FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

原安三郎コレクション 小原古邨展―花と鳥のエデン 前期

茅ヶ崎市美術館へ小原古邨展を見に行った。
前回の「版の美 1」同様こちらも撮影可能な展覧会である。
思えば大阪の人間が茅ヶ崎までてくてく行くのは、まあ普通はないですわな。
それもみな小原古邨の展覧会見たさだから、罪よなあ。
イメージ (1347)
うっとりするね、この綺麗さ。
ところでわたしは小原古邨をなにから知ったのかをちょっと思い出せない。
だが、かれを<認識>したのはモシモフキヲさんのツイッターでの4コママンガからだった。
ありがたいことです。

小原古邨についての紹介文はチラシがいちばんいいのだが、何故かfc2はその文字数の多いチラシを拒否するので挙げられない。サイトにある分だけでは不完全なのだが仕方ない。
そして古邨が鈴木華邨の弟子と知り、少しばかり思い当たることがあった。
随分前に華邨の作品を逸翁美術館または池田文庫で見て、その時に古邨もなんとなく見知った可能性が高い。





本当に綺麗。
イメージ (1348)

わたしも喜んでパチパチ撮らせてもらいました。
しかしどういうわけかfc2が画像取り込みを拒否するので写真が挙げられない。
何の理由だろう。ゆけるものとダメなものの法則がわからない。
なのでツイッターで挙げたのを主に使います。
なおここで挙げてるタイトルはわたしが勝手につけたもので、本物は「 」にします。

雀ファミリー
20180916_102303.jpg
桜の花びらも舞い散る。


「枝垂れ桜に燕」 ほっぺたふくらせてるのがまた可愛いなあ。
20180916_102314.jpg




20180916_102505.jpg
こうしてみると鏡花の小説には鳥の名がタイトルになったものが案外あるな…
「鷭狩」「白鷺」「化鳥」…

























次がまさかのRT数といいね数。これはもうひとえに古邨のお力。


びっくりしたものなあ…



















まあのんびりとはいえ、実は猿に蜂は吉祥文様なんだよな。








そう、立体起動で動き回るところね。


























この先は何とか画像が挙げられたもの。
順不同です。
20180916_102616.jpg

20180916_103149.jpg

20180916_103200.jpg

20180916_103418.jpg

20180916_103446.jpg

20180916_105045.jpg

20180916_105117.jpg

20180916_105619.jpg

20180916_105853.jpg

後期もゆきますよー。すごく楽しみなりよ♪
それまでになんとか画像の件、巧くゆけば良いのですが。
スポンサーサイト



「大和文華館の中国朝鮮絵画」をみる

大和文華館は10/6から「高麗」展という大掛かりな展覧会を予定している。
高麗建国1100年という区切りからの特別展で、東洋陶磁美術館も既に「高麗青磁」展を開催している。
なお高麗美術館は30周年記念特別展「鄭詔文と高麗美術館」を開催しているが、これとても名品が揃っているので、三館を回るのもよいと思う。

さてその「高麗」展の前に「大和文華館の中国・朝鮮絵画」展が開催されており、こちらはこちらで名画が集まり、見るのが楽しい展示なのだった。
例によって行くのも書くのも遅いので、こんな終焉間際に感想を挙げるが、台風も近づいているとはいえ、行ける方はぜひとも、と思う。←いや、もうだめかな。
イメージ (1341)


・山水を描く
正直なところこの分野は「風景に人がいない、いてもぽつんぽつん、さみしい、こわいよー」というキモチがある。
北摂育ちのわたしにはあまり好みくないものなのだが、やはり長年多く見るうちに少しはその良さというものがわかるようにはなってきた、と思う。
大和文華館ほまれの名品が並ぶ。

秋塘図 伝趙令穣 中国・北宋時代
イメージ (221)
いつみても晩秋から初冬の良さがある。
これを見ると因幡晃「わかってください」のアルバムにある「あの唄」という歌を必ず思い出すのだった。

そして修復も済んだ国宝の名品。
雪中帰牧図(双幅) 李迪 中国・南宋時代



明皇幸蜀図 明  玄宗皇帝が安禄山の乱で蜀まで逃げたときの様子。元本は故宮にあるそう。その模写。

物語絵が好きなのでこういうのを見るのは楽しい。

文姫帰漢図巻 明  今回18拍のうちから最初の4拍が出ていた。
1.匈奴が押し寄せて蔡家の家財を奪うだけでなく、令嬢の文姫を見出す。
2.ベールつきの帽子をかぶった文姫が馬に乗せられ一群と共に都を去る。
3.既に匈奴の地にあり、天蓋の中、隣に匈奴の王がいて、彼女をみつめ話しかけるが、無論言葉は通じず、文姫は打ち沈むまま。
4.侍女と共に天蓋の外で月を見上げる。侍女の手には都から何とか持ち出してきた彼女の琴がある。

1と3で文姫の髪型が違っていることに初めて気づいた。漢民族の髪型から胡人のお下げに変わっているのだ。
それをみて、マリア=アントニアがウィーンからパリへ輿入れにきたとき、髪型から衣裳まで全てフランス式に変更させられる様子を想った。彼女はその地点からマリー=アントワネットになったのだ。

この絵は明代のものだが、風俗は北宋と遼のものらしい。
異民族との関係は色々と難しい。

イメージ (1342)

望気図 張路 明  「龍袞」をつけた天子、芭蕉を持つ少年、そばには木に絡む垂れた植物、どこかの山の上から気を見ている。
ここでは「龍袞」と説明があるが、コトバンクでは「こん りょうの ぎょい 【袞龍の御衣】」とある。
要するに龍マークのアップリケのついた礼服。王様の印。

ここから暫く墨絵の山水画が続くのだが、どうもじーっと見れば見るほど違うものが見えてくる。
錯覚・錯視の類なのだが、もともと空目は多いし、すぐ妄想するのでなかなか修整が利かない。

越中真景図冊 張宏 中国・明時代  久しぶり。中でもこの絵が好き。
nec498.jpg
ほかにも遊園地の急流すべりのような絵もある。細かい作画で、ヒトの姿も小さいが賑やかでいい。

太平山水図集 蕭雲従原画 劉栄・湯尚版刻 中国・清時代1648年  元の絵と模本とが並ぶ。非常に細密。

山水図冊 楊晋 1700年  この画集も墨絵、モノクロなのでわたしは元とは違うものを見ているかもしれない。
果てのない山道を延々と行く人々の群れ。天国への道か。山中他界?
不意に現れたような岩山。背景がないので、突如という感じが強い。
どこかシュールだ。

煙寺暮鍾図 伝安堅 朝鮮・朝鮮王朝時代  「峨峨たる」と言うべき山々の様子。八景図の一つなのだが、趣は違うように思えた。

台湾征討図 1765年  乾隆帝の時代か、台湾を責める清軍の様子が4シーン。…加油台湾!!!

冠岳夕嵐図 鄭敾 朝鮮・朝鮮王朝時代  薄い青の画面にジャンクが浮かぶ。ああ、綺麗だな。
作者は粛宗2年から英祖35年まで生きた人らしい。
おおおおお、「トンイ」だーーーっと一人吼える。


・植物を描く

墨竹図 詹景鳳 中国・明時代  白いなあ…

墨菜図 栖巌鳳臣 中国・清時代  白菜が出ている。

梅花牡丹小禽図 孫億 1710年  みんな白い花。小鳥は青い羽根に赤い足首。
  
葡萄図 李継祜 朝鮮・朝鮮王朝時代  よく茂る。これはそのまま工芸品の図様になりそう。

・人の姿を描く

仕女図巻 伝仇英・文徴明詞書 中国・明時代  だいすきですよーブランコしたり蓮採りしたりいろいろ。
イメージ (1343)

なかなか態度も…
イメージ (1344)
楽しいわ。

閻相師像 伝郎世寧 中国・清時代  イタリアに発注したんだったかな。出たーと言う感じ。

美人弾琴図 中国・清時代 蘇州版画  子供もいて女二人がにこやかに。めでたい図。 

寿老図 金明国、金義信賛 朝鮮・朝鮮王朝時代  大きいでこやなあ。

聴松図巻 王翬・楊晋合作 1700年。これは張学良旧蔵品だったそう。静かな林の中で佇む二分刈のおじさん。

明妃出塞図巻 明  ラクダの乗る車に乗せられる王昭君。細密な絵。付き従う胡人の兵が掲げる旗の文様が妙に可愛い。
雲に乗る虎が立ちあがってヤッホーな図なのだ。

六道図 元  マニ教のだと近年の研究でわかったもの。マニを中心にしたもの。下部には地獄、修羅道など。
そして処女神ダェーナとそのおつきがいる。
マニ教についてはほぼ知らないが、とても気になる。

今回も面白い展覧会だった。
しかし哀しいことに台風のために大きな松が折れているのを見た。
今度も大きい台風が来るようなので、被害が少ないことを願う…

「わたなべまさこ原画展 カラーイラスト編」 を見に行く

銀座スパンアートギャラリーでわたなべまさこさんの原画展を見た。
今期はカラー原画である。
イメージ (1326)

わたなべまさこさんは来年90歳になられる。
今もお健やかに過ごしておられるようで、スパンアートギャラリーに訪問されたときの様子をツイッターでみかけて、とても嬉しく思った。
もともと作品同様とてもおしゃれな方で、先年なにかの番組で玉音放送を聞いたときに「これでスカートがはける!」という気持ちを懐いたことを朗読されているのを聴いた。
そう、随分若い頃から一貫してとてもおしゃれで素敵な方なのだ。

前書きが長くなったが、カラー作品の原画展を見ることが出来てとても嬉しかった。
1960年代とそれ以前の健気な少女たちの絵から始まり、「ガラスの城」、「聖ロザリンド」「天使と挽歌」短編もの、怪談もの、「金瓶梅」のカラー表紙や口絵が並んでいた。

随分以前に弥生美術館で「わたなべまさこ・牧美也子・水野英子」展があり、その時初めて原画を見た。
その時に読んだか、それ以前かはっきりしないが、感銘を受けたことがある。
それはわたなべまさこさんの色彩感覚についてである。
その色彩について少しばかりしるす。

わたなべまさこさんのカラーは繊細な淡彩である。
色の取り合わせも基本的に淡白で、それがとても美しい。
原色の取り合わせはまず、ない。
作中でも女性の衣服の色の取り合わせについて記されており、オシャレな方だけに鋭い意見も多い。
そしてこれはまだ今のようにマンガが世に当たり前にある時代ではなかった頃の話。

カラー原稿を制作するにあたり、わかりやすく派手で華やかな色彩を、わたなべまさこさんは選ばなかった。
それに対し、編集部は難色を示したという。
少女むけのカラーは濃い目の色の取り合わせでなければならない、と編集部は望んだそうだ。
小さな少女に淡彩の美は理解できまいという考えだったようだ。
しかしわたなべまさこさんはそうではないと考えられ、淡彩を・薄い色同士の取り合わせを採られ、それでカラー作品を構成した。
思えばすごい試みではある。
が、結果的に編集部の危惧したことは起こらず、少女たちは初めて見るその繊細な色彩の美しさに陶酔した。

半世紀後の今、その当時のカラー原稿を眺めて、改めてわたなべまさこさんのセンスの良さを思い知る。

少女マンガからレディスコミックに場を移されると、妖艶さのいや増した絵が現れる。
わたしなどはもともとわたなべまさこさんのホラーや愛憎の物語に耽溺しているので、ここでその一端に触れることができたのは僥倖だと思えた。
妖艶というより凄艶な女、そしてその背後に陰惨な影を映す亡霊…ゾクゾクする。

「金瓶梅」のカラーは色っぽく、はすっぱさもありつつ、小さなギャグも含んでいた。
淫奔な藩金連と放蕩の大家・西門慶の仲良くするそばでウサギたちがせっせっとその最中なのだった。
はっはっはっ、みんな元気だなあw

グッズも色々あり、魅力的な原画展だった。
11月にはモノクロ原稿の展示もあるという。

そうそう思い出した。随分前のバレンタインデーのとき、わたなべまさこさんの男性キャラが「顔を洗って出直してきな」とウインクするCMがあった。かっこよかったな。

わたしが最初に見た作品は「黒天使シンセラ」だったと思う。
それを手に入れたのは小学5年生で、手に入れるまでに数年の捜索期間があった。
実にうれしかった。
最初に手に入れた本は「白狐あやかしの伝説」でこれはリアルタイムに読んでいた。
祖母が買ってくれたのが小4だったと思う。
代表作として名高い「ガラスの城」を通読したのは高1の合宿前夜で、恐怖に震え上がった。
それまでにバラバラで読んでいたのを通読したショックは大きかった。
悪魔のような姉と健気で清楚な妹。
わたしはこの系統では「シャンデリア」が好きだった。
これらは1970年代初頭の作品群である。

