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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

生誕150年 横山大観展

十年ぶりの大回顧展とあるので、あの展覧会からもうそんなに経ったのか、とそっちに驚いた。
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当時の感想はこちら
横山大観 新たなる伝説へ
そのときにわたしはこんなことを書いている。
‘88年から展覧会をハイカイしているが、横山大観がメインの展覧会をいくつ見たか考える。
・・・調べると毎年なにかしら見ている。と言うより、総花的な日本画の展覧会に行くと七割くらいの打率で、大観の作品があるのだ。大観だけの作品展だけでも多く見ている。

あれから十年、状況は変わらない。
あ、わたし今年で展覧会見て回るようになって30年か!こっちに驚くわ。

大観は当時の栄誉の反動か、現代になってどうもわるく言うヒトが少なくない。
尤も昔からそんな言葉もあるから大して変わらないか。
「日本一の画家」という認識に苦いものを感じるのかもしれない。
言うたらなんやけど、そんなこと思わずに見ればいいのだ。
ヘタなのもあるし、自信満々なのに限ってどうでもいい作品もあるし、小さな作品がとてもよかったりもする。
本人は最後まで水戸の書生っぽあがりのキモチが残っていたようだし、国士とかそんな気分でいたのもやっぱり明治初頭の生まれということも考慮してあげないと、嫌ってばかりいては可哀想だ。
まあ多くの人々が大観を尊敬しているけれども。
大観は好きな作品も色々あるし、今回は何よりも「生々流転」が見たくてやってきたのでした。

1.明治の大観
初めに「屈原」が来た。厳島神社所蔵の悲愴な様子の横長の絵。
ここから来るか…

無我 幼児のぼえーとした絵。最初に見たのは切手からだが、ニガテだったな。大学の時に友人からレクチャーを受けてねそれでようやく受け入れることが出来た。
抽象概念を絵にする課題に沿って作られたというのを知り、色々納得している。

井筒 白い撫子が咲いていたりと小さな幸せが凝縮された空間。そこにいる幼い男女。可愛いなあ。

迷児 出たか。これは宗教というか信心することに関してのメタファらしい。この絵は最初に大観記念室に行った時に絵はがきを購入している。

白衣観音 百年ぶりに登場だという。
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足首にもアンクレット。日美の予告で「シェー」する
観音だと言われてたなあ。

月下の滝  おお、植物がどんどん大きくなって、その中を滔々と…

彗星  おお、ヒューッ明治末のハレー彗星。大観もとても気になっていたそう。
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この彗星をみるとマーク・トウェーン、夏目漱石、そしてこの次の彗星を見た澁澤龍彦を思い出す…

2.大正の大観
瀟湘八景 東博  これも東博の近代画のコーナーでよく見る。リアルタイムの情景。こういうのが本当にいい。
女の人が子連れで漁師の傍を通り抜けるとか。

山茶花とリス  この絵を最初に見たのは今はなきつかしん、つまりセゾン系のデパート美術展でのことだった。
大観はこうした小品の方に本当はいいものが多いと思う。情感が豊かなのをこうしたところで発揮する。
左幅 リスとドングリ。おいしそうに食べるリス。
右幅 こちらがタイトルの山茶花がある絵。薄ピンクの花の下に葉っぱを持って立つリス。
大観はとても動物好きで、池之端の自宅にもたくさんの動物を飼うていたそう。

松並木 大きい絵。松林が続く。その並木道を二人の人間がゆく。松は気により菰が巻かれている。
実感として松並木あるいは松林を歩くと、風が松の間を行き過ぎる音ーそれにも耳を傾け、心地よくなり、いくらでも歩けるような心持ちになる。
松の並びが東アジアの人間を心地よくするのだろうか。この感性は今も続いている。
そしてその快さを大観は形にする。

荒川絵巻・長瀞之巻 ヤマタネ 山中から山道をゆく人もあれば、木を下ろす人もいる。秋の山。心地よさがある。

大観が生存中に意気投合し、彼を支援した数多くの実業家・素封家の内、ヤマタネの創業者・山崎種二と大倉喜八郎、細川護立らは特に大観の人柄を好んだ。
彼らは大観より年下だが、パトロンだからというだけでなく、どこかでこの無邪気な男を可愛いと思う気持ちがあったろう。尊敬よりそちらの方が強かったような気がしてならない。
そして彼らの手元にある絵は情緒豊かなものが多数を占めている。
大仰な絵についても時代に乗っただけで、大観はあんまりなにも考えていなかったとよく思う。

秋色 琳派風。みっしりと槇の木が続く。大きなツタ、群青の実がつく。オレンジの輪郭の中。そして緑のたらし込み。鹿が生きている。こうした絵の方がずっといい。

霊峰十趣のうち四点がでている。イメージ (922)

わたしは「夜」が好き。グレーと白の夜。
巧いとかどうとかでなく、可愛げがある。
音楽的な美を感じるのもこのシリーズの特徴。

胡蝶花 葉っぱの隙間からぴょこんと顔を出すイタチのとぼけた様子が好ましい。

さていよいよ「生々流転」である。
今回全巻を開いているというのでそれを楽しみに来たのだ。
十年ぶりか。
90年代初頭、夏になると東近美は全館で所蔵品展をしていた。その頃にも一度見ているはずだが、資料が見あたらない。
この絵巻を描くに当たり大観は下絵を手洗いにも手放さずに描きに描いた。
そしてこの絵は関東大震災の当日、初めて世に出たのだ。
朝から鏑木清方は弟子と共に見に行ったが、そこで地震に遭った。
そのあたりのことは「続こしかたの記」に詳しいが、とにかくこの絵は無事だった。
また上野にほど近い池之端に住まう大観は尻はしょりに鉢巻姿で、甲斐甲斐しく立ち働いた。避難した人を開放した自宅に招き入れ、個人的に支援した。
これらは当時の講談社が実録ものに記している。

絵はこのサイトでも見ることができる。
そしてこの絵巻を見る前に四つの画面で絵の随所の面白さ、技法の解説などが流れる。
それを見た後で絵巻を見に並ぶ。
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墨絵の濃淡がいい。鹿も猿もいるのをみつけた。杣もいる。松ぼっくりもころころ。川もあれば山もある。筏も流れる。笹もイキイキ、松もワサワサ、お化け顔の岩もある。
小島には小さな鳥居が立つ。

じぃっ と見る内に人生の長さについても少しだけ思いをよせてみる。
俳優の殿山泰司は戦争前の不安な頃に、この絵を見に行った。
彼は彼なりにいずれ戦争にゆかねばならない身の上について思い悩んでいたのだ。
しかし答えは出ない。
だからこそ彼は「生々流転」を見に行ったのだ。
そんな心情を思いながら見る。

雪旦 薄墨の白椿。ふくら雀。情緒あふれる一枚。雪の朝の情景。

3.「昭和」の大観

夕顔 墨の濃淡の美を味わう。

大観の言葉が紹介されている。
その中の一つはこんな感じだった。
「絵の絶対境地は口では伝えられない。筆で描いて説明する。(…中略…)本当の心が感じせしめるものでなくてはだめです」
1936/12/5 読売新聞
ずっと絵を描き続けて来た人の抱く実感だと思う。

飛泉 大観も応挙も滝をよく描いた。これは京近美の滝。野間のもいい。

柚子 薄黄色というより色なしに近い。裏箔。工夫をこらす大観。

昭和5年には大倉喜八郎男爵主催の羅馬日本画展が開催され、当時一流の日本画家の作品が大量に海を渡った。
大観もローマへ行ったが、その時の写真がとても好きだ。袴の捌き方の見事なこと。
風貌もいいから、本当に立派で素敵だった。

とはいえその辺りの絵はここにはない。
そして翼賛関連の絵が現れる。
ちょっとイケズさを感じる選択でもある。

龍蛟躍四溟 北斉の祭文の一節から採ったタイトルだという。北斉といえば蘭陵王のいた国か。
四海に躍る龍やみづち。出目の龍がファンキーである。何を意図したかは知らんが、案外可愛い龍たちの絵。

海に因む十題 そこからいくつかが出ている。中でも「濱海」が好ましい。
苫屋もあり、小舟もゆれる。
自然と人の関わりがそこにある。

春園之月 やや太めの月が上り、低木の桜がみえる。下絵もあるので大観の構想の推移も伺える。

大観を戦争賛美者とみなすのもわかるが、あの時代の、明治生まれの、絵を描く以外に世過ぎを知らない、終生書生っぽさの抜けない人を批判しても仕方ないのだ。
大観は日本を信じていただけにすぎない。

野に咲く花二題 蒲公英・薊 可愛らしい。コオロギも飛ぶ野。繊細な絵。蒲公英の方には紋白蝶もいて、杉菜も咲いている。

南溟の夜 戦争中に描かれた名作。左上の小さな星の群が心を掴む。そしてその下の島にはジャングルが広がる。
南方、日本の南進政策、犠牲。
そして全く違うのだが、糸満漁師のもとで過酷な生を歩む少年と少女を描いた「海の群星」うみのむりぶし を思い出すのだった。

春光る(樹海) 戦後一年めの一作。富士山の裾野に湧き立つように咲き乱れる草花。
片岡球子の富士シリーズはこの後に生まれている。

被褐懐玉 美少年二人の寄り添う姿が好きだ。この絵も随分昔に絵はがきを買っている。サンダル履きの足の白さが目に残る。
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最後に再び中国の故事をもとにした絵が現れた
風蕭蕭兮易水寒  荊軻が旅立つ際に呼んだ歌をタイトルにした。
犬なのかなんなのかわからないものが柳の下にいる。悲愴な心のありようを想う。

「屈原」に始まり「易水送別」で終わる。
現代とは合わないかもしれないが、それでも大観の良さを否定することはしたくない。
無論無批判で讃えることもしないが。
しかし少なくともわたしは大観の絵の中でも叙情性の高いもの、美人が描かれたものは推す。

後期は5/8から。
そこには美少年「菊慈童」のほか、名作と名高い「夜桜」、叙情性豊かな「作右衛門の家」などの良い作品がある。
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セーラー服と女学生 ~イラストと服飾資料で解き明かす、その秘密~

セーラー服の展覧会だと聞いてちょっと戸惑ったのだが、弥生美術館はいつも以上に観客の表情が充実していて、よかった。
「セーラー服と女学生 ~イラストと服飾資料で解き明かす、その秘密~」
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服飾を中心にした展示は先年の「耽美・華麗・悪魔主義 谷崎潤一郎文学の着物を見る ~アンティーク着物と挿絵の饗宴~」以来二度目だと思う。
当時の感想はこちら

わたしは一観客に過ぎないが、この弥生美術館そのものが好きなので、ここがにぎわい、多くの観客が満足している姿を見ると、とても嬉しい。

セーラー服の歴史の説明とリアルタイムにそれを着ていた少女たちの絵が現れる。
高畠華宵の挿絵に現れるセーラー服の少女たちのたおやかにして、美しい様子がいい。
松本かつぢのはつらつとした元気のよい少女たちは、そうありたいと願う気持ちが形になったようだ。
加藤まさをの少女たちに漂う哀愁もまたセーラー服には似合う。個人的にいちばん好ましい女学生たち。
深谷美保子、藤田ミラノ、藤井千秋らのセーラー少女もいい。

西条八十と抒情画家のコラボによる企画シリーズが好評を博していたようだ。
それは女学校のイメージソング+イラストで、多くのリクエストと言うか応募があったらしい。
実際に八十の作詞の校歌を持つ学校も多々あった。一覧表を見てその数に驚いた。

セーラー服の現物を見る。歴史の古い学校について想いを馳せる。
わたしは中学はジャンパースカート、高校はブレザーにネクタイだった。
セーラー服と言えば中学の卒業祝賀会の余興で当時流行の「セーラー服と機関銃」の歌を歌うのに、誰かのお姉さんのセーラー服を借りて着たこと、その一度だけだ。

かつての少女たちの写真を見ながら微妙に複雑な心持になってきた。
この感覚は口には出来ない。

ところで日本で描かれたセーラー服でいちばん古いのはどうやら右田年英の「日露戦」の軍服としてのセーラーらしい。
甲板を走り回る水兵たち。妙にえろいな。
これをみて思い出すのは馬堀海岸駅近くのマクドで見かけた海自の学生たち。正統な装いとしてのセーラーを身に着けていたなあ。

西洋での印象的なセーラー服の紹介がある。
英国のエドワード王子(七世)の幼児期の写真。セーラー服である。ただし「フォントルロイ・スーツ」である。
そう、この名は「小公子」のセドリック。
当時の萌えがわかるなあ。
わたしが最初にこの形のスーツを知ったのは竹宮恵子の絵からだった。なつかしい。

映画「ベニスに死す」でのビョルン・アンドレセンが着ていたセーラー服。
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この映画では母役のシルヴァーナ・マンガーノの白いドレスも印象深い。
当時はアイロンがなかったので(その装置がないという意味なのか・習慣がないということなのかは不明)裾のよれた感じが目に残る。ヴィスコンティ監督の細部への執着が見て取れた。

セーラー服が日本で受け入れやすかった理由の一つにその作り方にあるという話だった。
和服と同じ平面裁ちが可能だからということだった。そうか立体裁断とは違うのか…
そういうことを知るのも面白い。

マンガでセーラー服と言うと色々甘酸っぱいのを思い出すのだが、その中で三つばかり挙げる。
・山岸凉子「千引きの石」 転校生の少女の制服が間に合わず、彼女は毎日「セーラー服ぽい」ワンピースで通学する。それが少女たちの反感を誘い、女子の友人が当初は出来なくなるという設定があった。後にセーラー服が出来てからは普通に付き合う。
ホラー作品だが、こうしたところに山岸さんの鋭さがある。

・森本梢子「ごくせん」 アホでどヤンキーな男子学生らをちょっとでもまともにするには共学だ、ということで色々案を練る教師たちだが、校長が熱心に描いていたのは女子のセーラー服の図案。それも絵柄は古臭いのに妙にエロチックなもの。
結局この絵の毒気?にやられたか、共学案は立ち消え。笑えたなあ。

・作者名・タイトル不詳 随分昔に読んだ作品だが、女子が学生服を男子がセーラー服を着て悦に入ってるところへ互いにバッタリ。それで立場を変えて仲良くなる高校生カップル…セーラー服に憧れ、女装する男子の夢みる様子と、学生服を着た途端に暴力をふるいだす女子の変化が印象深かった。 

二階へ上がると今度は現代のセーラー服の世界が広がっていた。
森伸之・中村佑介・武内直子の三氏のセーラー服絵の紹介である。
森氏の制服への愛情と言うか執念というか、少し怖くなった。
そして自分はたとえ現役の学生の頃であろうと、ここに描かれた少女たちの群れから排除されていたろうと思った。

中村氏の少女が今回のチラシとなっている。
作品を見るうちにああ、あの人かと他の作品が蘇ってくる。
ほっそりしたセーラー服少女たちの群。

セーラームーンの原画とインタビューがあった。
先年六本木ヒルズでセーラームーンのイベントがあり、たまたまのぞくことになった。
その時にようやく主人公の少女の名前を知った。それ以来のわたしのセーラームーン体験である。

武内さんの絵をたくさん見たからか、旦那さんの「HUNTERxHUNTER」の再開が待たれるなあ…


三階の高畠華宵室へ。
生誕130年と言うことでか、再び大作屏風「移りゆく姿」が出ていた。
わたしは圧倒的に左にいるケットショールを巻く明治の美人さんに惹かれている。
顔も好きだが、彼女に「風流線」の龍子を見ているからかもしれない。

「君よ知るや南の国」、「華麗の夢」といった美少女絵、そして弁天小僧を描いた「刺青」などの美少年の絵もある。
他に「七転八倒開運出世双六」というなんだかもうとんでもなさそうなのもあった。

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夢二美術館の方は「くらしを彩る小さな美」
絵はがきや絵封筒の良いものが並ぶ。夢二は美人画より童画やこうした植物などをモチーフとした意匠のものが特に好きだ。
蝶々に囲まれる少女、近年になり世に出てきたこの絵が好きだ。
双六も三つ。家族双六、おとぎ双六、そしてパラダイス双六。
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セノオ出版の仕事、童謡の歌譜、良いものが多い。「少女の友」の表紙絵。
風の子ども 1922  釣鐘層に振れる羽根のある少年。仲間はどうしたのだろう。
仲良しの恩地孝四郎への手紙などなど。
そしてお葉さんのスナップ写真がずらり。

今期も興味深い展覧会だった。6/24まで。

「名作誕生 つながる日本美術」に行く その2

一つの事象から連想が現れ、新たな表現で形になる。
「つながる」とはそういうことでもある。

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3.古典文学につながる
・伊勢物語
伊勢物語は連作構成で、一話一話になんらかの<事件>があり、それを意匠にすることが何百年にわたって続いた。
井戸があれば「筒井筒」、滝があれば「布引」、燕子花があれば「八つ橋」、男が女をおんぶしていれば「芥川」…
文章で表現されたものを絵画化・工芸の意匠にすることを大昔から人は好んできた。

伊勢絵の屏風がある。斎宮歴史博物館 いい絵で、右1扇下の文使いの子が可愛いのに惹かれる。左6扇の上に紺に紅葉の目立つところもある。
伊勢で斎宮といえばこれまた伊勢物語に話があるので、やっぱり伊勢はネタの供給元として絶対に知らん顔はできない。

光琳の八つ橋図、八つ橋をモチーフとした安土桃山時代から江戸時代の着物が数点。
中でもこの流水に燕子花はシンプルで可愛い。今は女子美大の所蔵だが、かつてカネボウ繊維資料館にあったころ、よく見ていた。

