持祈祷に必要な絵。
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孔雀明王像 1幅 10-11世紀の北宋時代 あまりに美麗なので息を止めて凝視した。
不思議な微笑を口元に湛えている。目元にも同じく。背後に森のように広がる孔雀の緑の羽。
その孔雀は長い首を傾げながらこちらを見つめる。
よく眺めれば明王の正面顔の両側にまた別の顔があるが、そちらも静かな表情をみせている。
装飾も何もかもが美麗。
この絵は1988年の展覧会に出たと教わった。
あまりに魅力的なので(そのくせ熱量はひどく低く感じた)、何度も何度も見に戻った。

イゃ、来てはったんかと声を掛けそうになる仏画も少なくない。
京博の梵天・地天  何度目かはわからないが、こうなると親しみを懐くばかりだ。向うはわたしを知らないだろうが、わたしは何度も見ているので、勝手にそう呼びかける。それがなんとなく嬉しい。
 
両界曼荼羅(子島曼荼羅) 胎蔵界  こちらもいつ以来か。何がどういいのかきちんと答えられないが、やはり綺麗だと思うキモチが全面にくる。

普賢延命像 南北朝時代  4ゾウに担がれる普賢菩薩。ゾウさんたちも力強い。口の中が真っ赤な白象さんたち。

不動明王図と四大明王図とを集めた配置というのも心惹かれた。
大炎上する中に力強く立つ明王。足下に踏みしめられる美女もいい。

仏画の練習帳とでもいうのか、別尊雑記も様々な絵が出ていた。
面白かったのは五秘密。チューチュートレインみたいな感じのもある。

襄麌利毒女図像 じょうぐり・どくじょ ずぞう と読む。蛇毒を消す力を持っているそうな。観音の三十三変化の一つ。手に孔雀、足に蛇。なるほど・・・

仁和寺の仏画はいいものが多いなあ。そういえば霊宝館は行ったことがなかった。
これを機に春秋一般公開時に行ってみよう。

第3章 御室の宝蔵
仁和寺を始め御室派のお寺に収められている宝物が集められていた。

黄帝内経太素、方丈記、延喜式、仁和寺日記、誓願寺建立縁起などもある。
古人が書物を如何に大切にしてきたかが伝わってくる。
これらを見ていて中世の修道院での写本の話などを思い出しもした。

僧形八幡神影向図 鎌倉時代  ああ、判然としない影らしきものこそが。見える神より見えない神の方が尊さが増す。
ただし全く見えないのではなく、このようにぼんやりした影が現れることで畏怖心は募る。

彦火々出見尊絵 巻三 狩野種泰  福井・明通寺  海の底の暮らしはなかなかカラフルで楽しそう。釣り針を喰った魚のオヤジが出てくる辺りが開いていた。
後期はまた別なシーンが出る。

江戸時代の模本の鳥獣戯画、石山寺縁起絵もある。後者は滋賀近美で見た。サントリーでの谷文晁展に出ていたかな?

河内の金剛寺の箱や卓や香炉もある。あそこの仏さまは長らく京博に鎮座ましましていた。
東京へもこのように仏具がいく。

第4章 仁和寺の江戸復興と観音堂
ここにあの大再現コーナーがある。

賢聖障子絵 狩野孝信 1614  狛犬も描かれている、右の獅子も左の狛犬も寄り目。阿吽の二匹は「あ?」「うーん?」だった。
顔つき・雰囲気がいかにも狩野派らしくて、それはそれで面白い。

そしていよいよ立体再現展示が来る。
千手観音菩薩立像、降三世明王立像、不動明王立像、二十八部衆立像、風神・雷神立像 かれらが再現された壁画の前にたち尽くしている!非常にロックな状況になっていた。





あああ、滾ったわ―

物凄い迫力だった。
みんながバチバチバチーッと一斉に撮影していた。
うわぁ!と叫びそうになる再現、物凄かった。

ここは普段は非公開なので、余計に滾ったのかもしれないがそれにしてもなんと素晴らしい空間再現なのだろう。
さすが東博、東博凄いとしか言えない。
なお図録にはここの仏一体一体の写真も載せてくれている。

第5章 御室派のみほとけ
ここから仏像につけられたあおり文が俄然面白くなってくる。
ふざけているわけではなく、興味を持って知ってほしい気持ちが現れている。
実際、「え?」と言いながら鎮座まします場所の説明を読み、それからまた仏像を見直す人が少なくなかった。
こういうのは大事。その地で愛される仏逹について、より深く知ってほしいキモチの表れだと思う。

阿弥陀、愛染明王、吉祥天、文殊菩薩、悉達太子と仁和寺から登場。
他は様々なお寺からのお出まし。

釈迦如来立像 鎌倉時代・13世紀 宮城・龍寶寺  清凉寺の御釈迦さんの親族みたいなスタイルである。

菩薩坐像 奈良時代・8世紀 神奈川・龍華寺(神奈川県立金沢文庫管理)  片足を下すスタイル。8世紀でもこの形。

降三世明王立像と深沙大将立像は福井の明通寺から。平安時代・11世紀  どちらも静かな様子を見せる。

如意輪観音菩薩坐像 平安時代・10世紀 兵庫・神呪寺  かんのう・じ。ここのお寺の名前は意外なのか皆さん何度か読み直す人がいた。わたしは行ったことはないが知っている。
お顔はだいぶ剥落してきたが、まだよくわかる。なんだか眠たそうにも見える。

後期には千本以上の手を持つ大阪・葛井寺の千手観音菩薩坐像もご登場。
見どころの多い展覧会なので時間を十分取って訪ねることをおススメする。
 

神戸からの時空 アートの旅人たち 

この前に挙げたのは長尾和の作品だけだった。
今回は他に見たものを挙げる。
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ゴッドフリー・ネラー キャサリン・ハーパー夫人の像 1705  
今回の展示ではこの絵とルノワールの「薔薇をつけた少女」以外は皆日本人画家の作品。
神戸は洋画と版画が似合う。

土田麦僊の水彩画があった。スケッチに色を載せたもので、滞欧中のもの。どこかの町を描いたものらしい。
1921-1923頃のもの。

佐伯祐三 オワーズ川周辺風景 1924  嵐の中なのか、風が吹いてこの界隈の建物全部が傾きだしているようにみえる。
灰色の空の下、あと1時間もこんなことが続けば、町は崩壊する。

岡鹿之助 館 1974  こちらは堅固なお城のような館である。この絵の隣に佐伯のヤバイ町がある。
50年も経つと建築がよくなったのか、とかなんとか錯覚してしまいそうになる並べ方で、妙なところでウケてしまった。

藤田嗣治 「魅せられし河」から「エリゼ宮」「レストランマキシム」の二点がある。エッチング。フジタの版画・挿絵については後日西宮大谷で見た展覧会の感想で記したい。

田村孝之介 ヴェネツィア風景 手前に植えられた花が並び、そこから海を間にサンマルコ寺院。明るくていいなあ。
わたしは田村は風景もいいが、素敵な人物の挿絵もいい。

須田剋太 兜梅 1981  司馬さんと旅をした「街道をゆく」の中で見かけたらしき「兜梅」を描く。謂れのある梅だそうで、カクカクした枝に白梅がたくさん咲いていた。それを力強く描いている。

坂本益夫 モンマルトル風景  階段を描く。それも視点は下から上へ。冬枯れのある午後の様子。

川端謹次 六甲連山 1958  描く地点も山上からで、そこから広がる六甲連山。遊びに来るのはいいが、冬だと遭難するぞ、六甲は。リアルに山のことを思い出してしまったよ。

神戸港第三突堤 1964  ああ、半世紀前の神戸港はこんなだったのか。レトロな感じもするなあ。

摩耶大橋 1967  こちらなどは工事中で、橋脚を拵えているところ。こういうのもいい絵になる。

須磨風景 1973  山から海を見る。…一ノ谷ですか???義経の眼になりそうだ。

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高橋信夫の連作物が出た。1980年の作品でタイトルも大体がKOBEの入ったものばかり5点。
いずれもなんだか火事とか騒動でも起こっていそうな色合いをしていた。

児玉幸雄 モンブラン  ひえびえーーーっな山々。その下に木々が木々が続く。そしてその前には町が広がる。

網谷義郎 1970年代初頭の水彩画が並ぶ。ささやかな幸せがフランスの風景から漂ってくる。そんな作品が並ぶ。

西村功 メトロポルト・ド・フィーヌ駅の出入り口 1982  ああ、いい入口。アールヌーヴォーしている。

レストラン・ラシェット・オウブール 1984頃  雰囲気があるなあ。いい感じ。ただしおひとり様お断り。

連作銅版画集「メトロに寄せて」から6点。ベン・シャーンを思わせる人物たち。パリの日常。
自分がパリのメトロに乗ったことを思い出させてくれる。

綿貫宏介 サンパウロ風景 1963 フィルムにインクで直描き。立派なビル群とレトロな建物。都会の風景。
そういえばリオかサンパウロのクラブに入っていないとサッカーでは出世できないそうね。

片岡真太郎 回想のパリ 1960年頃  セーヌ沿いの湾曲した道を行く人がある。どこら辺りかはわからない。
政治の季節にパリにいたのだな。しかし彼は町の一部をこのように描く。
このヒトは高橋和己「邪宗門」挿絵も手掛けている。そのことを思いながらもう一度絵を見る。

今回の作家たちは皆渡欧した人々。そして戦前の渡欧手段はだいたいが船だったことから、航路と船とを紹介している。
平野丸、賀茂丸、香取丸、筥崎丸…
みんな戦前のいい船ばかり。船の末路を思うと胸が痛い。

最後にルノワールを見てほのぼの。
本当にホッとする。

このBBプラザには美術館だけでなく、平尾誠二の通ったレストランもある。
兵庫県美術館の手前、岩屋駅に近いビル。
小さいがいい展示が多い美術館。
この展示は2/4まで。

神戸からの時空 アートの旅人たち ―長尾和の旅と絵

阪神岩屋駅からほど近いBBプラザ美術館でコレクション展を見た。

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今回は特に2016年に亡くなった神戸ゆかりの洋画家・長尾和の特集がロビーで展開されている。
そして長尾和の作品は撮影可能となっている。
旅を愛した長尾和の1990年代を中心とした展示で、主に南欧からモロッコまでの風景と人物を描いた作品が並んでいた。
今日はその長尾和の絵を紹介したい。

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左 モスクへの道(モロッコ) 右 聖堂の庭カストロ・デ・ヴィデ(ポルトガル)
絵の展示と共にタイトル横に画家の言葉も添えられている。

旅情また旅愁…サウダーデというべきものを感じるかと言うとそうではなく、その土地土地の人々のしっかり生きる様を明るいキモチで捉えた、前向きな作品が多いように思った。
人々との会話・交流から生み出されたからこそのことだと思う。

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特に赤の使われ方が好ましい。

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水彩画もある。
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朝市(ポルトガル)2001
作者の言葉を読む。
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ポルトガルの市場のにぎやかさは檀一雄も書いていた。
檀はポルトガルが気に入り、現地で買い物をし、自炊した。
長尾和がここで自炊したかどうかは知らないが、買い物をする人々を活写する眼差しにはある種の楽しさがある。
そう、かれの作品には人懐こさと、その土地に住む人々への関心が活きている。

水売りを描いた作品がある。
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モロッコにはそんな商売の人がいるのか。
長尾和はその人と話し、その人を描く。
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旅の資料。手描き地図。歩いた先が道になる。
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描く対象の人に自分のことも話し、互いの理解を深めようとする。
そうすることで冷たい距離が溶ける。
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一点異質なものがあった。
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これは1949年の「鬼」。油彩を始めたばかりの頃の作品。後年の作風とはまた違うが、戦後すぐの若者の想いがこうした表現になったのかもしれない、と勝手に想像する。


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ロバと男(サントリーニ島)1999
描かせてほしいと申し出ると、このモデルのオジサンは約束より早い時間に来てくれていたそうだ。
温厚そうなオジサンとやさしい眼をしたロバ。

油彩のマチエール
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南欧の乾いた質感がよく出ていると思った。

イタリア以外の南欧は未踏の地であるわたしにとって、その風土を教えてくれる長尾和の作品群は、旅に出ろと唆す存在だった。
困るな、そんな遠くへ今はいけないぞ。
「君よ知るや南の国」と歌われても、わたしは黙って絵を眺めていよう。

2/4まで。

阿久悠記念館へゆく

明治大学博物館は地下にある。
わたしは明大卒の昭和の作詞家・阿久悠記念館へ向かった。

阿久悠は10年ほど前に亡くなった。
しかし死んでからもその作品が消えることなかった。
常にどこかで彼の作詞した歌が流れている。
彼を超える作詞家はこの先も出ないのではないかと思われる。
質量ともに凄い。
彼の作詞だと知らぬ歌で今も歌い継がれているものも少なくない。
わたしなどもついついハナウタで歌ったものが阿久悠の作詞した歌だと後から気づくこともある。
物凄い作詞家だった。

かれは小説も書いた。原稿用紙にきちんと字を埋めた。
随分前に読んだ随筆によると、一字間違えたら一からやり直していたそうだ。
そんな手間をかけても頭も指も疲れず、新しい作品を生み出し続けていた。
(後に誤字に紙張りという手法を思いつき、書き直すのをやめたそうだが)

今回わたしは「阿久悠と上村一夫」の小さな展示が見たくてここへ来た。
二人は「月光仮面」「風雲ライオン丸」などで知られる宣弘社という会社で知り合い、一度縁が切れた後に「平凡パンチ」で再会してからは生涯を仲良くつきあった。
その展示はもう少し後に来るが、阿久悠の生涯に上村一夫との交遊が欠かせないものだったことは、端々から伝わってくる。

阿久悠と明大の関わりから展示は始まる。
かれは卒業後も乞われて「わたしの明大4年間」という読み物を書いたり、様々な場面で顔をみせたようだ。

次は彼のあゆみ。
小説「瀬戸内少年野球団」のモデルになった自身の少年時代、上村との出会い、日本レコード大賞のブロンズ像、番組「スター誕生」の企画、さまざまな資料。
昭和と共に歩んだ道のりが見えてくる。

映画「瀬戸内少年野球団」はいい映画だった。1984年の日本映画ベスト1に輝いている。
今も夏目雅子の清冽な美しさが蘇り、少年たちの懸命な姿が浮かんでくる。

偉大なる作詞家の紹介コーナーではもう枚挙にいとまがない。
あれもこれもどれもこれも名曲はみんな阿久悠。
歌謡曲、応援歌、アニメ主題歌まで様々なジャンルに傑作名作が群れている。
八代亜紀「舟唄」、都はるみ「北の宿から」、ピンクレディー「ペッパー警部」、沢田研二「勝手にしやがれ」・・・