わたなべまさこさんは今も現役のマンガ家である。
「金瓶梅」の連載もまだ終わっていないのだ。
二層構造の展開で、「金瓶梅」自体はどんな展開があるかはわかっているので、興味は表現に向かうが、物語はそうではない。
なのでなんとか続きが読みたいと思うのだ。
「金瓶梅」に仕込んだ毒は効くのか、復讐は果たせるのか、とそれがとても気にかかる。

どうか、本当にお健やかに過ごされ、もしかなうなら新作をどうか、どうか。
ああ、本当にどうか。

「東京・文学・ひとめぐり~鴎外と山手線一周の旅」は楽しい その2

昨日の続き。
・日暮里
「尾花集」幸田露伴 ここに「五重塔」が収録されているのか。
ということでその表紙絵がこれ。
イメージ (1340)
ところでこの「五重塔」だが、昭和32年か、心中した男女のあおりを食って炎上し、今も再建できないままらしいね。
地元の人の恨みは深い、と久世光彦が書いていた。
そういえば久世さんは幸田露伴と娘の青木文、孫の青木玉の「小石川の家」をドラマ化をしているが、あれはたいへんよいドラマだった。

「森先生楼より蛍沢をのぞむ図」依田学海  この人は鴎外の師匠筋でもあるそう。
色々エピソードがあるが、わたしとしては清方に「象外」という堅苦しい雅号を送った話とか好きだな。まあ漢学者ですから。
あとは歌舞伎関連の話。活歴の協力者。
そしてこの人は「ヰタ・セクスアリス」の「文淵先生」のモデル。
ついでにいうと、わたしが最初に自分から読んだ鴎外作品はこれだったりする。
観潮楼から蛍沢を眺める鴎外…当時の様子を想う。

・田端
田端と言えば文士村。ここではその代表二人の作品が出ている。
「田端村」室生犀星
「百艸」芥川龍之介 
そして版画雑誌「方寸」も。

思えば田端にはまだ足を向けていないな。

・駒込
「当世書生気質」坪内逍遥  タイトルは知ってるが中身知らないので、これを機にちょっと読んでみるとなかなか面白い。まだ全文は読めてないのでおいおい…

元祖駒込草津温泉場 という広告、これについてはpdfだが「蓬莱町たより」というのにいい一文が載っている。
どうやら町内の温泉だったようだ。宿泊もできたというから今でいえばスーパー銭湯の大きいところかも。
向ヶ丘2丁目に大きな場を占めていたそう。

・巣鴨
今ではおばあちゃんの原宿として知られているが、巣鴨と言えば昔は監獄が有名だったな。
小山内薫と八千代兄妹から森家へのはがきが出ている。
なおこのきょうだいの従兄弟に藤田嗣治がいて、藤田の父・嗣章は鷗外の陸軍軍医仲間で、鷗外を尊敬し、自分の息子の留学について相談に息子共々訪問してもいるそう。
この日、わたしは先に都美で藤田嗣治展を見てそのことを知り、更にここで資料を見て「おおおっ」となった。

イメージ (1338)

・池袋
これは雑司ヶ谷関連ということでの池袋か。
漱石の「こころ」縮刷版と鏡子の「漱石の思い出」が出ていた。

・新宿
こちらは永井荷風。荷風の大正時代の本がある。悪口しか書いてないんかい…

無関係だが、この写真は10月からの新宿歴博での展示に出る。
イメージ (1324)

イメージ (1323)
同時代ということで挙げておこう。

・代々木
絵はがきでは大正2年のニューボール式飛行機が帝都にきたこ様子のが出ている。
一方、スライドショーではアート・スミスの曲芸飛行のが出ていた。
本田宗一郎も斎藤茂太もこの曲芸飛行を見てドキドキしたのだ。

・浜松町
紅葉会という会合があったそうで、それはこの地の紅葉館という高級料亭で開催したかららしい。
尾崎紅葉の雅号もここから。
戦災で焼失したが、跡地は東京タワーだという。
中庭には築山もある。目隠しして遊ぶ姿も見受けられる。

・田町
ここで志賀直哉が電車にはねられたそう。その事故の様子は里見弴も書いている。
実録もの+小説「善心悪心」。当事者の志賀は怪我の療養に行った先で「城の崎にて」を書いた。
里見弴はたいへん好きだが、彼と志賀直哉のややこしい関係はとても面白い。

東京名所案内すごろく
イメージ (1322)
双六好きなわたしをうれしがらせてくれますな。
記念館ニュースに半分が拡大化されていたのが出ていた。
イメージ (1339)
目黒の筍といえば池波正太郎は「鬼平」「剣客」などでここまでタケノコを食べに行くシーンをよく描いていた。

結局このまま続くのだが、明日書けるかどうかはわからない。
少し日を置く。

「東京・文学・ひとめぐり~鴎外と山手線一周の旅」は楽しい その

鴎外記念館で「東京・文学・ひとめぐり~鴎外と山手線一周の旅」展を見た。
イメージ (1320)

都内には多くの文学の「痕跡」がある。
世田谷文学館、新宿歴史博物館、渋谷区郷土博物館・文学館などは特にかれらの足跡を追うのが面白い施設である。
今回の展示の目的についてサイトから。
「東京は、夏目漱石、幸田露伴、国木田独歩など、数多くの文学者が住んだ街です。『こころ』の雑司ヶ谷、『五重塔』の日暮里、『武蔵野』の渋谷など、文学者はそれぞれの視点から、街の風景を作品に遺しました。人生の大半を東京で過ごした鴎外もまた、『雁』『有楽門』などの作品や日記に、東京の風物を記しています。これらの描写の中には、現代の私たちにとって馴染み深い風景もあれば、今とは全く異なる景色もあります。
 本展では、現在東京都心を環状運転する山手線周辺の地域に焦点を当て、ゆかりのある近代の文学作品、文学者や鴎外の足跡を館蔵資料から紹介します。明治大正から賑やかだった上野や新橋、当時は郊外だった新宿や渋谷はどのように描かれたのでしょうか。文学者が描いた風景や風物、名所やそこに集まった人々の様子などを眺めながら、東京をひとめぐりします。
江戸から東京へと改称されて150年の今年、鴎外と共に時代を超えた山手線一周の旅の始まりです。」


だからこの双六を前面にしたチラシはとてもマッチしている。

室内では鴎外のいた頃の都市風景写真がスライドショーとして流れていた。
それを見るだけでも非常に楽しい。
そしてその画像はここに展示されている資料をより身近に感じさせてくれる。

文学者が描いた山手線周辺の地域
神田に始まり、地域と関連する文学が紹介されている。

・神田
「夏木立」山田美妙 …そのうちの「武蔵野」が出ている。これはもう口語体で、意外に読みやすい。ただし会話は古めかしい。それについて前置きもある。
青空文庫はこちら
なおタイトル通りの「夏木立」全編はこちら

硯友社の山田美妙などは今の時代、明治文学が好きな人くらいしか知らないと思う。
この人は既に昭和初期というか戦前にはもうお気の毒に人気が廃れていたようだ。
それについては泉鏡花の研究者として名高い村松定孝が「わたしはゆうれいを見た」という児童向けの本にも書いているくらいだ。
それを読んだのはわたしが小学3年生だから随分昔の話。

美妙から鴎外あての書簡もある。明治半ばの頃の交友。

「青年」鴎外 これは冒頭から東京の地名がいくつも出てくる。
冒頭を挙げる。
「小泉純一は芝日蔭町の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場から上野行の電車に乗った。目まぐろしい須田町の乗換も無事に済んだ。さて本郷三丁目で電車を降りて、追分から高等学校に附いて右に曲がって、根津権現の表坂上にある袖浦館という下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。」

この場合の電車はなんになるのか。
今だと地下鉄銀座線だが、新橋停留場から出ているのは路面電車か、それとも国鉄なのか。
地下鉄はこの15年後に開業。東京駅は「青年」の翌年大正3年に開業。
やはりこの場合は市電ということになる。
なので神田須田町の乗り換え云々というのも納得だ。なにしろ線が違ったのだ。
東京電車鉄道から東京市街鉄道への乗り換えなのだ。
作中、主人公は国府津にも出るが、それは国鉄。
明治39年の路線図を拵えた方がおられるので、それを参考にした。
こちら

そしてわたしの考えが間違っているのなら、どなたかどうか正しい回答をお願いしたいと思います。
正解がある方がいい。

神田須田町には軍神・広瀬中佐の銅像が立っていた。戦後に撤去されたそうだが、供出されなかったのは「軍神」だからか。
スライドショーにもその名所絵ハガキがある。

・御徒町
「雁」鴎外 
舞台となった「無縁坂」の戦後の写真が出ている。
無縁坂と言えばわたしなどは「グレープ」の歌が蘇るが、やはり坂の名前が魅力的なのでみんな使う。
それでわたしなども無縁坂を随分前にそーっと歩いてみたりした。

あのあたりの様子について鴎外はこう書いた。
「そのころから無縁坂の南側は岩崎の邸であったが、まだ今のような巍々(ぎぎ)たる土塀で囲ってはなかった。きたない石垣が築いてあって、苔蒸した石と石との間から、歯朶や杉菜が覗いていた。あの石垣の上あたりは平地だか、それとも小山のようにでもなっているか、岩崎の邸の中に這入って見たことのない僕は、今でも知らないが、とにかく当時は石垣の上の所に、雑木が生えたい程生えて、育ちたい程育っているのが、往来から根まで見えていて、その根に茂っている草もめったに苅かられることがなかった。」

ところで「雁」では冒頭に「金瓶梅」が出てくるが、あの頃の翻訳は誰だったのだろう。
やっぱり伏字が多かったのか、それともそのまま…

・鶯谷
「子規遺稿 第二編 子規小品文集」高浜虚子編 国立国会図書館のデータとリンクしている。
書道博物館のお向かいに子規の暮らした家がある。

久世光彦は「飲食男女」で子規がここで何を食べたかを書き、作中の「わたし」にそれを食べさせている。
久世さんらしい隠微な物語なのでここでは紹介できないが、既に体の自由を失った子規の生への執着が快い。

長くなりすぎるのでここで一旦下車。

鈴木松年 今蕭白と呼ばれた男

香雪美術館で鈴木松年の展覧会が開催されている。
鈴木松年とその父・百年の展覧会はずいぶん以前に板宿の百耕資料館で開催されたが、チラシが手元になく資料も見当たらないので、正確な内容がわからない。
それから二年前に赤穂でも鈴木派の展覧会を見た。
当時の感想はこちら。
京都画壇・鈴木派の隆盛

なぜ兵庫県で開催かということについて、香雪美術館のこの一文を読んで納得した。
「鈴木松年(1848~1918)は、赤穂の儒学者の図書を祖父に、同じく儒学者で日本画家の百年を父に京都で生まれました。幼時より父から絵の手ほどきを受けた松年でしたが、本格的に画家となる決意をするのは20歳を過ぎてからでした。初号は百僊といいます。22歳の時、1日で1000枚絵を描く席画会を成功させたことが契機となって高く評価され、32歳頃に画号を「松年」と改めます。これは禅語「松樹千年翠」に由来するとされ、父の百年を超えようとする自負心が伺えます。雪舟、狩野元信を尊び、鬼才の画家曾我蕭白に私淑しました。気性が激しく逸話の多い人物で、同時代の画家たちとしばしば争った話がいくつも伝わっています。
 明治14年(1881)に日本初の公立の絵画専門学校である京都府画学校(現 京都市立芸術大学)の副教員(教授職)となり、明治15年第1回内国絵画共進会で受賞して以降、さまざまな展覧会、博覧会で賞を得、京都画壇の重鎮として活躍します。上村松園、土田麦僊をはじめ、数多くの画家が彼の下で画を学びました。松年はその豪快な画風と豪放な性格から「曾我蕭白の再来」と評され、今蕭白と呼ばれました。
 このように、明治期に京都画壇の中心として活躍した鈴木派ですが、現在では忘れられた存在になっていると言わざるを得ません。2018年は松年が誕生して170年、没後100年となります。この機会に鈴木松年の画業と作風に触れていただきたいと思います。」


