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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「琉球 美の宝庫」  その2

先般わたしはツイッターでこう書いた。




その尚王家の栄光と苦難を踏まえつつ、この章をみる。

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第3章 琉球国王尚家の美
尚家について最初に知ったのは前述のとおり「新八犬伝」に挿入された「椿説弓張月」の話からだが、マンガでは原哲夫「花の慶次」からだった。尚寧王が作中に登場するのだ。
そしてその尚寧王のことを思うと、インカ帝国の最後の皇帝アタワルパがスペインによって殺害された事件とどうしても自分の中では絡んでしまう。
無論この場合、スペインは島津家ということになる。

タイミング的に本物の王冠は見れなかったが、復元品を見た。これも本当に素晴らしいもので、やはり中国の影響が強いものだと思う。

黄色地石畳模様衣裳 一領 第二尚氏時代 18~19世紀 那覇市歴史博物館  綺麗な装束で、この黄色は王妃、王女のみ着用が許されているそうだ。
黄色は貴色即ち尊い色なのだ。これは中国から渡ってきた思想で、古代日本でも白鳳時代などでは活きていた。
この装束は夏向けのものだそう。

さてここから食器が現れるが、全てが国宝の食器であり、あまりに豪奢な装飾に満ちていて、ただただ呆然と眺めるだけになってしまった。
見た限りは中国の工芸の影響が強いように思うが、あまりの優美繊細さに見惚れるばかりになった。
凄すぎる…
美御前御揃 一具 第二尚氏時代 15~18世紀 那覇市歴史博物館 このセットは7点あるが、何もかもが廃れることなく美麗なまま。
伝世品として大切に守られてきたことを改めて思い知る。少しずつ違う時代のものもあるが、三百年ばかりの間に使われてきた数々にふるえる。
目の前にあるものと文字情報とがアタマの中で分離して、とうとう一緒にならなかった。

金杯
銀杯洗
托付銀鋺
銀脚杯 大:二口 中:二口 小:二口
御玉貫
朱漆巴紋牡丹七宝繋沈金御籠飯
朱漆巴紋牡丹七宝繋沈金足付盆 大:三基 小:一基

御玉貫はビーズがみっしり。とてもきれい。
朱漆巴紋牡丹七宝繋沈金  最高水準の技巧の塊でもある。どこまでも繊細で丁寧で凄い技術の賜物。
赤に金のキラキラがいつまでも目に残る。

セットではないが、同じ技法で作られたものが他にもある。
朱漆巴紋牡丹沈金馬上盃  台もあるが孔付きでけん玉を半円にしたような形。

黒漆雲龍螺鈿東道盆  龍の爪は5つなので位が高い。いろんな色の夜光貝を使用している。なんだかもうよくわからないくらい凄い。

黒漆葡萄螺鈿箱 一合  形が面白い。そうなのか。そして隙間なく美で満たされている。

最も位の高い神女たる聞得大君ゆかりの簪がある。
聞得大君御殿雲龍黄金簪  非常に重たそうな黄金の簪で龍が刻まれている。身分の高さがそこからも読み取れる。

御絵図帳 七冊のうち二冊 第二尚氏時代 18~19世紀 那覇市歴史博物館  これは衣裳の意匠ノート。織物。絣に間道など。

尚王家の栄華の一端をここで見たように思う。

第4章 琉球漆芸の煌き
ここでも前章童謡の素晴らしい工芸品を目の当たりにするのだが、しまいにもう何が何だか分からなくなってきた。
東アジアの美の粋を目の当たりにした、というのがいちばん近いかもしれない。
後日三菱で「ショーメ」展を見るのだが、西洋の美も東アジアの美も、極限に行くと表現は違っても同じく「綺麗」という言葉に尽きてしまうのを実感した。
言葉を尽くして表現しても、現物を前にしてしまうと、まだ不足しているように思い、常に不安になる。

黒塗菊花鳥虫沈金丸外櫃及び緑塗鳳凰雲沈金丸内櫃 二合 第二尚氏時代  このお櫃こそが実は展覧会の最初に現れるものだった。
西暦1500年、八重山の反乱に神女・君南風が従軍し、その褒美として賜ったもの。
内櫃は状態のよくない個所もあり、見ようによっては銅色に見えもするが、それがまた魅力的でもある。
外櫃は蝶、トンボが可愛らしい。
 
潤塗花鳥箔絵密陀絵丸形食籠 一合 第二尚氏時代 16~17世紀 浦添市美術館  これもとても綺麗。赤地の漆に油の絵。
椿が可愛らしい。

黒漆葡萄栗鼠螺鈿箔絵箱 第二尚氏時代 16~17世紀 浦添市美術館  二つあるがどちらも可愛い。小さいリスたちの活躍。

朱漆椿密陀絵沈金椀 一口 第二尚氏時代 16~17世紀 サントリー美術館  椿の質感が、いや花のではなく椿油の質感をここから感じた。

朱漆竹虎連珠沈金螺鈿座屏 一基 第二尚氏時代 17~18世紀 浦添市美術館  雀に虎に…竹はへだたりにはならない。

螺鈿のあまりの煌めきに、見るわたしの目までがきらめいた。

黒漆花円文螺鈿合子
黒漆騎馬人物螺鈿箱
黒漆葵紋螺鈿箱
黒漆山水螺鈿印籠
黒漆樹下人物葡萄螺鈿沈金八角食籠
黒漆花鳥螺鈿料紙硯箱

あまりに綺麗なものを見つめ過ぎると麻痺してしまうので、いつものように少しの時間目を閉じ、それから不意に眼をあけた。
すると目の前には新しい美が待ち構えていた。

黒漆花鳥螺鈿料紙硯箱 一具 第二尚氏時代 18~19世紀 浦添市美術館  闇の中の煌めき。閉じられた庭園。
鶯らしき鳥が来る・行くという様子を見せている。
ふと「十九の春」の歌詞が蘇る。

黒漆山水楼閣人物箔絵革箱 三合 第二尚氏時代 17~19世紀 サントリー美術館  ベースが木なのを思い出せない。銅色に輝く黒漆。どうやったらこうなるのだろう。

エピローグ:琉球王国の記憶
フィールドノートだ。
琉球芸術調査記録(鎌倉ノート) 鎌倉芳太郎 八一冊のうち四冊 大正時代末~昭和時代初期 20世紀 沖縄県立芸術大学附属図書・ 芸術資料館  手の刺青を写している。アイヌの人々と琉球の人々とは近代までこうして人生の中で刺青を入れてきている。
鎌倉芳太郎の熱心な仕事ぶりをみた。

琉球の神道が美の側面を支えているのを感じた。
芹沢けい介、前田藤四郎らの琉球に魅せられた人々の仕事はなかったが、いつか彼らの憧れの根源となった琉球の美を紹介するような形での「琉球 美の宝庫」の続編を見たいとも思う。
よい展覧会だった。9/2まで。
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「琉球 美の宝庫」  その1

サントリー美術館で「琉球 美の宝庫」展が開催されている。
思えば2012年にここで「紅型 琉球王朝の色と形」展が開催されたのだ。
この美術館が「用の美」を掲げて半世紀前に赤坂でオープンしたことを、今あらためて思い起こす。
日常の「用の美」もあれば、王朝に伝わる「用の美」もある。
琉球、尚王家とその地に暮らした人々の伝えた美しい工芸品と絵画とを「拝見」する。
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第1章 琉球の染織
前掲の通り「紅型」展で非常に良いものを多く見た。
サントリーで見た後、わたしは大阪市立美術館でも見た。
当時の感想はこちら。
紅型 琉球王朝のいろとかたち 前期

紅型 琉球王朝のいろとかたち 中期

あの当時、街中でも全く知らない人と紅型について話したことがある。
たまたま京都行きの特急に乗っていて隣同士になった女性と紅型の美についてかなり熱く語り合ったのも忘れられない。
あれから6年、久しぶりに紅型の名品に再会する。

黄色は貴色であり、身分の高い人しか身に着けてはいけない。
「四季折々」ではなく「四季同居」である。
この二つを踏まえて、華やかな色彩と文様で飾られた紅型の装束を見た。

もう本当に素晴らしいのが並ぶ。
字面を眺めるだけで文様や色彩が浮かんでくるようだ。
すべて19世紀の第二尚氏時代の衣裳。一つだけ明治にかかるものもあるか。 
黄色地松皮菱繋に檜扇団扇菊椿模様胴衣
白地霞に尾長鳥牡丹菖蒲模様衣裳
白地鶴に貝藻波模様子ども着
浅地稲妻に松窓絵散し模様衣裳
緋色地波頭桜樹模様衣裳
染分地遠山に松竹梅模様衣裳
薄紅麻地総絣衣裳
地御絵図柄衣裳
黄色地御絵図柄衣裳
紺地朱格子経緯絣衣裳
流水蛇籠菖蒲葵に小禽模様裂地

中でも特に好ましかったのはこちら
桜波連山仕切り模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  山また山に桜が咲き乱れる、そして山や波がそれを仕切る。染め分け地の美麗さがいい。

花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  綺麗な薄紅で、桃色というべきものか、これに手の込んだ文様が入る。以前にも見ているが、やはりその時と同じ心持になった。尊く綺麗…

水色地流水桜散し模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  この明るく対照的な色彩を合わせるところが、琉球の空に映える寒緋桜を思わせる。

型紙もある。
流水に菊桜模様白地型紙 一枚 第二尚氏時代 光緒5年(1879) サントリー美術館  清朝末期の元号が記されている。そうか、光緒帝の時代か。
このことで改めて琉球と清朝と日本の関係を考えねばならなくなった。

ところでこの感想を書いてる最中に同僚が里帰りの土産にと「琉球菓子 薫餅」というものをくれた。中にはピーナッツバターが入っていた。調べたところサイトにこうある。
「琉球王朝御用達菓子として、献上されていた伝統菓子です。煎り胡麻の香ばしさと、コクのあるピーナッツ餡が魅力です。上品な甘さは、茶菓子にも最適です。」
この菓子を見たことがある気がしたが、もしかすると仲間由紀恵主演の琉球王国が舞台のドラマ「テンペスト」で、側室のもとへ献上された菓子かもしれない。


第2章 琉球絵画の世界
ほとんど知らないのだが、大和文華館に一点の絵があり、それだけがわたしの知る全てだ。
今回もその絵が出ている。

花鳥図 山口〔神谷〕宗季(呉師虔) 一幅 第二尚氏時代 康煕54年(1715) 大和文華館  白い絵で、朱色が極めて効果的に用いられている。
文鳥たちの様子が愛らしい。
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白沢之図 城間清豊(欽可聖、号 自了) 一幅 第二尚氏時代 17世紀 一般財団法人 沖縄美ら島財団  はくたくである。ここでは白狐のような姿を見せる。それが見返る。
白澤といえば近年では「鬼灯の冷徹」に現れるごくごくええ加減な男か浮かんでこないが、一応霊獣なので、これはたぶん吉祥画とみなすべきかもしれない。

関羽像 山口〔神谷〕宗季(呉師虔) 一幅 第二尚氏時代 雍正5年(1727) 一般財団法人 沖縄美ら島財団  たぶん愛馬・赤兎馬らしきのに乗る様子。
関羽は中国では商売の神様として崇められている。明代以降そうなったようだが、現代でもそれは変わらず、日本でも関帝廟は開港以来、横浜・神戸・函館などにあるし、江戸時代には黄檗宗の崇福寺が仏教も道教も併せて祀ったおかげで、古くから知られていた。
中国文化の影響が強い琉球で関羽の絵が描かれるのも不思議ではない。
尤も、それとは関係なく浮世絵でも関羽の絵は少なくないし、三国志もよく読まれている。

薔薇に文鳥図 小橋川朝安(向元瑚) 一幅 第二尚氏時代 18~19世紀  文鳥がとても愛らしい。二羽の小鳥が仲良さそうなのもいい。

虎図 一幅 第二尚氏時代 19世紀 東京国立博物館  可愛い虎!!大ぶりな目鼻で目玉クルクル。眉毛も太い。大きめ。顔も眉も丸々している。ヘタウマっぽいのがいい。

琉球交易港図屏風 六曲一隻 第二尚氏時代 19世紀 浦添市美術館  進貢船の図。wikiからひらう。
「進貢船(しんこうせん)とは、14世紀から19世紀中期まで行われた、対中国交易・使節を派遣するために用いられた琉球王国の官船。船首部の獅子の絵と舷側の目玉が特徴である。」
ここでも船の舷側に可愛い目玉が描かれている。
この船は山村耕花の中国旅行のシリーズ画にも描かれていた。