そして八つ橋を螺鈿と蒔絵で表現した硯箱。これは現代にも生きて、東博のショップの人気ものの一つになっている。
こちら
そう、わたしも持っている。
「つながる」という意味ではわたしもこうして光琳芸術とつながっているのだ。

伊勢と並んで絵画・工芸品に現れるのは何といっても源氏物語。
源氏物語も様々なエピソードが多いので、モチーフ提供には事欠かない。
「ああ、あれか」と見た人はすぐに納得しないといけない。
現代人はそこまで源氏や伊勢に執着しないが、少なくとも明治以前は多くの人が目の前にある意匠の意味をきちんと読み取っていた。

夕顔モチーフの手箱、鼓の文様。これが何から来ているかも古人は知っている。
初音に至っては徳川家の姫君の婚礼調度に用いられ、嫁入り先の尾張徳川家に伝わり、今日でも国宝として愛され、大事にされている。
小さな小さな鶯がちんまりと縁先に止まる構図がとても愛らしい。
前期に硯箱、後期に櫛箱が展示される。

子日蒔絵棚 「子日」はネの日。この日に行うことも決まっていた。そう、小松を引くのだ。
伝・光悦。とてもキラキラしている。本当にキラキラピカピカ。

4.つながるモチーフ/イメージ
・山水をつなぐ
三保松原図 伝・能阿弥 頴川美術館  ああ、これが来ているのか。頴川の小さな密接な空間で見るのと、広いハコで見るのとではやはりイメージが変わるね。大きい場所で見ると、この絵はやはり単独のものではなく、隣の絵ともつながりがあるように思える。

山水松原架橋図襖 等伯 1589 大徳寺にあったもの。先の三保松原は場所の特定されたもの、こちらはどこともしれず、実景ともいえず、想像かもしれず、といった場所。しかしそれら隣り合うと、不思議な融和を感じる。
そして次にこの絵の行き着く果てをみる。

松林図屏風 等伯  東博ほまれの松林図。日本が湿潤な土地であることから生まれた絵だと思う。
少し前に東博ではこの作品をモチーフにしたインスタレーションも行っており、香の再現もしていた。
風も吹き、心地よかったことが心や脳の記憶だけでなく、皮膚にも残っている。

山水画の次は艶やかな吉野山。
豊公吉野花見図屏風 細見美術館  様々な階級の人々が花見を楽しんでいる。中には大きな傘を差してその下で聴衆に説経の物語を聞かせているらしき男もいた。
花の色もいい。小さな食べ物屋もたくさん出ている。
賑やかで華やかなことが好きな太閤にふさわしい。
と言いつつ、その太閤がどこにいるのかがちょっとわからない。貴人に傘を差しかける姿を探したのだが…まさか説経師かと思ったあれでもないだろうが…

乾山の色絵吉野山図透彫反鉢と彼を慕った道八の色絵桜楓文鉢とがいい位置関係に並ぶ。
それを見る贅沢さ。いいなあ、吉野ゆえの喜びを感じる。

南宋から明、そして江戸時代に至るまでの花鳥をみる。
蓮から始まる。
蓮池水禽図がならぶ。名前は違っても描かれているのは等しい。
作者により構図の違いはあるが、蓮の清澄な美しさと無心な鳥たちの様子が心に響く。
海を渡ってきた絵画がこの国の人々の琴線に触れ、自分たちもそうした絵を描く。
美意識がつながるのを目の当たりにする。
能阿弥、宗達、抱一の蓮。表現は様々だが、南宋や明の絵師たちの衣鉢を継いだように思える。

愛らしい雀たちをみる。
雛雀図 伝・宋汝志 南宋 東博  ああ、この雀ちゃん見ているよ。籠の内外で鳴いている。
竹雀図 王淵 元 大阪市立美術館  これも可愛らしいなあ。
野辺雀蒔絵手箱 平安 金剛寺  貴人からの寄贈だろうか、とても愛らしい。色もいい。

本当ならここにも芦雪、竹内栖鳳の雀も仲間入りすれば、いよいよ以て近世・近代にもつながることがよりわかるのに、と思った。

・人物をつなぐ
戸を叩く男 これがテーマである。
思った通り昔男くんの訪問図がある。
梓弓図 岩佐又兵衛 トントンとんとんヒノノニトンというわけにはいかない。

紫式部日記絵巻 道長が紫式部を夜に訪ねてくる。戸は開かない。しつこい道長。
パワハラ・セクハラ・ストーカーという完全にアカン行為である。
この絵は初めて見た。

洛中洛外図や風俗図が現れる。わたしの大好きな世界。
舟木本が出ている。
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ソヤソヤと思いついたことがあるので帰宅してから実行する。
以前にショップで購入した舟木本25%サイズの復元物を左右共にきちんと開いて向かい合って立ててみて、その隙間にミニカーすーっと通してみた。洛中洛外を通り抜けるミニカー。なんとなく楽しかったわ。

MOAから湯女図も来ていた。それぞれの表情が好きだ。苦界の前の公界で働いた女たち。
根津からは誰が袖美人図屏風。
そして意外さに打たれたのが師宣の見返り美人図があること。
なんだか虚を突かれた感じがした。

最後に現代と過去とがつながるものを見た。
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北斎 くだんうしがふち
劉生 切通之写生
浮世絵と洋画。だが通じるものがある。
この展覧会が何を伝えようとしているのか、わたしがわかったのはここへたどりついたときだった。
最後に来て、展覧会の意義が掴めてよかった。

更に展示はひとの胸を衝く。
・寒山としての麗子
魁偉なといってもいい顔輝「寒山拾得図」と劉生「野童女」。
こう来たか…!

最後の最後に唸らされた。

大がかりな展示替えは5/8から。
見たい作品がそちらにもたくさんある。

「名作誕生 つながる日本美術」に行く その1

東京国立博物館の特別展「名作誕生 つながる日本美術」に行った。
これは美術雑誌「國華」発刊130周年記念ということからの企画だそう。
そして「國華」といえば朝日新聞社から現在も刊行され続ける古美術専門誌なのだ。

先般、フェスティバルタワーの四階に中之島香雪美術館がオープンしたので楽しく訪問した。
そこでは朝日新聞社が文化に貢献した歴史なども紹介されているが、中に「國華」の実物もいくつかあり、改めてこの雑誌が朝日新聞社から刊行され続けていることを思い出した。
中之島香雪美術館の開館記念展の感想はこちら

また京都の便利堂の活躍を紹介する展覧会の第一章「文化財の写真撮影とコロタイプ複製」にも「國華」の展示があり、その美麗な印刷の様子をみた。

十年前には「対決―巨匠たちの日本美術」展があった。当時の感想はこちら
あの展覧会から十年か。山口晃画伯の描いた巨匠たちの栞が懐かしい。

音声ガイドを借りる。壇蜜さんと声優の櫻井孝宏さんのお二人の丁寧なガイドである。
そしてところどころに専門家の方のインタビューが加わる。
よい構成の音声ガイド。わたしは特に壇蜜さんの柔らかくて甘い声に心地良さを感じた。

「國華」表紙絵が並ぶ。その美麗な印刷物を目の当たりにしてから足を踏み入れる。

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1.祈りをつなぐ
・一木の祈り
ずらりと仏像の群れ。きちんと整列しているが、その前に立った時、正直な話「悪魔くん」の入らずの森の中で、仏像にじわじわと追い詰められたキャラの気持ちになった。
圧倒的な存在感があるからそうなるわけだ。

ほぼ薬師如来と十一面観音菩薩。本当のところはわからない仏も一体。みんな立像。薬師の手には薬壺、これだけの数の薬壺があれば四百四病も皆治せそう。
十一面観音は二体あり、唐代のそれは山口県の寺に、それ以外はすべて関西の寺からのお出まし。
上からのライトもあり、生々しい存在感に圧せられた。

・祈る普賢
普賢菩薩関連。
観普賢経 百済寺  見返しの仏画を見ると、目からビームが…
平家納経のも同じ経巻が出ていた。見返しは例の十羅刹女の一人が剣を抜いてにんまり見上げるあれ。可愛い。
今回の展示で知ったことだが、羅刹女のような存在であろうとも仏の力で往生できる、という意味があるそうな。だから仏画に彼女たちが居並ぶ。

普賢菩薩騎象像 大倉集古館  休館中はここに仮住まいの像。ゾウさんと一緒。
ぐるぐると周囲を歩き、改めてゾウさんの歯並びの良さや、このゾウさんがオスだということを確認したり。

絵では美人な普賢菩薩やユニークな目つきの白象もいる。
そしてその普賢の周囲を楽しそうに歩く十羅刹女。
「黒い十人の女」ならぬ十人の羅刹女。映画同様皆さん美人さん。
わたしが見たのは盧山寺のだった。展示替え後には根津や奈良博のが現れる。

・祖師に祈る
真言八祖行状図 出光美術館 1136 半分ずつの展示。かなり大きい。空海、恵果、善無畏らの肖像。いい絵。
かつて「美麗 院政期の絵画」展を奈良博で見たが、
こうした仏画はやはり「院政期」でないと生まれえないものなのだ。
美麗 院政期の絵画 1
当時の感想はこちら

何点かの聖徳太子絵伝がある。
東博本は6面、四天王寺本は6幅、そして叡福寺は南北朝のが7幅、19世紀のが1幅。
設えの再現がある。コの字型に展示。
絵伝に関しては以前にこのような展覧会があった。
 聖徳太子伝の世界 
当時の感想はこちら

聖徳太子とゆかりの名宝展 
当時の感想はこちら

四天王寺本では朱衣の幼い王子がいたずらの罰を自ら受けようと父上の前で肌脱ぎになり正座する。16歳の凛々しい王子。19歳で元服、守屋との戦争もリアルな筆致である。
わたしの中では「日出処の天子」で時間が止まっているので、それ以後の絵を遠い気持ちで眺めた。


2.巨匠のつながり
・雪舟と中国
贅沢なコーナーだった。
国内の名だたる所蔵先から集めた作品で満ちている。
水墨画の美を堪能出来るようになったのも、この20年程。
それはここにある作品やその所蔵先のおかげだと思っている。
日本の水墨画の発達する様子を見た気がする。
中国の作家に倣って、その学習成果が更に飛躍した様子を見せるのは、素晴らしかった。

四点のカラフルな四季花鳥図がまた魅力的。シックな色彩の次にカラフルなのを持ってくるのがなかなかにくい。
雪舟、狩野元信、明の呂紀、殷宏。
どちらも共に東アジアの美意識を体現している。

宗達の関係した作品が集まる。
扇面散屏風 平治の乱、地獄模様、鬼に掴まれる女、河内越え…
扇面貼交屏風  薊、汀の熊谷と敦盛、群花…
一扇一扇がとても綺麗なものばかり。

そこから展開して平治物語絵巻が現れる。
六波羅合戦の断簡だが、イキイキした様子がいい。

続く。 

千葉が生んだ浮世絵の祖 − 菱川師宣とその時代

千葉市美術館の所蔵品展を見たが、もうほんと、なんというか、ここの実力はわかってたはずだが、やっぱりその「破壊力」には圧倒されるね。
今回は「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」を見て青息吐息になりながらそのまま直進した途端、これですから。
そう、「菱川師宣とその時代」。
「ああ、そう」で終わるはずがないのですよ。

いきなりここから。
そう、春画シリーズの始まりのあれ。
衝立のかげ  これは版画に手彩色で、これまで3,4点同じものを見ているが、みんなそれぞれ塗り絵に個性を見せていたな。
この分は女の着物に少々彩色している。
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天人採蓮図  こちらは肉筆。ゆったりした天人が宙に舞いながらの蓮採り。ひれと蓮の茎が同系色。

酒呑童子 褒賞  シリーズものの終盤。退治して首を掻っ切ったのを帝らの前に提出。ご褒美をもらうのですね。これも手彩色。
鬼首はまだ痛んでいない。そういえば酒呑童子の首の始末についてはどこへ遣ったか知らないな…
宇治の平等院にという説もあるが、老ノ坂峠にある首塚大明神もそれだというし。
手元にある資料を見てもちょっとわからないな。まあ伝説も色々ある方が面白いわな。

よしはらの躰  揚屋大寄  これもシリーズもの。こういうのを見て江戸中期までの吉原の様子を学ぶわけです。
わたしの「吉原」はじまりは石森章太郎「さんだらぼっち」だからなあ。

杉村治兵衛 浄瑠璃十二段草子 吹上  吹上の浜で斃れた御曹司を愛の力で蘇生させる浄瑠璃姫。廻りには御曹司を守護する龍や天狗の姿もある。

隅田川・上野風俗図屏風  前から好きな屏風。この界隈の様子が描かれている。

室内遊楽図  揚屋の中である。奥ではもう…

若衆図 ふふ。これを見ると南原幹夫「修羅の絵師」を思い出すよ。作中、師宣は冷徹な絵師として描かれ、色子時代の鳥居清元の敵となる。元禄の特性だな。

英一蝶 四条河原納涼図  川床で楽しむ人々。色子か女形からしきのもいる。

懐月堂安度、宮川長春の立美人図もある。それぞれいい。

初代鳥居清信  中村伝九郎 山中平九郎   縦長に見る。景清の攻防戦。彩色はシンプル。目を剥いているところがいかにも…

ほかにもなんだかんだと春画の冒頭部分らしきのがあった。
いずれも始まりの所なので18禁ではない。
充実したわぁ…

これだけでも面白い展示でした。5/20まで。

ビュールレ・コレクションを見た

ようよう「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」を見に行った。
チラシではこの三点が大きく幅を利かせている。
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「絵画史上最強の美少女」美少女にルビがふられて「センター」となっている。


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モネの初公開の睡蓮の池。


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えっ!この絵ってここの所蔵なの!

…というわけで60点余の絵画を見たのでした。
ものすごく「個人の感想です」なのを挙げます。

1.肖像画
アングル アングル夫人の肖像 1814 優しそうな婦人。一目でそうしたことが伝わる。アングルはこの丸顔のマドレーヌとこの頃から1849年の彼女の死まで共に仲良く暮らしたそう。アングルから見た夫人の優しさをわたしたちは見ている。

ドガ ピアノの前のカミュ夫人 1869 足元にクッションや人形が置いてある。振り向いたところを写したような一枚。黒の襟ぐりの広く抜いたドレス、左右の分岐点にはリボン。この時代に親しまれた形の服。

ほかにラトゥールの自画像、クールベ、ルノワールの描いた芸術家の肖像画がある。

2.ヨーロッパの都市
「グランド・ツアー」の流行がまだ生きていた時代、イタリアへ行く若い人は多かった。
「君よ知るや南の国」、それはイタリアのことだ。

ヴェネツィア風景が並ぶ。18世紀のヴェネツィアである。いずれもサン・マルコ寺院が見える。象徴。そうだ、やはりあれだ。

シニャックも1905年にヴェネツィアを描く。百数十年の推移の中で、しかしこの風景は変わらなかった。

モネ 陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン 1899-1901 もあもあした空気、靄に紛れて忙しい生活者の様子を遠くに配する。橋の上は大渋滞なのである。
ヴィクトリア朝の残影の中、一方で近代化がどんどん進む。

マティス 雪のサン=ミシェル橋、パリ 1897 こちらも忙しそう。橋脚はアーチ形に三連でそこを舟がせわしなく行き過ぎる。多忙な朝。マティスはこの様子をアパルトマンの窓から見ていたそうだ。

3.19世紀のフランス絵画
代表する画家の作品が並ぶ。

コロー 読書する少女 1845-1850 赤い服で中に白がみえる。髪にも大きなリボン。おとなしそうな少女。
数年前、西洋美術館と神戸市立博物館とでコローの婦人画ばかりの展覧会があったが、コロー描く婦人たちはみんななんとなく好ましい。

ドラクロワ モロッコのスルタン 1862 身分の高い太守だけに傘をさす人もそばにいる。サンダル履き。ずらっと兵が並ぶので観兵式なのかもしれないし、これから何らかの行動を起こすのかもしれない。

ドラクロワ アポロンの凱旋 1853 装飾品としての絵画なので、絵の形は正十字形で端々は丸みを帯びている。そこに描かれているのは天空。三頭立ての天馬の馬車を御するアポロン。 小さいエロースたちがその上を舞う。下には大蛇がいて毒を吐く。

シャヴァンヌ コンコルディア習作 1859-1861 額物にフルーツの彫刻がわんさ。群衆が森で遊び、くつろぐ様子を描く。協調・相互理解を形にしたのか。

マネ オリエンタル風の衣装をまとった若い女 1871 シースルーの白い衣をふんわり着ているので、体の線が見えるだけでなく、ヘアまでわかる。少し太めの女で、手に旗らしきものを持つ。ターバンを巻き、赤いネックレスをしている。足元にあるのは水差しなのか水たばこの道具なのか。

東方趣味が形になった時代。英国のアルマ・タデマも同時代人として、こうした傾向の魅力的な作品を多く残した。

マネの鳥の絵が二枚ある。燕は元気に飛ぶが、ミミズクは死んでいる。

4.印象派の風景―マネ、モネ、ピサロ、シスレー
やはり印象派の風景画は好ましい。

ピサロ 会話、ルーヴシエンヌ 1870 普仏戦争前の和やかな時、内妻と幼い娘とが隣家とおしゃべりする様子を捉える。

ピサロ ルーヴシエンヌの雪道 1870 ピサロは戦争がはじまるとここを出たが、それまではこの地で穏やかな日々を過ごしていた。雪はやみ、積もってはいるが、汚れてはいない。
和やかな日々を感じさせるのがその穏やかな白だった。