まあ癖のある人物で、しかも絵の力強さから、「今蕭白」というのもわかる気はする。
京博で蕭白展が開催された時の惹句がこれだ「無頼と言う愉悦」「応挙がなんぼのもんぢゃ!」…
松年もこうした傾向が強かったのだろう。
(こういう時にわたしは武者小路実篤の「君は君、我は我、されど仲良き」を思い出すよ…)
まあ絵がよかったらそれでいいのさ…

松年は画学校の教授として現在でいえば月給40万円を貰っていたようだ。
因みに大正6年(1917)有名どころの画家の作品の代金が記された一覧表があって、松年は140円。上から4番目の高額だったそうな。
トップは竹内栖鳳。これはもう飛びぬけている。
竹内栖鳳320、横山大観100、下村観山150、山元春挙90、菊池契月95、中村不折50、木島櫻谷95、寺崎廣業100、北野恒富25円。
こうしてみると、当時は「大観より観山の方が」評価が高かった裏づけともなるか。
洋画家で書家でもある不折が案外安いが、それもあって神州みそや新宿中村屋のロゴなどを描いていたのかもしれない。
恒富はこの頃はまだ発展途上か。

というわけで絵を見よう。
宇治川橋合戦図屏風 1911 浄妙山保存会  浄妙が矢衾になってる間に一来がびょーんっと。
イメージ (1330)

イメージ (1332)
手甲の付け方がはっきりわかる。
豪胆な感じだが細部は丁寧。長刀の刻みは三鈷杵だとかそうしたところ。

万寿無彊図 1900  白鹿にもたれて顔を見せない寿老人。白鹿はこちらをしっかり見ている。夕日にはコウモリも飛ぶ。
めでたい図なのだが、どことなくおかしい。

七福神図 宮脇賣扇庵  扇には七福神の留守文様がさらさらと描かれている。
巻物と杖―寿老人、袋―布袋、袋入りの琵琶―弁天、打出の小槌―大黒、黒い鯛―恵比寿、小さな五重塔―毘沙門天、青頭巾―福禄寿。こういうのも好きだ。
ここの宮脇賣扇庵は松年と関係が深く、現在も袋の絵に彼の人物画を使用している。

イメージ (1329)
上の絵は前期。後期はこの相撲が出ている。
祇園祭の屏風祭は各家が自慢のものを出す。
松年の絵は各家にとって自慢の一品だったのだ。


板絵の仁王像もある。
イメージ (1331)
力強いの何の…

画学校の授業に使った絵手本がずらり。
羅漢、洋装の男女、唐子、菊、麦、水仙、牛、鹿・・・
面白いのは洋装男女の立ち姿のその姿勢がやっぱり和風をもろに出していること。

群仙図屏風 1903  あくどい描写の仙人たち。
みんな個性的で面白くはある。
イメージ (1335)

イメージ (1333)

春秋風物山水之図屏風 1888  これはまた不思議なくらい静かな絵で、ヒトの営みを静かに描いている。
この絵は前掲の赤穂でも見ている。

こんなのもある。


これは最近京都文化博物館でも見ている。

いい絵が二点並ぶ。
暗流蛍火図  暗い中に太い幹と流れがあり、そこに蛍の灯がぽつぽつ…ぽつぽつ…
見返り幽霊図  怖い顔の女の幽霊で足はない。
夜の絵が二点、いい並びだった。

和やかな風景画もある。
渓流桜花図 1913  蕭白も晩年の山水画は穏やかだった。

扇面の松図がいくつかある。そのうちの十松屋福井扇舗所蔵のは「佳気萬季」かきまんねん、佳い気が永久に続きますように、という四文字が記されているが、ついつい「絵をかきまんねん」かなと思ったりするのだった。

朝日新聞本社屋のオープン記念に松図の扇面を描いている。
藤井厚二の設計した社屋である。
選びに選んだ線の松。

その建物のある肥後橋界隈の絵もあった。青が綺麗。
それは洋画家・佐伯祐三の作品。こういうのが並ぶのもいい。

参考資料が面白すぎた。
便利堂からモノクロの画集が出ていて、そこには穏やかな風景画と先の幽霊画がある。

1907年当時の画家の名鑑、要するに相撲の番付と同じ体裁のがある。
そこでは松年は今尾景年らと共に後見役。行司は松本楓湖、勧進元は田能村直入、頭取は渡邊省亭、上田耕冲、大関は栖鳳、川端玉章、関脇に大橋翠石、都路華香、小結に大観、上村松園はまだ前頭だった。

インタビュー記事もある。
松年は幸野楳嶺が嫌いで、本人からどう嫌いか言うてと言われて、顔も気性も何もかも嫌いと答える。そら楳嶺怒るわな。
その楳嶺没年直前に岸竹堂から一席設けるからと招かれると、一つ席がある。そこへまさかの楳嶺。
温厚な竹堂から「今の京に松竹梅揃ってるねんから」と言われる。仕方なく同座するがやはり嫌。
しかし楳嶺訃報に一番に出向く。
これは別に死んだ顔見たろ、という意地の悪い考えではないとは思うが、まことに困った人だとも思う。

大津絵の絵ハガキもあったようでモノクロの画像が出ていた。
丸顔の弁慶、ぐっすり眠る寿老人、鬼と藤娘などなど。

いい展覧会だった。
こうした埋もれた画家の発掘は尊い。
9/30まで。

永井GO展

大阪文化館・天保山、要するに海遊館の隣のあの元のサントリー美術館大阪の建物で永井豪の原画展が開催している。
9/8~9/24という短期間なので焦ったが、なんとか行くことが出来た。
イメージ (1325)
永井豪もマンガ家となって半世紀を超えたそうだ。
とにかくわたしなどは物心ついた頃には既に永井豪の諸作品に囲まれていた。
手塚治虫、横山光輝、石森章太郎、藤子不二雄、赤塚不二夫、楳図かずお、そして永井豪の作品はマンガとアニメの両方で活きていて、離れることなく今日までおつきあいがある。
これはもう本当に多くの人がそうだと思う。特に昭和生まれはそうだろう。

建物内に入るとすぐにマジンガーZのオブジェがある。



いやもう本当にこれをみると勝手に脳内で水木一郎アニキの歌声が炸裂する。


ええのう…

永井豪の近作「激マン」のマジンガーZ編でアニメとマンガの製作裏話を知ることが出来たのは良かった。
この巨大ロボットの出現によって、「ロボットアニメ」が確立したのだ。

永井豪アニメのOPを集めた映像が流れている。
それを全部みていたが、時間がないので歌をBGMにしながら原画を見て回る。

最初に鬼を描いた作品群の紹介がある。
ずばり「鬼」 原画を見て再読したくて苦しくなる。
長編もいいが、短編に傑作が多い。
鬼への偏愛を感じるだけでなく、差別と言うものを深く描いている。

「鬼」といえばやはり「手天童子」である。
護鬼初登場シーンや戦闘シーンの原画が出ていた。
わたしは永井豪の全てのマンガでこの「手天童子」が最愛。
何度読み返したかわからないくらい読み返し、何かあればすぐに脳内で再読している。
近年、若いパパさんが赤ちゃんを抱っこして歩く姿をよく見かけるようになったが、それを見る度に「護鬼が主人公・手天童子を抱いて戦う」シーンが蘇るようになっていた。
あとは車田正美「聖闘士星矢」のアイオロスも同時に浮かんでくる。
どちらも主君である幼児を守るために命がけなのだ。
若いパパさんたち、がんばれ。

心の鬼を描いた作品も紹介されている。いずれもSF傑作集に収録されている。
「ススムちゃん大ショック」「赤いチャンチャンコ」
怖くて仕方ない物語。これらだけでも永井豪という作家の凄まじさの一端を思い知らされる。

やがてデビルマンが来た。
わたしは完全に原作マンガよりアニメの方が好きで、今もやっぱりしばしば脳内再生している。

OPのカッコよさもいいが、EDの魅力の深さには今も痺れている。
阿久悠の作詞が最高、三沢郷の作曲が名品!!!

どきどきするよなあ。

マンガ原画では「ジンメン」が出ていた。
終盤の無残なシーンは紹介されていない。

カラーもとてもたくさん紹介されている。
飛鳥了の美貌が目に残る。




巨大ロボットはマジンガーZに始まり「グレートマジンガー」「グレンダイザー」「ゲッターロボ」へと続く。
今回「鋼鉄ジーグ」はなかった。近年のイタリア映画「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」が様々な映画賞を受賞し、改めて「ジーグ」がヨーロッパで愛されていることを知った。監督と永井豪が楽しそうに笑いあう写真をみている。

「バイオレンスジャック」がきた。
ジャックがスラムキングに勝って、笑いながら立ち去るシーンである。
そして「学園退屈男」の早乙女門土と身堂竜馬の紹介がある。
もうやっぱり永井キャラのうちでもこの二人は特に魅力的だ。
彼らについて語るには時間が足りなさすぎる。
わたしが漫画ゴラクを読みだしたのは高校生の頃だが、それはバイオレンスジャックの再開を友達が教えてくれたからだ。
門土と竜馬の二人の関係の深さ…思うだけでゾクゾクする。

「バイオレンスジャック」はスターシステムを採っていた。
それは単にキャラの使いまわしと言うことではなく、漫画ゴラク版の最終話で納得のゆく理由をみた。
何故彼らが、というその理由。後付なのか最初からの設定なのかは知らないが、やはりこの作品がスターシステムを採ったのは大正解だとあの当時、本気で感銘を受けた。
全ては「収斂」ということである。

「凄ノ王」もまた「バイオレンスジャック」に登場していたが、あれは元々の話自体で終わっていてもよかったと思う。
今回の展示は悲劇寸前の状況までなので、あの無残なことは展示ではわからない。
それでいいとも思う。

ギャグも本当にたくさんある。
初期の「目明しポリ吉」は師匠の石森の影響がある絵だと思うが、それでもやっぱりテンポが永井豪だと思った。
「イヤハヤ南友」「おいら女蛮」は大好きだった。なつかしい。
どちらも初期の頃の話で、物語は中盤が面白かった。

「スペオペ宙学」「あばしり一家」もある。
とはいえ、いずれもあまりに過剰なシーンは出ていない。

「ハレンチ学園」は小学生の頃に単行本で読んだ。
わいせつさは全然感じなかったが、むしろそれ以外のところにエグミを感じた。
紹介されてるのは十兵衛(柳生みつ子)が危ないところを山岸が助け、二人仲良く家へむかい、スカートめくりというシーン。
あのリアルタイムの頃の意識と言うのがよくわからないので、「こらこら」くらいにしか思えなかった。

ここには紹介されていないが、わたしがこの作品でショックを受けていたのは以下の状況である。
ハレンチ大戦争でとにかく主要キャラがみんな死ぬ。非常に残念な経過がある。キャラへの愛着が状況を惜しませる。
更に一般市民も犠牲になり、その肉を狙って精肉店を営む山岸夫婦が戦場へ向かい、命を落とすことになる。
そして息子の山岸がその両親始め他の死体を「父ちゃんに似た肉」「母ちゃんに似た肉」として持ち帰り店でさばいて…
これにはいまだに衝撃が残る。すごいブラックユーモアである。
第二部ではこれまたとんでもないことが起こるのだが…

「キューティハニー」がある。
そりゃもうよく見ました。リアルタイムに。
大パネルに7つのハニーの変身姿があった。
みんなかっこいい。
「バイオレンスジャック」にハニーが「7人のハニー」として出演しているのはよかった。
これも「激マン」で裏話を描いていて楽しかった。




「ドロロンえん魔くん」がある。
可愛いなあ。このえん魔くんはアニメもマンガも可愛い男の子だったが、彼はどんどん美少年として成長し、「バイオレンスジャックには「炎魔」として妖艶な美青年として登場している。
可愛い男児が妖艶な美青年になるのを見たのは、この「えん魔くん」と高橋葉介の「夢幻紳士」くらいだ。


えん魔くんは閻魔大王の甥っ子、「幽遊白書」コエンマは閻魔大王の息子、「鬼灯の冷徹」鬼灯は閻魔大王の第一秘書官…
マンガやアニメでみる限り、地獄もお仕事が大変そうである。


「けっこう仮面」「まぼろしパンティ」といったお色気マンガもなんだかんだと面白かった。
第一話が出ていたが、このタイトルはうまかったなあ。
後年、「カイケツ風呂頭巾」という時代物も描いたが、あれもこの系統の仲間である。
月光仮面、まぼろし探偵、快傑黒頭巾・・・
イヤハヤなんとも 申し上げにくいなあww

永井豪描くグラマーでがっしりした肉体美の女性たちは本当にかっこいい。
性的虐待を受けようと立ち直ろうとし、強く生きるその姿からはエロティシズムより誇り高さの方を強く感じる。

現在連載中の「デビルマンサーガ」も紹介されている。
今週号も面白かったが、今後どうなるのか。元々が「デビルマン」だからやっぱり破滅が…
同じく展示中の「デビルマンレディー」もよかった。完成度の高い作品だと思う。

戦国武将などを描いた作品群もあった。かっこいい一枚絵である。
そういえば「戦群」も面白かった。あれは「神州天馬侠」を原作としたものだった。

マンガやアニメ以外の作品も紹介されていた。
栗本薫「魔界水滸伝」と布袋寅康のCDジャケットである。
やっぱりかっこいい。

造型師の人々が素晴らしい作品を作っていた。



この辺りはパチパチ可能。

最後に石森章太郎のアシスタント時代の描き下ろしマンガがあったが、続きは来年の東京での開催時になるらしい。
あー…読みたい。

9/24まで。コーフンした。
グッズもたくさん売っていた。皆喜んでたくさん購入している。
ここで一言。
永井豪先生、これからも傑作をお待ちしています!