冊封使も出していたし琉球は本当に大変だったのだ。

ところで前期展示で「琉球美人」図が出ていたが、今回はパネル展示になっていた。
わたしは社内旅行でその絵ハガキを購入していたので、ちょっと挙げる。
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皆さんとてもたおやか。

花鳥図巻 孫億 1712 九博  鳩、雀、紫陽花、鶺鴒、キスゲまたは百合。顔を見合わせる鳥たちなど、声はないが楽しそうな雰囲気が伝わってくる楽園図。

中山花木図 19世紀 岩瀬文庫  尚家から近衛家と島津家に贈られた。 これは後者の分だそう。ガニュマルなどが描かれている。博物誌の一種と言うべきか。
琉球大学のサイトに写本がある。こちら

琉球人来朝図 19世紀 東博  綺麗に装った行列である。羽根の付いた虎の旗を立てている。
大河ドラマ「琉球の風」でこの行列についての紹介があったが、美麗に装った行列は琉球ではなく中国から日本へ・徳川家へご機嫌伺いに来た、という建前…だったと思う。
もう25年前のドラマなのではっきりとは思い出せないが。
そしてこの来朝についてはパフォーマンスが美々しければ美々しいほど、島津と徳川がその威を見せるという嫌な面がある。
この行事についてはこちら

琉球八景 北斎 1823  8枚のうち半分が出ていた。以前にどこで見たか、見知っている。
馬琴「椿説弓張月」の挿絵を担当した北斎。どうしてもわたしなどは絵の中に鎮西八郎為朝の痕跡を追ってしまう。
小説は1807-1811の刊行。北斎は無論琉球には渡れなかった。元ネタは冊封使の周煌の描いた作品らしい。
このことについての考察はこちらに詳しい。
そういえばわたしが「琉球」という地名を知ったのは人形劇「新八犬伝」からだった。
あの作品には「弓張月」「小栗判官」などが巧く使われていた。

長くなりすぎるので続く。

「平家物語 妖しきも美しき」 その2

続き。
源平盛衰記の伝奇いろいろ
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何故か空飛ぶ甲冑

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大烏から授かる。

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自動的に敵を排除する刀


3.広がる平家物語
歴史から物語へと移行するとき、芸能と言う装置が起動する。
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土蜘蛛退治
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パネルで平家物語の挿絵を見る。
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俊寛 足摺ではなくへたりこみ。
「行かないでくれ」より「ああ、バイバイ」に見える。

文覚が「君のパパの髑髏だよ」と見せる。手水も見えるのが芸が細かい。
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二位の尼の夢。
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恐ろしい夢を見ている。

やがて本当にまずい事態へ。
あっち死にするだけに水風呂もたちまち熱湯
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お墓を暴かれないために先に移動。
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一ノ谷。熊谷に呼び止められ戻る敦盛
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「鹿も四足、馬も四足」まあな…
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壇ノ浦
壇之浦の平家の船の下を行く大量の「イルカ」=魚の大群の表現で。
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「海の底にも都がございます」
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三種の神器が海へ沈む。
海女の母子に探しに行かせる。
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大蛇に守られているので、持って帰るのは無理だと報告が入る。

建礼門院徳子の最期
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こちらは舞の本「未来記」
天狗たちと
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十二段草紙
浄瑠璃姫と御曹司
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義仲と巴の別れ
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研究書もある。
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そして最後に。


「平家物語 妖しきも美しき」 その1




そう、「平家物語」も「源平盛衰記」もどちらも幻想的なシーンがいくつもある。
平家が成り上がり、「平家に非ずんば人にあらず」という絶頂期を迎えてからの急転直下、一族が滅んでゆく過程の中で、様々な「不思議」がある。
「大原御幸」は人の心の不思議さを描いているが、怪異がいくつも見受けられる。
軍記物語の双璧として「太平記」があるが、あれにも「天王寺の妖霊星をば見ばや」と天狗たちが現れ踊るシーンがある。
「平家」ではたとえば清盛の死を巡っての不思議がある。
妻の二位の尼が見た恐ろしい夢などもそうだ。そしてその死の模様も通常では考えられぬ表現・形容で綴られる。

ここで「祇園精舎」の冒頭を挙げる。
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「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風 の前の塵に同じ。
遠く異朝をとぶらえば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信賴、おごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道、前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、傳へ承るこそ心もことばも及ばれね。」


これほどの形容で表現される人物は他にはいない。

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射殺されたヌエ。イメージ (1250)
迫力ないなあ。
というか、可哀想。


1. はじめに -平家物語の世界へ
本題へ入るまでにこういうつかみはいいな。
大臣影 幕末の頃の写し。元の所蔵先が内務省というのに時代性を感じる。
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東北院職人歌合 これも内務省のだった。職業も様々。中世のは特に。固定されるのは近世以降。極端な転換は幕末から明治以降か。そして昭和20年の敗戦がそれを可能にしたか。
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琵琶法師に巫女

今回の展示では展示品の元の所蔵先もまた、とても興味深い。
元老院、内務省、外務省、紅葉山文庫、昌平坂学問所、和学講談所…

平家物語 いくつかの写本
「ひよどり越え」
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「壇ノ浦合戦」
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「大原御幸」
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2.妖しきものたちの平家物語
どちらかと言えば可愛らしい絵で怪異が綴られる。
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鱸が船に飛び込んできた。その挿絵が可愛い。包丁は古式ゆかしい使い方。
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源平盛衰記は更に物語性の強い読み物なので色々と面白いエピソードもある。

元は安倍晴明の式神だったらしき12少年が橋の上に現れる。
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意外と描き分けられていて可愛い。
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鵺の登場も気持ちの悪い暗雲が、という表現である。
「大魔神」も一陣の風が吹き、それが渦を巻き、大魔神が出現する。

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こちらは清盛の前に現れる髑髏。
浮世絵にも多く描かれた。
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妙に可愛い☠
しかしいよいよ清盛にも最期が近づく…

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二位の尼の見た夢に「無間」と書いた火の車が…

都落ちが始まる。
寛永3年版「平家」の経正の琵琶返し
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先陣争い
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生食イケズキという名の馬についても言及がある。
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鬼鹿毛とどっちがエグイかな…


続く。

落合芳幾展をみる その2

つづき。
いよいよ無残絵。
画は慶應大学メディアセンターデジタルコレクションにある。
こちら

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英名二十八衆句 いずれも慶応2年から3年にかけての制作 
十木伝七  シャンデリアの下で戦う。血刃振りかざし。何の人かというと歌舞伎の「漢人漢文手管始」のキャラ。
通称「唐人殺し」もともとは江戸中期の作品なのだが、幕末に復活したそうな。
明治に近いし…それでシャンデリアにしたのかな。

国沢周治  国定忠治のこと。ドクロ柄のどてら姿の忠治。こういうのをみると逮捕前の様子かと。
誰ぞの生首を見てるわけだが、こんな蝋燭の灯りくらいでわかるのかどうか。
1927年の映画「忠治旅日記 第3部 御用篇」ラストでどてらにくるまれた忠治は青息吐息。伏見直江お姐さまのお品が情婦として短銃を構え、忠治を守る。忠治は中風なのね。この絵では立ち姿だが。

遠城喜左衛門  「敵討崇禅寺馬場」の人。返り討たれるのですよ… 村人たちが敵に加勢して、塩の目つぶしを拵えて投げつける投げつける。で、気の毒に返り討たれる。その祟りがあったという話はまた別。
絵ではこれは石を投げられて血まみれになっているな。
 
西門屋啓十郎  日本に舞台を置き換えた「金瓶梅」の西門慶の話らしい。金目当てに五条の陸水尼の庵室に押し入りその首を鉞で落とすが、実はそれは尼による幻術らしい。
抜け目ない本家の商人とは違い、日本のこっちは荒事師で、ちょっと間が抜けているぞ。

鬼神のお松  何しろ女盗賊なのでかっこいい。全ては夫の為に。そして手にした刀は鬼神丸。岸で刀を持つお松のかっこよさ。袖噛みながら刀の血をぬぐう。

春藤治郎左衛門  チラシの男。「尾羽打ち枯らし落ちぶれ果て 身は足なえの浅ましさ」
蒲鉾小屋と石のお地蔵さん、悲惨だ喃。これは「敵討摧樓錦」つまり「大晏寺堤の場」で敵から散々な目に遭わされ嬲り殺しにあいかけるもの。
「天下茶屋聚」の蒲鉾小屋の段も同じように悲惨な情景だが、あれに影響を与えたそう。
あちらはしばしば上演されるが、こちらは見たことがないなあ。
文楽であったかもしれない。ちなみに刀は青江下坂。そう、「伊勢音頭」もこの刀でしたね。

芸者美代吉  「縮屋新助」に殺される芸者。舟の上で無残や…「八幡祭小望月賑」、これも何年か前に国立で見たと思う。
最後に血しぶきが…

鳥居又助  ああ、悲惨な勘違い話。間違えて殿様の首を取ったんだもんな…このうすい青色がまたとてもいい色なのですよ。

鞠ケ瀬秋夜  丸橋忠弥の変名。逃れられぬ状況、取手たちが後から後から追ってくる。
彼の最期を描いた絵では伊藤彦造のがいちばん凄惨かつ官能的。当人がそれを狙っていないのにそういう絵なのが凄い。
この芳幾のは無声映画を見ているような感じがある。

邑井長菴  洒落にならん悪人。これは二代目左団次が演じたそうだが、とにかく愛嬌の欠片もない。義弟をカネの為に平気で殺すシーン。黙阿弥作品の中でもこの長庵だけは別格の悪人だな。他の奴らは悪党だけど可愛げがある。

仁木直則  立姿のカッコよさにしびれるわ。以前に東博でこのシリーズが並んだときも喜んでぱちぱち撮ったけど、本当に悪の魅力のみなぎるカッコ良さがある。

天日坊法策  アタマもだいぶ伸びて破戒僧も破戒僧。それで婆さんを殺してる。ラスコリニコフほどの決意もなさそうだけど、大して苦悩もないのがいいところかもしれない。
  
浜嶋正兵衛  後に日本左衛門になる人。白浪五人男の日本駄衛門。池波正太郎「おとこの秘図」「さむらい劇場」にも登場。なかなかのいい役回りでしたな。
賊徒の頭領だけに絵もかっこいい。

佐野次郎左衛門  籠釣瓶。この絵は「江戸の悪」展にも出ましたね。
これこれ。
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ああ、面白かった。

時世粧年中行事之内 シリーズもの
一陽来復花姿湯 明治元年(1868)9月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  こちらの入浴はまあちょっとばかり優雅なところを見せもする。
競細腰雪柳風呂 明治元年(1868)9月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  女湯の騒がしさ、ケンカもアリ。壁にはオバケ絵ポスター
酌婦天地人極製 明治元年(1868)10月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  岡場所らしきところのわやわやした様子。雪隠もあり、そこでしゃがむ女も描かれている。    

獅子王二和賀全盛遊 明治2年(1869)8月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  かっこいいな。鯔背な…

東京両国川開之図 明治2~4年(1869~71)頃 大判三枚続 個人蔵  豪快な花火。あれかな、絵の具の具合で派手になったのか、それとも江戸から明治になったことで派手な花火に変えたのか…そこらがわからない。

江戸町二丁目甲子屋浴室之図 明治3年(1870)1月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  豪勢なタイル!もう既にこの時代にタイルは浮世絵師の目にも入っていたのかな。マヨルカタイル風のとかいいなあ。で、花頭窓もあるのだが、華やかなタイルの中にあるからイスラーム風にも見えるんだよな。

隅田川花の賑ひ 明治4年(1871)2月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  背景は三世広重。花魁だけでなく洋装の女も。