シスレー ハンプトン・コートのレガッタ 1874 数隻が浮かぶ。人々の詳しい様子はわからないが、楽しそうな午後。
川向こうのハンプトン・コート宮殿、赤い。

マネ ベルヴュの庭の隅 1880 いい感じの家と緑の濃い庭、そこで友人の妹が読書。気持ちよさそう。濃い青色の服も素敵。手前には大きな如雨露。それがまたいい。
見るものにそう感じさせる絵。

モネ ジヴェルニーのモネの庭 1895 花いっぱいの庭、行きたいな。春から夏か。若い女が花を触る。様々な色が塗られている。形よりも色が大事。
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モネ ヴェトゥイユ近郊のひなげし畑 1879 ああ、今の季節ぽいがフランスと日本には時差があるか。よく咲いている。子供らが遊ぶ、雲が広がる。目の前の光景なのだ。

5.印象派の人々 ドガとルノワール

ドガ リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち 1871 仲良しさんの家族の肖像。いいパパ風な髭の伯爵。幼子らは二人とも白い服を着る。男女はわからない。左は人形のようにも見え、右の少し大きい子はおすまし。

ドガ 出走前 1878-1880 横長、少し離れた位置からの視点。入れ込む馬もいる。躍動感がある。

ドガ 控室の踊り子たち 1889 これも横長。輪郭線は黒い。忙しそうな様子がよく出ている。

ドガ 14歳の小さな踊り子 1881 ブロンズ像に木綿のチュチュを着せ、絹のリボンをつける。「うーん」と手を前に結びながら伸びをする小さな顔の少女。

ルノワール 泉 1906 もう手が自由に利かない頃の絵とは思えないほどはっきりした絵。
ルノワール描く裸婦の体のありかた、それが最後に再び世に出た。
そのことを思うと胸が詰まる。

ルノワール 夏の帽子1893 少女が二人いる。仮にAとBと呼ぶ。Aの帽子には花が飾られていて、そこへBが何かを取り付けようとする。Bの帽子にはリボンが巻かれている。二人の少女のやわらかな時間がそこにある。

ルノワール可愛いイレーヌ 1880 この少女が「最強の美少女(センター)」と称されるイレーヌ。
白に青というルノワールの得意の取り合わせがよく似合う。確かにとても可愛らしい。
描かれてから百年以上経つが、この先もずっと長く記憶に残る美少女の一人。

6.ポール・セザンヌ
6点のセザンヌ先生の絵が並ぶ。
見ながら「セザニスム」と言うことを改めて考える。
彼の出現により一つの方向が決まったことを、絵を前にして考える。
セザンヌの絵はわたしの中では楽しむべきものではなく、考えねばならない存在になっている。

7.ゴッホ
こちらも6点ある。ゴッホとかそんなことを考えずただ見る。
それから売れなかったことを踏まえて絵を見る。
いい絵と、やっぱり売れなかったのもなんとなくわかる絵とがある…

日没を背に種まく人 1888 
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これなどは好きなのだが、木や落ちようとする日などは浮世絵の影響があるから、好ましく見ているのかもしれない。

花咲くマロニエの枝 1890 白っぽい花があふれる。背景には波打つ様子がある。
わたしはゴッホの中ではこういう絵が好きなのだ。多分もう帰れないところに来ているゴッホの描く絵が。
そしてこの頃の絵はやはり愛しい。 

8.20世紀初頭のフランス絵画

ロートレック コンフェッティ 1894 悪女ぽいところがいいな。男たちの手がのびているのも。

ヴュイヤール 訪問者 1900 モンマルトルの自室へ来た人。コートを着たままその椅子に座る女性。暖炉のそば。寒そうな様子が体の線に出ている。

ゴーギャン 肘掛椅子の上のヒマワリ 1901 たくさんのヒマワリがそこに載る。
椅子の右手に絵がある。ボートに向かう二人の女の絵。そしてこのヒマワリはゴッホの象徴かもしれない。
それを思いながら画中の二人の女をみる。
せつなさが湧いてくる…

ゴーギャン 贈り物 1902 タヒチでの絵。二人の女。幼児に授乳する女と、花を挙げようとする女と。
愛されている存在。

ボナール 室内 1905 こうした近代的な室内が好きだ。左の奥に鏡があり、ソファが映る。和やかな空間。

9.モダン・アート

ヴラマンク ル・ペック近くのセーヌ川のはしけ 1906 赤い木、赤いはしけ、その赤には金色が混じっているように見えた。
おとなしい感じの絵。

ジョルジュ・ブラックとピカソの絵がある。やはり「新世紀」はこの二人が開けたのだと思う。 

10.新たなる地平の絵画
モネ 睡蓮の池、緑の反映 1920-1926
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このまま進んでゆけば睡蓮の池に入り込めそうな気がした…

5/7まで。

旧魚崎町役場

今も現役の市の施設として存在する旧魚崎的役場へいきました。
1937年竣工・清水栄二設計・竹中工務店施工。
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40年ほど前に全面改修されたそうだが、装飾はこのように存続している。
とはいえピンク色の外観はいつからか知らない。

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卵が並ぶようだ…

ウエハースにもみえる。
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こちらのテラコッタ装飾はバラのようにも唐草のようにも見える。
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いい感じの装飾がこうして這うのが好きだ。


階段の様子
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こちら側からはシンプルに見える。
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向かいの小学校は阪神大震災でアウトになったが、このように蘇った。
背後に六甲、摩耶の山が広がる。
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桜の頃である。
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神戸ゆかりの美術館に「鋼の錬金術師」原画展が来た!

4/21午前10時から神戸ゆかりの美術館で「鋼の錬金術師」原画展が始まる。
これは去年9-10月に東京ドームシティ、11月に大阪ATCミュージアムで開催された展覧会を原作マンガの原画と言う点に絞っての巡回展で、うまい構成になっている。
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このチラシの絵は荒川先生の展覧会用描き下ろしで東京・大阪・神戸と共有するものだが、神戸にはこの通りコピーが入る。
「おかえり、ハガレン。」
連載終了から8年経った今も、色あせない傑作がここにある。

内覧会に先立ち、神戸新聞でも広告が出ていた。
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カラー原画は手製なのだということを、この展覧会で実感する。

音声ガイドはアニメでエルリック兄弟を演じた朴さんと釘宮さんのお二人の掛け合いも楽しい。
イヤホン型ではなく、本体を耳に当てて聴くタイプのもの。
物語の流れに沿った展示、それに合わせて出来事の説明や心情を兄弟が語り合う。
いい構成の音声ガイド。

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ところどころに荒川先生のコメントも入っているので、読んでは納得したり初めて知ることに「ほほー」となったり。
そして良く知られているように荒川先生は資料を集めることも徹底される方、今回はハガレンのために集めた銃の数々(モデルガン)、リン・ヤオの刀、メイ・チャンの錨や国家錬金術師の証たる懐中時計なども展示。みんな先生の所蔵品。

そして物語のクライマックスの頃は物語の原画展示が増える。
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名シーンの数々がそこに展開される。
アルフォンスがメイにたのむこと、メイがそれを実行する、アルが兄を信じて行うこと、そしてエドの生身の腕の復活。
改めてそれらの原画を見ると、読み耽っているときの興奮が蘇ってくる。

更にエドワード・エルリック最後の錬金術は原画を使っての映像シーンとして会場で見ることになる。
それがとてもいい。

原画展の終わりには撮影スポットも。





真ん中の金の荒川先生像が光っておるね。

展覧会は曜日ごとの四コマブックマークをもらえる。
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グッズコーナーは「ハボック雑貨店」として運営。
これはクリアファイルの箱。全20種のうちからランダムに。
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どんなのが入っているかはわたしもまだ未確認。ふふふ、楽しみ。

最後に機嫌よく洗面所に行くと…


アームストロングさんでした。

7/8まで。

「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」 上方から長崎まで

いよいよ真打登場!「うまいもん」めぐりもここにきて堂々完成!
…になったらええなという願望。

第4章 京・大坂 −−−諸派の爛熟と上方の版画
食は関西にあり!

鶴沢探索 松島・天橋立図扇面 明和6-寛政9年(1769-97)頃 東京国立博物館  以前に見てたが、やはりいいなあ。横からの視点。広々。歩いた時なんとなく心地よかった天橋立。
なおこれは扇面で、1に挙げてたパリ万博向け100扇の1。
ところで鶴沢派は最初に見たのは京大の博物館でだった。あれから随分経ったが、そろそろ大きい回顧展が見たい。

曾我蕭白 渓流図襖 宝暦12-13年(1762-63) 個人蔵  引き手の辺り、不思議な大クモが這うみたいに見える。そんな風だからところどころに意図的か後年の劣化の成果によるのか、妙な顔が見えたりする。木々も怪しい。

円山応挙 秋月雪峡図屏風 天明6年(1786) 千葉市美術館  左は月下に広がる雪峡。
右は秋の月の下、少年がお仕えしている高士のお琴を抱いて運ぶ。
この子らよく働くけど、給与体系とかどうなってるのか、と考えることがたまにある。
修行の身の上ということでやはりただ働きかとか。

浮田一蕙 花使図 江戸時代(19世紀) 愛知県陶磁美術館  七夕の宮中の行事の一つ。近衛家からの贈り物の花。開店祝いのような大きな花飾りを若党に運ばせる。

中村芳中 白梅図 文化期(1804-18)頃 千葉市美術館  いきなりどんっと出現。いいなあ、芳中。上に伸びる枝、そこに白梅が胡粉というより生姜糖のようなので盛られている。

鶴亭 雪笹図 寛延4年(1751) 個人蔵  この絵師もあの「我が名は鶴亭」展のおかげでその面白味を知ったなあ。
当時の感想はこちら

佚山 松下双鶴図 明和7年(1770) 個人蔵  いつざん。松の下には鶴カプがいて、上にはカササギが一羽。

岡田米山人 松閣夜談図 文化9年(1812) 個人蔵  この絵師は父子そろって大阪歴博で見たりするから無縁ということもない。
しかしこのジャングルのような様子、すごいなあ。
そこに屋敷があるのもなんだか。

細密な銅版画が現れる。
井上九皐 朝比奈図(『銅版襍帖』のうち) 文化-文政期(1804-30) 町田市立国際版画美術館  どうしても超人的な朝比奈の姿が浮かぶが、これはそうではなく、やや大きな男という風に描かれる。一方、 虹を作る男とか雪の結晶とかいいな。

岡田春燈斎 四條大芝居顔見世霜曙之景 (『銅板細見集 上』のうち) 弘化-安政期(1844-60)頃 町田市立国際版画美術館  こりまた細かい、すごく細かい。四条大橋がいいな。

中川信輔 「東街道 石部」「東街道 土山」 (『銅版細画帖 乾』のうち) 嘉永-安政期(1848-60)頃 町田市立国際版画美術館  これまた細密。情緒はないがも面白い。亀山もか。
どうしても石部・土山といえば広重の情緒豊かな風景、国芳の猫尽くしが思い出される。

北尾雪坑斎 『彩色画選』 明和4年(1767)刊 町田市立国際版画美術館  いわゆる「合羽摺」な。京都を中心に流行ったと以前聞いた。池田文庫で合羽摺の展覧会を見たが、他ではあまり見ない。タコにカニとかいろいろ。

祇園井特 納涼美人図 享和期(1801-3)頃か 板橋区立美術館  あら珍しや細めの美人。

月岡雪鼎 衣通姫図 安永7-天明6年(1778-86)頃 東京国立博物館  御簾の下に佇み扇を開く。蜘蛛の糸は見えない。

流光斎如圭 狂言尽図巻 寛政期(1789-1801) 千葉市美術館  櫓、三番叟、「お待ちくだされ」と止める人々などなど…

上方浮世絵の登場。
松好斎半兵衛 『絵本二葉葵』 寛政10年(1798) 千葉市美術館  義経…関三十郎、熊谷…片岡仁左衛門、弥陀六…山村儀右衛門  書き換えものかな「一谷嫩軍記」の。多分そうだな。

春好斎北洲 初代市川鰕十郎の唐犬重兵衛 文政3-5年(1820-22)頃 千葉市美術館  この人の褞袍の文様も髑髏柄。時代的に流行ってたな。

春梅斎北英 二代目嵐璃寛の団七九郎兵衛 天保3年(1832) 千葉市美術館  この画像はわたしが昔々購入した池田文庫所蔵の分。千葉市美にもあるのを知ってなんとなく嬉しい。
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長町裏のところ。色んな殺し場があるが、この「夏祭」の「長町裏」は特に魅力的。

春川五七 山村友五郎門弟 南森軒いわの山姥 文政後期(1824-30) 町田市立国際版画美術館  …美人。

有楽斎長秀 祇園神輿はらいねりもの姿 阿蘭陀可笑竹 文化(1804-18)後期-文政(1818-30)前期頃 千葉市美術館  くねる二人

ところでここで一つご紹介。


おくればせながらのご紹介。詳しくは大和愛さんのもとへ。

第5章 中国・四国地方と出会いの地・長崎
ようようたどりつきましたな。

廣瀬臺山 日光山瀑布図 文化10年(1813) 個人蔵  べろーーんと。なんか変な絵。

参考出品 廣瀬臺山 猿橋図 文化10年(1813) 個人蔵  ロングで捉えてるけど、こちらは逆にしっかりした橋にしか見えん。

廣瀬臺山 瓶花図 江戸時代(18-19世紀) 個人蔵  瓶は七宝焼の。花はバラに色々。異国風な取り合わせ。

淵上旭江(画)皆川淇園(賛) 誕生石図 寛政10年(1798) 個人蔵  これはあれだ、住吉大社にあるものですわ。住吉っさんに行ったらまだあるはず。

淵上旭江 『山水奇観』前編 寛政11年(1799)刊 千葉市美術館 ラヴィッツコレクション  長いなあ。実にたくさんある。

酒井宗雅 石楠花に山鳩図 安永5年(1776) 個人蔵  抱一さんの兄上。山鳩の色がとてもいい色。もしかすると徽宗の鳩の絵の写しでも見てるのかもしれない。

何年か前にこのヒトの展覧会がどこかであり、評判が高かった。行けなくて惜しいことをした。
沖一峨 四季草花図 江戸時代(19世紀) 個人蔵  白紫陽花が印象的。

沖一峨 家翁西京舞妓図 嘉永2年(1849) 鳥取県立博物館  舞う美人が凛々しい。

沖一峨 花杲方円図 江戸時代(19世紀) 鳥取県立博物館  カコウ・ホウエン図。茄子とか朝顔とか夏から秋に咲いたり実ったり。

土方稲嶺 糸瓜に猫図 江戸時代(18-19世紀) 鳥取県立博物館  なかなか不敵な面魂のお猫さん
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土方稲嶺 東方朔図 文化元年(1804) 鳥取県立博物館  桃を後ろに隠してぼんやり立つ。頓智とかそんなのも出てきそうにない感じ。

片山楊谷 猛虎図 江戸時代(18世紀) 個人蔵  三幅対 茶色、グレー、白。白はノロイ様風。こわいぞ。
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島田元旦 蝦夷地真景図巻 寛政11年(1799) 鳥取県立博物館  実はこの絵は冒頭にあったの。湾曲した浜辺の道に立ち二人を狂言回しのように置いた絵図。「チヱフウシ」をみるふたり。

黒田稲皐 群鯉図 文政10年(1827) 鳥取県立博物館  でたーっ鯉の人!!!府中市美でこないだみたが、あの人でんがな。
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鳥取はなかなか豊かな絵を描く人が多く世に出てる。
後の水木しげる、谷口ジローに到るまで。

四国へ。
細川林谷と言うヒトが楽しい。絵日記、旅日記絵、お出かけした先の写生、などなど。
林谷山人紀遊漫画 文政11年(1828) 高松市歴史資料館 頁替
西国巡礼詩画帖 文政12年(1829)以降 個人蔵 頁替
梅花書屋図 文政8年(1825) 高松市歴史資料館
月瀬探梅詩画帖 天保3年(1832) 高松市歴史資料館 頁替
月ヶ瀬は既に梅見の行楽地として人気だった。どの絵も基本、楽しい。

鈴木芙蓉  鳴門十二勝真景図巻 寛政8年(1796) 徳島市立徳島城博物館  波打ち際、夫婦岩、渦巻…
わたしはどうしても江戸時代の鳴門と言うと吉川英治「鳴門秘帖」を思い出すのよね。同じような時代だったかな…
知らなかったが、この4/20からBS時代劇で「鳴門秘帖」が始まるのか。知らなかったなあ。

守住貫魚 鳴門真景図 天保6年-安政元年(1835-54)頃 徳島市立徳島城博物館  ううむ、景色を見ても、やっぱりわたしの頭の中には「鳴門秘帖」の挿絵が浮かぶ。岩田専太郎のアールヌーヴォー風な美麗な絵が…

守住貫魚 源氏物語 明石図、紅葉賀図  安政元年(1854)以降 徳島市立徳島城博物館  先年徳島城で見たようにも思うのだが、おとなしい絵なのでか静かにみる。

守住貫魚 阿波国勝浦郡田之浦村掘出古甲図 安政元年(1854) 徳島県立博物館  そう、出土品を写生している。なにか十字にビス止めしたものがある。鎧なのかな。嘉永7年に出たらしい。妙にゾワゾワするな。