いい展覧会だった。

「悪を演(や)る-歌舞伎の創造力-」展をみる

「悪を演(や)る-歌舞伎の創造力-」
国立劇場伝統文化情報館でのこの展示は、浮世絵太田・東洋文庫・国立演芸場資料室などで開催された「悪展」のフィナーレを飾るもの。
他はもう終了している。
イメージ (1316)

この展示についての解説がある。
「歌舞伎の舞台には、ときに悪の華が咲きます。観客は残忍非道をはたらく悪人たちが活躍する作品に魅了され、創造する側はその魅力を伝えるべく創意工夫をします。藤原時平、仁木弾正、石川五右衛門、岩藤、切られお富、土手のお六…歌舞伎の悪の役は、身分も様々、主役にも端役にも、立役にも女方にも登場するのが特色といえるでしょう。悪を演じる役者たちは、帝の地位を狙う公卿悪の妖気、謀反を企てる実悪の凄み、天下人と対抗する大盗賊の活躍、涼しい美貌で残忍な殺しをする色悪の魅力、転落の身の上から反社会的な生き方を選ぶ悪婆の艶などをどのように表現すべきか、演技はもちろん化粧や衣裳にもこだわって役を創造します。
また、悪の華が開く場面は「殺し場」「ゆすり場」「責め場」など罪を犯す行為の名で呼ばれる見せ場となり、舞台で使われる道具や装置には歌舞伎独特の美意識、その創造力を見ることができます。このたびの展示では、江戸から今日まで、歌舞伎が創り出してきた悪をテーマに、作品の種類や代表的な役を中心に錦絵や道具、押隈や舞台写真等の資料を展示いたします。」


解説にある通り、歌舞伎の悪の華は酷く魅力的だ。
半世紀近い前に刊行された「残酷の美」という写真集がある。
これは歌舞伎・文楽・能狂言などの伝統芸能に現れる無惨な情景ばかりを選んだ写真集で、今見ても非常に魅力が深い。
映像表現での残酷表現は不快なものが少なくないが、極度に洗練された様式美の中での犯罪情景は、まさに「悪の華」が咲きこぼれたものに他ならない。

展示のリストはなく、英文・中文・ハングルの解説リーフレットのみがある。
わたしは英文のをもらってそこに書き込むことにした。
なぜ日本語がないのかは不明。
英文は読む程度なら大概どうにでもなる。わからない単語があれば調べたらよいし。
ハングルや中文より絶対まだ理解できるはず…だよな?

皇国自慢初陽因雲閣 こうこくじまん はつひのでちなみのうんかく 国周 1884  三枚続きの浮世絵で、大屋根とその下の階を舞台に盗賊やなんだかんだが集まってそれぞれキメてる図。
左から屋根を芳流閣にして信乃と現八の戦闘、満月に雁行。
その下には奴凧のような手をする奴と「夜這い星」=「流星」、傘を差した岩藤。
中、空飛ぶ化け猫婆にそれを見上げる児雷也と彼に寄り添う田毎姫。柱の陰には高砂勇美之助、欄干に脚をかけて「絶景かな」とやる石川五右衛門、座る慶寿院は三世田之助。
右端では日本駄右衛門が捕り手と戦う。
かっこいいわー。

明治の浮世絵らしく赤を多用している。そしてこれは実は見立絵。
この時代既に田之助はいない。国周のノスタルジーか客の願いか。

ここで歌舞伎における「悪役」の種類について名称が紹介されている。
・立敵  まあかっこいいわな。
・半道敵  半分道化的な。
・手代敵  世話物の商家でヒロインの恋を邪魔する…
・端敵  大して大物でもないが、いないとつまらん。
・伯父敵(女だと継母敵)  実はこういうのがいちばん難儀だと思う。
(わたしの勝手な解釈である。)

公家悪 
これはもう常人から遠く離れた絶対悪の存在とみなされる。
青隈の立派な拵えで荒れる荒れる…

6世坂東彦三郎の押し隈がある。この坂彦さんは六代目菊五郎の弟で、非常に面白い逸話の多いひと。
歌舞伎の故実に詳しく、しかも大正年間で自宅に無線局を開設していたという…
イメージ (1317)

芳幾 黒主と「象引」の「白眼」を上下に描く。上の白眼は目がピカッとするくらい大きく描かれ、下の黒主はいかにも腹黒そう。

国周 公家悪の大本・時平と入鹿を大首絵で描く。迫力あるわー

時代物の悪を集める。
ここでいきなり「伽羅先代萩」の奥殿の場に使われる「毒入り菓子」の登場!
さすが大名家の菓子だけに作り物とはいえよく出来ている。
5種x2の10個の菓子は落雁風もしくは練り物風で、黄菊、梅に椿、笹に竹、松、イタリア式トリコロール。
これが鶴千代君を誘う誘う…しかしすんでのところで千松が必死で菓子を食べ、残りを蹴っ飛ばし、毒のせいで苦しみだす。即死の毒を入れるとはなあ。
それを八汐がぶすっと刺し殺し…
この八汐や栄御前は憎々しく見えないとダメなので、女形ではなく立役が演じる。
わたしが見てよかったのは今の仁左衛門丈の八汐。
子役の巧いのがピクピクしながら「あーーー」と断末魔を挙げるのも哀れでいい。

そして仁木弾正の登場。
考えたら意味不明な展開だが、こういうのがまた客の心持の転換に役立つのだ。
仁木弾正のドロドロとスッポンからせりあがるのがまた素敵だ。
九代目團十郎のその姿の写真がある。
裏方の人たちが花道の下で働く姿と仁木の姿を合わせて「楽屋十二支」シリーズの「子年」の出来上がり。

仁木の襦袢、素網もある。かっこいいよなあ。

白浪もの
黙阿弥大先生が書きまくったおかげで本当に「浜の真砂」くらいな数の盗賊たちが現れた。
三世豊国の白浪ものがたくさんあるので、この分野は実に華やか。

鼠小僧 小団次が演じて人気作に。その鼠小僧の絵が面白い。廊下に佇むその影が大きなネズミ。彼は別に妖術使いではないのだが、絵はやはりこれくらいのインパクトがある方が楽しい。

江戸城のお金蔵から本当に小判を盗み出したのがいて、それを芝居にした「四千両小判梅葉」.の絵もある。明治になってからでないと、こんな芝居やれない。
わたしは昔前進座ので見た。
国梅 縦二枚続き 知らない絵師だなあ。1884年 団菊の二人が演じている。


石川五右衛門特集がある。
「ルパン三世」の五右衛門は「13代目」を名乗っているが、五右衛門の子どもも一緒に釜ゆでにされたので、別系統の子孫かも…などと考えたり。

五右衛門の鬘は百日鬘。これは別名「大百の垂れ」ともいうそう。
イメージ (1318)
「絶景かな絶景かな」はこれかぶってるのね。
これより少し髪が少ないのは「五十日鬘」…
ところでわたしの石川五右衛門のヴィジュアルはやっぱり「黄金の日日」の根津甚八のそれなんだよなあ…

最後に世話物。
鶴谷南北キャラの登場。
五世岩井半四郎の土手のお六。これがよかったので次世代にも継がれた。
坂東しうかのお六と願哲のいる図もいい。
大正になってから六世梅幸のいい姿が現れる。ブロマイドが素敵だ。

「四谷怪談」の田宮伊右衛門、「累」の与右衛門、「桜姫」の権助などなど、やっぱり南北描く色悪はどいつもこいつも悪の魅力がみなぎっていてゾクゾクする。

「切られお富」も出ている。「切られ与三郎」の書き換え狂言だが、村上元三がこれを翻案した小説はなかなか面白かった。
イメージ (1319)
三世田之助は手足を失ったが、元気なころはとにかく嗜虐的な役が特別魅力的だったそう。
このお富も田之助。幕末の頽廃的な美の象徴。

まだこの頃「河原崎権十郎」だったかれはそれを苦々しく見ていたそう。
だから明治になり九代目団十郎になった時に、くそまじめな活歴みたいなのをやらかしたわけです。
しかしそれではやっぱり歌舞伎は死んでしまう。
歌舞伎にはそうした面も必要だが、まずはやっぱり悪の魅力がないといけない。
扇情的な要素を捨ててはいけない。

今回の展覧会にはそうした要素が集まっていて、とても楽しかった。
やっぱり殺しと濡れ場がなければ、歌舞伎の魅力は半減する。
悪を為す人間を描く面白さ、これが最高にいい。

9/24まで。

2018.9月の東京ハイカイ録

あれだ、清志郎が昔「九月になったのに」と歌っていたが、わたしが都内ハイカイしていた頃がまさにそれ。
九月になったのに暑い、暑すぎた。
三連休初日の15日の暑さはまた格別で、湿気がプラスされるから実際の温度よりずっと暑く感じた。
その暑苦しい雨の中をまずは上野の都美へ向かった。

地下鉄上野駅の9 出口から地上に出てパンダ橋を渡って公園へ。
なんかもうこのルートの方が色々と好きだわ。
今まではさくらテラス使ってたけど。

藤田嗣治展。
感想はまた後日それぞれ挙げるけど、この藤田の展示はやっぱりわたしの場合、
裸婦<猫
なんだよなあ。
グランブランはいいけど、南米ハイカイの旅絵師時代のはその色合いのエグミが、ほこりをかぶった見世物小屋の看板ぽくて、それはそれで面白くはある。
関係ないが、日本の見世物小屋絵看板の絵師だった人は、特殊な配合の褪色防止を施していて、それで今も色鮮やかなの。
わたしの言うたのはやっぱりアメリカや南米の場末の看板ぽいの。
藤田自身、それを望んでいたのではないかなあ、と思ったり。

そのまま千駄木へ。めぐりんバスが来ないから歩きましたがな。
カヤバも昔のじいさんばあさんの経営の頃は行ってましたが、今の若い経営のは混みすぎていかなくなったよ。
久しぶりに愛玉子の店や乃池を通る。
90年代初頭、森まゆみさんの「谷根千」に触発されて歩いていた頃、乃池は持ち帰り専門だったな。
ちょっとノスタルジーにふけるのも場所柄ピッタリかもしれない。

根津神社のお祭りでおみこしが鴎外記念館の敷地内に。でも雨なので待機中。
鴎外記念館、山手線ぐるっと。古写真や資料を見るだけでも楽しい。
これは文学ファンだけでなく近代建築ファンにも良い展覧会。
スーッと来てサーッと帰ったので、高橋さんにも来館はナイショ。

そこから九段下へ。フォロワーさんから教わった旧山口萬吉邸のイベントと一般公開に出向いたのだ。
写真撮り倒したわ。もうほんと、バチバチ。
舘鼻さんというアーチストの作品も見つつ、まずは建物建物…







そこから森美術館へ。
「建築の日本」展。子どもの頃はなんでも和=貧しいというイメージが強くていやだったが、今は和の美に眼が開いている。
この展覧会は和の美を堪能させてくれたよ。
それに私の愛する伊東忠太のコーナーがかなり大きくて嬉しい。
忠太のノートの展示もいい。