錦絵新聞の登場。絵は刺激的だが、内容を読むと「あれれ」なのもあったり、「えっ逆?!」とかも。
東京日々新聞 百一号 明治7年(1874)9月 大判 太田記念美術館蔵  子育て幽霊が来る話。
東京日々新聞 百八拾五号 明治7~8年(1874~75)頃 大判 個人蔵  17歳の少女がいきなり見ず知らず男に川へ落とされる。
東京日々新聞 四百三十一号 明治7~8年(1874~75)頃 大判 千葉市美術館蔵  兄の為に…
東京日々新聞 四百四十五号 明治7年(1874)9月 大判 千葉市美術館蔵  三つ目の大入道を退治したら大タヌキという。
東京日々新聞 六百九十七号 明治7~8年(1874~75)頃 大判 太田記念美術館蔵  人食いワニザメ。怪獣ぽいな。
東京日々新聞 八百三十三号 明治7年(1874)10月 大判 個人蔵  錦織巡査なる男が揚弓屋の三人娘を殺す。
東京日々新聞 八百五十一号 明治7~8年(1874~75)頃 大判 千葉市美術館蔵  台湾出兵の義弟が訪ねてくる…幽霊。

明治になっても人間のやることはあんまり変わらないのだった。

芳幾は歌舞伎関係の仕事もした。本の表紙を担当したり。
歌舞伎新報 一二〇九号 明治24年(1891)1月19日発行 半紙本一冊 個人蔵  気球に乗るこれはスペンサーのか。六代目菊五郎が遠見に出てたとか言う…
歌舞伎新報 一六三〇号 明治29年(1896)1月27日印刷・1月28日発行 半紙本一冊 個人蔵  九代目団十郎の白拍子花子の口絵
歌舞伎新報 一六三六号 明治29年(1896)3月25日印刷・3月26日発行 半紙本一冊 個人蔵  猿回しの与次郎と可愛い着物姿の猿と。
歌舞伎新報 一六三八号 明治29年(1896)4月15日印刷・4月17日発行 半紙本一冊 個人蔵  義経と知盛の図。

肉筆画もある。
婦女風俗図 明治28~30年(1895~97)頃 絹本着色 各四六・三×五七・〇cm 千葉市美術館蔵  生け花をする婦人。上流階級の人らしい。

先師一勇斎国芳翁四十回忌追善書画会 案内状 明治33年(1900) 個人蔵  これをやったのでいろいろ苦労もあったそうだ。

初日影開盛双六 明治22年(1889)1月4日 個人蔵  シルエットの役者たち。晩年でもこうして元気な役者の絵を描いたりもしていた。

いい展覧会がこうして開かれて本当に良かった。
今度はおもちゃ絵の芳藤もいいと思う。

落合芳幾展をみる その1

浮世絵太田記念美術館で落合芳幾の展覧会を見た。
芳幾は国芳の弟子で月岡芳年と共に師匠の遺鉢を継いだ浮世絵師だが、明治へと変わる激動の時代に生きて、色々と苦労もしたようだ。
芳幾といえば芳年と競作の「英名二十八衆句」シリーズと東京日日新聞の三面記事を絵にした「新聞錦絵」といった作品群が思い浮かぶ。
それは確かに間違いではない。
しかしそれだけだというわけではないことも知るべきだ。

実際、サイトにこんな一文がある。
「太田記念美術館ではこれまで、歌川芳艶や歌川広景、水野年方など、全く注目されてこなかった浮世絵師たちの全貌を紹介してきましたが、今回の展覧会では、落合芳幾の全貌を新たに解き明かしていきます。」

7年前の芳艶展は確かに画期的だった。
あれはここがしてくれなかったら、他のどこもしてはくれなかったと思う。
当時の感想はこちら。
歌川芳艶 展

生誕150年記念 水野年方 ―芳年の後継者

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芳年も芳幾も旧幕時代はまだ若く、かれらは師匠の強い影響下にあった。
芳幾は師匠の絵をよく学んだ。
今の感覚で言えばパクリに近いくらいの作品もある。しかしそれは「学ぶ」=「真似る」の範疇なので、決して悪くは思わない。

畳敷きのところで三枚続をみる。
源平盛衰記 伊豆ノ図山木合戦 安政6年(1859)2月 大判三枚続 個人蔵  国芳の作品を反転させたものといってもいいようだ。
衝立には越天楽の絵。矢が撃ち込まれ色々慌ただしい。

忠臣雪ノ仇討 文久元年(1861)2月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  討ち入りの、それもクライマックスシーンなのだが、びっくりしたことになんと塩冶判官の亡霊がいてはりますがな!!!こんなん初めて見たわ。いや申しこちのひと…ほんまかいな。他で見たことすらない。これはあれか、芳幾オリジナルだよな???
国芳も男の幽霊なら平知盛や佐倉宗吾は描いていても他はまあいないし、芳年だって清玄は描いてもこの人はないでしょう。
びっくりしたなあ。
太田美術館のツイートにも登場している。


マジで驚いた。判官が幽霊になる可能性をわたしは最初から捨ててたな…

誠忠岳王図伝 元治元年(1864)9月 大判三枚続 個人蔵  北宋と金の戦いの頃というから水滸伝の頃だね。母親に「尽忠報国」と背中一面に刺青された武将の絵。ぐっと背中を張り立たせ首だけ見返る。名前は岳飛。彼は実在の人。
フィクションである水滸伝だが、実際の政治状況も織り交ぜ、リアルな面やモデルもいるわけだから、たいへん面白い。
そして史実は史実でまた面白くもある。
師匠の国芳は水滸伝の梁山泊の好漢たちを描いて「武者絵の国芳」となり、世に名を知らしめたが、弟子の芳幾は実在人物を武者絵の人として描いた。
なお「月刊水滸伝」というサイトになかなか興味深い記事がある。
こちら

善悪思の案内 万延元年(1860)12月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  「善」「悪」の字を顔にした、人に見えない江戸の妖精さんたち大活躍!
要するにどうしようと困ってる若い男を悪の道に誘惑する悪玉さんと正道へ立ち返れと叫ぶ善玉さんの葛藤でもあるわけです。

朝比奈ねむけざまし 慶応4年(1868)5月 大判三枚続 個人蔵  師匠も描いたが、弟子も描く。江戸の人は朝比奈が好きなのだなあ。まあこれは実は戊辰戦争の暗喩らしい。

畳は気持ちいいが次へ。

卯の二月十日 金性の人有卦ニ入る 安政元年(1854)12月 大判 個人蔵  めでたい「ふ」の字尽くし・「ふ」の字揃い。福助、富士太郎、藤娘、二股大根、富士山、文箱…(今ならフジョシも加わってもいいな)
富士太郎といえば「三国一夜物語」の主人公・住吉の楽人ですな。それでこのスタイルか。
2002年に松竹座でその芝居を見た。
「三国一夜物語」の元ネタは「富士太鼓」だった。
それは知ってたが、ではこの幕末にこうした絵に富士太郎が現れるということは、認知度が高いということになる。
ではどれほどか、ということで調べだすと、住吉大社の楽所の話から津守氏が出てきて、そうなると随分前にTVで見た現在のご当主の方の立派なお顔が浮かんでくる…
と、脱線してゆくので、ここらでやめる。

かづらのあてもの 安政4年(1857)11月 一八・一×二五・一㎝ 個人蔵  なんと大家の国貞とのコラボ。人物は国貞でおもちゃは芳幾だったろうと思う。

源平盛衰記 長門国赤間の浦に於て源平大合戦平家亡びるの図 安政4年(1857)3月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  てんやわんやの真っ最中。義経は教経から必死のパッチで八艘飛び。

猛虎之写真 万延元年(1860)7月 大判 太田記念美術館蔵  阪神タイガースの写真やないです。豹。つまりこの頃でもまだ「虎のメスは豹」がまかり通っていたのね。それで何故か西洋人の女と豹。これはあれか、雌豹とかいう暗喩???ではないわな。

五ケ国於岩亀楼酒盛の図 万延元年(1860)12月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  いわゆる横浜絵の一つ。有名な岩亀楼での宴席の様子。辮髪の人もいるがこれは通辞なのかな。

東海道中栗毛弥次馬 シリーズもの。制作月がなんとなく変。
序文 万延元年(1860)7月 大判 個人蔵  狐に化かされて行進中。
日本橋 品川 万延元年(1860)3月 大判 太田記念美術館蔵  見るからにどんくさいぞ。
水口 石部 万延元年(1860)10月 大判 太田記念美術館蔵  水口ではおばけの仕掛けに仰天し、石部では夜這いに行ったのに間違えて目的の娘でなく、その老母のところへ。双方びっくりの図。弥次さん、あんたには喜多さんという色子がいるじゃねえか。

シリーズ外だが弥次喜多なのも一枚あり。
弥次郎兵衛と喜多八 明治2~5年(1869~72)頃 絹本着色 四八・三×六八・六㎝ 太田記念美術館蔵  遊行寺が見える茶店で熱々の団子を食べてやけどをするところ。

思えば一九のこの小説も人気が出て芝居になり、平成最後の夏まで歌舞伎座で上演されるくらいになったが、元々は江戸で食い詰めて「どうにでもなれ」と半ば野垂れ死に覚悟「人間到る処青山あり」とまでは思っていなくとも、やけくそで旅立った二人なのだ。
それが明治になっても「西洋道中膝栗毛」まで出るくらいになって…
どこどどう転ぶか知れたもんではないなあ。

江戸砂子々供遊 妻恋いなり 万延元年(1860)5月 大判 個人蔵  湯島にあるお稲荷さんだそうで、そこで遊んでいる子供らの姿。ちょっと怖い系の狐面とか。今は「妻恋神社」という名乗り。

当世流行端唄のはんじもの 万延元年(1860)12月 大判 太田記念美術館蔵   たかだか160年前というなかれ、既に失われた言葉があり、意味不明になった判じ物が多い。
流行語はもとより当時の共通認識も消えてしまったのだ。
絵としては面白くてもこうしたことがあるので、判じ物はむつかしい。

廓の雪光る遊君 万延2年(1861)1月 大判三枚続 太田記念美術館蔵  「田舎源氏」の光氏が廓で綺麗処を侍らせている。外は雪。中でホカホカしながら。
ところであまり考えてなかったのだが、光氏の髷は茶筅髷の中でも先端が二つに割れた「海老茶筅髷」という独特の形だそう。
そしてこれは「田舎源氏」を描いた国貞が考案したもので、それを芳幾も踏襲している。
茶筅髷自体は江戸初期までだが、それについて平田弘史は「茶筅髷禁止令」という凄まじい作品を生んでいる。

東海道京都名所之内 島原 文久3年(1863)5月 大判 太田記念美術館蔵  時代やねー。つまりあれだ、この年に何があったか、それだ。島原の太夫さん(こったいさん)が居眠りながら見る夢は、自分も一緒に「一行」に加わってみたい、ということ。
ああ、文久三年。

今様擬源氏シリーズを見る。
御法 文覚上人 元治元年(1864)7月 大判 個人蔵  上にセイタカ・コンガラの2少年が待機中。
乙女 浦島太郎 元治元年(1864)7月 大判 個人蔵   ひゅーと煙にあたったところがシワシワになってきた!!! 
幻 新中納言平知盛 文久3年(1863)6月 大判 太田記念美術館蔵  水中へ沈んでゆく碇知盛。
早蕨 怪童丸 元治元年(1864)7月 大判 個人蔵  金太郎が行司で猿と兎の相撲を見る。猪や熊が親方風に見える。

当世水好伝 慶応元年(1865)7月 大判三枚続 太田記念美術館蔵   見立てもので、役者たちの鯔背な姿を描く。舟に乗る彼らの背のあでやかさ。

季既秋成駒摂屓季 慶応元年(1865)8月 大判 個人蔵  四世芝翫の鬼若丸。目元の赤が力みを見せていていい。
ところで弁慶関係の芝居は「摂」ヒイキ の文字が入るのが多いのか。「御摂勧進帳」てのもあったし…
まあこの外題には「成駒」があるから「摂」ヒイキは成駒にかかるわけやわな。

風俗浅間嶽 十一編 文久2年(1862) 中本二巻一冊 個人蔵  どんな話が知らんが、九尾のキツネ・巻物男・滝という三題話みたいな挿絵だった。

白縫譚 五十二編 慶応3年(1867) 中本二巻一冊 個人蔵  体格のいい男が若菜姫をにらむ。姫は一応袖屏風するが、怖れる風もなし。もっとあれだな、この原作に近い芝居が見たいな。
若菜姫の男装の大友大尽と鳥居秋作の女装と。互いに手管を尽くしてどーのこーのというのが。