九州へ。
島津斉彬 牡丹図 江戸時代(19世紀) 個人蔵  今話題の人ですな。殿様の絵。

熊斐 猛虎震威図 宝暦3-4年(1753-54)頃 徳川美術館  可愛らしすぎてこんなもん「うぉーっ」にならんよ。

熊斐 寿老人図 江戸時代(18世紀) 個人蔵  鹿と鶴がはりあってるーそれを見る寿老人。

鉅鹿民部(魏晧) 蓮に白頭翁図 江戸時代(18世紀) 個人蔵  オオガ・ミンブ。花鳥図。

石崎融思 荒木君瞻ほか(画) 菅井梅関送別詩画 文化12年(1815) 仙台市博物館  格子に区切ってみんなで送別の詩画をそれぞれ。

荒木君瞻(画)金井莎邨(賛) 梅関高士送別会之図 文政元年(1818) 仙台市博物館  三年後、みんなで遊ぶ図。梅関さん、人気やってんなあ。

長崎。
ああ、ようようたどりつきました。
「長崎犯科帳」が蘇るなあ。あとあれだ、十時半睡シリーズの「包丁男」の話。黒田藩の藩士でむちゃくちゃ料理好きの男が上司ともめて長崎へ左遷されることになり、家老の半睡が慰めようとしたら「卓袱料理を身に着けてきますのでお待ちあれ」とめちゃくちゃ楽しそう…で、半睡は今日日の若い奴はわからん、とためいきをつくのだ。
わたしも久しぶりに長崎へ行くつもり。食べたいもの・行きたいところがたくさんある。

(無款) 阿蘭陀船図 天明期(1781-89)頃 早稲田大学會津八一記念博物館  おお、マークが入ってるね。

紫雲(文錦堂版)  オランダ人康楽図 江戸時代(18-19世紀) 早稲田大学會津八一記念博物館  宴会。洋食ですね。
こういうのを見ると白土三平「カムイ」で夙の人々がカピタンたちに重用されるエピソードが思い出される。
技術のあるなしは大きい。

無款(大和屋版) 阿蘭陀婦人の図 文化14年(1817)以降 早稲田大学會津八一記念博物館  フェルメールやレンブラントのずっと後なのだよなあ、この婦人たちは。

無款(大和屋版) 長崎唐船入津図 嘉永-文久(1848-64)頃 千葉市美術館  にぎやかでけっこうだ。

諸国、うまいもの、めぐり。
実にいろんな絵師がいて、色んな絵を描くなあ。個性の強い絵に翻弄されてしまった。
とても面白かった。

後期は5/8から5/20まで。


「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」 江戸から尾張・伊勢・近江まで

第2章 江戸 −−−狩野派以外も大賑わい
「狩野派以外も大賑わい」というのが即ち「百花繚乱」たる所以よな。

狩野栄信(伊川院) 花鳥図 文化9年(1812) 板橋区立美術館  と言いながらここから始まるか。
縹地に派手な様子の牡丹に太湖石、鳥や蝶も舞う舞う。

狩野養信(晴川院) 鷹狩図屏風 江戸時代(19世紀) 板橋区立美術館  ロングで全景をとらえる。下部には池もあり、野鳥がたくさんくつろぐ。犬も走る。
ところで鷹狩りの鷹の養育をする仕事をしていた者はなかなか威勢が良くて威張っていたそうだ。餌にする雀を捕えるためと称して、どこなと上がり込んだりしていたらしい。そのあたりのことは岡本綺堂の半七捕物帳に詳しい話がある。
鷹の行方
静かな絵で、見ようによってはシュールな情景ではある。

宋紫石 乗亀仙人・松竹鶴図 江戸時代(18世紀) 個人蔵  亀仙人は「ドラゴンボール」の気のいいジイちゃんだが、そうではなく、亀に乗る仙人という浦島風な様子。
 
司馬江漢(鈴木春重) 網戸越しの男女 明和7-8年(1770-71)頃 千葉市美術館  浮世絵。そんなに細密ではないがこんな細かい描写をして。それで袖の長い若衆を引く。青銅風の壺につく獅子や亀がその様子を知らん顔で見ている。

司馬江漢 Serhentine 天明5年(1785) 千葉市美術館  これが何かというと、ストウ庭園のサーペンタイン河と洞窟だそう。でその元ネタを知らんので調べると、ストウ庭園というのは英国式庭園の有名なものだとか。サーペンタイン河を調べると、「國華」1999年の号にこの原画図を発見したという論文が掲載されているようだ。

司馬江漢 鉄砲洲富士遠望図 寛政10年(1798) 歸空庵  麿眉のわんこもいて楽しそう.
小舟に石灯篭に、という意外に和やかな風景。

鍬形蕙斎(北尾政美) 汐汲 天明期(1781-89) 千葉市美術館  「松風」の男女三人が江戸風俗で描かれている。

鍬形蕙斎(北尾政美) 『来禽図彙』 寛政2-3年(1790-91) 千葉市美術館  版本。花菖蒲、河骨、セキレイのいる汀。

鍬形蕙斎(北尾政美) 東都繁昌図巻 享和3年(1803) 千葉市美術館 西谷コレクション  前文が長いが未読スルーする。飛鳥山は庶民が機嫌よく花見が出る場所となったので、そこにいるのは花見を楽しむ人々。

谷文晁 西遊画紀行帖 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  おお、久しぶり。これ前にも見たと同じページが出ていて、わたしとしては嬉しい。何かというと8/19箕面で滝を見るという絵日記。地元の名所が出るのは嬉しいわ。

酒井抱一 大文字屋市兵衛像 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  以前ここで開催された抱一展の時に知ったご機嫌な「加保茶」市兵衛さん。遊郭の主人つまり忘八なんだが、とてもご機嫌さんな趣味人で、抱一とも気が合ったそう。ちょっとしたゆるキャラ風な描き方もいい。この人の見世の太夫を請け出したわけですね。

酒井抱一 乾山写花籠図 文政6年(1823) 個人蔵 千葉市美寄託  三つの花籠が転がる。秋の七草のうち桔梗と女郎花が一つの籠に、青菊が次の籠に、そして最後は薄の入った籠が転がる。元禄と化政期の気分の違い、京と江戸の粋人それぞれの違いがたぶんは見比べたら見出せるのかもしれない。

酒井抱一鍬形蕙斎ほか(画) 『料理通』初編・二編 初編:文政5年(1822) 二編:文政8年(1825) 千葉市美術館 ラヴィッツコレクション  これは例の八百善のメニューとレシピの本。卓袱料理の紹介だった。
ちょっと違うが、明治になってもこうした「うまいもん」ものは出ていて「食通」の本もあった。村井弦斎「食道楽」である。
いいよなあこういう本は。

谷文晁 高隆古 鈴木鵞湖 沖一峨ほか(画)『義士肖像賛詞』 嘉永3年(1850)序 千葉市美術館 ラヴィッツコレクション  大石内蔵助がいる。袖にその名がある。

鈴木鵞湖 西園雅集図 安政5年(1858) 千葉市美術館  2011年以来の再会か。
岡本秋暉とその師友展で見ている。当時の感想はこちら
有名なエピソードなので池大雅をはじめ多くの絵師がこの情景を描く。

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第3章 東海道を西へ −−−尾張・伊勢・近江
今だと「名古屋めし」と言って独自の食べ物文化があるが、この時代はどうだったのだろう。
きしめんもういろうもあったが、エビふりゃー、あんかけスパもモーニング文化もないわな。
伊勢は♪伊勢の名物「赤福餅」をはじめ多くの餅系のお菓子がある。
近江は今だと近江牛だが、当時だとやっぱり米かな。「三井寺力餅」は明治になってからか。
…ますます「うまいもんめぐり」になってきたな。

丹羽嘉言 神州奇観図 明和7年(1770) 名古屋市博物館  ここでは国土ではなく富士山をさしている。
「神州天馬侠」も「神州纐纈城」も富士山が背景にある。大観も神州・・・として富士をたくさん描いている。

山田宮常 蝦蟇仙人図 江戸時代(18世紀) 愛知県陶磁美術館  カラフル。ガマがまたなかなか可愛い愛嬌もんである。吐き出す気は白色。

中林竹洞 山水図襖 文化期(1804-18)末頃 千葉市美術館  四面。亭も見える。木々が何となくおかしい。
竹洞も梅逸も甲東園の頴川美術館で知った。名古屋の絵師の二人。煎茶の楽しみを多くの人と共有した。

山本梅逸 花卉草虫図 弘化元年(1844) 名古屋市博物館  これこそ百花。梅逸らしい彩色の美と線描の美がマッチしている。蝶々もカラフル。おお、カブトムシもツヤツヤ。

山本梅逸 桜図 弘化2年(1845)以前 愛知県陶磁美術館  三幅対。山桜、八重の夜桜、枝垂桜。いいなあ。

田中訥言 餓鬼草紙模本 江戸時代(19世紀) 東京国立博物館  丁寧な模本。

田中訥言 太秦祭図 文化10年(1813)頃 名古屋市博物館  摩陀羅神に扮したご一行。
おたふくなほっぺが可愛い。
千葉市美のツイートを紹介する。


可愛いよなあ。見物も結構多い。秋の祭りだそうだけど、今まで見に行ったことがないので行きたいな。というか、久しぶりに嵐電乗って太秦に行くのもいいな。地下鉄が通りはしているが。

渡辺清 源氏図 江戸時代(19世紀) 愛知県陶磁美術館  アクの強い絵ばかり見てきたせいでか、いきなりこうした小綺麗な絵を見ると、ちょっとタタラを踏みそうになる。
「異常なものをあまりに多く見すぎちまったせいだと思ってる」
リヴァイ兵長はいいことを言うなあ。

外国の絵を基にしたものが出てきた。
牧墨僊 ハイステル及ユールフォールン肖像 文政2年(1819) 名古屋市博物館
牧墨僊 脱疽等不治疾鋸解患部状 文政2年(1819) 名古屋市博物館
血をダーッと…正直な話、こわい。頭の中には田之助の艶冶な姿が浮かぶのだが。

沼田月斎 鎌倉江戸道中図巻 文化10年(1813) 板橋区立美術館  のんびりツアー。当時よく知られていたという熊のいる茶店が描かれていた。この熊は人なれしていて、団子を食べさせてもらっていたそうだ。絵もぺたりと座った熊が団子を手にしている様子を描く。

沼田月斎 二美人図 文化期(1804-18) 名古屋市博物館  笹紅をつけた二人。

増山雪斎 孔雀図 江戸時代(18-19世紀) 名古屋市博物館  桑名藩主の雪斎。この人の絵は和歌山市立博物館で見た。松に止まる孔雀。
お大名も絵に熱心な人も少なくなかったのだ。姫路の酒井さん一家は両親・長男・次男そろって絵をかき、次男は職業画家になったくらいだし。

増山雪斎 虫豸帖(春・夏) 文化4-9年(1807-12)頃 東京国立博物館  カマキリなど虫たちをリアルに描く。虫の絵をこんなにうまく描くといえば、手塚治虫・安井曾太郎が思い出されるが、本当にうまいのですよ。

さて大津で見てきた絵師たちが出てきたよ。
以前見た展覧会

楳亭・金谷 近江蕪村と呼ばれた画家
当時の感想はこちら

紀楳亭 猿猴図 江戸時代(18世紀) 大津市歴史博物館  こっち見る猿。小さく草を持つ。
  
紀楳亭(画) 中島棕隠(賛) 大津絵見立忠臣蔵七段目図 天明8年(1788)以降 大津市歴史博物館
これは好きな絵で今回こうしてカラー画像が手に入ったのは嬉しい。
おおきくなるが挙げます。みんなとても可愛いのよ。
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紀楳亭 大津三社図 文化5年(1808) 大津・元会所町蔵  これも見たが、当時この意味を分かっていなかった。
白い鳥居にまつわる三者。上から烏・鷺・兎がいる図。
そう、ウ・サギ・ウサギ。彼ら実は大津の三つの社のアイテムなのですよ。

横井金谷 蜀道積雪図 江戸時代(19世紀) 大津市歴史博物館  蜀への道が峻厳なのは知ってますよ、三国志の昔から。
まあそれだから三国が成立したわけだが。しかし狭い狭い崖に沿う道、怖い喃。

織田瑟々 江戸法来寺桜図 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  「桜狂い」の人。名前には深緑の意味もあるみたい。知らなかった。
ここでも桜が美しく、そして細部まで執拗に描かれている。

続く。

「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」 北海道・東北・北関東ゆかりの画人たち

千葉市美術館は府中市美術館・板橋区美術館共々「江戸絵画」の面白い展覧会を見せてくれる関東の三大美術館だと思う。
恒例の府中市美術館「春の江戸絵画祭り」も大概えらいもんだと毎回感嘆するばかりだが、同時期にまさかの「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」展の豊かさには仰天した。
しかもその「絵師」にルビふって「うまいもん」と読ませるところがもぉにくいのにくくないの。
凄いなあ、とただただ口を開けたままになる。

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藩ごとにお抱えの絵師もいた時代だから、各地に色々な絵が残るのも当然だが、これまでそうした地方都市の絵師たちの絵をメインにした展覧会はあまりなかったように思う。
その地方に伝わる絵師の遺作をその地方の博物館で開催するのも案外珍しいこのご時世にである。
(ちょっと探すとこんなのが出てきたが)
城下町和歌山の絵師たち―江戸時代の紀州画壇―  当時の感想はこちら

まあでも首都圏でこういうのをするのは、さすが千葉市美術館だわとこちらはアタマを垂れるばかりになる。
で、眼ばかり上げてぎろぎろと不思議な絵を見て歩くのだ。

ところで「江戸諸国うまいもんめぐり」と聞いて阪神百貨店、高島屋の特設会場のにぎやかな様子が脳裏に浮かんだのはわたしが関西人だからだろうか。
あちこち見ながら「うまいもん」を求めて歩くあの高揚感、それをここでも味わいたいと思う。

百花繚乱! 絵師列島への旅立ち −−−北海道・東北・北関東ゆかりの画人達
まずやはり蝦夷は蠣崎波響、秋田は小田野直武に佐竹侯でしょう、と名前が浮かぶ。
実際彼から始まった。

蠣崎波響  瓦に石龍子図 文化2年(1805) 東京国立博物館  扇面にトカゲの絵。扇を一握と数えるのも今回初めて知ったが、色々な数え方があるからこれだけが正解ではない。
調べると毛利元就関係資料の軍扇、軍配、扇子の数え方は「一握」だった。
一つの疑問がこうして解かれたが、そこへたどり着くまでにいくつかの経緯があり、それがまた面白くもある。
絵自体は瓦にトカゲが這うのだが、トカゲを蜥蜴でなく石龍子と表記するのも初めて知った。
意味も通ってくるので忘れなくなるだろう。

ところでこの扇はパリ万博に出展するため百本一組にまとめられた中の一つ。後にその仲間も出てくる。
政府は当時も今も「世界に認められたい」欲望が強い。
誰のチョイスかは知らないが、その内訳を知りたいとも思った。

蠣崎波響  楚蓮香図 江戸時代(18-19世紀) 個人蔵   美人である。松園さんや円山派の楚蓮香と比べてもやはり美人度は高い。布冠で髪を抑えている。小さな蝶々もヒラヒラ。

蠣崎波響  カスベ図 江戸時代(18-19世紀) 個人蔵 ガンギエイのことだとある。皮は現代も剣道の道具に使われているそう。サメ皮として。
横顔を描く。かなり鋭い顔つきである。垂れるしっぽも長い。エイ、やはりかっこいい。

蠣崎波響といえば最初に知ったのは作品ではなく、美術史の本からだった。松前藩にいたというのを知ったのはその時で、ほどなく中村真一郎の小説「蠣崎波響の生涯」が世に出て、それでその生涯などを知った。
1989年刊行か。もうそんなに経ったのか。
近年になり彼の「夷酋列像」の企画展があった。たいへん人気が高かった。往時を思い、感慨深かった。
わたしは北海道に行ったとき、函館の博物館で彼の作品を見、そのとき大判の絵ハガキも色々と購入した。
字面が暑苦しいが、彼は至って温厚な人だったそうで、南蘋派の宋紫石に学んだあと応挙に師事したそうな。

秋田からは当然ながら佐竹侯と小田野が現れる。先年のサントリー美術館の小田野直武展が蘇ってくる。
小田野直武と秋田蘭画 世界に挑んだ7年 その2
当時の感想はこちら

佐竹曙山 老松図 江戸時代(18世紀) 歸空庵
佐竹義躬 松にこぶし図 江戸時代(18世紀) 歸空庵
この二枚が並ぶことで、風景が連続するような錯覚が生まれた。どちらも幹が斜めになった松を描いている。
佐竹侯でよかったのは赤いインコを松に止まらせた絵だった。あれは好きだなあ。

小田野直武 鷺図 江戸時代(18世紀) 歸空庵  これも濃いなあ。花菖蒲も水気がない。

(無款) 神功皇后と住吉明神 安永(1772-81) -寛政期(1789-1801)頃 千葉市美術館  亀に乗り頭上に竜を載せた少年が宝珠をささげる。これが住吉明神だろうか。浮世絵風な版もの。

仙台が来た。牛タンも萩の月もまだ世に出ない頃である。
東東洋の絵が多い。

東東洋 河図図(旧養賢堂障壁画) 文化14年(1817) 仙台市博物館  カトと読む。一見したところ馬に見えるが、その背中には豹文のようなもの浮く。古代中国の神獣で伏義の時代、その背の図から易学の八卦が作られたそう。
しかし東アジアでは神獣でも場所が変わればまた違っても来るだろう。
ふっと「ベルセルク」でセルピコが戦ったのと似てるなあと思ったり。あれは妖獣。

東東洋 柳に黒白図 江戸時代(18-19世紀) 仙台市博物館  これですがな。柳にはカワウがとまり、根元にはまだ顔の白いユリカモメがいる。こいつらあれだ、春になると顔が黒くなり、それが合図で旅立つのだ。
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コラボ作品がある。
蠣崎波響 東東洋 東東寅 鮭図 文化11年(1814) 個人蔵  真ん中に荒巻鮭とその左に何か藁を束にしようなのがある。それは「魚串」といいそこに小さい近永串刺しにされて突き刺さっていた。保存用のものなのか。その魚串は東寅、鮭は波響、そして上から鮭を狙って下りて来ようとする白鼠を東洋が描く。
楽しんで描いたのだろうなあ。