ジャンプ展な…まあ凄い行列というのもあったけど、48作品展示のうち、関心があるのが6点、つまり1/8なんだよなあ…
それで残りの7/8には全く無縁でしかも関心がないから、これはもうやめようとなった。
すまぬ。

あとはちょっと買い物に行く。
探し物は見つからないが、色々といいのが手に入り、ほくほく。
初日はここまで。

二日目。
新橋から東海道線に乗り茅ヶ崎へ。
小原古邨展へ行った。撮影可能なので喜んでぱちぱち撮っては挙げてたら、夜になってから凄いことに。


マジかよ…
びっくりしました。

この小原古邨の作品群の所蔵者は原安三郎で、かれの邸宅跡がここなのだ。
その資料展示もあるので、嬉しかった。

隣の辻堂へ。湘南テラスモールが出来てから若い家族連れはみんなそっちいったのね。
寂れ感の強い町の方でお昼を食べたが、相客がほぼいなかったなあ。
しかしモールの場合、画一化されるから…まあ、同調を好む日本人の体質に合うのかな。

さて藤澤浮世絵館。弥次喜多の食べ物特集。楽しかった。パチパチ。
撮り倒したのでまた挙げます。

それからまたも隣の駅で降りて、今度は小田急に乗り換える。
そこから吉祥寺へ行くのだよ。

れちぇちぇんさんの個展に行きましてな。
忘れていたことがあるのを思い出し、でもそれが何かわからない…という感情が生まれてきましたわ。
ご本人がおられたのでお話したが、答えは出なかった。
それもまた面白いことだと思った。

吉祥寺は住まうのにもよいという話だが、とても納得した。
たとえば吉祥寺の中道通で不意に出現する古民家には見惚れた。
庭もあり、洗濯物もあり、東京らしい焼き杉を全面に使った民家。関西ではまず見ない外見である。
ここだけ昭和の真ん中のままで時間が停止したように見える佇まいだが、しかしこの家は平成の終わりの今も活きている。
それがとても魅力的だった。

少し行くと弁天湯という銭湯もあった。


うちのオバは半世紀ほど武蔵小金井に住んでいるが、家を建てる時に本当は吉祥寺か三鷹にと思っていたそうだが、姑さんから「もっと閑静なところに住め」と言われて武蔵小金井に住むようになったが、駅までバスしかなく、老人の今となってはやっぱり吉祥寺辺りに住みたかったとよくこぼす。

moiさんのお店でエルダーソーダとブルーベリーのシフォンをいただく。
ああ、ほっとしますわ。普段こういう時間を取らないから、「そこへゆき、そこでくつろぐ」というのも予定に入れない限りなかなか出来ないのだ。

それから少し寄り道して色々あり、約束の時間を少し遅れて秋葉原のサイゼリアで虹さんと合流。
苦しい話からときめく話まで長々とおしゃべり。
面白かったわ。
やっぱり女同士で…いや、正直に書こう、フジョシ同士で話すと中身が濃くなるわ、ふふふ。

わたしは岩本町から帰るが、意外なくらい定宿に早よついた。びっくりですな。
フロントの仲良しさんと世間話してから部屋に戻り、この日はいつもよりかなり早くに「進撃の巨人」を見て、作画の綺麗さにヲヲッとなってから寝る。

月曜のいわゆる敬老の日。
かつては「年寄りの日」と呼ばれていたそう。西岸良平の著書にあったわ。いつまでそうだったのか知らない。
いつものロッカーに荷物を放り込んでからまずは三ノ丸尚蔵館に春日権現絵巻を見に行く。
いうたらアンソロジーでもある。
それから半蔵門へ向かうが、やっぱり大手町まで戻るのがいいらしい。
蚊柱が立ってたり蝉が復活したりの皇居。
知らん外人さんと「あーつーいー」と笑いあう。

今日は半蔵門ミュージアムは休み。純粋に国立劇場へ。
小劇場で文楽の「夏祭浪花鑑」してるんよね。見たいわ…
伝統文化情報館で「悪を演る」展をみる。
相変わらずここにはリストがなく、英文の解説だけもらってそこに書き込む。
いちいち英文をアタマで翻訳しながら読むのもけっこうめんどいのよ。
まあないよりましか。いろいろカッコいいのを見た。
シアターから舞台の声や鳴物が聴こえてくるのもいい。




満喫してから次は庭園美術館へ。
ブラジル原住民の椅子。これがかなり面白かった。とはいえこの日までなので、例によって「終わった展覧会だが」云々とブログに挙げる予定。

銀座一丁目に出る。
スパンアートギャラリーでわたなべまさこさんのカラー原画展。


子どもの頃から大好きです。メッセージにうわずった一文を残しちゃったよ!!
ほんと、綺麗…

そのまま京橋の加島美術へ。
渡邊省亭展。これまたパチパチ。
雀可愛い。

出たとき、不意に早く帰ろうという気になった。
それで1時間半前倒しに。




新幹線は満員御礼だったけど、早く帰宅してよかった。
見送りの時は元気だったママがわりとぐったりしてて、持ち帰った押し寿司など食べたりしたのだよ。
九月もこれで終わり。
次は一か月後にまた東京へ参りますわ。

やっぱり特撮が大好きだ

既に終了した展覧会の感想を挙げるのが大得意の遊行七恵です。
終了と打つのに周章と打ってしまう程度に周章狼狽しておるわけです。
で、今回は9/2に終了した、まさにその日に出かけた明石文化博物館で開催していた「特撮のDNA」展のまとめね。

ついたら撮影可能だと知り、スマホでパチパチ、ツイッターにカキカキしたわけですが、あれから十日ほど経ったというのに、スマホから写真をこっちに持って来れない。
技術問題ではなく時間のなさで。
なのであれだ、チラシ2枚以外はツイートから引っ張ってくることにした。
それでいつか時間があれば写真を差し替えたいと思う。
someday never comes

イメージ (1306)


イメージ (1307)

ええチラシや…

ついたら上映していた。なんだろうと見たら知らない映像だったが、それでもやっぱりひきつけられる。
いいなあ、特撮。

こちらはリスト。素材もきちんと記しているので、資料としてもいい。
クリックしてください。
イメージ (1308)イメージ (1309)


いきなり「流星人間ゾーン」


びっくりした。ゾーンは覚えているし、二頭身サイズの貯金箱を今も持っている。
しかしさすがに話の細かいことは忘れたな。

着ぐるみがあるけど、まるで生皮をはいだようで哀しい…







綺麗なおねえさん。




答えを貰って喜んだ。

半世紀後のきみへ…


実は永井豪ぽいなと思ったのでした。
そういえば、手塚・横山・石森・さいとう諸氏の作品は特撮ありだが、永井豪作品の特撮てないんちゃうかな…
イタリア映画「皆はこう呼んだ 鋼鉄ジーグ」…あれくらいかな。しかしこれとても…



ゴジラvsメカゴジラ
むかしむかしこれを見たときアンデルセンの「ナイチンゲール」を思い出したな。

で、二階では大芸大の学生たちが拵えた特撮ものの上映。
これをみて「アオイホノオ」の大作家芸大(おおさっか・げいだい)での映像制作を思い出した。
自意識過剰の焔燃くん。いいよなあ。



庵野の拵えた作品が大喝采を受けるのを見て茫然となりながらも嫉妬するところがまた可愛い。




わたしは「モスラ」の小美人の歌を今もよく歌う。
あれが実はインドネシアあたりの言語の歌だと知ったのはちょっとびっくりした。
つい最近のことで、自分ではまだきちんと調べきれていない。



要するにちょっとおいしそうなのだ。


仲良し…と書いたが違うのか。


実際には知らんが。








ベビーゴジラって今回初めて見たが、表情にわざとらしさがあるのがいやだな。
可愛く作るのも考え物だよな。なんでもかんでも「可愛い」ではいかんのだ。




前に庵野プロデュースの特撮博物館でもいいジオラマを見たなあ。




すごい触り心地だった。FRPだから想像はついていたが、そうではなく「ゴジラの」だと思うとまた格別。




いいねえ。
円谷監督がウルトラマンに指示を与える写真も好きだ。

いいものを見たわ。
今度はもっと早い目にいって早く書かないとねえ…

浮世絵の妖術とモノノケ―「奇術競」と「和漢百物語」―

和泉市久保惣記念美術館「浮世絵の妖術とモノノケ―「奇術競」と「和漢百物語」―」はわくわくする展覧会だった。
遠くから訪ねたその先には喜びがある。

今回の展示は久保惣の所蔵品からなので、ぐるっとパス関西版で無料になる。
それだけでも嬉しいものです。

三代歌川豊国「豊国揮毫奇術競」37枚と月岡芳年「和漢百物語」27枚。
これらがメインで、他に国芳と広重のおばけものも並ぶ。
まことに「おばけ好き」にとっては嬉しくてならない展覧会だった。

リストと一口メモを美術館が出している。
pdfだがこちらへ。

そして「豊国揮毫奇術競」の画像についてはこちらが詳しい。

国芳の武者絵・オバケ絵・戯画がこの20年ですっかり世に浸透したあおりを食ったようで、国貞の人気が今の世には薄い。
しかし近年再び国貞の魅力を広めようとする動きもあり、わたしなどは喜んでころこんでそれに乗る。
国貞は師匠の名を継いで「豊国」となった。
本人は二代目のつもりだが間に一人挟まったので「三世豊国」というのが彼の後身となった。

とにかく作品が多い。それも客本意というか、お客の喜ぶのを描き倒した。
弟弟子の国芳は北斎に私淑したというが、あの奔放で豪快な精神は、「自分が描きたいものを優先」するという点で北斎と共通していた。
しかし国貞は師匠の豊国同様「お客の喜ぶもの」を描いた。
お客が見たいもの、たとえば芝居で見たもののその先の様子、演じられることのない情景、見たくても舞台ではそれ以上はしてくれない濡れ場…
それだけでなく、国貞の色彩感覚は明るく華やかで、それらが作品を「綺麗」にする。
かれは美人画の名手であり、芝居絵の達人として、とても楽しめる。

その国貞の脂の乗った頃の「豊国揮毫奇術競」全編がずらりと並ぶのだ。
楽しくてならないのも当然のことだった。

イメージ (1295)

さてその「豊国揮毫奇術競」を少々。
目録 芳虎  これは当人でなく芳虎が描いたもの。なかなか凝っている。
廃墟の様相を呈した荒れ果てた場所という設え。
扁額もおどろおどろしく、蜘蛛とねずみが巻物を開くようにみせるが、そこには様々な登場人物を演じた歌舞伎役者たちの名前が記されている。
和風ではあるが、どこかアメリカの仕掛け絵本ぽい妙な明るさがある。

将軍太郎良門  大きい緑色の蝦蟇を乗っけている。そして馬の絵(将門の息子だから)の描かれた一反木綿のような幟を開いている。裾は鼠が咥えてお手伝い。
姉の滝夜叉姫とは使い魔が違う。

チラシ中央の男女は左が蛞蝓をあやつる「勇婦綱手」、右は蝦蟇をあやつる「児雷也」
児雷也は八世団十郎がモデルのように思う。紙の蛙たちが空へ昇る。
綱手の乗る蛞蝓がシルエット風なのも妖しさを増す。

白菊丸  といえば普通は「稚児が淵に沈んだ稚児」というイメージがあるのだが、この少年は荒波をゆく鰐の背に乗り、誰のものか髑髏を差し上げてその夜の海を行く。
この白菊丸は間違っても恋の為に自死するようなタイプではなさそうだ。

犬山道節  火遁の術を使う道節。印を結び、もう片方の手で刀を握る。足元には鋭い光を放つ珠が。
「伏姫ゆかりの八犬士」の一人ですから。

蒙雲国師  出た!国貞随一のポップな絵。
イメージ (10)
「椿説弓張月」の悪人。尚寧王に「ワザワイとサイワイの形が見たい」と言われて妖獣ワザワイを出現させる力も持つ。

若菜姫  「しらぬい譚」のヒロイン、男装し「白縫大尽」として豪遊する姿も好きだが、ここでは巻物を開いて妖術を使おうとしている。その足元には使い魔の蜘蛛がいる。

馬琴「開巻驚奇侠客伝」に登場する楠姑摩姫は楠公の娘。
波の上に立つ「赤姫」の手には弓矢がある。

滝夜叉姫 こちらは将門の娘。秋草生い茂る野に捨てられた髑髏の目から蜃気楼が立ち、そこに丑三つ参りと維摩行をしているらしき滝夜叉の姿がある。頭には五徳をかぶり、揺らめく蝋燭の炎、胸には鏡、手には鋭い剣と鈴または小さな鐘、そして燃える松明を咥える口。
かっこいいなあ。