諸鳥芸づくし 安政6年(1859)9月 大判 太田記念美術館蔵  これはやっぱり師匠の写しと言うかなんというか。
鸚鵡の声色屋(=鸚鵡石)、雀踊り、山雀のカルタ…これは元ネタがわからない。梟の目かつら、蝙蝠の三番叟…よく似合ってる。

当世百面相 安政7年(1860)2月 大判 個人蔵  芝居を見に行こうと必死のおかみさん。簪落としたのも気づかないし、胸元がはだけてても気にならない。坊やがおっかさん簪がと言うても気にしない。
すごいなあ。実際にこんな人もいたと思うね。

与ハなさけ浮名の横ぐし 万延元年(1860)8月 大判 個人蔵  猫役者集合。

見立似たかきん魚  師匠の後を継いだねえ。パクリではないよ。

妙なリアリズムを狙った変な絵のシリーズ。石版画でこういうのあるよなあ。
写真鏡 大象図 文久元年(1861)1月 大判 千葉市美術館蔵  二十四孝の大舜もぴっくり。こわいようなゾウの前に西洋人。
写真鏡 涼岳図 文久元年(1861)1月 大判 千葉市美術館蔵  二十四孝を元ネタにしつつ場所を雄大な中に置くと横尾忠則になる。
真写月花の姿絵 三代目沢村田之助 慶応3年(1867)3月 大判 太田記念美術館蔵  シルエットでは顎を刷毛で叩こうとするところ。
真写月華之姿絵 三代目関三十郎 慶応3年(1867)3月 大判 太田記念美術館蔵  愛犬の狆と一緒。
俳優写真鏡 五代目尾上菊五郎の仁木弾正  明治3年(1870)4月 大判 太田記念美術館蔵  真正面かー!
俳優写真鏡 四代目中村芝翫の白拍子花子  明治3年(1870)5月 大判 太田記念美術館蔵  妙なリアリティがあるのが怖いんよ。
俳優写真鏡 三代目沢村田之助の源之助姉里江  明治3年(1870) 大判 太田記念美術館蔵   もう手足が…病鉢巻をしている。そして土車にのる…

くまなき影 慶応3年(1867) 大本一冊 千葉市美術館蔵  追善絵本。タイトルがとてもいい。

再びこれだ。
西洋道中膝栗毛 六編上 明治4年(1871) 中本一冊 個人蔵  作者と版元の二人が話し合う。
九編上 明治4年(1871) 中本一冊 個人蔵  ロンドンの博覧会。そのイメージ画がとてもいいではないですか。行ってなくても明治4年でもこれだけ描けるのは何か元ネタがあったのだろうか。と思ったら、福沢諭吉の資料を参照したそう。なるほどなあ。
十編上 明治4年(1871) 中本一冊 個人蔵  まさかの普仏戦争の絵。オイオイ待て待て。  

一勇斎国芳像 文久元年(1861)3月 大判 太田記念美術館蔵  師匠追善絵。身近な人間の見た国芳。

あまりに長くなりすぎそうなので、一旦ここまで。

堂本印象 花鳥・動物の魅力

蘭島閣美術館のコレクション展を開催する一方、新館では堂本印象の花鳥・動物画が展示されていた。
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二匹ばかり猫の絵。
小さな猫 1968  グレー系のキジトラで金目。可愛いなあ。
猫 1922  先のチビさんと血縁関係があるかないかは知らないが、こやつは先の奴の大きい版のようなキジトラ。
ただ、あごの感じを見ると牝ぽいな。46年の歳月があるから血縁はわからんけどね。

狗 1930  洋犬か、鼻がやたらと長い。

椿と小禽 1922  丸めの桜が愛しい。

鹿もいてます。
春日野 1942年頃  二頭のシカ。バンビが可愛い。民家には桜。奈良は鹿の国でした。
鹿 1925  扇面。秋の様子。小鹿が母からお乳をもらう。可愛い。

栗鼠 1925  先の鹿と同じシリーズらしく同じく扇面。リスが木の実の前で思案顔。

索心画冊 阿蘭陀人持渡 牡五才牝四才 1925  ラクダだわ。

兎(三思図) 1931  みんなそれぞれ物思いの兎。ウサギが三匹いると沈南蘋の絵を思い出す。あれはどうも三角関係というか一羽の兎にあとの二羽がなんだかんだと貢いでいるというか思いを寄せているように見えたな。ここの兎はそれぞれ沈思黙考。

霧 1942  草などをヘルメットにつけて偽装した兵隊と優秀そうなシェパードが待機中。
戦時下の絵。戦争の時、犬や猫を国に「供出」しろという沙汰があった。犬は軍事用に使い、猫は毛皮を軍服の一部に使うという話だった。
それだけでもう大日本帝国とやらの軍部は最低だ。今の政府首班もよく似ている。
いくらかっこよく描いても戦争の犬は嫌だ。

雪持ちの椿と小鳥 1922  一輪の花と実らしきものとが見える。穏やかな絵。

夏日好在 1940  アブが飛ぶその下には縞のない黒いスイカ。黄色い花が咲くのはウリ科の証拠。螽斯も姿を見せる。
墨絵と淡彩。

夕顔 1935  うすら闇に白い花。花びらの影に闇。仄かな官能性に衝かれる。

老松双雀 1940  むぅとした雀たち。松には少しばかり金が飛ぶ。その金で松が光る。

葡萄と栗鼠 1938  可愛いなあ。見上げて。薄紫の実と灰色のリスと。

伊曽保数語 1922  イソップ物語から三題。1シーンだけとはいえ物語性がはっきりしている。
わりと印象はこのシリーズを気に入っていたのか、他にもあるのを見ている。

八仙花 1955  紫陽花。水彩のにじみがいい。

西山翠嶂装丁原画 1954 画家本人でない装丁というのはそこに友情が活きている。
清方の随筆「築地川」の装丁を雪岱が行うということもあった。

堂本印象美術館は建物全体、細部、調度品に至るまで堂本印象本人が設計し、制作した。
この中にいて作品鑑賞するというのは、堂本の世界の中に入り込んでの行為になる。
そんなことを思いながら展示を見終えた。

リニューアル後、初の訪問だが、とてもよかった。
また今度よい展示の時に来よう。

京の日本画家が描く情景 蘭島閣美術館コレクション

堂本印象美術館は自前の所蔵品展もいいが、あるコンセプトのもとによそさまの名品を集めたり、他の美術館の所蔵品展もする。これが大抵よい内容で、何年か経っても思い出しては「ああ、よかったな」といい心持になる。
今回のそれは呉市の蘭島閣美術館の名品展。
近代から現代の日本画のよいのをコレクションしていて、これまで何度かその一部を見てきた。
先年呉に行ったとき島へ渡りたかったが時間がなかった。
呉市の中心も見どころが多い所で、蘭島閣美術館に行くには一泊二日は確実に必要だと思った。
なのでここでこうして展覧会があるのはたいへん嬉しいことだった。

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橋本関雪 ふくろう 1935  眠そうな眼付きの「ミミズク」。毛並みの質感がリアル。

上村松園 つれづれ  旧幕時代の女の人がおかっぱ少女と共に読書中。
この女の人の髷は「春信島田」といい元禄時代に流行したとのこと。
調べるとこうある。
「元禄島田(はるのぶふうしまだ)元禄時代ごろに流行した日本の女性の髪形。
接客業などに就いている、十代半ばの若い女性に広く結われた。
島田髷の中でも古い形のもので、男性の髷だった頃の面影を薄く残している。
島田髷系統の原型で、浮世絵師の鈴木春信の絵に登場する若い女性に良く見られることからこの名がある。
やや野卑な印象の大島田を洗練させたものが元禄島田で、特に、「鶺鴒たぼ」という反り上がったたぼのものは、当時の美人画の名手として有名な鈴木春信にちなんで春信風島田と呼ぶこともある。 髷の前方部分の位置は下がり、髷自体は短く太くなっている。 後世の島田に比べると髷は水平に近く、髷の根はまだ上がっていない。」

実際この絵の女の人のたぼは長く伸びて鶺鴒たぼの典型的な形を見せている。
着物は松園さん好みの水色に裾は桜文様。紋は何故か楓。帯は赤紫地に金糸で向日葵。
読む本はどうも「菊の葉」という題がついているらしい。

金島桂華 紅梅  蕾の多い紅梅、枝にとまるシジュウカラ。その枝には緑苔がつく。
彼の回顧展が2010年にここで開催された。
金島桂華の世界
当時の感想はこちら

内訳としては華鴒大塚美術館(はなとり・おおつか・びじゅつかん)の所蔵品を集めたものだった。
近代日本画を集めた美術館はやはりわたしにはとても好ましい。

福田平八郎 雪庭 1936  まだ後年の抽象的で簡潔な表現ではなく、宋の院体画に近い感覚の絵。とはいえもう大正時代の妖しさは消えている。
雪持ち椿に杭にも雪が積もる中、黄鶺鴒が何かを見るような目つきで佇む。

福田平八郎 春雨 1964  更に歳月が降り、いよいよ収斂されてゆく。
水たまりに何かが映る。しかしそれが何かはわからなかった。

小野竹喬 山辺の春  穏やかな山間の様子が描かれている。
しかしながらここで問題が発生する。実はこの絵、リストに「昭和25年(1945)」とあるのだ。五年の差異がある。これは大きな問題だ。つまり終戦の年の1945年にこの絵が描かれたのなら、平和への気持ちを込めたものだとも考えられるし、終戦後の1950年ならば普通に風景画だともいえる。
見てるときはミスに気付かなかったが、敗戦の日の今日この感想を書くにあたって、なおざりにできない問題だと気付いたのだ。しまった…

小野竹喬 春景  おお、いかにも。明るい天色の空に茜雲が浮かぶ。薄紅の桜、赤い葉を茂らせる木々も。

山口華楊 虎児 1957  可愛い―!! まだちびころとらのくせに手足だけは太くて、爪も肉球もしっかりしてる。可愛いのう…
華楊はどうぶつ画の名手なので、よい絵が多い。

山口華楊 薔薇  薄黄色地に二輪の赤紫のバラ。ざりざりした表現。

猪原大華 竹梅 1968  黄色から緑系へのグラデーション地に青竹と白梅。様々な表現を模索する時代にも、あえてこうした丁寧な自然を描く。そこが好きだ。それまでの道を守ることも大事だからだ。

小松均 岩山図 1973  なんでも自宅の庭のイメージが巨大化したらしい。壁画風でもある。イメージが現実を飛び越えて拡大化するのは面白い。

池田遙邨 川奈の富士 1955  川奈と言えば大倉喜七郎が建てたホテルが思い浮かぶが、この頃の川奈はまだ一部の人のためのリゾート地だったろう。
左に白富士、右に海。青い山々…

石本正 香 1994  黒に金の扇面文様に絞りの着物から肌をあらわにする。豊かな胸。
石本の胸をあらわにする女性たちは着物からのものが特にいい。

岡村倫行 黒潮 1991  かわぐちかいじ描くキャラのような意志的な若い娘の顔。日焼けもしているので、やっぱりそこが「黒潮」なのかもしれない。
かわぐちかいじより四歳上か。

川島睦郎 春秋屏風 1983  幻想的な風情がある。春は五色椿、秋は萩に薄。霧が流れているような秋。

村上華岳 虎の図  おお、目が横に三角。虎ですな。

梶原緋佐子 梅快窓  丸窓に白梅がのぞく。その前で短冊に筆をつける女。
社会の底辺の女性でなく、雅な様子の女性を描くようになった時期の作品。
随分前の回顧展で彼女の画風・画題の変遷を追ったが、個人的な好みとしてはやはり綺麗な女性を見ていたい。

三輪良平 舞妓二人  いかにも可愛らしい舞妓ちゃんが二人並ぶ。いいなー。それぞれの飾りも違い、没個性のようでいて差異があり、そして共通して愛らしい。

下保昭の雪月花三連作をみる。 1993
雪岳、月明、花靄  それぞれ美しい「曖昧さ」がある。
抽象表現の雪、照度が下からの月、水面に映る花…全てグレーの色の向こうにある。