実際にYOUTUBEで紹介する。

そう、夏の高校野球。名曲だよなあ。
「時よ止まれよただ一度」というフレーズにシビレる。


金田一耕助シリーズのED。
この歌の歌詞を阿久悠は完全に覚えていないというのが面白い。
本人の随筆に依れば、茶木みやこの歌い方が暈すようなものなので歌詞が曖昧な感じになり、思い出せなくなったそうだ。
わたしなどは小学生のころから今に至るまで好きで仕方ない。


これも名曲。言葉の美しさ・せつなさが胸に響く。


OPもいいけれど、このEDが素晴らしい。
「誰も知らない知られちゃいけない」 この始まりだけでこちらは言葉が出なくなる。

ヤマトも名曲揃い。

わたしは「真赤なスカーフ」「ヤマトの譜―海神」に特に打たれる。

高校サッカーの応援歌もある。

フレーズがいいよなあ。振り向くなよ振り向くなよ・・・


小説の紹介がある。
わたしは前掲の「瀬戸内少年野球団」「殺人狂時代 ユリエ」しか知らないが、こちらも多いな。
彼の盟友・久世光彦も途中から小説家になり、どうしようもなく魅力的な小説や虚構と現実の見極めがつかない随筆を多く世に残してくれたが、この周辺の人々の能力・魅力は無限大に拡がっている。

阿久悠は「甲子園の詩」という随筆を長年連載していた。
かれは全ての試合を精力的に見て、詳細すぎる独自のスコアブックをつけていた。
一部が展示されているが、その濃密さに仰天した。
わたしも高校野球に胸を熱くし、拳が固まるまで握りしめ、声を限りに声援するが、スコアブックをつけようとは考えたことはない。
阿久悠は連載の為以上に、愛情と熱情を深く注いでスコアブックを刻み続けたのだ。

79.8.16「最高試合」として箕島―星陵を挙げている。
わたしもこの試合は覚えている。主将の上野山君がかっこよくて、妹と二人でTVに向かって大声で応援したものだ。
本当にいい試合だった。

98.8.20 横浜―PLの準々決勝。

今に語り継がれる素晴らしい試合、そのスコアブックがまだ恐ろしいほど細密描写されている。
選手一人一人の躰のサイズが書き込まれ、更に新聞記事まで貼り付けているのだ。一球一球の種類だけでなく、どのような様子かもある。
なんというスコアブックだ。クラクラする。
わたしもこの試合にどれほど感動したことか。
今思い出しても全身の神経や細胞質が深い所で強く震える。
もうこんな凄いのを見ていない。

2006年の駒大苫小牧―早実の名試合もここにある。
ああ、阿久悠はいい時代まで生きた・・・!

部屋の中央には受賞したトロフィーなどが集まっていた。
21点あるが、まだまだある。

かれの自宅の書斎の再現もあった。伊豆に移住し、和室で執筆した。
窓の遠くに富士山がある。

さていよいよ特別展示「阿久悠と上村一夫」をみる。
二人で組んだ作品が紹介されている。
「PUNCH MANGA NOVEL パラダ」「俺とお前の春歌考」「男と女の部屋」「ざんげの値打もない」「ジョンとヨーコ」「花心中」・・・
そして何よりも「悪魔のようなあいつ」
ああ、今想っても滾る。


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久世さんの随筆によるとドラマと同時連載だったそうだが、この破滅へ向かう物語の端々に漂う頽廃美にわたしはうちふるえる。
原画が出ていた。
良と彼を秘かに愛する野々村修二とがバーのカウンターで二人きりで並んでいる。
野々村が良に話しかける。
「なあ良、しばらくこうやってていいか」
野々村の手は良の肩を抱いている。
良は目を閉じ眉をひそめつつも承諾する。
「いいですよ」
良の肩に食い込む野々村の指。

滾って苦しくなるほどだった。
あああああ。

最後に阿久悠の作詞した歌を集めた「人間万葉歌」1と2とをヘッドフォンで聴くコーナーがある。
わたしはそこで1978年の「必殺」シリーズのEDになった小林旭「夢ん中」を聴く。
この二番が使われていたのだ。

酒は苦いし煙草はからい 紅は溶けるし寝床は寒い そんなお前の肩抱き寄せて惚れたようだと俺は言う・・・

そして最後に「悪魔のようなあいつ」の主題歌「時の過ぎゆくままに」を聴いた。

これは久世さんの随筆によると、まず阿久悠の作詞ありきで、そこから6人の音楽家に競作させ、最もよかった大野克夫の曲を選んだそうだ。
いついかなる時も燦然と耀く歌。闇の中の星。

あなたはすっかりつかれてしまい
生きてることさえいやだと泣いた
こわれたピアノで想い出の歌
片手で弾いてはためいきついた
時の過ぎゆくままにこの身をまかせ
男と女がただよいながら
堕ちてゆくのもしあわせだよと
二人つめたいからだ合わせる

からだの傷ならなおせるけれど
心のいたではいやせはしない
小指に食い込む指環をみつめ
あなたは昔を思って泣いた
時の過ぎゆくままにこの身をまかせ
男と女がただよいながら
もしも二人が愛せるならば
窓の景色もかわってゆくだろう


歌詞がいつまでもリフレインし続ける・・・
上村一夫の特別展示は2/25まで。

中澤弘光 明治末~大正〈出版の美術〉とスケッチ ―みだれ髪から温泉周遊まで―

中澤弘光 明治末~大正〈出版の美術〉とスケッチ ―みだれ髪から温泉周遊まで―
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中澤弘光は特に好きな画家だが、洋画よりこのタイトルどおり<明治末~大正〈出版の美術〉とスケッチ>が特にいい。
中澤の洋画の仕事は以前横浜そごうで堪能した。
当時の感想はこちら。
中澤弘光展

そしてわたしの好む彼の仕事は随分前に神保町の古書会館で展覧会が開かれ、その時にいい本が出ている。
当時の感想はこちら。
中澤弘光のブックデザイン

彼のブックデザインの仕事で大きなウェイトを占めるのに与謝野晶子の作品群がある。
まだ堺市立文化館の頃にこんな展覧会があった。
日本のアールヌーヴォー 版画、ポスター、挿し絵を中心に

そして現在の「さかい利晶の杜」では中澤装幀の与謝野作品が展示されている。
さかい利晶の杜でみたもの その2
武二、五葉、中澤と日本のアールヌーヴォーを世に送り出した人々の装幀。

明治になり新風が美術界に吹きこまれ、清新な作品が生み出されていった。
方向性は違っても皆が皆、良い作品をこの世に送りたい、あるいは贈りたいと念じていた。
中澤のいたのは白馬会だが、一方で水彩画にも目覚め、旅好きな彼は風景スケッチを水彩で楽しんだ。それが後年の仕事の幅を広くし、深みを増すことになる。

今回の展示にはリストがないので章タイトルはわからないが、特に気に入ったものを挙げてゆきたい。
なにしろ膨大な数が出ている。

日本で水彩画(みずゑ)がブームになったのは明治34年、その前年には私製絵葉書解禁。
1900年1901年はまさに新しい時代が開いた年だったのだ。
中澤の世界が広がるのはその時代背景にもあった。

与謝野晶子「みだれ髪」が世に出たのは1901年。
中澤はその情熱的な歌集に感動する明治青年だった。
浪漫主義の美に打たれ、中澤はその才能と、旅で見かけた風物をスケッチし続けて蓄積した実力とで、良い仕事を数多くうみだしてゆく。
やっつけ仕事のない、いいものばかりがそこにある。

前掲の「さかい利晶の杜」で見ることのできる晶子本の装幀がここにもある。
「新釈源氏物語」の挿絵もある。
「平家物語」の挿絵もいい。文覚が滝に打たれる絵などはその上辺にセイタカ・コンガラの2少年が佇むのが可愛い。
猫を抱っこする公家、ぼろぼろ俊寛などなど。

美人と風景とを一つにした絵もいい。
風景は全て自分の旅した先で見たものが熟成され、形となっている。

20世紀になり日本での行旅の手段が進んだ。
明治の青年たちはこぞって遠方に旅に出る。
1907年 「五足の靴」は与謝野鉄幹・木下杢太郎・北原白秋・平野万里・吉井勇の九州ツアー。
1904年 青木繁・福田たね・坂本繁二郎・森田恒友らの布良への制作旅行。
1907年 「若き日の旅」里見弴・志賀直哉・木下利玄の関西ツアー。
1915年 横山大観、下村観山、小杉未醒、今村紫紅の東海道旅行。
吉田博とふじをの義兄妹は欧米を遍歴する。
旅に出ないのは汽車に乗れなくなった清方くらいで、その彼とても15歳の折に三遊亭圓朝に連れられて東京を離れ、栃木辺りに脚気療養もかねての旅に出ている。
他にも多くの人々が旅に出る。絵や紀行文がこうして数多く生まれてゆく。

中澤は主に国内旅行を重ね、鉛筆画・水彩画どちらでもみごとな風景スケッチを描いた。
旅をして膨大なスケッチを残したと言えばこの中澤、版画家・川瀬巴水、日本画家・木島櫻谷がいて、彼らのノートはいずれも見ごたえがある。
水彩画で風景を描いた絵葉書もいい。
それをフィアンセ栄子に送る。いいなあ。
中澤の仲間との旅と言えば、1906年に白馬会仲間の5人連れでの成果が「日本名勝写真紀行シリーズ」に結実した。
これもいい仕事だ。

中澤の旅は西へも東へも向く。
「畿内見物」では住吉大社の高燈籠を描き、文楽、四天王寺の石の鳥居、阿弥陀池の様子を描く。
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住吉高燈籠

大仏殿、長谷寺を下から見上げる構図もいい。旅館の裏手から見たようだ。
京都でも特に歴史の古い「山ばな平八」にも行ったている。

田山花袋との共著「温泉周遊」は旅情に満ち満ちた作品で、城崎・伊香保などの上州巡りが特によい絵が多い。
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山の湯 箱根 木賀
表紙絵はチラシ表右下の裸婦。

1922年「日本大観」には、文楽を絵にしている。熊谷と敦盛らしい。
「東海道五十三次」スケッチでの小夜の中山は雨が降り、茶店の「和良比もち」の看板も濡れる。

みだれ髪カルタ
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これは仲良しの杉浦非水とのコラボ作品。

さまざまな口絵・挿絵がある。中に一枚箜篌を持つ万葉美人と彼女と向き合う万葉人が描かれている。
彼女は彼を見ているが、彼は彼女の背後の中空に浮かぶ飛天を追っている。

雑誌の表紙絵もいいものが多い。
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上 小杉天外「魔風恋風」のハイカラな女学生が泣いている。これは後編扉絵
中 雑誌表紙絵
下 新釈源氏物語 下巻の2

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春陽堂も博文館も明治創業のいい出版社で、その代表雑誌の表紙絵を中澤は担当している。
舞妓の絵は長田幹彦と吉井勇の共著から。
下は川床スケッチ。画像は絵のみだが額縁がしゃれていた。いわゆる祇園団子が使われている。

ようようヨーロッパへも旅立つ。48歳の欧州デビュー。
そごうでその時彼が購入したお土産などを見ている。
パリオペラ座、ナポリなどのスケッチがとてもよかった。

朝鮮への旅も実り多いものだった。
何もかもが「絵になる」風景なのだ。

浪漫的な作品群に囲まれるこころよさは体験しないとわからない。
ぜひとも吉祥寺美術館へいってほしい。
図録はまだ作成中で、わたしが行った日は予約をすると運送もしてくれることになっていた。
いつ来るのか知らないが、とても楽しみにしている。

2/25まで。


至宝をうつす -文化財写真とコロタイプ複製のあゆみ-

京都文化博物館には便利堂のショップがある。
わたしが便利堂という会社を知ったのはここでだと思う。
1990年の話だから随分前だ。
当時わたしはようよう展覧会やミュージアムに行き始めた頃で、絵葉書や図録を買うのが楽しかった。
どこが製作なのか知らないまま買ううち、段々と自分の傾向が見えてくる。
それで便利堂という会社の拵える絵葉書や美術品の複製ものが特に好きだと知った。
便利堂の商品を購入するのが楽しくなり、会員になったばかりの京都文化博物館にあるショップをはじめ、東博・京博にもそこが入っていることを知って、喜んで買えるものを買うようになった。

なぜ便利堂の商品が好きなのか。
印刷された対象の作品が好きなことは言うまでもないが、その印刷の発色がいいからだった。
そこに惹かれたのと、やはりその頃から自覚し始めた自分の嗜好-東アジアを中心とした古美術-と合致するものが多いからだ。
だから他社より便利堂を好きになったのだ。

今回便利堂創業130周年記念「文化財写真とコロタイプ複製のあゆみ」を目の当たりにする機会に恵まれた。
場所は京都文化博物館。ぴったりのところだ。
遅ればせながらわたしも出向いた。

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展示ガイドをもらった。
表紙には法隆寺金堂壁画を撮影する社員の人々の姿を写したもの。
この写真自体がすでに価値あるものになっている。
そして数ページにわたり「うつす」文化と価値と意義とを説く。
読み終えて納得がゆく。
これからの観客の人は作品を見る前に、この解説書を一読あるいは熟読することをおススメする。
そうでなければ「うつす」ことと、ここにある「うつされた」作品への理解が深くはならないと思う。

序章 うつす文化
日本書紀神代巻 乾元本 天理図書館 1994  先般天理参考館でこれを見たなあ。
いや正確にはこのうつしの元本を。無論日本書紀の原本そのものは今に伝わらない。
ただ1300年の間にうつし続けていったことで、中身が次の世に残され伝えられた。
当時は書写、模写である。
因みに天理にあるのは1303年に吉田神社の卜部兼夏が写したもの。
それを691年後に便利堂が<うつし>た。
紙の状態もそのまま。

源氏物語 大島本 飛鳥井雅康 書写 1481 末摘花  多くの貴顕が丁寧に書写し、楽しんだ源氏物語。

源氏について懐いた思いを書いた最古の本は「更級日記」菅原孝標女(次女だった)。
むろん原本はなく、定家書写の写本が現存し、それが今日まで伝えられたおかげで、この日記の全文が読める。
ただし、大学で学んだから言うが、定家の字は読みづらいので、いまだに思い出すと嫌になる。
定家の字で読むより明朝体で読ましてくれた方が、物語にもっと親身になれたのになあ。
なにしろ源氏物語に夢みる少女の妄想の追憶…

話を元に戻す。
鳥獣戯画甲本、餓鬼草紙・京博本、東博本の三点もある。
同じものでも手が違うと別物になり、それはそれでファンがいたりすると更にそれぞれの写しが出来る…
そういうことを考えながら見ていた。

第一章 文化財の写真撮影とコロタイプ複製
ずらりと豪奢な美術専門誌「國華」が並ぶ。
創刊号には運慶の無着の斜めからの姿がある。
いいポジション。先般の運慶展での六田知弘の写真が蘇る。あれとはまた別のアングルであり、カメラマンの視点の違いを愉しむ。
大英博物館所蔵の顧愷之「女史箴図」の綺麗な図版紹介もある。官女たちが寛いでいたり琴を弾いていたりする図。