謎なのがいる。
藤浪由縁之丞  蝶々のコスプレをする若い男にしか見えない。足元から幾千もの蝶が飛び立つ。手には巻物。
蝶の妖術を使うらしいが、これをみて江戸の空に時に現れた「蝶合戦」を思い起こした。

怪人物はまだまだいる。
今回こうして全員を見ることが出来て本当に良かった。


イメージ (1296)

次に芳年「和漢百物語」
これも折々によい発色のものを見ているが、今回のも綺麗な色のでよかった。
27点を全部見たのはもしかすると初めてかもしれない。
有名どころの清姫、華陽夫人などの絵はよく見知っているが。

下部筆助  「箱根霊験」の忠実な下僕。初花の霊と対話する。
イメージ (1301)
初花は夫の為に命を落とす。

この蛙たちはまた別な話。

他にも師宣「異形仙人づくし」、北斎漫画のほか、国芳の黄表紙の挿絵で地獄太夫、暁斎の髑髏などなど。
広重「小倉擬百人一首」シリーズのうち、おばけ関連いろいろ。
葛の葉と童子丸、前述のと同じような様子の髑髏を持つ白菊丸。
国芳は桑名屋徳蔵などがある。

背景を二代広重(茶箱広重)、人物を三大豊国のコラボ「観音霊験記」シリーズが出ていた。
三室戸寺 何故かここで蟹満寺の故事が。
播磨法華山 米俵が空を飛ぶ。でも信貴山のあれではないのです。
などなど。

おばけ好きな人にものすごくおススメな展覧会だった。
とても楽しい…

「ショーメ」展に溺れる

美の光、美の影。
イメージ (1291)

三菱一号館で開催中の「ショーメ」展に行った。
あまりに精緻巧妙な宝飾工芸に眼が眩み、「綺麗綺麗」としか言葉が出ず、他に何か言おうにも唖然となるばかりだった。
しかもその開いた口にも宝飾品のきらめきが容赦なく飛び込んできて、目や心だけでなく内臓にもその煌びやかさが染み渡った。

非常にというより、非常識なほどにキラキラしいものをみて、普段そうした宝飾の世界から遠く離れて生きているわたしは戸惑った。
あまりに美しすぎるのだ。

これまでにも表慶館、庭園美術館、西洋美術館などで数々の美麗な宝飾品を見てきた。
それは真珠であったり、指輪コレクションであったり、かつての王侯貴族の鍾愛した装飾品であったりした。
こうした美麗すぎるものは展示する場を選ぶ。
明治初めに作られたフレンチルネサンスの粋の美術館、アールデコの館として生まれた皇族の旧邸、モダニズムの建造物、そして明治初めの丸ノ内を代表する建造物を再現したこの三菱一号館。
いずれも宝飾品が飾られるのに遜色のない場が選ばれ、そこで宝飾品は燦然と耀いていた。

わたしは遠方から東京へ向かうので、あまり仰々しい身なりはしない。
だが、こうした展覧会に行くときは、その宝飾品と建物とに失礼のないように、ある程度以上の拵えをして出向く。
そうしないといけない気がしている。
ただしこれはあくまでもわたしだけの話で、他は知らない。
そしてこの行為にはもう一つ意味がある。
それは何かというと、ここだけの話だが、ガラスに反映するわたしの顔と宝飾品の影とが合成されるのを見るのが楽しみなのだ。
綺麗なものにはこちらも合わせる必要がある。たとえ混雑していようとも。

ショーメは1780年に始まり、ジョゼフィーヌ御用達のジュエラーだとサイトに説明がある。
240年近い歴史があるのだ。
「伝統を重んじつつ今なお革新性を追求し続けています」という言葉に、その時代時代の流行と、時代を超えて愛される不易とを共に創造し続けたことを知る。

イメージ (1292)

展示は時代の流れに沿っている。
皇妃ジョゼフィーヌの登場により、ロココ時代は完全に失われた。
新たなファッションリーダーとして君臨したジョゼフィーヌのための宝飾品の数々を目の当たりにし、その華やかさ・エレガントな美に陶酔する。

その一方でわたしは前代のマリー=アントワネットを巡る高額詐欺の「首飾り事件」を思い起こしていた。
本物は無論見ることは叶わないが、わたしの脳裏には池田理代子「ベルサイユのばら」に現れるあの大層な首飾りが浮かんでいる。素晴らしい美貌の宝飾品だった。
そしてこれは王室御用達の宝石商ベーマーが当初デュ・バリー夫人の為に拵えたものが宙に浮いたことから生まれた事件だった。

池田理代子は「ベルサイユのばら」「オルフェウスの窓」「エロイカ」「女帝エカテリーナ」といった歴史大作で豪奢な宝飾品を描き、貴族の優雅な装いをみせた。
わたしなどは常に彼女の描いた世界が意識に生き、豪奢な装いと言うとすぐに彼女の描いた人々の姿が蘇る。
なので、豪奢な宝飾品のヴィジュアルイメージは全て池田理代子作品が基礎となっている。


ティアラが集まった壁面にきた。
一つとして同じもののないティアラたち。
ここは撮影可能と言うことなので、延々と撮り続けてしまった。
本体自体も美麗だが、その影もまた美しく、中には影のその形の方が魅力的なものもあった。

ティアラを眺めるうちに、あしべゆうほ「クリスタルドラゴン」を思い出した。
ケルトの妖精世界が活きるエリン(アイルランド)と、キリスト教が拡がりだしたローマなどが舞台のファンタジー大作である。
わたしが中高生の頃から始まり、いまだに結末が生まれない作品でもある。
作中、重要なアイテムとしてサークレットが登場する。
中でも妖精の拵えたサークレットには重要な意味が込められていた。
今、目の前にあるティアラたちは、むしろ「クリスタルドラゴン」でのサークレットに近いように思えた。

横長に並ぶティアラの群れ。その部屋の照明はかなり明度が低く、モノクロに近い空間となっていた。
ティアラと向かい合う位置にはまた別な展示があり、最前列で見たい人々は列を成していた。
「見たい」という欲望のうごめきは、その対面の位置にあるティアラの群れと共に印象深いものだった。

1920年代、アールデコの時代がくる。
優雅な装いの貴婦人写真があった。
前田侯爵夫人の肖像である。そのティアラはショーメで購入した物だった。
モノクロ写真は鮮明ではなかったが、美しさは隠しようがなく、目に焼き付いた。

様々な時代に生まれてきたショーメのジュエリー。
ロシア最大の富豪貴族ユスーポフ家の夫人もショーメのコレクターだった。
ここでもやはり「オル窓」が蘇ってくる。
帝政ロシアは宮廷ではフランス語を話すことがよしとされていた。
フランス文化を美とみなしていた傾向がある。

ロシア革命で宝飾品は一時的に無価値なものにされてしまった。
夢野久作「死後の恋」では皇女アナスタシアが父母から与えられた伝来の宝飾品を隠し持って生き延びるという設定がある。
少年兵に偽装した彼女はやがて捕まり、その正体を知らぬ兵たちによって殺害されるが、彼らが銃に詰めたのはその数々の宝石だった。それが吊り下げられた遺体となった彼女の腹でキラキラと輝き、主人公に「死後の恋」を発生させる。
宝飾品のたどる運命の中でも、無残さと美しさの極致をゆく話だと思う。


イメージ (1294)
この展覧会に合わせてショーメが制作した作品群である。
彼らが持つ「日本」のイメージを形にしたものらしい。
とても愛らしい作品たちである。
イヤリングとブローチは実際に着けてみたいと思った。


この展覧会では素敵なリーフレットももらえた。
イメージ (1293)
ハチドリほモチーフにした綺麗な作品…

見終えて少しの時間が経ったが、今もなおあの煌めきと、それを目の当たりにした昂揚が自分の中に残っているのを感じる。
そして見歩いたとき、わたしはしばしば目を閉じ、不意にあけるという行為を繰り返した。
「美しいものを見つめすぎると麻痺しちゃう」だから目を閉じる。そして不意に目をあける」
これは立原あゆみ『夭折家族』という作品での台詞と行為だが、わたしもこれを繰り返していた。

9/17まで。

「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展に遊ぶ

弥生美術館で人形作家・吉田良とその門下の人々による「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展が開催されている。
前期は終了し、既に後期の人形が今また新たな鏡花世界を展開している。

鏡花の世界は再現するのが難しいと言われる。
鏡花存命の頃からその傾向はみられたように思う。
たとえば明治36年の作「風流線」なども早い時期から演劇化されたが、「された」というだけで今日までこの芝居は残らなかった。
新派悲劇として現代も続く「日本橋」「婦系図」も、これはむしろ鏡花の筆の世界から離れて、長い間に演出者・演技者・観客の三位一体によって新たに創られた世界だと言っていいと思う。

今回の展覧会に先んじて鏡花世界を「再現」したのは、まずその当時の挿絵画家である清方、雪岱・英朋らである。
かれらは同時代人であり、更には鏡花本人とよい付き合いをした人々であった。
それ故にかれらの描いた鏡花世界は今日までなんの違和感もなく、むしろ魅力的な作品として、愛され続けている。

しかし生身の人間が再現するのは非常に難しい。
鏡花の文章でそのまま人間を再現するわけにはいかない理由がある。
そのことについてかつて辻村ジュサブロー(当時)が著書の中で端的に記した。
かれは「色情狂」という言葉を使っている。
これは読み手が文章による人間像をどう捉えるという問題ではなく、読み手の夢想と絵師による二次元での再現ではわからないことかもしれない。
三次元で鏡花世界を再現しようとしたクリエイターによる実感だと思う。
だからこそ、人形による再現が最も相応しいのだろう。
読むだけでは到達できないなにか。

今回の弥生美術館での展示が素晴らしいのは、そのことを知ったからこその表現だからだと思う。
終焉が近づいている「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展で、人形たちの織り成す世界へ入り込むことを、ただただ勧めたい。

今回の人形による世界再現の、その先達として辻村寿三郎、ホリ・ヒロシがいるが、彼らから20年後に鏡花の世界をこんなにも見事に再現した人々と、この展覧会を企画した人々に、敬意を表する。

七人の作家による作品がそこにある。
鏡花は今日では「幻想小説」の大家だと見做されているが、長らく世間では芸道もの・花柳ものの大家だと思われていた。
これは新派悲劇になった前述の作品と、溝口健二らの撮った「滝の白糸」「折鶴お千」「歌行燈」といった作品ばかりがクローズアップされ続けてきたからだった。
実際「三文役者」と自称し、様々な映画に出演し続けた殿山泰司がその随筆で、鏡花の幻想小説の存在に驚いたことを記している。
三島由紀夫、寺山修司、澁澤龍彦らによる「再発見」のおかげで、今日の鏡花の大きな評価は定まったのだ。

芸道もの・花柳ものは前述通り、生身の人間による表現は可能だ。
ただし、それもまた実際には鏡花世界から離れてこその成功だと言える。
幻想小説を人間で表現するのが、非常に困難だと知らしめた作品がある。
名監督篠田正浩による「夜叉が池」である。
鏡花描く女性を再現するのに生身の女性をあてることを断念した篠田は坂東玉三郎をその役に据え、相手役に加藤剛をあてた。
音楽はドビュッシー「沈める寺」などを使った。
興行的には失敗したが、わたしはこの作品はよかったと思う。

しかし興行的な失敗は尾を引き、関係者はこの作品をなかったもののように扱った。
後年坂東玉三郎が監督として「外科室」を映画化したが、あの作品を作った時の「監督」としてのコメントに、「会社には迷惑はかけていない」ことを強くにじませていた。

寺山修司「草迷宮」は妖魅と幻惑を主眼に置いたことで、破綻を免れたと思う。
現れる美女もヒトではなく妖魅だということ、必ずしも美女でなくともよくなり、狂乱の一夜を過ごす少年の姿は、まるで化物に負ける平太郎のようでもあり、「死棺 妖婆の呪い」の神学生のようでもあった。

そして蜷川幸雄も「黒百合」としていくつかの作品を綯交ぜにした作品を世に贈ったが、彼とても完璧な再現者ではありえなかった。とはいえ、決して離れてはいないのだが。

鏡花作品のマンガといえば、わたなべまさこ「註文帖」「高野聖」、波津明子「夜叉が池」、中島一恵「海神別荘」などがある。
いずれも絶品だと言っていい。
そう、二次元での再現は叶うのだ。
清方による絵物語の昔から。