上村松篁 五月 1991  もうだいぶお年の頃で、壮年期のような強さはなく線も崩れてはいるが、それがまたほのぼのした良さになる。鳩とポピーの情景。真ん中の鳩はベストを着たダンディな男性のように見え、左右の鳩はオシャレな娘たちにも見える。
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堂本元次 帆を映して 1993  ああ、ジャンクがゆく…

濱田昇児 早春 1993  夜、青のグラデーション。細い幹、その先には新芽。孔雀色の美。

とても綺麗なもの・愛らしいものを見て、心が晴れた。
やはり近代日本画は最高だ。そして現代日本画もまたここにあるものは全ていい。

堂本印象の花鳥画はまた別項に。

9/30のまで。 

2018.8月の東京ハイカイ その1

今月は色々あり、来週日帰りするのでこれは「その1」になる。

出掛けたのは17日と18日だが、母親が具合が悪くなり「日帰りにして」と言うので急遽二泊三日を日帰りにしようとして、またまたない知恵を絞っていたところ、これまた二転三転して結局一泊二日になった。
まぁそれでないと色々困るからなあ。

でもトラブルは続く。
予定表を拵えてそれに沿って動くのだが、阪急の時刻表が改定されたのはわかっていたが、完全に読み違えて電車に乗り損ねる。
これはまずいなと思ったところへタクシーが来る。
予定変更して朝からタクシーに乗って新大阪へ。

新幹線に乗ったら隣席がいないのでラッキーと思ったのもつかの間、ふと気づけば縫物しなくてはならん状況に。
一泊の場合、基礎化粧関係は簡易な「お試しもの」を使うのだが、今回何故かそれすら面倒になって、いつもの「基礎化粧品一式・ナイフ・爪切り・裁縫道具などなど」ポーチを放り込んでたのが功を奏した。
揺れる新幹線のぞみ号の中で針孔に糸を通し、チクチク…助かりました。

東京へつくと意外と涼しいのも驚きだが、まあ大阪とは違うわな。
というわけでいつものロッカーに鞄を放り込み、まずは丸ノ内線へ。
そこからジャンプのスタンプラリーに参加する。


始まりの東京駅がデスノート。

そこからわたくしは湯島に出た。
今年実は蓮を見てないんだよな。近所の蓮池も睡蓮池もご無沙汰。
だから不忍池で見ましょう。


綺麗でした。

蓮池見ながらぐるりと歩き、久しぶりに東大の構内へ。


ああ、いい建物だ。

次に弥生美術館へ。
鏡花作品を球体関節の人形で表現した展覧会を見る。
吉田良とその一門。
これまで辻村ジュサブロー、ホリ・ヒロシのは見ていたが、他の作家のは初めて。
やっぱり鏡花作品は生身の人間ではなく人形または絵でないとダメだ。

華宵の挿絵・夢二のコマ絵など見てから坂を下り乃木坂へ向かうが、風の強さに負けて日傘の糸が取れた。
本日二度目の車内裁縫。チクチクチクチク…
よくやるぜ。

乃木坂からサントリー。乃木坂といえば春に素晴らしい桜を見たな…
琉球の宝物の素晴らしいのを見て、感嘆するばかり。
そしてその歴史の重さにも苦しむ。
インカ帝国を思い出すんだよなあ…
むろん島津はスペインな。

こんなのも見た。



太田浮世絵では芳幾。やっぱり無残絵がいい。ほかはちょっと面白くないのもある。
明治からのがいい。
上野はあきらめ、ジャンプラリーを優先する。
小竹向原―池袋―王子――荻窪てら東京へ戻り、宿へ行く。
初日ここまで。

二日目、今までこの定宿で食べたことのないほどまずいものを食べてしまった。
これはいつもの人じゃないからか。うーーーーん…
ちょっとあかんやろ、これは。

今朝は時間ないのでまた今度。
というわけでロッカーに荷物放り込んでから浦安―高田馬場経由で竹橋の公文書館。
平家物語な。元々大好きだからすごく楽しかった。

中華のランチ。隣席の人が母親に自分が最後のひと口を食べられない話をしている。
これはよくあることだという話を。
わーかーるーナカーマよ!!!
そうだよなあ。

出光美術館ではいい名所図を大量に見てご機嫌になる。
楽しいもんです。

有楽町―新富町とスタンプラリーして、築地まで歩き、六本木でスタンプしてから神谷町のホテルオークラ「動物たちの息吹」展。
これはもうほんと24年間の内22回見てるんよ。
いいものを見せてもらいました。

最後は東京STギャラリーでいわさきちひろ展。
色々と考えさせられることの多い内容だった。
ちひろの平和思想をわたしたちも大切にしたい。

タイムアップ、帰りました。
あーしんど…
次は来週ね。

大和文華館の日本漆工 

先日からツイッターで漆器がjapanか否かという議論が飛び交っていて、明確なところは今のわたしにはわからないままだ。
わたしはjapanと習ったように思うが、今は変わったのかもしれないので、何も反応しなかった。
で、今回の展覧会はその漆器が主人公なのである。
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副題を紹介する。。
「特別出陳 酒井抱一下絵・原羊遊斎蒔絵作品」
そう、二人のコラボ作品がずらりと並ぶのだ。
大和文華館所蔵の名品と特に抱一+羊遊斎のコラボ作品を楽しむ仕様になっている。
素晴らしい企画展だと思う。
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奈良時代から江戸時代までの漆器を大いに堪能した。

黒漆漆皮品 奈良  「漆皮」とは獣皮を湿らせて木型にはめ乾燥させたもの、素地にそれが浮いている。

黒漆八足机 室町  足は左右それぞれに四本ずつ。シカの足がモデルらしいが膝カックンされたように見えるなあ。

室町時代の根来塗がずらり。なかなか壮観。
お椀は入れ子構造で、合子が並ぶ。入子作りにした合子。引入合子。「挽入」ともいう。ヒキレと発音。

楪子(ちゃつ)もある。これは懐石道具の一つ。端反りで丸く浅い木皿に台つきのもの。
これに対し深い椀構造のものは豆子(ずつ)という。
詳しくはこちら

字自体はユズリハに子だが、この「子」は「ス」または「ツ」だから唐音になるのか。
しかしユズリハは和名か。………
本体だけでなく、言葉そのものにも関心がわきだすと、無限に楽しみが生まれる。

珍しいのが根来塗の茶杓。どう見ても「SWE1」のダース・モール…なんとなくこの茶杓振り回したくなってきた。いや実際にダース・モールは長いダブル=ブレード・ライトセーバーを武器にしてるし、あれに似てるのよねえ。

指樽がある。さしだる。これは箱型が特徴で、角樽・柳樽のブームに押されて地方に流れ、そちらでだけで生き延びたそう。
月桂冠のサイトに詳しい歴史がある。こちら

朱漆絵蓬莱文瓶子 江戸  蓬莱文なので鶴亀がいるが、鶴の足元にいる亀、なかなか怖い目つき。
これを見て小出楢重が珍しく日本画で蓬莱文を描いていたのを思い出したが、あの鶴と亀も妙な顔つきだった。
てっきり小出の趣味かと思ったが、もしかするとこれらと同じ理由なのかもしれない。

江戸時代のカラフルな漆器をみる。
彩漆絵波兎文盆  謡曲「竹生島」の「月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色や」からの波兎。
これは本当に人気で、実に多くの作例がある。
ここのウサギは二羽いて、耳がやたらと長く、追いかけるウサギと見返るウサギとがいる。
仲良さそうで結構なことだ。
この日は近隣の小学生たちの合同校外学習日らしく、各々好きな作品をスケッチしていた。
丁度このウサギたちを模写する坊やがいて、なかなかうまいのには感心した。
「きみ、巧いな」とほめると照れていた。
絵はその後ショップの壁面に展示されていた。

彩漆絵瓜文盆  カラフルな瓜。重い色合いだが。緑の表面に黄色の葉っぱ。漆絵はやはり色が重くなるな。

彩漆絵薄鶉文盆  こちらの薄は黒線に黄色の露玉が光る。鶉は朱色で半ば背を見せているのも珍しい。

彩漆絵秋草蝶文盆  四羽の蝶が並んで降りてくる。銀の花へ向かって。

秀衡塗もあった。ここにあるのは黒地に朱・緑・黄色で大胆な絵を描き、更に金箔も使用という華やかなもの。
かつての黄金時代の名残というものを感じる。

津軽塗というのも初めて見た。これはとても手間のかかる工程を経て完成するそうだ。
卵白を使うというので、テンペラ画とは逆である。あちらは卵黄使用。
全卵を使うのが味の素で、キューピーは卵黄のみ。…マヨネーズの話。

鎌倉彫のよいのも並ぶ。
それで面白いことを知る。
合子だが桃山時代までは「ごうし」、それ以降の近世では「ごうす」と変化したそう。
ただ、わたしではその判例を調べきれない。辞典を見ても「ごうす、またはごうし」とあるのを見るばかり。
転換期が桃山時代以降の江戸初期なのは確かだろうが、何があったのか。
政治体制の変化と関係があるのか、鎖国とも関係があるのか。
知らないことが多く、まだまだ学ぶことも多い。

鎌倉彫手箪笥  扉の内側にも丁寧な仕事がされている。雲鶴文もみえる。金具は蝙蝠。吉祥文ですね、決して吸血鬼の手下ではない。
これには付属品として硯箱もついているが、そちらには釣り人や高士の姿が刻まれている。

可愛いのがある。
鎌倉彫水鳥文香合  ふっくらして目も大きい小鳥。見返り。
鎌倉彫螽斯文香合  こちらは螽斯そう、きりぎりす。
堆黒蟹文香合  これもお仲間。蟹と何かの植物。どういう取り合わせが定番なのだろう。芭蕉だろうか、菊だろうか。

今は新作はダメな象牙や玳瑁の加工品もある。
ダメでええねん、したらあかん。ゾウさんも亀やんも自然に死なせてあげたい。
その後のんならともかく、生きてるのを停止させるな、ヒトの欲で。

螺鈿も好きだが青貝細工も本当に好きだ。綺麗よなあ。
中に特に気に入ったのが現れる。
これですこれ。
銅板地螺鈿花鳥文説相箱 平安  ことりさんらのいる箱ね。
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螺鈿蒔絵花鳥文机 桃山  こちらは四季の小鳥がいる。

蒔絵の名品もずらり。
蒔絵蝶文鏡巣 室町  内部にヒラヒラと…

高台寺蒔絵も何点か。
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高台寺蒔絵に関して小村雪岱が随筆「日本橋檜物町」でいいことを書いている。
それを読んでから高台寺蒔絵を見るようになった。彼の影響下にあることをわるくは思わない。
というより、高台寺蒔絵がニガテだったので、その文を読んでから高台寺蒔絵の良さに気づけたということだ。
何事も先達は大事とかなんとか兼好法師だって言うたし。

蒔絵椿紫陽花文堤重 江戸  これも特に好きなもの。今回は紫陽花の面ではなく椿の面が出ていた。重箱の蓋には猩々の絵もある。一人で酒飲んでいた。
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蒔絵尾花蝶文折文箱 江戸  この箱の形態は「崩経箱」ともいうそうで、なるほど、こういう構造は他にも見ているが、そういう名称もあるのかと納得。
蝶も薄も繊細な絵柄でよろしい。江戸の美意識というもの。

蒔絵葡萄栗鼠文手箱 江戸  珍しく可愛らしく描かれた栗鼠。
鶉文の硯箱もあるがそちらはなかなかコワモテだった。

蒔絵阿亀文枕形根付 松翠 江戸  梶川家一門だという。梅、シイタケなどが描かれているのも面白い。

沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒 伝本阿弥光悦  ほんまに綺麗でかわいい。
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ふざけてるというかなんというか、是真の黒漆墨形根付もある。これはもうほんと、フェイクというよりフィギュアだな。

さて特別出陳:酒井抱一下絵・原羊遊斎蒔絵作品の特集。
竹製蒔絵椿柳文茶入 酒井抱一図案・原羊遊斎作
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実物は大して大きくないが、素晴らしい名品。
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蓋の所のこの椿絵も含まれた図案集も。1801年のノート。
絵もいいが、こうした図案のいいひとは後世にもいて、特に洋画家の浅井忠などは優れていた。ミュシャもそう。夢二もそう。非水もいる。
方向性は全然違うが、光琳、抱一の後の世にそうした人たちがいたのはやはり嬉しい。

草花蒔絵五つ組杯 大阪市立美術館  実によくてね。
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ほしいなあ。


面白いものもある。
枕形硯箱 1820年頃  なんと獏の絵。裏には萩。枕と言えば獏ということですな。夢枕獏。面白い。
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他にも春草やモミジ、秋草、菊桐がモチーフになったものも。
印籠に文刀、炉縁などなど。
羊遊斎は不昧公好みの作品も多く拵え、その後は抱一と組んで大ヒットした。
近世の工芸の美を大いに味わわせてくれたのだ。
ありがとう。

綺麗なものが多く集まる展覧会だった。

茶の道にみちびかれ @中之島香雪美術館開館記念展3

中之島香雪美術館開館記念展も第三期に来た。
「茶の道にみちびかれ」として、茶道具関連の名品が並ぶ。
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村山龍平がいた時代は近代茶道のルネサンス期だと思う。その時期に彼がいてよかった。
同時代の大茶人は皆それこそ綺羅星。益田鈍翁をはじめ凄いメンバーがいて、彼らが第一期として小林逸翁らが第二期、その後も凄い茶人が続いて、明治から昭和半ばまでの半世紀以上、本当にとんでもなく茶道にとって素晴らしい時代となった。

良い道具というものはやはり「時代」によって見出される。その時代にいた人々の目によって見出されるのだ。
展示品の数々を見ながらそのようなことを考えた。

最初に現れたのは籠だった。桂籠花入、桃山時代のもの。桂川の漁業の人から利休、伝世して宗旦そして写しを7つも拵えた山田宗偏。魚籠から花入への転身。
これはなかなか血腥い逸話があり、赤穂浪士がこの籠を吉良の首と見せかけて風呂敷包みにし、高々と掲げながら行進したそう。
初めてこの籠をみたとき、人の首というのは魚籠でごまかせたり、スイカでも代用出来るんだと思ったものだ。
(スイカ…「ジャッカルの日」で殺し屋ジャッカルがスイカを木に吊り下げ、標的ドゴールの首に仮定して射撃訓練をした)

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1. 村山龍平主催の第三回十八会
この「十八会」というのは大阪の実業家18人の集まった茶会で村山が主催したそう。
大体茶会には面白い逸話があるもので、そのあたりの紹介が少しばかりあったが、もっと出ていればよかったのに。

龍泉窯 青磁刻花牡丹瑞果文壺 明代 15世紀  刻まれた花や実はふっくら。桃に霊芝に牡丹。釉薬も濃い目。

景徳鎮窯 五彩雲鶴文瓢形振出 明代 17世紀  小さくてしっかりしている。

伊賀 耳付花入 銘・慶雲 桃山時代  ああ、こういうのを「へうげもの」とかいうのかなあ。腹が押されて「ぐう」とか言いそうなやきもの。

神先紹和 木賊・蕨図屏風 1797頃  茶人の絵。これがよろしい。金地に木賊がずらずら並ぶ。その裏に銀地に蕨が並ぶそう。
わたしは特に背景に何もない地に横長に植物が並び続けるのが好きなの。

松村景文 箭竹図  前月のカレンダーに使われていた。いかにも清々しく優しく、夏の座敷にぴったり。
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2.壬生光悦会
茶人はいろいろ楽しい会を催す。

伝・光悦 日月図屏風 六曲一双  右に日・左に月。金地なのも時代だな。
そういえば銀の魅力が金に勝るようになったというか、銀の人気が高くなったのは化政期以降からかな。
抱一は銀の美を知っていた。

このとき使われたお道具が並ぶが、先のよりこちらの方がすっきりした良さを感じる。
やはり20年後の会だからかもしれない。


3.玄庵残茶会
こちらはわたし好みのものも多いな…
ひとさまの茶会の茶道具を見てどーのこーの言えるのも、後世の者の一得かもしれない。
なにしろその持ち主が現役ならば、到底見せてもらえることはなさそうだからだ。

備前 十角鉢 桃山時代  ああ見込みに「ぼた餅」4つ。可愛いな。

祥瑞捻文鉢のいいのがある。これはもう大体が好きだ。

薮内竹猗 千本松風炉先屏風 江戸-明治  こういう松が延々というのもいい。
この人は皇女和宮の茶道指南役を勤めていて、御降嫁の際にはその調度品の茶道具一式を誂えたそう。

あとはもう優品・名品がずらり。
贅沢な眺め。
乾山の色絵立葵文透鉢、光悦の黒樂あたりがたいへん好ましい。
そしてこれ。
回也香合
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瓢に絵付け。可愛いなあ。

ほかにも浮世絵がある。
いいものを見せて貰えてありがたい。

9/2まで。

追加


花卉賞玩 琳派のデザインと花入の展開

時々チラシに呼ばれることがある。
このチラシを見たら、何としてでも湯木美術館に行かなくてはならなくなった。
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時間がなかったので、7日の昼に退社して出向いた。

「花卉賞玩」特に何も手を加えずとも一発変換した。
それだけでもいいな。

湯木美術館の所蔵する器は実際に使われている。
料理の盛り付け写真が壁面にパネル展示されているので、それを見て生唾を飲み込んでから展示室へ入る。
稀代の料理人・湯木貞一の手を・目を・美意識を常に思いながら作品を眺める。

銹絵春草文蓋茶碗 乾山焼  10客の内の1がある。二条丁子屋町時代のもの。
鉄釉に呉須で絵付け。蕨・菫・羊歯・土筆の絵。白泥に白濁釉。器の内外に生える(映える)春草たち。愛らしい。
この器を使い湯木さんは春若芋・隠元・椎茸の炊き合わせを盛り付けた。

色絵水仙透鉢 乾山焼  これも好きな器。乾山好いなあ、つくづく。
茶席で水仙の文様を使うときには「冬は白水仙・春は黄水仙」というきまりがあるそうだ。
いいことを学べた。つまりこの器は冬向けの物。

銹絵染付水仙の絵向付/銹絵染付松の絵向付 乾山焼  二つの◇型向付。灰色の化粧土を塗り、更に山形を二つ重ねた白化粧の上に鉄釉と染付で絵付け。

色絵秋草文敷瓦 乾山焼  けっこう大きいタイル。26x26x3cm 白と青で〇に・をつけた「光琳菊」が咲き乱れる様を表現。
これは茶席で使うもの。ステキだなあ。
…ふと思ったが、舶来ものが好きな小林一三だと、この敷瓦もマヨルカのものを使ったかもしれないな。

抱一の短冊がある。屠龍サインのもの。
 朝顔の 明日待たるる つぼみ数  
蔓の絡む細い棒と青い朝顔の絵が下に描かれている。

 梅一里 それから先は 波の音 
これもいい感じ。

銹絵染付楓之絵鉢 高橋道八  道八の息子の方である。灰青色の器の見込みいっぱいに銹絵と染付で描かれた楓が貼りついている。まるで子供が綺麗な葉っぱを集めて喜んでここに収めたかのような、素直な喜びと幸せがある。

名人は昭和初期から中期にも生きていた。
八代白井半七という写しの上手がいた。湯木さんはこの人に多くの写しを拵えさせたそう。
ここでは三つばかり。
色絵秋草文茶碗  萩と薄、そこに赤と金が散る。
雲錦手鉢  桜型の透かしが少々入る。胡粉が盛り上がるように白い花がふくらむ。
白梅図鉢  内に一輪、外には枝も。
箱書きに湯木さんの手で「八世之思い出」とある。
親しいひとへの追悼の想い。

チラシの中央に陣取る唐物の花卉が現れた。
唐物古銅桔梗口花入 明 14-15世紀 東山御物  耳は獣、胴に細かい文様。これはあの「真・猫侍」ともいうべき佐久間将監の所蔵品。足利義政―武野紹鴎―利休―佐久間将監。

古銅ソロリ花入 明 14-15世紀  これはとても細いもので以前からどんな花を生けたのか気になっている物。
ソロリは「徐」または「曽呂利」または「汰り」か。

砂張釣舟花入 東南アジア 15-16世紀  とても小ぶりな釣舟。12x10x7.7. 元は仏具だったらしいがどこに使ったのだろう。

古銅経筒花入 平安 12世紀  転用したものでだいぶ錆びついている。なかなか見どころの多い花入。

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少し面白い花入が並ぶ。 
古備前花入  片に立った波の文様が続く。
瓢花入 片桐石州  くりぬいたもの。
信楽蹲花入 銘・くたぶれ物  かなりゴワゴワ。
これの写しらしきものもある。
青交趾尺八花入 永楽即全  綺麗な青い釉薬…

扇面流図屏風 鈴木其一  モノクロの画像だが、現物はカラフル。
こちらは左。
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紅葉・紫式部・ひまわり・千鳥・菊・・・
右は富士・桜・梅・紫陽花・花菖蒲・伊勢絵(禊)などなど。

松梅に鶴図 渡辺始興  細い松を右手に寄せ、白梅が咲き、民家の屋根がのぞく。そして山の向こうからか鶴が来る。
昔の日本の風景だったのだろうなあ。

綺麗な香合がいくつか。
秋草蒔絵香合 黒に金の豪奢さは高台寺蒔絵。
交趾桜鯉香合 明 15-17世紀  下は黄色、上は緑と紫。すごい配色やなあ…
色絵冊子形香合 仁清窯  本の表紙には「若紫」の文字。愛らしい。
銹絵染付槍梅文香合 乾山焼  可愛いなあ。
絵唐津あやめ文香合 室町―江戸  くっきりとアヤメが一輪。

本当に香合は可愛い。

梅蓋物 長入 薄黄色のふっくら梅形鉢に☆型の蓋。こちらは深い緑。ガラス鉢でこんなのを持っているが、梅のふっくらさはガラスもやきものも共に素敵だ。

呉須赤絵写向付 永楽妙全  可愛いな。

呉須染付芙蓉手大皿 明 17世紀  アヒルvs鴨の絵がある。
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水指縁金ギヤマン四方  意外に大きい。パネル写真では車エビ・活霜降り鮑・粗削りのアスパラ・よりうにのあちゃら が盛り付けられていた。

ああ、とても満足した。
いいものを見て気分がいい。

8/12まで。 
   

「マカロニほうれん荘」原画展で流れていた曲を少しばかり集める

「マカロニほうれん荘」原画展ではずっとカッコいいハードロックが流れ続けていた。
これは作者による選曲ということで、直筆でラインナップが記されていた。

現代は欧米のロックは日本ではあまり聴かれなくなってしまったが、1980年代後半いや90年代初期あたりまではたいへん人気も高かった。
こんなわたしですらも80年代はMTVを熱心に聴いていたし、雑誌も読んだり、PVも見たりしていたのだ。
ウソのようなホントの話。

それでちょっとばかり再現をしたい。
今の世の中はyoutubeというありがたいものがあるので、それを集めてみる。

ブルーオイスターカルト 死神



ブルーオイスターカルト ETI


 
ヴァン・ヘイレン You Really Got Me



REOスピードワゴン Stillness of the Night  真夜中の誓い



Eagles - Lyin' Eyes



ナザレス ブロークンダウン エンジェル



Iron Maiden - The Trooper



Aerosmith Back In The Saddle


他にもとてもたくさんあるが、いちおうここまで。
これらの曲が流れる中で「マカロニほうれん荘」の原画を見るのはそれこそ、ロックだぜ!という感じがある。
是非体感してほしい。

「マカロニほうれん荘」原画展にゆく

とうとう見ることが出来た。
東京展の初日、大阪へ帰る時間を気にしながらわざわざ中野に飛んで行ったら、急遽整理券配布ということになっていて見ることが出来ず、それHPになかったやん…とすごすごと立ち去ることになった。

あれから少しの歳月が経ち、ついに大阪へも「マカロニほうれん荘」の原画展がきた。
誕生日の午後、わたしは昼から退社してあべのアンドへ出向き、気儘に原画展を堪能した。
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鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」は1977-1979年に少年チャンピオンで連載していた。
当時のチャンピオン誌の面白さは凄かった。
がきデカ、ドカベン、ブラックジャック、エコエコアザラク、手っちゃん、花のよたろう、そしてこのマカロニほうれん荘。
小学生のわたしにはついていけないギャグも少なからずあったが、それにしても面白かった。

マカロニの新しいところはまず絵にあったと思う。
きんどーさんは見るからにギャグのキャラだが、トシちゃんは一見したところかなりのハンサムで、美形好きなわたしはときめいたのだが、それがいきなり口は◇、言動が突飛になる。いや、ハンサムなまま言動は変なのもある。
いきなり体型が変わるのはたがみよしひさが元祖のようにも思えるが、鴨川つばめの方が2年くらい早いかと思う。

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第一話のカラーページ
自己紹介シーンだけでも面白かった。

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修整の痕すら見られない。


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きんどーちゃんもトシちゃんもそうじくんをいじるだけいじり倒すのだが、その不条理に対し、そうじ君は泣き寝入りするだけでなく、段々と受け入れてゆく。


女の子の可愛さというのもよかった。ファッショナブルで可愛らしい女の子を描く力が高いヒトだとその当時から思っていた。
江口寿史、鳥山明、そして鴨川つばめ。この三人が少年マンガにそんな少女を送り込んだのだ。

同時にこのページなどでわかるようにいきなり戦争ネタになるのが妙にすごかった。
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トシちゃんを慕うルミちゃんは面白いキャラで、「たまりませんわ」というのが口癖だった。そしてとてもノリがよく、この二人組の破天荒なギャグに平気で乗る。
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何故か人間花火となり「トシちゃんかんげきー!」と騒ぐまくるトシちゃんと隠れてしまったきんどーちゃん。
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不条理なギャグがとても多い。
いきなり事故、何故かロボット、そしてあっという間に葬式という流れ。
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こういう流れが面白くてならなかった。
一コマ一コマに連続性と不連続性があり、それが同居しているところに刺された。

大人になった今、このギャグにドキッとした。
当時はきちんとわかっていなかったと思う、「プリティベイビー」は知っていても。
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この目元を隠したハンサムな男性は童話作家であり、しかもトシちゃんの別な姿なのでもある。
トシちゃんはついに最後まで目元を隠しぬく。


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改めてこの絵を見てその修正のなさにびっくりした。
更にこの絵の中には様々な要素が描かれていることにも今になって気づいた。
中にはフェルナン・レジェやムンクらしいものまで。
単行本6巻か7巻に美術の話が出てきて、名画になにかしらいらないことを足すというギャグがあった。
それも今から思えばいいラインナップなので、それだけでも面白かった。

イラストを見る。
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カット絵が一つ一つかっこいい。


表紙絵にしてもこのセンス。どきっとした。
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戦中らしき時代のたぶん満州あたりのどこかの街角、そこにきんどーちゃんがいることの妙な面白さ。


こちらは中原淳一の戦後の画風な少女を配し、そこへちょっとレトロっぽい装いの三人の少女。
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そしてこんな表紙絵もある。原画にもびっくりしたが、雑誌掲載された版を挙げる。
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今見るとヤバイものばかり。
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このナースが自分で注射する絵はどうやら実際には使われなかったようである。
チャーリー・ブラウンなトシちゃんもいる…

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めちゃくちゃかっこいい。


画力の高さについて、このページを挙げる。
一コマ一コマを完璧に仕立てあげていることに、そして一切の修正がないことにもただただ驚く。
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最初のコマである。
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とても綺麗だと思う。そしてこの地形もここから推察できる。情景と情報がここに含まれている。


不謹慎と言うかけっこう残酷なのもある。
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この後の展開がけっこう衝撃的だったのだ。


なおこちらは「ほうれん荘」のモデルのアパート
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そして会場内ではハードロックが流れ続けていた。
その選曲は全て作者本人。
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ロック魂は絵に活きる。
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こちらは現在の絵。クレパスだろうか。
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下段はファンレターのスクラップである。
40年以上こうして大切に保管されていたのだ。

実際あの当時、クラスの男子たちはしょっちゅうマカロニの絵を描いていた。
キモチはとてもよくわかる。

またストーリーはあってなきが如くなものも多い一方で、7巻収録のそうじへの片思いからとんでもないいいがかりをつけ冤罪をかぶせる幼い少女の話があり、その時はきんどーちゃんもトシちゃんも擁護し、解決へ向かう働きを見せる。
とはいえ人情話はまずないように思う。そこがまたかっこよかったが、ときにこういう胸を刺す話があるのもすごかった。

今でも単行本は容易に手に入る。
ずっと刊行され続けているからだ。
すごいことだと思った。
数十年ぶりに間近に作品をみて、その面白さが新たにこちらを衝いた。
今でないとわからないニュアンスも多い。
また一から読みたい。

凄い原画展をありがとう、と言いたい。
8/26まで。ぜひ!

「空から見る相模と日本 鳥瞰図の系譜」 @藤澤浮世絵館 その5 

江戸から明治へ。
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明治22年の鎌倉江ノ島一覧図
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名前の入ったのは「頼朝屋敷」「上杉定正ヤシキ」「親王屋敷」「梶原ヤシキ」など。あれかな、家来系はカナなのか。


三代広重 流行車尽くし廻り双六 1870
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ああ、なんとなくわかる。


こちらは汽車も走っている。
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富士山真景全図 1848
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まだ黒船来航前
ちょっとだけ立版古ぽい。


東海道を往来することもある越中富山の薬売り。
これは薬売りが持っていたもの
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紙風船、貰った子供は嬉しかったろう。

こちらは薬売りが大人向けにあげてた版画
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最後は江ノ島弁天夜景
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ああ、こんなの見てるとやっぱり江ノ島に行きたいわ。

「空から見る相模と日本 鳥瞰図の系譜」 @藤澤浮世絵館 その4「東海名所 改正道中記」

少し前に続けたシリーズの再開です。
前回は吉田初三郎の鳥瞰図。今回は明治の浮世絵。

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三代広重「東海名所 改正道中記」1875
この広重は明治の新しいものを鮮烈に描いたヒト。
初代広重の娘婿。
一ノ関圭「茶箱広重」では二代広重に対し、なかなかワルい面を見せてるが、夫婦仲はかなりよく、仕事も成功している。
生まれたばかりの鏑木清方は近くに住んでいたこの夫婦からとても可愛がられたそう。

明治8年の連作。
明治も8年過ぎると新しいものが身近なものになってくる。

9 平塚 馬入川の渡し
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新しい絵の具で明るい仕上がりになっただけでなく、富士山や振り分け荷物に道中合羽の旅人スタイルの、いかにも江戸な風景でありつつも、渡し舟には人力車が乗っている。
そこが明治なのだ。


11 小田原 酒匂川の仮ばし
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箱根の山は天下の嶮…ああ、この歌も明治34年、20世紀の歌か。
人力車に洋傘の客がいる。


14 沼津 足柄山の景
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わんこ可愛い。右端には電柱らしきものが立ち、ケーブルも…


22 静岡 安倍川橋
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川の中に電信柱が。鞠子まで1丁、近い。ここの茶店で名物・安倍川餅を食べるか・鞠子でとろろ汁を食べるか。
昭和5年に自動車で関西旅行をした清方夫婦はとろろ汁を食べたため、安倍川餅を食べ損ねたそうだ。
…わたしなら両方食べるがなあ。


51 関 参宮道の追分
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今も残る建物たち。重要伝統的建造物群保存地区として大事にされている。


今は入れ替わってまた違う宿場の絵が出ているようだ。

続く。

「藤澤山の伝承」 ―遊行寺の名宝

少し前に終わってしまったが、好ましい展覧会だったので感想を挙げる。
遊行寺宝物殿の名宝展である。
残念ながらリストどころかチラシもないので、資料としても残しておくべきだと思った。
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遊行寺と言えば小栗判官だと思う気持ちがわたしにはある。
遊行七恵と名乗る以上は遊行寺を推したい。

松本楓湖 小栗之図  横山家から強いられた鬼鹿毛乗馬の中で、馬術の腕を披露する小栗。鬼鹿毛も「一馬場」と頼まれ、更には死後の供養も約束されただけでなく、小栗の重瞳と額に浮かぶ「米」の字の威力に負けて、彼を乗せて妙技を披露する。
小栗の顔は北斎の肉筆画風。鬼鹿毛は顎を引いて端正に碁盤に乗る。

南北朝時代の一遍図  左に六字名号、右に裸足の一遍上人。お札配りの最中の様子。お札配りは「賦算」という。どういう意味かを調べるとwikiにはこう出ていた。
「賦算(ふさん)とは、時宗において「南無阿弥陀仏、決定往生六十万人」と記した札「念仏札」を配ること。」


田中親美の「一遍上人縁起絵巻」模写をみる。場所は龍ノ口。左に海が広がる。右には日焼けした真っ黒な上人と群衆が半円に集まる。お堂の座敷を前にして。
ちょっと調べたら「遊行上人絵伝」の名で田中自ら東博に模写したのを寄贈している。
これの正式名称は後者なのかな。…一遍にはたくさんの絵巻があるからなあ。

天皇の綸旨が並ぶ。荼毘紙か、色は薄暗い。
後円融、後小松、土御門、正親町…いずれも国家安全祈願。他阿上人御房。

宗派は違うが役行者ご一行絵がある。室町時代 みんなで座る様子。一休みなのか会話しているのかまではわからない。

江戸初期の「伝馬朱印状」もいくつか。これが何かというと江戸幕府の出したもので…
詳しくは国土交通省 関東地方整備局 横浜国道事務所のサイトを見るのがいい。
そう、国土交通省のというのがヒント。なるほどなあ。
こちら

宇賀神の社の飾り板がある。凄い木彫。奥行きがある。
絵柄は勧進帳で、安宅関と後に義経に謝る弁慶たちの2場面。丸まっちぃ図様で可愛い。
江戸の初期から中期位だろうか。

1774年9月29日 沖山出開帳絵図書留 53代尊如上人の遊行  所持品紹介。これが面白いというか、ぞわぞわ系。
縁起絵、「太子自筆」のなにか、俵の藤太の舎利塔、「ためいきの面」、星の硯、実盛兜、「かじめの杓子」…

こちらは2年前の展覧会ポスター
ここに出ていたものが今回久しぶりに現れたらしい。
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このうちの「かじめの杓子」とは何かと言うと、搗布という海藻の杓子らしい。
それで改めて調べると、尾道に伝わる伝承があった。
託何上人が海上で嵐に遭い、罪業を悔やむ龍神に六文字を唱えることを教えたところ、夢に白髯の老人が現れ龍神だと名乗り、お礼に「一粒万倍かじめの杓子」をくれたそうだ。
少ない量でも大量になる…
基督もたしか目前の大群衆に魚やワインをふるまってたが、なにかこうしたのがあったのかな…

「ためいきの面」は赤い顔に黒髪の面。これについてはこんな記述を見つけた。
・新編相模国風土記稿による清浄光寺の縁起
「檜墻女假面一面(一名溜息面と云ふ、筥中に在て大息の音外に聞ゆとなり、上杉大正大弼綱憲の臣、藤澤の人甘粕大膳政繼家蔵せしを、遊行四十二世、南門の十念、得脱の寶賽として、寛文九年五月奉納す、事は面の裏書に詳なり、延享元年十一月、加州金澤の人、菅原長雄極め添り、越中國氷見濱の隠者某、永和中の作と記す、)
こちらからの引用。
この面、本当は増女だったのか?ちょっとそこらがよくわからない。しかし綺麗なのは綺麗。
展示の解説には直江氏寄進とあった。夜な夜な汗をかいてはため息をつくお面。

「星の硯」 端渓硯で夜露がたまるそうな。眼柱の立つ硯。 …これで墨とかすれるのか???