「真美大観」も並ぶ。いずれも明治に刊行されたもの。薬師寺の吉祥天図が出ていた。
模写もいいが、より現物に正確な撮影と印刷は大事だと思う。
数年前に歴代の吉祥天模写を複数見ての実感である。

法隆寺絵葉書帖 1907 たいへん綺麗な写真絵葉書。仏の美。中宮寺の弥勒菩薩もある。
金銅の日光月光菩薩、玉虫厨子などなど。

これで思い出した。
便利堂ではなく飛鳥園の写真絵葉書の話だが、同時代に志賀直哉・里見弴・木下利玄の三人が関西ツアーを決行した。それを数十年後の1941年に里見弴が「若き日の旅」として上梓したが、彼らが奈良の博物館そばで絵葉書を購入するくだりがある。
先般の国宝展でも人気の高かった、燈を持ち上げる働く鬼の写真絵葉書である。
その絵葉書は里見弴の手元に残っていて、本の口絵にも使われているが、私製絵葉書が公認されてから十年後、いくつもの会社がいい絵葉書を造るのに心を砕いていたのがよくわかる。

貴重図書影本 1930-41  根津コレクションの名品を集めている。徽宗皇帝の柘榴を噛む小鳥の絵が出ていた。物凄い本である。
更に巨大な「青山荘清賞」というのもある。根津コレクションの全貌を見る!という心持になる。
この1941年というのがなかなか微妙な年だと思うのだ。
前述の里見弴「若き日の旅」も1941年で、上質な紙と印刷の本で、2018年の今もすり減りもしていない。そう言えば名取洋之助「NIPPON」も同時代だ。
1941年までが印刷物にとってよい時代だったのかもしれない・・・

明治の頃のガラス湿板と昭和初期のガラス乾板、カラーネガとカラーポジ・・・
技術はどんどん進む。

第二章 よみがえる至宝―法隆寺金堂壁画と高松塚古墳壁画
この章とその展示は本当に凄いものだった。
2008年7月に奈良博で「国宝・法隆寺金堂」展 を見たが、あの時一部だけコロタイプのが出ていた。当時の感想はこちら
今回、初めて全作品が展示されるそうだ。

1937年の撮影である。法隆寺金堂壁画全12壁。リアルサイズの巨大な壁画。
六櫻社(現コニカミノルタ)のカメラを使用しての撮影。
ただただ圧倒された。

Wikiから引用する。
壁画には1号から12号までの番号が振られている。東側の扉を入って左側の壁が1号壁で その隣(南側)が2号壁、以下、時計回りに番号が振られ、東側扉の北側に位置する壁が12号壁である。壁面の大きさは横幅255 – 260cm前後の大壁(たいへき)と横幅155cm前後の小壁(しょうへき)の2種類がある(壁面の高さはいずれも約310cm)。東面の1号壁、西面の6号壁、北面中央扉の左右に位置する9号壁と10号壁の計4面が大壁、外陣の四隅に位置する残り8面が小壁である。

展示もそのように設えられていた。

今回、初めてと言ってもいいと思う。間近で真正面から、この原寸大コロタイプ印刷の素晴らしい複製品と対峙した。
以前に模写による全面を見てはいる。
当時の感想はこちら
法隆寺 祈りとかたち
あのときも素晴らしいと思ったが、このモノクロの煤けたような旧い壁画に言いようのない感銘を受けた。

1号壁・釈迦浄土図 
2号壁・菩薩半跏像
3号壁・観音菩薩立像
4号壁・勢至菩薩立像
5号壁・菩薩半跏像
6号壁・阿弥陀浄土図
7号壁・聖観音菩薩立像
8号壁・文殊菩薩坐像.
9号壁・弥勒浄土図
10号壁・薬師浄土図
11号壁・普賢菩薩坐像
12号壁・十一面観音立像

この偉大な壁画のそのコロタイプ印刷による複製品が、いま目の前にある。
細部をじっくり凝視することも出来る。そこから様々な発見が生まれ、それがますます喜びを大きくしてくれる。
2の向かって右側の菩薩の顔は「剥落の精華」とも言うべき錯覚の魅力を見せつけてくれる。
目元口元に艶があり、とても色っぽい。アジャンター風な風貌。魅力的な男性に見えた。
9も向かって右の菩薩がいい。顔も優しいが、何よりも腕の表現が魅力的だ。
10もまた右側の僧形の菩薩が近現代風の顔だちで、タレ目なダンディに見える。
・・・というような細かいことを発見してはときめいている。

便利堂はその当時誰もしなかった方法を採った。
四色分解撮影と言うのをして金堂壁画を撮影している。
その四色が示されていた。
紫・緑・赤・黄色。
わたしにはこのあたりの知識は全くないので本当のところはこの事業がどこまで凄いのかが完全にはわからないのだが、それでもこの作業が大変なことだというのはわかる。
便利堂の仕事にリスペクトの念を抱くばかりだ

そして次に高松塚古墳が来た。
初公開の作品だそうだ。
1972年の発見直後に撮影したものを2017年に原寸大コロタイプ複製したもの。

信じられないくらい綺麗だった。
これがあの高松塚古墳の発掘直後の壁画なのか。
近年のあの無残な状況とは全く違う。
なんて綺麗なのだろう。
そして思いがけず小さかった。いや、当たり前か。
ただ勝手にサイズを錯覚していたのだ。
複数あるその壁画、それぞれをじっくり見せてもらった。
そう、凝視できる近さと、凝視できるレベルの複製品。
素晴らしい。

東アジアの美と言うものを改めて目の当たりにした。
女官たちだけでなく金箔が貼られた星座もある。
これが高松塚古墳の壁画だったのか。

昂揚し、酩酊した。

当時の作業現場、つまり高松塚古墳の壁画のある内部の再現があった。
よくもこんなに狭いところで、と絶句する。しかも温度管理などないからえらい目に遭うたそうだ。
ああ、すごい。カーター博士がツタンカーメンの墓を発見したのと同じ興奮がここにあったろう。

同時期にどのようにしたのかわからないそうだが、朝日新聞が発見後いちばんに世に出したカラー特装版もあった。
当時の興奮を想像する。

イメージ (291)

第三章 コロタイプによる文化財複製の活用
正倉院文書、御堂関白記、東寺百合文書や蒙古襲来絵詞、地獄草紙などの複製品がある。
この辺りの名品を見て、便利堂と言う会社のファンになったのだ、わたしは。
嬉しい気分で見入った。

光琳の風神雷神図の裏に抱一の夏秋草図が貼りついた状態の屏風があった。
そう、これが原型の複製品。
抱一から光琳へのオマージュ。
この状態で見ることが出来たのは本当に嬉しい。
ありがとう、便利堂。

終章 コロタイプの明日
ここでは現代アートで活用されるコロタイプ印刷の数々の紹介のほか、明治の絵ハガキなどを並べていた。
そう、未来はまだまだある。
コロタイプ複製の良さを堪能する。
巴水、かいち、雪岱、深水、靫彦らの絵ハガキがあるのが楽しい。

便利堂の主人中村竹四郎は星岡茶寮の経営にも携わっていた。
その縁で印刷功労章受章の祝賀会を大阪の星岡茶寮で開催したときの記念写真がある。
立派な大屋根の見える前での集合写真。
ここはわたしの母がごく小さい頃によく遊んだ場所だそうだ。
今ではほぼ何も残っていないが、かつての塀などは近年まであったようだ。

素晴らしい便利堂。
これからも良い仕事をどんどん続けていってほしい。
いいものを見せてくれて、本当にありがとう。

「ポスターでみる映画史Part 3 SF・怪獣映画の世界」に躍った その3

最後はメイド・イン・ジャパン!

☆国産SF映画の興隆 The Rise of Japanese Sci-Fi Films

映像が流れていた。
 『百年後の或る日』(1933年、荻野茂二監督)A Day after a Hundred Years
モダンなセンスで、1930年代だからこその良さがある。とてもクール。

 『宇宙人東京に現わる』(1956年、島耕二監督)Warning from Space
イメージ (282)
この☆に目玉着いた宇宙人の造形は岡本太郎だそうで、とても納得。
ポスターでは赤だが、映画では黒になっていたそうだ。バイラ星人。妙に可愛いぞ。

 『フランキーの宇宙人』(1957年、菅井一郎監督)Frankie the Spaceman  B3×1/2
監督が溝口健二に酷使されていた脇役名優・菅井一郎だというのにびっくりした。
そしてこの映画、フランキー堺が一人何役…どころかほぼ全部ひとりで演じているそうで、三谷幸喜の出たコマーシャルを思い出した。どの役もみんな深津絵里だというあれ。「ステキな金縛り」の前宣伝も兼ねてた…

 『鋼鉄の巨人スーパージャイアンツ』(1957年、石井輝男監督)Super Giant
宇津井健がアタマに変なアンテナを付けて全身ピッタリの衣装を付けている。
これは実は83年ごろにTV大阪で見てびっくりしたのを覚えている。
人気シリーズだったそうだが、なんかもう色々とモヤモヤ…

 『美女と液体人間』(1958年、本多猪四郎監督)The H-Man
イメージ (284)
ホラーですやん、殆ど。
しかしこれを出すなら「吸血鬼ゴケミドロ」も出してほしいな・・・


<写真・プレス資料>
プレス:『鋼鉄の巨人スーパージャイアンツ 地球滅亡寸前』(1957年、石井輝男監督)Super Giant 4
石井輝男は「徳川女刑罰史」、「網走番外地」シリーズ、「惑星ロボダンガードA」[ねじ式」とめちゃくちゃ範囲が広かったが、意味不明な面白さがあったなあ。

☆ゴジラは吼える Godzilla Roars
おお、ゴジラ―
イメージ (96)
 『ゴジラ』(1954年、本多猪四郎監督)Godzilla リプリント版
やっぱりこの芹沢博士の美貌にクラクラするよわたしは。
戦災で傷を負うたというてもそれでもこれだもの、ときめくなあ。

 『キングコング対ゴジラ』(1962年、本多猪四郎監督)King Kong vs. Godzilla B1×3シート
でかいぞこのポスター。それにびっくり。

懐かしいのがぞろぞろ。
 『怪獣大戦争』(1965年、本多猪四郎監督)Invasion of Astro-Monster
 『怪獣総進撃』(1968年、本多猪四郎監督)Destroy All Monsters 立看
 『ゴジラ対ヘドラ』(1971年、坂野義光監督)Godzilla vs. Hedorah
 『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(1972年、福田純監督)Godzilla vs. Gigan
 『メカゴジラの逆襲』(1975年、本多猪四郎監督)Terror of Mechagodzilla
…とここまでは資料として見てきたものばかりで好感度が高いのだが、どうもわたしは80年代以降のはニガテだ。

 『ゴジラ』(1984年、橋本幸治監督)The Return of Godzilla
 『ゴジラvsビオランテ』(1989年、大森一樹監督)Godzilla vs. Biollante
 『ゴジラvsモスラ』(1992年、大河原孝夫監督)Godzilla vs. Mothra
昔の『モスラ』の方が好きだよ…

 『ゴジラvsスペースゴジラ』(1994年、山下賢章監督)Godzilla vs. SpaceGodzilla 画:生頼範義
生頼さんのいい仕事。

☆本多猪四郎の世界 The World of Ishiro Honda
ワクワクが生まれて来るわ。リアルタイムには知らなくても、身近な感じがある。
どれみても力はいるわー!

 『地球防衛軍』(1957年、本多猪四郎監督)The Mysterians 立看
ああ、そうそうこのタイトル見るだけでわくわくした。

 『大怪獣バラン』(1958年、本多猪四郎監督)Varan the Unbelievable
顔つきの怖さ、それがいいのよねー

 『宇宙大戦争』(1959年、本多猪四郎監督)Battle in Outer Space 立看
おおおおおっかっこええ!

 『モスラ』(1961年、本多猪四郎監督)Mothra B1×8シート
巨大!!びっくりした!モスラは蛾だから変態してゆくのも魅力だったな。
インファント島から連れ出された小美人。わたしは今もアカペラであの歌を歌えるよ。

 『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(1966年、本多猪四郎監督)The War of the Gargantuas
山の怪獣と海の怪獣の相容れない関係性…萌えるな。しかもどちらもキンスキーに似てる…

 『キングコングの逆襲』(1967年、本多猪四郎監督)King Kong Escapes
妙なちゃちさがいいな。図解あり。

 『緯度0大作戦』(1969年、本多猪四郎監督)Latitude Zero
これは曲だけ録音している。80年代に特撮特集がラジオであって、それで録音した。

☆“怪獣”花盛り The Blossoming of Kaiju
さっきまでのは東宝で、こちらは大映、日活など。

 『大怪獣ガメラ』(1965年、湯浅憲明監督)Gamera: The Giant Monster
イメージ (285)
第一作目ではガメラはまだ性質不明の怪獣だが、やっぱり2作3作へと進むにつれ「ガメラは子供の味方!」というのが明確に打ち出されてきて、それがとても好きだ。ガメラマーチも軽快で名曲。大好き。

 『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966年、田中重雄監督)Gamera vs. Barugon
関西が壊されますがなー

 『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967年、湯浅憲明監督)Gamera vs. Gyaos B1×2シート
ほんまににくそいギャオスでしたなーそれにしても巨大なポスターで大迫力。

 『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(1968年、湯浅憲明監督)Gamera vs. Viras
イカみたいな奴めー 

 『ガメラ対大悪獣ギロン』(1969年、湯浅憲明監督)Gamera vs. Guiron
これは宇宙人のお姉さんの出すドーナツとかおやつがなかなかおいしそうだった。
そしてここに至ってガメラは日本と外人の少年コンビしか助けないことが明白となってしまった。

わたしにとってガメラは湯浅監督のガメラだけ。
だからこちらは到底受け入れられない。↓
 『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年、金子修介監督)Gamera: Guardian of the Universe

「大魔神」も入れてほしいが、あれは伝奇ものか。

 『大巨獣ガッパ』(1967年、野口晴康監督)[複製]Gappa: The Triphibian Monster 日活株式会社協力
一作だけで終わってしまった。プロデューサー児井英生がこの「ガッパ」についてジコマンなことを書いていたが、おしいな、やはり受け入れられなかったのは事実だ…

☆1970年代以降の国産SF映画 Japanese Sci-Fi Films from the 1970s
やっぱり日本の特撮は素晴らしいよ。

 『日本沈没』(1973年、森谷司郎監督)Japan Sinks 立看
実は今に至るまでただの一度もこの映画をきちんと見ていないのよ。何故かタイミングが合わない。
しかしタイトルはちゃんと知ってる。

 『宇宙からのメッセージ』(1978年、深作欣二監督)Message from Space
イメージ (289)
ははは… まあ、歌も歌えるよ…

 『時をかける少女』(1983年、大林宣彦監督)The Little Girl Who Conquered Time
原田知世の立ち姿。思えばアニメにもなり、今も人気が高いものなあ。
歌もよかった。

 『さよならジュピター』(1984年、橋本幸治監督)Bye Bye Jupiter
好きなのだが案外評価が高くなかったな。ユーミンの主題歌もよかった。
友和さんが主役だが、小松左京は本当は草刈さんにオファーしたが、タイミングが合わなかったそうだ。
今もこのパンフはある。

「復活の日」のポスターもあればよかったのに…

 『首都消失』(1987年、舛田利雄監督)The Capital Vanishes
うっ31年前とな!謎の霧に囲まれて消える首都。

 『帝都物語』(1988年、実相寺昭雄監督)Teito Monogatari
おおー加藤を中心に人々がずらり。不気味な人気があったな。やっぱりいいよ。
高橋葉介のマンガもよかった。魔人・加藤をはじめキャスティングが面白かった。


最後の最後にキター
『空の大怪獣 ラドン』(1956年、本多猪四郎監督)Rodan
ラドンは阿蘇山の火口に向かうんだよな、もうほんと、ドキドキ。

好きな世界に取り込まれて心が躍ったなあ。
こんな展覧会が本当に好きだわ。
ああ、いいものを見た…

3/25まで。

「ポスターでみる映画史Part 3 SF・怪獣映画の世界」に躍った その2

続き。

☆新時代の幕開け―『スター・ウォーズ』の時代 The Dawn of New Era – The “Star Wars” Generation
わたしは83年の「ジェダイの復讐」(=当時のタイトルはこうだった)から見始めたのですよーーーーっ

 『未知との遭遇』(1977年、日本公開78年、スティーヴン・スピルバーグ監督)Close Encounters of the Third Kind 小野里徹氏所蔵 アメリカ版[UFO解説版]
真ん中に“We are not alone” の一文がある。これが効いている。
トリュフォーがこの映画に出ている、ということを当時小学生のわたしでも聞いていた。
フランスの映画監督がアメリカ映画に出る、というのに妙に興奮したことを覚えている。
この映画はヒットして色んなパロディが生まれた。
石森章太郎(当時)も江戸時代マンガ「さんだらぼっち」で「ケチとの遭遇」を描いている。

さていよいよ。SW!!!
 『スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望』(1977年、日本公開78年、ジョージ・ルーカス監督)Star Wars: Episode IV A New Hope
ドキドキする夢と希望と青春が詰まってるなー!いいなあ、いいなあ。
イメージ (281)

 『スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲』(1980年、日本公開同年、アーヴィン・カーシュナー監督)Star Wars: Episode V The Empire Strikes Back 画:生頼範義
この画像はノベライズの表紙だが、これが世界ポスターで、本当にかっこいいよなー。
今丁度上野の森の美術館で生頼範義展が開催されているが、胸が熱くなるよ。
以前に見た生頼範義展の感想はこちら。
生賴範義展 THE ILLUSTRATOR ―スター・ウォーズ、ゴジラを描いた巨匠の軌跡―
イメージ (82)

 『スター・ウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還』(1983年、日本公開同年、リチャード・マーカンド監督)Star Wars: Episode VI Return of the Jedi
ああ、涙でそう・・・

 『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』(1999年、日本公開同年、ジョージ・ルーカス監督)Star Wars: Episode I The Phantom Menace
これもいいよなあ。97年だったか、<本当に>SWの新しい作品が世に出るということを聞いた時のあの嬉しさ・・・!もう本当に涙がこみあげてきて、胸が熱くなった。
そして待ちに待ったあの日、ついに16年ぶりにSWに会えたのだ。
このポスター、本当に嬉しかったなあ・・・

 『スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』(2002年、日本公開同年、ジョージ・ルーカス監督)Star Wars: Episode II Attack of the Clones
三年待ってこれが来た時もドキドキした。
やっぱりSWは素晴らしい。

 『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』(2005年、日本公開同年、ジョージ・ルーカス監督)Star Wars: Episode III Revenge of the Sith
いい作品だった。悲痛な物語だったが。よかったなあ。
ポスターを見つめていると次々に好きなシーンが脳内されてくる・・・

 監督・出演者サイン入り『スター・ウォーズ』公開一周年記念ポスター(1978年)Star Wars: Episode IV A New Hope 渡辺祥子氏寄贈

こちらは撮影可能。



 『E.T. 』(1982年、日本公開同年、スティーヴン・スピルバーグ監督)E.T. The Extra-Terrestrial
指と指のあれ、自転車が空を飛ぶ・・・いいポスターだ。

<スター・ウォーズをめぐる本>
豪華本がいくつも並ぶ。山口晃画伯の仕事もあったのか。
 「スター・ウォーズ・クロニクル」(1995年、竹書房)
 デイヴィッド・ウエスト・レイノルズほか「スター・ウォーズ クロスセクション」(2007年、小学館プロダクション)
スティーヴン・J.サンスイートほか「スター・ウォーズ・ヴォールト」(2007年、講談社)
J・W・リンズラー「スター・ウォーズ ザ・ブループリント」(2011年、竹書房)
この辺りは買っていないからいいココロモチで見た。

☆SF映画の世界征服 Sci-Fi Films Conquer the World
ここに登場する映画の殆どがもう自分の青春どころか人生と一緒に歩んできたものばかりで・・・(涙)。

 『スーパーマン』(1978年、日本公開79年、リチャード・ドナー監督)Superman
ポスター見ただけで音楽が流れだすわ。

 『宇宙空母ギャラクティカ』(1978年、日本公開79年、リチャード・A・コーラ監督)Battlestar Galactica
いやもぉほんまに・・・。ははは。えーと、この「ギャラクティカ」というとわたしなぞは「リングにかけろ」の剣崎のフィニッシュブロー「ギャラクティカ・マグナム」をすぐに思い出すよ。

 『メテオ』(1979年、日本公開同年、ロナルド・ニーム監督)Meteor 画:生頼範義
生頼さんのカッコイイポスター、最高だな、マジで。この映画でメテオの言葉を知ったのでした。

 『ブラックホール』(1979年、日本公開80年、ゲイリー・ネルソン監督)The Black Hole
タイポがなかなかうねるようで面白い。

 『エイリアン』(1979年、日本公開同年、リドリー・スコット監督)Alien
イメージ (288)
79年と言うことにびっくりした。え、そうなの?
このパロディも色々あった。「絵入り案」とかね。この後に成田美名子「エイリアン通り」が出たが、あれは別にSFではありません。
ただ、先年、成田亨展で彼の姪が成田美名子だと知って仰天した。
シガニー・ウィーバーがオーディションを受ける時にスキンヘッドにして出向いたとかそんな話もあった。

 『スタートレック』(1979年、日本公開80年、ロバート・ワイズ監督)Star Trek: The Motion Picture 画:ボブ・ピーク
TVシリーズ「宇宙大作戦」の頃から見ているが、「スタートレック」になった時の違和感はけっこう大きかった。
そしてTVシリーズを何故映画化?と思ったりもした。しかしこのポスターを見ながら今思うのは、「映画になってよかった」ということかな。いいポスター。

 『フラッシュ・ゴードン』(1980年、日本公開81年、マイク・ホッジス監督)Flash Gordon
もぉ本当にこの主題歌、よかったなー。クィーンの歌の中でも特にヒットしたと思う。映像よりそれか。


 『ブレードランナー』(1982年、日本公開同年、リドリー・スコット監督)Blade Runner 小野里徹氏所蔵 イギリス版
これはイギリス版か。この映画が公開された時、わりとみんなあの髪型をしていたな。かっこよかった。

 『トロン』(1982年、日本公開同年、スティーヴン・リズバーガー監督)Tron
このポスターを見たとき「近未来」というものを実感したなあ。内容よりポスターに惹かれた人も少なくないと思う。

『遊星からの物体X』(1982年、日本公開同年、ジョン・カーペンター監督)The Thing
その1にも書いたが、この公開の時もけっこうパロディがあった。
今思えば80年代初頭はSF映画がたくさん入荷されていたなあ。

 『ヴィデオドローム』(1983年、日本公開85年、デヴィッド・クローネンバーグ監督)Videodrome 小野里徹氏所蔵 イギリス版
公開時の記憶はないのだが、その後に知った一本。当然ポスターにも記憶はないが、ホラーに見えるな…

 『スターマン 愛・宇宙はるかに』(1984年、日本公開85年、ジョン・カーペンター監督)Starman
ああ懐かしいな。この時代のポスターを見ると、ポスターそのもののことより、見ていた時期のキモチが蘇ってくるばかりだ。

 『グレムリン』(1984年、日本公開同年、ジョー・ダンテ監督)Gremlins
箱からグレムリンの手が出てくるところ。日本版のだから注意書きも日本語。
そう、あの4つの注意を破ったために…

 『デューン 砂の惑星』(1984年、日本公開85年、デヴィッド・リンチ監督)Dune
かなり期待してたことを思い出す。まぁ結果的に理由を知って納得はしたけれど。
デューンの原作挿絵も最初のは石森章太郎(当時)で、次にこの映画のになり、それから加藤直之に変わった。
今はどうなのか知らない。惜しいよなあ、全く。

 『ターミネーター』(1984年、日本公開85年、ジェームズ・キャメロン監督)The Terminator
このシュワちゃんはやっぱり怖いよな。この作品の頃は本当にシリアス系だったが、いつの間にかシュワちゃんになっていたな。
でこのシュワちゃん、当たり前だが若い。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年、日本公開同年、ロバート・ゼメキス監督)Back to the Future
いい絵柄のポスター。車と言い腕時計を見るポーズと言い。人気が高かった。

 『スペースバンパイア』(1985年、日本公開同年、トビー・フーパー監督)Lifeforce
この映画と「パタリアン」の区別があまりつかない。いやわかってはいるのだが、それでも混ざり合う。同年だし。

 『ロボコップ』(1987年、日本公開88年、ポール・ヴァーホーヴェン監督)Robo Cop
カッコいい構図。日本の特撮の「シャリバン」か「ギャバン」かどっちかに似ているなと思ったが、30年経った今もそんな古くは感じない。

 『12モンキーズ』(1995年、日本公開96年、テリー・ギリアム監督)Twelve Monkeys
そうそう、このポスター、キモチ悪かったんだよなあ。この頃のブラピには興味がなかったなあ。

 『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年、日本公開98年、ポール・ヴァーホーヴェン監督)Starship Troopers 小野里徹氏所蔵 イギリス版
なぜ今「宇宙の戦士」をするかなあ、と当時疑問に思ったことを覚えている。

 『マトリックス』(1999年、日本公開同年、アンディ&ラリー・ウォシャウスキー監督)The Matrix
20年近くたった今もなんてスタイリッシュなポスターだろう、カッコいい、としか思えない。
本当にこの黒の使い方が最高にクールだった。いいよねー。

 『A.I. 』(2001年、日本公開同年、スティーヴン・スピルバーグ監督)A.I. Artificial Intelligence
ポスターとして、巧い作品だといつも思う。文字をこのように使うのは好きだ。

コーフンはまだまだ続く。

「ポスターでみる映画史Part 3 SF・怪獣映画の世界」に躍った その1

フィルムセンターで「ポスターでみる映画史Part 3 SF・怪獣映画の世界」を見た。
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見る前からコーフンして気合が入っていたが、見終えて熱く滾り倒したのだから、わたしも大概SF好きだ。
小さい時に特撮を見たか・見なかったで、SF好きかそうでないかに分かれる、というのがわたしの持論だ。
わたしは「仮面ライダー」「ウルトラ」シリーズを始め、様々な特撮を見て育った。
実はアニメよりそっちの方が多かった。
そして当時はTVの洋画劇場が盛んで、荻昌弘さん解説の「月曜ロードショー」、水野晴郎さん解説の「水曜ロードショー」、河野基比古さん解説の「木曜ロードショー」、淀川長治さんの「日曜洋画劇場」が21時からあった。
他にもお昼にも放映があったり、高校の頃にはNHK教育(当時)でノーカット・CMなしの洋画の名作劇場が放送され続けていた。
名画座も多く、古い名画を二本立て上映する館が多かったのも過去のいい話だ。
アニメも主にSFばかりみていたし、日常物というのに興味を持てなかった。
・・・下地はこうして整えられていたのだ。

フィルムセンターの今回の展示の狙いを写す。
「宇宙への旅、時間の超越、地球の破滅、信じられない未来――尽きることのない人間の想像力が、映画においてもっとも自在に発揮されてきたのがサイエンス・フィクション(SF)という分野でしょう。私たちの現実をはるかに凌駕するそのストーリーや映像表現は、今も世界の観客に圧倒的なインパクトを与え続けています。
シリーズ「ポスターでみる映画史」の第3回となるこの「SF・怪獣映画の世界」は、フィルムセンターのコレクションを中心に、傍流からやがてメインストリームの地位を得たこの壮大なジャンルを取り上げる展覧会です。『メトロポリス』や『キング・コング』といった古典作品、1954年の『ゴジラ』第一作以来、特撮技術の粋をつぎ込み海外にも熱狂的なファンを生んだ日本の怪獣映画、1960年代以降のスタンリー・キューブリック監督ら新世代の台頭、全世界を席巻した「スター・ウォーズ」シリーズ以降のSF映画の黄金期など、このジャンルの豊かな系譜をたどります。壮大なポスター・デザインに込められた、イマジネーションの飛躍をお楽しみください。」


よーしよし、ゆくぞーっ!
常設展示にもドキドキしながらいよいよ特別展へ向かった。
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ポスターは挿絵同様、一目惚れさせる力を持たなくてはならない。
一瞬で見たものの心を掴み、「なんだなんだ」と引き寄せなくては価値がない。
今回並ぶSF・怪獣もののポスターはいずれもその力に満ち溢れている。
いいポスターばかりだ。
「芸術にまで高める」などという野暮なことは言うな、観客をぎゃん泣きさせるくらいの熱いのを造れ。
わたしは実際はぁはぁと息が詰まった。なんていいのだろう、そそられるそそられる。
こうでなくてはいけない。

☆.SF映画の古典から From Sci-Fi Classics
無声映画時代に生まれた作品と、後年リバイバルされたときのポスターなどがある。

 『メトロポリス』(1927年、日本公開29年、フリッツ・ラング監督)Metropolis B1 1984年リバイバル版
これ覚えている。音楽も付けられて色もついたので、逆に見たくなくなったのだが、今となっては見ておけばよかったな。
構成主義風な構図でかっこいい。日仏英版だったかな。

 『フランケンシュタイン』(1931年、日本公開32年、ジェームズ・ホエール監督)Frankenstein アメリカ版[1976年リプリント版]
あれだ、描き方がいいので、この怪物がなかなか沈鬱な男前に見えてきた。目元の暗さもわるくない。怖いのは怖いが、妙な良さがある。

 『キング・コング』(1933年、日本公開同年、メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シェードザック監督)King Kong アメリカ版[リプリント版]
骸骨島から連れ出されたコングが文明の象徴たるエンパイアステートビルを上り、手には美女という構図。これよりむしろ日本の1960年代少年雑誌グラビアのコング絵の方が迫力あるなあ。

『月世界征服』(1950年、日本公開1951年、アーヴィング・ピシェル監督)Destination Moon 個人蔵
おお、謳い文句が「総天然色」。これはこの時代の常套句というか、そそる要因の一つ。

 『原子怪獣現わる』(1953年、日本公開54年、ユージン・ローリー[ウージェーヌ・ルーリエ]監督)The Beast from 20,000 Fathoms
この作品で監督はジャン・ルノワールの助監督から一本立ちしたそうな。
ゴジラより先の映画で、レイ・ブラッドベリの原作。
ブラッドベリと映画と言えばわたしはジョン・ヒューストンと組んで脚本を書いた「白鯨」が一番好きだな。
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 『海底二万哩マイル』(1954年、日本公開55年、リチャード・フライシャー監督)20000 Leagues Under the Sea
ジェームス・メイスン、カーク・ダグラス主演・・・
60年以上前とはいえこの魅力的なキャスティング・・・
イメージ (283)

 『金星ロケット発進す』(1960年、日本公開61年、クルト・メーツィヒ監督)Der schweigende Stern [First Spaceship on Venus] B3×2/3
パリ在住の日本女優・谷洋子が呼ばれて出たそうだが、日本版ポスターには「主演」とある。スタニスラフ・レムの原作。
「1970年に人類は月に基地を設営した」
うおおおおお。

 『空飛ぶ戦闘艦』(1961年、日本公開同年、ウィリアム・H・ホイットニー監督)Master of the World
ツェッペリン号に何となく似ているな。
戦闘艦で空を飛ぶと言うか宇宙を行くのはヤマト、キャプテンハーロックのアルカディア号、それとクィーン・エメラルダス号が脳裏に浮かぶなあ。

<プレス資料>

 『戦慄の七日間』(1950年、日本公開1954年、ロイ・ボールティング監督)Seven Days to Noon
「ロンドンで原爆を!」というパニック物なんだが、この資料、全部ネタバレになってますがな。ええんかいな。

 『地球の静止する日』(1951年、日本公開1952年、ロバート・ワイズ監督)The Day the Earth Stood Still
見かけの変な宇宙人がうようよ。

 『遊星よりの物体X』(1951年、日本公開1952年、クリスチャン・ナイビー監督)The Thing from Another World
思えばこれもリメイクされているなあ。
82年のリメイク版の時、坂田靖子がこれをネタにしたギャグマンガを描いていた。

 『禁断の惑星』(1956年、日本公開同年、フレッド・M・ウィルコックス監督)Forbidden Planet
タイトルがけっこう好きだった。これは見ていないのだが、タイトルだけは知っている。


☆キューブリックの登場 The Impact of Kubrick
やっぱりこのヒトですね、ハイ。

 『博士の異常な愛情』(1964年、日本公開同年、スタンリー・キューブリック監督)Dr. Strangelove or How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb 立看
字がやたらと多い、というか字だけで終わるのか、下へ下へ吸い込まれてゆく・・・!!
TVで見たとき、なんだか意味が分からなかったなあ。いや、今でも本当に理解してるかどうかはわからない。

 『2001年宇宙の旅』(1968年、日本公開同年、スタンリー・キューブリック監督)2001: A Space Odyssey
おおおーっ このポスターの前に立つと、やっぱり荘厳な音楽が脳内再生されて、「おおおーっ」になってしまうよ。
イメージ (280)

 『2001年宇宙の旅』 2001: A Space Odyssey レンチキュラー版 41.0×26.8cm 草薙匠氏寄贈
きれいわ。熊本の映画館が独自にこれを拵えてたそうです。立体的な見え方。
イメージととてもそぐう。

 『時計じかけのオレンジ』(1971年、日本公開72年、スタンリー・キューブリック監督)A Clockwork Orange 1979年リバイバル版
どっちにしろ気持ち悪い・・・

 『猿の惑星』(1968年、日本公開同年、フランクリン・J・シャフナー監督)Planet of the Apes
コーネリアスとジーラの間にテーラー。今見たら「スペクトルマン」の「宇宙猿人」ゴリとラーに挟まれているのとあまり変わらないな。
映画史上最大のショッキングなラストシーンの一つ。
あとは「キャリー」「シックス・センス」かな・・・
そうそう思い出した。TV放送の時、コーネリアス(猿の女性考古学者)の一人称が「おいら」だったので、子供心に「それはないやろ」と思ったものである。
この特殊メイクはたいへんで、水分を採るのにストローでしか無理だったというのを、当時の映画雑誌で読んだことがある。

 『ミクロの決死圏』(1966年、日本公開同年、リチャード・フライシャー監督)Fantastic Voyage
懐かしい!今見てもドキドキのポスター。これも懐かしいなあ。
今も血管とか神経細胞とか白血球を思うとこの映画を思い出すことがある。

 『ソイレント・グリーン』(1973年、日本公開同年、リチャード・フライシャー監督)Soylent Green
知らない。しかしディストピアが舞台だというので、やはり70年代はそうした傾向が強かったのだと勝手に納得。

☆ヨーロッパ産SF映画 European Sci-Fi Films
独特の湿度があるいい作品があって、やはりいいな。

 『アルファビル』(1965年、日本公開70年、ジャン=リュック・ゴダール監督)Alphaville, une étrange aventure de Lemmy Caution
知らない。しかしいいポスター。ゴダール作品のポスターは大体がカッコイイ。

 『華氏451』(1966年、日本公開67年、フランソワ・トリュフォー監督)Fahrenheit 451
わたしの見てた資料と絵柄が違うが、あれはポスターではなく資料だったのか。

 『バーバレラ』(1968年、日本公開同年、ロジェ・ヴァディム監督)Barbarella
えろくていいよな、このポスター。本作は見ていないが、紹介を見る機会が多くて、実際に見た気になってしまっている一本。
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 『惑星ソラリス』(1972年、日本公開77年、アンドレイ・タルコフスキー監督)Солярис [Solaris]
綺麗と言うだけではすまないポスター。この一枚だけでも引き込まれる・・・

 『地球に落ちてきた男』(1976年、日本公開77年、ニコラス・ローグ監督)The Man Who Fell to Earth 小野里徹氏所蔵 イギリス版
ああ、ボウイ。80年代にTV放映されたのを見たよ。恋人役の声を小原乃梨子があてていて、それがこの不穏な作品での安心につながっていたが、ラストは酷かったなあ。ボウイ可哀想・・・
イラストでもボウイは綺麗。

 『ストーカー』(1979年、日本公開81年、アンドレイ・タルコフスキー監督)Сталкер [Stalker]
これもやはりいいポスター。とても魅力的だが、ある種の抑鬱状態な感じがある。

 『未来世紀ブラジル』(1984年、日本公開85年、テリー・ギリアム監督)Brazil
ロードショーの時を覚えているが、ポスターに記憶がない。

 『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986年、日本公開91年、ゲオルギー・ダネリヤ監督)Кин-дза-дза! [Kin-dza-dza!]
知らない。しかしこのポスター、なんだか妙にノスタルジックだな。コメディなのか。
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長くなるのでここまで。続く。

「美術館でバードウォッチング」しました

三井記念美術館でバードウォッチングをした。
なんでやねんではない。
開催中の「国宝 雪松図と花鳥」展の副題が「美術館でバードウォッチング」なので間違いではないのです。
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近年は猫ブームだが今年は戌年と言うことで京博「いぬづくし」東博「犬と迎える新年」が開催されている。
三井は猫も犬も選ばず鳥を選んだ。
なんでも「鳥の三井さん」と呼ばれた「新町三井家」の高遂氏と言うヒトが鳥コレクターだったそうだ。
それを見せてもらうのでバードウォッチングなのだ。

ところで、双眼鏡でなく単眼鏡が多いのが美術館でバードウォッチングする人の特徴。
とはいえわたしはまあそのままで眺める。
作品の所蔵先は各三井家がメインでいちいち書いていたら指が痛いので北三井家なら北、室町三井家なら室、新町なら新、他は書くことにしよう。

青鸞羽箒 北 鷲か鷹かわからないがいい柄の羽根やなあ。大きな羽根。

烏地文切合釜  惺斎好 大西浄長 1924 北  これは元は秀吉の持っていた「濡れカラス」の写しだそう。飛来する烏とついてくる烏とがいる。
これを見た数時間後、東博で同じのを見た。



孔雀、鶴の卵をそのまま金工して香合にしたのがある。
まぁ趣味やから何とも言えんが、わたしのような鳥はニガテなものからすればヒェーッだわな。
ただ、これを見て信長やゲルマン神話にある髑髏盃の話とか思い出したよ。

ノンコウの赤樂「鵺」もある。鵺はキメラなので鳥の部分もあったのだったかな。トラツグミもまたヌエなんだものなあ。
左入200のうちから黒樂「小鳥」も並ぶ。どう小鳥なのかよくわからないが。

展示室2では天目茶碗が一つ。
玳皮盞 鸞天目 室  周囲に鸞が舞い、見込みには花が咲く。可愛い。

先般「国宝」展に揃って出ていたのがこちら。
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鳥とは直接の縁はないが、お正月にはこの二つが欠かせない。

蓮燕図 伝・牧谿 南宋 新  元は東山御物ー不昧ーという伝世。蓮の花托に止る黒い小さな燕。可愛い。

四季山水図 狩野栄信 北  春には馬も羊もいる。牡丹を見る羊。夏には滝。ダイナミック。秋は十牛図のような牧童の笛吹き。鷲が他の鳥を捕まえる姿もある。冬山には厳しい形を見せるものも。

沈南蘋の花鳥動物図がずらり。11幅のうち6幅。1750 北
とはいえわたしはトコヨノナガナキドリがたいへんニガテなので、そちらはスルー。
枇杷寿帯図 これはよかった。上部には枇杷が丸々と実り、下には芥子が風にそよぐ。
白鸚鵡図  ほほう、イチゴのようなライチがある。

鳥類真写図巻 渡辺始興 新  63種の鳥がいるそうな。リアリズム。
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さすがの画力。

百鳥図横額 国井応分 北  雀や百舌鳥。目つきでどっちがどっちかを見極める。文鳥、翡翠、鶍、杜鵑…
ほんまに「イスカの嘴の食い違い」で嘴が交差しているよ。このセリフは忠臣蔵六段目の勘平が腹切ってからの述懐ね。

梅小禽図風炉先屏風 呉春 北  早春のいい感じ。小さい目白達がそっと。

永樂和全の絵など初めて見た。
扇面貼交風炉先屏風 北  高台寺菊、蔦、武蔵野…
もちろん茶碗や香合があるがどちらもトコヨノ…

阿蘭陀孔雀筆架 室  おお、青一色と言うのもいいものだ。

鸚鵡雀図提げ煙草入れ 小沢秀楽 北  なかなか凝った構図。裏には水盤で水浴びする雀たち、表には木蓮と鸚鵡。
根付はミミズク。サンゴの鴨も?

象彦のいい蒔絵の台もあったが、水晶は一体どこから…??
そうそう、象彦と言えば三井下鴨別邸でお茶をいただくと、お盆は象彦のが出てくるので、嬉しい。
ゾウさんの絵柄。

東都手遊図 源琦 1786 浅野家  チラシ上部の可愛らしいミミズク、あれです。
犬張子が口開けてるのも可愛い。そういえば江戸時代ではミミズクは化物の仲間入りしていたな。理由は知らないが。

木兎図 小林古径 室  好きな絵。薄ーく金網がみえる。きょとんとしたところがすき。

芦鷺図 狩野探幽 室  雪が積もる中に幻想的に鷺が集まる…

八幡太郎義家図 狩野美信 北  雁の乱れ方をみて埋伏の敵を知るとかなんとか、そういう話。

七福神図 狩野養信 北  山の中で宴会。これはあれか鶴がいるというのでかな・・・・

ほかにもなんだかんだと鳥が集まっていて、中には逃げ出してしまった鳥もいる。
わたしはここまでですわ。

2/4まで。

「色絵 Japan CUTE!」にきゅんとなりました

可愛いやきものが好きだ。
色絵や染付の可愛らしい磁器などを見ると、目で愛でるだけでなく、指で触れ、唇を当ててみたくなる。
冷たく薄いその磁器の膚にこちらの熱を秘めた肉を触れさせる。
なんて官能的な行為なのだろう。
手元にある可愛いやきものには全てそうして来た。
そうやってかわいがる。

だが、ガラス一枚隔てた先に収まる可愛いやきものには、触れることはめったに出来ない。
だから目で愛でながら妄想の中では自由に触れまわり、唇を押し当てる。
描かれた文様をそっと舌先でなぞることも楽しい。

しょっぱなからあぶないことを書いてしまったが、出光美術館の「色絵 Japan CUTE!」展はわたしの妄念爆発の展覧会だった。
何もかもがいとしく・あいらしいもので構成されていて、最初から最後までドキドキしたままだった。
好きなものばかりに囲まれる空間にいられる歓び。
これはもう本当に経験してみないとわからない。

わたしがエエ加減なことを言うて煽っているわけではない。
この展覧会にあつまるやきものの可愛さは普通ではない。
主に出光の所蔵品にサントリー美術館からも少しばかり応援が来ていて、もう本当にそのキュートさにきゅんシしそうになるのだ。
だから可愛いもの好きなヒトは絶対に行ってほしいし、可愛いものに関心のないヒトも行けばそのキュートさにときめくのは確かだ。
こういうごきげんな展覧会は楽しくてしょうがない。
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1.季節を祝う、慶びを贈る
東アジアでは季節の行事を大事にしてきた。どの日にも何らかの祭りや行事がある。
それは地域だけのものもあれば、全員が共有するものも少なくない。
たとえば正月。
正月を言祝ぐために手の込んだ祝い事をするならわしは、現代でもまだ活きている。

色絵松竹梅文大皿 鍋島藩窯 めでたい松竹梅文様が一堂に会するのはやはり正月がいちばん。
若松、笹の部分、白梅。それらが丸い空間に収まる。収まるが狭いものではなく、広々した自然の一部をここに切り取っているのを知る。

昭和初期にも松竹梅文様は愛されて、朱塗りの屠蘇具に金で松竹梅を描いたものも出ていた。きちんと角を面取りしたところもいい感じ。

めでたい正月の後には四季草花図貼付屏風もある。きらきら地に6枚の優しい花鳥図が並ぶ。百合と紫陽花にメジロ、芥子に花菖蒲、葵に萩、鶺鴒に藤など。
いいなあ、なんともいえず心地いい。作品もいいが、ここにあるのが楽しい。