展覧会の様子はこちらに詳しい。
鏡花の世界を再現した方もいれば、そこからインスパイアされて別な世界への階を作り出した方もいる。
しかしそれもまた鏡花世界では起こりうる現象のようにも思われる。

他に鏡花存命の頃の連載作品の挿絵などが展示されていた。
清方、雪岱、英朋、そして装幀の橋口五葉といったよく知られた作品群だけでなく、山六郎の挿絵もあれば、なつかしい「黒百合」「照葉狂言」もある。

この展覧会から鏡花世界へ耽溺する人が増えればとても嬉しく思う。


和泉市久保惣記念美術館の中国古代青銅器

和泉市久保惣美術館に久しぶりに行った。
北摂から泉州へはなかなか根性がいるのだ。
しかもここへは
・阪急・地下鉄・泉北高速鉄道・南海バス 
と4つの乗り物で2時間少しかかるので、かなり気を遣う。
おまけにバスは1時間に1本で乗り損ねると和泉中央駅でぼんやりしないといけなくなる。
後輩Rが近所に住まうので奴の名前を連呼しながら歩いてもいいが、それでクルマで送ってくれるかどうかは定かではない。なので静かに待つか、または神経を尖らせてバスに乗れるようきちんと動くかだ。
この日は大雨の影響で電車の時間が狂っていたそうで、ヒヤヒヤしたが、うまく乗れてよかった。
ここらは古い町なので泉州瓦を載せた大きな民家が点在する。
久保惣もそう。なにか大きな建物がのぞく塀の長いのが見えてきたら「KUBOSO」と書かれていて、そこからバス停一つ先が美術館前なのだ。
つまりバス停一つ分より長い敷地の中にこの美術館があり、いくつもの施設・建物・庭園があるということだ。

そこまでの思いをしてやってきたのは「浮世絵の妖術とモノノケ―「奇術競」と「和漢百物語」―」展が見たいからだが、この他にもここにはいいコレクションがあり、それで予定以上に時間がかかった。
洋画の名品だけでなく、まさかの中国古代青銅器コレクションがあったのだ。
やきものの名品を所蔵しているのは知っていた。
例の砧青磁の名品「万声」はここにある。
イメージ (1289)
これね。今回は出品されていない。絵はがきは美術館からいただいた。ありがとうございます。

関西では明治から戦前にかけて中国の工芸品と絵画が大いに愛され、多くの美術品がきた。
青銅器だけでも・泉屋博古館・白鶴美術館・奈良博・加西市の古代鏡展示館・黒川古文化研究所・大阪市立美術館ら錚々たるミュージアムが良品を有している。
しかしここにもこんなに良いのがあるとは知らなかった。
浮世絵目当てに来たが、青銅器がある以上さっさと行けるはずもなく、じっくりと眺めた。

青銅 饕餮文平底爵 商(殷)時代  可愛いよな。解説にも丁寧に顔のパーツ説明がある。

青銅鳥形器蓋 春秋時代  丸めの胴体に首。ちょっとばかり鳳ぽい。
殷の鳳形金具があって、こちらはさらに小さいがしっかりしている。

染炉 前漢  これはあれだ、ママレンジだ…コンロね、コンロ。しかもこのコンロは専用コンロらしい。耳杯用のコンロ。唐草文様の透かしが入っている。三層構造かな。
長く伸びた柄もある。これだとやけどもしない。

他にも大小いくつかあり、いずれも透かしが入り、柄が長い。
コンロもこうしていくつも並ぶと、あれだ、パーコレータでも置きたくなるな。

次は行灯。
雲気文行灯  エッグスタンドに長い水平の持ち手がついたような形。その小さい場所に火を置くらしい。
回転式のろくろ灯もある。これは面白い構造で、灯明皿が蓋でもあり、収納の際にはちょぼ尽きの香合くらいになる。
それが開くと蓋の内側が灯明皿になるわけだ。

青銅鍍金 蛙形硯滴 後漢~三国時代  なかなか可愛い。ちょっとばかり本能寺にある例の三本足の蛙の香炉を思い出した。
他に亀の水滴もある。

鳩杖 前漢  そう、杖のアタマに鳩型のがついたもの。これは「よく生きた、もっと長生きせよ」という意味のある杖だそう。
日本でも板谷波山が80歳の人にプレゼントし続けた。

鳩車  おもちゃ。4cm位で可愛い。

響銅 盤 唐時代  いわゆる「サハリ」。

青銅 瑞樹鳥蝶文鏡 唐時代  華やかでいいなあ。さすが唐。二本の樹が並び、その周囲を蝶が乱舞。そこへ小鳥も群れでくる。
樹の花は椿。満開の椿がとても愛らしい。

仏像も一体よいのがあった。
白陶菩薩立像 北斉  線描の目鼻がくっきりしている。やや吊り上る眉と緩い半眼。可愛くて綺麗なお顔。

石造棺床  形、一見したところ城壁のような構造で、壁面に二十四孝の名場面が延々と。これは他にMIHOさんも持っていたかな。そういえば、中国では親が50歳になったら子は棺桶をプレゼントする風習があったそうだ。ただし、それが全般的なのか地方のものか、年代もいつからいつまでかはわからない。
横山光輝「狼の星座」にあった話。

イメージ (1287)
上はベルトのバックル。下は饕餮くんのついた器。

いいものをみた。

「四季の万華鏡 夏の風」@小林美術館

既に終わった展覧会の感想を挙げるのは、完全に個人の喜びと記憶・記録のためなので、その展覧会の集客にも宣伝にも何にもならないが、やっぱりスルーは出来ない。
面白かった記憶はそのままにしていられない。忘れたくないからこそ、こうして挙げるのだ。
というわけで、今回もすでに終わった展示の感想。

小林美術館「四季の万華鏡 夏の風」展。
先般の「アニマル・ワールド」と併設。
物故作家と現代作家の作品が共に並び、いい感じの空間になっている。

伊東深水 晩涼  団扇美人。簪もゆらゆら。暑いけれど多少は晩方くらいは涼しくなりつつある。
絽を着ている。帯は薄い縹色に芭蕉の線描。
表情は情緒も深いが、近代的な様子なのがいい。

水の流れの激しい絵が三枚。
後藤純男 潮風岬  荒れてる。とはいえ静かなところもある。
須田勝嶄仁 那智の滝 2017  ドーーーーーっすごいな、これ。
曲子光男 渓間  ドッドッドッー カワセミが手前の枝にとまる。

水は怖い…台風被害と絡めてはいかんが…

西山英雄 富士  赤富士。力強いわー

花。
上原小澄 初夏  宋の頃のオリーブグリーンの青磁に紫陽花が活けられている。ああ、いいなあ。

安田靫彦 八仙花  こちらも紫陽花のこと。描かれているのはガクアジサイ。青い花で、これもいい。
大人になってから丸い玉の紫陽花だけでなく、このガクアジサイも好きになった。

森田沙伊 朝顔  濃い青と水色の花とが共に咲く。少しばかり楠部彌弌の磁器を思い出した。


イメージ (1272)

北野恒富 侠妓幾松之図   柳の下に佇む幾松。薊柄の着物。この顔の白さがいかにも恒富らしい。

三木翠山 清流趨涼  小舟の女。青灰色の着物の絵柄は朝顔か。そういえばこのヒトも幾松を描いていた。

藤田嗣治 まどろむ裸婦  木炭の裸婦ラフ。いつも藤田の裸婦からは筋肉の強さを感じるのだよな。

絹谷幸二 ti amo  フレスコ画なのか。出た、という感じ。そういえば"ti amo"という言葉を知ったのは山本鈴美香「七つの黄金郷」でロレンツォがうなされて譫言を言うのからだったな。
オリヴィエへの愛を口にしながら意識がないという状況。

伊藤小坡 虫売  これは他の美術館でもみているから、やっぱりこのテーマが好きだったのか、それとも習作か。

中村晋也 EOS  ブロンズ彫刻 二頭の馬の勢いのある像。
この人の作品久しぶりに見た。もう何年前か。データを見ると「19970906 中村晋也展 大丸心斎橋」とあるよ。
偶然21年前の今日ではないか。びっくり。

次の展覧会には早めに行こう。

描かれたどうぶつたち その2 「アニマル・ワールド」

小林美術館が9/2まで日本画の動物園を開園していた。
「アニマル・ワールド わくわく飛び出す!日本画の動物たち」展である。
イメージ (1268)

これまた行ったのが9/1という状況で、誠に申し訳ない。
ツイッターでこんなことを記した程度である。





さてそれで本当にお出かけした様子を少しばかり。

松村公嗣 夏日  ダルメシアンが暑い日の盛りにまどろんでいる。うずくまった以上はもうご主人に呼ばれるまで立たないぞというような眼をしている。
ところがそこへカマキリが来る。最初からシザーハンズなので向こうに悪気はなくともやっぱりちょっと危ないようだ。とはいえ眠気が優先して、犬は虫をただ見ているだけ。
いかにも夏の暑い日の午後らしい情景。

橋本関雪 意馬心猿図  チラシ。これはあれだ、「水滸伝」にもこの言葉がよく出るのだよ。
平凡社の120回本(訳・駒田信二)などではいかにもコマシンらしい訳し方をしていた。
吉川英治の私本ではそのまま使ってたかな。
同じタイトルで別な絵もあるから関雪はこのテーマが好きなんだな…きっと。

川端龍子 喜鵜 1937  珍しく小品だが画面いっぱいに嬉しそうなカワウが鮎を咥える様子が!こいつはひも付きではなさそうなので、そのまんま食べれるようだな、だからタイトルも「喜鵜」なのだね。

竹内栖鳳 家鴨 1941  二羽の卵色のアヒル。可愛い。薄紫の小さな花を見つける。メルヘンチックな絵で楽しい。晩年の優しい絵。いいなあ。

杉山寧 初夏  二匹のマガモが逆方向をむく。薄紫のギボウシという花が咲いている。

秋野不矩 猫  金地に黒猫。どうやら洋猫らしい。インドにいた頃の絵だろうか。花弁がそこらに散っている。大きな花弁。
猫はこちらを興味なさそうに、しかしある種の警戒を持ちながらみつめている。

大橋翠石 猛虎護児之図  久しぶりの虎ファミリー。仔虎きょうだいが可愛い。
イメージ (1273)
可愛い喃。

関雪 巣鶴  親鶴がうずくまるその丸い形の端の方にもしゃもしゃな毛並みの仔がいて、大きなくちばしを開いて鳴いていた。
可愛い。

西村五雲 春日野  どこかへ行く鹿ップル。後ろ姿のしぐれてゆくか。というよりデートぽいな。

森川曾文 鹿図  こちらの鹿ップルは立ち止まってどこかをみている。
イメージ (1269)

堂本印象 山家  籠にはミカンがはいっているのだが、それがいくつか外にこぼれている。栗鼠がのびあがって籠をのぞく。
こらこらもう落としているのを食べろよ。

落合朗風 萩に白兎  妙に艶めかしいな。
イメージ (1274)

関雪 田家獨興  馬小屋から馬が首を出す。桶の側には雀。これをみて木島桜谷の絵を思い出した。
馬と雀とは仲良しさんなのかもしれない。

イメージ (1270)


ちょこんと団扇にとまる蛍が可愛い。
イメージ (1271)

色々と見どころの多い展覧会だった。
他のフロアでは夏らしい近代日本画が並ぶ。
それはまた別に。


こちらも9/2終了済みの上方浮世絵館「浮世絵の動物たち」



牛に乗るのもいた。













扇屋敦盛もあったし、なかなか楽しかった。

今度は期間内に挙げたいと思う。

描かれたどうぶつたち その1 「動物たちの息吹」

毎夏恒例のホテルオークラでのチャリティーイベント「秘蔵の名品 アートコレクション」展も今年で24回、干支でいえば二回りして、とうとう一旦休止になるそうだ。
その最後の夏の楽しみは「動物たちの息吹」として、動物の出てくる絵が集まった。

イメージ (1275)
いい展覧会だった。
終わった今になってもこうして楽しい気分が蘇る。
もっと早く感想を挙げたかったが、なかなかそうもいかなかったのが無念でもある。
イメージ (1276)