錦絵も色々。
やっぱり小栗関係のが多い。
広貞 小栗と鬼鹿毛の出会い
国芳 五十三対 熊野で復活の図。背後に滝。
国貞 ポスターの小栗満重
芳年 馬上から横山父娘をみる小栗。これはちょっとばかり
「ヤァレ鬼三太、我れと汝れとはかく身をやつし」ぽいな。

小栗関係のをみる。
・実記の方の照手姫が満重の供養をする。彼女は1440年10月14日に往生。持仏は聖観音。うねる岩に立つ。
・一代記、外伝といった読み本
・閻魔王の王印 渦巻ぽい。
・鐙など
・小栗一代記略図 たいへん好きなもの。久しぶりに再会。
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4年ほど前に見た「遊行寺とおぐり」展での色々がある。
当時の感想はこちら

修験者からの寄進やなんだかんだ集まった不思議ものはまだある。
鬼の牙 後世になって調べたところ「パイプウニの棘」「熊の犬歯」「マッコークジラの歯」「犀の臼歯」だったそう。

天狗の爪 化石。青鮫の歯。カルカロクレス・メガロドンの歯。カルカロクレス・メガロドンとは何か。ムカシオオホホジロザメのことだそう。

ああ、色々と面白かった。
また好みの展示の時に行こう。

幻想の新宿 ―月岡芳年 錦絵で読み解く四谷怪談ー

先日「みほとけ」の記事を挙げたので、今日はホトケの話で行こう。←チガウ
「幻想の新宿 ―月岡芳年 錦絵で読み解く 四谷怪談―」
八月だしホラーね。←何の脈絡があるのだー
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新宿歴博の企画展は大概面白いし「あっ!この発想はなかった」なのもある。
今回は四谷怪談を中心にした新宿にまつわる怪異な伝承を集めた展示。
以下、サイトからの引用。
「新宿区に伝わる数々の伝説の中で最も有名なものが、左門町に暮らした「お岩様」にまつわるものです。江戸時代に四代目鶴屋南北が戯曲「東海道四谷怪談」の着想源とし大評判を博したことで、伝説は広く浸透しました。
幕末から明治にかけて活躍した絵師・月岡芳年は、幻想や怪異を主題とした作品を多く手がけ、その墓は新宿区にあります。本展では晩年に手がけたシリーズ「新形三十六怪撰」を、前期・後期に分けて三十六点全て展示します。淡い色彩で静謐に幻想を描く本シリーズの中でも、四谷怪談を主題にした一枚は、伊右衛門の帰宅を待つお岩様の嫉妬心を高度な表現で描いた傑作です。
本展では四谷怪談を中心に怪談・奇譚を主題とした錦絵を展示するとともに、芳年と親交があり怪談噺の名人として知られた三遊亭円朝、そして小泉八雲や泉鏡花といった新宿ゆかりの文学者たちの資料を展示し、新宿という土地に刻まれた幻想を掘りおこします。」


楽しいなあ。
日本を代表する怨霊・お岩さん…いや、ここではやはり「お岩様」とゆこう、彼女を中心に様々な新宿の奇怪な話をみる。

まずは現在の新宿区の地図に往時の怪談の現場を載せたのを見る。
丁寧に場所の特定もされ、それぞれ物語も簡単に記されている。
この地図を持って季節のいい頃に新宿を探検するのも楽しかろう。
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地図の中にある大蛇の絵は何かと言うと「十二社の大蛇」で、詳しくはこちらのサイトに。
紀州出身の鈴木氏が新宿を開いたのか…
紀州の鈴木と言えば雑賀孫一の本姓も鈴木だったな。
鈴木主水もここらの関係か??

1. 新宿の伝説・伝承
新宿が今のような繁華な様子を見せるようになったのは、やはり関東大震災以降だそう。
それ以前は宿場の内藤新宿があったが、それが今の新宿の全てではない。
ところでわたしはお江戸のヒトではないのでここで新宿の伝説・伝承をちょっとばかり挙げる。
その方が後の話に都合がいいのだ。

・家康が「馬一息で駆け巡るだけの範囲を与える」と伝えたため、内藤清成は馬に乗り榎の大木を中心に東は四谷、西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保におよぶ範囲を駆け、その馬はついに倒れて、まもなく死んでしまったそうだ。

・太宗寺は、江戸六地蔵のひとつに数えられ、また閻魔像・奪衣婆像が安置されており、庶民の信仰を集めていた。ある時泥棒がはいり閻魔の目を取ろうとすると、その目の光にヤラレて動けなくなり、難なく捕まったそう。
まさに「眼からビーム」ですな。

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その閻魔さまの眼が転がっている絵が右に。
歌川芳豊 さてはえんまの目をとりて… 

左は国芳。仲良しの太宗寺の奪衣婆と近所のお稲荷さん。遊び方がこれというのもどうなんだとは思いつつ。

2.錦絵で読み解く四谷怪談
このジャンルだけでいい展覧会が開けるのが凄いよなあ。
元々は忠臣蔵外伝と言う「世界」設定なんだけど、そこに色と欲を放り込んでドライさを足した南北御大の大傑作。
絵師たちがいい絵をどんどん描いたのも素晴らしい。

イメージ (1208)

伊右衛門だけでなくけっこう直助の絵が多いな。
直助は因果律に負けたので、その点では黙阿弥的キャラかもしれない。
伊右衛門は間違っても黙阿弥世界には現れないけれど。

錦絵とパネル展示とがあり、どちらもいい。

戸板返し、隠亡堀、庵室前の陰火、髪梳き…
いいシーンが多いので、いい絵も多い。

国貞、国芳、国周らの絵はこれまで多く見てきたが、意外な絵師の完全に初見の絵もあってそれがまた怖い怖い。

大坂の北洲のお岩様まであるとはびっくりした。
三代目尾上梅幸 お岩  立姿のお岩様がめちゃくちゃこわいんですけどー

芳艶 神谷仁右衛門・お岩  伊右衛門のことね。凄い青い顔。既に指は蛇。笹が背景に生い茂る。それだけでも何か怖いよ。

国安 お岩のぼうこん 尾上菊五郎 民谷伊右衛門 片岡仁左衛門  これまたうまい構図。火の車にお袖もいる。運命の火の車は回る回る。その下に小平と伊右衛門。

二代目豊国 南爾前来妙法経 みなみにくりきのむしぼし そう読むらしい。雨の中、菰包の女(お岩様)の髪を掴んで川へ・・・陰惨さがたまらない。

三代目豊国 四谷聞き書き 卒塔婆がいっぱい。そこにお袖、與茂七。

芝居では最近は直助とお袖が兄妹だということはスルーして、お袖は最後まで生き延び、夫の與茂七と復縁し、共に伊右衛門を討つ。
それも悪くはないが・・・

ところで実録の方の四谷怪談も紹介されていた。これがまた怖いのよ。
とにかく裏切られたことで鬼女となった女が「四谷方面」へ走り去り、その後事件の関係者が実に18人も横死するのだ。
タタリもタタリ。

三代目広重 東京名所 四谷左門町大巌稲荷社之真図  明治だけにスーツ姿の人も混ざっている。

3.幻視者・月岡芳年
ここで「新形三十六怪撰」が前後期展示替えありで展示。個人蔵。
好きな絵も多いので楽しく怖く拝見。
冒頭に挙げたチラシの「四谷怪談」や桜姫にストーカーする清玄の霊などがある。
後期は清姫の絵があるので、それもいい。
なおwikiで全図が出ているのでご参考までに。
こちら


4.物語から生まれる幻想
平成の終わりの今、江戸から昭和初期まで活きていた昔の伝説や物語・稗史の多くは忘れられ、廃れてしまい、次の世に伝わるかどうか知れたものではない。
しかし幕末から明治に生まれたこれら最後の浮世絵に描かれた物語はやはり面白いので、細々とでいいからなんとか命脈をつないでほしいと思う。

明治になってからの芳年の絵こそが芳年の本流というかパブリックイメージだと思うが、まだ瓦解以前の頃に描かれたものは師匠国芳の名残もあり、どこか楽しいような可愛げもあった。

和漢百物語の白藤源太の前で相撲を取る河童たちの絵もそう。それを暑さしのぎに見守る源太。構図は違うが暁斎のカエルの相撲を眺める美女と同じようなムードがある。

於吹島之館直之古狸退治図  福島正則の館で塙直之が古だぬきを退治する、という内容。直之は塙団右衛門。塙団右衛門はかつては講談の人気者で、逸話も多い。
三枚続きのうち左のおばけたち。
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ブサカワおばけたち。

新撰東錦絵 橋本屋白糸之話 1886 これも元の鈴木主水の話を知らないと面白味がない。
直参の鈴木主水が内藤新宿の橋本屋の白糸に入れあげて勤めにも出なくなる。
それを案じた主水の妻が男装して白糸に会いに来たところを描く。しかしそれでうまく行くはずもなく。主水は白糸と心中。
その実録がまず瞽女唄「ヤンレェくどき」となり、そこから清元、常磐津、八木節に。歌舞伎の新作にもなった。
絵は廊下に立つ白糸と御高祖頭巾の妻と。

このコーナーでは特に新宿に拘るわけではないようで、「箱根霊験」」の初花、滝夜叉、佐倉宗吾などの絵もある。
番町皿屋敷、殺生石、かさね、牡丹燈篭…
あ、圓朝の「牡丹」は牛込が舞台だから新宿区やな。
引越しマニア・北斎の北斎漫画もいくつか出ていて、おばけに摩利支天に俵藤太の帰還などがある。
そういえば北斎は新宿区内に住んだことはあるのだろうか。

馬琴は古希の頃に新宿に移転している。
その縁でか「八犬伝」のゝ大法師がこども時代の八犬士たちと「子とろ」遊びをする口絵が出ていた。
信乃と毛野は女児姿。可愛い。

怖いのが一点。
圓朝の「真景累が淵」がやまと新聞に掲載されるので芳年が広告絵を描いている。
それがモノクロだからか非常に怖くなっている。
元の鬼怒川の累が淵の話は非常に好きだが、圓朝のこれは生理的な恐怖がある…
随分前に沢村藤十郎の「豊志賀の死」を見たが怖かったなあ…
「変體累ヶ淵ネイキッド」は現代に舞台を変えているが、これが圓朝のに近いか。

そういえば松浦だるまさんの「かさね」もいよいよ最終回が近い…

5.それからどうなる?新宿ゆかりの文学者によるこわーい話
八雲、漱石、鏡花らの作品が紹介されている。
八雲の「怪談」はちりめん本にもなっていた。
イメージ (1205)
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「心」の草稿が一部出ているが、どうやらこれは「門付」のあれらしい。
「阿弥陀寺の比丘尼」もある。どちらも怪談ではなく、なるほど「心」に収められる話だと思われるもの。
せつないのだ…

漱石は「漾虚集」があった。「琴のそら音」の入ったもの。わたしはこの中では「幻影の盾」が好きだ。
そして「夢十夜」。あの第三夜は本当に怖い。
近藤ようこさんのマンガでもあの話は怖い…
第七夜はムットーニのからくりボックスのがいい。世田谷文学館にある。

鏡花は「高野聖」「国貞ゑがく」「日本橋」があったが、純粋な怪談は「高野聖」であと二つは違うぞー
むしろ「海異記」や「眉かくしの霊」の方がいいのでは。

他に怪談つながりでか柳田國男の本もある。
そうそう、鏡花「山海評判記」はいろんな要素の入った作品だが、怪談部分には柳田國男がモデルの博士一家も関わっている。
博士の家へ移り住んだ大正生まれの若いオシラ様は活発で、令嬢のピアノを聴きに来たり、令嬢から「フランスへ行きましょう」と話しかけられるとその気になり「参ろうよ」と夢枕に立つのだ。


6.こわいもの、あやしいもの、おかしなもの
なんでもあり。

鳥山石燕の「百鬼夜行」「百器徒然袋」などからオバケたちが紹介されている。

芳虎 道外武者 御代の若餅 1849  なんとこれ発売半日で発禁処分に!そして手鎖の刑をうける。
おおおおお、師匠国芳もされなかったことをしたなあ。家康の天下取りを諷刺したのだけど、幕末でもまだ黒船来てへんしなあ。

十二支の動物と有名キャラをかけた絵がある。
十二支見立けうにん尽  子年で仁木弾正、牛若丸、虎の助、辰は清姫、申は藤吉郎、戌は小文吾、亥は勘平。

幻灯機、双六、かげやとうろくじんの絵も。
夢二の「かげやとうろくじん」は可愛いが、綺堂「影を踏まれた女」は怖い小説。

1968年の少年雑誌が展示されていた。50年前。
「少年画報」は「怪物くん」が表紙絵。藤子さんのだから、ちっとも古くない。むしろポップでは。
水木サンの口絵「土ころび」もある。
「ぼくら」は鬼太郎、リアルタイガーマスク、妖怪人間ベムの連載中。

参考図書に楳図かずお「おろち」「赤ん坊少女」「黒いねこ面」…
めちゃくちゃこわいですがな…

8/26.まで。
この展覧会が無料と言うのは本当に凄いわ。
あの新宿オバケマップを手に入れたい人は急げ。





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