小池曲江 塩竃松島図巻 文化7年(1810) 仙台市博物館  「松島や ああ 松島や」も当時既に知られていたろう。それがここですよと言う感じで描いたのか、とかなんとか想像する。

菅井梅関 夜梅図 江戸時代(19世紀) 瑞巌寺  薄墨のよさを味わう。
菅井梅関 舊城朝鮮古梅之図 江戸時代(19世紀) 仙台市博物館  伊澤家コレクション  こちらはミイラのような梅に雪。

亜欧堂田善 三囲雪景図 寛政(1789-1801)-文化期(1804-18)頃 歸空庵  二人ゆく姿がある。雪の支度をしている。
よくよく考えればこの場所は江戸やないですか。ああ、そうか、この人はどこなと描くものなあ。

亜欧堂田善 イスパニア女帝コロンブス引見図 文化期(1804-18)頃 歸空庵  ううむ、写しとはいえ…
それにしても歸空庵コレクション、やっぱり凄いね…

亜欧堂田善 陸奥國石川郡大隈瀧芭蕉翁碑之図(『青蔭集』挿画) 文化11年(1814) 千葉市美術館  ゴォゴォと背の低い激しい滝が流れる。以前見ているが、どの展示の時のか忘れたな。

安田田騏 象のいる異国風景図 江戸時代(19世紀) 歸空庵  白ゾウ。どこでもないどこかの地にいるゾウさん。

岸駒 呂洞賓図 天明元年(1781) 個人蔵  あら岸駒がいてる。長いひげのおっさんが一人立つ。やっぱり呂洞賓はこのパターンなのか。

岸駒 虎図 寛政11年(1799)頃 (社福)共生福祉会 福島美術館   なんというかまあ…「シャーっ」「二ヤーッ」と尻尾を立ててだね…

北関東というのか昔風に言うと「関八州」というか、そちらへ来た。

林十江 木の葉天狗図 文化3年(1806)頃 茨城県立歴史館
林十江 蝦蟇図 文化3年(1806)頃 東京国立博物館


同じポーズなのがいいね。

林十江 雷公釣鼓図 江戸時代(18-19世紀) 水戸市立博物館  大津絵を思わせる構図。落としたのをひろう。

立原杏所もいくつか出ている。この絵師は逸話の多い人で色々と面白い。林十江、小泉斐らに学び江戸に出てからは谷文晁にもも学んだ。
葡萄図 天保6年(1835) 東京国立博物館  この絵はwikiにもある。
力強い筆遣いで、葡萄の葉がまるで海老の背中のようにも見える。

遊歴図巻 天保6年(1835)頃か 茨城県立歴史館
秋山獨歩図 江戸時代(19世紀) 板橋区立美術館
出掛けた先の風景をこうして描けるのはいいものだ…

小泉斐 鮎図 文化5年(1808) 栃木県立博物館  すぐ忘れるが、この人の名前は「アヤル」である。なんか今風な発音ぽいな。
深緑のグラデーションが綺麗。

小泉斐 唐美人図 文化8年(1811) 栃木県立博物館  ひょろっとした美人。ファンキーな侍女と共に。

小泉斐 黒羽城鳥瞰図 天保8年(1837) 大田原市黒羽芭蕉の館  境内図・参詣図の仲間のような構図。不思議な図様で、蛇行しつつ城から城下町へと移行する。上には鶴が舞う。なんだか魔法の地図のようにも見える。

小泉斐 『富岳写真』 弘化3年(1846) 栃木県立博物館  リアルやなあ。岳もきちんと描かれている。てっぺんを描く。

高久靄厓 袋田滝真景図 文政4年(1821) 栃木県立博物館  ここに行ったことはないので何とも言えないのだが、この袋田の滝はきっとこんな様子に違いない、と思ってしまう絵である。

高久靄厓 蘭亭曲水図 文政9年(1826) 栃木県立博物館  縦書き。だから川の流れも縦。

椿椿山 日光道中真景図巻稿 文政12年(1829) 栃木県立博物館 場面替  丁度「草加の駅」辺りからが出ていた。木々が立ち、かやぶきの民家が並ぶ。「石那田村」というところでは子供が犬と追いかけっこ。梅も咲く。のどかな農村風景が優しく描かれる。

椿椿山 高久靄厓像稿 弘化2年(1845) 栃木県立博物館  襟巻をしたおじさん。江戸の人で襟巻と言えば「必殺」シリーズの中村主水か杉浦日向子「百物語」の北斎が外出の時に巻いていたのが実はお栄の腰巻だったというあれ、それくらいしか思い出せない。

長くなるので旅は一旦ここまで。

「日本の四季 近代絵画の巨匠たち」 @汐留ミュージアム

4/2から4/15までの短い期間だが、汐留ミュージアムで「日本の四季 近代絵画の巨匠たち」展が開催された。
春に始まり冬に終わる近現代絵画は主にパナソニック創業者・松下幸之助生前の間に世に出ている作品だった。


奥田元宋 池畔研 1978 「赤の元宋」と呼ばれる人の春の風景画である。奥多摩にこの原景を見出し、写生と自身の心象とを重ねて描いたのでは、と思った。
左手前に一本の桜があり、あとは静かである。赤はない。緑が清々しく周囲に広がる。
タイトルの意味は知らない。英語訳がついていた。The shore of pond そのまま池畔である。
「研」の意味はなんだろうか。それも含めて絵を眺める。

伊藤小坡 醍醐の花 桃山風俗の貴女らしき女性が唐草文様の被衣をかけつつ、傍らの少女に傘をさしかけられて花を楽しむ。太閤の最後の大イベント「醍醐の花見」に参加したのだろう。扇で口元を隠しつつ、楽しそうな様子が目元ににじむ。
この絵は対になる秋の「紅葉狩」共々以前に何かの展覧会で見ている。こうした作品を楽しむ幸せは深い。

洋画が現れた。中川一政と林武の椿の競演がある。
中川の好きなマジョリカの華やかな彩色の瓶に、濃く盛り上がるように塗られた椿が活けられる。左にはミカンが三つ、背景はカレー色。
林のはやはり林らしい力強いべた塗の椿で、椿の葉の固くて艶やかなところをピカピカするように表現していた。
どちらも厚塗りだけに椿の花びらのふくよかさが迫ってくる。

再び日本画。
山口華楊 清薫 1970年代 遠目からでもわかる華楊の世界。薄灰青の背景に白梅とウソ鷽。小さな小鳥の羽毛の色が可愛く、それが背を向けて止まる。
鳥の数の増減はあるが、ほかの美術館にもこの絵の仲間がある。

福田平八郎 春汀 1955-1960 左に猫柳の膨らんだ穂の連なり。右に黄色い腹に水色の背の小鳥。色と植物の膨らみで春を知らせつつも、水はあえて描かれない。しかしそれでいて汀にこの風景があるように思えるのだ。

前田青邨 双鯉 1950年代 全体が靄と濃い青に覆われた中に白い鯉が二匹力強く泳ぐ。
水の色が透けて、その鯉の表面にも青が乗る。青に染まる白い鯉。

堂本印象 入船漁報 1970年代 うっとりとした曖昧な空気の中に、小さな帆を立てた小舟。春の空気が全体に行き渡る。岸には小さな茅葺民家も並ぶ。居眠りしそうな午後の良さ。
とはいえ、ここだけでなく、描かれていない先にも風景が続くのを予感させる。


小野竹喬 厳島 1968 山は青々、しかしそれは一色ではなく、奥は青が深く、手前は緑の濃い山。そして海が広がる。その海と山の間に小さく鳥居が立つ。鳥居は赤く、小さいが全てを引き締める。しぃんとした景色。連絡船も動かず、波の揺れも静かな時間。

高山辰雄 月光新緑(三日の月) 1950年以降 若い頃と転換期の間にある絵.
名前に「辰」があることで高山辰雄は「日月星辰」をテーマにもした。竜ではなく星である。
三日月の光の下に広がる野。森の中の一隅。その平地にやさしく月光が行き渡り、新緑が照らされる。

横山操 暁富士 1965 横山らしい力強さが横溢する絵。朱富士。激しい松に松。まるで溶岩を噴出した後のような富士と、その下で溶岩を払いのけたような松原。強い生命力がある。

再び洋画。今度はバラである。
中川、林、そして梅原龍三郎。三人の奔放で華やかなバラ。
牡丹もある。
梅原の牡丹はバラに負けない力強い生命力がある。
金地に近い背景に明るい壺に活けられた牡丹、花が重すぎて頭を垂れているが、その花びらのふくよかさはとても賑やかで、一枚一枚がわいわいわさわさと騒がしいくらい。

バラは7点。これはもう本当に豪華絢爛。
梅原、林、中川と時代をリードした洋画家の雄。彼らのバラを手に入れた松下幸之助はやはり気宇壮大。
こちらまで妙に気合が入ってくるバラの集合だった。
切り花でも繊細さも滅びもなく、元気いっぱいのバラなのだ。

そして不意にその興奮を鎮めるかのようにユリが現れる。
堂本印象 純心 1946 白ユリがふんわり開きつつも決して顔を挙げない。ユリの花に聖性を見出すキリスト教を踏まえている。「純真」でなく「純心」なのもそれか。ユリのつぼみも共にある。
印象は仏教絵画も多いが、キリスト教の絵画も少なくない。玉造の教会にはかれの原画を用いたステンドグラスもあり、高槻の教会には彼の絵からの銅像もある。
戦後すぐの年に描かれたことを想う。

そしてそこへまた梅原の現世的なユリが現れる。
百合 1951 青磁の瓶に活けられた宇宙人ぽいようなユリ。金チカチカ。梅原のエネルギッシュさはどんな時も変わらない。

小倉遊亀の植物とやきものの静物画が現れる。
彼女の「静物画」は英語のStill Lifeが「死んだ自然」という意味合いを持つのとは違った様相を見せる。切り花は生き返ることはないが「生け花」であり、そこには花や果実にそぐうやきものがある。観察眼は鋭いが、決して冷たくはない。

くちなし 首が長く下部が丸い染付瓶に白花びらに黄蕊のくちなしが活けられている。緑葉が深い色を見せる。この立つ蕊をなめたくなった。

ききょう 1960年ころ 赤絵の鉢に桔梗が立つ。九谷焼の鉢も花柄。白と紫の桔梗が剣山は見えないが、そこに生き生きと立つのはいい感じ。木机の上の情景。

メロン 1960年代 九谷焼の大鉢に網目のはっきりしたメロンの大ぶりなのが乗る。傍らには九谷焼の瓢型の瓶。それらは一つの大盆に収まる。まるで盆山のような景色。

中村岳陵 燕子花 紫の花である。緑の葉は鋭い剣の形を見せ、なるほど端午の節句の時にこの花が鬼を祓うのも納得だと思わせる。花の線は途中白線でも描かれる。この優美さが好きだ。

橋本明治 菖蒲 ピンクと濃い紫の花がある。つぼみもある。輪郭線は太く、ステンドグラスのような作画は、もう明治のスタイルが確定してからのもの。

山口華楊 爽朝 ナスが一つふっくらと実る。黄蝶が来る。花も少し残る。まだまだ大きくなりそうなナス。ああ、おいしそう…

川合玉堂 鵜飼 1950年代 わりと鵜匠と働く鵜たちとを間近に描く。小舟から身を乗り出す鵜匠、その手に握られる紐の先にいる鵜たち。小舟には篝火も燃える。きちんと頭巾も身に着けた古式ゆかしい装束の鵜匠。鵜たちも鋭い目をして水面をにらむ。これぞ「鵜の目鷹の目」というやつか。中には捕まえたアユをぽんっと宙に飛ばして今から口にという鵜もいる。
ところでこの中部地方の鵜匠が国家公務員だと知ったときはかなり驚いたのでした。

竹内栖鳳 白鷺 1941または1942 制昨年から考えて亡くなる少し前の絵らしいが、ちっとも衰えていない。見返る白鷺が一羽立つ。

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堂本印象 朝陽 1928 対幅 左は針と糸を持つ坊さん、右は猫の家族。
「破納を穿ち月に対し残経を悟る」を絵にしたそう。で、この言葉をわたしは探しきれないでいる。写し間違いかもしれないのでどうにもむつかしいことになった。
正直なところ坊さんは別にいいんだが、猫の絵にはやはり関心が強い。
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白地にぶちの母猫、しっぽは黒。子猫はこちらを向くグレー系のキジ猫、白に茶しっぽ、三毛柄、黒猫の四子猫。可愛いなあ。
やっぱり猫の絵を見ると幸せな気持ちになる。

橋本明治 舞妓 屏風の前でやや親しい態度を見せる舞妓の姿態。可愛いなあ。明治は舞妓をよく描いたが、それだけにこの舞妓にも緊迫感はなく、柔らかな空気がある。

伊藤小坡 紅葉狩 春の対。今度は傘をさしかけるのは髷を結った女中。やや年行きである。江戸時代の御新造だろうか。菊柄の着物を着ている。
名古屋辺りの展覧会で見ているような気がする。

川端龍子 好秋図 リスがどんぐり食べている。可愛いのう。爪が強そう。目はくりくり。
意外に小さい絵だが、その分手元で愛せる作品。

杉山寧 柿図 1940年頃 戦後の大転換を迎える前だからまだそんな大仰なこともないし、タイトルもわかりやすい。臙脂色の柿。丸々とした枝付きの柿。背景は白いがこれは色を置かないままのもの。

竹内栖鳳 錦秋 1937-1938 柿はどうやら渋柿らしい、先端が尖ったのがたくさん木に張り付いたまま。小鳥が来たが食べるかどうか。和紙の荒れ具合がいい。なんというか、雑味のよさがある。

徳岡神泉 菊 1946 背景と溶け込みそうな菊である。しかしまだ様式を確立する前の作品。菊は白、葉ははっきりし、三本の茎が立つ。

小倉遊亀 静物 左にマスカット一房がある。なかなかみずみずしいのできっと美味しいだろう。
右に赤絵の碗があり、その花柄が可愛い。

小倉遊亀 桃 茶系の地に赤絵の碗と右に寝転がるように桃が一つ。まるで裸婦のようだ。

堂本印象 奇麗な秋 1970年頃 カラフルな一枚。小舟に棹を差す人が一人。薄い色が様々に塗られた川と丘。
現実から離れたような情景。

熊谷守一 紅葉 山に…山のところどころに赤が。

奥田元宋 遠山早雪 1978 さかしまがみえる。赤々とした木々。木々が映る水面。山は遠い。
赤はやはり元宋のもの。

東山魁夷 山峡朝霧 1983年 澄んだ空気が肺に届きそうな山。朝霧も心地よさそう。
イメージ (883)


石本正 雪景図 一目見てブリューゲルのあの山の図を思い出した。冬山の狩猟から帰ってきた人々。
だがここには人はいない。妙高高原らしい。金色の葉がうっすらと雪に映える。
石本は一旦は完成したかのように思われる絵にもよく筆を加えたそうだ。
京都の中信美術館での展覧会のときに、何十年もかけて絵を描き続けることを知った。

小野竹喬 大観山の富士 1962年頃 富士山と芦ノ湖の図。ああ、箱根駅伝。波のまにまに。その水面に様々な色彩がある。

中村正義 雪景色 1960年頃 雪の止んだ後、木々は遠近。…殺人事件がありそうな予感がする。

山口華楊 雪晨 1970年頃 ああ、雪持ちの枝。その下を鳥がすっと飛ぶ。同工異曲に近いものをいくつか見ているが、いつも雪は色を置かないものだったか…

小倉遊亀 山茶花 1960年代 信貴山型の瓶にいけられている。薄紅、白、紅。山茶花の影は金色。

水仙が並ぶ。
華楊のそれは黄色花で色も鮮やか、松篁さんのは墨絵に近い。静と動のようにみえた。

福田平八郎 蜜柑 銀に近い地にミカンがどんっと二個あるが、緑や赤もまじっていて、逆にそれがもう実に美味しそうに見せるのだった。

竹内栖鳳 ウサギ 1938 草の上でけだるく寝そべるウサギ。そんなんしてたらあんた、亀に負けてしまいまっせと声を懸けたくなる。

杉山寧の難しい感じのタイトルの作品が出てきた。難読漢字のタイトルと大仰な絵とがよく合っている。

鶴の絵が並んだところで終わり。
杉山寧、松篁さん、川端龍子。杉山の「私たちを見て!」な鶴たちのキメッキメっポーズの連中をじーっと見るかのような松篁さんの鶴たち、そして無関係な五羽の鶴がいる龍子の絵。
まあ物語と言うものは見る側が勝手に拵えることも少なくはないものだ。

松下幸之助の集めた絵画をみて、この経営の神様に対しとても親近感を覚えた。
わたしと趣味が合うなあと思ったのだ。
松下は工芸の時もそうだったが、買うことで作家を支援した。
立派なパトロンだったと思う。

いい絵を見れてとてもよかった。



東近美でみたもの 2018.4

東近美の特別展は横山大観。
国立新美での大きな展覧会からもうそろそろ十年かな。
こちらの展示は「生々流転」が全巻出ていたのが圧巻でしたな。

常設では速水御舟の「京都の家・奈良の家」が面白かった。
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奈良の家、右側の蔵は睫毛があるようだし、左はマイペースな人の表情にも見える。
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屋根に鳩の飾りが。
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遠近感の表現を捨てて画面構成をしたようで、不思議な迫力と存在感が出ている。
御舟は日本画にリアリズムを持ち込んで、綺麗でない舞妓さんを描いたので、それを大観に酷く叱られた。
でも別にそれでびびるような御舟ではないので、その後も自分の表現を求めたのは素敵だ。


前田青邨 石棺
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この絵を最初に見たのは姫路でだった。青邨の中でも特別偏愛する一枚。
古代の貴人の葬送。石棺の内部の朱色に惹かれる。丹塗りにするのは遺体保存のため。
いや、死と再生のためか。
灰色に血の気を失った唇、もう二度と蘇りそうにはないが、眼はいつでも開きそうである。


安田靫彦 居醒泉
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ヤマトタケルはこの池のおかげで蘇生した。伊吹山の白猪との戦いの後。
しかし彼はもう時間がなかった。
うっすらと目を開けたヤマトタケルは短い自分の人生を想っているのだろうか。


近代日本画が好きでいて、本当に良かった。



魚崎から東京へ ー今月の東京ハイカイ録はちょっと違うのだよの巻ー

毎月第二木曜は建物の見学と撮影にお出かけするのだが、まさかのもしかで東博の「名作誕生」展の内覧会と日がかぶりましたがな。どちらも行きたいので困ったが、そこはそれ、自分で動くしかないですわな。
阪神で魚崎に出る。近くの旧魚崎町役場の見学。これについては後日別項。
それで意外なことに早く終了したので、予定していた新幹線を1時間早く出来た。
皆さんと別れてわたしは六甲ライナーで住吉経由のJRに乗り換えて一路新幹線へ。
これがまた何もかもうまくいってスイスイ。

予め定宿にメインの荷物は送っていたので、気楽に東京へ。
そのまま上野へ乗り継ぐと、これまた予想より早くに東博につき、色々ラッキーなことが続く。
「名作誕生」展、内覧会を楽しむ。
例によって展覧会の個々の感想は後日に挙げて行きます。

ご近所のトリオヤジの絵も出ていたが、これはパス。
いい作品が多かったのはめでたい。

夜の東博 さかしま
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今回、定宿は金曜の夜からなので木曜は以前一度泊まったところへ。
やっぱり定宿の方が色々いいんだが、仕方ない。
共同浴場はなかなか高温の湯。のぼせたので早く寝た。
魚崎から上野へ。タイトなスケジュールで直前に変更掛けたりと色々ハラハラな初日でした。

二日目。
早めに出て、日本橋へ。先月購入していた48時間地下鉄乗り放題チケットがどうも不具合を起こしていたので、交換に行ったのだ。
わたしの使うそのチケットはメトロと都営とを乗れる分ので、静岡以西のEXIC会員の特典ものなの。
どうも係の不注意による不具合だったそうで、話を聞いていて、何事も年度末の切り替えの時には特に気を引き締めてとりかからないと、あとあと面倒なことになるなと実感。
幸い時間はこうしてとられたものの、そんなに困りはしなかったのでよかった。

定宿へ荷物を置きに行き、フロント、朝食作りのひと、お掃除のひとらとあいさつ。今回もよろしくです。
ごはん担当のKさんとは特に仲良し。

本八幡まで例のチケットで行き、そこから京成に乗り換える。スイカがあるので気楽。
千葉市美術館で「諸国絵師めぐり」を見たが、これにはひっくり返りそうになった。
府中市美、板橋区美、千葉市美でないとこんな企画せんわな。
スゴイ内容だった。ああ、びっくりした…
大抵千葉市美へは夜間開館に行くのだが、朝からこういう内容見ると、アタマが揺れるわ。

乗り継いで都内に戻り、汐留ミュージアムで近現代日本画を堪能する。
好きな作家の作品がとても多く、松下幸之助と趣味が似てるのではないかと一人で喜ぶ。
4/2から4/15までというのが泣けるが、これはいいものを見れましたわ。

国立新美のビュールレ・コレクション。ようやく見に来れたが…うーーーーーん…
なんだろ、あんまりひっかかるものがないな。
モネは良かったよ。
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ルノワールの美少女もね。

例によって池袋のタカセに向かうが、まさかの事態が起こる。
履いてたズボンのサイドが裂けた。
慌てたわ!すぐそばに青山があったので飛び込んで、速攻で一本買う。
裾上げは後日にして、とりあえずテープ付。
ああ、初めてこういうスーツ屋さんに入ったが、案外よかったな。
百貨店は多いけど、そこまでたどり着けそうになかったし。
思わぬ出費だけど、いい感じの布地だった。しかし腰に合わせると腿が入らず、腿に合わせるとゆるゆるになるという…
自転車で鍛えられた腿がコワイ…

タカセでオムライス食べてから宿へ帰る。
読書しながら寝落ち。

三日目。
いつものロッカーに荷物を置いてから東京都美術館へ。
始まったばかりのプーシキン美術館展。
これはよかったな。毎回プーシキン美術館展はいいのが来るので楽しいよ。

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出たらさっき館内で見ていたような風景がそこにあった。

根津へ向かう。ランチの選択肢をミスったのが痛い。
ついつい日曜気分でいたが、土曜だったのだ。いつも行く定食屋さんにすべきだったな。
と思いつつ、歩くうちに違和感が。
根津駅近く、言問通りに面したところに定食屋さんがあるのだが、そこの一階はパン屋さんだった。
それが吉野家になっていた。吉野家の移転は知ってたが、ここだったのか…
以前のパン屋さんでは大抵近所の老女の皆さんがお昼かおやつかのパンをコーヒーやジュースと共に食べてたのだが。
あの老女の皆さんはどこへ行ったろう…

弥生美術館でセーラー服展。
わたしとしましてはやね、戸惑うばかりなりよ。寝んか
なんしかモノスゴイとしか言いようのない内容で、これはもう日本のセーラー服研究の真髄というかなんというか。
はー、びっくりしたわ。
ところでわたしのセーラー服体験は中三の卒業祝いの余興の時に、借りてきたのを着て「セーラー服と機関銃歌ったくらいなの。
中学高校とブレザーだった。今の会社の制服もセーラーではないよ。
ちょっとばかり、マーレに来たパラディ島の調査兵の皆さんの黒のあれに似たのを着てます。

夢二は可愛いのが集まっていた。
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にゃんこも。
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東近美の横山大観展へ。
これも始まったばかりの展覧会で、それでもよく混んでる。
生々流転」があるしね。
わたし、これは随分昔に一度見たのだが、あれはいつだったか…
90年か91年だったように思う。
あれ以来か。

常設にもいいのが出ていたし、やはり東近美は見どころが多い。
そちらも写真をまとめる。

そのまま日本橋へ。
髙島屋では羽生結弦写真展。
わたしは17時過ぎに行ったので20分くらい並んだだけ。
いやー綺麗でした。
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はぁぁぁぁ 衣裳も素敵。すごく細いのね。ときめいたわー

いいココロモチで新幹線へ。
乗る少し前から雨が降り出したけど、まあなんとかなりましたわ。

今回は色々予定変更が多かったりアクシデントが少なからずあったけど、結果的に上手くいってよかったわ。
次の東京ハイカイはGW後半。
さらば来月まで。

少し昔の大阪倶楽部 その3

二階 談話室と奥の食堂
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なお、この室内に飾られている絵は大山崎山荘の加賀正太郎の蘭画譜から。


小磯などの名画もある。
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ドア上の染織は一種だけではない。
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この燭台と同形の物が西南学院のパンフレットに出ていたと思う。


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照明も素敵だった。
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玄関の灯り。


今度機会を得たら、今の様子を撮りに行きたい。

少し昔の大阪倶楽部 その2

大阪倶楽部と言えばやはりこれ。
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階段
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四階ホール
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三階 会議室
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三階 食堂
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少し昔の大阪倶楽部 その1

大阪倶楽部の画像を公開していいことになったそうだ。
1998年から2004年までにフィルムで撮っていたものを挙げる。
よくよく考えればそれ以後にも行ってるはずだが、そのフィルムが見当たらない。
今はデジタルなのだが、撮ったかどうか判然としないので、今回はフィルム。
今度はデジカメで撮れるだけ撮りたい…

外観
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装飾が見事。
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内と外の違い。

次はいよいよ内部へ。

中之島香雪美術館オープン!

中之島香雪美術館が3/21にオープンした。
フェスティバルタワー・ウエスト4Fに広々と空間を占めている。
肥後橋まで近いが、ここへなら梅田から堂島地下を機嫌よく歩くうち、着くことになる。
地上へ上がればそこに、首が痛くなるほど見上げてもまだ尽きないようなビルディングがある。
それがフェスティバルタワーだ。ついに完全な形になったのだ。







エスカレーターでわたしは上がってゆく。
中之島がよく見える構造となっている。
大大阪時代からこの中之島は大阪随一の場所だった。

こちらは今回のポスターであり、チラシでもある巨大なもの。新聞見開きよりは小さいが、とても大きい。
ちょっとずれてしまったね。つまり家庭用コピー機では一度にスキャンしにくいくらいのサイズと言うこと。
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巨大な建造物の中に美術館が収まる。
しかも茶室までそこに再現されている。
御影の香雪美術館の広大な庭園と邸宅は、ごく限られた状況と厳しい制約を守った人でないと入らせてもらえない。
以前に見学会があり、それに参加させてもらい、庭園を撮影した。
しかし画像流出は厳しく制限されているので、わたしもその制約と誓約を守り、決して画像を挙げないままできた。
今回、VRで洋館の内部まで見ることが叶うように設えられていた。
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まさか、と思った。
十年以前一度だけ邸宅の中へ入らせてもらったが、再訪は不可能だとあきらめ、記憶が薄れてゆくのを寂しく思っていたところへ、まさかの「ご褒美」である。
美術品を眺めるのも楽しいが、このVRコーナーは想像をはるかに超える素晴らしさだった。
ありがとう、香雪美術館。
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話を元に戻す。
受付そばのロッカーはなかなかよい感じである。長身の人向けに作られているようであった。御影より数も随分多い。

これから一年にわたり「珠玉の村山コレクション」展を続けるという。
そうなのか、それでいて御影とかちあうこともなく良い展示を楽しめるのか、さすが香雪美術館だ。

展示空間は照明も程よく、見づらさというものはない。作品の本体と向き合うその背後の壁面に、わかりやすい解説パネルなどが展示されている。気になれば後ろへさがって、その壁面パネルをよめばいい。
「読み解き」パネルはとても丁寧なものばかりだった。

プロローグ 珠玉の村山コレクション
三つの作品が選ばれている。
志野茶碗 銘・朝日影  朝日新聞創業者だけに朝日を見出し、大事にしたようだ。この銘も村山がつけている。
とはいえ、わたしの目にはその口べりの景色は二匹の魚が向き合っているように映った。

梁楷 布袋図  にんまり布袋が荷を担いで立つ姿  この絵を最初に紹介してくるのだ。

病草紙 小法師の幻覚をみる男  先般「国宝」展にもこのシリーズのほかの絵が出ていた。
枕元にたくさんの人々が集まっている。男はそれに悩まされているのだ。
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ここで背後の壁面パネル「読み解き」をみる。
小法師たちが手に手に持つものを確認する。それからまた本体へ戻り、納得する。

1.コレクションの形成
まず仏画から始まる。
二河白道図
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この作品にも「読み解き」があり、振り向いてそちらへ読みにゆくと、色々細かいことが分かる仕組みになっている。

法華経絵巻、愛染明王図の名品が続く。
ほかにも曽我蕭白の鷹図、雪村の岩浪叭叭鳥図などがあり、これだけでもずいぶんな見応えである。

2刀に魅せられて
村山愛蔵の名剣がそこに。

3.茶の湯への傾倒
名品がずらり。眼福も眼福。
明治から昭和戦前の大富豪である実業家の人々がいかに茶の湯に傾倒していたかがよくわかる。


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エピローグ
ここには消息や東山遊楽図などがある。
江戸が舞台の遊里図屏風もあり、御影では見ていないものたちだと気づく。
うううむ、どこまでも深い…

最後に燕庵写しの茶室・玄庵の実物大再現がある。しかも24時間の時間の推移も体感できる拵え。
ここは撮影可能。



ああ、とても素敵な空間だった。
これからはここへ通う楽しみが出来たのだ。

ここからは徒歩で国立国際美術館、徒歩または京阪で東洋陶磁美術館、湯木美術館も気楽に行ける。
更に休館中だが藤田美術館もコースに組める。
中之島香雪美術館は肥後橋が近いが、ドーチカを歩くのも楽しいし、淀屋橋から近代建築見ながら歩くのも楽しい。

今の展示は4/22まで。
次は「美しき金に心をよせて」が4/28から6/24まで。

「ルドン 秘密の花園」へいった

三菱一号館の「ルドン 秘密の花園」展は会期が長くてありがたい。
洋画は傷みが日本画や浮世絵に比べて少ないので長期間の展示が可能なのだ。
壁画として製作される作品にも納得する。

二種のチラシが手元にある。本当はどれだけあるのか知らない。
わたしの持つのはこの二枚。
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カラフルなルドンである。

十年程前「ルドンの黒」展があったが、あれは鬱屈した。
久世光彦の「怖い絵」に取り上げられた絵も出ており、キモチ悪さが先に立った。
今回はカラフルな作品が多い。とはいえ、それで明るく楽しいというわけではないのだが。

ところで先に記しておくが、今回どういうわけかわたしの見る絵見る絵すべてに妙な隠し絵というか、本筋から離れた何かが見えてしまい、それが気になってそちらばかりを追うことになってしまった。
印刷された画像などではそうはならないのに、どうしてか現物を前にすると、妙なものばかりが見えてきて、自分の見てるものが何かわからなくなってしまった。
こんなことはこれまでなかったので、かなり不思議に思った。
なのでこの感想では、本来ならその絵にあるはずのない事象や描かれていない何かに関しても書いていることがあるかもしれない。
そしてそれをわたしは現実なのかこちらの錯覚なのか判別できないでいる。

1.コローの教え、ブレスダンの指導
まず絵を見てから解説を読むことにしている。

木々の習作 1875 年頃 木炭/紙 49.3×38.2 cm シカゴ美術館  なんだか妙な木だと思った。いろんな顔や叫びが木に込められているように見えた。

風景 油彩/カンヴァス 39.0×48.0 cm 岐阜県美術館   さかしまの風景があり、木々に花が少々咲いている。

ペイルルバードの小道 油彩/紙( 厚紙に貼付)46.8×45.4 cm オルセー美術館  ルドンは幼少時ここに預けられていたそう。
海のような青色の空に木花が開く。
他にもこの地のポプラを描いた絵があった。

青空の下の木 1883 年頃 油彩、黒鉛/紙( 板に貼付)30.2×24.1 cm ニューヨーク近代美術館  幹の皮が捲れて斑になっている。その斑がとても気になる。

スペインにて 1865 年 エッチング/紙 22.2×15.9 cm シカゴ美術館  当たり前かもしれないが、砂が渇いていそう。
中央の木の右隣にいる誰かは何をしているのだろう。
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ロドルフ・ブレスダン  善きサマリア人 1861年 リトグラフ/紙 56.0×44.0 cm ボルドー美術館  とても細密な絵で、この絵はボルドー美術館展で見ている。これだけ描きこむととても疲れるだろう・・・

夜 I. 老年に 1886 年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)24.8×18.6 cm 三菱一号館美術館  横顔の男性はブレスダンがモデル。白いひげの男性。師匠との別れがどのような形の傷をルドンに残したのかを、知りたい。そんなことを思う。

コローからの教えは嘘に本物を交えるとその嘘が本物ぽくなる、という意味合いのことだった。
吉野朔実の作品にそんな言葉があり、わたしの中で混ざり合ってしまい、今となってはコローの正確な言葉が思い出せなくなった。

2 人間と樹木

兜をかぶった横顔 1869-1879 年 木炭/紙 37.0×29.0 cm プティ・パレ美術館  かっこいいな。そしてとても静か。右を向く。そこにユリがある。フランス人にとってのユリの意味は重い。だが、わたしはそのユリの花がどう見ても人の顔に見えた。 

荊の冠の頭部(キリストの頭部)1877年 木炭、鉛筆/紙 31.0×28.5 cm プティ・パレ美術館  目が死に向かっている。諦念ではないが、現状を把握している目だった。


『 夢のなかで』 表紙=扉絵1879年 リトグラフ/紙 30.2×22.3 cm 三菱一号館美術館  ラトゥールにリトグラフを教わったというのも納得。竪琴を持つ男がこちらをみている。
 
植物人間 1880 年頃 木炭/紙 47.3×34.2 cm シカゴ美術館  豆を回る?ひまわりなのか?