表紙のこの虎たちは普段は京都の千總に暮らしている。
岸竹堂の虎。
イメージ (1279)
ロングになると虎猫のコミュニケーションのようだ。

ゲインズバラ、ライスダールらの牧歌的な風景の中にのんびりした姿をみせる動物たちに始まり、大方は日本画の動物たちが場を占めている。
東アジアは愛情や尊崇の念を込めて動物を描くことが多いので、やはりこういうラインナップになる。

虎は実際に見ないまま描く人が多く、リアルなのを描いたのはやはり竹内栖鳳からだと思う。
その前代の岸竹堂の虎はかっこいいが、「カッコいい虎」を描こうとし過ぎた感じもする。
虎だってみんながみんな別にカッコいいわけでもないのだ。
カッコいいのも、どうみてもぐーたらな虎も虎の一部なのだから。

虎絵師の大橋翠石の絵もある。勇猛果敢とでもいうのか雄々しい虎ばかりだが、この時代はそういうのが好かれたんだろうなあ。
「虎は千里を走る」とかいろいろ。

山本芳翠も虎を描くが、この虎はあれだ「山月記」の李徴ですがな。
「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を 虎榜 に連ね、ついで 江南尉に補せられた」…
虎になった男、自意識過剰なのはもう本当にシンパシー感じる。

芳翠の虎は神戸市立博物館にもいて、こないだは小磯記念館に出張し、案内ホスト役もしていた。

ところで虎と言えば奥村政信の虎はなかなか働き者。
和唐内の子分になってからはその老母を乗せたり骨惜しみせずよく働く。
イメージ (1283)
お座敷遊びで衝立から和唐内と虎とお婆さんの出てくる「虎拳」というのもあった。
そうそう、石川淳「おとしばなし 和唐内」では虎は戦争したがる和唐内と義兄の甘輝将軍に愛想を尽かし、かれらが酔っぱらったすきに、錦祥女と共に見世物でもしながら楽しく生きて行こう、と出ていくのだった。

明治座の山口華楊「黒豹」もある。
これは1991年に阪神百貨店で「明治座所蔵 近代日本画名作と傑作芝居絵」展で初見。
絵は1頭だが、2頭いるのもある。
1992年京都文化博物館「動物に魅せられた京の画家 岸竹堂・西村五雲・山口華楊」展でも彼の描いた動物たちを堪能した。
やっぱりこういう動物画展に彼の作品があるのは嬉しい。

今回は猫成分にいいのが集まったような気がする。
菱田春草の黒猫さんが二枚ある。
焼き芋屋さんのクロちゃん。
イメージ (1284)
この柿の木から降りてくるのは随分前に東京美術倶楽部でみたのが最初。
あの時こんなことを書いた。
「猫は自在なイキモノだ。生物せいぶつというより、ナマモノかもしれない。」
今もその思いは変わらない。もう12年も前の話だが。

そして今回はおかきやさんから黒猫登場。
イメージ (1278)
もうほんと…かんにんして、こんな可愛い奴…
グッズ売り場でも人気者でしたわ。けっこうなことです。

どちらも黒猫にドキドキしたが、実はその上の丸々とした柿がまたおいしそうなのですよ…

藤田や関雪の猫もいて、豪勢なネコ科コーナーでしたな。
そして猫と言えば犬もいるわけで、こちらはもう応挙と芦雪ですな。

芦雪のわんこには坊やたちも一緒。
イメージ (1280)
迷惑そうなわんこがまた可愛い。
これはMIHOさんの芦雪展で見たのが最初。同志社所蔵というのも面白い。

小倉遊亀 晴日 こちらもわんこがいるが、気持ちよさそうに眠っている。柴犬らしいな。
ここは遊亀さんの大磯の家の庭だそう。
この柴犬は他の絵でも登場していた奴と同じかと思う。
そしてなにより画像では到底再現できないほどの様々な緑が使われているのが素晴らしい。
全て異なる「みどり」色。
和のみどり色はたいへんたくさんあるのだが、そのうちのどれくらいのみどりを使ったのだろう。
その贅沢なみどりの中でわんこが気持ちよさそうに眠る。
イメージ (1281)


鳥篇へ。
石崎光遙の孔雀図がある。茶色っぽい羽根のインドクジャク。
羽を開く孔雀と飛んでくる孔雀と。
羽を開くのは大体午後三時頃。飛ぶ孔雀はセンソーサ島のバス停で見た。
シンガポールは暑いからフリーな孔雀もいるのだ。
びっくりしたなあ。

イメージ (1277)

山口蓬春は場面を同じに数を変えるというのをけっこうしていて、紅葉したところへ現れる小鳥も一羽のもあれば二羽いるのもある。二羽いる方が山種のだったかな。ここにあるのはJR東海の関連か、一羽な。

こちらは華楊の寒椿。雪持ち椿にメジロがかっこよく滑空。
所蔵はあいおい保険。
随分前にどこでだったか、あいおい所蔵の絵と工芸を見たが、見事なほど「椿」ばかりだった。
椿好きなわたしとしては嬉しくて仕方なかった。乾山の椿の器もたくさん持っていた。
絵もこのように一輪でもいい椿が咲いていれば。
イメージ (1282)


今回もとても魅力的なラインナップだった。
今回で一旦停止とは淋しいものだ。
だが、いつかまた必ずどこかで再会できるはずだ。
待とう。
全てのスタッフの皆さん、作品を貸し出してくださった企業・団体の皆さん、本当にありがとうございました。
また会う日までお待ちしています。

「江戸名所図屏風と都市の華やぎ」展をたのしむ

出光美術館の大好きな所蔵品の一つ「江戸名所図屏風」に再会した。
「江戸名所図屏風と都市の華やぎ」展、そこには楽しい屏風や巻物がずらりと並んでいる。
中でもこの「江戸名所図屏風」は都市風景・風俗だけでなく、描かれた人々が可愛くて、そこがまた魅力なのだ。

イメージ (1263)


第1章 江戸名所図の誕生―〈横から目線〉でとらえた都市の姿
このブログをはじめてから以下の記事で江戸名所図屏風の出た展覧会を取り上げている。
以下はその感想
美の祝典 Ⅲ江戸絵画の華やぎ

「日本絵画の魅惑」

日本の美・発見Ⅶ 祭 遊楽・祭礼・名所

屏風の世界

やまと絵の譜

江戸名所図屏風は見るたびに新しい発見がある。
これは洛中洛外図屏風も同じで、やはり都市風景図は面白くて仕方ない。


様々な表情を見せる江戸の街。

江戸の町を逍遥する。

イメージ (1266)

楽しみは尽きない。

イメージ (1267)


tou237.jpg


cam264.jpg
.
美少年がいるよ。
イメージ (16)

右は上野の寛永寺から日本橋まで。左は江戸城から増上寺。芝浦海岸までが屏風に載る。
色子茶屋もあれば猿回しも芸をするし、湯女もいて勧進坊主も歩く。傀儡も飛脚も・・・様々な人がいる。
やっぱり人いきれのするような都市図が楽しい。

江戸名所遊楽図屏風  木母寺がある。そこには柳が植わり、こんもりした塚も。都から遠く離れたこの地へ連れてこられ、儚く世を去った梅若丸の哀れさ。我が子を探し求めて狂ったまま旅をする班女の前…中世の名残がある「江戸」の地。
浅草寺の屋根がその左にある。放下師がジャグリングする様子も見える。ケンカもあれば女歌舞伎も営業中。都から流れてきたのかな…

江戸風俗図屏風  鶺鴒髷の女たちがいる。金雲がもこもこ。花見をする人もいる。もう江戸という都市はすっかり機能している時代。とはいえこの頃の上方もまた華やかなのだが。

四季日待図巻 英一蝶  座敷で人形芝居をみる人たちがいる。屏風は秋草の絵柄。
炭火を起こしているから、もう夏ではないらしい。武家屋敷の一隅。二カ所に分かれての楽しみ。楽屋らしきものも拵えていて、たのしそう。
山伏が何か祈祷もしている。外では杜鵑も。それを見上げるような少年。花菖蒲も咲いている。今なら五月か。
季節は一つではないのか、そのあたりがわたしにはあいまいだ。
こうした様子をみるのも面白い。江戸中期の暮らしの中で。

第2章 都市景観図の先例―洛中洛外図と花洛の歳時
新都から都へ。

月次風俗図扇面 室町時代  本圀寺、御霊神社、東寺、祇園社…そういえば山科の本圀寺には行ったことがないな。京都の名所は引っ越したところもあるが、大方は元のまま今に至るので、古い絵を見て今の様子を思い浮かべも出来る。

洛中名所図扇面貼付屏風 狩野宗秀 桃山時代  伏見から東福寺…京阪沿線!鴨川を中心とした図で、上に伏見・下に東寺を置く。左にはなんと苔寺まで。これは初めて見たわ。さすがに緑が多い。今は非公開か。特別公開の時に入ったが、この絵でも緑が濃い。
上賀茂では競馬ね。
  
祇園祭礼図屏風  弁慶の鉾も。毎年出かけているが、行くたびに新発見がある祇園祭。

二つの阿国歌舞伎図屏風をみる。
阿国歌舞伎図屏風 桃山時代  松に楓に笹に桜まで。左6に泣く女も。これはなんだろう、個人的に泣いているのか哭き女なのか。
阿国歌舞伎図屏風 江戸時代  かなりの客入り。
そういえば小野通女を描いた大和和紀「イシュタルの娘」終盤に、かつての栄光を失い、老婆となった阿国が一度だけお通の前に姿を見せるシーンがある。老婆となっても華麗な舞を見せ、お通がはっとなったときにはその姿は消えている。
出雲阿国はどこへ消え去ったか、だれも知らぬのだ。
 
歌舞伎・花鳥図屏風  久しぶりの再会。裏面が花鳥図なの。こういう屏風は楽しい。そんなに大きくもないから色々と使えるし。

イメージ (1265)
 
第3章 〈悪所〉への近接―遊興空間の演出
皆よく遊べ。

江戸風俗図巻 菱川師宣  扇屋、桶屋といった商店に、花見もあれば舟遊びもある。輪舞する人々もいる。楽しみはまだまだある。
  
遊里風俗図 菱川師宣 寛文12年(1672)  冬らしく大火鉢を出してぐだぐだ。

江戸風俗図巻 宮川長春  きらきらしている。舟で手ずから花火をする男たち。打ち上げもいいし、こうしたのもいい。
 
吉原遊興図屏風 古山(菱川)師重  冷やかしの様子。 実際にこんな風景は絵や時代劇でしか見れないのだが、一度だけそれに近いものを某所で見た。集団で真昼に、そこにある建物を見に行ったのだが、 そのとき会社の大きいのがゆっくりゆっくり走りながら造花で飾られた店先に座る女たちを品定めしていた。その様子をわたしは見ていた。
ここに描かれた冷やかしの様子を見るのと同じような眼で。

イメージ (1264)

春秋遊楽図屏風 菱川師平  ひやかしの現場だが、それにしては一般客も来てるな。紅葉した木が見えるから秋か。
桜は客寄せのためにわざわざそこに集めて植えて、一般公開もしているが、秋もそうなのか。それとも菱川派のいた頃はもっとゆるかったのか。
 
遊里風俗図 懐月堂派  ここでもひやかし。往来で「待って―」という声も聴こえそうな様子。

寝そべる女二態。
蚊帳美人図  宮川長春  
読書美人図  宮川長春
先年、大和文華館でこの長春展があったが、そのときも寝そべる女をよく見たな。
当時の感想はこちら。
宮川長春展 前期

中村座歌舞伎図屏風  意外と大きめの人物が描かれている。看板もある。
中村座歌舞伎芝居図屏風 奥村政信 享保16年(1731)  木戸あたりの様子がいい。


第4章 都市のなかの美人
少し時代が進んだらしい。

隅田川眺望図  北尾政美(鍬形蕙斎)  対岸に今戸焼の窯がみえる。丸くて可愛い。

舟遊図 鳥文斎栄之  ざぶざぶ…

蛍狩美人図   蹄斎北馬  かなりやる気に満ちているな。美人の嗜みです、と違い本気モードの蛍狩り。

隅田川舟遊・雪見酒宴図屏風  歌川国久  とても楽しそう。江戸の庶民の四季の楽しみが増えて行ったのだ。

やっぱりわたしは都市の中での楽しみを見出すのが好きだ。
そこでのヒトの遊ぶ様子を見るのがいい。
自分もまたその空間に秘かに入り込み、一緒に遊んでいる気になるからかもしれない。

9/9まで。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア