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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「リアル 最大の奇抜」 前期展示を見る

府中市美術館春の恒例「江戸絵画まつり」、今年は「リアル 最大の奇抜」。
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江戸の絵師もなにも「奇想」メインの破天荒なウソ絵を描くばかりではない。
正確な描写を求め写生を通じてその道を探った応挙、西洋絵画の技法を学び、そこからリアリズムを目指した司馬江漢。
彼らとはまた違う方法で、目の前の風景やせいぶつ(生物・静物)を見える通りに描こうとした絵師たち。
彼らの存在を軽く見てはならない。みんな深く考え、リアルであろうと実践したのだ。
しかしその一方、本意とは違った方向に行くのはままあること。
時には迷走することも少なくは、ない。
今回の江戸絵画祭は「なんでやねん」な作品を見ることになるようだった。
「リアル 最大の奇抜」
このタイトルがそのことを示している。

「猿の狙仙」と呼ばれる森狙仙が描く様々な動物たちから始まる。
群獣図巻。 ←に絵は進むが、ここでは敢えて→方向に名前を記そうか。
いや、絵は一部のみなので関係ないか。
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前半にはねずみ(黒2、白1)、ねこ、イタチ、たれ耳の犬、白象、馬かロバなどがいる。
絵はその後の連中。
ワルそうな虎、ドヤ顔のツキノワグマ
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尾骶骨の辺りの渦巻きがいいな。
こっちの四匹は何かよくわからないな、わたしには。
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リアルに描こうとしたのはよくわかるが、しかし描かれた対象が何なのかわからないのはわたしがわるいのか・向こうが悪いのか。

森狙仙 萩に鹿図  これまた極めポーズらしいな。どやっとでもいう声が聞こえてくる。「いきるな!」と声を懸けたくなるね。

森狙仙 梅猿図  なんかほっとするな。これは見慣れた筆致の猿たちだからかもしれない。
その意味では森狙仙のリアルはこの猿たちかもしれない。

呉春 猪図  杉の下にくつろぐ猪。スギナも伸びている。
ところで呉春は池田にいたのだが、池田が舞台の落語がある。その名も「池田の猪買い」。
桂米朝と桂枝雀のがあったので、どちらも挙げる。


牡丹鍋ええよなあ。

織田瑟々 異牡丹桜真図  笹部コレクションから。この人は師弟共々「花狂い」として知られている。桜に執着し、桜を描くことに心血を注いだ。どんな最期を迎えたかは知らないが、師弟ともども花から離れることをしなかった。
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今丁度白鹿酒造記念館では笹部コレクション展が開催中。

原在中 木蓮ニ牡丹図 敦賀市立博物館  木蓮の表現がまるで結晶体のようで、花も枝も硬質な美に満ちている。

岸駒 枇杷に蜻蛉図  これはまた写実的な。そしてなんと枇杷の美味しそうな・・・葉に止る蜻蛉もいい。

岡岷山 仏法僧図 広島県立美術館  鋭い顔立ちの鳥を活写。嘴の赤い九官鳥と鳩を足して割ったかのように見えた。
福王寺で鳴いたのをチェックしたとかきつけが残っている。
雨月物語にこの鳥の現れる物語がある。

鶴亭 芭蕉太湖石図  「我が名は鶴亭」以来の久しぶりだね。葉のありようがいいな。石は髑髏風にみえる。しかも急に出てきた感じがある。つまり石だけ異端な感じがある。
こういうのを見ると「トムとジェリー」のアニメーションを思い出す。動くものと背景のものとは色が異なる原画である。
あんな感じの石。

沖一峨 芙蓉に群鴨図 鳥取県立博物館  だいぶ前にこの人の展覧会が鳥取で開催される時にチラシを得たが、カッコよかったなあ。黒地に浮かぶカラフルさが素敵だった。
あら、ナマナマしい。。。

時間が連続する情景に見えるものがあった。
司馬長瑛子 従武州芝水田町浜望東南図 府中市美術館   
司馬江漢 七里ヶ浜図
同じようなところで同じような人がいる図。富士山と海と江ノ島と。

村松以弘 白糸瀑図  掛川市二の丸美術館  南画風で富士山の下にさーーーっと横一列に。
現実の情景とは思えない。しかし現実なのかもしれない。
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特に水。
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やっぱり実物を見たくなってきたが、21世紀のそれと江戸時代のとは違うだろうから、難しいな。

風景も変化するから、たとえ「リアルに」描いていたとしても、それが正しいわけではない。
原在中 天橋立図 敦賀市博  イメージ (793)
この風景は原がリアルに描いたものなのだろうが、台風などで松が減ったことを今のわたしは知っている。
ロングで捉えられた天橋立。
歩いたとき、なんとなく心地よかった。

森一鳳 鯉図   跳ねる鯉!下に小さい流れ、そこの岩は黒い。音もなく跳ねる鯉、まるでバリシニコフのようだ。

鷹の絵が並ぶ。
リアルとは何かを考えるために室町時代の鷹と江戸のとを並べたのだ。
比較するとやっぱり室町のはうそくささが強くなるな。

岡田鶴川 亀図  泳いだり花に倚ったり。しかしその花が河骨なのか蓮なのかわからないというのは「リアル」という観点から考えるとどうなのだ…

二点の関羽像が。
土方稲嶺 関羽図 渡辺美術館  170cm等身大サイズの絵。
葛陂古馮 関羽図  闇の中にドーンっとバストアップ。
どっちも怖いがな。。。

沖探容 浪兎図 鳥取県立博  このウサギの動きがいい。腹は水に浸かる・後ろ足は跳ね上がる・前足は波の上。白兎だが目は灰色。月はそこにある。近い。
ウソに現実を混ぜるとウソが本物ぽくなる、というのを思う。

祇園井特 歌妓恵以路図 熊本県立美術館  カギ・エイジ。井特の中ではわりに綺麗な方ではないかな。→向きで半襟かなにかを抑えるそぶりを見せる。
しかし変わった名前やなあ。

墨江武禅 月下山水図 府中市美  おお、静かでいいな。
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前に見たのは何の展覧会だったかな。
ぽつんと月が浮かぶ。凍ったような山水に惹かれる。

亜欧堂田善 海浜アイヌ図 府中市美  この絵は好きでね。浜辺の岩陰あたりでアイヌの男女が狩の合間にくつろぐというか、けっこう女が色っぽいし、男は女をみてるのだが、座る女は笑いながらそんな男をみる。

安田雷洲 鷹図  1枚1枚の羽根をまじめにリアルに描くと、途端に全体がウソに見えるのが興味深い。意味不明な力強さと言うか怪異なものまで感じる。堂々とした体躯を見るとなんだか魔王のようだった。

宋紫山 虎図  オオ、十年ぶりの再会か!
以前の出会いはこちら。
動物絵画の百年  その感想
当時も今も同じことを思っている。そのまま写す。

耳なしトラはなんとなく憂いがちなトラに見える。
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しかしこの顔には見覚えがあった。img968.jpg

野田英夫の女の子がこんな顔をしていた。
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十年なんてあっという間だな…

川又常正 階下遊女図 熊本県立美  階段にもたれて一息ついている遊女。二階は酒や御馳走も。一階は屏風が折り重なって遠近感を作る。廊下には木の手水も。店の様子を一部とはいえ事細かに。

忍頂寺静村 菊に猫図  茶虎と白斑と。太湖石に菊も。それで猫同士「ニャーッ」「シャーっ」なんだよな。リアルやわ。

天竜道人 牡丹に猫図  岩に牡丹。その下に白キジネコ。尻尾くるんとして可愛い。

司馬江漢と円山応挙の特集がある。
どちらもリアルを目指したのだが、方向性は同じであっても全く違う。

司馬江漢 円窓唐美人図 府中市美
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手に薔薇が。椅子の飾りがけっこうリアル。

司馬江漢 異国戦闘図  おおー死んでる死んでる・・・

司馬江漢 猫と蝶図 府中市美  リアルからちょっと離れて可愛いが先に立つよ。見返る白キジネコ、青揚羽…可愛い。
吉祥絵になるのだろうが、可愛いなあ。

円山応挙 神農図  真正面。角は見えない。手には草を持つが野人風味はない。しかしむーっとした目つき口元はなにやら敬遠したい。まあ草を食んで味や効能を確認してるのかもしれないか。柏のケープは肩に。

円山応挙 大石良雄図  百耕資料館  板宿にある。この絵は弟子の絵と並んでいるのを逸翁美術館でも見た。個人的な模写というより、みんなで応挙先生の絵を写そうという感じがした。
さて、夏の橦木町、左の小さい色子風味の少年はどうやら息子の主税らしい。芝居では力弥。隣の女は文を読むということもあわせてお軽という設定。
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応挙は現実に見たことのない存在にもある種のリアリティを求めたのか。
西王母、龍などにも良い絵が多い。
そして実際に目の当たりにした松と鶴の取り合わせなどは当時の技法ではいちばんリアルな描き方になっている。

円山応挙 竜虎図  龍は墨絵。無骨。それに対し、虎はおねだり風。しかも「どうしたの龍くん?」と尋ねていそうな雰囲気がある。

だがなんというてもやっぱりこれだ。リアルも何も飛んでいく。
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可愛すぎてくらくら。そのくせ細部がとてもリアル。

こちらも久しぶりの再会。十年ぶりか。可愛いなあ。
円山応挙 時雨狗子図 府中市美
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わんこと虎、最高やな。隣家のわんこをよーく観察していたそうな。家には猫がいた応挙。

円山応挙 百兎図  おお、こちら3年ぶり。黒ウサギは必ずゾロ柄で喉が白い。白と茶色と黒と。丘でかけっこしたり。
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円山応挙 雪中鴛鴦図  こういう絵を見ると戦前まで京都ではやはりこうした作品が愛されてきた、ということを「リアル」に感じるのです。
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そしてチラシになった鯉が登場。
背面とびのかっこよさ!応挙先生の画力の確かさがあるからこその構図。

後期もとても楽しみ。





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2018.3月の記録

20180304 貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─ 京都国立博物館
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20180304 雛祭りと人形 京都国立博物館
20180308 龍野市ヒガシマル醤油資料館 建築探訪
20180310 ふろくの楽しみ 明治ー平成の子ども雑誌から 兵庫県立歴史博物館
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20180311 生命の彩 花と生きものの美術 大和文華館
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20180316 歌川国貞 静嘉堂
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20180316 ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち 世田谷美術館
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20180316 香合百花繚乱 根津美術館
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20180316 江戸の女装と男装 浮世絵太田美術館
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20180316 人体 科学博物館
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20180317 リアル 最大の奇抜 前期 府中市美術館
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20180317 寺田コレクションの魅力/牛島憲之と昭和 府中市美術館
20180317 寺田コレクション なつかしき 東京オペラシティ
20180317 寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽 サントリー美術館
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20180318 アラビアの道 東京国立博物館
20180318 博物館でお花見を/東洋館 東京国立博物館
20180318 三井家のおひなさま 三井記念美術館
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20180318 色絵 JAPAN cute 出光美術館
20180318 ルドン 秘密の花園 三菱一号館
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20180324 開館記念 中之島香雪美術館
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20180324 生命の彩 花と生きものの美術 大和文華館

香合 百花繚乱 その2

続き。
江戸時代の香合を中心にみてゆく。
ここを楽しんでからサントリー美術館「寛永の雅」へ行くと、いよいよ楽しみが増すように思える。
泰平の時代に生まれたものたちを堪能できる。

・江戸の漆器
江戸時代の感性がどのような形を見せたのかを知ることにもなる。
文様にそれがでている。

木胎漆塗
御所車蒔絵香合、 菊枝結文蒔絵六角香合、 色紙巻物蒔絵香合、船に波蒔絵香合
いずれも今の眼で見れば「日本的で古典柄」と言えるものたち。素敵だ。

太鼓蒔絵香箱 、琴蒔絵香合 どちらも楽器を描いているがとてもリアルな様子。

椿水仙文蒔絵香合 花束にして。ステキだ、大正時代だからこそか。
柴舟蒔絵香合 螺鈿が煌めく。

虫に萩蒔絵香合、螺鈿蔦細道香合  秋に使うとき、嬉しい心持になるだろう。
蜘蛛巣秋草蒔絵香合 これは明治のもの。しかし心持は早々変わらない。

七宝繋文香合 中山胡民作 1合 竹胎漆塗  幕末の職人技。竹に拵えたというのが素敵だ。真ん中に文様がある。

亀蒔絵香合、虫蒔絵香合  小さいものへの優しいきもちが形になる。虫の方は下地の木を見えるように設えられている。
 
菊蒔絵棗形香合、蓮実形香合 形がなかなか楽しい。

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・作り手の個性が現れるやきもの
まずは仁清。
わたしは仁清の本当に良いのは香合だと思っている。茶碗や壺より小さな香合により惹かれる。
銹絵太鼓形香合、銹絵琴形香合  楽器の形を模した可愛い香合。どちらも以前に茶道資料館あたりで見ていると思う。
色絵ぶりぶり香合 正月の遊びもの。表面の絵もめでたい絵柄。
色絵結文形香合 シンブルで可愛くて、欲しい。

色絵家屋松文香合 肥前 古九谷様式 1合  ドールハウスではないが、こうした形のものを使うとき、楽しいキモチが湧いてくる。

樂焼
赤楽屈輪文根太香合 楽道入  ノンコウ大好き。可愛い薄オレンジ色と言うべき赤。@@な文様とマッシュルームのようなものが続く。
赤楽木魚形香合 伝楽道入  木に刻んだように見えるほど。
赤楽鰐口形香合 伝楽宗入  仏具。ごーーーーんーーー
黒楽琵琶形香合 銘 朝嵐 京都(伝長次郎作)  こんなのがあるのだなあ。可愛い。
黒楽菊文四方香合 楽宗入  けっこう大きい。
呉州赤絵花文写白楽香合 楽了入  楽焼でこうしたものを写すのも楽しい。
赤楽曳舟香合 伝表千家七代如心斎天然宗左  手元で揺らしてみたに違いない。
黒楽紅葉形香合 武者小路千家六代静々斎真伯宗守  秋につかう。
白楽梅花形香合 武者小路千家六代静々斎真伯宗守  春につかう。楽しいだろうなあ。

桔梗形香合 信楽   重みを感じつつも軽やかさもある。赤っぽくカサカサと音が聞こえてきそう。
染付屏風箱香合 仁阿弥道八  両手を挙げる人などがある。細かいつくり。
染付横唄香合 永楽保全作  ああ、貝なのか。

交趾写獅子香合 偕楽園   ウルトラマリン!明るい色。
赤楽藁屋香合 後楽園  これもいいなあ。
乾山写槍梅香合 三浦乾也  本歌が大好きだが、この写しもいい。

・清朝の景徳鎮
染付二疋鯉香合  くっつきあう魚。
染付象形香合  目が鋭いゾウさん。
染付横唄香合  ほら貝。
染付誰袖香合  これは見立てなのか。一部分のみ。

他に根来、砂張、唐三彩もある。

白磁鉄斑蝶文香合 中国・唐~五代時代 9−10世紀   白にぽっちりと蝶がのる。

青磁香合 越州窯 中国・唐時代 9世紀   米色のもの
青磁象嵌牡丹文輪花香合 高麗時代 12−13世紀   とても好ましい。青磁象嵌…最高だ。八輪花。

特に小さいものが集まっていた。
安南赤絵草文香合 ヴェトナム 16−17世紀
瓔珞文香合 東南アジア 18−19世紀  牙製。
青磁角香合 越州窯 中国・唐時代 8世紀
黒釉香合 中国・唐時代 8世紀
影青七宝文香合 景徳鎮窯 中国・北宋時代 11−12世紀
などなど…
可愛かったなあ。


・釜 ─ 茶席の主の姿 ─ 
こちらも好きなものがたくさんあった。

祥瑞立瓜香合 景徳鎮窯 中国・明時代 17世紀   ここにもいいものがある。

芦屋鱗文真形釜 芦屋 1口 鉄 日本・室町時代 明応3年(1494)  鱗の良さもさることながら最愛の尾垂ちゃんではないか。その影がまたいいなあ。とてもいい。破れの良さもある。

芦屋梅松文真形釜 大江宣秀作 芦屋 1口 鉄 日本・室町時代 永正14年(1517)  霰手。素敵だ。

やつれ風炉 1口 青銅 日本・江戸時代 18世紀  ひび割れがとてもいい。

唐犬耳釜 京都 1口 鉄 日本・江戸時代 17世紀   耳が可愛い。唐犬といえば幡随院長兵衛の子分にそんな渾名の奴がいた。

八角尾垂釜 芦屋 1口 鉄 日本・室町~桃山時代 16世紀  下は丸い。山水文が入っている。

撫肩糸目釜 京都 1口 鉄 日本・江戸時代 17世紀  トンボの文様がはいる。


何時ものように饕餮くん、犠首ちゃんたちキメラに会う。青銅器、いいねえ。

和歌短冊、懐紙の手鑑のいいのが並ぶ。ところどころ読めるのがあるのも嬉しい。

雛図 柴田是真  描表装で雛道具が描かれるのが楽しい。

斗々屋茶碗 銘 春日山 1口 高麗茶碗 朝鮮・朝鮮時代 17世紀  見込みの深い本手ととや、と言うそうだ。
知らないことをこうして教えてもらう。

楽しい展覧会だった。3/31まで。

香合 百花繚乱 その1

「香合 百花繚乱」なんて素敵なタイトルなのだろう。
空目したわたしは「百合」「百香」「香花」とみて、ああ綺麗な字面とうっとりした。
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これまで香合を集めた展覧会をいくつも楽しんできたが、常に良い記憶ばかりがある。
西宮大谷でのクレマンソー・コレクションといった海外コレクションも思い出深いが、茶道資料館での交趾香合、藤田美術館の大亀香合を中心とした展示、MOA、逸翁、香雪、湯木など茶道具のよいものを多く所蔵する美術館での展覧会・・・
本来は香合ではないが転用することで香合となり、魅力を放つものも少なくない。
その作品の存在自体に付加価値が与えられ、人々の目にさらされることで美が深まり、鍛えられるのだ。

古人も香合を溺愛した人が少なからずいて、番付を拵えるくらいだった。
むろん番付の下位にいたり番外であっても好きなものは好き・可愛いものは可愛い・使いやすいものは愛用、というわけだ。
しかし当然ながら上位にある香合は人気も値段も高く、秘蔵されたりみせびらかしもある。どっちにしろみんな大事にされたから現代も生き延びているのだ。

作品名は全て根津美のリストから引用。

・唐物
大きめのものから始まる。

堆黒屈輪文香合 1合 木胎漆塗 中国・南宋時代 12−13世紀 永田牧子氏寄贈
青磁浮牡丹文大香炉 龍泉窯 1口 施釉陶器 中国・南宋~元時代 13−14世紀
おおお、大きなグリグリといかにも龍泉窯で色の濃い目のもの。
これだけ大きい香合だと大人数の茶会にいいかも。

黒漆楕円香合 1合 木胎漆塗 中国・南宋時代 12−13世紀 永田牧子氏寄贈
ほんと、楕円。

色んなグリグリ文がある。
堆黒屈輪文香合、堆朱屈輪文香合 いずれも木胎漆塗 中国・ 明時代、元時代、南宋~元時代 
時代は違っているが、文様の様式は確定しているので、そんな無縁には見えない。

堆朱梅文香合 1合 木胎漆塗 中国・南宋時代 12−13世紀 個人蔵 
朱が下に。そして梅がそこにひらり。

黒漆花形香合 1合 木胎漆塗 中国・元時代 14世紀
円内に花びら線を巧く収めた形。

堆朱花鳥文重香合 1合 木胎漆塗 中国・明時代 16世紀
四段重ねで、花は椿らしい。

堆朱人物文香合 1合 木胎漆塗 中国・明時代 16世紀
穏やかに人々が木の下にいる。

堆朱梅鳥文香合 1合 木胎漆塗 中国・明時代 16世紀
木に止まる。


堆朱人物文香合 1合 木胎漆塗 中国・明時代 16世紀
亭にいる人々。

技巧に技巧を重ねた本体にこうした構図を与え、刻んでゆく。
花鳥文様の中には後世のモリス商会の仕事を思わせるものもあったりする。
東アジアの美はしなない。

唐物はなにも中国だけのものをさすわけではない。東南アジアの製品もその中に入る。
特有の独楽香合も数個並ぶ。上部にシマシマが入り、中部から下部は一色。
前掲の中国と同じ「木胎漆塗」だということは根が同じなのか、それとも中国からの伝播なのか。

宝珠香合 1合 牙 中国・明~清時代 17−18世紀
堆茶というべきか。しかし実は牙細工なのだ。色がこうなのは褐色化したため。
牙や骨が経年により変色するのは面白い。

・和物
やきものとぬりものが集まる。

黄瀬戸宝珠香合 美濃 1合 施釉陶器 日本・桃山時代 16世紀
グラデーションの綺麗な香合。

志野宝珠香合 美濃 1合 施釉陶器 日本・桃山~江戸時代 17世紀
焼ホタテのように見えて美味しそうである。これは他に兄弟もいる。志野焼、美味しそう・・・

織部もある。形が分銅だったり色々と面白い。

伽藍石香合 信楽 1合 無釉陶器 日本・江戸時代 17世紀
伽藍石香合 伊賀 1合 無釉陶器 日本・江戸時代 17世紀
やきものにおける信楽と伊賀の地域性の違いということを改めて考えたが、他県のわたしにはわからない。
信楽のの赤くて石棺風、伊賀のは石を重ねたものだが、この二つだけで差異を知るのはムリ。

・漆器
丁寧な蒔絵仕事を見る。

秋草蒔絵香合 1合 木胎漆塗 日本・室町時代 15世紀
元は鏡箱だったそうだ。それを転用して香合へ。

室町から江戸半ばまでの菊蒔絵香合がいくつも。同じ菊であっても表現はそれぞれ違う。手毬のような菊もあれば群れるものもある。

桐唐草文蒔絵香合、鶴丸文蒔絵香合、土坡に桜蒔絵香合、菊籬蒔絵香合。
いずれも室町時代の優美な絵柄の蒔絵香合。
日本人の美意識の確立と転換期について考えるのは面白い。

椿蒔絵香合 1合 木胎漆塗 日本・室町~江戸時代 16−17世紀
「木の花」としての椿、その表現。

燕子花開扇文蒔絵香合 1合 木胎漆塗 日本・江戸時代 17世紀
螺鈿である。わたしは螺鈿が好きなので嬉しい。

松鶴蒔絵香合 1合 木胎漆塗 日本・江戸時代 17−18世紀
鶴の爪先の表現がけっこう面白い。何故か水鳥風。白く光る。

・明清の香合
華やかで楽しい。

螺鈿笛吹香合 少年の笛吹き。
螺鈿虫文香合 コオロギ?
螺鈿獏文香合 白いバク。夢喰いですし。
螺鈿蟷螂文香合 鎌を振り上げる。
螺鈿花籠図香合 この花はヒマワリなのかな。
堆朱麻葉繋文香合 たいへん繊細な作り。
螺鈿獅子文香合 おお、唐獅子がいる。

蒟醤鳥唐草文香合 1合 籃胎漆塗 東南アジア 17−18世紀
蒟蒻の蒟に醤油の醤でキンマと読む。そのキンマに鳥唐草文が入る。・・・蒟蒻・醤油・鳥唐揚げ、と空目しても別におかしくないはず。

・和の彫りもの
技術が入ったことで独自の進化を遂げる。室町から江戸。

鎌倉彫牡丹文香合、鎌倉彫寿老人香合など今もよく見る文様。
鎌倉彫猩猩文香合 松の下に大きな酒壺と柄杓。
堆朱蘭文香合 堆朱楊成作 とうとう作家のものが出てきた。

・舶来
大方は明代のもの。日本から発注したり。

景徳鎮窯
古染付兜巾茄子香合 ちゃんと兜巾が立ってる。「額に頂く兜巾はなんと」といいつつ、ふっくらナス。
古染付叭々鳥香合 一羽。縁周りには花柄。
古染付張甲牛香合 絵のままな牛。
古染付犬荘子香合 え?犬・・・なんだろう。
古染付鉄仙香合 八角形で鉄線がその上に。こういうのは形とリンクしていていい。
古染付干網香合 その上にくるっと囲むような。絵柄であり、本体への懸けであり。
古染付隅田川香合 これこそ「見立て」。川に小舟が浮かび、少年が乗せられている。その子が「梅若」である確証はないのだが。
祥瑞蓮花香合 唐子のダンスがある。
祥瑞瑠璃雀香合 綺麗な青色。小さくて可愛らしい。
祥瑞鳥差瓢簞香合 上に鳥が飛び、下にそれを狙う人がいる。弓を構える。
祥瑞豆獅子香合 小さくて可愛い獅子が乗る。

龍泉窯
青磁一葉香合 ふっくら葉っぱ。オリーブグリーン。むまさう・・・なんというか、皮に抹茶粉を混ぜて焼いた「もみじまんじゅう」の親戚風味である。
青磁柿香合 これもやはり本当は見立てなのかもしれない。

漳州窯
呉州染付周茂叔香合 いかにも日本の茶人が好ましく思うもの。舟から水面を眺める様子がいい。
呉州染付菊蟹香合 カニだ!
呉州染付有馬筆香合 上蓋にちょこんと人形が乗ることから、有馬名物の人形筆に見立てられたのだろう。
呉州赤絵四方隅入香合 好ましい形。隅が入り込むので+形にも見えるわけだ。
交趾大亀香合 チラシの亀さん。藤田コレクションのそれとはまた違うが、この亀はご機嫌さんなようす。口がうさこのようにx柄。
交趾ではほかに台牛、柘榴、狸、荒磯、大鴨、大獅子、烏帽子鳥がある。見返り鳥が可愛い。大きい阿古陀形も。
交趾額梅香合 赤目の金、とても綺麗な色だった。

宋胡録柿香合 シーサッチャナーライ窯 1合 施釉陶器 タイ 16世紀
スンコロク。スワンカロークがなまって、この字を与えられた。日本は外国語にうまい音を与えるといつも思う。

長くなりすぎるので続く。

東博で見たもの 東洋館 2018.3

表慶館の「アラビアの道」展を見た後、東洋館へ向かった。
東洋館は改装されてから本当に見やすく居心地の良い空間になった。

古代東アジアの文物はいつものようにわたしを喜ばせてくれる。
古代朝鮮の土偶にカメがいた。
小亀と大亀
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ミドリガメとガメラくらいの体格差である。


十牛図を思わせる。
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小さくて可愛い水滴。染付が綺麗。
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清朝の工芸品は手が込みすぎている。
ざくろ。瑪瑙にルビーを象嵌。贅沢な工芸品。
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「ざくろは血の色 赤い味」 高階良子「赤い沼」ですな。
この色はパラジャーノフ「ざくろの色」でもある。


明代の螺鈿漆絵箱。牛や馬が可愛い。
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貫入がたいへん綺麗だが、照明が写り込むのは惜しいな。旧萬野コレクションの鉢を思い出す。あれは貫入が薔薇のよう・宇宙のようだった。これは氷河の重なりに似ている。
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蓮弁の愛らしさを愉しむ。ゆったりと。


三彩の肘枕には向かい合う鳥が刻まれ、壺には梅が描かれる。
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眠るようではなく、経巻の書写などに使う枕だと思う。

広田松繁(不孤斎)のコレクションがここに入って本当に良かった。
後世の人々もこうして楽しむことが出来る。


皇帝の印の龍。
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水面から首を出す。
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たぶん当初はもっと赤かったのだろうな。




前漢の鍍金銀動物闘争文帯飾板  雌獅子が二頭で。
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ミミズク その1と2
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その3  本館のアイヌの・沖縄コーナーにもお仲間
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左団次丈にそっくりではないかな
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前漢フィギュア
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唐のフィギュア
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なかなか身体能力が高い。
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静かな面持ちがたまらなくいい…
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東洋館の展示を見ていると、距離も時間も失われて自由な心持になる。

「江戸の女装と男装」を愉しむ

歌舞伎は男性が女装する。子役はともかく舞台の上の女性は全員が男性である。
老齢男性が化粧し、長年の鍛錬と訓練の成果により、瑞々しい娘になったり、ねっとりした妖艶さをみせる年増になったり、あるいは凛々しい武家の奥方や貴婦人に化ける。
その変身はまず変装から始まる。
同じく宝塚歌劇の場合、長身の女生徒が男役になり、現実男性には全く見当たらない魅力を舞台で発揮する。
男役の生徒さんのダンディさにときめき、その腕を夢見る。
歌舞伎も宝塚歌劇もみんな異装することで魅力を弾けさせるのだ。
わたしなどは結局その倒錯性にときめいている。

日本は古来から男性の女装・女性の男装が行われてきた。
特に古い時代では己の持つ以上の力を期待するとき、そうした異装をする。
天照大神は弟・素戔嗚尊と相対するとき男装して相手を警戒し、互いの心の清さを確認してから通常の装いに戻った。
神功皇后は三韓征伐の際に男装し、身重の体に石まで抱えて出産を停止した。

神に仕える女性は巫女、神に仕える男性は男巫。時にかれらは異装した。
それは近代になっても起こり、出口王仁三郎は中国大陸を女装して回った。

江戸時代の代表的な男装は祭の折の芸者による「手古舞」。
鯔背な若い者に仮装することでいよいよその美貌が映える。集団で同じ装いなのもいい。
そう、ファッションの語源がファッショだということを思いだす。

対して江戸の女装は前述通り歌舞伎役者が代表である。
その関連として色子の女装もある。
また昭和半ばまでしばしば見受けられた風習に、子の健康を願って就学前の子供に本来の性とは逆な装いをさせて育てるということがあった。
これはたとえば「八犬伝」の犬塚信乃などはそれだし、横山光輝「狼の星座」の馬賊・大日向健作のモデルとなった小日向白郎などもそう育てられたそうだ。また茶木ひろみ「かのこ」や大和和紀のマンガにもしばしばそうした育てられ方をするキャラが現れる。
「八犬伝」の信乃は健やかな成長を両親が願ってのことだが、同じ八犬士の犬阪毛野は事情が異なる。かれは生命を守るために女装して育てられるのだ。

長々と前置きを書いたが、これはいかにわたしがときめいているかの証でもある。

展示は男装から始まる。今回は肉筆画はない。
文化年間の菊川英山、喜多川秀麿、二世歌麿、文政以降の国貞、歌川貞秀、芳藤、芳艶、明治の落合芳幾、楊州周延・・・
かれらは皆吉原で行われた「俄」あるいは「仁和嘉」で手古舞の姿を見せている。
チラシは芳年。
風俗三十二相 にあいさう 弘化年間廓の芸者風俗  いろっぼくもすっきりした笑顔の美人芸者の手古舞。
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孔雀の羽の柄の袖がとても映えている。


国周は更に手が込んでいる。
1884年の「花競神田祭礼」シリーズでは「げい者」を描くと見せながらその実、彼女らに扮した歌舞伎役者を描いているのだ。
げい者新駒屋のお福 中村福助
げい者小槌のおきの 助高屋高助 助高屋高助は紀伊国屋(役者の屋号で書店でもスーパーでもない)からの「おきの」名。この役者の名は「山本山」同様上から読んでも下から読んでも同じ。時代的に四世だろう。なお現在50年以上この名跡は途絶えている。
そして「お福」の福助は後の五世歌右衛門であり、当時は18歳の大変な美貌のわかものだった。彼の人気の高さは様々な伝説があるくらいで、とても面白い。
それだけにこちらはきりりとしている。

国芳 祭礼行列  こちらは大津絵キャラを描く。コスプレ行列と言ったところか。

手古舞の他の男装では「女虚無僧」がある。
英山 女虚無僧 肩に髪を垂らし「丸ぐけの帯」をする。

だいたい虚無僧姿というものは本物であってもなんとなく隠密の仮装では?と思わせてくれる要因がある。
時代物にはそうしたパターンが多い。
横山光輝「伊賀の影丸」では由井正雪とその門弟たちが虚無僧に扮して集結するシーンがなかなか印象深かった。作中では実は正雪は忍者だったというオチがある。
中上健次の路地の物語では早死にする若者たちは虚無僧に仮装して「歌舞音曲にうつつをぬかし」遊ぶ。

女の虚無僧といえば第一に思い出すのは「毛谷村」のお園である。
許婚者の六助に会いに来たとき彼女は虚無僧姿で、尺八を武器として使った。
その後六助が自分の許婚者だと気づくやコロッと態度が変わる。そのあたりにふっと笑いが起こる。
英山のこの女が何故虚無僧スタイルなのかはわからない。そのあたりの事情をしりたい。

歌川国政 三代目瀬川菊之丞 娘おその  尺八を持った凛々しいお園である。

日本ではそうは聞かないが、欧州では男装は罪だった。
「異端の罪」で処刑されたジャンヌ・ダルクは男装していた。
考えたこともない罪状だった。

さていよいよ男性による女装にきた。
正直な話ドキドキするのはこちらである。

石川豊信 若衆三幅対  色子らの優雅な様子を描く。髪型を守るためにそっと編笠を上げる者もいる。
これで思い出したが南原幹雄「修羅の絵師」は鳥居流初代の生涯を描いている。彼は役者になろうとして成りえず、色子として働くのだ。そのとき人気が出てしまうが…

芳年 月百姿
小碓皇子 最初に女装した古代の英雄・ヤマトタケルである。美少女に化した小碓皇子は熊襲兄弟を襲撃する。そのときの衣裳は旅立つ前に会いに行った伊勢の斎宮である叔母・倭姫から賜ったものだった。

五条橋の月  遮那王というより牛若丸と言った方が通りの良い少年が弁慶を翻弄する図。
被衣をかつぐ、その一枚だけでの女装である。

国貞 対牛楼  毛野大暴れ。なにしろ一族の敵討ちである。女田楽・旦開野(あさけの)に身をやつしついに敵の内懐深く入り込んで毛野はそこに自分の意思をはっきりと露わにする。「鏖」みなごろしという恐ろしい文字を書くのである。
旦開野に口説かれ、「結婚しよ」と思った小文吾も正体を現した毛野に失望するどころか却って加勢している。

国芳 毛野、小文吾  二人はようやく敵方から脱出するや支度した小舟に乗りこんで逃亡を図るも、追っ手がしつこく、小文吾はついに乗り損ねる。振袖を襷でおさえ、その下に鎖帷子を着込んだ毛野は櫓を手にしつつ、強く口を結んだまま岸の小文吾をみつめる。浪人姿の小文吾は敵を斬り伏せつつも舟に乗ることを既にあきらめて、こちらも強く口を結んだまま毛野をみつめる。
この二人の視線の交わり、固く結ぶ唇。
言葉はなくともそれ以上のものが胸にひびく。

ときめいて苦しかった。小文吾と毛野の別れは一時的なものだが再会までに時間がかかる。引き裂かれる二人の眼と眼…
ああ、素敵だ…

国貞 しらぬひ譚  これも本当に好きだ。大友若菜姫が男装して「白縫大尽」になり吉原で豪遊という設定もいいし、敵方の忠臣・鳥山秋作が女装して慎ましい娘・千種に変じ、互いにそうと知らずに接触する。
絵は二点ある。
・男に無体を働かされそうになった千種実ハ鳥山秋作を助けた白縫大尽実ハ若菜姫が修験者のあばら家に一旦避難する。
・見顕し。正体を晒す二人。若菜姫の使い魔・大蜘蛛も出現する。
こういう二人の付き合いというか出会いと言うのは本当にもう好きで困る。

先般国立劇場で「しらぬひ譚」が上演されたが、こうした倒錯美を薄めたのは無念だった。

国貞 三人吉三廓初買  今は「巴白浪」である。黙阿弥の芝居の中でも特に好きだ。
絵は火の見櫓へ登るお七に見立てたお嬢吉三を中心に捕り手と戦う和尚・お坊たち。
女装の盗賊といえば黙阿弥はこのお嬢吉三、弁天小僧それから「都鳥廓白浪」の傾城花子実は天狗小僧霧太郎実は吉田松若の三人がいる。この三人はそれぞれ性根が違うので同じような心持で演じてはいけない。
三人のうち、芯から娘に近いのはお嬢吉三、弁天はそれで稼ぐ少年である。松若に至っては三層の変装をするくらいなので色々ややこしいが、かれは霧太郎の時に部下で互いに腹に一物の相手を籠絡しようと「てめえの下歯になりてえのさ」と誘うのである。
しかしそれはあくまでも自分の色気を自覚しての醒めた意識でのことなので、女装は弁天小僧同様手段に過ぎない。
その意味ではお嬢が最も自然な女装者なのである。

女武者の絵が出た。
広重 巴御前 騎馬で敵を伏せる巴御前。目元はあくまでも静か。クールビューティーぶりを見せている。
芳年 板額  髪を挙げている。この女も強かったそうだ。
女武者と言えば日本ではこの二人が代表だが、中国の「水滸伝」では梁山泊に数名のかっこいい女たちがいる。

役者絵・芝居絵のいいのが続く。
国周 三代目沢村田之助死絵 1878.7  田之助の悲惨な生がついに終わる。かれがいかに魅力的な役者だったかを綴っている。そして在りし日の妖艶なかおを描く。
田之助については皆川博子「花闇」南條範夫「三世田之助 小よし聞き書き」杉本苑子「女形の歯」舟橋聖一「田之助紅」などがある。いずれも深く暗い中で耀く作品。

芝居は時折「書き換え」をする。本来は男性の役を女性に置き換えることもままある。
女暫、女助六、曽我姉妹、女団七…
女団七に至っては舅殺しが姑殺しに転換する。
「やつし」「見立て」として女に変更する手もある。やつし寒山拾得、やつし費長房、見立て忠臣蔵、見立六歌仙、見立二十四孝 大舜…ゾウさんと働く手古舞な大舜が可愛い。

芳年 月百姿 高倉月 長谷部信連  以仁王に被衣をつけさせ(これで女装だというのもなんだか面白い)逃がす。

結城合戦の際、安王・春王の少年二人は女装して難を逃れたが、やがてこの兄弟は囚われて斬られてしまう。
女装で逃げ切ったと言えばメンシェビキのケレンスキーがいたな…

国貞 近世水滸伝 鬼神の於松 坂東志うか  この女形は伝法な魅力のある人だったそうで、この絵を見ても目元に殺気に似た艶がある。かっこいい。かれは自殺した八世団十郎とは公私にわたって仲が良かったが、自殺の知らせを聞いて「俺だったら嫌いな奴の二三人も道連れにしてやる!」と騒いだそうだ。その物騒さこそがいい。

絵を見ながら次々と妄想や連想が湧きだしていってドキドキした。
特に好ましいのは「八犬伝」。ああ、素敵だ…
そして歌舞伎。二重三重のあぶなさにゾクゾクする。

とても楽しかった「江戸の女装と男装」
いつかまたこの続編が見てみたいものだ。
3/25まで。

静嘉堂「国貞」展をみる

静嘉堂文庫で歌川国貞展を、浮世絵太田美術館で江戸の女装と男装展をみた。
どちらもとてもいい状態の作品ばかりだった。
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国貞は実に息の長い絵師で、現代では弟弟子の国芳に人気が集まっているが、当時は大巨匠として常に売れ続けた。
観客本位というか客の好きなものを、客が自分にどんな期待をしているかを知り尽くしていて、期待通り+期待以上の作品を作り続けた。
だが、それが結局のところ近年かれの名を埋もれさせた原因になった。

先年、ボストン美術館所蔵の「俺たちの国芳 わたしの国貞」展で今の世にも国貞の魅力が広まって、本当に良かったと思った。
国芳の面白味はこの四半世紀の間に知れ渡ったが、逆に国貞の魅力が埋もれていたので、今回こうした企画展があるのはめでたい。
永青文庫での春画展にも国貞のいいのがあったことだし、彼が当代随一の美人画の描き手だったことも知られたと思う。
なお、こちらは当時の感想
俺たちの国芳 わたしの国貞
「SHUNGA 春画展 前期」 版画と豆版

さて、楽しもう。
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見立てもの、名所、月次風俗、と様々な背景に美人を配する。
時には風景画の名手・広重とコラボすることもあり、それらは魅力が倍加する。

役者を気取る(見立て)美人たちの絵もいい。今の世のわたしたちは往時の役者の魅力を直接に知ることは出来ないが、こうした絵からそれを偲ぶことも出来るのだ。
実際わたしなどはここから江戸の歌舞伎役者に興味を持つようになった。

杜若きどり 岩井半四郎を気取り姐御風な女。
梅好きどり 咥え楊枝で婀娜っぽい。
こうした様子の女たちの絵を楽しめる江戸庶民がうらやましい。

国貞は美人画と役者絵を中心にして、読者(!)が喜ぶ構図をリサーチして、それに合わせた。
そして先人たち同様、女の日常の仕草も絵にした。ちょっとした様子を絵に仕立て上げ、それを魅力的に見せることが出来るのはやはりすごい。

当世美人合シリーズ
身じまい芸者 身じまいは化粧。
俄 年に一度の楽しい祭に男装してお獅子に寄り添う。
富士詣ノ夕立 傘をさす女の着物は玄武と朱雀の古風な柄物。扇面には富士詣につきものの麦藁細工の蛇のおもちゃ。

明治になってから芳年が「風俗三十二相」シリーズで様々な身分・立場の婦人の様子を描いたものを出したが、幕末にもむろんある。
国貞「当世三十二相」
りこう相、たてひき相、しまひができ相、あづまのお客もうき相、ゑらい所のお娘御じや相、世事がよさ相・・・

たてひき相 雁金文七の見立て。着物の紋が三羽の雁らしいが、どう見ても千鳥。侠客気取りなので鬢も跳ね気味。
しまひができ相 腕に好きな男の名を刺青していそう。
あづまの・・・ これは大坂芸者。江戸の女と違いふっくらしもぶくれに描かれている。笹紅も下唇に。シャッキリせずモッチャリしているが、可愛い。
お娘御 これも江戸でなく上方の娘らしい。笹紅の下唇に着物の首から背に可愛らしい布を垂らしている。これは上方風俗で松園さんも描いている。

明治の世になり男のモード?は変わった。ちょんまげからザンギリになったり、着物から洋装になったり。
しかし女の方は鹿鳴館に出入りするものはともかく、大方は江戸と地続きの和装・和髷だった。
大転換はもっと後。そして変わるときは本当にスパッッと変わる。

三枚続のいい絵をみる。
春待月娼家の餅花  みんなで餅作りに勤しむ。こねるもの・小さくこしらえるものなどなど。べろーんと大きく重たそうな餅がいい感じ。

神無月はつ雪のそうか  これは前々から好きな作品。「そうか」は「惣嫁」と書き、上方の低いレベルの街娼であり、江戸の夜鷹と同じ。
「そうか」といえば二つの話を思い出す。
溝口健二「西鶴一代女」のお春は御所勤めから男ゆえの流転を重ね、遂には惣嫁にまで落ち、生んですぐに取り上げられた息子が大名になったことでその家から今の暮らしぶりを責め立てられる。
惣嫁でホームレスの彼女は三十三間堂で休む時に、仏像たちを見てこれまで関わった男たちを思い出す。物語はそこから始まる。
もう一つは藤本義一による織田作之助を描いた小説「蛍の宿」で「四面楚歌」をパロって「四面惣嫁」と笑うシーン。

ここでは二八そばの屋台を取り囲んで女たちがはあはあと息を上げながら熱いそばを食べて暖を取る。
客を取れればそれで暖も取れるが、客も来ないこんな雪の夜では蕎麦でも食べないと身が暖まらない。
せつなさが身に染みる。

そういえばたばこと塩の博物館で随分前に見た国貞の遊女の堕胎図、女郎への仕置き図はいつか再見できるのだろうか。

母子と名所を描いた絵も少なくない。それらは一枚の情景の中に多くの情報量が入っている。
それらを一つ一つひも解くのも楽しい。

国貞は物語の挿絵で名作も多く残した。
「田舎源氏」「しらぬい譚」などはその代表。
田舎源氏の光氏豪遊の絵が二点。
花街遊覧 横浜随一の岩亀楼で遊ぶ。店の前で立つ姿がいい。遠近がうまい。手前に光氏、奥に楼。いかにも浮世絵的な遠近法で、これは後世のマンガの表現にも使われる。西洋のそれとは違う遠近感が好きだ。
花魁の打掛、金糸梅の模様や外人の顔の模様、海棠もある。

長崎円やま 名高い丸山に遊びに行ったようだ。その背景には海が広がり船も行き交う。この背景は二世広重、つまり「茶箱広重」が描いた。「茶箱広重」については一ノ関圭の作品を読むべきだ。素晴らしくいい。

初代広重とのコラボシリーズがある。
双筆五十三次 広重が風景を国貞が人物を描く。
はら ここでは白酒売りが寛ぐ姿。白酒売りと言えば歌舞伎「助六」の白酒売り実は曽我十郎というのがあるが、当時どれほど白酒が売れていたかというと、川柳にもいろいろ読まれていたりするし、豊島屋の売出日は列が長かったともいう。
この白酒売りは担いで売り歩くもの。

岡部 平忠度を斬った岡部六弥太ゆかりの地。桜の枝を持つ六弥太。

他にも「荒井」の検め婆さんの絵などもある。

役者絵をみる。
鼻高幸四郎のかっこいい横顔の「仁木弾正」は今回のチラシ。
五世団十郎の景清、小団次の天日坊などの大首絵。

師匠の豊国を襲名してからの「豊国漫画図絵」が二枚。
弁天小僧菊之助 この絵が元で黙阿弥が五世菊五郎にあてて弁天小僧を書き下ろしたという話もある。
頽廃的な美に彩られた作品で、わたしもとても好きだ。
この絵は横溝正史「蔵の中」でもなかなか重要なアイテムとして使われている。
美しい弁天小僧のその妖艶さを支えるのは、女装と共に刺青である。聾唖の姉が美少年の弟の腕に刺青をしようとしてもめるのだが、確かにこの絵を見ていると、少女が欲望に駆られるのもよくわかる。

最後に肉筆画が来た。
芝居町 新吉原 風俗絵鑑 
・芝居茶屋 ・仲之町の桜・格子先・表座敷
大賑わいな様子が描かれている。群衆の端にわんこがいたりもして、細部を見るのも楽しい。
物を食べるわんこを見る女たちもいれば、有名な仲之町の桜を堪能する人々もいる。
御馳走は大鯛だが、大抵は残されたまま…

突飛な構図のものはここにはなかったが、とても楽しかった。
いい発色のものも多く、大事に保管されてきたのをこうして楽しめてよかった。

3/25まで。

ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち

世田谷美術館でボストン美術館所蔵のパリジェンヌを描いた絵画を中心とした展覧会が開催されている。
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パリジェンヌという言葉がいつから使われ出したのかは知らない。
わたしの中でパリジェンヌと言えば、20世紀半ばから20世紀終わりまでパリにいた若い女性たちのことのように思われる。
無論そんなことはないのだろう。
だからこの展覧会では18世紀からの「パリジェンヌ」の紹介がある。
ただし展示の都合でか、それともわたしのイメージと同じなのか、20世紀半ばまでのパリジェンヌまでだった。
現代のパリの若い女性は、ではパリジェンヌではないのか?
そのあたりのことはわたしにはわからない。
たとえばわたしは実際に20世紀までのパリしか知らない。
今のパリの娘がどんな様子かもわからないのだ。
展示もそのことは教えてはくれない。
知りたくばやはり海を渡らねばならないのかもしれない。
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1.パリと言う舞台 ―邸宅と劇場にみる18世紀のエレガンス
文化の中心がパリに移ったことでそこでサロンが開かれる。

フランスの室内装飾 1905 ウォルター・ゲイ  サロンの内部を描いている。円形の白い壁に金塗装枠の綺麗な内装、鏡が数面あり、素敵な花も飾られている。人々はいず、サロンの空間が示されている。

ティーセットがある。組み合わせがなかなか面白い。パリの銀器、伊万里か有田のシュガーポット、「茶箱」は木象嵌の天蓋。
こうしたものも素敵だ。
西洋に日本の磁器が輸出され愛されていたことを改めて想う。

モード誌の復刻物が出ていた。フランス革命前の優雅なロココ時代の衣裳が満載である。
ただ、この手の雑誌がいつまで続いたかが今回は出ていないので、革命時はと゜うなっていたか知りたい。
シトワイエンヌたちが攻撃している一方でも、こうした優雅なものも出ていたのか。さすがに無理か。
「ベルばら」「ラ・セーヌの星」の昔から現代では「第三のギデオン」「イノサン」でフランス革命を<見て>きた者としては、気になる。

この時代のファッションはとんでもなくニガテで、申し訳ないが髪飾り一つ見ても唖然とすることが多い。
実際紹介されている髪型カタログには声も出ない。
フリゲート艦、謎のボンネット眠る犬…ああ、なんなんだろう。
清朝の旗本夫人たちの両把頭も大概だと思うが、このロココの婦人たちの髪型は一体…
そりゃこんなのに血道挙げてたら庶民が怒って革命も起こるわな。

2.日々の生活 ―家庭と仕事、女性の役割
女性の人権はまだまだ低い。揶揄する男どもを倒してしまえ。
このコーナーにくると腹が立ってくる。ぶちのめしてやりたいヤカラが少なくないからだ。

3.「パリジェンヌ」の確立 ―憧れのスタイル
19世紀半ば以降エコール・ド・パリへ。

本物のコルセットがあるがあまりに細くて小さくて、見ていていやになる。
他方素晴らしい布靴を見てほしくもなる。
そう言えばコルセットも纏足も肉体を無理やりに矯正・補正・封印するものだ。閉塞感しか感じない。

ブーダン 海岸の着飾った人々  泳ぐのでなく単に日光浴にノルマンディーの浜へ来る人々。

こちらは次回巡回先の広島県美のチラシ
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女性たちが主張し、動き出す時代。

ジュール・シェレのポスターも現れる。
とても綺麗なイメージでまとめられている。

フェリシアン・ロップス 優雅な生活  またまた皮肉と揶揄と風刺の絵なのだが、部分部分がいいのでそちらを楽しむ。

4.芸術を取り巻く環境 ―制作者、モデル、ミューズ
面白いのはやはりここから。

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カサット、モリゾら女性画家によるパリの婦人たちの絵が続く。
ドガ カサット姉妹をモデルに描く。
マネ 町の歌い手 修復されたばかりの絵。色が良くなったそうだ。

ルノワール アルジェリアの娘  実際にはモスリムではなく西洋人の娘がモデルを務めた。雰囲気があるからそれでいいのだ。

女性たちの肖像画が次々と現れ、やや食傷気味になった時、いきなりこの絵が現れた。
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鮮烈なよさに胸が晴れた。とても綺麗だった。

5.モダン・シーン ―舞台、街角、スタジオ
「パリジェンヌ」の闊歩する時代が来た。

パリ・ステージの女性たち シリーズ  これは面白かった。
6枚あるがいずれも字ばかりのボスターを打ち破り真ん中から顔を出すという趣向だった。

パリ・レアールの市場で働く女たちを描くポストカード。
そういえばフジタにもそんなのがある。子供に寄託して描いたフランス版職人尽くし絵。

ムーランルージュのポストカード
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スタンランのポストカードも面白いものが少なくない。
1910年代はポストカードのブームがあったのか。
日本でも市井の絵ハガキが許可された頃、大々的に絵はがきブームがきていた・・・

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これは好み。アメショーが可愛い。
ムーランルージュの喧騒を描いた絵ハガキもある。

1927年のジョセフィン・ベーカーを描いた連作物もよかった。
こういうのを見たいと思う。
大好き。
バナナスーツに始まり素敵な20年代ファッションに身を包んだジョセフィン。

モンパルナスのキキを写した一枚もある。化粧が1930年代のステキなもの。
ああ、素敵だ…

やっぱり1920―30年代のパリの女がいちばんいいな・・・

三体のマネキンがステージにいた。それぞれの時代のドレスを着せている。ポーズもキメていてかっこいい。
・1925―28年 ジャン・パトゥ シルクサテン、銀のバックル、エナメル、ラインストーン 膝半ば・袖なし。
・1949 バレンシアガ シルクタフタ、モアレ 膝下・袖なし・襟長。
・1965 ピエール・カルダン ウールダブルニット、ビニールの赤いアップリケ 膝上

女優の写真がある。
レスリー・キャロン 1963 帽子にスーツ。「リリー」のイメージが強いので、新鮮な感じがある。
ブリジット・バルドー 1958  ワイルドだなあ、さすが。

チラシの写真がやっぱりわたしのイメージするパリジェンヌだな。
レギーナ・レラング《バルテ、パリ》 1955年 素敵だ…

東アジアの片隅で大してセンスもないわたしが感想を書くにはちょっと苦しかった。
展覧会を見終えたとき、わたしのアタマにパリを描いた映画がいくつも浮かんできた。
「地下鉄のザジ」「大人は判ってくれない」「パリは燃えているか」「ラスト・タンゴ・イン・パリ」「パリの恋人たち」…
そこに映った女たちがわたしの中の「パリジェンヌ」の姿なのだと改めて気づいた。

世田谷では4/1まで。
広島は4/11から。

東博で見たもの 2018.3.18までの日本画

今回、前田青邨のいい絵が色々あった。
「お水取り」1959  これは平木財団のだから撮影禁止。奈良博での「お水取り」展では杉本健吉のがある。
こちらは「練行衆」ではなく「参籠衆」表記。
いい絵だった。

都(京名所)八題 1916  百年前の京都である。繁華なことは変わりない。
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どこともいい感じで、百年後の今、やっぱり遊びに行きたくなってきた。


阿房宮 荒木寛畝 1864  まだ旧幕中。始皇帝の宮殿
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たいへん細かく描きこんでいるので部分部分気に行ったところを。それにしても色が薄い…
蓮採り20180318_130656.jpg

花車20180318_130709.jpg

絵の先頭にある20180318_130716.jpg

数多の官女20180318_130731.jpg

これを焼いたところ三か月間かかって炎上し続けたそう。


御夢  安田靫彦 1918


美少年の一部だけトリミングして、全体がないという。
欲望のままに見てはいかんのう…

3/20から展示替え。
こちらはもうしばらくはお休み。

2018.3月の東京ハイカイ録

2018.3月の東京ハイカイ録。
今回は二泊三日。品川から動く。
東京駅の場合だと気に入りのロッカーに荷物を放り込んでからの活動だけど、品川の場合南北出口の隔たりが大きすぎて、正直困っている。他線があることが原因なのか、ここまで面倒だと品川駅は構造的な欠陥を抱えているのではと思うわけです。

あえて五反田駅から乗り換えて二子玉川へ。
雨はやまない。平日に静嘉堂や世田谷美術館に行くのはあんまり賢くないかもしれないが、都合上仕方ない。
静嘉堂では国貞展。以前の展覧会を見損ねてたからたいへん嬉しい。
展覧会の感想は後日例によってちまちま書く。

国貞えがく芝居絵、美人画はとても好き。高校の頃くらいから好きなので年期は入ってるが、国芳ほどの熱狂がないのは事実。
たぶんそれはわたしが少女マンガより少年マンガが好きなのと関係しているような気がする。

さて小雨になったのを幸いに聖ドミニク学園の横手を進んで砧公園へ。
ちょっと時間はかかるがゴアテックスよがんばれ。
ほんで砧公園ではまだ梅林が綺麗。

世田谷美術館、ボストン美術館所蔵の美人画(!)やファッション系の資料を集めて「パリジェンヌ」展。華やかでしたな。とはいえロココファッションは大の苦手なので、やっぱり20世紀初頭から1930年代がベストだな。
ラストにマネキンをステージに設置してショーのようにしてあるのはよかった。

用賀から表参道へ。根津美術館で香合をみる。
もともとやきもの好き・茶道具好きだから楽しくて仕方ない。
特に香合は本当に大好き。茶道資料館、西宮大谷などでいい展覧会をみてきたが、今回のもそのナカマに加わるね。

太田浮世絵美術館では「江戸の男装・女装」。男装は手古舞、女装は主に歌舞伎と物語・芝居からのもので、先の国貞の絵も多く出ている。
わたしなどはこういうのが好きだから嬉しくて仕方ない。まあ難を言えばもっと踏み込んだものを出してもよかったのでは?ということくらいかな。
個人的には国芳の八犬伝の毛野と小文吾の見つめ合いにドキドキでした。
(なんしか原作では女装した毛野から正体を明かされる前に口説かれた小文吾が「結婚しよ」と決めたりしてたからなあ)
離れ離れになってしまうけど、もしこのまま二人一緒に小舟で逃亡出来てたら、それこそ
「この後滅茶苦茶▲▲▲した。」になるでしょうし。
妄想はいつでもフジョシの命。

この後滅茶苦茶 えーと、わたしは松濤にゆくのを諦めて、そのまま上野へ出た。
晩御飯食べてから科学博物館へ。
東博に行こうと思ってたのだが、雨だし、フォロワーさんのツイートで庭園開放されてるからそっちにも行こうと思ったので、夜間はパス。
で、「人体」展へ。

今回は一部のみ撮影可能。色々と気を遣った展示で、そうか、そうだよなと納得。
それでお釈迦様が涅槃に入った後、仏舎利騒動が起こったわけだけど、今回それに近いものを見たように思う。
天才の頭脳、見たいというキモチはまあわかるけど、仏舎利状態にしてまうか。いや、そうならざるを得んか。仏舎利というかあれか、佐竹本三十六歌仙かな。
因みに本物のモツより作り物の方がわたしとしてはきつかったな・・・

一旦品川へ出たが、ここで朝の危惧が現実となり迷う迷う。
参ったなあ。それでもなんとか荷物を出して東京へ出て、送迎バスに乗せられて定宿へ。
まあ初日はそんなところです。


2日目。よく晴れてるがなかなか寒い。
府中へ。ちょっと寝落ちしてる間に折り損ねて府中駅につく。
歩いて暫くすると女の人が道を尋ねてきたが、どう考えても逆方向に来ている。話を聞くととんでもない遠回りをしていたようなので同道する。そう、府中市美術館の斜めにあるところへ行くのに逆に来てしまったようだ。
てくてくてくてく・・・まあ今度はOK。わたしも美術館へ入りました。

江戸の絵画祭。「リアル」な。
関係ないが大江千里「リアル」の歌をこないだ会社の台所で歌ってたら、誰も知らなかった。しくしく。井上雄彦「リアル」はどうなったろう。まだ完結していないそうだ。

リアルなものは結局奇妙な虚構を構築してしまうらしい。
そんなことを思いながら見て歩いた。一方で可愛いものにはニマニマ。

所蔵品展では吉田小太郎コレクションを見る。
あっ!二千五年以来の(漢数字で出ると紀元ぼいな。紀元二千五百年は西暦1840年か。まだ幕末やがな。
2005年に見た立派な角を持つ鹿と一緒に水浴する少年(彼のアタマにも鹿の角)の絵がある。嬉しいな、この絵は好きだった。

公園の大島桜や他の花を見ながら歩き、東府中へ。松屋かすき屋があったので入るが、どうもこの2店はわたしは相性がわるく、色々と困る。なか卯なら良いのだけど・・・

初台で下車する予定がまたも寝落ち。
これぞまさしく春眠暁を覚えず。←チガウ。
乗り換えミスを繰り返し、ようようオペラシティヘ。
ここでランチも考えたが、何度かした中でいつもトラウマを抱え込む案件に遭うので、避けたのだ。

谷川俊太郎展は相当な混み具合を見せていた。
常設がこれまたさっきまで府中市で見ていた寺田小太郎コレクション。
ほほー、いいなあ。
二川幸夫の日本の民家、川瀬巴水のいい版画、現代日本の田舎を描く人の絵も見て、かなり満足する。

六本木。サントリー美術館で「寛永の雅」を愉しむ。
集客が今までのに比べてどうのこうのと聞いたが、けっこう混んでたよ。尤も総数はわからないから迂闊なことは言えない。
「寛永の」と言えば三筆・三馬術、駿河御前試合・・・シグルイという感じがある。
それで遠州・仁清・探幽を中心にした展示なのはよかった。

そこから国立新へ歩いたが、夜間開館日とはいえ別な所へ行きたくなり、急遽来月に回した。これはまだ期間が長い。
それが大正解。行った先で探していたものがいくつもみつかる。たいへん嬉しい、嬉しすぎて興奮した。しかも池袋タカセでようやくサバランもゲット、最後の一個だった。
グリルで店員のオジサンにその話をすると「今日は早く来れてよかったね」と言われた。
まあそうだよな。嬉しいわ。

結局買い物しすぎて疲れすぎ、行こうと思ってた入谷の宝泉湯に行けなくなった。
また今度に。


最終日。昨日の日曜の話。
送迎バスで東京駅、いつものロッカーに荷物を収めて機嫌よく上野へ。
「アラビアの道」再訪。表慶館の前でアラビアコーヒーとナツメヤシの干したものを貰う。
ナツメヤシ、美味しかった。神坂智子「T.E.ロレンス」で軍の上層部ともめてるロレンスがナツメヤシの実を噛みしめながら「過ぎ越しの祭」でもやってやろうかとつぶやく。
あれでナツメヤシのことを知ったのでした。

東洋館、庭園、本館と四つも楽しんだからかやっぱり各1時間はかかって14時少し前にようやく東博を離れる。
当たり前かもしれないけど、やっぱり東博はいいなあ。

地下鉄へ。
ここで銀座線なら三井へ・日比谷線なら出光へ。
今回は三井へ。恒例のおひなさま。綺麗なお道具や可愛い人形に再会。
楽しいよ。
しかし歩きながら二度も膝カックンとなる一瞬の寝落ちが。まずいな…

出光美術館へ。
「色絵」再訪。やっぱり好きな分野のものをじっくり楽しむとご機嫌よ。
いいものを見ました。

そのまま歩いて三菱一号館。ルドンな。



ということです。
ほんまに困った。ネタじゃなく、見るもの見るものみんな木や花や柱にも何か変な顔が見えたりして、疲労がここまできたのかと思う一方で、ルドンの何かのメッセージなのかと思ったり。

タイムアウト。いつものようにエンガワの押し寿司買ったりなんだかんだしてから新幹線。
ああ、今回も充実しました。
次は4月。

龍野の町を歩く

近代建築の後はふるいものを見て歩く。

小学校の門
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町歩きで見つけた御宅。
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和洋、折衷というより合併な感じがある。


お城への道。小学校の水練場。
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庭園には梅林。
来月は桜まつり。

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確実に季節は巡る。

本丸御殿へ
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輪違文
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忠臣蔵の義士たちを預かった大名家の話で友人らと盛り上がる。


格天井をはじめ金色に輝く
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洋間もある。
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退出
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さらばお城
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道なりに歩いて坂の下で曲がると「赤とんぼ」の三木露風の生家。
寄りたかったが寄れず。
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行った人によるとちょっと淋しいらしい。もったいない・・・






古刹の如来寺
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漆喰細工 竜かな。
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その手前に素敵な洋館。
今では大正ロマン館という商業施設に。
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お城から見得た煙突。
醤油蔵のもの
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植物が伸びる伸びる
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再び醤油資料館
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さらば龍野。
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うすくち龍野醤油資料館へ行った

雨のよく降る日に龍野へ行った。
バスでお仲間方とツアーをしたのだが雨が降りすぎて色々見て回るということが出来なかったのは残念だった。

龍野と言えば薄口しょうゆ。今でた文字は間違い。本当は「淡口」が正しいが、どちらも併用されてるようなので、ここでは「うすくち」と仮名で書かれている。

外観
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入館料は10円である。

ホールに淡口しょうゆの歴史を見るコーナーがある。
椅子は樽を再利用したもの
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階段
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菊の御紋がついている。
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天井はこんな感じ。
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資料を見る。
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かつて「菊一醤油本社」だったなごり。









醤油蔵へむかう
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お稲荷さん。三本の鳥居が立つ。


郷土資料もある。
可愛い埴輪の馬も出たそうだ。
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奥の階段は上がれません
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酒もそうだが醤油も昔の蔵の様子を見ると、なんとなく心身が引き締まる。
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瓦いろいろ
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美人ポスター
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宝塚歌劇を支援するのは昔から。