二つのキャリバン。
キャリバン 1881年 木炭/紙 47.8×37.7 cm オルセー美術館  木に止る。大きな目の生きもの。
キャリバンの眠り 1895-1900 年 油彩/カンヴァス 48.3×38.5 cm オルセー美術館  孤独そうな鬼、今は静かに眠る。
映画「プロスペローの本」ではスティングが彼を演じていた。ここにいるまるまっちぃ生物は何かおいしいものでも食べさせてあげたくなる。
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周囲を飛び交う生首たちには灯油をなめさせてあげよう。

預言者 1885 年頃 木炭/紙 51.7×37.5 cm シカゴ美術館  ドルイドが立つ。ケルトの古い物語が蘇る。陸のケルト。
何を預言するのか。

『ゴヤ頌 』 III. 陰気な風景の中の狂人 1885年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)22.7×19.3 cm 三菱一号館美術館  無論テーマがテーマだけにキモチ悪さがあるのはある意味当然ながら、やっぱりルドンのこわさがある。
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エジプトへの逃避  油彩/カンヴァス 45.0×38.0 cm オルセー美術館  輝く聖家族。放浪するブレイダンと重なってゆく…

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ああ、これはきっとルドンとクラヴォーなのだ…

3.植物学者 アルマン・クラヴォー 
親友というべきか畏友と言うべきかそれとも…

『 夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)』 Ⅰ. ……それは一枚の帳、ひとつの刻印であった…… 1891年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)18.7×13.3 cm  三菱一号館美術館  聖骸布のキリストの浮かび出る顔

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このシリーズを見るとクラヴォーへの愛情がひしひしと感じられる。
タイトルも魅力的なものばかり。
II. そして彼方には星の偶像、神格化
III. うつろいやすい光、無限に吊るされたひとつの顔
ⅳ. かげった翼の下で、黒い存在が激しく噛みついていた……
Ⅴ. 月下の巡礼
VI. 日の光

若き日の仏陀 1905 年 油彩/カンヴァス 64.5×49.0 cm 京都国立近代美術館  この絵は京近美へ行って会える度についつい撮影してしまう。
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4.ドムシー男爵の食堂装飾
いよいよこれが来たか。
壁画も装飾パレスもなにもかもがやわらかく、綺麗。
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再現されたイメージが浮かぶ。

5「黒」に棲まう動植物
さまざまな挿絵などの中から。
ここらあたりで自分が何を見ているのかわからなくなってきた。
自分のメモにも判読不能な字が増えてくる。眠りもせずにいてそれなのだった。

6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
ああよかった、ほっとした。
しかしこのフルカラーの柔らかな世界にありながらもわたしは絵の隙間にいる何かを見てしまい、そちらが気になって仕方なかった。

蝶と花 1910-1914 年 水彩/紙 24.0×15.7 cm プティ・パレ美術館  三岸好太郎の晩年の蝶や貝と似ている。
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ステンドグラス 1907年頃 油彩/カンヴァス 81.0×61.3 cm ニューヨーク近代美術館  光る人いる。花がみんな生首??
…ここから先何を見てもどう見てもそこにへんな人の顔を見出してしまい、本来とは違う見方をしてしまった。

7  再現と想起という二つのの合流点にやってきた花ばな
アトリエを作ったからかな?

日本風の花瓶 1908 年 油彩/カンヴァス 92.7×65.0 cm ポーラ美術館  能を描いたもののような。こういうのは好きだ。

野の花のいけられた花瓶  1910 年頃 油彩/カンヴァス 55.9×39.4 cm NGAナショナル・ギャラリー、ワシントン  なんでだろう背景がないからか、とても不安を感じた。
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どうもなんだか曖昧なことばかりになってしまったが、何を見てもどれを見ても妙なものが見えてくるのには困った。
書きようがなくなってしまった絵も少なくない。
秘密の花園に迷い込んだはいいが、気が付けばその地に埋められてしまっていた…そんなような気がしてくる。
5/20まで。




春の花を楽しむ

風邪をひいて今週末は結局遠出せず、家事にいそしんだり読書をしたり、買い物ついでに地元の花見をしたりした。
カ行尽くしの週末。
飾りも着けず、家事に勤しみ、数ある楽しみもやめ、風邪に負け、加増する体重を実感。
…ということですよ。
それで先月から今まで見てきた花を挙げる。

・静嘉堂 水仙
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椿
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・砧公園 梅林
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・府中の森公園へ
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・八重洲の桜
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・上野公園
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・東博の桜
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・上野公園 シャガ
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・丸の内、木とその影
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・大和文華館




































・氷室神社









・近所の八重桜



やはり花が咲くと浮かれ心が止まらない…

ありがとう、高畑勲さん

高畑勲さんが亡くなられた。82歳だという。ご病気による死。残念だと思う。
高畑さんのこれまでの功績がニュース・新聞・ネットを通じて押し寄せてくる。
その中に一つフランス大使館のツイートが目を惹いた。
引用する。



わたしを始め日本の、また世界の子どもたちの多くは、高畑さんの作品を見て育ってきたと思う。
「あれ、これもか」という風に後から知ることも少なくない。
意識して高畑作品を見る以前に、既にその作品世界を楽しんでいたのだ。

こちらは新聞の高畑さんの訃報である。
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フィルモグラフィーを見ていると、自分がリアルタイムに見た一番古い作品はやはり「アルプスの少女ハイジ」だった。
これはもう再放送がある度に見ている。
そしてハイジの世界は自分の中に深く根付いている。
いつもそうだが、チーズを食べるときには必ずハイジのとろけるチーズが浮かぶ。
固いチーズであってもそれは変わらない。
ベッドのシーツを整えるとき、たまにちょっとだけ飛んでみる。
ハイジの干草ベッドに常に憧れがあるからだ。
牛乳も時折「おいしいわ、おじいさん」と嬉しそうに独り言をいうときもある。
自分の日常に高畑さんが世に贈ってくれたものが活きる。



正確には’73年当時に外国向けに拵えたハイジの宣伝用の絵の一枚だったそうだ。
2008年の展覧会でそのことを知った。

大きくなってから「ハイジ」を改めて見直した時、様々な「気づき」があった。
原作に直接に描かれていないことなどがここでは影として見えていたりもするのだ。
これまではただただハイジの物語だと見ていたが、そうではなく、「アルムおんじ」の魂の再生の物語だということに気付けたのはよかった。
ただの偏屈爺さんが無邪気な孫娘の無垢な愛に触れて、というだけではないのだ。
かれは若い頃「人を殺したそうじゃないか」と噂されているが、犯罪としての殺人ではなく、傭兵としての殺人だったらしい。
そのことを踏まえて改めてその行動・考え方・表情などを見ると、非常に興味深い変化が現れ続けていることを知る。
そう、変わり続けていくのだ。そのこと一つにしても知ることが出来て良かった。


「母を訪ねて三千里」も非常に心に残る作品で、実はわたしにとってアルゼンチンのイメージとは、この「三千里」の他はウォン・カーウァイ「ブエノスアイレス」、ミルバの歌う「泣かないでアルヘンチーナ」に尽きるのだった。
そしてたまにカラオケでこのOPを歌うと、その映像が出てくるわけだが、途中で涙声になって歌えなくなる。
白いお猿のアメデオ可愛かったなあ。
仲良くなったペッピーノ一座の旅路もまた丁寧に描かれている。そしてOPで旅の空の下、ペッピーノが馬車の側で眠るとき、その手に護身用の銃があることの意味も見るほどに分かる。


「赤毛のアン」もとても心に残る作品で、アニメを見てから原作を読んだ。以前このブログでも「赤毛のアン」展を見た感想に細かく記したが、やはり三善晃のOPの素晴らしさがまず胸に迫ってくる。曲の展開のあの力…素晴らしい。

「ハイジ」にしろ「アン」にしろ、わたしはこのアニメがいちばん好きで、原作より好きで、常に自分の中に生き続けているのを強く感じる。

「ルパン三世」1stがもうこの世で一番好きなルパンだ。
大隈さんの後に高畑・宮崎コンビが入っているので物語やキャラにかなりの変化があるものの、それでも全体として素晴らしすぎる作品で、何度も何度も見てしまう。
1本見終えた後にまた見直すこともあるくらいだ。
このことについてはいくらでも記せるので、今回はあえてやめる。

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急遽追悼番組として「火垂るの墓」が来週放映されることになったそうだ。
つらすぎて見れるかどうか自信がない。

「じゃりン子チエ」も大好きな作品だ。これは映画よりTVシリーズがやはり面白い。
最初に見たのが中学の時で、それから原作を買い続けた。今も折々読み返している。
それも頻繁にである。
この作品にたどり着いたのはやっぱり高畑さんのアニメがあったればこそだ。
わたしは大阪人だが、地域的な違いがあり、チエちゃんの界隈が遠いのだ。
とてもよく出来た作品で、特に声優としてチエちゃんの中山千夏・テツの西川のりお・小鉄の永井一郎が素晴らしいが、他にもネイティブな大阪弁を話す方々を揃えてくれはったのは、本当に嬉しかった。

ところでツイッターで興味深い話が出ていた。
高畑さんはこの作品を作る前の会議で「アタマの悪い人の気持ちがわからない」と仰ったそうだが、それでわたしにもとても納得のゆくことがあった。
アニメ第一期は単行本13巻あたりの大学の応援団とテツが大ゲンカする話のあたりで終わった。
ラスト、神明神社のお祭り、チエちゃんは屋台を見て歩く。
そのとき、原作ではアホな展開があるのだが、それをサラッと流した後、高畑さんはオリジナルなシーンを入れた。
何かと言うと、そこでテツと絶対に相容れず・感化されないレイモンド飛田が、本来の知恵の輪職人として屋台を出し、チエちゃんに知恵の輪をあげるシーンがあったのだ。にこにこと機嫌よく笑いながら。
それについてある評論家が「高畑さんでも読みきれないか」と指摘したのを今に忘れないが、こういうことかもしれないな、と思った。
レイモンド飛田だけはテツ同様最後の最後まで決して「更正」しない。
他の人々は皆テツと関わりあった後「更生」し、職に就いたり足を洗ったりしている。
もしくは同じような暮らしぶりであっても、テツの前から姿をけし、安穏な生活を求めようとする。
だが、ここに一人何があっても決して変わろうとしない男がいる。
それがレイモンド飛田なのだ。
彼もまたテツ同様、いやそれ以上に大阪弁でいう「どアホ」なのだ。
たぶんそこのところを高畑さんは読み切れなかったのだろう…


映画の話を少しばかり。
「セロ弾きのゴーシュ」はアニメージュに誌上ロードショーという形で掲載されていて、今もその号を持っている。ふろくはゴーシュの住まう家の辺りの草原や森を椋尾篁さんがえがいたもの。
青年ゴーシュの苦悩についてアニメージュでヒトコマ書かれていたと思う。


「ホーホケキョ となりの山田くん」は興行的には赤字が出たと言うが、あのいしいひさいちの絵をよくもまあ…
実験的なアニメーション」だったと思う。そしてこの作品を作れるところに高畑さんの凄さがあると思うのだ。


「かぐや姫の物語」 だれも毛筆がアニメーションになるとは想像もしなかったろう。
背景画が毛筆である湖とは別に構わないと思う。しかし「動く」のだ。
そしてかぐや姫の心の動きー女性であることの痛み・もどかしさ・くやしさーそういったものが観客にも伝わる。
ラストの月の使者たちの出迎えと一瞬にしての変貌とは無残なほどに美しく、そして巧かった。
こうした作品が世に出て本当に良かった。

他にも無限に高畑さんを讃える言葉がある。しかし凡百の言葉を連ねるより、ただ一言「ありがとう」と伝えたい。
おそらく高畑さんは「どこがありがとうなの?」と聞かれるだろう。
その時には言葉を尽くし、自分の思うことをお伝えしたい。

高畑さん、良い作品をありがとうございました。
これからも繰り返し見て行きたいと思っています。
本当にありがとう。

生命の彩 ―花と生きものの美術ー その2 

前記事はもう殆どただただわんこにゃんこ可愛すぎで終始してしまった。
まあ個人の感想なのでええか。
こちらはそのほかの作品について。

・百花百獣の彩
明妃出塞図巻 明  ここに王昭君の絵巻があるとは知らなかった。開いていたのは旅に出立したところ。あまたの異国の人々の中で一人漢民族の彼女。しかし迎えに来た側は美しい彼女を見て大いに喜び、こんなに綺麗なひとを贈ってくれたと皇帝への好感度が増している。キョウドの王はラクダも従軍していた。
大事にされたという話も伝わるが、やはり遠い異郷へたった一人でというのはせつなく哀れなのだった。

蓮池図 渾寿平 清  やはり繊細な花鳥画はこの人だ。うっすらとした美しさ。アブらしき虫も愛らしい。

桐下遊兎図 伝・ 余崧 清  青桐の下にウサギたちがいる。1と2。それぞれなにやら思惑ありげな顔つき。桐の葉隠れに鳩のつがいらしきものもいる。鳳仙花、クコ、秋海ドウらがみごと。小さな流れもある。

秋渓群馬図 沈銓 1737  日本からの依頼で描いたもの。なかなか仲良しな馬たち。みんなそれぞれの立ち位置にいるが楽しそう。子馬もいた。

群鹿図 朝鮮中期  これまたシカシカ。松と滝のある山の中で白鹿・玄鹿・茶鹿たちがわらわら。霊芝や梅が咲いている。
吉祥画。

白磁青花彩陽刻十長生文六角瓶 朝鮮  綺麗な青花で絵柄が開く。白鹿がいる。その上には白鶴が飛ぶ。笹の下には亀も。背景の青は空気だとみなす。めでたい文様。

ライオン図 宋紫石 1768  出ましたロン毛のライオン。虎の方はさびしんぼうな顔つきなのに、こっちのライオンはヤカラですな。

雪中帰牧図模本 狩野守道 丁寧な模写で牛の表情も伝わる。人参がほしいのだね。

東山第一楼勝会図画帖 1799 応挙らが遊んだときの楽しいお絵かきノート。
今回は規礼のフルカラー唐子と霊芝、呉春の墨絵淡彩の亀と揺らいで広がる水草。
全部見たいのだが、デジタル再現でもしてほしいなあ。

翰墨随身帖 田能村竹田 12図全部が出ていた。カニ出現率が高い。淡彩でいい感じの絵が多い。わたしはサザンカを青磁の瓶にさしてるのが好き。見栄えもよく考えていて、いい取り合わせになっている。
個別タイトルをメモッたのにその紙が見当たらないのが残念。
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この展覧会には二度行った。
最初は梅見に・次は滝桜を見に。
お庭で花を楽しみ、中でどうぶつをながめる。

墨は無限の色を表現できる。
宗達の桜は薄墨、蕪村の蘭石は風に揺らぎ、梅逸の四君子は後から色を置いても許してもらえそうに見えた。
描く人が違えば、それだけさまざまの色が生まれるようだった。

抱一 瓶花図 1815  立葵を中心に少しやつれた紫陽花、小さな撫子、センノウなどなどが活けられている。

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・花鳥の彩
竹燕図 馬遠  初夏が来た、そんな気になるツバメたち。

様々な花鳥図が並ぶ。
孔雀、白梅に牡丹に小さな小鳥たち、ざくろ、大きな笹…
小さな色紙に描かれた花鳥図が特によかった。
花鳥図冊 丁敬 1765  可愛い。梅と小鳥、ミカンの木などが小さくサラサラと。
こうした小さなノートを手元で愛玩する喜びは大きい。

鶴図 光琳  見上げる鶴の大きなくちばしと、大きな笹の葉の出会い。同じような形なのが面白い。

花鳥図 山口宗季  琉球の画人。中国の影響はまずここに来る。白い花が多い中に文鳥がいる。そして赤い花がひっそりと咲く。

四季花鳥図押絵貼屏風 渡辺始興 12か月それぞれ趣のある花鳥図。琳派の影響下にある人の12か月が好きだ。

花鳥図 松村景文  安定のいい絵。なんというか、こうした絵があるところが四条派の良さだなあ。
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時季が来たらこれを床の間にかける。そうした絵であり、またみんなそれを楽しみにする絵。

敗荷双鷺図 日根対山 1854  泉州・日根の人。以前この人の展覧会が泉州であったが行けなかったなあ…
大きな蓮。その下に鷺がいるが、これは日よけなのかな。

晩秋図 菱田春草  名前に春が入っていてもかれの秋の絵の方が魅力を感じる。
この絵も中国絵画の影響下にあるという。「秋塘図」などとの関係を提示されると納得する。

梅雀図六角筥 平福百穂  とても好きな箱。可愛く雀たちがいる。
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楽しい展覧会だった。

生命の彩 ―花と生きものの美術ー その1 わんことにゃんこ

大和文華館で今かわいい猫やわんこを描いた作品が多数展示されている。
文華館ほまれの麝香猫一家・わんこ一家の対幅がこのほど修復され、そのお披露目の展示なのだ。
その修復の過程は今回刊行された図録に詳しい。
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麝香猫一家、今までは左右に分かれただけかと思っていたら、真ん中に茶猫がいるのが明らかになった。
以前から多分これはいるだろうと噂されていたが、このように形と色が露わになると。隠し子発見!という趣もあり、面白い。
イメージ (813)←こいつこいつ。
他の兄弟の眼は明らかに「お前、おったんか」と言うている。

萱草遊狗図 わんこの中には赤いリボンをつけていたり、オケラの動きを見守るのがいたり、のどかで楽しそう。
わんこ一家の方もちび共の行動や表情が鮮明になり、これまで以上に可愛くなった。
めでたいことである。
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ぐうかわ…可愛すぎるぞ。

オケラ、クンクン
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本当に綺麗に修復されてよかった。

旧い世に生まれた美術品が現代の人の手・知恵・努力・熱意・愛情により、未来へその美質を伝えられるのだ。
未来の人もこれらを受け取り、まだ次の世に届けてほしい。

他のわんこから展示は始まる。

狗子図 南宋 1199  イメージ (818)

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対幅のわんこたち。可愛すぎる。見た目もだが、その仕草に惹かれるのだ。
左 麿眉が下から見上げる。右 カイカイしてる。首周り白。この右わんこの図が転用されて、箒で掃かれるわんこになる。