古伊万里の熨斗破魔弓文皿があった。サントリーから来ている。
この皿を最初に見たのは赤坂時代で、派手な色合いがなんとも楽しくて、絵はがきを購入した後、なんとなく左右にヒラヒラしてみたことがある。すると熨斗が風に揺らぐような錯覚が起こった。
こういう楽しみ方もある。

富士型に鶯宿梅の皿もそう。この皿も最初に見たときなんだか驚いた記憶がある。
洗いにくそうだなと思いつつ、形も絵もいいと思った。

季節が進んで春になった。
色鍋島の可愛いのがわんさか出ていた。
大好きな花筏文、柴垣椿文、柴垣桜文…
よくよく思えばシュールな構図なんだが、もう可愛くて可愛くてならない。
発色もいいから、とても綺麗。

提重がある。梅花蒔絵がまるで夜の梅のようで、良い香りまでしていそうだ。小ぶりな提重で皿なども小さい。
春になればこういうのを持って浮かれ心に誘われながら表に出るのだ。

石楠花文もいい。葉の描写がわりと好きだ。鍋島の絵柄はなんでこんなに可愛いのだろう。
波牡丹文はこれは我から海へ飛び込む牡丹の図にしか見えない。既に泳いでいる牡丹、今から飛び込む牡丹。

こういうのをみていると、本当はわたしはシュールな絵も好きなのではないかと思ってしまうことがある。
しかしそうではなく、やっぱりやきものの絵柄という前提の中でだけ、こうしたシュールさが好きらしいことを知る。

七夕をイメージしたものがある。
サントリーの糸巻き文は五色(実際は赤・黄色・藍・緑の四色)で錘に巻きつけたタイプのもの。
蒔絵の角盆は「妹背山」のお三輪が手にしている四角い糸巻きと同じ形のもの。
前者は「眠り姫」を思い出させ、後者はこのように「妹背山」を思わせる。
糸巻き一つにしても色々あるものだなあ。

鍋島焼の色絵野菜文皿には瓜、茄子、豆、それから多分唐辛子が描かれている。みずみずしい野菜ばかり。「精霊棚」だという。
これを見て「がばいばあちゃん」を思い出した。盆の頃に川下で流れてくる野菜を待ち受ける祖母と少年と。
先祖供養の野菜が無縁な他者の命を養う。川に流す野菜のゆくえが全てそれならいいのにとよく思う。

梅・桃・海棠を一緒に描いた桃山時代の狩野派の屏風がある。
白・ピンク・白と花弁の色分けがされているが、どういうわけかどの花がどれなのかわからなかった。
ただ、とても綺麗な花が全面に咲き誇っているのをみたのだ。

2.ファッションと文学
ここでは古九谷が中心。
そして「新撰御ひいながた」との対比。着物の意匠を取り入れたやきものの図柄。

色絵瓜文大皿  うりうりがうりうりにきてうりうり・・・というくらいの瓜まみれ。お皿いっぱいの瓜。
これを見て思い出すのが柴門ふみ「はんなり」で、うつしものの天才の男があるコレクターの家でこんな感じのええ瓜文大皿をみる。コレクターの孫はこの皿に何の感慨も持たず関心もない。価値観の話だったが、実際にやきものが好きな者とそうでない者との温度差は大きすぎる。
いい発色で何とも言えんよい皿なのだが、この良さがわからないというヒトのキモチが今ではもうわからない。
わたしもやきものに取り込まれてしまっているのだ。

蔦柄は人気だそうで、たくさん出ていた。
蔦と言えばやっぱり「蔦の細道」そしてそれを踏まえた「蔦紅葉宇都谷峠」通称「文弥殺し」。
ただしこのやきものは江戸前期なので幕末の芝居とは無縁。

なんだかスゴイような柄の皿がある。
色絵片輪車松竹鶴文皿  黒で細く描かれたナゾのトリ。鶴だと言われたら鶴なんだが、松本零士描く「トリさん」キャプテン・ハーロックたちの愛鳥のあれか、はたまた諸星大二郎「孔子暗黒伝」に現れる幻想の骨鳥かにしか、見えない。

葡萄文大皿の背景がはじけている。文字通りスパークしている。黄色に黒の細線が入り、バチバチバチーッという音まで聴こえそう。なんだかすごいぞ。その前面の葡萄も忽ち醗酵してスパークリングワインに一足飛びに変化しそうな勢いである。

美味しそうな茄子文もある。一つだけ実がなっていた。食べたくなるな。むかしは茄子がニガテだったが、ここ10年ばかりはついつい茄子を食べるのを目的にしてしまうこともある。

黄色と緑だけで表現される椿文、花びらがバナナチップのような花卉文、咲き誇る菊文・・・
山水草花文などは見込みの山水はともかく周囲の草花文がイスラムの花文のようで・・・

誰が袖屏風がある。ここに掛けられている衣裳だけでも随分な数。「ひいな形」から引っ張ってきたとしたらそれはそれで面白い。
色柄はかなり派手目。他に筥迫もある。

葦手住吉蒔絵硯箱  松がずらっと下方に群生い、中間には千鳥があふれる。上部には日の沈みが。
とはいえ太鼓橋も高燈籠もみえないな…葦手もちょっと読めなかった。

乾山の龍田川文透彫反鉢、道八の桜楓文鉢、清水焼の硯屏。
可愛いものばかり。

乾山のシリーズものも二種出ていた。
定家の12か月シリーズ、能絵もの。前者は花鳥だが、後者は案外とシュールなところがある。

3.Japan CUTE、世界を駆ける
本歌取りというか、まず始めに柿右衛門や古伊万里のいいのがあり、それを手に入れた欧州各国の窯がその絵柄に似せたやきものを拵える。少しずつ情景が変化し始める。それぞれの嗜好が出てくる。
二次創作の楽しさを堪能できる。

梅や粟に鶉文、楼閣文、荒磯文…ウースター窯、デルフト窯、マイセン窯…多くの国で再現または二次創作が始まり、数百年後にこうして共に並ぶ。面白すぎる眺めだった。

そして逆に欧州の文様を取り入れる日本。
こういう状況を見ると、「アラビアのロレンス」のあのT.E.ロレンスがオックスフォード大で最優秀賞を得た卒業論文を思い出す。
十字軍と欧州との文化の関係についてのことで、現地調査したからこその論文だが、十字軍遠征によって敵の文化がこちらに齎されるばかりではなく、こちらの文化も向こうに影響を与えていたというような内容。
いずれにしろ影響と言うものは一方的ということはないわけだ。

さすがにケンタウロスの絵皿には笑ってしまったのだが。

4.かたち・色 百花繚乱

柿右衛門の美人像が数体あり、このフィギュアは製法は違うが、唐代の美人俑に対抗できる存在だと思った。
そして名を残したやきものをみる。
仁清、道八、古九谷の吉田屋窯、乾山、富本憲吉の個性あふれる作品群。
近代の板谷波山の静かに麗しい花瓶や皿がある。
耀きを抑えたものもあれば、ぬめるものもあり、見どころは無限にふくらむ。

この辺りはもう愉しむばかり。
次々に現れる名品を前に自分が蕩けてゆくのを止める必要もない。

5.色彩茶会 カラフル・ティーパーティー

小山富士夫のパステルカラーの「紅毛」シリーズ。
最初にこの人の作品を見たのは心斎橋の出光美術館でだった。
懐かしい。

青木木米の煎茶のためのやきものにはいつも諸星大二郎描く中国が舞台の伝奇的な作品を思い起こさせられる。
妙なえぐみがいい。

モダンなセンスのものがあるなと思えばそれは富本憲吉。
昭和半ばの煎茶セットだが、やはり近代精神がそこに生きていて、時代を超えていつも「モダン」だ。

カワイイのは小山岑一の赤絵湯呑。30年ほど前の作品だが、可愛いなあ。

本当にキュートなものばかりで、こちらがきゅんとばかりだった。
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場所紹介のコーナーもピンクで、細部まで可愛いチラシにもきゅんとなる。
3/25まで。








田中訥言「十二ヶ月風俗図屏風」をみる

東博の「博物館に初もうで」で田中訥言の「十二ヶ月風俗図屏風」6曲1双をみた。
このときわたしはツイッターで挙げたが、とっさにわかるものはこれは〇〇だと記したが、わからないものも当然少なくない。
不勉強なわたしに正しい情報を与えてくださったのが長谷川Q蔵さんだった。
ありがたいことである。赤字がQ蔵さんによる正答です。リンクも貼っている。
二カ月1シーンで挙げているので、今回わかる行事について改めて記したいと思う。
いずれも右から左へ季節は動く。

一月 万歳と才蔵
二月 凧上げ?初午やないのね
これに対し答えが届きました。こちら
立春の紙鳶(いかのぼり)
200725 (1)


三月 壬生狂言
四月 田植えに放下
200732 (1)


五月 葵祭でもないか。わからない。
正答はこちら
賀茂の競馬
後から競馬か流鏑馬かとあてがついたところへ正しい答えを貰えて助かりました。
六月 茅の輪くぐり。
200738 (1)


七月 盆踊り
八月 月見
旧暦なので今とは時期がずれている。
200745 (1)


九月 摩多羅神
十月 これはわたしにはわからない。
Q蔵さんも調べ中。
現在にも伝わるものか・途絶したか・一部のものか・・・調べることは無限にある。
200754 (1)


十一月、十二月ともにわたしはわからなかった。
正答はこちら
11月は空也忌からの鉢叩、踊念仏
12月は大晦日の追儺。

200801 (1)
わたしは追儺は節分にするものだとばかり思いこんでいたのだが、節分の翌日から新年という考えがある以上、大晦日の追儺というのは当然のことだと今回初めて気づいた。
平安時代からの宮中行事だが、やはり何事もゆるがせにしてはいけない、きちんと学び調べることが大事なのだ。
それに岡野玲子「陰陽師」を読んでいるのに、連想できなかったのはやっぱりいけない。反省しよう。

今後も色んなことを教わり、自分でも学び続けていこう。
楽しみは限りなくある。
Q蔵さん、ご教示ありがとうございました。

2018年「博物館に初もうで」に行った

東博でみたもののうち、犬の展示は既にあげた。
それ以外の好きなものを挙げてゆく。

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亜欧堂田善 浅間山  おお、活火山。煙が見えますがな。
1783年に噴火して鬼押し出しが出来たね。
中学の修学旅行で行きましたわ。

十二ヶ月花鳥図屏風 狩野永敬
右から左へ目を動かすと季節が移ろう。
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キジやんと鶯か。

鵜飼もある
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冬もいいな。

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雁行。ワイルド・ギース。ワイルドギースは傭兵の意味だったか。


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縄暖簾からこんにちは。
この絵はもう20年くらい前に何かの記事で見たのが最初。
右と左が違うけど、元の絵の形態がどんなだったかはもう誰もわからない。

宝舟に乗る七福神。
比較してみよう。
まずは豊春
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こちらは北斎の若い頃。
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カメラ目線のタイと舟に這い上がる亀がなかなか。


久しぶりに七福神の吉原通いをみた。鳥文斎栄之
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吉原へ向かう駕籠屋は指定されている。鯛を載せてる駕籠には当然あのカミが乗る。
駕籠からアタマが出ているのは・・・

楽しそう。
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ところで支払いはどないするのか。付け馬を連れてゆくのかね。
石森章太郎(当時)は「さんだらぼっち」で吉原の始末屋稼業を描いた。
主人公のとんぼさんは飄々としながらも智慧の廻る男だから、支払いをしない七福神からも面白い方法で取り立てるだろう。


他にもこんなのがある。















しかし何よりこれだ。




階段の踊り場に見事な飾り花がある。
毎年の楽しみの一つ。
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今年もまた何度もここへ行こう。


戌年はやっぱりわんこだ -東博のわんこたち-

変なタイトルは常の事だから気にしないでいただきたい。
年が明けてからあちこちの博物館に行ったが、いずこも犬特集をしていた。
犬・狗・わんこ。
それでわたしは博物館に住まうわんこを集めることにした。
なお京博住まいのわんこはこちらで集めている。
「いぬづくし」 京博に住まうわんこたちを見る

東博は恒例の「博物館で初もうで」。
わんこ特集も充実している。
水滴のわんこ達
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狛犬も参加。

皿のわんこ。
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これ碗ならわんこそばようにいいかもな。わんこ・わんというやつさ。
やきもののやつらはわりとファンキーなのが多い。

スヌーピーの遠祖かな。ビーグル犬?
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犬の種類はあんまり知らない。

そう言えば三原順「ルーとソロモン」で犬のソロモンが「ワンダフル・ライフ」だと「犬の生活」を思おうとしているのに、「ドッグズ・ライフ」は最低の暮らしという意味だと知って悲しんだり、「権力のイヌ」という言葉にムッとなったりしていた。
犬が使われる格言やことわざにろくなものはない、というのがその意見だった。

着物の犬
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日本では犬は守り手になる。

仔犬の可愛さは猫好きのタマシイも蕩かすよね。
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わんこまみれ。うい奴らよ喃。
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おかあさんといっしょ。


こらこら、ほたえな。←「ほたえな」は大阪弁なんだけど、「さわぐな・あばれるな・じゃれるな、静かにしなさい」の意味を持つ。
このわんこたちにぴったり。
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数が減ってもやっぱり「ほたえなや」と声をかけたくなる。
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たんぽぽの綿毛とわんこの柔毛
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あんた、なに噛んでんねんな。
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花わんこ
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最後に特に人気のわんこを。
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あー、可愛かった。




2018.1月の東京ハイカイ録 その2

翌日の日曜、わたくしはですね、わりと朝ゆっくり目に出て行き、まずは出光美術館。
色絵の可愛いのを大量に愛で、ご機嫌になったところで退出。
それからおひるをよばれてから(古い大阪弁。現代風にすると「昼食をいただいてから」くらいになるか)今度は弥生美術館。滝田ゆう展。ああ、大人になってからでよかった。
リアルタイムに見てたのは文芸誌に掲載されてた一枚絵ばかりで、マンガそのものは実は完全に未読。
大人向けの、しかも戦前戦後しばらくの東京の下町の貧しいものを見るのは本当にニガテだった。
「三丁目の夕日」も大人になってから好きになったし。
ただ、今はだいぶ大人になったので、この世界にも惹かれるのは確か。

夢二、華宵の華やかなのを見てから東大前へ向かうと必然的に大学の前を行くことになる。
この日は試験日。皆さん大変な日。なのに小さい赤ちゃん連れの一家が無邪気に大学構内へ散歩に入ろうとして止められていた。素直に帰りなされ。

飯田橋経由で中村橋まで乗り換えなしで来た。
練馬区立美術館で小野木学 絵本原画展をみる。
幼稚園の時に読んで泣いた絵本「片足ダチョウのエルフ」の作者で、その原画が見たくて来たのだが、びっくりしたのは完訳本の「三銃士」の挿絵、偕成社版「ジェーン・エア」挿絵もこのヒトだったこと。
他にもまだあるまだある。←歌舞伎好きならわかる「まだあるまだある」発言。
そぉなんや・・・
そして一番びっくりしたのは小野木学は1976年に亡くなっていたこと。
そうだったのか。

池袋に出て、以前から気になっていたタカセへ入る。
1階でパンを販売し、2階と9階で喫茶店、3階でグリルを営む老舗のタカセ。


とろふわ卵がニガテなわたしには本当に丁度良かった。
ご飯もしっかり混ざっているのもいい。
今後は池袋と言えばここということにしよう。

ちょっとばかりフジョシ的な買い物をして、荷物が重いよーでも愛と希望と欲望がここにあるなあと思いながら宿へ。
早い時間なので予定通り鶯谷にある都内最大の銭湯・ひだまりの泉 萩の湯へ向かう。
今回地下鉄だけで行きたいので入谷から歩くことにする。
2出口で行くべきが間違って4出口にでた。そのまま行く。
根岸3丁目には宝泉湯という銭湯があるのか。知らなかった。今度行ってみよう。
それから少し前にみつけた旧陸奥宗光邸にも寄った。


そのままてくてく。歩道橋を渡り、笹の雪へ。ここにもいつか食べに行こう。

はい、つきました。


大きくて広々しててなかなかよかった。設備いいよ。
イベント湯も多いし、電気湯は東京では初めてやわ。なかなかシビレたわ。
それでここの構造に何か覚えがあるなと思ったら、福井県の某温泉旅館(実は本当に何温泉のどこのお宿か忘れた)に似ているのだった。

帰りは言問通りをまっすぐまっすぐで、うなぎの野田屋を見つつ2出口から。
ああ、きもちよかった。

2日目ここまで。

最終日、1/15.この日は小正月で、地元ではとんと(トンド、どんど、左義長)。
ほんでいつものロッカーにお世話になり、お茶の水へ。道なりにそのまま明大へ。
少し早く着いたので待つ。
今回は明大の阿久悠記念室へゆくのだ。

予想以上に面白かった。
わたしが昭和の子供だからだが、あの歌もこの歌も阿久悠か!とびっくりしたり、好きな歌を思い出したり。
更に上村一夫とのコラボ作品も紹介されていて「悪魔のようなあいつ」原画に衝かれた!野々村が良の肩を抱いてその指に焦点が。
ときめいたなあ。
これよ、これが見たかったのよ!
また「阿久悠 人間万葉歌」として彼の作詞した歌を聴く🎧コーナーがあり、「夢ん中」「時の過ぎゆくままに」を聴いてシビレた。
前者の2番は「必殺」のどれかの主題歌。アカペラでも歌えるぞ。
後者は沢田研二の傑作。聴く間ずっと「悪魔のようなあいつ」のシーンが頭に流れ続けた。寒気がするくらい魅力的な歌と歌声。
ああ、素晴らしい・・・
朝から揺蕩う。

次に博物館の企画展示を見ることにしたが、これがもう本当にわたしにはダメ。
文革のプロパガンダポスター。
なんかもう暗澹たる気持ちになるばかりで、やっぱり文革は本当にニガテだと改めて思い知らされた。世界で一番ニガテな「革命」。いや「革命」ではないわな。
勇ましい絵柄もにこやかな「同志」肖像も見るほどに鬱屈が増す。
撮影推奨、SNS拡散ということだが、無理。
わたしは本当にニガテ。
ただ、周恩来はやはり感じが良かった。
例によって解説プレートの誤字をみつけ、やっぱり通報する。
「却って」が「返って」になっていたのだ。人々の思惑とその後の狂気と恐怖の分岐点での箇所なので、スルーは出来なかった。
ウザがられるだろうが、こうした歴史的な内容の展覧会は、決して何事もゆるがせにしてはいけない。

ところで今回初めて明大の博物館に入ったのだが、刑罰関連の資料が多々あると聞いていたので、勝手にアタマが全部それモードになっていたのか、いきなり現れた日本各地の伝統工芸品を見ても「これでどう拷問するのかしら」と妙な妄想に駆られてしまい、チャウチャウと言い聞かせるのに苦労した。反省する。
因みに何を見てどう妄想したかは内緒。

石抱きの石とか種類別十手とか色々あるぞ。ドイツのあれとか。
撮影可能だけど、わたしは出来ない。基本的にこういうのは観念的にはともかく現実に負けるから無理。
ハノイでのベトナム人の無残な刑務所内の様子、ダイアナ妃の激突した柱、乃木大将の自刃した部屋…
見たことを後悔する場所の記憶は今も生きているが、それを改めて現実の眼で再確認したくはない。

学食をいただいたのだが、すごく疑問がわいた。
ワンプレートに温野菜サラダがあったが、ドレッシングなしで、設置されてるのは醤油・ウスターソース・胡椒・酢だけだった。
わたしは酢醤油で野菜を食べたけど、ドレッシングなしの学食は初めてだったなあ。

窓からはさすがにいい景色。
次に行く三井住友海上もよく見えた。
ということでそこの新館のECOM駿河台へ。
神田学生街の記憶展 



いい写真や資料をたくさん見せてもらった後、勧められてこちらへ。


昨日までと違いポカポカの日でよかった。

銀座に出た。
あおひーさんの新作を見にアートポイントへ。
ミステリアスでちょっと官能的な「召喚」をみる。
いつも不思議な世界。
他にも好ましい作品があり、そちらも投票する。

そのまま1丁目へ向かう。
少し道に迷う。それでもなんとかたどりつくがこのタイムロスは痛かった。
やっぱり中央通りを行くべきだった。
桑原聖美さんをはじめ五人の方の日本画を見る。
桑原さんの三つの作品からは静謐さと不穏さと優美さとをかんじる。
日本画は今後も生きてくれる、そんな希望を持てた。

時間がなくなり、あわてて東博へ。
「仁和寺と御室派のみほとけ」展の内覧会へ。
レセプションでいただいた粉を凝縮した和菓子がたいへんおいしくて、これは買いたいと思った。
どこのかはわからないが、よかったなあ。

さて展覧会。
前回の運慶展もそうだが、今回もとてもいい。
みどころが多すぎる。
登場する仏像の紹介のあおり文がなかなか面白かった。
ふざけてるのやなく、興味を持って知ってほしい気持ちが現れてる。
実際、「え?」と言いながら場所の説明を読み、それからまた仏像を見直す人が少なくなかった。
こういうのは大事だと思うわ。その地で愛される仏逹の紹介。

撮影可能コーナーがまた素晴らしくて。
これは本当にすごいわ。
画像はまた感想を挙げる時に。

タイムアップ。
ここまで。
新幹線に乗ろう。
また来月までサラバ。
2018年正月の東京ハイカイもおわり。

2018.1月の東京ハイカイ録 その1

2018年正月の東京ハイカイは1/13から1/15まで。
実のところ1月のどの日に行くかでかなりアタマを悩ましていた。三が日は論外として、三連休にゆくか・13-15にするか・20-21にするか・27-28にか。
相当悩んだ末、15日の東博内覧会に合わせて13-15に出向いた。
だが、そうなると冬コミ後の大阪での最初のイベント1/14にも行けず、1/28の都内でのオンリーイベントにも行けなくなるのは自明で、これで文句を言うてはどうにもならなくなる。久しぶりに「出戻り」になると、イベント情報に疎くなるのは仕方ないとはいえ、ほんと、苦しい。

さて寒い東京に着いたのが朝の9時半。いつものようにお気に入りのロッカーに荷物を放り込みに行こうとして気が変わり、先に宿に荷を置きに出向いた。
宿へは寄るなら送迎バスがあるが朝はない。メトロリンクもまだ動いていない。
なので地下鉄で移動する。新幹線でぐったりしてただけなので、まだ動けるのを幸いに歩いた。

定宿について支払いと荷置きだけして出発。
予定を変えたのでまずはフィルムセンターへと向かったら、ここは11時から。あらら。
ではLIXILギャラリーへ。「織物以前 タパとフェルト」を見る。
ああ、フェルトは知っているが樹皮布(=タパ)は初めて知った。
こちらはポリネシア、オセアニア、海の民族の拵える布で、それぞれの民族の違いがあった。写真バチバチ。






冠婚葬祭、儀礼を大事にする…伝統的なハレとケの行事をきちんと執行する民族は、実際のところ少子高齢化の問題はあるのだろうか。そんなものないのか。
最新の生活をする人々は少子高齢化へ進み、冠婚葬祭を切り捨ててゆく。
発展途上国と呼ばれる地域の人々は今も伝統を守ろうとし、あるいは守らざるをえない状況にある。伝統とは冠婚葬祭と密接に関係がある。いや、生と死とに関わることこそが実は伝統のあれこれなのか。
とはいえ、こうした伝統的手工芸はその担い手に過大な辛苦を負わせる。
そのことを考えると、今後どうあるべきか全くわからなくなる。

フィルムセンター手前のビル。


ほかにも装飾品の一部が置かれていた。

フィルムセンターではSF映画のポスターが集まっていた。
前回はメルヴィル監督特集。あれもよかった。
それから1/13は森雅之の誕生日。なんていい男なのだろう、と彼の風貌を想う。
ふと見ればこんなのもある。



映画の最初期のポスターもある。
とはいえ後世のものだが。
「フランケンシュタイン」のそれなどかっこいい。
また後日詳しく記すが、本当に自分がSF好きなのは特撮のおかげだと改めて思う。
子供の頃に見たものが今のわたしを造る。


大変たくさんの映画を観ていたことを感謝しよう。

どこでランチにするか。さっきLIXILとこことを往復した時に人が行列していた店へ向かうと、たまたま行列がなかったので地下へ降りた。


アジはよいのだが、他のものが飛んでしまっている。特に小鉢の厚揚げの炊いたんはもっと考えないとだめだと言いたい。アジに力を入れ過ぎというべきか。
ただここは都心の京橋。アジフライはやはり都心では絶品だとは思う。
そしてわたしは走水神社前の味美食堂のアジフライ定食を思い出す。また観音崎へ行こう。

三井記念美術館で鳥を見るが、ニガテな鳥が多いので、ヒトサマの1/3くらいしか見ないことになる。仕方ない。
それでも好きなものがいくつも出ているのは嬉しい。

竹橋へ出ると近美のロッカーが出待ち状態なので、いっそもう来月だと決めて、また東西線にのり、そのまま吉祥寺へ。
武蔵野美術館で中澤弘光の明治から大正のグラフィックと水彩の仕事を見る。
随分前に「中沢弘光のブックデザイン」展を見たが、洋画の仕事よりこちらが好ましい。
杉浦非水とのコラボ作品もいい。
明治のアールヌーヴォーは武二、五葉、非水、浅井忠、そしてこの中澤が担っていた。
青木はラファエル前派。

いいものを見た後は美味しいおやつ。


そう、moiさんともお話したが、このバター・スコッチ(イメージはチェルシーのあれ)、それだけでも十分美味しいので、ラム酒をいつ使うか本当に困った。

そのまま上野へ向かう。


逆にして「銀と金」になると、「ざわ・・・ざわ・・・」になるからなあ。

楽しく「博物館で初もうで」してからお宿へ戻り、一日目は終わり。

豊橋公会堂

フィルム写真をネットに挙げておきたいという気持ちがある。
今回は鷲のマークの豊橋公会堂。

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これだけ鷲がたくさん止るのは日本ではここだけか。
かつては大阪のさるビルにもたくさん止っていたが現存しない。

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ステンドグラスも可愛い。
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玄関の雰囲気も素敵だ。


あいにく中へは入っていない。
いつか行きたいと思っている。

浜寺公園駅から四天王寺の八角亭まで

先日「曳家」工法で辰野金吾設計の南海電車・浜寺公園駅の駅舎が移動した。
保存されることは嬉しいが、あの可愛い駅舎が活きていた頃を想うとせつなさがこみあげる。
それで随分前の2002年に撮っていたフィルムの画像を挙げることにする。
二年前、「昼の浜寺公園駅と夜の住吉大社界隈」として挙げているが、今度は四天王寺が登場。
前回、住吉駅の支線か何かか無くなるときだったかな…
記録と記憶。

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小さくとも堂々たる佇まい。

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ホームの中から浜寺公園方面を見ると、丁度阪堺電気軌道が走り出すのがみえた。
可愛いなあ。大好きな電車である。
そのホームの様子。
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貴賓室の天井と照明いろいろ
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暖炉もある。
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それからこちらは隣の駅の諏訪ノ森の可愛い駅舎。
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ステンドグラスが可愛らしい。
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浜寺のステキな洋館。
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堺の灯台にも参りました。
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こちらは阪堺電気軌道。いろんなパッケージのがある。
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これに乗ってあべのへ向かい、そこから四天王寺へ歩くのも楽しい。


四天王寺本坊庭園にある八角亭。
wikiによると「「極楽の池」の畔に建つルネッサンス様式の西洋建築「八角亭」は第五回内国勧業博覧会(明治36年・1903年開催)で出品された現存唯一のパビリオンで、後年移建されたものである。」

色ガラスの嵌った可愛い建物。そういえばこの青はいつからのだろうか。
米軍によるのか?
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池に浮かぶ姿。
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中へ入る。
ガラスはこんな風に嵌められている。
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そしてこんな風に外景が。
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色ガラスは同時代の宝山寺獅子閣にもある。
他に樋口一葉の家にも嵌められていたそうだ。
明治のささやかな流行。

「ほのぼの俳画、生田南水」と大坂画壇の絵など。

今日は朝の間に銀行や郵便局をぐるぐる回ってから、完封吹き晒す中、馬場町へ出向いた。
むかしむかしNHKが大阪城のおひざ元の馬場町に日本で二番目の放送局を拵えたとき、
「JOBK」
これは JAPAN OSAKA BAMBACHO KADO の頭文字をとったんや、というジョークが生まれた。
最初に出来た東京の放送局はJOAK。愛宕山に今は博物館もある。
さて、その馬場町のNHKとくっついて立つ建物が大阪歴史博物館。
大阪城構内にある第四師団→大阪市博物館→ミライザ大阪、この流れの二つ目の大阪市博物館が発展したもので、常設展示と特別展とを開催する、大きいミュージアム。
1/27からは特別展「鏨」展が根津美術館から巡回してくる。

わたしは鴻池さんの展示を見る気で行ったのだが、勘違いして、既に終わっていた。
あかんのう。
まあしかし「ほのぼの俳画、生田南水」を見れたのは良かった。
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知らない人なのだが、生田花朝の父上と知って色々納得。
これはなにわの粋人ですわ。
それで資料提供者を見ますと現代のなにわの粋人・肥田晧三先生のお名前ありましたがな。
ますます納得。
俳画自体は市内に住まう有本さんという方の寄贈。
まだまだこうして市民は旧き良き時代の大阪のええものをお持ちなのです。
そして死蔵せんと、こうして公共に供してくださる。
ありがたいことです。

俳画は蕪村や芭蕉のを始め、特に関西ではよいのが多く生まれた。
柿衛文庫、天理図書館などでそれらを見たが、いずれもほのぼのした感じの良いものが多かった。
俳画のたのしみ 近世編 明治・大正・昭和編

最初に江戸時代の俳画が出た。
鯛屋貞柳 蛙自画賛 顎をグーンと挙げた蛙の顔。
上田秋成 蛙自画賛 こっちは小さい雨蛙がぎょろ眼をじっと見据えている。
上田秋成は「無腸」と号する人だったが、それは蟹。こっちは蛙。
なんとなく面白い。
因みに京博でこんなのも見ている。
上田秋成 没後200年記念展

松木淡々 帆掛け船自画賛  何隻もの帆掛け船がゆらゆら。
蕪村が丸窓にいる自画賛もある。蕪村はほんまに好き。文字もいい。

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近代に来た。
食満南北の「いかのぼり」は即ち凧揚げの凧ね。奴だこだ。
食満は尼崎にある。読み方はケマ。
このヒトは初代鴈治郎のためによく働きました。
『頬かむりの中に日本一の顔』と謳われた初代。岸本水府の川柳の碑は道頓堀の今井の辺りにあった。今は知らない。

皿井旭川 山桜自画賛  墨と朱とで描いているのだが、どう見ても桜やなしに椿ですなあ。

ここから南水の俳画12か月が並ぶ。
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解説にあるように正月は万歳だが一人で鼓を持っていて、才蔵がいない。
二月は初午、三月大原女、とほのぼのした絵が続く。

南水は南地の芦辺踊の作詞で有名だとある。
ここらの資料が肥田先生のだろうか。
それでわたしなどは話には聞いていても芦辺踊りは見たこともない。
昭和初期に亡くなった島之内育ちの小出楢重は達者な随筆の中で芦辺踊りについても書いているが、えらく人気だったのはそこからもわかる。
松下幸之助が芦辺踊りについて書いたのがこちら

すみませんな、わたしはあんまり踊りに関心がないのでよくわからんのです。

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色んな人の足の絵を集めてて、これが意外ときもちわるい。
ちょっと今ではまずいのもあるので記さないが、よくよく観察している…

こんな感じですわ。



最後に娘の花朝女が絵馬に描いた美人画もあった。
江戸時代以前の美人を描いていた。

ほのぼのした俳画、粋人らしさを楽しむ良い展示だった。
2/26まで。

こちらは架け替えられていた絵。









ステンドグラスや古写真なども。


















このあとは大阪城構内のミライザに行った。

奈良ホテル その4

奈良ホテルにはラファエル教会という結婚用のチャペルもある。
外観はシンプル、天井の組み方もいいのだが、どういうわけかその写真が見当たらない。
どこかへ行ったのか。

綺麗なステンドグラス。
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綺麗だった。
こちらは誓いのときのものか。
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本館にかかる日本画を少しばかり。
作者が誰かわすれてしまった。
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こちらは松園さん。
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1999年と2002年の様子。
照明三昧
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秋は秋らしい落ち着きがある。

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二階から見る若草山
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池から本館を眺める。


今度は泊まってみたい。

奈良ホテル その3

奈良ホテルの写真を挙げ忘れていたのに気づいたのは、隙間番組「ココイロ」が奈良ホテルだったから。


時計は新しいものだが、ホテルにふさわしいみばえ。

これから挙げる写真は1999年と2002年のもので、フィルム写真から。
随分前のなので今よりもっと下手ではあるけれど。

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いよいよ貴賓室へ。
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金の蛇口などもありましたわ。

二階から。
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鹿もいてました。
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内部あれこれ
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何の木象嵌か。
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続く

奈良ホテル その2

ホテルの好きなところはやっぱりこうした空間。
佳い建物のクラシックホテル、老舗旅館には本当に素敵な場所がある。

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カーテンバーもレトロで素敵だ。
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古写真
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食器類
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和洋折衷の美を実感。

ガラスの美を堪能。
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クラシックホテルだからこその優雅さか。
本当に素敵だ。
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外観を眺める。
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庭もいい。
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桜ではなく奈良らしく馬酔木。
志賀直哉邸にもたくさん咲いていた。

桜をみつつさようなら。
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続く

奈良ホテル その1

これまで何度か奈良ホテルに行ってはパチパチ撮らせてもらっているが、どうやら挙げていなかったらしい。
時季の違うものだが挙げて行こうと思う。

桜の頃の訪問だった。
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♪花の他には松ばかり
謡曲の通り。

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いよいよ中へ。
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玄関にも格天井がある。

むろん内部も格天井。
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階段がいい。
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柱頭飾りは擬宝珠
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絵もたくさん飾られている。
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鳥居のような暖炉
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照明器具の愛らしさ。
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蓮の様だ。

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いい眺め。
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ラジエーター
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これが何かというと・・・まあ木象嵌ですが
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実はソファの一部
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ロビーの中から玄関を眺める。
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近代和風の粋。
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メインダイニングの周囲
以前ここに鹿がいたのを見た。
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下から上を見上げると、ますます楽しい。
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クラシックホテルの優美さの一端を味わった。

続く。

「いぬづくし」 京博に住まうわんこたちを見る

平成30年は戊戌だそうだ。
それで京都国立博物館では「いぬづくし」展が開催。
ワンならぬゼンな展示。
(ついついダジャレが出てしまう)
というわけでわんこを見る。
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1901年からの伝統があったのか。
さすが120年の歴史を誇る京博…。

三階から参ります。
こちらは普通にやきものを集めているのだけど、さすが京博、あちこちにそっとわんこが潜んでいる。
唐代の俑でまん丸の顔(古い大阪弁でいうと「太鼓饅頭に目鼻の付いたような顔」)の婦人の足元に何か咥えた狆がいた。
色は剥落も激しいが、藍色がよく出ている。

緑釉骨蔵器の正面から右手に回ると薄黄緑の表面に数カ所剥落があり、そのうちの一つが尻尾クルンで耳が△に立つわんこに見えた。可愛い喃。

さてこうした先導というか煽動があって、それから二階の「いぬづくし」本拠地へ。
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画像は白釉犬2匹だけだが、この真ん中に褐釉犬がいて、それぞれ寝そべったり待機したりしている。
唐代の犬たち。

清園寺縁起等楽寺縁起絵巻は同じ伝承を伝えている。
しかしこの二つの絵巻は室町初期と室町後期ので200年の時差があるから色々違いもある。
元々の話の概要を記す。
聖徳太子の異母弟・麻呂子親王が三上山に鬼退治に向かう。
(清園寺縁起では、土の中から掘り出した白馬=別に埴輪ではないがいる)
頭に明鏡を載せた白犬が来る。(清園寺縁起では鏡は黒く、等楽寺では鏡は白く、更に刀までつけている)
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大活躍により三匹の鬼を退治する。
等楽寺縁起では詞書がある。「この犬 鬼を噛み殺し」…いさましい。
物語としては彼らが斎大明神として祀られるまでである。
後にはその寺社が盛んになる様子が描かれるが、琵琶法師も立ち寄る姿が描かれていた。

等楽寺縁起絵巻
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四つに分けたのを挙げてゆく。
犬との出会い
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旅の途中
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鬼退治
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「しっぺい太郎」「早太郎」にしろ犬は良く働き、助け手となる。

高祖大師秘密縁起 10巻のうち 室町時代 応仁2年(1468) 京都・安楽寿院  大師が狩人に扮した狩場明神から高野山の地所を紹介してもらうシーン。白犬・黒犬がちゃんといる。
出会いと小屋での対話のところ。
これを見ているとき、そばにいた奥さん方が「イや、やっぱりちゃんと犬は案内しやるんやわ」「そぉやわ、どこやったか、ほんまにいたわ」と話し出した。
まあなあ、比叡山にも案内犬いるしねえ。
因みに猫は笠置にかつて「かさやん」という案内猫がいたよ。

犬追物図屏風  鏑矢を使うから死なしはしないらしいが、犬への虐待だよな、こんなん。
6扇下の松の木の側に二人の少年武士がいるが、左側の若い方がなかなか可愛い。

加彩婦女立俑(狗を抱く) 盛唐らしいぽっちゃり貴婦人。
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狆ころ抱っこ。

石清水八幡宮曼荼羅、三十番神像などの狛犬も紹介されている。
三次元の狛犬も。
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愛知県陶磁美術館で二年前に見た狛犬さんたちの仲間ですな。
当時の感想はこちら

狗子図 長沢芦雪  あちゃーこんなの出てきたらもぉあかん。黒のカツギの背中が可愛い。それにじゃれてくる斑も可愛いし、じーっと見る奴もいい。可愛いなあ。

嵯峨人形 犬 これはあれです、随分前の友の会会員証にも選ばれていた。
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マフラー?がいい感じ。

TOPの狆ころ、他に白と黒のウサギもいる。
花卉鳥獣図巻 国井応文・望月玉泉  幕末から明治。名札みたいなのは犬種らしい。

室町時代の十二類絵巻 上巻も出ていた。十二支たちにタヌキとシカが和歌の撰者にしてよと言うて断られるところだが、犬がお断りをしていた。
これをみて思い出すのが富樫義博「HUNTERxHUNTER」の「十二支ん」。彼らのうち犬にあたるのがチードル=ヨークシャー。
彼女はまじめすぎ、更にキャラが固まっていないからカラミにくいとジン=フリークスに言われてましたな。

最後に鎌倉時代の涅槃図。まだ摩耶夫人御一行は未着。
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犬は確実にいる。
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猫は探さないといけないが。

京博のお正月らしいよい展示でした。
1/21まで。
次の「豪商の蔵」も楽しみ…

2017.12月の記録

20171202 装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 関学博物館
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20171202 千年の瓦 古代瓦を葺く 竹中大工道具館
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20171209 有元利夫 大山崎山荘
20171209 ガラスの仮面原画展 えき美術館
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20171209 探検家ヘディンと京都大学 模写された60枚の絵が語るもの 京都大学
20171214 高槻カトリック教会 建築探訪
20171216 大森の麦藁細工 大田区郷土資料館
20171216 日本の絵本百年の歩み ちひろ美術館
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20171216 北野恒富 千葉市美術館
20171216 近代美女競べ 千葉市美術館
20171217 猫百態 朝倉彫塑館
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20171217 はいからさんが通る 弥生美術館
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20171217 心に残る風景を探して/モガのおしゃれ日記 弥生美術館

20171217 ゴッホ 巡りゆく日本の風景 東京都美術館
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20171217 古代アンデス文明 科学技術館
20171223 書の美術 ―経典・古筆切・手紙ー 大和文華館
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京博でみたもの 2018.1月

「いぬづくし」はまた別項で挙げます。

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・やきもの
仁清、乾山のいいやきものが思ったよりも多く出ていた。
寒山拾得絵のもの、氷裂文様などなど。保全の布目風なのもある。
仁清にんせいを「じんせい」と説明するおじさんがいて、それだと猿渡哲也「傷だらけの仁清」になるよと言いたくなるがやめる。

前漢の俑のいいのをみる。
灰陶婦女俑 これはもうプロポーションが上半身が▽で腰から下が△の変形バージョンながらとても綺麗な形をしていた。
裾広がりで。近代の紙塑人形作家・鹿児島寿蔵の人形を思わせる優美さがある。

灰陶加彩武人俑  顔が濃いので、胡人かもしれないと思ったが、武人だからやはり漢人かな。三星堆の仮面に似ている。

緑釉犬  東博にいる奴の兄弟犬。言うたら「鴻池の犬」みたいなもんかもしれん。

唐代の三彩俑がずらーーーっ
武人が踏みしめる連中の顔がさっきの前漢の武人に似ている。こちらは胡人の可能性ありかも。

三彩婦女立俑  大阪弁でいう「太鼓饅頭」に目鼻のような顔の女で、頭は双髷。可愛い。足元に狆。
剥落しているが、意匠にペタッペタッと藍色の文様がある。

黒釉刻花牡丹文瓶 磁州窯 ここで見るのは初めてかも。綺麗わ。

・考古
鞍馬から花背にかけての出土品が興味深かった。
花背別所経塚出土品のうち 
京都市左京区花背別所経塚群
青銅経筒 仁平三年銘 花背別所一号経塚出土 1口
陶製外容器 花背別所一号経塚 1口
陶製外容器 花背別所一号経塚 1口
青銅経筒 花背別所三号経塚 1口
陶製甕(外容器) 花背別所三号経塚 1口
金銅毘沙門天像・銅筒 仁平三年銘 
 花背別所一号経塚 1組
青白磁合子・小壺・皿 花背別所経塚群 7点
銅鏡 花背別所経塚群 3面
火舎・華瓶・六器 花背別所一号経塚 10点

とあるのだが、日宋貿易の影響が見て取れるものが色々。
特に青白磁合子などの小物はみんな輸入品。
金銅毘沙門天像 身体を斜めによじっていた。

・東福寺の画僧・明兆とその周辺
白衣観音図が本人3点、別人1点あるが、肘掛けにした突出す岩が本人のはまるで龍の化身した岩のようで、可愛がられているように見える。
それを写したらしき霊彩えがく岩は岩らしさを見せたまま。

・仙人大集合
これはもうケッタイな一室になっていた。
蕭白はいないが幕末から明治にかけて活躍した鈴木松年が当時「今蕭白」と見做されていたというのが面白い。
雲谷等顔、長谷川等彝、狩野探幽と四人の群仙図がずらーーーっ 
空気がなんか変でしたわ。
蝦蟇と仲良しなのが可愛いな。松年の距離感のおかしさも凄い。
亀に乗る美人とかもう…
雲谷等顔のは黄初平がいて、岩から羊に変身して駆けだすのが5匹。
これは可愛かった。

中国絵画も同じ。
群仙図 劉敔 8仙を一幅二人ずつ。蝦蟇仙人が蝦蟇を抱っこするのだが、珍しく普通のおじさん風で、蝦蟇も白くはなく、蝦蟇と言うよりカッパぽい頭で、じーっと大きい眼をむいていた。

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・御所文化を受け継ぐ─近世・近代の有職研究─
綺麗な装束、雛人形、調度品がある。優美。
台記別記などでは宮廷の資料が記されていて、こうした記録があるからこそ火災に遭っても再現できるのだと知る。
秩父宮勢津子さまの装束と沓があった。
その沓は赤紫の綺麗な布沓で、沓というより靴だった。可愛い…

お正月らしいいいものをみたわ。

横浜開港記念館へ行った その3

観て回る。
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なんとなく悪人面IMGP0076_20180105170330683.jpg


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中から。
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あらら、ここはどこだったかな。IMGP0068_20180105170228ca2.jpg

装飾の綺麗なのをみる。
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ステンドグラスの絵柄が面白くて。
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全体像
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なぜかオルセーを思い出す。
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素敵だったな。
外観をじっくり。
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また近々。
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