イギリス積みの煉瓦
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いい天井
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退出。

蔵の外観
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山下摩起の絵を集めた展示室もある。
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いい絵が多かった。
西宮大谷、兵庫県美で見ていたが、これだけの数を見たのは初めてである。

「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」をみる

東京国立近代美術館で熊谷守一の回顧展がいよいよ終盤を迎えている。
このブログを始めてから3回ばかり熊谷守一の展覧会の感想を挙げている。
2008.3.5 埼玉近美 熊谷守一展  当時の感想はこちら
2011.6.19 熊谷守一美術館で見たもの  当時の感想はこちら
2017.4.27「おまえ百まで わしゃいつまでも」熊谷守一  当時の感想はこちら
あとは愛知県美術館に行くと木村コレクションがあるのでそちらもしばしば小さく記している。

長命である。
作品数が大変多い。それも身近な生物を描いた作品がとても多い。身近でなく幻獣である「鯤」まで描く。後半生の30年ばかりずっとひきこもりだった。
熊谷守一美術館のその自宅でずーっと絵を描き、猫を撫で、虫を観察し、草花を愛でた。
それで大量の作品を世に送った。
出し惜しみなどせず、描きたいものを描き、ヒトに会わず、ヒト以外の生命体を描き続けた。
書もある。なんだかもうどういいのかさっぱりわからないが、妙な味のある字を書く。
それも「すらか」「めずす」などである。
爺さんだから字の向きが違うのか、字の形を考えてこうしたのか。
本人でもなく、研究者でもないので、本当のところはわたしではわからない。
だが、なんとなくいい。
その説明できない良さに、結局は溺れてしまうのだ。
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さすがに近美、人生を丁寧に追う。

科学生時代の熊谷の裸婦や「轢死」の女たちの様子を見る。
後年の絵とは全く違うので、よくまああの世界に到達したなあと感心する。

ほぼ何も見えなくなってしまった「轢死」。しかしそこに女の遺体はある。
それを思いながらじっと絵を見る。

この時代の熊谷の絵についての解説の中で「暗闇でのものの見え方を探ったり」していたとあるが、後年の絵を先に知っているからよいけれど、そのまま何も思わず見ていたら、ちょっとヤバイ画家なのか、と思ってしまうところだった。
しかしこの「轢死」への熊谷の関心の高さ、というものには興味が生まれる。

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陽の死んだ日  最初に大原美術館で見たとき、胸を衝かれたが、それは何に対しての感動だったのだろう。
画家の子どもが死んだことか、それを熱心に描いたのを「画家の情熱」からくるものと思わなかったのはわたしがまだ子供だったからか。
純粋にいい絵だと思って感動していたように今となっては想われる。

貧困の中で熊谷の子は亡くなる。
やがて画風が確立したころ、今度は別な子どもが亡くなる。
 
ヤキバノカエリ  いつもこの絵を思うとき西条八十の「呪詛の歌」が蘇る。
地婆 鬼婆 牙 八重歯 行き先墓場 途中に焼き場
 
もう、離れがたい。

画風が確立した後の絵を見るのは楽しい。
これまでに何度も見てこれたので、今回は純粋に絵を楽しむことに専念した。
そうなるとまた色々思い至ることも出て来るし、初めて見た絵に喜んだりもある。
楽しい。

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シンプルなようにみえて、たいへんな試行錯誤の末にここに至ったということを改めて想う。
猫を撫でている手は可愛がるだけでなく、その猫の骨格を探っていたことを知る。
そうなのか。

マティスを想う。共通するところがあると思う。
熊谷守一も究極の試行の末にシンプルな線と明るい色彩に到達した。
一目ではわからない技巧が活きているのだ。

やがて展示で一番気に入った場所へついた。
「猫の壁」である。
ずらーーーっと猫の絵が壁一面を占拠している。
楽しくて仕方ない。
行きつ戻りつを繰り返し、猫の様子をながめた。

こういう風に好きな作品・気に入った作品を何度も繰り返し眺めることができるのは幸せだ。

いい展覧会だった。
3/21まで。

2018年、春を呼ぶお水取り

毎年東大寺の修二会、お水取りのお松明を見に出かける。
その前には奈良博の展覧会を必ず見る。
毎年同じものが主体ではあるが、その度に色々発見があったり再会があったりで、決して無碍にはできないし、してはならない。
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絵巻も年により違う場面イメージ (745)

内陣の再現がされているのもありがたく尊い。
拵えられた造花の椿が愛らしい。
音声も録音されたものが流れていて、それを耳にするだけでもドキドキする。

火が赤々と燃え盛る様子を見るのが好きだ。
それが宗教儀式の中にある。
そのこと自体にも惹かれる。
火によって穢れが消える気がするからだが、実際のところこの修二会ではお松明の火は練行衆(れんぎょうしゅう)の足元を照らすためのものなのだ。
しかしそれでも外に集まる大群衆にとっては特別な火に他ならない。


向う前日、毎年聴聞にゆかれるhikotaさんのお話を伺い、色々と知ることができたのはよかった。
わたしは遠くから火を眺めるだけで勝手に罪・穢れが消えて「ああ、健やかな」と思うのだが、本当ならばやはりhikotaさんのようにつつましく日を重ねて二月堂へ向かうべきなのだ。
だがわたしには到底できそうにないので、勝手に心を清らかにする。

この日は夕方五時半過ぎに東大寺に到着。



夕日がきれいだった。




今回は二月堂真横の石段手前のところに。案外この辺りは空いている。警察本部のところ。
それでドキドキしながら待つうちについに鐘が。
だが、この辺りの照明は落ちない。本部前だからかな。





風の影響で火の粉は真下に来ず、横へ散っていった。
燃え焦げた杉を少しばかり拾い、石段を上ろうとしてそこに文様があることに気付いた。
こちらはあべまつさんによるご提供


hikotaさんの「小観音さんが来られた難波津を表したりしているのかな、などと」というお話にも頷くものが。





夜景はあまりわからないが、敬虔な気持ちになる。

回廊を下りる。ここを1時間ほど前にお松明が上っていったのだ。
外へ出るといいものを見た。




いつもと違うルートで奈良博前のバス停へ向かう。
池を挟んでみる提灯を間近に見てしまう。


遠くから見た方が怖いような良さがあったが。

他方、築地塀の良さは奈良に来なくては味わえない。

これで春が来る。
春を呼ぶお水取り。

罪過消滅と平和や安寧を願って帰る。
こちらはhikotaさんよりいただいた二月堂の手ぬぐい。
こぼれ椿。
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可愛いなあ。

お松明は今夜まで。

ふろくの楽しみ その3

いよいよ戦後篇。

地球儀、望遠鏡などの付録がつくようになった。
少女向けではまだ戦後すぐは「西条八十抒情詩集」「イノック・アーデン」の物語本などがある。
中原淳一は少女、若い娘たちの世界をひらいた。
彼の主催した「ひまわり」については弥生美術館の回顧展が詳しい。
中原淳一の少女雑誌「ひまわり」展
当時の感想はこちら

戦前から戦後をこえ、現在も愛されている。
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1950年代半ばになると今度は芸能界・スポーツ界の人気者を使ったふろくが現れる。
週刊誌も刊行され、月刊誌が軒並みバタバタ消えてゆく。

プロ野球オールスター集 少年サンデー 1959  当時の名選手たちの写真がたくさん。
力道山特集、大相撲特集。

映画スター特集では「東映お子様時代劇」で主役をはった中村錦之介を中心に東千代之介、伏見扇太郎、大川橋蔵、御大の片岡千恵蔵、市川右太衛門らが登場。

「ゴジラ」だけが特撮ではない。
TV特撮ヒーローが現れ始める。
マンガや本のふろくが並ぶ。

月光仮面 パラダイ王国の秘宝 川内康範/桑田次郎 少年クラブ   戦後は「倶楽部」が「クラブ」に変わった。このパラダイ王国編は特に人気で敵役の「サタンの爪」は今日まで名を残している。

海獣ブースカ  可愛いなあ。 実はよく知らないのだが、山岸凉子「白眼子」にもこのおもちゃが出てくる。
よく売れていたようで、ご一緒したhikotaさんも懐かしがられていた。

快傑ライオン丸 うしおそうじ/一峰大二 冒険王  この雑誌83年まで刊行されていたのか。
わたしが子供の頃は特撮関連はこの雑誌が強かったな。表紙は実写のライオン丸、沙織と小助がいる。
これは宣弘社の作品。歌もよかったなあ。
今もアカペラで歌えるぞ。つまりリアルタイムに見知ったものが遂に登場したのだ。

小学館の学年誌が登場。
以前に芦屋市立美術博物館でみたのを思い出す。
学習雑誌にみるこどもの歴史 90年間のタイムカプセル
当時の感想はこちら

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時代は進む。
仮面ライダー、ウルトラマン、グレートマジンガーの本も出てきた。
アッコちゃん着せ替えもある。
「ビックリマン」に至っては1988年。それでももう30年前なのか。

少し戻り、1950年代特集を見る。
山川惣治の作品関連のふろく。

少年王者 おいたち篇 外伝か本編かはわからないが、以前弥生美術館で山川の回顧展を見たとき、いいなと思った作品である。
カルタには登場人物がずらり。
ナゾの味方アメンホテップ。(力を出すときの掛け声がアメンーアメンーホテーップなのがいい)
可愛いヒロインすい子さん。

今回は「少年ケニア」はなかった。惜しいが、「少年王者」もいい。
山川惣治 少年ケニヤ展、よかったなあ。
こちらは当時の感想

火星戦争 小松崎茂  おお、いいなあ。少年雑誌冒頭グラビアへ至るSFものの紹介。

冒険児プッチャー マンガ双六 横井福次郎 1949  これは1981年頃から名前だけは知っていた。この当時のマンガの大コレクターである松本零士が自作「四次元世界」などでこの本の名を挙げていたのだ。せつない物語だった。
手放したマンガを探し求め、夢の中でみつけても手に入らない日々を送っていたロケット技師が、ついに夢の中の本屋でこの「プッチャー」を手に入れる。そして喜んだまま逝ってしまうのだ…

ここからはマンガが並ぶ。
冒険王新年特大号別冊まんがふろく 1958  これはまた随分大盤振る舞いのマンガふろくである。9本のマンガがある。
「イガグリくん」有川旭一、「木刀くん」高野よしてる、「ライオンクン」下山長平、「われは空の子」関谷ひさし、「黒胴くん」小松立美、「不死身剣士」横山まさみち、「魔人X13」鈴木光明、「謎の雪御殿」香山よしはる、「忍びの小源太」夢野凡夫
え?!なのが横山まさみち。オジサン向けエロコメディマンガの巨匠が…
まあ滝田ゆうだって貸本時代に少女マンガ描いてたしなあ。

関谷ひさしは「ストップ!にいちゃん」が面白かったが、それより5年前に「ジャジャ馬くん」がヒットしたことで道が開いたそうだ。
これは冒険王で連載したのか。今、北九州マンガミュージアムにこの人の仕事場の再現があるそうだ。

ビリー・パック 河島光広  日米混血のビリー・パックが戦後に日本に帰国し、青年探偵として活躍する。
作者河島光広は夭折した。
1988頃か、わたしはまんだらけで4巻本を入手した。当時8000円。痛かったが仕方ない。
1983年に知った作品で気になっていたのでどうしても手に入れたかったのだ。
購入時ハトロン紙カバーがかかっていた。30年後の今もわたしの手元でハトロン紙に包まれて保管されている。

猿飛佐助 杉浦茂  出たー!キター!むろんわたしは後年の復刻物しか持っていないが、杉浦、ホント、いいよな。

リボンの騎士 少女クラブ  こちらの版か。表紙は「亜麻色の髪の乙女」になったサファイアがフランツと舞踏会で踊るシーン。
この作品は色々な雑誌に亘ったので全集が出たとき、分けていたはずだ。
わたしの手元にあるのはこちらだったかな?初めて自分で買った手塚の本。アニメも原作もどちらも大好き。

他にもあんみつ姫、くるくるクルミちゃんのマンガやグッズがあった。

一条ゆかりの世界 りぼん 1971  大人っぽかったなあ、70年代の一条ゆかり作品。わたしは「デザイナー」が好きだった。
「砂の城」のリアルタイムに読んでいたが、リアルタイム故にこちらの年が若すぎて、苦さに負けてしまった。
せめて二十歳過ぎ頃に読んでいればもっと<作品>として楽しめたろう。小中学生ではあまりに思い入れし過ぎてしまう。
「デザイナー」は高校生くらいになってから読んだので却ってよかった。

「科学」シリーズがでた。
全く無縁出来たのでさっぱりわからないというか、全て初見。すごいなーとしか言いようがない。
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天秤セット、化学マジック、昆虫はばたき実験セット、年賀状スピードプリンター、火縄銃キット、大阪城1/450…
なんだかスゴイものをいっぱい見てるぞ…

再び時間が遡ったりいったりきたり。
今度は少女マンガのふろく

キャンディキャンディ イラスト集  あああ…

土田よしこ大ポスター  全面にわたって土田ギャグ炸裂!わたしは「つる姫じゃー!」も好きだが「きみどろみどろあおみどろ」が好きだった。
女性マンガ家でギャグといえばこの人と亜月裕がやっぱりわたしの中では双璧。

「ときめきトゥナイト」くらいまではまだ知ってるが、これ以降はさすがに「りぼん」「なかよし」は読まなくなったので作品を知らない。
それでびっくりしたのが「りぼん」のふろくの豪勢さ!
去年のだが「ちゃお」ふろくに「卓上お掃除ロボ」…オイオイ待て待て。

最後に明治の新聞ふろく。
明治立身出世双六 1898 幸田露伴/富岡永洗  堕落の絵が結構楽しそうだったりする。

新家庭衣装合わせ 1910 三越タイムス  要するに商品カタログである。

「主婦之友」では食中毒予防と食い合わせの特集もあった。

ノンキナトウサン出世双六  出世はしないけれど出世双六。

近畿を中心とせる名勝交通大鳥瞰図 吉田初三郎 1926 相変わらず楽しい。なんでやねん的なところもあり、それがいい。
こちらのは姫路の鳥瞰図なのでこれとは関係ないが、この兵庫歴博がある場所なので。
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朝日新聞亜欧記録大飛行「神風機」組立模型 1937  羽根にメーカーの名前がたくさん並ぶ。化粧品メーカーvs製薬会社
ロート、クラブ、レート、ライオン…

最後に軍艦三笠の復元ものを挙げる。
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ふろく、最高でしたわ…

またいつか楽しみたいと思う。
3/25まで。

ふろくの楽しみ その2

「少女倶楽部」のふろくから。

飾り羽子板 紙細工とは思えぬ重量感がある。なにしろ持ち手のところに蝶番のようなものまで。
押絵の重ね貼りがリアル。「むらさき草紙」という話の若侍と娘。
どうやら三上於莵吉の作品らしいな。

静御前の舞  立版古だが、製図が面白い。静御前が鎌倉武士たちの上空に浮いている。原画は多田北烏。

建国祭掛軸 1937.2 山口将吉郎  「少女倶楽部」にもこうしたものが出る時代。神武天皇の立てた弓の弭の先端に金色の鵄。
金鵄勲章(きんしくんしょう)はここから。
安彦良和「神武」はこの辺りの話がさすがに巧い。

美しい贈り物展覧会  誌上での啓蒙というべきもの。クリスマスプレゼントなど、どのようなものがいいかを提示する。
戦前の少女はまだまだ洋風の愉しみを知らないのだ。

イソップカルタ 河目悌二 1931正月号 「井戸を見ずに星を見る」などなど。寓話からわかりやすい言葉をチョイスしている。
足元危険ということだが、わたしの友人が将にこれを実行し、えらいけがをした。

赤穂義士物語 1935 大河内翠山/井川洗厓・石井滴水・伊藤幾久造  「義士」である。大石りく、瑤泉院(ようぜんいん)辺りの話をふくらませたのだろうか。未読なので何とも言えないが、この当時の少女向け・少年向けでは自ずから異なる。

チョビ助漫遊記 河目悌二  ユーモア漫画の河目は少女倶楽部にも登場。

少女画集 絵師は不明だが、「道成寺」の白拍子花子が鞨鼓を打つところが描かれている。

戦後の少年雑誌へ向かう。
戦後しばらくの少年たちを熱くしたのは「少年」だった。
「鉄腕アトム」「鉄人28号」の二大人気作品の他にも「矢車剣之助」「ストップ!兄ちゃん」「サスケ」「忍者ハットリくん」などがある。
1989年に光文社文庫として「少年」傑作集が出た。わたしは5巻まで持っているが別冊の小説・絵物語篇は今初めてあることを知った。
この辺りはオジの影響で好きになったもの。つまり団塊の世代として生まれた子供を主な読者とした雑誌である。

戦前同様いいふろくがある。
少年カメラ 1952.2 「もはや戦後ではない」より4年も前にこんなのがついていたとは。
名前だけ見て「少年ナイフ」をふと思い出したり・・・
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回転式映写機  これも同年のもの。スキーや馬の疾走などのアニメーションを見ることが出来る。

少年蓄音機  牛若丸と弁慶の歌

少年謄写版  懐かしい。わたしが小学生の頃はまだあった。今はないわなあ。ちゃんと鉄のペンもある。

他にも望遠鏡、マジックセット、うなる円盤銃?などがある。

そして忘れてはいけないのが「少年探偵手帳」。
わたしはこれを数冊所持している。オジからもらったのだ。いつか弥生美術館に寄贈するものの一つにしたい。
少年探偵の心得やちょっとした知恵袋な本。

「鉄人28号」の本  表紙は27号ロボット。まだ未完成の頃の話か。

ところでこの時代だけ紙製以外のふろくがあったのは色々理由がある。
この展覧会ではその辺りもきちんと説明していた。

1950―60年代の少女雑誌のふろくが現れた。
1959年のご成婚に対応したグッズなどがある。
「少女」1959.5月号。表紙は内藤ルネの創作人形である。
この時代はまだまだ物不足というか自作する人の方が多いので、付録も手芸セットなどがある。

時代を感じさせるものは当時の人気スターグッズである。
天然色スタービニールブロマイド  「ブ」でなく「プ」なのもいい。少女の憧れ子役スターの写真が並ぶ。
美少女・鰐淵晴子、明るい松島トモ子、童謡歌手・小鳩くるみ、そして雪村いずみらである。
戦後のマンガ史・民俗史に詳しいマンガ家まつざきあけみが昭和30年代を描いた「僕らは青年探偵団」、里中満智子の戦後すぐに生まれた少女の半生を追う「愛生子」にもそのあたりの様子が描かれている。

明治の付録を見る。

歴史(稗史)の事件を描いたものが少なくない。
金王丸の別れの絵がある。ご一緒したhikotaさんがすぐに反応してくださり、盛り上った。
更に護良親王の吉野の別れの絵もあるが、現在ではルビは「モリヨシ」だが、わたしたち昭和の子どもは「モリナガ」親王で習ったのになあとこれも盛り上がる。

パラダイス双六 夢二  大好きなパラダイス双六。明治末の楽園。
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競争双六 巌谷小波/杉浦非水  まあなんというか運動会の中身なんだが「サックレース」とかいう袋に入るのが妙に気になったな。

家族双六 夢二
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昭和の末近くまで双六は人気だった。
他に楽しそうなのは「動物かるた」

「コドモノクニ」など幼児向け雑誌の紹介がある。
タカラブネ 岡本帰一 野口雨情/中山晋平  鯛もくる。キューピーもいる。 歌もあるようだ。

切り抜き細工が楽しい。
固定された絵の上に切り抜きを合わせて動かすことで風景が変わる。
松茸狩りを絵にしたものも楽しい。
またも森の中を描いた絵に切り抜きというのを見ると、ルネ・マグリット作品を思い出したり。

面白いのが「扇の的」 これが源氏方を背後から描いている。そして与一の弓も背後から見守るスタイル。
この構図は初めて見たよ。

地図や世界の偉人伝関連もあつまる。
世界地図、日本をメインにした日満パノラマ地図、世界動物地図…

絵も忠臣などのものが多い。
楠公父子桜井の別れ、乃木将軍、「えらい人画集」として小楠公、李廣、ガーフィールド…
他にも政岡、ベートーヴェンなど。

ナポレオンのアルプス越え 梁川剛一  これも組み立てるのだ。馬上のナポレオンの号令のもと聳え立つアルプスを目指したものたち。
凄いジオラマだった。アルプスの大きな峰を拵えるとは。…

紙芝居の木村長門守、孝女白菊もある。この時代ではみんなが知るキャラだった。

分解式電車


これは再現ものだが、原画はもっと細密精緻を極めていた。

他にも盤をくるくる回してちょっとした知識を得たりするのもあった。
少女向けはやはり手芸品が多いが、段々時代が悪くなり、慰問袋も出てきた。

戦前のマンガを集めている。
宮尾しげを「猿飛佐助」、島田啓三「冒険ダン吉」、阪本牙城「タンクタンクロー」吉本三平「コグマのコロスケ」
そして松本かつぢのまんが「?のクローバー」
?は「なぞ」と読む。
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全編は以前に見た「マルチクリエイター 松本かつぢの世界 その2」に挙げている。
こちら

「日本少年」のふろくをみる。
高畠華宵・山口将吉郎・伊藤彦造 三大家名画集  「さらば母上」、「飛沫」…岩の上の若侍、「スパルタの若者
こうした絵が出ていた。

「少女世界」の晴れ着着せ替え、学研の「コドモ博覧会」絵も楽しそうだった。

いよいよ軍事下になり、付録もそちら関係ばかりになった。
物資不足であんまり面白くもない…

以前「子供の情景 音楽ではなく」として同時期に見た戦前の子供向け雑誌とふろくの感想を挙げている。
今回のと多少かぶるものもあった。こちら

続く。

ふろくの楽しみ その1

兵庫県立歴史博物館の「ふろくの楽しみ」展に3時間ばかりいた。
耽溺していた、と書くのが正しいか。
あまりに楽しみ過ぎて3時間過ぎていたことに気付いてびっくりした、ということだ。
そうだ、めちゃくちゃ楽しかったのだ。
「明治ー平成の子ども雑誌から」という副題通り明治からの新聞や雑誌のふろくがずらりと並ぶ。
あまりに楽しくて、もう本当に次から次へと現れるふろくを見ていると「めくるめく」とかいう状況になってしまった。
ああ楽しかった。
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基本的に「自分が楽しめる」ものを優先して見ているので、こうした展覧会はもう本当に大好きだ。
弥生美術館、野間記念館、芦屋美術博物館などでこれまで見てきたふろくの展覧会の良いところが思い出される。
そこへこの兵庫歴博が加わって、大いにときめいたなあ。

最初に現れたのはチラシにも雄姿を見せるエンパイヤ・ピルデングのペーパークラフトである。
本当に丈が高い。複製で再現した作り手にも感心する。
設計者は中村星果。男性である。昭和初期の大日本雄弁講談社(現・講談社)発行の大人気雑誌「少年倶楽部」の堂々たる付録である。
ここには当時の設計図、実際の図面がある。一応写真付きの製作手順書があるが、到底わたし如きでは対抗できない。
やる前からやれないと言うなという言葉もあるが、やれないとわかることも少なくない。
これがそれだ。
6枚ばかりの大きな製図にしっかりしたパーツが掲載されているが、実際のところ当時の少年たちも自分だけでは完成できず、親や年上の兄たちの手を借りて製作するのが多かったそうだ。

軍艦「三笠」の大模型に至っては8枚の製図、他に自分で支度するのは厚紙と杉箸(マストなどに使用)と黒糸である。
ここにある再現模型も大変立派で、救命ボート、ブリッヂ、甲板の様子、スクリューなど、素晴らしい出来だった。

「愛国」号大模型は翼に「あいこく」の文字がある。この画自体は鈴木御水が担当している。
国会議事堂は車寄せも素晴らしいし、パノラマ式大模型・流線型の新機関車はちゃんと山とトンネルとランプ小屋も付随。
どこまでも見事なペーパークラフトである。
のぞくとトンネル内には後続車両の先端が見えるのもニクい。

この辺りは以前にも野間記念館などで見ているが、実際に再見するとただただ驚くばかり・感嘆する一方だ。
江戸の昔から「立版古」「組み立て絵」と呼ばれて愛好されたペーパークラフトだが、昭和初期に頂点を極めたと思う。
そしてそれは「少年倶楽部」のふろくなのだ。

「のらくろ」で有名な田河水泡によるパノラマ画「無人島探険パノラマ」がある。
とても大きい図面で無人島内で繰り広げられる様々な状況や現場の様子を面白おかしく描く。
鷲に襲われたり、海では怒るタコもいるし、がけから落ちたり、選択を干したり。
「これみんなバナナだぜ」とバナナの木を前にして喜ぶものもいれば、ジャングルを行くものもいる。
軍がある時代なのを踏まえながらその絵を見なくてはならないが、細部描写が面白くて仕方ない。

「快傑黒頭巾」の挿絵画家・伊藤幾久造による「絵巻大日本史」も面白い。応仁の乱から本能寺の変、関ヶ原までが開かれていた。
全て紀元で年数が記されている。
講談社は大人向けの「キング」誌でもふろくに明治からの時代絵巻をつけているから、この時代「歴史」あるいは「稗史」は人々に浸透していたのだ。都合の良い史観であろうとも。

ぺーパークラフトだけでなく、ちょっとしたミニ本もふろくになる。
これは現代も同じことで、今もしばしば「創刊号」や特定作品の第一話などをミニ本にしてつけたりもする。
山中峯太郎「敵中横断三百里」があった。「壮烈物語画集」と銘打ってある。梁川剛一・樺島勝一の挿絵が使われているようだ。
この本もとても人気だった。
他に「のらくろ突撃隊」のミニ本も出ている。

少年倶楽部絵はがきが数点。
山口将吉郎
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この人は武者絵が特によいが、リアルサイズの甲冑ペーパークラフトを作成し、子どもに着せてそれを観察して描いたそうだ。
それでか躍動感が素晴らしい。
「神州天馬侠」の挿絵がみごと。あとで現物も展示されるが、戦後の一時期GHQの検閲を受けて「神州」が「新州」になったことがある。今は元のタイトル。

伊藤彦造
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ときめくなあ。この人の展覧会は過去数度弥生美術館で見たが、いつもドキドキする。
2014年の伊藤彦造展 感想はこちら
2006年のはこちら

夏休み愉快袋 これはアソートもので手品を始めゲーム等の入った付録で、カッコいいものだけでない楽しいふろくの様子がわかる。

「幼年倶楽部」のふろくは同じペーパークラフトでも手数の少ないものだった。
とはいえそれでも簡単とは言わない。
人造人間 要するにロボットなのだがこのペーパーロボットは目玉をグリグリ動かせるようになっているし、手にはピストル、鼻下には八の字髭があり、勲章もついて、どこかドイツ風な様子である。

大たから船  きちんと鳳凰首と羽を差し込む。七福神もそれぞれ個性を見せる。多田北烏の図案だけにデザイン感覚も優れている。

ニコニコキネマ  回転させることで連続コマが動くように見えるアニメーションの元祖のようなもの。
宮尾しげを「平助とクマの相撲」、吉本三平「コグマのコロスケの馬跳び」の2本がある。
こういうものは小さくて楽しい。

兎の餅つき 可愛いなあ。ぺったんぺったん。

万国コドモ博覧会 本田庄太郎  楽しそうなマップになっている。ああ、こうした博覧会案内図、中世の参詣図、近代の鳥瞰図はどうしてこんなにもドキドキするのだろう。

幼年倶楽部100号記念お祝い袋  ぬりえ、カードゲームなどが集められている。うさぎさんやねこさんの顔のゲームも楽しそう。

自動車  この組み立てはわたしでも作れそうである。クラシックカー。紙が大きいから細部はそんなに精密ではないが、これもよさそう。

少女雑誌のふろくが現れる。
中原淳一登場。「少女の友」のふろくである。
幻想 組立舞台  チラシ右の少女とバルコニー。これは少女の他にシスター、もう少し年長の令嬢など3パターンの紙人形があった。

お雛の屏風
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随分前のわたしの手に入れた画像から。
中原淳一作品は戦前の方がわたしの好みに合う。

少女雑誌ではかるたのふろくも愛された。
日本画出身の村上三千穂原画の羽子板、百人一首かるたもある。
中原は「啄木かるた」  啄木の短歌を抒情画で表現。
松本かつぢ「隣組かるた」
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相互扶助の隣組である。相互監視の側面は言わない。

少女あるばむ  抒情画の大家の絵ハガキサイズの一枚絵が並ぶ。
高畠華宵、林唯一、加藤まさを、須藤しげる、かつぢ、深谷美保子の絵に村上の装幀。

かつぢ絵の西条八十詩集、中原のシンデレラ、吉屋信子と中原の「花詩集」などなど…

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シンデレラの背景は切り抜きものでそれだけでも素敵だ。

楽しいユーモアブックもある。

長くなるのでここまで。

川越市立美術館所蔵の雪岱作品をみる

先般の「雪岱調」の感想文には常設展示のことをあまり書けなかった。
今日は少しばかり挙げようと思う。

矢田挿雲 忠臣蔵 報知新聞夕刊連載
247回 1936.9.19  淀川下りの船に大石内蔵助。それをロングで捉える。
605回 1937.11.25  あふれる井戸に祈る。
644回 1938.1.16  食事をする二人。老人の武士と髪を垂らした女と。
733回 1938.5.2  遊女を殴り、その遊女から諭される。
894回 1938.11.8  刀の研ぎ。「ねじ式」な顔つきなのが面白い。
矢田挿雲と言えば「沢村田之助」「江戸から東京へ」がある。

牡丹に羅陵王の図  牡丹の蕊の上に立つ羅陵王。あの恐ろしげな面を手に持ち、端正な面を晒している。
予想外の姿だった。清楚なうつくしさを感じた。

おさん茂兵衛 1941 近松ですね。寄り添う二人の姿。いよいよ終わりということですな。

もちろんこの常設展示室にはかれだけでなく他の画家のよい絵もある。
今回は雪岱のことしか書いていないだけ。
なお特別展の感想はこちら。3/11まで開催。
生誕130年 小村雪岱 「雪岱調」のできるまで その1
生誕130年 小村雪岱 「雪岱調」のできるまで その2

そちらにはこれらの絵が。
蝶 1925
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細い路地で立ちすくんで数羽の蝶の舞うのを見上げる女。
白い蝶が四羽。
これとは違う話だが岡本綺堂「半七捕物帳」に「蝶合戦」の話があるが、江戸時代には膨大な蝶が群れを成して戦う様子があったそうだ。

雪岱は蝶が好きだったそうだ。
鏡花 日本橋 装幀
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お傳地獄 挿絵
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横櫛のお傳の艶めかしさ。タイトルは忘れたが、綺堂の随筆か小説かに、収監したお傳を見てそのあまりの色気におののいたという話がある。
絵の枠外にはサイズや指定が書き込まれている。

3/25まで。

なお埼玉近代美術館では4/15までコレクション展に雪岱の小特集が組まれている。

雪おんな
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雑誌「春泥」表紙絵 1937
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埼玉近美には「山海評判記」の挿絵を幡にしたものもあるので、いつかまた出てくれることを期待している。

川越を少々歩きまして

先月の話だが、川越市立美術館で小村雪岱展をみたが、往復共に川越市駅から動いた。
バスに乗るつもりで本川越に向かったが案内がよくわからず目の前でバスが行ってしまい、もうええわ、歩くわという例の精神で、そう、例によって例の如く歩いた。
それで今回は展覧会が目的で、しかも時間がかなり押したので川越市の近代建築をゆっくり見る間もなかった。
歩きながらスマホで撮るばかりで、「これはどの建物?」ということになってしまった。
全部が全部ではないが。
しかし一部にだけココハコレと名を与えるより、もういっそ何もなしで押し通す方がすがすがしい。
・・・という理屈をつけて、特に何の盛り上がりもなく写真を挙げてゆく。

今度は一日かけて建物を見て歩こうと思う。
「カリオストロの城」のルパンではないが「今はこれが精いっぱい」。
ということにしよう。

駅からざっざっと歩くと大正時代の建物が並ぶ通りに出た。
以前来た時、ここのことを全く知らず、すごくラッキーな気持ちになったのを思い出す。

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瓦、いいよねえ。
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全体と細部ちょこちょこ。
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いい建物ですわ。

ここの向かいにある町の観光案内所で地図を貰ってなお歩く。

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重厚でいい二階だが、重さ大丈夫なのかな・・・
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この教会で道を曲がった。
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歩道には先日の雪の塊が集められたのが見出せる。


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その向かい。


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いいよなあ。


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細部あれこれ。
こういうのを見ると京都の富士ラビットを思い出す。
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今日はここまで
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また今度はきっちり見て歩こう。

京博で「雛祭りと人形」をみる

京博へ雛人形を見に行った。
様々な人形がここにはある。
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曼殊院の天児も来ていて這子共々三体がその場に寝かせられている。
顔は作られていても体は棒筒の組み合わせのような天児。
「願い」の原初的な形を見たように思う。

古式享保雛(元禄雛)と入江波光コレクションの犬張子のとりあわせ。
日本画家・入江波光のコレクションか。いいな、こういうのが今日に伝わっているの。
横揚羽紋の道具も一緒。女紋かも。わたしのと同じ。
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立雛 各種 5対 これはやはり立たせないと。寝かせての展示もあるがどうも情死した男女にしか見えなくて困る。

室町雛と寛永雛は共に17世紀で坐す形。
次郎左衛門雛 入江波光コレクション  丸顔の二人。冠なし。
古今雛、有職雛(直衣姿) 思えば懐古趣味なのかもしれない。

雛道具 貝桶・合貝 1対  アサリだと思う。シジミよりは大きい。
関係ないが、これを見に行った前日の三月三日、わたしは雛祭りらしくバラ寿司を拵え、すまし汁も支度したが、本来なら蛤ではあるが国産の葉アサリくらいのサイズしかないし高いしで、アサリに変えた。
いいんだよ、これで。隣にいた奥さんと二人、頷き合ったなあ。

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大好きな御所人形がいーぱっい現れた。彼らの背後には十二ヶ月花木図屏風 狩野永納筆 6曲1隻がある。
見立高砂、見立石橋(赤い牡丹)、美童の沓持ち見立張良、見立三番叟、ほかにも金屏風前で亀持つ子・鶴持つ子、弓曳き、猫を肩に載せる子、春駒で遊ぶ子…
十数体が一堂に会している。
そして豆御所人形に至っては21体!
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衣裳御所人形 稚児立姿 二体あるがどちらも幼いながらもキリリタイプ。
一つは本咲和子コレクション・廣海春木氏寄贈のもの。

からくり人形もあるが、動かないのが残念。いずれも入江波光コレクション
住吉踊り、土蜘蛛、大黒春駒。
円筒形の傘を開いてそのそばで踊るもの、不穏な土蜘蛛への変化をみせるのか?太刀持ちと笛を持つ二人の童、三味線を弾く大黒さんと春駒と。
いつか動くところが見たい。

嵯峨人形 猩々 こちらは三人、衣裳人形 猩々 こちらは一人。機嫌の良い顔で酒壺を囲む。

衣裳人形 高砂 10躯  素面で舞う。謡も揃う。どこかの大名屋敷でのことか。人形達の顔つきがいずれも無骨な侍というのも面白く、頬骨の位置が違ったりと個性が分かれているのもいい。

賀茂人形 内裏雛 1対  木目込み人形。こういうのも可愛い。

伏見人形 まんじゅう娘と暫の鎌倉権五郎の元気な様子。鵤幸右衛門が始めたという稗史が好きだ。

前田菊姫像 1幅 桃山時代 16世紀 滋賀・西教寺  幼女姿。どういった背景があるのかは知らない。

書画貼交屏風 皆川淇園筆 6曲1双  墨で描いたものばかり。絵は寿老人と亀、叭叭鳥がよかった。

謡曲文様小袖  紺地に金刺繍だが、どの謡曲をどれだけ記しているかがわからなかった。

今年もこうして京博の雛人形を楽しめてよかった。
3/18まで。

次は三井家の雛祭りに行こう…

「究極の化粧 歌舞伎の隈取と京劇の瞼譜」

神戸ファッション美術館のギャラリーでは仮面の展示が為されていた。




歌舞伎の隈取と京劇の瞼譜は全く違うのだが、化粧をすることでその<正体>が変わるというのは同じだ。
去年の今頃、逸翁美術館で興味深い展覧会があった。
化粧 KEWAI 舞台の顔
当時の感想はこちら

仮面に端正な隈取、瞼譜を施したものが並ぶ展示室。
顔に直にする化粧から更にもう一つ奥へと向かって行けそうだと思った。


毛利臣男のデザイン画も同時に展示されている。


ヤマトタケルの装束は衝撃的だった。
クマソ兄弟の煌びやかなどてらの背にはエビやカニの立体装飾があった。
今回はそれらは紹介されない。

2003年の3月に大丸心斎橋で「毛利臣男の服」展が開催されたことを思いだす。
あの展覧会はとてもよかった。
わたしはスーパー歌舞伎は「ヤマトタケル」より「オグリ」の方が好きで、衣装も初演の「オグリ」が最愛だ。
素敵だったなあ。思い出すだけでときめく。










楊貴妃といえば坂東玉三郎丈の演じたものが本当に綺麗だった。
それからレスリー・チャンが映画「さらば、わが愛 覇王別姫」で演じた「貴妃酔酒」。
古くは梅蘭芳の写真でしか知らない楊貴妃も、夢のように綺麗だった。
梅蘭芳の展覧会を見たときのことを思いだす。
京劇の花 梅蘭芳
当時の感想はこちら

小さな展示だが、豊かな気持ちになる。
3/11まで神戸ファッション美術館4Fギャラリー。

なお常設展示ではヨーロッパの扇が特別陳列されている。
以前にもここで見たが、欧州の貴婦人たちがそれを使う様子を想像し、面白く思った。
なお、日本から欧州へ輸出した扇についてはこちらにまとめている。
貿易扇 欧羅巴がもとめた日本美の世界
当時の感想はこちら

いずれも3/11まで。

「芳年 躍動の瞬間と永遠の美」展へススメ

去年、今年と芳年の展覧会をあちこちで見た。
肉筆画以外は版画なので同じ作品を見るわけだが、それでも飽きることなく楽しめるのだから、やっぱり芳年はえらいものだ。
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今回の展覧会は昨春の美術館「えき」の巡回もの。
副題の「躍動の瞬間と永遠の美」というのはこのチラシの絵をさしているのかもしれない。
八百屋お七が火をつけて鐘を打とうと梯子を上るところ。
眼は江戸のどこかにいるであろうお小姓吉三郎に向けられている。

この絵を見ると思い出すというより、常に思うことがある。
90年代初頭、友人らと能登へ行ったが、その時この絵が火の用心ポスターとして旅館に貼られていた。
当時の消防庁が拵えたポスターだったようだ。
あのころは今と違い、浮世絵を見たいと思ってもなかなか機会に恵まれなかったのだ。
ましてや芳年は今のような人気を持たず、当時は知る人ぞ知るという状況だった。
わたしは旅館の人のご好意でこのポスターを手に入れた。
ありがたいことである。
それでせめてこの宿の佇まいを忘れまいと思って目を凝らしたのだが、長い歳月の間にイメージは茫洋となり、今では軽トラに乗った番頭さんの姿が映るばかりになった。
番頭さんは細野晴臣によく似ていたのだ…

今回は展示リストなし。
版画は大抵知られているものがずらーっ
いい発色・保存のものが多い。
それもそのはず芳年コレクターとして名高い西井正気コレクションからの展示なのだ。

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シリーズものもいくつか出ていたが、全部ではない。
「月百姿」「芳年武者无類」新聞挿絵などからピックアップされている。
ひたすら鑑賞に努めた。

細かいことを書く必要はないので、今回は書かない。
とにかく興味があって、行けそうなヒトは行くべきだと思う。
知ってる絵であっても、これだけ綺麗なのを見るとやっぱり感慨も新たになるし「ああ芳年、いいなあ」となるのだ。

この展覧会でしか見れないものもある。
それは版画以外のもの。
つまり作者の直接描いたもの、それだ。
肉筆画の完成したものだけでなく、スケッチや画稿の面白さが、近年になりますます沁みてくる。

芳年の画稿はみんな生き生きしている。
幕末から明治に代わっても、江戸の庶民は地続きの生活をしていた。
少なくとも芳年が活きていた頃は。
芳年の場合、芸術的苦悩というもので大幅に画風を変えることもなかった。
それだからこんなにイキイキした絵を描けた。
とはいえ明治になったことで芳年の神経が弱ったのも確かだ。
生活に新しいものが加わって無邪気に受け入れることが出来た人とそうでない人との差は大きい。

芳年の画稿のうち人々を描いたものは庶民の姿を活写していた。
その筆の走り具合が瑞々しい。

ところで西井さんは94年に芸術新潮「血まみれ絵師 芳年参上」でコレクションを展開した。
わたしはそれを持っている。あの頃は芳年の展覧会はほぼなかったのだ。
参考までに90年代から2000年までの芳年を中心とした展覧会を挙げる。
199208 月岡芳年 アクティ大丸
199209 國芳と芳年 DO!FAMILY美術館
199507 月岡芳年 神奈川歴博
199608 明治の浮世絵師 DO!FAMILY美術館
199608 浮世絵の月の風情 太田記念浮世絵美術館
199707 芳年・清親・國周 太田記念浮世絵美術館

2001年からは比較的多くなったと思う。
20010 月岡芳年 最後の天才浮世絵師 京都文化博物館
この展覧会を皮切りにして。

国芳―芳年―水野年方―鏑木清方―伊東深水、山川秀峰、寺島紫明・・・
この血脈の見事さ。
江戸から明治への転換期に芳年がいたことは本当によかった。
展示を見ながら改めてそのことを思う。

3/11まで神戸ファッション美術館で開催。
見に行く方がいい。





貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─ その2

昨日はもう書くに書けないくらいフラフラクラクラで、続きを今日まで持ち越し。
いやもうほんと、凄いとしか言いようのない廣海家。
引用はすべて京博。





第三章 祝宴
廣海家のもうひとつの土蔵には、宴席のための膳椀具や磁器の食器が何組も収まっていました。同じ用途の食器が柄違いや形違いで何通りもあるのが特徴で、宴席のたびに趣向を凝らし、客人を迎える側もその機会を楽しんだようすが窺われます。たとえば、大正9年(1920)の3代当主の金婚式では、『光琳百図』の波文様を下絵にした金蒔絵の膳椀具を30人分誂え、漢学者の長尾雨山に漢詩を認めてもらいました。江戸時代から当家に伝わる中国磁器の碗皿が、数十人前で揃っているのも圧巻です。

展覧会に行くときはあまり予備知識を詰め込まずに行く体質なのだけど、今回ばかりはある程度きちんと情報を仕入れてから行くべきでした。もう本当に凄い質量、格の高さに打ちのめされましたわ。
参ったなあ。

能のないことを書くけど「凄い」以外本当に言葉がなかった。
わたしのメモにも「大祝!!!」としか書いてない。
で、何を見たのかと言うともう一言でいえば壮観。
「圧倒的ではないか」とギレン・ザビが感嘆の声を上げそうな眺め。
ここの展示リストを引用する。
字面みるだけで、今のわたしは「おおお」になる。

水禽柴垣長春花蒔絵松皮菱形重箱 1合 京都国立博物館
銀銚子 中川浄益作 1口 京都国立博物館
淀川名所蒔絵七ツ盃 1組 京都国立博物館
青花兎文輪花皿 1枚 京都国立博物館
金彩色絵染付菊花文菊形鉢 3口 京都国立博物館
金彩色絵染付銹絵富士松図団扇形皿 5枚 京都国立博物館
染付唐草楼閣山水図入隅四方鉢 1口 京都国立博物館
青花唐花唐草文皿 20枚 京都国立博物館
五彩人物絵替皿 9枚 京都国立博物館
緑釉花唐草文小皿 79枚 京都国立博物館
祥瑞写染付山水文平鉢 三浦竹泉作 1口 京都国立博物館
漢詩 長尾雨山筆 1面 京都国立博物館
浪蒔絵膳椀具 田中合名会社製 1具 京都国立博物館
青花捻文瓢形徳利 1口 京都国立博物館
金銀彩柿釉染付海老文徳利
永樂和全(十二代)作 1対 京都国立博物館
青花雲龍文猪口 50口 京都国立博物館
七宝菓子器 1合 京都国立博物館
七宝面盆 1枚 京都国立博物館
青漆唐牡丹蒔絵梅椀 「友治」印
永田友治作 10客 京都国立博物館
双鹿図屏風 森徹山筆 2曲1隻 京都国立博物館
交趾釉唐草文花入 偕楽園焼 1口 京都国立博物館
海棠孔雀図 吉村孝敬筆 1幅 京都国立博物館

赤字にした「浪蒔絵膳椀具」これがもう凄かった。
ずらーーーーっと30人分の御膳セット。
1919年に廣海家当主夫妻の金婚式があり、その時に使われた什器類が並んでいるのだが、本当に豪奢でもう…
自分もその末席に参加させて貰った心持になったよ。

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長尾雨山が大きな扇に漢詩を書いたのもあったが、関西ではこの時代は特に中国の文物が政財界の大物たちに愛されたことを思うと、ここにもその波が寄せていたことを感じる。

青漆唐牡丹蒔絵梅椀 「友治」印 永田友治  これよかったなあ。丸い皿の端に花の一部を載せたりする、その構図が素敵だった。今でも十分魅力的。

双鹿図屏風 森徹山  左に見返りの雄、右に草クンクンの雌。こういう構図も多いがさすがに徹山、鹿の毛並みや肉の在り方がいい。

第四章 趣味と支援
廣海家の歴代当主は、考古遺物を集め、能楽を楽しみ、盆石であそぶなど、いずれも多趣味な人々でした。また、直接間接に芸術家を援け、時には彼らとともに釣りに興じました。橋本関雪、生田花朝の掛軸のほか、菊池契月の板文、西村五雲の手箱硯など、この時代ならではの創作をお楽しみください。

麻江型銅鼓  清朝に作られたもの。古代追慕。なかなかよく出来ている。

狂言面 武悪  真っ赤な顔で歯も大きいのが剥き出し。「武悪」はわたしが初めて見た狂言。

片輪車蒔絵小鼓胴 銘 波返   金剛巌ゆかりのものらしい。昔の名人とのつながり、豪商は芸術家を支援するものだった。

売花娘図 橋本関雪  清楚な大原女。同じポーズでも芦雪の大原女は妖艶だった。こちらはちょっとぼんやりしてる風なところもある大原女。花は菖蒲らしい。

住吉をどり 生田花朝  円筒な傘を持つ一人、舞う二人、御田植の住吉をどり…

名のある画家の絵付けした工芸品も少なくなかった。
上臈彩色板文庫 菊池契月画/福井豊斎製  王朝美人がゆったり。
桐地松竹梅彩絵手筥硯  西村五雲画/福井豊斎製  無垢の木に梅が鮮やかに。

盆石道具もあった。これまで藤田美術館や永青文庫で完成品を見ているので、そのキットをみたのは初めて。
細かい石や玉砂利などいろいろある。
ユングの箱庭療法とは違うのだよ。

第五章 婚礼―名家のネットワーク
商家の婚礼は、家業の発展に寄与する重要な機会でした。廣海家に嫁いだ花嫁たちは、一生分の豪華な衣装や蒔絵の調度を持参し、廣海家と実家とをつなぐ架け橋の役を果たしました。廣海家には明治時代の婚礼調度と大正時代の婚礼調度がまとまって伝わり、このふたつの時代のあいだに日本の生活様式が大きく変化したことを教えてくれます。大正時代の写真では、新郎新婦が緊張の面持ちで大岡春卜の四季草花図屏風のまえに立っています。

これがまた素晴らしかった。

今回の寄贈された御当主の母上の集めたお人形さんがたんと揃っていた。
人形類 本咲和子コレクション  石野子爵の令嬢。古いものばかりでなく、その当時に拵えたものなどもあるように思う。
這子、賀茂人形、御所人形などなど。可愛かった。

源氏物語図屏風  6曲1隻
クリックしてください。
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1897年のノブさんのお嫁入り道具と1924年の三八子さんのお嫁入り道具とが並んでいた。
それぞれ関西らしく女紋の入った豪勢なお道具ばかりでクラクラした。
打掛も本当に素晴らしい。
そして明治のものには旧い道具があり、大正のものには外国のファッション雑誌があった。
一世代の差が大きな転換をみせているのだ。
それだけでもとても貴重な資料だと思う。

最後に大岡春卜の描いた天保九如図・四季草花図屏風のうち、四季草花図屏風の画像をあげる。
右隻
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左隻
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以下、二扇ごと
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本当に素晴らしいものを見せていただいた…
それもこんな安価で…
ただただありがとうございましたと言うしかない。
3/18まで。

貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─ その1

今年のアタマに「京博のお正月 いぬづくし」展を見たとき、次回の展示が「貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─」だと知った。
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だいたいこういうのを見ると、それだけで「行こう」と思うもんです。

それで今日暑いくらいの天気の中、東山七条に向かったが、もうどうしようもないほどの質の高さと物量に参った。
これまでも豪商の遺産はいろいろ見てきている。
三井家、田中本家、柏屋などなど。
しかしこの物量に参った。
なんなんだ貝塚の廣海家。
素晴らしすぎるやないですか。

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気軽に見に行ったのが運のつきだったな…
「どんな感じかな」とか軽く思っていったら、あまりのレベルの高さに圧倒されてしまった。
そもそも廣海家とはなにかという説明をよむ。
「廣海家は、大阪府貝塚市の旧商家。米穀の廻船問屋として天保6年(1835)に開業し、肥料商、株式投資、銀行経営などで財をなし、地域の近代産業の発展に寄与しました。その広大な敷地には、間口約34mの巨大な町屋、茶室、4棟の土蔵がならびます。この蔵に眠る大量の書画、茶器、調度が、当館に寄贈されました。秀吉の書状をはじめ、伊藤若冲、司馬江漢、柴田是真の作品など、商家の暮らしのなかで使われてきた品々をお披露目します。」

第一章 寺内町の廻船問屋
廣海家の歴史を章ごとに紹介している。
以下、全て引用。

「江戸時代の貝塚は、大名の支配地ではなく浄土真宗の願泉寺が治める寺内町でした。廣海家は、本家にあたる明瀬家が、摂津国鳴尾の酒造家、辰馬家から養子を迎えて分家することで生まれました。その際、願泉寺の住職卜半了真から「広い海」という名を授かりました。本章では、海辺の町、貝塚に誕生した廻船問屋、廣海家を紹介するにあたり、貝塚や卜半家にかかわる品や、海、波、船をモチーフにした作品をご覧いただきます。」
ああ、辰馬家からの養子さん迎えて分家としてたったのか。
本家の明瀬家は「みょうせ」と読む。

花鳥人物図扇面貼交屏風 6曲1双  狩野派の仕事ではと言うことで、なるほど中国人物の図も少なくない。一扇目の下の扇面、虎がぐるっと回って迫力あるところを見せているのがよかった。

入舟図屏風 6曲1隻  横に時間軸がある。シュールな絵柄だが、シンプルさがいい。

びっくりしたのが望遠鏡。
竹製遠眼鏡 岩橋善兵衛作  大は170cmくらい、小は90cmくらいか。岸和田藩から譲られたそう。
恐らくは邸宅の二階から泉州の海を見ていただろうとのこと。
この岩橋善兵衛は伊能忠敬の依頼も受けたとかで、幕末になるとやはりこうした仕事の出来る人が現れるものだと思った。

南蛮屏風 6曲1隻  地に金銀散らし過ぎている。象さんが可愛い。

富岳遠望之図 司馬江漢  七里ガ浜から江ノ島越しに富士山を見る。右手には漁師親子か。
この辺りからの構図、江漢は好きだったのかな。

二葉形扇掛 貝塚焼  白と緑の二つの葉形をくっつけている様子は心臓をくっつけ合っているようだった。

帆掛船蒔絵螺鈿重箱  さすが!
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波濤を超えて。

船団図 狩野永信  これがなんだかもうスゴイ。縦長の画に様々な紋をつけた帆船がどんどんやってくる。真正面から来る来る。
どーんっと入港してくる。

第二章 抹茶と煎茶
廣海家の四棟の土蔵のうち一棟には、茶道具がぎっしりと詰まっていました。主に4代当主が明治時代の終わりから戦前にかけて集めた品々です。といっても大金を積んで名物を手に入れたわけではなく、地方の数寄者として茶の湯を楽しみながら蓄えたものでした。同じころ流行した煎茶の道具もあります。明月記断簡、豊臣秀吉の消息、伊藤若冲の筍図などを床の間に飾り、柴田是真の銘々盆などにお菓子を盛りました。

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金彩色絵菊置上香合 永樂保全(十一代)  いかにも保全らしい可愛い白菊。これと同形のは見ているが、やはり可愛い。

茶道具の名品がずらり。これだけでもわくわく。
わたしは茶道具を拝見するのがとても好きなのだ。
名品や伝世品のよいのが集まっている。
秀吉の消息があった。
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隣にいたおじさんが連れの女の人に解説していた。

一入の黒樂、萩茶碗、宗旦の茶杓、上から見れば七宝形の七宝釜、奥平了保の万代屋釜(もずや・がま) この辺りもとてもいい。

一閑人蓋置 中川浄益  四角い井戸の縁に掴まるヒマジン(!)。

彭祖棗 中村宗哲(三代)  70歳の時に100造っためでたいもの。

菊蒔絵棗 勝軍木庵光英  菊で埋められている。
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小さくて可愛らしい香合がいい感じに並んでいるのもよかった。

青海波塗菓子銘々盆 柴田是真  波がザザザッッッのあの光の加減で変わって見えるのがあった。
いいなあ、大好き。

田楽箱 五種  樂吉左衛門/駒沢利斎/中村宗哲/永樂善五郎/飛来一閑  明治-大正の名品。五人それぞれ千家十職の家の技を見せて拵える。
樂のは赤楽と黒のまざった当代のそれによく似たものなのが不思議だった。
それぞれの家の技が出ていてとても面白く思えた。

煎茶具も揃えられている。
竹製鱖魚木彫仙媒 加納鉄哉・早川尚古斎(三代)  仙媒とは煎茶で茶ッ葉を急須に移す用具で、硬い方の八ッ橋をひっくり返したのに形が似ている。

朱塗菊花形托子  1911年、愛知の盛田家(ソニーの盛田氏の実家)の売り立てを購入したそう。

棕櫚図 林閬苑  濃淡で間近に描いた棕櫚を描き分けていた。

筍図 伊藤若冲  竹になりつつある。のびやかな勢いのある絵。

一旦ここまで。
まだ圧倒されたのが残っているらしい。続く。


生誕130年 小村雪岱 「雪岱調」のできるまで その2

続き。
今回は小村雪岱の真骨頂と言ってもいい白と黒の美を大いに堪能した。

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3.「おせん」以後
日本で「お岩」と言えば四谷怪談のお岩さん、「お菊」と言えば皿屋敷のお菊さん、健さんといえば高倉健、剛さまと言えば加藤剛・・・(ちなみにマツケンは松平健か松山ケンイチかで意見が分かれるところ)
要するにある程度決まった認識がある。
それで「おせん」と言えば誰かというと、これはやはり「笠森稲荷の茶屋のおせん」を措いて他にないのだ。
「おせん」をそこまで人気者にしたのは、彼女と同時代を生きた春信。
おせんも春信本人も疾うに亡くなったが、死後数百年後の今も「おせん」のヴィジュアルは人々の意識に生きている。
そのおせんを描いたもう一人が「昭和の春信」と謳われた雪岱。
かれが昭和初期におせんを描いたことで、もう一度笠森おせんがクローズアップされたと思う。

春信描くおせん数態。
若侍の客を相手にしているところ、おせんのいる茶屋の様子などなど。
ルーカス・クラナッハ(この表記が好きだ)と春信。東西の違いを超えて二人の巨匠描く美人はとても似ている。

文章でおせんを活かしたのは邦枝完二。東京朝日・大阪朝日の夕刊で1933年に連載。
青空文庫に作品がある。こちら
「虫」3  おせんは行水する。そこへ母親がくる。これも人気の絵。

挿絵下図6点がある。
「虫」7  おせんが縁側で爪を切る。(これを拾う奴がいるが絵には描かれない)そんな前提がある。
「紅」3  不忍池の蓮を駕籠から眺めるおせん。下図では墨と朱が簡素な構図を拵え、ほんのり朱が蓮の鮮やかさをみせる。
「雨」6  傘の集まる巧い構図。おせんはここから逃れ出る。これは今日に至るまで印象的な構図として知られる。
「月」4  室内で蹲りながら鏡をじっと見るおせん。
「夢」6  菊之丞の命が旦夕に迫ったことを知らされ、おせんは駕籠をとばしてやってくる。意識の戻った菊之丞がみんなを部屋から出しておせんと二人きりになり、昔からの偽らぬ心を告白する。

今回初めて原作「おせん」を読み、昭和初期の時代小説が江戸の黄表紙と地続きの良さを持つことを、改めて実感する。
わたしは子母澤寛は好きだが、邦枝は読んでこなかったので、これからは読んでみようと思う。

おせんもかのじょの愛する菊之丞もほんの子供の頃から美貌の子どもで、互いに面白がって化粧し合う。
それがラストの菊之丞への死化粧につながる。
更にかれに恋い焦がれすぎ正気を失いかけている旗本の息女・お蓮の登場の描写が恐ろしい。
亡くなった菊之丞のもとへ到着するお蓮の描写でこの物語は終わるのだ。
引用する。

 おせんはもう一度ど、白粉刷毛を手に把った。と、次の間から聞きこえて来きたのは、妻女のおむらの声だった。
「おせんさん」
「は、はい。――」
「お焼香のお客様がお見えでござんす。よろしかったら、お通し申します」
「はい、どうぞ。――」
 あわてて枕許から引下さがったおせんの眼に、夜叉の如くに映ったのは、本多信濃守の妹お蓮の剥げるばかりに厚化粧をした姿だった。


この「おせん」は人気が非常に高く、いい本も出た。
それらが展示されているのをみると、昭和初期の大衆文学ブームの豊かさをしみじみ感じる。
いい時代の出版なのだ。

もうひとつの代表作「お傳地獄」がある。
「おせん」ともども雪岱の他、誰も描けない挿絵だと言える。
挿絵は一目見て心を掴まなくてはならず、その点においてポスターとよく似ている。
大衆に迎合する必要はないが、大衆の心を知っていないといけない。
そうした意味ではある意味とても扇情的な存在でもある。

チラシ下左の刺青絵は「お傳地獄」の挿絵の中で、夜の川からニュッと突き出る太腿の絵と双璧だと言える。
この頽廃美は特に外国人にも喜ばれたようで、著者や物語の背景など無関係に「ニホンいいネ」な絵葉書が横行していた頃、名無しで販売されていた。
わたしはこのシーンの絵葉書を赤坂のニューオータニホテルの売店で1993年の11月に購入している。
一目見て雪岱だとはわかったが、それまであまりかれの絵に興味がなかったのが、この刺青絵を見て一遍に沸騰した。
後に「おせん」同様に言えば「絵本」を出した時、この絵に彩色したのが世に出たが、彩色せずとも白黒だけで十二分に蠱惑的だと思った。

女の膚に刺青を入れるといえば谷崎「刺青」、高木彬光「刺青殺人事件」、赤江瀑「雪華葬刺し」の三作が特に有名だが、このお傳だけは苦痛も心の内も全て隠して冷たい顔をする。
冷たい官能の極北だと言ってもいい。

絵が世に出てから数十年後、当時の好事家たちが「おせん」「お傳地獄」から名画を選んで交換札にして頒布した。
1960年。当時、かれの作品はどの程度愛されていたのかを知らない。

吉川英治 「遊戯菩薩」がかなりの数出ていた。
これについては以前こちらに詳しく書いた。
銀座三越で見た小村雪岱の挿絵など
最初に見たのはこちら。
小村雪岱の世界

彩色のいい絵が色々出ていた。
雑誌表紙絵などである。「春泥」「演芸画報」「サンデー毎日」などなど。
ジャケ買いしてしまいそうになるな。
いずれも江戸情緒あふれるものばかりである。

矢田挿雲「忠臣蔵」挿絵原画もかなりある。5年も連載していたので今では全貌を見ることは無理だろうか。
珍しいところでその続編「義士余聞」の挿絵もある。
武士道がメインなのであまり女性は描かれない。

土師清二「旗本伝法」 この挿絵は図録にかなりたくさん掲載されていて、とても嬉しかった。
痴情の縺れみたいなのもあれば抜き合いもあるようで、とてもそそられる。
ああ、こういうのを見ると「どんなことが書いてあるのか」と興味がわくのだ。
挿絵の罪深さ・魅力とはそういうことなのだ。

そして最後の作品となってしまった「西郷隆盛」の挿絵。これもなかなか面白いのだが、結局いい作品を世に贈るのに辛苦して働き過ぎてしまい、それで疲れがピークを越えてしまったのだ…
哀しい。

後世の我々も惜しんだが、当時の人々の嘆きや驚きも大きかったろう。
そのことを思うと本当にもったいない…

挿絵はここまでだった。
「山海評判記」「突っかけ侍」がなかったのは無念だが、仕方ない。
なお「山海評判記」の挿絵はこれまでに金沢の鏡花記念館で見ている。
雪岱挿絵で読む『山海評判記』展
当時の感想はこちら
そして埼玉近美では複製だが、幡のようになって出ていたのもよかった。あれ撮影したかったなあ。

数年前の埼玉近美での雪岱展の感想も挙げている。
小村雪岱とその時代
当時の感想はこちら
また、今回の展覧会でも田中屋コレクションがたくさん出ていたが、初めてこの川越市立美術館へ来たのもそれを見るためだった。
小村雪岱展
当時の感想はこちら

4.雪岱の日本画
静かな美人画が出ている。
春告鳥、見立寒山拾得、赤とんぼ…
白衣観音は初めて見た。
最後に里見弴が文を選んだ墓碑銘のその拓本があった。
読んでいて里見弴ファンでもあるわたしとしてはちょっと涙ぐんでしまった。

十年前、埼玉近美での展覧会の感想
雪岱の作品を見る
この頃からあまり進歩もせずただただ雪岱が好きだという気持ちだけが大きくなっているだけだが、今回の展示は本当に良かった。

常設にも少しばかり雪岱作品があるのもいい。
一緒にしてもいいのにと思いつつ、常設室で楽しんだ。
それに今回の図録は資料ページに他の挿絵がかなりたくさん入っているのがいい。
ありがたいなあ。
3/11まで。

最後にごくごく個人的なことを記す。
2006年2月にわたしはこの記事を挙げた。
鏡花本とその周辺
その時から「カイエ」のlapisさんと交流が始まった。
かれの雪岱への愛情の深さに強く惹かれた。
そこから始まり、互いに好きなものを共有出来たので、とても嬉しかった。
しかし悲痛なことがあり、lapisさんは帰らぬ人となった。
このように追悼文を挙げはしても、それでも悼みと痛みは消えない。
「カイエ」追悼
だから今でも雪岱のことを思うと、あのlapisさんを想うのだ。
このささやかな感想がかれの心に届けばいいと願っている。

表慶館をみる その2

この装飾はスフィンクス?
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グリフォンかもしれないが顔が女性に見えるのでスフィンクスと思う。

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細部までみごとな装飾。
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窓の扉
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外観ぐるり
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この中にあの装飾があるのだなあ。
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また行きましょう。
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表慶館をみる その1

今日は昨日の続きではなく。

「アラビアへの道」展でにぎわう東博・表慶館。
片山東熊設計の美麗な建物・表慶館。
今回、展覧会にあわせてスマホでパチパチ。

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ドームを見上げる。
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ドームを支える列柱
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地にも豊かな連珠
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階段とその細部
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ハイクラウンではない
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イオニア柱
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二階からドームを見る。
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つづく
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