麝香猫図 宣宗皇帝 明 1426  大きな白猫でしっぽが黒く、眉間ぽっち。なかなかいい表情。太い手足がいいな。モフモフしたい。
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いい面構えである。
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春苑遊狗図 紀鎮 明 黒川古文化研究所  おおお、どこかの素敵な庭園でわんこ一家がくつろぐ。白牡丹が咲きプールらしきものもあり、そのそばで子犬きょうだいがほたえあう。(ほたえるは関西弁だが、これ以上なくこの状態に合う言葉)
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ほたえあう。
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この展示とは無縁だが、われらが応挙先生のわんこも挙げておこう。
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双狗子図 李巌 
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手が大きいから成犬になればでっかい犬になりそう。今は竹の下でぐーぐー。
この絵は大岡春卜があつめた「和漢名画苑」にも紹介されている。
蕪村もこの本からわんこを見出し、お手本にしたそう。

燕掠飛花図 沈銓  海棠の下で斑の猫が。上には燕も飛び交う。その花弁を追う燕を見ているのだ、猫は。
長崎歴博に同じ構図の絵があるそう。

芭蕉竹子犬図屏風 渡辺始興  いい屏風。わんこたちがご機嫌で遊ぶ。ところどころ剥落が激しく、わんこの身体も消えていたりする。
芭蕉はばっさばっさ。わんこはコロコロ。ゾロ、白、黒に白、可愛いなあ可愛いなあ。

乳狗図 渡辺崋山 黒川古文化研究所  やせた母犬の下でお乳を飲む仔犬はモフモフすぎて広がっている。

ああ、やっぱりこれだけにゃんこ・わんこの可愛いのを見せられるとドキドキするなあ。
今回はここまで。続く。

「人体 神秘への挑戦」をみる…

「無駄なものがない整然と並ぶ腸を見たか 当たり前のようにある肝臓腎臓 全く人体と言うのは機能美の極致だね!」 
庄司陽子「聖域 サンクチュアリ」より。

科学博物館で「人体 神秘への挑戦」展を見た。
「人体のふしぎ」展や昭和半ばまであった「衛生博覧会」は結局はいかがわしさが勝つ見世物だった。
展覧会そのものも本質的には見世物なのだが、しかし今日的なそれには人権意識が活きている。

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このチラシにある通り「汝、自身を知る。それは人類が挑み続ける永遠の謎。」こそが人体なのだ。
わたしが冒頭に挙げた言葉は庄司陽子さんが1993年に発表した「聖域 サンクチュアリ」での主人公の台詞である。
後にゴッドハンドと呼ばれる外科医となる主人公が大学で初めて解剖にあたった直後に、昂揚しての台詞だった。
四半世紀前の作品だが、この言葉はわたしの中に生きている。
その言葉を思いながらこの展覧会を見た。

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今回は撮影可能な個所が限定されている。
それも当然で、本物の人体の臓器が展示されているのだ。
骨は撮影可能でも臓器は禁止と言う境界線が、実はわたしにはよくわからないのだが、従う。

どうぶつたちの内臓の展示、つくりものの臓器やダ・ヴィンチのノートなどもある。
そして壁で囲われた先には注意書きの通り、人体の臓器標本がある。
ああ、こうなっているのか…という改めて認識したり、初めて知ったりすることがいくつも出てくる。
皮膚の下、骨に守られた中にある臓器たち。

正直な話、ヒトの臓器は別に気持ち悪くも怖くもなかった。普通に臓器だなと思った程度である。
むしろ「どきんどきん」と人工の心臓の音を聴こえさせたりぴこんぴこんと動くつくりものの方がいやですわ。

脳をみたとき、高階良子さんの「ガラスの墓標」を思い出した。天才的な科学者の青年が事故で全身不随になる。彼の脳を惜しんだ同僚たちが脳だけ取り出してコンピューターと繋ぎ…という物語で1970年代に描かれた。
脳が肥大化してゆくのも恐ろしかった…
そしてある天才科学者の脳の輪切りをみた。気の毒に思った。
だが、そうしたくなる「ファン」のキモチもわかるとは思った。
御釈迦様の骨をみんなが取り合った話を思い出す。
仏舎利状態にされた切片…
そういえば夏目漱石の脳、藤原義江の喉笛もこのよううに保存されていたな…

脳の神経線維模型が素晴らしかった。19世紀末から20世紀初頭によくここまで…
脳の様子を見ていると「AKIRA」を思い出すし、「ドグラマグラ」の脳髄論も蘇る。
無限に妄想が広がってくるのを感じる…

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人体模型というと、横溝正史「面影草紙」が怖いことを書いていた。大正頃の大阪を舞台にした話で、骨格標本なのだが、それが自分の父の骨ではないかという疑念を持つ男の一人称で語られるのだ。

羽海野チカさんが二次創作されていた頃、面白いマンガを描いていた。
学校の人体模型を壊した咎で、「体で支払ってもらう」と先生にマジックで半身に人体模型図が描かれる男がいる。
ところが油性マジックなので取れない。クラブの時間になり、かれは半身を人体模型したままバスケにいそしむのだった。
あるジャンルのアンソロジー本に収録されているので、古書で探せば今も読めるかもしれない。
92-94年の話。

しかしこの見た目、やっぱりなんといっても「超大型巨人」だよなあ。ベルトルト…今はアルミンが継承したが。


こちらはレオポン一家。阪神タイガースの本拠地・甲子園に隣接してかつてあった「阪神パーク」で生まれ育った「交雑」の子どもたち。母はライオン・父が豹。その逆の組み合わせだと「ライガー」と呼ばれるそうだ。
詳しいことはwikiにある。
以前にこのブログで挙げた記事がある。「思い出の阪神パーク 」として遊具とレオポン一家の剥製を撮影したもの。
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レオポン一家
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やっぱりレオポン一家に会えたのは、とても切ない反面うれしかった。


最後にネットワークシンフォニーコーナー。
臓器のネットワークをイメージしたもの。
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こういうのを見ると、ある同人作家さんのマンガを思い出す。
愛する人に食事を拵える。喜んでその人は食べる。
すると体内の様々な擬人化された要素たちがその食べ物を分け合う。
最後に残った見知らぬ人に「みんな」は話しかける。
「きみはだれ?」かれはこたえる。「おれは”あいじょう君”だ」
とてもいい話だと思う。

で、わたしは何か学んだのか。…わからないな。
しかし自分の臓器がどんな形をしているのか・何のためにあるのかはわかった気がする。
面白い展覧会だった。
6/17まで。

二つの寺田コレクションを見る

府中市美術館の所蔵品展は寺田コレクションを特集展示している。
そして既に終わってしまったが東京オペラシティでも寺田コレクションの展示をしていた。
寺田小太郎氏と言う篤志の方が集めた膨大な数のコレクションである。
府中市では主に現代の作家の作品が展示され、初台では民家の写真を撮り続けた二川幸夫と川瀬巴水の版画と現代の田舎の風景を描いた作品とが並んでいた。

オペラシティの紹介文を引用する。
寺田コレクションには日本を代表する抽象画家・難波田龍起(1905-97)の油彩、水彩、版画など約300点以上が含まれており、コレクション全体の軸となっています。また、その次男・難波田史男(1941-74)の作品も250点以上が収められており、難波田龍起と史男親子の作品を集めたコレクションとしては、最大級のものと言えましょう。
そのほか寺田コレクションには、相笠昌義、麻田浩、赤塚祐二、伊藤彬、大竹伸朗、大野俊明、奥山民枝、郭仁植、鴨居玲、川口起美雄、桑山忠明、鄭相和、崔恩景、堂本尚郎、堂本右美、奈良美智、西田俊英、西野陽一、野田裕示、野又穫、箱崎睦昌、長谷川潔、舟越桂、舟越保武、保田井智之、村井正誠、村上友晴、山田正亮、山本明比古、吉澤美香、李禹煥などを含む、多彩な顔ぶれの作家達が含まれています。


今回の府中市の展示はまさにかれらの作品が集まったもの。
難波田龍起と史男親子の作品がある。いずれも1969-1992
抽象的ではあるが、神話的な風貌を見せる作品が少なくない。

・東洋的抽象
山口長男、加納光於、李禹煥らの作品があるが、正直なところ見ている物が何であれ、脳が追い付けなかった。

・人のすがた、人の気配
舟越保武 女の顔 1992 木炭  おかっぱ少女をやや斜めからとらえる。少女は少し嬉しそうに見えた。

舟越桂 ドローイングKF8913 木炭  丸めの顔の女。どこを見ているのだろう。もう一枚のKF9889はターバンの女。目元が案外しっかりしている。

小山田二郎 蕩児帰る 1980  髑髏になって杖を突いている。ふふふ。
実際のところ旧約の蕩児の帰還絵を見る度イライラしていた。
それはわたしが長女で、あの物語の長男のキモチにシンクロしてしまっているからだと思う。
そしてこの絵である。なんとなく「ざまぁみろ」なきもちがわいてくる。

相笠昌義 橘果を持つ女 1983  巧妙なパロディだと思う。藤島武二への。彼の描いた「東洋振り」など一連の作品と似ている。
ここにはマヨルカの皿が加えられていた。

・物語の見える絵
藤田修 Abbey 1996 フォトエッチング  様々な窓が集められていた。黒い中、窓だけは白い。

山本麻友香 Blue Pond 2004 この絵、知ってる!作者の名前も絵のタイトルも知らないまま気に入ってチラシをチョキチョキした絵。そうか、14年前の展覧会のか。
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とても嬉しい。

・しなやかな感性

元田久治 Kaminarimon Gate 2005 石版  ぼろっぼろっの浅草。多分これあれだ、戦争か何かがあって、これだけ残ったとかそんなやつだな。ディストピアな未来。

府中市美ではほかに牛島憲之のシュールすぎる絵を見た。「牛島憲之と昭和」。
何度も見た絵ばかりなのだが、しかしいつみても「ここではないどこかにあるのかもしれない場所」を描いているように思えた。
時間と空間があいまいになり、自他が消え、みんなホンワカホカホカ…

芝居絵だけは別だけど。スケッチ風なところがまたよろし。
5/6まで。

オペラシティでの寺田コレクションは「なつかしき」とタイトルがついている。
以前に汐留で見た二川幸夫の民家写真・川瀬巴水の木版画・田舎を描いた現代日本画…

二川の以前の展示についてはこちら
日本の民家 一九五五年 二川幸夫・建築写真の原点

今回の展示も同じものからの選出。
1953―1959年に撮りためたもの。この時代はまだまだ残っていたのだ。
五年ぶりにみる日本の民家。

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千葉家住宅の居住部 岩手  つまり南部の曲り家。これで行くと左部分が厩か。
最初に南部の曲り家を知ったのはたがみよしひさのデビュー作「精霊紀行 ルポルタージュ・エルフ」を偶然雑誌で読んだからだった。随分それで曲り家にハマったなあ…
実際に曲り家へ行ったのは92年に橋本八百次美術館で再現されていたもの。曲り家に上がった時にちょっと不思議なことが起こったのを忘れない。


簸川平野の農家 島根
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この地も旧い。この農家よりずっと古くから知られている地。
空が高く、日差しが民家に降り注いだ午後。

感想は前回のとほぼ同じ。素晴らしい写真をありがとうと言いたい。

数人の現代日本画の作品を見る。
芝康弘の岐阜あたりの風景とそこに暮らす幼い兄弟の姿をみる。
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チラシでもこの絵の兄弟の様子をトリミングしていた。
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連作のように幼い男の子がいる。
モデルは彼の身内、そうでない子どもにもやさしさが行きわたる。

無人駅の待合コーナーで物思う子供、ランドセルを放り出して居眠り
郡上八幡の駅も無人だったか…

「ノスタルジー」は感じなかった。わたしは先祖代々大阪住まいなのでこうした絵を見ても入れ込むことはない。

最後に巴水。
36点の作品がならぶ。
連作「東京十二第」「日本風景選集」「東海道風景選集」などなど。
とても好きなだけに喜んで鑑賞するばかりになった。

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寺田コレクション、よいのを見せて貰えたよかった。
好きなものは好きだと言うだけでなく、購入することで作家を潤し、更にそれを公共へと贈ることで多くの人が知らない作家を知ることになる。
素晴らしい行為をされていたのだ。
またいつかどこかで寺田コレクションを楽しみたい。
   

寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽

寛永と言えば思い浮かぶことがいくつかある。
・寛永の三馬術 曲垣平九郎が愛宕神社の石段を見事な馬術で上り下りした…
・駿河御前試合 忠長大納言が主催した真剣による試合。南條範夫の小説を山口貴由が翻案した「シグルイ」が凄まじい…
・寛永の三筆  能筆の三人を選んだ名称だが、そのうちの一人・三藐院近衛信伊は既に他界しているので、近年はこの名称は使われない。

ということで「寛永の雅」展をサントリー美術館で堪能した。
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江戸初期の寛永年間に活躍した芸術家のうちタイトルにある通り小堀遠州、野々村仁清、狩野探幽の三人をクローズアップしての展示だが、当然「江戸の宮廷文化」というだけに後水尾天皇もまた大きくこの展示に姿を見せる。

四階の展示室に入ると最初に待ち受けているのは仁清のこの多孔性茶碗である。
白釉円孔透鉢というのが本当の名称らしい。
さすがサントリー美術館だけにその照明がとてもうまく、本体とその影の美には痺れる。
この器はMIHOさん所蔵分だが、わたしが最初に見たのは湯木美術館のだった。なのでこの器を使ったお料理の写真もみている。
この器にお料理を盛り付けることができるのはさすが湯木貞一さんだと思ったものだ。

一方、今回のチラシ。はまるで月面のように見えた。
銀地にクールなタイポ、その下に真っ黒な空間とぽっかり浮かぶ円孔透鉢。
そしてその下に日本語のタイトルと金屏風にシブイ茶色の茶入と。
なんてうまい配置なのだろう、素晴らしいチラシだ…
このチラシを見ているとデヴィッド・ボウイ「スペース・オディティ」が脳内再生されてくる。
そしてその歌が終わると次は「月の繭」が流れ出す…

歩を進めるとチラシ右下の茶入・飛鳥川が現れ、次いで桐鳳凰図屏風が展開される。
この三点でタイトルロールの三人をまず味わうことになる。

1.寛永のサロン ― 新時代への胎動 
光悦と宗達の組んだ仕事を見る。綺麗な色紙。
近衛信伊の力強く大胆な書、ノンコウの黒樂茶碗・山里の耀き。
素敵なものが多い。木下長嘯子の拵えた茶杓・松緑も素敵だ。

洛中洛外図屏風を見る。三十三間堂から始まるもので金型雲が描かれている。大仏殿、例のあの鐘、祇園祭、清水寺、八坂の塔、芝居小屋。左には二条城行幸も。鳳輦がみえる。堀川通りには川床も。そして東寺まで。

2古典復興―.後水尾院と宮廷文化
この天皇さんは本当に大変だったようだ。
ここにある書を見ても「忍」の一字だったり「一貫」だったりする。
心に秘めた苦いことどもを文化芸術活動に邁進することでなんとか押さえてきたのだ。
谷口ジロー「風の抄―柳生秘帖」では王政復古を狙う後水尾天皇の暗躍が描かれている。
八瀬の童子を手足に使い、柳生十兵衛とももめる。
大和和紀「イシュタルの娘」に至っては春日局の意をくんだ女間者二人がヒ素を天皇に用いもするという…
剛毅であるが故の苦難。

池坊専好立花図巻 陽明文庫  陽明文庫の展覧会の時か、それとも京都文化博物館で見たのかちょっと曖昧だが、立花の設計図と言うか図解。これは技術書でもあるわけだ。

後水尾天皇が人になにか渡す時に使う指人形もあった。「気楽坊」という名なのも色々とお気の毒な…

住吉派の源氏絵、時代不同歌合などのほかにも天皇自身の製作による12か月花鳥和歌がある。
そして優美な小袖をそのまま使用した小袖屏風。
東福門院の使用した愛らしい香合、香木もいい。

ところでこちらは京都の古田織部美術館の以前のチラシ。
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今回の展覧会に先行しての企画展で、リンクするところも多い。

3.新たなる美意識  1.小堀遠州
遠州好みの茶碗、茶入が並ぶ。
禾目というべき天目茶碗、膳所光悦茶碗、高取焼、オランダの茶碗、祥瑞、紅葉呉器…
青貝布袋香合、松鶴万歳蒔絵香合といった漆器もある。

祥瑞蜜柑水指 明 根津美術館  ぐるりと見回すと、蜂の巣を見る座った猿がいることに気付いた。なかなか面白い。

4.新たな美意識 2.金森宗和と仁清
面白いのは宗和が亡くなった後からの仁清の作風の大きな変化。
シンブルから装飾の美へ向かう仁清。
色絵の作陶を始めるのもそれから。

唐物写数茶入 静嘉堂  久しぶりに見た。様々な形の茶入れを集合させたもの。楽しいわ。
これも京都でみている。

信楽写兎耳付水指 大胆な兎。貼りついてる。耳で押さえるように。目つきも大きく見開いてた。

小さな可愛い色絵香合のオンパレード。
鶴、鴛鴦、鴨、結文…釘隠しも揃う。
わたしが最初に仁清で好きになったのは釘隠しとこれら香合からだった。
やっぱり可愛いがいいなあ。

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5.新たなる美意識 3.狩野探幽

釈迦・文殊・普賢図 隠元隆琦賛 萬福寺  これが来ていたか。左右の文殊と普賢がとても美人さんで大好きだ。
獅子は俯き加減。その爪は▽▽▽で外に出ている。象は鼻先を@と巻いている。爪は肉の上に△△△と並ぶ。
巻物を見る普賢。

白鷴図  ハッカン図。これは松篁さんが描いていたので覚えた鳥。キジの仲間だそうだ。

学古図帖  他の絵師の絵を自分の絵で描く。これは今の同人界でもあるな。

学ぶところの多い展覧会だった。
寛永年間に絞ったのもよかった。
4/8まで。
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